闇鍋 in 幻想郷 (触手の朔良)
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1話 魔女二人、男一人


なんか書きました。



「おいおい!? 遅いぜ遅すぎるぜアリスー!」

「別に、速さを競うものじゃないでしょ……!」

 魔法の森の上空を、二人の魔女が飛翔していた。

 御伽噺に出てくる様な、テンプレートな魔女の衣装に身を包んだ普通の魔法使い――霧雨魔理沙は法定速度? 何それ食えんの? ってぐらいに箒のスピードを出していた。

 片や暴走魔女をそれなりの速度を出して、アリス=マーガトロイドは追従していた。

 常に余裕たれ、をモットーにしている彼女が本気を、こんな下らない事で出す訳が無かった。

 しかし、全く口惜しいが事だがこと速さに関して言えば、全力を出しても魔理沙には叶わないのだから、益々もって本気で飛ぶ筈が無かった。

 それ故に二人の距離は開く一方。魔理沙が何某か叫んでいるが、それすらも聞き取れなくなるぐらいに離れてしまった。

 それでも慌てず騒がず、のんべんだらりマイペースに飛んでいると、小さくなっていた魔理沙が再び大きくなってゆく。

「なんだよー。ノリが悪いぜ……」

 そう、己の横にまで戻ってきた彼女は愚痴を零した。そして両足で跨る様にして乗っていた箒の柄に「よっと」一声、横乗りに体勢を変え、速度を合わせるまでに落としてきた。

「あら、良いのよ? 一人で、先に行ってくれたって。魔法の実験中だった私を、貴方が、無理矢理、連れ出したのも、全然気にしていないわ」

「つれないこと言うなよー。一人で飛ぶのは暇過ぎるんだぜ」

「あのねぇ……」

 普通の魔法使いの口は悉く勝手なことを言う。

 大切な実験を潰されてまで連れ出された理由が、博麗神社の道すがら、その暇潰しの為だけだと思うと呆れて怒りも覚えなかった。

「いいじゃないか。私とアリスの仲だろー?」

「そうね。不倶戴天の敵とは貴方の事を言うのかもしれないわ」

「おっ。近頃そんなのが口癖の女が幻想郷に来たらしいぜ?」

 魔理沙はかんらかんらと笑った。

 皮肉も相手を喜ばせるとなれば、いよいよアリスは口を噤むしか無かった。

 黙りこくってしまったアリスを前にしても、魔理沙のお喋りは止まらない。

 やれ里の貸本屋の品揃えが意外と良いだの。

 やれ仙人が霊夢の所へ入り浸っているだの。

 その内容はアリスの興味を引くものもあれば、至極どうでもいいものもあった。

「それでなー。パチュリーが、喉が乾いたら自動で紅茶を飲ませてくれる使い魔を召喚しようとしたんだけど――おっ?」

「……どうしたのよ?」

 二人の共通の知人の物臭が遂にそこまで達したかという感想を抱いた所で、アリスは魔理沙を追い抜いてしまった。

 何てことはない、魔理沙が急に止まったからだ。

 彼女の視線は一点、眼下の魔法の森へと注がれていた。

 釣られてアリスも魔理沙の視線の先を追うも、鬱蒼と生い茂る木々が密になった、いつもと変わらない魔法の森が鎮座していた。特に変わったところがある様には見えないが……。

「どうしたのよ魔理沙――ってちょっと!?」

 何も告げず、魔理沙は再び全速力で飛んだ。その方向は、矢張り彼女が見詰めていた方だった。

「何よもう!」

 仕方なくアリスも後を追う。

 魔理沙の姿はあっという間に森に飲まれた。続いてアリスも、木の幹に気を払いながら魔法の森へと侵入した。

 視界は一気に狭まり、先を行った魔理沙の姿を見失う。「本っ当に勝手なんだから……!」と怒りがアリスの胸中で芽生えた直後。

「おーい、アリスー! こっちだぜー!」

 そう遠くない場所から自分を呼ぶ声が響いた。

「アリスー!? アリスってばー!!」

「もうっ! そんなに呼ばなくても聞こえてるわよ恥ずかしいっ!」

 アリスも叫び返して、声のする方へと急ぐ。

 一体、こんな深い森奥で誰がいる訳でもない。何を恥ずかしがると言うのか。兎も角、気分の問題であった。

「遅いぜアリス」

「もうっ。貴方が先走るからでしょ。それで――その(ひと)、誰?」

 ようやく追いついたアリスが見たものは、膝を折る魔理沙とその傍ら、大木を背もたれに寄り掛かる、息も絶え絶えな男だった。

「いや知らん。コイツを見つけたから降りてきたわけで」

「……どれだけ目がいいのよ」

 へへっと、魔理沙は照れ臭そうに鼻頭を掻いた。

 アリスは視線を下げる。男の顔色は悪く、胸も薄くしか上下していない。

 それもそうか。瘴気の満ちた魔法の森の、こんな奥地にいるのだ。その濃さと言ったら、通常の生物が存在出来ぬ程だ。代わりにいるのは単純な菌類か、魔法生物ぐらいだ。

 彼の顔は黄土色していて、瘴気の中毒になった者特有の症状を現していた。

 静けさの中、男の荒く短い、繰り返される呼吸音だけが響く。

「……それで、どうするのよ?」

「何言ってるんだ。助ける決まってるだろう!」

 はぁ……。当然、そうなるかとアリスは嘆息した。

「ま、好きになさいな」

「何言ってるんだ。アリスが助けるんだぞ?」

「ハ――?」

 この女は、遂に頭がイカれてしまったのか? 元から常識が有って無いような輩だ。端からおかしいにはおかしかったのだ。

 アリスは憮然と、当然の権利として文句を言う。

「何で私が助けなくちゃいけないのよっ」

「いやぁ、だって。この箒は一人乗りなんだぜ?」

 悪びれもせず言う魔理沙。

 流石のアリスも痺れを切らし、背を向けた。

「助けないんだぜ?」

「そんな義理ないわ!」

「酷い女だぜ。折角見つけたのに見捨てるんだから」

「それは貴方が――ッ!」

「夢見が悪くなっても知らないんだぜ?」

「知らないわよっ」

「化けて出て来るかも?」

「ッ~~!」

 この女は、どうしても自分で助ける気はないらしい。だのに見捨てる気はなく、どうやっても私に助けさせたいらしい。

 なんという傲慢、なんという身勝手。

 次々放たれる屁理屈に――アリスはついに折れた。

「一つ、貸しよ」

「分かった。死ぬまでには返すぜ」

 魔理沙はニヤリと笑った。

 本当に返す気があるのかどうか疑わしく、アリスは期待していなかった。

「――上海」

 アリスが宙に腕を振るい一声人形の名を呼ぶと、スカートの中からワラワラと可愛らしい小さな人形たち(リトル・レギオン)が現れた。

 一体どういう絡繰で動いているのだろうか。素質のある者が視れば、アリスの指先からか細い魔力の糸が伸びているのが解るはずだ。

 アリスの白魚の如き指先、その繊細な動きに依って命を吹き込まれた人形たちは一斉に男へ群がった。

 そうしてガリバー旅行記もかくやという風に、男を簀巻にしてしまう。

「はぁー。いつ見ても大したもんだぜ」

 魔理沙が感嘆の声をあげるが、大してアリスの心には響かない。彼女にとってすれば、人形の操作なんて余りにも当然過ぎるもの。例えば、きちんとトイレが出来て偉いねぇ、なんて褒められて喜ぶのは小さな子どもだけ、と云う事だ。

 えっちらおっちら。人形たちはバケツリレーで男をアリスの目の前にまで運ぶ。

「ありがとう」

 そう、人形たちに感謝を口にするアリス。

 人形(アレ)らはアリス自身が動かしているんだから、彼女の台詞は結局は自分に向けられてしまうのでは? 魔理沙はちょっと疑問に思ったが、そんな心内を読まれたか、アリスに睨まれてしまった。気まずさを覚え、魔理沙は広い帽子のツバで表情を隠した。

「う、うぅん……」

 自分の身体の違和感を覚えたのだろう。男の意識が僅かながらに取り戻される。

 朦朧とした意識を抱え、重い瞼を開いた視線の先、見たこともないほど美しい金髪の少女がいるではないか。

「――て……、天使、か?」

 そう一言だけ発し、男は再び意識を手放した。

 彼の口を吐いて出た、思いもよらぬ言葉に、アリスの顔が真っ赤に染まった。

「ははっ! アリスが天使だって! 良かったなぁ」

 魔理沙はおかしそうに腹を抱えているが、当のアリスはそれどころではない。

 心臓は矢鱈に早く鼓動を刻むし、身体もやけに熱く感じる。突然の不意打ちについ集中が途切れ、魔力の供給を立たれた人形たちは簀巻の男に押し潰されてしまった。

「――アリス? おいっアリスってば!」

「は、えぇ……?」

「おいおい、大丈夫か?」

 いつの間に接近を許したのだろう。心配そうな表情の魔理沙が、こちらを覗き込んでいた。

 幾分か正気を取り戻したアリスは再び指先から魔力を放ち、人形を動かし始める。

 簀巻した部分に糸を括り付け、人形たちが男を空中へと引っ張り上げた。

 ミイラ男は宙ぶらりんのまま、徐々に高度を上げていく。何処と無く魔女狩りを想起させる光景だった。

 男を引っ張り上げる人形。その人形を操作するアリス。わざわざ人形を介する意味があるのか? 魔理沙はそう、思わずにはいられなかった。

「って、置いていくなよー! アリスー!」 

 何故だかアリスは心此処に在らずな様子で、男を伴い一人飛んで行ってしまう。

 下らない思考に意識を割いていたせいで、魔理沙はつい反応が遅れた。慌てて箒に跨り、どんどんと小さくなってゆくアリスを慌てて追い掛けるのだった。




好感度状況

魔理沙:☆
アリス:★★★


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2話 巫女追加

「おぉ~い、霊夢~!」

 今日という日も代わり映えなく、博麗霊夢が境内を箒で清めていた、そんな時分である。

 遠くから魔理沙の、己を呼ぶ声が聞こえた。

 上空に目をやると案の定、箒に跨った魔理沙の姿があった。

 目の前にふわりと降り立った魔理沙は、何が嬉しいのか「へへっ」と笑っている。

「あらいらっしゃい魔理沙。素敵な賽銭箱はあっちよ」

 お馴染みの遣り取りに魔理沙は肩を竦める。

「悪いな霊夢。賽銭はやれないが、代わりに渡したいものがあるんだぜ」

「何かしら? 山吹色のお菓子だと嬉しいんだけど」

 別に生きるには困らないぐらいの収入がある癖に、相も変わらずがめつい巫女だった。

「まぁそう慌てなさんな。もうすぐ到着すると思うから、それまでちょっと台所借りるぜー?」

「えっ、魔理沙っ!? まったく、貸すなんて一言も言って無いのに」

 言うや否や、魔理沙は神社の奥へ消えてしまった。

 一体何に使うのだろうか? まぁ、自分の分のお茶でも淹れるのだろう。毎度のことだ。

 そう考えた霊夢は次に、魔理沙の云う到着するものに興味が向く。

 何かしら? 結構大きなものなのかしらね?

 ちょっとばかしワクワクと、胸を弾ませながら待っていると、魔理沙がやってきた同じ方角に人影が見えた。

 まだ大分遠くにあるソレは正体が分からず、人間にしては輪郭が歪に見える。

 逸る気持ちを抑えながら少し待っていると、その正体が判明して霊夢はがっくし肩を落とした。

 だって影の正体はアリスと、人間の男を吊り下げた人形たちだったのだから。

 ――って待ちなさい。男の人って、どういう状況なのかしら……?

 まさかアリスが人攫いをする筈もあるまい。彼女は徹底した合理主義者だ。わざわざ好んで無駄な事をする筈もあるまい。

 では何だろうか? そこで人助け、という選択肢が思い浮かばないのが、霊夢のアリスに対する評価だった。

 そうしてアリスの表情までハッキリと見分けられる距離になって、霊夢は声を掛けるのを戸惑った。

 どさり。男を境内の中心に下ろすとアリスは霊夢に詰め寄ってきた。

「霊夢っ! あの魔理沙(バカ)はっ!?」

「魔理沙なら、ウチの台所に行ったわよ」

「魔理沙ぁ~~!!」

 修羅の形相で神社の奥へと消えるアリス。数秒後、ドッタンバッタンと喧しい音が響いた。

 人の家で暴れないで欲しいわね……。霊夢は嘆息しながら、簀巻の男へと近寄る。

 箒の柄でツンツンと小突いてみるも、目覚ましい反応は無い。ただ、呻き声を漏らし身動ぎする程度だった。

 その、苦しそうな青い顔を見て、霊夢は電流に打ち抜かれた感覚に襲われた。

「ひぃっ! やめろよアリス!」

「うっさいうっさい! 散々人をこき使って! 挙句さっさと行っちゃうなんて、信じられないわ!」

「ちょっと急ぐ用があったんだよ~」

 その手に湯呑みと急須を持った魔理沙が、剣やら槍やらを持つ人形たちに追い掛け回されていた。

 急須の中には既にお湯が満たされているのだろう、注ぎ口からは湯気が立ち昇っていた。魔理沙は人形たちの攻撃を、お湯を溢さずに躱しつつこちらへ近付いてくる、という器用な真似をやってのけた。

 その魔理沙の背後からぜぃぜぃと息を荒げているアリスの姿が見えた。

「はぁ~、アリスは短気が過ぎるぜ。さてさて――」

「ちょっとちょっと……! 何を飲ませる気よ!?」

 魔理沙は霊夢と男の元まで辿り着くと、急須の中身を湯呑みに注ぎ始めた。その液体は緑ではなく、くすんだ黄色をしていた。鼻が曲がる様な異臭が立ち込めた。

 そうして魔理沙は当然のように、意識の戻らぬ男の口元へ運び、謎の液体を飲ませようとした。慌てた様子の霊夢が止めに入る。

 友人の様子が珍しくて、魔理沙は驚きに目を丸くした。

 そんなこんなの騒動をしていると、ようやっとアリスも追いつく。

 膝に手をつき、ひぃひぃと息を整えようと必死な様子。幾ら何でも体力が無さ過ぎやしないか都会派魔法使い。普段から何でもかんでも人形に任せているツケが回っているようだった。

「止めてくれるなよ霊夢。ただのキノコ茶なんだぜ」

「やっぱり変なものじゃない……!」

 霊夢がこうまで感情を露わにするのは本当に珍しい。魔理沙の胸中にちょっとした悪戯心が湧き上がった。

「何だ霊夢? 惚れたのか」

 霊夢が何と答えるのか、二人は注目した。

 魔理沙は興味津々に。一方のアリスは、……おや? 何とも無しに、重い雰囲気を放っている。

「……違うわよ。外の人間の保護は博麗の巫女としての責務なの。私の目が黒い内に、私の目の前で、おかしな真似は許さないわ」

 そんな中、口を開いた霊夢の姿は矢張り興味なさげで、いつもと変わらない様に見えた。

 ……考え過ぎか。魔理沙は己の邪推が外れた事に肩を落とした。そうして改めて、湯呑みを傾ける。

 霊夢とアリスの厳しい視線が飛んできた。

「ただの解毒薬だぜ。顔が黄土色だろ? こいつは多分、魔法の森で瘴気をたっぷり吸ったんだろうな。そんでコイツは、体内の瘴気を中和する為のものなんだぜ」

「大丈夫なんでしょうね?」

 尚も疑わしい眼差しを向ける霊夢。

「……何かあったら承知しないわよ」

 アリスに至っては人形を構えている始末。魔理沙は苦笑した。

 傾けた湯呑みから男の口元へと流れ込む黄土色の液体。ちびりちびり。少量ずつ流し込んでゆくと、男の喉がコクリと鳴った。

 するとみるみる内に男の顔に血の気が戻ってゆく。

 魔理沙は自慢げな顔を向けてきた。ドヤ顔である。ムカつく。

 見守り、強張っていた二人の身体から力が抜けた。

「ほらほら、ほらなっ? この魔理沙さんをちっとは信用して欲しいんだぜ」

「あんたは普段の行いを鑑みる必要があるみたいね」

 霊夢が呆れながら云うと、魔理沙は照れた様に頬を掻いた。全く、いい性格をしている。

 瘴気が中和されたお陰で、彼は穏やかな顔して寝息を立てている。そんな男の顔を、アリスはじぃっと見詰めていた。

「ね、ねぇ? それで、彼どうするの? 良ければ私が――」

「そんなの、ウチで引き取るに決まってるじゃない。……何よその顔は」

 あんまり意外な答えだったので、魔理沙は驚愕した。

 アリスが、目一杯顔を赤くしながらも勇気を以て口にした宣言は、途中から霊夢の言葉に遮られてしまった。

 まるでソレが既定路線であるかの様に言う。まるでアリスの言葉の、その先からは言わせないという意思があったように感じるのは、少し考え過ぎだろうか。

「ねぇ、霊夢? どうして、そうなるの……?」

「お、おい、アリスっ?」

 人形遣いの背後から、ズモモと擬音が聞こえてきそうな、暗いオーラが見える。

 知人の変質っぷりに、魔理沙はたじろいだ。しかし霊夢は平然と、「あのねぇ……」と一言断ってから続けざまに言い放つ。

「外来人の保護は、博麗の巫女の仕事なの。別に、それだけよ」

「い、嫌々ながらするするものじゃないと思うわっ」

「仕事なんて、それこそ好きか嫌いかでするものじゃないでしょ」

「そ、そうだわ! 彼っ! 彼の意思も確認しないとっ!」

「やけに突っかかってくるわねあんた」

 アリスは必死に――何故そんなに必死になる必要があるのだろう?

 どうにかして巫女が心変わりしないかと説得を試みるも、巫女の決心は固い。いや、固くはない。この場合は暖簾に腕押し糠に釘、豆腐に(かすがい)と云った風であった。

「ま、そうね。とりあえずは彼の話も聞きましょうかね。……どうせ選ばれるのは私だし」

「ん、霊夢? 何か言ったか?」

「いいえ。彼を中に運ばないとって言ったのよ」

「わ、私が運ぶわ! 上海――!」

 シャンハーイ!

 己に付けられた名前を叫びながら、一体の人形が男へと取り付く。発声器官の持たぬ人形がどの様に声を出しているか非常に興味があるものの、閑話。

 上海人形に追従する形で、ワラワラと複数の人形たちも男へ取り付く。そうしてアリスは人形たちを先導し、えっちらおっちら、男を神社へと運んでいった。

「なぁ霊夢。さっき最後に何て言って――」

「さ。私たちも行きましょうか。彼が目を覚ますまで、お茶にでもしましょう」

「お、おいってば!」

 そう言って霊夢も、ささっと神社へ戻ってしまう。魔理沙からの追求を、逃れるように。

 そんな友人らの姿を見て、魔理沙は胸に一抹の不安を覚えた。

 もしかしたら自分は、人を助けたのではなくて爆弾を拾ったのではないかと。

 この場にアリスが居たら、即座にこう、主張したろう。

「助けたのは私でしょ!」と――。

 




好感度状況

霊夢:?
魔理沙:☆
アリス:★★★


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3話 隙間妖怪闖入

早速リクエスト頂いたキャラを出しました。
自分ではここでこのキャラを出す、なんて発想自体ありませんでした。
リクエストありがとうございます。

2017/4/22 後のシナリオ展開の為に、主人公の表現を変えました。


 えぇっと……。

 ――これは一体、どういう状況なんでしょう?

 おずおずと、現状が呑み込めずアナタは沈黙を破った。

 自身の真向かいにはちょっと変わった巫女服風の服を着た、黒髪の美少女が座っていた。

 その隣に座る、これまた金髪の少女も随分とレベルが高い。つば広のトンガリ帽子を被り、何だか魔女を連想させた。

 隣に座っている金髪の少女も、これまた驚くほどの美少女だ。フリフリのクラシカルロリィタは彼女に良く似合い、お人形という印象を抱かせる。

 目が覚めると黒髪の――博麗霊夢と云うらしい――霊夢に手を引かれ、六畳程の純和室の部屋へと通される。部屋の中央に、主の如く鎮座する丸いテーブルは、ちゃぶ台が合った。随分と時代錯誤ではあったが、部屋の雰囲気にはよく合っていた。そうして予め準備されていた座布団に座らされると、「お茶を持ってくるわね」と一言を残し彼女は部屋の奥へ消えてしまった。

 大人しく待っていると、前触れもなく襖が開く。ぴしゃんと、襖が柱を打つ音に肩が飛び跳ねてしまった。

 隣の部屋から現れたのは金髪の二人組。それぞれを霧雨魔理沙、アリス=マーガトロイドと名乗った。そうしてアナタも己の名前を告げる。互いに簡単な自己紹介を済ませると、正面に魔理沙が、隣にアリスが腰を下ろした。

 アリスは、ちょっとばかし座るのを躊躇していた。

 少し逡巡して、結局隣に腰を下ろし、その距離が些か近く感じるのは考え過ぎだろうか?

「なぁなぁ、○○は外来人なんだろ? 外の世界ってどんなんなんだ? 鉄の箱が走ってたり、ちっちゃい鉄の箱の中に小人を飼ってたり、でっかい鉄の箱の中で生活してるって本当なのか!?」

 身を乗り出して魔理沙が興味津々に、と云った様子で聞いてくる。その口調は年頃の少女にしては独特で、積極性も相まりアナタは少しばかり気圧されてしまう。

 外来人、という聞き慣れない単語。意図の解らない質問に、アナタは困惑してしまう。

「よしなさいよ魔理沙。○○さんが困っているじゃない」

 そんなアナタの雰囲気を察してくれたのだろうか。アリスがやんわりと釘を差してくれる。

 その事について感謝を述べると、彼女は顔を真赤にして俯いてしまった。

「……その、アリス、で言いわ」

 ぼそり、と。蚊の鳴くような声でした。一瞬、その言葉の意味が解らず、きっとアナタは呆けた表情を晒していた事だろう。

「おっ! それなら私も魔理沙って呼んでくれよな! いやぁ、霧雨さんだなんて呼ばれると、背中がむず痒くなるんだぜ。見たところ、そんなに年も離れてなさそうだし。私も○○って呼ぶから、な!」

 そう、魔理沙が気さくに乗っかってきた。

かと言って出会ってすぐの女性を下の名前で呼ぶことに若干の抵抗感を覚えるアナタ。しかし少女らの好意を無碍に扱うのも気が引ける。自身の矜持を捨てて、アナタは一音一音丁寧に言葉を紡いだ。

 ――魔理沙。アリス。

 するとアリスは更に顔を赤くして押し黙ってしまった。

 元気いっぱいだった魔理沙ですら「お、おう……」と一言だけ呟いて、帽子のツバで顔を隠してしまう。

 その少女らの反応に何か、失礼な事をしてしまったのだろうか、と己の行いに後悔を抱く。

 そうして間を置かずに、盆を持った霊夢が戻ってきた。盆の上には湯気の立ち上る急須と四つの湯呑み。それと煎餅が盛られていた。

 霊夢の視線がアリスの位置を確認すると、その柳眉が大きな吊り上がりを見せた。それも一瞬のことで、霊夢は対面へ回ると「どきなさい」と一言。有無を言わせぬ迫力でで魔理沙を蹴散らした。家主の言う事に魔理沙も大人しく従い、結局(はす)向いへと腰を落ち着けた。そうして霊夢は何事も無かった様に正面へすとんと、腰を下ろした。

 ……何だろうか。不穏な気配を感じるものの、アナタは尋ねる事が出来なかった。正面に座る少女の無言の圧力に、屈してしまったのだ。

「初めましてよね。私の名前は博麗霊夢。あなたは――」

 そうこう縮み上がっていると、霊夢が優しく語り掛けてきた。先程、一瞬なれど恐ろしい雰囲気を纏った少女と同一人物には見えず、一先ずは胸を撫で下ろす。

 矢張り気の所為だったに違いない。何せこんなに可愛らしい娘が、斯様な恐ろしい雰囲気を発せられる筈がないか。

 そう、結論付けたアナタは霊夢に向かって自己紹介をする。

「ふぅん、○○ね。よろしく。それと博麗さんだなんて、そんなに堅苦しく呼び方はしなくていいわ。これから一つ屋根の下で住むんだもの」

 ……霊夢の言動に、自分の耳の出来を疑う。

「いいえ、聞き間違いなんかじゃないわ。まぁ、順を追って話しましょうかね」

「ねぇ霊夢。やっぱり――」

「はぁい霊夢」

 アリスが何事か口を開こうとして、別の女性の声が被さった。

 突如として何も無い空間に裂け目が生まれた。ぬらりと音も立てずに切り口が広がる。開けた向こうの空間は赤黒く、無数の瞳がギョロギョロと忙しなく動くそこは、何ともなしに世界の傷痕の様だと、アナタは思った。そうして中から姿を見せたのは、それはそれは美しい妙齢の女性だった。

 胸元の大きく開いた紫のワンピースに身を包み、不思議な形状の帽子を被った、美しい金髪を持つ女性。

 その、現実離れした光景。そして女性の美貌にアナタの目は奪われた。

「――あら?」

 視線が、絡む。

 女はアナタの姿を認識すると、一度だけ首を傾げて再び空間の裂け目に身を滑らせた。

 アナタは女の姿が見えなくなってしまった事に対して、妙に名残惜しさを覚えると、間を置かずに耳元へ息を吹きかけられた。

 ゾクリと、背筋に冷たいものが走る。

「――初めまして」

 慌てて振り返ると目と鼻の先、先程の女性の顔があった。彼女の下半身は奇妙な空間の裂け目に飲まれていて、何がおかしいのかニコニコと美しい、されど何処か信を置くのを躊躇するような笑みを浮かべている。

「私は八雲紫よ。以後お見知りおきを、外来人さん」

 妖艶な見た目に反して可愛らしい、少女の様な声だった。そのギャップがまた、彼女――八雲紫の魅力を引き立てている様に思えた。

 真白なシルクの手袋に包まれた指先が、アナタの頬に触れた。そのままつつーっと唇にまで這わせて、何が楽しいのだろうか。ぷにぷにと唇の感触を楽しんでいる様だった。

 アナタはと言えば、あんまりな美人さんを前に固まってしまっていた。

 ガツン! と、大きな音が鳴り響く。

「――ちょっと紫。ふざけてるんじゃないわよ」

 霊夢さんが湯呑みを叩きつけていた。未だその中身が大きく波打っているのが、どれだけ強く叩きつけたのかを現していよう。

 不穏な気配は一つだけではなかった。アナタのすぐ真横、油の切れたブリキ人形さながらそちらに首を動かせば、酷く沈んだ様子のアリスが床を見つめてブツブツと聞き取れぬ声量で何事か呟いているではないか。率直に言って、怖い。

 紫はおや――? と思った。霊夢がこのように激する何て、そうそう無いからだ。

 そうして霊夢とアナタの顔を交互に見やり、がしぃっとアナタの手を握った。

「れ、霊夢の事をお願いね!」

「なっ! ちょっ! 紫ぃ!?」

「あぁ! ようやく、ようやくこの子にも春が訪れたのね!」

「ちったぁ人の話を聞けぇ!」

 紫は随分と感極まった様子で、その目元に涙まで浮かんでいる。

 霊夢の必死の制止にも関わらず、紫の暴走は止まらない。

「はぁ……、若いのにすっかり枯れちゃってて、心配してたのだけど。霊夢にも相応の少女らしさがあったのね……!」

 アナタはと言えば、にぎにぎと繋がった手から伝わる体温にドギマギするしかなかった。

 これは、よくない。非常によくない。

 何せアナタは健全な男子なのだ。美人な――それもいい香りのする――女性にこれほど接近されて、嬉しくない筈が無かった。もっと直接的な表現をすれば、劣情を催されてしまいそうだった。

 それ故にこの状況を惜しみつつも、早々に断ち切らなければならなかった。

 茹だった頭でちょっと考えて、疑問を口に出す。

 ――二人はどのような関係なのですか?

 答えたのは霊夢だった。とても面倒臭そうに、紫を一睨みして口を開いた。

「私と紫? あー、腐れ縁かしら――」

「そうね。掻い摘んで言えば、霊夢の保護者ってところかしら?」

「……あんたみたいな保護者はお断りよ」

 そう、じゃれ合う二人は言葉の遣り取りほど仲が悪い様には見えず。

 苗字が違うのは、きっと複雑な家庭の事情があるのだろうんだろうと考えたアナタは、無難な台詞を選択する。

 ――若くて綺麗なお母さんですね。

 そう口にすると、水を打った様に静まり返ってしまった。

 マズイことを言ってしまったのだろうか? 不安とは裏腹に次の瞬間――。

 霊夢は呆気に取られているようで、開いた口が塞がらなかった

 魔理沙は火の点いたように笑い転げる。

 アリスですら、笑いを堪えるのに必死なようだった。

 対してもう一人の当事者である紫はと云うと。

「あ、あら……?」

 困惑している様だった。

 おかしい――おかしいわ。紫は自身の変調を冷静に分析する。頬はおそらく桜色に染まっているだろう。早鐘を打つ己の鼓動が、他の誰かに聞こえやしないか、意味のない心配をしてしまう。

 自分自身、もうすっかり年を食った気でいたが、まだまだ案外と若いという事か?

 紫の視線がアナタへと無遠慮に注がれる。容姿が優れている訳ではないが、かと言って醜い訳ではない。

 ふむ――。

「霊夢。私この子のこと気に入っちゃったわ。ねぇ、この子私にくれ――?」

「ハ――? あんまり巫山戯た事抜かしてると陰陽玉を■■にぶち込むわよ?」

「じ、冗談よぉ~……。霊夢の想い人を取るわけないじゃないぃ~……」

 若い身空の少女が、あんまり口にして欲しくはない言葉を放ち、霊夢は紫を睨んだ。その、視線だけでも弱小妖怪を殺せる程の殺気を孕んでいる。

「……別に、想い人じゃぁないわ」

 そうは言っても説得力が無いと、魔理沙は思った。アリスも同様だろう。

 ただ一人、額面通りにその意味を受け取ったのはアナタだけだった。

「そ、それじゃぁ私は退散するわね。後は若い子たちだけで楽しんで頂戴」

 そう言って紫は来た時同様に空間の裂け目へ消えてしまった。何をしに来たんだろう……。

「……何しに来たのよあいつ」

 アナタの心の声を霊夢が代弁する。

 そうして気まずい沈黙が舞い降りて、冒頭へと戻る訳だが。

 霊夢が不機嫌なのは、まぁ分かる。しかし何故アリスまで? そんな空気に、魔理沙は居心地悪そうにあーとかうーとか唸りながら、帽子のツバを弄んでいた。

 それ故にアナタは清水の舞台から飛び降りる必要があったのだ。このようにして、好ましくない空気。それを打破する役目は、何時だった男なのだ。

「あー、そうね……」

 霊夢はばつが悪そうに頬を掻いた。

「どこまで話したんだっけ?」

「おう。○○を霊夢の家で預かるって話をしてた所だな」

 アリスの細い眉が、不快そうに歪む。

「つってもだな霊夢。まずは○○に幻想郷の事を話してやらないとダメだぜ? コイツはなーんにも分かっちゃいないんだから」

 意外と、と云っては失礼だが、魔理沙がこのように細かい気配りをするタイプには見えなかった。魔理沙もまた乙女と云う事だろう。それに何より、彼女が話を纏め、進めてくれたのは非常にありがたかった。

 こういう役はてっきりアリスがしそうだな、と思っていたアナタは当の彼女は、ちらと横目で盗み見る。そうして慌てて正面へ向き直った。アリスは未だ、何事かを床に呟いていた、怖い。

「あぁ、そうね。○○、あんまり驚かないでいてくれると助かるんだけど――」

 そう、霊夢は前置きして教えてくれた。この世界の事、アナタの世界の事。

 折角の前置きは無駄になってしまった。

 こうしてアナタは幻想郷にやってきました




好感度状況

霊夢:?
紫:★
魔理沙:☆
アリス:★★★



八雲紫は近所の、仕事は出来るけど私生活はダメなお姉ちゃん的なイメージです。


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4話 天狗乱入

今更ですが、主人公は「名無し」くんです。
こう、読んでくれている方のユーザー名やら、RPGの主人公の様に入力した文字列が○○の部分へ反映される機能とか、あるといいなぁと思いましたまる。


「なぁ霊夢。どういうつもりだ?」

「どうって、何がよ」

 紫が意味もなく現れて、酷く精神が不安定なアリスをどうにか帰して。

 魔理沙は霊夢と二人きりになった瞬間を見計らい問い質した。

「お前のことだ。分かってるんだろ? どうして、○○を預かったのかって事だ」

「そんなこと。散々言ったじゃない。博麗の巫女としての――」

「私が聞きたいのは建前じゃない。お前の本音だ」

 何年友人やってると思ってるんだぜ――そう呟いて魔理沙は、帽子のつばで表情をすっぽり覆い隠してしまった。この鋭い友人に対して、これがどれだけ己の心内を隠すのに役立つかは分からなかった。霊夢の視線から逃れるように、魔理沙は更に半身をずらした。

「普段の霊夢なら、まず面倒臭がるはずだぜ。最後には結局、面倒見るはめになってもだ」

 さして隠す気も無かったのか霊夢は、拍子抜けするほどあっさりと理由を告げた。

「別に、ただの勘よ」

「勘、なんだぜ?」

「そう、勘。巫女としての勘が、○○は私と一緒にいた方がいいって囁いたの」

 ただの勘と侮る事なかれ。霊夢の勘は驚くほどに当たる。から恐ろしさを覚えるほどに。

 長い付き合いであるが故、魔理沙は霊夢の態度に違和感を覚えたし、その付き合い故に彼女の勘の的中率もしっている。

 何の根拠にもならない理由だった。だからこそ、これ以上の理由は臨めそうも無かった。

「むしろ魔理沙。あんたの方が変よ」

 ――私が?

 勘の鋭い友人は、そのように指摘してきた。

「だってそうじゃない。私が彼を気に掛けるのは責務があるから、勘が囁いたからだけど。あんたの方こそ気に掛け過ぎじゃないの?」

 ――違う。私はお前が心配で。

 その言葉はついぞ紡ぐ事が出来なかった。

 霊夢の厳しい視線に気圧されたのかもしれないし、或いは本当に、霊夢の指摘した通り――。

「……また来るぜ」

 そう一言を絞り出すのが精一杯で。まるで負け犬の遠吠えのようだった。

「そう。じゃぁね魔理沙」

 対して霊夢はいつも通りの素っ気なく、平然と別れの言葉を口にした。それが一層、魔理沙に惨めさを覚えさせた。

 空に向かって小さくなってゆく友人を見送り、「……何だったのかしら」と誰もいなくなった境内で霊夢は呟く。

 そうして○○を待たせている事を思い出し、神社の中へと戻ろうとする。

 正にその瞬間。

 颶風(ぐふう)が境内を駆け抜けた。霊夢は反射的にスカートを押さえる。おかげ様で、と言うか彼女の神秘は晒される事無く、秘密のまま守られる事となった。残念。

 面倒なヤツが来たと、霊夢は溜め息を吐いた。

「どうもどうも! 毎度お馴染み射命丸、射命丸文です!」

「あんたねぇ……」

 魔理沙と入れ替わる様に姿を見せたのは、天狗の文屋だった。

「どうでもいいけど、もっと静かに現れられないわけ?」

「あやややや! 霊夢さん、我々天狗の多くは読売を生業にしている者ですよ? えぇ、真実を声高に主張することこそ我らが務め、我らが使命! それをやめろなどとヒレをもがれた魚同然です!」

「……そこは翼じゃないの?」

「まぁまぁまぁ霊夢さん。若い内からその様な細かいことを気にしてはいけません。月日と云うのは案外と早いものなのですよ。まぁ私ほどではありませんけどね?」

 早口で捲し立てる文。よくもまぁ舌が回るものだと呆れを越して感心すら覚える。

 早い速いと事ある毎に強調する癖に、何時まで経っても本題に達する気配が無い。霊夢は嫌な予感を覚えつつも尋ねるしか無かった。

「で、何か用なの? 用が無いんだったら賽銭だけ入れてさっさと消えて欲しいんだけど」

「おや霊夢さん、それを聞きますか聞いてしまいますか? えぇ、えぇ。よくぞ、と言いたいところですが、調べはとうっくに付いているんですよ! お天道様の目は誤魔化せても、この射命丸の目は誤魔化せませんよ!」

「おべんちゃらはうんざりよ。用向きを言いなさい」

「むむぅ。霊夢さんも中々気が早いですねぇ。えぇ、そうですね私も決して暇な身ではありませんので、長々駄弁るのはこれぐらいにしましょう」

 ――あんたが無駄話をするんでしょ。その言葉が喉から迫り上がるのを、霊夢はぐっと堪えた。

 折角進みそうな話に野暮なツッコミを入れて、混ぜっ返しでもしたら面倒になるのは、火を見るよりも明らかだったからだ。

「では霊夢さん、お尋ねしますが――博麗神社(こちら)に外来人の男性が担ぎ込まれたとは本当でしょうか?」

「あぁ」

 まぁ、大方予想通りの言葉だった。

 しかし一日も経たずして嗅ぎ付けるとは、大した嗅覚である。

「どこでそれを?」

「その言葉は肯定として受け取ってよろしいのですね!?」

「……まぁ、隠すようなものでもないしね」

「ふぅむ。実はですね私がネタを求めて三千里。聞くも涙語るも涙の道中、遠くの空に急ぐ魔理沙さんの姿が見えた訳ですよ。記者の勘がこう、ビビッと来たわけですね! これは何かあるぞ、と! そうして後を()けようとすると、まるで魔理沙さんの後を追う様にふらりふらりと、ちょっと様子の異なるアリスさんが現れたではありませんか。えぇ、しかもそのアリスさんがミイラ男を吊るしているとなっては、これはこれは事件の匂いを隠しきれる筈がありません! 私のように常に事件と真摯に向き合っている記者には、ネタの方から転がる込んでくるというわけですね! えぇ、えぇ。これも日頃の行いが良いからですねきっと――」

「要するに、偶然遭遇しただけじゃない」

「掻い摘んで言っちゃいますとそういうことになりますかね?」

 本当に、よく回る舌だ。神様が見ているのなら是非引っこ抜いて貰いたい。

「それでそれで、実際のところどうなんです!?」

 瞳を爛々と輝かせ、「私、興味津々です」と言わんばかりに食いついてくる文。

 その姿は真実を追求するマスメディアと云うよりも、噂話が大好きな近所のおばちゃん連中のようだ。

「どうって、何がよ」

「んもう、しらばっくれないで下さいよ! 若い男女が一つ屋根の下で何も起こらないはずが無いじゃないですかー」

「あのねぇ。今日会ったばかりで、そんなわけないでしょ」

 いい加減面倒になってきた霊夢が弊を取り出す。実力行使でお帰り願おうとしたその時だった。

 天狗の視線が霊夢の背後に注がれる。

「――あや? あやや? もしかして、あれが、例の男性ですかね?」

「っ!」

 慌てて霊夢も振り返れば、そこには部屋から顔を出した○○の姿があった。

 何で出てきちゃうのよ……! 部屋で待っていろ、と言いつけたのに。それも詮無きこと。言われた通りに待てども待てども、ちっとも霊夢が戻って来ないのだ。心配になって外の様子を伺おうとするのもごく自然なことだろう。

 霊夢のすぐ横を、ひゅるりと旋風が通り抜けた。「あっ!」と思った時にはもう遅い。

「どうもどうも初めまして! 私は清く正しい射命丸、射命丸文と申します! 以後お見知りおきを、えぇと――」

 ご自慢のスピードで博麗の巫女を抜き去った文は、少年の前で急停止する。その慣性を無視した動きに、彼の目には突然美少女が現れた様にしか映らなかったろう。

 そうして文はお馴染みの口上をする。少年――○○も倣って丁寧に自己紹介をして、頭を下げた。

「ほうほう、○○さんと仰るのですね。よろしくお願いします。えぇ、礼儀を弁えている方は好きですよ! あ、取り敢えずお近づきの印に一枚よろしいですかよろしいですね?」

「文っ! あんた――!」

 文がカメラを構えると、すかさず肩を怒らせた霊夢がやって来た。

「ちょっ、やめて下さい霊夢さん! ズレちゃう! ピントがズレちゃいますって!」

 天狗の肩をふんずと掴み、思いっきり揺さぶる霊夢。

 流石に写真を撮れる状態でも無く、文は溜め息を吐きつつカメラを下げた。

「全く……、何をするんですか霊夢さん。何がそんなに気に入らないのですか。これは私と○○さんとの問題です。霊夢さんがしゃしゃり出て来る必要はないでしょう?」

「あのね、その写真記事に載せるんでしょう」

 何をそんな、当然の事を聞くのだと文は訝しげにしている。

「だからよ。ただでさえ厄介な連中が多いってのに、そんなやつらを呼び寄せるような真似。わざわざこっちから宣伝する必要なんて無いでしょう」

「ふむん?」

 確かに――文々。新聞の発行部数は棚に上げて――、記事にしてしまったら彼の存在はあっという間に、幻想郷中へと知れ渡るところになるだろう。だが、それのどこに不都合があるのだろうか? 純朴そうではあるものの、そこまでの魅力を男に見いだせない文は首を傾げる他ない。だが――。

 無理を通して、霊夢さんの機嫌を損ねるのは得策じゃありませんね……。

 面倒臭そうに愚痴を零す霊夢と、苦笑する少年の顔を交互に見やり文は羽ばたいた。

「……いいでしょう。今日の所は大人しく引き下がりますが、時と場を改めてきちんとインタビューは受けてもらいますからね」

「いや受けないから。受けさせないから」

「ではでは霊夢さん、○○さん! また後程に!」

「来なくていいわよ――って、相変わらずせっかちなヤツね……」

 霊夢の文句もそこそこに、文は颯爽と身を翻した。凄まじい突風を残しては、彼女の姿は瞬く間に空へと呑まれて消えた。

 面倒臭いヤツが面倒な真似をしてくれたと、霊夢はがしがしと頭を掻いた。

 そうして己の言いつけをキチンと守らなかった○○を見やる。まぁ、自分も予想外の珍客に対応を手間取らされた部分もあるが、それはそれこれはこれ。約束を守れなかった事には変わりないのだ。

「ダメじゃない○○。私は待ってて、って言ったんだから。」

 しかし、負い目もあるからか、その言葉には厳しさ以上に優しさが含まれていた。

 霊夢の忠告に彼は素直に頷く。あんまり素直過ぎるもんだから、却って大丈夫なのか心配になってしまう。

 すると彼の興味は自然、先の珍客へと移る。

 一々と説明し余計な知識を与えたく無かった霊夢はただ一言、「天狗よ」とだけ答えた。そうして「あんまりああいう輩とは付き合っちゃダメよ?」と釘を付け足した。

 ああいう輩――と云うのがどういう輩なのか○○には解らなかったが、射命丸と出会った感想をまずは一言。

 ――綺麗な方でしたね。

 全く無邪気な笑顔を浮かべてくれる。言葉以上の含みは無いと分かってはいたものの、霊夢は面白くなかった。

 だから部屋に入る前、霊夢は男の手の甲、その皮膚のみを抓り上げた。痛い!




好感度状況

霊夢:?
紫:★
魔理沙:☆☆
アリス:★★★
文:☆


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5話 メイド参入

後々のシナリオ展開の為、主人公の表現の仕方を変えました。
それに伴い以前の話に、若干手を加えるつもりですが、話の流れは変えません。

所謂アレです。ゲームブック的なやつですハイ。


 小鳥の囀りをアラーム代わりにして、十六夜咲夜は目覚めた。

「ん……、眩し……」

 デフォルメされたネコちゃん模様のパジャマに身を包んだその姿は、完璧で瀟洒と揶揄されている普段の彼女とは遠く掛け離れていた。カーテンの隙間から差し込んだ朝日を瞼の向こうに感じて、無意識に手庇(てびさし)を作る。そして何度か目を(しばた)かせ、起床を試みる。

 そんな彼女の視界に有り得ぬ物が飛び込んできて、寝呆けた頭は一気に覚醒へと向かった。

「え――?」

 庇にしていた手の、その小指に見慣れぬ物があって。

 ガバリと、勢い良く上体を起こす。あんまり健康に良く無さそうな起床である。

 咲夜は、己の小指に巻き付けられたソレをまじまじと見る。何も無い空中から生えている赤い糸が、小指にぐるりと括り付けられていた。

(これって、アレよね……?)

 その正体、その名称が脳裏に浮かぶ。おそらく、元凶たる人物を想像し咲夜は小さく溜め息を吐いた。

 

 

「私ゃ知らんよ」

「え……?」

 そう、元凶と思しき主人はバッサリと切り捨てた。

 どうせまたお嬢様が退屈しのぎとばかりに始めた事だろう。そのように決めつけていた咲夜にとって、その答えは想定していなかった。

「で、ですがこれは――っ!?」

 ――運命の赤い糸。

 そう、口にする事が咲夜には憚られた。口にした瞬間、その存在を認めてしまうようで、言葉の途中なれど彼女は口を噤んだ。

「運命の赤い糸、かしら? 私達には見えないのだけど、興味深いわね」

 そんなメイドの努力も、主人の親友によって呆気なく壊されてしまうのだった。

 咲夜は目覚めてから一通り朝のメイド業務をこなしつつ、いつ主人に伺い立てようか見計らっていたのだが。

 そうして午後のお茶会。主人と、その親友に紅茶を振る舞い、会話の途切れた隙を見て咲夜は尋ねた。

 だが主人の返答は望んだものではなく、咲夜は狼狽を隠す事が出来ない。

「ふぅん。本当に? 幻覚じゃないのか? 赤い糸だなんて、これっぽっちも見えないけど?」

「あ、あります! 嘘じゃありません!」

 咲夜自身、何度も外そうと試みていた。だがその度、指先は糸をすり抜けて触れる事すら出来なかった。

 だが、確かに存在しているのだ。小指から、どこかへと繋がっているのだ。

 それが自分以外の者に見えないのは計算外だったが、そう言えば、メイド妖精たちも気にした様子が無かったな。

(本当に、私以外は見えないの……?)

 それ故に主人も識者も、咲夜を見る目は半信半疑だった。

「しっかしそれが実際に在るとしてだ、どうして今更見えるようになった?」

「ふぅー……。そうね。普通に考えれば、咲夜の運命の人が現れたって事だと思うけど」

 従者の心も知らず、二人は話のタネにして楽しげに盛り上がっている。

「という事はアレだな? 咲夜の運命の相手が生まれたと、そういう事になるのか?」

「おめでとう咲夜。結婚は二十年後ぐらいかしら?」

「嫌です、そんな! おばあちゃんじゃないですか!」

 彼女は特別強い結婚願望がある訳ではない。今は、という冠詞が着くが。つまりは人並み程度にはあったのだ。

 そんな二十年後まで結婚出来ないと言われてしまっては、流石に咲夜の乙女心が傷つく。

「咲夜。子供が出来たら私が名前をつけてやろうか?」

「……式には呼んで頂戴ね」

 勝手な事ばかり云う吸血鬼と魔女。端にからかっているだけなのか。或いは人外には二十年など矢の如き歳月に過ぎないのかもしれない。

 咲夜は頭を抱えずにはいられなかった。

「しかし、そうだな――」

 レミリアはしばし考える。その可愛らしい顔がニヤリと、いやらしく歪んだのを見て親友は「あ、また碌でも無い事を考えたな」と察した。勿論メイドも察した。

「咲夜。オマエに暇を出してやる」

「え――?」

 

 

「いやなに。折角だからな、その未来の旦那様とやらを拝見するのも一興だろう?」

 人里の往来。主人の言葉を思い出し咲夜は小さな吐息を零した。

 と言うか咲夜だって気にならない筈がない。見てみたい気持ち半分、会いたくない気持ち半分。

 その相手が自分の好みに合うかどうか。素敵な人かどうか、という問題ではない。

 この赤い糸とやらに自分の運命が左右されるのが、どうしようもなく前向きになれない理由だった。

(はぁー……。気が乗らないわねぇ……)

 突然の休暇に手持ち無沙汰な咲夜は、仕方なく赤い糸の原因を探るべく、糸の先がどこに伸びているのか調べることにしたのだが。……結局主人の言う通りになっている気がするが、そこは深く考えずに置こう。

 そうして辿り着いたのが人里だった。

 まぁ当然か、と思う。幻想郷で人が集う場所など限られている。その中でも人里が、尤も人間の集まっている場所なのだから。取り敢えず、まだ見ぬ運命の相手とやらが普通の人間っぽくてホッとする。

 しかし、まだ油断はならない。この糸が、何故今日になって見える様になったのか、という事だ。

 主人らは「運命の相手が()()()()」からだと言っていたが。では私の相手はまだ毛も生えそろっていない赤子だと云うのか。

 いやいや待って欲しい。確かに自分は子供は好きだが、そういう意味ではないのだ。

 というか、その仮説が合っていたら、自分が結婚出来るのは本当に十年二十年先になってしまう。勘弁して欲しい。

 そんな事を考えていたから、咲夜は反応する事が出来なかった。

 赤い糸の示す先を辿っている最中。今までにないぐらい急に、糸が激しい動きを見せた。

 何だろう、と思う暇もない。

「――きゃっ!」

 突如として現れた何かにぶつかり、咲夜は尻もちをついてしまった。

 ちょっと涙目になりながらぶつけた尻を擦っていると、頭上から声を掛けられる。

 ――すいません。大丈夫ですか?

 その男の顔を見た瞬間、咲夜の感情は彼女の手から離れてしまった。

 早鐘を打つ心臓、桜色に染まる頬。頭は妙に熱っぽく、思考は霞掛かりとても正常な判断を下せそうにない。ただ視線だけが、彼の顔から離す事が出来なくなっていた。

 それ故に、眼の前へ伸ばされた手の意味に気付くのが遅れてしまう。

 

 ――打ち所が悪かったのだろうか?

 アナタはメイド姿の少女とぶつかってしまった。

 突然横から現れたものだから碌に反応も出来ず、思いっきり衝突してしまう。体格差からアナタはたたらを踏むだけに済んだものの、メイド少女を転倒させてしまった。

 アナタは慌てて手を差し伸べるも、少女の様子はどこかおかしく。

 惚けた様子でじっと、アナタの顔を見詰めるだけで一向に手を取る様子がない。

 心配になったアナタは膝を折り、身体の具合を確かめようと顔を近づける。少女が小さく呻き、赤かった顔が更に真っ赤に染まった。

 これはいよいよ只事ではないと、少女の身体を抱き上げようとした。

 

 ――間違いない。

 咲夜は確信した。彼の動きに合わせ、従う様に動く赤い糸。

 この人こそが、私の運命の人なのだ!

 会いたいとか会いたくないとか、そんな気持ちは既に消え去り、ただ歓喜だけが胸を満たしていた。

 差し伸ばされた手を取る事に躊躇していると、彼が心配そうな表情を浮かべつつ接近してくる。心臓が一層昂ぶりを見せた。

「はいはい。そこまでにしときなさいよ」

 男の腕が咲夜に触れようとした刹那、横から現れた霊夢がさらりと咲夜を立ち上がらせた。そうしてメイド服に着いた土埃を、親切にもパンパンと払ってやる。

 そんな無理矢理立ち上がらせて大丈夫なのだろうか、という男の心配は杞憂だったようだ。少女には目立った外傷も無く、どこか身体を痛めている、という事も無さそうだった。

 だが、それにしては咲夜の表情は複雑な形に歪んでいた。

「何よ。言いたいことがあるならハッキリ言えば?」

「……ありがとう、と言うべきかしらね」

「なら私は、どういたしまして、とでも言っておこうかしら?」

 ……何故だろうか。平穏な、何でもない遣り取りの筈なのに酷く物騒に聞こえるのは。

「怪我がなくて何よりだったわね。行きましょう〇〇」

 霊夢は咲夜に一瞥だけくれて、早々に立ち去ろうとする。

 ぐいぐいと引っ張られる腕からは、一刻も早くこの場を離れようという意思を感じた。

「も、もし――! ○○様、と仰るのでしょうか!?」

 周囲の視線が一斉に咲夜に注がれる。彼女はここが、往来のど真ん中であるのも忘れているかの様だった。

 霊夢が小さく舌を打ったが、周囲の喧騒に掻き消されアナタの耳には届かなかい。

 アナタは首肯した。対して二人の反応は対象的だった。

 花綻ぶ咲夜と、苛立ちを隠そうともしない霊夢。

「あ、あの! ……もし、○○様がよろしければ紅魔館へいらっしゃらないでしょうか!?」

 いよいよ以て、霊夢の眉根が深い皺を刻んだ。しかし前後不覚になっている咲夜は気付かない。

 しかし、彼女の言葉は、その、あまりにも脈絡が無く。流石のアナタでも、戸惑いは隠せない。何故――と。

 そんなアナタの気持ちを汲んだのだろうか。咲夜は慌てて言葉を付け足した。

「その――お詫びもしたいので」

 お詫びとは、随分と大袈裟な。

 お互いの前方不注意が招いた結果なれど、どちらかと言えば被害者は少女の方なのだ。そこまでの礼を尽くされる必要があるのだろうか?

 アナタはどのように答えようか考えあぐねていると、代わりとばかりに霊夢が口を開いた。

「咲夜――。あんた、どういうつもり?」

「……別に。貴女には聞いておりませんわ」

 アナタは偶然にも、少女の名前が咲夜なのだと知る。しかし今この時点に於いて、それは些細な情報に過ぎなかった。

 またしても、不穏な空気が立ち込める。一触即発、という雰囲気を纏い、少女はお互いを睨め付けている。

 さて。アナタは急いで決断しなければならない。

 

 

A――【折角なので誘いを受ける】

B――【申し訳ないが丁重に断る】

 

 




好感度状況

霊夢:?
紫:★
魔理沙:☆☆
アリス:★★★
文:☆
咲夜:★★


活動報告にて、AルートかBルートか、アンケートを募りますので、他にもご希望がある方はそちらでお願いします。
特に希望が無いようであれば、Aルートで取り敢えず進みます。
選ばれなかったルートも、話自体は書くつもりです。
期間としては一週間ぐらいと、多めに見積もって置こうかなと思っています。
その間は、放置気味だった他の作品の執筆に重点を置くつもりですので、何卒よろしくお願いします。

2017/4/25追記 アンケートを打ち切りました。感想共々、ありがとうございます


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A【折角なので誘いを受ける】ルート
6A話 ようこそ紅魔館


紅魔勢の人気は圧倒的に流石って感じ

次はB話を投稿する予定で、基本的には交互に話を進めていくつもりです。
何卒よろしくお願いします。


 という訳で、やってきました紅魔館。

「どういう訳よ」

「なんで貴女までいるのよ……」

 三人は咲夜の案内で、勇壮に佇む紅魔館の前までやって来た。そう、三人である。

「私は○○様を誘ったの。貴女はお呼びじゃないんだけど?」

「あら。私は彼の保護者兼監察役よ。悪魔の住む館に○○を一人で差し出すわけないじゃない」

「……ちょっと霊夢。○○様に変なことを吹き込むのは止めて頂戴。ウチのお嬢様は、それはそれはとても可愛らしいお方なんだから」

 咲夜と霊夢の間に、火花が散る。口を開く度にこうなのだから、道々アナタの気が気で無かったのは、言うまでもあるまい。アナタは少女らにバレぬよう、小さく嘆息した。

「あの~、私を無視して話を進めないで下さいぃ……」

 赤毛の中華然とした服を纏った少女が、恐る恐るといった様子で己が存在を主張してきた。

 触らぬ神に祟り無し、と踏んだアナタは門の前で所在なさ気に佇む少女に声を掛けた。

 ――こんにちは。

「あ、はい。こんにちは」

 赤毛の少女はまさかアナタから話し掛けると思ってなかったのか、驚きと警戒心が()い交ぜになった表情を向けてきた。その緊張を解すべく、アナタは努めて優しく微笑み、自分の名前を告げた。

「あ、私の名前は紅美鈴といいます。こちらの紅魔館で門番を任せられてるんです」

 そんな男の態度に若干緊張がほぐれる美鈴。

 ――悪い(ひと)じゃ、無いのかな?

 咲夜が男性を紅魔館に招待するなんて初めての事で、美鈴は自分でも気付かぬ内、必要以上に警戒していたようだ。遂に悪い虫が付いて来たかと。場合によっては心を鬼にして男を追い払う所存ではあったが、人好きのする笑顔を見ればどうやら杞憂だったようだ。

「ちょっと美鈴! 何○○様を誑かしているのっ!」

「えぇ~……」

 まさか咲夜から厳しい言葉を受けるなんて思ってもみなかった、美鈴は戸惑いを隠せない。

 それもその筈。美鈴は運命の赤い糸騒動の事なんてちっとも知らないのだから。咲夜が男にホの字なんて、事前に事情を知らなければ思いもつかぬ事だろう。

「誑かすなんて、そんな」

 そりゃぁ、ちょっとはいいかな~、なんて思いましたけども?

 美鈴がちらりと、件の男に目を向けると二つの敵意が膨れ上がった。

 えぇ~……。何で霊夢さんまで……。

 美鈴はひっそりと心のなかで泣いた。しくしく。

 二人の少女の不機嫌に、板挟みになった美鈴が気の毒になったアナタは彼女をどうにか励ます。

「○○さん……」

 人の優しさに触れ、感動に胸を震わせる美鈴。感激のあまりアナタの手をガシィと握ってきた。いや、そんな態度が悪いのだと何故気付かない、気を使う程度の少女よ。

「貴女のそういう無防備な態度が、誑かしてるって言うのよ……っ!」

「や、ちょっと咲夜さん!?」

 嫉妬に囚われた咲夜が美鈴の豊満な胸をぐわしと鷲掴みにした。咲夜の指先の動きに合わせてむにゅりむにゅりと形を変える美鈴の巨乳。アナタの目は、そこに固定されて離す事など出来なかった――。

 ガッガッ! アナタは耐え難い痛みを感じ飛び跳ねる。見れば霊夢が脛を蹴ったらしい。彼女と視線が合うとフンと不機嫌そうに目を逸らされてしまった。

「痛いっ! 咲夜さん痛いですって!」

「ふぅん、へぇ、そう! こんな牛みたいな下品な乳をぶら下げているからよ!」

 力任せの愛撫には心地よさなど一切なく、激痛を訴える。指の動きは緩まるどころか、激しさを増した。

 そうして咲夜の言い分はあんまりにも勝手過ぎて、美鈴は反射的に反論してしまう。普段の彼女であれば絶対に口にしないような言葉。痛みが美鈴から余裕を奪っていた。

「大きくしたくてなったんじゃないですよ――!」

 破滅に至る一言を口にしてしまった。

「へぇ……」

 しまった! と美鈴が思ったところで手遅れである。

 周囲の空気が冷える。咲夜の瞳がネコ科の肉食獣のように細められる。

「あ、あああのっ、ささ咲夜さ――あがっ!!」

「……ふん。失礼しちゃうわ」

 気付くと美鈴の額からナイフが生えていた。

 アナタは目の前の光景に理解が追いつかなかった。だが、人の頭からナイフが生える訳もなく、その意味を理解した瞬間アナタの顔から血の気が引いていく。

「……あぁ。アレは妖怪だから。あの程度じゃ死なないわよ」

 霊夢が興味無さそうに説明する。

 だからと言って人の、いや妖怪の頭からナイフが生えている光景は全く見慣れる気配が無く、アナタの胸中にはしこりの様に気色悪さが残っていた。

「あ――! ○○様!」

 ただ、生きているにしろ死んでいるしろ。ナイフが刺さりっぱなしというのは具合が悪い。美鈴を憐れんだアナタはナイフを引き抜く。

 傷口から噴水の如く血が吹き出す。アナタは咄嗟に躱そうとしたものの完全に、とはいかず肩口を汚してしまった。

 みるみる傷口に薄皮が張り、美鈴の出血も治まる。そうして彼女の瞳に生気が戻った。

「あ……、えっ、ええっ!? あのっ、すいません! あ、じじじゃなくてですね、その――ありがとうございますっ!」

 死んで、生き返ったようなものだ。

 状況の理解が即座に、ともいかなかった様だが、血で汚れた男を見て、美鈴は直ぐに察した。

 そうして謝罪と、感謝を述べる。

 素気無く扱われるのは慣れている美鈴だったが、純粋な人の優しさには慣れてなくて。つい、その気持を顕そうとして男の手を取ってしまった。

 自分の血が、彼を汚してしまった。申し訳ない気持ちと同時に、奇妙な興奮を美鈴は覚えた。

 美鈴の口から熱っぽい吐息が溢れる。今彼女の目には、アナタ以外映っていないようだった。

 そんな夢見心地も一瞬。

「め~い~り~ん~?」

「ふぅ。悪い妖怪は退治しなきゃよね」

「あば、あばばば! いやそのこれはですね!?」

「問答無用!」

 背後から、恐ろしい気配を感じる。

 振り向きたくない。しかし振り向かざるを得ない。

 油の切れた人形のごとく背後を確認すると、二人の修羅がいた。

 ナイフを構える咲夜、弊を取り出した霊夢。彼女らを中心にどんよりとした負の感情が渦巻いているのを、美鈴は見た。

 謝罪も弁明も許さぬ、と。そんな雰囲気を発していた。

 あ。私死ぬかも。

 美鈴が抵抗を諦めたのと同時、それぞれの得物を手にした二人の修羅が躍り掛った。

 後に美鈴は述懐する。「いやぁ、あの時は本当に死んだと思いましたね。三回、三途の川が見えましたからえぇ。親切な赤い髪のお姉さんが説得してくれなきゃ、渡ってましたよほんと」




好感度状況

霊夢:?
紫:★
魔理沙:☆☆
アリス:★★★
文:☆
咲夜:★★
美鈴:★


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7A話 ウィッチラブ

ちょっと試験的な文章になっています。
【】内で区切られた文章へと飛んでください。いえ、普通に上から読んで頂いても構わないんですけども。


「はふぅ……」

 パチュリーは本を閉じ目を瞑り、心地良い読了感に身を委ねていた。

「中々面白かったわね」

「ぬわぁにが面白かったわね、ですか! 百歳越えたババアちゃんがカワイ子ブリッ子してげふぅ!」

 小悪魔が間髪入れずに茶々を入れると、瞬間顔面から本が生えた。総ページ千超えの辞典である。パチュリーの見事なコントロールに惜しみない賞賛を送ろう。

「……全く、失礼な子ね」

 小悪魔が倒れるのとほとんど同時、パチュリーはソファーへ身を沈めた。

 つい先程まで、自分の心を楽しませていた本の表紙を撫ぜる。

 咲夜が赤い糸だ何だと云うから、久々に恋愛小説を手にとってみたわけだが。

「はぁ……。私もこんな恋がしてみたいわね」

 その、普段は溜め息ばかり吐いている唇から、熱を含んだ吐息が溢れる。

 朱の差した頬、潤んだ瞳。その横顔は正に恋に恋する少女といった風情である。

「まぁムリですよねパチュリー様には。だって年中図書館に籠もって出会いなんてげふぅ!!」

 復活をはたした小悪魔が、懲りずに合いの手を入れる。次の瞬間、彼女の顔面には二千ページ超えの大百科がめり込んでいた。

「……もうちょっとは気の利いた台詞を言えないのかしら、この使い魔は」

 実はパチュリー、こんな使い魔を喚び出すくらいには寂しがりであった。本人は頑なに認めないだろうが。

 そうしてもう一つ、実は結構な結婚願望の持ち主でもあった。それ故に――何で咲夜なのかしら?――小指を見つめては溜め息を吐いていた。

「いやぁでもやっぱりムリでしょう。何せパチュリー様が最後に男性と会話したぼぶふぅ!」

 小悪魔の辞書には懲りる、という言葉が無いのかもしれない。

 本、と呼ぶのすら冒涜的な厚みを持ったモノが小悪魔の顔面を潰した。試しに表題に目を通してみれば、『死霊秘本(ネクロノミコン)』と書いてある。そのような扱いでいいのか、七曜の魔女よ。

 盾としてはそこそこに役立つ使い魔ではあるが、寂しさを紛らわせるにはとんと役立たずである。

 パチュリーは盛大に溜め息を吐き、再び本の世界へ没頭しようとした。

 ドォン――! すぐ近くから、爆発音が響く。

 こんな時に、招かれざる客がやってきたようだ。

「小悪魔――」

 ソイツを追い払う為の装置は、未だ床の上で四肢を投げあられもない姿を晒していた。

 パチュリーは頭痛を覚えながらも、しょうがなくネズミ撃退の為に重い腰を上げる。

 まぁ、泥棒退治にでも精を出せば、このモヤモヤとした気も紛れるかしら、ね……。

 

 

「こちらへ○○さん。お暗いので足元にはご注意を」

 門前で何やかんやと一悶着あったものの、アナタは咲夜に紅魔館の中を案内されていた。

 真昼だと云うのにカーテンが閉め切られ、館内は薄暗い。

 咲夜は霊夢をいない者として扱っているようだ。霊夢もまた、咲夜の指示になど従わず我が物顔で館内を進んでゆく。

 どこまで連れてゆくのだろうか? 玄関ホールを過ぎ階段を昇り、暫くの間無言で廊下を進んでいる。応接間、であれば大方入り口の近くに設置されてる筈だが……。

 アナタがそんな思考に囚われていると、遠くから爆発音が響いた。全くの同時に館が僅かに揺れる。

 何事だろうか? 不安を覚えたアナタは少女の顔を交互に見やる。完璧で瀟洒なメイドは渋面を作っているし、巫女もまた何とも言えない表情をしていた。共通点は、二人とも心当たりがある、と云う事だろう。

 三人の歩みが、廊下の真中で止まる。

 さて、困惑するアナタは彼女らの指示を待つしか出来ない。

「――! ――!」

「――ッ! ――――!」

 暫くすると、廊下の奥から何者かの声が聞こえる。好奇心に駆られたアナタは耳を研ぎ澄ませてみた。どうやら二つの声が激しく言い争っているようだ。

 しかし、その内容までは解らない。分かるのは、その声が段々と近付いているという事だ。

「――待ちなさい魔理沙!」

「おいおい! 待てと言われて――」

「待つ馬鹿はいないなんて、えぇ、おおよそ馬鹿のする返答よね!」

 最早聞き間違え様の無いぐらいに、二つの声はハッキリと耳に届いた。その内一つが知り合ったばかりの人物だった為、アナタは「おや?」と首を捻る。そんなんだからだろう。

「○○ッ!」

「○○さん!」

 反応が、遅れてしまったのは。

 霊夢と咲夜が声を張り上げたのはほぼ同時だ。

 そして間髪入れずに、廊下の闇から箒に乗った魔女が姿を見せた。

 魔理沙の瞳がアナタを認識すると、彼女の顔が驚愕に彩られた。

 アナタは――。

 

 ――【反応することが出来なかった】

 ――【慌てて伏せる】

 

 

 

 

 ――【反応することが出来なかった】 魔理沙好感度+1

 

「ちょっ!? どけえぇぇぇぇ――!?」

 魔理沙の叫びも虚しく、二人は正面から衝突した。

 その速度、衝撃を殺し切る事など不可能で、二人は組んず解れつ、絡み合い、転がり合った。

 そうして、最初の位置から十メートル程移動した所で、ようやく勢いが死んだ。

「いててて――」

 魔理沙の痛みを堪える声が、アナタの下から聞こえる。そう、下である。

「まったく……。何でこんなところにいるんだ、ぜ――?」

 アナタは、丁度魔理沙を組み敷いているような体勢になっていた。押し倒した、と言い換えても良い。

 すぐ目と鼻の先には、少々男勝りな、されど十二分な乙女心を所有している少女の顔がある。意外にも長い睫毛。少し栗色に近い猫っ毛な金髪。不安に揺れる瞳。

 アナタの目の前には、怯える少女の姿があった。

 それより何より重大な事がある。

 ……アナタの手の位置だ。

 片方の手は、あぁ、問題ないとも。床に手を付き、少女を押し潰さぬようにアナタの身体を支えている。

 もう一方の手は、言わずもがな、お約束というヤツである。

 もみもみ――。

 アナタは目の前の状況が信じられず、思わず確認する様に指を動かしてしまった。薄くとも柔らかい、少女特有の感触が、これが現実なのだと思い知らせてくる。

 少女(まりさ)の表情が一気に険しいものへと変わった。

 乾いた、音が響く。

 アナタは頬に、灼けつく様な痛みを覚えた。

 目の前には、瞳に涙を(たた)え、腕を振り抜いた魔理沙の姿が。

「バカ野郎!」

 呆けているアナタの腕の中で、魔理沙は藻掻きすり抜けると、それだけ叫んであっという間に姿を消してしまった。入れ替わりに現れたのが、息せき切ったパチュリーだった。

 アナタに残ったのは魔理沙の落とした本と、霊夢と咲夜の冷たい視線だけ。

 ――【※】

 

 

 

 

 ――【慌てて伏せる】 パチュリー好感度+1

 

「ちょっ!? どけえぇぇぇぇ――!?」

 考えるよりも早く、反射的に伏せる。

 魔理沙の叫びがドップラー効果を残し、頭上を通り抜けていった。

 ……何だったのだろう?

 アナタは身を起こし、身体についた埃を払った。

 そう、魔理沙という一難を避けた事で油断してしまったのだ。失念してしまったのだ。

 叫び声が、二つだった事を。

「むきゅうぅぅぅ――!?」

 へ? と、聞き慣れない叫びにアナタは呆然と振り向く。

 眼前に紫色の少女の姿があった。少女の表情もまた、アナタ同様に驚きに染まっている。とても躱す事など出来そうもない。

 ドン! 強い衝撃が胸と、一寸遅れて背中を襲う。

 押し倒されたのだと、直ぐに気付いた。さて、少女一人を受け止められ無かった貧弱を嘆くべきか、はたまた少女を下敷きにせずに済んだ事を喜ぶべきか。

 兎も角、起き上がろうとするも、覆い被さる少女のおかげで中々上手くいかない。というかだ――。

「むきゅぅ……!」

 恐る恐る、瞼を開ける。目と鼻の先、少女の顔が入った。目の下にある隈からちょっと不健康な印象を受けるものの、美少女と、形容するのに些かも過不足無い顔立ちである――ってそうじゃない。

 近い、少女の顔が。近すぎる。互いの吐息が、やけに五月蝿く感じられるぐらいの正面に、少女の顔が接していた。

 何かの間違いでふっと、少女の背が押されでもしたら、過ちを犯してしまうぐらいに距離が、近い。どころか迂闊に動いただけでも触れてしまうんじゃないのか……?

 胸に覆い被さる、彼女の体温。柔らかい感触。アナタは、相手に自分の心音が聞こえないか、思わず心配になってしまう。

 対してパリュリーの混乱は(アナタ)の比ではなかった。

(ななな、なんで(おろこ)(ひろ)がいるのよぉ~~っ!?)

 心の中の言動が、噛んでしまうほどである。

(てて、っていうか近いちかい近過ぎるわよっ!)

 自分のふにゃふにゃとした肉体と異なる、硬い筋肉。さして鍛えているものでもないが、根本として有り様の異なるソレに動かない図書館の脳みそは沸騰寸前だった。

(こ、こんな時はどうすればっ!? えぇっと、『恋愛辞典五十六頁第二章、男の人の気を惹く為』には確か――!?)

 こんな時でも本で得た知識に縋ろうとする辺り、感心するべきか呆れるべきか。

 パチュリーが脳内の記憶を手繰り何とか状況の打破を試みようとすると――。

 突然、己の身体が宙に浮いた。いや、正確に言えば床との間、支えとして合った男の身体が前触れ無く消え失せたのだ。

「むっきゅん!?」

 二十センチにも満たない空間を、パチュリーは重力に引かれるがまま落ちた。突然の出来事に勿論、防ぐ手立てもなく思い切り鼻をぶつける事になった。

 では、アナタは一体どこへ消えたのだ?

 アナタは、突如切り替わった視界の景色に戸惑いを隠せない。視界いっぱいに広がる美少女から、変哲の無い廊下の景色。そうしてすぐ隣には、不機嫌を隠そうともしない咲夜の姿があった。

 彼女はアナタの身体に付いた埃を払う。やけに力の篭った加減で。ちょっと痛い。

 そうして最後にギロリと睨まれてしまった。アナタは己の不可抗力を訴えようとしたが、このような状態の女性に理屈は通じないと諦め、軽蔑の視線を甘んじて受け入れる事にした。

 ふと、己が倒れ込んでいたすぐ近くに、一冊の本が落ちているのを発見した。

 おそらく魔理沙が、急制動した時に落としていったのだろう。

 アナタは何気なくそれを手に取り、表紙の埃を払った。

 ――【※】

 

 

 

 

 ――【※】

「コホン。……本を取り戻してくれたのね」

 気まずい沈黙を断ち切るよう、パチュリーと名乗った少女はコホンと一つ咳き込み、努めて冷静さを装い切り出した。

 そうしてアナタは手の中の本がパチュリーのものだと察する。

 それがどうして魔理沙が持っていたのだろうか、いや深くは考えまい。

 あんなに必死になって追い掛けるのだ。きっと大切な本なのだろう。

 アナタは手ずから丁寧に本を返した。パチュリーの頬に朱が差す。

「あ、ありがとぅ……」

 感謝の言葉は語尾にいく程小さくなり、最後には聞き取れないぐらいか細いものとなっていった。

 特に自分が、何をしたという訳でもないが、ここは素直に受け取っておこう。

 ――どういたしまして。

 やんわりと微笑みながら返答する。パチュリーは耳まで赤くして俯いてしまう。

 そうして渡された本を大事に抱えて、慌てた様子で走り去ってしまう。声を掛ける暇もない。

 ろくすっぽ自己紹介も出来ずに、パチュリーは消えてしまった。

 彼女の行動がいまいち腑に落ちず、アナタは二人の少女に答えを求めた。

 ――どうしたんだろう?

 霊夢と咲夜は互いの顔を見、頷き、アナタを挟むように身を寄せてきた。

 ほとんど同時に両脇腹を抓られて、アナタは痛みに飛び跳ねた。理不尽!




好感度状況

霊夢:?
紫:★
魔理沙:☆(★)
アリス:★★★
文:☆
咲夜:★★
美鈴:★
パチュリー:★(★)


これが今後の展開にどのような影響を与えるのでしょうか、ゴクリ……?
いえ、あんまり深く考えて無いので、もしかしたら無かった事になるかもです。
影響を、与えるんですかねぇ……?


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8A話 さらば紅魔館また来る日まで

「ようこそ客人。吸血鬼の統べる館、紅魔館へ」

 咲夜に通されたのは王の間と、そう称するのが相応しい広間だった。

 一段高い壇上へ真っ直ぐに伸びるレッドカーペット。その中央に据えられた、装飾がふんだんに誂えられた椅子の上でふんぞり返っているお子ちゃまこそ、紅魔館の当主レミリア=スカーレット嬢であった。

 ふふんと自信満々な表情でこちらを見下している姿は、精一杯のカリスマをアピールしているようだが、彼女の体型にはどう考えても不釣り合いな大きさの椅子。座るというよりも包まれている、そんな風にしか見えず、微笑ましさのあまりつい要らぬ口が滑ってしまう。

 ――可愛いですね、と。

 如何に見た目は子供なれど、相手は館を治める当主だ。大分礼に逸した行為である。

 アナタの無礼を諌めるべきか否か、従者は恋心と忠誠の狭間に揺れ結局はオロオロとするしかなかった。霊夢はと言えば、アナタのレミリアに対する評価に不満を抱いているようだ。

 そして可愛いと言われた当の本人は、一瞬唖然とした顔を浮かべ、みるみるその顔を赤く染め上げていった。怒りと羞恥と、ほんの少しの喜びで。

「咲夜! なんだ、このぉ……! この、失礼なヤツは!」

「も、申し訳ありませんお嬢様! その――」

 咲夜は言葉に詰まる。何と説明すれば良いものか。

 真正直に云うなら自分の運命の相手だ、となるのだが、いやそもどうして自分は主人と彼を出会わせようと考えたのだろうか。探して来い、と言った主人に対しての報告? はたまた、自分とアナタの仲を認めて欲しいとの懇願?

 そのどれもが正解のようで、はたまた違うようで。咲夜はここまでの己の行動が、何ともふわふわとした意思の元に行われていた事にようやく気付いた。

 アナタに出会えた喜びのあまり、特に考えもなしに自分の領域(テリトリー)へと招き入れるなんて。全く本来の自分らしくもない。

 いや、そのように気を逸らせた心当たりはあった。

 咲夜は霊夢に鋭い視線を送る。巫女は興味無さげに事の成り行きを見守り、呑気にも欠伸を噛み殺しているではないか。

 この女の存在が、まるで○○の隣は私のものだと主張するこの女の存在が! どうしようもなく咲夜に対抗心を燃え上がらせたのだ。

 それが咲夜を、こうまでもらしくない行動に移させたのだ。

「――咲夜!」

 己の心情を冷静に自己分析して、咲夜はようやく今迄の一連の行動に意義を見出した。されども現状への役にはちぃっとも立ってはくれない。

 主人の厳しい叱責に現実へと引き戻されて、メイドは肩を震わせた。

 そうしてやっぱり「何と答えよう?」と。回答が得られずに完璧で瀟洒なメイドは珍しく、慌ただしさを表面に見せた。

 見兼ねた――という性格でも無いだろう。霊夢が凪いだ海を往くが如く、怒気を受け流しながら平然とレミリアに近づいて、一閃。

「ていっ」

「いっ! だあぁぁぁぁ――っ!!」

 御幣を振るった。

 攻撃、と呼ぶのも烏滸がましい。緩やかな動作であった。

 しかし妖怪特攻の性質を持つソレは、レミリアにとっては灼熱の鉄棒と同じ。ただ触れるだけでも、肌が焼けるような激痛を覚えさせた。

「な、何するのよ霊夢っ!」

「てい、ていっ」

「あ、痛っ! 痛いってば!」

 御幣の紙垂部分で、レミリアの頬を右に左に撫でる。それから逃れようとレミリアはイヤイヤと顔を振るうも、霊夢は執拗に追いかけては少女の頬を撫でた。

 一見、猫じゃらしと遊ぶ猫のような構図にも見えるが、その実態は陰湿極まりない。

「う、うぅーっ! 咲夜ぁー!」

「っ! 何をしてるのよ貴女はッ!」

 レミリアのぷにぷにほっぺが、みるみる真っ赤に腫れ上がる。

 瞳に涙を溜め震える声で従者に助けを求める姿に最早カリスマは微塵も感じられない。

 主人の泣き声に咲夜は正気を取り戻し、能力を発現させる。一瞬にして霊夢の腕を取り、再び御幣が振るわれるのを防いだ。

 そんな従者に向ける霊夢の視線に反省の色は見られない。どころか「何で止めるのよ」と言わんばかりであった。

 咲夜は、カッとなって叫ぶ。

「当たり前でしょう!?」

 怯える主人。それを守る為、霊夢を責める咲夜。

「ふぅん。要するにあんたは、○○よりレミリアの方が大事って訳でしょ」

「何言って――!」

 咲夜は尚も霊夢を責めようと声を荒げるも、興味を失ったと言わんばかりに霊夢はさっさと身を翻してしまった。

 そうして何事も無かった様にアナタの横へ並び立つ。まるでそこが定位置だと言わんばかりの態度が、一々咲夜の癪に触った。直ぐにでも退かしてやりたい衝動に駆られるも、されど主人を放っておく訳にもいかず咲夜は焦れる心を感じながら、己の役割を全うする。

 震える主人に

「大丈夫ですかお嬢様」

「霊夢コワイ霊夢コワイ霊夢コワイ……!」

 自分の応答にも答えず、壊れたテープのように同じ文言を繰り返すレミリア。

 ついと、八つ当たり気味に苛立ちが滲み出してしまった。

「――大丈夫ですね?」

「ひぃ! 咲夜コワイ!」

 どこに怖がる要素があるのだ。

 何せの言葉は咲夜は底抜けに優しく、一つ一つが丁寧で、にこりと、底冷えがするほどに綺麗な笑顔だったのだから。……うん、これは怖い。

 そんな主従漫才に霊夢は呆れた視線を向ける。

「それで、どうやってもてなしてくれるわけ?」

 一体この女はどんな神経をしているのだ。咲夜は激情に駆られそうになる自分を、強靭な精神力で抑える事に成功した。主人の、アナタの前でこれ以上の失態を演じる訳にはいかないと。

 何より――。咲夜は横目で主人の様子を伺う。

 暴力巫女の魔の手から、主人を遠ざける事が出来よう。

 その様な打算を考えつつ、咲夜は再び能力を発動した。瞬間、レミリアの傍らにあった彼女の姿は消え、背後からギィと扉の開閉音が響く。

「――こちらへ」

 その先へ誘うが如く、頭を下げたメイドが扉を開けていた。

 

 

 もてなしなんて、何をすればいいのだろう?

 アナタに対する詫び、という建前で紅魔館へ招待したまでは良かったものの、深い考えも準備も無かったので、とりあえず咲夜は手ずからに料理を奮った。

 アナタの口に入るものだと思えばやる気も普段の増し増しである。

 料理の腕には自信がある。咲夜はアナタが美味い美味いと舌鼓を打つ姿を妄想しては、だらしない口元を晒した。いやしかし、万一にも口に合わなかったらどうしようと、次に顔を青くした。

 そうした複雑な感情を抱えながら出した一品を、アナタは一口食べて感想を口にする。

 ――美味しい、と

 咲夜は心の中でガッツポーズする。隣でテーブルマナーという言葉すら知らなそうな巫女なんて、見えない聞こえない、そもそも存在しないのだ。

 好いた男が自分の手料理を褒めてくれる。そんな夢の様な時間も、長くは続かない。

 少し早めの夕食を取った二人は、日が落ちる前に紅魔館を後にした。

 霊夢は「一食浮いたわ」とご機嫌だった為、目立った真似もしなかった。

 そうして普段の静けさを取り戻した紅魔館。

 レミリアは咲夜を呼び付けた。

 呼び出された先は、先程の広間。カリスマを取り戻したレミリアは椅子にふんぞり返っている。

 呼び付けた割に主人は一向に口を開く気配が見えない。しかし咲夜は急かす真似はせず、ひたすら主人が口を開くのを待っていた。

「咲夜」

 ようやくしてレミリアが、重々しく、真剣な口調で音を紡いだ。

 つい先刻、情けない姿を晒していた少女と同一人物とは、とても思えない。

「はい」

 故に咲夜も、相応の態度で臨む。

「あの男は止めておきなさい」

「は――?」

 言葉の意味が解らず咲夜は呆けてしまう。

「けしかけた私も悪かったね。だけどあの男だけは――」

「お、お待ち下さいお嬢様!」

 一瞬遅れて咲夜の理解が追いつく。

 その意味を理解し、彼女の脳はソレを拒絶した。

 震える声で、理由を問う。

「……何故です? 何故〇〇様ではいけないのでしょうか?」

 レミリアとて自分が何を口走っているのか、重々承知なのだろう。苦虫を噛み潰したような表情をしているのが証拠であろう。

「咲夜。傾国という言葉は知っているわね?」

 レミリアは言葉を区切り咲夜の反応を伺う。

 その意図を咲夜が理解していないようで、レミリアは溜め息混じりに言葉を続けた。

「アレはまさしくソレだ。無自覚でありながら周囲を掻き乱す。良きにしろ悪しきにしろ、な」

 そういう気質の持ち主だ――と。主人の指す言葉が、あまりにも現実の彼から乖離し過ぎて、矢張り直ぐには理解が追いつかなかった。

 だって〇〇(アナタ)なのだ。特別に優れた容姿を持っている訳でもなく、これといって突出した才能もない〇〇(アナタ)なのだ。咲夜は俄には、主人の言葉を飲み込むことが出来なかった。

 しかしレミリアの表情はどこまでも真剣で、更には誇り高い吸血鬼の瞳の奥に、確かな自分の身を案じる心配があるのだから、決して冗談なんかでは、無いのだろう。

「しかし私は――っ!」

 震える喉がそこまで紡いで、咲夜は口を噤んだ。それが主人の思いやりを無碍にする行為であるからだ。

 忠誠と恋慕の板挟みになって、咲夜は下唇を噛み締めた。口惜しそうな表情。強く握り締めるあまり、しわくちゃになったエプロンドレス。それだけで彼女がどれだけの激情を秘しているのか、解らないレミリアでは無かった。

「はぁ……。分かった、分かったよ」

 こんな従者の姿を見るのは初めてで、レミリアは折れた。

「焚き付けたのも私だしな。オマエの気が済むまでやるといいよ」

「あ……。ありがとうございます!」

 その言葉で、咲夜の表情は一気に花綻ぶ。

 あのお人形さんみたいに、命令に忠実だった咲夜がねぇ……。

 喜びの気持ちを露わにする従者を見詰めるレミリアの感情は、親心と、そう称するのが一番近いのだろう。

 その成長を喜ぶ一方で、矢張り不安は拭えない。

(まぁいい。無事に二人がくっつけば良し。咲夜が諦めるのなら、それもまた良しだ)

 しかし万一でも、自分の家族を傷つけるような事があれば――。

(ま、その時は血を見るだけか)

 咲夜の喜びに水を差さぬようひっそりと、レミリアは凄烈な笑みを浮かべた。




好感度状況

霊夢:?
紫:★
魔理沙:☆(★)
アリス:★★★
文:☆
咲夜:★★★
美鈴:★
パチュリー:★(★)


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B【申し訳ないが丁重に断る】ルート
6B話 ぶらり人里散策


ほぼ同時に進めれば、不満も少ないんじゃないかなと云う画期的(?)な発想!
……アンケートの意味です? ……と、投稿の後先とか。


 ――すいません。

 己の申し訳無さが伝わる様に、深々と頭を下げる。

 だからアナタは咲夜がどんな――酷くショックを受けた――表情をしていたのか解らない。霊夢がどんな――勝ち誇った――表情をしていたのか解らない。

 顔を上げ少女の様子を伺うと、哀しそうな、それでいて悔しそうな顔を浮かべていた。

 アナタは今一度謝罪を口にする。それが一体どんな慰めに、足しになるというのだろう。それでも、口にせずにはいられなかった。

「行きましょう○○。じゃぁね咲夜」

「あっ、○○さん……!」

 やけに上機嫌になった霊夢が腕を取る。

 咲夜の口から名残惜し気にアナタの名前が呼ばれる。だが霊夢の力は思いの外強く、本気を出せば振り解けなくも無いが、そんな下らない真似で霊夢を傷つけるわけにもいかない。

 アナタはどんどんと遠ざかる咲夜に手を振った。

 

 

「阿求はいるかしら?」

 霊夢が稗田家の軒先を掃除している下女に話し掛ける。下女は慌てながらも畏まった様子で頭を下げてきた。博麗の巫女という肩書は大層なものらしい。

 一方で当人たる霊夢はさして気にしてもいないのか、興味無さ気にひらひらと手を振るだけだった。

 少々お待ち下さい――。その言葉を残し下女は屋敷の中へと姿を消した。

 一見しただけでも、立派な屋敷だと分かる。

 周囲の家々と比べ、白漆喰の高い塀で囲われており全貌は把握出来ないものの、塀の上から覗いて見える瓦屋根の量からして、どれだけ大きいのかが伺える。

「ま、幻想郷で生活するなら、とりあえずここに挨拶しておけば間違いないわよ」とは霊夢談。

 そのような経緯もあって稗田家へとやって来たのだが。

「阿求に会いに来たのなら、残念だったな」

 門戸から長身の女性が姿を現した。

 彼女が稗田の当代なのだろうか、とも思ったがどうやら違うようだ。

「何であんたがここにいるのよ」

「いや何。博麗の巫女が尋ねて来るとは、いやはや珍しい事もあると思ってな」

 口調は男性的だが、彼女を男と見紛う馬鹿はおらぬだろう。何せ彼女の身体は出るとこが出て、大変男性受けの良さそうな肉付きをしているのだから。

「それで、そちらの男性は?」

 女の興味深げな目が、アナタに注がれる。

 アナタは一つ頭を下げ、己の名前を口にした。

「これはこれは、ご丁寧にどうも。上白沢慧音だ。よろしく頼む」

 挨拶と同時に慧音は手を差し伸べてきた。

 彼女の顔と手を交互に見やり、アナタはそっと、壊れ物を扱うかの様に手を握り返した。

 その事に慧音は驚いた様な表情を浮かべて、そしてはにかんだ笑顔を見せた。

「……ちょっと。もういいでしょ」

 何がいいのか悪いのか、さっぱり分からないが、霊夢がぶすっとしながら握られた手を解いてきた。

「――ふむ。本当に、珍しいな」

 そんな霊夢の様子を見て、慧音は小さく零した。耳聡い巫女は聞き捨てる事無く、慧音を一睨みした。そんな巫女の態度に気を悪くするでもなく苦笑を浮かべる慧音。

「残念だが、今阿求は出払ってしまっているよ。行き先は、おそらく貸本屋だろうな。もし急ぎであるならそちらに向かうといい」

「小鈴ちゃんとこね。ありがと」

 それで霊夢は興味を失ったのか、早速稗田家を背に向けた。

 霊夢の切り替えの良さに置いてかれそうになったアナタは、慌てて彼女の後を追おうとする。

「えぇと。○○さん、だったかな?」

 丁度一歩目を踏み出した所で声を掛けられ、危うく転びそうになる。

 たたらを踏んだ所で振り返ると、慧音は苦笑を浮かべていた。

「あ、いや。幻想郷もそう悪い場所じゃぁないんだ。住めば都というか、ぜひあなたにも好きになって欲しい」

 呼び止めた慧音はちょっと言葉に詰まって、そんな事を告げてきた。

 アナタはしっかりと頷き返す。そんなアナタの様子に慧音は何だか胸を撫で下ろしたようだ。

「ちょっと~。○○~?」

 少し離れたところから、霊夢が名前を呼んでいる。

 アナタはもう一度別れの挨拶を口にして、霊夢の元へと駆けて行った。

 そんな二人を見送り、慧音は自問する。何故、と。

(何故私は、○○を呼び止めたのだ?)

 そうなのだ。最初○○が霊夢の元へと行こうとした時、彼を呼び止めたのは彼女の意思では無かったのだ。なんとなく、そうなんとなく意味も無く呼び止めてしまったのだった。

「何故、私は――」

 疑問は遂に口を吐いて出る。

 ――あんな事を口走ってしまったのだ。

 考えても考えても答えは出ず、ただ自分に問う度、心の中で○○の存在が大きくなる感じがした。

「慧音さん?」

「……阿求か?」

 己の名前を呼ばれ慧音の意識は現実に引き戻される。

 そこには屋敷の主である少女の姿があった。

「どうしたんです、このような軒先で。呆けておいででしたよ?」

 やんわりと微笑む阿求の姿はどこか儚げで、深窓の令嬢の様な印象を受ける。しかし深い付き合いのある慧音には、彼女がそのようなか細い少女では無い事を知っている。同時に、そんな印象を与える原因もまた、知っていた。

 稗田の使命。人里の重鎮。その小さな双肩に、不釣り合いな重荷を負っている彼女には敬意の念を抱かざるを得ない。

「慧音さん?」

「あぁ、いや。博麗の巫女が訪ねてきていたぞ」

「霊夢さんが? 珍しいですね」

「あぁ、珍しいことだ。更に、だ。これを聞いたら驚くこと受け合いだぞ」

「まぁ。何かしら?」

 博麗の巫女が男を連れていただなんて、天狗が知れば異変だと騒ぐかもしれない。それぐらいに珍事であった。

 この小さい友人が一体どのような表情で驚くのか、想像するだけで笑みが零れてしまいそうだ。

「……それにしても、悪いことをしたなぁ」

 阿求に聞こえぬよう、慧音は小さく呟いた。

 これでは行き違いになってしまったな。と慧音は苦笑して頭を掻いた。




好感度状況

霊夢:?
紫:★
魔理沙:☆☆
アリス:★★★
文:☆
咲夜:★★
慧音:★


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7B話 ミラクルオラクル

なんだか閲覧数の上昇が激しいと思ったらランキングに載ったようで。
普段から読んで下さっている方々、お気に入り登録してくれた方々。
そして評価を入れて下さった方々にこの場を借りてお礼申し上げます。
ありがとうございます。


「――こうして二人は末永く幸せに過ごしました。めでたしめでたし」

 その言葉を最後に人形劇の幕を閉じると、観客から一斉に拍手が上がった。

 完全オリジナルのお話は初めてだったので、見せるまでは不安で仕方なかったが、この反応を見る限り上々のようだ。

 アリスは嬉しくなった。口元は綻び、極々自然な笑みを浮かべることが出来た。そんな七色の人形遣いの姿は、男性ばかりか女性をも見惚れさせる魅力があった。

 アリスは、最後のシーンを演じてくれた二体の人形ともども礼をする。

 するともう一度、わぁっと歓声が上がり、アリスの足元に沢山のおひねりが投げられた。

 がやがやと思い思いの感想を口にしながら、人々が去ってゆく。面白かった。また見に来よう。それを耳にする度、アリスは胸に少しの恥ずかしさと嬉しさが込み上げてきた。

 大分人もまばらになり、さて片付けようかしら、といったところでアリスは声を掛けられた。よく聞き知った、知人の声だ。

「何やってるのよ」

「れ、霊夢――と○○!?」

 いつまで経っても帰る気配がない、どころかアリスに近寄る人影があった。霊夢と○○である。

「い、いつから見てたの?」

「そうねぇ。優しい魔女が、傷だらけの青年を助けたってところだったかしら」

「最初っからじゃない!」

 あーもー。と唸りながらアリスは真っ赤になった頭を抱え蹲ってしまう。

 その背中からはたっぷりと負のオーラが放たれており、何と励ませば良いのか、アナタは声を掛けあぐねてしまう。

 神経が図太いと言うか何というか、霊夢は特にアリスを気遣う様子も見せず、一体の人形を手に取った。

「それにしても、よく出来てるわねぇ」

「あっ! ち、ちょっと!」

 霊夢は、アリスが最後まで操っていた二体の人形の、内一体の男性型を手に取った。腕を、脚を、ぴこぴこと動かしている。その外見、誰をモデルにしているかなんて――霊夢はチラとアナタに視線を向けてきた。

「勝手に触らないでよ!」

 霊夢の掌の中で弄ばれる人形を、アリスはひったくる様に取り返す。

 これには霊夢とて、カチンと来たようだ。

「それにしても、可哀想ね。妄想を形にして喜ぶしか出来ないんだから」

「……なんですって」

 巫女と人形遣いを中心に、不穏な空気が立ち込める。

「はぁ……。これだから見識の狭い人は嫌ね。この世のフィクションを楽しむゆとりも無いなんて」

「ちょっと、勝手に主語を大きくしないで頂戴。そういうあんたこそ、言い返せないからってレッテルを貼るんじゃないの」

 そうして収まるどころか加速度的に悪化の一途を辿ってゆく。

 二人の遣り取りを眺めていた僅かなギャラリーも、とばっちりはご免だとそそくさと離脱していった。

 しかしアナタは逃げる訳にもいかない。少女らが発する、あまりよろしくない感情を正面から受け止めつつ、何とか場を治めようとアナタは――。

 

 

 ――【霊夢を諌める】

 ――【アリスに矛を収めて貰う】

 

 

 

 

 ――【霊夢を諌める】 アリス好感度+1

 

「何よ」

 アナタは霊夢に、言い過ぎだと注意した。

「○○……」

 アリスが胸の前で手を組み感激した視線を向けてくるが、今は置いておこう。

 対照的に霊夢は、あまり表情に出してはいないが、明らかに気を悪くしている。

「ふぅん。こいつの味方するんだ」

 霊夢の物言いはつっけんどんで、さしものアナタも気分を害した。

 だが同時に拗ねた子供のようで、目の前の少女がまだ年端もゆかぬ少女だという事をアナタは思い出す。

 アナタ自身、少々冷静さを失っていたのかもしれない。

 アナタは一つ一つ丁寧に、自分の考えを説明した。

 どちらの敵だ味方だという訳ではない。人のものを勝手に触られたら誰だっていい気はしないだろう。それが大切な物なら尚更である、と。

 そうしてアナタは「アリスも言い過ぎたと反省している」と、ワンクッションを入れる。

 ここで自分に話が振られるなんて、思ってもみなかったアリスはうっと小さく呻き声を上げた。しかしアナタの目を見て、その意図を解したのだろう。ちょっとだけ逡巡する様子を見せて、一つだけ嘆息した。

「そうね。私もカッなってやり過ぎたわ」

 そうして二人は霊夢に注視する。

 さて。こうまで言われて、一人駄々をこねていたら正真正銘の子供である。

 外堀を埋められた、と霊夢は小さく息を吐いた。そして、そっぽを向いてぶっきらぼうながらにも言い放つ。

「……悪かったわよ」

 本心からのものでは、ないのかもしれない。

 だがこの場を収めるには十分な謝罪であった。

 二人の喧嘩が本格的なものに発展しなかったのは、アナタの功績と言うよりも、ひとえに二人がアナタの想像以上にずっと大人だった事が大きな要因であろう。

 兎にも角にも、人里の一角で、突如として激しい弾幕ごっこ開かれるという事態は避けられたのだ。

 この平穏を有難く思おうではないか。例え、僅かの間の仮初に過ぎぬとしても。

 ――【※】

 

 

 

 

 ――【アリスに矛を収めて貰う】

 

「で、でも霊夢が!」

 そこを何とか、とアナタはアリスを拝み倒す。何とも情けない姿だ。

 だが、プライドを捨てる程度で場が収まるのなら安いものだ。何故霊夢ではなくアリスなのか、と云うのもどちらかと言えば大人なのはアリスだと思ったからだ。

 アリスの口がもごもごと蠢く。きっと色々と言いたい事があるのだろう。彼女は目をぎゅっと瞑り眉根に皺を作り、うんうんと唸る。

 そうして目一杯、諦めたように盛大な溜め息を吐いた。

「はぁ……。分かったわよ……」

 アリスには本当に悪いことをしたと思っている。

 アナタはもう一度アリスに謝罪を告げる。しかしアリスは「もういいわ」と、口を閉ざしてしまった。

 霊夢に目を向けると、彼女も彼女で不満げな瞳を向けてくる。

 とりあえずは、場を収めることには成功したに違いない。

 しかしアナタの選択は正しかったのだろうか。

 三人が三人、胸の内にシコリが残る様な形で、いざこざは収束したのだった。 

 ――【※】

 

 

 

 

 ――【※】

 

「それで。二人揃ってどうしたのよ。私の人形劇を見に来た――ってわけじゃないんでしょ?」

 アリスはちらりと、アナタの様子を伺った。

 何故霊夢ではなく自分なのか、アナタは首を捻る。

 そんなアリスの視線を遮るように、霊夢は一歩前に出た。

「別に。○○に里を案内してたのよ」

 その通りである。これから幻想郷で生活するというのだ。店の場所、里の地理。覚えなければならない事は尽きない。

「どうして私も誘ってくれないのよっ」

「……どうしてあんたを誘わなきゃならないのよ」

 アリスは不満を口にする。対して霊夢の反論は尤も過ぎる。

 それ故にアリスは二の矢が継げない。

「だ、だって……!」

 言葉に詰まるアリス。

 まただ。ちらりちらりと、恐る恐るといった様子でアリスはアナタの反応を伺ってくる。

 その頬は赤く、何かを訴えているようだった。

 霊夢が小さく舌打ちをする。

「……こんな所で油を売ってる暇なんてなかったわね」

 行きましょ○○、と霊夢はアナタが口を開くより早く、腕を取りズンズンと進み始めてしまった。

 ついさっきも似たような事があったなぁ、とアナタの脳裏に浮かぶのは先刻のメイド少女。

 しかし、先程と違う点が一点。

「ま、待って――!」

 数歩踏み出した所で、アリスが呼び止めてきた。

 霊夢がぐいぐいと引っ張ってくるが、無視をする訳にもいかない。アナタは足を止め振り返る。

 そこにはやけに真剣な表情のアリスがいた。口を開こうとしては閉じ、それを何度か繰り返し、彼女は覚悟を決めたようだ。

「わ、私も一緒に行くわ!」

 

 

 アリスを加えた一行は、当初の目的通り一路鈴奈庵を目指した。

 道々の会話はめっきりと減り、それもこれも二人の少女が互いに牽制し合っているからだ。

 張り詰めた空気に疲労が募るアナタは、どうにかして仲を取り成そうと周囲に視線を這わせる。

 ふと、その視界に人だかりが目に入った。アナタはこれ幸いと話題を振り、少女らを誘導した。

 人垣を掻き分けながら中央を目指す。そうしてやっとこさ最前列にまでやってきて、その中央にいたのは一人の少女だった。その姿を確認した途端、霊夢の表情が嫌そうに曇る。

「奇跡! それは神の御業!」

 美しい緑髪を備えた巫女服の少女が、大幣(おおぬさ)を天に掲げ声高に宣言した。

 何だろうか? 少女の堂々たる振る舞いにアナタの興味がそそられる。

 しかし霊夢は声を出す事すら警戒して、ひたすら無言でアナタの腕を引っ張っていた。その瞳は、何かを必死で訴えている。

 アナタは霊夢と彼女の間に何かしらの関係がある事を察する。緑の巫女の正体も気に掛かるが、ここは霊夢の気持ちを優先してこの場を離れようそうしよう。

 しかしアナタの決断は少しばかし遅かった。

 ビシィと、少女の大幣がこちらの――正確に言えば霊夢の――鼻先へと突き付けられる。

「そう! 守矢の奇跡であれば、男っ気の無い博麗の巫女にもご覧の通り!」

 聴衆の視線が大幣の先へ集まり、一斉にどよめきが奔った。

 ――おぉ、本当だ。

 ――あの妖怪巫女に、信じられん。

 ――ありがたや。ありがたや。

 思い思いに勝手なことを云う聴衆。こちらを拝むおじいさんまでいるのだから、訳が解らない。

 しかし彼女のパフォーマンスは成功を博したようで、聴衆のボルテージは鰻上りであった。

 流石は守矢の巫女だ、と口々に少女を褒めそやす。その少女は正に鼻高々といった様子で胸を張っている。

 出汁に使われた霊夢としては、当然面白くない。そうして○○の隣にいるのに、ちっとも自分の話題が上がらないアリスも面白くなかった。

「あのねぇ……。私が男の人と歩いているだけで奇跡ですって? あんたの神様ってのも随分と安っぽいのね」

 右の頬をぶたれたら夢想封印をぶちかます事で有名な方の巫女は、努めて平静を装いもう一人の巫女へと向き直る。

 それは全く、過程よりも結果を重んじる霊夢らしい行動と言えよう。だが今この場では、非常に良くない。

 ――早苗様に喧嘩を売るとは。

 ――おぉ。やはり博麗の巫女は恐ろしいのう。

 ――ありがたや。ありがたや。

 妖怪を退治する、という事であればこれ程心強い味方はいないだろう。一方で霊夢は、他人に無頓着過ぎる。そして常人には一種異常に映る程、超然としている。それが一層、里人の霊夢への無理解、引いては畏れに繋がっていた。

 そして何より、この場の聴衆の心は緑の巫女――早苗と云うらしい――の演説によって、とても中道と呼べる状態ではない。

 怯えと恐怖の混じった視線が霊夢に注がれる。それすら霊夢は物ともしないのだから、彼らの感情は一層煽られてしまう。

 このままでは、アリスの時の焼き直しである。いやさ、周囲の状況を鑑みればより悪い未来しか見えない。

 故にアナタは――。

「ちょ、ちょっと○○!?」

「きゃあっ!?」

 無言で霊夢とアリスの手を取り、その場を離れた。

「あ、こらっ! 待ちなさい――っ!」

 遠くから早苗の声が響く。

「○○っ!」

 霊夢の不満に塗れた抗議が聞こえるが、それすらも無視する。絶対に離さない、という意思を篭めて少女らの手を握り、人垣が目に入らなくなるまで足を進める。

 そんなアナタの決意を感じたのだろう。霊夢は呆れたように息を吐いた。

「馬鹿ね。そんなに強く握ったら、痛いじゃない」

 そう云う割には口元は綻び、霊夢はきゅっと握り返してきた。

 そうして自分の行いに自信を持ったアナタは、ようやく霊夢の顔を見ることが出来た。胸の高さ程もない少女は優しげに微笑んでいた。

 釣られてアナタも微笑んだ。

 

 

 アリスは、と言えば。

「○○の手、○○の手――!」

 耳まで赤くした顔を、ずぅっと地面へ向けて、ひたすらに繰り返し呟いていた。

 その声音が小さかった事に、彼女は救われる。

 いやだって、それが彼の耳にでも入っていたら、ドン引かれる事間違いなかったのだから。




好感度状況

霊夢:?
紫:★
魔理沙:☆☆
アリス:★★★(★)
文:☆
咲夜:★★
慧音:★
早苗:

早苗をぶっこんでみました。
unnownさんリクエストありがとうございます!
はてさて、彼女はどう絡んでいくんでせう?(考えなし


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8B話前編 人里クエスト 

ちょっと私生活が忙しくて中々執筆の活動に向かい合えません。
8B話にツッコミたいネタが幾つかあり、全部入れたら長くなりそうなので、取り敢えず小分けにしようかなと。
先に9話と称した話を投稿してしまった弊害がここに……!


「それじゃぁ、何を注文する?」

「そうね。私は紅茶と苺のショートを」

「はいはい! 私は白玉あんみつパフェを下さい!」

「ふぅん、美味しそうね。それじゃ私も同じのを――じゃなくて」

 霊夢はジロリと睨みを効かせ、怪訝そうに顔を歪めた。

「何であんたが自然に混じってるのよ?」

「え? 普通についてきたからですけど? あ、店員さん。カプチーノもお願いしますね」

「……お願いだからメニューを見て注文してよ」

 歩き通した霊夢とアナタ。人形劇を終えたアリス。そして――先程まで演説に喉を酷使していた早苗。

 それぞれ理由は違えど疲労を覚えた一行は、手近な店に飛び込んだ。飛び込んだのだが……。

 いつの間にか平然と、ついさっきまでは己が宗教の素晴らしさを問うていた巫女さんが、霊夢と険悪な雰囲気を醸していた巫女さんが、ちゃっかりと加わっていた。

 いや、彼女が背後にぴたりとくっついていたのは分かっていたのだ。だが霊夢もアリスも徹底的に彼女を無視するし、直接的な会話を交わしていないアナタが話し掛けるのも気が引けていた。

 きっと行き先が同じ方向なのだ、そうに違いない。そう思い込む事で、アナタも無理矢理にその状況を納得していた。

 そうして霊夢が「ちょっと休憩しましょうか?」と言って、この店の暖簾を潜ったのだ。酒という一文字がデカデカと書かれた店に。

 彼女――東風谷早苗と言うらしい――が同じテーブルに座り平然と注文に混じるのだから、もう無視を決め込む訳にも行くまい。

 と言うかだ、思い思い勝手を言う少女らに店員さんが困っているではないか。

「何さらっと追加してるのよ。私が聞いてるのは手段じゃなくて、理由よ理由。あ、私には熱い緑茶ね」

「いやですねぇ霊夢さん。私と霊夢さんの仲じゃないですか」

「えぇ、商売敵という水と油の関係よね」

「昨日の敵は今日の友とも言いますよ?」

 巫女同士の舌戦はヒートアップする一方だった。というか、霊夢だけが一方的にムキになっている構図であった。短い付き合いだが、霊夢がこうまで感情を露わにするのが珍しく、アナタは驚きに目を丸くした。

 二人の言い合いは終わりが見えず、いよいよ店員は目の端に涙を浮かべていた。

 気の毒に思ったアナタはメニューを開き、出来る限り少女らの要望を汲み取りつつ料理を注文した。

 店員さんは明らかに助かった、という安堵の表情を浮かべ、一秒でも早く離れたかったのだろう。早足でカウンターの奥へ姿を消した。

 ……その店員の格好が周囲から浮いていたので、矢鱈アナタの目に焼き付いていた。

 赤い髪に赤いマント。幻想郷では珍しい洋装。ちょっと丈が短すぎやしないか、と心配になるミニスカートからすらりと伸びる生足が魅力的な女性だった。

 アナタがそんな事を考えていると、ズボンの裾をくいくいと引かれる。

 ――何だろうか?

 隣に座る霊夢は未だ納得がいかないのか、早苗とぎゃーぎゃー言い合っている。ふと視線を落とす。裾を引っ張っていた物の正体とは小さな、可愛らしい人形だった。

「シャンハーイ」

 人形が微かな鳴き声(?)を上げる。

 釣られてアナタは、人形を操っている向かいの少女に目を向ける。

 アリスは一体何が不満なのか、ぶすっとした様子で上目遣いにこちらを見つめていた。

 何とも居心地の悪さを覚えたアナタは居住まいを正し、周囲に目をやった。昼時をちょっと過ぎたぐらいだと言うのに、居酒屋は思いの外繁盛していた。

 ガハハと笑いながら酒を煽る、小麦色の筋肉を晒す男衆もいれば、チビリチビリとカウンターの端でひとり飲みを嗜んでいる女性もいる。中には明らかに未成年そうな姿の少女もいるが、アナタはここが幻想郷であること、記憶の中の常識が通用しない世界であることを思い出した。

「それはそうと――」

 巫女の口論に変化が訪れる。

 何となく、会話をする機会を逸したアナタは、二人の巫女の他愛のない争い争論を呆けながら耳を傾けていた。

 そう、発した早苗の口調は明らかに今迄のものと異なり、興味の惹かれたアナタは更に意識を耳へと集中した。

「こちらの男性はどちら様なんです?」

 突如として向いた話の矛先。アナタは即座に反応出来なかった。

 一拍置いて言葉の意味を理解したところで口を開こうとしたものの、間髪入れずに霊夢が答えた。

「別に。ウチの居候よ」

 その答えは簡潔にして明瞭であったが、過不足のない説明であったかと言われればノーである。

 霊夢の説明に納得いっていないのか、早苗は尚も話し掛けてきた。

「外の世界の方ですよね?」

 この子も大概変わった子のようだ。全く自分のペースを崩さず、「ちょっと」という霊夢の声を完全に無視し、何処か期待を秘めた目を向けられる。

 アナタは首肯した。緑髪の少女は「やっぱり!」と喜色満面に立ち上がった。

「そうじゃないかなって思ってたんです!」

 早苗がどうしてここまで喜ぶのか解らず、アナタは曖昧に頷いた。

「あ、ごめんなさい。私ったら、挨拶もしないで失礼しましたっ」

 早苗は一つ咳払いをし、凛とした透き通る声で自己紹介をした。

「私、現人神の東風谷早苗と申します。守矢神社で風祝をさせて頂いています」

 ペコリと、早苗は頭を下げる。その自然な動作に釣られてアナタも軽く会釈をした。

 礼儀正しい少女だと、アナタは思った。だからこそ霊夢との遣り取りで見せた彼女の天然さから、「変わった娘さんだなぁ」という印象が拭えない。一方で、幻想郷で出会った人物の中では、比較的価値観が近いと感じたアナタは、ある閃きが脳裏に浮かんだ。

 ――東風谷さんも外の世界の出身なんですか?

 アナタの思いつきも中々捨てたものじゃないようだ。早苗は一層喜びを露わにした。

「はいっ、そうなんですよ! 当たり前ですけど、幻想郷(こっち)じゃ同郷の人と会うなんて全然なくて。ついはしゃいでしまいましたっ。ごめんなさい」

 恥ずかしそうに微笑む早苗の姿は、超然とした人間の多い幻想郷に置いて、年相応の少女だった。そんな彼女にアナタは望郷の念を抱いた。

 そうしてアナタと早苗は盛り上がる。二人だけで、二人にしか通じぬ、外の話題で。

 当然面白く無いのは霊夢とアリスである。時折会話に混じろうと試みるも、根本的な問題として外の世界の知識が圧倒的に足りない。結局は時々、短い相槌を打つ事しか出来なかった。

「はいはい。お待たせしました~」

 先程の赤髪の店員が、少々気怠げな声を上げて注文した料理を持ってきたところで話が中断される。

 四人の視線は自然と店員の、トレーの上にある品々に吸い寄せられる。

 そんな時である。アナタは脇腹に鋭い痛みを感じた。

 反射的に振り向くと、隣の霊夢が随分と憮然とした表情を向けてくるではないか。とんと心当たりの無いアナタは批判混じりの視線を向けるも、少女の眉間の皺は更に深く刻まれ、もう一度脇腹を抓られた。

 短い悲鳴を上げるアナタ。

「どうしたんですか?」

 斜向いの早苗が不思議そうに訪ねてくる。

 見ればアリスは既に料理へと手を付けている。彼女の希望した注文の品では無いというのに、文句の一つも言わず、ぜんざいの白玉を無言で口に運んでいる。その僅かに吊り上がった柳眉を見て、アナタは察する。アリスは自分の状況を知って無視をしているのだと。

 尚も早苗はきょとんとしている。

 アナタは額に脂汗の珠を浮かべながら、なんでもないよ、と苦笑いを作った。

 




好感度状況

霊夢:?
紫:★
魔理沙:☆☆
アリス:★★★(★)
文:☆
咲夜:★★
慧音:★
早苗:☆


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8B話後編 人里クエスト 

大分遅くなって申し訳ありません。
前後編に分けると、モチベーションが落ちるのかしらん?


「それ()ね、魔理沙(まりひゃ)ったら非道(ひろ)いのよぉ! ひょっ()()いてるの○○!?」

 改めて店内を見回す。古めかしい、どころかタイムスリップしかたの様な町並みの幻想郷にしては珍しく、店の内装はモダンクラシックの落ち着いた空間を醸し出している。これだけ洒落た雰囲気ならば、成る程、少女らも足を運ぶというものだ。

 だが、今いる客層は――想定しているのかいないのか――そんな人物から掛け離れており、ガハハと絶えず下品な笑い声が響いている。

 そう、思い出して欲しい。一行が入ったのは居酒屋である。洒落てようが何だろうが、喫茶店では無いのだ。 

 とどのつまり、酒が入るのは時間の問題だったのだ。それも我慢とは無縁の幻想郷の少女達である。

 酒が入るにつれ口数が減る霊夢とは対象的に、アリスは乱れに乱れた。

 絡み酒であった。それに加え若干精神年齢が退行している。普段生真面目に生きている反動なのだろうか、抑圧から解放された彼女は饒舌に、且つ舌足らずに絶え間なく愚痴を零している。

 いやま、彼女らがこうなったのも原因があるのだ。それも直ぐ側に。

 突如迷い込んだ異世界で、真逆の同郷との遭遇である。会話が弾むのも必然であった。それも、彼ら彼女らにしか解らないトークの内容だ。ならばアリスと霊夢が自棄になって酒を頼むのも必然と言えよう。

「ねぇ~、○○~?」

 アリスの言動に合わせるように、彼女の操る人形がテシテシと太腿を叩いてくる。所詮綿の身体である、痛みなんて当然無い。

 平然と酒を煽る霊夢は解らないが、アリスはそろそろ、マズイのではないか?

 彼女の焦点はきちんと結ばれているのか怪しく、呂律も明らかに回っていない。時折テーブルにしなだれこちらを見上げるアリスの相好が、訳もなくにへらとだらしなく崩れる。

 矢張りと言うべきか――アナタの懸念は当たってしまった。

 アリスは突然「うっ!」と短く呻き声をあげたかと思えば、赤ら顔を蒼白にしては美少女がしてはいけない顔を晒す。

 アナタは急いで――。

 

 ――【手付かずの水を渡した】

 ――【手元のジュースを渡す】

 

 

 

 

 ――【手付かずの水を渡した】

 

 手渡されたソレをアリスは一息で飲み干す。

 大分血色の戻った顔はアナタと再度視線が絡むと、やっぱりだらしのない笑みを浮かべるのだった。

「○○ってば、(やしゃ)ひいんだぁ~」

 少しは酔いも覚めてくれれば、そう儚くも願っていたアナタの望みは虚しく散った。

 アナタは若干の頭痛を覚えてこめかみを押さえた。

 ――そろそろ店を後にした方がいいんじゃないか?

 そんな思考が過ぎったところで、カランと、軽やかな音が耳に届く。

 見れば霊夢が氷だけになったグラスを傾けて覗き込んでいるところだった。

 嫌な予感を覚えたアナタは身構えると、霊夢がスッと腕を上げようとするではないか。これで何度目の注文(おかわり)になるだろうか。アナタは急いで彼女の腕を抱え込み、必死になって霊夢の注文を阻止するのであった。

 そんな折、ふと早苗と目が合う。余程可笑しかったのだろう、早苗はクスリと笑った。

 ――【※】

 

 

 

 

 ――【手元のジュースを渡す】 アリス好感度+1

 

 霊夢も大概だが、アリスの酔いっぷりは拍車を掛けて酷い。目も当てられないとはこの事だろう。

 もし、アリスが正気に戻り今の出来事をきちんと記憶していたら、真面目な彼女の事だ、大層自己嫌悪に陥る事だろう。

 後の彼女の名誉の為にも、アナタは早急に彼女の酔いを覚ますべく手元のジュースを渡した。

 ――あぁ、訂正しよう。手元の、飲みかけのジュースを渡した、だ。

 そこに親切心以外の他意は無い。だが、アリスの焦点の合わぬ瞳が、手渡されたジュースへ熱心に注がれる。

 そうしてちょっと躊躇を見せつつも、ちびりちびりと口をつけ始めた。

「ありがと……」

 先の傍若無人っぷりは鳴りを潜め、ともすれば聴き逃してしまうほどのか細い声。そう、呟いた顔は先程よりもよっぽど真っ赤に染まっていた。

 アナタが自身の行為その意味に気付いたのは、二人の巫女から白い目を向けられてようやくであったそうな。

 ――【※】

 

 

 

 

 ――【※】

「それで、誰が会計するのよ」

 霊夢の言葉に、周囲はしんと静まり返る。

 会計の準備を行うべく、伝票片手、傍らに佇む赤毛の店員に青筋が浮かんだ。

 アナタはゆっくりと無感情な瞳を霊夢と、彼女の前に積み上がったグラスの山を交互に見やり、一条の汗が頬を撫でた。

 無意識にポケットを(まさぐ)る。指先になめした皮の、滑らかな感触が触れる。

 取り出したる財布の中身を確認し、安堵の息を吐く。そうしてお札を見た早苗が「わっ、懐かしいですっ」と声を上げたので、またもや背筋を冷たい汗が這う。

「残念だけど○○……。外のお金は幻想郷じゃ使えないのよ」

 霊夢の哀れみの篭った目が、アナタの胸を深く抉った。

 何という事だろう。折角の諭吉も幻想郷(ここ)ではちり紙にも等しいだなんて。

 いいや、ばかりか、アナタは現在無一文の素寒貧も同然という事だ。いやさ、年若い少女の世話になるならば、それよりも劣る存在では無かろうか。

 ヒモ――という単語が過ぎる。

 アナタが己の現況に悲嘆に暮れるも、そんな事は関係無いとばかりに店員は苛立ちを露わに、脚を揺すり始める。伝票を覗き込んだ早苗が、書き込まれた桁の数に目を見開いた。

「わ、私は自分の分だけ払いますね……!」

 幻想郷の貨幣価値の解らぬアナタだが、目の泳ぐ早苗の様子を見て、何となく状況を察した。

 絶望の視線を霊夢に向ける。彼女は面倒くさそうに頬を掻き、アリスの肩を叩いた。

「この場は任せたわ」

「ほぇ?」

 まだ状況が飲み込めていないアリスは目を丸くしている。

 そんなアリスに追い打ちを掛けるように、霊夢は小さく耳打ちした。

「○○にいいとこ見せるチャンスよ」

「――払うわ」

 アリスの応答はやけにハッキリと、強い意志が篭められていた。

 ――本当にいいのだろうか?

 霊夢が何と囁いたのかは解らないが、まるで酔いにかこつけて強請っているようで、アナタはアリスに念を押す。それに応えたのは霊夢だった。

「いいのよ○○。アリスが払うって言ってるんだから、黙って奢って貰えばいいのよ」

「えへ、そうよ奢るわ奢っちゃうわよ~。○○の為だもの~」

「アリスさんごちになります~!」

 受け答えこそハッキリしているものの、矢張りアリスの酔いは覚めきっていないようで。

 罪悪感を感じながらも、不承不承この場の会計はアリスに任せる事にした。

 ――働こう。アナタは強く、そう決意したのだった。

 というかちゃっかりと自分も奢って貰っている辺り、強かな早苗であった。

 

 

 道往く人々の視線が一々刺さる。そりゃぁそうだろう。

 両手に収まらぬ花を、それも極上のやつを持っているのだから。

「ちょっと。○○が歩き難そうにしてるじゃない」

(ひや)ぁよ。○○、霊夢がイジワル()うのよぉ」

「この……っ!」

 自分を挟む美少女らが火花を飛ばし合わなければ、アナタとて喜びに浸る余裕を持てただろう。

 美少女二人に、両の腕を絡まれているアナタは、連行される宇宙人の写真を思い出した。

 ――どうしてこうなったのだろう?

 気付かれぬよう、そっと嘆息し記憶を辿るも、現状を好転させぬ無為な行為である事を悟り再び小さく溜息。

「何暗い顔してるのよ○○。こんな美少女相手に、もっと喜びなさいよ」

 霊夢が口を開く度、色濃く残る酒気が鼻腔を襲い、思わず顔を顰めてしまう。自分を指して、憚ること無く美少女と言う辺り――全くその通りなのだが――、彼女もまだ酔いが残っているのかもしれない。それを裏付けるかの様に、彼女の頬は若干の赤みを残していた。

 摂取したアルコール量を鑑みれば、これでも随分と平然としているものだ。

 対してアリスはと言うと――。

「えへへ~。○○の腕ぇ~」

 大変嬉しげな声を上げながら、満面の笑みを絡めた腕に押し付けてくる。その、蕩けてしまうのではないかと心配になるぐらい崩れた相好は、それはそれで愛嬌があるのだが、だらしなく開かれた口元から溢れる涎はご勘弁願いたい。さりとて振り払う訳にもいかなかった。

 彼女の足取りは覚束ず、一人では立つこともままならないのだから。

「お酒って怖いですねぇ」

 一塊に歩く三人から少し離れて、早苗は他人事の様に呟いた。

 アナタは心底、早苗の言い分に同意した。

「それで、皆さんどこへ向かっているんです?」

 一体彼女は、何処へ往くとも知らずに付いてきたというのか。

 今更であるが、アナタは早苗に目的地を告げた。鈴奈庵という場所に行くらしい、と。

 早苗は「へぇ」と感心したような言葉を吐くだけだった。

「アンタ……、いい加減離れなさいよ」

「いーやー! そう()う霊夢こそくっつきすぎぃ」

「私はいいのよ。私は」

(らに)よソレ、意味(ひみ)がわからないわぁ……!」

 二人の舌戦は激しさを増す一方で、アリスがぎゅぅっと腕に力を込めれば、負けじと霊夢も更に力強く腕を絡めるのだった。

 少女らの淡い感触が腕に押し付けられる。それだけならば、軍配はアリスへと上がった。

 アナタとて健全な男子だ。ともすれば口元がにやけてしまいそうになるも、往来の手前、理性を総動員して必死で堪える。だが、観衆のひそひそ声と早苗の白い目がアナタに容赦なく突き刺さっている事実を、薄々ながら感じていた。

 ――どうしてこうなったのだろう?

 益体のない事だと理解しているものの、矢張り考えずにはいられない。

 ことはただ、霊夢が里を案内してくれる、という話ではなかったか。それから里の有力者を紹介しておく――顔を合わせておけば便利だからという理由で――という流れになり、その人物がいるという鈴奈庵を目指す道中、あれよあれよと人が増えていった訳だが……。

 もう一度云おう。どうしてこうなった。

 行く先々で人が増えてゆく様は、まるでRPGである。

 となればパーティーは巫女二人に魔法使い一人と、随分と偏った面子である。

 内二人が酩酊の状態異常を帯びているとなれば、アナタの悩みも尽きない。

 アナタは――さしずめ遊び人といったところだろう。口が裂けても勇者だとは、言える筈もない。ある意味では、勇者と呼べなくもないのかもしれないが閑話。

 ではこの先――鈴奈庵で待ち受けるボスとは何者であろうか?

 未だ酒気を帯び、口喧しく言い合う霊夢とアリスを見ると、きっと碌でもない人物に違いない。

 ……いやいや! 何を、これはゲームではなく現実なのだ。幾ら常識外れの世界だからと言って、そんな出来すぎた話、ある訳が無い。

 しかし、アナタは胸に巣食う不安を拭い去る事がどうしても出来なかった。

 酔っ払った霊夢から鈴奈庵への道のりを聞き出し、どうにかこうにか目的へと辿り着く。

 思えばここまで、やけに長い道のりだった。

 稗田のお屋敷や街中の一等地立つ豪邸なら、鈴奈庵は郊外の、築五十年の一軒家という様相である。

 身も蓋もない言い方をすれば古い。殊更に言葉を取り繕うなら、侘び寂びに溢れているとも言えよう。

『鈴』『奈』『庵』と、一文字ずつに区切られた看板の下をくぐる。

 立て付けの悪い引き戸を開け放つと、瞬間ぶわと、ホコリ臭さが広がった。そうして目に入るのは所狭しと古書が詰められた沢山の書架だ。

「ふんむ? 珍しい組み合わせじゃの」

 部屋の奥から声が響く。

 視線を向けると、幻想郷では中々に珍しい、眼鏡を付けた茶けた長髪の女性が立っていた。

 分厚い眼鏡をしているものの、これまた美人と想像に難くない顔立ちである。だがアナタは、それ以外に何とも云えぬ違和感を覚えた。それが分かったのはもう少し後、彼女の着ている着物がおはしょりの無い、男性用の着物を身に纏っているという点であった。

 その眼鏡の女性の背後から、覗くようにひょこりと小さな顔が現れた。

「あら。いらっしゃい霊夢さん」

「いらっしゃったわよ小鈴ちゃん」

「うわ……。霊夢さん酔ってるんですか……?」

 霊夢が珍しく砕けた口調で柔和に挨拶をするも、小鈴、と呼ばれた少女は露骨に嫌そうな顔を作った。

「小鈴ちゃん、阿求はいるかしら?」

 しかし霊夢はさして気にした様子もなく、アナタですら忘れかけていた本題を、早々に切り出す。

「阿求ですか? 彼女なら、もうだいぶ前に出ていきましたけど……」

 そりゃぁそうか。ここに来るまで寄り道をしすぎた。阿求という娘さんが居ないのも当然だろう。

 とんだ無駄足である。

 しかしそれすらも霊夢は興味無さげに「そう」とつぶやくだけだった。

 早苗は珍しいのか、ズラリと並ぶ背表紙を見回しては、時折手に取って戻す、という動作を繰り返している。

 アリスは――。

「○○~」

 ……言うまでもないか。

 そんなアリスとアナタを、眼鏡の女性は興味深そうに見比べてはしきりに頷いている。

 ――なんだろうか?

 じろじろと睨め付けられるような視線だが、不快感よりも恥ずかしさが先に立った。

 アナタが女性に話し掛けようとするよりも一瞬早く、霊夢が口を開く。

「それじゃ帰りましょう○○。邪魔したわね」

「えぇ!? もう帰っちゃうんですかぁ!?」

 いやほんとその通り。阿求という少女に会いに来た為なのは分かるが、いないとなれば用はないと言わんばかりに転身するのは流石に愛嬌に欠けるのでは無かろうか。

 此処までの気苦労がまるで水泡に帰す思いである。

「悪いわね。代わりに早苗を置いてくから」

「えっ? 何か言いましたか?」

 何が何の代わりだと言うのだろう。話を聞いていたなかった早苗はきょとんとした表情を浮かべた。

「そう言えば守矢の巫女は外の世界の――」

「え、えぇ。東風谷早苗と申しま、す?」

 ぎゅるんと、小鈴の首が早苗に向いたと思えば、爛々と瞳を輝かせ始めた。その奇妙な圧力を感じ取ったのだろう、早苗は少し気圧された様子で自己紹介をした。

「それじゃ小鈴ちゃん。そいつ好きにしちゃっていいから」

「えっ? えっえっ?」

 未だ事態が飲み込めず目を白黒させる早苗。しかし外堀は既に埋められているのだ。

 小鈴の行動は早かった。本の山から一冊を抜き出すと、ずいと早苗の顔に寄せた。

「コレ! この本は外界の本なんですけど、ちょっと教えて欲しい事が――!」

「ちょ、ちょっと! 落ち着いて、ねっ?」

 小鈴という少女は小さい身体ながら、見た目とは裏腹に随分とアグレッシブな性格のようで、流石の現人神もたじたじである。

 一方、霊夢の視線は眼鏡の女性に固定されたまま動かない。

「そういえばアンタも最近まで外にいたんじゃ――」

「さて。そろそろ儂もお暇しようかの」

「あっ、待ちなさいよっ」

 騒ぐ二人を他所に眼鏡の女性はそそくさと退出してしまった。霊夢とアナタ(とアリス)はその背中を追うように鈴奈庵を後にした。

「やれやれ。勘弁しておくれよ博麗の」

 出て直ぐ、少し憔悴した様子で眼鏡の女性は、文句を言いたげな目を霊夢に向けた。

「何よ。アンタまだ小鈴ちゃんを騙してるわけ?」

 霊夢とて負けてはいない。目を細めては女を睨み返す。その鬼気迫る迫力に、アナタは困惑する。

「ま、性分でな」

 鋭い眼光を向けられているにも関わらず、女はおどけた風に肩を竦めるだけだった。

 女性からしたら嬉しくない評かもしれぬが、アナタは図太い女性だなぁと思った。

 霊夢は気を緩めない。どころか女の態度が気に入らなかったのか、その柳眉を更に吊り上げた。

 険悪な空気が立ち込め、戦鐘が鳴るのをただ待つのみかと思われた。しかして戦端を切ったのは意外な人物であった。

「うぇぇ~、○○~……」

 今の今まですっかり空気と化していたアリスだった。

 彼女は場の空気を読んで大人しかったのではない。気持ち悪さの第二波を、ひたすらに耐えていただけだった。

 その音色は凄まじく不穏で、三人を別種の緊張感が包む。

「……ちょっとアリス」

 声を掛ける霊夢もおそるおそると云った感じだ。この場で■■を吐かれるのも困るが、かといって自分に被害が及ぶのはもっと嫌だ。そんな意思が感じ取れた。

 しかしアナタにもアリスの背を撫でる以上の良策は思いつかない。

 このままアナタの腕が美少女の■■に塗れるのも時間の問題に思えた。

「やれやれ。仕様のない喃《のう》」

 女は苦笑した。

 まるで打つ手があると言わんばかりの台詞に、アナタは女に救いの目を向ける。

「アンタ何を――」

「よっと」

 霊夢の言葉も途中に、女は軽やかな掛け声と共に、これまた軽やかな身のこなしで宙を舞った。瞬間彼女の身体を濃煙が覆い、それは直ぐに晴れた。

「ま、こんなものかの」

 アナタは目を見張った。

 何故なら、煙の中から現れた人物とは、何を隠そうアナタ自身なのだから。

 馬鹿な事を言っていると思われるだろうが、そうとしか表現が出来ない。顔立ち髪色は勿論、背格好も服装すら瓜二つの(アナタ)が、アナタの目の前に存在しているのだ。

 まるで鏡像である。だがそうではないのだと解る。

 アナタの動きに合わせて、目の前の(アナタ)は動かない。アナタが驚愕に染まる一方で(アナタ)はニヤリと口角を吊り上げていた。

「……どういうつもりよ」

 霊夢の発する怒気は先程と比べ物にならない。今にも襲いかかりそうな怒りを発しながら、その肩は僅かに震えている。

 それでも尚、(アナタ)は余裕の笑みを崩さない。

「なぁに。ちょいと恩でも売っておいたら、後々役に立ちそうじゃと思っての」

 (アナタ)の発した言葉は口調こそ事なれど、声質もアナタのものと寸分違わない。

 如何なる術の成せる業か。感心すれば良いのか、はたまた気味悪がれば良いのか。激しい混乱の只中にあるアナタにはそれすら判断出来なかった。

「○○に化けて、何が恩よ」

「そりゃぁ、売るのはお前さんにじゃないからの」

 そう言って(アナタ)は含みを持った視線をアナタへと向けた。

「うぅ……。○○が二人いるぅ?」

 飲み過ぎたかしら――。今更、己の行いを後悔するアリス。

「ほれ。しゃきっとせんか」

「うぅん……?」

 (アナタ)がアリスを引き剥がしに掛かると、彼女は青褪めた顔で(アナタ)を見つめることしばし、アナタと勘違いしたのだろう。思いの外、素直に(アナタ)の腕へ縋り移った。

 久方ぶりに解かれた腕は、二重の意味で解放された訳だ。

 肩の荷が下りるとはこういう事か。アナタは凝り固まった腕をぐるりと回した。

「それじゃぁの、博麗の」

「ちゃんと帰しなさいよ」

「やれ現金なことじゃわい。ほれ、もそっとしゃんと歩かんか」

「うぅ~、○○~」

 霊夢の怒りは何時の間にか霧散しているようで。

 (アナタ)の腕にぶら下がるアリスの姿を、アナタは何とも奇妙な面持ちで見る。

 そうして別れ道、二人の背が小さくなるまで見送る。

 ――大丈夫だろうか?

 アリスの足取りは未だ覚束ず、そう、アナタが心情を吐露すると、霊夢はいつもの通りに答える。

「ま、大丈夫じゃないの」

 無責任にも聞こえる発言。

 それが信頼に依るものなのか、はたまた言葉通りのものか、判断に窮したアナタは只曖昧に頷くのだった。

 神社への道中、アナタはふと、疑問を思い出し霊夢へと尋ねる。

 あの女性は何だったのだろう、と。

 嗚呼――。霊夢は一つ言葉を区切り何でもないように言い放つ。

 曰く、女――二ッ岩マミゾウは化け狸だと。

 その答えはアナタに驚きより納得を与えた。

 しかし、狸は化けると聞いて疑問を抱かぬ辺り、大分アナタも幻想郷に染まってきたようだ。

 しきりにウンウンと頷くアナタを見る霊夢の目は、珍妙な物を見る目であった。

「……気をつけなさいよね」

 はて? 何をどう、気をつけろと言うのだろう?

 言葉の真意が読み取れず、アナタの面は大層な阿呆を晒していたことだろう。

 一方で警告を発した霊夢自身、何に対しての言葉か自覚がなく、それ以上具体的な言葉を続ける事は無かった。




好感度状況

霊夢:?
紫:★
魔理沙:☆☆
アリス:★★★(★)(★)
文:☆
咲夜:★★
慧音:★
早苗:☆
マミゾウ:☆


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AB共通ルート
9AB話 二日目の選択


なんか8B話よりこっちの方が早く完成してしまいました。
出来たものを腐らせておくのも何なので、先に投稿してしまいます。
その間は8B話の空白部分は妄想で補って下さい。


「おはようございます! どうもどうも清く正しい射命丸、射命丸文です!」

 彼女の挨拶は溌溂としており、朝の澄んだ空気に相まりとても爽やかなものだった。そして朝の挨拶にしては大き過ぎる声量に、頭が割れる様な痛みを覚えた。

 障子を開けた先、目の前に現れた文の姿にアナタは驚きを隠せない。

 ――どうしているんですか?

「いえ、日を改めて訪ねさせて頂いたのですが?」

 アナタの問いに文は心底不思議そうな表情を浮かべて、小首を傾げた。その愛らしい動作に「自分の方がおかしいのだろうか?」と常識を疑ってしまうが、いやいや、常識が無いのは先方である。

「何よぉ……。朝っぱらからうるさいわねぇ……」

 寝ぼけ眼を擦りながら、白襦袢に身を包んだ霊夢が姿を現した。トレードマークとも言える腋の開いた巫女服も大きなリボンも付けてないので大分受ける印象が異なるが、美少女である事には何ら変わりなかった。

「あややや。おはようございます霊夢さん! ふんむ、残念です。お二人が同じ部屋から出てきてくれたらそれだけでスクープでしたのに」

「……何あんた。昨日の今日でもう来たの? って言うか時間ぐらい考えなさいよ」

「何を仰る霊夢さん、です! スクープは生モノなんです! おちおちしていたら他の記者にすっぱ抜かれてしまうこと受け合いです! 第一発見者はこの私なのに、記事にするのは他の天狗が早いなんて何という恥辱なんたる屈辱! 人の噂も七十五日と言いましょう、その間中私は天狗社会の中でずぅっとその事で笑われる羽目になるんです!」

「あ、そ。どうでもいいけど」

 霊夢の機嫌は、決して良いとは言えない。巫女である霊夢の朝は早い。彼女は既に起床していたおり、叩き起こされたという訳ではないが、考えても見て欲しい。朝も早くから家の前で、鴉がカァカァと大声で喚いているのを。うん、これでは不機嫌になるのも(むべ)なるかな。

 しかし、そこはそれ。見た目はピチピチでも中身は老獪な鴉天狗、抜かりはない。

「霊夢さん。これ、ほんのつまらないものですがよろしければ――」

 文はあからさまに腰を低くして霊夢に擦り寄り、菓子折りを渡した。勿論中身は、山吹色である。

「あらっ、分かってるじゃないっ……!」

 霊夢の声音が分かり易く喜色に染まった。

「それでは、少しの間○○さんをお借りしても?」

「今から朝食の準備をするから、それまでの間なら好きにしていいわ。……乱暴に扱わなければね」

「ははぁっ! それはそれはもう、下にも置かない扱いを心がけますますとも……! この射命丸、もてなしに掛けましては幻想郷一と自負しておりますので、えぇ! 私のインタビュー術は受けた方々から大変好評を博していますからね!」

 文は自信満々に胸を張り、己の立派な双丘をこれでもかと誇示している。

 その割には本人の意思が全く無視されて話が進行している気がするが……。

 既に霊夢の興味は文に無いのか、彼女の視線は手元の菓子折りに注がれていた。霊夢はだらしなく口元を緩めながら、大事そうに菓子折りを抱えながら屋内へと戻っていった。

「さてさて○○さん覚悟はよろしいでしょうか!?」

 覚悟が必要になる事をされるのだろうか。

 気のいいアナタは苦笑した。博麗神社には居候の身である。家主が良いと言えば従うのも(やぶさ)かではなかったが……。

「おやどうなさいました? 今更ながら私の美貌にお気づきになられたと? ふむふむ慧眼と、言わざるを得ませんが残念ですが人間の、えぇそれも凡人さんは私のお眼鏡には適わないのですよ失礼ながら」

 己の身を掻き抱きながら、わざとらしく流し目を向けてくる文。確かに艶やかな仕草ではあるが、彼女一番の魅力である健康的な肢体とは絶妙なチグハグさを醸し出し、アナタの心の余裕は奪われずに済んだ。

 ――えぇと。アナタがお綺麗なのは重々承知ですが。

「あ、あやぁぁぁっ!?」

 男の真っ直ぐ過ぎる賞賛に、文は変な体勢をとって固まった。シェーというヤツである、シェー。

「あ、あやあややややっ! な、何を当たり前な事を○○さん! 私が可憐で可愛くてプリチーな美少女新聞記者であるなんて天地が生まれる前から当然昭然自然過ぎる事実でありますので別に○○さんに改めて言われたって嬉しくも何とも無いんですがまぁそれはそれこれはこれ折角の好意ですので受け取って上げなくもないこともないですけど!?」

 文は一息に捲し立てた。そうする事で却って冷静さを取り戻そうとしたのだ。その試みはとりあえずは成功を収めたようだ。途中、勢いに任せる余り口走った内容が変になってしまったが、必要な代償と割り切ろう。

 バクバクと小刻みに脈打っていた心臓も今は落ち着き、赤みを帯びていた頬も元通りになっている筈に違いない。

 そうしてもう一度深く深呼吸し、文は主導権を握るべく口を開こうとして、出来なかった。

 アナタの顔を正面から見ようとすると、どうした事か目が逸れてしまうのだ。

 その原因が解らず、何とも無しに文が唸っていると、見兼ねてアナタは声を掛けた。

 ――頼みがあるんですけど。

「は、はい! な、何ですか?」

 突然――文はそう感じた――声を掛けられて背筋を伸ばす鴉天狗。人間相手になんてざまだ、脳の片隅が文に囁くがそれに耳を傾ける余裕はそんなに無かった。

 アナタは文が落ち着くように、ゆっくりと丁寧に言葉を紡いだ。

 ――インタビューを受ける代わりに、一つお願いしたい事があるんです。

 文は男の言葉を咀嚼するように呑み込み、その意味を吟味した。

 男のちょっとした気遣い、その甲斐もあってか、彼女はすっかり冷静さを取り戻したようだ。

「……ふむ。ギブアンドテイクという訳ですね。……いいでしょう。わざわざ貸し借りを残しておくよりも後腐れがありませんしね、えぇ」

 文はペン尻を唇に当てちょっとだけ悩む素振りを見せると、アナタの提案を了承した。この鴉天狗は切り替えも決断も早いようだ。

「それでは、何がお知りになりたいのですか? えぇ勿論私が知る範囲、記者として差し障りのない範囲であれば何でもお答えしますよ!」

 そう言って文はとてもいい笑顔を作った。記者としての、外行きの笑顔である。

 アナタは文がテンパっている間に、予め考えておいた質問を口にする。

 ――幻想郷について、もっと詳しく教えてほしい。

「ほほう? 幻想郷を知りたいという姿勢は見上げたものですが、えぇ。質問の幅が広すぎて何とお答えして良いものか、いえ記者ですから? おおよそ私の知らない事など無いと言えましょうが、そこのところどうか誤解なきよう」

 文の目が、相手の真意を推し量る様に細められる。そこには明らかに格下と、相手を侮る色が見えた。そんな文の一面を気付かなかった事にして、アナタは質問の内容を狭める。

 アナタは昨日の出来事を話した。曰く、霊夢に案内をされ多様な人間や妖怪と出会った。もっと多くの人妖と知り合うにはどうしたら良いか、と。

「……そういう事でしたら、えぇ」

 文はアナタの幻想郷に対する認識の甘さ、警戒心の薄さに一瞬だけ眉を顰めたが、自分がする必要のない心配だと、瞬時に作り笑顔に切り替えた。

 そうしてアナタが求めているだろう知識を朗々語り上げる。

 初めて聞く地名。聞き慣れない人名。文の口から語られる幻想郷を、一言一句逃さぬようアナタは真剣に耳を傾けた。

 そんなアナタの態度に気を良くした文は益々饒舌になり、要らぬ知識までひけらかし始めた。

 恐ろしい吸血鬼の統べる紅魔館。そこには館の限られた者にしか知らされていない、住人がいるらしい。

 迷いの竹林の、更に奥にあるという永遠亭。そこでは不治の病以外なら何でも治療してくれるという。

 人妖平等を謳う命蓮寺。霊験あらたかな寺であるくせに、行く度に姿形を変える正体不明の存在が居ついているそうな。

 建御名方命(タケミナカタノミコト)を祀る守矢神社。実は隠れてもう一柱、滅多に人前へ姿を現さない祟り神を祀っているとかいないとか。

「――とまぁ、こんなところでしょうか」

 どこで息継ぎをしているのだろう? そんな下らない疑問が浮かんでしまうぐらいに、文の舌はよく回り口調も早かった。

 語った以外にも幻想郷には目ぼしい場所はあるが、力の無い人間が近寄るには危険が多すぎる。いや、今説明した場所に危険が全く無いかと言われればそうではないが、文は自身の独断と偏見で彼には危険そうな場所を敢えて伏せる事にした。

 むしろそちらを殊更に語り危険を周知させた方が良いのかとも考えたが、そこまでしてやる義理も無いと文は考えた。

「参考になったでしょうか? いえ勿論ならない筈がないのですが、確認の為というよりも形式上の礼というヤツですね、えぇ」

 口々の端々に天狗特有の傲慢さが垣間見える。

 しかしアナタにとっては鼻につく態度どころか子供が自慢げに胸を張っているように感じ、つい口元が緩んでしまう。

 ――ありがとう。

 感謝の気持ちを素直に伝える。

 目の前の人間の、全く無邪気な様子に文は「うっ」と小さく呻き、ちょっとだけ身体を反らせた。

「……なんなのよコイツ」

 呟きは男の耳に入らぬ様に小さく、小さく。

 文は何とも表現し難い、モヤモヤとした感情を覚えた。

 さて。文の説明は――幾つか眉唾なものもあったが――アナタにとって大変有意義なものだった。

 その中でも特に――。

 

 

 A――【紅魔館に興味を抱いた】

 B――【永遠亭に興味を抱いた】

 C――【命蓮寺に興味を抱いた】

 D――【守矢神社に興味を抱いた】

 

 

 ――自分の興味がそちらへ向いているのを確かに感じた。

「さて! 私は私の務めを果たしましたので今度はそちらの番ですよ! さぁさぁ!」

 文がペンと手帳を取り出し気炎を吐いた。

「えぇ、まずはお名前年齢身長体重から家族友人と諸々の親しい人の構成を教えて頂きましょうか? 次に好きな食べ物嫌いな食べ物趣味嗜好と主な休日の過ごし方などを教えてください。外の世界の方ですから、えぇ、解らない事があれば都度お聞きしますのでそこのところよろしくお願いしたりしちゃいますね!」

 ズイと、己が気合を示すように段々と身を寄せてくる文。

 普段の彼女であれば分別を弁えてインタビューをするのだが、此度に限ってはギブアンドテイクである。更には自分の役割も既に果たしたとなれば遠慮は無かった。

 これは迂闊な約束をしたかと、アナタはちょっとだけ後悔した。

 結局インタビューという名の質問攻めは、霊夢が朝食を呼びに来るまで続いた。

 

 

「はぁ……。やっぱり彼、いいわぁ……」

「……紫様。食事中にスキマで別の場所を覗くなんて、行儀が悪いですよ」

 ちゃぶ台の上にご飯に御御御付(おみおつけ)、それとレタスとミニトマトが添えられた目玉焼きとシンプルながらも王道の朝食が用意されていた。

 既に作ってからそこそこの時間が経っており、折角用意した食事もすっかり冷めてしまった。

 紫の大好きな半熟に上手く焼けたと云うのに、彼女は一向に箸を付けようとしない。彼女の関心は目の前の小さなスキマに注がれ、どこかの別の場所を眺めているようだった。

 主人の口から漏れる言葉から推察するに、どうやら男を見ているようだった。

 藍は嫉妬した。名前も声も、顔すらも知らない男に。

 自分が丹精込めて作った朝食よりも、主人を夢中にさせる男に嫉妬した。

 式神になったとはいえ藍は大妖、九尾の狐である。立派も立派な九尾が悉く逆立ち、その背後にメラメラと嫉妬の炎を滾らせているのだから、藍の姿は大変恐ろしいものに映った。常人であれば、見ただけで魂を抜かれるぐらいである。

 だが、それだけの膨大な妖気を受けながらも気にする素振りも見せない紫もまた、途方も無い大妖怪なのだ。はふぅと熱っぽい吐息を零し、時折譫言(うわごと)のように「いいわぁ……」とポツリと零す。

 その憂いを帯びた横顔はいっそ作り物めいた美貌を持ち、藍は己の激情も忘れて見惚れてしまった。そうしてまた、主人の「はぁ……」と悩ましげな吐息を聞いては、嫉妬の炎を再燃させた。

 そんな気分を紛らわせようと、藍は食事に集中した。

 ガツガツムシャムシャ!

 おかずを取ろうとしてはガチガチと箸と皿がぶつかって、乱雑に口へ放り込んでは食べ滓が散らかった。全く、誰の行儀が悪いというのか。激しい感情の余り、獣としての一面が大きく出てしまっているようだ。

 紫はそんな従者を見咎める事もせず、スキマの中のアナタを、ひたすらに目で追うのだった。




Aルート好感度状況

霊夢:?
紫:★★
魔理沙:☆(★)
アリス:★★★
文:☆☆
咲夜:★★★
美鈴:★
パチュリー:★(★)


Bルート好感度状況

霊夢:?
紫:★
魔理沙:☆☆
アリス:★★★(★)(★)
文:☆
咲夜:★★
慧音:★
早苗:☆
マミゾウ:☆


最終的には全ルート書くのでアンケートは無意味かなー、なんて思い始めましたまる。
一応活動報告にそれ様の場を設けますので、小さい意見とかでしたらそちらの方にご記入下さい。
ご協力のほど、よろしくお願いします。


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10AB話 二度目の人里

 外界と幻想郷を隔てる結界を維持する為、博麗神社は幻想郷でも端に位置している。

 神社の裏手には鬱蒼と生い茂る森が続いているのに、一体何処が端だと言うのか? アナタには丸っきり分からないが兎角、神社は幻想郷でも僻地と呼んでも過言ではない場所に位置していた。

 つまりは何処へ行くにせよ、人里へ降りる方が交通の面でも有利である。

 尤も、空も飛べぬアナタの移動手段は徒歩だ。里へ赴くのもそれなりの時間を食うのだった。

 アナタは霊夢から許可を貰い一人里へと足を伸ばす。

 ようやくして里へ辿り着くも、太陽は随分と高い位置に移動していた。

 ――さて、どうしようか。

 アナタは掌の中の金子の感触を確かめる。決して多い量では無いものの、出掛ける際に霊夢から頂戴したものだ。

 これでは若いツバメ、どころか若い娘にたかるツバメである。

 アナタは自らの境遇を惨めに思うと同時、それ以上に年端もゆかぬ少女に甘んじざるを得ない、己の不甲斐なさに憤懣遣る方無い思いを抱いていた。

 これではいかんと決意を新たに、改めて里へと目を向ける。

 往来には未だ活気が見えたものの、それはピークを過ぎ後は緩やかに下る、残火の(くすぶ)りである。道行く人の声に耳を傾ける。「いやぁ、今日も大変だった」彼らの言葉の多くは仕事終わりの開放感に満ちており、とするとこの喧騒は帰路の最中、という訳だ。

 現代人であるアナタには、日も落ちぬ内に仕事を上がり終える感覚には戸惑いを隠せない。

 エネルギー革命もされておらず産業の足音も未だ遠い幻想郷では、明かりに乏しい。日が昇ると同時に起床し、沈む前には仕事を終える。まして夜は妖怪の時間ともなれば、理屈の上では解る。解るのだが、幻想郷に来て日の浅いアナタの目には、どうしても奇妙な習慣に見えてしまった。

 町並みこそ時代劇で見たような、瓦屋根の長屋が連綿と続いている。かと思えば時折、時代錯誤のゴシック調の建築物が、長屋に挟み込まれる様に建っている。異郷と、呼ぶに相応しい様相を醸し出していた。

 ググゥと、腹の虫が騒ぎ出したのでアナタはぶらりと飯処を探し求め人里を散策し始めた。

 しかし幻想郷の知識に乏しいアナタは目ぼしい店など解る筈もなく。何より、霊夢から頂戴した金銭である。大切に使わねば罰が当たるというものだ。

 何軒かの店を見て回り、味の善し悪しどころか値段の相場すら解らず、途方に暮れているアナタの鼻先を或る匂い――嗅ぎ慣れた――がくすぐった。

 匂いの元を誘蛾の如く辿ると、軒下に大きな木桶が並べられた店へと辿り着く。水の張られた桶の中を覗くと、幾つもの白い豆腐が浮かんでいるではないか。匂いの元は、どうやら店の中から漂っているようだ。

 ――すいません。

 遠慮がちに声を掛けると白髪交じりの短髪に、ねじり鉢巻を巻いた中年の男性が姿を見せた。

 少し気難しそうな親父を前にアナタは気圧されてしまう。

「あぁん? 何の用だ?」

 アナタが抱いた第一印象は大凡当たっていた模様。

 親父の不機嫌そうな口調に、早くも失敗したかという思いが生まれるアナタ。

 だからと言って逃げる訳にはいかない。そのような悪印象を与えてみろ。この閉鎖的な幻想郷で、たちまち自分の悪評が広まるに違いない。

 ちょっと被害妄想が強いのではないか?

 そう思われるのも仕方ないが、見知らぬ土地で自分一人という状況が、アナタをネガティブにさせていた。

「おい、どうした?」

 無言のまま佇む男を前に、親父の眉根に深い皺が刻まれる。

 それは心配故だったのだが、アナタの目には更に不機嫌にしてしまった様に映る。

 ――そも自分は何の為にこの店を尋ねたのか?

 初心を取り戻すべく、アナタは自問する。

 そうして目的を思い出した彼は口を開くのだった。

 ――すいません、これを頂けますか?

 

 

「~~♪」

 里の往来を往く、一人の女声がいた。

 美しい金髪、整った顔立ち。そして何より目を惹くのは、髪と同じ色をした立派な九本の尻尾だろう。

 八雲藍は傍から見ても分かる程に上機嫌であった。

 ともすれば鼻歌でも歌いそうな程、というか実際小声で口ずさんでいる。

 では一体何が、幻想郷でもクール美女とされる彼女をご機嫌にさせているのだろうか?

 藍の足取りは軽く、迷いなくある場所を目指していた。

「おい親父どの!」

 目的の店に辿り着くと、藍は彼女らしからぬ大声を上げた。

 これまた彼女のご機嫌さを伺える行動である。

 ぬっと現れた親父の姿は、見たことがあるものだった。

 思えば店の装いを見れば、成る程、アナタが訪れた店先ではないか。

「あんたか。何の用――っと言わなくても決まってらぁな」

 親父の言葉はぶっきらで、きっと誰が相手でも変わらないのだろう。それこそ、九尾の狐が相手でも、である。

 藍の姿を確認すると、親父は決まり文句を途中で飲み込み、気まずげに顔を逸らした。

「ふむ。何か問題かな?」

「あぁ? ……まぁ問題っちゃ問題だな。特にあんたにゃ」

 ――こんな事なら取り置いたんだが。

 藍の耳は伊達ではない。親父の小言はきちっと彼女の耳に届いた。

 そして藍の頭も飾りではない。どころか彼女の頭脳は幻想郷でも屈指と言える。

 頭の中、彼の言葉を並べ、藍は全てを察した。

「ま、まさか……!?」

「あぁ、売り切れちまったよ。……ま、四半刻でも待ってくれりゃ出来たての熱々を――って、おい? だ、大丈夫かよ?」

 言葉の後半は既に聞こえていなかった。

 売り切れ――ただその一言が藍の脳内を駆け巡り、とてつもない衝撃を与えていた。

 耳は垂れ、ご自慢の尻尾もどこか悲しげである。

 八雲藍という妖怪がここまでショックを受けているのは、付き合いのある親父も始めての事だった。

 それ程に、藍にとってここの稲荷寿司は特別なものだったのだ。

 稲荷――そう、稲荷寿司である。

 狐にとってどれくらいの好物であるか言わずもがな。

 この店の豆腐は大変美味であり、その豆腐から作られる油揚げがこれまた絶品で。

 しかしながら店主の無愛想もあり、藍にとっても好都合な知る人ぞ知る、という店であった。

 日夜激務に勤しむ藍にとって、ここの稲荷は自分へのご褒美だった。

 今日もまた、日々溜まったストレスを晴らすべく出向いたのに、売り切れだなんて、そんな酷い!

 よよよと泣き崩れてしまいそうになるも、大妖怪の矜持を以て藍は己を奮い立たせた。

「わ、私お稲荷さんはどこだ――!?」

 決して藍のものではないのだが。正気を失っている彼女にとってそれは些細に過ぎなかった。

 殺気、とまではいかないものの非常に重苦しい雰囲気を纏いつつ藍は親父に詰め寄った。

 これには頑固親父もたまったものではない。大妖怪の発する圧に押され、親父はおずおずと指差した。

 その指が示す先を、藍は親の仇を睨む形相で見詰める。

 そこには見慣れた、つい先程店を後にしたアナタの姿が――。

 

 

 ――参った。

 アナタは頭を抱えたくなった。

 霊夢から受け取った大切な金子をこんな事に使ってしまうなんて。

 いや、こんな事と滅法卑下するものでもないか。彼は食事を欲していたのだから。

 それに稲荷寿司を選択したまではいい。そこまではいい。

 ……問題は量だ。

 親父から早く逃げたいが為に、適当な受け答えをした自業自得だと言われればそれまでなのだが。

 ――どうして全部なんて言ってしまったのだろう。

 金子が足りたのは不幸中の幸いだろう。

 その金子を得ようと息巻いて出てきた筈が、早速こんな事態を招いているなんて。

 己の意思薄弱さと前途の多難さに、アナタは大きく溜め息を吐いた。

 しかし、嘆いてばかりもいられない。

 アナタは葉蘭に包まれた占めて拾伍個にも及ぶ稲荷寿司の重さを噛み締め、気分を改めるのだった。

 そうしてアナタはどこか一息付ける場所を探す。折角の稲荷寿司を賞味する為に。

 ザッザッザッ。

 アナタの足音が響く。

 ――もう一つ背後に足音が響く。

 それは別に、おかしい事ではない。往来は多くの人で賑わい、そこかしこに人で溢れているのだから。

 しかし彼は気になりふと振り向く。

 とんでもない形相をしたとんでもない美人と目があった。

 慌てて向き直るアナタ。少しでも早く、その場を離れるべく足早に歩を進めた。

 ザッザッザッ。

 ちらりと後ろの様子を確認する。

 先の恐ろしい美女が、先程と変わらぬ距離にいた。

 再び視線が交わり、流石のアナタも冷や汗が垂れる。

 男の足は先よりも早く、大きく動いた。最早目的は変わり、後ろの美女から逃れるのを第一に考えていた。

 背後の美女は付かず離れず、どころかどういう訳かその距離を徐々に詰めてきていた。

 さして詳しくもない路地に入り、巻いてやろうと何度曲がっても、女はピタリと背後についていた。

 気付けば周囲は大通りを大きく外れ、彼が見たことの家並みが続いている。

 これ以上無軌道に動けば元の道にも戻れなくなってしまう。

 そう判断した彼は逃げるのを止め、その足を後ろへと向けた。

 美女との距離は、大凡五間。一歩二歩と、歩を進めれば既に相対する距離となっていた。

 そうして改めて向き合った女の、何という美貌か。絶世とは彼女を指して言うのだろう。そう、アナタが思ってしまうような、妖艶な美しさを湛えていた。

 つい見惚れてしまったアナタは、頭を振って意を決する。

 ――あの、何か用でしょうか?

 女の視線はこちらを向いてこちらを見ていなかった。

 ぴくりと、藍の耳が動き、ようやく男の存在に気付いたと言わんばかりに視線を向けてくる。

 その瞳は冷たい。まるで虫でも見るかの様な視線で○○を舐め回す。

(冴えない男だな……)

 藍の抱いた印象は、それ以上でも以下でも無かった。

 そんな事よりも――藍の興味は直ぐ別のものに移ってしまう。

 男が抱く、ぷっくりと盛り上がった葉蘭に、視線が吸い込まれてしまうのだった。

 アナタも彼女の視線の先に気付き、試しに葉蘭を動かす。右へ動かせば女の視線、どころか頭も徐々に右へ傾いてゆく。左に動かせば、どんどんと女の身体が左へ傾いてゆく。

 ようやくアナタは女の目的を理解した。

 見れば彼女には、狐の如き尻尾が生えているではないか。

 自分が抱いている物を鑑みれば、自ずと正体も解ろうというもの。

 アナタはおずおずと口にする。

 ――よろしかったら、一緒に食べませんか?

 女の尻尾がぴんと立った。

 

 

「おぉい霊夢。遊びに来たぜっと」

 箒に跨った魔理沙が高度を下げつつ、声を上げる。そんなんで果たして霊夢の耳に届くとは思えないが、一応の挨拶は済ませたと魔理沙の中では完結するのだった。

 境内には巫女の姿は無く、魔理沙は賽銭箱の横を通り抜ける。そして声を掛けつつ靴を脱ぎ、縁側に上がろうとするその姿は随分と手慣れた様子だった。本殿の障子を開けた所で、目当ての少女を見つける事が出来た。

「霊夢~?」

「あら、いらっしゃい魔理沙。素敵な賽銭箱は後ろにあるわよ?」

 霊夢は普段の調子でお決まりの文句を吐いた。

 対して魔理沙も慣れたもの。まともに取り合う事はせず机の茶請けの煎餅を一枚頂戴する。

「うん、うまいっ!」

「ちょっと――はぁ……、まぁいいわ」

 言っても聞かないものね。

 霊夢の非難めいた呟きも魔理沙の耳に入っているだろう。されど魔理沙は二枚目の煎餅に手を伸ばし、ピシャリとはたき落とされた。

「いててっ。なんだよ、ケチだなぁ」

「タダで食い物にありつこうなんて、虫が良すぎるでしょ」

 言いつつ霊夢は「よっこいしょ」と、おばさん臭い声と共に腰を上げる。魔理沙の分の茶を取りに行ったのだ。

 入れ替わる様に魔理沙は適当な座布団に腰を下ろす。

 いつもの軽口。いつもの日常。

 それ故に魔理沙は気付いた。

「なぁ、○○は?」

「何よ。アイツに会いに来たの?」

 魔理沙は周囲を見回し、湯呑みを持ってきてくれた霊夢に疑問を投げる。

 部屋の中には、新たに幻想郷の住人となった人物の姿が見えなかったからだ。

 霊夢の反応は淡白で、魔理沙は何とも違和感を覚えた。

「○○なら里に行ったわよ」

「そりゃまた何で」

 霊夢は肩を竦めて答える。

 年下の女性に養われるのは我慢ならないから、仕事を探してくると。

「ま、お金を入れてくれるって言うならありがたいのは確かだけどね――って何よ魔理沙」

「ん、いや……」

 矢張り魔理沙は違和感が拭えなかった。

 それが表情に現れていたのだろう。魔理沙を見る霊夢の顔が怪訝なものに変わる。

「なぁ、霊夢」

「だから何よ。言いたいことがあるならハッキリ言えばいいじゃない」

 時に鬱陶しいと思えるくらいに思い切りのいい友人が、珍しく言い淀んでいるので、霊夢は呆れを隠せない。

 魔理沙も魔理沙で、そこまで口にしてまだ迷っていた。

 しかし聞かねば、疑念という棘を抜くことが叶わないのだ。散々口籠ってから魔理沙は聞いた。

「○○を、一人で行かせたのか?」

「? 何よ。当たり前でしょ?」

 魔理沙がずうっと感じてた違和感。

 霊夢が、アナタの側を離れるという事だ。

「私はアイツの保護者じゃないのよ」

 それはそうだ。霊夢の言葉は、非の打ち所がない程に当然である。

 だからこそ魔理沙は気になるのだ。

 昨日、霊夢が見せたアナタへの尋常ならざる態度。空飛ぶ巫女が見せた執着。

 それは、こんな簡単に手放せる様なものでは無かった筈だ。

 それとも、最初から自分の勘違いだったのだろうか……?

 いいや、魔理沙は浮かんだ考えを即座に否定する。

 霊夢の口から聞いた訳ではないが、魔理沙はほとんど確信していた。

「……ま、大丈夫よ。魔理沙が心配する様な事にはならないわ。――便利な目もあるしね」

 突如黙りこくってしまった友人。

 ○○の身を案じているのだろうと判断した霊夢が、その不安を取り除くべく声を掛ける。言葉尻はぼそぼそと小さく、魔理沙の耳には断片的にしか聞こえなかったが。

(何だ? 目があるとか、どういう意味だ……?)

 そうして霊夢はいつも通り。何の不安も心配も無い装いで茶を啜っている。

「……帰るぜ」

「あらそう? お茶くらい飲んでいけばいいのに――って、相変わらず忙しいヤツねぇ」

 霊夢が声を掛ける間も無く、魔理沙は来た時同様に箒に跨り飛んでいってしまった。

 案外と付き合いの長い友人である筈なのに、霊夢は魔理沙が何を考えているのかさっぱりであった。まるで顔を見られるのを隠す様に、去り際、帽子を深く被り直した魔理沙の顔が、ツバの影に隠れていたのが一層その気持を強めていた。

 ズズ――。

 湯呑みを傾け茶を啜る。

 苦味と渋みと、それだけではないお茶独特の甘みが口内に広がり、霊夢はほうっと息を吐いた。

 その心は、波一つ無い大海の如く凪いでいた。

 

 

「はむはむ! はふっはふっ――!」

 ――嗚呼、何という美味さなんだろう!

 藍はようやく得た好物を、獣の本能そのままに頬張る。

 それもこれも、我慢に我慢を強いられた結果だった。

 そんな彼女を、誰が責められよう。

「む、何だ。じっと見て。……譲ってくれた事は感謝するが、これはもう私のものだからなっ」

 その藍の食べっぷりにアナタが見惚れていると、何を勘違いしたか、藍は分け与えた稲荷寿司を隠すように抱え込んだ。

 最初に出会った時に覚えた冷たさは、アナタはもう感じていなかった。

 警戒は相も変わらず向けられているが、守るものが稲荷寿司では、恐怖など感じようが無かった。

 それに何より、八雲藍という女性は美しすぎた。男であれば見惚れてしまう様な美貌の持ち主であった。

 そんな女性が幸せそうに好物を頬張り、好物を取られまいと拗ねた表情を向けてくるのだから。

 好ましく思おうとも、どうして嫌いになれようか。

 そんな風に眺めていると、藍はこちらから視線を外さず、相も変わらず警戒したまま更にもう一つ、寿司を頬張った。

 瞬間逆八を描いていた眉は下がり、咀嚼する度にその頬はだらしなく緩んでいく。

 それを見守るアナタの頬も緩む。

 藍は男のそんな態度が気に入らない様で、食べ終わると再び柳眉が釣り上がるのだった。

 そんなやり取りも何度目だろうか。

 藍も男の態度を改めさせるのを諦め食事に集中しようとする。隣の男の存在を努めて忘れ一つ二つと口にしてゆく。

 幸せな時間とは、過ぎ去るのは斯くも早いもので。

 譲って貰った七つの稲荷寿司はあっという間に無くなってしまった。

 ちらりと藍は横に目を向ける。見れば未だ手付かずの稲荷の山があるではないか。

 それを目にした藍の心の中で葛藤が生まれる。矜持と欲望の(せめ)ぎ合いである。

 しかして直ぐに決着を迎えた。

「な、なぁ? もし食べないのであれば、もう少し分けてくれないか――?」

 恥を忍びつつ男へと請う藍。断れる男など、世にどれほどの数がいよう。

 藍は自分の容姿がどのように――特に男に――映っているのか十二分に理解していた。人に媚びる嫌悪感はあれど、九尾としては男に媚びる点はさして疑問に思わなかった。

 どころか男を騙くらかし貢がせるというならば、妖怪の矜持に反するものでもないと藍は考えたのだ。

 想像してみて欲しい。美女、兎に角美女が潤んだ瞳で媚びるように見詰めてくるのだ。美貌ばかりに目が行きがちだが、その身体もまた、大層男好きのする肉付きのであるのだから、こりゃもう辛抱たまらんとなる訳ですよ、えぇ。

 男の視線が、藍の顔に吸い込まれてゆく。

(ふふん。全く、人間の男というのはちょろいものだな)

 己の美貌を棚に上げ、男のダメさを(あげつら)う藍。

 よしよし。このまま追加の稲荷寿司にありつけそうだぞと思っていたのだが、何かがおかしい。

 男の反応が、今一つ悪いのだ。

 何故だろうか。その原因を考えるよりも早く、藍は男のある行動に気付いた。

 苦笑を浮かべながら、彼は自分の唇を指すような動きをしている。

 はたと藍は気付いた。そして大急ぎで顔を背け、顔に手を這わせると幾つかの柔らかい粒が指先に引っ付いた。

 かぁっと、体温が上がるのを藍は感じた。

 その怒りをぶつけるべく藍は鬼面を作り振り返る。それは紛れもない八つ当たりであり、照れ隠しである。そんなこと、彼女だって分かっている。

 そうでもしなければ溜飲が下がらないのだ。何の、と聞かれたら困るが、兎も角下がらないと言ったら下がらないのだ。

 そうして勢い込んだ藍の目の前に、彼女の好物が差し出されていた。

 視界一杯を埋め尽くすお揚げに、思わず喉が鳴ってしまう。

 ――もう一ついかがですか?

 その向こう、彼の笑う気配がした。

 またもや藍の体温が上がってゆく。

 だが――。

「ふん……。誤魔化されてやるか」

 差し出された稲荷を引ったくる様に受け取る。

 そうして勢いそのまま口に運ぼうとして、じっと注がれる視線に気付いた。

「っ……! いい加減お前も食べないか。じっと見られていたら、その、食べづらい……」

 ――それもそうですね。

 言われてようやく、アナタは一つ目の稲荷寿司を食べる。

 それを確認した藍は、頬張る瞬間を見られないよう、そっぽを向いて稲荷寿司を口にする。

 口内に広がる甘じょっぱい味は、得も言われぬ幸福感を彼女に与えた。

 こんな男とのやり取りも、まぁ悪くないかな、と思わせる程には効果はあった。

 




もの凄い間隔が空いてしまいましたが。


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A【紅魔館に興味を抱いた】ルート
11A話 メイドさん再び


試しにリンク機能を使ってみました。
順調そうなら、以前に投稿してある話にも採用します。


「◯◯さん――?」

 いよいよもって手持ちの金も心許なく。

 これは本格的に仕事を探さねば。

 ――しかしどうしたものか?

 アナタは職を求め、どのように動くべきか方策を練っている時であった。

 喜色に満ちた声で名前を呼ばれ、反射的に声の主へと振り返る。

 そこにはほんのりと頬を朱に染めた十六夜咲夜が立っていた。

 

a――【紅魔館へ出向いている】

b――【出向いていない】

 

 

 

a――【紅魔館へ出向いている】

「今日は霊夢と一緒ではないのですね」

 咲夜の瞳が僅かに左右を見据え、尋ねてきた。変哲の無い話題――というには彼女は随分と気を張り詰めているように見えた。

 その問いに首肯を以って応える。

「……本当ですか?」

 何故、そんな事を念押しするのか?

 まるで嘘つき呼ばわりされた気がして、アナタは語気を強め再度否定する。

 咲夜は驚きに目を丸くし、バツが悪そうに顔を背けた。

「……申し訳ありません。あの霊夢が、アナタを一人にするとは思えなくて」

 一体霊夢のどこを指して「あの――」などと評しているのだろう。

 そんなアナタの疑念を目聡く察したのだろう。

「女の勘は、巫女に引けを取りませんから」

 咲夜の弁はアナタの疑問を払拭する事なく、一層の謎を深めていった。混乱するアナタを横目に、咲夜はクスリと笑った。

「それで、◯◯さんはお一人でどうされたのです?」

 ――はぐらかされている。

 アナタはそう感じたが、きっと答えを教えてはくれないのだろうという奇妙な確信があったアナタは、結局咲夜の誘導に従う他なかった。

 

「……そうですか。お仕事を探していたのですね」

 アナタの事情を聞いた咲夜は暫し逡巡する様子を見せ、「でしたら」という言葉と共に切り出してきた。

紅魔館(ウチ)で働きませんか?」

 そのような提案を告げてきた。

 自分からすれば正に渡りに船であるが、いいのだろうか?

 咲夜に気を遣わせてしまっているのでは? そのようなアナタの戸惑いを、完璧で瀟洒なメイド長は見逃さなかい。五百歳児の相手を務めるには、このぐらい気は回せなければ話にならないのだ。

「私の立場をお忘れですか? 館の人事の采配は、私に一任されていますから。それに――」

 アナタの不安を取り除く様に、少女は言葉を続ける。

「こちらを見て下さい。我が館も常に人手不足でして。」

 咲夜が手品の如く取り出した一枚のチラシにはメイド募集中の一文。そして仲睦まじげに――睦まじげな?

 メイド妖精と、目の前の少女の写真が載っている。

 そのチラシをじぃっと見詰め、尚も男は返答に窮しているようで。

 咲夜は平静を装っているも、その内心は神に祈りたい気持ちで一杯だった。

 悪魔の従者が神を相手に祈りなどと。それほどまでに、少女は必死だったのだ。

「どう、でしょうか……?」

 本当におそるおそるといった風に。咲夜は男の様子を伺う。

 そうして返ってきた男の言葉は、咲夜を大いに喜ばせるのだった。

 

 

 

b――【出向いていない】

 ――十六夜さん。

 反射的に彼女の名前を呼ぶと咲夜は、それはもう少女らしい笑みを浮かべ、思いもよらずアナタの脈が一つ跳ねる。

 嬉しそうに駆け寄る彼女の背後に、激しく揺れる尻尾の幻覚を見た。あまりにも昨日受けた印象と異なり、アナタは戸惑いを隠せない。

「奇遇ですね。どうしたのですか、このようなところで?」

 無防備なまでに近い距離。全く警戒する様子の無い態度。

 こう言っては失礼かもしれないが、自分と彼女は、そこまで親しい仲ではない。その事が一因となり、アナタの戸惑いに拍車を掛けている。

 だって自分と彼女は、霊夢を通して一言二言言葉を交わしただけに過ぎないのだから――。

「◯◯さん?」

 アナタが反応を返さないのを不思議に思い、咲夜は小首を傾げる。

 その可愛らしい仕草に、アナタは落ち着きを取り戻す。

 そうとも。一体彼女のどこに――恐怖を覚える必要があるのだ。

 アナタは小さく頭を振り、気持ちを切り替える。そうして己が現状を彼女に説明した。

 金子が欲しいのだが、職もなければ宛もない。どうしようか途方に暮れている、と。

「そういうことでしたら!」

 説明の途中であるにも関わらず、咲夜は言葉を遮り力強く主張した。手を握りながら、というおまけ付きである。

「ウチで働けば良いのです!」

 ウチ、というのはどこを指した言葉だったろうか? アナタは霊夢と咲夜の遣り取りを思い返すも、当てはまる様な言葉は交わされておらず、じぃっと咲夜の姿からウチを推察する事にした。

 彼女の姿は、どこからどう見ても、紛うことなきメイドである。

 という事は彼女には仕える主人がいるのだろう。となればウチというのは、彼女と同じ職場を指すのだとは想像に容易い。だが――もう一度考えてみよう。彼女はメイドであり、雇われる側である筈。彼女の一存で人一人を雇う雇わないを決められる立場にあるとは思えない。仮に、彼女が自分の想像よりも上にある立場の人間だとしても、矢張り雇われの身である咲夜に対し無茶を強いてしまうのではないか?

 ……自分の事を思ってくれての提案なのだろう。それを断るというのは大分心苦しいものがあるが。

 アナタは丁重に、且つやんわりと内容を包み咲夜へ返答する。

「で、でしたら――!」

 尚も咲夜は食い下がる。

 何がここまで彼女を駆り立てるのだろうか? アナタが頭に疑問符を浮かべていると、咲夜は「少々お待ちくださいっ」と言葉を残し応える間もなく、その姿を音もなく消した。

 目の前にいた少女が唐突に姿を消す、という怪奇現象を前に挙動不審となって周囲を見回していると、「お待たせしましたっ」と少女は先程と寸分違わず位置に現れた。ただ、不自然なまでに肩で息をしているのが、気掛かりと言えば気掛かりであった。

「えぇ。大丈夫ですよ◯◯さん。主人の許可を取って来ましたので、何も問題ありませんよ」

 今の一瞬でどうやって――そんな疑問を自問し黙していると、咲夜はニコリと告げてきた。

「他に何か邪魔なモノでも?」

 彼女の些か過激な物言いに内心引いた事を悟られぬよう、アナタは引き攣った笑みを浮かべる。

 咲夜の笑顔は完璧であった。その整った顔立ちも相まって一瞬見惚れる程の出来であるが、その――作り物然とした笑みの裏に確固たる意思を垣間見たのは気の所為であろうか?

 ――絶対ニ逃サナイ。

 そんな意思を感じたのは、きっと己の意思が弱いからなのだろう。

 




\テレレッテッテッテー/
 十六夜咲夜の好感度があがった!


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C【命蓮寺に興味を抱いた】ルート
11C話 妖怪寺へ行こう!


 聞いた所によれば、命蓮寺とは元は空飛ぶ艘だったそうな。

 何を言っているんだと思われるかもしれないが、安心して欲しい。正直アナタも、まるで意味が解らなかった。

 だからこそ、アナタの好奇心は余計に駆られた。

 己の知的欲求を満たすべく、アナタは命蓮寺へと向かう。

 命蓮寺までの道中は何事も無く、拍子抜けする程であった。

 これが普通なのだ。幾ら常識の通じぬ異世界に来たからといって、今の今までが色々とあり過ぎたのだ。

 願わくば寺で過ごす時間も穏やかなものであって欲しいものだ。

 そんな淡い期待を抱きつつ、煩悩の数を悠に越えた石段を登り、アナタは山門を潜る。

 

 

a――【マミゾウと知り合っている】

b――【知り合っていない】

 

 

 

a――【マミゾウと知り合っている】

「おや、(ぼん)じゃないかい。どうかしたかね?」

 山門を潜って間を置かず、声を掛けられた。

 どこか聞いたことのある声に、アナタは声の主を探し求め首を動かす。

 境内にいる人の姿はまばらで、片手で数えられるほどだ。近くの人物から順繰り顔を確認してみるも、知り合いの姿はない。

「どこを見ておる。こっちじゃ、こっち」

 再度の呼び掛けにアナタは振り向く。そうして視界の正面には眼鏡を掛けた、見知らぬ女性が立っていた。

 ……いや、本当にそうであろうか?

 レンズの奥の目鼻立ちは、どこかで見た覚えがあるような――。

「くくっ……! なんじゃ、まだ分からんのかいっ」

 ――まぁ、簡単にバレちゃぁ商売上がったりじゃからの。

 そう、女は独り呟くと、身軽な体捌きで宙返りをする。

 ぼうん、と間の抜けた音と共に、何処からか現れた煙が女をすっぽりと覆い隠し、アナタは思わずあっと声をあげた。

「ほれ。これなら分かるじゃろ?」

 煙が晴れ中から現れたのは、鈴奈庵で出会った顔だった。

 ――二ツ岩さん、でしたか?

 呆けた顔でアナタが尋ねると、女は嬉しそうに顔を歪めた。

「うん? 名乗っておらんかったかの? 佐渡に団三郎狸とは二ッ岩マミゾウこと儂のことよ」

 口上をあげると、またしてもマミゾウはくるりと宙を返り、先の姿に変化する。

 何とも見事な術であろうか。

 その術の華麗さに舌を巻く一方で、アナタは或る懸念が芽生え周囲を見やった。

「ははっ! (ぼん)の云わんとしてる事はわかるぞ? 安心せい。ここにいるのは儂の正体を知っとる妖怪ばかりじゃしの」

 ――お主以外はな。

 ニヤリと。マミゾウは意地の悪い笑みを浮かべ、そう付け足した。

 アナタは驚きを隠せなかった。妖怪寺と聞いてはいたものの、これ程までとは思ってもみなかったからだ。

 参拝している客は一見して人間と変わった部分は見当たらない。しかしマミゾウが云うからには、おそらく妖怪なのだろう。

「して、(ぼん)は何ぞここへ? はぁ、まさかまさか。観光しに来た訳じゃぁあるまいて」

 マミゾウに覗き込むように問われ、アナタは返答に窮した。

 そうして恥ずかしさから目を逸らし、誤魔化す様に頬を掻く。そんなアナタを見てマミゾウは察し、火が点いたように笑いだした。

「く――はははははっ! まさかのまさかよの! 何とまぁ、呑気をするヤツじゃ! まっこと幻想郷には可笑しな人間が揃っておる。あいや、お主は外の人間じゃったの。くくっ、尚更可笑しいわっ」

 静謐を裂く高らかな笑い声に、何事かと周囲の視線が一様に注がれる。

 アナタは気まずく思う一方で、マミゾウはさして気にした風もなく馴れ馴れしくも肩を組んできた。

 気風の良い姉御肌然としたマミゾウの性格は、アナタが考える女らしさからは程遠い。

 しかし、組まれた肩の、直ぐ側から発せられるマミゾウの香りは微かに甘く、何とも言えず彼女のオンナを強く意識させた。

「何じゃい、赤くなりよって。くくっ! ()い奴じゃのう、主ゃは!」

 マミゾウは肩に回した腕に一層の力を込め、自らの身体を押し付けてきた。ゆったりとした服装からは想像の付かぬ、彼女の肉感的な身体が隙間なく密着させられてゆく。

 アナタは、当然の如く顔を赤くし、更に気を良くしたマミゾウはかんらかんらと笑うのだった。

 ――からかわれている。

 そんなことはアナタとて百も承知である。しかし引き剥がそうにも彼女の力は妖怪らしく強く、何よりも女の魔力の前では、男という生物は斯くも残酷なまでに無力なものか。

 アナタとて例外ではない。鼻の下はだらしなく伸び、形ばかりの抵抗はしつつも、しっかりとマミゾウの感触を芯に刻み込むのだった。

 マミゾウは十二分に己の武器を理解している。それ故のからかいである。

 しかしこうも良い反応を返してくれると、彼女とて気分は良いものだ。笑みの彫りを深め、彼女は更に大胆にも身体を密着させてゆく。

 全く似つかわしくない、ピンク色した煩悩まみれの空気が寺の一角に形成されてゆく――。

「なーに遊んでるのよマミゾウ」

「おぉ? ぬえか」

 突如として彼女は呼ばれた。

 その呼び掛けに呼応し、マミゾウは自然に身体を離す。

 薄れゆく体温にほっとするやら、名残惜しいやら。

 そんな浅ましさが面に現れてしまったのだろう。ぬえ、と呼ばれた――直ぐ側にまで接近しており、それすら気付かない程夢中になっていたらしい――少女はアナタに冷たい視線を投げている。

 そうして一瞥し、興味を失った様だ。

「いや何。此奴があんまりにもイイ反応をするでの。つい興が乗ってしまったんじゃよ」

「ふぅん……?」

 話を交わらせる二人を――主にぬえを――、観察する。

 手入れを放棄しているかの様な非常に癖の強い黒髪。大きな瞳からいかにもといった生意気さが見て取れる。

 アナタが興味深げにぬえを眺めていると、同様に彼女もこちらに視線を這わせてきていた。値踏みするかの様に無遠慮な瞳は深い翠を湛え、感情を読み取る事は出来そうになかった。

「マミゾウも趣味が悪いわね」

「これはこれで味わい深いんじゃよ。まぁスルメの様なものじゃて」

 スルメ――と、褒められているのか貶されているのか解らず、アナタは曖昧な表情を浮かべるに留めた。

 マミゾウの如何なる言動もぬえの興味を惹くことは無かったらしい。彼女は「あっそ」と素っ気なく答えただけだった。

「して、ぬえよ。何ぞ用かえ?」

「あぁ……。何か聖が呼んでたよ」

 知らぬ名が挙がり、アナタの好奇心は鎌首を(もた)げる。しかし聞ける雰囲気でもなく、アナタはただ推移を見守る置物と化した。

「ふむ? 彼奴はなんと?」

「さぁ? 行けば分かるんじゃない」

「当たり前じゃっ。やれ、仕方ないのう……」

 ガシガシと頭を掻き、マミゾウは本堂へと消えた。

 残されたアナタは、自然とその視線をぬえに向ける。

「……何よ」

 すると視線が交わった。そこにあるのは、ひたすらに深い警戒の色である。

「……ふんっ」

 しばし見詰め合っていると――そんなロマンチックさは欠片も無いが――、ぬえは顔を背け、その姿を煙と化して消えてしまった。

 今更ながら、アナタは鵺という妖怪の逸話を思い出す。

 確か――平安時代に誰某の屋敷の上で、夜な夜な鳴いていたキメラの如き妖怪だったと思うのだが。

 黒煙と共に掻き消えてしまったぬえは、どこから見ても――背に奇妙な羽根はあれども――少女にしか見えなかった。

 或いはそれすらも化かされていたのかもしれない。既にマミゾウという前例があったアナタはそんな考えに至った。

 散々悩んでみたものの、アナタ一人で結論を出せる類では無いことに気付き、アナタは思考を打ち切る事にした。

 

 

 

 

b――【知り合っていない】

 期待と共に門を潜る。妖怪寺とは、一体どの様な光景が広がっているのか。

 右に左に視線を巡らせる。(まば)らな人影のある境内。大きな本殿。隅には立派な鐘もある。裏へと伸びる道の先は、おそらく墓地であろう。

 命蓮寺はアナタの記憶にある寺と、さして代わり映えしない姿で鎮座していた。

 その事実に、アナタが少々肩透かしを食らっていると――。

「おはよーございますっ!!」

 突如鼓膜が破れんばかりに大声の挨拶を向けられた。

 キーンと耳鳴りの収まらぬ頭を抑えつつ、首だけを動かせばそこには、満面の笑みを浮かべた少女がいた。

 その手に握られている竹箒から推測するに、寺の関係者であろうか。

 にこにこと、とても愛想の良い笑顔を向けてくる少女。よく見れば深緑色した髪からは、なんだろう? 獣の耳らしきものが生えており、臀部からもまた、尾っぽが生えているではないか。

 ――妖怪寺というのは本当なんだなぁ。

 期待したものが目の前に現れた。その事に妙ちきりんな感心をしていると、少女はすぅっと目に見えて分かる程に息を吸った。

 アナタが身構える間もなく、第二の衝撃が繰り出される。

「おはよーございますっ!!」

 先程よりも一回り大きな声で。

 耳ばかりか全身の肌がビリリと震える。

 三半規管が受けたダメージは重大で、アナタは立ち眩みを覚え身体が流れてしまう。

 危うく崩れ落ちそうになる膝を叱咤し少女に目を向けるも、彼女は相も変わらず眩いばかりの笑顔をしていた。

 ――お、おはよう。

 遠慮気味なのは気後れした証拠である。

 それでも彼女には十分だったようで、少女は全身で喜びを表した。

「はい! おはようございますっ! 挨拶は心の清涼剤です! 朝の挨拶ともなれば一日の出来を左右すると言っても過言じゃありませんよね!」

 言葉の一つとっても元気の良い少女だ。

 そして全く以て悪気は無いのだろうが、その透き通る声で大声を出されると、頭が微かに痛みを訴えるのだ。

「命蓮寺には何のご用です? 今日は説法の日ではありませんが――」

「どうかしたのですか、響子?」

 響子、と呼ばれた少女は言葉を中断させられる事となった。

 彼女が声の方角へと振り向くのとほとんど同時、釣られる様にアナタも目を向ける。

 視線の先には、ゆったりとした法衣を纏った年若い女がいた。

 グラデーションの掛かった不思議な髪。ちょっとタレ気味の目は愛嬌を醸し、口元には緩やかな微笑みを湛えている。

 優しさが全身から滲み出している様な人物であった。

 彼女が歩く度、何とも心地よい香りが風に乗ってアナタの鼻腔を(くすぐ)る。

 なんだろうか? 郷愁の念を抱かせる様な、どこかで嗅いだ事のある香り。

 鼻を動かして、アナタは記憶を手繰り思い出そうとする。

 そうか、これは――。

「白蓮さまっ!」

 ――白檀の香りだ。

 嬉しそうな響子の声。アナタの身体は思わず跳ねてしまう。

 彼女の声の大きさに? いいや、自分が脳裏に描いた正体と、発せられた音の韻の近さにである。

 そんなアナタを、白蓮は不思議そうに見詰めていた。

「響子。こちらの方は?」

「ん~、お客さんです……?」

「まぁ、これはこれは。大したおもてなしも出来ませんが、ゆるりとして下さいね」

 白蓮は申し訳無さげに頭を下げるも、アナタはいたたまれなくなった。

 何せ客は客でも観光客なのだから。

 適当にぶらりと見て回った後は、これまた適当に去るつもりだったのだから。

 そう説明すると、白蓮は大層お届き、次いで嬉しそうに笑った。

「まぁ――! 人間の方が観光だなんて! 私達の主張も、ようやく認められてきたのですねっ!」

 白蓮は年甲斐もなく喜んだ。

 見た目だけならば見目麗しくとも、実年齢はゴニョゴニョである。老成した彼女にしては、本当に珍しい事だろう。

 しかし白蓮は、アナタの見慣れぬ出で立ちを見て、ほんの少しばかし興奮を抑えて尋ねる。

「あの、もしかして、外界の方でしょうか?」

 アナタの返答を聞くのが怖い。

 そんな様子で、おそるおそると白蓮は伺う。

 だからアナタも答えるのに、なんだか罪悪感を覚えつつ、小さく頷いた。

 白蓮はがっくしと肩を落とした。

 幻想郷の住人が、何の変哲もない人間が。恐れも偏見も持たず、ちょっとした好奇心で命蓮寺を訪れてくれたのだと思ったのに。

 妖怪寺たる命蓮寺は、全く人間との交流が無いのだろうか? 答えはノーである。

 しかしそれは力を持った、謂わば妖怪と対等のに付き合える者だったり、態々説法を聞きに来る信徒だったりする訳で、本当の意味での一般人とは言い難い。

 彼が訪れたのは、――白蓮の求めるような、好奇心もあるのだろうが――無知故の部分が大きいのだろう。

 いいえ白蓮――何を落ち込む必要があるの!

 外界の方であろうと、人間は人間。私が求めている様な、普通の人間でしょうとも!

 それに何より、本人を前にして気落ちするなど失礼にも程がありましょう!

 白蓮は男の表情を盗み見る。怒ってはいないものの、困ったように眉を逆八にしていた。

「あの……、失礼致しました……」

 誠心誠意を篭めて深々と、頭を下げる白蓮。

 その頭上で慌てふためく気配を感じ、知らず白蓮の口元は笑みを浮かべていた。

 あぁ――この人は本当に善人なのだなぁ。

 男の純朴的な反応は、白蓮にとって好ましかった。

「申し遅れました。聖白蓮と申します。未熟な身ではありますが、命蓮寺では住職をさせて頂いております」

 再度白蓮は頭を下げる。

 彼女の口から出てきた言葉に、アナタは驚き礼をするのが遅れてしまう。

 そんな様子がまた好ましくて、白蓮はクスと笑った。

「あの、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 微笑む白蓮に対し、調子が狂いっぱなしのアナタはおずおずと名乗りを上げる。

「○○さん、ですね。えぇ、良い名前ですね。とても」

 白蓮は何度か、アナタの名前を口の中で反芻して笑顔を作った。

 この短い遣り取りで――白蓮がアナタの人柄を解ったように――、アナタもまた、白蓮なる人物を多少なりとも理解し始めていた。

 断じて悪人ではない。どころか底抜けの善人であろう。

 だのに何故――何故アナタはまず、「悪人ではない」などと思ったのだろう。

 それはアナタ自身気付いていない無意識に、彼女に対しての苦手意識が芽生えていたせいであった。

 善人と解っているのに、何故?

 おそらくだが、彼女の慈愛に満ちた瞳が原因究明の一旦となろう。

 何を思ったか、白蓮は自分を評価してくれている。それも、過分にである。

 そればかりか好意を含んだ瞳――悪し様に云うなら生暖かい視線――が、アナタの感情にブレーキを掛けていた。

 得てして第一印象とは拭い難いものだ。

 アナタはやんわりと話を切り上げて、自然とその場を離れようと試みる。

 その姿が白蓮の目には謙虚さと映り、皮肉にも彼女の中での心象を益々良いものにさせていた。

 嗚呼、人生とはままならぬもの也。

「――お待ち下さい」

 先程潜ったばかりの山門を、再度潜ろうとした瞬間、背に声を掛けられる。

 勿論、白蓮だ。

 アナタは思わず短い呻き声を上げてしまう。幸いにも、或いは不幸にも、彼女の耳には届かなかったようだ。

 おそるおそると云った風に振り返るのは(やま)しさ故か。

 そして次なる白蓮の言葉は、アナタにとっては求めかねるものだった。

「少し、お話していかれませんか?」

 言って白蓮は邪気の無い笑顔を差し向けてきた。

 その時になってようやくアナタは自覚する。彼女への苦手意識、その正体を。

 白蓮はどうしてか、自分に全幅の信頼を寄せてくれている。

 一つ、信頼を置いてくれている理由の不透明さが、アナタが白蓮から距離を取りたがる理由だ。

 そしてもう一つ、自分はそこまで信頼に足る人物ではないという己への評価との齟齬。

 最後にもう一つ、こんな無邪気な善意を向けられて断れる人間が、どれほどいよう。つまりは白蓮の無垢なる善意は、押し売りに近い形となってしまっているのだ。

 それらが()い交ぜになって、白蓮への苦手意識というものが形成されているらしい。

 ……詰まるところ、原因の全ては自身の身勝手な感情であり、アナタは酷く自己嫌悪に陥った。

「あの、もし――?」

 黙りこくってしまったアナタを前に、白蓮の表情が曇る。

 その事実を前に、更に自己嫌悪する。

 結局、アナタは白蓮の見立ての正しさを証明する羽目になる。

 彼女の誘いを躊躇しながらも、最後は頷いて了承するのだった。




a【マミゾウと知り合っている】ルート
\テレレッテッテッテー/
マミゾウの好感度が上がった!
ぬえの好感度は下がりようが無かった!

b【知り合っていない】
\テレレッテッテッテー/
白蓮の好感度がとても上がった!


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D【守矢神社に興味を抱いた】ルート
11D話 Mt.Yōkai


共通の10話が飛んでますけど、web小説なんだから好きなように書いていいよねっ!


 何故人は――最悪命を落とす危険性を孕んでいるにも関わらず山を登るのだろう?

 ――そこに山があるから、とはあまりにも有名な言葉である。イギリスの登山家、ジョージ・マロリーの放った台詞だ。

 困難にありながらも、立ち向かう勇気を奮い立たせてくれる素晴らしい言葉である。――と散々持ち上げておいて実はこれ、誤訳が元という台無しの逸話がある。

 だが、それがどうしたと云うのだ? 言った言わないの真実の是非あれど、その言葉が持つ力には微塵の翳りもない。……いや、微塵もないは過分であるかもしれない。

 兎角、そんな気持ちを抱きつつ、アナタは妖怪の山への一歩を踏み出した。

 

 

 人里で意外な出会いを経た後に、アナタは一路、妖怪の山を目指す。

 文が云うには幻想郷で最も高い山だという話だが。

 となると――。アナタは視線を晴れ渡る空へとやる。そうして少し下げてぐるりと展望を見回すと、幻想郷の一端に波々とした山脈を見つける事が出来た。中でも一際抜きん出て高い、雲を傘にした山があるではないか。

 あれこそが妖怪の山に間違いない。

 あれ程の威容であるならば、幻想郷のどこからでも見えるだろう。お山ソレ自身を目印に、アナタは意気揚々と歩を進めた。

 ――それが大体、半刻ほど前の出来事だろうか。

 里を出、人々の脚に依って踏み固められた大地を踏み締め、悠々歩いていた時はまだ良かった。近付くにつれ道幅は狭まり、ぽつりぽつりと生えていた雑草はその背丈を高くしてゆく。乱立していた木々は段々と密になり、周囲は既に、獣道と呼ぶのに相応しい様相と化していた。

 歩き難くはあったが、尚マシであった。人の通った形跡が残っていたのだから。

 気付けば足元は緩やかな傾斜を帯び始め、辺りの景色は森と云うよりも樹海といった風情である。

 自分の胴回りよりも太い幹。地を這う節くれだった根っこは不規則に地面を隆起させ、時折天然のトラップとなって、アナタの歩みを一層困難にさせていた。

 幻想郷での数々の非常識な体験が、アナタから正常な感覚を奪っていたのか。はたまた霊夢の呑気に当てられたか。

 兎角、アナタは己の迂闊さを認め、過去の己を呪うのだった。

 だが――振り向きアナタは嘆息する。道らしい道などとうに消え失せ、どころか自分の足跡すら見つける事も出来やしない。

 アナタは一つの決断を迫られる事になった。つまりは、進むか退くかである。

 アナタは――。

 

 

 ――【山頂を目指す】

 ――【麓へ引き返す】

 

 

 

 ――【山頂を目指す】

 無謀と知りつつも、初志を貫く事にした。

 そうすることで、もしかすると奇跡でも起きるんじゃないかと、オカルトじみた思考に囚われたのかもしれない。非常識が常識の幻想郷である。神様頼りが実る可能性は、あるんじゃないだろうか?

 或いは意固地になっていたのかもしれない。そんな意地に一体どれ程の価値があると云うのだろうか。アナタは未だ、心の隅に潜む楽観的な思考に引っ張られていた。

 ――どうにかなるだろう、と。

 

 道、と呼んで果たして良いものか。

 アナタは出来る限り緩やかな斜面、登り易い足場を選択し、蛇行しながらも少しずつ山を登ってゆく。

 顔面を這い、不快感を募らせる汗を拭う労力する惜しんで、えっちらおっちら孤独な戦いに臨む。

 そんな時であった。

「止まりなさい人間――!」

 静寂を切り裂く叫声が響く。

 その声量たるや、ビリビリとアナタの肌を打ち、思わず立ち竦んでしまう。結果として、言葉の通り足を止めるに相成った。

 間髪を入れずに頭上から降り立つ白い影。その数五つ。ぐるりと、アナタを取り囲むように現れた。

 影なのに白とは、これ如何に。なんて矛盾は、彼ら彼女らの姿格好を見れば、下らぬ疑問だと切って捨てるものだと解るだろう。

 山伏を連想させる形状の白装束。その手には青龍刀の如き幅広の刀と、小型のラウンドシールドが握られていた。

 平和ボケしているアナタの視線は、見慣れぬ凶器に張り付き離れなかった。

「ここから先は天狗の領域です。卑しい人間風情が、軽々に立ち入って良い場所ではありません。即刻立ち退きなさい」

 先頭の少女が声高に宣言すると同時、凶刃が喉元に突き付けられる。その僅かに触れた切っ先が肌を切り裂き、アナタの喉にぷくりと血の珠を作った。

 勿論、恐怖はある。噛み合わぬ歯の根、震えの止まらない身体が何よりの証拠だろう。

 一方で、自分以外の人間に出会えた、という安堵もあった。いや、彼女の言葉を信じるなら天狗、という訳か。恐怖と安堵という二律背反からアナタから冷静な思考を奪い、少女の天辺から生える獣耳も、立派な白い尾も、気付くまでに随分と掛かった。

 アナタは元来争いとは縁遠い外の世界の住人である。己の生殺与奪が他人に握られるという状況で、平静さを保つことは難しかった。いや、よくぞ取り乱さずにいられたと評価しておこう。

 もし、恐怖に駆られたアナタが、指示に従わず背を向けでもしたら、彼女らの刃は容赦なく振り下ろされていた事だろう。

 彼女らは決して友好的とは言えない。むしろ敵意を隠そうともせず、口元に薄く浮かんだ笑みは色濃く侮蔑を含んでいた。

 いや、唯一人、眼前で刃を突き付けている少女だけは、敵意だけを向けてきている。

「答えなさい人間。如何なる用で、我らが山を侵そうというのです」

 心無い嘲笑が浴びせられる中、むすりと不機嫌そうに眉を吊り上げている少女は一切の遊びを入れずに尋ねる。

 アナタは本能的にソレこそが唯一の活路だと察した。下手な応答は命を落とす羽目になるだろう。だが一方で、上手く答える事が出来れば、現状の全てを打破する事が出来るかもしれない。

 故にアナタは、必死で弁明をした。それこそ、命懸けで。と言っても説明する事など、一言二言で終わる。

 ただ好奇心に駆られて、山頂を目指していただけだ――と。

 いよいよ以て、天狗らは腹を抱えて笑い始めた。強い自責の念と羞恥がアナタを襲う。

 ただ、目の前の少女だけはほとほと呆れ返って深く溜め息を吐いた。

 天狗の一人が云う、「こんなの、放っておこう」と。最早彼女らの目に映るのは、無力で哀れな虫ケラの如き存在だ。銘々口にはせぬものの、ほとんど同じように思っているのだろう。無言で頷いている。

 だが、未だ刃を納めぬ生真面目な――頭にバカが付くほど――天狗、犬走椛だけは違った。

「……それは我々の裁量で決める事ではありません。規則通り捕縛後、大天狗様の裁定を仰ぎます」

 その言葉に椛を除く天狗の面々が、面倒臭そうに顔を顰めた。

「縛ります。動かないで下さい」

 椛は縄を取り出し、アナタを手早に縛り上げる。

 こうしてアナタはお縄につく事になった。

 一先ずのところ、遭難の危機は脱したのだろうか。或いはより深い虎口に飛び込む事になったのか、今はまだ解らない。

 アナタはすっかりやる気の失せた四人の天狗と、一切気を抜く気配の無い椛に連行され、妖怪の山の更なる奥地を踏む事になった。

 

 

 

 

 ――【麓へ引き返す】

 アナタは思い出す。山頂部を分厚い雲で隠していた妖怪の山の威容を。

 それだけの高山を、そも何の準備もせず、着の身着のままで登ろうというのが無謀だったのだ。

 己の浅薄さを呪いつつ、アナタは来た道を引き返した。引き返そうとしたのだ。

 しかし、人の手の入っていない野山は、人間一人の足跡などすっかり喰らい、影も形も見当たらなかい。

 アナタに解るのは勾配と大雑把な方角。そして「この風景は見たような……」という曖昧な記憶だけだった。

 まぁ、あてずっぽうだからといって真逆、山を一周して侵入した反対に出るような事はあるまい。

 アナタは登る時よりも慎重に道を選びながら山を下り始める。

 木の根に足をとられる事五回。苔むした岩に滑る事二回。蜘蛛の巣を頭に引っ被ったのは、数え切れない。

 さて。アナタには一つ、全く失念していたことがある。即ち、体力の配分である。

 登山とは、上りよりも下りの方が体力を用いるという事だ。しかも山頂までの道のりがどれ位か解らないのだから、ペース配分を考えられる筈もなく。要するに、アナタの体力は底をつきそうになっていた。

 思い返せば思い返す程、何と無謀な行為だったのだろう。むしろ自殺に赴いたと考える方がよっぽど自然である。

 残念な事に、アナタは妖怪の山へ自殺しに来た訳ではない。故にアナタは泥のように重くなった身体を引きずりながらも、必死に山を下りようとする。

 しかし無情にもタイムリミットが迫っていた。

 陽はいよいよ稜線に隠れ、その姿を隠してしまう。周囲の影が一気に濃度を増す。疲労は最早無視できる範囲を悠に越えている。足は鉛のように重く、中でも特別アナタを苦しめたのは喉の渇きだった。

 更には現実味を帯びてゆく遭難の二文字が、身体どころか精神まで追い詰めてゆく。

 ――いっそ夜を過ごすか?

 実に魅力的な考えに思える。判断の鈍った頭はその案を採用仕掛けるも、ぎりぎりの所で理性が却下する。

 今自分は何処にいる? そう、妖怪の山だ。

 何故だか、今の今まで奇跡的に妖怪に出会っていないが、そんな場所で野宿など、無茶無理無謀を通り過ぎて自殺行為だ。

 そも身体を休められそうな場所が無いではないか。気付けば足元ばかり見ていた頭を上げて、確認するべく周囲に視線を這わせ――乾いた笑みが零れた。

 終に錯覚まで見え始めたらしい。

 茜色から紫色へと染まりつつある空を、一本の白煙がゆるゆると立ち昇っているのが見えた。

 もしかしてという淡い希望と、そんな馬鹿なという猜疑心を抱きつつもアナタは煙の元を目指す。

 その歩みは牛歩どころか亀。ノロノロと重い体に鞭打ち一歩一歩を踏み締める。

 いよいよ日が暮れると、煙も見えなくなってしまった。宵の闇が絶望となりアナタの心を覆い尽くそうとした瞬間、視界の先に明かりが灯った。

 人間とは現金なもので、指の一本動かすことすら億劫だった身体が、希望があると分かった途端に駆け出すぐらいの元気が湧き上がってくるではないか。

 足場の悪さも何のその。

 ぐんぐんと目的の明かりまで近付いてゆく。ようやく小屋の形がハッキリと視認出来ると、更にその速度を上げた。

 扉の前に辿り着き、肩で呼吸をするアナタは息を整えんと深呼吸をした。そうして落ち着きを取り戻すと、あらん限りの声を張り上げる。

 ――ごめんください! どなたか、いらっしゃいませんか!?

 山彦はまだ起きているらしい。アナタの叫びは山間を木霊した。

 小屋の中の光が、慌てたように揺らいだのが見て取れた。

 しばし中から喧騒が続き、それが絶えると再び耳が痛くなるほどの静寂が辺りを覆った。

 聞こえ、無かったのだろうか? ……いや、そんな筈は――。

 今一度声を張りあげんとアナタが大きく息を吸ったのと、扉が開いたのはほとんど同時だった。

 開いた、と言っても開け放たれた訳ではない。。ギギィと低い音を立て引き戸た僅かに開かれたに過ぎない。

 その隙間から中の様子は伺えず、ただ眩さだけが目に映った。その眩さが、少し陰る。

「――どちら様かしら?」

 程なくして家主と思しき人物が声を掛けて来た。

 意外にも若い女性の声だった。こんな人里離れた山奥である。きっと岩の如き大男が住んでいるに違いないと、アナタの想像を大きく裏切ってきた。

 逆光から表情は全く読み取れない、しかし声色からこちらを怪しんでいるのがありありと解る。

 アナタはまず、己が怪しい者ではないのだと簡単な自己紹介から入り、事情を説明した。

 相手は女性である。一泊の宿を借りたい事いやさ何なら軒下でも構わないと、念入りに害意がない事を表明する。

 アナタの必死な――情けなさすら感じさせる――説明が功を奏し、扉越し、女性の警戒が解ける気配を感じた。

と同時に呆れたような、やけに大きな溜め息が聞こえた。

「……ダメじゃないの。人間が、こんな時間に山に入っちゃ」

 扉から現れたのは、とても山奥には似つかわしくない美女だった。

 萌える若葉を想わせる翠色の髪。作り物めいてさえいる美貌。そして何より目を惹くのが、これでもか、という程に大量のフリルがあしらわれた真っ赤なゴシックロリータであろう。

 あまりの場違いさ――美しさとも言えよう――にアナタは言葉を失ってしまう。

「ちょっと……?」

 呆けるアナタを前にして、女は訝しく思いながらも心配そうな声を上げる。

 正気を取り戻したアナタは慌てて会釈をし、事情を説明する。

 女はクスリと笑った。

「もうっ、聞いたわよソレ」

 口元に手を添えてクスクスと笑う仕草は気品が漂っていた。

「私は鍵山雛。厄神よ。アナタは――そう、外の世界の人なのね。道理で」

 雛と名乗った女性は自らを厄神と称し、どこか翳のある笑みを浮かべた。そうして泥と汗に塗れたアナタの服装を見て、何某か納得したように頷いた。

 ――ヤクジン?

 聞き慣れない単語に鸚鵡(おうむ)返しをする。

「厄神っていうのは、そうね。厄を招く疫病神の対極の存在だと思ってくれればいいわ」

 彼女のちょっと回りくどい言い回しに、アナタは言葉を反芻する。

 疫病神の反対、という事は、厄を祓う神様という事か……?

 アナタは素直に驚き、「凄い」と賞賛を口にする。

 するとどうしたことか、雛はアナタ以上に驚いた表情を浮かべ、くしゃりと、はにかんだ。

「……ありがとう」

 鍵山雛はそう応えるのが精一杯だった。込み上げる感情を零さぬよう必死だった。だから、桜色に染まった頬も、震える唇も、目元に僅かに浮かんだ涙も、誤魔化す余裕なんて、無かった。

 一方アナタは彼女の豹変ぶりに狼狽えるしかない。

 何か失礼なことを言ってしまったのだろうか!? いや彼女の反応を見るにそれは違いそうだが……。

 兎角女性が泣いているのだ。どうにかせねば、という気持ちが逸るばかりで、何とか言葉を紡ごうとするも口から溢れるのは意味のない単音だけで、やっぱり言葉が見つからずにオロオロと戸惑うだけだった。

 そんなアナタの無様さも、全くの無駄では無かった。

 アナタの様子があんまりにもおかしかったのだろう。雛は先程のように口元を押さえ、クスクスと笑った。

「ごめんなさい、もう大丈夫よ」

 そうして彼女は目元を拭う。笑いすぎて浮かんだ涙を払う為に。

 ……矢張り、先程の涙も見間違いでは無かったようだ。

 その原因がアナタの迂闊な一言であるのは察せられる。だが、彼女の心境に如何なる影響を与えてしまったのかは、出会って間もないアナタには到底考えつけず。

 彼女自身、大丈夫と云うのなら、それ以上の詮索は失礼以外の何物でもないだろう。

 アナタは気付かぬフリをした。

「疲れたでしょう? 上がって頂戴」

 雛は半身をずらし、アナタを家の中へと誘う。

 だがアナタは躊躇した。今更、彼女の親切心を疑うのだろうか? アナタはそのような人でなしだったのだろうか?

 いんや、アナタが気に掛けたのは別の事。これだけの騒ぎに、他の家族が一度も姿を見せなかったことだ。十中八九、彼女は独りで暮らしているのだろう、という懸念であった。

 そんなアナタの葛藤を見透かしたように、雛はこれ以上なく優しく微笑んだ。

「こんなところで独りで暮らしていると、時々人が恋しくなるものよ。丁度夕餉を作っていたところなの。遠慮なんてしないで頂戴」

 雛の言葉を皮切りに、アナタのお腹が自らの存在を主張し始めた。早く食事を寄越せと。

 耳まで赤面するアナタを、雛は可笑しそうにクスクスと笑うのだった。

 結局、アナタは欲望に白旗を振った。

 ――お世話になります。

 恥を忍びつつ、深々頭を下げるアナタの姿を、雛は嬉しそうに、本当に嬉しそうに見詰めるのだった。





 ――【山頂を目指す】
 ○好感度変化無し


 ――【麓に引き返す】
 鍵山雛好感度+1


 分岐し過ぎて全部を把握出来ないんで、好感度が変化したところだけ載せますん!


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