死神より哀を込めて ~英雄達を裁くは少女~ (ウージの使い)
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Ⅰ アカネ
第1話 某月某日、アカネ村


こんにちは、ウージの使いと申します。

ネギまの小説を書きたくなって、今回投稿いたしました。
あらすじやタグの通り、原作からはかなりぶれます。
基本的な大筋には沿いますが……。
それでもいいという方のみ、どうぞ。

1話1話が短くなりそうなうえ、更新もそこまで早くはできませんが
楽しんでもらえれば幸いです。


Side ??

 

「嫌です! 私も、私も一緒に……!」

「駄目だ。○○は皆と一緒に安全なところに」

 

お父様は私の肩に手を置いて私を止めます。

一体、なぜこうなったのだろう。

私の故郷は、村は……火に包まれていた。

戦争中だから? それとも……この村が、戦争から逃げてきた人々を受け入れる村だったから?

 

どちらにせよ、今は危険だということはわかっています。

しかし、私はお父様やお母様と離れたくない……怖い……。

 

死ぬことより、大切な人と別れるのが。

 

「心配するな、きっと帰ってくる」

「だから、待っててちょうだい○○」

 

お父様だけでなく、お母様までそういうなら、私にはもう止めることができません。

二人の意見が一致しているときは、いつだってそれが覆ることは無かった。

二人は一部の大人と共に、防衛線へと行こうとしています。

実際、私の両親はとても戦力になるでしょうし。

 

「じゃあ、行ってくるわね」

「フリック君、○○をよろしく頼む」

「はい」

 

フリック……私の幼馴染はお父様にしっかりと頷き返しました。

幼少の頃、ここへ来たばかりのときは泣いてばかりだったというのに……。

いつの間にこんな、頼れそうな青年になったのでしょうね?

そして、彼は私の手をそっと握りました。

 

「行こう、○○」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

私は、ヘラス帝国とメガロメセンブリア連合との境界に位置するここ、アカネ村で育ちました。

戦争中ではありましたが、ここには戦争を憂いて逃れてくる人々が集まり、またそのため戦闘が起こらない辺境に位置しているので私が幼少期を過ごしたしばらくは平和でした。

しかし、帝国と連合との戦争は終わることなくだんだんと苛烈を極めていき、ついには……ここまで、戦火が及んでしまったのです。

 

のちに、この戦争は“大分烈戦争”と呼ばれることになります。

 

 

 

 

 

 

 

「○○、大丈夫? 顔が青白いけど……」

「大丈夫ですよ、フリック。ただ……不安なだけ」

 

今、フリックや他の子供達と、万が一の時のため用意された地下シェルターに避難するため、シェルターの入り口がある時計台に向かっています。

シェルターには防護決壊が幾重にも張り巡らされているので、少なくとも今回の戦火はしのげるでしょう。

……何らかのイレギュラーが現れない限りは。

 

「お父様、お母様……」

 

今頃、お父様は村の入り口に張られた防衛線で攻めてきたメガロメセンブリア軍を村に入れまいと奮闘している頃でしょう。

お母様も村の防衛に回ったのは、魔法が使えるということでお父様のサポートをするためです。

 

「そんなに心配かい?」

「え……」

 

考えにふけっているところを不意に話しかけられ、驚いてフリックの方を見ると彼は苦笑して続けました。

 

「顔に出てるもん。それにさっき、『お父様、お母様』って呟いてたし」

「それは、そうですが……」

 

心配なのです。

今まで村に敵が攻めてきたことなどありませんでしたから。

ましてや、メガロメセンブリア軍という強大な敵が……。

 

 

 

 

 

 

 

Side チャールズ・フィルデオーレ(○○の父)

 

敵はメガロメセンブリア軍。

戦闘のプロに対し、我々は戦争から逃げてきた者たちだ。

娘の前では虚勢を張って見せたが、かつて兵士として戦っていた私としても、

 

「あなた……」

「ん、あぁ……」

 

いかんいかん……。

弱気になっていたのを妻、リザに見透かされていたらしい。

さあ、私もやるべきことをやらないとな。

愛する家族と、村の皆の為に。

 

「よし、私も出よう。援護を頼む」

「任せてください」

 

力強い妻の声。本当に私はリザに支えられてばかりだ。

町からこの村へ逃げようか悩んでいた私に勇気をくれたのも、彼女だった。

 

現在、門のところで他の村人が相手を押しとどめている。

私のように元兵士という者もいるし、魔法が使えるものもいる。

さらに、ここでは帝国からの亜人も受け入れているから……彼らの活躍もある。

私の戦闘力と妻の魔法で戦局が変わればいいのだが。

 

「おおおおおおおっ!!」

「うわあ!?」

「な、なんだこいつ、むちゃくちゃ強いぞ!」

 

とにかく、近くにいる敵から次々に剣で斬り伏せていく。

気を扱えない者は、私の気がこもった剣を受け止めることはできない。

 

「紅き炎!」

「ぐわあ!」

 

後ろでは、妻が魔法で私の死角にいる敵を倒している。

頼りになることこの上ない。

 

「さ、さすがフェルディオーレ夫妻……」

「俺達も、フェルディオーレ様に続け!」

 

村の皆も士気が上がる一方、逆に相手には動揺が走っている。

……いける、この調子なら……!

 

 

 

 

 

 

「紅き翼が出るぞ! 総員退避!」

 

 

 

 

 

 

 

何、だと……?

紅き翼の名なら、私も聞いたことがある。

千の呪文の男(サウザンドマスター)”をはじめとする、猛者たちの集まり。

連合軍の最終兵器ともいえる彼らが、まさかこんな辺境にまで投入されているとは……。

 

「フェルディオーレ様! あれを!」

 

誰かが指さした先には、一人の杖を持った少年が浮かんでいた。

赤毛の髪の、まだ若い少年。手に何か持っているようだが……あれは、手帳?

 

「えーと……契約に従い、我に従え高殿の王!」

 

マズイ……あれは「千の雷」!

雷系の上級魔法ではないか! まさか、一気に我々を片付けるつもりか!

ここで食い止められなければ、村の中にいる子供や、娘が……!

 

「百重千重と重なりて、走れよ稲妻! 『千の雷』!!」

 

カッ、と天が光る。

光が雷となって振ってくるその一瞬、私の頭の中に浮かんだのは愛する娘の顔だった。

すまない、約束は守れそうに

 

 

 

 

 

 

 

Side ??

 

「百重千重と重なりて、走れよ稲妻! 『千の雷』!」

 

私は、見てしまいました。

お父様とお母様がいるであろう村の門の方に巨大な雷魔法が落ちるのを。

 

「お……お父様! お母様!」

「○○! 待て、戻ってこい!」

 

フリックの手を振りほどき、気がつけば私は門へと走っていました。

 

そんなことはない、そんなことはない、きっと二人は無事だ……。

 

必死で自分に言い聞かせながら走っていました。

冷静に考えれば、今でこそ私は時計台へと急ぐべきだったのに。

でも、私はそんなことを考える余裕がなかった。

ただ走る、走る。

 

だいぶ門に近づいた時、

 

「……お嬢ちゃん!」

「サイモンさん! そ、その腕……!?」

 

お父様と親しかったサイモンさんが右手をなくし、よろよろとこちらへ近づいてくるのが見えました。

 

「あ、あ……」

「来ちゃいかん! ここはもう……」

「逃がすかあ!」

 

え? 誰ですか?

声のした方……空を見ると、一人の少年が浮かんでいました。

赤毛の、なんかバカっぽい少年です。

いや、浮かんでいるということは……魔法使い!?

 

「早く逃げ」

「来たれ、虚空の雷、薙ぎ払え! 『雷の斧』!」

 

少年が手を振りおろした瞬間、私は一瞬ながら、しかし確かにこの目で見ました。

……なぜ? 問わずにはいられません。

 

なぜ、そんなにも楽しそうな笑顔で人に魔法を放てるのですか……?

 




いかがだったでしょうか?
これからどんどん続けていきたいと思うので、応援よろしくお願いします。


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第2話 冥界での会話

Side ??

 

「ん……」

 

気がついたら、私は大きな門の前にいました。

門以外は何もない、実に殺風景な場所です。何なのでしょうか、ここは。

それにしても、この門大きいですね……。私の背丈の3倍はあるでしょう。

門の前には何やら凝った彫刻がドンと置かれていました。これは……犬?

 

『そう、ケルベロスだ!』

「うわあ!?」

 

な、ななな、なぜ彫刻がしゃべったのですか!

魔法が当たり前の世界で育った私としても、初体験ですよ。

しかし、ケルベロスって確か頭3つでは……? どう見ても頭1つのただの犬ですが。

 

『そこはあんまり気にしないでくれねえかなぁ……?』

「ハァ……」

 

そうは言われても……頭一つだけのケルベロスって、なんか迫力に欠けると思いませんか? 一度気になると何かもやもやして仕方ないんですよ。

気にするな? ……すみません、こういう性分なもので。

 

『まぁ、正確に言えばここでいう“ケルベロス”ってのは役職みたいなもんでさ。

俺は確かに冥界の番犬という意味ではケルベロスで合ってるんだけどな、実際は本体のケルベロスの端末のようなものなのさ』

「端末……ですか」

『冥界の門は管理が面倒でね……。人手不足ともいえるから、こうして俺みたいな端末が作られるのさ』

 

人手……ねぇ。

あなたは犬ですけどね。さらに厳密に言えば、犬の形をしたただの彫刻ですけどね。

 

『嬢ちゃんは厳しいな、おい。端末って言っても魔力とか結構あるからただの彫刻っていうのはさすがにひどいと思うぜ?』

「そうですか? 客観的な事実を述べたまでですが」

 

ん? 話に夢中になってしまいましたが、ちょっと待ってくださいよ?

さっき、この彫刻は「冥界」と言いましたよね? それに門とも。

ということは、まさか……

 

「まさか、ここは冥界? 死者の、世界?」

『おいおい、今更気がついたのか? どこからどう見ても門しかないこの殺風景な世界は

嬢ちゃんのいたいわゆる“この世”ってやつとは違うだろ?』

 

厳密にはまだ死者の世界とは言えないけどな。

彫刻はぽつりとそう付け加えました。

厳密には違うとは……いったいどういうことなのでしょうか?

いえ、考えていてもらちがあきません。とりあえず、思ったことを口にして質問してみましょうか。

 

「ここは冥界で、しかし厳密には死者の世界とはいえない。そして目の前には門。

ということは、その門が死者の世界と考えていいのですね?」

『ああ。んで、俺はその門番ってことだ。“この世”ってやつで死んでしまったやつはまずこの冥界に来て、そしてこの門をくぐって死者の世界に逝く。そういうことさ』

 

つまり。

……やはり、私はあの時、死んでいたんですね。

赤毛の少年が放った「雷の斧」で、ショック死といったところでしょうか。

私、魔法障壁とか実は展開できなかったりするんですよね……。

操影術の才能はあると言われたのですが、本格的な練習を始める前にその、死んでしまったので。

 

そして、私も死者の仲間入り。

ひょっとして……お父様やお母様も、この奥にいるのでしょうか?

私の目の前で落ちた雷、そしてあの血だらけになったサイモンさんの姿。

認めたくはないけど……そうではないかとも思ってしまう。

 

「では、これで失礼します。門を開けてくれませんか?」

『あー、やっぱりそういう流れになっちまうよなあ』

 

 

 

 

 

 

 

…………!?

 

いや、どう考えてもそういう流れだったでしょう!?

違うんですか? シリアスな雰囲気壊すのやめましょうよ……。

 

『悪いんだけどさ。嬢ちゃんはこの門の向こうにはまだ逝けないんだよ』

 

彫刻の返事は、予想だにしないものでした。

私は、門の向こうには逝けない……“まだ”?

 

「な……なら、私はまだ生きているというのですか!?」

『いや、そういうわけではないんだけれども』

 

う~、まどろっこしい……。

だったらいったい何だって言うんですか? 死んだのか、そうでないのかそれだけでもはっきりしてほしいのですが……。

だってこれ、結構重要なことじゃないですか?

 

『いや、ここにいる以上体は死んでる』

「心読まれた!?」

『まあ、話す前に直接体験してもらえばいいか……。なぁ嬢ちゃん、自分で門を開けて門の向こうに行こうとしてみな?』

 

はて、どういうことでしょう?

おそらく無理ということを伝えたいのでしょうが……おそらく門が開かないとかそんなとこですかね。

そう思って門を開けようとしましたが、そこで私は気づきました。

彫刻の、真の意図に。

 

「手が……動かない……?」

 

門に向かって手を伸ばそうとするのですが、その手が前に出せないのです。

まるで、腕が鎖で拘束されているかのように。他の方向には自由に動かすことができるのに……。

 

『これでわかったろ?』

「はい……ですが、なぜですか?」

 

尋ねると、彫刻はさっき言ったこと覚えてるか? と説明を始めてくれました。

 

『まずさっき、俺は管理が面倒で冥界が人手不足だ、って言ったろ?』

「はい」

『それはな……簡単に言うと、この世に“未練”ってやつを残してる魂が多いからだ。

未練がある魂は、この門をくぐることができない。さっき嬢ちゃんが自分で感じたように、未練が鎖のように門を開こうとするのを邪魔するからだ』

 

未練……? 私には、未練があるというのですか?

確かに、あのように殺されて死ぬのは不本意と言えばそうですが。

それとも、両親の生死がはっきりしていないことでしょうか……?

 

『……正直、これ以上のことは嬢ちゃんに伝えるのがためらわれる。

だが、未練が何なのか知りたいだろうし……。全てを受け入れる覚悟はあるかい?』

「…………」

 

きっと私の体は、何本もの鎖に、がんじがらめに縛られていることでしょう。

私を縛り付ける、未練という名の見えない鎖。

真実を知れば、おそらくこの鎖はより重みを増して私を苦しめるでしょう。

ですが……私は、逃げてはいけない。そんな気がしました。

 

たとえ、この鎖からは逃れられないとしても。

 

「……お願い、します」

『わかった』

 

瞬間、私の前に画面が現れました。とんでもない映像を映して。

 

「何ですか……これは……!」

 

炎、炎、炎。

ある村が、辺り一面燃やされていました。家も、木も、公園も、何もかも。

そして何より、生きている人の姿はない。倒れているのは、死体だけ。

 

「そんな……そんな……」

 

まさか、まさか。

無駄だとは分かっているけれど。否定しようと必死に私の記憶との相違点を探していた私の目に飛び込んできたのは、崩れ落ちた時計塔の映像でした。

……もう、否定しようがありません。言うまでもないことですが。

 

 

 

 

 

 

「これは……アカネ村、なんですね……」

 

 

 

 

 

 

 

『そうだよ。結局、メガロメセンブリア軍と紅き翼が全て燃やしちまった』

 

すまなさそうな、小さな声で彫刻は教えてくれました。

 

やはり、最初のあの雷魔法で門を守っていた人々は死んだこと。

 

お父様とお母様も、その中にいること。

覚悟はしていましたが……。やはり、生きていてほしかった。

 

他の紅き翼のメンバーによって、地下シェルターの結界が破壊されたこと。

 

フリックも、子供達も、逃げていた人々も、みんな……侵攻してきたメガロメセンブリア軍に、殺されたこと。

 

村は略奪を受け、その上で何もかも燃やされてしまったこと。

それが、今私が見ている光景。

 

そして……この後「アカネ村」の名前が、事実上地図から消えたこと。

 

「う……うぅ……」

 

覚悟は、していたつもりでした。

だけど、辛い……悲しい……。

みんな、死んでしまった。あんなに平和だった村が、わずか1日で消えてしまった。

 

『まず言っとかなきゃいけないんだが、この映像は……嬢ちゃんの魂に刻まれた記憶だ』

「私の、記憶?」

 

おかしいですね。私が死んだのは、メガロメセンブリア軍が侵攻してくるより前です。

だから、この光景を目にしているはずがないのですが……。

 

『生きていた時に見たんなら、わざわざ見せる必要はない。この光景はな、嬢ちゃんが死んで魂が冥界に向かう前に、この光景が嬢ちゃんの魂を縛り付けてしまったんだ』

「未練として……ですか」

『そう。だから嬢ちゃんは、冥界には来た。しかし、この門をくぐって死者の世界に逝くことはできない。未練が、嬢ちゃんをこの世に縛り付けてしまっているから』

 

私は、思わずその場に崩れ落ちました。

本当に、私を縛る鎖が私に重圧をかけている気がしました。立ち上がれないくらいに。

 

『私は、もう、お父様やお母様の元へ逝くことはできないのですか……?』

 

絶望的でした。私は地上にむなしくとどまるしかない。

死ぬべき時に、死に損なってしまった。そう言ってもいいでしょう。

この鎖から、逃れるすべはないのですか? 私は……永遠に、一人なのですか?

 




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第3話 未練を断ち切るために

Side ??

 

私の未練は、紅き翼やメガロメセンブリア軍によって村を滅ぼされたことでした。

村の名は地図から消え、大切な人々はみな彼らのせいで死にました。

そして。私は、この未練があるために一人地上をさまようことになりそうです。

確か、こういうのを地縛霊とでも言うのでしたっけ?

 

『そこで嬢ちゃん、あんたに決断してもらいたいことがある』

「え……?」

 

もう、何も残っていない私に、何を決断しろと?

ただでさえ、一人取り残されたことに絶望しているのに。

村が燃えさかる映像まで見せられた私に、何を決断する必要があるのですか……?

 

『選ぶのはあくまで嬢ちゃんだ。

このまま何もせずに地上にとどまるか、もしくは……』

 

もしくは?

 

『どんな手を使ってでも、未練を断つか』

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

この未練を断ち切る方法が、あるというのですか!

こんなにも私を縛りつける鎖を、断ち切る方法が!

もしあるのなら……すがりつきたい。できることなら、断ち切りたい。

そうすれば、みんなの元に逝くことができるのでしょう……?

 

『あぁ。ただ、言ったろ? “どんな手を使っても”と。

決して簡単なことでも、楽なことでもないと思うぜ?』

「どういう……意味ですか? 何をしろと言うつもりですか?」

 

少しの沈黙の後、返事が返ってきました。

“どんな手を使っても”、それがどういう意味なのか。

 

『嬢ちゃんの未練は、村の人々を殺され、自らも殺されたことに起因する。

攻めてきたのはメガロメセンブリア軍とはいえ、あれだけの惨事にまで発展したのは紅き翼の存在があってこそだ。そもそも、嬢ちゃんと両親を殺したのは紅き翼だし、紅き翼がいなければ軍ごときが時計台の結界を壊すことはできなかったろうさ。その間に転移魔法とかで少なくとも生き残ることができたはずだ』

 

しかし、実際は皆死んだ。

紅き翼が、全てを壊すきっかけになった。

 

『嬢ちゃんの未練はあまりに背負ってるものが大きい。これほどの未練を断つには……

いわゆる復讐しか、無い』

 

……復、讐?

 

『具体的には……被害の拡大をもたらした、「紅き翼」のメンバーを殺す、ってことだ。

メガロメセンブリア軍の関係者を殺しても……たぶん、それじゃ断ち切れない』

 

……はは。はははは。

何ですか? その選択肢は。

命を奪われた恨みは、命を奪って晴らせというのですか。

殺された未練は、殺して断ち切れというのですか。

人を殺さなければ……殺された皆の元には、逝けないということですか。

 

「そんな……こと……」

『難しい選択だっていうのは、わかっているさ。だけどな、さっきも言ったように嬢ちゃんの未練はそれだけ重さがあるんだ。もし、嬢ちゃんが願うなら……そのための力は、貸すことができる』

 

復讐のための、力ですか。

それを受け入れ、復讐して皆の元に逝くか……?

それを拒み、何もしないでただ一人地上に縛られて存在していくか……?

 

 

 

 

 

 

 

私は……

 

 

 

 

 

 

 

「わかり、ました……」

 

そう、ですよね。私にはもう、それしかない。

たとえ、この手を汚すことになっても……一人地上に縛り付けられるのは、耐えられない。

皆はそれを望まないかもしれない。だけど、私は……みんなの元に、いたいんです……。

 

彫刻が言った「決断する」ということは、「覚悟をする」ということ。

汚れてもなお、いたい場所にいるために。

 

「わかり、ました……」

 

同じ言葉を、もう一度繰り返しました。

もう、私に迷いはありません。それしか方法がないのですから。

ならば、受け入れよう。罪にまみれるであろうこの選択肢を。

私は、彫刻に手を伸ばしました。

 

「力をください。未練を断つための力を」

 

復讐のための、力を。

 

 

 

 

 

 

 

Side 彫刻

 

覚悟を決めたか……嬢ちゃん。

今の嬢ちゃんは、いい目をしている。意志を貫くことを、覚悟を決めたまっすぐな目だ。

だったら、俺はそれに応えないとな。

 

『……いいぜ。受け取りな』

 

ズズズズ……

 

地面から出てきたのは、嬢ちゃんの背丈ほどはある巨大な鎌だ。

赤い柄に、真っ黒な刃をした大鎌“死神の鎌(デスサイズ)”。

 

「これは……?」

 

おそるおそる嬢ちゃんが鎌を握ると、その身を黒い影が覆う。

嬢ちゃんの全身を覆った影はフードのある黒いローブへと変化した。

任意で髑髏の仮面を作ってはめることができるから、まさに死神の姿だな。

 

『なかなか似合ってるぜ、嬢ちゃん』

「あ、ありがとうございます……?」

 

そこは疑問形にしないでほしかったな。

きょとんとした顔で自分の姿を眺めてるのが見てて少しおかしいが。

さて、じゃあ説明をしておこうか。嬢ちゃんのための力について。

 

『こいつは死神の鎌(デスサイズ)といってな。まぁそのまんま、死神の力が宿った鎌だ。その姿からもわかると思うけどな。

死神の鎌は普通に武器としても使えるが、意識することで本当の死神の力を引き出すことができる。具体的に言えば、相手から痛みなく魂を刈り取ることができる』

「魂、ですか?」

『まあ……あっさり言えば、殺してしまう、ってことだ。痛みなく死ねるっていうのと、この状態で刈れば確実に命を奪う、っていうのがポイントだな』

 

嬢ちゃんのことだ、苦しみもだえて死ぬっていうのはあまり見たくないだろうからな。

痛みなく魂を刈れるっていうのは、せめてもの配慮になるだろうな。

嬢ちゃんは俺の言葉を聞いて、じっと手に握られた鎌を見つめていた。

これからのことを、考えているんだろうな。

 

『ちなみに、鎌の扱い方は心配しなくていいぜ。この時点で、死神の鎌から嬢ちゃんの体にある程度の戦い方が染みついたからな。鎌の扱い方から体術まで、紅き翼と戦うには十分な動きが出来る。影を使った転移すら可能だぜ?』

「それは助かります……正直、まともに戦えるか不安だったので」

 

そりゃそうだ、生前は魔法障壁すら満足には使えないただの女の子だったわけだからな。

戦いのときには、死神の力が嬢ちゃんを支えてくれるだろう。

 

『基本的にはそれくらいかな。他にもいくつかあるが……それはまたおいおい話すか』

「え、それ大丈夫なんですか!?」

『まぁ、これだけでも十分やっていける。他のは言わばおまけだ』

 

さて、説明としてはこんなもんでいいかな。

ではいよいよ……嬢ちゃんを、地上に戻そうか。嬢ちゃんは今死んでいるから地上に戻ると仮の体を持つことができる。でも、決して生き返ったわけじゃない。

 

キィィィ……

 

嬢ちゃんの後ろ側に、小さなもう一つの扉が現れ、開く。

むろん、この扉は死者の世界に通じるものではなく“この世”に戻る扉だ。

察したのか、嬢ちゃんは扉をじっとまっすぐな目で見ていた。

先を見据えたその目から、強い意志が感じ取れる。

これは、覚悟は本物とみてよさそうだな。安心した。

 

『これから先、大きく時間や場所を移動するときはその扉が開く。村の外のことはよく知らないだろうし、俺が案内人としてお前を導いてやる。服装とか変わったりするけどそれはまぁ、気にしないでくれ。時間も場所も服装も、扉をくぐるたびにちゃんと目的に合うように変わるから』

「あ、ありがとうございます……」

 

嬢ちゃんはぺこりと頭を下げる。

心の中では、覚悟を決めたとはいえまだ不安とかあるだろうな。

それを支えてやるのも、案内人たる俺の役目だ。

あ、そうだ肝心なこと聞いてなかった。

 

『嬢ちゃん……名は、何ていうんだい?』

 

扉に向かって歩いていた嬢ちゃんは、振り返ることなく足を止めた。

しばらく黙った後、嬢ちゃんが呟くように口を開く。

 

「私は……すでに一度死んでますから……。元の名前は名乗りません」

 

そこで嬢ちゃんは振り向いて、にこっと軽く笑って見せた。

泣きたくなるのをこらえて、無理やり浮かべているような笑顔だったけどな。

 

「アカネ、と呼んでください。もうこの世にない、村の名ですが」

 




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Ⅱ ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ
第4話 扉をくぐれば森の中


やっとネットにつなげるようになりました……。
これまでの数々の感想、評価、お気に入り登録、誠にありがとうございます。

それでは第2章、始まります。


Side アカネ

 

扉をくぐると、そこは森の中でした。

辺り一面、木々が生い茂り、人の姿、どころか生物すら見当たりません。

一体ここはどこなのですかね?

 

「困ったなぁ……」

 

こんな森の中に放り出されても、これからどうすればいいのやら。

案内人、ホントに来るのでしょうか?

 

あと、気がついたのですが私の服装がいつのまにか変わっていました。

死神の黒い衣は消え、白いワンピースという普通の女の子の服装です。

ち、ちょっとカワイイ……。

 

「アン、アン」

「……犬、ですか? こんなところに」

 

そんなとき、ひょっこり姿を見せたのは黒い犬でした。

私を見つけると、尻尾を振って私の方に近づいてきました。

私、動物わりと好きなんですよね。

 

「よしよし、おいで……」

『よう、やっと見つけたぜ。その格好も似合ってるな』

 

あれ、今の声は?

確か、あの彫刻の声ですよね。見渡す限り、どこにも彫刻なんてないんですが。

空耳ですかね?

 

『ここだ、ここ』

「まさか……」

『おうよ。今はこの犬の姿になってる。さすがに彫刻がついてくるわけにもいかんだろ。

もっとも、この体は作りものにすぎないんだけどな』

 

わざわざ体を作ってここにいるということですが……犬ですか。

犬に話しかけられるというのは、なんだか不思議な気分なのですがね。

ヘッヘッと舌を出し、尻尾を振っているその姿は一見しただけではどこからどう見てもただの犬です。

 

『まぁ、ケルベロスって犬だし?』

 

そういうものなんですかね?

あ、そうでした。聞かなきゃいけないことがありましたね。

 

「そういえば、あなたは……何と呼べばいいのですか?」

 

私はこれから“アカネ”と名乗ることにしましたが……

案内人となるこの人(いや、今は犬ですね)の名前を知らなかったのです。

しばらく長い付き合いになるでしょうから、やはり知っておかないと。

 

『あー、そうだな。一応ケルベロス、ってのが正しい気もするがまぁ俺はしょせん端末だからな。俺だけの名前を決めたっていいだろ。好きに呼んでくれて構わねーよ』

 

そうですか、それじゃあどんな呼び方がいいのでしょう。

うーん……ケルベロスとは言いますが、犬ですし……。

そうですね……じゃあ……

 

 

 

 

「……マケイヌで」

『うおおいっ!? そりゃねえだろう!?』

 

うん、決定です。

 

 

 

 

 

 

 

Side マケイヌ

 

マジかよ……↑公式に「マケイヌ」で決まっちまったよ俺の名前。

せめてこう……ポチとかコロとか、そんなのならまだ良かったんだが、マケイヌって。

まぁ、せっかく嬢ちゃんからもらった名前だ。嬢ちゃんの案内人を務める間は、それでいこうか。どこかふに落ちない部分もあるが。

 

「わがまま言わないでください」

『言ってねぇよぉ……』

 

思いはしたが。

いいじゃないか、思うぐらいはさ。もうマケイヌでいいから。

……さて、こんなことよりも今は嬢ちゃんのことだ。

 

「マケイヌ、さっきのあの黒いローブはどこにいったんですか? 確かに服装が変わるとは言っていましたが……私は、死神の鎌(デスサイズ)を得て死神になったのでしょう?」

『厳密には違うな。嬢ちゃん自身が死神になったらずっとあの姿のままさ。嬢ちゃんは死神になったんじゃなく、その力を借りているにすぎない。確かに死神の力を借りて戦闘力を得てはいるが……所詮は借りものさ』

 

嬢ちゃんの未練がなくなったときには、嬢ちゃんは死神の力を持つことなく逝くことになる。復讐さえ終われば、嬢ちゃんには必要のない力だから。

 

それからも、俺はここに来るためにくぐった扉のことも合わせ、説明を続ける。

扉をくぐった先の時間、場所、服装は嬢ちゃんの復讐、またはそれに関連する目的に合わせて変化する。

どう応じて変化しているかってのはちゃんと俺が理解しているからな。

 

あとは、死神の鎌の出し方も教えとかないと。

嬢ちゃんの「黒いローブはどこ?」の答えでもあるしな。

 

『んで、死神の鎌についてだが……嬢ちゃん、手を地面にかざしてみな』

「は、はい。こうですか……うわっ!?」

 

手のひらを下に向け、手を前に出した時……突然スッと紅の柄が地面から嬢ちゃんの手の方へ伸びてきた。言うまでもなく、死神の鎌の柄だが……突然伸びてきたので嬢ちゃんはびっくりしたみたいだ。

 

いやしかし、胸に手をあててはぁはぁ言うのはさすがにびっくりしすぎだと思うぜ?

そもそも嬢ちゃん、死んでるから胸の鼓動ないんじゃね?

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

び、びっくりした……。不意打ちにもほどがあります。

心臓に悪い……と言うのは死んでいるのでいささか不適切な表現かもしれませんが。

あくまで比喩的表現ですよ、比喩的な。

さて、地面から急に伸びてきた見覚えのあるこの紅の柄。

……これをつかんで、引き抜けということですかね?

 

『死神の鎌を持つと、前みたいに黒い衣が嬢ちゃんの身に纏わりつく。

さぁ、その柄をつかんで引っ張るだけだ』

 

つかんだ柄はどこか冷たい感触がして、しっとりと手になじんでいます。

そのまま絵の先が円を描くように回転させて持ち上げると、黒い刃が柄に引きずられるようにして地面からその姿を見せました。

確かに重量は感じますが、そこまで重いとも感じません。

そして、マケイヌの言うとおり死神の鎌を持った瞬間黒い影が私の身を覆い、黒いローブへと変わりました。少しボロボロな雰囲気のある、死神の衣に。

 

「なるほど、これなら常にあんな大きな鎌を持ち歩く必要はなく、戦いのときにはどこでも出せると言うわけですか。マケイヌ、戻すときにはどうすればいいのですか?」

『あ、ただ地面に落とすだけでいいぞ』

 

言われたとおり、手を放すと鎌はとぷん、とまるで水の中へ沈むように地面の中、というか影の中へと消えました。

うわ、本当に便利……。

ちなみに、戦いではたき落され時にも沈んでしまうのかな?と思ってマケイヌに聞いてみたところ、基本的に今のような現象は起きますが、またすぐに手元に出すことができるそうです。

しかし裏を返せば、空中戦はあまりお勧めできないということですね。

もっとも、私浮いたりできるのか知りませんが。

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ今のは!」

「お前何者だ!? さては悪魔か!」

 

 

 

 

 

 

 

「?」

 

突然、声がしたかと思うとローブ姿の人間が私を取り囲んでいました。

ローブ姿……先ほどの「悪魔」発言と言い、十中八九魔法使いですね。

数は一人、二人……七人、ですか。

誰もかれもが杖などを構え、私をいまいましげに睨んでいます。

……しかし、なぜそんな目で見られるのか、身に覚えがないのですが。

 

<あいつらは……嬢ちゃんのことを警戒してんのさ>

 

念話……マケイヌですか。

しかし、警戒しているとは? どういうことでしょう?

 

<あいつらはある人物を追ってる、“自称”正義の魔法使い共さ。相手を追ってるところで突然、人がいないはずの森で女の子が黒い衣を纏ったり元の服装に戻ったり、なんてのを見たらそりゃあ警戒はする>

 

なるほど、道理です。

しかし、マケイヌの言った“自称”と言うのが引っ掛かりますね……。

 

<バカなんだよ。元老院っていうお偉いさんの言うことに振り回され、正義のためなら何をしても許されるなんて考えてる勝手なやつら>

 

そ、それはどういう……

マケイヌに返事を求めるより先に、事態は動きました。

 

「炎の精霊16柱、集い来りて敵を討て!」

 

この詠唱は「魔法の射手」!?

え、え? いきなり攻撃ってどういうことですか?

と、とりあえず鎌をもう一度……

 

<その心配はいらんよ、嬢ちゃん。わかっているだろうが、今の嬢ちゃんは体があり他人に見えるとはいえれっきとした死者だ。つまり、自分から触れようとしない限り……>

「魔法の射手!」

 

突然のマケイヌの言葉に、出しかけた手を止める私。

そして、何本もの魔法の矢が私のほうに飛んできて……

 

 

 

 

 

 

 

<魔法とか攻撃とかは、嬢ちゃんをすり抜けてしまうのさ>

 

 

 

 

 

 

 

言葉の通り、全部私の体をすり抜けました。

当たっているのは感じるけれど、感じるだけで痛くはない……。実に不思議な気分です。

 

「ば、バカな!?」

「無傷だと!?」

 

慌てだし、ますます私への疑念をむき出しにする“自称”正義の魔法使い達。

ようやく、マケイヌの言った意味がわかりましたよ。

 

この人たちは、突然現れた私という存在に驚いていた。

それだけならまだいいんです。当然の反応ですし。

ですが、その後。彼らは私に向かっていきなり攻撃を放ってきました。いくら突然黒い衣を纏ったりしたからとはいえ、普通は私が何者かまず確認すべきだと思いませんか?

 

そうでないから良かったものの、私が身を守ることは出来なかったら?

 

そんなこと、彼らは考えもしなかった。

「怪しい、だから攻撃する」……彼らの感覚でしか物事を判断していないから。

 

「このバケモノめ……」

「魔族? それとも真祖の吸血鬼か!?」

 

あぁ、もう……うるさい。私が人間、もしくは幽霊という考えはナシですか。

なんか、急に私を殺した魔法使いを思い出しました。

笑いながら魔法を放った、あの赤毛の少年。

 

魔法……昔お母様が使うのを見たときにはあんなに憧れたのに、今となってはそれは価値のないものに、それどころか嫌悪感すら感じさせるものになってしまいました。

お母様は生活の用途で使って見せましたが、彼は人殺しに使った。

いえ、お母様だって、おそらく村を守るときには迎撃に使ったでしょう。

 

魔法には人を傷つけ、時には殺す裏の顔もある。

その裏の顔が、今の私にはあまりに大きくはっきりと見えてしまうのです。

 

「くそ、こいつは危険に違いない。どうする?」

「ええい、とっとと終わらせるぞ!」

 

とっとと、終わらせる?

 

魔法使い達は、私へと再び杖を向けていました。

彼らの中では完全に、私は害悪であるようです。

少なくとも、私には彼らへの敵対心なんて最初は全くと言っていいほどなかったのに。

 

あなた達は

 

なんの確認もしようとせず、

 

自分の考えだけで、

 

相手を攻撃することに何も思わないのですか……?

 

彼らがあの少年と重なって見えた私は、

気がつけば何かをつかむように手を前に出していて……。

 



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第5話 家なき娘は復讐を胸に

その時、私は半ば無意識でした。

気がつけば何かをつかむように手を前に出していて……いえ、はぐらかすのは止めましょう。

私は……手を出しかけたのです。死神の鎌に。

なぜか? それは……言わなくても構わないでしょう。

私は……殺そうとしたのでしょうね。彼らを。

 

ですが、私が鎌をつかむことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

ドドドドドドド!!

 

 

 

 

 

 

 

突然、魔法使い達が吹き飛ばされたからです。

まるで横から何かが殴りこんだように。しかし、一体何が起こったのでしょう?

 

「大丈夫かい? お嬢ちゃん」

「はぁ……まぁ……」

 

突然現れた、男の人。朗らかに話しかけてきましたが、どうやらこの人の仕業のようです。

スーツ姿でメガネをかけた、シブい魅力を放つオジサンです。

ダンディ系の男性が好きなタイプから見れば、ストライクど真ん中でしょうね。

 

「師匠、この人達は……」

「おそらく、追手だろうな……。ちくしょう、もうここまで追い付かれたか。

だいたい、情報が早すぎる……」

 

オジサン、そして彼の後ろから現れたオジサンを「師匠」と呼ぶこの青年の会話からして、どうやらこの人たちは追われていたようですね。

追っていたのはこの“自称”正義の魔法使い……追われる理由は知りませんが、ひょっとすると言いがかりの理由かもしれません。

先ほどの魔法使い達の言動を見るに、むしろそうだと思えるのがなんとも……。

 

「とりあえず、ここから移動しよう。話はそれからだ」

 

オジサンの言葉に従い、青年と私は彼の後に続きます。

また不審に思われてはたまらないので、今はまだ素直な女の子のふりをする。

今は……ね。

 

後ろを振り返れば、いまだ倒れ伏している7人の魔法使い。

あの時、確かに私は殺す気だった……。今から思いだすと、ぞっとしますね。

だけど、私はこれから先、人を殺さなくてはならない。復讐のために。

 

そんな泣きごと、言ってはいられないのも確かですが。

 

さて……この人たち、何か知っているでしょうか?

私が追っている人達について……。

 

 

 

 

 

 

 

Side ガトウ

 

まずいな……。もうここまで追手が来ているとは。

しかし、どうしてあいつらはこの女の子を取り囲んでいたんだ?

魔法の射手も見えたが、まさか彼女を攻撃したんじゃないだろうな?

巻き込まれたなら、彼女をこれ以上かかわらせるわけにはいかない。

 

「お嬢ちゃん、ここは危険だ。早く家に帰った方がいい」

「……ません」

 

ん? 何か言ったようだが、よく聞こえなかった。

 

「……帰る家など、ありません。それに、この森でやらねばならないこともあるんです」

「…………」

 

家がない、か。おそらく戦災孤児……または、オスティア難民か。

いずれにせよ、戦争の被害者なのだろうが……なぜ一人なのだろう。

一人でいるなら、生きることも大変で、辛かっただろうに……この少女はまっすぐな目をしていた。不安ではなく、何か確固たる目的を持っているような。

 

「そう、か」

 

ならば……せめて近くの町には送り届けてあげた方がいいかもしれないな。

とりあえず、自己紹介でもしておくか。

 

「俺はガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグだ。そこにいるのがタカミチ。あと……アスナ、こっちにおいで」

 

ガサガサ……と茂みが揺れて、ひとりの女の子が出てきた。

無気力な目をした彼女は……“黄昏の姫御子”、アスナ姫。その力はかつて兵器としても利用され、そもそも今俺達が追われているのも十中八九彼女が目的だろう。

 

「…………」

 

長いツインテールを垂らして、アスナは無言のまま俺を見た。

あー、はいはい。状況を説明しろとな。

最近、視線だけで言いたいことがわかるようになったのを喜ぶべきが、依然としてしゃべって何かを頼むことがないのを嘆くべきか……。

 

「アスナ、どうやらもう追手が迫っているらしい。んで、その追手がそこのお嬢ちゃんに攻撃しようとしたのか囲んでいたのを助けて、ここに連れてきたってわけだ。オーケー?」

「ん」

 

グッ、と親指を立てるアスナ。

そして、今度はあのお嬢ちゃんをじーっと見つめ出した。

どうやら、今度はお嬢ちゃん自身が何者か知りたいようだ。……正直、俺も気になるな。

視線の意味することが分かったのか、彼女は微笑を浮かべ口を開いた。

 

「私はアカネと言います。この子はマケイヌ」

 

指さした彼女の足元には、一匹の犬がいた。

うわー、お嬢ちゃん……。それはないわ。

不憫な名前をつけられたその犬にはなぜか同情がわく。

 

「助けてくれたことにはお礼を言います……。ですが、先ほども言った通り私にはここでやることがあるんです。だから……失礼します」

「おいおい、アカネは家がないんだろう? よければ、せめて近くの町まででも俺達と一緒に来ないかい?」

「いえ、身を守る術はありますので……では」

 

きっぱりとした口調で俺の申し出を断ると、アカネは俺達に背を向けてどこかへと去っていった。やれやれ、どうしてもというなら仕方がない、か。

 

「いいんですか? 師匠?」

「身を守る術があるってなら……まぁ、いいか? あんまりかかわるのもどうかと思ってよ。タカミチ、そっとしといてやろう。あの魔法使い達は俺達の方に来るだろうし」

 

しかし、なんだったんだろう? 俺がアスナと話している間に、わずかに見せたアカネの表情の変化は……?

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

ガトウがアスナと話していた時のことです。

 

<嬢ちゃん……何か理由をつけて、こいつらから離れろ>

 

マケイヌから……わざわざ念話を使って、そう言われました。

いつになく声に真剣さが混じっていたので、不思議には思いましたが「やることがある」とガトウ達から離れました。

 

そして、しばらく距離を取った後。私はもう一度マケイヌに尋ねました。

一体、何の考えがあったのかと。

マケイヌはどうしてあんなことを言ったのでしょうか?

 

『よく聞いてくれ、嬢ちゃん』

「はい、何でしょう?」

 

地面に座って木に寄りかかり、少しでもマケイヌと目線を合わせようとして……。

そして、私は真実を知らされました。

 

 

 

 

 

 

 

『あの、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグってやつ……アイツは、“紅き翼”の一人だ』

 

 

 

 

 

 

 

一瞬で思考が止まるほどの、爆弾のような真実を。

頭が真っ白になりました。

え、なに? 私を助けた優しさのあるあの人が……“紅き翼”?

私の村の、仇?

 

「それは……本当、なんですか?」

『あぁ。どうする? すぐにでも、殺しに行くのかい?』

 

殺しに……ですか。やはり重い言葉ですね。

しかし、それこそが私の復讐であり、目的です。それを忘れてはいけない。

だから泣きごとなんて言っていられません。私はもう、覚悟を決めたはずなのですから。

 

「ん?」

 

ふと耳をすませてみると、離れたところから複数の声が聞こえました。

つい最近、聞いたような声が。

 

「ヴァンデンバーグたちは近くにいるみたいだ」

「あの小娘も気になるが……まずはこっちだ」

「元老院の話じゃ、あいつらは強力な力を持つ娘を連れて逃げてるって話だぞ?」

「危険なんじゃないか?」

 

……そうだ、私を囲んだあの魔法使い達。目を覚ましたようですね……。

ガトウが「追手」と言っていたのは間違いではなかったようです。

 

『あいつらもガトウ狙いか。どうする? 嬢ちゃん』

「…………」

 

どうやら。

少し、やることが増えたようです。

 

 

 

 

 

 

 

「夜中に攻めるぞ」

「わかった、援護は頼む」

 

だいぶ暗くなった頃、彼らはこっそりと襲撃の準備をしていた。

元老院の命令によって、ガトウが連れて逃げている少女を“保護”し、ガトウ達は場合によっては殺せとまで言われている。

詳細までは知らされてはいないが、彼らにとってそれはどうでもいいこと。

“立派な魔法使い”の称号が約束されているから、名誉を得ることができれば。

それだけ、考えていた。

 

『で、俺もやっていいんだな? 嬢ちゃん』

「な、なんだ!?」

 

突然の声。

驚いた魔法使い達の目の前に現れたのは、はるかに大きな獣の影。

 

「な!?」

「悪魔か!?」

「いいえ、ケルベロスですよ」

 

狼狽する魔法使いの後ろに、いつのまにかいた黒い影。

仮面をつけ、手には大きな鎌を持ったその姿はまるで死神。

 

「そっちは任せましたよ、マケイヌ」

『了解、っと』

 

言うが早いか、獣の影はそばにいる魔法使いに向けて牙をむく。

魔法を使われて騒ぎになるより早く、次々に魔法使い達を餌食にしていく。

もっとも、手足だけで済み、出血がひどくても命は助かったのがせめてもの救いか。

 

「ひ、いいいいい!?」

 

残された魔法使いは恐怖でがむしゃらに魔法を放とうとするが、それは叶わなかった。

なぜなら、その横で大きな鎌を振り上げている影があったのだから。

 

「私を忘れてはいけませんよ?」

「ああああああっ!」

 

体を切りつけられ、残った魔法使い達も膝をつく。

痛みにあえぐ魔法使い達に、影……アカネは侮蔑を込めて見つめていた。

 

「あなた達は自分の考え方だけで、自分の為にしか考えていない。

私が言えたことでもないですが……それで人を簡単に傷つけて偉いはずがないでしょう」

 

アカネは、マケイヌから彼らが“立派な魔法使い”とか言うものを目指していることを聞いた。しかし、正義を振りかざす彼らがとてもそんな栄誉があるようなものとは思えなかった。

 

「せいぜい痛みにあえぐことですね。人を傷つけることがどういうことか、よくわかったでしょう。そして……」

 

ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグは私の相手です。

 

ローブをひるがえすと、アカネはゆっくり歩いて行く。

その後ろを、獣の姿からもとの小さな犬の姿になったマケイヌがとことこついて行く。

 

『じゃ、どうする?』

「そうですね……」

 

いよいよです。

 

「払暁奇襲で行きましょう。暗闇に紛れて逃げられることは無いでしょうし、朝だと油断しているでしょうから」

 

明朝。

夜が明けたら、私は……人の命を、奪う。

復讐のために。

 




side形式が気に入らないというご指摘をいただきました。
第2章までは都合上どうにもできませんが、第3章からなら検討しようかと思います。

よければ、皆さんの意見を聞かせてください。
お待ちしております。

もちろん、他の感想、ご指摘も大歓迎です


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第6話 朝日の中の別れ

side形式についてですが……考えた結果。やはりこのままでいくことにしました。

理由は、今までの形を崩したくないのとやはり描写がしやすいことです。

ご指摘はもっともだと思いますし、side形式ではなく地の文で、という意見も間違っていないと思います。

ですが、この話は当初のままで行かせてもらいたいと思います。
一応、新たに「side形式」のタグを追加しておきます。

前置きが長くなりましたが、では、どうぞ。


Side ガトウ

 

あっふ……ねむ……。

わりと早くに目が覚めたが、かわりに大きな欠伸が出た。

朝はやっぱり一服しねえと……目が覚めないな。

タカミチやアスナは、タバコが嫌いみたいだがこればっかりはな。

 

「あ、おはようございます師匠」

「……おはよう」

「おはよう、二人とも」

 

煙草を2本ほど吸った頃、ようやくタカミチとアスナが起きだしてきた。

こいつら、ずいぶんとぐっすり寝てたな……。俺は遅くまで起きてて番をしてたのに。

というのも、離れたところで少し魔力みたいなものを感じたからだ。

途中倒した魔法使いか……? いや、それだけじゃなかった感じもするが。

 

「師匠、どうかしましたか?」

「あ、あぁ、何でもない」

 

あまり魔力の察知とか得意じゃないからな……。

かといって、タカミチやアスナにも番をしろというわけにもいかない。

子供に遅くまで起きてろっていうのも酷なもんだし。

 

「師匠、僕もうそんな子供じゃありませんよ?」

「……ガトウ、怒っていい?」

 

ばれてやがる。子供扱いしたことが、なぜか。

心を読まれた? いや、まさかね……。

 

何事もなく、また出発しようかとも思った時だった。

アスナが突然、俺の袖を引っ張ってきたのは。

 

「……ガトウ。ここに、昨日見た犬がいる」

「え?」

「アン、アン」

 

ほんとだ。

アスナの指さす先には、確かに昨日見た犬がしっぽを振っていた。

こいつ、アカネが連れていた……確か、マケイヌだっけか?

こいつがいるってことは側にアカネもいるってことか。

 

「あれ、どうしたんでしょう……?」

「はぐれたのかもしれねえな」

 

なら、アカネを探してこいつを連れて行ってやった方がいいかもしれない。そう考えていた俺は……気が抜けていたのかもしれない。

油断など、しているつもりはなかったのに。

 

ヒュオッ

 

「離れろぉぉ!!」

 

気付かなかった。

犬に気を取られていた、それでも警戒はしていたからぎりぎりで気付けたが……。

ギリギリになるまで気付けなかった。

 

俺の後ろには、いつの間にか、黒い影がいて……。

巨大な鎌を、俺達めがけて振りおろしていた。

 

「くっそ!」

 

タカミチ達を背に隠すと、すぐに咸卦法で戦闘態勢に入る。

俺が全然気づけないほど気配を隠せる実力者なら……下手に様子を見るのは、無意味!!

 

「七条大槍無音拳!!」

 

巨大な拳圧の塊が、影めがけて飛ぶ。

これならたとえ障壁を張っていようが、気で防御をしようがダメージを与えられるだろう。

俺はそう思っていた……だが、その予測は外れていた。

 

「なっ……すりぬけた!?」

 

手ごたえもない。

なぜか、俺の攻撃は影にダメージを与えることもなくすり抜けたようだった。

まるで影が“この世に存在しないもの”であるかのように……。

 

「おおおおっ!!」

「なっ、バカ!」

 

タカミチのバカが影に向かって突っ込んだ。

勢いに任せたからだろう、影はあっさりとよけて袖口を鎌で切りつけた。

そこまで深くはないようだが……それでも、タカミチの動きは鈍ってしまう。

そして、影は再び鎌を振り上げ……。

 

「ち、っくしょう!」

 

俺は、タカミチを力を抜いた居合い拳で飛ばす。

だが、それがあだとなり、隙を作ることになってしまった。

やっちまった……。

気づけば、影は鎌を振り上げたまま飛び上がり……

 

 

 

 

 

 

 

俺の体に、振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

Side タカミチ

 

「師匠!」

 

軽率だった。

突然現れた、黒い影……僕はガトウさんすら気付かなかったその存在に思わず恐怖と勢いから殴りかかってしまった。

師匠に弾き飛ばされなければ、危なかったのは僕だっただろう。

だけど、そのせいで……

 

「な!?」

 

僕から狙いを変え、隙が出来た師匠に向かったその影は師匠へと鎌を振りおろしていた。

飛び散る血。

そのとき、僕は初めて影の姿をしっかりと見ることができた。

黒い衣をまとい、人の形をしているその影は、仮面をしているので素顔はわからない。

だけど、その姿と手にする巨大な鎌は……まるで、死神を連想させる。

 

「くそ、まずったな……」

「無理しないでください!」

 

手を傷にあてたまま、瞬動で僕の方に来た師匠はアスナちゃんをもう片方の手で抱えていた。そのまま、懐から緊急用の転移符を取り出す。

1枚がかなり高価ではあるが、保険として師匠が準備していたものだ。

 

「いったん逃げるぞ!」

 

犬を抱えたままのアスナちゃんと僕、そして傷を負った師匠。

死神の姿をした相手がこっちに向かってきたが、それより転移魔法が発動するのが早かった。

 

 

 

 

 

 

 

転移先はさっきいた場所からは離れたようだが、やはり森の中だった。

ちょうどいい大きさの岩があったので、その岩に師匠が身を預ける。

 

「ここまでくれば……師匠、しっかり……」

 

治療のための符は、この前使いきったばかりだった。

前は大勢の召喚魔を使われたため、アスナちゃんを守るため僕や師匠は傷を負い、治療符を使わざるを得なかった。

もっとも、治療符があっても、はたしてこの傷をどこまで治せるか……。

 

「よぉタカミチ。火ィくれないか……? 最後の一服……って奴だぜ」

 

震える手でタバコを取り出すと、口にくわえる師匠。

僕は……ただ、ライターを師匠のポケットから出して火をつけることしかできなかった。

タバコに火がつくと、師匠は満足そうにフーッと煙を吐き出した。

 

「あー、うめぇ」

 

口からは血が流れている。

まさか、内臓にまで傷が達している……?

タバコについたその血が、タバコの白と不釣り合いで目立っていた。

 

「さぁ、行けや。ここは俺が何とかしておく」

「む、無茶言わないでください! それに、転移したんだから追ってくるなんて……」

 

言いかけて、気づく。

転移したとはいえ、ここはまだ森の中だ。ならば、師匠の気配を追ってここまで来るかもしれない……。

 

「何だよ、嬢ちゃん。泣いてんのかい? 涙見せるのは……初めてだな」

 

嬉しいねえ……と笑う師匠の手を、アスナちゃんが小さな手でぎゅっと握っていた。

そして師匠は、僕にアスナちゃんの記憶を、自分に関する記憶は特に念入りに消すよう頼んできた。

これからの彼女には、必要のないものだから……と。

 

「やだ……ナギもいなくなって……おじさんまで……」

 

やだ……とアスナちゃんが握る手の力が強くなる。

ボロボロと涙を流す彼女の頭を、師匠は優しくなでてあげた。

 

 

 

「幸せになりな嬢ちゃん。あんたにはその権利がある」

「ダメ、ガトーさん! いなくなっちゃやだ……!!」

 

 

 

わずかに微笑んで見せた師匠は、続いて僕の方を見る。

僕は……その時、いったいどんな表情をしていたのだろう。

 

「嬢ちゃんのことを頼んだぜ、タカミチ」

「……ハイ」

 

泣きじゃくるアスナちゃんを抱き上げ、頭を下げる。

……僕だって、泣きたい。

頭のどこかで分かっていた。師匠とは、ここでお別れなのだと。

 

「……今まで、お世話になりました」

「あぁ、達者でな……行け」

 

師匠の言葉を受け僕は……何かを振り切るように、瞬動で駆けだした。

まだ未熟だけど、師匠について行く程度はできるようになった、その瞬動で……。

 

「ガトーさん! ガトーさぁぁぁぁぁぁん!!」

 

僕の腕から逃れようと、手を伸ばしてもがくアスナちゃん。

泣きじゃくる彼女の声が、耳に痛かった。

 

 

 

 

 

 

 

Side ガトウ

 

あいつらは……行ったか。

 

「もう、姿を見せていいんじゃないか?」

「……よく、わかりましたね」

 

木々の陰から姿を見せたのはさっきの影……いや、姿からいえば死神だな。

しかし。初めて声を聞いたが、この声どこかで聞いたような……?

 

「転移魔法符を使ってもあっさり追いつかれるとはな……。だが、タカミチ達が行くまで待ってくれて……助かった」

「…………」

 

返事は、なかった。

痛みにこらえながら、目の前のその姿を見る。

黒い衣に、顔にはドクロを模した仮面。手には巨大な鎌を持っている。

等身大はある、紅い柄に黒い刃の鎌。まさに、死神の姿だな。

 

「あんたは、何者だ? メガロメセンブリアの奴か? それとも“完全なる世界”か?」

 

後者なら厄介だ。まだ残党が活動しているということだからな。

だが、アスナを狙っていたと思ったが……彼女を連れていったタカミチを見逃したから、どうやら狙いは彼女ではないらしい。となると……やはり、俺か。

 

「……いえ、どちらでもありません」

 

……どちらでも、ない?

となると、帝国側? いや、なにか違う気がする。

 

「最初の傷ですぐ死ななくてよかった。最期に少し……話を聞いてもらえませんか?」

 

死神は、ドクロの仮面にあいた手を伸ばす。

そして、素顔を俺に見せた。

 

「ある戦争の中で家族を失い、故郷を失い、命を失って……地上に取り残された、一人の少女の物語を」

 

昨日助けた少女……アカネが、まっすぐな目を俺に向けていた。

 




3話でマケイヌが説明したようにアカネは現在影を使った転移が可能です。
転移したガトウに追いつけたのは、そのためです。

個人的に、ガトウの最後のセリフが大好きです。
なので、あの場面を入れました。
予想していた方は多いと思います。

次回の話の題名は、すでに決まっています。
合宿があるので更新は少し先となりますが……ご了承ください。

次回、「一人目」。


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第7話 一人目

お待たせいたしました。
ついに、一人目です。


Side アカネ

 

「連合側と帝国側とでの、ある大きな戦争のさ中の話です」

 

最初鎌を振りおろしたあのときは、彼をすぐに殺すことを考えていました。

しかし、途中で気が変わったのです。

ただ殺すのは、何の意味もないのではないのか、そう考えたからです。

 

あなた達が、何をしたのか。

私達が、何を失ったのか。

それを自覚させずに殺すのは、復讐にもなっていないと思ったのです。

相手だって自分がなぜ殺されるのか知りたいでしょう。私がそうだったように。

だから、私は全てを話すことにしました。

 

当然、その後は……

 

 

 

 

 

 

 

Side ガトウ

 

「ヘラス帝国とメガロメセンブリア連合の境目あたりの地域、その辺境にある村がありました。のどかな村です。戦争を憂い、戦争から逃れた人々が集まったこの村では外での戦争が嘘のように、平和な生活がありました。……あの日までは」

 

淡々と語りだしたアカネ。おそらく、その村というのはアカネがいた村だろう。

戦災孤児かという俺の考えは当たっていたということか?

しかし、なんだ? 何か、引っ掛かるものがある……。

もっとも、今の俺には、痛みをこらえた話を聞くことくらいしかできない。

だから俺は話に耳を傾けていた。

 

「あの日、メガロメセンブリア軍が村に攻め入ってきました。突然の襲撃に一部の人々が防衛にあたり、他の村人は避難しようとしました。そこへ、連合側として現れたのが……あなた達、紅き翼です」

 

やはり、戦災孤児か。

しかも俺達が直接かかわった戦闘によって……いや、ちょっと待て。

彼女は話を始める前にこういったな?

 

『ある戦争の中で家族を失い、故郷を失い、命を失って……地上に取り残された、一人の少女の物語を』

 

この少女というのがアカネを指すのなら……おかしくないか?

“命を失って”? ということは、目の前の彼女はすでに死んでいる……?

頭の中が混乱する中、彼女の話は続く。

 

「あなた達によって避難も防衛も阻まれ、村は破壊され、村のみんなは殺されました。

ひとり残らず、みんな。あなた達が、死なせた」

 

……全員、死んだ?

待てよ待てよ、それはまさか……。

 

――国境の、辺境の村。

 

――戦争から逃れようとした人々の村。

 

――俺達が介入し、全員が死んだ村。

 

――目の前の少女、“アカネ”が語る村。

 

 

なんで、もっと早くに気がつかなかったのか。

いや、気づくべきだった。

村人が全員軍に殺された、俺達がかかわった戦闘でそんなことがあったのはあの時だけだ。

アカネという名で、なぜすぐに思いだせなかったのか……!

 

「アンタの言う村ってのは、アカネ村か……!」

「はい。その通りです」

 

なんてことだ……。

アカネ村。それは、メガロメセンブリア元老院の指令によって俺達が軍と共に戦闘行為を行った村だ。

「自国の人間と帝国の人間が何やら共に活動しており、どうやら結界が張られた基地らしき場所まである」とのことだった。

スパイ活動の拠点という疑惑、特に「完全なる世界」の拠点かもしれないという考えから、戦闘好きのナギやジャックはともかく、アルやゼクトも戦いに参加していった。

 

「そして。当然、私もその時に死にました。赤い髪の少年の雷魔法で」

「な、ナギが君を!? そんなバカな!」

「事実です」

 

そんなバカな……戦闘行為は行った。確かにそうだが、それは防衛にかかわった相手にだけ、もしくは結界の破壊にだけだ。村人を殺したのはメガロメセンブリア軍であってこの少女が防衛に加わっていたとは思えない。

なら、ナギは……非戦闘者である村人すら、手にかけたということになる。

 

「死んだ私は、冥界にいました。しかし私は、“あの世”というものには逝くことができなかったのです。どうやら、村を滅ぼされ、皆を殺された未練が私を縛り付けているようで。未練を断ち切る方法は、一つ」

「……復讐、か」

「察しがいいですね。その通りですよ」

 

話を聞いていれば、当然解答の一つとして思いつく。

ましてや、俺が今瀕死の状態であるからなおさらな。

 

「そして私は冥府の番人に復讐のための力を借り受け、導かれ、今あなたの目の前にいるというわけです」

「そして、俺を殺すのかい?」

 

聞くまでもないことだ。だが、俺は思わず口にしていた。

アカネは一瞬、確かに顔を歪めた……けれど、すぐに元の表情に戻って、頷いた。

 

「……はい」

 

答えるまでに、少し間があった。

アカネの話通りなら、彼女だってある意味仕方なく殺すのだ。

決して最初から人を殺したかったわけではない。彼女の人生……いや、それ以後までも歪めてしまったのは、ほかならぬ俺たちだ。

 

なら、彼女の復讐は正当なものだ。

復讐に正当性を問うのもどうかと思うやつもいるかもしれないが、少なくとも俺達はそれだけのことをしてしまったのだ。

ただ。これだけは言っておかなくては。

 

「一つだけ、頼みがある」

「……何でしょう?」

 

命乞いなら聞きはしないと目が語っている。

安心しろ、“俺”はどうなろうと構わねーよ。ただ……

 

「……タカミチとアスナは見逃してくれ。あいつらはまだ子供だ。

いや、それ以前に……何よりあいつらはあの事件には全く関与していない」

 

俺達がアカネ村でしてしまったことは、今現在“アカネ村虐殺事件”として有名になっており、戦争への反対意識を拡大させるとともに、一部の人々によっては英雄と呼ばれるようになった俺たちに対する非難の大きな理由の一つとしても挙げられている。

だが、それにあの二人は関わっていない。

 

「そういうことなら……まぁ、考えておきます」

 

考えておく、か。

俺にできるせめてものことだ。できれば、二人には生きていてほしい……。

アスナに至っては、やっと人並みの幸せを得られそうなのだし。

 

ぐっ……そろそろ限界だな。

 

「……こう見えて、アンタに受けた傷は深くてね。ずっとズキズキしてるんだ。

俺を殺すなら……そろそろ、せめて痛くないように頼むぜ。一瞬で」

「そうですね。もう……いいでしょう」

 

アカネが鎌を振り上げる。

朝日で黒い刃がきらりと光り、鎌自体もまたどこか光を放っていた。

 

「あなたの魂、刈らせていただきます。望みどおり、一瞬で」

 

さぁ……裁きの時だ。

俺が今までやってきた罪が、この瞬間を持って少しでも償えるといいな。

まぁ……アカネに対しては、そんな簡単に償えることではないか。

 

「あなたの魂が、逝くべき場所へ導かれますように」

 

そして、それは振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

Side タカミチ

 

どれくらい移動したのだろう。

いつの間にかアスナちゃんは泣きやみ、静寂だけが辺りを満たしていた。

師匠は……一体、どうなったのだろう。

 

「ふぅ……」

 

考えても、答えが得られるわけじゃない。

僕は何とも言えない気持ちになって、休憩がてら足を止めた。

抱えていたアスナちゃんをおろすと、彼女はじっと僕のほうを見つめてくる。

何も言わずに、アカネの犬を抱きかかえたまま。

 

「…………」

「…………」

 

視線が痛い。

せめて何か言おうと二、三分言葉を選んでいると、先にアスナちゃんの方から、ようやく口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

『……そろそろ、かな?』

 

アスナちゃんとは全く別人の声で。

 

 

 

 

 

 

 

「だ……誰だ!? まさか、偽者!?」

 

しまった、師匠を襲ったのはアスナちゃんと入れ替わる隙を作るためか!?

だとしたらアスナちゃんが危ない……

 

『違う違う。この体は正真正銘この女の子のものだ。別に入れ替わりとかじゃないし、さらに言うならこの女の子に危害を与えるつもりもない。俺はただ、ちょっとこの子に憑いて操っているだけさ』

 

アスナちゃんとは思えない笑みを浮かべ、ソイツは喋り続ける。

いったい何者なのか、何がしたいのか分からないから油断できない。

 

「そろそろ、っていうのはどういうことだ?」

『そのうちわかるさ。強いて言うなら……誰かの未練を断つための復讐、とでも言えばいいのかな』

 

ソイツは少し考えるようなそぶりをした後、まぁわからないだろうなと呟いて僕のほうを眺めていた。手を出そうにも出せないぼくにソイツは手を振る。

 

『アンタとはまた会うことになるだろうな。

あ、ひとつ言っておこうか……彼を弔いたいなら、大変だろうが戻ることをお勧めするぜ。今ならまだじゃまな奴も来ないだろうし。じゃあな』

「ま、待てっ!」

 

僕が叫ぶのと、気を失ったアスナちゃんが倒れこむのはほとんど同時だった。

どうやら、“ソイツ”はもうアスナちゃんの体から抜けたらしい。

だけど、彼の言っていた「弔う」という言葉は……まさか。

 

「アン」

 

後ろを向くと、いつの間にか離れたところにいたアカネの犬が僕たちを見ていた。

しばらく尻尾を振っていたが、やがて踵を返しどこかへと走り去って行った。

 

「う、うぅぅぅん……」

「あ、アスナちゃん!?」

 

アスナちゃんがゆっくりと目をあける。

うつろな目でしばらく空を眺めた後、彼女は唐突に口を開いた。

 

「タカミチ……」

「な、なんだい?」

「ガトーさん、大丈夫かな……?」

 

僕は、どういえばいいのか分からない。

彼が言っていた「未練を断つための復讐」と「弔う」という言葉……。

これらが指すであろうことを、僕は彼女に告げる勇気がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

鎌を振り下ろすとき、私は一体どんな気持ちを抱いていたのでしょう?

喜び? 怒り? 哀しみ? それとも……

 

『終わったみてえだな』

「……はい」

 

いつの間にやってきたのでしょうか、足元で犬の姿をしたマケイヌがこちらを見上げていました。

その目はどこか私をいたわっているようで……気が抜けた私は、思わず持っていた鎌を落としてしまいました。

鎌は影の中に消え、黒い衣も消える。

 

『さて、と。次の扉を開くときだな』

「次……」

 

次……ですか。いったい、私は何人手にかけないと未練を断てないのでしょうね?

ですが、もう後には引けません。

そんなことをすれば、“彼”の死が無駄になってしまいますから。

“彼”は目を閉じたまま、岩にもたれかかっています。

 

もう、起きることはありません。

 

 

 

 

 

 

 

やっと……一人。

お父様、お母様、フリック、皆……。

一歩、私はあなたたちのもとに近づきました。

 




この話で第2章は終わりです。
第3章ですが……当初はすぐ二人目に行く予定でしたが、それは第4章とします。

その前に……”彼”との話を書こうかと思うので。
では、またお会いしましょう。

感想、ご意見、ご指摘お待ちしております。


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Ⅲ クルト・ゲーデル
第8話 敵を知るということ


お久しぶりです……。
9月になって忙しくなったうえに、空白期間のプロットが定まらない。
結果、更新が遅くなりました……。

実際、今回の話は特に進歩があるわけでもありませんが、
こういう回も必要かなと思い入れました。



Side アカネ

 

一人目の復讐を終え、私は新たな場所へと足を踏み出しました。

扉をくぐり、訪れたそこ。

その大きな町は、活気に満ちあふれ大勢の人々が行きかっていました。

いえ、普通の人間ではなく、亜人も所々混じっています。

 

「…………」

 

私のおぼろげな記憶の中に、亜人がいた記憶はありません。

もっとも、私がここに住んでいたのは本当に幼い頃……うろ覚えなのも当然でしょう。

育ったのはアカネ村ですが、実は生まれはここなのですよ。

 

――メガロメセンブリア。

それが、この都市の名前であり、私の仇を送り出した街。

もちろん、街を行き交う大勢に罪があるとまでは思っていませんけど……ね。

 

さて。

これから私は、何をすればいいのか……。

まぁ確かに私の仇は連合側でしたから、ここに仇の一人がいると考えても何ら不自然なことはありません。

 

『嬢ちゃん、まずは図書館に行くぜ』

「図書館……?」

 

はて、図書館とはこれいかに。

一体図書館に何があるのですかねぇ……? 仇がいる、とか?

しかし、あまり人が大勢いるところで復讐はちょっと……。

 

『いやいや、今回は少し違うぜ。復讐相手がいるわけじゃない』

「では?」

『嬢ちゃんもしっかり知っておきたいだろ? 相手のことを……さ』

 

……!

そう、ですね。

そういえば前回、ガトウと会った時もマケイヌに教えられて初めて彼が紅き翼の一人、

私の仇だと知りました。

 

私自身が、自分の仇について知っておくべきでしょう。

マケイヌの提案は確かにもっともです。

 

「そうですね。では、案内をお願いします」

 

私、この辺の地理知りませんから。

生まれはここだからと言って、道を知っているはずがないでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

さて、図書館に着きました。

建物が並ぶ通りの中で、その建物はひときわ大きく存在感を放っていました。

横には塔とかありますしね。本当に大きいです。

これなら、紅き翼についても資料があることでしょう。

 

「そういえば、あなたはどうするのですか? まさかその状態で入るんですか?」

『あぁ~、ちょっと無理があるかな? んじゃ』

 

さすがに子犬の姿で入るのは……

そう思っていたら、前方のネコ耳の女性がひらひらと手を振ってこっちに向かってきました。

あれ、私知り合いいましたっけ?

 

『これならどうよ?』

「あ、マケイヌですか……」

 

イヌなのにネコ耳の女性とは。

言いたかったですが、ぐっとこらえて我慢です。

 

『まさか犬なのに猫族に憑くとはなぁ。一番暇そうだったのがこの女性だったからよ』

 

あ、読まれてましたか。

どこぞの方かは知りませんが、すみません。

ちょっとお時間と体お借りします。

 

まぁそういうわけで、私たちは巨大な図書館の中へと足をすすめます。

そして。

中に入った私は、思わず感嘆の声をあげてしまいました。

一面本がぎっしり詰まった本棚の群れ。

 

「す、すごいですよマケイヌ! こんなたくさんの本初めて見ました!」

 

村には本なんて全然ありませんでしたからね。

読み聞かせされたのが手書きの絵本とか、いい思い出です。

 

『じゃあ嬢ちゃん、俺が資料探してくるから、嬢ちゃんは席をとっておいてくれ。

もちろん、二人分な。椅子だけより机がある方にしてくれ』

「はい、わかりました」

 

マケイヌに資料を任せ、私は席を探します。

幸い、今日はあまり人が多くないようで、少し探していれば席はすぐに見つかりました。

席に座り、マケイヌを待つ。

最初こそマケイヌがここわかるかなーと思っていましたが、どうやら杞憂だったようでしばらく待っているとマケイヌ(が憑依している女性)が何冊かの本を抱えてこちらへとやってきました。

あ、本だけじゃなく新聞もあるようです。

 

『お待たせ、っと。結構持って来たぜ』

「“大分烈戦争記”に“戦争の英雄達”……それに“紅き翼列伝”なんてあるんですね」

 

正直、すっきりしないものもあります。

“英雄”という二文字……確かに、彼らは戦争で活躍したのでしょう。

しかし、彼らは私の村を殲滅しているのですよ?

あの少年に至っては、一般人であった私を殺しています。

ガトウの言葉からして、一般人を彼ら自身直接は殺さないようにしていたようですが。

 

『…………』

「あ……すいません。ではまずどれから読みましょうか……」

『まずはこの記事を見てほしいな。つい最近の新聞だ』

 

本と共に持ってきた新聞を広げると、マケイヌ(が以下略)は新聞を広げ、記事の一つを指さしました。

その記事は……最近の情勢に疎い、というか全然知らない私でもわかることでした。

 

 

 

“ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ氏死亡!?”

 

 

 

だってその事件は、私自身が関わったものだったから。

 

『ずいぶんとまぁ大きく取り上げられてるなぁ……紅き翼の一員だもんな、当然か』

「“犯人は不明、現在捜査中……”ですか。そういえば、あとの二人はどうなったんですか?」

 

確か、タカミチとアスナ……でしたっけ。

あの時マケイヌはアスナに憑いたということだったので、私は最初に会ったっきり彼らのことがさっぱり分からないのです。

 

『あぁ、あいつらはその後、旧世界のある場所に行ったよ。そこは魔法使いが作った学園都市なんだけどな、あいつらを追っていた他の魔法使い達はそこには手出しができないようだ。バックの管轄が違うとか何とか……。いやぁ、お役所仕事ってたまには役に立つな』

 

とりあえず、無事ではあるということですね。

彼の最後の願いが二人が助かることでしたから、安心は、しました……。

仇の願い、ですけど。

誰かが助かってほしいと思うのは、そう簡単に否定できることでも無くて……。

 

『嬢ちゃん?』

「はっ!? あ、すみません。それじゃあ紅き翼について調べますか……」

 

再びマケイヌにぼんやりしていたところを指摘され、さすがにこれじゃいかんと私は本に手を伸ばしました。

少し流して読んでみますが……何というか、美化されてる傾向が強いです。

“大分烈戦争記”は歴史書という傾向が大きいのでそんなに美化はされていませんでしたが……。

 

さて、読書タイムも進み、だんだんと紅き翼についてわかってきました。

 

まずは“青山詠春”。

旧世界の人間だそうで、人呼んでサムライマスター。

人を守り魔を滅するという“神鳴流”の剣士だそうです。

写真を見るとずいぶん生真面目そうな印象を受けます。

現在は旧世界にいるとあり、紅き翼の中で唯一居場所がわかりました。

 

“アルビレオ・イマ”

どちらかと言えば、後衛タイプの魔法使い。

しかしながら、重力魔法を操る彼は優男に見えてある程度の体術も心得ているそうです。

実際、おとなしそうな印象を受けます。

 

“フィリウス・ゼクト”

彼についてはあまり詳しい情報がありません。

写真で見る限りただの子供に見えますが……“ただの”というわけではないのでしょうね。

散々調べて魔法に優れているとはわかったのですが、詳細は不明のままです。

 

“ジャック・ラカン”

連合側の紅き翼ですが、彼はヘラス族の人間だそうです。

元は傭兵として雇われ、彼らと戦ったのが紅き翼との出会いだとか。

彼は完全に前衛タイプ。武器も使いますが「素手の方が強え」とのこと。

拳闘界では「死なない男」「不死身バカ」「つかあのオッサン剣が刺さんねーんだけどマジで」などの異名があるそうです。

確かに、筋肉がすごいです……でも写真でポーズをとっているのは、ちょっと。

 

“ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ”

……彼については、詳しく描写することもないでしょう。

私が殺した、眼鏡でスーツ姿の男性。元捜査官だったそうです。

居合い拳なる技を使い、また高等技法と言われる咸卦法を使いこなしたそうです。

もう、その力を見ることは叶いませんが。

 

そして、最後の彼。

私を殺した、赤い髪の少年。

 

 

 

――“ナギ・スプリングフィールド”。

 

 

 

正直、この名を知った時私はたいそう驚いたものです。

運命というのは何と皮肉なものなのだろうと。

いえ、今言ったところで分からないでしょう、誰かが気にすることでもありませんね。

 

連合側からは“千の呪文の男(サウザンドマスター)”と呼ばれ、帝国側からは“連合の赤毛の悪魔”と呼ばれたそうです。

その魔力は相当なもので、放たれる魔法もかなりの規模だったとか。

ええ、知っていますとも。私は両親を殺したその魔法を見た。

そして、私も彼の魔法で殺された。

 

「……ん?」

 

今までは彼らの情報だけを重点的に読んでいましたが、歴史的なものを読んで行くとどうやら彼らは戦争のさなか「完全なる世界」とかいう、戦争を引き起こした秘密組織を倒し、世界を救ったとのこと。

なるほど。戦争で活躍した人間が英雄と呼ばれたのは、このような側面もあったということですか。

 

「……でも」

 

でも、だからどうしたというのです?

私の故郷は彼らによって破壊された、そして連合軍が村の人たちをみんな殺したのも彼らが避難所の結界を壊したからに他ならない。

そう、彼らは英雄と呼ばれても人殺し。

私自身、紅き翼に殺された一人。

 

それは、後にどんなことをしたとしても避けられない事実。

 

私が復讐する理由が、なくなるわけじゃない。

 




実は、紅き翼についての情報は本当はエヴァから聞く予定でした。
しかし、空白期間の話を書くにあたって、やはりこういうこともしただろうなぁ、と書いてみた次第です。



そして一つ、皆様に質問というか、アンケートというか。

実は、原作に入ったあたりで、アカネに協力者をつけたいと思っています。
表立っての協力というよりは、サポートのような役回りですが。
そのキャラを、原作キャラにするかオリキャラにするか迷っているのです。
もし意見があれば、ぜひ聞かせてください。

なお、申し訳ありませんが原作キャラとなった場合誰にするかはもうこちらである程度考えをまとめています。
それはご了承ください。

アンケートの回答も含め、
感想、ご指摘、ご意見お待ちしております。


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第9話 人は皆、何かの為に何かをなす

Side アカネ

 

ふむ。

本を読んだおかげで大分紅き翼について情報を得ることが出来ました。

次に会うことになるのは……マケイヌの案内次第なので、なんとも言えませんね。

居場所が分かっている以上、おそらくまずは青山詠春だと私は思います。

 

「ん……?」

 

本をぱらぱらめくっていた手をふと、止めました。

というのも、気になる写真を見つけたからです。

写っていたのはガトウ、青山詠春、アルビレオ・イマと……

 

「彼は……」

『タカミチ、だな。タカミチ・T・高畑』

 

そう、ガトウの横に男の子が写っていたのです。

まだ幼いですが……確かに、あの青年でしょうね。

そして、もう一人写っていました。むしろ彼の存在が、私の手を止めた。

 

「それじゃ、彼は誰ですか?」

 

もう一人……男の子が写っている。

年はタカミチと同じくらいでしょうから、今ではもう青年になっているでしょう。

タカミチと同様、ネクタイをしていますがなんともまぁ憎たらしい顔……。

なんというのでしょうか、こう、エリート感ただようというか。

眼鏡が妙に似合っています。

 

『……こいつかぁ。こいつもタカミチと同じく、戦災孤児だったとこを拾われた紅き翼の身内だ。ま、子供だしタカミチと同様嬢ちゃんの村の件には関わっていないだろうさ』

 

戦災孤児……そして紅き翼の身内……。

とはいえ、あの日のことに関わっていないのなら、別に気にする必要もないですね。

 

『さて、調べ物も済んだし。今日はこの辺でいいか』

「これから……どうするんですか?」

 

調べ物だけが、目的……?

いえ、とてもそうには思えませんね……。

マケイヌ、あなたはいったい何を考えているのですか?

 

『今度は人に会うよ。くしくも、さっき嬢ちゃんが気にした奴だ』

「というと……」

 

あの、少年ですか?

ちなみに彼の名前はクルト・ゲーデルと言うそうです。

今の時代だともう青年になっているでしょうが、彼に会って何をするのでしょうか?

復讐の相手ではないというのは、ほかならぬあなたがさっき言ったではないですか。

 

『彼と会う前に。嬢ちゃんには、伝えておかなくてはならないな』

「伝えておくことが?」

 

なんでも、彼と話をするうえで、先に私に伝えておきたいそうです。

うーん……予備知識と言うやつですか? それとも、あらかじめ話のポイントを伝えておくということですか……?

マケイヌは私が知らないことについて、いろいろと知っていそうですし。

 

 

 

 

 

 

 

Side マケイヌ

 

夜、俺たちは人がいない町のはずれにいた。

そこは展望台のようになっていて、夜空や雲の海がよく見える。

夜とはいえ街灯の明かりがあって決して真っ暗ではないのだ。

 

『じゃあ嬢ちゃん。何から聞きたい?』

「何と言われても、あなたが何を話すつもりなのかすらわからないんですが……」

 

まぁそうだな。うん。決して説明するの忘れたわけじゃない。

それじゃあどこから話すかな……。

 

『本で紅き翼の情報について調べていた時、戦争の裏で糸を引いていた奴らについても書いてあったよな?』

「えぇ……確か、“完全なる世界”とか」

 

そう。

その秘密結社がそもそもの始まりだったんだ。

あいつらが戦争を起こさなかったら、果たして嬢ちゃんはどうなったんだろうか?

そもそも、アカネ村自体戦争から逃れてできた村だから……少なくともアカネ村で嬢ちゃんが過ごすことは無く、だいぶ違った未来があったんだろうな。

だが、少なくとも……嬢ちゃんが復讐を迫られることは無かっただろう。

 

『ここで一つ質問だ。奴らの目的は、何だった?』

「目的?」

『そう、目的。目的もなしに戦争を起こすか?』

 

嬢ちゃんはハッとして考えだす。

自らの人生を大きく変えた、その根本的な原因を。

だが……決して自力で思いつくことはまずないだろうな。

 

彼女は知らない。

思いつく、思いつかない以前に……その発想の根本となる「真実」を。

だから今。俺は話しておくべきなのだろう。

 

「世界を、滅ぼすため……?」

『違う。世界を“作りなおす”ためだ。文字どおりな』

 

いや、それすらも正確ではないな。

奴らは、世界を救おうとした。世界が滅ぶ前に、多くの生命が幻想に還る前に。

まぁそのために戦争を起こし、多くの命が失われたのは皮肉な話だよな。

 

「作りなおすって、どういうことですか?」

『厳密には、新たな世界に魔法世界の全てを封じ……生かそうとしたのさ。

その新たな世界こそが、“完全なる世界”。一人ひとりにありえたかもしれない最も幸せな世界を提供する術式だ』

「生かすって、わざわざそのような術式を発動させなければならないほど世界が危機にひんした理由があるんですか? 彼らによるものではなく?」

『ある。嬢ちゃん、不思議に思ったことは無いか? この魔法世界は“新世界”とも呼ばれ、旧世界と新世界、そう言い分けられている』

 

旧と新。つまり、もともと旧世界があったところに、新しくこの魔法世界が出来たということになる。だからこそのこの言い分け方。

造られた世界……新世界。だがそれゆえに、一足先に滅びを迎えようとしていたんだ。

 

『今から話すのはこの世界の最高機密。知ってる奴なんかほんの一握りだ。

なぁ、嬢ちゃん……』

 

これからあんたに。

 

世界の真実を、教えてやる。

 

 

 

 

 

 

 

俺の話に、嬢ちゃんは衝撃のあまり言葉を失っていた。

多くはここでは語るまい。この後、嬢ちゃんが世界の真実を知った、その1週間後への扉を俺は開いた。

 

彼に会うために。

 

 

 

 

 

 

 

Side クルト

 

私が紅き翼の一員として彼らと共にいたのは……まだ私が少年の時だった。

戦災孤児として拾われ、その後も彼らと共に旅をし、そして……

 

あの女性と、出会った。

 

出会ったといってもかたや王女、かたやただの子供。

私のことなど、あくまで紅き翼の一員の子供……その程度の認識であったのでしょう。

しかしそれでも、彼女は私を見てくれました。

 

あの方は……アリカ様は、すばらしい人だった。

外見の話ではありません。あの方の心の強さが、生き方が私には輝いて見えたのです。

アリカ様は世界を救うために、大切なたくさんのものを犠牲にしてきた。

 

実の父もその一つだ。

完全なる世界の傀儡となっていた元王の父からアリカ様はクーデターという形でその座を奪った。

いえ……奪わざるを得なかった。

完全なる世界からウェスペルタティアを取り戻そうと、苦渋の決断だったことでしょう。

 

アスナ姫の封印を決断した時もそう。

完全なる世界による儀式発動を防ぐため……アリカ様は姫御子の封印を決断した。

その代償に王都を中心とした半径50キロが魔法の使えない、不毛の大地になるとわかっていても。

 

私は今でも覚えていますよ。

ガトウさんが艦内で「よろしいのですね?」と聞いたあの時。

欄干を震えるほど握り締め、血が出るほど唇を噛んで「よろしいハズが……ないッ」と悔しそうに言っていたことを。

 

罠ではないかという私の言葉に、そうとわかってはいたでしょうけどもためらいなく指示を出したあの後ろ姿を。

事実、その後アリカ様は「災厄の女王」として捕らえられてしまったのだから。

アリカ様は民を、世界を救おうとあんなに必死だったというのに。

 

なぜだっ!

なぜ、アリカ様が責められなければならなかったっ!?

 

確かに「死の首輪法」などで非難はあったでしょう。

だが、それは全て世界を救うために発生したものにすぎない!

 

処刑が宣告されたアリカ様は……結果的には、ナギによって救われました。

ですが……それまで、アリカ様は2年間絶望の淵に追いやられたままだった。

救われたといっても、公には処刑されたことになっている。

ナギ達は処刑されたと見せかけてケラベラスからアリカ様を奪還するという方法をとったから。

 

タカミチはこうするしかなかったと言った。こうしなければ元の木阿弥だと。

だが、私は納得できなかった。

 

これじゃあアリカ様の名誉も、メガロメセンブリア元老院の虚偽と不正も、正されることがないじゃないですか!!

 

あれから、私は紅き翼とたもとを分かつことを決意した。

……彼らのやり方では、世界は救えない。アリカ様の行動が報われない。

そして……元老院の不正を白日の下に晒すため、あえてその中に入っていくことにしました。つまりは政治の道に進んだということです。

やはり大きな組織の、有力者をつぶすには内側からが手っ取り早いですからねぇ。

 

そして……後援者を得て、末席ではありますが元老院の席にようやく手が届いた頃。

“彼女”はやってきた。

最初は突然呼び出され、何事かと思いましたよ。

しかし町の有力者の名前で呼び出されてはせっかく得た地位が揺らぎかねないので断るわけにもいかず。

 

とある料亭で、初めて私たちは顔を合わせることになったというわけです。

 

「クルト・ゲーデルさん。はじめまして」

 

私を呼び出した人物の横に控える少女が、私の名前を呼んだとき直感した。

今回私に用があったのは、有力者などではなくこの少女の方なのだ、と。

 

「私の名は、アカネと言います」

 

彼女がいったい何の話で私を呼んだのか。

そもそも彼女は何者なのか。

意志の宿ったその目を見て、私はその目から思わずアリカ様を思い出していました。

 

さぁ……。

一体、何が飛び出るやら。

 




最後のあたり、ちょっとクルトに語らせすぎたかな?
しかし彼にもいろいろと思うことはあったと思うので、まんざらいいすぎでもないかと。

今回、アカネに「世界の真実」について教えました。
反論があるかも知れませんが、知っておいた方がいいと思ったので……。


また、アンケートのご協力ありがとうございました。
全員同様の意見だったので、意見通り「原作キャラ」でいこうと思います。

誰にするかはまだ候補どまりなのでまだ何とも言えませんが……。

感想、ご指摘、ご意見お待ちしております。


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第10話 誰かのために誰かを犠牲にできますか?

かなり遅くなりましたが……第10話、どうぞ。


Side アカネ

 

「世界の真実」をマケイヌに教えてもらった後。

私たちはクルト・ゲーデルと対面しました。

彼とどうやって話すつもりなのかと思っていましたが、マケイヌはある町の有力者に憑くことで、彼との面会を取り付けました。

その強引なやり口には正直びっくりです。

 

「私の名は、アカネと言います」

「これはどうも。クルト・ゲーデルです。以後お見知りおきを」

 

青年となったクルトは少年のとき以上に何を考えているかわからない表情をしていました。

腹芸、というのですか? そういう才能があった上に政治家となったことでその才能が磨かれたのでしょう。

彼と話す内容、こちらの要求と提示できる情報はマケイヌからしっかり教えてもらいました。所々何かあればサポートしてくれうということなので、私としてはほっとしています。

 

さて。まずは何から話すか……。

 

「今日は急にお呼び立てして申し訳ありません。しかし、あなたと話す必要がありました。

どうしても」

「それはそれは……。いえ、お気になさる必要はありませんよ。

しかし、私と話す必要があったとは? 気になりますねぇ」

 

考えた末、私はまず一枚の紙を差し出した。

それは、写真のコピー。さらに言うならば図書館で見つけた、クルトが紅き翼と写っている写真が載っていたあの本をコピーさせてもらったものだ。

 

「これは……」

「この写真に写った、眼鏡の少年。あなたですね?」

 

まずは念押し。あなたはかつて紅き翼でしたね? と言葉には出さず確認する。

もしかしたら元老院議員になるため支持を得ようとした時、このことは公開したかもしれませんけど。

 

「……そうです。それが何か?」

「ならば話は早いですね。アリカ姫、ご存知ですね?」

 

厳密には、アリカ元女王。

彼女の名を出したとたん、クルトの眉がピクピクと動いた。

顔に出さないようにしたのでしょうが……わずかに目つきは鋭くなっていますし、話に聞いた通り本当に彼はアリカ姫のことを気にしているのですね。

 

「……彼女のことについて、話を聞きたい、と?」

 

やれやれ、警戒心がありありと出ていますね。

安心してくださいよ、彼女についての話ではありませんよ。

私はそのことについて、ちゃんと知っていますから聞く必要もありません。

マケイヌに教えてもらいました。

 

「私が欲しいのはその情報ではないし、むしろ必要としてはいません。

ただし、私が対価として提供するものも、彼女に無関係とは言えませんが」

「…………」

 

迷ってる……のですかね?

まぁ、いきなり現れた女の子が何を知っているのかといぶかしんでいるところもあるのでしょう。

わかりました。ならば、次の一手を打つまでです。

正直、ここからは綱渡りのような心持なのですが……。

 

「あなたは、何のために今の地位を得たのですか?」

「な?」

 

突然何を言ったのかとめんくらった表情のクルト。

人の心など読心術を使うとかしなきゃ分からないものですし、誰にも話したことがないのならますます何を続けるつもりなのか読めないでしょうね。

今はとりあえず、私が話をすすめるときです。

 

「A、世界を救うため? B、英雄に続き人々の助けとなるため?」

「…………」

 

黙ってしまったようですが、わかっていますとも。

このどちらでもない、なんてことは。

 

 

 

 

 

「では……C,アリカ姫の名誉を取り戻すため?」

 

 

 

 

 

「くっ!?」

「そう怖い顔をしないでください。私はあなたと敵対しに来たわけじゃない」

 

しかし……ここまで、一人の人間のために躍起になって進めるとは。

彼と私は、どこか似ているところがあるのかもしれません。

私だって自分がみんなの元に逝くために復讐として死神の鎌をふるった……。

人のことは言えませんから。

 

「なら、あなたは一体私に何を求めているのです?」

「…………」

 

さぁ、来た。

私の要求……それを、彼に求めるときが。

この要求で知りたいことは、マケイヌは知っているのかもしれません。

でも、教えてはくれなかった。

 

「私の要求を伝える前に……先に話しておかなければならないことがあります。あなたが元、紅き翼なら“アカネ村事件”のことはご存知ですよね?」

 

アカネ村事件。この言葉に、クルトは驚いたものの、その一方でどこか納得したような表情を浮かべてこちらを見ていました。

私が何者か……少し予想がついたのでしょう。

 

「なるほど……つまりはあなたは、アカネ村事件の被害者、その遺族と言うわけですか」

「その点は答えを伏せさせていただきます。さて、本題といきましょうか……」

 

私の、要求は。

 

 

 

 

 

「アカネ村事件に関わった、メガロメセンブリア軍の名簿を」

 

 

 

 

 

 

 

Side クルト

 

これはこれは、とんでもないことを言い出しましたね。

「アカネ村事件にかかわったメガロメセンブリア軍の名簿」……。

十中八九、復讐のために用いる気でしょう。

それに確かに、アリカ様に恨みは無いとも言えます。

あの事件が起こったのは、ナギ達がアリカ様に出会う前のはずですからねぇ。

 

「ですが、なんとも無理な話ですねぇ……」

 

ばれたら私の首が飛んでしまいそうです。

いえ、絶対飛ぶでしょうね。故意の情報漏洩などいいスキャンダルの元です。

 

「無理な話と言うのはわかっていますよ。ですが、私からも差し出せる対価はある」

「対価……ですか?」

 

私にかなり危ない橋を渡らせようとするのです。相応の対価、程度では私は動くつもりはありませんよ? 

せっかくつかんだ、アリカ様を本当に救う為の議員の座です。

早くも失うわけにはいかないのですよ。

 

「私から差し出せる対価は三つ。一つ目は、私の復讐による“混乱”」

「……それが私にとって、どうメリットになりえるのです?」

 

混乱が起こるというのはわかりますがねぇ……。

メリットとして挙げた、彼女の意図がわかりません。

彼女が得た情報を元に、復讐を行って、混乱が起きて、そして何があるというのです?

アカネ村事件が起こったときに、と話は続く。

 

「軍が動くということは、軍を動かした者がいるということです。指示もなしに、軍が勝手に動くということはまずあり得ません。当時は戦争のさなかなんですよ?」

「あ……」

 

意表を突かれる、という経験は実にひさしぶりでしたね。

あっけにとられるという経験も。彼女が言ったことは何て事のない、ちょっと考えればすぐにわかることです。

ですが、彼女が言いたいことは、つまり。

 

「あの事件は紅き翼を糾弾する際、真っ先に挙げられる事件です。当然、表では責任をとった、いやとらされた人物がいることでしょう。ですが……考えてみてください」

 

英雄すら非難されるような事件の責任を取るより、誰かを身代わりにした方が安全だとは思いませんか?

 

彼女の言葉は、実に的確で、それでいて無慈悲で。

実際に命じたであろう元老院議員(老害共)は、確実に責任を逃れようとしたに違いない。

なるほど……だから「復讐による混乱」ですか。

 

「アカネ村事件で“活躍”した兵士が襲われれば、必ず指示をした人間も自分が関わっていないとしつつも、身の安全をはかろうとするでしょう。そこで尻尾をつかめたら……上の席を、空けることができますよ?」

 

ふぅむ……アリカ様の名誉を回復するにあたり、邪魔な老害の排除と私自身がもう少し上の席に着くのは、確かに必要なことです。

だが……もちろん、それは「できたら」の話です。

あの老害共のことです、素直に尻尾を出してくれる保証はとてもありません。

 

「続きをどうぞ」

「二つ目。黄昏の姫御子、アスナ姫の居場所をお教えできます」

 

これはまた……ずいぶんなカードを切ってきましたね。

アスナ姫の居場所など、あの老害共なら目を血走らせて知りたがるでしょうに。

私にもある程度予測ならありましたが……確実性に欠けていました。

 

「さすがに今すぐは教えられませんがね。もちろん、そちらが私の欲しい情報をくれたら、すぐにでも教えて差し上げましょう。早めに知れば、あなたもそこへ影響力を及ぼせるよう、少しずつ手を伸ばすことができるはずです」

 

もちろん、そのつもりですよ。

アリカ様は……牢獄にいるとき、アスナ姫のことをたいそう気にしておられました。

ナギ達が彼女を助けはしましたが……追手はやはり差し向けられたようで。

アリカ様を救いたいと願う私としては、彼女の安否を確かめることもまたアリカ様の為にしておきたいことです。

 

ここまでの二つは、なかなか考えさせられるものです。

さて……最後の一つは、何ですかね?

 

「三つ目……」

 

 

 

 

 

――世界の真実を、教えて差し上げます。

 

 

 

 

 

「世界の、真実……?」

「ええ。この世界の最高機密であり、元老院でも知るのは上層部の中のごくわずか。

紅き翼でさえ知らなかったことでしょう。しかし、この情報は……“完全なる世界”が戦争を起こし、魔法世界全体を包み込む儀式を実行しようとした、その原因に直接かかわっている情報でもあります。この情報もまた、上に立つために知っておくとかなりのアドバンテージになるかと」

 

…………

話が、どんどん大きくなっていますよね。

これが本当なら、その真実とやらが何かは知りませんが……結構なものじゃないんですか?

だとしたら、せめてその情報の正確性は確認しておきたいものですね。

 

「その話、どれほど信憑性がありますか?」

「私個人の力では、ポンと根拠を出すことはできませんが……議員の権力を使えばある程度調べることは可能かと。少なくとも、旧世界と新世界という名称、亜人をはじめ多くの魔法世界人が旧世界に行けないこと、そしてあの儀式の意味……他にもいくつかあげられますが、これらのことに説明をつけることが可能です」

 

さぁ、どうしますか?

 

彼女の提案に、私は首を縦に振るべきか横に振るべきか。

彼女に情報を渡せば、間違いなく彼女は復讐を行うでしょう。それが前提の話ですし。

だが、アリカ様の名誉を取り戻すための大きな足掛かりになりそうなのも確かで。

 

私は。

誰かのために、誰かを犠牲にするかという選択を突きつけられていた。

私の、答えは……

 




実に久しぶりの更新です。
リアルが忙しくなってろくにパソコンできませんでした。

しかし宿題終わってない。
誰か助けて。
あと3日で、私は全てを終わらせねばならんのですよ。



遅れた理由としてもう一つ、クルトとの取引をどう進めようかと頭を悩ませたのもあります。
アカネが提示した3つの対価、そしてアカネの要求。
ほんとに、考えた末でのこれです。


そして最後に、報告を一つ。
協力者の件ですが、誰にするかが確定しました。
おそらく、この空白期間編で出せるかと思います。

感想、ご意見、ご指摘お待ちしております。


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第11話 亡霊事件

Side アカネ

 

夜の通りは街灯の明かりが頼りで、それさえなければ真っ暗でしょう。

夜遅くの為昼間は活気があったこの通りもすっかり静かでした。

薄暗い中を私と子犬の姿に戻ったマケイヌは黙って歩いています。

マケイヌが憑いていた有力者さんは、適当なところでお帰り願いました。

 

『あ、あれ? ここはどこだ?』

 

非常に混乱していたようですがね。仕方のないことです。

私のわがままにつき合わせてすみませんでした……。

 

『……結局、俺が口をはさむこともなかったな』

「えぇ。いや、正直自分がここまでできるとは思いませんでした……マケイヌがあらかじめ指示してくれていたおかげです」

 

 

 

 

 

結局。

彼の答えは……「わかりました」から始まりました。

 

「1週間、時間をください。その間に情報を用意しておきます。また1週間後、同じ時間にここでよろしいですか?」

「ええ。……ご協力、感謝します」

 

了承の意を告げたクルトは来週にまた会うことを約束し、今日のところは帰りました。

つまり、交渉は成功したのです。

彼にとっては何番目の対価が効いたのでしょうか?

いや……交渉が成立した以上、それはもうどうでもいいことです。

 

「あぁ、そうそう」

 

もっとも、一つだけ私を驚かせたことがあったのですよ。

私を呼びとめたクルトは、私の隣にいた人物に視線を移しました。

若干厳しめの目つきで。

 

「あなた……ドルネゴス氏ではありませんね? いや、体は確かに本人のものでしょうが、雰囲気と目が違う……何者です? アカネさん、あなたもご存じで?」

「あ……」

 

まさか、マケイヌに気付くとは。

驚いたのはマケイヌも同じだったようです。しばらく目を丸くして黙っていましたが、急に笑い出しました。

 

『ふ、ははははは!! よく気づいたな! 俺は嬢ちゃんのサポートをしていてな、名前はマケイヌだ。別に何か企んでたわけじゃない、今日あんたに来てもらうためにこの男の名前と体を借りていただけだ。他意はねーよ』

「そうですか……ならばいいです。では、これで失礼させていただきます」

 

 

 

 

 

『いやあ、まさかばれるとはな』

「そうですね。ましてや、発言もしていないのに目と雰囲気だけで気付くなんて……。それだけ人を観察しているということでしょうかね?」

 

だろうな、とマケイヌは答える。

人を観察する目も、政治家にはやはり必要なのでしょう。

それを踏まえると、私も彼のお眼鏡にかなったということでしょうか?

 

『んじゃあ嬢ちゃん。一週間後と言われたが、俺たちは別に一週間が過ぎるのをのんびり待つ必要はない』

 

犬の姿をしたマケイヌの後ろに、小さな門が開く。

ええ、いつもくぐっている、あの門です。

 

「そうですね、すぐ行きましょう」

 

私はマケイヌの後に従い、門をくぐる。

果たして、一週間でどれほどの情報が得られるか。

私がこれからすることに、十分な情報であることを期待しておきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

Side マケイヌ

 

「あ、ぁぁぁ……」

 

道にはいつくばっているのは、一人の男。

その前に立つのは、鎌を手にした黒い影。

仮面で顔を隠してはいるが……それが誰かは言うまでもないな。

 

「た、助けてくれ! 俺が何をしたっていうんだよ!!」

「無抵抗の村人をあなたとその部下とで計62名を殺害、さらには略奪行為を働いた。それがアカネ村での、あなたの罪です。ローベルト・マイルズ。……まさか、忘れたとか言いませんよね? そんなこと言わせはしませんよ」

「ひっ……!」

 

 

 

 

 

一週間後、俺達が再びクルトと会談した時。

彼はあの事件に参加していた人間のリストをしっかりと用意してきていた。

しかも誰がどれだけ殺したかという“手柄”まで記録されていた。

 

「なにせ戦争ですからねぇ。どれだけ殺したかという手柄は各自しっかり報告していたのですよ。もちろん、戦後表向きの記録は破棄されましたが……やはり、裏にはどこかに残っているものでして」

 

探すのは大変でしたよ、と笑うクルトの手腕は確かだと思い知ったぜ。

まぁその彼でも、嬢ちゃんが何者かということまではつかめなかったようだが。

 

「アカネさん。あなた何者なんですか? この前は親戚かと予測を立てましたが……かといってそうでもない気がするのですが」

「話す必要はないでしょう? 仮に話したところで、納得してもらえるとも思いません」

 

まぁ、被害者その人だからな。

死んだ人間が目の前にいるというのは納得できないだろうし、思いつかないだろうさ。

 

 

 

 

 

そして、今。

嬢ちゃんは軍関係者への復讐を始めた。

リストによると、届け出があった手柄の人数は明らかに偏りが見えた。

2桁の、けっして多くない人数から0までいろいろいたのだ。

 

「せ、戦争だぞ! 上からの命令だ、仕方ないとは思わないか!?」

 

マイルズとかいう男は必死に嬢ちゃんに命乞いをする。

けど、そんなの通じるわけがないだろうが。

0という数字が、リストにはあったのだから。

戦争の中、戦闘でなら相手を殺すこともあっただろう。

だが、嬢ちゃんの故郷……アカネ村の場合は訳が違う。嬢ちゃんの記憶にもあったが一部の防衛陣以外はみななんの戦闘力もない無力な村人たちだ。

抵抗もできないから、一部の兵士たちは、殺せなかった……それが手柄“0”の意味だ。

だが、この男は部下の微々たる数字を除いても明らかにたくさん殺している。

つまり……。

 

「あなた達の隊だけで62名……“仕方ない”からですむ人数ではないでしょう……!!

あなたは自分の意思で人を殺した! 村のみんなを殺した! 弁解なんて要りませんよ」

「た、助け」

 

ヒュン。

 

短い、空を切る音と共に情けない懇願の声は途切れた。

後にはただ、もう何も言わない男が倒れているだけ。

 

「…………」

 

軍関係者への復讐はこれで3人目だが、決まって嬢ちゃんは復讐を終えると無口になる。

もっとも、普段だってお決してお喋りなわけでもないけどさ。

 

「次へ行きましょう、マケイヌ」

『あぁ、わかった』

 

今回嬢ちゃんが対象として選んだのは、さっきの奴のように複数の村人を殺している相手。

なにせ先ほど偏りがあるとは言ったが、全体的に言えばけっこう“0”が多いのだ。

無論、村に人数がたくさんはいなかったということもあるだろうが……それだけではないだろう。

だが次は殺していない人間が相手。

厳密には直接には……だ。なにせクルト、一人だけ議員の名前もリストに合わせて俺たちに教えたのだ。なんでも、かねてからスケープゴーストで難を逃れたというのが皆言わずともわかっていた人物なのだそうだ。

「彼のようにすぐ尻尾を出してくれれば楽なんですがねぇ」とクルトはぼやいていたな。

 

「元老院議員ですか……」

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

クルトとの会談から、さらに半月ほど過ぎました。

今私たちは昼間からぶらぶらと通りを歩いています。

 

『どこもかしこも話題になってるな』

「ええ。通り過ぎた人々がみんな同じような話をしてるようです」

 

話題とはいうまでもなく、私たちが起こした事件。

アカネ村事件にかかわった当時の軍のうち、特に人を殺した者。そして、さらにアカネ村への進撃命令を出したと疑惑があった元老院議員が一人、殺されていた事件。

世間では「アカネ村の亡霊」「亡霊事件」と呼ばれ大騒ぎになっています。

……亡霊というのは、あながち的外れではないのですよね。

私の存在、ばれてませんよね?

 

「とりあえず、クルトに提示した一つ目の対価は無事に提供できたようですね」

『だな。特に元老院議員が実際に一人殺されているんだ、他の議員も内心恐怖で真っ青だろうさ』

 

マケイヌによると、命令を出した議員は他にもいるだろう、とのことです。

あぶり出しはクルトが今必死にやっていることでしょう……。

そうそう、もう一つこの騒ぎを大きくした要因がありましたね。

この事件が報道されて少しした頃、当時の兵士の一人が自殺したのです。

残された遺書には「私たちは大きな過ちを犯した。復讐で殺される前に自ら命を絶つことで、せめてもの償いとさせてほしい」とあったそうです。

ちなみに、リストによると確かに参戦してはいましたが、私が殺した人たちと比べてはあまり村の人を殺していませんでした。

もっとも、0というわけでもなく。おそらくは上官による叱咤を受け、殺したということでしょうね。

 

「自殺しようとした人は他にもいたようですが、決まって命令でやむなく2,3人殺したような人ばかりです。自ら率先して殺戮を行ったような奴らは逃れようとしてばかりでしたね……」

 

みんな殺しましたが。

たいてい彼らの命乞いや言い訳を聞かされるはめになりました。

 

『目の前の無力な村人を殺そうとした時に罪悪感がわかなかったからこそ、大勢を簡単に殺せたんだろうさ。殺すときに躊躇しなかったやつらが、今さら罪悪感を感じることはできなかったんだろうよ』

「それもそうですね……」

 

マケイヌには軍を殺すだけでは未練を晴らせない、とは言われていましたが。

やはり、軍への復讐は私の未練を少しは晴らしてくれた気がします。

何といっても、直接的に殺したのはほとんどが連合軍ですから。

もちろん、紅き翼が何もしなかったわけではありませんよ? 彼らがいなければ被害はもっと少なく済んだはずなんですから。間違っても、全滅は無かった。

もう少し時間があれば、大勢での転移が時計塔の避難所で展開されたはずです。

でも、間に合わなかった。

だから、私は紅き翼に復讐する。

 

 

 

 

 

こうして、魔法世界での「軍への復讐」はひとまず幕を下ろしました。

まだ手を出していない、上の人間も残っていますが……彼らへの処断は、クルトによる洗い出しを待たなくてはなりません。

だから先に、紅き翼への復讐を続けることになりました。

 

そう、マケイヌと話していましたが……この時点で、私は想像もしていなかったのです。

今回の軍への復讐……「亡霊事件」が、もう一つ私の復讐に大きな影響を与えることになるなんて。

まさか、この事件のニュースを知って。

 

 

 

 

 

“私”のことをよく知るあの人が魔法世界へと赴いていたなんて。

 

アカネではなく、○○・フィルデオーレのことを知る者が。

 




一週間ぶりの投稿になりますね。
とりあえず、それ以上にならなくてよかったです。
次はもっと早くしたいなぁ……。

戦争での手柄云々は私の独自解釈です。
戦争について詳しいわけではないので何とも言えませんが……こういうシステムだったんじゃないかなぁ、と。
そして上層部への復讐は少し先の話となります。
具体的には魔法世界編のあたりですかね?

そして最後の方にて、協力者の参入を予告しました!
次回の話は協力者の過去がメインとなります。
この過去は完全に私のオリジナルです。
もちろん、できるだけつじつまは合うようにしたいと思っています。

では、またお会いしましょう。

感想、ご意見、ご指摘お待ちしております。


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第12話 思い出すあの頃の日々を

お気に入り登録が499件となりました!
中途半端なタイミングで言うのも何ですが、本当にありがとうございます!

今回はすべて協力者視点での物語です!


Side ???

 

大人になるということは、それだけの多くの経験をするということ。

しかし、それは同時に多くの経験の中で記憶を薄れさせていくことにもなる。

実際、子供のころの記憶というものは皆あやふやだろう。

 

子供のころ好きだったものは? 日々を何して過ごしていた?

 

子供のころの記憶はもう限られたものしか思い出せない。

あやふやになってしまう思い出の中には忘れたくないものもあるというのに。

私にも、いくつか大切な思い出がある。

 

 

 

 

 

だけど私の場合、一番心にとどめておきたいのはある一人の親友のことだ。

 

 

 

 

 

彼女のことを忘れるわけにはいかない。

今、彼女は私の心の中にしかいないのだから。

幸いなことに、彼女との記憶は今もなお鮮明に覚えている。

それはきっと、今の私に強い影響を残しているからなのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

私は旧世界で生まれ、その後もほとんどを旧世界で過ごしたが一時期魔法世界で生活していた時がある。

というのも親が本国により魔法世界へと招聘されたのだ。もっとも、両親が言うには「魔法世界なんて行くんじゃなかった、すぐにそう後悔した」のだとか。

 

なぜなら……住み始めてしばらくすると、戦争が始まったから。

 

最初こそ首都にとどまってはいたけど、両親は自分たちが招聘されたのが、この戦争での戦力としてだと気付いたそうだ。

このままでは、自分たちは戦争に駆り出される。娘……つまりは私を残して。

危機感を抱いた両親は悩み、話し合った末……“逃亡”という選択肢を選ぶことにした。

無謀に思えるかもしれない。実際、ゲートは連合の目が厳しくその時点では使うことができなかった。

 

だが、両親にはあるあてがあった。

旧世界からの仲間から、ある辺境に戦争から逃れた人々で構成された村があるという情報をもらったの。ガセネタかもしれない、不確かな情報。

でも、両親はその村を目指すことに決めたのよ。

 

 

 

 

 

それが、“アカネ村”だった。

そこで私は、一生忘れられない親友と出会ったの。

 

 

 

 

 

 

 

村を探すのは大変だと思われた。

だけど父の仲間が、買い出しに来ていたアカネ村の人間とコンタクトをとることに成功したの。

アカネ村には大掛かりな転移魔法陣があって、時間はかかるけどそれを使えば人をどこかへ送ったり、逆に迎えたりすることができたらしい。

管理してたのは確か、物静かなお爺さんだった気がする。

滅多に人前に出る人じゃなかったし、何せ昔のことだからはっきりとは思いだせないわ。

 

案内されてたどりついた村は、戦争が起こってる同じ世界にあるとはまるで思えなかった。

首都と比べて緊張にあふれていなかったのが、ずいぶん心地よかったのを覚えている。

 

私が親友と初めて出会ったのは村にたどりついて数日後、交流会として開かれたフィルデオーレ家での夕食会だったわ。

同じ年代の女の子ということもあって、私たちが仲良くなるのに時間はかからなかった。

会ってすぐにあれほど仲良くなれたのは、今思い出してみると後にも先にも彼女だけだったわね……。

 

 

 

 

 

「フィー!! あーそぼー!」

「うん、今行くよ、ミィ!」

 

彼女がフィーで、私がミィ。

あだ名をつけたのはいいがえらく単純なものだった。

まぁ、そこは深く考えずに呼びやすさを追求した結果ね。

 

彼女の家に出かけては、遊びに誘うのが当時の私の日課。

たまにフリックという、彼女の幼馴染が一緒だった時もある。

子供っぽくはしゃぐ私だったけど、一方で彼女は少しだけ大人びたところもあって。

私は彼女の跡をいつも追いかけていた。

 

今も、私は知らず知らずのうちに彼女を追いかけているのかしら。

 

 

 

 

 

幸せに続くかに見えたアカネ村での日々は、ある日突然転機を迎えた。

 

 

 

 

 

「やはり……気持ちは変わりませんか? フィルデオーレさん!」

 

その日、両親は私を連れて彼女の家……フィルデオーレさんの家に向かった。

当然私は彼女と遊んでいたのだが、親たちが話す声があまりに大きかったものだからつい気になって二人でそっと様子を覗いてみた。

私達の両親は深刻な顔をして何か話しこんでいるようだった。

 

「この世界は危険だ。ここに来る前の仲間のつてで、古いゲートポートを使って旧世界へ行くことができるんです。村のみんなも、その方が安全でしょう……!」

「申し出はとてもありがたいです。ですが、旧世界というのは“亜人”が存在しない世界だと聞いています。私のような人間はともかく、彼らをそこへ連れ出すことはとてもできません。差別などで彼らがよりつらい境遇に置かれるくらいなら、ここにいたほうが幾分かはよいと思うのです」

 

私の父が何かを説得していたが、当時の私は何の事だかよくわからなかった。

会話……というか説得はまだ続く。

 

「……しかし」

「あなた達だけで行っても、私たちは決してあなた達を非難することはありません。ここよりも安全と感じられるのなら、あなた達がここを去ることにどうして文句が言えましょう? 私たちにはあなた達を責める理由も、引きとめる理由もないのです」

 

それからは目の回るような忙しさで。

泣きじゃくってここに残ると騒いでは親に説得を受け。

なおもここに残ると泣いてごねる私を引きずるようにして両親が村を後にしたのはそれから一週間後のことだったわ。

 

結局、村を出たのは私達だけだった。

フィルデオーレ一家は門のところまで見送りに来てくれて……フィーは悲しそうにこっちを見ていた。

その顔をとても見ていられなくって……私は、顔を隠すように母にしがみついていた。

 

 

 

 

 

 

 

旧世界に戻って数年。

麻帆良という学園都市で学園生活を送っていた私は魔法世界の新聞を読むのを毎日の日課としていた。

私が平和に過ごしている一方で……今だ続いていた戦争のことが、そしてフィーや村のことが気になっていたからよ。

だけど私は、ある日の新聞を見て思わず持っていたコーヒーカップを落としてしまった。

パリンという甲高い音を立ててカップは割れ、カーペットにはコーヒーによるシミが広がっていた。

 

「ちょ、ちょっとどうしたの!?」

 

音を聞いて、ルームメイト……彼女もまた魔法生徒なのだが……が慌てて寝室から飛び出してきた。でも、私は返事ができなかった。

書いてある記事が、言葉が、私の全ての思考を真っ黒に塗りつぶしていた。

 

 

 

 

 

“紅き翼また活躍!  スパイの集合地と思われるアカネ村を殲滅!!”

 

 

 

 

 

アカネ村ヲ……センメツ?

 

ルームメイトの言葉など耳に入らず、私は記事を読み進めた。

人間と亜人が混じるアカネ村をスパイの集合地としてメガロメセンブリア軍および紅き翼が殲滅したという。

生存者は……“0”。

緊急時の避難所として私も知っていた時計台も破壊され、そこにいた全員が死亡と書いてあった。

 

おそらく上の人間が情報を統制したのでしょうね。

何も知らない人が読んだら、スパイ活動をしていたものばかりが集まった村だから、戦争犯罪者たちばかりが死んだと思うだろう。

だけど、私はあの村が大人も子供も平和に過ごしていた村だということを知っている。

そう――それはつまり。

 

 

 

 

 

フィーが、死んだ。

私の親友は、殺されてしまった。

 

 

 

 

 

「あ、あぁぁ……あぁァァァァァ…………!」

「ちょ、ちょっと! しっかりして!? だ、誰かぁ!!」

 

真っ青になってがたがた震えだした私は、その場に崩れ落ちてしまった。

慌ててルームメイトが人を呼びに行ったけど、私はもう何も考えられなかったの。

 

『ミィ……また、会おうね……』

『うん……絶対、また会いに行くから……フィー』

 

村を出るときにした、約束。

それはもう、果たされることがないのか。

そう考えると、悲しくって、辛くって。

呼ばれてきたのだろう誰かの足音が聞こえたけど、私の意識はそこで消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の死は、さらに大きな影響を私に残していた。

紅き翼が出たということは、ニュースで見るような超上級の魔法が村に落とされたのだろう。村に巨大な雷が落ち、村が……そしてフィーが吹き飛ばされるという悪夢をその日から毎晩のように見ることになった。

悪夢に叫び、はね起きてはがたがたと震える。

授業を担当する先生が皆欠席をすすめるほど私は憔悴していたらしいわね。

 

そして……それは大きなトラウマにまで発展した。

 

「うっ……げほっ!?」

「む、無茶はしなくていい!」

 

私も魔法生徒として、夜の学園の警備に出ていたのだが……。

警備に復帰できるぐらいに悪夢から回復した頃にとんでもないことが判明した。

フィーを殺そうしたのであろう“魔法”を使おうとした途端……一気にひどい吐き気と頭痛に襲われたのだ。

呪文を詠唱しようとするたびに、吐き気と頭痛が止まらなくなる。

記憶処理をしてはどうかという案が出たが……それは絶対に許さなかったわ。

そんなことをするくらいならと、私は魔法生徒から抜けることを宣言した。

 

親にそのことを報告すると、彼らは事情をわかってくれて温かい言葉をかけてくれた。

両親の助けがなければ、私は今まともに生活することすらできなかったかもしれない。

 

大学を出て、仕事について。

幸い魔法を使わずとも魔法を知っているということで就職が優遇されたのはラッキーだったわね。事務などの仕事も必要とされていたから、私はすぐに引き受けた。

 

そんなある日、学園生活からずっと残っている日課の新聞を読んでいると私の目にもう二度と目にしないであろうと思っていた文字が飛び込んできた。

 

“アカネ村の亡霊!? 関係者死亡これで5人目”

 

アカネ村。

今はもうないあの村だが、あの事件に関わった人間が次々に殺されているという。

それはまるで、復讐。

生存者はいないはずなのに、いったい誰が!?

村を出たのは私たちだけのはずなのに。

幸い、長期休暇が明後日からだったから私はすぐにイギリスへのチケットを準備して、魔法世界へと向かった。

 

もう二度と来ることもないと思っていた魔法世界で、私は通称「亡霊事件」について、何か手掛かりがないかと通りを歩き続けた。

もっとも、そんな簡単に手掛かりなど見つかるはずもないわけで。

 

「ほんと、私何をやってるのかしら……」

 

ベンチに座ってぼんやりと呟く。

空を眺めていると周りが楽しく会話している声がよく聞こえた。

だから、まさか。

 

「何を考えているのですか……軍への復讐は一部にとはいえ、一応終わったのですよ?」

 

この声が聞こえたとき、私は思わずそちらを向いた。

内容も内容だったが、何よりその声は聞きおぼえがあって。

いつかまた聞けたらと思っていた声で。

 

視線の先には、一人の少女が子犬とにらみ合っていた。

その少女の横顔は……最後に見たときより成長しているとはいえ、明らかに彼女の面影を残していた。

 

「あ……あ……」

 

ふらふらとした足取りで、少女に近寄る。

 

私は。

私は、二度と会えないと思っていた親友に、実に数年ぶりに話しかけた。

 

「フィー!」

 




今回、協力者の背景やアカネとのつながりを書きました。
あえて誰かは明言していませんが、いくつかヒントをいれているので協力者がいったい誰だかわかる人もいると思います。

そこで、一つお願いです。
感想やコメントにおいて協力者と思われる人物の名前を出すのは
作中ではっきりと出るまで控えていただけないでしょうか?

どうしてもあってるか知りたい! もしくは言わずにはいられない! という方は
私宛のメッセージにてどうぞ。
確かこの「ハーメルン」にはそういう機能があったと思うので。
希望があれば、この返信にて合ってるかどうかお伝えいたします。

そして毎度ながら更新が週一程度ですみません。
前回「早くしたい」といいながらも、結局1日繰り上げられた程度。

次こそは……!


感想、ご意見、ご指摘お待ちしております。


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第13話 死神が泣いた日

Side アカネ

 

「亡霊事件」を起こしてからも、しばらく私は魔法世界にとどまっています。

私としてはすぐに移動しても良かったのですが……。

なぜか、マケイヌが門を開いてくれません。

 

「マケイヌ……いったい、何を考えているのですか? 軍への復讐は一部にとはいえもう終わったんですよ?」

『そうなんだが……もう少し残る必要が出てきたんだよ。理由の一つは、知っての通り亡霊事件が起こったために逃げだしやがった奴の情報をまた集めなきゃならねぇ』

 

マケイヌによると、亡霊事件に際し真っ先に逃げて私の手から逃れた者がいるとのこと。

……あぁ、そう言われれば確かにいました。

正確には軍から武器を横流ししていたことが発覚して逃亡しようとしていた人間ですが。

武器の横流しがばれたのに加え、亡霊事件の発生。

その男が逃げるにはタイミングがよすぎたのでしょう。

ですから、リストに名があったやつですが手をかけることはできませんでした。

 

「そうですね……でも、彼は絶対に追い詰めて見せます。だからそれはあなたに任せるしかできませんね。頼みますよ」

 

今もなお紛争で利益を得ているであろう彼は、絶対に許さない。

 

「では、他の理由は何なのですか?」

『それは、だな……』

 

じっとマケイヌを見つめたその時、私たちのほうへ一人の女性が近づいてきた。

まさか、聞かれてしまった?

とっさに身構えた私でしたが、すぐに手の力が抜けました。

だって、その女性の目には涙が浮かんでいたから。

 

でもまさか、あんなことを口にするとは思ってもみなかったのです。

 

「フィー!」

 

フィー。

私はかつて……子供のころに、そう呼ばれていました。

とはいっても、両親をはじめ大人たちは私のことを名前で呼んでいました。

「フィー」というあだ名で私を呼んだのは、この世にたった一人だけ。

そう。

 

「……ミィ?」

 

彼女が村を出て、そして村が滅んで。

もう二度と会うこともないと思っていた、彼女だけ。

 

「ま、まさか、本当に……?」

「えぇ……私よ、ミィだよ。……久しぶりね、フィー」

 

ミィ。

私の親友しか、いない。

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、大人になりましたね……」

「そういうあなたこそ、大きくなったわね。っていうのも、なんだか不思議な気分だけど」

 

いえいえ、あなたのほうが大きくなっているじゃないですか。

背も高くなってるし……その、ほら。

本当に、大きくなりましたよねっ、この子……!!

 

「あら、どうかしたの?」

「なんでも……ありません……」

 

気にしたら負けです。ええ、もう気にしませんとも。

 

現在私たちは、彼女のことを知らないマケイヌに簡単な説明をして一緒にカフェテリアに座っています。

すっかり大人になったミィはカップを手に取るそのしぐさだけで優雅さが出ています。

私の記憶にある彼女は、実に子供らしい無邪気さを持った子だったんですけどね……。

 

「本当に、変わったものです」

「まぁ、いろいろあったもの。アカネ村を出てから旧世界に戻って、学校に通いながら一人暮らしを始めて……。でもあの日、新聞を見た時は本当に驚いたわ」

 

新聞……。

まぁ、予想がつきます。

 

「アカネ村が滅んだと聞いた、あの日。私本当に悲しかったのよ? 新聞の書き方じゃあまるでスパイだけが死んだように書いてあったけど、私はそうでないことを知っていた。だから……あの日、あなたは死んだのだと……」

 

彼女の声に嗚咽が加わりだす。

一方で私は、何も言えませんでした。

私が目の前にいるから私はなんとか逃げ延びたのだと思っているのでしょうね。

でも、ごめんなさい、ミィ。

 

 

 

 

 

私はもう、死んでしまったんです。

 

 

 

 

 

「だけど、よかった。あなたとまた会えて、本当に良かった……」

 

ミィはぽろぽろと涙をこぼし始め、もう嗚咽を隠そうとしない。

やれやれ、すぐ泣くのは変わっていないのですね。

席を立った私は、そっと彼女を抱きしめました。

 

「私も、嬉しいです。二度と会えないと思っていましたから……」

 

はたから見たら微笑ましい光景だろう。

だが。

対して彼女の顔は喜びとは逆の、真っ青な顔をしていた。

それは……仕方がない、ことでしょう。

 

「フィー……? あなた、一体」

「……気づいちゃいましたか」

 

私の体から温かみが感じられないことに。

何より、この胸の鼓動がないことに。

 

「教えて、フィー。あの日、本当は何があったの? あなたに……何があったの?」

 

あなたは……何者なの?

 

その言葉に、私はしばらく口を閉ざしていた。

 

 

 

 

 

 

 

Side ???

 

「あなたは……何者なの?」

 

二度と会えないと思っていた親友にやっと会えたというのに、今の私には再会への歓びがすっかりしぼんでしまっていた。

それというのも、私を抱きしめたアカネからは心臓の鼓動を感じられなかったから。

まるで、もう止まってしまっているかのように。

フィーはもう死んでしまったかのように。

 

「……やっぱり、気になりますか?」

「当然よ。さっき私はあなたが生き延びていたのだと思っていたのだけれど……そうじゃないっていうことなの?」

 

フィーの返答は、沈黙。

そしてそれゆえに、フィーがもう私とは違う存在になってしまったことが理解できた。

理解して、しまった。

 

あぁ、彼女はもう、私とは同じに見えて違うところにいるのだと。

 

「答えてよ、フィー」

「……聞いたら、幻滅しますよ。それに、私がしてきたことまで話さなければなりません……そんなの、ミィには聞かせたくない」

 

彼女が今までしてきたこと。

確証はなかったけど、一つだけ思い当たることがあった。

そもそも、私はその情報を得てここまでやっていたのだから。

 

「たとえば……亡霊事件とか?」

「ッ!?」

 

びくり、と彼女の肩がはねたのがすぐに分かった。

もともと、私は亡霊事件は“本当の”アカネ村を知る人が起こしたと思っていた。

そこで出会ったのがフィーだ。無関係とはどうしても思えなかったわ。

 

「ならもう、話すことはありません」

 

ふらりと立ち上がると、フィーは傍らの犬を連れて人ごみのほうへ歩いて行こうとした。

私に背を向けて、口を閉じて。

 

「待って!」

 

背を向けたままフィーは立ち止まる。

さっき感じた、彼女が自分と違う場所にいるあの感じ。

でも、私は彼女の横にいたい。

彼女に孤独を感じさせたくはないから。

 

「まだ、話は終わってないわよ」

「なぜ? 亡霊事件を知っているなら私が何をしたのか分かったでしょう。それだけじゃない。私は、この魔法世界の魔法使いなら決して許さないようなことまでしようとしているんですよ」

 

ゆっくり振り向いた彼女の眼には、恐れが混じっているように思えた。

馬鹿ね……だからって私が、あなたを蔑むとでも?

 

「だからどうしたの? それに、もう私には魔法が使えない」

「……え?」

 

初めて、フィーの表情が驚いた様子になった。

そう、私はもう魔法が使えない。だから、もう魔法使いじゃない。

 

「私はフィーのことをよくわかっているつもりよ? だから、あなた大それたことをしようとしているのだとしても、それにはきっと理由があるのでしょう? あなたは理由もなく悪いことをする人じゃないわ」

「そ、それは……」

「だから話して。私が去って、アカネ村事件が起こったあの日。本当は何があったのか。

あの日、あなたの身に何が起こったのか」

 

私はフィーから視線を逸らさない。

しばらく迷っていたようだったけれども、やがてフィーはためらいがちに席に戻ってくれた。座ってからも黙ったままだったけど、やがて顔を上げた。

 

「聞かなければよかったと、後悔するかもしれませんよ」

「後悔はしないわ。何であれ、私は知らなければならない。そんな気がするの」

 

それでもフィーは何かと理由をつけて話したがらなかったけど、私はその度に説得を重ねる。その甲斐あって、ついにフィーが折れた。

 

「わかりました……。話します」

 

そして、フィーは教えてくれた。

あの日、何があったのか。

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

まさか、ミィがここまで粘るなんて……。

正直、彼女の根気をなめていました。

その反面。ここまで私のことを思ってくれたのだと思うととても嬉しかったです。

内緒ですよ?

 

「わかりました……。話します」

 

何から話すべきか。

少し考えましたが、やはりまずはこれを言っておくべきでしょうね。

うすうすミィも気が付いているとは思いますが。

 

「私はあの日、死にました。紅き翼の魔法によって、殺されました」

 

それから、私はすべてを話した。

本当は誰にも話すつもりはなかったけれど、彼女にはすべて打ち明けた。

 

あの日――

 

私が殺されたこと。

 

お父様やお母様も殺されたこと。

 

フリックや他の村人も皆殺されたこと。

 

避難所であった時計台は結界ごと破壊され、村は焼かれ、略奪まで受けたこと。

 

私は死者の世界への扉の前で、自分が未練を残して向こうへ逝けないと言われたこと。

 

未練を断ち切るためには、メガロメセンブリア軍と紅き翼に復讐するしかないと言われたこと。

 

力を得て、これまで軍と紅き翼の一人……ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグに復讐したこと。

 

全部、話しました。

 

 

 

 

 

「そう……だったの……」

「話は、本当にこれで終わりです。どうですか? 失望しましたか?」

 

人を殺した、この私を。

自虐的に言いましたが、私はミィに拒絶されるのが内心恐ろしくてたまりませんでした。

彼女は……どう、思ったのでしょう……?

 

「……ずっと」

 

やがて、ミィは口を開きました。

 

「ずっと、一人で辛い思いをしてきたの?」

「え……? いや、なんというか」

 

一応、マケイヌいましたけど……。

あれ、そういうことじゃないですかね。

 

「決めた。フィー、ちょっと一緒に来て」

 

ミィはすぐに立ち上がると、支払いを済ませて通りを歩き始める。

ええと、どこに行くつもりでしょうか?

聞いても教えてくれず、ただ私は彼女について行った。

 

ミィは少し古ぼけた店の前につくと、やっと足を止めた。

ここは、ええと……“契約仲介屋”?

 

え? え?

 

「フィー。私と、仮契約しましょう」

「え、な、何で……?」

 

ミィは私のほうに近づくと、私を、ゆっくりと抱きしめた。

今度は、彼女のほうから。

 

「フィー、ごめんね」

「え?」

 

さっきから驚いてばかりです。

どうして、私が謝られなければならないのでしょうか?

 

「私は今まで、あなたのために何もしてあげられなかった。

でも、これからは違う。たとえフィーが死んでしまったのでとしても、私はフィーを助けたい。だから、フィーの未練を払うためなら何だってする」

 

私も、あなたの復讐に協力させて。

 

だんだんと、目に何かがこみ上げてくる思いでした。

もう死んでるのに。

涙なんて、出るはずないのに。

 

「う……うっ……」

「あなたがつらい思いをするなら、私も一緒。あなたが罪を背負うというなら、私も一緒に背負ってあげるから。だからお願い。仮契約して、協力するための力を分けて?」

 

わたしを抱きしめる彼女の腕が、さらに力を入れる。

ありえないけど、確かに私は、彼女の腕に久しぶりのぬくもりを感じていた。

 

 

 

 

 

「だって私たち、親友じゃない」

「うっ……うぅぅぅ……うぁぁぁぁぁぁぁん……!」

 

 

 

 

 

しばらく、私は彼女の腕で泣き続けた。

本当に、うれしかった。

 

私を救ってくれるという彼女の言葉が。

私と一緒に罪を背負ってくれるという彼女の覚悟が。

 

泣いたっていいじゃないですか。

 

 

 

 

 

私には、最高の親友がいる。

その後、契約仲介屋から出てきた私の手には一枚のカードが。

 

カードでは小さな鎌を手に抱いた女性が、優しい笑みを浮かべている。

 

「ミィ。○○・フィルデオーレはもう死にましたから……これからは、アカネと呼んでください」

「えぇ。それなら、私のことは、しずなと名前で呼びなさい?」

 

親友《源 しずな》は、にっこりとほほ笑んだ。

 

フィー、ミィと呼び合ったあの頃の少女たちの絆は、今も確かに残っていた。

6




えー、なんといえばいいのか……

早く早くといいながら、2週間たったこの体たらく。
今回ばかりは、もう怒られても仕方ないですね……
その分、普段よりかなり長くなったことがせめてものお詫びでしょうか。

前回はあえて協力者の名前は伏せましたが、結構皆様わかったようで……
なので、「もういいだろう」と予定より早く名前を出しました。

というわけで、協力者はしずな先生です。
本当は瀬流彦にしようかと思ったのですが、年齢合わないなと思い、こうしました。

そもそも、調べてみるとしずな先生は一話から結構思わせぶりな登場をしていたんですよね。
でも、結局魔法先生だったのかすらあいまいで……
なので私の話では「魔法先生じゃないけど魔法を知る関係者」というポジションです。

感想、ご意見、ご指摘お待ちしております。


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第14話 手の中の重み

Side アカネ

 

ミィ……いえ、しずなと再会してから2、3年ほどたちました。

今、私たちがいるところは……まさに、紛争の真っただ中。

正直、嫌悪感で吐きそうです。

死んでいる身なので吐くものがないことが、せめてもの救いでしょうか。

 

『嬢ちゃん、やっと見つけたな』

「えぇ……。これで、やっと一段落です」

 

私たちがここへ来たのは、亡霊事件で殺し損ねた、軍関係者最後の一人を殺すため。

アンドリュー・ヴェルト。軍から武器を横流ししていたのが発覚して、亡霊事件が起こったのに後押しされ逃亡した男です。

 

しかも彼は、いまだに武器商人として金を得ているのだとか。

……そのために、わざわざ紛争まで扇動して武器を売りさばいている。

 

「……本当に、殺し損ねたところが悔やまれますね」

 

亡霊事件の時に殺しておけば、ここで多くの人が犠牲になることはなかっただろうに。

そう考えていながら、一方で私は自分をせせら笑っていました。

 

 

 

いつの間に、人を殺すことへの抵抗が薄くなっていたんでしょうね?

「殺し損ねたことが悔やまれる」だなんて。

 

 

 

『嬢ちゃん、どうやらあっちの方にいるみたいだぜ』

「わかりました。向かいましょう」

 

マケイヌには気付かれないよう、自分への自虐心をそっと心にしまう。

自虐できるだけ、まだマシです。もし殺人に何のためらいもなくなってしまったら……。

復讐を終えても、果たしてみんなのところへ逝けるでしょうか。

 

 

 

 

 

向かった先では、魔法がぶつかり合い爆発があちこちで起きている。

ヴェルトによって大量の武器が流れていますから、戦火は余計ひどかった。

 

「…………」

 

見渡せば、死体の山。

中には子供もいました……やりきれない気持ちというのは、こういう気持ちをいうのでしょうね。

でも、私がこの紛争を止めることはない。私には、できない。

 

「私にできるのは、結局復讐だけなのですね……」

 

途中で襲い掛かってくる人間たちは、私を襲ってきますが傷つけることはできなかった。

どんなに魔法を放っても、武器を使っても素通りするだけ。

だって、生者は死者に届かない。

 

『嬢ちゃん、死神の鎌を出してローブを着とけ。顔を隠しとかないと後々面倒だ』

「わかりました、マケイヌ」

 

右手を地面にかざし、突き出してきた紅の柄をつかんで引き抜く。

現れた巨大な鎌と共に私の体は黒いローブに包まれました。

そして言われたとおり、顔を隠すため仮面をつける。

確かにいきなりあらわれた少女が攻撃をすり抜けていくというのは……異常な風景でしょうからね。

 

「……ん?」

 

鎌を携え、走っていくそのさなか。

私は、ある光景を目にして、思わず足を止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

Side ??

 

私は今、絶望の淵に立っていた。

 

「起きて……ねぇ、起きてっ!!」

 

どれだけ呼んでも、返事はない。

どれだけ彼の体をゆすっても……もう、応えてくれることはない。

 

「う……うぁ……」

 

持っていた銃が、手からこぼれ落ちた。

今までに多くの命を奪ってきたその重さが、いまさらながらに強く感じられた。

味方だって、大勢死んだはずなのに、こんな気持ちにはならなかった。

認めざるを得ない。私は、どこかでたかをくくっていたのだ。

 

 

 

大切な人間は、そう簡単に死ぬことはないなどと、絵空事を。

 

 

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

ふと見れば、ポケットから鈍い光が。

慌ててポケットから中身……仮契約カードを取り出すが、カードは鈍い光と共に残酷な事実を改めて私に突き付けた。

カードは、鈍い光と共に、背景の一部を失っていた。

かつてはもっと凝った装飾が私の姿の背景にあったはずなのに……今のカードには、ただ銃を構える私の姿しか残っていなかった。

 

「これ……カードが、死んだ?」

 

それが意味するのはただ一つ。

契約主である彼がもう……この世にいない、ということ。

もう、助かる見込みはなくなってしまったのだということを、目に見えて私に伝えていた。

 

「…………」

 

とりあえず、彼の遺体を動かそう。

こんな戦場の中では、巻き込まれてすぐに砕け散りかねない。

そうはしたくなかった。ちゃんと、埋葬してあげたかった……。

 

ドカァァァン!

 

「!?」

「ちっ、はずしたか」

 

突然、目の前の地面が爆発した。

慌てて振り向くとそこには残虐な笑みを浮かべた、スキンヘッドの男がいた。

私が彼の死に呆然としている間に、いつの間にか近づいて来ていたのだ。

 

「フン、なんでこんなところにガキがいるんだか……。ん?」

 

男の視線がある一点……私がつけていた、腕章に注がれる。

そこには、私と彼が所属していたNGOの紋章がついていた。

 

「あぁ、てめぇNGOか……どうやら、そこでくたばっている小僧も同じみたいだな。

両方とも、俺の敵とみていいようだ」

 

だったら殺していいよなぁ? と男は腕を振り上げる。

このままじゃ、殺される!

恐怖にかられた私は、慌てて銃を拾い上げた。

拾い上げると同時に、撃鉄を起こし、構える。あとは引き金を引くだけ――

 

「――ッ!?」

 

あとは引き金を引くだけ。

なのにその一瞬、私は引き金を引くことができなかった。

今まではあっさりとできていた、人さし指を動かすだけの簡単な行為。

にもかかわらず、今回ばかりは引き金がえらく重く感じられたのだ。

あぁ、そうか。私は、怖くなってしまったのだ。

目の前で大切な人が死んで。私は、人に死をもたらしかねないこの行為に、恐怖を感じてしまったのだ。

だから、引き金を引くことを、ためらってしまった。

 

「おらああっ!」

「きゃあああああああああっ!?」

 

不意を突かれたものの、男は私が引き金を引きそこなったその一瞬を見逃さなかった。

すぐに距離を詰め、震える私の腹にきつい一撃をくわえたのだ。

 

「がはっ……」

 

鈍い痛みが私を襲うと同時に、呼吸さえ苦しくなる。

これは……マズイ……!

 

「いやあ、危ないところだったぜ……。なんで俺を撃たなかったのかは知らねえが、ここは戦場だぜ? 殺さなきゃ殺される。それを……教えてやるよッ!!」

 

再び振り上げられる男の手。

さっきと違い、今の私は腹の痛みで苦しくてとても体を動かせなかった。

私、死ぬのか……。

迫りくる死に、私はきつく目をつむった。

――そして。

 

 

 

 

 

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

男の(・・)悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

え?

今、何が起こったんだ? どうして、私ではなく、男が悲鳴を上げる?

 

「お、俺の、腕がぁ……」

 

男の右腕は切断され、血が吹き出ていた。

そして……私と男の間には、巨大な鎌を構えた、黒いローブの人物がいた。

仮面をしていたので、顔もわからない。

 

「……単刀直入に聞きます」

 

仮面の下からの声が女性の声だったことに、私は驚いた。

男の方も驚いたようで、悔しそうな顔がわずかに驚きに傾いた。

 

「……アンドリュー・ヴェルトはどこです?」

「なっ!? てめぇ、どうしてアンドリュー様のことをっ!?」

 

今度は、男の左足から血が吹き出る。

再び悲鳴をあげた男は、痛みで地面に倒れ伏していた。

 

「早く手当てしてもらわないと手遅れになりますよ? さぁ、答えてください」

「わ、わかったわかった……あの方は、ここから先にいったところの洞窟の中だ! 頼む、命だけは……」

 

先ほどとは打って変わって、情けない声で命乞いをする男。

欲しい情報が手に入ったのか、ローブの人はうっとうしそうに鎌を持っていないほうの手を払った。

 

「そうですか。では、早くどこかに逃げなさい……助かればいいですね」

「ひ、ヒィィィッ!」

 

男は右手を拾い上げると、よたよたとどこかへ逃げていった。

私たちがそうしていたように、どこかに魔法薬が隠してあるのだろう。

そんなことを考えていると、今度は彼女は私の方を向いた。

 

「さて、今度はあなたですが……一つ聞きましょう」

「な、なんですか……?」

 

さっきの腹の痛みがまだ残っていて、銃を拾い上げることはできそうもない。

いや、できたところで、今の私が目の前の人物にかなうとは到底思えなかった。

 

「先ほどですが……なぜ、撃たなかったのです?」

「そ、それは……」

 

ためらったけれど、私は答えた。

自分を導いてくれた人が目の前で死んで、人を殺すことに恐怖したのだと。

銃の引き金を引くことが恐ろしくなったのだと。

 

「そうですか……」

 

しばらく黙っていたローブの人は、ゆっくりと私に歩み寄った。

そして

 

 

パシィィィィン!!

 

 

力いっぱい、私の頬をひっぱたいた。

 

 

「え……え?」

 

じんじんと熱を持つ頬を手で押さえ、私はまた倒れて彼女を見上げていた。

仮面で顔は隠されたままだったけれども、私はその人が仮面の下で起こっているということがすぐに分かった。

 

「何を言っているのですか、あなたはっっ! 今あなたがどんなところにいるのか、忘れたわけではないでしょう! 怖くなった? ならば銃など持たず、逃げなさい! いえ、そもそもそんな覚悟ならここに来るなッ! 戦いになんか手を出すな!! 一度武器を手に取るのなら、それ相応の覚悟を持ちなさい!! 決して、その覚悟がゆらぐことがないほどのものを!!」

 

“本当の重さ”を知らなかった私に、その言葉は深く刺さった。

それに、彼女の声は、どこか泣いているようにも聞こえた。

まるで、彼女自身、争いで何かを失ったように……。

 

「……とりあえず。あなたは、もうここにいても意味がないでしょう。その青年の遺体と共に、ここから去りなさい。私は行かなければならないところがあるので」

 

私に言葉をかけると、ローブの人はすぐにどこかへ走り去ってしまった。

私は、ゆっくりと立ち上がると落ちていた銃を拾い上げた。

 

「…………」

 

私は、もう一度引き金を引く理由を考え直した方がいいのだろう。

そして、二度とさっきのようなことがないよう、覚悟と決意を持つべきだ。

この機会を与えてくれたことを、私は彼女に感謝していた。

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

「や、やめ―――っ!?」

 

ほどなくして、私はヴェルトを見つけ出しました。

そこから後は、これまでと同じ。

彼が何をしてきたのかを吐き捨て、命乞いする彼に鎌を振りおろしました。

 

「……あなたが起こした争いで、あの子は命を落としかけたんですよ? いえ、そもそもあんな子供が争いに関わるなんて……」

『あぁ、さっきの女の子か? それにしても、まさか嬢ちゃんがあんな説教かますなんてな……』

 

しょうがないじゃないですか。

あの子は、私と同じ道を歩みかけていたのですから。

いえ、それ以前に、殺されそうだったのですが……。

いずれにせよ、彼女にはしっかり知ってもらいたかった。彼女が手にした物の重みを。

そこで命を落としても、意味がないのですし。

 

『さて、これで亡霊事件はしっかり終えたわけだ。ならば、行こうか?』

「ええ。お願いします」

 

次の、舞台へと。

 




今回は閑話のようなものですね。

中盤で一人称となった少女が誰かは、まぁ皆さま御想像の通りです。
えぇ、のちに学園で銃を駆使する彼女です。

今回、アカネが説教しました。
ただ、これがのちに彼女のあの割り切った態度の引き金になるかなと思ったり。

そして、これにて空白期編は終了となります。
次回はかつて削除した「ネギ・スプリングフィールド」の章へと入るのですが
まだ「サボタージュ イズ マイライフ」は更新しません。
というのも、せっかく空白期書いたのなら書きたい場面がありまして……。
まぁ、このタイミングですから、ピンとくる方は多いかと。

では、またお会いしましょう。

感想、ご意見、ご指摘お待ちしております。


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Ⅳ ネギ・スプリングフィールド
第15話 雪の降るこの夜に


皆さま、大変お久しぶりございます。
いよいよ新章に入ります。まずは本編をどうぞ。


Side アカネ

 

今夜は雪が降っている。

真っ暗な夜の闇の中に、白い雪がちらほらと振っているのはたいそう趣があると私は思いますし、実際同意してくれる人も多いでしょう。

だからこそ、思う。

今、私の目の前に広がる光景はあまりに不釣り合いだと。

 

『嬢ちゃん、嫌なものを見せてすまねぇな……』

「構いませんよ。確かに、目にしたくなかったと言われればその通りですけどね……」

 

私の目の前では、村が燃えている。

白と黒だけのはずだった世界の中で、毒々しく紅い炎が村を覆い、離れているのではっきりとは見えませんが逃げる人々が見えた。

 

「やはり、思い出してしまいますね……」

 

燃える村へと向かいながら思い出すのは、私の故郷。

連合軍、そして紅き翼によって燃やしつくされたアカネ村の最後の光景は、片時も私の頭から離れてくれません。

それこそ、私を縛る未練でもあるのですから当然かもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

そして今、この村もアカネ村と同じ運命をたどろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

「……させませんよ」

 

誰の差し金かは知りませんが、思い通りにさせてなるものですか。

自然と前に手を突き出し、地面から現れた死神の鎌(デスサイズ)を握りしめる。

そのまま黒いローブを纏って、私は走り出しました。

後からマケイヌが、子犬の姿のままでついてくる。

 

「とりあえず、今あの村で何が起こっているのか説明してくれませんか?」

『……村が襲撃を受けている。それじゃ駄目か?』

 

マケイヌにしては珍しい。

普段なら私が聞いたことにはまずしっかり答えてくれるものですが、今回はずいぶんとぼかした回答を返してきました。

 

「それで納得できるとでも? この緊急事態とも呼べる光景を前にして?」

 

納得できるわけないでしょう!?

しかも、この光景は私にとって最も忌まわしい光景と言えます。

あなただって、さっきそう言ってたではありませんか。

 

『……わかったよ。嬢ちゃんの時と違って、今この村は戦争とか紛争とかでこうなってるんじゃない。この村に、ある人物がいたのが原因で悪魔が指し向けられているんだ』

「悪魔……っ!?」

 

それも、1体や2体というレベルではなく、大多数の悪魔が送り込まれているのだと言う。

多数の悪魔を呼んだということは、召喚した相応の実力の術者もまたたくさんいると言うことで……。

一体、あの村に誰がいたと言うんです!?

 

『あの村にいたのは……ある子供さ。将来有望と期待されているが……一部の人間にとっては、本来存在してはならない子だった』

「それは、どういう……」

『お喋りの時間は終わりだぞ……!』

 

村までの移動はもう終わり。今私たちはまさに燃えさかる村へと突入しようとしていた。建物が燃えている一方で、人の形をした石像がいくつか点在していることに気がつきました。

悪魔が周りを囲んでいることから、その石像に対する先ほどの認識が、間違っているとわかる。

人の形をした石ではない。石になった、人なのだ……と。

 

「オイ、アソコニモ生キ残リガイルゾ!」

 

他の村人たちも多くが石にされたとみていいでしょう。

そして、私も村人の生き残りと思った、ということですね。

……ですが、彼らは大きく間違っています。見当違いにもほどがある。

 

「オ前モ、石ニシテ――ッ!?」

「誰が、生き残りですって?」

 

一瞬で間合いを詰め、彼らの前に。

私の手には死神の鎌が握られており、腕をふるうだけで悪魔の首がまずは一つ、宙を舞った。

そのまま鎌をふるい続けて、まずは右の悪魔、続いて襲い掛かってきた悪魔へと鎌を振りおろしていきました。

 

「私が、生き残りだなんて……戯言を」

 

私はすでに、死んでいるというのに。

 

 

 

 

 

 

 

Side ネカネ

 

気付いたのは、ささいなことが原因だった。

久しぶりに村の近くまで戻ってきて、ネギは元気にしてるかしらと村の方を見たあの時、空にいくつかの点が見えた。

鳥にしては大きい。しかも、数がとても多かった。

胸に何か嫌なものを感じて村へと急いだ私の判断は正しかったと言えるのでしょう。

 

 

 

村は、燃えていた。

 

 

 

最初は驚きのあまり呆然とその光景を眺めるだけだったのだけれど、すぐに私が今すべきことに気がついた。

脳裏に浮かぶのは、まだまだ幼い男の子。

 

「ネギ! どこなの、ネギーーっ!!」

 

ネギが巻き込まれていたらと思うと……想像する前に、体が震えて来てすぐに頭から最悪の可能性を振り払う。

燃えている村の所々には、石にされた人々がいた。

どれもこれも皆、知っている顔ばかり。

幸か不幸か……その中に、私が探している顔は無かった。

 

「ネギ……」

 

スタンさんか誰かが、ネギは安全なところに避難させてくれたのだろうか?

だけど、今の時点では何とも言えなくて……

 

「マダ、イタ」

「ひっ……!?」

 

考えながら歩いていたからだろう、私は近くまで悪魔が来ていることに気がつかなかった。

遠くから、悪魔の姿を見たのだからちゃんと警戒しておくべきだった……!

私はここで、死ぬ? それとも、すぐ側に転がるみんなのように、石に……?

 

「メイレイ。ムラビト、消ス……」

「~~ッ」

 

あぁ、もう駄目だ。

恐怖のあまり、足が動かず目を閉じることしかできなかった。

ごめんなさい、ネギ。あなたの無事を確認することもできずにいなくなるお姉ちゃんを、どうか許して……。

 

「ギャアアアアアアアアアア!」

「え?」

 

いつまでたっても、自分に何かが起きた様子はない、それどころか突然悪魔の悲鳴が私の耳に飛び込んできた。

おそるおそる目を開いてみると……そこには、体を一刀両断された悪魔と、消えていく悪魔を眺めるローブを着た人物がいた。

彼、もしくは彼女の持つ大きな鎌が悪魔を切り裂いたことは明白だった。

悪魔が消えると、ローブの人は私の方を見た。

 

「あ、あの……」

「やっと生存者を見つけましたよ……。大丈夫ですか?」

 

声からするに、どうやら女性らしい。

仮面をつけていたので顔まではわからなかったけど、恐怖は感じなかった。

もう駄目だと思っていたところを、助けてもらったからでしょうね。

 

「ええ……。ありがとう、ございます」

「ここは危険ですから、すぐにここから離れてください。聞いた話だと、ある子供を狙ってるそうなので、逃げればまず狙われることは……」

 

途中から、彼女の声が聞こえなくなっていく。

“ある子供が狙われている”?

私の知る限り、この村で子供というのはそう多くはない。まして、狙われる危険性のある子供といえば……。

私の顔は今真っ青だろう。ローブの人も、突然言葉を止め私の方をいぶかしげに見て聞いてきた。

 

「あなた、どうかしましたか?」

「助けてくれてありがとうございました、ですが……私だけ逃げるわけにはいきません」

 

襲撃はまだ続いているようだ。

となれば、相手が目的を達成できてないと考えてよさそうだ。

お礼を言うと、私はすぐに震える体に檄を飛ばして走り始めた。

 

「あ、ちょっと!」

 

ローブの人が呼びとめようとするが、今はもうそんな余裕はない。

ネギ……お姉ちゃんが今、行くから。

だからどうか、無事でいて……!

 

「ネギ……!」

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

訳が分かりません。

金髪の女性が悪魔に襲われようとしていた。

助けるために、悪魔を倒した。

 

そこまではいいんです。近くにいた悪魔も全て切り裂きましたから多分もうこの近くに悪魔はいないと思って逃げるよう彼女にいました。

問題はそこからです。

 

なぜか彼女は突然顔を真っ青にして、逃げろといったにもかかわらず燃えさかる村の奥へと走って行ってしまいました。

私、何のために助けたんでしょう……?

誓って言いますが、あなたを危険に送るためではないのですよ?

 

「訳が分かりませんよ……」

『そう言うなよ嬢ちゃん。人は誰しも、事情を抱えているもんだぜ?』

 

かっこよく言われたところで、理解できませんよ。

理解できないといえば、今回のマケイヌの態度も気にはなっているんですよね……。

突然こんな村へ連れて来て、なぜか情報をあまり出してくれませんし、どんどん深刻そうな雰囲気になってて。

これから、さらに何かが起きるとでも言うんですか?

 

『嬢ちゃん、さっきの女性を追いかけるぞ……』

「はい。……いや、え?」

 

突然何を言い出すかと思えば、さっきの女性を追いかけろと。

しかも途中まで行った時点で、そこからは別の方向へ移動するとのこと。

何がしたいんですかね、私をここに連れて来て、そんな妙な指示をしてまで。

 

『嬢ちゃん……』

「はい?」

 

私を見るマケイヌの目は……どこか不安そうでした。

それでなんとなく察します……。これから、さらに何か起こるのだと。

しかも。

 

『これから起こることに……我を忘れるなよ?』

 

私が我を忘れてしまいそうなほど……特別なものらしい。

鎌を握る手に力が入ってしまったのも、自然なことでしょう。

 

 

 

 

 

 

――再びの邂逅が、ゆっくりと近づいていました。

 




改めまして、お久しぶりです。
本当は昨日中に投稿したかったのですが、間に合いませんでした……orz

ゆえに、1カ月と1日ぶりの投稿となります。
言い訳させていただけるなら、なぜか異常に忙しかったんです、11月。

バイト、学園祭、世代交代による役職、その他もろもろ……
ホントに忙しかったんです。
かかとに穴があいた靴すら買い替えに行けないほど。
雨の日はひどい目にあいました……。

さて、言い訳等はここまでにして。

今回はネカネさんの登場です。
この後、彼女は無事にネギを発見し、すんでのところで身を呈してかばうという流れですね。

となれば、次回何が起こるかは、皆様すぐに想像がつくかと思います。
頑張って書きます。が、12月も何かヤバそうなので、気長に待っていただけると幸いです……。

感想、ご意見、ご指摘お待ちしております。
「おせえぞこの野郎」等の意見でも、甘んじて受け入れます。さすがにお待たせしてしまったので。


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第16話 私は絶対に許さない

お待たせいたしました。
皆さま展開は想像していると思いますが、どうぞ。

なお、ナギについては自己解釈を加えております。


Side マケイヌ

 

これから何が起こるのか、俺は知っている。

といっても、全部知っているわけでもない。俺にわかるのは、ここ……村から少し離れたところにあるこの丘に奴が来るということだけだ。

 

「マケイヌ」

『なんだ? 嬢ちゃん』

 

俺が丘から村を眺めているのに対し、嬢ちゃんは背を向けている。

俺がそうするように言ったからだけどな。

 

「いつまで後ろを向いていればいいのですか? 今日はあなたの考えがさっぱりわかりませんよ……」

 

わからなくていいから。

もうすぐ、いやでもその現実と対面することになる。

下手に早くから教えておいたところで、かえって嬢ちゃんがわれを忘れて暴走する可能性は高いんだ。

無駄なデメリットを発生させる必要はない。それに、こうして嬢ちゃんに自分で考えさせておけば、もしかしたらと思い当たるだろう。

 

『もう少し待ってくれ。嫌でもわかる』

「……まぁ、いいですが。さっきから爆音とか聞こえるので本当に気になるんですよ……」

 

それもそうだ。

嬢ちゃんには見せていないが、今、俺の目の前では……

 

 

 

あの男が子供をかばい、悪魔を吹き飛ばしたところだった。

 

 

 

その後も男は一騎当千の活躍を見せ、次々に悪魔を倒していった。

一瞬、その魔力に違和感を感じたものの心当たりはあったから……あまり気にはならない。

 

全ての悪魔を倒した男は、子供に何か言って自分が持っていた杖を渡した。

なるほど、自分は残れないからせめて杖を……ってわけか。

子供思いだねぇ。

 

だが、所詮は身内だからか。

人を救うことができるその力をどう使うべきか……気づくのが、あまりに遅すぎたんじゃねえか?

……俺がここでどう思ってもたいした意味はない。

彼と対峙すべきは、俺じゃないから。

男はゆっくりと宙に浮かぶと、こちらへむかって飛んでくる。

そろそろ、だな。

 

『嬢ちゃん。もう、いいぜ……』

「まったく、一体何が……」

 

ぶつくさと振り向いた嬢ちゃんの言葉が、止まった。

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

この丘に着いた時、マケイヌに指示されたことは『しばらくあっち向いてろ』。

言われたとおりの方向を向いて待っていると、背後からは爆音とか聞こえて来て本当に何を考えているのかと思いました。

後で気付きましたけど私が向かされていたのは、村と正反対の方向だったんですよね。

 

でも、ちゃんと理由はありました。

 

「あ……」

『…………』

 

ようやくマケイヌから許可が出て、振り返った私の目に飛び込んできたのは。

 

 

 

こちらへと飛んでくる、一人の男の姿でした。

 

 

 

忘れるものか。

忘れられる、わけが無い。

私が全てを失った、あの日。サイモンさんもろとも魔法を放ち、私を殺した男。

私の故郷を壊滅へと導いた、“英雄”。

 

「ナギ……スプリングフィールドォォォ!!」

 

私が最も憎む男が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

今、私とナギは無言で向かい合っている。

私の手には巨大な鎌が握られていますが、彼の手には何もない。

私を殺した時に持っていた、あの大きな杖はどうしたのでしょうか?

 

「……一つ聞くぜ」

「……どうぞ」

 

やっとかわされた会話。

でも、私たちの間に流れる緊迫した空気は変わりません。

 

「村を悪魔たちに襲わせたのは……お前か?」

 

何を言うかと思えば、ずいぶん見当はずれなことを……。

もっとも、彼としては自分が飛んだ先に見知らぬ私がいたのですから、不審に思ったとしてもしょうがないのかもしれません。

 

「いいえ、違いますよ……。何で私が村を襲わせなきゃいけないんですか」

 

あなた達ではあるまいし。

その言葉は彼にも聞こえたようですが、どうやらこの時点では何の事だか理解できなかったようです。

それがまた、腹立たしい。

 

「そうか……じゃあいいんだ。それ以上特に用はねえよ」

「そう言われましてもねぇ……」

 

自然と手に力がこもる。

死神の鎌から私に流れてくる魔力を身にまとうと、私は宙を駆けた。

 

「私には、あなたに用があるんですよ!」

 

勢いよく近づくと、鎌を振り下ろす。

彼の命を刈ろうとした刃は……すんでのところで避けられてしまいました。

チッ。

やはり英雄と呼ばれただけの実力はあります。うまく不意をつけたと思ったのですが、私の思い上がりだったようです。

 

「おいてめぇ、村を襲ってないなら、何で俺に襲い掛かってくるんだよ!?」

「言ったでしょう、私はあなたに用があるのだと! あの村には別に何も思うことはありませんが、あなた()への恨みはたくさんあるんですよ……!」

 

たくさん、たくさん。

両親を殺された恨み。

フリックを殺された恨み。

村のみんなを殺され、村を滅ぼされた恨み。

 

そして、私自身が殺された恨み。

 

あなたが笑って唱えた魔法が、どれだけの人々の人生を消し去ったのかわかっているのですか? いえ、そもそも、そのことを理解しているのですか?

あの日、私たちに向かって魔法を放つ意味を本当に分かっていたのですか――?

 

「アカネ村のみんなの恨み、悲しみを……私は背負っているんですよぉっ!」

 

半ば悲鳴のような絶叫とともに、私は鎌を振り上げる。

一方で、相手も呪文を唱えていました。

杖は持っていませんが、他にも魔法発動体を隠し持っていたのでしょうか。

指輪型の魔法発動体とか、あるらしいですからね。

 

「来たれ、虚空の雷、薙ぎ払え! 『雷の斧』!」

 

それは偶然か必然か。

唱えられた呪文は、よりによって私を殺した魔法のものでした。

ですが。

それはもう、過去のことで。

 

轟く雷は、私の体をすり抜けた。

 

「なっ!?」

「生者は死者に届かない。あなたの魔法は、今や私には届かないんです」

 

魔法による煙が晴れたとき、私はすでにナギの目の前に迫っていました。

死神の鎌を振り上げたまま。

今度こそ、避けられない!

 

「くら」

「う、おおおおおおおおおっ!」

 

「くらえ」と鎌を振りおろそうとした私でしたが、またもや私は驚嘆する羽目になりました。確かに、今の一撃は避けようが無かった。

だから、彼は……あろうことか、鎌自体を殴って、軌道をそらしたのです。

 

「はぁっ!?」

「へ、生きてる人間をなめんじゃねえよ……」

 

どこか声が小さく感じましたが、そんなことはどうでもいい。

私に攻撃が効かないなら、武器に攻撃する。そんな裏技ともいえるようなやり方で彼は私の攻撃を防いで見せたのです。

 

「くっ……」

「なぁ……お前、さっき言ったよな? アカネ村、って」

 

……おや?

私が叫んだあの一言に、彼は気がついていたようです。

とりあえず攻撃の手を緩めた私に、ナギはなおも話しかけてきました。

 

「あの時、生き残りがいたのか……?」

「あなた達が殺しておいて何を言っているんですか。いいえ、生き残りなんていませんよ。まさか、淡い期待でも抱きましたか?」

 

私がここに来たことで、生き残りが復讐に来たとでも? あの村の全員を殺してはいなかったのだと?

そう言ってやると、ナギはだよな……と落ち込んだ声で答えました。

 

「だいたい、さっきも言ったでしょう。生者は死者に届かない、と。あなたが生者だというのなら、死者が誰を指すのかはわかりきったことでしょう」

 

この場で戦っているのは二人。

片方が違うのなら、答えはもう一人の方。実にシンプルなことです。

 

「お前の顔、見たことがあるんだ。やっぱり、お前は……」

「ええ。あなたに“殺された”人間です。私は死ぬときに死ねなかった、この世に縛り付けられた存在なんです。あなた達に村を滅ぼされた未練に縛られて」

 

だから、私はあなたに復讐する。

私が愛したみんなの元へ逝くために。そして、彼らの無念を晴らすために。

目の前にいるのが自分が殺した相手だと知って、ただでさえ暗くなっていたナギは、今度こそ己の罪を目の前にたたきつけられた、そんな顔をしていた。

比喩表現ですが、まんざら間違いとも言えませんね。事実その通りですから。

 

「さて、おしゃべりはここまでにしましょうか」

「そう、だな」

 

お互い頷いて、そこからは鎌と拳の応酬がくりかえされる。

鎌で切ろうとするたびに拳で軌道をそらされて、気をつけていても鎌に攻撃されてしまう。

彼の拳にこもったこの気持ちは、いったい何なのだろう?

ですが、ついにその応酬も終わりを迎えました。

 

「しまっ」

「これで、終わりです」

 

鎌を振りおろそうとすれば、拳が来る。

だから、私はあえてその拳を誘った上で回避してみせた。もう、身を守る術は無い。

そして……

 

「はぁぁぁっ!」

 

彼の右腕を、私の鎌が刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

体から離れた右腕は宙を舞い、そして切断された根元からゆっくりと薄くなり、粒子となって消えていきました。

……って、ううん?

あれ、人間の体って、切られたら消えるものでしたっけ?

 

「あー、さすがに限界か……」

 

その声に振り返ってみれば、ナギ自身も、切り口からゆっくりと粒子になり始めていました。粒子になった部分は浮かびあがり、そして消えていく。

 

「な、な……」

 

いったい、何が起きているんです……?

おそらく私の顔は、唖然とした表情になっていたのでしょう。消えていく中でナギがその理由を教えてくれました。

 

「まぁ、いろいろ事情があってな……俺自身の体は、ある場所から動くことができなかったんだわこれが。それで……あいつからなんとか主導権とり返して、その隙に万が一の保険として用意していたものを使ったんだ」

 

あいつとか主導権とか、話に一部分からないものがありますが……それはまぁおいときましょう。本筋はここからのようですし。

 

「保険?」

「あぁ。もしも俺の体が使えなくなったときの為に……分身体を作っておいたんだよ。仲間にこの分身体を作るのがうまいやつがいてな、そいつがアドバイスしてくれたんだよ。意思も俺自身の意思がつながった分身だからな、用意しておいて正解だったぜ」

 

ということはつまり。

目の前にいるナギは、意志こそ本体とつながっていますが、その体は作られた分身体だったということですか。

そして今、その分身体は役目を終えて消えていこうとしていると。

理解しました、理解しましたが……。

 

「それじゃあ、今私がここであなたを殺そうとしても……」

 

消えるのは分身体であって、本体は残ったまま。

だから……彼はまだ生きている。私の復讐は、まだ果たされない。

 

「そういうことだ」

「そんな……私は、あなた達に復讐するためにここにいるのに! 前に進めたと、思ったのに……」

 

どうやら。

今回の復讐は……失敗に終わるようです。

 

「お前が、俺に復讐する理由はよくわかった。だから……」

 

消えていくその刹那、彼はにやりと笑って見せました。

私に向かって、半ば挑戦的に。

 

「俺を、殺しに来い。それで全てが終わるんだろ?」

「……ええ」

 

その言葉を最後に、彼は完全に消えてしまいました。

後に残ったのは、暗闇と静寂だけ。

 

ええ、わかりましたよ。

あなたが何を言おうと、あなたが何を思おうと、私の復讐が終わるわけじゃない。

あなたの罪は、永遠に消えない。私は絶対に、あなたを許さない。

 

……だから。

 

「わかっていますよ……。いつか、必ず」

 

あなたを、殺してやりますよ。英雄(ナギ)

 




結論として、あの日ネギを救ったのはナギの”分身体”というのが私の解釈です。
もう一つ考えていたのは、”アリカ”という解釈です。
これだと、最終話にアリカが出てこなかったのもアカネにナギとして殺されたから、という解釈もできるんですよね。

しかし、原作での解釈ではないよなと思い、分身体としました。
アルが学園祭で使ったような分身体を想像していただければ。

これで悪魔襲撃事件は終わりです。
次回はどうするかちょっと考え中です。

感想、ご意見、ご指摘お待ちしております。


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第17話 New year never comes

皆さま、新年明けましておめでとうございます。
そしてお久しぶりです。
クリスマスに間に合わなかったスケジュール調整がへたくそのウージの使いです。

今回の話は、クリスマス用に書いていたものを正月用にアレンジして書きなおしたものです。
これは投稿できてよかった……。

新年早々暗いタイトルですが、どうぞ。


Side アカネ

 

年が明けます。

年が明ける日というものは、一年のはじめとしてどこでもお祝いをするようです。

今、私が来ている街もそれは同じ。

広場の真ん中に人々が集まり、大きな歓声とともに新年を祝っていました。

 

『嬢ちゃんは行かないのかい?』

「行ってどうするんです。よそ者の私がいても、お互い居心地が悪いだけでしょう? それに、あの中には英雄の親族がいるのでしょう?」

 

 

 

ある村を大勢の悪魔が襲撃した事件から、だいぶ時間がたっていました。

その日は、私が仇と出会ったにもかかわらず何も出来なかった日でもあります。

あれから時間は経ったけれども、私の復讐は進んでいるとは言えない。

マケイヌが作り出す門を使用していますので、正確には周りの時間がどんどん進んでいるだけで、私自身が復讐のために過ごした時間は比べると微々たるものです。

 

ですが、周りの時間が大きく流れていることを知るたびに、なんとも言えない気持ちになるのです。

(あぁ、復讐は進んでもいないのに時間ばかりが過ぎているのだなぁ)、と。

 

以前、マケイヌに確認したことがあります。

マケイヌが作る門は復讐のために必要な時間、場所に移動するものなのではないかと。なぜ私はガトウと連合軍にしか復讐できていないにもかかわらず世間では多くの時間が過ぎているのかと。

それに対する彼の返答はこうでした。

 

『ただ敵のいる場所に行って戦いを挑めばいい、と思っているのかい? それは間違いだ。例えば思い出してみろよ、魔法世界に行ったとき図書館で紅き翼について調べただろう? 軍についての情報を知るために、クルトと取引をしただろう? 物事には必ず手順ってものがあるんだ。嬢ちゃんの復讐も同じ。俺自身すべてを把握しているわけじゃねえけど、今嬢ちゃんが歩んでいる道には全て意味があるはずなんだ。もどかしいのかもしれないが、今は待つときだって、そう思っていてくれねえか?』

 

そこまで言われては、何も言い返せません。

ですから、今ここで私が町の新年のお祝いを見ているのにも、きっと意味があるのでしょうね。

復讐に直接は関係していなくても、間接的な何かが含まれているのかもしれません。

 

 

 

そんなことを考えながら、お祝いを見ていました。

町をあげてこのイベントは行われているようで、見渡してみるといろんな人がいました。

 

親と手をつないで歩いている無邪気な子供。

新年早々から喧嘩をしている夫婦。

誰かとはぐれたのか、きょろきょろとあたりを見渡す女性。

知人と談笑するひげの長い老人。

早く帰りたい様子の男の子と、その手をぐいぐい引っ張る気の強そうな女の子。

 

「……ふふっ」

『ん? どうした?』

「あ、いえ……」

 

思わず笑みを浮かべたら、マケイヌがこっちを向きました。

いえね、ふと思い出したことがあったんです。

 

それは、昔の話。

今はもう失われた、ある村での出来事。

……私たちが生きて新年を迎えた、あの頃の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

あの日も、一人の女の子が一人の男の子の手を引っ張っていました。

 

「フリック! もうすぐ新しい年だよ!」

「うぅ……迎えに来てくれてありがとう」

 

私、そしてフリックは村のみんなが集まる時計台の方へ急いでいました。

今日は起きて新年を迎えようねと約束をしていたのですが、私が迎えに行かなければ彼はまたもや寝るところだったそうです。

全く、女の子との約束を破りかけるとはけしからん。

 

「ミィが村を出て、だいぶ経ってしまいましたねぇ……」

「できれば、こうして一緒にいたかったね」

 

彼の言葉に私は大きく頷きました。

親友の彼女がいた頃はまだ私たちは子供で、夜中まで起きていられなかったのです。

まぁ、横の彼は14になっても危ない所でしたが。

 

「それにしても、時間がたつのに相変わらず戦争は終わらないんだね……」

「そうですね、ここはこんなにも平和だっていうのに」

 

依然として、戦争は続いています。

ミィが村を出ていったのも、戦争が終わる気配のない魔法世界から旧世界へと避難するためです。あちらは、完全に戦争が無いわけでもないけれど、ここまで大きなものではないそうです。

お父様やお母様は、ミィの両親の説得を受けても、ここに残ると決めたので私も魔法世界にとどまっています。

 

「なんで、この戦争は続くのでしょう?」

「人間と亜人が違うから……なのかなぁ?」

 

この村で生活していると、本当にそうなのかと疑問ですけどね。

ただ、教えてもらったところによると確かに人間の連合側と亜人の帝国側、と分かれてはいるそうです。

でも、この村で生まれ育った私にはいがみ合う理由が分からない。

いえ、むしろこの村が特殊なだけ、なのでしょうね。悲しいことですが。

 

「でもさ、○○。この村でできるっていうことは外でも共存はできるはずだよね?」

「まぁ……そうでしょうね」

 

私は違いますが、お父様やお母様をはじめ、村人の多くが外からここへ移り住んできた人々です。

その人々が共存できているということは、決して不可能ではない。

フリックの言葉は、確かに頷けます。

しかし、ここにいる人々はそうした戦争に嫌気がさして逃げてきた人々。

みんながみんな、うまくいかないのが“世界”なのでしょう。

 

「○○……もし、外の人々に“亜人と人間が共存できる村がある”って、ここの事をもっと広めたらどうなるのかな? 僕たち一家がここに来れたのは偶然だけど、他にもここのような暮らしを求めている人はいるはずだよね?」

 

ミィの家族はその噂を元にここに来た人たちでしたね。

そして、実はフリックの家族も同様に噂を元に移り住んだ人たちです。私と違い、フリックは外での、人間しかいない生活や世界を知っています。

その彼が言うのですから、私にはとてももっともなことに聞こえました。

 

「そうですね……全員ではないでしょうけれど、いますよ。きっと」

 

私の問いに、彼はとても嬉しそうな表情で頷きました。

そのまま、指を一本立てる。

 

「なら、もう一つ質問していい?」

「どうぞ?」

 

もう一つ、いったい何を聞くのでしょうか?

首をかしげた私に、問いかけられたのは……

 

「今、何時だっけ?」

「……え?」

 

そうだ、こうしている間にも時間は少しずつ過ぎていて。

そういえば、なんだか時計台の方が騒がしくなっているような……!

こうしてはいられない!

 

「い、急ぎますよフリック!」

「あ、ちょっと待って!」

 

慌てて走っていく私たち。

私が手を引っ張って、フリックが急ぐという構図は変わりませんでしたが、少なくとも私たちは笑顔で走っていました。

 

「新年を迎えるっていうのに重い話をしたせいですよ! なんでそんな話持ち出したんですか!」

「○○だって話にのってたじゃないか! でもね、この話ができて良かったと思ってる。本当にありがとう、○○」

「……?」

 

時計台へ走る彼の笑顔は、なぜかとても印象的でした。

ただ嬉しそうではなく、まるで何かを考えていたような……

 

 

 

 

 

 

 

「そして、なんとかカウントダウンに間に合って、年が明けて。アカネ村は、それから二度と新年を迎えることができませんでした」

 

それから一年がたつ前に、アカネ村は滅ぼされた。

メガロメセンブリア軍と、紅き翼によって。

マケイヌへの話を終えた私は、また目の前の光景を眺め始めました。

 

「…………」

 

どの顔も皆、新たな年に希望を抱いて、笑っている。

でも、私たちにもう新年というものは来ない。もう二度と。

私達の村の時計は、とっくに止まってしまっているんです。

 

「…………」

 

でも、目の前の光景は、とても幸せそうで。

未来が輝いている人々が、とてもうらやましくて。

たまらず私は、そっと膝を抱くと、顔をうずめました。

 

 

 

 

 

「……いいなぁ……」

 

 

 

 

 

もう、見ていられなかった。

目の前の光景から顔をそむけて、ずっと私は嗚咽を漏らし続ける。

マケイヌが声を駆けて生きたのは、それからしばらく経った後でした。

 

『そろそろ……行こうか』

「…………」

 

返事もできずに、私はゆっくりと立ち上がる。

そして、後ろに開かれた扉へと足を進めていきました。

復讐の未来につながる扉へと、今まで見ていた街に背を向けて。

 




次回はやっと、かつて削除した「サボタージュ イズ マイライフ」です。
ついに麻帆良編に入れる……!

長らく空白期間を書かせていただきました。
これからもがんばりますので、今年もよろしくお願いいたします。


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第18話 サボタージュ イズ マイライフ

いよいよ麻帆良編。
まずは、かつて削除した話を投稿します。
少しいじった部分もあります。


Side アカネ

 

現段階で、復讐を果たした紅き翼のメンバーは一人だけ。

次は復讐を進めることができるだろうかとくぐった扉の先は今までとは少し違った雰囲気で、大きな建物がたくさんある場所でした。

しかも見渡す限り人、人、人……。

 

「はぁ、はぁ」

 

マケイヌは今も私の横で、子犬の姿をして足を動かしています。

聞いたところ人の姿もできるそうですが、今はまだしないとのこと。

元は憑依もできる魂のような存在なので体も自由に作りかえることができるそうです。

 

そして今、よく晴れた青空の下で私は。

 

「マケイヌ。ひっじょうに聞きたいことがあるのですが」

『んあ? 無駄口言ってる暇があるのなら……』

 

ちなみに、今の私の服装はシャツと袖のない上着に首元にはリボン、下はチェックのスカートです。

よく見ると、周りにいる人達の中にも私と同じ服装をしている人がちらほら……。

私と違って、カバンとか荷物を持っているようですが。

さて、勘の良い方はもうお気づきでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

『遅刻する前にダッシュ! ダッシュ! ダアアアアアッシュ!!』

「何で私がぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

絶賛、全力疾走中です。

転移はするなと言われたので、ただ走るしかない私。

しかもやたら距離が長いこと長いこと……。

食パンくわえたら完璧とか言われましたがしませんよ、そんなこと。

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れた……」

『死んでるのにか?』

「精神的にですよ! 余計な茶々を入れないでください……」

 

そりゃ、死んでますから肉体的なしんどさは無いんですがね?

どうやら走るという行動から精神的な疲れが発生しているようなのです。

行動が精神を疲れさせるという経験を、直にすることとなってしまいました。

 

「それより、なぜ私は学校に……? わざわざ遅刻しないよう全力ダッシュする必要はどこにもないと思うのですが……」

 

余談ですが、ここが町ではなく学校だと知った私は相当びっくりしました。

アリアドネーという学術都市の存在は知っていて、ここも似たようなものだと言われましたが……。やはり、びっくりしました。学校にしては広すぎるんですもの。

しかも、魔法を知らない一般人に交じり魔法使いがいる、魔法使いが作った学園都市。

それがこの麻帆良なのだそうです。

 

あれから私はカフェテラスでぐったりしています。

何度か教師らしき人から「授業はどうした!」と怒鳴られたのでその都度逃げています。

あぁ……なんで、こんな目に。

 

「マケイヌ……一体私に何をさせたいんですか?」

 

復讐の相手に、ここで会うとでも言うのでしょうか?

しかし前回と違いここは人が多いので復讐の場所として不向きな気もします。

相手が動かないというなら、何かしら考える必要があるでしょうね。

 

『ん? いや、今回も嬢ちゃんが殺す相手とすぐ会うわけじゃないんだが……』

「待ちなさいあなた」

 

ということは何か?

私が全力ダッシュして疲れたことに、なにも意味がなかったというのですか?

……怒っていいでしょうか。

 

『まぁ待て! ただ、会わせたいのさ。嬢ちゃんの仇……その息子(・・)にな』

「む、むすこ……?」

 

私の仇というと、あの赤毛の少年。

まさか、彼に息子がいるとは……。

いえ、今は私が殺されてからだいぶ月日が流れているということでしょう。

しかもさらに話を聞いたところ、この前訪れた街にいたそうです。

……わかりませんでした。言ってくれればよかったのに。

 

マケイヌの話によると、息子の名はネギ・スプリングフィールド。

魔法学校の卒業課題として、十歳でありながらこの学園で先生をしているそうです。

十歳で先生って……生徒の方が年上ではないですか。

本当に先生としてやっていけるのでしょうか?

 

『ちょうどいいことに。すぐ側に、そのネギって奴の生徒がいる』

「へ……?」

 

マケイヌにつられ、右の方を見てみると。

テーブルに肘をつき、私の方をガン見している金髪の女の子がいました。

私と同じ制服を着た、まるでお人形のような綺麗な女の子。

ハッ、もしかして、彼女は……。

 

 

 

 

 

 

 

正真正銘の、「サボり」でしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

私がそいつを見つけたのは、学校を身体測定の後すぐ早退という名目でサボった時のことだった。

 

フン、一応学校には出ているんだぞ。今日は身体測定で授業はほとんど無かったしな。第一、真面目に出席したところで「登校地獄」の呪いが解けねば卒業できん。ならばサボったっていいではないか。

ここ数年、サボタージュこそわが人生の一部、と言ってもおかしくなくなった。

言っててすごく、むなしい。

 

話を戻そう。

私がそいつに目を向けたのは、なにも同じサボリだと感じたからだけではない。

そいつからは、何か……他とは違う魔力を感じたからだ。

いや、魔力と呼ぶにはまがまがしい感じがしたが。

それに何より、そいつからはごくわずかではあるが……血のにおいを感じた。

間違いない、こいつは人を殺している。

その理由まではわからんが……なぜか、共感できる気がした。

 

「…………」

 

テーブルに座りしばらくじっと見つめていると、やがて気付いたのだろうか私と目があった。すぐにそむけられたが。

ククク、そういえば今夜は満月だったな。ちょうどいい……。

 

「おい、お前」

「私……ですか?」

 

そいつに話しかけると、驚いたような反応をされた。

ま、いきなり知らん奴から話しかけられたらそういう反応になって当然か。

 

「お前……今夜暇か?」

「へ? まぁ……今のところ、特には」

 

む、切り出し方を間違えたか?

まぁいい、ようは今夜桜通りに一人で来るよう誘いこめばいい。

どう言えばいいか……こういうのは慣れてないからな、良い言い方が思いつかん。

そうだ、魔力を感じるということはおそらく「関係者」だろう。

ちょっとこの名前を使ってみるか。

 

 

 

 

 

 

 

「ネギ・スプリングフィールドに会わせてやろうか?」

「!!?」

 

 

 

 

 

 

 

お、思った以上に食い付きが良かった。

血相を変えて立ちあがったぞ、こいつ。

立ち上がった勢いでそいつの椅子は地面に転がった。

 

「……その話。嘘偽りはありませんね?」

「あ、あぁ……」

 

しかし、こいつの目……憧れとか期待とかそういう目ではない。

むしろ逆……嫌悪とか憎悪とか、そういった負の感情だ。

おもしろい。あのぼーやに最初からそのような感情を抱いているとは。

お前の血を飲むのが楽しみになってきたよ。

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

私をずっと見つめていた女の子。

急に私に話しかけてきたかと思えば、とんでもないことを言い出し始めましたよ。

 

“ネギ・スプリングフィールドに会わせてやろうか?”

 

まさかいきなり仇の息子と接触するチャンスを得られるとは……。

この女の子、いったい何者でしょう?

 

「では今夜、桜通りで。待っているぞ」

 

外見に似つかわしくない話し方をしていた女の子は、話し終えると優雅に背を向けてどこかへと歩いて行きました。

綺麗な長い金髪でしたね……。ちょっとうらやましいです。

 

『はっはっは、またすごいやつが話しかけてきたなぁ』

「と、いいますと……?」

 

やはりあの女の子、ただものではないのでしょうか?

堂々と授業をさぼっていたようですしね。

 

『いや、サボりはどうでもいいだろ』

 

そうですかね?

まぁいいです、マケイヌはどうやら何か彼女について知っているようなので、話してもらうとしましょうか。

 

『あいつはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。“闇の福音”、“人形使い”、“不死の魔法使い”とまぁいろいろ呼び方はあるが……一言で言えば、真祖の吸血鬼、だ』

「は!?」

 

ちょちょ、何でそんな大物がこんな学園に!?

“闇の福音”なら私だって聞いたことがあるくらいです! ましてや真祖の吸血鬼なんて……不老不死でしかも最強の魔法使いが何で私に話しかけるとか!?

 

『ははっ、嬢ちゃん大パニックだなぁ』

「これがパニックにならずにいられますかぁッ!!」

 

確か賞金首でしたよね? そんな人がのんびりここで学生しているとも思えないのですが……何か理由があるのですかね?

 

『そうだな。エヴァンジェリンは千の呪文の男(サウザンドマスター)に「登校地獄」の呪いをかけられて、いやいや学校に通っている状態なのさ。おまけに約束は3年だったのに15年、呪いは解かれずずっと学生生活。サボりたくなって当然だろうよ』

 

どうせ呪いが解けなきゃ卒業できないからな

 

マケイヌの話を聞いていると、少しかわいそうになっていました。

いえ、確かに悪いことはしている以上同情の余地はないのかもしれないのですが。

……そして。

 

「サウザンドマスター……」

『そう、サウザンドマスター。その人物が嬢ちゃんにとって何者か、言う必要もないよな?』

 

サウザンドマスター……ネギ・スプリングフィールドの父であり、私の、仇。

しかも彼女は、犯罪者とはいえある意味彼の被害者ということですか。

…………

 

『どうした? 嬢ちゃん』

「いえ……彼女が今縛られているのは、正当なのか不当なのか、よくわからなくて……」

『そうか。だったらちょうどいい。アイツの誘い、受けてみろよ』

「え?」

 

そう言えば、私誘われていましたね。

今夜桜通り……でしたっけ。

一体何が目的かはわかりませんが……それがいいかもしれません。

しかし、彼女に何かを尋ねたところで、ちゃんとした回答がもらえるとも限りません。

 

『そうそう、嬢ちゃん。エヴァンジェリンと話すなら、こっちには一つでかい交渉材料がある』

「え? なんですか?」

 

見下ろす私と、見上げるマケイヌ。

犬の姿をしているマケイヌが、どこかニヤッと笑った気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

『奴の呪い、俺なら解ける』

 




エヴァの呪いをどうするかは現在検討中です。

この次の話を今現在執筆中なのですが、一週間で投稿するのが目標です。
学校は始まるけど、バイトが楽になるからできる……かな?

感想、ご指摘、ご意見お待ちしております。


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第19話 桜舞う月の下で

のどかの口調が難しい……。


Side のどか

 

今日は身体測定とかで、授業はあまりなく楽な一日でしたー。

でも、一方で妙な噂を聞いちゃいました。

 

“桜通りの吸血鬼”

 

なんでも、最近桜通りに吸血鬼が出るんだとか……。

真っ黒なボロ布に身を纏った、吸血鬼。

こ、怖くない~。怖くない、ですよ?

でも、今日まき絵さんが保健室に運ばれたらしくて……おまけに、桜通りで寝ていたって。

ネギ先生は貧血みたいだって言ってたけど、だったら噂は関係ない……よね?

 

「じゃあ先帰っててねのどかー」

「はーい」

 

吸血鬼についてあれこれ話しながら帰ってたけど、今日は途中でパルやゆえとはお別れです。なんでも、二人は今日やることがあるとかでアスナさん達と別の道へ歩いて行きました。

……つまり、私はこれから一人で帰ります。

 

「……あ」

 

鼻歌を歌いながら歩いていたけど、いつものルートを通っている途中で足を止めました。

そういえば、このルートでは通ることになるんです。

 

「桜通り……」

 

よりによって、噂で聞いたその日に通ることになるなんて……。

しかも、一人の時に。

風が強くなってきたのを感じて、さすがにちょっと急ぐことにする。

暗くなってきているし、吸血鬼ではなくても危険な人に襲われる、ということは避けたいです。だから、早く帰ろうと思いました。

 

「こ……こわくない~。怖くないかも~」

 

せめて自分を元気づけようと、口に出してみたけれど風で桜が揺れた音に思わず飛び上がっちゃいました。やっぱり、怖いものは怖いです。

こうなったら、もう早くこの桜通りを通り抜けるしかない。

そう思うと自然と足が急ぎ足になっていた。

 

「……あれ?」

 

少し進んだところで、私はここにいるのが私一人ではないことに気がついた。

桜の木にもたれかかるように背を預けて……ぼんやりと、空を見上げている女の子に気がついたんです。

あ、しかも私とおんなじ制服だ……

学校同じなんだ。でも、こんな子いたかな……?

 

「……こんな時間に、どうかしましたか?」

「ふえ!? あ、えーと……今、帰る途中で……」

「……そうですか」

 

でも、綺麗な人だなぁ……。

年齢は私と同じくらいみたいだけど、私と全然違う。

それに、なんというか、雰囲気が大人びている。私は逆に人見知りだから、堂々とした雰囲気も持っているような彼女がうらやましい。

 

そんなことを思っていると、ますます風が強くなっていった。

風に揺られた桜が辺りに花びらをまき散らす。

目の前の女の子はゆっくりと手を出し、一枚の花弁をその手に受け止める。

 

「……そろそろ、私の待ち人が来たようですね」

「え?」

 

彼女の目線が少し上を向き、つられて私もそっちを見た。

そこにいたのは、電灯の上に立つ怪しい人影。黒いローブ……って、もしかしてあれがみんなが言っていた“桜通りの吸血鬼”!!

ど、どうしよ~

 

「……フン、27番宮崎のどかか……。悪いが、今夜は隣のそいつと約束があったのでな。しばらく眠っていてもらうぞ……!」

 

ひっ……!

や、やだ、こっちに来る!

びゅん、と音を立てて向かってくるのを見て、私の精神力は限界に達してしまった。

に、逃げなきゃいけないのに……。

 

……きゅう。

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

「なんだ、勝手に気絶してしまったか。つまらん」

 

私が言われたとおり桜通りで待っていた時、通りかかった女の子。

害をなすならと警戒していましたが、彼女が現れてすぐに気絶してしまいました。

かわいそうではありますが……今は、目の前の方に集中するとしましょう。

 

「ふん、今のうちに逃げださなかったとは感心だな。この場所での噂はここの生徒なら既に聞いているかと思うが?」

 

いや、知りませんが何か。

第一、 私としても逃げる理由がありません。

 

「噂ですか……あいにく、そういうのは聞いていなくて」

「興味が無かったというわけか……? まあいい。いずれにせよ、お前の血を飲ませてもらうことに、かわりは無いんだからなッ!」

 

そう叫ぶやいなや、エヴァンジェリンは私の方に向かってものすごい速さで飛んできました。なるほど、本来ならこのまま彼女に、血を飲まれるというわけなのでしょう。

その速度といい、力といい、さすがは吸血鬼。

ですが残念。

 

私は、死者なのですよ。

 

飛んできたエヴァンジェリンが、私の首をつかもうと手を伸ばし……

その手は、何をつかむこともなく空をきった。

あれ? という顔を浮かべたエヴァンジェリンは次の瞬間、

 

 

 

 

 

「へぶらぁぁっ!?」

 

みごとなまでに、後ろにあった木に激突した。

 

 

 

 

 

「つくづく、この身は便利だと感じますね……」

 

死者である私の体は、私が意識しない限り原則として何もかもすり抜けてしまいます。

かつてガトウと会った森で魔法が私の体をすり抜けましたし、今回も同じこと。

吸血鬼は私の体をすり抜けてしまい、触ることができなかったのです。

 

「な……なんだ、お前はっ!?」

 

頭を抱えながら立ちあがった彼女は、私に指をつきつけました。

若干涙目なのが、まぁ、なんとも……。

しかし、“闇の福音”ともなれば、それ相応の魔力と魔法障壁がありそうですが……なぜか、その力をあまり感じません。

マケイヌが言っていた呪いとやらと、何か関係があるのでしょうか?

 

「今、お前何をした! まるで幻のようだったが……」

「いえ、別に何も。それより、私はあなたに話があってここに来たんですよ。“闇の福音”」

 

英雄の息子に会わせてもらうという目的もありましたが……状況を見るに、どうやらそれは無理そうです。

ブラフだった、というわけですか。

 

「話……? まぁ、私にも聞きたいことはできた。私の正体を知っているようだしな。だが! あんな恥をかかせられたんだ、今この場を見逃すと思うな!」

 

恥?

あぁ、さっき木に激突したあれですか。

正直、私から見るとただの自滅に感じるんですが……。

ですが、相手はそうも思っていないようで、魔法薬のようなものを取り出しました。

彼女の体から、私に殺気が向けられる。

 

「いくぞ、小娘……!」

 

彼女が飛んで蹴りを放つのをかわし、私も臨戦態勢になる。

気は進みませんが、死神の鎌をここで出すか……?

そう考えていた時でした。

 

「待てーっ! 僕の生徒に何をしてるんだ!」

 

通りの向こうから、10歳ぐらいの子供が杖を手にこちらへむかってきました。

誰ですかこの子。しかも、「僕の生徒」って私のことですか……?

あぁ、そう言えばそこに女生徒が一人、気絶して転がっていましたね。

おそらく、彼女がその生徒。それで、私もこの子の友達かと勘違いされたのでしょう。

それにしてもこの子、どこかで見たような気がします。

 

「ラス・テル・マ・スキル……」

「気付いたか……」

 

少年が魔法の射手(サギタ・マギカ)を放ったのに対し、エヴァンジェリンは氷の盾を作りだし、それを防ぐ。

攻撃こそ通らなかったが彼の魔力が大きかったのでしょう、その勢いでエヴァンジェリンは後退し、その隙に少年が気絶した生徒を抱えました。

さて、私はどうしましょうかね。

 

「あ、あなたは……」

 

少年はその時ようやく、エヴァンジェリンの顔を見て声をあげました。どうやら彼も彼女のことを知っていたみたいですね。

もっとも、話を聞いているとどうやら生徒として、でしたが。

エヴァンジェリンはなおもじっと眺めている私の事を思い出したようで、こちらをちらりと見ると、続いて少年に言いました。

 

 

 

 

 

「さすがは奴の息子だけあるな……ネギ・スプリングフィールド先生!」

 

 

 

 

 

……あぁ、そうですか。

わざわざ“私に聞こえるほど”大きな声で言った彼女の口元はにやりと笑っていました。

ひょっとしたらとは思っていましたが……なるほど、そうですか。

 

彼が、あの男の息子。

私を殺した、英雄の息子。

先ほどの口ぶりからして、彼もまた“正義”側の魔法使いのような気がします。

父親にあこがれていたりするんですかね? 私に言わせれば「ふざけるな」ですが。

 

「僕と同じ魔法使いなのに、あなたはいったい何をしてるんですか!」

「この世には……いい魔法使いと、悪い魔法使いがいるんだよ。ネギ先生!」

 

再び魔法薬を取り出すと、投げつけて魔法を放つ。

今度は氷の武装解除ですか。

ネギがひるんだすきに、エヴァンジェリンは私の方を向く。

 

「邪魔が入ったからな、お前との話はまた今度だ! 明日の夜、私の家に来い! 場所が分からなかったら、昼に従者をこの前のカフェに行かせるから、そこで聞け」

 

今日はここまで、のようですね。

正直英雄の息子とは私も確認したいことがありますが……彼女は彼女で、彼に用があるようです。

ならば、ここは引くことにしましょうか。

話はまた、明日にできるわけですし。

 

その場を離れると、エヴァンジェリンも宙に浮かび移動を始めたようです。

少年は私の方にも目をやりましたが、他の生徒が来たらしく、気絶した子を任せてエヴァンジェリンが去った方へと走って行きました。

 

……英雄の息子、ネギ・スプリングフィールド。

あなたとは、また会うことになるでしょう。

その時あなたが、私のことをどう思うのかは、考えるまでもないのでしょうね。

4




今回のタイトルを決めた時、頭にリオレイア亜種と希少種が浮かんだのはモンハンのしすぎかな?

今回はついにアカネがネギとエンカウント。
といっても、まだ話もろくにしていないうえに、ネギはアカネの顔をあまりよく見ていません。

おまけに、原作では実はあまり話が進んでいないんですよね。
次回は、1回目のエヴァンジェリン対ネギの戦いには介入せず、その翌日の話です。
アカネとエヴァンジェリンとの対話、ということになりますね。

感想、ご指摘、ご意見お待ちしております。


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第20話 死神と吸血鬼

ついに20話です!
読者の皆様に感謝を。そして、これからもよろしくお願いします!


Side アカネ

 

まったく、昨日はとんだ邪魔が入ったものです。

しかも、その邪魔がよりによってネギ・スプリングフィールドとは。

もっとも……吸血鬼であるエヴァンジェリンにはどうやらただ私と話をする気もネギ・スプリングフィールドと会わせる気もなかったようでしたね。

偶然とはいえ、彼に会えたのはラッキーでした。

 

「あの人……まさか、私の血が目当てだったとは……」

『物好きなもんだなぁ。事情を知らないとはいえ』

 

現在、私はカフェにてのんびり待機中です。

昨日の去り際でここに来いと言われましたからね。

従者を行かせるということでしたが……従者って誰ですかね?

さすがに“彼女”ではないと思うのですが……。

 

「失礼します。マスターに招待されている方でよろしいでしょうか?」

 

考え込んだ私に、いきなり丁寧な声がかけられました。

顔をあげてみると、そこには制服姿の女の子。

いえ、その割には関節とか耳とか、なんか人のようには見えないのですが。

旧世界ならば、不自然ではないのですかね?

 

「あの……」

「あ、すいません。マスターというのは」

「失礼いたしました。マスターというのはエヴァンジェリンン・マクダウェルです。私はマスターの従者をしております絡繰 茶々丸です」

 

どうやら、彼女が私の待っていた人物らしい。

名乗られたので、私も名乗り返す。

名字が無いのには、出来ればスルーしてほしい。

 

「あぁ、それなら私のことで間違いありません、私はアカネと言います」

「アカネ様ですね。マスターの家の場所をお伝えに来たのですが……」

 

がさごそとカバンから筆記用具とルーズリーフを取り出すと、茶々丸はここからエヴァンジェリンの家への道のりを地図にして書いてくれた。

その地図というのが、なんとも丁寧なもので……。

とてもありがたいです。おかげで迷うことは無いでしょう。

 

「ありがとうございます。夜に来い、と言われましたが何時頃行けばいいですか?」

「6時以降であれば何時でもかまいません。ですが、8時ごろに来ていただければ夕食をご用意できますが……?」

 

かわいらしく首をかしげる茶々丸。

申し出はありがたいですが、あいにく私は食事をすることができない身です。

夕食が終わったころがベストでしょうか。

 

「いえ、ありがたいですがそういうわけにはいきません。9時ごろそちらに行きます」

「わかりました。マスターにも伝えておきます」

 

ぺこりと一礼した茶々丸は人ごみに紛れ、消えてしまいました。

さて、今夜はどういう話をしましょうか。

英雄の息子に会うという当初の目的は達成したようなものですし。

 

「そういえば、マケイヌ言っていましたよね。彼女にかけられた呪いを解ける、と」

『あぁ。ただ、そう簡単に解かない方がいいと思うぜ。下手にあいつを自由にしたら、あとで障害になりかねない』

 

マケイヌの言うことももっともです。

となると、一部解放を条件にてだしをさせない。そんなところでしょうかね。

話し合いができれば……ですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

時間は流れて、夜。

私とマケイヌは地図に従って夜の道を歩いていました。

やがてたどりついたのは明かりがうっすらと漏れるログハウスの前でした。

道は間違っていないし、地図にも付け加えで家の外観が書いてある。

目的地はここで合っているようですね。

ドアの横にある呼び鈴を鳴らすと、さほど経たないうちに茶々丸が顔を見せました。

服装が昼の時の制服と違って、メイド服になっていたのが少し気になりましたが。

 

「ようこそいらっしゃいました、アカネ様。マスターが中でお待ちです」

「ありがとうございます。では行きましょうか、マケイヌ」

 

後ろのマケイヌに声をかけると、家の中に入って行きました。

茶々丸に案内されたそこはいたる所に人形が飾られており、実に驚きでした。

そういえば、闇の福音は人形遣いとしても有名でしたね。

 

「よく来たな。昨夜はあまり話もできずすまなかった」

「えぇ。まさか、いきなり血を吸おうと襲われるとは思っていませんでした」

 

二階から姿を見せたこの家の主は、少し着飾ってはいるもののその目は厳しい。

軽くにらみ合った後、エヴァンジェリンは力を緩めてまぁ座れと手を振りました。

ここで動かなくては話が進みませんから、おとなしく座る。

私が座ったのを見て、それではとエヴァンジェリンの方から話を切り出してきました。

 

「さっそくだが、お前は何者……いや、“何”だ? てっきり私は魔力のあるただの生徒かと思っていたんだが……」

 

怪しいものを見る目でこっちを見てきます。

さぁ、どう話したものでしょうか。

私が何者か、やはりこのことが問題なのですよね。

 

「話すことは構いませんが……あなたからも、いくつか聞かせてもらいますよ?」

「フン、やはり条件をつけるか……。内容によるな。何が聞きたい?」

 

おっと、ここでごねるかと思っていたのですが、わりとすんなり容認してもらえるようですね。

せっかくですから、話を進めるとしましょうか。

 

「まず、確認を。あなたはナギ・スプリングフィールドによってこの地から出られない呪いをかけられている。それに間違いはないですか?」

「む……なぜそれを知っている? 間違いではないが、聞きたいことがまた一つ増えたぞ」

「情報に関しては……そこの犬にでも聞いてください」

 

はぁ? という顔で彼女はこっちを見た。

いや、そんな顔をされてもですね。実際これはマケイヌに聞いた話ですから……。

夜までの間に、他にもいろいろ聞きましたよ?

例えば、彼女があの男(ナギ)に惚れていた、とか。

 

「……フン、まぁいい。聞きたいことはそれだけか?」

「まさか。今のは確認と言ったはずですよ? 私が聞きたいのはこのことです」

 

私の目的、そしてある意味私の正体にも関するこの質問。

彼女はどういう反応をするでしょうかね?

私が、聞きたいのは。

 

「私が、ナギ・スプリングフィールドを殺すために存在していると言ったら、どうします?」

 

 

 

 

 

しばらく、彼女はぽかんとした顔をしていました。

だが、その顔はやがて驚愕から疑惑へと変わっていきました。

 

「貴様、何を言っている? ナギは10年前に死んでいるはずだ。第一、おまえはなぜ」

「彼なら生きていますよ。少なくとも、6年前には」

「なん、だと?」

 

彼女の表情がまたも驚愕に変わる。

突然このような情報をポンポンと出されたら無理のないことかもしれませんね。

 

「貴様、何を言っている!」

「事実です。分身ですが、彼の意志とつながったものと戦いましたから」

 

口をパクパクさせていますが、私の質問への返答がまだです。

彼は障害となるか、それとも無害か。

できることなら、邪魔は少ないほうがいい。

 

「さて、質問の答えは?」

「貴様のことだ、どうせ私がナギにそれなりの好意を抱いていることを知っているのだろう? だから言うが、ナギが死んだら、私はお前をゆるさんだろうな。」

 

彼女から返ってきたのは、敵対宣言。

やはり、素通りというわけにはいきませんでしたが、それならそれでやれることもあります。

 

「もっとも、私は貴様がナギを殺せるとはまだ思っていない。だから今ここで敵対したりはしないさ。さて、お前にも答えてもらうぞ。改めて聞くが、お前は“何”だ?」

 

いよいよ私の番です。

いいでしょう、こちらも聞きたいことは聞けましたからね。

 

「私の名前、覚えていますか?」

「アカネ、と茶々丸から聞いているが。それがどうかしたか?」

「アカネという名と、私がナギ・スプリングフィールドを憎んでいるという事実。この二つから、何か思い当たることがありますか?」

 

アカネ、アカネと繰り返しながら考え込むエヴァンジェリン。

だが思ったより早く、彼女はハッとした顔を見せました。

 

「まさか、アカネ村事件の事を言っているのか? だが、あの時生き残りはいないと聞いているぞ?」

「その通り。あの事件で、村人は皆死にました。皆、攻めてきた連合軍と紅き翼に殺されてしまいましたから。あの燃えさかる村の中、誰も生き残れはしなかったんです」

 

 

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

こいつはどうやら、アカネ村事件の関係者らしい。

だが、それにしては妙だ。口ぶりはまるで、その目で村が滅ぶのを見ているような。

そう考えたとき、私はようやく一つの可能性にたどりついた。

 

「そ……そんな、バカな! ありえない!!」

「どうやら、気がついたようですね。私が言うまでもなく」

 

どうか間違っていてほしい。

だが、なぜだろう、私はこの考えが間違いだとは思えない。

しかも、そう考えれば一つつじつまが通ることがあるのだ。

首をつかもうとアカネに伸ばした手が、空をきったその理由が。

 

「お前は……まさか、死者なのか?」

 

彼女はそれに、微笑みで答えた。

残念ながら、私の考えは当たっていたということか。

皮肉気に自分を笑った私に、アカネは口を開いた。

ある意味、もっと衝撃的な言葉を。

 

「ええ。私は、アカネ村でナギ・スプリングフィールドに殺された、死者です」

 

事実は、より残酷だった。

戦争で人を殺すことに、私は何の文句もない。

だが、アカネのはなしによると、アカネ村は決してスパイの集まりなどではなかったという。それどころか、戦争から逃れた人々による平和な村だったのだと。

 

「確かに、後になってそのような話が出てきたが……連合はそれを認めていないぞ。今現在、アカネ村は帝国から平和公園として扱われているが」

「連合は、自分達の罪を認めていないというのですか……? いいえ、今私が話したことは事実です。だからこそ、私は紅き翼に復讐するために、いまだこの世にとどまっているんです」

 

黙り込んだ私を、しばらくアカネはじっと見つめていた。

今、アカネ村は魔法世界で平和公園として扱われているという。

しかし、帝国側が人間と亜人が共存した場所と認めているのに対し、連合はいまだにアカネ村事件による軍、そして紅き翼の行為は正当なものだとしている。

やがて、アカネの方が先に再び口を開いた。

 

「時に、エヴァンジェリン。私と同じく英雄の被害者であるあなたに、提案があるのですが」

 




長らくお待たせしました、20話です。
今回の最後は中途半端だなと思ったかもしれませんが、切るならこのへんかと思って切りました。
提案については、次話にて。

今回はいろいろとアカネ村のその後に関する情報、および伏線を入れています。
おかしいと思うことがあれば是非とも教えてください。質問も歓迎ですよ。

それでは、また次話にて。

感想、ご指摘、ご意見お待ちしています。


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第21話 見せかけの自由

お気に入り登録700件突破、ありがとうございます!
今後もよろしくお願いします!


Side エヴァンジェリン

 

「提案、だと?」

 

ここにきて、アカネは私に提案を持ちかけてきた。

何を言われるものか、全く想像がつかんがな。

 

「はい」

「……聞くだけ聞こうか」

 

提案といっても、要は取引か何かだろう。

問題は、「自分と同様英雄の被害者であるあなたに」……この部分だ。

確かに、私がここ、麻帆良から出られないのはナギがめちゃくちゃな魔力でかけたあのいまいましい呪いのせいでしかない。

そういう意味なら、確かに彼女の言葉は正しい。

だが、それがどうしたというのだ?

 

「対価の代わりに、私が“やること”の邪魔をしないでください」

 

淡々と、しかし意志のこもった目で私を見ながらアカネはそう切り出してきた。

なるほど、そうきたか。

先ほど、私はアカネの「ナギを殺したらどうするか?」という問いに対し、間違いなく許さないだろうと答えた。

言外にではあるが、敵対宣言をしたようなものだ。

 

それに、それにだ。

仮にも、私が……まぁ、なんだ、その。自分のものにしたいと思った相手だぞ?

あいつが死んだと知ったら、思うことはあれど感情的になりかねないのは否定せん。

死など、これまでに見飽きているというのにな……。

 

「私はさっき言ったはずだぞ? 貴様が万が一ナギを殺したら、私が貴様を襲わない保証はできんと」

「えぇ、結構。復讐なんてそんなものだとわかってはいます。人が殺されたなら、その死に悲しみを思う人がいても当然。復讐に復讐を誓う人は、この先きっと出てくるでしょう」

 

わかって、いるんです。

そう言うアカネの声が、どこか絞り出しているような声に聞こえた。

 

「ですが、私にだって理由はあるんです。たとえ恨まれようと、私は復讐をする。あなたの言う通り、彼が死んだらあなたは私の敵となるでしょう。ですが、それまでは、私の邪魔をしないでほしいんです」

「つまり、不干渉でいろ、と?」

「えぇ。そういうことです」

 

不干渉か……。

だがこいつにも言った通り、アカネがナギを殺せるとは限らない。

それまでなら……不干渉ぐらいならまだいいかもしれんな。

無論、こいつの言う「対価」にもよるが。

 

「で? 貴様の言う対価とはなんだ?」

「こちらの出す対価は……あなたの自由です」

 

……ん?

こいつ、何を言い出す気だ?

 

「あなたにかけられた登校地獄の呪い。それを解除することができます」

 

しばらくの沈黙。

正直、いともあっさりと言われたことだったので頭がすぐには追いつかなかった。

頭がフル回転をはじめ、ようやく言葉を咀嚼する。

そうか、よくわかった。

 

 

 

 

 

 

 

「解けるのか!? なら解けさあ解け今すぐ解け!!」

 

 

 

 

 

 

 

思わずつかみかかろうとして、またすり抜ける。

椅子に激突した私を見てアカネはくすりと笑いやがった。

そこの犬にまで笑われた気がする……。

 

「まずは落ち着いてください」

「落ち着いてだと!? あぁ、落ち着いているさ今の私はッ!」

「マスター、どう見ても落ち着いているようには見えません」

 

これまでずっと黙っていいた茶々丸にまでいさめられると、さすがに冷静になれた。

しかし、解けるのかもしれないのだぞ!? この呪いが!

 

「ですが、完全解放というわけにもいきません。具体的に言うなら……私たちに手を出したとたん、その解放が解ける仮の自由とでも言いましょうか」

「どういうことだ? もっと詳しく説明しろ」

 

アカネのはなしを要約するとこうだ。

もし取引を飲めば、私は今すぐにでもナギにかけられた呪いを解除してもらえる。

しかし、もし私がアカネの邪魔をした瞬間、解除されていた呪いは一転、また元に戻してしまうのだという。

 

「……なんだ、それは。ならば完全に解除されてはいないじゃないか!」

「確かにそうです。厳密には、かけられた呪いをとりあえず外しただけで、消してはいませんから。ですが、私の邪魔をしなければ状態としては解除されたのと同じですよ?」

 

確かに聞いただけではいい条件だ。破格といってもいい。

こいつの事を放っておくだけで私は長年の束縛から逃れることができるのだ。

私の魔力を縛っているのはこの呪いではなく学園の結界だと最近知ったが、それさえもようはこの麻帆良から出ることさえできれば無いに等しい。

私は完全に自由になれる、というわけだ。

 

だが、これには大きな裏がある。

 

もし私が、この提案を受け入れた場合。

私は自由になれる。これは間違いないだろう。

ただし、「アカネの邪魔をする」ということだけは何があっても許されない。

たとえ、たとえ――私の目の前で、ナギがアカネに殺されそうになっても、だ。

ナギがこんな小娘なんぞに殺されるわけもない……そう思う自分は確かにいる。

しかしなぜか、一方でひょっとしたらと考えてしまう私もいるのだ。

殺されたことを後で知るならまだましだ。

もし、それが自分の目の前で起こったら……。想像もしたくない。

たとえこの場で取引したとしても、私は土壇場で口約束なら破ってしまうかもしれないが。

 

この提案は、それすらも許してくれないのだ。

 

「マスター? いかがなさいましたか?」

「ぐ……ぅ……」

 

悔しくて、思わず歯を食いしばる。

もし麻帆良の外で呪いが復活すれば、私は戦うどころではない。

麻帆良の中にいても、今度は学園結界が邪魔をする。

今この場で倒すか? いや、相手は死者だ。それに私に勝てない奴がナギを殺せるはずもない。こんなリスクを背負う必要はどこにもない。

 

ならもう、どうしようもないじゃないか。私が決めるしか。

机の下で、自然と手に力が入ってしまう。

私はもう、このどちらかを選ぶしかないのだ。

 

何が自由だ。こいつの言った通り、仮の自由だ。見せかけの自由ではないか!

 

 

 

 

 

 

 

自分が自由になるのをあきらめるか、それとも……

“万が一”愛した男が殺されそうになっても、一切の手出しができなくなるか。

 

 

 

 

 

 

 

「ち、くしょうが……」

「ここで提案を飲んでも、それとは別に呪いを解く方法があれば、後でその方法を使って完全に自由になることは可能ですよ? そもそも、あなたが私のたった一つの要求を飲んでくれさえすればあなたは自由なのですから」

 

自由という言葉が、ここまで空虚に聞こえたのは初めてだった。

だが、これほどまでの呪いを解くチャンスはほぼないといってもいいだろう。

数日後に、ネギのぼーやと戦うチャンスがあっても、だ。

 

「……どうしますか?」

「わかった……。取引を、のむ……」

 

私には、こうするしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

吸血鬼、エヴァンジェリンとの取引はうまくいきました。

我ながらひどい条件だというのは理解しています。

しかし、彼女は十分脅威となります。もっとも大きな復讐の障害になりえる人物です。

だからこそ、ここで彼女の脅威を取り除いておきたかった。

もちろん、彼女が拒んだらその時は呪いを解くのを妨害するしかありませんでしたが。

取引は無事成立しましたから、結果オーライという奴でしょう。

 

「助かりましたよマケイヌ。“彼女”がここにいると教えてくれて」

『ま、俺が話すよりあいつから説明を受けたほうが良かったろ? せっかくだから結果を報告しとけよ』

「それもそうですね」

 

マケイヌに頷き、取り出したのは……一枚のカード。

そう、仮契約カード。このカードには、念話の機能も付いているのです。

 

《話は終わったのかしら? どうだった?》

「全てうまくいきましたよ。ミィのおかげです」

《一応機密だから、情報はどこからか話してないわよね?》

「もちろん」

 

念話の相手はミィ……源 しずな。

ここ、麻帆良の教員で魔法関係者です。

私はマケイヌに彼女がここにいると教えてもらった後、仮契約カードを使って彼女に連絡を取りました。

そして彼女に教えてもらったのが、エヴァンジェリンの封印について。

彼女がナギにかけられたという登校地獄。そして、彼女の魔力に制限をかけているこの学園の結界について。

ミィからの情報があったからこそ、今回の取引の土台を作ることができたのです。

 

《エヴァンジェリンがネギ君と戦う、という話はもうしたわよね?》

「ええ、聞かせてもらいました。あ、そうだ、あの案はどうなりましたか?」

 

次の満月の夜、エヴァンジェリンとネギ・スプリングフィールドが戦う。

この戦いにおけるエヴァンジェリンの目的の一つが自分の呪いを解くことだとミィに教えてもらった時、私とミィとである案を考えました。

そしてその案を、魔法関係者の会議で出してもらったのですが。

 

《えぇ、問題は無いわフィー。否定的な声があがるどころか、むしろとてもいい案だとすぐに会議で可決されたわ。学園長ですら反対しなかったし》

「そうですか、安心しました。本当にありがとう、ミィ」

《また何かあったら、いつでも助けになるからね。それじゃ、また……》

 

念話が切れて、後は静かな夜の中、私たちは歩いて行きました。

これで、心配することは無いし、当初の目的も果たせた。

一応、最後に彼らの戦いを見てから、次へ行きましょうか……。

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた、満月の夜。

私はマケイヌとともに、エヴァンジェリンとネギの戦いを観戦していました。

ネギが橋でエヴァンジェリンを捕縛結界の罠にかけたものの、それはあっさりと破られる。

どうやったのかがよくわかりませんでしたが。

 

その後追い詰められたネギが血を吸われそうになったのには焦りました。

呪いを解くためにネギの血が必要ということはミィから聞いていましたから、つい出ていこうとしてしまいましたよ。

幸いにも、従者らしき少女の登場のおかげで、私が姿を見せる必要はなくなりました。

死神の鎌を出せば、まず間違いなくその魔力を気づかれたでしょうからね。

本当に、危ない所でした。

 

戦いが拮抗する中、ネギとエヴァンジェリンが魔法をぶつけ合い……てっきりそのままエヴァンジェリンが押し切るかと思ったのですが、なんと逆に彼女の方が吹き飛ばされてしまいました。

 

正確には服を、ですが。あの少年、何を考えてるんですかね?

まさか、魔力の暴発?

しかし、今のは彼も全力だったでしょうから、そろそろまずい。

私としては、エヴァンジェリンが勝つのは都合が悪い。

もし、血を吸われてしまったら呪いが解ける。それでは、今回の取引が完全に意味のないものになってしまいます。

そのとき――

 

『ん?』

「来た……!」

 

遠くの方で明かりがつく。

私が望んでいた、“その時”の証が輝き始めました。

 

「いけない! 予定より7分27秒も停電の復旧が早い!」

「ちっ、いいかげんな仕事をしおって! まだ、呪いを、あいつの枷を解いていないのに……ッ!」

 

彼女達が叫ぶも、学園結界が再び始動。

魔力を封じられたエヴァンジェリンは川へとついらくしていきました。

助けたほうがいいかと思いましたが、ネギが飛びだしたので私は何もせず、ただ見ていました。

楽しそうな声が聞こえて来て、もう呪いを解くために血を吸うことは無いとわかった時点でその場から立ち去ることにしました。

 

「では、行きましょうか」

『あぁ。それにしても、いいタイミングだったなぁ』

 

彼が言っているのは、停電の復旧のことでしょう。

実を言うと、あれこそが私とミィが考えた案です。

エヴァンジェリンがもし、呪いを解くためになりふり構わずネギの血を吸おうとする可能性も考慮し、ネギが魔力切れなどで戦いが続行困難になった時点で予定より早めに停電を復旧させ、エヴァンジェリンの魔力を封じる学園結界を始動させる。

学園側はネギの安全を優先するだろうというミィの考えが見事当たったわけです。

 

では、行くとしましょう。

私の行く先に、あんな楽しそうな声を聞くことはない。

私がするのは、憎しみの連鎖である復讐なのですから。

 




取引のシーンとなると、どうしても時間がかかってしまうようです。
普段より長めにはなりましたが。

エヴァンジェリンは前の話で少しだしましたが、条件付きの解放としました。
もっとも、その条件が彼女にとっては大きな葛藤をもたらすことになるのですが。

今回の話で、第4章は終わりです。
いよいよ修学旅行編。ご想像の通り、再び復讐の回となります。

アカネの復讐が、これからどんどん進行していきます。
時間がとれれば、できるだけ更新していきたいです。

感想、ご指摘、ご意見お待ちしております。


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Ⅴ 青山詠春
第22話 魔法世界育ち in京都


いよいよ修学旅行編です。
前半は前の話の後始末、のようなものですね。

なお、章の名前を「青山詠春」としていますが、これは紅き翼として活動していた際はまだ近衛姓ではなかったので、あえてこうしています。


Side 学園長

 

エヴァンジェリンの呪いが、解かれた。

それが判明した時、魔法先生達はたいそう頭を抱える羽目になってしもうた。

なにせ「桜通りの吸血鬼」の噂で不審感を持たれていたときにこれじゃ。

ワシが批判を抑えつけておったが、その根拠の一つであった呪いがまさか解かれてしまうとは……。

 

そもそも、十五年近くも解けなかった呪いがなぜ急に解けたのか。

ネギ君に危害が加えられた様子はない。それは良いのじゃが、だからこそ余計呪いを解いた方法に疑問が出てくる。

他のも魔法先生達の声をむげにもできず、とりあえず彼女を呼び出すことにした。

 

「……用件は、わかっておるの?」

「あぁ、どうせ、呪いのことだろう?」

 

魔法関係者が集められた学園長室に入ってきたエヴァンジェリン。

入った瞬間周りは警戒心を強めたが、ワシや高畑君は思わず驚愕を顔に出してしまった。

呪いが解けたのじゃ、てっきり彼女は得意満面な笑みや威圧的な表情を浮かべていると思ったのじゃ。

しかし、実際入ってきた彼女の表情はどこか憮然とした、納得が言っていないような表情じゃった。

彼女との付き合いが長いワシらから見れば驚愕するのも当然と思う。

 

せっかく得た自由がまるで――望んでいなかったもののようじゃった。

 

「そうじゃ。呪いがなぜ解けたのか……訳をきかせてくれるかのう?」

「……断る」

 

彼女の返答は、案の定拒否。

正義感の強い周りからは次々に避難の言葉が出てくるが、手を挙げて黙らせる。

まぁ、あのナギの呪いを解くほどじゃ。断られたからはいそうですかというわけにもいかん。

 

「じゃがのう……」

「その前に一つ聞かせろ。ジジイ、私と同じ制服を着た、犬を連れた女子に心当たりはあるか?」

「ホ?」

 

エヴァンジェリンと同じ……というと、女子中等部かの?

そう言えば、エヴァンジェリンを遠見で監視しとった時、確か桜通りでそんな女子と接触しとったのう。3年A組の子ではないようじゃったが。

あの時はネギ君が来て、結局そのまま立ち去ったようじゃった。

 

「呪いを解いたのは、そいつだ……。私に言えるのはそれだけだ。心配せんでも私は卒業するまではここにいてやるさ。ぼーやにも手を出さん。……意味が、なくなってしまったからな」

「ムゥ……」

 

本当はもう少し情報が欲しかったんじゃが……まぁこんなもんかのう。

しかし、それだけしか「言えない」というエヴァンジェリンの言葉が少々引っ掛かる。

とりあえず、全体で話すことは他にないのう。

 

「今回はひとまずこれで解散とする。高畑君とエヴァンジェリンは残っておいてくれ」

 

まだ聞きたいこともあるようじゃったが、ネギ君に手出しは無いとの言葉を受けてとりあえずは納得したことにしたらしい面々は立ち去る。

後にはワシと高畑君、エヴァンジェリンの三人が残された。

 

「それから。修学旅行じゃが……お主はどうするのじゃ?」

「そうだな、呪いも解けたから行こうとは思っているが……」

 

やはりそうか。

しかし、関西呪術教会はただでさえネギ君の関西入りに難色を示しておる。

瀬流彦先生には行ってもらうつもりじゃが、魔力の高いエヴァンジェリンが行くのはちょっとまずい。

 

「すまんがのう、今回修学旅行は欠席してほしいのじゃ」

「なぜだ!?」

「お主も知っておろう、現在関西と関東とはあまり関係がよくない。今回ネギ君に親書を持っていてもらおうと思っておるが、それ以上あちらを刺激させたくはないのじゃ」

 

瀬流彦君のことは、黙っておく。

しかし、エヴァンジェリンはもとより京都に興味があったからのう……。

 

 

「修学旅行が終わった後でよければ、京都旅行の準備をこちらがしよう。多少なら、平日にまで日がまたいでも公欠扱いにできるぞい」

 

少々職権乱用ではあるが。

何か考えていたようであったエヴァンジェリンは顔をあげるとワシに一つ条件を突き付けてきた。

 

「それだけじゃ話にのってやる必要もない。ジジイ、もし修学旅行中何かあったら私を京都に転移魔法で飛ばせ。そして私の好きに行動させろ。それを認めないならこの話は無しだ」

「いいんじゃないでしょうか学園長、ネギ君達に何かあっても、エヴァなら安心です」

 

高畑君の言うことも確かにそうじゃ。

それに、条件としても決して無理なものではない。

 

「よし、ではそういうことで頼むぞい」

「あぁ……。関西だからな、何もなければいいが……」

 

エヴァンジェリンがいったい何を心配しておるのかは分からなかったが……。無事に修学旅行が終わることを祈るしかない。

このかに魔法を知らせることができればなおいい。

 

そして時間はゆっくりと、しかし確実に過ぎていき、あっという間に時は修学旅行のさなかとなっておった。

近づいておった危機にも気付けぬまま。

 

 

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

シネマ村でお嬢様を狙ってきた月詠達から何とか逃れることができた。

お嬢様が無事で何よりだ。

シネマ村では私が傷を負ったがために、お嬢様の力、その一端を解放してしまうことになってしまったのは痛かったが……。

あの時、お嬢様をかばうことができたのだからよしとしよう。万が一あの時矢がお嬢様にあたっていたなら、私は……

 

「せっちゃーん、深刻な顔してどしたん?」

「ひゃいっ!? あ、いえ、何でもありません」

 

い、いきなり顔をのぞきこまないでくださいお嬢様……。

びっくりしたけど、お嬢様の顔をあんな近くで見たのも久しぶり。いや私は何を考えているのだつまりえっとこれは

 

「大丈夫? 桜咲さん、頭から煙が出てるよ」

「も、申し訳ありません」

「それにしても、のどかはどこに……」

 

いかん、頭をすっきりさせなくては。

それにしても、どうして彼女たちは逃げても逃げても私たちの居場所が分かるんだ……?

結局ついて来てしまった朝倉さん(はまだ魔法を知っているからいいのだが)、早乙女さん、綾瀬さんを見て私はもう一度ため息をついた。

明日菜さん達と合流したら、どう説明したものか……。

 

「あれ? あの人、巫女さん?」

「本当や、おーい、そこの巫女はーん」

 

もう少しで協会の本部へと続く石段というところで、困ったようにおろおろした女性……というか、少女がいた。お嬢様が声をかけたが、協会のものだろうか?

迎え……ではないか。

もし迎えなら、もっと大人数でしかも最低一人は顔なじみが来るはずだ。

 

「あ、な、何でしょう?」

「ひょっとして協会の人なん? ウチも行くところやったんや」

「……実は何分新入りなものでして。ここの地理にも疎く、道に迷っていたところだったのです」

 

あいかわらず困った様子の巫女にお嬢様は微笑んで見せた。

あぁ、その笑顔が実に眩しい。

 

「ほな、ウチらと一緒に行こ。ええよな、せっちゃん?」

「お嬢様がおっしゃるなら、私に異論など……」

 

異論など、あるわけもない。

そう考えてすぐに肯定したのだが、お嬢様はなぜか不満げだった。

え、何かそそうでも……

 

「もー、せっちゃん。そんな卑屈にならんといてや」

「し、しかし……」

 

そ、そんな目で見んでこのちゃん。

 

しばらく歩いたのち、ネギ先生を担いだ明日菜さん、そしてなぜか一緒にいた宮崎さんと合流した。

やはり早乙女さん達がついてきたのはまずかったらしい。

それにまさか朝倉さんが私の荷物にGPSを仕込んでいたとは……不覚。

結局全員でしゃべりながら石で舗装された道を進む。

やがて、見慣れた大きな門が見えて来て、それをくぐると……

 

「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」

 

関西呪術協会総本山。

そこで私達を出迎えたのは、たくさんの巫女の方々だった。

 

「そうだ、巫女といえば……」

 

聞けば新入りらしいし、このなかに入っていなくていいのだろうか。

今まで忘れていたが、私達と一緒にいた巫女さんもここの人間のはずだ。

そう思って振り返ったのだが……

 

「あれ?」

 

いつの間にか、その姿は忽然と消えていた。

私達が気づかないうちにもう戻ったのかもしれない。

私達と一緒に進んでいるうちに見慣れた道を見つけて、会話している私たちの邪魔にならないようそっと離れて戻ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

ネギ・スプリングフィールドとエヴァンジェリンの戦いを見届けた後、私はまたマケイヌが作り出した門をくぐりました。

くぐった先は山のふもとでしょうか。といっても森とかではなく、穏やかな町のはずれのようです。

そして。

 

「えーっと、これは?」

 

門をくぐる前は学校の制服を着ていた私でしたが、今回の服装は見たことのない服装です。

上は真っ白なゆとりのある服で、下は赤い、スカート? にしてはやけにゆったりしていますし、折り目がたくさんついています。何ですか、これ?

 

『あー。それ、ハカマっていうんだわ』

「ハカマ? 何ですかそれ?」

 

服を見て首をかしげていると、マケイヌが教えてくれました。

聞いたことありませんね。どうやらここは旧世界のようですし、こちら独特の服なのでしょうか?

 

『それは装束って言えばいいのか? 説明に困るが、ここ日本のズボンやスカートにあたる装束だ。和装、っていうらしい』

「はぁ……」

『つまりだな、今回の嬢ちゃんの服装は……巫女さんの装束なんだよ。ここはどうやら旧世界の京都、って町みたいだからな、これから行く場所にぴったりだ』

 

そうですか、キョート。

……すみません、魔法世界育ちの私には全くピンときません。

 

 

 

 

 

慣れない服装について解説を受けてからしばらくして、ようやく目的地につきました。

何とか無事につきましたよ……ハプニング多かったですから。

 

最初、女の子に話しかけられた時にはどうしようかと思いました。

マケイヌが念話でこっそり「来たばかりの新人で道に迷った」という言い訳をするよう伝えてくれたので、ごまかすどころか道案内までしてもらいました。

協会とかはよく分からなかったのですが、道中マケイヌが念話で解説してくれました。

 

目的地は関西呪術協会というところの総本山で、そこの長が私の仇、紅き翼の一員なのだそうです。名前は近衛詠春。

そういえば魔法世界で調べた時、関西呪術協会の長になったとか書いてありましたね。あの本には「青山詠春」という名前だと書いてありましたが、どうやら婿養子になり名前が変わっているようです。

 

しばらく歩くとマケイヌは私に女の子達から離れるように伝えられ、再び姿を見せた犬の状態のマケイヌについて行って中へと入りました。

結界が張ってあったらしいのですが、女の子達が入るのとタイミングを合わせて入りこみました。幽霊である私にも効果がある結界だそうです。

 

入りこんだ後、今度はたまたま協会の巫女さんと遭遇してしまいました。

今度はごまかしきれないかと思いましたが、マケイヌが彼女に憑依することで難を逃れました。さすがマケイヌ。

そして現在、巫女さんに憑依したマケイヌに先導されて歩いているというわけです。

 

『オイ嬢ちゃん、キョロキョロするなよ。不審者みてぇじゃねえか』

「こっそり侵入している時点で不審者だと思うのですが」

『その辺気にしたら負けだ。そもそも、今はいかにも関係者、みたいに振る舞えよ。せっかく両方ともこんな姿なんだからな』

 

言われてみれば確かに、服装としてはすれ違う他の人とも大差ありません。

人も多いようですから、特に疑われるということもなさそうです。

 

「すみません、マケイヌ」

 

そう謝ったのですが、なぜかあのなぁとぼやき返されました。

あれ、私何かしましたか?

 

『この体はマケイヌじゃないだろ? 記憶を見るに浦川って名前らしいから、この姿でいる間は浦川さん、って呼べ』

「わかりました、浦川さん」

 

よぉし、それでええとマケイヌ……じゃなかった、浦川さんは前を見て歩きます。

しゃべり方、いつのまにか変わっていましたね。おそらくあれが“浦川さん”のしゃべり方なのでしょう。

私も真似した方がいいのでしょうか?

 

『いや、嬢ちゃんは別にええよ? 無理して喋ろうとして逆に怪しまれたら元も子もあらへんしな。出来る限り黙っとけばええ。あと、ここで嬢ちゃんやのうてアカネ、って呼ばせてもらうで?』

「構いません」

 

打ち合わせは完了。これより、敵の本拠地へ乗り込みます。

……いえ、“敵”という呼び方はいささか正確さにかける気がします。

 

――“英雄”であり“仇”。

かつて優れた剣士であったという「青山詠春」ですが、一体どのような人物でしょうか?

焦ってはいけない。私は復讐を必ず成し遂げる。

今は、落ち着いて策を練ればいい。

 




アカネが関西呪術教会の総本山に潜入しました。
修学旅行の途中からという時間軸ですが、他のところはぶっちゃけアカネがいたとしてもあまり介入しなかったと思うのでこのあたりからスタートです。

刹那視点の時点で、出会った巫女=アカネと気づいた方はどれくらいいるのでしょうか?
できるだけわからないようにはしたつもりですが、案外タイトルでばれたりしましたかね?

最近低評価を受けることが多いのですが、その際はなぜそのような評価になったのかを一言添えていただきますとこちらとしても改善に努めることができますので、5以下の評価をする際は一言お願いいたします。


感想、ご指摘、ご意見お待ちしております。


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第23話 関西呪術協会の夜

遅ればせながら、更新です。


Side ネギ

 

学園長に頼まれて、僕は関西呪術協会に東からの親書を渡すことになった。

修学旅行は電車からいろいろとハプニングが多くてちゃんと仕事が達成できるかと心配になったけど、とりあえず関西呪術協会の本山につくことができた。

ものすごくおっきいのと、ここがこのかさんの実家だということはびっくりしたけど。

 

「ここでお待ちください」

 

通されたのは巫女さんがたくさんいるひときわ大きな部屋。

どこか神々しい雰囲気のある部屋で、奥には階段がある。おそらく、長さんの部屋につながっているのだろう。

はしゃぐハルナさん達には僕がここへ秘密の任務で来ていることを伝えた。

もちろん、協会がどうのということは話してないけど、アスナさんに指摘されたように行っちゃまずかったかもしれない……。

 

「まもなく長がいらっしゃいます」

「あっ、はい!」

 

急に話しかけてきた巫女さんに思わず勢いで返事をする。

みんなが用意された座布団に座った頃、階段から一人の男性が降りてきた。

少し顔が痩せこけており、眼鏡をかけた男性だ。

あれ、ここがこのかさんの実家っていうことは、長ってもしかして……

 

「お待たせしました。ようこそ明日菜君、木乃香のクラスメイトのみなさん、そして担任のネギ先生」

「お父様~♪」

「ははは、これこれ、このか」

 

降りてきた男性にこのかさんが勢いよく飛びつく。

そうか、このかさんのお父さんが西の長だったんだー。……お父さん、か。

なんか様子がおかしい明日菜さんが少し気になったけど、僕も僕の仕事をしないと。

 

「あ、あの……」

 

そう思った僕は長さんに近づくと荷物から学園長に渡された親書を取り出し、手渡す。

長さんは僕が差し出した親書を丁寧に受け取ってくれった。

 

「これを……東の長、近衛近右衛門から西の長への親書です。お受け取りください」

「確かに受け取りました、ネギ君」

 

中身を取り出し、読む間僕は返答を待つ。

なぜか苦笑していたけれど……何が書いてあったんだろう?

気になったけど、聞けない。

しばらく読んでいたけど、長さんはやがて顔をあげて僕を見た。

 

「いいでしょう……私たちも仲違の解消に尽力するとお伝えください。任務ごくろう! ネギ・スプリングフィールド君!」

 

よし、これで任務達成……やったー!

あとは、このかさんや刹那さんはともかく、のどかさん達をどうするかが問題なんだけど……やっぱりホテルに連れて帰らないとまずいよね?

でも、僕が帰るわけにもいかないし、言って帰ってくれるとも思えないし……。

 

「いえ、大丈夫ですよ代わりを用意させますから。今夜はお嬢さん方にはここに泊まっていただきましょう。……浦川さん、皆さんを部屋へご案内してください」

「かしこまりました」

 

側にいた巫女さんの一人が長さんの言葉を受けて立ちあがった。

彼女が立ち上がったのを受け、明日菜さんやほかのみんなも立ち上がる。

僕達が部屋へ案内される前に長さんがみんなに聞こえるように少し大きな声で呼びかけた。

 

「今宵は宴を催します。支度ができたら呼びますので、それまでは部屋でゆっくりくつろいでおいてください!」

「それではご案内いたします。……ほら、あなたも付いてきなさい」

「は、はい!」

 

僕達に一礼した浦川さんに声をかけられ、隣に座っていた巫女さんが慌てて立ち上がる。

見習いなのかな? 若い巫女さんがあたふたする様子が少しおかしかった。

でも、この人どこかで見たことあるような……どこだっけ?

ともかく、長さんの好意で生徒の皆さんをホテルに連れて帰らなくて済んだし、親書も渡せた。

今日はゆっくり休もう。

 

 

 

 

 

 

 

Side マケイヌ

 

この浦川って巫女に憑いたのはラッキーだったかもしれない。

なにせ長直々に子供教師が連れてきた面々を部屋に連れていくよう言われたのだ。他にも人を連れていく程度の雑用を任せられるだろう巫女はあの場にたくさんいたのに、だ。

この人物がそこそこ立場ある人間だって言うのが言外に分かったし、嬢ちゃんの障害になりそうな奴がいないかこの場で見ることができる。

 

「こちらになります」

「おおっ、広い!」

 

部屋に連れていくなり、女の子の一人が部屋でごろごろし始める。やっぱ子供だな。

移動中見た感じじゃあ、やっぱりあの剣士の子が一番厄介か?

他の奴はあまり戦闘力が高いとは感じられない。

さて、こちらは問題ない。むしろ問題になりそうだったのは……

 

「…………」

 

こっちだよ、一方で嬢ちゃんときたらなぁ。

紅き翼の一人であった青山、いや近衛詠春……ここの長だが、奴が姿を見せた瞬間、殺気が出かけたからな。俺がとっさに念話で諌めなかったら鎌すら出したかもしれない。

まったく、余計なところでひやりとさせやがって……

 

「それでは、失礼いたします。御用があればお呼びください」

 

大した用じゃなけりゃ呼ぶんじゃねーぞ。忙しいんだから。

ふすまを閉めて歩きだすと後ろからついてくる嬢ちゃんに呟く。念のため、聞かれても問題ないよう盗聴防止の結界を張る。これで他にはたわいのない会話と聞こえるはずだ。

 

『嬢ちゃん、気がはやるのはわかるが、あんな大勢の前でなぁ……』

「すみません、つい……」

 

止めてくれてありがとうございましたと謝られる。

気持ちは理解できるんだが、だからといって焦っては意味がない。

 

「ですが、いつならいいと言うのですか?」

 

少々、いや、わりと不満げな様子の嬢ちゃん。

もどかしいんだろうな。復讐の相手が、手の届く場所にいるというのに。

だが、何事もタイミングというものがある。

 

『あせるな。“その時”は必ず来る。全ての騒ぎがひと段落して気が抜けた、その時だ』

 

大きな出来事をくぐりぬけると、たいていの人間は気が緩むものだ。いつまでも緊張感を保つのは難しいし、ひと段落するとどうしても力を抜きたくなる。

あと、今回の相手は協会の長という立場。だから、あんまり人目につく場所で復讐を行うことはできない。早い段階から騒ぎになってしまうしリスクが高すぎる。

そういうところ、嬢ちゃんはわかってくれるかね?

 

「むぅ……そういうことなら、まだ納得できます」

 

説明すると、案外あっさりと理解してくれた。

ここでごねられてもどうしようもなかったから、理解が早いのは助かるな。

と、ここで巫女の控室に到着する。ここでおしゃべりは終わりだな。

ここからは念話で連絡を取る。

 

<んじゃ……そういうことで>

<わかりました……。“その時”が来たら、必ず教えてくださいよ?>

 

ハハハ。

嬢ちゃんのもどかしさが、手に取るようにわかるぜ。

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

夜も遅くなり、私達を含む大勢の巫女が部屋でくつろいでいました。

宴の準備は大変でしたよ……調理班に組み込まれずに済んだのは助かりましたが、それでも配膳など仕事はたくさんありました。

そんな中、マケイヌは浦川さんの立場上いろんなところに指示を飛ばしていましたが……大した手腕でした。

当然、しんどかったようですけどね。

そんな時、スッ、とふすまが開く。そこにいたのは白髪で小柄な少年でした。

 

「あら、誰?」

「リ・シュタル・ヴィシュ・タル・ヴァンゲイト」

 

誰が来たのかと巫女の一人が近づきましたが、それに対し少年は片腕をあげて何か呟く。

あまりはっきりとは聞こえませんでした。なぜなら、すぐに頭にマケイヌからの念話が響いたから。

 

<影で転移して外に出ろ! 早く!>

「……石の息吹」

 

呪文が唱えられるより早く、私たちは外に転移しました。

気配を遮断して様子をうかがったところ、どうやら逃げ損なった他の巫女たちはみな石にされてしまったようです。

後でのぞいてみたところ何が何だか分からないという彼女たちの表情が見えましたが、おそらくろくに事態など理解できていないでしょうね。

 

「あれ? 二人いなくなっているような……気のせいかな?」

 

少年が去り際残した、この一言にはひやりとしたものです。

しかし、一瞬のことでしたから彼も気のせいと断じてどこかへ転移してしまいました。

考えてもらちが明かないと思ったのかもしれません。

とりあえず、マケイヌに説明を要求しましょう。

 

「い、今のはいったい……?」

『どうやらここが襲撃されたらしい。実は、長の娘を狙う一派がいてな』

 

なんでも、娘の強い魔力を狙っているとのこと。

相手はどうやら四人。さっきの少年が娘の方に向かったとマケイヌから教えてもらいましたが、後の三人についてはわかりません。

死神の能力として気配を察知する能力が付与されているので、多少の襲撃なら撃退できるでしょう。

 

「これから、どうします?」

『どうする、って言ってもな……』

 

あごに手をあて、浦川さん(マケイヌ) は少し考えた後に私に話を振りました。

 

『嬢ちゃんはどうしたい? ちなみに、ひとつ教えておくと、さっきの少年だけどな』

 

一瞬間を開けた後、マケイヌはじっと私の目を見つめて教えてくれました。

あの少年の、正体を。

 

『あの大戦を裏で先導した組織……完全なる世界の一員なんだよ』

 

この場に、静寂が流れます。

あの大戦の引き金を引いた組織。大戦が無かったら私はアカネ村でミィをはじめとした多くの人々に会うことは無かったかもしれません。

しかし、その結果多くの人が命を落とした。私を含めて。

それが、事実です。

 

「マケイヌ」

『おう』

 

鎌を取り出し、黒いローブをまといました。

大戦さえなければ、村は、攻められることも滅ぶこともなかった……。

 

「行きましょう。あの少年を、刈ります」

 




皆さま、長らくお待たせいたしました。
時間空いた割には、話あまり進んでませんね……。

お気に入り登録が前よりかなり増えていてびっくりしました。ありがとうございます。
そして、評価。
前回あとがきで評価について述べたところかなりの評価をいただけて、本当に感謝しております。
評価してくださった皆さん、ありがとうございました。

次回はこのかをめぐる攻防、のあたりでしょうか。
もっとも、さすがにここでフェイトは退場しません。
もっと先で役割もありますし。

では、次回またお会いしましょう。

感想、ご指摘、ご意見お待ちしております。


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第24話 復讐の相手

お待たせしました。やっと、最新話です。


Side マケイヌ

 

俺たちは、関西呪術協会の本部から少し離れたところにある湖に向かって移動していた。

そこに封印されているのが、リョウメンスクナノカミ。二つの顔、四本の腕を持つ巨大な鬼神だ。

 

そいつがクーデターを仕掛けた奴らの狙いなんだが……スクナ自体は、はっきり言ってどうでもいい。

問題はスクナ復活に動くメンバーに紛れた一人だ。

移動しながら、ちらりと嬢ちゃんの顔を見る。

 

「…………」

 

無表情で嬢ちゃんは鎌を握りしめている。

メンバーに紛れた少年、フェイト・アーウェルンクスを刈るために。

くそっ、あの少年について話しすぎたな……。

さっき嬢ちゃんは、「あの少年を刈る」、そう言った。

 

 

 

 

 

だが、はっきり言うならば。

 

俺は、嬢ちゃんの発言に異を唱えるべきだったんだ。

 

 

 

 

 

おそらく、嬢ちゃんは復讐の対象である紅き翼の一人、近衛詠春が手に届くところにいたがために興奮しているのだろう。

俺が嬢ちゃんに復讐をするのは待てと言ったことも、きっと嬢ちゃんがフェイトを刈ろうと動いた一つのきっかけになってしまった気がする。

いや、実際にそうなんだろうな。

 

俺は嬢ちゃんにフェイトについて話してしまったことを後悔し始めていた。

そもそもフェイトのことを話したのは、巫女が集まっていた部屋から急に脱出した理由を説明するため、そしてこれからのことについてどうするか聞くためだ。

 

フェイトの攻撃から逃げたのは、単純に石にされるとこの後の行動に支障が出るから。

この体はもとは人間の体だから、石になると動けん。それは困る。

だからあの部屋から脱出して、嬢ちゃんにフェイトのことを説明した。

俺としては、戦争のきっかけとなった組織の一員であるフェイトと話はしたほうがいいかな、とは思っていた。

 

でもそれは、甘い見通しだったようだ。

嬢ちゃんはフェイトを刈る、つまり彼を復讐の対象とみなすといった。

 

けど、それは歓迎すべきことじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

嬢ちゃんがフェイトを殺しても、嬢ちゃんの未練は晴らせない(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

これは、嬢ちゃんがいったい何の未練に縛られているのか、それに関係している。

村が英雄によって滅ぼされただけ(・・)じゃあ、他に未練を持ったアカネ村の人間がいてもおかしくない。

 

しかし、実際は嬢ちゃんだけ。

 

いや、本当はもう一人いたんだ。

アカネ村事件を引き起こすきっかけとなったもう一人の存在であり、アカネ村が燃えていく光景を、未練として他の村人よりも強く嬢ちゃんの心を縛ることになってしまった人物が。

何より、嬢ちゃんと同じくらいの未練と、それ以上の後悔を抱えた人物が。

 

あいつのことは、まだ嬢ちゃんに話していない。

でも、いつかは話さなければならないだろう。いつか、きっと。

 

それまで俺は、嬢ちゃんを支え続けなければならない。

 

 

 

“頼むよ……。どうか彼女を、○○を……救ってあげてくれ……”

 

 

 

わかってるよ。

まずはフェイトとの戦いをほどほどのところまでやらせよう。

さすがに今更止めるわけにはいかないからな。

その後、英雄への復讐。今回は手助けも期待できるし、そこまで心配することはないだろう。

 

これからも、俺は嬢ちゃんの復讐を手助けしていく。

いつか、嬢ちゃんが未練から解放されるように。

 

それが、あいつとの契約なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

先へ行く途中で、突然大きな光の柱が空へと伸びていきました。

目的地から伸びたのだということはわかるのですが……いったい何が起こったんでしょう。

 

「マケイヌ、あれは!?」

『長の娘をさらった奴らが、その魔力を使って封印を解こうとしてるんだ!』

「封印って……」

 

なんでも、あそこには強力な鬼神が封印されているんだとか。

その鬼神を復活させ、関東魔法協会に攻撃を仕掛けるのが奴らの目的のようです。

しかし、それになぜ「完全なる世界」の一員が関与しているのでしょうか?

 

考えている間に、目的地に到着しました。

大きな石を中心に光の柱は伸びているようで、その前には祭壇に寝かせられた一人の少女。

彼女には見覚えがあります。

私が大勢の巫女に紛れて初めて詠春の姿を見た時、彼に抱きついていた少女。

なるほど、つまり長、近衛詠春の娘だというわけです。

 

さらにそのそばに二人の人物が。

一人は知らない女性です。祭壇の前でひたすら何かを唱えているようです。

彼女が唱えているのはおそらく封印を解くための呪文か何かでしょう。

 

そしてもう一人が、白い髪の少年。

先ほど、私たちや巫女がいた部屋を襲撃した少年ですね、先ほど見たばかりですからよく覚えていました。

つまり、彼が……フェイト・アーウェルンクス。

戦争を引き起こした組織、「完全なる世界」の一員……。

 

「…………」

 

持っていた死神をより強く握りしめて。

私は、彼に向って飛び出しながら鎌を振り上げました。

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんやぁ!?」

「む……」

 

私に気付いた女性が叫び声をあげましたが、気にせずにフェイトにむかって鎌を振り下ろす。

しかし、予想以上に障壁が固くて弾き返されました。

ダメージがまったく通らなかったわけではありませんが、さほど効いていないようなので届いていないのと同じです。

 

「千草さんは封印を早く解いてください」

「た、頼んだで新入り!」

 

私の迎撃はフェイトが担当し、千草と呼ばれた女性が封印を解くのに専念するようですね。

もともと彼は襲撃があった際にガードする役割だったようですが。

私を儀式の妨害に来たのだと誤解したようですが、私の狙いはフェイト・アーウェルンクス。むしろ好都合です。

 

「……邪魔はさせないよ」

「もともと、私の狙いはあなたですよ!!」

 

速い。

一瞬で私の懐に潜り込んで攻撃を仕掛けてきましたが、ここでも突き出された拳が私の体をすり抜けました。

手ごたえがないのに驚いた彼にすかさず下がっていた鎌を振り上げて攻撃したのですが、ギリギリ反応されてよけられます。

 

「ちょこまかと……!」

「危ないね。君はいったい何者だい?」

 

攻防が進まない状況から、逆に彼は私のことを警戒しだしました。

強いですから、ここまで攻められたことがなかったのかもしれません。

彼の問いには、フェイントで彼のガードと逆から鎌で切りつけることで答えてあげました。

 

「おっと」

「私ですか? 私はあなたたちが起こした戦争で、たくさんのものを失った死者ですよ、完全なる世界!」

 

死神の鎌に魔力を込め、切りつける。

腕で受け流されましたが、それと引き換えに彼の右ひじから先が宙に舞いました。

片手を失ったというのに彼は悲鳴を上げず、ただ驚いたような顔をしただけ。

その表情に、正直薄気味悪いものを感じました。

まるで、彼が人形のようで……。

 

「出し惜しみしている場合じゃなさそうだね……。ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

「始動キー……!」

 

彼が唱えた、魔法の始動キー。

そう、彼は今まで私と魔法抜きで戦っていたことに今更気が付いたのです。

死者である私に魔法は効きませんから、このまま無視して……

 

<嬢ちゃん、奴の魔法は石化だ! 嬢ちゃんに害はないかもしれんが、鎌を石化されると厄介だ!>

「小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ。時を奪う毒の吐息を」

 

石化!

突然マケイヌから念話がありましたが、そういえば巫女たちは彼に石化されたんでした。

そして、ナギ・スプリングフィールドと戦ったとき鎌に攻撃を当てられたことを考えると、石化の魔法が影響を及ぼさないとは言えません。

つまり。

 

「石の息吹!!」

「くっ……ううっ!」

 

その場を慌てて下がるしか、私に選択肢はない!

トップスピードで宙を飛び、下がった私がいた場所を魔法の煙が覆いました。

石化されたら確かに、危ないところです。

私の戦闘スタイルはこの鎌に頼るほかありませんし。

 

「避けたか……おや?」

 

ここで、フェイトが別の方向から飛んでくる何かに気づきました。

杖にまたがった少年が水上をそれなりのスピードで飛んで近づいてきています。

彼は……

 

「ネギ・スプリングフィールド……」

「やれやれ、彼も来たか……」

 

紙を取り出し、何か唱えると突然羽の生えた悪魔(?)が召喚されました。

剣を持ち、額に何か紙のような貼られた悪魔は

 

「ルビカンテ、あの子を止めて」

 

フェイトの指示にうなずき、そのままネギに向かって飛んでいきました。

一方で私には、マケイヌから念話が。

 

<嬢ちゃん、この辺で撤退しろ!>

「え!? しかし……」

<今ネギに嬢ちゃんの存在を知られたら後で警戒されることになる! それじゃあ詠春に復讐するとき困るのは嬢ちゃんだぞ!>

 

フェイトにダメージを与えることはできたし、まだやれる。

私はそう思っていたのですが、マケイヌはそれを許しません。

 

<嬢ちゃん、嬢ちゃんが復讐すべきはあくまで紅き翼、つまり次は近衛詠春だ! 根本的なところを勘違いするな!!>

「……わかりました」

 

行けると思ったのですが、私はおとなしくマケイヌの言葉に従ってこの場は退散することにしました。

考えてみれば、マケイヌの言う通り。

私が鎌をふるうべき相手は、他にいるんです。

 

フェイトは今戦わずとも復讐を続けるうちまた出会うだろう……。

なぜか、そんな気がしました。

 




最近更新や感想への返信ができず、誠に申し訳ありませんでした。

フェイトとの戦いをどう書くかでかなり悩み、結果としてもここまで遅くなりました。
お待たせしてすみません。

また、今回の話にはこれからの話につながる部分も含んでいます。
アカネの未練、そして復讐にかかわる大事な部分です。
この辺は学園祭編ではっきりしたことを書けると思います。

感想、ご指摘、ご意見お待ちしております。


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第25話 迫りくる復讐

みなさま、大変お久しぶりです。
修学旅行編、ついに進みます。


Side ネギ

 

呪術協会への襲撃から一夜明けた、翌日。

僕は朝からわくわくすることになった。

長さんが、紅き翼が昔使っていた別荘へ連れて行ってくれるんだって!

うわぁ、楽しみだなぁ。ひょっとしたら父さんの手がかりが何か残っているかもしれない。

昨日はあの、フェイトとかいう銀髪の少年にリョウメンスクナノカミといろいろ大変なことも多かった。

でも、今日はエヴァンジェリンさんもいるし安心だろう。

 

あぁ、楽しみだなぁ。

 

「ム。ぼーや、なんだそのデレデレと緩みまくった顔は」

「あ、いやすみません」

 

いけないいけない、すっかり頬が緩んでたみたい。

でも、もともと京都に行きたかったのは父さんの手がかりが手に入るかもしれないからであって……。

昨日まで大変だった分、楽しみがあっていいと思うんだ。

 

「フン、平和ボケしてるんじゃないだろうな……? ぼーや、昨日は私の手にかかればなんてことないでくのぼうが相手だったからまだいいがな、私ですらどうしようもない奴が来たらどうする気だ?」

「いやいや、何を言ってるんですか」

 

真祖の吸血鬼であるエヴァンジェリンさんよりも強い相手なんて、想像もつかない。

僕の魔法が全く通用しなかったあの鬼神を、一度の魔法で粉々に砕いてしまった人だ。

あの魔法は凄かったなぁ……。麻帆良に戻ったら、魔法の修行をしてくれないかなぁ……。

 

「エヴァンジェリンさんに勝てる人が襲ってくるなんて、そんな」

「私に勝てなくても、私がどうしようもない奴はいるんだ……。それにここは京都。奴がここにいつ来ても、おかしくは無い……」

 

彼女が険しい顔をする理由が、僕には全く分からなかった。

 

あんなに強いエヴァンジェリンさんが、一体何を心配することがあるのかと。

そう、思っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

マケイヌにたしなめられ、フェイトを刈ることなく迎えた翌日。

私の視線の先には、近衛詠春に連れられてどこかへ向かう英雄()の息子とその生徒達がいます。

ネギはずいぶんと楽しそうですが……?

 

「ええと、確か紅き翼がかつて使っていた別荘に向かっているんでしたっけ?」

 

首をかしげるも、答えは返ってこない。

そう、今この場にマケイヌはいません。

ある程度の情報をくれた後、『んじゃあ、また後でな』とどこかへ行ってしまったのです。

まぁ……何をするつもりなのかは、大方わかってはいるんですが。

とりあえず今は、目の前のことに集中です。

 

「大方、あの少年は父親のことで頭がいっぱいなのでしょうね……」

 

おそらく、彼は私たちのことは知らないのだろう。

もし知っていたら、あそこまで父親を気に入っていられるものだろうか?

そうだというならそれはそれで非常に許せないが。

 

「さて、この後の段取りは……」

 

だらんと下げた私の左手には、一枚のカードがあった。

 

 

 

 

 

 

 

Side 詠春

 

「「「わーーーーっ♪」」」

 

ネギ君、そして木乃香とその友達の皆さんはかつて使っていた別荘の中に入ると感嘆の声をあげた。

まぁ、あれだけ大きな本棚にぎっしり本が詰まってますからねぇ。

話によると特に本が好きらしい宮崎さんは口を開けてポカーンとしていますし、その横にいる綾瀬さんは写真でも撮りたいのでしょうか、携帯電話の画面を見ては本棚を見てはの繰り返しです。

相当興味深いのでしょうね、二人だけでなく他の皆さんも別荘のあちこちを眺めています。

もちろん、ネギ君の父親がいた、という面でも興味深いのでしょう。

 

「おい、いいのかアレ」

「いいのか、といいますと?」

 

まったく……と首を振りながら私の横に来たのはエヴァンジェリン。

思えば、彼女もずいぶん丸くなったものです。これもナギのおかげといえばそうなのでしょうね……。

もっとも、ここに来る途中、ネギ君に話していたことが気になりますが。

 

『私に勝てなくても、私がどうしようもない奴はいる』

『ここは京都。奴がいつここに来ても、おかしくはない』

 

一体、彼女は何を警戒しているのでしょう……。

 

「おい、聞いているのか?」

「ん? あぁ、失礼しました。考え事をしていたもので」

「まったく……。それよりだ、あいつらを止めなくてもいいのか?」

 

エヴァンジェリンが指さす先には、何人かが本を開いてあーだこーだと話をしていた。

さすがに内容はわからないでしょうか、あまり見せるのも良くないかもしれませんね。

手荒に扱われても困りますし。

 

「お嬢さん方! 人のものですから、あまり触らないようにお願いしますよ!」

 

こう言っておけば大丈夫でしょう。そうだ、ネギ君とも話をしておかなくては。

少しこちらへ来ていただきましょうか……。

 

「このか、ネギ君。あと……明日菜さん。こちらへ来ていただけますか?」

「は、はい……?」

 

三人に来てもらうと、ある机の方を手で示す。

その上に飾ってあるのは、一枚の写真。

 

「サウザンドマスターとその戦友たちです。右の黒い服を着ているのが、私ですね」

 

……若い頃の写真を見ていると、どうにも年をとったなあと実感してしまいますね。

あの頃の様に体が動かないというのも、先日嫌というほど思い知らされましたし。

ネギ君は、目を輝かせて食い入るように写真を見ています。

ナギの姿を写真でとは言え見ることができて嬉しいのでしょう。

一方で……明日菜さんは、何か見覚えがあるようです。

 

いえ、あるといえばあるのですが……

彼女はそれを覚えていないはず。もしかして、思い出しかけているのでしょうか?

ですが、私から言うことではありません。まだはっきり思い出したわけではないようですし、話すべきなら高畑君が話してくれるでしょう。

その時まで、私は何も言いますまい。

 

……悲しいことまで、思い出してしまうでしょうから。

 

「失礼するです、長さん」

 

その時、後ろから声をかけられました。

振り返ってみると……このかの友人の一人が。確か、綾瀬さんでしたか?

私を見上げていました。突然どうしたのでしょう?

 

「一人巫女さんが来てるです。長さんに用だとか……」

「あぁ、わかりました。すぐに行きます。……ネギ君、ちょっと失礼します」

「あ、いえお構いなく」

 

巫女ということは、協会のものでしょうね。一体何の用事でしょうか?

綾瀬さんに案内され、玄関の方に行くとまだ若い巫女が一人立っていました。

そういえば、顔に見覚えがありますね。

 

「どうかしましたか?」

「言伝を預かっております。急で失礼いたしますが、どこか部屋をお借りできませんか?」

「では、こちらへ……」

 

ここにはネギ君……つまり、関東の人間がいる。

関西呪術協会としては、関東に聞かせたくない話がたくさんあるから、別室でというのは当然と言えば当然だろう。

おそらく先日の件に関係しているでしょうが、まさかまた不穏な動きがあるのか……?

 

「どうぞ」

 

戸をあけると、電気をつける。

その部屋は私がかつて使っていた部屋。この部屋には、私の昔の刀や本、そしてたまにゆっくり仕事をするための道具が置いてある。

さて、では話を聞くとしましょう。

 

「それで……言伝というのは?」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

長さんが行った後も、僕は父さんの写真をずっと見つめていた。

でも、明日菜さんが「他のところも調べるわよ」ってむりやり僕を引っ張りだして……。

しかたなく他の部屋を調べようかと思ったら、長さんを案内してきたのだろう、夕映さんが戻ってきました。

 

「あ、ネギ先生」

 

こちらに気がつくと、夕映さんは僕達の方に近づいてきた。

そうだ、何があったんだろう?

 

「夕映さん、巫女さんが来たのって……」

「関西の人だというのはわかるのですが。内容まではちょっと……」

 

それもそうか。かといって、盗み聞きするわけにもいかないし。

僕が関わることでもないから特に気にしないでおこう。

 

「ゆえー」

 

あ、今度は宮崎さんが来た。

 

「どこいってたの?」

「あぁ、玄関の方に巫女さんが来まして。長さんを呼んでほしいということだったので、案内してきたです」

「そ、そーなんだ……」

 

頷きつつも、どこか首をかしげている。

あれ? なにかおかしなことでもあったのかな?

 

「どうかしたの? のどかさん」

「あ、いえ……。少し気になっただけです」

 

ぽつりぽつりと話しだしたのは一つの疑念。

そう、ここは僕の父さんが隠れ家として使っていた場所。

長さんは父さんの仲間だったから知っていておかしくはないけど、関西呪術協会はどうか?

 

 

 

「なんで、関西の人がここを知っていたのかな?」

 

 

 

気になる。

よし、長さんの所に行って話を少し聞かせてもらおう。

関東と仲が悪い関西に、長さんがここを教えたとは、考えにくい……。

 

「どこ行くです?」

「ちょっと、話を聞かせてもらおうと思って」

 

僕の言葉に、夕映さんは大きく目を見開いた。

しかし、ふーっと息を吐くと、僕を止めた。

 

 

 

 

 

『まさか、おっとりした嬢ちゃんが、余計なことに気がついちゃうとはなあ』

 

 

 

 

 

僕達の、知らない声で。

 




感想、ご意見、ご指摘お待ちしております。

あぁ、このままどんどん更新できればいいなあ……


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第26話 刀届かず

はじましての方も、お久しぶりの方もこんにちは。

一年ぶりの更新になります。

今もなお、数少なくとも読んでくださる方がいらっしゃるのは大変ありがたいことです。
せめてものお返しになればと。

それでは、最新話をどうぞ。


Side 詠春

 

突然の、本部からの使者。

なぜナギの隠れ家であったここに彼女が来れたのか、それを考えきれなかった私は頭がよほど回っていませんでした。

いえ、そもそも刀を握ることしか能のない私では、それ以前の問題だったのでしょう。

自分が関西の長をしていることも含め。

 

「……お願いします」

 

私が事態に気がつけたのは、彼女が発した言葉を聞き、周りの空間が変質してようやくだった。

窓からの光は入ってこなくなり、外からの音も全く聞こえなくなった。

 

「異空間への転移……? いや、それとも空間の隔離か……?」

「さて、どうでしょう。話す必要もありません」

 

もはや周りを囲むのは、黒いカーテンのような結界。

そしてこの異常な状態を何ら気にすることはなく、私を只見据える巫女姿の少女。

おそらく、先ほどの言葉から推察するに彼女の従者によるアーティファクトの効果ですかね、この状態は……。

 

「何がねらいですか?」

 

関西の手の者か、それとも関東からの者か。

お義父さんから親書が来たばかりですから、さすがに関東とは考えにくいですが……。でもそれだと、なぜここを知っているのかという最初の疑問に戻ってしまう。

 

「私の狙い、ですか」

 

なんのことはありません、と彼女は言う。

そのまま彼女が伸ばした手へと、突然影から紅い柄が突き出した。

この寒気は……殺気か!?

 

「私の名は、アカネといいます」

 

柄を引き抜くと、姿を見せたのは巨大な鎌。それと同時に、巫女姿だったアカネに黒い影が一気にまとわりつき、やがて黒いローブに身を纏う姿に変わる。

黒いローブに、大鎌とは……。まるで死神ではないですか。

 

「あなたの魂……刈らせていただきます」

「やはり……こうなりますかっ!?」

 

幸いなのは、ここが私がよく使う部屋だったということ。

飛びかかってきたアカネが迫る中……私は、傍らにあった刀に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

突然様子が変わった、夕映さん。

いつもなら浮かべないようなニヤニヤとした笑みを浮かべて、ぼくの行く先を塞いでいました。

そこへ突然、空間がねじれるような変な感触が。

こ、これは……魔法!?

 

「せ、せんせー……」

「下がってください、のどかさん。今の綾瀬さんは、何かおかしいです」

「ゆ、ゆえ……。どうしちゃったの……?」

 

のどかさんが怯えるのも無理はない。

それほどまでに、今の夕映さんは異様だった。

 

「おい、なにがあった!」

 

異変に気づいたのだろう、マスターをはじめとして桜咲さんなどが慌ててこちらへと駆け寄ってきた。

そして、目の前の夕映さんの様子に気づくと、皆戦闘態勢になる。桜咲さんに至ってはすでに剣を抜いていた。

 

「貴様、綾瀬ではないな? 綾瀬にとりついた何者か、だろう。もしやまだ関西呪術協会の過激派が!?」

 

魔法を唱えようにも、体は夕映さんの体だ。僕は迂闊に呪文を唱えることができなかった。攻撃しても、夕映さんを傷つけるだけだったら……。

 

だが、一方で相手は桜咲さんの問いに笑いながら答えた。

 

『くくっ……俺は関西となんて関係ねえよ。といっても、俺が言って信用するのかねえ』

 

たしかに、僕たちとしては相手が名乗ったところでそれを信用しきることはできない。できない。けど、このままじゃ何も進まない。

 

「とりあえず、夕映さんを解放してください!」

 

僕の叫びに、相手は嘲るように笑って返事にした。

 

『は? いやおまえもうちょっとましなこと言えよ。いきなり解放してくださいって言われてはいどうぞって返すわけないだろ。……まったく、温室育ちのガキか、所詮は』

 

温室、育ち?

呆然とする僕の前にマスターが魔力をまき散らしながら立つ。さすがにマスターでも簡単に手出しはできないようだが、それでも何かしら考えがあるのだろう、殺意を隠していない。

 

「ぼーやは下がっていろ。キサマ、綾瀬を人質にとったつもりだろうが、わたしをなめるな? キサマを綾瀬の体から引きずり出すことくらい」

 

『そうだな、確かにお前はなめてかかれる相手じゃない。だからよ、何もしていないと思うか? お前に枷をはめていないとでも思ったのか?』

 

マスターに、枷?

さっきから相手が言っていることがよくわからない。だけど、マスターにとってはそうではなかったらしい。

 

 

 

 

 

あのマスターが、顔色を青くした。

 

 

 

 

 

「まさか……来ているのか? 奴が?」

 

『おうよ。んで、俺はあの時一緒にいた犬っころな。マケイヌだ、よろしく』

 

夕映さんの顔で、なおもニヤニヤした笑みを浮かべ続ける。手をヒラヒラと振る、そんな余裕な態度とは反対に、綾瀬さんの中にいるナニカを知っている様子のマスターは歯噛みしながらその場で震えていた。

相手は一体、何者なんだろう?

 

「奴がいるということは……狙いは、詠春かっ。くそっ、ならばこの結界は」

 

『結界っていうのもまた違うけどな。これはアーティファクト“裂き分かつ鎌”の能力でな、今は空間を一部分断してるのさ』

 

空間系のアーティファクト!?

見たところ、綾瀬さんが何か持っている様子はない。だとすると、アーティファクトと使ったのは別の誰か。

空間系なら、きっと中にアーティファクトの使用者がいるはずだ。マスターのいう“奴”なのか、それとも、まさか

 

『お? 言っておくが、この空間を解除するのはお前らじゃ無理だ。アーティファクト使ったのは外にいるやつだからよ』

 

だから別に、これ以上知り合いを疑う必要はねぇぞ?

 

僕の心を見透かしたような言葉に、安堵よりも薄ら寒いものがこみ上げた。

ここで、今まで黙っていたカモ君が、肩からマスターにむけて声をかける。

 

「えぇい、エヴァンジェリンの姉さん! アンタ、やつのことを知ってるんですかい? 狙いがあの長だってんなら、まずはあいつを抑えて、長のとこへ行くためのカードに」

「できん」

 

カモ君の提案を、マスターはあっさりと一蹴した。

正直、僕としては悪くない作戦だと思った。悔しいけど、僕じゃ夕映さんを傷つけずに相手を取り押さえることはできそうにもない。だけど、一番手練マスターなら、そう思っていたんだ。

 

だけどマスターは動かない。

悔しそうに歯を食いしばったまま、動かない。

 

「な、なぜだ!」

「叫ぶな、桜咲。私はな、こいつらに手出しができないんだよ。したくても、できないんだ」

 

夕映さんの顔は、余裕を崩さずに笑っている。どうやらマスターの言うことは本当らしい。でも、だからって何もせずにはいられない!

このままじゃ、長さんが危ない!

 

「だからといって、黙ってられるかぁぁ!!」

 

ついに耐えかねたのだろう。

桜咲さんが刀を抜き、夕映さんの方へと駆け出してしまった。あ、というまもなく、僕は止めることもできず。

 

あっという間に距離をつめた桜咲さんは夕映さんに刀を振り下ろす。

だめだ、このままじゃ夕映さんが。

まわりにいたのどかさん達の中には顔を覆ってしまった人もいる。

そして、マスターは

 

 

 

 

 

「そいつから離れろ、桜咲ぃぃぃ!」

 

 

 

 

 

全力で、叫んでいた。

 

しかしもう、桜咲さんの刀は止まらない。

すごい速さで振り下ろされた、彼女の刀は

 

『あー。さすがに、この体に怪我させたくはないからなぁ』

 

実につまらなそうな声を出した夕映さんが出した、左手であっさりと止められた。

しかも、よりによって人差し指と中指に挟まれるという状態で。

指二本であっさり自分の攻撃が止められたためだろう、桜咲さんは驚愕に顔をこわばらせて、次の行動に移れなかった。

 

いや、たとえそうでなかったとしても、次の行動に移れたのか僕にはわからない。

なぜなら、気がついたときには、桜咲さんは宙を舞っていた。

 

「か、は……?」

 

僕たちの正面には、大きく吹き飛ばされ床に叩きつけられた桜崎さん。

そして、さっきとは逆の右手を握り締めて突き出していた夕映さんがいた。

 

『言っとくが。エヴァンジェリンが動けない以上、お前らが俺に勝てるとか思ってねえよな?』

 

夕映さんの顔に張り付く笑み。

それは余裕と強者の自信にあふれていた。

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

部屋の中では、金属と金属がぶつかりあう甲高い音が響き続けている。

 

私が振り下ろした鎌を詠春が防ぐ。

瞬く間もなく攻撃に転ずる刀を、今度は私の鎌が払う。

 

今までなら、私が防御行動を取る必要はありませんでした。

しかし、今回の相手、近衛詠春が相手だとそういうわけにはいかないのです。

 

「斬魔剣・二の太刀!!」

「くっ」

 

斬魔剣・二の太刀。

私のような霊体を斬ることができる、神鳴流の技。

マケイヌから聞いたり調べたことによると、霊や悪魔など形なきモノを斬る技なのだそうです。

 

さすがに英雄と呼ばれただけのことはある。

私のような付け焼刃の技術ではなく、修練による太刀筋。

私は剣術に詳しいわけではありません。でも、私にだってわかる。

 

だからこそ、許せない。

 

「二の太刀を防ぎますか……」

「狙いはいいです。あなたの剣術だって強い」

 

だけど。

 

生者は、死者に届かない。

 




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第27話 二人目

おひさしぶりです。
やはり間が空いてしまいました……。

それはそうと、金曜ドラマで「ウロボロス」が始まりましたね。ドラマ化してびっくりしました。
というのも、原作ではドラマと違い、副題は「警察ヲ裁クハ我ニアリ」といってですね。

この作品の副題、「英雄達を裁くは少女」は、ここから頂いたのです。

さて、今回のタイトルは「二人目」
もう、話の内容はお分かりですね?


Side しずな

 

今頃、あの中では彼女の戦いが始まっているのだろう。

そう思いながら、森の中に”あった”建物の方を見る。今、目の前にはあったはずの建物がまるで何もなかったかのように消え、空き地になっている。もちろん、実際はそんなことないのだが。

ちらりと私の手にあるものに視線を動かした。それは小さな鎌。

 

私のアーティファクト、「裂き分かつ鎌」。鎌といっても、アカネがもっているようなあんな大きなものではない。見た目や大きさは植物を刈り取るのに使う、あの鎌だ。

 

だけどこの鎌が刈り取るのは植物なんかではない、空間なのだ。

先ほど、私は近衛詠春がいる建物を刈り取った。それにより建物とこことでは空間が断絶され、相互不干渉状態になっている。次元をずらした、といいかえることもできるだろう。

 

「さて、と」

 

あまり外にいるわけにはいかない。

私は魔法先生ではないとはいえ、魔法関係者ではある。

魔法先生の瀬流彦先生もいるし、関西呪術協会も遠くはない。へたに感づかれていないとは思うが、安心できるなんてことはない。

 

とにかく、私の仕事は終わった。

あとは、彼女の行いがうまくいくことを、祈るだけ。

 

…………。

 

嫌なものね。

人の死を願うのは。

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

部屋に鳴り響く、金属音。

刀と鎌はお互いの主張を叫ぶかのように高く、大きな音を鳴らす。

だけど、その間隔もだんだんと大きくなってきていました。

 

「まだ、わかりませんか?」

「おおおぉぉ!」

 

すでに彼の体からは、いたるところから血が流れています。だけど、詠春は諦める様子を見せません。動きは少しずつではあるが鈍くなっているし、この前の騒動で疲労だってあるはずです。

なのに、彼は未だ刀をおろさない。

 

「斬魔剣・二の太刀ィ!」

「ふん!」

 

刀を避けて、逆に刃を振るう。

最初だったら鎌で防ぐのが精一杯だったのでしょうが、今の私には反撃までする余裕があった。

彼ほどの使い手なら、だんだん通用しなくなっていったのがわかったはずです。

……正直、もう見ていられなかった。

 

「……なんで」

 

そこまで鍛え上げられた剣術を持っていて、なんで。

 

「……なんで! あなたは、その刀を振る相手を変えてしまったのですか!!」

 

私の叫びに、手は止めないものの詠春が驚いた顔を見せました。

感情を顕にした私の言葉に、何かあると理解したのでしょう。

 

「どういう、ことでしょう?」

「神鳴流、というそうですね。その剣術」

 

あれは、メガロメセンブリアの図書館で紅き翼について調べた時。

詠春について知ったのは、「人を守り魔を滅するという“神鳴流”の剣士」ということ。

 

そう、彼が扱う神鳴流とは本来、魔を祓うためのもの。

決して、戦場に用いるための剣では、なかったはずなのです。

 

「人を守り魔を滅する、ですか。だけど、あなたは」

 

その刀を、守るための人に向けた。

戦場でその刀を振るった。

 

「なぜあなたは、その力を戦争に持ち込んだのですか! 人を守る剣を、人に向けて! 関西呪術協会での騒動だって、もとをただせばあなたが魔法世界の戦争で刀を振るったからではないのですか!?」

 

関西呪術協会で起きた騒動の裏については、マケイヌから聞いています。

魔法世界で剣士として活動した彼のせいで本来関係のない関西呪術協会まで戦争に駆り出されたこと、関西の長になったうえ関東魔法協会を優先して肝心の関西側の話をほとんど聞き入れなかったこと。

 

彼は何も答えない。

ただ、刀を振るうだけです。

 

「……もう、終わりにしましょう」

 

彼がふるう刀に合わせ、私も勢いよく鎌を振り下ろしました。

今までより一層甲高い金属音。そして、彼の刀が折れる。

 

私の刃が彼の体を切り裂き、詠春は床に倒れました。

あとはこのまま、彼の命を刈り取るだけ。

 

 

 

だというのに、私はふと手を止めてしまった。

 

 

 

なぜだろう。

 

頭には釈然としないものが残っていましたが、とりあえず私のことを話すことにしました。私の手が止まったのはまだ言わなくてはいけないことがあるからだと、そう思いながら。

 

「“アカネ”の名に、聞き覚えはありますか?」

「アカネ、ですか?」

 

ガトウの時とは違い、さらなる時間が流れているのは事実です。

ですが、時間が経てば忘れるようなことだとは言わせません。

私たちの命を奪ったことを、そんな軽い出来事にさせられてたまるか。

 

「紅き翼と、アカネ。覚えがあるはずです」

「まさか、大戦時の、アカネ村のことですか」

 

その顔に浮かぶのは、驚愕と苦しみ。

どうやら、思い出したようですね。

 

「ええ。私はあの村で暮らしていました。そしてあなたたちがやってきたあの日、村のみんなと同様、命を落としました」

「ではまさか、今のあなたは……!」

「えぇ、死者です。あの世に逝けず、復讐でしか未練を断てないむなしい存在です」

 

私の言葉を聞くと、彼は視線を落とし黙り込みました。

 

なぜだろう。

話し終えたのに、まだ何か心残りがある。

 

考えに考え……頭に浮かんだのは、ひとりの少女。

初めて詠春を見たとき、「お父様~」と駆け寄る女の子がいた。おそらく、娘だ。

 

気がつきました、私のためらいの正体に。

彼を殺すことにためらいがあるわけじゃない、でも、あの子に何も残せずに父親を奪うのは、なぜか申し訳ない気がしたのです。

 

何を罪悪感など感じているのでしょうね?

英雄を殺し、そしてまた新たに一人殺そうとしている、この私が。

 

「なにか」

 

だから口が開いたのも、きっと仕方がないことだったのだ。

 

「なにか、娘さんに言い残すことはありますか?」

 

私の申し出に、詠春は驚いた顔をしていました。まさか自分を殺そうとした相手がそんな事を言うとは思っていなかったのでしょう。

しばらく考えていたようですが、顔だけ上げて私の方を見ました。

 

「……どうか元気で、と。そして、私のことは身から出た錆だ、と」

 

娘には、あまり背負わせたくないのでしょうね。

 

「そしてアカネさん。ひとつだけ、お願いしたいことがあります」

「うかがいましょう」

 

詠春は傷ついた体にも関わらず姿勢を正すと、頭を下げて土下座してきました。

 

「あの村で、戦いに関係のない人々の命を多く奪ってしまいました。直接殺したわけではありませんが、その責任を逃れることはできません。詫びる言葉もありません」

 

ですが、と彼は続けました。

「どうか、木乃香は……娘は殺さないでください。私はもう、逃げることも抵抗することもできません。私の命を奪っても、娘の命は、どうか」

 

娘に、罪はありません。

 

彼の言葉には娘を想う気持ちが込められているのが、よく分かりました。

もちろん、言われなくともそのつもりはありません。遺言を預かりましたし。

子に罪はない。私だって、わかっています。

 

「約束します」

「ありがとう、ございます」

 

詠春は目を閉じ、私はぎゅっと握り締めた鎌を振り上げた。

彼はもうこっちを見ていない。だけど。どこかおだやかな顔をしていました。もう、未練はないとでも言うように。

……いえ、娘を心配していましたし、協会だってあります。何かしら思うことはあるでしょう。

 

「あなたの魂が、逝くべき場所へ導かれますように」

 

それでも、私は――

 

 

 

 

 

 

 

しずなに連絡して、アーティファクトは解除してもらいました。

彼女をあまり近くに長時間いさせるわけにもいきませんし。

空間がもとに戻されたあと、扉からは次々に人が入ってきました。そのほとんどが、同じ年頃の女の子。一人混ざっている子供は英雄の息子ですね。

 

一人気絶しているようでしたが、おそらく彼女にマケイヌが憑いていたのでしょう。彼はアーティファクトが解除された時点で去っています。そういう段取りでしたから。

 

もっとも、本当は私も去っている予定だったんですけどね。

ですがあえて、残りました。姿だけ隠して。

 

「お父様! お父様ァァ……!」

 

父親のもとへ泣きながらかけよる娘さんを、私は正視することができませんでした。目をそらしたまま、彼女の泣き声を聞くだけです。

 

「うっ、うっ……うあああああん……ひぐっ、えぐっ、お父様……返事してぇや、お父様……ううぅ……」

 

父親の体を泣きながらゆする娘さん。ですが返ってくる言葉はありません。彼はもう、二度と目を覚まさないのですから。

 

「あなたに、遺言を預かっています」

 

姿を見せた私に、一気に視線が集中します。特にエヴァンジェリンの視線は苦悶と怒りに満ちていました。現時点で唯一、彼女だけが全てを悟ったのでしょう。

 

「どうか元気で、と。それから、彼の死は身から出た錆だ、とも」

 

その言葉に、娘さんからの視線が厳しくなった。

 

「どういうことなん」

「言葉通りです。未練を晴らすために、私は詠春に復讐をした。私が、憎いですか?」

「当然やっ!! なんでや、なんでお父様を殺したんや! お父様には、なんの、罪もあらへんのに……」

 

“彼らのせいで、私は殺された。村のみんなも殺された、何もかも失った”

 

その事実をぶちまけるのも、激情を叩きつけるのも簡単なことです。ですが、私はそうしませんでした。ただ、一言遺言を繰り返すだけ。

 

「身から出た錆だ。そう、詠春は自分で言っていましたよ」

「復讐、したる……ウチは、絶対忘れへん。今日のことを、アンタのことを! 絶対に、絶対に復讐したる!!」

 

怒りに顔を歪ませて、泣き叫ぶ詠春の娘。

その後ろに、いなかったはずの女の子がもうひとり見えました。彼女と同じように怒りと悲しみを目に宿した、泣き叫ぶ女の子。

その女の子を、私はよく知っていました。見間違えるはずのない顔でした。

 

「そうですか。あなたの言葉は、理解できます」

 

あぁ、そうか。

 

 

 

 

 

彼女の後ろにいたのは、私だ。

 

 

 

 

 

彼女は、私なんです。

大切な人を殺されて、絶望と苦しみに苛まれながら復讐を誓った私と同じなんです。

私と同じく、復讐を胸に宿した彼女をじっと見つめました。

 

「私の名前は、アカネといいます。私に復讐をするというのなら、覚えておいてください」

 

謝りはしない。

彼女の父親を殺したのも、私の復讐なのですから。

 

「ま、待て!」

 

ようやく我にかえった他の女の子には返事をせず、私は転移でその場を後にしました。

 




この作品において、木乃香は言わば「もう一人のアカネ」です。
父親を殺された彼女は、これから復讐のためアカネを追い始めます。ネギに協力するのは原作通りですが、それでも考えなどが変わってきます。

この作品でもっとも原作乖離するキャラは近衛木乃香である、とも言えるでしょう。
もうあのほんわかこのちゃんはいません。ご了承を。

次回にエピローグを入れて修学旅行編は終了です。




そして、次回ですが。
焦らすようで申し訳ありませんが、学園祭編の予告(セリフオンリー)で入れようと思っています。
ある程度の流れは決まっていますので。

ではまた次話でお会いしましょう。


感想、ご意見、ご指摘お待ちしています。


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第28話 雨の中の京都

お久しぶりです。
今回は最後に、オマケつき。

今回で京都編は終了です。


Side 刹那

 

あの日から、雨がずっと降っている。

 

私やお嬢様、そしてネギ先生と明日菜さん、エヴァンジェリンさんの五名は新田先生をはじめとする、先生方に無理を言って京都にもうニ、三日滞在することになった。

長……いや、詠春様の葬儀に、出席するためだ。

 

アカネと名乗った女が消えたあとのこと。

私はすぐに式神を使い、関西呪術協会に詠春様が亡くなったことを知らせた。

その後はもう大騒ぎだ。ただでさえ協会への襲撃で揺らいでいた中に長の死。騒ぎにならないわけがない。

 

ネギ先生たちが一緒にいたのも問題だった。関東と関西は仲が悪い。

詠春様をはじめとする一部は融和を唱えてはいたが、関東をよく思っていないものの方が多い。そもそもの話をすれば、襲撃の主犯であった天ケ崎の動機だって関東、しいては西洋魔法使いへの恨みなのだ。

 

私たちは除け者にされたまま、協会ではこれからのことについて話し合いがもたれた。

除け者という言い方は言いすぎかもしれない。ネギ先生達は事実よそ者なのだ。

協会の関係者と言えるのは私とお嬢様。そして私は、お嬢様の護衛に過ぎない。重鎮たちが協会のこれからを話し合っている中に、入れるはずもなかった。

 

唯一参加できそうなお嬢様が参加することもなかった。

「お父様が亡くなられた今、心を落ち着ける時間が必要でしょう」という建前上、お嬢様抜きで話し合いは進められたのだ。

 

でも、私は参加しなくてよかったと思う。

 

「許さへん……絶対に」

 

今のお嬢様は、アカネへの復讐に心を燃やしていた。

詠春様がいなくなったことに喜んだ重鎮もいる。そんな人間の前に、お嬢様がいくのは辛いなんてものではないだろう。余計に心の負担をかけるだけだ。

 

だからこそ、憤りを隠せなかった。

 

「お嬢様を次の長にすえる」という報告には。

 

この報告を聞いて、お嬢様は黙り込んだ。表情すら消えた。

私は心の中で半狂乱になりながら言葉をかけたが、何といったのかもう覚えていない。たいしたことも言えていなかったのだろうと今は思っている。

 

しばらく黙り込んだあと、お嬢様はいきなり立ち上がると重鎮たちが食事をする場へ乗り込んでいった。あれには驚いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいお嬢様!」

「ウチな、言わなあかんことあるんよ。邪魔せんといて、せっちゃん」

 

その口調は、今までよりもずっと固く。

私は、お嬢様に距離すら感じてしまった。だからといって、私はお嬢様のそばから離れる気などさらさらないが。

 

一気に扉を開いたお嬢様に、重鎮たちは皆ぽかんとしていた。

一人が笑いながらそっと追い出そうとしたが

 

「邪魔や」

 

たった、一言。

たった一言で、その場を黙らせてしまった。

 

「ウチを、次の長にするゆうたな」

「え、えぇ。ワシらが話しおうた末、お嬢様にお願いしよかっちゅう話に」

「ほんまに、ええんやな?」

 

いったい、お嬢様を何を言い出すつもりなのか。

それは、私だけじゃない。その場にいた全員が思っていたことだと思う。

 

「ウチは先日、お父様を殺された。殺したんは、アカネっちゅう女の人や。なんでアカネがお父様を殺したんか、その理由はまだはっきりとはわからへんのよ」

 

だから、と彼女は口を開く。

 

「ウチを長にする言うんやったら。協会の人らには、アカネを見つけ出すために働いてもらうえ。ウチは彼女に復讐したるんや。そのために皆はんがウチを長にして支えてくれはるって言うんなら、よろこんで使わせてもらうわ」

 

お嬢様を長にすえたのは、おそらくお飾りにして実質重鎮で舵を取れるようにしようという思惑があったのだろう。お嬢様は今まで運営に関わっていない。だからかわりにやろう、という建前まで考えたのだろう。

 

だけど、重鎮たちは見誤っていた。お嬢様の、復讐への熱意を。執念を。

 

お嬢様は、重鎮たちの狙いをひっくり返してしまったのだ。

重鎮たちが舵をとるために与えられた長という役職を、むしろ利用すると宣言したのだ。

 

「お嬢様、いくらなんでもそれはいきなりやわ。まだ落ち着いたほうがええで、ほら、はよ部屋へ」

「ウチに長をさせるっちゅうんは、そういうことやで? 新しい長になるなら、まずやらなあかんのは前の長を殺した奴への報復いうんはそんなにおかしいんやろか? なぁ? せっちゃん」

 

こ、こっちを見んといてください……。私は切実にそう思った。

こわい。このちゃんがこわい。

あの時ほど、恐怖を感じたことはなかった。どんな敵を前にした時よりも。アカネを前にした時よりも。

 

「ウチは嬉しいえ。そないにウチのために働こう思うてくれるなんてなあ。ん? みんなどないしたんよ、そないな顔して? 嫌なん? ちゃうやろ? だってウチを長にしよう言うんやから」

 

次々に言葉を叩きつける。

重鎮たちが黙り込んだのを確認して、それまで笑顔で話し続けていたお嬢様は急に表情を消した。長にされることを聞いたあの時のように。

 

「嫌ならウチにおしつけんなや。ウチの気持ちは変わらへん。ウチを長にするいうんならその立場からでも復讐を成すために協会を使うで? けど、協会を巻き込むないうならそっちかてウチを巻き込むな。ウチに対して干渉しないんやったら、ウチかて協会を使おうなんて思わんよ。もう嫌なんやろ? 関東や西洋魔法使いに関わるの」

 

お嬢様が追う相手は、アーティファクトを使用していた。間違いなく西洋魔法使いに類する者だ。その相手が詠春様に対して「復讐」を唱えたのは、まず間違いなく魔法世界に関することだろう。

 

協会があのアカネという女を追うならば、関東や魔法世界と関わることは避けられない。それは協会にとって最悪の出来事の再来だ。以前魔法世界の戦争に駆り出されて戻ってこなかった同胞は数しれないのだから。

 

そんなことになるならばと、彼らはお嬢様を長に迎えないことに決めた。

同時に、お嬢様と私は関西からは離れ、再び麻帆良に戻ることも重ねて決定した。

 

 

 

 

 

 

 

葬儀の時間を迎えると、先程までの無表情なお嬢様はいなかった。

ボロボロと涙を流し、父親を喪った悲しみを嘆くお嬢様がそこにいた。

 

……お嬢様の涙なんて見たくなかった。でも、防ぐことはできなかった。

私がもっと強ければ。エヴァンジェリンさんの代わりに相手を止めることができれば。

最悪の事態は避けられたかもしれないというのに。

 

悔しい。自分の無力さがこんなにも……悔しくてたまらない……。

 

 

 

 

 

 

 

Side 明日菜

 

木乃香はずっと泣いていた。私はせめて慰めてあげたかったんだけど、なにを言えばいいかわからなかった。

何を言っても、木乃香を悲しませるだけのような気がして……。

 

ネギも、私と同じみたい。

もっとも、アイツはアイツで夕映ちゃんを操っていたナニカに言われたことが気になっていたようで、変なこと言っちゃいそうだから止めておいた。

 

でも、桜咲さんが木乃香にはついてる。二人にして任せておいたほうがいいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

……木乃香のお父さんが殺された、あの後。

私はエヴァちゃんに掴みかかった。

なんで止めなかったのかと。なぜ相手に手出ししなかったのかと。

正直、あの時はなにか事情があるんだろうって心のどこかで分かってはいた。でも、私は感情的になって言わずにはいられなかったのよ。

 

「お前たちには話せない。話すこと自体ができないんだよ。お前達相手でも誰でもだ」

 

もちろん、納得なんてできなかった。

でも話は終わりだとばかりに突き放され、何も言えず。

 

知ってるのなら教えて欲しいと思った。でも、あの何かをこらえるような表情を見せられたらそれ以上追求できるわけないじゃない。

むしろ、エヴァちゃんってすごい魔法使いのはずなのに、その彼女にあんな表情をさせる人物が相手だということが怖かった。

 

だけど。

アカネ、そして夕映ちゃんの中にいたナニカ。

あの声はどこかで聞いたことがあるような気がしたんだけど……。

 

……何か、忘れている気がする。

とても悲しいことを。

とても懐かしいことを。

今回の事件と関わりがある、何かを忘れているようでたまらない。

 

だって……私は、あのアカネという人と、会ったことがある。

心のどこかで、そんな気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

Side アカネ

 

あの日から、ずっと雨が降っています。

空もどんよりと曇っており、まるで空が泣いているようです。

 

『心の整理は、ついたか? しずなにはもう伝えてある。俺たちは次に向かうぜ』

 

犬の姿をしたマケイヌと、巫女姿の私の前に、見慣れた扉が開きました。

これで二人。私は人の命を奪いました。

 

全ては、愛する人たちのもとに逝くため。でも、まだその時は遠い。

 

雨は当分、止みそうにもありません。

 




次章予告


『似合ってるぜー。そのメイド服』

「貴様ァァァァァァァァ!!」

「覚えてないかな? ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグと一緒にいた、タカミチ・T・高畑だ」

「ダメ、ガトーさん。いなくなっちゃやだ……!」

「我が友人。ガトウを、詠春を殺した、アカネ……ですね?」

「これが……マケイヌの、願い?」

「この正義の使徒、高音・D・グッドマンが成敗して差し上げます!」

『偽善者が』

「あなたは眼中にありませんよ。私の憎しみは、悲しみは、あなたが生まれる前からずっと続いているんですからね」

「ナギ。あの時私たちが間違えなかったら、こうはならなかったのでしょうね」

『これが……嬢ちゃんの、未練の根幹だ』

「嘘だ……嘘だ。嘘だあああああああアアアアアアァァァァァァァッッッ!!」



次章
Ⅵ アルビレオ・イマ


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