赤鬼転生記~クロスオーバーオンライン~ (コントラス)
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Prolog

「えー、2057年に実施されたチップ移植を皮切りに犯罪は減り、2148年には病人患者も少なくなって――」

 

 

 社会科担当の男性教諭の声が静かな教室に響く。

 教諭が口にする言葉の一句一句、板書されていく説明文を眼前にある空中モニタにタイピングして書き込む。

 紙が使われなくなって久しい昨今。記録は全てデータ化される。紙の臭いが懐かしい。

 

 

「あー、では須崎原(すざきはら)君、次のところを読みなさい」

 

「はい。2152年に設置されたマザーコンピューターが日本政治に介入してから――」

 

 

 無気力に返事をした俺は、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。手に教科書はない。電子化された教科書が、机と一体化したパソコンのモニタに映し出されている。

 教諭に言われた通りの箇所を目で追って読み上げていく。ページを捲る音やノートに書き込む音はない。カタカタとタイピングする音だけが教室に響いている。

 

 居眠りする生徒すらいないというのは少し寂しい気もするな。

 まぁ、睡眠欲もマイクロチップでコントロールできてしまうのだ、誰も好き好んで怒られたくはないだろうし、眠気ぐらいは払って当然か。

 

 マイクロチップ……俺達の脳には赤ん坊のときに埋められるものだ。所謂GPS機能に脳波に作用して感情や欲求の抑制、他者との交信までできてしまう優れ物だ。

 普及した当時はプライバシーや人間としての権利等と騒ぐ者も多く、反発される要素が多いものであったが、普及してみれば犯罪の減退に繋がり、病死者さえ減らせてしまったのだから何も言えない。

 

 現在は2237年5月26日。技術の進歩が著しく、マイクロチップに特別なソフトを内蔵して、癌やバクテリア、ウイルスを体内で駆除できてしまうらしい。病院は専ら怪我でいくことが多い。

 栄養管理もコンピューター。自動車や飛行機に船、モノレールも文字通り完全な自動操縦。ジャンクフードは衰退というか、この時代にはポ○チとじゃが○こ、カ○ルなんて存在しない。栄養価の低い食べ物や飲み物は時代の波に浚われて消え失せた。

 逆に、音楽や絵画、スポーツはいまだに健在だ。ただ、格闘技はなくなり、近代科学が取り入れられ少し形を変えてしまっているが……。

 

 娯楽が減ったこの世界だが、VR技術は凄い。

 今俺の机の上にある空中モニタもそうだが、ちゃんとした通信機きを使えば、交信相手の立体的な姿が浮かび上がる。

 どんな仕組みかは知らないが、蟀谷を二度人差し指で叩けば、会話のログを眼前に映し出すことができる。

 

 と、まぁ科学力スゲェって話だ。

 

 俺、須崎原 宏壱はそんな行き過ぎた科学のある世界で生きている。



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第一鬼

宏壱の名字を山口から須崎原に変更しました。


 俺がこの世界で目を覚ましたのはとある女の腕の中だった。

 心配気に俺の顔を覗き込む女を他所に、周囲の状況を確認したことを覚えている。

 経験上、世界を渡って直ぐに危険に晒されることはないと知っていたが、やはりそれも絶対とは言い切れない。

 

 まぁ、その心配も杞憂に終わったけどな。

 俺がいた場所はマンションの通りみたいだった。幾つもの扉が並び、高い柵の外から風が吹き込む。

 空は暗く星々が夜天を彩っているのが見えた。

 

 

──ねぇ、大丈夫? お母さんは? どうしてここにいるの?

 

 

 赤い瞳の女が俺に声を掛けてくる。

 背は140前後。童顔で青みがかった長い黒髪をストレートに下ろし、頭部にシンプルな赤いカチューシャ。そして目を引くのは顔と身長の割りには大きな胸部。俺の推定Gカップ。

 ただ、俺に目線を合わせるためか、前屈みになっていたから余計に大きく見えただけかも知れない。

 

 その女の名は須崎原 なぎさ。俺の母親になる……いや、俺の母親だ。

 

 ◇

 

 それももう12年も前の話だった。

 いつもは親なんていなかった。今回は何故か母さん(お袋呼びをしたら泣かれた)の家の前に転生(転移)した。

 それから戸籍を作ってマイクロチップを入れて、指紋登録、声紋登録、網膜登録をした。

 このみっつの登録は必須らしい。声紋と網膜は使いどころが少ないが、指紋は結構使う。

 この世界にキャッシュは存在しない。全て電子マネーだ。で、電子マネーを貯める口座があるのだが、まず国民にはコードの記されたカードが配布されている。これは戸籍を持っている人間全てに与えられるものだ。

 そのカードに口座番号が記録されているわけだ。で、電子マネーを店で使うにはカードを渡し機械に通す。そして指紋認証でやっとこさマネーを引き出せるのだ。

 要は本人確認のために登録しておく必要があるってことだ。

 それ以外にも、犯罪者の特定が非常に容易になったというのも大きいか。

 

 電子マネー化されたことで強盗の類いは格段に減ったが、ハッキングして電子マネーを盗むなんて技術が確立した時代があったらしいが、それもマザーコンピューターのプロテクトが全てを防ぐってんだから凄い。

 国民の金は全部マザーコンピューターが管理しているってわけだ。本人(・・)に聞いたから間違いない。と言っても、これは周知の事実だけどな。

 

 

「コー、聞いてるのか?」

 

 

 俺を回想(世界観説明)から引き戻す声が隣から聞こえた。

 

 

「あ? ああ、聞いてる聞いてる。今日の晩飯だろ? うちは多分──「全然聞いてないだろ!? 誰が人ん家の晩飯に興味あるんだよ!?」──……じゃあなんだよ。お前と話すことなんて飯以外に何があるんだ?」

 

「もっとあるだろ!? 俺とコーの関係は飯だけか!?」

 

 

 俺をコー、コーと呼ぶこの男、若干くすんだ金髪を短く整えた残念イケメン、柴波(しばなみ) 雄介は初等科4年からの付き合いだ。

 顔は整っていて、10人いれば7、8人はイケメンだと答えるだろうが、掛け算の九の段ができないという知能の低さが目立つのだ。

 つまり、黙っていればイケメン。口を開けば阿呆イケメンである。

 

 

「で? なんだよ。俺は今から帰って晩飯作らないといけないんだが?」

 

 

今日の授業は6限。現在時刻は3時半過ぎ。既に放課後を迎えている。

 

 

「はーっ、よくやるよな。料理なんて調理ロボに任せればいいのに」

 

「人の暖かみがないだろ」

 

 

 調理ロボというのは、まぁ、そのままだ。材料を入れて、インプットされたレシピを設定すれば10分ほどで料理ができるという、100年ほど前に普及された機械だ。

 今では一家に2台はあると言われているが、(うち)にはない。母さんが嫌うから買っていないのだ。

 昔は家にもあったんだが、機械で作られた料理ってのはどうも暖かみを感じない。いや、料理自体は出来立てでほかほかあつあつなんだが、俺の気分的な問題だ。

 

 それがあって、一応設置されていたキッチンで俺が料理をしてみた。使わないから色々と掃除が必要だったが……。

 まぁ、簡単な物しかできなくてスクランブルエッグとベーコン、あとはキャベツとレタス、トマトを盛ったサラダを作って母さんに出してみた。

 結果は大好評だった。味付けなんて塩こしょうだけだし、焼き加減なんててきとうだったんだが。

 とまぁ、そんなわけで我が家は料理ロボはお役御免となって、手料理を振る舞うことになっている。

 他人から見れば物好きってことになるらしいけどな。

 

 

「ってだから違うって!」

 

「違うのか?」

 

×(バツ)オンの話だよ! ×オンの!」

 

「はぁ、またそれか。好きだな」

 

 

 ×オン……クロスオンラインは数ヵ月前にサービスが開始された今話題のVRMMOだ。

 ロボット産業も然ることながら、VR技術が飛躍的進歩した現代。その技術は娯楽方面に著しい成長をみせていた。

 

 例えばスカイダイビング。実際にやるとなれば命の危険もあるが、VRで行えば安全だ。脳に特殊な信号を送って、眼だけでなく、風を肌で感じ、匂いを鼻で感じ、落下する浮遊感を味わえる。

 太陽の近さや空の広さをリアルに感じられる。それこそ実際に空を飛んでいるのではないか? と勘違いするほどに。

 

 他にもパラグライダーや雪山を登ったり海中歩行さえできてしまう。

 普通ならできないことをしたり、道具が必要だったりと面倒なこともない。

 そうして安全にリアルに体験して、ノウハウを身に付けて実際にトライしてみて嵌まる、なんて人も少なくはないらしい。

 何かしらの技術を身に付けるのにも便利で、普通なら失敗できない場面でもVRで失敗して学べば、本番では上手くできるなん例もある。

 仕事や遊びに幅広く活用されているのがVRなんだが。

 取り分けゲームに関しては凄まじいと言えるだろう。

 モンスターと戦ったり、戦争に参加できたり、魔法を使ったり、格闘技を身に付けれたり、超絶な美少女と恋愛できたり。とまぁ色々あるわけなんだが、その中でもVRMMOが人気だ。

 学校の友達か、会社の同僚、家族、恋人、はたまた赤の他人か……ともかく、交遊関係に大きな広がりが得られる。話題も増えるしな。

 

 閑話休題(っと、話を戻そう)

 

 ×オンは過去のアニメや漫画、小説、映画に至るまでのヒーロー、ヒロインと一緒に冒険したり、食事したり、語らいあったり、戦ったりできるゲームだ。

 それこそ、200年前の物語の英雄達が目の前で動く姿は圧巻ものだろう。

 

 何故俺が200年前と言ったかというと、実はアニメや漫画、小説、映画なんかの創作物はかなり廃れている。

 というのも、どれも似たり寄ったりのストーリー性で面白味がなくなってしまったことが原因らしい。

 異世界に行って魔王と戦ったり村人に紛れたり召喚者に裏切られたり。

 過去にタイムスリップして武将の主、或いは部下になったり。

 学校や会社でのんびり駄弁ったり。

 スポーツで優勝したり地球が滅んでその原因と戦ったり。

 VR世界に閉じ込められてデスゲームに巻き込まれ、辛い目に遭いつつ解決したり。

 空から女の子が降ってきたり小動物に魔法少女にされたり。

 と、まぁ俺が実際に経験した感じの物もあったりするのだが。

 

 またも閑話休題(取り敢えず話を戻して)

 

 要はマンネリだ。マンネリの所為で日本の文化が衰退の一途を辿った。

 で、求めたのが実際に体験してみよう。ってことらしい。

 先に言ったようにできないことをやってみる。それが冒険したり、戦ったりってことに繋がっていった。

 その水面下で動いていたのが、過去に存在した物語の中の登場人物達と話してみたいというものだった。

 衰退の一途を辿った、そう言ったが、やはり面白いものは面白い。

 年月を越えて再放送されたり、配信されたりと過去の作品は現代でも見られ、読まれている。

 昨日はハム○プトラ3をテレビで見た。名作は今でも愛されているってことだ。

 で、だ。愛された名作達がVR化されないわけがない。ただ、ストーリーをなぞるだけでは詰まらない。

 一緒に笑い、泣き、怒り、喧嘩し、喜び、分かち合う。時には共に強敵に挑み、時には安息を共にする。そんな日々をヒーロー達、ヒロイン達と過ごしてみたい。

 決まった台詞ではなく。決まった表情ではない。自由に喋り、様々な表情を見せる。そんな彼ら彼女らが一堂に会いしたら。そこに自分も混ざれれば。

 そんな想いがVRの発展と共に開発者、技術者の中で燻り始めたのが約150年前。そして完成したのが1年前。サービスの開始が数ヵ月前、らしい。

 まぁ、全部受け売りだけどな。

 

 

「いや、面白いってほんと! 俺まだ誰ともあってないけど、フレンドは緋弾のアリアのジャンヌちゃんと、一緒にタワーに入ったことあるって聞いたんだ! レベルも高くて(すんご)い強いらしいんだよ! あと可愛い!」

 

「本音はそれだろ」

 

「いや、まぁそうなんだけど……。ほ、ほらっ、コーもやろうぜ! 楽しいからさっ!」

 

「考えとくよ。じゃあ俺もう帰るからな」

 

 

 ニカッと快活な笑みを浮かべる雄介に告げて立ち上がり、机の横のフックに掛けていた弁当とキーボードの入った薄い学校指定の革製ハンドバッグを手に教室の出口に向かう。

 

 

「おう! また明日な!」

 

 

 底抜けに明るい声に、後ろ手でひらひらと返し、教室を出た。




因みに、自分は似た作品が多い! などと思っていません。
異世界転移物、主人公強い系大好きです。ただ、このまま増え続ければ遠い未来そんな時代も来るのかな。なんて思っただけです。


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第二鬼

 揺れもなく、流れていく景色をモノレールのボックス席の窓から、通信回線を開いて交信しながら眺める。非常に静かな車内には俺の他にも幾人かの学生の姿があった。

 外の景色は異様に高い位置にある。たしか、地上20mに車体を吊り下げるレールがある、なんて聞いたことがあるな。

 外には数百mもある超高層ビルが建ち並んでいる。病死が激減してしまい人口が増加した日本は、マンションを高くすることを選んだ。

 メカメカしいなんてことはないが、雲を突き抜ける高さのビル群には圧倒されたことを覚えている。

 前のどの世界でも、これほどの物は見たことがない。

 

 

「うん、ごめん。今日バイトでさ、晩は外で食べる」

 

『むー、しょうがないなー。じゃあ今日もリナちゃんと二人で食べるよ』

 

 

 蟀谷に指を当ててする母さんとの交信内容は飯の話だ。

 学校を出てモノレールに乗って暫くすると、母さんからの通信コールが頭に響き、通話に出ると、今日の夕飯は何か? と問う声が聞こえてきたのだ。

 それに答えて、今日は一緒に飯を食えない旨を伝えたのだ。

 

 

『そ・れ・で、バイトの内容は?』

 

「秘密だ。押し掛けられても困るしな」

 

『ぶーぶー、ケチー』

 

 

 抗議の声に笑って誤魔化す。

 俺は割りのいいバイトをしている。ある意味では接客業なのだが、押し掛けられるような場所ではないし、少々荒っぽい仕事だ。

 育ててくれている母さんに秘密にするのは心苦しいが、知られると相当な心配を掛けてしまうことは間違いない。

 

 

「そんなことよりも、リナにはちゃんと食べさせてくれよ? ほっとくとアイツ栄養補充食しか食べないからな」

 

 

 人間が1日に必要とする栄養成分が全て詰まった無味無臭のパンのことだ。カロリーも十二分にあり、保存も効く。

 災害時にはうってつけの食べ物だが、如何せん味気ない。あれでは肉体は健康を保てても、気分が滅入ってしまう。一時期、うつ病になる者も多かったらしく、食すのに制限が掛けられた物でもある。

 

 

『それはお兄ちゃん(・・・・・)の役目じゃないかな?』

 

「……母さん、アイツが俺のこと嫌ってんの知ってるだろ? 言っても無視されて終わりだって」

 

 

 アイツ……リナとは血の繋がりはないし、アイツは俺をかなり嫌っている。家にいても無視されるし眼も合わせてくれない。

 が、2歳年下の可愛い妹であることに違いはない。身体を心配するのは当然だと俺は思っている。

 

 

『そうかな? 私には困っているように見えるけど……?』

 

「母さんは抜けてるからな。俺と見解の違いが出てきても仕方ない」

 

『えー? その言い種はヒドくないかな? かな?』

 

「事実だろ。前例がなきゃ俺もこんなことは言わない。ちょっと前に、俺のパンツを穿いてたことがあったろ」

 

 

 母さんは今の時代、稀に見る天然だ。よく俺の服を着て、「今日服がブカブカするー。伸びちゃったかなー?」なんて言って見せに来たことがある。

 袖と裾が余りまくった姿は我が母のことながら可愛いが、「なんでだろー?」と疑問符を浮かべている姿には頭が痛くなる。

 

 

「そんなことより、用意だけはしとくからさ、頼むよ」

 

 

 俺は語りきれないエピソードを端に追いやって、ズレた話題を修正する。

 

 

『……もう、しょうがないなー。家族の団欒に参加しないんだから、今度のお休みの日に買い物、付き合ってね』

 

「それくらいなら幾らでも」

 

『約束だからねー』

 

 

 母さんはウィンドーショッピングが趣味だ。休日は大体何処かショッピングビルに出掛ける。

 今はみんな通販を利用するんだが、足を運びたいって人も少なくない。

 大型のショッピングモールのようにやたら広いなんてことはなく、何十階ってビルを全部ショッピングセンターにしてある。

 しかも、ビル内にモノレールのホームがあり、駅からショッピングビルまで徒歩ゼロ分と利便性もある。

 

 

『それと、バイトの――え? もう休憩終わり? ……そんなぁ。息子との語らいくらい自由にさせてほしいなぁ。……うん、分かったよ。次のイベントのためにプログラムを見直さないといけないのは知ってるから。……ごめんね? もうお仕事だって』

 

「気にしなくていいよ。母さんは結構な役職に就いてるんだろ? 忙しいのは知ってるからさ」

 

『話の分かる息子でママ嬉しいなー。……それじゃ、私は仕事に戻るね』

 

「ああ、飯は作っとくから温めて食べてくれ」

 

 

 母さんも忙しそうだし、早めに通信を切ろうとしたところで『あ、忘れてた』と声が聞こえた。

 

 

「うん? なんだ?」

 

『今度、良い物持って帰るから、期待しててね』

 

「は? いや、ちょっ――切れた。良い物ってなんだ? またVRゴーグルか?」

 

 

 言いたいことだけ言って通信を切った母さんに嘆息しつつ、予想をつける。

 この世界は争い事ってものが少ない。それが悪いとは言わない。平和なのはいいことだ。いいことなんだが、どうも俺には退屈だ。

 人生の全てを闘争に捧げてきた。そうは言わない。が、俺も幼少の時代は平和に生きてきた。だが、その先には必ず闘争が待っていた。

 無駄な殺生はしたくない。が、やはり命の遣り取りはしたい。生きているという実感が欲しいのだ。

 

 母さんはゲーム会社に勤めている。開発部に所属していて、今流行りのゲーム製作の主任なんだそうだ。

 いや、もう完成して、サービスは開始されているから運営チームになるんだっけか?

 ともかく、仕事では優秀らしい。想像もつかないけどな。母さんは仕事を家に持ち込まないから、俺が知らないだけかもしれないけど。

 そんな母さんは、俺が退屈していることに気付いているらしく、VRを次々紹介してくれる。自分が関わったものから関わっていないものまで、な。

 

 

――三熊駅~、三熊駅~。お降りの際は、足元にご注意ください。

 

 

 調度俺が降りる駅だ。このアナウンスだけは昔から変わらない。

 耳障りのいい車内アナウンスを聞いて、気分よくモノレールを降りる。あとはこのビルの中にある食材売り場で買い物をして、家路につくだけだ。

 

 それから俺は献立を考えながら店を回り、ビルを出て家路を辿った。



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第三鬼

 チン。

 

 浮遊感もなくエレベーターは我が家がある超高層マンションの167階に着きドアがスライドして開く。

 167階……ここでこのマンションの3分の1ほどの高さだ。

 超高層とは言ったが、この世界の、この時代ではこの程度の高さのビルはざらにある。

 

 俺の両手にはショッピングビルで買った今晩の食材と明日、明後日分の食材が入っているビニール袋があった。

 我が家はエレベーターを出て通路を真っ直ぐいった突き当たりにある。

 ひとつの階に部屋は20。真上から見るとマンションはロの形をしていて、空洞には遊具があったりベンチがあったりと憩いの場になっている。

 木々や草花も植えられていて、プログラムに沿った飼育方法で管理されている。健全に身体を動かし、自然に触れようってコンセプトらしい。

 雨が入らないように無色透明のパネルでロの空洞は蓋をされている。

 

 ビニール袋を足下に置くのも憚られたので、右手に持っていたビニール袋を左手に持ち替えて家専用のカードキーを制服のポケットから取り出して、ドアノブの上にある認証コードに翳してロックを解除する。網膜認証でも構わないのだが、そこまでしゃがむのもしんどい。

 

 

「……ただいま」

 

 

 ガチャンとロックが解除されたドアを引いて開けて、返ってこないと分かっていながらも家中に声を掛ける。

 廊下やリビングの方で灯りが点いているのだから誰か……義理の妹がいることは確かなのだ。

 時刻は6時前。母さんは大体7時半ごろに帰ってくるからまだまだ時間はある。

 同じ中等部ではあるが、アイツと俺の通う学校は違っていて、アイツの学校の方が近い。

 まぁ、俺は買い物して帰るし、同じ学校でも遅くなるのだが。

 

 

「ただいま」

 

「……」

 

 

 ガチャリとリビングの戸を開けて出てきた深い緑の髪を赤く丸いビーズがふたつ付いた髪紐で左サイドポニーにした小柄な少女、妹のリナに声を掛ける。が、我が最愛の妹は俺に一瞥をくれることもなく横を素通りする。

 その空のように青く清んだ瞳は俺と眼が合うこともない。

 

 母さんとリナは髪色や瞳の色が違う。リナが父親似になわけじゃない。そもそも母さんは結婚してないしな。

 簡潔に言えば、血の繋がりはない。まぁ、あってもそこら辺は違ってくるらしいが。

 理由はふたつ。ひとつはマイクロチップによる影響だと言われている。

 詳細までは分からないが、髪や瞳の色素に作用するって話だ。研究は進められているが、解明できた者はいない。

 もうひとつは体外受精による影響らしい。

 俺がこの世界にきて一番驚いたのは子供の作り方だ。婚姻関係の男女が精子と卵子を病院に提出し、ドデカいポットの中で受精させて生後一ヶ月まで一週間で成長させる。

 それで終わりだ。S○Xなんて言葉はこの世界にはない。男女のスキンシップはキスまでだ。しかもソフトなやつ。

 S○Xによる病気のリスクを考えた結果らしい。少し過敏すぎるとは思うが、もう100年以上前から施行されている。今更どうこう騒いだところで何も変えられないだろう。

 勿論、そういった行為が法律的に禁止されているわけではなく、一般的に知識が失われていっただけの話で――話が逸れた。今は髪と瞳の色だったな。

 体外受精を何世代にも渡って続けた結果、遺伝子に変化が起きたらしい。知能指数が通常の人間を遥かに上回る者が産まれたり、身体能力が高かったり、動体視力、反射神経、記憶領域、演算能力、とまぁ上げれば切りはないが、要は優秀な人間が産まれやすくなった。その副作用、まぁ遺伝子の変化が一要因だろうって話だ。

 

 閑話休題(ホントどうでもいい話だが……)

 

 これが俺と妹の関係だ。現状、会話どころか視線が合うこともない。相当な嫌われようである。

 理由は……まぁ、分かってはいるんだけどな。

 

 リナとすれ違いでリビングに入った俺は足の低いテーブルの上に食材の入ったビニール袋を置き、今晩は使わない物をキッチンにある冷蔵庫に仕舞っていく。

 リビングとキッチンは、カウンターで仕切られているだけで別々の部屋にあるわけじゃない。

 まぁ、あった壁を母さんが取り払ったんだけどな。「息子の主夫姿、それを見なくて立派なママとは言えないんだよ!」とドヤ顔で言われたときは呆れて言葉もでなかったが。

 

 それはさておき、今日は簡単に味噌汁とご飯、だし巻き玉子とマカロニサラダで決めようか。

 

 冷蔵庫に買い置きした食材を入れた俺は、学校指定の革製の薄いカバンを自室に置き、エプロンを身に付けて調理に取り掛かった。

 

 ◇

 

 現在時刻は7時前。料理も作り終え、今俺は自室で身支度をしている。

 必要な物は身分証でもある認証カードだけ。これと俺の身体さえあれば、俺の口座から電子マネーが引き落とされるからな。特に持ち歩くべき物はない。

 済ませたのは着替えだ。学校の制服から私服に。

 

 

「さて」

 

 

 自室を出てひとつ息を溢す。返事はないだろうが、家族として当たり前のことをするのに少し緊張する。

 まぁ、結果はいつも通りなのだろうが。

 

 自室を出て部屋をひとつ飛ばした戸の前に立つ。玄関に一番近い部屋だ。

 飛ばした部屋は母ちゃんの部屋で、その奥が俺の部屋。通路を進むとリビングになっている。

 俺達の自室の前には風呂、トイレ、物置き部屋がある。

 

 我が家の間取りはともかくとして、俺の緊張はリナに出かける旨を伝えるからだ。

 

 コンコン、と戸を手の甲で叩く。

 遠い未来であっても、来客を部屋の中にいる人間に知らせる手段はノックだ。

 廃れる物もあれば、伝統的(そう言っていいのかは微妙だが)に残っている物もある。

 

 

「リナ……俺、バイトにいってくるから、母さんが帰ってきたら一緒に飯食うんだぞ」

 

 

 ノックして部屋の中にいるリナに声を掛ける。

 入らないのはリナが年頃の女の子であるのもそうだが、何より入ったところで俺の存在は無視だ。

 

 案の定返事はない。想定通りだ。悲しくはない。いつも通りだからな。別にへこんでない。これが当たり前なんだ。

 

 と、まぁ、自分に言い聞かせたところで落胆は隠しきれないが、これも俺自身が招いた結果だ。文句を言えるものじゃない。

 

 

「……それじゃ、いってくる」

 

 

 返事はないと分かっていても数分部屋の前で待つ自分に我ながら女々しいと思うが、性分だ……治せそうもない。

 

 家を出てエレベーターに乗り、地下の駐車場まで下りる。

 地上から数km下に掘られて作られた

 そこにはエアカーと呼ばれるタイヤのない車が、白線の枠の中に何台も並んでいる。

 住民専用の駐車場で、部屋ごとに止める場所が決められている。

 俺達、須崎原家の駐車場は地下57階にある。

 

 地下57階に着いたエレベーターから出ると、メタリック色なデザインの車が並んでいる駐車場がある。

 駐車場を照らすのは、天井一面に嵌められた発光する1m四方のタイルだ。

 

 自動運転でエンジンを掛けると地表から50cm浮いて走行するこれらは、デコボコ道や凍結した道を気にする必要のない物だ。雨が降ったときにできる水溜まりを飛ばすこともないしな。

 

 

「よっと」

 

 

 目的の場所、我が家に定められたスペースに着き愛車に跨がる。マイバイクだ。

 SX-2500。120年ほど前に流行したモデルだ。

 バイクもエアバイクとなっているが、俺のはタイヤがついている。まぁ、エア系統に煽りを受けて使われなくなったタイプだな。

 動力はエアバイク同様電気で、燃料エンジン独特の音と臭いはなくて面白味はないが、時代がそうなのだから仕方ない。

 

 と語ってみたが、VRには昔ながらの車やバイクに乗れるのだが。

 

 

「起動」

 

 

 ウゥン。

 

 静かな駆動音。声紋認証と共に起動したSX-2500は充電状況や走行記録、車体の状態を空中モニターに投影する。

 数秒してallclearの文字が出て、問題ないことを俺に伝えた。

 

 

「それじゃ、いこうか」

 

 

 一声掛けてから右手のアクセルを回して発進させる。地上に出るには専用のエレベーターがあり、そこまでバイクを進めた。

 

 

「地上一階」

 

 

 ボタンを押す必要はない。声でエレベーターはしっかりと認識してその通りに動いてくれる。便利な世の中になったもんだ……なーんて年より臭いことを思わなくもない。

 

 数分して到着したエレベーターにバイクに跨がったまま乗り、地上に出る。そとはすっかり暗い。

 俺はそのまま車道に出てバイクを走らせ、バイト先へ向かうのだった。



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第四鬼

 そこは日本の中心。物理的にではなく、対外的にだ。

 経済、政治、情報、他にも様々なものが集約されている。今の日本を動かしている中枢と言える。

 

 バイクで駆ける俺の眼前には三角柱の形をした建造物がある。周囲には数kmに渡って木々が広がっている。

 我が家から車で優に数時間は掛かってしまう場所にそれはある。俺のバイト先だ。

 マザーハウス⋯⋯それがあのビルの通称だ。正式名称は長くて覚える気にもなれない。まぁ、テストにさえマザーハウスで出てくるんだ、問題はないだろう。

 

 木々の間を迷路のようにいりくんだ通路を進む。ジョギングコースとしても使われるここは、正しい道を進まないと中心のマザーハウスに辿り着けないように設計されている。

 理由は多々あるが、一番は自国企業、他国からのスパイ対策だ。

 当然道を知っているやつの後ろを付ければ辿り着けるのだが、そこはこちら側の腕の見せ所である。如何に上手く追跡者を巻けるかのな。

 

 

「まぁ、基本、マークされてるのは政府の要人で、俺みたいなガキが目を付けられることはまずないんだけどな」

 

 

 とはいえ、用心に越したことはない。わざと遠回りに、右へ左へと進路を変え、速度を上げる。

 今の時代、人工衛星からでも鮮明な監視ができる。と言っても、ここ一体の区域はジャミングされててボケるらしいが。

 ただ、この区域に入るまでは見れてしまうわけで、頻繁にマザーハウスに近付く姿を見られたら怪しまれる可能性は大きい。

 まぁ、犯罪の少ないこの時代で、俺だと判別できたとしても、監視する側は何をするでもないけどな。

 

 15分ほどマザーハウスの周囲を走り続け、ようやく正規のルートを通る。

 付ける影はないし監視されているような気配もない⋯⋯いや、ひとつだけマザーハウスに近付いたときから俺を見る眼があるが、それは関係ない。

 ともかく、問題はないと思っていいだろう。

 

 正規のルーに入って5分ほどすると、遠目から見えていた三角柱の建造物が正面に姿を見せた。

 言葉通りに天を突き抜けるほど高く(そび)え立つマザーハウスに近付く。

 直径10mには高さ2mの柵があり、外からの侵入を拒んでいる。

 

 俺がマザーハウスの門に近付くと、門は自動的にスライドして開く。備え付けの防犯カメラで俺の姿を確認したんだろうな。

 

 開いた門を通り、指定されている駐車場にバイクを止めてマザーハウスの唯一の出入り口であるガラスの自動ドアの前に立つと、左右にスライドして開く。

 

 屋内は緑の薄暗い電灯が照らす。部屋の中心にはドウナッツ状のカウンター。受付だ。

 だが、今は誰もいない。日中なら誰かしらいるんだが、7時が定時のここはもう誰もいない。薄暗いのもそれが理由だ。

 そもそも俺は受付は関係ないのだから誰かいても意味はないのだが。

 

 いつものように入り口から向かって右側のエレベーターに乗り、「シークレット」と呟く。

 

 

「っ、急の点灯は止めてくれって言ってるだろ」

 

 

 エレベーター内も薄く照らされていただけだったが、俺の呟きに呼応するように明るく中を照らす。

 突然増す光量に眼を細めて誰に言うでもなく苦言を呈する。徐々に眼が光に馴れてきた頃、エレベーターのドアが開く。

 エレベーターの外は、大きなドーム状の部屋になっている。高さ10mほどの天井に端から端まで500mはある広場。ここが俺のバイトの仕事場だ。

 

 

『時刻通りですね、宏壱』

 

 

 部屋の中心まで進むと、背後から抑揚のない女の声が掛けられる。

 振り向けば桃色の髪を羽の髪飾りで特徴的な団子にした長髪の女がいた。緑と白を基調とした服の胸部は大きく盛り上がり、ミニスカートから覗く太股はむっちりと肉感的で俺の情欲を誘う。

 問題なく美少女と言っていいその女は、“恋姫夢想”という作品に出てくるヒロインの一人、“劉備玄徳”またの名は“桃香”だ。そして何より、嘗て俺が愛した女でもある。



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第五鬼

「よう、マザー。仕事はまだか?」

 

 

 特に無駄なことを言わず、桃色の髪の女に声を掛ける。姿はやはり“桃香”そのものだが、中身は全く違う。

 

 

『おや? あなたの好みではありませんでしたか? メモリーに記録されていた姿だと思うのですが』

 

 

 どこか機械的な声で首を傾げながら言う。

 マザーの実体が目の前にある訳じゃない。あくまでホログラムで、立体映像にすぎない。

 だから、手を伸ばして触れることも叶わない。すり抜けるのが落ちだ。

 

 それはともかく、⋯⋯メモリーってのは記憶だ。英語にしただけじゃない。俺達に埋め込まれているマイクロチップには、記憶を保存する機能がある。その機能を単にメモリーと呼んでいるだけだ。

 で、マイクロチップはネットワークに繋がっている。それは全てマザーの元に集約され、それを閲覧する力を彼女は持っているわけだ。

 要は、マザーは俺が思いでとして思い返し、脳裏に浮かべた鮮明に残る戦乱の、古代中国の戦いの記憶を見たりもできるわけだ。

 つまり、そこから蜀王“劉備玄徳”の姿を持ってきたんだろうな。

 まぁ、彼女には人としての姿はない。こうしてAI、人工知能と自己学習機能でそつなく意思疏通も可能で、自分の思うように行動できる。不便はない。

 が、彼女は幾度となく俺の前に、記憶から引っ張ってきた姿、嘗て愛した⋯⋯いや、今でも愛していると断言できる彼女達の姿で現れるのだ。バイトでここにくる度に。

 

 

「いや、好きだけどな? でも、アンタは“桃香”じゃないだろ? ってやり取りも何十回ってやってる気がするんだが⋯⋯」

 

『ええ、そうですね。先日はフェイトという女性でした。随分と器量の良い女性のようですね。慈悲深く、愛に溢れた少し抜けた方のようで──「それより仕事だろ? 早く入れてくれ。でないと心が保たないんじゃなかったのか?」──⋯⋯そうですね。残念ですが、取り掛かってください。ワクチンはそこのアタッシュケースの中に』

 

 

 自分の妻だった女の話を何も知らない人間(人格を持ったAIだが)から聞くのは気分のいいものじゃない。だからマザーの言葉を遮って話を進めてもらった。

 

 マザーが指差す場所に、言葉通りアタッシュケースが寝かせて置かれている。

 それに近付き、カシュ、カシュ、とロックを外した。蓋を開ければ入っているのは三本の注射器。注射器の中には水色の液体が入れられている。

 

 

「今日は3人か⋯⋯」

 

『ええ。住所はどの方も都心郊外。自然保護地区近辺です』

 

「そうかい」

 

 

 話ながら三本の注射器を取り、二本は懐に仕舞う。

 俺の唯一の仕事道具だ。これがないことには始まらない。

 仕事は簡単だ。暴れるウイルス感染者(・・・・・・・)の首筋に、このワクチン入りの注射を打ち込むだけだ。

 

 ネットウイルス⋯⋯俺達のマイクロチップはネットワークに繋がっている。そこから侵入してくるウイルスがある。

 150年前、とあるハッカーが日本中に広がるネットワークの海に流したウイルスだ。

 ネットワークは全てマザーコンピューターを経由して企業や組織、個人に繋がっている。そしてマイクロチップが受信して交信が可能となる。

 色々はしょったが、詳しいことは知らない。ただ、そうであるとだけ認識している。

 それはともかく、そのハッカーが流したウイルスはマイクロチップに侵入して人を意のままに操るって代物だった。

 ただ、ソイツの誤算はマザーコンピューターがソイツが思っていた以上に優秀だったことだ。

 自分のマイクロチップに打ちネットワークに流したウイルスはマザーコンピューターに届いた瞬間、速攻でワクチンソフトが作られ、駆逐された。時間にして1秒足らずだったらしい。

 が、駆除したウイルスは消滅寸前に分裂した。本物の細胞のように、分裂して成長を果たし、進化した。マザーコンピューターが作ったワクチンに対抗するように。

 そして、ネットワークを通じて人に入り込む前に更に組まれたワクチンに駆除された。

 

 それからはイタチごっこだ。進化し、駆除され、また進化する。そして、ウイルスは更に進化してマザーコンピューターに察知されないステルス機能を身に付け、潜伏し、己を偽装した。

 ネットワークにはあらゆる電子が飛び交っている。その一部に擬態する能力を得た。

 その段階で3日程度の日数が経っていたらしい。この事件は被害者もいないことから、表沙汰にされることもなかった。ウイルスを放ったハッカーは自分の予想を遥かに越えたウイルスの進化に対応しきれず敢えなく感染して⋯⋯死んだ。

 ウイルスが感染者を死なせた。感染したから死んだんじゃない。いや、ある意味ではそうだが、具体的に言うのなら、ウイルスがハッカーの身体を使って自殺させた。ハッカーはウイルスを完全に死滅させるソフトを開発していた。自分の手からウイルスが離れたとき、殺せるように。だから、ウイルスはソフトを復元できないように破壊し、ハッカーを殺した。

 でもだ。どれだけ進化しようと、マザーコンピューターはウイルスを見付け、殺し続けた。




うーん、進まないですね~。今話でバイト終わらせるつもりだったんですけど、文字数少ないと、展開が遅いです。
でも、こっちに力入れて文字数多くすると、今度は異世界召喚の方が遅くなるんですよね。
なので、これはペースをこのままに進めます。読んでくださる方、どうぞお付き合いください。


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第六鬼

 あれは今から3年前。我が須崎原家の隣には柊という家族が住んでいた。20代の夫婦と俺より2才年下の女の子の3人家族だ。

 例に漏れず、彼らも体外受精で子供を授かり、惜しみ無い愛を初等部3年生の娘に注いでいた。

 母さんが柊夫妻と仲が良く、俺を連れてお隣へ遊びにいくことも多かった。

 それもあって、お隣の女の子の遊び相手をよくやったものだ。まぁ、その女の子に言われるがままに、『浮気をした夫を叱る妻ごっこ』をしたのは死ぬほど忘れたい黒歴史だが。

 

 閑話休題(そんなことはどうでもよくて⋯⋯)

 

 母さんが「遅くなるから柊さんのお家で晩御飯を食べてね」と言った日。俺は言い付け通り、お隣で晩御飯のご相伴に預かっていた。

 その時だ。柊夫妻の様子がおかしくなったのは。

 2人とも糸が切れたマリオネットのように机に突っ伏した。机の上に並んでいた料理の上に、だ。

 突然の事態に思考が停止した俺と女の子は何ができるでもなく、ただただ2人を見ているだけだった。

 

 そして、十数秒後⋯⋯2人は同時に身体をお越し、傍にあった食事用のナイフを握り、自分達の娘に襲い掛かった。

 その動きは常人とは思えない奇抜なもので、少女の母は料理を蹴散らして机を乗り越え、父はその母の上を飛び越え、天井に指をめり込ませてぶら下がり、頭上から。

 訳の分からないその状況で俺が理解できたのは、少女の危機と柊夫妻の異常性だけだった。

 

 そして、俺の眼では手遅れに思えた。虚ろで何も見えていない瞳とだらしなく開いた口。表情が緩慢しきっているのに、動きだけは素早かった。

 2人より早く少女に飛び付いた俺は、呆然とする少女を抱き締めて転がり、立ち上がり少女と両親の間を遮った。

 それから⋯⋯少女の母親からナイフを奪い、喉を裂き、父親の脳天に渾身の力でナイフを刺した。

 詳しくは話せない。いや、話したくない、が正確か。

 この世界に来て、初の殺しが親しくしてくれたお隣さんだ。⋯⋯俺の罪は重い。柊夫妻を殺したことだけでなく、少女から両親を奪ったという意味でも。

 

 そこからは急に黒スーツの男女が5人入ってきて、柊夫妻の遺体を手早く運び出し、いつの間にか気を失っていた少女と、2人の血を浴びた俺を連れて柊家を出た。

 少女とは別の黒のリムジンに乗せられた。

 発進したリムジンが着いた先はマザーハウスで、引き合わされたのは俺のバイト先の上司になるAI、マザーコンピューターだった。

 そして、ウイルスの話をされる。マザーコンピューターとウイルスの攻防は一時の膠着状態となっていた。

 ウイルスは人のマイクロチップに潜伏し、マザーコンピューターから姿を眩ませたのだが、活動してしまうと、数秒で突き止められ、ワクチンが襲ってくる。

 ネットワークを伝ってくるワクチンに対抗して、ウイルスはネットワークを遮断する、マイクロチップから切り離すように進化した。が、それを想定していたマザーコンピューターは人員を派遣して感染者を捕縛。ウイルスに直接ワクチン(・・・・・・)を打ち込むことに成功した。

 で、膠着状態となった。ウイルスの進化としては最終的にネットワークの切断が限度だったらしい。元々、開発者がウイルスのプログラムをそう設定していたのだとか。

 ただ、開発者はマザーコンピューターの優秀さと、自身が開発したウイルスの進化速度を誤っただけだ。まぁ、それが致命的な誤算となり、自身の死に繋がったのはなんとも言えないが。

 

 ⋯⋯さて、気付いたか? そう、直接ワクチ(・・・・・)ンを打ち込(・・・・・)むことでウ(・・・・・)イルスは死ぬ(・・・・・・)のだ。

 つまり、俺は少女の両親を無意味に(あや)めたのである。だが、後悔も、反省も俺にはなかった。

 何故なら、俺が殺さなければ少女は、義妹のリナは間違いなく死んでいたのだから⋯⋯。

 ただ、罪悪感は俺の心に大きな凝りとして残っているが。

 

 俺の仕事は感染者にワクチンを打ち込むことだ。これは、俺じゃなくても出来る。が、マザーは俺が平穏な生活に退屈していたのを見抜いた⋯⋯と言うより、ずっと見ていたと言った方が正確か。

 その日から俺は義妹になったリナに人殺しと呼ばれるようになった。



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第七鬼

「ただーいまっと」

 

 

 バイトを終えて帰宅した俺は、静かに玄関扉を開けて家に入る。時刻は既に12時を回っていて日を跨いでいた。家の中の明かりは全て消えて⋯⋯。

 

 

「⋯⋯ん? リビング、点いたまんまだな。消し忘れ、か?」

 

 

 玄関から見えるリビングの扉、その隙間から光が漏れている。廊下が暗いからよく分かった。

 

 

「お帰り~」

 

 

 玄関扉の鍵が落ちたのを確認して靴を脱ぎ、廊下を歩いてリビングに入ると、呑気、と言うよりは、眠た気な声が聞こえた。

 母さんがテーブルに頬杖を突いて俺を見ていた。

 

 

「母さん、まだ起きてたのか? 明日⋯⋯と言うか、朝に響くぞ」

 

「だーいじょーぶだよー、今日は休みだからー」

 

 

 母さんは顔の前でひらひらと手を振る。

 年齢の割りに幼い顔立ちで高等部生にも間違えられがちの母さんではあるが、今の疲れた表情は大人っぽく見える。⋯⋯実際に大人なんだけどな。

 

 

「そうか? それなら別にいいんだけどな」

 

 

 言いながら母さんの向かいの席に座る。ここまで起きてたのは俺を待っていたからだろうし、いつまでも立ったままだと話がし辛いからな。

 

 

「で、何で起きてるんだ? 連日の早朝出勤と残業で疲れてるだろ。話なら明日⋯⋯今日の夜とかでもいいと思うぞ」

 

 

 次回のクロスオンラインのイベント調整で忙しいらしいからな。身体を労ってほしいと思う。

 

 

「今しておきたいんだよー」

 

 

 眠気からか、母さんの語尾が妙に伸びている。焦点も定まってないし、本当に大丈夫か?

 

 

「分かった分かった。さっさと話を済ませて部屋に戻って寝てくれ」

 

「えぇー? 息子との語らいはゆっくりしたいよー」

 

「それより母さんの身体の健康が大事だ」

 

 

 睡眠欲求はマイクロチップに備えられた機能で十分押さえられるが、身体の不調はそうはいかない。

 睡眠不足や日頃の疲れで母さんの肉体はそこそこに調子が悪そうにも見える。それは眠た気な表情から分かることでもあった。睡眠欲求を押さえられていないのだ。

 

 

「息子がつれないよー」

 

 

 顔を両手で覆ってしくしくと泣き真似をする我が母。

 普段から朗らかで、リアクションの大きい母さんだが、これは異常だ。寝不足で相当ハイになってるらしい。

 

 

「⋯⋯で、話ってのは?」

 

「よくぞ聞いてくれました! これを持って帰ってきたのだ!」

 

 

 暫く眺めていたが、いつまで経っても終わらない泣き真似に痺れを切らしてそう問い掛けると、隣の椅子に置いていたらしい正方形の段ボール箱を取り出し、デデン! と言いながら机の上に置く。

 ⋯⋯やっぱりテンションがぶっ飛んでるな。口調もおかしいし、効果音を自分で付けるところが今のイカれ具合を如実に表している。

 これは早めに切り上げた方が良さそうだ。

 

 

「それは?」

 

「これはね、宏壱専用のVRヘッドギアだよ」

 

 

 VRヘッドギアってのは、VR空間にダイブするための装置だ。VR空間ってのは仮想現実のことだな。

 詳しくは知らないが、仮想空間に自分が作成したアバターを投影して精神をそこに入れる物らしい。

 

 

「俺専用?」

 

 

 VRをカスタムして色々機能を付け加えたりとか、装飾を変えたりなんてことはできるらしいが、前者は実際にやってしまうと脳に甚大なダメージを与えてしまうとか、五感の麻痺だとか、眠ったままになるとか聞くんだが⋯⋯。

 

 

「そう、宏壱専用。VR空間での感覚をダイレクトに伝えてくれるんだよ」

 

「VRってのはそういうもんじゃないのか? 実際に感じているように思えるからここまで普及したんだろ?」

 

 

 VRは当初、医療目的で研究され発展したものだ。

 手術のデモンストレーションや、身体が不自由な者に歩く感覚、物を見る感覚、聞き取る感覚、喋る感覚⋯⋯他にも様々なことで利用されていた。

 実際リハビリなんかにも使われ、驚異的な回復速度を見せた者もいたらしい。

 今は擬似的な海外旅行なんかもできるが。

 

 

「うん、そうなんだけどね。実は伝わってる感覚は10分の1程度でね、それを十全に受けてるって脳波を誤魔化してるんだよ」

 

「⋯⋯何でまた? 痛覚だけじゃなかったのか?」

 

 

 あらゆる感覚の中で、負の感覚、痛覚や空腹はVRで100%本人に伝わらせていない。死ぬほどの痛みを味わえば、人間の脳は本当に死んだと勘違いを起こすことがあるらしい。で、実際に現実の肉体も死に至るわけだ。

 痛覚の制限と言えばいいのか、感じる痛みを押さえたことでそんな事案もなくなったらしいんだが⋯⋯。

 母さんが言うには、全ての感覚を痛覚と同レベルに押さえて、脳に送る信号を組み換えて誤魔化しているらしい。

 

 

「現実とVR空間を剥離してる枠組みを明確にするためだよ。混同しないようにね」

 

「錯覚させたら意味ないんじゃないのか?」

 

「大丈夫だよ。現実に戻ったら、錯覚が消えてVR空間での食事より、現実の方が美味しいって感じられるから」

 

「⋯⋯そんなものか?」

 

「そんなものだよ。人間の脳とか精神って、複雑なようで単純だから」

 

 

 納得いくような、いかないような⋯⋯そんな説明だ。

 ⋯⋯じゃなくてだ。

 

 

「つまり、そいつは感覚を100%俺に伝えるってことか?」

 

 

 母さんの前に置かれた段ボール箱に人差し指を向けて確認する。

 

 

「うん」

 

「何でまた? 下手すると俺は現実とVR空間を混同するかもしれないぞ?」

 

「だって、宏壱が退屈そうだから」

 

 

 母さんはいたって真剣だった。真っ直ぐに俺を見る眼は、俺の眼を捕らえて離さなかった。



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第八鬼

 退屈そう。母さんはそう言った。それは、まぁ事実だ。その発散としてマザーが俺にバイト(・・・)として荒事を宛がうことで、溜まるストレスの捌け口を用意してくれているのだ。

 

 

「⋯⋯今までもそれが理由だもんな」

 

「うん。だって、私にはそれぐらいしか思い浮かばないからね」

 

 

 苦笑を交えて答える母さん。

 今までも、というのは言葉通りだ。今までも母さんは多くのVRゲームを俺に勧めてきた。それこそ自社他社の物問わずだ。

 サバイバル物や戦争物。恋愛物にサスペンスやホラー、レーシング。ジャンルも様々だった。が、そのどれもが俺には面白くなかった。響く物は何ひとつなかったと言っていい。理由は単純明快で、リアルじゃないからだ。刺激が少ないからだ。

 そんなことを思ってるなんて母さんには伝えてなかったけど、隠せてはいなかったらしい。

 

 

「これで退屈しない、かな? 私はあなたの本当のお母さんにはなれないけど、でもできるだけあなたに寄り添ってあげたい。そう思うよ」

 

 

 真剣な表情をはにかんだものに変える。

 年不相応に幼く見えても、大人だな。なんて偉そうに思ったりして照れ臭さを誤魔化すが、どうもできていないらしい。少し頬に熱を感じる。今鏡を見れば、俺の頬は赤くなっているんだろうな。

 誰得だよ、ホントに。

 

 

「うんっんん。それで今からするのか? もう1時近いぞ」

 

 

 態とらしく咳払いをして頬の熱を誤魔化し、壁掛けの電子時計を確認する。

 室外気温と室内気温、湿度も計れる優れ物だ。

 

 

「そうだね。明日、学校から帰ってきてからの方がいいかな?」

 

「ああ、今日はこのまま風呂に入って寝たい」

 

「お湯は張ってあるから。出たらお掃除、しておいてね。お母さんはお先に寝まー⋯⋯」

 

 

 会話の最中に不自然に言葉を切らせた母さんが、パタリと机に倒れ込む。限界だったらしい。

 

 

「⋯⋯部屋にいってから寝ろよ」

 

 

 溜め息を溢して俺は席を立ち、母さんに近付いて背中と膝裏に腕を回して抱え上げる。

 

 

「ホントに軽いな、母さんは」

 

 

 女性の体重をどうこうと考えるのは失礼なんだろうが、母さんは40kg前後の重さだ。その重さのほとんどが、他を圧倒する胸部装甲だろう。

 抱えやすいように、俺に凭れ掛からせるように抱えているのだが、その立派な胸部⋯⋯敢えておっぱいと言い直そう。おっぱいが俺の胸に当たってむにゅ、と形を変える。

 それが歩く度に強弱を付けて何度も繰り返されるのだ。普通は母親に欲情などしないが、俺と母さんの間に血縁関係はない。無問題だ。

 というわけで、じっくりと堪能しながら母さんの部屋に向かう。

 

 ガチャ。

 

 リビングを出て直ぐにとある一室のドアが開く。俺は開けていない。そしてこの家には住民は3人だけだ。

 不法侵入者でもなければ見知らぬ人間ということはあり得ないだろう。

 即ち⋯⋯。

 

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯キモ」

 

 

 ぽそっと呟いてドアを開けて出てきた張本人、数秒俺と見詰め合っていた我が妹のリナは、俺に冷めた視線を飛ばしてトイレのあるドアに向かって中に入っていった。

 

 深く、それはもう深く傷付いた俺は、母さんを部屋に連れていき、ベッドに寝かせて布団を掛けてやると、自室に戻って着替えを取り出して、風呂場の一室前の部屋、脱衣場へ向かい服を脱ぐ。

 洗濯物を入れる篭に脱いだばかりの服を入れる。あるのは母さんのだけだ。リナは自分で洗濯したんだろう。判断は置いてあるブラの大きさでできる。

 花の刺繍があしらわれた赤く扇情的な上下のランジェリーは、見た目が幼い母さん(肉付きは半端ないが)とは相当なギャップがある。

 

 閑話休題(おっと鼻血が⋯⋯)

 

 ふざけた思考を追い出すように脱衣場から浴場に入りシャワーを浴びる。リナにだらしない顔を見られたことを綺麗さっぱりと洗い流した。



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第九鬼

 翌日、と言うよりかはその日の放課後と言った方が正しいか。それはともかく、学校から帰った俺は早速母さんから自室でVRギアの使い方を教わっていた。

 従来のVRギアは頭を全部覆うフルフェイス型。でも、母さんが持って帰ってきたのはヘッドホンみたいなやつに頭から目、鼻までのバイザーがついたハーフフェイス(後頭部は露出してるから、そう言っていいのか微妙だが)型だ。

 俺は今それをつけてベッドに横になっている。

 

 

「バイザーをじっと見てれば起動できるよ。あとは30秒くらいで登録が完了するから。それでその子は宏壱の物だよ」

 

 

 教わる、と言ってもそんなものだ。機器の操作は必要ないらしい。

 旧型は外部から経由して接続しないとネットワークに入ることはできなかったんだが、こいつは単機でマザーが管理するネットワークに入れるらしい。

 色々と面倒くさい書類整理、各所への許可申請が必要なはずなんだが、母さんはそれをやってくれたらしい。

 

 

「“クロスオンライン”は最初から入ってるから、登録が終わったら、遊んでみてね」

 

 

 朗らかな笑みを浮かべて踵を返し、母さんは部屋の出入り口に向かう。

 

 

「ありがとう、母さん」

 

 

 母さんの背中に感謝の言葉を投げ掛ける。

 外部接続なしでのVRギアの使用。そんな名目でこいつを開発したらしい母さんは、会社で無理をしたはずだ。今更、返す。なんてことはしないし、止めてくれとも言えないが、感謝の言葉くらいは言わせてほしい。

 

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

 

 さっきよりも幾分か嬉しそうな笑顔で応えた母さんは、今度こそ部屋を出ていった。

 今日は母さんが料理を作ってくれるらしい。

 俺は料理には才能がない。それは長い、それは本当に長い人生で学んでいる。どうも味が並みにしかならないのだ。聞き齧った知識を使ってみるが、普通に旨いってレベルを越えられない。

 今では料理の腕は母さんに負けてしまう。母さんが料理を始めたの、5年前からなのに。

 ⋯⋯戦闘ならレベルが落ちても潜り抜ける自信はあるんだけど、料理はダメらしい。

 

 そんな気分の落ち込むことを考えていると、バイザーに浮かび上がっている緑色の空のバーゲージの中が、同色で左から右へ満たされていく。

 これが一杯になれば、登録が完了するんだろう。

 

 暫く待っていると、バーゲージが消えて俺の名前、年齢、性別、身長、体重、住所と情報が開示されていく。最後に、間違いはないかと〈はい/いいえ〉で聞いてきた。

 視線ではいを指すと、〈登録完了〉の文字が浮かぶ。

 

 

「⋯⋯そう言えば、“クロスオンライン”の起動の仕方、聞いてなかったな」

 

 

 自分の間抜けさに溜め息を溢す。と、バイザーの中央でアイコンがひとつ、自己主張していることに気がついた。

 それに視線を合わせて暫くすると、俺の意識はすぅ、と静かに眠りにつくように暗転した。

 慌てる必要はない。これはVR空間に意識が飛ぶ前段階だ。1秒後には俺はVR空間に立っているだろう。

 ⋯⋯誰に説明してるんだ、俺は。



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第十鬼

 暗転した意識はすぐに覚醒した。感覚で言えば、居眠りして瞬時に起きたみたいな感じだ。

 若干思考がぼやっとしてるのはVR空間に脳がまだ適応していないからだ。寝起きの状態に近い。初めて入るVR空間にはある程度慣れが必要で、慣れない内は思考がぼやけることもあるらしい。

 体質の問題らしいけどな。

 

 そこは白い空間。どこまで続いているのか、続いていないのか、天の高さも把握できない。分かるのは俺が立っている床の冷たさだけだ。

 

 

〈キャラクターメイキングを行います〉

 

 

 機械音声が空間に響くと同時に、俺の正面に等身大の鏡が下からにゅっと生える。

 そこに映っているのは当然俺自身の姿なんだが、中肉中背の平凡な男子学生って感じだ。髪型もいつもと違うし、肌の色も妙に白い。唯一俺だと判断できるのは、顔の造形くらいだ。

 

 音の反響の仕方でこの空間の大きさが大体分かった。左右前後、上、5mぐらいだな。

 

 

「突然だな」

 

 

 RPG系統のVRは自分で使うアバターの容姿をある程度自由に変えられる。が、ベースは現実の自分と大きく逸脱することはできない。

 身長を大きくしたり、小さくしたり。腕を4本にしたり、下半身を馬にしてみたり。性別を変えたり。⋯⋯身長に関しては5cmだけ増減できるらしいが。

 

 

〈肌の色を選択してください〉

 

 

 と音声に従って、肌の色から始まって髪色、髪型、目の色と顔のパーツの位置や色を決め、身長、肩幅、筋肉の付き方と鏡を見ながら微調整を行う。

 1mm、2mm程度なら大したことはないが、肩幅が1cm違うと結構な違和感がある。だから俺は、いつも朝鏡で見る自分の姿に寄せた。

 自分の髪とか肌の色が変化するのは、見てて変な感じだ。

 

 

〈よろしいですか?〉

 

 

 その言葉と同時に俺の眼前にウィンドウが現れる。それには身長178、体重65、肩幅43と細かく数値が表示されている。多分、というか、確実に俺のアバターの身体データだな。

 見たところ身体測定の時の数値とほぼ変わらなさそうで、これでよしとしておく。

 

 

「おう」

 

〈では、世界設定をご説明します〉

 

「設定とか言うなよ」

 

 

 見も蓋もない言い方に文句を言うが、それは聞き入れられず、響く声は説明を始めた。

 

 長いので要点だけを纏めると、幾つかの島があるらしい。

 それらは海で隔たれていて、渡り合うのは現在は不可能。

 プレイヤーは最初に自分の好みの島を選択してそこで生活をする。

 一軒家を購入しても良いしアパートやマンションに住むのも良い。当然ホテルに連泊、郊外で野宿もできる。まぁ、最初は10万ガル(ゲーム内での通貨だな。日本円と価値は変わらない)が貰えるんだとか。

 そこでログアウト、ログインをする。でないと、アバターが風邪を引いてしまうらしい。

 

 各島には幾つか相違点が存在する。それは文化や生活基準だ。

 300年前の日本に似た島。海賊や冒険者が闊歩する島々(諸島)。恐竜みたいなモンスターが生息する島。このみっつだ。

 最後の島はテレビや自動車も存在しないらしい。

 もうひとつ島があるが、それは普段のプレイには関係ないので今は割愛する。

 

 そのみっつの島でプレイヤーが何をするのかというと、自分を鍛えることだそうだ。

 相違点が多い島で、唯一共通する点は塔だ。天を突き抜ける高さの塔が島の中心に存在する。

 その説明は実際に塔で受けろってことらしい。

 

 鍛えて何をするのか? プレイヤー間での最強を決める。簡潔に言えばそういうことだ。

 月末に開催されるトーナメント制の闘技大会で優勝すれば、優勝したプレイヤーがいる島での物品が一週間割引になったり、モンスターが衰弱したりと得点があり、優勝した本人にはゲームマネーではあるが、賞金が出るらしい。額は大会によって違うらしいが。

 更に最大の目玉がある。⋯⋯それは、ゲーム内にいる物語のキャラクターの一人と無条件で行動できるようになるらしい。

 知名度を上げなければ彼ら彼女らと親密になるのは非常に難しいらしい。だから、みんなトーナメント戦で勝ち上がり、原作キャラクターとお近づきになりたいんだとか。

 

 

〈お分かりいただけましたか? もし、何か分からないことがあれば、もう一度ご説明させていただきます〉

 

「いや、十分だ。ありがとう」

 

〈では、島を選択してください〉

 

 

 ヴゥンと音が左右と背後から聞こえる。視線を向ければ引き戸ができている。扉には文字が立体的なホログラフィーで浮かんでいて、それぞれ『学園島』『冒険島』『破滅島』と書かれている。

 

『学園島』は300年前の日本のような島。学園物の作品の登場人物が多い。

『冒険島』は冒険物で⋯⋯まぁ、まんまだな。

『破滅島』はモンスターが塔から出てしまった島だ。人間の生息域が数ヵ所に限定されていて危険な島だ。

 

 

〈扉を開ければ後戻りはできません。その島で確定します〉

 

 

 やり直しは不可。入った直後にログアウトしてデータを消して再ダウンロードしても、VRのアカウントが記録されていて扉を開けたところからスタートするらしい。

 

 俺は迷わず右の扉に向かう。

 

 

〈『学園島』でよろしいですね?〉

 

「ああ」

 

 

 確認の声に頷いて、俺は『学園島』という文字が浮かんでいる扉のノブに手を掛けて捻る。

 ガチャっと聞き心地の好い音をならした扉を引いて開けると、広がるのは青空だ。

 わたあめのような雲が広がる青い絨毯が扉の向こうにある。それは扉からこちら側へ侵食を始めた。

 扉の枠は青に塗り潰され、俺の足元にも青が⋯⋯いや、街並みが広がっている。幾つかのビルに住宅地、大手のショッピングモールに賑わう商店街。憩いの場だろう公園や噴水の広場。走る電車にモノレール。今では骨董品のガソリンで走る自動車やバイク。

 学校のような施設。アトラクション満載の遊園地。一際眼を引く天を突く塔。島の全てを一望できる高さの上空に俺の姿はある。

 後ろを見ても、上を見ても、左右を見ても、当然前を見てもあるのは青空だけ。キャラクターメイキングをした白い空間は既になかった。

 

 

「⋯⋯おい、これどうするんだ?」

 

〈プレイヤーの通過儀礼です。それでは、よい生活を〉

 

 

 俺の質問に簡潔に答え、見送る言葉。それが耳に届くと、高度が下がっていく。

 結末は見えた。これがプレイヤーの通過儀礼だというのなら、甘んじて受けよう。そう心を固めた。



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第十一鬼

 気が付けば俺は建物の中にいた。ぐるりを見渡せば、丸みを帯びた白い壁が一周している。出口以外に扉はない。

 ドーナツ状のテーブルが部屋の中心にあり、そこで8人の女性が内側の椅子に腰掛けて話し掛ける者達に対応している。

 彼女達の前には列ができていて、彼らは皆同じ服を身に纏っていた。

 それは今俺が着ている物と同じで、白い長袖のシャツに下は同じく白のチノパンだ。そこそこに身体のラインが浮き出ている。

 

 

「⋯⋯新人決闘者受付? ってことは、あれがゲームを始めるためのチュートリアルみたいなものか?」

 

 

 受付嬢であろう彼女らがいる場所には、新人決闘者受付というプレートが置かれている。

 新人決闘者ってのは新規のゲーム利用者、新参のプレイヤーのことだ。プレイヤー同士は闘い合う運命にある。それはこのゲームの根本だ。だから決闘者と呼ぶんだそうだ。

 話が終わったのか、離れていく者は意気揚々と出口に向かっていく。

 その後ろに並んでいる者達が次に受付へ。幾つか受付嬢と言葉を交わして、前の奴と同じように外へと向かう。

 皆一様に嬉しそうな顔で何かを眺めていた。

 

 必要なものらしく、皆並んでいるので俺も並ぶ。

 長い列だ。俺が最後尾ではあるんだが、前には20人近い人が並んでる。

 見たところ受付時間は5分前後。少なくとも100分近くは掛かるぞ。省略できないのか?

 

 

「ん? なんだ? 途中列から出ていくぞ」

 

 

 列半ばで何人か列から抜けてそのまま出口に向かう。

 意味が分からず首を傾げていると、俺の前にウィンドウが出現した。そこには『受付を開始しますか?』と文字があり、はい/いいえと選択肢が出ている。

 

 

「⋯⋯これでか」

 

 

 多分、途中で抜けた奴はこのウィンドウで受付を済ませたんだろうな。

 そう当たりを付け、はいを押してみる。

 

 

 《原作キャラクターと会話ができなくなります。それでもよろしいですか? はい/いいえ》

 

 

 新たなメッセージが浮かぶ。これを俺なりに解釈するに、受付をしているのは何かしらの作品のキャラクターなんだろう。

 早くこの世界で遊びたい奴はこれを使うし、中々出会えないという原作キャラクターに会いたい奴は長くても待つんだろう。

 俺は⋯⋯。

 

 

「はい、次の方どうぞー」

 

 

 ⋯⋯押さなかった。興味があったんだ。ひょっとすれば知っている奴かもしれない、と。

 まぁ、そう上手くはいかない。そもそも、知っていたところで、向こうは俺を知るわけがないのだ。

 何をどうすることもできない。

 

 

「決闘者登録ですね? まずは入学する学園を決めてください」

 

 

 茶髪ショートの女性が俺が並んでいた列の担当だ。頭の上にネームが浮かんでいる。なんてことはないが、彼女が着る服のジャケットの胸元に名札がある。

 

 エスティ・エアハルト。

 

 それが彼女の名前らしい。聞いたことはないし、作品も分からないが、眼前でにこやかな笑みを浮かべている彼女が相当な手練れであろうことは理解できた。

 

 彼女が提示した紙には、幾つかの学校名があり⋯⋯。

 

 〈IS学園

 駒王学園

 アレイシア精霊学院

 武偵校〉

 

 他にも幾つかあるんだが、俺が興味を持ったのはこのよっつだ。

 俺はこの中で武偵校を選択した。一番合ってそうな気がしたのだ。

 

 

「武偵校でよろしいですね?」

 

「ああ」

 

 

 レの字で武偵校の文字の隣にチェックを入れて紙ををエスティに返し、確認に頷く。

 

 

「これが学生証です。それと、学生寮の場所の地図。個人ロッカーの鍵と銀行口座です」

 

 

 ぽんぽんと机の上に出される俺の顔写真が載ったカード。いつ作成したのか、武偵校生と書かれている。

 学生寮があるという場所を示す地図。そこがゲーム内での俺の拠点になる。基本的にログイン、ログアウトは寮の自室で行うことになる。

 個人ロッカーはどこでも使える収納ボックスだ。各地に点在する公共ロッカーに鍵を差し込めば、自分専用の収納ボックスに勝手に繋がるようになっている。

 銀行口座はまんまだな。金を預かってくれる場所だ。塔の中で戦闘不能になった場合、所持金を半分奪われるというペナルティがある。それを防ぐための銀行口座だ。

 

 

「では、メニューを開いてください」

 

 

 俺が全部受け取って所持品スペースに仕舞ったのを確認すると、エスティがそう言う。

 

 念じればウィンドウで眼前にメニューが現れる。

 項目にはステータス、装備、所持品、ランキング、フレンド、メッセージ、ヘルプ、詳細設定、ログアウトの文字が縦に並んでいる。

 ステータス、装備も所持品はそのまんま。

 ランキングはプレイヤーの順位、なんて言えばいいのか。決闘者として月一度にあるプレイヤー同士の闘いに参加するためには、このランキグで上位8位に入る必要がある。その確認のためのランキグだ。

 スコア獲得には幾つか方法がある。それは各島で違うらしい。

 ここ、学園島では所属する学校で授業を受ける。塔で戦闘する。プレイヤー同士で闘う。NPCが発注する依頼をこなす。等々がある。一番手っ取り早いのが塔での戦闘だ。

 フレンドは他のプレイヤーと友達になると任意で登録される。フレンドプレイヤーがログインしているかどうか。フレンドの位置が確認できる。

 メッセージは運営からの重要な知らせや、フレンド登録したプレイヤーからメールが届き、それを確認できる。

 詳細設定は五感のレベルを設定することができる。

 ログアウトはそのまんまだ。

 

 

「次にステータスを開いてください」

 

 

 言われた通りにステータスの文字を押す。念じれば良いのだが、手動でも開くことができる。これは俺の気分みたいなものだ。

 

 ◇◆◇

 

 須崎原宏壱(16)(男)

 

 レベル1

 

 攻撃──10

 

 防御──10

 

 速さ──10

 

 知能──10

 

 SP──20

 

 《スキル》

 なし

 

 ◇◆◇

 

 攻撃は力強さ。

 防御は身体の頑丈さ。

 速さは動きの速さ。

 知能は《スキル》修得の速さ。

 SPは《スキル》獲得とステータスの数値を上げるために必要なポイント。

 

 そうエスティに説明を受ける。で、実際にポイントを割り振ってみろと言われてやってみた。

 

 ◇◆◇

 

 須崎原宏壱(16)(男)

 

 レベル1

 

 攻撃──20

 

 防御──15

 

 速さ──15

 

 知能──10

 

 SP──0

 

 《スキル》

 なし

 

 ◇◆◇

 

 となり、また《これでよろしいですか? はい/いいえ》と確認を問うメッセージが浮かぶ。

 

 

「よろしければそれで《はい》を押してください」

 

「ああ」

 

 

 《はい》を押す。とステータスの画面が切り替わる。

 

 ◇◆◇

 

 須崎原宏壱(16)(男)

 

 レベル1

 

 攻撃──10→20

 

 防御──10→15

 

 速さ──10→15

 

 知能──10

 

 SP──0

 

 《スキル》

 なし

 

 ◇◆◇

 

 左側は前の数値。矢印から右側は更新後の数値になる。

 ステータスを閉じてもう一度開くと、数値は右側のものに変わっている。

 

 

「はい、オッケーです。決闘者としての登録も完了。頑張って決闘者の頂点を目指してくださいね」

 

 

 エスティの笑顔に見送られて列を離れ、他のプレイヤー同様出口に向かう。

 両開きの自動ドアを抜けると、むせるようなガス臭さが鼻に突く。

 建物の前を通る大通りには黒煙を吐いて走る自動車や単車が眼に移る。

 ゲームの時代設定は300年前。まだ電気自動車が一般に普及する前だ。

 俺は懐かしい臭いを肺一杯に吸い込んで、拠点となる学生寮に足を向けた。




受付嬢を何かの作品のキャラクターにしたくて色々調べてみました。
自分の知っている作品には受付嬢はいないので、調べた結果、一番ヒットしたアトリエシリーズのエスティ・エアハルトさんになりました。
性格が分からないので(調べてたけどいまいち分からない)、無難な対応に⋯⋯。
この作品の設定上、自分の知らないキャラクターを出すこともあると思うので(深く関わることはないと思う)、このキャラこんな口調じゃないよ! というのがあれば、教えていただきたいです。
長文失礼しました。


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第十二鬼

 現代では味わえない排気ガスのむわっとした生温い微風を浴びて、信号待ちしている俺は顔をしかめる。

 いくら懐かしい臭いや空気だと言っても、気持ちの良いものじゃないな。

 と、ダンプカーを睨むのはこの辺にして、今は寮へ向かおう。

 目的地は視界の右横斜め下に表示されているMAPの赤い点だ。

 

 にしても、『学園島』なだけあって街中を歩いているのは結構な割合で学生が多い。

 周囲を見渡しても多様な制服を着た若者ばかりだ。年齢層は小学校低学年から高校生ほどの狭間で、大学生っぽいのは見ないな。

 ん? いや、あれはプレーヤーか? どっかの高校の制服を着た中年の男が向かいの歩道で信号待ちをしている。

 よく見れば、周囲にもちらほらと、年齢のずれた者がいるな。

 

 現実で見ればイタイとしか言いようがないが、どういうシステムなのか、違和感がない。多分運営側で俺達の感覚を調整しているんだろう。

 青信号に切り替わって横断歩道を歩く中、すれ違った腰の曲がった老夫婦が学ランとセーラー服でも普通に見ていられた。老婆のシワの寄った生足なんて普段なら吐き気がするだろう。

 吐き気は言い過ぎにしても、直視していたいものではないのは確かだ。しかし、それに違和感を覚えない自分が少し恐ろしいな。

 

 

「っと、ここか」

 

 

 見上げるのは4階建ての建造物。見た目はちょっとしたマンションっぽい。白の外壁が清潔感があっていい。

 視界に映るMAPの赤い点はここを指しているので、間違いないだろう。

 

 門を通って寮の玄関に入ると、ピロンとメッセージウィンドウが眼前に表示される。

 そこには〈インベントリに寮部屋のカギが届きました〉と書かれている。

 

 

「これか。カギに付いてるタグは俺の部屋番か?」

 

 

 早速インベントリの貴重品という枠にあったカギを取り出してみる。

 1世代、2世代は前の型だ。今はカードタッチとか網膜、声紋、指紋、顔認証が一般的だからな。この時代の人間には些か不便だろう。

 

 カギには緑のタグが付いていて、そこには数字が書かれている。『307』それが俺の部屋の番号なんだろう。

 300台ってことは三階か?

 

 と、辺りを付けて玄関からすぐ右手にあった階段を上って近くの扉を見てみると、『301』と数字が書かれている。予想通りらしい。

 

 

「さて、どっちだ?」

 

 

 階段から伸びる通路は左右に別れていて、等間隔で扉が設置されている。

 MAPには寮の場所までしか表示されておらず、部屋の位置までは分からない。

 なので、俺はまず左右の扉、そこに書かれている部屋番を確認した。

 

 

「右が『301』で、左が『302』? その隣が『304』か⋯⋯数字が飛んでるのはあれか」

 

 

 仮説を立てて右側へ進む。

 

 

「やっぱりか。ってことは⋯⋯」

 

 

 俺の眼前には『303』の番号。俺の眼前にある扉は『301』の部屋の隣だ。

 それが確認できればあとは簡単だ。このまま右の通路を進めば⋯⋯。

 

 

「『307』。⋯⋯ここだな」

 

 

 カギをドアノブの鍵穴に差し込めばがっちりと填まり、回せばカチャリと音がなった。

 部屋番の振り分けは、右通路が奇数で左通路が偶数と単純なものだった。

 

 ピロンと扉を開いて部屋の中に入ると同時にメッセージウィンドウが開く。

 

 

〈シークレットミッションクリアにより5SPが授与されました〉

 

 

 それだけ書かれたウィンドウだった。

 

 

「シークレットミッション? なんだそれ」

 

 

 聞きなれない単語に首を傾げる。

 困った時はあれだ。ヘルプだ。ということで、早速メニューウィンドウを開いてヘルプで確認してみる。

 

 ゲームの概要やステータスの簡易な説明、SPの用途など、幾つかの項目縦に並んでいる。

 人差し指でフリックして項目を下げていく。

 

 

「あった。シークレットミッションとは⋯⋯これだな」

 

 

 開くと⋯⋯。

 

 シークレットミッションとは

 

 ゲーム内で指定されている条件をクリアするとクリアとなり、報酬としてSPを得られる。

 報酬のSP量はシークレットミッションの難易度に左右される。

 

 そう記されていた。

 

 

「なるほど。この場合は住居を手に入れるとかだったのか? レベル上げ以外でもSPって手に入るんだな」

 

 

 ウィンドウを閉じながら部屋の中を見渡す。シングルベッドに勉強机。キッチン、それと扉が2つに押し入れが1つ。部屋の広さはざっと見て12畳くらいか。

 ベッドの上には折り畳まれた服と紙が一枚。読んでみると、武偵校への編入手続き書だった。

 記入するのは名前、年齢、性別、生月日、編入したい科目だ。

 

 武偵校には幾つかの専門科目が存在する。強襲科(アサルト)探偵科(インケスタ)狙撃科(スナイプ)衛生科(メディカ)超能力捜査研究科(SSR)教務科(マスターズ)と、まぁ他にも色々あるんだが、俺が覚えているのはこんなもんだ。

 

 プレイヤーが科目を選ぶ理由は方向性だ。

 スキルの取得方法は幾つかある。

 一番簡単なのは、島に複数あるスキルショップでSPを消費しての購入だ。

 単一能力でなければ、売っているらしい。

 

 次に書物を熟読しての習得だ。この世界(ゲーム)では、拳1つ放つにしても体術というスキルが必要らしい。

 別に殴れないわけじゃない。ただ、敵に与えるダメージと、命中率に酷くマイナス補正が掛かるんだとか。それを補うのがスキルってわけだ。

 だから、体術入門書という教練書を熟読(複数回読むことで、熟読したと認識されるらしい)して習得するのだ。

 

 実戦もスキル習得に一躍買ってくれるらしいが、それは時間が掛かる上、習得条件も公表されていないから効率が悪いらしい。

 

 で、最後に、教えを受ける、だ。教練書を熟読ってのは謂わば独学だ。そうではなく、師を立てて教えを乞うことで、通常よりも早いスキル習得が可能となる。

 他の島はどうなっているか分からないが、この『学園島』にある各学校の用途はスキル習得のための学舎兼明確な身分証明となるわけだ。

 

 閑話休題(話が逸れたな)

 

 何が言いたいかというと、各科目によって習得できるスキルが違うってことだ。強襲科なら銃技や体術、護衛術なんかを習得できるだろうし、探偵科ならスニーキングや情報収集、衛生科なら治療技術とかか? この科がどうってのは言い切れないが、その科目に似合ったスキルが習得できるはずだ。

 

 

「俺は強襲科だな」

 

 

 項目の隣にある四角い枠にレの文字を跳ねさせ、他の年齢や性別、生月日も記入する。

 

 

「名前、か。ここまでで名前を決めるイベントがなかったんだよな。一応ステータスと学生証には須崎原宏壱ってなってたけど、ここで態々書く必要があるってことは、多分キャラクターネームを決める場面なんだろうな」

 

 

 と、当たりを付けてみる。

 正しいかどうかはともかく、適当にコーイチとだけ書いてみる。

 

 

〈コーイチでよろしいですか? はい/いいえ〉

 

 

 またしても、ピロンとメッセージウィンドウが開く。

 なんの捻りもないが、何か思い付くわけでもない。〈はい〉の文字をタップすると、確認を問うメッセージウィンドウが消えて、〈編入手続きが完了いたしました〉と新たにメッセージウィンドウが開き、編入手続き書が空気に溶けるように消え、またピロンとメッセージウィンドウが開く。

 

 

〈シークレットミッションクリアにより5SPが授与されました〉

 

 

 これは簡単だ。学園の編入が条件だな。



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第十三鬼

 初心者丸出しの白一色から武偵高の制服に着替える。制服と一緒にベッドに置かれていた折り畳みの財布はブレザーの内ポケットいきだ。

 財布の中身は10万ガル。初期所持金額だ。これで身の回りの物、必要になる物を揃えろってことだ。

 

 と言うわけで、俺は自室を出て寮を出る。武偵高には必需品がある。拳銃と刀剣だ。校則で携帯が必須だと定められているのだ。

 ⋯⋯まぁ、それは原作での話で、忠実なのはNPCだけ。プレイヤーにその校則は当て嵌まらない。学校に所属するのはゲーム内での身分をはっきりさせるためであるのと、スキルの取得をしやすくさせるためだ。

 通い詰める必要はないし、所属学校の生徒として振る舞う必要性もない。どこどこの生徒と言ったところで、それは肩書き以上の意味を持たないのだ。

 とは言えだ。ロールプレイというわけじゃないが、ある程度殉じてみるのも楽しみ方のひとつだろう。

 なので、銃とナイフを使った戦闘技術を取得してみようかな。と思ったわけだ。

 

 

「さて、銃はどこで売ってんのかな?」

 

 

 メニューからMAPを引き出して確認してみる。

 路上の真ん中では通行の邪魔になるから、武偵高寮を囲む塀に背を預けた。

 MAPを見ると、現在地から銃を売っている店までの距離は、2432mほどだということが分かる。

 その場所をタッチすると、赤い点がマークとして付いた。

 さっき、シークレットミッションをヘルプで確認したとき、MAPについて載っていた。

 目的地をマークしておけば、MAPを開いていなくても、しっかりナビゲートしてくれるらしい。

 

 実際、MAPを解除すると、薄い青の透明な矢印が、目的地に進む方向に向かって伸びている。

 それを確認して背を預けていた塀から離れ、一歩足を踏み出す。

 

 が、直後、明後日の方、多分MAPを見ながら歩いていた全身白一色の少女にぶつかってしまう。

 

 

「きゃっ!?」

 

「わっ、と⋯⋯?」

 

 

 俺の胸に額をぶつけて尻餅をついた少女に、伸ばした手が空を掴む。

 実感はなかったが、どうやらゲーム内の俺の身体能力では、随分と鈍い動きしかできないみたいだ。これはステータスに、ゲームの仕様に俺の能力が引っ張られ、殉じている証拠だろう。

 

 

「すまん、大丈夫か?」

 

「い、いえ、わたしもMAPばかり見ていて、注意散漫でした。ごめんなさい」

 

 

 俺が差し出した手に掴まって立ち上がった少女は深く頭を下げた。

 

 

「いや、俺もよく見てなかった。お互い様だ」

 

 

 そう言って頭を上げるように言うと、少女はほっと安心したように息を吐いて顔を上げた。

 

 

「──っ!?」

 

 

 その瞳が俺を捉えた瞬間、少女の眼は大きく見開かれた。

 肩甲骨まである黒髪をストレートに下ろした茶色がかった黒目の少女だ。

 艶のある髪にくりっとした大きな目。華奢ながらもふっくらとした頬やしっとりとした唇。身長は俺の胸の高さ程度で、140ちょっと。そして、小柄なわりに白の長袖シャツを内側から持ち上げる胸部の装甲は規格外と言って良い。

 俺の見立てでは88はあると見える。そこからきゅっと絞まる細い腰に、丸みのある尻。細いが肉付きの良い太股。

 プロポーションの良い黒髪美少女だ。

 

 

「あ、あのっ、お名前を伺っても良いですかっ?」

 

 

 俺の視線に気付いていないのか、少女は前のめりになって俺を見上げる。どこか興奮気味と言うか、焦りがあると言うか、気まずさみたいなのもあるか?

 なんにしろ、俺のことを知りたいらしい。

 

 

「コーイチだ。君は?」

 

 

 名前を聞いておいて聞き返されると気味悪がる、なんてことはないだろう。

 

 

「あ、えっと⋯⋯」

 

「ああ、名前は寮で決められるんだ。リアルの方じゃなくて、ゲーム内で使おうと思ってるやつを名乗ってくれ。嫌じゃないなら、だが」

 

「嫌だなんてそんな! えっと、小夜って呼んでください!」

 

 

 一瞬の思考の後、そう言った。

 しかし、サヨ、ね。聞いた名前だな。たしかリナの母親だったな。⋯⋯俺が殺した。

 偶然だろうし、殺した人間と同じ名前の者と会うことなんて生きてりゃ幾らでもある。気にするだけ無駄か。

 

 

「あ、あの、コーイチさんは武偵高に入ったんですか?」

 

「ああ」

 

「わたしも一緒です! 武偵高の衛生科にしようと思って!」

 

「そ、そうか」

 

 

 背伸びをしてまで顔を近付けてくる少女、小夜に俺は上体を逸らす。

 

 

「あー、もういいか? 行くところがあるんだ」

 

「あ、ごめんなさい!」

 

 

 勢いよく頭を下げた小夜だが、いっこうに動く気配がない。視線を地面と俺の顔の間でゆらゆらと動かしている。

 

 

「どうした?」

 

「えっと、その⋯⋯」

 

「ん?」

 

 

 意を決したように小夜は顔を上げ、豊かな胸の前できゅっと両拳を握り混む。

 

 

「ど、どこにいくか聞いても良いですかっ?」

 

 

 と、一生一代の告白をするように叫んだ。



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第十四鬼

 小夜と出会って1時間後、俺達は繁華街にある銃器屋にきていた。

 繁華街にあるってのは少し物騒だが、この世界(ゲーム内のことだが)には必要とする人間が多くいる。リアリティーに欠けはするが、利用者としてはありがたい。

 

 因みに、小夜に行き先を伝えたところ、同行を求めてきた。妙に緊張で頬が強張っていたが、男を誘うのは初めてなのかもしれない。

 ⋯⋯男を誘うってのは別の意味に聞こえるな。

 

 

「はぁ⋯⋯いっぱいあるんですね」

 

 

 ハンドガン、ショットガン、サブマシンガン、アサルトライフル、スナイパーライフル。壁際や店内のど真ん中に置かれたショーケースにある銃器を見て、圧倒されたように呟く小夜が息を吐く。

 

 店の奥にカウンターレジがあり、店員らしき男が新聞を広げて座っているのが見える。時折、然り気無く店内を見渡しているのを思うと、盗難されないか見張っているらしい。

 出入り口にいる俺たち以外にも、店内には様々な制服を着た老若男女が数人いる。

 

 

「ここにいても邪魔になるだけだ。店を見て回ろう」

 

「は、はい!」

 

 

 緊張気味の固い声で返された。本物の銃(と言っても、ゲーム内ではだが)には妙な威圧感がある。例えそれがただの置物だとしても、俺達人間は様々な資料からそれがどういったものかを学んでいる。

 俺自身は実態件ありきだが、それを差し引いても、銃の本質を知っているが故に感じる重厚感だ。

 小夜も、無意識にそれを感じているんだろうな。

 

 

「じっくり選ぶと良い。暫く自身の身を守る相棒になるからな。見た目よりも使いやすさを重視しろよ」

 

「わ、分かりましたっ」

 

 

 得意ぶって話す俺に、緊張気味ながらも真面目な顔つきで頷く小夜。何と無く妹になつかれた兄のような心境だ。

 現実でもこうであれば、と無益なことを考える。

 

 

「さて、どれにするか」

 

 

 見るのは店内中央に鎮座するショーケースだ。ショーケースには、取り回しやすい拳銃が等間隔に並べられている。自動拳銃(オートマティック)回転式拳銃(リボルバー)に別けて置いてある。

 壁際にあるのは拳銃以外の銃だ。

 

 ショーケースをぐるりと一周する。小夜の姿はない。とある一点で視線が止まり、瞬きも少なく、ひとつの自動拳銃を見ている。

 一目惚れってやつだろう。本当は手に取って、使い勝手を確認した方が良いのだが、自分自身が好いていないと、手に馴染み難いこともある。気に入ったのなら、暫く使って慣れさせるのも手の内だ。

 

 

「決まったか?」

 

 

 ある程度の目星を付けて小夜の隣に戻る。

 

 

「っ」

 

 

 ピクッと肩を跳ねさせた小夜が目を丸くして俺を見る。相当集中していたらしい。

 

 

「は、はい、決まりました。えっと、これなんですけど」

 

 

 ガラス越しにひとつの自動拳銃を指差す。グロック18と書かれたプレートの上に置かれた銃だ。

 値段は8万ガル。初期投資としては少し高めか?値札にご丁寧に攻撃力も書いてある。基準を攻撃力10のベレッタという銃に置いてみると、20というのは高い方なんだろう。

 殺傷能力の高い銃が、攻撃力の高い低いで、ダメージを大きく変えるものなのかは疑問だが、ゲーム仕様ってことで、気にしたら敗けなんだろう。

 

 

「何を選んだら良いか分からなくて⋯⋯えへへ」

 

 

 そう照れ笑いを浮かべる小夜。

 

 

「まぁ、そうだよな。最初はそんなもんだ、あとで良いのがあれば買い換えればいいしな」

 

 

 それに、このゲームは初期武器のチューンアップができるらしい。

 塔には階層があって、その階層毎に主が存在する。その主を倒すと、“武昇石”って宝石を落とす。それを塔内にある錬金術師が開く調合屋に武器と一緒に持ち込むと、武器のランクを一段階上げてくれるらしい。

 他で言うところの、限界突破ってやつだな。

 

 因みに、銃には他にも強くする方法がある。それは、銃弾だ。

 銃弾にはランクがあり、プレイヤーのレベルに合わせて使える銃弾のランク幅が広がるそうで、ゲームの難易度を上げたいなら、低いランクの銃弾でプレイするのも楽しいらしい。

 ランクは10段階。数字の高い順から低くなるほど銃弾は強力になる。解放条件はプレイヤーレベルを10上げることで、10毎々に使える銃弾のランクが上がる。

 と、学校で聞いた。話によれば、プレイヤーレベルの上限は200が限度で、カンストすると、物を言うのはアバターの成長のさせ方と、操作テクニックだそうだ。

 

 

「コーイチさんは決めたんですか?」

 

 

 と、銃の仕様について考えていると、小夜が俺の顔を覗き込んでくる。彼女の髪が肩から落ちて、ショーケースのガラスに広がった。

 

 

「ああ、目星は付けた。これだ」

 

 

 俺が指差したのは、回転式拳銃だ。S&WM19(コンバットマグナム)、値段は5万ガルと、小夜が選んだグロック18よりも安く、攻撃力50で、ショーケースにあるハンドガンの中ではトップクラスに高い数値を誇っている。

 

 

「凄い攻撃力ですね。この中だと一番じゃないですか?」

 

「まぁ、実際強力な銃らしいからな。当然と言えば当然だ。でも、一番って訳でもない」

 

 

 そう付け加えて、幾つかの銃を指差す。70越えは見当たらないが、60を越えるのが二丁、50を越えるのが三丁ある。

 ただ、人気はなさそうだ。それは当然、使い勝手の違いだろう。弾数が多く、弾倉(マガジン)ひとつでリロードできる自動拳銃に比べ、回転式拳銃は弾数も少なく、弾も一発ずつ回転式弾倉(シリンダー)に込めないといけない。

 威力は高いが、面倒臭いって印象がある回転式拳銃は人気が今一みたいだ。その影響もあって、自動拳銃に比べて安くなってるのかもしれない。

 

 

「すんませーん」

 

 

 経済的に他に見る物もない。そう判断した俺は、未だ新聞を広げている男に声を掛けた。



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第十五鬼

「──と、なります。もう一度ご説明しましょうか?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

「それでは、塔の探索を楽しんでくださいね」

 

 

 にこやかに告げる受付嬢に背を向けて、俺と小夜は幾つもあるエレベーターのひとつを目指す。

 

 拳銃、コンバットマグナムを買ってから半時間。俺と小夜は、『学園島』の中心に聳え立つ塔にきていた。

 購入した自分の相棒を試そうってことになったんだ。

 因みに、銃と一緒に弾も買っている。当然ランク10だ。一発5ガル。それを500発購入で、2500ガルの出費だ。

 俺の使うコンバットマグナムと小夜の使うグロック18は弾丸の種類が違う。俺のは.357マグナム弾ってので、小夜のは9mmパラベラムで、こっちは一発2ガルだ。小夜はこれを1000発も買っていた。外すことも想定してってことらしい。

 

 全部殺傷能力はない。という設定らしい。そこら辺は、道徳的なことで、殺すんじゃなくて、倒す(昏倒させる)ってことにした方が対面がいいとかなんとか。

 ゴム弾じゃなくて鉛玉なんだけどな。

 

 それはさておき、今から俺達は本格的に塔に登ることになっている。昇に宏壱のエレベーターを使うわけだが、塔の一階地点、俺達のいるこの場所には、老若男女、多種多様な制服、人種も様々なカオスの状態だ。

 出入口を行き交い、中心に円形に設けられた受け付けカウンターで説明を聞いたり、調合屋とプレートの付いた木製の扉を出入りしていたり、等間隔で設置されたエレベーターに乗り込んだり降りたり、動きは様々で往来が激しい。

 

 

「⋯⋯」

 

「緊張してるのか?」

 

「は、はい。だって今から戦うんですよね?」

 

 

 不安そうに揺れる瞳が俺を見上げる。まぁ、現代じゃあ暴行事件すら聞かない。

 争い事ってのは過去の異物で、物語やゲームの中にしか存在しないんだ。身体が強張るのも無理はないか。

 

 

「最初は怖いかもな。まぁ、慣れれば何てことはなくなると思うぞ」

 

「慣れられるでしょうか⋯⋯?」

 

「慣れるまで付き合うって」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 エレベーターの正面に着く。

 ボタンはなく、鍵穴が付いているだけだ。鍵穴の数は五つ、縦に並んでいる。

 受付嬢の説明によると、この鍵穴はプレイヤーの認識装置みたいなものらしい。ここにプレイヤーひとり一人が所持している鍵を差し込んで回すと、前回までのステージに行けるんだとか。

 

 鍵穴の数はパーティー数らしい。ステージに他のプレイヤーは存在しない。いるのは自分とパーティーメンバーだけだ。月末に行われる対戦で、手の内を読ませないためってのが理由のひとつらしい。

 

 因みに体力、所謂HPはこのゲームには存在しない。致命傷を受ければゲームオーバーで、この塔のフロア、今いる場所に強制的に送還され、所持金の半分を失い、装備品がボロボロになる。

 よーく中を見渡せば、服がボロボロの者が何人かいる。このフロア内にある店に各学園の制服が置いてあって、ボロボロの服はそこで買い替えるしかない。着替えは装備変更で一瞬でできる。

 因みにの因みにだが、その店では包帯や傷薬なんてのも置いてあって、傷を負った箇所に巻いたり、塗ったりすると、痛みが引き、傷が少し治る⋯⋯らしい。

 

 閑話休題(全部、受付嬢からの情報だ)

 

 エレベーターのドアが両側に開く。中は少し広めだ。5人のフルパーティーと刀剣やらドデカい銃やらを持ち込める用にだろうな。

 俺はブレザーの下に肩掛けのホルスターを装備して、そこにコンバットマグナムを差し込んでいる。小夜は右の太股だ。

 拳銃はコンパクトで仕舞いやすいのが長所だ。イベントリにも入れられるが、取り出しに時間が掛かる。

 それなら、最初から装備していた方が効率がいい。

 

 

「えっと、何階って言えばいいんですか?」

 

 

 エレベーターに乗り込むと、小夜がそんなことを言う。

 

 

「ん? ああ。いや、音声操作じゃなくて、ボタンを押すんだよ」

 

 

 小夜が言った意味を理解したのは数瞬後だった。現実ではボタン操作の機械は少ないからな、分からなくても仕方ない。

 ドアが閉まったのを確認して、壁際のボタンを押す。付いているのは、横に並んだ上下の矢印とそれに挟まれた確定のボタン。

 受付嬢の話では、ステージを進めると1階から進んだ場所の階まで自由に行き来できるんだとか。

 今は俺も小夜も当然1階だけだ。

 

 ドアが開く。外に出ると、直立するビル群がある。市街地らしい。

 大通りらしく、乗用車やら大型トラックやらが道路の真ん中に置いてある。

 走っている車はないし、歩道を歩く人の姿も少ない。しかも、通行人はどうもがらの悪い連中ばかりだ。

 車道にある乗用車のボンネットに腰掛け、数人の男とばか笑いをして話している奴ら。金属バットでガードレールをただ殴っている奴。ヤンキー座りでタバコを吹かしている奴。頭にネクタイを巻いて、赤ら顔でふらふらと歩く中年太りのおっさん。

 

 ⋯⋯最後のは違う気もするが、まぁ、雰囲気はスラム街って感じか?

 ただ、ゴミが散乱しているわけでも、ビルがボロボロに朽ち果てているわけでも、スプレーで落書きをしているわけでもない。がらの悪い連中が多いってだけだ。

 

 

「⋯⋯こ、ここからゴールまで行くんですよね?」

 

 

 現実にはいない連中に緊張しているのか、声を震わせた小夜がそう確認してくる。

 

 

「ああ。この通りを真っ直ぐ行った突き当たりのビルに、上の階に進む階段があるぞ」

 

 

 そう指差して小夜に言う。

 言葉通り、300mほど先にT字に分かれた道があって、突き当たりのビルには上階に上る階段が見える。

 脇に逸れる道もないし、間違いないだろう。

 

 

「進むぞ?」

 

 

 小夜にそう声を掛ける。

 

 

「は、はい!」

 

「っと、ちょっと待て」

 

「え?」

 

 

 緊張しながらも、威勢よく頷いて踏み出そうとした小夜を止める。

 

 

「お客さんだ」

 

 

 ホルスターからコンバットマグナムを右手で引き抜く。

 

 

「ひっく⋯⋯よぉ、兄ちゃぁん⋯⋯ひっく⋯⋯。⋯⋯可愛い娘ひっく連れてひっくるなぁひっ──バンッ! バンッ! バンッ!──ぎゃっ!」

 

 

 しゃっくりをしながら千鳥足で迫ってきた赤ら顔のおっさんの額を撃ち抜く。

 おっさんの頭は勢いよく後ろに引かれて足が浮き、3mほど飛んで地面に落下。後転を二回繰り返してガードレールにぶつかって止まった。

 まぁ殺傷性はない。脳髄をぶちまけるなんてグロいことにはならなかった。

 

 プレイヤーにHPがないように、現れる敵側にも明確なHPはない。要は致命傷を与えれば戦闘不能にさせ、経験値を得られるってことだ。

 ただ、ここには防御力って概念がある。攻撃力が防御力を上回らないとダメージは通らない。おっさんには問題なく俺の攻撃が通ったみたいだけどな。

 

 しかし、両手持ちで3発撃って1発命中。しかも、反動は凄いし、腕もブレブレだった。スキルがない所為なのは明確だ。

 早めに【銃技】のスキルが欲しいよ、ホント。



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第十六鬼

終盤で残酷な描写があります。お読みの際はご注意ください。


 派手に響いた銃声だが、特にチンピラ達に反応はない。

 多分、感知範囲というか、意識の向く距離が決まってるんだろう。五m近付かないとこっちを認識しない、みたいな。

 そうでもないと、わらわらと寄ってきて、ウザいことこの上ないだろうし。

 

 

「さて、進むぞ」

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯小夜?」

 

 

 声を掛けても返答はない。転がったおっさんに唖然とした眼を向けたまま微動だにしない小夜。

 おっさんは白眼を剥いてガードレールに背中を預けてぐったりとしている。昏倒させたことによって経験値は俺と小夜二人に分配される。

 パーティーでの行動時は、誰が止めを刺しても影響はなく、均等に分配されるようになっている。

 昏倒させた敵は起きることはないらしく、後ろを気にせずに進める。

 

 

 〈シークレットミッションクリアにより4SPが授与されました〉

 

 

 眼前に現れたウィンドウに、小夜はビクッと肩を震わせる。

 これは、初戦闘とか? いや、撃破のほうか? どっちにしろ、初回はSPが貯まりやすいみたいだ。

 コンバットマグナムを買ったときに2SP。小夜とパーティーを組んだときに5SP貰えたからな。暫くはSP授与ラッシュが続くのかもしれない。

 

 

「⋯⋯どうした?」

 

「え? あ、いえ! その、人ってあんなに飛ぶんだなぁって思いまして!」

 

 

 わたわたと手を胸の前で振る小夜に、苦笑する。

 

 

「まぁ、ゲームだしな。他のVRなんかもっとブッ飛んだやつもあるぞ。殴り飛ばしたやつが、ビルにゴンゴンぶつかりながら跳ねる仕様は面白いって言うより、白けたのを覚えてるよ」

 

「そ、そんなゲームがあるんですか?」

 

「ゲームはしないのか?」

 

「はい、始めてです」

 

「そうなのか? 今時珍しいな」

 

 

 ステータスを開き、SPを振り分けながら問答する。小夜も俺に倣うようにSPを振り分けている。

 強力なスキルを得るのも良いが、まずはアバターの強化が先決だと俺は思っている。

 どんなに強いスキルでも、攻撃力が低ければ威力は出ないし、防御力が低ければ装甲も薄い。それに、速さだって出ない。

 逆に、ステータスが高ければ、普通の攻撃でもそこそこのダメージを与えることは可能だろうし、防御する以前に回避することだって容易になる。

 要は、序盤はアバター強化が重要だと思うって話だ。スキル面じゃなくて、地の強さみたいなのがな。

 

 それはさておき、俺のステータスもそこそこに上昇した。心なしか、動きが軽やかになった気がそこはとなくしないでもない。

 ぶっちゃけ、大きな違いはないように思う。

 

 ◇◆◇

 

 コーイチ(男)

 

 レベル1

 

 攻撃力──30

 

 防御力──20

 

 速さ──20

 

 知能──11

 

 SP──0

 

 《スキル》

 

 なし

 

 ◇◆◇

 

 攻撃力に10、防御力と速さに5ずつ、知能に1のSPを振り分けた。

 上三つは切りよくして、知能には余った分を振り分ける。スキルは⋯⋯習得できていない。まぁ、たった一度の戦闘で習得できたら苦労はしないか。

 

 

「振り分けたか?」

 

「は、はい! こんな感じですけど、どうですか?」

 

 

 そう言って小夜は俺にもステータスを見れるようにした。

 

 ◇◆◇

 

 小夜(14)(女)

 

 レベル1

 

 攻撃力──14

 

 防御力──23

 

 速さ──12

 

 知能──15

 

 SP──0

 

 《スキル》

 

 なし

 

 ◇◆◇

 

 ダメージを受けるのが怖いのか、防御力に集中して振られている。

 得たSP量は一緒だったんだけどな。こうも違いが出るのかと感心する。

 

 

「良いんじゃないか? 少し防御力に偏ってるけど、他を上げてないわけでもないし。あ、でも年齢は隠しとけ。今のご時世、いないとは思うが、変なことを考えるやつがいないとも限らない」

 

 

 変なこと? と、小首を傾げながらも小夜は設定を変更する。

 SPの振り分けがどの辺までアバターに影響を与えるのか分からないが、小夜のやり方もそう変なものじゃないだろう。

 

 

「いくぞ?」

 

「は、はいっ!」

 

 

 少し肩に力が入りすぎなように思うが、まぁ最初だしこんなものか。

 

 俺達は堂々と車道の真ん中を歩く。

 左の脇に止めてある赤い乗用車のボンネットに腰かけたチンピラと、そいつを囲むようにして立っている三人のチンピラが俺達に気付いた。

 距離は3mってところか。これぐらいが感知範囲だな。

 

 特に何を言うでもなく彼らは襲い掛かってきた。

 武器はない。拳を振り上げて、チンピラの一人が小夜に殴り掛かる。

 

 

「ひっ!」

 

 

 引きつるような悲鳴を上げて硬直する小夜の前に出て、振り下ろされた拳を左手で掴む。

 

 

「がっ!?」

 

「コーイチさんっ!?」

 

 

 ⋯⋯掴めたと思ったんだが、掌をすり抜けて諸に左頬を殴り付けられた。

 タイミングと掌の位置が僅かにズレた。その結果、顔面に直撃を喰らってしまう。

 後ろに一歩よろめく。頬がひりひりと傷み、視界が揺れる。首を左右に振ってなんとか体勢を整えた。

 

 

「ははっ、カッコ悪いところ見せたな。まぁ、大丈夫だ。負けないから」

 

 

 心配するような視線を背中に感じてそう言ってみるも、どうも調子が出ない。

 この反応の鈍さは、防御力が低いからか? と、考えを巡らせる余裕はないな。

 

 

「はっ、ダセェぞ、ガキが!」

 

 

 鼻で俺を嗤い、更に拳を繰り出すチンピラに合わせて、今度は左手の甲を相手の肘間接に合わせて外側に開く。

 そのまま前に押しながら肘間接に合わせた手を大きく円を描くように左に回し、関節を曲げて背中側に手がいくように持っていく。

 チンピラの身体に、歪な三角形の隙間ができた。

 

 ⋯⋯その形に持っていくのに、12秒の時間を使った。スマートに決められたとは言えない。これも体術のスキルがあれば改善されるか?

 

 

「い、いででででっ! ギブッ、離してっ!」

 

 

 どうも一階では、一度に一人しか襲い掛かってこないらしい。

 他の三人のチンピラは俺が関節を決めたチンピラの後ろに控えていて、手を出してくる様子がない。

 それは俺にとっては都合がいい(序盤はプレイヤーに慣れさせるために、そういう設定にしてあるんだと推測する)。身体の動かし方を把握しながら進めるからな。

 

 チンピラの身体にできた三角形の隙間に右手を入れた。当然手にはコンバットマグナムを握っている。

 こうすれば手のブレも少なくなるし、反動で腕が上がることもない。このチンピラを盾にだってできる。一石三鳥だ。

 

 バン! バン! バン!

 

 

「ぎゃっ!」「ぐふっ!」「ぶっ!」

 

 

 続け様に三発発砲すると、同時に悲鳴が三つ上がった。

 避ける素振りを見せることもなく、チンピラ三人は身体に鉛弾を受けて倒れた。一撃で昏倒だ。ここでは、コンバットマグナムは最強だな。わっはっはっは。

 

 これで射ち止めだ。コンバットマグナムの装弾数は六発。最初のおっさんに三発。今のチンピラに三発。これで全部使い切ったわけだ。このまま再装槇(リロード)しないと、ただのオブジェだ。

 が、このチンピラを離して即再装槇できるとは思えない。多分もたつくだろう。それは今までの動きで想定できる。なら⋯⋯。

 

 

「小夜、こいつを離したらお前が射て」

 

 

 もう一人、銃を持ってる人間に射たせればいい。

 

 

「え?」

 

「できるな?」

 

「で、でも⋯⋯」

 

「一、二の、三! で、離すぞ?」

 

「え、あの、ちょっと待ってください!」

 

 

 戸惑い、オロオロする小夜を無視して言葉を続ける。

 

 

「一、二の、三!」

 

「えっ、えぇいっ!」

 

 

 破れかぶれといった風に、小夜はグロック18を両手で握りしめて銃口を、俺が突き飛ばすように離したことでたたらを踏むチンピラに向けて射つ。

 真ん丸のお目々はしっかりと、ぎゅっと瞑られていた。

 

 ⋯⋯ダメだこりゃ。

 

 ダダダダダッ!

 

 

「ひぃっ!?」

 

 

 グロック18はフルオートで、引き金を引き続けると、装槇された弾丸が尽きるまで発砲し続けるようになっている。

 セミオートに切り替えることもできるが、どうやら今はフルの状態らしい。

 

 カランカランカランと薬莢が転がる。

 装弾数は33発。それが10秒も経たずに射ち切られた。

 ⋯⋯すごいな。何が凄いって、一発も当たってないのが凄い。

 

 

「ビ、ビビらせやがって、この下手くそがっ!」

 

「ひうっ!?」

 

 

 頭を抱え、しゃがみこんだチンピラが立ち上がって勢い付く。

 びくんと小夜の肩が跳ねて重量感があって柔らかそうな胸がゆさっと揺れた。

 

 それを視界の端で捕らえながられんこん状の弾倉(シリンダー)を出して薬莢を排出、時間を掛けて弾を一発ずつ丁寧に装槇、シャコッと軽快な音を響かせて弾倉を戻す。

 キリ。撃鉄を引いてセット完了。後は照準を合わせて⋯⋯。

 

 

「射ちまーす」

 

「ぇ?」

 

 

 小夜に近付くでもなく、その場でがなり立てるチンピラに宣言する。

 右手はグリップを握り、人差し指を引き金に。左手は銃を支えるようにグリップを握った右手の下に添える。

 

 ダァン!

 

 躊躇なく引き金を引く。

 バシュッと着弾。弾はチンピラを逸れて背後の車のボンネットに当たって穴を空けた。

 硝煙を上げる銃口が上を向いていた。反動を押さえられず、腕が上がってしまっている。

 

 

「は、はっ! どこ狙ってんだ、へ、下手くそっ」

 

 

 声が震え、足が震えているチンピラに凄まれても怖くない。しかもその場を動けないでいる。

 汗も凄い。母さん、ちょっと敵キャラの恐怖の感情がリアル過ぎませんかね?

 目の泳ぎ方とか半端じゃないし⋯⋯イベントでもないのに、雑魚キャラがこんなに感情持ってるってどんだけだよ。

 

 そんな仕様もないことに思考を逸らしながらも、再び照準を合わせて撃鉄を引く。弾倉が回転する。引き金を引く。ダァン! 弾丸は再びボンネットに穴を空ける。

 照準を合わせて撃鉄を引く。弾倉が回転する。引き金を引く。ダァン! ボンネットに穴を空ける。当たりどころが悪かったのか、ボンネットから煙が出始め、数秒と経たずに火を吹いた。

 

 

「は、ははっ! 無駄射ちしてやがるぜっ!」

 

 

 笑って見せるも、チンピラの頬の筋肉は完全に引きつっている。つくづくリアルだなぁと思いながらも、照準を合わせて撃鉄を引いて射つ。ダァン!

 

 ボガァァンッッ!

 

 車が爆発した。尊い犠牲だな。

 まぁ、それは置いといて、照準を合わせて撃鉄を引いて射つ。ダァン!

 

 

「お、おい?」

 

 

 照準を合わせて撃鉄を引いて射つ。ダァン! 六発目だ。再装槇しなければ。

 

 

「き、聞いてんのか?」

 

 

 さっきよりはスムーズに装槇できた。

 照準を合わせて撃鉄を引いて射つ。ダァン!

 

 

「ちょ、ちょっと?」

 

 

 照準を合わせて撃鉄を引いて射つ。ダァン!

 

 

「あ、あの?」

 

 

 照準を合わせて撃鉄を引いて射つ。ダァン!

 

 

「ま、待って!」

 

 

 照準を合わせて撃鉄を引いて射つ。ダァン!

 

 

「ほ、ホント待って!」

 

 

 照準を合わせて撃鉄を引いて射つ。ダァン!

 

 

「わ、分かった!」

 

 

 照準を合わせて撃鉄を引いて射つ。ダァン! 六発目だ。もう一度装槇だな。

 

 

「あ、謝る!」

 

 

 照準を合わせて撃鉄を引いて射つ。ダァン!

 

 

「ひぃっ!? い、今、微風がし──照準を合わせて撃鉄を引いて射つ。ダァン! ──⋯⋯も、もうやめへぇっ!」

 

 

 泣いた。号泣だ。鼻水も酷い。

 腰が抜けたのか、膝から崩れ落ちて、正座を崩したみたいな座り方になっている。所謂女の子座りってやつだな。

 仕方ない、そんな顔をみせられると、俺も心が痛む。

 優しく微笑んでコンバットマグナムを降ろしてやると、チンピラは泣き顔をホッと安心したような笑みに変えた。

 

 照準を合わせる。

 

 

「へ?」

 

 

 射つ。ダァン! チュンッ。チンピラの足元に穴が開いた。

 一瞬でチンピラの汚い笑みは絶望に変わった。

 

 

「な、なんでぇっ!?」

 

「なんでもなにも、止めるなんて言ってないぞ?」

 

「うわぁ⋯⋯」

 

 

 小夜から哀れみの声と言うか、ドン引きしたような声が漏れる。

 

 

「あ、悪魔だぁっ!」

 

 

 照準を合わせて撃鉄を引いて射つ。ダァン!

 どんどん距離が近付いている。今ので合計何発だ?

 おっさんに三発、チンピラ三人に三発、目の前のへたり込んだチンピラに⋯⋯二回の装槇で十二発、今ので四発──ダァン! ──じゃなくて五発目だから、十七発だな。

 ってことは、合計二十三発──ダァン! ──違った。二十四発だ。

 再装填。照準を合わせて撃鉄を引いて射つ。ダァン!

 

 

「もう殺してくれぇッ!」

 

 

 命乞いをされてしまった。

 俺も当てたいんだけどな。どうも手ブレが酷くて当たらない。

 なので、照準を合わせて撃鉄を引いて射つ。ダァン! これしかできないだろ?




今作最多の文字数がこの内容⋯⋯チンピラには酷いことをした。
反省も後悔もないですけどね!


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第十七鬼

 俺と小夜(さよ)は二階へと続く階段の前に来た。

 ここに来るまでに使った弾丸の数は213発。最初のチンピラに200発使った。その200発を越えたとき、シークレットミッションの達成ログと、『銃技』取得のログが視界内に現れた。

 200発撃つことが取得条件だったらしい。シークレットミッションは初スキル取得だろうと思う。

 なにはともあれ、ステータスのスキル欄に『銃技』があるのは嬉しく感じる。

 しかし、小夜はまだスキルを取得できていない。

 最初に外しまくった所為で、109発しか撃てていないからか、オートマチックとリボルバーで差異があるのか⋯⋯なんであれ、小夜のスキル取得には少し時間が要りそうだ。

 

 閑話休題。

 

 そこはT地路の突き当たりのビルで、左右へと続く道は5mほどある鉄板の壁で封鎖されている。

 周辺は開けていて、車は一台もない。お誂え向き(・・・・・)の広場だ。

 などと、周辺の状況を確認していると⋯⋯。

 

 ガラララ──ガシャァンッ!

 

 

「ひゃっ」

 

 

 小夜が悲鳴を上げる。

 階段の入り口に鉄格子が下りてきて、閉ざされる。

 各階にはフロアボスが配置されている。ソイツとの決戦の場は、階上へ上がる前に設けられた広いスペース。

 つまり、ここだ。

 

 

「おいおい、オレサマに断りもなく上へいくのかよ? それはつれないんじゃないの?」

 

「ひぅっ」

 

 

 背後からざらついた声が俺達に浴びせられた。

 それにも小夜が悲鳴を上げて肩を跳ねさせた。身長に似合わぬ胸が、たぷんと重量感たっぷりに揺れた。

 それを横目で捉えつつ振り向けば、20mほど先に、鉄パイプで地面をコツコツと叩く金髪耳ピアスのチンピラがいた。全体的にノッポで、面長な感じだ。

 パワーはなさそうで、非力な雰囲気。強そうな感じはしない。

 

 そのチンピラの後ろにいく道は、乗用車が並べられて、塞がれている。

 引き返して逃げることはできないってことだ。

 

 

「お前がこのフロアの長だな?」

 

「あん? それがどうしたよ?」

 

 

 俺の質問にどこか小馬鹿にするように返すフロアのボスチンピラ。

 なんだか怖い人ですっ⋯⋯。と呟いて震えている小夜は置いておいて⋯⋯まぁ、問答も要らない。一応の確認さえ取れれば、後は討つだけだ。

 

 バン!

 

 スキルを得たことで、安定した姿勢、押さえられた反動、向上した射撃技術でチンピラに発砲する。

 

 

「うぉっと!?」

 

 

 大きなサイドステップを踏んで銃弾を躱すチンピラ。

 スキルを得てから何度か戦闘をしたが、銃弾を躱したチンピラはいなかった。

 大きく動いてはいるが、反応ができる程度には雑魚とボスとで、実力に差があるらしい。

 

 

「いきなり射つとか、常識がねぇのかテメェ!」

 

「問答無用」

 

 

 バン!

 

 蟀谷に青筋を浮かべて恫喝するチンピラに、再び発砲する。

 有益なゲーム情報が得られるわけでも、フロア攻略に繋がるわけでもないチンピラとの対話は、するだけ無駄だ。

 

 

「小夜、射て」

 

「え? ⋯⋯あ、はい!」

 

 

 チンピラの容姿に呆けていた小夜に声を掛け、グロック18を構えさせて、射たせる。

 フルオートのまま、ダダダダダッと弾丸を射出し、相変わらずのブレブレでチンピラには当たらないままアスファルトに穴を空け、ビルのショーウィンドウを砕き、車を大破する。

 

 流石に目を瞑ることはないが、標準がバラバラだ。

 近くを掠めるのもあるが、てんで明後日の方に飛ぶのもある。雑魚ならともかく、ボスチンピラには驚異にならない。

 

 

「あわわわわっ!」

 

 

 銃に振り回されながらも、なんとかボスチンピラに標準を合わせようと奮闘する小夜の横で、俺は落ち着いて1発ずつ射つ。

 散発される9mmパラベラム弾の中に、.357マグナム弾が紛れてボスチンピラを襲う。

 大きく躱せば小夜の銃弾に、その場で止まっていれば俺の銃弾に当たる。

 遮蔽物のないこの広場で、ボスチンピラが取れる手段は少ない。

 そう、例えばリロードの合間にできる空白とか。

 

 

「あわっ!? えっと、えっと!」

 

 

 グロック18の弾切れ。わたわたと慣れない手付きでインベントリからマガジンを取り出し、空になったマガジンを捨てて新しいのと入れ換える。

 その隙がボスチンピラの好機だ。

 躱す範囲を小さく押さえながら、銃弾を躱していたボスチンピラが前に出る。

 

 バン! バン!

 

 撃鉄を上げるまでの間が最初に比べてスムーズにできる。

 1秒ほどの感覚を空けて2発、駆けながら右に大きく一歩、左に大きく一歩、その動きで銃弾を躱してみせた。

 一階のフロアボスでもその程度の芸当はできるらしい。

 

 

「おらぁっ!」

 

 

 狙いは小夜だ。

 ようやくチャカッとマガジンを装填した小夜に、大上段から大振りに鉄パイプを振り下ろす。

 速くはない。雑魚とステータスに差はないように思う。

 

 

「させるかっ!」

 

 

 小夜とボスチンピラの間に入って鉄パイプを左手で受け止める。力は若干俺の方が強い。

 

 ただ、銃の対処が段違いに上手いってところか。攻略法は⋯⋯接近戦か。

 でないと強すぎるもんな。銃弾躱して近接戦闘もできるとか、初心者には勝てないって。

 

 

「そっ、装填できました!」

 

 

 後ろから声を掛けられる。

 掴んだパイプを引いて、ボスチンピラを引き寄せて腹に右膝を入れる。

 重心の安定が悪く、力が入りきらず、威力のない膝蹴りだった。

 俺が小夜の前から退いて、彼女が標準を合わせてトリガーを引くときには痛みが収まっていた。

 やはり、入りが甘い。

 

 ダダダダダッ!

 

 距離は2mも離れていなかったが、逃げることはできたらしい。

 銃で倒すのは無理なのかもな。そう思った。ひょっとすれば、身体を慣れさせるためのチュートリアルみたいなもので、銃で簡単に倒せないようになっているのかもしれない。

 

 

「しっ!」

 

「ぶっ!?」

 

 

 コンバットマグナムをブレザーの下にあるホルスターに仕舞い、三歩前に出てボスチンピラの顔面に右ストレートを打ち込む。

 体重の乗っていないパンチを鼻っ面に受けて、ボスチンピラがよろめく。

 更に身体を寄せて、腹に掬い上げる左拳を一発、続けて蟀谷に左ショートブロウ、右フック、二連続の左ジャブ、首に両手を回して頭を引き下げて顔面に膝蹴りを見舞い、二度、三度繰り返して、右足を軸に一回転、遠心力に任せて左足を振り切ってボスチンピラを蹴り飛ばす。

 

 

「ぐっ、調子に乗りやがって⋯⋯っ!」

 

 

 2m先で仰向けに転がったボスチンピラが口を拭い立ち上がる。

 鉄パイプは手放していて、両拳を胸の前で握り締めて構え、タタン、タタンとリズムをつけてステップを踏む。

 これから泥臭い殴り合いか? 残念だがそうはならないぞ。こっからも俺のワンマンステージだ。

 

 今出せる全力の踏み込みでボスチンピラの懐に潜り込み、蟀谷を左拳で殴り付け、振り抜いた腕を返し際に裏拳、苦し紛れのパンチを掻い潜ってボディに一発、落ちた頭を襟首を掴んで引き上げて頭突きを叩き込み、鼻を押さえて痛がるボスチンピラの顎を地面から飛び上がるようなアッパーで打ち付けた。

 

 

「へばっ!」

 

 

 かち上げた身体が落ちてボスチンピラが、空気が抜けたような悲鳴を上げる。

 起き上がる気配はない。気を失ったらしい。

 上手いこと入った。これは実力じゃなくてマグレみたいなものだろう。

 会心の一撃。クリーンヒット。呼び方がなんであれ、相手の芯を捉えた感じだった。

 

 キイィィッ、と後ろで軋むような音が聞こえた。

 ピクンと小夜が跳ねたのはご愛嬌だ。

 振り返れば、階上へ上がる階段の入り口を閉ざしていた鉄格子が上がっていく途中だった。

 

 

「さて、道が開いた。上へ上がるぞ」

 

「はっ、はい!」

 

〈“武昇石”がインベントリに送られました〉

 

〈シークレットミッションクリアによりSPが授与されました〉

 

 

 小夜が頷くのと、ログが出たのはほぼ同時。

 小夜の肩が跳ねたのを見るに、彼女にもログが出たらしい。

 シークレットミッションは、一階を攻略したことによるものだと思う。

 

 階段に足を乗せて上る。10段進むと出口に着いた。

 外に出れば並列するビル群と広がる青空。パッと見た感じでは、一階と風景は大差ない感じがする。通りの奥には広場も見えるしな。

 敢えて探すとすれば、車やらチンピラの配置と数か?

 

 

「どうする? もう帰るか?」

 

「あ、えっと⋯⋯」

 

 

 塔に入って十数分、ゲームを始めて2時間と少しだ。小夜も同じくらいだろう。

 リアルとゲーム内では時間の流れが異なる。

 リアルでの24時間はゲーム内での48時間で、リアルでの12時間がゲーム内での24時間になる。

 ゲームを始めて2時間ってのは、ゲーム内での時間だ。リアルではまだ1時間しか経っていない。

 でも、初めての戦闘だ。そこそこに消耗しているだろう。そう思っての提案だった。だが⋯⋯。

 

 

「⋯⋯もう少し、進みたい⋯⋯です」

 

 

 遠慮がちに、俺の反応を伺うように上目遣いで言う。

 

 

「分かった。行けるところまでいってみよう」

 

 

 頷いてブレザーの裏に手を入れてコンバットマグナムを取り出す。

 

 この日、俺達は四階まで進んで塔を出た。まぁ、出たと言うか、車の中に潜んでた狡猾なチンピラに不意を突かれて頭を強打され、二人とも気絶したから出ただけだけどな。




塔を出たときのステータス変化

コーイチ(男)

レベル1→6

攻撃力──30→35

防御力──20→25

速さ──20→25

知能──11→16

SP──0

《スキル》

銃技──E


小夜(女)

レベル1→6

攻撃力──14→17

防御力──23→30

速さ──12→17

知能──15→20

SP──0

《スキル》

なし


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第十八鬼

「えーっ!? コー×(バツ)オン始めたのかよ!?」

 

 

 くすんだ金髪のイケメンが空に響けと言わんばかりに叫ぶ。

 小夜と一緒に塔の攻略を進めた翌日、俺は昨日の話を腐れ縁の雄介に語った。

 

 現在は昼休み中で、解放されている屋上のベンチに並んで座り、昼飯を食べている最中だ。

 俺は自作の弁当、雄介は購買の栄養パンだ。一日に接種すべき栄養素の詰まったコッペパン2つ。

 俺には味気ないが、慣れてしまった雄介にはちょうど良いらしい。

 一応の水分補給で、牛乳パックが脇に置いてある。ソイツにストローをブッ刺してちゅーちゅーと飲んだ。

 

 

「って、おいそれ俺のだからっ!」

 

 

 ⋯⋯取られた。

 仕方がないので、自分の水筒に口を付ける。流れ込んでくる緑茶の風味がまた良い。量販店の安い茶葉だけど。

 

 

「ったく、なぁんで自分のがあるのに俺のを取るんだよ」

 

「牛乳の気分だったからな」

 

「じゃあ買えよ! 自分で!」

 

 

 騒がしい男である。

 考えが読まれたのか、横目でじとっとした視線を送ってくる。

 

 

「はぁ⋯⋯で? どうだった」

 

 

 追及する気も起きないと言わんばかりに、雄介は息を吐くと、話題を×オンに戻した。

 

 

「うーん、まぁ楽しかった。正直、一日程度のプレイで、良し悪しを決めれるゲームじゃないな」

 

「そっか。あ、そうだ! 今日さ、待ち合わせしねぇ? 俺が案内してやるよ!」

 

「MAPがあるだろ」

 

「良いじゃんかよー。リアルのダチとゲームで盛り上がりたいんだよー」

 

 

 暑苦しく駄々をこねる雄介に溜め息が出る。俺の腕を引っ張るな、キモいぞ。

 

 

「分かった分かった。8時頃に塔で集合、これでどうだ?」

 

「8時だなっ? 絶対だぞ!」

 

 

 仕方がない。このままだとウザいし、付き合ってやることにするか。

 

 ◇

 

 そんなこんなで7時45分だ。

 7時頃に飯を食って風呂に入り、歯を磨いてトイレも済ませた。

 あとは寝るだけってスタイルを作っておく。これで ログアウト後に直ぐ寝れる。

 

 VRギアを装着してベッドに横になる。

 起動と同時に俺の視界がホワイトアウトして直ぐに、鮮明な景色が戻ってきた。

 木目調の天井が見える。ゲーム内の住居、武偵寮の部屋だ。

 服装は武偵校の防弾坊刃制服。ブレザーの下にガンホルスターも確認した。

 

 

「そういえばナイフ忘れてたな」

 

 

 思い出す。武偵校の規則に帯銃帯刀が課せられていた。

 昨日はナイフを買うことも視野に入れていたが、銃を試したいばかりに、早々に塔へ向かってしまった。

 武偵生をロールプレイするなら、そこも徹底しないとな。

 

 何て考えていると、〈フレンド小夜からメッセージを受信しました〉とログが視界に現れた。

 昨日の別れ際、小夜がゲーム内で寝泊まりする寮の前でID を交換してフレンドになった。フレンドであれば、ログインしてるかとか、位置情報を得られたりだとかができる。待ち合わせをするには便利って機能だ。

 

 これはゲーム内で携帯電話を買って機能を移すことが可能で、ステータスなんかも携帯電話で確認することができるようになるらしい。

 ただ安くても50万ガルはするらしく、今は手が出せない。

 

 閑話休題。

 

 

『コーイチさん、宜しければ今日も一緒にプレイしませんか?』

 

 

 メッセージを開くと、お誘いの言葉が添えられていた。

 

 

『連れが一人いるんだが、大丈夫か?』

 

 

 そう返すと直ぐに、『大丈夫です』と返信がきた。

 小夜の方もさっきログインしたばかりだそうで、まだ寮にいるらしい。

 なので、待ち合わせは塔に近い小夜の寮の前に決まった。

 仕度はすでに済ませてある。俺は財布も確認して待ち合わせ場所に向かった。



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