IS ―フォルテ・サファイアの日常<偽りの空・外伝>― (和泉)
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フォルテ・サファイアの入学

この作品は現在連載中のIS<インフィニット・ストラトス>―偽りの空―におけるフォルテ・サファイアに焦点を当てたスピンオフ作品です。

今後前書きでは時系列的に本編の何話かを記載します。
一応、読まないでもお楽しみいただける作品にするつもりですが興味を持っていただけたら是非本編もよろしくお願いします。

本編時系列:第一話


 現在、イタリアはIS開発において重要な局面に立たされている。

 欧州連合による統合防衛計画『イグニッション・プラン』における第三次主力期の選定。そこに名乗りを上げたのがイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、そしてイタリアのテンペスタⅡ型だ。

 現状、もっとも有力視されているのがイギリス、次いでほぼ同等の評価を得ているのがドイツとなっておりイタリアは窮地に立たされているといっていい。イグニッション・プランで勝ち残るということは、次世代量産機のシェアを独占することに繋がり、逆に言えば敗北することは他国に軍事的な主導権を握られることに他ならない。

 

 追い詰められたイタリアは、自国のISの発展性と技術力の誇示を目的としてテンペスタⅡ型の亜種を開発する。中長距離戦を主体として開発されたテンペスタⅡ型に手を加え、中近距離戦を得意とする第三世代機を作り出した。テンペスタⅡ型改、コードネーム『コールド・ブラッド』。ちなみになぜテンペスタがイタリア語なのにコードネームが英語なのかというと、開発者の一人がアメリカの古いミュージック・バンドの熱狂的なファンであり、その名前をとったものらしい。国の威信をかけたものに個人の趣味を持ち込むのはどうかと思うが、そこはサイエンティスト、一般の常識の枠には当てはまらないのだろう。

 このプロジェクトが成功すれば、オールレンジ換装が可能な第三世代機ということでイギリスとドイツへ楔を打ち込めると期待されている。

 

 イタリアはこのコールド・ブラッドをある少女に託し、データの採取とテンペスタシリーズの実用性の証明を試みる。その少女の名は、フォルテ・サファイア。イタリアの代表候補生である。

 

「あ~、やっぱり日本のアニメは面白いね。これからは現地で見られると思うとワクワクする」

 

 短めではあるが綺麗に整えられたブロンドの髪に幼さが残る顔立ち、というより見た目小学生にしか見えない幼女、もとい少女。これでも彼女はもうすぐ高校生であり、イタリアの代表候補生でもある。日本語が話せるということも幸いして、プロトタイプの専用機を受領しIS学園への入学が決まった。

 ISに従事する者の多くは日本語を学ぶ者が多い。何故ならISの開発者の篠ノ之束が日本人であり、世界中から注目されているIS学園も(国家に縛られていないという原則はあるが)日本に立地している。そのため、最先端のプログラミングに英語が必要であったように、ISで優位に立とうとしたら日本語の修得が求められるのだ。

 そんな中、フォルテは小さいころ出会ったアニメがきっかけとなり必死に日本語を覚えた。日本でも女性に人気があった某バスケアニメ&漫画だ。中でも黄色い人がお気に入りで、そのせいか語尾が残念なことになってしまった。緑の人の『なのだよ』とどっちがよかったかは評価が分かれるだろう。……いや、一部の人種には猛烈に支持されるだろうがIS学園は女子高である。その後も多くのアニメに触れいろいろと混ざってしまうが執念は身を結び、彼女は日本語を修得した。。

 

 話が逸れたが、多少おかしな日本語になってしまったものの意志疎通には全く問題ないレベルで話すことも読み書きすることもできるフォルテはIS学園への入学に申し分がなかった。

 しかし国家の威信を欠けて送り出されるはずのフォルテはそんなものはどこ吹く風、憧れの地日本での高校生活に思いを馳せるのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ここが……日本!! 学園なんて後回し、まずはアキバ!」

 

 約12時間の長旅を終え、ようやく降り立った異国の地。それも幼少のころから憧れていた場所ともなれば感動も一入だろう。しかし、街中で見た目幼女の外人が一人で大きく手を広げて叫んでいたら明らかに怪しい、というより即補導ものだろう。

 

「お譲さん、ちょっといいかな」

「え、ちょっとなんスか!? ウチはこれから黒子っちに会いに行くんスよぉぉ……!?」

 

 完全に不審人物になっていたフォルテは当然のように近くを警邏中のお巡りさんに見咎められ、そのままパトカーで交番まで連行されることになり彼女の叫びは虚しく遠ざかっていく。興奮のあまり訳の分からないことを口走っていたことも災いし、問答無用だった、というよりこの時点でも母国語で応えていればよかったのに日本語で話しかけられて律儀にも彼女まで日本語になったのが致命的だ。

 

 

 

「失礼しました、IS学園の生徒さんでしたか」

 

 近くの交番に連れてこられたフォルテはようやく落ち着き、事情を話す。パスポートを見せても信じてもらえないので、仕方なくIS学園に連絡して確認してもらうことになりようやく解放される運びとなる。しかし、入国早々交番に連れ込まれたというのは事実で、しかもそれが国家の代表候補生だったわけだからIS学園より直接教師が引き取りにくることになってしまった。

 

「うぅ、せっかく思う存分日本を堪能しようと思ったのに酷いッス」

「だったら目立つような真似はせずに大人しくしていろ、馬鹿者が」

 

 数十分後にやってきたのは、ISに携わるものなら知らぬものはいない世界的に有名な操縦者でありブリュンヒルデの異名を持つ織斑千冬だった。

 

「まったく、今年は問題が多すぎる! なぜ新学期前にこうまで頭を悩まされねばならんのだ」

 

 何やらブツブツと、と言うにはあまりにも大きな独り言で愚痴り始めた千冬。その原因の一つに自分があったこともあるが、それ以上に殺気のようなどす黒いオーラがにじみ出てた気がして何も言わなかった。

 

「も、申し訳ないッス」

「……あぁ、すまん。だがお前は専用機持ちだろう? 問題を起こせばそれこそ国際問題になりかねん。……それに今年は専用機持ちがお前を含めて三人いるが……頼むからくれぐれも問題を起こすなよ?」

 

 鬼気迫るといった様子で自分を言い含めてくる千冬に、フォルテは冷や汗を流しながらただ首を縦に振るしかなかった。千冬が来るまでは抜け出してアキバに行こうなどと考えていたフォルテだが、彼女に会った瞬間悟った。逆らえばただでは済まない、と。仕方ないので、そのままフォルテは千冬に連行され、IS学園へと向かうのだった。

 

 

 

「これがお前の部屋の鍵だ。本国からの荷物は近日中に届くだろう。ちなみに同室の者はお前と同じ留学生だ、代表候補生ではないがな。既に入寮しているから仲良くしろよ」

「了解ッス」

 

 学園に到着し、そのまま諸々の手続きをしたフォルテはこれから住むことになる寮の部屋の鍵を預かった。基本的にこの学園は全寮制となっており、そのほとんどが二人部屋だ。そのルームメイトが彼女と同じような立場ということであれば、コミュニケーションも取りやすいだろう。

 渡された鍵の番号を頼りに、自分の部屋の前へとたどり着いたフォルテはとりあえずノックをする。

 

「はぁ~い」

 

 するとすぐに中から女生徒の声が聞こえる。

 

「失礼するッス。今日からこの部屋に入居するフォルテ・サファイアッス」

 

 やや特徴的な女生徒からの返事に、その声の主がどんな人物か少しだけ緊張しながらフォルテは部屋に入り、まずは自己紹介をする。

 

「あはぁ、これはこれはご丁寧にぃ。私はフィオナ・クラインといいますぅ。みなさん私のことをフィーと呼んでましたよぉ」

「そ、そうッスか。ならウチのこともフォルテって呼んで欲しいッス」

 

 フィオナは肩ほどまでのウェーブのかかった綺麗な茶髪で、白と青に彩られた花飾りをしている。割と整った顔立ちで、常ににっこりしているようだがなんとなく眠そうな雰囲気がある。その間延びさせた口調もそれを助長している。そんなマイペースなフィオナに若干押されつつ、挨拶もそこそこにしてまずは自分の荷物を整理した。

 とはいっても、ほとんどは本国から送っているので数日分の着替えなど必要なものしか持ってきていない。すぐにそれはある程度終わり、一段落というところでフィオナがコーヒーを入れてくれたため、改めて話をすることになった。

 

「それではフォルテさんはぁ、代表候補生なんですねぇ。それに専用機持ちなんて憧れちゃいますぅ」

「そんな大したもんでもないッスよ。正直、面倒は勘弁してもらいたいッス。日本にきたのもアニメとか観たいからってのが大きいッス」

「なるほどぉ。もしかしてそのおかしな日本語はアニメの影響ですかぁ?」

「いや、あんたも大概ッスけどね!? でもまぁ、そうッスね。なんか抜けなくなったッス」

 

 留学生という共通の境遇もあり、比較的話は弾み仲良くなることができた二人。その後いい時間になったので一緒に学食で夕飯をとり、部屋に戻ったあとは部屋の使い方やルールなどをお互いに決めた。その後シャワーを浴びたあとはこれから始まる学園生活についての話に花を咲かせた。そして夜も更け、そろそろ寝ようかという頃。

 

「ところでぇ、最期に聞きたいことがあるんですけどぉ?」

「ん、なんスか?」

 

 先ほどまで終始にこやかな表情だったフィオナが急に真面目な表情になり、つられてフォルテも緊張する。

 

「IS学園って……」

 

 そこでフィオナは溜めを作り、フォルテは思わず唾をごくりと飲みこみ続く言葉を待つ。

 

「初等部があったんですかぁ?」

「それウチのことッスよね!? これでももうすぐ高校生ッスよ! せめて中学生扱いくらいにしてほしいッス!」

 

 どの国の人間から見てもフォルテは小学生にしか見られないようだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 初めて日本に降り立って数日が経過し、入学式も終わった。新学期が始まる前にお目当てのアキバに行こうと画策していたフォルテだが、残念なことに未だ叶わずにいた。

 そして今日は授業初日である。フォルテは事前に連絡があった自分のクラスに向かい、教室に入る。すると既に何人かいたようで、席について物思いに耽る者やさっそく近くの生徒と交流を試みたりと様々だ。

 

「ウチの席は……、げ」

 

 あらかじめ出席番号順に座るよう指示があったため自分の席に向かうとその先にいる人物にフォルテは思わず声を漏らした。その人物が座っているのは、フォルテの座る席のすぐ後ろだった。

 

「あら。いきなり"げ"、なんてご挨拶じゃない」

 

 間違いなく今年度の入学生で、いや下手をすればIS学園全体でもっとも有名な生徒。

 

 現役学生唯一の国家代表。ロシア代表にして学年主席、更識楯無だった。 

 

 彼女と、この後やってくるイレギュラーによりフォルテの学園生活は波乱に満ちたものになるのだが今の彼女には知る由もなかった。

 




お読みいただきありがとうございます。

ということで本編でフォルテが思いのほか人気なのでスピンオフ作品です。
本編ではあまりやりすぎると主人公が涙目なのですがこちらでは自重しません。

とはいえ、気まぐれ更新なので本編のおまけと考えていただけると嬉しいです……。


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フォルテ・サファイアの邂逅

本編時系列:第一話~第二話


 フォルテの初登校日、教室に入った彼女と最初に出会ったのは今年の入学生で最も注目されているであろう、ロシアの国家代表、更識楯無だった。学生という身分でありながら自由国籍を有しロシアの代表となる。さらには専用機を自身で組み上げ、入学時の成績も学年トップ、その上容姿端麗というのだからその注目ぶりも当然と言える。

 

 できるだけ面倒事を避けたいと考えるフォルテにとって、彼女は間違いなくその面倒事を運んでくるであろう人間に見えた。

 

「ウチはあんたと違って目立ちたくないんスよ、主席さん……。だから正直、あんたの近くは勘弁願いたかったッス」

「ふ~ん、それはご愁傷様。でも、それはもう諦めた方がいいんじゃないかしら」

「ん、どういうことッスか?」

「それはね……、あ、ほら」

 

 そう告げる彼女が指し示した先は教室の出入り口。

 そこから入ってきたのは、まるでおとぎ話から出てきたようなどこか現実離れをした美しさを醸し出す少女だった。その髪は透き通るような銀色で、スラッとした背丈に細く長い脚。スタイルもまさに理想といえるバランスを保ち、何よりお姫様という例えがしっくりするくらい美しい容姿だった。

 

「し、失礼します」

 

 彼女は表情はあくまで凛としているのだが、何故か一瞬躊躇した様子で教室に足を踏み入れる。しかし、その瞬間フォルテ以外のクラスメートも全て彼女に目を向け、クラスの雰囲気が一変して一気に静まり返った。その雰囲気に気圧されたのか彼女はやや苦笑いしながら一言だけ残し、自分の机へと向かう。

 フォルテは彼女に見覚えがあった、というよりあの特徴的な髪は忘れようがない。その少女は、そこにいる楯無と共に主席として入学時に新入生代表の挨拶をしていたからだ。

 そして彼女が向かった先は……フォルテの目の前の席だった。

 

(そ、そういうことッスか!?)

 

 主席に挟まれる自分の席、という状況を悟ったフォルテはそのまま机に突っ伏し絶望した。

 しかし、そんな状況でも入ってきた少女や後ろの楯無への視線の流れ弾を受けているのをフォルテは感じてしまい悶々とすることになる。

 

「はい、皆さん席についてくださいね。SHRをはじめますよ~」

 

 そんな彼女を救うかのように、教師と思しき女性が教室へと入ってくる。緑色の髪に眼鏡をかけた、どこか幼さが残る女性だ。

 しかし、すぐにフォルテは再び精神をすり減らす状況へと追い込まれることになるのだった。

 

 

 

(な、なんスかこの雰囲気は……)

 

 先ほど教室に入ってきた緑髪の女性、山田真耶はこのクラスの副担任である。そんな彼女がまずは生徒たちに自己紹介を促したのだがどうにも反応が鈍く、非常に空気が重い。やや涙目になりながらも出席番号順に自己紹介を進めていく。いずれも無難なもので、淡々と進められてきたがフォルテの前の席、主席の一人の番になった瞬間に空気が一変する。

 

西園寺紫音(さいおんじしのん)です。趣味は読書と料理。私は専用機を持ってはいますが、立場上は企業のテストパイロットなので、このクラスに在籍されてます代表候補生の方々とは少し異なりますね。あと、このような髪の色ですが、日本人です。皆さん、どうかよろしくお願いします」

 

 檀上で自己紹介を終えた彼女は、聖母のような微笑みを浮かべながら優雅に一礼する。直後にあがる耳を劈くような黄色い声。先ほどの空気は吹き飛び一転して騒がしくなる。『お姉さま』や『お嫁さんにしたい』など不穏な声も聞こえてくる。

 と、同時にフォルテは頭を抱えた。何故なら紫音の次はフォルテの番、つまり彼女はこの空気の中で檀上に上がり自己紹介をしなければならないのだ。

 本来であれば場を鎮めなければならない教師である真耶はオロオロするばかり。

 

(あー、もう勘弁してほしいッス……)

 

 いつまで経っても収まることのない喧噪は、新たに入ってくる女性の一喝によって鎮静化する。

 

「うるさいぞ、馬鹿ども! 自己紹介すら満足に進めることができんのか、貴様らは! 西園寺、席に戻っていいぞ」

「は、はい。織斑先生」

 

 スーツに身を包み、長い黒髪にキリッとした顔立ち。真耶と違い、いかにも仕事のできる女性といった風貌である。その証拠に先ほどまでの騒がしさは全くなく、教室は静まり返った。

 

「山田先生、遅れてすまない。さて、諸君。私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。1年間で君たちひよっこを使いものにするのが私の仕事だ。私の言うことは一言一句聞き逃さず理解し、実行しろ。逆らってもいいが相応の覚悟をもって逆らえ、いいな」

 

 しかし、それもわずかの時間だった。すぐに紫音の時と同じくらいの黄色い声と不穏な言葉が飛び交い、より騒がしくなった。その状況に頭を抱える千冬だったが、すぐにフォルテに視線を向けてある意味での死刑宣告をする。

 

「このままでは自己紹介が進まん。次、フォルテ・サファイア。前に出ろ」

「えっ! この空気でって何のイジメッスか……!」

 

 フォルテは若干の抗議の目を千冬に向けたものの有無を言わせぬ鋭い視線を返され渋々檀上へと向かう。

 

「え~、フォルテ・サファイアッス。一応、イタリアの代表候補生で専用機持ちッスけどそんなに気張るつもりもないんで適当によろしくッス。あ、日本のアニメとか大好きなんで趣味が合う人いたら仲良くしてほしいッス」

 

 返ってきたのは疎らな拍手。これでは公開処刑である。

 本来であれば代表候補生であり、専用機持ちの彼女はもっと注目されてしかるべきである。例年だと専用機持ちは学年に一人~三人程度がせいぜいで、今の二年では一人、三年に至っては専用機持ちはいない。にも関わらずこんな状況になってしまったフォルテは不幸という他ない。

 

「そもそも、出席番号が主席二人に挟まれてる時点で詰んでるッスよ……」

 

 ボソッと呟く彼女の言葉が示す通り、この後はあの楯無の番である。注目度で言えば紫音を上回り容姿も淡麗で成績も彼女と同じ主席。それが導く結果は考えずともわかる。

 

「次、更識楯無」

「はいは~い」

 

 千冬に指名された楯無はやや軽い口調で返し軽やかに足を進める。

 

「ロシア代表の更識楯無よ。近いうちに学園最強の生徒会長になる予定だからサインが欲しい人は今のうちにね。とはいっても皆と同じ一年生だから気軽に接してくれると嬉しいわ。以上!」

 

 紹介の時まで口調は軽いが、内容は割ととんでもなく最強宣言をしたようなものだった。本人はそんなこと気にしないとばかりに、いつの間にか手に取った扇子を広げて微笑んでいた。その扇子にはなぜか『更識楯無』と書かれている。

 そして三度となる黄色い声。よくもそれだけ声が出せるものだ、とフォルテは半ば呆れつつもその様子を見守った。

 

(あ~、なんか大変ッスね、彼女らも。他人事なんでどうでもいいッスけど)

 

これからの彼女の学園生活での立ち位置を予言するかのようなSHRを経て、フォルテは既に諦めの境地に至ったのだった。

 

 

 

 波乱のSHRが終わり、授業が始まる。教壇に立つのは担任の千冬ではなく副担任の真耶。初日ということもあり、皆真面目に聞いているのだが……。

 

「サファイアさん、ここの部分は分かりますか?」

 

 しかし呼ばれたフォルテからは返事がない。見た目は真面目に教科書を読んでいるように思えるが微動だにしていない。

 

「サ、サファイアさん……?」

 

 やがて真耶は涙目になりながら再び呼びかける。無視をされたと勘違いしているのだろうか。しかし依然として反応のないフォルテに対して凶刃……ではなく出席簿が振り下ろされた。

 

「ぅあったぁ……ッス!」 

 

 死刑の執行者はもちろん千冬であり、本来出席簿と頭部の接触では鳴るはずのないような音が鳴り響く。対するフォルテは乙女らしからぬ叫び声を上げる。彼女が彼女たるための語尾も忘れずに付けた。

 

「初日から居眠りとはいい度胸だ」

「い、いや寝てたように見えて実は授業ちゃんと聞いてたッスよ!」

「ほぉ、なら先ほどの問いに答えてみろ。分からないようなら一週間この授業のレポート提出だ」

 

 当然、本当に寝ていたフォルテに答えられるはずがない。そもそも出題の内容すら聞こえていていないのだから。

 

(だ、誰か! 誰か助けてほしいッス!)

 

 困った彼女は周囲に助けを求めようとするが一斉に目を逸らされる。しかし、神は彼女を見捨てなかった。ふと、こちらを向いていた前の席の主、紫音と目が合う。

 

(助けてほしいッス、助けてほしいッス、助けてほしいッス)

 

 このチャンスを逃すまいとフォルテは呪詛に近いレベルで念じながら視線を送る。紫音はやや困った表情を浮かべながらも、口の動きでその答えをフォルテに教えた。

 結果的に、その答えは合っておりレポートは免除されたものの紫音が助けたことは千冬にバレていたようだ。

 

(た、助かったッス。紫音は命の恩人ッスね。それにしても出席簿であの攻撃力、さすがはブリュンヒルデ。本気で死ぬかと思ったッス)

 

 その後、フォルテはひたすら紫音に感謝し、昼食を共にすることになり、それに楯無も同行する。その際に紫音と楯無が何やら不穏な空気になったものの、フォルテは昼食に夢中で気付かなかった。しかし、食べ終わるころには穏やかな雰囲気になり、それぞれが名前で呼び合えるほどには仲良くなった。

 

 さらにフォルテの受難は続く。ようやく初日が終わり、帰りのSHRのみということになったのだが……。

 

「さて、初日がまもなく終わるわけだが、一つ決めなければならないことがある。自薦他薦は問わないが一年間は変更できないから慎重に選べ」

 

 数日後に行われるクラス対抗戦を始めとしたクラス単位での行事などに携わることになるクラス代表の選出だ。他薦可能ということから、当然ながらこのクラスの注目の的である紫音と楯無の名が呼ばれる。そしてその中にフォルテを推薦する声も出たのだ。

 結局、その三人のだれを代表にするかは決まらず、楯無が案を出した後日、総当たりの模擬戦を行って選出することが決まった。 

 

(はぁ、面倒ッスねぇ。ま、楯無はともかく、紫音は未知数、どちらにしろ勝てるかどうかは微妙なとこッスね。クラス代表なんてやりたくないし、勝つのが難しいならせいぜい模擬戦を楽しむことにするッスか)

 

 

 

 初日から主に精神面で疲労困憊となったフォルテは彼女にとって唯一心の休まる場所であろう自分の部屋へと戻った。そこでクラスメートでありルームメイトでもあるフィーと今日の出来事を話す。きっと彼女なら自分の苦労を分かってくれると信じて。

 

「さすがにあの状況はないと思うんスよ!」

「あふぅ、でもあの時のフォルテさんは借りてきた猫……というよりはハムスターのような小動物みたいにプルプルしてて可愛かったですよぉ」

「ウチの癒し空間はどこにあるんスか!?」

 

 どうやらフォルテの心休まる場所はこの学園には存在しないのかもしれない。




今回もまだ導入部だったのでやや本編部分と被っているところが多いです。

徐々に本編主人公と別行動が増えてきます。もしくは、別立場からの描写などですね。


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フォルテ・サファイアの敗北

本編時系列:第四話~第六話


 フォルテが立つアリーナの観客席には多くの生徒が訪れていた。もちろん、彼女を見に……ではなくその対戦相手の二人が主な目的だろう。

 更識楯無と西園寺紫音、今IS学園で最も有名な二人である。

 

 本来であればクラス代表を決める模擬戦はクラスの人間のみが観戦できるようにする予定だったのだが、話題の新入生の試合ということもあり学園側に要望が殺到。結局、公開の上に試合の模様は学園内のモニターにてLIVE放送されることとなった。

 

「はぁ、わかっていたッスけど完全アウェイなこの状況……勘弁してほしいッス」

 

 実際、観客席から送られる声援はほとんどが目の前にいる対戦相手の楯無へ向けられたものだ。

 

『あら、そんなこと気にするなんて可愛いところあるのね』

 

 ふと漏らしたフォルテの呟きに楯無が答える。

 

「別に、ウチは代表候補生だとかクラス代表だとか、変に期待されるのはお断りなんで別にいいんスよ。ただ、専用機持ちとして他の二人とここまで差があるのはさすがに凹むッスね……とはいえ、やすやすと負けるつもりはないッスよ!」

 

 目の前にいる相手は、ロシアの国家代表。ただの候補生であるフォルテにとっては目指すべき場所。そこに同い年で既に立っている楯無に勝てると思うほどフォルテも楽天家ではない。

 だがそれでも、譲れないものはある。いくら面倒なことが嫌いでも、普段は緩んだ生き方を心情としていても、IS操縦者である以上は相手に勝ちたいという気持ちだけは失っていない。

 

 フォルテの専用機である『コールド・ブラッド』。

 やや赤みがかった鋭い装甲は一般的なISと同様に四肢と頭部、そして腰回りを覆っているのみだ。 特徴的な背面に従える非固定浮遊部位(アンロックユニット)は、ブーメランのようにやや折れ曲がった四本の赤い牙。コールド・ブラッドの代名詞とも言える、特殊武装『血塗れの牙(ブラッディファング)』。

 小柄な体躯からは闘志が満ち溢れ、その姿も相まって狩りを始める肉食獣を彷彿とさせる。

 

 一方の楯無の専用機、『ミステリアス・レイディ』はフォルテのコールド・ブラッドと同様にその装甲部は全体的に面積は狭く、小さいがそれをカバーするように水のような液状のものが、まるでドレスのようにフィールドを形成している。

 また、ミステリアス・レイディにも同様にアンロック・ユニットが存在する。『アクア・クリスタル』と呼ばれるクリスタル状の物体だ。未だ彼女が公の場でそれを使用したことはなく、用途は一部の人間にしか知られていない。

 

『ふふ、それは楽しみね』

 

 フォルテの気合に対して、悠然と宙で構える楯無。その手には大型のランス状の武装を手にしている。四連装ガトリンガンすらも内蔵している遠近対応型の武装『蒼流旋』だ。

 それを見たフォルテは逸る気持ちを抑えつつ自身も浮遊して武器を構える。彼女が手に持つのはカスタムタイプのハンドガン『ルーチェ』。一般的なものと大差ないが、彼女用に微調整が施されたそれを二丁その手に持つ。

 

 やがて試合開始のブザーが鳴り、二つの影が同時にアリーナを舞う。

 

 蒼流旋のガトリングを横薙ぎに撃ちながら牽制する楯無に対して、フォルテはある程度のダメージを覚悟してイグニッション・ブーストで接近を試みる。

 被弾しつつもルーチェの射程に入ったフォルテは瞬時に楯無の手元を狙うも、蒼流旋で弾かれる。しかしその動作で一時的に弾幕が止み、その隙にフォルテはさらに踏み込んだ……そこはブラッディ・ファングの射程だ。

 

「もらったーッス!」

 

 超高速で相手を噛み砕くべく閉じていく四本の牙。しかし、そこにいるはずの喰らうべき相手は既にいない。

 

「なんとぉ!?」

 

 それだけではない。閉じきった瞬間、四本の牙が閉じた中心に蒼流旋が突き立てられる。1mmのズレもない中心への圧力で、ブラッディファングを再び開くことが叶わない。

 

「でも、動けないのはそっちも同じッス!」

『えぇ、動くのは私じゃなくてこの子よ』

 

 咄嗟にルーチェを楯無に向けて撃とうとするも、蒼流旋が高速回転を始めてブラッディファングを弾き飛ばしフォルテに突き刺さる。槍先がフォルテに到達したあとも回転は止まらず、それどころかガトリングによる射撃までも加えながら押しやっていく。やがてアリーナの端に到達し大きな衝撃に包まれたころにはフォルテのシールドエネルギーは0になっていた。

 

『それまで! 勝者、更識!』

 

 わずか数分の出来事。あまりにも圧倒的な力量差。しかし、フォルテはそれに対して卑屈になることはなかった。

 

「あー、負けたッス。もう少しいい勝負できると思ったんスけどね~」

『ふふ、フォルテちゃんはちょっと直情すぎてわかりやすいのよ。もう少し相手を欺くことも覚えたほうがいいわよ』

「それは楯無みたいに腹黒になれってことッスか?」

『……身をもって教えてあげましょうか?」

「え、遠慮するッス」

 

 いまだひと月に満たない付き合いとはいえ、その片鱗を見せつけられている身としては全力で拒否せざるを得なかった。

 

 

 

「さて、サファイアには酷だろうが連戦になる。30分の休憩後に次は西園寺との対戦だ」

 

 アリーナから戻ったフォルテは、千冬にそう告げられる。元々くじ引きで戦う順番は決められていた。フォルテ対紫音が終わった後、最終戦で楯無と紫音が戦う形だ。その結果でクラス代表が決まる。既に一敗しているフォルテにとって、次の試合は絶対に勝たなければいけないのだが、元々クラス代表に拘りがあるわけではないのでプレッシャーは無い。最も、勝ちたいという気持ちは変わらないのだが。

 

「ん~、紫音がどれだけやるかわからないッスけど代表候補生としてあまり無様な試合はできないッスね。お偉いさんの逆鱗に触れて強制送還とか勘弁してほしいッス」

 

 彼女も代表候補生として最低限の覚悟、責任感を方向性は微妙とはいえ持っているようだった。

 

 

 

「それが紫音の専用機ッスか」

 

 楯無戦同様に、ルーチェを構えて待っていたフォルテに遅れて対戦相手がアリーナに入場してくる。そこに現れたのは漆黒の装甲に包まれた紫音だった。

 

『そうですね、月読です。今日はよろしくお願いしますね』

 

 紫音専用機『月読』は一般的なISと比べて薄めではあるものの、ほぼ全身を覆っている。最も特徴的なのは、鱗のようなものが組み合わさって広がる背面のフィン・アーマーだ。

 

「紫音としては次の楯無戦の方が気になるところだと思うスけど……、楽はさせないッスよ!」

『ふふ、そんなことはないですよ。フォルテさんとの一戦も楽しみにしていました。こちらこそ、全力でいかせていただきます』

 

 楯無戦では全力を出せたとは言えない結果、このままでは終われないとフォルテは先の戦い以上に気合を入れる。しかし、対する紫音は武器を構えることすらなく無手で佇む。フォルテはそれを訝しげに見ていたが、紫音曰くそれが彼女のスタイルらしい。

 

 そして、試合開始のブザーが鳴る。

 

 フォルテは先の失敗を鑑み、射程外で威力は期待できないことを承知で手に持ったルーチェで牽制を試みる。自分がやられたように、相手の行動を制限、誘導するものだ。試合の有利不利をなくすために、対戦していないもう一人は控室で待機し、試合内容を見ることができない。

 それを承知しているがゆえに、二番煎じも有効なのだ。

 

 フォルテの予想以上の速さと角度で、しかし思惑通りに紫音はイグニッション・ブーストで急接近をしてくる。想定を超える力量に若干の動揺はしつつも、自分の間合いに持ち込むために牽制を続けるフォルテ、やがてその時はやってくる。

 

 フォルテの正面に向かってのイグニッション・ブースト。楯無戦で対処されたような停止状態からの回避とは違い、既にブラッディ・ファングの間合いで加速状態に入っている紫音に避ける術はない。

 

 ……それがISにおける常識だった。

 

 しかし、紫音は月読はどうやら常識の埒外にいたようだ。

 突如、別方向へのブーストがかかり牙の外側へと滑るようにスライドする。そのまま体を回転させ、加速と遠心力のついた裏拳をフォルテの後頭部に打ち込んだ。フォルテはその衝撃に顔を顰めつつもすぐさま手元のルーチェを戻して短剣型の武装、『グランフィア』の二刀流に持ち替えて斬りつける。

 しかし、紫音は素手で応戦する。密着状態で牙を封じつつも手慣れた様子でグランフィアを捌きつつ的確に打撃を加えていき相手のエネルギーを奪っていく。自身を圧倒的に凌駕する零距離での戦いに業を煮やしたフォルテは、最後の賭けに出る。片手のみルーチェに持ち替え、牽制しながら距離を取り、牙の範囲に距離を取ろうとしたのだ。

 

 しかし、その瞬間試合は決した。フォルテの敗北によって。

 

 気づけばフォルテのエネルギーは0に、目の前の紫音はいつの間にか巨大な刀が握られておりその姿は既に振りぬいた後だった。

 

 ……すなわち、一瞬のうちに武装を具現化しつつ斬られていたのだ。

 

「はぁ、そんなの最後まで隠しとくなんて、紫音も楯無に負けず劣らずの腹黒みたいッスね」

『そ、そんなことないですよ。それに、そんなこと言っていいんですか? 楯無さんに言っちゃいますよ?』

「そ、それは勘弁してほしいッス!」

 

 負けた悔しさはゼロではないが、フォルテはこの戦いに満足はできた……この後もなかなか辛辣な言葉を浴びせてくる友人や教師、クラスメートにフォルテは涙した。もっとも、そのほとんどは悪気のない天然発言だったのだが……。

 

 

 

 最終的に、楯無が紫音を降しクラス代表の座を勝ち取る……が、その後なぜか楯無と生徒会長の橘焔との一戦が行われ、楯無が勝利。結果的に楯無が生徒会長になったため、クラス代表を辞退するという話になり、次点の紫音がクラス代表に内定した。もっとも当の本人は楯無戦後に気を失ってその事実を知らないのだが。

 

 一方、フォルテは管制室の片隅でいじけていたところ、皆が試合に集中してもらい誰にも声をかけられずにいた。そして気づけばすべて試合が終わっていてそこには彼女以外誰もいなくなっていた。

 

「うぅ、みんなひどいッス! 人を推薦するだけ推薦しといて負けたらポイッスか!」

 

 別に本気でそう思っている訳ではないのだが、あまりに理不尽な周りの対応に言わずにはいられなかった。

 

 

「こうなったら甘いもので心を癒すしかないッス……」

 

 フォルテの心の癒し、それは甘いもの。中でもプリンは彼女の大好物だった。

 

「って、無いじゃないッスか! フィーのやつ、また人のプリン食べたッスね!?」

 

 しかし、大事に冷蔵庫に保管してたはずのそれは時折姿を消す。学園の七不思議のひとつ……などではなく単に同居人に奪われているだけだが。

 

「うぅ……ん? これはフィーのゼリーッスね。いつも人の食べてるんスから、たまにはウチが食べたっていいはずッス!」

 

 そう結論付けた彼女は、迷わずゼリーを持ち去り堪能したのだった。

 

 そして数時間後。

 

「……私のゼリーを食べたのは誰でしょう?」

 

 何食わぬ顔で過ごしていたフォルテだったが、冷蔵庫を開けたフィオナの一言で凍りついた。いつも言葉の最初に必ずつく擬音のようなものや、語尾の伸びのようなものが消えていた。普通の言葉を発しただけなのに、なぜかそれが言いようのない恐怖をフォルテに与えていた。

 普段、彼女がプリンを食べられる度に憤慨するのだが何故かフィオナには強く出れない。そして今のフィオナにはもはや逆らう気すら奪う何かが宿っていた。

 

「い、いや。わからないッスねぇ。ウチのプリンもよく消えるんスよ、どこに消えてるんスかね?」

 

 食べるときは開き直っていたものの、フィオナのあまりの変貌ぶりに耐え切れないフォルテは誤魔化しに出た。ゆったりと幽鬼のように動きだし、フィオナはフォルテの前に歩み寄る。恐る恐るフォルテはフィオナの方に向き直ると、張り付いたような笑みを浮かべるフィーがいた。

 

「あふぅ、フォルテさん。私は重大な発見をしたのですよぉ」

「な、なんスか?」

 

 その様子にフォルテは動揺を隠しきれない。

 

「ふにぃ、私以外の人があのゼリーを食べると……鼻の頭にニキビが出るようですぅ」

「そ、そんなことあるわけ……」

 

 と、言いつつ無意識に鼻の頭に指を這わすフォルテ。その瞬間、時間が止まる。

 

「うふぅ、確かにそんなことありませんねぇ。でもマヌケは見つかったようですよぉ」

「は、謀ったッスね! しぶいッス、まったくあんたしぶいッス! でも食べたのはお互い様ッスよ、ウチは悪くないッス!?」

 

 もはや退路を断たれたフォルテは、再び開き直るしか手は残っていない。というより、そもそもフォルテのほうが正論ではあるのだが……。

 

「あはぁ、フォルテさんに日本に伝わるという素晴らしい格言を教えてあげますぅ。『お前の物は俺の物、俺の物も俺の物』、いやはや素晴らしいですねぇ」

「理不尽ッス!」

 

 ジャイアニズム……もとい、フィオニズムの前では正論など無意味なのだった。

 




突き刺さる蒼流旋

「ひ、ひと思いにそのまま貫いて欲しいッス」
『NO! NO! NO!』
「ガ、ガトリングッスか……?」
『NO! NO! NO!』
「も、もしかして、りょうほうッスかー!?」
『YES! YES! YES!』
「ギャー、OH MY GODッス!」

楯無戦の決着場面で上のような展開が頭に浮かびました。病気かもしれません。

ということで、本編ややシリアス入っている影響こちらははっちゃけます、後悔はしません……多分。本編のほうは大きな変化がありましたが、こちらはこのスタイルで続けます。

本編がああいう展開だからこそ、本編主人公が続けられなかった立場をフォルテ視点が引き継ぎます。ですので、別の展開を期待されていた方にもこちらの作品を読んでいただければと思います。そして、本編もあの流れで面白いと思っていただける作品に仕上げたいと思っていますので気が向いたら覗いてみてください。







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フォルテ・サファイアの転機

本編時系列:第九話~第十話


「楯無、俺と勝負しろ」

 

 食堂でいきなりそう切り出したのは、フォルテたちの一つ上の学年となるダリル・ケイシー。

 短めで赤に近い茶色の髪に、褐色の肌をした健康的な少女だ。彼女はアメリカの代表候補生であり、二年生としては唯一の専用機持ちである。

 

 彼女はいろいろと問題もあり停学処分を受けていたのだが、優秀な生徒でありそもそも停学の実態も誰かしらを守るためだったりと相応の理由がある。

 

 先日、実技の授業における特別講師として千冬により強制参加させられた中で生徒会の面々は彼女を直接見る機会を得た。生徒会としては、彼女のそういった性格から出来れば生徒会へ参加してくれないかと画策していて、そんな折に丁度良く接触の機会を得たのだ。

 さっそく楯無は彼女を昼食へと誘い、雑談もそこそこに勧誘を切り出したのだが、そこで彼女から告げられたのが先の言葉である。

 

 弱い奴の下にはつけない、それが彼女のポリシーだった。

 

 

 

「で、なんでこんなことになってるんスか?」

「ふふふ、だって面白いじゃない」

「あぁ……そッスね」

 

 昼休みでの一幕で、楯無は模擬戦を受け入れた。しかもそのまま千冬に対して午後の授業の最後に専用機同士の模擬戦を提案して受け入れさせる手際のよさだ。

 これにより、ダリルとの戦いが決定して今まさにそれが始まろうとしているのだが、何故か楯無はフォルテの横にいる。

 

 クラスメイトの視線の先には、戦闘態勢に入ったダリルと……楯無に押し付けられた形の紫音がいた。

 助けを求めるような視線を送ってくるけれど、既にこの状況でその術がないフォルテは目を逸らす。

 

「……南無ッス」

 

 逸らした視線の先では楯無が満面の笑みを浮かべていたのをフォルテは見なかったことにした。

 

 そして始まる模擬戦。自身が完敗した相手でもある西園寺紫音の戦いに、フォルテも興味が無いわけがない。ましてや、相手は前生徒会長をも上回ると噂されるほどの人物。

 

 そして、すぐさまフォルテはその試合に魅了された。

 

 最初のうちは、ダリルがもつ汎用型の五九口径重機関銃デザートフォックスの射撃による牽制だった。ただし同時に二挺を操り相手の動きを制限する動作はかなりレベルが高い。実際、フォルテも二挺の射撃武器を用いた戦術を用いるためよくわかる、自分にはここまで制御できないと。

 

 片方のデザートフォックスが弾切れとなり、そのリロードのタイミングを見計らって紫音が攻め込むも、高速切替によって展開された新たな武装より放たれた光線で失敗に終わる。そして、それを認識する間もなく再び手にはデザートフォックスが握られていた。

 

『ちっ、まだ試作品だけあって精度は低いな。だが威力は十分そうだ』

 

 舌打ちをするダリルだが、一撃を躱されたような悔しさは感じられない。むしろ楽しそうだ。

 その後は、一進一退の攻防のあとに奇策により接近に成功した紫音だが、そこからの一撃もダリルに防がれる。しかも、彼女は二挺の銃を手にしたまま脚撃による打撃を交えたコンビネーションで近接戦に応戦する。

 

『なるほど、二挺拳銃による近距離格闘射撃に加えて足技による一人三位一体攻撃。さながら三つ首を持つケルベロスというわけですか。かなりアレンジが加わってますがガン・カタというものですか?』

『ち、よく知ってるな。俺の国にあった映画が元なんだが、まぁ足技加えたせいであんま原型残ってないけどな。そんでこいつらが俺の相棒のハデス』

 

 ひとしきりの攻防が終わり距離が離れ、お互いが一息つくかのように語りかける。

 いつの間にかダリルの脚部装甲も変化しており、彼女の足技の威力をより高めるようになっているようだ。

 

「す、すごいッス!?」

「フォ、フォルテちゃん? ちょっと興奮しすぎじゃないかしら?」

 

 もともと二挺拳銃、二刀流という戦い方をするフォルテにとって、ダリルの試合からは得るものが多い。フォルテは持ち手の武器を状況により切り替えるのだが、ダリルは基本的にハデスだけで射撃と打撃を行う。それをそのまま適用することはできないが、その戦い方やスタイルはフォルテに大きな衝撃を与えた。

 

「ウチも、あんな風に戦いたいッス!」

 

 フォルテは目の前の戦いを見ながら、一つの決意を固めたのだった。

 

 さて、試合は終盤。授業の時間も終わりが近づいており千冬からも五分以内の決着を要求された。

 二人も意識を切り替え、次撃での決着を覚悟する。

 

 一瞬の攻防の後に交差する二人。

 紫音の凄まじい勢いの突きは……ダリルの胸元へと突き刺さる。

 

『そこまで!』

『……大したもんだ』

『ありがとうございます』

 

 千冬の終了宣言にて、模擬戦の勝者は決定した。

 

『でも……届きませんでした』

 

 ハデスの一つに突きは防がれた上でもう一つのハデスの銃口は紫音に向けられている。既にそこから発せられた射撃により、紫音のエネルギー残量はゼロとなった。

 

『いや、届いていたぜ』

 

 ニヤリと笑いながらダリルがそう言うと、ネームレスを防いでいたハデスが砕け散る。

 

『ったく、防御用の盾も兼ねてるからそうそう壊れるようにはできてないんだがな。ま、ケルベロスの首の一つが堕ちたんだ。だからまぁ……引き分けだな』

 

 若干、自分のセリフに酔ったような雰囲気を醸し出しながらドヤ顔をするダリル。紫音も若干引き攣った表情をしつつ、楯無は生徒会に勧誘するチャンスだから我慢しろ、と視線を送る。

 

「紫音ちゃん、あのドヤ顔は確かに腹が立つけどここは我慢よ……」

 

 そして一方のフォルテは……。

 

「か、かっこいいッス……!」

 

 目をキラキラさせながらダリルの方を見つめていた。

 彼女はもうすっかりダリルに心酔してしまったようだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 紫音の善戦もあり……本人は内容に納得してないようだが、ともあれダリルは生徒会へ入ることが決まった。既にそれぞれの面通しも済んでおり、彼女は正式に生徒会へ所属したことになる。

 

「おぅ、フォルテか。どうした?」

「先輩、ウチにもあの戦い方をいろいろ教えてほしいッス!」

 

 先日の歓迎会で、ダリルはフォルテの戦い方が似ていると指摘し、フォルテもあわよくば教えてもらおうと考えていた。と、いうより何かとフォルテのことを何かと弄ってくる同級生たちに対して、そういう扱いの一切ないダリルに懐いてしまったようだ。もっとも、フォルテは別に弄られるのが嫌いではないのだが。

 

 その後ダリルは丁寧にフォルテに指導した。自分の戦い方をフォルテに適用させて、そのままを教えるのではなく相手に適切なアレンジを加えて教える。言動はおおざっぱだが、意外と面倒見がよいのだ。

 

「とりあえずいいんじゃねぇか? 今後は反復練習と実戦あるのみだな。あとは展開速度と思考速度を鍛えろ。状況に合わせて無意識でも対応できるようになればOKだ」

「ありがとうございます、ダリル先輩! とってもわかりやすかったッスよ! う~ん、やっぱりカッコいいッスね。でもせっかくこんなカッコいい戦い方ができる二人がいるんなら合体技みたいのがあればもっといいッスよねぇ……」

「あぁ? いまなんて言った?」

 

 二挺拳銃による近接格闘、まるで演武のようなその動作は見栄えはいいものの実用性は低いとされてきた。故に、映画や漫画などでは見かけても実際にそれは実戦レベルで使いこなせる人間は少ない。 

 それを独自のアレンジを組み入れて使いこなすダリル、そして亜種とはいえ似た戦法を使うフォルテ。

 アニメなどで合体技やコンビネーションといったものを見て憧れていたフォルテとしては、ただ願望を口にしただけだったが、その言葉を聞いた瞬間ダリルの雰囲気が変わる。

 

「あ、じょ、冗談ッスよ? さすがにそんな暇ないッスよね!」

 

 急変したダリルの様子、フォルテも慌てて撤回する。自分の発言が何か触れてはいけない彼女の琴線に触れたと思ってしまったからだ。だが……。

 

「いいじゃねぇか。よし、完成まで放課後は付き合ってやる」

「え、ちょ、乗り気ッスか!? 確かに憧れるッスけどそこまで……あ、なんか目がヤバいッス!」

 

 確かに、琴線に触れていたようだ……ちょっとフォルテの想像とは違ったようだが。

 

「とりあえず、今からもう一度寮の門限まで特訓だな、行くぞ!」

「え、門限ってまだ5時間くらいあるッスよ!?」

 

 しかし、彼女の叫びが聞き入れられることはなく、やる気になったダリルによって訓練場へと再び引きずられていったのだった。

 

 

 

「うぅ、まさかあんなに張り切るとは思わなかったッス……でもまぁ、楽しかったしコンビネーションもかなりいい感じだからいいッスけどね! それに、いいこと言ってたッス」

 

 自室に戻ったフォルテはシャワーを浴びながら先ほどまでのやり取りを振り返る。

 

『あぁ? ルームメイトに仕返ししたいけど、できない? なんだ、そいつ強いのか?』

『いや、別にそういう訳じゃないんスけど、逆らえない雰囲気というかこれ以上手を出してはいけない気がするというか……』

『ったく、いいか? 別に喧嘩してる訳じゃねぇんだろ? だったらじゃれ合いみたいなもんじゃねぇか。相手だってやり返されるのは覚悟の上だし、お前としてもやられたらやり返せ』

『そ、そうッスよね! このままじゃ楯無にもやられっ放し……こうなったら下剋上ッス! まずは手始めにフィーに……』

 

 ダリルは別にそういうことを言いたい訳ではないのだが、フォルテはもはやそれどころではなかった。そして、まさかダリルもフィーとのやり取りがデザートの取った取られたの争いだとは思いもしなかった……。

 

「くっくっく、見てるッスよ、フィー。ダリル先輩の言う通り。食っていいのは、食われる覚悟のある奴だけッスよ! 食べられたら食べ返す、倍返し。いや、100倍返しッス!」

 

 決意を新たに宣言するフォルテだったが、興奮のあまりその声はルームメイトに筒抜けだった。

 翌日、冷蔵庫の中にフィーが仕掛けた激辛ゼリーを口にしたフォルテの叫び声が寮内に響き渡ることになる。

 

 彼女が下剋上を果たすのはまだしばらく先のようだ。

 

 




なんとか今月中に投稿できました。

今月から本編のストックがなくなった上に多忙になってきました。

本編の週一は維持させつつ、余裕ができ次第こちらも投稿になります。

次話もなんとか10月中に……。毎日投稿してる人、尊敬します。


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