って、なんで王国編ルールやねん (ファラオ(猫))
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ページ1:って、なんで死んどんねん
“あの女”に代わり、これを綴らせてもらおう。
俺、
「……なっ……」
俺の住んでいた世界にとってこの“遊戯王”というものは一定の客層を集める“おもちゃ”でしかなく、市民権を得るほどに世間に定着しているというわけでもなかった。
当然それで生計を立てられるわけもない、むしろ大人になってまでそれに執着していたら周囲から距離をとられるほどにそのカーストは弱い。
いい年齢して固執するなんて変、その程度のものだった。
「……なんで……」
しかしあろうことか“この”世界は違ったのだ。
この世界におけるカードとは“資産”であり、“ステイタス”であり、絶対なる“力”だ。
カードを自在に操る“決闘者”は羨望の眼差しで喝采を受け、大きな評価を受ける。プロの存在まであるほどだ。
「どうして……!」
──そう、そこまでは俺も知っていた。
諸事情から“既視感”を持つこの世界は俺の考えていた通り進んでいて、決闘者はやはりというべきか大きな枠組みとなっていた。
“一応”遊戯王カードの経験はある、ある程度遊戯王への造詣の深さもある。
きっとこの世界なら上手にやっていけるだろう。そう考えていた。
「──どうして!」
しかし実は、自分の知る既視感とはまたひとつ、違っていたところがあったのだ。
それは、
「──どうしてレベル8の、最上級モンスターである“古代の機械巨人”が、“生け贄”なしで召喚できるんだよぉぉ!!」
俺はデュエルアカデミアのコートの中心でそう哀愁をさけび、滾りゆく思いを心の中で盛大にさけんだ。
なんで“遊戯王GX”の世界で、いまだに“王国編ルール”が続いとるねんと。
──1──
そもそも俺がこちらの世界にやってきたのは、ひとつの“手違い”が原因だったのである。
「はぁ……」
子供の頃に想像するよりずっと辛く、豪雨の荒波の上を船で漕ぐような社会の厳しさに揉まれ辟易としていた俺は、真夜中のバス停の前でひとり、溜息をついていた。
大学を卒業してすぐ、辺鄙な中流企業に入社したものの、もともと突出してなにか長けた能力を持っていなかった俺はあれよあれよと窓際席へと追い詰められていった。
あぁ……つらい。もう人気のない暗闇の中、くたびれた体をベンチに預けてウトウトと空を見上げた。
「めずらしい……星がみえる……」
普段人工的な都市明かりに潰される夜空の星が今日はめずらしく、くっきりと見えていた。
たしかに今の時刻は深夜過ぎ。
残業がえりの光景としては珍しくないのかもしれない。
「……ん……」
項垂れてほうべをついている折、向こうからやってくるバスの音に気付いた。
よくまだ走ってくれていたものだ、魂の底から疲れ果てた身としてこれ以上ないぐらいに助かる。
さっさと乗り込もう、車内の明かりだけを目指し、開かれたバス扉をくぐった。
うつらうつらとしながら座席に鞄を置く、そのままどさりと椅子に飛び込むように背中をあずけた。
「……」
しかしふとそのとき、いま自分の置かれている異様な状況に気が付いた。
「なんでバスが……?」
どうかしていた。どうしてバス停に釣られてベンチに座ったりしたのだろう。
そう、本来今の時刻にバスなんて走っていないはずなのだ。
「え……あ……?」
誘われるように乗り込んだバスの車内を見回す、よくみれば普通のバスじゃない。
木目の見える板張りの床に、紺色の柔毛の座席。車内を照らし、怪しげに炎を揺らす古風なカンテラ。
現代社会においてはどう考えても存在感の浮いている、童話にでも出てきそうな運行バスだった。
次に運転席の方へと目をやる。
目を向けた先には赤毛を二つに結んだ幼い顔立ちの添乗員と──ハンドルを操作する豚の化け物が物珍しそうにこちらを見ていた。
「──うわわわっ!?」
奇怪な生き物を見た衝撃で、まくように心臓が跳ねた。
衝撃に浮き上がる体に退いていくような血液の感覚、すぐさま鞄を持って先程くぐった入り口へと一目退散した。
しかし入り口はすでに封鎖、なんど拳で叩いても閉ざされた扉が開くことはない。
ふと小突かれた肩に反応して振り向く。振り返った先ではさっきの化け物の隣に立っていた赤毛の添乗員がつぶらな瞳でこちらを不思議そうに見つめていた。
「うわ、うわ!」
あんな化け物の隣で平然と佇んでいたあたりこの子も只者ではあるまい。どう考えても化け物の仲間。
密閉された空間で壁際に追い詰められた恐怖がこちらの身を固めて支配する。
金縛りの如く固まり尻もちついたこちらに沿うようにその視線を下ろし、赤毛の添乗員も膝を折り畳んで目線を合わせてきた。
すると彼女はにっこりと微笑みを浮かべて、状況に怖気づくこちらに配慮を見せてきた。
「ご安心ください、取って食べたりしませんよ。わたしはあなた様を“冥界”にお送りするためにサポートをさせていただくバスガイド……もとい」
ひとこと訂正し、次の言葉を少女は告げた。
「“デスガイド”にございます」
──一瞬過った沈黙の中で、しばらく両者の視線が交差しあった。
「“冥界”……?」
愛らしい微笑みを絶やさない添乗員を尋ねるように見つめる。
「“デスガイド”……?」
わけもわからずつぶやいたのち、やさしく差し出された添乗員の手をつかみ抜けていた腰を上げた。
白い手袋に包まれた小さな手に引きずられ、座席にもう一度戻されたそのあと、まるでツアーガイドが観光スポットを案内するが如くとなりの窓辺にその手で視線を促した。
「順を追ってお話ししましょう。まずお客様が立たされている状況について」
手に誘われるまま窓辺の向こうを覗く。
「……うわっ!」
一瞬にして、今まで抱いていた常識が崩れた。
空だ。ただの夜陰かと思えば、夜空をバスが飛んでいる。いや、走っている。
さきほどまでベンチで見上げていた、はてしなく遠かったはずの夜空を今、このバスが走っている。
理解不能で思考が追い付かない。困惑の末に迷い果てそうな俺を置いていくように赤毛の添乗員──もとい“デスガイド”は説明をつづけた。
「お分かりいただけるように、このバスは普通のバスではありません。“この世ならざる者”を冥府の園まで運ぶ、現世と魔界、そして冥界を往来するバスなのです」
当たり前のように述べられたが、さっぱりわからない。
「は……?」
それではまるで俺がすでに死人であるかのような言い方だ。
そんなはずはない、俺はちゃんと今日も仕事を終えくたびれながら帰路についていまここに……。
……。
──本当にそうだろうか、なにか腑に落ちないものがある。
そもそも、自分はどうやってこのバス停に辿り着いたのだろう。普段バスなんて利用しないのに。
「ふふっ、ようやくお気づきになられましたか?」
不安の胸中におちた俺を追い打つように、デスガイドの言葉が背中をおした。
「お客様、もとい──“白尾京葉”さまは今日、勤務地のビル屋上から飛び降り自殺を図ったのですよ」
──2──
そういえばそうだった、気がする。
うん、いや、そうだ、たしかに俺はこの世に疲れ果てて身を投げた。
業績も上がらない、うだつもあがらない、“とりえ”もなく意中の人に罵り振られた俺はせめて最後に誰かの記憶に残ってくれればと命を捨てた。
「ちゃーんと、このレポートに記録されてますよ。名前は“白尾京葉”、学業や運動において目立った点はなし。中学、高校と部活動には精を出さず大学でもまさかの“トランプ活動部”というさして魅力も磨けないサークルに所属してすべての学校生活において青春を棒に振って今に至る」
「……」
「今まで褒められたのはせいぜい珍しい“名前”ぐらいと、“屁理屈”のうまさ。それにあとは──」
開かれたレポートの最後の紙を、デスガイドがめくりあげて告げる。
「──“遊戯王カード”。……たしか結構な腕前なんでしたよね?」
「……」
そっと俺は、落ち着いてきた心に問いかけるように溜息をついた。
「……そうだよ、大体中学の終わりぐらいまでやってた」
決して優秀ではない俺だったが、ひとつだけ他人に誇れたものがあった。
遊戯王カードである。正式名称“遊戯王デュエルモンスターズ”。
小学生の頃にどっぷりと浸かるようにはまったカードゲームで、俺はこのカードゲームにおいて“それなり”の実力を誇っていた。
まあ所詮それなり程度で、大会で優勝できるとかそんな実力でなく、せいぜい“ちょっとつよいあんちゃん”程度で終わっていた。
というか実際、すぐにブームは終わった。中学に上がればそんな“おもちゃ”はほとんどの知り合いが卒業した。
「……」
いまはどうなっているんだろう。
ブームの終焉に引きずられるように俺もやめてしばらく経つが、現在でもそのカードゲームは続いている、らしい。
というか未だにネットで調べてカードを閲覧することもある。すべてのカードを把握するとまではいかないが。
なにより──。
「俺が……もうこの世の人間じゃない……?」
説明されるまで思い出せなかった。
“死”というものの実感がなかった。
“死”とは遠いようで、すぐ近くにあるものだった。
ちょっと足を踏み外すだけで逝けたんだから。
もう数少ない友人に会うこともできない。
好きだった人が俺のことを思い出すこともきっとない。
みなの記憶から、きっと俺は消えていく。
「……」
実家を出るときまで、最後まで愛してくれた母親も──。
「うあ……!」
懸命に育ててくれた母親の姿を思い出したとき、とめどない後悔が喉元にあふれてきた。
“とりえ”もなく、“長所”もない、そんな子供も母にとってはやはり我が子だった。
いま、どうしているんだろう。子の訃報を聞いたとき、唯一の肉親を失った母はどうおもうのだろう。
どうして、そういった繋がりをすべて捨てて、身を投げてしまったのだろう。
「母さん……!」
抑えきれなくなった情緒がふと、自分の頬を伝うのがわかった。
暖かい感触が頬を撫でて涙をすくう。
つむった目を開いてみれば、添乗員“デスガイド”の指が気配りするように慈愛のまなざしを向けて涙をすくってくれていた。
聖母のような慈しみを浮かべながら赤毛のツインテールを揺らし、デスガイドがにっこりとほほえみかけて──こう告げた。
「うーん、60点といったところでしょうか」
「……」
別の意味で戦慄が走った。
「はっ?」
「あっ、いえ、その……おひとりで盛り上がってるところ申し訳ないんですけども、何度もそういった後悔をグチグチと述べる死人の方たちを多く案内してきたので、今更新鮮味もないどころか聞いてて飽き飽きするぐらいなんですよね、お客様のエピソード。むしろ手垢ついてるレベルといいますか」
「……」
「なんにせよお客様はもうすでに死人なわけで、後悔をいくら垂れても現世には帰れませんので、はい。そこはどうかご承知くださいね。まあ、敢えてその感想を述べさせてもらうなら……」
そしてデスガイドが立ち上がり、踵を返して去る際にとどめの一撃を俺に放ちかかった。
「“才能”もなければ、“人生”も“平凡”なものなんですねぇ。ほほほほ……」
──いま、なにが起こったのだろう? 優しく配慮してくれていた添乗員さんが突然手の平をかえしてきた。
一気に“地獄”をみた気分だ。死してなおこんな思いをするものなのか。
それに、
「“才能”もなければ“人生”も“平凡”……!?」
流石に聞き捨てならない発言であった。
たしかに普通より劣っていた人生だったかもしれないが、それでも必死に進んできた道だったのだ。
「まてよ!」
最初はあの世から使わされた天使なのかもしれないと思っていた。
だが目の前のこの少女は違う、間違いなく“悪魔”だ。
そんな悪魔に好き勝手言われて黙っている性分でもない、突き動かされるように立ち上がって憎たらしいデスガイドに向かって身を乗り出した。
「取り消せ、訂正しろ、あやまれ! いくらお前がなんだろうが言っていいことと悪いことが!」
「ですから……そういうところが周囲に受け入れられないところなんですよ、白尾様。そういうくだらないプライドを捨てきれないところが」
「なん、だっ、てえぇ……!!」
もう我慢ならない、意識するより前に手が出た。
突きだされた両手が少女の胸倉をつかみにいく。
だが気づけば俺の体は宙を舞い、視界は激しく揺れ動いていた。
「んな……!」
車内後部まで吹き飛ばされ、天井であやしく揺れるカンテラを目に捉えたのが意識をはっきりさせるきっかけだった。
デスガイドが始末を終えたように手をはたく音が聞こえてくる。理解はしたが理解したくなかった。
俺はあの華奢で細腕な少女に敢え無く、赤子の手を捻るように弾き飛ばされたのだ。
「人間程度が悪魔にかなうわけないじゃないですか……比較的ヒトガタの“格闘戦士アルティメーター”様でも“攻撃力700”がやっとなのに……」
「けほっ……げほっ……」
体を起こそうとするところに間髪いれず足音が近づき、のたうつ俺を構わずデスガイドの細脚が踏みにじってきた。
彼女の足敷が頬にめり込んでゆく、抵抗がきかない。どこにこんな強い力を持ち合わせているのかまったくわからない。
踏みにじりながらもなお、ほくそ笑みを絶やさないデスガイドが責め句をぶつけてくる。
「おもしろいですよね、現世で虐げられてた人って死んでも虐められるんですよ。お客様のような方は死のうが生きようが虐められる」
「ぐっ……がっ……」
無様に抑えられた口を必死に開け、苦我の思いを吐き出す。
「たの、む……元の場所に帰してくれ……」
「へぇ、おもしろい……自分から死を選んでおいて今更帰りたい、ですか」
わがままなのは分かっている。だがあれは早まった結果だったのだ。
少なくとも俺は家族のために、持っていた命を守り通す責任があった。
それを放棄したのは間違いなく、“間違い”だった。
「ふーん……まあ」
踏みつける足の力が少しだけ、弱まった。
「手段がないこともないですけど」
「……!?」
己自身でも、自分の目が希望に照ったのがわかった。
すがるようにデスガイドの顔を目で見上げる。
さきほどまで天使の如き優しさを湛えていたその微笑みは、悪魔の妖しさを醸し出していた。
「き……」
「聞きたいですか?」
「聞かせてくれ!」
言葉を受け入れたデスガイドがようやくその脚をどけ、こちらの身を放してくれた。
脇に抱えていた黒革のファイルをデスガイドがひらく。開いた先からなにか、書類のようなものをまじまじと見つめながら取り出した。
そして倒れ伏している俺に見せつけるようにその書類を顔のそばへと近づけ、こう告げた。
「ではこれに“サイン”をしてください」
“契約書”。書面の上部にはそう、大きな字で記されている。
「おはなしはそれから……まずはあなたのすべてを、このわたしにあずけてもらいます」
“契約者はすべての権利を契約元に帰属し、すべての尊厳を契約元に従い放棄することを誓います”。
その内容に記載された旨はつまり──目の前でほくそ笑む、憎たらしい少女“デスガイド”の奴隷になれというものであった。
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ページ2:って、なんで悪魔の奴隷やねん
「さ、どうします?」
「……」
“わたしの奴隷になれ”。目の前の書類にはそう記載されている。
“おまえのすべてを放棄しろ”。目の前の書類にそう綴られている。
頼みを承諾する代わりとして提示された契約書だ、いわゆる“悪魔との契約”というやつだろう。
「どちらでもいいんですよべつに。承諾しなければこのまま死んだあなたを冥界に送り届けるだけなんで」
自殺なんてしなければよかった。
死ねば楽になれると思っていたが大間違い、いまだにこの少女に罵られている現状だ。
その名は“デスガイド”、死の水先案内人。童顔に鮮血色の赤毛を垂らす小悪魔。
「この契約書に従ったらつまり……」
「当然今後わたしの言う事すべてに従ってもらいます。その魂、枯れるまで」
それは現世に戻ってもということなのだろうか。
……契約というのだからそうなのだろう、悪魔が都合の良い話を持ってくるわけがない。
「……」
従うしかない。このまま先に死んで、現世に家族を残すわけにはいかない。
「おやおや、心が決まりましたか。では……」
一瞬の内、デスガイドが笑み混じりに手を斜めに払うと、こちらの人差し指の先がぱっくりときれた。
「うっ!」
「さわがない。そんなにふかく切れてないでしょ? さ、白尾様……」
わけもわからない中、デスガイドがこちらの手を取り傷開いた指を掴んできた。
彼女が耳元で艶めいた声をささやく。
「指から噴き出すその鮮血で、この契約書へ……」
指先からおびただしくあふれ出す血が、あれよあれよと誘われるままに紙面に近づいていく。
「サインを……」
とうとう、その真っ白な紙に血が触れてしまった。
紙面にずぶついた血の池に人差し指がどんどんと吸い込まれて、まざまざと少女の奴隷になったことを理解させられていく。
最後には押し付けた血が、紙面をすべって床に垂れていった。血の水滴が木面を撃つ。
これでもう、契約はなされてしまった。震える思いで振り向いた先の少女はにこりと妖しく微笑んで、もう一度耳元でささやいた。
「契約完了。……これでもう、白尾様はわたしの奴隷ですね。フフッ、わたしの言う事、やる事、為す事、すべてに従ってもらいますからね……」
──3──
座席に戻されたあと、俺は隣に腰を下ろしたデスガイドに“三つ”の質問ををすることにした。
まず一つ目。
「なにをすればいいんだ……? どうして俺に……?」
この少女、俺に何を依頼する気なのだろうか。
疑問はさまざまある、故にまずここから掘り出したい。
しかし、
「ぐっ!」
「勝手にしゃべっていい、なんて言いましたっけ? 奴隷なら奴隷らしく、まずはわたしに許可を乞うことです」
「うっ……」
デスガイドの持つ鎖の先に繋がれた、忌々しい首輪が俺の首を締めあげた。
これがまた不思議な首輪で、普段は消えているのにデスガイドがひとつ念じるだけで現れて、しかも奴隷の首を絞めることができる。
完全に主人とペットの構図だ、契約書にサインしてすぐにこの首輪の効果が表れた。どうやら奴隷を逃がさないための措置らしい。
「まあいいでしょう、説明しないと話にならないですし」
「……」
「わたしがあなたに頼むこと、それは賢者の石と呼ばれる“サバティエル”を捜索して探し当てること」
妙な既視感が頭を過る。
「サバティエル……?」
なにやらかつて聞いたことがあるような名前だ。
たしか……なんだったか、なにかの物語で出てきたような名前だった気が。
有名な魔法使いの小説だったか。いやそれはちがうか。
「それはいったい?」
「なんでも願いを叶えてくれるという、“錬金術”にまつわる偉大な宝石ですよ。だから賢者の石なんです、しかも──」
デスガイドはつづける。
「──願いは“3つ”叶えられる」
誘い引きずられるようにこちらも言葉を紡いだ。
「“3つ”……」
普通、おとぎ話によくあるような”願いを叶える道具”でも大体ひとつが関の山なのに、“サバティエル”に関しては“3つ”。
なんとも都合の良い話に思えるが……そもそも論拠が童話でしかないのもまた一理。
こちらの常識にあてはめすぎてもいけない。
……あまりにここまでが混乱の連続だったので、俺は当時そう考えることにした。
とはいえ、ここまで聞いてようやくデスガイドの話が理解できてきた。
「まさか……その3つの内のひとつで俺を……」
「生き返らせることができますよ、もちろん。しかも願いを叶える権利を2つも残して」
「……」
まさか。
「おまえも、その石で──」
デスガイドが鎖を引っ張った。
「うっ!」
「へぇ、ご主人様に向かって“おまえ”呼ばわりですか。これは依頼の前に躾けが必要ですかね?」
もういちど首輪が現れて、無情にもこちらの首を締めあげてきた。
引っ張られた勢いでそのまま頭もデスガイドの膝元にへりくだるような態勢をつくってしまった。
「本来わたしは冥界で魂を裁かれ浄化されるはずのお前を救ってやってるわけで。感謝こそされど生意気言われる筋合いはないと思うのですが」
つくづく自分の立場を思い知らされる。続けてデスガイドが先程の契約の時と同じように耳元でささやいた。
「白尾様はわたしの言う事に従い、ただ奴隷であればいいんです。ご理解いただけましたか?」
「……」
「返事は?」
「わかり……ました」
「結構。……まだ聞きたいことがあるんでしょう? 白尾様」
少しだけ詳細をはぐらかされた気がするが……なんとかお許しをもらえた。
第二の質問を素直にぶつける。
「もし……契約に違反するようなことをしてしまったら……?」
するとすぐにデスガイドがあっさりとした表情で答え、
「簡単ですよ」
その質問を“体現”してみせた。
「“魂ごと”死ぬだけです」
途端に、体が燃えるような熱さに支配された。
「っ!?」
首元から広がるように、激痛と灼熱が広がる。
「うがぁぁぁぁぁ!!」
あまりの痛みに耐えられず、首輪を抑えてその場をのたうちまわり声にならない声でデスガイドに助けを求めた。
だが目の前の少女は享楽を嗜むような責め気のあるほくそ笑みを浮かべるだけで、助ける素振りなど一切見せない。
それどころか悠々と窓辺に頬杖をついてこちらを見下ろしてきた。
「フフッ……燃えるように熱く、痛いでしょう? それは“
「しっ……」
デスガイドが指を弾き鳴らすと、一瞬にして責め苦が退いていった。
「“死刑執行”……? すでに死んでるのに……?」
「言ってみればあなたはまだ“肉体”が死んだだけで、魂では存在してるわけです。“魂粉砕”はかろうじて残った魂さえ消し去ってしまう……」
「魂も死ぬって、どういう……」
「だからそのままの意味ですよ」
デスガイドはあっさりと告げた。
「なんにもなくなってしまうってことですよ、あなたのすべてが」
淡泊に告げられたその言葉が不思議と、自分の胸に深く突き刺さりめり込んでいった。
「すべてが……?」
「なにをそうショックを受けてるんですか……? もともとすべて投げ出す気で身投げをしたんでしょう、あなた?」
「それは……」
「まあ……“わからないでもない”ですけど」
「……?」
──ともかく、“魂粉砕”がとても耐え難い苦しみで、その先が想像を絶するほどの恐怖だとはわかった。
この有り様でどうして自殺ができたのだろう、俺は? とてもじゃないが再度実行はできそうにない。
それどころかむしろこの状況は更に現実を悪化させている気がする。
──“死の水先案内人”がつづける。
「次、あります?」
「……」
「さっさと答える。あるんですか、ないんですか?」
デスガイドが3つ目の質問を促してきた。
実はこの3つ目は……正直聞くほどのことでもないかもしれない。
だが、やはり気になる。叱りを受けるかもしれないがこうなったら聞いてみたい。
「その……」
だから思い切って、聞いてみた。
「名前は……?」
暫くの沈黙がよぎった。
「……は?」
呆然とした対応に心が恐怖にはねたが負けじと問い続ける。
「デスガイドって本名じゃない……ですよね? だから名前を……」
「……」
カンテラがカラカラと揺れて、デスガイドの驚きに呆けて固まった顔を照らし出した。
「……はいパチン」
「いだだだだだっ!」
不機嫌の表れか、デスガイドが指を鳴らすとともにもういちど魂粉砕がはじまった。
珍しく少女が激昂をあらわにして、のたうちまわるこちらに怒りを叫び散らした。
「奴隷如きが生意気な! ご主人の、それも崇高なる悪魔の名前を聞き出そうとするとは何事ですか!」
しばらく痛み責めが続いたのち、デスガイドの気が晴れたのかようやく魂粉砕から解放された。
もうすでにこちらは身も心も放心状態だ。いや身はないのか。
両者、荒くなった呼吸を正して我に返る。
「はあ、はあ……」
珍しく焦りをあらわしたデスガイドをうつろに見上げる。
よっぽど本名を聞かれるのが嫌だったのか? ……そこまで考えて思い出した。
そういえば、悪魔の本名を知ればその悪魔を除霊することができるらしい。
詳しい方法は知らないが、そのおそれを警戒してこの状況に繋がったのだろうか。
(……あぁ、だめだ)
ずっと責め苦が続いたせいか、体に力が入らない。
あ、いや、だからそもそも体はないか。
ともかく意識が遠のいていく。
「……白尾様? ……白尾様……?」
白くなっていく視界の中にデスガイドの声が遠のいていく。
「……」
ああ、だめだ。意識が現実に追いつかない。ダメージを追いすぎたせいなのだろうか。
「──」
なんというか、死んだはずなのに……。
「────」
命にすがる気持ちを久々に、思い出せた気がする──。
──4──
「……」
さざなみの音が聞こえてくる。
「ん……?」
瞼を上げると、ぎらつく太陽の光が目を突いてきた。
眩しい、あつい……冷たい! 思わず身を転がした先が海だと気づいた瞬間、張るような水の冷たさに身が飛び跳ねた。
「うわわっ!」
飛び跳ねた先、砂浜に身を引いて己の意識を覚醒させた。
眠気に支配されていた意識が完全に水平線の向こうに吸い込まれた。
目の前を見渡せば、そこは青い海が波を打つ白い砂浜のビーチだった。
「こ……」
だめだ、もう自分の置かれている状況がさっぱりわからない。
「ここは……?」
たしか……さっきまで珍妙なバスに乗っていたはずだ。
豚の化け物と、憎たらしい小悪魔が取り仕切るバスで……。
「……“デスガイド”は!?」
どこにいったか死の水先案内人、どこにいったかデスガイド。
いや待て、もしかしたら夢だったのかもしれない。そうだあんな状況現実に起こるわけない。
じゃあ俺が死んだのも夢か。
いやさすがにそれは……?
(……まあでも悪魔の契約なんて、まさかほんとにあるわけが……)
しかし──ここはどこだ。
経緯を振り返るように思いを巡らせていると──。
「痛っ……」
ふと人差し指の先にしみるような痛みを受けて、思わずそれを持ち上げた。
どうやら塩水に“傷”がしみたようだ。
「あっ、これ……?」
──なんというか、案の定というか。
「……」
その指先にはぱっくりと切れた傷跡が残っていた。
「……はあ……」
……やっぱり夢じゃなかったかもしれない。若干謎の後悔に襲われながら、この付近の探索を決めて立ち上がった。
立ち上がり、振り返ってすぐ後ろに、背の高い樹木の並び立つ深い森林があることに気付いた。
砂浜を迂回するべきか森林に飛び込むべきか。すぐに迂回を決めた、なんせ見知らぬ森の中はやっぱりこわい。
ざっざっ、と砂を蹴って歩くことしばらく。
やはりここが自分の良く知る土地ではないことがわかった。
俺の住んでいた土地の近くにこんな海や、南国風の植物が生えている場所などない。つまりよっぽど遠くの、土地勘の通じない場所に来たということだ。
「はぁ……」
ふかい溜息をもらす。
「どこなんだよここ……」
もう自分の置かれている状況がほんとにわからない。
そもそもほんとに俺は死んだのか? ほんとに自殺したのか? だとするとここはなんだ。
そしてさらに俺はほんとに、あの……“悪魔”と契約をしたのか?
夢だと信じたい。なにせ、いまだに俺の首にあの“見えない首輪”があるとしたら、生きた心地がしない。
いや死んだのなら生き心地はおかしいのか。死に心地というべきだろうか?
ああ、もう、わからない。なんにもわからない。
ただただ己の行く末がわからない。
「……」
そしてしばらく歩いているうち、
「……ん?」
先程よりも道の舗装された場所へと出た。緑の野原を削って通り道を作ったような場所。
街道か? 目覚めた砂浜よりは人の痕跡を思わせる。
(これは……街への足がかりになるんじゃないか?)
街道とは街と街を繋ぐものだ。となるとその道の先に人がいるのが道理。
今はそういう設備の整った場所を目指して助けを求めるべき、なんだろう。なんせ今の状況は遭難と変わらない。
街道沿いに坂を上って行く。するとすぐ、地平性の向こうから浮き上がってくる大きな建物に気付いた。
「あれは……?」
なんと表現するべきか、それは公共ドームさえ呑み込んでしまいそうなほどに大きな建物であった。
勇猛に構える4つの、エジプト遺跡にあるような“オベリスクの斜柱”を模したような柱のその中でズシリ……と鎮座して構える丸みを帯びた白い屋根の建物は怪物的で、その中腹辺りにさらに小さな青、赤、黄色のモニュメントを従えている。
なんだろう、この少々アミューズメント感を思わせる建物は。
趣向を凝らした博物館かなにか? と最初は思ったものだが、
「声が聞こえてくる……」
博物館にしてはどうも騒々しい、子供たちの声が漏れて聞こえてきた。
男女混じりの、喜々とした声は不思議とどこかなつかしく、記憶の奥底からなにか訴えてくるようなものを感じた。
「……」
なんだろう──このなつかしい感覚。
気づけばぼうっとその建物を見上げて声に、そして雰囲気に呑まれていた。
誰しもが一度は経験したような、あの、愛おしく遠い時間。
「……」
そうだ──この感覚はあの、“絶対に戻ることのできない時間”に浸っていたときの、あの感覚だ。
「“学校”……」
どうしてそれがいとも簡単に“学び舎”だと理解できたのかはわからない。
ただ、こう──忘れかけていた気持ちを思い出させるような趣が、そこにはあった。
「きみ、どこから来た子にゃ?」
背後から声をかけられ、咄嗟に振り向いた。
振り向いて見えたのは、その人の胸元に抱かれた気だるそうな顔つきの茶色の猫で、声をかけてきた人物があまりの長身であると気づいたのは顔を上げてすぐのことだった。
「あっ……」
「にゃにゃー……やっぱり。どうやらきみ、ここの“生徒”じゃないみたいにゃね」
柔和で、朗らかな面差しが日の影に濡れる。
「まだ“子供”みたいだし、この島をたずねにきた関係者でもないみたいですしにゃ」
よかった、このあたりに詳しそうな人に会えた──しかし。
「……」
その人が述べた、不思議なひとことに対し、思わず俺は呆けた思いで答えてしまった。
「“子供”……?」
俺が──? ぼうっとした顔で固まっていると、つづけてその“猫を抱く柔和な面差しの男の人”が挨拶をしはじめた。
「おっと、申し訳ありませんにゃ、自己紹介もまだなのに」
その男は猫を撫でながら、焦ったように続ける。
「わたしはここ、“デュエル・アカデミア”で教師をしている“
──今思えば……ここで俺がこの人と出会ったのは、皮肉で巧妙な運命に紡がれた、“悪魔的な因果”だったのかもしれない。
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