カカシ真伝 雪花の追憶 (碧唯)
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プロローグ 雪の想い出

 この地方で雪が降ることは珍しい。冬であっても積もる事はめったにない筈だ。まして、紅や黄に染まった葉が散ったのはつい最近で、冬らしい寒さになったのはこの数日といったところだろう。まだ晩秋から初冬に季節は変わったばかりだ。

 それなのに日が落ちる頃から降りだした雪は止むことなく、景色を徐々に白く染めている。

 

 ここは火の国の中ほどにある温泉宿

 湯の国での任務を終え、明日には木ノ葉隠れの里に帰る予定だ。

 現役を引退した現在であっても、任務中は「木ノ葉の忍」であることに変わりはない。その任務も完遂し、木ノ葉に帰り着けば「先代」や「六代目」と呼ばれる日常に戻る。

 ちょうどその狭間、今晩だけは「木ノ葉の忍」でも「先代」でもない。ただの人間でいられるのだ…。

 そんな感傷に浸りながら、部屋の窓から白く染まりつつある景色を眺めていた。

 

 しかし、窓の外とは対照的に部屋の中は暑苦しかった…。なぜなら、座ったままできるトレーニングという自ら編み出したものを実践している男がいるからだ。

「…せっかく風呂入ったのに、また汗かいちゃって…」

「カカシよ!汗こそ生きている証だぞ!」

 いや、絶対違うでしょ…。

 

 この暑苦しい男、ガイがトレーニングに夢中になっているようなので、と言っても、それはいつもの事だが…オレは尋ねた。

「少し外、歩いてきてもいい?」

「おお!行ってこい!雪だからな。お前も仔犬のように走り回って青春して来い!」

 ま、…走ってくるとは言ってないけどね…。

「悪いね。ちょっと行ってくるね」

 

 宿の羽織と、自分の荷物にある一番厚手の上着を両方羽織って、汗と熱気でモヤができはじめそうな部屋を出た。

「ふぅ…」

 思わず溜め息がこぼれたが、これは別にあの青春バカに呆れているわけではない。

 決して…、いや、たぶん…。

 宿の玄関を出て庭に回ると、そこは既に一面の銀世界で、誰も踏んでいない雪の上を歩くのは少し躊躇いもあったが …ま、この雪ならその足跡もすぐに消えるでしょ。

 

 雪が積もっていないところがそこしかなかったので、ひさしの下におかれた木のベンチに腰掛けてまた一つ溜息をつく。

「ふぅ…」

 オレが感傷的になっているのは、現役の「忍」でも「先代」でもない僅かな時間を想ってだけではなく、きっとこの雪のせいだろう。

 

 …あの国も今はこんな雪景色なんだろうか。いや、もっと雪深いのかもなぁ。

 一度も訪れた事がない遠い国に、オレは思いを馳せる。

 見た事がないその国の景色を、息を呑む程美しいというその国を見てみたいと思った。

 火影を降りた今なら、遠いあの国を訪れる事もできるのだろうか…。

 湯の国の任務に出かける前、ガイに言ったオレ自身の言葉を思い出す。

「オレは火影も降りたし…かつての懐かしい所を見て回りたくてね…」

 訪ねた事も無い国を懐かしいと思うのはおかしいが、その国が郷愁にも似た感情をオレに抱かせるのは、一人の少女と過ごした、あの日々が懐かしいからだろう…。

 ふた月程という短い期間だったが、オレに様々な感情を残していったあの日々。

 降る雪を見る度、それまで忘れていた小さな氷の棘が、オレの胸の中で痛み出すのだ。

 

 上着に一片の雪が舞い降りて、気温が低いせいですぐに解けることはないこの雪。

 雪の結晶は必ず六角形をしているのだという。

 六角形の花の形をしているのだという。

 その雪の花の名前を持つ少女、雪にも負けない針葉樹の葉にも似た深い緑色の瞳に、強い意志の光を携えた少女の事を思い出すのだ…。

 

 あれはまだ、当代である七代目火影、ナルトが下忍になったばかりの頃だった…

 



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第一話 出会い

 その日第七班は、見習い忍者達としては重要な任務に就いていた。

 波の国の任務からナルトとサスケは、より一層意識し合うようになり、競争心剥き出しでぶつかり合う事もあるが、それも互いに認めあっているからだろう。

 今日も二人が競い合うように任務に励み、無事終了した。

 

 今日の依頼は「山菜採りに山に入った老母が一晩帰ってこないので探して欲しい」というものだった。

 無事見つけ出し、火の国の病院まで運んだところで完遂だ。

 見つけたのはサスケ、運んだのはオレだが、里に帰る道すがら、ナルトが文句を言い出した…。

「あのさ!あのさ!オレってば、そろそろまた忍者らしい任務やりたいんだよねー」

 出た…。サスケに見つけられた事が悔しいんでしょーが…。

「はー。お前ねぇ。今日のは行方不明者捜索、人命救助っていう重要任務でしょーよ…」

 サクラも同意する。

「そうよ!さっき息子さん、すっごく喜んでくれたじゃない。私感動しちゃったー」

 

 下忍の今でこそ人助けのような任務が多いが、本来、忍の任務は人に喜ばれ感謝されるような事ばかりではない。この先こなす任務は疎まれ、憎まれる事も多いだろう。

 だから、今日のような涙を流して喜ばれた記憶が、この子達のこれからの支えに少しでもなればいいと思ったのだが…、やれやれ。

 

「だってさー、だってさー、先生が忍犬」

「!」

 まさか、気付いていたのか?

 任務を受けたのは今朝だったが、捜索対象は昨日の昼から山に入ったという事で、見習い忍者であるナルト達に教育の延長線上の任務として遂行させるのは少し不安もあった。

 もう夏も終わり、朝晩山の中は冷え込んだだろう、足を滑らせて怪我をしている可能性もある。もしそうなら、一刻も早く見つけ出さなければならない。

 そう考えたオレは、任務を受けるとすぐ密かに忍犬達を口寄せし、捜索させていたのだった。

 パックンがしばらくして発見し、怪我もないということなので、申し訳ないがオレ達が探し出すまで待っていただきたい旨お願いしていた。

 老母は快く応じてくださり、念のため七班の誰かが近付くまでブルに側にいてもらっていたのだ。

 気付くとしたらサスケだと思っていたが…。

 サスケはオレが手を出すのをあまり好まない、だから気付いたら嫌味の一つでも言われるかと思っていたが…、ナルトの言葉を無視していつもと同じように黙々と歩いている。この様子では気付いてはいないようだし…。

 まさか、ナルトが気付いていたとは…。成長したもんだ…。

 

「先生が忍犬口寄せしてたらもっと早く終わってさー、今頃一楽でラーメン食ってたんじゃねーのー」

 

 …気付いてなんていなかった…。

 

「…はぁー」

 もうため息しか出ないオレに代わって言ってくれたのは、もちろんサクラだ。

「アンタねぇ、バリバリ任務こなしてぜってー強くなってやるってばよ!っなーんて言ってたのはどこの誰よ! しゃーんなろー!」

 そうだ!よく言ったサクラ!

「ちぇーっ」

 頭の後ろに両手を当てて、口を尖らせながらふて腐れるナルト。

 ナルトを小突いてたしなめながら、サスケに同意を求めるサクラ。

 面倒くせーなという態度をしながらも、片頬で笑っているサスケ。

「フッ…」

 前を歩く三人に思わず笑いがこみ上げる。これがオレ達第七班の日常だ。

 

 

 里に着いた頃には昼を少し過ぎていた。

「腹減ったってばよォ!だから、先生が忍犬口寄せしてたら今頃ラーメン」

「ナルト!アンタしつこい!」

 ナルトの腹の虫と悲壮な呟きは、サクラの鉄拳によって止められた。

 実はサクラも腹が減りすぎて苛立ってるのがまるわかりだった…。

 

 通常であれば任務完遂の報告をして終了なのだが、今日は少し違うようだ。

 火影様より第七班全員での召集があったのだ…。

 最近の任務でナルトがやらかしたアレやコレが次々と脳裏をよぎる…。

 

「帰ったばかりで悪いな。早速じゃが、次の任務について相談がある」

 どうやら叱られるわけではないようだ…。

「依頼主がお前の班をご指名なんじゃ。任務は長旅になるゆえ、先にお前に相談するべきじゃと思ってな」

「…ご指名? …長旅?」

「うむ、依頼主を国まで無事送り届けること。その間の護衛が任務じゃ。」

「…護衛 …送り届ける」

 言葉を繰り返すことしかできなかったが、火影様にもわかっていただけるだろう…。

 同じような依頼から始まった、あの旅を連想させるキーワードなのだから…。

「フォッホッホッ。まぁ無理もないのォ」

 半眼で訝しむオレを見て、可笑しそうに続けた。

「なになに今回は心配ない。お前がそう言うのは目に見えておったからのォ。お前らを待っている間に調べさせたわい。ホレ、あそこにいる娘が今回の依頼主じゃ」

 と、広間の反対側にあるソファの方を指した。

 そこにはサクラよりもっと年下、火影様の孫である木ノ葉丸と同じ年頃か、もしかすると更に年下なのかとも思われる少女が座っていた。

 遠目に見ても真っ黒な髪と、透けるような白い肌、雰囲気からして美しい子供なのだと想像はできたが、それを確かにさせるのは話相手になっている中忍の様子からだった。

「おーおーアヤツ、子供相手にあんなに鼻の下を伸ばしおって。後で叱っておかねば…。 まぁ、あの娘相手では仕方ないかのォ」

 そう言って火影様は目を細めるが、オレにとっては少女の美しさよりも、もっと気になる事がある。

「先ほど依頼主の指名で私達にという話でしたが、アイツらの知り合いですか?」

 少女とは反対側に控えさせているナルト達を指して言い、そのまま続ける。

「国とは…」

「まぁまぁ落ち着け、順を追って説明する」

 火影様の話はこうだ。

 

 少女、名前はリッカという。リッカは火の国から遠く離れた小国の生まれだ。

 父親は事業をしており、ほとんど家にはいない。

 母親は数ヵ月前、弟の出産時に亡くなられ、それまで側についていた子守も産まれたばかりの弟の世話に掛かりきりになってしまった。

 リッカに学問を教えていた父親の知り合いの学者が、塞ぎ込む少女を可哀想に思い、火の国の大名に呼ばれたのを良い機会と同行させたらしい。

 しかし、火の国に着いてから学者は病に倒れ、今も火の国の病院で寝込んでいる。

 そこで学者はリッカを国に帰すことに決めた。

 学者の伴の者は火の国に残るのでリッカ一人が帰る事になったのだが、まだ子供であるリッカを遠く離れた国まで一人で帰す訳にはいかない。

 そこで木ノ葉の里への任務依頼となった。

 学者は預かった大切なお嬢様なので、必ず無事に送り届けて欲しいと、また以前から交流のあった商人が、波の国を訪れた際にナルト大橋が完成した経緯から感銘を受けた、という話を聞き、木ノ葉に依頼するなら是非その時の忍者にお願いしたい。

 いや、件の忍者以外には大切なお嬢様を預けられない!とまで言っていると…。

 

「しかもじゃ。この任務、内容はCランクのものじゃが何せ距離が長い。ゆえに学者はBランクの報酬を出すと言っておるのだ。お父上は大層裕福な方らしくてな、同行させる上でかなりの金を持たせているらしいのだ。それに通行証も問題ない」

 一番気になっていたところだった。

 忍が他国に立ち入るのは色々な問題がある。

 例え同盟国であっても、忍が無断で領地に入ることはあってはならない。

 …建前上では…だが。

 それが休戦中と言ってもかつての敵国であればなおさらだった。

 依頼遂行の道のりにはそういう国が含まれている。

 しかし、今回は学者と火の国まで来たときに使った通行証がまだ使える。

 しかも「護衛の忍者の同行を許可する」という、申請するには料金だけでなく、ハードルもバカ高くなる通行証を持っているらしい。

 

 話は全てつじつまがあっている。

 火影様が調査したと仰ったのだから、火の国の大名や病院も既に確認済みだろう。少女の様子も何らおかしいところはない。

 遠目でも少女の物腰や喋り方からは育ちの良さそうな印象を受けるし、身に付けているものやその雰囲気からして裕福な家庭で育った事に間違いはない。

 しかしオレは何故か、何か分からないが、何かが気になっていた。

 

「どうじゃカカシ、やってくれるか? 距離と期間は長くなるが内容はCランクのものだ。下忍のアヤツらでも大丈夫じゃろう」

「はぁ、それはそうですが…」

「…何か気にかかるのか?」

 一瞬の逡巡を経て答える。

「…いえ。長旅になるので、奴らも任務から戻ったばかりですし、身支度をさせなくては…と。それに、今日は今出てもすぐに日が暮れます」

「そうじゃのォ。ならば、明朝出発で良いか?」

「構いません」

 

 取り敢えず、ナルト達に明日の朝から新しい任務が始まることを説明し、

 長旅になるから忍具など支度は十分にだが、動きやすさを忘れずに身軽で…

「そんなのわかってるってばよォ!オレ達しろーとじゃねーんだからさ!それより先生達、話なげーよ。オレってば、腹減りすぎて… やっぱりあの時、先生が忍犬を」

「ハハハ、わりーわりー。そうだな、待たしちまったな。もういいぞ!じゃーお前ら、明日な!」

 そうだ、三人が、特にナルトがオレと火影様との話を邪魔しに来ないのは、任務後で疲れていただけではなくて、腹が減り過ぎていたからだった。

 お詫びにラーメンをおごれと言い出す前に、なんとか解散にしてやった。

 

「待たせてしまって申し訳無い」

 火影様がそう声をかけると、少女は立ち上がり緑色の大きな瞳でオレと火影様を交互に見上げた。

 話し相手になっていた中忍は飛び上がって驚いていた。どうやら話に夢中になっていたようで、火影様が近付いた事にも気付かなかったようだ…。

 子供相手に鼻の下を伸ばしている事よりも、その方が問題でしょーよ…

 ま、この子相手なら仕方ないと言われた火影様の言葉も納得できる美しい少女だった。

「お前は早う仕事に戻れ!」

 中忍に手で合図をして下がらせる。

「おかげで退屈しませんでした、楽しかったです。ありがとうございました!」

 ペコリと行儀良く頭を下げる、その姿からも育ちの良さ以外は何も感じない。

「火影様、こちらこそ無理なお願いをしてしまってすみません。あの、こちらが…?」

 サクラ達よりもいくつか年下だろうに、言葉遣いは大人と変わらない。

 ならば、こちらも礼節を尽くさなければならない。

「はじめまして、名をはたけカカシと申します」

 

 それがその少女との出会いだった。

 

 任務は請けたが明朝出発することで了承を得、それでは今晩は宿屋に泊まると言うので、そこまで送り届けて明朝また迎えに来ると約束した。

 本当にただの良いところのお嬢さんだ。

 年齢の割に大人びているのは親が大層裕福だと言われれば、そうならざるを得ないのかも知れないと納得もする。

 しかし何故かオレの中に燻り続けるものは晴れない。

 何故なのか…、強いて言うなら… 全てが完璧だから、だろうか。

 火の国を訪れ依頼に至った経緯、通行証、少女本人に至るまで非の打ち所がない。

 あまりにも完璧だから綻びを探そうとしてしまうのは、オレが忍だからか… ま、ナルト達に言わせればただ単に性格がわりーだけだよ、ってもんだろう…。

 

 何もなければ子供の護衛で旅ができて(しかも、旅費は全額依頼主持ち!)Bランク報酬っていう、オイシイ任務。

 逆に何かあれば、それは忍として探り、対処するまでのこと。いつもと変わらない。

 ま、何も無いっていうのは、無いような予感がするけどね…、どうも…

 



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第二話 旅立ち

 翌朝、約束の時間通りに里の出入り口である「あうんの門」に現れたオレを見て、三人が唖然としている…

 

 一転、ナルトはキリッと表情を引き締め、とんでも無いことを言い出した。

「お前!ぜってー先生の偽物だってばよ。先生が時間通りに来るわけねーってば。いいかー!変化する相手の事はよーく調べねーとダメなんだよっ!」

 最後のは確かにその通り、ナルトにしては珍しく正論を吐いたね。しかし…

「お前ねぇ…」

「なんだよ!やるのかぁ!?」

 オレに襲いかからんばかりの勢いだ…。

 100%疑っている…、自らの蒔いた種か…。

 

「あのねー…。いくらオレでも依頼主は待たせないよ」

「依頼主?」

 隣を歩いていたはずだが、ナルトの剣幕に驚いてオレの陰に隠れたようだ。

「ほらー、怖がらせちゃったじゃない…。ごめんな」

 後ろを振り返って頭をポンポンと撫でてやる。

 三人がまた唖然とする。

「えぇぇー!何でだよ!旅だって言ってたのに、こんなガキ連れかよ!? なんだよー、これじゃぁ子守りと変わん」

 ゴツンッ! 全部言い終わる前に、ナルトの頭に拳骨を落としておいて謝る。

「ごめんな。悪いやつじゃないんだ。ただ、ちょーっとバカなだけだから…」

 

 ガキと言われて怒るのはガキだけである。という事は、この少女は既に大人なのだ。

 ペコッと行儀良くお辞儀してから、満面の笑顔で言った。

「はじめまして!リッカと申します。これからお世話になります」

 三人は揃いも揃って、口をぽかーんと開けてやがる…。

「…え、えーっと、ナルトさんと、サクラさんと、サスケさん、ですよね」

 宿屋から門まで歩く間に三人の特徴を教えてあったので、ひとりひとり確認するように言った。

 オレが頷くと、もう一度。

「それとカカシさん、ですね。よろしくお願いします」

「うんうん。よろしくね」

 まだ口を開けたままの三人に言ってやる。

「…お前らぁ? 挨拶もできねーのか?」

「あ、あぁ、よろしく」

「よろしくねー」

「リッカ!よろしくな!」

「リッカさんだ! 言っとくが、依頼主だからな? 敬意を払って接するよーに」

 そのオレの言葉に、リッカは手をブンブン振って否定する。

「いえいえ、依頼主は入院している先生ですし、お金を出すのも父です。私は皆さんにお世話になるだけしかできないので、敬意なんてとんでもないですっ。それに、リッカって呼ばれることあまりなかったので、そう呼んでいただけると嬉しいです!」

 

 …ふむ。親の権威を笠に着るやつはいくらでもいるけどね…。

 それに、名前呼ばれることが少ないって、一体どんな家なの…。

 ま、でも、この子は悪い子じゃなさそうなのかなぁ…。

「んじゃ…、行きますかー」

「おっしゃー!今回もまた活躍しちゃうってばよー!」

「今回もって…ナルト、アンタいつ活躍したのよ!」

「フン。全くだ」

 

 

 旅はのどかに始まった。

 

 一日目はナルト達がリッカの国や生い立ちについて、次々と質問を浴びせた。

 リッカの生まれた国は「緑の国」といい、国中に鬱蒼とした針葉樹が生え、湖がいたるところに点在する美しい国で、冬になると雪が全てを覆いつくし、雪が解け春になると色とりどりの花と新緑に包まれる。どの季節も息を呑むほど美しいと答えた。

 オレの知っている情報とも一致する。

 緑の国周囲は同じ様な小国が乱立する地域で、中には国同士の小競り合いや、国内での内乱に手を焼いている国もあり、あまり平和とは言えない国も多かった。

 しかし、国の話をする時のリッカの顔は夢見るような表情で、心から美しい祖国を愛しているのが感じられた。

 

 母親は他国の生まれで、そこは緑の国以上に冬は長く、深い雪に閉ざされるらしい。

 でも母は雪が大好きで、娘の名前を雪の結晶である「六花(リッカ)」と名付けたのだと、嬉しそうに語った。

 家族の話になると瞳が揺れて、少し寂しそうにしたが、産まれたばかりの弟が大きくなるのが楽しみだと言った。

 母親は既に亡く、父親は健在であっても家に帰らず、子守りは弟に付きっきり、一人で旅するリッカを、ナルトとサスケが自分達の境遇とは全く違ったとしても、放っておけないと感じるのは仕方ないだろう…。

 

 

 そんなのどかな旅が何日か過ぎた頃、そろそろ三人、特にナルトとサクラはこれが任務である事を忘れかけているのでないかと思われた…。

 それもこのリッカという少女が、自分だけ特別扱いされる事を絶対に許さないという、この場合のオレ達にとってはラッキーなわけだが、ちょっと面倒臭い性格をしている故でもある。

 何せ、依頼主である学者からは「なるべく野宿などさせないように」とも言われており、できるだけ夜には宿場町まで辿り着けるようにしてきた。

 忍にとって外で寝ることは至極当然。女の子であるサクラでも全く苦にしていない。

 しかし一般人で、まだ幼いリッカにとってはそうはいかない。

 更に自分だけが宿屋で寝るのは絶対に駄目だと言い張る。

 …これが、かなり強情なのだ。言い出したら聞きゃしない…

 

 というわけで、リッカとオレ達七班は五人揃って、夜は宿屋で眠り、夜と朝はそこで食事をとり、昼食も茶屋や宿屋の弁当を持って出るということになった…。

 これは忍者の任務としてはあり得ない超厚待遇なのだ。まだ忍者になりたての三人からしたら、この任務を、楽しい旅行と感じてしまうのは仕方ないのかも知れない…。

 

 いつの間にか、リッカとサクラは依頼人と忍、警護対象者と忍、ではなく、完全に友達か姉妹のノリになってしまっている…。

 今日も歩きながら道端の花を見つけて摘んでみたり、あの雲が何に見えるなんて事に声をあげて笑いあってみたり…。

 いくらなんでもこれはマズイ気がする… どうしたもんか…困ったね、どうも…。

 最初のうちは四人仲良く歩いている姿を見ると、ま、多少の事があってもオレが対処すりゃいいかーと思って大目に見ていたのだが、そろそろ、これは任務だと釘をさす潮時かね…。

 

 しかしまー、ホントに楽しそうに歩いちゃって…。

 

 四人が楽しそうに話していたと思ったら、ナルトが突然言い出した。

「オレってば、時々リッカが言ってる意味が分かんねー事あんだけどさー、やっぱ、国が違うと言葉が違うのか?」

「ナルト、やっぱりアンタバカね。リッカが喋ってるのは国の言葉じゃなくて、ちょっと難しい言葉なの。大人が使う言葉よねー、サスケくん」

「え、あ、あぁ、そうだな…」

 どうやらサスケも時々意味が分からない時があるようだ…。

 

「でも、私も知らない言葉を喋る時あるし…、リッカ、よく知ってるわね」

「へぇー、サクラちゃんでも知らないなんて、お前ってば学校でどんな事習ってんだ?」

 リッカは少し困った顔をして答えた。

「私は学校に行っていません」

「えぇっ?じゃーお前どうやって勉強してんだってばよ」

「ナルト、アンタは学校行ってても勉強してなかったじゃない!」

 サクラが皆の気持ちを代弁してくれた…。

 ナルトは頭をかきながら笑い、リッカも笑いながら答える。

「家で家庭教師の先生が勉強を見てくれています」

「あっ、そっか、火の国まで一緒に来たっていう先生ね!」

「はい、他にも何人かいますが…。でもそれで…、学校にも行ってないので、同じ年頃の子と話す事があまりなくて、大人の話し方を真似してしまうんです…。変ですよね…、ごめんなさい」

「え、お前友達もいねーのか?」

「ナルト!」サクラが気を使って止めようとするが、リッカは笑いながら答えた。

「はい…。でも、弟がもう少し大きくなったら友達になります!」

「じゃーさ、じゃーさ、オレ達がお前の友達になってやるよ!」

 ナルトのその言葉に、リッカは目をまん丸にして驚いたが、満面の笑顔で答えた。

「はい!よろしくお願いします!」

 ナルトは満足げにニシシと笑って

「おー、任しとけってばよ!」と言った。

 

 リッカは友達じゃなくて、護衛対象の依頼人だからね…。そう言うべきだと思いつつも、嬉しそうなリッカを見たら、口には出せなった…。

 

 どうもリッカの楽しそうな笑顔を見ていると、サクラ達に釘を刺す事が、楽しそうなリッカに水を差すことになってしまう気がして、気が引けていたのは事実だ。

 

 

 そんなオレの懸念が適中する事件があった。

 事件と言っても忍にとっては小さなもので、賊はスリだった。

 しかも狙われたのはリッカではなくナルト…。

 護衛している忍がスリにあってどうするの…、まったく。

 

 ま、狙われたのがリッカであったとしても、彼女は財布を持っていないが…。

 子供だからなのか、金持ちだからなのか分からないが、彼女には支払いをするという感覚が一切無いらしく、道中の旅費などが入ったリッカの財布は、学者からオレが預かっているのだ。

 これがまた驚いた…。

 一体この旅の間、どんな高級旅館に泊まり、高級料亭で食事するつもりなのかという位の金額は入っていた。

 そう、オレ達の任務は、リッカとリッカの財布を守ることだったのだ…。

 

 それにしても忍がスリに遭うとは…。ま、すぐにサスケが捕まえたから良かったけど。

「…ナルト、お前ちょっと気がゆるんでんじゃない? あれがもし、リッカを傷付けたり、さらおうとしてたら大変だったでしょ…」

「けどさ…、けどさ…、オレってばリッカの事はきちんと見てたんだぜ。だからオレに近付いて来た奴に気付かなかったんだってばよ」

「…そうか、リッカの事きちんと見てたならいいけど、でもな、ナルト。例えば…、じゃーオレ達が誰かを襲おうとするよね。その周りには忍が護衛している。となったら、どうする?」

 答えたのサスケだ。

「まず周りの奴から消す。それか、手分けして離させるな」

「そう、波の国でも鬼兄弟やザブザはそうだったろ? 警護対象者を守るのがオレ達の任務だ。でも肝心のオレ達がやられちゃったら守れなくなるんだよ…。 だからな、ナルト。警護対象者を守る為には、自分自身も守れ」

 コクッとナルトが頷く。

 ナルトは素直だ。自分が納得したものに関しては、とても素直だ。

 リッカはオレの話を隣で黙って聞いていた。

 

 重い空気になっちまったなー。でも、ま、これで三人は少し気持ちを引き締め直してくれたかな…。

 

「さーて、今夜の宿を探そうかー」

 



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第三話 異変

 どうやら、先日のスリさんには感謝しないといけないようだ。

 久々の実戦で(といってもサスケにとっては準備運動にもならない位のもので)ちょっとやり過ぎてしまった気もするから、謝罪もしないといけないかも知れないが…。

 三人は適度な緊張感を持って旅をするようになった。

 

 そして、オレを「カカシさん」と呼んでいたリッカだったが、いつの間にか三人と同じように「カカシ先生」と呼ぶようになっていた。

 

 三人が適度に緊張感を持ったからなのか、何故かリッカがオレに懐きだしたからかはわからないが、オレ達五人の旅はいつの間にか、前にサクラを中心にした三人、後ろにオレとリッカというフォーメーションが自然とできていた。

 

 

 そんなフォーメーションにも慣れてきた頃だった。

 

 雨上がりのその日は、濡れた木の葉がキラキラと光り、樹々の間を抜ける日陰になった道では、まだ水溜まりも多く、それに木漏れ日が反射して、とても美しい日だった。

 ナルトもそんな美しい日に浮かれているのか、水溜まりを飛び越えたり、回り込んでは水溜まりの水をサスケに飛ばしてどやされたり…、ま、コレはいつもの事か…。

 そんな前を行く三人の様子を見て、リッカもクスクス笑いながら楽しそうに歩いていた。

 

 不意に気配を感じたオレは、三人に向かって叫んだ。

「跳べ!!」

 同時にリッカを抱き上げて横っ飛びに跳ぶ。

 その刹那、オレ達がいた所とナルト達がいた所に無数の手裏剣が刺さった。

 

 樹々の中に隠れる気配を探る。

 1、2、…3、……4。 四人か。

 それも少なくとも内二人はかなりの手練れと思われる。

 

 跳んだ場所がオレと三人が逆だった為、少し離れてしまった。

 本来なら、サスケ達にリッカを守らせ、オレが四人を片付けるのが最善と思われたが…、こうなってしまっては今さら動けない。

 オレがリッカを守りつつ戦うしかない。

 

「サスケ!お前の八時の方向に一人いる。そいつをお前ら三人でやれ。 ナルト、サクラ、わかったな! かなり強いぞ。気を付けろ」

「「「了解!」」」三人が力強く答えた。

 あいつらに任せた一人はかなりの手練れの筈だ、しかし、三人一緒にやればあいつらならできるはずだ。

 

 残るは三人。

 こちらが単独の場合、複数相手では格段に護衛の難易度が上がる。

 

 ま、ここで愚痴っていても仕方ない…。やるだけだ。

 リッカを背に隠したまま、左眼を覆っていた額当てを引き上げ

「大丈夫だから、しばらくこのまま居てねー」

 オレの緊張を悟らせないように、微笑みながら穏やかに言う。

 

 後ろで頷いたのが感じられた。

 

 やはり、サスケ達に任せた一人と、こちらにいる一人はかなりの手練れだ。

 残り二人だけなら問題無さそうだが、こいつ一人いるだけで苦戦を強いられている。

 写輪眼を持ってしても三方から来る攻撃を躱すのが精一杯だ。

 いや、写輪眼が無ければ全てを防ぐことは無理だっただろう。

 

 …どうやら、奴等のターゲットはリッカらしい。

 サスケ達が相手している一人は、ただ三人を足止めしているだけの様にも見える。

 そして、オレが相手している三人のうちの二人は、オレではなくリッカに対して殺気を発している。もう一人、一番の手練れは、恐らく写輪眼の対処法を知っている…。

 

 暗殺のターゲットがリッカで、写輪眼を持つ忍との戦闘を予想している…

 これは、…どういうことだ?

 この暗殺と、リッカの任務依頼がうちの班指名だった事と、関係あるという事か…

 

 オレが可能性を考えながら、左側にいた奴の体を左肘で止め、クナイを払うのに右手を出した時、右から別の奴の刃先が振られた。

 クッ!

 右手を戻して刀を払えば左から来るクナイを通してしまう。

 更に、その一瞬の隙をついて、正面からもう一人が笑みを浮かべながら飛びかかる!

 マズイッ…!

 

 その時、「危ないっ!」という声とともに、オレの右を何かが掠める。

 

 男の「ぐっ…」という短い声がし、振られていた刀が音を立てて地面に落ちた。

 オレはその隙に、左側のクナイと、正面から飛びかかって来た奴を払い除ける。

 男は落とした刀を拾おうともせず、左手で右肩を押さえていた。

 そこには手裏剣が深々と刺さっていたのだ。

 

 …オレの手裏剣だ。手裏剣は里によって大きく違う。あれは木ノ葉のもので、オレの手裏剣に間違いない。だが、オレは投げていない…。

 リッカか…。オレのホルスターから抜いたのだ。

 

 しかし、手裏剣は素人が簡単に投げられるものではない。

 それに、手裏剣が刺さっている場所にオレは驚いた。

 闇雲に投げただけなのか、それとも…。

 

 更に驚く事に、リッカはオレの腰の忍具パックからクナイも出していて、それを掴んで刀の男に飛びかかった。

 

 

 その様を見れば一目瞭然、忍だ…。 それも、かなり高度な訓練をされた忍だ。

 



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第四話 帰郷

 リッカは小さな体を物ともせず、大人の忍を相手に戦っていた…。

 

 驚くのも尋ねるのも後だ。

 リッカを庇う必要が無ければ、更に、リッカが一人の相手をしている今となっては、二人相手なら楽勝だ。

 中忍クラスだろうと思われた方を瞬時に片付け、オレに左からクナイを突き立てようとしていた男、四人の中では一番の手練れだと思われる男、そいつに向かった。

 

 その時、リッカとやりあっていた男が断末魔の叫びを上げ、倒れた音がした。

 見ると背中には複数の氷柱(ツララ)が刺さっていた。

 

 氷遁…!?

 

 この任務を聞いた時に感じた直感はあたっていた…

 

「サスケくんっ!」

 布と肉が切れる音と同時にサクラの悲鳴が聞こえた。

 チッ!

 思いを馳せている時間などオレにはなかったのだ。

 

 スマン!サスケ!今行く!!

 一番の手練れを片付け、サスケの元に跳んで行くと、残った一人は逃げて行った。

 しかし、オレは追わなかった。

 

「先生ってばよォ!アイツ追わなくてもいいのかよっ!」

「ああ、構わん。放っておけ…」

 オレはナルトの声を遠くで聞いていた。

 目の前で起こっている事を理解しようと必死だったのだ。

 

 リッカが泣きながらサスケの傍に座り込み、両方の手のひらを傷口に向けていた。

 手は返り血を浴び、小刻みに震えていたが、チャクラが出ているのが目に見えてわかった。

 掌仙術…いや、違う… 医療忍術…? なんだこれは…。

 

「…ごめんなさい。…ごめんなさい」

 リッカの嗚咽だけが聞こえる。

 オレ達は一言も発する事ができなかった。

 

 サスケは既に出血も止まり、傷口すら閉じようとしている。

 もう大丈夫だと止めようと思った時に、リッカはそのまま崩れ落ちた。

 倒れないように支え、額当てを戻してから、リッカを背負って立ち上がる。

 

「どうしちゃったの?」サクラが心配そうに見上げる。

「…心配ないよ。きっとチャクラ使い過ぎたんだろうね…」

 この子が忍だという事は三人とも気付いている。

 それは自分達に嘘をついていた事になるのだが…、誰も怒ろうとはしないんだね…。

 

 

「さぁ、帰るぞ! サスケ、傷は閉じたばかりだ、無理するな。ナルト、リッカの荷物持ってやれ」

「いや、何か…身体が軽い気がする」

 サスケが今は薄紅色をしている切られた方の腕を回しながら言った。

 …やはりな、普通の治療術じゃないね、…どうも。

 

 ナルトは言われた通り、リッカの荷物も持ちながら聞いてきた。

「帰るってどこにだってばよ!」

「オレ達が帰るところといえば、木ノ葉の里だけだろう?」

「リッカを国に連れて行ってやるのが任務だろー? な、なんで帰るんだってばよー!」

 涙を堪えながら叫ぶ。少しの間でもオレ達にとっては共に旅した仲間…だからなぁ。

 

「お前らももう忍者だ。わかるだろ? この子は他国の忍者だった。偽って潜入していた以上は、このまま見逃してやるのは危険すぎる。オレ達にとってじゃない、里に対して危険があるかも知れないんだ。間者はオレ達がどうこうできる問題じゃない。決めるのは火影様だ…」

「でもよォ、まだ子供じゃねーか!」

「子供は大人より疑われ難いからな…、密偵に子供を使うのはよくある事だ」

 オレの真剣な言葉に、三人はそれ以上何も言わず帰り支度をした。

「よし、急ぐぞ!」

 

 

 オレは樹上を飛び移りながら考えていた。

 

 四人の刺客のターゲットは間違いなくリッカだった。

 間者だとしても、リッカは自分の任務に失敗はしていなかったはずだ。

 全て予定通りだったはず。なら何故命を狙われた?

 うちの班を指名した事とどう関係があるんだ?

 あの刺客はリッカの国の者か?

 忍である事を隠していたのに、何故、あの時オレを助けた?

 …それに震えていた。まさか…。いや、あり得ない。

 

 次々と思考したせいで、思わずスピードを上げ過ぎてしまったようだ。

 後ろからナルトの悲鳴が聞こえた。

「先生!飛ばし過ぎだってばよ!サクラちゃんが遅れてる」

「…あー、わるいわるい。でもオレはリッカ背負いながら走ってるんだからね?それに遅れるってどういうことなのよ…。お前ら、帰ったら鍛え直しだね!」

「「「えぇぇぇー」」」

「ハハハハ」

 

 途中リッカは気付いたが、暴れる事も抵抗する事もなかった。

 ただ、申し訳ないので自分で走ると言い出したが、すぐには本調子には戻らないだろうからこのまま帰った方が早い、という結論に至った。

 のどかな旅だった行きと同じ距離とは思えない程、帰りはあっという間に感じだ。

 

 

 里に帰り着き、火影様の所に一緒に行くという三人を何とか説得し、家に帰す。

 別れ際にリッカが謝りたいというので下ろしてやった。

 深々と頭を垂れて「…ごめんなさい。」

 消えそうなその声は三人には聞こえてはいないかも知れない。

 でも奴等にならきっと届くはずだ。

 

 ナルトが大きく手を振りながら叫んだ。

「楽しかったってばよォ!また一緒に旅しようぜ!」

「バイバーイ。またねー」

「じゃあな、傷…ありがとな」

 二度と会えないであろうことは三人とも理解しているはずだった。

 しかし最後にかける言葉は他に無かったのだろう…。

 

 ナルト達と別れた後、オレはリッカを情報部に預け、そのまま火影室へ向かった。

 火急の用件がある旨、先に伝令を飛ばしてあったので、火影様がきっとお待ちいただいているはずだったからだ。

 

 刺客の襲撃から里に帰るまでを全て報告した。

 任務の途中で帰った事から、何かが起こった事は察しておられたようだが、さすがに彼女が忍だった…、という事実には驚きを隠せない様子だった。

「長い道のりを急ぎ帰って来たのじゃ、疲れておろう。しばらく休め」

「…ハ」

 これ以上オレが言う言葉は何も無かった。

 

 

 必要な事は全て報告した。後は火影様が判断するのだ…。

 



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第五話 三代目の真意

 久し振りに自宅で休養していたオレに、呼び出しがあったのは翌日の午後だった。

 しばらく休めって言ったのに…。まっ、リッカの事だろうしな。仕方ないか…。

 

 火影室を訪ねると、机の前に大男が一人立っていた。森乃イビキだ。

 木ノ葉暗殺戦術特殊部隊、通称「暗部」の拷問・尋問部隊隊長…。

 

 この人が居るとなると、やはり複雑な気持ちにならざるを得ない。

 短い期間でも共に旅し、一度であっても共に戦った仲間なのだから…。

 元暗部のオレがこうなんだ、忍者としての経験もヒヨッコのあいつらにとっては辛いことだろう…。

 

 忍とはそういう感情を持つべきでないと言われている。

 無駄な感情が任務遂行の邪魔になるからだと…。

 かつてのオレもそう信じやってきたが、今はそう思わない。

 確かに冷静さを欠けば任務に支障をきたすこともあるだろう。

 だがそもそも、人間が感情を持たないなんて事ができるのだろうか?できない筈だ。

 

「オゥ!」

 振り返ったイビキさんに会釈で挨拶しておきながら隣に並び、火影様に尋ねる。

「お呼びでしょうか?」

「休めと言ったのに早速呼び出して悪かったのォ」

「いえ、大丈夫です」

 休暇中に呼び出されて不機嫌な訳でなく、忍と感情について思考していただけです…、なんて言える訳がない。

 

「カカシよ、他でもない例の娘のことじゃ」

 例の娘とはもちろんリッカの事だ。

「はい、何かありましたか?」

「お前はあの娘の使命が何であったか、どう考えておる?」

「少なくとも諜報では無いと、でなければ、わざわざ忍び里に任務依頼など…」

「そうであろうな」

「私の班を指名という事から考えると、四人の内の誰かを里外に連れ出すことが目的で、拉致、あるいは…」

「暗殺か?」

「彼女自身の使命が、そうである可能性は低いと思います。暗殺が目的であれば、あの時、助太刀する必要は無いですし、狙われたのは私達ではなく、リッカです」

「あの娘がお前達を助けた、というのは事実なんじゃな?」

 オレはあの時の事を鮮明に覚えている。

「間違いありません。あの時リッカが手裏剣を投げていなかったら…、私は木ノ葉に戻ることは叶わず、サスケ達も殺されていたでしょう」

「医療忍術も操ると言っていたな」

 

 僅かの逡巡の後、答える。

「…私の知っている医療忍術とは違いましたが、サスケの傷を治療したのは確かです」

「どういうことじゃ?」

「…確かに里によって多少違いはあると思いますが、掌仙術とは似て非なるものに見えました。私は見た事がない術でした」

「ふむ」

「戦闘直後でしたので、この眼は開いていました」

 額当ての下の左眼を指して言った。それだけでわかる。オレが左眼で見たということは、写輪眼で見たという事なのだ。

 第三次忍界大戦を経験したオレは、自らが医療忍術で治療を受けたことも数多くあるし、人を治療するのも何度も見ている。

 しかし、リッカのあの術は初めて見たのだ。

 

「…ふぅーむ」

 しばらく火影様は考え込んだ後、イビキさんと目を合わせ、お互いに頷きあった。

 オレが来る前に二人で何か話し、既に決めていたのか…。

 

「イビキとも話し合ったのじゃがな、カカシ、お前、あの娘を預かってくれんか?」

「…は?」

 意味がわからなかった…。もう一度尋ねる。

「え?どういう意味です?」

 

「頭の回転が速いはずのお前が珍しいのォ。一語れば十悟るお前がのォ」

 どうやら少し面白がっているようだ、だが、肝心の答えは何一つわからなかった…。

 代わりにイビキさんが説明してくれた。

「あの娘、別命があるまで何もするなと言われていたからあのままなんだがな、昨日収容所に入ってから、一言も喋らないどころか、動かない。隅で膝抱えたままだ」

 

 それのどこがおかしいんだ?

 敵国に捕らわれた間者が収容所で寛いでいるはずがない

 その当たり前の様子とオレに預ける事がどう繋がるんだ?

 

「しかし…、間者を尋問もせず、一晩で解放するというのは私の記憶にはありません」

「解放するとは言っておらん。お前に預けると言ったのだ」

「…はぁ。では私は何を聞き出せば良いのでしょう?」

「いや、何もいらん。あの娘はあのまま収容所に入れておっても、何も変わらんじゃろう。それならば、衰弱する前に気心の知れたお前に預けるのが一番だと思ったのじゃ」

「…はぁ。では私は何をしたら?」同じような質問をぶつけてみた。

「何もじゃ。里の外に出ることは叶わんが、それ以外はお前に任せる」

 

 火影様の真意はまだ理解できないが、それが命令であればオレに言えるのは一つだけだ。

「承知しました」

 

 と答えてから、ふと疑問に思った事を尋ねた。

「ところで、リッカの住まいはどうしたら…」

「お前に預けると言ったのじゃ。お前の目の届く範囲に置いておかねば意味がない」

「はぁ…」

 

「お前の家で預かれ」

「…え?えぇえっ? でも、仮にも女の子ですよ?」

「相手は忍じゃ。どこでも寝られるだろう」

 そういう問題では…

「寝首を掻かれんようにな!」

 イビキさんまで… って、オレの安眠はどうなるの…。

 

 いつも冷静なはずのオレが狼狽えるのがそんなに面白いのか、二人は笑い続けた…。

 ひとしきり笑った後、火影様が一転顔を引き締め言った。

「カカシ、何もしなくて良いとは言ったがな、お前の判断でやって欲しい事がある。亡命を勧めてみてくれ。もちろん、あの娘にその気があれば…じゃがな。祖国を棄てろと言われてそう簡単にもいくまいて…」

 

 やっとオレは、火影様の真意を汲み取る事ができた。

 亡命といっても簡単な事ではない。特に忍の世界ではそうだ。

 元から間者となるべく訓練されているのだから、亡命した後で堂々と諜報活動にあたられ、情報が祖国に漏れるという事も考えられる。

 故に、オレにリッカの人となりをみて判断しろとおっしゃっているのだ。

 確かにその任はオレが最適だろう。

 彼女が一番心を開いているのはうちの三人だと思うが、まだ下忍になりたての奴等にそのような判断ができる筈がない。

 それでオレか…。

 

 捕虜となった間者が里に役立つとわかれば、監視の元で働かせる事はある。

 リッカは医療忍術らしきものが使えるから、確かに里の役に立つだろう。

 それを捕虜としての使役ではなく、亡命とは…。

 暗殺されかけた事も関係しているのだろう。

 

 まったく三代目らしい…

 

 でも三代目…、自宅で預かれっていうのはどうなのよ…。



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第六話 忍の覚悟

 オレは重い足取りで情報部の収容所に向かった。

 

 火影様がオレに判断を委ねてくださったのは、とても光栄な事だと思っている。

 …しかしだ、何故オレの自宅で預からなきゃいけないんだ…。

 もっと他に…、きっと…ある…はず。 ある…? いや…無いなぁ。

 やっぱり収容所か、オレの自宅しか無いか…。

 

 覚悟を決めてリッカのいる部屋の重厚な扉を開ける。

 誰かが入って来たのは気付いているはずなのに、ピクリとも動かず

 イビキさんの言うように、隅で膝を抱えて頭を埋めている。

 

 既に死んでいるのかとさえ思ってしまうくらいだろう、…震えてさえいなければ。

 そうだ、この子はあの戦闘後も震えていた。

 オレはその時から感じていた疑問を投げかけてみる事にした。

 

「…リッカ」

 オレの呼び掛けに肩がビクッと震えた。

 部屋に入って来たのがオレだとは思わなかったのだろう。

「大丈夫か…?」

 此処でする質問では無いのは百も承知だ…。

 捕虜になっていて「大丈夫」はあり得ないのだから…。

 しかしリッカは、頭を埋めたままコクリと頷いた。

 

「…そっか」

 オレは彼女の前にしゃがみこんで、頭をそっと撫でながら問いかけた。

「もしかして…、この前が初めての実戦だったのか…?」

 リッカの手に力が込められて、掴んだ袖がぐしゃぐしゃになっていく。

 そして、ゆっくりと頷いた。

 

 初めての実戦ってことは…、あれが初めて人を殺めたことになるんだな…。

「そっか…、悪かったな。…ごめんな」

 今度は首を横に振った。

 

「いや、オレ達がお前を守る任務だったんだから、リッカに手を出させず終わらせなきゃいけなかったんだよ。 オレの責任だ。…すまない」

 リッカはようやく顔を上げ…そして叫んだ。

「違います!私が嘘をついてたから! それに、私を庇いながらじゃなければ、カカシ先生は、…あんな人たち」

 状況判断はしっかりできていたって事だね。

 

「…うん、そうだね。 確かに三人からお前を守りながら戦うのは大変だった。だから、あの時お前が手助けしてくれなかったら、オレは殺られてたかも知れない。オレが殺られてたってことは、その後でお前だけじゃなく、うちの三人も殺られてたって事だからね。

でも、まっ、毎回、実は護衛対象が忍でしたー、って助っ人してもらう訳にはいかないんだから、やっぱりオレ達だけで切り抜けなきゃいけなかったんだ」

 努めて明るく、冗談目かして言ってみたが、あまり空気は変わらなかった…。

 

「て言っても、そもそも下忍三人の四人一組(フォーマンセル)じゃ、忍者との戦闘なんて想定してないからね…。だから助っ人してもらって助かった、ホント」

「…先生を助けたかった?ううん、違う!怖かったの。私が死にたくなかったの! …どうして? …どうしてどちらかしかないんですか!? 死にたくなかったら殺すしかないの!? 殺したくなかったら死ぬしかないの!? どうして…」

 リッカは泣きながらオレの腕をつかんで、堰を切ったように想いを吐露した。

「死ぬのは怖い… 死にたくない! でも、…殺したくもなかった!!」

 

「…そうだね、死にたい奴なんていないよ。殺したい奴もね」

 思わずオレは呟いた。

 

「カカシ先生も…、死にたくないって…思ってる…?」

 リッカは少し驚いたようにオレの顔を見上げ聞いた。

「当たり前でしょ。オレだって死ぬのは怖いよ」

 

「でも…、忍はいつでも…、死ぬ覚悟ができてるって…」

「ん…? 忍の覚悟と、いつ死んでもいいっていうのは全然違うでしょ…。例え命を落とす可能性のある危険な任務でも、必要であればやる。その覚悟はあるけど、いつ死んでもいいなんて思ってないよ。 それにね、里や大切なものを守る為には命を懸ける。それが忍の覚悟で、死ぬ覚悟って言うのとは少し違うかなーと、オレは思うけどね」

 

「オレはね、死ぬ覚悟なんてのは最後の最後でいいんじゃないかなーって思うよ。自分の命を懸けても守りたいものがあって、それを守る為に考えられる事全部やって、散々あがいたあげく、それでもダメだった時に、自分の命と引き換えに守れると思ったら、その時は自ずとできるんじゃないかな? だからそれまでは必死に生きればいいんだよ。…必死に生きなきゃいけないんだ」

 …お前も必死に生きてほしい…心からそう願って、そっと頭を撫でた。

 

「リッカはオレ達を助けたかったんじゃなくて、怖かったからだって言ったけど、それならオレ達を置いて逃げる事もできた筈だよ? でもお前は逃げるどころか、オレのクナイ持って向かって行ったよね。斬られる可能性もあった、それでもオレ達を見捨てて逃げられなかったんでしょ? オレ達の命も守る為に、あの時はああするしかなかった。…そう考えるのは、すぐには難しいかも知れないけどね…」

 

 オレはこの少女の苦悩を見過ごせず、話し続けた…。

「忍には人の命を奪う任務もある。感情を持ってちゃ任務を遂行できない。だから感情を殺さなきゃいけない。オレもそう思ってた時があった…。でもな、感情は押し殺しても…決して無くなりはしないんだよ。無くしちゃいけないと、今は思う」

 

 先刻、火影室で考えていた事を思い出していた。

 感情を持たないことと、押し殺すことは違う。

 

「例えどんな理由があったとしても、人の命を奪うことに変わりはない。オレが奪ったその命の重さは一生背負って生きていくつもりだよ。それで、その重さに押し潰されそうになった時は、その命を奪う事で守れたものを考えるんだ。オレはそう思うようにした。そうやって、やっと折り合いをつけられるようになったかな。…って言っても、そう思えるようになるまで随分かかったけどね」

 だからその分、この少女の救いや赦しになって欲しい…そう願って話し続けた。

 

「忍はどちらかだけじゃ駄目なんだよ…。オレが自分の任務を正しいと信じているように、敵も己を正義と信じてる。だから、自分のやってる事を正当化して、相手の命を軽んじる様な事は絶対しちゃいけない。かといって、命を奪うことの重さに潰れてしまっては守るべきものが守れない。忍は両方忘れちゃいけないんだ。だからリッカにはまだ辛い事かも知れないけど、お前も自分の手で奪った命を、その重さを忘れないで欲しい。その上で、オレ達の命を守った事も決して忘れないで欲しいんだ」

 

 オレが話す間、リッカはずっとオレの眼を見ていた。

 

 今は悲しい色に揺らいでいる緑の瞳はとても澄んでいて、オレの眼の奥に見える弱さや闇まで、全部見透かしているようだった…。

 



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第七話 オレの忍道

「さーてっと」

 気分を変えるようにリッカの肩をポンッと叩いて、ようやく本題に入る。

 

「いやー、今日此処に来たのはだな。実は…、火影様に言われて、オレがお前を預かる事になって」

「え?」 ハハハ。オレと同じ反応。そうなるよね!

「で、目の届く範囲でってことで、自宅で預かれと言われちゃったんだよね…」

「…自宅?カカシ先生の…?」

「そ…。でも、リッカ女の子だしな、嫌だったら、夜だけここに戻るっていう方法もあるんだからね?」

 

 リッカは何故か、頬を若干赤らめながら答えた。

「…ご迷惑でなければ…、カカシ先生のお家に…泊めてください」

 ま、女の子が(例え監視員であっても)男の部屋に泊めてくださいと言うのだ…、気恥ずかしくもなるだろう。

「わ、わかった。…じゃぁ、まずは必要なものでも買いに行くかー」

 

 預けてあったリッカの荷物を受け取りに行くと、そこにイビキさんの姿もあった。

 オレ達の様子を窺っていたのは気付いていたので、ここで何も言う事はない。

 オレがそう思い黙っていると、イビキさんは意外な事を言い出した。

「カカシ、お前暗部に戻る気は無いか?」

「は?」

「いや、オレの部隊に欲しいなぁと思ったんだ」

「ご冗談を…。今のは尋問なんてものじゃ無いですよ」

「まあ、そうだがな…」

「まだ受け持った下忍もヒヨッコですし」

「そうだな、まぁその気になったら何時でも火影様に言ってくれ」

 オレは何も答えず会釈だけして離れた。

 

 

 収容所を出た時には里は夕焼けに包まれていた。

 リッカは眩しそうに里を見渡していた。

 

「欲しいものあるか?…あ、ちなみにコレはお前が元から持っていた財布だ。ここから払うんだから、遠慮せず何でも買いなさい!」

 と言っても、元々が旅の荷物を持っていたので、これといって必要なものも思い当たらないが…。

 本人も同じ様子だったので、オレが選んだ店でいくつか小物を買った。

 

 それから、リッカはしばらく食事をとっていない筈なので、腹に優しいものを出している店を探し夕食にして、ようやく部屋に帰った。

 

 

 すると部屋には火影様から寝具が届いていた…。

 

 そうだ…、オレの部屋にはベッドが一つあるだけだった…。

 

 

 

 

 …………っ! いかん!緊急任務だっ!!!

 

 

 

 

 オレは戦闘中もかくやというスピードで移動し、枕元に置いてあったものを隠した。

 …オレの大切な、名著「イチャイチャシリーズ」だ…。

 

 ふぅー…。さすがに中を見られる訳にはいかないからな…。

 

 と、まぁ一息ついたところで、風呂を勧めてその間にオレは寝床の準備をする。

 ベッドでオレが使っていた布団を床に下ろし、デスクとの間に敷く。

 代わりにベッドには新しい布団を揃えた。

 

 リッカは相変わらずのあの性格で、ベッドは悪いからオレが使えと言い張る。

 

「オレの使ってる布団じゃ悪いから布団は新しい方と替えてあるし、それに一応オレは任務中だからね。だからお前がゆっくり休んでくれた方がオレも休めるよ」

 そう言うと渋々納得してベッドに座った…。やれやれ…。

 

 

 リッカは枕元に並べてある二つの写真立てを見ている。

 

 …危なかった。あの横には例の名著が並んでいたのだから…。

 オレは内心胸を撫で下ろしながら床に座り、ベッドにもたれた。

 

「この子、カカシ先生…?」

 二つの写真立ての写真は現在のカカシ班と、もうひとつが、かつてのミナト班だ。

 リッカはミナト班の方の写真に写る、生意気そうなガキを指して言った。

 

「そうそう。これは今のナルト達よりも少し年下の頃だけど、今のアイツらと比べ物にならないくらいバカで生意気だったよ…」

 自嘲気味にそう言ったオレの、額当てを外し露になった左目から頬まで続く傷痕、写真立ての少年にはない傷痕に、リッカはそっと触れながら聞いた。

「カカシ先生は…、どうして忍者になったんですか?」

「んー? …何か格好いい事言えたら良かったんだけど…、まっ、忍者しかなかったからだ。父さんも忍者だったし、忍者になるのが当然…っていうよりは、他の道なんて知らないし、考えた事もなかったからね」

 

「それでも命を懸けられるんですか?人の命を奪う重みに堪えて、それでも…」

「そうだねー。確かに殉職した忍もたくさんいるし…、歴代の火影様達も命を懸けて里を守り死んでいった。…だからかなぁ?忍者になる事に疑問を持たなかったのと同じで、里を守りたいと思う事に疑問はなかったね。大切なものを守りたいって思うのは、すごく当たり前で自然な事じゃない?」

 リッカは視線を落とした…。オレの言葉をまだ納得できないのだろう。

 

「もちろん、忍としての生き方に疑問を感じることはあるよ?」

 オレがそう言うと、リッカはふと顔を上げてオレを見つめる。

 

 オレは波の国での任務を思い出していた。

 ザブザとハク、あの二人の生き方と、ナルト達がその二人の生き方から感じた想い。

 

「忍は感情も持たず、存在理由も求めず、ただ任務を遂行する道具。そんなのは嫌だってナルトが言ったんだよ。オレはオレの忍道を行くってな」

 

 オレは思い出し、笑いながら言った。

「何か嬉しかったんだよ。あいつらが奴等なりの忍道を行くっていうなら、オレは奴等がその道を真っ直ぐ進めるようにしてやりたい。それも、オレの存在理由の一つなんだって思ったんだ」

 

「…ナルトさんが、少し羨ましいです」リッカはそう言って、静かに微笑んだ。

 

「ナルトは…、あぁ見えて結構苦労してるからね。だから、アイツに教えられることはたくさんあるよ」

「そうですね…。辛い事もたくさんあって、弱さも知ってるから…、だから、ナルトさんも、カカシ先生も、その分、強くて、優しいんですね」

 

 ちょっと驚いた…。ナルトは苦労しているとは言ったがオレの事は何一つ言ってない。

 恐らく、収容所で話した時に、オレの想いの裏にある、過去の傷を感じ取っていたのだろう。

 答えの代わりに、頭を撫でてやった。

 

「疲れたろ。もう、おやすみ」

 そう言うと、リッカは頷いて布団に潜り込んだ。

「おやすみなさい…」

 

 しばらくして寝息が聞こえてきても、オレは月明かりに照らされた、あどけない寝顔を見ていた。

 

 一体この子が背負っているものは何なのだろう…。そう思わずにいられなかった。

 



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第八話 木ノ葉隠れの里

 さて…、どうしよう…。

 オレが預かるといっても捕虜として預かる事に変わりはないから、目を離す訳にはいかない。24時間一緒にいないといけないわけで…、かといって一日中部屋の中に居たんじゃ意味がない。

 里を出る事ができないとなると、…いったい火影様はうちの班をどうするつもりなんだ…。

 まさか何も考えてないとは思わないが…

 代わりの隊長を探してもらった方が良さそうだな。

 しかし…、あいつらを任せられる奴…ね。

 

 そんな事を考えながら、里をゆっくり歩いている。

 ゆっくりなのは隣でリッカが歩いているからだが、彼女も何か考え込んでいるらしく、表情は曇っている。

 

「つまんなかったか…?ま、里なんてのはどこも変わりないしな」

 リッカは、はっと顔を上げ、周りをゆっくり見回しながらそれに答えた。

「いえ、そんなことないです。家があって、お店があって、そこで人が生活してて…それはどこでも同じだと思います…が…」

 何かが心に引っ掛かっているって事かな。

 

「カカシィ!」

 …この暑苦しいまでの声は…アイツしかいない。マイト・ガイ。

 

 何故かオレの前に仁王立ちになり、隣のリッカを見ながら言った。

 

「この子、見かけない子だな?忍者学校(アカデミー)でも見たことないぞ?」

 

 オレが答えないでいると、勝手に一つの答えをはじき出す。

 

「まっ…、まっ…、まさかお前!永遠のライバルであるオレにまで黙って…、かっ…、かっ…、隠し子がいたのかー?」

 

「なわけないでしょー…」

 ガイのいつもの暴走ぶりに、オレは呆れ顔でぼそっと呟いた。しかし…

 

 マテマテマテ、ガイの大声に周囲がざわついている。

 

「…隠し子ですって」「誰の?」「ほら、あの」「え!?カカシさん…!?」

 マズイ…、このままでは里中が誤解してしまう。

 

「あのねー、そんなわけないでしょ…。だいたい年齢的におかしいでしょーよ」

 周囲に聞こえるように、オレは殊更大きな声で弁明した。

 

 …しかし、周囲の疑いの眼差しは変わらない…。

 なぜだ…。オレの年齢からリッカの歳を引いてみる…。

 これは…、子供としてあり得ない差ではなかった…。

 

「と・に・か・くっ!この子は火影様から預かってるお客人なのっ!!」

 里の者にとって火影様は絶対だ。

 火影様という単語が出たところで、やっと誤解は解けたらしい。

 

 周囲で固唾を呑んで様子を伺っていた連中が散り散りになった…。

「なんだ、違うのか」「えー、つまんない」

 オイオイオイオイ…。まったく…。

 

「ぷっ。…アハ、アハハ」

 突然リッカが笑いだした。

 これにはガイも驚いてオレの顔を見ている。

 

「アハッ。カカシ先生でもあんなに慌てること、あるんですね」

「そりゃ焦るでしょーよ。コイツのせいで、未婚の父にされるとこだったんだから!」

 ジロリとガイを睨んでやるが、この男まで大声をあげて笑いだした。

「ワハハハ!そうだな!カカシのあんなに慌てる様は、そうそう見られない!」

 勝ち誇ったように笑うガイを半眼で睨んだが、リッカが笑うのを見ていると悪い気はしない。久し振りに笑ったのだ。

 やっぱりこの子は、泣いたり、思い悩んだりしているより、笑顔でいた方がいい。

 あの旅ではいつも笑っていたもんなぁ…。あの時までは…。

 

 その後も、何人か知り合いに会うとリッカの事を質問され、流石に隠し子かと聞く奴は現れなかったが、同じように火影様から預かっている客人だと答えた。

 

 それで皆一様に納得するのを見て、二人に戻った後、リッカが言い出した。

「カカシ先生は、火影様からも、里の皆さんからも信頼されてるんですね」

「…んー?」

「えぇ、だって間者を預けるなんて信頼してないとできないですし。カカシ先生の人柄も技量も信頼してるから、預けられるんですよね」

 

 確かに例えリッカが逃亡を謀ったとしても、オレが対処できると思うからこそ預けてくださったのだろう。

「ま、そうなるのかなー」

「それに、里の皆さんは私が他国の忍とは知らないですけど、火影様から預かったと言っても皆さん納得されてて、それはカカシ先生が、火影様のお客様を預かるのに適任だと思ってるからですよね?」

「オレがどうこうって言うよりは…、里の皆が火影様を信頼してるんだよ。火影様が間違った事をする訳ない。だから、火影様がオレに預けたというなら、それ以上、誰も疑問を持たないんじゃないかな」

 

「里の皆が…火影様を…信頼…」

 リッカは一語一語、噛み締めるように言う。

「うん、そう。…まっ、さっきお前が言ったように、その火影様に信頼していただいているっていうのは光栄なことだよね!」

「はい!」とリッカも同意したが、また少し何か考えている様子だった。

 

 夜になり寝る前になったら、今度は火影様と里の皆の関係について聞きたがった。

 

 別に他里の忍に知られて困る事ではないし、彼女が木ノ葉を知ることで、火影様のお考えである「亡命」を考える道になるかもと思い、オレは話してやった。

 

 火影とは木ノ葉の里全体を照らす父であること。

 木ノ葉の里に住まう全ての者を守り、助け、教え、導く、それが火影。

 火影は里の者を皆家族として信じ、里の者は火影を父として信じる。

 その意志は初代の頃から今現在も変わっていない。

 オレも迷い悩んでいたときに三代目から言われたことがある。弟子は師を信じ、師は弟子を信じ見守る。そしてお互い高め合うのだと…。

 

 あの時、オレの迷いを断ち切ってくれた三代目の言葉のように、初代から続くこの意志がこの少女の迷いもまた断ち切ってくれることを願って…。

 

 話を終えるとリッカは静かに言った。

「…カカシ先生が優しい訳がわかりました。カカシ先生の中にも、歴代の火影様の意志が受け継がれているんですね」

 オレは何も言わず、昨夜と同じようにただ頭を撫でてやった。

 リッカは「おやすみなさい」と言って、そのまま目を閉じた。

 

 

 忍という生き方に悩み苦しむこの少女。オレはもしかしたら、この少女にかつてのオレ自身を映しているのかも知れない。そう感じる時がある

 収容所でこの子がオレに想いを吐露した時、教え子でも部下でもない、敵国の忍である筈のリッカを、オレは何故か放っておく事ができなかった。

 それはこの子とかつてのオレを重ね、この子の瞳の奥にある苦悩を、悲しみを癒す事ができれば、オレ自身も癒され、赦されるのでは…、そんな都合の良い事を考えてしまっていたのかも知れない…。

 

 オレには腹を割って話す友といえる存在は…、今はいない。

 オビトやリンが生きていればそうなっていたのかも知れない。

 オレが捻くれ、意固地になっていた心を開かせてくれた、唯一の友…。

 アイツが生きていたら…、弱さを見せ、本音を語りあえる友になっていただろう。

 あれ以来、オレは誰に対しても心を開いてはいないように思う。

 全てを包み込むように見守ってくれた、ミナト先生や、三代目に対しても…。

 

 しかし、まだ出会って間もない父娘ほど年の離れたこの子には、いつも隠して来た心の内側まで見透かされているかの様な、そんな感覚になってしまうのだ。

 しかもオレは、それを不快だとは思っていない…。 

 オレが語らずとも、オレの傷を感じ取るこの子に、寧ろ安らぎすら感じている…。

 

 とても不思議だった…。 

 

 捕虜の24時間監視という、どう考えても気の休まらない任務のはずなのに、オレの心は何故か安らいでいた。

 



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第九話 来訪者

 翌日は数少ない里の中でできる任務を請け負った。勿論、リッカを同行してだ。

 ナルト達を休ませておく訳にはいかなかったからだが、三人はリッカとの再会を大いに喜んだ。

 

 里の中で遂行できる任務がない日は演習をした。いつもリッカは隣で、オレの家から持ってきた本(…勿論、イチャイチャシリーズではない本)を読んでいて、大人しく終わるのを待っていた。

 

 が、そろそろこれも限界だ。三人にとっては非常に重要な時期なのだ。早く代理の隊長を見付けてやらなければいけない。

 

 そう考えていたある日、朝からサスケとサクラがアスマ班の助っ人に行って留守だったので、ナルトだけが一緒に付いてきていた。

 雨上がりで里中がにぎわっていた。

 旅芸人が来ているようで、広場から音楽が聞こえる。

 せっかくだから見に行こう、と、ナルトが言い出したので広場に向かった。

 ナルトとリッカは人垣の一番前まで行って、旅芸人の踊りに見入っている。

 

 オレは少し離れて、楽しそうな二人を見ていた。

 

 暫くして、秘かにリッカに近付く影があった。

 本人はまだ気付いていない。

 

 これが護衛任務であればこの時点で動くのだが、今のオレの任務は「護衛」ではない。

 二人がどう動くか…、少し様子を見てみるかな。

 

 リッカの表情が凍る。接触したのか。

 何か話しているが、もちろん声は聞こえない。

 写輪眼を使っていないから唇を読むこともできないが、リッカの様子からしてあまり良い雰囲気とは言えない。

 

 そろそろ限界か、出るか…。と思った時だった。

 

 リッカが先に跳び上がり、続いて男も跳び上がり、リッカを追いかけて行った。

「あれ?あれ? リッカ??」

 キョロキョロするナルトに指示を出す。

「ナルト! 誰か上忍連れてこい!」

 男が単独で木ノ葉に潜入したという保証はない。念の為の指示だ。

 ナルトに指示を出していた分、少し出遅れたが、これくらいなら問題ない。

 

 それほど探す必要はなく、林の中でリッカの声が聞こえた。

「……木ノ葉は関係ない!!」

 リッカは珍しく感情を露にしている。オレは姿を隠して話を聞いてみることにした。

 

 男はリッカとよく似た黒髪で、歳は見たところハタチ位だろう。

 短めの黒髪に、裾が長い上着も黒…、色で言えば黒ずくめなのだが…

 木ノ葉に潜入できたのを元暗部のオレでも納得してしまう程、忍の持つ独特の雰囲気は欠片もなかった。

 どこかの国の富裕層の子息にしか見えない…。

 ま、ただのいいとこのお坊ちゃんじゃないのは、ここまで移動して息一つ切らしてない事と、リッカに詰め寄られても全く表情を動かさずにいる事からもわかる。

 二人が険悪な雰囲気でなければ、同じ黒髪なこともあって、年の離れた兄妹にも見えるだろう。

 しかし、愛らしい雰囲気のリッカとは違い、男の切れ長の目は、怜悧そうだが、どこか冷酷さも滲ませているような気がした…。

 

「しかし、木ノ葉の忍によって」

 あくまでも冷静な男の言葉が終わらないうちに、リッカが反論する。

「違う!兄様達が私を殺そうとしたの!だから私が返り討ちにしただけ!」

 兄様…? あの刺客が兄だと…?

「貴女には無理です。武器もお持ちでなかったはず」

 風を切る音とともに、男の足元に氷柱(ツララ)がいくつも突き刺さった。

 そうだ、あの日もこんな雨上がりだった…。

 

「知ってるでしょ?武器なんかなくても殺せるわ!」

「国に戻ったニレが言うには、妹姫を案じられ様子を伺いに行かれた兄君達が、木ノ葉の忍に殺害されたと…。事実、現場に残されていたという、木ノ葉の手裏剣を持ち帰っております」

 オレはあの時、帰る前に手裏剣とクナイを全て回収させた。間違いない。

 恐らくサスケ達が投げたものを、戦闘中に隠し持って行ったのだろう。

 だとしたら、えらく用意周到だな…。

 

「嘘よ! 兄様達が突然襲ってきたのよ」

「しかし、そう信じている者もおります」

「…お父様はご存知なの?」

「勿論です。私は陛下のご命令で」

 …陛下ね。

 

「ヒイラギ!」

「ハッ」

「木ノ葉に手を出すというなら…、例え貴方でも許さないわよ」

 絞り出すようにリッカが言ったが、男は笑いながら応えた。

「フッ…、貴女が私を止められると? 貴女の戦闘術は全て私がお教えしたのですよ?」

「……」リッカは悔しそうに拳を握り締めた。

「それに誤解されているようですが、私は木ノ葉に報復に来たのではありません。陛下のご命令で貴女をお迎えに参ったのです。 …よろしいですね? 木ノ葉の方!」

 最後のはオレが隠れている方を振り返りながら言った。

 気付いていたのか…。

 

「よろしくは…、ないですね」

 と言ってオレが突然隣に姿を現すと、リッカは驚き、声をあげた。

「カカシ先生! …いつから…」

 その声に男は僅かに表情を動かした。

 今のはどういう感情なんだろう?

 

「やぁー。いつから…かなぁ。たぶん、わりと最初の方だね!」

「…じゃあ、話を…」

「ヒイラギ君…でいいのかな? お迎えは少し早すぎたね。この子にはまだ少し用があるんだ。スマナイね」

 言いながらリッカを引き寄せようとする…が、冷気が固まるのを感じ、手を引いた。

 オレとリッカの間で、凝縮された氷の欠片が爆発したように弾け飛ぶ。

 その隙にヒイラギがリッカを引き寄せてしまう。

 

 こいつも氷遁を…。

 殺傷能力の低い足止めや目眩まし用の術なのだろうが、オレの手元を狙ったおかげで近距離にあったリッカの髪には氷の欠片がいくつも飛び、頬にも当たったのだろう、血がじわりと滲み出した。

 

 しかしリッカはひるむことなく、ヒイラギに向かって言った。

「わかったから!もう止めてっ!カカシ先生に手出ししたら本当に許さないわよ!!」

 お願いではなく、命令という口調だ。

「では、帰国されるのですね?」

 そう言いながら、ヒイラギは左手でそっとリッカの頬の血を拭う。

 リッカはコクリと頷いたが、そういう訳にはいかない。

「あのねー。帰るかどうか決めるのは、リッカでもヒイラギ君でもオレでもないの。…火影様だからね!」

 言葉が終わらないうちに瞬身の術で二人の間に割って入り、リッカを引き離して背中に隠す。

 

 ちょうどいいタイミングで、ナルトの声が聞こえた。

「カカシせーんせー! どーこだってばよォー!!」

「おーい、カカシィー!」

 連れて来たのはガイか…。

 二人とも忍者とは思えない登場だが…、この場合は正解だった。

 

「残念ですが、今日は引き上げます。リッカ様、貴女が此処に残る事が火種になり得る事をお忘れなきよう」

 ヒイラギが言った。ついでにオレに向かって

「はたけカカシ! リッカ様を必ずお守りしろ!」

 コイツ…、オレの方が絶対年上でしょ。初対面で呼び捨てってどうなのよ…。

 それに、わがままな奴だね、どーも…。

 

「まっ…さっき怪我させたのは、君なんだけどね…」

 オレの嫌味が聞こえたか聞こえていないかわからないが、彼は煙を残して消えた。

 

 派手に登場したナルトとガイに、もう大丈夫だと言って帰ってもらう間も、リッカは一言も喋らなかった。彼女の性格から考えたら、二人にお礼だとか謝罪だとかをしそうなものだが…。

 

 ヒイラギが消えた後から、ずっと何か考え込んでいる。

 最後の「此処に残る事が火種になる」という言葉についてだろう。

 オレも先刻の彼の言葉を思い出していた。

「はたけカカシ!」ま、呼び捨てはともかくだ…、リッカはオレの名前しか呼んでいない。にも関わらず、オレの姓も知っていたという事だ…。

 

 リッカは暫く黙って考え込んだ後、顔を上げ、はっきりと言った。

「私が木ノ葉に来た理由をお話しします。だから、私を帰国させてください!」

 

「…さっきも言ったとーり、決めるのは火影様だから…ね。 ま、とりあえず、火影様に話聞いてもらおっか…」

 



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第十話 リッカの使命

 火影室に入るまで、オレとリッカは一言も喋らなかった。

 今何か話しても再び火影様の前で話すのだから、二度手間になるから…だけでなく、お互いに深く考えを巡らせていたのだ。

 

 机に両肘をついたまま手を組み座る火影様の前に二人並び、リッカの元に一人の男が訪ねて来たことだけをオレから簡単に説明した。

 リッカに向かって続きを促すように頷いてやると、同じように彼女も頷き返し、一呼吸おいてから話し出した。

 

「私の国は緑の国ではありません。(もり)の国と言います」

 杜の国は確か緑の国の隣国だ。あの辺りは小国がいくつもあり風土も似ているのだ。

 旅の始め頃に誇らしげに国の美しさを話していたが、あれは杜の国の景色を思い浮かべていたに違いない。

 

 リッカは話を続ける。

「周囲の国はこの五大国近辺とは文化が少し違います。杜の国には大名はいません。代わりに国王と呼ばれる者が国を治めています。私の父が国王です」

 

「それであの時の刺客が、兄上達だったと…」

 黙って聞いているつもりだったが、思わず口に出してしまった。

「何?」火影様も驚いたようだが、それ以上は何も言わない。

 リッカは頷き、話を続けた。

「はい。お母様は違いますが、あの四人のうち二人がお父様と前王妃との子、王子です。私の兄様で、私が…」

 リッカが殺めた男が兄の一人だったのだろう。四人のうち二人が手練れだったのは、二人の王子とその護衛だったということか…。

 

 何から話すか迷ったようだが、ゆっくりと話し出した。

「そうですね、まずはそこからお話しします」

 

 リッカが依頼時、最初に話した国名や、ただの金持ちというのは確かに嘘だった。だが、忙しい留守がちの父と、弟の出産時に亡くなった母、というのは真実だった。全部が嘘ではなかったから真実味があったのだ。

 リッカが語った自分の名前の由来なども真実なのだろう。

 

 二人の王子の母親、今は亡き前王妃は国内の有力者の娘で、その親族は王妃亡き後も二人の王子の後見として権力を振るっていた。

 後に王に見初められ新王妃となったのは既に滅びた国出身の女性で、これがリッカと弟の母上にあたる。

 このリッカの母である新しい王妃には国内の後見こそなかったが、国民にはとても慕われており、前王妃勢力の横暴に辟易していた者など、新王妃の子供が王統を継ぐことを期待する者も多かった。

 

 元々小さな内乱が度々起こるような不安定な国だったが、ついに前王妃派と新王妃派で国が二分してしまう結果となった。それでもなんとか新王妃派が優勢を保っていたが、新王妃も亡き人となり、前王妃派が勢力を増しつつあった。

 

 そんな折、一人の男が王宮に出入りするようになった。

 その男はいつも黒いマントを羽織り、フードを目深に被っていた。皆、最初は不審に思っていたが、男が興味深い話を始めた為、重臣達がこぞって招くようになり、いつの間にか国の中枢にいた。

 

 その男は遠い火の国の木ノ葉隠れの里に伝わる禁術や、秘伝を手に入れることができると言ったのだ。

 火の国と言えば忍び五大国の筆頭。前王妃派も新王妃派も目の色を変えて欲しがった。

 しかし、その男が禁術や秘伝を持っている訳ではなく、木ノ葉隠れの里を襲撃し奪うことで手に入れる事ができるのだと、襲撃にあたっては木ノ葉の地図や警備の配置などは全て判っているので問題ない…、と言ったと。

 

 大国相手の襲撃計画に当初は両派閥とも難色を示していたが、他方に手に入れられては困ると考え、国王が王妃の喪に服している間に、国として木ノ葉を襲撃する事を決めてしまったのだ。

 

 

 オレはここまで話を聞いて、一つの確信を持った。

 火影様に目をやると、同じ様にこちらを見上げており、頷きあった。

 それには気付かずリッカは話を続ける。

 

「いくらその男が木ノ葉の情報を手に入れていても、相手は大国です。我が国のような小国が国をあげて挑んでも、到底、敵う筈がありません。これは隠れ里の襲撃という問題ではなくて、戦争を仕掛けるという事です。他方に取られたくない、という意地だけで大国に宣戦布告し、血を流すのは派閥争いをしている者達ではなく、多くの忍です。私の国には隠れ里がないので、忍は全て国に属します。国が命令すれば行くしかないのです。でもそれは、お父様の、国王陛下の意志ではありません。私は止めたかったんです…」

 

 まるで、止めたかったが止められなかった…、みたいな言い方だな…。そのオレの考えが聞こえたかのように、リッカは少しの間話を止め、オレの顔を見上げていた。

 

「戦争を止めたかった私は男と…、ある約束をしてしまいました」

 リッカは、オレの目をしっかりと見上げて続ける。

「その約束は…、木ノ葉の忍、はたけカカシを国に連れて来ること…。写輪眼という瞳術で、どのような術も人心も思うがままという忍、その忍を連れて来ることができれば、木ノ葉襲撃計画を白紙にしても良いと…、自分が協力しなければ不可能な計画なので、自分が手を引けば当然そうなると言いました」

 

「それでうちの班ご指名だったんだね」

 ニッコリ笑ってやると、悲しそうに目を伏せて頷き

「はい…。波の国の件や、どのようにしてか、隣国から火の国に行くという学者まで見つけてきて、火の国に着いたら飲ませるようにと、軽い毒薬も渡されました」

「その男の計画だったんだね」

 リッカに言いながら、オレは再び火影様と頷きあった。…間違いない。

 

「兄様達の件で失敗に終わりましたが、…でも、あの前から少し迷っていました。私は、私の国の事しか、私の国の忍のことしか考えてなかった…。皆さんと一緒に旅をして、他の国にも人がいて、その国を愛し守っている人達がいると…、そんな当たり前の事なのに…、考えてなかった。そんなときに…、兄様を殺してしまって、どうしていいかわからなくなって…」

 

 次々こぼれる涙を拭いながら、必死に言葉を続ける。

「カカシ先生とたくさんお話しして…、里を見せてもらって、私の国だけじゃなく、木ノ葉も守りたい、守らなきゃって思ったんです…。でも、でも、今日ヒイラギに言われて…気付いたんです。私、木ノ葉に居たらいけない!」

 

「…このタイミングで言うべきかわからないけど、実はね、オレがお前預かることになった時に、火影様に言われた事があるんだ」

 火影様も頷いたのを確認して続ける。

「お前が望むなら亡命を勧めてくれってね。ずっと木ノ葉に居ていいんだよ?」

 

 オレを見上げた深い緑色の瞳が大きく見開いて、大粒の涙が溢れだした…。

 

 少しして、リッカは涙を拭うと、表情を隠すように俯いて言った。

「…ありがとうございます。…でも、私は木ノ葉に居ては…、いけないんです」

 自分に言い聞かせるように繰り返す。

「居ちゃいけない。早く帰らないと…」

 

 おそらくヒイラギに言われた「火種」を気にしているのだろう…。

 彼女の強情さをオレは知っている。一度言い出したら聞かないのだ…。

 帰ると言ったら帰るだろう。困ったね…、どーも。

 

 代わりに、小さな疑問を尋ねてみることにした。

「ところで…、兄上達も忍だったけど、お前の国では王族でも忍になるの?」

「はい。私の国では何度も内乱がありました。その中で一番困るのは忍が王家に反乱を起こす事です。そう考えた過去の王が王子を忍にし、部隊に所属させる事で、忍の内乱を防ごうとした事が始まり、と聞いています。私はまだ部隊には所属していませんが、ヒイラギ…今日の例の者です。私が幼い頃より彼が護衛として仕えながら、護身術として、体術、忍術などを教えてくれました」

 幼い頃よりって…、まだ十分、幼いんだけどね…。

 

「そっか、彼も氷遁を使うし、家庭教師にはもってこいだ」

「はい、氷遁は私の母の家系からですが、ヒイラギもお母様と同じ国の生まれで…」

 

 しばらくオレ達の話を聞いていた火影様が、オレを見て言った。

「ふむ。少しシカク達とも話したいのォ。カカシ、シカク達と、その間にこの子を見ておるようにナルト達も呼ぶように言ってくれんか」

 オレは頷き、次の間に控えている者に、シカクさん達幹部連中と、ナルト達を呼ぶように伝えた。

 幹部連中にはリッカの一連の件について知らせてはあるが、今回新たに分かった事について、急ぎ協議するべきであると考えられたのだ。

 



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第十一話 少女の正義とカカシの決意

 程なくして、幹部連中と、ナルト、サスケ、サクラがやって来た。

「サスケ、お前達も戻ってたのか」

「あぁ」

「ちょうどよかった。悪いが会議の間、三人でリッカを見ててくれないか」

「おう! じゃーさ、じゃーさ、お前においろけの術教えてやるから、お前もオレ達に何か術教えてくれってばよ!」

 …ナルト、頼むからくのいちにおいろけの術をやらせるのはやめてくれ。…というか、そもそもリッカはくのいちではなく「王女様」だったんだよ…。それはマズイだろ…。

「はい、わかりました!」

 オイオイ、リッカ…。 って、問題はおいろけの術だけじゃなかった…。

 

 幹部達が、オレを物言いたげに見ている理由を察して声をかける。

「ナルト待て。おいろけの術はともかく…。いや、それもリッカには教えるな。あと」

「そうよ、バカナルト!リッカに変なこと教えないで!!」

 サクラは同じ女の子としてそこが引っ掛かったようだが、流石にサスケは違った。

「このウスラトンカチ…。忍者が他の里の奴に術教えるなんて聞いたことねーよ」

 

 そう、幹部連中も同じ事を考えていたのだ。

「サスケの言う通りだ。リッカ…、お前は十分に情報を漏らしてる。里の術まで漏らしたら、お前は国を、更に裏切る事になるんだよ?お前は国に帰りたいんじゃなかったのか?いいのか?」

 部屋を出ていこうとしていたリッカが振り返り、小首を傾げながら、しかし自信を持って答えた。

「構いません。それに私の国は既に、いくつかの火の国の情報や、木ノ葉の術を得ています。ここで私の知っている術を教えても、それでちょうどおあいこじゃないですか?」

「…おあいこ…か」

 

 大人びた口を利いてもまだまだ子供…

 オレも含めて、幹部連中まであっけにとられている。

 その情報を、守ったり奪ったりすることに命を賭してきた、歴戦の忍たちだ。

 が、誰一人としてリッカの答えを、子供だからとバカにしているわけではない。

 子供ならではの純粋な正義感。

 自らもかつて持っていたそれを、百戦錬磨の忍達も思い出しているのだろう。

 本当に不思議な子だ…。

 この人達のこんな顔、見たことなかったからね…。

 

「お前が分かってるのなら、オレは何も言う事はないよ。お前の思うようにしたらいい」

 そう言ってやるとナルトはガッツポーズで喜んだ。

 

 これまでリッカはあくまでも捕虜であり、同行した任務中も、演習中も、一切忍としては動いていない。恐らく、三人は彼女の実力を知らないだろう。だからこそナルトも、おいろけの術を教えてやると上から目線なのだ…。一応言っとくか…。

「ナルト、サスケ、サクラ、いいか?お前らより年下だと言って侮るなよ。体術はともかく…、手裏剣術や忍術は、リッカの方がかなり上だろう。よく教えてもらえ」

 これには幹部連中と三人、特にサスケは非常に驚いていた。

 そりゃそうだ…、仮にも忍者学校(アカデミー)首席卒業のエリートだ。

 エリート君のプライドが刺激されたようだった。

 

「いや、ちょっと待て」火影様が止める。何か不味かったか?

「カカシ、あの娘は氷遁を使うと言っておったな」

「はい、確かに氷遁は教えても…」

「と、言うことは…じゃ、水と風じゃな」

「そうですね」ここでやっと気付いた。

 恐らく、火影様の頭の中には、水でびしょ濡れになった重要な巻物と、風でずたぼろになった大切な書が思い浮かんだのだ。

 

 オレは窓の外を見下ろした。小さな池のほとりにちょっとした広場がある。

「ナルト、術をやるなら外で…、ここの下ならオレにも見えるからそこでやりなさい」

 あいよーと言って、元気よく出ていった。

 

 四人が出ていくと、まずシカクさんがオレに言った。

「カカシ、面白い娘だな。不思議な魅力もあるが、気も強そうだ」

「そうですね」答えながら笑いをこらえるのに必死だった。

「あれが木ノ葉の娘なら、息子の嫁に欲しかったところだ」

「ハハハ」全員が笑った。

 

「カカシの言うように、あの歳でうちはサスケよりも上だとしたら、もし木ノ葉に生まれていれば貴重な逸材になっていたでしょうな」

 誰かが言った。それを聞き、オレは火影様と笑いあった。

 ちょうど三人でその話をした後だからだ。

「彼女は内乱の絶えない祖国に生まれ育ったからこそ、今の自分があるとわかっています。戦争中だった私の子供の頃と、今のナルト達の成長のスピードが違うのと同じように、争いの絶えない彼女の国と、この火の国では違います。彼女ももし、木ノ葉に生まれていたら年相応にまだ忍者学校で学んでいるところでしょう。忍になることすらなかったかも知れません」

 ちょうど窓の下に到着し、手を振るナルト達を見ながらオレは、リッカがなぜあのように大人びているのか…、そうならざるを得なかった背景、リッカが話した杜の国の事情から話始めた。

 

 話を聞き終えた幹部達の意見は、オレや火影様が感じていた事と概ね違いはなかった。

 それぞれが管理する部隊への指示を振り分け、会議はお開きとなった。

 

 早速部隊への指示を出すために皆が部屋を出ていき、火影様とシカクさん、オレだけが部屋に残ると、シカクさんが火影様に尋ねた。

「それで、あの娘をどうするおつもりですか?」

「ワシはあの娘を捕虜だとは思っておらん。帰りたいと言うなら帰してやりたいが…。果たして、国に帰ることがあの娘にとって、本当に幸せなことなのか…」

 

 火影様は少し考えるようにパイプを燻らせてから話を続けた。

「遠い他国の忍の話じゃ。と言って切り捨てるには…、少し関わりすぎたのォ、カカシよ。お前もそうであろう」

 オレは黙って頷くしかできなかった。

 

「例え杜の国が襲撃してきたとしても、抑える事はできるだろうが、情報がある程度漏れている事を考えると、…被害は多少なりとも出るじゃろうな。木ノ葉も守りたいと言った、あの娘の気持ちにも応えてやりたいと思うが…、どのようにするべきか…のォ」

 

 オレの意見を求めている訳ではない事は分かっていたが、ずっと考えていた事を口にせずにはいられなかった。

「もし、火影様がリッカの帰国を許されるのでしたら、私は彼女と同行したいと思っています」

「「何!?」」二人が同時に声をあげる。

 

「元々が私を杜の国に連れて行ったら、木ノ葉襲撃計画には協力しない…、という約束の元に、リッカは木ノ葉に来たのです。それで全てが解決するなら、それが最善かと思いますが…」

「しかし、お前を連れて来いというからには、お前に恨みがある者の仕業じゃろう。それを分かっていて行かせるような事はできん!」

 火影様はきっぱりと言うが、オレは既に決めていた。

 

「私も死にに行くつもりはありません。しかし他に方法が無いのです。例え止めても、リッカは強引にでも国に帰ろうとするでしょう。その時、私は引き止められる自信がありません」

 火影様達はわかっている。オレが力尽くで引き止めようと思えば不可能な筈がない。

 だが、オレはそうしたくないと言っているのだと…

 

「リッカを一人帰せば、今度こそ消されるか、万が一、帰れたとしても戦争を止める事はできないでしょう。火影様も仰られたように、あの子がどうなっても関係ないと言うには関わりすぎました。それに、私を恨んでの事なら尚更、私が行くべきです。リッカを一人で帰す事には賛成できません」

「…ふむぅ。…しかしのォ」

 と言って、火影様は決断を先延ばしにした。

 

 それが最善である事に変わりはないし、リッカの事だけでなく、オレは何と言われても杜の国へ行き、その男に会わなければいけない。

 

 今はこれ以上話しても無駄だと思ったオレは

「それでは…」と言い残し、四人がいる場所に向かうため窓から飛び降りた。

 



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第十二話 秘術

 池のほとりで四人並んで座っていたが、皆息を切らせている。

 何か術を教えてもらっていたのだろう。

「やぁー、お待たせ!」と言いながら姿を現し、リッカとナルトの間に腰をおろす。

 

 見れば周りの木には、クナイや手裏剣がいくつか刺さっている。手裏剣術もやったが、そっちはすぐに止めたってとこか。

 ま、仕方がないか…。

 オレもあの時一度きりしか見ていないが、リッカは特殊だったからだ…。

 

 あの刀の男に投げた手裏剣が、闇雲に投げたものでは無いことは、その後のクナイを持って向かっていった姿から分かった。

 急所、何処を突けば何処が動かなくなるか、理解している者の動きだった。

 体術と言っても、組手の様な、相対して打ちあう事は最初から考えておらず、急所を突く事のみに特化していたのだ。

 

 だから先刻は「体術はともかく」とあえていったのだ。

 まだ幼い女の子であるリッカが、大人の忍相手に体術で渡り合えるはずがない。

 

 忍者学校(アカデミー)では幼いくのいちであっても体術を教えるが、相手は同じような体格の同級生同士でやらせる。

 それは目先の事ではなく将来に渡って身を護り攻撃する術として教えているからだ。

 

 しかし、リッカの場合はそんな悠長なことを言っていられなかった。

 体格も体力も全く敵わない相手が、今日にでも襲ってくる可能性が多分にあったのだ。

 

 まぁ、あのヒイラギ君の影響もあるのだろう。

 リッカは幼い頃より護衛として仕えていたと言ったが、そうすると、オレよりいくつか若い筈の彼は、少年の頃から仕えていたことになる。

 彼自身が幼い身で大人とやりあわなくてはいけなかったのだろう。

 

 オレが周囲の様子を見ていたのに気付いたナルトが言う

「あー、手裏剣はもうやめたんだよ。リッカってば剣術の方が得意らしーぜ!」

 アレより得意なものがあったとは…。オレは興味をそそられて尋ねた。

「へー、そうなんだ。チャクラ刀を使うの?」

「いえ、剣を使うのは、チャクラの消費量が多い忍術の補助のようなもので…。忍術だけではすぐチャクラが切れちゃいますし、体術ではどうしても劣ってしまいますから」

「そうだなー、リッカの歳だと、まだチャクラの量も多くないだろうし…。オレもお前らの歳の頃は短刀が主武器だったな。まっ、チャクラ刀だったけどな」

「「「「へぇー!」」」」

 四人揃って興味津々だが、オレの昔話はいいんだって。

 

「で、今は何やってたの?」

 これにはリッカが答えた。

「水の性質変化をやってたんですけど、教えるのは難しいですね」

「そうだなー。まずその性質が扱えるかどうかからになるしなー。五つの性質の内、上忍でも二つか三つだしなー」

 さすが成績優秀のサクラには理解できたようだ。

「どの性質も扱える訳じゃないんだ…。先生は?」

「オレか? オレはもちろん、全部だ!」

「「「「えぇええー!」」」」四人揃って驚く。

 

「写輪眼でコピーした術は全部使えるからな。けど元々のオレの属性と合致する術の方が威力が高いからな、実戦で使うのは属性が合ってるものだけだ。 そうなると、雷、水、土の三つだな!」

「それでも三つかよ!ずりーなー!」

 …オイオイ。オレも上忍だぞ…。

 

 

「ところでさー」唐突にナルトがリッカに尋ね、横でサクラがワクワクと目を輝かせる。

 このパターンは嫌な予感しかしない…。

 

「リッカって今、カカシ先生と一緒に住んでるんだってな!」

「…いや、一緒に住んでるっていうかだなー」

「そ、そ、そうです。監視です!私は他国の忍ですから!」

 リッカは真っ赤になって、目を真ん丸にしてしどろもどろに答える。

 

「でもさー、でもさー、一緒に暮らしてるってことはさー、もしかしてカカシ先生のマスクの下見たことあるんじゃねーか?」

「そ、それは…」リッカが答えてしまう前に、遮ってオレが答えた。

「ないよー。 ね!」と言いながら、右側のリッカにだけ見えるように片目を瞑る。と言ってもオレはいつも片目なのだが…。

 すると、リッカは耳まで真っ赤になってしまった…。ありゃりゃ…マズイ。

 

「あのねー。オレは家でもマスクつけてんの。上忍たる者如何なる時においても」

 オレの言葉が終わらないうちにサクラは「あーはいはい」と言い、ナルトは「なんだよー、つまんねーなー!」と悔しがる。

 …ふぅ、なんとか誤魔化せた。

 しかしまー、素直な子達だ。

 普通に考えて、マスクをしたまま風呂に入ったり、眠る奴がいるかよ…。

 

 家でくらい寛がせてくれ…。

 でもまぁ監視対象を家に置いて寛いでいるとは、部下の前では決して言えないからね…。

 

 その時、不敵な笑みを浮かべるサスケに気付く。

 …あぁ、一人いたね、素直じゃない奴が…。

 

 

「そんな事より、もう術はいいのか?」

「だってさー。簡単に覚えられるのがねーんだってばよー」

「そりゃお前…。そんな簡単に覚えられたら誰も苦労しないでしょー…」

「「「………」」」 …皆の言いたいことはわかった。

 なんだこの、まるでオレが楽してるとでも言いたげなコイツらの眼差しは…

 

「そりゃ写輪眼ならコピーできるけどだな…」

「それ、それ、それー! 先生がコピーしておけばいいんじゃねーかー!」

「オイ…ナルト、お前らの修行だろーが…。オレが覚えてもしょーがないでしょーよ」

 

「だってよー。リッカ、もうすぐ国に帰っちゃうんだってばよ! なら、それまでに覚えられなくても先生に教えてもらえるだろー!」

 オレは思わずリッカの方を振り返った。

 つい先程まで真っ赤になって俯いていたのに…、今は力強い意志を感じる瞳でオレを見つめる。

 やはり帰るつもりか…。

 ナルト達もリッカもオレの決心に気付いていないが、ここで話す必要はない。

 

「ふぅ…。わかったよ…。悪いがリッカ、幾つかコピーさせてくれないか?」

 言いながら、オレは額当てを引き上げる。

 

 リッカは風遁と水遁の幾つかの術をやって見せてくれた。

 

 この歳でこれだけの術を操る事にも驚いたが、絶妙なチャクラコントロールには更に驚かされた。

 少ないチャクラ量故かも知れないが、既にサクラの上を行っている。

 オレは幹部連中に、リッカがサスケ達よりも上だと言うのは生まれ育った環境によるスピードの違いに過ぎないと言ったが、これは…それだけじゃないね、どーも。この子も天才かも知れないね。

 

「こんなところでしょうか…。本当は氷遁が伝えられたら良かったのですが…」

 リッカのこの言葉にナルトがすかさず反応した。

「お前も氷遁使うのか!ハクと同じだってばよ!」

 そうか…、ナルトはあの時気付いてなかったか。

 不思議そうにリッカがこちらを見るので、代わりに説明してやった。

「少し前に出会った子が氷遁使いだったんだ。あの子も強かったからねー」

「…だなー」しみじみとナルトが言った。

 それだけでリッカは何かを感じたのだろう。何も言わなかった。

 

「じゃーさ、じゃーさ、あのサスケの傷治したのは?」

 気分を変えるようにナルトが言った一言は、オレも興味があった。

「先生さー、あれってば、医療忍術って言うんだろ?」

「ん? …どうなんだろう、実はオレも初めて見たんだ」

「えぇ!?先生が初めてって…」サクラが驚く。

「木ノ葉にも掌仙術といって似たような医療忍術があるんだけどな…、あれは違った」

 リッカは少し困った顔をして答えた。

「さすがカカシ先生ですね。一度見ただけで気付くなんて…」

「いやぁー、写輪眼で見てなかったら気付かなかったかも知れないけどね…」

 

「あれは…、医療忍術と言えるような高度なものではありません。私が唯一、ヒイラギからではなくお母様から教わった術です。 …そうですね」

 あたりを見回し、クナイの刺さった木に近づく。オレ達はそれを囲むように見守る。

 リッカはクナイを抜き取り、下に落とすと印を結んだ。

 そして両方の手のひらを幹のクナイの痕に向けると、明らかにチャクラがクナイの傷痕に流れ込んでいるのが見えた。

 すると、幹はみるみる元に戻り、傷痕など初めから無かったかのように綺麗になった…。

 

 術をコピーした流れで左眼を開けたままだったオレには、あの時と同様、リッカのチャクラの流れが見えていた。

リッカは医療忍術のような高度なものではないと言ったが、これは…。

 オレの考えが正しければ、秘術、禁術レベルだろう…。

 

「人の怪我と違って、植物や小動物を治すのは比較的簡単にできます」

 リッカのその言葉でオレ達は我に返る。

 

 引き続きしゃがみこんで、先刻の風遁の術で散ってしまった花に手をかざすと、みるみる元気になり、驚く事に蕾を付け花を咲かせた…。

「すっげー!すっげー!お前すっげーってばよ!」

 興奮したナルトが思わぬことを言い出した。

「じゃーさ、この花みたいに死んじゃった人も生き返らせることできるのか?」

 常識にとらわれないで物事を考えられるのがナルトの良いところでもある。

「ナルトバカじゃないの!」

「死んだ奴が生き返るわけねーだろ」

 サクラとサスケは常識的に言うが、リッカは驚き目を見開いている。

 …まさか…できるのか?しかし、もしできたとしても…この術の仕組みからいって…。

 

 そう、医療忍術はチャクラを大量に消費する。この術は見たところそれ以上だ。

 五大性質変化はチャクラを水や火、風、土、雷に変化させるのだが、この術は…術者の生命エネルギーを、相手の生命エネルギーに変化させているのではないか?

 もし、そうだとすれば、死者の蘇生にはそれ相応の対価が必要だろうな…。

 

「やっぱ、そっかー。そうだよなー」

 ナルトが一人で納得したので、リッカは何も言わず他の花も甦らせていった。

 さすがに術を使い過ぎだと思い、リッカに声をかける。

「リッカ、もう…」

 リッカは「はい」と言って立ち上がろうとしたが、そのまま崩れ落ち、オレは倒れないように抱き止めてやるしかできなかった。遅かったか…。

 

「ごめんなさい…」リッカは消えそうな声で謝った。

「いや、あれだけ術をさせた後だったんだ。もう少し早く止めるべきだった。すまん」

 

 そうだ、オレが来る前からナルト達に術を教え、さらにコピーするために多くの術をさせた時点で既にかなりのチャクラを使っていたのだろう。そこにあの術だ…。

 心配そうに覗きこむ三人に言う。

「オレはリッカを連れて帰るから、お前らも適当に帰りなさい」

 



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第十三話 告白

 リッカをベッドに寝かせてから、横にある椅子に背もたれを前にして座り、話かけた。

「やらせておいて言うのもなんだけどな…、さっきの術は、あんな頻繁にやっちゃいけないんじゃないか?」

 

 リッカは、少し驚いたように目を見開いたが、微笑みながら言った。

「カカシ先生は並外れた洞察力と、過去の経験から、物事の本質を見抜く力があるのだと思いますが、ナルトさんは…、なんて言っていいのか…、すごいですね」

 

「ハハハ。そうだな、ナルトのあれは…、まっ、本能だろうな!」

 

 クスクスと笑ってから、天井を見つめ、リッカは言った。

 

「お気付きだと思いますが…、あの術は、通常の精神・身体エネルギーで練ったチャクラに、術者の生命エネルギーも練り込むんです。そうすると、それはニュートラルな新しい生命エネルギーとなって、チャクラを媒体にして対象に与える事ができるようになるんです。 生命エネルギー、生命エネルギーを変化させる為のチャクラ、媒体にするチャクラ、それぞれ必要になって、それで、普通の忍術以上に疲労してしまうんです。お母様は玄冬転生の術と呼んでいました」

 

 やはりか…。術者の生命エネルギーを練り込むという事は、術者はその時、僅かでも死に近づいているという事だ…。

 

 リッカは懐かしむように微笑んで話を続けた。

「お母様は王宮の庭で、お花や小鳥を治しながら教えてくれました。精神・身体エネルギーと比べたらかなりの時間が必要ですが、生命エネルギーも復活するので、あの頃はとても素晴らしい術だと思っていました」

「過度に使わなかったらいいのかな…?」

 

 

「先生…」不意にリッカの緑の瞳に悲しい影が宿り、ささやくように言った。

「ん?」

「人の命を奪う重さに堪えられるのは、それが大切なものを守る為だから…って思えるから、なんですよね?」

「そうだね…」

「じゃあ、守りたかった大切な人の命を奪った重さは…、罪は…、どうしたら…」

「…それは、兄上の…こと?」

 

 オレの声はひどくかすれていた。

 リンの今際の際が思い出されたからだ…。

 リッカが何を言おうとしているのか、推し量る事はできなかったが、オレはひどく動揺していた。

 

「いいえ、兄様達は…、私にとっては大切な人ではなく、脅威でしかなかったです。…それでも、殺したかったわけじゃなかったですけど…」

「…そうだね、あの時は、オレも生け捕りにする余裕は無かったからなぁ…」

 そして、尋ねずにはいられなかった…。

「じゃぁ…、リッカの言う大切な人って…」

 

「私のお母様は、弟の出産時に亡くなったのではありません。正確には…、弟が生まれた日の夜に亡くなりました。私と弟の命と引き換えに…」

「それは…、その転生の術で…?」

 

「はい」そう言って、目を閉じて頷くと、涙が一筋こぼれた。

 

 

 

 リッカは静かに、その日の事を話し出した。

 

 

 弟タイガが生まれた日、リッカは嬉しくて、弟の部屋でずっと顔を眺めていた。

 

 王家では王子王女が生まれると、直ぐに乳母が育てる仕来りがあり、この時も、王妃は隣の部屋で休み、タイガの部屋には乳母とリッカの三人だけだった。

 この乳母は元々王妃の侍女で、リッカも懐いていたので誰も心配しておらず、ヒイラギも傍には居なかった。

 

 夕食の後もタイガの部屋で過ごし、乳母が弟に人口乳を与えるのを見ながら、乳母のいれたお茶を飲んだ。

 突如、呼吸ができなくなり、嘔吐し、訳がわからずに乳母に助けを求めた。

 リッカのその様子を見て、乳母は自ら小瓶をあおり、血を吐き倒れた。

 それを見てやっと気付く。

 乳母に毒を盛られたのだと…。

 

 リッカはもがきながら弟のベッドを覗き込んだ。

 タイガは嘔吐物にまみれて、既に息をしていないように見える…。

 「お母様に知らせなくては」そう思ったリッカは、血を吐きながら這うようにして、隣の部屋へとなんとか辿り着いた。

 

 リッカの様子に驚いた王妃はすぐに転生の術で治療するが、リッカが瀕死を脱したところで「タイガが」と繰り返し訴えるリッカを残し、弟の部屋へと駆け込んだ。

 

 ちょうど国王も部屋を訪れ、二人の争う声がリッカにも聞こえる。

 

「子供など其方が居ればいくらでもまたもうけられる。諦めよ!」

 その後の言葉は意識が遠のいて聞こえなかった…。

 

 

 意識が戻った時には、既に数日が経っていた。

 傍にヒイラギが居り、タイガは助かったが、王妃は助からなかったと教えられた。

 おかしい、タイガはあの時、既に息が無いように見えたし、母は毒を飲まされてはいない。

 ヒイラギも知らない事実がある筈だ。

 そう思ったリッカは、動けるようになると、密かに王妃の自室に行き、古い巻物を読み漁った。

 

 

 

 リッカは全てを理解した。

 

 

 母が玄冬転生の術と呼んでいたものは、亡国の山里で暮らしていた母の一族秘伝の術だった。

 

 一族は昔また別の国に住んでいた。

 そこでは血継限界を持つ血族は忌み嫌われていた。

 

 その迫害から逃れるように、一部の親族だけで他国の山奥に移り住んだ。

 皮肉な事に、血継限界を持つ親族だけで移り住んだ為、その後、血はより一層濃くなる結果となる。

 

 移り住んだ山里は冬がとても厳しく、元々は雪害などで被害を受けた作物を治療する為に開発された術だった。

 雪深い里では、冬は人も自然もエネルギーを充填する季節であり、山里に住まう人々が自らの充填した生命エネルギーを、自然に還元する術として完成させたのだ。

 

 それがいつからか、人間にも応用できる事がわかり、一族以外との交流をできる限り避け忍医を呼ぶ事が少なかった人々は、医療忍術の代わりとして使うようになったのだ。

 

 傷付いた細胞や、死んだ細胞を、その細胞の持つ記憶から、傷付く前の状態で復活させることができる万能の治療術である。

 が、術者の負担は一般的な忍術の数倍以上で、生命エネルギーを消費し尽くせば、術者は死亡するリスクもある。

 

 術者の生命エネルギーが尽きるまでなら複数回行う事も可能、休息により生命エネルギーが復活すれば何度でも行う事も可能である。

 

 但し、死者の蘇生には短時間の制限がある事と、人一人分の生命エネルギーが必要なうえ、一度の転生術で蘇生しなければ成功しない。

 よって、術者の全ての生命エネルギーを使う=術者は死亡する事でのみ蘇生できる。

 

 しかし例外的に、生まれたばかりの赤子は生命力が乏しく、蘇生に必要な生命エネルギーが少ない為、術者が生命エネルギーを使い切る前に蘇生する事も多い。

 

 

 

 全てを理解したリッカは、母の一族と、その術に関する巻物を全て燃やし、灰にした。

 

 

 

「あの時、お母様が私を先に治療していなければ、お母様もタイガも両方助かった可能性が高かったのです…、私がお母様を殺した。私が父から妃を奪い、弟から母を奪った…」

 

「違うよ、リッカ…。お前を治療してなかったら、お前が死んでたんだ」

 

「私は死んで当然だったんです! あの時、一緒に居たのに、乳母のやろうとしていることに気付けなかった…。弟を守れなかった」

 

「リッカ…、お前は悪くない。悪いのは乳母だ。お母さんはお前を愛してたから、お前を死なせたくなかったんだよ」

 

「私はお母様の命を奪った罪を背負って生きていかなきゃいけないんです! 愛してたのなら…、どうして私にこんな罪を背負わせたの!?」

 

 オレは胸をえぐられるような衝撃を受けた。

 

 やはり、この子の心の奥の苦悩は、オレと同じ種のものだったのだ。

 

 リッカは直接手にかけた訳ではない。

 だが、何より守りたいと思った大切な仲間を、心ならずも手にかけたオレと同じ様に、もがき苦しんでいたのだった…。

 

 

「私が死ぬべきだった、そう思うのに…、兄様に殺意を向けられた時に…、あの時の、苦しかった記憶が蘇って…、怖くて、死にたくないって思って…、兄様も殺してしまった…。私は、私一人が生きる為だけに、一体何人の命を奪って生きていかないといけないの…」

 

 そうか…、あの収容所で震えていた時、リッカは兄を殺めてしまった事だけではなく、それに結び付けて母親が死んだ事も思い出していたのか…。

 

 オレにはまだ「リンの想い、リンが命を懸けて守りたかった里は守れた」という心の逃げ場があった。

 しかしこの子は、大好きな母親も、脅威でしかなかった兄も、すべて自分の命と引き換えの為だけに殺めたと解釈して、自分を責め続けているのだ。

 

 とめどなく溢れる涙を隠すように、リッカは両方の手で顔を覆った。

 

 オレはリッカの気持ちが痛いほど理解できただけに、何も言えず、ただ、涙で顔に張り付く黒髪を、そっと、とかしてやるしかできなかった。

 

 

 リンはあの時、オレがリンの命を奪った罪を背負って生きていくことを考えたのだろうか…。

 …きっと考えただろう。

 考えても、なお、オレが乗り越えると信じて、未来を託してくれたのだと思いたい。

 

 そうだとしたら、リッカの母親も同じはずだ。

 

「リッカ…、それでもやっぱり、お母さんはお前に生きて欲しかったんだよ。お前が優しい子だから、きっと苦しむ事もわかっていた。それでも生きて欲しかった。それ程、リッカを愛していたんだね。…だから、死ぬべきだったなんて、考えちゃいけないよ。お母さんが託してくれたお前の未来を、人生を、精一杯生きなきゃいけない」

 オレがそう言うと、リッカは声にならない嗚咽を漏らした。

 

 

 暫くし、一呼吸してからリッカは静かに言った。

「先生…、ありがとうございます。ごめんなさい…、先生には関係ないことなのに…」

「いや、いいんだよ?」 …ま、全く関係ないって事もないしね。

 

「私、木ノ葉に来たのは戦争を止めたかったからだって言いましたが、本当は…、お父様やタイガを見ているのが辛かったから…、なのかも知れないです」

 

 恐らくリッカは、父親の言葉にも傷付いているのだ。

 国王が「諦めよ」と言ったのは息のあったリッカの事ではなく、既に息を引き取っていた弟の事なのだろう。

 しかし、リッカには同じに聞こえたのだ。

 

 王妃が無事であれば、子供などこれからいくらでものぞめる。

 確かにそうだ。

 だが、子供から見たら父親は唯一人だ。

 その唯一人の父親に、替えなどいくらでもいる、と言われたのと同じに捉えたのだ。

 父親にとって自分は、娘の「リッカ」ではなく、王位継承者の一人「王女」だったのだと…。

 

 いつかオレが話した波の国での話に、リッカはナルトが少し羨ましいと言った。

 

 リッカは「忍」ではないが、「王女」である自分も、それに照らし合わせていたのだろう。

そして、「そんな生き方は嫌だ」と言ったナルトの、素直さ、潔さを

 「オレはオレの忍道を行く」と言ったナルトの強さを、リッカは羨ましいと言ったのだ。

 オレはようやく理解した。

 

 

 リッカの緑の瞳はまだ濡れていたが、何かを思い出したように微笑んで言った。

「だからかなぁ…。私、あの旅が本当に幸せだったんです」

 

 例え偽りのリッカであっても、「王女」ではなく、「リッカ」で居られた事が嬉しかったのだろう。

 …だから、「リッカ」と呼ばれることを喜んでいたのか…。

 

「先生…、私、木ノ葉に来られて良かったです。お友達もできたし…、それに、国ではこんな自分の本当の気持ち、話した事なかったですから…」

「そうだね、国ではどうしても子供じゃいられない立場なのかも知れないけど、木ノ葉にいる間は年相応に子供でいたらいいんだよ」

 

 話し疲れたのだろう、リッカは眠りに落ちそうになりながら話し続ける。

「お母様の事も、先生に話して良かった…。でもね、先生…。タイガには大きくなっても、転生術の事も、お母様の死の真相も話しません…。あの子にはあんな辛い思いさせたくない…、私一人で十分です」

 

 もうほとんど眠りながら、独り言のようにささやいた。

「…だから、先生も…、私の前では絶対…、死んじゃダメですよ…」

 

 

 母にどうして罪を背負わせたの?と言っていたのに、オレが目の前で死んだら、転生術で蘇生してしまうって事なんだろう…。

お母さんの気持ちも、ちゃんとわかってるんじゃないか…。

 

 

 リッカの想いに気付いていなかった、と言えば嘘になる。

 旅の途中から、ナルト達へとも違う、オレへの特別な感情に気付いてはいた。

 しかし、気付いていたと言って、どうしてやることもできない。

 そのうち、時が解決してくれるだろう…。 としか言えない…。

 

 

 しかし、困ったな…。

 死にに行くつもりはないと火影様には言ったが、最悪の事態も考えなければいけないと思われる。

 万が一そうなった場合に、そこにリッカがいたら、本当に術を使ってしまう可能性もある。

 対策を練らないとな…。

 

 オレはそんな事を考えながら、リッカの濡れたままの頬を拭って布団をかけてやった。

 

 この小さな肩に王女として国の命運を背負い、娘として両親への悲しい想いを抱える少女。

 いつか、この子を支え、共に歩んでくれる人が現れる筈だ…。

 幼い恋の為に、オレの命と引き換えに死なせていい訳がない。

 



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第十四話 脱走

 翌日夜になって、火影様からの召集があった。

 情報収集にあたっていた部隊からの一次報告があったようだ。

 

 オレは支度を終わらせ、まだベッドで寝込むリッカに聞いた。

「大丈夫か?なんならサクラ呼ぼうか?」

 

 まだ立ち上がるのが精一杯、という感じなので、目を離しても大丈夫だろうと判断したが、そういう状態のリッカを一人残して行くのが少し気になったのだ。

 

「大丈夫ですよ。お部屋の中ならなんとか動けますし、それにこんな夜にサクラさんに来ていただいては申し訳ないです」

 …まったくこの子は、いつも他人の事ばかり気にしてるなー。

 

「そうだね。じゃー、あまり無理しないよーにね」

 そう言って部屋を出ていこうとした瞬間、リッカが呼び止めた。

「カカシ先生!」

 オレが振り返ると、少し戸惑った顔をして

「あ、いえ…、…いってらっしゃい!」と微笑んだ。

「うん、行ってくるね!」

 そう言ってオレは部屋を出た。

 

 移動しながらオレはリッカの様子を思い返していた。

 …まさか、ね。

 ま、早く切り上げて帰った方が良さそうだな…。

 

 まだ調査二日目ということもあり、各部隊からの報告はそれほど重要なものは無く、途中経過ばかりだった。

 杜の国の内偵に向かった部隊も、まだ到着もしていない筈なので、報告は無い。

 引き続きの調査をお願いして、さっさと帰ろうとしたが、火影様に呼び止められた。

 

「カカシ、気は変わってはおらんのか?」

「は、変わっておりません」

「…そうか」

 話が長くなりそうな気配を察知して、遮って言った。

「申し訳ありません、少し気掛かりなので失礼します」

 オレが今気掛かりと言えばリッカの事しかない。

 火影様もそれをわかっているので、これ以上は引き止めないだろう。

 礼をしておいて、家へと急ぐ。

 

 しかし、というか、案の定というか、部屋にリッカは居なかった。

 …やれやれ。

 代わりに机に小さな紙が置かれていた。

 

「お世話になりながら黙って出て行く無礼をお許しください。

 お世話になりました。ありがとうございます。

 カカシ先生、どうか御身お大事になさってください。

 追伸 急ぎ、襲撃への備えを固めてください」

 

 女の子らしい文字と文面とのギャップに少し微笑んでしまうが…。

 困ったね…。あの身体じゃ、まず里からも出られないだろうに…。

 

 

 高い建物を飛び移りながらリッカを探すと、驚く事にあうんの門までは来ていた。

 

 しかし、夜は門が閉ざされているのだ。それを予想してなかったんだな…。

 全快していれば飛び越える事もできただろうが…今の状態じゃ無理だ。

 

 暫く様子を見ていたが、リッカが塀を駆け上がり始めたので行くしかなかった。

 案の定、中程を越えたところでグラリと揺れ、落ちてきた。

 

 オレが受け止めると、驚いて声をあげる。

 

「カカシ先生!!」

 

「キミ無茶しすぎでしょー…」

 

「お願いです!行かせてくださいっ」

「何焦ってるのか知らないけど、そんな身体で里の外に出ても、刺客や夜盗どころか野犬に襲われて終わりだよ…」

「でも、行かなきゃ! 行かなきゃいけないんです! 先生、お願いです!」

 

 リッカは抱き止めたままだったオレの胸にしがみついて、泣きながら訴えた…。

 落ち着かせようと背中をポンポンと叩きながら、オレは答える。

 

「帰国させてもらえるように、火影様には言ってあるから…。でも、こんな身体じゃ無理だって、自分でも分かるでしょー…」

 

「でも!でも!…わぁぁぁぁぁ」

 

 泣き止まないリッカを抱いたまま、オレは塀にもたれかかった。

 

 …無理だと分かっていても出て行かなきゃいけない…か。何がそこまでさせる…?

 

 

 暫くそのままでいたが、リッカが次第に静かになったので声をかけた。

 

「とりあえず、今日は帰ろう…」

 

 返事が無いので覗きこむと、眠ってしまっていた…。

 

 元々立ち上がるのがやっとだった筈、それがここまで歩いて来て、塀を上ろうとした。

 塀を上るにもチャクラを使うわけだから更に体力を消耗しただろう…。

 そしてあれだけ泣いたらね…。

 泣き疲れて寝ちゃったか…。

 起こさないようにそーっと立ち上がって連れ帰る。

 

 なんか…この子、こればっかりな気がするなー…。

 この短い期間で、無茶をして気を失ってオレが運ぶ…、これが何回あっただろう…。

 

 そんな事を考えながらベッドに下ろそうとした、が…、しっかりとオレのベストを掴んでいて離れない…。

 

 これは、困った…。

 

 色々試みたがどうやら無理らしいと諦め、そのまま床に座りベッドにもたれて、オレが使っている布団を引っ張りあげた。

 

 いくらオレが忍で、どんな状態であっても仮眠が取れるとはいえ…

 流石にこの状況では無理でしょー。ま、仕方ないか…。

 

 オレは火影様の言われた言葉を思い出していた。

 

「遠い他国の忍の話じゃ。と言って切り捨てるには…、少し関わりすぎたのォ、カカシよ。お前もそうであろう」

 

 火影様で「関わりすぎ」と言うなら…、任務を受けたあの日からほぼ一緒にいるオレはどうなるんだ…。

 

 はぁー…、まいったな…。どうしたもんかね…。

 

 

 

 腕の中で「キャ!」という小さい声がして、オレは起きた…。

 

 これで寝られる訳がないと思ったが…、しっかり寝ちゃったようだね、オレ…。

 

「やぁ、おはよー!」

「お、お、お、おはようございますっ!私…どうして」

「あぁ、あの後オレのベスト掴んだまま寝ちゃったから…。ベッドに寝かせようと思ったんだけど、離れてくれなくて…」

 

「ご、ご、ご、ごめんなさい!ごめんなさいっ!」

 リッカは真っ赤になって何度も謝った。

 

「いやいや、いいよ。もう脱走しないって約束してくれたら、それでいい」

「ごめんなさい…」今度は消え入りそうに謝る。

 

「ハハハ。まぁ、オレも帰国の事は触れないようにしてたから、それで無茶させたのもあると思うしね。火影様にはきちんと話してあるから、もう無茶しないでよ?無茶すると回復が遅れて余計出発が遅れるんだからね?」

「わかりました…」

「じゃあ、昨日無理しちゃった分、今日は一日寝てること!いいね?」

「はい」と言って、リッカは素直に布団に潜り込んだ。

 

 

 

 十分に動けるようになるまで、それから一週間かかった…。

 

 例の術に使う生命エネルギーは、精神・身体エネルギーと比べてはるかに回復に時間がかかると言っていたが、それだけではなく、恐らく最近の疲れが一気に出たのだろう。

 

 少し動ける様になると、また脱走を試みるのでは…と若干不安もあったが、オレが会議に出て留守にしてもきちんと待っていたので、さすがに無茶をしたら余計出発が遅れるという事を、やっと理解してくれたようだ…。

 

 

 その日の午後、演習場で軽く調子を見て、オレは合格にした。

 

「うん、これなら明日には出られそうだね」

「はい!ありがとうございます!」

 久しぶりに思いっきり動いて頬を上気させたリッカは、嬉しそうにそう言った。

 

「じゃぁ、今日のうちに火影様に挨拶に行っておこうか」

 



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第十五話 信頼

「そうか…、明日発つのじゃな」

火影室の机の前にリッカと並び火影様に報告をしていた。

 

「はい、長らくお世話になりました。カカシ先生には沢山ご迷惑もおかけしましたし、大変お世話になってしまいました。本当にありがとうございました」

 

「ん?」火影様が少し疑問を持ってしまった…。

 

「カカシ先生だけじゃなく、先生が監視任務に就いている間、火影様やナルトさん達にもご迷惑を」

 

リッカの言葉を遮って火影様がオレに尋ねる。

「カカシ、お前この子に言っておらんのか?」

「はぁ」

 

「え?」リッカが不思議そうにオレを見上げる。

 

「カカシはのォ、お前と一緒に杜の国に向かうと言って聞かんのじゃ」

 

「え!? どうしてそんな事を!?」

 

「どうしてって、お前はオレを連れて帰ることが、戦争を避ける最善の方法だと思ったんだよね? オレも同じだ。だから一緒に行く。それだけだ」

 

「違うんです!あの時は確かにそう思ったけど、でも、違ったんです!」

 

瞳いっぱいに涙を溜めてリッカは言った。

「火影様!カカシ先生を止めてください!」

 

「ふーむ。一度は止めたがのォ、それで聞く奴では…ないんじゃ。お前らは二人ともよう似とる。一度言い出したら聞かん…」

オレをジロリと睨みながら言う…。

 

「そんな…」

俯いたリッカの瞳から床に涙がこぼれ落ちた…。

 

 

「リッカ、違うって言うのは何が違うんだ?」

「それは…」

 

オレは思い当たる事を聞いてみた。

「ヒイラギ君の言ってた、お前が此処に居る事が火種になるって事なんじゃないか?」

 

俯いたまま何も言わないリッカにオレは言葉を続ける。

「リッカ、人に頼らず一人で頑張ろうとするのは…、お前の良い所でもあるけど、悪い所でもあるんだぞ?」

 

「カカシ…」火影様は言葉が過ぎると言いたげだが、これは言わないといけない。

 

「悪い所って言うのは言い過ぎだな、…すまん。 確かに、お前の境遇を考えればそうやって一人で背負い込もうとするのは仕方ないのかも知れない。でもな、何でも一人でやろうとするのは、周りの人を信じて無いって事にもなるんだよ」

 

「そんなこと…」悲しそうに首を振る。

 

 

「信頼って言葉は、信じて頼る、頼りになると信じる、そういう事だろ? お前が誰にも頼れないというのは、誰も信じられないと言ってるのと同じになってしまわないか? オレがお前を預かる事になった時に、お前が言ったんだよ。火影様がオレを信頼しているからだって…。いくら火影様でも、お一人で里を全部守れるわけじゃないんだ。だから」

 

オレの言葉を遮ったのはリッカだった。

 

「火影は里の者を皆家族として信じ、里の者は火影を父として信じる。 弟子は師を信じ、師は弟子を信じる…」

まるで学校で教わる心得を暗唱するように言った。

 

それを聞いて火影様は温かく微笑み、大きく頷かれた。

 

「ま、そういうことだ! オレや火影様にとってお前は木ノ葉の仲間と同じなんだよ。だからもう、お前一人で背負い込まなくていいんだよ?」

 

オレがそう言うと、リッカの瞳からは大粒の涙が溢れだし、泣き笑いしながら言った。

 

 

「私も…、木ノ葉に生まれたかった…」

 

 

彼女がずっと言えなかった、いや、絶対に言ってはいけないと思っていた本音なのだろう…。オレは何も言えず、いつものように頭を撫でてやるしかできなかった…。

 

暫くの沈黙の後、ようやくリッカは話し始めた。

 

「私がバカだったんです…。ヒイラギに言われるまで気付きませんでした…。もしかしたらあの男は最初から、私がカカシ先生を連れて帰れるなんて考えてなかったんじゃないかと…。 私が失敗して木ノ葉に拘束されれば、杜の国には木ノ葉を襲撃する理由ができます。最初からそれが目的だったのでは…と、やっと気付きました。 だって…、よく考えたらおかしいんです。カカシ先生はとても優秀な忍です。いくらあの男の計画が綿密でも、私が騙し通せる訳がないんです。 きっと、失敗する事まで計画だったんです。だから、カカシ先生は杜の国に行く理由は無いのです。私が木ノ葉を出れば…」

 

「よくそこまで気付いたね」オレは心から感心して言った。

 

するとリッカは少し驚いた顔でオレを見上げる。

「え!?じゃぁ、先生も、気付いて…?」

 

「そうだね、最初にリッカの話を聞いた時にそう思ったかな。でも、リッカが今言った事はほんの一部だと思うよ。これは何重にも張られた罠なんだよ」

 

「何重にも…?」

 

茫然とした顔で尋ねる。当たり前だ、ヒイラギのあの一言だけで「失敗するまでが計画」だと、自分で気付いただけでも十分聡い子だ。

 

 

「あのね、まず…、リッカがオレを連れて帰る事に成功する。これは確率的にはすごく低い。しかしゼロじゃない。という事は、それでもその男の目的は最低限達成できる筈なんだ。だから、その男は最悪でもオレをどうにかしたいと考えてるんだろうね。 でもその男の目的は、オレだけじゃなく木ノ葉の襲撃も一つなんだろう。だから、出来ればリッカの帰国任務が失敗するように仕向けたんだ。 まずリッカの言ったように、オレが気付いてお前を拘束する事も一つ。それに兄上達の襲撃もその男が絡んでいると見ていいだろう。これも暗殺が失敗すると予想していた筈だ。 オレを知っているという事はオレの力量も知っているだろう。リッカの性格を知っていれば助太刀する可能性も読んでいたかも知れない…。 一人逃がした奴がいたよね。ヒイラギ君が言うには、そいつが国に帰って王子は木ノ葉の忍に殺害されたと報告したと…。そいつは男の手の者なのかも知れないね。 暗殺が失敗して返り討ちにあう…、これで完成だ。前王妃派には、木ノ葉の忍が王子を殺害した。という事実ができ、新王妃派には、木ノ葉が王女を拘束した。という事実ができる。両派閥とも木ノ葉襲撃に乗らざるを得ない」

 

「オレはそう考えている」

 

「恐らくそうであろうな」火影様も同意した。

 

「そんな…。お父様はどうして、何も…」

 

「ヒイラギ君が来た事を考えると、お父上でも止められない所まで行ってしまってるんだろうね」

 

「どういう事ですか?」

 

「うーん、ヒイラギ君はリッカが任務を依頼するときに言ってた子守でしょ?あれがヒイラギ君の事だとしたら、今は弟君についてるはずだ。リッカの身柄が木ノ葉にあって、兄上二人いなくなった今となっては、国内にいる唯一の王の子でしょ?その護衛にあたっている者を遠い木ノ葉まで向かわせたんだから、余程切羽詰まっての事だと思うよ。お父上は自分の手で止められないから、せめてリッカを帰国させて新王妃派を抑えたかったんじゃないかな…。そして、お前を任せられるのはヒイラギ君しかいないと考えたんだ。お父上は余程ヒイラギ君を信頼しているんだね」

 

逆に言えば、もう国王が頼れるのはヒイラギ君だけなのでは…とも考えられたが、それはリッカには話さない方がいいだろう…。

 

「そんな…、私…全然わかってなかった…」

 

「仕方ないよ…」それしか言えなかった…。

 

いくら賢い子だといっても、こんな手の込んだ悪質な計画を見抜くには純粋過ぎるし、経験も足らない。でも、それを今リッカに言ったところで何にもならない…。

 

オレはそんなリッカの性格を逆手に取って利用した男に、心底怒りを感じていた。

 

 

「でも、じゃあ、やっぱりカカシ先生が杜の国に行く必要はない、って事ですよね?」

リッカが思い出したように言った。

 

「いや、行くよ」

あっさりと答えるが、リッカは納得できないようだ。

 

「どうしてですか!?私が帰って新王妃派を抑えたら、前王妃派も引いてくれるかも」

 

「うん、そうだね、それも期待したい。でも、リッカ一人で帰ったら、今度こそ消されるかも知れない。木ノ葉に拘束されている事にする為にね。 それに、男の最低限の目的がオレである事は確かだ。その男が誰なのか知らないといけないし、もしオレが行く事で襲撃が無くなる可能性が僅かでもあるなら、オレは行くよ」

 

「ダメです!杜の国の問題でカカシ先生や木ノ葉にこれ以上ご迷惑はかけられません!」

 

「リッカ!それが間違ってるんだよ!」

 

いつになく強い口調になってしまい、リッカはビクッとした。

 

「いいか?これは杜の国の問題にオレや木ノ葉が巻き込まれてるんじゃない。逆なんだよ。オレとその男の問題であり、木ノ葉の問題に杜の国が巻き込まれてるんだ」

 

オレは一呼吸置いて続けた。

 

「杜の国にいるその男は木ノ葉の忍、いや元忍に間違いない」

 

「…木ノ葉の忍?」リッカが茫然と呟いた。

 

火影様も大きく頷く。

 

「どうして木ノ葉の忍がカカシ先生を狙ったり…、木ノ葉の襲撃なんて…」

 

リッカのその呟きには火影様が答えた。

「人と人というのは不思議なものでな、人が当たり前の事をしてもそれを感謝し死ぬまで恩を忘れんこともあれば、些細な事をすれ違って死ぬまで恨むこともある…。言葉にしろ行動にしろ、やった方と受け止めた方が全く違う重さに捉える事はよくある。何を恨んでおるのかわからんからの、カカシはその男に会いたいと思っとるんじゃろう」

 

今度はオレが頷く番だった。

 

「だからな、これは元から木ノ葉の中の問題なんだ。お前が責任を感じて無理に帰国する事はない。もしお前が望むなら、帰国せず木ノ葉に残っていいんだよ?」

 

先程まで泣いていた瞳にもう涙はなく、代わりに強い意志を感じる光を宿して答えた。

 

「私が木ノ葉に残ると言っても、カカシ先生は行くんですよね?」

 

「そうだね」

 

「だったら私も行きます。カカシ先生とあの男の問題であっても、動くのは私の国の忍で、そうさせてしまう責任は私やお父様にありますから。ですから、カカシ先生もお一人で背負い込まないでくださいね」

 

最後のはいたずらっぽく笑いながら言った…。まいったね、どーも…。

 

「フォッホッホッ!やはり、お前らはよう似とるわ」

 

 

「師は弟子を信じるですよ!きっと私にもできる事がある筈です」

 

「…弟子? オレ、キミの師匠になった覚えは…」

 

「確かに術や学問を教えて頂いてるわけじゃないですけど、もっと大事な事を教えて頂いてます。だから先生って呼んでるんですよ?」

 

「あれ?うちの班の奴等がそう呼ぶからじゃないの?」

 

「違いますよ?あの時ですよ!ほら、旅でナルトさんがスリに遭った時に先生が」

 

火影様の目が厳しくなった…。マズイ…。

 

「ナルトがスリに遭っただと?ワシは聞いておらんぞ?」

 

「ハハハ…、申し訳ありません…。リッカの事があって、すっかり忘れていました」

 

口元に両手を当てて慌てるリッカを、オレは恨めしそうに半眼で見てやった…。

 

「まぁ良いわ、アイツも成長したかと思ったが、まだまだじゃのォ」

 

 

「そうじゃ、カカシよ。明日発つのは了承した。が、これは第七班の任務とする。よって、三人も連れていけ。これは命令じゃ」

 

「しかし、奴等にはまだ危険」

 

「しかしもかかしも無いわ!三人には既に伝えてある。それと、暗部からも二個小隊行かせる。お前らの為ではないぞ?元来、抜け忍の捜索は暗部の領域じゃからのォ。お前は死にに行くつもりは無いと言ったのだ、必ず全員で帰って来い」

 

お前達の為では無いと言っても、案じられての事だと感じ取れた。ナルト達を連れて行けというのも、必ず生きて帰れという事なのだろう…。

 

「承知しました。必ず全員で戻ります」

 

「うむ。暗部との連携は勝手がわかっておろう、お前が指揮を執れ。後は、リッカ、お前は忍具を持っておらんだろう。此処の倉庫にあるものから必要な物は何でも持っていきなさい。カカシ、一緒に行って見てやれ」

 

「「ありがとうございます!」」

 オレとリッカは声を揃えてそう言った。

 



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第十六話 再出発

翌朝、出発するオレ達を火影様があうんの門まで見送りに来てくださった。

「リッカ、お前もワシの家族の一人じゃ。全部終わったらいつでも木ノ葉に帰って来い」

「はい、ありがとうございます!」

「じいちゃん、任せとけってばよ!リッカはオレがぜってー守ってやっから!」

「ナルト…、お前はまず…、スリに気を付けるんじゃぞ」

「な、な、な、なに言ってんだってばよー」

 

焦りまくるナルトに、リッカは顔の前で両手を合わせて謝っている…。

 

「ハハハ…。ま!今回は街に立ち寄る暇は無いですから、大丈夫ですよ! なっ!」

苦笑いしながら、頬を膨らませるナルトの頭をグリグリしておいて

「それでは火影様、行って参ります」

 

「うむ」火影様は目を細め、それ以上は何も言わなかった。

 

「行ってくるってばよー!」

「「「行ってきます」」」

 

暗部は第七班とは少し距離をおき行動することになっているので、顔ぶれとしてはひと月あまり前のあの旅立ちと変わらない。

変わっているのは今回リッカも忍として行動するので、前回とは速度が全く違う事。そしてそのリッカの腰には諸刃の短剣が左右一本ずつある事だった。

 

この短剣を選ぶのに随分と時間がかかった。

リッカが満足するものがなかなか無かったのだ…。

忍の中には手裏剣やクナイに拘りを持つ者もいるが、刀剣使いの比ではないだろう。用途は刺突なのか、斬撃なのか、刀身の長さ、重さなどなど…。

 

そもそも武器庫には大人の忍が使用する武器が保管してあるので、まだ幼いリッカにとっては抜ける刀自体少なかったのだろう。なんとか許容範囲内のものを探しだし持って来ていたが、できればそれを使わずに国に帰してやりたいとオレは考えていた。

 

 

その考えが甘い事に、火の国の国境を越えた所で早くも気付かされる事になる。

 

オレは人の気配を感じ、全員に止まれと合図した。

 

男は刀を持って立っていた。

 

その刀は短刀よりはやや長く、一般的な忍者刀よりは短い…。リッカが昨日探していたものとちょうど一致する。

 

 

「先生、アイツなんなんだってばよ!」

 

やる気満々のナルトを制して言う。

「向こうがその気ならあんな堂々と待ってないよ。…お前じゃないんだから」

 

「でも刀持ってるぜ?」

 

それに答えたのはリッカだった。

「あれは私の刀です」

 

そう言い、男、ヒイラギの方へ声をかける。

「ヒイラギ!ここで何をしてるの?」

 

「可笑しな質問をされる。私が動くのは陛下のご命令のみ」

 

「わかってる、言われなくても帰るわ。邪魔しないで!」

 

「邪魔など致しません。しかしそのような慣れない物では、この先無事帰ることができるか…。これをお使いください」

 

そう言ってヒイラギはリッカに刀を差し出した。

 

「あ、ありがとう…」

リッカは困惑しながらも受け取るが、オレは尋ねた。

 

「この前はそれ持ってなかったよね?その得物じゃないと、この先無事に帰れないと言うのは、ちょっと聞き捨てならないね…。お前、何か知ってるのか?」

 

「どういう事なの?カカシ先生には木ノ葉襲撃計画がある事も全部話してあるわ。説明して!」

 

リッカのこの言葉に彼はまた表情を僅かに動かした。一体どういう感情なんだろう…。

 

 

そして彼は、リッカではなく、オレに向かって答えた。

 

「国からの知らせによると、既に襲撃部隊の出撃準備はでき、何時でも出られる状態だと。このまま行けば、途中で鉢合わせる可能性が高い。部隊の中には一部の重臣より、騒乱に紛れてリッカ様暗殺の密命を帯びている者もいる筈だ。」

 

「私の暗殺はどうでもいい。そんな事より…、止めないと…戦争になってしまう」

リッカはそう言って、唇をかみしめ、刀をギュッと握った。

 

「ま、想定はしてたが…、それでヒイラギ、お前はどうするんだ?」

 

「他国の忍に説明する義務はない」

 

…いちいち突っかかるね、コイツは…。

 

「ヒイラギ!失礼よ! 私達は国に向かってるの。あなたもお父様の命令で私を迎えに来たのなら、それで問題ない筈よ? 気に入らないなら先に帰ればいいわ!」

 

「私は貴女を無事に帰国させなくては意味がありません」

 

素直じゃないね、まったく…。オレが折れるしか無いのか…。

 

「りょーかい!姫の護衛って事なら、一緒に行ったらいいよ」

 

「同行はしない。後ろに付かせて貰う。他の隊も居るようだから、お前達とその部隊の間なら問題無いだろう」

 

問題有るか無いか判断するのはコッチだけどね…。でも、ま、暗部にも気付いていたとは流石だね。どこかで身を潜めて聞いているであろう暗部連中も驚いただろう…。

 

確かに、他国の忍に後ろでウロチョロされては連中も気に入らないだろうから、妥当なところではある。

 

「わかった、それなら構わん」

 

 

 

こちらのピリピリムードとは反してサクラは相変わらずだった。

 

「ちょっと!あのイケメン誰?」リッカを肘でつつきながら聞いている。

 

「ヒイラギと言います。私の護衛件、忍術などの師でもあります」

 

「へぇー。わかったわ、アンタがサスケくん見ても動じなかったのは、あんなイケメンが身近にいたからね!」

 

「え!? サスケさんですか?私は……。いえ、何もです…」

 

「クスクス。わかってるわよー!アンタは」

 

「サクラさんっ!!」リッカが慌ててサクラの口を塞ぐ…。

 

オイオイ…、これから戦闘があるかもって聞いた直後にこの子達、何の話してるんだか…。しかもこの静寂の中、周りは皆忍だぞ…。内緒話になんか全然なってないからな…。

 

 

これは暗部連中のイライラが爆発しないうちに出発しなきゃいけない…。

 

「それじゃ、警戒しながら急ぐよ!」

 



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第十七話 衝突

その後何事もなく移動を続け、ようやく杜の国の隣国に着き、国境までもう少しと思われ、オレ達は、もしかしたらこのまま杜に辿り着けるのでは…と希望を抱いていた。

 

しかし、その希望は儚くもすぐに砕け散る。

 

火の国方面へ向かう、忍らしき気配を感じた。

木ノ葉の忍だ!杜の国の内偵に行っていた暗部だろう。

暗部の隊長が合図をすると、向こうが気付いたので合流する。

 

「杜の襲撃部隊が動きました。先鋒部隊は五個小隊、本隊は…少なくみても百人以上…若しくは二百近くいます」

 

「わかった、先鋒部隊は行かせる。お前は木ノ葉に知らせてくれ」

透かさずオレはそう応えた。

 

「ハッ!」とだけ彼は答え、火の国へ向かって駆け出した。

 

彼の焦り様からして本隊はかなりの数、百よりは二百に近いと考えた方がいいだろう。

 

「先鋒部隊を行かせるってどういう事だってばよ?止めなくていいのか?」

ナルトが尋ねてきた。

 

「今は警備レベルも引き上げてあるし、五小隊程度なら木ノ葉の警備で十分対処できる。オレ達がここで先鋒部隊とやり始めたら、本隊に感付かれるからな。問題は本隊だ…」

 

「二百となると…、下手はできませんからね」暗部の隊長も同じ意見だ。

 

少し考え、オレは決断した。

 

「ヒイラギ、来てくれ」

彼も合流したところでオレは話始める。

 

「先鋒部隊は行かせる。本隊が確認できたら、リッカとヒイラギはその中に例の男が居るか確認してくれ。居なかったらこのまま杜の国へ向かう。もし居たら…」

 

「やるのか?」聞いたのはヒイラギだ。

 

オレは頷いた。

 

「でも、もしあの男が居なかったら…、行かせてしまって大丈夫なんですか?」

リッカは自分たちが戦う心配よりも、木ノ葉の心配をしているのだ。

 

「それは里に残ってる皆に頑張ってもらうしかないね!」

オレが不安な素振りを見せる訳にはいかないので明るく言う。

 

「大丈夫でしょう」暗部の隊長も同意してくれた。が、本心はオレと同じだろう。

 

 

火影様は言った。「情報がある程度漏れていることを考えると、…被害は多少なりとも出るじゃろうな」と

しかしオレは今、本隊に男が居ない事を願っている。

ヒイラギを入れてもオレ達は十四人しかいない。それも多人数相手にできるのは、暗部の八人とオレとヒイラギ、十人だ。それで二百人近くとやりあうのは正直、多少という被害で済むのか…不安の方が大きかった。

 

…やはりなんとしても、ナルト達三人は置いてくるべきだったか…。

そう思い三人を見ると…。

 

「よっしゃー!木ノ葉には誰も行かせねーってばよ!」

とナルトはやる気満々で、サスケはニヤリと獰猛に口を歪める…。

サクラはそんな二人の様子に呆れながらも、以前の様に弱気になることはなかった。

 

…弱気になってるのはオレだけか。そうだな…、ま!やるだけだ!

 

 

オレの決心を見て取ったのか、ヒイラギが冷静に尋ねた。

「男が居なかったら行かせる。なら、居た場合はどうする?奇襲か?止めるのか?」

 

「確かに、高速で移動している多人数の部隊を、一斉に止めるのは簡単じゃない。かと言って、奇襲をかければ、こちらが戦争を仕掛けるのと同じになるからな…」

 

「じゃーさ、じゃーさ、オレが多重影分身で止めるってのは?」

ナルトがアイデアを出した…。確かに止まるかも知れんが…、とオレの考えと同じ意見を口にしたのはリッカだった。

 

「いえ、隊を止める為だけにそんなチャクラを大量に使ってしまっては、その後で戦闘になった時に…」

やはりこの子は聡い。実戦経験がほぼゼロでここまで状況判断できるとはね…。

 

少し考えている様子だったが、リッカが言葉を続ける。

「私が出ます。男が居るか居ないか判断しすぐ行動できますし、隊長クラスなら私の顔がわかる者も多いと思います」

…危険な賭けだが、それしかないか。

 

ヒイラギは反対するかと思ったが、意外にも同意した。

「私が一緒に行きましょう。少し派手目に登場すれば大丈夫でしょう」

 

「わかった、じゃ、それは二人に任せるね」

 

 

下手に移動して鉢合わせになっても困るので、場所を選び、身を潜めることにした。

短い草が生い茂り、岩が点在する、樹の無い草原だった。杜の国から木ノ葉へ向かうには此処を通るしかなく、また、草原に入るときに両側が崖の狭い道を通らなければならない。

多人数の部隊であっても其処を通る時には横に広がることが出来ず、一斉に止めるにはうってつけの場所だったのだ。

 

 

暫くして先刻の暗部の報告通り、先鋒部隊と思われる五個小隊が通り過ぎ

 …頼んだぞ、みんな! オレは遠く木ノ葉の方に向かって祈った。

 

 

リッカとヒイラギは崖の上に身を潜めているはずだ。オレでさえも何処にいるのか分からない位だから、移動してくる奴らは到底気付かないだろう。

 

オレは頭を空っぽにし、耳を澄ました…

耳と体に感じる感覚だけを研ぎ澄ませるのだ。

 

風の音と草葉が擦れる音だけが聞こえ

次第にそれすら排除し得るほど感覚が鋭敏になっていく。

 

 

 

………………

 

 

 

不意に異質な気配を感じた。

 

来た!!

 

本隊が向かう先に広がる草原、そこにクナイが投げられ、それが四方八方で爆発した。

起爆札が付けてあったのだろう。その中心にリッカとヒイラギが降り立つ。

派手目に登場すればってこういうことね…。

 

 

「止まりなさい!」リッカの凛とした声が草原に響き渡る。

二人が動いたということは男が居たということだ。

オレもリッカの隣に姿を現した。

 

 

杜の国の忍達は全員臨戦態勢だが、中にはリッカを見て明らかに驚いている者もいる。

 

そのはるか後方に男はいた。

 

 

他の揃いの忍装束とは違い、一人だけ黒いマントを羽織りフードを目深に被っていた。リッカが話した通りの姿からはオレへの強い殺気を感じる。

 

フードの中の目と目が合った。

 

しかし…、あれじゃまだ、誰かわからんな。

オレは先日の会議で暗部から提出されたリストの、名前と顔を一人ずつ思い出していた。

リストは抜け忍と、所在不明忍者のリストだった。聞いたような名前もあったが、オレに恨みを抱くほど関りがあったような者は一人も居なかった。しかし、それはオレの受け止め方であって、火影様の仰ったように、相手の受け止め方は違ったのかも知れない。

 

 

オレはこの時、気付いていなかった。暗部のリストでは厄介なのは大蛇丸のみで、他は対処に困難をきたすような術を使う忍者は居なかった。大蛇丸のやり方とは違うとみて排除していたのだが、忍としてあらゆる状況を考えておかねばいけなかったのだ…と。

 

 

リッカは胸を張り、大きく息を吸い込んでから声を張り上げた。

 

「私は杜の国第一王女リッカ。貴殿方の中には私の顔を知っている人もいるでしょう」

リッカは名乗り、隣でヒイラギはひざまずく。

 

そこら中でヒソヒソと話す声が聞こえる。

それぞれの隊長に確認する声、間違いないという声や、何故此処にという声も

その声に答えるように、リッカは後方にいるマントの男を指差しながら言葉を続ける。

 

「私はその男との盟約により、木ノ葉より戻りました。よって、木ノ葉襲撃は白紙となります。貴殿方は速やかに帰国しなさい!」

 

これにはヒソヒソがザワザワに変わっていく。

 

「私の命に従わないという者は残念ですが…、王家に仇なす者と見なし、処する!」

 

ひざまずいたままのヒイラギが得物に手をかける。

 

「もう一度だけ言います! 速やかに帰国しなさい!」

幼い少女の声とは思えないほど威厳のある声だった。

 

何人かの隊長が「ハッ」と応えてひざまずき、部下を連れて帰った。それに呼応するように同じ様にひざまずき、王女に忠誠を誓い、踵を返していった者達もいた。

 

 

…約半分か…。

 

残った者達はひざまずく事もなく、憎々しげに小さな王女を見下ろし、それぞれの武器を構え殺気をみなぎらせる。

 

反体制派であったり、前王妃派であったり、ま、そんなとこだろう…。

 

 

リッカはオレとヒイラギにしか聞こえない小さな声で言った。

「…ごめんなさい。思ってたほど帰ってくれなかった…」

「十分だ。これならいけるよ…」

オレが笑ってやると、ヒイラギも無言で頷きながら立ち上がる。

 

リッカは涙を堪えながら刀を抜き、決意を口にする。

「では、これをクーデターと見なし、王女の名のもとに制圧します!」

 

それがまるで合図であったかのように、身を潜めていたナルト達と暗部達も出てきた。

 

オレはヒイラギに言う。

「ヒイラギ!悪いがうちの三人とリッカを頼む。オレは暗部達と数を減らしてくる」

「承知!」ヒイラギは透かさず応えた。打てば響くとはこういうことだ。オレに対して良い感情を持っていないであろうヒイラギだったが、共闘するとなればそんな事は関係ない。

 

リッカに向かう集団を見つけ、オレが反応するよりも早くヒイラギが術を発する。

 

「水遁 水蛇(ミヅチ)昇天の術」

 

地面から幾筋も細い竜の姿をした水が湧き、その竜は水の槍となって敵を貫いていく。

集団は一瞬にして水と血と悲鳴に包まれた…。

これはリッカが見せてくれた術の一つだが、池の水を使ったリッカと、恐らく地下水を使っているヒイラギ、しかし、術の威力はヒイラギの方が桁違いに高かった。

更に、リッカが見せてくれた時は「敵」が居なかったからか、池から真っ直ぐ昇天するだけだったが、実はこの水の竜には追尾性があったのだ…。

さながら、贄を求める竜のようだった。

 

「何だ?」オレが見ている事に気付いたヒイラギが言った。

「いやー、キミとは戦いたくないなーと思ってね!」

「お前次第だ!」……どーいう意味なんだ? 今は考えてる暇無いな…。

「じゃー、頼んだよ」

 

 

リッカの命令に従わなかった約半数の忍達を、更に半数にし、残りは五十人を切っているだろう。オレはここまで写輪眼を使っていない。暗部の連中も小さな傷こそ負ってはいるが、全員凄まじい勢いで戦っていた。

圧倒的な人数差があっても、忍び五大国の筆頭火の国木ノ葉隠れの里と、小国杜の国ではこれほどの差がある。

あの男にとって杜の忍などただの捨て駒に過ぎないのだろう。

 

オレにどんな恨みがあるのか知らないが、…これは許される事ではない。

 

 

ふとリッカ達に目をやると、リッカとヒイラギはまさに阿吽の呼吸で戦っていた。

長年の(と言っていいのかはわからないが…)師弟コンビに言葉はいらないのだ。

リッカが向かう敵が多いと、ヒイラギが弱い術で一瞬の隙を作り、その隙にリッカが一人仕留め、返す刀でもう一人仕留める。リッカの小さな体を活かした機動力、敏捷性、的確で最小限の攻撃、どれを取っても天性の才能を感じる…。

 

ま、リッカを育てたヒイラギがまず天才なのだ。

そのヒイラギは自らの戦闘をしながらリッカのサポートもしている。

リッカを如何に大切にしているか、はっきりと見て取れた。

 

うちの三人もなかなかの成長が窺える。

しかし、サスケは少し傷が多いな。

ナルトは多少なら傷を負ってもあの九尾の治癒力があるが、サスケはサクラを守ろうとする為に少し無理をしているようだ…。あのままでは危険か…。

 

オレがサスケ達に合流しようと考えていた矢先、リッカが動いた。

リッカが例の転生術でサスケを応急処置し、その間、ヒイラギがリッカとサスケを守る。

 

ありがとな、リッカ。すまんな、ヒイラギ。

 

しかし、例の術はチャクラ消費量と疲労が半端ではない。あまり長引かせられないな。

残りの人数も少なくなり、戦いの範囲も狭まってきた。一気にいくか…。

 

 

するとそれまで傍観していたマントの男が動いた。

 

ここからは出し惜しみ無用か!

 

オレは額当てを引き上げながら、男が向かった先、リッカ達の方へ跳んだ。

 

男とリッカの間にオレが立ち塞がると男が言った。

「カカシ、あの姫様は医療忍術を使うのか、懐かしいな…」

「!?」…オレはこの声に聞き覚えがある。何処でだ?何時だった?

 

それに、リッカの掌仙術に似た術を見て懐かしいと言った…。掌仙術を使う医療忍者を懐かしいと言っているのか?その医療忍者をオレも知っていると?

 

 

ヒイラギの前でリッカの術を使う事に少しだけ申し訳なさも感じたが…、やむを得ん。

 

「風遁 散華乱舞」

 

一陣の風が吹き草原に咲いていた花を散らし、上昇気流が無数の花弁を辺りに舞い上がらせた。男はふと空を見上げる。

 

風の性質を持つ術者であれば、かなり強力な上昇気流となって、この術で落下物の落下速度を緩めることも可能だろう。本来のオレの属性とは違うので実戦での使用は難しいが、この程度なら…。

 

空を見上げた男のフードを上昇気流が煽る。

 

狙い通り、男の顔が露になり、その男は舞い散る花弁を見て

「なんだカカシ、リンの供養のつもりか?」と言った。

 

オレは男の顔を見た瞬間、その男のデータ、術が全て思い出された。

 

「全員退け!!樹の上まで退け!」

「土遁秘伝 代掻きの術!」

オレが叫ぶのと、男が叫ぶのが同時だった。

 

既に結印が済んでいた術は声と同時に発動されていた。

 



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第十八話 すれ違い

敵も味方も全員が泥土に足を取られていた。

オレの声に跳び退った者も泥土は触手のように足を捕らえた。

 

この術から退避する樹が無い草原を選んだ事が大失策だった…。

 

この男と分かっていれば此処は選ばなかった。

そういう対策を取られない為に、奴は杜の国でもひたすら名と顔を隠していたのだ…。

 

この男の名前はリストには載っていなかった…。

載っていれば、オレと接点のあったこの男を見逃す筈がない。余程綿密に計画を練っていたのだろう。

 

「タマル…、お前だったのか!」

 

既に膝まで泥に埋まったオレは、唸るようにそう言うしかなかった…。

 

「ハハハハ!オレの術を覚えていてくれたとは光栄だな」

そう言いながら、タマルは持っていた鎖鎌で、近くにいた杜の忍の首を刎ねた。

 

杜の忍達は茫然自失としていた。先程まで味方、今回の計画の参謀とまで思っていた男が、自分達をも術に嵌め同僚の首を刎ねたのだから当然だ。

 

その時、一人の杜の忍がクナイを投げた。

しかし、タマルに届く前に泥土が触手となりそれを捕らえる。

杜の忍達は驚愕していた…。

 

 

「くっそー!動けねーってばよー!」ナルトが叫んだ。

 

オレが膝まで埋まっているということは、ナルト達にしてみれば腰まで埋もれているという事になるのだろう。騒いで脱出しようともがくナルトに言い聞かせる体を取りながら、この術を知らない他の者の為に説明した。

 

「ナルト、騒ぐな。無駄に体力を消耗するだけだ。これは奴の一族秘伝の封印術で、地面を代掻き後の田んぼのように、どろどろの泥土にする。この泥は足を取られるだけじゃない。チャクラを吸い取り、更に、身体エネルギーまでじわじわ喰っていく。それに、さっき見た通り、嵌った者の僅かな動きも泥が感知していて、術者への物理攻撃は全て防御する。この泥の中で動けるのは術者のみ、嵌った者の体術、忍術、幻術、全て使用不可能とし、吸い取ったチャクラ、喰らったエネルギーは術者のものとなるんだ」

 

オレの説明を満足げに聞いていたタマルが叫んだ。

 

「そういう事だ!何をやっても無駄な事は分かっただろう。つっても、昔からの手順通りやらねぇとなあ。カカシ、この術で拘束したら…、次にどうするんだ?」

 

大戦中、何度も同じ事をやってきたオレは、絞り出すように言うしかなかった…。

「武装解除だ…」

 

そのオレの様子を見て、タマルは愉悦に浸っている。

「ハハハハ!そうだよ!まずは武装解除からだったなぁ。全員、持っている物を全部泥に落としてもらおうか!忍具パック、ホルスターも全部だ!できない奴はこうだ!」

 

そう言いながらタマルは、印を結ぶ。オレはこの術に嵌ってから左眼を閉じていたが、写輪眼でなくとも分かる、土遁・散弾岩だ…。

 

タマルが先刻クナイを投げた杜の忍に指先を向けると、チャクラ穴から、チャクラが変化した石が無数に飛んだ。例え石であっても高速で飛べば、クナイを投げられたのとさして変わらない…。正面からそれを浴びた忍は血だらけになって倒れた…。

 

「なんだよそれ!おめー卑怯じゃねーか!」

「やめろ、ナルト!いいから、言う通りにしろ」

オレはそう言いながら、バックパックを下ろし泥に沈め、忍具パックとホルスターも外し、泥土に落とした。タマルは本気だ。今はこうするしかない…。

 

それを見て全員が同じ様にした。

 

「奴が使う術は基本忍術以外たった三つしかない。拘束用の封印術である代掻きの術、さっき使ったのが土遁・散弾岩、後もう一つは土遁・大岩屑流。これは散弾岩とはケタ違いだ。術者の周囲の石、岩を砕き、広範囲に石と岩の嵐を起こす。三つしかなくても一つ目と三つ目はどちらもそれだけで戦局の流れを大きく変えるほどだった」

 

タマルが使う可能性のある術を全員に知らしめる為にオレは語った。

 

「なんとかなんねーのかよー!」

ナルトも荷物を泥に沈めたが、まだ文句を言っている。

 

「無理だ…。大戦中オレ達はこの術で敵国の忍を同じ様に嵌めてきた…。だから分かる。脱出は不可能だ」

 

泥土に嵌っていない味方がいれば希望もあったが…、今回は生憎居ない。

定石通りやっていたら、戦闘に加わらない者を周囲に潜ませているのだが…、今回は人数差を打開する為に最初から全員参加させてしまった…。これはオレの失策だ。

しかし、今更悔やんでも仕方無い事だ。指揮官としてこの失策を悔やむ暇があれば、早く打開策を見出さないと…、このままでは敵も味方も皆殺しだ…。

 

 

「そんなきたねー術聞いた事ねーってばよー!」納得できないナルトが叫ぶ。

 

「今は禁術にされているからな…、が、戦争中はこの術が必要だったんだ…。綺麗事だけじゃ生き残れない、木ノ葉も汚いやり方だってしてきた…」

だからこそ、何より平和を望んだんだ…。

 

タマルは鼻で嗤いながら言った。

「フン。忍がきたねえ術とか、笑い種だな。戦争を知らないガキには分からねぇよ。オレ達がガキの頃はな、大戦中で戦力不足だったんだよ。だから、ガキでも使い物になる奴は少しでも早く忍者学校(アカデミー)を卒業させ、昇級させ一人でも多くの忍を戦地に送ってきたんだ。このカカシのようにな。このオレの術も戦争中は重宝され、幾度となく敵を泥土に嵌め、木ノ葉を窮地から救ってきた」

 

「じゃー、なんでその木ノ葉を襲おうとするんだってばよ!」

 

「フン!戦争が終わったらこの術は危険だからと禁術にされた。散々助けられたこの術をだ!! オレはこのカカシと違って落ちこぼれでな、この術で上忍になったようなもんなんだよ。この術を禁術にされたオレは閑職に追いやられた。散々利用した駒を平和になったら危険だからと切り捨てる…、そういう里なんだよ!」

 

「そんなの、ぜーんぜん、わかんねーってばよ!」

 

「利用されたこともねぇガキにはわかんねぇよ! 里はな、テメーたちを何度も救ったオレを切り捨てて、たった二人の仲間も守れなかったコイツにおめぇらを任せたんだよ! 九尾とうちはの生き残り、お前らをな!」

 

 

オレは思い出していた。タマルはよくオビトと二人で、リンのこと話していた…。

「…そうかタマル、お前、オビトとリンのこと…」

 

「そうだ。オビトはよく言ってた。リンはカカシが好きだから、絶対カカシには負けたくないってな。オレも同じだったよ、お前とミナト先生にあいつらが殺されるまでな!」

 

「ミナト先生には関係ない。リンとオビトを守れなかった責任はオレにある。あの時の隊長はオレだったからだ。オレが二人を守れなかった。オレが未熟だったせいだ」

 

「フン!何がチームワークだ!四人一組(フォーマンセル)の基本を無視して、自分の力に驕り単独で行動して、ガキだけにした結果があれじゃないか?」

 

「ガキであろうと、あの時オレは既に上忍だ。責任は隊長だったオレにある。それにお前がさっき自分で言ったんじゃないか、戦争中は究極の戦力不足、人手不足だった、ミナト先生は仕方なく単独で行動してたんだ」

 

「驕ってるからこそっ…! オレの術を禁術にしたんだろうが!」

 

……結局そこか、ミナト先生のいないときに仲の良かったオビトが死に、好きだったリンが死に、ミナト先生が火影になり自分の術を禁じた。そのミナト先生の忘れ形見を、二人を死なせたオレが担当している事で恨みが再燃した…というところか。しかし…違うんだよ、タマル。

 

「平和条約締結の条件だったんだ。この術に辛酸を舐めさせられてきた各国が封じろと言ってきた。中には強硬な手段に出ようとする国もあったと聞く。それをなんとか抑えられたのは、四代目の禁術にするという決断があったからなんだ…」

 

タマルの一族が真実を知っていたのかどうかは分からないが、オレは暗部時代に先輩からこの話を聞いていた。

 

「そんな話が信じられるか!都合のいいように言い繕ってるだけじゃねーか」

 

一族を守ろうと余計な事を話さなかったのが仇となったのか…。

閑職に追い込まれたというのも、恐らくは、この術を狙った他国からタマルの身を守る為、当時の上層部がタマルを一線から退けたのだろうが…、客観的に見れば理解できる事でも、疑心暗鬼になった奴にはそれも分からないのだろう。

 

いや確かに…、何も知らされず一線から退けさせられたら、恨みたくもなるか…。

 

オレは火影様の言葉を思い出していた。

「些細な事をすれ違って死ぬまで恨むこともある。やった方と受け止めた方が全く違う重さに捉える事はよくある」

タマルを守りたいと思ってやった事が、タマルにとっては未来を奪われたと感じたのだろう…。

決して些細なすれ違いではない…。

 

 

タマルはオレの後方にいるリッカに目を止め言った。

「この姫様を襲わせた奴から、姫が密偵だとバレた筈だと聞いたのに、こんな所までお前がノコノコ出てきて驚いたが…、そうか、そういう事か」

 

「どういう意味だ…」

 

「カカシ、お前この姫様にリンを重ねてるんだろう?確かによく似てる。医療忍者で幾分勝ち気なところもな。歳も同じくらいか?いやお前が殺した時はもう少し上か…。お前この子をリンの代わりに守りたかったんだろう?あの頃は未熟でも、今なら守れるとでも思ったのか?」

 

「タマル、それは違う…。リッカとリンは違う。確かに二人とも自分が傷付くことより他人が傷付く事を恐れて、自分より他人を守ろうとする…。そういうところは同じだ。けどな、普通の家庭から忍になったリンの、自分で運命を切り開く強さと、変えられない運命を受け入れて闘うリッカの強さは違うものだ。二人は全く別だ。オレは二人を重ねて見たことはないよ」

 

…重ねていると言うなら、むしろリッカとかつてのオレだ。

 

「こんな小国の忍じゃ木ノ葉を落とすのは無理だろうが、木ノ葉を散々救ってきたこの術で里やお前に僅かでも傷を付けられるならと思ったが…、しかし意外な収穫だったな」

 

 

今のタマルには何を言っても無駄か…。

先刻の杜の忍の様に、オレの目の前でリッカを殺すつもりでいる…。

 



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第十九話 挑発

「馬鹿にしないで!!」

それまでオレ達の会話を黙って聞いていたリッカが、突然怒鳴った。

 

「私の国が木ノ葉を落とすのは無理? そうでしょうか? 忍び五大国の筆頭、火の国木ノ葉隠れの里…、考えていたより全然大したことないじゃないですか!」

 

この言葉にはタマルよりもナルトが反応した。

「おめー!リッカってば、何言ってんだよ!木ノ葉なめんじゃねーぞ!!」

 

タマルは鼻で嗤う。

「おいおい、お姫様よぉ。それが、今まで守ってくれた仲間に対する態度か?」

 

真っ直ぐすぎるナルトと、オレを術に嵌めて興奮状態にあるタマルは気付かないらしいが、サクラとサスケはリッカの性格を知っているし、暗部連中もこの術から脱出できる可能性として考え、気付いているだろう…。リッカがあえてタマルを挑発していることを…。

しかし、危険すぎる…。

 

「だってそうじゃないですか!貴方が自分で言ったんですよ。この術だけで上忍になったと。この術がなければ敵わない。だから怖くて、武器を捨てさせ、こうやって拘束してないと小国の忍すら殺せないんですよね?」

 

タマルが忍の心得通り、感情を押し殺し冷静さを失っていなければ、リッカの挑発には乗っていないだろう。しかし、タマルは完全に興奮状態にあった。

 

「…怖いだと?お前みたいなガキなど、この術がなくても瞬殺だよ!」

 

「そうでしょうか?私も剣術なら、この木ノ葉の下忍には容易く勝てる自信があります。なら私は木ノ葉では中忍クラスって事でしょう?この術がなければ上忍になれなかった貴方も中忍クラスって事、同じじゃないですか?」

 

タマルは怒りで顔が青白くなっていた。

 

泥の動く気配を感じ振り返ると、リッカの足元だけ泥土が引き地面が現れていた。

 

「それなら跳べるだろう。刀を持って外に出ろ!」タマルはリッカに言う。

 

リッカは泥土の外まで跳び、刀を振って泥を落とした。

 

確かに、この術を解かせる為には、外に味方が居ないこの状況では、誰かが何としても泥土の外に出ないといけない。そして、タマルが泥土から出しても良いと判断するのは、リッカかサクラくらいだろう。木ノ葉で生まれ育ったタマルは、サスケのうちはの血を恐れ、ナルトの中の九尾を恐れ、子供だと言っても、あの二人の拘束を解くことは絶対に無い筈だ。

 

そう考えると、リッカが唯一の希望であるのは確かなのだが…。

 

しかし、リッカは既に呼吸が荒い…。リッカの剣術はチャクラこそ使わないが、動いている以上スタミナは消耗する。忍術より消費量は少ないといっても、既にかなり消耗している筈だ。そこにサスケに転生術を使っていた。これでは自殺行為だ…。

 

「リッカ!ダメだ!逃げろ!」オレは叫ぶ。

 

「フンッ!逃げたところでまた足元が泥土となるだけだ。それにこの姫様が一人逃げる奴ではないこと位、お前ももう分かってるだろう。自国の忍の血が流れる事を良しとせず、自ら敵地に乗り込んで行くようなバカだからな!」

 

タマルのこの言葉は、オレ達と同じ様に泥に嵌まっている杜の国の忍達に、動揺をもたらしたようだ。自分達が殺そうとしていた小さな王女こそ、実は自分達を守ろうとしていたのだと、ようやく気付いたのだろう。

 

 

オレの前にいたタマルは、リッカの跳んだ方の泥土の端まで移動しながら言った。

「しかし、姫様は戦嫌いで血が流れるのを好まないと聞いていたが…、意外にも剣術がお得意とはな!あれほど避けたかった自国の忍の血をそれほど浴びて、どうだ気分は?まるで鬼の子のようだぞ!」

 

嘲笑うタマルを、リッカは睨みつけながら言った。

 

「私にはこの血を流させた責任がある!流れなくてもよかったこの血を流させたのは…、そうさせたのは貴方だけど、止められなかったのは私とお父様だわ。私を信じ帰国してくれた忍達にも、この戦を何も知らずに暮らしてる国民にも、私は責任がある。皆の未来を守らないといけない、それが王族としての務めだもの」

 

僅かな間を置き、リッカは続ける。

 

「カカシ先生は私に言った。自分が奪った命の重さを背負って生きていけって!私は生きていくわ!この人達にもみんな望む未来があった。その望む未来の為に、私に、王家に背いたのよ。この血に誓って、その望んだ未来全部、私が背負って生きていく!」

 

杜の国の忍の中には涙を流している者もいた…

己の浅はかさを悔やんでいるのかも知れない。

 

リッカは木ノ葉に生まれたかったと泣き笑いしたが…、火影様はいつでも帰ってこいと言ったが…、この子は杜の国に必要な人間だ。

この子なら国を変えることができるだろう。…オレはそう思った。

 

 

しかし、怒り心頭に発したタマルの心には届かなかった。

 

「フン!カカシは任務の為なら仲間を、それも自分に惚れてる女を平気で殺せるような奴だぞ?何が命の重さだ!」

 

「貴方は私とリンさんが似てるって言ったわよね?」

 

「あー、それは違ったな!お前みたいにクソ生意気じゃなかったからな」

 

「そうね、貴方の言う通りだとしたら、私とリンさんは全然似てないわ!そんな人と似てるなんて言われたくない!」

 

「リッカ…」続きは声にならなかった。それ以上タマルを煽ってはダメだ…。

 

オレの願いに反してリッカは言葉を続ける。

「私は平気で仲間を殺せるような人を好きになんてならない!」

 

だが、オレは… 一度は任務の為にリンを見捨てようとした、それも事実だ。

 

「貴方は貴方が好きだったリンさんの事も侮辱してるのよ!さっきカカシ先生は言ったわ。リンさんの事、普通の家庭から忍になったって…。私も本来は忍じゃない。でも私は私の意志で選んだんじゃない。だからよく分かる。自分で忍の道を選ぶなんて…、とても優しくて、心が強い人じゃないとできない。貴方もリンさんが好きだったなら分かってる筈だわ!そんな優しい人が、平気で仲間を殺せるような人を好きになんてならない! 私が好きになったのもそんな人じゃない!!  たくさん苦しんで、たくさん後悔して、迷って、悩んで、それでも堪えて…、その気持ち笑顔に隠して必死に生きてる人だもの!!」

 

…リッカ、ありがとう。…リン、守れなくてごめんな、この子は絶対守るから。

 

 

「うるさい!お前に何がわかる!!」

タマルは持っていた鎖鎌の鎖を振り回し、リッカに向かって打ち付けた。

 

なんとか間一髪で躱したが、やはりスタミナが切れかかっているのだろう、普段のリッカであればもっと余裕で躱せていたはずだ…。

 

「タマル、やめろ! その子は関係ない。お前が憎んでるのはオビトやリンを殺したオレだろう?なら、オレとやれ」

 

「お前とサシでやるつもりなら、ハナからこんな回りくどいことしてねぇよ。お前はまだ殺らねぇ。お前の目の前でコイツを嬲り殺しにしてから、その後で殺ってやる!」

 

タマルは容赦なく鎖を振り回し分銅を打ち付けていく。

 

あれだけ煽ったのだ…、今までのオレへの殺意は全てリッカへと置き換わってしまっている…。

 

ヒイラギは何故何も言わない?彼はリッカの益にならない事は、例えリッカを傷付けてでもさせないはずだ。何も言わないという事は、リッカがわざわざタマルを挑発し、泥土の外に出た事に何か活路を見出しているのだろうか…。

 

しかし、このままでは圧倒的にリッカが不利だ。鎖鎌は中近距離用武器だが、リッカの刀は近接距離用だ。鎖を戻す一瞬を狙うしか無いが、今のリッカでは難しいだろう。

忍術を使うスタミナもほとんど残っていないはずだ…。

 

 

「なんでリッカってば、攻撃しないんだよ…」ナルトが言った。

 

「そうじゃない」オレのその言葉を続けたのはヒイラギだった。

 

「攻撃しないんじゃない、できないんだ。一撃必殺の術はそれだけチャクラの必要量も多くなる。今のリッカ様にはそこまでのスタミナは残っていない」

 

「じゃー、なんで…」

 

「リッカ様が言った筈だ、剣術ならお前らにも勝てると…」

 

ヒイラギはそう言ったが、真実では無いだろう。恐らく、ヒイラギはリッカがしようとしている事が分かっている筈だ。

リッカは状況判断のできる頭の良い子だ、考えなしに突っ込んで行く子じゃない。

ヒイラギはリッカの術を全て把握している。その上で、リッカを信じているようだ。

 

 

火影室でリッカが言った言葉がオレの脳裏に蘇った。

「師は弟子を信じるですよ!きっと私にもできる事がある筈です」

 

…そうだな。お前の本当の師匠であるヒイラギがお前を信じてるんだ。

ならオレは、お前と、お前の師二人を信じるだけだ…。

 

お前たちが待つその瞬間に、オレも全てを賭ける事としよう。

 



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第二十話 それぞれの想い

オレは背後のヒイラギにだけ聞こえる声で話しかけた。

 

「ヒイラギ、頼みがある」

「なんだ?」

「この後何が起こっても、お前はリッカを連れて、直ぐに此処を離れろ」

「フッ。その言い方では頼みではなく命令だな。他国の忍の命令など…、と言いたいところだが、元よりそのつもりだ」

「頼んだ。必ずだ…」

「承知」

 

 

オレはリッカに、死ぬ覚悟など最後の最後でいいと言った。

あの時、死ぬのが怖いと泣いていた彼女は、今、皆を助ける為に死ぬ覚悟でいるのだ。

絶対死なせない。リッカは必ず守る。オレの命に代えても守ってみせる。

オレは自らを鼓舞するように心の中で呟いた。

 

とうとう、タマルの放った分銅がリッカの脚を捉えた。

 

「アッ」というリッカの短い悲鳴と同時に、ゴキッ!という鈍い音がする…。

骨をやったか…。相当な激痛の筈だが、リッカは声も上げず座り込む。

 

タマルはニヤリと冷酷な笑みを浮かべ、チャクラを練り出した。

 

奴は気付いていない。

 

一見座り込んで諦めているようにも見えるが、リッカもチャクラを練っていた…。

この時を待っていたのか…!

 

肉を切らせて骨を断つ…か

しかし、あの状態でこんなにチャクラを練っては…

 

タマルが先に印を結び始める。…あれは …写輪眼を使わなくてもわかる。

 

「…大岩屑流だ。マズイ…」思わず呟く。

「氷遁 氷結の術」

印を結び終えるのはリッカの方が早かった。

少し遅れて、タマルが印を結び終わる。

 

リッカが両手を地面につけると、そこから放射線状に地面が凍り付いていく様がありありと見えた。そういう事か…!

 

地面が凍るのは土の中の水分が凍っているのだ。そして、泥土には水分が多く含まれる。

 

リッカの触れた地面ではさほど凍っていないようにも見えるが、放射線状に広がる凍結は、水分の多い泥土に辿り着くと速度を更に速め、泥土を次々に凍らせていく。

 

オレは閉じていた左眼を開けて、自らを拘束している泥土が凍る直前を見計らい、一気にチャクラを練り上げ、足に集めた。その時、周囲の泥土が凍り出し、練り上げたチャクラはほとんど吸われる事なく、膝から下を拘束していた泥土を粉々に砕いた。すぐさま八門遁甲の第一体内門、開門だけ開け跳び出す。

 

跳び出しながら、ベストの背中に隠してあったクナイをタマルに向って投げた。

 

オレは写輪眼と体内門を開いた事による相乗効果で、全てをスローモーションのように感じていた。

 

既に大岩屑流は発動している。今からオレが土流壁を作ったところで間に合わない。壁が迫り上がる前にオレだけじゃなくリッカも蜂の巣だ。範囲が広いあの術からは抱き上げて逃げる事も難しいだろう。

 

リッカの前に降り立つと、既に飛び始めた石の中、覆いかぶさるようにして、両手を彼女の背中に回し抱きしめた。ギリギリまでチャクラを練ったリッカは、既に座っている事さえできず、オレの胸に吸い込まれるようにもたれ、意識を失った。

 

その刹那、背後から無数の土と岩屑が襲う。

 

タマルの周囲には窪地ができるほど、大量の石、岩が巻き上げられ、砕かれ鋭利になったそれはオレとリッカを目がけ高速で飛んで来ているのだろう。

木ノ葉のベストは襟が高く、覆いかぶさるようにしたオレの頭はある程度守られてはいるが、背中は石屑がベストをも貫き、激痛と衝撃が身体に響く…。

 

クッ!

 

グアッ!

 

…思わず、リッカを抱きしめる腕に力が入りそうになり、必死に抵抗する。

オレの耳はおかしくなりかけていたが、明らかに、バキバキバキッという音がして、何かに石が当たるバラバラバラッという音を聞いた。すると、無数に襲ってきていた岩屑が当たらなくなった…。

 

振り返ると、一人の男が地面に両手を付き、氷の防御壁を立てていた。

 

 

ヒイラギだ…。

まさか、あの術に正面から向かって行ったのか…。

 

だとしたら…奴は…。

 

泥が凍った瞬間跳んだのだろう、いや…、ヒイラギはリッカの考えを読んでいた筈だ。リッカが泥土を凍らせる事を予測していた。その瞬間を待っていたのだ。

 

リッカの術は全てヒイラギから教わったものだ。氷遁の性質をよく知る二人なら、泥土から出てチャクラを練る事さえできれば、あの術で全員の拘束を解く事が出来ると考えただろう。

タマルが泥土から出す可能性があるのはリッカの方、しかし、リッカは僅かしかスタミナが残っていない。凍結させることに成功したとしても、その後、行動不能に陥るのはわかっていた筈。リッカは「死ぬ覚悟」だった…。例え自分がタマルに殺されても、泥の拘束を解くことができれば、皆が助かる…そう考えて、唯一度のチャンスに賭けたのだ。

 

ヒイラギは、リッカのその覚悟を見抜いていた。だから何も言わなかった。ただ、死なせるつもりは無かった。凍結する瞬間を待って跳び出すつもりだったのだろう。

 

何が「元よりそのつもり」だ…。ヒイラギはリッカの覚悟だけでなく、オレの覚悟も見抜いていたのだ。オレがリッカの盾になると見たヒイラギは、オレにリッカを任せ、自らは防御壁を立てる事にした…。リッカは知らないと言っていたが、ヒイラギは、もしかしたら転生術を知っていたのかも知れない…。

 

 

その時、ヒイラギがゆらりと揺れて倒れ、同時に氷壁が音を立てて崩れた…。

 

その音で意識を取り戻したリッカが、オレに気付き尋ねた。

「先…生…? どうなっ…た…の」

「ヒイラギが…壁を…」

オレがそう答えると、リッカの目が見開かれる。

「ヒイラギは…」

 

リッカはオレに掴まり立ち上がろうとするが、座っている事すら難しい筈だ…。

オレはこの残酷な現実を見せるべきか迷ったが、恐らくヒイラギはもう助からない…。

ならば最期に会わせてあげなくてはいけない。

 

抱き上げようとすると、骨折した足に響いたのだろう、リッカは顔を歪めた。

「クッ」オレも背中に激痛が走り、思わず顔を引きつらせ、よろめいてしまった。

 

そのオレを支えたのは、先刻まで戦っていた杜の国の忍だった…。

オレの二の腕の生地が破れ裂傷を負っていることにリッカが気付いた。

「先生…、血がっ…」

 

オレの様子を案じるリッカに微笑んでおいて、支えてくれた杜の忍に言う。

「すまん…。ヒイラギに会わせてやりたいんだ」

「はい」杜の忍は視線を落として、短くそう言った。

 

リッカはオレの言葉に何かを感じ取ったのだろう、力なくオレのベストを掴んでいた手が震えた。

 

 

術は解かれていたので、皆が二人の周りに集まっていた。

暗部は念の為タマルを術が使えないように拘束していたが、動けないだろう…。

 

タマルの右肩にはオレが投げたクナイが、そして、脇腹には短剣が刺さっていた…。

あれは、リッカが木ノ葉の武器庫から持って来ていたものだった。

恐らく、あの持ち物を全て捨てろと言われた時に、リッカは捨てるふりをして、傍にいたヒイラギに託したのだろう。そして、泥から跳び出たヒイラギは短剣をタマルに向って投げた。刺突に適した短剣は深く腹に刺さっていた。

 

仰向けに寝かせられたヒイラギは、岩屑の嵐に正面から向かっていったのだ…、顔も体も血だらけで、至る所に岩屑が刺さり、ボロボロになっていた…。

 

ヒイラギの隣にリッカを下ろしてやると、茫然として呟いた…。

 

「ヒイラギ…どう…して…」

「リッカさま…貴女がご無事で…良かっ…た」

リッカは大粒の涙を落とした。するとヒイラギは力ない手でリッカの頬の涙を拭い

「貴女は…いつも…泣いてばかり…。幼い頃…修業が…厳しいと泣いて…でも、私の…後をどこまでも…ついて」

「そうよ!だって、私には…貴方しかいなかった! だから、私の前をずっと歩いててくれないと…ダメなの!」

 

ヒイラギは弱々しくだが、優しい笑顔で応えた。

「また…わがままを…、貴女はもう、あの頃の…貴女では…ない。大きく…なられた」

まだ幼いリッカだが、人として大きくなったと言いたいのだろう。

 

「待って!」言いながら印を結ぼうとするリッカの手を、ヒイラギがしっかりと止めた。

 

「転生術でも…助かり…ません。貴女まで死んでは…、貴女を…守った意味が…無い」

「ヒイラギ…知ってたの?」

「私も…エドマ様と同じ…一族ですから。貴女が燃やした…あの巻物の…」

「それも…知ってたの」

 

「エドマ様の事は…貴女が…気に病む事では…ありません。貴女とタイガ様の中で…エドマ様は…生きておられる。私も…エドマ様と共に…貴女の中で…生きられる…」

 

リッカの頬を撫でようとするが、もうその力も無いのだろう…。

リッカがその手を持って自分の頬に当てた。二人の手に止めどなく涙が伝う…。

 

「貴女を…守れて…良かっ…た。これで…エドマ…さま…に…」

その先は言葉にならなかった…。

リッカはただただ頷いていた…。

 

そして、ヒイラギの手がリッカの手から滑り落ちた…。

 

「いやぁっ!ヒイラギ!いやよ!いやああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

静寂にリッカの悲鳴がこだました…。

 

 

誰も何も言えず俯いていた。ナルトやサクラは俯いたまま泣いている。

 

 

オレは額当てを戻し、天を仰いだ。

 



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第二十一話 別れの時

暫くして、多くの気配を感知し皆に緊張が走った。

が、現れた人物を見て、杜の忍達が一斉にひざまずく。

 

その人物はヒイラギとリッカを見て言った。

「遅かったか…。すまん」

 

その声にリッカは顔をあげ呟く。

「お父様…」

 

「国に帰った者が飛ばした伝令から、お前が襲撃部隊と衝突したと知り急ぎ国を出たのだが…、間に合わなかった…」

 

その言葉を聞いて、涙と鼻水で顔中ぐちゃぐちゃのナルトが詰め寄った。

 

「そーだよ、おっさん!おせーってばよ!もっと早く来てたらコイツは…。それに、おっさんがもっとしっかりしてたら、こんなことに」

 

「やめろナルト! 発端は木ノ葉だ!」

ナルトの言いたい気持ちは十分わかる、が…、国王陛下に頭を下げ謝罪する。

 

「部下の非礼をお詫びします。この件に関しましても、元は木ノ葉の忍による私や里への復讐が発端です。お詫び致します。申し訳ありません」

 

オレと暗部の連中が揃って頭を下げた。

 

「いや、その子の言う通りだ。私がもっとしっかりしていれば付け込まれる事もなかったのだ。内政が磐石であったら、臣下もあのような奸計に乗るような事も無かっただろう。こちらの方こそお詫び申し上げる」

国王は頭を下げ、話を続けた。

 

「貴方がはたけカカシさんだね?ヒイラギからの報告にあったよ。リッカを守っていてくれたそうだね。感謝する」

 

ヒイラギの名前にリッカが反応した…。

 

「お父様…私、ヒイラギを死なせてしまった…。私あの時、生きる事諦めた。私のせい…、私が…ヒイラギを…」

 

君のせいじゃない…そう言ってやるのは簡単だ。だが、今はどんな言葉も相応しくない気がして何も言えなかった…。

 

 

国王が静かに語りかけた。

 

「リッカ、ヒイラギはな、一族でエドマと二人だけが生き残ったのだ。瀕死だったあれをエドマが転生術で治療しながら、二人だけで杜へ逃げて来たそうだ。ヒイラギは八つ年上のエドマを母の様に、姉の様に、いや…それ以上に…、慕っていた。あれは国や私に仕えたのではなく、エドマとお前にひたすら仕えたのだ。家族のいないヒイラギにとって、エドマと、エドマそっくりに育つお前が何よりも大切だったのだ。だからこそ此度も、お前の傍に行かせてくれと願い出てきたのだ」

 

「ヒイラギは…お父様の命令だと…」

 

「ヒイラギは、あの夜、お前の傍に居なかった事を非常に悔いていた。自分が居れば、あの様な事にはなっていなかったと悔いていたのだ。だから、ようやくお前を守る事ができて、本懐を遂げたのだ。安心して逝ったであろう…。ヒイラギの意志を無駄にするな」

 

ヒイラギもリッカと同じ様に自分を責めていたのだ…。

 

ヒイラギは王妃を愛していたのだろう…。そして、王妃に似たリッカの事も主従を超えて、師弟、親子、兄妹、様々な愛を、この小さな王女に注いでいたのだ…。

 

あの、時折見せた表情は「嫉妬」だ。リッカの唇が紡ぐオレの名前への。

 

そして、オレが死ねばリッカが転生術で蘇生させると分かっていて、ヒイラギは…、防御壁を立てる事にしたのだ…。

 

オレが言った通り、リッカを連れて此処から離れる事でリッカは守れた筈だ。しかし、ヒイラギはそれを選ばなかった。

 

あの夜、自分がリッカの傍に居たら、王妃の命を助けられた筈だと悔やんだヒイラギは、リッカに同じような思いをさせたくなかったのかも知れないな…。

 

忍者にとって大切なのは、生き様より死に様だと言う人がいる。

 

それならば、ヒイラギは真の忍者だ…。

彼は王妃とリッカの為にひたすら生き、リッカの想いを守る為に死んだ…。

…ヒイラギ、お前の愛は悲しすぎる

けど、…忍としては、少し、羨ましくもあるかな…

 

忍なら誰しも考えるだろう…、死ぬなら愛するものの為に死にたいと…

愛する里、愛する人を守る為に死ねたら…、と…

 

天を見上げながら、国王が言った。

 

「私はまだ子供だったあれから、エドマを取り上げてしまったからな。今度は私より早くエドマの元に行けて喜んでいるかも知れんな…。エドマと共に何時までもお前を見守ってくれるだろう。お前はそれを忘れるな」

 

「ヒイラギ…」

暫く、リッカの嗚咽だけが聞こえた。

 

 

「カカシ先輩」沈黙に耐え兼ね、口を開いたのは暗部の小隊長だ。

「我らは一足先に奴を連行して帰ります。一個小隊残しますので、帰りはそちらと」

「わかった。すまんが頼んだよ」

その会話を聞いて、国王が同行していた医療部隊に全員の応急処置を命令した。

 

オレも身体にめり込んだ岩屑を取り除いてもらい、止血と、大きめの傷を塞いでもらった…。これでなんとか帰れそうだ…。

 

リッカの骨折は国に帰らないと治療できないだろうが、痛み止めの応急処置をしてもらい、幾分顔色が戻ったようだ。

 

 

暗部がタマルを連行し立ち去ろうとした時、リッカが声をかけた。

「ちょっと待って!」

 

振り返った暗部ではなく、タマルに向かって言った。

「貴方のやった事は絶対に許されない事よ!」

 

「リッカ、もうよしなさい」国王が止めるが、リッカは続ける。

 

「私は貴方を許す事ができない! でも…、でも…ひとつだけお礼を言うわ。貴方が私を木ノ葉に行かせてくれた…。それだけは感謝します。ありがとう」

 

タマルは少し驚いたように目を見開いた。

リッカは一度ヒイラギに目をやってから、しっかりとタマルを見て言葉を続けた。

 

「貴方が憎んだ木ノ葉で私が学んだ事、貴方が憎んだカカシ先生に私が教わった事、それを遠い私の国で芽吹かせ、根付かせて見せる。それが貴方を許せない私の復讐です。今日此処で死んでいった者達の為にも、決して、その死を無駄にはしない。絶対に素晴らしい国にして見せるから!」

 

悲しみは怒りに代わる。それが憎しみ、負の感情となり、憎悪の連鎖を起こす。そうやって争いは終わらない…。

この子の様に怒りを光に変えられる人間は少ないだろう。

 

まるで、誰にも存在価値を認めてもらえなかったナルトが、その悲しみ、怒りを、「火影になって認めさせてやる!」という夢に変えたように…

 

オレはそんなナルトなら、もしかしたら忍の世界を変えられるのでは…と思った。同じようにリッカならきっと杜の国を変えられるだろう。

 

 

オレはしゃがんで、リッカの頭を撫で言った。

「リッカ、ありがとね」

 

「引き止めてすみません。あと、さっき…、木ノ葉を侮辱するような事言ってしまって…、皆さん、ごめんなさい」

 

「大じょーぶ、みんな分かってるから、ね!」

と言って周りを見渡すと、全員が頷いた。ナルトも途中で気付いたんだろう…。

 

暗部が一礼して立ち去ったのを確認しリッカに言う。

「火影様にもさっきのリッカの言葉、伝えておくよ。きっと喜ばれる」

そして、少し寂しがるだろうか…。

 

「先生…」火影様と聞いて、出発の時の言葉を思い出したのだろう。リッカは泣き笑いしながら、同じようにして火影室で言った言葉と逆の事を言った。

 

「私、木ノ葉には帰れない。お母様とヒイラギの国を二回も亡くす事はできないもん」

「二人が生まれた国はもうないんだったね…」

「はい、第三次忍界大戦の頃だったそうです。大戦のあおりで国が亡くなって、杜に逃れてきたとは聞いてたのですが…、お母様とヒイラギ二人だけでなんて知らなかった…。それなのに、せっかく逃れて来た杜も争ってばかりで…。だからお母様とヒイラギが住みたかった国にしてみせます。火影様とカカシ先生に教えてもらった事を杜で…」

 

「うん!お前ならできるよ!信じてる!」

「はい!先生も…」

またリッカは泣き笑いしながら返事したが、最後は言葉にならなかった。

 

黙ってオレ達の話を聞いていた国王が口を開いた。

「それではそろそろ失礼するよ。長く国を空ける訳にはいかないのでね」

国王がそう言うと、医療部隊がリッカとヒイラギをそれぞれ運んで行った。

オレ達は皆が立ち去るまで、深く礼をした。

 

 

 

「良かったの?先生」

サクラがオレのベストを引っ張って聞いた。

「ん…?何がだ?」

「リッカ、あの子、先生のこと好きだったんだよ!」

 

オレは笑いながら答える。

「お父さんに甘えられなかったからな。その代わりだよ」

「そういうんじゃないと思う!」

サクラは強く否定した。

 

「まっ、そうだとしてもだ、…あの年頃の女の子じゃすぐに忘れるさ!」

「そんなことないもんっ!!」

サクラはそう言ってオレに鉄拳を食らわした。

 

「ハハハ、そうか、お前はサスケだからなー」

「もう知らない!」と言ってそっぽを向いた。

 

知らないと言いながらもぶつぶつ文句を言うサクラの声を遠くで聞きながら、オレは人影が消えた方を見て考えていた。

 

この胸の痛みはなんだろう…、小さな氷の棘が刺さったようなこの痛みの理由は…

短い期間だがずっと一緒だったリッカとの別れなのか…

オレを庇ったヒイラギの死なのか…

 

 

目の前を白いものが舞った。一片の雪だった…。

空を見上げると、真っ暗な夜空からたくさんの雪が舞い降りてきた。

 

「雪か…、そういえばリッカの名前は雪の結晶の事だって言ってたなー」

 

そう呟いて、そのまま目を閉じ、胸一杯に、凍てつく様に冷たい空気を吸い込んだ。

 

 

…この痛みまで全部凍りついてしまえばいい…  そう思った。

 

 

 

「はぁー…」と一つ大きく息を吐いてから、自分を奮い立たせるように言う。

「じゃ、帰りますか! あ、でも、まだちょっと傷が痛いから、ゆっくり行こうな!」

「先生ってば、帰ったら鍛え直しだなー!」ニシシシと笑うナルト。

「カカシ、遅れたら置いてくぞ」と言うのはサスケ。

「そうね、サスケ君!先生放っておいて、二人で帰りましょうよ!」いつものサクラだ…。

「あのさ!あのさ!オレもいるんだけど!」

まっ、コレがオレ達の日常だ。

 

「キミたち…、冷たすぎじゃない…?」

と呟くオレに、サクラは思いっきり舌を出した…。

「先生、絶対後悔するんだからねっ! あの子、絶対綺麗になるわよ!」

…まだ言ってる。

 

杜の国の一行が消えた方をもう一度振り返って

「リッカ…、元気でな…」

サクラ達に聞こえないように呟く。

 

「さ、帰るよ!」

オレは胸の微かな痛みを振り切るように、木ノ葉へ向かって駆け出しながら言った。

 



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第二十二話 追憶

長い回想から現実に戻ると、雪はまだしんしんと降っていた。

 

あの後、結局タマルは木ノ葉までもたなかった。

短剣もクナイも急所こそ逸れてはいたが、出血が酷すぎたのだろう。

 

先鋒部隊は火の国に入ったところで難なく制圧されていて、戦後処理の後に杜側に引き渡された。戦後処理と言ってもとても簡単なもので、火の国や木ノ葉には人的にも物的にも被害が無かったことと、引き金となったのが木ノ葉の元忍であったことから、かなり少額の賠償金で済まされる事になった。

 

その後は、遠く離れた小国で内偵させる事も無かった上に、大戦もあり、杜の国の情報は殆ど入ってこなかった。僅かな噂では、クーデターや暗殺未遂などきな臭いものもあったが、徐々に噂すら入って来なくなった。

 

だが、オレは信じている。

悪い事ほど噂になる、だから、噂にすらならなくなったというのは、杜の国が安定した証拠なのだ。

きっと彼女はあの意志の強さを感じる譲らない瞳で、今日も邁進していることだろう。

 

 

あれから色んな事があった。

サクラは医療忍者のスペシャリストになった。

リッカが第七班と行動したことで、現場での応急治療の重要性を知り、綱手様が掲げる四人一組のうち一人を医療忍者にする事が必要だと身をもって知っていた事も、少なからず影響しているとオレは考えている。

 

それに、砂のチヨバア様の転生術を見た時、オレが一目で気付いたのは、リッカの転生術を知っていたからに他ならない。あれと同じ種の術だと確信したのだ。

 

 

そして、オビト…

タマルとは会えたか?

オビトなら…、意固地になってたオレとも向き合ってくれたオビトなら、きっとタマルに会って話を聞いたら、説教の一つや二つしてくれるだろう…。

向こうでもリンを取り合ってないといいな。

 

 

オレは立ち上がり、ひさしの外に出て、夜空を見上げる。

絶え間なく落ちてくる雪は、オレに夜空に吸い込まれて行く様な錯覚を起こさせた。

 

目を閉じ、あの日と同じように、冷たい空気を胸一杯に吸い込んだ。

 

 

…が、やはり、この胸の小さな痛みが凍りつく事は無かった。

 

 

 

不意に、玄関に近い方から人の気配を感じ、オレは物陰に身を潜めた。

今晩だけは忍ではない、なんて考えていた癖に…、仕方ない、これはもう習性だろう。

 

玄関から庭に出て来た人影…女性だった、宿の客で湯上がりなのだろう。

まとめあげた髪から湯気が昇っている。

 

彼女も先刻のオレと同じように夜空を見上げた。

湯上がりにわざわざこんな寒い所に来るなんて…、彼女もきっと、何か感傷に浸っているに違いない。

そう考えたオレは、抜き足で庭の反対側へ向かった。

 

 

しかしながら、女性に気付かれたようだ。

此方を見ている…?

 

オレの抜き足に気付くとは…、忍か? いやいやオレが鈍ってるということか…。

自嘲気味に笑おうとしたところに、微かだが、はっきりと聞こえた。

 

「カカシ…先生?」

 

「はい?」思わず中途半端に返事をして、そーっと振り返ってしまった。

 

その女性は口元に両手を当てて、目を大きく見開いている…。

暗い上に玄関の光が逆光になってよくは見えないが、向こうからは逆に見えやすくなっているという事だ。

 

「やっぱり」と言って、その女性は突進してきた…。

 

ちょ…、速っ! やっぱり、絶対忍でしょ! 刺客!?

 

そう思ったが、オレの体は反応しない…。

 

反射神経まで鈍ってしまったのか…。

いや、きっと寒い所に長らく居たせいだ。

 …たぶん。

 

 

その女性は、オレの胸に飛び込んで、クナイを突き立てる代わりに、泣き出した…。刺客ではなかった…。

 

「えーっと…」オレは状況が飲み込めず、茫然としていた。

「…かった。あ…たか…た」しゃくりあげながら何かを伝えようとしているが、皆目見当も付かなかった。

 

だいたい、オレを「カカシ先生」と呼ぶ者は少ない。

担当上忍として受け持ったのは結局ナルト達だけだったから、奴等と同期か、一つ上のガイ班の子達位だ。

 

だが、先刻ちらっと見た感じではその誰でもなかった。

…となると、あと一人いるんだが…。

 

いやいやマテマテ…、さっき思い出してた所で、流石にソレは無いでしょ…。

しかし、この感覚…。この、オレの胸にすがって泣く感じ…変わってないといえば、変わってない…。

 

 

オレは恐る恐る彼女の頭に手をやり、ポンポンと撫でた。そう、あの頃と同じように。

 

すると彼女はガバッと顔を上げる。

 

間違いない…、暗くても深い緑色の瞳はすぐにわかった。その瞳に涙をいっぱい浮かべて言った。

「カカシ先生!会いたかった!! すごく…、会いたかった!!」

「…リッカ…だよね?」

「そうです! 先生どうしてこんな所に?」

「いや、こんな所って言うのは宿の方に失礼…、って、そうじゃなくて! ここは火の国なんだからオレが居てもおかしくないけど、キミがいる方が不自然でしょー…」

「だって、明日木ノ葉に入る予定だったから、まさか…、その前に先生に会えるなんて思ってなかったんです!」

 

「オレは湯の国までちょっと所用で…その帰りかな。木ノ葉まで帰るにはちょっと遅くなっちゃったからね。連れもいるし。 で、キミは…明日木ノ葉にって…?」

「やっと、お父様のお許しが出て、国を出てきました!」

「あ、そう…それは良かったね………て、え?えぇっ?出てきたっ!?」

「はい!弟が一人前になったら好きにしていいって約束だったので!」

「はぁ、そうなんだ。それで木ノ葉に旅行?」

「いえ…。えーっと…」リッカは急に言葉に詰まって真っ赤になった。

 

「ご迷惑でなければ…、カカシ先生のお家に…」

既視感(デジャヴ)!?

あぁ、あったあったそういうことも…あれは収容所…って

「はぁあぁー!?」

 

あの火影室で、三代目にお前の家で預かれと言われた時以上の衝撃だ…。

この場に三代目とイビキさんが居たら、また大笑いしてただろう…。

 

「やっぱり…、ご迷惑でした…? あ、さっき、連れって…」悲しげに俯く…。

「あ、いやいや、連れって言うのは、ガイ! 何回か会ってるでしょ? それとお付きの子なんだけど」

「じゃぁ!」

「…キミねー、もしかして、当てもなく木ノ葉に!?」

「いえ、当ては…えーっと、カカシ先生です…」

「はぁー…、オレが結婚してるとか考えなかったの?」

「え!?してるんですか?」

「いや、してないけども…」

「良かったー」って、オイオイ、全然考えてなかったのか…。

 

 

「そういえば先生…、眼が…」

リッカはそう言いながらオレの左目の傷痕にそっと触れた。

「うん、いろいろあってね」オレがそう言うと

「…はい、お疲れさまでした!」と労るように優しく微笑んだ。

 

この子はあの頃からそうだった。多くを語らなくても全て理解し、包み込むような…。

 

「でも、やっぱり嬉しいです! だって、二倍だから!」

 

本当に嬉しくてたまらない、という様子でリッカはそう言った。

 

「ん?…二倍?」

「はい、あの頃は」オレの顔の前で右目を中心に両手で輪を作って、「ここだけしか見えなかったのに」両方の目を挟むように両手を広げて「今はこんなに見えます!」

 

「ハハッ、確かに二倍だ!」

「はい!すっごく久しぶりに先生に会えて、それに二倍ですよ!すごく嬉しいです!!」

 

友に託された眼は、あの大戦で役目を終えて友の元に帰った。

写輪眼が無くなった事に喪失感を感じなかったと言えば嘘になる。

火影に就任する時も、写輪眼の無いオレに里を守る力があるのか、悩んだ事もあった。

その火影も無事務め終えてナルトにバトンを渡した今、オレのこの眼をこんなに喜んでくれる人がいる…。

 

これからはこの眼で、この子の笑顔を見ていくのも悪くないかな…。そう思った。

 

 

「ナルトさんが七代目火影様なんですよね?先生が六代目って聞いた時もそうだったんですけど、やっぱり!って思って、すっごく嬉しかったんですよ」

 

小国の情報は大国に入って来なくても、大国の情報は小国にも届く。

 

「それで、明日木ノ葉に入ったらナルトさんに、火影様に、私が木ノ葉に住むお許しをいただきに伺いたいんです」

 

「ん、わかった。一緒に行くよー」

ま、これがオレなりのうちに来ていいという答えだ! わかってくれ!

 

「やった!ありがとうございます!!」

 

 

「お前次第だ!」あの日、ヒイラギが言った言葉をオレは思い出していた。

ヒイラギ…、あれがどういう意味だったのか、オレには想像するしかできないが…、あの日、お前が命を懸けて守ったリッカの想い…、オレ受け止めても…いいよね?

 

まっ、奴の性格からして素直に「いいよ」と言う訳がないな…。

オレは思わず苦笑いした。

 

「ハクション!」

ヒイラギのクールな(氷点下の)微笑みを想像したからではないが…、くしゃみが出た…。

 

「あ、ごめんなさい。私、嬉しくて、ついいっぱい喋っちゃって…。中に入りましょう」

寒気がしたのは、ヒイラギのクールさや、この気温のせいだけではないだろう…。

一緒に行くと言ったものの…、ナルトの反応を想像するだけで身震いがするのだ…。

 

あの頃の様に、オレの隣を歩きながら、嬉しそうに弟の事を話すリッカ。

しかしまぁ、オレはやっぱりこの子の笑顔には弱いらしい…、リッカがこうやって笑ってくれるならナルトの嫌みの一つや二つ…、乗り越えられるはずだ! …きっと …たぶん 

 

 

オレはこの時気付いていなかったのだ、ナルトの前に乗り越えなければいけない壁があることを…。

 

 

そう、オレがなかなか戻らないことを心配し、玄関先までやって来た車椅子のあの男が、右手の親指を立て歯を輝かせるその時まで…。

 

奴は言った…。

「青春バンザイ!!」

 



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第二十三話 邂逅

ガイに散々からかわれたお陰で、木ノ葉への道のりが恐ろしく長く感じた。

 

何度、ガイの車椅子をミライに預けて走り出してやろうか、それとも、このまま高速で押して帰ってやろうか…と考えたことか…。

 

驚いたのは、人の顔を覚えるのが苦手な筈のガイが、二度程しか会っていないリッカの事を覚えていた事だ。ま、顔を覚えていたというより、印象が強かったのだろう…。

 

「そうか!あの時の隠し子がこんなに大きくなったのか!」

 

ガイのこの言葉には、ミライが明らかに挙動不審になり、聞いてはいけない事を聞いてしまった…、と思っているのがわかった…。

 

「だーかーらー、隠し子じゃないからね!」

 

それだけ言ったけども、では何なのか?と聞かれても困るので、瞳術「これ以上聞いてくれるな」を使った。

写輪眼でなくても、「先代」なら使える瞳術のはずだ!

 

 

 

そしてようやく火影室までやって来たが

何故今日に限ってこんなに人が居るのか…。

サスケが居ない事だけがオレの救いだった…。

 

リッカがナルトに話をする間、オレは目を閉じて聞いていた。

ナルトがどんな顔をするか、わかっていたからだ…、が、意外にもナルトはリッカの話に茶々を入れる事もなく、黙って聞いていた。

 

流石に火影になったナルトは昔とは違う。感心してそっと目を開けると、そこには…顎が外れんばかりに大きく口を開けて、絶句している七代目の顔があった…。

 

黙って聞いていたんじゃなくて、驚き過ぎて言葉にならなかったのね…。

 

はぁー…。

 

 

「それで、父からの書状がこちらです。 ……ナルトさん? …火影様?」

 

リッカが書状をナルトに渡そうとしても、ナルトは呆けたままだった。

他の者も同じ様子で、唯一正気を保っていたシカマルが受け取り、ナルトに渡す。

 

「あ、あぁ…。わりーわりー」

 

 

書状を開くとナルトはオレを見て尋ねた。

「先生もう読んだのか?」

「いや、火影宛だからオレは読んでない」

 

オレが勝手に読むわけ無いだろう! と、言ってやりたいところだが、まっ、今日は穏便に済ませてやろうじゃないの…。

 

「じゃー、一緒に読もうぜ!」

「まさかお前…、漢字が読めないとか…じゃ、ないよね?」

「ま、ま、まさか!…うーん、確かに漢字が多いな。そ、それはともかく、これってば先生とオレ宛になってるぜ?」

 

それはリッカも知らなかった様子で驚いている。

書状の外側には「火影様」としか書いていなかったからだ。

 

オレは机を回り込み、ナルトの後ろに立つと一緒に書状を読んだ。

 

六代目火影 はたけカカシ様

七代目火影 うずまきナルト様

 

確かに宛名は二人だった。

 

 

六代目火影様、七代目火影様には過日には大変お世話になり深謝致しております。

長らく雑事にまぎれご無沙汰してしまい、誠に申し訳ございません。

また、娘の突然の訪問、大変心苦しく、お詫び申し上げます。

忍界大戦の折には、娘に自分も行かせて欲しいと懇願されましたが、国内がまだ安定しておらず、大戦に乗じた内乱などもあり、行かせてやることができませんでした。

お世話になりながら、ご協力できず大変申し訳ございません。

娘の六代目様への思慕は、ヒイラギより報告を受けておりましたし、あの折の娘の様子からも、承知しておりましたが、時間と共に忘れるだろうとたかをくくっておりました。それ故、弟を一人前にしたら好きにして良いと言ってしまったのですが、娘は私が言った事を心の支えにし、今日まで国に尽くしてくれたようです。

娘は帰国後、三代目火影様の言葉を借り、「お父様は私の父であろうとしないばかりか、国民の父にもなろうとしなかった」と私を諫めました。その娘の尽力もあり、国内も安定し、新しい世代の重臣達も育ち、安心して国政を任せられると思えるようなりました。

そして本日、私は譲位する事に致しました。次なる王は、娘が貴国で学んだ事を元に厳しく育てましたので、国民の父として、きっとより良い国へと育んでくれる事でしょう。

私が王としてやってやれる最後の、また、娘の父としては最初で最後の務めは、娘を貴国へと送り出す事だけでした。

娘の突然の訪問、大変ご迷惑とは存じますが、受け入れていただける事を切に願っております。

 

末筆ではございますが、皆様の益々のご健勝を、心よりお祈り申し上げます。

 

 

「ふーん」とナルトが唸る。

…コイツ、理解できてるんだろうか…。

 

「ってことはさー、リッカってば、あれからずっとカカシ先生の事好きだったのか?」

「おまっ…」そこかよ…。

「え!? ち、父は何を書いてるんですか?」動揺するリッカ…。

「読んでみろってば!」と言いながら、書状を差し出すナルト。

「よろしいんですか?」

「いいよな?先生」

「あぁ、お父上のお気持ちだ」

 

渡された書状を読み始めたリッカの瞳から、次々涙が溢れた。

「…お父様」

「いい親父さんだな! でさー、ずっと好きだったのか?」

…お前、しつこいよ!

 

「確かに最初は父の言うように、憧れとか、尊敬だったんだと思います。でも、カカシ先生とお話しする度にどんどん好きになっていって、国に帰ってからも、いつも、先生の言葉が支えになってくれて…。ずっと、ずっと、大好きで…、カカシ先生の隣に立っても恥ずかしくない人になりたいと思って、頑張ってこられました」

 

「キャーッ!!」サクラ達がなぜか悲鳴をあげる…。

 もー、帰りたい…。

 

 

「……」質問したナルト本人は、また、大口を開けて絶句していた。放心した挙げ句に

 

「ちょっ、隣に立って恥ずかしいのは、ぜってーカカシ先生の方だってばよ!」

 

マスクで分かりにくいが、オレの口元はひきつり、拳はプルプル震えていた。

それに気付いた部屋中の者が青くなって、ナルトを止めようとするが止まらない。

火影ともあろう者が、背後のこんな殺気を感じ取れないとは…。

 

「だってそうだろー。カカシ先生ってば、あの頃で既にオヤジだったけど、今はホントのオッサンだぜー。大丈夫かよー!ハンザイだよー!」

 

ゴツンッ!

 

オレは渾身の力をこめて拳骨をお見舞いした。

 

「…っ!痛ってーてばよー」

 

頭を抱えて机に突っ伏したナルトに言ってやる。

「ま、当時なら犯罪だけどもだ…、今は別にかまわんでしょ!」

オレがそう言うと、ナルトはニヤッと笑い言った。

「てことはー、先生もOKってことでいいんだな!」

「ま…、ダメとは言ってない!」

「だってよー、リッカ!よかったなー」 

リッカは真っ赤になっていた…。オイオイ、キミが言い出したんだよ…。

 

「でさー、でさー、シカマル! こーいうの何ていうんだっけ? おし…、おし…、押し込み強盗じゃなくってさー」

「それを言うなら、押しかけ女房だろ」

シカマルは思わず即答してしまってから、オレの様子に気付いて青ざめた。

 

「…キミたち、面白がり過ぎでしょ…」

 

オレがそれ以上言い返せないとわかると、部屋中が爆笑に包まれた…。

 

 

シカマルの言葉に耳まで真っ赤になったリッカが、改めてナルトに尋ねる。

「で、では、木ノ葉に住む許可を頂けると?」

 

「あー、それはオレじゃねーってばよ!」

 

ナルトの返事にリッカは困惑してオレを見た。

 

「ん…? 別に大名の許可とかは、要らないはずだけど…?」

 

「あー、もー! 先生まで忘れたのかよ!三代目のじいちゃんが言ってただろー。全部終わったらいつでも帰って来いって。だからー、三代目のじいちゃんがとっくに許可してるんだってばよ! やっと、全部終わったって事なんだろ? お帰り、リッカ!」

 

「はい!ただいまです!」この同じ場所で「木ノ葉に生まれたかった」と言ったあの時と同じように、泣き笑いしながらリッカは言った。

 

「じいちゃんとこにも報告に行ってやれよ! きっと喜ぶってばよ!」

「ん…、そうだね」

 

 

…三代目、あなたの意志は種子となり、遠い雪深い国でも、しっかり芽吹き、根付いたようですよ。

 

 

あの日と同じように、三代目も微笑まれた気がした。

 

 

 

エピローグ 願い

 

 

桜の花びらが舞い散る中、母親が忍術で作り出す雪で、双子が遊んでいる。

母親譲りの黒い髪を逆立て、父に似た生意気そうな顔の男の子と

父親譲りの白銀の髪を肩まで伸ばした、母似の愛らしい女の子

 

 

ナルトが生まれる前、オレはナルト達を戦争を知らない世代だと羨ましがった。

しかし、結局、彼らの時代も戦争が起こってしまった。

 

第四次忍界大戦の後、大きな戦は今のところ無い。

でも今も、世界の何処かでは争い、血を流し

命を落としている人もいるのだろう。

 

長い歴史の中で、人間はバカみたいに同じことを繰り返して生きてきたから

これからも、未来永劫、戦争を無くす事なんてできないのかも知れない。

 

次の世代が平和であることを願って、命を懸け、命を落としていった沢山の忍

生き残ったオレ達は、彼らの想いを繋げていかないといけない。

 

オレ達は、道に迷って傷つけ合い、たくさんの血を流した。

大切な人を亡くした悲痛な叫び、涙、たくさん見てきた。

 

だからこそ願わずにはいられない

 

一人でも多くの人が、オレ達のような悲しみを知らずに過ごせること

次の世代が一日でも長く平和で、一人でも多く戦争を知らない子供が増えるように

その子供が戦争を知らないまま一生涯過ごせるように。

 

 

どうか、この子達も戦争を知らない世代であるように…

 

 

 






エピローグが1話分に満たなかったので最後無理やり入れてしまいました…

これにて、「雪花の追憶」は終わりです。
最後まで読んでいただいてありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ


この後、カカシ真伝II 白き閃雷の系譜 という小説の予告編のようなプロローグを投稿します。
こちらは題名の通り、はたけサクモさんからカカシ先生へと繋がる物語になります。

こちらも読んでいただけると嬉しいです。

ただ、雪花と違って毎日更新はできません…。
雪花は書き上げた後に投稿を始めたのですが、白き…は書きながらになるからです(´;ω;`)

感想やご意見などお気軽にいただけると励みになります。
Twitter @kakashi0915aoi でもおkです!



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