とある変態事情 (ゲロ兄)
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プロローグ:変態が学園都市にやって来た
学園都市。あらゆる教育機関・研究組織の集合体であり、学生が人口の8割を占める学生の街にして、外部より数十年進んだ最先端科学技術が研究・運用されている科学の街。
そんな学園都市を高層ビルより望む黒装束に身を包む人物。
「さてさて、今日もおっ始めますか!?」
絢香は嬉々として口にした。
説明が遅れたが絢香が黒装束に身を包んでいるのは彼の仕事に起因する。絢香はある物専門の泥棒だ。
そのある物とは…。
「今日は無難に白を…。いやいや、ここは赤のレース?紐も捨て難い…」
下着。まごう事なき下着泥棒である。
その道では知らぬ者はいないとされる人物であり、一日で十軒の女子寮全ての下着を盗んだ功績は最早伝説として語り草となっていた。
変態?いえ、紳士の前にエロが付くエロ紳士ですよ。
彼は言う。
「何故こんな事をするかって?そこに
しかも、良い顔で…。顔が整っている分、その言動は残念さを感じざるを得ない。
「残念なイケメン。略してザー…」
言わせねぇよ!
と、まぁこの様に彼の頭の中は年中ピンク一色。女好きで性欲が皮を着て動いていると言っても過言ではない。
そんな彼が学園都市に訪れたのは、例に漏れず下着泥棒をする為。
学園都市は取分け可愛い娘が多く在籍する。不埒な事を考える輩は一人や二人などでは無い。だが、如何に歴戦の猛者とされる者達でも学園都市は別格であり、玉砕する者が大半であった。どうしてか?
その答えは、セキュリティーシステムの高さも然る事ながら「
平く言えば、「風紀委員」は生徒(子ども)の、「警備員」は教師(大人)の自警団みたいな物だ。但し、そんな生易しいものではない。
学園都市は、全学生を対象に「
彼は、学園都市外から来た人間だ。故に能力などは持ち合わせてはいない。学園都市では能力をレベル別に区分けするらしいが、それに絢香を当てはめればレベル0である。つまりは死に行くだけに過ぎない。
しかし、だからと言って諦める訳にはいかない。登るべき
全ては今迄無念にも散った男達、否、漢達の為に。自分の下着泥棒としての意地とプライドの為に…。
そして、己の標的と定めた場所は学園都市で難攻不落と称される名門 常盤台中学学女子寮。
ちなみに絢香のストライクゾーンは、10歳~38歳と幅広い。と言うか、節操がなく見境がないだけだが…。
何か事件を起こす前に(下着泥棒と言う時点でアウトだが)是非とも「風紀委員」と「警備員」には頑張って貰いたいものである。
情報では学園都市に七人しかいないとされる「
失敗すれば死(社会的な)。成功すれば英雄(果てしなくどうでも良い)。果たして何方に転ぶのか?
「うっし!気合を入れてがんばりますかね?」
こうして物語は、一人の下着泥棒によって動き出した。
そしてこれが喜劇になるのか悲劇になるのかは神のみぞ知る事…。
投稿中に誤って作品を削除してしまい泣きそうになりました。
小さなハプニングは上条さんに負けない位の不幸ぶりでございますが、頑張って連載して行きますので宜しくお願いします!
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一話:進撃の変態
時刻は午後10時を少し回った頃。月夜に照らされビルからビルへ飛び移る姿は無駄な動きは一切なく華麗だと言えよう。
忍の様な身のこなしであっという間に高峰絢香は、常盤台中学女子寮に辿り着く。
それもその筈、絢香の家系は忍を源流とする流派であり、その業は今も連綿と受け継がれていた。
おそらく、絢香の先祖達は草葉の陰で号泣しているに違いないだろう。
「ではでは、早速…と言いたい所だが、なんつうーか、ね」
常盤台中学女子寮はまるで高級マンションを思わせる佇まいをしていて、それこそお嬢様学校なのだと再認識するだけのインパクトがあった。その迫力に少々尻込みしてしまう。
絢香も緊張がないわけではない。誰も成し得なかった前人未踏の領域に足を踏み入れるのだ。背筋がゾクッと冷たくなるのを感じる。
「ま、ビビっても今更しゃーない。なる様にしか物事はならないってね」
気合を入れると寮の裏へと回り込み、壁面に手を伸ばすとロッククライミングの要領でスルスルと登攀していく。傍から見ればスパイダー○ンの様だが流石は忍の末裔と言った所か。
屋根まで登り切ると今度は忍足で下の様子を伺う。
寮の見取図は先日下見に来た時に頭に叩き込んでいる。加えて、難敵となるであろう寮監も本日は私用で不在。生徒達も厳しい規律から解放されてどこか浮かれているに違いない。だからこそ、警戒の薄くなった今日を選んだのだ。
「え~と、確か…ここだここだ」
屋根をつたい窓を覗き見るとそこには制服姿の常盤台生が数人、楽しそうに会話をしている。
ここは寮内のランドリー室。彼女達は、各々の洗濯物が洗い終わるのを待っている所だった。
「YES!」
小さくガッツポーズをし今宵の成果に期待が高鳴る。
「やっぱりお嬢様学校なだけあって中学生と言えども大人びてるし出る所は出てるし……発育がえぇのぉ」
完全にオッサン入ってます。この変態。
「じゃあ、秘密兵器行ってみよー」
絢香は、嬉しそうに呟くと右眼に神経を集中させる。すると、瞳の色が薄い青へと変色していく。彼の右眼は義眼だ。しかし、唯の義眼ではない。最新のコンピュータが搭載されており、サーモグラフィー、赤外線カメラなどの機能を有し、その気になれば衛星にハッキングをかける事も簡単に出来てしまう。
「清掃ロボにハッキング開始……。接続まで3、2、1……コネクト。セキュリティープログラム除去。……内蔵カメラ掌握及びマイク音声掌握…。映像送信開始……受信問題ナシ…」
義眼を使い、寮内に徘徊する掃除ロボの一台にハッキングしてコントロールを奪う。
絢香のコントロール下に置かれた掃除ロボは、命じられるままランドリー室へ。
『コレヨリ、清掃ヲ始メマス!申シ訳アリマセンガ、少シノ間退去ヲオ願イシマス』
掃除ロボはそうアナウンスすると、女生徒達は仕方なく外へと出て行く。
掃除ロボの内蔵カメラを通して周りには誰もいない事を確認して絢香は窓から侵入する。
「ふっふっふ…。俺ってばマジ有能!ではでは、お宝を拝ませて頂くとしますか?」
絢香は洗濯機を開けて中身を物色する。
先程の女生徒が身につけていたであろう青と白のストライプのショーツ。
「頂きます」
純白のショーツ。
「頂くでしょ?これは?」
黒のレースのショーツ、そしてブラ。
「こ、これはけしからん!何てハレンチな!……ので頂きます」
けしからんのは、お前の行動だよね?
「良し!大量大量!」
満足そうに戦利品をバックに回収して直様次の場所へと移動する。おそらく、ランドリー室を出て行った彼女達が戻って来るまで四、五分ってとこだ。戻って来たら流石に異常に気付くだろう。
だが、絢香に焦りは見えない。と言うのもバレるのも計算の内。バレて寮内が騒ぎになればまた更に騒ぎに乗じてゆっくりと物色出来る。火事場泥棒的発想だった。
次に向かったのは、全男子憧れの聖地。脱衣所。
先に言っておくが、脱衣所だからと言ってムフフな展開や描写はないので悪しからず…。
別段、絢香は覗きに行くわけではない。…多分。
絢香のどうでも良い持論で『下着泥棒は下着だけに集中するべきだ』として、仕事の合間に覗きや何だとする奴は二流、三流の泥棒だと豪語する。まぁ、だからと言ってやってる事は犯罪ですし、全くもってカッコ良い事言ってるわけではないですから間に受けず戯言と捉えてくれて構わないです。
暖簾を潜ると脱衣所特有の熱気に包まれる。
この時間は、風呂を利用する生徒がいないのはリサーチ済み。これから起こるであろう騒ぎが起こるまでここで待機する腹なのだ。
「はてさて、後は騒ぎが起きてくれたら一切合切根刮ぎ奪還ですよ~」
すんなり計画通りに事が進むので幾分か余裕が出てきた。今迄成功した者がいないと聞いていただけにもっとキツイものかと考えていたがそうでもなさそうだ。もしかしたら、話に尾ヒレ羽ヒレ付いただけなのか?
等と考えていたら、絢香の視界にとんでもないものが入って来た。
それは脱衣カゴに置かれた着替えとカエルの、確か『ゲコ太』と呼ばれるキャラクターがプリントされたショーツである。
「え?何?まだそんなのを履く娘がいるの?いやいや、ないわー。どれ位ないかと言うと俺が真面な思考を持ち併せる位ないわ~…。……って、そうじゃない!」
ショーツを手に取りながらそこで絢香は我に返る。余りにも色気のないショーツに衝撃を受けて思考が飛んでしまったが、由々しき事態に陥ってる事に他ならなかった。
脱衣カゴに服が有ると言う事は、誰かが浴室を使っているという事。
「いや、まさか…でも…」
下調べではこの時間帯であれば人はいないはず。身を隠すには絶好の場所であるここに人がいる。マズイ。それは非常にマズイ。もしここで見つかってしまっては狭い事もあり逃げ場がない。
ここから出るか?いや、外に出てタイミング悪く騒ぎが起こって誰かと鉢合わせしてしまったら?
次第に状況に雁字搦めにされていく絢香。
すると……。
「ちょっと誰、脱衣所で騒いでいるのは?黒子?」
ガラッと浴室の扉が開き、タオルをその肢体に巻いた姿の少女が出て来た。
「黒子?アンタまさか、また私の下、着を…?」
「や、やぁ!こんばんは!」
整った顔立ちで肩まで届く短めの茶髪をした少女はそこで言葉を失い立ち尽くす。
目の前には、想定していた知人のそれではなく、見ず知らずの、あろう事か不審人物らしき男が自分の下着を手にしているのだから。
「あ、あ…あぁ、わわわ、わた…し、私のパンツ…」
何が起きているのか分からずパニックになりつつも表情は赤面していく。
それとほぼ同時に脱衣所の入口から…。
「お姉様!大変ですの!下着ドロが現れ、ました、の…」
茶髪のツインテールの少女が現れるなり、その光景に唖然とする。
絢香は、というと…。
「俺、オワター!」
絢香はまだ知らないが、浴室から出てきた少女は御坂美琴、後から脱衣所に飛び込んで来たのは白井黒子。美琴は件のレベル5「超能力者」、黒子はレベル4「大能力者」。共に「風紀委員」である。
つまりは、今まさに死すら生温い血の制裁が行われようとしていた…。
次回よりようやく上条さんが出て来ます。
主役が出てこないって…。
自分の構成力の無さがうらめしい…
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二話:「これはゴミですか?」「いいえ、変態です」
読んで下さっている方々へご迷惑をおかけした事深くお詫び申し上げます。
ようやく二話です。これからもお願いします
絢香が脱衣所で美琴と黒子に見つかる10分前。上条当麻は、上機嫌で自転車を漕いでいた。
今日は珍しく一度も不幸な目に遭遇していない。それどころか、偶々立ち寄ったスーパーで卵の特売が行われておりその最後の一個をGET。また、自販機でジュースを買ったら何と当たりを出してしまったりとツイていた。
「今日は何て日だろう。こんなに清々しい気分は初めてだ」
人がいなければそれこそ感涙していたに違いない。
だが、当麻は知らない。仮に悪魔がいたとして彼らは、幸せの絶頂まで押し上げて落とす事に…。仮に神様がいたとして彼らは、幸せの絶頂であればより厳しい苦難を与える事に…。
「おっと…」
自転車で曲り角を曲がる際、小石を弾いてしまった。すると、それは壁にぶつかり高く舞い上がって道路へと飛び出る。そして、走る車に巻き込まれ勢い良く上空へと飛んで行く。飛んで行った先には一羽の烏が飛んでいて小石に直撃。驚いた烏はそのまま落下。
落下した先に猫が寝ていてピンポイントで衝突。猫は悲鳴を上げて走り出し路地裏から飛び出すと丁度ゴミの収集をしていた清掃員にぶつかり、その反動で清掃員は手にしていた空き缶が大量に入った袋をぶちまけてしまう。ぶちまけられた大量の空き缶は、坂道という事が災いしコロコロと転がって行った。
勘の良い方ならもうお気付きになられているだろう。それがどの様な結果をもたらすのかを…。
では、答え合わせ行ってみよー。
鼻歌交じりに自転車を漕ぐ上条さん。
坂道を半分位登った所で何かの異音に気付く。
音のする方、目を凝らして良く見てみると、それは大量の空き缶が転がって来る音だと分かる。
「何だ空き缶か…。……っ空き缶!?」
思わず二度見する。空き缶は、まるで意思が宿っているかのように当麻目掛け転がって来た。だが、避けようにも道一面に拡がった空き缶を交わす事叶わず、思い掛けず乗り上げてしまいバランスを崩して倒れてしまう。
ガシャーンッ!
「アタタタタ…。クソ、やっぱり不幸だ…」
カラカラと乾いた音で回る自転車のタイヤを尻目に自らに降りかかった不幸を嘆く当麻。だが、不幸は終わっていない。
転倒した場所は道路である。そこへ一台の大型トラックが…。
ちなみに言うと、運転席からは死角になって当麻の姿は見えていない。
「え?嘘だろ?いやいやいや、マジでコレはヤバイって!ふ、不幸だぁぁぁぁぁぁぁ!」
絶叫。そして、これ迄生きてきた中で最高記録の上体反らし敢行。
鼻先をトラックが掠めていく。ギリギリでトラックに轢かれるのを回避するとどっと疲れがのしかかり深い溜息をついた。
通り過ぎるトラックを見送ると半ば放心状態だったが、ある物に視線が止まり強制的に我に返る。但し、悪い意味合いで、だ。
「ああっ!?お、俺の…自転、車…が」
先程のトラックに轢かれたらしく、原型を留めていないひしゃげた形へとその姿を変貌させていた。
余談だが、当麻は奮発して少々高めの自転車を購入。今日は購入して三日後の出来事である。
「ふ、不幸だ…」
がっくしと膝を付き項垂れる当麻。
すると、そこへ…。
「君、すまなかったね」と項垂れる当麻に手を差し伸べる人物。
反射的に差し伸べられた先へ視線を向けるとギョッとした。
何故なら手を差し伸べた男は、顔のない仮面を付けていたからだ。『無貌』と称すれば良いのだろうか。のっぺりとして顔の凹凸だけが分かる白い仮面は明らかに異様だと感じる。
「あぁ、これかい?」
当麻の怪訝な顔で気付いたのか男は、自分の仮面を指差す。
「以前酷い怪我を負ってね。それで普段はこうなんだ」
「は、はぁ…」
「それより怪我はないかい?あの車はウチの関係でね」
「あ、大丈夫ッす。こう言うのは慣れてますから」
「念の為、病院に行った方が良い。…そうだ」と男は懐から一枚の紙切れを出す。名刺の様だ。その裏にペンを走らせ当麻に差し出す。
「この住所の病院に行くと良い。この名刺を見せればタダで診察してくれる。あぁ、それと自転車も弁償させて貰えないか?」
「そんな!?だ、大丈夫ですよ!」
男の申し出に当麻は驚き、つい断ってしまう。
「いやいや、これも何かの縁だ。気にしないで欲しい」
すると、男の後ろに一台の車が停まる。「おっと、時間か。今日は私も多忙でね。これで失礼させて貰うが、何かあればその名刺の連絡先に電話してくれ。自転車は後日送らせて貰うよ。それでは」
男は、それだけ言うと鉄屑と化した自転車を軽々と持ち上げて待たせている車に乗り込みその場から去って行った。
後に残された当麻は唖然としつつ、無貌の仮面を付けた男を見送る。
視線を手元に向けて渡された名刺に目をやると総合警備会社代表取締役
時間は戻り現在。
常盤台女子寮に忍び込んだ凄腕(笑)の下着ドロ高峰 絢香は、脱衣所にて拘束具を施され且つ逆さ吊にされていた。
「勘弁して下さい!出来心なんすよぉ!」
心にもないことを平然と言ってみせる。だからと言ってそこにシビレもしないし憧れもしない。
「あ、これ、私の!」
「これは私の!」
「私のもある!」
女生徒達が口々にしながら自分の下着を回収していく。皆殺意を抱いた視線を絢香に送る。殺意で人が殺せるなら100回は確実に死んでいる事だろう。
完全な現行犯&物的証拠に証言。ブタ箱行き直行コースは免れない。
「出来心の割には大量にやったんですのね?」
ゴミを見る様な冷やかな目付きで絢香に尋ねたのはツインテールの少女。黒子だ。
「いや、まぁ、その…」
冷や汗垂らし口ごもる絢香。黒子は続けて絢香から押収した一枚の用紙を突き付ける。
「出来心の割には随分と時間を掛けて念入りに下調べしたみたいですわね?」
それは、絢香が丹念に調べ上げた常盤台女子寮のデータだった。人の少ない時間や逃走経路などが事細かに記載されている。
「どうやら、同情の余地はなさそうですわね?アンチスキルに引き渡しましょう」
「そんな!?ワン・モア・チャンス!ギブミーチャンス!」
「だまらっしゃい、この変質者!本来ならお姉様の下着に手を出した時点で命はない物ですのよ!それを温情掛けてアンチスキルに引き渡すだけに留めてあげたんですから感謝される謂れはあれど、あぁだこうだと言われる筋合いは有りません事よ!」
仰る通り、とグゥの音も出ない程に言い負かされる。
「だが、一つだけ訂正させて欲しい!」と絢香は力強く懇願する。
「何ですの?」
「俺はアンタのお姉様とやらからは取った覚えはない!」
キッパリと言い放つ。
「嘘おっしゃい!見苦しいですわよ!カエルのプリントがされてあったのがあったでしょう?それが何よりの証!」
「確かに手には取ったが、誰があんな色気のない子ども物を取るか!」
「まぁ!?色気のない子ども物でも変質者の貴方は欲情するんじゃなくて!?」
「俺は確かに変態だが、分を弁えた変態だ!あんな色気のない子ども物にハァハァするか!」
瞬間、空気がザワッとしたのを絢香と黒子は肌で感じる。
パキッ…パキパキッ…
空気中から乾いた音が連続した。
「アンタ達ねぇ〜…」
二人の後方、制服に着替えた
パチッ…。
美琴の周りで火花が走る。それとも爆ぜると表したら良いだろうか。彼女の感情が昂ぶる程にその頻度は多くなってきた。
「あの?…お姉様?」
「ん?ど、どうした?」
明らかに怒りの表情の美琴。十中八九現在起きている異変の元凶である彼女を仰ぎ見て狼狽する二人。
「さっきから色気が無いだの、子どもだの………大きなお世話じゃあ!ゴラァ!」
「ちょ、おま…!?…ぎゃ〜す!?」
「あぁ〜ん、お姉様ァ〜!?」
轟音轟き眩い閃光が辺りを包む。それは高出力の電撃。否、天を焦がす雷と呼べるべきものだった。
学園都市に七人しかいないレベル5。その内の一人、『
彼女が放った電撃は絢香と黒子を焼き尽くし黒焦げの屍を築き上げた。
ちなみに感電して床に伏せる黒子は何故か下卑た笑みを浮かべて嬉しそうにしている。それを宙吊りの状態で見ていた絢香はハッ、と気が付く。
コイツ
恐らく黒子が美琴に向けている親愛の情は、『LIKE』ではなく『LOVE』。つまり『百合』的な…。
絢香は思った。こんな出会いさえなければ友になれただろうに…。
結論。
「ったく、今日は寮監もいないんだから…。黒子?いつ迄も寝てないでさっさととソイツ引き渡しちゃいましょ」と憂さも晴らせてスッキリした美琴は自分が原因であるのにも関わらずしれっと黒子に催促する。地面に倒れていた筈の黒子は一瞬姿を消すとこの部屋の入り口に移動していた。「お任せあれお姉様」
そして美琴の言付けを守るべく部屋を後にする。黒子が通報してスキルアウトが到着するまで十分はかからないだろう。
「驚いた。今の
…コイツ。
美琴は絢香を睨めつける。
先程二人に放った電撃は、実は二種類。
黒子に放ったものは軽い電圧。ちょっと痺れてしまう程度の物だった。
しかし、絢香に放ったものは大の男が三日は動けなくなる代物。筋肉は弛緩して下手をすれば失禁までしてしまう威力と後遺症を秘めていたのだが、当の本人はケロっとしてハハハと笑っている。
何者なの?唯の下着ドロが私の電撃を浴びて平気な筈が…。能力者?それにしては行使する素振りはない。それに通報されたと言うのにこの落ち着き様。唯のバカなのか、大物なのか…。
「ところでさ…」
ふと突然、思案する美琴に絢香は神妙な面持ちで話し掛ける。周りには聞こえない様小声で。
「何よ変態?」
「この女子寮って誰かに恨まれてたりするの?」
「はぁ?何を言って…」
口を開いたかと思えば脈絡もなく何を言い出すのやら。美琴は唖然として開いた口が塞がらなかった。
「今から約三分前かな。あのツインテールのお嬢ちゃんがここを出た辺りからこの寮を中心におよそ1㎞程隔離されているんよ。人払いもされてるみたいだ、うん。端的に言うと囲まれてる」
「そんなバカな。何でそんな事が分かるのよ?それにそんな事できるわけないでしょ?……はっは〜ん、そうやって嘘ついて逃げようって魂胆でしょ?残念ながらそうはいかないわよ」
「なら試しにどっかに電話掛けてみ。繋がらない筈だからさ」
「………」
物は試しと携帯を取り出して掛けてみる。絢香の言う通り何故か電話は繋がらない。
「な?」
「……」
確かにこうなると信憑性を帯びてくる。だが、しかしどうして?
風紀委員という役職をやっていると恨み辛みを買う事は多々ある。だが、だからと言って御礼参り的な物にしてもここまで大規模に行う物なのか?
「とりあえず、事情は後回しにして他の女の子達を避難させた方が良い」
絢香が提案すると同時に美琴の背後に黒子が
「お姉様…お耳を…」
黒子もまた神妙な面持ちで美琴に耳打ちをする。
内容は、絢香の言った事と同じ。
「それは本当なの黒子?」
「間違いなく。それと…」
黒子は、そう一拍おいて話を続けた。
電話は通じず、おかしいと思った黒子は周辺を偵察した所、謎のトラックの一団が寮に向かっている事を知る。しかも、寮から1㎞以上先へは
「分かったわ。皆、聞いて…。コイツは私達で引渡すから皆は自室に戻って」
美琴はあくまでも平静に振る舞い、事実は伏せ、他の生徒達に自室へ戻る様促す。生徒達は快諾し美琴の指示に従い各々の部屋へと向かう。
脱衣所に残されたのは絢香、美琴、黒子の三人。
「……良いのか?避難させないで」
「まだ相手が敵なのか分からない以上むやみに不安を煽るのはかえって美琴を危険に晒す事になる…」
「成る程ね。だが、言わせてもらうと相手が何者かは分からんが、確実に『敵意』を持ってる。人払いもして能力にジャミング掛けて話をしに来た、と言う訳にはならんでしょ?」
「そうね。でも、こちらで迎え撃てば問題はないでしょう?」
美琴はニッと笑みを浮かべて言う。
「………とてもお嬢様学校の生徒とは思えない台詞だ」と絢香は嘆息する。
「ところで、どうして敵が来てるって分かったの?アンタも能力者?千里眼とかの?」
「ん?違う。まぁ、でも半分正解かな。俺はアンタらの言う所の無能力者って奴だよ。秘密は……俺の右眼さ。右眼は義眼でね。ただ、コイツにはスパコン並のスペックが搭載されていて大抵の場所ならハッキングを掛けられる」
「成る程ね」と美琴はようやく腑に落ちたと納得する。
「正直言えば、これで逃げ道を探していたんだが、思いがけない物を見つけてしまったって訳ですよ」
「事情は理解したわ。でも、アンタの秘密もペラペラ喋ってもいい訳?タネが分かればそれを封じる手筈もあるのよ?」
その問いかけに絢香は何の躊躇いもなく答える。
「隠し事は嫌いな性格だ!」
「そ、そう…」
言い切った。バカなのか、と理解する。だが、ただのバカとも違う。真っ直ぐなのだ。直情的で自分の信念を貫き通す大バカ。本能に直結してると言っても良い。
少しだけアイツに似てる気がする…。
後先考えずに我身の事など省みないそんなバカをもう一人美琴は知っている。
…まぁ、そこが良いんだけどさ。………って、何でアイツの事が思い浮かぶのよ!?
思考を過った人物を掻き消す様に頭をブンブンと左右に振る。
「…どうした?」
その奇怪な行動に訝しみながら絢香は尋ねた。
「別に何でもないわよ!」
「あ、もしかして俺に惚れた?」
刹那、美琴の蹴りが吊るされて無防備な絢香の顔面を捉える。
「おグッ!?」
「ふざけた事言ってると蹴るわよ」
「もう、蹴ってまふ。ってか、冗談じゃないっすか」
「冗談は嫌いなの。それはそうと…」
そう言って美琴は、絢香を捕らえている拘束具を外す。
「お姉様!?」
「……え?何で?」
その行動に黒子は驚いた。だが、一番驚いたのは絢香だ。
「襲撃を察知して教えてくれたでしょ?もしもそれがなかったらって考えると…。だから今回はこれで下着ドロの件は不問にしてあげる。但し、次はないわよ」
「…」
「じゃ、ほら早く逃げなさいな。こっちはこれから一戦交えなくちゃいけないんだから。黒子、行くわよ」
美琴は、黒子に掴まり
「……あぁ〜あ、俺は下着ドロなんですよ。そんなのを野放しにしたらどうなるか火を見るよりも明らかだろうに。お嬢様ってのは皆あぁなのかね?人が良すぎるっての…」
一人残された絢香はばつが悪そうに頭を掻く。
「全く…どうやら俺もここの牙城を崩す事は出来ない様だ」
一人嘆息しつつ呟き、義眼に意識を集中させる。
ありとあらゆる機械にそれこそ宇宙にある衛星にまでハッキングを掛けていく絢香。
「こう見えて受けた恩は倍にして返す口でね。さて、俺も一戦交えさせて貰おうか?」
次回よりバトルが始まります。
……始まりまると良いな。・゜・(ノД`)・゜・。
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三話:変態だけど、何か質問ある?
少し急ぎ足での投稿なので結構な大穴が出来てしまっている駄文ですが、これに懲りずお付き合いして頂ければ幸いです。
トラックの台数は三台。ひたすらにそれは走る。目的地は、常盤台女子寮。
不意に先頭のトラックが停車する。それに連なり二台目、三台目と動きを止めた。
原因は簡単。トラックの真ん前に少女二人が急に文字通り現れたのだから。
「アンタ達は何者?名乗りなさい」
「ジャッジメントですの!無駄な抵抗はお良しになる事ですわね」
現れたのは、常盤台のエースこと
彼女達の姿を確認すると、先頭トラックの助手席から一人の男が降りて二人に近づく。
歳は若く、24〜26位だろうか。顔付きからおそらく外人であろう。銀髪の髪をオールバックにしてサングラスを掛けている。明らかに上等なライトグリーンのスーツに身を包んでいることからそれなりの身分である事が伺えた。だが、品性や高潔さなど見繕っているだけでドロッとした粘着質な泥土という本性を塗り固めている。若しくは、堰き止めているだけに過ぎないと感じた。
印象は蛇。蛇だ。
相手を追い詰め、痛ぶり、捕食する陰湿な蛇。
「初めまして。私、イーヴィン・クライヴェルと申します」
イーヴィンと名乗った男はサングラスを外し開いているのか、閉じているのか分からない糸目を晒した。
仰々しい挨拶をしてくるので、美琴は今迄の印象に紳士気取りの勘違い野郎というのを追加する。
「イーヴィンさんとやら、この先にある女子寮に何か用?まさかトラック引き連れて下着ドロって訳じゃないわよね?」
「ハハハ、笑える冗談だ。目的は下着何かじゃ勿論ありません。御坂美琴さん」
「!?」
コイツ、私の名前を?
「学園都市に7人といないレベル5の1人。学園第3位の御坂美琴さん…で宜しかったですよね?」
「私を知ってるようね?」
「えぇ、それなりに。有名人ですから」とイーヴィンはニコッと笑みを浮かべる。
「申し上げますと、『寮』が目的ではないのです。まぁ、結果的に『寮』が目的になってしまう訳ですが…」
「?…アンタ、何を言ってるの?」
「それは…『土地』って事ですの?」
二人の会話に黒子が割って入ってきた。
「ほぅ…。白井黒子さん、察しが良いですね」
「褒められても嬉しくなくてよ」
黒子はうんざりした顔付きで肩を竦める。イーヴィンは黒子の事も把握している様だ。
「そう。あの寮の下には珍しい鉱物が眠っていてね。我々はそれが必要なんだ。まぁ、想像がつくと思いますが表を堂々と歩ける仕事に就いてはいないのでね。人払いをして強襲を掛ける手筈だったんですが、バレていたみたいで。お恥ずかしい。正攻法だと色々と難しいので…」
すると、言い終わらない内にイーヴィンはパチンッと指を鳴らす。その合図と共にトラックのコンテナが開き、中から銃を持った特殊部隊が押し寄せて美琴と黒子を囲んだ。
「ちなみに人払いには少々特殊な技術を用いていまして、ここで何をしようと余計な邪魔は入りません。言わば隔離された空間ですので、諦めて投降した方が身の為ですよ」
イーヴィンは既に勝った気でいる。
彼は頭が良い。ここに居る誰よりも。
だからこそ、早く気付くべきだった…。
数で勝っている?装備で優っている?
いやいや、
「成る程、それでひと気がいない訳だわ。って事は…派手に行っても構わないわね」
美琴は、薄っすらと笑みを浮かべると一枚のコインを取り出す。そう、たった一枚のコイン。戦局を覆す唯一無二の切り札。
それをー『弾いた』。
瞬間、音速の三倍以上の速さで射出されたそれは彼女の異名の由来でもある
即座に舞い上がる爆炎、爆風。
「アンタこそ、投降した方が身の為よ。訳の分からない連中に寮を如何にかされてたまるもんですか!」
その振舞いは雄々しく勇壮。強力にして絶対。一騎当千の
「成る程、交渉は決裂ですね。…では、参りましょう」
少しの動揺。だが、イーヴィンは直ぐに別のプランを組み立てる。これぐらいの誤差なら問題ない。
イーヴィンが手を上げると周りを囲んでいる特殊部隊は引き金に力を込める。が…。
発砲と同時に次々と銃が暴発、そして倒れこむ隊員達。
「がぁぁぁぁ…!」
「あ、足がぁ!」
「ひぃぃぃぃぃ!?」
銃口には鉄矢が刺さり、また、隊員の足や手の甲、関節にも鉄矢が刺さっていた。
「お姉様、
太腿に忍ばせていた鉄矢をいつの間にか手にし黒子は叫んだ。
返事は必要ない。合図も必要ない。お互いを信じられる相棒がここにいる。背中を預けられる友がいる。
それだけで美琴は全力で闘える。
「これで…」
「な?」
驚愕した。優位なのは自分達の筈。それが何故、逆転されている?
「チェックメイトよ!」
渾身の電撃を帯びた拳。それがイーヴィンを貫く。
鈍い音と共にイーヴィンの身体が宙を舞い、二転三転して地面に叩き付けられる。
完全決着。美琴の表情に余裕が生まれ、柔らかい笑みが浮かぶ。
「お姉様…」
黒子もそれを確認してふぅ、と一息つく。黒子の後ろには屍累々と積み上げれた隊員達。黒子もまた勝利を収めていた。
「お姉様〜〜!!」
勝利の喜びか、それとも緊張が緩んだ反動か、能力を使って美琴の背後に現れるなり美琴に抱きつく。その際、胸部と臀部を鷲掴みする形で。
「って、やめなさい!」
「あぁ〜ん、お姉様ァ〜!」
だが、直ぐに電撃の反撃を食らう。まぁ、お約束である。
すると…。
「…ッ!?」
「お姉様!?どうかなさいましたの!?」
美琴の視界が揺らいだ。そして脱力、疲労感が襲う。
この症状。美琴は覚えがある。
電池切れ?でも、まさか…。
美琴の能力には弱点が存在する。継続して使用すると、ほぼ全面的に能力が使えなくなる。そして、立っている事もままならなくなる。それが「電池切れ」。
しかし、今回の戦闘では言う程能力を使用していない。それまでにも能力は使っていたが、配分を間違える程間抜けではないし、残量がわからない程愚かではない。
では、何故?
もしかして…?でも、まさか…?
一つの仮定が過る。しかし、それは美琴にとって最悪の結論。
霞む視線の先、イーヴィンが倒れている場所を睨む。
「やれやれ…。もっと穏便に済ませられると思いましたが…そうもいかないみたいですね。…いやぁ、殴られるのは久しぶりです。まだ目の前がチカチカしますよ」
ゆっくりとイーヴィンは汚れたスーツを払いながら立ち上がる。
「アンタ…!?」
美琴は悔しさに歯軋りする。出来れば外れて欲しかった憶測は見事に的中してしまう。
「実は私にも能力が有りましてね。私の能力、
イーヴィンは美琴が攻撃をした際に能力を発動させたのだった。物理的な拳は防ぐ事は出来なかったが、帯びていた電撃と内在する電力を根刮ぎ奪っていったのだ。その所為で美琴は電池切れを引き起こす。
「どう、やって…能力を…得たの?」
糸の切れかかった身体を奮わせ美琴は問い質す。
普通、能力は
だが、それだと理屈が合わない。
「何、簡単な事ですよ。貴女達の言う
「そんな!?」
「えぇ、驚くのは無理もありませんが、事実です。さて、種明かしも済みましたしここまで我々を追い詰めたのですから賞賛の一つとして、特別に我々の正体を教えてあげましょう。見事な一撃も頂きましたしね。
「お姉様、ここは一旦離脱しますわ!」
瞬間、嫌な気配が辺りを包む。形成不利。黒子はそれを感じ取り慌てて美琴と共にこの場から離脱を試みる。が、能力が発動しない。
「
「あぁ、もう貴女方は能力を使えません。コレ、何だか分かりますか?」
そう言って掌サイズの小さな小箱をこれ見よがしにチラつかせる。
「コレは我々が開発したAIMジャマー。要は能力を使えなくする機械です。ただ、従来の物と違い効き目が遅いんですよ」
その説明で美琴と黒子は理解した。おそらく、このAIMジャマーが1km四方に設置されている所為で黒子の
「あ、念の為言っておきますが、私の能力は封じられていません。さて、続けますか?それとも投降しますか?」
追い詰められる二人。しかし、それを享受する訳にはいかない。
まだ抗う。首一つになっても喰らい付く。不屈の心をへし折らない限りは…。
少し短めです。次回はもう少し長く!
綺麗な文章、構成力がほっすぃ〜です
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四話 :よんでますよ、変態さん
今回、完全に原作勢が蚊帳の外回です。
Q.原作の名を借りた詐欺じゃね?
Q.どうしてこうなった!?
Q.詐欺も辞さない!
A.本当ごめんなさい!
文章構成能力はよっ!
高峰絢香の右目はハイテクの義眼である。本人がその気になれば家庭用電子機器から某国の衛星まで自由に操る事が出来るスペックを有しているのだ。それこそ、個人情報は丸裸に出来るし金融機関へハッキングして金額の改竄もお手の物。
そして、今回絢香は珍しく本気を見せていた。
絢香が盗み、そして闘いにおいて常に重要視しているのは、それに至る迄の準備だと考えている。それは自分の実力を補う為に鍛える事だったりもするが、一番必要な物は情報だ。相手の背景、戦力、クセ…etc。数を挙げればキリがないが、それらを全て分析してこそ勝利へと繋がると信じている。相手の実力も知らないで挑むのは唯の無謀、無策者。もしくは、自殺願望者だ。相手を把握してこそ活路は見出せるし対抗策を講じられれば抑止力となり無益な争いは避けられるかもしれない。
ある人は、卑怯者、臆病者と言うかもしれないが絢香はそれはそれで構わないと言う。絢香は、勝つ為の闘いをするのではなく負けない為の闘いをするのだから。
美琴、黒子が戦闘に入る五分前に遡る。
絢香は常盤台女子寮前でありとあらゆるデータベースにアクセスし、常盤台女子寮を襲撃した人物を調べていく。
しかし、中々該当するデータが見つからない。いつもなら直ぐに調べられるのだが、今日に限っては進みが悪い。腑に落ちないが仕方ないと言い聞かせ、その片手間で常に衛星をハッキングして衛星軌道上から美琴と黒子の動向をチェックしている。二人の実力は自分を悠に超えているだろう。遅れを取る心配はないが万が一という事もある。戦いは相性によって大分違う。事、能力者同士であればそれは如実に表れる。
転ばぬ先の杖。老婆心ながら二人に何かあれば絢香はいつでも向かうつもりでいた。では何故、ここを動かないのか?
「おっと…やっぱり来たか?」
風が吹いて青々とした葉が舞ったと思ったらほんの十m先に黒服の一団がゾロゾロと姿を現した。美琴、黒子と交戦した特殊部隊の様相ではない所を見ると別働隊か。
「伏兵は基本ってね。ガードが甘い所を狙うのも定石。嬢ちゃん達は性格上、背中が甘そうだからこの変態紳士が一肌脱いであげないと、ね!」
絢香の殺気に反応した黒服の一団は、問答無用で襲いかかって来た。絢香は一気に臨戦態勢を取り、一歩大きく踏み込む。
「葬兵武曲ッ!鶴翼ゥッ!」
両袖の下から鎖分銅が放たれ、それが湾曲しながら包み込む様にして敵を次々と薙ぎ払っていく。
だが、数名はそれをするりと交わし、ある者は上空へと跳び回避する。
あの身のこなし…。もしかしなくても
「葬兵武曲!
踵を地面に軽く鳴らすと爪先から数本の刃が飛び出てくる。それを蹴り上げ、上空八方へ放つ。
「続けて、
懐から鉄製の球体を投げつける。
雷蜂。刃には痺れ薬が塗られており、それに傷付けられでもしたら忽ち動けなくなる。上空に逃げた奴らはそれで一網打尽にされ地面に叩き付けられた。
五月雨飛礫。見た目、唯の鉄球だがそれに亀裂が入り破裂する。鉄球の中に爆薬が仕込まれていて爆ぜると鉄球が砕け小さな鉄の破片が散弾となり地上の敵を撃ち抜いていく。
これでも三割しか削れねぇのかよ?俺が鈍ったのか、奴らの練度が高いのか…。
技を使い敵を倒すが完全には倒し切れておらず、再び起き上がる者、攻撃を防ぎ切った者と中々に手練が揃っているようだ。
一連の流れで半分は削るつもりだったが、認識が甘かった。
少し本気でやるか…。
目付きが変わり黒服達も絢香が危険だと判断したのかそれぞれ抜き身の刃や手裏剣、苦無を取り出す。
ナイフや苦無を持った者達が前衛として絢香に襲い掛かり、手裏剣などの飛び道具を持つ者が後衛として絢香を狙い撃つ。
「っフ!」
一番手がナイフを突き出して来た所を絢香は半身で交わしつつ相手の手首を掴み、引っ張り無防備になった脇腹へ肘を叩き込む。悶絶した間に首を押さえつけ飛んで来る手裏剣の盾にする。
攻撃を凌ぐと今度は、続いて襲い来る者へ盾にした黒服を投げつけ、相手の死角から飛び出すと鼻と唇の間、人体の弱点の一つ人中へと拳を振り抜く。
「せいっ!」
背後から来る者へは、上段回し蹴りを放ち難無く迎撃。
「ハァ!!」
「やぁ!!」
左右から女性の黒服達二人。それぞれ鉤爪や刀を装備しているが、絢香はダッキングで交わし目にも留まらぬ早さで交差する様に攻撃はせず離脱する。
「………ッハ!?」
「………え?」
しかし、女性の黒服は赤面してその場にヘナヘナとへたり込んでしまう。
「ふっふっふっ、じゃ〜ん!峰打ちじゃ」と絢香は誇らしげに一枚の紅いショーツと一枚の寄せて上げるタイプのブラを見せつける。全然、峰打ち違うけど……。
「こ、この痴れ者!」
「そ、それをか、返せ!変態!」
「やなこった!これは戦利品じゃい!それに変態は俺にとって褒め言葉だ!」
そう。あの一瞬で下着を剥ぎ取り盗んだのだ。…何だろう、活躍してるのに物凄いやられて欲しい。
「アイツ、変態のクセに強いぞ!」
「変態なのに強い!」
「男が俺に変態って言うんじゃねぇ!」
「グハッ!?」
「オブッ!?」
剥ぎ取った下着を懐に忍ばせつつ、変態と口にした黒服の一人へは顔面への膝。もう一人には頭突きで理不尽な制裁を与える。ある意味やりたい放題だ。
遥か先にて物影から絢香を狙撃して来る奴もいたが、まるで狙っている事が分かっているかの様にバックステップで回避して直ぐさま鉄針を投擲。見事撃破。
前後左右、上下、どこから掛かって行っても返り討ちにされ黒服達に焦り、そして動揺が走る。
強いて言えば、本気を出した絢香に不意討ちは無意味だ。
義眼を駆使し、衛星から周辺の監視カメラ、携帯のカメラに至るまでハッキングして多方面の映像をリアルタイムで確認している。言うなれば、盤上を覗き見ているに等しいのだから。
「隠れても無駄だから、さぁ!」
建物内から銃で狙撃を試みても義眼に内蔵されている暗視や熱感知機能で場所を暴かれて逆に取り出した手投げナイフで狙撃されてしまう。
如何に手練と言えど、正攻法も非正攻法も効かないのでは結果は目に見えている。
その内、敵わないと見てか黒服達の攻撃が止む。
「おっ?諦めた?ならさっさと…」
パンッ!
その時だった。乾いた銃声が鳴り響き絢香の頬を掠った。
狙撃?いや、カメラに何も映っていない。どこから?
パンッ!パンッ!
立て続けに発砲音。慌てて後方へ飛び退く。
地面に穴が二つ。避けなければ銃弾の餌食となっていた。
まさかカメラの死角から?衛星軌道上から数えて一体何台あると思ってんだ?そんな神業出来……。
パンッ!
「危なッ!」
咄嗟に避けて物影へと身を隠す。
クソッ!どんな凄腕の奴だよ!?
「今は炙り出すのが先決だな。射撃ポイント及び銃弾着弾ポイント算出…。危険度をAへ移行。索敵範囲拡大…」
右目に意識を集中させる。
パンッ!…キンッ!
今度は放たれた弾丸が街灯に当たり、跳弾を起こして物影へと身を隠した絢香を狙撃する。
「当たらんっ!」
右目の力を使い銃弾の軌道と着弾を予測。ひらりと交わし見えない狙撃手が潜伏しているであろう場所へ五月雨飛礫をお見舞いする。
飛礫が放たれた先から予想通り身を隠していた敵が堪らず飛び出して来たのでそれに狙い定めて拳を振るう。
すると、敵も迎え討つ形で手にしている拳銃を構える。
敵の銃口が絢香の額に、絢香の拳が敵の額に寸止めする形で双方の動きは止まった。
「……つうか、お前かよ。カナメ」
心底うんざりした顔で絢香は呟く。
「久しいな。アヤカ」
反対に相手は嬉しそうな口調で呟く。『嬉しそうな』というのは相手がのっぺりとした仮面を付けている所為で表情が分からないからだ。
そう敵の正体は、絢香は知らないが当麻を手助けした仮面の男だった。
二人は知り合いなのかそのままの態勢で話を続ける。
「この一件、まさかお前が全部糸引いてるって言うんじゃねぇだろうな?」
「糸は引いてない。ただ、関連はしてるがね」
「相変わらず含みのある言い方しやがって…。どう言う事か話せバカ」
「依頼を請けていてね。内容はとある一団の護衛…」
「此方としてはお前が居るとは計算外だった」と要は一言つけ加えた。
浪松要は裏稼業を営んでいる事を絢香は知っている。実力も折り紙付きで裏工作もお手の物。おそらく、
違法な物品の運送から要人の護衛など明るみに出るのも憚れる内容を主に扱い今回も例に漏れずなのだが、一つ納得出来ない事がある。それは、要が一般人を巻き込む形を取っている事。
一般人からは盗まず・犯さず・殺さず、と要は関係のない人が巻き込まれる事を異様に嫌うからだ。
「……あぁ、そう言う事かよ、ちくしょう!まんまとしてやられちまった!」と構えていた拳を下ろして頭を抱えて悔しそうにしゃがみ込んでしまう。全部理解出来た。全部理解出来た上で利用された事に腹が立つ。
要も銃を仕舞って続きを口にする。
「今回の事は、此方としても遺憾としていてな。依頼主は、この寮の下にある鉱物を狙っているのだが、物品を奪取したら寮生達を皆殺しにするつもりだ。依頼を請けた以上は違えるつもりはない。だが、だからと言って子どもを犠牲にするわけにはいかない。当初は部下を派遣させ寮生達を逃し、鉱物を先に手に入れる手筈だったんだが…」
「俺がいる事を知ったお前は、ワザと交戦して護衛が出来ない大義名分を作る。その間に依頼主がやられてしまえば…」
「そう。依頼を違えず依頼は無効となる」
表情は見えないが要はニヤリと笑みを浮かべた気がした。大義名分さえ出来れば、裏稼業の名声を傷付ける事なく任務を降りる事が出来る。且、自分のポリシーを貫く事が出来る。
「相変わらず強かな奴だ…」
「褒め言葉として受け取っておこう」
二人の視線が交差する。
正直に言えば、絢香は要が嫌いだ。何と言うかウマが合わない。
「ん?あぁ〜っ!?」
すると、絢香は急に狼狽し慌てふためく。
「どうした?」
「ヤバイ!嬢ちゃん達が!?」
衛星を通じて右目に美琴と黒子の映像が送られてくる。そこには、能力を吸収され疲弊している美琴と能力を封じられた黒子の姿が。
「成る程。そうなると此方の計画に支障が出る。出来れば彼女達には頑張って欲しい所だ。…分かってると思うが、此方は力を貸せないぞ」
「んな事分かってらい。とりあえず、お前らが敵ではない事が分かった以上、ここにいる意味はねぇ」と絢香は要に背を向けて走って行く。
「アヤカ!」
「何だよ!急いでるんだ!」
「久々に会えて良かった。此方の思惑に乗ってくれた礼だ。『武器商人』を調べろ。良いな?」
「……サンキュー」
絢香は要が嫌いだ。何と言うかウマが合わない。だが、悪い奴ではないとおもっている。
絢香は脱兎の如く駆け、美琴と黒子のいる場所へと急いだ。
絢香を見送ると要は深く息をつく。
「相変わらず甘い。アヤカ…敵ではないと言う事は味方でもないと言う事だぞ?」
今迄離れていた要の部下達が彼の元へ集まる。
「諸君、では、行こうか。もう一つの依頼を行いに…」
要は部下に号令すると、その足を常盤台女子寮へと進ませた。
実は当初のプロットとは全然違う流れへ行っております。
次回、ようやく上条さんの出番+活躍になるかと思います。
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五話 変態は静かに笑う
相変わらず遅筆で申し訳ありませんが、楽しんで頂けたら幸いです。
今更ですが、このお話の時間系列は一方通行編とエンゼルフォール編の間だったりします。
拝見皆様、お久しぶりです。上条です。
この作品では影が薄すぎてもう出てこないのではないかと危ぶまれております。
不幸です…。
えー、私は何をしているかと申しますと、今日こそは不幸と遭遇せず過ごせるかと思っていた矢先、あれよあれよと災難に見舞われ自転車が大破して謎の仮面の男が自転車を弁償してくれると言ってくれて持って行ったのは良いものの、考えてみれば相手は自分の事を知らない訳で慌てて追いかけたましたが完全に見失い、私も道を見失い絶賛迷子な訳です。
何て言うか…。
「不幸だ…。道を聞こうにも人がいないし」
当麻は、トボトボと夜道を歩く。丁度、曲り角に差し掛かった時だった。全力疾走で自分に向かって来る人影。そして、それはそのまま当麻へドーーンッ!
お互いにぶつかる形でその場に倒れ込む。
「グフッ!?…不幸だ」と尻餅をつきながら前を見ると…。
「オグッ!?何で曲り角でぶつかったのが男何だよ。普通、こういうのって女の娘って相場が決まっていてそこからムフフなフラグが始まるんでしょうよ…。だいたいさ…」
前のめりで倒れたままトリップしてブツブツと何やら文句を呟いている青年。一目見て当麻は、関わり合ってはいけない奴だと悟る。
当麻は知る由もないが、倒れている青年は変た…ゴホンッ、絢香だった。
「って、こんな事してる場合じゃなかった。スマンな、少年。怪我はないか?」
ハッと自分の世界から戻って慌てて絢香は起き上がる。
「あ、あぁ…」と当麻も立ち上がる。
ようやく会えた人だが、挙動のおかしいこの人物に道を尋ねて良いものかと尻込みしてしまう。しかし、当麻よりも早く絢香が口を開いた。
「出会ったばかりで面食らうと思うが、ここから早く逃げた方が良い」
「はぁ?」
「ちょいと訳ありでね。っと、早くしないと
「!?」
絢香がそう言って走りだそうとした瞬間、当麻は絢香の進行方向に飛び出してそれを阻害する。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!その風紀委員達ってのは、茶髪で短髪の女の子とツインテールの女の子じゃないか!?」
「??そうだが…知り合いか?」
「やっぱり。事情を教えてくれないか?」
「……時間がない。詳しい話は移動しながらだ」
「あぁ!」
最初、この少年に話して良いものかと考えたが、気迫の込もった目を見て絢香は考えを改めた。風紀委員の知り合いならそれなりの実力者だろうし、それに佇まいから分かる。この少年は相当の修羅場をくぐり抜けて来た凄味がある事を。ならばその彼の心意気を無下にするのは不粋。応えるのが大人の、いや、漢の器ってものだ。
事情を掻い摘んで絢香は当麻に説明し、二人は並走する形で先を急ぐ。ちなみに自分が下着ドロだとはややこしくなりそうなので話していない。
「二人は大丈夫なのかよ?」と事情を聞いた当麻は驚きながら尋ねた。
「今の所は、な。…あぁ、チクショウ!駄目か!?」
「だ、駄目!?ヤバイのか!?」
不吉な言動に当麻は狼狽する。
「ん?あ、いや、この駄目はこっちの事で。さっきから某国の衛星にハッキング掛けてレーザー狙撃を試みているんだが、着弾しないんだ」
「……なんつー物騒な事を」
「それに今気付いたけど周りに人っ子一人いやしねぇ。まるで空間だけを切り取った、そんな感じだ」
「空間を?……。まさか」
そのワードに当麻はピンとくる。似た様な事を以前から体験している。
「もしかして、人払いのルーンか?」
「へ?人柱のローン?」
「違ぇーよ!ルーン!人払いのルーンだ。あぁ、そうだな…つまりそれを使うと人に認識されなかったり、隔絶した世界を擬似的に創り出す事が出来るんだ」
「成る程。だから外部からの干渉が阻害されてんのか」
「おそらくな。でも…」と当麻はそこで言葉を濁した。
人払いのルーンは、元々科学的に発生させる物ではなく、寧ろそれとは真逆の魔術的な要素なのである。
魔術という言葉が出てきた所で少しだけ世の中の隠れた顔について話そう。
世界は科学サイドと魔術サイドに分ける事が出来る。科学サイドとは言わずもがな、文字通り科学技術を取り扱う者や組織、広義としては現代社会その物を指す。
対して魔術サイドとは、平く言えば宗教諸組織が秘密裏に運営している総称だ。宗教的観点や思想、行動、オカルトめいた伝承等は全て魔術サイドの管轄になる。
また、科学サイドの技術の結晶、恩恵とも呼べる
そもそも、基本、魔術自体が世間一般に秘匿されているため、科学サイドからは存在が認知されていない訳で例え存在を知っていたとしてもかなりの少数だったりする。
そして、ここからが話の肝になるのだが、両サイドは相入れず、対立関係で互いの技術情報は独占しており、暗黙の了解として相互不可侵を築いているのだ。
だから、尚の事今回の襲撃は不可解な点が見える。相互不可侵であるにも関わらず互いの技術が使われている点だ。
ちなみに、どちらにも属していないグループを一般サイドと呼称するが、それは学園都市外の人間、絢香みたいな存在を指す。絢香は別として普通の人間は科学技術の恩恵を享受する以外、または宗教へ入信して関与する以外、両サイドの情勢を知り得ない。要は、どちらのサイドからも影響を受けつつどちらのサイドにも深くは傾倒していない「その他」の部分だ。
その為、本来なら容疑が浮上する事さえないのだが、当麻にはもしかしたらという疑惑があった。
上条当麻は、夏のある日とある出来事を経て魔術サイドと科学サイドを渡り歩く稀有な存在、いや、異質な存在となった。そんな当麻だからこそ気付けた違和感。
それは絢香が目の前で義眼を使い情報収集やハッキングを掛けている所から着想したものだ。
絢香の様に高次元で情報を統括する者が他にいない訳ではない。そう言った者が少しずつ、少しずつ両サイドの技術を会得していったら?
両サイドの様に拘りや括りがなく、且奔放に理に触れる事なく着手する事が出来る。
だが、腑に落ちないのは魔術を扱う者は能力を、能力を扱う者は魔術を一緒に行使する事は出来ないと言う前提を覆している事だ。
しかし、事実は事実と認識するしかない。そう思い、当麻は絢香にその事を述べた。勿論、魔術サイドについて絢香は知る由もないので当惑こそしたもののすぐにそれを受け入れ、絢香は直ぐに右目をデータベースへアクセスする。今はもう要の介入はないはずだ。
「……それなら話は全部繋がる。それが出来る人物で…『武器商人』…。……
要の告げた言葉を用いり検索を掛けると一件該当が出た。そして、人物、背景、所属組織などありとあらゆるデータが右目に流れ込んで来る。
「少年、お手柄だ!………あー後、名前は?俺は高峰。高峰絢香」
「俺は、上条当麻」
「そうか。……普段俺は、ヤローには名乗らないしこんな事も言わないが、一度信頼した奴は別だ。次も一丁頼むぜ、
絢香は当麻の前に拳を作って突き出す。
「あぁ、任せろ!
当麻もまた拳を作って絢香の拳に合わせる。
互いにニッと笑みを浮かべて坂道を駆け上がった。
美琴の目の前には、確実に勝利を確信しせせら笑うイーヴィンが懐から拳銃を取り出して自分達に狙いを付けている。
「さて、見たところ降参するという選択肢は…なさそうですね?」
「当然でしょう。何でアンタ何かに白旗を振るのよ。これ位丁度良いハンデよ」
美琴は、窮地に立たされているのにも関わらず笑みを浮かべた。余裕などまるでない。能力も使えず立っているだけで精一杯。頭のネジがぶっ飛んでしまったのだと自分でも思う。
それでも笑みが零れたのは、きっとそう……アイツの所為だ。
アイツは、いつもこんな気持ちだったのだろうか?
能力もないのに誰かを守る為に自分の身など構わずに己が右拳を振るう。それが強大な相手でも。
私は、それを間近で見た。アイツの覚悟を、信念を。アイツの背中から見て感じた。だから戦える。だからこそ…。
「みっともない姿を見せる訳にはいかないのよね」
美琴は小さく呟いた。
身体が言う事を聞かない。だからどうしたと歯を食いしばった。
自分の拳を力強く握りしめる。能力は封じられているが、完全にではない。なけなしの電力を絞り出せば一発分は
自分はどうなっても良い。だが、黒子だけでも…。
「黒子、良い?私が時間を稼ぐからアンタは逃げなさい」
「…お姉様、それを私が素直に聞くとでも?」
黒子が事情を察し、美琴に対しては珍しく怒気を含めた口調だ。
「……」
美琴もそれを理解して押し黙る。
「私はね、お姉様…。お姉様が地獄の底まで付き合ってと言われれば何処までもお付き合いする所存何ですのよ。ですから、不肖この白井黒子最期までお供しますわ!」
自分を身損なわないで欲しい。見くびらないで欲しい。自分は何時、如何なる時も御坂美琴の右腕なのだ。それが自身の誇りであり、自身足らしめる存在意義なのだから。
黒子はそれを言葉に込める。それだけで美琴には伝わるだろう。
「全くアンタは…。どうなっても知らないわよ!」
悪態をつく美琴の顔は少しうれしそうだった。
こうなったら
…あぁ、何だ。そう言う事か…。
「死ぬ順番は決まりましたか?それとも、辞世の句でも浮かびましたか?」
イーヴィンのにやけた顔。この顔を引きつらせる事が出来たらさぞ爽快だろう。
「ねぇ、アンタ…」
「はい?」
「一つ分かった事があるのよ。聞きたい?」
「何でしょう?」
「私も大バカだったって事!っ黒子!」
美琴の号令と伴に黒子が死角から飛び出す。能力は使えないが、風紀委員である彼女は高いレベルでの戦闘訓練は受けている。一対一の白兵戦でまず負ける筈がない。
咄嗟の出来事でイーヴィンは対処出来ずに手にしていた拳銃を黒子に弾かれてしまう。
「なっ!?」
そこから低空タックルによりイーヴィンの足を掬い、バランスを崩してそのまま背後を取ると羽交い締めにする。そこへ、すかさず美琴が…。
「歯ぁ、喰いしばれやゴラァッ!!」
腰を深く落とし体重が完璧に乗った渾身の上段右回し蹴りがイーヴィンの顔面を吹き飛ばす。
完全に決まった。首の骨が折れたのではないかと錯覚するぐらいの強烈な一撃。
食らったイーヴィンはぐったりとして今度こそ意識を完全に失った。
「どんな…もんよ!」
イーヴィンが倒れる同時に美琴もまた膝を付く。電池切れを起こして尚且つ根性だけで戦ったのだ。全身の力が抜けてもう立てない。だが、気分は良かった。
「お姉様!?」
慌てて黒子が美琴の元へ駆け寄る。
「大、丈夫よ。力が入らないだけ。取り敢えず…少ししたら
「…そうですわね。私も少し……」
瞬間、黒子はとても受け入れ難い現実を目の当たりにした。
「お、お姉、様……?」
「………え?」
驚く位真っ白な白刃が背後から美琴の心臓を貫いていた。
ゆっくりとスローモーションの様に美琴が倒れていく。
「お姉様…?」
地面に伏せた美琴はピクリとも動かない。
見た目、血は全然出ていない。それなのに美琴の顔は既に血の気を失い息をしていないのが分かる。
「お姉…さ」
倒れた美琴に触れた黒子は、そこで全てを理解した。理解はしたくない。だが、事実は変わらないのだ。
死んでいる…。
身体は冷たく先程まで談笑を交わしていた温かさはもうない。
混乱する頭で美琴の後ろに視線を向けるとそこには五人の男女がいた。イーヴィンの仲間と考えるのが妥当だった。そのうちの一人の男が日本刀らしき物を握っている事から美琴を刺した犯人だと伺える。
雰囲気からイーヴィンとは違い、完全に戦闘に特化されたプロフェッショナルだと把握するが、今の黒子にはそんな事関係なかった。
「お前がァァァァァァァ‼」
獣の雄叫びとも思える大咆哮。
ありったけの力を込めてその男へと突っ込む。
勝負は目に見えていた。能力を封じられていた自分。対して戦闘のプロ。
そこにあるのは、一片の慈悲もなく、ただただ冷徹な一振り。
男の白刃が黒子の喉を突き刺した。
「お、ねい……申し、わ………せん」
親愛する美琴の仇に一矢報いる事が出来ずに黒子は涙を流しながらその命を散らしたのだった。
倒れたイーヴィンを囲む五人。一人は、羽織姿の美琴と黒子を殺めた日本刀を持つ精悍な顔付の男。一人は、ロン毛の如何にも軽薄そうな無精髭の男。一人は、無表情で大柄のスキンヘッドの男。一人は、妖艶な衣装に身を包む女性。一人は、ターバンを巻いたインド風の男。
イーヴィンは、用意周到な男だ。自分に何か起こり、任務が滞った場合自分に忠実な五人の部下が転送されて来る手筈を整えていた。
この五人は、他の者達とは違う。イーヴィン同様にそれぞれ思惑があり、イーヴィンを信奉する狂信者だ。
元々、自分は戦闘屋ではない。一科学者、一経営者なのだ。畑が違う。最終的に目的が達成出来れば良い。彼らはその為の保険。
武器商人である彼は、裏事情に精通している。彼の目的は如何に効率良く敵を殺す武器を創り上げるか、利益を上げ富を上げるかしか興味がなかった。その中で目をつけたのがこの
そこでイーヴィンはある考えを思いつく。実戦に身をやつす彼ら。それは、ありとあらゆる実戦データが手に入る。しかも、資金は豊富。自分は今、偶然
イーヴィンにとっては、人がどれだけ死のうが関係ない。自分にとって益か不利益かのどちらかだけ。組織が何を成そうと興味はない。こうして歪んだ思考の末にイーヴィンは、
そしてまたある時、彼はとある鉱物の存在を知る。
希少鉱物『グロウ』。この鉱物は、外部からの熱エネルギーを溜め込み更に内部で倍増させる外部へ放出する性質を持つ。
イーヴィンは、これを兵器利用出来ないかと考える。言わばグロウはエネルギー増幅器。例えばこれに炎を与えるとそれを吸収して内部で更に強い炎を産み出しそれを放つ。
想像して欲しい。もし、こんな物を用いて兵器を創り出されたとしたら…。能力を持たない者でも安易に破壊能力を手にし、能力を持つ者ならより強力な力を手にする事となる。
「まずは、御大将の治療を。それからすぐに目標物の確保だ」
五人組の一人、日本刀を手にした羽織姿の男が紅一点である妖艶な衣装の女性に指示する。
「はぁ〜い」
女は甘ったるい声で頷くとイーヴィンに近寄り、殴られ腫れた箇所に手を触れるとみるみるうちに腫れが引いて行く。
「それにしてもラクショーッスね。つうか、レベル5ってのも大した事なかったし」
「それは能力を封じられていたからだ。正面から、しかも万全な大勢ならこんな簡単にはいかんよ」
軽口を叩くロン毛の男にターバンの男が嗜める。
「……」
スキンヘッドの男は一言も漏らさず辺りを警戒している。
「あぁ〜あ、でも、勿体無いッスね。結構上玉の女ッスよ」
ロン毛男は、倒れている美琴と黒子に近づきしゃがみ込むとその顔を覗き込んで頬をペシペシと叩いた。
その刹那…。
「テメェら、そこから離れやがれェ!」
怒声と共に五人へと手裏剣、苦無、鉄矢、ナイフが雨あられと降り注ぐ。
「なっ!?」
ロン毛の男がそれに気付き慌てて地面に手を当てると五人と未だ気絶しているイーヴィンの身体が地面に溶け込む様にして消えて行く。
武器の数々は地面に突き刺さるが美琴と黒子には一切合切傷付ける事なく降り注ぐ。
そして、上空から当麻を担いだ絢香が美琴と黒子の側に舞い降りて来た。
着地と同時に当麻が倒れている二人の元へ走り出す。二人の様子を見て愕然と地面に伏せる当麻。
今にも泣き出しそうなのを必死に堪えている。それを見て絢香も悲壮感に苛まれた。掛ける言葉が見つからない。
「随分と舐めた事しやがるじゃねぇか!?このどサンピン共がっ!?」
当麻達から約10m先に消えたイーヴィン達が現れる。ロン毛の男は激昂している様で今にも襲ってきそうだ。それを羽織姿の男が日本刀で制して前に出て来る。
「主らそこのレールガンの仲間か?」
「……そうだ。お前は…
「…!?驚いた。まさか身許が割れているとは」
既に相手の素性は右目を使い先刻承知だ。ロン毛は、
「やったのはテメェかって聞いてんだよっ!」
今迄のふざけた雰囲気とは一変してまるで別人の様な殺伐とした雰囲気の絢香。
「如何にも。私の得た能力は、この真剣。
「……そうかよ。じゃあ、殺してやるからあの世で二人に詫びて貰おうか?」
「殺れるものなら、な」
構えを取る両雄。すぐにでも切り結び殺し合いが始まりそうだ。だが、当麻は違った。
能力で?…じゃあ、もしかしたら身体は仮死状態なのか?それなら…。頼む!そうであってくれ!
勘兵衛の告げた言葉に当麻は、『救える』という確信に近い可能性を閃く。
彼の右手。この世の、或いはあの世で有ろうと存在する全ての異能を打ち消す力を秘めた腕。
「これが覆せない絶対の死だと言うなら、まずはその幻想をぶち殺す!」
右手を刺されたとされる黒子の首筋に当てる。瞬間、何かが砕ける様な音と共に黒子が息を吹き返す。
「ゲホッゲホッ!?………何が起こったんですの?…あら?貴方は何時ぞやの殿方?」
まだ状況を把握出来ていないのか黒子はキョトンとしている。
「効いた!じゃあ、御坂にも!」
続けて当麻は美琴の刺された箇所へ手を伸ばす。
「ゲホッ!?何が起こっ……!?」
同様に息を吹き返す美琴。しかし、次の瞬間、顔を赤面させて驚きと怒りが入り混じった複雑な表情を見せると同時にグーパンで当麻をぶん殴った。殴られた当人は困惑する。感謝されるであろう人物からのまさかの攻撃。
「グハッ!?いきなり何するんだよビリビリ!?」
「何するんだじゃないわよ!わ、私の胸を触るなんて!」
「あっ!?……いや、これには理由があってだな」
「エッチ、スケベ、変態、もう信じられない!」
命の恩人である当麻だが、救われた当人には自覚はなく、次々に罵られてしまう。すると、足元に鉄矢が投げ刺さる。
「苦しんで死ぬのと一瞬で死ぬの…。どちらがお好みですの?私としては、前者をオススメしますわ…」
黒子に至っては、目が殺人鬼になっている。と言うか殺る気だ。
「大丈夫ですの。急所はワザと外して痛みだけを鋭敏にしますわ」
「いや、ちょっとまて白井!それは全然大丈夫じゃないし、これは誤解だ!話を聞いてくれ!」
戦いが始まるかと言う矢先、今迄殺伐としていた空気が当麻の行動により霧散してしまう。
絢香は、その光景を見て安堵の溜め息を漏らすと怒りに満ちた形相から一転、いつもの飄々とした柔和な顔付を取り戻す。
敵対する五人は、信じられないと言った顔付を見せて愕然としている。
「バカ、な…。私は確かに殺した筈だ。殺し切れなかったとでも?」
「その様だな。で、どうする?正直俺は、あの娘達が助かったんなら戦う意思はない。だが、またあの娘達に、寮に危害を加えると言うなら先程同様容赦しない」
「知れた事。ならば、もう一度殺して目的を達成するまで!」
「交渉決裂だね、どうも…」
絢香はくるっと踵を返すと後ろを向く。
「三分くれ。相手はそれからしてやる」
「良いだろう。今生の別を告げる時間ぐらいはくれてやろう」
「ほざけ。クソヤロー」と中指を立て、それから当麻達の元へ歩いていった。
「なぁ、どうやって生き返したんだ?もしかして神様の使いか?」
冗談めかして絢香が当麻の元へ戻るとそこで美琴と黒子は絢香がいる事に気付く。
「あ!?アンタはさっきの下着ドロ」と開口する美琴。
「どうも。無事で何よりだよ」と言葉も漫ろにまだ事態を把握し切れていない二人に掻い摘んで説明をする。美琴は、敵に遅れを取った事が悔しい様で身悶えしているが、黒子は美琴が無事だった事に身悶えているようだ。流石変態。ぶれない。
まぁ、前置はそれぐらいで本題はこれから。
何かあれば駆け付けられると高を括り、挙句美琴と黒子を危険に晒した。完全に自分の判断ミスだ。それが許せない。当麻がいなければどうなっていたか。
詰まる所、自分は何もしていない。独りよがりも良いところだ。
だから、これ以上は皆を危険に合わせられない。
責めてもの罪滅ぼしに、と…。
「実はちょいとこれから後ろの五月蝿い小蝿を倒さないといけなくなったんで三人は少し離れていてくれ」
キッパリと絢香は告げた。
「はぁ?何言ってんのよ?なら私達も…」
「俺も手伝う。御坂と白井は休んでいてくれ」
言いかけている美琴の言葉を遮り、当麻が前に出た。
「……正直、アイツらは強い。当麻の気持ちは分かるが…」
「アイツらは俺の仲間を傷付けた!」
当麻は叫んだ。
「それにアンタが、全部背負う必要はないだろ。アンタがいたから二人を助けられた。駆け付けられた。間に合ったんだ!だから、自分だけに責任があるみたいに言うなよ。俺にも背負う権利はある筈だ」
あぁ、全く…。真っ直ぐだ。どうしようもなく真っ直ぐだ。こんな見得を切られてしまったら返す言葉も浮かばねぇよ。
「……あー、何か腹が痛いな。一人で五人は無理かもな…。やっぱ、手伝ってくれ当麻」
棒読みで口にすると、拳を当麻の前へ突き出す。
「ったく、素直に言えよ」と当麻も拳を作りそれに合わせる。
これ以上は、言葉はいらない。軽く視線を合わせただけで二人は五人の前に立った。
「辞世の句の準備は出来たようだな?」
勘兵衛が剣を構えて言い放つ。
「あぁ、とびっきりのがな。当麻、言ってやれ!」
「掛かって来いよ、クソッタレ!」
次回はもう少し早く更新出来るよう頑張ります。
今回は結構焦って最後がグダッてしまった様な気がします。
精進せねば!
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