新緑の火星の物語(特殊な番外編シリーズ) (子無しししゃも)
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第401話 魔法少女まりゅすく☆えりしあ!

・前回のあらすじ
第一回裏アネックス物まねコンテスト、俊輝の第二回戦の相手はまさかの拓也!拓也の『U-NASA第四支局所属中型有人戦略宇宙艦「九頭竜」』は審査員の高評価を攫っていった。しかし、それに対して不敵な笑みを浮かべる俊輝。その逆転の一手とは!?


―早く降りてこーい

 

「んん……もう朝ですか……」

 

 窓の外から差し込む日差しで、わたしは目を覚ましました。

 朝は弱いのです。ええ、とっても。

 

 何故朝というものが存在するのでしょうか。夜の闇の中で静かに眠る、これに勝る快楽がありましょうか? いいえ、ありませんとも! 夜がずっと続くとどうなるか? 知らないんですか? 夜が続くんですよ!

 

 むー、頭が回っていません。何やら意味不明な事を言ってる気がしますね。

 

―おーい

 

 では、自己紹介でもしましょうか。わたしはエリシア、この街で家族と暮らす16歳です。どこの街か? どこでしたっけ……まあなんでもいいと思います。誰に自己紹介をしているか? 前に本で読んだのです、自己分析は頭をはっきりと……

 

「早く起きろっつってんだろ!」

 

 何という事でしょうか。年頃の女の子の部屋のドアを勝手に開けてこれまたガラの悪そうな男の人が入って来るではありませんか。怖いですね、警察に通報せねばなりません。でもいいえ、その必要はないのです。

 

「バイロンお兄ちゃん、もう起きてますよ……」

 

 何故ならこの人はわたしの兄なのですから。先ほどから少しだけ聞こえていた声は起こしにきたお兄ちゃんのようでした。

 

「じゃあ早く降りてこい、朝メシ皆待ってんぞ」

 

 それだけ言ってお兄ちゃんは部屋を出て下へ降りていきました。

 お兄ちゃんはともかく皆を待たせてはダメです。わたしも急いでそれに続きます。

 

 

 

「おはよう、エリシア」

 

「お母さん、おはようございます」

 

 食卓から見えるキッチンでお母さんが振り返り、わたしに声をかけてくれます。

 背丈も顔も本当にわたしにそっくりで、時々不思議な気分になります。

 

「ありゃ、エリシアちゃん髪ぼさぼさだよ」

 

「ひゃっ!?」

 

 突然の背後からの声と頭に触られてびっくりしてしまいました。

 振り返り、声の主を確認……するまでもなく、わかっています。

 

「もー、綺麗な髪なんだからちゃんと整えなきゃだめだぞ☆」

 

「恭華お姉ちゃん、やめてくださいー」

 

「やだー♪」

 

 わたしの髪をかきまわすこの人は恭華お姉ちゃん、バイロンお兄ちゃんと同い年の姉です。

 イケイケでピチピチの……とは本人の談ですが、何が何やら。

 その距離をずいずい詰めてくるところがわたしは少し苦手です。あと、わたしにないものがあるところとか。

 

「あー、ずるいです私もエリシアの髪触ります!」

 

 もう一人お姉ちゃんが乱入してきます。わたしにそっくりの、わたしに似てなくて明るい、その姉に親しみを込めてわたしは声をかけます。

 

「触らないで欲しいのです、0024番」

 

「ナターシャだよ!?」

 

 このように二人の姉にいじられながら、わたしの朝の時間は過ぎていきます。

 

「はっはっは、今日も元気で何よりだな、嬢ちゃんよ」

 

 されるがままのわたしに、箒を持ったメイドさんが声をかけてきます。

 いつも家のあれこれをしてくれて、わたし達の事を気にかけてくれる優しい人です。

 何故男なのにメイド服を着ているのかは謎ですが。

 筋肉ですごく服がつっぱってますが。それを除けば、すごく良い人です……。

 

 

「ドク……母さん、食器を並べ終えました」

 

「ありがとうございます、ヨハン君」

 

 一番上の兄、ヨハンお兄ちゃんがお手伝いを終えて席に座ります。

 それを合図に皆席に座り、朝ごはんの時間です。

 

 

 

「エリシア、今日は確か授業参観の日でしたね」

 

 食後のお母さんの一言。それで、わたしは凍り付きました。

 そんなばかな。何故この事が、トップシークレットの情報が外に漏れてしまったのか?

 昨日の、一昨日の、それより前の情報を頭をフル回転させて考えます。

 

 プリント……焼却しました。姉伝い……いいえ、あの人達が知り得るわけがない。では、何故。

 

「お母さん、なんで、それを」

 

 なんとか声を絞り出し、お母さんの返事を待ちます。完全に隠滅したはずの情報。それを何故、お母さんが。

 

「ベルトルト先生から聞きました」

 

 私は床に崩れ落ちたい気分でした。ええ、担任の先生、ベルトルト先生。

 生物学担当46歳バツ1。化学担当のラインハルト先生とはあまり仲が良くない。少し余計な情報が入っていますが。

 

 教師であると同時に山に経っている研究所の所長でもあり、よくお母さんが物品を届けています。

 完全に想定外でした。このルートがあったのか、と。

 やたらあの人に会いたがって話をしたがるお母さんの挙動を警戒すべきだった、と。

 

「へ? ベルトルト先生!? 私見学に行きたいです!」

 

 真っ先にナターシャお姉ちゃんが反応します。あの先生が凄く好きなようで。

 

「おおー、あたしも学校休みだしいこっかなー」

「可愛い妹の授業参観だしな!」

「貴様が見たいのはエリシアではなくエリシアの可愛いクラスメイトだろう。代わりに私が行こう」

 

 ええ、ええ……こうなるのは目に見えていたのです。だから嫌だったのですよ……

 

「ふっふっふ、私は授業参観という事で特別にこの衣装をですね!」

 

 そう言って、お母さんはマントを翻すかのようにエプロンを脱ぎます。

 

 ……その下にあったのは、学生服でした。

 

「……」

「……」

「……」

 

 騒がしいわたしの兄と姉は、即座に口を閉じました。お話が大好きな恭華お姉ちゃんは愛想笑いを浮かべ。ナターシャお姉ちゃんは目を背け。お母さんの言う事は絶対、なヨハンお兄ちゃんはただただ沈黙を貫きます。

 

「うわきっつ」

 

 それに答えたのは、バイロンお兄ちゃんだけでした。

 

「私、そろそろ出ないと。いってきます」

 

 その空気に耐えきれず、わたしはかばんを持って家を出ました。

 

「あ……? ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!!」

 

 背後の声は聞こえないようにしつつ、家の門をくぐり外に出ます。

 グッドラックです、バイロンお兄ちゃん。

 

 

 

 登校中、わたしは考えていました。

 どうすれば、授業参観を阻止できるのかと。

 

 わたしの学校でのポジションは、ごくごく普通の目立たない、友達もほどほど、といった感じです。

 それが、あの家族がやってきてはどう思われてしまうでしょうか。

 

 ええ、まずいです。非常にまずい。

 

 どうすれば授業参観が中止になるのでしょうか。

 

 まず初めに、ベルトルト先生を暗殺する。

 ダメですね、勝てる気がしません。何かの順位とか腕っぷしで負けてた気がします。

 

 次に、学校が爆破炎上する。うーん、具体的な手段が思いつきません。

 

 最後に、世界がピンチになる。ダメですね。

 

 わたしの青春はどうやらここまでのようです。これはもう、奇跡が起こる事を祈るしかありません。

 お母さんがまともな格好で来て、バイロンお兄ちゃんが友達をナンパしたりしないで、ナターシャお姉ちゃんがベルトルト先生に熱烈なアプローチをしたりしない。その事を。

 

 無理ですね。やはりわたしの青春はここまでのようです。

 

 でも、どうしようもなくなったらもう祈るしかないじゃないですか。

 

 

 

 ……そして、何事もなく学校へ。

 何事かあってほしかった、というのは流石に贅沢ですよね……

 

 足が重たいです。教室に辿り着けば、時間が経てば、授業が始まってしまう。参観は昼前の授業でまだ時間はあるけれど、それで何ができるわけでもないのです。

 

 

「……ねえシロ君、私の下着、知りませんこと?」

 

 ふと耳に入ってきた言葉。それから漂う事件の匂い。私はふとそちらを向きました。

 そこにいたのは、体操服の男女の生徒。学年はたぶん3年生の先輩です。時間的に部活の朝の練習が終わったのでしょうか。

 

 女の人の方が、もじもじしながら彼氏さんでしょうか、シロ君と呼ばれた男の人を問い詰めています。

 

「へ? いや知らないけど……」

「素直に言ってくださいまし」

 

 クールに丁寧に問い詰めようとしていますが、顔が真っ赤です。朝っぱらから何が起こっているのでしょうか。

 

「いや本当に……ってお前まさか今……」

「わー! それ以上ダメですわ!」

 

 慌ててシロ君先輩が女の人に上着を被せて、二人して保健室に向かいます。青春ですね、とは言っていられない事が起こっている様子です。

 

 そう、問題は、このようなやり取りがそこらでいくつも起こっている、という事でした。

 下着が集団行方不明。なんと馬鹿らしい……と言い切れない事態です。

 

 でもだからと言って私に何ができるわけでもないですよね。警察の人が何とかするでしょう。

 

 そうこうしている内に教室に着いたのですが、そこでもクラスの子たちがわいわい騒いでいる様子でした。

 やはり、下着の集団行方不明。

 

 何人かの男の子に容疑がかけられているようですが、どの人もアリバイがあり……で荒れています。

 

 もしかしたら、これで授業参観が中止になるかも……?

 

 少し期待しながら、荷物を置くためにロッカー室に。この高校、珍しく荷物を置くロッカー室が教室から離れているのです。ちょっと不便です……

 

 

 時間ギリギリだったせいか、ロッカー室には誰もいません。さて、自分のロッカーに荷物を……

 

「ひゃっ!?」

 

 その時でした、お尻を誰かに触られました! 誰!? 誰なのですか!?

 びっくりして気が動転しながらも辺りを探します。

 

 薄暗いロッカー室の影、そこにいたのは。

 

「ベルトルト先生……?」

 

 ああ、勘違いされちゃいますね、ベルトルト先生が犯人とかではなく、そこにはベルトルト先生が倒れていたのです……! 頭に大きなタンコブを作り、ぴくぴくと痙攣しています。

 

「先生! 大丈夫です!?」

 

 わたしの声を聞いて気が付いたのか、ベルトルト先生は弱弱しく目を開きます。

 

「エリシア君……後ろだ……」

 

 思わず私は振り返りました。そこに先生を襲った犯人がいるかもしれない、もし目撃してしまったら私まで酷い目に……とは思いましたが……

 

「……じょうじ」

 

 そこには、人型の何かがいました。何も身に着けておらず、2mはあろうかという巨体。黒と茶の混じった、虫の甲皮のような質感が見て取れる肌。その大きな目には何やらいやらしい色が浮かび……頭には……ぱんつを被っています……。前言撤回です、身に着けていました……

 

「あ……ぃやぁ……」

 

 悲鳴を上げる事もできず、動けず。ただ、震える事しかできません。

 

「エリシア君、これを使え! ヤツを倒すんだ!」

 

 そんな唐突なベルトルト先生の声と共にへたり込むわたしの傍に投げられたものに目を向けられず、ただ異形の怪物から目を離す事ができず。倒す? そんな事、できるわけが。

 

 でも、やらないといけません。

 

「先生、使い方、教えてください」

 

 先生が投げ渡したものを手に取ります。それは、薬瓶のような何か。

 何やら気おされた様子の先生が使い方を説明してくれます。

 

 可愛らしい、変身ヒロインものの主人公が変身する時のような、そんな文句を唱えろ、と。

 顔から火が出そうなそれをすらすらと言う先生も先生です……

 

 

「まばゆい光が……えと……ごにょごにょ……"人為変態"」

 

 非常時と言えども、高校生の身でそれを言うには、わたしは少し羞恥が強くて、適当にごまかしてしましましたが、最後の一言が重要だったようで、変化はすぐに現れました。

 

 光がわたしの身を包み、身に纏う学生服が別の衣装へと変わっていきます。

 

 頭の上からは何かの耳のようにぴこっとした何かが二つ生え、服は水色の基調としたすごーくひらひらしたものに。そして、スカートが幾分か短くなった……気が……

 

「よし、成功だ! ヤツを倒すんだ!」

 

 謎の衣装はさておき、先生に言われるまま、怪物のお腹を思いっきりグーで殴ります。

 

「……」 

 

 ぽこっ、と可愛らしい音がしたような気がしました。効果、ナシです。

 

 その何かは反撃にこちらに手を伸ばしてきます、殺意とかではない、何だか……バイロンお兄ちゃんが温泉旅行でお友達の人と一緒に女湯を覗きに来た時のような……なんかそんな感じの感情を浮かべながら。

 

 そして、その手は胸に触れ……

 

「……じょう」

 

 何か、笑われた気がしました。

 同時に、ぷつん、と何かが切れる音も。

 

刺胞解放(アウェイクン)"Chironex fleckeri"」

 

 衝動に導かれるまま意味も分からず口にしたその言葉に反応するように、左腕から無数の触手が現れました。

 そして、地を蹴り、それを怪物の顔にぶちこみます。

 

 わたし、すっごく怒っています。理由は言いたくないですが、すごく。

 

「じょっ……!?」

 

 反撃が予想外だったのか、慌てて逃げる怪物。

 逃がしません。

 

 ロッカー室の扉を突き破り脱出する怪物。しかし、わたしから伸びた触手がそれを追い、その足を絡めとり転倒させます。

 すぐに追いつき追撃に顔に数発攻撃を加えると、怪物はおとなしくなりました。

 

「……よくやった、エリシア君」

 

「えっと、これ、何なのでしょうか……」

 

 這い出てきたベルトルト先生。わたしの今の状態は何なのか。

 その答えは、ただ一言だけでした。

 

 

「君は今日から、魔法少女だ」




観覧ありがとうございました。

まりゅすく=ロシア語:軟体動物 響きがちょっと可愛いですよね。本当はウミウシのロシア語にしたかったのですが読みがわからず断念したという残念な経緯があったり。

2017年エイプリルフール企画の小説です。
ふと思い立って当日の深夜に書いたものなので少し話が急展開、あと戦闘シーンが驚きのさっぱりさ。


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魔法少女まりゅすく☆えりしあ! キャラクター紹介

タイトルの通りです。ネタ100%でできています。
401話に登場していない人多数。


エリセーエフ家

 

・エリシア

本作の主人公。どこにでもある町のどこにでもある高校に通うどこにでもいる16歳。体は小さいけどたくさん食べる。

ベルトルト先生が何故か持っていたアイテムで魔法少女になり町の平和を守るため戦う事になる。魔法少女なのに武器が猛毒の触手である事に時々疑問を覚えている。

好物はくらげ。

 

・アナスタシア

エリシアの母。趣味はコスプレ。

ベルトルト先生に複雑な感情を持っているらしい。

その正体はなんと先代の…!?

 

・バイロン

エリシアの兄。エリシアとは別の高校に通う17歳。地雷を踏むのが趣味。

 

・恭華

エリシアの姉。別の高校に通う17歳。見た目通りのギャルである。胸がきついわー的な事を言うためエリシア、ナターシャ、果てにはアナスタシアにまで謎の敵視をされている。

 

・ヨハン

エリシアの兄その2。お堅い。

 

・ナターシャ

エリシアの姉その2。ベルトルト先生大好き勢。最近エリシアの塩対応に快感を覚えるようになってきた。

 

・メイドさん

エリセーエフ家のメイドさん。元傭兵でドジっ子属性という燃え&萌えを備えたあざとい存在。だがジェネジオだ。

 

第一高校

どこぞやの大学の付属高校。

 

・ベルトルト先生

生物学担当46歳バツ1。町の研究所の所長でもある。

季節に一度の頻度で勘違いにより通報される。

何故か変身用のアイテムを持っていたが入手経路不明。

 

・ラインハルト先生

化学担当。表面上はつんけんしながらも隠しきれない優しさがたまらないと生徒に大人気の先生。副業で何かしているらしい。

 

・スノーレソン先生

教頭。裏社会からの刺客という噂がある。

その正体は五代くらい前の……!?

 

・欣先生

数学担当。毎回軍事の専門知識と絡めて授業を行うためついて来られる生徒はごく少数。

 

・島原先生

体育教師。暴徒の鎮圧と要人警護と子守が特技。

大学とその付属高校のどちらともの体育系の授業を受け持っているが、大学のワンパクな連中により荒んだ心を高校のいい子達で癒すというライフサイクル。

 

・ダリウス

臨時の音楽教師であり、町のレストランのシェフ。肉料理が得意。

 

・シロ&エミリー

高校3年。何だか自分達の年齢がズレている気がしてならない。

同じ孤児院で育った幼馴染だが二人とも奥手のため関係は中々進展しない。

 

・マルク

エリシアと同い年。彼がもう少し積極的だったのならこの物語のジャンルも変わっていたのかもしれない。

 

・アレクシア

休みは教会のシスターさん、普段は高校生。聖職者にあるまじき煽り体質。

教頭を見るたびに心臓がきゅっとなる。

 

・美晴

2年。ウザ絡みするのが趣味。本人曰く寂しいと死ぬらしい。

 

・アシュリー

アルバイトで学費を稼ぎながら通う苦学生。

無線で宇宙の何かと交信するのが趣味。

 

・七彦

校庭の端の用具入れに住居を構える浮浪者。生徒の目をごまかすために始めた用務員の仕事がすっかり板についてしまった。

 

第一大学

エスカレーター式。

 

・俊輝

どこかの世界では自分は主人公だったんじゃないかとかそんな空想をするお年頃の20歳。残念ながらこの世界ではモブに毛が生えたくらいの出番。

 

・拓也

俊輝の友人。タコのモノマネが異様に上手い。好物はラーメンライス。

何か大切な事を忘れている気がするけどまあいいや、と友人達と大学生活をエンジョイしている。

 

・静香

俊輝の幼馴染。家事全般が得意という家庭的な一面があるが料理の腕だけは宇宙的恐怖のレベル。俊輝が難聴系なのが悩み。

 

・健吾

俊輝の友人。パーリーピーポーって感じ? でも実家は由緒正しい剣術の道場っていうかー。

 

・武

俊輝の友人。ある程度出番があるにも関わらず最近まで存在を忘れられていた。

 

・翔

俊輝の友人。爽やかな名前と裏腹に落とし穴を掘るのが趣味という二面性を併せ持つ。

 

・プラチャオ

拓也と何らかの関わりがあるようだけどそれが明かされる事はない。ナンパされて困っている娘を助けてから色々と始まったり自称主人公より主人公している。

 

・鈴

ヤンキー系。空も飛べるはず。拓也と何らかの関わりがあるようだけどそれが明かされる事はない。

 

・ダニエル

俊輝達の友人。ベルトルト先生の研究所でバイトしている研究者志望の熱心な20歳。

 

・雅维

実家から仕送りをしてもらいながら一人暮らしをしているけど実家は町内にあるらしい。何故なのか。

 

その他

 

-火星戦隊アネックス5

 

人気のご当地ヒーロー。特撮ものとしてTV放送もされている。5人組のヒーローものだが、その内の3人が腹に何かしら抱えているという某黒の組織もびっくりな裏切り者率である。

 

・パラポネラピンク

紅一点の眼鏡の美女。腕力で叩きのめした果てに内部から爆破するという世紀末な戦闘方法で敵を倒す。

PTAから定期的に子供向けヒーローものにしてはセクシーすぎません? と苦情が来る。

 

・クラブレッド

赤だけどリーダーではない。腹に何かしら抱えている人その一。

ピンチな時に頼りになる歴戦のおじ様。家庭内ランキング3位。

 

・オクトパスパープル

戦隊ものにしては変わった色をしている。腹に何かしら抱えている人その二。

触手というアレな内容にもってこいの武器を持っているが教育委員会が目を光らせているため専ら男に対して使われる。エリシアは彼のファンである。

 

・ウナギイエロー

本人が外見性格共に影のあるイケメン、戦闘がカッコイイ、活躍の場も多いと大人気のキャラクター。第一高校の生徒からはどこかで見た事があるような、と不思議に思われている。

 

・ニュートンゴールド

まさかの変身しないで戦うタイプの人。正体を隠すために常に般若のお面を付けてほぼ全裸で戦うその姿はまごう事なき不審者。腹に何かしら抱えている人その三。

 

 

―なんでも屋『セブンアンツ』

清掃から清掃(意味深)まで何でもこなす町のなんでも屋。俊輝のバイト先。

依頼の八割は逃げ出した子犬を探す事である。

 

・ギルダン

社長。親バカ、部下思い、元傭兵という燃えと萌えを……それはともかく小さい会社なので社長本人もよく最前線(子犬探し)に出ている。

 

・カローラ

会計兼秘書。定時に帰る事に情熱を注ぎ、それを遂行する為に陰謀を張り巡らせている。そのレベルは滝に落ちて死んだ悪徳教授もかくやという程。

 

・クロヴィス

よく腰を痛めたという理由で仕事を休むがアニメのイベントに行っているという事を皆は知っている。

 

・ノンナ

事務所のオンボロ機材の修理を担当する女の子。裸の上に白衣を着るという攻めた衣装のため事務所周囲では彼女の外出を警戒して警官が目を光らせている。

 

・エリン

家出少女。PC関係の知識に長けており、事務所に住まわせてもらっているお礼として会社のホームページを立ち上げたが、よくよく考えたら町外の依頼には対応していないためあまり意味が無かった。

 

 

―ゲガルド家

 

街外れのお屋敷に住むよくわからないお金持ちとその使用人&同居人たち。

 

・オリヴィエ様

お屋敷の持ち主。登場するたびに無残な死を遂げて周囲に絶大な精神ダメージを与え翌日には何事もなかったかのように再登場する迷惑極まりない人。

 

・リンネお嬢様

オリヴィエの娘。無口無表情だがそこがたまらないと屋敷の皆に溺愛されている。

か弱い幼女に見えてめちゃくちゃ強く、腹パン二発でロドリゲスが沈むレベル。 

 

・希维

オリヴィエの執事。町の商店街によく買い物にやってきてコミュニケーション能力の高さでよくおまけを付けてもらっている。

 

・エスメラルダ

お屋敷の料理人。ダリウスの親戚らしい。肉料理しか作らないし肉しか食卓に上がらないので各自野菜の用意は必須となっている。

 

・千古

お屋敷のメイドさん。大正ロマンを感じる和風メイド服。なんでうちのお手伝いはマッスルであっちは美少女なんだとバイロンが血の涙を流している。

 実はむっつり。

 

・ナタリヤ

元はエリセーエフ家の四女だけど色々あってこちらで暮らしている。部屋の壁いっぱいに尊敬する人の写真が貼ってある。しいたけの栽培が趣味。

 

・フリッツ博士

お屋敷勤務の研究者。たぶん本編より先にこっちで名前が明かされる。本編で先に明かされました。

 

・ロドリゲス

「お慈悲を! どうかお慈悲を!」は「押すなよ! 絶対押すなよ!」とだいたい同義。

 

 

 

-町の人々

 

・アントニー

町の占い師。当たらない事で有名。

 

・アレハンドロ

謎のメキシコ人。怪しい薬を使っているように見えて実はただのタブレット菓子である。

 

・レナート

体を鍛えることが趣味。エリセーエフ家の使用人の採用試験を受け、僅差でジェネジオに敗れた。

 

・教皇様

町の教会の神父。教皇とは一体。やたら偉そうにしている。有料で蘇生してくれる。登場するたびに死ぬオリヴィエや定期的に生死の境をさまようバイロンがお得意様。

 

・リック

フリーのカメラマン。ドラマに出てくるようなハードボイルド系を気取りながらも主な被写体は野良猫。猫用のおやつの買いすぎにより最近生計が立たなくなってきたためレストランのアルバイトをしている。

 

・ミルチャ

浮浪者と見せかけて実はお金持ちがホームレス生活を趣味でしているという事が発覚したため七彦から激しい憎悪を向けられている。

 

・ジョニー

誰だお前

 

・チャーリー

ダリウスのレストランで働いている。463話では悩むエリシアに的確なアドバイスを出し、元気を出したエリシアに今日は俺の奢りだ、と言ったばかりに給料が半分無くなるという痛ましい事件が起こった。

 

・サリー

ダリウスのレストランで働いている。ダリウスに淡い想いを寄せているため辞める気は無いが、最近やたら睨んでくる常連客ができたのが悩み。

 

・エリシア(2位)

並行世界のエリシア。何が2位なのかは誰も知らないが、そんな事はどうでもよくなるくらい筋肉質な外見をしている。

 

――隣町の人達などなど

 

・ルイス兄

 希维の従兄。仕事の事情で隣町のゲガルド家所有のお屋敷を管理している。オリヴィエの執事の座を希维と争い負けたため目の仇にしている。本人は頑張っているのに不幸体質。

 

・ルイス姉

 ベルトルト先生制作の薬により性転換してしまったルイス。何故かその後ルイスと分裂して独自存在となった。

 何故かお嬢様口調となり由緒正しき家柄のガチお嬢様という事でエミリーのアイデンティティが危うい。

 

・エメラダ

 ダリウスのレストランの常連客。沢山頼んだ中からダリウスの作った料理を的確に嗅ぎ分け「この料理を作ったシェフを呼びなさい!」と毎回言う人騒がせな人。

 食費はルイスの財布から。

 

・ブリュンヒルデ・フォン・ブラウンシュヴァイク・ヴォルテンビュッフェル・アポリエール

 ルイスの管理する屋敷のメイド長。丸い。

 株取引等でルイス一家の財政の一端を支えている。

 ところでこれ名前入力する時何も見ずに入れました『正:ブリュンヒルデ・フォン・ブラウンシュヴァイク・ヴォルフェンビュッテル・アポリエール』

 

・ヘリヤ&ヒルド

 ルイスの屋敷のメイドさん。戦闘もこなせる燃えと萌えを……

 聖槍杯2019の打ち上げの際はルイスの護衛としてメイドを代表してやって来た。

 リンネはどこかシンパシーを感じるのか彼女達によく懐いている。理由は皆目見当がつかないが希维は彼女達に対して「あら、こんな所に埃が残ってるっすよぉー?」とか言って厳しい。

 

 

 

・ハルトマン博士

 下半身ランド、現在閉園の危機。

 

・ムロクさん

 隣町から一時的に高校にやってきた用務員のお兄さん。生徒達の人気者。

 まだ若いのによく腰をやってしかも即座に自分でそれを元に戻し復活する謎の人。

 メカ盆栽なる愛好家の層がよくわからない趣味を持っている。 

 

・ロスヴィータ女史

 発明家のお姉さん。第一高校にムロクと一緒にやって来て臨時教師としてロボット制作の授業をしている。

 

・メアリー

 ベルトルト先生制作の薬によりエミリーの感情の一部が分裂した事により生まれた存在。

 ツンデレお嬢様気質。胸が縮んだ。

 

・メミリー

 いや誰

 

・シド

 新緑町フランス領事館警備員長。何故領事館があるのかなんて突っ込んではいけない。エメラダにダンスの相手を拒否された。

 

・オリアンヌ

 新緑町フランス領事館警備員。領事館のお偉いさんの一人に絶対の忠誠を誓っている。警備員長の座を地味に狙っている。

 

・フィリップ

 筋肉をこよなく愛する紳士と言う名の真摯な変態。

 新緑町フランス領事館警備員。時々新緑町ボディビルコンテストの審査員に駆り出される。

 

・セレスたん

 オリアンヌとフィリップの同僚。

 出番があるかと思いきや妻の容赦ない一撃により無念の退場。

 

・リゼット

 新緑町フランス領事館元事務員。

 スパイの容疑により解雇され、色々あってイギリス領事館と新緑町に本社を構える大手食品会社の三重スパイに。

 

 

・アヴァターラ

 隣町の教会の神父。どんな悩み事を相談しても「うんうん、それもまた人間だよね!」と無駄にポジティブな事しか言わないため役に立たない。

 

・アンセルム

 隣町の教会の聖職者。なんか嫌な予感がしたので出世欲は早々に捨てた。

 

・アストリス

 突如現れて突如消える謎の女の人。どこでもお茶会セットを広げている。

 見かけたら幸運が訪れるとか逆に不幸になるとか何とか。

 

・ヴォ―パル

 強者を求めて街をうろつく人造人間。

 恭華と仲が良く、よく街のタピオカミルクティー屋を巡っている。

 




観覧ありがとうございました。


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第472話 魔法少女まりゅすく☆えりしあ地獄篇

・前回のあらすじ

 かくして運命の輪は回る。

「ねえ俊輝、私、あなたについていけないよ」

 止まぬ雨。耐えぬ争い。燃え広がる殺意。
 戦火は留まる事を知らず、国の全てを包み込む。


「何でだよ、拓也……俺を、ずっと騙していたってのかよ!!」

 愛する人から見放され、辿り着いた先にいた友。
 その口から語られるのは、残酷な現実だった。


「嘘だろ……きのこ派俺だけなのかよ!」


「会場にお集まりの皆さま! 今年もこの時がやってきましたっす!」

 

 ……ああ、どうしてなのでしょうか、神様。わたしが、何をしたというのでしょうか。

 

「出場者の皆さま! 叶えたい夢はあるっすか!」

 

 嵐のような歓声が、聞こえてきます。ああ、耳が痛いくらいに。

 

「ならば! 掴み取るっす! 力を! 技を! 頭脳を! その全てを使って!」

 

 盛り上がりは最高潮です。ああ、なんて事でしょうか……

 

「聖槍杯2018、ここに開幕っす! いええぇぇぇい!」

 

 至近距離での大声。それは、朝に弱いわたしの頭を容赦なく揺らし、もうそれだけでフラフラに。そして。

 

 

「申し遅れたっす! 実況・解説はおなじみこの私、希维・ヴァン・ゲガルドと! 今年はゲストとして三人にお越しいただいたっす! では紹介!」

 

 

「第一高校の生物教師であり街の研究所所長! ヨーゼフ・ベルトルト博士と!」

 

「どうも、慣れない仕事だがよろしく頼むよ」

 

 

「同じく第一高校の教頭先生、エレオノーラ・スノーレソンさんと!」

 

「うふふ、お願い致しますわ」

 

 

「そしてそして! 第一高校のキュートな生徒さん、エリシア・エリセーエフちゃんです!」

 

「帰りたいです」

 

 

 ……話は、今朝早くに遡ります……

 

 

 

「エリシア、何を寝ているのですか」

 

「んん……今日は日曜日です……ゆっくりと寝かせて……」

 

「なにを言っているのですか! 今日は大会の日ですよ!」

 

 

 回想、終了です。

 ……え? 情報が足りない。当たり前です、私も何が何だか全くわからないのですから。

 

「先日、既に予選は終了し、今日は本戦に勝ち残った4チームが出そろっているっす! では早速、各チームの待合室の様子をお届けしましょう!」

 

 はい何も聞いてないです。この時点で意味不明です。わたしは何も知りません。これは一体何のマネなのでしょうか? 家族が勝手に変な大会に出て予選を突破していて自分はその解説の席に立たされるなど、誰が予想しているというのでしょうか。

 あ、ここは町にあるこれまで用途不明と思っていた無駄にでかい競技場です。稀に高校や大学が借りてスポーツをしていたみたいですが、まさかこんな事に使われているとは。

 

「では最初に、チーム『エリセーエ……エリシアちゃん?」

 

 がしっ。不穏な気配を感じ取り、わたしの手はこれまた無駄に大きい大型モニターに映像を映すためボタンを押そうとした……と思われる希维さんの手を掴みました。

 困惑の表情を浮かべる希维さん。首を傾けて疑問符を浮かべるその姿は何だか子犬みたいで可愛らしい……ではなく。

 

「では最初にチーム『エリセーエフ家』の皆さまっす!」

 

 何事も無かったかのように素早くもう片方の手でボタンを押す希维さん。

 隣のベルトルト先生は諦めろ、という目でこちらを見てきます。この人ほんと大事な時に役に立たないです。

 

 

『んふふ……これが……今日の為の衣装です!』

 

 

 開幕で映ったのは、私の家族の姿……特に目立つのは、お母さんでした。

 その姿は……

 

 ……学生服に眼鏡。

 

「わあーー! わあぁーーー!」

 

 絶叫するわたし。凍り付くベルトルト先生。にこにこしているスノーレソン先生。何が何か理解していない様子の希维さん。

 実況・解説席は混沌に満ち溢れています。

 

 ……正直言って、お母さんの見た目はかなり若い……というか幼いので、学生服を着ても通るのです。ですが。

 わたしとそっくりの顔をしているので、何というか恥ずかしいですし、そもそもその歳は……

 

『母さんマジ似合ってるー』

 

『……』

 

『可愛いですお母さん! わたしも着たいです!』

 

『歳ってもんを考えろよ(笑)』

 

 それを見るお兄ちゃんお姉ちゃんの反応はまちまちです。楽しそうに拍手をしている恭華お姉ちゃん。紙コップにお茶を注ごうとしたままフリーズしてどばどば零しているヨハンお兄ちゃん。きらきらした目をしているナターシャお姉ちゃん。そしてバイロンお兄ちゃん。

 

「いやぁ、気合十分みたいっすね! では次のチームの紹介に参りましょう!!」

 

『アァーーッ!!』

 

 画面が切り替わる瞬間、絹を裂くような悲鳴が聞こえましたが、気のせいだと信じたいです。

 さて、わたしもちゃんと解説の仕事をするとしましょう、えーっと、次のチームのメンバーの皆さんは…… 

 

「おや? スタッフさんからの連絡っす。おーっと、先程紹介したチーム・エリセーエフ家で事故が発生、残念な事にチームのお一人が参加できる容体では無くなってしまったとの事っす」

 

 グッドラックです、バイロンお兄ちゃん。

 

 

 

 

 そこからは特に事故も無く進み、第一回戦が始まりました。

 

「第一回戦! チーム『エリセーエフ家』VSチーム『第一高校・大学連合軍』っす!」

 

 拍手が競技場に立った二つのチームの皆さんを迎えます。

 

 一方に立つのはお母さん、京華お姉ちゃん、ヨハンお兄ちゃんナターシャお姉ちゃん、そして……

 

「……いやまさか早速解説が一人いなくなるとは思ってなかったっすねぇ……」

 

 ベルトルト先生、でした。

 事情を説明すると長くなりますが、お母さんの脅迫めいた言により、補欠として参加させられた、という流れです。

 ちらちらと先生を見るお母さん。ぽーっと熱に浮かされた様子のナターシャお姉ちゃん。常々思うのですが、わたしの家族はベルトルト先生と前世か何かの因縁でもあるのでしょうか?

 

 

 一方の第一高校・大学連合軍チーム。わたしの通っている高校と、そこと同系列の大学の生徒の合同チーム、だそうです。前にわたしのクラスの友達が何か応援のうちわを作っているな、とか思っていたら、これの事だったのでしょうか……。

 

「えーと、リーダーの俊輝さん! もし優勝したらどんな願いを叶えたいですか!」

 

 希维さんがコメントを求めたのは、チームのリーダーだという人、俊輝さんでした。大学の方の学生のようで、わたしの知らない人です。

 

「俺、この大会で優勝したら、気になる人に告白しようと思います!」

 

 会場のテンションがまた沸き上がります。黄色い悲鳴も混じります。質問に対する答えになっていませんが。

 

 あと、凄く個人的な思いなのですが……この人、無事に帰れる気がしないのは気のせいでしょうか……?

 

 

 

「はい、青春っすね! ではルールの説明っす! チームの中から一人を選出、どちらかにクジを引いてもらい、そこに書かれた競技で対戦、というシンプルなものっす。先に三勝したチームの勝ちっすね」

 

 なるほど、運の要素もある程度含める事は盛り上がりに繋がります。ふむふむ。

 

「では選手の選出を……あ、ギャグとかじゃないっすよ」

 

 ちょっと顔が赤くなっている希维さんはさておき、両チームから選手が前に出ます。

 こちらからはナターシャお姉ちゃんが、高校大学チームからは一人の女の人が出てきます。

 んー、どこかで見かけた事があるような……

 

 

 そして、クジを引き……

 

「ではでは、今回の競技は……『先に21って言った方が「21! ですわ!」

 

 競技の説明を遮り、早押しクイズの要領で女の人が叫びます。

 静まり返る会場。いや、これたぶんそういうゲームじゃないです。

 

「一旦落ち着きましょう、エミリーちゃん、はい、吸ってー、吐いてー」

 

 希维さんの優し気な声で、女性、エミリーさんは少し落ち着きを取り戻した様子。

 ガチガチに緊張しているみたいですが、少しはほぐれればいいのですが……。

 

「そうっすね、優勝したら叶えたい夢でも聞きましょうか」

 

 緊張をやわらげてあげるための、質問。それに対してエミリーさんは。

 

「あああの! 私、そのの! 好きな人が――」

 

 何故でしょうか。うちの家族がぽんこつなのは周知の事実ですが、負ける気がしないのは。

 

 

「では改めて、競技は『先に21って言った方が負け』ゲームっす! ルールは簡単、お互いに1~3の数字を言って足していって、21を言ってしまった人が負け!」

 

「……」

 

「……」

 

 スノーレソン先生とわたしの間に、沈黙が走ります。

 ……何故なのでしょうか。何故、このようなゲームを入れてしまったのか。

 後手必勝の手があるこのゲーム、言ってしまえば、最初の手順を決める段階で決まってしまいます。実質的にじゃんけんという競技です。

 

「素敵な夢ですね、先行はお譲りします、エミリーさん!」

 

「わわわ、ありがとうございますわ! では1、2!」

 

 喜ぶべきは、わたしの姉はわたしが思っていたよりも狡賢かったという事でしょうか。

 

 

「さて第一戦、ナターシャちゃんの勝利でした! では第2戦!」

 

 

 Vサインをするお姉ちゃん。orzの体勢になるエミリーさん。そんな、悲しい戦いを乗り越えて第2回戦。

 

「……負けません! お肌つやつやのむにむにな若い子には!」

 

「あの……もしかしてあんた、高校の生徒じゃなかったり?」

 

 コスプレをしたお母さん。向かい合うは、第一大学学生、鈴さん。

 対抗心を燃やすお母さんと、その熱気にたじろぐ鈴さん。偽JK(女子高生)VS現役JDの熱い戦いが始まります。正直目を背けたいです。

 

「競技は……『クイズ[生物学編]』です!」

 

 結論。お母さんの勝ちでした。もはや相手が回答ボタンに触れる事すらできず瞬殺です。

 元の知識の差と若い子に負けたくないという執念が合わさった結果でしょう。

 その鬼気迫る姿に会場は冷え冷えという事も同時にお伝えする必要があるでしょう。

 

 

「さあ後が無くなってきた高校・大学連合チーム! 頑張って欲しいっす!」

 

 第三戦。

 

 高校・大学チームの健吾さんとこちらのヨハンお兄ちゃんのテーブルマナー対決は75点対91点でヨハンお兄ちゃんの勝利でした。全く盛り上がらなかったです。

 

 結果、決勝にコマを進めたのはチーム『エリセーエフ家』でした。ぱちぱち。

 力なく拍手をするわたしを慰めてくれる人は誰もいませんでした……もう家族が大暴れするのは見たくない……

 

 

 

「では次の試合に参りましょう! チーム『槍の一族』対『裏町内』っす。なんか適当っすねチーム名!」

 

 気を取りなおして、次に行きましょう。この戦いに勝った方が、わたしの家族と戦う事になるのです……何とかしてもらわなくては……!

 

「第一戦! チコちゃんVS欣先生! 競技は『将棋』です!」

 

 希维さんがチコちゃん、と呼んだ女の子と、わたしの高校の数学教師、欣先生。

 細身な女の子とガタイが良い男の人の対決です。しかし競技、ボードゲーム。

 

 結果、94手で欣先生の勝ちでした。

 わたしから言える事は何もありません。だって将棋のルール知りませんから。

 

 というか、希维さんも知っていたのか怪しいものです。だって『おーっと飛車がぎゅーんと動いた! これは強い』とかめちゃくちゃ適当そうな事を言っていましたから。

 

 

「第二戦! エスメラルダさんVSダリウスさん! 競技は『料理』、題材はステーキっす! 審査は実況解説席の三人で行います」

 

 並び合った両者、ばちばちと火花を燃やしています。時々私もお世話になっているレストランのシェフ、時々音楽教師のダリウスさんと、肉料理の専門家として高名な料理人、エスメラルダさん。

 というかわたし達が審査員なのですね。あまり舌が肥えている方では無いのでちゃんと審査できるかどうか……

 

「そういえば、希维さんはずいぶん仲が良さそうが様子でしたが、お知り合いなのですか?」

 

 料理が出来上がるまでの時間、わたしは希维さんに質問をしました。それは、チーム『槍の一族』に対する希维さんの態度について。やけに親しげな声色だったので、気になったのです。

 

「ああ、うちのお屋敷の使用人の皆さんなんすよ、あのチーム……あ、だからって贔屓とかはしないっすよ! だってやろうと思えばわざわざ大会で不正に優勝なんてさせなくても身内なんだからいつでもできるっすからね」

 

 なるほど、納得でした。……でも、だったら何で、わざわざ参加しているのでしょうか?

 

「そういえば、願い事を叶えてくれる、との事でしたが、上限などはあるんですよね?」

 

 お客さん達を飽きさせないための質問タイムです。別に解説者の仕事を真面目にやろう、というわけでは無いですが、やっぱり一度任されたからには……やらなければならない、と思ってしまう性格なのでしょう、わたしは。

 

「そうっすねー、流石に無制限とはいかないっす」

 

 現場では美味しそうなステーキが焼き上がっていきます。

 そして希维さんの回答。そうですよね、流石にいくらでも、なんてのは非現実的……

 

「一人につき5000兆円、って言ってたっすかねぇ」

 

 はい前言撤回です。

 

 

 

「さて、試食の時間っす!」

 

 二種類のステーキが、私達の前に並べられました。

 公平を期すため、どちらがどちらの作ったものかを伏せての試食です。

 まずは、片方から。

 

 ……文句はありません。最高です。語彙を失う、言葉では表現しきれない最高の味。

 お金を積んで最高級の食材を用意しても、それだけでは足りない。その上で、最高の料理人が調理する必要がある。それで初めて完成するクオリティ。それが、口の中で踊ります。

 満面の笑みの希维さんと、目を見開くスノーレソン先生。二人の反応からも、それがわたしの勘違いなどでは無いという事がわかります。

 

 対決しているお二人は決してどちらが決定的に優れている、などといった差の無い優れた料理人なのでしょう。しかし、二つ目を食べる前から勝負は決した。そう思ってしまうほどです。

 

 ですが、そんな最高の料理は一口しか食べる事はできません。審査をするにあたって、途中で満腹になってしまうとやはり判定に影響が出てしまうからです。

 

 二つ目。わたしは、先ほどの自分の発言が余りに早計だったと恥じました。一つ目のステーキに負けず劣らずの、深淵を覗き込んだかのような深い味わい。

 やはり言葉で表現しがたい、無理矢理言葉を引きずり出すとすれば旨味の暴力とでも言うべきもの。

 全体的なクオリティは、ほぼ互角と言えました。

 

 私にとって衝撃的だったのは、この二つの内のどちらかをダリウスさんが作ったという事です。

 腕の良い料理人さんである事は知っていましたが、まさか本気の本気を出せばこれほどまでだったとは。

 

「……では、投票に……あぁん持ってっちゃいやっす!」

 

 一口食べた後持ち去られる皿を掴んで離さない希维さん。その腕に素早い手刀が加えられます。

 

「我慢なさい、お客さん達はさらに大変でしてよ」

 

 それは、スノーレソン先生でした。顎をしゃくり、客席を示します。

 ああ、その通りです……こんなものを前に見ているだけの……グルメ番組の罪深さがようやくわかった気がします。

 

「うぅ……じゃあ投票っす……」

 

 涙をハンカチで拭いながら、希维さんが進行します。

 甲乙つけがたい。クオリティで言えば、全くの互角。だったら、もう自分がどちらが良かったか、で決めるしかありません。

 

「2対1、っすね」

 

 わたしとスノーレソン先生が選んだのは二つ目、希维さんが選んだのは一つ目のステーキでした。

 

「……勝者! ダリウス・オースティンシェフ!」

 

 ここに来てのフルネーム呼び。感極まった涙混じりの震え声。よっぽどお気に召したのでしょう。

 

「……ン……磨き上げた技術、最高の食材……何故、負けたのだろうね」

 

 敗れたエスメラルダさんは、とても悔しそうでした。それは、ただ勝負に負けたというだけのものではないような、そんな表情です。

 

「俺とアンタの技術は互角、それかアンタの方が上だった。……勝敗を分けたのは、肉の種類だ」

 

 種明かしの時間です。ダリウスさんは、自分の切り出した肉とエスメラルダさんの切り出した肉を並べます。

 ダリウスさんが使った肉。それは、赤身のものでした。エスメラルダさんが使ったのは、それとは対照的な、綺麗な編み目のような脂肪の含まれた肉です。

 

「審査員は三人とも女性……それも、若い女の子が二人とご老人だ。霜降りよりも赤身の方が向いているだと考えたのさ」

 

 ダリウスさんの言葉に、エスメラルダさんははっと顔を上げます。

 そう言えば、そうでした。どちらも美味しかった。でも、私の好みはどちらかと言えばさっぱりとしたダリウスさんの方。食べている時は気付きませんでしたが、脂肪の差だったのです。

 

「自身の技術を極め、自身の誇る食材を完璧な形に作り上げるもまた一つの芸術の形だ。決して間違っちゃいない。でも、自分の作った料理を食べさせるのか。相手の為を思って料理を作るのか。……ただ、貴女は、それを違えたんだ」

 

「……お言葉、耳が痛いよ」

 

 エスメラルダさんは、耳を塞ぐふりをしながらふっと笑いました。そこに先ほどまでの悔しさは無く、どこか相手であるダリウスさんの事を誇りに思っているかのような、不思議な笑みでした。

 きっと、今のこの戦いの外でも、わたし達の知らない何らかのドラマがあったのでしょう。

 

「ダリウスシェフ……!」

 

「いやぁ、熱い戦いだったっすねぇ……いよいよ決勝、これ以上に熱い……」

 

「まだ試合終わってませんから」

 

 やり遂げた感のある戦いでしたが、まだ『裏町内』は二勝で勝負がついていないのです。わたしも直前まですっかり忘れていましたが。

 

 

 

「第三回戦、勝者、剛大選手!」

 

 

 

 そして、熱戦の後の気怠い雰囲気の中、戦いはあっさりと終わりました。

 『槍の一族』からはわたしの妹、ナタリヤが。『裏町内』からは体育の先生、島原先生が。

 競技『400m走』。

 

 ……詳細は、語る必要は無いでしょう。

 なんでか弱い女の子相手に遠慮してやらないんだと大ブーイングを受ける島原先生の背中は、少し寂しそうでした。

 事前インタビューで弟と妹が身に来るから全力を尽くしたい、と言っていた結果が、まさかこんな事になるなんて……

 

 

 それはともかくとして、決勝の対戦カードは決まりました。

 

 『エリセーエフ家』VS『裏町内』。

 裏町内チームは、その選手の全てを明かしてはいません。控室にも、その全員はいませんでしたから。

 選手データも、わたしには渡されていませんでした。

 

「決勝では、さらに様々な系統の競技が追加されるっす! 盛り上がってまいりましょー!」

 

 沸く場内。いよいよ、決戦が始まります。

 

「あ、では私はこの辺りで失礼するわ」

 

 それは、唐突でした。スノーレソン先生が席を立ち、去っていきます。

 えっちょっという希维さんの声を聞く事なく。

 

 ……実況と解説は、希维さんとわたしの二人でお送りします。

 

 

「第一回戦! 『エリセーエフ家』からは京華ちゃん! 『裏町内』からは拓也君っす! 競技は『町人の顔神経衰弱』!」

 

 裏返されたカードが、恭華お姉ちゃんと拓也さんを挟むテーブルに配られます。

 

「ルールは簡単、同じ絵柄を揃えるだけ! 取った枚数がそのまま得点となるっす! ただし!一度めくられたカードを含む組み合わせを間違えたら減点っす!」

 

 

「おっけー。んー、ま、適当に」

 

 恭華お姉ちゃんがめくった二枚。剛大さんとわたしの顔が写っています。なるほど、人の顔合わせ……恥ずかしいからやめてほしいのですが。

 

「俺の番か」

 

 拓也さんが一枚を捲ります。ベルトルト先生。二枚目は、ダリウスさん。

 

「ま、最初は気張る事もないっしょ、おにーさん」

 

 恭華お姉ちゃんの二枚も、また外れでした。

 

「その通りだな」

 

 拓也さんは、恭華お姉ちゃんと話しながら一枚目を捲ります。そこには、恭華お姉ちゃんが既に引いたものと同じ顔が。

 

「ま、先制点はいただきってこって」

 

 口端を歪め、拓也さんは最初に恭華お姉ちゃんが引いたカードを捲ります。同じ顔が二つ、揃いました。

 

「あー、拓也さん既存捲られカードミスペナルティでマイナス2点っす」

 

「何で!?」

 

 先制点を得た、と思っていた拓也さんに、無慈悲なマイナス点が降り注ぎます。

 どう見ても同じカードを取っただろどうなってるんだ審判、と拓也さんは怒り気味です。

 私は、内心で拓也さんにごめんなさい、と謝ります。この勝負、恭華お姉ちゃんの勝ちです。

 

 何故ならば……

 

「それ、一枚目がエリシアちゃんで二枚目がナタリヤちゃんっす」

 

「ウッソだろ!?」

 

 ……突然ですが、世界中には、全く同じ顔をした人が三人いると言われています。

 でも、この町には……

 

「拓也さん、マイナス2点っすー」

 

「またかよ!?」

 

「あ、エリシアちゃんじゃん~もう一枚ここだっけ?」

 

「恭華ちゃんプラス2ポイントっすー」

 

「これならどうだ!」

 

「それ、アナスタシアさんとナターシャちゃんっすね」

 

「クソァ!」

 

 そこから先は悲劇の展開でした。わたしとお母さん、ナターシャお姉ちゃん、ナタリヤ。町内だけで同じ顔が4人。

 私も見分けが付きますし恭華お姉ちゃんは見分けが付くらしいのですが、ごく一部以外の人には……

 

「集計ー、勝者、恭華ちゃん!」

 

「ふっ、当然っしょ!」

 

 ガッツポーズの恭華お姉ちゃん。うなだれる拓也さん。これは仕方ありません。無慈悲です。

 

 

「いやぁ、辛い戦いだったっすねぇ」

 

「驚くほど理不尽でしたね」

 

 なんか……すごくひどい戦いでした……

 

「第二戦、ナターシャちゃんVS剛大さん! 競技は、『800m走』です!」

 

「またなのですか!?」

 

「運っすからねぇ……同じようなものが続く事もあれば全く同じのが出る事も……」

 

 思わず突っ込んでしまいます。わたしの姉妹は剛大さんに脚力で打ちのめされる運命なのでしょうか?

 

 

「あ、あの、わたし、精一杯頑張りますから! 剛大さんも!」

 

「……君は、良い子だな」

 

 試合前の二人の会話。こうなったものは仕方ない。だから、遠慮とかせずに。ナターシャお姉ちゃんは、先ほどの剛大さんの惨状を目の当たりにしていましたから。その言葉も、慰めと優しさに満ちています。

 

「では、よーい……スタート!」

 

 そして、開始の合図で試合は始まります。結果はわかっている。でも、頑張る。わたしの、あの鬱陶しい、でも時々優しいお姉ちゃんは、そんな人です。

 わたしと同じ弱い体で、でもわたしよりもずっと強いお姉ちゃんは、一歩を踏み出し。

 

 その体は、剛大さんを追い越しました。

 

 ……正確には、剛大さんがスタートの瞬間に両ひざを地面に突きました。

 

「……私はもう疲れた……殺してくれ」

 

「剛大さん!?」

 

 剛大さんの眼は、すでに生きている人のそれではありませんでした。

 

「はは、先に行くといい……私は何がしたかったんだろうな……弟と妹に良い所を見せようとして、結果が弱いものいじめの悪人だ。ああ、視線が突き刺さるよ。皆が私を責めている。その中には弟と妹達も混じっている……」

 

「……いいんだ、君の気持ちはよくわかった。だから、私のためにも先に行ってくれないか」

 

 先の一件で完全に精神を打ちのめされてしまった剛大さん。ただ、体育座りでスタート地点に蹲ってしまっています。

 

「う……うぅ……はいっ!」

 

 今の彼に自分がかけられる言葉は無い。そう考えたナターシャお姉ちゃんは、涙を拭い駆けだします。

 そのふらつく足で。ゆっくりと。

 

「……勝者、ナターシャちゃん」

 

 ……後味の悪さが凄まじい。場の空気が重すぎる。剛大さんは弟さん達に連れられ、慰められながら場を後にしました。

 真面目で熱意のある人ほど、潰れてしまった時の絶望は深いものなのでしょうか……ただ、回復を祈る事しかできません。

 

 

「……気を取りなおして第三戦! 『エリセーエフ家』からはお助け枠! ヨーゼフ・ベルトルト博士がつ「ちょっと待ったぁ!」

 

 次のこちらの選手はベルトルト先生のようでした。堂々とした足取りで、フィールドに姿を現します。でも、それを遮り、競技場に飛び込んできた人間が、一人。

 

「俺を差し置いて願いを叶えようったってそうはいかねぇ! 第三戦、このバイロン・エスパダスが勝負だ!」

 

 はい、バイロンお兄ちゃんでした。

 願いを叶えてもらえるのは、優勝チームの中で決勝の試合の選手に選ばれていた人、らしいのでじゃあ自分はこのままじゃ願い叶えられないじゃん、と出てきたのでしょう。

 

 全身に包帯を巻き、痛ましい状態です。

 

「へ、へへ……願いを叶えるのはこの俺だ! 相手は誰だ? かかってこいやぁ!」

 

 すごく欲望に溢れた雰囲気で叫ぶバイロンお兄ちゃん。

 それに答えるかのように、『裏町内』の選手が現れ、クジを引き抜きます。

 

 

 

 

「えー、バイロン・エスパダス君対エレオノーラ・スノーレソン先生……競技は『デスマッチ』っすね」

 

「あ……?」

 

 

 

 

 

「死んでも治せるレベルの医療設備があるんでお二方遠慮なくどうぞっす」

 

「ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!!」

 

 

 

 ゲルニカ、という有名な絵画を御存じでしょうか? わたしから言える事はこのくらいです。あとバイロンお兄ちゃんのご冥福をお祈りします。

 

 

 

「はい、ではフィールドの清掃に少し時間をいただきまして第四戦! アナスタシアさんVSダリウスさん! 競技は……『料理』っす!」

 

「希维さん明らかにくじの中身操作しましたよね?」

 

「バレなきゃ不正じゃないっす」

 

 タチが悪いタイプの人です。たぶん、第五戦までもつれこんだ方がウケが良い、とか考えてなくてダリウスさんの料理が食べたいだけです。

 

 

「勝者……ダリウスさんっす!」

 

 巻いていきます。結果として、お母さんの料理は別に下手というわけではありません。ただ、相手が悪すぎたのです。

 

 

 

「……いよいよ、最後の戦いがやってまいりました。これで全てが決まるっす」

 

 盛り上がりは最高潮です。盛り下がっていた雰囲気がウソのように。血を見ると熱狂するというのは人間という生物の本能とはいいますが、前の試合ではあまりにほら……凄惨な光景が広がっていましたから。

 

「『エリセーエフ家』ヨーゼフベルトルト先生対……!」

 

 タメてます。最後だからでしょうか。本来のチームメイトでは無いのに、ベルトルト先生は大いに困惑している事でしょう。

 対戦相手は誰なのでしょうか。私も知りません。わくわくします。

 

 

 

 

「『裏町内』エリシア・エリセーエフちゃんです!」

 

「……は?」

 

 素で、声が出てしまいました。希维さんが示した対戦相手の名前。それは、わたし。

 どういう事なのでしょうか?

 

「ああ、といってもエリシアちゃんじゃないんすよ」

 

「……はい?」

 

 希维さんの言葉は要領を得ません。どういう意味なのか。

 裏町内チーム側の控室に、人影が現れました。わたしは、ここにいるというのに。

 

 

「えーっと、簡潔に言うとっすねえ……ベルトルト先生に作ってもらった装置で呼び出した平行世界的な場所のエリシアちゃん的な?」

 

「何てことしてくれてるんですか!」

 

 それは、希维さんにでしょうか。それともベルトルト先生にでしょうか。もう自分でもわけがわかりません。

 ただ、落ち着いて考えると、平行世界の自分、というのが気になるのも確かです。

 一体、別世界の私はどんな人生を歩んで、どんな人で……

 

「……いやいや」

 

 

 

 

 はい、率直に表現しましょう。筋肉です。

 姿を現したのは、筋骨隆々な女性でした。

 確か180を超えているらしいベルトルト先生に迫る身長。熊とか絞め殺せそうな肉体。

 頭にはロシア帽を被り、その目線は射殺さんばかりにベルトルト先生を見据えています。

 

 

「わたし……?」

 

「……」

 

「あらあら」

 

 希维さん、無言やめてください。あとスノーレソン先生、いつの間に帰って来ていたのでしょう。

 

「ええ……君がエリシア君なのかね……?」

 

 ベルトルト先生が、平行世界のわたし(?)に話しかけます。答えは、沈黙。同時に、クジを勢いよく引き抜く事。

 

「『デスマッチ』、っすね……では試合、開始」

 

 いやいや無茶だろ、と首を振るベルトルト先生。しかし、棄権をするという考えは無いようで、わたし(?)と向き合います。

 

「まあ、よくわからないが、よろしく頼む」

 

「Это ваше кладбище.」

 

「何て!?」

 

 

 おいおい死んだわベルトルト先生。そう思わせる、一瞬の攻防でした。両者挨拶と同時に、猛烈な左からのフックがベルトルト先生に襲い掛かります。

 間一髪、身を退いてそれをかわしたベルトルト先生。しかし、その拳は先生のメガネを捉え、遙か彼方に吹き飛ばします。

 

 

「おおー、すごいっすねー……エリシアさんは本気で殴ったんすかね?」

 

「VIP客席を御覧なさい、消しゴムほどの重さしかないメガネが本大会のスポンサー、オリヴィエ・G・ニュートン氏に突き刺さっているわ。全力で殴ったと考えるのが妥当でしょうね」

 

「ほえー……ってオリヴィエ様ぁ!?」

 

 ツッコミ不在すぎるこの空間。スノーレソン先生が指さした客席には、左胸に眼鏡が深く突き刺さりぴくりとも動かない、瞳孔開きっぱなしの男の人が倒れています。……あれ、死んでますよね。

 

「そっちはどうでもいいわ。見なさい、ベルトルト先生、必死に逃げ回っているわよ」

 

 

 決してどうでもいい事ではないと思う、などというツッコミはさておき、ベルトルト先生はわたし(?)の猛攻から何とか逃げ回っています。しかし、このままでは追い詰められて……

 

 

「……さて」

 

 ……追い詰められて、後はもう一撃を受けるだけ。それで終わる。でも、ベルトルト先生は不敵に笑います。

 何故なのでしょうか。

 そう、この時私は、失念していたのです。あの季節に一度は児童誘拐と間違われて通報され、毎週のように教室を実験で爆破するあの博士が、どんなに厄介な人間なのかを。

 

 

「観客の諸君、この戦い、私の勝利だ!」




観覧ありがとうございました。
人物紹介も更新されています。


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第496話 魔法少女まりゅすく☆えりしあ煉獄篇

・前回のあらすじ

「人の心は砂時計のようなものだ。対極となる概念を、完全に消し去る事などできやしない」

 決断の時は、刻一刻と迫っていた。目の前の男、決して意見を譲らない全ての元凶に対し、俊輝は必死の説得を試みる。

 彼は、優しかった。だが、そう簡単に譲る事は出来なかった。
 だからこそ、問うたのだ。本当に、自分達が争うそれは重要なのかと。

 そして、彼の言葉で、再び戦争の幕が上がる。
 彼がそれを崇める人々の信仰の深さと共に歩めるかもしれないのにその最後を踏み出せない理由を身を持って知る時間は間近に迫っていた。

「なあ拓也、たけのこ&きのこセットかきのこ&たけのこセットかどっちの名前がいいかって、そんなに重要か?」


 今日は寒いけれど、わたしの心はぽかぽかとしています。

 空は少し曇っているけれど、ああ、なんて晴れやかなんでしょうか。

 

 この日をどれだけ待ちわびた事でしょうか。

 去年はあんなに酷い目にあっちゃったけど、もう全部許せちゃう気がします。

 

「えへへ、エリシアは嬉しそうですね」

 

「はい!」

 

 一歩後ろを歩くお母さんに大きな声で答えて、その手を引っ張ります。

 

 あらあらと笑うお母さん、その後ろにいるお兄ちゃんたち。

 ええはい、今日は――

 

 

 

 

 

 

―――――――温泉旅行の日なのです!

 

 

 

 

 ……ああごめんなさい、いきなりそんな事言われてもわからないですよね。

 事の初めは、一か月くらい前の事になります。

 

 

 聖槍杯2019。今年も行われたこの大会は、熾烈を極めました。

 お母さんが体操着を来て、高校の先輩、シロさんとエミリーさんは今年こそは……! と闘志を燃やして、学校の用務員の七彦さんは一人で出場しようとして弾かれて。

 途中でメインスポンサーの人が爆散したりバイロンお兄ちゃんが死んだりと色々ありましたけど、今年もわたしは実況・解説のお仕事をやり遂げたのです!

 

 そしてそして! 見事優勝を成し遂げたチームの代表さんが、こう言ったのです!

 

「私達が優勝しちゃったけど、皆さん凄くいい試合をして盛り上げてくれたので皆で旅行にでも行きたいっすねー」と!

 

 ありがとう希维さん! 実況をわたしに押し付けてさらっと選手として参加してたのは許しませんけどいややっぱり許します!

 

 という事で! わたし、エリシアは家族と町の皆さんと一緒にいまここ、温泉旅館にやってきています!

 わぁい! 温泉です! 私、本格的な温泉に来たの初めてなんです!

 

 ひなびた山奥の温泉旅館! 貸切り! 美味しいお料理に露天風呂! もう、楽しみで楽しみで!

 

 

 バスから降りて旅館への道を歩いている今この時ふと周りを見回すと、大会に参加した皆さんやスポンサーの人、隣町の人達も少しだけ参加しているみたいで、見知った人が沢山います。

 

「希维、オリヴィエ様の隣を代われ。お前に警護は務まらん」

 

「嫌っすー」

 

 最前列を歩いているのは、聖槍杯のスポンサー、ゲガルド家の人達。何をしているのかよくわからない人達ですが、太っ腹です。

 その先頭の男の人の隣を争っているのは、希维さんともう一人、かっこいい男の人。

 

 他にも、大会で見かけた人達や初めて見る人も混ざっています。

 

 

 ゲガルド家の人達に限らず、皆、それぞれの所属ごとに集まって動いているみたいです。

 私は大会参加者として家族といますが、高校と大学の生徒さんたち、あちらは……なんでも屋の社員さん達でしょうか?

 

 こんな大人数も、初めてかもしれません。新しくお友達とか……なんて、ちょっと思っちゃいます。

 

 

「……さあ、到着だよ、諸君。今年も実に見応えのある大会をありがとう。ささやかなお礼だけど、楽しんでもらえると嬉しいな」

 

 そして、旅館にいよいよ到着です!

 

 ゲガルド家のご主人、オリヴィエさんが労いの言葉と共に、皆を見回してお礼を言ってくれます。

 いえいえとんでもないです、と言いたいです。というか、当のこの人は大会序盤で爆発四散して試合見れていなかったんじゃ、とか突っ込んではいけないでしょうか。

 

 自然の中に建つ、古い雰囲気を持っていながらも立派な建物。

 想像以上に高級そうなところで、少しびっくり、でも期待は高まるばかりです。

 

 

「では、自由に過ごしてくれたまえ!」

 

 オリヴィエさんの言葉と共に、皆、特にわたしも含めた子どもはわぁいと散って行きます。

 わたしはどこに行くのかって? まずは自分の部屋で荷物を置いて景色を見ながらぐでーっとするんです、ぐでーっと!

 

 温泉は夜ご飯の後でゆっくりと! 楽しみは取っておくものですから!

 

 

――――――――――

 

「ふむぅ……面白い番組はやってるっすかねぇ」

 

――客室の一つで、希维は寝ころびながらチャンネルを変えていく。

 

『火星戦隊アネックス5第6シーズン48話』。……こんなところで再放送してるんすねぇ。

 

『下半身探訪記』。珍しい生き物の下半身を探す旅。今日はサモア編。あまり興味は無いっす。

 

 食事を終え、お風呂に入るまでの時間潰しだ、特に拘りなどないのだけど。

 いまいちこれだ、という番組は無く、適当でいいや、と希维は雑に新聞の番組欄を開き。

 

 ああこれ最近オリヴィエ様が始めて千古ちゃんもそれに釣られてやってたっけな、というボードゲームの番組を見つけた。

 

『テラフォチェス・ゴキ王戦タイトルマッチ』

 

 ルールはわからないが見ているだけでも楽しいというのはあるもので、西洋人系の少年とフードを被って顔の見えない人物が臨むそれを、希维はぼんやりと眺める。

 

『それやったら戦争だろうが……!』

『き、キィィイィイィィィィィイイィイィ!?』

 

 チェスのプロ同士、落ち着いて試合をするイメージがあったが、目の前の二人はそうでもないようで。

 十分ほどそれを煎餅をかじりながら見た後、希维はそろそろ行こうかな、と思い首を後ろに向け。

 

「リンネちゃん、私が体洗ってあげるっすからねー……って、っ!?」

 

 そして、彼女が普段世話をしている主の愛娘の姿はどこにも無かった。

 

 

――――――――――――

 

 夜ご飯も終わって、念願のお風呂タイムです!

 ご飯を何杯もおかわりしてしまって、少しだけ体重が不安ですけど……いいですよね、この旅行が終わってから頑張れば!

 

 お風呂に行く、行くんですけど……そこに辿り着くまでにも沢山の障害……正確に言えば誘惑がわたしを待ち構えています。

 

 ピンポンの台は何とか切り抜けましたが、ここ、ゲームセンターも、その一つです。無料で遊べる様々なゲームたちが、私の目を惹きつけて止みません。

 ちょっと遊んでいこうかな。そう思った矢先に。 

 

「……」

 

 ゲームセンターの中を、女の子がふらふらとしていました。

 小学校の低学年くらいでしょうか。金の長い髪に、お人形さんみたいな可愛い顔の子です。

 

「どうしたんですか、お母さんとお父さんは?」

 

 迷子かな、と思い、わたしはその子に声をかけました。

 無表情のその子は、わたしを警戒しているのでしょうか? 顔をじーっと見てきます。

 

「……ん」

 

 女の子が指を指したのは、ゲームの筐体の一つでした。

 ああ、なるほど。迷子とかでは無く背が届かなくてゲームができないと。

 

 ちょっと待っててね、と言って、わたしは近くの台を探してきて、それを取って女の子が立てるように指さしていたゲームの前に置いてあげます。

 

「……」

 

 無言で台に乗った後に、女の子はわたしの服の袖を掴んで、小さく首を縦に何回か振ります。

 あら可愛らしい。思わずそんな事を思っちゃったり。

 

 ふと、どんなゲームなんだろう……と女の子が始めようとしたそれを見て。

 

「……へ?」

 

 思わず、困惑してしまいます。

 それは、パンチングマシーンでした。

 最近はあんまりないですよね。危ないとか何とかで。

 

 ゲームをよく見ていなかったわたしもわたしですが、こんな小さい女の子が、これをやって楽しいものなのでしょうか――

 

 ばごん!

 

――なんか凄い音が出ました。なんか凄いスコア出てます。前にこれをやって腕を痛めたバイロンお兄ちゃんを余裕で上回る結果です。

 

 ばごん、ばごん、ばごん!

 

 そして、それだけでは足りないとばかりに、台から落ちない絶妙な動きの軽快なステップと共に何発ものパンチが次いで機械に叩きこまれていきます。えぇ……

 

 見守る事数十秒。女の子は満足したのか、台を降ります。

 

「……ん」

 

「んー、あ、お風呂ですか!」

 

 少しづつ、この子の言いたい事がわかるようになったような。

 無言で指さすのは、今からわたしも行こうとしていた露天風呂の方でした。

 

 

「リンネちゃあんんんん!!」

 

 

 ご家族がどこにいらっしゃるのかもわかりません、ひとまずは一緒に行きましょうか、と手を繋ごうとしたわたしの耳に入って来たのは、めちゃくちゃ焦った調子の爆音です。

 

 人の名前を呼ぶその声の方向を見ると、そこには長い廊下の果てからこちらに向けて希维さんが鬼気迫る表情で猛ダッシュしてくる姿が。

 めちゃくちゃ綺麗な短距離走のフォームです。めちゃくちゃ速いです。ぶっちゃけ怖いです。

 

「わあぁぁ!?」

 

「……」

 

 何だか捕まると大変な事になる気がして、思わず女の子を小脇に抱えてわたしは逃げようと――

 

 

 

「……いや、なんで逃げたんすかエリシアちゃん」

 

――して、あっさりと捕まりました。

 冷静に考えてみれば当たり前な話なのです。わたしはどこにでもいるちょっと病弱な華の女子高生。小学校低学年くらいとはいえ、人ひとりを抱えてなんか後半は人間を辞めたような動きで追撃してきた希维さんを振り切る力なんて無かったのですから。

 ……というか、わたし一人で逃げても普通に捕まるでしょう。わたし運動音痴ですし。

 

「いやいや、まあでも見つかってよかったっすよー。エリシアちゃんが一緒にいてくれたんすか?」

 

「ちょっとこの子がゲームやりたがっていたので……」

 

 はて? と首を傾げる希维さん。

 珍しい事もあるんすねえ、と女の子の頬をぷにぷにとつついています。羨ましいです。

 

「ああすみません、この子リンネちゃん、って言ってオリヴィエ様のご息女なんすよ」

 

 そこで初めて明かされる、希维さんが何故この子、リンネちゃんを追いかけていたのかという理由。

 一緒にお風呂に行く予定だったのに気づいたらいなくなってしまったから大焦りで探していたようです。

 

 でも、確かにあの『イケメンだけどなんか雰囲気キモいよねランキング』毎年一位のオリヴィエさんの娘さんなのなら、この可愛さも納得と言えるでしょう。

 

「ありがとうございましたエリシアちゃん、良かったら一緒に……ん゛っ゛!?」

 

 へにゃっとしたいつもの笑顔の希维さん。しかし、一瞬でその様子は急変しました。

 言葉が途中で途切れて鈍い悲鳴、とでも言えばいいのでしょうか。とにかく深刻そうな声を上げます。

 

 何が起こったのか。その答えは、リンネちゃんのほっぺをつついていた指にありました。

 それが、リンネちゃんに掴まれ、そして……あらぬ方向に折り曲げられています。拒絶の意思表示がハード。

 

 

「……行こ?」

 

 そこで初めて、わたしはその声を聞きました。

 鈴が鳴るかのような透き通った、でも同時に年相応の柔さと愛らしさが混じった、小さな声。

 何かの間違いでは、わたしの妄想では? などと思い、その声の主を思わず見てしまいます。

 

「……ん」

 

 もう一度、とお願いする事はできませんでした。リンネちゃんが、そっと左手で、わたしの右手を掴みます。

 ああ、うん、仕方ないですよね。こんな小さな子に甘えられては。

 

 そこで蹲って悶絶している人を置いておいて、よしよし一緒にお風呂入ろっか、などと流されてしまうのは。

 頑張ってください希维さん。わたしは可愛い生き物にはとても弱いのです。

 

 

 

「……いや、何で逃げたんすかエリシアちゃん?」

 

 そして舞台は更衣室に。

 ふむふむ、旅館の更衣室はこんな風になっているのですか。木でできたあれこれが風情があってとても良い、などと語彙が不足している感想を浮かべながら服を脱いで辺りを見回すわたしに、恨みの籠った声が贈られます。

 

 妖怪左手の一指し指青紫女。そう名付けたくなるような完全に人間を辞めたムーブでわたしとリンネちゃんに追い縋ってきた希维さんです。

 

 隣には、裸にバスタオルを巻き付けた姿がやたら様になっている気がするリンネちゃん。

 

「いや……何となく……」

 

「エリシアちゃん結構酷い時あるっすよね!?」

 

 さてさて何の事やら。希维さんにはとても感謝しているのに。

 でも、舞い上がってしまっている事は否定できません。テンションが上がり過ぎているのかも。

 なんたって、初めての露天風呂! 外のお風呂! さてさて、わたしを満足させられますか!!?

 

 

 

 

「はぅー……」

 

 負けました。完敗です。まだ寒さが少し残った今日この頃。

 最初は、外でお風呂なんて、寒くって仕方なんじゃ、なんて思っていましたが……!

 

 とんだ間違いです! わたしは愚か者であったと断言せざるを得ないでしょう。

 そう、この寒さこそが! この寒さの中でお風呂に入るという贅沢こそが素晴らしいのだと私は気付いたのです!!

 

 それはまるで、おこたに入りながらアイスをいただく時のような! クーラーの効いた部屋でお布団に包まる時のような!!

 

「おやおやエリシアさん、楽しそうですねぇ」

 

 隣でお湯に浸かっているのは、クラスメイトのアレクシアちゃん。教会のお仕事も一括でお休みのようで、こっちに来れたようです。ここで、わたしのストレスゲージが一段階上がります。

 

「露天風呂、いいですねー」

 

 しかしわたしは慎重に自身の怒りを鎮めます。アレクシアちゃんに罪があるわけでは無いのです。

 

「わわっ、エリシアちゃんだ」

 

 そこにやって来る刺客その二。同じくクラスメイトのアシュリーちゃん。

 びきびき。私の堪忍袋が音を立てます。いいえ、違うんです、この子達は何か悪いわけでは。

 

「あーらこんばんは、うちの駄従妹がお世話になっているようですわね!」

 

 ……いや誰ですか貴女。露天風呂の奥の方にいたお姉さんが、まるで水の抵抗を感じていないかのような軽快な動きで近づいてきます。すごく美人。金髪碧眼ではありますが、ふと誰かに似ているような、なんて感じます。

 

 そんな初対面のその人は、私とアレクシアちゃん、アシュリーちゃんを順番に見やって。

 

 

「……ふむ。あまり気にする事は無くてよ、お嬢さん。無駄に大きくても邪魔なだけですわ。あそこの駄従妹を見ればお分かりになりますわ?」

 

 私の心を、今の悩みをぐっさりと串刺しにしました。

 く、ぅ……! わたしが気にしている事を、事を! ええその通りですよ何でわたしの周りには立派なお餅をお持ちの人間しかいないんですかもはや信じられるのはナターシャお姉ちゃんとナタリヤとお母さんとリンネちゃんだけですかちくしょうめ!!

 

「……エリシアちゃん、その人の言う事、気にしなくていいっすよ。煩いだけのノイズと思って欲しいっす」

 

 リンネちゃんの髪を洗っている希维さんから援護射撃(?)が飛んできますが、今の私にとっては希维さんもまた恨み……というか認めたくはないのですが妬みの対象なのです。

 というか、小さくてもいい(意訳)に対して気にしなくてもいいってどういう事ですか、ああん?

 

 

「流石私の分身、実に的を射た言葉だな! 何故女になっているかは知らんが。知らない少女よ、その通りだ! あの駄肉の言う事に価値など無い!」

 

 何故か私に対する援護射撃が飛んできたのは、高い木の板で仕切られた向こう、つまりは男湯から。

 しかも向こうも言っている通り知らない人です。

 

「……ちょっと黙っててもらえるっすか?」

 

「ハッ、羨ましいだろう希维イイィイィィィイィ! 貴様が仮に私よりも優れていたとしてもこれだけは覆らないからな! どうだ、オリヴィエ様のお背中をお流しするのは私だ!」

 

 ……この露天風呂、なんか無茶苦茶なテンションの人多くないですか?

 そんなこんなで、私は他人の振り見て少し自省するのでした。そうですよね、今をうらやみ諦めても仕方ありません!

 これからの成長に期待を込めて! そんなつもりじゃ……とあわあわしているアシュリーちゃんとにやにやしながら上にスマホ乗せれるか挑戦してみましょうかねぇとか言ってるアレクシアちゃんくらいになれるように。アレクシアちゃんは後でしばきます!

 

「あ、リンネちゃんは親戚見る限りだと将来はほぼ約束されてるっすね」

 

 この裏切り者ぉ!!

 

 

――――――――――――――――

~男湯~

 

「……何か、邪な視線を感じるような」

 

「ハハッ、野郎なんて覗いて何になるんだよシェフ」

 

 頭を洗うダリウスは、自身が何かに見られるいるかのような感覚に肌寒さを覚える。

 その隣のチャーリーの言葉にまあだよね、と頷くが。

 

 現在この男湯は高校のヤンチャ系男子とオリヴィエの背中を流しながら女湯に向かって叫ぶ謎の貴公子然とした青年のせいで大変賑やかな状態となっている。

 ダリウスにとってもまあそれが不快というわけでは無いのだ。彼がシェフを務めているレストランでも、昼間の時間帯は大学がすぐ近くにある事からボリュームあるランチを求めて学生達がやって来てわいわいがやがやとしている。慣れたものである。

 

「おや、彼は」

 

 そんなダリウスは、目線をある一人の、頭にタンコブが出来ている高校生男子へと向けた。

 常連客の一人だったからだ。

 

 

 

「ふ、ふふふ」

 

 さて、そんな彼、バイロンについて紹介するとしよう。

 エリセーエフ家の長男であるヤンチャ系男子の彼は、たびたび不幸に襲われる。

 

 昨年の聖槍杯では実の母親に半殺しにされた後、教頭先生に原型を何とか留めているレベルまで解体され。

 今年の聖槍杯では何か知らないが死んだ。

 

 そんな不幸な彼は、自分には少しばかりの役得があってもいいのではないか、とか考えている。

 町内の沢山の人達で旅行。ここの露天風呂には、主に夫婦向けなのだろうか、混浴もある。

 

 さて、彼は欲望に忠実な年頃の男子である。ここで、彼が選んだ選択肢とは――!

 

 そう、混浴へと足を踏み入れる事であった。男湯と女湯、そのどちらもに入口が繋がった第三の露天風呂。さあ夢の世界にレッツゴーだ!

 

 まーたバイロンがバカやってるよ。どうせ誰もいねぇって。

 そんな、友人達の笑いをうるせぇうるせぇと蹴散らし、混浴へと足を踏み入れたバイロン。そんな彼は、湯煙の向こうに一人の影を目撃する。

 

 うひょーと目を輝かせ、お嬢さん月が綺麗ですねなどと言いながら彼が向かった、その先にいたのは……!?

 

「あらあら、情熱的だ事」

 

 教頭先生(エレオノーラ)、であった。

 

「オゲエェェ――――!!」

 

 その萎びた体を見たショックと、昨年の自分の体が徐々に小さくなっていくトラウマがぶり返し、バイロンは吐瀉物を撒き散らしながら全力で背を向け走り出そうとし、直後自分の吐瀉物で滑り頭を強打した。

 

 現実、甘くない。

 こうして悟りを開いたバイロンは、男湯で大人しく女湯との間を仕切る板に耳を寄せてキャッキャウフフな会話で心を癒していたのだが。

 

「あん……?」

 

 彼がそれを見つけたのは、偶然としか言いようが無かった。その板の一カ所に、ぽっかりと指を通せるくらいの大きさの穴が空いていたのだ。

 

 周囲を慎重に見回す。大丈夫だ、誰もいないしこちらに注目していない。

 穴がある位置に素早く移動し、頭で穴を隠す。コイツは俺んだ、誰にも渡さねぇ……!

 

 そんな、世紀末の世界で水を見つけたモヒカンの如き思考で独占を試みた後、彼は向き直り、期待に目を輝かせ穴を覗き込む。

 

「……?」

 

 しかし、彼が期待した極楽の光景は見られず。その穴の先には、何故か赤色が広がっていた。

 何だコレ。塞がれてたのか、残念と思うよりも前に、何コレという思考が浮かぶ。

 

 

 だが、変化は次の瞬間に訪れた。バイロンの視線の先の赤色が、苛立たし気に歪められる(・・・・・・・・・・・)

 そう、そこで初めて、バイロンは自身が向き合ってものの正体に気付いた。

 

 

――――深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ

 

 それは、赤い張り紙などでは無く、人間の眼球だった。

 

「いやああぁぁぁぁ!?」

 

 女の子のような悲鳴を上げながら、バイロンは慌てて飛び退く。

 彼がここで目を離さなければ、一瞬ではあるが向こう側の目が離れ、彼の望む光景が見られたのだが、それは結果論であると言えよう。

 次の瞬間、バイロンの目が先ほどまであった位置に穴から指が突きだされたのだから。

 

 突然女々しい悲鳴を上げたバイロンが周囲にからかわれまくるという後の展開はさておき、精神的な恐怖を受けながらも彼は肉体的損傷を自身の吐瀉物による転倒以外では受けずに逃れる事ができたのである。快挙。

 

 

―――――――――――

~女湯~

 

 あの女の人は先ほどから仕切りの板に顔をくっつけて何をしているのでしょうか。

 あっ、顔を離しました。何だか凄く不機嫌そうに鼻を鳴らして、お湯に深く浸かっています。

 

 

 ……それにしても何で、あの人は温泉にドリルを持ち込んでいるのでしょうか……?

 

 

―――――――――――

~混浴~

 

「あ、あの、えーっと、シロ君?」

 

 そろそろ上がりましょう? その言葉を出そうとしても、出てこない。

 鏡は無いけれど絶対に赤くなっていると断言できる頬。

 バスタオルを巻いている状態とはいえ、相手の視線が自身へと向かう事の、気恥ずかしさ。不快感は無いのだけど、でもでも。

 少女は、動けないでいた。

 

「えーっと、な? その、あの、エミリー?」

 

 そろそろ上がろうか。その言葉を出そうとしても、出てこない。

 鏡は無いけれど、絶対に真っ赤だろ俺! と断言できる頬。

 

 際どい部分はバスタオルで隠しているとはいえ。相手に汚いものを見せてしまう心配は無いとはいえ。

 思わず、相手の方を見てしまいそうになる自分の目を、強固な自制心で押さえつける。

 少年は、動けないでいた。

 

 自分達は知り合いと一緒に混浴に間違えて入ってしまっただけ。他意なんて無い。その、言い訳というよりは事実そのまんまを相手に伝えれば万事解決だ。だがしかし、その相手は両者ともに煙のように消えてしまっている。

 今の状態では、平静を装う事なんて不可能。動揺しまくりながら慌てまくってじゃあお先に出るよ! などと言ってしまえば、それは今現在隣にいる異性の友人の事を露骨に意識してしまっているという誤魔化せない証左となる。

 

 

「クカカ! 若いお二人を見るのは楽しいな、博士殿」

 

「あら、悪い人ね」

 

「博士殿もノリノリで協力してたじゃないか」

 

 

 そんな二人の姿を湯煙に時々遮られる向こう、岩陰から二人に気付かれないようににやにやと観察するのは、これまた一組の男女だ。

 

 男の方は外見は十代後半ほど。その裸体は、誰が見ても鍛え抜かれている、と評するだけのしっかりとした筋肉と、それ以上に、彼の外見に似合わない、熟達した武道の達人の雰囲気を纏っている。

 

 そんな彼の隣で湯に浸かっている女は、外見で言えばおおよそ、二十代後半から三十代前半といった辺りの外見だろうか。十人いれば八、九人は美人だ、と評する容姿に、スリムでありながらも豊満と評する事ができる、魅力的なプロポーション。その目には、理知的な光が点っている。

 

 歳の差カップルと言うやつか? などと思うかもしれないが、二人の間にある空気は、交際している男女とはまた異なった不思議な雰囲気を纏っている。

 

 バイロンがもう少し待っていれば、恥じらう少女と豊満な美人を見る事ができたのだが、まあそれはタイミングが悪かったとしか言いようがないだろう。

 

 何故このような状況になってしまったのか。時は十数分遡る。

 

 

「おう、シロ! 一緒に風呂行こうぜ!」

 

六禄(むろく)さん?」

 

 少年、シロが友達の少女に会えないかなー、なんて考えながら旅館の中を適当にふらついていたのは、食事が終わった後の事だった。

 連絡先を知っている程度の仲だ。普通に遊ぼうぜ! と呼び出せばいいのであるが、それはまぁ……年頃の少年の感情を理解してあげてほしい。

 

 そんな彼が、日ごろ世話になっている高校の用務員であるこの男、六禄と出会ったのは偶然……では無かった。

 別に断る仲では無い。男同士日ごろの疲れでも取りに行こうや、というお誘いに乗り、シロは温泉へと。

 

 シロの失敗は、六禄との会話に気を取られてナチュラルに六禄が男湯では無く混浴の方への入り口へ誘導してきた事に気付けなかった事だろう。

 

 

「あら、エミリーさん? お風呂でもいかが?」

 

「ロスヴィータ先生?」

 

 少女、エミリーが友達の少年から遊びのお誘いでも来ないかなー、なんて考えながら自分の部屋で転がっていたのは、食事が終わった後の事だった。

 連絡先を知っている程度の仲だ。遊びましょう! と自分から連絡すればいいのだが、それはまぁ……年頃の少女の感情を理解してあげてほしい。

 

 そんな彼女の部屋を、つい最近赴任してきた臨時教師であるこの女性、ロスヴィータが訪れたのは偶然……では無かった。

 断る仲では無い。まだ皆の事全然知らないから仲良くなりたくて、と笑う若い先生の誘いを断る事ができず、エミリーは温泉へ。

 

 エミリーの失敗は、ロスヴィータが誘導するまでも無くそもそも彼女がおっとりしていて混浴の看板に気付かなかった事である。

 

 湯船は奥の方があったかい。周りに気兼ねなくお話できる。先客、スノーレソン教頭は何かを察してあらあら言いながら混浴から出ていき、濃い湯気で互いの状態が見えない二組……正確には六禄は自身の優れた気配察知で、ロスヴィータはこっそり耳の中に入れている自身の発明品でしっかり把握しているのだが、それはシロとエミリーの知る所ではない。

 

 そして、邂逅。

 

 普段無邪気に遊び回っている女友達(エミリー)の湯気に濡れてしっとりとした髪、丸みのある体のラインと白の肌という日常では見られない、意識していなかった光景に瞬間的に赤くなり、目を逸らすまでに数秒を要したシロ。

 

 同じく普段わいわい楽しく遊んでいる男友達(シロ)の、服越しにはまったく意識していなかったが彼なりに鍛えている事が伺える筋肉がついた体つき、一瞬して自分が見られている事への恥じらいから瞬間的に赤くなり、何とか叫びはしなかったが湯船にダイブするのに数秒かかったエミリー。

 

 二人の動揺の隙を突き、六禄とロスヴィータは岩陰へと脱出した。

 別に、二人のキューピッドになろうなどという善良な心根から二人は今回のこれを計画したわけではない。

 

 普段は相手の事を異性として意識せずに楽し気に遊び回っている二人がいざこんな事になったらどんな反応をするのか、という興味本位と悪戯心である。

 

 そして、先ほどの二人の様子を見ただけで彼らの計画は半分ほど成功していた。残り半分は、これからどうなるかをにやにや笑いを浮かべながら見守るだけである。

 

 ……さて、六禄とロスヴィータ、拳法の達人と天才的な科学者の二人をもってしても予測できていなかったのは、二人の奥手、鈍感、どう表現しても構わないが、とにかくの進展しなささである。今回の一件で、互いを意識していない、などというわけでは無いというのはわかったもの。

 

 

 結論。エミリーがのぼせて湯船に沈み、それを抱えながら助けてくれ六禄さーん! とシロが叫び出すまで、二人の我慢比べは続いた。

 

 

―――――――――――

 

 体中がぽかぽかしています。多幸感。温泉っていいものですね。

 ぜーぜーと荒く息をしながらふらふらと去っていくアレクシアちゃんを見送り、わたしはリンネちゃんの髪を拭いてあげます。

 ……え、アレクシアちゃんに何をしたか? ここでは書けない事です。

 

 え、リンネちゃんの本来の保護者さんはどこに行ったか? 希维さんが先に部屋に戻る、と言ったため、わたしが畏れ多くもリンネちゃんのお世話を仰せつかったのです!

 

「リンネちゃん、ピンポンでもやりますか? わたし、こう見えてもまあまあ強いんですよ!」

 

 町内ピンポン大会第二位(参加者:4人)の実力を今、見せる時。きっと温泉の良さでテンションが上がっているのでしょう。柄にもなくガッツポーズなんてしちゃったり。

 

「……」

 

 それに無言で、でも首を縦に振るリンネちゃん。よーしお姉さんいいとこ見せちゃうぞー、なんて。

 

 二人で、更衣室を出ます。忘れ物が無いか、しっかり確かめて。

 

 

「やあリンネ、お父さんが迎えに来たよ」

 

 さて、ここで、女湯の外で待ち構えていた変態……というのは冗談で、オリヴィエさんに遭遇しました。

 にこやかな笑顔で、わたしとリンネちゃんを見ています。そうです、この人、リンネちゃんのお父さんです。

 

「えーっと、その、リンネちゃんと今から遊ぶ予定で」

 

「いいや、リンネは部屋に帰らないといけない」

 

 そこで、わたしの中に少しの敵対心が芽生えます。

 まだ小さい娘が、女の子一人と一緒に遊ぶ。危ない事に巻き込まれても身が守れない。

 なるほど確かにそうなのでしょう。

 

 でもきっと、理由はそうじゃない。それは、オリヴィエさんの目を見ればわかります。

 そもそも、有無を言わせない。どんな状況だろうと、リンネちゃんが外で遊ぶ事を許さない。そんな雰囲気です。

 

 すごく、怖いけれど。この旅行の全額を負担してくれている人なのです。逆らったりしたら、どうなっちゃうかわからないけど。

 それでも、リンネちゃんがさっき希维さんの目を逃れてゲームで遊んでいた時、とっても楽しそうだったから。

 怖い。でも。私は、覚悟を決めてオリヴィエさんに。

 

「だって、リンネは私と部屋で遊ぶだろう?」

 

「……」

 

―――――ただの親バカだこの人!?

 

 思わず口に出してしまいそうになったそれを引っ込めます。

 自分が娘と遊びたいだけでしたかそうですか! 気持ちはなんかわかりますけど! けど!

 

 思ったよりも健全な理由で安心はしたものの、しかしわたしもリンネちゃんと遊びたい身。

 沙汰は、本人に任せるしか無いのでしょう。

 

 オリヴィエさんもわたしもリンネちゃんに目を向けます。

 

「……」

 

 そんなリンネちゃんは、無言で、わたしを、オリヴィエさんを、見て。

 

「……」

 

 オリヴィエさんを、上目遣いで見上げます。あざとい。

 でも、フラれちゃいましたか。とても悔しく、そして悲しくもあり……

 

「っ……!」

 

 しかし、オリヴィエさんは目を見開きます。

 リンネちゃんの手。それは、わたしの指をきゅっと握って。

 

「……ぱ、ぱ?」

 

「ごぱっ」

 

 なんか、血を吐くような音が聞こえた気がします。

 おずおずと、欲しいものをおねだりするような声。

 

 わたしでも思わずきゅんとしてしまうのです。

 当のお父さんからしてみれば、ええ。

 

 

「くっ、今回だけだとも! そう何回も通じると思わない事だね、愛娘よ!」

 

 捨て台詞を吐いて、オリヴィエさんは踵を返し、立ち去ります。

 この人、突然死ぬわ生き返るわで存在がよくわからない人ですが、こんな普通の人らしい部分もあるのですね。

 

 

「あっと、そうだ、エリシア君」

 

 立ち去ろうとしていたオリヴィエさんが、唐突に振り返ります。

 何を言われるのか。心臓が鳴ってしまいます。

 

 覚えていろよ、この恨み必ず、なんて言われたら――

 

 

「……娘の事、よろしく頼むよ。あの子がうちの家族以外に懐くのは、そうそう無い事なんだ」

 

 柔らかに、微笑んで。何を考えているのかわからなくて、どう考えても悪の組織のボスみたいな雰囲気で、おぞましい気配を纏っているオリヴィエさん。でも、この時だけは、そんな気配は何も無く、ただのお父さんみたいで。

 

 ……あと、口を押えていた左手が真っ赤に染まってましたけど、アレほんとに吐血してたんですか?

 

 

――――――

 という事でお父さんの許可も得て、ピンポン台へ……と、思ったのですが。

 

『フランス領事館主催ピンポン大会』

 

 という張り紙が。そして、台では激しい戦いが繰り広げられています。

 

 

「渡しはせん、渡しはせんぞ……! エドガー様顔写真Tシャツは私のものだあぁァァ!!」

 

「クカカ……! 欲するならば俺から勝ち取って見せろ、猪女! そのクソTに興味は無いがなァ!」

 

 

 眼鏡をかけた目付きの鋭い男の人と、身体つきの良い女の人が、凄まじい威力のスマッシュを撃ち合っています。互いに防御など必要ない、と言わんばかりの打球の応酬。

 

 ……これ、わたしが割って入れるようなものじゃないですよね。

 

「……」

 

 リンネちゃん、そんな『お姉ちゃんがピンポンするところが見てみたいな!』みたいな期待を込めた無表情は止めてください。あそこに割って入ったら確実に死にます。

 

 こうして、わたし達はピンポンを諦め、別の遊び場所を求めて――

 

「じょうじ」

 

 そこで、見てしまったのです。あの、黒い影が複数、通路を横切り――

 

 

――女湯に向かうのを!!

 

 

 

――――――――

――VIPの間

 

「いやはや、私に勝てるわけが無いっすよねぇ、ルイス兄?」

 

「フン、私がそのまま女の体になれば筋肉量も落ちるだろう。そんな当たり前の事すらわからんのか、凡愚」

 

 

 火花を散らす両者。

 他よりひと際豪華な客室で、二人は向かいあっていた。

 

 オリヴィエの執事、希维とオリヴィエに隣町の屋敷の管理を任された男、ルイス。

 

 その隣では、ルイスとよく似た……というか実際には同一人物であるのだが、女性が一人、虫の息で転がっている。

 この二人は、どちらもオリヴィエに重要な職務を任された優秀な人間であり、いとこの関係でもある。

 しかし、どちらがオリヴィエの傍で側近として勤めるのか。それを巡り、争いが絶えない仲でもあった。

 

 何故か本人から分裂してそのままなルイス(女性)が希维に白手袋を床に叩き付け決闘を申し込み、希维が容赦の無いアームロックにより勝利を収めてから、戦いは次の段階を迎えつつあった。

 

「残念っすけど、親戚と、そして、な・に・よ・り、オリヴィエ様のご判断で私が選ばれたの、忘れたんすかぁ~?」

 

「お前が猫を被っていただけだ。これまでにオリヴィエ様のコレクションをいくつ壊し、何回毒茶を盛った?」

 

「うぐ……」

 

 どうやら舌戦ではルイスが優位なようである。

 痛い所を突かれた希维はぐぬぬと黙り込み、少しして。

 

「へ、へーん! この高慢ちきが、親戚にも誰も支持されてないくせによく強がれるっすねぇ!?」

 

「貴様……」

 

 希维の言葉もまた、ルイスの痛い部分を抉る。オリヴィエを頂点とする親戚一同、その支持はルイスでは無く希维へと向いている。それもまた事実なのだ。

 

「お待ちを、希维様」

 

 だが、そこに一石を投じる声が。

 何奴、と二人が声の方向を見ると、そこにはメイド服を着た少女が立っていた。

 

「何すか、ヘリヤ?」

 

 真白な肌とその無表情は氷をイメージさせ、雪の妖精のように美しい。

 希维がその名を呼ぶと、機械的な、歪みの無い動作で一礼した後、ヘリヤは失礼ながら、と切り出す。

 

「ルイス様は一族のお方からも確かな支持を得ておいでです。証拠としまして、私が預かっておりました、一族のお方からルイス様に宛てられたお手紙がこちらに」

 

 そう言い、ヘリヤは一通の手紙を取り出す。そこそこの文章量がある事が伺えるそれに、ルイスは満足げに勝ち誇る。

 

「何故貴様が私宛ての手紙の中身を勝手に読んでいるかはまあいい。どうだ希维、これでも私は誰からも指示されていないか?」

 

「はっ、一族の者? それってルイス兄ご本人じゃないっすかぁ? 自分で自分に手紙出して恥ずかしくないんすか?」

 

 

「……ヘリヤ」

 

「はっ、僭越ながら私が読み上げさせていただきます」

 

 彼女はルイスの管理する隣町の屋敷の使用人だ。ルイスの側に付くのはまあそうなのだが、物的証拠があるのなら仕方ない。筆跡鑑定でも何でも後でしてやろう。文章の癖から暴いてやろうか。そう考える希维。

 

 そして、ヘリヤの涼しげな声で、その中身が読み上げられる。

 

 

 

 

 

「『ルイス!ルイス!ルイス!ルイスぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!

 

あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!ルイスルイスルイスぅううぁわぁああああ!!!

 

あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん

 

んはぁっ!ルイス・ペドロ・ゲガルド様のブロンドの髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!

 

間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!

 

コラボ二話のルイス様かわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!

 

オリヴィエ様に褒められて良かったねルイス様!あぁあああああ!かわいい!ルイス様!かわいい!あっああぁああ!

 

出番も多くて嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!

 

ぐあああああああああああ!!!それなのにあんな事になるなんて現実じゃない!!!!あ…その後の仕打ちも考えたら…

 

ル イ ス 様 は 現実 じ ゃ な い?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!

 

そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!シドあの野郎ぁああああ!!

 

この!ちきしょー!やめてやる!!現実なんかやめ…て…え!?見…てる?ブロマイドのルイス様が私を見てる?

 

イラストのルイス様が私を見てるぞ!ルイス様が私を見てるぞ!集合写真のルイス様が私を見てるぞ!!

 

ルイス様が私に話しかけてるぞ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!

 

いやっほぉおおおおおおお!!!私にはルイス様がいる!!やったよ雅维ちゃん!!ひとりでできるもん!!!

 

あ、ブロマイドのルイス様ああああああああああああああん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!

 

あっあんああっああんあオリヴィエ様!!エドガー様!!ジョセフ様ぁああああああ!!!アダムゥゥううう!!

 

ううっうぅうう!!私の想いよルイス様へ届け!!ゲガルド家のルイス様へ届け! 』」

 

 

 

 

「以上、です。お耳汚し失礼致しました」

 

「……」

 

「……」

 

 最初から最後まで、彼女の顔の無表情と同じ抑揚のない声で読み上げられた手紙。

 

 

 ルイスと希维、先ほどまで悪意をぶつけあっていた両者の間に、気まずい沈黙が走る。

 

 

「ルイス兄」

 

「何だ」

 

 ヘリヤが手紙をたたみ、丁寧にしまう。その紙の擦れる音だけが響く、永久に感じられる十数秒が過ぎ去り、ようやく希维は自身の従兄の名を呼んだ。

 

 

「お酒なら、付き合うっすよ?」

 

「その哀れみの目と薄笑いを止めろ女狐!!」

 

――――――――――――――――

 

「リンネちゃん、下がっててください」

 

 

 不覚、でした。わたしの目の前には、複数の黒い人型の生物。

 エロフォーマーと呼ばれる、危険生物です。

 

 体に力が、入りません。それはリンネちゃんも同じなようで、フラフラとしています。

 食事に毒を盛られた? いいえ、そうなら、他の皆さんの体の具合が悪くなっているはず。

 

 そんな事を考えるわたしに見せつけるように相手が手に持つのは、薬品の瓶です。

 

「じ……」

 

 にへら、と気味の悪い笑みを浮かべ、やつらは近づいてきます。

 頭がふらふらして、視点が定まらなくて。

 

 戦わないと、いけないのに。

 

 ……そうして、わたしの意識は、途絶えてしまって。

 

 

 

 

 

 

「あら? あらあら? まあ、お客さん! 嬉しいわ!」

 

 目を開けると、そこは、どこかの森の中でした。

 思わず、周囲を見回します。リンネちゃんは無事でしょうか。目に入って来たのは、森。そう形容しましたが、実際は、わたし達の知る、森なんかじゃなく。

 

 それは、ファンタジーの世界の中のような、不思議な光景でした。

 わたしの周りにあるその全てが全く見た事もないような植物で。でたらめに枝が伸びていたり、見た事も無い鋭い棘が生えた実が生っていたり、様々です。

 

 そして、それよりも、わたしは椅子に座ってテーブルを囲んでいました。

 

「……」

 

 隣の椅子に座っているリンネちゃんを見て、一安心。……でも、リンネちゃんの目が無表情のそれとは何か違い、目の前を、睨んでいるような。

 

 

「まあ、可愛い駒鳥(クックロビン)さん達、そんな目で見ないで? 私、悲しくなっちゃうもの!」

 

 リンネちゃんの視界の先。誰も座っていなかった椅子に、突如として女の人が現れます。

 赤いウェディングドレスを着てうさ耳を付けた、不思議な女の人。服の所々には、懐中時計や帽子を模した装飾が施されています。

 

「ここは、どこですか」

 

 ……その女の人に、何故か既視感を覚えて。誰かによく似ているような、そんな感覚で。

 でも、今はそんな事を聞いている場合では無いのです。これがただの夢の中で、答えを聞く事は無駄かもしれないけど、それでも。

 

 ……そんなわたしの願うような祈るような感覚は、でも。

 

「まあ、そんなにお急ぎにならないで? まずは、お茶会をしましょう?」

 

 目の前の誰かには、全く通じていない様子でした。 




観覧ありがとうございました!

ルイスのアレの元ネタ:ルイズコピペ


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深緑コラボ編 没案 赤陣営紹介回

『贖罪のゼロ』『インペリアルマーズ』両作品とのコラボストーリー"Mind Game"の没案です。

 分岐としては現行最新話のアヴァターラが撃破された後、オリアンヌも死亡したけどエドガー暗殺は無理そうだな、ってなって盤外戦が終わりを迎えようとしていたその時にアダムが見てるだけじゃつまんない! と言いだして乱入してくる、という流れでした。

 そっちルートに進んでいた場合のアダム陣営、『贖罪のゼロ』の方の拙作とのコラボで起こったチェスになぞらえた戦力で戦う『痛し痒し』に倣ってアダムが結成した『赤陣営』の紹介回を作ってみた(なお文字数が思いの外増えたためところどころ巻きが入っています申し訳ない)ものとなります。

 一言で言えば没キャラ供養。そのためあとがきで語られる設定が長いです。


―――――フランス エリゼ宮殿

 

「やあこんにちは、調子はいかがかな?」

 

「貴様のおかげで最悪だ、泥人形」

 

 黒革の椅子に腰かけたエドガーは、額に青筋を立てモニターの向こう側の相手を迎えた。

 ひと目で作り笑いを浮かべているとわかる、露骨な皮肉のように相手に伝わるとわかって作っている笑顔で、通信相手――オリヴィエはエドガーへと友好的に話しかける。

 

「ああ、具合が悪いのはわかっているんだ。せっかく楽しくゲームに興じているのに、肝心のプレイヤーが腹痛を起こしているとなればそれはそれは」

 

 同情するよ、とオリヴィエは眉を寄せて悲しみを表現する。

 オリヴィエの言葉は、今の両者、そしてフランスという国の状態を表していた。

 

 

 現在、フランスの首都パリではMO能力を用いたと思われるテロが行われ、さらに未確認の武装勢力が沿岸で目撃され軍が対処に追われている。

 

 大統領官邸、エリゼ宮殿に構えるエドガーもあと少しで刺客が執務室に侵入するという状態まで詰め寄られていたが直属の部下の犠牲と丁度アメリカへと送り出そうとしていた駒の活躍により撃退する事に成功している。

 

 旅行客がテロの指導者と思われる男を撃ち果たし、それを切っ掛けに攻勢も揺らぎ、軍も体勢を整えつつあるため、状況は一応の落ち着きを見せ始めてはいるのだが。

 問題は、エドガーの強いカリスマの元に成り立つ支持基盤が揺らがないか、という点である。

 

 外部の勢力の侵入を許し、多くの死者を出した事によるエドガーへの追及。

 その点で、エドガーは無視し難い被害を自身も被っている。

 

 ニュートンの一族、その絶対者と言えども文明社会に生きる人間では逃れられない、周囲との関係性。本人の強さでは無く周囲を突く犯人の粘っこい悪意である。

 

 

「クハハ……その通りだ。どこぞの下等な食材から湧いて出てきたのか、雑菌が増えているようでな? 心当たりはあるか、亡霊」

 

「いやぁ見当もつかないね」

 

 しかし、それを意にも介さないという調子でエドガーはオリヴィエに言葉を返す。

 二人の間には、共通の認識があった。

 

『フランスを襲撃したのはオリヴィエの仕業』『エドガーはそれを知っている』

 

 その上で、二人は表面を繕いながら会話を進める。

 

 

 互いに嫌味を言い合いながら、通信は終わろうとしていた。

 オリヴィエからしてみれば、エドガーがまだ生きているかどうかの確認。

 エドガーからは、オリヴィエの言から何か情報が得られないかどうか。

 

 両者が知りたい情報を手に入れ、これ以上の会話は無駄だと判断した。

 そして、白々しい別れの挨拶をオリヴィエが言い、通信を切ろうとした瞬間だった。

 

 

「やあやあ二人とも仲良しで何よりだよ!」

 

 唐突にもう一つのモニターが光り、会話に第三者が乱入してくる。

 それに対して、忌々し気なエドガーと生ぬるい目線のオリヴィエ、両者の反応はそれぞれだ。

 

 アダム・ベイリアル。その姿はどこにでもいる印象の薄い一般人の少年が白衣を着ているとしか表現できない。

 しかしその内にある底知れぬ悪意を知っているからこそ、そんな彼が通信を入れてくる事に意味の無い遊びの可能性は高いが、逆にそれが何かしら理由あってのものならば、生温い内容ではないのだろう。

 そう考え両者は通信を止める手を遠ざける。

 

 

「……何の用だ」

 

 だが、それと長話に興じるかどうかはまた別の話だ。

 聞いているだけで頭が痛くなるような狂人の話題など、早々に流すに限る。

 

 

「おおっ、いきなりそれ聞いちゃう!? じゃあ、手っ取り早く用件から言うと――」

 

 

 

 

 

「僕もゲームに入れてよ!」

 

「……」

 

「……ほう」

 

 アダムの突然の言葉に、両者は微かに興味を示す。

 それが両者が想像していたものとは異なっていた、という事もあるのだろう。

 

「しかし随分と急な話だね」

 

 のんびりとした口調で、紅茶のカップを手の平で弄んでいるオリヴィエ。

 

「ゲームマスターが盤に入るだと?」

 

 一方でアダムへの嫌悪を剥き出しにしているエドガー。

 現在オリヴィエとエドガーの間で行われている、アメリカを舞台とした陣取りゲーム『痛し痒し』。アダムはその盤を用意し、証拠隠滅から細かい準備などでゲームが回るように場を整えた仕掛け人だ。

 

 だが、そんな彼がゲームに参加したいと言う。

 

「何の風の吹き回しだ?」

 

「いやぁ、見てるだけなの、飽きてきちゃってね!」

 

 相も変わらずどうしようも無い奴だ。その理由に、エドガーはアダムの元々底にある評価を一々変えはしない。

 自身の興味の赴くままに国を滅ぼす事も厭わない狂人の集団の代表だ、観戦は飽きたから気まぐれに、というその理由はある意味この上無く納得が行くとも言える。

 

「しかしいいのかい、アダム君」

 

「ん?」

 

 そこで、黙っていたオリヴィエが口を挟む。

 

「君達の地球における同胞はもう多くないのだろう? ……私は兎も角これを機にエドガー君や本家の皆様が介入してきたら、地球での基盤を失ってしまうのではないかな?」

 

 オリヴィエの疑問。それは、アダムが地球で動員できる戦力について。

 アダム・ベイリアルという集団は現在地球では敵対者、アーク計画の遊撃部隊やニュートンの一族の手の者によってその数を大きく減じている。

 一人一人が一筋縄ではいかない曲者の集まりではある。本人達が動かずともその研究成果によって得られた奇怪な戦力も有している事だろう。だが、それは大々的に動いてしまって察知されても凌げるものなのか、という点だ。

 

 火星に構えているアダム・ベイリアル本人としては問題は無いだろう。直属の強大な戦力を有している事も知っている。だが、地球での影響力を失ってしまえば色々と不便なのでは、という疑問だった。

 

「やだなぁオリヴィエ君、僕たちは自由を愛する研究者集団、アダム・ベイリアルだぜ? 皆に特攻しろ、なんて言って言う事聞くわけないじゃないか!」

 

「……ふむ。それはつまり」

 

「イエス! 僕が準備した(・・・・・・)戦力だけを使うよ(・・・・・・・・)

 

 アダム・ベイリアルという集団では無く、彼、アダム・ベイリアルという代表者の単独での参戦。

 そうかそれなら問題無いね、と納得した様子のオリヴィエだったが、一方のエドガーはそうでは無い様子だ。

 

「貴様のような小粒一つで余と争おうと? 思い上がるなよ、黒幕気取り」

 

 エドガー、オリヴィエが用意した戦力で争う『痛し痒し』。両者は紛れも無いニュートンの上位者である。

 だが、その争いにアダム・ベイリアルなどという連中が、しかも代表一人が用意した戦力、という平等な条件で入って来ると? それこそが不平等だ。全員でかかってきてようやく相手になる。

 そのような、

 

「エドガー君、君は勘違いをしているよ。いくら途中参戦と言っても、自分が用意した盤に入るわけないじゃないか! それくらいのマナー意識はあるんだよ、僕にも!」

 

 どの口が、というツッコミは置いておくとして、エドガーとオリヴィエ、両者はアダムが何を言わんとするのか捉えられずにいた。いや、正確には可能性としては思い至ってはいるのだが、それは無いだろうと考えていた。

 

 

「僕が入れてもらうのは、君達が僕をそっちのけで遊んでる方さ! 仲間はずれ、良くないよ!」

 

 まさか、ルール無用の潰し合いの戦場に、自分だけルールに則って入って来るなど。

 

 投入できる戦力がチェスの駒になぞらえた形で制限される『痛し痒し』と違い、そのルールの外にある現在フランスで起こっているのは、両者制限無しの死闘である。

 互いに隠している戦力こそあるが、やろうと思えばそれこそ総力戦を行う事すら可能となる。

 

 

 そこに、『痛し痒し』のルールに従った形での戦力を送る。

 人間とテラフォーマー、合わせておおよそ3,40程。その数で、一国を支配するニュートンの一族の二人のほぼ総力と激突する。

 例えるならば、濁流に笹船で挑むようなものだ。

 

 

「……よかろう。その自殺、手伝ってやる」

 

「いくらキングが取られないとはいえ、あまりお勧めはしないね」

 

 

 激昂を通り越して呆れた様子のエドガーと止めておいた方がいいと思うけど、というオリヴィエに、アダムはただただ微笑む。

 二人は、アダムが一体何を言っているのか、それが自分達をどれほど冒涜している行いなのか、理解している。

 

 これは、二人にとっての『痛し痒し』と同じだ。エドガーが、オリヴィエが、たった数十人でアメリカという国家の全力を相手にしながら占領できる自信があるように。アダムもまた、フランスとフィンランド、両者の本拠地を数十人で制圧できるんだぜ! などと言っているのだ。

 

「まあ決めたのなら仕方が無い。君が選んだ精兵がどれ程のものか楽しみにしているよ、アダム君」

 

「せいぜい足掻き余を興じさせる事だな」

 

 用件は済んだ。もういい。両者は今度こそ、通信を切る。

 

 奴が自分達の陣営全てを相手取れるだけの戦力を持っているとは思わない。だが、油断もしない。

 いずれ神に至る者の矜持として、刃向かう者あれば捻り潰すのみ。

 

  

 

 

 紛れも無い、絶対者としての自信とそれに裏打ちされた強さ。

 さあさあ戦争だ。それを砕かれた時、君達はどんな顔をするだろうか?

 

 火星に設けられた、研究施設の一室。

 そこには、暗転した二つのモニターと、ただ明るく笑う狂人のみが残されていた。

 

 

 

 

 

 

「なぁんて、どうどう? カッコよかったでしょ僕!」

 

 とある宮殿の廃墟、その大広間。

 栄枯盛衰、時代のロマンを感じさせるその場所に設けられた場違いなモニターを眺めるのは、一人だけだった。

 

 

「ねえ代表ー、代表は何でそんな自信満々なの? おバカさんなの?」

 

 

 悪意の無い瞳でモニターの先のアダムを見つめながら開口一番に毒を吐いたのは、テーブルに座って寒天を食べている小学校低学年程の少女だ。

 

 灰色の混じった金髪に、サイドテールがぴょこぴょこと揺れる。服装も、これと言って特筆する事も無いワンピース。見た目だけで考えれば、それはどこにでもいる一般家庭の子どもにしか見えないだろう。

 

 

 だが、頭から被っている電波塔のような檻のような奇妙な物体が、その印象を一気に非日常のそれへと引きずり込む。

 

 

「お相手の二人、代表と同格なの。二人同時に相手にするの? 1と2、どっちが大きいかもわからないの? ううん、代表はかしこいからわかってやってるよね。じゃあ『まぞ』ってやつなの? きっとそうなのね!」

 

 

「僕の性癖を勝手に決めて納得されるのは困るんだけどなぁ! 流石僕たちの一人だ、と同時に何だこの悪い子は! なんて怒っちゃうぞ!」

 

 

 きゃいきゃいと言い合いに興じる両者。二人の容姿も相まって、それは喧嘩をする子ども同士にしか見えない。

 

 

 

「取り込み中か? ……そら、土産だ」

 

 

 そこに、新手が現れた。

 言葉と共に、ボーリング玉のような何かが放り投げられる。

 

 

 声の主は少女から数メートル離れた位置に立つ、扉をくぐってこの場所に訪れた男だった。

 

  

 黒の高級スーツを着こなした、中年の男性だ。

 その『土産』を見た少女とアダムは、これは大層なものを、と冗談めかしてそれを眺める。

 

 

 

 それは、生首だった。金の長髪に、作り物のような方向性の整った顔。

 槍の一族の王、オリヴィエ・G・ニュートンの。

 

 

「確かに戦力が不足しているのは尤もだ。だが、それを何とか覆すのがお前の役目だと聞いていたが、『僧侶(ビショップ)』」

 

 

 だが、普通であれば看過できない人間のものであろうその生首はどうでもいい、とでも言わんとするかのように、男は会話に混じる。

 そこに不満を表したのが、話しかけられた少女だった。

 

 

 

「おじさんは事務的すぎるの! 役職じゃなくて、ちゃんと名前で呼んで欲しいの! ねえ、『赤の城塞(ルーク)』さん、私たちの大嫌いないちぞくの(・・・・・)、ヴラディラウス・ペドロ・ゲガルドおじさん?」

 

 

 一緒にお仕事するんだから、もっと仲良くしたいの。

 そう主張しながらも、少女の言葉には子供じみた嫌がらせの混じった棘と悪意が多分に含まれている。

 

 子どもの言う事だ。大の大人がムキになる事では無い。

 そう、普段は紳士的な性格である彼、ヴラディラウスなら考えるだろう。だが。

 

 

「その(キング)に似てよく回る口を抉り取ってやろうか、『赤の僧侶(ビショップ)』アダム・ベイリアル・ピニャコラーダ」

 

 返した言葉は、平静を保てていない彼の苛立ちの二つの理由の内の一つをそのまま表していた。

 ニュートンの一族とアダム・ベイリアル。犬猿の仲では収まらない血みどろの敵対関係。それが、両者の属する家系と組織の関わり方であるのだから。

 

 

「まあ、おじさんがフキゲンに私に当たる気持ちもよくわかるの! だって――」

 

 少女、ピニャコラーダがそれを言い終える事は無かった。

 喉を含めた十数カ所に無数の穴が空き、もはや喋る事が叶うような状態では無かったからだ。

 

 

「ヒュウ! さっすがー!」

 

 モニターからの拍手に露骨に嫌そうな表情を浮かべながら、ヴラディラウスは自身の武器をしまい込む。

 血に濡れた無数の槍……自身の体内から突き出した、白色の湾曲したそれを自分の体に沈み込ませるという形で。

 

 

「すまないな、仮初の主よ。だが僧侶(ビショップ)は……」

 

 黒色に黄色がまだらに散った色へと変色した彼は、顎髭を撫でながらアダムにこの程度で死ぬなど、もっとマシな人材はいなかったのか? と苦言を呈そうとする。しかし、その言葉を途中で止めた。

 

 どうも、槍が刺さった感触がおかしかったからだ。

 腹に突き刺さった部分に内臓を抉り取った感触が、無かった。様々な器官を穿ったのではなく、どこまでも単一な柔らかい肉を刺したかのような、異質な手ごたえが伝わって来たのだ。

 

 

「ひどいねおじさんは! 息子さんが実験材料にされただけでフキゲンになってか弱い女の子をぐさぐさするなんて『けーさつ』に『つーほう』するの!」

 

 グチャグチャという気味の悪い音と共に、心臓、喉という急所を潰されたはずのピニャコラーダは平然と立ち上がる。ヴラディスラウスを挑発しながら。

 

 

「あー……」

 

 アダムはヒートアップする両者を止めようとするが、貴公は、代表は黙っていろという互いの無言の目に言葉を失う。扱いとしては(キング)なのに立場が弱い。

 

 

 何か面白そうだったからオリヴィエ君とこから離反させてみたけど、コレ戦い始める前に分裂するんじゃね? という疑惑がアダムの内心に渦巻く。

 ニュートンの一族とアダム・ベイリアルから構成される陣営。最強と最悪を合わせて最恐だ! 的な理論の元集められたこの人材であるが、トンカツとカレーを組み合わせてより美味しい、というよりはカレーにケーキをぶち込んだタイプのものだったのかもしれない。

 

 

 

「まあ、ダメよ二人共! 卵は割れちゃったら王様の家来が皆頑張っても元には戻せないのよ?」

 

 だが、捨てる部下あれば救う部下ありとでも言うべきか。

 殺意を滾らせ向かい合う両者の間に、突如として場に現れた人間が一人、割って入った。

 

 

「おねーさん、だれ?」

「……」

 

 ハイ喧嘩は止めて、と二人を互いから遮るように立っていたのは、一人の若い女性だった。

 だが、向き合う両者はその言葉に反して同時に戦闘態勢を取っていた。

 

 ……その仲裁者の歪な気配を察知して。

 ワインレッドに染められたウェデングドレスを身に纏った、二十と少し、くらいの見た目の女性。

 その金の髪は白のベールで覆われ、頭からはウサギの耳を彷彿とさせる髪飾りが空に向かって伸びている。

 

 ドレスの所々に描かれているのは、チェス盤や帽子の意匠。小物としていくつもの小さな懐中時計がぶら下がり、彼女の動きに合わせてちゃらちゃらと鎖が音を立てる。 

 

 そして何より、腰の部分に刻まれた、食いつくされた林檎の芯とそれに巻き付く幼虫の意匠。アダム・ベイリアルの象徴たる印である。

 

 だが、その姿を見て両者は同時に敵意を真っ向からぶつける。

 

「狂人どもに囲まれた状態で戦えと?」

 

 ヴラディスラウスが注目したのは、幼虫の印。彼女はアダム・ベイリアルと関係深い何かだ。

 

 

「おねーさん……『いちぞく』の人だ」

 

 ピニャコラーダが注目したのは、その姿。美しい容姿に、俊敏な動きと卓越した体捌き。それは肉体レベルで常人の域を超えた、ニュートンの一族の者。

 

 

「いけないわ、いけないわ! アダムおじさまに迷惑がかかっちゃうもの! ブージャムに会いたく無かったら、ちゃんと一緒に頑張りましょ?」

 

 

 ニュートンの一族は生かしておかない。アダム・ベイリアルは生かしておかない。それぞれの本能に根差した殺意から、女性の言葉を耳に入れる事は無く、ヴラディスラウスとピニャコラーダは左右から仕留めんと攻撃を繰り出す。繰り出した、はずだった。

 

「紹介しようか。彼女はアストリス。アストリス・メギストス・ニュートン。君達の上司、『赤の女王』だよ」

 

 女性、アストリスの立場を説明したアダムの言葉が、沈黙と共に受け入れられる。

 ニュートン、というその姓に対する疑問でも、そのニュートンがアダムに傅いている事実でも無く、彼女という一個体の御業による驚愕と恐怖に塗りつぶされるという形で。

 

「……!」

 

 ヴラディスラウスの額に、冷や汗が一筋流れる。槍の穂先を何の抵抗も無く切断し、そのまま喉に突きつけられたナイフを視界に収め。

 

「ぴゃっ!?」

 

 小さく悲鳴を上げたピニャコラーダ。その手は、アストリスの手に握られていた。直後、違和感と共にその触れた部分が独りでに蠢く。

 爪が勝手に伸び、まるで肉食動物のような鋭く尖ったものへと変質していく。

 

 

 

「二人共、落ち着いたかい? じゃあ、僕たちは陣営その四! 灰色はもう使っちゃったから赤陣営、(キング)として作戦を伝えよう! 差し当たって、まずは……」

 

 

 強制的に沈黙させられた城塞(ルーク)僧侶(ビショップ)に満足した様子で、アダムはようやく本題へと入る。

 

 

 

 

「とりあえずフランスとフィンランド滅ぼして、二人を孤立させちゃおう!」

 

 事も無げに、破滅を口にした。

 

 

――――――――――――――――

――――――昨日 神殿最奥部

 

 

「待たせてしまってすまないね」

 

 通信を切り、オリヴィエは玉座から眼下に傅く男を見やった。

 

 黒の高級スーツに身を包んだ中年の男性だ。

 筋量が特筆して多いというわけでは無いがスーツ越しにも伺える引き締まった肉体に、揃えられた口髭。

 一族の人間としてはもはや当たり前の領域となっている整った容貌は憂いの色を帯びており、普段の鋭い目つきは今は抑えられている。

 

 

「……勿体無きお言葉」

 

「彼の事はとても残念に思うよ、ヴラディスラウス」

 

 

 オリヴィエの慰めの言葉で男、ヴラディスラウスの脳内に渦巻くのは、先日の記憶だった。

 

『父上。オリヴィエ様の名の下、聖戦に行って参ります。この戦果を以て、私こそが当主に相応しいのだと証明して見せましょう』

 

 普段真面目な報告をする時と同じ、落ち着き払った態度と口調で。

 しかし、本人は隠しているつもりでも自分にはよくわかる、喜びこそあるが隠しきれない、怒りの感情を由来とする興奮。……少し心配だ。

 そして、不安は的中した。

 

 それが、彼と息子との最後の会話となった。

 

 

 ヴラディスラウス・ペドロ・ゲガルド。

 彼が息子、『白の城塞(ルーク)』、ルイス・ペドロ・ゲガルドの戦死の報を聞いたのは、昨夜の事であった。それから、もう一つ、とある情報を手に入れたのも。

 その結果としてオリヴィエへの謁見を申し入れ、今現在彼はこの場、神殿の最奥部である玉座の間で一族の主に傅いている。

 

 

「オリヴィエ様。貴方が私に約束していただいた内容は覚えておいでですか?」

 

「"君に対して嘘を付かない"だったかな? 覚えているとも」

 

 挨拶も早々に、ヴラディスラウスはオリヴィエに対して話を切り出す。

 内容は、これから行う質問に対しての、最初の確認作業だ。

 

 彼はオリヴィエや現当主の希维、前当主の彼の父といったゲガルド家の中枢を担う人間に対し良い感情を持っていなかった。

 そんな彼を繋ぎ止めるためにオリヴィエが持ちだした、何でも好きなものを与えよう、という契約。それに対する要求が、この"自分に対して嘘を付くな"というものだった。

 

 

「覚えていらっしゃるのであれば問題はありません。単刀直入にお聞きしましょう……我が息子は、ルイスは最期まで立派に戦い抜きましたか?」

 

 息子の死に涙を流す。彼はニュートンの一族としての肉体と頭脳を持っていたが、少なくとも精神性においては普通、といえる父親だった。

 だが同時に、息子は納得していたのだろうとも思った。自分は好意的な感情を抱いてはいないが、息子にとっては崇拝に近い敬意を持っている一族の主、オリヴィエ。その命に殉じて誇り高く戦い散ったのであれば、先立たれた自分や妻は悲しみこそ抱けど、本人は満足だったのではないかと。

 

 

「ああ、勿論だとも。私と希维が同時に戦って分が悪い相手を一度は押し込む直前まで至ったんだ。ルイスは紛れも無く勇敢な忠義の徒だったよ」

 

 神妙なオリヴィエの態度。

 

 

 ……違う。

 

「……質問の仕方が悪かったようだ。もう一つ、聞かせていただく」

 

 そこで空気が変わった。自身の、息子の仕える主。それに対する敬意が揺らぎ、代わりに心の奥底から流れ出るのは、激しい怒り。

 

 

「ルイスは、満足して、納得して死んだか? そうで無くても、最期に感じていたのは自身の至らなさに対する貴公への謝罪だったか?」

 

「……」

 

 

『いやあお悔み申し上げるよ! 本当にかわいそうだ! ルイス君、神様みたいに思ってた相手に実験材料にされて殺された上体まで乗っ取られたんだから!』 

 

 

 父として、そのような場に至った時にルイスがどのような事を思うのかは容易に想像が付く。

 戦い抜いた事に対して満足か、それとも、己の使命を果たせなかった事に対する無念からのオリヴィエへの謝罪だろう。

 だが、実際は違うのだろう? 逃げさせはしない。

 

「……」

 

「嘘が付けないならば、答えない……それが答えだと、受け取らせてもらう」

 

 一族への嫌がらせを生きがいとする白衣の狂人と、自分とは相いれないが曲りなりにも己の家系に連なる主。

 どちらを信用できるかと言われれば、後者に天秤が傾く。

 

 そう、信じていた。だが、現実は違った。

 あれは戯言では無く、真実だったのだ。俺の息子は、この目の前の人間ごっこをしている何かの食い物にされたのだ。

 

「だとすれば、どうする――」

 

「我が一族を愚弄するな、化物」

 

 瞬間、オリヴィエの言葉の終わりを待つまでもなく、その喉に向けて槍の一刺しが繰り出される。

 それを玉座に座った状態から打ち払ったのも、同じ武器、槍である。

 

 

 一瞬で玉座まで踏み込んだヴラディスラウスの一撃を払い、オリヴィエは立ち上がる。

 ニュートンの一族、その当主と同列の肉体。

 なるほど確かに凶悪だ。

 

 

 先ほどオリヴィエに奇襲を仕掛けたヴラディスラウスと同じ、ニュートンの身体能力を万全に用いた常人には瞬間移動としか認識できない歩法。

 その動きで、オリヴィエはヴラディスラウスへと肉薄する。

 ニュートンの身体能力。だが、それを動かす両者の中身は、どうだろうか?

 

 

「『赤の(キング)』より、伝言だ。「夕暮れの河原で殴り合うような爽やかなバトルにしようぜ! あ、あと部下のメンタルケアはちゃんとしようよ!」とな……これで終わりでは無いとはわかっているが死ね、妄執に憑りつかれた狂人め」

 

 

 答え合わせは答案用紙に書きこむ暇も無く与えられる。 

 ……その程度であれば、我が槍に捉えられぬ道理無し。

 

 

 決着は、一瞬だった。

 

 その戦いと名からかつての偉人に名を取り、『串刺し公』と恐れられしゲガルドきっての武人。

 彼の道は、この日槍の一族から分かたれた。

――――――――――――

 

「っ、あっ……」

 

 苦痛を堪えながら、ニールは立ち上がる。

 誇り高い、フランスという国の守護者。

 

 軍人としての自分に、誇りを持っていた。共に頑張ろう、と励まし合っていた。

 

 だが、周囲に散らばるのは、その仲間達の屍。

 

「もう終わりなの? 『くちだけばんちょう』ってやつなの!」

 

 その屍の中心に立つのは、彼にとって信じ難い事に年端もいかないたった一人の少女だった。

 沿岸部に現れたという未知の武装勢力への対処。有事には戦闘になる事もある、とは聞いていたが、相手は銃器で武装した兵士やテロリストでは無く、人間を超越した異形だった。

 

 ぐにゃりと少女の体が蠢き、その肉体は人間のものから不定形へと姿を変えていく。

 怪物だ。間違い無い。コイツは、普通の人間などでは無い。

 

 

 ……そう、自分達と、同じで。

 ニールは、自分の懐から、注射器を取り出す。

 

 MO手術。自分はこれを受けて、生き残った。

 思い返せば、誰にも期待されなかった人生だった。親には見捨てられ、友はできず。

 

 選ばれし者、強大な力には責任が伴うとは、誰の言葉だっただろうか。

 勉強はできない。運動も特別できたわけでは無い。でも、自分はこれに生き残った。選ばれた力を手に入れる事ができた。

 

 ぐにゃりぐにゃりと不定形の怪物の体が流動し、再び少女の形を取る。

 

 やってやる。見守っていてくれ。

 ……はは。何が、期待されてない、だ。

 

 もう一度、思い返す。昔の自分じゃなくて、新しい思い出をこの戦場に散らばる屍の、一人一人の顔と名前、彼らと共に過ごした時を

 皆は俺に期待してくれた。俺が何とかできる、と思っていたからこそ、俺を庇って、死んだんだ。

 

 震えを抑え込む。

 

 

「オオオォォ!!」

 

 死の恐怖に負けないよう、叫び、ニールは『薬』を何本も同時に己へと打ち込む。

 自分が根源から別の存在へと変わる、恐怖。だが、それ以上に彼を包んだのが、この国を守る力を得る事に対する高揚感。

 

 脚を一本、踏み出す。想定していた数倍の距離が詰められ、怪物がたじろぐ。

 

 腕から生えた刃を振るい、怪物の体を抉り取る。

 遅い。これまで自分達をなす術無く蹂躙していた怪物が、今はあまりに脆い。

 

 腕を振るうたびに、必死に防御し、逃げようとする怪物。

 

 

 逃がすわけが無い。貴様は、ここで殺す。俺と一緒に地獄に道連れにしてやる。

 俺の体は限界だ。この『薬』の量に耐えられはしないだろう。

 だけど、無辜の民が沢山、死ぬくらいなら。せめて、お前を葬り去ってやる。

 

 別に一般人の為に自分の命を捨てる尊い犠牲なんかじゃない。

 俺は、俺が皆を救えると期待してくれた仲間達の為に、自分の命を燃やすんだ。

 

 

 ニールの一撃は、怪物の体を次々と抉っていく。

 そして、結末が訪れる。

 怪物の体内に埋まっている、球体のようなもの。

 これが何度砕いても蘇る奴の核だ。ニールには、そう直感で理解できた。

 

「あ、あ……」

 

 だが、世界は残酷で。ニールの腕の刃が、根本が腐ったかのようにぼろりと崩壊する。

 過剰摂取の、限界。

 

 口からは大量の血を吐き、体が別の生物へと変えられていく。

 そんな、ダメ、なのか?

 

 

 

 

「所詮、『ぼんじん』はこんなものなの」

 

 せせら笑う怪物。その眼前で、がくりと膝を突き、ニールは。

 

 

 

―――テメェだけは、道連れだ。

 

 その拳を、己の命の全てをかけて怪物の核へと叩きこんだ。

 

「あ、えっ」

 

 茫然と、怪物が砕けた核を見つめる。何で、何で、と虚ろに呟く怪物の体が、ぼろぼろと崩れていく。

 ざまあ、みやがれ。

 

 これが、俺の最後の足掻きだ。仇、取ってやったぜ。

 誰かのために、自分はなれたんだ。

 

 血の海に沈むなか、ニールは、満足げに笑い、その意識を手放そうとして。

 

「ニール! おい、大丈夫か」

 

 その声は、もう亡きはずの仲間のもので、思わずニールは閉じかけていた目を開く。

 視界には、ニールを心配そうに見つめる、仲間達の姿。

 

 

 何で、何で、ここは、天国なのか?

 

「いや、何とか重傷で済んだみたいでさ、お前も助かったんだ……ホントに、奇跡ってやつだよ……全部、お前のおかげだ」

 

 照れくさそうに笑う戦友。生きている、自分。頬を引っ張ってみる。皮膚が伸びる痛み。ああ、夢じゃない。夢じゃないんだ!

 

 

「これからもよろしくな、戦友!」

 

 友か自分か。どちらからともなく言葉を出し、手を握る。

 ああ、自分が必要とされる場所は、ここにあったんだ。

 

 ニールは満足感を覚えながら、疲れからか今度こそ、無意識の世界へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、あっ……」

 

 苦痛を堪えながら、ニールは立ち上がる。

 誇り高い、フランスという国の守護者。

 

 軍人としての自分に、誇りを持っていた。共に頑張ろう、と励まし合っていた。

 

 だが、周囲に散らばるのは、その仲間達の屍。

 

「もう終わりなの? 『くちだけばんちょう』ってやつなの!」

 

 その屍の中心に立つのは、彼にとって信じ難い事に年端もいかないたった一人の少女だった。

 沿岸部に現れたという未知の武装勢力への対処。有事には戦闘になる事もある、とは聞いていたが、相手は銃器で武装した兵士やテロリストでは無く、人間を超越した異形だった。

 

 ぐにゃりと少女の体が蠢き、その肉体は人間のものから不定形へと姿を変えていく。

 怪物だ。間違い無い。コイツは、普通の人間などでは無い。

 

 

 ……そう、自分達と、同じで。

 ニールは、自分の懐から、注射器を取り出す。

 

 MO手術。自分はこれを受けて、生き残った。

 思い返せば、誰にも期待されなかった人生だった。親には見捨てられ、友はできず。

 

 選ばれし者、強大な力には責任が伴うとは、誰の言葉だっただろうか。

 勉強はできない。運動も特別できたわけでは無い。でも、自分はこれに生き残った。選ばれた力を手に入れる事ができた。

 

「……ん?」

 

 頭痛と共に、微かな違和感。一体、何だろうか。

 いや、そんなものを気にしている何て、馬鹿馬鹿しい。

 

 ニールは死出の旅への恐怖を振り払うため、首を振り。

 何本もの注射器を、自分の太腿へと刺した。

 

 

 

 その先に待っているのが全てが上手く行って皆が生きているハッピーエンドである事なんて、記憶には無いまま。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

「この世界は、苦しいの」

 

 作業用の回転椅子の上で膝を抱えて、少女は呟く。

 

「皆に、幸せになってもらいたいの」

 

 この世界は、苦しい。人にとっても、生き物にとっても。

 生き物が大好きだった。図鑑を見て興奮して、こんな沢山の、形も大きさも生き方も違う皆が、この星には暮らしているんだと感動した。

 

 

 

私達(にんげん)は、他の皆に迷惑をかけてるの。でも、皆の中に、私達(にんげん)もいるの」

 

 くるりくるりと終わりの無い円環が如く、彼女は椅子を回し、一周して元の場所へと戻って来る。

 世界が良心と幸福に満ちている事を願った。無邪気な、幼い心で。

 

 誰も傷つかない、人間も他の生き物も全員が幸せになる方法に、思い至った。夢物語と呼ぶには歪で恐ろしい、世界を侵す狂気に等しい手段で。

 

 

 人間や他の動物さん達が、誰も傷つかない、誰もが幸福に生きられる世界。それは幼い子どもが見る夢そのもので、でもその解決法として思い至った手段は不幸な事に腐り穢れていて、最も不幸な事は、それを実現できるだけの頭脳と実行に移すだけの行動力、その夢をケラケラ笑いながら後押しする同胞、という環境を少女は偶然にも持ってしまっていた、という事だった。

 

 

 

 私達(にんげん)が夢の中で幸せになれるなら、そうすればいい。

 動物さん達がそうじゃないなら、その場所は渡しちゃえばいい。

 

 私達(にんげん)は、夢だけを見られれば、それで。

 

 

 

 栄養液に繋がれた無数の水槽が連ねられた、薄暗い実験室。

 そこに収められた幸せな夢を繰り返す脳髄たちに、年相応の無垢な笑顔を向ける。

 

 

 はやく、この世界の皆が幸せになれるといいな。あ、『いちぞく』の悪い人達はそのまえにおしおきだけどね!

 

 

 

 白衣の狂気が一角、アダム・ベイリアル・ピニャコラーダは夢を見る。

 人間が、夢だけを見られる世界の夢を。




ご観覧、ありがとうございました!

 コラボ編の設定見てて思った事:こっちのコラボ編のキャラ、悉く名前長くね?

~キャラ、ベース等紹介~

 ヴラディスラウス・ペドロ・ゲガルド
 48歳
 189cm 84㎏ スペイン
αMO手術"両生類型"イベリアトゲイモリ

 ルイスの父。端折られたものの実のところ結構な親バカであった。
 肋骨を体から突き出して敵を撃退する仰天生物、イベリアトゲイモリが手術ベース。息子に倣う形で体から槍が突き出す、毒持ちという部分に加えてルイスの持つ変色が無い代わりに高い再生能力を持っている。
 
 性格が合わなかったためオリヴィエとの関係は悪いが、実力そのものは意見の相違さえ無ければゲガルド家の当主に選ばれていたレベル。
 正面勝負ではオリヴィエを普通に殺せるだけの強者である。

 名前の由来は槍って所からドラキュラの元ネタとして有名な歴史上の人物、ヴラド・ツェペシュのラテン語から。ドラクル、ってのが元々竜を差す言葉なのでトカゲ系に近い見た目のイモリがベースでさらに槍、串刺しと来たらこれがいいよね!という作者の中では中々のこじつけ理屈レベルの高さを誇る。


 アダム・ベイリアル・ピニャコラーダ
 8歳
 129cm 27㎏
αMO+紅式手術ベース"菌類型"ムラサキホコリ
 専攻:『脳科学』 象徴:『幸福』

 オリジナルアダム枠の天才系幼女。赤陣営会議ではクソガキ感に満ち溢れているけれど、中身の部分は夢にむかってひたむきで優しい性格。ただし方向性は歪みに歪んでいる。

 若干オサレ感と演出重視でわかり辛かったため説明すると、彼女の最終目標は『全人類を水槽の中の脳にして幸せな夢を見させ続ける』事。生物が大好きでそれを奪う人間による自然破壊に心を痛めていた、でも人間も紛れも無い生物だから幸せであって欲しい。
 だから、人間は脳だけで夢の世界でコンパクトに収めて、動物は人間がいなくなって空いた大自然でそれぞれ幸せに生きよう、という思考。

 なお、彼女は既に自分の体を実験で捨てており、本体は研究所の中の水槽の脳。
 本編で出てきたのは信号を受信する装置を埋め込んだクローンである。
 手術ベースは粘菌の一種、ムラサキホコリ。
 
 紅式手術とαMO手術の複合により常時能力が高い状態で発現しており、その体は『粘菌の能力を持つ人間』というよりは『人間の形をした粘菌』という状態になっている。大部分の臓器、脳も含めて神経系以外のほぼすべてが粘菌の塊に置き換わっており、本体からの信号を受信する装置がいくつも体に埋め込まれている。だから人間から大きくかけ離れた変形も容易いし、内臓や頭を潰されても平然としている。

 原作でのイワンの蔓みたいに粘菌の原形質を地中に伸ばしてそこに受信機を隠しているため、体が破壊されたように見えても受信機が残っていればそこから増殖して復活する。攻撃に関してはヨーゼフのアメーバ的攻撃とアダムテクノロジーの兵器使ったり?(いまいち未定)

 没案の没案では下半神の姪っ子的設定で特定部位複合型で頭から上がクリオネだの植物の花だのいろんな生物の頭部と言える部分が生えてくる感じのもありました。

 名前は何か間抜けだけど恐ろしそうな感じもあるアダムっぽいイメージが欲しいな、と考えてて何となく頭に入っていた単語から。カクテルの名前だったんですね。

 水槽の中の脳→ミ=ゴ→菌類みたいな思考パターンでベースは決まった。滅茶苦茶広域に広がった粘菌を用いた生体コンピュータとか水槽の中の脳を直結して超処理能力で戦闘で相手の動きを読む、みたいな設定も考えたけど粘菌コンピュータってたぶんそういう意味のコンピュータじゃねえよなと思い留まった。


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第596話 魔法少女まりゅすく☆えりしあ天国篇(1/2)

 うつら、うつらと船をこぐ。

 冬のさ中に少しだけ春がやって来たみたいな今日はぽかぽかと暖かくて、気を抜けばまた、夢の世界に落ちてしまいそうで。

 

 でも、わたしには今日、やらなければならない事があるのです。

 早く起きなくちゃ。

 あ、でもやっぱり3時間くらいお布団と一緒に…。

 

「……」

 

 ふと、そこでわたしは違和感に気付きました。

 お腹の上に重さを感じ、さらには視線を感じます。目を閉じていてもわかる、すごい目力です。

 

「…………」

 

 お母さんでしょうか。恭華お姉ちゃんかナターシャお姉ちゃん?

 いいえ、きっとその内の誰でもないでしょう。

 なぜならば、わたしの姉たちとお母さんは、こういう時には必ずハイテンションで起こしに来るからです。

 ただ待つ、なんてするはずがありませんから。

 

 ヨハンお兄ちゃん…はあり得ないとして、バイロンお兄ちゃんでしょうか。

 だとしたら殺します。年頃の女の子をなんだと思っているのでしょうか。

 

 いいえ、それもありませんね。バイロンお兄ちゃんはそんな事をすれば家族の手により自分が人間から肉塊にジョブチェンジするという事をよく知っていますから。

 

 ……あれ? じゃあ、誰なんでしょう。

 ここは、わたしの家。家族は誰もこんな起こし方をしないはず。

 

 ……怪奇現象、の四文字が頭に浮かびます。

 誰なのか確かめたい。でも目を開ければそこに待っているのは血まみれの長い黒髪の女の人……。

 

 ぶるり、と体が震えます。そして、最悪な事に、感覚が徐々に夢の中から現実に戻るにつれ、逃れられぬ生理現象の波が。

 

 ……お手洗いを必死に我慢するわたしVS怪奇現象(仮)。勝負の行方や如何に……!

 

 

「おはようございますお化けさん!!」

 

 3分で降伏しました。怪奇現象とお布団の世界地図、秤にかけた結果です。

 勢いで何とかなるのでは? とか思い、眼を開けたその先にいたものは―――

 

「……ん」

 

 長い髪の女性、でした。

 

 ……いいえ、それはお化けではないのです。

 長い髪だけど、古典的な幽霊のそれと違って朝日を浴びて輝く綺麗な金髪。

 どこか高貴さを感じさせる整った顔立ち。

 そして、なでなでもふもふしたくなる可愛らしい、その幼い女の子は。

 

「……おはようございます、リンネちゃん」

 

「……」

 

 朝の挨拶に無言を返し、布団越しにわたしのお腹の上に乗っているリンネちゃんは、すっと左手で部屋の片隅を指差し、右手でそこに持った本を差し出してきます。

 

 ……時計が指し示す時刻、現在、午前11時。

 持っている本の題名、『初心者でも簡単! 手作りチョコの作り方!』。

 カレンダーの日付はそう、2月の14日。

 

 

―――――――リンネちゃん、チョコレートが作りたいんですか? だったら、明日わたしの家でいっしょに作りましょう! えーっと……朝8時くらいに集合にしましょっか!

 

 

「ごめんなさいわたしが悪かったです!!」

 

 完全に目が覚めて。

 リンネちゃんからは、無表情で、しかし明らかな不満が感じ取れました。

 丁重にお腹の上から彼女をおろし、起き上がり。

 

 わたしは朝一番、華麗なDOGEZAを決めたのでした。

 

 2月14日、そう、バレンタインデー。

 日ごろの感謝を、秘めた想いの告白を、お世話になっている人たちに、気になるあの人にする一日。

 

 人々の喜怒哀楽入り混じる1日を、わたしはいっぱいの申し訳なさから始めました。

 

―――――――――――――――――

―――ゲガルド家・地下研究プラント中枢

 

「緊急会議を始めよう」

 

 ゲガルド家の朝は早い。

 新緑町や隣町に広く勢力圏を持つ古くからの名家である彼らは、当然ながら他の諸勢力との縄張り争いにも精を出している。

 それはフランスの領事館であったり、新緑町に本社を構える健康食品会社であったり、時に友好関係を気付いているはずの隣町の大病院だったりする。

 

 各々持てる限りの手段を尽くし陰謀を巡らせる彼らに休みなどない。

 そして、緊急の招集。なにかが起こったのだろう。それも、自分達が対処せねばならないような事案が。

 故にこのうららかな暖かい朝の日差しを浴びる事も無く、この町の勢力の一翼を構成する羽である彼らは、屋敷の地下に築かれた研究施設の一室で、神妙な表情で席に座る主を仰ぎ見ていた。

 

「君たちに、聞きたい事がある。場合によっては、今ここで粛清の必要もあるかもしれないね」

 

 彼らの主、オリヴィエの重圧を伴った声に、その場に居並ぶ者たちは神妙に頷く。

 粛清。なるほど、『裏切り者』が混じったか。

 

 この会議に参加しているのはオリヴィエ自らが計画のために集めた、様々な分野のスペシャリストたちだ。

 主直々に集めた信頼できる彼らにさえ、外部からの間諜が混じってしまうものか。

 一同は改めて、自分達の同僚を見回しての敵の脅威を感じ取る。 

 

「今朝、リンネが出かけてね」

 

 普段は感情に乏しい彼には珍しい、心配するかのような声。

 それは、彼が溺愛する幼い娘についての内容だった。

 

 まさか、誘拐された?

 もしそうであれば、早急に警備部門に連絡し、実働部隊を――

 

「……出かける前のあの子にチョコレートを貰った者は、いるかな?」

 

 そして、次の一言で空気が変わる。

 あっこれいつものやつだ、と。

 

 そして、皆の危機感は別の方向性へと流れたものの消える事はない。

 自称感情は薄いけどどう見てもブチ切れているオリヴィエ。

 

 彼の怒りは当然ながら娘に対してではない。

 

 娘、リンネお嬢様にチョコレートを貰ったという不遜の輩に対してである。

 恐らくあの反応からして、自分は貰えていないのだろう。

 隣に控える、頭の左上あたりに『!?』でも浮かんでいそうな数百年前のヤンキー漫画みたいな表情をしている執事、希维も同じくであろう。

 

 まずい。非常にまずい事態だ。

 席を囲む一人、この施設の研究主任であるフリッツは思考の海へと入る。

 お嬢様は奔放なお方だ。加えて、蝶よ花よと育てられた。

 だからこれまで、世間の行事には興味も薄く、疎かったのだが。

 最近ある機会にご友人ができたらしく、そこで今日この日について学ばれたのだろう。

 喜ばしい事だ。だが、こうなる事態を何故予測できなかった自分――!

 

 そんなフリッツの白衣のポケットには、緊張の熱でじんわりと融けかけている小さなチョコレートが入っている。

 言うまでもない。今朝早くにお嬢様からいただいたものだ。

 そして彼は知っている。他にもお嬢様からこの小さな、市販品のチョコレートを受け取った人間がいるという事を。

 

 先手必勝だ。彼らを売り、保身を図るべきか。

 しかし、ヘタをすれば……いや、間違い無く反撃を食らう。

 『フリッツお前ももらってただろう』と。

 

 周囲の顔色を慎重に確かめる。

 だらだらと冷や汗を流しているナタリヤ。

 フリッツをちらりと見て、さっと目を逸らすエスメラルダ。

 机の上で手を組み、その顔に静寂を湛えながら、しかし青ざめているヴラディスラウス公。

 

 どうする。誰かが先に動くかもしれない。そうなればよりまずい。

 フリッツは自身が打つ手を考えられず、そして。

 

 

「ああ、私がいただきました。大変美味でございましたな」

 

 会議は踊る。それも、唐突に。

 ロドリゲス卿から、その事実が告げられる。

 確かに貰っていたが、ここでブッコみやがった――!!

 一同に、緊張が走る。

 

「いやはや、流石はオリヴィエ様のご息女でいらっしゃいますな。私のような者にも、お慈悲をいただけるとは。お嬢様のお優しい気質が溢れだしている」

 

「ふむ」

 

 微かになんらかの感情が籠った様子で、オリヴィエは愛娘への褒め言葉に小さく首を縦に振る。

 ロドリゲス卿の告解は、一見無謀に見える。

 しかし、諸要素を検分していけば、それは存外有効な手段なのではないだろうか。

 

 他人を売らずいち早く正直に吐き、そして褒める事を忘れない。

 仮に今後ロドリゲス卿以外の人間がチョコを受け取ったとバレた際、オリヴィエと希维にはどう映るだろうか。

 正直者のロドリゲス卿と違い、事態を隠蔽しようとした。

 そのように受け取られるのではないだろうか。

 そこでオリヴィエ様やお嬢様を褒めたところで、その場凌ぎの白々しいお世辞にしか映らないだろう。

 

『何か問題でも? 麗しきお嬢様にチョコを貰えて私は幸福です』

 真っ先にそれを言う事が、正解だったのだ!

 流石、というべきだろうか。

 ロドリゲス卿……流石、人間の心理掌握に長けた教団の幹部だけはある。

 その手腕は、我らが主にも届くというのか。

 

 

 

 

「正直な白状、ありがたいっす。お礼に拷問部屋にご招待するっす」

 

「アアアァァ―――――――――――!!」

 

 ダメだった。

 

 黒服の男に両肩を掴まれ連行される修道士を見送り、場の空気が一段と冷える。

 

「……さて。他に、言う事がある者はいるかな?」

 

 重圧に支配された室内。

 ここから誰も何も言わなかった場合、そっかじゃあ解散!

 とはならないだろう。

 オリヴィエ様はここでお嬢様からチョコを受け取った不遜者を抹殺するつもりだ。

 追求の手は止まず、最終的に身体検査に入り、そして秘密は暴かれる。

 

 なす術無しか。せめて、犠牲になるのが自分だけでないという事が、救いだろうか。

 諦観に包まれ、運命を受け入れていたフリッツ。

 しかし。

 

「……?」

 

 彼の脳裏に疑念が過る。

 それは、周囲の、これから自分と共に犠牲になるはずの同胞達を見た時の反応だった。

 何故だ。何故。

 

――これから犠牲になるはずの貴方達が、余裕の表情をしている!?

 

 エスメラルダもナタリヤも、ヴラディスラウスも。

 先ほどは動揺していた彼らの表情に、落ち着きが戻っている。

 自分は汗ダラダラだというのに、何故彼らは。無我の境地にでも達したのか?

 

 

「ふむ、もういないかな。……いや、君達を疑うわけじゃないんけど……一応、持ち物を調べさせてもらおうかな?」

 

 ああ、遂に来た。まさか貴方達は、これを予期していなかったとでも?

 だから、あんなに安心したような表情をしていたのですか?

 

「……お待ちを」

 

 ヴラディスラウスが声を上げる。

 呑気な同僚を哀れみながら、フリッツは今更言い訳など無駄だ、と一足先に地獄へと行く同僚に哀れみの目を向ける。

 

「確かに、私はチョコを持っている」

 

「……」

 

 ヴラディスラウスの言葉に、オリヴィエは無言を保つ。

 ああ、今更何を言っても意味などない。そう考えるフリッツ。

 

 ……だが。

 

「出勤の際に、妻から渡されたのです。……若い娘のようにはしゃいで、まったく困ったものだ」

 

「ッ!?」

 

 フリッツの脳裏に、電流が走った。

 そして、彼らの中でも優れた頭脳を持つ彼は、状況を一発で把握する。

 まさか、まさかこいつら……。

 

「ン、私も持っているよ。可愛い子孫にこれから渡しに行こうとしていたんだが。早く終わらせてはくれないか?」

 

「わ、わたしも……師匠に渡そうと思って用意してたんです!」

 

――お嬢様以外の誰かに渡された、渡すためのチョコレートとして逃れようとしている!?

 なんという事をするんだ。

 お嬢様の好意を無碍にしようとしている、と糾弾するべきか。

 その上で、自分はお嬢様からチョコをいただいた、と告白する。

 それが一番ダメージが少なくなる。そうであって欲しい。

 

 フリッツは焦る。何故ならば、彼らと違い、フリッツには渡される相手も渡される相手もいないから。

 妻のいるヴラディスラウスと女性であるエスメラルダ、ナタリヤ。

 彼らと違い、フリッツは逃れる理由、この朝っぱらからチョコレートを所持している理由がないのだ。

 

 

「……フリッツ。体調が優れないようだね。さっさと持ち物検査を終わらせて休んだ方がいい。君からにしようか」

 

 そしてさらなる事態の悪化。

 フリッツにはしっかりと見えている。眉を下げ、目を細めるオリヴィエ。

 部下の体調を心配しているかのようなその表情、だが細めた目の間から覗くのは、泥玉をはめ込んだかのような虚無の瞳。

 

 殺られる。

 尊敬する先生、愛する弟よ、僕はここまでのようだ。

 あとは任せた――

 

「……オリヴィエ様! お伝えしたい事がございます」

 

 心の中でお別れを済ませ、ポケットの中に入っているチョコレートを取り出し、高らかにこう宣言しようとする。

 

『私だけでなくこいつら全員お嬢様からチョコもらってます!!』と。

 

 

「おはようございます、皆さん!」

 

 だが。オリヴィエを含め、その場の全員の目線が、会議室の開いたドア、そこから室内に入って来た一人の人間に向く。

 

 薄緑を基調とした落ち着いた色合いの和服、その上にエプロンを付けた少女である。

 

「おはよう、千古。君がこの時間になるまで来ないとは珍しい」

 

 屋敷の家事時々武力行使担当の使用人であるこの少女、千古に剣呑さを薄れさせた穏やかな笑顔で挨拶するオリヴィエ。

 

「はい! こちらを作っていましたから!」

 

 元気よく返事をし、オリヴィエに駆け寄る千古。

 まるで彼女の感情を表すかのように、家事のために高い位置に纏めたポニーテールが左右に勢いよく揺れる。

 

「オリヴィエ様、日頃の感謝の気持ちの数万数億分の一でも伝わればと思いお作りしました!」

 

 まるで、神への供物のように大仰な態度と言葉と共にオリヴィエに差し出されたのは、そう、チョコレートである。

 当のオリヴィエはきょとん、とした様子であったが、数秒して目の前の少女は自分のために慣れない調理をして贈り物を作ってくれたのだ、と理解する。

 

「……ありがとう。後でゆっくりと味わうとしようかな」

 

 フリッツの暴露が行われた場合荒れ狂う怪物になっていたであろうオリヴィエは、いっそ優美さまで感じる程に穏やかに微笑み、千古の手からラッピングされたそれを受け取る。

 

「……オリヴィエ様。チコちゃんが全身チョコの匂いしてるせいで誰がチョコ持ってるとかわかんないっすね?」

 

「そうだね。さっきまでは何人かもってそうな微かな匂いがあったんだけど……ちょっと今はわからないか」 

 

 そして、千古のこの行動は場の全員にとってこの上無いファインプレーであった。

 

「朝の時間を取らせて悪かったね。私はこれを自室に置いてくるよ」

 

 ひらりひらりと手を振り、部屋を去っていくオリヴィエ。希维もオリヴィエに続き部屋から消える。

 場を包み込む重圧も、嘘のようにふいと消え失せた。

 

 瞬間、場の雰囲気が弛緩し、席に座っていた全員が深く息を吐き、椅子に体を任せる。

 

「皆さん、どうなされたのですか?」

 

 状況が読み取れず、きょとんとする千古。

 

「千古……」

 

 真っ先に口を開いたのはエスメラルダだった。

 

「お前がアイツ(オリヴィエ)を落とすのに、私は労を惜しまないよ」

 

「ああ。この借りはあまりにも大きい。私も全力を尽くそうとも」

 

 次いでヴラディスラウスも、エスメラルダと同じ意味の言葉を。

 

「えっ、ち、違っ……私、ただ日頃の感謝を……」

 

 耳まで真っ赤に染まり必死に否定する千古を、感謝と共に生暖かい目で見つめる一同。

 

 千古のオリヴィエの態度は到底誤魔化せるものではなく、彼女が他人を決して入れない自室にはオリヴィエを模した手作りの人形が大量に存在しており、ついでに言うと本棚の裏側には隣町の友人が作成したちょっとアレな本が眠っている事はどこから漏れ出したかは知れないが屋敷の人間の公然の秘密である。

 

 

 こうして、ゲガルド家で血の惨劇が起こる事は回避されたのであった。ロドリゲス以外。

 

 

―――――――――

 

「いいよ! キレてるキレてる!」

 

 トレーニングルームに、黄色い声援の声が響く。

 

「すごいな! マッチョの見本市だ!」

 

 声の方向をちらりと見て、彼女は目を逸らし、トレーニングに戻り。

 

 

「肩にちっちゃいアンキロサウルス乗せてんのかい!」

 

「やかましいぞフィリップ!!」

 

 次の瞬間我慢できず大声を張り上げた。

 

 新緑町フランス領事館。何故こんな場所にあるのかとは決して言ってはいけない。

 その一角に設けられたトレーニングルームには、現在3人の人間がいる。

 

 

「まったく……貴様がいると集中が散ってならん」

 

 呆れた様子で呟くのは、フランス領事館警備員、オリアンヌ・ド・ヴァリエ。

 その褒め称える声の通り……というと少しオーバーではあるものの、筋骨隆々の『戦士』という言葉が似合う大柄な女性である。

 

「そんなつれない事いわないでくれよオリアンヌたん! 俺は筋肉の求道者……筋肉を摂取しないと生きていく事ができないんだから!」

 

 そんな彼女のあきれ顔を向けられても飄々とした態度を保ち続けているのは、このトレーニングルームでは少し浮いている、スーツに中折れ帽の洒落た青年、フィリップ。

 

 そして、最後の一人。

 オリアンヌとフィリップに足し、新緑町フランス領事館三枚盾と名高い男、セレスタン・バルテ。

 

 

「フィリップ、その辺にしときなさい。オリアンヌ、はいこれ、はちみつレモンよ」

 

―――では、なかった。

 いつも二人と共にいる目立たない印象の青年ではなく、そこにいたのスタイル抜群の美女だった。

 いつもの三人組の代わりに、知らない女性。彼女の正体は、簡単に求められる。

 

 そう、セレスタンが女装しているのだ。

 

 

 

「ありがとう、リゼット」

 

「どういたしまして」

 

 でもなく。

 オリアンヌがリゼットと呼んだ彼女は、オリアンヌとフィリップ、今ここにはいないセレスタンのかつての同僚である。

 元フランス大使館事務員、リゼット・ラスペード。

 フィッシュ&チップス沼に次々と同僚を引きずり込むその鮮やかな手口を人事部長に暴かれ、イギリス領事館のスパイという正体を見抜かれた彼女は解雇という形でフランス領事館を去った。

 

 それでもこうしてちゃっかりとフランス領事館に姿を見せに来る辺り、図太さが伺えるところである。

 聞く所によれば食品会社に就職したらしく、お給料も領事館職員の時代より多く貰っているのだとか。

 

 

「それにしてもリゼット、こんな所にいていいのか? エドガー様に見つかったら私とフィリップまで大目玉だ」

 

 トレーニングウェアから着替えたオリアンヌはリゼットに問う。

 彼女はフランス領事館の裏切り者と言っていい。

 

「あらひどい。オリアンヌは私の事追いだそうとしてるの?」

 

「……そうではないが」

 

 領事館職員として、リゼットのした事は許される事ではない。

 だが、私的な場での友人として、彼女と三人の関係は変わらない。

 

 やたらフィッシュ&チップスとウナギのゼリー寄せを布教してくるし……と当時からうっすら感付いていた事もある。

 本日は休業日、ならば、友人として接してもいいだろう。

 とはいえ、それは領事館の偉いさんに通じる理屈ではないだろう。

 

「安心しなよ、叔父さんは今オリアンヌたんからの贈り物で頭を悩ませてるからさ」

 

「……あんた、今年も変な事したの?」

 

 しかし、それをフィリップは笑顔で問題ナシと言い、リゼットも事情を部分的に知る様子で呆れた目をオリアンヌへと向ける。

 

「……忠義の会では、絶賛されたのだが」

 

 忠義の会。それは『うちの主君すき!!!!!』という意思の元集まった女子会である。

 定期的に集まり、自分の主やそれに準ずる人間がいかに素晴らしいかをプレゼン(オリアンヌ以外はただの惚気話のような場合もあり)する彼女たちは、現在会員3名。

 

 そこでオリアンヌが提案し意見を仰ぎ実際に今年のバレンタイン、日々の感謝と揺るぎなき忠義の証としてエドガーへと送った、『2/1西洋甲冑チョコ』。分数の表記は誤りではない。2倍サイズである。

 

 その案を聞き、サムライガールは言ってくれた。「す、すごい! 私は普通のチョコレートを作るのもやっとで……うぅ……オリヴィエ様、喜んでくださるでしょうか……」と。

 大財閥の若き当主は言ってくれた。「ある意味天才の発想かしら……私は媚や……元気になる成分をたっぷり入れるくらいしか思い浮かばなかったわ。シモンとの夜が楽しみね」と。

 

 とにもかくにも、『何コレスーパーロボット?』と疑いたくなるような手製のそれはオリアンヌの主、この領事館の長たるエドガーの元に届けられ、ヘタな政敵以上に悩みのタネと化していた。

 もういい歳の老人であるエドガーが、これを完食できるだろうか? 否。というか一人の人間では無理だ。

 

 結局去年のように大使館の全員の数日分の3時のおやつと化すのだろう。そして、ホワイトデーにはオリアンヌに山のようなお返しが届くのである。

 

「ま、それでも叔父さんがオリアンヌたんに怒鳴り込んでくる可能性はあるか。やっぱ撤収した方がいいね」

 

「う、うぅ……」

 

 呻くオリアンヌの背を押し、ああいい背筋だ……と恍惚としながら、フィリップはリゼットを促し、トレーニングルームを出て通路を歩き、建物の外へ。

 

 

 

 

「そういえばセレスタンは? せっかくだから4人でランチでも、って思ったのに」

 

 かつての職場を後にしながら、リゼットは二人がこれまで話題に出さなかったセレスタンの事を尋ねる。

 

「ああ、今から行こうとしてたところだ。病院に」

 

「病院?」

 

 それに返ってきたのは意外な内容であった。

 病院? あのセレスタンが? 何かあったのだろうか。

 鸚鵡返しにしただけのそれに、フィリップから理由は語られる。

 

「セレスたん……愛人さんにチョコもらって鼻の下伸ばしてたのが奥さんに見られて顔面にストレート喰らって入院してんだよ」

「ああ。バルテ夫人のあの一撃は一介の主婦にしておくには惜しいな」

 

 神妙な様子のフィリップとオリアンヌ。

 そんな二人の話を聞きながら、リゼットは呟いた。

 

 

「ほんと、あんたたちは見てて飽きないんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう、フィリップ。気付いてる?」

 

「へ? 何が? オリアンヌたんの背筋に夢中でなんもわかんないや」

 

 リゼットの唐突な問いかけに、フィリップは気の抜けた声色で疑問符を浮かべる。

 あの態度、どうやら本当にわかっていないらしい。

 紛れも無い実力者である彼が、そんな事にすら気づかないなんて。

 

 そうやって、気を抜ける相手に自分がまだ入っているという事実が、なんだか嬉しくて。

 

 

「ふふ、内緒。いい女は秘密が多い、って言うでしょ?」

 

 

 さっきまで自分のポケットに入れていた、取るに足らないようなお菓子の入った小さな箱。

 今はもう自分の手にはないそれの今の場所を、彼がそれに気付いた時の反応を思って。

 

 彼女は小さく、いたずらっぽく笑った。




Q.リゼットって誰?
現在拙作とコラボいただいている『贖罪のゼロ』KEROTA様の活動報告へGO!

Q.何故1/2?
愚かな作者が自分の執筆速度と書きたいものの量のバランスを見誤ったからですごめんなさい。後編はGWごろに。


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コラボ時空白陣営決戦編プロトタイプ

拙作本編3章終了後に投稿予定のコラボ時空での白陣営ラスボス戦のプロトタイプです。
本来は灰陣営と白陣営各対戦カードの名乗りパートだけどシモンVSオリヴィエの一部会話&戦闘パートだけ抜き出し。


――『神殿』第六圏 大霊墓

 

 

 油断なく、周囲を見回す。

 そこは、今現在起こっている地獄のような戦いの結末の地に相応しい魔境などではなく、ただただ平穏で静謐な空間だった。 

 

 生の気配は無く、ただ銘碑のように墓が立ち並ぶ草原。

 アラームがひっきりなしに鳴り響く中数多くの罠や防衛機構が作動し牙を剥いてきたこれまでの階層と比べ、それは拍子抜けするように平和的で。

 

 彼は、思わず体から力を抜く。

 張り詰めていた意識がほぐれ、その思考はこの場所についてへと移る。

 これは、誰の墓なのだろうか。

 

 この地の底で研究に一生を捧げた同士達のものだろうか。

 それとも、彼らが心も体を喰らってきた犠牲者を悼むものなのだろうか。

 

 この空間を、今から自分は施設そのものを崩壊させるという方法で巻き込んで破壊しなければならない。

 それに微かな罪悪感と確かな覚悟を抱え、彼は一歩、また一歩と足を進めていく。

 

 

――そして。 

 

 

「ようこそ、とでも言うべきなのかな? イヴ君」

 

 目の前に、男は現れた。

  

 穏やかで心優しい人格を想像させる柔和な笑顔。整った体形と容姿。

 神話の一人物であるかのような時代錯誤の服装。

 

 ひと目すれば、まるでそれは聖人のような。

 

 だが、シモンは知っている。

 

 魅力的な笑顔、その細めた瞼の奥にある瞳は泥玉をはめ込んだかのような虚無に満ちている。

 黄金比を体現した肉体、それは人類の到達点にある存在を写し取った作り物。

 

 

 その正体は、人間の皮を被った、人の肉体と魂を食む魔物なのだと。

 

 

「取引をしよう……と言いだせるような雰囲気ではないね」

 

 まるで、散歩の途中で出会った知り合いと立ち話をするときのように、男――オリヴィエはのんびりとした調子でシモンへと言葉を向ける。

 

 自身の本拠地は襲撃され、数百年の間敵を近づけなかった喉元へ刃を突きつけられている。

 そのような現状などどこ吹く風、といった様子で。

 

「うん。お前が滅びない限り、ボク達は止まれない」

 

 交渉の余地は無しという意思確認。

 

「そうか、残念だ―――」

 

 それに、微笑みを崩さないままオリヴィエは答え。

 

 

 

「――じゃあ、先に行って仲間のみんなを待つといい」

 

 瞬間、銀色の槍が、オリヴィエの体が、シモンの心臓を抉り取らんと高速で駆ける。

 

「……おや?」

 

 ……だが。

 コンマ秒と経たぬ後に、オリヴィエは首を傾げる。

 その槍が与えた感触と、自身の知覚の変化に。

 シモンの肉体を刺し貫いていたはずの槍は空を裂き、自身の視界、右半分が光を失い暗くなる。

 

 残った左の視界に映るのは、まるで自分の顔から生えたかのような銀の棒。

 

 一泊置いて走るのは、右の眼窩を中心として灼熱感と、体内、それも知覚と精神活動の中枢たる目と脳に侵入を許した異物感。

 

「おやおやおや」

 

 即座に身を翻し後方に飛び退くオリヴィエ。

 残る左の視界で周囲を探れば、ちょうど死角となっていた失われた右の視界の範囲に、シモンの姿が見える。

 

「……」

 

 関心した様子で自身を見るオリヴィエに、シモンは無言を保つ。

 

 オリヴィエの一撃を回避し、カウンターの刺突で目を脳ごと刺し貫く。

 かつての戦いで、シモンは最初の一撃において後塵を拝した。

 

 その意趣返しとでも言うかのように、今ここにシモンの初撃は敵に致命傷を与えていた。

 

――ヤツは狂人でありニュートンの王たるものの一柱だが、アダムともエドガー様とも違う

 

 ニュートン最高峰の肉体を持つ怪物に一撃を加えたシモンの脳裏に響くのは、命を賭してこの神殿の内部構造についての情報を知らせてくれた、ニュートンの人間の言葉。

 かつて一度相対し初撃を躱せなかった自身の経験と、与えられた情報。そして、弛まぬ鍛練。

 その全てが合わさり、今こうしてシモンは最初の一合において完全とも言える勝利を収めていた。

 

――あれは、少しでも余裕が崩れれば合理でしか判断をしない

 

 もしシモンが今相対しているのがアダム・ベイリアルであったなら。エドガー・ド・デカルトであったならば。

 そして、平時のオリヴィエであったならば。

 今この瞬間、両者は槍ではなく言葉を交えていただろう。

 

 こうして目の前に自身を捉えたシモンの努力に対する賞賛。

 それからの、嘲笑。慢侮。誘惑。

 

―でも残念、全部無駄になっちゃいまーす☆

 

―わざわざ蹂躙されるために来るとはな。見上げた事だ

 

―素晴らしい。私の元に来ないかい?

 

 だが、今シモンと相対しているオリヴィエは違う。

 余計な問答は必要ない。手早く始末する。

 そんな思考回路で動いている。

 

 そこには、アダムのような稚気じみた嗜虐性も、エドガーのような王の余裕も存在しない。

 勧誘には乗らないだろう。言葉で惑うような相手ではないだろう。引き出せそうな情報もない。時間稼ぎの必要性、特になし。もしくは、それよりも奇襲の有効性が勝る。

 

 だから、言葉など交わさずに殺す。

 その思考に情動はなく、合理的に、機械的に導き出された結論のみが存在している。

 

 

「……謝罪しよう。ここに至ってまだ私は君を軽んじていたようだ」

 

 もはや繕う必要もないと判断したのか、その顔から表情を消しているオリヴィエ。

 彼はその懐から『薬』を取り出す。

 それは、彼の手術ベースである哺乳類型の型に合わせられたものではない。

 

 欠損した右目と一部脳の再生を行うつもりか? と想定していたシモンの予想とは異なる。

 だが。

 

「ッーー!」

 

 その薬の形式から類推される高難易度かつ特殊な系統の『型』。

 アダムに比肩する危険性を持つ相手が持っていた隠し玉という事実。

 そして何より、ルイスの肉体を乗っ取り自分の目の前に現れた時以上に警鐘を鳴らしている自分の本能。

 

 

 その全てに従い、変態させてはならないという結論と同時にシモンはオリヴィエへと躍りかかる。

 

「……焦ってはいけないとも」

 

 大丈夫だ。相手は摂取の為片腕が塞がっている。片腕の槍術では抗しきれないだろう。間に合う。

 そんなシモンを出迎えたのは、無防備に見えたオリヴィエの全身から突如突き出した何本もの槍。

 

 αMO手術による、薬未使用時の限定的な能力行使。

 その可能性を見落としていた事に歯噛みするシモンだったが、止まってはいられない。

 

 中空のガラス管のような細いそれは、急所にピンポイントで刺されば致命傷は免れないが一方で脆いとも感じられる。

 槍で薙ぎ払えば強行突破も可能だろう。

 

 これ以上の思考の時間は与えられず、シモンは槍を振るい相手のそれをへし折る。

 

 だが、そこまでだった。

 

「残念だ、一手遅れたね」 

 

 迂回せず最短距離でオリヴィエを叩くための判断。

 しかし薙ぎ払いとして大振りにした槍を引き戻す時間、そこに微かなタイムロスが生じた。 

 

 シモンの判断を間違いと断じる事はできないだろう。

 槍を回避するため背後に飛び退いても、迂回してオリヴィエを叩こうとしても、結局これは避けられない事実だった。

  

「始めよう」

 

 瞬間、シモンの左腕に植物の根のような、刺胞動物の触手のような細い糸が無数に絡みつく。

 それを即座にシモンは振り払い、その攻撃圏から身を躱す。

 

 簡単に振り払えたことからシモン自身も持ちいるような拘束のための高強度のものではない。

 ならば、その目的は毒の注入だと判断するシモン。

 

 相手の変態の邪魔は間に合わなかった事を察したがしかし、シモンは退避ではなく前進を選んだ。

 毒物であれど、少なくとも一瞬で動けなくなる類ではない様子。

 痛みや麻痺もなく、体に異常は生じていない。あるいは毒を注がれる前に振り払えたのかもしれない。

 

 ならば選ぶべき選択肢は先と変わらず、速攻。

 能力の完全な発現が終わる前に殺すしかない――!

 

 切り札を切ったと思わしき相手を変態無しで御せると思うほど、シモンの見立ては甘くはない。

 

「拘束制御装置第6号、解錠!」

 

 力強い叫びに応じ、その戒めが解かれシモンのベースが発現する。

 発現するのはカメムシキメラζ、数あるシモンのベースの中でも、特に筋力に長けたカメムシたちの合成虫だ。

 

 右腕の筋肉がアリの手術ベースに比肩するほどに大きく膨れ上がり、左腕も同じく―――

 

「あ、ぐっ!?」

 

――とは、ならず。

 

 苦悶の声と共に左腕を押さえるシモン。

 

 そこには、力強いカメムシの能力が発現したそれではなく、代わりに腫瘍のような醜い膨らみがいくつも構成された、明らかな異常をきたした姿があった。

 

 なにを、された?

 

 その答を探す時間は、シモンには与えられなかった。

 目の前に映るオリヴィエの体が、ブレて消える。

 

 咄嗟に槍を構えるが、しかし。

 

 瞬間、シモンの左肩を槍が砕き、異常ともいえる加速度が乗った拳打が鳩尾を強かに打ち据える。

 以前交戦した際の初撃とは比べものにならない速度。

 テラフォーマーすら遥かに上回るそれに対応しきれず、シモンは吹き飛ばされる。

 

 

「観客が君しかいないのは少し寂しいけど……ああ、どうか万雷の喝采を」

 

 受け身を取ったシモンが見据える先で、その姿は人の身を離れ、変じていく。

 

 

 

 植物の繊維か刺胞動物の触手か、無数の細い糸が螺旋を描き腕の形状を模す事で構成された左腕。

 右腕の至る所からは赤褐色の金属が析出し、籠手か鱗のように肌を覆う。

 臀部には脊椎から延長されるかのように長い一本の機械じみた無機的な印象を与える尾が生え、ぐねぐねと独立した生物のように動き回る。

 それらの大きな変化で目立ちはしないが肌の所々が何かにひねられているかのように捻じれ曲がり、奇怪な違和感を見る者に与えている。

 

 そして、再生した右目は無数の瞳が夜空に散る星のように形成された異形の様相を成している。

 

 

「新たなる世界の始まりを、今ここから始めるとしよう」

 

 

 奇妙に歪で、ただ悍ましいその姿。

 まるで邪教の神像が如き異形が、血反吐を吐くシモンの目に映っていた。




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