今に架かる虹 (唯のかえる)
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今に架かる虹

 

 君はアクロポリスを拠点に活動する一人の人物だ。

 

 

  ☆

 

 

 その日は、いつもと同じような日だった。

 

 天気は透き通るような晴れ空。

 冬の寒さもあまり感じられなくなってきて、春までもう少しといったところ。

 アクロポリスに住まう人たちも、活気よく活動している。

 

 君はいつものように出かける準備をして、君を待っている子猫たちがいる広間へと向かう。

 その子猫たちはこのご時世では珍しい野良猫で、君はそんな子猫たちの里親を探すために暇な時間を使っていた。

 困りごとが見逃せない性分なのだ。

 というか、野良猫がいると分かった以上、その辺で野垂れ死にされると気分が良くない。

 餌を与え、糞の除去等をしっかりしていれば周囲の人たちも何も文句は言ってこない。

 そのくらい、今の猫は希少な動物なのだ。

 ただ単に、君が恐ろしくて話しかけてこない可能性もあるわけだが。

 

 君が広間についた時、その事に気が付いた子猫たちが嬉しそうな声を上げ歩み寄ってくる。

 そこまではいつも通り。

 

 だけど、この日はいつもとは違ったようだ。

 

「あら……?」

 

 子猫たちがこちらに向かってくる。

 その時に、君が来るまで子猫にじゃれつかれていた人物がいたのだ。

 珍しい事だ。

 君は、子猫が離れていく時に寂しそうな声を上げた女性に目を向ける。

 白い燕尾服を着た彼女は、目を瞬かせしゃがみ込んでいた状態から立ち上がる。

 君は微笑みながら挨拶を。

 すると彼女も朗らかに挨拶を返してくれた。

 

「あはは。どーもー♪」

 

 こうして朗らかな挨拶を返されるのは久しぶりだ。

 たいていの人はそそくさと去るか、目を合わせない様に頭を下げてサヨナラである。

 些細なことだが君は良い気分になった。

 なので、鼻歌を歌いながら餌をねだるように声を上げる子猫たちに用意していたペットフードを食べさせてやるのだった。

 

 

 それが、彼女。

 ――――イリスとの初めての出会いだった。

 

 

 子猫に餌を与えた君は、早速聞いてみた。

 

「え? 子猫ちゃんの里親募集中ですか?」

 

 じゃれていたようだし、一匹くらいどうだろうか?

 猫は数を減らしているし、出来る事ならば子猫たちも気に入っている里親を探している。

 自作したポスターまでポーチから取り出して、ぱっと広げてみる。

 うむ、自分でもよいと言える中々の出来なポスターである。

 まぁ今のところ、これを見て連絡をくれた人はいないのだが。

 

 君が期待の満ちた目でイリスを見ていると、イリスは困ったように頬をポリポリと掻く。

 

「えーっと、私、研究職でして、拠点には大事な書類や子猫ちゃんには危ない薬品とかもあるので難しいですねぇ」

 

 そうかぁ。

 君は肩を下げる。

 だけどすぐに切り替えた。

 良ければ、気が向いた時にでもこの子たちと遊んであげてほしいとか、そう言ったことを言ってみる。

 

 それには彼女、イリスは頷いてくれた。

 嫌いなお仕事とかの所為で、毎日の様に来れている訳ではないので、ありがたい限りである。

 

「え゛、もしかしてぇ、私お世話を任されています?」

 

 そう言うわけではない。

 たまに構ってくれる人が居ないと、この場からもいなくなってしまう。

 そうすると、もうこの子猫たちには居場所もなくなってしまうだろう。

 なので、遊びたくなったら遊んであげてほしいだけだ。

 

 君とこの猫たちとは、里親が見つかるまでの関係である。

 ゴミ箱漁りとか教えて、餌の取り方とかの教育をしているとかそういうわけではない。

 決して! そんなことは! していない! (目逸らし)

 

「はぁ、それなら猫ちゃんが居なくなるまで息抜きに抜けてきましょう。」

 

 やったぜ。

 

「ところで、大変恐縮なのですが……」

 

 あらたまった様子で、恥ずかしそうにイリスは告白した。

 一体なんだろうか?

 

「道を教えていただけませんか……?」

 

 イリスは迷子だった。

 彼女は猫を追いかけているとこの広場にたどり着いたなどと供述しており。

 

「初対面で中々ひどくないですかねぇ!?」

 

 好奇心旺盛な性格なのかもしれない。

 そのうちお魚咥えて走り出しそうである。

 

「それは猫ですよぉ!」

「うにゃーん?」

「あっ、猫ちゃんのことは呼んでないですよ」

 

 いきなり動物と会話を始める不思議ちゃんだ。

 

「ひどい!?」 

 

 まぁ君自身なんとなく猫の言っている事が分かるので、電波友達だ。

 そこまで気にすることじゃない。

 

「つ、疲れる人ですね。とにかく、道を教えてくださいな! というか猫語が分かるんですか!?」

 

 

 それから、君とイリスは子猫のいる広間でよくお話をする仲になるのだった。

 最初がこんな感じだったというのに不思議な縁もあったものだと、この時のことを思い出すと少し懐かしくなる。

 

 

 ☆

 

 

「そう言えば、君は猫を飼わないんですか?」

 

 イリスが子猫を膝にのせながらベンチに座って、首を傾げる。

 この間、彼女の執事君に毛が付いていることを咎められていたのにめげない人だ。

 うむ、この人中々の御令嬢だったようだ。

 ちょっと天然なのはそのせいか……?

 

「なんかひどい事考えてません?」

 

 ジトリと内心を見透かすのはやめてほしい。

 

 君は、自分は仕事上、二度と帰ってこれなくなる可能性があるので飼うことはできない。

 そう、簡潔に伝える。

 

 帰ってこれないかもしれないのに、命を飼うことは出来ない。

 だから君は里親を探しているのだ。

 

「……そうですか。そうですよね、戦争ですもんね」

 

 二人でそのまま空を見上げる。

 空は少し雲もあるが、概ね快晴である。

 

 実をいうと、今は戦時だ。

 資源戦争と呼ばれ、各地で残された資源の奪い合いが行われていたり。

 君は、その中でもちょっと前線で有名な人物だったりする。

 まぁ、あまりほめられたものではないので、自慢げに吹聴するつもりもない。

 さすがに、このころになるとイリスも君の情報を知っていたのかもしれない。

 まぁそれで態度を変えるような女性ではないし、さして気にするような人物でもない。

 しいていえば、君が今の仕事が嫌いというのをイリスは知っていたようだ。

 というか、イリスと話すうちに内容はともかく愚痴として口に出していた気もする。

 

 イリスも、君が喋りにくそうなのを感じたのか、無言になってしまった。

 

「……あっ、そうだ! 猫と言えばですねぇ♪」

 

 だけど、イリスは思い出したように話をする。

 君はイリスに甘えて、話題をそらすことにした。

 猫の話だろうか?

 

「ええ、といっても知っているのは私だけなのですが……」

 

 おや、不思議なこともある。何かの新発見?

 そう言うと、イリスは苦笑いをして話を始めた。

 

「いえ、私って時折不思議な夢を見まして。それで猫のお話があったので君に話そうかなと」

 

 おお、それは嬉しい。

 君は、物語が大好きなのだ。

 冒険譚や伝記など色々と暇な時に読んでいる。

 イリスと出会う前は、子猫に餌をやった後ここでよくそういった本を読んでいたのだ。

 

「あはは、あまり期待はしないでくださいね? それでは……『仔猫の神様』」

 

 それは恩返しをする猫のお話。

 猫を大切にした人物が、猫に恩返しを受けて豊かになる話。

 君は思わず、いつの間にか集まってきた子猫たちを見つめる。

 

「にゃにゃ?!」

 

 時折、人間臭い反応を返してくれるこの子たちも恩返ししてくれるだろうか?

 イリスが苦笑いを浮かべ、膝にのせていた猫の喉を掻く。

 

「さて、どうでしょう。でも、君にならこの子たちも恩を感じているんじゃないですかねぇ」

 

 よーし。今日は奮発して一つ高いランクの餌にしてあげよう!

 

「にゃー!」

「あはは、喜んでますねぇ♪ これは恩返しも期待できたりしちゃうかも?」

 

 恩とか関係なしに、君は気分が良くなっていたからだ。

 さらに言えば、仕事用にしかお金を使ったりしないので割とお金持ちなのである。

 いつかたくさんおしゃれをしたり、旅をして珍しい物に手を出して――。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

 ――なんでもない。少しぼーっとしていたようだ。

 君は簡潔に答えた。

 そして立ち上がって、イリスと二人で子猫の餌を買いに行く。

 

 ……うん、こういうのは悪くない。

 

 

 ☆

 

 

「名前、ですか?」

 

 うむ。数匹の里親が見つかったんだけど、その時に相手に聞かれたのだ。

 随分と君に懐いているようだ。この子たちの名前は? と。

 

 別れが辛くなるからつけていない、と簡潔に答えると相手は考え込み。

 

「君に、名前をつけてほしいと? ……よかったですね」

 

 よかったのだろうか。

 何とも言えない心境である。

 自分だけでつけると変な名前にしそうなので、天然入ってるけど一般的な感性を持っていらっしゃるイリス大先生に手伝ってもらえるととてもありがたい。

 

「……この際天然発言には目を瞑りましょう。候補はあるんですか?」

 

 ゲレゲレとかどうだろうか。

 ネコ科としてはいける気がするんだ!

 

「ダメです、なんというか絶対にダメです。さすがにアウトです!」

 

 そうかぁ。

 では、イリスの膝に居る子から決めようか。

 

「うみゃん?」

 

 ……ゲレゲレだめかな?

 

「ふしゃー!!」

「君はその名前を気に入ってるんですかねぇ?」

 

 ぐすん。

 

 君は手当たり次第に名前を上げることにした。

 君のネーミングセンスは、何処かで聞き覚えのモノをとにかくあげるという酷い物だった。

 例を挙げるなら、

 ぼろんご、ぷっくる、あんどれ、ちろる、りんくす、げれげれ――。

 

 ――モモ。

 

「にゃん♪」

「おや、気に入ったみたいですよ」

 

 『桃』そう名前を付けた猫にちなんで、色を感じさせる名前を与えていこう。

 桃含めて十二匹いた子猫に名前を付けた。

 

「それにしても、里親見つかったんですかぁ」

 

 もうすぐ、お別れなんですかね……。

 と、寂しげに言うイリスの声が君の耳に届く。

 君は、なにも言えず……。

 

 

 見上げた空は、雲を多く感じさせる春空だった。

 

 

 ☆

 

 

 明日、子猫が数匹引き取られていく。

 一か所引き取り手が見つかってからは、とんとん拍子だった。

 猫を崇めよ連絡網でも存在するのかもしれない。

 

「なんですかそれ」

 

 他愛のない戯言である。聞き流してほしい。

 ……来週までには、全匹引き取られるかもね。

 

「……そうですね。ええ、この子たちもきっと幸せになりますよ♪」

 

 うむ。君は簡潔に頷く。

 君は子猫たちの幸せな生涯を祈った。

 

 君は色の名前を付けてあげた子猫たちの相手をして、イリスから色々な話を聞く。

 

 また、彼女の見る夢の物語だ。

 今に覚えば、彼女自身物語を誰かに聞かせるのはとても楽しそうだった。

 彼女の見る夢は、とても不思議な物ばかりだ。

 君と猫たちはワクワク、ドキドキして話に耳を傾ける。

 

 猫も楽しんでいるのが良く分かるなって?

 そこはそう考えたほうが楽しいじゃないか。

 

「研究を始める前は紙芝居屋になりたかったんですよねぇ。こうして君に、誰かに聞いてもらえるのはとても良いですね」

 

 イリスは思い出すようにそう零す。

 そうだったのか。と返した君は、少し考え――。

 

 ――小さいころは冒険者になりたかったんだ。

 

「冒険者ですか? 君の小さいころの夢ですか?」

 

 君は恥ずかしそうに頷いた。

 この世界の未知を探してみたい。

 世界中を旅してみたい。

 世界中のみんなと仲良くなってみたい。

 冒険記の様に、摩訶不思議な素敵な冒険をしてみたい。

 

「それは、素敵ですね。ええ、とっても素敵です♪」

 

 もう叶わない夢だけどね。

 

 武器を持つ所為で、皮膚が頑丈になった自分の手を見る。

 気儘に旅ができるほど、しがらみがないわけではない。

 それに、色々な意味で世界の国を回ると石を投げられてしまうだろう。

 色々もう汚れちゃってるからね。

 

 

「それは、どうでしょう。戦争が終わって平和になって、みんなが好きな事が出来るようになればどうでしょう……?」

 

 

 イリスが真剣な表情で、君の肩を掴む。

 突然で、びっくりして、足が後ろに下がりそうになる。

 

 だけど。

 

「聞いてください」

 

 ――君は心が竦む。 

 真剣な眼差しが、君の瞳を捕える。

 君は、イリスの誠実さからは逃げられない。

 

「君に、聞いてもらいたいんです」

 

 君は感じた。

 簡潔に、単純に。

 ――ああ。この人は心が強いな、って。

 

「私は今、アクロニアの不思議な力、『想いの力』というものを研究しています。この研究は、未来に希望を残す物になります。誰が何と言おうと絶対に……! 技術転用のほうも最近では上手い事進んでいて、機械への資源エネルギー化の目途は立っていませんが、物質への定着は以前に比べてとても進んでいます! 何故か分かりますか……?」

 

 イリスの研究内容を聞いたのは初めてだから、分からないよ……。

 

 君の言葉に、イリスは小さく首を震わせる。

 どこか、声も震えていた。

 君に、分かってほしいと。

 

「想いです。想いなんです! 誰かを大切にする気持ち、何かを大切にする気持ち。君が猫を大切にしていた想い。大切な想い! 私はここに来るようになって、誰かを想う気持ちを再確認できました! だから、私より遥かに誰かを何かを思い遣る気持ちを持った、そんな君が……!」

 

 ただ、彼女の想いが伝わってくる。

 

「……汚れてるわけないんです。いえ、汚れてたっていいんです。今の時代に、自分以外の何かを大切に思うなんて難しいんです。だから猫の為に一生懸命だった君は、君の心は輝いています。だから」

 

 ぎゅっと、抱きつかれる。

 胸の辺りが少し濡れる感覚。

 くぐもった、イリスの言葉が。 

 

「いつか、叶います。自分を卑下しないで。君に助けられている、私はそう思ってます」

 

 うん……。

 ありがとう、イリス。

 

「いえ……いえ! お礼を言うのは、私の方で。あの、私」

 

 それじゃあ、いつか行こうか。

 

「え?」

 

 驚いた顔のイリスは君の胸から離れ、君を見上げる。

 目が赤くなって潤んでいる。

 君はハンカチを取り出して、イリスの目から零れる雫を、優しく拭ってあげる。

 

 冒険者として護衛をするから、イリスは各地で紙芝居をして回らない?

 ……えっと、ほら、冒険には仲間が必要でしょう?

 きっと一人だと寂しくて、途中で帰ってきちゃうよ。

 

「……フフ、じゃあ私は紙芝居で路銀をかせぎましょうかねぇ。きっと、楽しい旅になります」

 

 ――じゃあ、約束だ。戦争が終わって平和になったらきっと。

 二人して小さく笑う。

 

 君とイリスはきっとその約束がかなうことはない事が分かっていて、それでもそうなったらいいなと笑うのだ。その小さな約束を覚えているのは君とイリスと、その様子を見ていた色の名前を付けた子猫たち。 

 

 小さな、だけど大切な想いがその約束には籠っていた。

 

 その後、鬼のような形相のイリスの執事君に追い回されたりするが、良い思い出だ。

 ……ああ、本当に良い思い出だ。

 

 

 ☆

 

 

 広場から子猫たちが引き取られ、数カ月経った。

 君とイリスは、猫が居なくなっても偶に広場に集まって雑談をするような仲になっていた。

 

 だけれど、ある日イリスが暗い顔で『明日、広場に来れますか?』と聞いてきた。

 嫌な予感がした君は仕事の予定を、知り合いの大砲使いの白い友人に頼み込んで無理に開けた。

 そして、約束の広場へと向かうことにするのだった。

 

「よかった……。来てくれました……♪」

 

 時刻は、日が暮れかけていて夕暮れ。

 急いで来たものの、やはり前線の方から来るとなると時間がかかってしまった。

 

 秋風が、俯いたイリスの綺麗な白い髪をふわりと揺らす。

 茜色の光が君とイリスを、寂しげな赤に彩る。

 

「実はですね、ええと。その、お話がありまして」

 

 君は、喋り辛そうなイリスの言葉を待つ。

 経験上、幾への別れを経験してきた君は分かる。

 

「実は……その。上から、研究の打ち切りを言い渡されまして……」

 

 イリスは顔を上げない。

 でも、表情が分かる。

 きっと彼女は、辛い笑みを浮かべている。

 

「未来に役に立つ、研究なんです。きっと、人の役に立つ研究なんです……!」

 

 顔を上げなくても良い様に、頭を無言で君は撫でる。

 

「でも、やっぱり戦争のための資源には出来ないから打ち切り……されちゃいました」

 

 そっか……。

 

 君は他に何も言葉を絞り出せなくて。

 ただ、寄り添う。

 

「アクロポリスの施設は、凍結です。役に立たない研究には予算は出ないそうです」

 

 資源がないから、新たな資源の開発を行っている。

 その中で、役に立ちそうのない研究があったらどうするか。

 明白だ。

 

「私はその、北にあるノーザン王国の出身なので。君の拠点はここで、私は、その……」

 

 ――それじゃあ、お別れだね。

 

 君は、イリスに先んじて言葉を吐く。

 イリスの心労を少しでも軽くしようと思う、心遣い。

 

「……はい、お別れです。私はノーザン王国に戻ります」

 

 腐っても戦時だ。

 最近では、新勢力の心無い機械人形の勢力が新たに現れてきた。

 色々、今まで通りにはいかないのだろう。

 その『今まで通りにいかない』が、君とイリスの元に真っ先に現れた。

 ただ、それだけの事なのだ。

 こんな別れなんて、今の時代じゃ溢れていて。

 

 手紙、書くよ。

 

「はい、私も書きます。……君の返事が無くなっても、きっと」

 

 ……。

 君はその言葉に何も返せない。

 君の職業とは、つまるところそう言うものだから。

 

 俯いたイリスの手を引いて、近くのベンチに向かう。

 立ちっ放しも辛いし、という僅かなりの気遣いだ。

 

 二人でベンチに座って、空を見上げる。

 茜色に瑠璃色が差してきている。

 もうすぐ、夜が来る。

 

「あーあ。君の役に立てると思ったんですけどねぇ。こう見えて、私天才なんですよ。マリオネットとか様々な機械とか、魔術に関してもいろいろ発明してきたんですよ? なのに、私が一番大切にしてる研究を打ち切りなんて、本当にありえないですよねぇ」

 

 うわ、自分を天才なんて言っちゃう人は初めて見た。

 

「いいじゃないですか、こういう時くらい! 私は天才です、天才なんですよぉ? そんな私の友人である君は恵まれてるのを理解してほしいですね!」

 

 はいはい。天才天才。

 そのくらい知ってるよ。

 イリス大先生は超が付く天才だ。

 

「ぐぬぬ……。そう言われるのはなんだか恥ずかしいようななんというか……」

 

 ――お互い、顔を見ず。

 

「あと、一週間でこの景色も見納めですねぇ。また来る機会があればいいのですが」

 

 平和になればいつでも来れるでしょ。

 

「そうですね。ええ、そうです。君も頑張ってくださいね。私がここに来るために!」

 

 えぇ~、どうしようっかなぁ?

 

「ひどい!」

 

 冗談冗談。がんばるよ、うん。たぶん。

 

 ――軽口を叩きあう。

 

 君とイリスは、いつもより少し言葉を多く交わして。

 夕日が完全に沈んで、今度は月が昇って。

 彼女の執事君がイリスを探しに来るまで、顔を見ずに言葉を交わした。

 

 

 去る。

 去って行く。

 

 

 白い髪の毛が月光に煌めく。

 後ろ姿は、儚く。

 消えてしまいそうなイリスを、いや――。

 

 ――この親友と、もう会うことはないんだろうな、と。

 

 

  イリス。

  出発の日に、ここで待ってて。

 

 

 結局、顔をしっかりと見ることが出来ず。

 君は、少し驚いた顔のイリスの視線を背中に感じながらその場から走り去った。

 

 

 ☆

 

 

「はぁ? いきなり来てコレを作れってお前なぁ」

 

 知り合いの腕の良い鍛冶師に、アポもなしに会いに行く。

 もちろん、驚かれた。

 

「……今俺が新しい武器に着手してるの知っていて、来たわけか?」

 

 知っている。

 鍛冶師がとても忙しい事も知っている。

 でも、ソレでも一番腕がいい知り合いで、他に頼める人が居たとしてもここに来ていた。

 

「そこまで言われるとなぁ。まぁいい、お前にはメルティもアルティも世話になってるしな」

 

 おお、やった!

 

「でもこれは、お前が使うのか?」

 

 君は首を横に振る。

 それは贈り物だと。

 君が作ってほしい物はただ単純に長旅に耐えられて、女性の細腕でも持ち運びができて、見栄えが素晴らしい物だ。

 

「割と無理言ってる自覚あるかお前。……次にお前の武器を作るときは、望みのものが中々出来ない呪いをかけてやるからな」

 

 な、なんだろう。

 やたら高額なアイテムを請求された結果、三択くらいで欲しい物じゃない武器を渡される的な妙な呪いは!

 

「おう、そんな感じにしてやるからな。で、納期は?」

 

 ……一週間で。できれば六日。

 

「お前は俺に死ねと? 図案からだぞ!? 第一素材はどうすんだ!!」

 

 無理難題を言ったことを自覚している君は、青筋を立てる鍛冶師に全力で土下座するのだった。

 

 

 ☆

 

 

 イリスが帰国する日が来た。

 時間はあっという間に過ぎて行った。

 

「遅いですねぇ」

 

 広場でイリスは君を待つ。 

 いつ来てくれと言われたわけではなので、イリスは早朝からそこで待っていた。

 執事君には申し訳ないが、先に向かって場所を取ってもらうように頼んでいる。

 

 出発は昼の飛空庭だ。

 空を飛んで移動するそれに乗って故郷に帰るのだ。

 長い間滞在していた機材のあるアクロポリスは名残惜しいが、向こうでも細々とだが研究は続けられる。

 ……自分の使命と言っても良い『想いの力』の研究を完成させるために。

 

「乗り過ごしちゃいましょうか、なんて……」 

 

 そろそろここを移動しないといけない。

 君の姿は、まだ見えない。

 

「名残惜しいですが」

 

 諦めてイリスが広場から出る。

 首だけ振り向いて、楽しかった日々を思い出す。

 

『にゃん♪』

『ど、泥だらけで飛びつかれると後で怒られちゃいますよ!』

 

 君はその様子を見て、静かに笑っていて――。

 

「――さようなら。」

 

 がらんどうな、言葉だけが零れて。

 イリスは出来るだけゆっくりとその場を離れていく。

 

 

 

 誰も居なくなった広場に風が吹く。

 

 

 

 少し日が傾いてきた頃、誰かの走る足音が聞こえてきた。

 

 

 

 けれど、そこには誰のぬくもりも残っていなかった。

 

 

 ☆

 

 

 秋空に、月が昇る。

 

 

 君は間に合わなかった。

 君の横には、鍛冶師に無理を言って作ってもらった『紙芝居器』が寂しげに佇んでいる。

 

 君の姿はボロボロだ。

 鍛冶師に頼まれた材料を手に入れに行くために、大急ぎで各地を回ってモンスターや機械人形と戦ったりしたのだ。

 寝不足なせいでコンディションは最悪だし、死ぬかと思った。

 

 それでも。

 それでも、イリスにお別れの贈り物をしたかった。

 彼女がいつかやりたいと言っていた、紙芝居をいつでも練習できるように。

 

 ……鍛冶師の娘さんの絵が上手かったから、お願いをして物語の絵まで揃えたんだけどなぁ。

 

 寂しくなった君は、ぽつりと言葉を零す。

 空っぽな言葉は、空へと飛んでいく。

 

 ちゃんと、お別れすればよかった。

 急な別れじゃなかったんだけどなぁ。

 手紙書かないとなぁ。

 ……はは、国超える手紙って今出来たっけ。

 手紙出したことないから、分かんないや。

 

 君には友達が少ない。

 

 そりゃ、戦争で色々やってますから。

 仕方ないでしょう。

 それくらいしか取り柄がないんだから。

 ある種の、戦いの才能があったわけだし。

 

 戦いの前線で、たったの一人で戦果を上げられる人間に普通の友達ができるだろうか?

 

 あー、この数か月楽しかったな。

 うん。また前の生活に戻るだけか。

 

 武器を振って、生きて帰ってきたら、冒険譚を読んで、眠る。

 大丈夫。ずっと続けてきたから。

 でも――。

 

 

 ――大事な友達に会えなくなるのは、やっぱ寂しいなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その、あのですね!!!!!」

 

 

 

 君は、突然の大声に振り返る。

 

「恥ずかしいじゃないですか! 何ですかそれ! というかなんでボロボロなんですか!!」

 

 そこにいるのは、月明かりが映える白髪を靡かせた女性。

 

「気になるじゃないですか! 君は私が知りたがりだって知っているのに一週間連絡もくれないし!」

 

 顔が真っ赤に染まって、目を瞑って大声を出している。

 執事君が後ろで、苦笑い。

 

「け、研究が凍結と言いましたね! アレ、無くなりましたから!!」

 

 ええー、なにそれ……。

 あと、イリス独り言聞いてたでしょ?

 

「き、聞いてませんよ。ええ、これっぽっちも」

 

 君はぐしぐしと、涙を腕で吹きながら呆れる。

 だけど、その顔には不思議と笑顔があって。

 

「だから、だからですね。お別れは無しです。ええ、そう、無しです」

 

 イリス。

 

「な、なんですか! 第一遅れてきた君も悪いでしょう!? わ、私だってですね――」

 

 

「――イリス、おかえり」

「あ……。ただいま……♪」

 

 

 それから、君とイリスは今までと同じように広場で偶に話をする。

 その様子は。

 

 

 ――その二人は、とても幸せそうだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 はて、何か懐かしい夢を見ていたような気がする。

 

 君はそう呟いた。

 うららかな日差しの中でアミス先生の話を聞きながら、舟をこいでいたと思う。

 

 ここは、どこだろう。

 一面の晴れ空……。

 上を見ても空。下を見ても空。

 左右ももちろん空である。

 ふわふわと飛んでいる雲がとても気持ちよさそう。

 まるで、空の上に立っているみたい。

 不思議なことに、このままいきなり落ちていくという事もないようだ。

 

 あ、綺麗な虹が架かってる。

 ……そういえば、夢の中でもしきりに空を見ていたっけ。

 

 

「ようこそいらっしゃいました!」

 

 

 聞き覚えのある声がする。

 ああ、夢の世界でとても大切な存在だった綺麗な声。

 憶えていないけれど、随分と懐かしい感覚だった。

 

 君は声がした方、君の後ろを振り返る。

 

「ここにお客様がくるなんてずいぶん久しぶりのような、つい最近も来ていたような……」

 

 白い女性が立っていた。

 

 ああ、何故だろう。

 こんなに胸が苦しくなるなんて。

 知らない顔なのに、覚えていない人なのに。

 

「まぁ、あなたにとってはそんな事どーでもいいことですよね」

 

 うんうんと、頷きながら、女性は話を続ける。

 

「私が案内するのも妙な話ですが、ここはあなたの『夢の中』のようなものです」

 

 君は、誰だっけ。

 

「え、そもそも私が誰だか分からない? そんなぁ……」

 

 ……。

 酷く残念がられる。

 それだけで、無性に胸が痛くなる。

 

「ってそういえば初対面ですし、名前も名乗っていませんでした。当然ですよねぇ? 何故でしょう。君なら知っていそうな気がしたんですが」

 

 それなら……。

 彼女は、いたずらな笑みを浮かべ琥珀色の瞳をキラキラと光らせた。

 人差し指を口に当てて言葉を紡ぐ。

 

 得意げに言葉を返してくれる時の彼女の癖。

 

 

 

「ふふっ、今のところは『紙芝居屋』と名乗っておきます♪」

 

 あぁ……、思い出した。君は――。

 

 

 

 

  夢を、古い夢を見ていた。

 

  夢の最後で、最期の眠りで。

 

  君はこう思った。

 

『次に目が覚めたら、きっと約束を果たそう』

 

  そう、強く想った。

  ――その想い、覚えている。

 

 

 君は、冒険者だ。

 これから沢山の出会いを果たして、色々な物語が待っている。

 もちろん、『紙芝居屋』との約束だってきっと叶う!

 

 

 とある不思議な物語。

 君たちしか覚えていない、『約束の物語』

 

 

 

fin

 





 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
 この作品を通してエミルクロニクルオンラインに興味を持っていただければそれ以上にうれしい事はありません。
 
 では、またの機会があればどうぞよろしくお願いします。


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