艦娘という存在 (ベトナム帽子)
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00_プロローグ

 艦娘という存在は深海棲艦戦争において海上戦力の主力だった。母なる海から追い出され、陸さえ脅かされているとき、救世主のように現れたのが艦娘だった。
 艦娘は深海棲艦との戦い、その最後の日まで人類の盾となり、矛として生きていた。まさに英雄的活躍! 彼女達がいなければ、人類は敗北を喫していただろう。
 艦娘は深海棲艦戦争を語る上で欠かせない存在。しかし、戦後の艦娘の姿は霧に包まれているかのように誰も語らない。その本人達でさえも。

――艦娘は人間?
 何度も、どこでも話されたことだ。そのたびに「どうなんだろう」という疑問がついた答えしか出ずに終わった話。戦争中も戦後も。


 何から話したら良いかしら……。私ももう80歳です。いえ、艦だったときも含めれば、96歳。様々なことを体験してきました。艦としても、艦娘としても、人間としても。

 本当に、色々なことを見て、触れて、感じてきたんです。辛いことも、悲しいことも。もちろん、楽しいことも嬉しいことも。愛だって……。

 そうね、話すなら艦娘としてこの世界に生まれ変わったときからが良いかしら。あのときは不思議な感覚だった。今では何の違和感も感じないけれど、あのときは自分が鋼鉄の艦ではなく、柔らかな女の子の体っていうのが、とても不思議だった。女の子とか、男の子とか、関係なしに、自分が艦の体じゃなくて、人間の体というのがとても認められなかったの。自分の触覚だけではなくて、視覚で、この体を鏡で見たときは、やっぱり何かおかしいじゃないかって、自分の裸に目を丸くしてた。

 貴方、考えてみて。ふと気付くと、自分は炉端の石ころになっていた、みたいなことを。カフカの『変身』よりも衝撃的。そんな気分だったのよ。

 初めて踏みしめた絨毯の感覚は今でも思い出せる。とても、ふんわりしていて、温かかった。冷たい海やコンクリートでもなんでもなく、ただの絨毯の布……。

 初めてお話しした人は女医さん。綺麗な人だったと思うわ。それまで私は男の人ばかり乗せてきたから、女の人の美醜なんてよくわからなかったけど、綺麗な人だと思ったの。

 女医さんは私を椅子に座らせて、少し私の体を検診したら、部屋の外にいた軍人さんを呼んだ。軍人さんはすぐに入ってきて、女医さんの脇に置いてあった椅子に座った。階級は中将で、後に分かったけど、海軍艦娘学校の校長だった。

 その軍人さんは艦娘だとか、深海棲艦とか、なんとか言っていたけど、私はその話をあんまり覚えてない。そんなことより、私は海の底に沈んだはずで、ここはどこなのか、今はいつなのか、この体は何なのか。その時はそんなことばかり考えてたの。

 よく分からないまま、状況と人の言うことに流されるままに海軍艦娘学校に入学したわ。

 艦娘学校には顔は知らないけれど、知っている子達がたくさんいた。私の艦名を他の子を言うと、「あなたが○○! 私は△△。あのとき、呉で停泊してたよね!」って言うのよ。そのとき、初めて安心したわ。みんな一緒だって。そのときまでずっと不安だった。自分が艦だったのが本当かどうかも、よく分からなくなっていたもの。

 艦娘学校は楽しかった。士官学校とか勉強は大変だって聞くけれど、私達にとっては訓育科目も普通科目も兵術科目も、別に当たり前にできたから。この世界の情勢とか、深海棲艦とか、そういうのもすぐに覚えた。でも、なかなか覚えられなかったのは一般常識。特に「暴力はいけない」は難しかった。鉄拳制裁とか精神注入棒とか、当たり前と思っていたけど、違うのよね。辞められたのは卒業間際になってから。ベッドメイキングがなってない、って下期生を数回殴ったら、教官が飛んできて、すごく怒鳴られた。それからも何度か下期生を殴ったことがあって、その度に教官に絞られた……。常識って変えるのは難しいものよ。卒業以後は誰も殴ったことはないわ。息子と娘を叩いたことはあるけれど。

 艦娘学校で一番記憶にあるのが、ちょっと話すのが恥ずかしいけれど……エッチな本のこと。同室の子が校外で拾って帰ってきたの。その子が部屋に帰ってくると私にページを開いて見せてきた。男女の営み、生命の営みというものはこういうものなんだ、と私は初めて知ったの。いえ、本当に知るのは退役後の話で、そのときまでは授業で習ったけど、言葉としてしか知らなかったから、とても新鮮だった。その後、そのエッチな本は寮内で回って、話は教官にまで知られるところになって、持ち込んだのは誰だという話になり、同室の私まで絞られたわ。

 卒業以後はすぐに戦線配置。任地はアリューシャン列島ウナラスカ島のダッチハーバー。北太平洋。アメリカの領土だけれども、2016年の6月までは日本が防衛していた。配置されたときはすでに深海棲艦の反撃も終息状態で、まれにはぐれた深海棲艦や威力偵察部隊が来るだけ。気楽だったわ。

 ただ戦闘がなくても冬は辛かった。海洋性気候のおかげで最低気温は冬でもマイナス2℃くらいだけど、とにかく風が強いの。本土から取り寄せた私服なんて風が通るから寒くて着られたものじゃない。雪も水分の多い湿った雪だから、防寒マスクをしていても寒さが伝わってくる。霜焼けは当たり前。海に出たときはもっとたいへん。ベーリング海の異名を知っている? 「低気圧の墓場」よ。太平洋側でも嵐はしょっちゅうで、霧も出る。海は当然荒れているから私達は波を被るの。そして氷結。自分まで凍てつきそうだった。

 でもダッチハーバーに帰ってくると、基地のみんながお風呂と温かいご飯を用意してくれてる。それがとても嬉しかった。艦隊付属の艦娘は入浴時間は長くても30分以内とか聞いたけど、私達は1時間入っていたって怒られなかった。

 あと、基地の人でお茶を入れるのが上手な侍従兵がいたの。その人の入れたお茶はとても美味しかった。朝食後と出撃前、出撃後に毎回、入れてもらった……。私はその人を好きになった。今でも少し胸が熱くなるわ。もうおばあちゃんなのに。

 最初は何か分からなかった。その人を見ると、こそばゆいような……そんな感じ。前までは顔を見て話せていたのに、できなくなったの。軍医さんに言うと、軍医さんは笑って言ったわ。「それは恋ってヤツだな」って。私は驚いたわ。艦だった私が男の人に、そんな感情を抱くなんて……。本で知識としては知っていたけれど、私には無縁なものだと思っていたの。だから、何をしたら良いか分からなかった。それにその人は下士官だったから、恋人とか、そういう関係になって良いものか、と思ったの。海軍では士官と兵、下士官の間に壁があったから……。だから、戦争の間、何もできなかった。

 アリューシャン列島の防衛がアメリカ軍に移管されることになって、私はフィリピンのセブ島に配置替え。あの人とも別れ別れになってしまった。

 夏でも平均気温が12℃くらいのウナラスカ島から、年を通して平均気温27℃くらいのセブ島に移ったから、配置されてから1週間くらいは気候に慣れなくて、風邪を引いてた。そのときは寒くてもウナラスカ島の方が良いと思ったけれど、風邪が治ってみると、セブ島の方が暮らしやすかった。海は宝石みたいに澄んで綺麗だし、着込まなくも良いから、おしゃれもできたわ。ただ虫にはなかなか慣れなかった。本土のと違って、とても大きいし、毒がある虫もいたから。

 フィリピンではPT小鬼という小さな深海棲艦が敵だった。小さい図体なのに一丁前に魚雷を持っていて、厄介。貨物船や軍艦に限らず、地元の漁船まで沈めてたから、島民にもかなり憎まれてた。

 私は深海棲艦戦争で27匹のPT小鬼を撃沈して、掃討記章をもらったわ。PT小鬼単独撃沈15匹でこの記章がもらえるの。戦い方としては囲い込み漁みたいなもので、1匹1匹沈めるのはとても難しいから、囮の無人監視艇を使っておびき出して、複数の艦娘と戦闘ヘリで1箇所に集めて集中砲火で撃破。地元住民がPT小鬼の巣を見つけたときには、通報してもらって、破壊しに行ったわ。

 最前線で果敢に戦うのと違って、地味な任務だったけれども、私は誇りに思っている。だって、そのときの日本の石油や資源の輸入は大陸からもしてたけど、マレーシアやインドネシアからもかなりしていた。石油なんかは特に。船はバシー海峡を通って、行き来するから、フィリピンの安全はシーレーンの安全だったの。とても大事な仕事よ。

 地元住民にはとても良くしてもらった。基地の外で食事をしたときには一品おまけしてもらったこともあるし、巣を破壊した翌日にたくさんの果物を持って、お礼を言いに来た人達もいたの。でも持ってきてくれた果物がマンゴーやカラマンシーなら良いけど、ドリアンだったときは正直困ったわ。臭いがきついから、食べる私達だけが「臭う」とか何か言われないか、気になったの。だから、基地の全部署にドリアンを配ったわ。みんな、共犯者よ。

 セブ島に移って2年くらいしたら、もう深海棲艦の有力拠点はハワイだけになった。私がセブ島に来た時点で、インド洋はタンカーが航行できるくらい、制海権が回復していたし、ソロモンも後方になってフィジーやサモアが最前線だからね。

 ハワイは深海棲艦の太平洋における最大拠点で、世界で最後の失陥地だった。何度かアメリカ軍も日本軍も攻め入ったけど、なかなか落とすことができなかった。第5次ハワイ攻略作戦の終号作戦では全世界から部隊が集められたのは有名な話だけれど、そのときも私はセブ島でPT小鬼と戦っていた。

 深海棲艦戦争の終結宣言が出された日も私はPT小鬼の巣を破壊しに出撃していた。終結宣言を聞いたのは基地に帰ってから。終結宣言を聞いたときは歓喜したわ。ようやく終わったんだと。誰ももう死ななくて良いのだと思った。でも、ハワイを奪回したからといって、すべての深海棲艦がいなくなるというわけではないの。私と数名の艦娘は終結宣言後もしばらくは、セブ島でPT小鬼掃討をやっていた……。もちろん、血も流れた。襲われた漁船の救援に間に合わないことも、誘導の戦闘ヘリが対空砲火で落とされたこともあったわ。私自身が魚雷に当たって死にかけたこともあった。終結宣言なんて嘘だと思ったわ。まだ戦争は終わっていない。終わってなかったのよ……。

 「終結宣言を取り消すように進言して下さい」って他の艦娘と一緒に基地司令に言いに行ったわ。司令は上に伝えてくれたみたいだけれども、復員するまで終結宣言は取り消されなかった。

 終結宣言の8ヶ月後には、もうPT小鬼の姿は見なくなったわ。タンカーや貨物船、漁船の被害報告もなくなった。住民からの通報もなかった。軍令部からは復員命令が出たけれど、もしかしたら、まだ残党が残っているかもしれないし、フィリピン政府の要請もあって、4ヶ月間は様子見として残ったわ。その4ヶ月もPT小鬼の姿は見なかった。

 復員する前に現地の人が盛大に叙勲式と送別式を開いてくれたわ。たくさんの人が来てくれた。フィリピンの大統領や元帥だけじゃなく、基地の近くの住民も。

 叙勲式では大統領自らがラカンドラ勲章を付けてくれた。ラカンドラ勲章って外国人としては最高の名誉よ。フィリピン解放をした艦娘にも贈られなかった名誉。それまで最前線で戦う艦娘に少し引け目を感じていたけれど、そんなことはないって、認めてくれたの。とても嬉しかった。

 それと、送別式で初めて女の子らしいドレスを着たの。藍色のアフタヌーンドレスと紫色のイブニングドレス。第2種礼装のメスドレスはあったけれど、それ以外のドレスを着たのはそのときが初めて。昼も夜も最初は第1種礼装、第2種礼装を着ていたのだけれど、セブ島の人達がドレスを特注で作ってくれていたの。勧められて着たわ。とても嬉しかった。カランドラ勲章や従軍勲章にも負けないくらいに。それまでほとんど軍服か作業着だったから。自軍の将校以外にもフィリピン軍の将校や政治家とも踊ったわ。みんなが私の事を美しいと言ってくれるのが嬉しかった。何度も褒められて、ダンスを心から楽しんだわ。

 そうして、私の深海棲艦戦争は海軍艦娘学校卒業から6年、戦後1年してようやく終わったの。



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01_双子島

 双子島は東京都の伊豆諸島を構成する島の1つである。具体的には孀婦岩の西南約16km位置し、伊豆諸島最南端の島である。双子島という名前は同じ位の高さの山――西山、東山の2つの山が並んでいることから由来している。

 双子島は伊豆諸島の島々と同じように火山活動によって生成された島であるが、複数回の噴火によって島の地下には大規模で複雑な構造の空間が広がっている。噴火活動は2万年から2万5000年前とみられ、火山活動は完全に休止しており、再び噴火するようなことはないとされる。

 地質的には流紋岩が多く、島全体を通して白い地面、岩肌をしている。そこに緑が生い茂り、水の透明度も高さも合わさって、双子島は自然だけみれば、セブ島やバリ島にも負けないくらいの美しい島である。

 同じ東京都でも本土の喧噪とは切り離されたこの島に駆逐艦娘の磯波はいた。

 

 格納庫のシャッターが上がり始め、コンクリートの地面で反射した太陽光が中にいる磯

波と浦波、七六式高速攻撃艇、その乗員達を照らす。磯波は眩しさで目を少し細めた。

「総員、敬礼」

 磯波の瞳が光に慣れきっていないうちから、司令官は号令を出した。磯波は目を細めたまま、敬礼を行う。目が光に慣れたのは姿勢を直してからだった。

 司令官の前には白い軍服を着た白人や黒人が十数名、立っていた。この人達は双子島の飛行場を見学しに来た英海軍の士官達で、飛行場の方の見学を終えて、海軍根拠地隊の施設にやってきたのだ。

「この島の海上戦力は現在のところ、駆逐艦艦娘2名と七六式高速攻撃艇8艇で構成されています。この部隊では外洋には出られませんが――」

 司令官が日本語で根拠地隊の施設や規模について説明する。いかに大日本帝国海軍の師が大英帝国海軍といえども、今は英海軍側が学ぶ立場だ。わざわざ英語で仰々しく行う必要はない。

「では出撃の様子をご覧に入れましょう。艦娘隊、出撃!」

 すでに艤装を装着している磯波と浦波は駆け足で格納庫の外に出る。英海軍士官の前で一度敬礼をしてから、助走を付けてのジャンプで海に飛び出した。

 磯波は「ちょっと格好付けすぎかな?」と思いつつも、港内の海面に難なく着水して海面を滑走し始める。浦波も続いて着水、滑走。七六式高速攻撃艇の滑降の邪魔にならないように、港外まで移動する。

「やりますねぇ」

 英海軍士官の数名が着水と滑走の様子を賞賛をし、口笛を吹いた。

 

「磯波姉さん! さっきの着水、うまくできました!」

 港外に出ると、浦波が喜びの声を上げた。岸から助走付きのジャンプで波打つ海面に飛び降りて、バランスも崩さないようにしながら、滑走を始めるというのは、それなりの訓練が必要だ。まだ海軍艦娘学校を卒業してから1ヶ月も経っていない浦波にとっては、まだ難しいものだった。

「うん、上手だったよ。練習した甲斐があったね」

 磯波は浦波の手を取って喜ぶ。歴戦の磯波にとってはなんてことはない着水だが、やはり妹の浦波が困難なことがらをこなしたと聞くと、姉にとっても嬉しい。それに、浦波は今回、外国の軍人さんに見られながら、ということで、相当に緊張していたようだが「うまくできた」と聞いて、磯波自身も安心した。

「でも、帰るまでが遠足って言うから、はしゃがないようにね」

「はい、磯波姉さん」

 忠告に浦波は屈託なく笑って答えた。

 後続の七六式高速攻撃艇2艇が港外に出てくると、磯波は攻撃艇の乗員達に通信を入れる。

「こちら、磯波です。大取中尉、聞こえますか?」

『こちら、大取。音声明瞭。海面状態が聞きたい』

「海面状態は少し波がありますが、それほどではありません。打ち合わせ通り、8ノットで島を一周します」

『了解。浅瀬モードのままで航行します。先頭はお願いします』

「了解しました。座礁しないよう、注意して付いてきて下さい」

 七六式高速攻撃艇は浅瀬航行モードだと潰れた脚立ような形状で格好が悪いが、他のモードだと半水没船状態で、海底にエンジンを擦ってしまうから仕方がない。

 磯波は暗礁などに気をつけながら、航行する。

 港から出てすぐに見えるのは宿舎。黒松の防風林の間から宿舎の白い壁がちらちらと見える。磯波と浦波の部屋は3棟のうち、海側に建つ宿舎の2階の角部屋である。日当たりも良く、風通しも良い部屋だ。

「50m先は海底が浅くなっています。注意して下さい」

 宿舎を過ぎれば、東山である。頂には無人のレーダー施設があり、いくつかのアンテナがクルクルと回っている。

「磯波姉さん、あそこの妖精さん、手を振ってますよ」

 浦波が海岸辺りを指さした。垂れた草木の枝葉の向こう側で、射堡の妖精達が手を振っていた。磯波も軽く手を振り返す。

 射堡とは陸上に設置された魚雷発射管である。射堡の他にも、西山と東山には針山のごとく砲台が設置されている。高射砲や機銃はもちろんのこと、余剰になった艦娘用の九四式46cm三連装砲や三年式20cm連装砲も設置されており、防備は並みの要塞と比べるのが失礼なくらいだ。

 東山を通り過ぎて見えてくるのは双子島を中央で突っ切る形で設営された1600mの滑走路である。

 双子島は縄文時代と明治時代の一時期にしか人が住まなかったほどの小さな島だが、現在は大日本帝国海軍と大日本帝国空軍の2つの軍が居留しており、西山と東山の間には短いながらも立派な滑走路を持つ飛行場がある。これだけならば、硫黄島やサイパンといった島と変わりないが、双子島の飛行場は特殊なものだった。

 双子島の飛行場は触媒化した深海棲艦の体組織を使用することで、艦娘を介さずに艦娘用航空機を運用できる飛行場である。

 今まで基地航空隊として艦娘用航空機を運用するには、最低でも空母艦娘が1人必要であり、貴重な機動航空戦力が削がれていた。しかし、深海棲艦の体組織を触媒として扱うことができるようになったおかげで、この双子島のように艦娘なしでも基地航空隊として艦娘用航空機を運用することができるようになったのだ。

 これは革新的なことである。航空機というものは運用のために長大な滑走路が必要だが、これは隠匿が難しいうえ、造成する場所も限られてしまう。しかし、艦娘用航空機は滑走路が100mもあれば離陸できるため、隠匿も設営もしやすい。艦娘なしで艦娘用航空機が使用できるとなれば、インスタントに飛行場を運用することも可能だろう。また空母艦娘を保有していない軍隊でも艦娘用航空機が運用できるということでもある。戦略と戦術に大きな広がりができるのだ。

 双子島の飛行場はその第一弾であり、英軍士官達はそれの見学に来たのだった。

 くぐもったエンジン音が聞こえ、磯波は空を見上げる。十数機の百式司偵が晴れ渡った空をぐるぐる回っていた。哨戒していた部隊が帰ってきたのだろう。交代機が飛び立つまで待っているのだ。

 双子島海軍根拠地隊の見学は英海軍士官達にとっておまけでしかない、と思うと少し気落ちする。実際、海軍根拠地隊の施設は港周辺にしかないし、人員も100人ちょっとしかいない。自分と浦波が配置されているのだって、七六式高速攻撃艇の慣熟が終わるまでの繋ぎで、あと2週間すれば、配置替えだ。

 海軍艦娘学校を第三期生で卒業して以来、最前線ばかりに回されていたのは、単純に前線は位置する艦娘の数が足りなかっただけのことなのだが、自分が必要にされなくなったようで、なんとなく寂しい。

「磯波姉さん、どうかしましたか?」

 浦波が空をぼんやりと見ていた磯波の顔をのぞき込んで言った。磯波は首を振る。

 浦波はまだまだ艦娘になって日が経っていない。海軍艦娘学校の教育期間も最初期に比べれば長くなったと聞くが、経験に勝るものはない。浦波に経験を伝えて、一線級の艦娘に育てることが今の私の役割だ。そう思って、前を見据え直す。

 交代の百式指偵が滑走路から飛び立った。

 

 夜が更けていく。

 日が沈み、満天の星が浮かぶ夜の太平洋。民間輸送船1隻が航行していた。マストにはためく日章旗。船尾に書かれた文字は大庄丸。船首と船尾には機関砲。甲板にはいくつかのコンテナを載せて、双子島への航路を執っている。

 その大庄丸を見つめる2つの瞳があった。

 その瞳の主は大庄丸を沈めんと、手元の魚雷を大庄丸の未来位置に向け、発射準備を行う。

 ……3……2……1……。……………。

 発射はしなかった。撃ってはならない。何か不思議な感覚がしたからだ。

 あの船には何かがある。そう感じた深海棲艦は闇夜に紛れて、何者にも気付かれず、大庄丸に乗り込んだ。

 

 網戸の窓から部屋に吹き込む夜風は風呂上がりの火照った体には心地よい。

 磯波はシュシュを解き、まだタオルで水気を取ってトリートメントを毛先につけただけの髪を乾かそうと、コンセントにドライヤーのプラグを差し込む。ふと、浦波の方を見ると、浦波は右手で自分のドライヤーを持ち、左手で艦船雑誌を開いていた。目はもちろん、誌面に向いている。

「早く乾かさないと髪、痛むよ」

「うん、気になる記事があって」

 注意された浦波は英海軍が配備したという三胴船型艦娘母艦のページを斜め読みすると、雑誌をパタンと閉じた。

 磯波はドライヤーのスイッチを入れた。乾きかけの長い髪が、ドライヤーの強く暖かな風を受けて舞う。風は頭皮に当て、外に流していく。襟足から、次第に上側へと。ゆっくり、丹念に。

 髪を乾かしたら、ブラッシング。ブラッシングは磯波が浦波の髪を、浦波が磯波の髪を、と互いにしあうことにしていた。

 ドライヤーのプラグをコンセントから抜き、浦波の方を見ると、浦波は先に髪を乾かして、椅子を部屋の中央に動かし、姿見とブラシも準備していた。

 浦波が椅子に座り、磯波が後ろに立つ。

「ちゃんと乾かした? 髪の量は浦ちゃんの方が多いんだから。ほら、横の方ちょっと濡れてる」

 一度抜いたドライヤーのプラグを再びコンセントに差して、浦波の髪をきちんと乾かしてやる。浦波はえへへ、と笑う。

 乾かしきると、ブラッシングに移る。ウッドピンブラシで毛先から、丁寧にとかしていく。

「磯波姉さん、今日見学に来られたイギリスの人達に女の人がいるの気付きました?」

「そうだったの? 気付かなかった」

 浦波の髪は触っていて気持ちが良い、と磯波は思う。海に出た回数も少ないから、自分の髪に比べて髪が潮風で傷んでいない。枝毛や切れ毛にならないように優しく、ブラシを入れる。

「艦娘ですかね? 英軍艦隊は呉に来てますし」

「どうだろうね。ただの女性士官かもしれないよ。でも、艦娘というのもありえるよね」

 根元まである程度とかしたので、ウッドピンブラシから猪毛ブラシに持ち替え、再び毛先からブラッシングしていく。

「空母艦娘と戦艦艦娘だけでも20人くらいみたいですから、1人くらい双子島に来ててもおかしくないですね」

「加えて、正規空母1隻に大型艦娘母艦3隻だから、南西方面艦隊以上だよね」

 仕上げに、ブラシで頭皮を軽くポンポンと叩いて刺激してから、根元から毛先まで全体を通して、まんべんなくとかす。

「シュシュでいい?」

「はい」

 最後に髪の左サイドをシュシュで軽く結び、前に垂らした。

 今度は浦波が磯波の髪をとかす番だ。磯波が椅子に座り、浦波が後ろに立つ。

「そんな規模の艦隊、一体どこに配置するのでしょうか?」

「うーん、どこだろう? ハワイはまだ早いよね。サモアは日米で挟撃してるし、インド洋もほぼ沈静化してるから、オーストラリア?」

 浦波も同じようにウッドピンブラシで毛先から髪の毛をとく。緊張しているのか、不慣れなのか、手の動きは少し固い。

「オーストラリアのフリーマントルとかダーウィンから潜水艦の深海棲艦が東南アジアに侵入してきてると聞きますけど、なぜ攻撃しないのでしょう? ハワイやサモアくらいの規模ではないですよね。あそこの深海棲艦」

「陸軍の兵力が不足しているらしいよ。インドとソロモンで部隊を動かすのが精一杯だとか」

「ソロモンよりもオーストラリアの深海棲艦を倒した方が、私達も陸軍も楽だと思うんですが、磯波姉さんはどう思います?」

 根元まで髪をといた浦波は一度、根元から毛先まで通して、キューティクルをはがさないように慎重に全体をブラッシングする。

「案外、陸軍は臆病なのかも。私が前線で戦っているときも、陸軍は前線に出てこなかったし」

 浦波は猪毛ブラシに持ち替え、また磯波の髪を毛先からまたといていく。根元までとくと、今度はブラシで優しく頭皮を叩き、髪全体を余すところなく、丁寧に気持ちを込めて、とかした。

「いつも通り、三つ編みに?」

「軽くで良いよ」

 浦波は磯波の後頭部、分け目に沿って、髪を2つに分ける。そして片方の髪を均等に3つに分けて、ゆるく編んでいく。

「浦波達は次、どこに配置されるんでしょうか?」

「うーん……。千島かもしれないし、インド洋は……ないだろうから、船団護衛か南方?」

 編み終わりに幅の広いゴムで結ぶ。もう片方も同じように編んで結ぶ。

「分からないけれど、とりあえず一度、本土で休暇取らされると思う」

「じゃあ、休暇になったら映画を見に行きましょう。気になっている作品があるんです」

 浦波は三つ編みをし終わる。磯波は首を横に振って、三つ編みの具合を姿見で確かめる。

「うん、本土に帰ったら行こうね」

 三つ編みは上手にできていた。



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02_混乱

双子島 

【挿絵表示】



 目を覚まして体を起こし、おもむろに部屋の壁掛け時計を見る。

 5時49分。いつもの目覚めよりも数分早い。しかし、早すぎると言うことはない。

 磯波はのそのそと2段ベットの2段目から降りる。1段目では浦波が気持ちよさそうな寝顔を見せていた。

 窓の外はすでに明るみが帯びている。窓を開けると、新鮮で爽やかな朝の空気が潮の匂いと共に部屋に入ってくる。

 寝ぼけ眼のまま、海と空の様子を見る。特に荒れている様子はない。雲も数える程度。「今日は……」

 窓から離れ、視線を部屋の中に戻す。

 壁掛け時計の下に吊している日めくりカレンダー。2017年(平成29年)。10月11日。水曜日。大安。

 めくり、破る。

 2017年(平成29年)。10月12日。木曜日。赤口。

 

 太陽が高く昇り、皆の小腹がすき始めた頃、貨物船「大庄丸」は双子島の小さな港に入った。

 大庄丸の積み荷は様々だ。人が生きていくためには必要な食料品や水はもちろん、日々の業務で消費するものの補充品、発電用の重油、航空燃料など双子島の基地機能維持に必須のもの、双子島の地下工廠で航空機製造に使われる資材など、たくさんの積み荷がある。

 その積み荷を基地に分配したり、輸送したりするのは根拠地隊の港務科の仕事である。

「その重油は艦娘用。それよりも冷凍コンテナを早く食堂に持ってけって言ってるでしょ! 昼近くになると奴ら受け取る暇はないんだから!」

「弾薬類? そのうち空軍の連中が運搬車で来るよ。日陰に置いておけ」

「オーライ、オーライ。もうちょっとゆっくり」

「それどかせ! 邪魔だよ!」

 クレーン指示の笛の音、動き回るトラックのエンジン音、行き来する港務科員。船が入港すると港務科は上から下まで大騒ぎである。これでも双子島飛行場の建設が始まった頃よりかは、まだマシである。その頃は大量の建設資材に加え、重機や設備部品も扱っていたのだから。

「曹長! あのコンテナはなんでしょう? 空軍のものみたいですが」

 先週着任した新兵が貨物のチェックをしていた曹長に尋ねる。兵が指さしていたのは最後に降ろされた白いコンテナだった。

「冷凍コンテナ? 空軍の? んー、どれだ?」

 曹長は受取表をペラペラとめくりながら、コンテナの近くまでより、認識番号を確かめる。

「ああ、これ触媒か。空軍のトラクタヘッドが戻ってきたら、持ってってもらえ」

「触媒って、深海棲艦をどうこうしたっていう……」

「そうそう。前に機能しない不良品があったって、言っていたから、その交換品……ん?」

 受取表のコンテナ番号にチェックを入れようと目を落としていた曹長がいきなり顔を上げ、コンテナの方を向いた。兵もつられてコンテナの方を向く。

「どうかしましたか?」

「……いや、なんでもない」

 曹長は受取表のコンテナ番号にチェックを入れなおす。

 コンテナ自体が少し動いた気がしたが、そんなはずはない。いくら軽くても、風も吹いていないのに動くはずがないのだ。

「そういえば、今日、カモメが飛んでいませんね」

 そう言われて、曹長は空に目を向ける。いない。いつもなら、悠々と空を飛び、鳴いているカモメが一羽もいない。嵐というわけでもなく、快晴なのに。

 

 磯波達は荷揚げ作業で七六式高速攻撃艇が海に下ろせないため、待機室でおのおの過ごしていた。

 走り込みで体力作りをしようにも、港は荷下ろしの邪魔になるし、飛行場は広いが飛行機が発着するから、これも邪魔になる。

 浦波は「深海棲艦に対する指向性エネルギー兵器(DEW)の有効性」という論文を熱心に読んでおり、高速攻撃艇の即応パイロット達はテレビを見たり、雑誌を読んだり、攻撃艇のシミュレーターで訓練したりと様々だ。

 磯波は近々、配備が始まるという「幻惑投光器」のマニュアルを読み終わって、ぱたんと閉じる。特にすることがない。

 スカートのポケットの中から輪っかに結んだ紐を取り出す。そして紐を両手にかける。

 ふじさん、東京タワー、ほうき、かわ、あまのがわ、ごむ、ぎんが。

 磯波は特にすることがないときにはあやとりをすることにしていた。紐が一本あればできる遊び。ぼんやりとしながら、時間を過ごす。

 

 双子島の電力源は大型ディーゼル発電機と大容量リチウムバッテリーの2つである。

 ディーゼル発電機は平時に使用しているもので、爆撃などで簡単に破壊されないよう半地下状態で設置され、鉄筋コンクリート製のかまぼこ型掩体で覆っている。リチウムバッテリーは空爆でディーゼル発電機が破壊されたときや発電機の燃料が枯渇した場合の非常用電源である。これは東山地下施設に分散設置されており、地中貫通爆弾でも全てを一度に破壊しきることはできない。

 ディーゼル発電機、リチウムバッテリーの2つから「触媒」に通電させて増幅、地下工廠に莫大な電力を供給したり、砲台を遠隔操作したりするのだ。

 「触媒」こそ、砲台や艦娘用航空機を動作させる、双子島飛行場を機能させる核である。しかし、その「触媒」の機能の全貌を知っている人間はこの世にいない。

 この「触媒」はあくまで「ある条件下において電力の増幅ができたり、艦娘の艤装と同じように機能する」ことが分かっているだけの代物にすぎない。それでも信頼性を一番重要とする兵器の一部である。少し条件が変わったくらいで性能や機能性が大きくゆらぐものでもないのは、何度もの試験で確認されている。

 しかし、想定外というのはいつでも、どんなものでもあるものだ。

 東山地下施設動力区の触媒室。鋼板内張付きの3.5m厚鉄筋コンクリート隔壁に守られた部屋に青白い肌と碧く光る瞳を持つ女性がいた。彼女は昨夜、大庄丸に忍び込んだ深海棲艦だ。

 彼女は部屋の中央に鎮座した冷蔵庫大の物体――「触媒」が収められた格納容器に手を伸ばし、ハッチを開放する。マイナス25℃まで冷却された空気が容器の外にあふれ出す。

 中には防振装置で固定された強化ガラスのシリンダー20本が収まっている。シリンダーの中身は薄青色や薄黄色、金属色の液体、青みがかった白色の固体。シリンダーはすべて基盤に差し込まれており、基盤には複数の太い電気ケーブルや細い光ケーブルが繋がっている。

 彼女はシリンダーのひとつに右手の人差し指を当てる。そして、こう言った。 

「ひとつになりましょう」

 

 地上の電力管理室は異常事態を瞬時に察知した。触媒格納容器内の温度が急激に上昇したからである。容器内はすでに常温の20℃を突破し、現在も上昇中。各触媒シリンダーの温度も規定値を大きく上回った。冷却装置が故障停止しても、ここまで急激に温度上昇することはあり得ない。

 管理室はすぐさま内線で司令に通報を行い、触媒と各施設との電力接続をカットする許可を求めた。しかし、電力カットを行えば、双子島の基地機能は一時的にしろ喪失し、日本近海の哨戒網に大きな穴を開けることになる。

「かまわん、送電を止めろ。SOC(飛行方面隊戦闘指揮所)に状況を報告。さらに海軍に哨戒網の穴埋めを要請しろ」

 司令部は電力カットの決断を行った。賢明な判断と言えるだろう。仮にこれ以上の温度上昇で触媒が不活性化した場合、双子島基地単体での復旧は絶対に不可能になり、双子島基地は張り子の虎になってしまう。触媒の生産数は月十数個で歩留まりも低い現状、基地機能回復までは数ヶ月は確実。それなら、一時的な基地機能喪失には目をつむるほかない。

 電力管理室は遮断機(ブレーカー)の閉路指令スイッチを入れた。

 これで遮断機の蓄勢された投入ばねがガシャン! と大きな衝撃音を立て接点の遮断を行い、司令・通信施設と電力管理施設を除いた全施設の送電が止まる――――はずだった。

「おい、音したか?」

「いいえ……送電も止まっていません」

 断路器は、ばねの力で一気に電気の遮断を行う。その遮断が行われたときの衝撃音はすさまじいものだ。電力管理室にも確実に聞こえるほどに。しかし、遮断の音は聞こえなかった。

 何度も閉路司令スイッチが押される。しかし、音もしないし、送電も止まらない。触媒の温度上昇も止まらない。

「手動で行うぞ! 鈴木、花村、ついてこい!」

 電力管理室の副室長が2名の兵を連れて、部屋を出て行った。

 そして副室長が出て行って、しばらくしないうちに電力管理室の壁掛け電話機が鳴る。室長はすぐに受話器を取った。

「はい、こちら、電力管理室です」

 電話の主は何も言わない。小さなノイズの音が聞こえるだけ。

「もしもし? もしもし?」

 室長が何度か言うと、笑い声が聞こえてきた。小さな女の子の綺麗な笑い声。しだいに声量は大きくなっていく。室長は空恐ろしくなってきた。

「貴様は誰だ! どこから掛けている! 部署と名前、階級を言え!」

 室長は怒鳴るが、電話の主の笑い声は止まらない。

 双子島にも女性隊員はいる。室長の脳裏に女性隊員の顔と人柄がよぎっていくが、こんなふざけたまねをする人物はいない。

 何なんだこいつは。

 その恐怖は電力管理室に飛び込んできた10cm砲弾の炸裂によって、室長の体どころか部屋ごと吹き飛んでしまった。

 

 爆発の振動が建物を揺らす。司令官は地震と勘違いして、樫の執務机の下に隠れた。

「震度2くらいか?」

 揺れはすぐに収まり、司令官は机の下から顔を覗かすが、落下物などはない。

 プルル、プルルと机の上の電話が鳴った。司令官は机の下から這い出て、受話器を取る。

「はい、司令室」

「こちら、管制塔管制室です。西山の高射砲が司令部棟に発砲したようですが、いったいな――」

 声と回線が切れたのに遅れて、爆発音が轟いた。司令官は爆音の方向に振り返る。窓の向こう、滑走路脇にそびえ立つ管制塔の頂上部分――管制室の窓がすべて割れ、そこから炎と黒煙が噴き出していた。

「いったい何が」

 呆然とし、後ずさりする司令官。敵の攻撃? 戦闘指揮所からの報告はなかった。双子島のレーダー網と哨戒網を突破した深海棲艦がいるのだろうか?

「警報を――!?」

 司令官が机の上にある警報ボタン、それの透明なプラスチックカバーを開け、指を当てたときだ。

 窓ガラスを突き破り、司令官の耳を掠め、20.3cm砲弾が部屋に飛び込んできた。ぎょっとする暇もない。

 砲弾の信管作動と警報ボタン。ほんの僅かだが、警報ボタンが押される方が早かった。

 砲弾が生みだした衝撃波と無数の破片は司令官を引き裂くが、スイッチが生みだした電気信号は瞬時に光信号に変換され、ケーブルを通って、警報システムを作動させた。



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03_脱出

 唐突に鳴り響く空襲警報のサイレン。これは海軍にとって、あまり慌てる必要性がないものだった。

 空襲警報は敵が来るからこそ、発される警報である。双子島に接近する深海棲艦の種類は海洋型、飛行型の2種で、両方とも航空機で対処が可能な深海棲艦である。正直に言って、双子島において深海棲艦に対処するのは主に空軍であり、海軍は補助でしかない。むしろ海軍が主となるような状況は「双子島の数km近くまで深海棲艦が接近している」というもので、あってはならない事態だ。

 海軍は、爆発音が聞こえても、警報が鳴り響いても悠長だった。しかし、違和感は感じる。

 警報が鳴ったら、敵の情報も放送されるはずなのに、それがない。その違和感。

 その違和感が感じ取れれば、これが異常事態であることは容易に気がつくことができるのに、正常性バイアスにより、海軍の面々は事態を「いつも通り」と認識していた。歴戦の磯波ですら。

 そして、その認識はすぐに破壊されることになる。

 待機室にいた磯波達は駆け足でブリーフィングルームに向かう。その途中で磯波達は37mm機関砲弾に襲われた。

 合板や断熱材、石膏ボードなど37mm弾の前では紙切れ同然。不幸にも磯波の前を走っていた七六式高速攻撃艇の搭乗員達に直撃、炸裂して、見るも無惨な姿へと変化した。小柄な磯波と浦波は幸いにも前を走っていた人が弾片に対する盾となり、負傷しなかった。砲弾が炸裂し、人がバラバラに、血と肉の欠片になる過程を見ずに済んだ。しかし、盾となった人はうつむけに倒れ込み、磯波と浦波はその凄惨な遺体は見てしまう。

 磯波は唇を噛む。浦波は呆然として立ち尽くす。

 磯波はしゃがんで、自分達の盾になってくれた人を、うつむいた状態から仰向けの状態にする。もしかしたら、生きているかもしれない。しかし、仰向けにしたとき、その希望は捨て去った。顔は半分ほど崩れ、喉や体が弾片でぱっくりと割れて、血がとめどなく流れている。口に手を持っていくが、すでに息はない。磯波は一層、唇を強く噛んだ。

「浦波、格納庫に行こう」

 磯波の声に、浦波は反応を示さない。磯波が振り返ると、浦波はまだ血の海となった廊下を、ただ呆然と見ていた。

 一面に飛び散った血痕、撒き散らされた臓物、変な方向に折れ曲がったり、千切れたり、骨が飛び出している四肢、割れて中身が流れ出る頭蓋。たった数分前までは談笑していた彼らが。

「行くよ、浦波」

 磯波は立ち上がり、浦波の腕を掴んで、格納庫に向かった。

 格納庫にたどり着く間にも、着弾のたびに轟音がし、建物が揺れる。埃が巻き立つ。悲鳴が、うめき声が聞こえる。無数の死体、血痕、弾痕……。

 磯波にとっては見慣れた光景。だが、慣れるものではない。

 格納庫にたどり着いても、同じような光景が広がっている。

「2人の艤装は無事です! 早く装着してください!」

 頭から血が流れている整備兵――岩倉上等兵が磯波と浦波の艤装を指さして叫ぶ。すでに格納庫は屋根が半分ほど崩れ落ちており、七六式攻撃艇は瓦礫の下に埋まっていた。し

かし、2人の艤装には大きなダメージはなさそうだ。磯波は安堵の息をつくが、浦波は艤装よりも岩倉上等兵の頭の傷を心配した。

「貴方の頭の傷は大丈夫なんですか!?」

「自分はどうでも良いです! とにかく、艤装の装着を急いで下さい」

 磯波にも急かされた浦波はに「ごめんなさい」と謝って、自分の艤装に向かう。2人の艤装がまだ無事だったのは不幸中の幸いである。艦娘は艤装を付けて起動させれば直撃弾はともかく、弾片程度では傷ひとつ負うことはない。

「空軍から何か連絡は?」

 磯波はしゃがんで、脚部艤装を装着しながら、岩倉上等兵に尋ねる。

「いえ、ありません。内線も通じません。艦娘の磯波、浦波は艤装を装着し、外洋へと待避せよ、とのことです」

「それは誰の命令?」

「海警科の田中中佐です」

「中佐は今どこに?」

「すでに戦死されました。瓦礫の下敷きに」

 くそっ。磯波は小さく悪態をつく。脚部艤装を付け終わり、次は動力部でもある背部艤装だ。

「外電起動はしません! APU(補助動力装置)を使います!」

 磯波は給電ゲーブルを艤装に繋ごうとする整備兵を制止する。APUは燃費が悪いが、本体動力の起動までの時間は外部動力を使うよりも短くて済む。

 磯波は背部艤装のベルトに腕を通し、台の前に置かれた椅子に腰を下ろす。APUを起動させ、艤装内のタービンをAPUの排気ガスで暖機しながら回していく。

「シャッターを開けろ!」

「足が、足がない! 誰か!」

「2人の鉄帽を持ってこい!」

 磯波は流れる時間が長く感じた。爆発の振動、発砲音、悲鳴、怒号。いつ砲弾が飛び込んでくるかも分からない。自分も挽肉になってしまうかもしれない。磯波の中で不安がふくれあがっていく。

 早く起動しろと、磯波は焦るが、起動途中でエネルギーを急に分配すれば、動力は不安定になって一層時間が掛かるかもしれない。じっと堪える。

「今ここにいる最高階級は?」

 かなり若い士官が返事をした。階級章は細黄色線一本に桜ひとつ。少尉だ。確か名前は宮浦。ついこの間着任したばっかりの士官だった。

「出力上昇、もう大丈夫です!」

 出力計を見ていた整備員が声と共に合図し、磯波は椅子から立ち上がって、宮浦少尉に指示を下す。

「宮浦少尉! 浦波の艤装起動が完了したら、皆をすぐに防空壕に――」

 そのときだった。壁が壊れ、爆風と大小様々なコンクリートの破片が襲ってきた。APUの音か熱でも感じ取ったのか、砲台が20.3cm砲を放ってきたのだ。格納庫は60kg爆弾の直撃に耐えられる設計になっていたが、さすがに大威力砲の直射は考慮に入っていない。20.3cm砲弾は格納庫の鉄筋コンクリート壁にめり込み、内部で炸裂。爆圧と衝撃波によって壁裏側のコンクリートが剥離飛散したのだ。それを防ぐためのケブラー内張材だが、20.3cm砲弾の爆発はあまりにも強すぎた。

 コンクリートの破片と爆風、弾片が磯波達のみならず整備兵達も襲う。磯波はすでに艤装の起動が終わっており、力場の展開によって自身を防護することができた。しかし、整備兵やまだ艤装の起動できていない浦波はそうはいかない。

 一瞬で血の海と化した。

 あまりの様相に磯波は吐き気さえ覚えた。本当に一瞬のことで、あまりにも無残で惨い死に方だ。

「浦波は……?」

 自分の妹の浦波。まだこの世界に生まれ変わって半年も経っていないのに、こんなところで死んでしまったのだろうか。

 磯波は浦波の方に向き返る。

 浦波は背部艤装を背負った状態で血の海に倒れていた。しかし、浦波の体は他の遺体と違って、あまりにも綺麗だ。

 もしかしたら。そう思って、磯波は倒れる浦波に駆け寄った。口に手を持っていく。

 息をしていた。脈もある。

「い……きて……くださ……い」

 浦波の側に倒れていた整備員が血の海の中でかすれた声でうわごとのように言っていた。その整備員の背中には大量のコンクリート片が突き刺さっている。彼が身を挺して、浦波を守ったのだ。

 磯波は浦波のベコベコになって破損した背部艤装を脱がし、浦波の体を抱え上げる。浦波は気絶したままだが、安易に起こしてはならない。頭を打っているかもしれない。すぐに医者に診せなければならないが、今の双子島の状態では不可能だ。

 生きてくさだい。

 磯波は中途半端に開かれたシャッターから格納庫の外へ出る。外に出ると、爆音や悲鳴が格納庫の中で聞いたよりも、ずっと鮮明に聞こえた。大庄丸も幾多もの砲弾を撃ち込まれ、炎上している。

 私達以外、この島からは生きて出ていくことはないのかもしれない。艦娘の自分ならば、他に一人でも助けられるかもしれない。そんな引け目を磯波は感じる。

 しかし、生きなければならない。生き抜かなければならない。

 今、この島にいては死しかない。無数の命で繋がれた命を繋がなければならない。

 磯波は浦波を抱えたまま、埠頭で思いっきり助走を付け、海面へジャンプする。大きな水しぶきを上げて着水。

 出力は最大。最大戦速。



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04_対空砲火

「双子島との連絡はまだ取れんのか?」

 中部航空方面軍の司令官である細井伸幸中将は不安になっていた。腕時計を見る。20時53分。双子島第12飛行師団から「動力不安定により、基地機能を停止する」という報告があったのが、10時47分。すでに10時間がたつというのに、双子島からは何の音沙汰もない。それどころか、こちらの呼び出しにも応えないのだ。

「海軍特別根拠地隊にも呼び出しは続けていますが、無線もダイレクトラインも応答ありません」

 部下は相も変わらずに、そう答える。

「百里から出た偵察機がもうすぐ双子島に到着しますから、何かしら分かるかもしれません」

 そう言うのは副司令官の河石耕児少将だ。

「それはそうだが、よりによって双子島だ。状況を一刻も早く知りたい。航空写真だろうと衛星写真だろうとな」

 細井中将は舌打ちをした。空軍は今現在、衛星を保有していない。持っているのは海軍と情報部のみだ。

 「双子島との通信が途絶している」という事態はすでにCOC(航空総隊作戦指揮所)どころか、空軍参謀総長まで伝わっている。しかし、参謀総長はこのことを大事にはしたくないらしい。色々と手を回して、ようやく完成した基地である。事を荒立てて、運用中止や大きな責任問題に発展したら、今後、空軍が艦娘技術に関わる機会がなくなってしまうかもしれない。空軍内部で片を付けられるようなら、そうするつもりなのだ。

「やはり上は深海棲艦の奇襲ではなく、『暴走』だと考えているのでしょうか」

 河石少将はインカムのマイクを押さえて、小声で細井中将に言う。

「馬鹿。そういうことを言うな」

 細井中将はそう窘めるも、自身もやはり事態の原因は『触媒の暴走』だと考えていた。

 仮に双子島が深海棲艦の奇襲によって地上の通信施設や司令部建屋が破壊されたとしても、地下に予備施設がある。空襲の合間にアンテナを組み立てて、衛星通信だって可能なはずだ。それを許さぬほど、連続砲撃ができる大部隊ならば偵察衛星で事前に見つかっているはずだし、双子島からも哨戒機が出ているはずで、その哨戒網を簡単に抜けられるとは思えない。それに双子島は砲台と射堡で海上要塞にも等しい。それなりの規模の深海棲艦ならば返り討ちにすることができるくらいだ。

 双子島が深海棲艦に制圧されることは、そうそう、あり得ることではないのだ。

「フドウ04。双子島を撮影可能距離に入れます」

 

「こちら、フドウ04。双子島が光学センサの撮影可能距離に入った。撮影を開始する」

 闇夜の高度7000mを飛行する六三式戦闘偵察機「飛天」は両翼の吊り下げた偵察ポッドを起動させる。

 「飛天」自体は純粋な要撃戦闘機の五四式戦闘機を偵察用途に改修したものだが、運用のし易さと戦闘機譲りの高速性により高い評価を受けている。双子島の偵察にもうってつけである。

 パイロットはまず、双子島をカラー撮影をしてみるが、今は夜間である。モニターは真っ黒で、双子島の姿は目をこらしてようやく分かるくらいだ。

「可視光領域での撮影は困難。双子島上空をパスしてレーダー撮影を行った後、赤外線撮影を行う」

 フドウ04は機首の合成開口レーダーを作動させて、比較的低速で双子島上空を通過する。合成開口レーダーは移動中に何度も電波の送受信を行い、受信電波をドップラー効果を考慮した上で合成するレーダーのことである。普通のレーダーよりも分解能力を高められ、雲や霧を無視して撮影できる便利な撮影方法だ。先ほど可視光領域で撮影したものと違い、モニターには島がきちんと分かる形で写っている。島の周りに深海棲艦はいないようだ。

 次に赤外線画像撮影。これは撮影対象が発している赤外線だけを撮影する方法である。通常のカメラは赤外線を除外し、可視光領域の光だけを透過するフィルターを付けているが、赤外線カメラはその逆である。

 今度は3000mほどまで高度を落とし、撮影する。高度が高すぎるとカメラに入る赤外線のエネルギー密度が低くなり、明瞭な写真が撮影できない。

 高度を落とし、ゆっくりと旋回。機首を再び双子島に向けて、双子島との距離が10kmほどになったときだった。

 闇夜の中に火花が散るような閃光がいくつも燦めいた。さらに花火めいた光の束が渦巻く。

「こちら、フドウ04。対空砲による攻撃を受けている。撮影は続行する」

 フドウ04は撮影を中止しない決断を取った。巡航状態だったエンジンパワーを戦闘出力にまで上昇させる。

 深海棲艦に攻撃されたときは変に回避行動を取るよりも、速度を上げて、敵の射程距離外へ待避するのが一番良い。深海棲艦はレシプロ機程度の速度にしか対応できない測距儀しか持ち合わせていない。速度を上げれば、深海棲艦は的確な対空砲撃できなくなる。

 双子島との距離が3000mを切ってからは、いっそう対空砲火が激しくなった。高射砲だけではなく、機銃も発射され始めたのだ。

 闇夜だから、見えるのは曳光弾のみ。見える光の数倍の弾丸がフドウ04に向かって放たれていることになる。

 当たらなければどうと言うことはない。とはいうものの、フドウ04のパイロットにとって、今夜のような対空砲火は初めてだった。

 深海棲艦に夜間偵察をするときは、深海棲艦が対空射撃をしても、なかば滅茶苦茶な射撃で射線が自機に向かってくる、ということはほとんどなかった。

 しかし、今夜はどうだろう。射線も信管調定も正確で、砲弾の衝撃波がコックピットにも伝わってくる。こんなこと、一度もなかったのに。

 フドウ04はアフターバーナーを点火する。グンと加速。燃料を激しく食うが、撃墜されるよりかはマシである。

 フドウ04の六三式戦闘偵察機「飛天」はただ双子島に向かって、直進。数発の機銃弾を食らいながらも、撮影を行いながら、双子島を通過。全速力で双子島の対空砲火から離脱した。

 

 フドウ04が撮影した写真データは、すぐに中部SOCやCOCなどに送信され、印刷される。

 その印刷された写真を見て、細井中将は最近、シミと皺が目立ってきた顔の表情を曇らせた。

「深海棲艦ならば、飛行場施設は徹底的に叩くはずです。明らかに妙です、これは」

 河石少将が滑走路の拡大写真を机に置いて、言う。

 フドウ04が撮影したレーダー写真、赤外線写真は共に双子島の様子がはっきり明瞭に映し出されていた。ラーメン構造のみが残った司令部棟や炎上した宿舎、折れた管制塔。大破着底した輸送船に打ち崩れた港湾施設。対して、飛行機格納庫や発電機の掩体壕、滑走路は綺麗なものである。写っている限りでは長大なアスファルト舗装の滑走路には爆弾穴ひとつ見えない。

「飛行場設備だけが破壊されていないならば、双子島の航空機運用能力は喪失していないと考えるべきだろう」

「……島の兵員は全滅した、と見るべきでしょうか?」

「わからん。地下に待避して、生き延びている可能性も十分ある」

 いくら島の砲台だろうと、数十メートルにもなる岩盤を撃ち抜くのは容易ではないし、俯角が足りず、狙えないはずだ。

「しかし、双子島は明確な脅威となりました」

 そう言うのは作戦参謀の田島中佐。ずれた眼鏡を左手で直しながら、右手で自身の手前にあった写真を机の中央へと押し出す。

 平時は草木を使った擬装によって隠蔽されている高射砲陣地が、写真では盛んに火を噴いている。拡大写真のため、少しぼやけているが、無数の発砲炎が確認できる。

「偵察機のSIF(敵味方識別装置)は双子島からの質問信号に正常な応答信号を返しました。しかし、これらの高射陣地は写真のように偵察機に向けて発砲しています」

 SIFが正常である以上、誤射という可能性は低い。六三式戦闘偵察機「飛天」はステルスではないため、レーダーに映る。それに何度かの偵察アプローチを行ってからの攻撃だ。

 双子島から質問信号が送られて、返答したうえでの攻撃……とすれば、明確な意図を持った攻撃と言って差し支えない。

「もし『暴走』ならば、防衛網に穴が生じる所ではありません。すぐに双子島を――」

「田島君」

 細井中将が田島中佐の言葉を遮った。

「言いたいことは分かる。おそらく……いや、確実に双子島のことは政治的問題にまで発展する。空軍内部では収まらないだろう。今から、参謀総長に連絡する。勝手に先走るんじゃないぞ。命令の発令まで待て」

 細井中将は田島中佐の不安げな目を見た。双子島基地化が決定したとき、田島中佐は「飼い犬に手を噛まれるかもしれない」とにわかに反対していた。

「……準備はさせておきます」

「頼んだ」

 

 夜の海で北に向かって進む磯波は下弦の月に照らされた島の影を見た。

 島の外形は二つの山が並んだような……まるで双子島だ。磯波は「双子島に戻ってきてしまったのだろうか」と不安と恐怖がせり上がって来たが、その島の近くにもうひとつ、小島があった。磯波は安堵の息をつく。双子島の近くにあんな小島はない。

 山が2つ並んでいて、そばに小島がある島。

「八丈島かな……? うん、きっとそうだ」

 その確信の言葉を磯波は半ば、自分に信じ込ませるかのように、言う。

 八丈島のくびれ部分にある飛行場には海軍航空隊がいるし、防衛部隊の陸軍も駐留していたはずである。それに島民の人数も多いから、医者だって当然いるはずだ。

 磯波は抱きかかえている浦波を思う。双子島を逃げ出した時は気絶していたが、砲台の射程距離外まで逃れた後に無事目覚めた。しかし、今は眠っている。砲弾片か何かで、左足から出血していたのと、航行中ずっと磯波にしがみついていたからか、疲れてしまったのだろう。

 島まであと2kmほどの距離になった頃、八丈島の沿岸で光が生まれた。

 その光は数秒ほど上昇ながら、曲線を描き、一点に留まる――ように見えたが、島の影と見比べると、光は同位置に留まり続けていない。むしろ、こっちに近づいてくるように見える。また島の沿岸から光。さっきと同じような軌跡を描く。

 磯波は何の気もなしに、光を眺めていた。綺麗とまで思ったほどだ。八丈島が見えて、安心していたのかもしれない。だから、「ごごごごご」といった低い音を微かに聞いても、判断ができなかった。

 光の正体が対戦車ミサイルのロケットモーター炎と気づくのは、下手くそ誘導のミサイルが海面に着弾して爆ぜた後だった。

 爆風と破片。夜の海に舞い上がる無数の火。艦娘の防御力場がなければ、磯波と浦波はズタボロの死体になり、海の藻屑と化したであろう。

「――ミサイル!? IFF(敵味方識別装置)は!? あっ!」

 磯波はすっかり忘れていた。双子島を脱出するときに、アンテナマストを砲弾にもぎ取られていたことを。IFFの質問信号に対して応答信号を送ることができなければ、深海棲艦と誤認されても致し方ない。が、磯波にとって、致し方ないと諦められるわけがない。

 次のミサイルが迫ってきた。

 磯波はミサイルの誘導方式を思い出す。陸軍が主に使っている対戦車ミサイルは基本的に、着弾まで誘導し続けるタイプの有線誘導ミサイルだったはず。打ちっ放しのタイプも配備していたと思うが、そこまで考えが回らない。

 先ほどはミサイルの誘導手が下手くそだからこそ、手前の海面に着弾したが、今度も同じなわけがない。

 弾頭は戦艦クラスの厚みがある鋼板だろうと余裕で貫徹する成形炸薬弾頭。命中すれば、死は免れない。どうにかして避けなければならない。破片ならば防げるのだから。

 磯波は機関を最大出力にして、さらに背部艤装の発煙装置から白煙を発生させた。

 煙突の脇に設置された管から真っ白な煙が噴き出し、盛大に広がっていく。

 この煙は四塩化チタンを空気と反応させて発生させたものだが、チャフなど含まない純粋な煙のため、ミサイルへの対処法としては適切とは言えない。なぜなら、ミサイル発射器の誘導装置には赤外線センサがついているからだ。煙幕を焚こうが、ミサイル射手には磯波の姿ははっきりと見えている。

 磯波は頭を高速回転させるが、事態の解決方法が思いつかない。アンテナマスト喪失のため、IFFどころか、通信自体が不可能。自身が深海棲艦でないということを攻撃してくる陸軍部隊に伝える方法はないのだ。

 ミサイルの誘導が難しいくらいに島に接近したとしても、死角をカバーするミサイル手は当然のことながら存在するであろうし、対物ライフルや重機関銃、車両の機銃の射程に入ることを考えれば、極めて危険だ。

 磯波はとにかく逃げ回る他なかった。

 

 八丈島東山の西、大阪トンネル付近には八丈島支隊の第三中隊の監視台が設置されていた。小さな監視台であるが、太い鉄筋とプレストレスコンクリートで造られており、重砲弾の至近弾にも十分に耐えられる。草木を使った艤装もしっかり成されており、等目で位置をつかむのは難しい。

 その監視台の中から、中隊長の川上大尉は赤外線暗視装置を付けた双眼鏡で逃げ回る磯波の姿を見ていた。

「二発目も避けられたな。まったく」

 川上大尉はため息をついた。さすがに二発も外すと自分の中隊が情けなくなってくる。

「四九式ももったいないし、近くに誘引してから狙撃砲と重機関銃の掃射でやらせるべきかと思うのだが、どうだろうか。田村中尉」

「ヒト型は基本的に高等種です。狙撃砲のAPDSでも力場を抜けるかは難しいかと。敵はおそらく偵察です。こっちの陣地位置まで知らせる必要はありません」

 果敢なことを言う川上大尉を押さえるのは隊長補の田村中尉だ。

「そうだな。しかし、偵察にしては妙に思えるが」

 川上大尉は双眼鏡を覗いたまま呟く。

 偵察ならば、敵の反撃があった時点でスタコラサッサと逃げれば良いのに、望遠鏡御時に見える敵は変に留まって、うろうろしている。威力偵察なら、適当でも良いから攻撃して反撃を見るものなのに、敵は攻撃もしない。明らかに妙である。はぐれ深海棲艦でも逃げるものだろうに……ましてや高等種のヒト型がこうである。

「ん……?」

 川上大尉は顔をしかめる。今、敵の背中が見えたのだが、その背中の複数箇所が真っ黒だったのである。赤外線暗視装置を装着して見ているため、風景は白黒に見えるのだが、深海棲艦でもあんな真っ黒な部位があり得るだろうか。

「中尉、IB(敵味方識別板)って艦娘に配備されていたか?」

「ええ、確か昨年の7月ごろから配備が始まっています」

川上大尉の顔が一気に青ざめた。

「攻撃中止! すぐに各部隊へ知らせろ! 今攻撃しているのは艦娘だ!」




 ポケモンの「ふたごじま」は八丈島がモデルなのだと、書いていて初めて知りました。
 八丈島には天然の洞窟はないようですが、旧日本陸軍の地下陣地があるようです。
 
 狙撃砲というのは特火点潰しのプトー砲(M1916 37mm歩兵砲)のことではなく、口径25mmの対物ライフルです。対装甲砲弾のAPDS(装弾筒付き徹甲弾)に限らず、HEI(焼夷榴弾)やHEIAP(複合弾)も使えます。1門当たり3人で運用し、歩兵中隊には狙撃砲4門装備した一個狙撃砲小隊がいます。

 次話は6日13時投稿予定。


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05_八丈島

 攻撃がやみ、八丈島に上陸した磯波は砂浜の上で林の中から誰かが出てくるのを待った。下手に近づけば、銃撃されるかもしれない。艦娘は陸の上ではほぼ無力である。

 誤解は解けたのだろうか?

 辺りは波の打ち返す音と風に薙ぐ林の音だけ。声も銃声も聞こえない。磯波は抱きかかえていた浦波を降ろし、肩を貸しながらも立たせた。

 そして、息を吐き、大声を出そうと胸一杯に空気を吸ったとき――林の中からヘッドライトを付けた数名の人影が出てきた。

 声が喉まで来ていたのだが、これは拍子抜けで、磯波は思わず声を出さずに息を吐いてしまう。

 人影はゆっくりと歩いてくる。ヘルメットに付けられたライトの光が眩しくて、磯波は手で目をかざした。

「血が!? 怪我をされておられるのですか!?」

 男の野太い声が砂浜に響く。磯波はライトの白い光を手で遮りながら、声の主の顔を見ると、その目は自分達の服を見ていた。

 磯波達の服は血で赤黒く染まっていた。ただし、この血は磯波や浦波自身の血ではなく、双子島で戦死した整備兵達の血がついたものなのだが、本来真っ白なセーラー服が染まっているのだ。兵士達が心配しないわけがない。

「い、いえ、これはあなた方の攻撃による血ではないので、大丈夫です」

「先ほどは失礼いたしました。艦娘とはつゆ知らず、攻撃をしてしまい、申し訳ありません」

「いえ、こちらもアンテナマストを喪失していたので、仕方がないことです」

 磯波の肩にある階級襟章がライトで照らされる。細い緑縁の黄色1本線に桜が3つ。これが意味する階級は艦娘科の大尉。それを見た陸軍の少尉である小隊長は反射的に敬礼をした。

「申し遅れました。私は大日本帝国陸軍八丈島支隊第二中隊第三小隊の観田修少尉であります」

 軍隊において階級は絶対である。特務少尉などがある海軍とは違い、陸軍では特にそうである。外見が年端もいかない少女だったとしても、階級が上ならば、敬礼を行わなければならない。

 そして、敬礼された側も答礼をしなければならない。

「大日本帝国海軍双子島特別根拠地隊海警科艦娘隊の磯波です」

「同じく海警科艦娘隊の浦波です」

 磯波は左足を怪我した浦波に右肩を貸しているので、会釈をし、浦波は右手で挙手の答礼をした。

「少尉、攻撃のことはともかくとして、衛生兵はいますか? この子、足を負傷していて……」

 浦波は左足のふくらはぎを砲弾の破片で負傷していた。セーラー服のスカーフで圧迫止血しているが、破片は貫通していないので、なるべく動かさない方が良いし、手術で破片を取り出さなければならない。

 少尉は近くにいた兵に衛生兵と後送分隊を呼ぶように命令した。そして、次に自分の背嚢と小銃を降ろし、そばにいた別の兵に押しつける。

「磯波大尉殿、自分が浦波殿を背負います」

 少尉は後ろ向きになり、浦波の前でしゃがんだ。

 浦波は少し困惑気味な顔で磯波の方を見たので、磯波は小さく頷いてあげる。

 浦波は磯波の肩から手を離して、少尉の背中に掴まる。少尉は腕を浦波の足にまわし、軽々と立ち上がった。すわりを良くしてから、歩き出す。

 磯波は浦波をおんぶする少尉を見る。少尉の広い背中に対して、浦波の小さな体。それこそ、大人と子供で、兵士というのはやはり屈強な男がやるものなのだろう、と感じさせた。安心感というものなのか、磯波には分からなかったが、少尉と自分達に大きな違いがあることを、なんとなく感じていた。

「これからどうしますか?」

「はい?」

「自分達の軍医に診させても良いのですが、大尉殿の所属は海軍であります。海軍航空隊基地までお送りするのが良いのか、自分には判断しかねます」

 少尉達の所属は陸軍であり、磯波達の所属は海軍である。陸軍にも軍医はもちろんいる

のであるが、軍の垣根を越えて、それも艦娘に手術を施すとなると、様々な手続きや何やらが煩雑になるだろう。そこを考えると、海軍基地に送ってもらうのが妥当である。それに磯波は双子島の件を報告しなければならない。

 双子島。

 磯波は立ち止まって、南の方角を見た。双子島は見えない。300kmも離れているのだから当然だ。

 どう報告したものだろうか? よく分からないままに逃げ出してきたのだ。何をどう報告して良いものだろう?

「どうされましたか?」

「いえ、何でもありません」

 

 東京都新宿区市谷本村町にある兵部省市ヶ谷庁舎の中に空軍参謀本部は置かれていた。

参謀本部は大日本帝国空軍の軍令を司る部門であり、作戦計画の立案等を職務としている。この他にも市ヶ谷庁舎の中には教育総監部の他、陸軍の参謀本部、教育総監部、海軍の軍令部なども入っており、軍部間の意思疎通はそれなりにできていた。そもそも同じ庁舎なので、どこかの軍が部隊を大規模に動かそうとしても、人の出入りや動きで他軍もなんとなく気付いてしまう。

 陸軍も海軍も、空軍が何かしらの作戦を行うことを把握していたが、空軍に対して特に何も言わなかった。なぜなら、空軍が独自に戦線拡大を行うことなどは不可能だからだ。自分達の領分を侵さない限りは海軍も陸軍も口を挟むことは少ない。

 ちなみに陸軍と海軍は非常に仲が悪い。艦娘が戦線投入されて以降、海軍は陸軍の忠告を無視し、無計画に戦線拡大を行った。それが「北はアリューシャン、南はソロモン、東はミッドウェー、西はセイロン」といった結果を招き、海軍部隊が勝手に孤立して、陸軍に救援を求め、顰蹙を買ったのは数知れない。

 今こそ、戦線拡大は落ち着いているが、陸軍の主張するオーストラリア救援と海軍の主張するフィジー・サモア攻略、ハワイ牽制作戦、どちらを優先するかで大激論が交わされており、陸海軍間はぎくしゃくしぱなっしである。

 普段は日和見な空軍は陸海軍の調停役だが、今ばかりは空軍が独自に動こうとしていた。

 

「開始してください」

 空軍の高級参謀や将校などが詰めた兵棋演習室に統裁官の声が響き渡った。

 壁に設置された無数のディスプレイに双子島の航空写真や等高線図、陣地構築位置の図、レーダー画面、部隊の状態データ表など表示されていた。

 兵棋演習とは兵棋――駒を用いて行う図上の戦術演習のことである。図上演習、机上演習、ウォー・ゲームとも呼ばれ、自軍を模した青軍と敵軍を模した赤軍に別れて、地形や敵情といったデータの下で、確率を活用しつつ戦闘状況を図上にて再現し、作戦に役立てるものである。昔は図面や駒、サイコロ、計算尺などを使って行ったものだが、現代ではコンピューターの発達によって、計算や乱数はデジタル化、自動化されている。

 この兵棋演習は今日未明に行われる双子島空襲作戦を想定したものだった。青軍が日本空軍、赤軍が深海棲艦であり、青軍が双子島へ空襲を行う。

「AWACS(早期警戒管制機)よりCOC。SEAD(敵防空網制圧)各機、配置につきました」

「了解、COCよりAWACSへ。攻撃開始せよ」

「了解。AWACSよりSEAD各機へ。デコイの射出後、攻撃開始を開始せよ」

 淡々とした声が演習室に続いていく。壁のモニターではデコイに反応したレーダーにSEAD機がミサイルを発射した様子が映し出される。赤軍からの妨害はないうえ、突拍子もない乱数結果もなかったため、ミサイルは発射された全弾が目標に命中。目標を破壊した。そしてSEAD機も損害なしで離脱する。

「TR(戦場偵察機)よりAWACSへ。双子島から対空砲火、探照灯照射を確認」

 攻撃を受けた赤軍は慌てて対空砲火をあげ始めるが、照準は滅茶苦茶である。探照灯は対空レーダーと連動して動くようになっているが、対空レーダーは青軍のジャミングによって使用不可能になっている。赤軍は現在、「何もしないよりマシだから、対空砲火をあげている」という状況だ。

「攻撃隊Dは滑走路破壊爆弾搭載ですから、対空砲火の中に突っ込ますのはどうでしょうか」

 滑走路破壊爆弾は高空から投下すると、爆弾が散らばってしまって、適切に滑走路を破壊することができない。そのため、低空から投下するのだが、要塞並みの対空砲を持つ双子島に飛び込ませて良いものか?

「そうだが、抗堪性の良い六式だ。落とされることは、まずないだろう。攻撃させよう」

 青軍は本命である攻撃機隊に攻撃命令を下した。レーダーも潰しているし、対空砲火は滅茶苦茶。双子島に夜間戦闘機が配備されていない。それを勘定すると、「飛行場施設の破壊」という作戦目標のために、滑走路破壊爆弾での攻撃は必須だ。

 結果は攻撃隊Dの爆弾によって滑走路は完全に破壊された。しかし、乱数は振れたのか、攻撃機が1機撃墜されてしまった。

「よし。AWACSより攻撃隊BおよびCへ。発電施設および格納庫への攻撃を開始せよ」

 攻撃隊Dは低空侵入による滑走路破壊だったが、今度の攻撃隊B、Cは高空から誘導爆弾による攻撃だ。対空砲火は低空のみで、高空までは届かない。雲量も少なく、レーザー誘導で精度バッチリ。

 攻撃は成功。格納庫は2つとも完全に爆砕された。発電施設の発電機は半地下状態で設置され、掩体まで建設されて守られていた。しかし、掩体は地中貫通爆弾の前に簡単に貫徹判定を出し、守るべき発電機は破壊された。

 そして攻撃隊B、Cは1機の損耗機を出すことなく、戦闘空域を離脱する。

「演習終了。青軍の勝利です」

 統裁官の声が部屋に響き渡った。攻撃機1機の損害だけで、「飛行場施設の破壊」は完了した。

 

 第523海軍航空隊は橫須賀鎮守府所轄の哨戒・攻撃機部隊である。伊豆諸島からマリアナ諸島まで続く長大な哨戒線を築く部隊の1つである。

 その第523海軍航空隊基地の司令室。陸軍の支隊長が誤射に関する謝罪をして退室した後に、磯波は双子島脱出についての報告をした。

 司令である大佐は青褐色の第三種軍装を着ており、薄毛気味の髪の毛はすこし寝癖がついていた。夜中に突然叩き起こされただろうに、所々にシミがある顔は柔和だった。

「相分かった」

 報告を聞き終わった大佐は、そう一言言った。報告の内容は「双子島の砲台が自分に向けて発砲してきた。上官の命令で双子島から逃げた」という理解困難なものだったのだが、磯波が着る血濡れのセーラー服がその報告の説得力を担保していた。

「双子島の根拠地隊や空軍は壊滅した……と見て良いのか?」

「空軍はよく分かりませんが、根拠地隊は……はい、おそらくは」

 磯波は顔を少し伏せて、断定をしない返答をする。

「深海棲艦の襲撃ということではないのだな?」

「はい。先ほども申し上げた通り、それは間違いありません」

 大佐は天上を見上げ、顎をさすりながら、考え込むような顔を見せた。しかし、特に何も考えつかなかったのか、磯波の方に向き直る。

「明日の朝、横鎮(橫須賀鎮守府の略)への航空機を出す。朝までしっかりと休み、朝、それに乗って本土に戻り、命令を受けろ」

「了解しました」

「ふむ。もう下がって良い……が、その服は問題だな。おい、従兵。磯波大尉に風呂の用意をしてやれ。あと服も酒保の店員を起こして、用意させろ」

 磯波は風呂と聞いて、緊張の糸が切れたのか、腹の虫が鳴いてしまう。磯波はあまり意識していなかったのだが、もう12時間近く飲まず食わずの状態だった。そりゃ、腹の虫が鳴くのも致し方ないだろう。

「申し訳ありません」

「そうか、そうか、腹も空いているな。従兵、飯の用意もだ」

 大佐は笑って、従兵に命令した。

 

 磯波はご飯より風呂を優先した。お腹は背中とひっつくくらいに減っているのだけれども、とにかく体をさっぱりとさせたかった。

 髪や肌に付いた汗と潮と血。それらはお湯と石鹸の泡によって、溶けだし、混ざり合い、洗い流されて、排水口へと流れ去る。

「髪、痛んじゃったかな?」

 目につく髪の毛と体の汚れを粗方落とした磯波はおもむろに髪の毛先を手に取って、まじまじと見る。枝毛がかなりの数あった。磯波の表情は曇る。12日は海上訓練なし、ということだったから、洗い流さないタイプのトリートメントを付けていなかった。保護膜なしの髪の毛に、潮風と海水、紫外線の複合攻撃。キューティクルにとっては大ダメージ。そして、このざまである。

 サボるんじゃなかった。磯波は後悔した。

「いっそのこと、切ってしまおうか?」

 長い髪は手入れが大変だ。ブラシで解くのも時間は掛かるし、洗うのも大変。海水を被って乾燥すれば、塩分でベトベトして、不快にもなる。2つの三つ編みは海軍艦娘学校からずっとしている髪型だが、ずっと変えないのもいかがなものかとも思う。馬鹿のひとつ覚えのような感じもする。でも、浦波は可愛らしいと言ってくれているし、髪が長ければ、色々とおしゃれもできる。

 はて、どうするか。

 そんなことを考えていると、浴室の扉が開く音がした。振り向くと、白っぽい空軍迷彩服を着た女性兵が立っていて、礼をした。左手には籠を持ってる。

「大尉殿の着替えはこの籠の中であります。籠は扉の脇に置いておきます」

「はい、分かりました」

「失礼します」

 兵は扉を閉めて去った。それを見届けて、磯波はシャンプーを適量手に取る。

 しっかり泡立ててから、髪に付ける。そして優しく、揉むように洗っていく。頭皮は爪を立てないよう、指の腹で洗う。

 十分に洗ったら、シャワーで泡をしっかりとすすぎ落とす。そしたら、タオルで髪の水気をこれまたしっかり切って、そうしたらトリートメント。髪を傷めた分をしっかり取り戻さなくてはいけない。

 トリートメントを手に取り、毛先からしっかりと馴染ませていく。枝毛になっていた辺りは特に念入りに。

「うーん、やっぱり切ろうかなぁ」

 トリートメントを全体に塗り終わり、髪に馴染むまでの数分間。磯波は髪を切ったときの自分のイメージを頭の中で描いて過ごした。




 艦娘の階級は大尉で固定です。空母だろうと駆逐艦だろうと大尉です。しかし、艦娘は種別的には将校相当官なので、士官や特務士官とは区別されます。
 さらに、その場で階級的には艦娘が最上位だとしても、艦艇の指揮が執れるわけではありません。艦娘は艦内で仕事をするわけではないので、海軍機関科問題のようなことはおそらく起きないと思います。

 春イベントの新規実装艦が冲鷹じゃなくて大鷹で安心しました。新田丸と春日丸では事情が全く違うのですよ。
 ちなみに「艦娘という存在」では2名のオリジナル艦娘が登場します。片方は陸軍船舶です。


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06_双子島空襲

スホーイ Su-25グラーチェ
 ロシアのスホーイ設計局が開発した攻撃機。A-10サンダーボルトⅡと同じように頑丈さ、大きな搭載量を誇る。A-10の競争試作機YA-9に似ている。
 深海棲艦戦争初期、攻撃機不足に困った日本にロシアが無償貸与した兵器の1つ。現在は六七式攻撃機に置き換えられつつある。置き換えられるSu-25自体はロシアに返還された後に再整備されて、再興する東南アジア諸国にこれまた無償貸与されている。
   
六七式攻撃機
 日本の中島飛行機が開発した攻撃機。深海棲艦攻撃を前提に開発され、速度や搭載量は控え目な一方、高い抗堪性と航続距離を持つ。外見的には性質的に似ているSu-25に似ているが、レーダーなどの各種電子装備搭載や複座派生機のためにシルエットはSu-25よりも大きい。


 多数の日本空軍機が伊豆諸島に沿って南下していた。その数は約40。

 攻撃機が多くの数を占めるが、電子戦機や戦場監視機、早期警戒管制機(AWACS)も混じっている。

 銀翼の下に吊り下げられているのは、任務に合わせた様々な爆弾とレーダーを破壊するための超音速ミサイル。

 海洋深海棲艦を相手するならば、赤外線画像誘導やレーザー誘導、ミリ波誘導といった小さい目標にも誘導ができ、命中が期待できる、スマートなミサイルが搭載されるのだが、今回の相手は海上の深海棲艦ではない。

 作戦目標は伊豆諸島南部に位置する双子島、その航空基地機能の破壊だった。

 破壊といっても、それはあくまで「航空基地"機能"の破壊」であり、人員の殺傷などは目的としない。なにせ、双子島にいた人間は同じ日本人であり、深海棲艦ではないのだ。早合点して、兵の両親や家族に死亡通知書を送るわけにも行かない。空軍は本土が爆撃されるという展開を恐れているだけに過ぎない。

 今回の事態は単純に技術の不備やらなんやら、というだけなのかもしれない。まだ彼らは地下施設で生きているのかもしれないのだ。

 ならば、島の地上にある施設だけを破壊してしまえば良い。そう、空軍は考えた。

 作戦の火蓋は静かに切られた。

『デコイ、射出』

 高度11000mを飛行する四九式電子戦機三型から複数の空中発射式デコイが別々の方位から投下される。

 デコイは自動的に格納されていた主翼を展張、成層圏の薄い空気に乗って、ゆっくりと降下していく。

 空中発射式デコイは単なる「囮」としての無人航空機であるが、その中身は精密電子機器などの集合体である。各種の電子装置からなる自動飛行制御システムや小型ECM装置、チャフ、赤外線誘導攪乱装備、さらにはレーダー上では実態以上に大きく見せる電波反射レンズ(コーナー・リフレクター)など、空中電子戦において大切な装備がたんまり詰め込まれている。

 深海棲艦相手にはもったいないくらいの使い捨て兵器ではあるが、それでも有人航空機を撃墜され、莫大な金と時間と手塩をかけて育成したパイロットを戦死させるのに比べれば、量産のきくデコイなど安いものだ。

 デコイは闇夜を滑空し、別々の方位から双子島に接近していく。

 デコイはすでに双子島から発せられている索敵用レーダー波を感知していたが、特に行動は起こさない。事前入力された飛行コースに合致するよう、都度針路を修正しながら、飛行する。

 そして、デコイと双子島の距離が30kmを切ったころ、双子島から新たな電波が発信された。射撃照準用のレーダー波である。

 双子島に配備されているレーダー機器はすべて日本軍のものだ。エリントやコミントをしていなくても、電波の種類や特性は瞬時に判別できる。艦娘用の42号対空電探や32号対水上電探なども配備されているのだが、それは個別射撃用で索敵用や統制射撃に用いられるのは艦娘用レーダーよりも性能が圧倒的に良い日本空軍採用の対空レーダーである。

 デコイはすぐさま、レーダー警戒・受信装置で受けたレーダー波の情報と発信源を暗号通信でSEAD(敵防空網制圧)機に送った。

『カイト隊、スワター隊、攻撃を開始せよ』

 SEAD任務に付く六七式攻撃機はレーダー波の届かない超低空60mほどで待機していたが、通信を受け取るなり、すぐさま上昇。必殺の対レーダーミサイルと撃ち放った。

 対レーダーミサイルは強力なロケットモーターによってマッハ2超えの速度まで加速。双子島で稼働しているレーダー目がけて、一直線に向かっていく。

 目標となった双子島のレーダーはSEAD機の存在に気付き、レーダー波の照射を索敵用、射撃照準用共に停止するが、時すでに遅し。先ほどまで稼働していたレーダーの位置はすべて日本空軍のデータリンクシステムで共有されている。対レーダーミサイルのコンピューターにもその位置は入力済みだ。

 ミサイルは慣性誘導によって双子島の近くまで飛行し、誘導方式を赤外線画像誘導方式に切り替え、目標のレーダーをしっかりロックオンした。

 そしてレーダーに突っ込む。接触信管が作動し、爆発。弾頭から生まれた強烈な爆風はアンテナをなぎ倒し、飛び散った無数の金属球はレーダーアンテナとその制御機器を穴だらけのズタボロにした。

『こちら、センリ03。すべてのレーダー設置箇所での爆発を確認』

『了解。トルーパー隊は行動を開始せよ』

 トルーパー隊――滑走路破壊部隊のSu-25グラーチュが針路を双子島に向ける。翼下には懸架されているのはロケットのような形をした滑走路破壊爆弾だ。

 Su-25グラーチェはロシアのスホーイ設計局が開発した攻撃機だが、翼には赤星ではなく、日の丸が描かれている。これらのSu-25は深海棲艦戦争初期に攻撃機不足に悩まされた日本にロシアが無償提供したもので、それが今でも使われている。

 トルーパー隊は低高度で双子島に向かう。双子島の対空砲火はもっぱらデコイを狙っており、光る点線が無数に空に向かって伸び、火球が生まれている。

 トルーパー隊は何の抵抗も受けずに、双子島上空へ侵入。先頭のSu-25が急上昇で高度を上げ、照明弾を投下。アフターバーナーを使って、すぐに離脱する。

 投下された照明弾は尾部からパラシュートを展開。落下速度を低下させつつ、眩いフレアを一定間隔で放出、双子島の滑走路を照らし出した。

 そして後続のSu-25が突入、滑走路破壊爆弾を次々と投下する。双子島の対空陣地はジェットエンジンの爆音と照明弾を受けて初めて、対空砲火をトルーパー隊にあげてきた。しかし、もう遅い。

 投下された滑走路破壊爆弾はこれまたパラシュートを開き減速。地面に対して垂直になると、尾部のロケットモーターに点火。ロケットモーターと重力によって弾頭は加速する。その運動エネルギーは表面のアスファルト舗装はもちろん、基礎の鉄筋コンクリートも砕き、滑走路に刺さり込んだ。

 そして遅発信管が弾頭内部の炸薬を起爆させる。爆発は滑走路のあちこちをほじくり返し、固定翼機は離陸できないほどに、滑走路は破壊された。

 これで飛行場としての機能は失ったも同然である。しかし、攻撃はまだまだ続く。

『ヴァイパー隊、格納庫および発電施設を攻撃せよ』

 ヴァイパー隊の六七式攻撃機の得物はレーザー誘導爆弾。通常爆弾と違って、レーザー反射光を受光するシーカー、誘導動作を行う操舵翼がある。

 GPS誘導爆弾と比べて、着弾までレーザー光を目標に照射し続けなければならないため、その間、敵の攻撃に晒される欠点はあるが、今の双子島は管制、射撃レーダーを破壊され、手も足も出ない状態である。欠点はないも同然だ。

 投下された誘導爆弾は的確に格納庫と発電施設に着弾、破壊した。発電施設は500kg爆弾の直撃にも耐えられる鉄筋コンクリートのかまぼこ型掩体に守られていたが、投下されたのは1t貫通爆弾。耐えられるはずがない。発電機のみならず、地中埋設されていた燃料タンクに対しても投下され、爆発炎上した。

『目標の全破壊を確認。作戦終了。各機、帰投せよ』

 こうして、1機の損害もなく、双子島の滑走路、発電機、格納庫は破壊され、航空基地としての機能は失われた。滑走路を直すだけでも、大量の資材と重機が必要になり、それらがあったとしても、数日は離発着できないはず。そう、判断された。

 その判断は正しかったと言えるだろう。相手が人間の軍隊ならば。

 

 すでにジェットエンジンの轟音は過ぎ去り、砂浜に寄っては返す波音だけが双子島に響いていた。

 爆撃によって発生していた発電用重油の火災は「燃料の凍結」という摩訶不思議な状態によって治まっていた。ちなみに双子島の年間気温がマイナスになる日はないし、重油も0度以上でカチンコチンに固まってしまうものではない。

 シャク。シャク。シャク。

 1人の少女が凍った青草の上を歩いていた。触媒室にいた少女だ。

 「凍った青草の上を歩いていた」という表現は少々、的確ではない。前から青草が凍っていたわけではない。少女が発する冷気が青草を凍らせ、凍った青草に少女が足を踏み出しているのだ。踏まれた青草はまるで踏まれた後の霜柱のように崩れたままで、少女の足跡として残る。

「派手にやられたなぁ」

 少女は屋根は吹き飛び、鉄骨がひしゃげた格納庫や穴ぼこだらけの滑走路を見て、呟いた。しかし、それほど深刻に考えている様子ではなく、散歩するような足取りで滑走路の側を歩く。コンクリート片が転がっていると、蹴飛ばしてみたりする。

「朝までに直せるかな? 妖精さん?」




 数年前、艦娘はターミネーター2のT-1000みたいに小さな妖精さんが結合して、人の形をしているのではないか、と考えたことがあります。


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07_朝食

 10月13日木曜日の朝。

 磯波と浦波は八丈島基地の士官食堂で朝食を食べていた。

 朝食の献立は白ご飯、ジャガイモの味噌汁、目玉焼きにウインナー、ひじきと鶏肉の煮物、牛乳という6品で、双子島基地の献立と大差ない。違うのはせいぜい、味噌の味が濃いだとか、味に関すること。

 あと1つ違いを言えば、周りからの視線だ。周りの士官達が磯波達の方をちらちら見てくるのだ。

 物珍しいと言えば、物珍しいのだろう。航空隊に艦娘は当然のことながらいないし、触れ合う機会もほとんどない。八重根港には哨戒部隊がいるが、配備されているのは無人監視艇で艦娘はいない。日本海軍が擁する艦娘の数は諸外国に比べても少ないわけではないが、辺鄙な場所で遊ばせておく余裕もないのだ。それを考えれば、双子島に艦娘が配備されていたのは異例かもしれない。

 磯波は自分達に向けられる視線を少し嫌に感じていたが、浦波は特にそんなことを気にせず食べている。いや、そもそも気付いていないようだ。

「24時間ぶりの食事は空きっ腹に染みますね、磯波姉さん」

 空腹は最高のスパイスと言うが、食べている浦波の顔は本当に幸せそうだ。

「う、うん。そうだね」

 磯波はぎこちなく返事をした。磯波自身は夜中の2時くらいに夜警兵の食事を分けてもらっているので、少々後ろめたい。浦波は基地に到着した後は、すぐに足の手術となり、朝まで何も食べていなかったのだ。

「ウインナーあげる」

 後ろめたさの埋め合わせに、磯波は自分のウインナーすべてを浦波の皿に移した。

「ありがとうございます。頂きます」

 浦波は嬉しそうにウインナーを食べていると、「隣、良いだろうか?」とお盆を載せた30代ほどの男性が話しかけてきた。袖章は細線が三本。少佐だ。

「はい、かまいません」

 少佐は浦波の隣に座ってから、自分は玉田直継で哨戒機の機長をしていると自己紹介した。

「君達は双子島にいたんだよね」

「はい、そうですが……」

 事情は知っているらしい。しかし、考えてみれば、当然といえるだろう。磯波達が八丈島に着いたとき、最初は陸軍に深海棲艦として攻撃をされたのだ。陸軍が戦闘態勢を取ったならば、海軍も戦闘の準備くらいするし、付近に敵本隊がいないか捜索もするだろう。そして、その敵の正体が自軍の艦娘というがわかったならば、戦闘準備や警戒態勢を取っていた部隊には解除の際に、その事実を知ることにもなるだろう。

「実は今日、双子島に偵察で飛ぶのだけれども、双子島から攻撃があるかもしれない。配備されている対空火器について教えてくれないだろうか?」

「対空火器ですか?」

「双子島基地は空軍の所轄だから、配備火器とかわからないんだ」

 玉田少佐は苦笑いしながら、言う。海軍の基地は海軍、空軍の基地は空軍が管理運営するというのは当たり前の話で、基地が隣接しているならともかく、別の軍の基地のことなど、知らないのは当然といえる。

 双子島基地の対空砲や対艦砲の多くは海軍が提供したものなので、海軍省のどこかにある関連書類を見れば一目瞭然だが、海軍省に問い合わせるよりか、双子島にいた磯波達に聞いた方が早い。

「高角砲よりも迎撃機に気をつけた方が良いと思いますが……」

 浦波が不思議そうな顔をして尋ね、味噌汁をすする。

「大丈夫、哨戒機は800キロ出せるから」

 深海棲艦航空機の球型タイプでも最高速度は700km/hくらいで、双子島に配備されていた三式戦闘機二型の最大速度が600km/hを超える程度だから、800km/hもあれば、逃げるには十分と言えるだろう。

「そうですね……」

 磯波自身もそれほど詳しいわけではない。できるだけ思い出して、話してみる。

 高角砲は一般的な八九式12.7cm高角砲で性能はそこそこ。機銃はこれまた一般的な九六式25mm機銃とロシアから輸入された37mm61-K機銃が配備。これらが島の全周をカバーしている。

「対艦用の20センチ砲や46センチ砲も対空演習で使っていませんでしたか?」

 浦波が、双子島近海まで近づいてきた深海棲艦を撃破するために配備されている三年式20cm砲や九四式46cm砲も三式弾や通常弾で対空射撃する、と捕捉をする。

「ミサイルとかはないの? 高射砲ばっかり?」

 玉田少佐が尋ねるが、磯波と浦波は首を横に振る。

「配備するって話はあったそうですが、予算不足で調達できなかったとかなんとか」

「とりあえず、なかったと思います」

 ふーむ。玉田少佐は納得したような、納得していないような中途半端なうなり声をあげた。

「まあ、単純な偵察だし、何とかなるだろう。ありがとう。お礼にウインナーあげる」

 玉田少佐は磯波と浦波の皿にウインナーを移した。

 浦波の皿には磯波と少佐のと、自分のウインナーで小山ができ、浦波は顔をほころばせた。

 

 浦波がウインナーをもりもりと食べている頃、双子島に向かう6機のヘリコプターがいた。暗めのグレーで彩られたヘリには日の丸マーク。日本空軍のヘリコプターだ。6機のうち2機は大型の輸送ヘリで、もう4機はスタブウィング(小翼)が左右に取り付けられた中型汎用ヘリと望遠センサーなどを搭載した観測だ。汎用ヘリのスタブウィングにはロケット弾ポッドと機関砲ポッドが吊り下げられている。

 4機は低空飛行で双子島へと向かっていく。輸送ヘリの腹の中にはヘルメットとボディースーツを纏い、小銃などを抱えた屈強な男達が28人詰まっている。

『双子島まで、あと10分』

 スピーカーからの声がヘリのランプ内に響き渡る。

「各員装備チェック」

 分隊長が叫ぶ。他の隊員はそれぞれの得物の弾倉や状態をチェックする。小銃、ショットガン、短機関銃、グレネードランチャー、通信機等々。

「我々の目的は基地部隊の安否確認である。軽はずみな発砲はしないように!」

 分隊長はしっかりと注意を促した。




 陸上の深海棲艦は基本的に人間よりも打たれ強く表皮も硬いので、小銃などの弾薬はフルメタル・ジャケット弾ではなく、徹甲弾です。
 そういえば、「アサルトカービン」って単語はものすごいかっこよいと思うのだけれど、アサルトライフル自体がカービンからの発展だから、単語自体はなんだかな、と思います。意味はアサルトライフルの短小型ってすぐに分かるんですけどね。
 日本語訳すると、いったい何になるんだろう? 無難に「短小銃」かな? 「騎兵銃」は騎兵自体が死滅した現在ではありえないし。
 それにしても、日本陸軍がアサルトライフル用独自規格弾薬を作るとしたら、6mm代になるのか、5mm代になるのかが気になるところ。中国大陸で使う事を考えると、射程距離が長くなるから、6mm代になりそうだけれど、アフガンでの5.56mm×45弾の威力不足問題の真相は「当たってない」だし。うーむ。


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08_烈日部隊

烈日部隊の一個小隊は四個分隊編成。
一個分隊は12人なので、小隊本部含めて50人くらい。


 日本空軍の特殊部隊――通称「烈日部隊」の一個小隊を載せた大型輸送ヘリ2機と同行援護の武装中型汎用ヘリ2機、観測ヘリ2機の計6機は双子島に向けて、低空飛行していた。

 彼らの任務は「双子島基地部隊の安否確認」が主目的である。基地の「触媒」の暴走があくまで砲台などのシステムだけに留まっていれば、地下施設内に逃げ延びた兵士達は生き延びているかもしれないからだ。生きているのならば、救出して自体の全貌を明かにできるし、今後の対応も容易となる。

 しかし、実際の所、生き延びていない可能性の方が高いと考えられていた。

 双子島には「触媒」の暴走なども考慮して、「触媒」破壊用の資材や爆薬などが準備されている。運用中、重大な問題や事態になった場合は「触媒」の破壊も止む得ないとされているのだ。しかし、「触媒」の破壊は実行された様子がない。「触媒」が破壊されてしまえば、双子島の対空陣地は機能できないはずだからだ。しかし、空襲時に対空陣地は反撃を行ってきた。

 全滅している場合も考えなければならない。そのため、今回、烈日部隊はプラスチック爆薬といった爆破資材も携行している。「触媒」を爆破破壊して手っ取り早く事態を収束してしまえるように。

 本来ならば、「触媒」を破壊せずに、何が原因で暴走したのかを突き止めたいところである。しかし、双子島は日本列島からマリアナ諸島までの哨戒線の一翼を担っている。

 哨戒網そのものは八丈島やサイパンから哨戒機を出して対応しているが、甘くなっているのは事実。戦線自体に大穴を開けているのだ。事態の収拾の方が優先である。

 

 ヘリ4機が双子島7km手前まで来た。

 観測ヘリが高度を上げ、降着地点の様子を確認する。降着地点は島東北にある宿舎手前の広場である。

 東山の宿舎側は対空火器の配置が少なく、地下施設への入り口がある。部隊を降ろすには最適な場所である。

『こちら、コダール1。LZ(ランディング・ゾーン)付近に動く影なし』

 燃え崩れた宿舎の周りには動きはない。

『フェイサー1、了解。先行して対空陣地を破壊する』

 武装ヘリ2機の「フェイサー1」、「フェイサー2」と観測ヘリ「コダール2」が増速し、脅威となる対空陣地を撃破するため、前に出る。

 フェイサー1とフェイサー2の得物は75mmロケット弾ポッドと25mmガンポッドがそれぞれ2つずつ。コダール2は同じく75mmロケット弾ポッドと20mm機関砲がそれぞれ1つずつ。ちなみにコダール2のロケット弾は目標指示用のマーカー弾である。

 コダール2のガンナーはモニターに表示される赤外線画像と建築図面のコピーを見比べて、対空陣地の場所を探る。建築図面は双子島の対空陣地構築地点が赤丸でしっかりと書かれている。

 見つけた対空陣地に向けてマーカーロケット弾を撃ち込む。着弾すると弾頭内の黄リンに発火し、白い煙を上げた。

 フェイサー1とフェイサー2はその煙が出た地点にロケット弾をドカドカ撃ち込んでいく。撃ち込まれるロケット弾はコダール2のものと違い、通常の炸裂弾頭である。着弾すれば、爆発し、草木で隠蔽されていた高射砲などは簡単に吹き飛ぶ。

『対艦砲も対空砲弾が撃てる。破壊しろ』

 フェイサー1、フェイサー2は対空陣地を破壊し終わると、対艦用に設置されている三年式20.3cm連装砲と九四式46cm三連装砲に向けて、ガンポッドの25mm機関砲を連射する。

 三年式20.3cm連装砲は既存の25mm装甲が薄いということで15mmの増加装甲が付けられていたが、25mmと15mmの積層装甲程度では破片はふせげても直撃弾を防ぐことはできない。ヘリから放たれた25mm弾は容易にその装甲を貫き、機構を破壊しただけではなく、内部弾薬を誘爆させ、鉄筋コンクリートの土台も粉砕させた。

 一方、九四式46cm三連装砲は元々、艦娘「大和」に搭載されていたものの流用なので、装甲厚は20.3cm連装砲の比ではない。25mm弾では到底貫通不可能である。対戦車ミサイルならば破壊も不可能ではないが、残念なことにフェイサー1もフェイサー2も対戦車ミサイルは搭載していない。

『射撃指揮レーダーを破壊せよ。砲側が破壊できずとも、無力化できる』

『フェイサー1、了解』

『フェイサー2、了解』

 高射砲などは草木で丹念に隠蔽されていたが、レーダーのある場所の草木はアンテナの回転や電波の妨げにならない程度に伐採されている。目をこらせば発見は可能だ。

 3機は山肌にあるレーダーを淡々と破壊していった。

 そして破壊し終わると、待機していた輸送ヘリを呼び寄せる。2機の輸送ヘリはすぐさまLZの宿舎前広場に着陸し、兵員を乗せた後部ランプのハッチを開いた。

「行け行け行け!」

 烈日部隊一個小隊が次々とランプから降り、地下施設への入り口へと向かっていく。地下施設への入り口は2箇所で、それぞれ二個分隊が殺到する。

 入り口には厚さ数cmもある鉄扉が備えられており、非常時には閉鎖することになっている。しかし、それらの鉄扉は開けっ放し。

 明らかにおかしな状況だ。それに鉄扉の向こうからは冷たい空気が漏れ出ている。不気味さによる悪寒が小隊長を震わせた。

「入り口を2つとも確保。鉄扉は閉鎖されていない。国田分隊は入り口の保守。小林、佐田、木村の各分隊は地下へ突入せよ」

 小隊長は突入部隊を多めに分配する。入り口の守備が一個分隊程度では少ないのだが、このおかしな状況、突入部隊は多い方が良い。地上はヘリによる援護があるのだから、すぐに壊滅するということはないはずだ。  

「各分隊、突入!」

 

 そのころ、八丈島海軍航空隊基地の哨戒機が双子島に向けて飛行していた。目的は無論、連絡が取れなくなった双子島基地の様子を見に来たのである。

「見えたな」

 玉田少佐は双子島の姿を確認して呟く。そして、朝食を共にした二人の艦娘の姿と報告書の内容を思い起こす。

 玉田少佐は磯波と浦波がどのような体験をしたのか知りたかった。あのような可憐な少女達が悲惨な戦場を体験したとは思えなかった。人の死を目の当たりにして、その翌日に談笑できるなんて思いたくなかった。

「双子島で何があったのか、この目で……」

 この目で確認しなければならない。

 その思いは哨戒機直上から降下してきたジェット戦闘機「橘花」の放った無数の30mm弾で、玉田少佐の体ごとバラバラに砕け散った。

『敵偵察機ヲ撃墜シタ』

 橘花のパイロット妖精は双子島に通信した。この橘花は双子島所属機のものだ。

 そして、橘花の翼には日本軍所属であることを現す赤い日の丸はすでにない。

 

 地下は真っ暗だった。天上には蛍光灯が一定間隔で設置されているが、灯りはついていない。烈日部隊の隊員達は暗闇の中を銃のフラッシュライトを頼りに動力区の廊下を進んでいく。

「この寒さは一体何だと言うんだ……」

 小隊長が白い息を吐きながら、呟いた。

 地下施設はまるで冷蔵庫の中に入ったかのように寒い。白い息は当然出るし、壁には白い霜がびっしりと生えている。そして物音も自分達から発するものだけ。

 小隊長は鳴沢氷穴を想起した。鳴沢氷穴は富士山の麓の青木ヶ原樹海にある洞窟で、夏でも洞窟内で氷柱を見ることができる観光名所だ。

 それと似たようなもの? いや、違う。小隊長はすぐに否定した。鳴沢氷穴が真夏でも0℃以下の気温を保っているのは富士山の雪解け水が地下水となり、地下を冷やしているからだ。同じ地下空間だからといって双子島の地下が鳴沢氷穴のようになるのは、あり得ない。そもそも今は十月で伊豆諸島南端の双子島に雪が降るはずがない。

 気味悪さだけが増していく。寒いのに汗が出る。すでに地下施設内で、動力区に入っているというのに、基地の隊員の姿は1つもない。

 地下施設は司令・管制区域、工廠区域、動力区域の3つの区分けがされている。司令・管制施設では艦娘用航空機への指示や管制を行い、工廠区域は艦娘用航空機の修理や生産、動力区画は蓄電池やボイラー、貯水槽、そして「触媒」がある。

 宿舎側入り口は動力区画直通の入り口であり、突入した三個分隊は双子島で一番重要な区画にいた。

「小隊長、誰か倒れています」

 先頭を進んでいた佐田軍曹が言う。フラッシュライトで照らされた床には人がうつぶせに倒れていた。それも倒れている場所はT字路だ。

 生きているとは思えない。

「……撃ちますか?」

 佐田軍曹が尋ねる。

「いや、確かめる」

 無線で他の分隊に伝える。そして、トラップワイヤーなどの有無を確認しながら前進。廊下左右のクリアを確認してから、小隊長は倒れていた人間を確かめた。

「おい、大丈夫か? 生きているか?」

 返事はない。

 服装は空軍の灰色作業服。ヘルメットや通信機の類いはなし。小銃や拳銃の類いもない。階級は伍長。

 顔を確認しようと体を仰向けにしようとし、腕を持ったら、腕がポキンと折れた。血も出ない。凍っている。

「何だと言うんだ……」

 小隊長はそれなりの実戦経験があった。だが、こんな状況、知らないし、見たこともない。

 コツコツコツ。足音が聞こえる。小隊長は音の方向に振り向いた。

 少女がいた。小銃のフラッシュライトで照らされ、その姿がよく分かる。

 黒く艶やかなに光沢を放つシューズ。フリルが付いた黒い服。

「艦娘……? いや――」

 ヒト型の深海棲艦のような青白い肌に蒼く光る瞳。

「深海棲艦だ!」



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09_全滅

「深海棲艦だ!」

 小隊長含め、正面に相対していた佐田分隊の隊員が発砲する。

 小銃と機関短銃のマズルフラッシュが暗闇を照らし、轟音が木霊する。無数の弾丸が少女に向かって飛翔したが、少女の体の十数cm手前でストップ。大小の弾丸は運動エネルギーを失うと、重力に引かれて、床に落ち、鈍い音を立てた。

 少女は防御の障壁を展開したのだ。蒼く光る目や灰色の肌といった容姿に加えて、障壁もならば、深海棲艦なのは間違いない。

「後退しろ!」

 分隊長の佐田軍曹がハンドサインと声で命令する。小銃の弾丸は対人用のフルメタル・ジャケット弾ではない。至近距離なら10mm鋼板も貫通する徹甲弾である。それが効かないとなれば、分隊員が持つ武器のほとんどが意味がない。

「佐田分隊、深海棲艦と遭遇、戦闘中!」

 佐田軍曹ともう一人の隊員、大川伍長を殿に分隊は後退する。深海棲艦の少女は微かな笑みを浮かべている。佐田軍曹は果敢にも少女に向かって、小銃を撃つのだが、それはこけおどしにもなっていない。

 その証拠に少女は佐田軍曹達の後退速度に合わせて、前進してくる。

「ローディング!」

 佐田軍曹の小銃の弾が切れた。共に殿に付いていた大川伍長が佐田軍曹の代わりに前に出て、発砲する。

 大川伍長の得物はセミオート式ショットガン。近距離では小銃以上の制圧力を見せる武器で、「男は黙ってショットガン」という格言があるくらいだ。そして、装填されている弾は貫通力に優れたフレシェット弾(ダーツ状の弾)である。

 撃ち出されたフレシェット弾はその鋭い先端を少女の障壁に突き立てたが、それまでだ。貫通はできない。

「くそっ、くそっ」

 大川伍長はショットガンを連射するが、弾は防がれ、無残にも床に落ちていく。

 深海棲艦の少女は床に落ちたフレシェット弾の1つを右手で拾い上げ、ダーツを投げるときのようにフレシェット弾を構えた。笑みを消し、真剣な眼差しになる。

 そして、大川伍長に向けて、投げた。

「ごっ――」

 投擲されたフレシェット弾は簡単に大川伍長のアラミド繊維強化プラスチックヘルメットと頭蓋骨を貫き、脳髄を破壊した。大川伍長は糸が切れたように倒れる。

「ちくしょう!」

 佐田軍曹は悪態をつき、再び小銃を撃とうとした寸前、後ろから「伏せろ!」という声。

 言うとおり、伏せる。そしてポコンッという間が抜けた音が後ろからいくつかしたと思ったら、風切り音が真上を通り、少女に爆発が起こった。

 爆発による煙で咳き込みながらも、これを機に佐田軍曹は急いで後退し、曲がり角で待機していた他の隊員と合流した。

 爆発の正体はグレネードランチャーの成形炸薬弾である。小銃にグレネードランチャーを付けている兵が放ったのだ。

「ご無事ですか?」

「大川がやられた」

 佐田軍曹がまだ咳き込みながらも、さっきまでいた通路を伺う。煙で何も見えない。追ってこないあたり、死んだのだろうか? 佐田軍曹は他の分隊員の方に向き返り、小隊長について尋ねた。姿が見当たらない。

「小隊長は他分隊と通信ができないため、一度地上に出て直接向かう、と。分隊は後退せよ、とのことです」

「通信が?」

 佐田軍曹は胸に付けてある無線機を見る。特に壊れている様子はないが、ヘッドホンからはノイズばかりだ。分隊員の声は拾えるようだが、他の声はノイズにかき消されて、聞き取ることができない。

 これではどうしようもない。佐田軍曹は決断する。

「地上まで後退する」

「私が地上まで後退させると思う?」

 深海棲艦の少女が、さっき戦っていた曲がり角から、ひょこっと顔を出し、喋った。それも流暢な日本語で。佐田軍曹達はぎょっとする。

「この島から逃がさないよ。誰も」

 そう言って、少女はすさまじい速度で左手を出し、佐田軍曹の首をつかんだ。そして、その華奢な手にあるとは思えない握力で、縊り殺す。あまりに握力が強すぎて、頭と体が千切れて落ちる。

 そして開いている右手で、撒くような動きをした。

 次の瞬間、他の分隊員は全員冷たく、凍っていた。

 

 他の小林分隊と木村分隊は何をしていたか?

 工作機械が立ち並ぶ工廠区画で「小人」と戦っていた。

「木村分隊は分隊長を始め、多数が戦死しました」

 先行していた木村分隊は待ち伏せていた機関銃の猛撃を食らい、分隊員の大半が骸を晒していた。生き残っているのは3人だけ。しかも1人は虫の息である。

「とにかく後退しなければならんが、地上にも佐田分隊にも通信は繋がらんし……」

 小林分隊は木村分隊とは別ルートで司令・管制区域に進んでいたので、攻撃は受けなかった。しかし、木村分隊が敵の攻撃を受けているため、援護に向かったら、木村分隊はほぼ壊滅状態。木村分隊を攻撃していた「小人」を側撃して撃破し、木村分隊の生き残りと合流するも、敵の援軍が来て、ミイラ取りがミイラ。そんな状況だった。

 ただ、工作機械の土台部分は鋳鉄や鉄筋コンクリート製なのは幸いだった。対弾能力は十分にある。機関銃弾が何十発撃ち込まれようと、表面を少し削る程度だ。

「敵は一体何者なんだ。あんな奴、陸上深海棲艦の類別の中にあったか? くそっ」

 小林曹長が悪態をつく。隠れている旋盤の影から少し顔を出して、敵方を見ると、「小人」達が距離を縮めようとしていたので、小銃を一連射して阻止する。「小人」はフライス盤の影に隠れる。反撃として、機関銃の一連射が返ってくる。

 「小人」は白雪姫のおとぎ話に出てくるような感じだ。老人風ではないが、頭と目がでかくて、体が小さい。そんな奴らが機関銃やら手榴弾でこっちを攻撃してくるのだ。

「ファンタジーなら、可愛くて、空飛ぶ妖精の方が良かったぜ。しかし、サーチライトがうざったいな」

 「小人」達は小さいながらも強力な光と投射するサーチライトを持っていた。それで、小林分隊が隠れている工作機械周辺を照らしているので、うかつに顔を覗かせることもできない。これが完全な暗闇ならば、まだやりようがあるのだが。天井も高さがないから、擲弾の曲射撃ちもできない。弾薬もそんなに多くない。じり貧だ。

 小林曹長は無線を送信モードにして、分隊員に作戦を話す。

「敵の方を向いて右側の方に、ありったけの手榴弾を投げて、敵の気を逸らす。そのとき、サーチライトを破壊して後退……どうだ?」

 あまりに安直な作戦だが、「小人」達が迂回して包囲されてしまうよりかはマシだ。

『サーチライトを破壊するのと後退の援護をするのは誰です?』

「出島と天堂、できるか?」

『天堂了解、やってみます』

『出島了解』

「1、2、3の3で投げろ。1……2――」

 ズドドドドドド。カウントダウンの途中、自動小銃や軽機関銃よりももっと重い音が響き渡り、床を通じて、その威力を感じる。

「何が起こった!?」

 小林曹長は事態の把握に努める。無線で返ってきたのは「隣の旋盤に隠れていた分隊員が隠れていた旋盤ごと撃ち抜かれて、跡形もない」というものだった。

 工作機械の土台というものは工作機械の切削加工や研削加工時の振動を抑えるため、重く頑丈にできている。12.7mm弾でもそう簡単に抜けるものではない。それを抜いたということはもっと大きな大砲が投入されたことになる。急がなければならない。

「もう一度カウントダウンを――」

 コツン。小林曹長の頭に何かが当たった。当たった方を向く。

「え?」

 小林曹長に当たったものは艦娘用の九六式25mm高射機銃の銃先だった。

 小林曹長は南方戦線での作戦に参加した時に、艦娘を近くで見たことがあった。うら若いどころか、子供の女の子におもちゃみたいな大砲と煙突やマストの付いた箱――「艤装」というらしいが、それを背負わせている……できの悪いSFか、変態の妄想のような感じ。印象深かったから、覚えている。

 体の部分こそ、ヒト型の黒い何かだが、背負っているものはまさに艦娘の艤装ではないか。

 小林曹長はとっさに「艦娘らしきもの」の機銃を持つ腕を引っ張り、左に倒れ込ませた。そしてサイドアームの拳銃を抜き、「艦娘らしきもの」の黒い頭部のこめかみに突きつけ、発砲。しかし、穴が開くだけで、「艦娘らしきもの」の動きは止まらない。

 「艦娘らしきもの」は倒れたまま、右腕が振り上げる。右手はナイフのように変形。小林曹長の胸――肋骨の合間を縫って、心臓を突き刺した。

「ぐッ!」

 「小人」といい、この「艦娘らしきもの」といい、何なんだこいつらは。

 心臓が止まり、意識が薄れる中、小林曹長は2つの手榴弾のピンを抜き、自分と「艦娘らしきもの」の間に落とした。レバーが飛び、信管が作動、爆発する。

 破片をもろに浴びた小林曹長は即死、「艦娘らしきもの」も無力化される。しかし、「小人」達は健在だ。「艦娘らしきもの」による混乱に乗じて、突撃。小林分隊と木村分隊の生き残り全員を撃ち殺し、制圧した。

 

 小隊長が地上に続く階段を上り、外に出て見たものは複数の爆弾穴と散らばる国田分隊の骸。空を見上げれば、武装ヘリが飛び交う光の線から逃れるように、急激な戦闘機動を行っていた。

 あっけに取られて、突っ立っていると、ヘリのエンジンとは違う、くぐもったレシプロエンジン音が聞こえた。

 音の方を向くと、双発機がこっちに機首を向けて、突っ込んできていた。

 撃たれる! 小隊長は反射的に近くにあった爆弾穴に転がり込む。放たれた機銃弾は小隊長には当たらず、地面を穿ち、炸裂。20mm程度の弾とは比べものにならないくらいの爆発で、大きく土煙を起こす。小隊長は間一髪で助かった。

「航空攻撃!? なんてこった!」

 地下も地上も無事な状態ではない。滑走路は破壊しているのに、どういうことなのだろうか? 複数の双発機が空を舞っている。

 空で爆発。武装ヘリが相対していた双発機の機銃弾をもろに食らい、燃料タンクが爆発したのだ。ヘリは機首とテール部分で折れ、ローターはクルクル空回りしながら、炎を上げて落ちていく。

 空を舞い、死を撒いている双発機の名前はキ102乙。1400馬力エンジン2基を翼に、胴体に57mm機関砲と20mm機関砲という強力な武装を搭載した襲撃機だ。

 護衛の武装ヘリを失った輸送ヘリはキ102乙のなすがままに57mm砲弾を撃ち込まれ、爆発四散する。

 ヘリは6機全機撃墜された。

 小隊長は爆弾穴の中から、1人、キ102乙が我が物顔で舞う空を見上げる。

 一体どうすれば良い? ヘリを失った烈日部隊はただの軽武装の歩兵にすぎない。孤立無援状態でこの島の深海棲艦と戦って勝てるか?

「あなた達の負け」

 愛嬌のある、艶やかな声がした。小隊長はゆっくりと声の方に振り返る。

 深海棲艦の少女が爆弾穴の中の小隊長を見下ろしていた。右手には烈日部隊が使っている拳銃を持ち、小隊長に銃口を向けている。

 地下の暗闇ではよく分からなかったが、太陽光の下に出た少女はなかなかに整った顔立ちをしていた。黒っぽくみえたフリルの服も、実際には明るい青をしている。しかし、灰色の肌は不健康そうで、あんまり気持ちがそそらない。小隊長はこんなに間近で深海棲艦の顔など見たことがなかったので、少し驚いた。そしてなぜか、つい、笑ってしまう。

「あなた達の負けよ」

 少女が再び言った。

「そうかい!」

 返事。小隊長は小銃を構え、引き金を引く前に、少女に額を撃ち抜かれた。

 頭に風穴が開いた死体は後頭部から汚く脳髄を撒き散らして、仰向けに倒れた。

 

 少女が笑う。その声は決して下卑た笑い声ではなく、物事を純粋に楽しんだかのような、淀みのない綺麗な笑い声だった。



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10_冲鷹

 士官は基本的に営外居住するものですが、艦娘は基本的に営内居住です。
 これは「敵襲などにすぐさま対応可能なように」ということもありますが、一番の目的は「艦娘の管理」です。

艦娘の服制
 艦娘の服制は正装、第1種礼装、第2種礼装、第3種礼装、通常礼装、第1種軍装、第2種軍装、第3種軍装、第4種軍装、第1種作業服、第2種作業服、その他の11種である。
 艦娘は階級的には士官のため、これらの被服は自弁となる。さらに以下の被服の他にも、普段着や外出着、下着、日用品、身の回りの物一式を揃えるため、莫大な金額になる。しかし、艦娘は最初、お金を持っていないため、軍装手当で不足する金額は借金をして補う。艦娘は基本的に高給与のため、無駄に散財をしなければ、借金返済に苦労することはない。

・第3種軍装
 陸戦用被服。略帽、略衣、略裳、剣帯、短剣、黒革製の短靴、白色のブラウスが基本セット。戦闘時には戦闘帽を被る。ネクタイは正式な場では着用する。略帽ではなく、軍帽を着用することも許されている。戦闘時は戦闘帽、弾帯、戦闘靴を着用し、小銃を装備する。
 略衣:青褐色迷彩の開襟平襟式背広服型のジャケット。


 飛行機での八丈島橫須賀間はたったの一時間。磯波と浦波はすぐに橫須賀海軍航空基地に降り立った。

 連絡機のタラップを降りた磯波は飛行場に吹く秋風に、少し身を震わせる。

「そうか、10月だもんね」

 本土からすれば、八丈島や双子島は南の島。本土の10月では夏は過ぎ去り、冬の気配を感じてくるものだ。空を見れば、いわし雲が浮かんでいる。

 基地にも戦場のピリリとした緊張感は漂っていない。ようやく、本土に帰ってきたのだ。

 

 磯波と浦波は橫須賀鎮守府司令長官の後野有作大将に双子島の件を報告した。

 双子島特別根拠地隊は珍しく警備府や艦隊の所属ではなく、鎮守府の所属だったため、指揮系統をたどれば、後野大将が磯波達の直属の上官になる。

 報告を聞いた後野大将は「ふーむ」を軽く唸り、ぼんやりとした締まりのない顔でこう言った。

「じゃあ、どうしようか?」

「と……言いますと?」

 磯波が要領を得ず、聞き返す。

「うん、根拠地隊が壊滅した以上、2人は実質的にはどこの無所属状態でしょ」

「はい、そうです」

「どこか、希望する部隊とか勤務地がある? あるなら配慮するし、どこか良い場所に推してあげても良いけれど」

「は、はあ」

 磯波は思わず間の抜けた返事をしてしまう。磯波自身は、海軍は双子島に対してすぐに作戦か何か、行動を起こすと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。のんきに考えすぎではないか、と磯波は思わず不安になる。

「あ、でも、前線部隊は難しいね。浦波ちゃんの方は足がそれの状態じゃ、しばらく海に出れないし、動力艤装も喪失。前線じゃ、どこの部隊もある程度まとまった数で欲しいから、ちょっとね」

「はい、そうですね」

 浦波は自身の右足を見て言った。包帯にくるまれ、松葉杖をついている状況では戦闘など無理だ。

「双子島への攻撃は……」

「あそこは、そもそも空軍基地だからね。空軍ですら、事態は把握し切れていないようだし、横鎮に揚陸部隊はいない。現段階では何もしようがないよ」

 続いて後野大将は目を細めて、言う。

「仇を取りたかった?」

「仇……ですか?」

 磯波は自問する。防空壕に逃げず、艤装の用意をしてくれた整備兵達? 浦波をコンクリート片から守った整備兵? 指令を出してから、瓦礫の下敷きになった田中中佐? 無残な肉塊になった七六式攻撃艇の搭乗員達? 自分達のために死んでいった人達のため?

 なんで、自分はそんなに戦い急いでいる?

「双子島が本当に『暴走』ならば、そのうちに辞令がくるから安心しなよ。特に希望がないようだから、とりあえず、うちの防備戦隊に配属ということでいいかな」

 磯波はうつむくように首を縦に振った。

 

 報告が終わると、浦波は即刻海軍病院へ、磯波は被服や給料関係のことで、主計科を尋ねなければならなかった。

 預金通帳を始め、判子や各種軍服といった身の回りのものは、すべて双子島。ほぼ着の身着のままで逃げ出したので、様々なものを再発行したり、作り直さなければならない。

 幸いにも、個人証明となるIDカードは肌身離さず持ち歩いていたおかげで、通帳はすぐに再発行でき、第三種軍装と第四種軍装は既製のものがあった。ただ、第四種軍装は従来の青いセーラー服から、黒いセーラーに変わっていたが。

 必要なことをこなし、磯波は艦娘用宿舎の、自分にあてがわれた部屋に入った。

 部屋は相部屋で、ベット、机、箪笥が一通り揃っており、窓も大きく、風通しは良さそうだ。すでに入居者がいるらしく、片方の机には教本や資料、筆記用具、カレンダーがあった。

 そういうものに混じって、船の模型があった。喫水線より上のみの模型で、磯波は手に取って見てみる。

 模型自体は珍しいことではない。手先が器用な艦娘は自身が艦だったころの姿をフルスクラッチして飾っていることもままある。しかし、この模型は駆逐艦や巡洋艦といった戦闘艦ではない。商船なのだ。

 舷側は乾舷の半分の高さまで黒色、それから上は白色で塗装されており、両舷の前後に日章旗が描かれている。甲板は木張りで、クレーンとハッチがあるあたり、貨物船のようだが、舷側いっぱいに窓があることから、貨客船なのだろう。海面は船が切り裂いた白波が再現してある。

 丁寧な塗装と作り込み。思い入れの強さが伝わってくる。台に付けられた金色のプレートには「NITTA MARU」とアルファベットの黒文字で書かれている。

「にった……まる」

 にったまる。新田丸。やはり貨客船なのだ。

「誰?」

 聞き取りやすい、凛とした声。声の方に振り向く。

 白の七分丈の和服に濃藍の袴の着た少女が立っていた。黒く長い髪は黄色のリボンで1つにくくっている。

「本日、横鎮防備戦隊に着任しました駆逐艦娘の磯波です」

 磯波は模型を机において、敬礼する。

「ああ」

 少女は磯波の話は聞いていたのか、すぐに納得したようだ。

冲鷹(ちゅうよう)よ。よろしく」

「え、新田丸じゃ……」

 少女は少し表情を曇らせた。そして、チラリと机の上の模型に目線を走らせる。

「……今は、冲鷹。冲鷹なの」

 冲鷹は「今は」をやけに強調して言った。そこには少し諦観的な、寂しい雰囲気が混じっているように磯波は感じた。

「ごめん」

 磯波は少し気まずくなり、謝る。しかし、冲鷹自身は特に気にする様子もなく、袴と和服の第四種軍装を脱ぎ、磯波が今着ているのと同じ、冬服の第一種軍装を箪笥から取り出す。

「前はどこにいたの?」

 冲鷹は着替えながら、磯波に尋ねる。

「双子島の特別根拠地隊に」

「双子島……ああ、小笠原の北の」

 磯波は双子島と言うのはまずかったかな、と思ったのだが、冲鷹は双子島の一件について特に何も知らないようで「その前は?」と続けて聞く。磯波は少し安心して、ベットのマットレスに腰掛けてから、話し始める。

「その前はソロモン戦線に長くいたけど、部隊整理で後方に下げられて双子島に」

「1人で?」

「いや、妹の浦波と一緒。ああ、でも浦波は艦娘学校を卒業したばっかりで、他部隊の連携に慣れる意味合いもあって、私と一緒に双子島に」

「浦波? 貴方があの子の姉なんだ」

 冲鷹は驚いた様子で言う。聞くと、艦娘学校で、冲鷹の一期下の後輩が浦波だったそうだ。空母艦娘と駆逐艦艦娘で艦種は違うが、訓練などで一緒だったらしい。

「磯波姉さんと一緒の部隊になるんだ、ってよく言ってた。姉妹仲が良いって、ちょっと羨ましいな」

 冲鷹は自嘲気味に笑う。着替え終わった冲鷹は自分の机の椅子に腰掛け、「新田丸」の模型を手にとり、ぼんやりと眺める。

「冲鷹に姉妹はいるの?」

「いるよ。この部屋の隣に2人。大鷹と雲鷹」

 冲鷹は親指で後ろの壁を指さす――が、浦波の時とは違い、その2人に対して、特に何も話さない。

「さて、そろそろお昼だし、食堂に行こう」

 話を打ち切るように、手にしていた模型を置き、冲鷹は椅子から立ち上がった。腕時計を見てみると、確かに程よい時間である。部屋を出る冲鷹に磯波も付いていく。

 冲鷹は隣の部屋の戸を叩いて、姉妹を昼食に誘うことはしなかった。

 廊下を歩きながら、冲鷹の背中を見つめる。

 姉妹仲が悪いことは簡単に察せられたが、なぜ悪いのかはわからない。磯波は仲裁できたらな、とぼんやり考えていた。



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11_昼食

 磯波と冲鷹は士官食堂で昼食を取っていた。

 トンカツに千切りキャベツとキュウリのスライス、ミニトマトが2個、ワカメとワンタンの中華スープ、ご飯にベーコン入りのマッシュポテト、もずくの吸い物、牛乳。

 以上の9品が昼食だった。別に海軍士官も毎昼、フルコース料理を食べているわけではない。特に陸上勤務の士官は。艦娘も例外ではない。

「南方戦線にいた、って言ってたけれど、戦場の最前線って、どんな感じなの?」

 冲鷹が磯波に尋ねる。冲鷹は浦波より少し先輩といっても、経験の浅い艦娘である。横鎮の防備戦隊に配属されているのも対潜掃討や他部隊連携などを習熟するためで、まだ前線に出すには早い。でもいずれは、貴重な空母艦娘として前線に出ることになる。磯波の体験が気になるのも当然のことだ。

「たいへんだよ。空襲はあるし、夜襲もあるし。逆に、こっちが夜襲をかけることもあるけどね。でも一番大変なのは――」

 会話の途中、冲鷹は視線を磯波から別の方向に移した。食堂に新しく人が入ってきたのだ。磯波もつられて、そちらを見る。

 艦娘が2人。2人とも第三種軍装を着ていたが、1人は浅葱色のリボンで、もう1人は若草色のリボンで、髪を束ねていた。 磯波は別段、彼女らに興味はないので、すぐに顔を冲鷹の方に戻したが、冲鷹はまだ見ており、少し渋い顔をしていた。

 どうしたのだろう? 磯波は少し怪訝に思った。もう一度、2人の艦娘を見てみる。何か、おかしなことはない。彼女ら2人の顔に見覚えはないが、至って普通の艦娘だ。強いて言えば、どことなく雰囲気が冲鷹に似ている。

「で、一番大変なのは?」

 冲鷹が磯波を呼びかける。磯波が向き直ると、冲鷹の顔からはさっきの渋い表情は消えていた。

「あ、うん。やっぱり、鼠輸送。ドラム缶に物資詰めて、それを50本くらい数珠繋ぎにして、曳航。目的地の島についたら、陸揚げするの」

「えぇ……。なんでそんなことを?」

「深海棲艦に陸上部隊の揚陸中を強襲されて、輸送船は沈むし、揚陸した物資は焼かれるし……でも人員は結構生き残ったから、餓死させるわけにもいなかい、ということで」

「何回くらいしたの? その、鼠輸送は」

「3回くらいかな。動きづらいし、敵は狙ってくるし、もうやりたくないよ」

「でも輸送任務は大切なことよ」

 横から声。振り向くと、先ほど食堂に入ってきた2人の片方、浅葱色のリボンをした艦娘だった。冲鷹の隣にも、同じく若草色のリボンをした艦娘がいた。

「隣、良い?」

「はい、良いですよ。……ええっと」

「大鷹よ。よろしくね。あっちが雲鷹」

「よろしくです」

「磯波です。よろしくお願いします」

 大鷹と名乗った艦娘と雲鷹と紹介された艦娘はおぼんを丁寧に机に置き、座った。

 大鷹、雲鷹。部屋で冲鷹が言っていた姉妹。「鷹」が名前にあるということは冲鷹と同じ商船改造空母で、新田丸級貨客船の姉妹達である。

「冲は磯波さんと同室なんだから、昼食前に紹介してくれても良かったのに」

「お腹が空いていたし、まあ、近いうちに大鷹と雲鷹にも会うだろうと思って。ちょっと面倒くさかった」

 大鷹は冲鷹のことを「冲」と呼んだ。そのことに磯波は少し驚く。冲鷹と他の姉妹はあんまり仲が良くないのではないか、と思っていたからだ。冲鷹は「大鷹」、「雲鷹」と縮めずに呼ぶが、会話の様子を見ても、特に険悪な様子はない。

 たが、何となくぎこちない、どこか違和感がある会話だった。自分の浦波との会話もこんなものだったのだろうか? 磯波は内心振り返ってみるが、そうとは思えない。

 このことを直接尋ねるのは、さすがにはばかられた。嫌な空気になってしまうのは間違いないからだ。

 

 昼食が終わり、何もすることがないので部屋で待機していると、磯波は放送で工廠に呼び出された。

 艤装の修理や点検が終わったのだ。双子島を脱出する際に機関に定格以上の出力で無理をさせたし、アンテナマストは吹き飛ばされてしまった。その他にも弾片でどこか壊れているかもしれない。修理や点検は機械を長く使うために必須のことだ。

 艤装の運転テストもするだろうと考え、磯波は第四種軍装に着替える。着終わり、部屋の姿見を見る。前の青いセーラー服の第四種軍装は軽快で身軽な印象があったが、新しい第四種軍装は黒色がベースなことで、重く、落ち着いた印象を感じる。

 新旧で印象がガラッと変わってしまったが、デザイン面や素材で大きな変化があるわけではない。そのうち慣れるだろう。

 工廠に行くと、磯波を受け入れるよう、すでに準備されていた。

 装着台に置かれた修理済みの背部艤装は、すっかり元通り――ではなかった。そもそもの形が違う。

 艤装の全長は伸び、煙突もキセル型吸気筒も細く、小型になっている。アンテナマストも従来は見張り台を取っ払って、無理矢理、電探用の台にしていたのだが、きちんと電探が搭載できる規模の大きさと作りのマストになっている。電探自体は対空用の13号と対水上用の33号が搭載されている。

「艤装の形が違うようですが……」

 磯波は担当した技術士官に事情を尋ねた。

「ええ、特I型用の新型艤装です。俗に言う改二ですよ。つい先日ですが、艦政本部からすべての特I型駆逐艦娘は艤装を新型に換装するよう、命令が出されたんです」

「はあ……」

「機関出力は従来型の1.2倍、航続距離は据え置きですが。出力が上がった分、速力は前の型より出るはずです。それと水上安定機構は秋月型のものと同じですから、水上安定性は良くなっています。あと、酸素発生器も搭載したので、酸素魚雷の運用もできますよ」

 技術士官は特に披露する様子もなく、つらつらと説明した。すでに特I型の第二改装はいくつも行われており、技術士官にとっては珍しいことでも、おめでたい話でもない。

 一方の磯波は愕然とすると共に、すこし残念な気持ちになっていた。磯波は前の艤装の機械の癖を熟知していたので、何の通告もなく、新型に換えられてしまったのは少し問題だ。そして、なにより、愛着もあった。

 触ってみると、艤装の外板にへこみや傷もないことに気づく。塗料の厚塗りでごまかしているわけでもない。

 本当に変わってしまったのだ。

「どうしましたか?」

「いえ、何も」

 しかし、新型になってしまったのはどうしようもない。与えられた武器で戦うのも軍人の役目ではある。磯波は、そう自分に言い聞かせる。ただその武器に何かしらの問題があるなら、文句を言って当然だが。

「今から艤装のテスト、できますか?」

「できますよ」

 技術士官は周りに呼びかけて、艤装テストの準備を進めていく。艤装が変わることに、誰も違和感を持たない。愛着を持っていたのは磯波だけで、他の人は愛着を持っていないのだから、当然だ。自分だけが置いてかれるような、そんな感覚。そばに浦波がいれば、気持ちを吐露する事もできただろうが、浦波はここにはいない。

『今は、冲鷹。冲鷹なの』

 ふと、冲鷹の言葉を磯波は思い出した。

 貨客船だった彼女が、戦争という非常事態の下で空母となった。平和な海で働く船が、争いの海で働く艦となったのだ。自分の立ち位置、意味合いがまるっきり変わってしまう。商船としてのアイデンティティなど打ち砕かれたも同然。服が青から黒に変わるのとは分けが違う。

 兵器という、争いの道具。それはヒトの形を取った艦娘になろうと変わらない。相手が深海棲艦という化け物だろうと、人間だろうと、変わらない。

 テストの準備ができたので、磯波は艤装を装着する。前の艤装は肩ベルトをするだけだったが、新艤装は背中にバンパー付きのパッドを当てるらしい。装着して、外部電力で起動させる。

「起動成功。機関、APUともに作動状態良好。異音等なし」

「機関出力も定格値で安定。電力の出力、波形も正常」

「磯波さん、立てますか?」

「ええ」

 磯波は立ち上がり、少し歩いたり、跳んでみたり、動いてみる。重さは前の艤装と変わらないか、少し重い程度。大きくなっている分、モーメントで振られる感じがあるが、問題になるレベルではない。

「海に出てみたいのですが」

「慣れるのは早いほうが良いですからね。武装どうします?」

「そうですね……あれは……?」

 工廠の窓の外、艦娘や小型艇が出港する埠頭に数人の人影があった。第三種軍装の人が2人。夕雲型の服装が1人、知らない服の小さい子が2人、上が白く、下は赤い服、頭には緑色のリボンの艦娘が1人。緑色のリボンの艦娘は見え覚えがある。

「大鷹……だったかな」

「どうされました?」

 磯波は指さして、技術士官に示す。技術士官はあまり目が良くないのか、目の上に手を当て、目を細める。

「あの艦娘達は、何をするんです?」

「うーん、たぶん東京湾外の対潜哨戒でしょう。空母艦娘1、駆逐艦艦娘3のセットで、毎日やってますよ。近海は空軍も哨戒やっていますし、訓練みたいなものです」

 空母艦娘がいるということは航空機で敵潜の頭を抑えられる。索敵範囲の面で大きく利点ではあるが、それ以上に敵潜の攻撃機会を失わさせるという点で航空機は非常に便利だ。

 南方戦線では敵潜もそれなりに回遊していたが、対潜哨戒に空母を回すほど、余裕はなかった。磯波は興味が湧いた。

「あの艦娘達に付いていっても良いですかね?」

「えっ? あ、まあ、良いでしょうが、私の一存では決めかねます。直接聞かないと」

「とりあえず、10cm高射砲と爆雷投射器と投条軌、ヘッジホッグを用意して下さい」

 磯波はそれだけ言うと、艤装を背負ったまま、工廠を飛び出して、大鷹のいる埠頭に向かった。

 

 その頃、双子島では、攻撃機や爆撃機とその護衛戦闘機が、修復された駐機場で出撃準備をしていた。数は数百機にも及び、種類も単発機、双発機、4発機と様々だ。

 妖精達は陸用爆弾、対艦爆弾、魚雷、機銃弾、燃料などを地下施設から運び出し、並んでいる機体に搭載していく。

 開始から1時間程度の短時間で全機の出撃準備を完了させた。大型の爆撃機がエンジンを始動させ、駐機場から滑走路に進入する。

「さて、仕返ししないとね」

 少女が笑う。そして、針路を指さす。

「目標、東京と橫須賀! すべてを焼き尽くせ!」




 日本海軍は様々な事情で各国の艦娘用兵器のライセンス生産や輸入を行っています。

輸入
露:70-K 37mm対空砲、V-11 37mm対空砲
英:モリンズ57mm自動砲、フェアリー ソードフィッシュMk.III
独:FaT II電気魚雷、LuT誘導魚雷、TV誘導魚雷、FuMO25 レーダー

ライセンス生産
英:ヘッジホッグ対潜迫撃砲、スキッド対潜迫撃砲、各種対潜ソナー
瑞典:ボフォース40mm対空砲

 70-K 37mm対空砲、V-11 37mm対空砲はボフォース40mm対空砲の生産数が不足しているため、数あわせのために輸入しています。

 そういえば、「アメリカはエリコン20mm対空機銃と5インチ対空砲の射程的隙間をボフォース40mm対空砲で埋めているから、有効な対空弾幕を張れる」、「日本は96式25mm機銃と高射砲の射程的隙間を埋める対空砲がないから、有効な対空弾幕を張れない」なんて話をインターネットに限らず、書籍でも見かけるんですが、どうなのでしょうね。
 96式25mm機銃は兄弟砲にオチキス 25mm対戦車砲があるように、かなり高初速かつ長射程な機銃で、射程自体はボフォース40mm対空砲に迫るくらいなんですよね。まあ、射程ギリギリの弾なんて、ションベン弾ですから、弾頭重量の大きい方が有利ですが。
 高射砲の射程自体は対空機銃に比べると超大で、96式25mm機銃にしろ、ボフォース40mm対空砲にしろ、間を埋めるには射程が短くて、本気で埋めるなら、3インチクラスの98式8cm高射砲やMk.33 3インチ高射砲を出さないといけないんですね。
 ボフォース40mm対空砲は艦隊防空火器、個艦防空火器のどちらか、といわれると個艦防空火器で、エリコン20mm機銃と相まって濃密な対空弾幕を形成できるという利点はありますが、それって、25mm大量に配備するのとどう違うのか、という感じにもなってきますよね。末期には25mmの単装型もあるので、あちこちに置けますし。
 結局の所、善し悪しなんて、組み合わせと運用思想で変わるうえ、対空火器なんて、仰俯角、旋回の角速度やら砲弾の危害半径、照準装置、統制装置等々、色んな要素が重なるので、一介のミリオタには何とも言えません(じゃあ、何のためにこんな長文書いたんだ)。


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12_キ91

「貴方は……ああ、磯波さん。どうしたの? そんな走って」

 磯波の姿を見て、始めに言葉を発したのは大鷹だった。

「今から哨戒ですよね。ご一緒させてもらって良いですか?」

「は、はあ……」

 唐突なことなので、大鷹に限らず、共にいた士官も少し困惑していた。防備戦隊の哨戒任務は半分訓練のようなものであるし、駆逐艦艦娘が1人増えたところで特に支障があるわけでない。東京湾は頻繁に船舶の往来がある場所だから、個別に出るより、まとまって出た方が海上交通センターに報告する手間も減る。が、しかし、事前に定まった任務でもある。編成を崩しても良いものか? 

「私はかまいません。実戦では、いつも同じ編成というわけにもいきませんし」

「大先輩の磯波さんですし、もち、いいですよね?」

「賛成、賛成!」

 鴻型水雷艇の隼、雉、夕雲型駆逐艦の藤波が賛同し、

「まあ、みんなが言うなら」

 と大鷹もOKし、彼女らの上司でもある士官も了承した。

 

 コンテナ船、客船、タンカー、進路警戒船、LNG運搬船、軍艦、RORO船、タグボート。東京湾の船の往来は1日500隻以上と頻繁で、その種類も多種多様だ。

 なにしろ、港だけで横須賀港、横浜港、川崎港、東京港、千葉港、木更津港の6つ。さらに日本の屋台骨である京浜工業地帯と京葉工業地域もある。人、資源、食べ物、商品、その他いろいろなものが出入りしている。

「これじゃあ、湾外に出るまで全力運転はできないな」

 磯波は行き交う船々を見て、ぽつりと呟いた。それを聞いた雉は

「当然です。湾内ですから」

 と微笑する。雉にとってはこれが当たり前で、磯波の言葉がおかしく、感じられたのだ。深海棲艦戦争の初期の東京湾は壊滅状態だったことを雉は知らない。

 今では再興して、東京の慌ただしい人混みと同じにように、同じ名前を冠する東京湾も慌ただしい。艦娘もその慌ただしさに巻き込まれる。例外は敵襲時くらいのもので、それ以外は海上交通安全法の下、東京湾海上交通センターの指示を受けて、東京湾から浦賀水道、太平洋と出て、太平洋から浦賀水道、東京湾と帰ってこなければならない。煩わしいことかもしれないが、船舶が安全に航行するためのルールだ。

『艦娘「大鷹」以下4名の浦賀水道航路への侵入を許可します』

「了解。浦賀水道航路へ侵入します」

 センターからの通信に大鷹が答え、赤い右舷浮標で区切られた水域に入った。そして密集隊形で、12ノットに速力を維持する。この12ノットという速度も規定されたものだ。

「あ、堡塁の人達が手を振ってますよ」

 隼が指を差す。指を差した方向には東京湾海堡のひとつ、第三海堡があった。空に向けられている高射砲やミサイル発射器のそばで、十数人の兵隊が手を振っているのが見える。双子島の砲台は妖精が操作していたが、第三海堡の高射砲などを操作しているのは人間だ。磯波や藤波、大鷹も隼に続いて手を振り返す。

 磯波達の前を進む青い貨物船の船員も負けじと思ったのか、手を振ってくる。それにも磯波達は手を振り返す。後ろの小型RORO船や他の海堡からも手を振ってくる。それにも手を振り返す。そして、磯波はこう思うのだった。

「政治家かアイドルみたい」

 政治家のように演説はしないし、アイドルのように歌は歌わないけれど、不特定多数に手を振られて、振り返すというのは、まさにそれだ。

「プラス、ヒーロー。深海棲艦からみんなを守る正義のヒーローだよ」

 藤波が胸を叩いて、付け足す。それに磯波は思わず吹き出してしまう。

「アイドルでヒーローって、日曜の朝にやっているアニメみたいだなぁ」

「もう那珂ちゃんがいるじゃない。アイドルの艦娘は」 

「そういえば、そうだった」

「きっと忘れられてて悲しんでるよ、那珂ちゃん」

 笑いながら、磯波達は東京湾を南下していく。

 

「は、はくしょん!」

 一方、その頃、フィリピンのパナイ島沖でPT小鬼の掃討任務に向かっていた那珂はくしゃみをした。

「那珂ちゃん、風邪ひいたの?」

 後ろに付いていた皐月が尋ねる。PT小鬼は小さいが強力な魚雷を持つ厄介な敵だ。調子が悪いなら、後退した方が良い。

「鼻水とか出てないし。誰かが私の事噂してるのよ。きっと。だって艦隊のアイドルだもんね」

 何を言われようが、めげずに頑張る。それが那珂ちゃんである。

 

 磯波達が笑い合い、那珂がくしゃみをしてから数時間後。

 空軍の中部航空方面軍司令部は大騒ぎだった。双子島に派遣した烈日部隊と連絡が取れなくなったことに加え、首都圏への針路を取る航空編隊を確認したからだ。

「青ヶ島の南上空に不明機編隊だと!?」

 司令官の細井中将は驚きの声で、副司令官の河石少将の報告を迎えた。

「はい、百里のAEW(早期警戒機)が捉えました。編隊規模はおよそ500機です」

「双子島からの敵ということは……いや、あり得ない。このタイミングで深海棲艦の攻撃……しかも、監視艇の哨戒網を突破してきたか。腹立つな」

 双子島基地は今日13日の未明、攻撃隊によって航空施設を破壊している。普及には時間がかかるはずで、こんなすぐに飛行機を送り込めはしない。となれば、深海棲艦だ。

「八丈島の海軍もそれは確認しているのか? 青ヶ島なら八丈島のレーダーサイトの方が先に捉えるだろう」

「それが……八丈島の海軍航空隊基地とは連絡が取れていません。無線、有線ともに応答しないんです」

「なに?」

 無線通信はともかく、海底ケーブルによる有線通信まで通じないとなると、八丈島の海軍基地自体が空襲を受けたと考えるのが、妥当である。

「直ちにスクランブルを出せ。入間の高射部隊にも発令。直ちに迎撃態勢に入れ。陸軍と海軍にも通報しろ。あと八丈島には陸軍部隊もいたはずだ。そちらに連絡を取ってみてくれ」

「了解」

 敵は監視網をくぐり抜けて、伊豆諸島より東から侵入してきた深海棲艦。双子島からではない。

 細井中将は先ほど、そう断定したものの、「双子島から」という不安は拭い切れてはいなかった。

 滑走路を破壊したとはいえ、双子島は特殊な基地。航空基地機能をものの半日で回復することはあり得ない話ではない。烈日部隊とも連絡は付かない。

 細井中将は机の電話を取り、偵察機部隊に連絡する。

「双子島に偵察機を飛ばしてくれ」

 

 スクランブルで発進した百里基地の五四式戦闘機――コールサイン「プロスター07」、「プロスター11」の2機のパイロットは自らの目を疑った。

『ボギー(所属不明航空機)を視認。多数の航空機……従来の深海棲艦航空機ではない。形状は普通の航空機。少なくとも双発機以上で大型。数は数百ではなく、百数十程度。繰り返す――』

 百数十機の航空機が巨大な編隊を組んで、飛行していたのだ。しかも、今まで見たことのある深海棲艦航空機ではない。

 深海棲艦航空機は大きく分けて烏賊型、玉型、鷹型の三種類。烏賊型が最初期からいるもので、玉型が2015年あたりから出現したタイプ、鷹型がつい最近出現したタイプであり、それぞれ名前通りの形をしている。

 しかし、プロスター07、プロスター11の目の前にいる敵機はその三種のどれでもない。形状だけを言えば、深海棲艦航空機というよりも、ダグラスDC-4のような旅客機に近い普通の大型飛行機だ。ただ、その大きさ自体は全幅数十mというわけではなく、艦娘用航空機のように極めて小さい。

 プロスター隊は速度を落として、並走しながら、ボギーの機体を観察する。

 ドジョウのような太い胴体に生えた大きな主翼に大きな垂直尾翼。エンジンは4基で左右の翼に2基ずつ。それらの情報をAWACSに報告していく。

『海軍の艦娘用航空機の可能性あり』

 プロスター隊はAWACSに海軍への照会を求めた。日本海軍はすでに一式陸攻や銀河といった艦娘用の大型航空機の開発に成功し、運用を行っている。目の前のボギーもそのような海軍の新型機かもしれない。飛行計画の提出為しに、こんな大群で東京に飛来させるというのはあり得ない話だし、撃墜されても文句は言えないが、もし正体が海軍機で、撃墜してしまったら大問題だ。

 嫌な気がする。

 プロスター07のパイロットは背筋がぞわぞわしていた。あの航空機には底知れぬ悪意のような、憎悪のようなものを感じた。

 その腹に収まっているものは何だ?

『こちら、ワイバーン。海軍から返答があった。ボギーの所属、行動目的は海軍も認知していない。また報告された特徴に近似する機体も保有していない』

 つまり、海軍の部隊ではない、謎の部隊ということだ。それが東京方面への針路で北上中。

『ボギーをバンデットと認定する。武器の使用を許可する。バンデットを撃墜せよ』

 バンデット。明らかに敵であると確認された航空機のこと。AWACSはボギーを自分達に攻撃せんとす敵機編隊だと断定し、撃墜命令を出した。

 実際、その判断は正しい。バンデットの正体はかつて大日本帝国陸軍が計画した超大型爆撃機キ91であり、爆弾倉には8tもの対地爆弾が詰まっていたからだ。

『了解。バンデットを攻撃する』

 プロスター07、11は敵機編隊の中央付近にいるキ91をロックオン――しようとした時、上空からプロスター07、11へ光の線が降り注いできた。

 ロックオンどころではない。急旋回を行い、攻撃から逃れる。が、しかし、

『プロスター11、被弾した! 機体制御不能!』

 プロスター11は被弾。機体の右翼が折れ、錐揉み状態になってしまっていた。右翼が折れてしまっては戦闘どころではない。

『脱出する!』

 プロスター11のパイロットは射出座席のレバーを引き、ベイルアウトした。

 プロスター07、11を攻撃したのはキ91の護衛に就いていたキ83だった。20mm、30mmという大口径機銃をそれぞれ2門ずつ搭載した双発戦闘機である。重装甲な攻撃機だったとしても、20mm、30mmという大威力弾を食らえば、大被害は免れない。

 一方、プロスター07は急旋回で高度は落としてしまったものの、無事だった。

 プロスター07は失った位置エネルギー分、得た速度エネルギーで増速し、エンジン出力も上げながら、敵機を警戒し、緩い旋回運動を行う。

『今の攻撃はバンデットからではない。別に護衛の敵機がいる!』

 しかし、AWACSはキ91以外の敵機を認識していなかった。キ83は双発機と言えども、キ91と比べれば機体は小さく、編隊も組んでいないのならば、レーダーにはほぼ映らない。これは艦娘用航空機や深海棲艦航空機の大きな強みである。ドップラーレーダーでなら捕捉できないことはないが、レーダー照射外の死角から接近されたら気づきようがない。

 プロスター07はキ91の編隊から距離を取る。キ83の武装はミサイルではなく、機銃。ならば、距離と取ってしまえば、攻撃はできない。先ほどはキ91を視認できるレベルで接近し、速度を落として並走してしまったからこそ、攻撃されたのだ。

『プロスター07、バンデットを撃墜せよ! 繰り返す、バンデットを撃墜せよ!』

 AWACSが急かす。小松と厚木からスクランブル機が上がっているとはいえ、プロスター07が攻撃し損なったら、距離的に後の航空攻撃回数は2回。それらも失敗したら、本土上空で高射砲と地対空ミサイルによる迎撃をしなければならないのだ。AWACS側だって、焦る。

 プロスター07はAWACSの焦り声の分、冷静になるよう努め、そして、バンデットをロックオン。

『フォックス!(発射)』

 翼下に搭載する空対空ミサイルを発射した。このミサイルは深海棲艦航空機迎撃に特化したミサイルで、極めて大型のミサイルだった。

 4発のミサイルは自身のシーカーでキ91の編隊を捉え、直進。敵機の大きさが小さい分、命中こそしないが、近接信管により、破片調整弾頭が起爆する。

 4つの火球が編隊の中で渦巻いた。強烈な爆風、爆圧と飛び散る破片。それらはキ91を吹き飛ばし、切り刻む。しばらくすると爆煙の下から、炎上しながら落下したり、バラバラになったキ91が飛び出してきた。

 まだ十数機のキ91は飛行していたが、その程度ならば、小松からの増援で十分に処理できる。

 しかし、双子島からの攻撃がそれだけではないことを彼らはまだ知らない。




東京湾には明治に建設された3つの人工島があります。それが東京湾海堡で、砲台が備えられていました。三浦半島と房総半島の沿岸砲台を突破し、浦賀水上を北上する敵艦艇を海上から砲撃するために建設されたんですね。
 といっても、第三海堡が完成した2年後に関東大震災があり、第二、第三海堡が復旧不可能なレベルで損傷してしまい、第一海堡だけ運用するようになったんです。現在では第二海堡に灯台が建設され、第三海堡は海没し、暗礁になった為、撤去されました。
 作中で登場した第三海堡はこれらの海堡を復旧したものです。ミサイルやレーダーが発達しても、やっぱり位置取りというものは大事ですからね。

 今からすれば、無駄で邪魔な建築にも感じますが、日露戦争では露ウラジオ艦隊が東京沖に現れたこともあるので、やはり備えというものは大事ですね。


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13_銀河

 東京湾の外へ出た磯波は大鷹達とは少し離れて、改二艤装の具合を調べていた。

 機関最大出力での加速性と航行速度。低速、中速、高速、各速度域での旋回性、ローリング、ピッチング、ヨーイングの具合。主砲発射時の姿勢安定性。レーダーと主砲の対応、ソナーの具合、燃費、各種戦闘機動などなど。

 様々なことを試してみるが、艤装の応答性は良いし、過敏ということもない。それでもって性能は従来艤装から順当に向上している。さすが改二艤装といった所だろう。

「まあ、数年も経っているのだから、そうでなくちゃね」

 第二次大戦時の航空機も勃発当初は1000馬力未満のエンジンが普通だったのに、終結時には2000馬力は普通、2000馬力超えのエンジンもそれなり、というもの。深海棲艦も時を経るにつれて、強力になっているのだから、艦娘の方も強力にならなくてはならない。いつまでも戦闘技能という小手先の改善では難しい。艤装が高性能になれば、それに応じた新しい兵器も装備できるし、新たな戦術も展開できる。精神論は大切だが、それだけで戦争に勝てるほど深海棲艦も甘くない。

 改二艤装の試験を一通り終えて、大鷹達の所に戻ると、磯波は藤波や隼、雉に、キラキラとした羨望の眼差しで見られ、詰め寄られる。

「すごい! すごい!」

「磯波さんなんだから、当然だって!」

「どうやって、あの機動を落ち着いてするの!?」

 途中にやっていた戦闘機動に感動したらしい。大鷹は藤波達の様子をいまいち飲み込めないようで、目をパチクリさせている。空母にはわかりにくいことだが、夜戦時には隊形が崩れて乱戦になることもままある。そういうときは、旗艦が各艦娘をとりまとめ、隊形を取り直すのだが、それができないこともある。そういうときは各個人の戦闘技量に委任されてしまうので、駆逐艦や水雷艇にとって、立派な戦闘機動を取れることは一種の名誉なのだ。

 騒ぐ藤波、隼、雉。大鷹はパンパン、と手を叩き、

「はい、今は対潜哨戒中! おしゃべりは任務の後、後。隊形を取り直す」

 と諫める。藤波達はしぶしぶ、磯波から離れ、対潜陣形を取り直した。磯波も陣形に加わる。

「今度、教えて下さいね」

「うん、今度ね」

 そして、しばらく対潜哨戒をしていると、上空からジェットエンジンの轟音が聞こえた。

磯波は顔を空に向ける。2機のデルタ翼機が南へ飛んでいるのが見えた。空軍機だ。

 同じ哨戒任務だろうか?

 呆けて、見ていると、大鷹が注目を引くように「横鎮より連絡」と大声で叫ぶ。磯波は顔を下げ、大鷹の方を見る。

「横鎮から連絡と司令がありました。今現在、青ヶ島南方上空1万mに敵機数百機が飛行中で、東京方面に針路を取っているそうです」

 磯波はもう一度、空を見上げた。すでに空軍機は遠くへ飛び去っており、細く伸びた飛行機雲だけが軌跡として、空に残っている。

「青ヶ島上空の敵機の迎撃は空軍が行います。しかし、我々に下されたは他の敵編隊がいないかのチェックです」

 本土の対空レーダーがいかに高性能であっても、レーダーの原理上、水平線の影に隠れて低空接近してくる敵機を察知するのは不可能だ。そこで、ちょうど対潜哨戒をしていた磯波達に敵機の索敵をやらせよう、ということである。

「隊形を広く取る。レーダーだけじゃなく、目視もしっかりね」

「了解」

 大鷹はそう指示を出すと、空に弓矢で矢を放つ。射った矢は空中で流星へと変身した。それを16発、つまり16機。すでに対潜哨戒のために飛行していたものも合わせて19機の流星が索敵のために上がった。

 流星各機は敵機の存在を探し求めて、北を除く全方位に飛んでいく。

 磯波は南へ飛んでいく流星を見ながら、ふと不安になる。

 さっき南へ飛んでいった空軍機は青ヶ島上空の敵機を迎撃しにいった。その敵機はどこから来たのか? 2015年の夏の時のように、ハワイなどから遠距離航行してきた深海棲艦ではなく、双子島からではないか?

 あのときの双子島で私は何かできただろうか? いや、無理だ。浦波を抱いて逃げるほかにない。磯波は思い返すが、どうしようもない。今この事態に対して、一番磯波が複雑な感情を持っていた。

 見つからなければ、それはそれで良い。本土が爆撃されることもないのだから。

「哨戒機より連絡。野島崎の南120km沖合に大型双発機十数機が低空飛行中とのこと。深海棲艦航空機かどうかは、不明。針路は東京方面」

 だが、見つかってしまう。

「深海棲艦航空機かは不明……ってどういうこと?」

「わからない。普通の双発機って言ってきてる。とにかく東京方面に向かっているのなら、敵に間違いない」

 大鷹は横鎮に連絡してから、先ほどの矢とは別の矢を射る。その矢は空中で零戦に変身する。それを10本。たった10本、10機だ。型式は零戦の最終形態ともいえる六四型だが、これが大鷹の出せる迎撃戦闘機すべてだ。

「10機じゃ、不安だよ」

「でも、搭載機は全部出した。哨戒に出した流星は戻ってくるのに時間がかかる。どうしようもないよ」

 大鷹はしょんぼりとして、うつむく。空母にとっては艦載機が命だ。何も搭載していない空母など、ただの鉄の箱にすぎない。だが、磯波は反論する。

「どうしようもなくない。30ノット出せば、今からでも敵編隊の針路上に滑り込める。高角砲で迎撃できるよ!」

 磯波達が装備している対空兵器はほぼ最新のもので、電探射撃対応の九八式10cm高射砲にライセンス生産のボフォース40mm対空砲。隼と雉だけは搭載量の関係で八九式12.7cm単装高角砲だが、こちらも電探射撃に対応している。肝心の電探は13号対空電探だが、英国や米国からの技術導入で精度は従来品よりも向上している。

「え、でも私、23ノットしか出せないよ」

 しかし、いくら高角砲のものが良くても、射撃位置に立てなければ意味がない。商船改造空母である大鷹は正規空母のように大出力な機関を搭載しておらず、23ノット発揮するのが限度だった。排水量/馬力比だけでいえば、大鷹型は翔鶴型の2分の1程度でしなかない。

「大丈夫。押してあげるから。この艤装は馬力の余裕があるんだよ。押せる押せる」

 磯波は自信満々の笑みで答えた。改二艤装は従来品の1.2倍の出力を持っている。従来艤装でも重装備で35ノットは発揮できたのだから、大鷹を押しても30ノットは発揮できるだろう。ただ燃料はかなり食う。

「藤波は夕雲型だから大丈夫だと思うけれど、隼と雉は30ノット出せる?」

「はい、ギリギリですが出せます!」

「よし。大鷹、命令して。旗艦は大鷹だから」

「え、ええ、は、はい。速力30ノットで西進、敵編隊の針路上で待ち伏せします!」

 

 大鷹から発進した零戦隊は近辺を哨戒していた2機の流星と合流、敵編隊の針路に回り込む形で、敵編隊と会敵した。

 敵編隊の構成は、陸上攻撃機の銀河が15機。それを護衛する戦闘機の烈風が8機の全23機。烈風は4機編隊を組み、銀河のそばと上方に、一編隊ずつ飛行している。

 銀河と烈風。両方とも帝国海軍の攻撃機と戦闘機だが、翼に赤い日の丸は付いていない。双子島から発進した機体で、空軍が相対したキ91と同じ、日本本土爆撃をせんとする敵である。

 零戦隊は零戦6機の編隊と、零戦4機、流星2機の編隊に別れた。

 零戦6機の編隊がまず攻撃を仕掛け、護衛の烈風を誘引し、銀河の護衛が手空きになった所を残りの零戦4機、流星2機の編隊が攻撃を仕掛け、銀河を完璧に撃破するのだ。

 銀河はレーダーを避けるために低空飛行をしている。そのおかげで、あまり速度が出ていない。烈風も随伴する以上、同じ低速度で飛行している。

 一方、零戦隊は銀河編隊、烈風編隊両方に対して高度的に優位な位置にあり、速度も出ている。運動エネルギー、位置エネルギー共に上回っているのだから、零戦隊の方がかなり有利だ。

 性能の劣る零戦で吶喊しても、烈風に対して十分な勝算がある。護衛の烈風を全機始末してから、ゆっくり銀河を調理することもできるかもしれない。しかし、もし烈風を一撃で全機始末できなかったときはどうだろうか?

 銀河は本来、爆装状態でも550km/h近く出る高速攻撃機である。そして烈風も零戦の後継機というだけあって、運動性、速度ともに零戦を凌駕する戦闘機だ。

 銀河も攻撃された以上、レーダーを気にしている余裕などない。エンジンフルパワーで、零戦隊を振り切ろうとするだろう。烈風だってすぐに態勢を立て直し、運動性とエンジンパワーに物を言わせて、零戦隊の銀河への追撃を妨害するだろう。

 ならば、編隊を2つにわけ、片方を囮とし、烈風を引きつけて、もう片方で銀河編隊を撃滅した方が、無難といえるのだ。

 零戦6機は太陽を背にして急降下、銀河編隊上方にいた烈風に襲いかかる。零戦の存在に気づけなかった烈風は無数の13.2mmと20mmの礫を食らい、一挙に4機全機が撃墜された。

 烈風を撃墜した零戦隊は機首を引き起こさず、銀河のそばを飛行している烈風に続けて襲いかかる。しかし、今度はさすがに烈風側も気付いていた。エンジン出力を上げ、急旋回で零戦隊の攻撃を回避する。放たれた機銃弾は空を切った。

 このまま零戦お得意の格闘戦へ――というわけにはいかない。後続の部隊が安心して銀河を攻撃するには烈風を銀河から引き離さなければならない。それに今の零戦隊は降下したおかげで速度が付きすぎている。

 低速域でこそ、零戦の運動性能は発揮される。高速状態で格闘戦に突入すれば、烈風にすぐさま後ろを取られ、強力な20mm機銃4門に食いちぎられてしまうだろう。

 零戦は機首上げを行い、位置エネルギーの回復を試みる。烈風もそれに追随するが、降下してきた零戦と低空飛行していた烈風では運動エネルギーが圧倒的に違う。烈風は2200馬力エンジン、ハ43の出力を振り絞るが、それでも零戦との距離を離されてしまう。零戦と烈風の性能差は大きいが、奇襲をうまくできれば、その差などものの僅かだ。

 そして烈風が銀河から離れた隙を見計い、零戦4機と流星2機の別編隊、銀河に向けて降下する。

 銀河は別働隊に気付き、編隊を密集させ、後部の20mm機銃を撃つが、防御機銃がそう当たるものでもない。虚しく空へ光の軌跡を曳くだけだ。

 あとは銀河編隊に機銃弾を浴びせ、撃墜するだけ。速度の出ていない攻撃機などカモ同然。簡単な仕事――とは問屋が卸さない。

 先頭を飛行していた零戦が爆発した。翼は胴体から引き千切られ、胴体は爆発と炎で分解する。粉々だ。

 爆発した原因は上空から降下してきた別働隊の烈風だ。深海棲艦側も不用心に銀河や烈風を飛行させていたわけではないし、囮の零戦をただ追いかけたわけでもない。

 後続機は爆発した零戦の破片を避けるために急旋回。そこに烈風が20mm弾の雨を降らす。零戦など木っ端みじん、流星も20mm弾の直撃には耐えられない。零戦4機の内3機、流星2機の内1機が爆散する。

 さきほどは零戦が烈風に奇襲をかけたが、今度は烈風が零戦に奇襲をかけた形となった。この状況で零戦が烈風に打ち勝つのは極めて難しい。流星は攻撃機としては身軽だが、さすがに烈風相手では、どうしようもない。

 流星は烈風のなすがままに撃墜され、残った1機の零戦は格闘戦に持ち込み、烈風の後ろについたが、別の烈風の一撃を食らって撃墜された。

 囮役をした零戦隊は追撃してきた烈風を数機の損害を出しながらも、全機撃墜したが、撃墜しなければならない銀河は、すでに追い付けないところまで逃げおおせていた。




 途中で、排水量/馬力比なんて言葉を使いましたが、正直なところ、船体形状が同じじゃない限り、この数字はあんまり参考になりません。出したい速度によって、最適な船体形状というものがあるので、単純に機関出力を上げたところで、造波抵抗が馬鹿みたいに大きくなるだけで、すぐに限界を迎えると思います。
 実際、水線長と水線幅で簡単なアスペクト比を出してみると、大鷹型は7.30、飛龍は9.94です。排水量がほぼ同じ艦でこれだけ違いますからね。大和も15万馬力出せるのに27ノットしか出せないのも、船体形状ゆえです。
 余談ですが、友鶴事件や第四艦隊事件がなければ、大和はもうちょっと細長い船体形状で、30ノット出せる設計になっていたのではないか、という話がありますね。

 ついこの間、アニメ「リーンの翼」を見まして、「リーンの翼」と「艦隊これくしょん」のクロスオーバーとかどうだろう? と思いました。
 水爆を防いだ迫水真次郎がリーンの翼の導きによって、艦これ世界にオウカオーごと召喚されてしまうとか。オウカオーは強いし、迫水も部隊指揮くらいできるだろうから、戦闘ヘリと観測ヘリの合いの子的運用で艦娘と共に戦うとか。オウカオーに155mmくらいの試作滑腔砲を持たせて、APFSDSを撃っても良いぞ。
 迫水は死人だし、艦娘達もある意味では死人。気が合うのでは? 女子供を兵器として扱っている時点で、迫水は怒り狂うだろうが……。
 しかし、英雄譚の生まれにくい現代において、迫水が聖戦士として、日本軍に加われるだろうか……。まあ、士官相当官として艦娘と同じように当てはめてしまえば良いが……迫水という、あそこまで印象強いキャラクターが組織の中に収まれるのかなぁ?
 でも迫水が主人公となると、作品的には「艦これ」ではなく、やっぱり「リーンの翼」になるのよね。「リーンの翼」自体は迫水真次郎という特攻兵の物語だし。
 実際の所、ストーリーの始まりと終わり、それと途中途中のストーリーはある程度考えていて、大鷹と神威、朝潮辺りは出そうと思っています。しかし、誰がリーンの翼を呼ぶのかはまだ……。
 とりあえず、小説「リーンの翼」(完全版)を読まなきゃ……。


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