ゼロ魔日記 (ニョニュム)
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よろしくお願いします。


○月×日◇曜日

 今日はトリステイン魔法学院に入学した。

 新しい生活が始まるのを記念して、今までの人生で一度も縁の無かった日記なんてモノを綴ってみようかとペンを持った次第である。

 とりあえず、初めての日記という事で、書きたいと思う事が色々とある訳だが、俺という人間を知って貰うには一言で片が着く。

 

 俺は“転生者”である。

 

 自分が“転生者”だと自覚したのはいつだったのか、正直な所、あまり覚えていない。

 それでも俺は“地球”で生まれ育った前世については明確に覚えている。

 俺の前世は普通の日本人で、仕事は何処にでもある営業系のサラリーマンをしていた。

 それに自分が死んだ時の記憶もしっかりと覚えている。死因は交通事故による出血死だ。

 別に、小さい女の子を助けたりして、大型トラックに轢かれた訳じゃない。

 結論から言ってしまえば、仕事帰りに疲労で集中力が切れた事による居眠り運転の単身事故である。

 

 勤めていた仕事場がブラック企業だった、と言えたら気が楽になれるのだが、俺の勤めていた会社はブラックでもなんでもない普通の会社だ。

 居眠り運転をした直接的な原因は俺の趣味のせいだろう。

 幸いな事に俺は肉親と呼べる人間がいない。所謂、過去ポとかに使える“児童施設”で育った人間である。

 まあ、請求する関係者がいない以上、事故で破壊してしまったガードレールや電柱は国民の皆様から集められた税金で支払われたに違いない。

 

 …………話が逸れてしまったので、話題を戻そう。

 

 俺は“転生者”である。

 

 何故、二回も記したかというとコレが大事な事だからだ。

 このネタで判ってくれた人には特に説明する必要が無いと思うが、判らなかった人の為に正直に書こう。

 言ってしまえば、俺は現実から逃げ出して、二次元に逃避行したオタクと呼ばれる人種だった。

 わざわざ日記を日本語で書いているのも理由がある。俺が第二の人生を謳歌しているこの世界は“地球”では無い“異世界”だ。

 それがつまりどういうことか。日本語で書いてあるこの日記を読める人間は俺だけである。

 どんな悪口や煩悩を書いた所でこの世界の誰にも読めないのだから、好き勝手な内容の日記を書く事が出来る。

 

 前世で生きた年数を通算してみれば、精神年齢だけで四十代前半のおっさんなのだが、そんな事を考えている時点で精神年齢が四十には程遠い。

 多く見積もっても、前世で経験した二十代半ばと言った所だ。

 

 まあ、俺の自己紹介はこのくらいで充分だろう。今更ながら、俺しか読まない日記に自分の自己紹介をして意味があるのだろうか。

 少し考えたら悲しくなったがそれはまあいい。大切なのはこれからの日々だ。

 

 冒頭にも書いてあるように俺は今日、トリステイン王国が誇る全寮制のメイジ育成機関“トリステイン魔法学院”に入学した。

 そう、トリステイン“魔法”学院だ。

 この異世界“ハルケギニア”に著作権と言う言葉は存在しないので平気だが、額に稲妻の傷を持つ少年が通う事になった魔法学院を思い浮かべて貰えばいいと思う。

 流石にあの世界ほど万能な魔法では無いが、ハルケギニアでも魔法が使える人間と使えない人間では隔絶した身分の違いがある。

 

 この世界で魔法を使える高貴な人間を貴族、魔法が使えない人間を平民と言う。

 ハルケギニアは魔法の有無で明確な身分の差が存在している。

 つまり、トリステイン魔法学院に入学して魔法を学ぶ俺は貴族として生まれ変わった。

 正直な話、貴族の中でも王家とちょっとした繋がりがある俺の実家はある程度裕福で、生まれついての勝ち組だった俺は特に生活する上で支障が起きたりしなかった。

 文化水準が明らかに日本より劣っていた為にPCや携帯ゲームと言った娯楽が無かったのは寂しかった。それでも無いなら無いでなんとかなるようなものだ。

 

 幼少期の俺は自分が“転生者”で、特別な人間であると勘違いを起こし、よくある転生モノのNAISEIチートに憧れて、色々と試してみた。

 まず、一つ目は、

 ・牛糞ぶちまけ豊作作戦。

 作戦内容はタイトル通りだ。その結果は失敗だった。

 自分でも本当にこれでいいんだろうか、と首を傾げながら、実家が管理する畑の一画を貸してもらい、牛糞を肥料として撒いたが駄目だった。

 むしろ、その畑の作物は軒並み腐っていき全滅、結果を伝えたら、両親にも大目玉を食らった。

 牛糞を何かで加工すれば肥料として使える筈なのだが、そこまで詳しい園芸の知識を持っていないので諦めざる終えない。

 

 それから、

 ・最強三権分立作戦。

 NAISEIチートの中でも最も判りやすい作戦である。

 思い付いたのだが、わざわざ旨い汁を吸っている貴族側の俺が、そんな政治革命を起こす必要は無いので、すぐに諦めた。

 このハルケギニアは貴族がヒルラルキーの頂点に存在している世界だ。

 それに、俺の家庭教師として来ていた貴族の人にペラペラと三権分立の思想を語った所で子供の妄言、と言って切り捨てられた。

 文字の読み書きすら出来ない平民が政治に参加する。

 それがどういう事態を招くのか。完膚無きまでに論破されてしまった。

 結局の所、時代と政治が合っていない。

 

 他にも、

 ・計算知識チート作戦。

 これは珍しく成功した。ハルケギニアは中世のヨーロッパに近い生活水準なので、計算方式の確立がまだされていなかった。

 

 他にも思い付く限り色々と試した訳だが、成功したり失敗したりでいつのまにか実家の中で奇人変人扱いされていた。総合的に見れば失敗した方が多いかも知れない。

 実家に与えた損害は馬鹿に出来ないが、奇抜な発想と共に実家へ与えた利益も大きい。

 両親からまことに扱い辛いと評価を受けていた俺は、厄介払い兼貴族の嗜みと人脈作りの為にトリステイン魔法学院に入学させられた。

 入学自体は予想も覚悟もしていたので、特に気にならないが、残念な事が一つだけある。

 

 実家だからこそ出来ていた、平民のメイドさんに対するセクハラの数々が出来なくなってしまう事だ。

 他の貴族が見ている前でそんな事をすれば、指を指して笑われてしまうだろう。

 この世界にはセクハラなんて言葉は存在しない。特に貴族と平民の間では逆らう事さえ許されない。そんな世界だ。

 

 勿論、俺の世話係である若いメイドさんの衣装はコスプレなどで見られる膝丈三十センチのミニスカート。実用性皆無の少しでも動けば、下着が見えそうになる変態仕様。

 一日に一回、メイドさんのミニスカの奥を覗けるかどうか、楽しみで仕方なかった。

 まあ、やり過ぎた為に、平民から“煩悩馬鹿息子”と呼ばれたり、思春期が近い出来の良い妹に汚らしい汚物を見るような軽蔑の視線を注がれたけど。

 実家暮らしの時は目を瞑っていた両親も、学院では控えるようにと度々忠告していたので、大人しく暮らしていこうと思っている。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 トリステイン魔法学院に入学してから既に半年が過ぎて、学院の生活にも充分慣れた。

 我ながら入学初日以外、一切日記を書いていない自分をどうかと思うが仕方ない。三日坊主にすらならなかった。

 半年振りに書いているこの日記だって、勉強机を整理していたらたまたま出てきたので書いているだけだ。

 とりあえず、日記に書くような出来事は起きていないので、近状報告でもしておこう。

 

 正直な話、結構な勢いでモテモテです。学院生活で煩悩を封印している俺は端から見れば、成績優秀・運動神経抜群・品行方正・上流家系・性格も悪くなく、外見もそこそこの優良物件で通っている。

 特定の誰かと付き合っていないので、ちょくちょくアプローチを受けたりしている。

 同じように女生徒に人気で友人であるギーシュ・ド・グラモンは不特定多数の異性と付き合っているようだが、俺には真似出来そうにない。

 友人と言えば、ギーシュ以外にも何人か面白い友人がいる。

 

 一人はトリステインに隣接する帝政ゲルマニアからの留学生であるキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。

 『火』の系統魔法を得意とするメイジで、その実力は俺の遥か上を往く。

 キュルケのことを一言で表すなら“爆裂おっぱい”に限る。

 たまにこちらをからかって、凶悪兵器を腕に押し付けてくる時は鼻の下が伸びないようにするだけで、精一杯だ。

 

 一人はタバサ。正直な所、タバサについてはあまり知らない。タバサ自身、詮索されるのを嫌うタイプのようだ。キュルケと仲良くしていたら、いつのまにか仲良くなっていた。

 あまり美味しくないハシバミサラダが大好物の“残念おっぱい”だ。

 

 一人はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

 トリステイン屈指の名門貴族であるヴァリエール公爵家の三女で、かなり遠縁であるが魔法学院へ入学する前から顔は知っている。

 名門貴族でありながら、四系統魔法はおろか、コモン魔法すら使えない彼女は同じクラスの皆から魔法が使えないゼロのルイズ、と馬鹿にされている。

 ルイズが魔法を使うと全て爆発して、失敗するのだ。

 公爵家の三女を馬鹿にする。俺からしたら戦々恐々であるが、この世界は魔法の有無がそれだけ重要とされている。

 しかし、普通に魔法を失敗すると爆発なんて起きないので、爆発も充分に魔法だよね、と皆に馬鹿にされて落ち込んでいるルイズに声を掛けたらぶん殴られた。

 それから少しずつ話をするようになり、仕事で失敗した後輩を励ますつもりで接していたらいつのまにか仲良くなっていた。

 よく話すようになって気付いたのだが、ルイズはスゲーツンデレだった。

 お互いに恋愛対象として見ていないが、ルイズがデレた時は相当なモノになるとオタクであった俺の勘が告げていた。

 

 

 

 

○月×日◇曜日(日記から抜粋)

 トリステイン魔法学院へ入学してから、既に一年が過ぎようとしている。

 明日は春の使い魔召喚の儀式がある。

 春の使い魔召喚の儀式とは簡単に言ってしまえば、二年生へ進級するに当たって、自分のパートナーとなる使い魔を召喚する儀式の事だ。

 二年生の進級試験も兼ねているので、使い魔召喚を失敗する事は許されない。

 やっぱり使い魔と聞いて浮かぶイメージはフクロウが強い。黒猫やフェレットなども思い浮かぶが、魔法少女で無い俺はフクロウに憧れている。

 

 

 

 

◇とある主人公の記憶◇

 今日は二年生へ進級出来るかどうかを決める春の使い魔召喚の儀式がある。

 どのような使い魔が出現しても大丈夫なように、学院の中庭に移動した俺達はコルベール先生の指示に従って、順番に使い魔を召喚している。

 メイジの実力を知るには使い魔を見よ、と言われるぐらい、メイジと使い魔は似たもの同士が多く、メイジとしての資質にも左右される。

 

 火系統の魔法が得意なキュルケはサラマンダー、俺と同じで風系統の魔法が得意なタバサは風竜と言った所か。風竜を召喚したタバサの資質はとんでもない訳だ。

 

 順番待ちで友達が使い魔と交友を深めている中、とうとうルイズの番が来た。

 本人は気合を入れて奮起しているが、その気合が実るかどうか。

 皆から“ゼロ”のルイズと揶揄されるルイズの登場に、使い魔と交友を深めていた生徒達もルイズに注目している。

 

 ルイズは深く深呼吸した後、浅く閉じていた瞳を大きく見開いて使い魔召喚の呪文を唱えながら杖を振り下ろす。

 

 ――――瞬間。

 

 激しい爆発音が中庭一帯に鳴り響き、爆心地から巻き上げられた土煙が視界を奪う。

 

「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」

 

 土煙が風に流されていき少しずつ視界が回復していく中、誰かの問いかけが聞こえた。

 爆発に紛れて極秘に用意した幻想生物を持ってくる。普段の誇り高いルイズなら考えられない手であるが、二年生への進級が掛かっている今回はやりかねない。

 それにしても平民を連れてくるなんて無茶にも程がある。

 ルイズにしてはらしくないミスだ、と首を傾げながら土煙が晴れるのを待っていた俺は爆心地の中心に立つ人物の出で立ちと顔を見て、思いっきり噴き出してしまう。

 

『やれやれ、随分と手荒い召喚だとは思ったがこれはどういう状況なのかな、マスター?』

 

 そこには赤い外套を風に靡かせて、ニヒルに笑う白髪の男性――――アーチャーが立っていた。

 

 皆が皆、突如現れた謎の使い魔(?)に注目している中で、俺は一人で何が起きているのか判らず、思考を停止させていた。

 

 『サモン・サーヴァント』で呼び出された英霊(サーヴァント)

 確かにサーヴァントには違い無いが、全然違う。

 アーチャーの姿を見て、平民と呼んだ生徒の気が知れない。

 いくらなんでもアーチャーから発せられる威圧感を感じ取れば、平民で無い事ぐらいは理解出来る。

 現実逃避をしている内に、ルイズとアーチャーが契約をしていた。

 

「後は君で最後だ。時間も押しているので、よろしく頼むよ」

 

 ぽかんと口を開けて、その光景を眺めていた俺に、コルベール先生が話しかけてくる。

 

「はい、判りました」

 

 一旦、アーチャーの事を頭の隅に追いやり、深呼吸をしてからフクロウがでますように、と祈りながら杖を振る。

 

 ――――瞬間。

 

 再び爆発が起きて土煙が視界を奪っていく。

 

『ちょっと、ルビー! 何がどうなってるの! ここは何処よ!』

 

『アハー☆、私にも判らない事はあるんですよ~! まあ、今回は外部から強制的に召喚されたって所ですかね~』

 

『イリヤ、少し落ち着いた方が良い。私達を囲むように人の気配がたくさんある……』

 

『落ち着くのは賛成です。事情を知っていそうな方がいますから話を聞いた方がいいと思います』

 

「イリヤ……だとっ!」

 

 聞こえてきた声と妖精に見間違う愛らしいその姿を確認した俺は考えるのを止めた。

 

「ハッハッハ、早く『コントラクト・サーヴァント』しないとな」

 

 のそのそとイリヤの前まで近付くと、警戒心丸出しのイリヤに笑いかける。

 

「だ、誰ですか?」

 

「――――君達のご主人様になる者です」

 

「っ!? 近寄るな、変態いぃぃぃ!」

 

 イリヤの肩を掴もうとした時、リリカルでマジカルな魔法少女の杖にぶん殴られて、俺は意識を手放した。

 



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○月×日◇曜日

 一応、昨日についてのことを記しておく。ルイズがアーチャーを、俺が魔法少女なイリヤと美遊を召喚したことで一悶着起きたらしいが春の使い魔召喚の儀式自体は無事に終了して、全員二年生へ進級することが出来た。

 

 “らしい”と言うのは俺がマジカルなステッキでイリヤにぶん殴られた後、意識を手放して気絶した俺をどうするか色々と揉めていた所をオスマン学院長が通りかかり、軽いパニックになっていた周囲を落ち着かせると俺の目が覚めてから色々話し合えばいいと言い、鶴の一声でその場は解散となった。

 

 保健室のベッドの上で目を覚ました俺は看病してくれていた保険医の先生からこの件について聞かされた後、俺が事故で召喚したイリヤと美遊、ルイズが召喚したアーチャー達が保護の話とそれに伴う交渉の話を学院長室で詰めていると聞いて、学院長室を訪れた。

 

 学院長室へ移動して、オスマン学院長から大雑把な話を説明してもらい、内容を把握する。イリヤ達とアーチャーの様子を見れば、お互いに打ち合わせする時間など無かったようで、基本的にオスマン学院長とアーチャーが交渉を進めて、その境遇をイリヤ達にも適応する、といった所だ。

 

 俺が学院長室へ到着した頃にはだいぶオスマン学院長とアーチャーの交渉で話が煮詰まっていたようで、召喚した使い魔として“衣食住”とある程度の自由意志を保障する代わりに、誘拐紛いの召喚を認めて、メイドや執事としてイリヤ達が雇われることで話が着いていた。

 

 ルイズは明らかに不満そうな表情を浮かべて話を聞いていたが、“人間”を使い魔として召喚する前代未聞の出来事なので、普通の使い魔とは違うことをオスマン学院長に解かれて、そういうなら、と納得していた。俺としてもお互いの立場を考えたらその辺りが妥協点だとは思っていたので、特に異論することなくその提案を受け入れた。

 

 その一方で、リリカルでマジカルなカレイドステッキがメイドだ、メイドだ、と連呼し、狂喜乱舞してイリヤをチクチクと苛めていた。まあ、その結果としてイリヤから物理的に黙らされたので自業自得だろう。ステッキが壁にめり込むほどの力って、どれだけ強いんだろうか? そんなことを思ったのは秘密だ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 やはりと言うか当然と言うか、元々、一人部屋として生活していた俺の部屋で、イリヤと美遊の三人で生活するのには無理があった。三人で同じ部屋で生活すると大前提としてベッドが足りない。ここ数日は二人にベッドを譲って、俺は椅子で寝る生活をしていたのだが、それも限界に近い。なにより、相手は子供とは言え女の子だ。一つの部屋で生活するのはお互いに気を使う。

 

 しかし、そんな生活をずっと続けていく訳にもいかないのでオスマン学院長に相談することにした。その結果、メイドとして学院の仕事を手伝うことを条件にイリヤ達専用の部屋を用意してもらえることになった。ただ、部屋の場所は俺の使い魔という体裁があるので隣の部屋となっている。男子寮なので、色々と不便な所があると思うがそこは妥協して貰った。契約である“衣食住”の住は一応確保出来た。

 

 他にも衣に関しても、オスマン学院長が手配してくれたメイド服と学院の清掃していたシエスタというメイドを捕まえて、適当な肌着と衣服を買って来てもらった。その縁でイリヤ達とメイドは仲良くなったようだ。食に関してもオスマン学院長の許可を得て、食堂での食事が出来るようになった。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 お互いにどのように接していいのか分からなかった俺達は距離感が掴めないちぐはぐな主従関係にあったが、原作でもメイドをしていた美遊の働きで少しずつ今の環境に適応し始めた頃、頭の痛くなる出来事が友人から俺の耳へ届けられた。

 

 なんと、学生の憩いの場であるヴェストリの広場でアーチャーとイリヤと美遊対ギーシュの決闘騒ぎが起きている。そんな話を聞かされた俺は慌ててヴェストリの広場へ駆けつけて、野次馬として見学していた生徒を捕まえ、事の発端を知る生徒から事情を説明して貰った。

 

 なんでもヴェストリの広場の知覚にある休憩場で、メイドの仕事をしていたイリヤがギーシュの落とした香水を拾ったのでギーシュに返そうと渡したのだが、ギーシュは知らぬ存ぜぬの一点張りで押し問答をしていた所、ギーシュへ香水を渡した人物が同じ学年であるミス・モンモランシーと判明。間の悪いことにギーシュと一緒にお茶を楽しんでいたのはミス・モンモランシーではなく、ケティと言う一年生だったとか。

 

 皆が見ている前で完膚無きまでに振られたギーシュは振られた腹いせにイリヤへ苦言を呈し、二股を悪いと思っていないギーシュへカチンときたイリヤが売り言葉に買い言葉。あーだこーだと口論になって揉めていた所に、イリヤのことになるといつもの冷静さが吹っ飛び、頭に血が上っている美遊が登場。

 口論が更なる激化を辿っていた時にたまたま通り掛かったアーチャーが無理矢理割り込んで今の状況へ至るらしい。イリヤ達のことをただの平民だと思っているギーシュは余裕綽々の態度で三人を相手にすると宣言し、特にその挑発に乗ったイリヤと美遊は変身こそしていないがメイド姿のまま、その手にはルビーとサファイアが握られていて、戦闘準備万端の状態だった。

 

 色んな意味で、特にギーシュの身の安全とプライドの為に慌てて盛り上がっているギーシュ達の間に割り込んだ俺はギーシュを説得することにした。

 “貴族とは~”から始まった説得は“平民とはいえ、女性であり、子供でもあるイリヤ達に手を上げるのはギーシュのような紳士のすることではない”と説得を行い、“使い魔の起こした不祥事は主人である俺がつける”と頭を下げて、ギーシュに退いてもらった。

 

 説得の時にイリヤ達を許した方がギーシュの貴族としての器が大きく感じられる印象を持つような話の展開へ持っていったことが正解だったようだ。イリヤは終始不満そうな表情を浮かべて地団駄を踏んでいた。しかし、その頃には冷静さを取り戻していた美遊に説得されていた。アーチャーは決闘勃発を防いだ俺を見て、感心した様子で頷きながら楽しそうに笑っていた。

 

 

 

○月×日◇曜日

 今日は虚無の曜日だった。

 分かりやすく言えば学院が休みの日だ。この虚無の曜日を利用して、ルイズと打ち合わせをしていた俺はイリヤ達を引き連れて街へ出掛けることにしていた。

 オスマン学院長との交渉でイリヤ達には最低限の衣食住を確保してある。しかし、裏を返すとはっきり言ってしまえば本当に最低限の衣食住しか用意していない。ルイズは使い魔にそれだけ用意してあげれば十分だ、とごねていたのだが、アーチャーやイリヤ達の持つ力を知っている俺としては敵意がこちらに向かないくらいの娯楽を提供してやるべきだ、と言ってルイズを説得した。働くだけ働いて、ストレス発散する方法が無い場合にこんな生活はもう嫌だ、と反逆されたら困るのはこちらだ。

 

 買い物相手にルイズを選んだのには他にも理由がある。それはイリヤ達だけではこの世界の通貨レートを理解出来ていないからだ。美遊に限ってみれば、なんとなく理解したようだったが、念には念を、と思い、ルイズを誘っておいた。本当ならば、俺がイリヤ達と一緒に買い物をすればいいだけなのだが、いくらイリヤ達が幼い子供と言っても、一人の立派な女の子である。欲しい買い物の中には男子禁制や居心地の悪いお店もいくつかある筈。その時の為にイリヤ達だけでは不安なので、保険としてルイズに付き添ってもらうことにした。正直な所、キュルケやタバサの方が適任かもしれないが、情報交換をする意味合いもあったので、ルイズに頼んだ。

 

 イリヤ達が女の子としての必需品を探してお店を渡り歩いていた頃、俺とアーチャーの二人は俺の頼みを聞く代わりに頼まれたルイズのお願いに答える為、一緒に街にある武器屋を見て回っていた。目利きというほど剣に精通している訳では無い。それでもある程度なら剣の良し悪しを見抜ける俺はルイズのお願いに答える名目として、アーチャーが使用する武器を探し回っていた。

 

 正直な話、なんて不毛な行為なんだ、とげんなりして心の中で溜息を吐いた。だからと言って、アーチャーの魔術を知らないルイズがアーチャーへ何か武器を持たせようと考えても不思議ではない。ギーシュとの乱闘騒ぎでアーチャーだけ丸腰だったからだ。

 

 それにアーチャーの魔術がこのハルケギニアで発動するのかどうか、知る術は無い。勿論、用意周到なアーチャーのことなので、異世界であるこの世界に召喚されて初めに確認したことではあると思うが、馬鹿正直にどうだった? と質問するのは論外。口外にアーチャーのことは知っています、と情報をばらすだけだ。もしそうなったら深い追求をされて、色々とややこしい展開になっている筈。

 

 そんなことを考えながら何軒か武器屋を見て周り、新しい武器屋へ入店した時、ソイツと出会った。

 

 意志を持ち、自分の心を持って、喋る魔剣。“インテリジェンスソード”のデルフリンガー。俺にはただ錆びたボロボロの剣にしか見えなかったのだが、アーチャー自身が他に飾られている名剣などに目もくれず、掴み取って選んだ一本だったので、アーチャーのことを信じて、ルイズから預かったお金を支払った。

 

 アーチャーは見た目ボロボロの剣を選んだ自分へ苦言を呈すかと俺の方を確認したが、正直に目利きに関してアーチャーの方が優れていると認めたことに少しだけ驚いていた。

 

 ……張り合うこと自体が無意味で無駄な行為であることは理解している。それでも、本当のことを言えば、デルフリンガーがボロボロの剣にしか見えなかったことが悔しかった。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 最近、“土くれのフーケ”なる盗賊メイジがトリステイン中の貴族を恐怖に陥れて、大暴れしているという話を耳にした。だからと言う訳でも無いのだが、昔は毎日のようにやっていたけど、最近は全くやっていなかった朝練を久しぶりに行なってみた。朝練と言っても、そんな大したことをする訳では無い。魔法を使う為に必要な精神を鍛える為の瞑想や杖が無かった場合を想定した格闘術、杖を剣の代わりにするブレイドと呼ばれる魔法を使った剣術程度の練習だ。どちらかと言えば、身体を動かすことを目的にした練習なので向上心などはあまり無い。メイジの命とも言える杖が無い場合でも何かあれば逃げ切れるだけの体力が欲しいと思って始めたことだ。

 

 そんな鍛錬とは言えない朝練をしていたら、いつの間にか朝練を見ていたらしいアーチャーに声を掛けられた。何の話だ、と内容を聞いていたら、一言で言えばアドバイスだ。格闘術の動きに無駄があるとか瞑想に集中出来ていなくて、ムラがあるとか。指導者がいない鍛錬で、自分で考えた訓練メニューだ。そんなことは充分承知している。アーチャーの指摘に少しだけイラっときた。その無駄やムラを無くす為の鍛錬をしているのだ。

 

 知識としてアーチャーの強さは理解しているつもりだ。パソコンの画面越しに眺めていた時とは違う、今の俺は戦う為の力を持っている。今の自分がどれだけ英霊(サーヴァント)と呼ばれた存在に通じるのか、試してみたくなった俺はアーチャーへ挑んだ。勿論、五分もしない内に一蹴されたけど。

 

 しかし、それからの朝練にアーチャーとの組手が追加された。一応、勝敗条件があり、俺の勝利条件は三分間、アーチャーの攻撃を杖なしの格闘術でしのぐというモノ。大前提に朝練の目的が逃げることと明確なので、アーチャーの指導も逃げることに特化した指導だった。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 昨日、大変な出来事があった。この間、日記に書いたばかりである“土くれのフーケ”が魔法学院を襲撃したのだ。宝物庫の中にあった“破壊の杖”と呼ばれるマジックアイテムを盗んでいったらしい。学院中が大騒ぎしている中、俺は何故かオスマン学院長から呼び出しを受けて、学院長室を訪れていた。

 

 このような事態の時に何事だ、と慌てて学院長室を訪れた俺を待っていたのはルイズにキュルケ、タバサといった学友からアーチャー。そして俺の使い魔であるイリヤ達だった。何を仕出かしたのかと戦々恐々していた俺はオスマン学院長から状況説明を聞かされる。

 

 なんでも昨日の晩、イリヤ達は“何故か”フーケが宝物庫を襲撃した現場に居合わせていて、犯人を目撃した人間として捜索隊に参加したいと言い出したのだ。勿論、イリヤ達は俺の使い魔であり、このような事態の決定権は俺が握っている。いくらなんでも最初の交渉で取り決めしたある程度の自由を簡単に超えている。イリヤ達の方を向いて説明を求めるが露骨に視線を逸らされてしまい、話にならない。イリヤ達なりの事情があるのだろう、俺は嫌味の一つに聞こえるような大きさで溜息を吐いて、“土くれのフーケ”を捕らえる捜索隊へ参加を希望した。

 

 そこから先は早いもので、昨日の内にオスマン学院長の美人秘書であるミス・ロングビルが見つけたらしいフーケのアジトへ向かう。辿り着いたフーケのアジトは深い森のそのまた奥にある廃屋。少なくともトライアングルクラスのメイジであるフーケのアジトへ突撃するのは馬鹿のやることだ。

 

 全員で作戦会議を行なった結果、タバサが提案した作戦でいくことになった。作戦内容は偵察兼囮役の人間を向かわせて、フーケに囮の存在を気付かせる。口封じの為にフーケが廃屋から出てきた所を他の全員で強襲する手筈となっている。

 

 偵察兼囮役として、アーチャーとイリヤ達が名乗りを上げた。しかし、俺がそれを却下した。アーチャーは別にいい、その実力は身に染みて分かっている。それはともかく、俺はイリヤ達の戦闘能力を“知らない”のだ。アーチャーの件があるので、俺より遥かに強いのは知っている。それでも却下だ。どちらにしても年下の女の子に危険なことをさせる訳にはいかない。それだけは有り得ない。

 

 そんな俺の小さな男のプライドにアーチャーは楽しそうに笑った。

 

 結局、偵察兼囮役は俺とアーチャーに決まり、廃屋へ偵察に向かう。その結果、廃屋は無人状態で放置されていて、慎重に廃屋へ侵入した俺とアーチャーは“土くれのフーケ”に盗まれたマジックアイテム“破壊の杖”を発見して、その姿に動揺した。

 

 何故、こんなモノが……、と考えていたその時だった。廃屋の外からルイズ達の悲鳴が届いた。慌てて廃屋の外へ飛び出した俺とアーチャーが見たのは巨大なゴーレムがただの土となって崩れていく姿。巨大なゴーレムだったモノをただの土へ帰した犯人は悠然とソコに佇んでいた。

 

 足下まで届く美しい紫の長髪に妖艶な色気を感じさせる長身、眼を覆うアイマスクをした彼女の周りには黒い霧が纏わりついていた。

 

 ――――その正体は黒い獣。

 

 

 

 

◇ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの記憶◇

 

 

 本能が私を刺激する。

 アレは関わっていけない存在だと。

 アレは認識してはいけない存在だと。

 アレは出会った瞬間、命を刈る災禍だと。

 

 

「ハルケギニア組は全員逃げろっ!」

 

 

 焦った様子で叫ぶアイツの声を聞くまでもなく、私の身体は既にあの黒い霧を纏った女性から逃げ出していた。

 

「イリヤと美遊は俺達を安全圏内へ運べ! その間はアーチャーがライダーを止めろ!」

 

『あはー、色々と聞きたい事がありますがまずは指示通りに動いた方が良さそうですねー』

 

「それはこっちの台詞だ! なんでこっちの世界に黒化した英霊(サーヴァント)がいる! ここには聖杯もクラスカードも無いんだぞ!」

 

 インテリジェンスステッキ? とでも呼べばいいのだろうか。いつのまにかメイド服から見慣れない格好へ変わっているアイツの使い魔であるイリヤと美遊に担がれてもの凄いスピードで移動する私達を他所にアイツと喋る杖が揉めていた。

 

『いや~、そこまで知っている事には驚きですがクラスカード自体はこの世界にも存在するじゃないですかー』

 

「まさかっ、お前等っ!」

 

『はい~、召喚された拍子に飛び散った様ですー』

 

 喋る杖とアイツが話している内容は全く理解出来ていない。ただ、アレの存在に関わる何かである事は理解出来た。

 

「馬鹿野郎!? こっちの世界なら神秘補正や知名度補正を受けないだろうがそれでも化け物だぞ! なんで鏡面界じゃなくて現実なんだ!」

 

『ええ、ですから私達が回収に来ているんじゃないですかー。フーケさんの襲撃に立ち会ったのもクラスカードを探している時です』

 

「ああ、もうっ! イリヤ、美遊、ここでいい! ライダーの正体はわかってるか?」

 

『いやー、ライダーの宝具が使われる前にぶっ飛ばしましたから詳しい正体はあまり……』

 

「メデューサだ。宝具や魔眼の効果はアーチャーに聞け! アイツは並行世界の第5次聖杯戦争を経験した英霊(サーヴァント)だ!」

 

『まあ、ここまで具体的な情報が出てくるとは正直驚きですが今はリリカルでマジカルにがんばりましょうか、イリヤさん』

 

 そう言って二人の少女は遠くからでも分かる戦場へ向かっていった。

 

 

「…………」

 

 戦場をジッと眺めるアイツに声をかける事は出来なかった。ただ分かる事はアイツがあの黒い霧を纏った女性について知っている事。

 

「……、ああ、安心していい。ライダーぐらいならあの三人で相手をすれば余裕だ」

 

 私の視線にアイツはそう答えてソレを証明するかのように少し時間が経ってから、ボロボロの姿だけど三人とアーチャーの肩に担がれたロングビルが姿を現した。

 



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○月×日◇曜日

 初めに言っておこう。トリステインを騒がせた盗賊メイジ“土くれのフーケ”による“破壊の杖”強奪事件は解決を見た。謎の盗賊“土くれのフーケ”の正体はなんとオスマン学院長の秘書でもあったミス・ロングビルであった。穏やかな雰囲気と一歩下がって相手を立てる性格は正体を隠す為の演技であり、すっかり騙されていた俺は女の顔の使い分けに戦慄した。

 

 何故、ミス・ロングビルが“土くれのフーケ”と判明したのか。それはイリヤ達のお蔭である。黒化したライダーと対面した俺達は後先考えずに後退して、ライダーとの戦いはイリヤと美遊、アーチャーにしか任せることが出来ない。

 

 黒化してもライダーはライダー。イリヤ達三人を相手にして一歩も引かない戦いぶりを見せていたのだが、やはり多勢に無勢。三人が連携して戦えば、結果は明白。激闘の末、ライダーは撃破されて、クラスカードへ戻る。

 

 三人が一息した所、ライダーから逃げ出す為に俺が放り投げてしまった“破壊の杖”を持って抜け出そうとしていたミス・ロングビルを発見。怪我はないか、とイリヤが声を掛けた所で、黒化したライダーとの次元が違う戦いを目の当たりにしたミス・ロングビルは錯乱状態に陥っていて、半ば自棄になった状態で“土くれのフーケ”としての本性を現して、この場から脱走する為にイリヤ達へ突然の不意打ち。不意打ちに大騒ぎしているイリヤ達を放っておいて、ミス・ロングビルが“土くれのフーケ”では無いか、と疑っていたアーチャーが音もなく首筋へ手刀を叩き込む。気絶した所を拘束して、連れてきたという訳だ。

 

 どうして、アーチャーが最初からミス・ロングビルを疑っていたのか。説明を聞いてみれば納得がいくものであり、“土くれのフーケ”が学院の宝物庫を襲撃したのは夜。当然、学院から逃げ出した時間も夜だ。しかし、ミス・ロングビルは“土くれのフーケ”の潜伏場所が判明した時、フードを被った男と断言した。地球より朝の早いハルケギニアでは寝付くのも早い。夜中に“土くれのフーケ”を目撃した人間は本来なら皆無であり、夜という暗闇の中で、フードを被った人間の性別を判断するのは至難の業だ。イリヤ達が分からなかったのに、その辺にいる平民がどうやって性別を見分けたのか。アーチャーは見事な推測で、ミス・ロングビルを最初から疑っていた。

 

 “土くれのフーケ”を捕らえ、“破壊の杖”を取り戻した俺達は意気揚々と学院へ帰還し、フーケをオスマン学院長へ引き渡した。その後、フーケを捕らえた褒美として、なんと“シュヴァリエ”の爵位をトリステイン王国から授爵した。正直な所、棚から牡丹餅が落ちてきた展開であったが、断るのも変なので喜んで授爵した。

 

 その日の夜にあった“フリッグの舞踏会”では学生の身分でありながら“シュヴァリエ”を授爵した俺と関係を持とうとする人で溢れていた。その中でも少しばかり過激なアプローチを仕掛けてくる女生徒が数名ほど現れた時は流石に頭が痛かった。正直に言って、俺の腕へ柔らかな胸を押し付けて腕組みする女生徒相手に鼻を伸ばすな、というのは拷問に等しい。イリヤ達の手前、色々と我慢したけど、これが自分一人の手柄だったらどうなっていたか分からない。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 当然と言えば当然のことかも知れないけれど“フリッグの舞踏会”があった翌日、俺はイリヤと美遊が暮らしている隣の部屋に呼び出されていた。まあ、それ自体はどうでもいい。あの時は黒化したライダーが目の前に現れたことで気が動転していて、ハルケギニアに暮らす俺が“知っている筈の無い”知識をペラペラと垂れ流して、ルビーと口論してしまった。呼び出されること自体は予想済み。イリヤ達にとって“知らない筈の知識”を持つ俺の正体は何者なのか、怒涛のイベントで時間の都合が合わなかったが本来なら真っ先に確認する事柄である。

 

 イリヤと美遊、二つのカレイドステッキは当然として、アーチャーとルイズくらいならいるんじゃないか、と思いつつ、イリヤ達の部屋を訪れた俺を待っていたのはイリヤ達とルイズ達――――だけではなく、キュルケやタバサと言った捜索隊に志願して、一緒に戦った皆が俺を待っていた。流石にこの状態で誤魔化すことが困難なのは理解している。俺は誤魔化す為に用意していた説明をした。

 

 “電子虚構世界(セラフ)”――――聖杯が作り出した月の世界。

 そこで行なわれた血で血を洗う聖杯戦争。

 最弱とも言われるキャスターの英霊(サーヴァント)である“玉藻の前”をパートナーとして駆け抜けてきた戦場の数々。

 聖杯戦争の勝者として、地球の事象を観測し続けた聖杯を手に入れて、“根源”の一部へ触れた事。

 そして、バグとして消去される未来しか残っていなかった俺が気付いた時にはこの世界ハルケギニアへ生まれ落ちた事。

 

 俺の説明を聞いて、イリヤ達はなんとなく納得した様子で頷く。説明を聞いても理解出来なかったルイズ達には前世の記憶があり、それがイリヤ達と同じ世界だったと説明した。

 

 当然、真っ赤な嘘である。しかし、その事実を確かめられる人間はいない。それに嘘のポイントを押さえた説明だったので、納得してくれたようだ。人間は嘘に嘘を重ねるといずれ矛盾した点が出現して、理論が破綻してしまう。だが、逆に言ってしまえば聖杯クラスまで話題を大きく広げて、矛盾なく説明を終えることが出来れば、それは限りなく真実へ近い嘘になる。

 

 前世の俺は聖杯を手に入れた魔道師だった。それで“知らない筈の知識”を持っていることについて解決した。勿論、同時にハルケギニア中に散らばったクラスカードの回収に関して、最大限の協力をすると約束した。荒唐無稽な話であることから、被害が出るまでトリステインへ報告するのは止めておく。説明した所で信じてもらえる要素はなく、いらない不安を煽っても仕方ない。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 朝の鍛錬を始めてから既に数日、朝練の成果という奴だろうか。今日は初めてアーチャーとの模擬戦で三分間を無傷で逃げ回ることが出来た。正直な所、ギリギリ逃げ切れた、というのが本音で、第三者の立場から俺達の鍛錬を見たら、俺が無様に地面を転がって逃げているようにしか見えない。実際にその通りであり、毎回詰め将棋みたいにアーチャーの好きなように誘導されて一撃を貰っていた俺としてはたとえ無様だろうと大きな進歩だ。

 

 アーチャー自身も満足そうな表情で頷いて、逃げ切ることだけに集中して鍛錬をしたおかげで予想以上の成長速度だと褒められた。勿論、アーチャーから褒められるのは嬉しい。しかし、俺との鍛錬でアーチャーが本気を出す筈もなく、限りなくギリギリのラインまで手を抜いて戦った模擬戦の結果なので素直には喜べない。

 

 アーチャー曰く、今の実力でも一対一の状況に限れば、その辺りにいる傭兵相手に杖を持たなくても充分に逃げ切ることが出来るらしい。それと逃げるだけでは自分の身を守ることは出来ない。アーチャーの剣技はアーチャーに特化した独特の剣術であるが、剣術の基本ぐらいなら指南出来るようなので、指南してくれるようにお願いした。黒化した英霊(サーヴァント)との戦いで俺が足手まといでしかないことは納得しているし、理解している。

 

 しかし、それでもせめて自分の身は守れるぐらいの。

 大切な人や友達が守れるくらいの力が欲しかった。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 朝の鍛錬をしていると俺の指導をしてくれているアーチャーが、ある男子生徒の首根っこを掴んでズルズルと連れてきた。男子生徒の名前がギーシュ・ド・グラモン。イリヤ達が学院で暮らし始めた頃、色々とトラブルを巻き起こした間柄の人物だ。俺個人とは仲良くしているけど、その場にイリヤ達がいたらなにかしらイリヤかルビーと口論している。他人の使い魔とは言え、メイドと口喧嘩など普通なら考えられないことであるが、言い負かされても貴族の特権階級を振り翳さないのは感心する。

 

 じたばたと脱走を図るギーシュを余所に、何故連れてきたのかアーチャーに尋ねてみると俺の為らしい。一対一がある程度形になったから次は一対多数の逃走訓練が俺を待ち構えている。スパルタ気味だけど、アーチャーの中で俺がスパルタに耐えられるぐらいに成長したと思ったら、少しだけテンションが上がったのは秘密である。

 

 そういえば何故、アーチャーはギーシュがゴーレムを使えることを知っているのか。イリヤ達とのトラブルは避けられたので、アーチャーとギーシュの接点はあまり無い筈。疑問に思って尋ねてみた所、ギーシュは露骨に視線を逸らして身体を震わせて何も語らず、アーチャーは小さな失笑をしただけ。

 

 要領を得ない二人に首を傾げた俺であったが、そういえば最近、俺の関わっていない場所で決闘騒ぎが起きたとか噂で耳にした。ああ、と納得した俺はなにやっているんだ、とギーシュへ呆れ、大人気無いアーチャーにも溜息を吐いた。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 朝の鍛錬をギーシュと積むようになってから気付いたのだけど、ギーシュのゴーレムが本当に強い。個々としての動きだけなら緩慢で鈍重、アーチャーと模擬戦を繰り広げた俺からすれば全然脅威にはならない。しかし、ギーシュのゴーレムが本領発揮するのは一対多数の集団戦において。ゴーレムの数が増えれば、単純な理論で注意力は分散されてしまう。アーチャーの言い分では個々の動きを統率するギーシュもまだ未熟であり、単調的な行動パターンしか命令出来ないので、後はタイミングを合わせれば相手にならないとか。

 

 最初に言っておくが俺は剣による戦い方を訓練している訳じゃない。メイジなのだから、魔法を主力においてサポートとして剣が使えればと思っているだけだ。アーチャーやイリヤのようにガツガツ前線で敵と刃を重ねる魔法戦士を目指している訳ではない。メイジ相手に四方からの同時攻撃をどう避けろと言うのだ。最近、確かに剣の鍛錬が楽しくなってきたのは事実だけど。

 

 しかも、鍛錬を重ねるにつれてギーシュも手馴れてきたらしく、ゴーレムの形状を少しだけ変化させてみたり、間合いの違う得物をゴーレムに持たせてみたり、少しずつ組織的な動きを見せたりと色々な工夫をしてきている。それがかなり効果的な運用なので始末が悪い。負け越してきているので、少し得意げなギーシュに腹が立つ。その内にギーシュのゴーレムを華麗に翻弄するぐらいの実力になってみせると心に誓った。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 一緒に昼食を取っていたキュルケ達に指摘されて知ったことだけど、いつのまにか俺の朝の鍛錬が学院内でちょっとした噂になっているとか。その内容の殆どは誇り高い貴族の人間が何処の馬の骨ともしれない平民に教えを請い、無様に地面を転げ回り、泥だらけになる。貴族としての誇りがどうのこうのと言った感じのモノだ。

 

 その事をキュルケから聞かされた俺は失笑してしまった。確かに貴族として平民の上に立つ自覚を持ち、誇りを持つのはいいだろう。しかし、俺達はまだ学生で、自己鍛錬を重ねる時期なのだ。誇りだけで強くなれるのなら誰だって苦労しない。努力する姿なんて基本的に無様な姿で、滑稽な光景で当たり前。自分に足りない物、自分が持っていない物を手に入れようと手を伸ばして努力するのだ。見てくれは無様にもなる。

 

 それでも貴族としての誇りを盾にして己の非力から視線を逸らす人間より、無様でも努力する人間の方が尊いモノだと思っている。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 こういうものはどこの世界も一緒なのだろう。俺達が通っているトリステイン魔法学院は学院の名前を冠しているので、勿論、沢山の先生がいる。その中で生徒から人気の先生もいれば、逆に生徒から嫌われている先生も存在する。“疾風”のギトー。二つ名の通り、優秀な風系統のメイジであるがギトー先生は生徒から嫌われている。

 

 それもその筈。ギトー先生の授業は最初に風系統の魔法がどれだけ優れているのかという説明から始まる面倒な教え方。少なくとも毎回同じ説明をしているので、生徒達はギトー先生の話を殆ど聞き流している。

 

 元々、大前提として、ハルケギニアでは自分の得意な属性を一番優れた属性と考える風習がある。その辺りがピンと来ない俺にとって、自分の得意な属性に誇りを持つことは間違いじゃないと思うが、それを他人へ押し付けるのはいただけない。生徒に物を教える立場の先生がそんなことを言い出すのだから、手に負えない。

 

 授業中に俺の方をチラリと見た後、朝から土遊びしている貴族がどうのこうの、と言われた時にはイラっと来た。頭にきたので嫌味の一つでもギトー先生へ言い返してやろうかと思ったけど、悔しいがメイジとしての腕前はギトー先生の方が上なので我慢した。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 今日は本当に良い日だ。なんと今日は急なイベントがあり、ギトー先生の授業中、慌てた様子で教室へ飛び込んできたコルベール先生は飛び込んだ拍子にずれてしまった金髪のカツラを整えながら、とんでもない発言をしてギトー先生の授業を中断した。

 

 それはトリステインが誇る王女――――“トリステインの美貌”とも謳われた絶世の美女、アンリエッタ様がゲルマニア訪問の帰り道にトリステイン魔法学院を訪れるというものだった。

 

 勿論、学院全体でアンリエッタ様を御出迎えすることになり、初めて拝見したアンリエッタ様の姿は“トリステインの美貌”と謳われた通りで、眩暈がするほどの美人だった。相手が王女様でなければ、絶対に声を掛けていた。

 

 アンリエッタ様を出迎えた時に、目が合ったとテンションがハイになっていた俺へイリヤ達が蔑むような視線を送っていたけど、男はいつまで経っても美人には弱い。これは真理だ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 今日は朝の鍛錬に、ギーシュとアーチャーの二人が姿を現さなかった。鍛錬している時は少しだけ疑問を抱いたけど、二人して寝坊する日もあるか、と特に気に止めず、鍛錬を始めた。鍛錬を始めて、二人がいないことで初めて気付いた訳だが、一人で鍛錬を積むのと皆で鍛錬を積むのでは効率が段違いだった。仕方ないので今日の鍛錬は瞑想をメインに据えて鍛錬した。

 

 朝の鍛錬が終了して学院の授業が始まった時、クラスの中でちらほらといない生徒がいた。その人物はルイズにキュルケ、タバサにギーシュといった俺とよく一緒にいる友達ばかりだ。明らかに俺が仲間外れにされているし、皆が何をしているのか全く予想出来ないので、蚊帳の外にされた俺はちょっとだけ寂しかった。

 

 授業が終わったその日の夕方。自分の部屋でのんびり読書していた俺は部屋へ飛び込んできたイリヤ達の話を聞いた。なんでもクラスカードの発見と存在する拠点を発見したとか。

 

 そして、イリヤ達にクラスカードが存在する場所を聞いて、頭を抱える。

 

 “白の国”――――浮遊大陸アルビオン。学院に届く噂の中で一番の危険地帯。アルビオンは内乱が勃発している国だ。

 

 

 

 

◇アーチャーの記憶◇

 彼に対して、一番初めに抱いた印象は言い表せない不信感だった。このハルケギニアという土地において召喚された使い魔が基本的にどういう扱いを受けるのか、この世界で過ごしていく間に目の辺りにしてきた。どういう過程を経て、イリヤ達が召喚されたのかは判らない。しかし、召喚した直後、主人である彼へ暴力を振るったイリヤや美遊に対して、彼はとても理解があり、年頃の少女として模範的な紳士の態度を見せていた。だからこそ、彼の行動は不自然だ。

 

 この異世界において平民と呼ばれる人間と特権階級である貴族との間には決定的な亀裂と深い溝が存在する。彼の使い魔として召喚されたイリヤ達とて、この世界ではただの平民でしかない。あれだけ他の貴族の視線が集まる場所で引き起こされた惨劇を許すのは普通なら有り得ない。貴族としての面子は潰れ、平民が貴族に手を上げた事実など揉み消して当然のこと。少なくともこの世界の常識であれば何かしらの折檻が起きてしかるべきだが、彼はイリヤ達にバツを与えたりしない。

 

 彼の性格もあるのだろう。年頃程度には煩悩を持っているようだが、基本的に人畜無害で、争いを回避する傾向を持つ彼。偶然、ちょっとしたトラブルが起きた際に親しくなった学院で働くメイドのシエスタに彼のことを尋ねてみた所、学院へ勤める平民達の間で彼の人気は高かった。

 

 平民と貴族の立場上、言葉遣いこそ上下関係のそれであるが、基本的に気さくな態度で声を掛けて楽しそうに談笑したり、働く平民と生徒の間でトラブルが起きた場合も間に割り込んだりして、非のある方を咎める公平さを持ち、頼み事をした後は必ずお礼を言ったりする。当然と言ってしまえばそれまでのことであるが、平民と貴族という大きな格差の前で成されていなかった当たり前のことを当たり前に行う。それが彼の人気の秘密だとか。

 

 少しだけ警戒しながら、時を過ごしていた私が彼の本質を見抜く機会は想像していたよりも早くやってきた。

 

 早朝、昨日の晩にルイズから任せられた洗濯などの雑務をシエスタに手伝ってもらいながら済ませた帰り道、額に大粒の汗を垂らしながら中庭の隅で彼が杖を振り回しているのに気付いた。

 

 なんとなくそれらしい構えで杖を振り回している彼の姿が、指導者もおらず、がむしゃらに己を鍛えていたかつての自分を思い出し、いつのまにか声を掛けていた。ざっと鍛錬の内容を見て、注意点を指摘したら彼はムッと顔をしかめて、手合わせを要求してきた。

 

 聞かされていた噂と違い、負けず嫌いな面に驚きながら手合わせで軽く蹴散らすと、言い訳せず、素直に自分の態度が悪かったと謝罪してきた。使い魔とはいえ、平民である私に対して。

 

 不審な点もあるが、年相応の好感が待てる少年、それが彼に対する評価だった。

 

 そして黒化した英霊(サーヴァント)――ライダーとの戦闘を経て、彼に対する言い表せない疑念は解決した。イリヤ達に呼び出された彼から語られた前世の記憶。月で行なわれた聖杯戦争。最弱のマスターとして、最弱の英霊(サーヴァント)たるキャスターと戦った事。傷付きそれでも前に進んで駆け抜けてきた戦場と生きる為に、信念の為にぶつかり合ったマスター達。その中には間桐慎二や遠坂凛、葛木と言った私にとっても聞き覚えのある名前がいくつもあった。勝ち抜いた先、聖杯を手にして消えた彼は最後に言ったのだ。

 

 目が覚め、ハルケギニアで生を受け、この世界で生きる意味を。

 

 前世で奪い、背負った命がある。

 乗り越え、踏み潰してきた願いがある。

 だからこそ、この世界で生を受けたなら大事にしたいと。

 この世界で暮らし、いつのまにか繋がっていた絆があり、それを守るだけの力が欲しかったと。

 

 おそらく私以外の皆は彼の語った話に納得しただろう。辻褄は合っていた。だが、私は彼が嘘をついていることを知っている。話の辻褄が合っていても嘘をつく瞳の躊躇いまでは隠せていない。それでもこの世界で出来た絆があると語った時の瞳には一点の曇りも無かった。彼はまだ、何か隠しているのだろう。

 

 それは恐らく、私とイリヤの――――――――。

 

 

「アーチャー君、彼を連れてこなくてよかったのかな? 彼がいれば、争いが起きた場合、前衛が楽になる」

 

 

 馬に揺られながら、思い出した様子でギーシュが言う。確かに彼がいれば前衛が少しは楽になるだろう。

 

しかし。

 

 

「ギーシュ。君は自分で選択この任務についてきた。今回の任務は戦力になるからと気軽に声を掛けられるものでもあるまい」

 

「確かに、それもそうだね」

 

 

 私の言葉にギーシュは頷く。ルイズがアンリエッタ姫から受けた密命は国の未来を左右する。こちらの個人的な理由で無関係の人間を巻き込むのは躊躇われた。

 

 “白の国”――――浮遊大陸アルビオン。

 

 嫌な予感しかしないこの旅に深い溜息を吐いた。

 



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○月×日◇曜日

 “白の国”と呼ばれ、地中に眠る風石のおかげで空へ浮遊している国。それがアルビオンだ。最近、詳しい事情は入ってこないまでも、内乱が起きて国内が荒れていると噂の危険地帯。アルビオンへ向かって移動している道中に、そのことを説明した訳だが、イリヤ達はなんとなく理解しているようで、何処となくピンと来ないような表情をしていた。

 

 正直、それは仕方無いことだろう。人の死がかなり身近にあるハルケギニアと違い、イリヤ達が暮らしていたち地球。ひいては日本に住んでいたイリヤ達に戦争の話をした所でイメージが沸かないのも無理が無い。地球で超絶的な激闘を繰り広げてきたイリヤ達とて、相手はクラスカードで人間じゃない。人間同士の殺し合いに理解がある方がおかしい。

 

 イリヤ達へ偉そうに説明している俺だって、本当の所は戦争のイメージが沸くか。と尋ねられたら困り果てるだろう。ただ、このハルケギニアに産まれて生活していく中、戦争を経験したメイジの家庭教師や傭兵の話を聞く機会が何度かあったので、漠然と戦争、ひいては人間同士の殺し合いが前世の世界より身近にある気がしただけだ。

 

 どちらにせよ、学生と子供である俺達がそう簡単に向かえるような場所ではない。

 “浮遊大陸”の名に恥じず、アルビオンという国はトリステインと同等の国土を持ちながら、空中に浮いている。言ってしまえば、巨神兵の代わりに人間が暮らしている天空の城と言った所か。空中に浮いているので大抵は大洋の上を移動していて、ハルケギニアの上に訪れるのは月に何度かだけ。ラ・ローシェルの港町からアルビオンへ行く飛行船が出ている。

 

 因みに最近ハルケギニアへ近付いて来たばかりなので、少しだけ出遅れてしまった。学院からだとどんなに馬を飛ばしても、二日ほどは移動時間を見ておいた方がいい。しかも、元々、大前提として内乱状態と噂されているアルビオンへ飛行船が出ているかどうか判らない。

 

 

 ――――なんて、そんな風に考えている時もありました。

 

 普通に移動すれば二日は掛かる筈なのに俺は今、ラ・ローシェルにある手ごろな値段の宿でこの日記を書いている。正直な所、今でも思い出したくない。それぐらいの強行軍だった。

 

 切欠はルビーの一言で、俺がイリヤ達に内乱が起きているアルビオンへ向かう危険性を何度も説明した時に、なにをトチ狂ったのか、ルビーがどうせ黒化した英霊(サーヴァント)と戦うことに変わりなく、回収する為の危険は付き物だ、と妙なことを言い出した。

 

 それにラ・ローシェルまでの移動手段として用意していた馬を見たルビーが、時間も惜しいことですし、魔法使いなら目的地まで飛んでいきましょう、とぶっ飛んだ提案をして、時間が惜しいのでその案が採用されて移動開始。

 

 英霊(サーヴァント)との戦闘では何の役にも立たない俺は治療ぐらい出来るようにと治療用の魔法薬をいくつか揃えておいた。

 

 一応、俺にもフライという魔法があるけど、精神力を消耗する以上、ずっと飛び続けている訳にはいかない。イリヤ達と俺では基本的な能力が違いすぎるのだ。苦肉の策として、イリヤと美遊にラ・ローシェルまで運んでもらうことになった。

 

 しかし、その時の方法が変身したイリヤ達が持つルビーとサファイアにぶら下がりながら移動するという絶叫マシーンも真っ青になる移動方法だった。実際、何度か、手の握力が無くなって振り落とされた。その度に慌ててフライで体勢を立て直していた。イリヤ達は背負ってくれると言ってくれたけど、それだけは断固拒否した。イリヤ達のような年下の女の子に背負われるのだけは絶対に嫌だった。俺が足を引っ張った為に余計に時間を割いたけど、これだけは男の意地で譲らなかった。

 

 ラ・ローシェルの港町に到着した俺達は飛行船がいつアルビオンへ向かうのか、飛行船を出している業者に話を聞いて、明日船が出ることを確認すると宿を探した。前々から準備していた訳でもなく、唐突で突然の旅路だったので、懐具合は当然寂しい。予算の都合からあまり上等な宿を取ることは出来なかったが最低限、イリヤ達の為に鍵が掛かるくらいの宿にしておいた。

 

 夜も更けてきた頃、イリヤと美遊に外へ出歩かないように言い聞かせた俺はアルビオンの内情を少しでも探ろうと“金の酒樽亭”と看板が飾ってある薄汚れた居酒屋を訪れた。そこで宴会を始めていた傭兵達へ一杯奢り、気分良くさせた所で、アルビオンの内戦に参加していたらいし傭兵達から話を聞かせてもらった。

 

 傭兵達の話を聞いた限り、アルビオン王家を主体とした王党派とその他の貴族を主体とした貴族派の激突は日々激しさを増していき、王党派がかなりの劣勢に追い込まれているらしい。情報を集めた傭兵達も衰退していく王党派に見切りをつけて、命がある内に帰って来たとか。

 

 また、それとは別の話で、俺の考え過ぎだといいのだが、俺達が町へ到着して宿を探したりしていた昼間の時間に、貴族派である緑色の長髪を持つ美人な土系統のメイジと謎の男が報酬に物を言わせて傭兵を集めていたという話を聞いた。土系統のメイジで、緑髪の美人と聞いて、“土くれのフーケ”を思い浮かべたけど、トリステインで捕らえられているフーケがこんな戦争の最前線に近い場所にいる筈が無い。

 

 それと傭兵達の一人にイリヤ達と行動していた所を見られていたらしく、イリヤ達の値段を尋ねられた。年端もいかない美少女であるイリヤ達にメイド服を着せて、町中を歩いていたのだ。目立つのも無理は無い。

 

 内心でロリコンの道は業が深いぞと呟きながら、折角仕入れた貴族派へのお土産で、純潔だからこそ価値がある等と適当な理屈を並べて傭兵の話を流しておいた。

 

 日記を書いている間に思い出してきたが、相手から情報を聞き出す為とはいえ、我ながら確実にイリヤ達にバレたら蔑んだ軽蔑の視線を送られる最低な会話をした。内戦状態が続いて働き口が無い為に、何処の街の女は安かったとか。そんな話ばかりした。

 

 情報収集をしている間に、俺のことを気に入ったお節介焼きの傭兵が何人かいて、話に出てきた噂の土系統メイジに口利きしてくれると言ってきたので、危険を承知でお願いした。戦争を引き起こしている張本人達なら激戦区や戦火の届いていない街や村を知っている筈だ。なるべく戦火に関わらないよう気をつけながら、アルビオンを捜索していけばいい。

 

 ………………別に、美人メイジって言葉に興味を惹かれた訳じゃないことをここに記しておく。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 有り得ない。本当に有り得ない。いくら何でもこれは無いだろ、トリステイン。世界はこんな筈じゃないことで溢れている。俺の祖国でもあるけど、トリステインの馬鹿さ加減には眩暈を覚える。何故、緑髪の美人メイジがトリステインの牢獄に捕らえられている筈のフーケなんだ。本当に勘弁してくれ。“土くれのフーケ”を捕らえてから、まだ、一月も経っていない筈なのに、脱走しているとかトリステインは職務怠慢もいいとこだ。下世話な会話になると思って、“金の酒樽亭”にイリヤ達を連れて行かなかったこともあり、フーケと顔を合わせた瞬間に杖を差し出してフーケへ降伏した。どう考えても俺より実力で勝っているメイジとフーケに雇われた戦争帰りの傭兵が数人。抵抗したところで、相手が退くに退けない状況を作るだけだ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 昨日は想像の範疇を超えている出来事を目の当たりにして、感情の赴くままに日記を書き綴った訳だが、順を追って、説明した方がいいだろう。正直な所、俺自身が今だに混乱している状態なので日記を書き綴りながら、落ち着いて理解出来ていない状況を整理して纏めていこう。

 

 まず、俺は昨日、傭兵に口利きしてもらった貴族派の美人メイジと会う為に“金の酒樽亭”を訪れた。余計なトラブルを起こしたくなかったので、イリヤ達を連れてこなかった訳だが、それが間違いだった。結論から言えば、貴族派として暗躍する美人メイジの正体はトリステインの牢獄で捕らえられている筈の“土くれのフーケ”だった。美人メイジなんて言葉を信じなければ良かった。

 

 何も知らない傭兵に紹介された時、お互いに唖然として硬直し、フーケが思考を取り戻す前に降伏して、俺に敵意が無いことをアピールした。そのおかげで荒事に発展することはなく、警戒心丸出しのフーケの命令で、杖を奪われて、両手両足を縛られて拘束された状態で、フーケが身を隠しているアジトへ連行された。

 

 情報を聞き出す為に拷問すると言い、俺を運んできた傭兵を追い払い、アジトでフーケと二人きりになるとどうしてこんな所にいるんだ、と尋ねられた。奴等とは別行動なのか、等のよく分からないことを延々と尋ねてくるフーケに、俺は全く要点が分からないフーケの質問に首を傾げた。その様子を見たフーケは溜息を吐いた後、俺の目的を聞いてくる。

 

 フーケなら“破壊の杖”の事件で黒化したライダーを直に目撃している。下手な嘘を吐いて危険を犯すより、正直に教えた方がいいと判断した俺はフーケに俺がアルビオンへ来た理由を説明する。

 

 黒化したライダーと同じような存在がアルビオンにも潜んでいて、黒化した英霊(サーヴァント)を封印する為にアルビオンへ向かう途中だったことを伝える。俺の説明を聞いていたフーケの表情に明らかな動揺が見えた。

 

 フーケがどういう経緯でアルビオンの戦争に関わり、貴族派に味方しているか分からない。しかし、それでも黒化した英霊(サーヴァント)が軍のぶつかり合う戦場で暴れた時、どうなるか。少なくとも黒化した英霊(サーヴァント)には敵も味方も関係無い。破壊の限りを尽くし、勝利も敗北も等しく無に帰す。黒化した英霊(サーヴァント)が暴れた後に残るのは圧倒的暴力の傷跡。戦争の結果がどうあれ、黒化した英霊(サーヴァント)によってアルビオンという国がめちゃくちゃになる。それでは王党派も貴族派もあったものではない。

 

 フーケの表情に余裕が見られなくなった所を見計らい、これがチャンスと判断した俺は情報を小出しにしてフーケの興味を引く。

 

 黒化した英霊(サーヴァント)はイリヤ達の暮らす世界から来た敵であること。

 黒化した英霊(サーヴァント)に目的はなく、ただ破壊衝動に従って、アルビオンに無差別破壊をもたらす化け物であること。

 黒化した英霊(サーヴァント)を打倒するにはイリヤ達しか倒せないこと。

 俺が死んでしまった場合、イリヤ達との契約が解除されて、まだ六体も残っている黒化した英霊(サーヴァント)をハルケギニアに置いて帰ってしまうこと。

 黒化したライダーはまだ戦闘タイプの化け物で無かったこと。

 

 黒化した英霊(サーヴァント)に対して知識が無いフーケは知識が無いまでも、黒化した英霊(サーヴァント)の圧倒的な存在感と危険性を充分に承知しているので、会話の中で俺を殺さないような話の展開へ持って行った。

 

 それこそ、戦力として伝説の“烈風”や一個師団を用意して黒化した英霊(サーヴァント)へ挑めば、かなり良い勝負を繰り広げると予想するけど、そんなことをフーケへ教えてやる義理は無い。

 

 俺がフーケのアジトへ拘束された状態で放り込まれてから数刻、フーケは時間も忘れて長考し、苦悶の表情を浮かべた後、俺の拘束を解いてくれた。その代償として、お互いに今回の件は干渉しないと約束して、一枚の手紙と共にまだ内乱の戦火が届いていない村の名前と場所を教えてくれた。

 

 サウスゴータ地方にある“ウエストウッド村”。ただし、その村で暮らす住人の一人でも黒化した英霊(サーヴァント)の被害に遭った場合、トリステイン魔法学院に乗り込んででもお前を殺すと宣言された。結局の所、逆に考えればウエストウッド村にフーケの弱点があると教えているようなものだけど、俺がそれを利用する危険性を犯してでも守りたいものなのだろう。解放と同時に荷物は返してくれたが、杖だけは返してくれなかった。勿論、抗議したけど、黒化した英霊(サーヴァント)と戦えるのか、と聞かれた俺は押し黙るしかなかった。

 

 その日の晩、どうやらフーケが何処かの宿屋を襲撃したらしく、早朝になっても飛行船が出ないようになっているので乗るのを諦めた。

 

 恥ずかしながら正直に自白すると、杖を持っていない丸腰の状態で外を出歩く怖さを思い知った。トラブルが起きてもよほど魔法を使うことは無いが、それでも魔法と言う存在が俺の中で気付かない内に自信の根底になっていた。なにか起きても最後は魔法に頼れば良い。心の片隅でそんなことを考えたことがある。

 

 流石に魔法が使えるからと言って胡坐をかかず、剣術の鍛錬や格闘術の鍛錬が必要なのだろ理解した。相手を傷付け、自分を守る魔法の力を持っていることに“慣れてしまっていた”俺はフーケに杖を奪われたことにより、本当の意味で自身が丸腰になる恐怖を思い知らされた。

 

 

 

 

◇マチルダ・オブ・サウスゴータの記憶◇

 私が女売りに会おうと思った切欠は本当にただの気まぐれだった。基本的なことであるが、傭兵なんて職業につく人間は良い意味でも悪い意味でも血の気の多い人間が多い。傭兵達の錬度にもよるが、そこら辺にいるゴロツキと似たり寄ったりな奴も数え切れないほどいる。

 

 胸糞悪い話ではあるけど、そんな荒くれ者である傭兵達を組織的に運用する為には暴力による圧倒的な支配か、傭兵達の欲望を満たしてやるぐらいしかない。同じ女として虫唾の走ることではあるが、傭兵達の欲望を向けて、その欲望に答えて、受け止める“犠牲”が必要なことは理解しているつもりだ。これが他国と行なわれる泥沼の戦争であるなら、略奪や強姦を繰り返して欲望を発散させるだろうが、この戦いはアルビオンの実権を奪う戦いだ。戦後の事も考えて、村や街での略奪などは控えるように命令されていた。

 

 女売りを紹介してきた傭兵の話を聞くと女売りが連れていた二人の少女はメイド服を着せられた状態で、その美貌は少女にしておくには勿体無いほどの美人であるらしい。貴族派へ売る為の選り抜きだとか。正直な話、心境だけなら年端もいかない少女を下衆な貴族へ売りつけて金を儲けようと考えている女売りはぶっ殺してやりたい。

 

 しかし、それだけの美少女を純潔のまま確保して、“商品”に貶めた人物なら幅広い情報網とそれに見合った手腕を持っている筈。私の目が届く範囲で子供に手出しさせるつもりは無い。女売りが持つ情報網を当てにして、女売りと会うことにした。

 

 多分、我ながらマヌケな表情を浮かべていたと思う。傭兵達が騒いでいる“金の酒樽亭”の片隅で女売りと顔を合わせた時、アイツと私はお互い予想外の人物登場に唖然として呆気に取られていた。

 

 アイツはトリステインの牢獄に捕まっている筈の私がこの街にいることに対して。

 私はあのくそ餓鬼共を囮にして別行動で私を追いかけてきたと思って。

 

 私とアイツの膠着状態は長く続かなかった。それはアイツが私の判断よりも早く行動を起こしたからだ。一切の抵抗も見せず、貴族にとって命の次に大切な物と言える杖を差し出して命乞いするアイツの姿は無様で、だからこそ同時に上手いと思った。

 

 私が知っているアイツの実力はそれなりに高い。メイジとしては今一つのようだけど、近接戦闘もこなせて、逃げ足も速いとなれば中々侮れない。アイツがこの状況で本気を出して抵抗したら、傭兵の間で少なくない犠牲が出ていた筈。そうなった場合、被害を受けた傭兵達も後に退けなくなる。だけど、実際は出会い頭に降伏して命乞いをして見せた。メイジのそんな姿を見せられたら、傭兵達はアイツのことを心の中で不甲斐無い奴と笑い、馬鹿にして雑魚としてみるようになる。

 

 アイツを自分より下の存在だと認識されたその刷り込みは異常事態が発生した時に効果を発揮する筈。アイツの事を下に見て、舐めてかかる傭兵達にはアイツを止めることは出来ない。慢心した傭兵を蹴散らすぐらいの実力は持っている筈。アイツが逃げ出した場合、再び捕まえられる確率は低い。アイツを舐めている傭兵には荷が重い。

 

 一応、普通の一般客がいる“金の酒樽亭”で尋問など出来ない。無抵抗のアイツを拘束して、アジトとして使っていた部屋まで連れてくると、知っている情報を吐けと脅す。そうするとアイツは何の躊躇いもなく、知っていることに答え始めた。少しずつ力はつけているけど、所詮は学生。命まで奪うつもりは無いが、こちらが主導権を握っている限り、殺害というブラフは見せておくべき。そう考えていた。

 

 だけど、アイツから伝えられた情報は私にとって唖然として、衝撃に値するモノだった。

 

 “破壊の杖”を盗み出す際に、突如現れた黒い霧を纏った化け物。

 あの化け物と同じ存在がアルビオンの国内に潜んでいること。

 あの化け物はアイツが使い魔召喚の儀式で呼び出したイリヤとかいう異世界の魔法を行使する人間にしか倒せないこと。

 アイツが死んだ場合、異世界から召喚されたイリヤ達はあの化け物どもをハルケギニアに置き去りにして異世界へ帰還してしまうこと。

 あれだけの戦闘力を見せた化け物はアイツの話では純粋な戦闘タイプでは無かったこと。

 

 色々な情報を捲くし立てるように説明された為に少し混乱しているけど、確かなことが一つだけある。それは私の自慢である特性ゴーレムを一撃で粉砕できる力を持つ化け物がまだ六体もいる。それにあの戦闘能力を持ちながら、あの化け物は純粋な戦闘タイプでは無かったという事実。

 

 ――――あの化け物より強い化け物がまだ六体も存在している。

 

 不味いと分かっていても思い浮かべてしまうのは故郷の村に残してきたあの子達のこと。

 あの化け物は扱いを間違えたらその被害は凄惨なものになっていただろう。私はあの化け物と化け物を討伐した少女達の人ならざる力のぶつかり合いを目撃している。

 

 どうしても無理だった。あの化け物と同じ存在がアルビオンに存在すること自体が私には我慢出来ない。あの化け物がもし村に出現したら。結果は日を見るより明らかで、考えただけでも寒気がする。

 

 だから私は覚悟を決めてアイツの拘束を解いた。元々、今回の件に関して、私とアイツが敵対する理由が無い。アイツがアルビオンへ向かう目的は化け物を討伐すること。白仮面の計画の邪魔になる訳じゃない。

 

 この世界のメイジがいた所で、あの化け物と戦えるようにはならない。私に向けられる傭兵達からの疑念を避ける為、戦力外であるアイツの杖だけは拝借しておく。

 

「結局、アイツはどうなったんですかい?」

 

 使っていたアジトから“金の酒樽亭”へ戻った私を待っていたのは私へアイツの口利きをしてきた傭兵の一人が尋ねてきた。

 

「スパイを引き入れそうになったことは白仮面へ黙っておいてやる感謝しな」

 

 貴族の証であり、命の次に大切な、アイツが持っていた杖を懐から取り出すと無造作に放り投げて踏み付けてへし折る。

 

「っ!」

 

 命に等しい杖の扱いを見て、傭兵達が息を呑む。それだけの動作で、傭兵達はアイツの末路を勝手に想像したのだろう。その勘違いをそのまま利用させてもらう。アイツ等にはあの化け物をどうにかいて貰わなければ困る。これだけ決定的なところを見せれば、白仮面に対する傭兵の口封じは完璧。

 

 どんどん面倒なことになっていると認識しながら私は溜息を吐くと、馬鹿な学生を襲撃する為の準備を始めた。




もう少しでヒロイン登場です。


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破れたページ

 

○月×日◇曜日

 今更かも知れないが、いいかげん日記を書くことが一日の終わりを告げる日課になっているのだと実感する。現在、俺が置かれている状況はのんびり日記を書いているような状況じゃない。何故なら此処は俺の母国であるトリステインではなく、戦火が届いてこない村とはいえ、他国で内乱状態に陥っているアルビオンで日記を書いているからだ。

 

 本当なら一目散にトリステインへ逃げ出したいところだが、そうは問屋が卸さない。アルビオンの大地の何処かに眠るクラスカード。クラスカードの力で黒化した英霊(サーヴァント)を討伐して、クラスカードを回収し終えるまでアルビオンを出ていく訳にはいかない。アルビオンのクラスカードを回収しなければ、“土くれのフーケ”が捕らえられるのを覚悟で、俺を殺害しに魔法学院へやってくる。

 

 フーケとの対話を経て、命辛々逃げ出してきた俺はイリヤ達と合流すると正直にフーケに捕まっていたことを白状した。牢獄から逃げ出したなら捕まえなければ、とイリヤがフーケのアジトを襲撃すると言い出したが、そんなイリヤを必死で宥める。少なくとも今回に限って、フーケと敵対する理由が無い。むしろ、フーケがアルビオンの貴族派に属しているこの状況で、フーケにちょっかいを掛けるのは下策。下手に貴族派を刺激する必要は無いだろう。

 

 昨日、尋ねた通りアルビオンへ向かう飛行船乗り場へ向かった俺達を待っていたのは至る所が破壊された船乗り場だった。近くで破壊された船乗り場を修理していた船乗り達へ話を聞いてみると、昨日の晩にこの飛行船乗り場で王党派と貴族派のメイジが大暴れしたせいで当分、飛行船が出ないと教えられた。

 

 勿論、はい、わかりました、と納得して引き返す訳にはいかないので、ルビーが面白がって一番初めに提案した案。アルビオンまで自分で飛んで行く、という無謀行進が採用された。しかし、俺はフーケに杖を奪われている為に魔法が使えない。

 

 そのことを正直に伝えるとルビー相手に深い溜息を吐かれて、杖が無ければ無力だなんだと馬鹿にされ、名案を思い付いたとばかりにすぐ新しい杖を用意すればいいじゃないですか、と気軽に言われた。元々、魔法が使える状態でも足手まといにしかならない俺から魔法をとってしまえば、本当の意味で足手まといにしかならない。それでもルビーの提案だけは却下させてもらう。

 

 何故なら貴族にとって、杖とは命を預ける半身であり、自分が貴族であると証明する為の物。厳選に厳選を重ねて、その先で自分にあった杖と契約する。ルビーの提案するような間に合わせで、仕方ないからと用意するようなものでは無い。

 

 その大事な半身を奪われておいて、どの口が偉そうにそんな事を言うんだ、と言われたらぐうの音も出ないがそれだけは譲れない。今回の旅が終わって、無事にトリステインへ帰還することが出来たらじっくりと吟味して俺と相性の良い杖を選ぶつもりだ。

 

 アルビオンへ向かう時のことは思い出したくもない。だいの男が少女達に抱えられている姿など絵的にも美しくないし、男の意地とかその他諸々の精神がボロボロに傷付いたとだけ記しておく。

 

 アルビオンへ到着した俺達はフーケに紹介されてウエストウッド村を訪れていた。周囲は見渡す限り森の木々に囲まれていて、田舎を思い出させる。森の中のそのまた奥に隠れ住むようにして出来たその村には大人がいない。村にいたのは小さな子供達ばかりで、勿論、部外者である俺達へ警戒心を見せて近付いてこない。軽く見渡しただけでも宿泊施設が見当たらないことに途方に暮れた。

 

 しかし、途方に暮れていた俺達を助けてくれた人がいた。恥ずかしがりやなのか、耳が隠れるくらい深く帽子を被ったティファニアと名乗る少女。ウエストウッド村の中で最年長である彼女が代表として話しかけてくれた。

 

 フーケの言付け通り、彼女に紹介されてきました、と言ってフーケから預かった手紙を手渡す。手紙の内容を確認したティファニアさんは笑顔を浮かべて村に招待してくれた。他にも色々とあった筈だが、正直な話あまり覚えていない。何故ならティファニアさんが余りにも美しく、あまりにも大きな女性の象徴を持っていたからだ。それはもう、“トリステインの美貌”と謳われたアンリエッタ姫に勝るとも劣らないくらいに。一言で言えば、一目惚れだった。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 今は昔、“貴族とは杖がなければただの人”、確かそんな言葉で始まる著書をまだ満足に魔法を使いこなせない子供だった頃に読んだ覚えがある。杖がなければ――――つまり、要約すると魔法が使えない貴族はただの人であり、魔法が使えない平民と同等の価値しかない。魔法とは貴族にのみ許された特権であり、誇るべき資質である。だからこそ、持つべき貴族は待たざる弱者である平民を守る剣となり、盾となる。その為の力が魔法であり、平民の為を思い戦い、平民を守る為に傷付く。その姿こそ貴族の正しき姿であり、名誉ある姿。その姿を見せることで守られている平民達が貴族を敬うようになる。

 

 貴族の慢心を戒める為に作られたその著書はいつのまにか絶版となっていて、手に入る事はない。実家にある書庫の何処かに眠っているだろう。

 

 そろそろ、現実逃避は止めて、本題へ移ろうと思う。

 

 “貴族とは杖がなければただの人”、この言葉はとても確信を突いた名言であり、この言葉通りフーケに杖を奪われてしまった俺は無力な人間へ成り下がった。アルビオンに眠るクラスカードの回収を手伝うどころか、自分の安全すら確保出来ない俺はクラスカードの捜索を完全にイリヤ達へ委ねることにした。

 

 内心では心配なので付いて行きたい所であるが、ルビーに魔法が使えないなら守る対象が増えるだけで足手まといです、とはっきり宣言されてしまった。突き放すようなルビーの物言いにイラっと来たこともあったが、冷静に考えてみればルビーは俺の安全を思って言っているのだ。どちらにせよ、杖を持っていない、魔法が使えない状態で荒れに荒れている内戦状態のアルビオンを渡り歩くほどの度胸は無いので、別にいいのだが。

 

 まあ、色々と理由を並べている訳だが、はっきり言ってしまえばクラスカードの捜索に参加出来ない俺はウエストウッド村に着いてから何もする事が無い。朝の鍛錬は欠かさずに行なっていて、少しだけ格闘術を重点的にやっているけど、一人だとそこまで効率良くないし、一日中やっている訳では無い。

 

 クラスカードを回収する手伝いも出来なければ、ティファニアさんの好意で宿泊させてもらっている孤児院のお手伝いをしようにもティファニアさんにお客さんが手伝いなんてとんでもない、と言われてお手伝いさせてもらえない。

 

 消去法というか、必然というか、俺は部外者である俺達に対して興味津々である孤児院に住む子供達の遊び相手を務めていた。鬼ごっこやかくれんぼ、木登りやおままごとなどの基本的な遊びから、そこら辺に転がっている木の枝を拾ってきて杖に見立てると貴族ごっこしてみたり、この世界で読み聞かされている童話を読んであげたりして、一日を過ごしている。

 

 我ながら貴族らしくない性格だと自負しているが、この性格が幸をそうして子供達とは打ち解けて仲良くなった。人里離れた村ということであまり貴族に対する礼を知らない子供達と違って、ある程度知識があるティファニアさんは子供達と遊ぶ俺に恐縮しっぱなしだったけど、子供達と遊んでいるとむしろこちらの方が癒された。

 

 前世の環境の事もあり、自分より年下の子供の世話自体は慣れているし、子供達と無邪気に遊ぶ時間は好きだ。特にクソガキと呼ばれる腕白坊主と一緒に暴れている時が一番楽しい。

 

 そんな感じで村に慣れてきた俺とは違い、イリヤ達の方はあまり上手くいっておらず、進展がないようだ。一応、ルビーとサファイアの努力でこの辺りにクラスカードが眠っていることだけは突き止めた。正直、洒落になってない。もし、この村で解放されたら、そう思うと不安で仕方ない。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 それは本当にどうしようもなく突然で、唐突な出来事だった。今ではすっかり習慣となっている朝の鍛錬を、まだ朝霧が出ているような時間帯に子供達を起こさないよう外でしていたら、水汲みをしていたらしく両手にバケツを抱えたティファニアさんとばったり出くわしてしまった。ティファニアさんと出くわしたこと自体は何も問題じゃない。問題はティファニアさんがいつもしっかりと被っていた帽子を被っていなかった事。そして、深く被っていた帽子によって今まで隠されていた特徴的な耳。

 

 “エルフ”――――子供の頃から何度も言い聞かされ、常に教えられてきた貴族の天敵。大昔から人間と敵対してきた因縁の種族。見つけたらとりあえず殺しておけと言い聞かされてきた“吸血鬼”と似たような存在。

 

 物心がつく前から教えられてきたその存在。交流も無いのに何故悪だと言い切るのか、前世の記憶がある俺には理解出来なかった。しかし、だからと言って、エルフを良い種族と思っているかと聞かれたら答えに詰まる。少なくともトイリステインでエルフが犯人の事件が起きている。悪事を働くのはその人物の本質が悪かっただけで、一人一人は関係無いことを頭では理解している。それでも気にしないと言い切ることは出来なかった。

 

 俺とティファニアさんはお互いにどうする事も出来ず、接している子供達に心配させないように表面上は普通に接することが出来たが本当の所はお互いに距離を測り損ねていた。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 身体の上に誰かが乗っている。そんな重さと寝苦しさを感じて目を覚ました時、俺の上に馬乗りでいたティファニアさんと視線が合う。そして、ティファニアさんが構えていた杖を確認した俺は命の危険を感じて、ティファニアさんを思い切り突き飛ばして、体勢を崩した所を逆に飛び乗って押し倒すと、手に持った杖を奪って何をするつもりだったのか、警戒しながら尋ねた。本当ならすぐに急所へ一撃を叩き込んで拘束、その後尋問という段取りの筈だが、あまりに無抵抗だった為に、ティファニアさんを傷付けることを躊躇ってしまった。

 

 そんな俺の動揺を余所に目尻に涙を溜めたティファニアさんは何故、俺へ杖を向けていたのか、その理由を正直に答えてくれた。ハーフエルフであるティファニアさんが使える魔法の中に、記憶を消す魔法があるらしい。俺はそんな魔法聞いた事無かったが、エルフ系列の魔法ではあるのかもしれない。その魔法でティファニアさんがエルフだったことを忘れさせようとしたらしい。確かにティファニアさんがエルフだと知ってから、1枚の壁が出来ていたのは事実だった。

 

 本当に驚かせて悪い事をした、と今にも泣き出しそうなティファニアさんの表情に俺は溜息を吐いて拘束を解く。美人が涙を浮かべるとか卑怯です。

 

 色々とトラブルはあったものの、少しずつティファニアさんと分かりあえてきた日々の中で、アレがウエストウッド村に現れたのは本当に突然のことだった。ティファニアさんと子供達、皆で団欒しての昼食を済ませた後、再び村の広場で遊び始めた子供の一人が村の入口に佇むアレを見付けた。

 

 筋肉質で屈強な戦士の肉体を持つ黒い霧を纏った男性、その手には鮮血のごとき紅い一本の槍が握られていた。

 

 ――――男性の正体はランサーの英霊(サーヴァント)

 

 俺達と同じように外から訪れた人だと無邪気に近付いていく子供達に向けて、俺は全力で逃げろと叫びながら走り出す。俺の真剣な表情から男性が怖い人だと認識した子供達が慌ててランサーから逃げ出した。だからこそ、俺は最大の失態を犯した。俺が急いで逃げろと驚かせてしまったせいで、男の子の一人が転んでしまった。そしてランサーは最初の標的としてその男の子に狙いを絞った。

 

 その光景を目撃して、走り出した筈の足が恐怖に竦んで立ち止まっていた。イリヤ達は周辺の捜索に出掛けていて村にはいない。クラスカードから英霊(サーヴァント)が覚醒すれば、すぐに分かるとルビーが言っていたので、既に村へ引き返してきているだろうが、男の子を守るには間に合わない。俺が守らなければならない筈なのに、俺は恐怖で動けなかった。

 

 気付いた時にはそんな見っとも無い俺を抜き去って、黒い人影が横を通り過ぎていった。人影の人物はティファニアさんだった。男の子を守るように胸へ抱いて、ランサーは意志の強い視線を向けるティファニアさんの姿を見た時、無様な程に立ち竦んでいた俺の身体が無意識に動いていた。

 

 ――――心が震えた。自分の未熟さに、自分の無様さに。そして、憧れるほど眩しい、ティファニアさんの強さに。

 

 迫り来る槍を身体で受け止めた後のことを全く覚えていない。孤児院のベッドで目を覚ました俺は右肩を怪我した重傷状態で、ランサーが現れた時に外へ捜索に出掛けていたイリヤ達は間に合ったらしい。美遊の手にはランサーのクラスカードが握られていた。俺も多少活躍したそうだが、全く覚えていない。

 

 ティファニアさんから記憶を消す魔法の存在を聞いた時からずっと考えていた事がある。

 

 俺はまだ弱く、ティファニアさんの秘密を守る自信が無い。だからこそ、当初、ティファニアさんが思いついたように、記憶を消してもらうつもりだ。

 

 もし、俺がこの日記を読み返しているなら、この手紙を渡してくれたティファニアさんの事を絶対に信じろ。彼女はエルフなどの種族は関係無く、素晴らしい人物で、俺が一目惚れした人物だ。

 

 日記を書いた本人である俺が保障する。

 

 

 

 

◇ティファニアの記憶◇

 あの人との出会いはとても平凡であり、少し唐突、いつものように平和で穏やかな時間が流れている日々のちょっとしたイベントだった。私のお手伝いをしてくれる子供達へ指示を出して家事をしている時に、私の事を探していた子供達がいて、子供達から話を聞いてみるとマントを纏った若い貴族がメイド姿の少女を二人ほど連れて、村の入口で立ち往生しているとの話だった。

 

 “貴族”という言葉に反応した私はマチルダ姉さんに教えられた通り、“貴族”に見付からないように自宅に戻り、耳が隠れるまで深く帽子を被る。不自然じゃあないことを確認した私は貴族の人へ声を掛けた。

 

 あの人達は私の姿を認めて、安堵した表情を浮かべると村を見渡しながら宿泊する宿が無いか尋ねてきた。勿論、隠れ住むように暮らしているこの村に宿は無い。宿は無いけど、宿泊する場所としてなら孤児院がある。だけど、いくら世間知らずな私でも孤児院は貴族の方が泊まるような場所ではない事ぐらい知っている。

 

 宿泊施設が無いという私の言葉を聞いて、困った表情を浮かべたあの人達は手紙の人物に推薦されたと言って、マチルダ姉さんの文字で書かれた手紙を渡してくれた。手紙の内容はアルビオンを滅ぼしかねない危険な魔獣がアルビオンに潜んでいて、その退治をする為に、マチルダ姉さんの紹介を受けて、魔獣を捜索する拠点として、この村に滞在する事。色々と注意書きも書いてあったけど、簡単に纏めればそんな内容の手紙だった。マチルダ姉さんの紹介でこの村を訪れているなら、警戒する必要も無いと考えた私は自宅にあの人達を泊める事にした。

 

 元々、貴族である筈のあの人がこの村に馴染むのは本当に早かった。魔獣退治の専門家であるイリヤさん達が危険な魔獣を捜索している間、手持ち無沙汰なあの人は外の人間という事で興味津々の子供達を相手にしてくれた。本当に貴族の方とは思えない無邪気さで子供達と鬼ごっこやかくれんぼをして遊びまわり、森を駆け回るあの人の表情が本当に楽しそうで、私はあの人が貴族である事を忘れかけていた。

 

 だからこそ、あの人と遭遇する可能性があったにも関わらず、帽子で耳を隠す手間を省いてしまった私は外で汗を流していたであろうあの人と遭遇してしまい、あの人に私がエルフの血を引いている事がばれてしまった時はどうしたらいいか判らなかった。

 

 忘れられない記憶である騎士の方と違って、あの人は動揺して困ったような曖昧な笑みを浮かべるだけだった。だから、子供達が気付かないように表面上はいつもと変わらないように接してくれたけど、あの人との間に決定的な深い溝のようなモノが出来てしまったと感じた。私はその事が寂しくて、悲しくて、あの人が寝ている内に記憶を消す魔法を使おうとした。

 

 その結果は散々で、驚いたあの人に私は突き飛ばした後、押し倒されて杖を奪われた。いつも見せてくれた穏やかな表情と違う、息が荒く、緊張した面持ちで尋ねてきたあの人の質問に私は正直に答えた。

 

 私がエルフの血を引いている事を忘れれば、以前と同じように接してくれると思った事。私の言葉を聞いて、あの人は溜息を吐いて私の上から退くと拘束を解いて謝罪してくれた。

 

 元々は私のせいとはいえ、乱暴をした事。エルフというだけで動揺してしまった事。それでもまだ、割り切れていない事。少し悲しい。それでも私はあの人の本音を知る事が出来て嬉しかった。

 

 

「全員逃げろっ!」

 

 

 あの人の鬼気迫る切羽詰まった叫び声が村中に響いたのは子供達と一緒に昼食を済ませてから少しだけ時間が経った頃のことだった。あの人の鬼気迫る声に何事か、と視線を向ける。視線の先には黒い霧を身体に纏った男性が佇んでいた。悠然とその場に佇む男性の手には鮮やかな色の紅い槍。その光景を目撃した時、理性や理屈ではなく、生き残る為の本能で理解した。

 

 ――――あの悠然と佇む男性こそが、イリヤさん達が捜索していた魔獣なのだと。

 

 そして、あの男性から逃げ出そうとして転んだ男の子がいることに気付いた私は逃げ出せ、と命令する本能と震える身体を押しのけて走り出す。男性から守るように男の子を抱きしめて、男性を見る。視線の先では男性が紅い槍を振り上げている所だった。

 

 

「っ!」

 

 

 痛みを覚悟して瞳を閉じる。けれど、来る筈の痛みが訪れる事は無かった。ただ、苦悶するような吐き出す声にならない声と私達を守る為に前へ飛び出して右肩を紅い槍で突かれたあの人の温かい血が少しだけ飛んできた。

 

 

「俺は弱い……、だから、絶対に逃がさない!」

 

「――――ッ!」

 

「イリヤ、ぶちかませ!」

 

 

 自分の右肩を貫いた槍を両手で掴み、滴り落ちる血液に両手を赤く染めるあの人から槍を取り戻そうと男性が動き出すがもう遅い。あの人が叫ぶと同時に、イリヤさんが槍をあの人から引き抜こうとした男性の懐に潜り込んでいる。

 

 

『アハ~、お互いに禁忌として忌み嫌いあう異種族の、それも異性を身体張って助けるとか、何処の主人公ですか~。因みにナイス判断です。イリヤさん、こんなチャンスはありませんから物理極振りの全力全開でいきますよ!』

 

「当たり前! 行くよ、美遊!」

 

 

 目にも留まらない速さで突然現れたイリヤさんの衣装は見慣れたメイド服姿ではなく、見覚えの無いヒラヒラとした格好の服で、あの人が槍を握っているせいで動けない黒い霧を纏った男性を両手に持っていた杖で思い切り殴って空中へ吹き飛ばす。

 

 

『騎英の――ッ!』

 

 

 空中を一筋の閃光が駆け抜ける。

 

 

「勘違い、しないで下さい。俺はエルフを守った訳じゃありません。ティファニアさんと子供を守ろうとしただけです」

 

 

 自分に言い訳を聞かせるように呟いて、あの人は私の方へ倒れてきた。

 

 

 

 

 黒い霧を纏った男性の襲撃から数日が経ち、ようやく目を覚ましたあの人から頼まれた言葉に私はショックを受けた。私が持つ記憶を消す魔法で、この村で起きた出来事を忘れさせて欲しい。突然のことで戸惑っている私の代わりに、イリヤさんが何故そんな事をするのか尋ねてくれた。

 

 あの人は正直に答えてくれた。あの人は未熟である事。未熟だからこそ、ハーフとはいえ、エルフの血を引く私の存在を隠し通す自信が無い事。未熟で弱者であるあの人は何かの取引で私の情報を洩らしてしまうかも知れない事。なによりこの村には支配階級である貴族やトラブルの元となる争い事が必要ない事。

 

 色々な理由を並べて語るあの人の言葉に共通しているのは自分が未熟で弱い人間である事とこの村へ余計なトラブルを持ち込まない為の事だった。私へお願いしてくるあの人の瞳を見れば、その決意が簡単に見て取れる。本気の瞳だった。

 

 あの人は持っていた荷物の中から見覚えの無い文字で書かれた本を取り出すとその内の何枚かを破いて私に渡してくれた。

 

 

「また今度、ティファニアさんと出会えたその時に、その日記を俺に見せてもらっていいですか? 俺はもっとずっと沢山の力を得て、種族なんて関係ないって、自信満々に言い切れるようになったら、この日記を受け取りに来ます」

 

「――――ティファニアでいいですよ。呼び捨てにしてくれた方が私も嬉しいです」

 

「それじゃあ、今度からそう呼ばせてもらうよ、ティファニア」

 

 

 負傷した右肩が痛む筈なのに、柔和なまなざして微笑するあの人に向けて、胸が締め付けられる思いで杖を振る。ガクリと崩れるあの人の姿。私のことを忘れてしまったと思うと少しだけ涙が流れた。

 

 

『抜けている記憶の方は私達が勝手に補強しておきます。ですから、安心してください。でも、本当に良かったんですか? この人の事、少しぐらい好きだったんじゃないですか?』

 

「ちょっと、ルビー」

 

 

 喋る杖ことルビーさんと慌てた様子のイリヤさん。ルビーさんの指摘を受けてこの別れる事が悲しいこの感情が何だったのか、自覚した。

 

 

「…………今度会った時は、ティファニアって呼んでくれるそうなので。私は待ってます」

 

『折角、成立させたフラグを自分からへし折るとはこの人も大概馬鹿ですね~』

 

 

 気絶したあの人を抱えて去っていくイリヤさん達の姿を見届けながら、私は無意識の内にあの人から渡された日記らしい紙束をぎゅっと握り締めた。

 




主人公のヒロインはティファニアです。


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6ページ目

 

○月×日◇曜日

 俺が目を覚ました場所はトリステイン魔法学院にある病室の片隅に設置してあるベッドの上だった。何故、俺がベッドの上で寝ていたのか、思い出そうとしても記憶の欠片も思い出せなかった。ただ、俺は右肩辺りを包帯でグルグル巻きにされた状態で寝ていた。全然、怪我を負った時の記憶は無く、英霊(サーヴァント)に続いて、新手のスタンド使いでも現れたのかと疑ったぐらいだ。しかし、ズキズキと痛む右肩が俺の負傷を物語っている。

 

 どんなに思い出そうとしてもアルビオンで起きた出来事について全く思い出せない。俺が覚えているのはアルビオンへ向かう道中の事だけで、ルビー達の報告を受けてアルビオンで反応があったクラスカードの回収に向かった事。アルビオンへ向かう飛行船がある港町ラ・ロシェールを訪れて情報収集していた事。情報収集をしていた際に不幸が重なって、トリステインの牢獄から脱走していたフーケと再会してしまった事。比べる事すらおこがましいメイジとしての圧倒的な実力の差に即時降伏した事。命乞いという名の交渉とハッタリを経て、結果としてフーケからウエストウッド村と呼ばれる戦火が届いていない村を紹介された事。

 

 この辺りの事までは鮮明に思い出す事が出来るのだが、それから先のアルビオンへ到着してからの事が全く思い出せない。

 

 俺が目覚めたという話を保険医の先生から教えられたイリヤ達が病室を訪れたので、恥を忍んで、イリヤ達にアルビオンへ到着した後の記憶が全く思い出せないと話して、何があったのか話を聞いた所、イリヤが若干動揺した表情を見せて、ルビーが溜息交じりにアルビオンで何が起きて、何故俺が怪我をしているのか説明してくれた。

 

 何でもウエストウッド村へ無事に到着した俺達はウエストウッド村で何日か宿泊していて、ラ・ロシェールでフーケに捕らえられ、身代わりとして杖を奪われて魔法が使えない俺は村の宿で留守番をしていた。そんな時、戦える人間が誰もいない村の付近で黒化したランサーの英霊(サーヴァント)が覚醒して、戦えない村人の代わりとなって身体を張った俺はその結果として、ランサーの一撃を負傷している右肩へ受けて、その激痛で意識を飛ばしてしまった。

 

 ウエストウッド村では満足な治療が行なえない為に、イリヤと美遊がルビー達の能力をフル稼働させて、俺をトリステイン魔法学院へ届けてくれた。アルビオンの記憶がすっぽりと抜け落ちているのは大量の出血をしたせいとトラウマとして記憶を封印したんじゃないかと教えられた。何故か、少しだけ気になったベッドの隣に立て掛けてある大きな木の枝は俺の持っていた荷物を引っ掛けてきた物らしい。

 

 まだ、右肩の奥が痛むものの槍で貫かれた傷跡については既に治療が終わっていた。なんでも俺が万が一の為、大量に用意していた回復薬のおかげでスムーズに治療する事が出来たとか。何故、そんな大量の回復薬を所持していたのか尋ねられた時は話を濁しておいた。黒化した英霊(サーヴァント)と激闘を繰り広げて消耗しているであろうイリヤ達を治療する為に買い集めたのだが、結局自分に使う事になるとは恥ずかしくて言えなかった。

 

 他にも色々な事が世の中では起きたようだけど、疲れ切っている俺は適当に世間話を聞き流すとこの日記を書いて早く寝る事にする。明日からはフーケによって奪われて無くなった杖も探さなければならない。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 昨日、疲労困憊で聞き流していた世間話の中に凄く重要な内容の物が存在した。なんでもアルビオンで起きていたアルビオン王家と離反した貴族で組織された“レコン・キスタ”と名乗る貴族派の内戦は終結して、レコン・キスタがアルビオン王家の本拠地である王家の象徴、ニューカッスル城を陥落させてアルビオン王家の崩落をハルケギニア中へ宣言した。

 

 未だにアルビオン王家最後の血を引き継ぐウェールズ皇太子の生存確認はされていない。ウェールズ皇太子の生存の可能性と言う最大の障害を残しているものの、古くから続く王家崩壊の革命は各国にとって、激しい激震と動揺をさせる出来事だった。

 

 政治的な話があまり入ってこない魔法学院でも世の中の大きな流れとしてそんな噂が流れてきた。それと同時にもっと小さな世界――学院内でも変化があった。

 

 なにやら俺を除け者にして色々と行動していたルイズ達が、その内容は教えもらえなかったものの、トリステイン王国に対して大きな功績を残したと言う噂が学院中に流れていた。それと同時に学院の授業をサボって遊びに出掛けた事になっている俺が貴族にとって命に等しい杖を失って帰って来たと嗤われた。

 

 正直、怪我を負ってまでクラスカードを回収してきたのに学院で嗤われるこの状況が面白くない俺は怪我の事を聞いて、心配して訪ねてきてくれたルイズ達に八つ当たりしてしまった。最悪である。冷静になってみるとかなり恥ずかしい事をした。

 

 自分の行いが正当な評価をされないからと拗ねて、俺の事を心配してくれた人達に八つ当たりするとか最低の餓鬼だ。自分で自分をぶん殴りたくなってくる。忘れていて、勘違いしていた。俺は元々、周りの評価を得る為にクラスカードの回収を手伝い始めた訳じゃない。時間が過ぎてしまった為にその事を忘れていた。

 

 失った杖の代わりを探さないといけないのだが、明日はルイズ達が許してくれるまで謝罪するしかない。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 今日は朝から昨日のルイズ達に対する態度について謝罪し続けた。ある程度、男の意地と見栄を理解しているギーシュは割合簡単に許してくれた。しかし、ルイズを筆頭にした三人の女性陣がやばかった。とりあえず、女性に対する態度としてあれはどうなんだ、という話から始まり、鍛えている俺が怪我をして帰って来た事や命に等しい杖を失った事。本当に心配したのだと正座させられて、説教を延々と受けた。

 

 本当に長かった説教を終えて、全面的に反省している俺の姿を確認したルイズ達は満足そうに頷く。その後、怪我を負って帰って来た俺が何をしていたのか、その事について尋ねてきたのでクラスカードの存在を知るルイズ達へ正直に話した。その時、ギーシュが驚いていたけど、そういえばギーシュはクラスカードについて知らなかった。それでもギーシュなら大丈夫だろう。

 

 内戦中のアルビオン大陸に行って、クラスカードを回収してきたと正直に伝えた。勿論、俺が覚えているまでの出来事であるが。

 

 アルビオン大陸に行く為の港町ラ・ロシェールで、何処かの馬鹿貴族と傭兵が大暴れしたせいで色々と大変だった事を思い出話として伝えた時、ルイズ達が激しく動揺していた。ルイズがアーチャーに対して、何故町にいる事を教えなかったと噛み付いて、澄ました表情で肩を竦めたアーチャーが彼らには彼らなりの役割があると言っていた。

 

 ――――もしかして、近くにいたのか? そう思うと再び嫉妬しそうになるので考えるのを止めた。人に対して嫉妬するのは結構疲れるのだ。

 

 それと今日、コルベール先生の授業でとんでもないモノを見た。コルベール先生が喜々として理論を説明していた玩具の原理は完全にエンジンのモノ。正直、どういう反応をしていいのか戸惑ってしまう。今まで転生した知識を利用して成功したり、失敗したりと経験を積んだからこそ判断が出来ない。

 

 良くも悪くも貴族による統治のおかげで上手く回っているのがこの大陸の現状だ。この世界で産業革命が発生して、“科学”が発展した場合、この世界の辿る道が予想出来ない。実際、平民が革命を起こそうにも絵に描いたような最低の貴族はそうそういない。多少、鼻持ちならない貴族もいるがそれは少数派だ。

 

 こちらから行動を起こさず、協力を頼まれた場合に限って、コルベール先生に力を貸すぐらいでいいだろう。それと授業中にエンジンもどきの玩具を見て反応したのは俺以外には地球出身組くらいだった。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 新しい杖を探していた俺は俺達とは違う長い杖を持つタバサにその利点を尋ねてみた。勿論、携帯性が短い杖と比べれば大きく劣るのは間違いない。杖を隠して貴族という身分を偽る事も出来なくなる。それに杖を形状を大きく変える貴族は少ない。タバサはそんな俺の事を不可解そうな表情で見た後、色々と教えてくれた。

 

 様々な利点の中でも特に魅力的だったのは長い杖なら杖がそのまま武器として使える事、打撃武器としては勿論、ブレイドを纏わせる事で杖をそのまま剣としても扱える。携帯性の良い短い杖の時にはブレイドの魔法を補助程度にしか思っていなかったけど、生憎魔法に関して才能の無い俺が接近戦に持ち込めると言う意味では確かに便利だ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 日々、積み重ねていたおかげで全く気付かなかったが、最近になってアーチャー達との朝練が激しさを増してきた。精神力を高める瞑想から始まり、アーチャーによる剣術指南、アルビオンから帰ってきてから実戦形式になったギーシュとの手合わせ、他にも慣れや集中力が途切れないように様々なメニューの訓練を順番に回しながら行なっている。

 

 その中でも特に激しくなってきたのはギーシュとの手合わせだ。俺達はお互いに負けず嫌いな所がある。ギーシュの指揮するゴーレムは完全に組織的な動きを見せるようになったし、マンティコアをイメージした獣型のゴーレムが登場するなど、ゴーレムの種類も増えてきた。

 

 ギーシュに負けないように俺は俺で、魔法を使わない逃げるだけの訓練からギーシュの作ってくれた青銅の剣を振るってゴーレムへ反撃するより実戦に近い手合わせとなっていた。

 

 いつだったか、キュルケがどうして二人ともそんなに強くなろうとしているのか、そんな事を尋ねられた。俺達は二人して、お互いに負けたくないからと即答していた。俺にとって訓練を一緒に重ねてきたギーシュは負けたくないライバルで、ギーシュにとっても同様だ。お互いに負けたくない親友として認め合っている。キュルケには呆れられたが、これは男にしか判らない感覚である。

 

 ギーシュのゴーレムが急に組織的な動きを見せるようになった事について尋ねてみるとギーシュは最近、実家のグラモン家に頼んで、兵法の参考になりそうな実家の本を送ってもらい、兵法の勉強を始めたんだとか。卑怯だ、と心の中で叫んだが、ギーシュの実家であるグラモン家と言えば、戦いで名前を挙げた生え抜きの貴族。兵法を学び、乾いたスポンジが水を吸収するように、兵法を身に着けていくギーシュもなんだかんだ言いながら、その血を受け継いでいた訳だ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 王都へ行き、注文していた杖がようやく出来上がった。お値段的にはかなりの損失かもしれないが、固定化の魔法を重ね掛けした杖の強度は以前の杖を比べ物にならない。正直、貴族の使う魔法の杖と言うよりも木剣や木刀に近いかもしれない。

 

 両手で掴めるようにグリップ部分が存在し、ブレイドの魔法を使用する前提とした刀身のような形状。やはり、新しい杖を受け取った時はテンションが急上昇した。しかし、俺の新しい杖は周りの評価が不評だった。

 

 かなりカッコイイと思うんだけどな、ガンブレードならぬステッキブレード。ルビー曰く、俺の美的センスは随分と前衛的と爆笑された。少なくともお前に言われる筋合いは無い。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 最近、キュルケが宝探しを趣味にした。なんでも本当に存在するのかどうかの浪漫がキュルケの感性を刺激するとか。ちょくちょく宝探しに付き合っていた俺が仲間外れにされる事は無かった。しかし、今回は俺が参加した代わりにルイズが忙しいのか、他にやる事があるらしく、参加していない。

 

 信じられるか? 最近、危険地帯に踏み入れる事もあり、付いて来てくれるアーチャーのサポートやギーシュ達の援護があるとは言え、オーク鬼と真っ向から斬り合えるまでに成長していた。オーク鬼と言えば、一般的な傭兵相手なら五人程度を同時に相手する事が出来る猛者だ。少し前までの俺と比べたら、信じられない成長だ。

 

 オーク鬼と言えど、アーチャーの剣技に比べたら剣速は遠く及ばず、動きを鈍重。ギーシュのように罠を張った戦術がある訳でも無い。冷静になって考えてみれば、二人と毎日訓練を行なっている俺は今更、オーク鬼が恐れるような相手では無い事を理解した。

 

 前衛のポジションが板についてきた俺に対して、キュルケやギーシュが何処の“メイジ殺し”になるつもりだ、と突っ込みを入れた。言われて見れば杖の仕様を変更したとは言え、いきなりアーチャーやギーシュのゴーレムに混じって前衛部隊にいる事が多かったかも知れない。

 

 メイジとしてどうなんだ、と突っ込みを受けるかもしれないが、将来の夢はトリステインの王宮を守護する魔法衛士隊に入隊する事だ。よって、何も問題無いと自分に言い聞かせた。

 

 最近ではこの国で自分の力がどこまで通用するのか、挑戦したいとも考えている。実家へ迷惑を掛けるかもしれないが俺には優秀な妹がいるので大丈夫だろう。

 

 なんでも明日は学院に務めるメイドであるシエスタから情報を仕入れたタルブ村に眠る“竜の羽衣”を見学する事になった。なんでもフライの魔法を使わず、空が飛べるようになるマジックアイテムらしい。“らしい”というのは誰も飛んでいる姿を見た事はなく、持ち主が言っていただけの噂で真相は判らない。

 

 今回はメイドのシエスタも里帰りするそうで、アーチャーもついてくるとか。最近、朝練の後にちょこちょこ見かけると思っていたらそういう事か。ギーシュと二人でニヤニヤしながらアーチャーとシエスタのやり取りを見守っているとアーチャーは肩を竦めた。

 



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7ページ目

 

○月×日◇曜日

 今日は学院で働いているメイドのシエスタが生まれ育った実家があるタルブ村を訪れた。タルブ村には他の村に存在しない、村のシンボルとなっているらしい“竜の羽衣”なるフライの魔法を使わずに空を飛べるマジックアイテムがあると言い伝えられていて、その話を聞いたキュルケ達とタルブ村を訪れたのだ。

 

 空を飛ぶ機械や船なら飛行機や飛行船を思い浮かべる事が出来る。しかし、誰にでも使えるマジックアイテムで使用者が空を飛ぶ事が出来れば、確かにお宝かもしれない。

 

 辿り着いたタルブ村はまさに田舎の中の田舎、と言う言葉が相応しいのんびりとした時間が流れているのどかな村だった。やはり故郷に帰ってこれた事が嬉しいのか、喜びを隠しきれていないシエスタは村に着くとニコニコした笑みを浮かべて、タルブ村を案内してくれた。

 

 キュルケ達が気を回して、折角暇を貰って帰ってきているのだから実家に帰ってあげなさい、と言っても、私の大好きな村を皆さんに知って貰いたいんです、と言って、案内してくれた。

 

 タルブ村のシンボルとなっている“竜の羽衣”。シエスタの案内で見付けたソレを見て、俺達は絶句した。

 

 “竜の羽衣”――――その正体を知った俺や地球組は戸惑いを覚え、何を知らないキュルケ達はただの鉄屑が空を飛ぶなんてありえない、と残念そうに肩を落としていた。別にミリタリーなどの軍事知識に詳しくない、興味の無い俺でも知っている。

 

 タルブ村のシンボル“竜の羽衣”――――その正式名称は零式艦上戦闘機。通称、ゼロ戦。第二次世界大戦から活躍してゼロファイターと呼ばれたこの世界にはありえない科学の結晶。ミリタリーに詳しくない人でも聞いた事がある日本が世界に誇った“飛行機”だ。

 

 動揺する俺達を余所に案内してくれたシエスタが説明をしてくれた。この“竜の羽衣”を持っていた元々の持ち主は何処からともなく現れて、タルブ村に住みついたシエスタの曽祖父だったらしい。

 

 真面目な曽祖父は稼いだお金の一部で周囲の反対を押し切り、“竜の羽衣”に固定化の魔法を掛けてもらい、亡くなる間際に墓石へ彫った文字を読めた人物に“竜の羽衣”を譲ると言い残して亡くなったそうだ。

 

 シエシタに案内されて向かった曽祖父の墓石には日本語で“海軍少尉佐々木武雄、異界ニ眠ル”と刻まれていた。シエスタの風貌にほんの少しだけ感じていた違和感や懐かしさ、その正体は彼女に流れるその血であった。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 曽祖父の墓石に刻まれたハルケギニアで生きる人間には絶対に読めないであろう日本語をスラスラと読む事が出来たアーチャー。その事をシエスタから聞いたシエスタの家族はぜひ、“竜の羽衣”であるゼロ戦を受け取って欲しい、と頼まれていた。本当は俺やイリヤ達も読めるがややこしい状況になるので、シエスタの家族には黙っておいた。

 

 なんでも価値の判らない自分達よりも価値の判るアーチャーが持っていた方が曽祖父も喜ぶとか。正直な話、アーチャーがゼロ戦を持っていた所であまり意味は無い。しかし、シエスタの父親があまりに真剣な表情で頼んできた為にアーチャーもその圧力に負けて頷いてしまった。

 

 勿論、固定化魔法のおかげで状態が良いとは言え、燃料が入っていない“竜の羽衣”たるゼロ戦が飛ぶ筈も無い。タルブ村からトリステイン魔法学院まで運ぶには結構な金額のお金が必要だった。そのお金を用意したのが学院へ運び入れる時にたまたま通りかかったコルベール先生だ。アーチャーに対して、ゼロ戦の構造などを教える等の条件を出して運搬費用を支払っていた。

 

 ぶっちゃけた話、かなりまずいんじゃないだろうか。魔法が台頭するこの世界で独自にエンジンもどきを作り上げるほどの発想力と行動力を兼ね備えたコルベール先生がゼロ戦の構造を理解する。このままだと産業革命が起きたとしても別に不思議な事じゃない。もし“科学”が台頭してくる事があれば、ハルケギニアは荒れる。

 

 少なくともアーチャーはその事を弁えている。アーチャーに視線を送れば、困った様子で頷いていた。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 とりあえず、今まで起きた出来事の中で判明している事を書き綴っていこう。トリステイン魔法学院の宝物庫に眠っていた“破壊の杖”こと、ロケットランチャー。タルブ村に眠っていて、パイロットが日本人で確定している“竜の羽衣”こと、ゼロ戦。科学の結晶たる二つを目撃した俺が導き出す答えは一つ。ハルケギニアと日本――もしくは地球が、使い魔召喚の儀式以外で繋がっているのでは無いか、と言う確信を得た。

 

 だからと言って、俺に出来る事は無い。もし、交流が始まった場合に通訳を買って出る事くらいだろう。それは別にして、もしも地球と繋がっているのなら一度だけ日本に帰りたい。イリヤや美遊を送り届けるのは勿論、並行世界の概念が存在するなら、もしかしたら前世の俺が生きていた世界に繋がっているかもしれない。もしそうなら、会いたい人達が沢山いる。俺はもうハルケギニアで生きていく事を決めた。それでも前世でお世話になった施設の院長先生や会社の同僚、急に死んでしまった為に迷惑を掛けた人達へ謝罪したい。

 

 当然、実際問題として日本に帰る事が出来たとしても、直接会って会話する事は出来ないだろうし、輪廻転生してメイジになりました、と言って信じてくれるような人達では無いので、自己満足で影から会いに行く程度の事しか出来ないんだけど。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 今日はコルベール先生が固定化されていた燃料の塊を解析して、ガソリンの精製に成功していた。その量はなんと大きな樽が二つほど必要な量である。コルベール先生の解析力には脱帽であるがガソリンの精製は色々と不味い。“竜の羽衣”が魔法も使わずに飛べる事を知られたら、その先にある兵器としての運用も容易に想像出来る。元々、ハルケギニアだからこそ、ただの珍しいお宝として評価されているが“竜の羽衣”の本質は何処まで行っても兵器だ。

 

 それにガソリンにしても、ガソリン単体で充分に兵器として活用出来る。なにより危険な爆発物であるガソリンをその辺の樽に入れて保管している事自体、自殺行為だ。長期保管でガソリンが気化した場合、どんなタイミングで爆発するのか判らない。特にコルベール先生の実験小屋なんて、メイジ的にも危険な物が色々と集まっている。精製中に爆発しなくて本当に良かった。

 

 その事に気付いたアーチャーが慌てて精製したガソリンを“竜の羽衣”へ入れている所を見た時は人事だと思って、思わず笑ってしまった。“竜の羽衣”を飛ばす為には後三つほど大きな樽が必要、とアーチャーが言っていた。それとアーチャーはガソリンの扱いについてコルベール先生に何度も注意していた。

 

 アーチャーがガソリンの危険性を説明すればするほど瞳を子供のように輝かせていくコルベール先生の姿に、逆効果じゃないか、と思ったけど、とりあえず自分にはあまり関係無い事にして気にしないでおく。アーチャーの引き起こした事だし、自分で解決する筈だ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 トリステインの美貌であるアンリエッタ姫がゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世と結婚式を挙げる。トリステイン魔法学院はキュルケのように様々な国から生徒が集まってくる性質上、政治的な話から切り離されている。今回飛び込んできたニュースは驚くべきものだった。しかし、今回の結婚式がアルビオン王国を滅ぼして、台頭を始めた“レコン。キスタ”に対する牽制である事は容易に想像出来る。

 

 残念ながらトリステインの戦力と“レコン・キスタ”の戦力を比べた場合、その戦力比は圧倒的に劣っている。動乱だった時代ならいざ知らず、少なくとも安定した秩序を得たトリステインに頼れる戦力は少ない。

 

 この辺りは実力主義でいつでも鎬を削っているゲルマニアと伝統を重んじるトリステインの違いだろう。確かに伝統を大事にする事はとても大切な事だ。しかし、その所為で進歩が止まっているのなら、それは変えていくべき悪しき風習である。

 

 色々と書いたが正直な話、俺は大きなショックを受けている。アンリエッタ様はお世辞抜きにしても“トリステインの美貌”と言っても過言では無い。アンリエッタ様のファンだった俺として結婚の話はダメージが大きい。邪な希望ではあったが魔法衛士隊を目指す理由の一つに、アンリエッタ様と知り合いになれるかもしれないと淡い期待も存在したので、本当に残念でならない。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 これは日記ではなく、状況を纏める為に書いている。普通の学生生活を送っていた俺は急にルビーからクラスカードの反応があった事を伝えられた。クラスカードが出現した場所は以前訪れた事もあるタルブ村付近の草原。最近、オスマン学院長から“レコン。キスタ”とトリステインで小競り合いの戦争が勃発して、両軍が戦っている戦場がタルブの草原と聞かされていた。

 

 ルビーの話を聞き終えた俺は正直、眩暈がした。今までの経験上、クラスカードが出現する場所は黒化した英霊(サーヴァント)以外にも危険な状況である場所が多かった。ルビー曰く、戦場や争いが起きている悪意が集まりやすい場所に出現する確立が高いのは充分にありえる事らしい。色々とその説明をしてくれたけど、唖然としていた俺は殆ど聞いていなかった。ただ、簡単に説明するなら“危険な場所ほどクラスカードも出現しやすい”。正直、投げ出したくなったのは秘密である。

 

 

 

 

◇シエスタの記憶◇

 目の前に広がる光景はまさしく地獄でした。他に例えが見付からない、思い付かないほど凄惨な光景。私が幼い頃に走り回った美しく綺麗な草原。アーチャーさんに見せたかった自慢の草原は全てを灰に帰す煉獄の炎に焼かれて黒い煙を巻き上げています。武装した兵士やメイジの方々が全身の苦痛に嘆き、助けを求めながら炎に包まれている草原に伏して、その身を焼かれて悲鳴を上げている状況。地獄の光景を作り出した人物はたったの一人。アーチャーさんに似た姿をした黒い霧を身体に纏わせた男性は燃え盛る煉獄の炎の中で佇みながら、次の獲物を見つけようと視線を周囲へ向けています。

 

 最初に起きた異変は港町であるラ・ロシェールの方角から聞こえてきた大きな爆発音でした。実家で家族との団欒を楽しんでいた私は爆発音に驚いて、家を飛び出して何が起きているのか確認しました。視線の先では空から燃え盛る飛行船が何隻も墜落してきて、墜落した飛行船を追撃する為に巨大な飛行船が姿を現して、タルブの草原に碇を下ろして、停泊しました。そして、停泊した飛行船から何匹ものドラゴンが空へ舞い上がり、墜落した飛行船へ攻撃を加えながら、数騎の騎士を乗せたドラゴン達がタルブ村まで飛んでくると騎士の指示に従って、容赦無く村の家々に対して紅蓮の炎を吹いて、家を焼いていきました。

 

 戦争――――繰り広げられる唖然とする光景を眺めていた私の頭にその言葉が過ぎった時、新たな異変が起きました。黒い霧を身体全体に纏わせたアーチャーさんに似た男性が何処からともなくふらりと姿を現しました。男性は手に持った弓を村へ破壊を撒き散らす騎士とドラゴンの方へ向けるといつのまにか現れた矢で射抜きました。ドラゴンに騎乗していた騎士の方がその事に気付いて回避しようとした瞬間、村全体を震撼させるような圧倒的な爆発音と共に男性の放った矢が大爆発を引き起こして、騎乗していた騎士の方を巻き込んで、空を駆けていたドラゴンを撃墜しました。

 

 最初はアーチャーさんが助けに来てくれたのだと思いました。ですが、それは違いました。大きな爆発音と墜落していくドラゴンの姿を確認したドラゴンを駆る騎士の方達が男性を殺害する為に動き始めましたがその全てを容易く撃墜した男性。次に男性が弓を向けた場所は墜落したアルビオンの艦隊、そしてタルブの村でした。

 

 そんな時、全てを破壊して、悲劇を撒き散らした男性は新たに現れた武装集団に気付きました。その集団は救援に来たトリステイン軍です。

 

『っ! 魔法衛士隊は応戦! 他の部隊はまだ息の有る人の保護を! 敵も味方も関係ありません! 恥知らずのアルビオンにトリステインの気高さを見せてやりなさい!』

 

 男性が狙いを付けたその先には以前、トリステイン魔法学院を訪れた時に拝見する事が出来たアンリエッタ様が戦装束を身に纏い、ユニコーンへ跨りながら指示を出している場所です。軍の中心部で辿り着くまでには沢山の兵士を越えなければいけません。ですが、狙いを絞った男性は止まりません。驚愕する速度で進撃する男性は男性に気付いてその歩みを止めようと立ち塞がった騎士の方々を全て切り伏せると血に塗れた白黒の双剣をアンリエッタ様へ向けてしまいます。

 

『殿下! ここは危険です、お下がりください! 何処のどいつか知らぬが殿下に刃を向ける無礼を働く者はこのマザリーニがお相手する!』

 

『アハ~、お相手するのは私達の役目ですよ~。そうそう、私達はアイツの相手をするので今の内に説明をしておいてください。今回は流石に被害が大き過ぎます。何処まで説明するのか、その裁量は貴方にお任せしますよ。イリヤさん、今回は戦闘が長引く分、村へ被害が届いてしまいます。様子見無しの最初から全力全開で行きますよ!』

 

『あっ、俺に丸投げかよ! 判ったよ、アーチャーは頼んだぞ!』

 

 アンリエッタ様の危機に男性の刃からアンリエッタ様を守ろうとした初老の男性が杖を構えたその時、学園で何度も見ていて知り合いでもあるイリヤさん達が姿を現すとイリヤさんと美遊さんが凄まじい速度で黒い霧を纏う男性を殴り飛ばして、その場から離脱します。

 

『貴方は確か……』

 

『失礼を承知で申し上げます! 今の内に避難をお願いします。彼女達が本気で戦う為に軍を退けてください。説明は後でいくらでもしますからお願いします。この場にいる人間でアレの相手を出来るのは彼女達だけなんです!』

 

『…………、分かりました。全軍、生存者を回収しながら撤退しなさい!』

 

『殿下! それはっ!』

 

『黙りなさい! 貴方が殿下と呼ぶ私の指示です!』

 

『っ! 全軍撤退! トリステインの誇りにかけて生存者を見捨てるな!』

 

『『『おおー!』』』

 

怒号が鳴り響き、見る見る内にトリステイン軍が男性と戦っているイリヤさん達の近くから遠ざかっていく。

 

『これでいいんですね?』

 

『はい』

 

『ですが、これ以上は退きません。彼女達もまた、本来は私達が守るべき民なのですから。それと貴方には城へ出向き、今回の件について説明を命じます。魔法学院にはこちらから連絡しておきますのでそのつもりで』

 

『……、分かりました』

 

そして、信じられないほど高次元にある戦闘は美遊さんが取り出した紅い槍で黒い霧を纏った男性の心臓を穿つ事で決着が着きました。

 

『っ! 黒き悪魔はトリステインの誇る二人の聖女が討ち滅ぼした! 全軍、消化作業に当たれ!』

 

『『『おおー!』』』

 

そして残ったのは燃え尽きて黒くなった草原と手厚く保護されたイリヤさん達、アンリエッタ様の慈悲で惨敗してボロボロとなったアルビオンの艦隊が“見逃されて”逃げ帰っていく光景だけでした。

 



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8ページ目

 

○月×日◇曜日

 今日は正式にトリステインの王宮から魔法学院に対して、タルブ戦についての説明をするように俺を呼び出していると連絡を受けたオスマン学院長を通してコルベール先生から内密に教えて貰った。

 

 タルブ戦が引き起こされてから既に数日経っているが、あの時を境にしてアンリエッタ様は正式にトリステインの女王という立場になってしまったので、様々な相手から祝いの訪問などを受けて、その相手をしていた為に俺と面会して説明を受ける時間が無かったらしい。

 

 それほど重要な案件でさえなければ、あの場所にいらしたマザリーニ枢機卿へクラスカードについて説明して、アンリエッタ様に伝えて貰えれば話が早い。しかし、実際問題、隔絶した力を持つ英霊(サーヴァント)の能力を目の当たりにしたアンリエッタ様はその危険性を危惧して、直接俺と面会して説明をしてもらいたい、と言ってきているのだ。アンリエッタ様の英霊(サーヴァント)に対する警戒心はかなり大きいという事か。

 

 トリステインの王宮を訪れる前に最悪の事態だけは避ける為、ルビーだけに今回呼び出しを受けた事を話しておいて、イリヤ達を連れて行かず、単身でトリステインの王宮を訪れた。

 

 コルベール先生から王宮の兵士に見せればいい、と言われて書状を手渡された。王宮を守る門番の兵士へ書状を渡すと確認作業を終えた後、丁寧に城の内部へ案内された。最初の予想通り、応接間に案内された俺はその場で控えていた人物を確認して心底驚いた。

 

 俺を王宮へ呼び出したアンリエッタ様は勿論、その右腕として活躍しているマザリーニ枢機卿、そして実家で領地を治めている筈の父親が俺の事を待っていた。

 

 今回の件を重く考えているのか、これだけの広さを持つ応接間には俺を除いたたった三人だけしかいない。何をしたんだ、と心配と俺を責める感情が入り混じった父親から向けられる視線に視線を泳がせて、タルブ戦で一体何が起きていたのか、その説明をした。説明自体は何度も繰り返ししているのでいいかげんに慣れてきた。

 

 黒化して圧倒的な力を持つ英霊(サーヴァント)の事。そんな英霊(サーヴァント)すら打倒しうる力を持ったイリヤ達の事。そして彼女達が来た異世界の事。俺の父親だけは何の話か判らずに戸惑っていたけど、黒化した英霊(サーヴァント)を目撃しているアンリエッタ様達は俺の説明を聞いて、納得した様子だった。他にもいくつかされた質問に答えた後、お互いに牽制していた“本題”の話へ移った。

 

 それは勿論、イリヤと美遊の事だ。本題の内容はイリヤ達を軍の戦力として組み込めるか否か。王宮を訪れる前から予想していた通りの展開に対して、彼女達をこの世界に呼び寄せてしまった者の責任として退いてはならない一線だけは断固として拒否した。クラスカードを巡る激闘に巻き込まれたイリヤ達は戦い慣れしているだろう。それでも元々、小学生だ。人間同士の殺し合いに巻き込む訳には絶対にいかない。

 

 気付いた時には手から大量の手汗が滝のように滲み出ていた。国政を左右する権力者の提案を一介の学生が否定する。喉がカラカラになる重圧を受けてもイリヤ達を戦争に巻き込む事だけは容認出来なかった。ただ幸いだったのが、元々イリヤ達の戦力化にアンリエッタ様が反対だったようなので、それ以上の追及は無かった。

 

 ただし、タルブ戦においてイリヤ達の戦いを目撃した兵士達を宥める為、イリヤ達の身元を明かさない事、クラスカードの回収に必要以上干渉してこない事を条件として、兵士達の間で“黒い悪魔”と呼ばれている黒化した英霊(サーヴァント)の相手をするプロパガンダとしての役目までは認めた。

 

 実際の所、俺の説明を聞いたマザリーニ枢機卿もいずれ自分達の世界へ帰還する予定のイリヤ達を本気で国の戦力として使うつもりは無かったらしい。協力してくれるなら助かる程度に考えていたとか。

 

 俺としてはかなり破格な交渉結果だと思っている。実際、国の頭脳と呼ばれるマザリーニ枢機卿とお互いの利益を貪り合う本気の交渉なんてしたらボコボコにされてしまう。クラスカードがハルケギニア全土で出現する可能性を秘めている事からアンリエッタ様の計らいで王宮を含む国内外の移動と公的機関の使用を許された花押の押された許可証を承った。その後、隣で青い顔を浮かべていた父親と久しぶりに食事する為、王宮を後にした。

 

 食事を終えた後、街の市場を歩いていた時に“とある衣服”を目撃してしまい、必要も無いのに衝動買いした結果、よく判らないテンションでそのまま魔法学院に帰って、喜々としてイリヤ達に見せたら、ドン引きされた後で月に変わってお仕置きされた。その後、冷静になって考えてみるとイリヤ達に水兵服を着せた所で何も面白くない事に気付いた。やはり、慣れない交渉事の帰りだったので、テンションが可笑しくなっていたのだ。そうに違いない。

 

 不要となった水兵服を持っていても仕方ないので、メイドのシエスタにプレゼントして。水兵服を着てアーチャーに迫るといいよ、と言って渡しておいた。一応、動揺するアーチャーが面白かった、とだけ書いておく。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 最近、ルイズの様子が可笑しい。もっと言ってしまえば奇妙、異常な状態だ。俺の睨んでいた通り、ルイズはツンデレだ。たまにアーチャーとのやり取りを見れば、簡単に判る。それでも俺達がいる前では貴族と使い魔の関係を保とうと努力している所がある。しかし、最近のルイズは可笑しいのだ。人前で絶対にデレない筈のルイズが他人の目もお構いなしにアーチャーに対してデレている。デレたルイズは正直、可愛かった。

 

 朝練が終了した後、アーチャーに何があったのか、となんとなく尋ねてみるとアーチャーとついでに何故かギーシュが激しく動揺していた。明らかに何かやらかした事は確定なのだが、関わったら妙な事に巻き込まれると判断した俺は放っておいた。

 

 そういえば最近、キュルケとタバサがまた授業をサボって何処かへ出掛けたみたいだったけど、何をしているんだろうか。“竜の羽衣”でキュルケの宝探しは止めた筈だ。正直、キュルケ達が何をやっているのか、気にならないと言えば嘘になる。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 とうとうと思うべきか、ようやくと言うべきか、判断に迷う場面であるが、ついにオスマン学院長に学院長室を訪れるように呼び出しを受けた。理由は勿論、数日前にただの学生である俺がトリステインの王宮に呼び出しを受けた事についてだ。しかも、許可証を提出して俺が要望すれば授業の欠席を休学として扱うように、と王宮からお達しが届いている。

 

 オスマン学院長は信頼出来るメイジであるが、何処で密偵が目を光らせているか判った、ものではない。俺に対する破格待遇について疑問に思った学院長は王宮に確認すると本人から直接説明をしてもらえ、と言った内容の手紙が届いたとか。

 

 何度も繰り返してきた説明を終えるとオスマン学院長は俺が授業をサボって出掛けた際、右肩を負傷して帰って来た時も今回の件に関わる事だったのか、と尋ねてきたので正直に頷いた。嬉しい事にその時の事も休学扱いにしてくれるらしい。正直、助かった。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 本当に珍しい事であるが、あのアーチャーがお金を貸して欲しいと頼んできた。アーチャーの性格からして踏み倒したりするような心配は無いので構わないのだが、アーチャーが必要とする金額を聞いた時、思い切り噴き出してしまった。別に用意出来ない額とは言わないが最近はイリヤ達の衣服や身の周りを整えたり、杖を新調したりと出費が激しい。

 

 アーチャーに求められた額も事情を聞かずに貸すことの出来る金額を大きく越えている。説明を求める意図に気付いたアーチャーは全てを話さなかった代わりに何が起きているのか、それぐらいの事を教えてくれた。要約して見れば“香水”のモンモランシーが作り出した惚れ薬をルイズが誤って飲んでしまい、結果としてアーチャーにデレデレのルイズが出来上がったとか。

 

 大前提として惚れ薬の製作は違法である。豚箱に放り込まれて、臭い飯を食べるモンモランシーを少しだけイメージした後、溜息を吐いてお金を貸してあげた。

 

 最近気付いた――――いや、今まで目を逸らしてきた事であるが、ギーシュにはモンモランシーという彼女が、アーチャーには様々な女性陣が、それに比べて俺は……。

 

 最近はイリヤ達に見付かってしまうかも、と気にして書いていたけどもう知らない。氏ね、リア充は全員死んでしまえ。最近は猫かぶりの真剣モードの性格が地になってきたので、たまには生き抜きするか、と久しぶりに酒を浴びるように呑んだ。朝になって起きた時は椅子の上で寝ていたらしく、身体と頭が激しく痛かった。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 ラグドリアン湖――――トリステインとガリアの国境沿いに広がっているハルケギニアでも有名な湖である。他にも“水の精霊”が住んでいる湖とされていて、貴族の間でも美しく神秘的な場所として、神聖視されている。

 

 何故、こんな豆知識を日記へ書いているかと言うとハルケギニアにその名を轟かせるラドグリアン湖を訪れているからだ。どうしてこのような場所にいるのか、自分でも正直飲み込めていない。本来なら魔法学院で普通に授業を受けている筈だった。しかし、アーチャーから惚れ薬の件で相談があると呼び出されていたので、周囲の視線に気をつけながらルイズの部屋を訪れると部屋の主であるルイズとアーチャーは勿論、ギーシュと今回の件で犯人のモンモランシーが待ち構えていた。

 

 用件はルイズを治療する為にラドグリアン湖へ付いてきて欲しいとの事だった。俺がついていく必要性を見出せなかったので、断ったらギーシュがモンモランシーにバレない位置で頭を下げて、後から教えてくれた。

 

 一言で言ってしまえば、モンモランシーは関わり合いの無い俺が信用出来ないらしい。自分達のいない間に告げ口されたら困るので一緒に連れて行くと言い出したとか。正直、モンモランシーの言動にカチンと来たが、ギーシュの顔を立てる為に旅へ同行する事にした。

 

 まあ、ルイズ達と違って、モンモランシー個人とは交流なんてした事が無い。お互いの性格や人柄を知らないので、モンモランシーが警戒するのも無理は無い。

 

 一応、ラグドリアン湖に住む“水の精霊”と謁見出来た事だけでもこの旅に同行した価値はあった。初めて見る“水の精霊”は美しさと神秘さを兼ね備えている不思議な印象を持つ存在だった。少し見聞が広がった。

 

 “水の精霊”から頼まれた願いを叶える為に戦った襲撃者の正体が学院を休んでいたキュルケとタバサだった時には驚いた。アーチャーが俺とギーシュの二人で捕らえてみろ、と言ったので、あれだけ朝練を積んだのにギーシュと二人で襲撃者を捕まえようとした時、良くて互角、いや、襲撃者たるキュルケ達の押され気味だったのはちょっとショックだった。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 アンドバリの指輪――――水系統に属する伝説のマジックアイテム。なんとその効力は死者に仮初めの命を与えると言い伝えられている驚くべき代物だ。“水の精霊”はキュルケ達と遭遇して、事情説明による和解の功績を認めてくれたようで、ルイズを治療する為に必要な“水の精霊の涙”を分けてくれる代わりに何者かの手で奪われた“水の精霊”の宝物を取り返して欲しい、と頼んできた。

 

 その宝物こそがアンドバリの指輪である。“水の精霊”と指輪を取り返す約束をしてラグドリア湖を後にしようとしたその時、“水の精霊”が思い付いた様子でイリヤ達を呼び止めて、嫌な気配がするからこれもついでに持っていけ、と言ってアサシンの絵が描かれたクラスカードを渡してきた。

 

 なんでも突然、ラグドリア湖の中に現れたクラスカードは汚い魔力を水中に撒き散らす為、“水の精霊”の手で隔離して、確保していたらしい。

 

 棚から牡丹餅的な幸運であるのだが、正直納得いかない。もっとこう、覚醒した英霊(サーヴァント)と戦闘を行なった後でなければクラスカードを封印出来ないと思っていた。そんな気持ちを抱いた俺を余所にルビーとサファイアは平常運転で“水の精霊”からクラスカードを受け取っていた。

 

 ルビー曰く、散らばったクラスカードは封印された状態だからこそ、その魔力を感知する事が困難であり、クラスカードの封印が解けて黒化した英霊(サーヴァント)が現れたら、魔力の感知が容易になるとか。そういう重要な話はもっと早く言え。

 

 

 

 

◇アンリエッタ・ド・トリステインの記憶◇

 トリステイン魔法学院から正式に呼び出した彼のお話はとても衝撃的なモノでした。このハルケギニアとは全く異なる文化と法則が存在する地球と言う異世界の事。春の使い魔召喚の儀式によって、ハルケギニアへ召喚されてしまった二人の少女。召喚された際の事故として、ハルケギニアへばら撒かれてしまったクラスカードと呼ばれる異世界のマジックアイテム。呼び出した彼は手馴れた様子で私達へ説明をしてくれました。

 

 それとは別にマザリーニが提案した“本題”について話が上がった時、彼は険しい表情を浮かべました。マザリーニが提案した“本題”とはつまり二人の少女をトリステインの戦力として使えるかどうか。その問いかけに対してm彼は何の躊躇も無く、首を横に振って、マザリーニの提案を拒絶しました。

 

 異世界とは言え、学生として暮らしていた彼女達を自分の使い魔として呼び寄せた事に責任を持ち、事故が起きたばら撒かれたクラスカードは絶対に回収する。ですが、同時に保護するべき平民である彼女達を戦場に送り込む事はありえない。

 

 そう言い切って、マザリーニの交渉を跳ね除けていた彼の手が汗に濡れている事に私は気付いていました。彼の緊張は最もな話です。未熟である私に代わって、マザリーニはトリステインの国政を行なっている重要人物です。その重要人物の提案を跳ね除ける。言ってしまえば、ただの学生である彼がそれだけの英断を下すのにどれだけの覚悟が必要だったのか、考えても私では思いつきません。

 

 実際、虚偽報告をさせない為に、と保険で呼んでおいた彼の父親はマザリーニの提案を跳ね除ける彼の姿を見て、表情を青くしていました。マザリーニ曰く、彼の家系はメイジとしての実力は高いものの領主としてはそれなりの技量しかなく、交渉事は苦手だとか。

 

 それでも貴族の誇りを、民を守ると心に決めていた彼の姿にマザリーニが折れて、最低限の協力だけ取り付けていました。

 

 “民を慈しむ貴族の誇りは確かに受け継がれている”。彼が応接間を去った後、地面へ頭を擦り付けそうなほど頭を下げる彼の父親に対して、マザリーニが嬉しそうに言っていました。私と同じ若い世代に正しき貴族の誇りが受け継がれている事を知れて嬉しい。お世辞でもなんでもなく、純粋に嗤うマザリーニを目撃したのは久しぶりの事でした。

 

「ふう……」

 

 未だにお飾りの女王とは言え、仕事は大変です。今日の仕事を終え、部屋で一息ついた私が思い浮かべるのはクラスカードについて説明に来た彼の事。彼は友人を売る事を嫌って、意図的に情報を隠していたようですが、春の使い魔召喚の儀式で地球なる異世界からハルケギニアを訪れたのが、彼の召喚した二人の少女だけでは無い事を私は知っています。

 

 私の親友であるルイズ。そしてルイズが呼び出した異世界からの来訪者であるアーチャーさん。そしてルイズとアーチャーさんが契約した事で出現した伝説のルーン“ガンダールヴ”。“ガンダールヴ”は虚無に関係する伝説の使い魔です。つまりそれは、ルイズ同様に異世界から人間を呼び出した彼もまた――――。

 

 そこまで考えた所で部屋の扉がノックされました。

 

「ラ・ポルト? それとも枢機卿かしら? こんな夜中にどうしたの?」

 

 しかし、返事は返ってきません。その代わりにもう耳にする事は無いと思っていた人の声が聞こえてきました。

 

「ぼくだ」

 

「嘘よ、なんで貴方が……」

 

「……」

 

 とまどう私に扉の向こうにいる“誰か”は少し考えるような沈黙をすると再び口を開きます。

 

「……風吹くよるに」

 

「水の誓いをっ!」

 

 無防備である事は自覚しています。それでも二人だけの合言葉に我慢できず、扉を開いてしまいました。

 

 そこに立っていたのは確かにウェールズさまでした。

 

「っ!」

 

 ですが、ウェールズさまの身体は健全なものではありませんでした。左肩から先が存在しない隻腕。国を落とされたウェールズさまが殺されずに私の目の前に立っている。それだけでも奇跡と呼べるのにウェールズさまの姿を見て私の心は痛みました。

 

「本当はこんな姿で君と会うつもりはなかったんだけどね。アーチャー君だったかな、彼にはお礼を言っておいて欲しい。こんな姿になっても生きていられたのか彼のおかげさ」

 

 私の動揺が伝わってしまったのか、ウェールズさまは曖昧な困った表情を浮かべながら微笑んでいます。

 

「“死んで守る貴族の誇りと受け継いでいかなければならないアルビオンの誇り、どちらが大切なのか”。恥ずかしながらアーチャー君に指摘されるまで残された中立の貴族や民の事を忘れていてね。自分が簡単に死ねない事に気付いたら道は一つしかなかったんだ」

 

「…………」

 

 ウェールズさまが何を考えているか、なんとなくですが分かりました。

 

「ぼくはぼくの国――いや、ぼくの所為で滅んでしまった国を取り戻す。ぼくは君を利用する為にここに来た」

 

「っ!」

 

 分かっていても目の前で告げられると心が痛かった。ウェールズさまの目的は分かっている。捕虜として捕らえているタルブ戦でのアルビオン軍。

 

「彼らと会わせてほしい、ぼくは敗北者で君には逆立ちしたって釣り合わないどん底の人間だ」

 

 自分で自分を否定するその言葉を聞きたくなかった。でもウェールズさまの瞳には自虐的なものを感じなかった。

 

「――――だから、ぼくは這い上がる。失いかけて気付いた本当の気持ちを、ごまかし続けた君への気持ちを、君と対等な状態で、誰にも文句が出ないくらいの力と地位を手に入れて」

 

 むしろ、昔では見る事の出来なかった獰猛なそれでいてずっと先を見ている力強い瞳だった。

 

「だから待っていてくれないか、ぼくは君を利用する。そしてぼくは――――君を手に入れる」

 

「はい、いつまでも待っています」

 

 力強いウェールズさまの宣言に気付かない内に頷いていた。

 



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9ページ目

 

○月×日◇曜日

 今日からトリステイン魔法学院は長期の夏季休暇に入った。日本で言う所の学生にはとても嬉しい夏休みだ。それにハルケギニアの夏季休暇は長い。期間にしておよそ二ヶ月半と言った所か。今まで我慢していたけど、これぐらいの長期休暇があれば充分にハルケギニアの彼方此方に散らばったと思われるクラスカードの回収を行なえる。

 

 しかし、その前にちょっとした問題がある。それはとりあえず先に里帰りしないといけない事だった。父親とはこの前、トリステインの王宮で再会したのでそんなに懐かしい気持ちにはならなかった。けど、母親と妹に会った時は懐かしいと感じた。特に妹はすっかり成長していた為、一目見た時は誰なのか判らなくなった。

 

 春の使い魔召喚の儀式で呼んだ使い魔を見せてくれ、と二人に頼まれたので、俺の後方で荷物を持ったイリヤ達を紹介した。結果として家族会議になりました。

 

 家族がいつも集まっていた部屋には忙しい筈の父親も呼び出されていて、母親達はイリヤ達を守るように俺の前に立ち塞がっている。王宮の帰り道で一緒に食事をした際、イリヤ達が異世界からやってきた等の問題は余計な混乱を招くだけなので、母親達には説明しない、と父親と話し合っていたので、イリヤ達の境遇を説明するのに問題は無かった。

 

 ただ母親と妹がイリヤ達の事を物凄く労わっていて、イリヤ達が引くぐらいの勢いだった。何故、イリヤ達の事をそこまで労わっているのか、よく判らなかった俺はまあいいか、と特に気にせず、自分の部屋に戻った。そして、部屋で出迎えてくれた馴染みのメイドさんが着ていた衣装を確認して、全てを思い出した。

 

 このハルケギニアではありえないミニスカートを着て、白のニーソックスで絶対領域を作り出すメイドさん。トリステイン魔法学院では大人しく真面目な性格で過ごしていた為に忘れていたが、実家で暮らしていた時の俺ははっちゃけていた。もっと直球で言うと変態だった。

 

 勿論、学園での生活を知らない母親や妹、メイドさん達は俺の事を変態として見ているのだ。一応、尊厳の為に書くがロリの趣味は無い。

 

 まさか、こんな場所で俺の黒歴史を目の当たりにするとは思っても見なかった。ルビーは大爆笑しているし、イリヤ達の視線は薄汚い生ゴミを見るような視線で痛い。とりあえず、メイドさんの衣装は本来の姿に戻してもらい、一人一人謝罪していった。

 

 小さい頃からセクハラをしていたメイドさんにはよく成長されました、と感動して泣きながら褒められてしまった。今考えると恥ずかし過ぎて顔が真っ赤になっていたと思う。お手伝いに来ていたメイドさんの中にはミニスカートのメイド服を気に入った子も数人ほどいたようで、今後もこの格好をしていてもいいかと尋ねられた時はもう笑うしかなかった。黒歴史の露見によって刻まれた傷はかなり深刻だ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 朝練を始めるようになってから、早起きする癖がついた。しかし、実家で朝練を行なうにしてもアーチャーやギーシュがいない状況では朝練の効率が悪い。とりあえず子供の頃、無邪気に走り回っていた実家の屋敷を中心として、周辺をランニングする事にした。ランニングの途中には朝早くから農作業に勤しむ平民の姿があって、おはようございます、と挨拶しておいた。ギョッと目を丸くさせて俺を見る平民の視線にはもう慣れた。

 

 実家における俺の評価は奇人変人で、変態だ。驚かれても仕方ない。人は過ちを犯して成長するものだ。

 

 ランニングが終了して、瞑想をしていた時、父親が訪ねてきた。なんでも俺の居場所を使用人に尋ねて、俺を探していたとか。父親の用件は久しぶりに魔法を教えてくれるらしい。俺もそろそろ親越えの時期じゃないか、と思っていたので実践形式の訓練で挑んだ。

 

 割合、良い所まで追い込めるけど最後の一手が届かない。何度繰り返しても一度すら勝てなかった。やはり、現役軍人は強かった。

 

 もう少し、訓練に励んで、経験を積むように、と得意げに言われた時はカチンと来た。けど、“親の壁”という越えなければならない障害の大きさに心が震えた。いつか絶対に越えてみせると誓う。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 久しぶりに領内にある孤児院を訪れた。何か忘れているような錯覚に陥りながら、元気良く走り回る子供達の姿に癒された。この孤児院は江戸時代でいう所の寺子屋的な役割を与えてある施設だ。

 

 珍しく転生知識で成功した、計算知識チート作戦で学んだ大人達が孤児院の子供や近所の子供を集めて、色々な計算の授業を行なっている。その成果は少しずつ実っている様子で、既に孤児院にいる子供全員が掛け算や割り算程度の計算なら出来るようになっていた。これからもしっかりと指導していけば、俺が大人になる頃には結構優秀な人材が出てくると期待している。

 

 それに理解力の乏しい子供に対して授業を行なうので、大人の方もなるべく簡単に教える為、教える事を整理したりしていると復習に丁度良いらしい。流石にそこまで考えて指示していた訳じゃないけど嬉しい誤算である。

 

 久しぶりに自分の領地へ帰ってきて、残してきた転生知識の結末を確認しているとやはり、成功しなかった場所もある。金属であるネジやクギ、マスケット銃などの部品を規格化する方法だ。やはりベテランの職人でも同じモノをいくつも製造するのは難しいようで難航しているらしい。

 

 俺だって、規格化云々は拙い工業的な知識から意見してみただけで、アドバイス出来る事はあまり無い。それとは別にパイプを作って、川から水を引いて作った簡易式公衆水洗トイレはかなり人気のようだ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 父親から魔法学院で懇意にしている女子生徒の一人でもいないのか、と尋ねられた。その事を俺に聞いてくる父親はまさに鬼だ。いや、トリステイン魔法学院はそういう面識を作っておく為の場である事も確かなんだけど。

 

 俺だって別にモテない訳じゃない。学院でそれなりにアピールされた事もあるが、一歩踏み込んだ関係になった人は誰もいない。もしかしなくても、俺のせいなのか。直前になるとヘタレて、逃げ出してしまう俺が悪いのか。いや、俺には魔法衛士隊に入隊して名前を挙げるって言う夢があるので気にしない。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 長期休暇で里帰りしてからそれなりの時間が経った。そろそろ身体の休息も充分に取った事だし、動き出すとしよう。ルビー達と話して、この休暇中に出来るだけクラスカードの回収に専念すると決めていた。

 

 クラスカードの回収に当たって、一旦、今までの情報を整理しよう。まず、今までに集めたクラスカードの枚数は四枚。種類はライダー・ランサー・アーチャー・アサシンの四枚だ。残っている三枚の種類はセイバー・キャスター・バーサーカーの三枚。

 

 残っているカードの内、キャスターのクラスカードはそんなに警戒する必要が無いと睨んでいる。何故ならキャスターの領分は知略であり、黒化した英霊(サーヴァント)には知性が無い。キャスターと殴りあった所で、イリヤ達が劣る筈が無い。

 

 逆に残っている二枚のカードはかなりの激戦が予想される。もし、発見出来たとしてもアーチャーに頼んで協力してもらった方が確実だ。それにアーチャーなら頼めば協力してくれる筈だ。

 

 それとあまり関わらないようにしているけど、ルビーとサファイア“は”アーチャーの正体に気付いている節がある。イリヤと美遊が正体を知らないのはどうなんだろうか。少なくともその件に関して俺から動く事は何も無い。静観するしかない訳だ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 トリステインの王宮で事件が起きた。詳しい情報までは伝わってこないが、なんでもアンリエッタ女王陛下を攫おうと考えた反逆者が現れたらしい。詳しい情報が入ってこないので色々な噂が流れている間に、ルビーとサファイアの報告で王宮付近にクラスカードの反応があったと報告を受けた。

 

 ルビー達の報告を受けて、王宮が大変な事になっていると確信した俺はすぐに旅支度を終えて、王宮に向かった。覚醒したクラスカードの反応は別の何かに飲まれるようにして消えてしまったらしい。一応、その近くにアーチャーの気配があったようなので大丈夫だろう。

 

 イリヤ達の全速力に付き合って、王宮を訪れた俺達はルビーの案内に従って、地下水路へ向かう事にした。地下水路の奥で俺達を待ちうけていたのは気絶しているルイズと所々怪我を負っているアーチャーの姿。それにアンリエッタ様と銃士隊らしき女性、それに隻腕の男性、少し視線を横に向けてみれば、見るも無残さ姿で殺されていた男性の亡骸があった。

 

 

 

 

◇とある妹の記憶◇

 私のお兄様は基本的に褒められるような人物ではありません。それは人間として、メイジとして、なにより貴族として。ですが、久しぶりにトリステイン魔法学院の夏季休暇で帰って来たお兄様はとても成長されていました。

 

 事故とはいえ、年端もいなかいイリヤさんと美遊さんを使い魔として召喚したお兄様が、メイドとして二人を雇っていると聞いた時、変態的な行動をするお兄様が思い浮かんで、二人を労わりました。その中で歳が近い事もあり、イリヤさん達とお話するようになった私はお兄様の変態的な趣味が治った事を知りました。

 

 むしろ、心を入れ替えた様子でお兄様が持つ変態趣味の犠牲になっていたメイドの使用人相手に一人一人丁寧な謝罪をする姿はとても真面目で、好感の持てる姿でした。

 

 イリヤさん達の件で起きた家族会議の席ではどうやらお父様と結託して二人で何か隠し事をしているようでしたが、二人とも隠し事をするのが下手なので私もお母様も気付いています。

 

 お兄様の成長は人間的な部分だけではありませんでした。実家に帰ってきてから毎日、早起きして、屋敷の外で魔法の鍛錬を行っている事を知っています。メイジとして見れば、魔法学院へ入る前の実力ははっきり言って私より下。今でも系統魔法が上手く扱えないようなので“魔法”だけなら私の方が実力は上です。

 

 ですが、お父様を相手にした実戦形式の訓練では目を見張るものがありました。スクウェアクラスのメイジであり、現役軍人でもあるお父様相手に一歩も引かず、対等の動きを見せていました。お兄様の負けず嫌いはお父様の遺伝です。大人気ない事にお父様も本気になって相手をしていたので、何度試合しても勝てないとお兄様が認めるまで試合は続きました。試合を終えたお父様がこちらへ歩いてくると試合を観戦していた私と視線が合います。

 

「どうしたんだ、こんな朝早くに」

 

「お父様達がここにいると聞いて。お兄様はどうでしたか?」

 

 私の質問にお父様は嬉しそうに笑いました。

 

「以前とはまるで別人だ。今のアイツならいつか私を超えるメイジになるだろうな」

 

 そう言って笑うお父様はお兄様の前では平然な表情を浮かべていましたが私の前では大量の汗を流して、何度もブレイドで打ち合った右手は痙攣していました。

 

 それに比べて、遠目で見えるお兄様は特に疲労した様子も無く、訓練を再開していました。

 

 それから何日か過ごしている内に成長――いえ、昔のお兄様に戻っている事を実感出来ました。奇人変人と言われる前、まだ魔法がろくに使えない、けれど強い心と勇気を持っていた小さい頃のお兄様に。私が悲しい時は何も言わずそばにいてくれて、私が怖かった時は優しく抱きしめてくれた――――私が大好きだった頃のお兄様に。

 

「お兄様? お出かけになるのですか?」

 

「ああ、ちょっと遊びに行ってくる」

 

 にっこりと笑って鼻を啜るお兄様を見て、ああ、嘘なんだな、と思いました。お父様とお兄様が嘘をつく時の癖は鼻を啜る事。王宮の方で何か事件があったと聞きました。もしかしたらお兄様はその件に関して一枚噛んでいるのか。お父様と二人で何を隠しているのか分かりません。

 

 ただ、お兄様を見送る私の目にはお兄様の背中が大きく見えた事が嬉しくて無事に帰ってくる事を祈るだけでした。

 



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10ページ目

○月×日◇曜日

 満身創痍という言葉が相応しく、傷だらけでボロボロの格好をしたアーチャー。そんなアーチャーが傷付き疲労した身体に鞭を打って、イリヤへ手渡した物は1枚のクラスカードだった。それもクラスカードに描かれていたイラストは最も警戒するべき英霊(サーヴァント)として名前が挙がっていたバーサーカーだ。

 

 満身創痍の状態まで追い込まれていたとは言え、クラスカードの元となった第五次聖杯戦争における純粋な力として最強の一角を誇ったバーサーカーを一人で討ち滅ぼしたアーチャーに内心でお驚きっぱなしだった。

 

 唖然とする俺と対面していたアーチャーから時折、諌めるような視線が注がれている事に気付いた俺はその意図が判らず、首を傾げた後、アーチャーの視線を追った先の光景を見て理解した。

 

 おそらくバーサーカーによって殺されたのだろう、凄惨な状態で事切れている男性の光景を真っ青な顔で見ているイリヤ達がいた。貴族の証でもあるマントを男性の亡骸へかけて、イリヤ達から男性の遺体が見えないような立ち位置へ移動する。

 

 このハルケギニアはイリヤ達が暮らしていた日本と比べれば、“死”という感覚が非常に近く、身近にあるものだ。そんな世界に暮らしていた俺でも少し怯んでしまう凄惨な死様はイリヤ達にとって、大きな衝撃だったに違いない。俺の気がそこまで回らなかった事は反省するべき所だ。

 

 真っ先にそういったものに対応しそうなアーチャーが俺にその役割を任せた時点で、アーチャーの消耗が表情に出さずとも相当なモノなのだと内心で理解した。その場にいたアンリエッタ様の指示に従い、詳しい説明は後日となって、疲労して気絶したルイズや負傷したアーチャーを気遣いながら、地下水路を後にした。

 

 地下水路で行動を別にした隻腕の美男子とアンリエッタ様がとても仲の良い雰囲気で話していた時には激しく動揺してしまった。隻腕の美男子が一体、“何者”なのか、予想だけならいくらでも候補が浮かび上がってくる。しかし、それを確信へ変える一歩を踏み出す事は無かった。アニエスと名乗る銃士隊所属の女性に、耳元で余計な詮索はするな、と囁かれた時は心臓が止まるかと思った。

 

 クラスカードの件で色々有った為、感覚が可笑しくなっていたが元々、一介の学生でしかない俺が一国の王であるアンリエッタ様と個人的な面識がある事自体、異常な状態なのだ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 地下水路で起きた惨劇について詳しい説明は後日として解散になった昨日、慌てて飛び出してきたのであまり路銀を持っていなかった俺達は何処に宿泊するか悩んでいた所、アンリエッタ様の計らいで王宮に宿泊させてもらう事となった。魔法学院である程度耐性が出来ていたものの、こちらが引いてしまうほど豪華絢爛な朝食を済ませた後、王宮仕えのメイドが宿泊した部屋を訪ねてきて、アンリエッタ様が呼んでいます、と案内されたのは一度訪れた事もある応接間に通された。

 

 応接間にはアンリエッタ様やマザリーニ枢機卿は勿論、少しくらい回復したのか、顔色が戻っているアーチャーの三人が俺達の事を待っていた。

 

 昨日、気絶していたルイズの姿が見えない事に気付いた俺は怪訝そうな表情を浮かべてアーチャーへ尋ねるように視線を向ける。その視線に気付いたアーチャー曰く、ルイズの身体に別状は無いらしい。ただ、身体に秘めていた膨大な魔力を急激に放出した影響で疲労が蓄積された為に宛がわれた部屋でぐっすりと寝て、休んでいるらしい。

 

 アーチャーの説明を聞いて、なるほど、と納得した俺は何とも言えない違和感に襲われて、首を傾げた。確かに膨大な魔力を一度に放出すれば精神力の消耗が激しく、誰だって疲弊する。メイジが“魔法”を使用するには負担が掛かる。それが常識だ。ハルケギニアで暮らすメイジなら避けて通れない道。たとえそれが“魔法”の使えない“ゼロ”のルイズと呼ばれた彼女でも。

 

 そこまで思い浮かべてからちょっと待て、と違和感の正体に気付いた。

 

 ――――魔法がまともに使えないルイズが気絶するほど大量の精神力を消耗する魔法を使う。それがつまりどういう意味なのか。

 

 違和感の正体に気付いた俺は驚いて、事情を知るアンリエッタ様から内密に受けた説明はまさしく開いた口が閉じない驚愕の話だった。

 

 見覚えもなく、珍しい程度にしか思っていなかったアーチャーの左手に刻まれたルーンの正体は“ガンダールヴ”。“ガンダールヴ”とはハルケギニアに伝わる伝説の使い魔であり、その主は“虚無”の系統魔法を使う。アーチャーに“ガンダールヴ”のルーンを刻んだルイズは火・水・風・土の四系統に属さない伝説の系統“虚無”の担い手だったらしい。

 

 流石に込み入った事情があるので詳細な情報まで教えてもらう事は無かった。しかし、アーチャーとバーサーカーの戦いについて知る事が出来た。とある事情により地下水路を訪れていたアーチャー達の前に何処からとも無く姿を現したバーサーカー。当然、理性の無いバーサーカーと交戦状態に陥ったアーチャー達、死亡していた男性はその戦闘に巻き込まれてしまったらしい。

 

 その被害を受けてアーチャーは自身の切り札である“無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)”を発動、固有結界というアーチャーの“世界”へバーサーカーを引きずり込んで激戦を繰り広げたものの、アーチャーも追い詰められた。その時、バーサーカーからアーチャーを助ける為に唱えた魔法がルイズを伝説の“虚無”として覚醒させた。その結果、途方も無い破壊力を秘めた魔法が複数の命を残していたバーサーカーを殺し尽くし、味方には一切の被害を与えなかったとか。その不可解な状況に呆然としていた所へ俺達がルビーに案内されて地下水路を訪れたらしい。

 

 そんなハルケギニアを揺るがせかねない重大な秘密を説明してくれた理由はただ一つ。ルイズほどでは無いにしろ、俺も系統魔法は苦手な部類であり、春の使い魔召喚の儀式でルイズと同じ“人間”を呼び出したのは俺だけだ。

 

 俺が伝説の“虚無”かどうなのか、使い魔に刻まれたルーンを確認すれば一番早いと言ってアンリエッタ様がイリヤ達の顔色を窺っていたけど、その意図に気付いたイリヤ達はルビー達を構えて戦闘態勢になっていたので無理強いせず、諦めた。

 

 まあ、別に今更契約についてどうこう言うつもりは無い。ただ、イリヤ達の露骨な拒絶にちょっとだけ心が傷付いた。勿論、女の子にとって初めてのキスがとても大切なモノであると理解しているので別にいいのだが。

 

 確認としてアンリエッタ様から綺麗な宝石で装飾された指輪とボロボロにしか見えない本を手渡されて中身が読めるか、と尋ねられた。目を通したところ何も書かれていない白紙のページしか見えなかった。その事実を伝えるとアンリエッタ様は少しだけ残念そうな表情を浮かべた後、ここで見聞きした情報については口外しないように、と口止めされて説明が終了した。

 

 気絶から目を覚まさないルイズの事はアーチャーに任せる事にして、俺は新学期が始まる魔法学院へ帰る事にした。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 長期休暇の夏休みが終わり、トリステイン魔法学院が通常通りの授業が始まって日々の日常生活が戻ってきた頃、ハルケギニアを揺るがす大事件が起きた。既に暗殺されて死んでいると噂の流れていた旧アルビオン王国のウェールズ様が反神聖アルビオン共和国の軍隊を設立させて、アルビオン国内で武装蜂起を開始したとか。他国の生徒も預かる魔法学院という土地柄、政治的な詳しい話が入ってくる事は滅多に無い。しかしウェールズ皇太子が率いる“反乱軍”の中にはタルブ戦でトリステイン軍が捕らえた筈の軍人が紛れているとかいないとか、と妙な噂が流れていた。

 

 様々な憶測が魔法学院を飛び交う中、地下水路で遭遇した隻腕の男性を少しだけ思い出しながら、ウェールズ皇太子が指揮する軍隊が“反乱軍”として認識されている事に少しだけ寂しさを覚えた。隻腕になってまで生き延びたウェールズ皇太子はきっとかなりの挫折や苦労を味わってきた。それでも再び立ち上がるその闘志と不屈の信念には素直に感嘆した。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 既に習慣となっている早朝の鍛錬。ギーシュとの手合わせで実感したのだが、長期休暇以前と比べてギーシュのゴーレム指揮能力が拍車を掛けて向上していた。長期休暇の間にも鍛錬を積んでいた事は容易に想像出来るが明らかに成長速度がおかしい。その理由を尋ねてみた所、予想の斜め上をいく答えが返ってきた。

 

 予想通り、長期休暇中も鍛錬は積んでいたらしい。ただし、戦上手として知られているグラモン元帥が指揮する兵の調練に参加させてもらい、“本物”の軍隊を指揮して何でもグラモン元帥と模擬戦を行なったとか。

 

 ギーシュの指示に対して従順に従うゴーレムとは違い、指揮するのは意志を持つ人間、それも軍隊同士のぶつかり合いだ。志気の上下や伝令の遅延などゴーレムを操るのに比べたら必要とされる指揮能力は雲泥の差であり、現役軍人である家族相手に一蹴されてボコボコにされたギーシュ。しかし、その経験は何事にも変えられないものだ、と嬉しそうに語っていた。

 

 負けじと俺もスクウェアクラスのメイジである父親相手に何度も模擬戦を挑んでボコボコにされたと自慢した。話を聞いている限り、隣の芝生は青く見えるというのは本当なんだと実感した。ギーシュと俺はお互いに実家の自慢話をした後、酒を飲み交わした。次の日に酔いつぶれた俺とギーシュが朝の鍛錬に遅刻してアーチャーにこってり絞られたのはここだけの秘密だ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 ウェールズ皇太子が神聖アルビオン共和国打倒に向けて軍を挙げてから既に一ヶ月。最初は反神聖アルビオン共和国が不利な状況で開かれた戦局であったが、日を経つにつれて均等を保つようになってきたらしい。なんでも最大の原因は神聖アルビオン共和国から続々と個人単位で離反者が続出しているとか。反乱軍である“レコン・キスタ”に敗北してなりを潜めていたアルビオン王国の誇りと魂は着実に民へ受け継がれていた訳だ。

 

 これはウェールズ皇太子という圧倒的な求心力とカリスマを持つ人物を前回の戦争で殺せなかった“レコン・キスタ”の失態だろう。サウスゴータ地方から始まった解放戦争はアルビオン中へ戦火を広げながら、それでも着実にウェールズ皇太子の方へ状況が傾いていた。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 アルビオンの内乱。均衡する戦火を打破する為に動いたのはウェールズ皇太子だった。ウェールズ皇太子はトリステインに対して“正式”に援助を求める同盟を結ぶよう話を持ち掛けて来た。既にタルブ戦において神聖アルビオン共和国とは決定的な亀裂が生まれ、戦争状態であったトリステインは古くから友好関係にあったアルビオン王国の要請に応じる事となった。

 

 

 トリステインとアルビオンの同盟は成立、勝ち馬に乗ろうと多くの男子学生が王軍募集に参加する中、俺は戦争へ参加するかどうか迷っていた。均衡していた戦争にトリステインが加勢すれば連合軍の勝利は手堅いものとなる。何も背負う物が無ければ、参加していただろう。ただ俺が王軍へ参加するという事は使い魔であるイリヤ達も戦場へ連れて行く事と同義である。

 

 たくさん悩んで考えた末、王軍に参加しない事を決めた俺の事を影で臆病者と罵っている人物が何人かいた。そんな相手は無視して、戦火の拡大によりウェールズ皇太子からの依頼で戦争難民を受け入れる事になった魔法学院の仕事を手伝った。食料の配布や仮設住居の設置、戦況が段々と有利に運んでいる報告を聞きながら、暇を持て余している子供達の世話をしていた時、俺は深く帽子を被った金髪の“彼女”と出会った。

 

 

 

 

◇ウェールズ・テューダーの記憶◇

 

「……ようやくここまで来たね」

 

 目前に広がる光景と夜風が頬を撫でるのを感じながら呟く。

 

「いえ、まだまだですよ、ウェールズ様。奴等を殲滅し、このアルビオンを以前より良き国へ変える。皆、ウェールズ様の言葉を信じてここにいるのです。その言葉はアルビオン王国を再建し、トリステインに避難している難民がこのアルビオンで笑顔に過ごせるようになってからにしてください」

 

「……それもそうだね」

 

 僕の横に立つ“レコン・キスタ”を抜けてこちらについてくれた軍人、サー・ヘンリ・ボーウッドの言葉に苦笑を浮かべる。

 

 僕の仕事は奪われてしまったアルビオン王国を取り戻す事では無い。アルビオン王国の再建は僕が成さなければならない事の通過点に過ぎない。この国に住む全ての人が笑顔を浮かべて笑い合える日、その時まで僕は止まる事も諦める事も許されない。いや、僕自身がそれを許さない。僕の為に傷付いた人が沢山いる。僕が無理すれば心配してくれる人がいる。けど、僕は僕を大切に思ってくれる人達に報いる為、無理をしてでも強いウェールズ・テューダーでなければならない。

 

「なぜ、そこまでお急ぎなのですか?」

 

 アルビオン軍人とトリステインから来た援軍が仲良く杯を交わす様子を見ながら尋ねてくるボーウッドの言葉に頬を掻く。

 

「僕には好きな女性がいる。失ってから初めて気付いたんだ、僕は彼女をどんな事をしても欲しかったんだと。だけど、彼女は今の僕では手が届かない存在だ。だから、僕はこの国を取り戻す。不謹慎かな?」

 

 異性の為に国を奪還する。呆れられる事は承知の上だ。それでも僕を信じて付いてきてくれた人に嘘を付きたくなかった。

 

 そんな僕の言葉にボーウッドは目を丸くした後、愉快そうに大声で笑った。その様子に他の兵士達もこちらを見ていた。

 

「不謹慎? 大いに結構! 誇りの為、民の為、綺麗事ならいくらでも並べる事が出来ます。好きな女性の為? これほど身勝手な国取りなど聞いた事ありません」

 

「っ」

 

 言葉が胸に突き刺さる。

 

「……ですが、『好きな女性を手に入れる為』。これほど分かりやすく簡潔で完結、男が男に協力する言葉は無いんじゃないんですかね」

 

 喉を鳴らして笑うボーウッドはシニカルな笑みを浮かべると大声で全軍にその事を伝えた。

 

 良い酒の肴として使われた僕の恋心は後に引けなくなった状況にほんの少し高揚していた。

 

 ――――そんな時、僕は瀕死の重傷を負った僕を助けてくれた彼女を思い出す。大きめの帽子をいつも被っていた彼女の正体はなんとなく分かっている。けど、それをどうこうするつもりは無い。彼女には彼女の想い人がいる。周りの子供達に聞いてみるとそれは二人の幼いメイドを連れたトリステインの貴族らしい。そして僕は丁度そんな条件に当てはまるトリステインの学生と地下水路で出会っている。

 

 今頃、彼女と彼は出会えたんだろうか。

 

 そんな事を思いながら僕はわいわいと騒いでいる仲間の中に紛れていった。

 



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11ページ目

 

○月×日◇曜日

 日々、激化していく戦争の戦火から逃げるようにトリステイン魔法学院へ避難してきているアルビオンの戦争難民達の中で一人だけ我が目を疑うほど美人の少女がいた。魔法学院という土地柄に警戒しているのか、深く被った大きな帽子のせいでじっくりと目に焼き付ける事が出来なかった。

 

 しかし、少し見ただけでその美しさはアンリエッタ様に負けず劣らずの美貌であり、男に生まれた性として不躾だと理解していながらも女性の母性を現す二つの果実へ視線が向いてしまう。きっと、彼女の事をルイズが知って目撃したら卒倒してしまうのでは無いかと本気で心配してしまうほど立派な物だった。魔法学院ではトップクラスのキュルケでさえ、彼女の前では霞んですら見える。

 

 気付いた時には人懐っこいのか、嬉しそうに纏わり付いてくる子供達を押しのけて彼女へ声を掛けていた。毎日のように女性を口説いているギーシュと違い、実家のメイド以外に年頃の異性へ自分から声を掛けた事の無い俺が、背中の痒くなるような台詞を思い付く筈も無い。直球で彼女の名前を尋ねていた。冷静になって考えてみると我ながら色々とバレた気がする。

 

 突然、メイジである俺に声を掛けられて驚いたのだろう。彼女は名前を尋ねた俺に対して驚きと戸惑いの表情を見せた後、こちらが笑顔になるほどの微笑を浮かべて自分の名前はティファニアです、と教えてくれた。

 

 しかし、ティファニアさんが自分の名前を名乗って見せてくれた微笑の中、その瞳の奥には得体の知れない悲しみの色が含まれていた。戦火から逃げて魔法学院へ来たのだ。早く住み慣れたアルビオンの土地へ帰りたいのだろう。その事に気付きながら何も出来ない俺はこの時ばかりは王軍の招集に参加しなかった自分を呪った。

 

 それと理由は不明であるが最近、よく頭痛に見舞われるようになっていた。特にティファニアさんの事を色々考えている時に発生する。“恋の病”なんて言葉をあるぐらいだ。だけど、今の所は自分がティファニアさんへどんな感情を向けているのか判らなくなってきた。

 

 ――――ただ、好きという感情以前にもっと大切な忘れてはいけない何かを忘れているような気がした。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 アルビオンから避難してきた難民の人々を保護するようになってから数日、今までは突然の受け入れで準備が出来ていなかった事もあり、目の回る急がしさで周囲の状況を落ち着いて観察する事が出来なかった。

 

 しかし、そろそろ魔法学院に残った女子生徒達も避難民達との接し方に慣れてきたのか、食事の配布などの支援が上手く回るようになって余裕が出来てから気付いた。今、魔法学院に戦える男性が殆どいない。武勲が欲しい男子生徒は勿論、男性教員もその殆どが戦争に参加している為、学院を留守にしている。

 

 判明しているだけで、魔法学院に残っているのはオスマン学院長とコルベール先生、後はアーチャーと俺ぐらいだ。正直な感想としてオスマン学院長とコルベール先生では頼りない気がする。俺と比べて二人がメイジとして遥か高みにいる事は充分承知しているつもりだが、“戦闘”となった場合に正直な所、戦力が足りていない。

 

 激しい戦争を繰り広げている今の神聖アルビオン共和国に避難民を受け入れているトリステイン魔法学院をわざわざ戦力を割いて襲撃するだけの余裕と必要性があるか不明であるが、もし襲撃を受けた場合、戦いの矢面に立って交戦出来る男性が俺とアーチャーの二人しかいないとか洒落になっていない。

 

 そんな俺の不安を見抜いているのか、アンリエッタ様がアルビオンの避難民を保護して守る為にアンリエッタ様直下の銃士隊を派遣してくれていた。俺が心配するような事は既に対応済みなのだ。

 

 これは完全に余談であるが、魔法学院へ派遣されてきた銃士隊の中には王宮の地下水路で会った事もあるアニエスさんもいた。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 ギーシュが王軍へ参加してアルビオンで戦っている為、不在であるがアーチャーとの朝練は二人になっても続けている。効率の面で多少の低下は免れないが元々朝練は二人でやっていた事だからそんなに違和感は無かった。

 

 他の生徒が寝静まっている早朝にも関わらず、メイジである俺が杖ではなく傭兵が使用するような無骨な鉄製の長剣を振り回して鍛錬を積んでいる場面が珍しいのだろう。朝練をしている俺達を遠巻きに眺めているギャラリーが着々と増えてきた頃、王国から派遣された銃士隊の一人が俺に声を掛けてきた。

 

 その内容を聞いてみると毎日仕上げに行なっているアーチャーとの模擬戦の相手をアーチャーの代わりにしてくれるというものだった。そんな提案を受けて俺とアーチャーは顔を見合わせた。

 

 表面上、俺がメイジという事もあり、とても丁寧な提案であったが、模擬戦を仕掛けてきた相手の瞳に隠された感情は魔法に頼り切ったメイジが剣の鍛錬を積んだ所で銃士隊には敵わない、そう言いたげだった。礼儀作法から始まり、規律に厳しいアニエスさんの部下にもこういう人物がいるのか、と内心で驚きながら様々な人との手合わせは訓練になるという事で申し出に頷いた。

 

 先に結論だけ言おう。俺と銃士隊隊員との模擬戦は俺の圧勝で決着した。素の実力では隔絶した差が無い筈であるが、それでも向こうは貴族のお遊び程度に剣を振り回していると油断していた為に隙だらけだったので容赦無くその隙を突かせてもらった。一応、これでも俺はオーク鬼とサシで大立ち回り出来る位の実力は身に着けている。

 

 俺達の模擬戦を遠くから観戦している平民達の中にティファニアさんの姿を認めた俺はかなり調子に乗った。俺の剣技を見て、敵討ちとばかりに挑んでくる他の銃士隊隊員達を相手に大暴れしていると怒り心頭の表情を浮かべたアニエスさんが現れた。

 

 俺が熨して地面に転がっている銃士隊の面々に早く警備に戻れ、と大きな声を出した。そして銃士隊の面々が自分の持ち場へ戻っていった姿を確認したアニエスさんは俺に勝負を挑んできた。

 

 先に勝負を吹っ掛けたのはこちらで非もこちらにあるが銃士隊の誇りとして魔法も使えるメイジ相手に“剣”で負けるのは銃士隊の面子が潰れるとかなんとか。連勝を重ねて調子に乗っていた俺はそろそろ連戦の疲労が出てくるから止めた方が良い、と止めてくれたアーチャーの静止を聞かず、アニエスさんの申し出を引き受けた。模擬戦は一進一退の攻防を繰り広げた後、連戦の疲れを一瞬だけ見せた俺がその隙を見逃さなかったアニエスさんによって敗北した。

 

 調子に乗って墓穴を掘るとは恥かし過ぎる。しかも、敗北した事に広場の片隅で落ち込んでいた俺をティファニアさんが嬉しそうな笑顔を浮かべて慰めてくれたのが致命的だった。約束通り強くなっていてくれて嬉しい、そんな事を言うティファニアさんに俺は首を傾げるだけだった。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 今日は魔法学園に現れた金髪女性によって、学友であるルイズが攫われていった。まあ、正確に記すなら王立魔法研究所“アカデミア”に所属しているルイズの姉。エレオノールさんがトリステイン魔法学院をいきなり訪ねてきたのだ。

 

 見事なブロンドの髪を風に靡かせ、良く言えば意志の強そうな悪く言えば気の強そうな顔立ちの美女であるエレオノールさんは第一印象通りにきつい性格を発揮して、急な事で慌てて止める魔法学院の先生を片っ端から口論で撃破していくとメイドとして給仕していたシエスタを捕まえて強引に実家へ帰ってしまった。

 

 朝練に顔を出した俺は事の顛末をアーチャーから説明してもらい、帰ってくるまでアーチャーの指導が受けられないと告げられた。明らかに面倒事が待っている展開に俺はアーチャーへご苦労様と声を掛けておいた。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 ルイズ達がルイズの姉であるエレオノールさんによって実家へ強制帰省させられてから既に数日が経った。最近は生活リズムやローテーションが安定してきたので個人的に使える時間が増えた。時間が出来て暇だった俺は好奇心に目を輝かせて嬉しそうな表情を見せて、整備と言い張ってアーチャーが学院へ持ってきたゼロ戦を弄繰り回しているコルベール先生をなんとなく観察していた。遠巻きに眺めていたら整備中のコルベール先生と視線があったので会釈した。そしたら何か勘違いしたのだろう。コルベール先生が俺の所まで歩いてくると少し大きめな試験管を嬉しそうな表情を浮かべて見せてくれた。

 

 なんでもコルベール先生から受けた説明では蓋をした試験管へガソリンを入れて、試験管を“固定化”する事でガソリンの気化を防ぎ、手軽に持ち運べるようにしたんだとか。

 

 その説明を聞いて、俺は思い切り噴き出してしまった。コルベール先生はみっちりとアーチャーからガソリンの危険性を教えてもらった筈である。

 

 そんな俺の反応を確認して、コルベール先生は子供のように目を輝かせて語り出した。ガソリンを上手く運用出来るようになれば破壊だけが火の骨頂ではないと証明出来る、と喜んでいた。

 

 何故、そのような話とガソリンを俺に見せてくれたのか尋ねてみるとコルベール先生の作った試作品に反応を見せる生徒は少なく、その中でも俺はよく反応してくれる生徒なので驚く反応が見たかったらしい。

 

 そんな事で簡易爆弾にもなりかねないガソリンを持ち出すな。心の中でコルベール先生にツッコミながらアーチャーにもっと言い含めて貰おうと心に決めた。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 ようやくと言っていいのだろうか、強制帰省を受けていたルイズ達が実家から魔法学院へ帰ってきた。そんな噂を耳にした俺は久しぶりとなるルイズ達の様子を拝見しようとルイズの部屋を訪ねたら、ルイズが忙しく旅の準備をしていた。学院へ帰って来たばかりで既に違う場所へ出掛ける準備をしているルイズ達の姿に俺は目を丸くする。

 

 そんな俺に準備の手伝いをしていたアーチャーが大きな溜息と共に肩を竦めた後、どんな事情なのか掻い摘んで説明してくれた。

 

 なんでも俺達が人知れず回収しているクラスカードのように、外部へ口外してはならない密命をルイズはアンリエッタ様から承ったらしい。その為には今回の戦争へ参加する必要があったのだが、実家に戦争参加を却下されて実家へ連れ戻されたらしい。

 

 ルイズと両親は口論の末に両親が納得出来る実力を見せる事になり、ルイズを守護する使い魔であるアーチャーとルイズの両親が激突したんだとか。結果こそ、アーチャーの勝利で終わったのだが、内容はかなりやばい所まで押されたらしい。アーチャーの実力を確認して戦争参加を認めてもらったとか。

 

 ……いや、英霊(サーヴァント)であるアーチャーを相手に二人掛かりとはいえかなり追い詰めるとかどんな化け物なんだ、ラ・ヴァリエール家。

 

 ルイズの実家に戦慄していた俺を余所にルイズ達は戦場たるアルビオンへ向かっていった。

 

 

 

 

◇ギーシュ・ド・グラモンの記憶◇

 

『て、敵襲ッ!』

 

 空に浮かぶ二つの月が栄える夜。怒号と共に大きな鐘の音を鳴らす音が野営地に響き渡った。鐘の音を聞いて慌てて飛び起きた僕は杖を手に取ると宿舎を飛び出した。二つの月に照らされて薄明るい外へ視線を凝らす。

 

「なっ!」

 

 そして息を呑んだ。補給部隊である僕の隊から遥か前方、前線で戦う大隊が野営地としている場所の付近が風に揺られながら赤く燃え上がり、空を赤色に染めていた。

 

「どうした! 何があった!」

 

『わ、判りません! 黒い閃光が奔ったと思ったら一瞬にして前線部隊の野営地が火の海に! 敵は単騎! 黒い剣を持って信じられない速度でこちらへ接近してきます!』

 

 何が起きたのか、状況を飲み込めない僕は情報を求めて叫ぶ。動揺している兵士が不可解な情報を僕へ伝えてきた。単騎で部隊に突撃を仕掛けて野営地を火の海に変える。いくらなんでもそんな情報は信じる事が出来ない。普通ならそう切り捨てる筈だ。

 

 だけど、何かが違うと僕の勘が告げていた。そして、すぐさまソレが正解だったと理解した。

 

『クククッ、ハハハハハッ! 素晴らしい、素晴らしいぞ、このチカラはッ!』

 

 僕の前に姿を現したのは夜中であっても暗く黒く見える漆黒の鎧と長剣を携えた初老の男性だった。肌がピリピリと警戒を始める。存在するだけで相手を恐怖へ引き摺り込むこの雰囲気。僕は何処かでこの雰囲気を知っていた。

 

『奴が妙な魔法道具(マジックアイテム)を持ってきたと思えばただのカードが剣になるとはなッ!』

 

 狂気を含んだ笑みを浮かべて初老の男性が笑う。男性の瞳は濁り狂っていて、正気の気配では無い。

 

『そして剣から伝わるこのチカラ、このチカラがあれば私一人でこのセカイを統べる事が出来る! こんな指輪などただの玩具ではないか!』

 

 誰かに向けて話しているのか、ただの独り言なのか、正気では無い為に判断が着かないにせよ、突然の襲撃者は“何か別のモノ”に呑まれている。理性ではなく本能がそうだと理解した。そして気付いた。

 

「あ」

 

 あの謎の襲撃者から溢れ出す雰囲気は本気の力を発揮する時のアーチャーが纏う雰囲気に似ているのだ。

 

 その事を理解した時、襲撃者と視線が交じり合う。襲撃者はニヤリと笑みを浮かべ、漆黒の長剣を両手で握る。漆黒の長剣へ鈍き光が集っていく。

 

 ――――自然と恐怖が湧いてこなかった。ただ、漆黒の長剣から放たれる圧倒的暴力の前ではどんなに足掻いた所で無意味だと本能が知っていた。

 

『約束された――――』

 

『全軍集中砲火!』

 

 襲撃者の腕が振り下ろされるよりも早く、辺りに響いた声と共に火が、水が、土が、風が、無数の魔法が襲撃者目掛けて殺到する。

 

「や、やったか?」

 

 魔法を放ったメイジが様々な魔法が殺到して土煙を立てている場所を見る。

 

『止めるな! 精神力がカラになってもいい、あれはタルブに現れた黒き悪魔と同じ存在だ!』

 

 この補給部隊を指揮しているウェールズ皇太子の怒号が戦場に響き、部隊に所属するメイジが放った魔法が次々に殺到する。

 

 魔法を放ったメイジの誰もが過剰攻撃だと思った。

 

 ただアレの存在を知っている僕と攻撃を続けろと命令を出し続けているウェールズ皇太子だけがアレを倒すにはまだまだ足りない事を知っていた。

 

『――――勝利の剣』

 

 ――――そして世界が闇の光に覆われる。

 

『やれやれ、到着早々トラブルとはな……』

 

 そんな世界の中で一筋の光が見えた。

 

『――――熾天覆う七つの円環』

 

 目の前に広がる花弁のような光が音を立てて割れながら闇の光を受け止める。その赤い外套を纏った背中は大きく見えた。

 

『この魔力とその宝具――――、貴様が何者であるか知らないが『彼女』で無いなら相手にならんな』

 

 白と黒の剣を構えた彼は呆れながら溜息を吐いた。

 

 

 

 

◇?????◇

 

「あら? せっかく渡した玩具をみすみす敵に渡すなんてもったいない事をしたかしら」

 

 黒いローブを纏った誰かは黒い鎧を纏った男性と赤い外套を纏った男性の戦いを水晶を覗き込んで遠くから見ていた。

 

「まあ、いいわ。これでようやくこのカードの使い方が分かったから。とてもいい道化でしたよ、クロムウェル」

 

 黒いローブを纏った誰かは水晶から見える映像の中で勝ち鬨を上げているウェールズ達を見ながら笑った。

 

「私以外にこのカードの使い方を知っている人間は二人、トリステインの誇る“聖女”だったかしら。確か居場所は…………そう、トリステイン魔法学院」

 

 

 ――――闇が動き出す。

 



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12ページ目

 

○月×日◇曜日

 順調に進めていたアルビオンの戦争で何か大きな動きがあったらしい。アニエスさんが俺達にも関係のあるかも知れない話という事で戦況について詳しく教えてくれた。このまま順当に進めば勝利は目前となったトリステイン・アルビオン連合軍と神聖アルビオン協和の戦力比が大きく変化しているようだ。

 

 暗闇と静寂が支配する深夜。黒い霧を身体に纏わせた男性がふらりと現れて軍を相手に単騎襲撃。信じられない強さで軍を切り崩していく男性に軍の前線は壊滅状態にまで追い込まれた。一時的に連合軍を指揮するウェールズ皇太子が駐屯していた後方の補給部隊まで男性一人に食い込まれたらしい。結局、黒い霧を纏った男性は赤い外套を風に靡かせた白髪の男性と交戦、激闘の末に黒い霧を纏った男性は討ち取られたとか。

 

 そして連合軍へ衝撃を与えたのは黒い霧を纏い、単騎突撃で連合軍へ大打撃を与えた人物の正体が“死霊使い(ネクロマンサー)”という異名を持ち、死者を操る“虚無”であると噂されている神聖アルビオン共和国の初代皇帝――――オリヴァー・クロムウェル本人であった。

 

 連合軍は一撃でたくさんの命を奪ったクロムウェルが放つ闇の閃光を伝説の“虚無”として“虚無”の恐ろしさを目の当たりにした連合軍はクロムウェルが討ち取られた今でも足並みが揃っていないとか。それと同時に神聖アルビオン共和国でも初代皇帝であり、“虚無”の担い手として切り札であったクロムウェルが討ち取られた事で共和国内に動揺が奔り、アルビオンの戦場は妙な膠着状態を向かえているらしい。

 

 ここでアニエスさんが俺達にも関係あるかも知れないと推測した理由はオリヴァー・クロムウェルが“黒い霧”を身体へ纏っていた事。アニエスさん自身、地下水路で“黒い霧”を纏ったバーサーカーと対峙した事がある。“黒い霧”から関係者である俺達を連想してもおかしくない。

 

 ただ何故、オリヴァー・クロムウェルがクラスカードの“正しい運用方法”を知っているのか。それも伝説の“虚無”が成せる業なのかどうか、俺は勿論、イリヤ達にも分からなかった。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 今日は無いに等しい勇気を振り絞り、ティファニアさんをお茶に誘ってみた。ティファニアさんはアルビオンの民間人であり、家柄などの問題で両親に反対されるかもしれないが、初めて異性として好意を持った女性である。正直な所、なんで惚れたのか、自分でもよく判らない。まさに運命を感じたと言うのだろうか。恥ずかしい話、最初は美人な事を理由に目で追うようになっていたけど、観察を重ねるにつれてどんどん彼女の魅力を見つけてしまった。ティファニアさんは子供達と遊んでいる時に浮かべる笑顔が一番美しく見える。

 

 恥ずかしさと緊張で顔が真っ赤になっていた俺の申し出をティファニアさんは少しだけ頬を赤らめた後、はにかみながら頷いてくれた。その後については緊張とテンションが上がり過ぎて殆ど覚えていない。色々と空回りしていた覚えはある。そんな俺を観察していたらしいルビー曰く、すごい滑稽な姿だったらしい。

 

 …………明日はキュルケに頼んで恋のいろはでも教わろう。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 やはり男なら即断即決。ウジウジ悩んだ所で答えは出ない、という答えに辿り着いたので素直にキュルケへ相談させてもらった。その結果キュルケに鼻で笑われた。俺の様子を観察していれば誰にでも予測出来るような態度だったらしい。少しずつでもアプローチをして行動を起こしているので大丈夫、とアドバイスを貰った。

 

 むしろ、どんなアドバイスをして欲しかったのか、尋ねられて反応に困った。豪華絢爛な世界の住人である貴族の女性と違い、ティファニアさんは平民だ。女性が喜びそうな褒め言葉を並べた所で愛想笑いされるだけだろうし、高価な贈り物をしても恐縮してしまうだけ。

 

 キュルケの指摘を受けて、その事に気付かされた。相手の立場が違えば自ずと口説き方も変わってくる。流石キュルケ先生。周りの人間をよく観察している。

 

 ティファニアさんの場合ならただ隣に立って、ゆっくりと着実に交流を深めていけばいい。呆れた様子のキュルケからそんなアドバイスを頂いた。

 

 これからは師匠と呼ばせてほしい、と提案した所でキュルケ本人から全力で拒否された。

 

 俺は良い友人達に囲まれているのだ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 キュルケに恋の相談をしてから訓練と勉強と配給などの手伝いを終えると空いた時間は可能な限りティファニアさんと過ごす事にした。一緒の時間を過ごして交流を深めていく内にティファニアさんの優しさや強さを垣間見る事があり、ますます好きになってしまった。

 

 それと同時に一時は収まっていた筈の偏頭痛が再発した。特に子供達と一緒になって遊んでいる時が一番酷い。子供達に心配掛けないようにするだけで精一杯だ。デジャヴという現象なのだろうか、頭の中を全く知らない森の中で子供達と遊んでいる俺の姿が過ぎる。ティファニアさんは子供達と遊ぶ俺を見ながら笑っていた。

 

 頭痛に耐えながら子供達と遊んでいた時、ティファニアさんから渡したいモノがある、と真剣な表情で言われた。子供達と遊ぶのを止めて、人気の無い場所へ移動するとティファニアさんから1枚の紙切れを渡された。

 

 ――――それは日本語で書かれた俺の日記だった。そしてその内容に息を呑んだ。

 

ティファニアさんがいつも帽子を被っている理由、そんな事は関係無いと言えるくらいに強くなると約束した事、弱い自分から目を背けて逃げ出した事。

 

 たかが好きになった女性が“エルフ”だった程度の事で俺は動揺してしまった。

 

 だからこそ、あの時俺は大事な場面で動く事が出来なかった。

 

 

 

 

◇ジャン・コルベールの記憶◇

 その日の朝は何かが変でした。研究に没頭する私がよく寝泊りする研究室に早朝から聞こえてくるアルビオンから避難してきた戦争難民の生活音、元気な子供達の挨拶と笑い声、戦争難民を任された魔法学院として必ず守り通さなければならない命の営みを紡ぐ音が聞こえてきませんでした。不気味にすら感じる静寂が学院を包み込んでいた。

 

 私は長年の経験によって培ってきた自慢出来ない勘を働かせ、己の武器となる杖を腕に忍ばせながら最大の警戒をしたまま研究室の外へ出ました。そして研究室の外へ出た瞬間、私を取り巻く空気に触れて嫌な勘を確証へ変えました。

 

 ――――それはビリビリと緊張の奔る戦場の空気。

 

 息を忍ばせ気配を消して移動していた私は移動の道中に遭遇した学院へ進入してきた襲撃者の一味に声を上げる暇すら与えず、一切の躊躇いなく速やかに焼き殺して進みました。その結果、アルビオンから避難して来ている戦争難民の皆様が集まる広場の方へ行くと隠れるように広場を覗いている見知った顔を見つけました。

 

 優秀な“火”の魔法を操るキュルケ君に優秀な“風”の使い手であり、何処か私と同じ匂いをさせるタバサ君、アンリエッタ様から派遣されてきた銃士隊の隊長であるアニエス君と数名の部下。

 

「一体、何事ですか?」

 

「そうか、あんたは捕まらなかったのか。見ての通りだ。学院を襲った襲撃者達によって、あんたの生徒とアルビオンから逃げてきた避難民が捕らえられた」

 

 ――――白々しい。自分自身に毒を吐きながら状況を呑み込めていない振りをした私にアニエス君が忌々しそうな顔で教えてくれました。アニエス君の表情が曇るのも無理はありません。保護を引き受けた筈のトリステインで避難民に人的被害を受ける。下手に処理を間違えてしまえば、協力関係にあるアルビオン王国とトリステインの同盟に大きな打撃を与えることになります。

 

『ふん、たった一人で大暴れしてくれたようだが、多勢に無勢だったようだな』

 

 無言を貫きながら瞳の奥で怒りの炎を燃やしているキュルケ君とタバサ君の視線を追う。そこには広場で生活していたアルビオンからの避難民と襲撃にあって囚われの身となった女子生徒達、無用な殺生が起きないように大人しく捕まったであろうオスマン学園長。襲撃者に捕らえられた皆へ見せびらかすようにボロボロの姿をした彼が襲撃者二人に組み伏せられ、見慣れた顔の男にその頭を踏み付けられている場面でした。

 

 ――――メンヌヴィル。血に薄汚れて私の過去を知る人物。

 

 一見、冷徹の仮面を被っているアニエス君さえも皆を守る為に奮闘した彼の扱いに憤りを感じるのか、悔しそうに唇を噛み締めている。

 

『よく聞け、人質ども! この餓鬼は恐怖に震えて動けなかった貴様等を守る為に戦い、敗れた敗北者だ! 貴様等もこんな風になりたくなければ大人しくこちらの指示に従え!』

 

 メンヌヴィルが叫んだ台詞を聞いて、大体の状況とメンヌヴィルの思惑は察する事が出来た。いくら襲撃が成功したと言ってもこの広い敷地を持つトリステイン魔法学院を、アルビオンから逃げてきた避難民を含めた大勢の人数を管理するのは不可能。ならばどうすれば管理出来るようになるのか。

 

 最も簡単な方法が“恐怖”によって縛り付ける事。そしてその為には“生贄”が必要なのだ。実際、ボロボロな状態の彼を見て、避難民と女子生徒達の瞳には絶望の色しか映っていない。

 

「…………実際、良い活躍をしてくれた。少なくとも人質を取られて倒されるまでに襲撃者を何人か倒したようだし、こっちの最大戦力であるイリヤと美遊を民間人の中に紛れ込ませる事が出来た。襲撃者のボスは“見せしめ”としていたぶる事に夢中で他の人間には手を出していない」

 

 自分へ言い聞かせるように呟くキュルケ君の言葉を聞いて小さく頷く。メンヌヴィルは彼を痛めつける事に夢中でその敵意は他の誰にも向いていない。彼が倒れる時までずっと彼へ興味が向いている筈。

 

『あ~、うん、君たち』

 

『なんだね?』

 

『暴力はいかんよ、暴力は。人質が死んだとあってはお互いに退けない所まで行ってしまう。そうじゃろ?』

 

 彼へ制裁を続けるメンヌヴィルへオスマン学院長が声をかける。学院長の指摘は的を得ている。もし彼の身に不幸が訪れたならお互いに彼の誇りと名誉にかけて全力の殺し合いに発展するだろう。人質が欲しい彼等にとってもそれは望む物では無い。

 

『そうとも、殺しはしない。だが、こいつを捕らえるのに部下が七人も犠牲になった。その鬱憤を晴らすのに少しばかり付き合ってもらっているだけだ』

 

 傭兵たちは大声で笑っていた。仲間が死んだ所で動揺するような人間ではない。ただ楽しいから彼に対して暴力を振るっているのだ。

 

「先生、そろそろ我慢の限界が近いんですけど協力してもらっても?」

 

「……同意」

 

 彼と親しい友人である二人にとってこれ以上の侮辱は我慢出来る物では無かった。

 

『もう、止めてください!』

 

 そんな時、中庭の広場全体に声が響き渡る。その場にいた全員の視線が声を上げた帽子を被っている女性に集まる。

 

『何のようかね? こうなりたくなければ大人しくしていろと言った筈だが?』

 

 メンヌヴィルは面白い物を見つけた、と言わんばかりに笑う。その邪悪な笑みに帽子を被っている女性はビクッと身体を跳ね上げた。

 

『脅迫ですか? 私達を守ろうとして傷付いたあの人の姿を見た所で私は怖くありません』

 

『だめ……だ。おと、なしくして……』

 

 瞳に強い輝きを宿し、ズンズンとメンヌヴィルに向かって歩いていく女性に向けて彼が首を振って否定する。

 

『安心してください。今度は私が貴方を守ります』

 

『面白い、それはどうやって?』

 

 彼に向けて微笑む女性は自分に杖を向けるメンヌヴィルを睨み付ける。メンヌヴィルは笑いながら顔がしっかり見えるように杖で帽子を弾く。

 

 その時、固唾を呑んで見守っていた周囲が別の意味で固まった。

 

 弾かれた帽子に隠されていたどんな宝石よりも美しい風貌、鮮やかな金色の髪、そしてなにより特徴的なツンととがった耳。

 

『…………エルフ』

 

 誰かが呟いた瞬間、こんな状況にも関わらず周囲が向ける興味の大半を彼女が受け止めた。

 

「……いまがチャンス」

 

「ええ、そうね」

 

 “エルフ”、その存在に敵味方関係無く意識を奪われる中でタバサ君が動き、それに追随する形でキュルケ君が仕掛ける。

 

 タバサ君の風が、キュルケ君の炎が、彼を拘束していた二人の傭兵を吹き飛ばす。それに呼応する様に避難民の中に紛れていたイリヤ君と美遊君が飛び出して避難民を囲っていた残りの傭兵を目にも留まらない速度で気絶させる。

 

「勝敗は決した。無駄な抵抗は止めて大人しくしたまえ」

 

 決定的な好機を作り出してくれた彼女をメンヌヴィルから守る様に立ち塞がる。本来ならこの役目は彼が相応しい。しかし、このメンヌヴィルだけはわたしが戦わなければならない。

 

「なん……だと……」

 

メンヌヴィルの表情が驚愕と狂気に歪む。

 

「この声音、捜し求めた温度、お前は! お前はコルベールか!」

 

 狂気染みたメンヌヴィルの叫びを聞きながら、ボロボロの彼を助けて起こしているキュルケ君とタバサ君の視線を感じた。仕方ない、これはわたしが犯した罪なのだから逃げる訳にはいかない。いつのまにか、生徒達の視線も集まっていた。

 

「今は教師をやっているのか? かつて『炎蛇』と呼ばれ、任務の為なら女だろうが、子供だろうがかまわず焼き尽くした貴様が!」

 

 メンヌヴィルの言葉に生徒達の間から動揺が感じられた。それでいい。わたしは罪人なのだ。いくら相手が賊とはいえ、人殺しをした人間を英雄視してはいけない。

 

「ミス・ツェルプストー。『火』系統の特徴をこのわたしに開帳してくれないかね?」

 

「……情熱と破壊が、火の本領ですわ」

 

「情熱はともかく“火”が司るものが破壊だけでは寂しい。そう思う。二十年間、ずっとそう思っていた」

 

だが、大切な生徒を守る為に杖を取ったわたしには破壊する道しか知らなかった。

 

「――――だが、きみの言う通りだ」

 

 杖を構えて巨大な炎の玉を生み出す。

 

「――――先生、それは違います」

 

 そんな時、キュルケ君達に支えられた彼から声が聞こえてきた。

 

「水が命を生み、風が命を運ぶ、火が命を輝かせ、土が命を受け止めて水へ還す。先生の火は命を輝かせる炎だろ。自分で言っていたじゃないですか、破壊だけが火の真骨頂じゃないって。“火”は何かを生み出す原動力になるって!」

 

 彼の身体がぐらりと傾いた。いや、違う。支えている二人を自分から引き剥がし、彼はわたしに集中していたメンヌヴィルの背後に踏み込んだ。

 

「邪魔をするな! 死に損ないがっ!」

 

「死に損ない? 俺は毎朝もっと地獄を見てんだよっ!」

 

 激昂し、振り返ったメンヌヴィルが放った炎が彼の顔面に襲い掛かる。しかし、迫り来る炎を恐れずに目を開き、首を捻って回避した彼はメンヌヴィルの懐に潜り込む。

 

「魔法や剣術だけで自分や好きな相手の身が守れると思ってねえよ! 」

 

 渾身の肘鉄がメンヌヴィルの鳩尾に直撃する。下手をすれば死亡クラスの攻撃にメンヌヴィルは狂気の笑みを浮かべて、地面に倒れた。確認すると息はしていた。

 

「…………俺は弱いから。杖を失う怖さを知った。だから、無手の訓練だってずっと積んできた。オーク鬼や英霊やらと相手が相手で使う機会は無かったけどな」

 

 そう言って彼は地面に腰を下ろすとそのままバタンと倒れる。

 

「ティファニアさん、いや、『ティファニア』。日記を見たからじゃない、よくわかんないけどティファニアが危ないって思った時、全部思い出したみたいだ」

 

「っ!」

 

心配して駆け寄ってきたティファニアと呼ばれたエルフの彼女に彼は笑いかける。

 

「俺はまだ、強い人間になれたとは思わない。けど、君が好きだってことは理解出来た」

 

 彼の言葉に彼女は涙を溜めて頷いた。その光景を全員が見守っていた。

 

『これは丁度良い。彼女は人質として連れて行かせてもらうよ』

 

「え?」

 

 誰も声を出さない静寂の中、男性の声が聞こえた。わたしが気配を感じて杖を構えた時には手刀を受けて気絶したティファニア君の隣に見覚えのある男性が立っていた。

 

「貴方はワルドッ!」

 

 キュルケ君が叫び、杖を構えたわたしたちに囲まれながらワルド子爵は笑っていた。

 

「君達の魔法を本当に私へ向けていいのかな?」

 

 その言葉の意味はすぐに分かった。大きな岩の雨が広場の空を覆った。学院の外には巨大なゴーレムとミス・ロングビル――――フーケがいた。岩の迎撃に出なければ避難民に被害が出る。

 

「君に伝言を伝えておこう。『彼女を助けたければ『カード』を持ってアルビオンへ来い』」

 

「なッ!」

 

 彼は息を呑みながらワルド子爵を睨み付ける。

 

「イリヤ! 美遊!」

 

「はい!」

 

「いつでもいけます!」

 

 動けない彼の叫びに二人の少女が持っていた杖を輝かせた。

 

「『みんな』を助けろ!」

 

『イリヤさん、今回ばかりは真面目にやりますよ』

 

「当たり前でしょ!」

 

『私達のどちらかをティファニアさんの救出に向かわせればティファニアさんは助けられたでしょうがその場合、避難民に被害が出たでしょうね…………、良い判断です』

 

「うん、守ろう。『みんな』を」

 

 学院の空を閃光が包み込む。岩の雨は消し飛んで、青空が見えていた。

 

 しかし、彼だけは悔しそうに地面を何度も殴っていた。

 



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13ページ目

 

○月×日◇曜日

 ティファニアに手渡された破れた日記にも書いてあった通り、日々重ねている習慣とは本当に恐ろしいものである。学院を襲撃してきた傭兵達から皆を守る為に、ボロボロの状態にされても日記を書いているんだから、自分に自分で感心してしまう。

 

 少し前まで、俺の身体は学院を襲撃してきた傭兵達によってボロボロの状態にされていた。コルベール先生の活躍もあって、なんとか傭兵達を撃退した。その後、満身創痍であった俺はすぐさま保健室に連れられて、水系統のメイジから治療を受けた。幸い、切り傷や打撲程度の怪我ばかりだったので、大抵の傷はそんなに時間が経たずして、治療する事が出来た。しかし、治療が済んだとはいえ、かなりの怪我を負ったのは事実。大事を取って男子寮で休まずに、一晩だけ誰かの目が届く保健室で休む事になった。

 

 神聖アルビオン共和国からトリステイン魔法学院へ差し向けられた刺客である傭兵達による襲撃の被害は思っていたより少ない。こちら側がアルビオンから戦争回避の為に避難してきた大量の民間人を保護する為、トリステイン王国から派遣されてきた銃士隊の内、数名が倒れた。逆に、トリステイン学院を襲撃してきた傭兵達は完全に壊滅、死者と負傷者が半々と言った所だ。

 

 少なくない被害を被ったものの、理性的な思考で結果だけ見れば充分に勝利したと言えるだろう。絶対に守らなければ後々の政治取引で亀裂を産む可能性がある民間人を傭兵達の凶刃から守る事が出来た。

 

 本当はこの事を喜ばなければならないと判っている。それでも今の俺にとって、そんな事はどうでもいい。そう思ってしまう自分がいる。

 

 アルビオンのウエストウッド村で約束を交わして、魔法学院でも交流を深め、その結果としてようやくティファニアに一目惚れした俺の気持ちを思い出し、好きだと伝える事が出来た。それなのにティファニアは俺の目の前でトリステイン王国を裏切って、神聖アルビオン共和国へ寝返ったワルド子爵に攫われてしまった。

 

 俺がまだ小さい子供だった頃、妹にせがまれて本がボロボロになるまで読み聞かせた“イーヴァルディの勇者”。この本のように攫われてしまったお姫様を颯爽と助けに行く。勇敢な勇者のように行動が出来たらどんなに良い事だろう。

 

 しかし、現実はお話のように進まない。治療を終えて、ほぼ完治しているとはいえ、現実の俺は大事を取って、呑気に保健室で休んでいる。

 

 本当は判っているのだ。無理を通して、怪我を負ったボロボロの状態でアルビオンへ向かったとしても怪我人である俺に出来る事は何も無い。アルビオンで何が起きているのか。何故、クラスカードについてワルドが知っていたのか。俺には判らない事がまだまだ沢山ある。

 

 だからこそ、きちんと身体を休めて体調を万全の状態に整える事が必要なんだと判っている。それでも逸る気持ちを抑えきれずに保健室を何度も抜け出そうとした俺はその度にキュルケやタバサ、コルベール先生に見付かって、保健室へ強制送還された。果てにはイリヤや美遊、ウエストウッド村の子供達まで俺の事で心配させてしまい、懲りずに抜け出そうとする俺に対して、本気で怒ってくれた。こんな俺の為に怒ってくれる。その優しさが本当に嬉しかった。

 

 それに正直な所、気恥ずかしいけれど、何故、俺がどんな危機的な状況に追い込まれても日記を書き綴る時間があるなら日記を書き続けたのか。習慣だけでは説明のつかない、書き続けた理由を理解した。

 

 本当にそれは些細な事だ。この日は誰かと喧嘩した。次の日には誰かと仲直り出来た。あの日は誰かの優しさに気付き、触れる事が出来た。そして、日記を読み返す事で自分の弱さを知って、自分の成長を確認する。

 

 慌しくも穏やかな日々を過ごす中で、気付かない内に身に付けていた俺の弱さと強さ、俺という人間が色んな人によって支えられて生きていた事。そんな当たり前過ぎて、自覚すらなかった事を、日記を読み返す事で実感出来る。

 

 俺という人間を形作っていく大切な日々だからこそ、俺は日記を書き続けているのだろう。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 今更ながら実感するが、メイジの使う魔法は凄い。あれだけボロボロに痛めつけられた俺の身体を、秘薬の助けも借りたとは言え一晩で治療して、万全の状態にまで回復させているのだから。

 

 一番初め、俺は誰にも言わずに一人でアルビオンへ向かうつもりだった。それが無謀な事だって理解している。それでも俺は一人で行こうとした。ワルド子爵はわざわざ俺に対して伝言を残していった。関係者以外が知る筈の無い、クラスカードについてだった。それはつまり、今回の傭兵襲撃を企画して命令を下し、トリステイン王国を裏切ったワルド子爵の背後に潜んでいる人物はクラスカードの存在を知っている。

 

 最も可能性が高い最悪の状況では神聖アルビオン共和国の代表であったクロムウェルのように、クラスカードの“正しい運用方法”を知っているかもしれない。いや、むしろ、それは希望的観測だ。ティファニアをワルド子爵に誘拐された黒幕がクロムウェルにクラスカードの運用方法を教えた。その方が納得出来る。

 

 “クラスカードを持って来い”と言っている以上、確実に罠が仕掛けてあるアルビオンへイリヤ達を連れて行く事は出来ない。その結論に至った俺はイリヤ達に秘密でアルビオンへ向かう為に学院を抜け出したのだが、抜け出した先には満面の笑みを浮かべて青筋を立てるイリヤと美遊が、ルビーとサファイアを輝かせた状態で仁王立ちしていた。

 

 一悶着が有った後、真っ黒焦げにされた俺はイリヤ達の前で正座をさせられて長々とお説教を受けた。色々と不平不満をぶつけられた後、イリヤ達に“自分達は一応、貴方の使い魔なんだから、気にせずに頼って欲しい”と言われた時は正直、嬉しくて泣きそうになった。

 

 それと同時にルビーの“貴方は自分に仕えるメイドさんのスカートをミニスカにして、チラリズムを楽しんで興奮する変態さんですから、シリアスなんて似合いませんよ”と言われた。

 

 うるさい、黙れ。過去の失態を掘り起こすな。持ち上げておいてのこの仕打ち。あの頃の自分を思い出して、悶えていた俺の事をイリヤ達が呆れた様子で見ていた。

 

 当たり前の事ではあるが、学院の外で折檻を受けたり、悶えたりしてワイワイと騒いでいた俺達は襲撃を警戒して警邏していた銃士隊に見付かった。そして丁度良いと言って、学院の襲撃者である傭兵達を王都まで連行するアニエスさんに捕まった。何故なら軽い負傷で済んでいる傭兵達をなぎ倒したのは手加減が可能なイリヤ達だったからだ。イリヤ達が同行すれば、傭兵達も妙な抵抗はしない。

 

 それとアニエスさんに連れられて王都を訪れた俺はそのまま王宮まで連れて行かれるとアンリエッタ様と面会した。話題は勿論、トリステイン学院と避難してきたアルビオンの民間人を傭兵の襲撃者から守った功績が評価された事。それにトリステインにとって裏切り者であるワルド子爵と最後に会話した重要参考人としてだ。

 

 ここに至って、全ての話をアンリエッタ様にした。何も言わず、ただ俺の話を聞いてくれたアンリエッタ様は行くつもりですか、と尋ねてきたので、その問いに俺はしっかりと頷いた。

 

 そんな俺の態度にアンリエッタ様は満足した様子で微笑するとフーケ討伐の際に、規定が変わった事によって結局、受け取れる事が出来なかったシュヴァリエの称号を俺に与えてくれた。

 

 突然の事に目を白黒させて戸惑っているとアンリエッタ様は歳相応の子供っぽい笑みを浮かべて、“たとえ勇者でなくともお姫様を守り、救い出すのは騎士の役目です”と言ってくれた。この時俺はトリステインに、アンリエッタ様に忠誠を誓った。本当にこの国に生まれて良かったと心から思う。

 

 それになにより、誰もティファニアが“エルフ”である事を指摘せず、絶対に取り戻して来いと激励してくれる事が嬉しかった。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 “特殊任務”を遂行する魔法衛士隊の隊員。それがアンリエッタ様の好意で乗せてもらったアルビオンへ援軍に向かう軍艦で名乗る俺の立場だ。魔法衛士隊は俺の夢だ。仮とは言え、自分の夢がこうもあっさり叶ってしまった事に拍子抜けした。しかし、元々、シュヴァリエの称号は本来軍人では無い俺が軍艦へ乗れるように気を回してもらった為に頂いたようなものだ。

 

 勿論、正式に入隊した訳では無い。だから、正確には夢が叶った訳では無い。それでもなんというか、言い表せない感情を持て余した。

 

 順調にアルビオンへ航路を進めている俺は“特殊任務”に務めている隊員なので、規律を持って行動している軍艦の中では手持無沙汰である。幸い、考えなければならない事と考える時間は充分に余っている。思考の海に溺れていく中で、気付いた事があった。

 

 それは学院に攻撃を仕掛けてきたフーケの事だ。フーケが俺にウエストウッド村の事を教えた時、本気でウエストウッド村の人間に何かあったら必ず殺すと宣言していた。それほどまでに大切にしていた子供達を、そしてティファニアを、学院に避難してきた彼女達を何故、自分のゴーレムで危険に晒したのか。もしかしたら、フーケは学院にティファニア達が避難していた事を知らなかったのでは無いのか。

 

 もしこの予想が正しければ、これはチャンスと見ていいだろう。ワルド子爵に捕らえられたティファニアに協力してくれる人がいる。ティファニアを大切に思ってくれている人がいる。それだけで少しは安心出来る。

 

 それにフーケの正体について、意外な所から知る事が出来た。ティファニアに言い聞かせられて、俺と初対面を装っていたウエストウッド村の子供達。フーケの正体は隠して、村を懇意にしている緑色の髪を持つ女性について尋ねた所、嬉しそうな笑顔を浮かべてマチルダ姉さんと教えてくれた。

 

 サウスゴータ地方に拠点を置くマチルダと言う名前のメイジ。ウェールズ皇太子に心当たりが無いか、と速達の伝書鳩を送った所、返事の内容は驚くべきモノだった。

 

 “土くれのフーケ”、その正体は――――マチルダ・オブ・サウスゴータ。テューダー王家の血縁者であるモード大公の直臣であり、サウスゴータ地方を治めていた貴族。しかし、モード大公の愛妾であるエルフの母子を忠義によって庇った為、テューダー王家により取り潰されてしまった貴族である。そのマチルダと一緒に生活して過ごしていたハーフエルフのティファニア。

 

 それがつまり、どういう事なのか。俺でも判る。俺は身分違いの恋と諦めそうになった事があった。確かにその通りだった。しかし、それは俺が思っていたのと立場が違う。ティファニアが上で俺が下。

 

 まあ、そんな事実が発覚した所でどうという事は無い。そんな事は俺がティファニアを諦める理由にはならないから別に興味も無い。どちらかと言えば、外聞を気にする両親を黙らせる良い条件だ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 数日を掛けて移動した航海の後、アルビオンへ到着した俺達はまず初めにこちらへ来ている筈のルイズ達を探す事にした。ワルド子爵の“アルビオンへ来い”という伝言以外、何も情報は知らされていない。流石にこれだけの情報でアルビオン大陸を探し回るのは効率が悪すぎる。

 

 ティファニアの事は心配だけど、まずはアーチャーが打ち倒したであろうクロムウェルが操ったセイバーのクラスカードを受け取る方が先決だ。幸い、ルイズ達の所在を補給部隊である兵士に尋ねたらすぐに判明。

 

 セイバー化したクロムウェルと激闘を繰り広げたルイズ達はヴュセンタール号という軍艦に身を寄せて、休憩しているらしい。ヴュセンタール号を尋ねたら、すぐに再会する事が出来た。

 

 驚く事にヴュセンタール号の乗員にはギーシュの姿もあり、ギーシュが学院から離れてから起きた近状を話し合った後、ルイズ達に俺がアルビオンを訪れた理由を説明した。

 

 クラスカードを“正しく運用する事が出来る何者か”。多少、面倒な事になったとアーチャーは眉間に皺を寄せて溜息を吐いていたが、そこまで警戒する必要もないだろう、と言っていた。

 

 元々、黒化した英霊(サーヴァント)は強大な力の塊である。本能の赴くまま、方向性を持たない破壊の力を撒き散らすから危険なのだ。しかし、そこにわざわざ武器の心得を持たないメイジのような人間がクラスカードを運用した所で、一番厄介な理性の無い圧倒的な暴力に使用者の思考と言う知性が加わり、圧倒的暴力は使用者の支配下へ落ちる。

 

 ――――“根源的な破壊を撒き散らすのではなく思考する敵”。脅威に値する警戒が必要な相手ではある。しかし、メイジがクラスカードを運用した所で、武器と能力を十全に振るう事が出来るかどうか、その辺になると妖しいものだ。少なくとも剣が届く近距離において、判断を誤る事はある筈。考えて行動する敵は確かに恐ろしい。だが、“手に入れたチカラを満足に使いこなせない敵”ほど、下しやすい敵はいないだろう。

 

 アーチャー自身、セイバーのクラスカードを行使したクロムウェルとの戦闘は近接戦闘において経験を持たないクロムウェルだった為、何度も間違った判断を下したのでそこまで負担にならなかったと言っている。

 

 しかし、だからこそ、懸念するべき状況なのだ。最後まで残ったクラスカードの種類はキャスターのクラスカード。戦闘において、最弱の英霊(サーヴァント)であり、理性を奪った状態なら一番簡単に回収出来ると踏んでいたが、その認識は改めた方がいい。キャスターのクラスカードが回収されているのか、それは判らない。もし、敵に回収されていた場合、このハルケギニアの地において、キャスターのクラスカードほどメイジに合った、チカラを十全に使いこなせるような物は無い。

 

 メイジがクラスカードの“正しい運用方法”をした時、回収を終えたどのクラスカードよりもキャスターのクラスカードがよっぽど恐ろしい。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 何が出来るのか、判らない。そんな状況に動きがあった。なんと、ワルド子爵の放った偏在が敵陣のど真ん中であるヴュセンタール号に現れて、俺に手紙を手渡すとそのまま姿を消した。偏在とはいえ、敵地まで乗り込んでくる度胸と隠密行動の錬度、俺の行動がワルド子爵に筒抜けだった事。少なくともワルド子爵が警戒するべき敵なのだと改めて思い知らされた。

 

 一応、ワルド子爵の偏在がヴュセンタール号に出現した事を警備兵に伝えた所、ウェールズ皇太子が俺の所に訪ねてきた。ウェールズ皇太子の片腕を切り落とし、隻腕に追い込んだのはワルド子爵だ。その因縁は深い。いくつかの質問を受け答えて、納得した様子でその場はお開きとなった。

 

 それとウェールズ皇太子はフーケの正体を探る為に伝書鳩で情報交換した関係上、俺が何をしようとしているのか、簡単に予想しているだろう。それでもティファニアの事に触れてこないウェールズ皇太子に感謝した。

 

 ――――手紙に書かれて、指定された場所は神聖アルビオン共和国とトリステイン・アルビオン連合軍が激戦を繰り広げる最前線だった。

 

 

 

 

◇とある主人公の記憶◇

 手紙の指示に従い、軍隊と軍隊が鎬を削る最前線へ向かった俺達を待っていたのは両軍が睨み合う草原のど真ん中で両手両足を縄で拘束されて身動きが取れなくなっているティファニアとワルド子爵達と組んでいる筈なのに同じように拘束された状態のフーケ――マチルダの姿だった。そんな二人の隣にはローブを被って顔を隠している人物とワルド子爵が控えている。

 

 交渉の場に行けるのは俺一人。警戒しつつ、二人と対面する。

 

「カードは?」

 

「……カードならここにある」

 

 警戒をした状態の俺へローブを被った人物が声を掛ける。その声音は女性のモノだ。その事に驚きつつ、懐に入れておいたクラスカードを取り出して、相手へ見せびらかす。このクラスカードはいつでも駆け付けられる位置で待機しているイリヤ達から預かった大切な物。

 

「フーケは貴方達の味方だったんじゃないのか?」

 

「確かに最初は味方だった。けれど、彼女がどうしてもハーフエルフの味方をすると言うのでね」

 

 相手の警戒を解く為に尋ねた俺の問い掛けに対して、ワルド子爵は肩を竦めて何でもないように答える。声が出せないように猿轡を噛まされているマチルダはワルド子爵の事を睨んでいる。

 

「無駄話に付き合うつもりは無いわ。用件を済ませましょう」

 

 咎めるような女性の言葉に頷く。持っていたクラスカードの内、一枚を自分の足下へ置く。相手が交換方法を指示する前にこちらから行動して、出鼻を挫く。他のクラスカードも同様に、自分の近くへランダムに見えるよう配置する。

 

「俺がティファニア達を助けている間に、貴方達はカードを回収する。それでいいだろ?」

 

「……まあ、いいわ。ただし、カードの回収は私だけ。彼には私がカードの回収を終えるまで、彼女達を見張ってもらう」

 

 出鼻を挫かれた女性は不満そうな声音で承諾する。

 

「こんなの罠です。逃げて下さい!」

 

「大丈夫、俺はこれでも修羅場を潜り抜けてきたんだ」

 

 こちらに来ないでくれ、と叫ぶティファニアを安心させる為に微笑む。罠が仕掛けられている事は充分に承知している。だからこそ、アーチャーは遠方で弓を構えているし、イリヤ達はいつでも飛び出せる状態だ。最悪、命さえ失わなければ、イリヤ達に救出して貰えばいい。それにイリヤと美遊が好んで使うアーチャーとセイバーのクラスカードは出来るだけ相手から遠い位置に置いておいた。イリヤ達が本気を出せば、その二枚くらいは回収出来る筈。

 

「ああ、そういえば一つ、言っておくのを忘れていた。捕らえられ、貴様の名前を呼ぶ彼女は実に滑稽だったぞ」

 

「ワルドォォォォ!」

 

 愉しそうに笑うワルド子爵の言葉に、俺の沸点が軽く越える。皆が見守ってくれている。乗り越えてきた修羅場がある。感情に身を任せて、ワルド子爵に向けて一歩踏み出す。

 

 ――――瞬間、ぐにゅりと地面が揺れた。

 

「え?」

 

 戸惑い、足下を見る。そこには俺を飲み込もうと“黒い霧”が地面から溢れてきた。

 

「クス、大陸の地下に眠っていた途方も無い風石の魔力を吸い尽くし、限界寸前だったあのカードへ最後の悪意を注ぎ込んだ気分はどうかしら?」

 

「まさか!」

 

「えぇ、そのまさかよ。最後のカードは貴方の悪意によって覚醒するの!」

 

 ローブの女性が心底愉しそうに笑っている。いつかルビーが言っていた。クラスカードは“悪意が集まりやすい場所で見付かりやすい”。俺のワルド子爵に対する逆鱗を切欠に黒化した英霊(サーヴァント)を覚醒させる。つまり、相手の狙いはクラスカードなんかではなく、最初から俺に狙いを絞った罠。

 

 ――――しまった。そう思うよりも早く“黒い霧”に身体を包まれる。

 

 ねっとりとした“何か”が俺の中へ流れてきて、心を揺らす。ソレは暗くて、黒い負の感情だ。

 

――――敵意、悪意、殺意、悲しみ、憎しみ、怒り、色々な感情が入り混じった“何か”を薄れていく思考の中で感じている。。

 

 クラスカードが宿す事になった人間の悪意、人を傷付ける感情。けれど、“何か”の根底に眠る優しさを俺は見付けた。

 

 仲間や友達を傷つけられた怒りや憎しみ。――――それは仲間や友達を想う優しさ。

 

 ……別に特別な事じゃない。“黒い霧”に眠る“何か”の正体は悪意や殺意などが混じっている。しかし、同時に優しさといった人が生きていく上で心に抱えている感情が宿っている。ただ少し、黒い感情の方が強くなってしまっただけだ。

 

 “何か”は世界に生まれたがっていた。世界に生まれて、この感情を誰かにぶつけたがっている。

 

 ――――だからこそ、俺は油断してしまった。“何か”の正体が人間の持つ当たり前の感情だったから。

 

 “何か”は俺の知識から自分がなるべき形を見つけた。

 

「ッ!」

 

 “何か”が俺の中から出ていき、世界に生まれ出る。

 

 ――――キャスターの英霊(サーヴァント)

 

 ただ、それは誰もが予想していた裏切りの魔女と呼ばれたメディアでは無かった。

 

 ――――特徴的な獣耳に大きな尻尾、九尾の狐“玉藻の前”。

 

 その出現をきっかけに睨み合いを続けていた筈の神聖アルビオン共和国軍の部隊が動いた。

 

 けど、『彼女』の一撃ですべてが消えた。千を超える人がたった一撃で消え去った。

 

 ――――ああ、そうか。

 

 理解が追いつかない状況の中でこれだけは理解する。

 

 今の“彼女”は英霊(サーヴァント)として呼び出された“彼女”では無い。ただ、純粋なチカラとして呼び出された“彼女”なのだ。

 



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14ページ目

◇とある主人公の記憶◇

 

「アハッ、アハハハハハ!」

 

 躊躇いや戸惑う感情もなく、ただ自分以外の他者を傷付けて、虐殺する圧倒的な力を前にして、漆黒のローブで顔を隠していた女性の口元が歪み、愉悦を得た様子で笑っていた。

 

「一体、何が可笑しいんだよ!」

 

 それは心の底から湧き上がった感情の爆発。キャスターの英霊(サーヴァント)に消し去られた兵士達は彼女達の部下であるレコン・キスタの兵士達ばかりだ。トリステイン・アルビオンの連合であるこちら側からすれば喜ばしい事かも知れない。それでも人が、人間が一瞬にして大量に死んだ。

 

 その事実を“認識”しているにも関わらず、愉しそうに笑う女性を理解出来ない。したくもない。

 

 キャスターの一撃で巻き起こされた爆発の余波が向かい合う俺達の所まで到達する。強い突風が吹き抜けて、その風により女性がローブで隠していた顔が露になる。

 

「ッ!」

 

 狂気すら連想させる笑みを見せる女性と視線が交じり合い、ただ驚愕に息を呑む。見る者を魅了する鳥羽色の黒髪に、閑麗な美貌。その美しさはルイズ達に負けず劣らず。しかし、俺が驚愕した所はそこじゃない。

 

 それは彼女の額に刻まれた大きなルーン。彼女の額に刻まれたルーンの意味を俺は知っている。今よりも少し前、ルイズが召喚してみせたアーチャーが伝説の使い魔たる“ガンダールヴ”。“神の左手”にして勇猛果敢で一騎当千の力を宿す伝説の守護者。またの名を“神の盾”なのだと、コルベール先生に教えて貰った時に興味本位で尋ねてみた“ガンダールヴ”以外の伝説を冠する使い魔に刻まれるルーン。

 

 それは世界に存在するあらゆる魔道具(マジック・アイテム)を操り、使いこなすと謳われた神の頭脳を持つ使い魔“ミョズニトニルン”。彼女の額にはそのルーンが刻まれていた。

 

 だからこそ、俺は全てを理解した。ミョズニトニルンのルーンを宿していたからこそ、彼女は魔道具の一種であるクラスカードの“正しい使用方法”を理解していた。だから、強力な魔道具であるクラスカードを要求してきた。

 

「何が可笑しい? 本当に、この光景を見て判らないのかい?」

 

 本当に不思議そうな表情で首を傾げる彼女の瞳は既に濁っている。

 

「すごい……、圧倒的なチカラじゃないか! ずっと私はこんなチカラを待っていた! 慈悲もなく、無造作に振るわれる圧倒的な暴力! あぁ、見ていますか、ご主人様。私はとうとうこの世界を破壊するチカラを手に入れました!」

 

 自身の身体を両腕で抱きしめて、半狂乱の愉悦に溺れる彼女の姿。彼女の濁り切った瞳には眼前に広がる圧倒的なチカラの光景以外、何も見えていない。

 

「…………え?」

 

 だからこそ、彼女は気付かなかった。狂乱に溺れ、隙だらけだった彼女の心臓をアーチャーの放った矢が貫いていた。

 

 呆然と彼女が驚いた様子で自分の心臓を寸分違わず貫いた矢を見下ろす。突然の光景に彼女は勿論、俺も理解が追いつかない。

 

 それとほぼ同時に、背筋が冷たくなるほど冷徹な表情と雰囲気を纏ったアーチャーがクラスカードの回収をしようとしていたワルドの前に飛び込む。ワルドはクラスカードを手に入れる寸前で現れたアーチャーに反応してアーチャーと剣を交える。その隙を突き、現れたイリヤ達がばら撒いたクラスカードの回収を済ませる。

 

「何を呆けている! 早く彼女達を保護して、安全な場所まで避難させろ! ここは大きな戦場になるぞ!」

 

 キャスターの相手をしなければいけない時にワルドの相手などしていられない。すぐさまワルドの攻撃をいなしながら、余計な敵を排除したアーチャーは冷静な判断を下して、唖然としていた俺を急かす。

 

「わ、わかっている!」

 

 慌ててティファニア達へ駆け寄るとその拘束を解く。

 

「二人とも! 俺達を安全な場所まで!」

 

「了解!」

 

 俺の叫びに反応したイリヤと美遊が頷いて、俺とティファニア、それに土くれのフーケ――いや、マチルダの三人を抱えてキャスターのいるこの場所から物凄い速度で遠ざかっていく。

 

『私達の世界で戦った事のあるキャスターの英霊(サーヴァント)はあんな姿ではありませんでした。あのキャスターに心当たりはありませんか?』

 

 戦場から俺達を逃がす移動中、いつもと違い余裕の無いルビーの問いかけに頷く。何故、彼女が出現したのか判らない。ただ、あの姿形は知っている。

 

「キャスターの英霊(サーヴァント)“玉藻の前”。あれは彼女が黒化した英霊(サーヴァント)なんだ!」

 

『あ~、やっぱりそうですか。貴方に取り巻いた黒い霧が貴方の記憶からキャスターの英霊(サーヴァント)を読み取った訳ですね』

 

 ルビーの推測は多分、正しいのだろう。そうでなければ、“メディア”ではなく、“玉藻の前”が現れた事に説明がつかない。

 

『はー、確か相棒の玉藻の前さんは本来なら神霊クラスだったのをわざわざ英霊(サーバント)になる為に限りなくその能力を弱体化させる事で英霊クラスに落として、貴方とパートナーになった筈でしたよね? いくらなんでも本来ならあの破壊力は宝具級だと思いますが、あれだけ無造作に攻撃した所を見ると今の彼女は“英霊(サーヴァント)では無い力の塊”。英霊クラスではない、本来の神霊クラスの力を持つ玉藻の前さんでいいんですかね?』

 

「…………多分、そうだ。いくらなんでもあれだけのチカラは持っていなかった」

 

 事情を知らないティファニア達が顔を見合わせて首を傾げているけど、今はその説明を一々している状況じゃない。

 

『いや~、本当に参りましたね~。神霊クラスの“玉藻の前”と言えば、アマテラスの一部、要するに神様じゃないですか。クラスカードの戦いを飾る最後の敵が神様とか何処のRPGに迷い込んだんですか。一応、相手の真名が判明しているのでしたら少しは戦えるかも知れませんが、元々の地力が隔絶していますからどうしたものか……』

 

 少しだけ迷いつつ、彼女の真名を聞いたルビーの声音には若干の余裕が戻っていた。迷っているという事は何かしらの秘策を思い付いたのだろう。

 

「何か出来る事があれば言ってくれ。秘策があるんだろ?」

 

『いえいえ、秘策も何も、彼女の真名が判明している訳ですから、単純に弱点を攻めればいいだけの話ですよ』

 

 ルビーの言う玉藻の前の弱点。そんな物、考えるまでも無い。玉藻の前を死に追い詰めた“破魔の矢”。彼女がどんな姿になって、どれだけのチカラを取り戻そうが彼女にとって、アーチャーの英霊(サーヴァント)が最大の天敵である事に変わりない。

 

 そしてこの戦場には幸いな事にアーチャーのチカラを持つ人物が二人いて、魔法が主力となる戦争と言えど、戦場なのだから矢の数が足らなくなるなんて事はありえない。最悪の場合、彼女の伝説にある通り三日三晩、絶やすこと無く矢を放ち続ければアーチャーのチカラを借りずとも、彼女を倒す事が出来る。“破魔の矢”を受け止めた時の彼女は英霊ではなく、本来のチカラを持っていた彼女なのだから。

 

「弓矢による持続的な攻撃……」

 

『はい、その通りです。ですからその為の協力はそちらで取り付けてください。私達はアーチャーさんの援護へ向かいますので』

 

 イリヤ達の移動は早い。ルイズやウェールズ皇太子達が控えている後方まで非難してきた俺達はお荷物であった俺とティファニア達を後方へ運ぶ。そしてそのまま休む暇さえ見せず、一人で玉藻の前に応戦しているアーチャーを助ける為に戦場のど真ん中へ向かって飛んで行く。アーチャーはワルド相手に応戦しながら他の部隊へ被害が行かないようにキャスターの注意を引いている。勿論、その表情に余裕は無い。

 

「ちょっとアンタ達、大丈夫なの!」

 

「向こうで何が起きたのか、状況を説明してくれるとありがたい」

 

 避難を終えた俺達の下へ、こちらの状況に気付いていたらしいルイズ達が慌てた様子で駆け寄ってくる。幸いな事に、こちらへ駆け寄ってくる人の中にはトリステイン・アルビオン連合軍を指揮するウェールズ皇太子の姿も見える。それならば俺のやる事は一つしかない。

 

「ウェ-ルズ様、今アーチャー達と戦闘を繰り広げている彼女はタルブに現れた“黒い悪魔”の一人です。おそらく、チカラだけで言えば、一国ぐらいなら簡単に消滅させる事が出来るぐらいのチカラを秘めています。イリヤ達も応戦していますが、イリヤ達だけでは限界が来ます。援護をお願いします」

 

「それは構わない。アレだけの被害を受けたんだ。相手も混乱している筈だ。“黒い悪魔”へ割く戦力も少しなら確保出来る。でも、あれほどのチカラを持つ“黒い悪魔”へこちらの援護が届くかどうか……」

 

 ウェールズ皇太子の言葉は最もだ。普通に考えて、あれだけの一撃を無造作に放てる玉藻の前を見れば、弱点など無いように思えてくる。

 

「大丈夫です。彼女の弱点は矢による攻撃なんです」

 

「それは本当かい?」

 

「私の家の名にかけて……」

 

 俺の説明に怪訝そうな表情を浮かべるウェールズ皇太子。それは仕方ない事だ。このハルケギニアにおいて矢を放つより魔法を使った方がよっぽど強い。しかし、キャスターを魔法で攻撃したとしても彼女へ届く事は無いだろう。彼女の弱点である矢だからこそ、その攻撃が届くのだ。

 

 しっかりと頷いた俺の姿を確認したウェールズ皇太子は覚悟を決めた様子で隣に控えていた軍人へ指示を出す。

 

「連合軍全員に通達。弓矢による攻撃でアーチャー君達の援護をしてくれ」

 

「は、ですが奴等は……」

 

「やはり、彼らがネックか……」

 

 はきはきとした復唱を返しながら、どこか戸惑う軍人の視線に気付いたウェールズ皇太子は視線の先にいる一団を確認する。甚大な被害を受けた筈の神聖アルビオン共和国の軍隊は再編成を余儀なくなれながら、まだ連合軍と刃を重ねるつもりだ。現状では敵対しているものの、もし彼らが協力してくれるならとても力強い。逆に言ってしまえばこの状況で敵対してくるようなら本当に邪魔な存在だ。

 

「背に腹は変えられません。こちらから停戦の使者を送りましょう」

 

「いや、僕が直接行こう。面会している時間が惜しい」

 

「で、ですがそれでは!」

 

 国というのは面子が存在する。それも使者として連合の大将が交渉に向かうなど、下策の中の下策。相手を調子に乗らせるだけであり、大将が敵地へ乗り込むなど聞いた事が無い。

 

「今は一刻を争うんだ! 君も“黒い悪魔”のチカラを目の当たりにした筈だ。もしこれ以上、“黒い悪魔”がアルビオンで暴れてみろ。民への被害は広がるばかりで、最悪の場合、アルビオンという大陸自体が消滅しかねない。この非常事態にアルビオンと言う大陸に住む僕達がいがみあっている暇は無い。僕が自ら乗り込んで、彼らを説得して、指揮を執る!」

 

 決意を胸に宣言したウェールズ皇太子の瞳はただ真っ直ぐ純粋にアルビオンの未来を思い遣り、守りたいという気持ちに溢れていた。神々しさすら感じさせる圧倒的なカリスマにウェールズ皇太子の言葉を聞いた全員が息を呑む。

 

 ――――ウェールズ・テューダー。彼こそがまさしくアルビオンを統べる王。誰もがその存在に心を奪われ、動かされていた。

 

 そんな中、ティファニア達へ視線を向けたウェールズ皇太子。

 

「今の僕が貴女達に対して言える事は何もありません。僕が謝罪した所で貴女達の失ったモノが帰ってくる訳じゃない。ですが、これだけは約束して下さい。この戦争が終結した後、必ず会いに来てください。その時は全力で貴女達を歓迎させて欲しい」

 

 そう言い残したウェールズ皇太子は少しの護衛を引き連れて、神聖アルビオン共和国の軍へ向かっていく。それから数刻が経った後、キャスターへ攻撃する矢の中には神聖アルビオン共和国のモノも混じるようになっていた。

 

 ウェールズ皇太子は彼らの説得に成功したのだ。

 

 ――――しかし、それでも彼女が倒れる事は無い。ワルドを下し、アーチャーやイリヤ達と三対一の状況で、外部からの援護もある。そんな状況にあっても、彼女は五分五分か、それ以上の戦いを見せている。

 

 だからこそ、俺はその違和感に気付く事が出来た。

 

 “大前提として、何故、一国を簡単に滅ぼす程のチカラを秘めた彼女と戦いが拮抗しているのか?”

 

 その理由を考え出したら止まらない。段々と思考の海へ溺れていく。

 

 理由の一つとして、弓矢による援護が効いていると思われる事。いくらなんでも弱点である矢による攻撃だ。少しは効いているだろう。しかし、“破魔の矢”でもない普通の矢でも戦力が拮抗するほどの絶大な効果を発揮するようなものなのか。

 

 理由の一つとして、彼女の天敵であるアーチャーの英霊(サーヴァント)が二人もいる事。確かにその事実は大きい筈だ。いくらアーチャーが特殊な戦い方でも弓兵のクラスである事に代わり無い。しかし、原作で英霊(サーヴァント)程度なら簡単に片付けられる事が出来ると明言された彼女なのだ。それだけでは説明が着かない。

 

 そして最後の理由として、彼女が出現した時に一番初めに放った大規模攻撃。たったの一撃で大勢の兵隊を消滅させた大規模な魔法攻撃が一度も起きていない。何度でも大規模攻撃を行なえる余裕を持っているにも関わらずだ。攻撃と言えば、攻勢に出ているアーチャー達の攻撃をあしらう為に使用されているのが殆ど。

 

 ――――そう、キャスターは一番初めに行なった攻撃以外、誰かを傷付ける為の攻撃を一度も行なっていない。自分の身を守る為の攻撃しか行なっていないのだ。

 

 絶え間なく続く一方的な人間の攻撃。――――それはまるで伝説の再現。彼女はただ、自分を悪と定めた俺達人間の攻撃をじっと“耐えていた”のだ。

 

「ッ!」

 

 その答えを得た時、息を呑むと同時に雷に撃たれたような衝撃が俺の中を駆け巡る。本当に最後の最後まで、俺という人間は大馬鹿野郎だった。振るわれた圧倒的なチカラの前に、俺という人間は自分をぶん殴りたくなるほどの勘違いを犯していた。

 

 彼女の真名を思い出せ。そう彼女の名前は――――。

 

 ――――キャスターの英霊(サーヴァント)、“玉藻の前”。

 

 彼女の送った生涯は神霊として、悪霊としてカテゴライズされる生涯だった。悪霊として扱われ、人間に弓を引かれた“玉藻の前”はそれでも人間の事が好きだったのだ。化け物として扱われ、沢山人間に傷付けられた。――――それでもどうしようもなく、彼女は人間の事が好きだった。

 

 そんな彼女の生き様をたかが“悪意を切欠に覚醒する”クラスカード程度の事で変える事が出来るだろうか。なにより、彼女を生み出した俺が敵だと認識していた神聖アルビオン共和国にしか彼女は攻撃していない。そして現在、彼女の生みの親である俺が敵だと認識しているのは“彼女自身”。だからこそ彼女は俺達の攻撃を甘んじて受け止めていた。

 

「俺が行かなきゃ……」

 

 身体が自然と動いていた。一歩一歩、地面を踏みしめながら進む。もう止まらない。いや、止まれない。

 

「ちょっと、アンタ! 何考えているのよ! 早く帰ってきなさい!」

 

 俺の行動に驚き、引き戻そうとするルイズの声が聞こえる。

 

「何をするつもりなんだ! 帰ってきたまえ!」

 

 俺を心配するギーシュの声も聞こえてきた。

 

 だけど、俺は止まれない。そんな中、俺の耳にたった一言が届き、俺の心を奮わせる。

 

「行ってらっしゃい」

 

 そう言ってただ微笑みを見せてくれるティファニアの姿。

 

 ――――行ってきます。心の中で返事をしながら、俺は叫ぶ。

 

「イリヤ! 俺を彼女の下まで連れて行け!」

 

 戦場の中で響いたその咆哮は確かにイリヤの耳へ届く。イリヤが驚いた様子でこちらを見た後、すごい速度で俺の下へ来る。

 

『もしかして、彼女を倒す方法でも思いつきましたか?』

 

 ルビーの言葉に首を横に振る。だけど。

 

「判ったんだ。俺のするべき事が。彼女は俺が生み出したんだ。だから、彼女は俺が受け止めてやらなきゃ駄目だったんだ」

 

 かつて、彼女は化け物だったから殺された。そして今、彼女は化け物だから殺されようとしている。けれど、本当にそれでいいのか?

 

 ――――俺の心が自問自答する。いや、それは嘘だ。答えなんて最初から決まり切っている。そんな事はありえない。目の前で傷付く“玉藻の前”をただ人間ではない化け物として見捨てるようなら、俺はティファニアに顔向け出来ない。

 

 俺には“人間じゃない”程度の事で、自分が生み出した“玉藻の前”を見捨てる事なんて出来ない。

 

 だから俺は覚悟を決める。イリヤに連れて行かれた戦場のど真ん中、じっと俺を見ていた“玉藻の前”を抱きしめる。

 

「ごめん、本当にごめん。俺が勝手に呼び出したのに。俺が勝手に君を恐れて、傷付けた……」

 

 いつのまにか、大量の矢が降り注ぐ戦場は様々な剣が突き刺さっている荒野へ変化していた。“玉藻の前”を説得するのに、攻撃など必要ない。俺の犯した間違いにアーチャーは無粋なものを排除したとばかりに肩を竦める。

 

 次の瞬間、身体にちょっとした衝撃が奔る。

 

「……え?」

 

 呆けていた俺は大人しく抱き締められていた“玉藻の前”に押し倒されていた。そして同時に、口元に柔らかな感触を得る。口付けが交わされていた。

 

 唖然として硬直する俺を余所に表情の見えない“玉藻の前”はそれでも確かに笑っていた。その右手には使い魔の証であるルーンが刻まれていく。そして刻まれたルーンを確認して、“玉藻の前”は満足そうに頷くとクラスカードとなって四散した。

 

「え、どういう――――」

 

『アハ~、貴方という人間は一体、人外からどれだけモテるんですかね~』

 

 ルビーが何か言っている。けれど、思考が追いついてこない。ルビーのからかいに反応出来ない。

 

『――――さてと、これでクラスカードも回収出来た事ですし、私達も元の世界へ帰るとしましょうか』

 

「え?」

 

「ちょっと、ルビー! それはどういう事!」

 

 全てが終わったとばかりに告げるルビーの何気無い言葉にイリヤが叫んだ。

 

『いやいや、そんなに驚くような事でもないですよ。私達がハルケギニアへ来てからどれだけの時間が経ったと思っているんですか? 私も毎日遊んでいる訳では無いので、帰る方法ぐらい、ちゃんと見つけていますよ。強引な手段で、規格外な量の魔力を必要としますが、元の世界へ転移する事は可能です。必要となる規格外の魔力は丁度、キャスターのクラスカードに残っていますから。私としてはクラスカードに集まっている魔力が四散してしまう前に向こうへ帰りたいのですが……』

 

「それにしたって、急過ぎるよ!」

 

「そう思う」

 

 イリヤの叫びに美遊が賛同する。確かにいくらなんでもこれでお別れは寂しすぎる。クラスカードの回収を終えたとは言え、イリヤ達にだって、お別れを言いたい人が沢山いる筈だ。

 

「――――いや、ルビーの方が正しい。イリヤ達はこのまま帰った方が良い」

 

 皆がルビーへ不満を洩らす中、アーチャーがルビーを援護する。

 

「言い方に問題あるがハルケギニアにおいて、我々のような突出した戦力が何の規制もなく、自由に動けたのはクラスカードという我々でしか対応出来ない危険なモノがあったからこそだ。手に余るクラスカードが全て回収された今、我々という戦力は圧倒的な軍事力に様変わりする。あまり言うような事では無いがルイズと違い、彼の家柄はあまりよくない」

 

 アーチャーの視線に頷く。それは当たり前の事だ。何代か前の当主が王家の血縁者だったと聞いた事あるが、公爵家と比べればかなり見劣りする。今では月とスッポンくらいの格差がある。

 

 それでアーチャーが何を危惧しているのか、簡単に理解出来た。公爵家であるルイズくらいの家柄を持っているなら国からアーチャーのチカラを軍事的な戦力として利用したいと提案してきても跳ね除ける事が出来る。しかし、俺の家柄ではそんな事を出来る筈がない。今でさえ、プロパガンダとして使っていいと許可をしているくらいだ。トリステインの軍事力から予想すれば、イリヤ達のチカラは喉から手が出るほど欲しいだろう。そうなった場合、俺では断りきれない。

 

 こちらの都合で、イリヤ達が無関係な戦場へ向かわされるなら、今ここで帰った方が確かにマシだ。

 

「ねえ、ルビー。本当に今すぐじゃないと駄目なの?」

 

『はい、今現在でもクラスカードに集まっていた魔力がどんどん四散しています。この機会を逃せば、今度は大量の魔力を集める為に奔走する事になります』

 

 ルビーの態度は珍しく真面目で、有無も言わせぬ雰囲気だった。

 

「イリヤ、帰ろう」

 

「うん、そう……だね。帰ろう、私達の世界へ」

 

 寂しそうなイリヤに割り切ったのか冷静な美遊が声を掛ける。イリヤは寂しそうに頷いた。

 

「本当に御疲れ様。今回の件は完全に俺のせいだ。それでも俺は君達と出会えてよかったと思っている。君達のおかげで俺の人生は変わったよ。君達からすれば、不甲斐無い大人だったかもしれない。それでもお礼を言わせてくれないかな。今まで本当にありがとう」

 

 イリヤ達をこのハルケギニアへ呼んだ事は何かの間違い。事故だったのだろう。それでも俺はイリヤ達に感謝している。始まりは事故だったとしても謝るのは違う気がした。だからこそ、ありがとうが相応しい。

 

「私、この世界の事を一生忘れません!」

 

『まあ、世界を超えた訳ですからそうそう忘れるものでもないと思いますけどね』

 

「……ありがとうございました」

 

『こちらでの出来事は記憶しておきます』

 

 みんながみんな、心の中で寂しさを感じていた。それでも浮かべた表情は笑顔だった。

 

 ルビーを中心に魔法陣が浮かび上がる。

 

「――――イリヤ、さようなら。君が幸せそうに生きている姿が見る事が出来て“俺”は嬉しかったよ」

 

 アーチャーの呟いた言葉が聞こえたのか、イリヤは満面の笑みを浮かべてこちらに手を振りながら姿を消した。

 

「………………さて、君はどこまで知っていたのかな?」

 

 イリヤ達を見送った後、不思議な沈黙が漂う空間でアーチャーが呟いた。

 

「…………とりあえず、イリヤの“弟”だった事くらいかな」

 

「……そうか、君にも礼を言っておこう。君がイリヤを呼んでくれたおかげで“俺”は救われた気がしたよ」

 

「そりゃどうも、俺達もそろそろ帰ろうか」

 

「あぁ、外は矢の雨あられだ。気をつけるんだぞ」

 

「――了解」

 

 荒野が草原に変わっていくのと同時に矢の雨を掻い潜りながら全力で二人して避難する。

 

「ちょっと、二人とも大丈夫! イリヤ達はどうしたのよ!」

 

 クタクタの俺達にルイズ達が駆け寄ってきた。

 

「二人はクラスカードを回収して『自分達の世界』へ帰ったよ……」

 

「アンタはそれでいいわけ?」

 

 ルイズの言葉に肩を竦める。いいも何も俺は元々フクロウの使い魔が欲しかった。

 

「とりあえず、また使い魔召喚の儀式をしないとな」

 

 そう言いながら俺は笑う。

 

 イリヤ達の来訪とクラスカードを巡る戦いは終わったのだから。

 



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主人公達の記憶

 

 こぢんまりとした部屋の中、見る者を落ち着かせるようなデザインで飾られているインテリア。そんな居心地の良さそうな、落ち着いた雰囲気の部屋の中には家主の趣味を主張するように壁際へ沢山の本棚が並べられていて、本棚の中には沢山の書物がずらりと並んでいた。

 

「貴方、そろそろ時間ですよ。…………ふふ、また、ソレを読んでいたんですか?」

 

 部屋の片隅に備え付けられた小さな机と椅子に腰を掛けて、“とある書物”に読み耽っている男性。美しい金色の髪と穢れなど知らない純白の白い肌、見る者全てを魅了する端麗な顔立ち、優艶な淑女である女性は読書に没頭している男性を見つけるとはにかんだような笑顔で声を掛ける。その声音は何処か呆れを含んでいた。

 

「あぁ、ティファニアか。すまない、もうそんな時間だったのか……」

 

 幾度となく繰り返し読み返したのであろう。ティファニアの問い掛けに反応した男性が持っていた“とある書物”は表紙と背に手垢が付着して、薄汚れた状態でページ自体もボロボロだった。大切な書物であるが、“固定化”の魔法は掛けていない。永遠ではなく、有限だからこそ、書物を大切に扱い、その内容を尊く思う。

 

 愛おしくとても大切にしている愛妻の言葉に反応して、“とある書物”へ意識を没頭させていた男性はゆっくりと書物を閉じる。愛妻の呆れを含んだ声音に気付いている男性は微笑を見せながら愛妻へ視線を送る。微笑を浮かべたその顔は何かを懐かしむ穏やかな表情だった。

 

「まあ、そう言うな。まだまだ未熟で非力だった頃の自分を見つめ直し、過去の気持ちを思い出しつつ、過去の自分よりも今を生きる自分がしっかりとして、成長しなければと戒めているだけだよ」

 

「もう、本当はそれだけじゃあ無いんですよね?」

 

 それっぽい理屈を並べて理論武装する男性へティファニアは呆れた笑みを浮かべる。それでも懐かしそうに笑っているのはティファニアも同じだった。

 

「あぁ、トリステイン学院で学んだ学生時代は本当に色々な事があったからな。今までの人生で一番大変で、一番騒がしく、一番楽しかった。今、俺が噛み締めている幸せと同じくらいに。今では皆が皆、気軽に会えるような立場では無くなってしまったからな。一国の女王に伝説を継ぐ虚無の魔法使い、トリステイン王国軍の総司令官に世界の財政を握ると言われるほどの大富豪。俺に至っては夢を叶えて魔法衛士隊の総長だ。今思えば、あの頃の学院生活はとんでもない人材が集まっていた訳だな」

 

 懐かしそうに微笑む男性は“とある書物”――――若き日の男性が書き綴った日記を丁寧に本棚へ片付けると書斎の外で待っているティファニアの下へ向かう。

 

「貴方、今日は家族でピクニックの約束なんですから。子供達は待ち切れなくてもう外にいます」

 

 書斎を出たすぐ前にある窓の外には愛すべきティファニアの血を引き継いだ特長的な耳を持つ愛娘と自分の血を引き継いだ大事な息子がこちらに向けて手を振っていた。そんな子供達の間に挟まるようにして、青いノースリーブの和服に狐耳。大きな尻尾が特徴である自分の使い魔が立っていた。

 

「幸せ……ですね」

 

「ああ、そうだな……」

 

 本当に、幸せそうに呟くティファニアの姿が愛おしく、抱き寄せるとティファニアは幼い少女のように顔を赤らめる。

 

「だ、駄目です。子供達が見ています」

 

 恥らうティファニアを余所に、外を見てみれば、自慢の使い魔が子供達の顔に手を添えて、目隠ししていた。

 

「大好きだよ。これからもずっと一緒だ。ティファニア」

 

「私もですよ。アナタ」

 

 俺は――――手に入れた幸せに口付けした。

 

 

 

 

◇イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの記憶◇

 本当に突然、何の前触れもなく、ハルケギニアと呼ばれる異世界へ召喚されて、そこで起きた様々な出来事は私と美遊、二人だけの秘密だ。本当の所、別に秘密にする必要は無いのだけれど、平行世界ではなく異世界とは言え、世界を移動したなんて事が“あの二人”に露見したら、私と美遊がどんな目に遭うか、考えただけでも恐ろしい。

 

 私達の身体に異常が無いかとか適当な理由を並べて、身体を弄繰り回されるに違いない。ルビーとサファイアにはハルケギニアについて公言しないように念を押しておいたし、二人とも良い経験になったぐらいにしか思っていない。何より私達の魔術とは根本から違い過ぎて、参考にすらならないらしい。

 

 私達がハルケギニアから私達の世界へ帰還した後、今後はこんな事が無いように調査を進めてくれたルビーが最終報告として教えてくれた。私達が何故、ハルケギニアへ呼ばれてしまったのか、その理由。

 

 ハルケギニアは元々、私達の世界とは違う、平行世界の地球と繋がっていたんだとか。元々、交わる筈の無い世界を繋げる。それはとても珍しい魔法で、ハルケギニアでも私達を呼び寄せたあの人以外には使いこなせるような人がいない、とても珍しい魔法らしい。

 

 それだけ珍しい魔法だ。私達を呼び寄せたあの人自身、自分が世界を繋げる魔法が使える素質を持っているなんて知らないし、考えた事も無い。春の使い魔召喚の儀式を行なっている最中、“無自覚”に世界を繋げる魔法を発動させたあの人は“無自覚”だったからこそ、未完成だった為に本来繋がる筈の地球ではなく、その場に居合わせたアーチャーさんの力に呼び寄せられ、アーチャーさんと同じチカラを持つクラスカードを所持していた私達の世界へ繋がり、私達を呼び寄せたらしい。

 

 勿論、これはこの世界の魔術的見解でルビーの考察だ。ルビーの考察が事実かどうか確かめる術はもう無い。ハルケギニアと私達の世界が繋がる事はもうありえないから。

 

 正真正銘、異世界であるハルケギニアで過ごした数ヶ月間の時間は多分、これから一生忘れる事は出来ないだろう。私達をハルケギニアへ召喚したあの人を筆頭に、ルイズさんやキュルケさん、タバサさんとそのお母さん、それにシエスタさんにマルトーさん、後一応ギーシュさんも。他にも異色んな人に助けられて、お世話になった。

 

 その中でも一番私達を助けてくれたのはアーチャーさんだ。ハルケギニアへ召喚された当初、動揺と混乱でまともな判断が出来ない私達の代わりに衣食住を確保してくれて、世界中にばら撒かれたクラスカードの回収にも沢山協力してくれた。

 

 …………私達には言えないような秘密を抱えていたようだったけど、その秘密も私達の世界へ帰還して、日常生活を送るようになってから気付いた。

 

「イリヤ、そろそろ晩御飯だぞ!」

 

「わかった!」

 

 私を呼ぶお兄ちゃんの声が聞こえて、私は返事をすると自分の部屋を出て、リビングへ向かう。最近、中華系の料理ばかり作りすぎてセラにぶっ飛ばされたせいか、控えたのだろう。美味しそうな洋食の料理がテーブルに並んでいる。

 

「今日は全部、俺の手作りなんだ。食べたら料理の感想を聞かせてくれよな」

 

「シロウ、私達の仕事を取らないでください」

 

「あはは、料理が空きなんだよ。だから、俺の趣味を奪わないでくれよ、セラ」

 

 お兄ちゃんを恨めしそうに見るセラのジト目にお兄ちゃんは困った様子で頭を掻いて、曖昧な笑みを浮かべる。

 

「もう、早く食べようよ!」

 

「そうだな、それじゃあ、いただきます!」

 

 私の助け舟に乗って、お兄ちゃんが音頭を取る。皆で手を合わせて一礼。

 

「どうだ?」

 

 美味しそうな料理を一口、料理の感想が気になるのか、お兄ちゃんが首を傾げて尋ねてきた。

 

「う~ん、美味しいけどお兄ちゃんならもっと美味しく出来ると思うかな」

 

「そ、そうか?」

 

 私の言葉にお兄ちゃんは面食らった表情を浮かべる。珍しい私の辛口評価に驚いた様子だった。けど、私は知っている。もっと美味しいお兄ちゃんの料理を。

 

 ――――あの世界で何度も食べさせてもらった料理。

 

 

 だって、この味はアーチャーさん(おにいちゃん)の味だから。

 




これにて完結となります。改訂版でしたが内容はほとんど変わっていません。


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