異世界転生すると美少女になれるって本当ですか!? (DENROK)
しおりを挟む

設定
インランのプロフィール


●プレイヤーネーム

チャオ・インラン(超・淫乱)

 

●アバターの外見。

艶のある黒髪のストレートヘアーを耳の上で結って大きなリボンで留めて垂らしたツインテール。瞳はエメラルド。顔の造形はアジア系のローティーン。プロポーションは顔立ちに比べて大分肉感的。服装は全裸の上に一枚のパーカーを着ているだけの所謂〟裸パーカー〟。非常に整った異常に完成度の高い容姿で、ユグドラシルで有志が販売しているあらゆるアバター素体よりも美しい。どちらかと言えば美しさよりも愛嬌を重視した顔立ち。なおアバターのモデリングは全てインランのフルスクラッチ。リアルでは首都の名門美術大学の大学院まで出ているため、そのユグドラシル内に限れば逸脱した水準の美術的な素養はインランの容姿にいかんなく発揮されている。普通にインランに対してアバター外見データを売ってくれ・作ってくれというプレイヤーが殺到するほど。余談だが、その腕が運営の目に止まってサキュバスの亜種など一部のアップデートによる追加キャラクター・追加アイテムのデザインとモデリングに公式に関わっている実績がある。

 

●ユグドラシルでの来歴。

アインズウールゴウン最初の9人〟ではない〟。ただしナインズオウンゴール時代からモモンガ達と面識はあった。ギルドでは回避特化の前衛担当。ギルドメンバーが減ってからは、ビルドを組みなおして生産職の真似事をして時間を潰していたりした。その際クラフトしたオリジナルアイテムやアバター素体を売るために、ギルド外のプレイヤーとも交流している。人間種と交流しているうちにカルマ値が―500から―200〜―300程度まで上昇した。ギルド外との交易では過疎化したギルドの維持費以上の金貨や素材を稼ぎだしていた。ギルメンがモモンガとインランの二人だけになってからは、ギルド拠点やNPCを自分好みにするために勝手に弄り回していた。

 

●ギルドでのインラン。

速度・特に回避特化の前衛担当のドリームビルダー。経験値を消費する極めて重いデメリットと引き替えに非常に優秀な性能の壁モンスターを扱う。しかし強欲と無欲をギルドが手に入れたことでそれ以降はデメリットがほぼなくなった(失った経験値はギルド拠点ですぐに補填出来るようになったため)。前提クラスとして射撃クラスであるガンナーのクラスを取得しているため一応遠距離用の武装も使えるが、あくまで使えるだけで上位の射撃クラスである狙撃専用クラスを持っているプレイヤーには遠く及ばない。速度・回避特化なのは忍者と似ているが、全く違う点はインランはガン=カタを扱うため敵の前から離れないこと。敵の攻撃をひたすら捌いてこちらの攻撃を当て続ける戦法となる。強豪ギルドの潤沢な国庫がもたらす全身神器級(ゴッズ)の装備がなければカンスト同士の戦いではネタにもなれないビルドである。『強い装備、強いビルド』がまず先にありそれに自分を合わせるパワービルダーと異なり、『やりたいプレイ・ビルド』が先にありそのために装備とプレイヤースキルを揃えてマトモな戦闘力を得ているので、ある意味ドリームビルダーの理想を体現しているという点では前衛後衛の違いはあるがモモンガの同志である。転移直前に知己のプレイヤー達や強豪ギルドから

世界級(ワールド)装備を自分で作ったエロ本(インランの設定資料集)と引き替えにあらかた手に入れたので、転移後はドリームビルダーでありながらパワービルダーよりも圧倒的に強い。

 

●インランのパワードスーツ「AALIYAH」(アリーヤと読む。スワヒリ語で至高の存在という意味)。

強豪ギルドアインズウールゴウンでもやっと手に入れられるほどの超希少素材をほぼ独り占めする形で投入しているので、恐らくユグドラシル内でプレイヤーが一から作成したゴーレムとしては最強。ただし素材の入手方法がヤバすぎるのでインランはギルド全盛期の頃はほどほどにしか使わなかった。「再使用するにはもの凄く長いクールタイムが必要な変わりにメチャクチャ強い」的なことをギルメンに言って誤魔化してたとかなんとか。実際リアクターに動力をチャージするのに膨大な時間を必要とするゴーレムはユグドラシルにも存在しているので、それでなんとかなった。メリットとデメリットが対になっているのはユグドラシルでは良くあることなので、それに助けられた形。

 

●インランのビルド(転移時)(※ユグドラシル時代にアプデの度にビルドを組み替えている)

★妖精系最上位種族《神霊(ディバイン・スピリット)バウ》(「バウ/BADBH」は「やけどを負ったカラス」の意)

種族としては、死を宣告する邪悪な妖精である。伝承では魔女かワタリガラスの姿を取るとされた。

(レイスなどと同じ実体を持たない精神生命体だが、魔力を編んで作った仮初めの体を持っているため、防具の着用が出来る。仮初めとはいえ実体を持つ代償に、精神生命体特有の物理無効化ではなく物理耐性になっている。)

妖精(フェアリー)

大妖精(エルダーフェアリー)

・シェイプシフター(ちんこを生やすため)

・モンク(クラリックの前提クラスのひとつ)

・ガンナー(クラリックの前提クラスのひとつ)

・クラリック(ガン=カタ)

・クラフトマン(過疎を乗り切るために生産職の真似ごとをするために取得)

★とある世界級(ワールド)クラスの職業レベル(転移前後に取得条件を満たしている)

etc

 

●インランのステータス(①【全身神器級(ゴッズ)装備時】と、②【全身世界級(ワールド)装備時】と、③【世界級職業と全身の世界級(ワールド)装備の全特殊能力発動時】)

★インラン①【全身神器級(ゴッズ)装備】

能力表

HP:45/100

MP:40/100

物理攻撃:70/100

物理防御:30/100

素早さ:100オーバー/100

魔法攻撃:35/100

魔法防御:20/100

総合耐性:50/100

特殊:100オーバー

※当たらなければどうということはない

 

★インラン②【全身世界級(ワールド)装備】

能力表

HP:999/100

MP:999/100

物理攻撃:999/100

物理防御:999/100

素早さ:999/100

魔法攻撃:999/100

魔法防御:999/100

総合耐性:999/100

特殊:∞

※強い

 

★インラン③【世界級(ワールド)クラスの職業取得後+全身世界級(ワールド)装備+世界級(ワールド)装備と職業の全能力発動時】

能力表

HP:死なない

MP:減らない

物理攻撃:当たれば絶対勝てる

物理防御:効かない

素早さ:見えない

魔法攻撃:当たれば絶対勝てる

魔法防御:効かない

総合耐性:効かない

特殊:メタデータの塊

※世界級装備と職業の特殊効果によりメタデータレベルで条件付けがされているため、数値を超え結果が先にある超越者。具体的には『攻撃貫通』『攻撃必中』『完全防御』『絶対回避』など。

 

●リアルのインラン。

還暦手前のオッサン。中性的な雰囲気を持った痩身の優男。高度な再生医療を受けているため肉体年齢は実年齢よりも遥かに若く余裕で現役。実年齢は死獣天朱雀の次に高い。あまりのアバターでのウザキャラとの落差にオフ会ではギルドメンバーが唖然としたという事実がある。ペロロンチーノはオフ会までインランの中身を女性だと思い込んでいたのでそのショックで暫くユグドラシルにインしなかった。ちなみにユグドラシルでは童貞だと嘯いているが童貞ではない。理想の女性とのセックス以外はセックスではないと妄信する変態なので、本人は童貞だと言い張り心からそう確信していた。職業はエロ漫画家で芸術家。ただしエロ漫画家の顔の方が遥かに巷では著名。本人はエロ漫画家を天職だと確信している。親が裕福であり十分な教育が受けられたため本人も裕福。住居はアーコロジー内にある。リアルでは社会的地位はそこそこ高くコネも持っているので、ウルベルトに比較的マトモな職業を斡旋したりしていた。オフ会があった後もインランのゲーム内キャラがウザすぎてギルメンは誰も敬ってくれなかった。礼儀正しく穏やかな気性のモモンガでさえもオフ会後のユグドラシル時代に「インランぅぅぅ!!」と何回かブチギレて叫んだことがある。アウラが大好き。

 

 

 

★ここから作者雑感★

★インランの性別と「アニマ」「アニムス」★

 

アニマとは男性の中の女性性。アニムスとは女性の中の男性性です。

 

男性を見て「キャー! カワイー!」と女性が言うときは、男性の来ている「服」「靴」「体型に姿勢」「髪型」「容姿」などを〟全て同時に見て〟「カワイー!」と判断します。

 

これが逆に、女性を見て「おお! 可愛い!」と男性が言うときは、「顔」が魅力的で可愛い!とか、「服」が可愛い! 「全身のプロポーション」が可愛い!と〟それぞれ個別に機能を見てそれぞれを〟「可愛い!」と判断します。

 

別の例では、電化製品を評価する際に、「なんか丸っとしていて凄くオシャレね!」と全体を見てふわっと評価する女性性と、「この製品の機能はこれで、値段はコレか。このシリーズとしてはまぁまぁなスペックだな」と色々機能を比較したり個別の機能を評価する男性性みたいな感じです。

 

これが所謂性差ですね。要するに男性らしさ、女性らしさです。

 

この〟らしさ〟はどちらの性にも存在していて。男性の中にも女性らしさがあり。女性の中にも男性らしさがあります。

 

男性の中の女性らしさを「アニマ」。女性の中の男性らしさを「アニムス」と呼びます。

 

インランはネカマキャラですが、俺の中ではユグドラシル内でアバターを通して「アニマ」を覚醒させた人という位置づけにしています。……オカマじゃないですよ笑。あれは性同一性障害という全く別のものです。

 

インランは〟男性〟としてありながら、「アニマ」という女性性を覚醒させたわけです。これ大事。オカマじゃない(大事なことなので(ry))。

 

さらに転移によってインランはアバターの持つ女性性と「アニムス」を自らの内に取り込んだために、「アニマ」と「アニムス」の両方を持つ中性と呼べる第三の性を持つ存在になった。と俺は想定して書いているわけです。

 

だから、『性を司る神』という表題なわけですね。




 インランの裏テーマは「虎の威を狩る狐」です。色々な意味で。
 リアルインランの外見はSHUFFLE!!の魔王フォーベシイをイメージ

 レイヴン(raven)はワタリガラスってことらしいですよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本編
第1話:それはまるでネタの無い寿司のような話


KENZENフィルターを通すために僕は両手を縛ってこの話を書き上げました

※五年越しの大規模アップデート入ります(予定


 

 

 重厚な石造りの建築物が多数建ち並ぶ場所で、巨大な石の塔の間を縫うように多数の人影が行き来する。石畳の街道はガリガリと音を立てて踏みしめられ、行き交う人々が話す声が騒がしい。多数の石の塔が突き刺す空は薄暗くどこまでも曇天が広がっているが、地上は喧騒に溢れており明るい雰囲気で満たされていた。

 人間種専用の街であるこの場所には、現在大量のプレイヤー達が詰め寄せている。今日はユグドラシルのサービス終了日であるから、普段はフィールドに散らばるプレイヤー達が街に集まり、お祭り騒ぎを起こしているのだ。

 

 街の商店街にも人が集まっている。

 

「さぁさぁ、なんと神器級(ゴッズ)アイテムがたった1億金貨だよ!」

 

「こっちは1000金貨だ!」

 

 どうせ明日には消えて無くなるデータであるから、神器級(ゴッズ)アイテムなどのレアリティの高いアイテムが普段ではありえない価格で売りに出されていた。もう使う機会はないのだから買う側にとっても売る側にとってもお遊びに過ぎない。いや、これはゲームなのだが。

 

 

 

「ちょっと、あんたの装備売りなさいよ」

 

 売り手に横から声をかけてくる者がいる。その声は玉を転がしたように綺麗な少女のものだ。

 

「おぉ?ってお前はインランじゃねーか!?生きてたのか!?」

 

「ゲゲー!?垢バンされてないだと!?運営はバカなのか!?」

 

 売り手達は声をかけてきた者を見るや、オーバーリアクション気味に驚く。

 

「あははは!あたしが垢バンなんてお間抜けな目にあうわけがないでしょ!」

 

 声をかけた者である少女は手の甲を口に当てて高飛車に笑った。その少女は前をほとんど開いたパーカーを1枚着ているだけの姿で、それ以外には下着を含め何も身につけていないようにしか見えない。艶のある長い黒髪は黄色い蝶々型の大きなリボンでツインテールに纏められており頭から両サイドに垂れ下がっている。容姿はアジア系で全体的に異常に整っており、ユグドラシルで販売されるどんな素体よりも造形に拘りが感じられた。

 

「あー、でなんだっけ俺の装備が欲しいのか?」

 

「そうよ、確かあんたのギルド『ファウンダー』持ってたでしょ?それをあたしに頂戴」

 

「ファッ!?なぜそれを!?」

 

 売り手の男の肩がビクッと跳ね上がる。

 

「おほほほ!インラン様の情報網を舐めないことね。うちのギルド長は魔法職だからソレを最後のプレゼントに贈りたいのよ。まぁタダでくれとは言わないわ。あたし謹製の設定資料集と交換でどうよ」

 

 裸パーカーの痴女が胸元に手を突っ込む。引き抜かれた手には薄い冊子が掴まれていた。

 

「お前のってあの呪いのアイテムか!?」

 

「のろ!?」

 

 痴女が驚いたように固まる。

 

「だってソレってあの呪いのアイテムだろ?見た者が運営から垢バンを喰らったっていう・・・・・・」

 

「・・・・・・垢バンじゃなくて警告ですー。それにコレはもう修正してあるから警告も飛んでこないわよ」

 

 ヒラヒラと痴女が冊子を振る。

 

「でー、『インランの設定資料集』欲しくないかしら?これはあたし以外には複製不可にしてあるから、結構レアよ?あたしの来歴、アウラちゃんとの甘い生活。メイドとの逢瀬など、インランとNPC達の生活も赤裸々に漫画で掲載されてるわ。元は18禁漫画だけど、今は15禁くらいの内容に修正したから、サービス終了までしっぽり愉しめるわよ?」

 

「ぬぅ・・・・・・それはリアル側の端末にデータを抜けないのか?」

 

 男は顎に手を当てて唸った。

 

「やってみたらー?あたしは制作者だから勿論抜けるけど。あんたに出来るかは分からないわね。んーでも『ファウンダー』くれるなら、あたしの端末から元データを直接送ってもいいわよ?あたし最近寝不足で疲れてるから、18禁の初版の方のデータをうっかり送っちゃうかもしれないわねー」

 

「・・・・・・いいだろう。ここで待っていてくれ、持ってくる」

 

 男はその場から転移して消え去る。

 

「な、なぁ俺のギルドの世界級(ワールド)欲しくないか?いやぁ実はうちのギルド二十を保有しててさぁ」

 

 別の男が痴女に話しかけてきた。

 

「へぇ、興味あるわね、せっかくだし全身世界級(ワールド)で固めて、うちのギルド長を驚かせようかしら」

 

 裸パーカーという痴女にしか見えない格好をした美少女型プレイヤー、チャオ=インラン(超淫乱)ことインランは、胸元に手を突っ込んで新たな冊子を何冊も取り出した。

 

 なお、インランのリアルの職業は、それなりに名の売れたエロ漫画家である。

 

 

 

 

 

 

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルド拠点であるナザリック地下大墳墓。その中の最下層にある円卓の間には円上の机を囲むように全部で41個の椅子が均等に配置されていた。現在その椅子の一つが埋まっている。

 

「ギルド長ー。カワイイガールフレンドのインランちゃんが帰ってきましたよー」

 

 円卓の間の扉が開く音と共に良く通る少女の声が響く。円卓に座りテーブルの上で組んだ腕に尖ったAGOを乗せていたローブを纏った骸骨が、扉の方に目を向けると、裸パーカーに黒髪ツインテールの美少女が片手を振りながら笑顔のエモーションを連発していた。

 

「すみません、ちょっとログアウトして吐いてきていいですか?今のインランさんの発言で気分が猛烈に悪くなったので」

 

 ローブを纏った骸骨ことモモンガが、口元に手を当てて震える。ゲッソリした顔のエモーションがふよふよとモモンガの背後に漂っている。

 

「はぁ!?こんなにカワイイ友達がいて何が不満なの!?」

 

 ツインテールを広げて肩を怒らせた美少女がバシバシと円卓を叩く。

 

「いや、勘弁して下さいよ、俺、オフ会でインランさんに会ってるんですから・・・・・・それでカワイイガールフレンドとか言われると思わず舌を噛み切りそうになります」

 

「うぐぅっ・・・・・・あんた言ってはならないことを言ったわね」

 

 モモンガの目の前で、連発された泣き顔のエモーションが花びらのように広がった。あるいはクジャクの羽か。モモンガはクジャクを知らないが。

 

「いいのよ、あたしはユグドラシルでは超美少女のインランなのだから!」

 

「メンタル半端なく強いですよねインランさんって。ペロロンさんとかオフ会に出た後、ショックで暫くインしなかったじゃないですか」

 

「幻想をリアルに持ち込むからダメなのよ。だから童貞なのよ」

 

 ツインテールの美少女はなんでもないことのように言い切った。

 

「童貞は関係ないだろー!?」

 

 骸骨の骨で円卓を叩き、モモンガは勢いよく立ち上がる。

 

「ぷー!童貞乙!」

 

「あんただって童貞だろうが!」

 

「あたしはダイブ型のエロゲーで童貞捨ててるわよ!失礼ね!」

 

 美少女が円卓を叩きながら怒り顔のエモーションを行う。

 

「ファッ!?何言ってんのあんた!?」

 

「アウラのデータを抜いてあるから、既にあたしはアウラとラブラブエッチを体感済みよ!!あははははははは!!!!」

 

 おほほほ!美少女は手の甲を口に当て高らかに笑う。

 

 

 

「茶釜さんが来てなくてよかったですね。来てたらちんこもぎもぎされてましたよ」

 

「あら、結局来なかったんだ。まぁログイン履歴で分かるけどねー」

 

 ツインテールの美少女はモモンガに用意された席の隣に座る。モモンガもインランの横のギルド長の席に座った。まぁ別に指定席とかないのだが、なんとなく決まっている感じである。

 

「結局、来たのは数人ですね。円卓の間で()を待ってたけど、これならインランさんと人間の街にくり出した方が良かったかもしれませんね」

 

「まぁオンゲーの最後なんてこんなもんじゃないの?いいじゃない、あたしがいるんだから」

 

 ぽんぽんと美少女が骸骨のローブで覆われた肩を叩く。

 

「・・・・・・っおげえええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 突然椅子から床に崩れ落ちて、そのまま床の上を転げ回る骸骨。

 

「ちょ!?えっ!?」

 

 男の悲鳴と、骨が擦れるカチャカチャという音が円卓の間に木霊した。

 

 

 

「勘弁して下さいよ、なんか旧世紀ではネカマを隠していたことで、死傷事件にまで発展したことがあったそうですよ」

 

 モモンガは椅子に座り直して円卓の間に突っ伏している。

 

「あたしはネカマじゃないもん!ゲームの中では超カワイイ女の子だもん!」

 

 握りこんだ両手の拳を上下に振るってインランが喚く。

 

「済みません本当に気分が悪くなってきたのでログアウトしていいですか?」

 

 骨の手を口に当ててぷるぷるとモモンガが震える。カチャカチャと骨が擦れる音が鳴っている。

 

「なんでなのよ!いいじゃないゲームの中で理想の美少女になりきったってさー!!」

 

 インランは美少女アバターで円卓に突っ伏した。

 

 

 

「はぁ、まぁいいわ。そろそろ頃合いだし玉座の間に行きましょ」

 

「・・・・・・そうですね」

 

「まぁ、そう落ち込まなくてもいいじゃない。あたし達はこのあと別のゲームで遊びましょ」

 

「俺はユグドラシルがなくなったら何しようかな・・・・・・」

 

「エロゲーしようぜ!!」

 

 グッと親指を立てて、目も覚めるような美少女が快活に叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

 

「・・・・・・やっぱりインランさんのエンブレムはちんこにしか見えませんね」

 

 玉座の間の壁面に掛けられた巨大なエンブレムのひとつをモモンガが指さす。

 

「あれはユムシよ。ちんこじゃないわ。運営にもソレで通してるんだから」

 

 現在の玉座の間にはセバスや戦闘メイドなどのNPCに、玉座の間が定位置のNPCであるアルベドが控えている。モモンガは玉座の間に座り、インランはその傍に立つ。

 

「ところで、敬愛なるギルド長にプレゼントよ」

 

 綺麗な指輪を嫋やかな少女の指で摘まみ上げて、インランは玉座に腰掛けるモモンガの目の前まで近づいてきた。

 

「え?この指輪はなんですか?」

 

 シンプルながらも格式と調和を感じさせる美しい装飾の指輪をモモンガはインランから受け取って、骨の指で摘まみ上げている。

 

「結婚指輪」

 

「いらん」

 

 ぽいっ。

 

 指輪が乱暴に玉座の間の入り口の方に投げ捨てられた。

 

「『ファウンダー』がぁあああああ!!!!」

 

 インランは必死さが滲む声で玉座の間を逆走した。

 

 

 

「えー、ギルド長の大変失礼な行為によって、この指輪はあたしが付けることになりました」

 

 視界の中を占める大量の怒り顔のエモーションを見ながらモモンガはちょっと申し訳ない気持ちなっていた。

 

「いやいや、済みませんでした。まさか『ファウンダー』だったとは」

 

 今、インランの少女の可憐な指全てに嵌められた10点の指輪の内の1点は、先ほどモモンガが投げ捨てた指輪である。

 

「まぁいいわ、どうせもう使うことはないのだし、誰が装備しても同じよね」

 

 今のインランの指には指輪が嵌まっているのが“見えて”いた。通常のインランは外装統一によって裸パーカー1枚を羽織った外見であり、当然指輪も非表示になっている。要するに、今のインランは外装統一を解除し、装備スロットに装備しているものがそのまま全て外見に表示されている状態である。

 

「しかし、もの凄いゴテゴテしてますね。それが全身世界級(ワールド)ですか」

 

「多くのプレイヤーの夢見た装備がコレだと地味にショックね」

 

 インランの美少女の外見を着飾る装備は、上着や下着、各部位に装備された鎧に至るまで外観に全く統一感を感じられないものだった。鎧も部位ごとに色や造形の雰囲気がまるで異なり、モザイク画を想起させるようなチグハグな見た目になっている。

 

 しかし、見た目はともかく、今のインランの装備スロットに入れられた装備はほぼ全て世界級(ワールド)である。見た目はともかくもの凄い性能を秘めた装備を全身に纏っているので、見た目はともかく恐らく今のインランはユグドラシルでも五指に入るほど強いだろう。見た目はともかく。

 

「はぁ、せっかくの世界級(ワールド)装備も、使う機会がないと虚しいだけね」

 

 モザイクな外見のインランが手を腰に当てて嘆息した。

 

「強欲と無欲はずっと装備してたんですか?」

 

 インランの美少女アバターの両手に装備された、片方は純白で片方は漆黒の見た目の籠手を指さして、モモンガが喋る。

 

「そうよ、これがないとアプデでビルド組み直す度にレベル上げしなきゃいけないもの。普段から使って経験値を貯めておいた方がいいわ」

 

「そのアイテムの正しい使い方ですね」

 

「まぁ、何年も着け続けてるから、もう十分どころか超過剰な量の経験値が貯まってるんだけどね。《星に願いを(ウィッシュ・アポン・スター)》で使ってみる?」

 

「何を願うんですか?」

 

「任せるわ」

 

「んー、皆が戻ってくるようにとか?」

 

「重すぎでしょ、どれだけ未練あるのよ・・・・・・まぁそんな選択肢があったら選んであげるわね」

 

 その場で超位魔法を発動させたインランの周りに球状の魔方陣が展開された。

 

「んー、沢山選択肢が出てきたけど、さすがにギルド長の願いは見あたらないわねー」

 

 浮かんできた選択肢を指でフリックしながらインランが喋る。

 

「じゃあ他に何か面白そうなのはありましたか?」

 

「・・・・・・彼女が出来る」

 

「なん・・・・・・だと・・・・・・」

 

「この選択肢を選ぶとインランという超カワイイ彼女が出来ます」

 

「チェンジで」

 

 

 

「えーっと、この“世界中のプレイヤーにメッセージ”とか面白いんじゃないの?」

 

「ああ、それいいですね」

 

 

『アウラのおっぱい、いいおっぱい』

 

 サービス終了に備えていた世界中のプレイヤーの目の前に突如現れたその怪文章は、困惑をもって迎えられた。

 

「ちょっと何送ってるんですか!?びっくりしましたよ!」

 

 その怪文章はプレイヤーであるモモンガの目の前にも出現している。

 

「これ楽しいじゃないもっとやりましょう」

 

 5レベルドレインという地味に重い経験値消費を強欲と無欲で補いながら、インランは超位魔法を再び発動させた。

 

 

 

「ん?“運営にお願い”があるわね」

 

「あー200の選択肢じゃ足りない場合に使う奴ですねきっと」

 

「超カワイイ美少女や美女達とエロいこと一杯したい。よし」

 

 インランは願いを表示されたフォームに書くと送信した。

 

「よしじゃないですよね。運営がソレ見たら警告じゃないですか?インランさん警告が溜まってるからそろそろ垢バンですよね?」

 

「いいのよ、どうせもうすぐ終わるんだし。はぁーコレ終わったらアウラとエロゲーの中で肉体言語を使ってコミュニケーション取りましょ。ムラムラしてきたわ」

 

「・・・・・・アルベドのデータは抜けますか?」

 

「ふひひ、スケベねー。大丈夫よナザリックのNPCどころかサキュバスのデータとかも抜いてあるから。後でギルド長の端末にデータ送るわね」

 

 たった2人のギルメンだが、わいわい騒ぎながら時間を過ごしていった。

 

 

 

 サービス終了まで残り時間も数分になる。

 

「ふぅ、これでユグドラシルも終わりなのか」

 

「12年は長かったわねー」

 

 しみじみと語るインランは裸パーカーの見た目に外装統一して戻っている。

 

「皆でナザリックを作っていた日々からそんなに時間が経っている実感がないですね」

 

「ダイブ型のエロゲーはもうこの10年でほぼ別物なくらい進化してるわよ?物理的な彼女なんていらないんだわ」

 

「あの、エロネタをぶっ込むのやめてもらえませんか?最後だししんみりと終わりましょうよ」

 

 玉座の間でギルド武器を握りしめたモモンガが脇に控えるインランに語りかけた。

 

「最後っていっても、あたし達には明日があるのよ。きっとそっちのほうが大事だわ」

 

「結構ドライですよねインランさんって」

 

「違うわ、夢を諦めていないのよ。アウラ達とエロいことをするという夢をね・・・・・・。ユグドラシルが消えても、未来のエロゲーがきっとこの夢を叶えてくれるわ」

 

 華奢な顎に可憐な少女の指を当てて、インランの美少女アバターがうんうんと頷く。

 

「格好いい感じに言ってもそれって単なるスケベ心じゃないですか」

 

「あたしは性を司る神霊の1柱よ。当然でしょ。妥協したらそれはもうあたしじゃないわ」

 

「エロ神めぇ・・・・・・」

 

「死を司る神と、性を司る神って良いコンビじゃないかしら」

 

 お互いのアバターに記載されたフレーバーテキストの内容をインランが語る。

 

「ふふっ、そこだけ聞くとそうかもしれませんね」

 

 肩の力を抜いてモモンガは笑った。

 

 

 

 サービス終了まで残り1分。2人残ったギルメン達は雑談を続けている。

 

「終わりよければ全て良し・・・・・・」

 

「そーいうこと。まぁナザリックも最後まで維持できたし、ギルメンにも顔向けできるわね」

 

「・・・・・・ギルメンが抜けてから、インランさんメチャクチャしてるじゃないですか、多分顔向けできない人達が結構いますよ」

 

「ふふんっ、彼らは抜けるときにあたしに言ったわ、ナザリックに残していくものは好きにしていいと!!つまりあたしがカワイイアウラやエロメイド達を捏ねくり回しても何の問題もないってことなのよ!!」

 

 胸を反らしてわははは!とインランは快哉を上げた。

 

「言ってましたけど実際にここまでやらかすとは多分想定してなかったと想いますよ。茶釜さんとか号泣ものじゃないんですか」

 

「うぐっ、も、もう時間もないのだし準備しましょ!」

 

 ピシャリとインランが言い放つ。時間がないのは事実なので、モモンガも小言を言うのをやめると玉座に深く腰掛けなおしてギルド武器の杖をしっかりと骨の手で握りしめる。インランは玉座のすぐ横でいつでもポーズを構えられるように待機。

 

 残り数秒。モモンガは杖を高々と突き出し。インランはカワイイポースを決めると目の前にピースの形にした指を横から持ってきて、さらに課金エモーションでウィンクを行った。

 

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光「アウラのおっぱい揉みたい!!」あれ?」

 

 

 

 インランの裏切りにより、2人の声はハモらなかった。事前に交わされた盟約は果たされなかったのだ。お下劣な発言によりモモンガの最後の叫びは汚され悲しみと怒りにより死の支配者が目覚める。玉座から濃厚な絶望のオーラが吹き上がった。

 

「・・・・・・インランさん。決めてたじゃないですか、最後は一緒に叫ぼうって」

 

「てへぺろ♪」

 

 課金エモーションであるウィンクと舌ペロを()()()に駆使しながら自らの頭をコツンと可愛く叩くインラン。

 

「いやー、最後はもっと凄い言葉を叫ぼうと思ってたのだけど、直後にログアウトするギルド長の気持ちを考えてマイルドな言葉にしたのよ。最後の言葉がソレだとショックだろうし」

 

「十分ショックでしたよ!最後なんですから綺麗に締めて終わりでいいじゃないですか!?」

 

「あたしアウラのおっぱい揉みたかったんだもん!」

 

 意味不明なことを言い始める裸パーカーのツインテール黒髪美少女。

 

「揉めばいいじゃないですか!!」

 

「揉みたいわよぉぉお!!アウラのとか!!そこのやたら美人なアルベドのとかさぁあああ!!胸触ると感触を楽しむ間もなく警告と同時に感覚遮断されるのよぉぉ!!意味ないわよぉ!!」

 

 べしべしと床を裸足で叩いて地団駄を踏む音が玉座の間に響く。

 

「私のもので良ければ喜んで!!くふー!!」

 

「「えっ」」

 

 2人が聞いたこともないような、綺麗な女性の声がした方に目を向けると、金色の目をギラギラと輝かせてハァハァとピンク色の呼気を吐き出しながら、パタパタと腰の黒い羽を動かすNPCであるアルベドの姿があった。

 

 

 

 




 慈しみに溢れた御手で、性を司る神は私の魂に触れられ、優しい指使いで試練を与えられた。未熟な私は試練に耐えられず悲鳴を上げたが、神は優しい声音で仰られた「解き放ちなさい。私は全てを見ています」私はその言葉に感動を覚えながら魂を解き放った。

 的な聖典の一節のような話が今後続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:逃れられぬカルマ VS 過去に囚われた妄執

KENZENを守るのはモモンガの仲間達への妄執。


 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

 

 荘厳な装飾がなされた大空間に、まるで目で捉えられるように錯覚するほどの濃厚な殺気が充満している。

 

 骸骨に豪奢なローブを纏った死の支配者は、ギルド武器から魔力を漂わせながら、廊下に繋がる玉座の扉の前で仁王立ちしていた。

 

 それに対して、裸にパーカー1枚を羽織っただけの扇状的な格好に、黒い長髪をツインテールにして異常に整った容姿を持つ性を司る神霊は、玉座の中央で凄まじき怒気を纏わせて、死の支配者を睨み殺そうとしていた。

 

 玉座の間にいたNPC達は玉座の間の隅に待避して、この世の終わりを前にしたかのように青ざめた顔をしている。

 

 

 

「あんただけは・・・・・・!!コロスッ!!」

 

 両手に巨大な2丁の拳銃を構えてその銃口をローブを纏った骸骨に向け、裸パーカーの格好の黒髪ツインテール美少女が叫ぶ。目を見開き歯を剥き出しにしたその表情はどう猛な肉食獣を思わせる攻撃的な色を帯びている。

 

「ふっふははははははははは!!!!!なぜ俺が最後に残ったのかわかったぞ!!!!ここは死んでも通さんっっッッ!!!!」

 

 ローブを纏った骸骨は、巨大な扉を背に金色の杖を握りしめて全身から魔力を立ち上らせている。

 

「っ死ねぇぇ!!《神霊召喚(サモン・ディバイン・スピリット)》!!」

 

 全身から金色の神々しい神気を吹き出して、少女は頭の上で腕を交差させた。少女を中心として玉座の間の床に巨大な魔方陣が広がっていく。魔方陣は内部の幾何学模様や文字をぐりぐりと動かしながら明滅を繰り返す。

 

 ズドォオオン!!!

 

 魔法陣から飛び出してきた巨大な腕が玉座の間の床を叩いて爆音が轟く。

 

 ズルズルズル・・・・・・。 

 

 そのまま腕で床を掴むと魔方陣から体を引き抜いて、ソレは全貌を露わにした。

 

「うふふふっデイダラボッチちゃん、あの邪魔な骨を食べてしまいなさい!!」

 

 不透明な粘土で形作られたような歪な形の巨人は自身を召喚した少女─インランの前に陣取り、体をぼんやりと発光させている。

 

「出でよ!!根源の精霊達よ!!《根源の火精霊召喚(サモンプライマルファイアーエレメンタル)》《根源の水精霊召喚(サモンプライマルウォーターエレメンタル)》《根源の風精霊召喚(サモンプライマルエアエレメンタル)》《根源の土精霊召喚(サモンプライマルアースエレメンタル)》《根源の星精霊召喚(サモンプライマルスターエレメンタル)》!!」

 

 召喚されたデイダラボッチという神霊に対抗するように、ギルド武器”スタッフオブアインズウールゴウン”の先端に埋め込まれた魔石が光輝き。モモンガの目の前に5体の超級の魔神達が召喚された。

 

「っっっちぃいいぃいい!《星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)》!!」

 

 苦虫を100匹噛み潰したように顔を歪めたインランを球状の魔方陣が包み込む。片手に握りこんだ砂時計型の課金アイテムを砕きインランは速効で魔法を発動させる。

 

「あの邪魔な奴らを全て消し去れぇ!!」

 

 瞬間、玉座の間に魔力の暴風が巻き起こる。インランの居る場所から魔力で出来た刃が射出され、目の前の邪魔者達に殺到する。

 

「ふはははは!!効かぬわぁ!!」

 

 だが、魔力の刃は召喚された魔神達に触れた瞬間に砕け散った。

 

「は!?なんでぇ!?」

 

「こいつらはなぁ、俺の世界級(ワールド)で強化して召喚したんだよぉおおおおおお!!!!インランぅうぅぅううう!!!!」

 

 超位魔法である《星に願いを(ウィッシュアポンアスター)》では、世界級(ワールド)の効果で強化した魔神達は破壊できない。

 

「はぁああ!?!?きたないわよぉお!!モモンガァアアアアアア!!!!!」

 

 モモンガの召喚した5体の超級の魔神達は、モモンガ玉で強化され素で90近くあったそのレベルは今は100に届いていた。死の支配者の勅命に従い、魔神達がその力を目の前の小さな少女に振るう。玉座の間をボロボロに引き裂きながら、数えるのもバカらしい数の魔法がインランに向かって殺到した。

 

 だが、魔法がインランに届く直前、倒れ込むようにしてインランの召喚した神霊『デイダラボッチ』が盾になる。不透明な粘土で出来ているような巨人の体に自然現象を司る魔神達の超常の魔法達が濁流のように押し寄せて吸い込まれていく。今のデイダラボッチは星一つと戦っているようなものだ。

 

「ぐぅうううぅうううう!!!」

 

 《神霊召喚(サモン・ディバイン・スピリット)》で召喚されたデイダラボッチは、インランと経験値を共有し、経験値を消費することで攻撃や防御、HPの回復を自動で行う召喚モンスターである。インランが腕に装備している強欲と無欲から膨大な経験値を汲み取って、デイダラボッチは全ての攻撃をブラックホールのように吸収していった。

 

「ギルド武器を装備した俺には、例え貴様でも勝てん!!!!!諦めてここでじっとしていれば命までは取らんぞ!!どうするぅ!!インランよ!!」

 

 骨の指を魔法の閃光を飲み込んでいくデイダラボッチの向こうにいる少女に突きつけて、モモンガは高らかに叫んだ。

 

「あたしの夢が!!生きる意味が!!すぐそこにあるのに!!じぐじょおおおおおおおお!!!!!」

 

 インランは涙をボロボロと流し、顔をクシャクシャに歪める。

 

「ふぁははははははっ!!!!諦めろ!!お前はここから絶対に出さん!!!!それがっ俺の使命だ!!!!」

 

 金色の杖を突き出してモモンガが高らかに笑った。

 

「・・・・・・なーんてねっ」

 

 それまでの慟哭が嘘のように真顔になったインランは、外装統一で非表示にしていた腰に差している剣を鞘から引き抜く。それはシンプルな剣だった。子供が絵で描くような、何の装飾もなく、柄と刃の間の部分に簡素なナックルガードが付いた直剣。

 

「なんだそれは?・・・・・・・・・・・・・・・まさか!」

 

「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!!!あたしの勝ちぃいいぃいいい!!!!」

 

 美少女の顔を歪ませて狂ったように笑うインラン。その間にも直剣の纏う魔力がもの凄いスピードで膨れあがっていく。

 

「貴様狂ったか!?()()()()()世界意志(ワールドセイヴァー)を抜くとは!?!?」

 

 ピクッとインランの体が震える。

 

()()()()()ですって?・・・・・・ギルド長、あんたはあたしが・・・・・・コロスッ!!!!!!」

 

 血の涙を流し歯を剥きながら、インランは叫んだ。全身から神気である金色の粒子が間欠泉のように吹き出してキラキラと舞う。

 

 

 

 5柱の根源の精霊達が1柱の性を司る神霊とそれに従属する神霊を囲む。今、この場では神話の一節のような、神々の戦いが繰り広げられていた。

 

 美少女の外見を持つ裸パーカーの格好をした性を司る神霊であるインランは、服を翻して性を表す場所を晒しながら玉座の間を転がり回る。根源の精霊達の魔法が津波のように殺到しているが、なぜかインランの体の表面を滑るようにして後方に受け流されていく。

 

 職業クラリックをカンストして習得し、ガン=カタの達人であるインランは、回避補正に大幅なボーナスがかかる。根源の精霊達の攻撃はほぼ全て回避する判定を得ていた。これも全身の世界級(ワールド)装備による超々大幅なステータス向上の恩恵である。ただインランはくるくると演舞を行うだけで攻撃が後方にすり抜けていく。デイダラボッチ一体では防ぎきれない津波のような攻撃もインランはなんとか捌ききっていた。

 

 インランが片手に握りしめた直剣は時間が経つほどに際限なく内に秘めた魔力を高めていく。もう片方の手には大きな拳銃が握られて度々火を噴いていた。スッと飛び込み前転して根源の精霊の一体に近づき片手に持つ直剣を一閃すると、斬撃を受けてアッサリと根源の精霊の一体は消滅する。

 

「!?クソォッ!!もうそこまで強化されたのか!!」

 

 モモンガは焦燥感を感じながらも戦術を組み立てようとするが、あの世界級(ワールド)の前にはあらゆるタンクが無意味である。トップギルドさえあのアイテムを使えば単機で落とすことが出来るのだから。

 

「・・・・・・あたしも鬼じゃないわ。邪魔しないならコロスことはやめてあげてもいいわよ。ギルド長?」

 

 再び直剣が振られ、触れてもいないのに後方に下がっていた根源の精霊の一体が消し飛んだ。

 

「・・・・・・くっ、俺がたとえ死んだとしても、ここは・・・・・・絶対に通さんぞぉおおぉお!!!!」

 

 モモンガは赤い絨毯を踏みしめると、ここで死ぬ覚悟を決めた。胸の赤い宝玉に手を当て内包する魔力を解放しようとする。お前諸共死んでやる。その悲壮な覚悟を受け取ったモモンガ玉が完全に覚醒しようとしていた。

 

 だが、モモンガ玉が完全に解き放たれることはなかった。全ての根源の精霊がぼろ雑巾のように吹き飛ばされ。無表情のインランがスキルを駆使して突進してくる中。モモンガが必死に守っていた玉座の扉が()()()()()()開かれたからだ。

 

「「「おやめください!!!モモンガ様!!インラン様!!」」」

 

 バコォン!!

 

 モモンガが魔法で固く封印していた玉座の間の扉が音を立てて吹き飛び、扉の目の前にいたモモンガに激突して、フイを突かれたモモンガはモモンガ玉の解放を中断されて衝撃で床をゴロゴロと転がる。

 

「うぉおおぉおお!?!?」

 

 突然背中から衝撃を受けてモモンガは悲鳴を上げた。床を散々転がった後に顔を上げて先ほどまで仁王立ちしていた扉付近に目をやると、ボロボロと涙どころか鼻水や涎を垂らしてドロドロになった顔をクシャクシャに歪めたNPC達が立っていた。

 

 インランは吹き飛んできた扉を世界意志(ワールドセイヴァー)で切り飛ばすとその場で立ち止まっている。

 

 

 

「・・・・・・あんたたち、どうしたの?」

 

 世界意志(ワールドセイヴァー)を鞘に戻すと、インランは目の前で号泣するNPC達に問いかけた。

 

「うぐっ、えぐっ、うぅうううええええええええん!!!!じごうのおがだどうじでだだがわないでぐだざいぃいぃいい!!!」

 

 子供のように感情的に泣きわめきながら、褐色の肌を持った少年の格好をした者がインランの元まで目元を両手で押さえながら歩いてくる。

 

「・・・・・・あらあら、アウラ、泣かないでね。・・・・・・ウェヘヘヘ」

 

 アウラを正面から抱きしめて宥めながら、背中に回した手を臀部まで下ろしぐりぐりと撫で回して、インランは異常に整った顔の鼻の下を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 そもそも、ギルメン同士であるモモンガとインランがガチでバトる原因は少し前まで時間を遡る。

 

 それはモモンガとインランが玉座の近くでサービス終了を迎えた直後のことだ。

 

「私のもので良ければ喜んで!!くふー!!」

 

「「えっ」」

 

 モモンガとインランは、目の前で胸を突き出してハァハァと息を荒げている痴女、じゃないアルベドを見て固まった。

 

「え?え?何ですかコレ?」

 

「マジか?揉んでよかとですか?」

 

 真顔になってインランはアルベドに聞く。

 

「ははぁ!!好きなだけ揉み揉みしてくださいませぇえ!!」

 

「ふむ・・・・・・」

 

 インランは少女の小さな両手を二つの大きな丘に突きだしていく。やがて広げた手が丘にふにょりと沈みこんで細くて小さな指が見えなくなった。

 

「おぉ・・・・・・おぉ・・・・・・」

 

 パン生地を捏ねるかのようにグニグニとインランは手を動かしていく、真顔で。

 

「あふぁっ、んふぅっ」

 

 ピンク色の吐息を吐き出して悶えるようにふとももをジリジリと擦り合わせ、アルベドが喘ぐ。

 

「・・・・・・ギルド長、凄く柔らかいわ」

 

「そうですか」

 

 モモンガは玉座に腰掛けたまま硬直しながらもそう返事を返すことしか出来なかった。

 

 

 

 

「あれね、あたしが今までやってたダイブ型のエロゲーで揉んでたぱいぱいは偽乳だったのね」

 

 モニュモニュとアルベドの胸を捏ねながらインランがスゲー真面目な顔で語る。

 

「偽乳?シャルティアのことで御座いますか?」

 

 胸を荒々しく扱われながらも、アルベドは秘書然とした雰囲気で返す。凄いこの子頭良さそう。

 

「そうかシャルティアのぱいぱいは偽乳だったわねー」

 

「・・・・・・インランさん。ぱいぱいは後にしましょう。非常事態ですよコレ」

 

「え?」

 

「まず胸を触れる時点でここは18禁行為が許されていなかったユグドラシルではない可能性が高いです」

 

「んー、バグとかじゃないの?」

 

 まだ揉んでる。

 

「それにですね、俺の視界からUIが消えてるんですよ。それにNPCがこんなに普通に会話できるなんていくら優れたAIだとしても異常ですよ」

 

「んー、企業が運用してるスマートAIなら普通に出来そうだけど、あれは特権階級専用だからさすがにゲームには使われないか。ねーアルベドってAIなの?」

 

「は?えーあいで御座いますか?申し訳ありませんが私はそのえーあいが何なのか存じ上げておりませんわ」

 

 胸を揉まれながらアルベドが申し訳なさそうに喋る。

 

「ふぉぉおおお!!!アルベド超カワイイわ!!」

 

 インランはアルベドの胸の谷間に飛び込んで頭をぐりぐりと押し当てている。頭が谷間に埋まって消えたヤバイアルベドの胸でかい。

 

「んー、ではユグドラシル2が始まったのか?」

 

 アルベドの谷間に埋まって頭が消えたインランを見ながら、モモンガはAGOを骨の手で押さえて唸った。

 

「・・・・・・ねーアルベド以外も喋れるの?」

 

「は?それは勿論ですわ。発言する許可が与えられない場合は静かにしておりますが」

 

 それを聞いてインランの目が怪しく光る。

 

「ほほう、セバス!」

 

「ははっ!!」

 

 セバスがインランの声を聞いて立ち上がった。

 

「おお!本当だわ!あーありがとうセバス、呼んでみただけだけど、あなたやっぱり良い男ね」

 

「ははぁ!!ありがとうございます!!」

 

 セバスは再び跪いた姿勢に戻る。

 

「・・・・・・フヒッ!ウェヘヘヘヘヘ!!モモンガしゃん、しょっとあたしぃ、アウラのところれしっぽりたのしんれきましゅね」

 

 ボタボタと涎を垂らしながらインランは鼻の下を伸ばしたスケベェな顔でモモンガに話しかけた。

 

「・・・・・・」

 

 モモンガは無言で玉座から立ち上がると、廊下に繋がる玉座の扉の前まで歩き、そこで反転してインランの方を向いてギルド武器に魔力を漲らせた。

 

「・・・・・・そうか、仲間が残した子供達であるカワイイNPCを、お前のような変態に穢させるわけにはいかんなぁ。特にアウラはまだ子供なはずだ。ここは大人である俺が守る義務がある」

 

「はぁ?何いってるの?」

 

「ゲームならば、まぁ構わないが、現実の可能性がある以上、貴様に子供達を穢させるわけにはいかん」

 

 謎の父性に突如目覚めた死の支配者は玉座の扉の前で仁王立ちした。

 

「・・・・・・あたしはコレが夢でも現実でもどちらでもいいわ。・・・・・・エロいことが出来るならね」

 

 パフパフとアルベドの胸に顔を突っ込みながら、インランは厳かに語る。

 

「とにかく、貴様には玉座の間で大人しくしていて貰おうか。今のままでは絶対にここから先には行かせられないな。勿論、NPC達に手を出さないなら話は別だが」

 

 長い付き合いでモモンガは確信していた。ここから外に出したらアウラ達NPCが精液の海に沈むと。コイツは必ずやる!モモンガはココを死守する必要をヒシヒシと感じていた。まだゲームなのか現実なのか夢なのかも分かっていないが、あんなに生きているかのように振る舞うNPC達を穢させたくないと思う。夢ならそれは当たり前だし、現実ならもってのほかである。ゲームならまぁ割り切ってもいいだろう。とにかく、まだこの世界について何も分かってない以上、インランに勝手な行動はさせられなかった。

 

「とにかく、貴様をここから外には絶対に出さん!!大人しくアルベドのぱいぱいでも吸っていなさい」

 

「くぅ!!ふざけんじゃないわよ!!あたしにはアウラで筆を降ろすという使命があるのよ!!これはチャンスなのよ!?わかってるの!?アルベドのぱいぱい摘まむだけで満足できたら、ソレはあたしじゃないのよ!!そこをどきなさい!!」

 

 インランはアルベドの胸から顔を引きはがすと、神気である金色の粒子を体から漂わせ始める。スキルの神気解放により各種判定にバフが付く。どうやら本気になったようだ。

 

「ふふふふふふふふふふふっまさか俺が最後に残った意味がコレとはなぁ・・・・・・()任せろ、子供達(NPC)は俺が守る!!」

 

 ゲームならばフレンドリーファイアーは無効なはずだが、2人には自分たちの攻撃が通用するという確信が何故かあった。

 

 そして、2柱の神は玉座の間で激突する。

 

 

 




 やめて!世界級(ワールド)の特殊能力で、根源の精霊達を切り払われたら、アバターが現実化しているモモンガの魂まで燃え尽きちゃう!

 お願い、死なないでモモンガ!あんたが今ここで倒れたら、アウラやメイド達の貞操はどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、インランに勝てるんだから!

 次回「モモンガ死す」。デュエルスタンバイ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:美しさは咎なのか…沈黙が答えになるとでも言うのか…

 これは夢なのか、現実なのか……。魔力の残滓渦巻く玉座の間にて、過熱した忠誠心は、遂に危険な領域へと突入する。


 

 

 

 神の国ナザリックを統治する神々、そのうちの最後に残った2柱の神が争う。それはナザリックに住むもの全てにとって最悪の悪夢だった。

 ゆえにデミウルゴスは不敬を承知で口を開く、「おやめください」と。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 2柱の神から先ほどのような燃え上がる闘争心はもう失われていた。端的に言って賢者タイムである。

 お互いの胸にあるのは、めんどくせーことになったという思いだ。目の前で喚くNPC達は大変うるさい。なんか映画の中で、この世の終わりを前にパニックになっているモブみたいな慌て方をしている。

 これを収めるために導き出される結論は……

 

 「あたし()じゃないわ。悪いのはギルド長よ」

 「ファッ!?何を言うんだ貴様!?」

 「なんか気持ち悪いこと言い出した奴が全ての原因よ。素直にあたしを外に出していれば万事上手くいってたわ」

 

 インランは全ての責任をモモンガに押しつけることにした。実際めんどくさい。今すぐアウラを私室に連れ込みたいだけなのだから、それ以外は今は重要じゃない。

 

 「貴様を外に出せばこの世界は精液に沈むだろうが!!」

 「なにそれこわい」

 

 ☆ ☆ ☆

 

 禍々しい死の気配を全身から立ち上らせて、純白の容貌を豪奢なローブで包み込んだナザリックの支配者は、内心で冷や汗をかいていた。いくらゲーム内アバターが自身の存在を上書きしているとは言っても、かつて人間だった残滓が悲鳴をあげている。ぶっちゃけ傅かれるのが辛い。数十人のギルメンを纏めあげた経験はあっても、このように神のように崇められた経験は皆無だった。

 もう1人の神が負担を軽減してくれるのかと言えば、なんかアウラの尻を揉みしだいてばかりで極めて非協力的。

 

 「おい精液を司る神。少しは手伝え」

 「……《星に願いを(ウィッシュアポンアスター)》でちんこを生やして、エロ最悪に放り込まれて触手に筆降ろしして欲しいのね?」

 「すみません勘弁してください」

 

 反射的にその場で土下座を敢行する死の支配者。いまこの瞬間ヒエラルキーが決定した。

 支配者の至高の土下座を見て守護者達は《時間停止(タイムストップ)》の魔法を受けたように固まる。

 

 「ふふっ、残ったギルメンで序列を決める争いをしていたのよ。見ての通りあたしが勝ったのだけれど、話し合いの結果ギルド長がトップで決定したわ。今後めんどくさいことは全部ギルド長に聞いてね」

 

 モモンガの土下座を見て固まる守護者達に、インランは抱きしめているアウラの臀部を撫でまわしながら語って聞かせる。もうずっとアウラの臀部をマッサージしているので、服越しにアウラのパンティーの模様までインランは手触りで覚えてしまった。大人下着だコレ茶釜ヤバイ。

 守護者達は息を呑んでインランの言葉に聞き入る。アウラは別の意味で息を呑んでいた。

 

 「どうよギルド長。丸く収まったわよ?」

 「おい、めんどくさいこと全部俺に押しつけただけじゃないか」

 「いーじゃない。社会経験豊富な『サトルちゃん』に任せるわ」

 「エロ漫画家の『ラヴレンチー・ベリヤ』には社会経験はないのか?」

 「そんな鬼畜エコロジストみたいなペンネームじゃないんだけど!?それはともかく、エロ漫画家に組織運営を任せていいのかしら?ハーレムが加速するわよ?」

 「そうだった……こいつが統治する国とか滅ぶ未来しか見えない……」

 

 モモンガはインランにナザリックを任せる危険性に気づいてしまった。どうあがいても自分が手綱を握るしかないのだ。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 今、玉座の間には、階段を上ったところにある玉座の近くに立つ2人の支配者と、階段の下で跪く守護者達がいた。

 守護者達からはクソ真面目な雰囲気が漂っている。若干下着がヤバイことになっているシャルティアとアウラも(・・・・)頬は赤いが真面目な顔を浮かべていた。

 

 「丁度いい、お前達聞くのだ。現在ナザリックは未曾有の危機に陥っている可能性がある。とにかく今は情報が欲しい。……デミウルゴス!」

 「ははぁ!」

 「お前はナザリックの軍団の総指揮官であり、参謀でもあったな?」

 「その通りでございます」

 「お前の指揮の下、ナザリック周辺の探索は可能か?」

 「可能でございます。是非このデミウルゴスにお任せください」

 「ではお前にナザリック周辺の探索を任せる。どの程度の人員でどこまで調べるのか、その判断もお前に委ねよう。……お前が最善だと思うことをせよ」

 「ははぁ!必ずやこの大任を果たしてみせます!!」

 

 デミウルゴスはやたらと気合いが入っているようで跪く動作もキレッキレ。

 

 (……全部ぶん投げたわね)

 (うるさいですね。そんなことを言われる筋合いはないですよ……)

 

 跪く守護者達の前で2人はひそひそと《伝言(メッセージ)》で囁きあう。

 

 「ではお前達は持ち場に戻るのだ。デミウルゴスの探索次第だが、何か分かればまた集まって貰うかもしれん」

 「「「ははぁ!」」」

 

 ☆ ☆ ☆ 

 

 守護者達は各々の持ち場に戻っていき、今の玉座の間にはモモンガとインラン、あとは数体のNPC達がいた。

 

 「じゃあ、あたしはアウラとしっぽり愉しんでくるんで、あとは任せたわ」

 「まぁ待て、せめてアウラが大きくなるまでは控えろ」

 「……なんでこの話題になると口調変わるの?」

 「コレに関しては敬語は不要だろう。どこに敬う要素があるんだ?」

 

 髑髏の眼窩の中で燃える炎をギラギラと光らせてモモンガがインランを見つめてくる。多分睨みつけているんだろう。

 

 「アウラが大きくなるまでって、ダークエルフだから大きくなるまで数十年かかるんじゃないかしら?それまで我慢できる自信が全くないんだけど」

 「アルベド!」

 「ははぁ!」

 「ギルド長権限で命じる。エロ神の筆降ろしをしてやれ」

 「かしこまりました!サキュバスとして最大限絞りとらせて頂きます!」

 「ファッ!?断固拒否「《心臓掌握(グラスプ・ハート)》!!」ギエピッ!?」

 

 麻痺で地面にインランが倒れる。

 

 「連れて行け。好きなだけしっぽり愉しんでこい」

 「くふー!お任せくださいインラン様!数日は腰が立たなくさせて頂きますわ!!」

 「え!?ちょっ!?イヤァ!!アッー!!!」

 

 全身の世界級(ワールド)アイテムによる耐性向上の恩恵で麻痺の時間は短くなっているはずだが、それよりもアルベドが速かった。どういう理屈なのか完全拘束耐性をすり抜けてインランを拘束して抱きかかえると、もの凄い速度で玉座の間から飛び出していく。

 

 「危機は去った……」

 

 

 

 

 

 

 ★ ★ ★ ★ ★

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、執務室。

 

 「ふむ、外は草原……だと?どういうことだ?」

 

 デミウルゴスが上げてきた報告書を読みながら、思わず疑問がモモンガの口をついて出た。

 それに対して、黒壇の執務机の前に跪きながらデミウルゴスが、己が指揮して調べ上げた情報を補足しながら説明していく。

 

 「ナザリックの外は沼地ではなく一面草原が広がる平野でした。空も曇天ではなく、昼間は青い空、夜は星空瞬く夜空が広がっております。恐らく異世界にナザリックが転移したことは間違いないかと」

 「そうか……それで発見した村についてだが」

 「ナザリックから数キロの地点に小規模な人間達の村を発見しました。さらにその村から数キロ毎に点々と焼け落ちて廃墟と化した村の残骸を発見しました。調べたところどの村も焼け落ちて間もなく、何者かに襲撃された跡も確認しました。そして、現在進行形で燃えている村も発見し、村に火を放つ騎士の格好をした者達とソレに襲われている村人たちも発見しました」

 「ふむ、これは戦争か?お前はどう思う?デミウルゴス」

 「畑も焼いていますし、その可能性が高いと思われます。ただ騎士が何者かなのも含めて不明な情報が多く、宜しければこの世界の情報を得るためにも接触して捕縛する許可を頂けないでしょうか?」

 「許可しよう。お前がそう言うということは可能なのだろうからな。それで騎士のレベルはいくつだ?」

 「せいぜい10レベルに届くかどうかというところです」

 「は?……は?え?よわっ。弱すぎないかソレは、さすがに何かしらの欺瞞効果によるものだろう」

 「いいえ、念入りに探知しましたが、各種欺瞞効果は騎士達から一切検出されませんでした。人間どもが矮小な存在であることは理解していましたが、まさかこれほどとは……このデミウルゴスも逆に想定外でした」

 「う、うむ。では騎士の捕縛も好きにするがいい。全てお前に任せる」

 「ははぁ!必ずやご期待に応えてみせます!!」

 

 

 

 

 

 

 ★ ★ ★ ★ ★

 

 

 

 

 

 

 モモンガの髑髏の眼窩にバイブが突き刺さっていた。ヴヴヴヴヴと音を立てて震え、振動がモモンガの顎を振るわす。

 

 「うふふふふっ、あたしに(・・・・)ズッポリ嵌まっていたバイブの味はどうかしら?お目々でちゃんと感じてる?」

 「あばばばばばばっ!ちょっ、頭に響くコレヤバイ凄く煩い!」

 

 モモンガがわたわたと暴れながら眼窩のバイブに手を伸ばすが、インランがモモンガの両手を掴んで邪魔する。前衛型ビルドのインランに後衛型ビルドのモモンガが力で叶うはずもなかった。

 

 「あたしはねぇ、その神器級(ゴッズ)のバイブで処女を奪われたのよ!?暇を持て余してネタで作ったジョークグッズが初めての相手とか、どう責任とるつもりなのよ!?」

 「男に奪われるよりはマシじゃないですか?」

 「あー……なんかこの体になってから本格的に男もイケそうなのよね」

 「ファッ!?ちょっ!近づかないでください!キャーッ!犯されるー!」

 

 異常に整った容姿の少女の顔を傾げ、とても綺麗なよく通る声でインランが言葉を零した。

 衝撃のカミングアウトを受け、目からバイブを生やした死の支配者は這々の体でソファーから転がり落ち、インランから距離を取る。

 

 「あたし元々バイセクシャルっぽかったんだけど、この体になってから男女どちらも食べられる気がするわ。オフ会でもたっちゃん達とアレコレしてたんだけどねぇ」

 「信じていた仲間がホモだった件」

 

 モモンガは呆然としている、本気で思考停止しているのか目に刺さったバイブを抜くことも出来ないようだ。

 

 「ホモじゃなくてバイよ」

 「マジか、じゃあ『ナザリック穴兄弟』はネタじゃなくてガチだったのか……」

 「あー、そうね。皆セクシーよね」

 

 静かな部屋に、モモンガの眼窩に刺さったバイブのヴヴヴヴヴという振動音だけが木霊していた。

 ここはナザリック執務室だ。人払いを済ませギルメン2人しかこの場にはいない。

 大人の階段を上ったインランとモモンガが愉しく談笑する予定だったのだが、それはモモンガの予定であり、インランにそんなつもりはなかった。

 

 「まぁいいわ、あたしに(・・・・)犯されるか、アルベドに犯されるか、エロ最悪で触手達に犯されるか。選びなさい」

 「ファッ!?アルベド以外地獄じゃないですか!?ていうかインランさんは俺の尻を狙ってたんですか!?」

 「……そんなことないわよ?」

 「今の間がこわい!!!じゃーアルベド!アルベドがいい!!」

 

 モモンガは床に尻餅をついたまま叫ぶ。

 

 「……そう、アルベド!聞こえたわね!」

 「くふぅうぅ!!はぁい!!勿論ですわ!!」

 

 ドカンと扉が開かれ、レベル100の淫魔が執務室にズカズカと入ってきた。その目は見開かれ金色の瞳がギラギラと輝いている。

 モモンガはその目に捕食者の色を見た。ヤバイ喰われる。

 

 「なんか嫌だ!このアルベド怖いです!」

 「モモンガ様ぁあああ!!じゅるるるぅぅう!!!」

 「うぉ!?HA☆NA☆SE!!」

 

 床に尻餅をついているモモンガにアルベドが飛びかかりあっという間に組み伏せた。

 

 「じゃーいくわよー。 I WISH(あたしは願う)!!」

 

 インランの周囲を球形の魔法陣がぐるぐると取り囲む。魔方陣の中で幾何学模様や文字がぐりぐりと動き魔法陣がビカビカと光る。

 

 「ぐっ、アルベドよ放すのだ!!」

 「絶対に放しませんわ!!インラン様に続きモモンガ様まで味わえるとはサキュバス名利に尽きます!!お二人ともずっとお慕い申し上げておりましたわぁ!!」

 「嫌だ!こんな告白されても全然嬉しくないぃ!!」

 

 魔方陣が消え去り超位魔法《星に願いを(ウィッシュアポンアスター)》が発動した。

 

 「モモンガに色々(・・)食べられる肉体を与えたまえ!!」

 「うぉぉおおぉおぉお!!!放せええええええぇええ!!!!!」

 「モモンガ様ぁああああ!!」

 「あはははは!!せいぜい骨までしゃぶり尽くされなさい!!」

 

 インランはリングオブアインズウールゴウンの力で、モモンガとアルベドをモモンガの寝室まで運ぶ。

 その後、誰もいなくなった執務室の中でバイブだけが寂しく震えていた。

 

 

 

 

 

 

 ★ ★ ★ ★ ★ 

 

 

 

 

 

 

 玉座の間を抜け、奥にある扉をノックする。ほどなくして内部から扉が開かれメイドが顔を覗かせた。すぐに扉が大きく開かれる。

 扉をくぐると、部屋の奥に置かれた黒壇の執務机の前に置かれた椅子ではなく、部屋の中央に置かれたソファーに深く腰掛けるインランが目に入る。

 インランはソファーに腰掛け頭をすぐ後ろで屈んでいるソリュシャンの谷間に埋めていた。パフパフ。頭部は谷間にほぼ沈み、艶のある黒髪を束ねたツインテールが2房谷間からはみ出ている。

 インランが座るソファーの前に置かれたテーブルの手前でデミウルゴスは跪く。

 

 「さて、デミウルゴス?人間達が見つかったのよね?」

 「その通りでございます」

 「で?面白そうなのかしら?」

 「勿論でございます」

 

 ソファーの後ろに張り付くように屈んだソリュシャンの爆乳の谷間から、インランの玉を転がしたようなよく通る美声が響いた。

 その声に返答して、ニッコリとデミウルゴスが微笑む。

 

 「そう……オススメとかあるかしら?」

 「インラン様のお眼鏡に適うのかは私にも自信がありませんが、この世界の人間種はユグドラシルの美醜感覚に照らせば容姿が美しいモノが多いようです。強いて言えばエルフ達が住むという国などどうでしょうか?」

 「ほほう……あたしは少し休暇を貰うわ。あとは宜しくね」

 「ははぁ!エルフ達が住む国の場所はコチラです」

 「あら、用意が良いわね。さすがはデミウルゴスだわ」

 「ありがとうございます!!」

 

 スッとデミウルゴスが手鏡を差しだしてくるのでインランが受け取る。手鏡の中を覗くと耳の長い美女や美少女達が映っていた。

 この手鏡は遠隔視の手鏡(ハンドミラーオブリモートビューイング)というマジックアイテムであり、遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)を手鏡にしたものである。

 インランの転移スキルは見たことがある場所なら転移可能なので、これでいつでもこのエルフ達がいる場所に転移出来るようになった。

 

 「ああ、ギルド長は今死ぬほど疲れてるから少し休ませてあげてね?」

 「了解しました。至高の御方のお世継ぎが生まれることを願っております」

 「……あたしとギルド長の子供とか見たくない?」

 「なんと!?」

 

 ブカブカのパーカーのほとんど開かれたファスナーから覗くへそのあたりを可憐な手でインランは撫でる。

 その動作と発言を受けて、宝石の目を見開き口を開いてデミウルゴスはリアクション芸人ばりに驚きを全身で表現した。

 

 「子供も産んでみたいのよねぇ。どんな感じなのか凄くワクワクするわ」

 「素晴らしいお考えです!!」

 「でも女性は兎も角、男性の相手はまだちょっと抵抗があるのよね……だからまだまだ先の話かしらね」

 「かしこまりました。お世継ぎをこの目で見れることを楽しみにしております!!」

 

 




 ドクズのエルフ王とドエロの神霊が合わさり最強に見える


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:ドキ! 水着だらけのエルフの国! ポロリもあるよ!

グロ注意 原作改変もあるので注意


 

 

 

 執務室の空気は張り詰めていた。

 この場にいる二人の支配者が、気迫を漲らせていることが原因である。

 

 一人は可愛いという要素を極限まで煮詰めたような美少女。

 艶のある長い黒髪はツインテールとして束ねられている。

 服装は全裸の上にたった1枚のパーカーのみ。

 肉感的な体付きでありながら華奢な印象も与える絶妙なプロポーション。

 エメラルドの瞳が輝く顔は、人の美しい部分のみを切り取ったように異常に整っており、溢れるような愛嬌を見る者に感じさせる。

 もう一人は、全ての光を呑み込む漆黒のロープに身を包んだ青年。

 黒髪黒目であり、その闇色の瞳には強い責任感が宿っている。

 今は肉体を得たため、ローブの下には上質で肌触りの良い衣服を着用して肌を隠している。

 

 「おぱい」

 「おぱ? おぱー」

 「お? おっぱ?」

 「おぱおぱぁ」

 「おっぱい!」

 

 二人が本気で気力を漲らせてその言葉を発すると、まるで言葉に命が宿ったかのような躍動感が単語に生まれる。

 二人はしばらくその単語を言い合い、耳を研ぎ澄まして相手が発する言葉にも神経を集中していた。

 

 「ふぅ、おっぱい言語は翻訳されないみたいね」

 「デミウルゴスが調べたところでは、この世界は勝手に話し言葉が翻訳されるらしいんですけどね。おかしいなぁ?」

 「おっぱい! どう? ちゃんと翻訳された?」

 「いえ、おっぱいとしか聞こえませんでした」

 

 真剣な表情でナザリックの二人の支配者が、至高の叡智を持ってこの世界の法則を解き明かそうとしていた。

 

 「あたしはこのまま、現地のエルフにおっぱい言語で話しかけて検証を続けるわ」

 「はい、頑張ってください」

 

 さすがに気を張っていたからだろう、疲れを感じた至高の美の化身は、ソファーに深く座り直すと、近くに控えるメイドに声をかけた。

 

 「あ、おっぱいちょうだい」

 「かしこまりましたわ」

 

 ソリュシャンが服をはだけ乳房を露わにする。

 至高の支配者の一人であるインランは、少女の小さな口を開き無垢な白い歯を覗かせ、味わうようにその先端にむしゃぶりついた。

 人型のスライムであるソリュシャンの大きな乳房から吸い取られた液体が、インランの喉を通りすぎ嚥下音が鳴る。

 

 「ぷひゃあ、スライムって水筒代わりになるのね」

 「何飲んでるんですか?」

 「ホットミルクよ。擬似的に授乳プレイが出来るなんて素敵よね」

 「いいなぁ、母さんを思い出しそうだ」

 「わかる。でもソリュシャンはあげないわよ。アルベドのおっぱいをしゃぶりなさいよ」

 

 メイドの中でも一際胸が大きく、爆乳と言っても差し支えが無いソリュシャンの腰にインランは手を回してソファーに座らせて抱きしめた。

 そこまで所有権を主張されては諦めるほかなく、モモンガはソファーに背を預けながら天井を仰ぎ見る。

 

 「なんだろう、アルベドは母性というか、いや母性たっぷりなんですけど」

 「NPCなら要求すれば赤ちゃんプレイもさせてくれるわよ。すれば?」

 「なるほどー。でも甘えすぎると骨まで溶かされそうで心配なんですよね」

 「いいじゃない、内政はアルベドとデミウルゴスで十分回るし、あたし達は第二の性を謳歌しましょうよ」

 

 ぱふぱふとソリュシャンの深い谷間に顔を押しつけながら語るインランには説得力があった。

 あまりにも性的に満たされすぎた二人は、いやらしさに対して至高の鈍感さを手に入れていた。

 

 

 

 

 「じゃあちょっとエルフの国に遠征いってくるわ。よろしくおっぱい」

 「了解です。よろしくおっぱい。もう無理におっぱい付けるのやめませんか?」

 「おぱっ!? おっぱい教の教義に早くも逆らうのかしら?」

 「いやーおっぱいの偶像崇拝はちょっと……」

 「おっぱい良いじゃないおっぱい、触ってよし見てよし挟んでよしじゃないおっぱい」

 

 わしわしと自分のおっぱいを自分で揉み揉みしながらインランはモモンガに顔を突きつけた。

 

 「シャルティアとか可愛そうじゃないですか?」

 「シャルティアは貧乳というおっぱいだからいいのよ。おっぱいに貴賤はないわ」

 「まぁ止めませんけど、エルフはナイチチだからおっぱい教は受け入れられないと思いますよ?」

 「貧乳でも美しければ良いのよ。多分乳輪は0.8アルベドくらいだと思うわ」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 インランとシモベ達はエルフ達が住まう国の中の街のひとつにやってきた。

 さっそくエルフが目の前を通ったので、インランは気さくな挨拶を行う。

 

 「よろしくおっぱい」

 「おぱっ!? いったいどうしたんですか?」

 「あんた良いおっぱいね。形が良いわ」

 

 おっぱい教はどんなおっぱいでもポジティブに捉える。ナイチチならばサイズではなくシェイプを褒め称える。

 

 スリングショットのような、横幅のないほとんど紐に近い布で股間と乳輪を隠しただけの凄まじいファッションを着こなすエルフのおっぱいは貧乳だった。ほぼ紐のような衣装では、貧乳でないとおっぱいが零れてしまうだろう。

 スリングショットはエルフにしか着こなせない衣装なのかもしれない。

 

 「あ、ありがとう。ところであなた達人間よね?」

 「そうよ」

 

 全裸の上にパーカー1枚を羽織っただけのインランを超える驚異の肌色面積のエルフは、しっかりと褒められたことに礼を返してから、怪訝な顔つきでインランに質問し、それにインランが答える。

 

 「ところで、あんたの格好なかなかイカしてるわね。どうみても痴女じゃない。正気なの?」

 

 全裸にパーカー1枚の痴女が目の前のエルフの痴女ファッションを指摘した。

 痴女もといエルフは、乳輪が縦に伸びる紐からはみ出した胸元を突き出すようにして膨らみに乏しい胸を張ると、自慢げに語り出す。

 

 「こ、これはエルフの伝統衣装です! 元々は国をお作りになられた今は亡き女王様が着ていた衣装なのですよ」

 「へー、痴女だったのねその女王って。すっっっごくその格好にあたし見覚えあるんだけど」

 「エルフの伝統衣装ですから、どこかで目にしていても不思議ではありませんね」

 「今度からあんた達のことをエロフって呼ぶわね」

 

 

 出会ったエルフに連れられてエルフの街の太い街道までいくと、スリングショットを着こなすエロフ達が行き交っていた。

 

 「許可証が無いと人間達は街に入れないんですよ? 関所でちゃんと受け取ってくださいね」

 「あんた親切ねー、痴女にしておくのが勿体ないわ」

 「エルフは礼儀を重んじますからね。今は戦争中なので、運が悪ければ捕まっていましたよ?」

 

 親切なエロフはインラン達を関所まで連れてきてくれた。

 関所にいる男エルフが事情を聞いてくる。

 

 「ふむ、あなた達は何をしにここまで来られたのですか?」

 「……観光かしら?」

 「観光? こんな森の奥地にですか?」

 「ここは私にお任せください」

 「え? じゃあ任せるわ。よろしくおっぱい」

 

 インランが返答に詰まっていると、一緒に来ていたソリュシャンが身を乗り出してくる。

 ソリュシャンが合図すると、道の奥から幌付きの馬車が現れ関所の入り口に近づいてくる。先に待機していたらしい。

 というか本来はデミウルゴスが気を効かせて、インラン達は商人ということでエルフ側にゴリ押す予定であり準備もしてあったのだが、インランが全て無視しただけである。

 

 「私は商人をしておりますの、こちらの方々は護衛ですわ」

 

 ソリュシャンは上品な仕草で説明を行うと、インランとシモベ達を関所にいる者に示す。

 

 「ほう! なにぶんここは森の奥地なため、交易が行いづらい場所ですから、商人は歓迎しますよ。念のため積み荷を調べても宜しいでしょうか?」

 「勿論ですわ」

 

 数人のエルフが馬車に向かっていき、積み荷を調べて奇っ怪な雄叫びを上げた。

 暫くして関所まで戻ってくると、明らかに先ほどまでとエルフ達の態度が違う。

 

 「どうぞお通りください!」

 「はい。ありがとうございました」

 「ありがとうおっぱい」

 

 ソリュシャン達は礼をすると、関所を通っていった。

 

 

 

 

 インランはことある毎に現地のエルフ達におっぱい語で語りかけていたが、イマイチ良い感触を得られずにいた。

 

 「よろしくおっぱい!」

 「おぱっ!?」

 

 エルフが驚いた顔でこちらを見る。おっぱい語で話かけても、何か会話が成立した感じがしないのである。

 宇宙一可愛い少女に突然おっぱい語を話しかけられて緊張しているのかと、インランは最初推測していたが、何か手応えが違う気がする。

 おっぱい語は翻訳されていないのかもしれないとインランは考えだしていた。

 

 「ねぇ、ちゃんとおっぱい語って通じてるのかしら?」

 「え? ど、どうなんでしょうか」

 

 旅の共に連れてきたアウラはさっきから顔を赤らめて上の空であり返答にも気がのっていない。

 

 「まぁいいわ。ねぇソリュシャン、あんなに荷物持ってきて全部捌けるの?」

 「大丈夫ですわ」

 

 インランが後ろの馬車を指さして問えば、返って来たソリュシャンの返答は余裕が感じられるものだった。

 今は馬車も通れるエルフの広い街道を皆で進んでいる。

 商店がいくつかある通りはエルフ達の数も多く、様々な視線がインラン達に向けられていた。

 

 「しかしエルフって痴女ね! ダークエルフとしてはあの格好はどう思うの?」

 「えぇ、そうですねぇ。見てて恥ずかしいと思っちゃいますねぇ」

 「それでさっきから顔が赤いんだ?」

 

 隣を歩く、股間に直撃する可愛さのダークエルフに話を振ったりしながら、インランは街道を進んで行く。

 

 商店の前を通る度に、ソリュシャンが店主と交渉して商いを行っていた。

 着々と馬車の積み荷が減っていき。それと交換するようにインランも見たことが無い硬貨が積まれていく。

 

 見慣れぬ小さな金貨を指で摘まみ上げると、ソリュシャンに聞いてみた。

 

 「コレ、何?」

 「この世界の金貨ですわ。どうも国ごとに発行されていてそれぞれ金貨の価値が異なるらしいのです」

 「へぇ、ユグドラシルの金貨は使えないの?」

 「試して見てはいかがでしょうか?」

 「それもそうね」

 

 ニコニコ微笑むソリュシャンに勧められるままに、インランは目に付いた商店でユグドラシルの金貨で買い物をしてみることにした。

 

 「エッチな格好をしたお姉さん。この果物?が欲しいわ」

 「はいはい、籠1つ分で銅貨2枚だよ」

 「銅貨? じゃあコレ1枚で足りるかしら?」

 「えぇ…… 金貨かい、しかし大きいね」

 

 測りのような物を取り出したりしながら、店主のエルフが金貨と格闘を始めた。

 

 「これ、凄く重いんだけど、何で出来てるんだい?」

 「え? 金じゃないの?」

 「えぇ?」

 

 それから凄く揉めた、なかなか話が終わらないのでソリュシャンにインランが泣きつくと、テキパキと話を纏めてしまった。

 

 「持つべきものは優秀な部下ね」

 「光栄ですわ」

 

 瑞々しい果物に歯を立て、新鮮な味わいにインランが感動しながらも、出来るシモベを褒め称える。ソリュシャンは甘い匂いが漂ってきそうないやらしい顔で笑っていた。

 

 

 馬車の積み荷は数を減らしたが、元の量が多かったため、まだまだ残っている。

 

 「あんなガラクタが売れたの?」

 「はい、皆さん喜んで買い取ってくださいましたわ」

 「ふーん、あたしの絵も売れるかな?」

 「!? そ、それは下等生物には勿体なさ過ぎますわ!!」

 

 

 ◆

 

 「ふぉおぉおおぉおぉお!?!?!? こ、これはぁあああ!?!?」

 「むふー! エロ本よ! 古い言葉では春画っていうんだっけ?」

 「いぃい! いくらで売って頂けるんですか!?」

 「貨幣価値とか良く知らないんだけど、金貨1000枚でどう?」

 

 万屋っぽい店にインランは立ち寄ると、自信の胸の谷間に手を突っ込んで、薄い冊子を取り出した。インランの設定資料集である。

 エロ漫画仕様の漫画部分を男エルフの店主に見せた瞬間、まるで精通を迎えたばかりの男子の如く食いついた。

 

 「1000枚!? う、うぐぅ! うぅぅううぅううう!! 買ったぁあああ!!!」

 「ありがとうおっぱい!」

 

 唇を血が出るほど噛みしめて店主は悩んでいたが、吹っ切れたように雄叫びをあげた。

 

 「むふー、じゃあサービスで新作も付けちゃうわ」

 

 店主の手に別の冊子を数冊握らせる。

 冊子のページを捲っていくと店主が壊れた。

 

 「ひぎぃっ!?!? あばばばば!!」

 

 心臓発作を起こしたように痙攣しながら悲鳴を上げたあと、店主がソリュシャンとインランを交互にギラついた目で見る。

 

 「そうよ! ソリュシャンとあたしのプレイを新しく描いたのよ! ノンフィクションなのよ、凄くない!?」

 

 店主の視線がソリュシャンの爆乳に吸い寄せられていき、ソリュシャンが凄まじい怒気を店主にぶつけて素面に戻した。

 

 

 

 ◆

 

 「ちんちん!」

 「へぁ?」

 「あれ? 通じないのかしら? もしもーし。ちんちんもしもーし」

 

 訝しげなエルフを見て、ちんちん語もダメなのかと落胆するインラン。

 

 「デミウルゴスの調査もアテになんないわね……」

 

 見た目だけは尋常でないほど愛らしいインランが悲しそうに顔を伏せて失望を言葉にすると、胸を締め付ける切なさがシモベ達を打ちのめした。

 悶えるシモベ達を引き連れてインランはエルフの街を観光する。

 

 

 

 ◆

 

 得た大量のお金で街一番の宿を取ると、インラン達は部屋の中で寛ぐ。

 大樹の内側をくり抜いて家具が置かれた部屋を見回しながら、インランは今日の出来事を頭の中で整理する。

 

 「アレね、エルフは痴女ね」

 「あの格好は破廉恥ですわ」

 「あたしもあの格好はちょっと…… 着ていて恥ずかしくないんでしょうか?」

 

 シモベと話してみれば、やはりエロフの服装が気になるらしい。スリングショットを着こなすエルフは良いものだ。

 

 「うーん、あの服は凄く昔にユグドラシルで流行ったことがあったのよ。とある変態プレイヤーが着たのが最初なんだけどね」

 「変態ってドコにでもいるんですねー」

 「うん、間違いなく変態だったわ」

 

 頷くとインランはソリュシャンを使って水分補給を行う。もう慣れたものである。

 

 「ぷはぁ、でもあの服は幼児のような小さな体じゃないと倫理コードに引っかかって着れないはずなのよ。この世界に転移して倫理コードの束縛から解き放されたプレイヤーが世に広めたのかしら?」

 「エルフの国を建国した女王が着ていたらしいですわね。それがプレイヤーなのでは?」

 「ぶっちゃけプレイヤーの誰なのかまで予想が付いてるけどね」

 「まぁ! さすがはインラン様ですわ!」

 「さすがです!」

 「わははは! もっと褒め称えなさい!」

 

 わっしょいわっしょい。インランは煽てられるとユグドラシルの大樹にも登りそうである。

 

 

 

 

 日が落ちて窓から差し込む光が無くなり、代わりに暖色系の間接照明に照らし出された室内にはゆったりとした時間が流れていた。

 ナザリックから取り寄せたソファーに腰掛け、縁が切れそうなほど薄いクリスタル製のグラスで酒を呷りながら、インランは語り出す。

 他のシモベ達も椅子に座るよう促され、余った椅子にそれぞれ腰掛けていた。インランが振る舞った酒が入ったグラスをそれぞれ手に持ち、ありがたそうにチビチビと飲んでいる。

 

 「いやまぁ、エルフでスリングショットとか、古参のプレイヤーならすぐ分かるわよ」

 

 カラカラと氷の音が鳴るグラスを顔の前に掲げて、インランがシモベ達に言い聞かせていく。

 

 「昔、幼女の見た目のアバターしか入れないギルドがあったのよ。名前も幼女戦記とかいう凄まじいギルドだったわ」

 

 「で、そこのギルドマスターがエルフで、服装が件のスリングショットだったわけ。大人と子供の体型の違いが理由なのか、幼女に限りスリングショットを着ても倫理コードが反応しないことを発見したのがそのエルフよ」

 

 「そのエルフの名前は」

 

 ───アグネスよ。

 

 

 

 

 「ちなみにペロロンがよくそのギルドに遊びに行ってたわ」

 「なるほどー」

 「結構アイテムとか貢いでたみたいだけど、アグネス達があたしと同じなの知って血反吐吹き出してもがき苦しんでたわね」

 「えぇ……」

 「幼女アバターを選ぶプレイヤーの中身なんて簡単に想像つくでしょうに、マジウケルー!」

 

 目尻に涙を浮かべて爆笑するインランにシモベ達は追従するか迷う。

 

 「さて、じゃあ夜の部を始めましょうか。あたしはさっき見つけた夜のお店で遊んでくるから、皆適当に寛いでてちょうだい」

 「お待ちください! 夜こそ我々を護衛にお使いください!」

 

 ここはなかなか大きな街で、夜だというのに完全には寝静まらずにいくつかの店が開いていた。

 

 「うぇー、あんた達がいると気楽に遊べないじゃない」

 「至高の御身の安全は何よりも優先されます!」

 

 ガツガツ食い下がってくるシモベに、インランもちょっと気圧される。

 

 「ん、じゃあ視界に入らないようにコッソリついてきてね」

 

 コクコクと頷くシモベ達を一瞥すると、インランは宿屋から夜の街にくり出した。

 

 

 

 

 

 

 「何コレ?」

 「蜂蜜酒です」

 

 スナックなのかバーなのかよく分からない建物にインランは入ると、取りあえず店員がいるカウンターの前に置かれた椅子に腰掛ける。

 酒を注文すれば琥珀色の美しい液体が入った木のコップが出てきた。

 くぴくぴと飲んでみれば、甘い後味が口の中に残る。

 

 「おいしいわね、ボトルでちょうだい」

 

 飲み歩き用とおみあげに数本ボトルのまま買う。ヒョイヒョイとボトルをアイテムボックスに繋がる虚空に空いた穴に放り込むと店員が目を見開いて固まっていた。

 

 「他には何かないの?」

 

 ガリガリと出された酒の肴を囓りながら、店員に別の酒なり何か面白いものを催促する。

 淡い照明に照らされたインランの顔は火照り、既に酔いで出来上がっていた。わざわざ酔いの状態異常耐性を外している。

 

 蜂蜜酒も銘柄で甘みが違うらしく、さっきとは別の蜂蜜の甘みが強い蜂蜜酒をぺろぺろしながら店員と世間話をする。

 その後、よくわからない銘柄のワインが出てきたが、高級品だとかで蜂蜜酒より遥かに値が張った。

 

 「あたしワインって何がおいしいのかよくわからないのよね……」

 

 ブツブツ言いながら木のコップを豪快に傾けていく。甘い蜂蜜酒の方がおいしい。

 

 店員と話してみると、どうやら宿屋で料理や酒を出してくれるものらしい。

 それを知ったインランはチップを置いて千鳥足で宿屋に帰っていった。

 

 

 

 

 

 「宿屋で飲むわよぉ!」

 

 周囲に潜んでいたシモベ達を呼び集め、皆で宿屋に併設された店に入る。

 ゾロゾロと押しかけるインラン達を店員が案内する。

 街一番の宿屋だけあって、併設された店の店員の対応もナイスだった。

 まぁこの街の宿屋ってそもそも数が少ないけど。

 

 「下等生物な点を多めに見たとしても、良くて及第点ですわ」

 「そう……」

 

 シモベ的にはイマイチの対応らしい。言葉とは裏腹に凄くウキウキした雰囲気を醸し出してるけど。

 さすがに酔いで頭が回らなくなってきた。頭がフラフラと揺れる。

 

 「一番高い酒を頼むわ」

 

 店員にドヤ顔で決めてみせるが、眠くて気絶しそうだ。

 なんとか隣に座るソリュシャンの爆乳を枕にして意識を保っている。

 良く訓練された店員はソレを見ても眉一つ動かさずに料理や酒を出してくれた。

 

 おっぱい枕に頭を埋めていると、シモベ達が口に料理や酒を放り込んでくれる。

 もぐもぐと口だけを動かす機械になってしまった。

 

 酔った頭でもエキゾチックな料理は美味しく感じられる。エキゾチックってどういう意味だっけ?

 

 「なんか味薄い? 薄くない?」

 「恐らく香辛料の類いが希少なのでは?」

 「詳しいのね」

 「メイドですから」

 

 「ソリュシャン、ミルクをコレに〜」

 「はい」

 

 酒とミルクをカクテルするとまろやかな口あたりになっておいしい。

 ちなみにソリュシャンは指先からミルクを出した。空気が読める良いメイドなのら。

 

 「えうえう……もぉらめ……」

 

 体に力が入らない、視界が暗転する。目を瞑れば楽しい時間が終わってしまうような気がするが、もう眠気に抗えない。

 

 

 

 

 

 

 「寝てしまいましたわね」

 「だねー」

 

 ぐったりとソリュシャンの爆乳に突っ伏した主をシモベ達は見つめている。

 

 「せっかくだし、あたし達はもう少しこうしてようか」

 

 アウラがそう言うと、シモベ達が同意を示すように頷く。

 

 インランの一行は、店の複数のテーブルを占拠していた。

 インランと同じテーブルの席にどのシモベも座りたがったが、ナザリック内での地位が高いものが同じテーブルにつき、残りは別のテーブルについている。

 

 異形のシモベも席につけるのは、インランがマジックアイテムで人間に化けさせているからだ。元々はユグドラシルで人間しか入れない街に異形種でも入れるようにするためのアイテムである。

 

 さすがに護衛が酒に酔うわけにはいかないので、シモベ達は状態異常耐性を無効化したりはしていない。

 だが、主と一緒に酒を飲む雰囲気をシモベ達は楽しんでいた。主と場を共有することはシモベにとって至上の喜びであるから、別に酒に酔えなくても問題ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「oh……」

 

 部屋は真っ暗で窓から見える景色も漆黒。だがこの目は闇でも問題なく見通せる。目覚めればベッドの上で、そして隣には全裸のアウラ。

 

 「ヤっちゃったわ……」

 

 インランは思わず頭を抱える。

 

 「全然記憶にないんだけど……」

 

 酒に酔って状態異常で行動不能になった先の記憶がなかった。

 

 「うーん」

 

 とりあえずアウラのふくらみかけに手を伸ばす。記憶がないのならこれから作ればいいのだ。

 

 「はひ!? いんらんひゃみゃ!?」

 「おはようおっぱい」

 「んひゃっ」

 

 ちょうどアウラが起きた。言葉とボディランゲージの両方でアウラに挨拶。

 

 「ところで、なんでアウラが裸で寝てるのかしら?」

 「えっと、この方が喜んで頂けるかなとおもいまして。というのは半分冗談で、一番近くで護衛するためです」

 「oh……やっぱり寝たフリだったのね」

 「護衛ですからねー」

 

 話していると、突然アウラの目つきが鋭くなり、一拍遅れて地響きがした。室内の家具がけたたましい音を立てる。

 

 「───森の中に30ほど、敵意を持って潜んでいます」

 「そう……」

 

 寝室の窓からも夜の闇の中に黒煙が漂っているのが見えた。

 

 

 

 

 

 ベランダに出ると、アイテムボックスから小型の無人マルチコプターのドローンを取り出して飛ばす。

 攻撃力は皆無だが、魔力を一切使用していないので探査魔法に引っかかりづらい優れものである。

 若干シモベ達が寂しそうな顔をしているが、こっちの方が慣れてるし便利なんだから仕方ない。

 

 板状のタブレット端末にドローンのカメラ映像が表示される。各種センサーが捉えた情報が統合され、一つの映像になった中では、森の藪に潜む人影達が太い線で縁取られ強調されていた。

 

 「これ、どう思う?」

 「下等生物同士の争いでしょうか?」

 

 画面上では潜んでいる人影の種族名までばっちりタグ付けされて表示されている。人類(推定)とタグ付けされていた。

 

 「うーん、下手に介入するのも拙そうだけど、エロフ達を傷つけられるのも困るし、直接話をしてみましょうか」

 

 

 

 

 ◆

 

 曇り空の下の夜の森はほとんど完全な闇だ。

 輪郭が闇に溶け込んだ藪の中で、複数の人影がじっと息を潜めていた。

 

 藪に潜む人影の正体は、特殊な訓練を受けた精鋭部隊、火滅聖典の隊員達。

 法国という人間の国の特殊部隊である。法国の数ある特殊部隊の中でも火滅聖典はゲリラ戦に特化した部隊であり、今も敵対しているエルフ国に対する作戦行動中であった。

 エルフ達の生活圏の外周に位置する街の一つに破壊工作などのゲリラ戦を仕掛けるのが、今回の作戦である。

 火滅聖典が行っている破壊工作や少人数によるヒット&アウェーは地味なやり方だが、ボディブローのようにエルフ達を苦しめ確実に消耗させていた。

 

 先ほど、エルフの街に忍び込んだ工作員が、街の一角を爆破した。これから火滅聖典の作戦は第二段階に移行する。

 茂みに潜む隊員達が、無言で次の行動を起こそうとしたとき、索敵を担当する隊員が接近する人影を探知し仲間達に知らせた。

 

 隊員達がいるのは森と街の間であり、すぐ目の前には森が切れて見晴らしが良くなり、人が通れる道が通っていた。道の向こうにはエルフ達が住む街が広がっている。

 やがて、手にランタンを持った少女が部隊員達が潜む藪の手前の道に現れた。隊員達には魔法や所持しているマジックアイテムの効果で藪の先が良く見通せる。

 

 少女は耳が短いので人間のようだが、その異常に整った容姿と、エルフほどではないが扇状的な服装は明らかに堅気の者ではない。

 隊員達はいつでも攻撃できるようにして少女の動きに注視する。

 

 「あんたら何者?」

 「!?」

 

 悲鳴を上げなかったのはよく訓練された証だろうか。

 突然後ろから声をかけられ隊員達が振り向けば件の少女が居た。だが藪の先の道にも全く同じ姿格好の少女が立っている。少女はランタンまで持っているのに何故接近に気づかなかったのだろうか。

 探知に特化した隊員が調べてみても気配は道に居る少女のみで、隊員達の後ろに居る少女からは一切の気配を感じ取れなかった。

 

 「ちょっと、答えなさいよ。あんたらこんなところで何してるの?」

 「……お前は何者だ」

 

 部隊の隊長が少女に問いかけると、少女は隊長の方向にランタンを翳す。

 

 「あんたがリーダーなの?」

 「質問に答えろ。さもなければお前を排除する」

 「こっちの質問に答えてくれたら教えてあげるわ」

 「……そうだ」

 

 少女が微笑む、ランタンの淡い照明に照らされた少女の顔はおとぎ話に出てくる妖精のように愛らしいものだった。

 

 「ふぅん。あたしは森の妖精よ」

 

 瞬間、少女の姿が消えた。

 同時に隊員達の視界が暗転する。

 

 

 ◆

 

 火滅聖典の隊長は、鼓膜を振るわす悲鳴で目を覚ました。

 

 「あ、やっと起きたのね?」

 

 声のする方を見れば、あの少女がいた。

 

 「……ここはどこだ」

 

 隊長は短い時間で自分の置かれた状況を確認していく。

 椅子に座らされ、後ろの背もたれに両手を回すようにして両手を縛られている。

 今も鼓膜を振るわす音と、嗅ぎなれた匂いが場に充満していることから、隊長は自分の運命を悟った。

 

 「お前は誰だ? 帝国の者か?」

 「何ソレ? 聞きたいのはコッチよ」

 

 隊長の前まで少女は椅子を引きずってきて、それに腰掛けた。目線の高さが合うと、少女の異常な美しさがよく分かる。

 火滅聖典隊長は精神作用を無効化する希少なマジックアイテムなどを法国から与えられている。そのせいで中途半端に冷静だった。

 

 「あんたが正直に話してくれれば、慈悲を与えてあげるわよ」

 「ふざけたことを、お前も人間ならばこんなバカな真似はよせ、人類に内輪揉めをしている余裕はないのだ」

 

 臓物が飛び散る音や骨が砕ける音、噎せ返る血の臭い、仲間の凄まじい絶叫で満ちたこの場において、狂うことが出来ない。

 こんな地獄を見るために挺身したわけではないのだが───

 隊長は冷静に考えてしまう。

 

 「自分が人間なのか、もうわかんないわよ」

 

 少女は手に中が透けて見える美しいグラスを持っていた。グラスの中には琥珀色の液体とソレに沈んだ目玉が見える。

 隊長の目の前で少女がグラスを呷る。

 

 「美味しいわ。血がおいしいんだけど、これって人間なのかしらね?」

 「なるほど、お前達は吸血鬼か」

 

 吸血鬼の勢力に部隊は壊滅させられたらしい、隊長はそう思った。

 それならばこの地獄絵図も納得出来る。なんとかこのことを本国に伝えなければならない。

 もしかすると部隊の生き残りが逃げおおせているかもしれないが。

 

 「ああ、この世界には吸血鬼もいるのね。あたしは違うわよ?」

 

 聞き捨てならないことを言われてその意味を考える、だがさらなる少女の発言が考える暇を与えない。

 

 「───ところで、あんた達には尋問されると死ぬ魔法が掛かってるらしいわね?」

 「なに?」

 「あんたの前に遊んでた奴がそれで死んじゃったのよ。詳しく調べたら理由が分かったわ」

 「……」

 

 少女がグラスの中の目玉を指さして微笑む。意味を理解して隊長は狂えない自分に絶望した。

 

 「だから、あんたへの尋問はないわよ。別に質問に答えなくていいから、精々楽しませてちょうだい」 

 「……殺してくれ」

 「むふー、あんた面白いマジックアイテム持ってるじゃない。恐怖や恐慌を無効化して錯乱できないとか、長く苦しむためのアイテムよね。今後の参考にさせて貰うわ」

 

 少女は近くにいる巨漢を呼ぶ。

 顔を穴の開いていない皮のマスクでスッポリ覆ったその大男は、腰に下げていた錆びだらけのノコギリなどの道具を少女に手渡した。

 

 

 

 ◆

 

 「御手を患わせて申し訳ありません」

 「遊びだからいいのよ。でも尋問はあたしよりもデミウルゴスの方がずっと上手そうね」

 「お褒めに預かり大変光栄です」

 

 ナザリック地下大墳墓の牢獄に、火滅聖典達は拉致されていた。

 最初は普通に尋問する予定だったのだが、1人目が尋問中に憤死したため、調べたところ情報漏洩を防ぐために、特定の状況で質問に特定の数答えると死ぬ魔法が隊員達全てに施されていた。

 まぁ魔法ならばディスペルすればいいので大した問題にはならなかったが、このような魔法はユグドラシルになかったという点で大変興味深い。

 

 隊長も既にディスペル済みで最初から尋問しても良かったのだが、インランの遊び心でたっぷり拷問してから尋問ということになったのである。

 

 「いやー、拷問って楽しいわね! またやりたいわ! 次はむさい男じゃなくて美少女がいいわね!」

 「インラン様を楽しませられる獲物を見繕っておきます」

 

 椅子の上の隊長のなれの果てを見て、インラン達は笑う。エロ漫画家として解剖学の知識がそこそこあったインランは、結構綺麗に解体出来た自信があった。

 

 「あたしの解剖学の知識ガバガバだから、内臓とか知識と実際のズレが酷いわね。お腹を開いてビックリしたわ」

 

 腹から知らない臓器が出てきたりと、インランは自分の知識不足を痛感していた。

 

 

 

 ◆

 

 インランがナザリックに作られたバーで酒を飲んでその味に感動していると、バーの入り口からモモンガが入ってきた。

 

 「帰って来てたんですね」

 「ん、すぐ出ていくわよ。まだ見たいもの沢山あるし。あ、これおみあげね」

 

 ボトルをモモンガが受け取る。

 

 「これはお酒ですか?」

 「甘くておいしいわよ」

 「次は俺も一緒に行きたいんですけど」

 「んー、また今度ね」

 

 ボリボリと酒の肴を囓りながら、インランは掌をひらひらとモモンガに振る。

 

 「ところで、人間達を拉致したらしいですね?」

 「したわよ。なんかエルフ達を攻撃してたからね」

 「その人間達が属する勢力が強大だった場合、かなり拙いことになるんじゃないですか?」

 「ふふん、バレなきゃいいのよ。それでも心配なら蘇生と回復して逃がしてやってもいいんじゃないかしら。ギルド長って記憶弄る魔法使えたでしょ?」

 「そうしますか」

 

 インランはグビグビと酒を呷っていく。

 

 「ナザリックの酒ってメチャクチャ美味しいわね。これ現地と取り引きすればかなり儲かるんじゃないかしら?」

 「おお、それいいかもしれませんね。マジックアイテムは外に出したくないですけど、酒や食料ならアリかもしれません」

 

 モモンガも笑顔で返答する。

 だが、次のインランの言葉で表情が凍り付いた。

 

 「あとエルフの国はプレイヤーが作ったみたいよ」

 「えっ?」

 

 

 




 スリングショットを着たエルフ達が平然と歩く街並

 まるで常識変換モノのエロ漫画みたいだぁ……(直喩)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話:模擬戦(初心者狩り)

11,12,2018
前半部分加筆修正


 

 

 濃厚な青臭さに包まれた森の中に聳え立つ、巨大な円形闘技場。大木で形成された森から顔を出すような巨大な建造物。第六階層は広大な空と大地の世界だが、原生林のような鬱蒼とした森の中に無骨な石造りの巨大建造物が存在するのは異様さを放っていた。

 

 闘技場の中から見上げれば、天井は丸くくり抜かれたように存在せず、まるで空を切り取っているかのようである。そんな天井から差し込む強い日差しを受け、闘技場の中心で佇むインランの背負い纏う衣の色彩が映えた。

 目を楽しませる鮮やかな色を纏うインランは、その美貌も相まってとても絵になる。ただしそのシルエットはとても少女のそれではない、直線を多用した装甲板と機械で組まれた大型の獣、それも肉食獣を連想させるものであった。

 

 最初は鼠色であった装甲材が瞬く間にビビットな色合いに変化する様はカメレオンの様である。普段は裸同然の姿のインランが、今は胴体の前面と顔を覗くほぼ全身に鮮やかな装甲を纏っていた。四肢は装甲された機械の四肢で大幅に延長され、脚に関しては関節が一つ増え、まるでカンガルーのような関節構造になっている。

 

「フェイズシフトに電力回すから、まぁ、あんまり出力は出ないわよ。ハンデも兼ねてメインの動力はほとんど眠らせてるからね」

「手加減ガ必要ナノデショウカ?」

「必要ないと思わせてくれたらすぐにやめるわよ。でも、実戦に関しては童貞同然のあんたには必要だと思うわよ?」

 

 コキュートスの擦れた男の声に対して、インランの声は甲高くも愛らしく幼さを残した少女のそれ。傍目には子供が目上に対して不遜な態度を取っているようにも見えたかもしれない。だが少女の声の中には嘲るような雰囲気は欠片もなく、ただ当たり前の事実を淡々と述べている冷たさがあった。

 

「装甲だけ手を抜かないのは、あんたは火力だけはあるからね」

 

 インランが纏っている装甲に包まれた義肢はなお目まぐるしく鮮やかに彩られていく。ペンキを塗ったようなマットな質感と色を纏っていく装甲がほとんどな中で、四肢の先端だけが金属質な光沢を持って黄金に発光していた。

 

 

 

 全身が機械で構成された獣は、生物のように生々しく体を動かす。それを二人羽織のように這おう少女も当然同じように動き姿勢を変えた。四つん這いに四肢を投げ出し踏ん張る様は力を溜めた虎を連想させる。

 インランの背面はほぼ装甲に覆われているため、正面で対峙するコキュートスからは機械の獣の姿より強く強調された。工業製品の様に鮮やかな消費者の目を惹きつける色彩を持った機械製の獣がコキュートスに立ちはだかる。

 

「それで、コキュートス、そっちの準備はオッケーかしら?」

「ハイ、イツデモカマイマセン」

 

「そういえば、今あたしが使ってるフレームって近接用なんだけど。なんなら後でコキュートス用に一機カスタムして生産するのも良いかもね」

「アリガトウゴザイマス!」

 

 仕える至高の存在から武具を賜るのは、武人の気質を有するコキュートスには史上の喜びである。

 

 

 

「このフレームは近接戦用だから、コキュートスの相手には丁度良いでしょう。模擬戦の結果を見てフレームの動作に問題がなかったら、後でコキュートス用に1機カスタムしたのを生産してあげてもいいわ」

 

「アリガトウゴザイマス!」

 

 インランと相対するコキュートスは、4本の腕に己の誇りでもある最高の武器を持ち臨戦態勢を取っている。

 

「同レベルでのタイマンは初めてよね?気楽にいきましょうよ」

 

 フシュフシュと冷気を口から吐き出すコキュートスをパワードスーツのセンサー越しに見て、インランは苦笑した。

 

 戦意に満ちあふれているのは分かるのだが、ちょっと心に余裕がなさすぎるように感じたのだ。

 

 スーツが解析したコキュートスのステータスは『高揚』となっている。凄く気分が盛り上がってるらしい。

 

 まぁほとんど初めての実戦だし無理もないだろう。インランの記憶する限りではコキュートスが初めて戦場に出たのはプレイヤー1500人のギルド拠点に対する大進行への迎撃だったが、カンストプレイヤー達にタコ殴りにされてしまったのでマトモな実戦経験的な意味ではほとんどゼロかもしれない。

 

「全力ヲ尽クシマス!」

 

「そう」

 

 凍てつく体の内に燃える闘志を秘めたコキュートスに対して、インランは冷ややかに返した。

 

 

 

 

 

 模擬戦開始の合図を受けて、コキュートスが刀を振るうと、剣先から斬撃が飛び出す。

 

 インランは放たれた牽制の斬撃を前方に鋭く跳躍しながら体を捻り紙一重で躱すと、そのままの勢いでコキュートスに距離を詰めた。

 

「シッ」

 

 返す刀でコキュートスがインランの突進を迎えうつ。

 

「ふおっ」

 

 転移後の慣れない身体能力に振り回され気味なインランは思わず声を上げてしまう。

 

 だが、スーツ内臓のAIがインランの動きを補助してコキュートスの刀を腕部のかぎ爪で弾き返した。

 

 コキュートスの残った3本の腕の武器がインランに殺到する。

 

 インランは下から掬い上げるようにに切り上げてくる武器にスーツの足のかぎ爪を合わせて、───迫る2本の武器をAI制御の回避姿勢で上手いこと避けながら───反動を利用することで一気に後ろに跳躍して距離を取った。

 

「うーん。生身だったら切られてたかしら? もしかしするとAIの方が強いかもね」

 

「ゴ冗談ヲ」

 

 武術的なリアル側のプレイヤースキルによる近接戦はインランはそれほど得意ではない。それでも、並のプレイヤー相手ならばそこまでPvPで足枷になるほどではなかった。

 

 そもそも武術をしっかり習っているかどうか等のリアル側のスキルが、それほどゲーム内での戦闘力の差に出ないように、ユグドラシルのゲームシステムは組まれている。リアル側の武術経験などがPvPに影響するのはワールドチャンピオンを決める大会などの近接職のトッププレイヤー同士の戦闘に限られる。

 

 だが、今コキュートスと一瞬だが斬り合ってみて、頭が体についていかない感覚をインランは感じていた。

 

「丁度いいわ。肩慣らしに付き合って頂戴!」

 

「喜ンデ!!!」

 

 コキュートスは武器を目の前でクロスさせて力強く答えた。

 

 

 四つん這いになっているパワードスーツの背部から銃器が飛び出しアームを介して前方にせり出すと、コキュートスに銃口を向ける。

 

 機体重量と四肢の駆動による反動制御によりスーツは僅かに身じろぎするだけで、大質量の擲弾がポンポンと射出された。

 

「ヌッ! フッ!」

 

 コキュートスは2本の腕を使い最小限の動きでそれぞれの擲弾を斬り飛ばす。切断された擲弾は後方へと巨体をすり抜けるように飛び。コキュートスの背後で地面に当たると凄まじい爆発が起こる。

 

「あー、そういうところはゲームなのね」

 

 物理的には切り払っても意味はなさそうだが、弾丸の切り払いは立派な近接職の防御スキルである。ゲームでは切り払われた弾丸は切り払った対象への当たり判定を消失するのだ。

 

 インランは銃をスーツの背部に収納すると、踏みしめた地面を吹き飛ばしてコキュートスに向けて再び低く跳躍した。

 

 コキュートスは腕を2本伸ばして手にした武器でインランの突進しながら振るわれたかぎ爪を受け止める。

 

 2.5mの体格を持つコキュートスの膂力は火力特化のステータス振り分けもあって、インランが纏っているパワードスーツである巨大な金属の獣の突進を受けても揺るがない。

 

 コキュートスはそのまま残った2本の腕に握る武器を、パワードスーツの装甲が覆っていない部位、インラン本体のパーカーしか纏っていない柔らかそうな腹部に突き立てようとした。

 

 ガキンッ

 

「ナント!?」

 

 だが、突き立てた刃先はいかにも柔らかそうな素材で出来たパーカーに弾かれる。

 

「あ、外装統一って知らなかったっけ? 非表示にしてるけどちゃんとあたしは鎧を纏ってるのよ?」

 

 それも世界級(ワールド)アイテムの鎧である。神器級(ゴッズ)アイテムの武器でもそうそうダメージを与えることは出来ない。

 

「まぁ、今のあたしの装備はかなり特殊だからね。そうそう相手にすることはないから安心しなさいよ」

 

「クッ! ナラバ!」

 

 コキュートスは目標をインランが纏っているパワードスーツの方に変える。

 

「倶利伽羅剣!!」

 

 コキュートスは、スキルを乗せた斬撃をコキュートスとの取っ組み合いで今も踏ん張っているパワードスーツの脚部に向けて放つ。

 

 倶利伽羅剣は攻撃対象のカルマ値が低いほど威力が上がる特性がある。地味にカルマ値が低いインランに向けて放つにはおあつらえ向きなスキルである。

 

「バリアー!! うぉぉお、危ないわねー!」

 

「ヌゥ!? コレモ効カナイノカ!?」

 

 パワードスーツはインランの思考と同期しているので、別に叫ぶ必要はないのだが、スーツの表面に幾何学模様の発光する半透明な膜が広がり、コキュートスの倶利伽羅剣を弾く。

 

 バリアーはスーツの機能として日に2回だけ使えるスキルで、効果はあらゆる攻撃から一定時間の完全防御である。だが、回数制限について知らないコキュートスはこれでスキルを無駄うち出来なくなった。

 

「いやいやいや、このスーツすんごく高いんだから傷を付けたくないのよ」

 

 足1本もげても修理費用がえげつないことになるので、インランは冷や汗を流していた。火力特化のコキュートスの大技をマトモに受けるのはヤバい。

 

「あ、別に気を使わなくてもいいからね。全力で来なさいよ。むしろあたしやスーツにマトモな傷をつけられたら褒美をあげるわ」

 

「分カッテオリマス!」

 

 取っ組みあいながらなかなか暢気な会話だが。コキュートスは次の手を決めあぐねていた。

 

 掴み合う間合いはコキュートスの得意な剣術の間合いよりもいささか近すぎる。武器に力が乗らずスキルの乗らない攻撃では、インラン本体にも纏うパワードスーツの装甲にも弾かれてしまい決定打にならない。

 

 先ほどの倶利伽羅剣も存分に力が乗っていなかった。他の大技の攻撃スキルである不動明王撃(アチャラナータ)などは完全に間合いが合っていないので、このままではマトモに当たらない。

 

 端的にいってインランは硬すぎた。有効打を与えるにはコキュートスが存分に刀を振るえる間合いに持ち込むしかなさそうだ。

 

 まぁ、そのことをインランが良く理解しているので(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、こうして取っ組み合いになっているのだが。相手の得意な土俵で戦うのはユグドラシルプレイヤーとしては3流以下である。

 

「グヌゥッ」

 

「あら? 不満そうね。まさか近接戦だからって自分の得意な間合いで戦えると思っていたのかしら?」

 

 今もコキュートスの2本の腕をスーツの前腕で力任せに押さえつけながら、インランが見下すように笑う。物理的な目線としては見上げているのだが。

 

 

「可哀想だけど、あんまり手加減はしてあげないわよ」

 

 インランのその言葉がコキュートスの闘志に火を灯した。

 

「ヌゥアアアアアアア!!」

 

 常時発動していたフロストオーラとは異なるスキルを発動し、それまでとは比較にならないほど莫大な冷気がコキュートスから発散され、インランの纏うパワードスーツの表面がピキピキと氷ついていく。

 

 インランのスーツの動きが目に見えて鈍ると、その隙にコキュートスはパワードスーツと握り合っていない2本の手から武器を手放して、パワードスーツを抱えるように力任せに持ち上げると斜め後ろに向かって体を捻る力を加えて投げ飛ばした。

 

 

 

 

 ゴロゴロと地面を転がったインランは二足で立ち上がる。

 

 地面に立った力の抜けた大の字のような姿勢になると、インランをパワードスーツに固定していた部位が音を立てて外れ、インランは直立するパワードスーツから地面に降り立った。

 

「あー、慣れないことはしない方が良さそうね」

 

「!? ヌゥッ」

 

 インランの乗っていないパワードスーツが、直立した姿勢から四足歩行の状態になると動きだし、スーツ自体が自律行動を始める。

 

 スーツ自体がロボット兵器としてAIによる単独行動が可能なのだ。ギルドの国庫からモモンガが禿げ上がるほどの、───マトモなギルドなら個人での使用を絶対に許さないレベルで───ありえないほどの超々希少素材をふんだんに使ったスーツは単独でもスペックはレベル100に届く。

 

 相手が2体に増えたが、コキュートスは4本の腕を巧みに操りそれぞれを相手取ろうとする。

 

「餅は餅屋ってね。近接はやっぱりAIに任せるわ」

 

「キュルルルルル!!」

 

 スーツが威嚇音を発しながら、インランとコキュートスの間に壁として立ち塞がり、インランにコキュートスが近づくことを阻止しようとした。

 

「あら、可愛いわねコレ」

 

 健気なスーツにインランは思わず感想を述べる。

 

 その間にも、インランはアイテムボックスから抱えるほどの大型ライフルを取り出している。

 

「ここからはあたしは中距離戦でいくわよ。頑張ってね」

 

 スーツとコキュートスが睨み合っている中で、インランは気楽に言葉を発して大きく後ろに跳躍した。

 

「グッ。望ムトコロデス!!」

 

 単独行動しているパワードスーツは、猫科の獣のように前傾姿勢で四つん這いになったままインランとコキュートスの間の位置から動かない。

 

 これを好機と捉えたコキュートスは、ここぞとばかりに自身が持つ最大の大技コンボを繰り出す。

 

不動明王撃(アチャラナータ)!! ッッッ俱利伽羅剣!!」

 

「ッッキュルル!!」

 

集団転移(マス・テレポーテーション)

 

 パワードスーツは不動明王撃(アチャラナータ)をあと1回だけ使えるバリアーで防ぐ。

 

 その後、バリアーが消えるのに合わせて、コキュートスが俱利伽羅剣を叩き込んだ。

 

 だが、インランは魔法の転移(テレポーテーション)を使って自身とパワードスーツを攻撃の当たらない位置に瞬間移動させ、コキュートスの俱利伽羅剣を回避する。

 

「ちょっとテレフォンが過ぎるわよ。まぁ実戦経験の乏しい近接職ひとりじゃこうなるわよね」

 

「ヌゥ!! ココマデヤリ辛イトハ!!」

 

 当たるのであれば、コキュートスの攻撃は十分通用するのだ。だが、インランは攻撃をマトモに当てさせない。

 

「あたしと戦うのはめんどくさいだろうけど、ギルド長はもっとめんどくさいわよ。今のうちに慣れておくことね」

 

 彼我の戦力を徹底的に研究し尽くして、得意技を封じ込めることにかけてはモモンガは卓越していた。

 

 戦っていてストレスが溜まる相手としてはモモンガはユグドラシルでもトッププレイヤーである。モモンガだけでなく、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーは一部を除いて、どれもいやらしい戦い方をするので、それがヘイトを集めてDQNギルドと罵られる理由のひとつになっていたのかもしれない。

 

「せいぜい、仲間と連携する重要性を身に染みて理解できるようになるまで、ほどほどに痛めつけてあげるわ」

 

 優秀な前衛と後衛が揃えば出来ることは一気に増えるのだ。コキュートスも仲間と連携出来れば、シナジーが生まれて非常に優秀な前衛となるだろう。

 

 まぁインランは後衛というよりも、後衛も少しこなせる中衛よりの前衛という中途半端なビルドなのだが。強豪ギルドの国庫を利用して無理やりこのビルドを成り立たせていた。モモンガは泣いていい。

 

「……胸ヲオ借カリ致シマス」

 

 さすがにコキュートスも自身の置かれた立場がほんの僅かだが理解出来てきた。前衛の自分だけでは実戦では大して役に立たないということが。

 

「存分にあたしの美乳を借りるといいわ!」

 

 仕切り直しとばかりに、コキュートスとパワードスーツが相対し、パワードスーツの後ろに隠れるようにインランが踏ん反り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 闘技場の観客席には、2人と1機の戦いを眺める面々が居た。

 

 モモンガと幹部クラスのシモベ達である。

 

 戦いを眺めるシモベ達の表情はとても暗いものだった。

 

「ここまでとは……」

 

 デミウルゴスは手で額を抑えていた。実質2対1とも言えるが、まさか実戦で1体1での戦いを望めるなどとは、ナザリックの軍師を担うデミウルゴスは当然考えていない。ナザリックを文字通り守護する大役を担っている守護者が、敵がひとり増えた程度で歯が立たなくなるのは論外である。

 

 それに召喚系モンスターを壁役にする者はユグドラシルでは珍しくもないのだ。

 

「いや、まぁ、うん。コキュートスは実戦経験も少ないしな。初戦はこんなものだろう」

 

 ”初戦は”が”所詮は”に聞こえてしまい、モモンガの周りにいたシモベ達は胸がスッと冷える思いである。

 

「至高の御方が相手なので当然ともいえますが、それでも守護者がこうも手玉に取られるようでは、存在意義がありませんわ」

 

 コキュートスとインランの模擬戦を観戦していたこの場に集った守護者達のうち、守護者統括としてシモベを纏めあげる立場であるアルベドが忌々しいとばかりに吐き捨てる。

 

「守護者統括殿の仰る通り。これは由々しき事態です」

 

 キリッとした顔で、デミウルゴスも後に続いた。

 

「まぁな。経験のないレベル100なんて、プレイヤーにとっては何の驚異にもならないことがこれで分かったわけだ」

 

 肉のついた顎に手をやり、モモンガは考え込むように唸る。

 

「これは定期的に模擬戦が必要かもしれないな。同レベル帯の相手をする経験が必要だろう。幸い。ここには熟練のプレイヤーが二人もいるんだ。暇を見て俺も模擬戦を行おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第10階層。

 

 ナザリック執務室の中央に置かれたテーブルを囲むように置かれたソファーに、支配者2人の姿があった。

 

「いやー、うん、弱いわ!」

 

「ですねぇ」

 

 ソファーに座って寛ぎならインランが発した言葉に、同じく対面のソファーに腰掛けたモモンガが追従する。

 

 給仕として侍るメイド達は、その言葉を聞いて卒倒しそうな心境だった。

 

「火力はあるけど、それだけじゃ意味ないわよ」

 

「まぁ、知識がないとまず勝てないのがユグドラシルですからね」

 

 実際コキュートスの最大火力ならば、インランを倒すことは不可能ではない。はずである。

 

 まぁ全身世界級(ワールド)アイテム装備のインランを殺しきれるかというと、モモンガもちょっと、いやかなり自信がないが。

 

 それでもコキュートスならば、十分な手傷を負わせることは可能なレベルだ。レベル100の火力特化のステータスは侮れるものではない。

 

 しかし、よく切れる刀剣も達人が使ってこそ意味があるわけで、プレイヤーとの戦闘経験が皆無で、相手の装備に関する知識もほぼ皆無なコキュートスは、そのせいで限りなく勝率が低くなっている。

 

「あたし100回やっても100回勝てる自信があるわ」

 

「それは俺も同感ですね」

 

 経験の差はそう簡単に補えるものではない、例え前回とは装備を全く変えて挑んでも、インランは勝ち続けるだろう。それはモモンガも同じである。

 

 サービス終了まで10年以上遊び続けた廃人プレイヤーの技量も経験も半端なものではないのだ。

 

「逆に考えましょう。どうやったら勝たせられるかしら?」

 

「う、うーん。ひたすら経験を積むしかないんじゃないですか?」

 

「現状だと、よっっっぽど貧弱な装備をこちらが選択しない限りは、守護者達が勝つのは無理じゃない?」

 

「そうですねぇ、シャルティアあたりは俺は相性最悪ですから、装備次第では負けそうですね」

 

「あぁ、モモンガキラーねそういえば。でもシャルティアも戦闘経験が全くないから、舐めプでもしない限りはギルド長が勝つでしょ」

 

「ですねぇ。いやー、どうしたものか」

 

「やっぱり地道に模擬戦かしら」

 

 支配者達は頭を捻る。

 

 

 紅茶の香りを楽しみながら、インランが何の気なしに言葉を発した。

 

「逆に考えてもいいんじゃないかしら、守護者が弱くてもいいやと」

 

「いやいや全然良くないですよ」

 

 ぶんぶんと手を顔の前で振りながらモモンガがインランの言葉を否定する。

 

 それに対してインランは胸元が開いたパーカーの上からむにむにと自身のおっぱいを下から両手で掬い上げて口を開いた。

 

「いや、あたしセックス出来ればそれでいいし。満足だし」

 

「ぶっちゃけましたね。しかし外部からナザリックへの攻撃があったときに、防衛戦力が機能しないのは困りますよ」

 

「でも外部というか、この世界は雑魚しかいないんでしょ? 別にこのままでもいいんじゃないかしら?」

 

「いや、ドラゴンとか、プレイヤーっぽい影とか、強者も色々いるみたいですよ。デミウルゴスの報告書に載ってました。というかエルフ国の始祖はプレイヤーってインランさんが調べたんでしょ?」

 

「そっかー、プレイヤーが来たらめんどいわね」

 

「めんどいというか場合によっては破滅しますよ。もう全盛期のギルドじゃないんですから」

 

「せめてたっちゃんとウルちゃんが残ってればねー。ギルドの戦力は安泰だったのにねー」

 

「はぁ、なんで皆辞めちゃったんだろう……」

 

 ずもももと暗黒のオーラを背後にモモンガが背負い出す。オーラに押されて侍っていたメイド達がくらくらし始めた。

 

「ちょっと、オーラ切りなさいよ。危ないでしょ」

 

「おっと、ついつい絶望してしまいました。ははは……」

 

 暗い顔のモモンガを見て、インランはメイド達にお菓子を持ってくるように伝える。

 

 給仕されてきた巨大なホールケーキに舌鼓を打ちながら、支配者二人の会話が再び始まった。

 

 しかし、余りにも美味い食べ物を口に含むと自然と体が反応して頬が緩んでしまう。2人ともリアルでは懐事情は異なるがこのケーキに比べれば散々なものしか口にしたことがないのだ。

 

「あふぁ…… ひたが蕩けりゅ…… まぁね、リアルで逞しく生きているならギルメン達のことはそれでいいじゃない」

 

「うまひゅぎりゅ…… ウルベルトさんは元気でやってるかなぁ」

 

「大丈夫よ、仕事斡旋してあげたし、強かな人だから元気に生きてるわよ」

 

 紅茶を何杯も飲み終えた頃。脱線していた話が戻ってくる。

 

「んじゃあまぁ、対プレイヤー用の模擬戦を今後もあたし達がやってあげるしかないわね」

 

「そうですね」

 

「あと、新しい装備を作りたいんだけどいいわよね?」

 

「うへぁ。またですか、ギルドの国庫に手を付けすぎですよ」

 

「いいじゃない、41人で集めた資源を2人で食いつぶしたって減りゃしないわよ。それに今は多少は資源確保のアテもあるし?」

 

「それがなかったらまず許可なんて出さないですよ。当たり前じゃないですか」

 

 苦々しげに苦言を呈しながらも、モモンガはテーブルの上に用意されていた砂糖の塊のキャラメルを口に含んで、口の中の苦みを中和した。

 

 

 

 

 それから暫く時間が経った頃。

 

 モモンガがインランに呼ばれたので顔を出せば、そこには今モモンガが最も顔を会わせたくない存在が居た。 

 

「パンドラ! なぜパンドラがここに……逃げたのか? 宝物殿から自力で脱出を!」

 

「モッモォオオオンガ様! ご機嫌麗しゅう!」

 

「麗しくねーよ!」

 

「むふー! 宝物殿から出られないのは可哀想でしょう?」

 

 ドヤ顔インランちゃんがウザイ笑顔で隣の埴輪顔の肩を叩く。

 

「ファッ!? やっぱりあんたが原因かー!」

 

「いや、素材を取りに行くついでに出してあげたのよ」

 

「その海よりも深い母の如き慈愛に感激するばかりです! 母上と呼ばせていただきたい!」

 

「むふー! あたしがママよ!」

 

 目の前で繰り広げられる三文芝居に、モモンガは頭痛が痛いと意味不明な叫びを上げた。

 

 

 




メカ書きたい
メカ出したい

ヴェルキュリアの失墜という合法的にメカ要素を出せるアップデートマジ神アプデ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話:最大の敵は味方

 

 

 

 

 エルフ国の辺境の町で最も大きな宿屋にインランは顔を出すと、非常に整った容姿の耳の長く尖った美女が笑顔で出迎えた。

 

 「これはこれはインラン様」

 

 「女将さんおひさー。どうよ、あれから不届きな人間共の襲撃はあったのかしら?」

 

 「あはは、最近は平穏そのものでしたね」

 

 この辺境の町を法国の尖兵である特殊部隊の火滅聖典が襲撃したのは宿の女将にも記憶に新しい。人々が寝静まった深夜に町の一角が破壊工作で吹き飛んだのだ。

 

 まぁ、被害が広がる前に女将の目の前の裸パーカーの痴女が火滅聖典を全て縛りあげて、町の役場につきだしたのだが。

 

 法国の特殊部隊の精強ぶりはエルフ達にも知れ渡っていたので、それを迎撃した功績もあり、この痴女を護衛に連れた人間達のキャラバンはこの町では概ね好意を持って迎えられている。

 

 エルフ達も人間達全てを嫌っているわけではないのである。一部の人間達とは交流が続いていた。

 

 「そうなんだ。……しかしエルフの衣装は本当に半端なくエロイわね。どうよ?10発くらいヤらせてくれないかしら?」

 

 殆ど紐同然のスリングショットをスレンダーな体に纏っただけの女将に、インランは鼻の下を伸ばして提案する。

 

 このスリングショットはエルフ国を興したエルフのプレイヤーが好んで纏っていたため、エルフ達の伝統衣装になった背景があった。もっとも元々この卑猥な衣装を纏っていたプレイヤーは年端もいかない幼女のアバターだったが。

 

 凄まじい強さを誇りエルフ国を建国したエルフの始祖にあやかって今でもエルフ達はこの衣装を纏っているのだろう。

 

 「私は同性愛者ではありませんので……丁重にお断りさせて頂きますわ」

 

 「えー、あたしはちんこ付いてるから、ちゃんと男性としても楽しませられるわよ?」

 

 「……え?」

 

 「ほっれ」

 

 ぴらりと、インランが裸体の上に一枚だけ纏っているパーカーの裾を捲ると、ご立派様が露わになった。

 

 「あら立派。……こほんっ、インラン様はフタナリなのですか?」

 

 「おっふ、ここでその言葉を聞くとは思ってなかったわ。アグネス達が広めたのかしら」

 

 アグネスとはエルフ国を建国したプレイヤーのことで、ギルド”幼女戦記”のギルドマスターでもあったド変態の名前である。

 

 「その通りよ。両性具有って奴ね。ちゃんと子種も出るわよー」

 

 かくかくと腰を揺らすインランは、どこからどうみても痴女で変態だった。こんなところで恥部を曝け出して奇行に走っても通報されたりしないので、それなりにこの町に受け入れられているのだろう。女将も毒され初めているのかもしれない。

 

 「そうですね。まずはお友達から始めましょうか」

 

 「ヒューッ 脈ありね!」

 

 全然脈はないのだが、インランは一人で盛り上がっていた。黙っていれば至高の宝石のような超級の美少女なのだが、その奇行と言動と格好が全てを台無しにしている。法国を追い返した実績がなければ問答無用で通報されていたかもしれない。

 

 「それで、宿泊で宜しいでしょうか?」

 

 「そうね団体で泊まるわよ。今回も一番高くてとにかく広い部屋ね!」

 

 インランがそう叫ぶと、宿屋の入り口に大きな影が差す。

 

 「FOOOOO!! ここがエルフの辺境の宿屋なのですねええ!! うーん、とても至高の御方が宿泊するに足るものではないのですね!!」

 

 「静カニシロ。御方ノ御前ダ」

 

 「……え?」

 

 「ちょっと異形種も泊まるけど、女将とあたしってお友達だし、いいわよね?」

 

 ゾロゾロと宿屋の入り口から入ってくるデカい埴輪に、なんとか入り口を潜り抜けてきた体高2.5mの虫。理解を超えた来客?に女将の思考が停止した。

 

 デカい虫の後ろに隠れるように、オッドアイの超カワイイダークエルフの男装した少女もついて来ている。

 

 回らない頭でノロノロと女将が宿屋の外を見れば、なんか他にも色々いる。

 

 女将は考えることをやめた。

 

 「や、宿代は10倍でお願いします……」

 

 「いいわよ。はいコレ」

 

 ズシリと、大量の金貨が詰まっているのだろう大きな巾着袋が、女将の手に抱えるように握らされた。

 

 

 

 

 

 インランが宿屋に泊まる少し前。

 

 ナザリック地下大墳墓第10階層。ナザリック執務室の中央に置かれたテーブルとソファー。

 

 そこでは対面になるようにソファーに腰掛けたモモンガと埴輪顔が見つめ合っていた。なかなか座ろうとしない埴輪をモモンガが命令して座らせた形である。

 

 「モモンガ様!」

 

 「喋るなぁあああ!」

 

 「ファッ!? どうなされたのですか!? まさかお体がどこか!?」

 

 「だまらっしゃい!!」

 

 インランの超位魔法《星に願いを(ウィッシュアポンアスター)》で肉の体を得た副作用?で精神沈静化が働かないモモンガは、目の前の歩く黒歴史を視界に入れるだけで平静を保てなかった。

 

 「……インランサンノ旅ニ同行シロ」

 

 「え?」

 

 必死に平静を保とうと片言になってしまいながらも、モモンガは目の前の埴輪を追い払う方法を見つけ出した。

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓。玉座の間。

 

 そこには人型、異形を含め、ナザリックが誇る精鋭のシモベ達が集められ、玉座にいるモモンガとインランを跪きながらも仰ぎ見ていた。

 

 「あれよ、あんた等には壊滅的に経験が足らないわ。というわけで、あたしの旅に同行して経験を積みなさい。それと、緊急時にはナザリックに戻れるように転移用の課金アイテムを配るわ」

 

 「なるほど、素晴らしいお考えかと」

 

 モモンガとインランの前に集められた幹部クラスのシモベ達の中で、なんか一人でデミウルゴスが納得していた。怖い。

 

 

 

 

 

 そして現在。

 

 エルフ国辺境の町最大の宿屋。に隣接したバーの中。

 

 「わはははは! ここの酒って不味いけど美味いわね!」

 

 「くぅう! まさかインラン様と酒の席を共に出来るとは! このプァンドラズアクター感激です!」

 

 「同感!同感デスゾォオ!」

 

 「あの、あんまり煩くしない方が、いいんじゃないかなぁと……いえ、なんでもないです」

 

 「マーレ! 至高の御方が楽しまれているのに水をさすつもりなの!?」

 

 「そ、そんなつもりじゃ……」

 

 「くひゅ! あとでインラン様と寝室でしっぽりするでありんす!」

 

 「なんか知んないけど、あんた等いちいち大げさよね!」

 

 ナザリックが誇る最精鋭のシモベ達が、そこそこ広い宿屋のバーの中でごったがえしていた。

 

 現地基準から見ると突然魔王の本拠地が宿屋に出現したようなものなので、店員や女将は店の脇で震え上がっている。

 

 正規の店員が震えているなか、セバスとプレアデスがそれはもう見事な所作で酒とつまみを給仕していった。出しているのはちゃんとこの店に置かれた品である。食料品の持ち込みはマナー違反なので当然だ。

 

 「あれよ! 明日はちょっと法国の陣地を消し飛ばしましょう! インラン様の超絶テクを見せたげるわ!」

 

 酒が入ってべろべろになりながら、インランがさらりともの凄いことを言ってのける。

 

 わっしょいわっしょい!シモベ達もそんなインランを囃し立てるものだからもう止まらない。魔王軍の意志決定機関のトップが言うことに逆らうものなどここには居なかった。

 

 「まぁアグネスはマブダチだしぃ、どうせ肩持つならエルフ達の方よね!わはははは!」

 

 

 

 

 翌日。

 

 エルフ国に隣接した場所に設営されている法国の陣地。

 

 その陣地に向かってエルフ国の方からノッシノッシと進んで来る者達がいた。

 

 「む? ん? 何だ……アレ?」

 

 法国の兵はいずれも精強で、信仰心篤く。その職務に忠実である。

 

 今日も真面目に櫓の上で陣地の周囲を監視していた兵が。真っ先にソレを発見した。よく訓練された前線の兵だった彼は米粒よりも小さなソレを誰よりも先に目視したのだ。

 

 ドスン ドスン

 

 地響きが鳴っているように錯覚するほど、巨大な虫型モンスターが陣地に向かって直進してくる。

 

 ここまでは、まぁ法国としては慣れたものである。モンスター討伐は本業みたいなものだ。モンスターを見た程度で法国の兵はそこまで狼狽えない。

 

 ゾロゾロとデカい虫型モンスターの後ろに、統一感の無い者達がついて来ていた。

 

 明らかに人間種の者もいるので、虫型モンスターを使役しているのだろうか? 櫓の上で兵は一瞬考えたが、職務を思い出すと櫓に備え付けられた鐘をガンガンと叩き鳴らす。

 

 

 

 「まぁ今回は前回の模擬戦の雪辱も兼ねて、コキュートスとあたしで行くわ。あんたらは見てるだけよ」

 

 「有リガタキ幸セ!!」

 

 「「「ははぁ!!」」」

 

 コキュートスの後ろに散らばるように付いて来ているシモベ達に、インランは気楽に命令する。

 

 「ぶっちゃけコキュートス単機で余裕なんだけど、それじゃあ訓練にも経験にもならないから、ちゃんと連携しましょうね」

 

 「カシコマリマシタ」

 

 前回の模擬戦と同じパワードスーツを着たインランは、コキュートスの横に並びながら進む。

 

 「あと、敵陣地の隊長格は生かしておいてね。手足はもいでもいいけど。殺しちゃだめよ。蘇生するのも勿体ないし」

 

 「ハハァ!」

 

 「じゃあ始めましょうか」

 

 インランのパワードスーツの背面から銃器がアームを介して前方にせり出すと、ポンッと擲弾を一発射出した。

 

 擲弾は櫓に命中して凄まじい爆発が起こり、櫓どころか周囲に設置されていた塀を根こそぎ薙ぎ倒した。

 

 「うん、初心者向けのクエストを10年ぶりにやってる気分ね」

 

 ちなみに、インラン達がいるのは敵陣地からまだまだ遠く離れた位置であり、狙った櫓は米粒のように小さく見える。

 

 上空に飛ばしたドローンから弾着観測を行い、地上からは目視出来ない陣地内施設に向けて曲射弾道でさらにポンポンッと擲弾を追加で射出する。

 

 「アノ、私ノ出番ハ」

 

 「おっふ、めんごめんご。ついつい楽しくてね」

 

 既に半壊どころか全壊しかけた陣地を見て、コキュートスが思わず言葉を零した。

 

 「よし、このまま法国に切り込みましょう。まだ他にも陣地がいっぱいあるみたいだしね」

 

 ちょっとコキュートスが不憫になったインランは、追加目標を作ることにした。ちなみに陣地にいた隊長格は先ほどの砲撃でミンチになった。

 

 あと、後衛の有用性をコキュートスに教え込むために、あえてこのようなことを行ったとかなんとか、ナザリック内でデミウルゴスが感心していた。ポジティブマンかよ。

 

 

 

 

 エルフ国にほど近い何個目かの法国の陣地。

 

 「ウォオオオオ!!!」

 

 「ぐわぁあああ!!!」

 

 「ウォオオオオ!!!」

 

 「ぐわぁあああ!!!」

 

 「ウォオオオオ!!!」

 

 「ぐわぁあああ!!!」

 

 最早無表情と化したインランが、目の前で繰り広げられるしょうもない戦のような何かを眺める。

 

 「敵が弱すぎぃッッ!! これじゃ訓練にもなんないわよぉぉ!!」

 

 連携してもしなくても鎧袖一触なので、これはもうどうにもならんね。

 

 ピンチ!ピンチが欲しい!ピンチを連携で切り抜けたい!

 

 ピンチ来てー!

 

 

 ピピピッ

 

 上空のドローンが、高レベルの存在が近づいて来ていることをインランに知らせた。

 

 「ピンチ来たー!」

 

 「!? ドウシマシタ!?」

 

 「喜びなさい、なんかレベルが高いのが法国の方から凄い速度で飛んで来てるわよ」

 

 「ホホウ! 漲リマスナ! 弱イ敵ニウンザリシテイタトコロデス」

 

 

 

 

 「コキュートスとの模擬戦では、殺しちゃわないようにパワーセーブしてたけど、今回はフルパワーで行くわよ!」

 

 地味にコキュートスがその言葉に傷つきながらも、戦意を滾らせ武器を構え直す。

 

 「メタトロンのフレームは伊達じゃないんだから!!」

 

 「OH!?」

 

 その言葉に後ろに控えていた埴輪が両手をYの字に掲げて驚く。彼はその素材の希少性を良く知っていた。纏まった量を手に入れようとしたら世界級(ワールド)アイテムに匹敵する入手難度である。

 

 ということは、あのパワードスーツは世界級(ワールド)アイテムに匹敵する希少性があった。

 

 というか、その素材は当ギルドでもほとんど入手出来ず、敬愛する創造主を含めギルドメンバーにも泣く泣く使用を断念した者が多数出たほどらしいが、いったいインランはそれだけの量をどうやって手に入れたのだろう? 埴輪は明晰な頭脳で悩む……までもなく答えに行き着いた。

 

 「むっ、そうかあんたは分かってるのね! そうよ! 鉱山から出た奴を国庫に入れずにあたしのポケットにちょっとだけちょろまかしたのよ!」

 

 ちょっとじゃないだろソレ。埴輪は口には出さないが内心そう思った。あまりの極悪ぶりに埴輪は震える。さすがは至高の存在であると。

 

 「というわけで、多分世界にあたしだけしか持ってない混ざり物なしのメタトロン製のパワードスーツよ! その性能を見せてあげるわ! コキュートスは模擬戦で手を抜いてゴメンね!」

 

 「イ、イエ、気ニシテナドイマセンノデ……」

 

 プルプル震えながらもコキュートスは気丈に返す。

 

 ちなみに転移直後のモモンガとの精子を賭けたガチバトルでこのパワードスーツを使わなかったのは、世界意志(ワールドセイヴァー)があったからである。

 

 

 

 キラキラとインランの体から金色の神気が粒子となって溢れ出す。

 

 インランの発する神気に反応し、着込んだパワードスーツのフレームが金色に発光し、金色の粒子を装甲の隙間から噴き出しながら唸りを上げた。

 

 「あはははは!!! ワールドエネミー……とのタイマンは無理だけど、弱くて相性の良いレイドボスぐらいならなんとかなるスペックを見せたげるわ!!!」

 

 完全に虎の威を借る狐状態のインランが、着込んだ虎の衣の秘めた力を解放していく。

 

 ギルドメンバーの涙を吸い取って力を得たパワードスーツが真価を発揮しようとしていた。涙の数だけ強くなる。(血涙)

 

 

 

 

 

 漆黒聖典の隊長は、ソレを見て思わず口を開く。

 

 「なんだアレは、虫か?」

 

 「それに変な格好をした途方もなく美しいお嬢さんですね。キラキラと光っていてさらに美しいです」

 

 「その後ろの団体さんも全く統一感がないな。今まで見たこともないような奴らばかりだ」

 

 《飛行(フライ)》のマジックアイテムで現場に急行していた漆黒聖典のメンバー達は、優れた視力で目標を目視した。

 

 エルフ国に隣接した前線の陣地がひとつ消し飛ぶくらいならば、漆黒聖典が出張ることはない。

 

 問題なのは、陣地を潰した敵がなおも法国に向けて途中にある陣地を消し飛ばしながら、もの凄い速度で進撃していることである。さすがに不味いということで法国の切り札たる彼らが多忙の中でも駆り出されたのだ。

 

 あと少しで接敵というところで、隊長が空中で急制動をかけて滞空する。他の隊員達も隊長に合わせて空中で止まった。

 

 「ちょっと待て、俺はアイツ等に見覚えがあるぞ」

 

 「何? 隊長、どういうことだ。説明を求める」

 

 大盾を両手に持った大男が、年端もいかない少年の隊長に催促する。

 

 「いつだったか、あの少女を見た覚えがある。それに後ろにいる奴らも…… ちっ、思い出せないな」

 

 「なんだそれは、ちゃんと説明してくれ。曖昧な情報は任務遂行の妨げになる」

 

 「うーん、確か……神都の宝物庫で見た……覚えがあるんだが、そこまでしか思い出せない」

 

 「……神都の宝物庫、ということはまさか神が関係してるのか?」

 

 「かもな」

 

 「確かにあの奇抜な格好と統一感のなさは、神に通じるものを感じますね」

 

 「破竹の勢いで進軍してる実力も神の関係者ならばむしろ当然か。しかし、神が関係してる可能性が僅かでもあるなら我々には迂闊に手が出せないじゃないか。隊長、お前が判断してくれ」

 

 両手に巨大な盾を構えた大男が、隊長である少年に判断を促す。周りに対空した隊員達も警戒しながらも隊長の判断を待っていた。

 

 「とりあえず対話を試みよう。向こうの意志を確認しないことにはこちらも動けない」

 

 周囲の隊員が頷き、漆黒聖典は風のように目標へと空を駆けていく。

 

 

 

 

 

 空からやってきた集団は、インラン達の目の前に両手を掲げて降りてくる。攻撃の意志がないことを示しているらしい。

 

 「こちらに攻撃の意志はない! 貴殿達が何者なのか教えて頂きたい!」

 

 黒髪の中々の美少年が先頭に立ち、両手を上げたまま声を張り上げて問うてきた。

 

 「えぇ、なんて答えればいいのかしら?」

 

 臨戦態勢になった獣型のパワードスーツを着て仁王立ちしながら、インランは若干困惑気味に呟いた。

 

 インランはこの世界で自身を定義する言葉をまだ持っていなかった。エルフ国ではキャラバンの護衛で通しているが、さすがにこの場には適していないだろう。

 

 

 

 スッとコキュートスが、インランと目の前の少年との間に護衛として立とうとする。守護者の本能みたいなものである。

 

 だが、インランは退くように促した。

 

 「コキュートス、邪魔よ」

 

 「アッハイ……」

 

 実際今の状態なら不意打ちを食らってもほぼ問題ない。インランの経験も技量も、ギルドメンバーの涙で出来たパワードスーツの性能もそんなにヤワじゃないのだ。

 

 ユグドラシル時代にも似たような状況になったことは沢山ある。

 

 「んー、迷子かしら?」

 

 「迷子とはどういう意味であるか、もっと具体的に教えて頂きたい!」

 

 なんかやたらとピリピリした雰囲気で、少年がさらに質問してくる。

 

 「いや、なんか気づいたらこの世界に居たっていうの? まぁ、こんな話しても意味ないわよね」

 

 凄い剣幕で少年が聞いてくるので、インランも思わず本音を喋った。

 

 こんな意味不明なことを言ってもふざけてると思われるのがオチだろうと、インランも自分の言ったことに苦笑している。

 

 「それは本当でしょうか!? もっと詳しく教えて頂きたい!」

 

 「ファッ!? 近い!」

 

 ヌルリと、少年がインランに接近してきた。敵意が全くなかったのでインランは反応できなかった。

 

 「無礼者ッッッ!」

 

 「バカッ止まれ!」

 

 瞬間的に激昂したコキュートスがインランに止められていたことも忘れて少年に斬りかかろうとしたので、インランは思わずスーツの腕部に内臓された衝撃砲をコキュートスに向けてぶっ放した。思考とスーツが直結しているので思ったことをAIが汲み取ってそのまま実行してしまう。緊急時にタイムラグなく反応出来るのは利点だが欠点でもあるのだ。

 

 まさか守ろうとしたインランに攻撃されるとは思っていなかったので、衝撃をモロに喰らったコキュートスは巨体に見合わない速度で砲弾のように吹っ飛んでいく。

 

 「グハァッ!」

 

 「あ、ゴメン」

 

 「も、申し訳ない! 敵意はないのです! 信じて頂きたい!」

 

 「あーまぁ、分かるわよ。反応ないし」

 

 敵意を感知するパッシブスキルの『敵感知』にも反応がないので、欺瞞用アイテムでも使っていない限りはこの少年の言っていることが本当だというのがインランには分かった。

 

 両手を上げたまま振り回して謎のダンスを踊る少年が可愛い。ちょっとインランのイケない扉が開きかけた。

 

 「そ、それで! 突然この世界にやってきたとか!?」

 

 「お、おう、そうよ」

 

 なんでこんなファンタジーな話にこの少年は食いついてくるのかとインランは困惑する。そして、あ、この世界ファンタジーだったわ。と納得した。

 

 「そうですかそうですか! 是非もっと詳しいお話を伺いたいので、また会う機会を作れないでしょうか?」

 

 「え? あのさぁ、多分あんたら法国のなんちゃら聖典よね? あたしら結構暴れてるけど、いいのかしら?」

 

 「え、ああ! そうですね! それはお互いの悲しいすれ違いということで、是非また話し合える機会を頂きたいのですが!」

 

 そこに、何かやたらと渋いイケボが響き渡る。

 

 「いや、今話しましょうか」

 

 

 

 

 ずもももも、真っ黒い絵の具のような物が円上に地面に広がると、そこから浮かび上がるようにこれまた真っ黒いローブを纏った黒髪の青年が出現する。

 

 「おおう、来たのね」

 

 「こういった重要な話には俺も呼んで下さいよ」

 

 インランが聞いたこともないような、凄まじく渋いボイスでモモンガは言葉を返した。

 

 「あんた誰よ?」

 

 「うおっほんぅぅぅ!! 我が名はモモンガ、そこのインランと一緒にギルドを組んでいるものです。それで話し合いたいことがあるとのことですが?」

 

 「は、はい! 是非話し合いの場を設けて頂きたく!」

 

 「いいでしょう。それで、いつどこで行いますか?」

 

 「そ、それは、誠に申し訳ないのですが私の一存では決めることが出来ません。私共が法国の神都に一度戻り、このことを伝えて、神官達と決める必要があるでしょう」

 

 「ふむ、ではコレを使って、決まったら連絡して下さい」

 

 モモンガは2冊の紙のノートを取り出すと、1冊を少年に手渡す。

 

 「これは?」

 

 「ペアリング…… コレは遠方同士で意思疎通出来るマジックアイテムでして、その紙に書いたものは、対になるコチラの紙にも同じものが浮かび上がります」

 

 モモンガは手元のノートを開くとサラサラと万年筆で絵を描いていく。

 

 「おお!」

 

 少年が渡されたノートを開いて眺めていると、触れてもいないのに独りでに絵が浮き出るように現れた。モモンガの手元のノートと比べれば寸分違わず全く同じ絵である。ちなみにパンドラズアクターが来ている軍服が描かれていた。

 

 「会談の日時や場所が決まったら、このマジックアイテムに書いて知らせて下さい」

 

 「こ、こんな素晴らしいマジックアイテムをお貸し頂けるとは! その誠意に感謝します!」

 

 「いえ、それはさし上げますよ。あと紙は自動的に補充されますから理論上ほぼ無限に使えます。今後も良いお付き合いが出来るようにという、友好の証だと思って頂ければ」

 

 「ありがとうございます! 必ず法国にこのことを伝えます!」

 

 非常に感激した様子で、少年は他の隊員を連れて法国の神都へ向けて飛び立っていった。

 

 

 

 「なんか凄い不完全燃焼なんですけど」

 

 ゴウゴウと神気である金色の粒子を全身から間欠泉のように噴き出しながら、インランが不満タラタラな顔で文句を述べる。

 

 「そんなことより鉱山からちょろまかした件について話がある」

 

 「ファッ!?」

 

 インランが見たモモンガの顔は、なんかもう筆舌に尽くしがたいほど怒りに歪んでいた。

 

 ピンチ来た。

 

 

 




 メカ書きたいんだよ。メカ。エロ。メカ。エロだよ。どっちも男の浪漫ジャマイカ。

 もしも当時インランが超希少金属を鉱山から大量に抜いてたのがバレてたら普通にギルド内裁判からの制裁及び追放も十分ありえた件。リアルカルマ値極悪にギルメンも開いた口が塞がらない。
 まぁその分ギルドのために精力的に活動してたからね。毟り取った資源を使ってな!HAHAHA!!
 ま さ に 外 道 ! !

 ちなみにパワードスーツのフレームは100%メタトロンで、装甲材もそれに劣らないレア素材を国庫から毟り取って使ってます。

 どこからかユニコーン!て叫びが聞こえてきそう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話:いつから反省したと錯覚していた?

 

 「ゆぐっ えぐっ ずびばぜんでじた……」

 

 パワードスーツを脱がされ、地面に正座させられたインランは、宝石のように美しい少女の顔をクシャクシャに歪めて号泣していた。

 

 装着者がいなくなり、自律行動しているパワードスーツもインランの横で器用に正座してぺこぺこと頭を下げていた。

 

 「ゆ! ゆ! ゆるざんぞぉおおおお!!!!! この件に関してはマジで許さんぞ貴様ぁぁぁぁ!!!!!」

 

 ズッシンズッシンと地団駄で地面に罅を入れながら、そんなインランの目の前でモモンガが顔を真っ赤にしてぶち切れている。

 

 

 さすがに一時間以上説教されて痺れを切らしたのか、すっくとインランは立ち上がる。

 

 「うっさい! ばーか! バレなきゃ犯罪じゃないのよ!」

 

 凄まじい言葉を残して、インランはその場からダッシュで離脱、逃走を始めた。

 

 周辺の空間に転移阻害をモモンガがバリバリにかけているので、転移は使えないのだ。

 

 「うぉおおおお!!! 仲間達よ俺に力を!!!」

 

 マジギレしているモモンガは、手元にスタッフオブアインズウールゴウンのレプリカを呼び出す。レプリカだがギルド武器の試験用の杖なので、並の神器級(ゴッズ)アイテムよりも性能が高い。

 

 「ひぃっ!? スーツ! スーツ!」

 

 走りながら後ろを振り返ったインランがソレを見て、悲鳴を上げながら走ったままガチャガチャとパワードスーツ(別名:仲間達の涙)を身に纏っていく。

 

 「《神霊召喚(サモンディバインスピリット)》!!!」

 

 さらにインランは自身が持つ最強の壁モンスターを召喚する。半透明の粘土のようなもので出来た巨人がモモンガとインランの間に壁として立ち塞がった。

 

 「くぅ、ヘルプぅう! 守護者なんだからあたしを守護しなさいよぉおおお!!!」

 

 さらにさらに、インランは近くで傍観していた守護者達に助けを求めた。

 

 「ならん!! ソイツを助けた奴はナザリックに入れてやらんぞ!!」

 

 なんか子供を叱りつけるお父さんみたいなことを言い出すモモンガ。

 

 

 

 スッとインランの側に一歩踏み出す者がいた。デカい埴輪である。

 

 キュッと軍帽の鍔を抑えながらインランの方へとダッシュする。いや、インランがレベル100どころじゃない速力で疾走しているので。今すぐ走らないと間に合わないのだ。走りながらスキルで変異し、ギルドメンバー最速の忍者の姿に変わる。

 

 距離が離れているので、会話は念話に切り替わった。

 

 『私はインラン様の側につかせて頂きます』

 

 『埴輪ぁあああああ!!! ありがとぉおおおお!!!』

 

 途轍もなく恩知らずな渾名を叫びながらインランは感激していた。

 

 『なんだと!? お、お前は俺が作ったのに!!』 

 

 『この場でインラン様を失えば、モモンガ様はとても悲しまれてしまわれるでしょうからね。主の幸せを第一に考えればこの選択が最も良いものだと判断致しました』

 

 『ッッッくそぉ!! 後悔するなよ!!』

 

 『うっさいばーか! けち! もげろ!』

 

 『貴様ぁああああああ!!!』

 

 念話でしょうもない口論を続けながら、モモンガは他の守護者に血走った目で目配せする。

 

 「お前達はどうするのだ?」

 

 他の守護者は至高の存在に手をあげるなど恐れ多くて出来ないという反応だった。

 

 「そうか、まぁ仕方ないかもしれんな」

 

 転移後にナザリック内で傅かれた経験から、モモンガは納得する。

 

 そして、ナザリック地下大墳墓にいる敏腕秘書に念話を繋いだ。

 

 『アルベド、ルベドを起動しろ』

 

 『ははぁ! ……は? 今なんと仰れましたか?』

 

 『いいからルベドだ! あの馬鹿に鉄槌を与えるにはもうソレしかない!』

 

 全身世界級(ワールド)アイテムの凄まじい能力向上と、ギルメンの血と汗と涙の結晶みたいな狂った性能のパワードスーツを纏ったインランにマトモなダメージらしいダメージを与えられるのは、最早ナザリックにはルベトかガルガンチュアくらいしかいない。

 

 というわけでモモンガはルベドを使うことにした。怒りで冷静な判断力を失っているのかもしれない。

 

 『今あのバカが居る場所の少し先に向けて、バカに直撃させられるタイミングでルベドを投下しろ。これはギルド長としての命令だ!』

 

 『か、かしこまりました…… しかし、インラン様にダメージを与えるのであればガルガンチュアで宜しいのではないでしょうか? さすがにご命令でもルベドを起動するのは余りにも危険すぎますわ』

 

 震えた声でアルベドから返事が返って来た。

 

 『ふむ…… はぁ…… いいだろうソレで頼む。 ただし殺す気でいけよ。 それでも止まらんだろうがな』

 

 アルベドの諌言を怒りに燃える頭でなんとか吟味し、モモンガはアルベドの諌言を受け入れた。

 

 『ははぁ! すぐに取りかかります!』

 

 

 

 

 

 平原を疾走する四足歩行の獣型のパワードスーツと忍者。

 

 インランとギルメンに変化した埴輪ことパンドラズアクターが併走している。

 

 先ほどの全力疾走よりは幾分か速度が落ちていた。後ろを振り返ったインランが宝石の様に美しい少女の顔に満面の笑みを浮かべる。

 

 「わははは! ギルド長も諦めたみたいね!」

 

 「どうでしょうか、我が創造主は私が言うのもなんですが、頑固で執念深いところがありますから」

 

 「あー、そうね、うちのギルドの方針としても諦めた可能性はないか。しかしうちのギルドは無駄なことはしない主義なのよねぇ。自分で言うのもなんだけど、今のあたしに有効な手なんてほとんどないと思うけど」

 

 「……では、残された有効な手を打ってくるのでしょうね」

 

 「まぁね」

 

 二人は上空を眺めていた。当たり一体がいきなり暗くなったのだ。嫌でも気づく。

 

 空が振ってきていた。

 

 

 

 「デイダラボッチ!!」

 

 インランは2対目の壁モンスターを無詠唱で召喚する。

 

 一瞬で地面に巨大な幾何学模様の魔方陣が生まれ中から巨大な手が飛び出し、空から墜ちてくる岩の塊に向かって伸びた。

 

 鈍い音を響かせながら、デイダラボッチが巨大な岩の塊であるゴーレムを受け止める。経験値が供給される限りデイダラボッチは無敵の壁になるのだ。

 

 「ぐッッ!! なんてことすんのよ!! あのバカ!! ここまでやるフツー!?」

 

 「さすがに今回はインラン様にも非があるのではないでしょうか?」

 

 「そーだけど!」

 

 パンドラに痛いところを突かれてインランもそれ以上二の句が継げない。

 

 「コイツが出てくるってことは、まさかルベドまで出てくるんじゃないでしょーね!? さすがにアレにはあたしと埴輪だけじゃ勝てないわよ!?」

 

 「可能性はありますね。ルベド殿の制御には成功しているのですか? いえ、私はずっと宝物殿にいたものですから、そういった情報には疎いのです」

 

 ガルガンチュアが真上にデイダラボッチによってだっこされた状態で、二人は暢気な会話を行う。しかし実際にはデイダラボッチが居る限りその近くが最も安全なのだ。経験値さえ残っているならばだが。

 

 うっかりデイダラボッチから離れると、ガルガンチュアの攻撃が当たりかねない。その事を二人は理解していた。

 

 「いやいや、全然制御なんて上手くいってないわよ。もうギルメンも残っていないせいで暴走したら止められないから起動実験もしてないわ」

 

 「そうですか、ならばルベドが出てくる可能性は低そうですね」

 

 「だといいわね」

 

 二人が話している間も、デイダラボッチにだっこされたガルガンチュアがだだっ子のように空中で手足を振り回していた。こうしてみる分には可愛いかもしれない。

 

 「じゃあ、こいつ投げ捨てるからダッシュで逃げましょうか。強欲と無欲に貯めこんだ経験値が勿体ないのよね」

 

 「おや、本当に逃げるのですか? 素直に謝った方が良いと愚考致しますが。ハッキリ申し上げますと、追跡を振り切るのはニグレド殿がいる以上はほとんど不可能です」

 

 「うぐぅ、……仕方ないわね。ギルド長をボコって納得させましょうか。そもそもギルド内裁判を行おうにももう二人しか残ってないんだからやれるわけがないのよね。なんか言ってて悲しくなってきたわ」

 

 ネジの飛んだ結論を出したインランが徹底抗戦の決意を固める。

 

 「私はシモベに過ぎませんから、仕えるべき主がそう決めたのであれば、それに従います」

 

 パンドラズアクターとしては、既にナザリックを捨てたギルドメンバー達などどうでも良かった。最後まで残り今も目の前にいる主達に比べれば。もう過ぎたことで内部抗争など起こされてはたまったものではない。

 

 

 

 

 

 「《上位排除(グレーターリジェクション)》」

 

 一瞬でデイダラボッチが掻き消えると、支えが無くなったガルガンチュアが落下してくる。

 

 下敷きになる前にインランとパンドラズアクターは離脱していた。

 

 「来たわね。待っていたわよ!」

 

 「何をぬけぬけと!」

 

 空に浮かぶモモンガと地上のインランが睨み合う。

 

 胴体に比べて短い手足を使ってよちよちとガルガンチュアも立ち上がった。

 

 

 「まさか今更素材を返せとか言わないわよね?」

 

 「そんなことは言わん。反省しろ! お、お前なぁ! 素材が足りなくて皆ひぃひぃ言ってただろうが! 良心が痛まないのか!?」

 

 カルマ値-500に良心の呵責を攻められるというシュールな絵面が生まれている。まぁカルマ値はゲームの数値だが。

 

 「いや、まぁね。うん、めんごめんご」

 

 インランは片手を額の前に立ててウィンクした。殺意。

 

 「貴様ぁ! そこまで外道だったとは! 失望したぞ! お前! もう少しはマトモだっただろう!?」

 

 「あはは! なんか罪悪感が全然湧かないのよねー。 当時は結構胸を痛めていたんだけどね。 なんでかしらねー?」

 

 無邪気なインランの笑顔を見てモモンガもちょっと我に返る。

 

 「とにかく、この件は許さん! もうギルド内裁判は機能していないが、それでもコレに時効はないと思えよ!」

 

 ズビシッ。 モモンガは指をインランに突きつけると叩きつけるようにセリフを吐き捨てた。

 

 「いやいや、きっと皆も許してくれるってば。多分」

 

 「ないわ! この件に関してはそれはないわ! 皆キレるわ!」

 

 「あ、そういえば、るし★ふぁーもメタトロンをちょろまかしてたわよ!」

 

 「仲間を売るなよ! え、マジで!?」

 

 「マジマジ、皆には内緒だぞって笑い合ってたわ」

 

 矛先を逸らすための作り話かと思ったが、るし★ふぁーである。普通にありえそうで、作り話だとモモンガには思えなかった。

 

 「お前らぁああああ!! 本当にもう!! 馬鹿ぁあああ!!」

 

 いつになく感情表現豊かなモモンガは茹で蛸のように顔を真っ赤にして空の上で怒り狂っていた。精神抑制が働かないのも考えものである。

 

 ガルガンチュアは空気を読んでいる!

 

 

 

 それから幾ばくかの時間が過ぎた。

 

 「はぁ……疲れたよパトラッシュ……」

 

 空に浮かんだままモモンガは怒り疲れていた

 

 「クッソ古いアニメの古典じゃないの。どうしたのよ」

 

 「あぁ……疲れた……なんかもう……いい……おうちでアルベドに癒やして貰うわ……」

 

 疲れた顔でモモンガはそう言うと、転移の魔法で消えていった。

 

 「よく分からないけど、許されたわ!」

 

 「いえ、許されてはいないと思いますが、もう追撃は諦めていただけたようですね」

 

 インランはアルベドに念話を繋ぐ。

 

 『アルベドー、取りあえず話ついたから、ガルガンチュア回収してくれるかしら?』

 

 『ははぁ! あのー、モモンガ様はどうしていらっしゃいますか?』

 

 『あぁ、そっちに戻ったわよ。監視してなかったの?』

 

 『えぇ、少し別件に取りかかっていたものでして』

 

 『なんかギルド長はアルベドに甘えるとかなんとか言ってたから、アルベド探してるかもよ』

 

 『なんですって!? と、とんだご無礼を致しましたわ。申し訳ありません』

 

 『まぁそっちにもう着いてると思うから、ギルド長の私室に篭もってるんじゃないかしら?』

 

 『ありがとうございます!』

 

 ここで念話は切れる。

 

 「どうでしたか?」

 

 「うん、ガルガンチュア回収してくれるってさ」

 

 忍者から埴輪に戻った埴輪とインランが話す。

 

 「いやー、助けてくれてありがとうね」

 

 「感謝など恐れ多い、主達を助けるのが我らシモベ達の存在意義ですから、当然のことをしたまでです」

 

 キリッと軍帽を握りながらポーズを決めて凄く格好いいことを言っているのだが、埴輪の表情は埴輪なのでインランには読め取れなかった。

 

 

 

 

 

 それから暫く経った後の、ナザリック地下大墳墓第九階層。モモンガの私室。

 

 その中の寝室で、モモンガはベッドに横になりながらアルベドに膝枕されていた。

 

 「アルベド疲れたよもぉおおおお!! あの馬鹿もうやだよぉおおおお!!」

 

 「おおよしよし、頑張りましたね」

 

 アルベドに膝枕されながら、モモンガはグリグリと顔をアルベドの腹に押しつける。

 

 アルベドはとても満ち足りた笑顔でモモンガの頭を撫でていた。

 

 

 

 




ガルガンチュア「ボムキング状態!」

アルベドに癒やしてもらう(意味深)

そろそろ二人とも自分達の精神が肉体にひっぱられて変質していることに気づく頃


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話:ルビンの壺

 

 スレイン法国。神都。

 

 最上級の神官達が議事堂のような場所に集まり、喧々囂々の議論を交わしている。

 

 議事堂の中央には、周囲から浮くほど若い年端もいかぬ少年が立ち、周囲の神官達から質問攻めにあっていた。

 

 「その話は本当なのだろうか」

 

 「確かに100年の周期には符号するが。にわかには信じがたいな」

 

 「しかし! 私が会った者達は、確かにこの”聖典”に描かれている者達と同じ姿をしていました!」

 

 議事堂の中央のテーブルには、法国が”聖典”と崇める神々が遺した書物が開いて置かれている。

 

 手描き・魔法を問わず”聖典”の複製を作ろうとすると、複製品の文字が書いた端から消えてしまったりしてここにあるオリジナル以外には複製はひとつも存在していなかった。

 

 ここまで広い範囲で一切の複製を禁じているこの”聖典”にかけられた魔法の強さは、まさに神の領域である。幸い保存の魔法が掛かっているのか、数百年間”聖典”は汚れ一つシワ一つつかず元の姿を保ち続けている。

 

 今開かれた”聖典”には、耳の長いダークエルフの美少女が、普通の耳を持つ黒髪の美少女と舌を絡め合うように接吻している絵画が描かれていた。

 

 絵画は非常に完成度が高く、宗教画のような雰囲気を醸し出している。

 

 「やはり何度見ても美しい」

 

 「ああ、私も初めてこの”聖典”を閲覧する機会を得られた時は神に感謝したものだ」

 

 噛みしめるよう言いながら壮年の神官達が頷き合った。

 

 “聖典”は神の遺物であるから、閲覧したり触れたり出来るのは、法国でも高い身分を得ている者に限られる。

 

 神々の言語である日本語は、スレイン法国の一定以上の身分の者達には難しい一部の漢字などを除き簡単な読み書き程度は出来るように厳しく叩き込まれていた。神々の遺産には日本語が書かれたものが多く残っているため、ソレらを解読し適切に使用するためと、何より神々の言語を失伝させないためである。

 

 この”聖典”も日本語で書かれており、この場に集まるほど位の高い者達は皆内容をこれまでに一度は熟読していた。

 

 「まさかインラン様が直接この世界に舞い降りてこられたのか? 法国が崇める存在がこのタイミングで降臨されるとは、さすがに我々に都合が良すぎるのではないか?」

 

 「静粛に! 確かに我らは数百年間待ち続けたが、その間一向に神々は降臨されなかった! しかし、今! ついに降臨された! その可能性が認められた以上、我々は一致団結し、万が一にでも不快な思いをさせるようなことがあってはならない! 漆黒聖典の証言だけでは全面的に信用は出来ないが、神か否かという確証が得られるまでは我々は一切敵対する意志を見せず、友好的に接していくこととする!」

 

 議長を兼ねた神官長が、議事堂の中心で老いを感じさせない力強い声で宣言すると。この場にいた者達は頷いていく。

 

 「神霊、性を司る神。生命の根源を司る神とはまさに神の頂点。私が生きているうちに降臨されるかもしれないのか」

 

 スレイン法国で高位の役職を与えられている老婆であるカイレは、感慨深く身を震わせた。

 

 ”聖典”には神の来歴なども詳しく記されていた。実際に人類を護り導いた6大神の遺物に記された内容を疑うような不信心な輩はここにはいなかった。彼ら彼女らにとって”聖典”の内容は現実であり事実なのである。

 

 ちなみに、”聖典”の表紙には日本語の美しい書体でこう3行で書かれている

 

 ”神霊”

 

 ”インラン”

 

 ”『性を司る神』”

 

 あと端っこに小さく”R-15版”と書かれていた。

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第10階層。

 

 ナザリック執務室の中央に置かれたテーブルの前に置かれたソファーで、宝石のように美しい黒髪ツインテールの美少女は鼻歌を歌っていた。玉を転がした様な綺麗な声が部屋に木霊する。

 

 ソファーに浅く腰掛け、インランは下書きもせずにサラサラと絵を描いていく。

 

 「エロエロー。もっとエロくなれー」

 

 絵の中ではアウラがあられもない姿でもの凄いポーズを取っていた。

 

 「くぱぁ」

 

 「んなぁにしとんじゃわりゃああああああ!!!!!!」

 

 「あばぎゃッッッ!!!」

 

 頭上から振り落とされた鉄槌でインランは脳漿が口から飛び出るかと思った。

 

 インランが涙目で頭を抑えながらソファーの後ろを振り返れば、真なる無(ギンヌンガガブ)を手に握り絞めたモモンガは、怒り顔で肩まで怒らせている。さらにモモンガの隣には顔を青くしているアルベドもいる。

 

 世界級(ワールド)アイテムを装備しているインランには、同じく世界級(ワールド)アイテムである真なる無(ギンヌンガガブ)は発動しないので、純粋に頑丈な鈍器として使用したらしい。

 

 「な、な、何考えてんだ貴様ぁああああ!?!?」

 

 「……ギルド長はキレ芸でも身につけたの? ちょっと沸点低すぎないかしら」

 

 「アホかお前! お、お前ぇえええ! やっていいことと悪いことがあるだろうがぁあああ!!」

 

 凄くプルプルと震えた指先で、今しがたインランが絵を描いていた開かれた一冊のノートを、モモンガが指さしていた。

 

 「何よ? ギルド長も何か描きたいの?」

 

 「おま! それ! それえええ!! もおやだああああ!!」

 

 口をぱくぱくさせたモモンガの顔面は茹で蛸のように真っ赤である。涙目になりながらバンバンと地団駄している。

 

 「ん? アルベドを描いた方が良かったかしら?」

 

 インランがエロ絵を描いたノートは、先日モモンガが法国の漆黒聖典に渡した。お互いに遠隔で意思疎通を図るためのマジックアイテムだった。

 

 対になるノート同士では書かれた内容が2冊で同期される。対になるノートをそれぞれが持ちお互いがメッセージをノートに書き込むことで、遠方からでも電子メールのようなやりとりが行えるようになるマジックアイテムである。

 

 そして今しがた、インランは法国に対する友好の証として、元気が出る絵を描いたのである。エロ画像を電子メールに添付するのがイメージ的には近い。

 

 「ちっげええよおおおお!!! 分かれよぉおお!!!」

 

 人間性を喪失し始めたモモンガにインランは困惑していた。

 

 10年来の友人が疲れている様子を見て、インランが本音で労りの言葉をかける。

 

 「大分疲れているみたいね、休んだ方が良いんじゃないかしら。執務はデミえもん達IQ三銃士に任せて地上でパーッと遊んできたら? 地上のお金あげようか?」

 

 アイテムボックスからインランがデカい巾着袋を取り出すとモモンガの方にさしだした。袋の中には金貨がズッシリと詰まっている。

 

 モモンガは疲労感からその場に崩れ落ちた。アルベドが腰に手を回して支えると、そのままずるずると部屋から連れて行かれる。

 

 「まさかあそこまで疲れていたなんて、それに気づかなかったなんて親友として情けないわね……」

 

 目を細めてインランは自嘲した。

 

 

 

 

 

 スレイン法国、神都。最上級の神官達が集まった議事堂のような広間。

 

 皆、中央のテーブルに置かれた”聖典”とは別の一冊の開かれたノートに釘付けだった。

 

 そのノートは漆黒聖典が件の神の関係者と思わしき者達から与ってきた。遠隔同士での意思疎通を可能とする強力無比なマジックアイテムである。

 

 「こ、この美しい絵画は!?」

 

 「ま、間違いない!! 神の遺した聖典に描かれているモノだ!!」

 

 神官達が慎重に開いた”聖典”を、ノートの横に移動させる。2冊に描かれた絵画は白黒と彩色の違いはあるが、描かれたモチーフが同じでありさらに同じ人物が書いたとしか思えないほど画風が瓜二つだった。

 

 「「「おおおおおおお!! 神よぉおおおおお!!」」」

 

 広間はもの凄い熱気と歓声に包まれ、建物が震えているかのようである。

 

 熱気の中心では、ノートに描かれたダークエルフの美少女が卑猥なポーズであられもない姿を曝け出していた。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓。第十階層。ナザリック執務室。

 

 モモンガが過労死したので、現在ナザリックの執務はIQ三銃士こと、デミウルゴス、アルベド、埴輪。それとインランが行っている。

 

 座り心地の良い椅子に腰掛けて、インランは執務机に置かれた書類に目を通していた。少女が大人の真似ごとをしているようで、仕えるシモベ達はその姿にキュンキュンしていた。

 

 「インラン様。この書類に決裁を頂きたく」

 

 「ふむふむ、スクロールの補充案ね。確かに賢者の石をスクロールの生産に回したくはないから、現地で生産できるものは現地で賄う方が合理的ね。素材は……羊? この世界の羊は優秀ねー」

 

 「はい、それはもう」

 

 ニッコリとデミウルゴスが悪魔的に微笑む。

 

 「それと、くぉおちらはぁ!」

 

 「はいはい煩い。普通に喋ってよ」

 

 「……はい。こちらは現在の賢者の石の稼働状況です」

 

 スッと軍帽を抑えながら、埴輪が書類をインランの前に滑らせる。

 

 「オーバーロードで回してもウンコレートね。これで世界級(ワールド)アイテムとか、笑っちゃうわよ」

 

 「いえ、本来は手に入らないアイテムを時間さえあれば無尽蔵に入手可能な点で、間違いなく世界級(ワールド)アイテムです。100年後には潤沢な資産と資源が国庫を満たしていることでしょう」

 

 「おお、遂にフレームだけでなく装甲材まで100%メタトロンのパワードスーツが作れるのね。チートだわー」

 

 「ごほんっ、……メタトロンの生産は後回しにしろと我が創造主からのご命令が」

 

 「えぇ……けちねー」

 

 頬を膨らませたインランに、執務机の前のシモベ達はノックアウトされていた。やる気が漲る。

 

 キリリッとしたキメ顔でアルベドが執務机の正面に立つと、角が合わせられた書類の束を両手でインランに恭しく差し出した。そのまま一切書類を見ずにアルベドはスラスラと説明していく。

 

 「───現在稼働中の生産施設ですが、酒類生産施設の生産率が少し落ちていますわ。民芸品生産施設は現在順調に目標とした水準で稼働中。そしてインラン様肝いりの出版部門なのですが……」

 

 「え? 何? インクで刷るだけでしょ?」

 

 「いえ、現地のレベルに合わせた紙の大量生産に手間取っております」

 

 「ああ、和紙みたいに手作業で作らせてるんだっけ。人海戦術でなんとかならないの?」

 

 「何分インラン様が求められた量が膨大なため、現在の生産量は必要量を半分も満たしておりませんわ。……つきましては紙は魔法的な生産方法も併用することで妥協していただきたく」

 

 「うぇ……あたし手作業で作られた紙に憧れてたのよね。リアルでは和紙とか展示品でしかお目にかかれなかったし、大学では画材代だけででいくら飛んでいったのか……」

 

 虚ろな瞳になったインランがブツブツと呟き出す。涙目になっているインランを見て、アルベド達シモベの胸に耐えがたい苦しみと罪悪感が押し寄せる。

 

 「……まぁ、あたしのエゴをシモベに押しつけても仕方ないか。いいわよそれで」

 

 「ありがとうございます!」

 

 主の優しさにシモベ達が感動し、さらにやる気を漲らせた。

 

 

 

 

 インラン製紙工場。

 

 エルフ国辺境の森を切り開き建てられた巨大な施設。

 

 その中では見目麗しいエルフ達が、せっせと樹木からパルプを作り、紙にしていた。

 

 クラフト系の職業レベルを持つシモベがナザリックに不足していたため、クラフトスキルに縛られない原住民を有効活用しようとこの施設は稼働している。

 

 給金は周辺のエルフ達が得られる平均的な給金よりも良く、仕事内容も原住民としてはそこまでキツいものではないため、働く従業員の表情は明るい。なによりも良いものを作っているという自負があった。彼女達が作る紙はそれまで目にしたことがないほど美しく純白であり、その高い品質が自負心を高める。

 

 ちなみに女のエルフしか従業員になれないという地味に厳しい選考基準がある。

 

 「5時だよ! も……(ブツッ)」

 

 壁に備え付けられたスピーカーのようなマジックアイテムから、ぷりぷりのアニメ声が工場に響き渡った。

 

 「も、何なのかしらね?」

 

 「毎回気になるわよね」

 

 汗を拭いながら、従業員達が更衣室へと向かっていく。とある人物の鶴の一声で、この会社では定時退社を義務づけていた。勿論夜勤による工場の24時間稼働もない。キッチリ5時に上がれるように従業員達は準備を終えている。

 

 更衣室で、支給されているツナギ姿から、エルフの伝統衣装であるスリングショットに着替えたエルフ達は、肩で風を切りながら工場から退社していった。

 

 

 

 

 インラン印刷工場

 

 インラン製紙工場に隣接するように建てられた巨大施設。

 

 福利厚生はインラン製紙工場と同じ。従業員の選考基準も同じである。

 

 「うわ、コレ見てよ。卑猥ね」

 

 「卑猥だわ」

 

 「あたし、なんか変な気分になってきちゃった……」

 

 隣の工場から運ばれて来た紙に、絵が彫り込まれた木版にインクを塗って押し当て、従業員達は印刷していく。

 

 出来上がった印刷物には、ちょっとどころか凄く卑猥な絵柄が浮き出ていた。勿論無修正である。

 

 ぶっちゃけ魔法でちゃちゃっと印刷して複製した方が速いし綺麗なのだが、インランは頑なに手作業に拘った。

 

 印刷されたものは製本されて梱包される。やがて無数の運送経路を経て世界中のスケベの手の中に収まるのだ。

 

 革命的に高品質で何より革命的にエロイため。末端価格は非常に高価である。

 

 それでも需要に供給が追いつかず、値段はドンドン釣り上がっていた。

 

 金貨を刷っているようなもので、あまりの利益率の高さにデミウルゴスが涙を流して「感服しました……」とかインランに言って感動していた。怖い。

 

 




 区切りが良いから短いけど投稿

 この話でスレイン法国が崇める”聖典”は1話で登場してます。

 それとこの二次創作の作者が普通にスターシルバーを超希少魔法金属だと勘違いしていたので、過去投稿した話のスターシルバーの部分を差し替えました。(原作では、スターシルバーは希少貴金属で、るし★ふぁーがちょろまかした件の超希少魔法金属は名称不詳)

 今後、この二次創作では件の超希少魔法金属は”メタトロン”と命名します。

 あと作品タグに”ギャグ”を追加しました。自分で書いてて思ったけどこれギャグ小説ですわ。(今更)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話:か〜な〜し〜みの〜む〜こ〜へと〜

読まなくてもストーリーを追う上で全く問題ない回

メカ書きたい作者の趣味回
あとコキュートス可哀想 ちんぽこ可哀想

11,10,2018
加筆修正


 

 

 

 剣と魔法が支配する世界に、我々は科学で立ち向かう。

 あちらが魔法によって体格に見合わない力を行使するのであれば、こちらは科学技術が生み出した巨人の力を持った外部骨格で立ち向かおう。

 超常の炎には、プラズマ銃で対抗し。

 翼もなく空を駆けるのであれば、スラスターの超絶の推力で空を切り裂く。

 科学の灯火で、剣と魔法の世界を明るく照らしだそう。

 最後の1機になったとしても。

 

 

 

「いくわよ」

「ハイ」

 

 巨大な機械の獣を身に纏ったインランは、常よりも二回りは巨大に見える。その重量は対峙するコキュートスに匹敵するか凌駕さえしているだろうか。

 平時は姿を隠して侍っている自律型のパワードスーツが、今は主人の衣となりて牙を剥いていた。

 

 冷気を操る異形種として熱に敏感なコキュートスは、目の前で対峙する存在が熱を放ち始めていることに気づいている。

 至高の存在の最強の鎧の目覚めをそこから感じ取り、一層腕に力が漲っていった。

 

 先制したのはインラン。

 莫大な熱を後方に撒き散らし、後ろの観客席を余波で吹き飛ばしながら突進したのだ。

 

「グゥオッ!!!!」

「まだまだいくわよ?」

 

 防御は出来ている。だが攻撃が重すぎてカウンターまで繋げられずに苦悶の声が漏れる。

 熱と光を纏い一瞬で距離を詰めたインランの突きをコキュートスは真正面から受け止めていた。

 

 受け止めた四つ腕が痺れたように動かない中で、ぎこちなくも爪を弾き返すようにしてコキュートスはインランと距離を取る。

 素直にインランもその反動で後方に跳躍した。

 

 最初と同じ距離感。

 仕切り直しのようだが違った。

 

 その性格から重い攻撃を正面から受け止めたコキュートスの腕は痺れたように動きが鈍くなっている。

 そして、インランは焼き直しのように突進、熱と光を後ろに放ち距離を無視するように一瞬で近づき、インパクトに会わせて腕を振り抜くように正面に突き出した。

 

「ゲボッッッ」

 

 金属の様な光沢をもった外殻に覆われた分厚い胸部に、深々と刺さった機械の腕に氷点下の凍てつく体液がボタボタと吐き出される。

 四つの腕から力が抜け、胸に生えた機械の腕を挟むように重ねられていた武器達がずるずると地面に向けて下がっていく。それでも武器を手放さないのは戦士の意地だった。

 

「速さも重さも威力もあるから、この突進を防御するならマトモに受けずに反らさないとダメよ。コキュートス」

「リ、了解シマシタ……覚エテオキマス……」

「じゃあ回復したらもう1回ね。やれるわよね?」

 

 コキュートスの鎧の様な光沢を持った胸部に突き刺さった機械の腕を引き抜きながら、インランは天使のように無垢な微笑みを浮かべた。

 

「勿論デス…… 是非……!」

 

 闘志に燃えた返答にさらに笑みを深める。

 

「ならば、次は俺がコキュートスに加勢しよう」

「……は?」

 

 インラン声のした方に意識を向ければ、観客席から人影が飛び降りてくるところであった。

 人影は豪奢なローブを身に纏い被ったフードで影が差した顔は不敵に笑んでいる。

 この第六階層があるギルドのギルドマスター、モモンガであった。

 

「何、たまにはコキュートスにも華を持たせてやらんとな?」

 

 モモンガは不敵に青年の顔で笑うと、《飛行(フライ)》の魔法で地上を滑走するように移動して、巨大な虫の異形であるコキュートスの隣に並び立った。

 

「ナント……! 有リガタキ幸せ!」

 

 プルプルと巨体を震わせ跪くコキュートス。モモンガは慣れた手つきで華美な装飾の施された薬瓶を取り出すと、中身を跪く巨体に振りかける。

 するとコキュートスの胸に開いた大きな穴が時間が巻き戻るように塞がり、それを受けて跪く姿勢のままさらに頭部を低く下げ感極まったように感嘆の声を漏らす。

 

 そんな震える虫を無視するようにインランは目の前の男に短く問う。

 

「マジ?」

「ああ、マジだ。安心しろ、ギルド武器も使って全力戦闘を楽しませてやる」

 

 第八階層に厳重な警備のもとで安置されているはずの、レプリカではない本物のギルド武器スタッフオブアインズウールゴウンがその手に握りしめられていた。

 抑えきれないとばかりに、不敵に笑みを顔に浮かべていたモモンガは遂に高らかに笑い声を上げる。

 

「くふふ! わはははは! インランぅうううう!! 日頃お前のせいで! 溜まりに溜まったストレスを! 思い知れ!」

「ギルド長にとって異世界生活がそんなにストレスだったなんて、あたし知らなかったわ。まぁ模擬戦は娯楽にピッタリだし、いいわ。纏めて相手をしてあげる」

 

 言葉を返したインランの輪郭が眩く輝きだす。それに合わせるように全身に纏った装甲が金色に染まり光を放ち出した。

 

 

 お互いに本気で戦うためにスイッチを切り替えた二人は、言葉も攻撃的なものに変わる。

 

「先に言っておくけど、ユグドラシル時代の感覚だと足元を掬われるわよ?」

「舐めるなよ小娘(・・)、俺とてこの世界に来てから何度も守護者達と模擬戦を重ねているのだ」

「あらあら、余裕ぶっちゃって、その顔が屈辱に歪む様を拝ませて貰おうかしら。良いわよねこの世界だと表情が見れて」

「くふ!くはははは!同じ言葉を返そうじゃないか!愉快だ!実に愉快だぞ!合法的にお前の鼻っ柱をへし折れる機会を得られたことが実に愉快!」

 

 ゆらゆらと金色の杖から黒い靄を漂わせ、今は漆黒のガウンに黒い髪と目を持つモモンガが青年の顔に酷薄な笑みを浮かべ、目の前に立つ虫の異形の巨体越しに眼前の機械の獣を纏う少女を睥睨する。

 

「たっちゃんとかウルちゃんならいざ知らず、ドリームビルダーの後衛如きがあたしに敵うと本気で思ってるのかしら?」

「お前もドリームビルダーだろうが、ああそういえば、棚ぼたで手に入れた虎の衣を着込んで仮初めの力を手に入れていたのだな。どうだ? 仲間達の血と汗と涙で出来た衣を着る気分は?」

「ぐっ、あんたしつこいわよ、ずっとネチネチネチネチと」

「アバターまでそんな内面を隠すような見目麗しい小娘のものとは、虎の威を借る狐とはお前にふさわしい言葉だ」

 

 瞬間、閃光と轟音が生まれた。

 

 蒼い光沢を放つ巨体が地面を削りながらモモンガの眼前まで後退し、組み合う形でそれを為した少女が吠える。

 

「お前ぇ! 殺してやる!」

「インラン様! マダ開始ノ合図ハ……!」

「うるさい!!」

「ふん、PvPは怒った方が負ける。冷静な判断が出来なくなるからな。もう戦いは始まっているんだよ」

 

 PKKギルドを纏めあげる立場である青年は、怜悧な視線を巨大な虫の異形越しに少女に向けていた。

 

 

 

「邪魔」

 

 冷ややかに告げられた言葉と共に、一瞬で腕を取られ荒々しく力任せに投げ飛ばされたコキュートスが瓦礫を作りながらスタジアムの壁にめり込む。

 そして今しがた消えた存在を無視するように、インランは可憐な少女の顔で正面を睨み付けた。

 鋭い視線を受けながらもモモンガは飛ぶように消えた前衛を全く気にしていないかのように不敵に笑んでいる。

 

「《魔法詠唱二重化(ツインマジック)神霊召喚(サモンディバインスピリット)》!!!」

 

 インランが玉を転がすような綺麗な声で詠唱すると、模擬戦会場であるコロシアムの天井に届きそうな巨人であるデイダラボッチが二体、地面に生まれた2つの巨大な魔方陣から這い出すようにして出現する。

 半透明な粘土質の体を持ったデイダラボッチはその輪郭が溶け出したような姿でインランの正面で強固な壁となるべく立ち上がった。

 

「《魔法抵抗突破(ペネトレートマジック)上位排除(グレーターリジェクション)》」

 

 だが、モモンガが蕩々と魔法を唱えると、2体の巨人はあっさりと掻き消えるように消滅する。

 

「ちくしょう!」

「頭に血が上っているようだなぁインラン。実に戦いやすいぞ」

「うっさい! だまりなさいよ!」

「はははは! だったら黙らせてみろ! 俺はここだぞ!」

 

 両手を横に広げるとモモンガは高らかに笑う。そこは空中であり、魔法で浮き上がっていた。

 それを完全に据わった目で睨み付けながら、吐き捨てる様にインランは言葉を発する。

 

「さすがにキレたわよ。手足を引き千切って内臓全部引き抜いてポーションかけて生かしながら目の前でソレを喰ってやるわ」

「お、おう…… 猟奇的だな……」

 

 その声音から本気を感じ取り、モモンガの気勢が削がれていった。

 そして、さらに追撃で放たれた言葉で完全に萎縮してしまう。

 

「ついでにちんこの皮を剥いで竿を摺り下ろしてやるわ」

「ファッ!? やめろよ! 怖いこと言うなよ!」

 

 股間を両手で押さえながら、モモンガはただでさえ青白い顔をさらに青くして震え出す。

 

「絶対やってやるからね。せいぜい今のうちに後悔しておくことね」

 

 最高品質のエメラルドの様に透き通った色彩を持っていた瞳を怒りで真っ赤に充血させたインランが、食いしばった白い歯を剥き出しにしてモモンガを憎悪を込めて睨めつけて力強く宣言した。

 その凄まじい剣幕に冗談ではないと理解したモモンガは、縋るように手に持った最強の杖を起動させる。

 

「ひぃっ!? こ、根源の精霊達よ!《根源の火精霊召喚(サモンプライマルファイアーエレメンタル)》《根源の水精霊召喚(サモンプライマルウォーターエレメンタル)》《根源の風精霊召喚(サモンプライマルエアエレメンタル)》《根源の土精霊召喚(サモンプライマルアースエレメンタル)》《根源の星精霊召喚(サモンプライマルスターエレメンタル)》!!!!!」

 

 漆黒のアカデミックガウンを翻しモモンガは涙目になりながらも、手に持った比類無き性能を誇る杖の機能を解放し、その先端に留められた五つの宝玉に封じられた強力無比な精霊を立て続けに召喚した。

 召喚した主の意志を汲み取り、整列するようにして精霊達がインランとモモンガの間で壁となる。

 殺意が充満しお互い全力攻撃のための予備動作に入ろうとした時、それを遮るような気迫の漲った絶叫が轟いた。

 

「ウォオオオオ!!!」

 

 精霊と機械の獣を纏った少女が睨み合う横合いから、土埃を巻き上げ雄叫びを上げる存在が居る。

 それは巨体に見合わぬ速度で突進し速度と体重を乗せた見事な斬撃を放った。

 鬱陶しげに顔を歪め、少女はそちらに顔を向け叫ぶ。

 

「うっさい! 邪魔すんな! あと連携しなさいよ馬鹿!」

 

 不意打ち気味だったにも関わらず、少女は危なげなく突進に反応すると、豪腕でもって振るわれた刀を機械の手で握りしめるように受け止めた(・・・・・・・・・・・・・)

 

「ナニ!?」

「手加減してやってたって言ってるでしょーが! せめて攻撃スキルを使いなさいよ!」

 

 機械の腕で刃先を握り絞めた刀を凄まじい膂力で力任せに引き寄せれば、それを握るコキュートスの巨体も釣られるように引き寄せられる。

 

「衝撃砲!!」

 

 切っ先を握った腕とは反対の機械の腕をコキュートスに向けると、腕に内蔵された噴射口から妖しく輝く粒子が吐き出され閃光を発しながら大爆発を起こした。

 太陽のような光量が生まれ闘技場内の全ての者の視界が白く塗りつぶされる。

 

「グバッッ」

 

 引っ張られよろけてたたらを踏んでいたコキュートスは、目と鼻の先で起きた凄まじい衝撃を受けて地面に一切触れることなく水平に吹き飛び、転移の魔法を使ったような速度で闘技場の壁に達してそのまま壁を貫通すると闘技場の外の森の木々を薙ぎ倒していった。

 衝撃砲で放たれた運動量がそのままインランにも返ってくるので、かぎ爪を地面に突き立て爪痕を残しさらに背部のブースターの推力も併用してなんとか闘技場の壁の手前まで滑るように移動して止まる。

 

「モモンガァアアア!! あんたのせいでコキュートスがボロボロじゃないの!! ちゃんと使ってあげなさいよ!!」

 

 機械の腕で刃先を握り絞めた刀剣には蒼い光沢を放つ異形の腕が根元から千切れて付いていた。千切れた筋繊維が腕の切断面から垂れている。それをブラブラと振って宙に浮かぶモモンガに見せつけ、インランは怒り顔で叫ぶと刀剣を地面に優しく置く。

 

「容赦なさすぎて怖い……マジだ……本当にヤる気だ……」

 

 その余りの容赦のなさにモモンガは目深に被ったフードの下で震えていた。

 

「まぁいいわ、3回くらい殺したらさっきの暴言は許してあげるわよ! あひゃひゃひゃひゃ!! 1回殺すのに3日はかけてあげるわ!! ついでにプレイヤーの蘇生実験も出来て一石二鳥じゃない! あは! あひゃ! いひひひひひ!!!」

 

 完全にイっちゃった目をしているインランの顔を見て、モモンガは心底後悔していた。




「PvPは怒った方が負けるんだよ」
「ブッコロ」
「怖い」

描写に力入れたら書いてて疲れたけどスゲー楽しい
でも読んでてスゲー疲れる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話:世界の中心

超希少魔法金属の名前ですが、”メタトロン”とします。
強そう(小並感)


 

 

 ナザリック地下大墳墓、第六階層。地下大闘技場。

 

 「クンニしろおらああああああ!!!」

 

 「わぷ!? おまっ、やめれええええ!!」

 

 馬乗りになった少女は、パワードスーツの装甲が覆っていない下腹部を、黒髪の青年の顔面に体重を乗せて押しつける。

 

 少女の服装は全裸の上にパーカー1枚を纏っただけである。

 

 「おらおら! ア! ちょっといいかも!」

 

 「ぶひぇ! やめ、やめろおおおお!!」

 

 顔面をビショビショにしながら黒髪の青年が吠える。

 

 「おっふ…… 息がかかるッ んっ!」

 

 少女は身を捩らせる。

 

 そんな支配者2人の情事を、遠隔地から魔法によって守護者達が観ていた。

 

 

 

 散々顔面に粘液を塗りたくられたあとで、青年は開放された。前髪まで濡れて額に張り付いている。

 

 「なんか良い香りが鼻一杯に広がって、くそ!」

 

 どこからか取り出したタオルで、漆黒のアカデミックガウンを羽織った黒髪黒目の青年──モモンガはゴシゴシと顔を拭う。

 

 「全力戦闘は楽しいわね! 格下相手に無双するよりもずっと楽しいわ!」

 

 「アホか! 修繕費用にいくら掛かると思ってるんだ!」

 

 「ふん、大した額じゃないわ。ちゃんと払える金額で遊ぶ分には全然オッケーよ」

 

 地下闘技場は過去のモノとなり更地と化している。さらに闘技場があった場所の周囲に広がっていた森も所々禿げ上がり土の地面が捲れ上がっていた。明らかに金貨消費の発生しない自然修復可能な範囲を大きく逸脱した拠点ダメージである。

 

 「まぁ、今度から大規模戦闘をするなら山河社稷図を展開してからやりましょうか」 

 

 「まさか仲間達も模擬戦に使われるとは思ってなかっただろうなぁ……」

 

 パワードスーツである機械の獣を纏った少女であるインランの言葉に、モモンガは遠くを見ながら呟く。

 

 ボロボロになった二人の支配者は、もっとボロボロになっている自分達の領地を見ながら、戦闘の後片付けにシモベ達が奔走するのとすれ違うようにしてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓。第九階層のバー。

 

 虫の異形が巨体をカウンターの前の椅子に乗せ、ちびちびと酒を呷っていると、隣の席に赤いスーツを着てメガネをかけ髪をオールバックにした悪魔が座る。悪魔の腰からは甲虫を思わせる尻尾が伸びている。

 

 「……デミウルゴスカ」

 

 「友よ、落ち込むことはない。むしろ至高の御方直々に手合わせして頂ける幸運を噛みしめるべきではないかね」

 

 「ソノ通リダ。シカシ……」

 

 「君は強くなっているよ、過去の君に比べればね。至高の御方達の仰るように、我々には経験が圧倒的に不足しているのは事実のようだ」

 

 「アア、自分デモ痛感シテイル。私ハ、自分ヲ一振ノ刀ダト思ッテイタノダガ、トンダナマクラノヨウダ」

 

 「至高の御方に直々に鍛え直して頂けば、素晴らしい切れ味の刀になるだろうね」

 

 「フッ、御方ニハ感謝シテモシキレナイ」

 

 バーのマスターは2つのグラスをカウンターにスッと置いた。黒色と金色の液体がグラスの中で混ざり合っている。

 

 示し合わせたように2体の異形はソレを手に取ると口に持っていった

 

 「「美味い」」

 

 

 

 2体の異形が静かに酒を酌み交わしていると、黒髪ツインテールの美しさと愛らしさが共存するまさに神の美貌を持った少女と、黒髪黒目に利発そうな顔立ちをした青年が仲良くバーの入り口から入ってきた。

 

 「わははははは! やっぱり酒飲むならここよね! あ! あんた達が飲んでるのってアレでしょ! 新作!」

 

 「蜂蜜種と黒ビールの悪魔合体カクテルですよね。何故か美味しいという」

 

 「美味いものと美味いものを混ぜたらもっと美味いものが出来るのは当然でしょ!」

 

 「甘さと辛さが腹の中でぐるぐるして気持ちがいい」

 

 「貰うわよ!」

 

 「「あっ」」

 

 少女が飲みかけのグラスを2体の異形から取り上げると、カパカパと口に流し込んでいく。

 

 「うん! おいしい! マスターおかわり!」

 

 「かしこまりました。インラン様」

 

 「ちょっと、こんなところでまで偉そうにするのはやめて下さいよ。みっともないなぁもう。……お前達、すまなかったな。マスター、2人にも新しいものを用意してくれ」

 

 「かしこまりました。モモンガ様」

 

 少女と青年は、カウンター前の2体の異形の隣の席に座る。

 

 無垢な顔をした少女が、隣の席の巨体の虫の異形を見て声をかけた。

 

 「ところでコキュートス、体の具合はどうなのよ?さすがにあの状態からだとエリクサーでも心配だわ」

 

 「ハッ、問題アリマセン」

 

 「さっきもギルド長が得意のキレ芸でうるさかったのよ」

 

 「いやいや! 胸しか残ってないシモベ見たら誰でもキレますよ」

 

 テーブルに身を乗り出して、黒髪の青年が話しに割り込んでくる。

 

 それに対して、少女は冷ややかな目線を青年に送って口を開いた。

 

 「体で覚えるならあれくらいやんないと意味ないわ。近接職ってそういうものなのよ。攻撃を捌いてナンボの世界なんだから。後衛がえらっそーに高説たれないでくれないかしら?」

 

 「ぐっ、そうなのかもしれませんが、さすがに瀕死にすることはないでしょう!」

 

 「治癒魔法で全部治っちゃうんだから、かすり傷みたいなもんよ。死ななきゃ安いはプレイヤーの常識でしょ?」

 

 「インラン様ノ仰ル通リデス。攻撃ヲ捌キキレナカッタ私ニ問題ガアリマス」

 

 「そうは言うがなコキュートス、お前は知らないかもしれないが、この馬鹿が叩き込んだ攻撃はレイドボス級を削り切るためのコンボだぞ」

 

 「逆よ、それだけの攻撃を受けても死ななかったという点を褒めるべきよ。ちゃんと成長してる証拠じゃないの」

 

 「はぁ……そんなに急がなくてもいいんじゃないですか? なんでも法国曰く次のプレイヤーが来るのは100年後らしいですよ?」

 

 「100年後にはコキュートスは立派な前衛になってるわね。あたしも楽出来そうだわ」

 

 「マコト!マコトニ有リガタキ言葉!私ハ御方々ニ仕エラレテ幸セデス!」

 

 感極まったように、巨体の虫の異形がプルプルと震える。ぽんぽんと金属のような光沢を持つ虫の異形の外骨格の肩を隣の席に座る赤いスーツを着た悪魔が叩いた。

 

 「そろそろコキュートス用にパワードスーツを一機作ろうかしら。約束は守らないとねぇ」

 

 「……メタトロンは生産しませんよ。賢者の石で生産する素材の候補は他に山ほどあるんですから。あんな生産効率の悪い素材は後回しです」

 

 「えぇ。いいじゃない。普通の防具を着れないコキュートスのためよ。そうだ、守護者の装備のグレードを神器級(ゴッズ)で統一しましょうよ」

 

 「それは俺も考えていました。賢者の石を取ってきたことだけはインランさんを褒めてもいいですよ」

 

 「ちょっと! あたしには褒めるところしかないでしょうが!」

 

 「えぇ……」

 

 賑やかになったバーの中で、シモベ達は二人の主を見て微笑む。

 

 朗らかな空気がバーには流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓。第十階層。ナザリック執務室。

 

 執務室最奥に設置された黒壇の重厚な執務机の前には2つの椅子が置かれ、それぞれに黒髪の青年であるモモンガと、裸体を1枚のパーカーで隠した超絶の美貌の少女であるインランが座っている。

 

 執務机の反対側には、ナザリックが誇る知性面に秀でたシモベ3人が並び直立していた。それぞれ埴輪に淫魔に悪魔である。

 

 「先にお伝えした通り、法国が会談日時と場所を指定してきましたわ」

 

 清楚な雰囲気を纏った見目麗しい淫魔が金色の瞳に知的な光を宿して、この場で最初に口を開いた。

 

 「そうか、まぁ行くのだが」

 

 「あたしめんどいからパス!」

 

 「いや、お前も来るんだよ。責任者が出なくてどうするのだ。だいたいお前はここに来る前に話を聞いていなかったのか?」

 

 凄まじく渋い低い声で、モモンガが隣の椅子に座るインランを睨みつけながら喋る。

 

 「IQ三銃士の誰かを代理で出せばいいんじゃないの? 埴輪とか」

 

 インランは軽く伸ばした指を、執務机の前に立つ埴輪に向けた。

 

 「ご指名に与り、恐悦しごくぅ!」

 

 軍帽に指をかけ、埴輪がポーズを決める。

 

 それを見てモモンガは胸を掻き毟るようにしてアカデミックガウンの胸元を握り絞めて悶えた。

 

 すわ敵の遠隔攻撃か何かかと、部屋のいるシモベ達にどよめきが走る。

 

 「ないわ! それだけは絶対にないわ!」

 

 「……中途半端な中二病って辛いのね。あたしは結構可愛くて好きなんだけど。埴輪のこと」

 

 憐れみを含んだ視線を、インランは隣に座るモモンガに向けて送った。

 

 「まぁ、いいわ。なんだっけ? この超カワイイ超魅力的なインランちゃんを指名してるんだっけ?」

 

 「はい! ふ、不遜にも! 法国はインラン様が会談に出席されることを強く希望しております!」

 

 赤いスーツを着込んだ悪魔が、眉目秀麗な顔を悪魔的に歪め、発言内容に対して憎悪を込めた声音でインランに向けて返答する。

 

 「まぁ、指名されてるなら、せっかくだし出てあげようかしらぁ。めんどくさいわねぇ」

 

 ふぅと息を吐き出して、少女はそう言葉を零し、椅子の背もたれに深く体を預けた。

 

 それを見て、この部屋にいるシモベ達はありえないほど不遜な要求を行った件の法国に対し、体が煮えたぎるような怒りを抱く。

 

 「この馬鹿な小娘を指名するとはな、お前達はその意図はなんだと思う? ……正直俺にはこの馬鹿を交渉の場に出すことに不安しかないのだが」

 

 「ちょっと、失礼じゃない。あたしは可愛いことにかけては宇宙一だけど、頭脳もそこそこあるわよ」

 

 「お前達、どう思う?」

 

 椅子から前に乗り出し、執務机に両肘を付け、組み合わせた両手の上に顎を乗せた司令官御用達のスタイルになったモモンガは、怜悧な瞳を細め、目の前にいる比類なき頭脳を誇る3人のシモベに問いかけ直した。隣の椅子で囀る少女の言うことは全無視である。

 

 「スレイン法国の上層部の者達が籍を置く,法国の首都である神都と呼ばれる街は、プレイヤーによるモノと思われる極めて強固な結界が張られており、ナザリックの監視魔法を全て弾きます。シモベを送り込みましたがそちらも全て消息不明です。そのため、スレイン法国上層部が何に基づいてこの不遜極まる要求を出したのかは不明ですわ」

 

 「あら、じゃあドローンを送ればいいんじゃないの? アレは魔法的な要素ゼロだから、大抵の魔法による結界はすり抜けるわよ」

 

 「そんな超科学技術の塊を敵になるかもしれない勢力の元に送るわけにはいかないだろう。万が一鹵獲され解析されたらどうするのだ。少しは頭を使え」

 

 「むぅ」

 

 ピシャリとモモンガに話しを遮られ、ぷくぅと頬を膨らましてインランはむくれる。それを見てシモベ達はえもいわれぬ庇護欲に苛まれた。

 

 「でも結局のところ、何も分からないってことでしょ? ダメじゃないの」

 

 「そうだが、おい、もう少し言葉を選べよ。お前達、気にすることはないぞ。出来ないなりに対策を立てればよいだけなのだからな」

 

 インランの言葉を受けて、執務机の前に立つ3人のシモベがこの世の終わりのような暗い雰囲気を放ちだし、慌ててモモンガがフォローする。

 

 「も、申し訳ありません……! あれだけ至高の御方々の薫陶を受けていながらこの体たらく!」

 

 ボロボロと涙を流す悪魔を見て、さすがにインランも事態の深刻さに気づく。その神の美貌に無理に笑顔を浮かべると励ましの言葉をシモベ達に送った。

 

 「あ、あはは! 気にしないで! いいのよ! めんどくさくなったらその神都? とかいう場所を消し飛ばせば解決するんだから!」

 

 そう、スレイン法国が指定してきた会談場所は、スレイン法国の心臓部である神都である。

 

 

 

 




もっと美辞麗句を並べて容姿を褒め称えたい。

それとリョナ と エロ のタグ追加。

俺は止まんねぇからよ……!


★作中で語られる”賢者の石”について★

 作者が捏造したワールドアイテムです。以下説明。

 名称:賢者の石

 効果:魔力または金貨または素材。これらを任意のアイテムに変換する。(変換元の組み合わせや比率は自由に選べる)

 補足:変換レート(変換に必要な対価)と変換に要する時間はレアリティに比例する。 基本的にポーションなどのアイテムを直接生産するよりも、その素材となるアイテムを生産してクラフトした方が効率は良い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話:矛盾

とりあえずリョナ注意。


 

 

 ナザリック地下大墳墓。第九階層。

 

 インラン専用に用意された私室であるプライベートな空間は、課金という名の空間拡張魔法によって、個人の私室にして巨大な城に匹敵する内部容積を誇る。

 

 そんな私室の中に数多有る部屋のひとつに、二人の少女の姿があった。

 

 「これ、私に?」

 

 「そうそう、あたしのお古だけどれっきとした神器級(ゴッズ)よ! エロ鳥のゲイボウの銃バージョンね。ちゃんと対になってるのよ」

 

 あどけなくも非常に整った容姿の童顔に眼帯をし、迷彩柄が異彩を放つメイド服を纏う、桃色の長髪を背中に流した少女であるシズは、手に持った美しい外見のバトルライフルを様々な角度から眺めている。

 

 「それで、これもあたしのお古だけど、つい先日まで現役だった防具よ。装備クラスが特殊だからシズくらいしか着れないわ。メイド服は外装統一すればそのままだからこれを着るといいわ」

 

 床が長方形に切り出されたようにせり出すと、中は空洞になっており、その中に防具がいくつも収納されていた。長い黒髪を二房左右に結って垂らした神々しい美貌の少女であるインランは、そこからいくつかの防具を取り出していく。

 

 インランが取り出した防具は表面の幾何学紋様が美しい漆黒の人工筋肉に覆われたマッスルスーツである。ゴーグルが付いたヘルメットも頭部にスッポリ被る同じ外見の物だ。一見このスーツはパワードスーツに見えるが、ユグドラシルのゲームシステムでは普通の防具というカテゴリーに位置している。

 

 「博士には悪いけど、ちょっとシズのビルドを組み替えたから、このナノスーツは戦闘スタイルに合ってるはずよ」

 

 といっても、シズの自動人形のパーツを新造したモノに差し替えただけである。文字通り躯体のビルドを組み替えたのだ。

 

 「問題ない。最新が最高。それは博士なら理解している」

 

 電化製品のようなことを言うシズ。

 

 「換装した躯体の機械的な技術レベルはあたしのパワードスーツとほとんど同じだから、あたしのパワードスーツの追加装備はほぼ全て初期設定で動くわよ」

 

 インランが口笛を吹くと天井が開き、ロボットアームが等身大の人間が扱うには大きすぎる各種ガジェットを掴んで目の前まで吊り下がってくる。

 

 「まぁさすがにコジマ兵器は無理だけどね」

 

 その中の一部のガジェットはインランが苦笑しながら指さしてフリップする動きをすると、機械音を響かせながらロボットアームが回収して天井の穴に呑み込まれていった。

 

 「ただ、シズの低いレベルのせいで躯体の出力がもんの凄く制限されてるから、これらの装備はハイパワーすぎて振り回されるわ。会談まで時間がないせいで細かいフィッティングは出来ないから、気合いと根性でなんとかして」

 

 「了解」

 

 「本来はパワードスーツを着なくてもパワードスーツ用の大出力の外部装備を使えることが自動人形の種族的な利点なんだけど、シズはレベルが低すぎてあたし用の装備はちょっとオーバースペックすぎるわね」

 

 ナノスーツを全身に纏い外装統一でいつもの迷彩柄のメイド服に戻ったシズに、ガチャガチャとロボットアームが大型のガジェットを装着していくのを見ながら、インランは呟いた。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓。地表部。

 

 「おお、来ましたか。……おい」

 

 「何よ」

 

 「なんだあの、なんだ、アレだよアレ。お前は会談の場に戦車で乗り込むのか」

 

 「仕方ないでしょ、シズのリミッターがかかったコジマジェネレーターの余剰出力だと光学迷彩は燃費が悪すぎてマトモに駆動しないのよ。装備は丸出しで行くしかないわ」

 

 剣山のように全身にゴテゴテと刺々しい装備を身につけた今のシズは、その大型の装備で膨れあがったシルエットも相まって非常に威圧的である。

 

 「もうシズは置いて行こうか。そもそもシズを連れて行くのは情報漏洩の観点から反対だと言っただろうが」

 

 「ちょっと!」

 

 ちなみにインランの相棒の獣型のメタトロン製パワードスーツは、用がない平時でも光学迷彩で不可視化して傍を離れずについてきている。

 

 「私、不要品?」

 

 「そんなことないわよ! ほら謝って! いいから謝って!」

 

 「済まなかったな、そういうつもりではなかったのだ。シズはナザリックになくてはならないかけがえのない大切な存在だぞ」

 

 「ありがとう」

 

 「はぁ、仕方ないな。シズも連れて行くとしよう。……ただし」

 

 「装備は外さないわよ」

 

 「何故だ」

 

 「格好良いからに決まってるでしょーがッッッ」

 

 あまりにも真っ直ぐな言葉に、モモンガは二の句を継げなかった。

 

 シズはほんのり頬を赤らめ、躯体温度がじんわり上昇した。

 

 

 

 

 

 ナザリック第一階層に緊急時の足止め用にビクティムを配置して、残りのナザリックが誇る精鋭のシモベから厳選した戦闘力に秀でた者達と戦闘メイドを引き連れて、二人の支配者が地上から沸き立つ黒い靄のような転移門(ゲート)に入っていく。

 

 黒い靄を抜けると視界がナザリック地表部から、青空の下で見慣れない石造りの高い壁が見回す限り広がった場所の前に出る。

 

 どこまでも広がるように思えた壁の中で、丁度目の前の位置の壁に巨大な金属の扉がついた場所があり、そこにモモンガとインランには見慣れた、現地民からすれば奇抜といえる統一感のない装いをした者達が整列していた。

 

 整列していた者達の先頭に立っていた黒い長髪の少年が、転移門(ゲート)から現れたモモンガ達一行を見ると笑顔で前に出てくる。

 

 「ようこそおいでくださいました! インラン様! モモンガ様! 従属神の方々!」

 

 「おお! まさにあの!」

 

 「聖典に記されしお姿! なんとお美しい!」

 

 「従属神の方々も記されたままのお姿だ!」

 

 「死の神はお姿を変えられているのか? 我々にお気を使って頂かれているのだろうか」

 

 少年の後ろに整列していた神官風の格好をした者達が、口々に叫び、中には号泣している者もいた。

 

 他には、セーラー服を纏った女が、現れたモモンガ達を見た瞬間に雷に打たれたように痙攣しぶっ倒れて泡を吹いていた。

 

 

 

 モモンガは非常に渋い美声で、少年に向かって口を開く。

 

 「それで、会談場所まで案内を頼めるだろうか?」

 

 「ははぁ! こちらへどうぞ!」

 

 重厚な分厚く高い壁に覆われた神都の、壁に填め込まれた大きな金属の扉が開かれた。

 

 「しかし、我々を中に入れて良いのか?」

 

 「お気になさらず、国の心臓部に迎え入れることは、我々の誠意と受け取って頂きたい」

 

 ブチリッ。そんな血管が引きちぎれたような擬音が聞こえそうなほど、モモンガとインランに付き従っている守護者達の額に血管が浮かびあがる。

 

 ナザリックの中で善性の際立っているセバスとユリもほんのりと怒気を漏らし、普段冷静沈着なデミウルゴスとアルベドも、表面上は笑顔だがよく見れば表情が普段よりも硬く、表情筋がひくひくと動いている。

 

 シャルティアに至っては、なんかもう創造したペロロンチーノが泣きだしそうなほど顔が怒りに歪みきっていた。

 

 「せ、誠意ですってぇっ、至高の御方々を不遜にも呼びつけておいて、誠意っ」

 

 「シャルティア、至高の御方々の思惑をふいにするつもりなの?」

 

 「わかっているでありんす、笑顔笑顔……、いひ、いひひひっ」

 

 怒りながら笑うことでシャルティアの極めて整った顔のパーツが福笑いのように激しく乖離している。

 

 その顔を見たアウラが呆れたと口を開いた。

 

 「あんた、そんな顔で会談に出たら喧嘩売ってるようなもんじゃないの」

 

 「し、仕方ないでありんしょうっ」

 

 「じゃあ僕が、えいっ」

 

 「ぶぎょッッッ」

 

 マーレが念力の魔法でシャルティアの顔を無理やり整形する。

 

 一瞬でシャルティアの顔が引き延ばされ、えぐい悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

 「ここが神都か、なかなか繁栄してるじゃないか」

 

 強力な結界によって神都内部を魔法で細かく見ることは叶わなかったため、モモンガが神都の中を至近距離で見るのは初めてだった。

 

 「エルフの町に比べると雲泥の差ね」

 

 広い街道にはくまなく石畳が敷き詰められ、建ち並ぶ建物も石造りながら全体として洗練された印象を受ける。モモンガとインランとしては普通に観光として訪れたいほど雰囲気が良い場所だった。

 

 「下等生物、おほん、人間が作った都市にしては、中々良く出来ていますわね」

 

 「アルベド、本音が漏れていますよ。本当に洒落にならないので自重してください」

 

 人間の国と友好関係を築きに至高の存在直々に足を運んできているのに、それをぶち壊すような発言をされるのは困るとデミウルゴスが釘を刺す。

 

 「分かってるわよっ、うふふふ……」

 

 

 

 

 

 

 スレイン法国、神都。

 

 その中でも一際荘厳で巨大な建造物の中に、モモンガ達は迎え入れられていた。

 

 天井が高く広い空間の中央に、木目の美しい巨大な長方形のテーブルと、その周囲にぐるりと派手さはないが上等な品質の椅子が置かれており、モモンガ達とインランがテーブルの片側の椅子に座ると、向かい側の椅子には法国の神官達が座る。

 

 シモベ達はモモンガ達の後ろの壁際に寄るようにして立ったまま侍っていた。

 

 部屋にあるいくつかの扉の向こう側から、モモンガ達の優れた聴覚には話し声というかとある叫び声?が聞こえてくる。

 

 「カミ!」

 

 「カミィィィィィ!」

 

 「カミ! カミ!」

 

 カミという鳴き声なのだな。そうインランは思った。思ったことをそのまま口に出す。

 

 「変わった鳴き声の人間種ね。さすが異世界だわ」

 

 「いや、神なんだろう、俺達は。……彼らにとってはな」

 

 外向きの口調と低く渋い声音で、モモンガがそれに答えた。

 

 「なんというか、良くわからないわ」

 

 「面白いな、実に面白い。現地民からすると俺達はそう映るのだな」

 

 くつくつと、不敵にモモンガは笑う。

 

 そうしていると、陶器が擦れる音を立て紅茶が入ったティーカップが給仕されていく。しかしナザリックのメイド達に傅かれている二人には給仕に粗さが見て取れた。

 

 紅茶を口にしてみるが、イマイチパッとしない味と香りである。

 

 モモンガ達の後ろから一連の給仕を見ていたセバスとプレアデスはもの凄く何か言いたそうな顔をしている。

 

 「すみません。我が国では嗜好品の流通は盛んではないのです」

 

 モモンガ達の顔を見た神官がテーブルの向こう側から申し訳なさそうに喋った。

 

 そのまま緊張した面持ちで対面に座った神官が続けて言葉を紡ぐ。

 

 「この度は遠路遙々お越し頂き、誠に感謝いたします」

 

 「何、気にすることはない。転移門(ゲート)を使えば距離は我々には何の障害にもならないからな」

 

 神官達とモモンガ達による会談が始まる。

 

 二三言葉を交わしあうと、モモンガは神官達を睥睨しながら、一際低い声で強い意志を乗せた言葉を発した。

 

 「俺達は、俺達と仲間達が遺したものを護りたいと、そう考えている。ハッキリ言っておくが、それ以外はどうでもいい」

 

 「そ、それは!」

 

 「ああ、お前達人間の考えは分かるとも、俺達の庇護下に入りたいのだろう? どうでもいいおべっかは不要だ。本音を言うといい」

 

 「っはい! あなた様方ぷれいやーとえぬぴーしーによって! 神々と従属神によって! 我ら人間種を守護り導いて頂きたいのです!」

 

 モモンガの真っ直ぐな言葉を受けて、思い切って神官は言葉を飾らずに要求を述べると頭を机に叩きつけるように下げた。他の椅子に座った神官達も同じように頭を下げ、後ろに控えた者達もその場に跪き頭を垂れる。

 

 「くくく、どうするインラン?」

 

 酷薄な笑みを浮かべドス黒く禍々しいオーラを漂わせながら、モモンガは隣の椅子に座る大切な友人に声をかけた。

 

 「は? あたしに振るの?」

 

 「いいじゃないか、お前も何か言ってやるといい。どうやら、プレイヤーはいないようだしな(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 神官達は顔を上げると、何かを強く期待するような目でインランの神の美貌を見つめ、その口から紡ぎ出される言葉を待つ。

 

 インランは無垢な笑顔を浮かべると、隣のモモンガに合わせて神気である金色の粒子を全身から間欠泉のように噴き出す。

 

 モモンガの絶望のオーラを受けて萎縮していた面々は、インランの神気開放に当てられて幾分か顔色が良くなった。

 

 「まぁ、いいんじゃないの? あたしはドーブツよりは人間の方が好きよ?」

 

 笑顔で、とてもいい笑顔で、インランはさらりと述べた。

 

 

 

 表情が凍り付いている神官達を見ながら、モモンガは口を開く。

 

 「と、いうことだ」

 

 「と、いいますと?」

 

 「なんだ。分からなかったのか? ナザリックの庇護下に入れてやると言っているんだ。困っているのだろう?」

 

 「ああ! ありがとうございます!」

 

 感極まったように顔を弛緩させた神官が再び机に頭突きする勢いで頭を下げた。先ほどの繰り返しのように周囲の者達もそれに倣う。

 

 「まぁ、お前達人間にも相応に協力して貰うことになるが、かまわんだろう?」

 

 「はい! 全力でご協力させて頂きます!」

 

 

 

 

 「では、お前達の手の内を見せて貰おうか。まさか後ろに控えている者達が最大戦力というわけではないのだろう?」

 

 モモンガは、椅子に座った神官達の後ろで壁際に控えるように直立している槍を持った少年を見ながら喋る。

 

 再び話し合いが始まるなか、インランが座る椅子の後ろの位置で光学迷彩で不可視化していた獣方のパワードスーツが、光学迷彩を切って姿を現す。

 

 突如現れた金属の異形に神官達が驚くなか、パワードスーツは椅子に座ったインランに後ろから組み付くと、骨格が変形してガチャガチャとインランに装着された。

 

 「え? 何?」

 

 装着中に椅子が破壊され、パワードスーツを纏ったインランは空気椅子に座ったようになったまま困惑する。

 

 インランの視界一杯にパワードスーツのUI画面が表示され、視界の端のレーダー画像に光点が無数に表示されるなかで、ひとつが強調表示されていた。

 

 「あら、レベル100だわ。しかも敵意ビンビンじゃないの。これは転移か今まで隠蔽装置に隠れてたかのどちらかね」

 

 インランの冷静な言葉を受けて、モモンガが椅子を粉砕する勢いで立ち上がると叫ぶ。

 

 「インラン!」

 

 「分かってるわよ。シズ、さっそく出番よ。良かったわね」

 

 「な、まさか! お待ち下さい!」

 

 モモンガと主に話をしていた神官が後ろを振り向き、焦った様子で槍を持った少年と互いに目配せすると正面に向き直り立ち上がって大声で制止した。

 

 「黙れ! 俺達は自分の身は自分で守らせてもらうぞ!」

 

 シモベ達はパワードスーツが動き出すのと同じくらいのタイミングでモモンガ達の方に近づき護衛についている。皆顔には怒気が滲みまくっていた。セバスでさえマジギレして凄い顔をしている。

 

 「第一席次! 死んでも止めろ!」

 

 「は! お任せ下さい!」

 

 神官が槍を持った少年に怒鳴ると、少年も力強く返事を返す。

 

 インランの視界の中では、レーダーに表示された件の光点がドンドンこの場に近づいていた。

 

 

 

 

 

 シモベ達に囲まれるように護衛されながら、インランは口を開く。

 

 「ねぇ、これどういうこと?」

 

 「俺に聞くなよ」

 

 「お下がりください!」

 

 「邪魔よ! 通しなさい!」

 

 黒い長髪の槍を持った少年が、会談の場である部屋の奥にある扉で、現れた奇抜な髪色の少女と押し問答を繰り広げていた。

 

 「ディーフェンス! ディーフェンス!」

 

 「遊んでる場合ではないぞインラン」

 

 命がけの押し問答を囃し立てるインランをモモンガが諫める。今もなお少女の持つ鎌の刃先が少年の首にかかる寸前で、少年が持つ槍に受け止められ鍔迫り合いのような形になっていた。

 

 「いやほら、なんか楽しそうだし。気が抜けちゃったわ」

 

 「しかし、なんだ。あの、何してるのだあれは?」

 

 激しくイチャイチャしている二人を尻目に、モモンガはテーブルの向こう側に自分と同じく立ちあがっていた神官に問いかけると、神官は今にも死にそうな悲壮な顔でペコペコ頭を下げながら説明する。

 

 「申し訳ありません! アレは我が国最高の戦力でして! 人類の守護者なのですが何分暴走しがちで! も、申し訳ありませんぅううう!!」

 

 もはや号泣しながら神官が土下座して謝った。

 

 「ひぇ! パワハラ! パワハラだわ! ギルド長が遂にパワハラを!」

 

 「人聞きの悪いことを言うな! あー、まぁ、うん。こちらに被害が出ないなら大目に見るぞ」

 

 「ああ! ありがとうございますぅうううう!!!!」

 

 「ぐはぁ!!」

 

 「「あっ」」

 

 神官が顔をクシャクシャにして感謝の言葉を述べた次の瞬間、鍔迫り合いの姿勢から蹴りを腹に食らった少年がもの凄い速度で吹っ飛んできた。

 

 そのままモモンガ達と神官達を隔てている巨大なテーブルを粉々に粉砕して反対側の扉を突き破り部屋からフェードアウトする。

 

 それを受けて、土下座していた神官は真っ白に燃え尽きて嗚咽していた。

 

 「おいインラン出番だぞ」

 

 「えーいいわよ。たかがカンストでしょ? 見たところ近接職だしコキュートス頑張ってね」

 

 「ハハァ! 必ズヤ御方々ニ勝利ヲ!!」

 

 スッゴく張りきった様子でコキュートスは扉からコチラに向かって突っ込んでくる鎌を持った少女の正面に回ると武器を構えた。

 

 少女は立ち止まると、コキュートスに話しかける。

 

 「あなたが神様なの?」

 

 「違ウ。私ハ御方々ノ刀ダ」

 

 「ああ、従属神ね。あなた強いの?」

 

 「勿論ダ!」

 

 その言葉を聞くやいなや、少女が鎌を振りかぶった。

 

 振るわれた鎌をコキュートスは腕の一本に握った刀で弾く。

 

 「不動明王撃(アチャラナータ)!! 俱利伽羅剣!!」

 

 さらに残った腕に握る武器に攻撃スキルを乗せて少女に向けて連撃を放つ

 

 斬撃が連続して走り、振るわれた武器の軌跡に合わせて建物が切り裂かれる。余波で部屋の中のコキュートスの正面側にある壁と天井が轟音を立てて崩れ落ちた。

 

 「うん、舐めプよくない。初手に全力が正しいわ」

 

 「まぁ、そこがスタートラインなのがPvPだがな」

 

 モクモクと粉塵で視界が遮られるなか、一筋の閃光が水平に走った。

 

 「グハァ!!」

 

 コキュートスの胴体がスライドするように水平にズレると、次の瞬間には胴体が寸断されてボトボトと床に転がる。

 

 粉塵に体を溶け混ませながら、コキュートスの凍てつく体液を鎌に纏わせて少女は妖しく笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 「……次元切断(ワールドブレイク)?」

 

 「嘘だろ」

 

 モモンガ達の言葉を聞いたシモベ達が色めきだす。

 

 「モモンガ様! インラン様! お逃げ下さい!」

 

 「ちぃっ、あたしが出るわ!」

 

 インランはパワードスーツを脱ぐと、シモベの間を通り抜けて鎌を持つ少女に突進するように近づき、両手に出現させた大型の2丁拳銃の銃口を向けて発砲する。

 

 「ぎぃ! がぁ!」

 

 少女は腹部に受けた凄まじく重い衝撃に苦悶の声を浮かべながらも、手に持った鎌を振るう。

 

 再び一筋の閃光が水平に走り、インランの体に到達したところで、金属が激しくぶつかる轟音と共にピタリと止まった。

 

 「あ、これ次元切断(ワールドブレイク)だわ」

 

 「マジかよ。本物なのか」

 

 拳銃を手放したインランの手が、チョップするようにして鎌の刃先を受け止めていた。インランの手にノイズが走るように漆黒の籠手が現れて消える。

 

 払うようにして鎌をどかすともう片方の手を握り締めてインランは呆然としている少女の腹に流れるようにポンパンチをくりだした。

 

 空気の震える音を響かせて拳がめり込み、少女の体がくの字に折れ曲がる。もの凄い悲鳴を上げて少女は口から勢いよく吐瀉物を噴き出した。

 

 「ぐげぇッッッ!!」

 

 「ギルド長、コキュートスを」

 

 「了解」

 

 インランはさらに少女にたたみかけるように一撃一撃が極めて重い格闘を全て急所にくり出しながら、後ろのモモンガに声をかける。

 

 モモンガがエリクサーの瓶を床に倒れたコキュートスに投げると瓶が当たり割れることで中身がかかり、動画を巻き戻すように切断されていた胴体と千切れた腕がくっつく。

 

 コキュートスの再生が完了するのと時を同じくして、顎が砕けて顔面が崩壊した少女が崩れ落ちるように床にぶっ倒れた。

 

 さらにインランは倒れた少女の手足の関節を床を陥没させながら丹念に踏み抜いていく。

 

 「終わったわよ。危なかったわね」

 

 「さすがに俺もひやひやしたぞ」

 

 「危うく5億金貨を消費するところだったわ」

 

 「えっ?」

 

 「え?」

 

 

 

 




 インランは全身に世界級(ワールド)アイテムという最強の鈍器を纏っているので、普通に殴った方が下手に銃を撃つよりも威力があります。

 それとモンクのクラスも持っています。ガン=カタを扱えるクラリックのクラスの前提クラスのひとつなので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話:針のむしろ

やっぱりリョナ注意。


 

 スレイン法国。神都。

 

 神都の中でも身分の高い者達が利用する講堂は、見るも無残に半壊しており、壁と天井が崩れ落ちて青空が見えてしまっている。

 

 そんな講堂の中には多数の神官達と、それに対峙するように異形種達の集団があった。

 

 神官達は完全に萎縮しており、異形種達の一挙手一投足に竦み、慈悲を請うように頭を垂れている。

 

 そんな中で、すぐ傍で車に轢かれたカエルみたいになっている番外席次を尻目に、シュバババッと中抜きの省かれたアニメのように途中動作が見えないほど高速にシャドーボクシングをしているのは、異形種達を束ねる二人のリーダーのうちの一人であるインラン。

 

 「もっとスマートに決めたかったわね。また課題が増えたわ。セバスともっと模擬戦しないと」

 

 「まぁお前が努力家なのだけは認めてやってもいいがな、それ以上強くなってどうするんだ?」

 

 「目標ってのは存在することが重要なのよ。もうエロ漫画描いても読者もいないしお金にも使い道がないし課金もできないし、やりつくせないおっきな目標を作らないとね」

 

 「ふむ、俺も趣味を増やしてみるか」 

 

 「普通に100年単位でミッチリ鍛錬すれば、あたしでも格闘戦でたっちゃんに勝てるようになれるんじゃないかしら」

 

 「近接職は夢があっていいな」

 

 二人が暢気に話していると神官達が近くに来て次々に跪く。その中には先ほど部屋からダイナミックエスケープをかました第一席次の姿もあった。

 

 先頭で跪いていた壮年の神官長が代表して謝罪の言葉を述べると、一層深く後ろの神官達も頭を垂れる。

 

 「こ、この度は身内の不始末によってとんだご無礼を! なにとぞ! なにとぞご容赦頂きたい! どうかなにとぞ!」

 

 「そうね、あたしは楽しかったわよ」

 

 「楽しかったで済む話ではないな。こちらは大切なシモベの1体を危うく殺されるところだったのだ。俺は腸が煮えくりかえっているぞ。今にも暴れ出しそうだ。隣にコイツがいなければ間違いなく暴れているな」

 

 「え? なんで暴れないの?」

 

 「止めるついでにツッコミでお前に殺されそうだから」

 

 「あ、なるほどー。いやいや、そんなことはしないわよ」

 

 朗らかな顔をしているが、インランは敵意でも殺意でもないが非常に攻撃的で肌がひりつくような気配を纏い続けていた。番外席次との戦闘で火照った体を持て余している感じである。

 

 「愚か……実に愚か!」

 

 二人のプレイヤーと神官団が声のした方を見れば、ゴリラがいた。

 

 「ゴリラ! どうしてゴリラがここに……逃げたのね? 動物園の檻から自力で脱出を!」

 

 「いや、アルベドだろ」

 

 大口を開けてゴリラと化したアルベドがギラギラ光る金色の瞳で神官団を睨み付けていた。剛毛が股間だけでなく全身に広がっている。

 

 キングコングアルベドの周りでは他のシモベ達も隠すことなく怒気と殺気を振りまいていた。

 

 竜形態のセバスと蛙に退化したデミウルゴスも普段反りの合わないのとは異なり、今は仲良く怒り狂っている。

 

 さらにヤツメウナギもいるので、妖怪の百鬼夜行みたいになっていた。

 

 「もももっ、申し訳ありません!! どうかここは私の命を差し出すことで許して頂きたく!!」

 

 「ふ! ふざけるなぁあああ!! 至高の御方々に牙を剥いた罪が!! 虫ケラの命で贖えるはずがないいい!! 身の程をしれえええ!!」

 

 「ゆ……ゆるさん……絶対に許さんぞ虫ケラども! じわじわとなぶり殺しにしてくれる!! 一人たりとも逃がさんぞ覚悟しろ!!」

 

 「このゴリラと蛙怖いわ」

 

 「女って怖い」

 

 守護者達の本気の殺意と怒気に当てられて、神官団は震え上がっている。失禁や脱糞はまだ良い方で死にかけの虫みたいに床の上で痙攣している者達も出る始末である。この場に居る漆黒聖典の面々も顔面蒼白でこの世の終わりのような顔で震えている。

 

 「あたしめんどいからパス!」

 

 「はぁ、俺がこれを収拾するのか、もうギルド長やめようかな」

 

 疲労感を滲ませた顔でモモンガが呟くと、この事態をどう収束させようかと知恵を振り絞りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓。第六階層。地下大闘技場。

 

 以前の模擬戦による大破壊の後、完全に修復された闘技場内に、一筋の閃光が鋭く走る。

 

 「グハァ!!」

 

 袈裟切りに体を斜めに断たれたコキュートスが、凍てつく体液を撒き散らしながら地に伏した。

 

 地に体がつくよりも先に、インランが投げた薬瓶がコキュートスに命中、割れて中身がかかることで、次の瞬間には切断された体が元通りになっていた。

 

 「はいもう一回」

 

 「グゥ! 来イ!」

 

 立ち上がったコキュートスが構えると、巨大な鎌を構えて対峙している番外席次が、左右で色の異なる髪を振り乱すように首を振って悲鳴を上げた。

 

 「ひぃ! も、もうやだよぉ!」

 

 「るっさいわね。コキュートスが勝つまで終わんないわよ」

 

 コキュートスの手には、ナザリックが所有する世界級(ワールド)アイテムのひとつが握られ、盾として前に突き出されている。

 

 「あたしの籠手を貸して上げたいけど、コキュートスは防具付けられないからそれで頑張ってね」

 

 「オ任セクダサイ!」

 

 「こんなの狂ってるよぉ!」

 

 半泣きになって番外席次が叫ぶが、インランはそれを無視して言葉をつきつけた。

 

 「仕方ないじゃない、あんたのその攻撃スキルが狂ってるんだから」

 

 「やるしか、ないのだろうな、まさかワールドチャンピオンが遺伝するとは、本当にこの世界はどうなっているんだ」

 

 インランの近くで事のなりゆきを眺めていたモモンガも会話に割り込んでくる。

 

 「ワールドチャンピオンの一族が一斉に次元切断(ワールドブレイク)を引っさげてきたらギルドが落ちかねないわ。いや、そんな狂った一族がいたらだけど」

 

 「本来各ワールドに一人しかいないクラスなのだが、そこら辺の事情も気になる。これは検証することが山ほどあるぞ」

 

 「最低限、近接職の守護者には対策を身につけさせないといけないわねぇ」

 

 二人の廃人プレイヤーの目には狂気の光が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間を遡った頃。

 

 賠償金代わりに、番外席次がナザリックに身売りされてきた。

 

 ナザリックに連れてこられた番外席次は、もはやナザリック内での模擬戦施設と化した第六階層の地下大闘技場で、守護者達と一緒にモモンガとインランの話を聞かされていた。

 

 「ふっふっふ、あたし達は昔ワールドチャンピオンについて散々研究していたのよ」

 

 「何しろワールドチャンピオンが協力してくれたからな」

 

 「次元切断(ワールドブレイク)も当たり判定の穴とか、色々調べ尽くしたわ。」

 

 「世界級(ワールド)アイテムで次元切断(ワールドブレイク)を受け止められることも試していたぞ、まぁ物理的な盾として世界級(ワールド)アイテムを使用するというのは、制約が多すぎて現実的ではないという結論になったがな」

 

 饒舌に二人は語り続け、それをこの場に集った者達が真剣に聞き入る。

 

 

 それからも廃人プレイヤー二人の講義は続き、講義の内容は実践を交えたモノへと移っていった。

 

 徒手のインランと鎌を構えた番外席次が対峙する。

 

 番外席次の攻撃の予備動作で鎌が僅かに動いた時には、インランがまるで転移したように番外席次の眼前まで踏み込んでいた。

 

 全身の世界級(ワールド)装備がもたらす超絶の能力向上は、インランの近接職としての戦闘力を極限まで跳ね上げている。

 

 「な!? は、ぐげぇッッッ!!」

 

 モンクの職業スキルからくり出された容赦ないポンパンチが番外席次の鳩尾に深々とめり込み、圧搾された胃の中の内容物が番外席次の少女の小さな口から噴き出すようにして撒き散らされた。体が衝撃でくの字のようになったあと、地面に撒き散らされた吐瀉物の中に番外席次が崩れるように倒れ込む。

 

 「このようにワールドチャンピオンに対して一番簡単な対策は、とにかく殺られる前に殺ることよ。強力無比な各スキルも使われる前に潰してしまえば意味ないわ」

 

  床に転がり痙攣している番外席次には目もくれずに話が続く。

 

 「ただし、基本的にパーティを組んでいることがほとんどなので、これは実際難しいのが現実だ」

 

 「ワールドチャンピオンを先に倒そうと集中すると、その隙に敵パーティの他のメンツに袋だたきにあうわ」

 

 「まぁ、それを逆手にとって俺達はたっちさんを囮にしたりしていたんだがな?」

 

 「あとはそうね。こうやって」

 

 インランは自身の身長よりも全長が長い大型のライフルを取り出すと、傍に控えていたシモベの治癒魔法で回復してよろよろと立ち上がった番外席次の腕に狙いを付ける。

 

 激痛の余韻に顔を歪めていた番外席次は、自身に向けられた見たこともない長物を見て嫌な予感に総毛立った。嫌々と手を前に伸ばして空気を掻き混ぜるように振りたくり拒絶の意志を懸命に示す。

 

 「え? ちょ、まって! ぐぁッッッ!!」

 

 爆音と共に射出された弾丸が番外席次の振られていた腕の肘から先を粉砕した。

 

 「ほい、もう一発」

 

 「がああああ!!!」

 

 再び発砲音が響き、反対の腕の肘から先も吹き飛ばされた番外席次が悶絶する。

 

 「こうして後衛の狙撃で武器を装備する部位を使用不能にしちゃえば、次元切断(ワールドブレイク)などの凶悪な攻撃スキルの大半を封じて一時的に無力化することが出来るわ。まぁ近接職対策の定番よね」

 

 「昔ギルド抗争時にたっちさんが設置型の石弩に腕をやられてな。乱戦状態だったからそこからパーティを立て直すのが大変だったんだぞ」

 

 「あくまで一時的な無力化よ、パーティ組んでる場合はすぐに後衛の治癒魔法やポーションで回復されちゃうわ」

 

 インランがひぃひぃ言ってる番外席次にポーションを投げると、千切れた腕が元通りになった。

 

 「だからまぁ、連携がしっかりしてるパーティにとってはワールドチャンピオンも無敵ってわけじゃないのよ? ほぼタンクが無意味になるから最強の近接職なのは間違いないけどね」

 

 この場にいるシモベ達はモモンガとインランの話に聞き入るばかりである。実験動物のように扱われる番外席次に苦言を呈すものは誰もいなかった。

 

 創造主と同じく極めて善に傾いている性根を持つセバスでさえ、一連の行為に眉一つ動かしていない。

 

 それもこれも、番外席次が神都で行われた会談に乱入してコキュートスを倒し、何よりもモモンガとインランに向かって牙を剥いたことが原因だった。至高の存在に向かって次元切断(ワールドブレイク)を放ったという罪は、ナザリックのシモベ達にとっては筆舌に尽くしがたいほどの極めて重い罪なのである。

 

 一歩間違えば、その牙は至高の存在にさえ届いていたのかもしれないのだから。

 

 現に今もシモベ達が番外席次に向けるのは、向けられた側が質量を感じるほどの強い怒気と殺気であり、心を許している者は皆無である。完全に針のむしろの中で番外席次は絶望感と心臓をえぐり出されるような言葉に表せないほどの恐怖に苛まれていた。

 

 

 

 

 

 そして現在。

 

 「グハァ!!」

 

 「はいもう1回」

 

 「ちょ! ちょっと待って! 神様これはあんまりだよ!」

 

 「うだうだ言わないの、あんたはスキルのクールタイムを短縮させるために食事よ」

 

 「むぐぅ! ふぉお! 何これウマー!」

 

 番外席次の口にドーナッツが突っ込まれる。そのまま空いた手でインランがポーションを地面に倒れたコキュートスに投げると、コキュートスの切断された体が元に戻った。

 

 ガバリと起き上がるとコキュートスが構え、気合いを入れて叫ぶ。

 

 「モ、モウ一回ダ!」

 

 それを受け、整った顔を盛大に引きつらせて番外席次は鎌を抱きかかえるようにして怯えていた。

 

 「もうやだぁ! おうちかえる!」

 

 ついに番外席次は泣き出してしまう。

 

 「帰ってもいいけど、とりあえず近接職の守護者全員の相手が終わってからね」

 

 さらりとインランに言われ。番外席次は考えることをやめた。

 

 

 

 

 

 

 スレイン法国。神都。

 

 ナザリックから一時的に戻ってきた番外席次は、神都にあるとある建物の一室で椅子に座りぐったりしていた。手足が無造作に投げ出され虚脱感を感じさせる顔で背もたれに頭を乗せて天井をボーッと眺めている。

 

 部屋の扉からまだ年端もいかない童顔に黒い長髪の少年が入って来た。若くして神の血を覚醒させた。法国の特殊部隊である漆黒聖典の隊長を務める第一席次である。

 

 外見年齢は第一席次も番外席次も大差ないのであるが、実年齢は10倍くらいの開きがあった。

 

 第一席次は部屋の中にいた番外席次に目を止めると声をかける。

 

 「こちらにいらっしゃったのですね」

 

 「ああ……ただいま? なのかしらね……」

 

 「大分お疲れのようですね。神の地に召喚されていた感想をお聞かせ願いたかったのですが……」

 

 その言葉を受けて、番外席次の顔色が目に見えて悪くなる。

 

 「やめて……思い出させないで……」

 

 ぷるぷる震え出した番外席次に、第一席次は困惑した顔を浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 




 あれ? これギャグ小説じゃなくて、バトル小説じゃね?

 と見せかけてやっぱりギャグ。

 コキュートスが試し切りされる巻き藁状態。


 ★次元切断と世界級アイテムの関係(捏造)
 ・次元切断の破格の効果は世界級所持者にも有効。ただし世界級アイテムで”物理的に”次元切断を受け止めることは可能。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話:天使ちゃんマジ天使

追加NPC顔見せ回

短い


 

 

 

 「なんかアレでしょ? 天使とかカルマ値高そうなのがウケルんでしょ?」

 

 「そーみたいですねー」

 

 モモンガは目の前のことに気を取られ、返事に気が乗っていない。

 

 インランの嫋やかな手が動く度に、土塊に生命が宿っていく様を口を馬鹿みたいに開けて眺めていた。最初は非常に大ざっぱな造形だったものが、全体に手が入る度にその姿を現していくのはまさにアハ体験のようなものである。

 

 わずか数日で土塊は非常に完成度の高い彫像となっていた。

 

 「おk、よゆーよゆー」

 

 「しかし、インランさんはこの分野にかけては本当にもの凄いですね。これだけは普通に尊敬します。本当、なんで近接職なんてやってるんですか? 前にも言いましたけど、やっぱり本格的なクラフターの方が向いてるんじゃ……」

 

 「あんたねー、なんでゲームの中でまでリアルと同じことしなきゃなんないのよ。こういうのはリアルで十分間に合ってたわ」

 

 「ああ! なるほどー!」

 

 非常に腑に落ちたとモモンガは手を叩いて示す。

 

 「よし! 完成よ! まぁテンプレな感じだけど、この方が受けるんでしょ? どうせ違いなんて分かんないわよね」

 

 どこか遠い目をしながら、インランは出来上がった彫像を愛おしげに撫でていた。

 

 土塊色をした彫像の首が動き、インランを正面に捉えると、ニコリと微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 赤い髪の長髪を背中に流し、両目を布で隠し、背中から腰にかけて6対12枚の天使の翼を背負った美しい女性が、インランとモモンガの前で跪く。

 

 その体を美しく照明を反射する純白の金属鎧が覆っている。天使の羽の稼働を阻害しないデザインから、この女性のための特注品であることが窺えた。

 

 そうしたいかにも天使然とした女性が、容姿の通りの綺麗な声で感謝の言葉を述べる。

 

 「インラン様。この度創造して頂いたご恩、感謝の言葉では表せません」

 

 「はいはいいいわよ、気にしないでちょーだい」

 

 「お前はアレだ。法国とのパイプ役を担ってもらうことになる。お前の外見は人間種には非常に受けいれられ易いはずだからな」

 

 「ははぁ! このサマエル! 必ずやこの大任を果たしてご覧にいれます!」

 

 「装備は全部あんたのために新調したからね。素材を節約するために武器以外は全部伝説級(レジェンド)だけど。あんたが使えるようなら、おいおい神器級(ゴッズ)に変えたげるわ。まぁ賢者の石の生産速度だと結構先の話だろうけど」

 

 天使は纏っている装備を自身の体ごと抱きしめると、美しい顔を両目の眼帯から漏れ出た涙と鼻水でグショグショにする。

 

 「うう! あり! ありがだぎじあばぜ!」

 

 「そんなに感謝されると作ったかいがあったわ」

 

 

 

 

 

 

 それから暫く時間が経った。

 

 ナザリック地下大墳墓、第九階層。

 

 インランは私室で裸のメイド達を前に地上から取り寄せた画材を嬉々として弄り回していると、インランが作ったNPCである天使のサマエルが扉を破壊する勢いで飛び込んできた。

 

 「インラン様! 悪しきケダモノ共を駆逐する許可を頂きたいのですが!」

 

 「悪しきケダモノ? 何よソレ?」

 

 「ビーストマン共です。インラン様の所有物たる人間達を食い荒らしているそうです!」

 

 「むぅ、数は?」

 

 「竜王国という人間の国を脅かしているモノだけでも十万は下らないそうです! レベル帯は概ね15から25前後。ニグちゃんの走査ではレベル40を越す上位個体もいるとのことです!」

 

 「よくその人間の国が生き残ってるわね。もしかして特別強い人間達の国だとかそんな感じかしら?」

 

 「いえ! 法国から特殊部隊を派遣し、なんとか持ちこたえているそうです! どうか私に出撃の許可を下さい! この世からケダモノ共を浄化してみせます!」

 

 ふんふん!と鼻息荒く捲し立てるサマエルに若干インランも押され気味になる。

 

 カルマ値300の極善の善性を持つ天使であるサマエルには耐えがたい事態らしい、意見を通すために念話ではなく直接対面しに来たことからも気合いの入りようがインランに伝わってきた。

 

 それでも、インランは気になったことを聞いてみることにする。

 

 「……なんでそんなに人間の肩を持つの? 人間もビーストマンも大きな括りでは人じゃないの」

 

 「それは! いかにも天使っぽいからです! 人に仇なす異形を殲滅する! まさに天使の本懐じゃないですか!」

 

 「お、おう…… さすがあたしの子供ね」

 

 メッチャキラキラした瞳(イメージ)でそう断言されては、インランには二の句が継げなかった。ロールプレイは楽しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜王国。ビーストマンの領地と接する最前線の砦。砦の前にはビーストマンの大軍が押し寄せ地平線まで埋め尽くしていた。

 

 砦の上で、泉の如くわき出る金色の粒子が、鮮やかに二人を輝かせる。

 

 その場の誰もが目を離せず、砦の内と外全ての視線が吸い寄せられた。

 

 神々しい笑みを浮かべた天使は6対12枚の翼を広げ、美しい剣を握った手を空に向けて伸ばす。

 

 同じく隣に佇む少女の姿をした神も無垢な笑顔で手を空を掴むように掲げた。

 

 瞬間。神の周囲を光の帯が覆うように走り、神を中心とした球状に光る梵字が並ぶように浮かびあがる。

 

 「天光満つる処に我はあり……」

 

 「闇よりもなお昏きもの、夜よりもなお深きもの」

 

 二人が厳かに紡ぐ言霊が世界の理を書き換えていき、その余波で砦が震える。

 

 「混沌の海にたゆたいし、金色なりし闇の王」

 

 天使の掲げる剣に魔力の光が宿っていく。

 

 「黄泉の門開く処に汝あり……」

 

 「我ここに汝に願う! 我ここに汝に誓う!」

 

 天使の剣に纏わり付いていた魔力が漆黒の稲妻に変わり、神を取り囲む光る梵字の並びはいっそう輝きを増した。

 

 「出でよ神の雷!!」

 

 「我が前に立ち塞がりしすべての愚かなるものに、我と汝が力もて等しく滅びを与えんことを……!!」

 

 天使の剣に纏わりつく黒き稲妻が激しい奔流となり天まで際限なく昇っていき、神を覆う梵字の光は最高潮となり漏れ出す魔力の奔流で砦は崩れんばかりに揺さぶられる。

 

 「インディグネイション!!!!!」

 

 「重波斬(ギガスレイブ)!!!!!」

 

 天使と神の叫びが重なり、一瞬で球体状の光る文字列が神の手の中に収束、天使の黒き稲妻の剣と同時に目の前に振り下ろされた。

 

 漆黒の極大の稲妻が平原をどこまでも奔り、雲ひとつない天空から神の雷が一斉に平原中に降り注ぐ。

 

 神威は平原を舐めるように地平線のかなたまで届き、地平線を埋め尽くすビーストマンを呑み込み一瞬で蒸発させていく。

 

 一連の神の御業が収束すると。後には、地平線まで続く抉れた大地だけが残っていた。

 

 砦の前を地平線まで埋め尽くしていたビーストマンの大軍はどこにも存在しない。1匹も残すことなく全て浄化されている。

 

 「「「うぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」

 

 黒い髪を左右に結った少女の姿をした神と、赤い長髪の12枚の純白の翼を背負った熾天使(セラフィム)の御業に、砦の上で一部始終を見ていた法国の魔法詠唱者の面々が狂気乱舞した。

 

 「私は人間に仇なすモノを断ち切る神の剣!! これは神意である!!!」

 

 美しく装飾の多い剣を構えて天使がポーズを取ると、さらに大きな歓声が上がる。

 

 天使は正しく仕事を果たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第十階層、ナザリック執務室。

 

 部屋の中央に置かれたソファーにインランと一緒に座ったサマエルは、ベタベタとインランの体を触りながら耳元で大声で喚き立てる。

 

 「インラン様! 人間の相手は楽しいですぅ!」

 

 「そうなの、良かったわね」

 

 サマエルは肩に回した腕をインランのパーカーの胸元に差し込んで胸を直接揉みしだく。

 

 「なんか凄くチヤホヤされて! もの凄く気分が良いんですよぉ!」

 

 「そうなの、良かったわね。ちょっと! 今はダメよ!」

 

 ガバリとサマエルがインランに抱きつく。その手はインランの太ももをさすさすと撫でまわしていた。

 

 その手がふとももから上がっていき、パーカーの裾の中へと入っていく──ところで、インランは太ももをキュッと締めることでガードする。

 

 インランとサマエルの視線が交差した。

 

 「それじゃあ! 私は勅命を果たすため、法国に戻ります!」

 

 「おう、当分戻って来なくていいわよ」

 

 ガバリとサマエルが立ち上がると、テーブルに置いていた武装を身につけて、出かける準備を始める。慌ただしく部屋の扉まで行くとインランの方を振り向いた。

 

 「またまたぁ。ちょくちょく顔を出しに来ますね!」

 

 そう言い残して、サマエルは部屋から飛び出していく。

 

 それを見届けると、インランは執務机の前の椅子に座って書類を捲り執務に取りかかっているモモンガに声をかけた。

 

 「なんかサマエルってウザくない?」

 

 「いや、インランさんよりは」

 

 「そう(無関心)」

 

 「こいつ……」

 

 インランが返答に気のない返事を返すと、カチャカチャとした音が執務室に木霊し始めた。

 

 黙々とルービックキューブの面を揃える作業に戻ったインランに、モモンガは苦々しく顔を歪める。

 

 「出来た! ホラ見てよコレ!」

 

 インランが突然叫ぶと立ち上がり、モモンガに手に握ったルーブックキューブを見せつけてくる。

 

 6面の色が揃っていた。

 

 無垢な笑顔を浮かべ、インランは大声でモモンガに叫びながら執務机まで恐るべき速度で近づいてくると、モモンガの目の前にルービックキューブをちらつかせてくる。

 

 「これ凄くない!? あたし凄いわよね!? ホラホラ!!」

 

 「ウゼェ……」

 

 モモンガは手元の書類を思わず握りつぶす。握り締めた拳がぷるぷると震えていた。

 

 「いいからちゃんと見なさいよ!! そして褒め称えなさいよ!!」

 

 「うるせーよ!! お前仕事しろよおおお!! 執務室でカチャカチャカチャカチャうるさいんだよおおおお!!」

 

 執務机に拳を叩きつけ、モモンガは切れた。

 

 「何よ! いいじゃない少しくらい遊んだって! いいわよ、デミウルゴスに自慢して褒めてもらうわ! ちょっとデミウルゴス呼んできて!」

 

 インランが壁際に控えていたメイドに声をかけると、恭しく頭を下げてメイドが部屋から出ようとする。

 

 だが、モモンガがソレを止めた。

 

 「デミウルゴスは地上に出てるだろうがああ!! お前! ふざけんなよおお!!」

 

 「ふざけてないわよ! 遊んでるのよ!」

 

 もう恒例行事と化しつつある支配者達の痴話喧嘩に、メイド達も若干遠い目をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第九階層のバー。

 

 地上に任務で出かけていた者達も運良く時間が取れたため、セバスと埴輪を除く全ての守護者がこの場に一同に会していた。

 

 「ついに……この時が……きたでありんす……」

 

 「インラン様の御手によって創造されたシモベ……!」

 

 アルベドとシャルティアが離れた席で固まり戦々恐々としているなか、件のサマエルはかっぱかっぱとマスターが出す酒を次から次に喉に流し込んでいた。

 

 「あははは! この世界ってサイコーですね!」

 

 「そうかね。私も仲間が楽しそうでいると嬉しいよ」

 

 「ウム。然リダ」

 

 「ところで、法国の方は大丈夫なのかい? 君の担当なのだろう?」

 

 「あー、なんか人間達が凄く張りきってるので、多分大丈夫ですよー」

 

 酒によった赤ら顔でサマエルがデミウルゴスに答える。

 

 「ちょっと! ナザリックのシモベが至高の御方々から与えられた任務に対して多分では困ります!」

 

 「そうでありんす! そうでありんす!」

 

 アルベドとシャルティアは肩を組むようにしてカウンター前の席に座ったサマエルに近づき、苦言を呈した。

 

 「んー、でもぉ、絶対はこの世にはないですからー。直近の脅威となりそうな存在はあらかた浄化しちゃいましたしぃ、今までは何とか持ちこたえていたのがかなり楽になってますから、まぁ超余裕で大丈夫ですよー」

 

 大量の酒でべろんべろんになりながら、若干呂律の回っていない口で弁解するサマエル。

 

 「ふむ、インラン様の被造物である君がそう言うならば、それは正しいのだろう」

 

 「まぁー、本当に拙い時は私が召喚に応じるようにマジックアイテムを配ってますからぁ、多分らいじょーぶれすよ」

 

 わさわさと背中の12枚の羽からインランと同じ金色の粒子である神気を散らし、地上領域守護者サマエルはそう締めくくった。

 

 

 

 

 




 天使(種族的な意味で)

 サマエルは大成するよ。間違いない。きっとドラグスレイブもバンバン撃つね。

 赤髪なのは察して。


 ファンタジーゲームのあの無駄に長くて仰々しい詠唱も、自分で書くと楽しい。モモンガに黒棺詠唱させよう。


 あとナザリックはNPCポイントに結構遊びあると思うから、捻出しようと思えば結構出来そう。出来そうじゃない?

 ドラグスレイブとR−18版のガチムチパンツレスリングが出せるなら俺はどんな捏造だってしてみせる



 ルビクキューは解法暗記しちゃえば簡単。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話:それでも世界はまがまがしい

 

 

 

 この国で考えられる最も上等な盗聴対策と防諜が施された部屋の中に、秘書官の蕩々とした声が響く。

 

 「竜王国に天使と神が降臨したそうです。神の領域の大魔法によって十万体以上のビーストマンを一瞬で殲滅させたとのことです」

 

 「ははは、ウケルー!」

 

 「……陛下」

 

 「……分かっている」

 

 その声を無視して、秘書官はどこか諦めた顔で蕩々と追加情報を述べていく。

 

 「放っている諜報員を駆使して裏を取ってみましたが、これはかなり確度の高い情報であることが分かりました」

 

 「分かっていると言っているだろう!!!」

 

 豊かな髪を掻き毟り、整った顔を悲嘆に歪めながらこの国で最も位の高い男は叫ぶ。秘書官はそんな顔を見たことはなかったし、見たくもなかった。しかし、己の職務に忠実な彼はなおも言葉を吐き出し続ける。

 

 「法国の宣言した神の降臨という話は、今までに得た情報と先の情報を合わせ、もはや事実と見るほかありません」

 

 「……何故今なんだ。帝国の地盤を固め、コツコツと王国を弱体化し、さぁこれからという時になって、何故神の降臨などというふざけた話が飛び込んでくるのだ」

 

 弱々しい声が秘書官の耳に届くが、彼は無慈悲にも追撃の言葉を浴びせた。これも国のためを思ってのことであった。

 

 「……陛下、それに関してさらにお耳に入れたい情報があります。フールーダ様が」

 

 「もう聞きたくない」

 

 子供のように耳を塞ぎ、男は椅子の上で身を固くちぢこませる。

 

 「フールーダ様が!! 是非なんとしても神へ接触したいと申しております!! これが聞き入れられない場合は、帝国から離反することも辞さないと!! 私は直接、それはもう凄い剣幕で脅迫されました!! むしろ陛下の許可を頂くまではとなんとか引き留めたことを評価して頂きたいほどです!!」

 

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!!」

 

 髪を乱暴に掻き毟りながら、鮮血帝は声にならない叫び声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国。エ・ランテル城塞都市。

 

 王国の国益上非常に重要な一大拠点である。隣接する各国との交通の要衝としての交易都市であり、バハルス帝国と面した城塞都市でもある。

 

 堅牢な高く分厚い石壁に三重に守られた都市構造は、この都市が砦でもあることを都市を利用する人々に認識させる。さらに難攻不落だとも。

 

 そんな誰もが難攻不落だと考える砦は、内側から陥落しようとしていた。

 

 「もう持たないぞ!!」

 

 「応援はまだなのかよお!! 俺達に死ねっていうのか!?」

 

 「もう近場の衛兵は全部来てるんだ! これ以上の応援が来るには時間がかかるぞ!!」

 

 夜のエ・ランテル共同墓地は高い壁に囲まれ、唯一の出入り口は鉄の扉によって固く閉じられている。

 

 だが、墓地を囲む壁の上からボトボトとアンデッド達が器から水が溢れるように止めどなく出てきては生者である衛兵達に向かってゾロゾロと向かって来ていた。迎え撃つ衛兵達はそれなりの数が揃っており、お互い適度に距離を取りながら向かってくるアンデッド達を槍と剣で退治していく。

 

 それでも、壁の外に出てくるアンデッドは際限なく増え続け、数の前に衛兵達はじりじりと後退することを余儀なくされていた。

 

 「ちくしょう!! 俺は逃げるぞ!! こんなところで死ぬなんて嫌だ!!」

 

 「おい待て!! この後ろの壁の向こうには街があるんだぞ!!」

 

 「くそが! せめて家族だけでも逃がすぞ!」

 

 「避難が終わるまでは……!」

 

 「今は夜中だぞ! どれだけ時間がかかるんだよ!」

 

 「扉を封鎖して内側の壁の中に篭もるしかないかもしれんな」

 

 絶望的な状況に衛兵達の士気が下がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓。第九階層。

 

 インランの私室で、裸に剥いたアウラをモデルにインランが大変高尚な絵画を描いていると、扉がノックされメイドによって開けられた。

 つかつかと部屋の中に入ってきたモモンガは《現断(リアリティスラッシュ)》を存分に叩き込んだ後で先ほどもたらされた情報をインランに伝える。

 

 アウラは服を着るとモモンガに退出を促され、真っ赤な顔で出ていった。

 

 「アンデッドの大群? 中々面白いイベントね。クリア報酬は特大データクリスタルかしら。やっぱり確定ドロップはおいしいわよね」

 

 「いや、死者の書じゃないですか?」

 

 「糞運営のことだから、どうせ微妙な消費アイテムでしょ。1時間だけ金貨・経験値獲得量1.5倍みたいな」

 

 「あぁーありえるー」

 

 「ふぅ、で?」

 

 「いや、リ・エスティーゼ王国のエ・ランテルという城塞都市でアンデッドの大群が出現したそうですよ」

 

 「あらー、ギルド長も結構ブイブイ言わせてるのね。さすが悪のギルドだわ」

 

 「俺じゃないですよ」

 

 「そうなの? じゃあ誰よ?」

 

 「アンデッドが大量に隠れてたのか、《死者の軍勢(アンデス・アーミー)》みたいな魔法なのか、この世界特有の現象なのかはまだなんとも」

 

 「なんか面白そうね。ちょっと見てみましょうよ」

 

 遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)を取り出すと、インランとモモンガは現場をソレで確認する。

 

 「ゴミみたいなアンデッドも数が揃うとなんか強そうに見えない? 見えないか」

 

 「まぁコレだけ数が揃ってると自然と上位のアンデッドが出現しますから、このままだと現地勢にはかなり厳しいんじゃないですか?」

 

 「おお、喰われてる喰われてる。あれねゾンビ映画観てる気分だわ」

 

 「しかし、この都市はもう終わりかもしれませんね。現地勢にどれだけ強い個体がいるのかは分かりませんけども、この程度の雑魚アンデッドに人間側が手こずっているようでは、この先出てくる上位アンデッドは処理できないでしょう」

 

 「んー、ちょっと話が低レベルすぎて合ってるか自信ないんだけど、今ならレベル30位のパーティでなんとかなりそうじゃない? デスナイトが複数出てきたら厳しいだろうけど、その前ならなんとかなりそう」

 

 「インランさん、レベル30とかこの世界では英雄の実力らしいですよ。要するに滅多にいないってことです」

 

 「え゛、そんなに弱かったかしら? あたしが良く行くエルフの街の宿屋の女将さんは普通にレベルそれくらいあるんだけど」

 

 「エルフは長命ですから、長い時間をかけて経験値を貯めることが出来るからじゃないですか? 恐らく若い個体はただの人間と差はないはずです」

 

 「ああ、なるほどー。女将さんは300歳超えてるもんね。年聞いて超年上のババァ口説いてるのかと一瞬変なトキメキがあったわ」

 

 「しかし、どうしましょうか? このまま放置します? 多分地図からこの都市が消えますよ」

 

 「ここは逆にナザリックの高レベルアンデッドを放ってアンデッド側に加勢するってのは?」

 

 「えぇ……? なぜです?」

 

 「いやぁこれが人為的なものなら、きっとギルド長やこのギルドと話が合いそうじゃない? カルマ値低いわよきっと」

 

 「ふむ…… どうしたものか」

 

 「それに《死者の軍勢(アンデス・アーミー)》って位階いくつ?」

 

 「第七位階です」

 

 「それって50レベル代ってことでしょ? 現地勢にしては中々強いんじゃないの? この世界でそれだけ高レベルだとレアな知識とかレアなアイテムとかレアな人脈とも持ってるかもよ。あたしはそっちの方が興味あるわね」

 

 「まだ《死者の軍勢(アンデス・アーミー)》と決まったわけではないんですが…… まぁ良いでしょう、今回の騒動の背後にいる者と接触することを優先して、有用そうなら取り込む感じで」

 

 「じゃあ援軍を送ってあげましょうよ。恩を売っておくのよ」

 

 「青褪めた騎士(ペイルライダー)10体くらいと中位アンデッドも適当に送っておきましょうか。俺、地道にコツコツ死体から作ってたんですよ」

 

 「精霊創造に使える依代が見つかればあたしもストック出来るんだけどねぇ」

 

 話し合いは一区切りつき、モモンガはシモベに命じて墓地に援軍を送ることにした。

 

 

 

 

 

 エ・ランテル共同墓地。

 

 一時は押されていたが、エ・ランテル冒険者組合が誇る高ランクの冒険者達がすぐに援軍に駆けつけたことで、今は人間側が優勢になっていた。

 

 上位のアンデッドが増える前に強力な援軍が迅速に駆けつけた事が明暗を分けたといえる。

 

 「イケル! 勝てるぞ! 俺達は!」

 

 「やっぱり冒険者は頼りになるな。さすが本職だ」

 

 衛兵達も士気を取り戻し、後方支援に回っていた。

 

 

 

 

 

 エ・ランテル共同墓地。墓地の奥へと進んだ場所。

 

 「至高の御方の意志だ……死ぬがよい……」

 

 「せめてもの慈悲に苦しみのない速やかな死を与えてやろう……」

 

 「かかってくるがよい……御方の力の片鱗……とくと味わえ……」

 

 ゾロゾロと蒼炎を全身から漂わせた騎士風のアンデッド達が統制の取れた動きで墓地に並んでいた。

 

 「なんだコイツら!?」

 

 「こんなアンデッド見たこともないぞ!?」

 

 「アンデッドがここまで流暢に話すものなのか? 恐らくかなり高難度のモンスターだぞ!」

 

 エ・ランテルが誇る中では最高ランクの冒険者パーティは、墓地のアンデッドを殲滅しながら進んだ先に待ち構えていた見たこともないアンデッドに非常に警戒した様子で対峙する。

 

 これまで幾度も死線を潜り抜けてきた彼等は、目の前のアンデッドが尋常な難度ではないことを知識と経験と勘から確信していた。

 

 「クソォ! 一旦退くぞ! コイツらはヤベー!」

 

 「「「おう!」」」

 

 パーティのリーダーと思わしき男が、荒っぽい口調で叫ぶ。パーティメンバーはその言葉に素直に従い、すぐさま後退を開始する。

 

 アンデッドの騎士達は全力で撤退していく者達に対して特に追撃するそぶりは見せなかった。やがてある程度の距離が離れると、冒険者達は背中を見せて全力疾走で逃げていく。さすがにある程度のランクにある冒険者だけあってその疾走速度はこの世界の基準では非常に速かった。

 

 「愚かな……」

 

 「慈悲を与えてやったのに……」

 

 「苦しみ悶え絶望し……死ぬがよい……」

 

 全力で後退していく冒険者達の足元の地面から青白い手が複数飛び出すと足を掴む。

 

 「な!?」

 

 「馬鹿な!? 探知には反応なんてなかったぞ!?」

 

 地面に転がった冒険者達は足を掴んでいる青白い手に各々の武器を突き立てるが、皮膚に悉く弾かれてしまった。

 

 「拙い拙い拙い!!」

 

 やがて地中から肥満体の上に長い首をもち全身をところどころ血で赤く染まった青白い皮膚に包まれた異形のアンデッドが複数飛び出してくる。

 

 身の毛もよだつ奇怪な鳴き声を上げながら、体を左右に揺らすようにしてじりじりと地面に倒れた冒険者達ににじり寄ってくる。

 

 「キィイィイイィイィイイィッッッ」

 

 「クケケクケケケクケクケケケッッッ」

 

 「また見たこともないアンデッドかよぉ!!」

 

 「武器が効かない! 拙いぞ!」

 

 「だから前に出過ぎだって俺は言ったんだよぉ!! イグヴァルジィィィ!!!」

 

 「うるせぇええ!! こんなところで死んでたまるかよぉおおおお!!」

 

 リーダー格の男ががむしゃらに武器を足を掴む地面から生えた手に向けて振るうが、やはり皮膚に弾かれて全く効果がなかった。

 

 冒険者のひとりのすぐ傍までにじり寄ったアンデッドは、歯が剥き出しになった口をかぱりと開くと首を長く伸ばして腹に噛みついた。

 

 「ぐあぁああ!!」

 

 アンデッドが首を上げると、血塗れの口に引き釣り出された腸が腹に繋がったままずるずるとぶら下がっている。グチグチと水っぽい音を起てながらソレを噛みしめて啜るようにアンデッドは呑み込んでいく。

 

 「キィィイイイィイイイイッッッ」

 

 「ひぃ!? 来るな! 来るんじゃねぇえ!!」

 

 同種類の別個体のアンデッドが、まだ無事なリーダー格の冒険者に奇怪な鳴き声をあげながらじりじりとにじり寄っていく。

 

 向けられた頭部に向かって武器が激しく降られるが、やはり皮膚に弾かれ全く刃が通らない。

 

 頼みの綱である高価なポーションを投げつけてみたが、多少皮膚が焼けた程度で全く怯む様子もなかった。

 

 「ざっけんなぁ! なんなんだよこいつはよぉおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「前線はほぼ壊滅状態だそうです……」

 

 「馬鹿な……! ミスリル級のパーティも出ているんだぞ!?」

 

 今は夜中であるが、緊急事態のために冒険者組合に居た冒険者組合組合長のプルトン・アインザックはその報告に頭を抱える。

 

 「墓地の中程までは順調に殲滅が進んでいたのですが、そこで他に類を見ないほどの非常に高難度の新種のアンデッドが突如大量に出現し、一気に前線が瓦解したとのことです。ミスリル級であるイグヴァルジのパーティは墓地の奥まで単独で向かっており、誰も確認に向かえないため現在消息不明です」

 

 「なんということだ……ミスリル級でも勝てない難度のアンデッドの群れなど、もはやエ・ランテルの戦力ではどうしようもないぞ……パナソレイ氏は?」

 

 「現在この組合まで向かってきているそうです。もう間もなく到着するかと」

 

 「せめて魔法詠唱者がもっと育っていれば……」

 

 この国の魔法詠唱者への冷遇はアインザックの目には非常に愚かな行為に思える。今回のアンデッド達も優秀な魔法詠唱者の数が多ければかなり楽に対処出来ただろう。アンデッドは基本的に斬撃や打撃などの物理攻撃に耐性を持っているため近接武器では頭部以外への攻撃は効果が薄いため数体程度ならばともかく一度に多数を相手にすると難度が跳ね上がるのだ。こういったアンデッドは火炎魔法で一気に焼いてしまうのが最も効果的である。例外はあるが。

 

 「もう墓地からわき出てくるアンデッドを抑えこむのは不可能と判断して生き残りは街がある壁に向かって後退を始めているそうです」

 

 「壁の中に篭もって王国からの援軍を待つしかないかもしれんな……」

 

 アインザックは現状最も無難な選択を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテル共同墓地周辺が映し出された遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)を眺めながら、インランとモモンガはソファーに座って茶菓子を食べながら寛いでいた。

 

 「なんか援軍送ってなかったらアンデッド達は負けてたくさい?」

 

 「ですねぇ。さすがに街にはマトモな戦力が居たみたいですね」

 

 「うーん、墓地から人も掃けたし、そろそろ大量のアンデッドを放った奴に会いに行きましょうか?」

 

 遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)に移る映像が切り替わり、広い空間の中に佇む禿げ頭の壮年の男が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 哄笑が地下空間に響き渡る。

 

 此度のエ・ランテル共同墓地のアンデッド騒ぎの首謀者であるカジットは、宝玉を握りしめ禿げ頭を脂でテカテカに光らせて狂ったように大笑していた。

 

 「はははははは! 上位のアンデッドがこうも大量に生まれるとはな! 素晴らしい! 素晴らしいぞおおお! 儂の悲願がもうすぐ叶うのだ!! わはははははは!!」

 

 「う、うーん。 とんでもないわね。 混乱に乗じて逃げようと思ってたのになぁ…… これじゃ外に出れないじゃないのよ。 カジっちゃん。生まれた上位のアンデッドに私を攻撃しないように命令できないのぉ?」

 

 それとは対照的に、程よく筋肉質で肉感的な体にビキニアーマーを纏った金髪をボブカットにした美女であるクレマンティーヌは困惑と苛立ちに顔を歪ませていた。カチャカチャと手で愛用するスティレットを弄びながらカジットに問う。それに返ってきた答えは否定だった。

 

 「出来んのだ。《死者の軍勢(アンデス・アーミー)》で生み出した低位のアンデッド達には、完全には従わないまでも少しは命令を与えられたのだがな。生まれた上位のアンデッドには全く命令が出来ん。全て無視されてしまうし、そもそも繋がりというものを感じんのだ」

 

 「えぇー、それは凄く困るなー」

 

 「う、うむ。お前には大変な恩義があるからな、儂もなんとかしてやりたいのだが……ん!?」

 

 「何だ!?」

 

 突如床から黒い靄のようなモノが壁のように立ち上り、カジットとクレマンティーヌ、それと後ろに控えていたカジットの高弟達が警戒する。

 

 「はぁい。元気してるかにゃー?」

 

 「うへぁ……、気持ち悪いので自重しろ」

 

 「ブッコロ」

 

 黒い靄の中から、裸体に胸元が大きく開いた一枚の裾の短いワンピースのような服を着ただけの、クレマンティーヌを超える痴女ファッションで、黒髪を左右に2房結ったありえないほど美しい少女と、非常に上質で大変手の込んだ意匠が施された漆黒のローブを纏った黒髪の利発そうな顔立ちの青年が出てきた。

 

 「な、なんだ貴様達は!?」

 

 「なんだてめぇらは? ……ただ者じゃないね?」

 

 警戒心を全く隠そうともせずに、クレンマンティーヌとカジットは各々の武器を構えて臨戦態勢でいる。

 

 それに対して、少女と青年は気さくな態度で接した。

 

 「いやいや、ほらぁ、あたしたちぃ、あんた等を助けてあげたのよ?」

 

 「はぁ? 何言ってんだてめぇ?」

 

 「まぁまぁ、落ち着くが良い。お前達のアンデッドの軍勢に俺達がさらに強力なアンデッドを加勢として送り込んでやったから、街の人間達に勝てたのだぞ」

 

 「なんじゃと? いったいどういうことだ。説明しろ」

 

 「ちょっとカジっちゃん。こいつらヤバいよ。暢気に話してる暇は……」

 

 警戒を一切解かず、むしろより警戒を強めたクレマンティーヌが少女と青年を視界に入れたままカジットに向けて喋った。

 

 それを一笑にふしながら青年が説明を続けると、それに追従する声がこの空間の唯一の出入り口のある階段の方から聞こえてくる。

 

 「ふ、俺達にはお前達に危害を加えるつもりはないぞ。それどころか逆に加勢したのだからな」

 

 「御方々の言う通りである……」

 

 「貴様等……頭が高いぞ……そちらにおわす御方々をどなたと心得る……」

 

 「処す……? 処す……?」

 

 蒼炎を全身に纏った騎士風のアンデッド達が、階段に続く入り口に立っていた。

 

 「んなぁ!? なんでアンデッドがここに!?」

 

 「どういうことじゃ!? まるで意味が分からんぞ!!」

 

 混乱の極みに達したカジットとクレマンティーヌを見ても少女と青年は親しみのある態度を崩さない。

 

 「なに、俺がそこのアンデッド達を作ったのだ。そしてお前達に加勢させたということわけだ」

 

 「これあたし来なくてよかったかも」

 

 「せやな」

 

 

 

 

 

 

 

 




 クレマンティーヌちゃんマジ天使

 異形種の感性で、カルマ値低いと人間の街を潰すのは蟻の巣を潰すのと感覚的に大差ない

 倫理観壊れる


 デドハンドの効果は、恐怖恐慌錯乱状態にして獲物の判断力と動きを低下させることです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話:ああ!! 逃れられない!!

エロ注意

以前投稿した15話はこの話に書き直し。


 

 

 

 

 

 インランとモモンガの二人に対峙するのは、カジットとその高弟達とクレマンティーヌ。

 

 対峙する面々は彼我で温度差があった。

 

 片方はまるで平時のように気楽な様子で朗らかに談笑している。

 

 「ふむふむ、……何これー? カワイーじゃない」

 

 「変わったスケイルアーマーだな。 どれ俺が貰っておこう」

 

 モモンガが手を伸ばすと、インランはそれをひらりと躱す。

 

 「プレートの色がバラバラなのは女の子のオシャレね? 分かるわー。あとスケベなギルド長は後でアルベドにチクっておくからね」

 

 「多少の色目ぐらい俺にも使わせてくれよ。アルベドの目があるからメイドにも手が出しづらいんだぞ」

 

 インランは表面を鱗のように多数の色とりどりの小さな金属プレートで覆われたブラジャーを手に持って掲げている。

 

 「か、返せ!」

 

 胸元を片手で抱えるように押さえて巨乳を腕から零れさせながら、クレマンティーヌが赤らめた顔を怒りで歪めて叫んだ。

 

 「まぁコレは貰っておくわ」

 

 虚空に開いた穴にインランはブラジャーを投げ込む。それを若干羨ましそうにモモンガが見ていた。

 

 

 

 しきり直しとばかりにモモンガはちょっとだけ真面目な顔を作る。

 

 「勇気と無謀は違うぞ?」

 

 「くそがッッッ てめぇら! 神人だな!?」

 

 「なんじゃと!?」

 

 「次はパンティーを脱ぎ脱ぎしましょうねぇ? ウェヘヘヘヘ」

 

 宝石のように美しい顔を台無しにするレベルで鼻の下を伸ばしたスケベェな顔になったインランがじりじりと近づき、クレマンティーヌはスティレットを両手に1本ずつ持って覚悟を決めた顔で構える。前傾姿勢になり剥き出しのおっぱいが重力に引っぱられてぷるんぷるんしてるが、貞操と命の危機に恥ずかしいだの言ってられない。

 

 「ふざけんな! 《能力強化》! 《能力超強化》! 《疾風走破》!」

 

 武技を全開で発動したクレマンティーヌが、モモンガには捉えきれないほど速く、インランには非常に遅く感じる速度で突進してくる。

 

 「えいえいえいえいえい」

 

 「あは!? んふ!?」

 

 インランは突進の速度のまま突き出されたスティレットを回避するとそのままクレマンティーヌに平行するように後ろに後退しながら剥き出しのおっぱいを揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み。

 

 「良いおっぱいね!」

 

 「やめ!! 離れろおおおお!!!」

 

 クレマンティーヌは体を捩り後ろに跳躍して逃げようとするが、インランはその動きに完全に追従してひたすら胸を揉みしだき続ける。

 

 密着するような距離のインランに対してスティレットが何度も突き出されるがその悉くをすり抜けるように回避しておっぱいをたぷたぷしたり先端を引っ張ったりして弄び続ける。

 

 「んふぅ!! ひ! ひゃああああ!! この!! このおおおお!!」

 

 「ああー良い! 興奮してきた! この場で10発くらいヤっちゃおうかしら!」

 

 インランの下腹部ではパーカーの裾を押し上げるようにムクムクとご立派様が存在を主張していた。

 

 「うわぁ……」

 

 「なんじゃアレは……」

 

 モモンガとカジットはドン引きしつつも戦慄している。

 

 

 

 

 数十分後。

 

 「は! はぁ! も、やめてくれ……!」

 

 「あーやーらかい」

 

 たぷたぷたぷたぷたぷたぷ。

 

 まだインランはクレマンティーヌのおっぱいを楽しんでいた。

 

 クレマンティーヌはインランの肩を掴んで引きはがそうとしているが、ビクともしていない。その顔は上気して全身に汗を滲ませている。

 

 「なんと!? お主等が法国の宣言した神々とな!?」

 

 「そうそう。どうだ? 俺達の配下にならないか、最高の待遇を約束しよう」

 

 モモンガとカジットは、二人をまるで居ない者のように扱って話を進めていた。

 

 「むぅ、儂も元は法国の人間だからな、神については多少は理解があるつもりじゃ。何か証拠を見せてくれないだろうか?」

 

 「証拠ならアレでいいんじゃないか?」

 

 「ああ……なるほど……」

 

 モモンガがついに押し倒されておっぱいに吸い付かれているクレマンティーヌとインランを指さす。数十分間の愛撫で力が入らないのかクレマンティーヌの抵抗は弱々しく、もじもじと太ももを閉じて擦り合わせている。

 

 「うっぐ! ぐずっ! うぅぅうぅぅううぅう!! 離れろよぉおおお……!」

 

 クレマンティーヌは遂にボロボロと泣き出してしまった。

 

 「まぁ見ての通りなんだが、インランは強いぞ?」

 

 「う、うむ。強い……のだろうな?」

 

 何故か疑問系でカジットが言葉を返してくる。カジットはクレマンティーヌの英雄級の強さを良く理解している。周辺諸国最強と評されるガゼフ・ストロノーフよりも戦士としてのクレマンティーヌは強いのだ。

 

 性格はアレだが実力はこの世界でも比類ないモノを持っているクレマンティーヌがあそこまで為す術なく辱められているのを直視しては、モモンガの言葉を信じないわけにはいかなかった。でもドコか納得出来ないのも事実。

 

 「なんじゃ、その…… 強いのは分かるのだが、もっとこう、何かないのか?」

 

 「え? ああ…… そうね」

 

 カジットの言に思わずモモンガは深く納得してしまう。

 

 「あ!? あああ!! やめ!!」

 

 遂にパンティーの中にまでインランの手が入り込んだのを見て、モモンガは無意識で《現断(リアリティスラッシュ)》を叩き込んでしまった。

 

 

 

 

 

 「ちょっと! ヒリヒリするからやめてよね!」

 

 「ヒリヒリで済むのか……」

 

 「なんじゃ今の魔法は!?」

 

 三重最大化した《現断(リアリティスラッシュ)》を叩き込まれてもピンピンしているどころかビンビンにおっ立てているインランは抗議しながらも相変わらずその手はクレマンティーヌの胸と股間に伸びっぱなしである。

 

 モモンガ達に萎縮し誰も音を立てていないので、インラン達が立てる水っぽい音が地下空間に反響する。

 

 「は! はぁああああ! も! やだあああ!! うわあああああ!! あああああああ!!」

 

 乙女のように泣き喚きだしたクレマンティーヌの声が地下空間によく響く。

 

 「あはははは! たまんないわねぇ! いひひひ! れろれろれろ!」

 

 筋肉質ながら女性らしい肉体を持ったクレマンティーヌの柔肌をインランの綺麗な舌が這い回る。

 

 「すまん…… もう俺にも止められそうにない」

 

 「そうか…… まぁ儂と此奴は一時的に協力していただけだからな。気にしなくとも良いぞ」

 

 「おう、何かごめん」

 

 「気にするな」

 

 モモンガとカジットは真面目な話をしたいのに気が散ってしょうがなかった。

 

 

 

 「まぁ、その、何だ。力をもっと見せろと?」

 

 「う、うむ、うむ。そうしてくれるとありがたいな」

 

 「あひゃひゃひゃひゃひゃ!! 良いイキっぷりねぇ!!」

 

 「お! おお! んおおお!」

 

 ビックンビックン腰を跳ねさせるクレマンティーヌを努めて視界に入れないようにしながら、カジットとモモンガが話を続ける。

 

 「分かった。どうしたものか…… この世界の水準は低すぎてな。低レベルでも理解できるような、丁度良い強さの魔法が中々思い浮かばないのだ」

 

 「なんとも羨ましい悩みじゃな…… 儂もお主のような力があればのう」

 

 凄くシリアスな空気を頑張って二人は演出するが、隣から聞こえる嬌声が全てを台無しにする。

 

 「そうだな、何かお前の望みを叶えてやろう」

 

 「ほお。なんでも良いのか? 実は儂は母を蘇生させたいのじゃよ」

 

 「蘇生? なんだそんなことか」

 

 「うむ、ただし儂の母は只の村人でな。既存の蘇生魔法では灰になってしまい上手くいかないのじゃ」

 

 「ふむふむ、灰になるのか。それはレベルダウンに耐えられないということなのかな? まぁそれなら《完全蘇生(トゥルーリザレクション)》で問題なく蘇生出来そうだな」

 

 「なんと!? それは誠か!?」

 

 「ああ、俺の場合は特別なアイテムを消費することになるが、問題なく可能だな」

 

 「おおおおおおおおおお!!!!! 儂は実についておるな!! わはははははは!!」

 

 「あ! あ! ひゃ! やあああ!」

 

 「おっふ! そろそろあたしも限界だわ!」

 

 クレマンティーヌの足を開き、いそいそとインランが自身の下腹部を覆うパーカーの裾を捲り上げると、それはもうご立派なご立派様が顕現する。

 

 「いただきま「《完全なる戦士(パーフェクトウォーリアー)》!!!」ひゃああああああ!?!?!?!?!?」

 

 いきり立つご立派様を、魔法でレベル100の近接職のステータスになったモモンガが握り締める。

 

 「ふふふふふふふ!!!! お前ぇえええええ!!!!」

 

 「ちょ、ま!? ああああ!! ひぎぃいいいいいいいいいい!!!」

 

 そのままモモンガはご立派様を力一杯引っ張ると、一本釣りの如くインランも持ち上げられた。

 

 インランは新感覚に涙を浮かべて喘いでいる。

 

 鉄の棒のようになっていたご立派様は非常に握りやすい。そのまま片手でご立派様を握ったままぶんぶんと振り回す。

 

 「あおおおおおおあああああああ!?!?!?!?!? 何コレえええええ!?!?!? 変な扉開いちゃうううううううううう!!!!!!」

 

 「うるせえええええ!!!!!」

 

 モモンガの演舞は数分間続いた。

 

 

 

 

 

 ひくひくと腰を震わせて地面にへたりこんでいるインランを余所目に、再びモモンガとカジットは対峙する。

 

 じゃばじゃばと無限の水差し(ピッチャーオブエンドレスウォーター)から出る水で手を念入りに濯ぎながら、モモンガは口を開く。

 

 「待たせたな。なんの話だったか…… ああ《完全蘇生(トゥルーリザレクション)》だったな……」

 

 「ああ……そうじゃな……」

 

 「これは代えの効かないアイテムを消費するからな、おいそれと使える蘇生魔法ではないんだ。申し訳ないがデモンストレーションで行うことは出来ないぞ」

 

 「さすがにソレは虫が良すぎたか……」

 

 「まぁお前が俺達の役に立ったなら、報酬としてこの魔法を使用するのは吝かではない。代えは効かないが数自体は腐るほどあるからな」

 

 「なんと!」

 

 「それはまだ先の話になるがな、今は俺達の力を披露しよう」

 

 「ん? あのアイテムの入手方法は課金が一般的なだけで、クラフト自体は賢者の石がある今なら余裕よ?」

 

 「だまらっしゃい!!」

 

 「ひぃ!? やめて! ちんこはやめて!」

 

 腰砕けの状態でアヒル座りしながら、涙目で怯えたインランは両手を顔の前に翳して悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 「ふぅぅぅぅぅぅぅ…… インラン、なんかお前芸しろ」

 

 「ファッ!?」

 

 極大のため息を吐いたあと、モモンガはインランに命令する。

 

 「多分だが、俺達は何をしてもこの世界の水準からすれば逸脱するだろう。だからお前が何かしろ」

 

 「えー、あー、そうねー。カモーンアリーヤ」

 

 操縦者の声を受け、光学迷彩を解除したパワードスーツが姿を現す。

 

 カジットとその高弟達は突然現れた機械の獣を見て驚く、クレマンティーヌは腰が抜けているためボーッとした顔で床にへたり込んだままである。

 

 「じゃーアリーヤにそこら辺のモテなさそうな男達を皆殺しにしてもらいましょうか。あたし今動けないし」

 

 「んー、それでいいか?」

 

 「ちょっと待て! なんでそうなるのだ!?」

 

 「いや、そこそこ強いのだろうコイツらも? ならばそれを単機で皆殺しに出来るならば力を示したことになるんじゃないか?」

 

 異形種の感性を持つ二人とカジット達は中々価値観が噛み合わなかった。

 

 「だいじょーぶよ、手加減して時間をかけて殺してあげるから、それなら強さも多少は伝わるでしょー?」

 

 「うむ、それがいいだろうな」

 

 うんうんと頷き合うモモンガとインランに、カジット達は血の気がさらに引く思いだった。何か異質な存在が目の前にいるような感覚に襲われる。

 

 「待て待て!! 儂の高弟達は第三位階の魔法詠唱者なのだ!! お主らはどれだけ強いのだ? クレマンティーヌで全く刃が立たない時点で凄まじい強さなのは分かるのだが」

 

 「第三位階? レベル……20ちょっとくらい?」

 

 「あー、それならコイツらが千人居ても勝負にもならんぞ?」

 

 「うへー、アリーヤは勿体ないわね。いいわ、あたしがやるわ《森の大妖精召喚(サモンウッドランドエルダーフェアリー)》」

 

 インランが魔法を唱えると、地面に魔方陣が浮かび上がり、そこから筋骨隆々の肉体にブーメランパンツ一丁のナウい男がポーズを決めた状態で出現する。

 

 ナウい男は独特の言語でインラン達に挨拶した。

 

 「ゲイ♂パレス」

 

 「ビリー一体で十分ね」

 

 「ああ……”彼”か……」

 

 「なんと! お主は召喚者だったのか!?」

 

 カジットが素直に驚く。というよりも心底信じられないモノを見るような顔である。

 

 クレマンティーヌを歯牙にもかけない近接戦闘力にさらに召喚魔法まで使えるというのはカジットの常識からまさに逸脱していた。

 

 「え? あたしは前衛職だけど? 召喚魔法はサポート用よ」

 

 「はぁ…… まさに神じゃな……」

 

 「それで、ビリーでこのモテなさそうな男達の肛門を開発すれば力を示したことになるのよね?」

 

 「「「「ファッ!?」」」」

 

 カジットの高弟達がその発言に戦慄し後ずさりながら臀部を押さえる。

 

 「うわぁ…… うわぁ……」

 

 高弟達のあんまりな未来を想像してしまいモモンガは震えた。

 

 ソレを見た高弟達はこの世の終わりの様な顔をしてガクガクと震え出す。中には嗚咽するものもいた。

 

 「わ、分かった! お主達の力はもう十分理解した!」

 

 カジットは目の前の者達の力を認めるしかなかった。

 

 「仕方ないね♂」

 

 召喚された森の大妖精の声が地下空間に木霊する。

 

 

 

 

 

 「ふむ、では俺達の配下に入るということで構わないな」

 

 「そうだ。お主達の元でなら、儂は願いを叶えることが出来るのだろう?」

 

 「そうだな、お前が我々に願いに見合った利益をもたらしたならば、その報酬としてお前の母を蘇生してやろう」

 

 「うむうむ! 俄然やる気が湧くぞ! わははは!! 我が世の春がきた!!」

 

 カジットは生気に溢れた顔で叫ぶ。

 

 「それで、お前の高弟も一緒に来るのか?」

 

 「ああ、お主等の力に魅了されたそうだ。まぁ、元々力に取り付かれた者達じゃからな」

 

 「力って、アイツがエロいことしかしてないんだが?」

 

 「ああ…… そうじゃな……」

 

 モモンガとカジットはとある方向に目を向ける。

 

 「あはははははは! もみもみ! もみもみ!」

 

 「やめろおおおおお!! うわあああああ!!」

 

 「ピンチはチャンス♂」

 

 クレマンティーヌは召喚された森の大妖精に吊り天井固めをされており、突き出す形になった剥き出しのおっぱいをインランに激しく弄ばれていた。先端を引っ張られたり、たぷたぷされたり、じっくり揉まれたりしている。

 

 拘束は強固なものであり、クレマンティーヌはそれこそ死ぬ気で抵抗しているのだが、全く意味を為していなかった。

 

 「まぁ、クレマンティーヌに圧勝できるほどの異常な強さのシモベを召喚できる時点で誰もお主等の力を疑わんよ」

 

 「そうか、ならいいんだが」

 

 こうして、カジット一派はナザリックの配下に加わることになった。

 

 別にカジット一派ではないのだが、クレマンティーヌは女性としての部分を徹底的に酷使されるペット枠としての編入である。拒否権はない。

 

 

 

 

 




 クレマンティーヌはこのあとスタッフ(インラン)がおいしく頂きました。


 唐突にメカを書きたくて書きたくてしょうがなくなったけど話の流れ的に唐突にメイヴ雪風やVF-0をぶっこめないので、エロで糊口を凌ぐスタイル


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話:さようならエ・ランテル こんにちわエ・ランテル

 メカ回 天使回

 15,11,18
 序文を加筆修正、残りも順次修正予定。


 星々の天蓋に包まれ、彗星の様に光の尾を引きながら奇怪な鳥が草原を飛ぶ。全き姿を晒す月が放つ静謐な光は怪鳥の翼を照らし出し、その機械の姿を暴き立てていた。

 彼女は新しい体を掌握していた。危なげなく風を掴み音を置き去りにして一路目的地へと空を駆ける。そして、彼我の距離は既に有ってないようなものであった。

 すぐに報告すべき上司に連絡を入れる。彼女の機械染みた平坦な声音のそれに対して、返ってくるのは精気に溢れた活き活きとした響きのそれ。

「まもなく接敵する」

『了解了解、適当にぶっ放して良いわよ』

「了解。適当にぶっ放す」 

 既に目的の城砦の威容が光学的にも捉えられる距離まで近づいていた。聳え立つ壁が見えた瞬間にはその体は変形を始めている。相対速度から計算すれば、タイミングをコンマ一秒間違えれば通り過ぎてしまう。

「エンゲージ」

 それは一瞬だった。瞬きの速さでそれは形を変える。巨大な鳥の様な風を掴む扁平な姿は幻のように失せ、巨大な腕と脚が現れた。その脚を前方に向けると凄まじい風を巻き起こし、見えない壁に爪先を押しつけて踏ん張る様にして速度を殺しきり中空で静止する用に漂う。

「な、なんだあれは!? ゴーレムか!?」

 壁の上に居た衛士が突如風のように現れたゴーレムの異形に気圧された。耳を劈く様な異音を轟かせ続けているのも異様だが、月と地上の篝火に照らし出され浮かぶ輪郭は見たことも想像もしたこともないナニカ。それは見ようによっては、鷲や鷹の様な頭部を擡げた怪鳥にも見えるし、人を歪めた異形にも見えた。それは胴体から明らかに関節構造がある人の腕を模したと思われる腕を一対生やし、腕の先にある掌の五指を用いて丸太の様に巨大な円柱型の物体を握り締めている。同じく胴体から生えた膝が逆に曲がった脚の先から地面に向けて火を纏った風を放ち続けていた。その風量と熱量は尋常ではなく、宙を漂うそのゴーレムの真下で犇めいていたアンデッド達が直撃を受けて細切れになり、燃え上がりながら強風に吹き散らされる落ち葉の様に蹴散らされる。

 その人を歪めたような異形のゴーレムの、頭部に相当する部分は鋭く尖り前方に擡げられおり、上面が透明な素材で出来ていて内部が透けて見えた。衛士は月明かりを受けてその中に浮かび上がった物を見て絶句する。夜警の仕事もこなす衛士は夜目もそれなりに利く、だから見間違いではない、確かに目と目があった。

「おい嘘だろ、中に人が居るぞ!?」

「耳を塞いで」

「何!?」

 ゴーレムから響いて来た抑揚のない女性の声に思わず声を上げるが、衛士はそれ以上言葉を発せない。唐突に目の前で生まれた稲光のような閃光と雷鳴のような轟音に体を叩きのめされたからである。

 暫く後、気絶から回復した彼が見た景色に彼がよく知るエ・ランテルの姿はなかった。

 

 壁の上の通路に居たために丁度目線があった人間に警告を行った後、彼女は間髪入れずに機体の手に握られている筒状のバルカン砲を、真下の地面に夥しいほど蠢くアンデッド達に向けて掃射し、地形を掘削する勢いの機関砲弾の雨を降り注がせる。秒間数十発の連射速度によってあっという間に弾倉が空になるが、弾が切れるころには周辺のアンデッドは全て消し飛んで地形を含めて跡形も残っていなかった。

ニードアモ(弾切れ)

『はぁ!? もう弾がないの!?』

 甲高い声を無線越しに浴びせられ、彼女の無意識と直結した機体制御が煽りを受けて、半人半鳥の様な機体が空中で僅かに身じろぐ。

「ゴメンなさい」

『はぁぁぁぁぁ…… 想像以上に運用が難しいかもしれないわね』

 失望する声が無線越しに届き、彼女の人工の心が軋み悲鳴をあげる。

「……ゴメンなさい」

『うっ、いいわよ。コレも貴重なデータだからね。次からは追加の弾薬を目一杯積んでおくわ』

 CZ2128Δ、通称シズ・デルタは可変戦闘機VF-0を中間形態である戦闘機から手足が生えた様な姿のガウォーク形態のままで、地上に降ろして屈むように姿勢を下げさせるとキャノピーを開き、数m下の地面に飛び降りた。

 

ゼロ(VF-0)は弾切れだわ」

「これだから機械は……」

「メカの良さが分からないとか、これだからファンタジー勢は……」

 モモンガとインランはエ・ランテルの第二の壁の内側、街や商店街がある地区にいた。

「なんだアレは!? アレが君たちのゴーレムなのか!?」

 共同墓地がある方向の壁の巨大な扉が内側から開かれると、すぐ傍に人を歪めた様な奇怪な形をした全高は十メートルに迫りそうな大型のゴーレムが佇んでいた。その真下には迷彩柄のメイド服を着てピンクの長髪を背中に流し、あどけない顔に眼帯をした美しい少女も居る。

 扉の外にはアンデッドの大群がひしめき合っていたはずだが、周辺を見渡しても影も形もない。あるのは粉砕され飛び散った残滓だけである。

 

「任務完了」

「そう、よくやったわねシズ」

 とてとてと歩いてきたシズの頭を、インランは優しく撫でる。

「だが、まだアンデッドが残っているな。ここからでは壁と建物のせいで見えないが、違う方向の扉に集まっているようだ」

 モモンガは壁越しに遠くを指さす。

 

 「君は死霊術士だったな。そんなことが分かるのか」

 

 「ええ、そうですね。アインザック組合長」

 

 「ふふ、君達はあの”神”なのだろう? そんなに畏まらなくてもいいんだぞ」

 

 茶化すようにケツアゴアフロが笑う。だがその笑みはぎこちないものだった。

 

 「いえいえ、我々は神と呼ばれて困惑するばかりですよ。そんなに高尚な存在ではありません」

 

 ニヤリとモモンガも笑い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 数時間前。

 

 エ・ランテル冒険者組合。

 

 「はぁ!? 君たちが法国が宣言した降臨した神々なのか!?」

 

 「ええ、はい。我々はそんな奇抜な肩書きを貰って困惑しているのですが。法国ではそのように呼ばれています」

 

 ケツアゴアフロことエ・ランテル冒険者組合組合長のプルトン・アインザックが驚愕する。それとは対照的に漆黒のアカデミックガウンを羽織った黒髪黒目に利発そうな顔立ちをした青年であるモモンガは落ち着いた声音で対応した。

 

 「ぶひー。それを証明することは出来るのかね? 我々も立場があるからね。ぶひー。ただ言われたことをはいそうですかと信じるわけにもいかないのだよ。ぶひー。特に神などと言われてすぐに信じることが出来ないのは君たちにも分かるだろう?」

 

 鼻づまりが激しい豚が明らかに見下した目でモモンガと、隣に居るインランを舐め回すように眺めながら喋る。

 

 特にインランは、靴も履いていない完全な全裸の上にたった1枚の裾の短いパーカーを纏っているだけのあられもない格好なため向けられる視線は奇異なモノに向けられるものだ。艶のある癖のない黒髪を耳の上で左右に結った頭部は、余りにも美しすぎて逆に異様さを感じるほどの美貌を持つ年端もいかないあどけない少女のモノなことも原因であろう。人間ではありえないほどのその美貌は神らしいといえば確かに”らしい”が。

 

 「証明ですか」

 

 「なんかもうめんどくさいからやっぱり街を滅ぼしちゃいましょうよ」

 

 「へいへいインラン。何を言っちゃってるのかな? ああ、今のは神ジョークですよ。我々は街を救いに来たのですから」

 

 「ちょ!? 待ってよ! ちんこはやめて!」

 

 インランの股間に徐に手を伸ばすモモンガと狼狽えるインランに、この場にいるエ・ランテルでも有数の権力を持つ者達はざわめきだす。

 

 一瞬インランの裾が捲れ上がり履いてないことが分かってしまう。そこに手を伸ばす青年。どこからどう見ても変態と変態だった。なお、インランのチンコは元は陰核なので、通常時は生えていない。可変フタナリなのだ。

 

 「……済まないが我々は忙しいのだ。出ていってくれないだろうか」

 

 「ぶひー。少しは期待していたのだがね」

 

 「ああーん? なんかコイツら偉そうじゃないの。処す? 処す? とりあえずそこのケツアゴのホモみたいな奴は肛門菊の花になるまでビリーの調教決定ね」

 

 「はぁ…… はぁぁぁぁぁ……」

 

 重い重いため息をモモンガは吐き出す。そして低い声で言葉を紡ぎ出した。

 

 「インラン、ナザリックが威を示せ」

 

 「ん? いいの?」

 

 「ああ、許可する。全力全開でいいぞ」

 

 「んー、じゃあ上空で待機してるシズを呼び出しましょう、あとは雪風と連携させて──」

 

 「アリーヤは出さないのか?」

 

 「ゴミアンデッドにアリーヤとか意味ないでしょ。コイツらにはアリーヤもゼロも雪風も皆同じに見えるわよ。あとはデータ取りに丁度良いと思ってね」

 

 「それもそうか──というわけで、我々の力をお見せしましょう。ここの壁の外のアンデッドは全て駆逐してご覧に入れます。それと」

 

 ぶわりと、モモンガは黒いオーラを全身から噴き出す。

 

 「中々舐めてくれるじゃないですか。少々派手にやるので多少は街が壊れますが、良いですよね?」

 

 「あ、ああ……」

 

 魔王の様な圧倒的上位者の気配を撒き散らすモモンガに、アインザックは体の震えを必死に押さえながら、なんとか返事を返した。豚は絶望のオーラを浴びて一瞬で泡を吹いて失神している。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、現在。

 

 エ・ランテルには激しい爆音が轟いていた。

 

 街のどこからでも上空まで吹き上がる爆炎と飛び散る瓦礫が見える。聳え立つ壁も派手に粉砕されていた。

 

 ケツアゴのアインザックはインランに縋り付くようにして叫ぶが、触るなと言わんばかりにインランの軽いデコピンで吹き飛ばされゴロゴロと転がる。

 

 「ちょっと待てぇええええ!!! 壁が!!! 壁がああああ!!! あべし!!!」

 

 「あっははははははは!!! もっとやっちゃいなさい!!! 燃料気化爆弾はまだ積んでるわよ!!!」

 

 地上スレスレを飛ぶクリップドデルタ型の前方に張り出した形状の前進翼を持ち機首に”雪風”と漢字で書かれた戦闘機が街とすれ違い様に爆弾を投下する。

 

 街を区画ごと呑み込む爆炎が上がり、範囲内の街並がアンデッドごと悉く灰燼と化していく。その中には分厚く高いエ・ランテルを城砦都市たらしめている石造りの壁も含まれていた。

 

 アンデッドは疎らに散っているため、数体から十体程度のアンデッドを退治するために街の区画が一つ消滅する勢いである。

 

 「補給完了。出る」

 

 シズも人型ロボットのコクピットに乗り込む。

 

 ロボットは脚部バーニアを吹かして浮かび上がると変形して戦闘機から手と足が生えたような形になる。滑るように空中を飛ぶと、射角内に捉えたアンデッド達に向かって翼に付いているミサイルと手に持っている筒型のバルカン砲を叩き込む。

 

 地形が変わるほどの火力が一瞬で叩き込まれ、周辺の建築物とそのオマケ(・・・)としてアンデッドが粉砕された。

 

 『弾の無駄……』

 

 『いいのよ! 撃って撃って撃ちまくりなさい! これも良いデータになるわ! ヒャッハァアアアア!! たーのしー!!!』

 

 「うんうん。上々の戦果だな」

 

 更地と化していく街並を眺めながら、モモンガとインランは笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ…… ああ……!」

 

 「ぶひ……! いひ……」

 

 アンデッドが根絶されたエ・ランテルの姿を見て、アインザックと豚が涙を流して感動していた。

 

 「いやー良いことすると気分が良いわね」

 

 「うむ、これも人助けだな」

 

 朝日に照らされたエ・ランテル外周区画は廃墟と化していた。

 

 最も外側の壁は半分近くが失われ、第二の壁も同じく半分ほどが失われている。第二の壁の中にあった街並には吹き飛んだ壁の巨大な瓦礫が舐めるように転がり奔ったために、瓦礫に轢かれた(・・・・)居住区や商業区画にも甚大な被害が出ていた。

 

 最も外周部の壁と第二の壁の間にある軍事関連の施設が建ち並んだ外周区画は、最早その面影を想像できないほど破壊しつくされ、更地になっていた。

 

 半無人戦闘機のFFR-41MR通称”雪風”とシズが繰るVF-0通称”ゼロ”が何度も補給を繰り返して、執拗な空爆を繰り返した結果である。後半は完全に稼働データの取得に移行したため、生き残っているアンデッドを節約(・・)するように、纏めて退治しないで孤立した状況を狙いながら空爆を行っていた。

 

 「それに良いデータが取れたわ」

 

 「うむうむ、ついでにアンデッドを退治したことで俺達の名声も上がるだろうな」

 

 神々は満足げに頷き合う。

 

 「どどどどど、どうしてくれるんだ!?」

 

 「なんだコレは……たまげたなぁ……」

 

 アインザックがモモンガ達に詰め寄り、豚はぶひぶひ言わずに遠い目でブツブツと何かを呟いている。

 

 「多少の被害は出ると言いましたし、それに関してあなた方には了承して頂けましたよね?」

 

 「これはもう多少ではないだろう!? アンデッドでもここまで被害は出ないぞ!? 事実上エ・ランテルは壊滅してしまった!!」

 

 「これは酷い……」

 

 「ふむ、では修繕は我々が行いましょう。勿論費用は其方に負担して頂くことになりますので、後で請求させて頂きますね」

 

 「ふざけているのか!? 瓦礫に潰されて多数の死者も出ているんだぞ!?」

 

 「ではそちらもコチラの魔法で蘇生しましょう。勿論費用は後で王国の方に請求します。ああ、低位の蘇生魔法では灰になってしまうような弱い個体でも大丈夫ですよ。《完全蘇生(トゥルーリザレクション)》を使いますから」

 

 「あああああああああもおおおおおおお!!!!!!」

 

 アインザックは頭を掻き毟り叫ぶしかなかった。此度の出来事はもうアインザックの頭で処理できるキャパシティを超えているのだ。

 

 そんなアインザックを無視するように、淡々とモモンガは話を進めて行動を初めてしまう。

 

 本来なら市長である豚ことパナソレイがモモンガと話し合うべきなのが、パナソレイは今は完全に茫然自失の状態であり話が出来る状態ではなかった。多少は肝も据わり此度のアンデッド騒ぎでは最悪の場合は死さえ覚悟していたのだが、それでもこの状況は想定の範囲外だった。想定外の事態に人間は弱いものである。

 

 アインザックは元オリハルコン級冒険者としてパナソレイよりも死地の極限状態を豊富に経験していることが明暗を分けたのかもしれない。

 

 「石造りの壁と建物ならストーンゴーレムでいいわよね」

 

 「ああ、蘇生はサマエルを呼べばいいだろう。《完全蘇生(トゥルーリザレクション)》との親和性も高く、人間ウケも良いからな」

 

 モモンガとインランだけがこの場で平然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「紡ぎしは抱擁、荘厳なる大地に齎されん光の奇跡に、いま名を与うる!! 《集団化(マスターゲッティング)完全蘇生(トゥルーリザレクション)》!!!」

 

 地面に並ぶ原型を留めていない夥しい数の遺体達に、6対12枚の純白の天使の翼を持ち赤い長髪を背中に流して両目を眼帯で隠した美少女であるサマエルの掲げた手から極光が溢れて降り注ぐ。

 

 光を浴びた全ての遺体は自ら光を放ちだし、次の瞬間には五体満足で生気に満ちた体の人々が地面に横たわっていた。

 

 清廉な雰囲気で口元に微笑を浮かべてサマエルは満足そうに横たわる人々を眺める。

 

 「安心して下さい。この場の全ての者は生命の息吹を此処に取り戻しました。まもなく目覚めるでしょう」

 

 サマエルはまさに天使のような母性と慈しみに満ちた笑顔で後ろに佇む面々に振り返ると言葉をかけた。

 

 「「「「「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?!?!?」」」」」

 

 エ・ランテル中に響き渡る合唱がその場に木霊する。

 

 この場で一部始終を見ていた市長や組合長などの上役。それに冒険者や生き残った市民達は、目の前で起こったまさに”奇跡”を前にして開いた口が塞がらない。

 

 特に魔法に詳しい魔術師組合の者達や、魔法詠唱者、それに冒険者達の驚きようは筆舌に尽くしがたいものがあった。

 

 ショックで腰が抜けている者や、痙攣したり失神する者、号泣し叫び回る者など反応は様々で、どれも激甚な反応としてその場に広がっていく。

 

 「これは我が神の深い慈悲が齎した奇跡です。我が神を信仰するのであれば今後もあなた達には慈悲が与えられるでしょう」

 

 キラキラと背負った翼から金色の光を放ちながら、サマエルは微笑みと共に蕩々と語っていった。

 

 「神……」

 

 「神さま……」

 

 「神よ……!」

 

 天使のもたらした奇跡と言葉を受けて、人々は神という言葉を口にしていく。次第に声が重なり熱狂と共に人々は叫びだす。

 

 「「「「神!! 神!! 神!!」」」」

 

 「うへぁ……」

 

 「誰がここまでやれと言った……」

 

 それをモモンガとインランは遠巻きに眺めていた。やがてあの叫びの中心に自分達が居ることになるのだと考えると、なんとも言えない気分になる。

 

 

 

 

 

 此度のアンデッド事件での一部を除くほぼ全ての死傷者の蘇生が終わった頃。

 

 エ・ランテルの修復も滞りなく進んでいた。むしろ修復が進み瓦礫が取り除かれたことで、瓦礫に潰された遺体達を回収して蘇生が出来たともいえる。

 

 神という事で大手を振って戦力を大量に派遣できるため、夥しい数のストーンゴーレムがエ・ランテルに召喚されていた。

 

 建築用途のストーンゴーレムは戦闘用と異なり現在のナザリックの基準に照らし合わせるとコストが非常に安いので、新たに大量に生み出して作業に従事させていた。サイズも大きい者から小さいものまで用途に合わせて多数のものが用意されている。

 

 既に瓦礫は完全に取り除かれ、壁は瓦礫の撤去作業中も数十単位のゴーレム達が並行作業で修復していくので、死傷者の蘇生が終わる頃には既に壁は完全に修復され、建築技術の差によって以前よりも強固な壁が聳え立っていた。

 

 残りは細々とした建物を建て直し修復するだけである。

 

 そうして多少落ち着きを取り戻したエ・ランテルの冒険者組合でインランが美人受付嬢を口説いていると、入り口から肥満体の男が入ってくるなりインランの姿を認めて叫ぶ。

 

 「神よ! こちらにいらしたのですか!」

 

 「う、うん……何かしら?」

 

 恭しく頭を下げたパナソレイはもうぶひぶひ言うこともなく真剣な声音で話を続けながら、蝋で閉じられた手紙を差し出してくる。

 

 「王より神へと書状が届いております。王都リ・エスティーゼにて、王との謁見を求める旨の内容です。グリフォンを使った速達ですぞ」

 

 「う、うん? あんたがわざわざ持ってくるの?」

 

 「それは…… 神の美しいお姿をこの目で直接見たかったからです!」

 

 「ひぃ!?」

 

 ギラッギラと光る瞳を見開いたパナソレイはもの凄い目力でインランの肢体を舐め回すように眺めた。

 

 思わずインランは自身の体を抱くように腕を回す。

 

 「あぁ! 美しい! まさに神の美貌!」

 

 「イヤァ! キモイ!」

 

 結局ぶひぶひ良いながらパナソレイが前屈みでインランへにじり寄ってくる。もはや変質者である。

 

 見られるのはインランは大好きだが、豚から醸し出される怖気は途轍もないものがあった。見た目相応の少女の様な悲鳴を上げてこの場から逃げ出す。

 

 「ハルシア! 後でデートよ! 10発くらいヤらせてね!!」

 

 それでも口説いていた美人受付嬢に一言添えるのは忘れなかった。それに対して受付嬢は手を振り返して答えるのを見届けると、インランはその場から完全に姿を消した。

 

 

 




 怪獣特撮映画ばりに激しく吹き飛ぶ街並。

 そして天使による人心掌握。完璧なマッチポンプにデミウルゴスもニッコリ。



 メイヴ雪風とVF-0が気になる人は、「戦闘妖精雪風」と「マクロスゼロ」のアニメを見よう。

 雪風のアニメ版は原作とは大分赴きが異なるけど映像娯楽作品としての完成度は非常に高いぞ! 一話作るのに半年かかる超クオリティのCGは必見。話数を重ねるごとにCGが格段に綺麗になっていくのを見るのもいいね!

 マクロスゼロは登場人物が一部マクロスフロンティアにも絡んでくるし、やはり映像娯楽作品として面白いからオススメ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話:老いて尚盛ん

ジジイインパクト


 

 

 

 

 

 

 「化粧や装飾品なんて、自分に自信がない奴が縋るものよ」

 

 どんな宝石をも凌駕する圧倒的な美貌を誇るインランが見下したような目でそう語る。

 

 「おい、お前の顔は作り物だろうが」

 

 「これはあたしの魂の形を表現したモノよ。一緒にしないで」

 

 わちゃわちゃとメイド達が激しく行き交う中で、インランとモモンガは気楽に談笑していた。

 

 ここはナザリックのとある一室。

 

 行き交うメイドに紛れて純白の6対12枚の天使の翼を持ち赤い長髪を背中に流して眼帯で両目を隠した美少女が入ってくる。サマエルはそのままインランに抱きつくと、臀部をぐりぐりと撫で回しながら喚きだす。

 

 「インラン様ー! 変なお爺さんが! 法国で暴れてますぅ!」

 

 「うるさいなら潰せば?」

 

 「そんなこと出来るわけないじゃないですか! 私は天使なんですよ!?」

 

 「んー、何でそのジジイは暴れてるわけ?」

 

 問いに対してサマエルは心底困ったという様子で捲し立てる。

 

 「インラン様とモモンガ様にお会いしたいそうですぅ! お爺さんの他にも現地の者としては身なりの良い者達が沢山取り巻きとして侍っていてぇ、なんでもバハルス帝国の使者らしいんですぅ。私は至高の御方々はお忙しいからと丁重にお断りしたのですが、ものっ凄くしつこくてぇ…… あまり手荒な真似も出来なくて困りましたぁ。私は天使ですからぁ!」

 

 「具体的にはどんな感じでそのジジイは暴れてるわけ?」

 

 「いえ、私の靴をぺろぺろ舐めだしてきましてぇ…… 思わず浄化してしまいそうになりましたぁ……」

 

 「えぇ……何ソレ…… 身分が偉い奴には変態しかいないのかしら……」

 

 エ・ランテルの豚を思い出してインランは顔をしかめる。

 

 「助けてくださいいい!! なんかこの話を聞いたデミちゃんが物騒なこと言い出してるんですよぉ!! お爺さんが殺されちゃいますぅ!!」

 

 サマエルはより強く縋り付き、インランの胸に顔を埋めてぐりぐりしだす。

 

 二人の美少女の話を聞いていたモモンガが会話に割り込んできた。

 

 「ふむ、では会ってやったらどうだ? 非常に心苦しいが、俺は忙しいからな。インランが行ってこい」

 

 「はぁ!? あたしを変態に差し出すつもりなの!?」

 

 「いいじゃないか、豚共にブヒブヒ言わせるのはお前の得意分野だろう?」

 

 皮肉タップリな言葉を送ると、モモンガはニヤリと笑った。最近サディズムに目覚めたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フールーダ・パラダインと言えば、この世界の魔法に携わる者で知らない者は居ないほど著名な存在である。

 

 人間でありながら禁呪で寿命を延ばし御年200歳を越える前人未踏の第6位階の魔法の使い手、この大陸でも数えるほどしかいない逸脱者と呼ばれる人間の限界を超えた能力を持つ存在。

 

 そんな存在を無碍に扱うことも出来ず。この度この者が訪れた法国の神都では、その名に見合った慎重かつ丁寧な対応がなされていた。

 

 「神への謁見を求めるなど、なんたる不敬……!!」

 

 「許せん!! 逸脱者といえどもなんたる思い上がりか!!」

 

 だが、表面上は国賓待遇であるが、法国側の面々の腸は煮えくりかえっている。

 

 「天使様にも不快な思いをさせたらしいではないか!!」

 

 「跪くのは良いが、く、靴を舐め回すというのはどういうことなのだ!!」

 

 「羨ましい!! あ、違った!! 許せん!!」

 

 

 

 

 スレイン法国、神都。

 

 国賓をもてなすための施設の中に、力強い男の声の狂騒と、玉を転がすような少女の美声が響き渡る。

 

 「ひゃ!? ひゃはああああああ!!!」

 

 「キャアアアアアア!?!?!?!?」

 

 顔面を涎と涙に塗れさせたしわくちゃのジジイが狂気を顔に貼り付けてバタバタと突進してくるのだ。インランでも怖い。

 

 「ひゃは! ひゃは! ひゃはははははは!! あひゃあああああ!!」

 

 「ヤダアアアアア!! どっか行ってよおおおおお!!」

 

 腰が抜けて床にへたり込んだインランの足を取って、ジジイはグリグリと顔を擦りつけてくる。怖い。

 

 ステータス的に余裕で消し炭に出来るはずなのだが、恐怖で力が入らないインランはジリジリと床を這いずって逃げる。

 

 「神ぃいいい!! 神! 神ぃいいいひひひひひひいいいいい!!!!」

 

 床にへたり込んだ宝石よりも眩く輝く美しい少女の足に纏わり付くジジイという光景は誰がどう見ても事案だった。

 

 少女の裸体の上にたった1枚だけ羽織ったパーカーが捲れ上がり恥部や色々なトコロが露わになっていることも犯罪臭を劇的に高めている。

 

 「か、神よ!! 貴様ぁああああ!!」

 

 「なんたる無礼な!!!!!」

 

 この場に居合わせた神官達はそれはもうもの凄い形相で怒り狂い。ジジイに飛びかかって蹴りを食らわせる。だが恐ろしく頑丈なジジイはそれを無視してひたすらインランの足を舐め回しまくる。

 

 「ギィイイィイヤアアアアア!!!! 助けてええええ!!! ひぃいいいいい!!」

 

 マジ泣きしたインランが鼻水と涙で顔をグショグショにしながら石で出来た床に指を突き刺してずりずりと這いずって逃げようとするが、足にしがみついたジジイは全く離れない。恐怖で足が全く動かないので腕力だけでひたすら這いずる。

 

 主の危機に光学迷彩を解除したパワードスーツも余りにも想定外の事態にAIが困惑しているのか動きを停止している。

 

 逸脱者の耐久力は遥かに格下のステータスの後衛職の神官達に肉弾戦で太刀打ちできるものではなく、レベル差がありすぎて魔法もほとんど意味をなさないので、暫くこの狂乱は続いた。

 

 

 

 

 

 時間が経過し、ジジイインパクトは沈静化する。

 

 「ひっく! ぐずっ! うえええええん!! うわああああああん!!!!」

 

 床に広がる聖水の上にアヒル座りでへたり込みながら、インランは号泣していた。

 

 レベル100の本気の泣き声はもはやひとつの兵器のようなモノで、石造りの建物全体がビリビリと震える。

 

 インランは足どころか全身を舐め回され涎塗れである。パーカーもほとんど脱げてしまっており、隠すべき場所がほとんど曝け出されてしまっている。結って左右に垂らしていた黒髪も留めていた大きな2つのリボンが外れ、綺麗なストレートヘアーの長髪になっていた。その姿は完全に強姦被害を受けた少女である。

 

 「申し訳ありませんぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 「殺す!! 貴様達は殺す!! 帝国は絶対に滅ぼしてやる!!! 覚悟しておれ!!!」

 

 インランの絶叫で震える建物の中では、帝国からやってきた使者の面々が法国の上級神官達に囲まれ、ボコボコにされていた。

 

 怒り狂った神官達が徒手空拳で囲んで袋だたきにしたのである。殺す気で暴力を振るわれた使者達の中には既に虫の息の者もいる始末だ。神官達には格闘術を身につけているものも多かったため、その暴力の苛烈さは凄まじかった。抑えきれない怒りで手元が狂っていなければ普通に急所を突かれて使者達は全員息の根を止められていたかもしれない。

 

 使者の代表である帝国の上級秘書官は殴られて膨れあがった顔を床に擦りつけ神官達に土下座を行っている。

 

 

 

 「うわあああああああん!!!!」

 

 「か、神よ……大丈夫ですか……?」

 

 床に広がる聖水の上に臆することなく跪いた第一席次が、おずおずと泣き喚くインランに声をかける。あまりの声量に近づいただけで体が震えて押し戻されそうになる。まだ女性経験が少ないので、インランの曝け出された美しい少女の肢体を見て息を呑んでいたが、職務を思い出して努めて平静を装っていた。

 

 逸脱者のステータスを持つフールーダには並の神官では全く刃が立たないので、対抗策として任務で法国から離れていたこの少年が呼び戻されたのだ。ここにはいないが、宝物庫にいる番外席次にも最初に声がかかったが、全力で要請を拒否している。

 

 肝心のフールーダは第一席次が打ち込んだ拳で床に伸びていた。

 

 「あらあら! まぁ大変!」

 

 「天使様!!」

 

 すぐ傍に転移して現れた天使に第一席次とこの場にいる神官達が急いで跪くと頭を下げる。

 

 帝国の使者達も天使を見て驚きながら、痛む体をおして頭を下げた。

 

 「ああああ!! ザマ゛エ゛ル゛ゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

 サマエルを見るとインランはよちよちと這いずるようにして縋り付く。

 

 「あらぁ…… これは酷いですねぇ……」

 

 ニッコリと微笑みながら、サマエルは縋り付いてくるインランの頭を撫でた。

 

 「ごわがったよぉおおおおお!!!」

 

 「うふふふふ…… 後は私にお任せ下さい」

 

 ここぞとばかりにサマエルはインランの全身を味わうようにネットリと撫でまわしていく。だが、非常事態なので誰もそんなところは見てなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫く時間が経ち。

 

 ナザリック執務室。中央に置かれたソファーとテーブルに、この地の支配者二人の姿があった。

 

 「ジジイ怖い。もーやだ……」

 

 「お、おう。大変だったそうだな」

 

 ソファーに死んだようにグッタリと横になったインランが、虚ろな瞳でブツブツと呟く。

 

 「あたし穢されちゃった……穢されちゃったよぅ……」

 

 「ふむ、インラン封じとしてその爺さんは使えるかもしれんな……」

 

 モモンガのとんでもない発言を受けて、インランはガバリと起き上がる。

 

 「ちょっと! そこは可哀想にって優しく抱きしめるところでしょおおおおおお!?!?!?」

 

 「なんだお前、元気じゃないか」

 

 「元気なはずないでしょーが! ジジイにアソコもおっぱいもぺろぺろされたのよ!? 新世界の扉開いちゃうかと思ったわよ!!」

 

 「言葉で聞くともの凄いな…… しかし、その爺さんはバハルス帝国とかいう人間達の国の重鎮なのだろう。大丈夫なのかそんな変態がいて」

 

 モモンガはそんな変態が上層部にいる国を想像して顔を顰めた。

 

 「あたしもまさか衆人環視の中でレイプされるとは思ってなかったわよ…… 油断してたわ…… ジジイのレベルがこの世界では無駄に高いせいで誰も助けてくれなかったし……」

 

 「レベル40台だったか、この世界の人間のわりには頑張ってるじゃないか」

 

 「いきなり女の子をレイプする凄まじい変態だけどね。あんな変態を抱える国とか絶対マトモじゃないわ。滅ぼしましょう」

 

 「待て、お前がソレを言うのか」

 

 「え?」

 

 「えぇ……」

 

 困惑顔のモモンガと、キョトンとしているインランが見つめ合う。

 

 「おほんっ、ところで、あのクレマンティーヌとかいう元気な娘はどうしているのだ?」

 

 「エロ最悪にずっと閉じ込めてるわよ? 気丈に抵抗していて最高だわ」

 

 「うわぁ……」

 

 「あのジジイもエロ最悪に放り込めばいいんじゃないかしら? とりあえずムカつく奴らは全部放り込んじゃいましょうよ」

 

 「なんという極悪…… 俺がアレに放り込まれたなら素直に死を選ぶな」

 

 「ん? じゃあ今度からギルド長が変なこと言い出したらアレに放り込んであげましょうか?」

 

 「お前には血も涙もないのか、なんだかんだ10年も一緒に遊んだ仲じゃないか」

 

 顔を青くしてモモンガは震えた。

 

 「ふふふ、冗談よ。だってエロ最悪に放り込まずにあたしがもっと凄いことしてあげるからね!!」

 

 モモンガはさらに震えた。

 

 

 

 

 

 




 ジジイレイプの現行犯逮捕

 全身世界級(ワールド)装備で魔力関係ステータスにも超ブーストかかってるインランを直視してマトモでいられなかった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話:帝国は永遠である

帝国回


 

 

 

 

 バハルス帝国。首都の宮殿内に設けられた執務室。

 

 「爺が逮捕!?」

 

 「はい……」

 

 「そんな馬鹿な!!」

 

 「フールーダ様は現在法国にて投獄中です。牢には非常に強力なマジックアイテムで結界が施されておりまして、フールーダ様でも自力での脱出は不可能とのこと」

 

 鮮血帝は開いた口が塞がらなかった。

 

 未だ腫れが引かない顔に滲む脂汗を秘書官はハンカチで拭いながら発言を続ける。

 

 「此度のフールーダ様の暴走によって法国と神々が帝国に抱く心象は最悪です。特に法国はいつ帝国に攻め込んで来てもおかしくないかと、さらに申し上げますと仮に神々が帝国に敵対した場合、神々の力が我々が得ている情報の通りなのであれば間違いなく帝国は滅びます」

 

 「あ、ああ…… なんという……」

 

 震えながら鮮血帝は頭を抱えた。

 

 「法国では天使と神の一人にお会い出来ましたが、天使はフールーダ様を一撃で行動不能にしました。これは私の私見になりますが、それでも相当加減をしていたように思います。それこそ赤子を優しく寝かしつけるようなモノをその時私は感じました」

 

 「つまり、爺と天使には赤子と大人ほど力量に差があると?」

 

 「あくまで私の個人的な感想ですが、その通りです」

 

 この秘書官は鮮血帝も認めるほど有能な者だ。その観察眼にも当然一定の信頼をおいている。そう言われては鮮血帝にも決して無視することは出来ない。そもそも実際にその目で天使と神々を見て力の一端でも良いから見極めさせるために使者として送り出したのだから。

 

 「ふぅ…… はぁ…… それで、神の方はどうだった? お前は何を感じた?」

 

 「それが…… ただの異常に美しいだけの少女だなと…… まさに神と評するにふさわしい美貌を持つ奇抜な格好の少女にしか見えませんでした」

 

 「……なんだソレは? 他には何かないのか?」

 

 「私はその少女の姿をした神がフールーダ様に乱暴されて泣き喚くところしか見ておりませんので……」

 

 申し訳なさそうに秘書官は語る。

 

 「だが、ビーストマンの大軍十万を一撃で葬り去ったのは、今話に出た天使とその少女の姿をした神なのだろう?」

 

 「もしかすると、ビーストマンを駆逐したのは天使の力だけなのかもしれません。直接的な戦闘力は乏しい可能性があります。近くに見たこともない獣のようなゴーレムを従えておりましたので、戦闘は他者に任せる後方支援型なのかもしれません」

 

 「ほう、お前を使者に送ったのは正解だったようだな」

 

 鮮血帝はニヤリと笑った。

 

 

 次の瞬間、鮮血帝達のいる執務室が轟音と共に激しく揺れ動く。調度品が音を立てて床に散らばっていった。

 

 「なんだ!?」

 

 「地震!? ……ではないでしょうね」

 

 先ほどの轟音は執務室の窓がある方向から聞こえていた。

 

 鮮血帝と秘書官、それにこの部屋にいる者達は窓から見える中庭の方に目を向ける。

 

 

 目が、合った。

 

 

 巨大な人型の何かが、中庭から窓越しにコチラを向いており、その頭部と、目が合った。

 

 部屋にいた鮮血帝の護衛の一人の叫びが部屋に響く。

 

 「ゴーレム!? ドラゴン!? はぁ!?」

 

 その巨大なゴーレムに続くように、空から翼を広げて巨大なドラゴンも中庭に降りてくる。

 

 ゴーレムは巨体に似合わぬ機敏かつ人のような滑らかな動きで執務室の窓の前まで歩いてくると、腕を窓に突き出す。

 

 硬質な音を立てて、巨大な腕が窓を割りながら執務室の天井に手をかけると、恐ろしい膂力で部屋の天井を引き剥がしていく。ここは最上階なので、部屋の中にいた鮮血帝達には天井があった場所から青空が見えるようになった。

 

 そのまま中庭に面した窓のある壁も全てゴーレムに強引に引きちぎられてしまう。

 

 余りにも想像を絶する事態に、護衛達も動けなかった。

 

 他のもっと凄いモノに目がいってしまい気づかなかったが、この部屋がある宮廷の向かいに建っていた帝国兵達の宿舎が更地になっていた。先ほどの轟音の原因はアレだろう。

 

 

 

 

 

 「コロスコロスコロスコロス……」

 

 「ちょ、マーレ!? 今は至高の御方に与えられた任務の方が重要でしょ!? 気持ちは分かるけど抑えなさい!」

 

 目の前のゴーレムにほとんど遮られてしまっているが、ドラゴンの背に乗っているダークエルフの少女と少年が何か言い合っているのが見える。

 

 「あはぁー! 帝国の方々にぃ、我が神々から言づてがありますぅ! 『死ぬか! 隷属か!』 私が頑張って説得したんですからぁ! 感謝してくださいねぇ! 本当なら皆もう死んでるんですよ!」

 

 ゴーレムの隣に滞空した純白の翼を6対12枚も背負い赤髪の長髪を背中に流して両目を眼帯で覆った天使が、微笑みを浮かべながらよく通る綺麗な声で朗らかに語った。

 

 「ふふ、ふふふふふふ…… こんにちわ、帝国の皆さん」

 

 「妾の手で滅ぼしたいでありんすのに……」

 

 ムカデのような尻尾を腰から垂らした赤いスーツを纏いメガネをかけた男と、ボールガウンを纏った見目麗しく顔色の悪い美少女もドラゴンの上で何かを言っている。

 

 だが、この場の面々の頭には何も入ってこなかった。

 

 ゴーレムから玉を転がすような少女の声が響く。

 

 『返答は何かしら? あー、今すぐ頼むわよ。王国との会談も控えてるから結構忙しいのよ』

 

 「そう急かすな。どうせ答えは決まっているのだからな」

 

 

 

 「な、神……」

 

 帝国筆頭秘書官のロウネが搾り出すようにその言葉を呟く。

 

 「まさか私の大切な仲間に狼藉を働いておいて、ただで済むとは思っていないだろうな?」

 

 憤怒の表情を浮かべた魔王が、ゴーレムの隣で微笑む天使に並ぶように滞空して喋る。

 

 「自慢ではないが我がギルドは悪を標榜しているからな、やられたら万倍にして根こそぎ叩き潰すのが昔からギルドの仲間達との決まり事なのだよ」

 

 ゴーレムの胸部が開き、中に二人の少女が座っているのが執務室の面々から見える。

 

 ゴーレムの中に鎮座している一人の、黒髪を耳の上で左右に結った。まさに神の美貌と評するにふさわしいモノを持つ少女はニヤリと笑って、そのエメラルドの宝石の様な2つの瞳で鮮血帝を見つめていた。

 

 「「ようこそ、ナザリックへ」」

 

 二人の神の言葉が重なって鮮血帝に届く。

 

 

 

 

 

 鮮血帝は粘つく口を動かして、なんとか言葉を紡ぎ出した。

 

 「へ、返答……?」

 

 「そうだ。ああ、分かってる。隷属したからと言って国民を磨り潰したりするつもりはないぞ」

 

 「ま、実験には付き合ってもらうけどねぇ」

 

 神の一人である少女は、ゴーレムの胸元から執務室に降りてきていた。

 

 「んー、これが護衛なの? やっぱりこの世界の人間はゴミしかいないのね。あのジジイもレベルは大したことなかったし」

 

 ジロジロと鮮血帝の周囲で武器を構えている者達を見て、少女はそう言葉を零す。

 

 「……装備が聖遺物(レリック)ですらないとか、もうギャグよね。ソロの懐が貧しいプレイヤーでもせめて武器ぐらいはマトモなの用意してるわよ?」

 

 護衛の大男に近づくと手に持っている大剣を掴んで値踏みするように少女は語り続ける。

 

 バキッ

 

 「あっ」

 

 「……え?」

 

 「……はぁ?」

 

 少女が握った大剣が細い木の枝の様にポキリと折れた。

 

 護衛の大男と執務室にいた者達はソレを信じられないモノを見たように呆然とする。

 

 「えぇ……本当にクズ武器ね。ちょっと可哀想になってきたわ……」

 

 刃が中程から折れて短くなった大剣を呆然と握り締めている大男の肩を少女はポンポンと嫋やかな剣を握ったこともなさそうな手で叩く。

 

 ちなみに、今へし折れた大剣は、帝国の資金と技術の粋を集めて作り出され、帝国が施せる最高のエンチャントも施された極めて高価な特注品である。

 

 「インラン、今後はナザリックの備品になるのだから、あまり壊すな」

 

 「ああそういえばそうだったわね。でもこんなゴミアイテム要る?」

 

 「いや、要らないが」

 

 執務室の面々は神々の会話をどこか遠くで語られることのように聞いていた。

 

 「で、どうするの? もう答えは決まってるんだから、さっさとしてよね」

 

 少女は無垢な顔で平然と聞いてくる。

 

 それに対する鮮血帝の答えは───

 

 

 

 

 「て、手合わせして貰えないだろうか」

 

 「……はぁ?」

 

 「いや、君たちの力を認めていないわけではないのだが……是非その力を確かめさせて欲しい」

 

 鮮血帝は爽やかな笑顔で続きを述べる。

 

 「どうだろう、僕の用意した者達と戦って、君が勝ったら、僕たちは君たちに隷属することを誓おう。ただし僕の用意した者達が勝ったなら。関係を見直してはもらえないだろうか」

 

 「えぇ……あんた、国のトップなのよね。そんな馬鹿で大丈夫なの? だいたいあんたのトコロのジジイがあたしをレイプしたのが原因なのに」

 

 「なんというブーメラン……」

 

 アカデミックガウンを纏った青年の姿をしたもう一人の神が、少女の言葉に額を押さえる。

 

 「んー、あんまり時間取れないのよね。いいわ。全員同時にあたしが相手したげる」

 

 「ありがとう! 助かるよ!」

 

 鮮血帝は笑顔で叫ぶと、急いで近くの者達と話を始めた。後ろに振り返り神達から顔が見えなくなった途端表情が激変する。

 

 「……急いで腕利きの者達を集めろ。雷光の代わりの武器も大至急だ。四騎士だけでなく、親衛隊も出す」

 

 「さすがに数が多いのでは……」

 

 「私が用意した者達とは言ったが、数は指定していない。それで押し通す。宮廷魔術師も全てだ。ハッキリ言うが此処で勝たねば、帝国は終わる。もはやなり振りは構っていられないぞ、外聞が悪かろうが出来ることは全てやる」

 

 鮮血帝達の会話は小声ながら熱を帯びていった。

 

 

 

 

 

 「ちょっと……アイツ等の話、思いっきり聞こえてるんだけど。あたし達は地獄耳って伝えといた方がいいのかしら」

 

 「黙ってろ。いいじゃないか。あがくのを見るのも一興だ。あんな低位の隠蔽魔法で俺達に会話を聞かれていないと思ってるなど実に滑稽じゃないか」

 

 執務室から出てゴーレムの肩に乗った少女と、アカデミックガウンを纏った青年がこっそり会話していたが、執務室で話し込む面々には聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮廷前の中庭の中央部に広いスペースを取って、それ以外の場所に夥しい数の人間達が整然と並んでいた。

 

 服装も様々で、鎧に剣や槍を持った明らかに近接職と分かる者や、ローブを纏い杖を握る魔法詠唱者らしい格好の者達が、それぞれ固まるようにして佇んでいる。

 

 「一応、これは純粋に善意から言っておくけど、皆死ぬわよ。いいのね? 蘇生はしてあげるけど、費用はソッチ持ちだからね?」

 

 中庭中央部の空白地帯から、目の前で前衛職、後衛職のグループでそれぞれ前衛と後衛を形成している軍団を眺めながら、少女が言い聞かせるように語る。

 

 「ああ、ちなみに低位階の蘇生魔法と、高位階の蘇生魔法では料金が大分違うからな。今のうちにどれを使うのか考えておいてくれ」

 

 アカデミックガウンを纏った黒髪黒目の青年が、鮮血帝に1枚の紙を渡す。紙には帝国で普及している文字で蘇生費用が記されていた。

 

 「……ちょっと聞きたいのだが、この《完全蘇生(トゥルーリザレクション)》という蘇生魔法はなんだい?」

 

 「ああ、そうかお前達には馴染みがないんだったな。要するに体力が落ちないし、弱い個体でも蘇生時に灰になったりしない蘇生魔法だ」

 

 その言葉に鮮血帝は今日何度目か分からない激しい目眩を感じる。

 

 「ははは…… 本当にこんなに格安でそんな神の奇跡を利用出来るのかい?」

 

 確かに高額だが、それでもこの蘇生魔法の価値からすれば非常に安いと鮮血帝は思った。金はあるが既存の蘇生魔法には耐えられない弱さの者はそこら中にいるのだ。コレだけで凄まじい財産と権力が手に入るだろう。実際鮮血帝も利用したいくらいである。代えの効かない文官は沢山いるのだ。

 

 「勿論だ」

 

 さも当然といった雰囲気で頷く青年に、鮮血帝はこれが神か……と変な感動を覚える。

 

 目の前に山のように立ちはだかる帝国が誇る精鋭達を前にして、神と呼ばれる少女は全く怯えた様子もなく平然としていることからも、この神の奇跡と呼ぶにふさわしい蘇生魔法が真実なのだという不思議な確信が生まれた。

 

 「ああ、ジジイも呼んであげようかしら?」

 

 「爺、フールーダのことかい?」

 

 「そうよ、あのレイプ魔よ」

 

 一瞬そう言われて誰のことなのか鮮血帝には分からなかった。

 

 「ええと、可能ならば呼んで欲しいな」

 

 「おk、シャルティア!」

 

 「はいでありんす! 《転移門(ゲート)》 ではすぐ取ってくるでありんす!」

 

 中庭の脇に控えていたボールガウンを纏った美少女がその声に反応すると魔法を詠唱し、中庭の一角から漆黒の靄がごうごうと吹き上がる。

 

 そのまま靄の中にその少女が入ると姿が消え、ほどなくして靄から再び出てきた。それに遅れてローブを纏ったしわくちゃの顔をした老人も出てくる。

 

 「おお……!! なんという魔法だ……!!」

 

 「うげぇ…… やっぱり気持ち悪いわね」

 

 漆黒の靄から現れたフールーダに鮮血帝やこの場の帝国側の面々が驚く中、中庭の中央に佇んでいた神の一人の少女も顔を顰める。

 

 「!?!?!? おおおおおお!! 神!! 神!! 神ぃいいいいいいいい!!!!!」

 

 「ひょえ!?!?」

 

 少女を視界の中に認めたフールーダはバタバタと突進を開始し、少女は悲鳴を上げた。

 

 「……と、危ない危ない。儂としたことが取り乱したわい」

 

 だが、今回はフールーダが途中で我に返る。

 

 「爺、大丈夫なのか? なんでも向こうで酷い狼藉を働いたそうだが」

 

 「すまんのうジル。魔法が関わるとのう。儂はダメなんじゃよ……」

 

 申し訳なさそうにフールーダは鮮血帝に頭を下げた。

 

 「ホレ、精神抑制のマジックアイテムを貰ったんじゃ。これでもう大丈夫じゃよ」

 

 フールーダはローブの胸元の内側に潜り込んでいた首からかけたネックレスを掲げてみせる。

 

 「当然だが、後でマジックアイテムの費用も請求するぞ」

 

 遠くから神の声が二人の元に届く。なんだか鮮血帝はやるせない気持ちなった。

 

 

 

 

 

 「話は分かったがのう。ジルよ、絶対勝てんぞ。やめておくんじゃな」

 

 「やはりそうか…… 具体的にあの神はどれくらい強いのだ?」

 

 鮮血帝が中庭の中央に佇む少女に目を向けると、それにフールーダも追従する。今は探求者の怜悧な瞳をしていた。

 

 「正直儂には底が全く見通せなんだ。だがな、あの小娘の姿に惑わされるな。あれは間違いなく神と呼ばれるに足る存在じゃ。儂ら人間がいくら努力しても勝てぬよ。蟻がいくら集まっても象には勝てぬのと同じじゃ」

 

 「はぁ…… なんということだ…… 帝国は終わりだな……」

 

 空を仰ぎ見ながら鮮血帝ジルクニフは呟く。それには万感の思いが込められていた。

 

 「まぁ、悪いようにはならんかもしれんぞ? そこにいる天使と法国で話したが、中々話の分かる女子(おなご)じゃったからな」

 

 「爺ぃぃぃ…… 二百を越えても女の尻を追っかけてるのか? だいたい爺のせいでこんな目にあっているんだぞ」

 

 「ふぁふぁふぁ。せっかくだしあの神を嫁に貰ったらどうじゃ? 相手にとって不足なしじゃぞ? それに帝国を存続させる最良の手段かもしれんな」

 

 ニヤリと笑ったフールーダの顔面に拳を叩き込んでやろうかとジルクニフは本気で思った。

 

 「まぁ、ジルが最後まであがきたいというのであれば、儂も今回は従おう。さすがにちょっとは悪いとは思っておるからな。なにより《完全蘇生(トゥルーリザレクション)》とやらに興味がある。どれ、一回くらい死んでみようかのう」

 

 中庭に並ぶ帝国が誇る精鋭達の列にフールーダも加わるために移動を始める。

 

 「で? もう初めていいのかしら?」

 

 「……ああ! 宜しく頼む!」

 

 万感の思いを込めて、ジルクニフは叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぬぅ!? 魔法が効かん!?」

 

 「あはははははは!! そんなカスみたいな魔法が通るわけないじゃない!!」

 

 宮廷魔術師達の空からの《火球(ファイヤーボール)》の爆撃の嵐の中を、平然と神が歩いてくる。

 

 「ジジイイイイ!!! あんたには返したい借りが山ほどあんのよぉおおお!!! 蘇生出来るようにちゃんと死体は残してあげるわ!!! 《範囲強化威力弱体化(ウィークワイデンマジック)重力場(グラヴィティ)》!!!」

 

 空を漂う宮廷魔術師達は体の重みが増したような感覚に襲われそのまま地面に叩きつけられる。だがフールーダだけは持ち前の魔法力で《飛行(フライ)》によって増えた自重を強引に浮かび上がらせて空に漂い続けていた。

 

 「おほっ、危ない危ない」

 

 「ジジイイイイ!!! その微妙な強さめんどくさいんだけどおおお!!! 手加減すんのも大変なんだからねぇ!!!」

 

 「ああなるほどのう…… それで儂は無事じゃったのか。しかし、《魔法威力弱体化(ウィークマジック)》とは、本当に底が知れんわい」

 

 納得した様子で、フールーダは中庭の上に漂いながら顎髭を扱く。その目は怜悧に細められ、目の前の神を子細に観察する探求者のモノになっていた。

 

 地面を見れば、柔らかい土の地面に落ちたからなのか、神が魔法の威力を大きく下げたからなのか、宮廷魔術師達がヨロヨロと起き上がり、ポーションを口にしている。

 

 「ちょっとあんたら弱すぎて話になんないわよ!! 模擬戦始めた頃のコキュートスだってパワーだけはあったわよ!!」

 

 隙だらけの宮廷魔術師達に追撃をかけることもなく、神は堂々とのたまう。

 

 「配下に加える前に丁度いいから稽古付けて上げるわ!! かかってきなさい!!」

 

 神は爆撃の邪魔にならないように下がっていた前衛職の者達を手招きしながら叫んだ。

 

 

 

 

 「無駄に面倒見がいいよなアイツ」

 

 「そうなのかい?」

 

 中庭の脇に用意されたテーブル席に座って此度の手合わせを眺めながら、アカデミックガウンを纏った青年である”もう一人の神”とジルクニフは歓談していた。テーブルには神達が持参した茶菓子と飲み物が用意されている。

 

 「まぁな、我々のシモベ達にも暇さえあれば模擬戦で稽古をつけてるぞ」

 

 「興味深い話だね。うわぁ、これ美味しいね」

 

 もぐもぐと茶菓子を口にしたジルクニフがその美味に舌鼓を打つ。

 

 「ふふふ、そうだろうそうだろう。我がギルドは最高だからな」

 

 ニマニマと満面の笑みで神も嬉しそうに言葉を返した。

 

 もう神との手合わせでの勝利を半ば諦めたジルクニフはふっきれた様子で笑顔を浮かべている。今後のことを考えて目の前の神と交流を深める方向に作戦をシフトしたのだ。諦めない男である。

 

 

 

 

 

 

 「舐めるんじゃねええええ!!!」

 

 雷光のバジウットは予備だが性能はほとんど変わらない大剣を手に少女の姿の神に斬りかかる。他にも4騎士達全員で神を取り囲んでいた。

 

 「あー、おっそ、ありえないぐらい遅いわー」

 

 ヒュンヒュンと飛び交う斬撃をすり抜けるように悉く回避しながら、神の心底呆れたような声が中庭中に届く。

 

 神を囲む4騎士の周りで臨戦態勢で武器を構えている親衛隊の面々の顔がその言葉を受けて歪む。4騎士の顔もビッキビキに歪んでいた。

 

 「えい」

 

 「キャ!? イヤアアアアアア!?!?!?」

 

 いつの間にか重爆のレイナースが纏う鎧も下着も何もかもがが奪われ、神が胸に抱きかかえるように持っていた。そして次の瞬間には神の手からも消えている。

 

 「あはははは! あんた良い体してるじゃないの!! どう? 後で10発くらいヤらせてくれないかしら?」

 

 「レイナース!? 貴様ぁああああ!!」

 

 激風のニンブルが激昂して大振りな攻撃を神に繰り出す。

 

 「《傀儡掌(くぐつしょう)》」

 

 「がふっ!?」

 

 攻撃にカウンター気味に放たれた神の平手がニンブルの鎧に包まれた胸に優しく叩きつけられる。

 

 「はぁー。ほんと隙だらけねぇ。じゃーあんた服全部脱いでそこでラジオ体操してなさい」

 

 虚ろな瞳になったニンブルは神の言葉の通りに鎧と服を全て脱ぎ、さらに服を丁寧に畳んで地面におくと、戦闘の邪魔にならないところまで移動してチャカチャカと体操を始めた。

 

 帝国の誇る最精鋭のあんまりな末路に4騎士や周囲の親衛隊、それに宮廷魔術師にフールーダも心から戦慄する。

 

 「うわぁ……」

 

 「これは酷い…… 神には慈悲の心がないのか…… あいつもう騎士やめるかもしれないぞ」

 

 テーブル席から一部始終を眺めていたもう一人の神とジルクリフも青い顔で震えていた。

 

 

 

 重爆のレイナースは騎士の誇りなのか辱められた屈辱による怒りなのか、全裸でも武器を手におっぱいをぷるんぷるんさせながら神に攻撃を加え続けていた。

 

 大きな盾を両手に持った不動のナザミと、大剣を手に持った閃光のバジウットもレイナースを直視しないようにしながらも密に連携して戦い続ける。目の前で揺れる美尻は気にしない。

 

 「弱すぎて飽きてきたんですけど、もう律儀に避けるのもめんどくさいわ」

 

 金属音が響くと、神が手で受け止めたバジウッドの大剣が粉々に砕け散った。

 

 「なぁ!?!?!?」

 

 「ほらね。避けないとこうなるのよ」

 

 柄だけになった大剣を手にバジウッドが呆然とした顔で後ずさる。

 

 「ちょっと待て!? なんだアレは!? ありえんだろう!?」

 

 「まぁ、装備のデータ量が違いすぎるからな。ああなって当然だろう」

 

 テーブル席も中々賑やかになっていた。もうひとりの神は非常に高品質なティーカップを口に傾けながら、さも当たり前といった風情でジルクリフに語りかけた。

 

 神々が連れて来た見目麗しいメイド達と壮年の執事が見事な所作で茶菓子を追加し茶を入れ直していく。ここだけ中庭の中で空間が切り離されているようである。

 

 「とりあえず、お前達が配下に加わったら装備は全部一新だな。我がナザリックの配下があんなゴミ装備では沽券に関わる」

 

 「ゴミ装備……」

 

 ジルクニフは余りにもショックで茶菓子に手が伸びる頻度が大分減っていた。でも美味いから食べる。

 

 

 

 

 

 「ところで、あんたのその顔はファッションなのかしら?」

 

 ビキリと、血管が切れる音が中庭に木霊したような錯覚が起こるほど、神の放った言葉を受けてレイナースから怒気が噴き出す。

 

 全裸の美人が顔面を般若にして武器を持って迫ってくるのは完全にホラーなので、さすがのインランもちょっと怖い。

 

 「ま、まぁ、ファッションセンスに関しては人それぞれだしね? い、いいんじゃないかしら? とってもクールね?」

 

 「き、きき貴様ぁあああ!!!! 殺す!!!! 殺してやるぅううう!!!!」

 

 メチャクチャに武器を振りまわす、メチャクチャにおっぱいも振り回された。千切れそう。

 

 「疑問なのだが、あの全裸のイカレタ女の顔は何なのだ?」

 

 「ああ、あれは呪いによるものなんだ。強力な呪いでね。神官でも浄化できない」

 

 「え!? そうなの!? なんかゴメンね!!」

 

 地獄耳の少女の姿の神が、テーブル席の会話を聞きつけてレイナースに謝る。

 

 「むきぃいいいいいいい!!!」

 

 遂にレイナースは奇声を上げて泣き出してしまった。

 

 「ここは私の出番ですね!! 清浄回帰!! 《浄化(ピュリファイケイション)》!!」

 

 テーブル席の傍で控えていた天使がウキウキと前に出ると魔法を唱える。

 

 レイナースを柔らかな光が包み込み、激昂や呪いなどの各種状態異常が全てクリアされる。

 

 「ジルクニフ。後で浄化料金払えよ。ちょっとは安くしとくぞ」

 

 「ああ、分かったよモモンガ……」

 

 ジルクニフともう一人の神は名前で呼び合う仲になっていた。ジルクニフの高いコミュ力の成果である。

 

 

 

 

 

 「う! うあああああああん!! あああああああ!!」

 

 自分の顔をぺたぺたと何度も触り綺麗な肌が取り戻されたことを自覚したレイナースは地面にへたり込むと号泣する。

 

 「うんうん、えがったわねぇ!」

 

 「おいぃいいい!! 武器がねぇぞ!! 誰か寄越せ!!」

 

 閃光のバジウッドは近くにいる親衛隊の持つ武器を奪い取ると再び神と対峙した。

 

 「あんたさぁ、そんな武器じゃ話にもなんないわよ。コレ使いなさい」

 

 「へ? お、おう……」

 

 バジウッドが構える武器に腹を立てた神は、どこからともなく剣を取り出すと刃の部分を持って柄を向ける。

 

 剣というには大きすぎ、余りにも大ざっぱな外見の肉厚かつ極大な鉄の塊の柄を握り締めたバジウッドが構える。

 

 「ホラ、来なさいよ!!」

 

 今度は神の拳で受け止められた大剣は折れることも砕けることもなかった。

 

 「もしかして」

 

 「ああ、あのドラゴンころしの代金も請求するぞ」

 

 「はぁ……」

 

 テーブル席にはジルクニフが見たこともないような甘味が続々と追加されている。美味い。

 

 

 

 

 「ちょっとそこの盾持ってるおっさん! あんたずっと突っ立ってるだけじゃないの!」

 

 「いや、貴殿が攻撃しないことには、私の出番はないのだが」

 

 「あたしが攻撃したらあんたらミンチより酷いことになっちゃうでしょうが!! いいわよ! もうあたしも脱ぐわよ!!」

 

 徐に神はたった一枚だけ纏っている布を脱ぎ捨てた。

 

 そこには宝石よりも美しい美貌と完璧なプロポーションの全裸の少女がいるだけだった。

 

 「ああ、装備を外したな」

 

 「どういうことなのだね? 僕にはただ服を脱いだようにしか見えないのだが」

 

 「分かり易くいえば今まで身につけていた大量の強力なマジックアイテムを全て外した感じだな。今のアイツは超弱いぞ。俺でも勝てるな」

 

 「へぇ……」

 

 ジルクニフはこの情報を心のメモ帳にしっかりと書き込んでいく。痴女が変態に変わっただけではないらしい。

 

 

 

 

 全裸の神は目のやり場に困りまくる姿で四騎士のうち二人と対峙する。

 

 「じゃああたしからも行くわよ! 構えなさい!」

 

 「おう! こいや!」

 

 「神の攻撃! 防いでみせる!」

 

 なんかもう若干朗らかな空気が中庭に漂いだしていた。完全に模擬戦の空気である。

 

 耳を劈く激しい金属音が鳴り響き、不動のナザミが砕けた盾と共に凄まじい勢いで中庭を吹き飛び、そのまま建物の壁に大穴を開けて消えた。

 

 ポンパンチの姿勢で固まったままの全裸の神を含めた全ての者が呆然としている。

 

 「嘘でしょ…… さすがにこんなに弱いとは思ってなかったわ…… ああ、殺しちゃったかも」

 

 「熱い!」

 

 「どうしたジルクニフ、紅茶は逃げないぞ、もっとゆっくり飲むがいい」

 

 今の光景がショックで思わず紅茶を飲む手が滑ったジルクニフをもう一人の神が茶化す。

 

 「なぁ、アレは本当に弱体化しているのかい?」

 

 「しているぞ、見ての通り一切装備を身に付けていないだろう。お前の国では全身鎧と全裸の防御力が同じだったりするのか? 素手の方が剣を持つよりも攻撃力が高いとか?」

 

 今日はよく空を仰ぎ見る日だなとジルクニフは思った。

 

 

 

 

 「あー、あんたまだ戦うの?」

 

 「当たり前だろーが! せっかくこんな上等な武器も貰ったしな! 試し切りさせろよ!」

 

 「モモンガ様ぁ。あの不届き者に天罰を与える許可を頂きたいのですがぁ」

 

 テーブル席に天使が近づいてくると笑顔の中に濃密な殺気を滲ませてもう一人の神に懇願する。あまりにもこの時の天使が怖すぎてジルクニフは指一本動かせなかった。

 

 「お前がそこまで怒るとはな、他の守護者は大丈夫なのか?」

 

 「いやそれがぁ、ほらぁ、見て下さいよぉ。皆唇噛み千切ってますよぉ」

 

 「うわぁ……」

 

 「今のインラン様は万が一ではありますがあの不届き者の剣で肌が傷つく可能性がありますからぁ、そうなったら私でも自制は難しいでしょうねぇ」

 

 「ジルクニフよ」

 

 「なんだいモモンガ」

 

 「インランに傷が付いたらここら辺は更地になるぞ。結構発展してるみたいだけどスマン」

 

 ジルクニフは口の中の甘味と一緒に紅茶を噴き出した。

 

 

 

 

 

 「手合わせは中止だ!! 即刻中止!! 帝国兵は全員武器を収めろおおおお!!!!」

 

 必死の形相でジルクニフは中庭を駆ける。

 

 

 

 

 

 




モモンガ「ジル君話せるー」
ジルクニフ「神ヤベー」
フールーダ「貞操帯付けられたンゴー」
帝国兵達「アカン」
コキュートス「ハブられた」



 魔法威力弱体化(ウィークマジック)は捏造。グラヴィティを完全装備のインランが普通に唱えるとフールーダ含めて地面と激しくキスして体を粉砕して即死します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話:神の御業の押し売り

あまりにもぶっ飛んだ内容に投稿せず書き直すかちょっと躊躇したけどこれがインランクオリティだよなと納得

サブタイトルを変更しました。
コキュートスに出番を増やすようにさらに修正しました。


 

 

 

 

 キンキン響くが耳に心地よい声がジルクニフの目と鼻の先から発せられる。こと外面的な部分に関しては服装以外は完璧だなとジルクニフは外向きの笑顔を貼り付けながら思った。

 いったいどうやったのか、帝国が誇る最先端の技術で魔法的に遮蔽されているはずの皇帝執務室に出現した少女は軽やかな動きで皇帝が居る執務机の前まで来ると手の平を上に向けて突き出す。

 この場には帝国でも最強の騎士達が謹直に護衛に侍っているのだが、現れた少女を見て諦めたように佇んでいた。執務机の傍で一緒に事務仕事をこなしていた筆頭秘書官のロウネは言わずもがなである。

 

 「ジルちゃん!!! お金頂戴!!! とりあえず100万金貨くらい欲しいのよ!!!」

 

 「ははは、さすがにそんな大金はすぐには用意出来ないよインラン」

 

 開口一番挨拶もなく、単刀直入な”お願い”が少女の口から語られる。皇帝の権限なら用意できない金額ではないが、ポンと渡せる額でもない。だから外向きの完璧な笑顔を貼り付けて皇帝ジルクニフは当たり前のことを言うしかない。

 

 「えー。帝国はかなり繁栄しているって聞いたわよ? 余裕で出せるでしょ! 出して! ホラ早く! 出さないなら金貨鋳造して経済崩壊させるわよ!!」

 

 「では渡す金貨に見合う量の資源を貰えないだろうか? それなら喜んで差し出すよ」

 

 だが目の前の淫らな格好をした少女は怯むことなく自分の願いを叶えるために脅しも含めた言葉を投げかけてきた。サラリと少女が口にした脅しは目の前の少女にとっては本当に片手間で実現出来てしまうことをジルクニフは知っているので、内心の動揺を表に一切見せずに代案を提示する。”お願い”を言われた時から考えていたことだった。

 

 「んー? じゃーアダマンタイト1万トンくらいでいいかしら? ゴミ素材が宝物殿を圧迫してるのよね」

 

 「ははは、……冗談だよね?」

 

 確かに目の前の神の少女は、この世界のどの国よりも豊かな資源を有する組織の最高支配者である。既に友好の証として、ジルクニフは神々の”友人”として目も眩むような最高級の資源と武具を夥しいほどの量で贈られているのだ。普通に国家予算規模の価値があるモノをポンと贈られた時はコレが神か……と呆然としたものである。

 しかしアダマンタイト1万トンというのは常軌を逸しすぎていた。それを100万金貨と交換するというのはほぼタダで貰うようなものである。

 

 「ああ、やっぱりあんな安い金属じゃダメなの? そうねー」

 

 「え?」

 

 「それじゃー、このインランちゃんの設定資料集の新作でどうよ! わははは! この世界でのメイド達との爛れた生活を書き綴ったノンフィクション漫画が後半には載ってるわよ!! なんなら漫画部分の販売権を売ってもいいわよ!!」

 

 「すまない、アダマンタイトでいいだろうか?」

 

 「え、ああ、そう……」

 

 「いや! 一緒にソレも貰おう! ただし、友人としてタダで譲って貰えないだろうか?」

 

 「いいわよ! ホラこれ! 見てよ凄いでしょ! ユリの頭だけ外して──」

 

 「あはははは…… なかなか…… これは凄いな……マジで……」

 

 

 

 

 

 

 

 帝国。首都の宮廷内執務室にこの国で最も偉い男の叫びが木霊した。

 

 「あああああああああ!!! もおおおおおおお!!!」

 

 ジルクニフは帝国でも有数の名工の手で作られた執務机に拳を叩きつけて叫んだ。分厚い木材で作られているので手が痛い。

 

 「陛下、落ち着いて下さい」

 

 「これが落ち着いていられるか!!!」

 

 筆頭秘書官のロウネは、言い聞かせるように語る。

 

 「しかし神々との交易によって、たった数日で帝国は空前絶後の利益を得ていますよ。陛下の胃に穴が開くぐらいどうでもよくなるほどの」

 

 「なんなんだよおおお!! アダマンタイトの山とかありえないだろ!! 本当に山だったぞアレ!!」

 

 「しかもたった100万金貨ですよ陛下。アレだけの量からすれば端金です。やりましたね」

 

 「それで作った装備や得た利益で神に勝てるのか!? 勝てないだろう!? 神はアダマンタイトのインゴットを素手で握りつぶしたぞ!?」

 

 ジルクニフは無垢な笑顔の少女がその細腕でアダマンタイトのインゴットを造作もなく握りつぶした光景を思い出し震えた。

 

 「あー、まぁ、そうですね。それでもこの周辺諸国の統一くらいは出来るんじゃないですか?」

 

 「法国と竜王国は既に神の領地だし、王国も神が狙ってるだろう!! では我々はドコを征服すればいいのだ!?」

 

 「評議国とかでしょうか? エルフ国は神が懇意にしているそうですし……」

 

 「人間が竜王に勝てるものか!!! 神話の世界ではないのだぞ!!」

 

 「神なら普通に勝てそうですよね?」

 

 「分かってるよ! わざわざ言うなよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 皇帝の執務室で二人の神と皇帝が対峙し、朗らかに語り合う。

 

 「そうか! ついに王国との会談があるのか! じゃあしばらく会えないんだな! いやぁ、残念だなぁ!!」

 

 「あー、ジルにも来て欲しいんだが」

 

 申し訳なさそうにアカデミックガウンを羽織った黒髪黒目の青年がジルクニフに言葉をかけた。

 

 「は?」

 

 「ほら、ジルちゃんって王族でしょ。あたしら作法とか全然分かんないからさー。一緒に来て? そしてあたしに楽させて頂戴」

 

 青年の隣でソファーに腰掛けている、ジルクニフをして見惚れる神の美貌を持った少女がさらに言葉を浴びせてくる。

 

 「え」

 

 「さようなら陛下……永遠に……」

 

 執務室で神々と皇帝の会話を脇から聞いていた筆頭秘書官の呟きは誰の耳にも入らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、とある階層のとある部屋。

 

 殺意に包まれてジルクニフは失神しそうだった。むしろ失神したい。今すぐ胸に下げた精神を守るマジックアイテムのネックレスを投げ捨てたい。

 

 「ほう…… 君が…… 至高の御方々のサポートをすると……」

 

 「はぁん…… ふぅん…… 下等生物風情に、そんな大役が務まるのかしらねぇ……」

 

 目の前からコチラを睥睨する蛙とゴリラ。

 

 本気でジルクニフは胸のネックレスを引きちぎろうかと悩む。

 

 「ははは、神々は私の大切な友人だからね。全力でサポートすることを約束するよ」

 

 ブチブチッ

 

 ジルクニフは血管の切れる音を確かに聞いた。

 

 「おおおおお…… アルベド……私は自分を止められそうにない…… もしもの時は殺してでも止めてほしい……」

 

 「それは…… 私のセリフだわ……」

 

 どっくんどっくんと怒りの波動を撒き散らしながらゴリラと蛙が何かを囁きあう。

 

 あ、死んだわ。後で《完全蘇生(トゥルーリザレクション)》をしてもらわないとな。そうジルクニフはどこか現状を遠くから眺める心地であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック執務室にインランとモモンガの驚いた声が響く。

 

 二人が座るソファーの脇に消沈した様子で佇むアルベドに二人の視線が集中した。

 

 「え゛ ジルちゃんが死んだ!?」

 

 「なんだと!?」

 

 「はい……申し訳ありません……」

 

 「死因は何なの!? 腎虚とか!?」

 

 「いえ、うっかり」

 

 「うっかり?」

 

 「うっかり殺しちゃいました。てへぺろ☆ミ」

 

 頭をこつんと自分で叩いてウィンク☆ アルベド渾身のてへぺろがモモンガとインランに炸裂する!

 

 「あらー!! チョー可愛い!!」

 

 「はぁ!? 殺したぁ!? ジルを!? お前が!?」

 

 「ももも申し訳ありません!! ついうっかり……」

 

 「お前! うっかりで人殺すなよ! いくらジルが貧弱だからって…… ああ! 泣くな! 分かった許す!」

 

 アルベドと何度も肌を重ねているせいで情が移りまくっているモモンガはその涙にアッサリ陥落した。

 

 「それでジルちゃんはドコにいるの? ちょっとやってみたいことがあるから丁度いいわね」

 

 ウキウキとした様子でインランが立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジルクニフは知らない天井を見ていた。

 

 「ハッ!? ……ここはドコだ?」

 

 「お目覚めになりましたか……わん」

 

 「うおおおおおお!?!?!?」

 

 突然目の前に犬の顔が出てきてジルクニフはビックリした。体は豊満な女性の肉体にメイド服を纏った人間のものだが頭部だけ犬。一瞬でジルクニフは理解する。

 

 「……ここはナザリックだね?」

 

 「その通りで御座います……わん」

 

 「起きたわね! どんな感じ? 気分とか体調とか色々あるでしょう?」

 

 横たわっていたベッドから横を見れば、ウキウキとした様子のインランがソファーに座っていた。

 

 「そうだね……凄く調子が良いよ、ずっと困っていた肩凝りや腰痛もないしね」

 

 「それだけー? おかしーわねー」

 

 「? 何がだい?」

 

 「鏡見る? ホラ。何か違いを感じないかしら?」

 

 どこからともなく巨大な鏡をインランが取り出すとジルクニフの前に置く。鏡にはベッドに座るジルクニフが映っていた。

 

 「これは…… 良い……筋肉だね……」

 

 犬に気を取られていたせいで今気づいたがジルクニフは全裸だった。自分の肉体が余すところなく鏡に映っている。思わずジルクニフは自信のムキムキの胸筋に触れる。ムキムキ……?

 

 「面白いわね! ジルちゃんはレベルが上がると筋肉がつくのね!」

 

 「レベル……? すまない、話が見えないのだが」

 

 「いやあんた死んだのよ? 丁度良い機会だからただの《蘇生(リザレクション)》で生き返らせてー、減った分のレベルをあたしが補填したのよ。現地の人間に経験値注ぐとどうなるのか興味あったし、でも変な奴には上げたくなかったから、ジルちゃんが丁度良かったのよね」

 

 捲し立ててくるインランの言葉を、これまでの会話でも幾度か登場した知らない単語をジルクニフは優れた頭脳で補って理解していく。この程度は造作もない。

 

 「レベル……強さの指標か何かだね。ふむ……経験値。 もう何が起きても驚かないと決めていたんだけれど…… たまげたなぁ……」

 

 どこか悟った声でジルクニフは呟く。これはまさに神の御業だと。

 

 「いやぁ、ほんのちょっとしか経験値を上げてないはずなんだけど低レベルだからもの凄くあがったわね。今のあんたはレベルがほぼ倍加してるわよ? もっと感想聞かせて頂戴」

 

 「ああ…… 分かったよインラン。後で気づいたことを紙に書き出しておこう……」

 

 「うんうん、そうして頂戴。じゃあ行きましょうか!」

 

 「行く? ああ、本当に行くのか。王国に……」

 

 「もう時間がないからね。このまま行くわよ!」

 

 服を投げるように寄越され、それを着るとインランに手を引かれて部屋から連れ出される。ここはジルクニフをして目を見張るほどの家具や調度品が置かれた部屋だ。

 

 「この部屋はどこなんだい?」

 

 「あたしの私室よ!」

 

 そのまま幾つものの扉を潜り、ジルクニフにも理解できないようなゴーレムやアイテムが並んだ部屋を抜けると大きな廊下に出る。やはり尋常じゃない調度品が並ぶ廊下を抜け巨大な階段を降りると、広い部屋に出た。

 

 見事な彫像が彫り込まれた巨大な扉を抜けると、先ほどまでの空間とは比較にならないほどの大空間が待っていた。遠くに跪いている異形達が見える。そして異形達の向こう、階段を上った先にあるこの巨大な空間に見合うサイズの玉座に厳かに座っているもう一人の神の姿。

 

 「ナザリック地下大墳墓最高支配者チャオ・インラン様。および、”ご友人”のジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス様の御入室です」

 

 扉の脇に控えていたメイドがよく通る声でそう宣言する。神々はともかくその取り巻きから向けられるモノはほとんど敵意である。

 

 「おお、無事だったようだな。心配したぞジルよ」

 

 「何、僕は人間だからね、”うっかり”死ぬことはよくあるんだよ」

 

 玉座の前の階段の下まで進むとモモンガが親しげにジルクニフに話かけ、それに対して若干皮肉を込めて返す。

 

 インランは玉座まで階段を上ったが、ジルクニフは階段の下で待機する。これ以上死にたくはないのだ。

 

 「なんか、お前ガタイが良くなったな。戦士職になりたいのか? ならば多少装備を融通しても良いが」

 

 「あー、何かレベル上げ過ぎちゃったのよね。いったいどんな職業レベルを取得したのかしら?」

 

 「お前……何やってんの」

 

 「ははは、ありがたい申し出だけど遠慮させてもらうよ」

 

 目の前の二人の神は話す限りではとても神とは思えない。まるでただの人間のようだ。だが世界を思うがままに出来るだけの武力と組織を有しているし、神のシモベ達は紛うことなく化け物である。神々と話しているとつけ込む隙が無数に見つかるのに、シモベ達のせいで手が出せない。今も精神を守るマジックアイテムがなければシモベ達から叩きつけられる敵意によってこの場で卒倒しているだろう。

 

 「そうか、遠慮しなくてもよいのだぞ?」

 

 「まぁジルちゃんに必要なのは自前の戦闘力よりも優秀な護衛とかじゃないの? 無人機何機か護衛として貸してあげよっか?」

 

 「ははは、護衛は間に合っているから大丈夫だよ」

 

 恐ろしく友好的な神々だが、はいそうですかと厚意を受け取るわけにもいかない。裏で何を考えているのかまでは誰にも分からないのだから。護衛など最も信用出来るかどうかが重要な問題なのに、得体の知れないモノを置けるはずがなかった。……もっとも、今ジルクニフは護衛も付けずに単身で神の膝元に来ているのだが。生きた心地がしないどころか、実際に死んでいるのだから笑えない。

 

 「それは良い案ですね。是非真剣にジルクニフ殿には検討して頂きたい」

 

 突然後ろで跪いていた蛙男が会話に割り込んでくる。

 

 「そうよね! やっぱり護衛は強くなくちゃね!」

 

 玉座の脇からこちらを見下ろす形のインランも蛙男──デミウルゴスの言葉に強く追従する。やはりグルになってジルクニフをハメようとしている。ジルクニフはそう考えざるを得ない。神の奸計など人間の自分に対処できるのだろうか?プレッシャーに押しつぶされそうだが、胸元のネックレスがソレを許さない。

 

 「はは、ではソレは帝国に帰ってから臣下達と良く話し合って返事をするよ。ソレでいいかな?」

 

 「そうね、まぁいいわよ。王国ではあたし達が傍にいれば大丈夫だろうしね」

 

 「ふむ、ではそろそろ行くか。向こうを待たせるのも悪いしな。ジルよ頼むぞ」

 

 「ああ、任せてくれ。友人達の頼みだからね」

 

 「やはり持つべき者は友達ね!」

 

 「この恩は必ず返そう」

 

 神々の振る舞いが脳天気すぎて、ジルクニフは警戒せざるを得ない。いったい裏は何なのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国。首都リ・エスティーゼ。王城。玉座の間。

 

 大きな扉が開き、モモンガ、インラン、それにジルクニフが並んで先頭を歩き、その後ろにナザリックのシモベ達がゾロゾロと続く。

 

 「ナザリック地下大墳墓最高支配者。モモンガ様。同じくチャオ・インラン様。その配下の方々。および……バハルス帝国皇帝。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス様のご入室です」

 

 「ジルクニフ…… 帝国の……」

 

 「何故ここに……」

 

 「いったい何の思惑が……」

 

 玉座の間は騒然となる。

 

 神々の姿やその取り巻き達に息を呑む者達の狼狽えようも凄い。だがやはり、この場にいるはずがない者が何故か居ることに戸惑う声も多かった。

 

 「ファ!? メチャクチャ可愛い娘がいるじゃないの!? 1万発くらいヤりたいわね!!」

 

 「ああ、あれはラナー第三王女だね」

 

 「うひー! あ! ヤバい! 勃つ!」

 

 「おいぃ! お前もしココでチンコ出したらナザリック出禁にするからな!」

 

 「……これは友人としての忠告だと思って欲しいのだが、あのラナー王女は警戒しておいた方が良いよ」

 

 ジルクニフは思わず小声で本気の忠告をする。余りにも神々の振る舞いがあんまりだったので少し毒気を抜かれたのだ。後はラナーに神々が取り込まれると非常に困るので楔を打つ意味もある。

 

 大声でもの凄いことを喚きだした神々に玉座の間がさらに騒然となる。インランにメッチャ視線を向けられているラナーは無邪気な笑顔を浮かべていた。

 

 「ん? 警戒? なんで?」

 

 「見た目に惑わされてはいけないということさ」

 

 「なん……だと……! まさか伝説の……ハ ラ グ ロ 美 少 女 !? あ! あ! ヤバい勃つマズイヘルプミー!」

 

 「ちょっと声が大きいよ」

 

 股間を必死にパーカーの上からグッグッと押さえて叫ぶインランにジルクニフもたじろぐ。

 

 「アカン……」

 

 玉座の間にいた面々から向けられる奇異の視線にモモンガは天井を仰いで力なく呟いた。

 

 あんまりな支配者達の振る舞いだが、その支配者に仕えるシモベ達は平然としている。マナーは至高の支配者達が決めるものだと思っているからだ。シモベ達にとっては支配者達の振るまいはどんなものでも全て正しいのである。

 

 

 

 

 

 モモンガ達は玉座の間の中央に敷かれた絨毯を進むと奥まで辿り付いた。目の前に玉座がある位置である。

 

 玉座に座った王冠を被った痩身の老人が厳かに口を開く。

 

 「よく来てくれた……神々よ……まずは遠路遙々足を運んでくれたことに礼を述べたい」

 

 「ジルちゃん!」

 

 「え? さすがに僕が対応するのは不自然だと思うよ?」

 

 「うえ、そうなの。じゃあギルド長頼むわ。あたし社交はあんまり得意じゃないのよね」

 

 「ふむ、礼には及ばんぞ。我々には距離は意味を為さないからな。意味は分かると思うが」

 

 「そうか。さすが神々ということなのであろうな……」

 

 遠い目をして玉座に腰掛ける王はモモンガに言葉を返した。

 

 「あたしあのラナーって娘を口説きにいきたいんだけど」

 

 「ははは……神というのは本当に奔放だな…… ラナーを神に嫁に出すのも良いかもしれんの」

 

 「なんかお爺ちゃん、元気ないわね?」

 

 「そうだな。色々考えることがありすぎて疲れているのは事実だよ」

 

 次の瞬間宙を舞う華美な装飾の美しいガラス瓶。そのまま骨と皮だけのような玉座に座る老人にあたりガラスの割れる軽い音が響く。

 

 「ぬお!?」

 

 「王!?」

 

 玉座の間が一気に騒然となり、王の傍で鎧と剣を佩いていた者が急いで声を上げて玉座に近づく。

 

 「お前何やってんの!?」

 

 「え? エリクサーで滋養強壮を」

 

 「お、おおおおお……! なんだ、体が……!」

 

 王にかけられた液体がシュワシュワと音を立て、王は体の異変を訴える。

 それを受け護衛の男は顔面を怒りに歪め、武器を抜いて突進してきた。

 

 「貴様ぁあああ!!」

 

 「ヌゥ! インラン様!」

 

 すかさず武器を全ての腕に構えたコキュートスがインランの前に出る。

 

 「グハァ!!」

 

 「「は?」」

 

 コキュートスが構える武器をすり抜けるようにして、護衛の男の剣がコキュートスの胴体を両断した。

 モモンガとインランはソレを見てアホの様に口を開いて呆然とするしかなかった。シモベ達も同様である。

 

 「ガゼフ! やめよ! 余は大丈夫だ!」

 

 「は、ははぁ!」

 

 王が護衛の男を一喝すると、すぐさま男はコキュートスの血がついた剣を鞘に収め、玉座の脇へと戻っていく。

 

 だが、これで事が収まるわけがなく。

 

 「え゛ はぁあああ!? ちょ、ちょっと待ってアリーヤ! アリーヤ!」

 

 ガチャガチャとインランはパワードスーツを纏う。

 すぐさまパワードスーツに内臓された複合センサーで護衛の男の装備をスキャンしていった。

 

 「んぅ!? あのオッサンの武器はユニークアイテムだわ!」

 

 「なんだと!? 効果は?」

 

 「ああ……これは凄いわね。武器のデータ量は大したことないけど、次元切断(ワールドブレイク)が刃にエンチャントされてるわ……ノイズが多くてあんまり読み取れないけど」

 

 「はぁ!?」

 

 コキュートスがやられ、悲壮な覚悟でモモンガとインランを取り囲み護衛するように位置を変えていたシモベ達が、インランの言葉を受けて益々殺気だつ。先ほどからインランの狼藉に関しても玉座の間に控えた王国側の他の護衛達はシモベ達から発せられる殺気に当てられて動けていなかった。

 

 「いやー、危ないわねー普通にプレイヤーを殺せる装備があるわよこの国。もう何年も大規模な抗争なんてないから忘れてたけど、油断は大敵よね」

 

 「なんだ。当たり前のことだろう?」

 

 「ふぅ、とりあえずどうしましょうか、あのオッサン殺して武器奪うか、このまま話を続けるかね」

 

 インランは徐にポーションを取り出すと、床に横たわる寸断されたコキュートスに投げつける。まだ息はあったらしくコキュートスの体が動画の逆再生の様に繋がっていった。

 

 「元はと言えばお前があの護衛を刺激したのが原因だからなぁ……」

 

 いきなり物騒な気配を纏いだした神々にジルクニフは面食らっていた。

 

 「ま、待て! アレは只の護衛であって、君たちを最初から害する意志はなかったはずだぞ! 君たちが刺激しなけば大丈夫だ!」

 

 「ん? そうなの? でもねー、さすがにあの武器はないわ。だって死ぬし」

 

 「そうだな。ジルは少し平和ボケが過ぎるのではないか? 明らかにコチラを殺せる者が武器をちらつかせていたら警戒するものだろう」

 

 お前が言うなとジルクニフは叫びたかった。

 

 

 

 




 実際レイザーエッジの効果は次元切断の亜種みたいな耐性装甲防御全無視貫通効果なんじゃないすかね
 次元切断がエンチャントされた剣というのは結構ソレっぽい

 前書きでぶっとんでるとか言ってるけどさ、一巡前の世界のR−18版読み直したらソッチの方がぶっとんでてワロスタイリッシュ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話:公正な取引

王国回


 

 

 

 

 玉座の間で殺気をバリバリに放つシモベ達に囲まれ守護されている形の二人の神は普段のヘラヘラした様子よりも多少真面目な雰囲気でここには居ない誰かと会話する。

 その異様な光景を見る玉座の間にいた王国側の護衛や観衆達はこの場に漂う感じたこともないほどの殺気から全く動けない。玉座に腰掛けるランボッサ三世はせっかくエリクサーで元気になったのに、既に脂汗を流して虫の息である。

 王国の五宝物を纏って護衛に侍っていた周辺諸国最強の戦士であるガゼフ・スロトノーフでさえ、全く隙のないシモベ達とソレから叩きつけられる殺気に体を震わせながら武器を気丈に構えるのが精一杯だった。

 シモベの護衛の輪の中に神々との位置関係からついでに入れられていたジルクニフは笑顔を貼り付けて思考停止している。

 

 「シズ、城全体をスキャンして。これからスーパーシルフを出すから。悪いけどあたしは手が塞がってるから権限を渡すわ」

 

 「ニグレド、お前もだ。また働かせて悪いが今度は課金アイテムの併用を許可する。見落としは許さんぞ」

 

 神々の凜とした声だけが静まりかえった玉座の間に響いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第四階層に併設された超巨大格納庫。

 

 外見も十分巨大だが、内部は魔法的な空間拡張(課金)で完全に異空間と化しており、その内部容積はひとつの階層に匹敵する。

 

 管理者権限によって格納庫が起動し、格納庫内部のハンガーがサイレンを鳴らして警告灯が発光する。

 ハンガーが音を立てて動き出し、そのまま格納庫外部へと機体を載せたままスライドしていく。

 格納庫のハッチが開き内部の異空間との気圧差から第四階層の空気が吹き付ける。

 ゴウゴウと空気の音とサイレンの音が鳴り響く中で、ハンガーの上の戦闘機のエンジンに火が入り、甲高い悲鳴のような唸り声を上げた。

 情報収集・情報戦に徹底的に特化した超が十個くらい付く高性能戦闘機は、機体に搭載された同じく超が百個くらい付く過剰に高性能な人工知能、否、”機械生命体”によって完全に制御されている。

 

 超高性能戦闘機FFR-31MR”スーパーシルフ”が格納庫の外へハンガーごとせり出してくると、第四階層にあるガルガンチュア等の超大型の物体を外部へ転送するための装置も同時に稼働を初めた。

 パリパリとスパークがスーパーシルフを取り巻き、次の瞬間機体が居るのはリ・エスティーゼ王国首都の王城を遥か下に見下ろす高空だった。

 

 超々高度なAIによる機体制御で難なく空気を掴んで飛翔すると、スーパーシルフは命令通り機体に搭載された複数の探知システムで眼窩の巨大な城をスキャニングしていく。

 

 城の上空スレスレをぐるぐると至近距離から張り付くように旋回しているCZ2128Δが搭乗するガウォーク形態のVF-0も捉えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 城の上空から鳴り響くジェットエンジンの爆音が玉座の間の中にも轟くなかで、怪訝な様子でインランが声を発した。

 

 「ん? 後はゴミアイテムしかないわね」

 

 「やはり別の場所に隠しているのではないか? ──ニグレド、走査範囲を街全体に拡大しろ」

 

 「ああ、城下町にいくつか面白そうなアイテムがあるみたいね。これは……地下かしら?」

 

 インランはタブレット端末をモモンガに手渡す、画面には今のスキャンで発見された一定以上のデータ量・魔法効果のアイテム達が羅列されている。モモンガが指で画面をフリップすると一定以上のレベルの存在も別ウィンドウに羅列されていた。

 モモンガは羅列された高レベルの者達の中で一際高レベルな者を見つけて声を上げる。

 

 「おい、レベル50台がいるじゃないか」

 

 「プレアデス級ね。まぁゴミ……おっと、プレアデスはエロ可愛いからそれで良いのよ?」

 

 一緒に王国の会談に参加していたプレアデス達を気遣ってインランが途中で発言を改めた。

 

 「他にもレベル30前後がチラホラといるのか、さすがに大国の首都なだけはあるということなのかな」

 

 「デスナイトがちょっと居る程度と考えると力が抜けるけどね。あぁ、警戒して損したわ」

 

 インランは肩の力を抜いて嘆息する。

 だが、シモベ達は依然臨戦態勢のまま微塵も警戒を解かなかった。玉座の間全体に目を向けながらも、特にガゼフの動きを注視している。

 

 

 

 

 

 

 

 暢気だが殺気をタップリ放ちながら会話をする神々に最初に声をかけたのはすぐ傍に立つバハルス帝国皇帝ジルクニフだった。このまま制御不能の神々が何をするのか分からないので、楔を打つためにその英雄クラスの胆力から声をかけたのである。

 

 「き、君たち、何を……考えているのかな……」

 

 「ん? 警戒?」

 

 「そうだな。まぁ今特に警戒すべきなのはそこの男が持つ剣だけのようだが」

 

 「そうなのか…… では君たちは武器を……」

 

 「降ろさないわよ?」

 

 「うむ。危険がある以上はなぁ」

 

 「はは…… そうだよね……」

 

 苦笑い8割くらいの微笑を浮かべてジルクニフはそれ以上言葉を紡げなかった。

 

 「どうする? ジルちゃん先に帰る? ケッコー危ないわよ?」

 

 「え……ああ………………… 残る……」

 

 ジルクニフはかつてないほど思考を張り巡らせた末この場に残ることを選んだ。放って置けない。何が起こるか分からない。出来ることなら多少なりとも干渉したい。先に逃げ帰った末に王国が消滅しては洒落にならなかった。ペンペン草も生えない土地よりはまだ神に統治された国が隣にあるほうが帝国の利になるだろう。

 

 攻撃的な雰囲気を纏っている神々と友好的な雰囲気で話している(ように外部からは見える)ジルクニフに、王や観衆達が息を呑む。

 そんな視線を努めて無視しながら、ジルクニフは目の前の玉座に腰掛けるランボッサ三世に声をかけた。

 

 「ランボッサ王よ。どうかそこの護衛であるガゼフ・ストロノーフが持つ五宝物の一つである剣をコチラに差し出しては貰えないだろうか」

 

 その言葉に静まりかえっていた玉座の間がにわかにざわつく。本来ありえない要求なので当然だ。

 

 「無論。余りにも度が過ぎた要求だとは理解している。だが、ソレをこちらに渡さない限り、王国に未来はないことを、このバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスがこの名をもって保証しよう」

 

 ジルクニフは真摯な目でランボッサ三世と目を合わせて語る。

 だが、その横で矢面に立たされたガゼフは顔を怒りに歪め、シモベ達に叩きつけられる殺気の中で驚異的な精神力で自身を奮い立たせると気丈に叫んだ。

 

 「馬鹿な……! これは王国の至宝なのだぞ!」

 

 「理解していると言っている。それでも、それを差し出さねば、確実に王国は滅びるぞ」

 

 長年カッツェ平野での合戦でガゼフに煮え湯を飲まされてきたジルクニフはある意味因縁の相手であるガゼフに語って聞かせるように同じことを喋る。まさか自分が憎き宿敵の命を案じるようなことを語るようになるとはとジルクニフは内心で自嘲しながらだが。

 

 

 

 

 

 

 

 ジルクニフとガゼフの言葉を受けて、インランは納得したという声を上げる。

 

 「ああー、宝物かー」

 

 「中々仰々しい呼び名だが、まぁ異常な性能を考えれば納得だな」

 

 「じゃあ交換で良いんじゃないの?」

 

 インランは虚空から巨大な太刀を取り出す。メカニカルな外見の無駄に嵩張る鞘が刀身を覆っていた。余りにも刀身が長く、インランの身長では抜くことも出来そうにないが、鞘全体が稼働して開き刀剣が全て外に晒されるとパワードスーツで伸長した機械の腕でシャラリと刀を抜き放つ、鞘に比べると非常に細く感じる刀身を暫く空気に晒したあとで再び鞘に戻す。ガチャリと機械の鞘が稼働して刀身を呑み込み固く噛みしめる音が響く。

 

 「神器級(ゴッズ)アイテムだから、まぁデータ量としてみればそのインチキな剣とは比較にならないわよ? ……本当はコキュートス用にプレゼントしようと思って創ったうちの一本なんだけどね」

 

 「神器級(ゴッズ)か…… まぁあのユニークアイテムと交換ならば惜しくはないな」

 

 インランの身長よりも長い、異常に長大な太刀を手にパワードスーツを着たままのインランがガゼフに近づいていく。

 それをシモベ達が必死に止めようとするが、インランは伸ばされたシモベ達の手をはたき落としてズカズカと進んで行った。

 

 「じゃあ、コレと交換してよ。いいでしょ?」

 

 威圧。

 

 鞘に収まった巨大な刀を機械の手で前に翳した少女の外見のインランに無垢な笑顔で声をかけられたガゼフはそう感じた。心臓を掴まれたように体が萎縮し、口が上手く動かない。

 

 「ん? コレじゃダメなのかしら? 切れ味に関しては多分この世界ならそのインチキ剣と変わらないわよ? データ量から考えれば単純な攻撃力はむしろ増えるでしょうね」

 

 ガゼフは思わず五宝物の一つの剣を目の前の神に差し出しそうになる。だが気絶しそうになりながらもなんとか寸前で踏みとどまる。

 後ろでそれを見ていたデミウルゴスが呪言を使おうとするが、モモンガが手でソレを遮った。

 

 動けないガゼフ達を見かねたのか、ジルクニフがインランの後ろから玉座に座る王と固まっているガゼフに語りかける。

 

 「ガゼフ殿。いやランボッサ王よ。どうか、どうかこの刀とレイザーエッジを交換して貰えないだろうか。このジルクニフが余の名前にかけてこの神が創った刀の価値を保証しよう。間違いなくレイザーエッジに匹敵。いや凌駕さえするだろう」

 

 その言葉を受けて、ランボッサ三世の表情が僅かに動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バハルス帝国、皇帝執務室。

 

 ジルクニフは執務机に突っ伏していた。ピクリとも動かないので見る人が見れば皇帝が謀殺された一大事に見えるかもしれない。

 

 「疲……れた……」

 

 「お疲れ様です陛下……」

 

 「余は……もう……ここから……動きたくない…… ずっと……宮廷に……引きこもる……」

 

 帝国に帰って来たジルクニフは行く前に比べて大きく見違えていた。主に体格的な意味で。

 

 「陛下、向こうでは筋肉トレーニングでもしていたのですか? さすが神の御業ですね。見違えました」

 

 「お、お前……余を見て最初に言うことがそれなのか……」

 

 執務机に投げ出した腕の、服をはち切れんばかりに押し上げている入道雲のように盛り上がった上腕二頭筋をプルプルと振るわせてジルクニフは唸る。

 

 「いえ、余りにもこう…… 気になったモノですから……」

 

 「お前、ソッチの気があるんじゃないだろうな…… 秘書官から外すぞ……」

 

 「いえいえ、滅相も御座いません! 私はノーマルです!」

 

 執務室にはなんとも言えない空気が漂っていた。

 

 ジルクニフは神から贈られたポーションを呑むと椅子に深く座り直す。

 

 「ふぅ…… このポーション、効くなぁ……」

 

 「”エリクサー”でしたか、宮廷魔術師が鑑定して泡を吹いて失神してましたよ」

 

 「まぁ、万単位で贈られたからな。俺が普段使いしても良いだろう。追加でまた来るらしいしな…… 恐ろしい話だ……」

 

 「どうしますか? このポーションを帝国全土に配れば国民は病などの憂いから完全に開放されますから国民の生産性はかなり向上するでしょう。もしくは他国との外交でもこのポーションをちらつかせればかなり無理な要求でも通せるでしょう。あらゆる病、怪我が完全に治りますからな。このインパクトは途轍もないものです。いえ捨てるほど在庫はあるのですが」

 

 「いいんじゃないか?」

 

 凄まじく適当に皇帝ジルクニフは筆頭秘書官の言葉に応じた。その表情は悟りを感じさせる達観したものになりつつある。

 筆頭秘書官はその顔を見て「お労しい……」と胸中で呟いた。

 

 

 

 




 ジル君強く生きて

 メカ書けて楽しかった(小並感)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話:神(ぷれいやー)との邂逅

蒼の薔薇回


 

 

 

 

 王国王城内で王達と神々が会談をしている時間。

 王国の城下町では信じられないモノを見たような悲鳴や吃驚する声が上がっていた。

 声の中には王国が誇る最強の冒険者パーティのモノも含まれている。

 

 「なんだアレは!?」

 

 「ゴーレムなの……? あんなの見たこともないわ」

 

 轟音と共にリ・エスティーゼ王城の上空を纏わり付くように低空で飛行する大型のゴーレム。さらに遥か上空には米粒よりも小さく見えるがどこか似ているゴーレムが飛行しているのが見える。形状や質感が生物からかけ離れているのでドラゴンではないだろう。

 

 「今日は神々が城に訪れているのよね。アレは神の使役しているゴーレムなのかしら?」

 

 「とにかく私達も行くぞ! アレを無視するわけにはいかないだろう!」

 

 「イビルアイが正義に燃えている」

 

 「性技じゃなくて残念」

 

 「アホなこと言ってる場合か! 急げ!」

 

 「まぁなぁ、蒼の薔薇としちゃあ無視は出来ないわなぁ」

 

 「何か神話の匂いを感じるわ! 気分が高揚するわね!」

 

 蒼の薔薇の面々は王城目指して駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シズ・デルタは搭乗している機体の中で、敵意をコチラに向けるある程度レベルの高い存在を複数感知した。

 無線を介してすぐさま主の一人に報告する。

 

 「敵意感知」

 

 『え? ドコから?』

 

 「城下町から、距離約1kmに複数固まってる。そこからやや離れた地点にもいくつかの固まりがある。どれも脅威度中以下。敵意自体は他にも多数感知してるけど、脅威度が低すぎるので除外」

 

 『数は?──ああ確認したわ。データリンク良好。スーパーシルフの探知能力をコイツらに大目に振り分けるわ』

 

 「私への指示を求める」

 

 『そのまま待機。今コッチは友好的に話し合いが進んでるから、コチラからの攻撃は許可しないわ。専守防衛ね。でも攻撃してきたら殺して良いわよ。武装選択は任せるわ』

 

 「了解」

 

 指示の通りにシズ・デルタの繰る可変戦闘機VF-0は飛行機に手足が生えたような中間形態であるガウォーク形態で、リ・エスティーゼ王城のすぐ上を滞空し続ける。

 ユグドラシルにおいてVF-1の廉価版的な位置づけであるVF-0は各パーツも相応にスペックダウンしており、熱核反応タービンエンジンではなくジェット燃料を使用するオーバーチューンされたターボファンジェットエンジンを搭載しているため、大気圏内の無補給無限飛行能力は有していない。そのため翼による揚力を得られないガウォーク形態でのホバリングは洒落にならない速度で燃料を消費していく。

 主の危機にガウォーク形態のホバー飛行で城に張り付くように暫く滞空していたため。燃料タンクの残りは心許ないほど少なくなっていた。

 

 「問題がある」

 

 『知ってる。バトロイドに変形して城に掴まってなさい』

 

 「了解」

 

 すぐさま人型ロボット形態のバトロイド形態に機体を変形させて、脚部バーニアで速度を落としながら真下にある城の空に向かって突き出した塔の一つにしがみつく。すぐさまエンジン出力を大きく落とし、機体に内蔵された大容量のエネルギーキャパシターに貯めこまれた電力を頼りに機体を駆動させる。これで大幅に作戦行動時間が延長されるだろう。大幅に選択可能な作戦行動も減るが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王城のすぐ上で飛行していたゴーレムが形を大きく変えて人型になり、そのまますぐ下の王城を構成する五つの塔の一つにしがみつく過程を、王都中央通りを王城へ向けて駆けている蒼の薔薇の面々は肉眼で捉えていた。

 

 「変身!? いや……変形……した!?!? なにアレ! なにアレェェ!! ヒャッハアアアアアア!!!」

 

 「リーダーが壊れた」

 

 「ああ、きっと魔剣で…… そっとしておいてやろう」

 

 「くっ、俺達がついていながら……!!」

 

 蒼の薔薇のリーダーを務めるラキュースが激しくはしゃぐ様を他のメンバーは悲痛な面持ちで眺めている。

 もうすぐそこに見上げるような王城が迫ってきていた。同時に見上げるほど大きな人型ゴーレムの姿も。

 

 『止まって。それ以上近づいたら撃つ』

 

 王城の前まで辿り付いたところで、塔にしがみついたゴーレムから綺麗な少女の声が響く。

 

 「女の子!? ふわぁああああ!! たまんないぃ!!」

 

 「おい、リーダーが使いもんになんねぇぞ!」

 

 「仕方ないだろう! 魔剣なんて私にもどうにも出来ん! もしかすると神の力に魔剣が反応してるのかもしれん!」

 

 蒼の薔薇にとっては目の前の巨大な人型ゴーレムもヤバいがリーダーもヤバい状態だった。

 

 ゴーレムは頭部を地面に居る蒼の薔薇の面々に向けると、頭部に左右から伸びた2本の棒のようなパーツも稼働させて蒼の薔薇にその先端を向けてくる。

 

 『警告する。この2門のレーザー機銃はあなた達を確実に殺傷できる。抵抗は無意味。武器を地面に置いて両手を頭の後ろに回して』

 

 「……穏やかじゃねぇな」

 

 「ムカッときた」

 

 「処す? 処す?」

 

 「おっふ!? 抵抗は無意味ぃ!? あ! あああAAAAA!!」

 

 豊かな胸を掻き毟って悶え出したリーダーを無視して蒼の薔薇ナンバーツーのイビルアイがゴーレムに叫んだ。

 

 「おい! 貴様はドコの所属なのだ! 今王城に訪れている神々と関係しているのか!?」

 

 『……私とこの機体はナザリック地下大墳墓の備品。お前の言うことに相違はない。これで問題がないなら武器を置き両手を頭の後ろに──』

 

 「分かった! 従う!」

 

 「はぁ!? イビルアイ! お前正気なのか!?」

 

 「うるさい! ここは私を信じて黙って従うんだ! 殺されるぞ!」

 

 「ちぃ! 分かったよ!」

 

 「納得いかない……」

 

 「でも従っちゃう……」

 

 イビルアイの説得によって蒼の薔薇の他のメンバーも渋々だが武器を地面に置いて両手を頭の後ろに回す。

 ラキュースに関してはイビルアイが無理やり武装解除した。

 

 丸太のように太い腕を頭の後ろに回したままでガガーランは隣で同じようにしているイビルアイに小声で聞く。

 

 「おい……あの高慢ちきなお前が血相変えて素直に従うとはな…… どうしてなんだ? 教えてくれるんだろうな?」

 

 「ああ、私は王国に訪れている者達とは違うだろうが神と呼ばれる者に直接会っているからな。その力を一端だが知っている。ナザリックというのは知らないが、仮にアレが神の所有物なら絶対に攻撃してはダメだ」

 

 「へぇ……お前がそこまで言うとはな……逆にあのゴーレムの強さに興味が湧いてきたぜ」

 

 「馬鹿な考えは起こすなよ…… あのゴーレムだけが神の力とは思わないことだ…… しかし、本当に神が降臨したのか……? これは大変なことだぞ…… なぁ!?」

 

 「うぉおお!?!?」

 

 突然ゴーレムが塔を蹴って蒼の薔薇がいる王城の城壁の外まで一息に跳躍してきた。巨体に似合わぬ軽快な運動能力である。

 そのまま石畳を砕いて膝をクッションにして滑らかに着地する。

 やはりゴーレムは見上げるほど大きく、目前まで来たことでそのサイズ感に蒼の薔薇の面々は圧倒された。

 

 『投降の意志を確認した』

 

 「……ああ、そうか……」

 

 「でけぇな……」

 

 「大きすぎる」

 

 「こんなの入らない」

 

 「すごーい! おおきいー! かっこいー! ヒャハー!」

 

 「ラキュース…… 惜しい仲間を亡くした……」

 

 「やめろイビルアイ…… まだ助かる…… 多分……」

 

 「悲しいね……」

 

 「涙が止まらない……」

 

 両手を頭の後ろに回しているので目頭に溜まる涙を拭えないのが蒼の薔薇達には辛かった。イビルアイは仮面のせいで元々拭えないし、諸事情により涙が出るのかも不明だが。

 

 

 

 

 

 そのままの状態で幾分か時間が過ぎ、太陽が傾き出して、巨大なゴーレムから蒼の薔薇に影が差すようになった頃。

 

 「ん? あらあらー! かわいこちゃんばっかりじゃないのー! しかも忍者がいるわよ忍者!」

 

 「凄まじい美少女」

 

 「まさしく極上」

 

 「忍者? そんな高レベルの反応はなかったはずだが……」

 

 王城の入り口から出てきた少女と青年が、投降のポーズで佇む蒼の薔薇の面々に声をかけた。

 その後ろにはまさに異形の者達が続いている。

 

 「えい」

 

 「キャー!?」

 

 「ラキュースが蘇生した」

 

 「斬新な蘇生法」

 

 ありえないほど軽装でありえないほど美しい少女はボーッとしているラキュースの前まで歩いてくると、徐に鎧の隙間に手を差し込んで胸を揉んだ。

 一瞬でラキュースが正気に戻り甲高い悲鳴をあげる。

 

 「ななななぁ!! 何!? 一体何が!? 私は一体!?」

 

 「あはははは! 中々良いおっぱいじゃない! メチャクチャ可愛いし、どうよ、百発ヤらせてくれない?」

 

 「《完全なる戦士(パーフェクトウォーリヤー)》!!!」

 

 「あん! ちょちょちょちょ!! 千切れる千切れるひぎいいいいいいい!!!」

 

 突如、アカデミックガウンを纏った黒髪黒目の青年が叫ぶながら少女に突進すると、ワンピースとローブの合いの子のような変わった服の胸元に手を突っ込んで乳房を掴み取り、そのまま持ち上げて少女を乳房で掴んだまま振り回す。

 少女の乳房は伸び上がるが決して千切れることなく振り回され続ける。

 想像を超えたプレイにその場に居合わせることになった蒼の薔薇の面々は呆然としていた。

 

 「お前は! お前という奴は! この! この!」

 

 「あああ! クーパー靱帯がああああああ!! のびるのびるのびちゃううううううう!!!!」

 

 絶句する面々を余所に斬新なプレイは数分間続いた。

 

 

 

 

 

 「あはははは! うん良いおっぱいだったわ! ん? あたしのおっぱいも揉みたいの? 仕方ないにゃあ……」

 

 あれだけ尋常ではないほど酷使されても少女の乳房は綺麗な形を維持している。

 それが気になって蒼の薔薇の面々は皆女性であることも相まって美しい少女の美乳に吸い寄せられていた。

 徐に少女が服の胸元をはだけて乳房を曝け出そうとするのを、隣にいるアカデミックガウンを羽織った青年がチョップを少女の鼻先に神速で叩き込んで止める。

 頭が吹き飛びそうな豪快な制止方法に蒼の薔薇の面々は息を飲み。それで全く無事な少女を見てさらに息を飲んだ。

 

 「仕方なくないだろうが! ごほんっ お前達すまなかったな。どうやら長いことシズが拘束していたようだが」

 

 「あ、ああ、えーとっ、そうなのかしら?」

 

 「私が話そう。あなたが神か?」

 

 拘束中、意識が混濁していたラキュースは困惑しているようなので、変わりにイビルアイが青年と話す。

 

 「うん? まぁそうなるのかな」

 

 「あたしが神よ! 崇めなさい!」

 

 ヒャハー!と超ハイテンションで叫ぶ少女は色々とおかしいので、イビルアイはそちらを無視して意思疎通がマトモに出来そうな青年と話すことにした。

 

 「そうなのか、やはり神は降臨していたのだな。あなた達はぷれいやーなのだろう?」

 

 「む!? なぜソレを知っている!?」

 

 「え? プレイヤーを知ってるの? マジ?」

 

 イビルアイの言葉を受け、青年が纏う雰囲気が激変した。青年に付き従うように後ろを付いてきていた異形達も一気に気色ばむと、イビルアイでさえ震え上がるほどの殺気を放ち出す。

 アホっぽい少女も纏う雰囲気が激変し、突然出現したゴーレムがその体を音を立てて覆っていく。

 

 「ああ………… 本当に…… ぷれいやーなのか…… すまない。ちょっと鎌をかけて見たんだ」

 

 「それよりもお前がプレイヤーを知っている方が問題だな。今すぐその理由を教えてくれ。ことと次第によっては──」

 

 「そうだな、それは私も同感だが。──ここでは話したくない。場所を変えよう」

 

 イビルアイは仮面の中で脂汗が滴るような錯覚に陥っていた。これからの行動如何で、世界の趨勢が決まる可能性がある。

 

 

 

 

 

 「じゃあ、シズは帰還していいわよ」

 

 『了解』

 

 「ファッ!? 変形!! 変形したわ!!」

 

 巨大なゴーレムが人型から変形して空に飛びって行くのを見てラキュースが狂喜乱舞する。

 嬉しそうにプレイヤーと思わしき少女も相づちを打つ。

 

 「わはははは! 格好いいでしょー! あんた話せるわね! 可愛いし!」

 

 その様を蒼の薔薇とプレイヤーと思わしき青年がどこか遠くから眺めていた。

 

 

 

 

 

 プレイヤーと思わしきゴーレムを纏った少女と青年は、イビルアイの言葉に暫し思案すると頷き、イビルアイ達の後に付いてくる。

 その後ろには異形達もゾロゾロと付き従ってくるのだから、それを見た一般人達によって王都が騒然とするのは当然だった。

 

 「なぁ、済まないが、ここは人間の街なんだ。あからさまな異形は避けて欲しい」

 

 「え゛ あたし達全員異形種なんですけど」

 

 「そうだな。だがお前の言うことは尤もだ。おい、お前達。目の前に集まれ」

 

 アカデミックガウンを纏った青年がそういうと、異形の者達が一カ所に集まり。

 青年が唱えた魔法によって次の瞬間には人間の姿に変わっていた。

 

 「幻術だが。これで十分だろう? それとも《鏡の世界(ミラー・ワールド)》のような完全に姿を消す高位の幻術魔法の方が良いか? そちらも可能だが」

 

 「あ、ああ。お気遣いに感謝する」

 

 イビルアイは仮面の中で苦笑いするしかなかった。

 他の蒼の薔薇の面々もあっけなく行使された魔法に目を点にしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼の薔薇とプレイヤー達の一行は、蒼の薔薇行きつけの王都内で最高級の宿屋に来ていた。

 蒼の薔薇は当たり前だが、プレイヤー達の取り巻き達も幻術で人間の見た目になっているため、何の問題もなく宿内のレストランのような場所に入ることが出来ていた。

 

 複数のテーブル席に蒼の薔薇とプレイヤー二人が纏まって座り、その近くのテーブル席にプレイヤーの取り巻き達が座る。

 そのことを確認すると、イビルアイが音を遮蔽する魔法である《静寂(サイレンス)》を唱えた。

 街の生活音が聞こえなくなったのを確認するとイビルアイは口を開く。

 

 「よし、これで大丈夫だろう」

 

 「ふむ、全然大丈夫ではないな」

 

 「何が大丈夫なの?」

 

 「え゛」

 

 プレイヤー達に追求されて、イビルアイは数百年ぶりかもしれない変な声を上げる。

 

 「こんな中途半場な隠蔽魔法で本当に大丈夫だと本気で思っているのか?」

 

 「はぁ……わざわざついてこいとか偉そうに言うからついて来たのに……」

 

 イビルアイと同じテーブルに付いている神々は心底呆れたと言葉と全身で表現する。ちなみに少女は身に纏っていたゴーレムを脱いでいた。

 

 「お前はここで何を話すつもりだったのだ? ここでなければいけないのか? 《完全不可知化(パーフェクトアンノウアブル)》で姿を隠せるならば此処である必要はないのではないか?」

 

 「いや、ちょっとあたしも良くわかんないわね。あたしだって《完全不可知化(パーフェクトアンノウアブル)》の代替装備は持ってるわよ?」

 

 プレイヤーにさも当たり前の常識を解かれているかのようにダメだしされイビルアイは肩を落とす。

 そんなイビルアイとプレイヤー達を蒼の薔薇の面々は目を点にして眺めていた。

 

 「う、うぅぅぅぅ、済まない。私にはコレぐらいしか隠蔽魔法が使えないんだ」

 

 「はぁ…… なんか凄い中途半端ね。始まりの街のすぐ隣の町あたりのダンジョンでアッサリ死にそうな感じだわ」

 

 「新規に始めた新米プレイヤーを見ているような。なんだかほっこりする感覚だなコレは……」

 

 イビルアイのことを攻めているわけではないなんともとも言えない空気を二人のプレイヤーは纏っている。

 

 「アウラ。山河社稷図を貸して頂戴」

 

 「はい! インラン様!」

 

 プレイヤーの少女が声をかけると、元々人間種の外見なので幻術で姿が変わっていないダークエルフの少年(・・)がやって来て大きな巻物を恭しく差し出してくる。

 それをプレイヤーの少女が受け取ると徐に開き魔力を注ぎ込んでいく。

 

 「設定はこの場所をそのまま置換する感じでいくわよ。例の条件もそのまま。いいわねギルド長」

 

 「ああ、それでいいぞ」

 

 もう一人のプレイヤーのアカデミックガウンを羽織った青年が言葉を返した次の瞬間。

 

 「ん!?」

 

 「これは!?」

 

 一瞬で景色が切り替わった。いや、場所は同じ宿屋のレストランなのだが、背景が白黒なのである。完全に色彩が抜け落ちたレストランの中に、色彩が残ったままの蒼の薔薇の面々と二人のプレイヤー、それにその取り巻き達がテーブル席についているだけで、それ以外の店員や他の客は見当たらない。

 イビルアイやラキュース達が驚き声を上げるのも無理からぬことであった。

 

 「これであたし達は完全に外界から隔離されたわ。絶対にこの中は覗けないから安心してちょーだい」

 

 ニコっとプレイヤーの少女が笑む。

 対照的に不敵に笑いながらもう一人のプレイヤーの青年がイビルアイに言い聞かせるように語る。

 

 「ふむ、これくらいやって初めて”大丈夫”と言っていいんだぞ? 覚えておくといい」

 

 「あ、ああ……わかった……」

 

 イビルアイは呆然と頷くしかなかった。

 

 

 

 

 




 ケレン味たっぷりのフィクションメカと中二病の圧倒的な親和性よ

 仕事を終えたジルクニフは一足先に転移で帰りました

 山河社稷図は世界級(ワールド)アイテム所持者の場合は異空間に入るかどうかを所持者が任意で選択可能という設定

 追記:なんか感想で21話の作中でなんで山河社稷図の世界級所持者に対する効果の説明省略するの?みたいなことを聞かれたから、他にも同じこと考える人がいるかもしれないから、ここに書いとく。
 この21話の作中で山河社稷図の世界級所持者に対する効果『世界級所持者の場合は任意で異空間に入るか選べる』の説明がされないのは、語り手の視点が蒼の薔薇側だから。だって蒼の薔薇には未知のアイテムなのに効果説明出来たら変だよね? だから説明し忘れじゃなくて意図的な省略ね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話:平和な邂逅

蒼の薔薇回2


 

 

 

 

 

 背景が白黒で、この場にいる面々だけ色彩を持った異空間。

 この異空間にはこの場にいる者以外に住人は全くいない。

 生活臭が全くしないとこんなに違和感があるのかと蒼の薔薇の面々は内心驚く。

 そんなどうでも良いことでも余りにも違和感があると意識に上がってくる。

 そんなことを考えるほど蒼の薔薇のイビルアイを除いた面々は目の前で繰り広げられる話の蚊帳の外だった。

 

 「良く出来てる話だな」

 

 「十三英雄ねぇ。知らないプレイヤーなのが良いんだか悪いんだか」

 

 「ふふ、人間種を選ぶから寿命に縛られるのだ」

 

 「まぁねぇ…… 皆人間種ばっかり選んじゃってるから、まぁ自業自得よね」

 

 「老化は人間種の宿命だからな、ゲームシステムはそう簡単には覆せない、まぁ我がナザリックには関係のない話だがな」

 

 「ふふふ、ギルドの潤沢な国庫ならアウラとマーレの不老不死化も問題ないわよ」

 

 不敵に笑う二人のプレイヤーはさも愉快そうに語る。

 別のテーブル席に座るダークエルフの男女が目を潤ませてグシグシと涙を拭った。

 

 

 

 仮面を外し素顔を晒したイビルアイに声がかけられる。

 

 「イビルアイ。お前はプレイヤーについてドコまで知っているのだ?」

 

 「何も、ほとんど何も話しては貰えなかったんだ。今話したことで全てだ」

 

 「まぁあたしも同じ立場ならどう話していいか分かんないしね。逆に何か聞きたいのかしら?」

 

 「あなた達は神なのか?」

 

 単刀直入な問いだった。

 

 「あっはははははは!!! そんなわけないじゃないの!!」

 

 「うっくく! お、俺達が神に見えるのか? どうなんだ?」

 

 問いを受けたプレイヤー達は爆笑し、我慢できないとばかりに腹を押さえながら、プレイヤーの青年はぐるりと席についた者達を見回して逆に問い返した。

 

 「た、確かに、神……には、見えんな」

 

 「むしろ、人間にしか見えないですね」

 

 「だなぁ、俺もあんた達が神とか言われても全然ピンと来ないぜ」

 

 「ぶっちゃけ可愛い男の子以外はどうでもいい」

 

 「可愛いは正義」

 

 蒼の薔薇の面々はうんうんと頷く。

 

 

 

 

 「そりゃあそうよ、あたし達も人間だし。あー元ね」

 

 「うむ、まぁいずれはバレるだろうしな。今言っても構わないだろう」

 

 瞬間、空気が爆発するようなざわめきが生まれる。プレイヤーの取り巻き達の取り乱しようがもの凄く、ガタガタと椅子が床を引きずる音が色のないレストランに木霊した。

 それでも取り巻き達は弁えているのかすぐに静かになったが。

 

 「あー勘違いするなよ、あくまで元だ。もう人間的な精神はほとんど残っていないだろうな」

 

 「そうねぇ。あたしも人間を同族だと思う感覚はもうないわねぇ。可愛い子は大好きだけど、なんか違うのよ」

 

 「う、うん? 貴方たちは、人間にしか見えないが……?」

 

 「あら? さっきも此処に来る前に言ったじゃない。”あたし達は全員異形種”だって、まぁアウラとマーレはダークエルフだから違うけど」

 

 「は、はぁ……?」

 

 イビルアイ他、蒼の薔薇の面々は食い入るようにプレイヤーの青年と少女を見つめるが、人間にしか見えずに困ったような顔をするばかりだ。

 

 「あー、あたしは種族は神霊(ディバインスピリット)よ。んー妖精(フェアリー)精霊(スピリット)の一番偉い奴って言えば通じるのかしら?」

 

 「俺はこう見えて死の支配者(オーバーロード)だぞ。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の親玉だな。尤も今は隣にいる馬鹿がかけた魔法のせいで人間の体になっているがな」

 

 ますます蒼の薔薇たちは困惑する。眉を顰めて唸るしかない。

 

 「しょ、証拠はあるのか…… いや、ぷれいやーにこんなことを言うのは失礼かもしれないが」

 

 

 

 イビルアイの言葉を受けて、プレイヤーの美少女は顔を手で隠し、手をどかした瞬間。

 そこには美少年がいた。空気がキラキラと光るように錯覚するほどの尋常ではない美貌の少年である。

 

 「ホラ。これで……いいか?」

 

 「ファッ!?」

 

 「!? どういうことなの!?」

 

 イビルアイが吃驚し、ラキュースは顔を赤らめながら口元に手を当てて驚く。

 

 「大きすぎる。残念」

 

 「残念すぎる」

 

 「かなり良い男だが、童貞の匂いがしねー。つまんねーな」

 

 他の蒼の薔薇の評価は概ね渋かったが、驚愕しているのは確かだった。

 

 「んん! あー! あー! 声はこれでいいかな。ギルド長」

 

 「おおおお! おう! インランだよ……な?」

 

 程よい筋肉質な男性の体の美少年と化したプレイヤーの美少女──インランという。が、喉を押さえて発声練習のようなモノをしながら隣に座るプレイヤーの青年──モモンガという。に良く通る男性の声で問いかける。

 モモンガは激しく狼狽えながらも若干の疑問系で返した。

 

 「わはは! 驚いたか!? そうだろー! スッゲー沢山練習したからな!」

 

 「ああ、なんだインランだな。うん」

 

 納得した顔でモモンガが頷く。

 男性化したインランは凄まじく美形の少年だが、若干知性を疑うほど破顔して大笑していた。しかしそれでも超絶な美形は美形のままなので不快感は不思議とない。

 だが、服装はワンピースの変わり種みたいな服一枚しか纏っていないので、見た目から漂う犯罪臭は先ほどの比ではなかった。

 

 「どうだ? コレで証拠になっただろ! ん? なんないかな?」

 

 顔をペタペタ触りながら無邪気な笑顔でインランがイビルアイに問いかける。

 イビルアイもインランの顔に少女の小さな手を伸ばしてその美しい少年の顔を確かめるように触る。

 

 「幻術……ではなさそうだな。いったいどういう手品だ?」

 

 「いやいや、この体は作り物だからな。見た目なんていくらでも変えられるんだぜ? まぁ俺は男でも女でも宇宙一美しいけどな!! わはははは!!」

 

 このアホっぽさは男女の姿のどちらでも共通しているのだなと同じテーブルに座る面々は思った。それと確かに外見が異常に美しい点は共通している。発言がどこかアホらしいので見た目に激しく釣り合っていないが。

 

 「ふぅ! あー楽しかったぜ! ──どうよ!! あたし凄くない!? これは名実共に性を司ってるでしょ!? マジインランちゃん神がかってるぅ!! あははは!!」

 

 インランの声が男性の低い声から、非常に愛くるしく玉を転がすような心地よい高い声に変わり、座高も縮むと次の瞬間には顔も美少女のモノになっていた。髪も艶のある癖のない黒髪を左右で大きなリボンで結って垂らしたものになっている。リボンはどこから現れたのだろうか。

 

 

 

 「う、うむ! 分かった! 確かに人間ではない……んだよな?」

 

 イビルアイの声がドンドン自信がないものになり、最終的に首を傾げて疑問系となる。

 

 「あんた分かってないじゃないの!? ちょっとせっかくインランちゃんがインランくんに成るところまで見せたのに!」

 

 イビルアイに掴みかかる勢いでインランが椅子から立ち上がると抗議した。

 

 「まぁ、見た目はいくらでも偽装できるのも事実だからな。異形種が一時的に人間化して人間専用の街に入るためのアイテムもあるくらいだ。俺も今は外見はほとんど人間化してるから、異形種といっても分からんだろう」

 

 モモンガは嘆息気味にそう述べると立ち上がり、アカデミックガウンの胸元を正しながらさらに口を開いた。

 

 「なかなか他では聞けそうにない話が聞けたし、別に俺達が異形種だとお前達が信じる必要もない。これでお開きとしようか」

 

 「む、そうか? 私としてはまだ聞きたいことが山ほどあるのだが」

 

 イビルアイは立ち上がったモモンガを見上げながら不満そうに口を尖らせて食い下がる。

 

 「ならば、我がナザリック地下大墳墓に来るが良い。プレイヤーについて知りたいならプレイヤーの拠点に来るのが一番だろう」

 

 「それは私達も一緒に伺って宜しいということなのでしょうか?」

 

 蒼の薔薇のリーダーであるラキュースが問う。イビルアイ単身で行かせるのが心配なのが3割。残り7割は純粋に神の拠点に行ってみたいという好奇心である。ラキュースは英雄譚に密かに憧れているし、神というものにもっと触れたいとも思っていた。

 

 「勿論だ。来客は歓迎しよう。盛大にな!」

 

 英雄の卵であるまだ年若い美少女の問いに、モモンガはニヤリと笑って返す。

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、ああああ! ああああの女ぁああああ!!!」

 

 「許せないでありんす! ありんす! 至高の御方に笑いかけて頂けるなんて!」

 

 「ブッコロ! ブッコロ!」

 

 ゴリラとヤツメウナギが正体を現しかけている脇で、守護者達は真面目な空気で話しあう。

 

 「至高の御方々が元とはいえ人間、これは大変な事実ですね」

 

 「私は知っておりましたが、それはそんなに重要なことなのでしょうか?」

 

 埴輪がこともなげに言い放ち、守護者達の集いが騒然となる。

 

 「なんと!? ……本当ですか?」

 

 デミウルゴスが目を開いて驚いた瞬間。

 周囲の景色に一瞬で色彩が戻ってくる。インランがワールドアイテムの効果を切ったのだ。

 この場の話はお開きである。至高の存在に尽くすことよりも重要なことはシモベには存在しないのだから。

 先ほどまでの喧騒が嘘のように、一瞬で守護者達は表情を引き締めて立ち上がった。

 

 

 

 

 

 レストランからいきなり消えたかと思えば、今度はいきなり現れた蒼の薔薇達とモモンガとインランにその取り巻き達に、たまたまその光景を近くで見ていた店員が腰を抜かして驚いていた。

 面々が見ればテーブルには湯気をたてる料理がいくつも並べられている。ちょうど今しがた出来た料理を給仕していたらしい。席に客がいなくともしっかり仕事をこなしていたということだろう。

 いきなり目の前のテーブルに人が一斉に出現したら驚くのも無理はなかった。

 

 そんな店員を無視してモモンガは椅子に座り直すと口を開く。

 

 「それでどうするのだ。今すぐ来るのであればそれでも構わないぞ?」

 

 「申し訳ありませんが、我々にもアダマンタイト冒険者としての立場がありますので、今すぐ此処を離れるわけにもいかないのです。数日程度で動けるようになるとは思いますが、正確な日時まで指定することはできません」

 

 蒼の薔薇のリーダーであるラキュースがモモンガに対応する。慣れているのか中々様になっていた。

 

 「そうなのか、ならばコレを渡しておこう」

 

 「これは?」

 

 ラキュースは手渡された手に収まる程度のサイズの長方形の箱のような物を見て疑問符を浮かべる。

 

 「通信機だ。必要になったらその突起を指で押さえながらそのアイテムに話かけるが良い。ナザリックにいる誰かしらが対応してくれるだろう。その後迎えの者がすぐにやってくるはずだ」

 

 「ネタアイテム筆頭の通信機が役に立つ時がくるなんて、なんか感動ねぇ」

 

 感慨深げにインランが頷く。ユグドラシルでは《伝言(メッセージ)》をほぼ全てのプレイヤーが使っているので、一々手元に出して使用する通信機は完全にフレーバーアイテムと化していたのだ。無駄にリアルなノイズや低音質まで再現されている誰得仕様である。

 

 「こんなに素晴らしいマジックアイテムをお貸しして頂けるとは、お気遣いありがとうございます」

 

 ラキュースが感動した様子で頭を下げる。

 

 「まぁ、それは友好の証として受け取るが良い。なんならもう1セット贈ろう、好きに使え」

 

 あまりにもラキュースが感動しているので、モモンガは追加で2個の通信機を手渡した。他の通信機と混同しないようにペア同士で色が同じになっている。

 ソレを受け取ったラキュースは破顔して喜んだ。

 

 「まぁ! ありがとうございます! 凄く助かりますぅ!」

 

 「本来はチャンネルを切り替えて通信先を選べるのだが、まぁ難しいことは今度ナザリックに訪れた時に教えよう」

 

 「ところでぇ、うぷっ! 何よ?」

 

 「口説くなよ。めんどくさいだろうが」

 

 会話に割り込もうとしたインランの口元にモモンガの鋭いチョップが当たり、インランはモモンガを睨む。

 

 「まだ何も言ってないじゃない!?」

 

 「気配で分かるぞ、何年付き合いがあると思ってるんだ」

 

 ニヤリとモモンガが笑った。

 

 「これは!? 嫉妬ね!? 遂にあたしがギルド長の子供を孕む時が来たのね!? ヒャッハー!!」

 

 「ま゜!!(心停止)」

 

 想像を絶するセリフにモモンガが変な声を上げて椅子から床に崩れ落ちた。

 

 

 




 外見が人間だと心情的に友好的になりやすいんだろうけど、中身は悪魔かもしれんよ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話:ユリのおっぱいは大きい、はだけられたキャミソールと剥き出しの乳の優美な曲線が織りなすエロスは芸術である。 ルプーはガーターベルトがいい、スカートを捲りあげて見える褐色の絶対領域は秘宝である。

おっぱいパブ回+模擬戦回=作者の趣味回=読まなくてもストーリーは追える回

エロ注意。この小説はエロギャグ小説だからね。
読むのは自己責任でオナシャス。


 

 

 「インランさん。なんで皆おっぱい丸出しなんですか?」

 

 澄まし顔で紅茶をカップに注ぐルプスレギナの褐色のカップが剥き出しなっており、前屈みで重力に引かれて柔らかく揺れるソレを眺めながらモモンガは当然の疑問を口にした。

 それどころかこの場のメイド達は皆丸出しである。

 

 「おっぱいパブ?」

 

 「おい、それ以上喋るとメガストラクチャーで貞操帯を作るぞ」

 

 メガストラクチャーとは別名超構造体と呼ばれる、メタロトンと並ぶユグドラシルでの最高レアリティの超希少素材である。烏合の竹の子のように実装を繰り返された“ヴァルキュリアの失墜”コンテンツベースのSFコラボアイテムの内の一つ。デフォルトで”破壊不可”の効果を持つ最硬の部材だ。魔法的性質のメタトロン、純粋な物理的硬度のメガストラクチャーと言ったところか。

 

 「やめて! なんか王国の貴族達はこういった遊びをやるらしいって聞いたからね。あたしもソレに倣ってみようかなと、ホラあたし達って偉いじゃない?」

 

 「む、むぅ……これが上流階級の嗜みなのか……? た、確かに、勉強のために……良いかも……しれんなぁ……」

 

 メイド達の美乳をガン見しながらモモンガの声が尻すぼみになっていく。

 

 「ふっ、お主もスケベよのう。モモンガよ……」

 

 「誰ですか」

 

 物知り顔で対面のソファーから流し目を送ってくるインランにモモンガは答えた。目はメイド達から逸らしていないのはさすがである。

 

 

 

 「個人的にはユリね、ホラあれ、凄くない?」

 

 「ああ……すごいな。エロ……美しい……」

 

 上着をはだけて淡い色合いのキャミソールの前を殆ど開けて非常に豊かなおっぱいを丸出しにして脇に侍るユリ・アルファをインランが指さし、モモンガもウットリとした声で答える。

 

 「実際凄いわよ。どうよ? ギルド長今夜はユリでいいんじゃないの?」

 

 「いや、俺にはアルベドがいますからね…… アイツ他の女に手を出すと凄く泣くし……」

 

 「それ絶対タブラちゃんの呪いでしょ。なんかアルベド作る時にギルド長のためにとか言ってたし」

 

 天井を見上げ何かを思い出すようにしながらインランが言葉を紡ぎ出す。

 モモンガも遠くを見ながら語る。

 

 「おかしいですよね。アルベド、ビッチなのに。俺が他の女に手を出すと泣くとか……」

 

 怒るのではなく泣くところが味噌である。

 

 「うーん、あたし達はこの体だからシモベ達とセックス出来るけどさぁ、他の皆異形じゃない? 虫とか、枝とか。どうやってセックスするのかしらね? いや、交尾……交配……? 受粉って気持ち良いのかしら?」

 

 「うぅん? 生命を繋ぐ喜びがあるんじゃないですか?」

 

 若干肉欲から離れた高尚な喜びの議論になりかける。

 

 「! なるほどなるほど、じゃあアレね、ギルド長はあたしを孕ませて生命を繋ぐ喜びを得たいと……!」

 

 「おいィ!? お前ェ!! そういう話やめてくれよぉお!!」

 

 だがインランはスイッチが入ったらしく立ち上がるとモモンガと同じソファーに座りじりじりと尻を動かして接近してくる。

 その顔は非常に艶っぽく上気しており、吐息もエロイ香りがするのをモモンガは吸い込んで確認してしまった。

 見た目は超絶に愛らしい美少女のインランが潤んだ瞳で座高差からモモンガを見上げるようにして目を合わせてくる。モモンガは合わせた目線を下ろす形で胸の谷間に目が行ってしまう。

 その魅惑的な唇から、やはり超絶に愛らしくも蠱惑的な声音が飛び出した。

 

 「そろそろ……いーんじゃないかしら?」

 

 「ファッ!? よくねーよ!! やめて!! こわい!! そういう目で見ないで!!」

 

 しなだれかかってくるインランをモモンガは名状しがたい怖気から体が硬直して撥ね除けられず、必死に声だけで拒絶する。

 その一部始終を目撃しているメイド達はしずしずと侍りながらも、目はひたすらその一挙手一投足を追っていた。きっとすぐにナザリック中にこの話が広まることだろう。

 

 

 

 

 結局、なんとか再起動した体を懸命に動かして、モモンガは部屋から逃げ出してしまった。

 ちなみに、此処はインランの私室の中の部屋の一つである。調度品も白とピンクを基調とした物で揃えられている。

 

 「ユリィイイイイイ!!!! うわあああああん!!! ギルド長に、フラれ! フレれたああああああ!!!!」

 

 半裸のユリ・アルファの剥き出しになった豊満な胸にインランが腰に手を回して抱きつき、ぐりぐりと顔を押しつける。

 

 「インラン様…… お労しやっす……」

 

 やはり半裸のルプスレギナ・ベータもインランの後ろから抱きつき剥き出しの胸を押しつけながら頭を抱きかかえて、艶のある黒髪をサラサラと撫でてあやす。

 他のメイド達も胸を痛めた顔で佇み、口々に慰めの言葉をかけていった。

 

 「大丈夫ですよインラン様。モモンガ様は陥落寸前です!」

 

 「私はモモンガ様がインラン様のおっぱいをチラチラ見てたの知ってるんです!」

 

 「ほんとー?」

 

 涙目と涙声でインランが問えば、メイド達はふんふんと頷いた。

 ナザリックの未来は明るい。多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大闘技場の形をした場所。

 

 「グハッッ!?」

 

 それは交通事故のようなものだった。

 見えない車に轢かれたコキュートスが全身をバラバラに引きちぎられながら闘技場をゴロゴロと転がっていく。

 

 「シャルティアァァァァァアアアアアア!!!!!!」

 

 「ひ、ひぃっ!?」

 

 完全装備のシャルティアはミンチになったコキュートスを横目に周囲をキョロキョロ見ながら怯えた声を上げる。

 戦士としてのシャルティアはナザリック最強であり当然胆力も相応の物を持っている、それがここまで怯えるなど尋常ではなかった。

 

 広い闘技場にはシャルティアとコキュートスの残骸を除けば誰もいない。

 だが、シャルティアを呼ぶ声だけは響いているのだ。

 

 「ああああん??? 見えないのかしらぁあああああ?」

 

 「どこ!? どこでありんす!?」

 

 バシャッ

 

 水が弾ける音が聞こえ、シャルティアが慌てて後ろを振り返るとコキュートスが再生しているところだった。

 

 「おっふぅぅう。 間に合ったわね。 さすがにぃいいい 殺したかと 思ったわぁあああ」

 

 インランの安堵した声が響くが、姿は一向に見えない。声も闘技場のあちこちからぐるぐると反響してシャルティアに聞こえる。

 

 「インラン様ぁあああ!! お慈悲を! お慈悲をおおおおお!!!!」

 

 半泣きでシャルティアがスポトランスを構えて叫ぶ。もう勝敗どころではなかった。

 

 「ちぃっ、ダメよぉおお 死ぬ気でぇええ 体でぇええ 覚えなさいぃいいいい」

 

 「ふぇ!! や、やってやるでありんすぅううううう!!!!」

 

 主にこう言われてはシモベは従うしかない。シャルティアは覚悟を固めた。

 

 「いいわねぇええ じゃぁあああ いくわよぉおおおお」

 

 ぐるんぐるんとインランの声が其処ら中を反響して聞こえる。

 

 「エインヘリヤル!!」

 

 シャルティアが叫ぶと、純白のシャルティアの分身が生まれて同じ武器のコピーを構える。

 だが、次の瞬間には吹き散らされたようにエインヘリアルの姿が消滅した。

 

 「はぁ!?」

 

 エインヘリアルはシャルティアのステータスも完全にコピーした分身である。早々やられるような代物ではなかった。

 そもそも何故やられたのかも分からないし、攻撃したであろうインランの姿も全く感知出来ていない。

 

 「おそい」

 

 次の瞬間シャルティアは背後から凄まじい衝撃を受けてそのまま闘技場の壁に激突し、それでも止まらずその先の森へと木々を粉砕しながら吹っ飛んでいく。

 シャルティアは伝説級(レジェンド)の全身鎧を纏っているのでデータ量の少ない障害物に当たる程度では大したダメージにならない。吹っ飛びながらもすぐに立て直そうとして、自身の腰に金色に光る少女の剥き出しの細い腕が後ろから回されていることに気づいた。

 

 「インラン様ぁあああああ!? ちょ! えええええええ!?」

 

 「あははははは! 普通に今のあたしが攻撃したら鎧が保たないからね。さすがにソレは可哀想だから手加減よ!」

 

 朗らかに笑うインランに後ろから抱きしめられながらも、シャルティアは闘技場から飛び出した速度のままでガリガリと森の木々にぶつけられ木々を粉々に砕き薙ぎ倒していく。そのまま近くの山に激突し派手に土砂を撒き散らすがそれでも一向に速度は落ちずに山一つを粉砕して貫通してしまった。

 当然拘束耐性を有しているシャルティアをどういうわけか強固に拘束したままインランは森の上ギリギリを飛翔し続ける。

 

 「あんたの全身鎧めんどくさいわね。外に出てる顔の部分狙ったら即死しちゃうし。鎧狙ったら壊れちゃうし」

 

 音速を遥かに超える速度で飛翔しながらもインランが暢気に掴んでいるシャルティアに語りかけてくる。

 第六階層は広大だが、さすがに極超音速で飛翔すればあっという間に端に辿り付く。既に限界地点が目前に迫っていた。

 いよいよという時になり、シャルティアは極超音速どころではないほど加速する。シャルティアの認識力を完全に振り切る速度である。

 

 「インラン様ぁあ!? まさか! まぶべらッッッッ!!!!!!!!!」

 

 シャルティアは第六階層の壁面に豪快に顔から衝突して肺の空気が口から噴き出す奇怪な悲鳴を上げた。

 第六階層の壁面は”破壊不可”オブジェクトなのでそれに極超音速を超える速度で激突したシャルティアに伝わる衝撃は半端ではない。

 シャルティアは車に潰された蛙のような姿で壁面に張り付いていた。

 

 「あが、あががが! かぺっ」

 

 それでも壁面は所詮はデータ量自体は大したことのない障害物なのでシャルティアはまだ五体満足である。

 

 「んー? まぁまだ元気よね? どうする、エリクサー飲む? ってあんたは逆に毒になるんだったわね」

 

 ずるずると地面まで壁面を滑り降りて力なく倒れているシャルティアの頭の横に、裸足の少女の足が立つ。

 そのまま至近距離から見下ろす形でインランは気楽な様子でシャルティアに声をかけた。

 

 

 

 インランが立ち止まった時を見計らったように、森の木々を一瞬で両断しながら斬撃が複数飛んでくる。

 だが、神速の斬撃が到達した時インランの姿は既に消えていた。

 同時に先ほどの斬撃の比ではない速度で森の木々が一瞬で超高範囲の線上に吹き飛ばされ大地が捲れ上がる。

 捲れ上がった線上の大地の傷跡の先ではコキュートスが再びダンプカーに激しく轢かれたようになって木々と同じように細切れになって吹き飛んでいくのが見えた。

 

 だが、轢かれるのと同時にポーションをかけられていたらしく、上空に撒き散らされたコキュートスの残骸は動画の逆再生のようにジュルジュルと上空で集まり五体満足のコキュートスの姿になる。

 

 「ヌァアアアア!! 全ク見エナカッタ!!」

 

 迫撃砲のように森の上を弾道飛行しながらあげたコキュートスの声が第六階層の空に消えていった。

 

 

 

 

 

 「正座!」

 

 「ハッ!」

 

 「かしこまりましたでありんす!」

 

 シャルティアが極超音速で激突した余波で半壊した巨大円形闘技場の中心に、コキュートスとシャルティアが正座する。

 巨体のコキュートスと少女の体躯のシャルティアが並んで正座する様は中々シュールだ。

 

 「アレね、シャルティアは防具をどうにかしないといけないわね。さすがにペロロンの鎧を砕きたくないし。今度メガストラクチャーで鎧を作ってあげようかしら?」

 

 「……インラン様、戦闘中私の能力でもお姿を捉えられなかったのでありんすが、一体何をしたのでありんす?」

 

 「ん? アレはただ速く動いただけよ。ひたすら闘技場の中をね。ちゃんと死角を選んではいたけど」

 

 その答えにシャルティアが呆然とした顔をする。

 

 「直感系スキルを無効化する認識阻害能力があたしの装備にはデフォルトで付いてるからそれも併用して使ったのよ。今回からちょっとずつ装備の特殊スキルを開放していこうかと思ってねぇ。だから、もう体で覚えてなんとかしてね?」

 

 そして、インランは虚空から巨大な鉄杭が銃身部から飛び出した回転式弾倉が目をひく巨大なガジェットを取り出して、徐に自身の少女の細腕に装着する。

 

 「さぁて! ガン=カタを見せてあげましょうか! ああ、この武装ならシャルティアの鎧は壊れないわよ! 安心して貫かれてね!」

 

 無邪気にインランが神の美貌を輝かせているが、対峙するシャルティアは半泣きであり、コキュートスは体をプルプルと震わせていた。

 この後インランはモモンガに拒絶されたショックを上乗せする形で苛烈に守護者達を攻め立てた。完全に八つ当たりである。

 

 

 

 

 




 コキュートスがサザンアイズの”ウー”みたいになってきた件。
 インランはさながら三只眼吽迦羅かな。

 エロが楽しい。
 プレアデスのエロさよ。
 しかもR-15に納まるなら書き放題だぜ? 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話:超融合

ルベド回 シズ回


 

 

 

 「インラン!!」

 

 「うがああああああ!!!!! もっと力を゛おおおおおおお!!!!」

 

 押し負ける。

 

 掴み合った腕同士が片方は鈍い音をもう片方はアクチュエーターが唸るような悲鳴を上げる。

 

 「インラン様!? 援護を!!」

 

 「いらん!! 邪魔だ!!」

 

 モモンガが飛び出そうとする守護者を殴る勢いで手を翳して止める。

 

 インランと対峙するカジュアルな服装に身を包んだ少女は冷徹な無表情で掴んだ手を押し込んでいく。

 

 砂漠の第八階層の大地にインランの足がめり込んだ。

 

 

 

 ぶわりとインランの纏う金色の光が一際濃くなり、瞬間的に押し勝つ。

 そのままマウントを取るように押し倒し、インランは少女を腕を掴み合ったまま押さえ込んだ。

 

 「ギルド長!!!」

 

 「おう!!」

 

 飛び込むようにしてモモンガが組み伏せられた少女の頭部に屈み込み、肌が一部欠けて中身の金属骨格が見えている部分に指を突っ込む。

 

 「取ったぞ!」

 

 モモンガがそう言った瞬間少女は事切れたように全身から力が抜けてグッタリと動かなくなった。

 モモンガの手には手の中にスッポリ収まるほど小さな平べったい物体が握られている。その端からカバーのないUSB端子のようなものが飛び出していた。

 

 

 

 立ち上がり、額の汗を拭いながらインランが口を開く。

 

 「ふぅ! 武装解除しておいて良かったわね。 ルベドが武装してたらこの階層を焦土にしても足りなかったかもしれないわ」

 

 「それじゃあこのチップをどうします?」

 

 「これは当分はチップ単体で使うわ。単純な演算装置としては運営が用意した世界級(ワールド)クラスで、当然文句なく最高性能のものだから、最強の無人機が作れるわよ」

 

 モモンガが手渡した平たいチップを受取ったインランがにししと笑いながら答える。

 

 その後、体を動かす脳に当たる部位を抜かれた少女型のアンドロイド、ナザリックにおいては「ルベド」と呼ばれたモノの体はハンガーに載せられた。

 演算装置、要するに脳が入っていない機械の体は決して動かない。

 

 

 

 「思ったんですけど、わざわざルベドの体を作り直さなくても、チップをリプログラムした後で、あの少女型のアンドロイドの体に戻して使えばいいんじゃないですか? あの体も世界級(ワールド)アイテムですよね?」

 

 「あの体は別のAIを載せて別途使うつもりなのよ」

 

 「ああ、なるほどー!」

 

 「ルベドの頭脳にはマクロスの中央演算装置になって貰おうかとおもってね。さすがに1200mクラスの巨体を動かすAIは超が100個くらいつく高コストだから、ルベドの世界級(ワールド)クラスの奴で流用できるならその分賢者の石の生産素材を他に回せるじゃない?」

 

 「結構考えてるんですね」

 

 「そりゃあ浪漫だからね」

 

 二マリとインランは笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 インランの私室内、巨大な大型機械用のハンガーが並ぶ中、大きく天井が下がったエリアで、”CZ2128Δ”通称シズ・デルタはロボットアームに囲まれた中で直立し、わきわきと指を握ったり閉じたりする。

 

 「シズ? その体はどう?」

 

 「問題無い」

 

 外装は完全にシズの外見データを模しているが、中身は全く異なる。

 ワールドエネミー。ナザリックでの名をルベドと言う。そのルベドの体にシズ・デルタの脳にあたる演算装置を組み込むことで、事実上ワールドエネミーの体をシズが乗っ取った形だ。

 さらにルベドの外装データをシズのモノに上書きした形である。

 

 インランは”新生”シズ・デルタの正面のモニターが多数並ぶ場所に座り、画面に表示される情報に目を通していく。

 

 「データ量測定不能…… ヒューッ! さすがワールドエネミーね!」

 

 「凄い。とても凄い。表現出来ない」

 

 「うんうん喜んでいるみたいで良かったわ」

 

 無表情ながら自身の新たな体を褒めまくるシズにインランも笑顔で頷いた。

 そして後ろを振り返りながらさらに口を開く。

 

 「これでシズが名実共に戦闘メイドになったわけね」

 

 「うむ、シズなら絶対暴走しないでしょうし、これはナイス判断ですねー」

 

 シズをさらに後ろから眺めていたモモンガも頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「シズがレベル測定不能!? ふぇえええ!? 凄いっす!?」

 

 「私強くなった」

 

 ルプスレギナが口に手を当てて仰天する。

 元々シズはプレアデス内でも低レベルだったのだが、それが逆転どころか全シモベでも最強の力を得たのだから、これは言葉に出来ないほどの驚きだろう。

 

 「御方々の役により立てるようになったというわけね。おめでとうシズ」

 

 「ありがとう」

 

 この場にはプレアデスはシズ、ルプスレギナ、ユリの3人しかいない、他の者は任務で出張っているのだ。

 

 今はナザリック内の部屋の一つを使ってテーブルの上に茶菓子を並べてささやかなお茶会である。

 

 「それで新しい体も食事は出来るの?」

 

 「問題ない、全て処理出来る」

 

 ユリの問いにシズは頷き、ジュルジュルとストローでお決まりの超高カロリージュースを飲む。

 シズの体であるルベドは鹵獲前のワールドエネミー時代の設定では、人間達の間に潜伏するアンドロイドなので、食事などの人間であることを偽装する機能も有していた。

 食べることは出来るがもうシズの新しい体に食事など不要である。ルベドのワールドエネミーの機械の体に搭載されたリアクターは燃料補給不要で半永久的に莫大なエネルギーを生み出し続ける。ガルガンチュアに搭載されている世界級(ワールド)アイテムである無限エネルギーのようなものを今のシズは有しているのだ。

 それでも食事を行うのは姉妹達との交流と、シズ自身のささやかな娯楽である。

 

 「ふぅ、私もルプーも戦闘力は御方々に比べれば本当に微々たるものだから、勿論そのように創造されたあり方に不満は一切ないわよ? お仕え出来るだけで身に余る光栄です。けれど、……正直シズが羨ましいわ」

 

 「私もメイドとして侍り、この体を楽しんで頂くくらいしか今は出来ることがないっす……」

 

 「適材適所」

 

 シズはバッサリと切り捨てた、そのように創造されたのだから不満に思うこと自体が不敬であり間違いなのだ。

 ただユリとルプスレギナはシズの”進化”を見て自身と比べてしまったのだ。

 シズの変身は種族の特徴を活かしたかなりアクロバットな方法なので、こればかりは羨ましがってどうにかなる問題ではない。

 自動人形(オートマトン)は体を組み替えることが出来る種族である。今回シズは一気に体を全て取り替えただけの話だ。尤もこんなことが出来る種族はかなり限られるが。

 シズは自身の創造主たる死獣天朱雀はこのことを見越して自身を自動人形(オートマトン)として創造したのだろうと確信し、己の創造主への畏敬と崇敬の念をますます強めていた。

 

 他の機械系種族の者の中にも機械系種族のワールドエネミーの体を”乗っ取った”者がいたかもしれない。

 そんな益体もないことを考えながら、シズは敬愛する姉妹を慰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 インランの私室、ハンガーがある大型格納庫。

 インランはタブレット端末をぶら下げながら、正面の大型モニターを操作していく。

 モモンガはソレを呆れた顔で眺めていた。

 

 「マクロスを作ろう。 マクロス! マクロス! マクロスキャノン!」

 

 「100年後には出来てるといいですねー」

 

 ぼへーっとした感じでモモンガはやる気なさげに応じる。

 

 「ちょっと、もっとやる気出しなさいよ! 宇宙戦艦よ!? 宇宙へレッツゴーよ!?」

 

 「全長1200mの超巨大宇宙戦艦とか、素材を調達するだけで時間が年単位で飛びますよ」

 

 「いいじゃないの、ゆくゆくはマクロスで大陸全土を征服するんだから。当然最高の部材で組むわよ!!」

 

 「装甲はメガストラクチャー、動力部はメタトロンのアンチプロトンリアクターですか? 装甲材だけで一体どれだけ時間がかかるのか…… あの巨体を駆動させる動力炉も出力に見合う大型のモノになるでしょうし……」

 

 「いいのよ時間は、あたし達は寿命じゃ死ねないんだからどうせならそれぐらい大事業の方が良いわ!! あと中枢演算装置はルベドの演算装置で代用できるから、これだけでかなり建造時間が短縮してるわよ!! まぁ動力は最悪ガルガンチュアをバラして無限エネルギーを組み込めば解決するし!!」

 

 「マジか、本当に造るのか……」

 

 インランの熱気と目を見たモモンガが唸る。目がマジだった。

 

 「でもあたしも早く宇宙戦艦が欲しいから、取りあえずマクロスクォーターを安く造りましょう!!  設定的にはコッチの方がテクノロジーは進んでるけどね! まぁ安い部材でチョロっと組んじゃいましょう!」

 

 「でたよ無駄遣い脳が……」

 

 モモンガは嘆息した。

 

 「アダマンタイトが腐るほどあるからソレで構造材・装甲全部を組んで張りぼてだけどマクロスクォーターの形にしちゃいましょう!! 動力だけはコジマジェネレーターをメインに少しメタトロンのアンチプロトンリアクターも使った複合型にして出力だけは一丁前にして、それで搭載機は新鋭機を搭載して──」

 

 ふんすふんすと鼻息荒くインランが捲し立て、モモンガはそれに不承不承頷くのだった。

 実際資源は今後無尽蔵に生まれ続けるのだ。あまり節約を考えることもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 と思っていた時が僕にもありました。どうもモモンガです。

 モモンガはそんなことを思ってしまった。

 

 「出来た! マクロスクォーター!! まぁガワだけで中身は結構違うけど!」

 

 第四階層内、超巨大格納庫の空間拡張魔法でほぼ無限の容積を持つ倉庫の一角に巨大戦艦が佇んでいた。

 

 4隻。

 

 「おいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」

 

 「ん? 何? いやー400mの戦艦が4隻も並ぶと壮観ねー! わははは!」

 

 「お前ええええええ!!! 4隻ってお前えええええええ!!! 資材はどこから出したんだよおおおおおお!!!」

 

 「えー? 宝物殿に余ってたゴミ素材を全部使っただけよ? 動力とかバイタルパートだけは上等な部材を使ってるけどねー 宝物殿の行き場のないゴミに使い道が見つかって良かったじゃない。でもまだ残ってるのよねぇ」

 

 辟易したと言わんばかりに眉を歪めてインランが語る。

 だが、モモンガは追撃の言葉を投げかけた。

 

 「4隻も使って何する気だよ!? 無駄だろ!?」

 

 「いやいや、輸送機とか色々使い道があるでしょ。運送に革命が起きるわよ」

 

 「それならば宇宙戦艦である必要はないだろうが!! お前は宇宙に輸送するつもりなのか!?」

 

 「あー! 良いところに気がつくじゃない、丁度巨大な人工衛星をパーツ毎に分けてコイツで持って行って宇宙で組上げようとしてたのよ! 宇宙に転移出来るか分からないからねぇ。 でも、さすがに気づいちゃった? こっそり造ってたんだけど」

 

 「ファッ!? お前まだ何か造ってるの!?」

 

 目眩を感じたモモンガがたたらを踏む。

 

 「えへー! 宇宙要塞よ! いやー資源が足んなくてねー。取り合えず基本フレームだけは造ったんだけど主要な機関部が幾つも未完成だわ」

 

 「ま゜!!(心停止)」

 

 モモンガは転移後二回目となる奇声をあげた。

 

 

 

 

 




 インランの神気開放スキルは、各種判定をインランに有利にする効果があります。「拘束成功率」「鍔迫り合いで押し勝つ確率(腕力+確率)」などを対ルベドでは上げました。
 神気開放で開放する金色の粒子は生産量・貯蔵量に上限があり、粒子濃度でバフ効果も変化します。
 貯めてここぞという勝負時に一気に最大濃度で使うという運用を対ルベドでは行いました。最後に押し勝てたのは高濃度の神気によって「拘束成功率」「鍔迫り合い」などの各種判定に勝ったからです。
 インランもルベドもどちらも内部データ的には世界級キャラクター扱いなのでお互いに相殺しあって拘束が効きます。
 インランは本人達は気づいてないですが、新規に世界級職業クラスを取得しています。主に世界級装備の運用に長けたクラスです。まさに作品裏テーマである「虎の威を狩る狐」に見合った最強のネタクラス。

 ルベドはターミネーターシリーズの「サラコナークロニクルズ」のヒロインを務める少女型ターミネーターTOK715です。
 あんまり設定とか書いても読者は興味ないかな?と思ったので結構省略しました。

 あと、結構アッサリルベドを取り押さえてますが、正面から掴み合いとか腕力特化型のパワービルダーのプレイヤーにも無理です。まぁギャグ小説なのでここら辺を真面目にシリアスに考える必要はないですが。


 マクロスクォーターはガワだけの張りぼてです。装甲もペラペラです。一応動力系のバイタルパートだけは一級品なのでマクロスキャノンも撃てます。反応エンジンクラスターによって宇宙へも飛べます。
 一番凄いのは動力系の本来代えの効かない希少素材をバンバン生み出せる点なんですよね。この部分が一番コスト高いので。本当アイテムチートやで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話:神の息吹

八本指回 メンヘラ回


 

 

 

 雪崩のように人が部屋に押し寄せては書類の束を机に置いていく。

 種類が積み上げられていくのはただの机ではなくドーナッツのような形状をした円卓である。

 円卓を囲むように九人の男女が椅子に座り、ほとんどの者は目の前に積み上げられ今なお標高が高くなっていく書類の山を唖然とした顔で見つめていた。

 

 「……なんだコレは?」

 

 「資料です」

 

 円卓に座る壮年の男性が、良く通る声で問いに答える。

 この男はこの場の進行役であり、同時にこの場の全員が属するとある組織のまとめ役でもあった。

 とある組織とは八本指という名で巷では知られ、同時に恐れられる強大な犯罪シンジケートである。

 

 今、円卓には八本指の名の由来ともなっている組織内部の八つの各部門の長を務める八人と、さらにまとめ役の男を合わせた全部で九人の男女が集っていた。

 まとめ役の男は犯罪組織のトップとは思えないほど優しい声音で面々に語りかける。

 

 「件の神について、我が組織の全諜報力を駆使して徹底的に情報を集めました。当然各部門で独自に情報は入手しているとは思いますが、それでもこの資料は一読の価値があると思いますよ」

 

 円卓に座る面々は小さい文字がビッシリ書かれた書類を手に取り眉を顰めた。情報量の多さにいっそ執念さえ感じた。

 ギラギラとした瞳が面々を貫く。

 

 「ははは、この書類の山を作るために利益が吹っ飛びましたよ」

 

 「楽しそうだな……」

 

 「まぁ情報は力だからな」

 

 ペラペラと紙を捲る音が響く、どれも値千金の価値がある情報が記されていた。

 

 「とりあえず結論を先に、──勝てません」

 

 まとめ役の男は優雅に腕を広げてそう口火を切った。

 

 

 

 

 「飛行するゴーレムの推定難度150以上? 六腕どころかアダマンタイト冒険者を全て束ねても勝てない!?」

 

 一人の叫びに円卓を囲むスキンヘッドの巨漢がピクリと反応する。

 

 「あの大質量を飛行させる術はこの世界には存在しません。理論上は可能ですが、余りにも現実的ではない。資料の通りです」

 

 「仮に飛行させる場合は第三位階魔法詠唱者を千人単位で動員する超大規模儀式が必要だと? ありえんだろう」

 

 「いえいえ、それは《飛行(フライ)》で飛ばす場合の概算魔力です。ご存じの通り、この魔法は特性として飛行重量の増加に対して致命的に魔力消費が増大します。数学では指数関数と呼びますが、重量が百倍だと消費魔力は一万倍ですよ」

 

 「では、例えばドラゴンはそんな馬鹿げた魔力で飛行しているのか?」

 

 「恐らく違うでしょう。何か別の魔法なりカラクリと推測されています」

 

 「ならばこの概算には意味はないのではないか、わざわざ金をかけてこんなことを調べていたのか?」

 

 「逆に言えば、我々にとって未知の技術で飛行しているわけです。十分脅威ですよね? 知らないことほど恐ろしいことはありませんよ」

 

 「ワイバーンより速く飛べてもそれだけでは脅威にはならんだろう」

 

 「分かりませんよ? もしかするとあのゴーレム単機で国を滅ぼせるかもしれません。何しろ全てが未知のゴーレムですから。そもそも飛行型ゴーレム自体、我々が調べた限り古今東西どこにも存在していませんでした。この推定難度は歴史に伝わるビーストマンが使用したと言われる伝説のゴーレムと同等の性能のゴーレムだと推定した場合の話です」

 

 「推測ばかりじゃないか、過大評価じゃないのか?」

 

 「それはこれから資料を読んでいけば分かりますよ。むしろこの推定難度でも甘めの評価だと私は個人的に思っています」

 

 不敵にまとめ役の男が笑う。

 

 

 

 

 資料は天使に関する部分にまで進んだ。

 

 「天使が降臨したというのは本当なのか」

 

 「それはもうマジですよ」

 

 「マジか……」

 

 天使に関する資料だけで抱えきれないほどの量になる。ことがことだけに念入りに調べていることが窺えた。

 

 「慈悲に溢れたまさに天使にふさわしい振る舞いをしていますね」

 

 どうやって情報を手に入れたのか、資料には法国での天使の行動が詳細に記されていた。

 法国の下々の者達にも声をかけ、教えを与え。不治とされた病に侵された者を全て癒やし、寿命以外で死んだ者を悉く蘇生させ、さらに神官達に魔法の手解きなどもしているらしい。

 それにより法国での天使への熱狂ぶりは狂信の域に達していることが資料から窺えた。

 

 「いったい何処から来たのだ。この天使とやらは……」

 

 「神の世界からじゃないですか?」

 

 その言葉に場がざわつく。

 この場には現実主義者しか存在しない。そうでなければ生き馬の目を抜くような犯罪組織の中でトップまでのし上がれないからだ。

 神の世界などという世迷い言はこの場の誰も信じていなかった。

 

 「馬鹿な! そんなふざけた話があるはずがない!」

 

 「本物の天使などいるはずがない! 何か裏があるはずだ!」

 

 「しかしこの天使は、既存の蘇生魔法では灰になるような者達でさえ悉く魔法で蘇生しています。いいですか悉くですよ。千人では効かない数です。そんな人知を超えた大魔法を際限なく行使できるような存在はもはや神と実質的に差がありません。法国が彼等を神と崇めるのも納得できる話です」

 

 捲し立てるように語られ、円卓の面々は怪訝な顔になる。

 

 「なんだ貴様は、まさか神を崇めるカルトの仲間入りをしろとでも言うのか?」

 

 「我々は非合法なビジネスを生業とする八本指だぞ、宗教団体ではない」

 

 ヤジを飛ばす者とは別の者が目を輝かせながら口を挟む。

 

 「しかしこの魔法は素晴らしいな、この魔法をちらつかせれば権力も金も思いのままだ」

 

 「同感だ。しかしなんだこの第十位階という子供の考えたような位階は」

 

 「天使の自称ですが第十位階の魔法の《完全蘇生(トゥルーリザレクション)》という蘇生魔法だそうです。あまりにも人知を超えた領域なので、天使の言うことの真偽は我々にはどうあっても分かりません」

 

 別の資料を手にまとめ役の男はさらに語る。

 

 「さらにありますよ、天使は神と二人でビーストマン十万の大軍を一撃で(みなごろし)にしました。これは我々にも確認出来る紛れもない事実です」

 

 「はは…… もう驚かんぞ」

 

 「一撃……? プロパガンダではなくか?」

 

 「私はもう良くわからないんだけど、帰っていいかしら?」

 

 ずっと黙っていた八本指の中で麻薬部門を仕切るヒルダという妙齢の女性が無表情で口を開く。

 この円卓には九人いるがヒルダの他にも口を開いていない者は他にもいる。内容の突飛さに口を挟めないのだ。

 

 「会議から抜け出すと組織からの離反と見なしますよ?」

 

 「いや、ありえないでしょう。地平線まで届く魔法でビーストマン達は塵も残らなかったんでしょう? こんなの相手に私達に何が出来るっていうのよ」

 

 「それをこれから決めるのですよ。もう理解出来ていると思いますが神の機嫌次第で我々は滅びますよ。あなたが先走って勝手なことをしないためにも、この場に最後まで残って下さい」

 

 一人が呆然と呟く。

 

 「神か……」

 

 

 

 

 「目下の懸念事項としては、王国が神の機嫌を損ねかねないことです。貴族が無能なことは今までは我々に大きな利となりましたが、これからはそれが真逆に働きます」

 

 「あの豚共か、確かに神を怒らせそうだな」

 

 「何も見えていない無能どもめ……」

 

 面々は顔を歪める。王国の貴族の無能ぶりは皆よく知悉していた。何しろそのおかげで八本指はここまで大きくなったのだから。

 貴族の無能の恩恵に与っていないものはこの場にいない。

 

 「王国が滅ぶついで(・・・)で、我々も巻き添えを食らう可能性はかなり高いのですよ」

 

 面々は天井を見上げる、その上の地上には王国の首都が広がっているのだ。

 八本指は王国に寄生する立場にあり、宿主が滅べば一緒に滅ぶのは必然である。

 

 「……今から貴族に手回ししても間に合わないかもしれません。最悪の場合は王国を放棄することもありえますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリックでルベドの起動実験を行う前にまで時間は遡る。

 上質なソファーに腰掛けたモモンガに隣に座り太ももが触れあうほど密着したインランがしなだれかかっていた。

 ガッシリとした広い肩に少女の細い腕が回され美しい顔がモモンガの顔に向けられて甘い声音で囁かれる。

 

 「ちょっとあたしを殺してくれない?」

 

 「またですか?」

 

 モモンガは一瞬で意味を理解する。もう慣れていた。

 ユグドラシル時代はインランをモモンガは両手の指で数えられないほど殺している。

 

 「もうゲームじゃないですから、何が起きるか分かりませんよ。リスクが余りにも大きすぎます」

 

 「ちょっとビルドを組み替えたいのよ。いいじゃないあたしでプレイヤーの蘇生実験すれば」

 

 思わず抱きしめたくなるような男心を串刺しにする外見の美少女に纏わり付かれながら、モモンガは肉の付いた精悍な印象の顔の眉根を寄せてしばし黙り込む。

 

 「むぅ、蘇生に失敗した場合俺は孤独死しますよ」

 

 「なんだ結構あたしのこと大事なのね」

 

 「それはもう、最後に残ったたった一人の友達じゃないですか」

 

 「それは恋人にはならないのかしら?」

 

 ふーっと、モモンガの耳に甘い香りがする吐息が吹きかけられる。

 

 「ないです無理ですゴメンなさい」

 

 無表情でモモンガは即答した。

 

 「んー、あたしはあんたを満足させられるわよぉ?」

 

 嫋やかなな指がモモンガの太ももをすりすりと擦り上げる。

 

 「それはアルベドで間に合ってますんで」

 

 「まぁいいわ。時間はタップリあるからね」

 

 小悪魔のように笑みながらインランはより強くモモンガに抱きつく。

 

 「とにかく蘇生が確実だと分かるまではダメです」

 

 「あたしが自殺してもいいんだけど?」

 

 「ちょっと! やめてくださいよ本当に!」

 

 「ちゃんと蘇生してね。一番安い魔法でいいから」

 

 インランはソファーから立ち上がるとパーカーを脱ぎ捨てた。パーカーは光と共に消えていく。

 完璧なプロポーションの肉体をモモンガに晒しながら、インランは手元に大きなライフルを取り出す。ライフリングの刻まれていない散弾銃と呼ばれるものである。

 

 「ちょっ! 待って!」

 

 モモンガが立ち上がるよりも速くインランは自身の胸骨に銃口を密着させて、トリガーに手を伸ばした。

 

 ドン! 炸裂音と共にインランの体がぐらりと揺れる。

 

 「痛っ! 何コレもの凄く痛いんだけど!」

 

 少女の胸には大穴が開き、モモンガからは穴の向こうに部屋の壁が見える。出血は一切なかった。

 

 「あー? 本当に心臓がないのねこの体」

 

 胸の大穴に前から腕を突っ込んで背中を触りながら(・・・・・・・・)インランは口を開いた。胸に大穴が開いているのにしっかりと床に直立している。

 

 「あたしはクリティカル無効なんだけど、頭を吹き飛ばしたらどんな感じなのかしら? あぐ」

 

 散弾銃の銃口を少女の小さな口を目一杯開けて突っ込む。

 

 それを見てパニックになって動きが止まっていたモモンガが再起動した。

 急いでインランの元に駆けるが引き金が引かれる方が速い。

 

 「待って!!」

 

 ドン! 再び炸裂音が響く。

 

 モモンガはその光景を見て心臓が止まるかと思った。インランの美しい顔の顎から上が消し飛ぶ瞬間を見てしまったのだ。

 少女のような声がモモンガの喉から飛び出す。

 

 「ひぃ!? う、うわああああああ!!!!」

 

 ドサリと床に少女の体が倒れる音が立った。

 今度はぴくりとも動かない。四肢はグッタリと床に投げ出されている。

 

 「いやあああああああ!!!!!!!!」

 

 「インラン様ぁあああああああ!!!!!!!」

 

 先ほどから硬直して声を出せずにいた部屋に控えていたメイド達が一斉に金切り声を上げた

 

 その声で一瞬我に返ったモモンガはすぐに行動を始める。

 手元に蘇生の短杖を取り出すと間髪入れずに蘇生魔法を目の前の頭部のない少女の体に向かって行使した。

 

 

 

 

 

 

 

 「いやー、死んだわ。死んだ死んだ」

 

 「やめてくれよおおおおお!!!! ほんとにもおおおお!!!!」

 

 床に倒れたまま上半身だけ起こした五体満足のインランは、モモンガに抱きつかれていた。

 

 「あら、これは役得ね」

 

 インランは笑顔でモモンガに腕を回して抱きつき返す。

 

 「それで大丈夫なんですか!? どこか異常はありませんか!?」

 

 「あ、しまった」

 

 「え!? どうしました!?」

 

 モモンガはインランの言葉にさらに顔を青くした。

 

 「ギルド長に強欲と無欲を渡して殺して貰った方が経験値は無駄にならなかったわねぇ」

 

 「《完全なる戦士(パーフェクトウォーリア)》あああああああ!!!」

 

 ギリギリとインランの体がモモンガの腕で締め上げられる。

 レベルダウンしてさらに裸の状態で何も装備していない今のインランには十分以上に効いた。

 

 「ちょちょちょちょちょ!!! 痛い痛い痛い!! 出ちゃう内臓でちゃうううううう!!!!」

 

 本気で痛がりながらインランは泣いてモモンガの肩を叩くが死の抱擁は暫く続いた。

 

 

 

 

 「あー、痛かったわ。まさかリョナられる側に回るとは……」

 

 ポーションを呑みながらインランは呟く。今はパーカーを纏っていた。

 

 「後でメイド達に謝ってくださいよ、ヤバい取り乱しようでしたから」

 

 錯乱したメイド達は、錯乱の状態異常を解いたあと大事を取って他のメイドと交代させられている。

 

 「まぁベッドでいくらでも謝ってあげるわよ」

 

 「はぁ、本当にもう! 俺は心臓止まるかと思いましたよ!」

 

 「んふー、どうよ? あたしがいかに大事な存在なのか再確認したでしょー? 今後はもっと大切に扱ってね?」

 

 さきほどのようにソファーに二人で密着して腰掛けながら、インランは喜色満面で語りかけた。

 

 「いや、自傷行為に走るとか完全にメンヘラじゃないですか」

 

 「今後はギルド長が殺してね。経験値が勿体ないし」

 

 「はぁぁぁぁぁ…… まだ死ぬんですか。蘇生が出来ることが分かっているので、必要ならばかまいませんが」

 

 「今度ね。今は良いわ。5レベルダウンで丁度いいし」

 

 裸パーカーのまま、インランは手に嵌めて非表示にしていた籠手を表示させる。強欲と無欲である。

 

 「何のクラスを取得するんですか」

 

 「ちょっとクラフトの上位職をね。しかしコンソール出ないんだけど、どうやって選べばいいのかしら?」

 

 「えぇ…… そんな状況で死んだんですか? やっぱり馬鹿ですね」

 

 モモンガは心底呆れた顔で隣に座る美しい少女を見る。艶のある漆黒の髪の下に真面目な顔を作って手元を見つめていた。

 

 「とりあえずやってみましょう。なんとなくフィーリングでいけることは、ジルちゃんに経験値上げたときに分かってるのよ」

 

 インランの両手に装着された強欲と無欲の漆黒と純白の籠手が輝きだす。経験値エフェクトである。

 

 「ん? なんか、ある」

 

 「ある?」

 

 「なんだろう。すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、あたしのほうに」

 

 唐突に珍妙な語りを始めたインランにモモンガの目が点になった。

 

 「お、おう?」

 

 「なんか凄い力を感じるから、コレ取るわ」

 

 強欲と無欲の籠手から溢れだした光がインランの体に流れ込んでいく。籠手に貯めこんだ経験値を自身に流し込んでいるようだ。

 

 モモンガは光がインランに流れ込んでいく中で、その存在感が爆発的に大きくなる感覚を感じていた。

 すぐ隣から強く押されるようなオーラのようなモノを感じる。

 

 「インランさん? 何を取ったんですか?」

 

 「さぁ?」

 

 ニコリと微笑みを向けるインランに、モモンガは不可思議な威圧感のようなモノを感じていた。

 

 

 




 そのうちモモンガはインランに喰われる
 友人だから強く拒めなくて最終的に体を許す異性の友達ポジション。
 普通は男女逆だよね。
 モモンガはヒロインだった?

 飛行の魔法はより位階の高い特化魔法があるという捏造設定。
 第三位階のただの《飛行(フライ)》はキャラ一人を浮かばせるのが限界の廉価版的位置づけ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話:会議は踊る

 王国宮廷会議回。


 

 

 ナザリックという超勢力が突如台頭した結果。大陸の辺境である人類種が住まう世界は卓袱台をひっくり返したようになっている。

 あらゆる勢力バランスが乱れ、その影響から免れたものは存在しなかった。

 その超越した力の前にあらゆる組織は要求を呑むしかない。

 仮に要求を拒めばどうなるのか、それはある程度賢い者達は皆理解していた。

 

「エ・ランテルを明け渡す!? 正気ですか父上!」

「仕方なかろう。これが国のためなのだよ」

 

 年季を感じさせるアンティークの巨大なテーブルを挟んで、国王であるランボッサ三世と、その長男であるバルブロ第一王子が顔をつきあわせる。バルブロは立派な体格に精悍な顔つきをしており、見た目通り王族の中で最も武術に秀でている武闘派である。

 

「あの方々とは友達になりたいですわね」

 

 同じくテーブルについていた第三王女のラナーは誰もが見惚れる可憐な笑顔で嬉しそうに語った。

 

「お前は何を言っているのだ!? あんな化け物どもと友好関係など!」

「とてもお美しい方々でしたわ。とても化け物などには見えませんの」

 

 あっけらかんと笑顔で喋るラナーにバルブロ含めこの場の面々は言葉も出なかった。

 埒が明かぬとバルブロはラナーと話すことを辞めて再び父であるランボッサ王へと顔を向ける。

 

「バルブロよ。ではお前には良い案があるというのか?」

「当然突っぱねるべきです! 我らの領地を割譲するなど言語道断!」

「その結果何が起きる? 神々の要求を拒否するだけの力が本当に王国にあるとお前は考えているのか? 無駄に血が流れるだけではないのか?」

 

 ランボッサ三世は精気に溢れた顔でバルブロを厳しく睨み付けた。今にも死にそうな枯木のような風貌は過去のものとなっている。神が与えたポーションによって王は以前と見違えるほどの覇気を取り戻していた。

 王の気当たりを受けてバルブロの体に震えが走るが、それでも同じ血を引く者の維持か、自身を奮え立たせるようにテーブルに勢いよく手をついて言い返す。

 

「しかし、みすみす利益を手放すなど! エ・ランテルは交易の要衝ではありませんか! それに地理から見て戦略的にもあの地の価値は計り知れないのですよ!」

「バルブロ殿下、宜しいでしょうか?」

 

 一人で盛り上がっているバルブロに対して、大貴族であるレエブン侯が口を挟んできた。

 この宮廷会議には王族や大貴族など政治の中枢を担う者達が列席している。

 

「なんだ!? まさか余の諌言に文句があるのではないだろうな!?」

「殿下の国を思うお気持ちは良くわかります。ですが、神々の要求を拒否するのは危険すぎます」

「貴君までそんなことを言うのか!」

 

 激しく唾を飛ばしながら真っ赤な顔でバルブロは怒鳴る。テーブルには大皿に入った茶菓子と茶が用意されているが、もう誰も手を付けないだろう。

 バルブロとは対照的な冷たい表情でレエブン侯は口を開く。

 

「では殿下は王国が此度の神々の要求を拒否し、神々がエ・ランテルを手中に収めるために強硬手段に出た場合でも撃退出来ると仰るのですか?」

 

「会談に帝国の皇帝が出しゃばって来たことからも分かるように、これは帝国の差し金に決まっている! 帝国のエ・ランテルを手に入れようする策略だ! 彼の地を手放せば王国は大損害を被るぞ! 到底受け入れることは出来ぬ! 徹底抗戦するべきだ!」

 

「では神々との戦いになっても王国が勝利出来ると?」

 

「当然だ! だいたい自ら神などと名乗っているがアレは化け物の集団ではないか! ならばどのみち化け物は滅ぼさねばならない! 戦いは元から避けられんということ! 遅いか早いかの違いでしかない!」

 

 熱弁を振るうバルブロには、周囲が冷たい瞳で自身を見つめていることに気づかない。ラナーだけは終始笑顔だが。

 

「殿下は先ほどから何も勝算を語られませんが、神々に対して勝算がおありなのですか?」

「勝算も何も、ただ正面から叩き潰せば良い! 聞けばあの化け物共は寡兵らしいではないか! 数万の兵を集めて吶喊させれば数の利で簡単に堕とせる!」

 

 瞬間会議の空気が凍り付いた。一人熱中している男以外の纏う空気がさらに冷たいものとなる。やはりラナーだけは全く雰囲気が変わらないが。

 ラナーが無邪気な笑顔で口を挟む。その柔らかい物腰と雰囲気に兄であるバルブロは気勢を若干削がれ少し落ち着きを取り戻した。

 

「お兄様、失礼ですがその寡兵という情報は確かなのですか?」

「余が情報を集めたところ化け物共は多くても二十体程度しか確認されていないのだ」

「殿下、それは確認出来ていないだけであって、他にもいる可能性があるのではないでしょうか」

 

 レエブン侯が再び口を挟んでくる。

 

「ふん、先の謁見の時に現れた化け物達は僅か十体程度に過ぎなかったのだぞ? 国同士の会談であれば力を示すために護衛の兵をこれでもかと引き連れるのが当たり前。つまりそれだけ数が少ないのだろうよ」

「では、それが殿下の仰る勝算ということですか?」

「そうだ! 臆することなど何もない! 化け物共なんぞ退治してしまえば良いのだ!」

 

 再び熱くバルブロは叫んだ。

 その後、今度は下卑た笑みになりさらに語る。

 

「だが、あの場にいた見目麗しい女の姿をした奴らは化け物といえども利用価値があるかもしれんな。可能ならば生け捕りにしたい。惜しいな、化け物でなければ妾にしたいほどの美しさなのだが」

「殿下、神々をそのような目で見るのは控えた方が宜しいかと。何が神々の機嫌を損ねるのかは全く分かりませんので」

 

 レエブン侯は冷たい瞳と声音でバルブロを諫めた。

 それを受けてバルブロは怒りの形相で怒鳴り返す。

 

「貴様は余の話を聞いていなかったのか!?」

「失礼ながら殿下、私は神々と争うことには断固として反対させて頂きます。ええ、なんとしても。何を言われようとも反対致します」

 レエブン侯は終始冷たい無表情だったが、その怜悧な瞳からは内に秘めた確固たる意志が滲んでいる。それを見て取ったバルブロは暫し口を噤んだ。

「殿下の推察はごもっともですが、私も独自に調査したところ、私には神々に王国が勝てるという勝算は全く見いだせませんでした。むしろ絶対に敵対してはならないという焦燥感が増すばかりでございます」

 

「な、何を言っているのだ貴様は……」

「十分信用出来る筋の者達による推定ですが、神々の戦力を難度で現した場合、あのインランと名乗っております少女の姿をした神一人で難度は二百を超えるそうです。これはあの神一人で王国と帝国の全兵力を相手に正面から勝てるという値です。おとぎ話に登場する国堕としに匹敵すると言えば分かりやすいでしょうか」

 

「まぁ! あの方達は本当にお強いのですね!」

 

 ラナーの嬉しそうな声が会議室に響く。

 他の面々は凍り付いたように静かだった。

 

「さらに重ねて申し上げますと、直接神と相対した王国戦士長の証言では、その少女の姿をした神と至近距離で向き合っただけで、言葉に出来ないほどの心臓を握りつぶされるような威圧感に体が萎縮してしまい指一本動かすことも出来なかったそうです。ご存じの通り王国戦士長は周辺諸国最強とも称される王国最強の戦士であり戦力です。その戦士長の証言ですから、我々は真摯に受け止めるべきでしょう」

 

 再起動したバルブロは再び怒鳴り散らす。

 

「ふ、ふざけるな!!! この場は国の行く末を決める重要な場なのだ!! 冗談などを言って良い場所ではないのだぞ!!」

「これは確かな情報筋から得た神々のこれまでの行動を客観的に評価しただけです。神々はインランと名乗る少女の姿をした神と天使のたった二人でビーストマン十万の軍勢を魔法の一撃で灰燼に帰しました。王国と帝国の兵を合わせれば三十万に届くかもしれませんが、ビーストマンと人間では一人あたりの戦力は桁違いです。この情報だけで神々と争うことは無謀だと分かります」

「貴様! そんな欺瞞情報も見抜けないのか! 失望したぞ! やはり此度の戦は確かな戦略眼を持った余が陣頭に立つしかないようだな!」

 

 チラリと王を見ながらバルブロが得意顔で捲し立てた。もう机のバルブロの目の前の部分は涎でベタベタしている。これを拭く従者が気の毒なほどである。

 

「お言葉ですが殿下、この情報は確かな筋から入手し幾通りもの方法で裏を取った確かなものです。それでも信用出来ないと仰るのであれば、この私の首をかけてもかまいません」

「父上! レエブン侯は乱心しております! この重要な会議に参加する資格を持ち合わせていないと余から進言致します!」

「バルブロよ、少し頭を冷やせ」

 

 心身が凍りつくような重く低い声がバルブロに浴びせられた。

 

「バルブロはああ言っておるがな、余はレエブン侯の言うことを信じようと思う」

「はぁ!?」

 

 ランボッサ王は机を囲む王国の重鎮達を見回しながら厳かに語る。

 バルブロは大口を開けて驚愕した。

 だが、他の面々は王の言葉に頷いていく。

 それまで静かに会議の成り行きを見守っていた者達の中から、ボウロローブ侯爵が口を開いた。

 

「実は私もレエブン侯が先ほど仰った情報は得ていました。仮に事実であれば、神々に敵対するのはあまりにも危険でしょうな」

「は?」

 

 ボウロローブ侯爵といえば、大貴族の中で最も武闘派として知られている。兵の強化に熱心であり、独自に専業兵士を育成して組織しているほどだ。そのボウロローブ侯のイメージからはかけ離れた穏健な言葉にバルブロはアホのような声を出すしかなかった。この宮廷会議でも神々討伐に賛成する味方になると思っていたのだからなおさらである。

 

「私も実は……」

「いやはや、私も此度の神々の要求を拒否することには反対だったのですよ。レエブン侯に先を越されてしまいましたな」

 

 他の大貴族達も次々とボウロローブ侯に追従していった。

 バルブロの目が点になる。貴族達は王族派と貴族派の二つの派閥に分かれており、会議ではこの二つの派閥で意見が分かれるのが常なのだが、今回はどちらの派閥も意見を一致させている。

 明らかにおかしい。バルブロは裏で既に話がついており、自身が除け者にされたことを理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 王城のとある一室に嘆息が響いた。

 

「兄は哀れだな」

「仕方ないでしょうな。会議の主導権を握れるように数さえ揃えば良かったのですから、脳筋は後回しでしょう。比較的利に聡い者達から説得するのが正解です」

「貴君は中々毒舌だな」

「これは失礼致しました。ザナック殿下」

 

 ニヤリと微笑みながらレエブン侯がザナック第二王子に言葉を返す。

 

「しかし、大貴族達がああも簡単に応じるとはな。どう考えてもあんなふざけた要求に従うはずがないのだが、良く首を縦に振る気になったものだ。いったいどんな凄い魔法を使ったのだ?」

「簡単ですよ、八本指から圧力がかかっているのです」

 

 ラナー第三王女が口を挟んできた。

 この場は王城内の部屋の一つである。

 ラナーは普段の可憐な笑顔がなりを潜め、恐ろしいほど感情を感じさせない無表情になっていた。人形が口だけ動かしているような不気味さがある。

 

「此度の件は八本指の方が事の危険性を理解出来ているということです。皮肉な話ですね」

「ふむ、このまま八本指に政治を任せてしまえるならば私も楽が出来そうなのですが」

「面白くない冗談ですね。既に政治を八本指が握って今の王国があるというのに」

「はは、これは一本取られたな。レエブン侯よ」

「全然笑えませんよ……」

 

 三人は宮廷会議での様子とは一変して親しげに顔をつきあわせている。ラナーは真逆で精気を感じさせないほどの無表情だが。

 この場は三人が秘密裏に設けた会議の場である。ラナーのこの本性を知る者は王国にこの場の二人、ザナック第二王子とレエブン侯しかいない。半ばラナーの人知を超えた知謀頼りの集まりである。

 当然この場を、特に今のラナーの本性を見られるのは拙いのでこの場には三人以外は誰もいない。従者は全て部屋から締め出されていた。まさに秘密会議である。

 

「此度の会議は上々の結果が得られました」

「うむ、次はどうする?」

「神々と友誼を結ぶことが第一です。間違っても機嫌を損ねてはなりません。国が滅びます。要求には全て従うくらいの姿勢でいいでしょう」

「さすがにソレはやりすぎではないか? 神々の要求次第では国の骨格が失われてしまうぞ。それでは滅んだようなものではないか」

 

 ザナックの苦言にラナーは感情の篭もらない声で返す。

 

「その時はその時です。どのみち神々には勝てませんから。早いか遅いかの差でしかありません。ならば神々の機嫌を取り友誼を結ぶべきでしょう。帝国のように。本当に帝国の皇帝は優秀ですね。此度の帝国の動きは驚嘆に値します」

「お前がそこまでベタ褒めするとは、やはり帝国の皇帝の能力は傑出しているのか」

 

 ザナックが唸る。本性を現したラナーが他人を褒めたことなど見たことがない。むしろいかに他人が劣っているかを理路整然と語る方が圧倒的に多いくらいだ。

 

「神々に勝てないなら友人になるというのは素晴らしい手です。ただし言うのは簡単ですが実行するとなるといったいどうやったのか私にも分かりません。帝国の皇帝は英傑ですね」

「普通に親睦を深めただけじゃないのか?」

「まさか、これまで得られた情報から間違いなく神々はその名にふさわしい人外の器の持ち主です。視点の異なる人外と普通に親睦を深めるというだけで大変な偉業ですよ。ましてや損得抜きでの友情を得るなど。情報の限られた状態で、私に同じことをしろと言われても千回やって一回出来るかどうかですね」

「ああ、友情かぁ…… そりゃあお前には……」

「ええ、確かにラナー妃殿下には荷が重そうですね……」

「何を言うのです。私はラキュースの親友ですよ」

 

 無表情で語るラナーの顔を見てザナックとレエブン侯は嘆息した。




 八本指がなり振り構わず、脅迫・恐喝なども含めて貴族に根回しした結果得られた平和。
 バルブロは除け者。

 ジルクニフの驚嘆すべき戦果にラナー絶賛。
 ジルクニフと神々が個人的に友誼を結んでいることまでラナーは看破してますが、どうやったのかまでは分かっていません。

 実際竜王と個人的な友誼を結べとか言われたら首を傾げるよね。人外との交流って偉業ですよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話:

メカ回。 バーナザリック守護者定例会議回。


 

 

 

 ガルガンチュアの胸部に埋め込まれた鼓動する赤い物体。

 これは世界級(ワールド)アイテムである。

 通称。無限エネルギー。

 文字通り、無限のエネルギーを生み出す。

 これは半永久的に動力を生み出すという意味と同時にもう一つの意味でも無限であった。

 出力が無限なのである。

 文字通り、無限の出力を誇る。まさに世界の名を冠するに相応しい性能。

 理論上は惑星を超え宇宙全てのエネルギーを賄うことさえ可能である。

 ただし、このアイテムは有線・無線を問わず繋がっているパーツに応じて必要なだけの出力しか行わないため、宇宙全体に動力を行き渡らせるにはそのためのシステムを組む必要がある。

 

 「というわけで、まずは惑星全体のエネルギーをコレで賄うわけよ。そのための無線送電施設を造ったわけね!」

 

 「造ったという過去形なのはおかしいですよね。なんで何の相談もなく第四階層が機械化されちゃってるんですか」

 

 モモンガは第四階層の一角を占める山のように巨大な機械の塊を見て嘆息する。

 

 「それはあんたがアルベドに夢中だったからよ。気持ち良いことしてる時に邪魔したくないし」

 

 「事後に事後報告とかいう洒落ですか?」

 

 「我ながら激うまギャグでしょ?」

 

 インランはドヤ顔で激しくウインクをかました。

 そのまま嘲るように喋る。

 

 「まぁ、アレよね。あたしも後で言おうとは思ってたけどまさかこんなに遅くなるとは思ってなかったわ。どんだけアルベドと盛り合ってたのよ?」

 

 「いえ、まぁ性欲が衰えないもので。インランさんがこんな体にしたせいですよ」

 

 「ほほう、何発くらいヤったの?」

 

 「さぁ? 十回以降は数えてないですね。さすがに終わりが見えなかったので途中で切り上げました」

 

 ジト目でインランがモモンガを見つめた。

 

 「アルベドがマジで精液便所化してる件。あんたちゃんと責任とんなさいよね」

 

 「さすがに妊娠したら出来ちゃった婚ですかね」

 

 「んー? 妊娠はどうなのかしらね。あたしも全くメイドが孕む気配がないし、もしかして種無し?」

 

 暫し二人で考え込む。

 

 「それは…… なんかショックですね……」

 

 「そうね、あたしも今は男なのか女なのか良くわかんないけど、生物としてどうなのかしら」

 

 沈んだ空気を払拭するように口を先に開いたのはモモンガだった。

 第四階層の一角に新たに出現した機械の城とも言うべきモノを眺めながら喋る。

 

 「まぁそれは追々考えればいいでしょう。子供が出来ないのは寧ろ長く楽しめるという見方も出来ます」

 

 「ギルド長がただのスケベになっちゃったわ。たっちゃんとか、ギルメンの皆が泣きそうね」

 

 「おほんっ、それはもういいでしょう! とにかく! コレを説明してください」

 

 わざとらしく話題を逸らしながら、モモンガは目の前の機械の城を指さした。

 

 「んーと、あたしが造ってた宇宙要塞アーマーンの基礎フレームを転用してるから、大して資源は新しく投入していないわよ。動力ケーブルはメタトロン、フレームはメガストラクチャーね。惑星一つ分のエネルギーくらいなら出力しても問題ないはずよ。元々超巨大な恒星を消滅させる兵器を搭載するような宇宙要塞の基礎フレームを転用してるからね。一応暴走した時の被害を最小限にするために、外殻は破壊不可オブジェクトのメガストラクチャーですっぽり覆ってあるわ」

 

 「ふむ、使い道はあるんですかコレ?」

 

 「無線給電装置を組み込めば、何処でも無限エネルギーを受け取れるんだけど。コレ以上の使い道があるかしら? 宇宙要塞アーマーンの機関部を安く組めないか考えてたら閃いたのよね。地上から動力を送ればいいってね」

 

 「発想は素晴らしいと思いますが、ちゃんと地表まで動力が届くんですか?」

 

 当然の疑問をモモンガが口にする。どんなに素晴らしい話も机上の空論では意味がない。

 それに対してインランはこれまで検証で得られたデータを語る。

 

 「元は随伴する無人機に無線給電する装置だから不安もあったんだけど、ガルガンチュアを組み込んでいない試験的に造った装置はちゃんと地上まで届いたわよ。ただ距離が開くと減衰しちゃうから、宇宙まで動力を届けるには無限の出力で距離減衰を無視できる無限エネルギーじゃないと厳しいかもね。地表部に宇宙へ向けた指向性の送電施設を建造してもカバー出来る範囲は限られるし。無限エネルギーの出力でゴリ押すのが無難ね」

 

 「なるほど、ゴリ押しなんですね」

 

 結局の所、世界級(ワールド)アイテムの無限の出力という数字を超えた性能頼りということだ。出力が無限であればいくら減衰しても問題ない。無限からいくら数字を引いても無限なのだから。

 

 「そうね、これでマクロスは2つの動力系統を持たせられそうね。ナザリックからの無線給電と、内部の動力炉の2つ」

 

 モモンガはうんうんと頷く。インランの造った物の中ではまだ使い道があるマトモな部類だからだ。神器級(ゴッズ)のディルドを造られるよりは全然良い。

 

 「ただ、思ったんですけど、常時《転移門(ゲート)》を開いてその穴からマクロスにケーブル引くなり無線飛ばせばいいんじゃないですか?」

 

 「それは今後の検証次第ね。宇宙で魔法がどんな挙動をするかの検証が全然出来てないから、今度マクロスクォーターを宇宙に飛ばして色々検証するわ。トラブルで地表まで帰って来れないかもしれないから最初は遠隔操縦ね」

 

 話が着々と進んでいく。マクロスの建造が終わるのはまだまだ先なので検証する時間には余裕があった。

 未知は検証してしまえば未知ではなくなる。この検証作業も未知を既知にするユグドラシルプレイヤーらしいとも言える。

 

 「そもそもヴァルキュリアの失墜は何処まで出来るんでしょうか?」

 

 「あたしに聞かないでよ。この世界の運営に聞いて頂戴。ただ、あたしの私見ではフレーバーテキストがかなり忠実に再現されてるみたいね」

 

 「では宇宙でも可変戦闘機が使えると?」

 

 「多分ね。本来宇宙戦用の機体だし。ということはジェットエンジンを使ってる設定の戦闘機は全く使えない可能性が高いわね。今後は宇宙用の機体も造りましょう」

 

 ヴァリアブルファイターと呼ばれる可変戦闘機群は、コラボ元の設定的に一部を除いて地上と宇宙の両方で使うことを想定したものである。この世界の法則ではアイテムに込められた設定が優先される傾向があることを二人共実感していた。どの程度設定が活きるのかはある程度手探りで探っていくしかない。

 

 「という名目でメカ造りたいだけですよね?」

 

 「良く分かってるじゃないの」

 

 インランは満面の笑みを浮かべた。実に楽しそうである。

 

 「まぁ、宇宙戦用といえば、アレよね」

 

 「アレですか?」

 

 「そうよアレよ。ガルガンチュアみたいな攻城用決戦兵器だからコストが恐ろしく重いけど、ゆくゆくは量産したいわよね」

 

 「もしかしてギルドメンバーが猛反対したアレですか? 世界観に全く合わないから却下された」

 

 モモンガには思い当たるゴーレムがあった。

 

 「あたしはファンタジー世界に喧嘩を売ってるみたいで大好きだったんだけどねぇ。いいわよね。幻想的な装いのギルド拠点をビーム兵器に蹂躙された相手はどう思うのか想像するだけでゾクゾクするわ。もしもナザリックが攻め込まれた時に実戦投入出来ていたら伝説になってたわよきっと」

 

 「いや、所詮はゴーレムですから、プレイヤー達にタコ殴りにあって瞬殺されて終わりですよ。ただのデカい的です」

 

 「運用次第じゃないの、孔明ちゃんが上手いこと使ってくれたかもしれないわよ」

 

 「その当人が猛反対したんじゃないですか、無駄の塊だって」

 

 「浪漫が分かんない人はつまんないわねー」

 

 インランは頬を膨らませて愚痴を溢す。

 

 「まぁいいわ。随分昔の話だしね。今はあたしの好きにやらせて貰うわ」

 

 「インランさんは元々好き勝手してたでしょ」

 

 インランは目を逸らした。やらかし具合では割とマジでギルドを追放されかねないこともしているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カウンターに突っ伏すようにしてアルベドが呟く。

 

 「腰が痛い……」

 

 「うぷぷ、もう年なんでありんすね」

 

 シャルティアが嘲笑うと、アルベドは得意げに言い返した。

 

 「くふー! これはモモンガ様から頂いた愛の証よ! 痛みを味わうためのあえてポーションを飲まないという贅沢なのよ!」

 

 「くぅっ、わらわだってインラン様に愛して頂いているでありんす! 羨ましくないでありんす!」

 

 ここはナザリック内のバーである。

 定期的に守護者達は時間を取って集まっており、今はその定例会議だった。

 当然アルベドとシャルティア以外にも守護者全員がバーのカウンター席に仲良く並んで座っている。

 二人の大人(?)な会話に近くに座るアウラは顔を赤らめていた。アルベドの太ももに垂れているモノを見てしまい褐色の肌がさらに赤く染まる。

 

 「羨ましいですぅ。私はインラン様の寵愛をあまり頂けておりませんのでぇ」

 

 背中に6対12枚の純白の翼を背負い赤い長髪を背中に流して両目を眼帯で隠した天使のサマエルがアルベドとシャルティアの方を向き、頬に手を当てながら呟いた。

 サマエルは厳密には地上領域守護者だが、階層守護者相当の扱いで会議に参加している。同じ扱いで宝物殿の領域守護者である埴輪も大仰な動作で手元のグラスを傾けてカウンター席に座っていた。

 

 「ふむ、最初に至高の御方の御子を身籠もるのはアルベドかもしれません。楽しみですね」

 

 「フシュゥッ! 実ニ素晴ラシイ。至高ノ御方の御子息ニ爺ト呼バレル日ガ待チ遠シイゾ」

 

 「モモンガ様の御子ですか、実に素晴らしいですね。仮にアルベド殿がモモンガ様の妃となった場合は、アルベド殿は私の義母になるのでしょうか?」

 

 埴輪の発言に場が静まりかえる。無駄に蕩けた顔をしていたアルベドも目が点になった。

 

 「「「え゛ぇ゛……」」」

 

 「インラン様は自分のことはママと呼べと以前私に仰れておりましたので、もしや私には二人の母が居ることに? アルベド殿も今後はママとお呼びした方が宜しいのでしょうか?」

 

 「ま゜!!」

 

 「ちょっ!? アルベド!? どうしたでありんすか!?」

 

 突如アルベドが奇声と共にカウンターに突っ伏して痙攣を始める。

 介抱は隣に座っていたシャルティアに任せ他の守護者達は反対側、埴輪の居る方へと向いた。

 

 「ママ……ですか? インラン様が君にそう仰られたと……?」

 

 「その通りです。宝物殿から出られない私を外に連れ出して頂くなど、まさに母の如き慈愛に溢れた御方です」

 

 こくこくと頷きながら埴輪は手を胸に当てて感動に震えるようにジェスチャーを行う。

 

 「やはり君は至高の御方から特に目をかけられているようですね。そういえば至高の御方々の過去も君はある程度知っているのでしたね? せっかく話せる機会を得られたのですから、何か話を聞かせて貰えないでしょうか?」

 

 「……ウルベルト様の話を聞きたいのでしょうが、私が知ることは本当に僅かなものですよ?」

 

 「構わないとも、自身の創造主の話ならばどんな内容でもかけがえのない至宝ですよ」

 

 埴輪に向き合うデミウルゴスはウキウキとした様子である。普段の冷静沈着さとの差や、気持ち前に乗り出していることからも、興味のほどが埴輪に伝わってくる。

 

 「宝物殿でモモンガ様とインラン様がお話になっていた内容なのですが、なんでもウルベルト様はリアルにおいて、インラン様に新しい職業を斡旋されたとのことです」

 

 「ほう! それはどんなものなのでしょうか?」

 

 「詳しくは分からないのですが、なんでも身分が保証された職業ということです」

 

 「身分ですか?」

 

 「はい、それまでウルベルト様はリアルでは非常に危険な職業に就いていたそうです。インラン様の権限で身分を保障して新しい職業を斡旋したと。そのような事を以前お話になっておりました」

 

 埴輪の言葉を受けて、デミウルゴスは暫し黙考する。

 

 「なぜウルベルト様は危険な職業に就いていたのでしょうか? あえてやる理由が? ふむ、ウルベルト様の野望にとって必要だったのかもしれませんね」

 

 「恐らくそうなのでしょう。御身を危険に晒してもやる価値があったのだと愚考します」

 

 デミウルゴスの考えを埴輪が肯定する。

 

 「リアルとは一体どんな世界なのでしょうか? 君は何か知っていますか?」

 

 「……そうですね。しかし、デミウルゴス殿もウルベルト様や至高の御方々から少しはお聞きになっているのではないですか?」

 

 埴輪の言葉にデミウルゴスは頷く。

 ナザリックの守護者クラスでリアルについて聞いたことがない物はほとんどいないだろう。至高の存在同士の世間話でよく話題に上がるからだ。

 しかし、至高の存在がリアルを語る時は大抵否定的な内容である。

 仕事が辛いとか、いかにリアルが酷く辛いかといった話題であることが多かった。リアルを至高の存在が好意的に語ったことは皆無といっても問題ないかもしれない。それはデミウルゴスが敬愛してやまない創造主であるウルベルトも同様である。

 それなのに、何故か至高の存在は定期的にリアルへと消えてしまうのだ。むしろリアルにいる時間の方が多い。

 ナザリックのシモベ達はデミウルゴスも含めてそのことがずっと不満だった。

 

 「至高の存在はリアルでは人間として過ごしているようです」

 

 「なんと!?」

 

 埴輪の発言にデミウルゴスが驚き、しっかりと話に聞き耳を立てていたこの場の面々も驚愕する。

 

 「以前、至高の御方々が、リアルでは不自由な人間だがこの世界では異形種として自由に過ごせて楽しいと仰られておりました。そしてリアルでは至高の御方々が不自由な人間として過ごしていると考えると、色々と辻妻が合います」

 

 至高の存在の世間話から推測するにリアルは汚染された世界。

 頑健な体を持つ異形種ならば問題にもならない。

 しかし、人間ならば話が変わってくる。脆弱な人間の体には命に関わるかもしれない。

 

 「恐らくですが、インラン様がウルベルト様に斡旋された身分の保障された安全な職業とは、そのままの意味なのではないでしょうか。聞いた話から推測するにリアルには特権階級が住まう清浄な場所があるようですから。そこに近しい場所での職業という意味なのではないかと」

 

 「それは……」

 

 デミウルゴスは愕然とする。

 知らなかった。そんなこと考えもしなかったのだ。

 

 「ひぃっ!」

 

 悲鳴が上がり、デミウルゴスと埴輪がそちらに顔を向ければ。

 アウラが顔を悲痛に歪めていた。

 

 「ぶ、ぶくぶく茶釜様がぁ!」

 

 「お助けしないと!」

 

 マーレも必死な顔で叫ぶ。

 二人共今にも武器を持って飛び出しそうな勢いである。

 

 「……二人とも落ち着いて下さい。私が聞いたところではぶくぶく茶釜様はリアルではせいゆうという職業で身を立てていらっしゃるそうです。モモンガ様はその声をリアルで聞かない日がないと仰られておりました。それだけ精力的に活動されるだけの何かがリアルにはあるのではないでしょうか? 至高の御方がリアルで活動することを望んでいらっしゃるのであれば、我らシモベはそれを笑顔で──」

 

 「でも! 危ないんでしょ! だったらすぐにでもナザリックにお連れしないと!」

 

 「そ、そうですよ! ぶくぶく茶釜様の危険が危ないんです!」

 

 埴輪が神妙な声音で蕩々と語るのをアウラとマーレが遮った。その目からボロボロと涙も零れ出す。

 

 「落ち着きなさい! シモベである私達が至高の御方々を信じなくてどうするの!」

 

 アルベドの一喝で場が一瞬静まりかえる。

 

 「でも! でもぉ!」

 

 ボロボロと涙を零しながら反駁しようとするアウラを、立ち上がったアルベドが頭部を豊かな胸に挟むようにして抱きしめた。

 アウラの鼻一杯に濃厚な栗の花の匂いと汗の匂いが混じった咽せかえるような香りが広がる。脳が一瞬フリーズするレベルの香りの濁流である。アルベドは行為の後で風呂に入っていないのだろうか。

 

 「至高の御方々はきっとリアルで御身にしか果たせない偉大な使命を果たされているのよ。大丈夫だわ」

 

 「う、うん…… ちょっと臭いから離してくれる?」

 

 「え? そ、そう?」

 

 アルベドの双丘から顔を引き抜いたアウラはグシグシと涙を拭う。少し落ち着いた様子に見える。

 今度はアルベドはマーレに向かって両手を広げた。

 

 「マーレも泣き止んで頂戴。ホラ、いらっしゃい」

 

 「うぐっ、ぐずっ、くさそうなので、いいでず」

 

 マーレは涙をゴシゴシと拭ってしっかりと拒否した。

 デミウルゴスが再び口を開く。

 

 「……至高の御方々は何故危険を冒してまでリアルに向かうのでしょうか?」

 

 「ふふん! わたしはインラン様に寝物語でリアルでの事を沢山聞いているでありんす!」

 

 思わぬところから言葉が飛び出し、この場の視線がそこに集まる。

 まさかのシャルティアである。シリアスから限りなく遠い存在かと思われたが、とんだダークホースであった。

 

 「リアルにはえろげーなるものがあるそうで、ペロロンチーノ様はそれにお熱でナザリックにあまりお戻りにならないそうでありんす」

 

 「あっ」

 

 埴輪が思わず言葉を溢し守護者達が顔を向ける。

 

 「いえ、なんでもありません。どうぞシャルティア殿、話を続けてください」

 

 「えろげー? 何それ?」

 

 「何でもとんでもなく面白く魅力的な娯楽だそうでありんす。ナザリックにはどうしても持ち込めずに、ペロロンチーノ様とインラン様はえろげーをナザリックに持ち込もうとそれはもう大変な試行錯誤を行ったとか。ナザリックの外でも他のプレイヤーが持ち込もうとして命を散らすほどだそうでありんす」

 

 「ふむ、そこまでするほどのリアルにしかない魅力があるということなんだね?」

 

 デミウルゴスは真面目な顔で考え込む。

 埴輪は明後日の方向を向いていた。

 

 「ウウム、武人建御雷様ハ、リアルデ武ヲ磨キ上ゲラレテオラレルノカモシレヌナ。アエテ脆弱ナ人間ノ体ニナリ危険ナ環境ニソノ御身ヲ置クコトデ」

 

 「確かに、武人建御雷様ならばそういうお考えをお持ちになられるかもしれないね。リアルは危険だが、それに見合うほどの魅力があるのかもしれない」

 

 コキュートスの言にデミウルゴスも同意する。

 

 「つまり、我々シモベ達が御方々にリアルに勝る魅力を提示出来なかったということなのかしら」

 

 アルベドの言葉に場が再び静まりかえる。

 最初に静寂を破ったのは埴輪だった。

 

 「しかし、モモンガ様とインラン様はナザリックに最後までお残りになって下さいました。この事実を受け止め、我々はナザリックが御方々にとってより魅力的な場所になるように尽力するべきなのではないでしょうか」

 

 その言葉を受け、この場の守護者達の表情が変わる。

 

 「私は元よりそのつもりですがぁ、皆さんはご自分の創造主と今ナザリックに残っている御方々のどちらを取るんですかぁ? 私は他の至高の御方にはお会いしておりませんし、インラン様がナザリックにいらっしゃいますからぁ、あまり偉そうなことは言えませんねぇ。んー、でもぉ、インラン様がナザリックから出て行かれるのであればなんとしてもついていっちゃうかもぉ?」

 

 それまで静かにしていたサマエルが間延びした声で語った。

 

 「確かに、最後まで残って頂いた慈悲深き御方々に全力で忠を尽くすのがシモベとしての在り方なのでしょうね。しかし私もウルベルト様にお帰りになって頂けるのであれば全てを投げ打ってしまうでしょう」

 

 「う、確かにわたしもペロロンチーノ様にご帰還して頂けるのであれば……」

 

 「あたしもぶくぶく茶釜様にお戻り頂けるならそうしたいよ……」

 

 「うぅ、もう一度ぶくぶく茶釜様に会いたいです……」

 

 「武人建御雷様ハ誰ヨリモオ強イ。アノ御方ガリアルヲオ選ビニ成ラレタノデアレバ、私ハナザリックノ刀トシテアノ御方ノシモベに相応シク在ルダケダ」

 

 ボロボロと守護者達の口から本音が溢れていく。

 

 「私は創造主たるタブラ・スマラグディナ様からナザリックの王であるモモンガ様を守る盾となるべく生み出されたのよ。たとえ創造主がこの場にいらっしゃらなくとも、その使命を全うするわ」

 

 アルベドは毅然とした顔でそう宣言した。

 守護者統括に相応しい言葉を受けて、他の面々も覚悟を決める。

 ナザリックに残った二人の至高の存在に忠を尽くす覚悟を。

 確かに自身の創造主は何にも代えがたい存在である。だが、最後まで残った慈悲深い二人の至高の存在もまた何よりも尊い存在なのだ。

 

 「んー、それじゃーですねー。インラン様にリアルから至高の御方々に帰還して頂けるように、お願いしてみますぅ?」

 

 「「「え?」」」

 

 「いやぁ、お願いするだけならぁ、タダじゃないですかぁ? せっかくですしぃ、お願いしてみましょうよぉ」

 

 至高の存在にシモベが何かを願う。要求する。

 あまりにもぶっ飛んだサマエルの発想に他の守護者達は体に震えが走った。

 考えるだけで胸が潰れるような恐れが起きるというのに、ソレを事も無く言ってのける胆力。

 サマエルが守護者達から一目置かれた瞬間である。

 

 

 




 アルベドの胸から濃厚な精液の匂いが迸るのはパイズリしまくったせい。ありんすにモモンガに愛された証を全身で見せびらかすために行為後禄に体を拭いていない。
 そんなところでパフパフされたアウラはご愁傷様です。
 アルベドの服はマジックアイテムなので汚れないせいでぱっと見わからないという罠。

 シャルティアはなんだかんだ言いつつもインランの寵愛を受けまくってるので元気。
 寝物語で頻繁に慰められているのが大きい。
 アルベドも同じような理由で元気。


 ☆無限エネルギーのメタ的解釈
 接続されたパーツに対して過不足ない量のエネルギーが流れ込む。接続は無線・有線問わない
 惑星の全ての機材に接続されていれば当然全ての機材に必要なだけのエネルギーが流れ込む
 接続機材の数や規模に制限はない。宇宙の端から端でもなんらかの手段で繋がっていれば必要なだけのエネルギーが届く


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話:

雑談回


 

 

 

「そうなのね、やっぱり子供には親が必要なのかしら」

 

 ナメクジの交尾の如く全身で絡みついてくる天使の頭を撫でながら、インランはそう呟く。

 

「NPC達にとっての親は創造者ということですか?」

 

 対面のソファーに腰掛け、目の前で絡み合う少女達をガン見しながら、モモンガも口を開いた。

 

「サマエルとか、まだ生まれて一年も経ってないじゃない。ガワは大人に作ったけど、内面はまだ子供なのかもね」

「ふわぁ、インランさまぁ」

 

 真紅の髪を細い指で梳かれながらながら、天使は恍惚とした声を上げる。パタパタと6対12枚の羽が動き金色の粒子が振りまかれた。

 そもそも、執務室でモモンガとインランがイチャイチャしているところに、鼻息荒く乗り込んできたこの天使が、他の至高の存在達にナザリックへ帰還して欲しいと言ったのが今の議論の原因である。

 話を持ってきた天使は、それきり自身の創造主にネットリと絡みついている無責任ぶりであるが。そのじゃれ方は今話に出たように確かに幼い子供が親にするものに似ているとも言えた。母親のおっぱいにイヤらしくむしゃぶりつく子供がいればだが。

 とはいえ、大切なNPC達たっての願いである、出来るだけ叶えてやりたいのが親心というものだ。

 

「俺達の感覚では、NPC達は10歳ぐらいですもんね」

「うん、どうしようかしら? なんとかギルメン達をコッチに召喚してみる?」

「実際問題として、可能なんでしょうか? 永劫の蛇の指輪(ウロボロス)でも使えばあるいはイケそうですが」

 

 永劫の蛇の指輪(ウロボロス)は、運営が用意したチートアイテムである世界級(ワールド)アイテムの中でも輪をかけて異常な効果を有するアイテムである。運営にゲームシステムの変更や書き換え、ゲームの内容自体にプレイヤーが手を加えることが出来る。

 ゲームシステムが現実化したこの世界ならば、永劫の蛇の指輪(ウロボロス)ならば考えられる全てのことを実現出来る可能性があった。

 

「そうね、それくらいしか、ないわよね」

 

 宝石のような輝きを称えたエメラルドの瞳がモモンガを射抜く。

 インランとモモンガは目線を交えながら真剣に考え込んだ。

 

「でもねぇ、ギルメン達はゲームを引退して、それぞれ自身の夢に向かって邁進してるじゃないの。コッチに呼んでもそう上手くいかないんじゃないかしら」

「ですねぇ。茶釜さんとか我が余の春を謳歌してる真っ最中ですし、たっちさんも妻子を養っていますし。呼んでも喜ばれないかもしれませんね」

「あら、ギルド長はなんとしてもギルメン達に会いたいと喚くと思ったんだけれど、随分殊勝な考えなのね? ギルメンは家族なんでしょ? 寂しくなったナザリックの中で、昔は泣いて喚いていたのに、成長したのね」

 

 くすくすと笑うインランに、モモンガは肩を竦めた。

 

「さすがにリアルで幸せを掴んだ友人達を無理やり拉致したいとは思ってませんよ。俺も年を取って成長したってことです」

 

 かつてのギルド全盛期が過ぎて、既に10年近くが過ぎている。

 昔はモモンガも荒れに荒れていたが、それも今となっては懐かしく感じるほど昔の話だ。

 気分がドン底に落ち込んでも、人が減り寂しくなったナザリックの中で10年間ウザいキャラを保ち続けたギルメンがいなければ潰れていたかもしれない。

 

「じゃあ、リアルに未練がなさそうな人達に絞ってみましょうか、ヘロちゃんとか絶対喜ぶわよ?」

「ああ、それは良いですね。ペロロンさんもシャルティアに会えたら感激しそうです」

「エロ鳥は結婚したんでしょ?」

「あれはネタでしょう」

 

 ユグドラシルのサービス終了日に、数年ぶりに顔を見せたペロロンチーノは、結婚報告をかましてくれたが、冗談だとも言っていた。

 

「どうかしらねぇ。もう良い年なんだから、結婚してもおかしくはないわよ。あたし達に気を使ってくれたのかもしれないわよ?」

「いやいや、まさかまさか、俺だってまだなのに」

「あんたはなんで結婚しなかったのよ。いくら貧困層でも結婚は出来るでしょ?」

「それはコッチのセリフなんですけど、インランさんとか結婚適齢期をどんだけ通り過ぎてるんですか」

 

 モモンガの問いに、飄々とインランは答える。

 

「相手がいなかったのよ。アウラみたいな娘で成人してる娘がいれば全力で求婚したわ」

「……アーコロジーに住んでる人達の中には、奴隷同然の扱いで貧しい子供を引き取る人も居たらしいですが?」

「ゴシップ記事の読み過ぎよ、流石にソコまで酷い人は稀だわ。まぁそういう人も居るけどね」

 

 二人の支配者が話す内容に、部屋に控えたシモベ達は興味津々である。

 メイド達はしずしずと侍りながらも、耳をそばだてている。インランと一緒にソファーに座って絡みつくサマエルも同じである。

 

「インラン様ぁ。サマエルを妻にしては頂けないでしょうかぁ?」

「あたしは妻に迎えるならアウラがいいわね」

「そんなぁ」

 

 サマエルはぱふぱふと、服がはだけて剥き出しになったインランの胸に顔を押しつける。

 

「まぁ、婿にする人は決まってるんだけどね」

 

 インランが激しくウィンクをかます。うっとうしそうにモモンガが顔を顰めた。

 

「こうやって一緒にリアルの話をすると、インランさんのリアルの姿がちらついて全く魅力を感じませんね」

「あら? リアルのあたしも結構イケてるでしょ?」

「えぇ……その謎の自信は何処から湧いてくるんですか……」

 

 テーブルに載ったティーカップを口に持っていき、一息入れると、インランはドヤ顔を浮かべる。

 

「そりゃあ、あたしは美しいからね! リアルでもコッチでもね!」

 

 実際、リアルのインランは再生医療で若々しい姿をしていたし、容姿も中性的で妖艶な雰囲気を纏っていた。

 だが、モモンガは気になることがあった。

 

「インランさん。リアルでは整形してますよね? 再生医療を受ける人は大なり小なり容姿を弄るそうですが」

「まぁね。でも別に珍しくもないでしょ? 美しい姿の方が気分が良いじゃない」

 

 全く悪びれることもなく、さも当たり前のようにインランは語る。

 

「そもそもあたしの実年齢から考えたら、再生医療の時点で整形してるようなもんだしね。ある意味リアルでキャラクリエイトしてるようなもんだわ」

「この話を続けても意味はなさそうなので話しを戻していいですか?」

 

 そもそも再生医療など受けられない貧困層ド真ん中にいたモモンガには縁のない話だ。

 自分から切り出した話だが、あまり気分の良い話題ではない。

 思えば、ウルベルトがたっち・みーに向けた感情はコレに近いものなのかもしれなかった。さすがにあれほど苛烈なモノではないが。

 

「そうね。もうリアルには行かないし、コッチの話をしましょうか」

「そうしましょう」

 

 その言葉に、部屋に控えたシモベ達は思わず顔を綻ばせる。

 

「でも、リアルに干渉するとなると、それこそ本当に永劫の蛇の指輪(ウロボロス)でも持ち出さないと無理じゃないかしら」

永劫の蛇の指輪(ウロボロス)がこの世界にあるなら最優先で確保したいですね。いや、あのアイテムの性能からすればどんな理由であれ最優先なのですが」

「とはいってもねぇ、そんなホイホイ手に入れられる代物じゃないわよ。サービス終了日にあたしが確保しとけば良かったわね」

 

 まるで手に入りそうだったと言わんばかりの言葉に、モモンガは問い返した。

 

永劫の蛇の指輪(ウロボロス)が手に入りそうだったんですか?」

「声はかけたわ。でも思い出の品だから譲れないと断られちゃったのよ。あたしのエロ本より大事らしいわ」

「そもそもエロ本と世界級(ワールド)アイテムを交換する方がどうかしてますよ」

 

 モモンガは自身に照らし合わせて考える。

 仲間達との思い出とエロ本。うん、考えるまでもない。

 

「いやいや、明日使えるエロ本と、消えちゃうデータだったらエロ本を取るでしょ。いっちゃなんだけど、あたしの描いたエロ本は抜けるわよ?」

「それはまぁ、俺もお世話になりましたから。てことは、18禁版を配ったんですか?」

「検閲を潜り抜けるために直接相手の端末にデータを送ったからね。皆今頃シコシコしてるんじゃないかしら?」

 

 性欲と明日消えるレアアイテムを天秤にかければ、性欲に傾くのが男というものである。

 

「まぁ、男の悲しい性は置いておきましょう。なんかさっきから話が脱線しまくってますね」

「そうね、ギルド長にはもうエロ本はいらないわよね。アルベドで全部叶えてるものね」

「いやいや、だから話を逸らさないで下さいよ」

「どこまでやったのよ? パイズリはまぁ当たり前として四十八手は全部やった感じなのかしら?」

 

 エロに関してはインランは激しく食いついてくる。まるでワニかサメの如く。食らいついたら離そうとしない。

 

「あの、それ今言う必要ないですよね?」

「後でアルベドに聞いてもいいんだけど? 恥ずかしい話も全部聞いちゃうわよ? 念願の赤ちゃんプレイは出来たのかしら?」

「何故ソレを……」

「なんかあんたに操を立てたいらしくて、アルベドはあたしとあんまりしてくれないのよね。聞いても教えてくれないし。愛されてるわねぇ」

 

 それでもインランとも致してしまうのは、アルベドのサキュバスとしての性なのだろうか。

 

「ちょっと、あの、本当にこの話を今する必要ないですよね。真面目な話をしましょうよ」

「いいわよ。でもね、アルベドに出来ることはあたしにも出来ることは覚えておいてね」

「ウザッ」

 

 流し目を送ってくるインランは見た目だけなら天上の美貌を誇る美少女。だが、内面を知るモモンガとしてはそんな外面の魅力も半減どころではない。

 そもそもインランの見た目にムラッと来ても、そのムラムラは全てアルベドに吐き出されているので、インランの思いが成就する日は遠い。

 

 

 ▲▽▲

 

 

「現実的な話として、リアルに干渉するのはかなり厳しいんじゃないかしら? 永劫の蛇の指輪(ウロボロス)級のナニカで実現するにしても、すぐには無理でしょうね」

始原の魔法(ワイルドマジック)という、ユグドラシルにはない魔法がこの世界にはあるそうですが、それでなんとかなりませんかね?」

「可能かもしれないし、不可能かもしれないわ。詳しい人に効いて、試してみないことには、こればかりはなんとも言えないでしょうね」

「となると、竜王とかいう存在に接触するべきでしょうか?」

「そうなるのでしょうね。でも竜王は超強いらしいわよ。ユグドラシルの法則とも違う理を持っているから世界級(ワールド)アイテムの効きも悪いとかいう話でしょう。そうよねサマエル?」

 

 インランの乳を涎塗れにしていたサマエルが、真面目な顔になってソファーに座りなおす。

 口元の涎を拭うと、綺麗な声と間延びした口調で蕩々と語り出した。

 

「そうですねぇ。法国の資料では竜王クラスでもぉ、白銀の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)などの最上位の存在はぁ、ユグドラシル系の魔法やアイテムにかなりの耐性を持っているとありましたぁ。デミちゃん達の考察ではぁ、ユグドラシルの干渉が世界に起こる前から生きているためにぃ、別の理で生きているからだとかぁ」

「要警戒ねぇ、情報が揃うまでは手を出さないのが孔明ちゃんの戦略理論だったわよね?」

「あの人が此処に居てくれれば楽だったんですがね」

 

 今孔明とナザリック内で呼ばれ、類い稀な戦略眼でアインズ・ウール・ゴウンをトップギルドへと導いたギルドメンバーはもう此処にはいない。

 

「今のあたしなら、全力で当たればなんとかなりそうだけど、それでも勝てなかったらナザリックが滅びかねないし、もう少し戦力を揃えてから潰しましょうか」

「インランさんが、世界級(ワールド)アイテムを皆に配ってくれるならもう少し楽出来そうなんですが、少し譲ってくれませんか?」

「イヤよ、コレはあたしが手に入れたんだもん。賢者の石とファウンダーを貸してるんだから十分でしょ?」

「全部で何個持ってるんでしたっけ?20個でしたっけ?」

「内緒よ」

「どのみち装備スロットにもう空きがないんですから、余ってるの譲って下さいよ」

 

 インランの装備スロット全二十二箇所の内、付け替え可能な十四箇所は全て世界級(ワールド)アイテムで埋まっている。ということはそれ以上の世界級(ワールド)アイテムは死蔵されているということになる。

 サービス終了前のどさくさで入手したとはいえ、コレだけのアイテムの所持者を特定していたインランの人脈は無駄に広いと言わざるをえなかった。

 

「結婚してくれるなら幾つか結納として差し出してもいいけど?」

「気が変わりました。やっぱり要りません」

 

 何故かソッチの話にゴリ押ししてくるインランにモモンガも辟易する。

 今のインランから無理やりアイテムを取り上げるのは事実上不可能に近いので、そのうちインランが折れるのを期待するしかなかった。

 非常時にも関わらずこんな勝手を許すモモンガは、ギルメンに激甘だと言わざるをえない。

 

「まぁいいわ、マクロスが出来たら砲艦外交といきましょうか」

「いやいや、どれだけ気の長い話なんですか、アレが完成するのは大分先の話ですよ。それまで竜王側が静観してくれる保証はありません」

 

 ユグドラシルでは超希少素材に位置づけられる部材だけで組もうとしているマクロスは、その一キロメートルを超える巨体もあって、遅々として建造は進んでいなかった。

 完成すれば、それこそ宇宙を統べることも出来そうなスペックになるだろうが、それは完成したらの話である。

 マクロスが出来上がるまでに、竜王側が何もしてこない保証など何処にもないのだ。

 

「とりあえず、ほどほどのコストで出来ることをやりましょうか」

「そうですね」

「取りあえず衛星砲と宇宙要塞を作って、大気圏外から狙撃して潰しましょうか。メタトロン系の破壊兵器ならなんとかなりそうじゃない?」

 

 それでもコストは重いが、マクロスに比べればハナクソみたいなものである。

 

「いや、火力が高すぎて惑星に打ち下ろしたら土台が吹き飛びますよ。ナザリックもおじゃんです」

「それは設定の話でしょう? 試してみましょうよ。案外大丈夫かもしれないわよ」

「それで設定に忠実な性能だったら、冗談抜きで惑星が消えますよ。竜王も死ぬけど俺達も死にます」

 

 インランがウキウキしながら語っても、モモンガは取り合わない。

 

「だいたいですね、アリーヤをフルパワーで稼働させただけで、山が消えたじゃないですか」

「フルパワーじゃないわ。ちょっと機体のメタロトンを開放しただけよ。山河社稷図でコピーした世界の山を消し飛ばしただけだから、実際にあの火力が出るのかは分からないわ」

 

 ナザリックの北に行くと山脈が広がっている

 丁度良いとばかりに、山河社稷図でその地形を複製して試しにアリーヤの本来のスペックを引き出してみたことがあった。

 動力系をコジマ系からメタトロンに切り替え、本来の能力を解き放ったアリーヤは、メタトロンが生み出すエネルギーの奔流の一撃で山河社稷図で複製した山脈を綺麗に吹き飛ばして全長数キロのクレーターを生み出してしまったのだ。

 それでも全力稼働にはほど遠いのだから、メタロトンの性能はかなりの部分で設定に忠実ということになる。

 膨大な量のメタトロンを使った宇宙要塞アーマーンなんぞ実現した日には、冗談ではなく惑星が軽く消滅しても不思議ではなかった。設定ではアーマーンは極大の恒星を消し飛ばせる火力を有するのだから。

 設定では文明に終末をもたらすほどの超エネルギーを内包する物質がメタトロンである。設定が現実化した今、軽々しく扱って良いモノではない。

 

「でも地形はデータ量が少ないからねぇ、対竜王として考えれば案外効果は少ないかもしれないわね。竜王ってワールドエネミーみたいなもんでしょ?」

 

 データ量の多寡がそのままステータスであるユグドラシルでは、リアルとは全く異なる物理法則が働いている。

 脆そうな木材でもデータ量が多ければ、いかにも硬そうな見た目の鋼鉄よりも頑丈なのだ。

 データ量が少ない地形は派手に壊せても、データ量が莫大な竜王には何の痛痒も与えられない可能性があるということである。

 

「惑星は消し飛ぶけど、竜王だけ宇宙空間に残るとかですか?」

「それなんてフリーザ」

 

 リアルが清浄な世界だった夢のような時代に流行った漫画を二人は思い起こす。著作権が切れるほどの年月を経ても、名作は親しまれ続けている。

 

「悟空よろしく、インランさんがステータスに物を言わせて撲殺すれば解決すんじゃないですか? 純粋なデータ量ならば、アリーヤよりもインランさんの方が遥かに上じゃないですか、言ってて頭おかしくなりそうですけど」

「ステータスを上げて物理で殴ればいいのね」

「うわぁ、身も蓋もないな」

 

 一周回って戻ってきた結論に、モモンガも呆れるしかなかった。

 

「でもあたしが全力で殴っても死ななかったら、まぁその時はあたし達が潔く滅びましょうか」

「いやいや、やっぱりもう少し考えて対策を立てましょうよ。物理で殴るのは竜王と本格的に敵対してからでも間に合いますよ」

 

 謎の潔さを発揮する友人を宥めながら、モモンガは別の手を考える。

 もっとギルドメンバーが残っていれば、話も広がるのになと、しょうもないことも頭をよぎった。

 

「実際全力で殴りあえばルベドぐらいには勝てそうだったし? イケルイケル」

「まぁまぁ、絡め手でいきましょうよ、さっきの話で思いついたんですけど、もしかすると竜王は酸素なしでは生存できない可能性もありますし、いっそのこと酸素を消し去るとかどうですか? 結構効くんじゃないでしょうか」

「惑星を消し飛ばして?」

「いやそれだと酸素と一緒に色々消し飛ばしすぎでしょ」

 

 漫才のような掛け合いをしながら、二人の話し合いは進んでいった。

 リアルに干渉するために、竜王の扱う始原の魔法(ワイルド・マジック)を知りたいという話が、何故か竜王を滅殺することにすり替わっていることに二人が気づくのは大分時間が経ってからのことである。

 




 山河社稷図が竜王に有効ならば、酸素の存在しない世界を作ってそこに放り込めば勝てそう。
 白銀の竜王にはそもそも世界級アイテムが無効かもしれないけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話:

蒼の薔薇回


 

 

 

 歴戦の猛者たるアダマンタイト冒険者達は、実戦で鍛え上げられた胆力によって心を奮い立たせ、気力だけでその場に直立していた。

 

「歓迎しよう。久方ぶりの来客だ。まぁ、先日もジルが来たのだが」

 

 玉座の間の最奥は階段になっており、最上段に置かれた玉座に座った男が、目深に被ったフードの中に優しい顔立ちを隠しながら口を開く。

 腹に甘く響くような低い声は良く通り、階段の下にいる蒼の薔薇の面々の耳朶を打つ。

 

「どうやら至高の御方々の言葉を賜るに相応しい姿勢が分からないようですね」

「よいのだ。堅苦しい形式はなしにしよう」

「ハッ! 余計な口を挟み、申し訳ありません!」

 

 玉座の間の正面に固まって佇む蒼の薔薇の面々から見て、絨毯を外れた側面に控えていたシモベの一人である赤いスーツを着た男が、ハキハキと喋りながら恭しく玉座に座る男に頭を下げた。

 

「俺は敵には一切容赦しないが、友好的な相手には礼を持って接し、客人は歓待する。お前達は自分の家にいるつもりで肩の力を抜き、仲間達と創り上げた栄えあるナザリック地下大墳墓の偉容を良く観て欲しい。──そして、是非、後で感想を聞かせて欲しい」

「最期の一言が本音だからね。せっかく内装にも気合い入れて、皆で凄く頑張って作った拠点だし、やっぱり他人の素直な感想を聞きたいわよねー」

「くくく、楽しみだな。実に楽しみだ」

 

 階段を上がった先、玉座の間には三人の男女がいる。

 一人は玉座に腰掛けるローブを纏った青年。玉座の隣で肘掛けにもたれるようにしなだれかかった娼婦のような格好の美少女。玉座の脇に控えるように凜と佇む美女。

 その中の、玉座にしなだれかった少女が楽しげに男の言葉を補足すると、男も不敵に笑う。

 

「は、はい! ここは素晴らしい場所ですね!」

「そうだろう! ナザリックは最高だろう!」

 

 蒼の薔薇のリーダーが汗でシットリした美しい顔に笑顔を貼り付けてそう述べれば、玉座の男は実に愉快そうに肩を揺らす。

 

「ナザリックを観た後は、百発くらいヤらせてくれないかしら? ラキュースとか言ったわね」

「は? ヤる? のですか?」

「あんた中々可愛いじゃないの、シモベは元々美しく作られてるから美人で当たり前なんだけど、あんたみたいな天然物の美人もいいわねー! 滾るわ!」

 

 玉座の隣から、ギラギラとしたエメラレルドのように美しい瞳がラキュースの体に向けられ、視線が全身を舐るように這い回る。

 ラキュースはレズではない、無遠慮な視線を向けてくる少女は、ラキュースの知る中で最も美貌に恵まれた親友でもあるとある姫君に匹敵するか凌駕するほどの天上の美を称えているが、性的な対象としては見れなかった。

 

「いえ、私にはそのような倒錯的な性的嗜好はありませんので……謹んでご遠慮させて頂きます」

「んふー、じゃああたしが男ならいいのね?」

「え? ……あ」

 

 ラキュースは今話している見目麗しい少女が、途方もなく容姿に優れた美男子にも成れることに思い至り、全身をさらに硬直させる。

 口も固まって言葉を発せずにいたラキュースに助け船を出したのは、玉座に座る男の力強く厳かな低い声だった。

 

「戯れはよせ。ラキュースといったか、すまんな。コイツは途轍もない、本当にトンデモない大馬鹿者なのだ。マトモに取り合うことはないぞ」

「あらあら、大物ぶっちゃって、ここに座ってるおっさんも、普通にそこにいるメイド達や隣に立ってる娘を喰いまくってる唯のスケベオヤジだからね。あんたも気を付けないと喰われるわよ」

「おいィ! お前何言ってんの!?」

 

 玉座に座る男はそれまでの泰然とした雰囲気が嘘のように狼狽える。

 

「なによ、最近下半身の声に忠実じゃない。知ってるのよ、ナーベラルにもお手つきしたでしょ」

「ファッ!? おいやめろ! ああ! アルベド! 違う! いや違わないけど!」

 

 玉座の横で静かに佇んでいた美女が、表情をそのままに肩がピクリと動いたのを見て取り必死に男が声をかけて宥める。

 

「まぁいいわ。ラキュースね。うんうん、ラキュース、清く正しくズッコンバッコンしましょうよ」

 

 何がいいのか一人で納得している少女を見上げながら、早くも蒼の薔薇の面々はこの場に来たことを後悔し始めていた。

 

 

 ▽▲▽

 

 

 アダマンタイト冒険者としての仕事を粗方片付けて一区切りつけ、ナザリックに訪問する準備を整えた蒼の薔薇は、モモンガに下賜された通信機を使い、見たこともない転移の魔法で現れたナザリックから来た迎えのシモベの手によってナザリック地下大墳墓を訪れていた。

 

「まぁなんだ。アレだよ。俺は紳士だ」

 

 とぼとぼと肩を落としながら先頭を歩くローブを纏った男に先導され、蒼の薔薇の面々は身も竦むような美術的価値を感じる意匠が施された内装の廊下を進んでいく。

 ラキュースはニコニコとしているが、男から意図的に距離を取り、決して一定以上の距離には近づこうとしていなかった。

 

「大丈夫ですわ。お気になさらず」

「そうか? だったらもう少し近くに来てくれても良いぞ?」

「お気になさらず」

「うん、俺は気にしないのだが」

「お気になさらず」

「そ、そう?」

 

 正面を向いて、ローブを纏ったこの城の支配者である男、モモンガはしょんぼりとした雰囲気で進んで行く。

 

「スケベオヤジの末路ね」

 

 モモンガに対して、この城のもう一人の支配者である美少女のインランは、溌剌と笑みながらラキュースの隣を裸足でペタペタと歩いていた。時折もの凄い形相でモモンガが振り返って睨むが、何処吹く風と言わんばかりに受け流している。

 

「ラキュースはいくつなの?」

「19です」

「あらあら、若いのに大したものね。なんだっけ、冒険者の最上位パーティのリーダーなんでしょ?」

「ふふ、インラン様には敵いませんわ。私より大分若く見えますもの」

 

 まるでおばあちゃんが若者を褒めるようなことを言いながら、インランはラキュースと話す。

 

「んー、あたしはこう見えて結構年いってるからねー」

「そうなのですか、つかぬ事をお聞きしますが、インラン様はおいくつなのでしょうか、見た目は10代前半に見えますが」

「あたし? あたしは58よ」

「え? ……随分お若く見えるんですね」

 

 話を聞いていた他の蒼の薔薇の面々も、口は挟んでこないが驚きが顔に出ている。

 会話に耳をそばだてていたモモンガが話に加わってきた。

 さりげなく先頭から後ろに下がってくるが、スライドするようにラキュースは移動して間にインランを挟む位置に来る。

 

「ただの若作りだ。褒めることなどないぞ」

「その言い方凄くムカつくんだけど」

「事実だろうが。俺の居る場所で無知な少女を誑かせると思うなよ」

 

 キリッとした顔でそう述べながら、モモンガはインランの向こうに居るラキュースに目を向けた。視線を切るようにラキュースはインランの影に隠れる。

 

「いや、もう諦めなさいよ、今更良い格好しようとしても無駄だわ。あんたにはあたしとアルベドがいるんだからソレで満足しなさいよ」

「アルベドはその通りだが、お前に手を出すくらいなら俺は潔く死ぬぞ」

「あはは、仲がとても宜しいのですね」

 

 若干苦しい笑顔でラキュースが口を開く。

 

「ふふん! 伊達に10年も付き合ってないわ」

「友人としてならば、まぁ、仲は良いだろうな」

 

 それに対して、どこか誇らしげに二人の支配者は語った。

 

「仲が良いのか悪いのかどっちだよ……」

「よせ、余計な口を挟むな。機嫌を損ねたら殺されるぞ」

 

 ひそひそと他の蒼の薔薇の面々が囁き合う。

 

 

 ▽▲▽

 

 

 モモンガに先導される形で、蒼の薔薇の面々はナザリックのとある場所に来ていた。

 

「その、本当に最初に案内するのが此処で良かったのか?」

「はい! あのゴーレムを一目見て惚れました!」

 

 それまでの作り笑いと異なる本物の天真爛漫な笑顔でラキュースは叫ぶ。

 力強い叫びは広大な鉄の箱の中に反響し、暫くして木霊が返ってくる。

 

 ここはナザリック地下大墳墓、第四階層。その一角を占める超巨大格納庫内部である。

 格納庫内は空間拡張魔法でほぼ無限の容積を持ち。強力な照明によって浮かび上がった空間は何処までも広がっている。

 整然と夥しい数の巨大なハンガーが立ち並ぶ光景は、未だ産業革命を経験していないこの世界の住人であり、当然、機械文明に触れたことのない蒼の薔薇の面々にとって、夢の中にいるような地に足のつかない不思議な感覚を与えていた。

 

 超巨大格納庫の中で、奥が霞んでしまうほどの遠くまで並んでいるハンガーには、それぞれ人が直立して固定されているように見える。

 遠くから見る分には距離感が掴めず、余り大きくは見えなかったソレも。

 近づくとその異常な大きさが際立っていき、見上げるほど大きな小山の如き偉容に圧倒されることになった。

 

 蒼の薔薇の面々は、ハンガーに固定された人のつま先(・・・)の前に立って、目一杯体を反らして見上げる。

 アホのように口が開いてしまうが、蒼の薔薇の誰一人としてそんなことに気が回らなかった。

 

「なんだこれは……ありえるのか、こんなものが……」

 

 この場では飛び抜けた年長者であるイビルアイは呆然とそう呟く。

 

「んっと、コレがモビルスーツでしょ、あっちの少し小さいのがネクストで、それで向こうのが少数ながら量産を始めたオービタルフレームね」

 

 インランは、ハンガーに固定された途方もない大きさの巨人達を、それぞれ指差しながら名前を読み上げていく。

 だが、突如隣から発せられた奇声でインランの言葉は遮られた。

 

「んほぉっ! しゅごいのぉ! おっきしゅぎりゅよぉ!」

「ラキュース!?」

「クソ! 例のか!」

 

 ウットリと視界の端まで整然と並ぶ巨人達を見ていたラキュースが、突如、乙女にあるまじき奇声を発して痙攣を始めたのである。

 慌てて蒼の薔薇の面々が取り押さえた。

 

「ここまで酷い発作は初めて……」

「神様……助けて……? なんでもするから……」

 

 蒼の薔薇で最も体格に恵まれた巨漢の女性という異形種モドキが、必死にラキュースを羽交い締めにする中で、忍者のような格好をした二人の女が潤んだ瞳でモモンガとインランに真摯に懇願してくる。

 

「え? どうしたの?」

「何が起きてるのだ?」

 

 イビルアイも勢いよく頭を下げて頼み込んだ。

 

「此処を見て確信したが、あなた達は本当に神なのだろう? ということは私達よりも呪いに関して詳しいはずだ。どうか手を貸して欲しい」

 

 

 ▽▲▽

 

 

「呪いはぶっちゃけ専門外なんだけど、まぁ診てみましょうか」

「そうか! ありがとう! この礼として、微力ながら私に出来ることならば、なんでもしよう!」

「おい、余り軽はずみにそんなことを言うべきではないぞ。まぁ、お前達は客人だからな、出来る限りのことはする」

 

 モモンガとインランにとって、ラキュースの痴態は意味不明だが、蒼の薔薇の面々が必死に頼み込んで来たので早々に折れることになった。

 

「ラキュースは魔剣に心身を蝕まれているんだ。神々の力に魔剣の呪いが呼応している可能性がある」

「魔剣の呪いか。恐らく何らかのバッドステータスと引き替えに、強い力を得ているのだろうな」

「メタトロンも精神汚染のリスクと引き替えに破格の力が得られるからね。同じようなモノかしら」

 

 二人はソレまで蒼の薔薇に見せたことがないほど真剣な表情でイビルアイの話に耳を傾け、呪いについて考察していく。

 

「武具によるバッドステータスは、装備品を外しても残り続けるモノも多い。取りあえず魔剣は封印して、今後は使わない方が良いだろうな」

「バッドステータスが発作の原因なら、魔剣を外してラキュースを浄化すれば大丈夫そうね」

「では、ラキュースは助かるのか!?」

 

 心底嬉しそうな顔をイビルアイが浮かべた。

 だが、インランは手元の板状のアイテムを睨みながら空いた手でイビルアイを制止する。

 

「ちょっと待ってね。変ね。特に呪いやバッドステータスは見つからないわよ。強いていうなら発狂状態だけど、これは結果であって原因じゃないから。魔剣によって付与された永続的な状態異常が見つからないってことは、魔剣を外せば呪いも消えるタイプなのかしら?」

「永続効果のバッドステータスではないということか?」

「そうなんじゃないの? アリーヤのスキャナーで見つからないような呪いやバッドステータスだった場合はかなり面倒だけどね」

 

 その後、発狂状態を解除するポーションを頭から被ったラキュースは、すぐに正気に戻った。

 半泣きになって喜ぶ蒼の薔薇の面々に囲まれ、ラキュースはきょとんとしている。

 

「とりあえず魔剣は封印して、それでも発作が起こるなら。残念だけどあたし達にはもうほとんど手の施しようがないかもしれないわね」

「ふむ、この世界独自の呪いの可能性もあるのかもしれないな。魔剣を調べても特に呪いのようなデバフは付いていなかったのだろう?」

「そこよねー、魔剣が原因じゃないのか、この世界独自のユニークアイテムだから鑑定仕切れないのか、王国で交換したインチキ剣みたいな感じかもしれないわね」

 

 神妙な顔を付き合わせて二人が真面目に考察していると、イビルアイが話に加わってきた。

 

「いや、神、ぷれいやーの手によって直々に調べて貰ったんだ。とても助かったよ。少なくとも、ラキュースの呪いに関しての理解が深まったのは確かだからな。ラキュースは大切な仲間だから、少しでも助けになってやりたいんだ」

 

 イビルアイは繰り返し感謝する。幾分二人に対する距離感が近くなったような気がする。

 

「神ねー、そんな凄い存在じゃないけど、役に立ったならそれでいいわ」

「だが、少々迂闊だぞ。いくら強力でもいきなり発狂するような装備品など使うものではない。戦闘中に発狂したら洒落にならん。一歩間違えばパーティが全滅する可能性だってあるのだからな」

 

 モモンガの叱責に、イビルアイが反論する。

 

「それがな、ここまで酷い発作は今までなかったんだ。王都であなた達のゴーレムを見た時もラキュースが発作を起こしていたし、やはりぷれいやーの強い力に呪いが呼応しているのかもしれない」

「そうだったのか」

「あの、お騒がせしました……大変お見苦しいところをお見せしたようで……」

 

 話し込んでいると、ラキュースがもじもじしながら割り込んできた。

 

「お前も大変な目にあったな。これも何かの縁だ。また困ったことがあれば遠慮なく俺達を頼るがいい」

「いえ、少々、いえ、大分、もの凄いモノを目の当たりにしてしまい昂ぶってしまったようです……」

「まぁ呪いが原因じゃ仕方ないわよ。でも清楚な雰囲気からは想像も出来ないような凄い声だったわ。あんな声エロゲー以外で初めて聞いたもん。んほぉってリアルで聞く日が来るとは思ってなかったわ。ファンタジーね」

 

 ラキュースは茹で蛸のように耳まで赤くなると俯いてしまう。

 

「客人をあんまり虐めるな。まぁ、あんな変な武器を使うのが悪いのは確かだがな」

「性能も調べたけど、あんな剣のためにんほぉっする必要はなかったんじゃないの? ラキュースってまだ処女でしょ? んほぉっは別の場所で言うために取っておきなさいよ」

「だが、魔剣がメインウエポンだったのだろう? あんな性能なら、代替となる別の武器を見繕ってもいいが、どうする? あの性能ならおみあげとして無料で用意してやるぞ? 余ってるからな」

 

 二人に対して、蚊の鳴くような声が発せられた。

 

「では、代わりの武器を頂きたいです……出来れば凄く格好良いので……」

 

 

 ▽▲▽

 

 

 モモンガとインランが倉庫の奥から引っ張り出してきたのは、見た目に何の面白みもないような実用一辺倒の一振の直剣だった。

 内包するデータ量は聖遺物級(レリック)である。これでもこの世界なら英雄譚に出てくるような伝説レベルの武具になる。

 

 説明を受けて性能には満足しているが、ラキュースが直剣を眺める顔に何処かガッカリした印象を見たインランは、思わず声をかけた。

 

「見た目は自由に変えられるけど、何か希望とかあるかしら?」

「えっと、それは装飾を追加するとかでしょうか?」

「いやいや、全部よ。大きさから形や色にエフェクトまで全部変えられるわ。あたしはクラフターのスキルを持ってるから、ほとんどなんでも出来るわよ」

 

 話を聞いてラキュースの表情が輝く。

 それからインランに詰め寄ると、怒濤の如く言葉が溢れ出た。

 

「それならば、まずは基本となる色は闇夜を落とし込んだような黒でお願いします。そして満天の星空のように夜の中で静謐に煌めく星々の輝きを封じ込めた刀身と、一度剣を振れば伝説のドラゴンも屠れるような時空ごと断ち切る鋭い光線が飛び出す感じで、刃渡りは私が取り回せるギリギリまで大きくして欲しいですね。それから鞘はインラン様が操るゴーレムのように、一目見ただけで堅牢だと分かるような質感を持った装甲を鋭角と曲線を交えて美しく絡めた感じで」

「うん、うん。いいけど、思いの他注文が多いから、お礼におっぱい揉ませてくれる? というか10発くらいヤらせて? え? 光線飛ばすの? それって攻撃力がある奴よね? ネタエフェクトじゃないわよね?」

「当たり前じゃないですか! 光線がズバッと飛んでドラゴンを時空ごと一刀両断するんですよ!」

「そっかー、ドラゴンを空間ごと一撃かー」

 

 鼻息荒くラキュースの言葉は続く。

 

「竜王クラスを屠れるのが理想ですね。あの、魔力を刀身に貯めてぶっぱなせると最高です! 出来ますか!?」

「んー、後で100発くらいヤらせてくれるなら、神器級(ゴッズ)の剣を新造してあげるわよ? ラキュースの魔力全部込めれば、弱い竜王なら光線で一撃じゃないかしら? あー、でもラキュースのレベルを上げた方が楽か。そっちも出来るけど、やる?」

「やりますやります!」

「ヤるのね。いいわよ。ちょっと待ってて」

 

 ラキュースには目先のこれから自分のものになる伝説の武具しか見えていない。インランとの取り引きの内容も耳に入るが脳には入っていかない。

 新品ピカピカの自分専用のオーダーメイドの伝説の剣を手に入れて呪いが再発して発狂し、その後貞操の危機に晒されたラキュースがモモンガに泣きつくのは、すぐのことである。




 悪魔との契約は絶対(ニッコリ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。