ポケモン虹~カナタの外出~ (零零機工斗)
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ポケモン虹~カナタの外出~

ロマンを追い求めて。


「ふが……」

ぼんやりとした意識の端で、けたたましくアラームが鳴り響いている。

目をうっすらと開けると、見慣れた白い天井が視界に入る。

しかし、若干天井に違和感を感じた。視界の中心に、何やら黒い物体があるのである。

目はまた閉じてしまい、意識が遠のき始める。

『瞼の裏の動きを確認、覚醒と判断。二度寝を試みていると判断。これより二度寝防止シークエンスに入ります』

寝惚けた意識で、そんな音声が聞こえてくる。

言葉は耳に入っても意味などわからない。

眠いのだから。

しかし、丁度意識を手放せそうなところで突然背中に痛みが走る。

「ふぎゃ!?」

痛みで意識が覚醒し、目を開く。

映ったのは、天地がひっくり返った僕の部屋だった。

いや、逆さになっているのは僕だ。

『おはようございます。今日も一日頑張りましょう』

「……我ながらなんつー恐ろしいものを作ったんだ……いてて」

目を横に見やると、さっきまでいたベッドがある。

少し、歪な形に変形しているものだが。

こちらに向けて傾いており、ベッドの向こう側が飛び出したアームによって支えられていた。

天井に目を見やると、カメラが設置してある。

寝ている人の顔を分析し、覚醒状態と睡眠状態を見分けることのできる自作のものだ。

そう、これは二度寝の試みを感知するとベッドを傾けて横に落とすシステムなのだ。

昨日ふと思いついて徹夜で作り、自分が最初の試験対象になるつもりで4時頃に寝たことを思い出す。

僕は朝の眠気に何より弱いから、その対策に作ったのだ。

「傾けるスピードがちょっと速いな、背中が痛い……あとで速度調整しなきゃ」

しかし本来の目的である二度寝防止は見事に果たしてくれた。

成功と呼べるであろう。

僕は背中を後ろ手でさすりながら、立ち上がって自室を見渡す。

部屋は製作途中の機械で散らかっていた。書き殴られた設計図やメモが散乱し、その上に部品が散らばったりやコードが剥き出しな未完成の機械達が無骨に佇んでいる。

ここは僕の開発室と寝室を兼ねている場所だ。

天井を、その先を見る様に目を凝らして見つめる。

その先にあるのは、家と、リザイナシティ。

この場所はその地下にある僕の工房だ。

今日は非常に、非常に残念ながら、外出をしなければならない。

何故ならこの散らばった未完成のプロジェクト達が未完成である理由は、材料不足だからだ。

ロボットに買い出しに行かせたいところだがそれはまだ法的に認められてないため、僕は自ら買い出しに行かなければならない。

しかし、一つ問題がある。

僕は外が嫌いだ。日の光が嫌いだ。

浴びなければ身体によくないという研究結果を見て室内でどうにかできないかというプロジェクトを進めているくらいだ。

外に出ればタダなのに何故そんなものにお金をかけるのかと怒られたが、知ったことではない。

 

ということで、僕は最終手段(外出)に出たくないがために助けを呼ぶ。

僕は散らかった部屋を出て、隣に位置するドアにコンコンと拳を当てて音を立てる。

以前ノックせずに入って怒られた記憶はまだ新しい。

「助手君、いるかい?」

「あれ、カナタさん?今日は随分と早起きですね……って、いい加減名前で呼んでくださいよ!私は助手じゃなくてちゃんとマキナって名前があるんです!」

ドアの向こうからは驚きと困惑、そして次に怒気の入った声が響いてきた。

やけに感情が忙しない助手だなあと思いつつ、僕はドアノブを回して押す。

部屋の中では大きめな箱を両腕に抱えた少女がいた。

そんなに筋力があるわけでもないそうで、割と苦しそうだった。眼鏡が若干ズレてる。

 

 

「助手じゃなくてって……つまり君はもう助手じゃないの?」

「いいえ立派な助手ですとも!私は呼称のことを言っているのです!」

「助手なんだから助手君でいいじゃないか」

「よくなぁーーーい!!というかマキナって呼ぶ方が文字数的に少ないじゃないですか!」

「わかってないなあ、文字数という合理よりも助手を持った優越感の表現の方が僕にとって大事なのだよ」

「腹立つ!この人腹立つ!!」

 

 

やたらと騒がしいこの子は助手のマキナ。

僕の作品を見て弟子入りを乞い、教える代わりに助手になってもらったのだ。

身長が同じくらいで口調もこれだがなんと僕より年上だ。

世界って広いんだな。

 

「はぁー、なんでこんな人に……」

「なんでもいいから、買い出しに行ってくれないかな。これ必要な材料のリストね」

僕は先ほどメモ帳の紙に数分で書き上げた材料のリストを人差し指と中指に挟んで差し出す。

が、箱を抱えたままのマキナはそれを見ても動かず、とても不満そうな表情を浮かべる。

「…あの、私、昨日言いつけられたこの仕事で手一杯なんですけど」

「あれ?僕何か頼んだっけ?」

「整理ですよ整理!ここ凄く散らかってるせいで昨日一日じゃ全然終わらなかったんです!」

「あー......じゃあそっちは僕がやるから助手君は買い出しに――」

「イヤです。カナタさんが外に出たくないだけじゃないですか」

「うぐっ」

ジト目でそう言われ、反論できない。

確かに、仕事を頼んだおいてやっぱり別の仕事をやってと中断させるのはあまりに勝手だ。

それに外に出たくないのは買い出しを頼んでる理由の10割なので否定出来ない。

「そうですね、じゃあちゃんと名前で呼んでくれたら考えてあげなくもないです」

「ほんとかい!」

「考えてあげるだけです」

「じゃあ、マキナ」

「せ、背中がムズ痒いですね....」

「これでいいかい?それじゃ、よろしくね助手君!」

バァン、と、目の前でドアがいきおいよく叩きつけられていた。

まだリストを渡してないのに。

***

「太陽が眩しい....くっ...」

長らく浴びてなかった陽の光に晒され、視界が真っ白になる。

少し目を凝らすと見えなくはないが、やはり全体的に眩しい。

僕は額に着けた多機能ゴーグルを下げて目の上に装着する。

視界の眩しさを抑える目的もあるが、このゴーグルの本質は別にある。

「音声認識起動。材料リストをスキャン。購入のための最短ルートを検索」

『了解。スキャン中....スキャン完了。検索開始....検索終了、表示シマス』

僕の命令に対し、多機能ゴーグルの一部であるヘッドホンから機械的な音声が返ってくる。

リストの材料を買うためには複数の店舗を回らないといけないので、こんな機能も開発したのだ。

いやしかし、それにしても。

「あっちい......」

今や季節は夏に差し掛かる頃。

このリザイナシティは技術の都市だとか言われているが、ビルが多いと熱を閉じ込めてしまうヒートアイランド現象のせいでとてつもなく暑い。

流石の技術の都市も、ヒートアイランド現象対策でビルを全て建て直すのは難しいのだ。規模的な問題として。

そろそろヒートアイランド現象解消のための都市改革計画でも提出するべきだろうか。あるいは街全体の気温を調整する装置でも開発するべきだろうか。

社会だとか街のための開発とからしくはないが、気温を下げたいのは僕の意思なので例外だ。

僕とは違って社会貢献大好きな助手君にも手伝わせるか、などと考えながら運動不足で重い足を動かし続け、僕は幾つかの店舗を回って部品を購入した。

流石に僕一人で荷物を持つのは無理なので、相棒のメタングに運ばせている。

2時間ほど買い出しを続けていると、少し都市の中心部から遠い、本日最後の店に辿り着く。場所的に人気ではないが、質の良い部品が売られている知る人のみぞ知る店だ。

今どき街中では珍しい手動ドアに触れる前に、僕は違和感を感じた。

「散らかってる....?」

ドアについた窓から見える店内では、箱や部品が床に散らばって見えた。

 

バイトがドジやらかしたりしたのだろうか。なんて、呑気なことを考えられるほど鈍くはない。明らかに異常だ。

 

覗き込んでみると、棚が倒れていたり、一部の蛍光灯が壊されていた。

 

壁や床には何かで切りつけたような跡があった。

それを見た時、僕は思考もせずにドアノブを回して蹴り開けていた。

 

息を荒らげながら、僕は店内の奥へと走る。

「誰かいませんか!」

「ぐ....その声は....カナタ坊か...?」

 

見知った男が、荒らされた棚の横で倒れていた。

僕は床に散らばった部品に転びながらもその男に駆け寄った。

学園都市とも呼ばれるこの街ではこれまた珍しいこの高齢の男は、昔から知っているこの店の店長だ。

高齢とは言うものの60代とは思えないガッシリとした身体をしている。

「おめえが外出するとは珍しいじゃねえか....いつもはあの嬢ちゃんに頼んでるのに.....」

「今そんな話してる場合じゃないから!身体は大丈夫!?」

一応外傷らしき外傷は見られないが、顔色がよくない。

僕は一先ず救急車を呼ぶために病院に連絡を入れる。

「オレは無事だが....すまねえな、おめえに作ってもらったコイツ、壊されちまった」

彼の足を包む機械、強化外骨格を見ると、確かに酷くパーツが曲がっていたりして破壊されていた。

これは僕が昔、車椅子に乗っていた彼のために作ったものだ。

「また作るから気にしないで。それより、何があった?」

「ああ、見ての通り強盗だ....4、5人くらいいたな。オレは店を守ろうとしたがこの有様さ...」

「強盗!?このリザイナシティのセキュリティで!?」

ここリザイナシティは最先端技術のおかげであのPG本部があるペガスシティにも負けずとも劣らないセキュリティを誇っている。

その中で強盗をやるなんて馬鹿は今時いないと思っていたが....

「ここはその端っこにある店だからな、中心部ほどセキュリティが行き渡ってないのを狙われたんだろう...」

確かにここは都市の中でも一番開発が遅れている地域だ。ありえない話ではない。

「...襲われたのはどれくらい前?」

「ほんの3分くらいしか経ってねえ、そう遠くは無いはずだが...それに、多分監視カメラが壊されたからPGも調べに来るだろ」

 

見上げると、恐らく侵入と同時に壊されたであろう監視カメラがあった。

僕はポケットからモンスターボールを取り出し、上に軽く放り投げる。

「出てこいロトム!」

すっかり見慣れたニンマリ顔のロトムが出てくるが、状況を見て口端が下がった。

一体何があったのかと不思議そうな顔をしている。

「あの壊れた監視カメラに取り憑いてみてくれ。それで、最後に映った映像を取り出して僕のゴーグルに映すんだ」

指示を出し、僕は額の位置まで上げられたゴーグルを目の上に下げる。

 

ロトムは頷いて監視カメラに吸い込まれる様に入り、カメラのレンズ部分にロトムの顔が現れる。

 

しばらく待つと、ロトムはカメラから出てきて今度は僕のゴーグルに入り込む。

ゴーグルの内側の画面にロトムの顔が映り、その上に監視カメラの映像が映る。

 

 

「これは……フード?これじゃあ顔が見えない……」

 

 

映像に映った集団は全員フードを被っており、顔は隠れている。

しかし服装が全員同じな辺り、こんな集団がいれば気付くものだと思うけど……

何かのユニフォームだろうか?

 

 

「救急車呼んだから、おじさんはここで待ってて、僕は犯人を追う!」

「わかった……けどよ」

 

 

肩に手を置かれて僕は立ち上がろうとした足を止める。

痛みに耐えながらへらへら笑ってたさっきの表情とは違い、いつになく真剣だ。

 

 

「おめえ、走れるのか?」

 

「無理です」

 

 

僕は迷わず携帯で助手君を呼んだ。

 

 

 

***

 

 

 

「だから日頃から適度な運動をしろとあれほど言っていたのに……」

「いやいや、走るよりも僕のメカに頼った方が多分速いから。あ、言い忘れてた、ご苦労様」

 

 

電話で持ってくる様に頼んだメカを積んだトラックがいち早く、指定した場所に辿り着いていた。

店から少し離れないとPGの面倒な取り調べに合いそうだからだ。唯一あった監視カメラは既に壊されていたし、僕がいたことはおじさん以外に知らない筈だ。

 

 

「で、どうやって探すんです?犯人」

「これを使って探すんだよ」

 

 

トラックから降ろしたドーム状の黒い物体をコンコンと叩く。

これをコードで僕のゴーグルに繋げ、機器を起動する。

 

 

「これって……表面が全部センサー、ですか?」

「よくわかったね」

 

 

起動させると、中心点からマップが広がる。

ただのマップじゃない。このセンサーが感知して作っているものだ。

 

それ故に立体的なマップになっているし、色はわからずとも物の形が全て把握できる。

建物も、車も、人も。

強盗は奪った部品を何らかの手段で運んでいる筈。

トラックか、あるいは台車を徒歩で運んでいるか。

一番自然に見えるのは荷台のあるトラックだろう。あの人数なら全員乗れて、かつそれなりの荷物も積める。

トラックの形状データをサンプルに送り、最大範囲で現在走っているトラックの形状のものを検索する。

検索範囲を絞るため、『4人以上乗っていると見られるトラック』と設定する。

 

 

「すごい……どういうことですか……」

「電磁波を送り出して、反射で返ってきた時間差や位置を精密に分析して反射したものの形を把握する.....要は立体スキャナーを昔作ったんだけど、その範囲をざっと半径2キロくらいまで広げてレーダーにした」

「え、は……!?でもこれ、車の中まで....」

「車内くらいなら見えるけど建物は無理かなあ。立て籠もったりしてなければいいけど」

 

 

PGに見つかったら法的ななんとやらで面倒なことになりそうだからというのも彼らを避ける理由でも、彼らに位置情報を送らない理由でもある。

 

 

「ビンゴ」

 

 

一台のトラックの車内に頭部がフードの形になっている人型を複数確認した。何かのこだわりなのか、車内ですら全員フードなんて怪しいことこの上ない。恐らくはこれが当たりだ。

 

荷台の形状をよく見てみると、部品の様なものが散らばっているので確定と思われる。

既に街の外側に辿り着く様な位置にいる。

この速度、追いつけるか?

 

 

「よし、見つけた。データをトラックのナビに送るから、運転よろしく助手君」

「はぁぁ……」

「仕方ないじゃないか、僕まだ免許取れないし」

「そのことで溜息吐いているわけじゃありませんっ。行きますよ」

 

 

不機嫌そうにそっぽを向いて、助手君はトラックに乗り込んだ。

僕は首を傾げつつ、続いて乗り込み助手席に座る。

 

助手じゃないのに助手席に座るとはこれ如何に。

なんて、くだらないことを考えていると、助手君がやや強めにアクセルを踏み込む。

それなりに速度を上げて目的地に向かい始めている。

 

「この人達をどうするんですか?捕まえてPGに突き出すんですか?」

「そうだね、拘束したら連絡入れるよ」

「位置情報を送って最初からPGに任せればいいんじゃ……」

「せっかくだし、ゴーグルの新機能の試運転に付きあってもらおうかなって思って。それに、おじさんの店に手を出されて割と腹が立ってるんだ。おじさんの分くらいはぶん殴っておこうかと」

「はいはい、そんな復讐に付き合わされる私の身にもなってくださいよ」

 

 

それでもなんだかんだ付き合ってくれる辺り、普段の買い出し担当の助手君も思うところがあるらしい。

 

トラックの上に積んだセンサーを更新すると、フードを被った連中は既に彼らのトラックを降りていた。場所は恐らく駐車場だから、一旦休憩だろうか。

これならトラックで追いつける。

 

 

「そろそろ近い位置に来ていますね」

「よし、じゃあ行ってきます」

「え、どうやって……って、ちょ!?」

 

 

僕は以前このトラックに仕込んでおいた助手席用の『緊急脱出ボタン』を押し、真上に射出されてトラックを飛び出る。

 

こんなものを作った理由?面白いからに決まっているだろう。

 

 

「か、カナタさぁぁああん!?」

 

 

やはり空中というのは慣れないが、僕は自分の作品の安全性を信じている。

とはいえ、ここからはこのままだと落下で怪我をしてしまう。

 

既に取り出していたモンスターボールを開き、相棒の名を呼ぶ。

 

 

「メタング!」

 

 

呼応する様に、ふわりとした感覚と共に相棒が現れ、僕はその背中に乗っていた。

メタングは空中飛行が可能だ。ここからは僕とメタングで奴らがトラックを停めた場所に向かう。

 

 

「行くぞメタング、何の意味もない自己満足の時間だ」

 

 

乗っているメタングが軽く揺れて、いつものことじゃないか、と言われた気がした。

まあ自己満足くらいでしか動いてない自覚も無い訳じゃないから仕方がない。

 

センサーの情報を元に作ったマップを頼りに目標を追うと、駐車場に辿り着く。

ほぼリザイナシティの外だから、ここで休憩ってわけか。

 

メタングに指示して降り立つ。

煙草を吸ってたフードの男がギョッとした顔でこっちを見る。

よく見てみると、監視カメラの映像にいた集団の格好と同じだ。

 

 

「やあ君、ちょっと話が」

「ガキとする話はねえよ、失せろ」

「わかった、じゃあ話はしないよ」

 

 

僕が一歩下がると、メタングが当然の様に前に出る。

バトルする気満々なのを察したのか、相手は僕の目をしっかりと見ている。

 

 

「その目、なるほど、そういう輩か。最近よくいるんだよな」

「そういう...?よくわからないけど、じゃあそういうことにしといてくれ」

 

 

睨み合って数秒。

何かを察してくれたのか、それとも思考回路がやたらとバイオレンス寄りなのか、彼はすぐにモンスターボールを投げた。

モンスターボールから飛び出したのは、見たの事の無い茶色いワニの様なポケモンだった。

 

僕はゴーグルを額から目の位置に下げる。

すると、視界に映った相手のポケモンにマーカーが付く。

同時に、その横にはポケモンの名前と情報が表示される。

ゴーグルがポケモン図鑑と連動する機能だ。

 

ワルビル、というポケモンらしい。

確認されているポケモンを全て頭に叩き込んだわけではないのでこれは助かる。

 

しかし、試したい機能はそれだけではない。

 

 

「来ないのか、ならこっちから行くぞ!ワルビル、『かみつく』!」

 

 

ワルビルが構えた瞬間、僕のゴーグルに内臓されているカメラはその細かい動作や目の動きを捉えた。

そして、ワルビルからメタングに向かって伸びる線が表示される。

 

これもゴーグルの新しい『予測線機能』だ。

 

 

「メタング、右に逸れてコメットパンチだ」

 

 

指示を出すと、丁度ワルビルが予測線通りに、やや左寄りに飛び込んでくる。

それをメタングは軽く右に逸れて、白銀に光る腕を脇腹にねじ込む。

まるでカウンターの様だ。

というか、相手の技の勢いを利用しているのでカウンターに違いは無いのだが。

 

 

「ぐっ、ワルビル、『あなをほる』!」

 

 

よろめきつつ、ワルビルはすぐにメタングから飛び退いて、地面に爪を突き立てる。

それを止める間も無く、あっという間にワルビルは地面に潜ってしまった。

 

 

「メタング!少し上昇して、急降下しながら地面に向かって『コメットパンチ』!」

 

 

あなをほるを使われて厄介なのは、姿が見えないことだ。

しかしこの技の欠点は、出現位置が限られていることだ。

近接攻撃なので、攻撃手段として用いる場合は必ず相手の近くから地上に出る必要がある。

 

なので僕は、その『近く』を取り除くことにした。

 

 

「ビルゥウウア!?」

「何ぃぃいい!?」

 

 

コメットパンチが直撃した位置の付近の地面はひび割れて上に跳ねあがる。

そして、案の上、すぐ下にワルビルがいたのだ。

 

 

「みーっけ。メタング、『バレットパンチ』」

 

 

すぐさま、コメットパンチより幾分か白く光るメタングの腕がワルビルの顔に直撃する。

浮いた地盤の欠片が地面に当たって散らばる前に、ワルビルはメタングの腕がめり込んだままぐったりと前に倒れ込んだ。

 

 

「よし、僕の勝ち。ほらほら、残りの仲間を呼んでよ。いるんでしょ?」

「ぐ……」

「その必要は無い」

 

 

そんな声がフードの男の向こう側から聞こえてきた。

こちらもフードを被っているが、身体がデカイ。

小さい方のフードの男の怯えようからして、コイツがボスかな?

 

 

「バラル団を自分から追う一般人、か。我々も有名になったものだ」

「え?何?バラル団?何それ」

「.....我々のことだ」

「ふーん。僕は盗品を返して欲しいだけだよ。そのトラックに積まれてるやつ」

「ハッ、返すわけが無いだろう」

「別にお願いしてるわけじゃないよ」

 

メタングは気を失って自分にもたれかかってるワルビルをぺいっと腕から剥がす。

 

 

「力づくでやるから」

「く....はは、はははは!結局そうか、我々がやっていることとは変わらない、偽物の正義じゃないか!」

 

 

大きい方のフードの男は笑いながらモンスターボールを放り投げた。

現れたのは人型の、刃状の突起が多いポケモン。

ゴーグルの情報によると、キリキザンというらしい。

 

 

「何を勘違いしてるか知らないけど、僕が正義感なんてもので動いてたらここに来ているのはPGだよ」

「は...?では何で動いていると言うのだ」

「自己満足」

「は?」

 

 

フードの下でポカンとした、ややマヌケな表情が見えた。

 

 

「世話になってるおじさんの店荒らしといて、おじさんにあげた強化外骨格まで壊しといてさ。自分でやらなきゃ気が済まない」

「くく....は、ははははははは!!!」

 

 

唖然とする部下のフードの男とキリキザンを置いて、大声で笑い始めた。

僕も気味が悪くて、バトル中だということを忘れメタングを放置してしまっていた。

 

 

「お前、バラル団に入らないか、才能あるぞ」

「冗談じゃない、原動力にはならなくても人並の正義感は持ってるよ」

「そうか、残念だ」

 

 

キリキザンが何やら武術の様な構えを取る。

メタングも相対して腕をボクサーの様に構えた。

 

 

「キリキザン、『つじぎり』」

 

 

ゴーグルに予測線が現れるのと同時にキリキザンはメタングの目の前に現れていた。

速い、これじゃあ回避の指示が間に合わない。

 

 

「メタング、ガードだ!」

 

 

メタングは咄嗟に腕を交差させて防御の構えを取る。

しかし、キリキザンはいつの間にかメタングの後ろに立っていた。

 

メタングが地面にガタリと重音を立てて落ちる。

 

 

「メタング!」

「キリキザンとメタングでは相性が悪かったな」

 

 

あくタイプの『つじぎり』はメタングに対して効果は抜群だ。かなりのダメージを受けただろう。

 

だけど、まだ倒れちゃいない。

 

僕はポケットからメモリースティックを取り出し、多機能ゴーグルのヘッドホン部分にある穴に差し込む。

 

 

「『こうそくいどう』!」

「な、まだ動けるのか!?」

 

 

地面に倒れていたメタングの姿が消える。

振り返ったキリキザンの視界にメタングはもういない。

僕のすぐ隣、つまり今のキリキザンの後ろだ。

 

キリキザンがこっちに気づいて振り向く。

 

準備は既に整っている。

 

 

「『コメットパンチ』!」

「はっ、笑止!はがねタイプの技などキリキザンには効かぬ!受け止めてやれ!」

 

 

今度はキリキザンが腕を交差させている。

それに構わず、メタングはコメットパンチをガードのド真ん中に打ち込む。

 

 

「振り抜けメタング!そのまま『かわらわり』!」

「な!?」

 

 

コメットパンチ特有の白銀の光を纏ったままの腕を下方向に振り抜き、メタングは一回転して腕を振り下ろす。

振り下ろされた腕は白銀の光と、赤茶色の光の両方が絡み合う様に纏っている。

 

コメットパンチは時折、ヒットした後にメタングの技の威力が上がる。

今回は確実にそれを、攻撃一回分だけでも起こせる様にコメットパンチの「勢い」を次の技に繋げたのだ。

 

振り下ろされたメタングの『かわらわり』はキリキザンの腕に直撃し、防いでた腕ごと胴体に入る。

回避に移る時間も与えなかったのは、先程使った『こうそくいどう』による速度上昇おかげだ。

 

キリキザンの身体は地面に叩きつけられると同時に、周囲の地面がひび割れる。

キリキザンは若干地面にめり込んでいた。

 

『かわらわり』はかくとうタイプの技だ。

対するキリキザンはあく・はがね。

タイプ相性上『かわらわり』の威力は4倍になる。

更に、コメットパンチの特性を利用して威力は更に上がっている。

 

ちょっとやりすぎたかもしれない。

後悔はしないけど。

 

本来メタングは『かわらわり』を覚えていなかった。

そこで、『こうそくいどう』で僕の隣に移動した時、僕はメモリースティックに保存されていたわざマシンのうち一つの『かわらわり』を起動し、メタングの目の上にゴーグルを被せていた。

キリキザンがメタングを見失っていたおかげで、ローディングが間に合ったのだ。

 

普通のポケモンならこんな一瞬でわざマシンから技を覚えることは無理だろうが、メタングにはコンピュータ二つ分の処理能力がある。

高速再生でも『かわらわり』をなんとか再現できるようになったのはそのおかげだ。

 

 

「それで、キリキザンとメタングでは相性が、ええと、なんだっけ?」

「も、戻れキリキザン....」

 

 

フードの男が地面にめり込んだキリキザンをモンスターボールに戻す。

フードのせいでよく見えないが、その額には青筋が浮かんでる様に見えた。

 

 

「さっきPGに『盗人発見』ってメッセと位置情報送ったから多分そろそろ来るんじゃないかな?」

「クソッ、お前ら逃げるぞ!」

「メタング、『じゅうりょく』」

「ガッ!?」

 

 

後ろの方で逃げようとしていた3人のフードの男達も含めて、メタングの広範囲の『じゅうりょく』で捕らえる。

難点は、僕自身も高重力にかかってて動けないことだけど。

 

 

「カナタさん!」

 

 

後ろから聞き慣れた助手の声が聞こえてくる。

やっと追いついたらしい。

ここまで時間のかかる距離ではなかった筈だけど.....

 

 

「助手君!良いタイミングだけど、予想より遅かったね!」

「道中PGの方々と遭遇しまして、事情説明で時間がかかってしまいました!」

 

 

振り返ってみると、助手君のトラックの後ろにぞろぞろとPGの車が続いていた。

 

 

「今ちょっとコイツらを動けなくしてる代わりに僕も動けないからPGに拘束準備をする様に伝えてくれると助かるかな!」

「え、はい...?あ、ああ!『じゅうりょく』ですね!了解しました!」

 

 

しばらくするとPGの制服を着た人が数人ほど走ってきたので、彼らまで『じゅうりょく』に巻き込まれる前にメタングに解除させる。

 

解除してすぐに立ち上がって走れるほど高重力は甘くない。

疲労状態でよろめきながら走ろうとするフードの男達を全員捕まえるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「カナタさん!メタングであれだけ飛べるなら私が運転する必要なかったじゃないですか!」

「いやいや、相手が車を停めるまで待ってたんだよ。流石に相手の車にメタングで乗り込むわけにも行かないし、あんまり長く空飛んでると目立って見つかるし....ん?いっそメタングにステルス機能を搭載するか....?」

「恐ろしいこと言わないでください!メタングも嬉しそうにしないで!」

 

 

バラル団と名乗ったフードの5人組が起こした騒動は無事解決し、僕がPGの事情聴取をレーダーやロトムのことを誤魔化しながら終えると、今度は助手君が細かいことで噛みついてきたのだった。

 

やはり外出なんてするとロクなことが無い。

外出してなくても助手君は細かいことで文句を言うけど、それはそれ。

 

 

「まあまあ、助手君もお疲れ様でした、はいこれ買い出しのお土産」

 

 

右手で、可愛らしい装飾の施された白い箱の取っ手をつまんで助手君に差し出す。

 

 

「なんですか急に、私はモノで釣られるほど甘くは.....甘く、は.....」

 

 

最初はそっぽを向いていた助手君がそれを見ると、台詞の途中で表情が変わっていった。

心做しか、僕の口端が上がった気がした。

 

 

「そうなの?じゃあ僕が一人で食べようかな」

「いいえ!食べます!二人で食べましょう!」

 

 

そんな助手君の説教を逃れるための、現在確認されている唯一の手段は今この手にある箱の中身。

 

苺の乗ったショートケーキである。




助手君呼ばわりにすっかり慣れちゃったマキナちゃんの名前を連呼して困らせ隊。


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