S泊地の日常風景 (夕月 日暮)
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まとめ
登場人物まとめ


話数も増えて登場人物もかなりの数になってきたので、半ば自分での確認用として登場人物をまとめました。
今後も話の展開に合わせて不定期に更新していくと思われます。
※日常的な事柄に関するまとめなので、大半はどうでもいい情報かもしれません。


【登場人物】(着任順)

 

-- 艦娘 --

 

●叢雲

泊地副司令。提督が何度か替わっていること、泊地設立当初から所属していることから、事実上泊地の中心人物。

泊地の運営・管理を行う司令部の一員でもあり、普段は司令部メンバーが集まる司令部室に缶詰状態。

面倒見は良いが怒らせると怖い泊地の親御さんポジション。たまにノリの良い一面も見せる。

普段は表に出さないが、今もときどき初代提督のことを思い出しているらしい。

 

●明石

泊地最古参組の一人。艤装が完成したのは2014年春。

泊地技術部の部長。ただ、研究は部員が好き勝手にやっており、彼女はそこで生じた問題の尻拭いをしていることが殆ど。

備品は大事にがモットーで、モノを粗末に扱う輩にはきついお仕置きを据えることもある。

 

●大淀

泊地最古参組の一人。艤装が完成したのは2014年夏。

泊地の資金面を管理している。慢性的な資金不足に悩まされているため、よく金策を練っている。

泊地のメンバーが何か企画を催す度に壁となって立ちはだかる存在。裏を返すと祭り好きの面子に悩まされる苦労人。

二代目の提督とは特に親しく、その関係性はさながら姉妹のようだったとも。

 

●間宮

泊地最古参組の一人。現在は伊良湖と二人で間宮食堂を切り盛りしている。

衣食住のうち食を担っているため、ある意味泊地で最も重要な人材と言える。

美味しい料理と物腰の柔らかさから、多くのファンがいるとか。

鳳翔さんと並び「さん」付けされることが多い。

 

●漣

泊地最古参組の一人。

自由奔放な振る舞いが目立つが、仕事はきっちりこなす派。

潜水艦が苦手。

 

●曙

泊地最古参組の一人。周囲へのツッコミが冴え渡る。

釣り同好会にも所属しており、自作の釣り竿をいっぱい持っている。

潜水艦が苦手。

 

●那珂

泊地最古参組の一人。アイドル活動も実際に行っており、泊地の宣伝部長を務めている。

他の拠点の那珂ちゃんたちとNKC20というグループを結成しているらしい。

アイドル活動に関してはシビア。艦娘としての活動も割とシビア。

 

●白雪

泊地最古参組の一人。

叢雲にとっては頭が上がらない相手。

 

●如月

魅力的なレディになるための努力は惜しまない。

睦月型が全員集合するときは彼女がまとめ役になることが多い。

 

●電

争いを好まない大人しい子。だがやるときはやるし言うことは割とハッキリ言う。

第六駆逐隊のメンバーと、毎年戦いで亡くなった人々の墓参りをしている。

深雪率いる裏司令部の一員でもあるが、これは裏司令部のストッパーになるよう叢雲に頼まれてのことである。

 

●五月雨

素直な性格。割と喜怒哀楽がハッキリしているが、善良な性質だからか怒は長続きしない。

朝の散歩が趣味。

 

●響(ヴェールヌイ)

マイペース艦娘其之一。

よく暁をおちょくっているが、それは親愛の裏返しでもある。

 

●吹雪

組立のスペシャリストで、建材を組み合わせていくのが得意。

叢雲のことを気にかけている。綾波からはボケ派と思われている節あり。

長女の会の一員。

 

●初春

泊地技術部の一人。初春型の艤装の問題を解消したいという思いから、艤装弄りが趣味になった。

夕張と組んで無茶な実験をすることが多く、その都度明石に注意されている。

 

●長月

文月の頼み事は断れない。

あきつ丸とはなんとなく気が合う間柄で、よく一緒に行動している。

 

●木曾

泊地司令部メンバーの一人。多摩曰く「姉使いの荒い妹」。

ナチュラルに周囲への気配りができるイケメン。個性的な姉たちを持っているからかもしれない。

 

●天龍

面倒見が良く周囲から頼りにされる古兵(ふるつわもの)。

朝に剣の素振りをするが日課。鹿島が着任してからは一緒に素振りをする仲になった。

 

●朧

マイペース艦娘其之二。

泊地内の神社でごろごろしていることが多い。

 

●龍田

おっとりとした性格だが、狼藉者には怖い一面を見せる。

勘が鋭い。料理は結構得意な方。

 

●睦月

睦月型姉妹のムードメーカー。弾き語りの才を持つ。

菊月曰く、皆をまとめるよりも自分が先頭に立って引っ張っていくタイプのリーダー。

 

●摩耶

泊地内の図書館を管理している。

やたら自分に構ってくる愛宕がちょっと苦手。嫌いと言うわけではない。

 

●多摩

のんびり屋に見られがちだが割と活動的。寒さに強い。

球磨型の艤装なしの肉弾戦では、大井と並んで勝率トップらしい。

 

●千歳

長女の会の一員。酒はナチュラルに飲む派。気づいたら口にしているというのが本人の弁。

年末年始には、戦いで亡くなった人々の墓参りをしている。

 

●村雨

釣り同好会の一員。駆逐艦の中では比較的座学の成績が高め。

やたらアダルティなイメージを持たれるが、本人は別に意識してそのように振る舞っているわけではないとか。

実はお笑い好き。

 

●暁

響におちょくられることが多く、それに対してツッコミを入れる姿がよく目撃されている。

目標とする大人なレディは何人かいるが、最近そこにガングートが加わったらしい。

 

●敷波

ちょっと素直になれない年ごろの女子。

嘘が苦手なので、エイプリルフールは人一倍警戒心を高めている。

 

●文月

天真爛漫な愛されキャラ。

文月に頼まれるとNoと言えない艦娘が多数いるため、泊地における陰の実力者ではないかという説がある。

 

●長良

トレーニング大好き。毎日のランニングは欠かせない。

ただの体力馬鹿ではなく、座学もきちんとこなす。赤点を取った鬼怒に雷を落とした。

 

●加古

寝ることとお酒を飲むことが日課。食べるのも好き。

きちんと目が覚めると有能。

年末年始は体重が気になるようだ。

 

●愛宕

鷹揚な性格の持ち主。よく高雄を弄っている。

構いたがりな性格なので、摩耶や鳥海からは若干避けられがち。

 

●川内

夜戦大好き。夜になると常人には想像もつかない動きをするらしい。

普段はあまりやらないが、料理はかなり上手。飲み物はコーヒー派。

ホラー・FPSものからゲームにハマり、アクション全般を得意とするようになった。

 

●名取

人にあまり強く出れない気弱な性格。

由良と一緒に育成ゲームにはまる。

 

●満潮

艦艇時代仲間を失った経験から、一人になるのが苦手。

某怪盗三世の登場人物の中では、主人公の相棒が好み。

おでんはみそ派。お酒はあんまり強くない。

 

●夕立

戦いを本分とする武闘派。とにかく暴れて敵を攪乱させるのが良いと考えており、武装にはあまり拘りがない。

戦時は勇猛果敢だが、平時は割と大人しい。

 

●時雨

冷静なツッコミで周囲の暴走を抑えるポジション。

幸運艦だしなんとかしてくれという頼みは全力で断るスタンス。

 

●綾波

ほんわかした性格だが何気に武闘派。武装に関しては主砲重視。

笑顔のままナチュラルに凄いことをやってのけることも。

 

●神通

厳しくも優しい駆逐艦たちの指揮官ポジション。

ただ、たまに天然と思しき言動を取ることがある。

ヒゲマニアの一角。

 

●五十鈴

芸達者で様々な技能を当たり前のように使いこなす。

天才肌ではあるが、人に物事を教えるのも上手く、先生ポジションが板についてきている。

 

●雷

第六駆逐隊のまとめ役。ただしまとめきれているかは微妙なところ。

困っている人がいると放っておけないタイプ。

人の昔話を聞くのが割と好き。

 

●菊月

睦月型の中では傍観者的ポジションにいることが多い。

中心にはいないが、その分他の姉妹艦をよく見ている。

 

●不知火

釣り同好会の一員。

口数が少ないせいで誤解されがちだが、割と感情表現はストレートな方。

 

●妙高

司令部メンバーの補佐官を務めている。

ルーチンワークは得意で、日々の業務に関しては司令部メンバー以上に優秀。

ただし臨機応変な対応はちょっと苦手。

那智や初風には「怒ると怖い」と恐れられている。

 

●潮

可愛い動物やモンスターを育てる系統のゲームが好き。

好きになったことには集中するタイプのため、かなりのやり込み勢である可能性がある。

 

●夕張

泊地技術部の一人。主にテスト計画の立案や実証実験を担当する。設計・開発はさほど得意ではない。

初春と一緒に無茶な実験をやることが多く、明石によく注意されている。

資格ゲッターでもあり、たまに本土に行っては様々な資格(主に免許)を取得している。

趣味はゲームとアニメ鑑賞。ゲームをやるときは集中して黙りがち。ジャンルは特にこだわらない。

 

●鳳翔

泊地内で小料理屋を営んでいる。優しく気立ての良い性格なので、多くの艦娘から慕われている。

ただし、滅多に怒らないものの怒ると空母の中でも一番怖いらしい。

間宮さんと並び「さん」付けされることが多いが、本人としてはちょっと複雑らしい。

 

●蒼龍

空母の中では割と緩い性格の持ち主。飛龍程ではないが、よく食べる。

キャンパスライフに憧れを持っているらしい。

 

●由良

世話好きで鬼怒・阿武隈のことをよく気にかけている。

潮から紹介された育成ゲームにはまる。

 

●磯波

読書好きで読んだ本に影響されやすい。

一見すると大人しそうだが、上官の球磨曰く「やるときはやる女」「怒らせてはいけない」らしい。

 

●足柄

礼号組で一緒だった霞・朝霜・清霜の保護者を自任しているが、構い過ぎるためか逃げられることも多い。

その言動から誤解されがちだが、割とまめな作業や臨機応変な対応が得意。ルーチンワークはちょっと苦手。

 

●青葉

たまに泊地の機関紙を作成したりしている広報担当。

報道に大切なのは誠実さだと考えており、不確実な情報は取り扱わず、取材も事前にアポを取ってから行うタイプ。

焼き鳥は断然塩派。

 

●山城

神社で扶桑と一緒にのんびりしていることが多い。

面倒ごとは苦手だが、頼まれると嫌とは言えない。

 

●雪風

泊地第一艦隊のエースの一角。明るい性格の持ち主だが、艦艇時代の経験からか、物事に対する考え方はかなりシビア。

ツッコミも割と辛辣なものが多いが、第一艦隊の面々は他人の話をあまり聞かない者が多いので、あまり効いていない。

 

●筑摩

利根と並んで泊地の航空巡洋艦の主力とされる実力者。

クリスマスのときに利根にサンタコスをさせようとしたらしい。

 

●衣笠

よく青葉に乞われて機関紙作成の手伝いをしている。

焼き鳥は断然たれ派。

泊地野球部の一員。ポジションはピッチャー。

 

●赤城

農業部の部長。農家の道雄さんから農業に関するノウハウを授けられているため、泊地の中でも特に農業について造詣が深い。

食への拘りは相当なものがあるが、食べ物が限られているときは駆逐艦を優先する等の自制心も持ち合わせている。

 

●飛鷹

隼鷹ほどではないが、それなりにギャンブルを嗜む。

華やかな生活に憧れているが、泊地が貧乏なので当分そんな生活は来そうにない。

 

●扶桑

山城と一緒に泊地でのんびりしていることが多い。

西村艦隊のお姉さんポジションで、頼りにされることが多い。

泊地技術部の一人。

 

●最上

悪気はないがたまにトラブルを起こしてしまううっかり八兵衛。

愛されキャラでもあり、最終的にはなんだかんだで許されている。

泊地技術部の一人。

 

●那智

何かに理由をつけて飲みたがる酒豪。一応、理由がなければ飲むのを抑えられる。

建築を得意とし、その中でも杭打ちに関しては泊地内で右に出るものがいない。

 

●高雄

委員長気質な性格。生真面目な点を愛宕によくからかわれている。

長女の会の一員。長女らしく見られないのが最大の悩み。

 

●球磨

ハードボイルド小説好き。

個性的な妹たちに手を焼いているが、自分自身も個性的だという点は認めようとしない。

長女の会の一員。

 

●伊勢

程良く緩くフランクな性格。どこか達観している節もある。料理は結構得意。

お酒はかなり飲む方で、周囲にも飲ませまくる。

 

●大潮

裏表のない素直な子。あれこれと考えるより行動する派。そのためか騙し合いは大の苦手。

ただ、騙そうとする相手に凄まじい罪悪感を(自覚なく)与えるため、騙されて泣きを見ることは少ない。

 

●羽黒

一見控え目そうに見えるが、割と言うことは言うしやるときはやる武闘派。

姉たちに対しては割と遠慮がない。

 

●荒潮

遊びとしてのギャンブルが好き。引き際は弁えている。

成熟した大人な男性が好みらしい。

おでんは生姜醤油派。お酒はあんまり強くない。

 

●鳥海

泊地の図書館を管理している。

自他ともに認める知性派で腹芸も得意とする。

ただし思考の読みにくい相手やイレギュラーな事態への対応は少々苦手。

 

●陽炎

暇さえあれば泊地のある島を歩き回っている。

様々な集落で手伝いを買って出るため、お年寄りや中高年から絶大な人気を誇る。

 

●祥鳳

妹である瑞鳳にはかなり甘い。瑞鳳共々寒さにはあまり強くない。

お酒はそこそこ嗜む。

 

●隼鷹

ギャンブル好き。思考の切り替えの早さと相手を騙すダミーフェイスが持ち味。

その気になれば完璧な淑女として振る舞えるが、本人曰く「面倒臭い」。

 

●日向

瑞雲は好きだが布教することは考えておらず、一人で楽しみたい派。

何かと自分を瑞雲狂にしようとする風潮に抵抗感を持っているらしいが、半ば事実なので否定もできないというジレンマ。

思考がとにかく読みにくいらしく、騙し合いでは他者が予想しない行動を取ることが多い。

 

●千代田

割と天然気味な姉の面倒をよく見る出来た妹。

千歳に対する思いは、尊敬の念半分対抗心半分。

 

●朝潮

しっかり者の長女として振る舞おうとしているが、個性的な妹たち相手だと今一つまとめきれない。

某怪盗三世の登場人物の中では、つまらぬものを切ってしまう人が好み。

対潜活動重視派。おでんの味付けは特にこだわらない。

 

●北上

球磨型の中では比較的常識人だが、姉妹艦をまとめたり抑えたりするのは面倒なのでやらない。

泊地内屈指の殲滅力の持ち主で、重要な作戦の際はよく駆り出される。そういうときは結構胃が痛いらしい。

 

●利根

筑摩と並んで泊地の航空巡洋艦の主力とされる実力者。だが泊地がある島の子からの渾名は「ナノジャ」。

クリスマスのとき筑摩にサンタコスをさせられそうになったらしい。

 

●黒潮

陽炎型姉妹の影のまとめ役。

長女である陽炎は直感的に妹たちをまとめているので、黒潮がフォローしないと話が進まなくなることがよくある。

 

●比叡

いつも気合十分な元気の子。料理は苦手で、周囲の不興を買うため自制している。

楽器の修理は得意。

 

●霧島

割と真っ当な知性派。ただ、回りくどいやり方は好まず比較的ストレートな手を打つことが多い。

金剛型姉妹の中では打楽器担当。太鼓の達人がやたらと上手い。

 

●金剛

周囲を自分のペースに巻き込んで盛り上げることに定評がある。

音楽はジャンル問わずいろいろ好き。

長女の会の一員。

 

●龍驤

気風のいい性格で周囲から頼られることの多いベテラン感のある軽空母。

人当りも良く交友関係も広い。一方で後輩空母たちからは「怒らせてはいけない」と恐れられてもいる。

 

●古鷹

泊地司令部メンバーの一人。提督や叢雲のサポートを幅広く行っており、泊地でかなり重要なポジションにいる。

腹芸はあまり得意ではないようで、嘘をつこうとしても傍から見るとバレバレだったりする。

 

●初雪

インドア系艦娘の一角。プログラムに興味があるらしい。

自分が祭りに参加するのは面倒だから嫌だが、祭りを見るのはそんなに嫌ではない。

たまに絵を描くことがあるようで、結構上手い。紙とペンには何かこだわりがあるようだ。

 

●望月

インドア系艦娘の一角。自分で簡単なゲームを作る程度のプログラミングスキルは持っている。

面倒は嫌いで、面倒が降りかかるならそれに見合う報酬が欲しいと思っている。しかし大抵上手くいかない。

三日月には頭が上がらないようだ。

 

●涼風

泊地お馬鹿四天王の一角。

姉妹艦思いの良い子だが、後先考えずに行動する悪癖がある。

 

●若葉

ギャンブルマニア。勝ち負けには拘りがなく、負けは負けで「それもまた面白い」と思うタイプ。

感情表現があまり上手くない。自分の気持ちを的確に汲み取って通訳してくれる姉妹艦には感謝している。

 

●子日

周囲から呑気だと思われがちだが、本人は実のところ結構いろいろ考えている。

ただ、それをあまり表に出さないだけである。

 

●初霜

普段は誰にでも分け隔てなく優しい人格者だが、勝負ごとになると目が据わる。

雪風にとっては心の清涼剤らしい。

 

●三日月

睦月型の真面目担当。イベントの前日は緊張して眠れなくなるタイプ。

望月を手玉に取っている節がある。

 

●大井

一に北上、二に魚雷、三四が姉妹で五に間宮さんという優先順位。甘味好きで間宮食堂の常連でもある。

言動は厳しいが相手を見捨てることはしない。良い人というのはもはや泊地で常識になりつつあるが、本人は否定している。

北上と並ぶ殲滅力の持ち主で、やはり重要な作戦のときはよく駆り出される。

 

●霞

心配性なあまり、いつも大声で誰かを注意しているお母ん系艦娘。

末妹ということもあって朝潮型の姉たちからは基本可愛がられている。

礼号組からもやたらと愛されているが、本人としてはもうちょっと落ち着いて欲しいらしい。

ヒゲマニアの一角。

 

●皐月

普段は無邪気だがたまに大人びた一面を見せる。駆逐艦の中では結構食べる方。

細かいことを考えるのは苦手だが、人を動かすのは得意。

 

●霰

感情を表に出すことはないが、姉妹の会話に茶々をいれたり霞をからかったりギャンブルに興じたりと、行動はフリーダム。

頭の回転が速いうえに思考を人に読ませないので、泊地の中でもかなり腹芸が得意な方。

お酒はかなり強い。どれだけ飲んでも素面。

 

●加賀

司令部メンバーの一人。

いつも厳しめの表情をしているため誤解されやすいが、実際は優しい。というか周囲にはかなり甘い。

 

●島風

スピード狂。ただ、艦隊行動を乱さないようにするくらいの協調性はある。

普段は島風便なる郵便配達っぽいことをしているらしい。

艦種や艦型に囚われず、かなり幅広い交友関係を持っている。

 

●翔鶴

泊地内でもトップクラスの実力者だが、強気になれない性格のせいでそういう雰囲気があまりない。

将棋は相手の攻勢を受け流しながら機会を掴み取るスタンス。

 

●榛名

金剛たちとよくお茶会をしている。

ビスマルクが着任して間もない頃に教導艦を務めており、彼女とは現在も深い信頼関係で結ばれている。

 

●飛龍

マイペースでのんびり屋。しかしのんびりした言動のままいつまでも戦場で戦い続けられる気骨の持ち主でもある。

空母の中でも特によく食べる。

 

●伊168

潜水艦組のリーダー的存在。個性豊かなメンバーのとりまとめに苦労している。

普段は常識人だが、相手に舐められることだけは我慢ならないらしく、無茶をすることもある。

 

●陸奥

多くの艦娘の悩みを解決に導いた『動く相談室』。彼女に憧れる艦娘は結構多い。

泊地最高戦力の一角でもあるが、本人はあまり戦いを好まない。

 

●阿武隈

姉である鬼怒が巻き起こす騒動を程良い距離からいつも眺めている。

秋雲に感心される画力を持つが、やや癖のある絵柄らしく「後世になってから評価されそう」と評された。

ゲームはたまにやる程度で、そこまで得意というわけではない。

ヒゲマニアの一角。

 

●鬼怒

泊地内での様々な出来事に首を突っ込んだり、時には自分から事を起こしたりするイベントメーカー。

司令部の仕事をよく手伝っており、たまにその見返りでオイシイ思いをすることも。

かなり幅広い交友関係を持っており、泊地の外にも友人・知人がたくさんいる。

老若男女問わず誰とでも気さくに接することができる性格の持ち主。ただ、姉たち(特に由良)には頭が上がらない。

絵は自他共に認めるくらい下手。ゲームはたまにやる程度で、そこまで得意というわけではない。

 

●深雪

泊地お馬鹿四天王の一角にしてリーダー。裏司令部の司令でもある。

敵に対しては割と容赦がなく、口上の途中でも必殺の深雪スペシャルを放つ。

 

●舞風

明るい言動で周囲を盛り上げるムードメーカー。

一方で、物事に対して達観している様子を見せることもある。

 

●長波

夕雲型のまとめ役。ストッパーともいう。

かなりの武闘派だが無用な諍いは好まない。将来は教師になりたいらしい。

 

●伊19

潜水艦組の中でも相当のうわばみ。しかし伊14の登場により『潜水艦一のうわばみ』の称号は譲り渡すことになってしまった。

潜水艦最速を自任しているが、それも伊26と同等。最近自分のアイデンティティについて悩んでいるとかいないとか。

土木系アイドルユニットSHLOMOのメンバー。

 

●能代

阿賀野型の良心。姉妹がそれぞれタイプの違う変わり者なため、自分も吹っ切れてしまおうかと思うことがある。

土木系アイドルユニットSHLOMOのメンバー。

 

●伊58

伊14や伊19ほどではないが、潜水艦組の中では結構飲む方。よく二日酔いになる。

土木系アイドルユニットSHLOMOのメンバー。

 

●熊野

最初は策謀を巡らせ、最後は力押しで攻めるのが好き。本人曰く『智勇兼備』。

レディとして振る舞おうとしているが、どことなくズレている。

 

●伊8

司令部メンバーの一人。

読書マニアで、自室が泊地第二図書館と言われるような状態になっている。

土木系アイドルユニットSHLOMOのメンバー。

 

●武蔵

普段は飄々と過ごしている泊地最高戦力の一角。土木作業が滅法得意。

土木系アイドルユニットSHLOMOのメンバー。

夏のある時期になると深酒をする。いろいろとこの時期には思うところがあるらしい。

 

●初風

他の陽炎型や島風とよく一緒に遊んでいる。

妙高と一緒にときどき司令部の手伝いをしている。

 

●阿賀野

ポジティブシンキング。一見すると単なるお気楽娘に見えるが、たまに物事の本質を突いた発言をすることもある。

土木系アイドルユニットSHLOMOのメンバー。

 

●瑞鳳

司令部メンバーの一人。姉の祥鳳共々寒いのは苦手。

模型マニアで、自室はプラモが大量に飾られている。

人当りの良い性格で幅広い交友関係を持っている。特に瑞鶴とは頻繁に互いの部屋を行き来するくらい仲が良い。

初代提督を父、二代目提督を妹のように想っている。

 

●秋雲

神社に入り浸って静かに絵を描くのが好き。たまに人に絵を教えたりもしているらしい。

夏・冬に東京へ出向いている。

 

●鈴谷

最上型の常識人ポジション。天然気味の他三人にツッコミを入れつつなんだかんだで面倒を見たりしている。

距離感近めで人に接するため、引っ込み思案な艦娘からビックリされてしまいがち。

 

●白露

ときどき五月雨に付き合って朝の散歩をしている。

妹たちについては基本放任主義だが、助けを求められた場合はきっちり相談に乗ってあげる(解決するとは限らない)。

 

●瑞鶴

泊地技術部の一人。泊地空母組の中心人物でもある(リーダーとかトップとはまた別)。

将棋はガンガン攻めていくスタイル。

泊地野球部の一員。ポジションはピッチャー。

 

●巻雲

あまり次女に見えない夕雲型の次女。

本人としてはしっかりしているつもりだが、傍から見てると若干危なっかしく映る。

面白いことには全力で飛びついていくところがある。

 

●長門

司令部メンバーの一人。基本的には真面目。

着任当初は誰彼構わず勝負を吹っ掛ける問題児だったが、なんやかやで落ち着いた。

ただ、勝負好きかつ負けず嫌いという本質は変わっておらず、見所があると見た相手とは積極的に勝負したがる。

 

●伊401

最近の瑞雲勢力の隆盛に危機感を覚えつつある晴嵐勢力。他のメンバーは不明。

ただ、自身も晴嵐を持って作戦に参加することは滅多にない。技術部に晴嵐の対空性能向上依頼を出しているとか。

 

●夕雲

夕雲型の長女だが、姉というより母みたいだとよく言われる。

普段は誰に対しても分け隔てなく優しいが、身内が粗相をした場合心を鬼にする。

長女の会の一員。

 

●矢矧

真面目だが微妙にどこかズレている。

若干放浪癖があり、暇なときは島のあちこちを流離っている。

 

●三隈

お嬢様感溢れる立ち振る舞いから、暁の憧れのレディリストに加えられている。

温厚な性格で滅多に怒らないが、最上が変な贈り物(呪いつき)を誤ってしたときはさすがに機嫌を損ねたらしい。

流行には敏感で、ドラマや映画に興味津々。

 

●まるゆ

泊地の皆からマスコット的な愛され方をしている。

木曾や呂500と一緒にいることが多い。

意外と偵察能力には定評があり、重要な作戦で敵陣の隙を発見することがある。

 

●大和

泊地最高戦力の一角。何でもこなせる優秀な人材だが、やや天然で言動に残念な点が見え隠れする。

結果的に誰かが何かしらの被害を被ることもあるが、本人に悪気はない。

 

●あきつ丸

長月とは気が合うようで、よく一緒にいる。

真面目そうに見えて意外とノリが良い。

 

●大鳳

泊地最高戦力の一角。

鈴谷や熊野にクロスボウの扱いを伝授したため、二人からは(親しみの意味を込めて)師匠と呼ばれている。

 

●弥生

表情が硬いこと・悪戯をする卯月を止めるポジションにいることから「怒ってる」「機嫌悪い」と誤解されやすい。

本当は心優しく滅多に怒ることはない。そのせいか、親しい相手には、本当に怒っているときも怒ってないと思われる。

英語が話せる。

 

●卯月

泊地お馬鹿四天王の一角。英語は無理。

場を盛り上げようと悪戯するものの、加減をしないためか本気で相手を怒らせることが多い。

 

●Z1(レーベレヒト・マース)

元気で明るいドイツ組のムードメーカー。

着任間もないころからコーヒーノキを育てていた。

 

●Z3(マックス・シュルツ)

普段は物静かだが、時折年相応な一面を見せることもある。

レーベと共にコーヒーノキを育てていた。まめな性格。

 

●ビスマルク

強い自尊心の持ち主だが、周囲への気配りもできる海外艦のまとめ役。

郷に入っては郷に従えの精神で、年始は神社に初もうでしに行く。

 

●浜風

料理が得意で、磯風に秋刀魚の塩焼きを伝授した。お疲れ様です。

泊地野球部の一員。ポジションはレフト。

 

●天津風

他の陽炎型や島風とよく一緒に遊んでいる。

近場にあるブイン基地にも友人がいるらしい。割と人見知り。

料理は普通にできる。

 

●酒匂

プリンツ・オイゲンとは馬が合うようで、間宮で女子会をしたりしている。

ただ、第三者にはなかなか理解しにくい内容となっている。

 

●谷風

第十七駆逐隊の食べる専門。お祭り大好きでイベントの計画立案に手腕を発揮する。

浦風主催の泊地野球部の一員。ポジションはセカンド。

 

●浦風

浜風ほどではないが料理はそこそこできる。

野球大好きで野球部のキャプテンを務めている。ポジションはキャッチャー。人数は足りているが対戦相手がいない。

 

●龍鳳(大鯨)

潜水艦たちの優しい母親ポジション。

普段は潜水艦寮で生活している。

 

●春雨

料理には一家言あり。拘りが強くて妥協できないという一面あり。

農業部の一員でもあり、稲に注力している。

護衛役として定評があり、民間からは結構な人気があったりする。

 

●清霜

大本営から『バトルシップ』の異名で呼ばれるほどの武闘派。磯風と並び駆逐艦トップクラスの練度を誇る。

普段は甘え上手で、いろいろな艦娘から可愛がられている。

過去の戦いで右腕を失ったため、現在はアガートラームと銘打たれた義手をつけている。

二代目提督の友達。

 

●時津風

同期である雲龍と仲が良く、しょっちゅう彼女によじ登っている。

子どもっぽい言動が目立つが、磯風に対してはときどき姉としての面を見せることも。

 

●雲龍

何気なく飲み始めたお茶にすっかりハマっており、自分で茶葉を育てたり茶器を焼いたりしている。

時津風の影響なのか、割と悪戯好きでもある。

 

●磯風

泊地の駆逐艦の中でもトップクラスの練度を誇る武闘派の代表格。

現場指揮官としては優秀だが、戦術・戦略レベルの話には弱い。

料理が苦手だが克服しようと日々頑張っている。少しずつだがレパートリーが増えてきているらしい。

泊地野球部の一員。ポジションはファースト。

 

●早霜

あまり積極的な性格ではないが、心優しく気配りができるので、いろいろな人から好印象を持たれている。

戦時に無茶をする清霜を止められる一人。不知火への友愛の情が深い。

 

●伊良湖

お菓子作りを得意とする間宮さんの妹分。

猫の志摩によく餌をあげている。

 

●秋月

農業部の一員。育てた野菜を妹たちに食べさせるのが喜び。

駆逐艦の本懐は敵を倒すことではなく主力(戦艦・空母)を護衛することだと考えている。

 

●プリンツ・オイゲン

ビスマルクの妹分兼フォロー役だが、ビスマルクからフォローされることも多い。

酒匂と第三者には理解し難い会話を繰り広げる。

 

●野分

大人びた雰囲気の持ち主だが、本人としてはそういう評価をされることに若干複雑な思いがある。

舞風曰く「物言いがストレート」。飾らない性格の持ち主とも言える。

 

●朝雲

しっかり者で朝潮型姉妹のバランサー。

山雲と一緒に花を育てている。

おでんはからし派。お酒はあんまり強くない。

 

●山雲

植物系女子。朝雲と一緒に花を育てている他、農業部の一員として多種多様な野菜を育てている。

セクシーな女性に憧れているらしい。

内心、おでんに余計なものをつけるなど邪道だと思っている。

 

●U-511(呂500)

潜水艦寮で暮らしているが、ドイツ組のところにもよく顔を出す。

まるゆと並んで愛され系潜水艦という扱いをされているが、実戦でもかなり活躍する。

 

●香取

泊地内にある学び舎の先生を務めている。艦隊育成計画の責任者でもある。

良いことをした子はとても褒めるが、悪いことをした子にはきついお仕置きをするらしい。

香取神道流の型を使うが、正式に入門したわけではないので、対外的には我流で通している。森でたまに素振りしているらしい。

 

●朝霜

泊地お馬鹿四天王の一角。頭の回転は速いが記憶力がない。英単語が覚えられないので英語は苦手。

たまに人の名前を間違えるが、わざとではないかと思われる節もある。

四天王の中では比較的常識人。筋の通らないことは嫌いな性質。

なんだかんだで清霜に甘い。

 

●天城

雲龍に薦められてお茶にハマる。

怖い話が苦手で、ときどき朝霜や雲龍に怪談話を聞かされては悲鳴を上げている。

 

●葛城

姉たちに薦められてお茶を嗜むようになったが、実のところ姉二人ほどにはハマっていない。

可愛いもの好きで、同期の高波をよく可愛がっている。

 

●イタリア(リットリオ)

よく食べるがあまり太らないという恐ろしい体質の持ち主。

農業部に参加し、自分オリジナルの素材を使ったイタリア料理を身近な相手に振る舞っている。

釣り同好会の一員でもあり、やはり釣った魚を使って料理をしているらしい。

 

●秋津洲

泊地技術部の一人。比較的常識人で、暴走しがちな技術部の中ではストッパーになることも多い。

身体は鍛えてるので、艤装なしでの勝負なら泊地内でも結構上位に食い込む実力を持っている。

泊地の雑務も器用にこなすため、司令部からの評価はかなり高かったりする。

 

●ローマ

優等生気質できっちりした性格だが、ここ一番でうっかりをやらかしてしまうことが多い。

本人にそのつもりはまったくないのだが、リベッチオの保護者として見られるようになっている。

 

●高波

引っ込み思案な性格で、人間関係は深く狭い感じに築かれている。

気を許した相手には年相応の一面を見せることも。

 

●江風

武闘派の一人で武装は魚雷派。川内型は尊敬してるが、おっかないとも思っている。

勘が鋭い方でいろいろなことに気が付く。しかし、それによってトラブルに首を突っ込んでしまうこともあるとか。

 

●瑞穂

水上機母艦のリーダー役。あまり押しの強い性格ではないが、自然と相手をコントロールする術に長けている。

小物づくりが趣味で、神威着任後は一緒にいろいろなものを作っているらしい。

 

●速吸

泊地司令部メンバーの一人。

大きな鞄を持って泊地内を散策し、困っている人がいたら鞄から役立つものを渡してくれる。

あの鞄は四次元に繋がっているのでは、とまことしやかに言われているが、真相は不明。

 

●リベッチオ

泊地内の愛されキャラ。進水日は海風より早いのだが、同期の駆逐艦の中では妹的ポジションになっている。

対潜重視派。

 

●海風

2015年夏組の中ではかなりのお姉ちゃん力を持っており、江風だけでなく他の駆逐艦も妹のように思っている。

白露に対してだけはちょっと対抗心を燃やしているとかなんとか。

江風曰く「神通さん担当」とのことだが、本人は「無茶言わないで」と否定している。

 

●照月

突っ走りがちな江風をフォローしているうちに、なんとなく彼女の相方ポジションに収まっている。

周囲をよく見ており、状況判断能力に秀でているが、時折深海棲艦っぽい目つきになってハイになることがあるらしい。

 

●風雲

姉妹艦・2015年夏組の中でなぜか貧乏くじを引くことが多い。

本人としてはそういう状況をどうにかしたいと思う反面、それで不幸になる人が減るなら良いかなとも思っている。

 

●鹿島

泊地内にある学び舎の先生を務めている。姉である香取の補佐役。

素直で誰にでも優しいため皆に好かれているが、特に親しい間柄の相手には小悪魔的な一面を見せる。

鹿島新富流の型を使うが、正式に入門したわけではないので、対外的には我流で通している。

朝に天龍と並んで素振りをするのが日課になっている。

釣り同好会には属していないが、それなりに釣りは嗜む。

 

●グラーフ・ツェッペリン

クールビューティ。周囲への的確なツッコミが持ち味。

ビスマルクや赤城、アクィラ等親しい艦娘相手には時折子どもじみた行動を取ることもある。

釣り同好会には属していないが、それなりに釣りは嗜む。

 

●萩風

健康オタク。姉妹艦、特に同じ第四駆逐隊の三人のことをいつも気にかけている。

釣り同好会に属しており、釣った魚を使った健康的な料理を周囲に振る舞っているらしい。

また、農業部にも属しており大量の野菜を育てている。山雲とは結構話が合うらしい。

 

●嵐

ちょっと男子っぽい言動が目立つが、内面は割と乙女。

同じ第四駆逐隊のメンバーに対してはええかっこしいというか見栄っ張りなところがある。

 

●初月

沖波をナチュラルにエスコートすることに定評があるイケメン魂の持ち主。

最初の頃は照月との距離感に戸惑っていたが、今はすっかり打ち解けた。

 

●沖波

真面目なしっかり者として見られたいが、そそっかしく早合点しがちなところがある。

初月のような格好良い女性になりたいと思っているらしい。

 

●ザラ

イタリア艦随一の苦労人。

ストレスの発散が苦手で、日頃のストレスが一定量溜まると一気に爆発する。要注意。

 

●神風

「やるときは徹底してやる」がモットー。

艦艇時代の経験を生かして艤装の性能の低さを補う立ち回りを得意とする。

自らが戦果を挙げることは少ないが、彼女がいると艦隊は良い動きをするようになるとか。

 

●ポーラ

2016年春に突如降臨した酒神様。泊地内の数々の呑兵衛を打ち破りうわばみクイーンとして君臨した。

座右の銘は「すべての道は酒に通じる」。

ザラの主なストレス要因だが、同時にやる気の源でもある。

 

●親潮

好奇心旺盛で、地下の秘密基地というワードに浪漫を感じるタイプ。

秋月型姉妹とも仲が良く、時折島の外まで遊びに行くことも。

 

●春風

おっとりとした性格で、個性的な姉妹艦のフォローが上手い。

ただ、姉である神風と同様「やるときは徹底してやる」タイプでもある。

何気に情報通。

 

●アイオワ

見た目は派手だが中身は割と常識人。

かつての戦争での因縁から最初は周囲とギクシャクすることもあったが、因縁のあった香取・舞風と打ち解けたこと、本人が極めてポジティブな性格をしていることから、自然と泊地に馴染んでいった。

意外と物事に対する考え方はシビアで、比較的リアリストな同期の神風とは馬が合うようである。

泊地野球部の一員。ポジションはサード。

 

●水無月

やる気はあるが、計画立案は苦手なので何か事を起こすというケースはあまりない。

若干適当な一面があるものの、多くのことをそつなくこなす器用人。

 

●アクィラ

溢れる母性と甘えたがりという相反する要素を兼ね備えた残念美人。

赤城やグラーフにライバル心を燃やしているが、二人がどの程度本気で受け取っているかは謎。

ビスマルクの証言によると料理は駄目らしい。

 

●伊26

怖いもの知らずでいろいろなことに首を突っ込む。

本人曰く「怖いものは怖い」とのこと。

伊58から恥ずかしい台詞禁止令を出されている。

 

●ウォースパイト

優雅な佇まいの裏に戦艦としての矜持を秘めた艦娘。

無用な諍いは嫌いで、戦いには誇りがなければ駄目だと考えている。

マーマイトは苦手。しかしジャーヴィス相手にそうとは言えず、嫌々食すことが多い。

 

●浦波

恩義を忘れない義理堅い一面を持つ。

割と妄想力が高く、些細な台詞からいろいろと想像を膨らませてしまうことも。

 

●山風

人見知りだが、気まぐれでアクティブに行動するところがある。

白露型の皆から愛されているが、本人としては江風や涼風にまで可愛がられるのが不服。

 

●コマンダン・テスト

場に流されず自分の意見をキッパリと言えるタイプ。それでも言い方がきつい感じにならないのは人徳か。

皆が困っているところでポンと思いがけない解決案を提示することに定評がある。

 

●サラトガ

落ち着いた物腰と大人な魅力が持ち味。アイオワのお姉さんポジションになっている。

日本文化に疎いところがあり、オイゲンからいろいろと間違った知識を教わっている。

お酒は酔わない程度に嗜む派。

泊地野球部の一員。ポジションはライト。

 

●朝風

朝型の代表格で、陽が沈むにつれてテンションが下がっていく。

本人は否定しているが、熱くなると周りが見えなくなるタイプ。

 

●松風

天性の人たらし。本人曰く「すけこましではないぞ」とのこと。

女性のいろいろな面に対して「それもまた良し」と魅力を見出し続けている。

縛られるのは苦手なので、説教してくる朝風のことは避けている。しかし一定時間離れてると、物足りなくなってからかいに行く。

 

●藤波

同期である松風が自由人なので、それにしょっちゅう振り回されている苦労人。

姉の風雲にシンパシーを感じているとかいないとか。

眼鏡をかけると索敵が得意になった気がするらしい。

 

●伊14

伊19から『潜水艦一のうわばみ』の称号をもぎ取った期待の新星。

ポーラや那智、隼鷹たちとしょっちゅう酒盛りをしている姿が目撃されている。

 

●伊13

伊14の抑え役。ただしほとんど抑えられていない。

怒ると必殺のチョップを繰り出すが、あまり痛くない。極稀にクリティカルヒットするので油断は禁物だ。

伊8からときどき本を借りて読んでいる。

 

●国後

礼儀を重んじる真面目っ子。

最近曙から釣り同好会に誘われて入会した。

 

●占守

これと決めたことにはどこまでも愚直に臨むタイプ。

響とたまに絡んでいることがある。割と占守の方が主導権を握ることが多いようだ。

 

●神威

アイヌ要素全開だが出身はアメリカ。アイヌ文化に精通しているが南方にあるこの泊地ではあまり生かす機会がない。

瑞穂と小物づくりに勤しんだり、アイオワやサラトガと一緒にハンバーガーを作ったりするのが日常。

 

●大鷹

艦艇時代の最後の記憶の影響であまり自分に自信を持てずにいたが、最近は少しずつ前向きになってきている。

鳳翔さんがやっている小料理屋の手伝いを始めたらしい。

 

●択捉

泊地司令部メンバーの一人。

しっかり者。感情が表に出やすく周囲からは何を考えているかバレバレだったりする。

司令部の中でもその真面目さ故か可愛がられている。

 

●ガングート

北の国出身。祖国の革命とその後の顛末を知っているからか『国家』というものをどこか冷めた目で見ている節がある。

細かいことは気にしないおおらかな性格だが、がさつというわけでもない。

『納得』は何より大事だと考えている。

 

●狭霧

誰にでも丁寧に接するが、切り込むところは切り込んでいくスタイル。

本番にちょっと弱い。

 

●旗風

姉妹(特に春風)への情愛が人よりちょっとだけ深い。

夕張に誘われて技術部に出入りするようになった。

 

●天霧

サッパリした性格で、細かいことを考えるのは苦手。

筋トレが日課で長良と一緒にトレーニングをやっている。いつか駆逐艦腕相撲大会を開いて優勝するのが目標。

 

●リシュリュー

お洒落番長。南方泊地の湿度は辛いらしい。

見栄っ張りな一面もあり、そのせいで余計なピンチを招くこともある。

 

●松輪

人見知りが激しいが、一度懐いた相手にはとことん気を許す。同期の中では旗風やルイージと特に仲が良い。

リシュリューやアークロイヤルにも可愛がられているが、松輪側としてはちょっと怖い。

 

●ルイージ・トレッリ

マイペース艦娘其之三。遠慮しない性格。

艦艇時代に各国を渡り歩いたからか、複数の言語を巧みに使いこなすという知性派な一面を持っていたりする。

 

●アークロイヤル

艦艇時代のビスマルクの戦いぶりに感銘を受けたらしく、彼女に深い信頼を置いている。

ただ、ビスマルクからは若干苦手意識を持たれているようだ。

潜水艦に対しては苦手意識を持っているが、克服しようと少しずつコミュニケーションを取るようにしている。

マーマイトは好きでも嫌いでもない。

 

●対馬

インドア系艦娘の一角。海防艦グループの中では事態を引っ掻き回すタイプ。

儲け話が好き。ただ守銭奴というわけではなく、稼ぐことが好き。

儲けた分は散在するタイプ。ただS泊地はそもそも金を使う機会が少ない。

 

●佐渡

悪ガキ様。元気印のわんぱくな子だが、意外と知恵も回る。

賑やかなことが好きで、泊地お馬鹿四天王とよくつるんでいる。

都合の悪いときは狸寝入りを決め込む。

 

●伊400

しおおではない。しおんである。

妹に半ば無理矢理晴嵐勢にされたが、本人の関心はもっぱらバターライスに向いている。

バターを自作するために酪農を始めようかと検討中。

 

●涼月

カボチャと冬月に造詣が深い。

艤装の問題で戦線に参加できない冬月を気遣って、彼女の側にいることが多い。

雪風や初霜のペースに振り回されやすいが、かなり頑固なところもあり、譲れない部分に関しては妥協しない。

 

●日振

誰が言ったかミニマム古鷹。面倒見の良さのせいで苦労しがち。

国後・択捉とはいろいろ通じるものがあるらしい。

ミカン大好き。

 

●ガンビア・ベイ

極度の方向音痴な護衛空母。護衛対象がそのまんま道案内役として機能していると言われることも。

自分にあまり自信がないタイプ。だが「自信があろうとなかろうとやるときはやるしかない」とも思っている。

割と口調はフランク。仲良くなると調子に乗りやすい一面を見せてくれるかもしれない。

 

●ジャーヴィス

全方位に影響振りまく英国少女。ナチュラルに最善手を打つタイプ。

物怖じしない性格で、着任してから短い期間で泊地内に大量の友人を作り出したコミュニケーションの魔物。

マーマイト肯定派。

 

●大東

誰が言ったかミニ深雪。佐渡と並び海防艦のフォワード枠。

特技は三線を引くこと。キングシー〇ー推しだがなかなか理解を得られないのが悩み。

着任早々深雪にスカウトされて裏司令部に加入した。

 

●浜波

ゲームマスター。

普段はとても大人しく人との会話でオドオドしてしまうが、ゲームコントローラーを握ると一変する。

得意とするのは格闘・パズル・アクション。

 

●タシュケント

爽やか生真面目。委員長タイプ。

何かに取り組む際は全力で臨むことを信条としており、普段の爽やかさからは想像できないくらいの熱血っぷりを見せる。

小さいものへの憧れがあり、他の駆逐艦や海防艦のことを羨んでいる節がある。

 

●イントレピッド

ビックリするくらい裏がないポジティブアメリカン。

騙し合いをすると十中八九騙されるタイプ。策を弄する輩には弱いが真っ向勝負では無類の強さを誇る。

鳳翔さんに匹敵する母性力の持ち主でもある。

 

●サミュエル・B・ロバーツ

諸事情あって妙なタイミングで着任した護衛駆逐艦。皆からはサムと呼ばれる。謎のマスコットを連れている。

世話好きでガンビア・ベイの面倒をよく見ている。由良とは世話好き仲間として気が合うらしい。

ガムが好き。コーヒー味が至高だと思っているがもう売っていないので自作できないか目論んでいる。

 

●福江

真面目なのだが、ネーミングセンスがなかなか独特。

座右の銘は「郷に入らば郷に従え」。

口調のせいでぶっきらぼうな性格だと誤解を受けることが多い。

 

●岸波

サッパリした立ち振る舞いとは裏腹に意外と乙女度が高い。

一方で女性からモテたりもするので、本人としては些か複雑な心境らしい。

仕事は真面目にこなすタイプだが、必要以上に力むことはせず、良い意味で適当なところもある。

 

●神鷹

その場の空気に流されず疑問をきちんと口にできる系女子。

空母の末っ子組として先輩たちからは可愛がられている。

改名前の名前は紛らわしくなりそうなので使わないよう決めたのだとか。

 

●マエストラーレ

長女の会の存在を知り即加入を決めたミス長女。

別に偉ぶりたいわけではなく、長女として妹たちを引っ張っていく存在であらねばならないと信じているだけである。

当面の目標は妙高らしい。ハードルが高い気もするが負けるなマエストラーレ。

 

●ゴトランド

一つの物事にハマるとこだわってしまうタイプ。

アロマや家庭菜園、管楽器等多趣味。暇なときは決してぐうたらせず、大抵なにかやっている。

初期艦ではない。

 

●ネルソン

尊大な物言いからは想像しにくいが、自分で率先してあれこれと動くタイプ。

自国のお菓子にはそれなりに愛着があるらしい。

ネルソンタッチのおかげで一部の艦娘から大人気だそうな。

 

●峯雲

朝潮型おっとり系女子。

同じく朝潮型のぽややん系女子である山雲との間に挟まれた朝雲によくツッコミを入れられている。

村雨を見かけると一日幸せになれるらしい。

 

●早波

藤波への執心度が高く「夕雲型の大井っち」とあだ名がつけられた。

本人は気にしておらず大井は不服らしい。

甘いものには目がない。

 

●ジョンストン

世話好きで至って常識人な苦労性のアメリカンデストロイヤー。

たまにポカをやらかすサムを放っておけず、サムはサムでガンビア・ベイを放っておけないので、二人の面倒を見る形になる。

天津風には謎の親近感を抱いているらしい。

 

●日進

幼い見た目に反して割と老成した一面も見せる広島っ子。

好きな武将は福島正則。好きな時代劇は忠臣蔵。ただし吉良上野介にも同情的。

呉市を舞台にした作品を追いかけているうちに、スケッチとカメラが趣味になった。

 

 

 

-- 泊地スタッフ --

 

●伊勢新八郎

泊地初代提督。叢雲と出会い、ソロモン諸島の危難を目の当たりにして、これを解決しようと泊地を設立した。

モラルにうるさい堅物だったこと、和楽器が好きだったことが語られている。

康奈の後見人でもあった。

 

●丹羽一徹

大工の棟梁を務めていた老人。鬼怒や那智、龍驤等泊地の艦娘に建築のノウハウを叩きこんだらしい。

 

●伊東信二郎

工廠長を務める壮年の男性。無精髭とバンダナが特徴的。

部下の工廠妖精・建造妖精・開発妖精と共に工廠の設備を管理している。

いつも好き勝手している技術部の面々には悩まされているらしい。

父親は趣味で陶芸をやっているとか。

ごつい見た目の割に繊細な滑りをこなすスケート経験者でもある。

 

●工廠妖精

ちょっとニヒルなところのある工廠の妖精たちのリーダー。

なんだかんだで人付き合いは悪くない。

電子タバコを嗜む。

 

●流星妖精

待遇にちょっと不満がある妖精さん。

空母たちには一定の信頼感を置いている。

 

●曲直瀬道代

医療室勤務のお医者さん。艦娘も病気になることがあるので、泊地にとって欠かせない人材の一人。

職業柄説教臭くなってしまいがちなのが悩みの種。本来は気さくで明るい性格。

学生時代はカメラをやっていたらしい。

 

●マスター(本名不詳)

娯楽室を訪れる人をもてなすナイスミドル。本名・経歴は不明だが誠実な人柄のため皆からの信頼を得ている。

艦娘同士の諍いの仲裁、農作業の手伝い、料理全般等様々なことをそつなくこなす。

 

●北条康奈

泊地二代目の提督。新八郎の被後見人で新十郎の義妹。

磯風の料理に対して苦い顔を浮かべたことが語られている。

清霜の友達。

 

●藤堂政虎

一級建築士の資格を持つ建築士。泊地のインフラ担当。非常に強い自尊心の持ち主で、周囲からは変わり者として扱われている。

ただ、根っこのところでは常識的なようで、天然相手には振り回されるらしい。

小さい頃に苦労したからか、大人は子どもが楽しむために力を尽くすべしという持論を持っている。

相当なプラモマニアで瑞鳳とは同好の士。ただ、ある一件が原因で彼女相手にキレたことがある。

 

●尼子歳久

泊地内の神社を管理している老人。七十を超えるが、年齢による衰えを全然感じさせない。

時折悪ガキじみた言動を取ることがある困った爺様だが、いざというときは年長者として周囲を的確に導く。

神社にたむろする艦娘相手にお菓子をあげたり将棋や囲碁をする日々。

 

●小野小道

理髪店を営んでいる女性。髪フェチ。

言動が若干危ない感じもするが、相手の嫌がることはしないので特に問題にはなっていない。

エステやマッサージの心得もあるため、艦娘の間では密かに人気者だったりする。

 

●伊東珠子

年齢不詳のシスター。泊地内の教会を管理している。

お菓子作りが得意で、泊地内外の人々にときどき配っている。

伊東信二郎は叔父。

泊地野球部の顧問を務めている。

 

●板部江雪

泊地のシステム担当。泊地の学び舎で教師も務めている。

付き合いの良い性格で、艦娘たちから相談を持ち掛けられることも多い。

一方で、艦娘の巻き起こす騒動に巻き込まれて災難に遭うことも。

 

●北条新十郎

泊地三代目の提督。康奈の義兄。

全身包帯のミイラ男のような風貌で、極度の面倒臭がり。

一方で仕事はできる人間だったらしく、泊地のネットワーク拡充等を推し進めた。

磯風の料理を口にして、三日ほどお腹を壊したことが語られている。

 

●北川富士子

泊地四代目の提督。

新十郎提督の頃から艦娘の教導官として勤めていた。

厳しいことで艦娘たちに恐れられているが、厳しいだけの人でもないらしく、しっかりと慕われてもいる。

 

●北条イザナギ

泊地五代目の提督。元の名はナギ。北条の姓と新八郎の「イセ」を引き継ぎ改名した。レイテ海戦の最中に提督権限を継承。

欧州遠征の際、イギリス・ソロモン諸島両国の意向から形式的な投票を経て総督に就任。ソロモン王の称号を与えられる。

元来は快活などこにでもいる少年だったが、深海棲艦との戦いで様々なものを得、また失い、迷いながら成長を続けている。

 

 

 

-- 泊地以外の人々 --

 

●ウィリアム

ソロモン政府から船団の代表を任されることのある老人。

船団護衛を泊地に依頼することが多く、泊地のメンバーにとってはすっかり顔馴染み。

 

●二瓶道雄

南方拠点を回りながら農作物の輸送をしたり、農業のノウハウを伝授したりしている老人。

各地の拠点に弟子というべき者がおり、尊敬を集めている。

初対面の人に挨拶代わりとして種や苗を進呈する癖がある。

 

●リーナ

画家になることを夢見る鬼怒の友人。

秋雲に絵を教わっているらしい。

 

●リチャード

強面の壮年男性。海賊の如き風貌だが、実際はショートランド島の集落の長を務めている善良なおじさん。

愛称はリッチ。釣りが上手く、秋刀魚漁の際は船長として遠征に参加することも。

若干ケチ臭い。

 

●ヘレネ

弥生たちがイギリスの港町で出会った少女。

友達。

 

●グスタフ

島の子どもたちの中で飛びぬけた才覚を持つ天才児。

ただ性格に難があり、他の子どもたちから浮いてしまっている。



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本編
かき氷を作ろう!(鬼怒)


 ふとカレンダーを見ると七月になっていることに気づいた。

 日本から赴任してきて早一年半というところだろうか。この辺りの地域は一年通してあまり気候が変わらないので季節感は乏しいが、こうして暦を確認すると故郷の四季折々の風景を思い出す。

 仕事が詰まっていたので少し息抜きしようと部屋から出ると、そこで見知った顔に遭遇した。

 

「あ、板部さんだ。どうしたの、死にそうな顔してるね」

 

 長良型五番艦の鬼怒だ。

 

「よう鬼怒。そっちは元気そうだな」

「なに、またシステムがトラブルでも起きたの?」

「使ってるOSSでいくつか脆弱性が発見されてな。影響が出るかどうかの調査をしてたんだが、ここのシステム継ぎ接ぎしながら肥大化してるせいでどうも面倒臭い」

 

 とはいえ現状この泊地でシステム管理者としてのスキルを持っているのは俺と何人かの艦娘くらいだ。艦娘の本業は当然システム管理などではないから、こういうところでは俺が頑張るしかない。

 と、そこで鬼怒が持っているものに気づいた。

 

「鬼怒。そいつはまさか……」

「ふっふーん、やっと気づいた? そう、これこそ夏のお供! かき氷機!」

 

 高々とかき氷機を両手で掲げながら鬼怒がドヤ顔を見せつけてくる。暑苦しい。

 だがムシムシする仕事部屋から出てきたばかりの俺にとって、かき氷というのは何とも魅力的に映った。

「なあ、どうしたんだそれ」

「遠征先で会ったお婆ちゃんに貰ったんだ。これから作るつもりだけど、板部さんも食べる?」

「いいのか?」

「ここで駄目って言ったらなんか死にそうだしね」

「すまんな。しかしかき氷か。子どもの頃を思い出すな。俺はメロン派だった」

「鬼怒はイチゴが好きだな。そこは譲れないね!」

「そういえば氷は部屋の冷蔵庫にあるので良いとして、シロップどうすんだ」

「間宮さんのところで分けてもらうつもりだよ」

 

 

 

「ごめんね、今はシロップほとんどなくて」

「えぇー!」

 

 鬼怒の悲痛な叫びが甘味処間宮に響き渡る。

 

「そういえば先日かき氷売り出し始めたときに艦娘たちが殺到してましたね。もしかしてそれで全部?」

「ええ。去年を参考にして仕入れたつもりだったんですけど、予想以上に売れてしまって……」

「何それ聞いてないよ!?」

「ちょうど鬼怒は遠征でいないときだったからな。あのときはあまりのかき氷人気っぷりに食べるの早々に諦めたもんだ」

「くうぅー! 熱い艤装背負って、日陰も何もない大海原をようやく戻って来たというのに! うう、あんまりだよォー!」

 

 なんだかそこまで言われると気の毒に思えてくる。

 

「まあ待て鬼怒。ないなら代わりを用意すれば良い」

「か、代わり……?」

「要するにシロップのようなものがあれば良いってことだ。間宮さん、少し厨房見せてもらっても良いですか?」

「ええ、どうぞ」

 

 間宮さんの許可を得て厨房の中を物色して回る。当然手を綺麗に洗ったうえでだ。

 使えそうなものを見つけては間宮さんに使って良いか確認を取る。最終的に使えそうなのは砂糖、水あめ、他いくつかの材料だけだった。

 

「まあこれでも大丈夫だろう。適当に鍋に入れて水に溶けきるまで混ぜればそれなりにシロップっぽい感じになるに違いない」

「なんか今一つ不安だよ……」

「言うな。俺も婆さん家で昔作ったっきりでそんなに自信はないんだ。何もないよりマシだろ」

 

 こんなとき間宮さんのアドバイスをいただけるとありがたかったのだが、伊良湖と二人で夕食の準備に取り掛かっている。さすがにもう邪魔は出来まいと、俺たちは材料だけ貰って寮まで移動することにした。

 

 

 

 この泊地はいくつかの艦隊で構成されており、艦隊毎に寮が分かれている。

 俺たちがやって来たのは鬼怒が属する第三艦隊の寮、その台所だ。

「……そういえば艦娘は艦だった頃の記憶をある程度持ってることもあるって言うが、鬼怒は主計科に関する記憶とかはないのか? あまり料理してるところ見た覚えがないんだが」

「鬼怒はあんまりそっちの記憶はないかなあ。いつも阿武隈にやってもらってるから困らないし。他の鬼怒はどうか分からないけど」

(うーん、この駄目姉)

 まあ普段の様子を見る限り阿武隈も嫌々やっているようには見えないし、当人同士が良いと思っているなら余計なことは言わない方が良いだろう。

 

「熱い……けどもうすぐ出来そうだよ!」

「ああ。大分シロップらしい感じになってきたな」

 

 鍋に入れた砂糖をはじめとする材料が大分溶け込んできた。普通のシロップと比べれば妙な味になるかもしれないが、何もかけないよりはきっとましなはずだ。

 

「あれ、鬼怒さん。何しとるの?」

 

 もうすぐ出来上がりというところで、陽炎型駆逐艦の浦風が入って来た。

 

「あ、浦風ちゃん。実はかき氷のシロップを作ってるんだ!」

 

 ふふーんと自慢げにかき氷機を見せつける鬼怒。

 浦風は素直に「おお」と感心していた。よく見ると、浦風の後ろには他の駆逐艦たちの姿もある。皆の視線は鍋とかき氷機に向けられていた。

 

「……せっかくだし全員分作るか」

「ええの?」

「材料は少し多めに貰ってきたからな。今この寮にいるメンバーの分なら足りるだろ」

「自分たちだけで食べるのも気が引けるもんね!」

「ありがとの。それならうちらも手伝うけん」

「あの、私も……」

「この磯風に任せてもらおう!」

「谷風さんは食べる専門だよ!」

 

 浦風の駆逐隊仲間たちがぞろぞろ入りこんでくる。

 

「なんだか甘そうな匂いがするクマー」

「HEY鬼怒ー、何か面白そうなことしてますネー!」

 

 浦風たちの声につられたのか、他の艦娘たちも姿を見せ始めた。

 長丁場になりそうだが仕方ない。気分転換と割り切って楽しむことにしよう。

 

 

 

 浦風たちが手伝ってくれたおかげもあって、思っていたより早く調理は終わった。

 第三艦隊寮の食堂では、不在の艦娘以外が揃ってかき氷を頬張っている。

 

「味はなんかこう、いかにも手作り感があるな」

「でもかき氷って感じはするよ! くぅー、頭キンキンする!」

「アイスクリーム頭痛か」

「え? アイスクリーム食べてないよ?」

「いや、あくまで現象名だからな」

「でもさ、現象名つけるならかき氷現象でも良くない? なんでアイス?」

「そこまでは俺も知らん……」

 

 首をかしげながらも鬼怒はぱくぱくと美味そうにかき氷を食べる。そして一定周期で頭を抱えていた。



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島の図書館に行こう(鬼怒・磯波)

磯波は引っ込み思案だけどいろいろなものに対する憧れは強いんじゃないかな、というイメージで書きました。鬼怒は相変わらず描いていて楽しいですね。


「この後図書館行くんだ」

 

 たまたま食事処で鉢合わせた鬼怒に付き合う形で、図書館に行くことになった。

 

「板部さんはどんな本読むんだっけ?」

「エンタメ小説が中心かな。特に面白ければジャンルは問わない」

「システムエンジニアの参考書とかじゃないんだ」

「仕事で必要なら読むけどな。プライベートは別よ別」

「ふーん。あっ、鬼怒はねえ」

「お笑い系の本かスポーツトレーニングの本だろ」

「えっ、なんで分かるの!?」

 

 そんなやり取りをしているうちに、目的地である図書館に着いた。泊地の中にあるので、大して時間はかからないのだ。

 中に入ると涼しげな空気が出迎えてくれる。正直そこまでラインナップが充実しているわけではないが、読みたい本がなくても涼みに来たくなることもある。

 

「お、いらっしゃーい」

 

 出迎えてくれたのは重巡洋艦の艦娘である摩耶だ。平時は姉妹の鳥海と二人で泊地の図書館を管理している。

 

「鬼怒とエンジニアのおっさんか」

「摩耶さん、この間頼んでた新刊届いた?」

「あー……『月刊 E! トレーニング!』だっけ。ありゃあまだしばらく先になりそうだな。本土でもそんな部数多いもんじゃないみたいで、取り寄せに時間かかりそうだ」

「なんでみんなあの雑誌の良さが分からないんだろうなー」

 

 以前戯れに一読してみたことはあるが、あれを好むのはこの泊地でも鬼怒とその姉の長良くらいではあるまいか。長門とか神通あたりはどうだろう。

 ちぇー、と言いながらお笑い系のコーナーに向かう鬼怒と別れて、一人文芸コーナーに向かう。

 そこまで大きい図書館ではない。元々はこの泊地の初代提督が本好きだという理由で資料室を用意したのが前身だ。しばしば本が行方不明になったのできちんと管理しようと図書館にした、という経緯である。

 文芸コーナーも本棚三つくらいのスペースしかない。置いてあるのはミステリーやライトな感じのエンタメ系、それから歴史・時代小説が少々。年頃の娘さんが多いからかエログロ含む内容のものはほとんどない。

 数は少ないが、この島では貴重な娯楽の一つだ。

 今回はそこに先客がいた。駆逐艦の磯波だ。

 脚立に乗って棚の上の方にある本を探しているようだった。なんだかふらふらしていて危なっかしい。

 とは言えここで声をかけたら驚いて逆に落ちてしまいそうな気もする。仕方ないので俺は少し距離を置いて、隣にある児童文学コーナーのタイトルを眺める作業に移った。

 だが。

 

「わっ」

 

 磯波の声が聞こえたかと思ったら、何かが――というか十中八九磯波が落ちてきた。どうも脚立を動かさず無理に身体を伸ばしていたらしい。

 

「うおっと」

 

 慌てて落ちかけていた磯波の肩口の辺りを下から支えてやる。磯波は斜め四十五度の微妙な体勢で留まった。

 

「あ、あれ……せ、先生?」

「横着するな。ほれ」

 

 ぐっと肩を押し上げて、元の状態に戻してやる。

 

「あ、あの……すみませんでした」

「謝らなくていいからもっと気をつけろ。つまらないことで怪我したら駄目だ」

「す、すみません」

「取り難いようなら取ってやろうか、どれだ」

「いえ、そ、それはいいです!」

 

 磯波はなぜか慌てた様子で脚立から降りて、こちらに一礼すると駆け足で去ってしまった。自分が読んでいる本を他人にあまり知られたくない、というタイプなのかもしれない。今のはこちらが無神経だったか。

 磯波が手を伸ばそうとしていたエリアに目を向けてみる。

 

「……お?」

 

 そこに並んでいたのは、この泊地では割と珍しいハードボイルド小説だった。学生時代に読んだタイトルのものばかりだ。

 ふと視線を感じたので横を見ると、顔を真っ赤にした磯波が本棚の陰からこちらを覗き込んでいた。

 

「……」

「……」

「……あ、あの。変……でしょうか」

「いや、別に良いんじゃないか。むしろ俺はちょっと感心したくらいだ。引っ込み思案な磯波がハードボイルド小説に興味を持つなんてなあ」

「わ、私も吹雪ちゃんや叢雲ちゃんみたいにもっと格好良くなりたいんです。そしたら球磨さんが」

「また意外なところからの推薦だな」

 

 てっきり天龍か木曾あたりの推薦だとばかり。

 

「先生は、何を読まれるんですか?」

「俺か。俺は面白ければ何でも良いって感じだからな……。ここにあるハードボイルド小説なんかも学生時代一通り読んだぞ。ここにあるのでおススメなのは『色彩なき街』シリーズかな」

 

 俺がハードボイルド小説にも理解があると知った途端、磯波の表情から力が抜けた。意外と分かりやすい。

 

「あの、この前読んだのは『荒野を旅する弾丸』なんですけど、あの主人公って他の作品にも出てきたりしますか……?」

「あー、確かジャニィ・ジャックランドだっけ。あいつ格好良かったよなあ。でもシリーズ化はしてなかったし他の作品には出てなかったと思う。けど似たようなのが同じ作者の『崩れた街に棲む日々』って作品に出てたな。あの主人公も格好良かった」

「そ、それ、あるでしょうか……」

「あるみたいだぞ」

 

 棚を見ると置いてあった。二十年近く前にベストセラーになった作品だ。取り寄せるのも難しくないのだろう。

 磯波に渡してやると、嬉しそうな顔でぺこりと頭を下げて、

 

「これ、読んでみます……!」

 

 今度は軽やかな足取りで、受付の摩耶のところに向かっていった。

 

「ほほう、なかなか良い先生っぷりですな!」

 

 いつからいたのか、突然鬼怒が背後から肩を掴んでサムズアップしてきた。

 

「いやあ、磯波ちゃんも格好良くなりたい願望があったんだね! 今度トレーニングに誘ってあげよっかな!」

「無理強いはするなよ」

「大丈夫大丈夫!」

 

 簡単に大丈夫というやつの大丈夫は基本的に信用できない。

 

「こらー、図書館では静かにしろよー」

 

 摩耶の気だるげな注意を聞き流しながら、俺は適当な本を物色するのだった。

 

 

 

 数日後。

 泊地内の学び舎で教室に向かって歩いているときのこと。

 

「……それでも行く。俺は他の生き方を知らん」

 

 一応言っておくと、突然聞こえてきたこの声は俺のものではない。

 人気の少ない階段の裏から聞こえてきたのだ。誰だと思って覗きこむと、そこにはポーズを決めながらいろいろと台詞らしきものを呟いている磯波がいた。

 

「夢。それを失ってしまえば俺は死体と同じだ」

 

 ふっと悩ましげな表情を浮かべながら気合を入れて台詞を読み込む磯波。実に楽しげで結構なのだが、もうすぐ授業が始まる。

 

「……おーい、磯波さんや」

「ハッ!?」

 

 こちらに気づいた磯波は、瞬間沸騰機とでも名付けたくなる程の勢いで顔を真っ赤にした。

 

「す、すみませんっ……!」

 

 一目散に去っていく磯波を見送りながら、あれは確か『崩れた街に棲む日々』の主人公の台詞だったなあ、ということを思い出す。

 

「意外と本の影響受けやすいタイプなんだな……」

 

 教室に行くべきか磯波を追いかけるべきか考えながらも、自分の学生時代を思い返してつい笑ってしまった。



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友達と遊ぶ約束をした(鬼怒・磯波)

提督と艦娘、艦娘同士の関係性を描いた作品は既にたくさんあるので、このシリーズはちょっと違う方向でやっていきたいと思っていたり。
ちなみにこの泊地の艦隊構成は史実に忠実というわけではありません。


 ちょうど泊地を出るところで、一人歩いている磯波ちゃんを見つけた。

 

「やっほー、磯波ちゃん。今暇?」

「あ、鬼怒さん。はい、特にやることなくて散歩してたところです」

「お互い非番みたいだね」

「はい。同じ駆逐隊の子たちはちょうど遠征に行ってて」

「今回は磯波ちゃんがお休み枠ってわけだ」

 

 うちの泊地は駆逐隊が少し多めの人数で構成されている。全員同時に仕事をしに行くことは稀で、何人かは泊地に残って休みを貰うことができるのだ。

 駆逐隊の上官に当たる軽巡も二人から三人体制でローテーションを組んでいる。休みなしに遠征に駆りだされたらたまったものではない。

 

「鬼怒さんはどこかに行かれるんですか?」

「少し前にリーナから遊びに来いって言われてたから、今日行こうかなって」

 

 リーナというのはショートランド島のある村に住んでいる女の子だ。以前深海棲艦から助けたことがあって、それがきっかけで友達になった。

 

「暇なら磯波ちゃんも行かない? 遊ぶなら人数いた方が楽しいよ!」

「い、いいんでしょうか」

「リーナは人見知りするタイプじゃないし、磯波ちゃんだって何回か会ってるでしょ。大丈夫だーいじょーぶ!」

 

 少し遠慮がちな磯波ちゃんの腕を引っ張って、泊地の外に歩き出す。

 ショートランド島は今日も深い緑に包まれていた。

 

 

 

 村に着いたは良いが、人の姿が見当たらない。

 

「ありゃ。もしかして教会かな」

 

 ショートランド島を含むソロモン諸島は、植民地支配をしていたイギリスの影響でキリスト教が浸透している。お祈りの時間になると村の人たちは皆教会に集まって祈りを捧げる。

 

「タイミング間違えたかなあ。教会に行ってもいいけど、リーナの家に行って待ってようか。入れ違いになっても困るし」

「そうですね。……わ、あそこの豚大きくなりましたね」

 

 磯波ちゃんが指差した先には、豚というには凶悪過ぎる面構えをした何かがいた。

 

「あー、ブルね」

「ブル?」

「猛牛猛牛。だってあれもう豚じゃないよ! どう考えても猛牛だよ! って意味で鬼怒が名付けたんだー」

 

 勝手に名付けただけで、持ち主が誰かも確認してないけど。

 そんなやり取りをしているうちにリーナの家の前まで着いた。

 

『ごめんくださーい』

 

 声をかけてみる。しかし反応はなかった。皆で教会に行ってしまったのだろう。

 

「コケーッ!」

 

 応じてくれたのはリーナの家で飼っている鶏だけだった。

 

「わあ、可愛いですね、この子」

 

 明らかに威嚇していると思しき鶏をすくっと抱き上げる磯波ちゃん。普段おどおどしてるけど時折妙にたくましい。

 この子の上官は球磨ちゃんだけど「磯波はやるときはやる女だクマー、怒らせたらいけないクマ」とか言ってたなあ。

 

『あれ、鬼怒じゃない』

 

 鶏をしばし戯れていると声をかけられた。振り返るとそこにはリーナと弟君たちがずらっと並んでいる。どうやらお祈りの時間は終わったらしい。

 

『遊びに来たよ!』

『あら、今日休みだったんだ。そっちの子は磯波だっけ。いらっしゃい』

『いらっしゃーい!』

『こ、こんにちは……』

 

 弟君たちが一斉に声をかけると、途端に磯波ちゃんはどぎまぎし始めた。動物相手なら問題ないけど人間相手だと駄目なのか。

 

『で、鬼怒。遊びに来たってことは当然アレ持って来たんでしょう?』

『この間言ってたアレ? うん、持ってきたよ』

 

 前に遊びに来たとき偶々話題に上がって、リーナが妙に食い付いてきた代物。本土から取り寄せて、今日ちゃんと持ってきている。

 

『これよこれ! ジャパニーズ浮世絵!』

 

 それは江戸時代に描かれた浮世絵の画集だった。

 

『何が面白いの、これ』

『鬼怒。あなた本当に日本の艦娘なの? この良さが分からないの?』

『えー、だって私江戸時代生まれじゃないし』

『そういう問題じゃないのよ! ああ、素晴らしい、素晴らしいわ』

 

 リーナはときどきこういう変なスイッチが入るのが困りものだ。

 別に日本びいきというわけではなく、世界各国の様々な絵が好きなのだという。将来は画家になるのが夢だと言っていた。たまに泊地に来ては秋雲ちゃんにいろいろ教わっているようだが、リーナが描いた絵はまだ見せてもらったことがない。

 

『まあこんなところで立ち話もなんだし、二人ともあがっていきなさいな。これからチビたちにおやつ作ってあげるところだったけど、食べていくでしょ?』

『んじゃお言葉に甘えて』

 

 磯波ちゃんの様子を見ると、弟君たちに取り囲まれてすっかり遊ばれているようだった。今は弟君たちが優勢のようだけど、何かの拍子に逆転しそうな気がする。

 

 

 

『しかし鬼怒がうちに遊びに来るようになってから、もう結構経つわよね。二年くらいだっけ』

 

 おやつを御馳走になった後、村のあちこちを散策をすることになった。

 リーナがそんなことを言い始めたのは、もう陽が暮れかかって帰ろうかという話になった後だ。

 ちなみに磯波ちゃんは弟君たちに大分慣れたのか、小さい子を肩車してあげている。

 

『正直なところ、最初に日本の軍が駐留することになるって話が出たとき、最初はいろいろ不安もあったのよね。村長なんかも最初は渋い顔だったのよ』

『それは仕方ないよ。昔はいろいろあったし』

『あ、いや。そういうのもあるけど、艦娘っていうのがどんな感じなのか分からなかったから。今も正直その辺りはあんまり理解はできてない気はするけど』

 

 カラカラと笑いながらリーナは言った。こういうことを言っても嫌な感じにならないのはこの子の人徳かもしれない。

 

『でも、少なくとも泊地の人たちには――日本人にも艦娘にも、いろいろ助けてもらってるからね。今はもう文句言う奴ほとんどいないよ』

『そっか。それは嬉しいね! うん、嬉しいよ』

 

 自分としては、泊地とこの島の人たちを守るために戦っているつもりだった。守ろうとしている人たちに嫌われてしまっては遣る瀬ない。

 

『あ、それじゃ私と磯波ちゃんはここからこのまま泊地に帰るね』

『ええ。暗くなるといろいろ危ないから気をつけなさいね。艦娘だからって油断したら駄目よ』

『分かってる分かってる。じゃね、リーナ』

『あ、鬼怒』

 

 手を振って別れようとしたところを、リーナに止められた。

 

『どしたの?』

『いえ。……また遊びに来なさいよ』

『うん、そのつもりだよ。じゃね、リーナ』

 

 リーナは若干複雑そうな表情を浮かべながら手を振り返してくれた。

 磯波ちゃんが、リーナたちに頭を下げてから追いかけてくる。

 

「鬼怒さん。今、多分リーナさん少し気を使ったんだと思いますけど」

「んー、分かってる分かってる。心配性なんだよ、リーナはいろいろと」

「え、分かってて無反応だったんですか?」

 

 少し意外そうにこちらを見上げてくる磯波ちゃんの髪をわしわしと撫でくり回す。

「そういうときは普段通りが一番って決めてるのよ、この鬼怒さんは」

「は、はあ」

「磯波ちゃん」

「はい」

「また遊びに行こうか」

「……そうですね」

 

 

 

「それで、門限を破ったと」

 

 目の前には、泊地の風紀をはじめとする様々な事柄を取り扱う管理部の一員、そして私の姉である軽巡洋艦由良が立っていた。

 

「い、いやあ。つい盛り上がりまして」

「友達と遊ぶのは大いに結構。でもルールは守らないと駄目よね?」

「ご、御尤も……」

「遠征三連続コースかな」

「い、嫌だー!」

 

 遊び過ぎには注意しようと心に決めた夜でした。



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作物防衛ライン(鬼怒・龍驤・赤城)

なるべく自給自足という方針の泊地では暴飲暴食はできません。
なお、作者は農業に関してはど素人です。


 泊地の外は大雨が降っていた。

 こんな日は室内で大人しくしているに限る。といきたいところだけど、この泊地ではそうも言ってられない。

 

「どーおー、龍驤さーん」

 

 雨の勢いに負けじと声を張り上げる。

 

「あかん! 排水路が何か所かぶっ壊れて作物が水に浸かっとる!」

「もう何日も降ってるし、修理するしかないかね!」

「うちらだけでやるのは無理や! 鬼怒はまず応援呼んで来て!」

「アイアイサー!」

 

 それぞれの寮を駆け回って手の空いている子たちに声をかける。寮も一部雨漏り対策が必要なところがあって来れないという人もいたけど、結果的に五十人前後の人数が集まった。

 

「畑のピンチは泊地のピンチ、放っておくわけにはいきません」

 

 中でもやる気に満ちているのは赤城さんだ。赤城さんは泊地内の農業部の部長を務めている。農業と食材管理に関してはマジパナイのだ。

 ちなみに私と龍驤さんは今日の畑当番だ。様子を見に来たら畑の浸水具合が酷く、調べてみると排水路が一部壊れていたことが分かった、という状況である。

 

「第二艦隊、第四艦隊、第五艦隊の皆さんはあの辺り一帯に臨時の排水路を用意してください。あそこから流すことができれば少し状況はましになるはずです。第三艦隊、第六艦隊の皆さんは私と一緒に排水路の修復を急ぎましょう。けど適当な修復では駄目ですよ。雨はまだしばらく続くそうですから」

 

 大部分の畑は暗渠排水をしっかりと行っているけど、これだけの雨が続くと楽観視はしていられない。

 泊地の食糧や日用品は本土から取り寄せることが多いものの、深海棲艦の存在や予算の関係もあって、それに頼りきりというわけにはいかない。

 そのため泊地内では様々な施設や設備を設けて、何かあったときも自給自足できるようにしている。これは設立間もない頃に本土との連絡が取れなくて苦労した教訓から出た方針らしい。その頃私はまだ着任してなかったから詳しいことは知らないけれど。

 

「鬼怒、見てみ。ここの辺り。雨のせいで土が崩れて畑の方に流れるようになってしまっとる」

 

 龍驤さんが指し示しているのは、土を掘り返して作った排水路の一部だった。

 

「やっぱり石とか粘土とかで枠作らないと駄目なんじゃないかな」

「確か前もそういう話は出たんやけどねー……時間とか予算の関係で駄目ってことになったような気がする」

「でも今はそういうわけにもいかないよね。これ土を盛りなおしてもすぐ崩れちゃうんじゃないかな」

「せやなあ。何か硬いもんで固定するしかないけど、丁度良いのある?」

「さっぱりないよ……」

「多少不格好でも、当座が凌げそうなものであれば構いません。本格的な対策は雨が落ち着いたときにでも司令部に掛け合います」

 

 赤城さんが力強く胸を叩いた。

 

「不格好でも……そや、バルジあったやろ!」

「そういえば十個くらいストックしてたね。他にも正方形っぽい使ってない装備あればそれ使うって手もあるかも……!」

「そういう発想に至ると思って持って来ましたよ!」

 

 威勢の良い声とともに現れたのは、様々な道具を山ほど抱えた明石さんだった。

 

「ちなみにバルジは持ってきてません。代わりに板として使えそうなものとか、固定用の器具をいくつか」

「えー、バルジでええやん。あんなん必要ないやろ」

 

 龍驤さんがぶーたれる。すると、明石さんは目を険しくさせて龍驤さんの鼻先に指を突き付けた。

 

「うちの泊地にある装備品はすべて大事な共有財産です。使用するも廃棄するも決定権は提督にしかありません。無駄遣いや用途にそぐわない使い方はノーですよ。オーケーですか?」

「わ、分かった分かった! 冗談や冗談!」

 

 多分龍驤さんは本気だった気がするけど、それを言うと明石さんが鬼になりそうなので黙っておくことにする。赤城さんが農作物の鬼なら明石さんは装備品の鬼だ。明石さんの前で装備を軽んじる発言をしようものならきついお仕置きが待っている。

 

「それでは緊急工事に取り掛かりましょう。明日の美味しい食事のために全力を尽くすのです!」

 

 赤城さんの声に皆が「えいえいおー!」で応じる。食料問題はこの泊地における重要事項なので、赤城さんに限らず皆の士気は高い。

 勿論私も食事に食いっぱぐれるのは御免なので、全力で取り掛かることにした。

 

 

 

 それから三日後、私たちは畑のところに集まっていた。

 農業について詳しい道雄お爺さんに畑の状態を見てもらっているのだ。

 道雄さんは南方泊地を回って農業指導をしてくれる艦隊の民間協力者の一人だ。もう七十を過ぎているけど今も元気いっぱいなお爺ちゃんである。赤城さんをはじめとする農業部の人たちにとっては先生みたいなものだ。

 

「……うん、これくらいなら大丈夫だろう。けど排水路は全体的に見直した方が良い。水を必要以上に吸ってるし、崩れやすくなってる。何かコの字型のものを設置して固めた方が良いだろうな」

 

 一通り問題点を指摘すると道雄さんは船の積み荷を指した。

 

「まあ、今回は大変だったろう。ちょうど本土から届いた物資があるから、何か作って食べようか」

 

 道雄さんの言葉に周囲が沸き立つ。道雄さんは本土から届いた食料品を各泊地に届ける仕事もしているからだ。大半は泊地内の食事処や島の人々に提供されるのだが、一部は道雄さんが自ら料理して振る舞ってくれる。これを楽しみにしている艦娘も多い。

 

「そろそろ夏だと思って今回は素麺を大量に持って来た。以前竹を割ったろう。あれがまだあるなら泊地の皆を集めて流し素麺でもやろうと思ってな」

「鬼怒、急いで皆呼びに行くで!」

「あ、ちょっと待ってよ龍驤さーん!」

 

 こういうイベントごとが好きな龍驤さんは早速駆けだしていく。

 私はそれを慌てて追いかけるのだった。

 

 

 

 くぅ、とお腹の音が聞こえた。

 私のお腹の音じゃない。隣にいた赤城さんのお腹の音だ。

 

「あ、赤城さん。もうちょっと食べても良いんじゃ……」

「いえ。私が食べ過ぎると下流の子たちが食べられませんので」

「でもさっきから……」

「何を言うのです鬼怒さん。一航戦たる私がそんなお腹を鳴らすなど――」

 

 くぅくぅとお腹が鳴った。

 下流の子たちもこちらを――赤城さんを見ていた。

 赤城さんの我慢はそこから三分程続いたのだった。



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倉庫増設計画(1)(鬼怒・大淀・龍驤)

1回で収まりそうになかった……。
貧乏泊地は様々な人の協力のおかげで今日も運営できています。


「増設……ですか?」

「はい。お願いしますね、鬼怒さん」

 

 執務室に呼び出された私を出迎えたのは、新しい命令だった。

 泊地の倉庫を増設したい、というものだ。

 

「図面は藤堂さんに用意していただいたので、後は我々で建てるだけという状況です。メンバーの人選はお任せします。ただ、なるべく未経験者にも経験させてあげてくださいね」

「そういうわけだ。私の設計通りのものが建てられるかしっかりと見張らせてもらうから、頑張りたまえよ」

 

 物凄くナチュラルに上から目線のこの人は一級建築士の藤堂政虎さん。腕は確かなんだけど気難しくて個人的には少し苦手なタイプだ。悪い人ではないのは分かってるんだけど。

 

「えーと、未経験者っていうと誰がいましたっけ。最後に工事したのいつ頃だったかなあ……」

「そこそこ大きな工事をしたのは今年の一月が最後ですね。島の各集落との道の一部を舗装したとき以来です」

「ってことは大規模工事未経験者は初月ちゃん、沖波ちゃん、ザラさん、ポーラさん、神風さん、春風さん、親潮さん、アイオワさんか。倉庫の規模ってどれくらいになります? おー、これくらいならもうちょっと欲しいなあ。経験者からも何人か募った方が良さそうですね」

 

 材料調達の手筈や施工期間、使える資金についても確認していく。資金面でのやり取りは大淀さんもなかなか苦しそうな顔をしていた。うちは最前線だけどそこまで重要視もされておらず、ほとんど大本営からの支援も期待できないので資金繰りで苦労することが多い。大本営との距離感が遠い分気ままに動きやすいというメリットもあるのだけど。

 

「でも倉庫って大きいものだけでもう三つありますよね? 増やす必要あります?」

「設計図をよく見たまえ鬼怒君。今回作るのは冷蔵倉庫だ。ただの倉庫ではない!」

 

 うるさい顔で藤堂さんが力説する。

 

「現在泊地では食堂や各寮に冷蔵庫はありますが、泊地全体で使える冷蔵倉庫はありませんでした。今回は予算もどうにか確保出来たので作ってしまおうかと」

「冷蔵ってことは電力とか使うんですよね。大丈夫ですか?」

「そこに関してはソロモン政府にご協力いただいて、現在よりも多くの電力を使えるようになる手筈になっています」

「今度菓子折り持ってお礼に行った方が良さそうですね」

 

 うちは距離感や実際の仕事内容の関係上、ソロモン政府にいろいろと助けられることも多い。もしかすると大本営以上にお世話になっているのかもしれない。

 

「冷蔵倉庫が無事できれば食料品を大量買いして保存しておけるようになります。物資補給の選択肢が増えてより効率的にできるようになるんです! それなりの出費にはなりますが、長期的に見ればコストダウンにも繋がるんです……!」

 

 大淀さんが語り出した。大淀さんは普段泊地運営でいろいろ苦労している分、こうやって語り出すと長い。

 

「あっ、メンバー集めないとなー。それじゃ失礼します!」

 

 わざとらしく言って執務室を後にする。大淀さんには悪いけど、長話は趣味じゃないのだ。

 

 

 

「はーい、皆注目!」

 

 プラスチックのコンテナに乗って集まったメンバーを見渡す。

 最近入ったばかりの子たちはまだ状況を把握できてないようで、不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「ヘイ鬼怒! これから何をするのかしら」

 

 集まったメンバーの中で一番背の高い艦娘――アイオワさんが率先して質問をぶつけてきた。

 

「はい、アイオワさん良い質問です! これから何をするのかというと、ここに倉庫を建てます!」

 

 事情を把握しているメンバーは面倒臭そうな顔をした。最近入ったばかりのメンバーはまだ戸惑いを隠せないでいるようだった。

 

「鬼怒、ちょっと言っている意味が分からないんだが」

 

 ボーイッシュな口調の初月ちゃんが挙手をしながら言った。その隣では沖波ちゃんもうんうんと頷いている。

 

「よーし、じゃあもう少しはっきり言っちゃうぞ! 私たちが、自分の手で、ここに、倉庫を、建てます!」

「私たちがっ!?」

 

 神風ちゃんが驚きの声をあげた。他の子たちも声にこそ出さなかったけど、反応は似たり寄ったりだ。

 

「その、普通そういうのは業者に頼むものでは……」

「そういうわけにもいかんのや」

 

 春風ちゃんの疑問に答えたのは私ではなく龍驤さんだ。龍驤さんはこういう集団行動での仕切りが上手いので、今回の工事に副責任者になってもらったのである。

 

「薄々分かってると思うけど、うちの泊地貧乏でな。ここまで業者に来てもらって工事してもらうなんて資金は、ないんや……」

「工事に限った話じゃないけど、うちは基本自分たちで出来ることは自分たちでやる、というのがモットーなんだ。今ある寮とかも設計は建築士さんにお願いしたけど、直接建てたのはこの泊地の皆なんだよ」

「なんというか、凄い話ですね……」

 

 親潮ちゃんが自分たちの暮らしている寮を眺めながら言った。

 

「あの寮とか建てたときは皆もうそれなりに土木作業には慣れとったからね。専門家のアドバイスとかも貰ってたし、良いもんできたと思ってる」

 

 龍驤さんが自慢げに胸を張った。

 その横では藤堂さんが自己主張の激しい顔をしていた。龍驤さんが言っている専門家というのは何も藤堂さんだけじゃないと思うんだけど。

 ちなみに今ある建物は二〇一四年の秋頃に建てられたものがほとんどだ。あの年、夏に大きな大空襲を受けて泊地は一度壊滅状態に陥っている。ほぼまっさらな状態からすべてを建て直した結果が今の泊地なのだ。

 

「ま、実際艦娘の身体能力なら土木作業って言っても実際のところそんな疲れないよ。ということで皆、今日から大変だと思うけど頑張っていこう!」

「お、おー!」

 

 戸惑いを残した子や面倒臭そうな子も何人かいるようだったけど、とりあえず趣旨は伝わったようだ。

 

「それじゃまず縄張りから始めるよ! 分からないところがあったら遠慮せずがんがん聞いてね! その場で聞き難いって人は後からでも良いから質問しにくること! それじゃあまずは――」

 

 慣れてないであろう艦娘たちに説明をしながら工事を進めていく。

 今回も大変そうだけど、頑張ってやっていこう!

 

 

 

「ところで藤堂さんってなんでいるんですか? 設計図作るだけならもう要らないんじゃないですか?」

「酷いことをさらっと言うな君は! 工事監理者として必要なんだよ、私は!」

 

 藤堂さんが泣きそうな顔で両手を大きく広げた。

 

「好き勝手な改良したら許さんからな! ここの泊地の連中はたまに私の設計を魔改造するから信用ならん!」

「あー……」

 

 何人か心当たりがあるだけに、それ以上は何も言えなくなったのだった。



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倉庫増設計画(2)(鬼怒・龍驤・那智・吹雪)

2016年夏イベントの情報が出始めたようですね。
今回も新艦全員お迎えできるよう頑張りたいと思います。


 何事においても最初の段階でしっかりと土台作りをしておかないと、後々痛い目を見ることになる、というのは確か五十鈴姉さんの言葉だ。

 建築において重要なのは縄張りと遣り方の二つ。敷地内でどこに何を配置するのかを示すのが縄張り、それを元に外側へ杭や板を張り巡らせるのが遣り方。

 最初の頃、この二つを適当に済ませたばかりに問題になって作りかけの建物を最初から作り直すはめになったことがある。作業しながら考えを具体化していくタイプの人とか直感で動く人なんかはこの罠にハマりやすい。

 何をすべきかは私や龍驤さんたち古参組が決めて、新しく入った子たちには実作業をしてもらうことにした。とは言え慣れてないからか杭を立てたり板を張るのにも苦戦しているようだった。

 

「神風姉さん、その杭斜めになってます」

「あれ、本当!? うーん、これくらいなら大丈夫じゃない?」

「苦戦しているようだな」

 

 神風ちゃんたちに声をかけたのは作業服姿の那智さんだった。

 

「少し手本を見せよう。いいか、杭というのはこうやって打つものだ」

 

 斜めになっていた杭を一旦抜くと、手慣れた動きで打ち直していく。

 

「慣れないうちはもう少し短い杭で仮打ちしておくと良い。真っ直ぐに通る穴をあらかじめ空けておけば本打ちもしやすくなる。ずれないように杭を抑える役と打つ役、二人一組でやった方が良いだろうな」

 

 おお、と周囲から感嘆の声。那智さんは本人の技量もさることながら、人に教えるのも上手い。きちんと相手によって教え方を変えることもできる。

 

「ありがとうございます、那智さん」

「なに、教えるのは嫌いではないからな。それよりも地盤掘削の方は頼むぞ、重機マスター鬼怒」

「いやあ、マスターなんて言われるとこそばゆいなあ!」

「泊地内なら免許もなく乗れるというのに、わざわざ本土まで免許取りに行ったんだ。堂々とマスターを名乗ると良い」

 

 ちなみに免許を取りに行ったのは私だけじゃないので、那智さん理論だとこの泊地には他にも何人ものマスターがいることになる。夕張ちゃんなんか大量に免許を集めるのが半ば趣味になっているらしい。今度マスターオブマスターと呼んでみようかな。

 

 

 

 建築は一朝一夕で終わるものじゃない。

 何日もかけて地均しを済ませた頃には、新しく参加した子たちも建物づくりに関心が向くようになっていた。

 

「土台作りをするだけでも覚えることが多くて、もう飲むしかありませんねえ~」

 

 そう言いながらグラスを傾けるポーラさんも、日中はあくせくと働いていた。ザラさん曰く「冷蔵倉庫ができれば冷えた酒を保管しておけるようになる」ということでやる気を出させたらしい。もしかして那智さんがノリノリで手伝ってくれてるのもそういう考えがあるのだろうか。

 

「でも実際覚えること多くて大変です……」

 

 沖波ちゃんは食事中もずっとメモを見ていた。

 ちなみに今は本日分の作業が終わった後の間宮での休憩タイムである。

 

「急いで全部を覚える必要はないんじゃないかな」

 

 根を詰めやすい沖波ちゃんをフォローするのは初月ちゃんの役割になっていた。二人は同時期に着任したということもあって、よく一緒にいるのを見かける。

 

「そうだね。鬼怒たちも最初の頃は全然分からなくて、よく失敗してたなー」

「そういえば、鬼怒さんたちは誰に教わったんですか?」

「丹羽さんっていうお爺ちゃんがいてね。棟梁さんやってたんだって。最初の頃は島の人たちにも手伝ってもらって小屋とか建ててたんだけど、仮にも軍事拠点だしもう少し良いものを、ということで本土から丹羽さん呼んで、いろいろ教えてもらったんだ」

「あの御老体も暇を持て余していたようだからな。ぶつくさ言っていたがこっちに来ることが決まって内心喜んでいたに違いない。あれはツンデレ爺という奴だ」

 

 隣でチョコパフェを頬張りながら藤堂さんが補足した。藤堂さんは元々丹羽さんと仕事上の付き合いがあって、その縁で丹羽さんが提督に紹介してからここに来るようになったという経緯がある。

 

「丹羽の爺様はめっちゃおっかなくてなー。うちも那智もよく泣かされたわ」

「うむ。正直妙高姉さん以外にも怖い人がいるのだと、初めて思い知った……」

「だけど、それだけ厳しい人に鍛えられたんだったらあなたたちの腕前が凄いのも納得ね」

 

 アイオワさんの言葉に他の子たちも頷く。

 

「いや、丹羽さん以外にもいろんな人にいろんなこと教えてもらったんだけどね。土作りとか壁塗りとか、木材・石材の作り方とか。私たちもまだまだ知らないことだらけなんだよ」

 

 謙遜ではない。

 自分たちのことを自分たちでやるというのは相当大変なことだ。最低限の生活を送っていればいいという立場でもないから尚更である。

 

「本当はもっと人増やせればいいんですけどね」

 

 苦笑を浮かべるのは吹雪ちゃん。ちなみに彼女は組立のスペシャリスト。建材を組み合わせてがっしりと安定させることにおいては泊地随一の腕を持つ。

 

「それなら叢雲をどうにか説得するしかないな。頼むぞ吹雪」

「ええ……できるかなあ」

「あと大淀も説得せんと駄目やで。あっちは霞に任せるのがええかな」

 

 話題は泊地司令部のことに移っていく。

 まだ泊地事情に詳しくない子たちも皆興味深そうに聞いていた。

 

 ……こうやって少しずつ皆馴染んでいくんだなあ。

 

 窓から射し込む夏の日差しを浴びながら、そんなことを思う午後の一時なのだった。

 そうして建設開始から早一ヶ月。

 どうにか冷蔵倉庫の完成を迎えることになった。

 

「さすがに感慨深いですね」

 

 工事用ヘルメットに作業服姿の親潮ちゃんが倉庫を見上げながら言った。他の皆もそうだけど、こういう格好が随分と様になってきた気がする。

 

「シェルター、電源設備、気温調整の全テスト完了。問題なしね」

 

 テスト担当の夕張ちゃんがすべての項目表にチェックを入れる。

 これで完全に作業は終了だ。関係者全員が安堵の息を吐く。

 

「今回は一発オーケーでしたか……。運が良かったですね」

 

 吹雪ちゃんが胸を撫で下ろしていた。古くからこの泊地にいる艦娘は大抵がやり直し地獄を味わっている。

 

「はいはーい、皆お疲れ様!」

 

 そこに、お祝い用の飲み物を抱えて村雨ちゃんたちがやって来た。

 

「あの、これは……?」

 

 頭に疑問符を浮かべているザラさんの肩に腕をまわして、那智さんがサムズアップしていた。

 

「当然祝いの酒だ。ひと月頑張った我々に対する司令部からの労いというわけだ。今回ばかりは飲ませてもらうとしよう!」

「あ~、賛成ですポーラは大賛成です。飲みましょう、皆でどんどん飲みましょう。なんと言ってもお祝いですから~」

「ふふ、飲み比べならこのアイオワも負けるつもりはないわ!」

「あ、那智さんは最近飲み過ぎだからアルコール類駄目みたいですよ」

「な、なにぃッ!?」

 

 そういえば那智さんはこの前健康診断受けていた。それで何か良くない結果が出たのだろう。正直ポーラさんも結構危ない気がする。

 

「ふん、騒がしい連中だ」

 

 藤堂さんも悪態をつきながらちゃっかり飲んでいる。

 

「まあまあ、藤堂さんもお疲れ様。おかげで良い倉庫出来ましたよ」

「当たり前だ。この俺が設計してお前たちが建てたのだ。良いものにならんはずがなかろう!」

 

 言ってから、自分の発言に気づいたらしい。少し気恥ずかしそうにしながら、

 

「ふん、今日は無礼講だ! せいぜい浮かれてどんちき騒ぎでもすることだ! フハハハハッ!」

 

 と言ってその場を後にした。

 

「あのおっちゃんも丹羽の爺様に劣らぬツンデレやねえ」

 

 龍驤さんが呆れ顔を浮かべつつ、こちらに杯を差し出してきた。

 

「ほれ鬼怒。お疲れさん。一杯」

「ありがとうございます」

 

 一杯頂戴しながら二人で出来上がった倉庫を見上げる。

 

「泊地の更なる発展に乾杯、ってとこですかね」

 

 チン、と杯の鳴る音が聞こえた。



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妖精さんの待遇事情(龍驤・加賀・瑞鳳)

夏イベ無事完走できました。
艦載機の妖精さんにはいつもお世話になってます。


「また新しい作戦が始まるって噂よ」

 

 八月初頭。重苦しい顔つきで流星隊の妖精が言った。

 

「なんだよ、辛気臭い顔つきで」

「工廠妖精のあんたには分からないでしょうね。私たち艦載機妖精の辛さは……」

「悪かったな。言っとくけどこっちはこっちの苦労があるんだぞ」

「そうだったね。悪かったわよ、ほら」

 

 お詫びの印のつもりなのか、焼き鳥の皿をこっちに差し出してくる。

 それを頬張りながら、私はかねてからの疑問をぶつけてみた。

 

「実際のところ、撃墜されてから再生するまでの感覚ってどんな感じなのよ」

 

 艦載機妖精は自らの腕を頼りに深海棲艦と戦う言わば妖精界隈の花形だ。それだけに危険も常に付きまとう。組んでいる艦娘からの霊力供給が断たれなければ本質的に死ぬことはないが、撃墜されればしばらくは消える羽目になる。

 工廠妖精の身からすると、そういうときどんな感じになるのかは想像の外にある。

 

「そりゃ痛いに決まってるでしょ! 無茶苦茶痛いよ! 痛みもなく消えることもあるけどそんなの稀だよ!」

「お、おう。悪かったよ軽い気持ちで聞いて」

 

 お詫びの印に温野菜の皿を差し出す。

 それにかぶりつきながら、流星隊の妖精はビールをあっという間に平らげた。

 

「そもそも私たち妖精はちょっと軽く見られていると思うのよ!」

「そ、そうか……?」

「そう! いくら身体が小さかろうと、人間からするとファンタジックな存在だろうと私たちだってここの従業員なんだから! もうちょっとこう……待遇の改善を求めたいわ!」

「そこまで労働環境劣悪じゃないと思うけど」

 

 有休も艦娘と同じ程度には貰えるし、寝床だって艦娘の寮の中にきちんと用意されている。こうして食事も用意してもらえるわけだし、衣食住には不自由していない。

 しかし流星隊のはそれでは満足できないようだった。

 

「お給金が少ないのよ! こっちは命賭けてるのよ? もう少し多めに貰えても良いと思うの!」

「給料か……。まあ、そうなあ。前線で戦ってるあんたらは、なんかそういう手当あっても良いかもねえ」

「でしょ!?」

 

 目をキラキラさせてこちらに身を乗り出してくる。しまった、ここは同意すべきじゃなかったか。

 

「早速明日陳情をしに行くわ! 勿論ついてきてくれるわよね!」

「えぇー、私もでござるかー?」

「突然キャラ変えて誤魔化そうとしても駄目よ。陳情では数が物言うの! 一人で行ったってどうせ門前払いだわ!」

 

 がしっと腕を掴まれた。

 いやあ、明日は逃げられるかなあ。

 

 

 

「それでなんでウチのところに?」

 

 困惑の表情を浮かべているのは軽空母の龍驤だ。

 

「龍驤ならなんとかしてくれると思いまして」

「頼りにされるのは嫌な気ぃせんけど、ウチ司令部と違うで? 口添えは出来るかもしれんけど」

 

 龍驤はこの泊地の第六艦隊総旗艦を任されているだけあって、実際頼りになる。

 しかし待遇改善の話は司令部に通さないと意味がない。龍驤相手に訴えるのは筋違いというものだろう。

 

「司令部の空母やったら加賀にでも話してみたら?」

「か、加賀ですか……」

 

 流星妖精は僅かながら目を逸らした。

 

「龍驤。こいつは加賀にも話を通そうとしたんだ。けど論戦でさっぱり敵わなくてこっちに逃げ込んできたんだよ」

「あー……加賀はきちんと理由とか説明して納得させんと動いてくれんからなあ。んで説明できるだけの下準備してなかったんやな、自分」

「うっ」

 

 余計なことを……と流星のがこっちを睨んできたが、事実なんだから別に良いじゃないか。

 

「こ、こういうのは理屈で説明しろと言っても難しいのよ! そう思わない、龍驤!」

「まあそうやねえ」

 

 龍驤は「うーん」と顎に手を当てて唸った。

 

「この手の話は瑞鳳通すのがええんと違う?」

 

 瑞鳳は司令部メンバーの軽空母だ。加賀が正規空母代表の司令部メンバーなら、瑞鳳は軽空母代表である。

 

「瑞鳳は、ちょっと頼りない気がしません?」

「さらっと失礼なこと言ったね、流星の」

「あれで瑞鳳は頼りになるでー。伊達に司令部メンバーに選出されてるわけやない。なあ、瑞鳳」

 

 え、と振り返るとそこには今話題に上がっていた瑞鳳その人が立っていた。書類を抱えているということは偶々通りかかったということか。

 表情は笑っている。しかしその笑顔はどこか硬い。

 

「あはは、流星の妖精さん。頼りにならなさそうでゴメンね?」

 

 最後の「?」が怖い。流星のは顔を真っ青にしていた。

 

「い、いえ。あれはその……怖くなくて親しみやすいという意味でして!」

「……ということは最初に相談された頼れる私は、怖い、ということかしら」

「うっ、その声は……」

 

 瑞鳳とはまた別の方向から声が聞こえた。確認するまでもない。声の主は加賀だ。

 加賀の方も書類を抱えていた。

 

「二人揃って大した量の書類やね。例の作戦の件?」

「ええ。これから司令部で会議があるの」

 

 加賀は穏やかな笑みを浮かべて龍驤に応じた。一見すると無愛想で怖い印象を受けがちだが、表情の作り方が下手なだけで、実際は全然そんなことはない。

 

「会議の席上で妖精さんから待遇改善の訴えがあったことを議題にあげようか瑞鳳に相談していたのだけど――」

「これなら取り上げなくても良さそうですね?」

「い、いやいや! ちょっと待ってください! 加賀、瑞鳳! ここは大人のレディ的な対応を要求します!」

 

 慌てて二人の足にしがみついて、流星のが早口でまくしたてる。

 

「お二人さん、そろそろからかうの止めたげてもええんと違う? どっちみち議題に上げるつもりなんやろ」

「あはは、バレましたか」

「妖精さんには普段から助けられてますから。理由としてはそれで十分です」

 

 瑞鳳と加賀が笑いながら流星の頭をわしゃわしゃと撫でる。「ぐわー」と声をあげながら流星のは抵抗するが、本気で嫌がっているという感じでもなさそうだった。

 

「やれやれ。だから面倒だったんだ。私がいなくても同じ結果になったろうに」

「あっはっは、あんたもご苦労さんやな」

「まあ良いよ。良いものも見れたしイーブンというやつだ」

 

 空母二人と戯れる流星のを見て、思わず笑ってしまった。

 妖精家業も楽ではないが、そう悪いものでもない。



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彼女たちの本懐(駆逐艦多数・香取)

休み時間中のだらだらした雑談みたいなイメージで描いた話です。
話とは関係ないですが香取はオンオフ切り替えるタイプでオフだとちょっと残念な感じになると良いと思います。


 事の発端は、教室での江風の一言だった。

 

「やっぱ駆逐艦の本懐は戦闘だよな!」

 

 話し相手は長波だったか清霜だったか。どちらもうちの駆逐艦の中ではかなりの武闘派だ。自然と戦闘談義で盛り上がったのだろう。

 

「特に魚雷! 駆逐艦が一撃決めるのはやっぱ魚雷さ!」

「私は主砲の方が扱いやすいかな……。細かい立ち回りが求められることが多いから魚雷は少し扱い難いと思う」

 

 新たな意見を投じたのは綾波だった。

 

「えー、やっぱ魚雷だよ! なあ夕立の姉貴!」

「うーん、夕立は武器の種類には拘らないっぽい。夜戦で派手に暴れて敵を混乱させられれば後は流れでどうにかなるもの」

「夜戦だったら探照灯で囮役になって他の人たちのチャンスを作るのも大事なレディの仕事よね!」

「囮役じゃ敵倒せないじゃンか」

「でもあの神通さんだってそうやってチャンス作って勇猛果敢に戦い抜いたのよ!」

「う、神通さんの名前出されると何とも言えなくなるな……」

 

 盛り上がる戦闘談義。

 そこに、更なる一石が投じられた。

 

「そもそも敵を倒すことだけが駆逐艦の役割ではないと思いますが。例えば空母や戦艦の人たちの護衛とか」

 

 秋月だった。対空能力に秀でている秋月型らしい意見である。

 

「単純な戦闘力で言えば空母・戦艦――重巡洋艦、航空巡洋艦といった方々の方がずっと上ですし。その戦闘力を削られないよう護衛に徹するというのが駆逐艦の本懐なのではないですか?」

「それは少々消極的ではないか秋月。我らとて戦う力を持っているのだ。倒せる敵がいるなら狙っていくのは悪いことではない」

 

 磯風も会話に加わる。彼女もやはり武闘派だ。

 

「勿論叩ける敵がいるなら私も叩きます。しかし自分で戦うことに意識を割くよりも、より強力な戦力の護衛をした方が結果的に艦隊としては良い戦果を上げられるのではないかーーということです」

「私も、どちらかというと秋月の意見に賛成ね。護衛もまた戦いだと思う」

 

 初霜が秋月に同意する。他の秋月型や初春型も頷いて同意を示した。

 

「護衛というなら潜水艦の相手もできないと駄目じゃない?」

 

 リベッチオが更なる意見を投じる。

 

「潜水艦は放っておくと怖いよ……?」

「うっ」

「潜水艦コワイ!」

 

 曙や漣といった潜水艦に苦手意識を持つ子たちが反応を見せる。

 

「確かに潜水艦を放置しておくと大変なことになります。他の艦種の人たちが戦いに集中できるよう潜水艦を掃討しておくというのも駆逐艦の重要な仕事ですね」

 

 朝潮が対潜派の意見をとりまとめる。

 

「――皆肝心のことを忘れているんじゃないかにゃ?」

 

 あらかた意見が出たかと思ったが、まだ伏兵が残っていた。睦月だ。

 

「敵を倒したり護衛したりするのも大事だけど、そもそも私たちがそうやって戦うためには何が必要かにゃ?」

「何って……それは勿論燃料とか弾薬よね」

 

 陽炎が睦月の問いに答える。睦月はそれに大きく頷いた。

 

「戦うためには燃料・弾薬が必要。修理には鋼材もいるし、空母の人たちの艦載機にはボーキサイトだって必要なんだよ。それを集めるのが第一! なら輸送艦の護衛任務が一番大事なお仕事だよ!」

「確かに、これは燃費の良い駆逐艦ならではの役割ね」

「戦艦や空母じゃコストが高くつくしねー」

 

 神風や皐月がこれに賛同する。

 

「けどそれだって制海権をある程度確保してないと難しいだろ? まず戦いで敵を叩くところから始めないと!」

「それは戦艦や空母に任せれば良いんじゃない?」

「大型艦はいざというときに備えておいていただいた方が良いでしょう。できるだけ水雷戦隊で片を付けるのが望ましいと思います」

 

 あちこちから様々な意見が飛び出してきて、段々収拾がつかなくなってきた。

 

「板部先生はどう思いますか?」

 

 吹雪がこちらにキラーパスを投げてきた。せっかく初雪と望月にプログラミング講座しながら知らぬ顔の半兵衛を決め込もうと思っていたのに。

 

「あー、そうだな。まず最初に言っておくと俺はどれも正解だと思う。少し言い方を変えると、駆逐艦と言っても皆はそれぞれ得意とすることが違う。島風みたいに速く海を駆け抜けられる子は他にいないし、秋月たちみたいな対空防御は他の艦型には無理だ。だから駆逐艦の本懐なんて曖昧なもんじゃなくて、自分の本懐というのを見つけ出すのが大事なことだぞ、うん」

「なんか正論だけどつまんない……」

 

 ぼそっと初雪が毒を吐いた。

 

「先生の言いたいことは分かるけどさー、それでも駆逐艦って定義がある以上、それで何を突き詰めていくべきかは興味あるんだよな」

 

 嵐が言うと、皆もうんうんと頷いた。どうも『大人な意見』を言って済ませようというこちらの魂胆はバレバレで、それで納得するつもりはないらしい。

 どうしたものかと悩んでいると、教室の扉が開いた。

 

「あら。何か盛り上がっているみたいですね」

「おお香取先生か」

 

 練習巡洋艦香取。この泊地では俺のような人間のスタッフと一緒になって学び舎の教員役を担っている。

 艦娘たちも教員も自分の仕事があるので、日本の一般的な学校のようにきっちり時間割が決まっているというわけではない。一週間のうち数時間だけ必修科目の授業はあるが、他は教室を使った自由学習がメインだ。教員も暇を見つけて顔を出すだけで、常に教室にいるとは限らない。

 香取も暇になったので顔を出しにきたのだろう。

 

「どうかされたのですか?」

「実は――」

 

 駆逐艦たちの間で繰り広げられていた本懐談義について説明する。

 香取は話を聴き終えると、にこやかに笑った。

 

「そうですね……駆逐艦と一口に言っても皆さん様々な特徴がありますし、ここで出た意見はすべて正解と言えます」

「でもそれじゃ――」

「はい。それで納得できないんですよね。でしたらもう少し踏み込んで考えてみれば良いんじゃないでしょうか」

 

 香取の言葉に俺含め全員が頭に「?」を浮かべた。

 

「駆逐艦は様々な長所もあれば短所もあります。そして、他の艦種にはない特徴があります。それはなんですか、雪風さん」

「え? えっと……他の艦種にはない特徴ですよね。……あ、数、でしょうか!」

「はい、正解です。他の艦種と比べて駆逐艦は低コストで数が多い。だからこそ、目的に合わせて様々な形で艦隊を組むことができます。例えば夕立さんや江風さんは夜戦での強襲を得意としていますが、昼に敵空母に襲われたらひとたまりもないですよね」

「う……確かにちょっと分が悪いっぽい」

「そんなとき艦隊に秋月さん、照月さん、初月さんがいたらどうでしょう。夕立さんたちを夜まで生かし続けられる可能性がぐっと上がると思いませんか?」

「確かに。空母相手なら秋月たちほど頼りになる味方はいないぜ」

「他にもいろいろな組合せが考えられます。潜水艦が多い海域では対潜水艦戦闘に優れた子がいなければ相手を倒しきれず後顧の憂いを残すことになります。けどその子だけでは水上艦の相手をする余裕はないですよね。そんなときは他に対水上艦に優れた子が一緒にいてサポートしてあげないと」

 

 そこまで言って、香取は黒板にある言葉を書いた。

 

『One for All, All for One』

 

 有名な言葉だった。俺でも意味は知っている。

 一人は皆のために。皆は一人のために。

 

「目的を果たすため、それぞれの個性を生かし、互いの短所を補い合う。これが私なりの『駆逐艦の本懐』だと思いますが、いかがでしょう」

 

 おお、と駆逐艦たちの感心の眼差しが香取に注がれる。一部こっちにしょうがねえなあみたいな視線も送られてきたが、今度こそ知らぬ顔の半兵衛を決め込むことにした。

 

「しかしさすがですね香取先生。なんというか、本物の教師みたいでしたよ」

「ふふ。これが練習巡洋艦としての私の本懐ですので」

 

 香取は少しいたずらっぽく笑うと、駆逐艦の輪の中に入っていった。

 彼女はとっくに自分の本懐を見つけているということか。えらいものだ。

 俺の本懐はなんだろう――。

 

「板部先生、早くこの脆弱性の仕組み教えて……」

 

 初雪に突かれて我に返る。

 本懐と言えるかどうかは分からないが、俺はこうして今できることをやっていくしかなさそうだ。

 

 

 

「……ちなみに脆弱性の話なんか聞いてどうするつもりだ?」

「何かあったときに備えて大本営に侵入できるようになっておきたい」

「…………ちなみに脆弱性の話なんか聞いてどうするつもりだ?」

「何かあったときに備えて大本営に侵入できるようになっておきたい」

「わざわざ一回聞き直したおじさんの心境を察して欲しい」

「察したけど面倒だから無視する」

「初雪。子どもはもう少し大人に優しくしないと駄目だぞ」

「それ逆では……」



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艦娘だって風邪はひく(鬼怒・磯波・武蔵)

うちでは艦娘は
怪我:普通の人間より早く治る
病気:普通の人間と同じ
という感じです。なので酒飲み過ぎな人とか睡眠不足な人はよく呼び出されて注意されます。


 朝起きたら妙に身体がだるかった。

 

「念のため医療室で道代先生に診てもらった方が良いんじゃない?」

「うーん、そうだね……」

 

 阿武隈が心配そうに言ってくるので、医療室に出向くことにした。

 

「症状からするとおそらく夏バテね。あと熱も出てるわ。三十七度八分」

 

 診察後、道代先生からそう言われて、初めて自分が熱を出しているという実感が出てきた。

 

「うーん、まさか鬼怒が風邪をひくなんて……。毎日欠かさずトレーニングしていたというのに」

「トレーニングのし過ぎなんじゃない? やり過ぎは却って身体に良くないわよ。ちゃんとトレーナーの先生とかついてる?」

「全部自己流」

「危険なパターンよそれ。まあ良いわ。あなた今日は出撃予定あったっけ?」

「一応近海警備の予定が……」

「じゃあ司令部には私から連絡入れておくわ。阿武隈にも連絡しとくわね。あなたはとりあえずそこのベッドで休んでおきなさい」

「はーい」

 

 大人しくベッドに横になることにする。

 曲直瀬道代先生は本州から派遣されてきた本職のお医者さんだ。

 艦娘は戦闘での怪我は人間よりもずっと早く治るけど、病気に関してはそういうわけにもいかない。だからこうして泊地に赴任してきてくれる先生の存在はとてもありがたい。

 ありがたいのだけど、その反面厳しいことで有名で、下手に逆らおうものなら恐ろしくもありがたいお説教が待っているそうだ。病気が治ってから説教されるので、中には仮病を使ってずっと調子が悪い振りをしていた子もいたとか。ちなみに見破られて凄まじいお説教を受けたらしい。本人の名誉のために誰とは言わないけれど。

 

「あれ、鬼怒さんも風邪ですか?」

「おや、磯波ちゃん」

 

 病室には先客がいた。磯波ちゃんだ。

 

「磯波ちゃんは風邪?」

「はい。三十八度出してしまって……」

「むう。磯波ちゃんの方が重病か。お大事にね!」

「は、はあ。鬼怒さんもお大事に……」

 

 あ、そうだ。私も病人だった。

 

「あれ?」

 

 磯波ちゃんの更に向こう側、廊下側のベッドが膨らんでいる気がする。

「磯波ちゃん、他にも誰かいるの?」

「あ、はい。けど反応なくて……。多分寝てるんだと思うんですけど」

「そっか。寝てるところ起こしちゃ悪いね。鬼怒も大人しく寝ようっと」

 

 

 

 どれくらい寝ていただろうか。

 頭痛はすっかり治まったようだ。まだ少しぼーっとするが、これなら執務に戻ることも可能だろう。

 ふと横を見ると、私が来たときには空だったベッドが二つ埋まっていた。寝ているのは磯波と鬼怒のようだ。鬼怒は風邪をひきそうにないイメージだったので少し意外だったが、それを言うなら私が医療室の世話になることも他の人からするとイメージし難いだろう。他人のことは言えない、というやつだ。

 

「あら、もう治ったの武蔵」

 

 私の起き上がる気配に気づいたのだろう。道代先生が病室側に顔を出した。

 

「けど、酒ではめを外すなんてあなたらしくないわね」

「すまないな、今後は気をつける」

「去年の今頃も同じセリフを聞いた気がするけど……。まあ良いわ。あなたはここの最強戦力の一角なんだから、気をつけなさいね」

「ああ。肝に銘じておくよ」

 

 ちなみに道代先生はかなりの酒豪で、時折那智や隼鷹たちと一緒に飲んでいるのを見かける。私は飲むとしても一人でちびちびやることが多い。

 

「鬼怒いますかー?」

 

 と、そこで一人の少女が医療室にやって来た。確かこの島の住民で、何人かの艦娘と友人関係にある子だ。

 

「あら、リーナじゃない。あなたもどこか具合悪いの?」

「私はいつも通り健康体よ。それより鬼怒のところに遊びに来たら風邪で倒れたって言うじゃない。だからお土産に持って来たこれ上げようと思って」

 

 リーナと呼ばれた少女が持っていたのは果物の盛り合わせだった。

 

「鬼怒なら今は寝ているようだ。しばらく待つか?」

「あ、いえ。あんまり暗くなる前に帰ろうかと思ってるので。お土産だけ置いて行こうかと思います。……ところで、もしかして武蔵さんですか?」

 

 意外なことに、リーナは私のことを知っているようだった。

 

「そうだが……よく分かったな」

「鬼怒たちからときどき話を聞いていたので。褐色肌で眼鏡かけてる大きくて強い人だって!」

「なるほど。それに該当するのはこの泊地では私くらいしかいないな」

 

 それにしたって他に言い様はないのかとも思うが。まあ鬼怒のことだから悪気はないのだろう。

 

「しかしこうして見舞いに来てくれるとは、鬼怒も良い友人を持った。本人はまだ寝ているようだから、代わって私から礼を言わせてくれ」

「いえいえ。鬼怒たちにはこっちもお世話になってるんで!」

「そうか。私たち艦娘は普通の人間と違うところもあるが……これからも手を携えあっていきたいと思っている。今後とも鬼怒たちと良い友人でいてくれると、私も嬉しい」

「は、はい。それはもちろん!」

 

 と、そこで時計が視界に入って来た。思ったより長く寝てしまっていたようだ。

 

「ではな、リーナ。道代先生。私は少し司令部に顔を出してくる」

「長門の説教喰らってまたダウンしないようにしなさいよ」

「はっはっは。あれは適当に聞き流すから大丈夫だ」

「……長門も苦労するわねえ」

 

 道代先生が少し遠い目をしていたが、それについては気にしないものとする。

 

「寝る前に渡しておいた薬、なくなるまでちゃんと飲み続けなさいよ」

「相分かった」

 

 ひらひらと手を振りながら保健室を後にする。

 長門に何か手土産でも持っていくべきか。そんなことを考えながら、夕方の泊地を一人歩いた。

 

 

 

「……実は途中から起きてたけど、なんか出ていくタイミング逃しちゃったよ」

「武蔵さん、やっぱり格好良いですね」

 

 磯波ちゃんはキラキラしていた。武蔵さんみたいなタイプが憧れなのだろうか。

 

「あら、鬼怒。起きたの?」

 

 こちらの話し声が聞こえたのか、リーナが病室に顔を出した。

 

「磯波ちゃんも。二人揃って風邪?」

「まあそんなところ。そういえばリーナ、今日はどうしたの?」

「今度うちの集落で釣り大会開くから、何人か知り合いに声かけようと思って――」

 

 不思議と悪くない感じのする気だるさを感じながら、ベッドで友達と語りあうというのも悪くないな、なんてことを思った。



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三年目の終わりに(叢雲・漣・曙・那珂・白雪・大淀・明石・間宮)

8/31中にアップロードしたかったところですが間に合わず。
今回はうちの最古参組のお話です。


 今日もいつものように業務をこなした。

 気づけばもうすぐ一日が終わろうかという時間帯だ。夜勤担当の初霜に後を任せて執務室を出る。

 間宮さんのところに寄って行こうか第一艦隊寮にまっすぐ帰ろうか悩みながら司令部棟の玄関先に向かう。ふと視線を上げると、そこには二十一の文が箇条書きされた大きな掛け軸が飾られていた。

 S泊地二十一カ条。

 端的に言ってしまうと心構えを記してまとめただけのものだ。規則正しく生活しろ、他人に自らの欠点を指摘されてもすぐ怒るな、友は良き者を選べ、エトセトラエトセトラ。特に拘束力はないけれど、泊地の皆はこの二十一カ条を大事にしている。

 

「あれ、叢雲ちゃんだ」

 

 玄関口が開いたかと思うと、那珂と曙、漣、それに白雪が入って来た。

 

「あら。なんだか懐かしい組合せね」

「でしょー。ちょうど叢雲ちゃん呼びに行こうと思ってたんだ、もう今日の業務終わった?」

「ええ。さっき終わったわ」

「それじゃ、間宮さんのところで一杯やろうよ!」

「別に良いけど、今日はどういう集まりなの?」

「アンタ忘れちゃったの?」

 

 曙が呆れ顔を浮かべた。

 

「叢雲ちゃん、最近休みを取ってないから忘れちゃったのね。ヨヨヨ」

 

 漣はわざとらしく泣く振りをしていた。

 なんだか懐かしい。最近はこういうやり取りもご無沙汰だった。

 

「……あー」

 

 そんな懐かしさと現在の状況の中に、一つの共通点を見出した。

 

「今日、八月三十一日か」

 

 その言葉に白雪が頷いた。

 

「ええ。そして――」

「この泊地が発足してから三年っ!」

 

 漣が指を三本立ててこれでもかと言わんばかりのドヤ顔を決めた。

 

「三周年の記念パーティだよ! 大淀ちゃんと明石ちゃんも間宮さんのところで待ってるって!」

「ふふっ、そういうことなら断るわけにもいかないわね」

 

 この泊地でもっとも長い付き合いの子たちに誘われれば、断るわけにもいかない。

 騒々しくも懐かしい面子に囲まれながら、間宮へと足を運んだ。

 

 

 

「おっ、やっと来ましたね!」

 

 時間が時間だからか間宮の中は大分空いていた。

 テーブルに料理を運んでいた間宮さんと明石、大淀がこちらに手を振って来る。料理はいずれも参加しているメンバーの好物が取り揃えられていた。

 

「他に運ぶのは残ってる?」

「あ、それじゃ奥にもう二皿、あとペットボトルがあるので――」

 

 てきぱきと準備を整える。昔はこうしてよく全員で集まって食卓を囲んだっけ。

 今じゃ泊地も大所帯になったし、皆それぞれ艦隊が分かれたから、このメンバーで食事をする機会はほとんどなくなった。

 

「はい、それじゃせっかくなので叢雲さんから一言いただきましょうか」

 

 準備を終えて全員が席に着いたところで、大淀がそんなことを言い出した。

 

「別に良いじゃない、そんなの」

「いえいえ、大事なことですよ。こういうの」

「そうですな。演説によって士気マックスにしてくださいな副司令!」

 

 漣がいたずらっぽく追撃してきた。大淀にしたって面白がって振って来ているのは明白だった。昔はもう少し生真面目な感じだったのだけど、清霜や朝霜が来た辺りから良くも悪くも砕けてきた気がする。

 

「えー。仕方ないわね。それじゃ、皆。三年間お疲れ様! この先どうなるかは正直全然分からないけど、今後とも精一杯やっていきましょう!」

 

 杯を前に差し出す。

 

「乾杯!」

「かんぱーい!」

 

 コップを打ちつけ合う音が続く。

 

「けど、本当に大きくなりましたね、この泊地も。最初の頃はこの人数がどうにか入るかどうかってくらいの小屋しかなかったのに」

 

 明石が感慨深げに言った。

 

「司令官なんか気を使って寝るときは外で寝てましたもんね。男女同じところで寝るのは良くないって」

 

 白雪が少し懐かしむように言った。

 

「新さんはそういうところ堅物でしたね」

 

 間宮さんがさり気なくそれぞれの皿に料理を運びながら笑みをこぼした。

 

「うちの歴代提督の中では一番口うるさかったわ」

「そんなこと言って、曙ちゃん裏では……」

「漣。余計なこと言ったらぶっとばすわよ」

「サーセン!」

 

 てへぺろ、と舌を出す漣。この泊地もいろいろと変わったけど、こうして最古参のメンバーと話していると変わらないものもあるのだと実感する。

 

「ま、口うるさい説教好きだっていうのは確かね。だからあんな二十一カ条なんて作ったのよ」

「まあまあ叢雲さん。いいじゃないですか、あの二十一カ条。私たち艦娘に人間らしく生きて欲しいっていうのが伝わってきて、私は好きですよ」

 

 明石が言うと、大淀や間宮さんも頷いた。

 

「別に叢雲ちゃんも嫌いじゃないと思いますよ。ときどきあの二十一カ条の掛け軸見て笑ってるの見かけますし」

 

 と、そこで白雪が爆弾を放り投げた。

 ほほーう、という視線がこちらに注がれる。

 

「叢雲ちゃん、なんか副司令になってからは遠い人になっちゃった感じがしてたけど、そんなことなかったね。那珂ちゃん安心っ!」

「いやいやいや。そんな、なんというかアレな性格じゃないわよ、私!」

「どうかしら。叢雲って大人びてるところがある一方でときどきすごく子どもっぽいものね」

「曙、あんたには言われたくないっ!」

 

 言い返されても曙はにやにやとしているだけだった。この流れは良くない。実に良くない。

 

「せ、せっかくこうして集まったんだし近況とか話しましょうよ」

「でも叢雲さん、ほとんど司令部に缶詰ですよね。話せるネタあるんですか?」

 

 明石のさり気ない指摘に言葉を詰まらせる。そういえば最近は仕事ばかりで面白い話なんて全然なかった。

 

「……えーと。皆の方はどうかしら?」

「おっ。語ってしまっても良いのですかー?」

 

 漣が生き生きとした顔で身を乗り出してきた。

 

「不肖この漣、面白おかしいネタを探すために生きてるみたいなところがありまして」

「あんたはもうちょっと真面目になりなさいよ……」

「失敬な! 仕事はちゃんとやってますぞ!」

 

 実際漣はこんな調子で人並み以上の仕事をこなす。それだけに曙や潮たちはいろいろと振り回されえているらしい。朧は割とマイペースにやっているらしいのだけど。

 

「それでは先日工廠で繰り広げられた初春ちゃんと夕張さんによるロボットバトルのお話でも一つ……」

 

 漣の話を聞きながらふと時計を見ると、ちょうど零時になるところだった。

 三周年が終わり、四年目が始まったのだ。

 

「叢雲ちゃん」

「なに、白雪」

「また来年も、こんな風に集まれると良いね」

「……そうね」

 

 自然と笑みがこぼれる。

 決して良いことばかりの日常ではないけど、こういう悪くない時間があるなら、そのために今後もずっと頑張っていけるような気がした。



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彼女たちの工廠(鬼怒・アクィラ・初春・夕張)

たまに艦娘の能力上限値が上昇することがありますが、その裏では多分技術者たちが頑張ってるんだろうなあ、という妄想をしています。


 S泊地の離れには、大きな壁で囲まれた石造りの建物がある。

 そこでは日夜装備の開発・修理が行われている。艦娘に支給されていない装備を保管しているのもこの場所だという。

 また、艦娘の艤装の建造も行われているらしい。

 そういう意味では、この泊地において司令部棟と同等の重要施設ともいえる。

 そんな場所に足を踏み入れるのは、実はこれが初めてだった。

 

「指紋ガ一致シマシタ。入場ヲ許可シマス」

 

 指紋認証を終えるとドアが自動で開く。まだここに来て日が浅いけど、指紋認証なんてしているのはここくらいではないだろうか。

 中には、一足先に入っていた案内役のキヌが待っていた。

 

「お待たせ、キヌ。でも凄いわね、指紋認証なんて」

「最近は割と安価になってきてるって津田さん言ってたみたいだけどね。警備を厳重にするっていうよりも、誰が何を持ちだしたか確認しやすくするために設置したみたいだよ。ホラ、集団で使ってるとときどき誰が何を持ちだしたか分からなくなって確認に苦労したりするから……」

「グラッチェ、勉強になるわ」

 

 そう、これは勉強なのだ。

 なぜ私が工廠に来ているのかというと、本日はこのアクィラが泊地の秘書艦だから、なのだ。

 この泊地では秘書艦は交代制になっている。これは泊地全体のことを皆が考えられるようにという意図によるものらしい。着任して日が浅い艦娘は泊地のことをいろいろと覚えるため、集中的にローテーションが組まれる。

 キヌの後に続いて進んでいく。指紋認証で開いた扉の先にもいくつかの扉があった。全部オートで開いたけど、有事の際はここをロックすることもあるらしい。

 

「まあロックしたことはないんだけどね。する・しないとできる・できないじゃ全然違うから」

 

 そうして何度目かの扉の前に来たところでキヌが立ち止まった。

 

「ようこそ、うちの工廠へ」

 

 キヌの言葉に合わせるかのように扉が開く。

 途端、ゴウンゴウンと何かの機械音が聞こえてきた。ぶわっと熱気が増したような気もする。

 

「いやー、何重にも壁で囲んでるのはこの騒音対策もあるんだよね。とにかくうるさいから」

「た、確かに」

 

 泊地は騒音の元になるようなものがほとんどなく、下手すると聞こえてくるのは波の音だけというくらい静かだ。けどここは違う。まるで異界に来てしまったかのようだ。

 

「おう、来たか」

 

 低く、それでいてよく通る声がした。

 妖精さんを肩車した作業服姿の男性が立っている。無精髭とバンダナが印象に残るオジサマだ。

 

「俺は伊東信二郎。ここの工廠長をやっている。と言っても部下は妖精たちだけだが」

 

 イトーは肩に乗せている妖精さんの頭をぐりぐりと撫でながら言った。

 

「そして私が工廠妖精。工廠には他にも妖精が多々いるけど工廠妖精といえば私だ。ここ重要だから間違えないように」

「……他の妖精さんと何が違うの?」

「工廠を統括してる妖精さんだから工廠妖精なんだって。他の妖精さんは職分に合わせた呼び方で呼ぶ必要があるんだ。建造妖精さんとか開発妖精さんとか……」

「うちの場合建造担当も開発担当も一人ずつしかいないから細かい呼び分けは考えなくて良いぞ。要するに俺とこいつと建造妖精、開発妖精の四人が工廠の全メンバーだ」

「うむ。実に寂しい職場だな」

「泊地が一つの企業だからなあ。ここってその一部署だろ。そう考えるとそこまで少ないって感じもしないがな。あくまで専従メンバーがこの四人ってだけで、兼任メンバーは他にもいるし」

「他というと……アカーシですか?」

 

 泊地に着任してから何度か会ったことがある。彼女は確か工作艦と名乗っていた。

 

「ああ。明石はうちの技術部の部長で、立場的には俺の上司ってことになる。もっともあいつは物資管理や艦娘の応急修理なんかで忙しいから、実際のところそこまで工廠にいるわけじゃないけどな。だから俺がここの管理を任されてる」

 

 長々と立ち話もなんだし早速案内しよう、とイトーが歩き出した。

 彼の後を追いながら周囲に目を向ける。いろいろな機械が唸り声をあげているけど、何がどういう機械なのかはさっぱり分からない。

 

「基本的にここの泊地は貧乏だからだいたいのことは手作りでやってしまうことが多いけど、この工廠の設備だけは別なんだ。艦娘の戦力に直結するものを取り扱っているわけだから、専門のプロが作ったものを取り寄せている。普段はケチくさい大本営もこればかりは必要不可欠だということで無償提供してくれた」

 

 工廠妖精さんが説明をしてくれた。となるとこの泊地の人たちも工廠内の機械の仕組みについて詳細は把握していないのかもしれない。

「そんなわけだから迂闊なことして壊すなよ。本来はえらく高価なものなんだ」

「……おいくらくらいで?」

「……知りたいか?」

「いえ。やっぱり良いです」

「賢明だ。知ればおそらく怖くなって工廠に近づきたくなくなる」

 

 

 

 建造エリアの案内はほんの数分で終わった。

 建造に使う機械の簡単な操作方法を教えてもらっただけ。注意事項とかは特にないらしい。素人が扱ってもトラブルが起きないような仕組みになっているそうだ。

 続いて開発エリアに行くと、そこでは一人の艦娘が設計図を前に睨めっこしていた。

 

「初春ちゃん!」

 

 キヌが呼びかけると、どこか優雅な佇まいのその艦娘はこちらに顔を向けた。

 

「おお、鬼怒ではないか。そちらはアクィラだったかの。工廠見学か?」

「そんなとこ。初春ちゃんは例の新装備の開発?」

「うむ。かれこれ三ヶ月、何か掴めそうな気がするのじゃがもう一つ何かが足りぬのじゃ……」

「……ハツハルは、技術者なの?」

 

 なんだかミスマッチな気がした。そもそも彼女は確か駆逐艦ではなかったか。

 

「うむ。技術者の端くれとして技術部に属しておるぞ」

「技術部?」

 

 そういえば先程も話に出ていた。なんとなく名前から技術者の集まりということは分かるけれど。

 

「明石を部長とする艦娘たちの技術開発部。工廠管理を任されてるのが俺と妖精たちなら、工廠使って実際にあれこれするのが技術部だな。さっき言ってた兼任メンバーってのが技術部だよ」

 

 イトーが補足してくれた。

 

「へえ。アカーシは工作艦だったからなんとなく分かるけど……」

「他にも夕張・扶桑・最上・瑞鶴・秋津洲がメンバーじゃな」

 

 思ったよりいろいろなメンバーがいるようだ。

 

「秋津洲は工作艦の経験があるからと明石に引っ張り込まれておったが、他は皆自発的に技術部入りしておる。それぞれ理由は違えど、より良い装備を作って皆の勝利に――生還に貢献したいという思いは一緒じゃ」

「へえ。ハツハルはなんで入ったの?」

「うむ……。アクィラは知らぬかもしれぬが、わらわたち初春型は実艦だった頃に失敗作扱いされておってな。艦娘としても役に立たぬであろうと言われておったそうなのじゃ。艦娘の運用が本格化する前の頃に生まれた最初の初春型は、実際他の駆逐艦と比べて航海時の安定性が低く戦闘では足手まとい扱いされておった」

 

 しかし、その『最初のハツハル』はそれで諦めることなく、自分たちの艤装を少しずつ改善していったのだという。結果、初春型の問題点はほぼ解消され、他の駆逐艦と遜色ない実力を発揮できるようになったそうだ。

 

「わらわはそれから少し経って生まれたのじゃが、この話を聞いて感銘を受けてのう。戦うこと以外にもやれることはあると思い、こうして技術部に入ったのじゃ。当然初春型だけでなく他の皆の艤装もよくしたいと思っておる」

 

 こうした艤装改善の動きは他の鎮守府・基地・泊地でもあるらしく、ネットワークを通して情報交換が度々行われているのだという。実際に何人かの艦娘の艤装能力を向上させた実績もあるそうだ。所謂『改』『改二』と呼ばれる大規模改造にも貢献しているらしい。

 

「アクィラも自身の艤装に不足を感じたら技術部に相談してくりゃれ。解決できるか確約はできぬが、できるかぎりのことはさせてもらうぞ」

「グラッチェ。まだ実戦経験あまりないからなんとも言えないけど……もし困ったことがあったら相談させてもらうわね」

 

 と、そこで内線の電話が鳴った。

 

「む、夕張からじゃな。機銃テストを頼んでいたのでその件かのう」

「邪魔して悪かったな」

「構わぬよ伊東。アクィラも、ゆっくり見学していっておくれ」

 

 電話に出て何か話し始めたハツハルに別れを告げて、工廠見学を再開する。

 

「あと残ってるのは装備テストエリアと管理エリアで――」

 

 説明してくれるイトーの話を聞きながら、私はなんとなく先程ハツハルが言っていたことを思い出していた。

 

「戦うこと以外にもやれることはある、か……」

 

 この泊地には技術部以外にも管理部や農業部、整備部等様々な部がある。皆それぞれ戦闘や訓練以外のことにも精を出していた。

 

「私は、どうしようかな」

 

 部に所属するのは必須ではない。ただ、なんとなくどこかに入ってみたいなという気分になっていた。

 

 

 

「それで夕張、テストの方はどうだったかの?」

『いやー、それが改良版の機銃が暴発しちゃってテストルームの設備が一部壊れちゃったのよ。伊東さんや明石に見つかると怒られそうだから、ちょっと助けてくれないかしら』

「……すまぬのう夕張」

『え?』

「今アクィラが工廠見学に来ておってな。じきに伊東はそちらに行くはずじゃ」

『ちょっ』

「南無阿弥陀仏。骨は拾っておくぞ」

『なに自分は無関係ですって感じになってるのよー! 言っておくけど設計図とテスト項目書は遵守したんだから、そっちにも責任はあるんだからねー!』

 

 がちゃりと電話が切れた。おそらくこれから大急ぎで隠蔽工作をするのだろう。とても間に合うとは思えないが。

 

「なにがいけなかったのかのう」

 

 機銃の設計図を見直して首を捻る。

 夕張の首根っこを押さえた伊東が怒鳴りこんできたのは、それから十分後のことだった。



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磯の風香る食卓(磯風・春雨・早霜)

艦娘も日々成長してるし、メシマズな艦がいつまで経ってもメシマズなのはどうなんだろう、と思ったり。やる気あるなら少しずつ成長させてやりたいな、と。


 S泊地ではときどき同期会というものが開かれる。

 同時期に着任した艦娘たちが艦種や部隊の枠を超えて集まるちょっとしたイベントである。特に開かなければならない決まりはないのだが、いろいろな同期会が開かれているので、なんとなく自分たちも……と開く艦娘たちが後を絶たない。

 そんなわけで、今日も間宮の一角を借りて2014年夏組の同期会が開かれていた。

 

「今回は私が用意してみたの。皆どんどん食べてっ!」

 

 春雨がテーブルに並べたのは鼻孔をくすぐる中華料理の品々だ。

 

「美味しそう……」

 

 雲龍がうっとりとした声で言った。他の皆も期待に目を輝かせている。

 しかしそんな中で一人だけ目を曇らせている艦娘がいた。磯風だ。

 

「あれ、磯風どうしたの? 中華料理駄目だった?」

「いや、そういうわけではない。とても美味しそうで……それ故に羨望を抱いていた。同じ駆逐艦なのに春雨は料理が上手いのだな」

「磯風は全然料理駄目だもんねー」

 

 悪気のない時津風の一言が磯風にぐさりと突き刺さる。

 

「姉さん、すまないが本当のことを言わないでくれ。今ちょうどそのことで悩んでいるのだ……」

「どうかしたの?」

 

 早霜が首をかしげながら尋ねた。

 

「うむ。実は昨日たまたま司令とここで同席してな……。そのとき、今度秘書艦になったときに料理を振る舞うと約束してしまったのだ」

「えっ」

 

 全員の視線が磯風に注がれる。「なぜそんな約束をしたのだ」と言いたげな視線だ。

 

「司令はご家族と離れて久しく、基本的には自炊で済ませているそうだ。だがここに来てからは秘書艦の手料理に触れる機会があって、とても懐かしい気持ちになったと仰られていた」

 

 最近の秘書艦は先日着任した水無月・アクィラ・伊26・ウォースパイトが日替わりで担当している。確かアクィラ以外は皆料理の心得があったはずだ。

 

「それで、つい私も言ってしまったのだ。次の秘書艦担当の日には腕によりをかけて美味しいものを御馳走しよう、と――」

「なんでさ」

 

 時津風が冷えた視線でツッコミを入れる。

 

「多分磯風の負けず嫌いが発動したんじゃないかな。ほら、新しく来た子にできるなら私だって……って」

 

 清霜の分析に、磯風は唸った。確かにそういう負けん気が働いて、つい衝動的に言ってしまったような気がする。

 

「……私の方から司令にそれとなく言っておきましょうか?」

「大淀。それはもう少し待ってくれないか。それは私の立つ瀬がなくなる」

「ですが、司令に体調を崩されても困りますし」

「ううっ」

 

 何気に酷い言われようだが前科があるだけに言い返せない。

 ちなみに大淀は泊地発足当初からの最古参だが、艤装が完全な形になったのは2014年の夏なので、この同期会のメンバー扱いになっている。

 

「康奈司令には苦い顔をされ、新十郎司令は三日程お腹を壊されていたわね……」

「やめろ早霜、過去を振り返るな! 今大事なのは次の秘書艦担当日についてだ!」

「ちなみに次の磯風の担当日っていつ?」

「……二週間後だ」

「微妙な期間だね」

 

 全員が「うーん」と唸り声をあげる中、春雨が一人手をあげた。

 

「もし良かったら、私が料理教えようか?」

「い、いいのか!?」

「うん。私も人に教えられるほど上手いかどうか分からないけど」

「なら、私も手伝うわ。フフッ、少しは覚えがあるから」

 

 春雨に続いて早霜も手をあげた。磯風の表情が少しずつ晴れやかになっていく。

 

「それじゃ、磯風の問題も解決の糸口がつかめたってことで、そろそろ食べようよ。春雨の中華料理冷めちゃうし」

 

 時津風の言葉に全員が頷く。

 それから、同期会はいつものような盛り上がりを見せたのだった。

 

 

 

「それで、どんな料理を作るつもりなの?」

 

 同期会から数日後。

 磯風の住む寮の厨房に、磯風・春雨・早霜の三人が集まっていた。

 

「司令は魚料理が好物だと言っていた。なので秋刀魚の塩焼きをメインにしようと思っている」

 

 ちなみに秋刀魚の塩焼きは昨年浜風たちに教わって完璧にマスターしていた。今も焼き魚は定期的に作っているのでそこは問題ない。

 

「ただ、それだけだと少し物足りないかと思ってな。他にもう一つか二つ出したい」

「……秘書艦って一日中やるけど、三食全部秋刀魚出すの?」

 

 早霜の指摘を受けて、磯風の表情が僅かに硬くなった。

 

「――何か作らねばということばかり考えていて、三食ということを忘れていた。ど、どうする。想定の三倍料理を作らなければならないのか……!?」

「品数少なくて済むものでまとめればいいんじゃないかな」

 

 春雨が頭を捻る。

「例えば……朝はカレーにして、昼はその残りものでグラタンにするとか。それで夜に秋刀魚の塩焼きとご飯にお味噌汁、あとは適当なサラダにするとか」

「それなら難易度もそう高くはなさそうね」

「ま、待ってくれ。カレーもグラタンも、私はきちんと作ったことがないぞ」

「大丈夫だよ。少し手間はかかるけど、手順さえ守ればそんなに難しくはないもの」

「私たちが……しっかりと教えてあげる」

 

 

 

 二時間後。

 想定外の出来になった代物を見て、磯風はがっくりとうなだれていた。

 

「何が、何がいけないんだ……」

「どうも料理における感覚全般がずれているようね」

「そのうえものすごく感覚に頼って料理してるのが……」

 

 早霜と春雨の言う通り、磯風は細かい点で感覚がずれていた。

 火の強弱、煮込む時間の程度、調味料の入れ具合……。いずれの感覚も少しおかしいのだ。それが間違っていないという前提で料理をしているのだから、出来上がるものもおかしくなる。

 秋刀魚の塩焼きが上手くできるようになったのは、感覚で覚えるくらい何度も練習を重ねた結果である。

 そのとき磯風に料理を教えていた浜風たちも磯風が抱えている問題に気づいてはいたが、早急にどうにかする必要性がなかったので、長期的に改善させていこうということにしていた。

 だが、今回は期限がある。あまり悠長なことを言っていられる余裕はなかった。

 

「必ずしもこのやり方がいいとは限らないけど――こうなったらとにかくマニュアル通りにやる戦法でいくしかないと思う」

 

 春雨の目がぎらりと光る。春雨は実のところ料理には一家言を持つほどのこだわりを持っている。彼女にとって、教え子たる磯風が酷い料理を出して司令官をダウンさせるような事態は耐えられないものだった。

 三十分程席を離れた春雨は、びっしりと文字が書かれたレシピノートを磯風に突きつけた。

 

「いい、磯風。料理に関する詳細を全部このノートに書いておいたから、絶対にこれを守って料理をするの。火の強弱の判断基準はこの脇のところに書いておいたから。計量はきちんとしないと駄目よ。はい、時間計るためのストップウォッチはこれね」

「あ、ああ。春雨、分かった。分かったから少し離れてくれ……目が、目が怖い!」

「……春雨、まるで磯風のお母さんみたいね」

 

 早霜のコメントが聞こえているのかいないのか。

 半ば涙目の磯風に、春雨は徹底すべきルールを叩き込み続けるのだった。

 

 

 

「それで、結果はどうだったの?」

 

 保健室でベッドの脇に座る道代先生が若干興味深そうに尋ねてくる。

 

「ああ。春雨と早霜の猛特訓のおかげもあって、司令にはそれなりのものを提供できたと思う……」

「その代わりあんたは無理して倒れたわけね」

「この磯風がこんな形で不覚を取るとは……」

 

 寝る間も惜しんで特訓したからか、秘書艦としての任を終えてからすぐに体調を崩してしまった。

 

「ちなみにあんたが寝込んでる間に春雨と早霜が来てたわよ。さすがに無茶をさせ過ぎたって心配してたみたい」

 

 はいおみやげ、と道代先生がクッキー入りの包みを差し出した。

 そこには「おつかれさま」と書き添えられたカードが入っていた。



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四葉祭(1)―お祭り告知編―(第二十二駆逐隊・ウォースパイト・伊26・アクィラ・叢雲)

今回はちょっとお祭りという舞台を使っていろいろなメンバーを描いていきたいと思います。


「ねえむらっち、この四葉祭って何?」

 

 聞き慣れない単語を目にして、水無月は眼前の叢雲に尋ねた。

 ここは泊地にいくつかある多目的ルームの一つだ。今はここに先の作戦で着任した四人と、つい昨日着任したばかりの浦波が集められていた。

 叢雲から配られた紙には、四葉祭開催要項という題が記載されている。

 

「クローバーフェスティバル、なかなか素敵なネーミングね」

「ありがとう、ウォースパイト。名付け親も喜ぶと思うわ。……この四葉祭は春と秋に行われるこの泊地のちょっとしたお祭りよ。当日は泊地の大部分を一般開放して催し物をしたりするの。島の人たちだけじゃなくて島の外の人たちも訪れるわ」

「へえ、それなら結構規模は大きそうだね」

 

 ここに着任してから一カ月と少し経った水無月だったが、普段泊地に外の人が出入りするのを見たことはほぼなかった。島の人たちはたまに艦娘やスタッフを尋ねてくることもあったが、わざわざ島の外から人が来たりするのを見たことはない。

 

「で、四葉祭は大きく分けて四つの部門で構成されてるの。艦娘は原則どれかに属して参加することになるから、明後日までに決めてもらいたいのよ」

 

 改めて紙に書かれている内容を見る。

 細かいことを省いて要点だけ抜き出すと、四つの部門というのは選挙・武勇・知謀・団体で、艦娘はそれぞれ参加部門のトップを目指して競い合うことになる。

 選挙部門はもっとも指揮艦として相応しい者は誰かを、武勇部門はもっとも強い艦娘は誰かを、知謀部門はもっとも知略に長けた艦娘は誰かを、団体部門はもっとも良いチームワークを発揮する隊はどこかを決めるのだという。

 

「ちなみに最初はとりあえず自信のある分野に挑んでみるのが良いと思うわ。大抵その自信へし折られるかもしれないけど」

「怖いこと言わないでよ」

「……ちなみに武勇部門、前回はどなたが参加されていたのかしら?」

 

 ウォースパイトは武勇部門に興味があるのだろう。戦艦として個の強さを競ってみたいと思うのはそう不思議なことではない。

 

「武勇部門はだいたい重巡、戦艦、空母組の参加が多いわね。春のときは大和・大鳳・大井がトップ3を飾って隼鷹辺りがビッグスリーだとか騒いでいたわ」

 

 性能面ではトップクラスの大和型に攻防揃った装甲空母、圧倒的な雷撃力を有する重雷装巡洋艦。確かに武勇部門のトップを飾るのに相応しいメンバーだ。

 

「さすがヤマトね……基本スペックもそうだけど、練度も非常に高い。私も正直まだ勝てる自信はないわ」

「私も、あの装甲は貫けそうにないなあ」

 

 ウォースパイトと伊26が大和の実力について評した。水無月も演習で何度か見かけたが、二人と同じような感想を持っていた。この泊地で彼女に勝てる艦娘はそう多くはないだろう。

 

「あ、でも四葉祭は二回連続で同じ部門に参加することはできないから今言った三人は今回参加しないわよ。今回参加しそうなので優勝候補といえば長門、武蔵、赤城辺りかしら」

「ムサシもヤマトと同等の実力者よね……」

「長門さんもそれに引けを取らない強さだよね……」

「アカーギも参加するの?」

 

 赤城の名にアクィラが反応した。彼女はどこか赤城やグラーフを意識している節がある。もしかするとライバル視しているのかもしれない。

 

「多分ね。赤城は前回知謀部門に参加してたから、今回出るなら選挙か武勇だと思う。団体部門は空母組あんまり参加しないのよね」

 

 説明書きを見ると、団体部門は何人かで集まってお店を出したりイベントを開いたりするらしい。どちらかというと企画力や計画性を問われる分野らしかった。

 

「純粋な戦闘力じゃ大型艦にはなかなか勝てないし、駆逐艦や潜水艦は知謀か団体に参加することが多いわね」

「ねえねえねえ、叢雲ちゃんは何に出るの?」

 

 伊26が手をあげて質問した。叢雲は「私?」と聞かれてしばらく頭を捻った。

 

「前回は団体部門で参加したからそれ以外ね。まだ決めてないけど、多分武勇部門になるかも」

「もしかして叢雲姉さんって戦艦並に強いとか……?」

「そんなわけないでしょ浦波。ただなんでか長門から武勇部門に出ろ出ろってしつこく言われてるのよ。散々模擬戦でやりあってて八割方負けてるんだけどね」

「そうなんだ。……駆逐艦で戦艦に二割勝ってるって十分凄い気もするけれど」

 

 叢雲は「いやいやいや、まぐれ勝ちよ」と手を振った。

 

「ま、あんまり難しく考えても仕方ないし迷ったらいろんな人に話を聞いてみると良いわ。一番大事なのは祭を楽しむことだから、一番面白そうだと思ったのに出れば良いと思う」

 

 そう叢雲が締めくくって、その場はお開きとなった。

 

 

 

「あ、水無月ちゃん帰ってきた!」

「お、ふみちゃんじゃん。どうしたの?」

 

 寮に戻ってくると文月に長月、そして皐月が待ち構えていた。

 

「浦波たちと一緒に叢雲から呼び出されたと聞いてな。四葉祭の件だろう?」

「ながなが鋭いね」

「その呼び方は……いや、いいか。ところで水無月、お前は何に参加するのかもう決めたのか?」

「うーん、全然。ただ武勇部門は参加しても一回戦負けしそうな気がするからやめとこうかなーって思ったくらい」

「ああ、うん。それはそうだね……」

 

 皐月がうんうんと頷く。

 

「ボクも一度参加してみたことあるけど、だいたい運が良くても一回か二回勝つと戦艦か空母、重巡の人たちとぶつかるからね……。最初から夜戦前提ならどうにかなるかもだけど、あれはきついよ」

「でねー、水無月ちゃんもあたしたちと団体部門に参加しないかなって」

 

 駄目かな、と文月に手を握られた。

 

 ……うーん、これはずるい。ふみちゃんにこう言われては断れるはずがないよ。

「分かったよふみちゃん。せっかく二十二駆全員揃ったんだし、このメンバーで何かやってみよっか!」

「ふ、やはり文月に乞われては断れないか。分かるぞ水無月」

 

 長月が腕組みをしながらふふんと笑みを浮かべていた。

 

「それじゃ早速何やるか決めようか。団体戦は長丁場になるし、予算確保とか資材調達も自分たちでやらないといけないからね。早め早めに動いていこう!」

「お、さっちんやる気だね。それなら水無月も頑張るかな!」

 

 二十二駆全員で「おー!」と掛け声をあげる。

 このメンバーなら面白いことになりそうな、そんな予感がした。

 

 

 

「えー、お化け屋敷がいいよぉ」

「お化け屋敷は怖……いや、うん。そうだな……クレープ屋なんかどうだ?」

「いやいや、ここは射的だよ射的!」

 

 各人の意見がぶつかり合う。かれこれ三十分はこの調子だ。

 

「もう、これじゃまとまる気がしないよ~」

 

 皐月の悲鳴が寮に響き渡る。

 四葉祭開催まで、まだ少し時間がある日の光景だった。



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四葉祭(2)―お祭り企画編―(第二十二駆逐隊・望月・陽炎)

祭りの出し物もそうですが、企画って何やるか決めるときが一番難しいような気がします。次いで企画立案。最初の方の工程が大事であり大変なんですよねえ。


「それで、何やるか決まらないからいろいろ偵察して回っていると?」

 

 ふらっとやって来た水無月たちを、望月が若干渋い顔で出迎えた。

 この面倒臭い来客をいかに手早く追い返すかを考えている顔だった。

 

「もっちー、そんな顔しないでよ。姉妹艦の仲じゃないか」

「こっちも準備で忙しい……ああ分かった分かったそんな顔するな」

 

 水無月たちが捨てられた子犬のような眼差しを向けると、望月も態度を軟化させた。

 

「あたしらがやるのはゲーム喫茶だ」

「ゲーム喫茶?」

「あたしの作った自作ゲームをやりながらのんびりしてもらうのがコンセプト。ゲームの得点によって価格がちょっと割引されるんだ。今あたしは絶賛開発中」

 

 望月が自分の操作していたパソコン画面を指し示した。そこに映っていたのは四つのゲームを選択する場面である。見たところアクション・シューティング・パズル・クイズの中から一つを選択してプレイするらしい。

 

「人によって得意分野も違うだろうから、さっと遊べる複数ジャンルのゲームを用意してるんだ。これは弥生のアイディアだよ」

「おお~。そういえば睦月たちは?」

 

 皐月が周囲を見回して尋ねた。望月は睦月たちと組んでいるようだったが、この場には望月しかいない。

 

「睦月と如月は設営のための資材集め。弥生と卯月は場所確保のために動いてる」

「皆もう動いてるんだねえ」

「というか皐月たちが遅いんだよ。もうちょっと急いだ方が良いんじゃない?」

「急がないとまずいの?」

 

 四葉祭初参加ということで状況をよく分かっていない水無月が文月に尋ねた。

 

「うん。資材も場所も限りがあるから、あんまり遅くなると大変なことになるんだよ」

「最悪資材も場所もない状態でのスタートになるからな……」

「それはそれで面白そうな気もするけど」

「……水無月、お前なかなかの強者だな」

「強者だよぉー」

「そ、そうかなあ?」

 

 てへへと照れる水無月。それを遠目に見ながら望月は皐月の肩を叩いた。

 

「あの調子だと大変そうだなぁ」

「それは言わないでよ」

 

 皐月は困ったような笑みを浮かべるしかなかった。

 

 

 

「あら、皐月じゃない。あなたは水無月だったわね、私は陽炎! よろしく!」

 

 次に尋ねたのは陽炎型のネームシップである陽炎である。

 部屋に入るなり颯爽と挨拶をされ、気づけば握手を交わしていた。

 

「参考用に私たちの企画を見に来たってとこかしら。ほら、遠慮せず見て行きなさい」

「か、陽炎。僕たちまだ何も言ってないんだけど」

「この時期に皐月が皆を連れて私たちのところに来るなら偵察目的だと思ったんだけど違った?」

「いや、違わないけど。相変わらず察しが良いなあ」

「ネタばらしをするとね、さっき朧たちも来たのよ。あそこも意見がなかなかまとまらないらしくて」

「あー」

 

 朧たちということは朧・曙・漣・潮なのだろう。皆意外と頑固なところがあるからなかなか企画が決まらないのかもしれない。

 陽炎は今回不知火・黒潮・親潮の四人で組んでいるようだった。他の三人は奥の方で何か作業をしている。

 

「陽炎たちは何をするんだい?」

「よくぞ聞いてくれました。私たちは釣りイベントを開催するのよ」

 

 言われてみると、部屋には釣り具や網が沢山置かれていた。

 不知火たちは大きな布の補修をしているようだ。はっきりとは分からないが、どうも帆船の帆のようにも見える。

 

「釣った魚の調理は島の人たちにも協力してもらえる手筈になってるから、外から来る人たちにとっては興味深い企画になると思うわ。ちなみに島の人たちにはお礼に釣った魚の何割かをあげることになってる」

「島の人たちからも人気ある陽炎ならではの企画だね」

 

 皐月が感嘆の声をあげた。

 陽炎は日頃から暇さえあれば島の集落を歩いて回っている。仕事の手伝いをよくしているそうで、特に高齢者や中年層から人気があった。同年代の友人も各地の集落に何人もいるらしい。

 

「そういえば今回は霞や霰とは一緒じゃないんだ?」

「霰はなんか知謀部門に出るみたいよ。思考が読めないから騙し合いの展開になれば結構面白いことになるかもね。霞は前回大淀さんたちと団体部門出たから誘おうにも誘えなかったのよね」

「へえ。それじゃ今回は何に出るのかな」

「なんか足柄さんが選挙部門に出させようとしてるって霰が言ってたけど、どうなるかは分からないわねー」

 

 と、そこで陽炎は「いやいやいや」と手を振った。

 

「あんたたち雑談しに来たんじゃないでしょ。どう、何か思いついたの?」

「うーん、それがさっぱり」

「同じく」

「ふみぃ」

「水無月もさっぱりだよ」

「だ、駄目だこの姉妹……。そういえば菊月と三日月はどうしたのよ。あの二人はこういうとりまとめとか得意そうじゃない」

「二人は蒼龍さんたちに誘われて別のチームになってしまったんだ」

「あー、なるほど」

 

 うーん、と陽炎は首を捻る。自分たちのチームのことではないのだが、なんとなく困っている仲間がいると見捨てられずにはいられない性質なのである。

 

「そういえば皐月、あんた結構な量のご飯食べるわよね。フードファイトなんてどうかしら」

「そういうのって大型艦の人がやりそうな気もするけど」

 

 水無月の指摘に、他の全員が微妙な表情を浮かべた。

 

「いや、水無月。実際に前戦艦の人たちと空母の人たちが一回ずつやったんだ。でも結果は不評でね……」

「なんで?」

「戦艦・空母の食べっぷりは一般にも知られてるらしくて、みんな勝てっこないって参加してくれなかったんだよ」

 

 一応戦艦・空母組の名誉のために捕捉しておくと、彼女たちも決して暴飲暴食をしているわけではない。艦娘としての力を行使すると大量のカロリーを消費するので、それを補うために必要な分を摂取しているのだ。戦艦・空母のカロリー消費量は特に凄まじいが、他の艦娘もそれなりに消費するので、駆逐艦も普通の大人並には食べる。

 

「あー……。そうなると駆逐艦ならどうにか勝てるかもって参加してくれる可能性があるってことか」

 

 確かに勝ち目の見えない勝負に挑むのはよほどの物好きだけだろう。外から来た参加者に不評だったというのも頷ける。

 

「そういうこと! どうよ皐月!」

「ボクは食べるの好きだから全然構わないけど、みんなはどう?」

「私は構わんぞ。スポーツのあとにということなら太る心配もあるまい」

「うぅ、体重の話されるとちょっと気になるけど……あたしも大丈夫だよ。甘いもの対決とかしてみたいなぁ」

「水無月もオッケーだよ。あんまり体重にこないようなメニュー伊良湖ちゃんに聞いておこうか」

 

 反対意見なし。

 皐月たちの企画はフードファイトで決まりとなった。

 

 

 

「いやー、さすがは陽炎。助かったよ!」

「……はっ。さては皐月、あんた最初から私に考えさせるつもりだったんじゃ」

「な、なんのことかな? ほらみんな行こう、まずは企画立案して司令部と予算交渉するよ!」

 

 慌てて逃げる皐月たち一行。

 陽炎はそれを「仕方ないわね……」と苦笑いを浮かべつつ見送るのだった。



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四葉祭(3)―お祭り準備編―(陸奥・第二十二駆逐隊・鬼怒・ウォースパイト)

うちの長門は挫折しながらも泥臭く成長している主人公タイプなイメージです。
武蔵はそのライバル役、陸奥や大和はそんな姉妹たちを支える良き理解者役。
ちなみに着任順は陸奥→武蔵→長門→大和でした。


「あらあら、美味しそうな蕎麦粉の香りがするわね」

 

 祭りに向けて準備を進める水無月たちのところに、陸奥がひょっこりと顔を出した。

 陸奥は長門型戦艦の二番艦だ。柔らかな物腰と聞き上手な性格から多くの艦娘に慕われている。

 

「皆のところはお蕎麦屋さんにするのかしら?」

「ちょっと違うよ。水無月たちのところは早食い競争するんだ」

「へえ。そうするとこのお蕎麦は……わんこそばかしら」

「ご名答! 何で競うかいろいろ考えたんだけど、いっぱい食べるってなるとやっぱりわんこそばかなって」

 

 なるほどなるほど、と陸奥は水無月たちが打っていた蕎麦の生地を覗き込んだ。

 

「でも、お蕎麦だと蕎麦粉アレルギーが少し心配ね」

「……あっ」

 

 陸奥に指摘されて、水無月たちは一斉にしまったという表情を浮かべた。アレルギーの問題については考えていなかった。

 

「そうか、そういう場合どうしよう」

「お蕎麦だってこと前提で予算組んで材料も発注しちゃったし、今から題材変えるのは無理だよ~」

 

 思わぬトラブルに頭を抱える四人に対して、陸奥はぴっと指を立てた。

 

「別に題材を変える必要はないと思うわ。わんこそば、とても良い案よ。でも間違ってアレルギーで倒れる人が出るといけないから、参加要項に注意書き足したり、万一アレルギー起こした人が出たときの対処方法は確認しておいた方が良いわね」

「確かに。なら参加要項は私の方で見直しておこう」

 

 長月が胸を叩く。

 

「じゃあ、水無月は道代先生にでもアレルギーについて話を聞いてくるよ!」

 

 水無月が腕をまくってみせる。任せなさいと言いたげなポーズだ。

 

「ありがとう、陸奥。ボクたちだけじゃ見落とすところだったよ」

 

 皐月に礼を言われて陸奥は「あらあら」と笑みを浮かべた。

 

「ところで当日は私も参加していいのかしら?」

「えっ」

「うーん……」

「陸奥さんも戦艦だからかなり食べるよね……」

 

 新しい難題に、水無月たちは揃って頭を抱えるのだった。

 

 

 

「おっ、陸奥さんだ。やっほー!」

 

 水無月たちのところを辞して歩いていると、向こうから大きな荷物を抱えた鬼怒に声をかけられた。一緒にいるのは磯波、浦波の姉妹だ。

 

「あら鬼怒、磯波ちゃん、浦波ちゃん。三人も四葉祭の準備?」

「はい、黒豹ゲーム用の機材が届いたので」

「……黒豹ゲーム? 皆で綾波ちゃんごっこでもするの?」

 

 黒豹というのは磯波や浦波と駆逐隊を組んでいた綾波の異名だ。今回彼女たちは綾波や敷波と一緒に団体部門に参加する予定だったはずである。

 

「当たらずとも遠からずです。簡単に言ってしまうと真っ暗なフィールドを使ったサバゲーみたいなものですね」

 

 浦波が概要をかいつまんで説明した。まだ着任して日は浅いが、すっかり馴染んでいるようだ。

 

「本当は演習システムを使って本格的な夜戦シミュレーションゲームにしようと思ったんだけど、そういうスキル持ってるメンバーの勧誘に失敗して」

「へえ。でもサバゲーって備品結構お金かかるんじゃない?」

 

 鬼怒の持っていた箱の中を見てみると、何種類ものエアガンや暗視スコープが大量に入っていた。結構な額がしそうである。

 

「普段から司令部のお手伝いとかしてるから予算に多少色つけてもらったんですよ」

 

 鬼怒がふふんと得意気に鼻を鳴らす。確かに鬼怒は司令部からいろいろ仕事を任されている。陸奥は「人が良いわねえ」などと思っていたのだが、案外多少の計算があって手伝いをしていたのかもしれない。

 

「それじゃ、綾波ちゃんたち待たせてるんで。失礼しまーす!」

「失礼しまーす」

 

 三人は元気よく挨拶をして駆け去っていく。普段大人しい磯波も鬼怒と一緒にいると心なしかテンションが上がりやすくなるようだった。

 

 

 

 演習場から砲声が聞こえてきたので何気なく覗き込んで見ると、ウォースパイトが砲撃訓練をしていた。

 遥か彼方に設置された的に対してかなりの割合でヒットさせていた。彼女も着任してからそう長くはないが、艦娘としての練度はかなり高くなっている。

 ウォースパイトが砲撃を終えると、海上に待機していたアクィラが新しく的を設置し直す。その繰り返しだ。

 しばらくその様子を眺めていると、ウォースパイトが偶然こちらを向いた。

 

「あら、ムツじゃない。いたのなら声をかけてくれれば良いのに」

「集中しているようだったから、邪魔をしたら悪いと思って」

「始めると止め時が分からなくなるの。自分でもよくないと分かっているのだけど」

 

 ウォースパイトはアクィラに向けて手を振った。訓練はこれで終わりということなのだろう。

 

「そういえばムツは今回何に出るのかしら」

「私? 私は選挙部門よ。だからこうしていろいろ歩きまわって、準備で困っている人を見つけてはアドバイスをしているの」

「随分と正直なのね、貴方は」

 

 選挙部門は言ってしまえば艦娘同士で行う人気投票だ。普通の選挙と違うのは、もっとも指揮艦として相応しいと思う人に対して投票する、という点である。

 この四葉祭には娯楽イベントとしての側面もあるが、それ以外の狙いもいくつか散りばめられている。選挙部門に関して言えば、より優れた指揮艦を見出すための評価材料という側面がある。

 

「ウォースパイトは武勇部門にエントリーしたのよね。アクィラも」

「ええ。……この泊地が単純な強さ以外のことを大切にしているというのは分かっているつもりなのだけど、それでも私は戦艦だから。自分がどこまでやれるのか確かめてみたい――その欲求は抑えられないのよ」

「同じ戦艦として気持ちは分かるわ。こういうお祭りでなら、そういう欲求を無理に抑える必要もないと思う」

 

 有事の際は別だけどね、と付け加える。

 

「けど、貴方を見ているとここに着任したばかりの頃の長門を思い出すわね。あっちは貴方よりずっと問題児だったけど」

「……ナガトが?」

 

 ウォースパイトがびっくりしていた。現在の長門は優等生そのもので、問題児たちを叱り飛ばす側だ。そんな彼女がかつては問題児だったと言われてもピンと来ないのだろう。

 

「長門は着任がちょっと遅くてね。長門が着任した頃にはもう金剛たちが戦艦組の主力として活躍していたし、私も十分な練度になっていた。加えて武蔵も着任済みで、相当な練度を誇っていたの。だから自分の居場所がないって感じたのかもしれないわね」

 

 当時の長門はやたらと武に固執し、何度も武蔵に挑んでは返り討ちにあっていた。他にも実力者と見られる艦娘には一通り勝負を挑んでいたように思う。

 

「でもその後大きな作戦があって、こっちの戦力を凌駕する凄い相手と共闘したり戦ったりすることになったの。その中で長門もいろいろ思うところがあって、誰かれ構わず勝負を吹っ掛けるようなことはなくなったわ」

「……ナガトにそんな過去があったのね」

「それに比べればウォースパイトはしっかりしてるわ。多少の焦りはあるかもしれないけど、それを自覚して今できることをやっているんだもの」

 

 面と向かって褒められたからか、ウォースパイトは少し顔を赤らめた。

 

「ムツ。そういうことは面と向かって言うものではないわ」

「そうかしら?」

「そうよ」

 

 コホンと咳をしながら視線を逸らす。

 

 ……照れ方もなんだか長門にそっくりね。

 

 陸奥は微笑ましい気持ちになった。

 彼女が今回武勇部門に参加することで何を失い何を得るのかは分からない。だが、長門のときと同様、おそらく悪い結果にはならないだろう。

 そんな予感を抱きながら、陸奥はウォースパイトとアクィラに手を振ってその場を去ったのだった。

 

 

 

「へっくし!」

 

 司令部室に突如くしゃみが響き渡る。

 長門だった。

 

「なんだ長門、風邪か?」

「そんなわけないだろう、武蔵。久々にお前と一戦交えられそうなんだ。風邪など引いていられるか」

「やれやれ。大人しくはなったが、勝負に情熱をかける性質は変わらないな」

「何事にも全力であたるのは私の性分だ、これは変えられんさ」

「お二人とも、お喋りもいいですが手は止めないでください」

 

 パソコンで書類を淡々と片付けていた大淀に注意されて、長門と武蔵は揃って首をすくめ、仕事に戻るのだった。



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四葉祭(4)―お祭り開催編―(第六戦隊・皐月・ウォースパイト・叢雲)

わんこそば、実は挑戦したことがありません。
いつかは挑戦してみたい……。


 その日、泊地は珍しく多くの人で賑わっていた。

 普段から常駐している艦娘やスタッフだけではなく、島の人や外から来ている人々が大勢いる。ソロモン諸島の人々、日本からやって来た人々。初めてここを訪れる人もいれば顔なじみになりつつある人もいるし、中には自衛隊や政府のお偉方もいる。

 

「賑わってますねえ」

 

 雑踏の中、一人悠々と歩きながら青葉は愉快そうに周囲を見渡した。

 彼女の役目は、祭りの写真を撮ってアルバムを作成すること。出来上がったアルバムは後日艦娘たちやスタッフには無償で、外部の人にはお手頃価格(自称)で提供することになっている。売上は泊地の運営資金になるので、貧乏泊地としてはそれなりにアルバム作成も重要視されていた。

 

「青葉ー、はいこれ」

 

 どこかに行っていた衣笠が駆け寄って来て、青葉に焼き鳥を差し出した。

 

「おっ、塩焼き鳥とは分かってるねガサ。んー、美味しい!」

「そりゃ普段から塩塩言われてるからね。私としては断然たれ派なんだけどなあ」

 

 衣笠の手にも青葉のものと同じカメラがあった。一人だけでは祭りの写真を撮りきれないので、何人かに手伝いを頼んでいるのだ。衣笠もその一人である。

 

「この焼き鳥はどこで?」

「潜水艦の子たちが屋台出してたわよ。焼き鳥、焼きトウモロコシ、わたあめ等々。大型艦対策で購入数制限ついてたけど、もっと買いたかったなあ」

「ガサは食べるの好きだなあ。それなのにあんまり太らないというのはずるい!」

「いやいや、これでも食後の運動とかきっちりやってますから!」

 

 二人でそんなやり取りをしながら祭りの中を歩き回る。

 

「おっ、青葉さーん」

 

 皐月の声がした。大部屋の前にある受付の机に鉢巻きを巻いた皐月の姿が見える。

 早速そんな皐月の姿をパシャリと撮る。

 

「どうも皐月さん。どうですか、調子は」

「盛り上がってるよ。二人も参加してく?」

 

 皐月は自身の横にあるスコアボードを指し示した。

 スコアボードには「一般:216杯」「艦娘(駆逐艦・潜水艦以外):365杯」とあった。更にその横には皐月賞・水無月賞・文月賞・長月賞とある。

 

「二人は重巡だから艦娘コースになるね。今の最高記録はラバウルの大和さんだよ」

「勝てそうな気がしないので遠慮しときます」

「右に同じ」

「そっか。最高記録更新したら豪華景品、できなくてもボクたちの記録越えたら景品あげたんだけどなあ」

 

 部屋の中を覗き込むと、水無月・文月・長月がせわしなくそばを配っていた。人の入りは結構ある。成功している部類と見て良さそうだ。

 

「代わりと言ってはなんですが、お写真撮らせてもらっていいですか?」

「どうぞどうぞ。とびきりいいやつお願いね!」

 

 親指を立てて応じた皐月に、青葉は自身も親指を立てて返すのだった。

 

 

 

 武勇部門は演習システム――仮想空間による戦闘――で行われる。

 普段は艦娘のデータを使ったCPUと戦うのだが、今回は対人戦ということになる。その様子は外部端子からモニターに映し出されて観客にも見えるようになっていた。

 対戦者はそれぞれトレースルームと呼ばれる部屋に入り、実際に海域へ出撃しているのと同じ感覚で戦闘を行うことができる。

 痛覚のオン・オフも自由だ。実戦と同じ感覚で訓練することを重視する者はオンにするし、訓練ならではの無茶をしたい者はオフにする。四葉祭では観客を不安にさせないようにという配慮からオフで固定されるのだが。

 武勇部門はトーナメント制で、今は準決勝が行われていた。

 

「やっぱ上位に残る連中は皆ちょっとおかしいくらい強いなあ」

 

 加古が感心とも呆れとも取れるような呟きを洩らした。

 

「加古はあんまり興味なさそうだよね」

「敵を倒してのんびり寝たりお酒飲めればいいかなあ。古鷹だってそうだろ?」

「うーん、私はあんまりお酒は得意じゃないけど……確かにそこまで強さにこだわりはないかな。もう沈まないって決めたから、そのための強さは欲しいけど」

「あー、うん。生きるための強さなら要るねえ」

 

 二人でそんな話をしていると、若干暗い表情のウォースパイトがやって来た。

 

「Hello, フルタカ、カコ。二人は見学?」

「はい、青葉に頼まれて撮影係です」

「ウォースパイトの雄姿もしっかり撮っておいたよー」

「ううっ……」

 

 加古の言葉に、ウォースパイトは無念の表情を浮かべた。

 

「雄姿と言っても、一回戦負けです……。それも駆逐艦相手に負けるなんて」

「いや、あれは相手が悪かったよ。あたしだって清霜相手は嫌だ」

 

 ウォースパイトは一回戦で清霜と戦った。決して悪くはない動きだったのだが、ぎりぎりのところですべて攻撃を避けられ、至近距離から魚雷を喰らって中破、最後に夜戦でとどめを刺されてしまった。

 

「うちの清霜ちゃんは大本営からも『バトルシップ』って異名を貰うくらいの武闘派だから……。練度も駆逐艦の中だと磯風ちゃんと並んで二位なんですよ」

「なるほど。その情報を聞いて少しだけ慰められました」

 

 そうは言いつつもウォースパイトの表情は晴れない。

 

「その悔しさがあれば大丈夫よ」

 

 そんなウォースパイトの肩をポンポンと叩いたのは叢雲だった。

 

「叢雲ちゃんお疲れ様。惜しかったね」

「ありがと古鷹。長門ったら初っ端から全力全開で仕掛けてくるんだもの。いきなり大破させられたら何もできないわ」

 

 叢雲は一回戦でいきなり長門とあたり、猛攻に押し切られる形で敗退した。

 その長門も二回戦で瑞鶴のロングレンジ攻撃に敗退している。トーナメント形式なのでどれだけ強かろうと組合せ次第ではあっさり敗退することがあるので、武勇部門は存外展開が読めない。

 

「勝負は時の運でもあるし、次は負けないって意気込みがあればいいと思うわ。さっきの試合だって、結果だけ見れば清霜のパーフェクト勝利だったけど、一発でも当てられてたら貴方の勝ち確定だったと思う。実際かなり際どかったわよ」

「……そうですね。落ち込んでばかりもいられません」

 

 両手で頬をパンと叩き、ウォースパイトは気合を入れ直した。

 自分に足りないもの、磨き上げていくべきもの。それを見直して次こそは勝つ。彼女の表情はそう物語っていた。

 

「はい、それじゃ気合入ったところでこれお願いね」

 

 と、そこで叢雲はウォースパイトにデジタルカメラを渡した。

 

「……ムラクモ。これは?」

「撮影係用のカメラ。良いと思った写真適当に撮ってね」

「えっ、いえ、その」

 

 突然のことに戸惑うウォースパイトを尻目に、叢雲は手をひらひらと振りながら去っていった。

 

「多分、気分転換にいろいろ見て回ったら、ということだと思いますよ」

 

 古鷹がフォローを入れる。

 

「なんだったら、あたしらと見て回るかい?」

「え、ええ。そうしていただけると助かるわ……」

 

 困った表情を浮かべてカメラを眺めるウォースパイトを見て微笑む古鷹と加古。

 試合の展開に、観客席はますます盛り上がりを見せていた。



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四葉祭(5)―お祭り後片付け編―(伊26・浦波・青葉・長門・加賀・叢雲)

後片付けまでがお祭りです。
お祭り編はこれにて一旦おしまいとなります。


 四葉祭は大きなトラブルもなく終わりを迎えた。

 純粋に祭りを楽しんだ者。自分の成果に満足した者、しなかった者。要人の相手で疲れた者。様々な人々がそれぞれの思いを抱きながらその日を終えた。

 

「ニム、それはこっちに運んで」

 

 翌日、伊26たち潜水艦組は屋台の解体作業を行っていた。普段屋台は使わないので、バラして片付ける必要がある。

 伊26は伊58の後を追って倉庫までやって来た。

 倉庫には他の後片付け組の姿もあった。その中には伊26の同期である水無月や浦波の姿もあった。

 

「あ、伊26だ。どうだった、そっちの屋台は」

「大好評だったよ。横須賀とか呉の提督さんも来てくれて絶賛してくれたんだ」

「あ、そっちにも行ったんだ。水無月たちのところにも何人か他の提督さん来てくれたよ。まさか来てくれるとは思わなかったなあ」

「割と司令官たちは拠点間行ったり来たりして情報交換とかしてるみたいだよ。けど横須賀の提督カッコ良かったな」

「私は呉の人の方が良かったな。優しそうだったし」

 

 普段泊地で見かけない人たちの話題で盛り上がる。日頃あまり島民やスタッフ以外と会う機会のない艦娘にとって、四葉祭は他所の人と話したりできる貴重な場なのだ。

 

「ニム~、お喋りもいいけどまだ片付け残ってるよ~」

「あ、そうだったゴメンゴメン。それじゃ二人とも、またね!」

「またね~」

 

 二人に手を振って伊58の後を追う。

 

「もー、ニムはすぐあっちこっちに興味移るんだから」

「ゴメンゴメン、まだ知らないことだらけでいろいろ気になっちゃうんだよね」

 

 着任してから約二ヶ月。身の回りのことや自分のことはだいたい理解できたが、まだまだこの泊地には知らないことが沢山あった。

 所属している艦娘も知らない子の方が多いし、妖精さんやスタッフの人ともほとんど話したことがなかった。そういう未知のものを前にするとどうにもワクワクしてしまうのである。

 

「ニムはなんというか怖いもの知らずでちね……」

「そんなことないよ、怖いものは怖いよ。でもほら、ゴーヤもそうだけどこの泊地の人たちは皆いい人だから、怖がる理由なんてないよね?」

「……真顔で恥ずかしい台詞言うのはよすでち!」

「恥ずかしくないよ~」

「絶対恥ずかしいよ!」

 

 顔を真っ赤にした伊58が早足で歩いていく。その後を、伊26はにこやかな表情で追いかけるのだった。

 

 

 

「おっ、浦波じゃん。お疲れ」

 

 倉庫から磯波たちの元に戻る途中、廊下でコーヒー片手に休憩している川内がいた。

 

「お疲れ様です川内さん。休憩中ですか?」

「そんなとこ。さっきまで哨戒しててね。浦波たちは祭りの片付け中みたいだね」

「はい。そういえば川内さんは……何に参加してたんですか?」

「私は知謀部門だったけど、五位だったよ。霰にしてやられてさ」

 

 知謀部門は毎回特定のルールで騙し合いを行い、目的を早く達した者が勝者となる。

 

「霰ちゃんは確か二位でしたっけ」

「うん。最後は日向に出し抜かれた形だね。どっちも思考が読み難くて私からするとちょっとやり難い相手だったよ」

 

 川内はどちらかというと真っ当な思考のキレ者を翻弄するタイプだ。日向や霰は常人の想定の斜め上をいく思考の持ち主なので、川内の方が逆に惑わされてしまう。

 

「浦波たちは黒豹ゲームだっけ。いいなー、やりたかったなー」

「あ、あはは……」

 

 若干恨めしそうな川内に浦波は乾いた笑みを返すしかなかった。

 黒豹ゲームは生身で行うサバゲーなので、人間と艦娘が共同でやると不公平になってしまう。艦娘の身体能力は人間のそれよりも遥かに高いからだ。

 そういう点を考慮して黒豹ゲームは艦娘の参加を禁止することにしたのだ。

 ただ、結局当日他所の拠点からやって来た艦娘からの要望に押し切られる形で一回だけ艦娘オンリーでのゲームを開くことになった。そのとき川内はタイミング悪く哨戒任務中で参加し損ねたため、こうして恨めしげな声をあげているのである。

 

「結局その艦娘オンリーのゲームも他所の川内が上位を占め尽くしたっていうし、なんかズルイよねー」

「……あのー、もし良かったら片付ける前に一回だけやります?」

「いいの!?」

 

 先程までとは一転、目をキラキラと輝かせながら川内は浦波の手を取った。

 

「綾波たちとも片付ける前にもう一回やりたいねって話はしてたので……。鬼怒さんとか阿武隈さんも参加されるそうですよ」

「ほほーう、燃えてきたよ! 綾波もいるし相手に不足はないね!」

 

 闘志に火がついたらしい。コーヒーの缶をゴミ箱に捨てると、川内は浦波の手を取った。

 

「それじゃ行こう、今すぐやろう! なんだったら神通と那珂も呼ぼうか!」

「え、いや、今すぐってわけじゃ……ま、待ってくださーい!」

 

 引き摺られながら悲鳴を上げる浦波。

 どうやら彼女たちの祭りの終わりは、もう少し先らしい。

 

 

 

 司令室では司令部メンバーが忙しなく動いていた。日々の業務に加えて四葉祭の片付け指示もとりまとめなければならない。祭りの最中も各地の要人の相手をしたりして休む間もなかったから、全員疲労しきっていた。

 それでも皆の表情は満足げだった。

 大変なだけなら開催しなければいいのだ。司令部メンバーにはそうするだけの権限を持っている。

 そうしないのは、この祭りに開くだけの価値を見出しているからだ。その価値についての実感が全員の満足げな表情に繋がっている。

 

「ありがとう青葉、おかげで機関紙も良いものになったよ」

「いえいえ。この青葉、古鷹の頼みは断りませんよ」

 

 二人の側では加古と衣笠がぐったりと倒れていた。四葉祭の内容をまとめた記事の作成にかかりきりだったのだ。古鷹と青葉もそろそろ限界が近づいている。

 

「団体部門は潜水艦チーム、陽炎さんたち、皐月さんたちのところが特に盛り上がったみたいですね。親潮さんや水無月さんたち最近着任した方々も大分ここに馴染んできてるようです」

「うん。皆楽しんでくれてるならなによりだよ」

「私は消化不良だ……」

 

 四人にお茶を出しながら長門がぼやいた。

 

「せっかく叢雲に勝てたのに瑞鶴にいいようにやられた感がしてならない……。おまけに陸奥はちゃっかり選挙部門で一位取っているし」

「最近のあの子は成長著しいから。調子が良ければ私も危ないかもしれないわ」

 

 差し入れの蕎麦をすすりながら加賀がぼそっと言った。

 その言葉に司令部の全員が凍りつく。

 

「……か、加賀さんが褒めた!?」

「明日は雨が降るかもしれないわね」

「どうしよう、明日の出撃編成見直した方が良いかしら……」

「――貴方たち散々な言い草ね」

 

 あまりの言われように加賀が不服そうな声をあげる。

 

「私だって認めるべき人は認めるし、褒めるべきときは褒めるわ」

「冗談だって、ごめんごめん」

 

 皆を代表して叢雲が謝罪し、自分の分の蕎麦をそっと加賀に差し出した。

 

「……ま、我々の泊地が皆少しずつ成長している実感を得られたし、今回も上々といったところだな」

 

 長門の言葉に古鷹たちが頷く。

 四葉祭は大成功で終わり、明日からはまた新しい日常が始まる。皆が少しずつ成長していく日常が、続いていくのだ。



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北方秋刀魚漁の夜(龍田・木曾)

秋刀魚漁は恒例行事になるのだろうか……。
単純に敵艦を倒すのではなく漁をする、というのは世界観に関する妄想が膨らみますね。

ちなみになぜ龍田と木曾なのかというと単純に今年の秋刀魚漁編成に入れていたからです。


 日本政府は深海棲艦に対する有効打を持たない――あるいは不足している近隣諸国に艦娘を派遣する役割を担っている。そのとき様々な条約を結んでいるのだが、その中には漁業に関するものもあった。

 深海棲艦の出現によって漁業が受けたダメージは深く、漁船だけだと公海はおろか排他的経済水域内での漁も困難になっている。各拠点の尽力で排他的経済水域の安全性は大分ましになってきたが、各国政府は未だ護衛なしでの漁業の制限を解いていない。

 漁船の護衛役を務めるのは各拠点の艦娘たちだった。遠征任務の中にはこういった護衛任務も多く含まれており、本国の支援が少ない拠点にとっては重要な資金源にもなっている。

 艦娘の護衛をつける場合、その所属拠点に報酬を支払わなければならないが、その代わり日本の排他的経済水域内での漁も条件付きで認められる。他国の排他的経済水域内での漁に護衛をつけた場合、漁で獲得したものを報酬として貰うこともある。艦娘による護衛制度は、各国の漁業交流に一役買っており、単なる護衛以上の意味合いも含まれていたりする。

 そんなわけで、S泊地の面々もソロモンの人々の護衛として秋刀魚がよく獲れる北方海域へとやって来ていた。

 総勢十八名の護衛部隊、その旗艦を任されたのは龍田だ。漁業関係では他国と揉め事が起きることもある。そういうときに必要な判断力と交渉力を買われての人選である。

 

「今年もこの季節は秋刀魚狙いの漁船がたくさん来てるわね~」

「獲り過ぎには注意しないとな。乱獲して秋刀魚絶滅なんてことになったら目も当てられない」

 

 応えたのは副官の木曾だ。泊地に三人しかいない重雷装巡洋艦の一人で、他二人よりも戦闘力はやや控えめだが、指揮官適性は上回るという評価を受けている。

 二人が今いるのはソロモン政府が用意した大型漁船の甲板上である。周囲を見渡すと無数の漁船が大海原に展開していた。大船団である。

 

「秋刀魚、美味しいものね。皆が食べたくなるのは分かるけど、先々のことを見据えて節度は守らないといけないわ」

 

 甲板上では漁師たちが忙しなく動いている。その中に混じって駆け回っている艦娘たちもいた。自分たちの分の秋刀魚を確保するというのも龍田たちに与えられた役割の一つだ。護衛だけやっていればいいというわけではない。

 秋刀魚は夜間に獲るのが一般的なので、昼のうちに辺りの深海棲艦を追い払い、夜間周囲に気をつけながら棒受け漁をするのが基本スタイルになる。

 龍田と木曾も遊んでいるわけではない。手持ちのソナーで秋刀魚が近くに来ていないか探索中だ。秋刀魚が近づいてきたら探照灯で網の方に誘導する役割も担っている。

 

「どうだいお二人さん、近くにいそうかい?」

 

 声をかけてきたのは、頬に大きな傷跡のある強面の中年だった。一見すると海賊のようにしか見えないこの男は、ショートランドのとある集落の長、リチャードだ。

 

「なかなか引っかからないな。場所を変えた方がいいかもしれない」

「なるほど。ならもう少し北に行ってみるか」

「大丈夫? たくさん船があるし動きにくそうだけど」

「なあに、どこもテカテカ光らせてるし十分見通しはきく。気をつけながら移動すれば事故にはならんさ」

 

 リチャードは太い腕を叩いてみせると、大声で船員たちに移動の準備をするよう告げた。船員たちは景気良くそれに応えるとてきぱき動きだす。

 

「俺たちも船の外に出るか。事故りそうだったらフォローしないと」

「そうね。けど、今年はなかなか見つからないのが気がかりだわ」

 

 元々今年は秋刀魚が減少気味だと言われており、提督からも昨年の八割程度獲れればいいと言われている。

 実際、漁に来て見た感じだと昨年よりも目に見えて秋刀魚の数は減っている。このままだと目標値である「昨年の八割」すら達成できるか怪しい。

 

「あら……?」

 

 漁船の右側に立って近くの状況を見ていると、何者かの視線を感じた。

 ソナーの反応に変化はない。

 

「気のせいかしら。けど、こういう勘って無視すると痛い目にあうのよね」

 

 ふと気になって上空を見てみる。すると、かなり遠方だが深海棲艦の艦載機らしきものが飛んでいるのが見えた。

 どうもこちらの様子を窺っているようだ。

 

「こちら龍田。木曾ちゃん、どうもこっちを気にしてる深海棲艦がいるみたいよ」

『昼間追っ払った連中の残党か?』

「艦載機が一つだけ飛んでるのよ。今の時点では何とも言えないけど、放置しておくのは良くないわ」

『分かった。漁船の護衛は日向に任せる。俺とお前で様子を見に行こう』

 

 数分すると対空機銃を手にした木曾がやって来た。艦載機がいたということで空母の存在を警戒してのことだろう。

 

「お前はそのままでいいのか?」

「艦載機一機だけなら木曾ちゃんの装備でどうにかなるわ。少なくとも視認できる範囲では他に水上艦はいないみたいだし……けど潜水艦はいるかもしれないわね?」

「あー……ならそのままの方がいいか」

 

 龍田は秋刀魚漁用にソナーと探照灯、ついでに爆雷を持っていた。潜水艦の相手をするならむしろ都合がいい。

 二人は闇夜に紛れるようにして少しずつ艦載機へと近づいていった。

 艦載機はこちらに気づいているのかいないのか、ぐるぐると同じような場所を回り続けていた。

 

「そろそろ射程距離に入るな。どうする、撃ち落とすか?」

「んー、どうしようかしら。なんだか敵意はなさそうだけど」

 

 そんなやり取りをしていると、不意に艦載機が飛び去ってしまった。

 

「……なんだったんだ?」

「――あら」

 

 罠の可能性を考慮してソナーを使ったところ、すぐ近くに想定していなかった反応があった。

 

「木曾ちゃん。ここ魚がたくさんいるわ」

「なにぃ?」

 

 龍田のソナーを借りて確認してみた木曾が驚きの声をあげた。

 

「マジか……。潜水艦の反応は全然ないな」

「ええ。すぐにこちらへ船を回せば大漁ね」

 

 二人はしばらくこの状況の意味を考えた。

 

「……深海棲艦にとっても秋刀魚は邪魔だったとか?」

「それなら蹴散らすんじゃないかしら。私は親切心から教えてくれたんだと思うわ」

「深海棲艦がか?」

 

 木曾は怪訝そうな表情を浮かべたが、龍田はにこりと笑ったままだ。

 

「人間もいろんな人がいるし、艦娘にもいろんな娘がいる。深海棲艦にもいろいろな深海棲艦がいるのかもしれないでしょ?」

「まあ、最近は和平派だか友好派だかってのもいるらしいが……」

 

 木曾は釈然としないようだったが、龍田の言を否定する根拠は見つからない。

 

「少なくともここは危険じゃなさそうだし、リッチさん呼びに戻らない?」

「ううん……そうだな。それじゃ、一旦戻るか」

 

 二人は周囲を警戒しつつ、ゆっくりと漁船へと戻っていく。

 それを彼方で見届けると、一機の艦載機は今度こそ夜の闇へと消えて行った。

 

 

 

「惜しかった……。嗚呼、これが日本でいうところのモッタイナイというやつか」

 

 リチャードは甲板から海面を眺めつつ溜息をついていた。

 龍田たちの報告で秋刀魚が大漁だったのは良かったのだが、獲れ過ぎて漁獲量の上限を越えてしまいリリースせざるを得なくなってしまったのだ。

 

「ガタイはいいのにリッチのおっさんは女々しいな。最大戦果をあげたってことだろ。満足しようぜ」

「分かっちゃいるんだが……ン、美味そうな匂いが」

 

 船上に香ばしい匂いが漂ってきた。見ると、皿の上に揚げ物を乗せた龍田が歩いて来るところだった。

 

「いっぱい獲れたから秋刀魚を揚げてみたんだけど、みんな食べる?」

「おぉーっ!」

 

 リチャードをはじめとする船員、艦娘たちが歓声を上げる。

 龍田が置いた皿にたくさんの手が殺到する。

 

「ナイスタイミングだ龍田。辛気臭い雰囲気でソロモンまで戻るはめになるところだった」

「それは困るわね~。せっかく大漁だったんだし、帰るときは意気揚々と帰りたいわ」

 

 天龍ちゃんに心配かけたくないし――という言葉は口にはせず、龍田は木曾と並んで賑わう甲板の様子を見守るのだった。



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とある古兵の一日(天龍・鹿島・夕張・初春・子日)

前回龍田を描いたなら天龍も描かねばと思い立って書きました。
個人的に天龍型は古兵として、他の艦娘たちの頼れる先輩役になっていて欲しいと思っています。


 午前五時。

 朝の静寂の中、微かに剣を振るう音がする。

 振るっている人影は二人。天龍と鹿島だ。

 二人の型はそれぞれ異なる。鹿島は鹿島新當流の型なのに対し、天龍は完全な自己流だった。

 二人は並んで五十の素振りをすると、その後向き合って十の素振りをする。二人揃って時間が取れるときは、こうするのが日課になっていた。

 回数は少ないが、一回ごとに気を集中させて振り切るようにしていた。その方が効果的なのだと天龍は思っていたし、後から着任してこの稽古に参加するようになった鹿島も反対はしなかった。

 

「今日も天龍さんの剣は気持ちの良い音でしたね」

「そうか? 自分で振ってると音はよく分からないな。ただ手元に残る感触は、良い感じだったと思うぜ」

 

 振り終わった後はスポーツドリンクを一杯飲みながら雑談する。朝の静かな時間帯のこういう時間帯が天龍は好きだった。

 

「香取はこういう稽古はやらないのか?」

「香取姉は森の中でやるのは好きみたいですね。ときどき見かけますよ」

「どういう音を立てるんだろうな、あいつの剣は」

 

 香取と鹿島はその名の影響を受けてか、武術に長じていた。他の拠点の香取や鹿島が皆そういうわけではないようだ。艦娘は提督や拠点の影響を受けて個性が出ることがあるというが、そのせいかもしれない。

 

「天龍さんはなぜ剣をやっているのですか?」

「艦隊戦で役立つものでもないし、艦娘としての力があれば剣をやらなくても荒事でそこまで困ることもない。……だからまあ、意味はない。強いて言えば趣味だな」

「趣味ですか」

「剣を振るうときの感覚が好きなんだ。何のためにというわけもなく、ただ振る。その感覚がいいんだよなあ」

 

 そんなことを話していると、遠くで食堂の前に伊良湖が立っているのが見えた。CLOSEDの看板がOPENになる。いつの間にか七時を回っていたらしい。

 

「朝飯にするか」

「そうしましょうか。今日の日替わりメニューはなんでしょうね」

「確か海老フライとか言ってたような気がする」

 

 二人連れたって食堂に向かう。こちらに気づいた伊良湖が手を振っていた。

 

 

 

 午前中の近海哨戒任務を終えると、天龍はその足で工廠に向かった。

 待っていたのは夕張と初春。この泊地が誇る改造馬鹿二人である。

 今日はその他に子日もいた。どうやら自分と同様呼び出されたらしい。

 

「で、夕張。今日は何の実験なんだ? まあ、伊東のオッサンがいるってことは今日は真っ当な実験なんだろうけど」

 

 夕張と初春の技術部実験コンビはときどき無茶をする。抑え役の明石か扶桑、伊東がいれば安全だと判断できるが、この三人がいないときは注意が必要だ。

 

「今日は潜水艦のステルス性強化実験に付き合って欲しいのよ。天龍と子日ちゃんが対潜哨戒任務をやるって体で」

「対潜? 別にいいけど、五十鈴とかじゃなくていいのか?」

「五十鈴はもうちょっと実験の結果を見てからの最終検証とかじゃないと……。初っ端からラスボスに挑んでボコられたらちょっとへこむっていうか」

「遠回しにオレたちを中ボス扱いしてるぞ子日」

「失礼だよねー」

 

 と言いつつ、対潜に関しては実際中ボスくらいの位置づけだろうな、と天龍は理解していた。それは子日も同じだろう。

 だからと言って不貞腐れるようなこともない。自分が必要とされているなら、その役割を全うするだけだ。

 夕張たちに連れられて、泊地正面の海域に出る。

 

「試作品を装備した潜水艦たちはもうこの海域に潜んでいる。オレがサインを鳴らしたら実験開始だ」

 

 小型船に乗り込んだ伊東が説明する。天龍と子日は少し離れていた。潜水艦相手に固まっているのは得策ではない。

 

「開始だ」

 

 ブザーが鳴る。海の雰囲気が少し変わった。

 

「子日、お前は北の方を張れ。オレは西を張る」

「南と東は?」

「多分いない」

 

 四式水中聴音機を使って音を聞き分けているが、嫌な感じがするのは北と西だけだ。厳密な説明はできない。この辺りは直感としか言いようがない。

 ちなみに子日は三式水中聴音機を持っている。アクティブ・ソナーとパッシブ・ソナー両方を相手にしたテストをしたいという夕張からの要請だ。

 アクティブ・ソナーを相手にする以上じっとしているだけという選択肢はない。動かざるを得ないはずだが、動けばパッシブ・ソナーに引っかかる可能性が増える。そこをどうにかするのが試作品ということなのだろう。

 天龍と子日は、意識を海の音に集中させていった――。

 

 

 

 夜半、天龍は食堂で子日と一緒に親子丼を食べていた。なんでも本土から材料が沢山送られてきたらしく、食堂で割引対象商品になっていたものだ。

 

「お前はなんていうかいつも呑気そうでいいよなあ」

 

 勢い良く親子丼を食べる子日を見て、天龍はからかうように言った。

 子日としてはその評価は心外だったらしい。ぷうっと頬を膨らませた。

 

「子日だっていっつも呑気してるだけじゃないよ~。初春姉とか若葉・初霜のことで悩んだりするんだから」

「そうなのか? 特に悩むほど複雑な仲には見えないけど」

「そういうことじゃないよ。初春姉たちが悩んでたら、それが子日の悩みになるんだよー!」

「ああ、そういうことか」

 

 中の良い姉妹だ。一見すると全然まとまりはなさそうだが、初春型姉妹の結束力には不思議な強さを感じることがある。いつもは皆全然違う場所にいるのに、一旦集まれば以心伝心といったところだ。

 

「あら、天龍さんに子日ちゃん」

 

 トレイに親子丼を乗せた鹿島が側を通りかかった。

 

「あっ、鹿島さんだー」

「隣いいですか?」

「ああ。今日はよく会うな」

「奇遇ですね」

 

 何をしていたのかを聞かれたので、子日と夕張たちの実験に付き合わされていた件について話した。

 

「天龍さんは夕張さんから頼りにされているんですね」

「……そうかあ?」

「初春さんが子日さんを呼んだのと同じ理由で呼ばれたんですよね。きっと信頼されているってことですよ」

「そうだよー! 初春姉は子日を一番頼りにしてるって言ってたんだから!」

「うーん……まあ夕張とは艦歴とか境遇とかも近しいものはあるし、なんだかんだで縁もあったからな。使いやすいってことなんだろうぜ」

「あ、天龍さん照れてますね」

「天龍照れてる?」

「う、うるせえ!」

 

 二人の視線を払うようにしっしと手を振る。

 悪い気はしなかったが、それを殊更に口にされるのはなんだかむず痒い。

 

「何を騒いでおるのじゃ、そなたらは……」

 

 いつのまにか、若干呆れ気味の顔をした初春が立っていた。彼女が持っているのも親子丼だ。

 

「夕張は?」

「伊東の親父殿やイク、ハチと装備の調整中じゃ。わらわは実験のレポートをさっき司令部に提出してきたところでの」

 

 子日の隣りに座りながら初春が説明する。

 夕張が来ていないことに安堵の息を漏らす。今来られたら絶対鹿島たちにからかわれることになる。

 

「そうそう、さっき叢雲から聞いたのじゃが、北方海域に秋刀魚漁へ行っていた船団が戻ってくるそうじゃぞ」

「おっ、そうなのか」

 

 北方海域には龍田や木曾、雲龍三姉妹、日向に睦月型たちが行っていたはずだ。

 

「特に怪我人はおらず皆元気に戻って来れそうだそうじゃ。良かったの」

「ああ、皆無事ならそれでいい」

 

 全員そこらの深海棲艦に後れをとるような練度ではないが、いつなにが起きるか分からないのが海というものだ。

 

「戻ってくるのはいつ頃だって?」

「二、三日のうちには戻ってくると言っておったの」

「分かった。なら何か上手いもんでも用意して出迎えてやるかな。海鮮物ばっかりで野菜が恋しいだろうし、何か山の幸生かしたものでも拵えてやるか」

「うふふっ、それなら私もお手伝いしますよ」

「子日も手伝うー!」

 

 人手が増えればできることも増える。

 どうやって出迎えようか。

 そんなことを考えながら、天龍の一日は暮れていくのだった。



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今昔輸送物語(鬼怒・浦波)

鬼怒の改二来ましたね。
対空特化は予想してたんですが、まさか大発内蔵とは……。今後の更なる活躍に期待したいところです。


 ゆらゆらと波に揺られながら、ある船団が海を渡っていく。

 その中心部にいるのは軽巡洋艦である鬼怒だ。船としての鬼怒の甲板上に、艦娘としての鬼怒の姿がある。

 今の彼女は実艦モード中。甲板上にいる鬼怒の姿は投影されたものだ。

 

「いや~、今のところは平和だねえ」

「油断は駄目ですよ、鬼怒さん」

 

 鬼怒を囲むように海上を走る艦娘たちの一人、浦波が釘を刺した。

 

「油断はしてないよ。深海棲艦は神出鬼没だし、そういう意味じゃ昔のあの戦争のときより厄介だよね、輸送任務も」

「実艦状態だと小回りも利かないですし、気を付けてください」

「はーい」

 

 実艦状態だと艦娘状態のときより船体が大きくなる分砲撃の威力や射程距離が増したりするのだが、被弾しやすくなったり小回りが利かなくなるというデメリットがある。実艦モードだと自分一人では十分な操艦もできなくなるので、特に理由がなければ艦娘は実艦モードにならない。

 今回は輸送任務で大量の物資を積む必要があったため、旗艦である鬼怒だけが実艦モードになっている。また、クルーとしてソロモンの船乗りたちが同乗していた。

 

「ウラナミといったか。あの子は心配性なようだな」

 

 英語で声をかけてきたのはクルーたちの統括役であるウィリアムという老人だ。

 

「勿論用心することは重要だが、いつも気を張っていては疲れてしまわんかね」

「私もそうは思うんですけどね~。昔の私たち、輸送作戦従事中に沈んじゃったんで。気を張り詰め過ぎるなって言っても簡単にはできないと思うんですよ」

「成程。それはすまなかったな。日本海軍の歴史には疎くてね」

「いえいえ」

 

 S泊地を始めとして、南方に位置する各拠点にとって輸送任務は日常風景の一つであり、同時にもっとも大切な任務の一つでもあった。

 深海棲艦によって空路・海路が以前のような自由さを失ってから、島々で暮らす人々の生活はかなり厳しいものになった。そういった人々の生活を支えているのが艦娘たちによる輸送なのである。

 

「もうちょっと安全な海路を築くことができればいいんだがな」

「深海棲艦と和平協定でも結べればいいんですけどね。実際意思疎通できる個体もいますし」

「意志疎通できる個体とやらができない連中の手綱を完全に握れているならそれも考えたいところだ」

 

 そこまで話したところで、遠くに島影が見えた。今回の輸送先である島だ。

 

 

 

 上陸した後は積み荷を下ろして物資のやり取りを行う。

 単純に支給するだけのときもあれば、物々交換を行うこともあるし、貨幣でのやり取りが発生することもある。浜辺が即席バザー会場のようになるのだ。

 

「皆楽しそうだね」

 

 実艦の鬼怒の甲板上から浜辺の様子を眺めながら敷波が言った。

 

「なんだったら敷波ちゃんも行ってくれば? お金持ってるでしょ?」

「ちょっとだけね」

 

 S泊地は表向き企業という体裁を取っており、スタッフや艦娘はそこの社員という扱いになっている。当然それぞれ給与も出ている。S泊地は常に資金難なので皆薄給なのだが。

 

「船なら鬼怒が見てるから皆で行ってきなよ。羽伸ばせるときに伸ばさないと疲れちゃうし」

「そうですね。磯波ちゃん、浦波ちゃんも行きませんか?」

「う、うん。行ってみよっか」

「鬼怒さんがいいなら……。あ、でもなるべく早く戻ってきます!」

「いやいいから。ゆっくりしてこないと羽伸ばせないでしょ」

 

 どこか遠慮がちな駆逐艦の子たちを半ば押し出すようにしてバザー会場に送り込む。

 護衛する側である彼女たちの方が精神的な疲労も大きいはずだ。休ませられるときに休ませてやらないと、却って帰りが心配になる。

 

「鬼怒は行かない?」

 

 可愛らしい声がする。足元を見ると、物資を抱え込んだ大発動艇の妖精さんたちのグループがいた。

 

「鬼怒はいいよ。それより皆は?」

「物資目標分は確保済み」

「お菓子貰って来た」

「鬼怒もいる?」

「おっ、ありがと。……飴かな、これ。なんか不思議な色してるね」

 

 舐めてみると甘味の中に僅かな苦味が混じっているような気がした。

 鬼怒に飴らしきものを渡すと妖精さんたちはテケテケと駆け去ってしまった。大切なパートナーたちではあるが、ときどき何を考えてるのか分からなくなるフリーダムさを持っていた。

 

「私もリーナたちにお土産買っていった方がいいかなあ」

 

 そんなことを考えているうちに、段々と眠気が増してきた。

 

「うーん……いい天気だし眠気マジパナイ……」

 

 実艦モードだと、波に揺られる感じがちょうどハンモックで眠るときの感覚と似ている。実に気持ちいいのだ。だから睡魔に負けるのも仕方ない。そう言い聞かせて、鬼怒は意識を放り投げることにした。

 

 

 

「鬼怒さん、起きてください」

 

 ぺしぺしと叩かれるような感覚とわずかな寒気で目が覚めた。

 最初に見えたのは浦波たちの顔と満天の星空だ。

 

「あー、もう終わった?」

「とっくに終わってますよ。鬼怒さんが起きないから皆待ってたんです」

「いやー、ごめんごめん」

 

 身を起して状況を確認する。既に護衛艦娘やクルーたちの準備は整っていた。鬼怒が起きるのを待つだけ、という状況だったらしい。

 若干の気恥ずかしさを覚えながらも、鬼怒は船を発進させた。

 

「あ、そうだ鬼怒さん」

「ん?」

 

 甲板から降りようとしていた浦波が、思い出したかのようにポケットから何かを取り出した。

 

「これ差し上げます。航海の安全祈願用に」

 

 浦波が差しだしたのは木彫りの聖母像だった。

 

「え、嬉しいけどいいの?」

「はい。私の艤装を見つけてくれたのは鬼怒さんだって聞きました。そのお礼をしたかったのですが、なかなか機会がなくて」

 

 そういえばそんなこともあった。大本営から浦波の艤装の発見報告が上がったときは夢中になって探したものだ。

 

「いいっていいって、私は浦波ちゃんにまた会いたかっただけだし。でも気持ちは嬉しいよ。これはありがたく貰っておくね!」

 

 そういうと、浦波は少し顔を赤くして、

 

「恥ずかしいことさらっと言うのはやめてください!」

 

 と言い、駆け足で海に降りて行ってしまった。

 

「あれ? どうしたんだろ」

「……わしがいうのもなんだが、今のが分からないならちょっと女心的なものを学び直した方がいいぞ」

 

 側にいたウィリアム老人が呆れ顔で言った。

 その意味が分からず、鬼怒の頭にはクエスチョンマークが浮かび続けるのだった。

 

 

 

「それで鬼怒お姉ちゃん、浦波ちゃんから贈り物貰ってそれっきり?」

「え、うん」

「お返しとかしないの?」

「い、いやー。なにかいるか聞いたら要らないって言うし……」

「聞いた? 由良お姉ちゃん」

「ええ。ちょっとこれは鍛え直さないと駄目ね……」

「え、なに。二人とも。ちょっと顔が、顔が怖いー!」

 

 その数日後、泊地で上機嫌に手作りのミサンガを身につけて歩く浦波の姿があったという。



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誰のための功名(江風・照月・夕立・時雨)

秋イベントお疲れ様でした。
今回は中規模でしたが結構ボリューム感はありましたね。

今日の話はイベント中に起きたとある出来事をベースにしています。


「はぁ……」

 

 江風が何度目かの溜息をついた。

 室内がそこはかとなく重苦しい雰囲気に包まれる。

 

「江風、あのね」

 

 照月が声をかけようとすると、どんよりとした眼差しが突きつけられた。

 

「照月は敵艦載機をごっそり撃ち落とす大活躍だったそうじゃンか……」

「い、いや。そんなでもないよ?」

「謙遜はよしてくれよ。皆がベストな働きをしたんだろ。でなけりゃアイツを倒せるわけないンだ……」

 

 江風が言っているのは本土沖に迫って来た新種の深海棲艦のことだ。何体か指揮官級の個体が確認されたのだが、これが難敵でこちらの攻撃がなかなか通らない。周辺の深海棲艦の支援も得て相当な強さを誇っていた。

 そこで総司令部は、先に周辺の敵を掃討する作戦を立案。S泊地も決戦用装備を取り揃えていたメンバーを一部変更し、掃討作戦に取りかかった。

 取りかかったのだが――。

 

「こちとらずっと待ってたンだ。もうすぐ決戦だと思って魚雷の手入れもしっかりしてたンだぜ……」

 

 変更された一部のメンバーというのは江風だった。

 彼女に替わって周辺勢力掃討用に加わったのは比叡である。

 比叡を加えた一行は予定通り順調に周囲の深海棲艦を蹴散らしていた。そこまでは想定通りだったのだ。

 想定していなかったのは、周辺勢力を追っているうちに標的である指揮官級の個体と接近し過ぎてしまっていたこと――そして、必死に応戦しているうちにそれを撃破してしまったということだ。

 他にも同様の個体の存在は確認されているが、ひとまずS泊地が総司令部から命じられていた作戦はこれで一区切りついた形になる。

 悪いことではないのだが、S泊地作戦支部で待機していた江風からすると寝耳に水だった。

 以降、江風はずっとこんな調子なのである。

 

「でも、こんなに落ち込むとは思わなかったっぽい。夕立も活躍できなかったら悔しいけど、ここまでは落ち込まないよ」

「確かに……。いや、負けん気が強いのは知ってたけど」

 

 江風から少し離れて夕立・時雨・照月がひそひそと話す。

 

「いや、多分……悔しいっていうのじゃなくて、提督に褒めて欲しかったんだと思う」

「提督さんに?」

 

 夕立が首をかしげる。

 

「江風と提督さんてそんなに仲良かったっけ」

「うーん、表面上はそうでもないように見えるけど……」

 

 今の提督は元々前の提督の頃から艦娘の教導官として泊地に常駐していた人で、その頃から江風はたっぷりと絞られていた。そんな提督に対して江風が悪態をつき、余計絞られる……というのはもはや様式美となっている。

 それは今の提督が提督になってからも変わっていなかった。

 

「でも、この前江風指輪もらってたとき嬉しそうに言ってたんだ。やっと認めてもらえた――って」

 

 指輪というのは艦娘の力を引き出すための特殊装置だ。限界まで練度を上げた艦娘以外が装着しても効果はないため、指輪持ちというのは必然的に皆優れた艦娘ということになる。

 それを結婚指輪に見立てて特別な意味を持たせる拠点もあるそうだが、S泊地の場合そういうことはなかった。だからか指輪持ちの艦娘の数も相当いる。江風だけでなく夕立・時雨・照月も指輪持ちである。

 指輪持ちが複数いるからといってその価値が薄れるわけではない。指輪はたゆまぬ努力と提督からの信頼がなければ得られないのだ。S泊地の艦娘は皆指輪をもらうことを目標の一つにしているくらいだ。

 

「江風としては、せっかく認められたんだし大手柄を上げたかったんだと思う。だからあんなに落ち込んでるんだよ」

「うーん、そうなると僕たちでどうにかするのは厳しいかもね……。泊地に戻って提督にフォローしてもらうしかないかな」

「それまではずっとこのまんまっぽい?」

「……仕方ないね」

 

 肩をすくめる時雨に夕立がげんなりした表情を浮かべる。

 このS泊地作戦支部は合同作戦の際に使う中型船の中に作られている。まだ作戦全体が終わったわけではないので、泊地に戻れるのは少し先になりそうだった。

 そんなとき、ドアをノックする音が聞こえた。

 照月がドアを開けると、そこに立っていたのは比叡と木曾だった。二人とも船の中の別室で待機していたはずだ。

 

「ありゃー、やっぱり落ち込んでるね、江風」

 

 少しばつが悪そうな比叡に対し、木曾は溜息をついた。

 

「戦場では思ってもみなかったことが起きる。それは当然のことだ。……とはいえ、まあさすがに今回は気の毒だったな」

「励ましになるかどうか分からないけど、これ渡しておいてもらえるかな。今私が行くと却って逆効果になりそうだから……」

 

 と、比叡は封筒を差し出してきた。

 

「これは?」

「さっきちょっと司令と通信できたから江風のこと話して、ちょっと励ましの言葉をもらったの。それをメモしてきたんだ」

「通信回線使って雑談するなって高雄や霧島には注意されてたけどな」

 

 木曾が苦笑を浮かべながら補足した。

 

「ま、そんなわけだ。どうするかは任せるよ」

 

 そう言い残して比叡と木曾はそそくさと去っていった。

 渡された封筒を時雨・夕立と三人で眺める。

 

「中身見てみる?」

「でも江風宛てなんでしょ? 夕立たちが見るのはマナー違反っぽい」

「提督たまにすごくきついこと言ってくるから、余計江風の心へし折らないかが心配だね……」

 

 元教導官ということもあってか今の提督――お富士さんはかなり怖かった。決して厳しいだけの人ではないのだが、ミスに対してはかなり厳格で何が問題なのか当人がきちんと考えをまとめるまで逃してくれないところがある。

 

「さっきから三人でなにコソコソしてンだ?」

 

 さすがに不審に思ったのか、江風がこちらを覗き込んでくる。

 自然、その視線は照月が持っている封筒に向けられることになった。

 

「なンだその封筒? 江風宛てって書いてあるじゃンか」

「あっ」

 

 江風はひょいっと封筒を取ってしまう。

 

「なになに、提督から……?」

 

 提督からと聞いて江風の表情に若干の緊張が走る。

 だが、意を決したのか封筒の中の手紙をさっと取り出して目を通し始めた。

 

 ……大丈夫かな。

 

 不安を感じながらも江風の様子を見守る。

 

「……」

 

 江風は無言で手紙を読み終えた。予想に反して心なしか少し表情が明るくなっているようにも見える。

 綺麗に手紙を畳んで封筒の中にしまうと、江風はにやりと笑みを浮かべて三人に指を突きつけた。

 

「今回は三人とも大活躍だったらしいけど、次は負けないからな! 三人だけじゃなくて比叡さんや木曾さんにだって負けないぜ!」

「お、おう……っぽい」

「なんか急にすごいやる気出したね……」

「でも指で人指すのはあんまり良くないよ」

 

 三人の反応を聞いているのかいないのか、江風は勢いよくドアを開けた。

 

「あれ、どこ行くの?」

「部屋でじっとしてるのも性に合わないから、ちょっとそこらを走ってくる!」

 

 言うや否や江風は勢いよく駆け出していく。

 残された三人はしばし呆然と開いたドアを見ていた。

 

「提督はいったい何を言ったんだろうね……」

「見ちゃう?」

「やめとくっぽい。夕立たちがそれを見るのは無粋ってやつっぽい」

「だね」

「そうしておこうか」

 

 三人はそっと残された封筒を江風の引出しの中にしまうと、江風の様子を見物しに部屋の外へと行くのだった。



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泊地内ギャンブル事情(若葉・荒潮・霰・隼鷹・飛鷹)

提督にとってのギャンブルといえば大型建造ですかね。
一番インパクトあったのはビスマルク狙いで四連続日向が出たときでした。師匠……。


 S泊地にも娯楽はある。本土の拠点に比べればいろいろとないものも多いが、それならあるもので遊べばいいだけだ。

 本が好きな艦娘は図書館に足しげく通うし、身体を動かすのが好きな子は島のあちこちに出向いてスポーツに励んだりする。

 一方で――娯楽としてギャンブルに興じる艦娘も一定数いた。

 

「おや、若葉さん。こちらに顔を出すのは久々ですね」

 

 間宮食堂と同じ建物の地下にある娯楽室。そこに顔を出した若葉を、髭のマスターが出迎えた。

 ちなみにこの娯楽室は司令部公認のもので、決してやましい施設ではない。本土の拠点に比べると娯楽に乏しいことを考慮し、初代提督の頃に司令部からの発案で設立されたのである。『放っておいてもこういうことをやる場所というのはできるものだ。なら最初からこっちで作って管理する方がいい』とは当時の提督の弁だ。

 若葉はマスターに会釈すると室内を見渡した。

 

「……若葉が最初か」

「おや、今日はどなたかと待ち合わせですか?」

「隼鷹、荒潮、霰と花札だ」

「総当たり戦ですか?」

「そうだ。2セットあるか?」

「ありますよ」

 

 マスターはカウンターの奥にある棚から花札を2セット取りだした。この娯楽室で必要なものはマスターが貸し出している。貸し出したもの以外は使ってはいけないというのがここのルールだ。

 

「あらぁ、若葉ちゃんもう来てたのね。荒潮が二番かしら」

 

 若葉が札をチェックしていると荒潮が姿を見せた。若葉は荒潮に会釈して、すぐに札の確認に戻る。そんな若葉を荒潮はニコニコと笑いながら見ていた。

 そのうち隼鷹と霰が連れ立ってやって来た。

 

「おっ、面子は揃ってるようだね。それじゃ早速始めようか」

「……ん」

 

 四人が席に着いたタイミングでマスターがテーブルに飲み物を差し入れる。

 

「本日はこいこいの総当たり戦でよろしいですか?」

「いいよー」

「何かお賭けになられます?」

「今日は畑当番権だ」

「負けた方が勝った方の畑当番を代わってやるって話だよ」

 

 若葉の説明を隼鷹が捕捉する。

 

「どう、マスター」

「問題ないかしら?」

「ええ、問題ありません。では存分にお楽しみください」

 

 言って、マスターはテーブルを離れた。

 この娯楽施設で賭博をする場合、賭けるのは現金であってはならない。では何ならOKなのかというと、それは明文化されていない。なるべくトラブルの元にならないようなものが望ましいが、どういうものが妥当かはケースバイケースである。

 なので賭博を実施する際は毎回マスターが対象の確認と承認を行う。もしまずそうであればストップがかかるわけだ。

 いろいろと決まりごとがあって着任したての艦娘にはとっつきにくいと言われることもあるが、存外規則としては緩めだし賭博絡みでのトラブルが起きたことはほとんどない。万一起きた場合はマスターが調停者として事態の収束を図ることになっている。

 

 

 

「まずは若葉と荒潮、隼鷹と霰でやるか?」

「いいんじゃない?」

 

 反対する者もいなかったのでその組合せでゲームを開始する。

 この四人、それぞれカードゲームの類は結構強い。思考の読み合いが巧みなのだ。それぞれちょっとやそっとのことで感情を表には出さないし、相手の狙いを的確に読みぬく洞察力も持っている。

 普段はお喋りでころころ表情を変える隼鷹もそうだ。勝負中、彼女は表情をコロコロ変えるがそれはほとんどがブラフだ。ただたまにブラフでないこともある。わざと虚実織り交ぜているそうで、相手としては非常にやり難い。

 今若葉の前に座っている荒潮もそうだ。いつもニコニコしているが、それ以外の感情をなかなか覗かせない。

 

「荒潮」

「なあに?」

「相変わらず狙いを読ませないな」

「あらぁ、そういう若葉ちゃんこそ」

 

 手札と場札の組合せがない。こういうときが一番悩む。場に何を出すのが正解なのか……読み違えると一気に持っていかれることも多い。

 荒潮の表情を見る。いつもと同じにこやかな表情だ。

 

「楽しそうだな」

「そういう若葉ちゃんも、とても楽しそうよ?」

「そうか?」

 

 そんな表情をしていた覚えはない。

 首をかしげる若葉に、荒潮は笑みを崩さぬまま言った。

 

「だって真剣そのものなんだもの。勝負を楽しんでなきゃそんな顔はできないわ」

「……なるほど」

 

 言われて、若葉もくすりと笑った。

 

「確かに。こういう勝つか負けるかという緊張感は悪くない」

 

 これだ、と思う札を一枚場に出した。

 

「あらぁ、ありがとう。これで三光よ」

「なにっ……!?」

 

 若葉が出した札によって荒潮が役を完成させてしまう。

 

「で、こいこいね」

「なんだと……!?」

 

 まだ役を作れる自信があるというのか。

 若葉は自分の状況を確認する。一応タネがもうすぐ出来そうではある。一方で花見酒が作れる余地もなくはない。

「ふ、ふふふ……悪くない。まだ勝ったと思うなよ……?」

 

 

 

「なーんか盛り上がってるねえ」

 

 隣の勝負の様子を見ながら隼鷹がケラケラと笑った。

 今回彼女は手札にいいものが揃っていた。五光までいけるかもしれない。それくらいの手札である。

 もうすぐ三光になろうという状況で、勝負は決まったも同然だった。

 

「……いいの?」

「ん?」

「よそ見してて」

 

 いつもと変わらぬ様子で霰が場札を取る。それは隼鷹が今まさに取ろうとしていた札だった。

 次も、その次も同じようなことが続いた。

 

「……あれ。もしかして」

「隼鷹、五光狙い」

「うっ!?」

「残りの札もだいたい狙いは分かってる。封じる」

「ちょ、ちょっ――!」

 

 凄まじい勢いで狙った札をカス札で取られていく。やがてその勝負は霰のカスあがりで決着した。

 

「お、おおう……霰、相変わらずえげつないね、あんた」

「ぶい」

 

 勝ち誇ったようにVサインをする霰。

 

「久々だからすっかり忘れてたよ……。あんたってなんかこう型にはまると無類の強さを発揮するよね」

「そんなことない。それに勝負はまだまだ」

「ああ、分かってるって。次はもうちょっとバレないようにするよ」

 

 今回の敗北のことはとりあえず忘れることにする。そういう切り替えの良さが隼鷹の武器の一つだった。

 

 

 

「それで見事負けに負けて畑当番ほぼ肩代わりしたってわけね……」

 

 勝負の日から一週間。作業服姿の飛鷹が呆れたような声で言った。

 

「せめて一対一にしておけば良かったのに。あんたって勝つときはすごい勝つけど負けるときは大負けするんだから」

「今回勝てる気がしたんだよ~。けど駄目だった。あたしには分かる。あの日は幸運の女神にそっぽ向かれてたんだ」

「分かってるのか分かってないのかどっちなのよ、それ」

 

 肩をすくめる飛鷹に向かって、隼鷹はにやりと不敵な笑みを浮かべた。

 

「確かめたいなら今晩一勝負いってみる?」

 

 それに対し、飛鷹も笑みを返した。

 

「最近ご無沙汰だったしいいわよ。じゃあ何を賭けようかしらね……。隼鷹がこの前買ってたお酒なんかいいんじゃない?」

 

 勝負の話に花を咲かせながら、二人は畑の手入れを進めていく。

 今晩もまた、娯楽室は盛り上がりを見せることになりそうだった。



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忘年会シーズンの一幕(間宮・伊良湖)

発案者は誰でしょう。


 S泊地も師走になると忘年会が開かれるようになる。

 同じ艦隊で集まってやることもあれば、気の合う者同士で集まってやることもある。

 開催場所は大抵艦隊別の寮か間宮、あるいは鳳翔の店だが、趣向を凝らして野外で開くこともある。中にはショートランド島の集落に呼ばれて、そちらで住民と一緒にパーティを開く者たちもいた。

 そんな忘年会シーズンの真っただ中、忘年会に参加する予定のない艦娘たちがいた。

 

「ふぅ、これで全部かしら」

「こっちも終わりました。お疲れ様です、間宮さん」

「伊良湖ちゃんもお疲れ様」

 

 そう。食堂「間宮」のスタッフ間宮と伊良湖である。

 二人は連日忘年会が開かれる間宮で忙しなく働いているため、とてもではないが自分たちで忘年会をやっている余裕などないのだ。

 元々日々の業務で忙しいうえに忘年会シーズンともなると作業量が増えて、仕事をこなすだけでいっぱいいっぱいになる。師走とはよく言ったもので、常に全力疾走しているような忙しさなのだ。

 

「まだしばらく忘年会も続くし、今日はもうあがって休みましょうか。私たちが倒れたらいろいろと台無しになってしまうものね」

「そうですね。……あの、間宮さんくれぐれも無理はしないでくださいね」

「ありがとう。伊良湖ちゃんもね」

 

 互いを気遣うようなやり取りをしながら厨房を後にする二人。

 そのとき、たまたまその話を耳にした者がいた。

 

 

 

 翌日。

 

「おーい」

 

 いつも通り厨房に入ろうとした間宮と伊良湖を呼びとめる者がいた。

 医療室勤務の曲直瀬道代だ。

 

「あら、道代先生。朝食ですか?」

「まだ食堂開くまで時間あるのにせがむほど飢えてないわよ。それより二人とも、これからちょっと医療室に来てくれない?」

「え、でも……」

「どうも最近流行り病が本土の方で広がってるみたいでね。念のため各拠点で艦娘の検査しろって大本営から命令がおりたのよ。となればまずは食堂やってる二人を診ないと駄目でしょ」

 

 道代の説明を受けて間宮と伊良湖は困った顔を浮かべた。確かに道代の説明はもっともなのだが、食堂を急に空けてしまっては困る者も多いだろう。

 

「ああ、食堂なら大丈夫よ。助っ人呼んでおいたから。ほら来た」

 

 道代が示した方向から歩いて来る人影が三つ。伊勢、大井、川内だ。

 

「二人ほどじゃないがこの三人ならそこそこ料理できるから。三人いれば問題なく回せるでしょ」

「そこそこって失礼な……。あ、いえ何でもありませんよ」

「ま、そんなわけだから気にせず検査行ってきてよ」

「……」

 

 川内は朝方ということもあってか眠そうだったが、無言でサムズアップをしていた。任せろということらしい。

 

「二人が病気にかかってしまうとこちらとしても迷惑なので。しっかり診てもらってくださいね」

 

 大井に背中を押されて、間宮と伊良湖は戸惑いながらも道代先生と一緒に医療室に向かうのだった。

 

 

 

 何か仕組まれているような気配がしたものの、医療室では本当に検査が行われた。

 道代先生が差しだしたプリントを見ると、本土で流行り病が発生しているというのは嘘でも何でもないらしい。艦娘の中にも病にかかった者が若干名出ているそうだ。

 ただ、検査自体は一時間もかからずに終わった。

 

「はい。これで一通り終わり。結果出るまで少し時間かかるからそれまでその辺で休んでていいわよ」

 

 と言われて医療室から出たものの、何をどうすればという心境である。

 とりあえず医療室前の待合席に座ってみたが、普段は食堂で客を迎え始めている頃合いだということを考えるとどうにも落ち着かない。

 

「……暇ですね」

「そうね……」

「暇って、何かこう……暇ですね……」

「ええ……」

 

 二人してそんな不毛な会話を続けていると、大きな弁当箱を持った朧と潮が通りかかった。

 

「あれ、間宮さんに伊良湖ちゃん」

「こんなところでどうしたんですか?」

「ちょっと医療室で検査を受けて、その結果を待っているの」

「そうなんですか。それじゃ今ってお時間空いてます? これから特型駆逐艦で集まって中庭でピクニックするんですけど、一緒にどうかなって」

 

 朧の問いかけに間宮と伊良湖は顔を見合わせた。時間は空いているが、検査の結果待ちなので勝手にあまり離れてはいけないのではないか。

 

「行ってきていいわよ」

 

 と、いつの間にか医療室から出てきていた道代先生が煙草をふかしながら言った。

 

「検査結果なら後で二人の部屋に届けとくから。島風便で」

「は、はあ」

「たまには外で食事してみるのもいいものよ。気分転換になっていいアイディア浮かぶかもしれないし」

 

 と、今度は道代先生に背中を押される形で間宮・伊良湖は朧と潮についていくことになった。

 

 

 

 その後も、特型ピクニックの最中に現れたイタリア勢に釣りに誘われたり、釣った魚を捌こうということで艦隊寮のお邪魔したり、本土で好評を得た映画を観ようと視聴覚室に誘われたり、集落から遊びに来ていた子どもたちと鬼ごっこをしたりと、二人はめまぐるしくあちこち移動を続けた。

 日が暮れる頃には、泊地にいる非番メンバーとほとんど顔を合わせたような気さえしていた。

 最後は食堂に通されて、なぜか集まっていた提督や司令部の面々に囲まれて飲み会が始まってしまう始末。飲み会は思っていた以上に盛り上がり、二人が食堂を後にする頃にはもう日が替わってしまっていた。

 

「なんだか今日は今年の忘年会を全部やってしまったような気がしますね」

 

 自室に戻る道すがら、伊良湖がそんな風に一日を評した。

 

「そうね。多分、そういうことなんだと思うわ」

 

 少し酔いが回ったのか、若干顔を赤くした間宮はクスクスと笑った。

 

「誰が考えてくれたのかは分からないままだったけど、感謝しないとね」

 

 いい仲間を持ったなあ、と間宮はぼんやりする頭で泊地の人々のことを思い浮かべるのだった。

 

 

 

 なお、散々連れ回されたせいか翌日二人はものの見事にバテて、食堂は二日連続で代理の面々が切り盛りすることになったという。



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二年前のクリスマスの夜(長門・大和・武蔵)

今回はちょっと変わった書き方にしてみました。
ちなみにうちの大和は真面目で一生懸命だけどちょっととぼけてるイメージです。なんでだろう。


 ああ、よく来てくれた二人とも。

 こうしてきちんと話すのは着任の挨拶のとき以来か。ここにはもう慣れたか?

 今度ゆっくりと話がしたいな。食事なんてどうだろう。

 おっと、話題が逸れてしまったな。この集まりについての説明をしようか。

 既に概要は陸奥から聞いていると思うが、まあ要するにクリスマスの恒例行事だ。我々大人がサンタクロースになって、駆逐艦の子たちにプレゼントを配る。シンプルだろう。

 プレゼントの費用は提督からどうにかもぎとったから問題ない。本土への手配も済んでいる。後はプレゼントが届いたら当日までそれを隠して、当日配る。それだけだ。

 駆逐艦の子も増えてきてるから配るのもなかなか大変でな。悪いとは思ったが二人にも協力を仰ぎたいというわけだ。

 ん……毎年やってるのかだって?

 いや、そうだな。確かあれは……ああ、うん。一年目のときはプレゼント配布はしなかったな。計画は練っていたのだが、いろいろゴタゴタがあってそれどころではなくなってしまった。

 おまけにその後隠していたプレゼントが見つかってしまってな。提督が……ああ、当時の提督が必死にごまかしていたな。私はその頃まだ司令部つきではなかったし計画にも関わっていなかったから、詳細は大淀か古鷹にでも聞くといい。

 ともあれ、そういう経緯もあってこの計画が実行されたのは二年目――つまり二年前からだ。

 私もそのときは司令部つきになっていたから参加していたぞ。

 ああ、あれはあれで大変だったな……。

 うん? 当時のことを聞きたい?

 そうだな……参考になるかどうかは分からないが、聞きたいというなら話そうか。

 

 

 

 秋に行われた渾作戦も終わり、泊地はすっかり普段通りの日常を取り戻していた。

 暦の上では冬になるが、この辺りは相変わらずの気候である。ただ、キリスト教徒が多い国柄のため、クリスマスが近づいてくるとどことなく空気感が変わる。

 泊地でも、食事を少し豪勢にしたり、司令部から各寮に特大のケーキが贈られたりするなどのサプライズがあって、いつもよりも楽しげな雰囲気が漂っている。

 明石を筆頭とする技術部が総力を挙げて用意したクリスマスツリーは、日が落ちた今も泊地を明るく照らしていた。

 時刻はフタサンマルマル。良い子ならそろそろサンタの到来を夢見ながら眠りについている頃合いだ。

 

「……ううむ。まだ灯りが」

 

 クリスマスツリーの照明から隠れるように潜み、武蔵は唸った。

 視線の先には灯りの見える窓。まだ起きている駆逐艦娘がいるということだ。

 

「仕事柄夜更かしに抵抗がない子も多いだろうし、ある程度は仕方ないと思っていたけれど……」

 

 隣の大和が若干困惑した様子で寮を見ている。

 ある程度なら仕方ないとは思っていたが、さすがに灯りのついた窓が多過ぎた。

 ほとんどの駆逐艦娘が、寝ていない。

 

「これというのもあいつがサンタについてあることないこと言ったせいだ。ごまかすのに必死だったのは分かるが、おかげで駆逐艦たちがサンタに凄まじい興味を示すようになってしまった。皆が起きてるのはそのせいだろう」

「武蔵、それは……ごめん、なんでもない」

 

 愚痴る武蔵を窘めようとした大和も途中で言葉を濁した。

 今日の夕食で聞いた駆逐艦たちの会話を聞いていると否定しきれないのだ。

 曰く、サンタは空を飛ぶ。

 曰く、サンタは分裂できる。

 曰く、サンタは島風よりも速い。

 曰く、サンタの装備スロットは無限大。

 曰く、サンタは――。

 いったいサンタについてどういう説明をすればそんな話が出てくるのか。

 

「愚痴を言ったところで始まらんだろう。どうする、待つのか?」

 

 そう声をかけたのは藤堂政虎。建築や土木関係でこの泊地を支えるスタッフの一人なのだが――今は完全にサンタに扮していた。

 司令部は各寮ごとにプレゼント配布チームを分けた。チームのメンバーは司令部つきの艦娘やその協力者である。泊地のスタッフである藤堂も協力者の一人だ。

 偏屈者で知られる男だが、意外にも話を振ると協力を快諾してくれた。どうも小さい頃はいろいろと苦労することが多かったらしく、子どもが楽しむために大人は力を尽くさねばならんという持論を持つようになったらしい。

 この三人が任されているのは第二艦隊寮だ。ここには睦月型の駆逐艦たちがいる。

 

「あの子らは意外と夜更かしするから持久戦は難しいかもしれんぞ。この時間帯で確実に寝ているとしたら弥生と文月くらいだろう」

 

 昼間教師役も務めているだけあって、藤堂は駆逐艦娘の特徴を意外と掴んでいる。

 

「望月ちゃんとか、寝てたりしませんかね……」

「あいつは起きてるか寝てるか予測がつかん。生活が不規則だからな。徹夜もすれば早々に寝ることもある。三日月は基本規則正しいがイベントがあると緊張して寝付けないタイプだから、こちらも要注意だな」

 

 他のメンバーも今日は皆まだ起きているだろうし、なかなか寝てくれないだろう、というのが藤堂の見解だった。

 

「私にいい考えがあります」

 

 大和がここで一計を案じた。

 

「きっと皆はサンタの到来を心待ちにしていると思うんです。この時間、任務もないのに起きているのはその証拠。なら、その好奇心を刺激しましょう!」

「……大和君。もしかして君は私に囮になれとか言い出すつもりではあるまいか?」

 

 嫌な予感がしたのか、藤堂が釘を刺した。

 大和はきょとんとした様子で彼を見る。

 

「言い出してはいけませんか?」

「私は島風より速く走れないし分裂もできんぞ。一応言っておくが空も飛べん。装備スロット? そんなもんないわ!」

「でも格好はサンタですし」

「君たちがサンタの格好をして囮になれば良いだろう! その方がまだ無茶もできるではないか」

「……藤堂さん」

 

 抗議する藤堂の両肩に手を置いて、大和は言った。

 

「サンタさんは男性です。そして、この場にいる男性はあなただけです」

「……」

「……」

「……ああ、うん。それは、そうなのだが」

「お分かりいただけたようで良かったです。それではよろしくお願いしますね」

 

 そのまま藤堂の身体をぐるりと反対に向けさせて、思い切り寮の真正面に突きだす。

 ツリーの照明に照らし出された藤堂サンタの姿が、第二艦隊寮から丸見えになった。

 硬直する藤堂。

 少し遅れて騒がしくなり始める第二艦隊寮。

 状況を察した藤堂は、ええいままよと逃げ始めた。

 その後を、部屋着姿の駆逐艦娘たちが追いかけていく。

 

「うん。うまくいったわね!」

「……大和。私はときどきお前が怖いよ」

「え? なんで?」

 

 不思議そうに武蔵を見る大和。

 そんな姉の様子に溜息をつきながら、武蔵は持っていたプレゼント袋を肩にかけた。

 

「それじゃ藤堂のおっさんが尊い犠牲になっている間に、素早く片付けておこうか」

 

 逃げ切れよおっさん。

 そう祈る武蔵であった――。

 

 

 

 こんな話が他の艦隊寮でも頻繁に発生してな。翌朝プレゼント配布チームの面々は半壊状態になっていた。

 ああ、そんな心配そうな顔をせずとも今は問題ない。今は本物のサンタから委託されて我々がプレゼントを配っている、という体でやっているからな。別に駆逐艦たちが寝静まるのを待つ必要はない。サンタっぽい格好をして配るだけだ。

 私はサンタの格好をしないのか、だと?

 いや、私はそういうのは――ほら、古鷹たちと一緒にとりまとめる役割だしな。

 ん、待て陸奥。なんだそれは。なんでそんなものを――。

 いらん。私はいらんぞ、そういうのは。ちょっと待て大和、おい。武蔵、見てないで助けろ!

 ま、待て。待てと言っているだろう……!

 

 

 

 この年もS泊地のクリスマスは盛り上がった。

 それは、盛り上げるために一生懸命な大人たちの頑張りあってのものなのだが――子どもたちは、自分たちが大人になるまでそれを知らない。



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蕎麦粉が足りない!(赤城・神通・鳳翔)

二〇一六年、お疲れ様でした。
二〇一七年もよろしくお願いいたします。


 十二月も暮れようとしている。S泊地もそこはかとなく年末モードで、いつもより空気感が緩くなっていた。

 そんな中、第一艦隊寮では例外的に緊迫した空気が漂っていた。

 

「蕎麦粉が足りません……」

 

 沈痛な表情を浮かべた鳳翔の報告に、何人かが唸り声をあげた。

 

「それじゃ年越し蕎麦食べられないの?」

 

 島風が不満そうな声を上げる。鳳翔の手作り年越し蕎麦はこの泊地ができてから毎年欠かせないものになっていた。

 

「まったくないわけではないので、それなりの量を作ることはできます。けど……」

「今うちの泊地に所属しているのはスタッフ含めて二百人前後。そのうち食べられるのは半分くらいになります」

「安心してください島風さん。駆逐艦の皆さんには優先的に配りますから」

 

 島風をなだめるかのように話す赤城だったが、親しい者には彼女の目から流れる血の涙が見えていた。

 

「雪風、時雨、なんとかならないっぽい?」

「いや、無理言わないでくださいよ」

「いくら僕らが幸運艦だからってないものをどうやって出せばいいのさ」

 

 夕立からの無茶ぶりに雪風と時雨が揃って手を振った。

 

「けど、なんで足りなくなったの?」

「輸送船が深海棲艦に襲われて……。幸い怪我人は出なかったそうなんですが、蕎麦粉を積んでいた一部の船がやられてしまったんです」

 

 それを聞いて大井が立ち上がった。

 

「それなら話は簡単じゃないですか。襲った連中を見つけ出して奪い返せばいいんですよね? うふふ、魚雷地獄に陥れてあげましょうか……」

「落ち着きなよ大井っち。どうやってその深海棲艦見つけるのさ……」

 

 北上の至極真っ当なツッコミに大井は「うう……」とがっかりした様子で腰を下ろした。

 

「おーい、見つかったぞ!」

 

 と、そのときドアを勢いよく開けて深雪が飛び込んできた。

 

「深雪さん。なにが見つかったんですか?」

「蕎麦粉かすめ取った深海の連中だよ! 伊168たちが必死こいて探し当てたらしいんだ。さっき司令部に報告があった!」

「……ほほう」

 

 それまで沈痛な表情を浮かべていた第一艦隊の面々が一斉に立ち上がった。

 

「これはやるしかなさそうですね。一航戦の誇りにかけて蕎麦粉は取り戻します」

「私たち水雷戦隊も負けていられません。私たちの蕎麦粉に手を出したことを後悔させてあげましょう」

 

 神通の一声に駆逐艦たちが一斉に声を上げた。

 泊地の中枢を担う決戦部隊――第一艦隊が、蕎麦粉奪還のために立ったのだ。

 

 

 

『……何か大事そうなものだと思っていたのだが、これはなんだろうな』

 

 一方その頃、蕎麦粉を奪った深海棲艦たちは孤島のアジトで不思議そうに積荷の中の蕎麦粉を見ていた。

 ホ級は興味深そうに蕎麦粉をつまんでいる。チ級はくんくんと匂いをかいでいた。

 

『何か危ない粉だったりしないよな』

『あ、私聞いたことある。人間たちの中にはハイになる粉を使う奴がいるらしい。ただそれを使うと中毒症状になるから、手を出したら駄目なんだって』

『それ姫様の受け売りだろ。私も聞いたことあるぞ』

『む。それならこっちは聞いたことある? 人間どもの間にはネンマツシンコーなる恐ろしいものがあるって話』

『ネンマツシンコー? なんだそれ、新手の信仰か?』

『私も詳しくは分からない。けど年末信仰……確かにそれっぽい! なんか怖い!』

『お前たち、話が脱線し過ぎだろう……』

 

 逸れかけていた話題を戻したのはネ級だ。ここに集まっている深海棲艦の指揮官でもある。

 

『こいつは蕎麦粉というやつだ。人間どもの中にはこの時期こいつを使った料理を食べる風習を持つ連中がいるらしい。大方そのために運んでいたのだろう』

『そうなんですね! それじゃ今頃連中悔しがってる?』

『イエーイ』

「Yeahhhhhhhhh!」

 

 と、そこに凄まじい怒号が響き渡った。

 驚いた深海棲艦たちが周囲を見渡すと、いつのまにか重武装の艦娘たちに取り囲まれている。

 

「私たちの蕎麦粉を奪ったのは貴様らかアァァァ!」

『ひいっ!』

 

 長槍を構えて吼える赤城にホ級が怯えた。

 

「ふふん。ここを嗅ぎつけてきたか艦娘どもめ!」

 

 一方ネ級は動じていなかった。彼女は手にしていたスイッチを掲げ、人語で艦娘たちに応じる。

 

「下手な真似はするなよ。このスイッチは積荷にセットしておいた爆弾のものだ。いざとなれば蕎麦粉ごと貴様らを道連れにしてやる」

「な、なんて卑劣な……!」

 

 赤城が悔しげに表情を歪ませる。

 

『で、でもネ級。これじゃ膠着状態だよ。どうするの、これ!』

『慌てるなチ級。私にいい考えがある』

 

 ネ級は不敵な表情で艦娘たちを見渡した。

 

「状況はイーブン! 我々とて勝算のない戦いを無闇にするつもりはない。さりとてせっかくいただいた戦果を手放したくもない。ここは平和的に解決しようではないか!」

「平和的って、強奪者がどの口が言うんだ……」

 

 時雨のもっともなツッコミをスルーして、ネ級は懐から巻物を取り出した。

 あざやかに広げられた巻物の中身は、双六の盤になっていた。

 

「ここに双六の盤がある! これで先に一着になった方が蕎麦粉を総取りということでどうだろうか――」

「深雪スペシャル!」

 

 ネ級が言い終わるのとほぼ同時に、深雪が広げられた巻物を蹴り飛ばした。

 

「ああっ、なんということを! 人の話を聞いていなかったのかお前!」

「話を聞く必要があるのかな? 爆破するならしてみろっぽい」

 

 目がほんのりと朱に染まった夕立が危機迫る様子でネ級に迫る。

 

「こちらも大晦日の準備であまり悠長に時間を取ることができません。くだらないことに時間を割くくらいなら早々にケリをつけましょうか」

 

 神通がゆっくりと主砲を構えた。本気の目だ。

 

「これも一種の遊戯ですよ。あなたがスイッチを押す前にその腕を吹っ飛ばせれば作戦成功。吹っ飛ばせなければ作戦失敗。どちらにしてもあなたたちには鉄槌を下しますが……」

「早撃ちなら島風に任せて」

 

 ぎらりと目を光らせた島風に呼応するかのように、彼女の周囲にいた連装砲ちゃんたちが一斉にネ級の腕に照準を向ける。

 

「くっ、なんて話の通じん奴らだ。艦娘というのはどいつもこいつも物騒だな! 暴力は駄目だってお母さんに教わらなかったのか!」

「人間襲ってる君らが言っても説得力皆無なんだけど」

 

 時雨のもっともなツッコミをまたしてもスルーして、ネ級はスイッチを叩きつけた。

 途端、周囲が煙で覆われる。

 

「ハッハッハ、こいつは爆弾のスイッチではなく煙幕弾よ! さらばだ艦娘ども!」

『ま、待ってよネ級』

『さよならー』

 

 神通たちの視界が遮られているうちにさっさと退散するネ級たち一行。

 

「くっ、見事な撤退です。引き際を弁えているとはなかなかの名将ですね……!」

「ただの変人だと思います」

 

 感心する神通に対して雪風が辛辣なコメントを返す。

 かくして、泊地に届けられるはずだった蕎麦粉は無事に取り戻せたのだった。

 

 

 

 なお、泊地に戻った第一艦隊の面々を出迎えたのは、既に出来上がった年越し蕎麦を食べる他の面々だった。

 

「いえ、あの後皆で相談していたら『蕎麦がないならうどんやパスタを食べれば良いのでは?』とコマンダンテストさんから発案があって……」

 

 困ったような笑みを浮かべる鳳翔。

 海外組は元々蕎麦よりパスタ派なのでこの意見に賛成。他にも蕎麦にそこまでこだわりがない子や蕎麦アレルギーの子もいたので、とんとん拍子で事態は解決してしまったのだという。

 

「わ、私たちの苦労はいったい……」

 

 がっくりと項垂れる赤城や神通の肩に叢雲がポンと手を乗せ、優しい声で告げる。

 

「無断出撃の始末書、後で出しておいてね」

 

 こうして泊地の一年は暮れていくのだった――。



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明けた年の一日目(夕雲・阿賀野型姉妹・ビスマルク・プリンツ=オイゲン・第六駆逐隊)

今年もよろしくお願いいたします。

今回はそれぞれの正月の過ごし方三本立て。


 がやがやと賑わう泊地の一角。そこにあるのは小さな社――神社である。

 年が明けて間もない時間帯だが、神社は参拝客が集まり始めていた。参拝客と言ってもこの泊地の面々ばかりなのだが。

 

「尼子さん」

「なんだね」

 

 夕雲に呼ばれて、神主の老人は声のした方に足を運んだ。

 そこにいたのは巫女装束を身にまとった夕雲・巻雲・風雲の三人だった。

 

「どうかしら、おかしくない?」

「よう似合ってるぞ」

「そう。それなら良かったわ」

「すまんな、急に頼んで。伊勢や日向に頼んでいたのだが、急な出撃任務が入ったとかでどこかに行っちまってなあ」

「司令官さまからの呼び出しみたいだったので仕方ないですね。でも巻雲が来たからにはもう安心ですよ!」

 

 どや顔で胸を張る巻雲の鼻先を、尼子老人は凄まじい勢いで突いた。

 

「ふぎゃっ、何をするんですか!」

「いや、なんか巻雲のどや顔を見るとちょっかい出したくなってな」

「いい年して子どもみたいな振る舞いをするのはどうかと思います!」

 

 尼子歳久。今年で七十六を迎える老人だが、時折悪ガキじみた言動をとる困った性格の持ち主だった。

 

「巻雲姉を弄るのはそれくらいにしてください。けど、ここってこれだけの人が集まるんですね。ちょっと意外」

「普段は寂れておるからの。これだけ集まるのは初詣のときくらいよ」

「そういえば風雲さんは昨年照月さんたちと一緒にどこかに行ってたわね。ここ、初詣のときは結構すごいのよ」

 

 逆に言うと初詣のとき以外は本当に寂れている。なので一年に一度のこの機会を逃すと、この神社に人が集まっているところなど見れなくなる。

 

「ま、何人か物好きな奴はときどきやって来てはわしの遊び相手になってくれるがな。秋雲とかもここでよく絵を描いたり書をやってったりするぞ」

「あっ、そういえばその秋雲は? 秋雲には声かけなかったんですか?」

「あいつを始めとする物好き連中には最初に声かけとる。境内の中で今頃働いてくれておるじゃろ」

 

 この神社は規模も小さく普段は尼子一人でやっている。そのため元旦のときは臨時の助っ人を頼んでいるのだという。

 

「ほれ、いつまでもくっちゃべっとる暇はないぞ。わしもまだやることがあるからな。後で美味い煮炊きやるから、しっかり頼むぞ」

「うふふ、お任せを」

「巻雲にどーんとお任せください!」

「ま、まあやれるだけやってみるわ」

 

 三者三様の応じ様を見届けて、尼子老人は社の裏手の方に引っ込んでいった。

 

 

 

「あれ、オイゲンだ」

 

 日が昇ってからしばらくして神社にやって来た酒匂たちは、そこでドイツの艦娘たちとばったり顔を合わせた。

 

「ヤッホー酒匂! オショウガツー!」

「オショウガツー!」

 

 二人揃ってピースし合いながら挨拶を交わす。

 

「酒匂、その挨拶なに……?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべて尋ねる能代。

 

「ぴゃ? これはお正月の挨拶だよ?」

「いや、そんな当たり前そうに言われても」

「まあまあ能代、細かいことは気にしない!」

 

 オイゲンはさわやかな笑みを浮かべながらひらひらと手を振った。

 

「それにしても、あなたたちも神社に来るのね」

「郷に入らば郷に従えと言うでしょう」

 

 不思議そうに言った矢矧に対し、ビスマルクが返した。

 

「まあ本国にいるビスマルクならまた違う考えなのかもしれないけど。私たちは日本の提督との契約に応じた艦娘だから、考え方が日本寄りになってるんでしょうし」

 

 ちなみに泊地内にはカトリックの教会も設けられている。そちらも規模はここの神社と同程度だが、日頃から海外組の艦娘が通っている分宗教施設としてはきちんと機能していると言っていい。

 ビスマルクたちも普段は教会の方で見かけることが多く、神社に来ているのを見たことはなかった。だから矢矧にとっては少し意外だったのだ。

 

「それに、ここは単なる宗教施設というわけでもないもの。一年の頭に挨拶くらいはしておかないと」

「なるほど。それはそうね」

 

 普段人の集まらないこの神社は、かつて沈んだ数多の軍艦全般を祀る役割を担っている。そこで祀られている霊の分霊が様々な経緯を経て艦娘となる。そういう意味で、艦娘たちにとってこの神社は故郷の実家のようなものだった。

 

「オイゲン、せっかくだし一緒に行く?」

「いいよ! あ、でもサラたちとも一緒に行く約束してたんだ。サンパーイ初めてだからいろいろ教えて欲しいって頼まれちゃって」

 

 頼む相手を間違えてないかと内心思った能代だったが、それは口にせず堪えることにした。自分が教えなければ。正しい日本文化を守らなければ。

 

「……なら私たちも待ちましょうか。阿賀野姉、いい?」

「いいよ~」

 

 レーベやマックスにじゃれついて遊んでいる阿賀野は、妹の決意に気づく様子もなく緩い返事をするのだった。

 

 

 

 泊地から少しだけ離れたところにある人目につきにくい岬。

 そこには小さな墓があった。

 墓の前では四人の艦娘が手を合わせている。暁たち第六駆逐隊だ。

 

「今年もこうして一年の挨拶ができて良かったのです」

 

 ここに眠っているのは、かつて共に戦った仲間たちだ。艦娘もそうでない者もここに眠っている。

 電の発案により、彼女たちは毎年ここで新年の挨拶をしていた。

 第六駆逐隊だけではない。他にも何人もの人々がここを訪れているのだろう。贈られた花の数がそれを表している。

 

「……あっ、なんだかお酒臭いと思ったら本当にお酒が置いてあるじゃない! 誰よこんなところにお酒置いたの」

「銘柄からすると多分千歳じゃないかな……」

 

 暁がぷんすかする横で、響はじっくりと酒瓶を見ていた。

 

「これ、結構いいお酒だよ。大分奮発したんじゃないかな」

「響、あんたなんでそんなに詳しいのよ……」

「お酒はそう悪いものじゃないよ暁。呑まれて人に迷惑をかけるのが悪いんだ。お酒自体に罪はない。これはそう、粋、というやつさ」

「そ、そういうものなの?」

「そういうものさ。粋を理解してこそのレディだよ」

「う、うん……?」

「また響のマイペース時空に暁が呑み込まれてるわ……」

 

 二人の様子を半ば呆れ気味に見やる雷に、電は笑みを浮かべた。

 

「けど、いつも通りって安心するのです。日が変わっても、月が変わっても、年が変わっても――ずっとこんな風にしていたのです」

「ま、そうね。悪いものじゃないものね。こういうのも」

 

 元日の日も暮れようとしている。いつもと変わらない日暮の景色だ。

 

「暗くなる前に帰りましょう」

「そうね。ほら暁、響、帰るわよ」

 

 雷に引っ張られるようにして歩いて行く暁と響。そんな三人を目にして、電は一度だけお墓を振り返った。

 

「また、四人で挨拶に来るのです」

 

 そう言い残して、駆け足で三人の後を追っていく。

 少し――暖かい風が吹いたような気がした。



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萩風と七草(第四駆逐隊)

萩風の健康マニアキャラと七草という組み合わせを唐突に思いついて書いたお話。
七草の元ネタ調べたら初春型でも話できそうでしたが、それはまた次の機会があればということで。


 寮の台所から楽しげな鼻歌が聞こえてくる。

 萩風の声だ。なにをしているのかと顔を出すと、彼女はリズミカルに包丁で何かを刻んでいた。

 

「萩風、なにしてるの?」

「あ、野分」

 

 こちらに気づいて手を止めた萩風は、少しだけ自慢げな表情を浮かべて刻んでいたものを見せてきた。

 

「これ、なんだと思う?」

「なにかの野菜に見えるけど……一種類じゃないわね」

 

 微妙に色合いや形状が違っているように見えた。

 と、そこで明日が何の日か思い出す。

 

「もしかして七草粥作ってた?」

「正解!」

 

 話を聞いてみると、萩風はこの日のためにわざわざ七草を自分で育てていたらしい。本土に注文しておけば手に入れられるのだが、それだとなんだか負けた気がするとのこと。本土に頼りっぱなしになるのを嫌がるのはこの泊地の特色のようなものなので、これは萩風だけが珍しいというわけではない。

 

「この寮のみんなの分を用意してたの。もう少しで下準備は終わるから、楽しみにしててね」

「そっか、ありがと。ただご馳走になるだけだと悪いし、明日の朝は私も手伝うよ」

「そう? そうしてもらえると助かるかな。人数多いからお粥いっぱい炊かないといけないんだ」

 

 萩風が刻んでいた七草の量を見る。確かに多い。この寮のメンバー全員が食べられるだけのボリューム感だ。

 

「……そういえば七草ってなにがあるのか、ちゃんとは知らないなあ」

「興味ある?」

 

 萩風の目がきらりと光る。もしかすると入れえてはいけないスイッチを入れたのかもしれないが、興味があるのは本当だったので頷いておいた。

 

「セリ、ナズナ、ハハコグサ、コハコベ、コオニタビラコ、カブ、ダイコンの七つがベースだけど、実際は地域によって多少違うところもあるみたい。昔はこの七つを全部揃えるのが難しかった地域なんかもあるそうだから。食べ方もお粥に限らず、汁ものにするところもあるそうよ」

「そ、そう……」

 

 突然早口になった萩風の言葉を頭の中で必死に咀嚼しながら相槌を打つ。七草の名前が覚えられない。なんだろうコオニタビラコって。呪文かなにかだろうか。

 

「由来は随分昔までさかのぼるみたい。なんでも平安時代に貴族たちが正月初めに若菜を摘んだりする野遊びをしてたみたいで、摘んだものを食べて邪気を払おうとしてたんじゃないかって」

「平安時代……」

 

 確か千年くらい前だったような気がする。だとすると確かに随分と古い。

 

「ちなみにその野遊びは『子の日の遊び』って呼ばれてたんだって」

「確かに邪気とは無縁そうな感じはするわね」

 

 黒い邪気っぽいものを遊びながら払い落としていく子日の姿を思い浮かべる。はまり過ぎてて逆に感想が出てこなかった。

 

「でも、萩風が七草粥のために一生懸命な理由はなんとなく分かった気がする」

「あ、健康オタクだからこういうの好きそうだなーって思ったんでしょ」

「バレた?」

「ひどいなあ。みんなのことを思って普段から気をつけてるだけなのに。嵐も舞風もからかってくるんだもの」

「悪かったって。いつも萩風にはいろいろ助けられてるし本当に感謝してる」

「本当?」

「本当本当。嵐と舞風だって同じ気持ちだと思うよ」

「……だといいんだけど」

 

 そこで萩風は、少し不安そうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 自室に戻ってからも、萩風が見せた表情が気になった。

 一人でうなっていると、「たっだいまー」と陽気な声で舞風が部屋に入ってくる。

 

「あれ、どうしたののわっち。難しい顔してる」

「うーん、ちょっとね……」

「なに? 話せることなら話してみてよ」

 

 寝間着に着替えながら問う舞風に、先ほどの萩風のことを話してみた。

 

「なるほど、のわっちは萩風の様子がちょっとおかしかったのが気になってると」

「うん。あんな表情されたら気になるよ。でも心当たりもないし……」

「心当たりならないこともないけど……」

「そうなの?」

「うん。ほら、少し前の大規模作戦で嵐とのわっち一緒に出撃したでしょ?」

 

 そのとき舞風と萩風は出発する二人を見送りに来ていた。

 

「二人の姿が見えなくなった後で、萩風ぽろっと呟いてたんだ。二人ともきちんと戻ってくるよね……って。多分、萩風はみんなのことがずっと心配なんじゃないかな。まだまだ深海棲艦との戦いは終わる気配もないし、段々敵も強くなってきてるし」

「……そんなに心配かけてたかな」

「のわっちたちが悪いってわけじゃないと思うよ。ただ萩風の気持ちも分かるんだ。昔のことを考えると、どうしてもね」

 

 舞風はどこか遠くを見るような目で言った。

 

「けどその不安はすぐに消せるものじゃないし、どうこうできるものじゃないと思う」

「そうね。でも、なるべくあんな顔はさせたくないかな」

「そうだね。だったらその不安を忘れさせられるくらい楽しいことすればいいんじゃないかな」

「ダンスとか?」

「そのとーりっ」

「舞風は単純でいいなあ」

「のわっちひどい! のわっちはたまにストレート過ぎると思うよ言葉が!」

「そう?」

 

 非難の声を向けてくる舞風をなだめながら、その日は眠りについた。

 

 

 

 翌朝、野分が台所に行くとそこには萩風以外にもう一人先客がいた。

 

「おっ、のわっち。おはよう!」

「あ、野分。おはよう」

 

 嵐だった。萩風とお揃いのエプロンをつけて準備に取り掛かろうとしている。

 

「おはよう。嵐も手伝い?」

「ああ。萩にだけさせるってのも良くないし、一緒にやれば楽しいだろうと思って」

 

 屈託なく笑う嵐に、萩風は少し困ったような――少し嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「私はいいって言ったんだけど……」

「そうやって一人でやろうとするのは萩の悪い癖だぞ。もっと人を頼れ人を」

「それは同感」

「もう、野分まで」

「――ねえ、そろそろ作らないの?」

 

 と、いつの間にか台所に入り込んでいた舞風が声を上げた。

 

「お、舞風。いつの間に」

「のわっちの後ろに隠れて最初から」

「なにしてるの舞風……」

「それよりそろそろ作らないと、みんな起きてきちゃうんじゃない?」

 

 舞風が時計を指し示す。確かにもうすぐ朝食時だ。

 

「おっし、それじゃ第四駆逐隊勢揃いしたし、ちゃっちゃとやりますか!」

 

 嵐の掛け声に全員が「おー」と応じる。

 萩風の表情に昨日のような不安の色はなかった。完全に消えたわけではないのだろうが――今はこれで良しとしておこう。



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おヒゲ騒動(朝潮型姉妹・日向・足柄)

桃井先生の4コマを見ていたらつい書きたくなったヒゲネタ。
霞は最初ちょっと苦手だったのが、史実とキャラのバックボーン知ってから反動で一気に好きになった子の一人です。


 その日、とある艦隊寮ではちょっとした映画祭りが行われていた。

 艦隊寮のロビーにある大型テレビで、本土から取り寄せたDVDやブルーレイを流し続けるというものだ。娯楽の少ない泊地では、こうした催しが艦娘たちやスタッフの貴重な楽しみになっている。

 

「やっぱりあの大泥棒さんは格好いいわね~」

 

 映画が一つ終わったところで、荒潮がうっとりとした声をあげた。

 

「そうかしら。私は相棒の人の方が良かったと思うけど」

 

 満潮がそれに対して異を唱える。荒潮は「そっちもいいんだけど」と悩まし気だ。

 

「朝潮姉はどう?」

 

 朝雲に問いかけられた朝潮は不自然なくらいにクールな表情を浮かべた。

 

「サムライっていいですよね。またつまらぬものをきってしまった……」

「なるほど、分かりやすい答えありがとう」

「私はあの女の人みたいになりたいわ~」

 

 山雲がセクシーポーズを取ってみせる。しかし朝雲の反応は淡白だった。

 

「……まあ、そうね」

「朝雲姉ぇ、なんでそんな日向さんみたいな反応するの~!」

「私がどうかしたか」

 

 名前を呼ばれて、近くでお茶を入れていた日向が反応する。

 映画が一つ終わると休憩時間が十五分くらい入る。その間はこんな風に映画にまつわるトークが繰り広げられるのだった。

 

「霞、どうしたんですか? さっきから顎を撫でて」

 

 と、会話に参加していなかった霞に大潮が尋ねた。

 

「え? あ、いや。なんでもないわよ。気にしないで」

「……霞は、ああいう顎鬚もいいかな、なんて思ってる」

 

 霞のすぐ後ろから、ぼそっと霰が呟いた。

 

「ちょ、なに勝手なこと言ってるのよ! そんなわけないじゃない!」

「おお。霞はヒゲ好きですもんね!」

「大潮も納得しないでったら!」

「霞のヒゲ好きは皆知ってる」

「やっぱり相棒の人推しなんですか?」

「だー、もう好き勝手なこと言わないで!」

 

 大潮と霰に挟まれて霞がぎゃー、と悲鳴を上げる。

 他では結構なしっかり者で通っている霞だが、朝潮型の輪の中に入ると案外弄られることが多い。なんだかんだで末妹として可愛がられている。

 

「やっぱりあの人の影響なんですかね、霞のヒゲスキーっぷりは」

「間違いない。この前も神通さんや阿武隈さんとヒゲ談義で盛り上がってた」

 

 霰の報告に周囲を朝潮型一同が「ほう……」と声を上げる。

 霞は顔を真っ赤にして「あーもうっ!」と叫ぶのだった。

 

 

 

「でも実際、ヒゲが素敵なオジサマは不思議な魅力があるわよね~」

 

 荒潮が自分の髪をヒゲのように口元に寄せながら言った。

 

「そうね。無精ヒゲみたいなのは嫌だけど、きちんと整えられてるヒゲなら古風な紳士って感じがしていいんじゃないかしら」

 

 朝雲が同意する。

 

「そういえば……ヒゲといえばアレがあったな」

 

 と、日向がロビーから一旦出ていき、そこそこの大きさの箱を抱えて戻ってきた。

 箱を開けてみると、そこには大小様々な形の付けヒゲが入っていた。

 

「なにこれ……」

「筑摩からもらったんだ。クリスマスのとき利根にサンタをさせようと作ったのだが、興に乗って作り過ぎてしまったらしい」

 

 作る方も作る方だが日向もなぜこれをもらってしまったのか――その場にいるほぼ全員がその疑問を抱いたが、口に出す者は誰もいなかった。筑摩も日向も普段は真面目なのだが、時折俗世の者には分からない考え方を垣間見せることがある。それに対しああだこうだ言っても詮無きことなのだ。

 

「どれ、まず私が試してみるか」

 

 日向が無造作に顎鬚タイプの付けヒゲを選び取ってつけた。

 

「……なんだか妙に威厳ありますね」

「どことは言わないけど、ある国の昔の大統領みたいだわ~」

「瑞雲の瑞雲による瑞雲のための……とか言い出しそうね」

「こらそこ、私をなんだと思っている。言っておくが私は瑞雲を気に入っているがそこまでフリークというわけではないぞ」

 

 べり、と付けヒゲを外しながら日向が呆れ顔で言った。どうやら近頃自分を瑞雲狂いにしようとする風潮にちょっと抵抗を覚えつつあるらしい。

 

「霞もつけてみたらどうですか?」

「う、うーん……。そうね。この流れでつけないっていうのも駄目よね」

 

 ぶつぶつ言いながらも霞は迷わずカイゼルヒゲをつかみ取って口元につけてみた。

 

「ど、どう?」

「……可愛い」

「可愛いわね」

「可愛いけど、なんでかしら。違和感がないというか妙に見慣れた感が……」

「こういう妖精さんどこかで見たことある気がするわ~」

「さっすが霞ね!」

 

 と。そこでこれまでその場にいなかったはずの者の声がした。

 

「げっ、足柄!」

「なによー、げっ、はないでしょ」

「あ、あんた妙高さんたちと買い物行くって言ってなかった!?」

「そうよ。でも天気悪くなりそうだから少し早めに切り上げて来ちゃった」

 

 見ると、足柄の後方には他の妙高型三人も揃っていた。全員コメントに困ったときのような顔をしている。

 

「せっかくだし大淀や朝霜、清霜たちにも見せに行きましょうよ」

「絶対嫌よ! 絶対この先ずっと弄られるじゃない!」

「あ、そう?」

 

 言いながら、足柄はとても自然な動作で懐から携帯を取り出してシャッターボタンを押した。

 

「な――」

「見せに行きたくないっていうなら仕方ないわね。私が代わりにこの写真見せに行くわ! だって三人とも見たいはずだもの!」

「やめなさい、その携帯をよこしなさい!」

 

 霞は足柄から携帯を取り上げようとするものの、ひらりひらりと避けられてしまう。

 

「さて、それじゃまずは司令部室の大淀のところに行ってくるわ。アディオス!」

「ま、待ちなさいってば……!」

 

 駆け足で去っていく足柄とそれを追っていく霞。

 二人が出ていくのを見送りながら大潮が「あっ」と声を上げる。

 

「霞、付けヒゲしたまま出ていきませんでした?」

「あっ……」

 

 残された者たちの間に微妙な空気が漂う。

 

「ま、まあいいんじゃない? 可愛かったし」

「そ、そうですよね」

「まあ、そうだな」

 

 自分たちにできることはない。

 そう割り切って、朝潮たちは妙高たちと一緒に次の映画鑑賞を始めるのだった――。

 

 

 

 後日。

 この騒動の顛末を耳にした一部の艦娘の間でこっそりと付けヒゲをするのがなぜかブームになったというが……それはまた別の話である。



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地下の秘密基地には浪漫がある?(陽炎・不知火・黒潮・親潮・山城・多摩)

いつも以上に艦娘がぐだーっと話したり動いたりするだけのお話になった感が。
まあ日常ってそういうものですよね、ということでご容赦を。


 あまり大っぴらにされてはいないが、S泊地には地下施設があるらしい。

 司令部棟の一階の片隅にある『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉の先にはその施設に繋がる階段があるというのだ。施設には強大な秘密兵器が隠されているとも、規格外の力を持った艦娘が隔離されているとも、深海棲艦の捕虜がいるとも言われている。

 

「――なんて噂になってたのよ」

 

 煎餅をかじりながら陽炎が言った。

 先日村の集落へ遊びに行ったときに聞いた話だ。

 

「……一応聞いておくけど、余計なこと言わなかったでしょうね」

 

 やや疑うかのように問いかけたのは山城だ。彼女も陽炎と同じく煎餅をかじっている。

 ここは陽炎たちの寮のロビーだ。ここではよく非番のメンバーが何の気なしに集まって雑談する。

 

「言ってないですよ。というか言おうにもあそこの近況私もよく把握してないですし。山城さん知ってます?」

「私もあまり詳しくは知らないわね……。ちゃんと開発進めているのかしら」

「地下設備自体はあるんですか?」

 

 疑問符を頭に浮かべながら問いかけたのは親潮だ。

 

「そういえば親潮が着任した頃にはもうほとんど話題に出なくなってたっけ」

「ってことはもう結構な期間放置されてる可能性があるわね……。なんか同情するわ」

「地下施設があるっていうのは半分本当で半分嘘や」

 

 回答になってない回答をする陽炎・山城に代わって黒潮が補足した。

 

「以前MI作戦のときにこの泊地も急襲喰らって痛い目見てな。そういうときの備えにって地下を作ろうって話になったんや」

「ただ、着手したって話はあったんだけどしばらくしてから全然話題に出なくなったのよね」

「少なくとも完成したという話は聞いていませんね」

 

 と、不知火が補足する。

 

「なるほど、それで半分本当半分嘘、と」

「実際あのとき以来ここが襲われるようなことってなかったし、優先順位下げられてるのかもね。私たちだって日々の業務とかあるしインフラ部は他で手一杯みたいだから」

 

 この泊地にはインフラ業務を優先的に振られるインフラ部が存在するが、だいたい忙しそうにしている。新しくこれを作ってほしいという要望もあれば、既存のものが壊れかけてるのでメンテして欲しい、といった要望もある。インフラ部だけでは手が回らなくなることもあるため、他の艦娘が駆り出されることも珍しくない。

 

「けど、いざ話題になってみると少し気になってくるわね」

 

 山城がぽつりと言った。

 

「確かに」

「……それなら行ってみるにゃ」

 

 と、それまで黙々とストレッチをしていた多摩が口を開いた。

 

「百聞は一見に如かず」

「けど、勝手に入ったら怒られないかしら。私は嫌よ怒られるの……」

「問題にゃい。木曾に許可もらっておく」

 

 及び腰になる山城に向けて多摩がサムズアップする。木曾はこの泊地の司令部に所属している。彼女の許可を取り付けておけば後々問題になることはないだろう。

 口数は少ないが多摩は割とアクティブである。すぐに携帯で木曾に連絡を取って、許可を取り付けた。

 

「半年くらいは誰も入ってないから気を付けろ、だそうにゃ。あと少し掃除しとけって言われたにゃ。……姉使いの荒い妹にゃ」

「まあまあ。けど地下施設探索ってなんかワクワクしますね!」

「ええ。なんだかドキドキします」

 

 ノリノリの陽炎に同意して頷く親潮。

 こうして、一行は司令部棟に向かうことになった。

 

 

 

 司令部棟の一階には客室や重要な書類をまとめた事務室などがある。

 そうした部屋と部屋の隙間に一つだけ『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉があった。もっとも施錠されているわけではないので、入ろうと思えば誰でも入ることはできる。

 

「そ、それじゃ開けるわよ」

 

 禁止と書かれているものを開けることに抵抗があるのか、山城は少しずつ慎重に扉を開けていった。

 中は薄暗い。ただいかにも整備されていなさそうな階段があるのは分かった。

 

「灯りをつけながら進みましょう」

 

 不知火が懐中電灯をつける。ようやく周囲の状況が分かるようになった。

 階段に見えたのは、階段というか、掘った土を階段らしき形にしただけの代物だった。

 

「……なんかこれだけで『未完成です』って感じが滲み出てるわね」

 

 陽炎が素直な感想を口にした。

 

「立ち入り禁止ってなっとったのは、迂闊に入ると危ないから入るなーって意味みたいやね」

 

 足元に気を付けながら一行は地下に降りていく。慎重に降りているからか、やけに長く感じた。

 

「あ、終わった」

 

 降り終えた陽炎が不知火から懐中電灯を借りて周囲を見渡す。

 中は割と広い。床板や壁板も割と張り付けが済んでいる。ただ埃っぽい。しばらく手入れされていないというのは本当のようだ。

 

「随分と埃っぽいわね。それにいろいろ中途半端じゃない」

 

 一部板が張り付けられていない部分もある。もしかするとあの辺りはまだ掘り進める予定だったのかもしれない。

 

「なんにもないですね」

 

 やや落胆した様子の親潮。確かにここはなにもなかった。ものを配備する前に工事を中断してしまったのだろう。

 

「……にゃ。なんかあるにゃ」

 

 暗がりの中にある何かを多摩が見つけたらしい。彼女が指し示した方向に全員で向かうと、そこにはやけに古い木箱があった。

 

「多分違うんだろうけどなんかお宝に見えるわね」

「期待しないほうがいいわ……。どうせ開けたところで期待外れのものが出ってきて『不幸だわ』っていうオチになるのよ」

「山城はん、そういうのは先んじて言っちゃ駄目や」

「とりあえず開けてみましょうか」

 

 親潮が木箱を開ける。中に入っていたのは――図面だった。

 

「これ、この地下の図面かしら」

「そのようですね。地下設備計画図とあります。……ただ、誰かがいろいろと落書きしているようですが」

 

 きちんと書かれたであろう図面の上に、別の誰かが書いたと思しき落書きが複数あった。

 外部から水路を引いて銭湯を作ろうだのゲームセンターを作ろうだのといった奇抜なアイディアもあれば、どこかで見たような人型兵器の絵もある。

 

「ここに人型兵器を格納するつもりだったのかしら」

「というかそんなもの作れないわよ……。技術的には頑張ればいけるのかもしれないけど、うちにそんなお金ないし」

「世知辛いにゃ」

「というかこれただの落書きやと思うし、そんな真面目に考えんでも」

 

 この場に明石や夕張でもいればまた違った意見も出たのかもしれないが、あいにく陽炎たちはそうした技術的浪漫を持っていなかった。

 

「……これなんかはいいかもしれないにゃ」

 

 と、多摩が図面の端の方を指さした。

 そこには『泊地の建物同士を繋ぐ地下通路作らない?』というメモがあった。

 この地域は雨が多い。建物の間を移動するたびに雨具を使わねばならないことを面倒に思っている艦娘は結構多かった。

 

「……地下設備の工事再開しようって上申してみます?」

 

 陽炎がぽつりと言う。

 

「やめておきなさい。叢雲が嬉々として『こういうのは言い出しっぺがやる法則よね?』とか言ってくるのが目に見えるようだわ」

「おお……容易に想像がつく」

 

 その様子を頭に浮かべて陽炎は頭を抱えた。地下通路は欲しいが自分でやるのは面倒くさい。

 

「ここをどうするかは置いておいて、とりあえず掃除に専念するとしましょうか」

 

 一同は不知火の言葉に頷き、各々理想の地下設備を思い描きながら掃除を始めるのだった――。

 

 

 

 その頃、司令部室では叢雲が木曾から電話で地下設備の件について連絡を受けていた。

 

「そう。ええ、分かった。問題ないわ。むしろなかなか余力がないから助かった」

 

 木曾からの電話を切った後、叢雲はふと各艦娘の予定表を確認した。

 

「……ここも結構人増えたし、そろそろあの地下設備の件再開してもいいかもしれないわね。せっかく興味持ってくれてるみたいだし陽炎たちに頼んでみようかしら」

 

 後日――叢雲からの無茶ぶりを受けた陽炎は持ち前の人脈と不屈の精神によってこの地下設備を完成させることになるのだが、それはまた別の話。



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節分はデンジャラス(神風・春風・朝風・祥鳳・羽黒)

もし艦娘の身体能力が人間より上と仮定したら、節分の時期って人間のスタッフからすると結構物騒な時期だったりするのでは……。


 泊地には艦娘以外にも人間のスタッフがいる。艦娘が日頃の任務を心置きなく遂行できるのは彼らのサポートがあってのものだ。

 

「そういえばもうすぐ節分だな」

 

 間宮で食事している最中、ふと思い出したかのようにインフラ担当の藤堂政虎が言った。

 

「……俺、有休取ってホニアラに行ってこようかな」

 

 システム担当の板部江雪がぽつりと呟く。

 

「なんじゃいだらしない。逃げるのか?」

 

 と、泊地内の神社の神主である尼子老人が板部に言う。

 

「尼子の爺さんは巻き込まれる心配がないからそんなこと言えるんだ。一度あれ味わってみろよ」

「以前一度参戦してやろうかと思って申し出たんだが司令部の連中に止められたんだよ。あなたに何かあったら困るって」

「……あのう」

 

 と、近くで男三人の会話を聞いていた神風が恐る恐る会話に入ってきた。その傍には姉妹艦である朝風や春風もいる。

 

「節分……の話ですよね?」

「節分の話だ」

「なんだか話を聞いているとかなり物騒な行事のように聞こえるんだけど」

「ああ……君たちはまだここに来て一年経っていないのだったな。ここでは節分の際にちょっとした催しがあってな」

 

 朝風の疑問に藤堂が答える。

 

「催し……豆まきと、恵方巻以外に何かされるのですか?」

「豆まきの発展型だな。ここは艦隊別に寮が分かれてるだろ。で、寮ごとの豆まき対抗戦を行うんだ」

 

 各寮では鬼役を三人ずつ決める。鬼役は時間いっぱい逃げ続ける。泊地から出ない、建物の中に入らないというルールさえ守れば後は自由に動いて良い。

 鬼役以外のメンバーは自分たちの寮以外の鬼役を探し出して豆をぶつけるとポイントが獲得できる。また、鬼役以外のメンバーにも豆をぶつけて良い。当たり判定の場所(通常は胸当て)に豆が直撃したら行動不能になってしまう。

 最終的にもっとも多くの鬼役を仕留めた寮が勝者となり、司令部からちょっとした報酬をもらえる――。

 

「なんだ、楽しそうじゃない」

 

 話を聞いた神風たちは安心した様子で表情を柔らかくした。

 ただ、男たちの表情は晴れない。

 

「泊地内で艦娘が全力で豆投げ合うんだぞ? 一般人からすれば物騒極まりないだろ」

「あー、それはまあ、その、頑張って?」

 

 板部の言葉に対して適当な返事をする朝風。物騒と言われてもどうしようもない。

 艦娘は基本的に通常の人間よりも数段高い身体能力を有している。比較的小柄な体躯の駆逐艦や潜水艦ですら筋骨隆々とした成人男性と腕相撲で良い勝負ができるくらいだ。板部や藤堂なんかはヒョロイので神風たちでも簡単に勝てそうだ。

 

「でも結局豆でしょ? 当たっても別に死にはしないと思うけど」

「まあ死にはしないさ。ただめっちゃ痛い。俺は一昨年鬼怒の投げた豆に被弾したがしばらく痣が残った。軽巡であれなら戦艦連中の喰らってたらどうなっていたことか……」

「全治一週間くらいでしょうか……大変です」

 

 春風が憂いの表情を見せた。

 

「でも、それなら部屋なりなんなり引きこもってればいいんじゃないの?」

 

 朝風が当然の疑問を口にする。

 

「いや、当然無用な出歩きはしないようにしてるんだけどな」

「我々の部屋にはトイレも風呂もないし食事もできない。それらの際はどうしても出かけねばならんのだ」

 

 板部と藤堂が揃ってため息をつく。

 

「わしは神社の中に一通り揃ってるから安心だがな。食事もある程度はもの置いてあるから困らんし、あの辺は艦娘も戦場にしようとはせん」

「……なら尼子さんの神社のところに行けばいいんじゃない?」

「馬鹿言え。こいつら引き受けたら他のスタッフもこぞって来るだろう。あの神社そこまで広くないぞ」

 

 ブンブンと手を振る尼子を恨めしそうに見る板部と藤堂。

 

「ま、そんなわけだ。お前さんたちも豆まきの際は周りに気を付けてやってくれるとありがたい。熱くなると周りが見えなくなるタイプの艦娘も結構おるからな」

「春風君は心配なさそうだな」

 

 藤堂がぽつりと呟く。

 

「……藤堂さん?」

「私と神風姉は?」

 

 神風と朝風の圧を受けても、藤堂は知らぬ顔の半兵衛で食事を続けていた。

 

 

 

 そうして日にちが過ぎて節分当日。

 あの日藤堂たちから聞いた通りの内容で今年も豆まき対抗戦が開かれることになった。

 

「豆まき中は予期せぬ事故が起きないよう気をつけてくださいね」

 

 神風たちの寮のリーダーである祥鳳の注意喚起を聞きながら、神風は周囲の空気がいつもと違っていると感じていた。

 

 ……この泊地はたまにテンションおかしくなるときがあるけど、今回もそれなのかしら。

 

 側にいた初霜の様子を窺ってみる。普段の初霜は誰にでも分け隔てなく優しい、頼れる仲間だった。

 ただ、今の彼女からは若干の闘気が漂っている。なんとなく声をかけるのがためらわれる空気感だった。

 

「ね、ねえ初霜……?」

『それではこれより――豆まき対抗戦を開始する!』

 

 そんな神風の声をかき消すかのように、豆まき対抗戦の開始を告げる声がスピーカーから響き渡った。

 

「うおおおぉぉっ――!」

 

 その場にいたほとんどのメンバーが勢いよく寮の外に飛び出していく。

 初霜も姉妹艦たちと一緒に飛び出ていってしまった。

 そのノリに乗り切れなかった神風たちは取り残される格好になる。

 

「神風ちゃん」

 

 と、同じく残っていた羽黒が声をかけてきた。

 

「な、なに羽黒?」

「この対抗戦の景品は結構豪華だから、みんなやる気なんだ。……だからその、やるなら徹底してやる、やらないなら徹底して身を隠すってしないと危ないよ?」

「……」

「あ、それじゃ私は行くね」

 

 ひらひらと手を振りながら出ていく羽黒。そんな彼女の周囲に蒼白い炎が見えたのは気のせいだろうか。

 既にあちこちから「ぎゃー!」とか「ぶほぁっ!」とか何かを砕くような音とかが聞こえ始めていた。

 

「……どうしますか、神風姉様」

 

 春風の問いに神風はしばらく逡巡した。

 が、すぐに思考を切り替える。

 

「やるなら徹底してやってやるわよ! 神風型の矜持、見せつけてあげるわ!」

「それでこそ神風姉!」

「では――私も本気で挑みましょう」

 

 性能だけ見れば駆逐艦の中でも低めの神風型だが、彼女たちは他の駆逐艦にはない『経験』という武器がある。

 やるなら徹底してやる。そういう状況になったときにこそ見せられる強さを存分に見せつけてやろう――。

 不敵な笑みを浮かべながら、神風たちは寮の外に足を踏み出すのだった。

 

 

 

「……それで勝ち進んだのはまあいいけども」

 

 節分の翌日――病院のベッドで横になりながら板部がぼやいた。

 

「勢いあまって豆を散弾銃みたくぶちかますのはどうかと思うんだ、おじさんは」

「わ、悪かったわよ……」

 

 ベッドの横には見舞いに来た――怪我を負わせた張本人である神風たちがいた。

 その手には優勝景品として贈られた超豪華菓子セットがある。

 

「全治一週間……すみませんでした」

「他人事みたいに言ってるけどお前も同罪だからな。あとそこまで重傷じゃない」

 

 申し訳なさそうな顔をする三人に板部はため息をついた。

 

「まあ半ば事故みたいなもんだし、無茶したことについては反省してるようだし、俺からはもう言うことないよ。優勝したんだったら辛気臭い顔してないでもっと素直に喜んどけ。……ああ、美味いなこれ」

 

 もらった菓子を摘みながら板部が言うと、ようやく神風たちの表情が少し明るくなった。

 

「どうせなら対抗戦の詳細聞かせてくれ。来年以降身を隠すときの参考にするから」

 

 板部に言われて、神風たちは自分たちの武勇伝を語り始める。

 天気の穏やかな午後のことだった。



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島の迷い子(秋津洲・瑞穂・コマンダン=テスト)

迷子と艦娘というワードが脳内に浮かび上がってなんとなく出来上がったお話。
うちでは秋津洲は前線にこそ出ないものの補佐担当として有能なイメージでいます。


「子どもがいなくなった……ですか」

 

 泊地の一角にある相談室。そこでは泊地内外からの様々な相談を受け付けている。

 今日そこを訪れたのは島のとある集落の壮年の男性だった。この泊地ができてから日本語を覚えた一人で、彼のように日本語を使える人はよく連絡役としてここを訪れる。

 

「母親一人で子ども四人を育ててる家の長男坊なんだが、昨日いつの間にかいなくなっていたんだ。昨晩から探してるんだが全然見つからなくてな……」

 

 言いながら男は一枚の写真を差し出した。写っているのがいなくなった子なのだろう。活発そうな少年だ。

 

「それで泊地の力をお借りしたいということですね。承知しました」

 

 受け答えしているのは瑞穂だった。

 

「探し物なら私たちにお任せください。こちらで見つけたらそちらまで送り届けます」

「助かる。こちらもずっと探し続けるのが難しくてな」

 

 礼を述べて男は去っていった。

 

「さて、話は聞いてましたね秋津洲さん、テストさん」

 

 受付の奥で雑談していた二人に声をかける。

 

「聞いてたよー。大艇ちゃんたちなら準備万端かも!」

「私も問題ありません。早く見つけてあげましょう」

 

 元気の良い秋津洲と落ち着いた雰囲気のコマンダン・テストがそれぞれ応える。

 今日はこの水上機母艦三人が相談室の担当だった。捜索系の任務なら得意とするところである。

 

「ではまず我々三人で探しましょう。一時間後に見つけられなかったら千歳さんたちにも応援を頼むということで」

「了解かも!」

「D'accord!」

 

 相談室近くから偵察機が飛び立ったのは、そのすぐ後のことだった。

 

 

 

 それから三十分ほどしたところで、秋津洲が「あ」と声を上げた。

 三人は相談室の屋上から偵察機を出して、そのままそこで様子を見ていた。偵察機とは視覚情報を意識的に共有させることができるのだが、間に壁があったりするとうまく共有できなかったりする。なので偵察機を出している間は基本的に屋外待機が原則だ。

 

「どうしましたアキツシマ」

「海沿い崖の途中の出っ張ったところに子どもが一人座り込んでる! 写真の子かも!」

「すごいところで発見しましたね……。けどこれで村に帰らなかった理由も分かりました」

 

 秋津洲の報告を受けて、三人はそれぞれの偵察機に帰還命令を出した。数分もしないうちにすべての偵察機が戻ってくる。

 

「けど、あの様子だとすぐ助けに行った方がいいかも。昨日からずっとあの状態だと疲れてるだろうし」

「そうですね。では秋津洲さんは現場に行っていただけますか? 私は村に報告に行きますので。テストさんはここで待機をお願いします。また村の人が来るかもしれないですし、他の依頼もあるかもなので」

「分かりました。アキツシマ、お気をつけて」

「大丈夫だよ。秋津洲は艤装が戦闘向けじゃないだけで、身体はきちんと鍛えてるからそこそこ自信はあるかも!」

「そこは『かも』をつけずに言い切って欲しいところですけどね……。まあ、大丈夫だと思ってますが」

 

 二人に別れを告げて、秋津洲は一旦海に出た。海上移動した方が艤装の推進力を活かせる分移動は速い。

 しばらく島の側面を移動し続けるうちに目当ての場所に着いた。

 

「あ、いたいた」

 

 男の子がいるのは崖の中腹だ。秋津洲は崖に手をかけると艤装を解除し、軽くなった身体ですいすいと崖をよじ登っていく。

 

『おーい、生きてるー?』

 

 登りつつ秋津洲が声をかけると、男の子はぴくりと反応した。

 

『……か、艦娘さんだ』

『そうそう艦娘さんだよ』

 

 よいしょ、と手をかけて男の子がいる出っ張りの隣に登りきる。

 

『大丈夫? 怪我してる?』

『足が痛いんだ……』

『どれどれ?』

 

 出っ張っているところが崩れないよう確認しつつ秋津洲は腰を下ろして男の子の足を見た。

 

『折れてはいないね。けどちょっと捻っちゃってるかも』

『うう……』

『大丈夫大丈夫、お姉さんに任せるかも!』

 

 そう言って秋津洲は男の子に背中を向けて、おぶさるよう促した。

 男の子は少し逡巡しながらも、秋津洲の首にがっしりと腕を回して背中に身を乗せた。

 

『最近俺少し重くなったって母ちゃん言ってたけど大丈夫かな……』

『これくらいなら全然大丈夫かも。艦娘のパワーなら平気へっちゃらっ!』

 

 そして男の子を背負ったまま、今度は崖の上に向けてどんどん登っていく。海から帰っても良いのだが、海面に降りる際に艤装を再展開しなければならない。艤装の展開時は多少の衝撃があるので、怪我人を背負ったままやるのは良くない。

 

『お姉さん、村の人に頼まれて俺を探しに来たの?』

『そうだよ』

『そっか……』

 

 男の子は落ち込んでいる様子だ。あの状況では帰れないのは仕方ないと思うのだが。

 

『君はなんであそこに落ちちゃったの?』

『妹が風邪で寝込んでるんだ。それで、大人たちが身体に良いって採ってる草があったの思い出して探してたんだけど……』

『妹さんのためなんだ。偉いじゃない』

『けど、結局見つけられなかったんだ。どれがその草かもうろ覚えで……』

 

 子どもゆえの無鉄砲な行動だったということなのだろう。ただ、このまま村に送り届けるだけではかわいそうな気がした。

 秋津洲に姉妹艦はいない。ただ、泊地の仲間は皆それと同じようなものだと思っている。誰かが風邪で苦しんでいたらどうにかしてあげたいと思うだろう。

 

『――家族のための行動と聞いたら黙ってられないかも。それに風邪引いた子がいるって聞いてそのまま放置するのは秋津洲流の正義に反するし。ちょっと寄り道していくけどいいかな?』

『え、うん。いいけど……』

『よーし、それじゃ行くよ!』

 

 そうして、秋津洲は駆け足で泊地に向かった。

 

 

 

『本当にありがとうございます。なんとお礼を言えばいいのか……』

 

 何度も頭を下げる母親に、秋津洲たちは揃って気にしないよう答えた。

 あれから――秋津洲は特急で泊地に戻り、保健室に飛び込んだ。

 そこで男の子の怪我の具合を診てもらい、さらにその後先生をここまで連れてきて男の子の妹も診てもらったのである。

 

『この島にも病院はあるのですが、なかなか時間が取れず連れていくことができなくて……。いえ、言い訳しているようでは母親失格ですね。ただ、皆さんには本当に感謝しています。本当にありがとうございます』

『ありがとうございます』

 

 男の子と、その下の兄弟たちが揃って頭を下げた。

 このままだとお礼を言われ続けそうだったので、秋津洲たちはきりの良いところで村を後にした。

 

「まったく、突然の予定というのはあまり好きじゃないんだけど……」

 

 ここまで連れてこられた道代先生が若干ぶーたれた様子を見せた。

 

「でも秋津洲的に事は急を要する感じだったかも。仕方ないかも……」

「はいはい。でもこれで貸し一つだからね。今度何か奢りなさいよ」

「なら私はクレープがいいです」

「なんでさらっと瑞穂にまで奢る流れになってるかも!?」

「冗談ですよ冗談」

 

 クスクスと瑞穂が笑う。

 

「でも今日はいっぱい動いたしお腹減った……。コマちゃんも誘って後で間宮に行くのはいいかも!」

「そうですね。戻る頃には相談室も閉める時間帯でしょうし、四人で間宮さんのところに行きましょうか」

「なんだ、テストにも奢るの? 秋津洲は太っ腹ねえ」

 

 道代先生にお腹を突かれた秋津洲の「ひゃあ、やめるかもー!」という叫びが茜色の空に響き渡る。

 良いことをしたという実感があったからだろうか。その空はいつもより少しだけ澄んで見えた。



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バレンタインの一幕(早霜・不知火・清霜・磯風)

今年もチョコを手に深海棲艦と戦う季節がやってまいりました。
……というのは冗談として。バレンタインネタはいろいろな組み合わせが思い浮かびますが、今回は彼女たちの出番と相成りました。他の組み合わせのエピソードはまた機会があれば。


 この泊地にもバレンタインの習慣はある。

 日頃の感謝や親愛の情を伝えるためにチョコレートを渡す艦娘の姿があちこちで見受けられる。

 ただ、日頃前面に出さない想いを出す日ということもあって、この季節はいろいろなことが起こる。

 今回紹介するのは、そんなエピソードの一つである――。

 

 

 

「……どうしたの早霜姉さん、さっきから」

 

 そわそわしている様子の早霜が気になって、清霜は寝台から身を乗り出した。

 見ると、早霜の手には包みがある。

 

「あ、もしかしてチョコ? なに、清霜にくれるの?」

「あ、うん……。あ、でもこれは違うの……。夕雲型の皆の分はこっち」

 

 と、早霜は足元に置いてあった大きな袋から一つ箱を取り出して清霜に差し出した。

 

「わあ、ありがとう! えっへっへ。……あれ、でもそれじゃそっちのは?」

「これは……」

 

 早霜は若干照れくさそうに視線を逸らす。早霜がそういう表情を浮かべるときのパターンを清霜は把握していた。

 

「分かった、不知火さんのでしょ!」

「……」

 

 沈黙がそのまま答えだった。

 

「渡すのが照れくさいの? だったら清霜が代わりに渡してきてあげよっか」

「い、いい。……でも一人で行くのもちょっと怖い」

「それじゃ一緒に行ってあげるね。チョコもらったお返しってことで」

 

 ぴょんと寝台から身を乗り出した清霜に、早霜はふとした疑問を投げた。

 

「清霜はチョコを作ってあげたりしないの?」

「いやー、用意するの忘れちゃって」

 

 そう言って清霜は「てへ」と舌を出すのだった。

 

 

 

「あっ、清霜! 早霜!」

 

 寮を出て不知火を探している二人のところに、霞が駆け寄ってきた。

 

「ちょうどよかった。はい、あんたたちにも」

 

 と、霞は持っていた手提げ袋から小さな包みを清霜たちに渡した。

 

「ありがとう! これチョコ?」

「そうよ。ありがたく食べなさいな」

「うん! ……でもちょーっと物足りないなあ」

 

 もう一つまみを袋から取ろうとする清霜の手を、霞はぺしっとはたいた。

 

「やめなさいってば。ほら、他にも皆に配ろうとする人もいるでしょ? そういう人たちから全部受け取って食べたら糖分過剰摂取になるじゃない。だから控えめにしてるのよ」

「さすが霞……気配り上手ね」

「褒めても何も出ないわよ」

 

 と言いつつ霞の顔が赤くなっているのを二人はしっかりと捉えていた。

 

「あ、そうだ。霞ちゃん、不知火さん見なかった?」

「不知火? 確か陽炎たちと一緒に集落の方に遊びに行ってるはずよ。島の人たちにもチョコを振る舞うみたい」

「そうなんだ。ちょっと出遅れちゃったかなー。あちこち回ってそうだし、見つけるのは難しそう」

「不知火にチョコ渡したいなら帰ってくるのを待ってた方が得策じゃない? それじゃ悪いけど私はもう行くわね。他にも配らないといけない人多いから」

 

 駆け去っていく霞と残された二人。

 目当ての人物は現在外出中――ともなると、しばらくやれることがなくなってしまう。

 

「どうしよっか。一旦部屋に戻る?」

「そうしましょうか」

 

 と、二人が踵を返しかけたそのとき。

 

「二人とも」

 

 いつのまにか、気配もなく、すぐ側に雲龍が立っていた。

 

「あ、雲龍さんだ。こんにちは」

「こんにちは」

 

 普通に応答する二人に、雲龍は少しだけ物足りなさそうだ。

 

「二人とも驚かないのね」

「雲龍さんの登場が突然なのは今に始まったことではありませんし」

 

 二人と雲龍は同時期に泊地に着任した同期なので、他の艦娘よりも付き合いが深い。だから雲龍がときどき気配を消して人を驚かせることも承知していた。

 

「それよりどうしたの?」

「磯風を見なかったかしら。春雨と時津風が探していたのだけど」

「見てないけど、磯風どうかしたの?」

「なんでも姉妹に配るためのチョコを春雨監修で作っていたらしいんだけど……」

「また失敗したとか?」

 

 また、とはひどい言い草だがそのことについて兎角言うものはいなかった。悲しいがそれが三人の磯風に対する認識である。

 

「何度か失敗したけど最終的には成功したらしいのよ。それで配りに行ったらしいのだけど……包みに間違えて失敗したときのものを入れて行っちゃったみたいで。春雨がそのことに気づいて青い顔になって探してたのを、遊んでた私と時津風が見つけて」

「探すのを手伝って今に至る、と」

「でもそれなら時津風のところにいずれ来るんじゃない?」

「その前に他の姉妹が撃沈されないといいけど……」

 

 雲龍の懸念に二人も「うーん」と渋い顔になる。磯風は結構融通の利かないところがある。こういうときは長女から順にと考えてもおかしくはない。

 

「随分探したけど見つからなくて。もしかすると泊地の外に出て行ったのかもしれないわ」

「大変だ!」

 

 陽炎たちを探しに行ったのだとすれば、一緒にいる不知火も当然その被害にあう。

 下手をすれば島の人たちも巻き込まれて、泊地と現地の人々の信頼関係にひびが入る恐れもあった。

 なにより、そんな事態になれば磯風自身責任を感じてどういう行動に出るか分からない。まさか腹は切らないだろうが――。

「それなら私たちも探しに行きましょう。陽炎さんや不知火さんたちの、島の人たちの、そして磯風のためにも」

 

 

 

 そうして泊地から出て島を駆け回ること数時間。

 

「行く先々で陽炎さんたちと磯風の話は聞けたけど……一向に追いつかないね」

 

 もう島をぐるりと一周したような気さえする。艦娘の足とは言えさすがにこれだけ歩くと疲れてくる。

 諦めて帰ろうかと思ったとき、坂の下で話し込んでいる陽炎たちの姿が見えた。磯風も一緒だ。

 磯風に勧められて陽炎たちがチョコを口にしようとしている。

 

「ちょっと待ったァッ!」

 

 思わず清霜は叫びながら坂から飛び降りて、陽炎たちのすぐ側に着地した。突如現れた清霜に陽炎や磯風たちはぎょっとした表情を浮かべている。

 

「ど、どうしたのよ急に。って清霜じゃない」

「なんだ清霜、私のチョコだからと言って危険物扱いするな。これは春雨も太鼓判を押した出来だぞ」

「それは太鼓判を押したやつじゃないの!」

 

 清霜が事情を説明している間に早霜もゆっくりと坂を下りてくる。

 

「おや、早霜も一緒でしたか」

 

 彼女に気づいた不知火が声をかけてきた。

 

「ええ……。ちょっと、放っておけなくて」

「早霜は姉妹思いですね」

 

 放っておけなかったのはどちらかというと不知火なのだが、どうも不知火は清霜のことを放っておけずついて来たと受け取ったらしい。訂正するのも恥ずかしいので早霜は何も言わなかった。

 

「なんだと……!? ではこれはあのときの失敗作だったのか……!」

「そういうこと。ほら、成功作は春雨が持ってるらしいから、泊地に戻ってから渡そ」

「ううむ……。そういうことならそうするしかないな。すまない、助かった」

 

 清霜に背中を押される形で磯風が泊地に向けて歩き出す。

 ちょうど集落を一通り回り終えていた陽炎たちも、それに並んで歩き出した。

 早霜と不知火は一行の最後尾になる。

 これは渡すチャンスではないかと、早霜は意を決した。

 

「あの、不知火」

「なんでしょう?」

「……こ、これを」

 

 と、ポケットに入れていたチョコを渡そうとして――異変に気付いた。

 柔らかい。

 日中、ずっとポケットに入れたまま島中を駆け回っていたせいで、溶けてしまったのだ。

 

「……」

 

 取り出しかけたチョコをそっと戻す。

 

「いえ、なんでもないわ」

「……そうですか。残念です、チョコをもらえると期待したのですが」

 

 不知火は早霜が手にしていたものに気づいていたらしい。

 

「……ごめんなさい。あげようとしたのだけど、溶けてしまっていたの」

「そうですか。不知火は別に気にしませんが」

「私が気にするの。――だから、改めて作り直して渡しに行くわ。今度は、私の方から」

「……それでは、楽しみに待つとしましょう」

 

 力強く言う早霜に、不知火は笑みで応えた。

 

 

 

 後日。

 清霜は、意を決して部屋から出ていき、戻ってきてベッドの中でゴロゴロと転げ回る早霜の姿を目撃することになったという。

 また、磯風の成功作は御礼ということで二人にも贈られたが――存外美味しいものであったそうな。



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神社でまったり(扶桑・山城・秋雲・瑞鶴・朧)

今回のイベントで出番のなかったメンバーの裏話というか。
内容とは関係ないですが朧は限定グラがどれも破壊力高くてとても良いと思います。


 泊地の片隅にある寂れた神社。

 ここは艦の御魂を祀る役割を担っている神社だ。

 艦娘の在り様にも関わる重要な施設なのだが、存在そのものが重要であって普段何かするような場所ではないため、一部の時期を除けば人気はほとんどない。

 ここにいるのは神主の尼子老人と、何人かの物好きな常連くらいである。

 

「なんだかここにいると、日本にいるような気分になるわね……」

 

 そう言いながらお茶をすするのは扶桑だ。あの否応なく目立つ艤装は引っ込めている。私服で縁側に腰を掛けているその姿は、どこかこの神社の巫女のようにも見えた。

 

「これでもう少し涼しければ言うことはないんですけど……」

 

 扶桑の横で団子をかじっているのは山城だった。

 

「そうね……。あ、でも東京の方がむしろ暑いときもあるって言うわよ?」

「東京はコンクリートジャングルだと横鎮の山城が嘆いていました。真夏の軍艦の密集地帯を思い浮かべろって……」

「なんでそんなところに皆集まっているのかしらね」

「そこは順序が逆なんじゃないですか? 人が集まるからそんな風になったんじゃ」

 

 と、二人の会話に入り込んできたのは少し離れたところで絵を描いていた秋雲だ。

 

「そういえば秋雲は東京に行ったことがあるそうね」

「夏と冬は行ってますよー。あれはもうやばいですね、どこに行っても人目がある感じ」

「常に監視の目が光っているのね……。なんだか恐ろしいわ」

 

 そんな他愛もない話をしていると、ふすまが開いて瑞鶴が顔を出した。眉間にしわを寄せて苦々しい顔をしている。

 

「どうだった?」

「勝ったわ。勝ったけど……いろいろと納得がいかないというか、勝たされた感じがするというか」

 

 一方、奥の間では尼子老人が戸棚から煎餅を取り出していた。先ほどまで二人で将棋を指していたのだ。

 

「尼子さん、わざと負けたんですか?」

「そんな酔狂な真似する阿呆はおらん。だがまあ、なんか面白そうな手が思い浮かんだんで、ちと挑戦はしてみたが」

「道理で無茶苦茶な指し方だと思った……」

 

 尼子老人から煎餅をもらって食べながら瑞鶴がぶつぶつと何かつぶやき始めた。先ほどの対局を反芻しているらしい。一勝負の後はいつもこんな感じだ。

 

「瑞鶴はガンガン攻めてくるから受け流し方がいろいろ思いついて飽きんわ」

「この間は翔鶴さん相手に『受け流し方上手いからいろいろ攻め方思いついて面白い』って言ってなかった?」

「受け攻めどちらもそれぞれの面白さがあるものよ」

「……ほう?」

 

 秋雲が何かに反応を示したが、尼子老人はそれに気づかず竹箒を片手に神社の裏手に行ってしまった。

 

「秋雲……今のに反応するのは節操なさ過ぎじゃない?」

「おや? 山城さんは今のが分かったってことかな?」

「――ゴホンゴホン!」

 

 わざとらしく咳をしてごまかす山城をにやにやと眺めながら、秋雲は筆を進めていく。

 

「なに描いてるの?」

 

 ひょっこりと顔を出したのは朧だった。彼女も割とよく神社に来る方である。

 

「今回は風景画だね。今日はなんかいつもよりここが綺麗に見えたからさ」

 

 秋雲の描いている絵は、現実の神社をよく写しつつも、やや淡白な形に仕上がっていた。手抜きではなく、あえて余計なものを排したような感じに見える。

 

「お~、上手い上手い」

「……朧はいつも上手いって言うからあんまり有難味ないなあ」

「そう言われても、具体的にどう上手いか言えるほど詳しくないし」

 

 絵を確認すると朧も縁側に腰を下ろしてゆっくりと横になった。

 

「ここは陽当たりもちょうどいいから昼寝するには最適の場所……」

「それは同感ね……」

 

 扶桑が相槌を打つ。既に彼女の瞼は半ば閉ざされていた。

 

「あ、でも寝る前に伝言」

 

 と、朧が起き上がって瑞鶴の腰を突いた。

 

「わっ……あれ、朧じゃない。いつの間に来たのよ」

「さっき。それより伝言。寮の掃除当番だろって」

「……あ、忘れてた」

 

 瑞鶴の表情が若干青くなった。

 

「ちなみに言ってたの誰だった?」

「龍驤さん」

「……伝言ありがとう。すぐ帰るわ」

 

 冷や汗を浮かべた瑞鶴が駆け足で去っていく。

 龍驤はあれで怒るとかなり怖い。後輩空母たちからすると、あまり怒ることのない他の一航戦組より怖い先輩なのだ。

 ちなみに鳳翔さんは滅多に怒らないが怒らすと一番怖い。赤城や加賀は龍驤ほどではないがそれなりに怒ることもある。ただし割と甘い。

 

「あれはこってり絞られるねえ」

「秋雲も他人事じゃないかもよ。伝言は頼まれてないけど、なんか矢矧さんが探してた」

「え? 特に予定は入ってなかったと思うけど……。最近は特に何もやらかしてないはずだし」

「緊急の出撃か遠征が入ったのかも」

「あー、今はいくつかの隊が本土に出向いてるからね。そういうこともありそうだ」

 

 仕方ない、と秋雲は腰を上げててきぱきと画材を片付けた。

 

「んじゃ、秋雲はこれで退散しますよ。早めに戻った方が風雲に小言を言われずに済みそうだからね」

「気を付けてね」

 

 駆け足で去っていく秋雲に手を振る扶桑。そんな彼女にぽつりと山城が呟いた。

 

「私たちは今回出番ないんでしょうか」

「今回は伊勢と日向が選ばれたし、輸送作戦がメインだというから……おそらく出番はないわね」

「……まあ、のんびりできるからそれも悪くないですね」

「ええ。物事は捉えようよ山城。一時期は忙しかったものね……」

 

 鳥の鳴き声が聞こえる。何事もなく時間が過ぎていく。今もどこかで深海棲艦との戦いが起きている、ということを忘れそうになるくらいののどかさだ。

 

「……また面子が入れ替わっとるな」

 

 裏庭の掃除を終えた尼子老人は、戻ってくるなりそうぼやいた。

 

「朧、何か食うか?」

「お煎餅食べたい」

「はいはい」

 

 まるで孫と祖父のようなやり取りに扶桑と山城が口元を綻ばせた。

 よっこらせ、と尼子老人は竹箒を立てかけて部屋の中に入っていく。

 この神社は決して賑やかな場所ではない。人気もあまりしない。だが、大抵の場合誰かしらがのんびりとしている。



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潜水ライフの過ごし方(伊13・伊14・伊168・伊8)

うちは補給艦任務やるときに出すくらいでさほどオリョクルしないので、潜水艦組も割とマイペースに楽しくやっております。


 この冬、泊地に新しい潜水艦娘が二人着任した。伊13と伊14だ。

 昨晩はそんな二人の歓迎会ということで、潜水艦寮は飲めや歌えやの大騒ぎだった。

 特に伊14は盛大に飲み明かし、最後は伊19との飲み勝負に打ち勝って『潜水艦一のうわばみ』の称号まで獲得した。

 それだけに、翌朝は酷い有り様である。

 

「うぅ~。頭が痛い……」

「もう、イヨちゃんあんなに飲むから」

 

 はい、と二日酔い用の薬を差し出す伊13。先ほど伊8からもらってきたものだ。伊19や伊58がよく二日酔いになるので、潜水艦寮でも常備するようにしているらしい。

 

「おはよう。イヨはさすがにまだ調子が悪そうですね」

 

 ロビーに顔を出すと、新聞を読んでいた伊8が声をかけてきた。

 

「出かけるのは午後からだから、それまでに調子戻しておいてくださいね」

 

 コーヒーとライ麦パンを味わいながら新聞のページをめくる様は、なんだかヨーロッパの紳士チックだった。ちなみに陸上なので当然水着姿ではない。緑をベースにした大人しめのファッションだ。

 伊8は個性派揃いの潜水艦組の中では参謀役的ポジションらしい。リーダーの伊168があたふたしながらも皆をとりまとめる役で、それを側でフォローするのが伊8のようだ。

 

「その、はっちゃんさん」

「はっちゃんでいいですよ。敬語使われるとなんだか照れます」

「その……はっちゃん」

「はい」

「出かけるというと、どんな……?」

「簡単な定期哨戒任務です。他の水上艦組も勿論哨戒してるけど、海の中から見えるものはまた少し違うので。実際戦闘になることは滅多にないですよ」

「今日は私とはっちゃん、それから二人の四人で行くからねー」

 

 と、台所で調理中の伊168が会話に入り込んできた。

 

「昨日は艦隊全体と潜水艦寮での挨拶が中心だったから、この泊地での本格的な生活は今日からよね」

「はい」

「ちょっと大変かもしれないけど、今日はこの泊地で潜水艦が普段やってること一通り説明するつもりだからよろしくね」

 

 言いながら伊168は手招きした。それに応じて伊13が覗き込むと、香ばしいベーコンの香りが漂ってくる。

 

「ということで早速だけど、台所の使い方から説明するわね。潜水艦は割と単独任務多いから、寮は一人でそれぞれ使いこなせるようにならないと駄目よ。いや、大鯨が掃除とか洗濯はやってくれてるんだけど……」

 

 伊168からてきぱきと説明を受けてメモを取る伊13。

 その間に伊14がなにをしていたかというと――。

 

「ううぅ、あーたーまーがー」

 

 横になりながら、頭を抱えて悶えていた。

 

 

 

「よーっし、早く行こうよ!」

 

 午後になるといつの間にか伊14はけろっと回復していた。

 

「二日酔いにはなるけど立ち直りは早いのね」

「いやー、立ち直れないくらい酔うならお酒にはまってないよ」

 

 豪快に笑い飛ばす。伊168と伊8は「おぉー」と妙な感心の仕方をしていた。

 四人はそれぞれ艤装を展開すると、泊地脇の桟橋から海に飛び込んだ。

 

「それじゃ行くよ」

 

 伊168が先導する形で海中に潜り込む。他の三人もそれに続いた。

 泊地近海の海中は綺麗だった。エメラルドの海の中には大小様々な生き物が暮らしている。水上艦が目にすることのない世界だ。

 全員が潜航したことを確認すると、伊168は海中を進み始めた。一定時間進むと浮上して休憩を取る。そして再び潜航する。潜水艦の哨戒任務は基本的にこの繰り返しだ。

 

「ポイントは浮上時するとき敵に見つからないような場所を選ぶってところね。泊地近海のお勧めポイントは今日一通り教えるから覚えて」

「お、覚えられるかなあ」

 

 伊14がこれまで教わったポイントを思い出しながら不安そうに言った。

 

「割とどこも特徴があるから覚えやすいですよ。それに厳密に覚えなくてもだいたいの場所が分かれば問題ないです」

「そうね。そのときの状況次第で少しポイントずらすこともあるし。どちらかというと何故お勧めなのかを覚える方が大切かな」

「……ところでイムヤ。もっと大切なこと、そろそろ二人にも教えてあげないと」

 

 と、そこで伊8がにんまりと笑みを浮かべた。

 

「もっと大切なこと?」

「な、なんでしょう……」

 

 様子の変わった伊8に、伊13と伊14は警戒の色を見せた。

 

「はっちゃん、変な顔しないの。二人とも驚いてるじゃない」

 

 伊168に平手チョップを受けて伊8は頭を押さえた。

 

「いたた。冗談ですよ。そんな怖いことじゃないです。むしろ『オイシイ』ことです」

「これを使って魚を捕まえるの」

 

 と、伊168が腰に下げていた袋から取り出したのは網と銛だった。

 

「ただ海中哨戒するだけじゃ退屈だからってゴーヤとイクが言い出して、任務のついでに漁もすることにしてるの。ソロモン諸島の許可を得てやってるから取り過ぎには注意だけど」

「沢山取れたら島の人とトレードしてるんですよ。たまに島の外の人に売って現金化することもあります」

「はっちゃんの書籍購入資金ってだいたいコレだもんね」

 

 伊8の趣味は読書で、潜水艦寮の彼女の私室は泊地第二図書館と言われるくらいの書物があるらしい。

 

「へえ。それじゃいっぱい捕まえたらお酒いっぱい買えるかもしれないね」

「……イヨちゃん」

「な、なにさー。別に良いじゃん、自分で働いて得たお金で何買ったって。姉貴だって好きなもの買えるんだよ?」

「あはは、イヨは乗り気ね。けど――任務のついでだからって、漁は簡単じゃないわよ?」

 

 伊168が不敵な笑みを浮かべる。

 

「お、そう言われたら私は燃えちゃうよ!」

 

 腕まくりのポーズをする伊14。そんな妹を心配そうに見つめる伊14。

 

「それじゃ、今日はこの辺りでトライしてみよっか」

 

 伊8がのんびりとした調子で言った。

 

 

 

「なんの成果も得られなかった……」

 

 夜。潜水艦寮に戻ってきた伊14はソファーで横になりながらぐだっていた。

 魚たちは意外と警戒心が強く動きも鋭敏で、こちらが近づくとすぐに逃げてしまうのだった。

 どうにかこうにか取ってやろうと奮闘したのだが、結局上手くいかないまま終わってしまった。

 

「まあまあ。はい、これあげるわ」

 

 一方、伊168と伊8は慣れた様子で小魚からそれなりの大きさの魚を取っていた。

 今差し出したのは、そうした魚の刺身である。

 

「漁に関してはゴーヤとイクが凄く上手いから、二人から教わるといいわよ。今日は遠出してていないみたいだけど」

「いつかリベンジする……。あ、これ美味しい」

 

 刺身を一つ口にした途端、伊14の表情が綻んだ。

 そこに何冊か本を抱えた伊13が戻ってきた。

 

「あれ、姉貴それどうしたの?」

「はっちゃんから借りてきたの。本を大事にするならいつでも貸してくれるって」

「へえ。今度私も貸してもらおうかな」

「……イヨちゃん、本は大切にね?」

「な、なにさ。大切にするって。本当だよ?」

「あえて念押しすることで一気に胡散臭くなったわね……」

「なにをぅ、イムヤまで!」

 

 ぶぅ、と膨れる伊14。そんな彼女を見てクスっと笑う伊13。

 他の水上艦とはやや異なるが――彼女たち潜水艦組も、日々こんな感じでそれなりに楽しくやっているのだった。



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テスト前の戦争(深雪・卯月・涼風・朝霜・鬼怒)

フォローしておくと、今回名前が挙がった子たちは学校にあまり来てないので授業の理解が他の子に追いついてないという扱いです。やればできるのです。


 S泊地では人間のスタッフや練習巡洋艦が教師役を務める学校がある。

 学校といっても、必修科目は一週間のうち数時間だけで他は自由学習だ。どちらかというと塾に近いスタイルである。

 そんなスタイルでやっているから、自然とやる気のある者ない者で学力差が開いてくる。

 

「……えー、そんなわけで。現状皆の学力がどの程度なのかを調べるためにテストを行う」

 

 その日の教師役である板部の発表に、ざわついていた教室が静まり返った。

 この学校制度が始まって何年も経つが、テストは数えるくらいしか実施したことがなかった。

 皆それぞれ自由に学力を伸ばしてくれればそれでいいと思っていた――というのは勿論建前で、教師役が問題を作るのが面倒だったから、というのが主な理由である。

 

「そんなのやらなくていいじゃん……先生たちだって面倒でしょ」

 

 望月がぶーたれながら反対意見を述べる。板部は何とも言えない表情を浮かべた。

 

「提督からの指示なんでな。皆がどれくらいの学力か確認しておきたいんだよ。あまりに低いと戦後の身の振り方に困ることになるだろうからな」

「むう」

「そんなわけで観念しろ。ちなみに点数が基準点未満だったら補習だ」

「えー、横暴だ。日頃の任務はどうするのさ」

「補習を受けるときは有休扱いにしておく」

「えぇぇぇ」

「基準点以上を取ればいいんだよ。ちゃんと勉強してれば十分取れるラインにしておく」

「基準点って何点ですか?」

 

 村雨の質問に、板部は渋い顔をした。

 

「これも提督の指示だが基準点は事前に公表するなと言われてる。言ってしまうとギリギリ基準点取ればいいやってなる奴が出てくるだろうから……だそうだ。まあ、俺が学生の頃とか実際そんな感じだったからな。反論できんかった」

「お富士さん厳しいわねえ」

 

 しかめっ面の提督の顔を脳裏に浮かべて、教室にいる全員が溜息をついた。

 

「科目は国語・数学・英語・理科・社会の五つだ。大まかな範囲はそれぞれ担当の先生から発表がある。テスト開始は一週間後だからそれまでに復習しっかりとやっとけよ」

「はーい」

 

 真面目に復習しようとする者、補習でもなんでもいいよと投げやりになっている者など反応は様々だった。

 

 

 

 その夜。

 とある建物の片隅の小部屋にこっそりと集まる四人の艦娘がいた。

 

「よく来てくれた。同志諸君」

 

 なぜかサングラスをかけている深雪。

 

「なんか集まった面子から、これがどういう集まりかなんとなく分かったぴょん……」

「いやー、見事に馬鹿ばっかり集まったな!」

 

 深雪の両隣には卯月と涼風。

 

「それで、どうすんだい。今から必死こいて勉強でもすんのかい?」

 

 深雪の正面に座っているのは朝霜だ。

 

「絶対間に合わない。次の畑当番賭けてもいいぴょん」

「まーそうだろうな。それで深雪よ、どうすんだ」

 

 この四人の中では深雪がどうやらリーダー格のようだった。

 

「決まってるだろ、先生たちから問題用紙をゲットするのさ!」

「やっぱりな。けどどこに問題用紙あるのか知ってるのか?」

「さあ。けど仕事部屋か私室にあるんじゃないの?」

「それくらいしか思いつかないよなー。職員室とかってうちにはないし」

「今の時間帯、私室は危ないぴょん。皆休んでるかもしれないし」

「だな。ということでまずは仕事部屋に潜入するぜ!」

 

 方針が決まったところで全員が立ち上がり、深雪以外の三人も揃ってサングラスを着ける。

 

「テストなんてものには縛られないのさ……行くぜ、反逆の時だ!」

「おー!」

 

 やる気に満ちた声が響き渡る。

 静かにしなくていいのかとツッコミを入れる者は、ここにはいない。

 

 

 

「そんなわけでまずは香取と鹿島の仕事部屋だ!」

 

 司令部棟にある練習巡洋艦用の仕事部屋までやって来た深雪たち。

 普段香取たちはこの部屋で艦隊の育成プランや学校で使うテキスト作成等を行っている。おそらく二人の担当科目の問題用紙はここにあるだろう。

 

「……今更だけどちょっと怖くなってきたな。香取とかにバレたら凄いお仕置き待ってない?」

 

 涼風が若干及び腰になっていた。無理もない。香取は良いことをしたらとても褒めてくれるが、悪いことをしたらとてもきついお仕置きをしてくることで有名である。

 

「う、うーちゃんもうおやつ一週間抜きは嫌ぴょん……」

「正座一時間は勘弁だぜ……」

「どうしたんだよ皆、ここで怯んだら補習確定だぞ! そうなったらどっちみち香取からはきっつい説教が来るんだ!」

 

 深雪の喝に怯みかけていた一同が「ハッ」となった。

 

「そうだった。どのみちあたいらに退路はなかったな……!」

「進むしかないなら行ってやるよ!」

「突撃するぴょん!」

「よし、行くぜ!」

 

 勢いに乗って仕事部屋のドアノブを回す。

 ただ、そこで一つ大きな問題が発生した。

 

「あ、鍵かかってる」

 

 当たり前だった。

 

「……鍵ってどこにあると思う?」

「そりゃ、香取たちが持ってるんじゃないか?」

「こっそり取ってここの扉開けて気づかれないうちに元に戻す……いやいや、無理だって。無理ゲーだって」

 

 いきなり計画が頓挫した。

 

「誰かピッキングできる人」

「そんな技能持ってる人この泊地にいるのか?」

「じゃあ壁通り抜けられる人とか」

「もっとありえないぴょん!」

 

 このままでは補習コース待ったなしである。そうなれば有休が無駄に消費されてしまう。お説教も間違いなしだ。

 どうにかしなければ――必死に思いを巡らせる。

 

「どうやらお困りのようだね」

 

 そこに、新たな人影が一つ加わった。

 

「あ、アンタは……鬼怒!」

「そう! 前回見事に補習をくらって長良姉と五十鈴姉に説教をくらった鬼怒さんだよ!」

 

 高らかな宣言と共に現れた鬼怒は、手にじゃらりと鍵束を持っていた。

 

「それは、まさか……」

「ふふん、司令部棟の鍵だよ。今日の見回り当番は鬼怒だからね、持っていて当然なのさ」

 

 そう言って鬼怒はニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ探索といこうか」

「鬼怒もワルだなあ!」

 

 部屋の鍵を使って、ゆっくりと扉を開ける。

 

「……」

 

 中には、ヘッドホンをつけながら業務に勤しむ香取と鹿島の姿があった。

 二人とも目の下にはクマが出来ている。どうやらパソコンで何かを作成しているところらしい。

 そういえばテストの件を伝えた後、板部が言っていた。「しばらくは試験問題作成で残業続きかなあ」と。

 ヘッドホンをしているからか、二人がこちらに気づいた様子はない。

 

「……お邪魔しました」

 

 バタン、と扉をそのまま閉める。

 

「……真面目に勉強しようか」

「そうするぴょん」

「やっぱ悪いことはできねえなあ」

「駄目で元々、やってやるか」

「だな……」

 

 深い後悔とともに、四人はその場を後にした。

 

 

 

 以下、今回の後日談。

 五人は一念発起して勉強に勤しんだ結果、どうにか基準点ギリギリの点数を取ることに成功した。

 ただ、無理をして勉強したせいか体調を崩し、結局有休を使って休むことになってしまったという。

 

「日頃から勉強しておくんだった……」

 

 うなされながら後悔する深雪なのだったが――それから彼女が真面目に勉強するようになったかどうかは定かではない。



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悪気はなかった(瑞鶴・瑞鳳・若葉・初霜)

瑞鶴と瑞鳳は仲のいいクラスメートくらいの距離感なイメージです。


「瑞鳳いる? ちょっとこの前の件で確認したいことがあるんだけど」

 

 その日は司令部の活動について確認したいことがあったので瑞鳳の部屋に足を運んだ。

 泊地の司令部は各艦種から最低一名ずつ選出されたメンバーで構成されている。空母では正規空母の加賀さんと軽空母の瑞鳳が選ばれていた。加賀さんは二航戦と一緒に買い物に行っているので瑞鳳の元を訪れたのだ。

 

「ず、瑞鶴!? い、いるよぅ。ちょっと待って」

 

 中からドタドタと物音がする。何をしているのだろうか。

 言われるがまま大人しく待っていると、やがて息を切らした瑞鳳がドアを開けた。

 

「お待たせ……」

「何かしてた? もし邪魔ならまた出直すけど」

「大丈夫。大丈夫よ」

 

 あははと空々しい笑みを浮かべる瑞鳳。その様子が気になったが、問題ないというならここで帰るのも変なので入室する。

 瑞鳳の部屋は相変わらず物がごちゃごちゃと置かれていた。同居人の祥鳳のエリアは綺麗に片付いているが、瑞鳳エリアは雑誌やらプラモやらで埋め尽くされている。

 

「もう少し整理したら……?」

「整頓はしてるんだけど」

「祥鳳もよく怒らないわねコレ」

「……ときどき注意はされるんだけどね」

 

 視線を逸らしながら瑞鳳が呟く。

 祥鳳は随分と瑞鳳に甘い印象があるが、さすがにこの部屋の惨状は目に余るのだろう。

 

「で、どうしたの瑞鶴」

「この前の治水工事の件だけど、島の北西エリアって誰担当かな。司令部がメンバー調整して連絡するって言ってたけどなかなか来ないから」

「あ、ごめんごめん。私もまだ確認できてないんだ。工事って明日からだよね。すぐ司令部行って確認してくるから待ってて」

 

 しまった、という表情を浮かべて瑞鳳は慌てて飛び出していく。司令部棟に向かったのだろう。

 自分も行こうかと思ったが、瑞鳳は既に駆け去ってしまった。仕方ないので部屋で待機する。

 

「けど、本当にいろいろあるわね」

 

 艦載機のものをはじめとして様々な種類のプラモが並んでいる。

 

「私たちのプラモまであるわね……」

 

 赤城・加賀を筆頭に空母のプラモが綺麗に並べられていた。サイズが違うだけで本物同然の出来栄えだった。

 

「こういうのって高いんだろうなあ。迂闊に触って壊さないようにしないと――」

 

 慎重に覗き込む。もし壊したら瑞鳳は間違いなくキレる。キレるを通り越して泣くかもしれない。それはいろいろな意味で勘弁願いたいところだ。

 そのとき、ヴゥーンと何かが震えるような音がした。

 思わず身体がびくっと反応してしまう。

 

「な、なに? ってスマホか……。瑞鳳忘れていったのね」

 

 しばらくスマホは震えていたが、やがて静まった。

 

「……ふう。急に鳴るから驚いたじゃない――」

 

 と、自分の周囲の状況を確認して、あることに気づく。

 驚いて少しだけ身体を動かした方にあった紫電改のプラモが、欠けていた。

 

「……」

 

 主脚がポッキリと折れている。

 

「の、のりはどこ!?」

 

 大慌てで室内を探し回る。

 工具箱があったので安堵したが、開けてみるとのりは入っていなかった。

 

「なんでのりないのよーッ!」

 

 瑞鳳がどれくらいで戻ってくるかは分からないが、あまり悠長に構えてはいられない。

 部屋の中が駄目なら部屋の外だ。扉を開けて廊下の様子を見る。

 ちょうどすぐそこで初霜と若葉が談笑していた。

 

「若葉、初霜! のりない!? 部屋とか!」

「お、おお?」

「ず、瑞鶴さん? 部屋にありますけど……」

 

 希望が見えた。思わず表情が綻ぶ。

 

「少しもらっていい!?」

「ど、どうぞ……。あ、持ってきます」

「急いで! 最大船速でお願い!」

「は、はい!」

 

 初霜が慌てて部屋からのりを持ってくる。

 

「最高、二人とも愛してる! 今度いいもの奢ってあげるわ!」

「は、はあ」

 

 二人は戸惑ったままだったが、詳しい経緯は説明できない。

 初霜から受け取ったのりを手に瑞鳳の部屋に戻る。瑞鳳はまだ戻ってきていない。

 

「合体ィ――!」

 

 鮮やかな手つきで主脚をくっつける。

 なんとか形は元に戻った。見た目も不自然ではないように思う。

 

「これならバレないでしょ……バレないわよね。バレない。うん、多分、大丈夫」

 

 ヒーヒー言いながら一仕事終えたような達成感に浸る。

 ちょうどそのとき「ただいまー」と瑞鳳が戻ってくる。間一髪だった。

 

「お、おかえり……」

「あれ、どうしたの? なんかすごい疲れてるみたいだけど」

「い、いえ。なんでもないのよ。オホホホ」

「……なーんか怪しいなぁ」

 

 瑞鳳が疑わしげな眼差しをこちらに向けてくる。

 

 ……大丈夫。バレない。バレないってば。

 

 自分に言い聞かせつつ、瑞鳳から治水工事メンバーが書かれた書類を受け取る。

 

「ところで瑞鶴、なんでさっきからそのポジションを堅持してるのかな?」

 

 無意識に紫電改を隠すような位置取りをしていたらしい。それが却って瑞鳳に不審がられてしまったようだ。

 

「い、いや……ナンデモナイヨ」

 

 これ以上隠すのは無理だ。バレるかもしれないが、そこは祈るしかない。

 そろりそろりと足を動かしながら移動する。

 

「……んぅ?」

 

 と、瑞鳳が紫電改に鋭い視線を向ける。

 心臓がバクバクと悲鳴を上げている。これほどドキドキしたのはいつ以来だろう。

 だが、瑞鳳の口から出てきたのは意外な言葉だった。

 

「あれ。直ってる」

「――はい?」

 

 瑞鳳が「いやー」とばつの悪そうな表情で説明した。

 

「これ実は藤堂さんのなのよ」

 

 藤堂というのは泊地のスタッフだ。本業は建築士だがインフラ関係全般を支えてくれる有能な人である。ただ偏屈なところがあって慣れないと付き合いにくい類の人だが。

 

「あの人もプラモ好きなんだ」

「私とはキャリアが違うよ。プレミアものもいっぱい持ってるからときどき見せてもらったり借りたりしてるの。けど……その、さっき寝ぼけてて、つい」

「やってしまったと」

「のりもなくてどうしようかと思ってたところに瑞鶴が来たのよ」

 

 部屋に入る前にドタバタしてたのはこのことだったのか。

 

「……なによ、心臓に悪い。瑞鳳を怒らせるか泣かせるかするんじゃないかって冷や冷やしたのに」

「あはは、ごめんごめん。でもこれならどうにか――」

「――誤魔化せそう、かね?」

 

 不意に扉が開き、噂の藤堂が姿を現した。

 

「と、藤堂さん!? 返却期限は明日だったはずじゃ……!」

「本土に戻る用事ができたから実家に持って帰ろうと思ったのだ。だから早めに取りに行くと、先ほどメールをしたのだがね」

 

 さっき瑞鳳のスマホが鳴っていたのは藤堂からのメールが原因らしい。

 

「ところで君たちの声はよく通るな。うん? 盗み聞きするつもりはこれっぽっちもなかったのだがね。どうも良くない話が聞こえた気がするのだが――」

「あ、あっはっはっは」

「ハハハハ」

 

 藤堂が笑いながらどこからともなくドライバー類を取り出して構えた。

 

「解体してやる。なに、壊しはせん。それはモデラ―として恥ずべきことだからだ。ただ、全部一から作り直さないと駄目な状態にしてやる! あとついでにパーツ混ぜ合わせてどれがどのパーツが判別困難な状態にしてやる――!」

「きゃあぁぁ、それはやめてぇぇ!」

 

 藤堂の奇声と瑞鳳の悲鳴が寮に響き渡る。

 何事かと部屋の様子を見に来た若葉と初霜の肩をそっと抱いて部屋を後にした。

 

「ず、瑞鶴ー! 助けてー!」

「瑞鶴、あれはいいのか?」

「……いいのよ。あれは。それより約束通り間宮で何か奢ってあげるわ。行きましょ」

 

 美味しいおやつが待っている。

 今はそのことだけを考えようと心に誓うのだった。



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返礼は心を込めて(最上・扶桑・山城)

呪いの人形は教会で適切に処分しました。


「このままじゃ最上型存続も危ういんだよ」

 

 沈痛な面持ちでそう呟くのは最上型のネームシップである最上その人だった。

 ここは鳳翔さんが営んでいる小料理屋である。最上の正面に座っているのは扶桑と山城だった。

 

「ええと……何があったの、最上?」

 

 扶桑たちの頭上には、はてなマークが浮かんでいた。最上から相談があると言われてここに来たばかりである。いきなり存続の危機と言われても状況がよく分からない。

 

「実は三隈たちを怒らせちゃったんだよね……」

「何したのよ、あなた」

「結論だけ先に言うと、ホワイトデーのお返しに失敗したんだ」

 

 理由を口にした途端、扶桑たちの眼差しに非難の色が加わった。

 

「それは最上が悪いわ」

「ちょっと待ってよ、少し言い訳もさせて欲しい。実はボク、ホワイトデー当日は護衛任務で泊地を離れてたんだ」

 

 それは扶桑たちも知っていた。食堂に居合わせた鈴谷たちが話しているのを聞いたのである。

 

「で、護衛任務で立ち寄る予定だったところで何か買おうと思ってたんだけど、なかなか良いのが見つからなくて」

「それで何も買わずに手ぶらで帰ってきたと」

「いや……今思えばその方が良かったのかもしれない」

 

 そう言って最上はポケットから何か形容しがたい人形を取り出して見せた。

 

「何か買わなきゃと思って適当に選んだんだけど……」

「これ選んだの?」

「なんか呪われそうなデザインね……」

「実際そういうものだったらしいんだよ」

 

 最上が困ったように頭をかく。

 

「なんか面白い形してるなーと思って買ったんだけど、これどうやら呪いのアイテムらしくてさ。見た目だけでもドン引きされたんだけど、たまたま居合わせた島の人に『それ持ち主に不幸をもたらす道具だから早く捨てなさい』って言われちゃって……」

 

 そんなことがあったのでは誰だって怒る。

 

「最上に悪気があったわけではないとしても、これは何かアフターケアが必要ね」

「そうなんだよ。けど、こういうときどうしたら良いか分からなくてさ……」

「それで相談に乗って欲しい、ということだったのね」

 

 とは言え扶桑たちもそこまでこの手の話に強いというわけではない。

 

「うーん……やっぱり普通に、お返しのリベンジをするしかないんじゃないかしら」

「リベンジか……。そうだよね。なんかもう後がないから怖い気もするけど」

「よっぽど変なものを選ばなければ問題はないと思うけど。最上は何か案持ってるの?」

 

 山城の問いに最上は頭を振った。

 

「キャンディ・クッキー・マシュマロとかそういう定番のしか思い浮かばない」

「別に奇をてらう必要もないしその中から選べばいいんじゃない?」

「そっか。何かプラスアルファを用意した方が良いのかなと思ったけど」

「その手の配慮は余計な失敗を生むだけだと思うの」

 

 少なくとも、一度失敗している現状そんなリスクを抱え込むのは得策ではない。

「分かった。それじゃキャンディを用意しよう!」

 

 

 

「では折角ですし三隈さんたちの顔が描かれたキャンディを作ってみましょうか」

 

 突然の提案に最上たちの動きが止まった。

 ここは教会の側にある台所である。普段はここで教会を訪れる人々や艦娘のためのお菓子や料理を作っているという。

 最上たちはここでシスター・伊東珠子にキャンディの作り方を教えてもらっていたのである。

 

「……えーと。それって簡単にできるの?」

「意外と簡単ですよ。大丈夫です、私がお手本を見せますので」

 

 シスター珠子はとても若々しいが、様々な事柄に詳しい。お菓子作りもお手の物で、てきぱきと手を動かしてあっという間に最上の顔が描かれたキャンディを作ってみせた。

 

「はい、こんな感じです。簡単でしょう?」

「ま、まあなんとかできそう……かな」

 

 出来上がった自分の顔のキャンディを眺めながら最上が頷いた。

 

「綺麗に描けたら三人とも喜びますよ」

「うぐっ……」

 

 無自覚にプレッシャーをかける珠子に最上は胸を押さえた。意外とプレッシャーには弱いのである。

 

「こんなことなら秋雲に絵の勉強教えてもらっておけば良かったかもしれない」

「大丈夫よ最上」

「そうよ、なんとかなるわ」

「完全に他人事モードになってるよね二人とも!?」

 

 扶桑と山城は最上とは別に独自のキャンディを作っていた。

 

「私そこまで器用ではないけど、こんなのが出来たもの」

 

 そう言って扶桑が披露したのは扶桑型の艦橋を模したキャンディだった。妙に精巧な作りをしていて、むしろ食べにくい。

 

「では最上さんもチャレンジしてみましょう」

「が、頑張ります……」

 

 とにかく変な形にならないように――それを徹底的に心掛けながら時間をかけて作業を進めていく。

 やがて日が暮れる頃、どうにか三人分のキャンディが出来上がった。何度も念入りに確認してみたが、描かれた顔に不自然な点は見受けられない。

 

「お疲れさまでした、バッチリですね」

「ありがとうございます……。あとはどうやって渡すかだなあ」

 

 あれ以来、三隈たちとは顔を合わせにくくなってしまっている。直接渡すよりもこっそり置いておく方が良いのではないか、という気もしていた。

 しかしそんな最上の考えは、その場にいた全員に却下された。

 

「駄目よ最上、そこはきちんと真正面から渡さないと」

「姉様の言う通りよ。きちんと謝らないと」

「皆さんも直接渡してくれた方が喜ぶと思いますよ」

 

 退路が完全に塞がれる形になり、最上はお腹を押さえた。どうやら胃が痛くなったらしい。

 

「うう……で、でも確かに三人の言うことはもっともだ。直接渡さないと駄目か……」

 

 うん、と頷いて頬を叩いて気合を入れる。

 

「ありがとう、それじゃ三人に渡してくるよ! 今回のお礼はまた今度ね!」

 

 そう言って最上はキャンディを詰めた袋を持って駆け出していった。

 

「まったく、世話が焼けるわね……」

 

 そう言った山城の表情には、どこか安堵の色が見えた。

 

「青春って感じがしますね」

 

 珠子がニコニコしながら言う。

 

「それじゃ山城、私たちも行きましょうか」

 

 と、扶桑が大きめの袋を掲げる。

「……姉様、それは?」

「扶桑型艦橋キャンディ、とりあえず西村艦隊皆の分を作ってみたの。皆喜んでくれるかしら」

「なにしてるんですか姉様」

 

 

 

 以下、今回の後日談。

 一生懸命作ったキャンディをプレゼントしてもらったことで、最上型分裂の危機はどうにか避けられた。

 一方、なぜか泊地ではしばらくの間、様々な種類の艦橋キャンディが流行ったという。



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都会は遠い(五十鈴・名取・大淀)

PR活動とかはもっぱら横須賀辺りが担当してそうなイメージです。


「また三越と組んでのPRね……」

 

 泊地内に貼り出されたポスターを見て五十鈴が溜息をついた。

 そこに映し出されているのは榛名である。もっともここの榛名ではなく、横須賀の榛名だ。同じ艦の艦娘ではあるが、顔つき等細かいところに違いがある。

 

「私もたまには東京行ってお洒落な買い物でもしてみたいわ……」

「相当長い有休もらうか飛行機手配するかしないと駄目だね」

 

 名取が残念そうに言った。

 飛行機なら乗り継ぎの待ち時間にもよるが、片道数日程度で東京まで行ける。夏冬それぞれ東京に行っている秋雲が使っているルートがこれだ。ただし深海棲艦の存在によって空の旅も安全とは言えなくなっており、その影響で料金が深海棲艦出現前と比べてもべらぼうに高い。

 安上がりで済ませるなら自力で海路を行く方法だ。しかしパプアニューギニアや台湾を経由して日本に行こうとすると片道だけで十日以上かかってしまう。往復することを考えると一ヵ月近く休みを取らないといけない。私用でそこまで休みを取って東京まで行く艦娘は今のところ皆無である。

 

「ここも悪くないんだけど、なんかずっとこう大自然の中にいると、たまに都会の喧騒が恋しくなるのよね」

「逆に横須賀の子たちはこっちの自然に憧れてるみたいだけどね」

「ないものねだりってことは分かってるのよ。でも憧れるのよ!」

 

 五十鈴が拳をわなわなと震わせる。

 

「基本うちは『ないものは自分たちで作れ』がモットーだけど……さすがに三越は持ってこれないかな」

「無理無理。海外出店してるって聞いたことはあるけど、こんな人の往来が少ないところに誘致するなんて無茶だわ」

 

 泊地ができる前に比べれば格段に人の往来は増えたらしいが、それでも店を構えてやっていけるほどではない。

 

「そもそも人ってどうやったら来てくれるようになるのかな?」

「そりゃ、それこそPRいっぱいしてこの泊地がいかに良いところかを宣伝していくしかないんじゃない?」

「良いところ……」

 

 名取が首を傾げる。外部の人にお勧めできるようなポイントが思い浮かばないらしい。

 

「住むには良いし会社としても悪くはないと思うけど……第三者にアピールできるところってあるかなあ」

「強いて言えば間宮食堂と居酒屋鳳翔だけど……あんまり客増やして負担かけさせたら悪い気もするのよね」

 

 どちらも外部の客まで想定した規模ではない。あくまで泊地内の人々をサポートすることを想定した施設だ。

 

「PR活動、面白い試みだと思います」

 

 と、そこに突如大淀が顔を出した。

 

「びっくりした。いつから聞いてたのよアンタ」

「割と最初から。ところで五十鈴さん、名取さん。実は私もこの泊地は常々アピールが欠けていると考えていたのです」

「は、はあ」

 

 二人は眼鏡をきらりと光らせる大淀に圧された。

 彼女は提督や叢雲と並んでこの泊地の運営の中心人物で、特に資金管理・運営を主な担当としている。決して潤沢とは言えない資金のやり繰りには常々苦労しているようで、時折飲み仲間と深酒をしている姿が目撃されていた。

 

「そもそも横須賀がPR活動に勤しんでいるのは、艦娘という存在を人々に受け入れてもらおうという表向きの狙いの他に、企業とのコラボレーションで収入を得ようという裏の目的もあるのです」

「そ、そうなの?」

「そうに違いありません。でなければあんな贅沢な施設が、設備が揃えられましょうか!」

 

 大淀は肩を震わせた。

 

「そんなわけで私も何かとコラボしたいと考えていたのです。なぜか歴代の提督や叢雲さんには毎度却下されていましたが」

「え、なんで?」

「他にもっとやることがあるから、だそうで」

 

 確かにこの泊地は常にやることが山積みだった。深海棲艦との戦い、近海の防衛、日頃の訓練は当然として、泊地の設備拡張、島の人々の支援、ソロモン政府からの依頼遂行等。なかなか広報活動までしている暇はなかったのだろう。

 

「しかし最近は泊地の設備も十分なものになってきてますし、ソロモン政府からの急ぎの依頼なんかもありません。艦隊の練度も大分高水準になってきましたし、そろそろ資金面の安定化を狙って本格的に動いていくべきだと思うのです!」

「わ、分かった。分かったから!」

 

 落ち着けどうどうと五十鈴が興奮気味の大淀を宥める。

 日頃よほどストレスが溜まっているのだろう。今度久々に飲みに付き合ってやった方が良いだろうかと考えてしまう。

 

「でも企業と組んでのコラボって、大分お金とかかかるんじゃないですか……?」

「大々的なものは無理ですね。うちの予算じゃそんな大それた企画は展開できません」

 

 大淀がずばっと言い切った。定期的に予算状況は泊地内の艦娘に知らされるが、確かに赤字になるかならないかというケースが多かったような印象がある。

 

「まずはお金をほとんどかけずに工夫でどうにかなりそうなところから攻めていくのが良いですね」

「それが簡単にできれば苦労はしないわよ……って言ったら話が進まないか。そうねえ」

 

 五十鈴も唸りながらいろいろと思索してみるが、これといった案は出てこない。

 

「あっ、珠子さんにお願いしてみるのはどうかな?」

 

 名取がポンと手を打った。

 珠子というのはこの泊地内の教会のシスターだ。

 

「珠子さん、ときどきお菓子作って島の人たちに配ってたりするでしょ? ホニアラに行くときはそっちでも配ってるって言うし。それをもう少し本格的にやってみる、とか」

「なるほどお菓子ですか。この泊地オリジナルのお菓子とか作れば知名度向上にも繋がりますし、そこまで予算もかからないので良いかもしれませんね」

「その代わり経験は必要だけどね」

 

 本格的にやっていくなら相応の人数でお菓子作りに挑まねばならないはずだ。

 お菓子作りの経験がある者をある程度揃えなければならない。

 

「ちなみにお二人は? あ、私はさっぱりです」

「私もあんまりできないわよ」

「わ、私は少しなら……」

「おお!」

 

 控えめに言った名取の手を、大淀ががっしりと掴んだ。

 

「では早速他のメンバー探しといきましょうか、名取さん。あ、今お時間空いてますか?」

「え? あ、はい」

 

 そこで空いてないと言えない辺りが名取の性格を表していた。

 

「では五十鈴さん、妹さんを少しお借りしますね」

「あー、はいはい。あんまりこき使っちゃ駄目よ」

「善処します!」

 

 すっかり乗り気になってしまった大淀に引きずられていく名取を見送りながら、五十鈴はぽつりと呟いた。

「名取一人だけじゃ潰れそうだし、後で由良と阿武隈も派遣しておくべきかしら……」

 

 

 

 以下、今回の後日談。

 大淀プロデュースで作られた泊地煎餅は物珍しさもあってソロモン諸島内でそれなりに高評価を得た。

 ただ、見た目は完全に普通の煎餅だったためPR効果は薄く、泊地を訪れる人の数はさして変わらなかったという。



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馬鹿を見るのは誰だ(敷波・イタリア・ローマ・初風・天津風・時津風・吹雪・叢雲)

四月馬鹿の嘘は嘘だと分かった後についた側つかれた側が笑えるようなものが理想形ですね。なかなかそういうのって難しいですが。


 月が切り替わった日の朝。

 敷波はやや緊張の面持ちで寮のリビングに降りてきた。

 

「あら敷波、おはよう」

 

 最初に気づいて声をかけてきたのはテーブルで食事中のローマだった。

 向かいにいたイタリアもすぐに気づいて手を振ってくる。

 

 ……うーむ。

 

 表面上はにこやかに手を振り返る敷波だったが、内心では二人の一挙一動を警戒していた。

 なにせ今日は四月一日――即ちエイプリルフールだ。いつ誰が自分を騙そうとしてくるか分からない。

 と、そこで敷波は妙な点に気づいた。イタリアたち席にあるのがコップではなく湯呑なのだ。

 中身は緑茶らしい。

 

 ……これは、ツッコミ待ちからの嘘というパターンかな。

 

 迂闊に「あれ、お茶好きでしたっけ」と声をかけようものなら「そうなの」と返されるかもしれない。

 よく見ると二人とも若干そわそわとこちらの反応を待っているようにも見える。

 

 ……ふっふっふ、その手には乗らないよ。

 

 内心で勝利の笑みを浮かべながら、敷波は湯呑には触れず、

 

「二人は今日は演習なんだっけ」

 

 と、まったく別の話題を振った。

 

「ええ。最近入った子たちの教導艦ということで」

 

 イタリアたちは二人とも所謂『指輪持ち』だ。既に十分な練度に達していると見て良い。そういった艦娘は他の艦娘の指導を務めることも多い。最近入った伊13・伊14・松風・藤波の担当は二人が務めていた。

 

「ところで敷波、あなたは何を食べるの?」

「んー、今日は残り物のサラダと目玉焼きでいいかな。この後少ししたら出かけないといけないし」

「そ、そう。飲み物なんかはどう?」

「飲み物? 特に決めてないけど」

 

 イタリアの質問そのものに意味はない。ただ質問に合わせてローマがこれ見よがしにお茶をすすり始めた。興味を引きたいのかもしれない。

 

 ……悪いけど、あたしは馬鹿にはならないよ。

 

 視線を二人から外して黙々と冷蔵庫を漁る。

 

「おっはよー。今日も良い朝だね~」

 

 そこに陽気な声の時津風が顔を出した。初風と天津風も一緒だ。

 ちなみに、かつて彼女たちと同じ駆逐隊を組んでいた雪風は泊地の切り札とされる第一艦隊所属で、寮が違う。

 

「おはよう皆、三人揃ってお出かけ?」

「はい。今日は非番なので、第一艦隊の島風と雪風を誘って五人でブイン基地に遊びに行くんです」

「ブインに?」

 

 ブインはここから一番近い艦娘たちの拠点だ。距離だけで考えるならソロモン諸島の首都であるホニアラよりもずっと近い。

 それだけに互いの交流は頻繁に行われている。向こうから遊びに来る子もいれば、その逆もまた然り。

 

 ……本当っぽい話だけど、無条件で信じると痛い目を見る。

 

 天津風の証言に警戒しながら、敷波は朝食の準備を済ませてテーブルについた。

 

「でも第一艦隊ってしばらく忙しそうにしてなかったっけ。年度末だからってやること多いって吹雪がぼやいてたよ」

「一応一区切りつけることはできたみたいよ。まあ司令部付きの叢雲たちはまだ大変そうだけど」

 

 初風が補足してくれた。これも嘘ではなさそうに思える。

 

「あれ、ローマさんお茶好きだったっけ?」

 

 と、そこで時津風がローマの異変に気付いたらしい。

 ローマの表情が若干嬉しそうに綻んだ。

 

「ええ、最近少し――」

「お茶はいいよねえ、心が癒されるよー。結構雲龍が凝っててさー」

 

 ローマが言い切る前に時津風の早口が炸裂した。

 

「ときどき変な試作品作ってくるのが玉に瑕だけど基本美味しいからさ、今度一緒に飲みに行こうよ」

「えっ……そ、そうね」

「約束だよー。雲龍にも話しておくね」

 

 あまり時間がないのか、三人はそのまま出かけていってしまった。

 

「……本当のところお茶得意なんですか?」

 

 ぼそっと敷波が尋ねると、ローマは何とも言い難い表情を浮かべた。

 

「嫌いではないけど、そこまで好きでもないというか……」

「でも、今からじゃ嘘でしたって言い難いわね」

 

 イタリアが困ったような表情を浮かべる。

 

「ま、まあでも少し付き合うくらいなら大丈夫よ」

 

 強がるローマに内心ドンマイと声をかけつつ、敷波は朝食を進めた。

 今日は少し用事があるのだ。

 

 

 

「お待たせー」

 

 寮から出て向かった先は司令部棟だった。

 そこには吹雪型・綾波型・暁型の面々が揃っている。

 ただ、叢雲だけがいなかった。

 

「叢雲は?」

「休憩中。最近働き詰めだったから古鷹さんに連れ出してもらったところ」

 

 吹雪が状況を説明する。予定通りということらしい。

 

「それじゃ早速着替えようか」

 

 数分後、そこには叢雲と同じ制服姿のメンバーが揃っていた。

 否、制服だけではない。全員カツラを装着して、見た目も叢雲そっくりになっている。背丈等々異なる部分も沢山あるが、さすがにそこはどうしようもない。

 発案者の吹雪曰く「偽叢雲ちゃん大量発生で本物に休んでもらおう計画」らしい。ネーミングがそのまんま過ぎるが、発想自体は悪いものではなかった。

 この泊地は何度か提督が変わっていることもあって、最古参かつ歴代提督の補佐役だった叢雲に頼る部分が非常に大きい。それだけに叢雲は年中忙しそうにしていた。

 そんな妹を見かねた吹雪が企画したのがこの計画である。当然他の司令部メンバーには根回し済みだ。

 

「叢雲もビックリするだろうね。帰ってきたらこの状態だもん」

 

 敷波がそう口にしたとき、ちょうど扉を開けて叢雲が部屋に帰って来た。

 

「……」

 

 部屋に入ってこちらを眺めた叢雲は、不思議なものを見るような目で一同を見渡す。

 計画が上手くいったと思った吹雪たちが笑みを浮かべて説明をしようとした、そのときだった。

 

「――皆さまは、どなたですか?」

「……え?」

 

 普段の叢雲からは想像もつかない口調だった。

 

「あの、なぜ私と同じような恰好をされているのでしょう。もしかして私のことご存知なのでしょうか」

「む、叢雲……?」

 

 思わぬ反応に全員が戸惑った。

 そのとき、叢雲の後ろに古鷹が現れた。

 

「古鷹さん、叢雲がなんか変なんだけど……」

「実は、休憩に連れていこうとしたら途中で叢雲ちゃんが倒れて……。意識は戻ったんだけど、こんな調子に……」

「あの、すみません。なにか……ご迷惑をおかけしているみたいで……」

 

 叢雲が申し訳なさそうに俯く。

 

「何も、覚えてないの……?」

「そうみたい。自分のことも、私のことも――」

 

 古鷹が辛そうな表情で視線を僅かに逸らした。

 

「そんな……! 叢雲ちゃん、お姉ちゃんだよ! 私、吹雪だよ!」

「あ、あたしは妹……みたいなもんの敷波だよ! 割と付き合い古いんだぞ!」

 

 吹雪と敷波が両サイドから叢雲の肩をがしっと掴んだ。

 

「そ、その……ごめんなさい。思い出せなくて」

「そんな……」

「嘘だろ……」

「――嘘よ」

 

 と、そこで叢雲の声色と表情が百八十度変わった。

 吹雪や敷波たちが「へ?」という声を上げるのと同時に、何人かが堪えきれずに笑い出した。

 

「安心しなさい、嘘だから」

「そんな、ひどい!」

「そうだそうだ!」

「ふっふっふ、私を出し抜こうとしてたみたいだから古鷹にも協力してもらってカウンターを仕掛けたのよ。何人かは気づいてたみたいだけどね」

 

 見ると、白雪・磯波・綾波・電はちょっと申し訳なさそうに笑っていた。他はこちらと同様に驚いている者が大半である。初雪と響だけは何とも読み取りがたい表情だったが。

 

「そっか、見破られちゃってたか……」

 

 がっくりとする吹雪に、叢雲はコホンと咳払いをした。

 

「偶々よ。なんか長門と古鷹がコソコソやってるなと思ったから。知らなかったら私も驚いてたかも」

「ごめんねー、私のせいだったみたい」

 

 古鷹が頭を下げる。

 

「まあ正直ビックリはしたんだけどね。この企画力。……で、今日はこれで仕事手伝ってくれるんでしょ?」

「え、うん。そのつもりだったけど」

「これだけいるなら早めに片付けられるかもね。それ終わったら久々にどこか遊びにでも行きましょうか」

 

 叢雲からの提案に、一同は笑って頷いた。

 

 ……ま、馬鹿を見るのも悪いもんじゃないのかな。

 

 互いに笑い合う吹雪と叢雲を見て、そんなことを思う敷波なのだった。



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プロジェクトS~技術者たちの挑戦~(鈴谷・最上・初春・夕張・大鳳)

改二おめでとう鈴谷。ちなみに航巡版も捨てがたいので予備鈴谷も育て始めました。


 ソロモン諸島、S泊地。

 その一角には厳重なセキュリティで守られた工廠があった。

 そこでは艤装の改修、装備の開発といった定常業務と――新たな一歩を踏み出すための挑戦が行われていた。

 艦娘たちの新たな可能性を生み出すための、艤装改造案の作成である。

 艤装は艦娘が現世で受肉する際に必要となる依代であり、彼女たちのコアとも言えるものだった。単なる基本兵装ではない。

 艦娘に何ができるのかは艤装によって決まると言っても過言ではない。どれだけ射撃能力が優れていても駆逐艦の艤装では長距離射撃は行えない。自分の艤装とマッチしない艦載機は絶対に扱うことができない。それくらい艤装は重要なものだった。

 改造というのは、その艤装をベース部分から変えてしまおうという行いである。部分的な修正を行う改修とはまるで違う。改修が成長であるならば、改造は転生と言っても過言ではない。

 リスクは高いが、リターンも大きい。

 そして、改造案を作成する技術者たちの役割は、そのリスクを限りなくゼロに近づけることなのだった。

 

「……うん、いや、それは分かったんだけど」

 

 目の前で熱く語る技術部員・最上に対し、鈴谷は若干戸惑いがちの表情を浮かべた。

 

「結局、私はなんで呼び出されたの?」

 

 この泊地には様々な技術の発展を志す技術部という部が存在している。鈴谷にとって姉とも従姉ともいえる最上はその一員だが、鈴谷自身はそうではない。

 

「実は鈴谷に第二改装の話が来てるんだ」

「え、マジ?」

「うん。それでどういう風に改造すべきか各拠点の技術部で話し合っててさ。いろいろと鈴谷にも協力してもらいたいんだよね」

「なるほど。そりゃ自分のことだしね。協力するのは全然オッケーだよ」

 

 S泊地の艦娘にはいくつか憧れの対象が存在する。第二改装、通称『改二』はその一つだった。

 

「改造案のテストとかそういうやつ?」

「いや、まだその少し前の段階なんだ。これは最上型の第二改装がなかなか来なかった理由の一つなんだけど……ほら、鈴谷たちは改造案のときに僕に合わせて航空巡洋艦に艦種変更しただろう? その影響もあってか航空巡洋艦としてスペックの底上げがなかなか大変でね。どうせやるなら利根や筑摩に匹敵するくらいの性能が欲しいだろう?」

 

 現状航空巡洋艦の切り札とも言える両名の名前を出されて、鈴谷は「そうだね」と頷いた。利根と筑摩は比較的早い時期に第二改装が施されており、それからはずっと航空巡洋艦の二大エースとして扱われている。

 

「その辺りはどうにかこうにか実現できる見込みが立ったんだけど、その過程でちょっと妙な方向に話が広がってね。それについて鈴谷本人の意見も聞きたいなって」

「妙な方向? 阿武隈みたいに甲標的取り扱えるようにするとか?」

「いや……ある意味もっと妙かもしれない」

 

 そこに技術部の一員である初春が図面を持ってきた。

 

「鈴谷よ、これを見るが良い」

 

 テーブルの上に広げられた図面を見る。そこには想像していたのと違うものが記されていた。

 

「飛行甲板……ちょっと大き過ぎない?」

「うむ」

「これ鈴谷の改造設計案なんだよね?」

「うん、そうだよ」

「これだと主砲とかろくに扱えなさそうなんだけど」

「その通りじゃ」

「いや、その通りって」

 

 と、そこで鈴谷は図面の端に記載されている文言に気づいた。

 

『鈴谷・軽空母改造案』

 

 完全に予想外だった。しばし思考がフリーズする。

 

「んんん~?」

「いや、『これなあに?』的な顔を向けられてものう」

「一応かつての戦争のときも空母改装案出たでしょ? 利根や筑摩に対抗するならいっそのこと艦載機運用に全力投球するのもありなんじゃないかって」

「誰発案よ」

「各地の夕張」

「私も提案者の一員よ!」

 

 グッとサムズアップする夕張。鈴谷は迷わずその頭をがっしりと掴んで持ち上げた。

 

「痛い、痛いってば! ギブ、ギブ!」

「いきなり軽空母っていくらなんでも無茶でしょ! 航巡とじゃ扱う艦載機だって全然違うじゃん!」

「そ、そこはホラ……努力でなんと――あだだだッ」

 

 無責任なことをのたまう夕張を完全に沈黙させる。

 そんな鈴谷の肩を叩く者がいた。

 

「鈴谷さん、それくらいで。空母の艦載機については私がレクチャーしますよ」

 

 そこにいたのは大鳳だった。泊地でも数少ない装甲空母として頼られている艦娘の一人だ。

 

「あれ、大鳳って技術部じゃないよね?」

「ええ。ただ今回の鈴谷さんの改造案ではこれを使ってはどうかという話があって、それで呼び出されたんです」

 

 そう言って大鳳が見せたのはクロスボウだった。

 

「空母の艦載機は弓もしくは術式で扱いますが、どちらもきちんと取得するには時間がかかります。ただ、このクロスボウなら幾分か扱いやすいので、これを使って鈴谷さんの空母適性を見ようという話になったんです」

「なるほど」

 

 大鳳から渡されたクロスボウを様々な角度から眺めてみる。

 

「……見ただけじゃ分かんないなあ」

「それはそうでしょう。実際に使ってみないと」

 

 そうして――そこから鈴谷の挑戦が始まった。

 

 

 

「違います。もっとしっかり相手を見てください!」

 

 時には大鳳の叱責を受け。

 

「艦載機の妖精さんとの同調が安定しないね。今度一緒に食事でもして親交を深めてみる?」

 

 時には最上の提案で仲間との絆を深め。

 

「これはもう駄目かもしれんのう……。いや、そんな顔をするでない。そなたが諦めないならわらわも付き合おう」

 

 時には壁にぶつかり諦めそうになりながら。

 

「――よし、良い感じ良い感じ。これなら最終テストまでいける!」

 

 鈴谷は、軽空母への適性試験に臨んだのだった――。

 

 

 

「よっしゃー!」

 

 最終テストの結果を見て、鈴谷は柄にもなくガッツポーズを決めた。

 見えたのは『合格』の二文字。仲間たちとの挑戦は無為ではなかった――その証明だ。

 

「他の拠点の鈴谷たちも合格したみたいだし、軽空母への改造はいけそうだね」

「当然じゃん、鈴谷やれば出来る子だしっ!」

 

 ふっふーんと胸を張る。

 そんな鈴谷を見ながら、それまで鈴谷の特訓を見守っていた技術部の部長――明石が口を開いた。

 

「では鈴谷さんは軽空母側への第二改造希望ということで良いですか?」

「……へ? 軽空母側?」

 

 首を傾げる鈴谷に、工廠の長である伊東信二郎が「ん?」と声を上げた。

 

「なんだ鈴谷、お前聞いてなかったのか。お前の第二改造は航空巡洋艦と軽空母のコンバート方式だぞ」

「……聞いてないんですけど?」

 

 ぐるりと首を動かして最上たちを見る。

 

「い、いやあ。言ってなかったっけ?」

「軽空母必須だと思ってたから死に物狂いで頑張ってたんだけど」

「ま、まあまあ。貴重なデータも取れたんだし鈴谷の軽空母としての技量も上がったんだし……あだだだっ!?」

 

 鈴谷に頭を掴まれて悲鳴を上げる夕張。それを見て最上と初春は一歩退いた。大鳳はよく分かってない様子で立ち尽くしている。

 

「はっはーん。さてはテストデータ取りたいからあえてそういう方向に持っていったなあ?」

「す、鈴谷よ。そう怒るでない。これは決して興味本位とか私利私欲ではなく……いや、まったく興味がなかったというわけでもないのじゃが」

「そうそう。いやー、鈴谷、そんな怒らないで。可愛い顔が台無……あだだだっ!」

「やかましいわー!」

 

 最上と初春の頭を掴んで振り回す。

 そんな鈴谷を見て、大鳳はぽつりとこう漏らした。

 

「今回一番磨かれたのってアイアンクローの威力なんじゃ……」

 

 なお、その後鈴谷は無事正式に軽空母となったため、特訓の成果は無駄にならなかったという。



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火傷しないよう気をつけな(雲龍型姉妹・時津風・春風・松風・藤波)

松風のキャラはいろいろ話を転がしやすそうですね。そして藤波はそれに振り回されるイメージが……。


 S泊地はできるだけ自給自足することを目標の一つにしている。

 本土からの輸送が途絶えても、ある程度自分たちだけでやっていけるようにする必要があるからだ。

 そんなわけで農業・畜産・漁業・林業等を持ち回りで行っている。

 最初のうちは悪戦苦闘する艦娘たちだったが、慣れてくると普通の人間を上回る身体能力を持っているだけに余裕が出てくる。

 そして、余裕が出てくると遊び心が湧いてくる。

 

「茶葉を育てて自作のお茶を作ってみた」

 

 というところから、

 

「自分で茶器を焼いてみたい」

「茶器を焼くには窯がいる」

「窯を作ろう」

 

 という発想になるのは自然なことだった。

 

 

 

 そんなわけで泊地の片隅にある空き地に集まった艦娘たち。

 中心にいるのは雲龍だった。今回の件の発起人は彼女である。最近お茶にはまっているらしい。

 時津風が肩車されているが、そのことについてとやかく言う者は誰もいなかった。この二人はだいたいこんな感じである。

 

「……それで、窯を作るんだって?」

 

 やや面倒くさそうに尋ねたのは工廠の長である伊東信二郎だった。今日は休暇ということで煙草をふかしながらダラダラしていたのだが、雲龍に捕まってここまで引っ張り出されてきたのである。

 

「そう。そうすればいろいろな茶器が作れる……」

「こういうモノづくりは藤堂でも呼べばいいだろうに」

 

 藤堂というのは設計士を生業とする泊地のスタッフだ。泊地にある建物をはじめとするインフラのほとんどに関わっている。

 

「藤堂さんは最近ハードワークで死にそうだから……。それに伊東さんは実家で陶芸やってると聞いた」

「誰だ余計なこと言ったのは……。まあいいか。適当なことして火傷でもされたら困るからな。監督役はしてやる」

「せっかく広いんだし大きい窯作りたいなー」

 

 時津風の言葉に伊東は周囲を見渡して頷いた。

 

「今後他の連中が使う可能性もあるし、作れるならその方がいいな。耐火レンガはそれで全部か?」

「はい。さすがに耐火レンガまで自作するのは大変そうでしたので、本土から取り寄せました」

「いざ使ってみてレンガの出来に問題があったら目も当てられないしね」

 

 トラックに積み上げられたレンガを指して天城と葛城が答えた。

 

「……天城と葛城は雲龍の手伝いってことで分かるとして、お前たちは?」

 

 伊東は視線を春風・松風・藤波に向けた。

 

「私、雲龍さんと一緒によくお茶をしていまして」

「春風の姉貴だけに力仕事をさせるわけにはいかないからね」

「松風に引っ張られて来たのよ。夕雲姉さんたちも『いい経験だから』って言ってたから逃げられなかった……」

 

 藤波からはそこはかとなく苦労人オーラが漂っていた。同期の松風が自由人なので日頃から振り回されているらしい。

 

「んじゃ、まずは土台作りだな。それから骨組みだ」

「レンガを積むんじゃないの?」

 

 不思議そうに尋ねてくる藤波に、伊東は頭を振った。

 

「完成したときのイメージを持たずに作り始めてもロクなことねえぞ。そういう意味でも土台作りと骨組みはしっかりやっておかないと駄目だ」

「骨組みは何使えばいいかしら」

「竹とかでいいだろ。確か倉庫にいくらか余ってたはずだ」

 

 そんな調子で地面をならし、設計イメージを固めながら竹で骨組みをしていく。

 こういう作業はさすがに経験豊富な雲龍たちの独壇場だった。松風や藤波はどうすればいいか把握しかねているようで、春風や時津風に話を聞きながら少しずつ作業を進めている。

 

「正直俺も専門家じゃないから自信はないがな。とりあえず駄目元で作ってみるって感じだ」

「伊東の旦那、意外と弱気だね」

「陶芸は奥が深いんだぞ、松風。いや、俺も詳しくは知らないが親父にはガキの頃からずっとそう言われて育ってきた。窯は陶芸のベースになる部分だからな。形だけ整えても駄目だ。火加減だとか頑丈さだとかいろいろクリアしないといけない課題も多い」

「ふうん」

 

 松風はレンガを積み上げている最中で、あちこち汚れていた。普段身なりを整えているだけに、こういう姿は少し意外である。

 

「こういうのも悪くないな」

 

 ただ、よく見るとその視線は裾をまくって窯づくりに勤しむ天城に注がれている。

 

「和服美人が一生懸命何かに勤しむ姿、いいね」

「駄目ですよ、集中しないと」

 

 ポカリと春風が松風にチョップを喰らわせていた。

 

 

 

 そんなこんなで数日かけて作業を進めていき、どうにか完成に漕ぎつけた。

 

「こうして形になると『やった!』って感じになるわね」

 

 作業着で汗を拭きながら藤波が言った。この数日ですっかりその恰好が似合うようになっている。

 

「隙間もないし、煙突の位置も悪くない……と思うんだがなあ」

「親方さん、もうちょっと自信持ってよ。私まで不安になるじゃない」

 

 葛城に肘で小突かれて、伊東は「ううむ」と唸った。

 一同が息を呑む中、雲龍が窯に薪を入れていく。

 しばらく様子を見ていたが――そのうち窯に亀裂が走り始めた。

 設置した温度計をじっと見るが、思っていたほどの温度になっていない。

 

「これは駄目かなー」

 

 時津風の言葉に一同が溜息を漏らす。

 

「やっぱ専門家に話を聞いておくんだったな……。強度も熱量も足りてない」

「残念」

「まあまあ雲龍さん、そう落ち込まないで」

 

 松風が慰めの言葉をかける。だが、そういう松風自身も幾分か残念そうな表情を浮かべていた。

 一方、雲龍は案外と平気そうな顔をしていた。

 

「大丈夫。こういうのはよくあることだから」

「よくあるの?」

 

 藤波の問いかけに天城が頷いた。

 

「割と失敗だらけよ。一度で成功する方が少ないかも」

「見張り台作ろうとして一気に倒壊したときが一番の衝撃だったわね」

「ええ……」

 

 葛城の経験談に、松風と藤波は若干引いているようだった。

 

「ま、今度本土行ったときに実家で話聞いて来てやるよ。そうしたらまた修繕するなり作り直すなりすればいい」

「そのときはまた呼んでよ。なんか失敗して終わりじゃすっきりしない」

「同感だね。仕事を途中で諦めたら朝風の姉貴に何言われるか分かったもんじゃない」

 

 意気込む二人を見ながら、伊東は『こいつらもすっかりここに染まったなあ』と思うのだった。

 

 

 

 なお、窯は紆余曲折を経て半年程後に無事完成し、それ以降泊地でちょっとした焼き物ブームが起きるのだが――それはまた別の話である。



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平凡な写真を(あきつ丸・長月・高雄・愛宕・まるゆ・呂500)

祝・艦これ四周年!
今年はどんな展開を見せてくれるのか楽しみです。


 休憩時間、保健室から出て煙草を吸っていると、カメラを持ったあきつ丸と長月が通りかかった。

 

「おや、道代先生。休憩時間でありますか」

「そんなとこ。二人は写真撮影?」

「そんなところだ」

 

 長月が心なしか自慢げにピカピカのカメラを掲げてみせた。どうやら給料を貯めて新品のカメラを買ったらしい。コンパクトなデジカメで、小柄な長月が持っているとなんだか可愛らしい印象を受ける。

 一方のあきつ丸は使い古された感のある一眼レフカメラを持っていた。かなりの年代物に見える。

 二人は何か波長が合うらしく、時折一緒に行動しているのを見かけることがある。

 

「長月殿が新しいカメラを試したいというので泊地内のあちこちを回っているのであります」

「せっかくだから道代先生も撮っておきたいが、いいだろうか」

「ん、別に構わないわよ」

 

 煙草を灰皿に押し当てて、白衣をぱっと伸ばす。

 二人のカメラがそれぞれシャッター音を鳴らす。

 

「あとで写真ができたらお送りするであります」

「ちなみに青葉とかに提供求められたら渡しても構わないだろうか」

「別に構わないわよ」

 

 青葉は定期的に新聞やSNSの記事を作成している。そういうところで写真を使っていいかどうかということだろう。これまでも何度か使われているし、今更隠すようなものでもない。

 

「けど、写真か……。懐かしいわね」

「道代先生も写真撮影していたのか?」

「若かりし頃にね。大学の頃とか友達と一緒にあちこち旅行に行って風景とか撮って回ってたわ」

「そういうことなら、せっかくだしご一緒にどうでありますか」

「うーん、そうね。今保健室にいるのは二日酔いの隼鷹くらいだし……放っておいても問題はないか」

 

 一応保健室前に不在であることを示す紙を貼り付けておく。携帯番号も記載しておいたので問題はないだろう。

「それじゃ、泊地撮影隊出発よ!」

「おー!」

「おー、であります!」

 

 

 

 何か狙いがあるというわけでもないので、適当に泊地内をぶらぶらと歩いて回る。

 広場に足を運ぶと、そこにあるベンチですやすやと寝息を立てているまるゆと呂500の姿があった。当然陸地にいるので水着姿ではなく私服姿だ。

 

「遊び疲れてそのまま眠ってしまったという感じでありますな」

「なんか子どものこういう姿見ると平和って感じがするわね」

 

 戦いを生業とする艦娘ではあるが、せめて陸地にいるときくらいは平々凡々な生活を送って欲しい。この泊地を最初に作った提督はそんなことを願っていた。

 

「無許可だけど写真撮っちゃおうか」

「いいのか?」

「だって起こして許可取ったら寝顔は取れないじゃない。それに起こすのも悪いし」

「それはそうでありますが……」

 

 いいのかどうか躊躇う二人からカメラを借りてシャッターを切る。

 あきつ丸の方は分からないが、長月のカメラはすぐにどんな風に撮れたか確認できる。我ながら良い写真が撮れた。

 

「皆さん集まって何をしているんですか?」

 

 そこに重巡姉妹――高雄と愛宕が通りかかった。

 

「ちょっと平和の象徴を形に残しておこうと」

 

 そういってデジカメの画面を二人にも見せる。

 

「わあ、可愛いわね」

 

 愛宕には好評のようだったが、高雄は若干苦い顔つきをしている。

 

「駄目ですよ、寝顔を無断で撮るのは」

「えぇー、ちゃんと二人が起きたら許可は取るわよ。消せって言われたらちゃんと消すつもりだもの」

「二人は嫌とは言わないでしょうけど、寝顔を撮られるのはあまりいい気分ではないと思います」

 

 高雄の顔つきは説教モードのときのものになっていた。こうなると高雄はうるさい。

 

「分かった分かった、消しておくって」

 

 長月のデジカメからデータを削除する。あきつ丸の方は後で写真を現像する際に処分すればいいだろう。

 

「んじゃ、せっかくだし二人撮らせてくれない?」

「え?」

 

 まさか自分に矛先が向けられるとは思っていなかったのか、高雄はきょとんとした表情になった。

 

「あら、いいわね。高雄、せっかくだし撮ってもらいましょうよ」

「わ、私はいいわよ。その、撮ってもらえるほど今お化粧とかしてないし……」

「別にすっぴんでもいいじゃない。そのままでも美人なんだから」

 

 皮肉でも何でもなく本心からそう思う。

 が、言われた高雄は急速に顔を赤くしてしまった。

 

「み、道代先生! そういうことをさらっと言うのはナシです。反則です!」

「なに照れてるのよ、愛宕を見習いなさい。全然動じてないわよ」

 

 愛宕はニコニコとしながら高雄の様子を見守っていた。一応高雄の方が姉のはずだが、たまにどちらが姉か分からなくなる。

 

「ほらほら高雄、先生の方を見て」

「い、いいわよ。愛宕だけ撮ってもらえばいいじゃない」

「……まどろっこしいなあ。あきつ丸、長月」

「ラジャー」

「ラジャーであります」

 

 二人はさっと高雄の両脇を固めた。更に後ろから愛宕に抱き着かれて、高雄は完全に身動きが取れなくなってしまう。

 

「あ、ちょっと! やめなさい、離れなさいってば……!」

「おーい、高雄ー」

「な、なんですか!」

 

 高雄が真っ赤な顔をこちらに向けた瞬間、シャッターを切った。

 写真を撮られてポカーンとした顔をしているところも、すかさずもう片方のカメラで撮る。

 

「見せて見せて」

 

 愛宕がせがむのでデジカメを渡してやる。

 

「わあ、高雄可愛い」

「やめて! 言わないで!」

「ちなみに、この写真は消さなくてもいいかな」

「消してください!」

 

 高雄はブンブンと頭を振る。

 しかし写真に入っている他の三人は「消さないでおこう」と言ってきた。

 

「多数決なら仕方ない。取っておこう」

「う、うぅ……」

 

 高雄が膝をついてしまった。

 さすがにちょっと気の毒に思えてきた。自分も少し悪ノリし過ぎたかもしれない。

 

「……ほ、本当に嫌なら消すけど」

「別にいいです。ただ青葉への譲渡は勘弁してください」

「分かった分かった」

 

 そんなことを言い合っている間に、まるゆと呂500が起きてきた。

 

「あれ、あきつ丸さんたち……どうしたんですか?」

「道代先生、カメラ持ってるですって!」

 

 カメラが珍しいのか呂500が食いついてきた。まるゆも興味深そうにこちらを眺めてきている。

 

「長月、ろーちゃんたちに見せてもいいかな?」

「ああ、いいぞ」

 

 長月からデジカメを受け取った呂500は沢山ついているボタンを物珍しそうに見ていた。

 考えてみればこの泊地ではカメラを扱う者はほとんどいなかった。珍しがるのも無理はない。

 

「私たちは今泊地のあちこちを撮影して回ってるのよ。どう、二人も来る?」

「いいんですか?」

「行ってみたい、ですって!」

 

 新たな隊員を加えて、泊地撮影隊が行く。

 平々凡々な日常の写真を見て、いつか懐かしむ日が来るのだろうか。

 ふと、そんなことを思った。



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艦としてのこれまでと(長波・高波)

艦娘になってからの期間の方が長い子もいる……という話を見かけてなんとなく書きたくなった小話です。


 教室に来てだらだらと過ごす。

 今日は授業日ではないので、特に教壇に立つわけでもなく、適当に空いた席で技術誌を読んでいるだけだ。仕事部屋は最近サーバーがすぐに熱くなるので読書できる環境ではない。その点ここはオープンで風通しもいい。

 

「板部先生、暇そうだな」

 

 教室の入り口からひょっこりと長波が顔を出してきた。夕雲型の一員で、妙に男気溢れる子だ。

 

「まあな、暇してるぞ」

「だったらちょっと来てくれよ。力を貸して欲しいんだ」

「別に構わんが」

 

 雑誌を閉じて腰を上げる。

 

「珍しいな、長波でも手に余る事態か?」

「ちょっとな。どうしたらいいか分からないんだよ」

 

 長波に引っ張られていくと、浜辺の岩に腰を下ろしてぼーっと彼方を見ている高波がいた。

 

「……どうかしたのか?」

「それが分からないんだよ。あたしが何言っても生返事っていうか」

「ほう」

 

 長波と高波は同じ夕雲型の中でも取り分け仲の良い印象があった。特に高波の長波への懐きようは凄い。

 そんな高波が長波にほとんど反応しないというのは奇妙な話だった。

 高波の隣に腰を下ろし、一緒になって空を見上げてみる。今日は快晴で陽射しが強い。インドア派には少々暑かった。

 

「暑くないか」

「……大丈夫かもです」

「かもってことは、大丈夫じゃないかもしれないのか」

「かもです」

「……」

「……」

 

 まいった。会話が流されている。

 

「高波、なんか悩みでもあるのか? おじさんで良ければ相談に乗るが」

 

 そういうと、高波はゆっくりとこちらを見た。

 

「板部先生は……何歳ですか?」

「俺か。俺は三十三歳だな」

「何歳くらいのときに、将来のことって考えましたか」

 

 将来のことというのは進路とかそういう話だろうか。

 改めて自分の人生を振り返ると、そのときそのときで適当にやってきた記憶しかない。きちんと将来のことを考えたことなど一度もなかったのではあるまいか。

 

「う、うーん……。十四とか十五の頃かな。あの頃はIT業界が盛り上がってるように見えたから、俺もいつか社長になってやる、とか思ってたかもしれない」

 

 記憶を必死に掘り起こしながら答えを無理矢理捻り出した。さすがに一切考えてなかったとは言えない。

 高波はコクコクと頷いて「十四とか、ですか」と呟いた。

 

「……もしかして将来のことで悩んでるのか?」

 

 反対側に腰を下ろした長波が尋ねると、高波は遠慮がちに首肯した。

 

「少し前の遠征で、他の駆逐艦の子たちと話をしたんです。皆、この戦いが終わったらどうしたいかしっかり考えてて……でも、わたしは何も考えてなくて、高波は何かやりたいことあるのって聞かれても、上手く答えられなかった、です」

 

 それで将来のことを考えていたというわけか。

 なんというか、真面目で誠実な高波らしい。

 

「そんなに焦らなくてもいいと思うぜ。だってあたしたちまだ数年しか生きてないし。艦艇だった頃含めても十に満たないだろ。将来のことを考えるのも大事だけど、考えられるようにするためにはまだまだ学ばないといけないことが多いんじゃないか?」

 

 長波の言葉に、少しはっとさせられた。

 艦娘としての姿をしているから普段は意識していないが――この子たちが生きてきた期間というのはとても短い。

 人間とまったく同じように考えるのは少し違うかもしれないが、そんな彼女たちが人間を守るために命を賭して戦っているというのが痛ましく思えてしまった。そして同時に、戦いが終わった後、この子たちがどうなるのかということに不安を抱いてしまう。

 

「……まあ、そうだな。長波の言う通りだと思う」

 

 内心の動揺を悟られないよう意識しながら話す。

 

「高波なんて三歳にもなってないんだろ。だったら将来のことなんか気にするよりも、今は目についたものに何でも飛び込んでいくくらいでいいのさ。将来のことを考える時間はまだまだある」

「でも、何も決められないままこの戦いが終わるかもです。戦いが終わるのは嬉しいけど……そのとき、わたしはどうなってるんだろうって思うと」

「子どもがそんなこと不安に思うもんじゃない。皆が将来を決めるための時間は、俺たち大人が作ってやる」

「へえ」

 

 長波がニヤリと笑った。

 

「な、なんだよ」

「いやー、板部先生が珍しくちょっと格好つけてんなーと思って」

「うっさい」

 

 しっしと手を振る。実際格好つけたので気恥ずかしかった。

 

「ま、先生もこう言ってるし、泊地の他の人たちもそういう風に考えてくれてる人は多いと思うし、あんま気にするなよ。なーに、決められなかったらこの長波様が養ってやるって」

 

 なぜだろう。

 頼もしさで長波に完敗したような気がした。

 

「……二人とも、ありがとうです。そうですね。悩むより今はいろいろやってみる、です」

 

 高波は小さな拳を握り締めて気合を入れる。

 先ほどまでのぼんやりとした様子は、もう見受けられなかった。

 

 

 

 それから数日後。

 サーバーの熱気が漂う仕事部屋に、長波がやって来た。

 

「この前の御礼言ってなかったと思ってさ」

 

 そう言って長波は扇子を持ってきた。なかなか洒落た意匠だ。

 

「遠征先で面白そうだから買ってきたんだよ。先生いつも部屋暑いって言ってたろ。……うん、これは実際暑いな」

 

 ぐへえ、と言った顔つきの長波を、もらった扇子で扇いでやる。

 

「そういえば高波にはああ言ってたが、長波には何か将来の目標とか夢ってあるのか?」

「ん? ああ、あんまり具体的なビジョンはないけど、なってみたい職業はあるぞ」

「へえ、どんなんだ?」

「教師!」

 

 びしっとこちらを指差して高らかに宣言する。

 確かに長波は面倒見も良さそうだし、子どもたちからは好かれそうな教師になりそうだ。

 

「言っておくけど、俺みたいにはなるなよ。俺は専業じゃないしあんまり参考にならんぞ」

「分かってるよ、板部先生は反面教師にするから」

「うまいこと言ったつもりか」

 

 お後が良いのかどうなのか、判断に苦しむところだった。

 

「……早くそんな日が来るといいな」

「来るさ。時間は良くも悪くも止まってないんだぜ?」

「時間はな。戦いはいつ終わるか分からんだろう」

「そこはあたしたちの頑張りどころだな」

 

 じゃーな、と手を振って去っていく。

 高波も長波も、将来の夢をきちんと考えている時点で十四の頃の自分よりずっと立派だ。

 

「夢。夢ねえ」

 

 将来の夢――というには年を取ってしまった気もするが、今はあの子たちの将来を見守りたい、というのが夢かもしれない。

 そういう夢も悪くはない。そんな気がした。



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戦いの合間に(祥鳳・瑞鳳・多摩・木曾・綾波・ウォースパイト・伊勢)

2017春イベント完走しました。
昨年ほど致命的な問題も起きず、難易度もちょうどいい塩梅で個人的には満足でした。
新艦も皆良い感じですが、特に神威さんが良いですね。あんなお姉さん近所にいてくれたらな……。


「寒いわね……」

 

 そうぼやいたのは祥鳳だった。普段と異なりコート姿で身を固めている。

 彼女がそんな恰好をしているのには理由があった。ここは彼女にとって住み慣れたソロモン諸島ではなく、北海道の北端にある前線基地なのである。

 冬ではないので想像を絶する程の寒さというわけではないのだが、南方から来た身としてはどうしても寒く感じてしまう。

 

「私たちは艦艇時代含めて南方が主な活動場所だったもんね」

 

 白い息を吐きながら同意したのは祥鳳の妹・瑞鳳だった。彼女も普段より厚着である。

 

「北方にある拠点の子たちと話すと『これくらいでだらしない』って言われるのよねえ」

「南方に来ても同じこと言えるのかしらね……」

 

 二人が今いるのは野営用のテントだ。前線基地と言っても緊急事態に対応すべく急造したものなので、ほとんどの艦娘はテントで寝泊まりしている。

 姉妹揃って寒さに耐えていると、そこにひょっこりと多摩が顔を出した。

 

「その様子だと大分寒さに参ってるようにゃ」

「寒いよぅ」

「昼間はともかく夜間は結構冷えるもの」

「同じようなことを他のテントで既に何回も聞いてるにゃ」

 

 そういう多摩は割と平気そうだった。彼女は艦艇時代方作戦に参加していたこともあるし、そういう縁もあって艦娘になってからも頻繁に北方へ派遣されていた。寒さには慣れているのかもしれない。

 

「寒いときはこいつをやると良いにゃ」

 

 多摩は持っていた徳利を掲げてみせた。

 

「もしかしてその中身は熱燗?」

「ご明察にゃ」

 

 日本酒好きな祥鳳と瑞鳳はゴクリと喉を鳴らした。同じ軽空母の隼鷹や千歳の飲みっぷりのせいであまり目立たないが、この二人もお酒はそれなりに飲む。

 三人それぞれ器に注いでグイと一杯飲み干す。この寒さの中で身に染み入る暖かさだ。

 

「ま、身体冷やさない程度に抑えておくのが大事にゃ。まだこの作戦が完全に終わったわけじゃにゃいし、酔っ払ったままだと大変なことになるにゃ」

「さすがにそんな艦娘は――」

 

 否定しかけて瑞鳳は言葉を止めた。何人か思い当たる節がある。

 

「でも、お酒の飲み過ぎはともかくこういう場には何か美味しいお肉が欲しくなるわね」

「あー、それは分かる。なんというかお肉たっぷりの鍋を食べたくなるね」

「さすがに鍋は持参してないにゃ……」

 

 多摩が肩をすくめてみせた。

 そこにコートを羽織った木曾が顔を出した。

 

「なんだ、多摩姉ここにいたのか」

「どうかしたにゃ?」

「大湊の提督から鍋の材料もらったんだよ。せっかくだからウチから出向してきてるメンバー集めて鍋パーティでもやろうぜ」

 

 噂をすればなんとやら。

 木曾の提案を断る理由はどこにもなかった。

 

 

 

 幸い天気は問題なかったので、S泊地のメンバーは互いのテントの中心部で鍋をすることにした。

 今回北方に派遣されてきた人数は五十名を超える。鍋パーティもそれなりの規模になっていた。

 

「あ、祥鳳さん。瑞鳳さん。お疲れ様です」

 

 丁寧な挨拶をしてきたのは綾波型のネームシップである綾波だ。今日の日中、作戦行動をともにしたばかりである。

 綾波の周囲には他にも伊勢、ウォースパイトや最上・三隈といった今日の作戦の参加メンバーがほとんど揃っている。

 

「叢雲ちゃんや利根さんたちもさっきまでいたんですよ。入れ違いになっちゃいましたね」

 

 皆鍋の誘惑には勝てなかったということらしい。

 

「いつもと違うメンバーでお鍋を囲むというのも悪くありませんね」

 

 そう言いながら美味しそうに肉を頬張っているのはウォースパイトだった。ただもっきゅもっきゅ食べているだけのはずなのだが、よく分からない気品を感じる。作戦行動中は凛々しく頼りになるのだが、こういう姿を見ていると戦艦の艦娘であることを忘れてしまいそうだ。

 

「お、祥鳳たちも来たんだね。どう、もうちょっと飲まない?」

 

 伊勢の顔はかなり赤らんでいた。既にそこそこ飲んでいるらしい。

 その横では阿武隈がぐったりと横になっていた。伊勢にしこたま飲まされたようである。

 

「もう、駄目ですよ伊勢さん。ほら、少し酔い覚ましにお野菜どうぞ」

 

 綾波が白菜山盛りの器を伊勢に差し出す。

 

「いやあ、食も酒も進む。こういうのもいいよね」

「同感ね。私としてはウイスキーがあればより嬉しかったけれど……」

「そこまで贅沢言うな。大湊の提督の財布が大破する」

 

 木曾が窘めるように言う。

 

「けど、ウチの泊地じゃこうやって鍋囲む機会はあまりないから寒いのも悪くないって気はするわね」

 

 早速取り分けてもらった肉を食べながら祥鳳が言った。

 S泊地は南方にあり、一年を通してあまり気候が変化しない。基本的に高温多湿なのであまり鍋を食べることはなかった。

 

「さっきまで寒いの辛いって言ってたのに。結構ちゃっかりしてるんだから」

 

 そう言いつつ瑞鳳も綾波からもらった肉や野菜を食べる。たっぷりと沁み込んだ鍋の味。先ほどの熱燗と相まって身体がポカポカと暖まる。

 

「ん~、最高。働いた後のご馳走は格別ね」

「ある意味艦娘になって一番良かったことかもしれないわね。艦艇時代じゃ味わえなかったし」

「そう言っていただけると嬉しいですね」

「あら、大湊の提督さん」

 

 ひょっこりと現れた大湊の提督に、慌てて祥鳳たちは敬礼した。既に酔いが回っている伊勢と潰れている阿武隈は例外である。

 

「楽になさってください。今回私は皆さんに助けていただいている身ですから」

 

 大湊の提督は物腰柔らかな壮年の男性だった。妻子持ちで、ときどき娘さんがお弁当を警備府に持ってくる様が微笑ましい、というのが大湊の艦娘たちの評である。

 現在大湊以北に大規模な深海棲艦の群れが集まっており、事態を重く見た大湊提督の要請でS泊地の面々も助っ人として呼ばれたのだ。現在も作戦は継続中で、単冠湾にある泊地の面々とは合流できたものの、幌筵とは断片的にしか連絡が取れていないという状況である。

 

「私は直接深海棲艦と戦う術を持ちません。ただ、皆さんのコンディションをベストな状態に持っていく努力はできます。この食事もその一環ですので、遠慮なさらず」

「そういうことなら」

 

 祥鳳は手にした徳利から熱燗を注いで、大湊の提督に杯を渡した。

 

「お互い、明日からも頑張っていきましょう」

「そうですね。よろしくお願いします」

 

 共に戦う仲間として短い乾杯を済ませる。

 戦いがどう転ぶかは分からない。ただ、この場にいる者たちに不安そうな表情を浮かべる者はいなかった。



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帰還途中、東京にて(鬼怒・神威・那智・足柄・磯風)

E2西ルートで遊んでますがまるゆが落ちません。


 空を見上げても視界に入り込むビル群。

 道路のあちこちを駆けていく車。

 迷路のような駅、そして路線図。

 

「これが……東京……!」

 

 それは誰が発した言葉だろう。

 誰が言ってもおかしくない。それだけS泊地の面々にとって東京という都市は遠い存在だった。

 北方での大規模作戦が無事完了し拠点に戻る途中、日頃の慰労も兼ねてS泊地の面々は東京に数日間滞在する許可をもらった。

 ただし迷子になってもまずいので、東京に来たことのあるメンバーを班長にして、班単位で行動するよう厳命されている。

 

「なんか漫画で見たことのある修学旅行みたいだね」

 

 にこやかに笑いながら歩く鬼怒の後ろには、北方作戦で合流したばかりの神威がいた。

 

「着任早々こんな感じで良いんでしょうか」

「いいんじゃない? 滅多にこっち来れる機会なんかないし、今はエンジョイすることだけ考えようよ」

 

 班長に任命された鬼怒も、東京に来たのはほんの数回程度である。正直迷子にならないか些か不安があった。

 ちなみに鬼怒班の面々は既に渋谷・新宿を回って衣類を大量に買い込んでいた。作戦行動中の制服や普段泊地で着ているものとはまた違うファッションで身を包んでいる。それは神威も例外ではない。普段彼女はアイヌの民族衣装らしきものを身にまとっているが、今は周囲の女子と同じような恰好になっている。

 

「それに泊地に残ってる皆へのお土産も買い込めたしね。いやー、神威のバッグがあって助かったよ」

 

 そういって鬼怒は神威からもらったバッグを掲げてみせた。

 

「これはサラニプと言って、木の皮を使って作るんですよ。良ければ今度作り方お教えしましょうか」

「おっ、いいねえ。最近新しい工芸品何かないかなって思ってたんだ」

「でも鬼怒。これどう見ても編み物の類だけど……こういうのあんた苦手じゃなかった?」

 

 横合いから鋭い指摘をしたのは足柄だった。

 

「に、苦手なだけで嫌いじゃないですー! そういう足柄さんはどうなのさー!」

「残念だが鬼怒よ、こいつは意外とまめな作業が得意だ」

「知ってるよう那智さん! 負け惜しみだってのは分かってるんだー!」

 

 うわーん、と大袈裟に泣くジェスチャーをする鬼怒。

 その様子を見てオロオロとする神威の肩を、磯風がポンと叩いた。

 

「気にする必要はない。いつものことだ」

「そこっ、その説明じゃ鬼怒が情緒不安定みたいに思われるよっ!」

「……?」

 

 違うのか、と言わんばかりに首を傾げる磯風に、鬼怒がスリーパーホールドを仕掛ける。

 なんとも賑々しい光景だった。

 

 

 

「しかし、神威はなんというかそういう格好も様になってるな」

 

 喫茶店に腰を落ち着けて注文を終えた那智が、改めて神威の姿を見ながら言った。

 神威はアメリカンカジュアルなファッションで身を包んでいた。アイヌ民族の衣装とは印象が全然違うのだが、不思議と違和感がない。

 

「私、一応アメリカ出身なので……その影響かもしれませんね」

「あら、そうなんだ。それじゃ金剛とかと同じ帰国子女なのね」

「意外だね。金剛さんと違って喋り方普通だし」

「イギリスだからなのか金剛だからなのか……」

 

 鬼怒と磯風が「ううむ」と揃って唸る。

 

「金剛のキャラについては深く考えるだけ無駄だ。しかしアメリカ出身ということは、実は米よりもパン派だったりするのか」

「どちらも大好きですよ。特に好き嫌いはありません」

「うむ、いいことだ。泊地はいろいろと自給自足しなければならないからな。好き嫌いが多いと苦労する。好きなものだけ買って食べるということは出来ん」

「自給自足なら得意です。川での漁とか狩りならお任せください!」

「あ、あはは。内陸部は島の人たちの生活圏だから、私たちはあんまり立ち入らないかなー」

「そうですか……」

 

 あからさまにがっかりとした様子を見せる神威。大人しそうに見えるが、意外とハンタータイプなのかもしれない。

 

「ただ、泊地は娯楽が少ないから皆趣味に飢えている。神威のアイヌに関する知識は皆に喜ばれるだろうさ」

 

 那智の励ましを受けながらも、神威はコーヒーやケーキを食べ続ける。

 

「……結構食べるんだね、神威」

「アメリカ出身だからだろうか」

「アイオワやサラに偏見と怒られるぞ」

 

 鬼怒と那智の言葉に、思わずツッコミを入れる那智なのだった。

 

 

 

「……あれ?」

 

 スカイツリーや浅草を見て回り、後は集合場所に戻るだけ――というタイミングで、鬼怒が異変に気付いた。

 

「磯風ちゃんがいない」

 

 鬼怒の表情が一気に真っ青になる。

 周囲は相変わらずの人だかりだ。この中から磯風を探し出すのは至難の業のように思われた。

 

「ど、どうしよう。こういうときは……ええと、迷子センターだっけ。交番だっけ」

「落ち着け鬼怒。携帯で連絡取ればいいだろう」

「はっ、そうだった!」

 

 那智に指摘されて携帯を鳴らそうとする鬼怒。しかし携帯は何度鳴らしても繋がらなかった。どうも向こうの携帯が電波の届かないところにあるか電源が入っていないという状況らしい。

 

「どどど、どうしよう~!」

「おお落ち着きなちゃい鬼怒!」

「どっちも落ち着け」

 

 慌てふためく鬼怒と足柄を宥めながら、足柄も険しい表情を浮かべていた。

 磯風は見た目こそ子どもだが艦娘だ。何かあっても大概のことはどうにかできるだろう。

 それでも心配なものは心配だった。

 

「探しにいきましょう」

 

 神威の言葉に全員が頷く。

 ミイラ取りがミイラになっても問題なので、那智と足柄、鬼怒と神威に分かれて探し出す。

 と言っても、全員土地勘はほとんどないので今まで来た道の近辺を探し回るくらいしかできなかった。

 最初は不安になっていた鬼怒だったが、神威が思いの外落ち着いていたからか、少しずつ冷静になってきた。

 

「もしかして神威って、捜索とかのエキスパートだったりする?」

「いえ……経験はありますが、前は上手く見つけることができませんでした」

 

 神威の表情が曇る。本当は彼女も不安に思っているのかもしれない。

「だからこそ、今度こそ諦めません。絶対見つけます」

「……うん。そうだね。絶対見つけよう!」

 

 

 

 磯風はあっさりと見つかった。

 なぜか人力車に乗って浅草の町を走り回っていたのである。こちらが探し出すまでもなく、向こうが見つけて声をかけてきたのだ。

 

「ははは。風を受けて町並みを駆け回るというのもなかなかに爽快だったぞ」

「へえへえそうかいそうかい」

 

 いつもと変わらぬ調子の磯風に、思わず鬼怒は冗談とも言えない冗談を返してしまった。

 なお、携帯は電源が切れていたらしい。

 

「あ、あはは。見つかって良かったじゃないですか」

 

 神威の笑みも若干引きつっている。

 

「……そういえば」

 

 と、そこで神威の表情が再び硬くなる。

 

「那智さんたちとの待ち合わせ場所って、決めてましたっけ……」

「あっ」

 

 慌てて携帯を取り出す。しかし無情にも画面は真っ暗なままだった。どうやら鬼怒の携帯も電源切れらしい。神威に至っては着任間もないということもあって携帯自体持っていない。

 

「……」

「Oh, No!」

 

 都会の真っ只中で、鬼怒の絶叫が響き渡った。



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静かな泊地の朝(山風・白露・五月雨)

イベントの舞台になってない拠点は多分静かなんだろうなあ、とか。


 日が昇り始める。

 この泊地の者たちが本格的な活動を開始する時間帯だ。

 薄暗い中、小さい影がひょこひょこと歩いていく。あれは妖精たちだろう。

 

「あ、志摩だ」

 

 連中はこちらに気づくとわしゃわしゃと頭や顎を撫でてくる。鬱陶しいと意思表示してみるが、一向に通じない。

 仕方ないのでされるがままになる。私は寛容なのだ。悪意なき戯れであれば付き合ってやることにしている。

 一通り撫で回して満足したのか、妖精たちはそれぞれの職場に散っていった。

 次に顔を出したのは間宮と伊良湖の二人だ。料理の仕込み等もあるのだろう。この二人はいつも朝が早い。

 こちらに気づくと、伊良湖は「ちょっと待ってね」と言って奥に引っ込んだ。

 待つことしばし。やがて伊良湖が良い匂いのするものを持ってきた。私の朝食である。

 うむ、今日も美味い。大儀である。

 

「いっぱい食べますね。良かったあ」

 

 こちらが満足そうな表情を浮かべると伊良湖も嬉しそうに笑った。他者の喜びを己のことのように喜べるとは、天晴れなことだ。

 頭を下げてその場を後にする。腹が満たされて若干眠くなってきたが、ここで寝ては堕落してしまう。食後は泊地一周の散歩をしなければならない。それが私の流儀だからだ。

 

 

 

 優雅な足取りで朝の散歩を楽しんでいると、前方のベンチに座っている人影が見えた。

 あれは――確か、山風とかいう娘だ。

 一人で退屈そうにしている。そういう者を見たら放っておくなと教わった。

 ベンチに飛び乗り、山風に向かって挨拶をする。山風はびくっとしたが、こちらに気づくと大きく息を吐いた。

 

「あ、志摩だ……」

 

 私を見つけた山風はじっとこちらを見つめてきた。

 こちらも負けじと見つめ返す。私は博識なので知っている。これは睨めっこというやつだ。

 

「はあ」

 

 やがて山風はため息をついて目を逸らした。どうやら睨めっこをしていたというわけではないらしい。

 どうかしたのか、と聞きたいが山風とこちらでは言語が異なる。仕方ないので山風の背中に飛び乗り、頭までよじ登ってみた。

 

「お、重いよ志摩」

 

 失礼な奴だ。私の肉体は駄肉を含まぬ。そんな重いはずはない。……重くないはずだ。重くないよね?

 

「なんで鳴き声が段々自信なさげになってくの……」

 

 いや、私とて常に自信満々気合満々というわけではないのだ。

 ときには自信なくすこともある。だって生き物だもの。

 頭に乗られるのは嫌なのか、山風は私の身体を掴んで膝の上に移した。

 

「……最近、泊地静かだね」

 

 沈黙に耐えかねたのか、山風がぽつりと言った。

 確かに最近この泊地は静かである。多くのメンバーが出かけてしまっているからだ。何でも北の方に出かけているらしい。北は寒いらしいがどういうところなのだろう。私としても興味深いところではある。

 山風は寂しがり屋だ。そろそろこの静かさが辛くなってきたのかもしれない。

 仕方ない。ここは私が一肌脱いでやろう。

 山風の膝から飛び降りて、彼女の前でとっておきのかくし芸――私が最高に格好いいと思っているポーズをしてみせた。

 抱腹絶倒間違いなし。子どもから大人まで大絶賛間違いなしの芸である。

 

「……なに、その変なポーズ」

 

 な、なんだとぅ!?

 まったく受けていない。なんだこの娘、笑いのセンスがおかしいのではないか。

 私がこんなポーズをするなどおかしいではないか。笑うところだぞここは。

 

「そんな訴えるように鳴かれても……」

 

 リアクションは相変わらず薄いままである。なんだか悲しくなってきたのでポーズを解いた。

 もういい。私が山風にしてやれることは何もなさそうだ。ならさっさと消えるとしよう。

 

「あ、待って……」

 

 立ち去ろうとしたところで、またしても山風に身体を掴まれた。また膝の上に乗せられる。

 

「あったかいから……もうちょっとこうしてたい」

 

 なんだ、特に何もしなくても良かったのか。

 まったく他者の考えることはよく分からん。

 ただまあ私はジェントルマンであるからして、頼まれれば付き合ってやるのが義務である。

 決して散歩でちょっと疲れていたとか、そろそろ休みたくなっていたとか、そういう理由ではないのである。

 

 

 

 朝の散歩は気持ちがいい。そう言うと隣で歩く白露姉さんは「そうだね」と同意してくれた。

 姉妹が勢揃いしている白露型だけど、この早朝の散歩に付き合ってくれるのは白露姉さんや海風くらいだった。他の皆はどちらかというと夜型なので、この時間帯はまだ眠っていることが多い。

 この時間帯の泊地はいつもと少し違う顔を見せてくれる。

 剣の素振りをする天龍さんと鹿島さん。

 ランニングをしている長良さん。

 花壇の花に水をあげている朝雲ちゃんと山雲ちゃん。

 そして、ベンチで眠っている山風。

 

「って、なんでここで寝てるの山風……」

「多分早くに起きちゃって、海風起こすのも悪いし、部屋でじっとしてるのも暇だしって感じで出てきたんじゃない?」

 

 白露姉さんの分析はおそらく当たっている。

 山風は一見すると引っ込み思案で大人しそうに見えるけど、実際は割と気分屋でアクティブなところもある。

 

「あ、志摩さん」

 

 山風の膝の上で、しゅっとした体躯の猫が横になっていた。

 志摩さんは若干助けを求めるような感じの声で鳴いていた。下手に動くと山風を起こしてしまうので、動くに動けなくなった――という状況のようだ。

 

「あはは、毛布がわりにされちゃったね」

 

 笑っている場合か、と言いたげな眼差しで志摩さんが白露姉さんを見ていた。

 

「ごめんね志摩さん、もうちょっとだけ我慢して……」

 

 頭を下げてお願いすると、志摩さんは「仕方ない」という感じの溜息をついてじっと動かなくなった。

 なんだかときどき志摩さんが人語を理解しているのではないか、と思ってしまう。それくらい志摩さんは聞き分けが良かった。

 そのとき、白露姉さんの携帯が鳴った。

 

「夕立からだ」

「どうかしたって?」

「東京お土産何がいいかってさ。もうすぐ帰ってくるみたいだよ」

「そうなんだ。――また賑やかになりそうだね」

 

 ふん、と志摩さんが鼻を鳴らした。

 賑やかになるのを嫌がっているような、そうでないような――どちらとも取れそうな表情を浮かべているように見えた。



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グラーフと豆の木(グラーフ・ビスマルク・レーベ・マックス)

ビスマルクはなんとなく平時と戦時ですごくギャップがありそうなイメージがあります。グラーフは常時マイペースなイメージ。


「うむ……。十分に実がなっているな。改めて思うが、大したものだ」

 

 泊地の一角にある艦隊寮。

 その側面にある農園で、グラーフ・ツェッペリンが感嘆の声をあげた。

 彼女が見上げているのはコーヒーノキだ。三年前ビスマルクたちがこの泊地に着任した頃からコツコツと育ててきたのである。

 コーヒーノキはコーヒーチェリーと呼ばれる果実をつける。その果実の中に含まれているのがコーヒー豆だ。

 

「ここまで毎日手入れ大変だったね」

「そうね。でもこうして無事実って良かったわ」

 

 レーベとマックスも嬉しそうだった。コーヒー豆の栽培をしようと思い立ち、一番面倒を見てきたのがこの二人である。

 

「それじゃ収穫始めましょうか」

 

 ビスマルクの号令でドイツ艦娘たちが農園に散っていく。各自の担当エリアは決まっているので、それぞれの動きはスムーズだ。

 コーヒーノキは寒い地域だと育たない。日本でも育てられる地域は限られているという。そういう意味で、南方の泊地に着任できたのは運が良かったと言えるかもしれない。

 

「おや、収穫時期ですか」

 

 果実を手作業で取っているグラーフに、泊地の娯楽室のマスターが声をかけた。

 髭がトレードマークの温和な男で、娯楽室では様々な飲み物を提供している。料理も嗜んでいるようで、マスターの出すもの目当てで娯楽室に行く者もそれなりにいる。グラーフもその一人だった。

 

「ちょうどいいところに来た、マスター。もし手が空いているなら少し手伝ってくれないか。今日はユーとオイゲンが不在でな。手伝ってくれるとありがたい」

「よろしいですよ。その代わり取れたコーヒー豆でコーヒーを淹れさせていただけますかな。どういう出来になるのか興味がありますので」

「勿論。マスターに淹れてもらえるならこちらとしても嬉しい」

 

 グラーフやビスマルクたちも自分でコーヒーを淹れることはあるが、本職のマスターが淹れたものと比べるとやはり味が違うような感じがする。

 ビスマルクが淹れたコーヒーには苦い顔をしていた金剛も、マスターのコーヒーについては美味いと言っていた。

 

「ではちゃっちゃとやってしまいましょう」

 

 マスターはウェイター服のまま袖をまくって実を掴み始める。動きに迷いが全くなかった。

 

「もしかしてマスターは以前コーヒー農園でもやっていたのか?」

「育てるのはやったことないですね。一つの場所に長く留まることがあまりなかったもので。ただ収穫のお手伝いは何度かしたことがありますよ」

 

 穏やかな物腰だからか普段意識されることはないが、このマスターはいろいろと経歴不詳なところがある。

 新たに発覚したマスターの経歴に、グラーフは「ううむ」と唸るのだった。

 

 

 

 一通り収穫を終えた一行は、グラーフたちが所属する艦隊の寮へと戻ってきていた。

 台所ではマスターが慣れた手つきでコーヒーを淹れている。その様子をビスマルクたちが感心しながら見ていた。

 コーヒー特有の香りが漂い始める。鼻腔をくすぐる良い匂いだった。

 

「マスターから見てこの豆はどうかしら」

 

 マックスが少し不安そうに尋ねる。育てたのは初めてなのでどういう出来かは気になるところだった。

 マスターはしばし無言で香りを確かめると、ニッコリと笑みを浮かべた。

 

「私もその道の専門家ではないので偉そうなことは言えませんが……とても良い香りだと思います。私は好きですよ」

「おおー、やったねマックス!」

「そうね、レーベ」

 

 レーベとマックスは互いの手を取って嬉しそうにピョンピョンと跳ねていた。レーベはともかくマックスのこういう姿は珍しい。

 ビスマルクやグラーフは微笑ましげにその様子を眺めていた。

 

「結構な量が取れましたし、せっかくですからこの豆を使ってお菓子でも作ってみましょうか」

「お菓子? コーヒー豆でお菓子を作るの?」

 

 ビスマルクの問いにマスターは「ええ」と頷いた。

 

「挽いた豆をちょっと加えるといつもと違う風味に仕上がるのですよ。クッキー、ゼリー、ケーキ、いろいろなものに合います」

「ふむ」

 

 グラーフが視線を向けると、ビスマルクは黙って頷いた。

 

「……レーベとマックスは何が食べたい?」

「僕はケーキが食べたいな」

「私も」

「ならそれで決まりね。マスター、最高の出来のものを頼むわ!」

「ビスマルクさん、なかなか難しい注文を仰いますね」

 

 そう言いながらもマスターは台所からボウルや薄力粉、ベーキングパウダー等を取り出す。どうやらお菓子作りにも長じているらしい。

 

「たまに思うが、この泊地のスタッフの選考基準はお菓子作りの腕前にあるのではないか……?」

「そういえば皆なんだかんだである程度作れてるわよね……。なんで三人とも私を見るのかしら」

 

 グラーフ、レーベ、マックスの視線を受けてビスマルクがたじろいだ。

 ちなみにこの面子の中で唯一料理が駄目なのがビスマルクである。この場にいないオイゲンやユーこと呂500もある程度は嗜んでいるが、ビスマルクはその点さっぱりだった。

 

「べ、別にいいでしょ。比叡とかアクィラだって駄目じゃない。私だけじゃないもの!」

 

 普段ならオイゲンがフォローに入るところだが今はいない。ビスマルクはムキになって頬を膨らませることしかできなかった。

 

「まあビスマルクが料理できないのはどちらかというとオイゲンのせいな気もするがな」

「それは言えてる」

 

 グラーフの意見にマックスも同意する。

 ビスマルクも過去何度か料理に挑もうとしたことはあるのだが、その度にオイゲンがあれこれと世話を焼いて、結局ほとんどオイゲンがやってしまうことが多い。

 

「ま、まあビスマルクはその分戦闘で大活躍してるし」

「いいのよレーベ。今フォローしてもらうのは逆に辛いわ」

「そういえば新しくやって来たガングートは料理もお手の物らしいな」

「……」

 

 ビスマルクが無言でグラーフの頬を左右に引っ張り始めた。

 グラーフもそれに対抗してビスマルクの頬を引っ張り始める。大型艦二人の大人げない応酬である。

 

「あれは止めなくていいのでしょうか」

「いいんだよ、マスター。あの二人はあれで仲が良いんだ」

 

 レーベがひらひらと手を振りながら言った。

 そんなやり取りをしているうちに、コーヒー豆を混ぜ込んだカップケーキが出来上がった。

 コーヒーよりも控えめではあるが、ケーキの甘い香りにほんのりとコーヒー豆らしき匂いも含まれている。

 

「少し多めに作ったので寮の皆さんにも配りたいのですが良いでしょうか? もし評判が良ければ娯楽室のメニューに追加したいのですが」

「いいわよ。マスターのレパートリーが増えるのはこちらとしても願ったりだわ」

「それじゃ、僕たち皆を呼んでくるよ。行こう、マックス」

 

 レーベがマックスの手を取って寮の二階へと向かっていく。他の皆を呼びに行ったのだろう。

 

「では我々は皆の分のコーヒーとケーキを並べるとしようか」

「そうね。ケーキはオイゲンとユーの分も取っておいてあげましょう」

「あの二人もコーヒーノキを一生懸命育てていたからな」

 

 二人の分のカップケーキを容器にしまうグラーフたちを、マスターは穏やかな表情で見守るのだった。



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この世の理とは速さなのかもしれない(1)(長門・島風・秋津洲)

この世の理とはすなわち速さだと思いませんか――?
そんなわけでレースです。一回じゃ終わりませんでした。


「……艦娘対抗レース?」

 

 掲示板に貼り出されたチラシを見て、思わず足を止めた。

 主催者のところを見ると当泊地の司令部になっている。つまり提督および司令部の面々公認のイベントということだ。

 

「板部先生、そのチラシが気になるかな?」

 

 いつの間にか長門が横に立っていた。司令部の代表格の一人だ。

 普段は凛々しい感じの顔つきなのだが、今はこのレースについて話したい様子がありありと見て取れる表情である。

 

「ここ最近艤装の改修が進んで速度調整が可能になっただろう。それを活かして皆でレースをしてみようという話が持ち上がってな」

「ふうん、発起人は島風か?」

「いや、私だ」

 

 道理でやたら楽しげなはずだ。

 

「けど、速度調整ができるからって有利不利はあるだろうし参加者集まるかねえ」

「単純な速さだけを競うというわけでもないからな。なるべく速度の有利不利が解消できるようなルールにはしてある」

 

 チラシをよく見ると、確かに「実戦形式なので妨害行動あり」「装備の使用は自由」「他の参加者と協力行動も可」と書いてある。物騒過ぎやしないだろうか。

 レースとしての勝敗は至極単純で、指定のポイントを通過しつつ最終的にゴールへ最初に突入したものが勝者という扱いらしい。コースはこのショートランド島一周とのことだ。

 

「長門は参加するのか」

「当然だ。今の私は島風の如し、と言ってもいいだろう!」

「言葉の意味は分からんが凄い自信だ」

 

 楽しそうで何より。

 少なくとも今回俺は巻き込まれずに済みそうなので、高みの見物と洒落込むかな。

 

 

 

 当日、泊地の空き地に設置された中継会場にはそこそこ人が集まっていた。

 リチャードを初めとする島の人もいるし、ウィリアム爺さんのような他所の島の人もいる。挙句の果てにはなぜか他所の提督までいる始末だ。暇なのだろうか。

 

「あ、板部先生」

 

 頭に猫を乗せた望月がこちらを見つけて手を振って来た。隣には初雪もいる。

 二人の後ろの席が空いていたのでそこにお邪魔することにした。

 

「やっぱり二人は参加しないのか」

「するわけないじゃん、こんな疲れそうなの」

「私もやだ……」

 

 長門が聞いたら泣いてしまいそうなくらい酷い評価だった。

 

『さァーッ、いよいよレーススタート間近ですよう!』

 

 実況席ではマイク片手にノリノリな青葉が全身を動かしていた。こういうイベントごとになると妙に生き生きするのが何人かいる。青葉もその一人だった。

 

『実況は私青葉が務めさせていただきます。そして解説にはこの御方、当泊地古参の一人、何言ってもこの人ならまあいいかって感じになって後腐れが残らなさそうな人徳の持ち主! SAZANAMIさんです!』

『えー、今日はですね。皆さんの頑張りを見せてもらえることを、えー、期待しております』

 

 相変わらず漣はキャラがよく分からない。今のは誰かのモノマネなのだろうか。

 中継所の真ん中に設置された大型モニターには、スタート地点で待機する選手たちの姿が映し出されていた。

 

 

 

 優勝候補筆頭、速いといえばこいつしかいない、最速の駆逐艦――島風!

 二式大艇を活かして空中戦を挑むのか、戦闘以外じゃ割と有能――秋津洲!

 タービンマシマシで最速を手に入れた負けず嫌い、日本が誇る戦艦――長門!

 高速戦艦の名を背負い、気合十分元気の子――比叡!

 その特性を生かせるのか、予想外の展開を見せて欲しい――伊19!

 大量に搭載された魚雷を何に使う気だ、笑顔が怖いぞ――大井!

 早い駆逐艦は島風だけじゃない、特型改二の意地を見せるか――吹雪!

 軽空母になって優雅なレディっぷりに磨きがかかったか――熊野!

 その策謀をもってレースの流れを支配するのか――鳥海!

 空の覇者としての力をどう振るうのか、その馬力は伊達ではないぞ――翔鶴!

 

 

 

 青葉の熱のこもった参加者紹介が続く。

 思ったより参加人数は多めだった。皆意外とイベント好きなのかもしれない。

 

「二人は誰が優勝すると思う?」

「ん……特型としては吹雪に勝って欲しいけど、やっぱり島風かな……」

「あたしは長門さんだと思うねえ。あの顔、負けることを微塵も考えてない顔だよね」

「長門はいつもそんな感じじゃないか」

 

 二人とそんなことを話しているうちに、レースの開始時間になった。

 レース開始のときに流れるような壮大な曲が聞こえてくる。

 

『それでは――スタートです!』

 

 青葉の掛け声と共に、スタート地点に並んだ艦娘たちが一斉に主機を稼働させた。

 

 

 

 スタート直後に集団から飛び出た影は二つ。

 島風と秋津洲だった。

 

「ふっふー、おっそーいー! スロウリィー!」

 

 島風は元々艦娘随一の速力を誇っている上に、タービンを積んで更に速力を増しているようだった。いつも以上に速い。艦隊行動を取る際はこれだけ速いと突出してしまい逆に問題になるが、レースならそんなことを気にする必要はなかった。

 

「二式大艇ちゃんの速さは泊地一ィィィ、かもっ!」

 

 一方、秋津洲は二式大艇にしがみついて空を駆けるという荒業に出ていた。これは二式大艇の大きさを生かした奇策である。

 

『島風さん、秋津洲さんが他の参加者を大きく引き離したァー!』

『秋津洲さんはコレもう母艦ってなんだろうなって感じですね』

 

 とは言え秋津洲の作戦は功を奏している。ただ、その快進撃をそのまま許すほど優しい連中はいなかった。

 

「させません……!」

「落ちてくださいっ!」

「か、かもっ!?」

 

 吹雪の対空射撃と翔鶴の艦戦が秋津洲を乗せた二式大艇を襲う。蜂の巣とはこのことか、哀れ二式大艇は秋津洲を乗せたまま高度を下げて明後日の方向へと落ちていく。

 

「こ、これで勝ったと思うなかもー! 絶対修理してまた追いつくんだからー!」

 

 断末魔の叫びを響かせながら秋津洲がモニターから姿を消していく。

 更に、そんなことをしている間に後続のメンバーたちも少しずつ速度を上げてきた。

 

「待っていろ島風、重量級はスタートダッシュこそ劣るが最高速度はなかなかのものだぞ……!」

「それゲームの話じゃないの!?」

 

 徐々に追いつきつつある長門に若干怯えながら島風が叫ぶ。

 まだまだレースは始まったばかりだった。



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この世の理とは速さなのかもしれない(2)(鳥海・翔鶴・比叡・大井・熊野)

2回くらいで終わるかなーと思ったら終わりませんでした。
こういう話は動画の方がマッチしそうな感じもしますが、はてさて。


 始まって間もなく秋津洲が叩き落されるというデンジャラスな展開を見せ始めた艦娘対抗レース。

 ショートランド一周というそこそこ長めのコースであることを意識してか、秋津洲脱落後は各メンバーともに鳴りを潜める形になった。途中補給ポイントは何ヵ所か設けられているが、何も考えずにバカスカやり合っていたらあっという間に身動きが取れなくなる。

 今のところ島風が先頭をキープしているが、後続集団との距離はそこまで離れていない。何かあれば追い抜かれる可能性は十分にあった。

 

『さて、ここで第一補給ポイントです。担当の神威さんたちが待機中です』

 

 青葉の紹介を受けて補給担当の面々がモニターに手を振った。ここだけ見ると何とも微笑ましい。

 

『おおっと、最初の補給ポイント前で比叡さんが前に出ました! 長門さん、翔鶴さんも速度を上げています!』

『おそらく大型艦故に補給で時間がかかるからでしょうな』

 

 次々と補給ポイントに入り洋上補給に取り掛かる。

 

『おっと、これは……!?』

 

 補給ポイントからいち早く飛び出したのは鳥海だった。

 

『鳥海さん、どうやら補給よりも先行することを優先したようです! 補給は必要最低限に留めた様子!』

『他の参加者たちの表情からは焦りと困惑が見えますねえ。補給を続けるか自分も出るべきか、揺さぶられているようです』

『これも鳥海さんの策なのかー!?』

 

 漣の指摘通り、他の参加者の脳裏には迷いが生じたようだった。動じていないのは島風と長門くらいか。二人は最後まで補給すると固く決めているらしい。

 単独トップに躍り出た鳥海はというと、意外にもこれまでのペースを維持する安定した走りを見せた。ここで一気に他の参加者を引き離すこともできそうなものだが、そういうつもりはないらしい。

 

「無理にペースを上げずとも問題ありません。まだ先は長いですから」

 

 鳥海は十分なプランを練って参加しているようだった。プランへの自信が安定した走りに繋がっているのだろう。

 それに引きずられて早々に補給を終える者、最後まで補給を続ける者に分かれたため、第一補給ポイント後の順位は大きく動くことになった。

 先頭は鳥海。それに少し遅れて吹雪、熊野。先ほどまで先頭にいた島風は順位を大きく落とすことになった。

 

 

 

『さあ、次の目的地は島の北西部にある第二補給ポイント! しかし実は、そこに至るまでの間に障害物エリアがあったりします!』

 

 青葉の宣言に参加者たちがぎょっとした表情を浮かべた。どうやら知らされていなかったらしい。

 

『あ、苦情は青葉じゃなくて司令部の皆さんにお願いしますね。海上移動はサプライズだらけ、安全なコースをただ走って得る一位なんて意味はない――そう言って障害物エリアを設けたのは司令部の方々なのでっ!』

『ドSですねー。お富士さん発案なのか、叢雲ちゃん辺りの発案なのか』

『そんなわけでここでの障害物は――魚雷地獄です!』

 

 ぱっとモニターが切り替わる。

 そこには多数の魚雷を装備した北上と木曾、それに参加していない潜水艦たちの姿があった。

 

「いやー、大井っちには悪いけどこれも仕事だからね」

「そんなわけで――行くぜ!」

 

 一斉に参加者たち目掛けて放たれる魚雷たち。どう避ければいいんだと言わんばかりの量だった。

 

「くっ、これは想定外です……!」

 

 鳥海たち先頭グループは速度を最高まで上げて魚雷から逃れる方法を選んだ。一方後続にいたグループは一旦速度を落とし、迂回することで魚雷を避けようと試みる。

 

『さあ、ここで貧乏くじを引かされたのは真ん中辺りにいるグループ! 先にも行けず後にも引けず、さあどうする!』

「こうします!」

 

 青葉の言葉に応じるかのように翔鶴は真上で艦載機を放った。よく見ると、艦載機には糸がついている。その糸は翔鶴の身体に伸びていた。

 

『おおっと、翔鶴さん――これは艦載機によって自分の身体を引っ張り上げているゥー!?』

『秋津洲さんと違ってそのまま進むには無理があるけど、短時間の間魚雷を避けるならこれで十分というところですな』

『あっと、しかしこれは……!』

 

 宙に浮かびかけた翔鶴の腰元に、なんと比叡が抱き着いていた。

 

「一人だけ助かろうなんて薄情じゃないですかぁ、翔鶴さん!」

「ちょ、離してください! ず、ずり落ちちゃいます!」

 

 比叡がしがみついているせいで翔鶴の袴が落ちかけているようだった。

 

『こいつはやばい! 別の意味で翔鶴さんが大ピンチです!』

『観客には男性陣もいるのでやばいですねー。ということで映像チェンジ!』

 

 漣の合図と同時に映像は大井へと切り替わった。心なしか観客席の男性陣が肩を落としていたようにも見えたが、スルーしておく。「ふふふ、魚雷の撃ち合いっこですか? 構いませんよ、北上さん……!」

 映像に映し出された大井は自分が大ピンチなのにも関わらず相当ハイになっているようだった。正直顔が怖い。

 そういえばアイツは相当な魚雷フリークでもあった。今の状況はもしかすると大井的には最高の状況なのかもしれない。

 

「行きますよ、ホラホラホラ!」

 

 自分に迫りくる魚雷目掛けて大井はカウンターとして魚雷を撃ち放つ。それは寸分違わず北上たちの放った魚雷に命中し、大井に当たる前にすべて相殺される形になった。

 

「うわあ、さすが大井っちだね」

「こうなる予感はしてたけどな……」

 

 北上と木曾も、これには苦笑するしかないようだった。

 

 

 

 魚雷エリアを越えて第二補給ポイントに向かう艦娘たち。

 何人かはダメージを受けたが、脱落に至る者はまだ出ていない。

 ただ、魚雷を避けるために加速したツケか、鳥海の速度は少しずつ落ちてきていた。

 少しずつ追い上げてきているのは島風と長門、それに伊19だった。伊19は魚雷エリアを潜航して突破したので、他の参加者と比べてペースが乱れていない。

 一方、魚雷でダメージを負ったからか翔鶴や比叡は少し遅れ気味になっていた。

 

「あちゃー、先頭からは大分離されちゃったな……」

「うう、比叡さん酷い……」

「わ、悪かったってば」

 

 袴の位置を確認しながら涙目で訴える翔鶴。

 そこにススッと近寄る影があった。

 

「このまま先頭集団に引き離されたままというのも面白くありませんわ」

「その声は……熊野!」

「なんですの、その大袈裟なリアクションは」

 

 比叡に対しやや呆れ顔を浮かべる熊野。

 

「……何か策でもあるんですか?」

「ええ。そのためにはもっと仲間を集める必要がありますけれど」

 

 そう言って熊野は怪しげに目を光らせた。

「戦場において速さだけでは目的地に辿り着けない――そのことを教えて差し上げますわ!」



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この世の理とは速さなのかもしれない(3)(島風・長門・伊19)

一緒に何かできる相手がいるというのはいいものだな、と。
うちの島風は姉妹艦がいないが故に、却って幅広い付き合いができているというイメージでいます。


 艤装も身体も、良い感じに温まってきた。

 途中アクシデントがあったりもしたが、それくらいは許容範囲だろう。

 

「純粋な速さじゃ私が一番だしっ」

「ははっ、言うではないか島風!」

「潜水艦最速の看板背負ってるからには負けられないのね!」

 

 意外にも食らいついてきているのは長門と伊19だ。

 

『ちなみに最速を自称してるイクちゃんですが、ニムたんも同じ速さらしいでござる』

「こ、このタイミングでそういうことは言わなくていいのね! 嘘じゃないし!」

 

 伊19が速度を上げてくる。純粋な速度ならこちらの方が上だが、伊19は数々のアクシデントを潜ることで避け続けてきた。一番自分のペースを維持できている。

 そんな伊19がペースを上げてきたのには理由がある。

 

『さて、ここで後続の参加者たちも一斉に追い上げてきました。――もうすぐです! ゴールが間近です!』

 

 青葉の言葉通り、レースは終盤に差し掛かっているのだった。

 

 

 

「……なんか島風、楽しそうだな」

 

 モニターに映し出される様子を見て、そんな言葉が口から出ていた。

 

「普段は少し気怠そうにしてる印象が強かったが」

「島風があんだけ全力で走れる機会なんてまずないからねえ」

「作戦行動のときは他の艦に合わせた速力にしないといけないから……。島風にとっては窮屈なのかもしれない」

 

 望月と初雪がポップコーンを頬張りながら言った。

 ずっと走り続けているからか、参加者たちの表情には疲労が表れていた。

 それでも皆どこか楽しそうに見える。

 

『おおっと、ここで後続集団が大きく動いたー!』

 

 先頭の島風、長門、伊19から引き離された集団――熊野たちが動きを見せた。

 

「これは速さを競うだけの勝負ではありませんわ……! 最初にゴールを越えた者。それが勝者であり真のレディですのよ!」

 

 熊野が一斉に艦載機を発射する。今回は軽空母として参加しているようだった。

 

「むっ……!」

 

 熊野の元から放たれた艦載機の多くは艦爆だった。容赦ない爆撃が先頭集団を襲う。

 

「ば、爆弾は勘弁なのね!」

 

 特に被害を受けたのは伊19だった。艦爆の攻撃は潜って避けるというわけにはいかない。

 島風と長門はギリギリのところで避け続けていたが、伊19はとうとう捕まってしまったらしい。雨あられのように降り注ぐ艦爆のこうげきを受けて、艤装が大破してしまった。ここまでくると速度もがた落ちである。

 

「ぐぬぬ……。む、無念なのね……!」

 

 親指を突き立てて海中に潜っていく伊19。意外と余裕はありそうだった。轟沈しないよう調整してるからかもしれないが。

 

「攻勢に出たな、熊野! だが艦載機をこれだけ繰り出しては、走ることに集中できまい……むっ!?」

 

 長門が熊野の姿を見て顔をこわばらせた。

 熊野は比叡・翔鶴の二人に縄で引っ張られていた。曳航されている形になる。

 

「熊野さんのサポートは、私たちで……!」

「艤装の調子が悪い分は、気合で補います!」

 

 先頭集団への攻撃は熊野が担当し、走りは比叡たちがカバーする。

 

「なるほど、他の参加者との協力もありとルールにはあったな。だが、この長門は負けんぞ!」

「島風だって!」

「――私たちのことも忘れてもらっては困りますね!」

 

 そこで、先頭と後続の間にいた鳥海と大井が速度を上げてきた。

 後続集団の出方を見極めてから出るつもりだったのだろう。彼女たちにとっては、後続集団の攻撃が先頭集団に集中している今が最大の好機とも言えた。

 

「魚雷は全部出し尽くしたから攻撃はできないけど……その分身軽になってるのよねえ!」

 

 猛追する鳥海・大井・熊野たち。

 熊野の攻撃の手が尽きた頃には、彼女たちも島風や長門たちと並ぶようになっていた。

 

『さあ、ここからは地力の勝負か! ゴールは目前だあ!』

 

 青葉の言葉通り、島風たちの前にはもう余計な障害物はなく――彼方にはゴールが見えていた。

 

 

 

 全力で走ろうとするといつも止められた。

 皆はそんなに速く走れない。少し抑えろ、と。

 だから、艦隊行動中はいつもモヤモヤした思いを抱えていた。

 本当はもっと速く走れるのに。そうしてはいけないなら、この速さは何のために備わっているのだろう。

 別に他の皆が意地悪でそう言っているわけではない、ということは分かっていた。

 ただ、それでも全力で走ってみたいという欲求は常に心の中にあった。

 ほとんど休みなしで全力疾走し続けていたからだろう。身体はもう疲れ切っていた。最初の頃と比べるとスピードも落ちてきていることだろう。

 それでも、今はとても気分がいい。

 皆が全力で走っている。一番は自分だと、負けず嫌いの顔をして走っている。

 

「ははは、やはり速いな島風――だが速度を最高まで上げたこの長門から逃げ切れるかな!?」

「なんでそんなに速くなってるのよ! 訳分かんない!」

 

 長門なんて普段はとても遅いのに。

 自分には絶対追いつけないと思っていたのに。

 今は不思議と食らいついてくる。

 ゴールは目前だった。

 自分の順位とか、他の人がどこにいるかとか気にしている余裕はなくなってきた。

 絶対に負けたくない。自分が一番になるんだと、そのことだけを考えるようにする。

 青葉と漣が何か言っている。聞こえてはいるが、もう頭には入ってこなかった。

 それでも。

 ゴールを通過したとき、自然と腕が大きく振り上がった。

 

「私には――誰も追いつけないんだから!」

 

 そうして、勢い余って前のめりに海面へ激突することになった。

 

 

 

 意識が飛んでいたのはどれくらいの間だろう。

 気づけば、長門に抱きかかえられていた。

 

「あれ、私……」

「白熱し過ぎて意識が飛んだみたいだな。普段のお前からは考えられないくらい熱くなっていたぞ」

 

 周囲を見ると、他の皆も全力を出し尽くしたのか各々休んでいるようだった。

 

「私、勝った?」

「ああ。やはり速さでお前には敵わないな」

 

 そう言って長門は頭をわしゃわしゃと撫でてきた。

 

「ちょ、もう。やめてよー!」

「照れるな照れるな」

 

 そうではなく長門の力が強すぎて頭がシェイクされるのだ。

 ひとしきり撫でて長門は満足したのか、愉快そうに笑っていた。

 

「島風」

「な、なに……?」

「――楽しかったか?」

 

 自分は楽しかったぞ、と言わんばかりの笑みを浮かべて長門は言う。

 つまらないことを聞くものだ。

 そんなこと、答えるまでもないではないか。



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世話好きのジレンマ(由良・名取・潮・夕張・鬼怒・阿武隈)

由良さん改二素晴らしい。
ゆらゆらします。……とてもゆらゆらします。


 物凄い雨音で目が覚める。

 起き上がってカーテンを開けてみると、外は豪雨に見舞われていた。

 

「……なんだか、すごい雨みたいだね」

 

 上のベッドで休んでいた名取姉も起きてしまったらしい。

 時計を見ると、まだ時刻は四時になるかならないかといった頃合いだった。

 

「長良姉や鬼怒たちは今日も走ってるのかしら」

「多分走ってると思う。私が知る限り天候を理由に二人が朝のランニングを休んだことないし」

 

 恐るべき姉妹である。何がそこまであの二人を駆り立てるのだろう。

 

「なんだかもう一回寝るには目が冴えちゃった。由良はどうする?」

「私もこの雨音聞きながらまた寝る自信はないかも……」

 

 かと言って、朝ご飯を食べるにはまだ早い。

 どうにも半端な時間に起きてしまったものだと後悔する。

 

「とりあえずやることないしロビーでテレビでも見ようか」

「そうだね」

 

 それぞれの私室とロビーには多少の距離があるので、よほど大音量にでもしない限り私室まで音は届かない。まだ寝ているであろう他の子たちの迷惑にはならないはずだった。

 着替えて一階のロビーへ向かうと、そこには先客――潮ちゃんがいた。

 

「あ、お二人ともおはようございます」

「おはよう。潮ちゃんも寝られなくなったの?」

「はい。曙ちゃんはまだ寝てたし、部屋にいてもやることないのでここで本でも読もうかと……」

 

 話している最中、落雷の音が周囲に響き渡った。雨だけでなく雷まで鳴るとは、よほどの悪天候なのか。

 

「雷が鳴ってるならテレビはつけない方がいいかもね」

「万一落雷して壊れたら悲しいもんね……」

 

 しかし、それなら何をして過ごそう。

 

「あ、いいものありますよ」

 

 潮ちゃんがラックから何かを取ってきた。小型のゲーム機のようだ。

 

「少し前の世代のゲーム機らしいんですけど、可愛いソフトがあるんです」

 

 潮ちゃんがカセットを差し替えて電源を入れる。

 すると、愛らしい犬や猫が映っているタイトル画面が表示された。

 

「わ、可愛いね」

「ペットを育てるゲームなんです。七駆の他の皆はあんまりこういうのやらなくて……でも、お勧めです!」

 

 潮ちゃんが珍しく語気を強めていた。よっぽどこのゲームが好きなのだろう。

 

「普段ゲームはやらないんだけど……そんなに難しくないならやってみよっか」

「そうだね」

 

 名取姉と一緒に潮ちゃんのレクチャーを受ける。

 このゲームは、家庭で飼えるようなペットの中から一種類選んで育てていく育成ゲームらしい。

 最初にプレイヤーの名前を決めたらペットを選んで名前をつける。そして家に迎え入れてから日常生活を過ごしていく。

 日頃の振る舞いによってプレイヤーやペットのステータスが変動していき、それによって出来ることやペットのリアクションも変わったりしていくらしい。

 

「結構、作り込まれてるんだね」

 

 意外に奥深そうな内容に興味が出てきた。

 画面の中から向けられてくるつぶらな瞳から、目が離せなくなっていく――。

 

 

 

「夕張、相談があるの」

 

 休みのとき、私室で映画を見ていたら由良が訪ねてきた。スプラッター映画を慌てて止めて迎え入れると、由良は何やら深刻そうな表情を浮かべながらそう切り出してきたのだった。

 

「どうしたの、由良が相談なんて珍しいじゃない」

 

 由良はしっかり者かつ控え目な性格だから、甘えるのがかなり下手だ。人に頼るということを滅多にしない。

 自分から相談を持ち掛けてくるなどよっぽどのことだ。

 

「何かあったの?」

「……うん。私の教育方針、何か間違ってないかって不安になって」

 

 教育方針ということは、旗下の駆逐艦の子たちのことだろうか。あるいは鬼怒や阿武隈のことかもしれない。

 

「私もあんまりそういうのは強くないから自信ないけど、何が不安なの?」

「自立値が全然伸びないの」

「……ん?」

 

 なんか怪しげな単語が聞こえたような。

 

「自立心?」

「うん。自立値が全然伸びないの。きちんとときどき叱ったりもしてるんだけど……」

「由良。それ何の話?」

 

 どうも認識にずれがありそうだった。由良の話を一旦止める。

 由良は神妙な面持ちで少し前の携帯ゲーム機を取り出した。

 

「ゲームの話かっ!」

「げ、ゲームかもしれないけど、私は真剣に悩んでるんだから……!」

 

 由良は口をへの字にして抗議してきた。こういう由良を見るのは珍しい。

 ゲームの状態を見ると、確かにペットのステータスの中で自立のパラメーターが妙に低かった。

 続けてプレイヤーのステータスを見ると、世話好きのパラメーターが最高値になっていた。厳しさとかもそれなりに高いのだが、それを上回る世話焼きっぷりである。

 

「……由良、ちょっと構い過ぎなのでは?」

「えっ……。で、でもトイレとかお風呂とかはきちんとお世話しないと駄目よね」

「そこはそうなんだけど……。履歴見るとしょっちゅう散歩連れてったり遊んだりしてあげてるみたいだし。悪いことしたら叱ってるからしつけのパラメーターは十分だけど……これじゃちょっと自立心は育たないわねえ」

 

 こちらの指摘に由良はかなりショックを受けているようだった。

 口元を手で押さえて、辛そうな表情を浮かべている。

 

「そんな……。駄目なの? とても可愛いからつい構ってしまいたくなってたけど……」

「ときには距離を置くことも大事なんじゃないかなー」

 

 それはゲームに限らず、そういうものではなかろうかと思う。

 私だって、由良みたいなお世話好きがずっと構い続けてきたら駄目になってしまいそうな気がする。

 

「……分かったわ。私、少し考えを改めてみる。ありがとう、夕張!」

 

 こちらの手をがしっと握って由良は頭を下げた。

 

「う、うん。まあ程々にね」

「分かった!」

 

 比叡さん並の気合を見せて去っていく由良を見送りながら、大丈夫かな、と少し不安を覚えるのだった。

 

 

 

 それから更にしばらく経ったある日。

 今度は鬼怒と阿武隈が揃って部屋にやって来た。

 

「最近、なんか由良姉や名取姉が妙によそよそしくてさ……」

「夕張さん、由良お姉ちゃんと仲良いし何か知らないかなーと」

 

 由良がそうなった原因に心当たりがあるだけに、盛大なため息が口からこぼれ出る。

 おそらく名取は由良経由で同じような状況になっているのだろう。

「あんたたち姉妹は世話が焼けるわね、まったく……」

 

 

 

 結局――由良と名取が元に戻ったのは、ゲームでペットが天寿を全うするのを待たねばならなかったという。



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七夕祭りだ!(鬼怒・龍驤・五十鈴)

約一年と言うことで、第一回をちょっと意識したお話を。


「何か夏っぽいことしたい」

 

 かき氷をしゃくしゃくと食べながら鬼怒がそんなことをのたまった。

 

「……お前、今この上ないくらい夏っぽいことしてるだろ」

「チッチッチ、分かってないね板部さん。鬼怒はもっとビッグなことしたいんだよ」

「ついこの前由良の改二祝いと称して無茶苦茶騒いでただろう」

「……今日は今日の風を吹かしたいの!」

 

 子どもかこいつは。

 こうなると鬼怒は実際に動くまで落ち着かないだろう。何か適当な提案をするしかない。

 

「そうだなー、七夕近いし短冊でも飾り付ければいいんじゃないか」

 

 それなら手早く済ませられるだろうと思っての提案だったが、鬼怒はこちらの斜め上をいった。

 

「七夕……なるほど! 七夕祭りだ!」

「は?」

「泊地の皆で七夕祭りをやるんだよ! さすが板部さん、ビッグなこと考えるぅ!」

「……お、おう」

 

 曲解されたとは言え一応こちらから提案した形になるので、俺には頷くことしかできなかった。

 

 

 

「最近増えてきたしちょうどええな」

 

 龍驤が竹林の様子を眺めながら言った。

 他にも阿武隈に磯波や浦波、不知火や早霜などが集められている。全員作業着姿で、竹を切るためのノコギリを持っていた。

 

「はーい、それじゃ皆事前に通達した分だけ切ってねー!」

 

 鬼怒の号令に全員が応じて散会していく。動きに一切迷いがない。竹は伸びるのが早いので定期的に切る。皆にとっては定例行事なのだろう。

 一見するとこういう作業に慣れてなさそうな磯波や早霜もテキパキと切っていく。艦娘は対深海棲艦のプロなはずだが、そのことを忘れてしまいそうになるような慣れっぷりだった。

 こちらはというと、慣れない肉体労働で早速腕と腰が痛んできた。

 

「なんや先生、体力ないなあ」

「俺は皆と違って若くないんでね……」

「そんなんじゃあかんて。今度体力のつくもの食べさせたげようか?」

「……龍驤の馳走はなんか粉もの多めになりそうだな」

 

 美味いことは美味いのだろうが、なんか胃にもたれそうな気がする。

 こっちが苦戦している間に他の皆はさっさと切り終えてしまっていた。結局俺が切り倒したのは一本だけで、他は磯波たちにやってもらう形になってしまった。

 

「しかし、皆生き生きとしてるな。こういうイベント大好きだねえ」

「それもあるかもしれんけど、やることがあるってのはそれだけでええもんやと思うよ。いや、うちらの本分は深海棲艦との戦いやけど……やっぱり殺伐としとるし。命の危険もなく、皆で一緒に何かやれることがあるってええやん」

「深海棲艦とやり合うよりこういうことしてた方がいい、ってところは同意する」

 

 俺は皆で一緒に何かするより、一人でだらだらしている方が好きだ。

 

「短冊に書く願い事は『だらだらしたい』にするかな」

「やめんかい。初雪や望月辺りが見たらどうすんの」

「駄目か。仕方ない」

 

 竹を抱えて麓に降りていく。その途中、大量の和紙を抱えた集団に遭遇した。

 

「あら、もう竹切り終わったのね」

 

 集団を率いているのは五十鈴だった。

 

「和紙、そんなにいるか?」

「皆で書く分だけじゃないわよ。どうせなら豪勢に飾り付けたいじゃない」

 

 何を作るつもりなのだろう。大都市でやる七夕祭りみたいな飾り付けでもする気だろうか。

 視線を麓に向けると、泊地の中心部の広場に何か櫓らしきものが出来つつあった。

 

「……あれは何してんだろうな」

「夜に皆で踊るためのステージ用意するって大和さんと武蔵さんが張り切ってたわね。藤堂さんも駆り出されてるみたい」

「屋台も開くって言ってたね。珠子さんやイタリアたちが中心になって駆逐艦の子たち集めてたよ」

 

 次から次に泊地の艦娘やスタッフの名前が出てくる。

 こちらが気づいていなかっただけで、かなりの大事になっているようだった。

 

「よくこんだけ大規模な催しを大淀が許可したな……」

 

 普段から赤字ギリギリで回しているのがこの泊地だ。その財布を握っている大淀は、この手の大規模イベントに乗り気でないことが多い。

 

「霞たちに説得されたみたいよ。たまにはいいでしょうって」

 

 霞・朝霜・清霜の三人は大淀の泣き所として有名だった。おそらく先にその三人を落として、最後に本丸である大淀を攻め落としたのだろう。企画側にもなかなかの策士がいるようだ。

 

「ま、島の人たちや外部の人たちも呼ぶらしいから元手はどうにか取るつもりなんでしょ」

「近場の提督さんたちも来るらしいよ。この前四葉祭で盛り上がったばかりなのに、皆元気あるよね」

「言い出しっぺのお前がそれを言うのか……」

 

 その場にいた全員に突っ込まれて、鬼怒は明後日の方向に視線を逸らすのだった。

 

 

 

 それから数日経った七月七日。

 泊地は、普段と比べ物にならないくらいの賑わいを見せている。

 俺はというと、泊地の学び舎の屋上でぼんやりとその賑わいを眺めていた。

 賑わっている景色を見るのは好きだが、その渦中に飛び込むのは苦手だった。これくらいの距離感がちょうどいい。

 同じような考えの艦娘もいるようで、建物の屋上にも人はそこそこいた。

 

「やー、疲れた疲れた」

 

 そんなことを言いながら鬼怒が屋上にやって来た。さっきまで櫓の周りで踊りまくっていたからだろう。さすがに少し疲労の色が見え隠れしていた。

 

「お疲れさん」

「お、板部さん。さてはずっとここでぼーっとしてたねえ?」

「ご明察。当てた褒美に飴ちゃんをあげよう」

「おっ、ありがと。……って、これ塩飴かー。鬼怒黒飴が良かったよ」

「我儘だなあ。汗かいたなら塩分補給しとくのがいいんだぞ」

「知ってるよー。海上移動のとき散々舐めてるから飽きてるの」

 

 それは知らなかった。道代先生辺りが勧めたのだろうか。

 屋上の柵にもたれかかりながら、鬼怒は「ふー」と大きく息を吐いた。

 

「そういえば鬼怒は短冊に何か書いたのか?」

「書いたよ。また来年もこうして皆で何かやれますようにって」

「……そうか。そいつはいいな」

「いいでしょー」

 

 なんとなく、去年かき氷を作ったときのことを思い出す。

 泊地にいる間は皆割とのんびりと過ごしているが、この一年の間にも何度か大きな戦いはあった。命懸けの戦いだ。

 そういうものを経ての一年間だ。「また来年も」という言葉は軽いものではない。

 

「板部さんは何か書いたの?」

「似たようなもんだ。来年まで皆息災でありますように――ってな」

 

 息災であれば、後はやる気次第でどうにかなる。

 

「叶うといいね」

「どうだろうなあ。織姫と彦星じゃあ頼みとするにはちと頼りない気もする」

「それは確かに」

 

 太鼓の音が勢いを増していき、皆の踊りが一層活気づいてきた。

 

「さーて、休憩終わり。そろそろ戻ろうかな」

「……待て。なんで俺の腕を掴んでるんだ」

「一回くらい踊らにゃ損だよ」

「いや、俺は別に……いだだ、離せ、同行拒否ー!」

 

 艦娘の力にインドア系中年男性が敵うはずもなく――楽園たる屋上が遠ざかっていく。

 

 

 

 その後、鬼怒だけでなく武蔵や長門にまで捕まり、朝まで踊ったり飲まされたりすることになったのだが――それは特に語るようなことでもないので、割愛させていただく。



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善意の運び手(大鷹・龍驤・蒼龍・飛龍)

大鷹は今のところオンリーワンな性質の持ち主なので、夏イベで使うタイミングに迷いそうな予感。姉妹艦も早く実装されないかと期待しております。


 その日は、訓練を終えてから初めての護衛任務だった。

 S泊地では近海を行き来する船の護衛任務を請け負っている。制海権は確保しているものの、深海棲艦はいつどこから現れるか予測がつかないので油断できない。そのため余程のことがない限り艦娘による護衛が必要になるのだった。

 

「おや、新しい顔だな」

 

 護衛対象の船に乗っていたお爺さんは、こちらの顔を見るなりそんなことを言ってきた。

 一目見て新顔かどうか分かるということは相当馴染みのある人なのだろうか。

 

「おおー、そういえば大鷹は初めてか。この人は道雄さんって言って、この辺りの各拠点の農業の先生や」

 

 一緒に護衛を請け負っている龍驤さんが説明してくれた。

 

「二瓶道雄だ。農業の先生なんて言われてはいるが、たまたまお前さんたちと縁を持った普通の農家の爺とでも思ってくれ」

「はじめまして、大鷹と申します。護衛空母の艦娘です」

「ご丁寧にどうも。……ふむ、礼儀正しいお嬢さんだ。鳳翔に似た雰囲気がある」

 

 道雄さんはそう言いながらゴソゴソとポケットを探っていた。よく見ると服には大量のポケットがついている。

 

「お、あったあった。こいつは挨拶代わりだ。折を見て育ててみなさい」

 

 渡されたのは小さな袋だった。中には種らしきものが入っている。

 

「えっと……これは?」

「大根の種だ。比較的作りやすいから初心者でも問題ないだろう」

「受け取っとき。道雄さんは初対面の人に何かしら種とか苗とかを進呈する癖があるんや」

「あ、ありがとうございます」

 

 少しビックリしたけど、ありがたく頂戴することにした。

 

「もし不安があるなら赤城にでも助言を聞けばいい。あいつには一通りのことを教えてある」

 

 赤城さんは泊地にある農業部の部長を務めていた。そんな赤城さんの農業の先生だったのだろうか。もしかすると凄い人なのかもしれない。

 

「道雄さんの船の積荷は美味しい食べ物が多いから守り甲斐があるのよね」

「食はすべてのやる気の源だもんねえ」

「蒼龍・飛龍、あんたらはもうちょい公平にやる気出さんかい」

「えー」

 

 龍驤さんに注意されて、蒼龍さんと飛龍さんが頬を膨らませた。

 美味しい食事がないと気力が損なわれてしまう――というのは否定できない。

 実際、今回の護衛任務に空母が四隻も割り当てられているのは、それだけこの積荷を重視しているからなのだろう。

 

「お前さんたちの拠点も、最初の頃は大分食糧難で参ってたらしいからな。食うものに困るというのは辛いもんだ」

 

 道雄さんの言葉はちょっと意外なものだった。

 今のS泊地は結構大きな農園があったりして、ある程度の期間なら自給自足していけそうなくらいの余裕はある。食べるものに困るような状況というのは、ちょっと想像し難かった。

 

「私が着任する少し前までは島全体が飢饉に見舞われてたって聞いたな。深海棲艦のせいで輸送のままならないから、本当にまずい状況だったんだって。それを見かねてどうにかしようとしたのが泊地の起こりだって聞いたような……」

 

 そう言ったのは、この中で一番古株の蒼龍さんだった。

 

「ような……って適当ね」

「仕方ないじゃん、当時のこと皆あんまり話したくないみたいでさ、ちょっと聞き難いんだよ」

 

 それだけ苦労があったということなのだろう。

 

「今はこうして海上輸送が出来とるからええけどな。もしこれが出来なくなったら大変やで。……そういうわけやから、きっちりお仕事しようなー」

 

 龍驤さんが手をパンパンと叩くと、蒼龍さんと飛龍さんは「はいはーい」と船の後方に下がっていった。

 

 

 

 道雄さんの船は結構な大きさで、積荷も相当な量があった。

 あちこちの島に立ち寄っては積荷を降ろし、その土地の人たちと物々交換をしたり配給したりする。

 どの島でも共通しているのは、道雄さんの船を見つけた人々が歓迎ムードになるという点だ。

 

「道雄さん、どの島でも歓迎されていましたね」

 

 休憩時間、甲板の上で道雄さんにそのことを話してみた。

 

「歓迎されているのは俺じゃないよ。積荷さ」

 

 道雄さんはどこか誇らしげに言った。

 

「この積荷は血と汗の結晶だ。それに――作り手の善意が込められている」

「善意、ですか?」

「農家ってのは自分で作るものに愛情を込めて育てるものだ。大きくなってほしい。美味いと言ってもらえるよう成長して欲しい。そういう善意がたっぷり詰まってるのがこの積荷なんだよ」

 

 得意げに積荷の箱を見上げながら道雄さんは言う。

 自分の仕事に誇りを持っている人なのだ、という感じがした。

 

「少し羨ましいです」

「ふむ?」

「私は――かつて最後の任務で失敗をしてしまいました。守るべきものを守れなかった。だからか、そんな風に自分の仕事に自信を持つことができなくて」

 

 夜間に雷撃を受けて沈んでしまった。その後、護衛対象である船団は大損害を被ったと聞く。人も大勢亡くなった。

 

「……お前さんたちの仕事は大勢の命に関わることだから同列には語れんと思うが、俺たち農家も失敗は何度もする。こちらに落ち度がなくとも起きてしまう失敗もある。それでも、生きている限り腹は減るから、食うものはどうにかしないといかん。どうにかしようとまた食うものを作り始める。その繰り返しだよ」

「諦めなければどうにかなる……ということでしょうか」

「どうにかなるという保証はないなあ。それでも、やらないといかんな、というものがある」

 

 道雄さんの言わんとすることは、少し分かり難かった。

 

「私には、まだよく分かりません」

「ゆっくり考えていけばいい。お前さんはまだ若いからな」

 

 話している間に、次の島が見えてきた。

 

「……言っておくがな、大鷹」

「はい?」

「俺の船が歓迎されるのは、作り手たちの善意が込められた積荷があるからってだけじゃない。その善意をお前さんたちが守ってくれとるからだ。運んでくれとるからだ。今はとりあえず――それを覚えておいてくれ」

 

 言われて、改めて船を見上げる。

 船の周囲で守りを固めている龍驤さん、蒼龍さん、飛龍さんたちを見る。

 確かに――このうちの何が欠けても、島の人たちのあの笑顔はなかっただろう。

 

「ありがとうございます。前は上手くいきませんでしたが――艦娘として、もう一度自分の務めを頑張って果たしたいと思います」

「おう。ただ、あまり気負うなよ。蒼龍たちの緩さも少し見習っておくといい」

「あれ。道雄さーん、呼びましたー?」

 

 自分の名前が聞こえたのだろう。蒼龍さんがこちらに手を振ってきた。

 それがなんだかおかしくて――道雄さんと二人、思わず吹き出してしまう。

 

「あれ、なんで二人して笑ってるのよー!」

 

 蒼龍さんが抗議の声を上げる。

 確かにその様子は良い感じに緩そうで、思わずまた笑ってしまいそうになるのだった。



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ホラーハウスへようこそ(江風・海風・リベッチオ・風雲・照月)

肝試しとなればあの人たちが気合入れて頑張りそうだなあという印象が。


 S泊地の駆逐艦娘たちの元に招待状が届くようになった。

 

『〇月×日フタフタマルマル、地図の場所まで来ること』

 

 中に入っていたのはその手紙と地図だけ。差出人の名前はなかった。

 ただ、駆逐艦によって日付が若干違っており、ちょうど非番の日が指定されていることから、おそらく時折ある司令部の催し物だろう、と噂されていた。

 

 

 

「見事に同期組勢揃いって感じだねえ」

 

 その日、地図に記された場所にやって来た江風は、集まった面子を見て機嫌良さそうに口笛を吹いた。

 その場に集まっていたのは、江風と同時期に着任した駆逐艦娘――海風・風雲・リベッチオ・照月たちだったのだ。

 

「勢揃いって言っても、割とよく一緒にご飯食べてるから久々な感じはしないけどね」

「そう言うなよ風雲ー」

 

 風雲のつれない言葉に江風が口を尖らす。

 

「でも、これからどうすればいいんだろう」

 

 照月の言葉に、全員がある方向へ視線を集中させた。

 

「それは、やっぱりあれに入るしかないんじゃないかな……」

 

 海風がおずおずと言う。

 五人の目の前にあるのは木造の小屋だった。入口のところにはおどろおどろしく「ようこそ」と書かれた看板がある。

 ただ、小屋の中に人の気配はない。

 

「リベ知ってるよ、こういうのお化け屋敷って言うんでしょ! 肝試しやるのかな!」

「お化け屋敷……なのかねえ。ちょっと判断つかないけど」

 

 五人揃って「うーん」と声を上げながら小屋を眺める。

 誰も入ろうとはしない。

 

「……海風の姉貴、ここは先を譲るぜ」

「え、なんで!?」

「だってこの中じゃ一番姉っぽいじゃンか。年長者がこういうときは先を行くもンだぜっ」

「そ、そういう理屈なら私よりリベッチオの方が早いわよ?」

「リベはほら、こういうの得意じゃないし! 動じなさそうな風雲が良いと思うよ!」

「わ、私……!?」

 

 流れ流れて指名を受けた風雲はどうしようかと逡巡したが、やがて意を決したように一歩を踏み出した。

 

「分かったわ、やってやろうじゃない……!」

「さすが風雲さん、ファイトー!」

 

 無責任な照月の声援を背に、風雲は小屋の扉を恐る恐る開いた。

 中は酷く荒れていた。どうも長年放置されていた建物らしい。一歩動くたびに床が嫌な音を立てて軋む。

 風雲の後に続く形で他の四人もそろそろと入ってくる。

 

「なあ、そこの壁に何か貼られてないか?」

「あら、本当ね」

 

 江風が指し示した貼り紙を海風が回収する。

 そこには、真っ赤な字で「モウ戻レナイ」と書かれていた。

 直後、激しい音を立てて扉が閉まる。

 

「うわっ……え、ちょ、開かない!」

 

 慌てて照月とリベッチオが扉を開けようとするが、妙なことに扉はびくともしなかった。人間を凌駕する身体能力を持つ艦娘ですら開けられないとは、どんな扉なのだろう。

 

「江風が余計なもの見つけるから……」

「えー、あたしのせいかよ照月。仕方ないじゃンか、こうなったら早く奥行こうぜ」

「現時点で他に選択肢はなさそうね」

 

 五人は封じられた入り口を前に、やむなく奥へと進む決心をするのだった。

 

 

 

 電気もなく薄暗い中、少し進んでいくとリビングらしい場所に出た。

 テーブルがいくつか並べられており、奥には台所もあるようだった。

 五人が足を踏み入れた途端、ぼーん、ぼーんと古時計が音を鳴らした。

 

「……びびってなンかないぜ?」

「リ、リベも平気だよ……」

「足震えてるわよ二人とも」

 

 海風の冷静なツッコミに、二人は明後日の方向を見て乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

「海風は意外と冷静だね」

「私も苦手な方だけど、なんか皆を見守らなきゃって思ってたら……」

「お姉さんパワーだ……」

 

 妙なところに感心する照月だった。

 

「皆、ちょっとこっち来て!」

 

 風雲が何か見つけたらしい。四人が彼女の元に行くと、そこにはテーブルに乗せられたケーキがあった。ケーキにはクリームで文字が書かれている。

 

『油断しましたね』

 

 どこかで聞き覚えのあるフレーズだった。

 

「なあ姉貴、これもしかして――」

 

 江風が何か言おうとした矢先、リビングの外の方でぼうっと白い光が生じた。

 

「――」

 

 全員が言葉を失い、動きを止めた。

 きぃ、きぃ……そんな風に床を軋ませながら、何かがゆっくりとリビングへ近づいてくる。

 何か――とても良くないものが来ている。

 

「ぜ、全員退避ー!」

 

 照月の号令に全員が我を取り戻し、白い光とは別方向目指して一斉に駆け出して行った。

 

 

 

「し、死ぬかと思った……」

「何か知らないけど、捕まったら大変な目に遭う予感がしたンだぜ……」

 

 ぜえぜえと息を切らしながら、一同は小屋の奥にある廊下までやって来ていた。

 

「ねえ、あれもしかして出口じゃない?」

 

 リベッチオが廊下の先にある扉を指し示した。裏手口か何かだろう。

 

「やれやれ、やっと出られるのね」

「……そんな簡単に出られるとお思いかな?」

「何よ、まだ何かあるって言うの?」

 

 風雲が振り返る。

 そこにいたのは――真っ白なマフラー、黒いサングラス、若干汚れたトレンチコートを身にまとった謎の人物だった。

 

「……」

「このまま帰すわけにはいかないよぅ……」

 

 ひっひっひ、とわざとらしく邪悪な笑みを浮かべる。

 

「帰りたくば! 私と夜戦をしないと駄目だー!」

「どう考えても川内さんじゃねーかアァ!」

 

 江風の絶叫と同時に五人は出口に向かって駆け出す。

 しかし、どういう動きをしたのか――謎のサングラス女は瞬時に出口の前まで移動していた。

 

「くっ、相変わらず夜になると意味不明な凄さを発揮する人ね……!」

「風雲、後ろ……!」

 

 リベッチオが風雲の裾を引っ張った。

 いつの間にか、後方には死装束をまとった女性が現れていた。『訓練は嘘つかない』という文字が書かれた鉢巻を額につけている。片手には小さな探照灯――ではなく懐中電灯を持っていた。

 

「姉貴どうすンだよ! 神通さんだよ絶対アレ! 神通さんなら姉貴の担当だろ!?」

「そんな無茶を言われても……」

「なかなか大変な状況だと思いますが……実戦だと思って、頑張ってください」

「そうそう。夜戦で挟み撃ちされることもあるからね! さあ、覚悟を決めて一戦交えようか」

 

 じりじりと前後から二人が迫ってくる。

 その様子はお化けのそれではなく、どちらかというとホラーゲームの敵キャラのそれだった。

 

「こ、これじゃ肝試しじゃなくてサバイバルゲームだよー!」

 

 こうして――リベッチオたちの悲鳴が、虚しく響き渡ることになったのだった。



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目指せトップスター(阿賀野・能代・伊19・伊8・武蔵・那珂)

今回の同期メンバーに矢矧が入ってないのは仕様です。


 ここのところ、S泊地ではある噂が流れていた。

 司令部が何人かの艦娘を集めて芸能界に乗り込もうとしている、というものだ。

 突拍子のない話――というわけでもない。深海棲艦と戦う艦娘は、その超常的な力のせいで恐れられたり忌避されたりすることもある。そのため、艦娘を支持してもらおうとこれまでも様々なアプローチが行われていた。

 各拠点の那珂ちゃんを集めてNKC20というアイドルグループを結成したり、大手企業やテーマパーク等と共同でイベントを開催したりしたこともある。そのため芸能界入りというのもあり得ない話ではないのだった。

 

「……芸能界かあ。良いなー」

 

 枝豆を摘まみながら、阿賀野は遠い都会のスタジオを思い浮かべていた。

 ここは鳳翔が営んでいる店。周りにいるのは能代や武蔵、伊8に伊19である。この五人は同時期に泊地に着任した同期組で、時折飲み会を開いているのだった。

 

「阿賀野は夢見過ぎなの。芸能界は伏魔殿に違いないのね」

「えー、イクこそゴシップとかに毒され過ぎだよ。本当にそんな酷いなら皆辞めていくと思うんだけどな」

「那珂ちゃんに聞いてみたら何か分かるかしら」

「それは前やってみたけど駄目だったわよ、能代。それは禁足事項だから口外できないんだ……って」

「なんだそれ。ハチ、あいつそんなキャラだったか?」

 

 そんな風にとりとめのない会話をしていると、店の扉をガラガラと開けて長門と加賀が現れた。

 二人は盛り上がっている五人に軽く会釈をすると、近くのカウンター席に腰を下ろして注文を頼んだ。

 

「テレビとかに出てる人たち楽しそうだし、阿賀野も出てみたいなー。きらりーんってやって、歌って踊って、クイズ大会とか出て豪華景品貰って世界旅行行ったりとか!」

 

 酔いが回ってきたのか、阿賀野は饒舌になってきていた。他の四人はその様子を生暖かく見守っている。いつものことだからだ。

 ただ、阿賀野の言葉に反応を示す者たちがいた。近くに座っていた長門と加賀である。

 

「……阿賀野。貴方、芸能界に興味があるのかしら」

 

 会話へ加わってきた加賀に、阿賀野は「もっちろん!」と答えてピースをした。

 

「私が目指すのはトップスターだよ! 那珂ちゃんにだって負けないんだから!」

「ほう。なかなかの気概だな」

「何を感心しているんだ長門。阿賀野のこれを本気にしているのか?」

 

 半ば呆れ気味に尋ねる武蔵に対して、長門は真面目な顔で首肯した。

 

「酔った勢いというのはあるだろうが、思ってもいないことを口にすることはあるまい。阿賀野の心意気、確かに感じたぞ」

「そうね。決してこれを口実に貴方たちを芸能界入りチームに仕立て上げようだなどと考えてはいないわ」

「なんか加賀さんから本音出てるのね」

 

 伊19の指摘に動じた様子も見せず、加賀は淡々と告げた。

 

「もし芸能界入りを目指す気があるなら、明日のヒトヨンマルマルに司令部棟の会議室まで来るといいわ。いいえ、来なさい」

「拒否権なし?」

 

 伊8の問いに、大真面目な顔をした長門が頷いた。

 

 

 

「結局来てしまったけど……」

 

 翌日、指定された場所にやって来た五人を出迎えたのは、「審査員」と書かれた紙をたらした机に陣取る長門と加賀――そして那珂ちゃんだった。

 

「一応聞いておきたいんだけど、何やるの?」

「愚問ね、能代。貴方たちが芸能界に挑戦するに足る器か、私たちで審査させてもらうわ」

「帰っていい?」

「それは困るわ。人員確保してと大淀に泣きつかれているのよ。ああなると彼女は怖いわよ」

 

 どう怖いのか能代たちにはさっぱり分からなかった。ただ、加賀たちにも退くに退けない事情があることだけは理解できた。

 

「さーて、それじゃ那珂ちゃんが皆のことをしっかりと見極めちゃうよ!」

「見極めるって言っても、具体的に何をすれば……?」

「皆には五人組の歌って踊れるユニットとしてのデビューを目指してもらうことになる。即ち――歌と踊りだ!」

 

 伊8の問いかけに対し、くわっと目を見開いて謎の決めポーズをする長門。

 

「こんな風に、びしっと決めてみせろ!」

「なるほど……つまり格好いいポーズを取ればいいということだな!」

 

 対抗するように珍妙なポーズを取る武蔵。長門も武蔵も表情は大真面目だった。

 

「……うーん、二人とも三十点かな。ださい」

「ぐふっ……」

 

 容赦ない採点を下す那珂ちゃんだった。

 

「踊りは自分が悦に入るだけじゃ駄目だよ。皆に楽しんでもらうことを念頭に置いて、その上で全身全霊をぶつけなきゃ」

 

 そう言って那珂ちゃんはカセットを流しながら、これが見本だと言わんばかりに一曲歌いながら踊りきってみせた。

 実際に芸能活動の経験があるので、那珂ちゃんは一挙一動が様になっている。その場にいた全員が思わず見惚れてしまうレベルだった。

 

「むむむ……阿賀野だって負けないんだから!」

「阿賀野姉、無理しない方が……」

「私だってやればできるよ!」

 

 那珂ちゃんの歌舞を見終えた阿賀野が、対抗心を燃やして舞い始める。

 最初はたどたどしい動きだったが、意外にも少しずつキレが良くなっていく。

 

「なんか阿賀野が輝いて見えるのね!」

「審査員たちの反応も、意外と悪くない!」

 

 伊8の言う通り、長門や加賀はじっと阿賀野の動きを注視していた。

 

「……ふむ」

 

 那珂ちゃんもやや感心したかのように、じっと阿賀野の動きを見つめ続けていた。

 やがて阿賀野が一曲舞い終えると、那珂ちゃんはその肩をがっしりと掴んだ。

 

「阿賀野ちゃん、やるね。磨けば光るタイプだよ……!」

「ほ、本当?」

「この那珂ちゃん、歌と踊りに関して無責任なことは言わないよ。その気があるなら、みっちりレクチャーしてあげるけど……どうする?」

「もちろん、お願いするよ!」

 

 阿賀野は、那珂ちゃんをまっすぐ見据えながらその手を掴んだ。

 

「任せて! 那珂ちゃんが皆をきっちり磨き上げてみせるから!」

 

 那珂ちゃんと阿賀野が握手を交わすのを見て、能代たちは「もしかして私たちもやる流れ?」と嫌な予感を募らせるのだった。

 

 

 

 それから数ヵ月後。

 

『さて、今日はここ最近少しずつ注目を集め始めているソロモンの艦娘たちによるグループユニット・SHLOMOのところにお邪魔していまーす!』

 

 元気のいいレポーターが、緑深き森を訪れている。

 レポーターの側には阿賀野たち五人が並んで立っていた。

 

『土木系ユニットという異色の集まりですが、皆さんとても生き生きとされてますね! 地元の人からの人気も凄いとか!』

『そうなんですよー。今、村の人に頼まれて家を建ててるんです。設計はハチが、縄張りは能代やイクが、力仕事は武蔵がやってくれてるんです』

 

 にこやかに受け答えする作業着姿の阿賀野。

 そんな様子をテレビで見ながら、加賀がぽつりと呟いた。

 

「これは、成功と言っていいのかしら……」

「分からん……!」

 

 大真面目な顔で応える長門。

 その後もSHLOMOはコアなファンを少しずつ増やし続けていき、泊地の収入をちょっとだけ潤すことになったという。



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自分のイメージというのは大抵少しずれている(沖波・鈴谷・初月)

沖波は基本真面目で自分もそうあろうとしているけど、周囲から見るとちょっととぼけたところもある、というイメージでいたりします。あの眼鏡愛は何なのだろう……。


 近頃S泊地ではMastodonと呼ばれるものが流行っていた。

 これは短い文章を投稿するためのソーシャルネットワークサービスの一種で、気軽に自分でサーバーを立てられるのが特徴だ。

 S泊地もネットワークは通っているが、外部へのアクセス速度はかなり遅く、ストレスフリーというには程遠い有り様だった。そのせいで、世に数多あるソーシャルネットワークサービスも、このS泊地では早々に廃れてしまっていた。

 しかし、Mastodonは泊地内にサーバーがあるのでアクセス速度の問題はなかった。あくまでローカルネットワーク限定のサービスとして管理しているが、S泊地の艦娘にとってそれはさほど問題ではないらしい。それ以上に「これがSNSか」と気を引かれているようだった。

 無論、この手のサービスに慣れていない子たちばかりなので、いろいろとハプニングが起こることもある。

 これは、そんなハプニングの記録の一つである。

 

 

 

 その日、夕雲型十四番艦・沖波は珍妙なものを目撃していた。少なくとも、これまでの彼女の知識にはないものである。

 それは、最上型三番艦の鈴谷が、そこそこ長い棒の先に携帯電話をくっつけて、ああでもないこうでもないと苦戦している様であった。

 

 ……何してるんだろう。

 

 沖波には、わざわざ携帯電話を棒の先にくっつけている意味がまったく理解できない。

 

「あの、鈴谷……さん?」

「おっ、沖波じゃーん。ちーっす」

 

 沖波が恐る恐る声をかけると、鈴谷は普段通り快活に挨拶を返した。

 

「それ、何してるんです?」

「ん、自撮りだよ自撮り」

「地鶏……? あの、それスマートフォンですよね」

「そうだけど」

「……?」

 

 沖波の中で混乱が激しくなった。鶏のモノマネでもしてるのか、いやいやそれにしたって似てなさ過ぎるような、ああでも地鶏は美味しそうだし食べたいな、などと思考が空回りしていく。

 

「こうやって棒の先にスマートフォンを置いて、良い感じに自分を撮るんだよ」

「え? あ、自分で撮るんですね。そっか、それで自撮りなんですね……!」

「うん?」

「いえ、なんでもないです。また変な勘違いを……」

 

 慌てて取り繕う沖波に、今度は鈴谷が首を傾げた。沖波の勘違いにまったく気づいていなかったのである。

 

「けど、大変じゃないですか? そうやって棒持ち歩くの」

「艤装に比べれば全然軽いし気にならないけどなー。それに誰かと一緒にいるときとか、自分も一緒になった写真を良い感じに撮れると結構嬉しいもんだよ」

 

 ほれほれ見てごらん、と鈴谷がスマートフォンを沖波に見せる。

 スマートフォンには、様々な艦娘と一緒に写っている鈴谷の自撮り写真がたくさん保存されていた。

 姉妹艦とは仲睦まじそうに写っているが、利根や龍驤なんかはあからさまに面倒臭そうな顔をして写っている。

 鈴谷自身はどの写真でも楽しそうな表情を浮かべていた。

 

「自撮りに限らないけど、最近はスマホで撮ったいろんな写真をMastodonにアップすんのがマイブームなんだよね。何でもないものでもつい撮っちゃうんだ。どうよ、沖波も一枚」

「そ、それでは是非……」

 

 今までされたことのない誘いだったので、沖波はやや緊張しながら鈴谷の前に立った。

 

「そうそう、その辺に立ってて。ちょっち準備するから」

 

 鈴谷はそう言ってスマートフォンを自撮り棒に取り付けて、位置を調整し始めた。

 

「ほらほら、沖波もうちょっとリラックスリラックス」

「そう言われましても……」

「……むむ。その緊張しつつも赤らんだ顔、これはこれでありな気がしてきたな」

 

 真面目な顔をしてスマホの状況を確認しつつ、鈴谷はシャッターを切った。

 保存された写真データを二人で覗き込む。

 

「な、なんだか恥ずかしいですね……」

「どうする、もし納得いかないなら撮り直す?」

「いえ、納得いかないなんてそんなことは……! このままで、このままでお願いします!」

 

 何度トライしてもおそらく大して変わらない――むしろ余計緊張して酷い顔になるだろう、ということを沖波は自覚していた。

 

「鈴谷ー。どこにいるんですのー?」

 

 そのとき、遠方から熊野の声が聞こえてきた。どうやら鈴谷を探しているらしい。

 

「ありゃ、どうしたんだろ熊野。悪いね沖波、私ちょっと行ってくるわ。さっきの写真アップしといていい?」

「はい、私ので良ければ……」

「私の写真結構皆からコメントもらえるんだよねー。どんな感想来てるか後でちょっとチェックしてみなよ」

 

 んじゃね、と鈴谷は駆けていく。

 残された沖波は、その場で駆け去っていく鈴谷の背中を眺めていた。

 

「……あれ?」

 

 鈴谷の姿が見えなくなった頃、ふと側の壁に例の棒――自撮り棒が立てかけられているのを見つけた。

 

「鈴谷さん、忘れていったのね……」

 

 沖波は自撮り棒を手に取ってまじまじと眺める。どうやって使うのか、分かるようで今一つ分からなかった。

 

 ……さっき鈴谷さんはどうやってたかな。

 

 楽しそうな鈴谷に触発されたのか、沖波はポケットから自分のスマートフォンを取り出して、自撮り棒に取り付けてみた。

 

「ええと、これをこうして……こんな感じかしら」

 

 構えだけは先程の鈴谷と同じような形になった。ただ、ここからどうやってシャッターを切るのかがよく分からない。

 

「……沖波、何をしているんだ?」

 

 自撮りの構えを取ったまま沖波が途方に暮れていると、そこにランニング中の初月が通りかかった。

 二人は同時期に泊地へ着任した同期ということもあり、普段から親しくしている。

 ただ、この状況での遭遇は沖波にとって不意打ちである。普段初月の前では割と優等生のように振る舞っていたから、こういう姿を見られるのは非常に気恥ずかしいものがあった。

 

「は、初月……。いえ、これは違うのよ」

「違うと言われても、何と違うんだ?」

「と、とにかく違うのよー!」

 

 妙な気恥ずかしさに耐えかねて、沖波はスマートフォンを付けた自撮り棒を手にしたまま駆け出した。

 

「あっ、おい沖波! そんな長い棒抱えたまま走ると危ないぞ!」

 

 心配になって初月が沖波の後を追いかけ始める。

 

「なんで追いかけてくるのー!?」

「いや、それを言うならそっちこそなんで逃げるんだ!?」

「いいから放っておいてってばー!」

 

 自分の真面目な子というイメージを崩したくない一心で駆け続ける沖波。

 彼女自身が思っているほど初月は沖波を真面目一辺倒な子だとは見ていなかったのだが、それは沖波の知るところではなく――結局二人の不毛な追いかけっこは、それから三十分ほど続いたという。

 

 

 

 なお、鈴谷と沖波の写真には後日いくつかの反応があった。

 その中に初月のコメントもあったのだが、それに沖波が気づいたかどうかは定かではない。



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嵐のフィッシング挑戦録(嵐・グラーフ・鹿島・舞風)

嵐は萩風の前だとちょっと格好つけようとしているくらいが良いと思うんです。


 朝起きると萩の姿がなかった。

 今日は休日だったはずだ。どこかに出かけたのだろうか。

 

「おはよー、嵐」

 

 部屋を出たところで舞とばったり出くわした。

 

「萩風? それなら不知火姉たちと釣りに出かけたよ。今日は沖の方に船出して釣るって言ってた」

 

 そういえば、萩は泊地の釣り同好会のメンバーだった。不知火姉さんや曙、村雨たちが主要メンバーに入っていたはずだ。最近では国後も加わったと聞く。

 

「この前もMastodonにアップしてたよ。楽しそうで良いねー。あたしも今度連れてってもらおっかなあ」

 

 スマホを取り出して、萩のアカウントを見てみる。アップロードされている写真のうち何割かは釣り同好会のものだった。どれも楽しそうに映っている。

 釣り。正直今まで興味なかったが――そんなに楽しいものなんだろうか。

 

 

 

「釣りを教えて欲しい?」

 

 グラーフは、こちらの話を聞き終えると目を丸くして言った。

 食堂でグラーフと鹿島が食事しているのを見つけて、釣りの指南を頼んだのだ。

 二人は釣り同好会のメンバーではないが、空き時間を使って釣り糸を垂らしているのを見たことがある。

 

「それなら私たちではなく萩風に聞けばいいではないか。あいつは釣り同好会のメンバーだし、私たちより上手いと思うぞ」

 

 グラーフの指摘はもっともだ。

 もっともではあるんだが――。

 

「駄目ですよグラーフさん。嵐さんが私たちに頼んできた、その意図を汲み取ってあげないと」

「意図?」

「嵐さんは萩風さんに、実は釣りができた自分、というのを見せたいんですよ!」

 

 グッと拳を振り上げて解説する鹿島。

 やめてほしい。お前は見栄っ張りだと公衆の面前で暴露されている気分だ。事実なだけに余計恥ずかしい。

 

「そうか、すまなかった嵐……」

 

 どこか悟ったような表情のグラーフが肩にポンと手を置いた。

 

「なに、もういい? おい、待て待て。食事の後でいいなら付き合うぞ。そう拗ねるな」

「そうですよ嵐さん、そういう見栄っ張りなところも嵐さんのチャームポイントだと思いますよ」

 

 グラーフは若干天然が入っている気がするが、鹿島は絶対面白がっている。親しい相手にはたまに小悪魔っぷりを発揮するのだ、こいつは。

 どうにも頼むのは尺だが――釣り同好会のメンバー以外で教えを請えそうなのはこの二人しかいなかった。

 

 

 

 グラーフたちに連れられてやって来たのは、島の中の方にある大きな池だった。

 

「あまり知られていないが、ここは島の人たちも使う釣りのスポットでな。私や鹿島もたまに使わせてもらっている」

「あんまり新鮮味はないですけど、気を落ち着けながら釣りをしたいときはおススメの場所なんです」

 

 実際、何人か島の人たちがのんびりと釣り糸を垂らしているのが見えた。中には見知った顔もいる。

 

「ん、珍しい組み合わせだな」

 

 こちらに気づいて声をかけてきたのは、ある集落の長を務めているリチャードというおっさんだった。頬に大きな傷跡があるせいでぱっと見海賊か何かに見えるが、実際は奥さんの尻に敷かれている普通のおっさんである。

 よく漁で船を出しているイメージがあるので、こういう場所にいるのは少し意外な感じもした。

 

「いや、海での漁は仕事なんだよな。こっちは趣味。仕事ばっかだと疲れるわけよ。たまにはこうやって糸垂らしながらぼーっとしていたいっていうか」

 

 今日は妙に口数が多い。これは大抵奥さんか娘さんに叱られて家を追い出されたってパターンだ。間違いない。

 

「ほら、嵐。我々も始めるぞ」

 

 釣り竿は持ってなかったので、鹿島の予備用のものを借りることになった。

 グラーフのも鹿島のも市販の釣り竿だ。良し悪しは正直さっぱり分からないが、持ってみた感じ割と手にしっくりくる。

 ちなみに釣り同好会のメンバーは自作の釣り竿を使うという徹底ぶりらしい。萩も三つくらい持っていたが、曙なんかは十を超える数の釣り竿を作っているんだとか。

 鹿島に教わりながら、どうにか池に糸を垂らすことに成功する。

 

「それじゃ、後は待ちましょう」

 

 鹿島に言われるがまま待つ。

 しかし、それから随分と待ってみたものの、一向に餌に魚が食いつく気配がなかった。

 一方、他の三人のところにはちょいちょいと魚が行っているようだった。慣れた手つきでそれぞれがバケツの中に魚を入れていく。

 もしかして、ただ垂らしているだけでは駄目なのか。餌が生きているように見えるよう細かいアクションを取った方が良いのか。

 

「……嵐さん、そんな忙しなく動いていたら魚に逃げられてしまいますよ」

 

 こちらの様子を見ていた鹿島から指摘が入った。

 

「というか、随分前に餌取られてるようだったぞ。一度上げてみろ」

 

 グラーフに言われて釣り竿を引っ張ると、確かに餌がなくなっていた。

 

「ぼんやりとしながら集中できるようにならんとな。余計な気配を出すと魚は逃げるから自然体でいろ。で、魚の気配は絶対逃がさないようにする。基本はそれだけだ」

 

 さらっとリチャードのおっさんが横から口を挟んできた。というかそれは基本ではなく極意というのではないか。

 

「魚が食いつきそうだったら教えるから、もう一度チャレンジしてみよう」

 

 グラーフが再び餌をセットしてくれた。

 まずは一匹。それを目標に、再び釣り糸を垂らした。

 

 

 

 その一匹が釣れたのは、日が暮れそうな頃になってからだった。

 しかも、グラーフや鹿島の全面的なフォローを得ながらの成果だから、純粋に自分の力で釣れたわけではない。

 

「まあ、落ち込むな。最初からそんな完璧にいくはずもない」

「そうですよ。私なんか最初は香取姉から『鹿島はちょっと駄目ですね……』って言われたくらいですし」

 

 そんな評価を受けながら、よく今でも釣りをする気になったものだ。

 

「だって、何だかんだで釣れた瞬間は嬉しかったですし。嵐さんはどうです?」

 

 確かに悪くないと思った。

 ただ釣り糸垂らして魚を引っ張り上げるだけだ――なんて思っていたが、実際やってみると奥が深い。

 自分のバケツの中にいる魚は一匹だけだが、今度はもう少し増やしてみたい。

 

「んじゃ、リリースするぞ」

 

 と、いきなりリチャードのおっさんがバケツの中の魚を池に戻してしまった。

 

「ん? え、いや、そう怒るなよ。グラーフたちから聞いてないのか?」

「あ、すまん。言い忘れていた。……嵐、ここはあくまで趣味用の釣り場だから、釣った魚は帰るときにリリースする決まりなんだ」

 

 なんてこった。釣った魚を食べるというのを楽しみにしていたというのに。

 

「それなら心配ないですよ。萩風さんが今朝出かける前に、今日は釣った魚でご馳走するって言ってましたから」

 

 なら良いか――という問題じゃない。自分で釣って自分で食べる。それが楽しみだったのだ。

 

「なら、練習して自分で釣れるようになってから外に釣りに行くしかないな」

 

 グラーフがポンと肩に手を置く。

 どうやら、俺の釣りライフはまだまだ先が長いらしい――。



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ローマでの休日(吹雪・叢雲・綾波・天霧・狭霧)

ローマ!


「そんなわけでローマ観光だよ!」

 

 拳を握り締めて声高に宣言したのは吹雪だった。

 その側には「わー」と手を叩く綾波と、疲労が表情に滲み出ている叢雲、そしてどうリアクションを取るべきか戸惑っている天霧・狭霧の姿があった。

 

「……なあ、叢雲姉。吹雪姉はいつもあんな感じなのか?」

「普段は真面目なんだけどたまにテンション高くなるとああなるのよ。今日は私疲れてるからツッコミはあんたに任せるわ」

「ええー……」

 

 唐突に叢雲から無茶振りを受けて、天霧は困惑の声を上げた。

 ここは彼女たちの拠点であるS泊地――ではなく、そこから遠く離れたイタリアの古都ローマだった。

 八月、日本は欧州からの救援要請を受けて未曽有の大艦隊を編成した。S泊地の面々もその一員として欧州まで来て、先日まで深海棲艦の大軍勢と死闘を繰り広げていたのである。

 現在、日本から来た艦娘たちは大遠征の慰労のため休暇を与えられていた。そこで吹雪が皆を誘ってローマまで引っ張って来た、というわけである。

 

「疲れてるって意味じゃなー。あたしらも数日前まで暁や朧たちに連れ回されてドイツ観光してたんだぜ……」

「あら。それは楽しそうでいいわね。……私はずっと戦後処理で忙殺されてたんだけど、今度変わってみる?」

 

 叢雲は笑顔だった。

 ただ、その笑顔は見てはいけない類のものだ。これ以上余計なことを言えばただでは済まない。

 

「すみませんでした。本日はあたしがツッコミを担当させていただきます」

「よろしい」

「……いや、ツッコミって担当決めてやるものなの?」

 

 狭霧が二人のやり取りに疑問の声を上げる。それを受けて叢雲は「プッ」と吹き出した。

 

「そうそう、ツッコミはそうやるものよ。天霧、あんたまだまだね」

「えっ、今あたしテストされてたの!?」

「45点」

「うおー、なんだその中途半端な点数!?」

 

 頭を抱えて悲鳴を上げる天霧と、それを見てますますおかしそうに笑う叢雲。そんな二人を見て吹雪が頬を膨らませた。

 

「ほらそこ! なんでローマに来たのにツッコミ談議なんかしてるの!」

「まあまあ吹雪。うちでは必須スキルだから……ボケ役の人以外は」

「えっ、私そんな話聞いたことないよ?」

「……あっ」

「な、なにその反応。綾波ちゃん! ねえ!」

 

 気まずそうに視線を逸らす綾波の肩を掴んで迫る吹雪。

 それを見ながら狭霧がポツリと呟いた。

 

「吹雪姉さんは、ボケってことでしょうか」

「天然のね」

「ああ、ありゃ天然だろうな……」

 

 叢雲の回答に天霧が頷く。

 それが聞こえていたのか、吹雪はくわっと目を見開いて抗議の声を上げた。

 

「天然じゃないよ!」

 

 説得力皆無だった。

 

 

 

 一行がまずやって来たのは、通称「スペイン広場」と呼ばれる場所だった。

 すぐ側にはスペイン階段と呼ばれる映画で有名になった階段もある。

 周囲一帯は人々の往来が激しく、とても賑わっていた。観光客ということで目を引くのか、一行に声をかけてくる者もいる。

 だが、もっとも一行の目を引いたのは広場の中央にある噴水だった。

 

「……船が沈みかけてますね」

 

 狭霧が率直な感想を述べた。

 スペイン広場の中央にある噴水には小舟のオブジェクトがあるのだが、半ば沈んでいるように見えるのだった。

 

「川で氾濫が起きたときに漂着した船がモデルになってるんだって。少し前に暴動があって傷つけられちゃったみたいだけど、今は修復も終わったみたいだね」

 

 ガイドを片手に吹雪が解説する。

 

「一応漂着したなら私たち的にはセーフかな……?」

「大破でギリギリ拠点まで戻ったって感じですね」

「いや、綾波姉、狭霧。自分たちに照らし合わせて見なくていいだろ。素直に見て楽しもうぜ」

「うーん、それは分かるんだけど……」

「どうしても意識してしまうというか……」

 

 噴水に釘付けになっている四人に対して、吹雪と叢雲は視線を早々に切り替えていた。

 周囲には出店含め様々な店が並んでいる。特にファッション系のショップは艦娘にとっても魅力的に映るものが多かった。

 幸い、今回の欧州遠征に対する報酬ということで艦娘たちには夏のボーナスとも言える多額のお金が支給されていた。現金で持つと危ないからということで、各艦娘にはそのボーナス分だけ利用可能なカードが渡されている。

 戦場にいるときは規定の制服、普段は泊地の活動に合わせた動きやすい服を着ている彼女たちだが、たまに町へ行くとき用にお洒落な恰好をしたいという願望は持ち合わせていた。

 

「――叢雲ちゃん、どうしようか」

「泊地に戻っても使い道あまりなさそうだし、私は行くわよ吹雪」

「そうだよね。お金は天下のまわりもの。使うときに使わないと駄目だよね」

 

 意見の一致を確認するかのように握手を交わす二人。

 

「なあ、綾波姉。あれは止めなくていいのか?」

「楽しめるときは楽しんだ方がいいと思うし、別にいいんじゃないかな。泊地に戻ったらショッピングなんてする機会ないし、私たちも行っておこっか」

 

 そう言って、綾波はポンと天霧と狭霧の背中を押すのだった。

 

 

 

 装いを改めた女子五人が次に向かったのはトレビの泉だった。

 宮殿の壁とそこに立ち並ぶ像の前に広がる大きな噴水である。先ほどのスペイン広場の噴水と比べて格段に大きい。

 

「ここはコインを投げ込むと願いが叶うことで有名な泉だよ!」

「吹雪姉さん、ガイドを目指してるんですか……?」

「ノー!」

 

 狭霧の指摘に勢いよく腕でバッテンを作る吹雪。観光にショッピングで大分テンションが上がっているらしい。どことなく金剛のような口調になっていた。

 

「後ろ向きに投げると叶う、だって。投げる枚数によって叶う願いの種類も変わるみたいだよ」

「一枚だとローマに戻ってこれる、二枚だと大切な人とずっと一緒にいられる、三枚だと恋人や伴侶と別れられる……って三枚目なんだこりゃ」

「昔キリスト教が離婚禁止してた頃の名残りらしいね」

「それだけ離婚したいって人が多かったのか。なんつーか結婚ってもっとこうロマンあるもんだと思ってたぜ……」

 

 知りたくなかった現実を知ってしまったような顔を浮かべる天霧だった。

 

「私たちは二枚投げてみよっか。ずっと皆で一緒にいられるようにって」

 

 綾波の提案に異を唱える者はいなかった。

 もっとも、すぐに投げられるわけではない。この泉は観光名所としても有名で、泉のまわりは人で溢れかえっている。市の警察官らしき人が観光客を誘導したり整列させたりするのに苦戦している様子が見えた。

 

「人が多いとそれはそれで大変だね……」

「泊地を観光地化できないかって大淀が考えてたみたいだけど、この様子を伝えたら考えを改めるかもしれないわね」

 

 S泊地で留守を任されている大淀のことを思い浮かべながら、叢雲が肩を竦めてみせた。

 やがて一行の順番になった。

 先頭に立っていた天霧から順番に、二枚のコインを泉に向かって後ろ向きに投げる。

 

「ど、どうだ?」

「ちゃんと入ってたよ」

「そうか……。着任早々これで外してたら縁起悪すぎだもんな」

 

 ほっと胸を撫で下ろす天霧に続いて、緊張した面持ちの狭霧がコインを投げる。

 緊張していたせいか、二枚のうち一枚が泉から外れそうになったが――なぜかそのコインの軌道がいきなり逸れた。泉から外れそうになったコインが、無事泉の中へと落ちていく。

 

「ど、どうだった?」

「お、おお。なんかよく分からないが……入ってたみたいだぞ」

「よ、良かったあ」

 

 安堵する狭霧の肩を、天霧が笑いながら叩く。

 一方、吹雪と叢雲は綾波に視線を向けていた。

 

「今軌道修正したのって……」

「綾波、あんた今何か狭霧の投げたコインにぶつけたでしょ」

「え、そんなことないよ?」

 

 穏やかな笑みで「あはは」と笑う綾波。

 その笑みには「これ以上追及するな」という意思が見え隠れしているようだった。

 

「――ま、いっか。私たちも投げましょ」

「そうそう」

 

 他の観光客も待っているので、三人は一斉にコインを投げた。

 ずっと一緒にいられますように――そんな願いが込められた六枚のコインが、綺麗な弧を描きながら泉の中に落ちていく。

 

「……」

 

 それを確認して、叢雲が少し遠い眼差しを――何かを思い出しているかのような表情を浮かべた。

 

「叢雲ちゃん!」

「わっ!?」

 

 そんな叢雲に、吹雪が背後から飛び掛かる。

 

「ほら、次はフォロ・ロマーノだよ! あとコロッセオも行かないと!」

 

 次に行く方向を指差しながら吹雪が高らかに宣言した。

 そんな姉の様子に苦笑交じりの溜息をついて、叢雲は「はいはい」と応じた。

 

「じゃれついてないで早く行こうぜ、見るところいっぱいあるんだろ?」

「姉さんたち、行きましょう」

「そうそう。まだまだ回らないと」

 

 せっかくの機会なのだから、全力で楽しもう。

 そう切り替えて、叢雲は吹雪を背負ったまま三人の後を追って駆け出した。

 ローマの休日は、まだまだ終わりそうにない。



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港町の少女(弥生・卯月・朝霜)

そろそろイベントも終わりですね。
次回辺りからは多分泊地に戻ってると思います。


 その日も弥生はドーバー市の海沿いを歩いていた。

 最近の日課である。

 というより、他にやることがない。

 欧州大遠征を終えた艦娘たちは思い思いにヨーロッパ観光を楽しんでいた。

 弥生も他の子たちと同様フランスを回っていたのだが、帰国に遅れてはいけないと少し早めに集合場所――ここドーバー市に戻って来ていた。しかし思ったより早く着いてしまい、帰国の日まで退屈を持て余している。

 ドーバー市内の観光名所と呼ばれる場所はすべて制覇してしまったので、最近はもっぱら散歩が趣味になっていた。

 

「今日も相変わらず寂れてるぴょん」

「仕方ないさ、ここは港町として栄えてたんだからな」

 

 一緒に歩いていた卯月と朝霜が、町の様子を眺めながら面白くなさそうにぼやいていた。

 このドーバー市は深海棲艦たちの一大根拠地にされていたので、港町としての機能は長期間失われていた。人々は少しずつ戻って来ているが、本格的に復旧するにはまだ時間がかかりそうなのが実情である。

 

「……ん」

 

 海沿いの道を歩いていると、ベンチに一人の女の子が座っているのが見えた。

 年の頃は弥生たちとそう変わらなさそうに見える。肩口で切り揃えられたブロンドの髪が綺麗な子だった。

 

「……あの子」

 

 弥生の視線に卯月たちも気づいたらしい。二人もベンチの少女に目を向けた。

 

「一人っきりみたいだな」

「……道にでも迷ったぴょん?」

「かもな。……あ、弥生」

 

 いつの間にか弥生は卯月たちから離れ、少女の側に寄っていた。

 驚かせないよう慎重に近づいていき、静かに「こんにちは」と声をかける。

 

「……?」

 

 しかし、少女は突然声をかけてきた弥生に首を傾げるばかりだった。

 

「弥生。日本語で話しかけても伝わらないだろ」

「あっ」

 

 朝霜の指摘に弥生は顔を赤くしてあたふたした。

 こほん、と咳払いをして英語で改めて挨拶をする。

 

『こんにちは。私は弥生。ここには観光で来たの』

『……こんにちは。私はヘレネ』

『あなたは一人なの?』

『うん』

 

 ヘレネは弥生の後ろにいる卯月と朝霜に視線を向けた。

 

『お友達?』

『うん。でも、英語話せないの』

『そうなんだ。日本から来たのかしら』

『……分かるの?』

『なんとなく』

 

 何が面白いのか、ヘレネはクスクスと笑いながら静かに立ち上がった。

 

『遠いところからようこそ。良かったらこの町を案内しましょうか』

『いいの?』

『ええ。ここは私の町だもの』

 

 ヘレネは町を見上げながら――どこか寂しそうに言った。

 

 

 

 ヘレネに連れられて、弥生たちは都市部を回った。

 玩具屋で人形やぬいぐるみを見て回ったり、洋服屋で可愛らしい服を試着してみたり、少し大人っぽい雰囲気のカフェで昼食を取ったり。普段と比べると町は賑わいに欠けている、本当はこんなものじゃない、とヘレネは市民を代表するかのように言った。

 

「サンドイッチは美味かったが……なあ、あたしまだこれ着てなきゃ駄目なのか」

 

 洋服屋でフリフリの服に着せ替えられた朝霜が、居心地悪そうに尋ねてきた。

 

『朝霜は何て言ってるの?』

『可愛い服を着るのが恥ずかしいんだって』

『そうなの? 似合ってるのに』

「似合ってるんだから文句を言うなって」

「本当にヘレネはそう言ってんだろうな? 弥生、お前誤訳してないだろうな」

「概ね間違ってない……はず」

 

 弥生が視線をヘレネに向けると、彼女は分かっているのかいないのか、力強く頷いてみせた。

 

「仕方ねえな……。夕雲姉たちには見つからないことを祈りたいところだぜ」

「どっちみち後でMastodonに上げておくぴょん」

「卯月――お前と友達でいんのも今日までだ」

 

 そんな軽口を叩き合いながら、四人は都市部の西へと向かっていた。

 ドーバー市の西には高地がある。そこから見る海の景色がおススメなのだとヘレネは言った。

 

『私はパパに教えてもらったの。ママと喧嘩して家出したときは、いつもこの道を走って登って行ったわ。結局、パパかママが見つけに来るんだけど』

『ヘレネは腕白だったの?』

『そんなことないわよ。……でも、よく人からはそう言われてたかも』

 

 そのときのことを思い出したのか、ヘレネはどことなく不服そうな表情を浮かべていた。

 高地への道は舗装されていたが、周囲は木が多く今自分がどの辺りにいるのかが意外と分かり難い。ただ、緑が多い風景は弥生たちにとって居心地の良さを感じさせた。

 やがて、開けた場所に出た。

 駐車場のようだが、車は一台も止まっていない。その先へとヘレネは駆けていく。

 弥生たちも後を追いかけて――それを目にした。

 

「おお、これは絶景ぴょん!」

「確かに、こいつは良い眺めだぜ」

 

 卯月と朝霜が感嘆の声を上げる。弥生も同意するように頷いた。

 この高地からは港の様子が一望できる。少しずつ戻って来た民間船、往来を行く人の姿、そういったドーバー市の姿がよく見える場所だった。

 

『――弥生』

 

 ヘレネが弥生の側に寄って声をかけた。

 

『ありがとう。貴方たちのおかげで私たちの町は――また生き返ることができた』

『……私たちのこと、気づいてたの?』

 

 その質問に対し、ヘレネは微笑むことで回答した。

 弥生たちが艦娘であり、このドーバー市を救うために日本から来ていたことを、この少女はいつから気づいていたのだろう。もしかすると最初から気づいていたのかもしれない。

 

『……ごめん。全部を、皆を助けることができたわけじゃない』

『いいのよ。そういうこともあるもの。好きだったものが無事だっただけでも、私は十分だって思ってるから』

 

 そう言ってヘレネは弥生の手を取った。

 

『ありがとう。この場所に来て、この景色を見れて、本当に良かった』

『ううん。……こっちこそ、いろいろ案内してくれて、ありがとう』

 

 弥生がぎこちなく笑うと、ヘレネはおかしそうにクスクスと笑った。

 

『弥生は笑うのが下手ね。もっと上手に笑う練習しないと。そんなんじゃ友達作れないわよ?』

『……大丈夫。今のままでも。今日も、一人……友達、できたから』

『――そっか。大丈夫か』

 

 若干照れくさそうな表情を浮かべながら、ヘレネは自分の頬をかいた。

 そのとき、海から一際強い潮風が吹いた。

 弥生が閉じていた目を開けると――そこには、もう誰の姿もなかった。

 ただ、風の音と一緒に、ありがとう、という声が聞こえたような気がした。

 

「……行ったか」

 

 朝霜と卯月も気づいたらしく、弥生の元へ駆け寄って来た。

 

「ヘレネはきちんと行けたぴょん?」

「行けたと思う。迷ってたとしても……お父さんかお母さんが、見つけに来てくれるはず」

「そっか」

 

 弥生の肩に手を置きながら、朝霜が明るく言った。

 

「それじゃ、そろそろ帰ろうぜ。あたしらまで迷子になってちゃ仕方ないしな」

「もうすぐ暗くなるぴょん。迷子になったらやばいぴょん!」

「……うん。けど、朝霜はその恰好のままでいいの?」

「あっ、そうだ……。悪い、どっかで着替えて行っていいか?」

「どっちみち後でアップロードして皆に見せるぴょん……。あ、データはもうクラウド上に保存してるからうーちゃんの携帯壊しても無駄ぴょん、やめるぴょん!」

 

 いつものようなやり取りを再開する卯月と朝霜を見て、弥生は自然な笑みを浮かべた。

 守れたものも守れなかったものもあるが――彼女たちの日常は、相変わらずの調子で続いていきそうである。



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理髪店に行こう(鳳翔、択捉、占守、国後、敷波)

海防艦、今回のイベントではお留守番でした。
次回は対潜マップあれば積極的に使っていきたいですね。


 その日、いつものように泊地近海を哨戒していると、前にいる択捉ちゃんが時折髪をつまんでいるのが見えた。

 海防艦であるこの子たちが着任してから、もう数ヵ月が経過している。よく見ると髪の毛が結構伸びていた。

 

「択捉ちゃん、そろそろ髪切りますか?」

 

 こちらが声をかけると、択捉ちゃんは少しびっくりしたような表情で振り返った。

 

「鳳翔さん、なんで私が髪の毛を気にしてると分かったんですか?」

「いや、択捉結構しょっちゅう髪の毛弄ってたじゃない。あたしも気づいてたわよ」

 

 と、択捉ちゃんの隣にいた国後ちゃんがビシッとツッコミを入れる。

 

「占守は全然気づかなかったっす!」

「姉さんはもうちょっと周囲に意識を向けた方が良いわよ」

「まあまあ」

 

 占守ちゃんはこれと決めたことに一直線なのが魅力なのだと思う。皆それぞれ違った良い点があるのだ。

 

「でも、私自分で髪の毛を切ったことがないので自信が……」

「あら、自分で切るの?」

「え、皆さん自分で切ってるんじゃないんですか?」

 

 択捉ちゃんだけでなく、占守ちゃんと国後ちゃんもきょとんとしていた。

 どうやら皆、あの場所のことを知らないらしい。

 

「目立たない場所にあるから気づかないのかもしれないけど、うちの泊地にも理髪店はきちんとありますよ。そうだ、戻ったら案内してあげましょうか」

 

 こちらの提案を受けて、三人の瞳が心なしかキラキラし始めたような気がした。

 

 

 

 S泊地の理髪店は、司令部棟の一階の奥にある。

 この辺りは資料室や物置等が多いので、用事がないとなかなか来ることはない。

 

「けど、なんでこんなところに理髪店があるっすか?」

「髪を切りたいって要望が多くて、今の司令部棟を作ったときに早速入れようってことで、空いてた部屋を割り当てたんです。そこをそのまま今も利用しているんですよ」

 

 一部の器用な人は自分で切ったりしていたが、皆が皆そうできるわけではないので、理髪店は多くの艦娘が必要としていた。

 当時の提督もその重要性は理解してくれたので、本土から専用のスタッフを呼んでくれたのである。

 

「こんにちは」

 

 声をかけて理髪店の中に入る。

 

「いらっしゃい……」

 

 中にいたのは、目元が隠れるくらいの前髪が特徴的な一人の女性だった。

 

「ふふふ……鳳翔さん、お久しぶりです……。そろそろ来る頃だと思っていましたが……可愛らしい新規のお客さんも来るというのは予想外でした……」

 

 少し低めの声音で話す女性に、択捉ちゃんたちは少し警戒心を見せていた。私の後ろに隠れて、じっと様子を窺っている。

 

「怖がらなくてもいいのよ……。私は小野小道。少し髪の毛が好きなだけで、悪い人間ではないわ……。あっ、怪しいかもしれないけどそこはごめんなさい……」

 

 ふふふ、と笑いながら挨拶をする小道さんに対して、択捉ちゃんたちは余計警戒心を強めたようだった。

 

「大丈夫よ、皆。小道さんが悪い人ではないのは確かだから」

「で、でも自分で言うのは変っす!」

「そこは、まあ」

 

 否定しようとしたが、どう言えばいいのか迷ってしまった。

 

「いいんです。変なのは自覚しているので……。大事なのは、貴方たちがここを訪れたということ。……髪を切りに来たのね?」

 

 頷くべきか迷っている三人に、小道さんはパンフレットを渡した。そこにはいくつもの種類の髪型の写真が載っている。

 

「この中から希望の髪型があれば選んでちょうだい……。もちろん、載ってない髪型でも受け付けるわ。大事なのはその人を今一番幸せにする髪型にすることだから」

 

 そう言って小道さんは奥に戻っていった。どうやら先客がいたらしく、作業を再開したようだった。

 作業中の小道さんは職人らしい顔立ちになって、普段とは別人のように見える。そんな彼女の様子を見て、択捉ちゃんたちも少し警戒心を解いたようだった。

 三人がパンフレットを見て話し込んでいるうちに、先客の散髪が終わったらしい。髪を切り終えてこちらにやって来たのは敷波ちゃんだった。

 

「あ、鳳翔さんたちも切りに来たの?」

 

 敷波ちゃんの髪型は普段とほとんど変わっていない。ただ、不思議と表情が輝いて見えるような気がした。髪が伸びるとどうしても整わない部分が出てきてしまうが、小道さんのカットのおかげか、そういう部分が今はまったくなくなっている。

 敷波ちゃんらしさを損なわず――むしろ普段以上に敷波ちゃんらしさを感じさせる形に整っている。

 

「なんか、敷波さんが眩しいっす……!」

「え、そう? そんなことないと思うけどなー」

 

 そう言いつつ、敷波ちゃんは満更でもなさそうに頬を赤くしていた。

 

「もうすぐアタシの妹たちが来るって言うからさ、ちょっと良い感じにしておきたかったんだよね」

 

 そういえば、そろそろ欧州に行っていたメンバーが戻ってくる頃合いだった。

 戻ってくるメンバーの中には、今回の欧州救援作戦で合流した敷波ちゃんの妹たちも含まれていたはずだ。

 

「姉妹艦ってことだと、確か択捉の妹も来るんだよね。ここでバッチリ決めてお迎えしてあげると良いんじゃないかな」

「は、はい! そうしたいと思います!」

 

 生真面目な表情で頷く択捉ちゃんは、少しばかり興奮しているようにも見えた。

 そういえば、これまで択捉ちゃんは姉妹艦がいなかった。初めて姉妹艦をお迎えするということで、身だしなみが気になっていたのかもしれない。真面目な子だから、お姉ちゃんとしてちゃんとした格好で出迎えないと――と考えていたのだろう。

 

「ふふふ……それじゃ、次は誰の髪を切りましょうか……」

「あ、まだ選んでなかったっす!」

「ちょ、ちょっと待って……!」

「私も、少し待ってください……!」

 

 ひょっこりと顔を出した小道さんに、三人は慌ててパンフレットの確認を始めるのだった。

 

 

 

 欧州に行っていたメンバーが戻って来たのは、その翌日のことだった。

 水平線の彼方に皆を乗せた船が見える。長期間の遠征で久しく会っていなかったからか、何人かは待ちきれず艤装を出して船に向かっていったようだった。

 

「択捉ちゃんはいいの? 松輪ちゃんをお迎えにいかなくて」

「はい。私があまり浮かれていると松輪も困ると思うので」

 

 そう言いつつ、択捉ちゃんは服装をバッチリ決めていた。髪型も大きな変化こそないものの、昨日カットしてもらったからか粗がなく綺麗に整えられている。

 なんだか、見ていると微笑ましい気持ちになる。

 

「あら」

 

 見ると、船の先頭の方でこちらに手を振る小さな人影が見えた。

 択捉ちゃんと同じ服装の小柄な子だ。択捉ちゃんの方もそれに気づいたらしい。控えめに、ぎこちない所作で手を振る。

 

「択捉ちゃん、もっと思い切り手を振ってあげましょう。そうしないと歓迎の気持ちが伝わらないですよ」

「そ、そういうものでしょうか……」

「そういうものです。ほら、こうやって……おーいっ!」

 

 こちらが率先して手を大きく振ると、それに倣って択捉ちゃんも声を張り上げて大きく手を振り始めた。

 

「おーいっ」

「おぉーいっ!」

 

 それから船が桟橋に着くまで――小さな姉妹艦は、ずっと手を振り合っていた。



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姉いろいろ妹いろいろ(菊月、吹雪、球磨、千歳、金剛、アークロイヤル)

菊月帰国記念で改二来ませんかね……。


 休日、暇潰しがてら散歩をしていると、中庭でテーブルを出してお茶会をしている一団が目に入った。

 一瞬金剛姉妹かと思ったが、面子は大分違っている。金剛はいるのだが、他は球磨・千歳・吹雪・アークロイヤル等、艦種も艦型もバラバラの集団だった。

 

「珍しい組み合わせだな」

「あ、菊月ちゃん」

 

 声をかけると、吹雪がにこやかに手を振って来た。

 

「これは、どういう集まりなんだ?」

「長女の会だクマ」

 

 湯呑を手にお茶をすすりながら、球磨が答えてくれた。よく見ると各々が持っているものもバラバラだ。金剛は紅茶、球磨はお茶、吹雪は牛乳、千歳は――まだ真昼間だというのに酒である。

 しかし、長女の会というのは初めて聞く。私もこの泊地では古株な方だが、そんな集まりがあるのは知らなかった。確かにこの場にいる面子は全員長女だが――。

 

「会と言っても、泊地できちんと認められてるものじゃないのよ。長女同士で集まって姉妹のことを相談することがあって、それが何回か繰り返されて、たまにこうやって集まるようになっていったってだけで」

 

 千歳が補足してくれた。既にほんのり顔が赤い。

 

「今日はアークロイヤルの歓迎会ということで、暇そうにしてる長女を集めたんだヨー」

 

 金剛がアークロイヤルの肩に手を置きながらサムズアップした。

 

「突然金剛に拉致されたときはどうしようかと思ったが……。いや、ここは素直に礼を言うべきなのだろうな」

「ソーダヨー! 人間、素直が一番ネ!」

「金剛は案内の仕方を反省すべきクマ。連れて来られたアークロイヤルの狼狽えっぷりに、こっちまで狼狽えてしまったクマ」

 

 ジト目でツッコミを入れる球磨に、金剛は頬に手を当てながら「ソーリー!」と返す。反省してるんだかしてないんだかよく分からない。

 

「菊月ちゃんはどこか行くところ?」

「いや、ただの散歩だ。長月はあきつ丸と島の奥地にカメラ持って出かけてしまったし、三日月や望月たちも留守で暇だったんだ」

「睦月ちゃんたちも今は遠征中だしね……。あっ、それならどう?」

 

 と、自分の隣の席を指し示した。

 

「いいのか? 長女の会なんだろう?」

「別に構わないわよ。さっきも言った通りちゃんとした会じゃないし、入会規則なんてないもの」

「長女という意味では、私も少し微妙なところだ。姉妹艦はいないからな」

 

 千歳の説明に、アークロイヤルが肩を竦めて見せた。そういえば空母アークロイヤル級は同型艦がいないのだったか。

 

「で、そんなアークロイヤルに『姉妹艦がいるというのはどういう感じなのだ』と聞かれたので、姉妹のエピソードを披露してたところだったクマ」

「今日は睦月が欠席なので、菊月が代わりに睦月型のエピソードを語るデース!」

 

 どうやら完全に参加する流れになっているようだった。

 ここで断るというのも感じが悪い。誘いに応じて吹雪の隣に座ることにした。

 

「しかし睦月型のエピソードと言ってもな……。私たちに限ったことではないと思うが、姉妹の数が多いと逆にあまり姉妹っぽさがなくなってくるというか」

「あ、それなんとなく分かるかも。私たちも姉妹というかクラスメートみたいな感じだし」

 

 吹雪がうんうんと頷いた。

 

「皆で一緒に何かすることってあんまりないの?」

「ああ、大抵は何人かのグループに分かれて行動することが多いな。もっとも、グループはあまり定まってないが……。そのとき捕まえられそうな面子を捕まえて一緒に何かする、という感じだ。……何かやろうと切り出すのは睦月か皐月、文月辺りが多いかな」

 

 あの三人は睦月型の中でも特にアクティブだ。水無月や卯月なんかも活発ではあるが、周囲を巻き込んで何かしようというタイプとはちょっと違う。

 

「確かに睦月型全員揃ったら大人数になるネ。あれだけの人数をまとめるのは私でも難しいヨ」

「まあ、全員集合することもたまにあるがな。そういうときは大抵如月が上手くまとめている」

「あ、そこは睦月ちゃんじゃないんだ」

「睦月はまとめるタイプではなく引っ張っていくタイプだからな……。同じ長女でも吹雪や初春とはちょっと違う」

「長女にもいろいろあるのね」

 

 感心したようにアークロイヤルが言った。

 

「球磨たちのところはどうなんだ? こう言ってはなんだが、全員相当癖があるだろう」

「遠慮ゼロで突っ込んでくるクマねー……。否定しようもないのが悲しいところだクマ。球磨以外揃いも揃って変な奴ばっかクマ」

 

 さり気なく自分を除外したぞこの長女――というツッコミは口に出さないでおく。

 

「あの面子をまとめるのは土台無理な話クマ。基本姉妹同士で意見が割れたら、何らかの形で勝負して勝った者に従う決まりになってるクマ」

「なんか緊張感漂う姉妹関係ですね……」

「いやいや吹雪。これはこれで後腐れなくなるから案外良いんだクマ。勝負方法も公平なものにするから勝率もそんなに偏らないクマよ」

 

 球磨型姉妹は互いに譲り合うような性格には見えない。さっさと公平な勝負で事を決して、後に尾を引かないようにした方が効率は良さそうだ。

 

「勝負方法ってどんなのが多いの?」

「んー、時間がないときはじゃんけんとかあっち向いてホイとかクマ。時間かけてやった方が良さそうなときは適当な場所用意して艤装なしで取っ組み合いすることもあるクマね」

 

 睦月型は平和なのだろう。そういうのは、やりそうでやったことがない。

 

「ちなみに艤装なしだと誰が一番勝率高いデース?」

「そりゃもちろん球磨に決まってるクマ……と言いたいところだけど、実際は多摩と大井のツートップだクマ。多摩はなんか動きがズルイクマ。あんなん読めないクマ。大井は勝ちへの執念が強くてやりにくいクマ……」

 

 なんとなく勝負している光景が想像ついた。案外、球磨の勝率はあまり高くないのかもしれない。

 

「ふっふっふ、アークロイヤル。こういう姉妹のことを表現するのにピッタリの言葉があるデース。分かりマスカー?」

「……喧嘩するほど仲がいい、か?」

「ノンノン。互いに割り切ってやる勝負は喧嘩とは違いマース。……ここで相応しい言葉は『所詮この世は弱肉強食!』デース!」

 

 どこかで聞いたことのあるフレーズだった。そういえば金剛、最近電子書籍端末を買っていたような……。

 

「まあ確かに喧嘩とは少し違う感じするクマ。いろいろ割り切ってるところ多いし、ある意味うちはドライな関係クマね」

 

 仲が悪いわけではないが、必要以上にべたべたしない関係性ということか。確かに約二名除いてそんな印象を受ける。

 もっとも、連帯感はありそうな気がする。もし共通の敵が現れたら凄まじいコンビネーションを発揮して迎撃しそうな、そういう感じだ。

 

「仲が良いって意味だと千歳のところは凄く仲良さそうクマ。喧嘩とかしたことないクマ?」

「普段はあんまりしないかな。……ああ、でも私が一人で軽空母に改装して千代田が機嫌悪くしちゃったことはあるわね」

 

 千歳はこの泊地の軽空母の中では一番の古株だ。

 最初は水上機母艦だったが、改装を重ねていくことで軽空母に艦種変更している。今は予備で水上機母艦としての艤装も持っているから、必要に応じて切り替えているようだが。

 

「千歳さんが軽空母に改装したのって、もう大分前じゃありません?」

「そうね、アイアンボトムサウンドの作戦前くらいかしら。私も提督もあまり深く考えず、改装できるようになったから改装しようってやっちゃったんだけど……千代田にとっては、置いていかれたような感じがしたんでしょうね」

 

 その気持ちは分からなくもない。睦月や如月、皐月に文月と、睦月型も第二改装を終えた者たちが増えてきている。姉妹艦が改装する度に、置き去りにされたような気分になるのだ。

 

「……それで、千代田とはどうなったの?」

「その後でね――」

 

 アークロイヤルの問いに千歳が答えようとしたとき、ちょうどその千代田がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

 

「千歳お姉! やっと見つけた!」

「あれ、千代田。どうかしたの?」

「どうかしたの、じゃないわよ! 今日はこの後島の北側にある水上基地の点検に行く予定だったじゃない……って酒臭っ」

 

 息を切らしながら説明する千代田に、千歳は「あっ」と声を上げた。どうやら今の今まで忘れてたらしい。

 

「もう、急いで準備してよね。あとお酒臭いから歯磨いて口の中綺麗にしておくこと!」

「はーい」

 

 こちらに「ごめん」のポーズを取りながら、千代田に引きずられる形で千歳は去っていった。

 結構飲んでいたが大丈夫なのだろうか。

 

「……千歳が提督に頼んで、千代田の練度が上がりやすくなるよう演習や遠征のメニューを組み直したのデス。千代田本人がそのことに気づかないよう調整しながらやってたネー」

「千代田、軽空母になったら真っ先に千歳のところへ行ってたな。一番最初に見せたかったんだろう」

「千代田さんが機嫌悪くしちゃってたのは――千歳さんと一緒が良かったから、なのかもしれませんね」

 

 常に一緒にいたい。並び立ちたい。そう思い合うのも、姉妹艦の一つの在り方なのかもしれない。

 

「……姉妹艦の関係性も、いろいろタイプがあるのね」

 

 アークロイヤルは感心したような声を上げて、紅茶を口にした。

 

「ふっふっふ、アークロイヤルも姉妹艦欲しくなったデスカー? もし良かったら私の妹分になりマス?」

 

 金剛の突然の提案に、アークロイヤルはしばし黙考して頭を振った。

 

「……すまんが遠慮しておこう」

「振られマシター! これでもお姉ちゃん力高いと自負しているのに!」

「実際高いのかもしれないが、自分で言ったら胡散臭く思われるだけだと思うぞ……」

「ノォー!」

 

 こちらのツッコミに金剛が頭を抱えて悲鳴を上げる。

 

「だったら菊月、貴方の理想のお姉ちゃん像はどんなものデスカ! 参考にさせてもらいマース!」

「え、そういう流れに持っていくのか?」

「あ、でも私も気になるな。ここにいるのって皆長女だから、妹視点の意見も聞いてみたい」

 

 吹雪まで金剛サイドについた。球磨は何も言ってこないが、ニヤニヤしながらこちらを見ている。

 アークロイヤルも「私も興味があるぞ」と言いたげな視線をこちらに送って来ていた。

 どうやら――まだまだこのお茶会は終わりそうにないようである。



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釣りバカ対決in北方(響、暁、ガングート)

ヴェールヌイの限定グラが気合入ってるなあ、というところから浮かんだ小話。
ガングートは基本イケメン枠だと思ってます。


 今年も秋刀魚漁の季節がやってきた。

 毎年秋に行われる秋刀魚漁支援――それは二年前に始まり、なぜか艦娘や民間業者にも好評を得て毎年続くようになった謎のイベントである。新たに着任した艦娘たちは「なぜこんなことを?」と疑問を口にし、古参の艦娘も「なんでだっけなあ」とうまく答えられない――そんなイベントだった。

 本来は各国間での漁業に関する取り決め等から生まれたイベントなのだが、実際に参加する人々でその辺りの事情を正確に理解している者は一割にも満たない。

 S泊地のメンバーも、例年通り秋刀魚を獲りやすい北方海域へと出向いていた。

 だが――。

 

「響だよ。今年はさっぱり秋刀魚が獲れず、このまま戻るかもうちょっと粘るかで船内でも意見が割れているよ」

「誰に説明してんのよ……」

 

 突然語りだした妹に暁がすかさずツッコミを入れた。

 

「嫌だな暁、まるで私が突然独り言を呟くキャラみたいじゃないか。今のはレコーダーに記録しておくための台詞だよ」

「レコーダー?」

 

 首を傾げる暁に、響は手にしていた小型のレコーダーを見せた。

 

「余り物を組み合わせて夕張と初春が自作したものでね。テスターに任命されたんだ」

「また妙なものを……」

 

 S泊地には技術部という様々なものを開発・改良する部門がある。夕張と初春はその一員なのだが、たまにこうした「なぜ作った」と言いたくなるようなものを開発することがある。

 

「けど、本当にどうするのかしら。せっかく新品のパーカーを用意したのにボウズは嫌よ」

「うちの漁船では多少獲れてはいるみたいだけどね。あと私もそれなりに釣ったよ」

「え、もしかしてボウズなの私だけ……?」

「いや、あそこにも一人いるようだ」

 

 響が指差した先には、甲板から釣り糸を垂らしつつ貧乏ゆすりをしている女性の姿があった。

 暁はその背中を見て、響の背中にさっと隠れた。どうやら女性のことが少し怖いらしい。

 一方、響はまったく物怖じせず女性に近づいた。

 

「へいガングート、調子はどうだい」

「……ちっこいのと、その姉か。見ての通りだ、サッパリ釣れん。北の海は私の味方だと思ったんだがな……」

 

 呼びかけられたガングートは面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 彼女はロシアの戦艦の御魂を持つ艦娘であり、北の海には縁がある。味方だと思っていた――という発言はそれに基づくものだ。

 響は日本の駆逐艦の御魂を持つ艦娘だが、彼女の起源とも言える駆逐艦・響はかつての大戦の後でロシア改めソ連の所属になったという経歴を持っている。艦艇だった頃に両者が面識を持っていたかは不明だが――本人たちもその辺りは記憶が曖昧らしい――泊地に着任してからは、自然と交流を持つようになった。

 

「そうか、大変だな。ちなみに私はこんな感じだったよ」

 

 響が差し出したバケツを暁とガングートが覗き込む。そこには大量の魚が入っていた。

 

「どこがそれなりなのよ!」

「喧嘩売ってんのかちっこいの!」

 

 双方に突っ込まれて、響はやや照れたように頬を掻いた。

 

「そう褒められても困るじゃないか」

「褒めてない!」

「――お前さんたち、響の嬢ちゃんにからかわれてるってことに気づけよ……」

 

 そこに顔を出したのは、漁船の船長を務めているリチャードという男だった。

 ガングートも艦娘の中では比較的強面の部類に入るが、この船長はそれに輪をかけて恐ろしい面構えをしていた。元々ごつい顔つきなのに加えて、大きな傷跡が顔に残っているのがその要因だろう。

 実際はショートランド島にある集落の長で、別段恐ろしい人ではない。

 

「船長、漁を続けるかどうか結論は出たかい?」

「さらっと話題を変えたな……。いや、まだ船員や艦娘の意見もまとまってなくてな。ちょっと膠着状態になったんで会議を中断したってわけだ」

 

 深いため息をつくリチャード。船長というのも楽ではないらしい。

 

「なら、気分転換になるようなことでもしようか」

「気分転換?」

「そう。これだ」

 

 響はどこからともなくホワイトボードを取り出して、ささっと何かを書いた。

 

『北方海域ワクワク企画、釣りバカ対決~真の釣りバカはどっちだ~』

 

 その下には可愛らしくデフォルメされた暁とガングートらしき絵が描かれていた。

 

 

 

 響の唐突な企画にリチャードが「他にやることねえし好きにしな」と許可を出したことで、なぜかこの釣りバカ対決は実現する運びとなってしまった。暇を持て余していたのか、他の艦娘や船員たちがギャラリーとして二人の周囲に集まってきている。

 

「なんでこんなことになってるのかしら……」

「お互いちっこいのにはめられた感じがするな」

 

 釣り糸を垂らしながら、ガングートはウイスキーを飲んでいた。その様子を暁がちらちらと窺っている。

 

「なんだ、お前も飲みたいのか? 欲しいなら分けてやるぞ」

「ち、違うわよ。それだけ飲んでよく平気だなって思っただけだし」

「ああ――まあ、身体温めるのにちょうどいいってところだ。北の海は、よく冷えるからな」

 

 艦娘たちは海の寒さに耐性を持っている。どういう理屈なのかは各拠点の技術班も解明できていないが、寒いところの海で活動する際に支障が出ないように持たされた耐性なのではないか、と言われていた。

 ただ、それは海に接しているときの話だ。今みたいに船の上にいるときは、普通の人間よりも若干寒さに強いという程度である。

 二人はそれから集中して釣りに臨み始めた。

 じっと、静かに釣り糸を垂らしながら獲物を待ち続ける――。

 

「二人とも、もうちょっとトークしてくれないかい。ギャラリーが飽きてしまう」

 

 ギャラリーを整列させていた響から注文が入った。

 

「いや、ちっこいの。トークしてたら釣りに集中できないだろ」

「そうよ、これは真剣勝負なんだから」

「二人とも分かってない……。これは真剣勝負じゃない! 暇潰し企画なんだよ!」

 

 くわっと目を見開いて力説する響。そんな響に二人は揃って「えー」と言いたげな顔を浮かべた。

 

「なら私がお題を用意しよう。はい、まずはこれ」

 

 と、響が再びホワイトボードを取り出した。

 

『敗者にしてもらいたい罰ゲーム』

「……え、罰ゲームありなの?」

「それなら事前に決めておけよ」

 

 そのとき、暁の釣り竿が微かに震えた。

 

「きた、きたわっ……!」

 

 竿を引くと、そこには確かに一匹の魚がかかっていた。

 

「どう、これがレディの実力よ!」

「やるじゃないか。このガングートも本気を出さざるを得ないようだな……!」

 

 ガングートは自らの頬を両手で叩き、気合を入れて意識を釣り竿に集中させた。

 暁もそれに負けじと再び釣り糸を垂らす。

 

「……では、ここでCMです!」

 

 スルーされた形になった響は、気を取り直すかのようにそう宣言するのだった。

 

 

 

 その後、ガングートも何匹か釣ることに成功し、両者は一進一退の攻防を繰り広げていた。

 暁とガングートはあくまで真面目に取り組んでいるので、ギャラリーが飽きないようにと響があの手この手で場を繋げるという珍妙な光景になっていたが。

 

「あ、言い忘れてたけど残り時間五分だよ」

「えっ」

 

 対決を開始してから二時間弱。響による唐突の終了宣言に慌てたのは暁だった。

 現在の成果はガングートが十匹なのに対し、暁は九匹。これまでのペースから考えると、逆転できるかどうかはかなり怪しい。

 

「対決に制限時間あったの?」

「いや、そろそろ場を繋げるのがしんどくなってきた」

「自分勝手な理由だった――!?」

 

 暁は腕時計をちらちらと見ながら釣りに臨んでいたが、それで魚が食いついてくれるはずもなく――やがて、そのまま勝負は終了となってしまった。

 暁とガングートのバケツが並べられる。響がその中にいる魚の数をカウントし始めた。

 

「うん。暁が九匹、ガングートが十匹だね。となるとこの勝負はガングートの勝ちだ」

「……負けちゃった」

 

 肩を落とす暁。そんな彼女の頭をポンポンと叩きながら、ガングートはバケツを指し示した。

 

「おい、ちっこいの。いつ魚の数で勝敗を決めると言った?」

「ん?」

「重さで決めよう。釣れた種類もバラバラだしな」

「……まあ、私はどちらでも良いけど」

「秤ならあるぞ」

 

 リチャードが船室から秤を持ってきた。バケツの重さをそれぞれ計ると――僅かだが、暁のバケツの方が重くなった。

 

「大物狙いで勝負を決めるとは駆逐艦らしい。なかなかやるじゃないか」

「……なんだか、勝ちを譲られた気がするけど」

「別に譲るつもりで言ったわけじゃない。単純に疑問に思っただけだ。個人的には楽しめたし、悪くない時間だったぞ――暁」

 

 じゃあな、と言ってガングートはそのまま船室に入っていった。欠伸をしていたので、仮眠にでも行ったのかもしれない。

 そんなガングートの背中を見送りながら、暁がポツリと呟いた。

 

「ガングートさんて、格好良いわね」

「ああ、あれでいて可愛いところがあるんだ」

「……え、可愛い?」

 

 響にはガングートがどう映っているのか。少し気になる暁だったが、深く突っ込むのはやめておくことにした。

 

 

 

 以下、今回の後日談。

 暁とガングートの勝負を見ているうちに船員たちはやる気を取り戻したらしく、秋刀魚漁は継続することになった。その結果、例年ほどではないにしろある程度の収穫を得ることができたという。

 ちなみにガングートは、響がレコーダーに録音していた暁の「格好良いわね」を聞かされ、恥ずかしさに身悶えしたという。



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住めば都のS泊地(リシュリュー・コマンダン=テスト・速吸)

新しく着任した艦娘が泊地に馴染むまでの一例というかなんというか。
ソロモン諸島の気候はヨーロッパの艦娘にはきついんじゃないかなという気がしますが、どんなもんなんでしょう。


「暑いわ……」

 

 間宮のテーブルに突っ伏しながら、リシュリューが呻いた。

 本来は凛とした佇まいの彼女だが、着任して日が浅いということもあってか、ソロモン諸島の気候には馴染めずにいた。

 

「コマ、ここは秋冬になってもずっとこんな感じなのかしら」

「ええ、私が知る限りではそうね。厚着を身に着けるのは北方に行くときだけよ」

「くっ……なぜリシュリューは南方拠点に着任することになってしまったのかしら……」

 

 ぐったりとしているリシュリューを見て、コマンダン・テストは昨年のことを思い返した。

 自分や、それより少し先に着任していたウォースパイトも大分ここの暑さには参っていた。たまに熱中症で倒れる艦娘もいる。

 季節はとっくに秋になっているのだが、ここでは夏とほとんど変わらない。日本では秋にも残る夏の暑さを指して「残暑」というらしいが、ここは年中暑さと隣り合わせだ。この隣人を愛することは難しい。

 

「あの、もし良かったらこれ要りますか?」

 

 そんなリシュリューに、スポーツドリンクを差し出した艦娘がいた。補給艦・速吸だ。

 補給作業と主要任務とする艦娘で、泊地内にいるときは常に大きなカバンを背負っている。困っている人を見かけると、そのカバンの中から役立つものを取り出して分けてくれるのだ。

 

「ありがとう、速吸……だったわね」

「はい。こうしてきちんと言葉を交わすのは初めてですね、リシュリューさん」

 

 泊地も大分大所帯になってきたので、普段あまり接点のない艦娘同士だと数ヵ月まともに言葉を交わさない――ということも珍しくはない。仲の良し悪しではなく、単純に顔を合わせる機会がないのである。

 

「海外艦の皆さんは、ここの暑さに慣れるまで時間がかかってしまうことが多いみたいですね。元々の生活圏の違いによるものでしょうか」

「そうね。艦娘としてフランスで過ごしたことはほとんどないけれど――どうしても『母国』が基準になってしまっているところはあると思うわ」

「うーん、でも慣れるまで我慢し続けるというのも大変ですよね。……そうだ、泊地内の涼しめのスポットをご案内しましょうか」

「そういうところがあるの?」

「ええ。リシュリューさんにとって快適かどうかは分かりませんが、暑さに弱い人たちが良く集まってるところがあるんですよ」

 

 にこやかに告げる速吸。後日、リシュリューはその姿がまるで女神のように見えた、と語ったという。

 

 

 

「それで真っ先にここに来たんですか」

 

 ゴウン、ゴウンと機械の動く音が響き渡る中で、明石が若干呆れたように言った。

 速吸がリシュリューとコマンダン・テストに案内したのは、泊地の一角にある工廠だった。

 外と比べると格段に涼しい。理由は単純で、ここは冷房が良く効いていた。

 

「なるほど。ここは、クーラーをつけないと機械がオーバーヒートしてしまうものね」

「それもありますし、作業員が熱中症で倒れますよ。以前クーラーが故障したことがありましたけど、そのときは地獄でしたね」

 

 思い出すのも嫌なのか、明石はしかめっ面を浮かべた。

 

「作業の邪魔にならないところでなら涼んでも別にいいですけど、ご覧の通りここはうるさいですよ」

 

 ちなみに、さっきから一同は全員声を張りながら会話をしている。そうでもしないと良く聞こえないからだ。

 常に機械がガションガションとうるさく音を立てる。場所柄仕方ないと言えば仕方ないのだが、静かに涼みたいという場合はあまり向いてなさそうだった。

 とは言え、速吸がお勧めするだけあって、実例はあるようだった。何人かぐだーっとしている艦娘の姿が見受けられる。

 その中には、海外艦筆頭のような扱いのビスマルクの姿もあった。

 

「……あら、意外ね。ビスマルク、こんなところでぐだっとするタイプではなさそうに見えたけど」

「ああ――あれは、実験に付き合わされて力尽きてるんですよ。涼みに来たのとはちょっと事情が違います」

「実験?」

 

 そのとき、首を傾げるリシュリューの肩を叩く者がいた。

 

「おぬし、確かフランスの戦艦リシュリューじゃったな」

 

 小柄な艦娘だった。おそらく駆逐艦だろう。どことなく佇まいに高貴さを感じさせる。

 

「わらわは初春という。工廠に興味があるなら、いろいろと案内してやろうか」

 

 言葉だけなら親切そうなのだが、どことなくその提案に乗るのは危険そうな気がした。直前に倒れているビスマルクの姿を見てしまったからかもしれない。

 

「い、いえ。今日は遠慮しておくわ。……速吸、他の場所も案内してちょうだい!」

 

 半ば逃げるようにその場を後にする三人。

 

「なぜかしら。あそこであの子の誘いに乗っていたらビスマルクのようになっていた――まったく理屈では説明できないけど、不思議とそんな確信があるわ」

 

 ある意味、少しヒヤッとすることはできた。

 

 

 

 続いて案内されたのは図書館だった。

 工廠ほどはっきりと涼しさを感じるわけではないが、十分過ごしやすい温度・湿度である。

 おまけに中はとても静かだった。何人かいるものの、皆大人しく本を読んでいる。

 

「あ、リシュリューだ」

 

 そんな中、無遠慮にリシュリューを指差してくる子がいた。イタリアの潜水艦娘・ルイージだ。

 リシュリューとは同時期に着任したので、泊地においては同期ということになる。基礎訓練は同期皆で受けるのがこの泊地の暗黙のルールになっているため、艦種や国の違いがあっても、親交は深まりやすい。

 

「ルイージ、珍しいわね。貴方が読書なんて」

「読書なんてしないよ、涼みに来ただけ。リシュリューも同じでしょ」

「……そ、そんなことないわよ。このリシュリューがそんな理由で図書館に足を運ぶわけないじゃない」

 

 と、図星を突かれたリシュリューは、なぜか見栄を張ってそんなことを言ってしまった。

 それは誰の目にも分かる見栄っ張りだったようで、速吸やコマンダン・テストだけでなく、ルイージすら「えー」と疑惑の眼差しを向けていた。

 

「じゃ、何読むのさ」

「……そ、そうねえ」

 

 適当にぶらつく素振りを見せながらも、リシュリューは意識を集中させて本棚に目を走らせた。

 そして、そのとき致命的な問題点に気づいてしまう。

 

 ……ここの本――全部日本語ッ……!

 

 日本の艦隊に属することになる以上、リシュリューとて日本語はある程度使える。ただ、あくまである程度だ。本格的に書籍を読み込むほど得意なわけではない。

 タイトルを見てもサッパリ意味が分からないものが多い。どんな本か見当もつかない。その中から何を選べというのか。

 こちらをじーっと見てくるルイージ。迂闊な行動を取れば、その顛末は同期の中であっという間に広まってしまうだろう。醜態をさらすわけにはいかない。

 

「そ・う・ね……ど・う・し・よ・う・か・し・ら」

 

 いかにも本を選んでいますという雰囲気を演出しつつ、必死に頭を働かせるリシュリュー。

 そのとき、そんな彼女の肩を叩く者がいた。

 

「何を読むのか悩んでいるなら、これお勧めですよ!」

 

 そこにいたのは、日本の潜水空母――伊401だった。

 彼女が差し出してきた書籍の表紙には、水上機らしい機体がプリントされている。

 

「えっと、これは……?」

「晴嵐さんです」

「……えっと」

「お勧めですよ」

「……そ、そう」

 

 なぜか気圧されるものを感じて、リシュリューは頷くことしかできなかった。

 

「読んだら是非感想聞かせてくださいね! もし良かったら積んでみるのもお勧めですよ!」

 

 そう言い残して、伊401は去ってしまった。

 

「……リシュリュー、これ積めたかしら?」

 

 初めて聞いた機体名に、リシュリューは首を捻ることしかできなかった。

 

 

 

 以下、今回の後日談。

 その後も速吸にいろいろなスポットを案内してもらったリシュリューだったが、行く先々で個性的な面々に振り回され、落ち着ける場所を発見することはできなかったという。ただ、それがきっかけで様々な面子に絡まれることが増えて、暑さを感じるような暇はなくなったのだとか。

 

「速吸。もしかして最初からそれが――リシュリューと皆を引き合わせるのが狙いだったのでは?」

 

 後日、コマンダン・テストにそう聞かれた速吸は、ただ困ったような笑みを浮かべたという。



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補佐官妙高の夜(妙高・羽黒・五月雨)

種田さん復帰を祝して。
これからも無理のない範囲でご活躍いただきたいですね。


 その日、妙高は泊地の司令部室で書類仕事に追われていた。

 提督が直接執務を行う執務室の隣に設けられた部屋で、ここには普段司令部に属するメンバーが集まって仕事をしている。妙高は司令部直属のメンバーではないが、メンバーの補佐を行う補佐官の一人だった。今日は重巡代表として司令部に属している古鷹が休暇で不在のため、代理として妙高が詰めているのである。

 

「ふう、だいたい片付いたわね……」

 

 この泊地も、艦娘・スタッフ合わせて二百名を超える構成員がいる。日々様々な仕事が発生するので、司令部のメンバーに暇はなかなか訪れない。

 仕事が一区切りついたと思ったら、既に日は暮れていた。司令部メンバーも当直の妙高以外は皆帰っている。

 

「……うーん、これからどうしようかしら」

 

 自分で用意してきた夕食を口にしながら、交代時間まで何をして過ごすか考える。

 何かあったときに対応するため待機していること――当直に求められているのはそれくらいで、基本的に何をして過ごしても文句を言われることはない。仮眠する者、趣味に時間を費やす者、明日以降の分の仕事を片付ける者等、この時間の過ごし方は十人十色である。

 隣の執務室を覗いてみたが、そちらにも人影はなかった。

 

「提督がいらしたら将棋でも、と思ったのだけど……。当てが外れたわね」

 

 何か適当に司令部室にある本でも読んで過ごそうか――そう考えた矢先、司令部室の扉をノックする音が聞こえた。

 

「はい、どうぞ」

「失礼します」

 

 控えめな声と共に入ってきたのは、姉妹艦の羽黒だった。その後ろには駆逐艦五月雨もくっついている。

 

「羽黒、それに五月雨も。どうしたの?」

 

 司令部室に誰かが来るということは、大なり小なり何かあったということだ。

 

「妙高姉さん、涼風ちゃんを見かけなかった?」

「一緒に夕食を食べる約束してたんですけど、全然来なくて……。携帯も繋がらないんです」

 

 涼風は五月雨と同じ白露型駆逐艦の艦娘だ。活発な子で、時折妙なトラブルを巻き起こすことがある。

 

「今日は見てないわね。少なくともここには来てないわ」

 

 待ちぼうけを喰らっていた五月雨に羽黒が声をかけて、今は二人で涼風を捜索しているとのことだった。

 泊地あるいは島から離れる場合、ここの艦娘は司令部に届けを出して許可を得る必要がある。そのリストを確認してみたが、涼風からの外出申請は出ていなかった。

 

「涼風はフリーダムなところがあるけど、規則を破るような子ではないし、多分島のどこかにはいると思うわ」

 

 とは言え、泊地があるこの島もそれなりに広い。人一人を探し出すのはなかなか難しいだろう。

 

「五月雨。涼風の今日の予定について何か聞いていることはない?」

「えっと……今日は休暇で、午前中は深雪ちゃんや卯月ちゃんたちと一緒に島の探検に行ってくるって言ってました」

「物凄く不安になる名前が出てきたわね……」

 

 深雪・卯月・涼風、そして朝霜を加えた四人は、この泊地の駆逐艦の中でも特に何かを仕出かすことが多いメンバーだった。悪い子たちではないのだが、頭で考えるよりとりあえず行動してみるというタイプで、結果的にトラブルを引き起こすことが多い。

 

「とは言え手掛かりにはなるわね。ちょっと待ってて」

 

 妙高は自分の携帯を取り出して、深雪に電話をかけた。

 

『はい、もしもし。妙高さん、どうかしたの?』

 

 さほど間を置かず深雪が電話に出た。

 

「深雪。涼風と今一緒だったりする?」

『涼風? いや、夕方までは一緒だったけどその後のことは知らないな。なんか工廠に行くって言ってたけど』

「そう。もし涼風を見かけたら、五月雨が探してるから連絡するようにって伝えておいて」

『りょーかい』

 

 電話を切って事情を羽黒と五月雨にも説明する。

 

「工廠は電波遮断してるから、涼風もそこにいるのかもしれないわね。様子を見に行ってみましょう」

 

 司令部室の扉に『退席中』と書かれた札を貼り付けて、三人は工廠へと足を運ぶことにした。

 

 

 

 工廠の中はいつもと変わらず機械の音で溢れ返っていた。

 ただ、人の姿はない。いつもなら技術部の誰かか工廠長である伊東というスタッフがいるのだが、今日は誰とも遭遇しなかった。

 工廠の中をしばらく歩き回って見つけたのは、工廠妖精一人だけだった。

 

「伊東なら那智たちと飲みに行った。技術部の奴らは昨日まで米艦載機の改修でアレコレやってて力尽きたみたいで、今日は見てないな」

 

 電子タバコを嗜みながら工廠妖精は淡々と答えた。常にクールな態度を崩さない妖精さんなのである。

 

「あの、涼風はこちらに来ませんでしたか?」

 

 五月雨の問いに、工廠妖精は「うーん?」と首を捻っていた。

 

「……ああ、涼風なら夕方頃、明石の部屋に入っていったな。出てきたところは見てないから、まだ中にいるのかもしれない」

 

 この工廠の中には、明石の許可なく立ち入ることのできない部屋がある。ある程度方法が確立された装備改修を行うための専用の部屋だ。改修する際、その装備の使い手が細かい調整をするために助手として呼ばれることはあるが、それ以外に明石以外が立ち入ることは滅多にない。

 

「でも、涼風ちゃんが装備改修の助手として呼ばれたことってありましたっけ……」

「少なくとも私は聞いたことないわね。五月雨は何か知ってる?」

「すみません、私も……」

「ここで議論するより、行ってみて確認すればいいんじゃないか」

 

 工廠妖精の言う通りだった。三人はその足で明石の改修部屋の前に向かう。部屋の扉には「作業中」という札が掲げられていた。

 ただ、作業中なら何か物音がしそうなものだが、中からは何の音も聞こえない。

 

「明石。ちょっと良いかしら」

「んー、どうぞー。鍵は開いてますよー」

 

 ノックをしたところ、中から明石の声が聞こえてきた。

 扉を開けると、そこには作業着姿の明石と、毛布にくるまれた涼風の姿があった。

 

「ありゃ、皆さんどうしたんですか。あ、涼風ちゃん探しに来たとか?」

 

 五月雨の姿を見てなんとなく状況を察したらしい。明石はすっかり眠りこけている涼風を見て、困ったような笑みを浮かべた。

 待たされた仕返しか、五月雨が涼風の頬を突き始める。「ううーん、やめろぉ」と涼風が寝言を口にした。

 

「明石。涼風はここで何を……?」

 

 そんな微笑ましい光景を見ながら、妙高は明石に疑問をぶつけた。

 

「島で珍しい石を拾ったから姉妹艦に加工してプレゼントしたいーって来たんですよ。作業開始して程なく寝ちゃったんで中断してますけど」

「探検してたから疲れたのかもしれないわね」

 

 遊び盛りの子どもみたいだった。

 

「むう」

 

 と、五月雨が涼風の頬から手を離した。事情を聞いて待たされた不満をどうすれば良いか分からなくなったらしい。

 

「……明石さん、私ここで少し待ってていいですか?」

「いいわよー。退屈かもしれないけど」

「ありがとうございます。涼風が起きたら、一緒にプレゼント作ろうかって思って」

 

 涼風の頭を優しく撫でながら、五月雨は姉の顔を見せるのだった。

 

 

 

「なんにしても、何事もなくて良かったわ」

 

 羽黒と二人工廠から出たところで、妙高が安堵の息をこぼした。

 

「……まあ、眠りこけていたのは良くないと思うけど。待たされた五月雨が許すのなら私たちがとやかく言うことではないわね」

「あ、あはは……。まあ忘れてすっぽかしたってわけではないみたいだし」

 

 羽黒がフォローするように言った。

 

「そうだ、羽黒。この後時間あるかしら」

「時間? うん、空いてるよ」

「だったら少し司令部室に来ない? 一人で退屈していたから、将棋の相手でもしてくれると助かるんだけど」

 

 将棋、というキーワードに対して羽黒が若干表情を曇らせた。

 

「姉さん、勝つまでやめないから将棋はちょっと……」

「大丈夫よ、三戦まででいいから」

「この前足柄姉さんにそう言って挑んで十回やってなかったっけ……」

「あら。大丈夫よ、私だっていつまでも下手の横好きじゃないんだから」

 

 やや渋る妹を必死に説得しながら、妙高は司令部室に戻っていく。

 まだまだ夜は長そうだった。



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快適なインドアライフを求めて(望月・三日月・龍鳳)

最近雨多いですね……。ということで、雨が多いときの悩みの種のお話です。


 近頃、駆逐艦望月には悩みがあった。

 

「ジトジトし過ぎだろ……」

 

 手にしていた携帯ゲーム機から視線を逸らし、自室を見回す。

 至るところに、洗濯物がかけられている。部屋に干せるものは全部干してやろうという鋼鉄の意志を感じさせる光景だ。

 重い腰を上げて部屋の扉を開けてみる。しかし、湿度はちっとも緩和されなかった。部屋の外――艦隊寮の廊下にも様々な洗濯物がかけられていた。

 

「まるで寮全体がプールになったようだ」

 

 このS泊地がある地域は高温多湿で雨が多く、外で洗濯物を干しにくいという悩みを抱えている。そのため部屋干し自体は珍しくないのだが、今回の部屋干しのボリューム感たるや、普段が丙なら甲というべき凄まじさである。

 

「仕方ないよ、もっちー。ここ最近雨がずっと続いてるんだし」

「分かる。分かるよミカ。だけどこれは流石にどげんかせんといかん」

「なんで宮崎弁」

「実際は鹿児島弁らしいよ。ソースはネット」

「はいはい。でもどうするの、天候なんてどうにもできないよ?」

 

 窓の外を見ると、今日も相変わらずの雨模様だった。程良い雨具合なら眠気が増すくらいで良いのだが、最近のはちょっと酷い。

 天候を操作することができれば万々歳だが、それは神の御業である。

 

「乾燥機ないんだっけ」

「多少はあるけど、寮全体の洗濯物をカバーするだけの数はないなあ」

「そっか。今から注文したとしても、来るのは結構先になりそうだしな……」

 

 現在この寮にあるものでやれることは一通り三日月がやっているのだろう。

 三日月がやらなさそうなことで、何かできることはないか。望月は頭を捻った。

 

「……寮の中で焚火して乾かせない?」

「真顔で何言ってるのもっちー。火事になったらどうするの」

「ならないよ大丈夫だよ根拠はないけど」

「却下ね」

「うー」

 

 両腕でバツ印を作る三日月の前に、無力な望月が倒れ伏した。単にやる気が尽きただけとも言える。

 

「万策尽きた……。あたしはもう駄目だ。ミカ、睦月たちによろしく伝えておいてくれ……」

「また大袈裟な……。あれ?」

 

 三日月が窓際に近づいて、外の様子をじっと見ていた。

 

「どったのミカ。深海棲艦でも攻めてきた?」

「それは洒落にならないよもっちー。じゃなくて、煙が」

「煙ぃ?」

 

 のっそりと起き上がった望月も窓際からその様子を眺めた。

 確かに、雨にもかかわらず煙が昇っている。

 

「万一火事になったらまずいし、様子見に行った方が良いかな」

「えー、いいよ。雲龍たちがまた茶器でも焼いてるんじゃないの」

「違うかもしれないでしょ。ほら、行くよ!」

「いーやーだー」

 

 力のない声を上げながら、望月は三日月に引っ張られていくのだった。

 

 

 

 合羽を着こんだ二人が煙の発生源のところに向かうと、そこには工廠長を務める伊東と軽空母の龍鳳がいた。

 煙はいくつか並べられているドラム缶から出ていた。どうやら何かを蒸し焼きしているらしい。

 

「あの、何をされてるんですか?」

 

 声をかけると、伊東が「おう」と少し驚いたような声を上げた。

 

「三日月と望月か。雨音のせいか全然気づかなかった」

 

 伊東はがっしりとした体躯の壮年の男性だ。普段は工廠にこもっていることが多いが、たまに外に出て何かを作ったりすることもある。

 

「竹炭を作ってるんですよ」

 

 龍鳳が三日月の疑問に答えた。

 

「潜水艦寮の湿気が酷くて、どうにかしようと思いまして。明石さんたちに相談していたところ、伊東さんが『竹炭なら湿気対策になる』と」

「竹なら割と有り余ってるだろうから、ドラム缶使って蒸し焼きすれば竹炭にできるしな」

「なるほど。潜水艦寮は、いろいろと大変そうですもんね……」

 

 この泊地は艦種ではなく、いくつかの艦隊ごとに寮が分かれている。ただ、潜水艦は水上艦と生活サイクルがかなり違うということから、例外的に潜水艦寮という専用の寮が用意されていた。

 龍鳳は水上艦だが潜水母艦大鯨という別名を持っており、潜水艦と縁が深い。そのため普段は潜水艦寮で生活をしている。潜水艦たちの母艦ということもあってか、優しい母親的ポジションになっていた。

 

「普段着だけじゃなくて、任務で使う水着とかもいっぱい干さないといけませんから……」

「建物自体海側に面してるからか、なんかじとっとしてる感じもするんだよな、あの辺」

 

 扇子で龍鳳や三日月・望月たちを扇ぎながら、伊東がげんなりした表情を浮かべた。人間にとっても最近の湿度はきついらしい。

 

「湿気対策か……。洗濯物が乾きやすくなるかどうかはともかく、室内の不快さは軽減できそうだな」

「そうだね。うちの寮の分も作ろうか」

 

 伊東曰く、使う竹の見極めや火加減の難しさはあるが、工程自体はさほど複雑なものではないらしい。ただ、炭になるまでそれなりに時間がかかるそうなので、その間ここで見張っている必要はある。

 

「……やっぱやめようか」

「諦めるの早いよもっちー!」

 

 引き上げようとする望月の裾を、三日月が慌てて掴んだ。

 

「数時間雨の中で代わり映えしないドラム缶見続けろなんて、一種の拷問じゃないか」

「……もう」

 

 はあ、と溜息をついて三日月は手を離す。

 

「分かったよ。それじゃもっちーは先に戻ってて。私やってくから」

「……お、おう?」

 

 自由になった手をぷらぷらさせながら、望月は戸惑いの表情を浮かべた。

 てっきり強引に付き合わされるものかと思っていたのに、拍子抜けした――そんな顔をしている。

 

「……それじゃ、あたしは帰るぞ」

「うん」

「ほんとに帰るぞ」

「うん、分かった」

 

 三日月は特に怒っているわけでもなさそうで、淡々と望月の言葉に応じていた。

 望月はそんな三日月をしばらくじっと見ていたが、やがて頭を掻きむしりながら「あー」と唸り声をあげた。

 

「分かった、分かったよ。付き合うよ」

「え、いいの?」

「ミカだけに任せるのも悪いしな……」

「そっか、ありがとう。もっちーならそう言ってくれると思ってたんだ」

 

 にこやかに言われて、望月は面白くなさそうに口を尖らせた。

 

「……なんか、掌の上で転がされてる気がする」

「よくできた女房と駄目亭主の構図みたいだな」

「うるさい」

 

 余計なことを口にした伊東に膝カックンを仕掛けながら、望月は顔を赤くするのだった。

 

 

 

 それから小一時間。

 

「……望月ちゃん、そんなに作るの?」

 

 望月たちが準備した竹入りのドラム缶の数を見て、龍鳳が驚きの声を上げた。

 

「なんでも、竹炭をまとめて生産して他の寮に売りさばくんだそうで……」

 

 三日月が苦笑しながら龍鳳の疑問に応える。

 一方、望月は既に頭の中で勘定を始めているのか、ぶつぶつと何か数字を口にしていた。

 

「あ、あはは……。商魂たくましいんだね」

「あたしはただ働きは嫌いなんだ」

 

 大量のドラム缶を前に、望月はドヤ顔で拳を握り締めた。

 

 

 

 以下、今回の後日談。

 意気揚々と大量生産した竹炭を売りさばこうとした望月だったが、意外と成果は芳しくなかった。

 なぜなら、売ろうとする相手の大半が「あ、それなら自分で作る」という反応だったからである。

 

「理解できない……。タイムイズマネーじゃないのか。なぜ皆面倒なことを進んでやろうとするんだ……」

 

 大量に売れ残った竹炭を前に、望月はがっくりと肩を落とす。

 

「で、どうするのこれ……」

「……どうしようか」

 

 結局、処分するのも勿体ないということで、泊地の司令部に贈呈することになったとか。

 世の中、そう簡単には儲からないものらしい。



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流れものの即興曲(睦月・如月・霧島・比叡)

気づけばもうすぐ秋イベ。
一期の締め括りも近づいて来てるので、盛り上がることを期待したいですね。


 その日、駆逐艦睦月・如月は他の皆と一緒に近場の浜辺で掃除をしていた。

 大きな嵐が去った後などは、浜辺に大量の漂着物が溜まっていることがある。それを片付けているのだった。

 

「今回も大分溜まってるわねぇ……」

「よく分かんない生き物の死骸とかも転がってるね」

 

 げんなりした様子で睦月が呻いた。

 今回は結構な長期間大雨が続いた。いつもより漂着物も多い気がする。

 使えそうなものは分類してまとめておかなければならないし、この掃除は結構大変なのである。今回はとりあえず十人前後で来ているが、もうちょっと応援を呼んだ方が良いかもしれない。

 

「近場で貨物船でも沈んだのかしらね。いろいろと積荷っぽいものが多いけれど……」

 

 折り畳み式の箱が結構目につく。他にも娯楽用のオモチャと思われるものがいくつか見受けられた。

 

「あら。これ……」

 

 オモチャの中に紛れて、弦楽器らしきものが転がっていた。

 細かいところは破損しているようだが、全体として見るとそこまで酷い状態ではなさそうに見える。

 

「およ。それギター?」

「私もあまり詳しくはないけど……」

「貸して貸して」

 

 如月から楽器を受け取ると、睦月は早速ポロロンポロロンと弦を弾き始めた。

 

「睦月ちゃん、楽器できるの?」

「んーん、適当」

 

 適当な鼻歌を歌いながら弦を弾き続ける睦月。それはそれで微笑ましい光景だったが、楽器の奏でる音は少々歪な感じがした。

 

「やっぱり修理しないと駄目みたいね」

「うーん、でも楽器の修理って……明石さんたち出来るのかな」

「艤装とはまた違うものね」

 

 泊地には工作艦明石や艤装の研究開発を行う技術部の面々がいるが、さすがに楽器は専門外のはずだ。

 

「せっかく拾ったものだけど、諦めるしかないわね」

「むむ……残念だけどやむを得ないにゃしぃ」

 

 そのとき、諦めて楽器を置こうとした睦月の肩に手を置く者がいた。

 

「諦めるのはまだ早いですよ」

 

 眼鏡をキラリと光らせながら楽器を取ったのは、高速戦艦の艦娘――霧島だった。

 

「あら、霧島さん直せるの?」

「いえ、残念ながら私は打楽器専門なので弦楽器はサッパリです」

 

 言われて、二人は脳裏にドラムを叩く霧島の姿を思い浮かべた。妙に様になっている。

 

「ですがお姉様たちは造詣が深かったはずです。掃除の後で二人のところに持ち込んでみましょう」

「おおー!」

「――なので、今はきちんと掃除に集中しましょうね」

「……あ、はい」

 

 どうやら、遊んでいる二人を注意しに来たらしい。

 にこやかな霧島の表情の裏に蒼白い炎のようなものを見て、二人は揃って敬礼するのだった。

 

 

 

「うん。これならどうにか直せると思うよ」

 

 しばらく弦楽器を眺めていた比叡は、二人に向かって力強く頷いてみせた。

 ここは金剛と比叡の部屋。金剛は不在だったが、比叡は部屋で暇を持て余していたようで、快く弦楽器を見てくれた。

 

「……結構楽器類多いんですね」

 

 比叡が弦楽器を確認している間、睦月たちは部屋の様子をそれとなく見学していたのだが、割と沢山楽器が置かれているのが目についた。

 

「金剛お姉様が楽器好きなんだ。最初は『優雅なクラシックこそ至高デース!』って言ってたんだけど、提督の影響で和楽器にハマって、そこから段々ジャンル問わずあらゆる楽器に手を出すようになって」

「そういえば司令官……新さんは和楽器好きだったわね。そんなところからこんな影響が……」

「言われてみれば、たまに金剛さんたちゲリラライブしてるの見たことあるにゃしぃ」

 

 さほど頻度は多くないが、金剛姉妹が揃って何かを演奏することがあった。あれはどうやら提督の影響によるものらしい。

 

「楽しいよー、睦月ちゃんたちもやってみたらいいんじゃないかな」

「正直楽器は有り余ってるから、必要だったら貸し出せると思うわよ。漂着物とか捨てられそうだったものを修理したのがほとんどだから、品質は保証できないけど」

「そういうわけだから、修理はお手の物なんだよね」

 

 確かに部屋の楽器はどれも年季が入っていた。ところどころ外観に違和感のある個所も見受けられる。ただ、試しに使ってみると音はきちんと出た。

 

「と言っても睦月たち楽器なんて全然やったことないにゃしぃ」

「そうねえ。人間の学校ではリコーダーやるって聞くけど、ここじゃそんなに数揃えられないからってやってないし……」

「プロとしてやっていくわけでもなし、まずは適当に楽器を使うところから始めれば良いと思うわよ」

 

 霧島からおそろしくざっくりとしたアドバイスが出た。比叡もうんうんと頷いているので、金剛姉妹はそういうスタンスで音楽をやっているのかもしれない。

 

「何か好きな音楽とかあるなら、それを倣ってみるのも良いかもしれないね」

 

 霧島のアドバイスに戸惑う二人に、比叡が助け舟を出した。

 

「好きな音楽か……」

 

 如月が手に取ったのは竹製の横笛だった。どことなく和楽器らしい感じがする。

 試しに吹いてみると、高めの抜けるような音色が出た。

 

「おー、上手い上手い。如月ちゃん、和楽器得意だったっけ」

「ううん。前に新さんが吹いてるのを見たことがあるだけ。好きな音楽かどうかはちょっと自信ないけれど――なんとなく印象に残っていたから」

 

 普段あまり聴くことのない音色に引きずられたのか、如月は昔を懐かしんでいるようだった。その表情は嬉しそうでもあり、どことなく寂しそうでもある。

 一方、睦月は三味線のようなものを引っ張ってきた。セットになっていた撥で弦を弾き「あーよいよいっ」と声を出す。ベンベンと音を奏でながら、適当に即興のものと思われる歌を歌い始めた。

 明らかに適当にやっているのだが、不思議と様にはなっている。

 

「睦月ちゃん、楽しそうね。なんだか見てる方も楽しくなってくるわ」

「そ、そうかにゃー。……うん、音楽全然分かんないけど、こうやって楽器弾いて歌うのは気持ちいい感じするよ」

「その三味線でいいなら、しばらく貸してあげるよ」

 

 二人の様子を見ていた比叡が、笑いながら言った。

 

「笛の方は金剛お姉様のだから私から貸すことは出来ないけど、作り方なら教えてあげられると思う。どうする?」

「……そうね。せっかくだし、やってみようかしら。手作りというのも、うちらしいといえばうちらしいし」

 

 横笛を比叡に返しながら如月が頷く。

 彼女の脳裏には、かつて司令官が笛を吹いていた光景が浮かんでいるのかもしれなかった。

 

 

 

 それからしばらく経った日の昼下がり。

 金剛姉妹が揃って紅茶を飲んでいると、どこからともなく和楽器の演奏が聞こえてきた。

 正直、あまり全体としてはまとまっておらず、しっちゃかめっちゃかな感じではあるのだが――。

 

「なんだか、楽しそうに演奏している様子が浮かぶようです」

 

 榛名のそんなコメントに、比叡と霧島は顔を見合わせて笑い合うのだった。



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盤上のベースボール(1)(第十七駆逐隊・アイオワ・サラトガ・瑞鶴・衣笠)

日本シリーズの話題を見かけたので思いついたお話。一話では終わりませんでした……。


「試合がやりたいのう」

 

 ある日、谷風とキャッチボールをしながら、浦風が恨めしそうにぼやいた。

 

「相手がいないんじゃどうしようもなくない?」

 

 ボールを返しながら谷風が応じる。

 このS泊地には、浦風がキャプテンを務める野球部が存在している。一応メンバーは現時点で十二人いるのだが、いかんせん相手チームがいないので試合とは無縁なのだった。チームを二つに分けられるほどの人数がいれば良いのだが、十二人では全然足りない。

 

「それは分かっとる……。分かっとるんじゃけど……」

 

 浦風が不満そうに口を尖らせながら返球する。

 谷風には、彼女がこんな調子になっている理由が分かっていた。昨晩日本シリーズがあったからだ。

 ペナントレース終了から日本シリーズまでのこの期間は、浦風の野球熱が高まる時期なのである。毎年そうなのだろう。

 

「お隣のブインでも野球チーム作ってくれれば対戦できるのになあ」

「あっちではバスケが流行ってるみたいだし仕方ない」

「バスケ……。羨ましいなあ、十人いれば試合になるんじゃもんなあ」

 

 段々とやる気がなくなってきたらしい。とうとう浦風はキャッチボールを放棄して、その場でボールとグローブを使ったジャグリングを始めてしまった。

 これはしばらく放っておくしかないか――谷風がそう思い始めたとき、横から「それなら」と声がした。

 

「それなら――グラウンドを使った野球盤試合を行うのはどう?」

 

 磯風とキャッチボールをしていた浜風が、心なしか得意げに言った。

 

「野球盤試合?」

「そう。何度かテレビで見たけど……グラウンドを大きな野球盤に見立てて、チームごとに打ち合うの。で、ボールが行き着いた場所に書いてあった内容がそのまま打った結果になる。『2ヒット』のところに止まったら2ヒット、みたいな」

「そうなると守備はいらんね。ランナーは?」

「出てなかったと思う。ピッチャーもいなかった。実際の選手はバッティングマシーンが投げた球を打つだけ」

「うーん、ちょっと物足りんけど……でも試合にはなるな」

 

 浦風は少し逡巡したが、うん、と頷いて表情を明るくした。

「それじゃ、浜風の提案に乗ってやってみようか!」

 

 

 

 そんなこんなで翌日、野球部のメンバーで空いているメンバーが泊地裏手の大広場に集まったのだった。

 大広場は既に野球盤仕様に改良されている。と言っても、四方を網で囲んだり、白線でヒットマスを描いたりしただけだが。

 周囲には野球部メンバー以外にも非番の艦娘たちが何人か集まってきていた。

 

「今日は初めてということなので、試合は三回までの簡素なものにしますね」

 

 審判姿でそう告げたのは、教会のシスターである珠子だった。彼女は野球部の顧問ということになっている。そこまで詳しいわけではないが、野球のルールは一通り把握していた。

 珠子の前に並んだのは、浦風・谷風・浜風・磯風・瑞鶴・衣笠・サラトガ・アイオワの八名である。

 

「メジャーリーガーの力、見せてあげるわ!」

「いや、私たち別にメジャーリーガーではないけどね」

 

 気合を入れてホームラン宣言っぽいポーズを取るアイオワに、サラトガが控え目なツッコミを入れる。

 サラトガの言う通り二人は別にメジャーリーガーでも何でもないが、野球は好きらしく割と積極的に練習に参加しに来るメンバーだった。今回の試合でも気合十分なようである。

 

「チーム分けはバランス考えて『浜風・磯風・衣笠・サラトガ』と『浦風・谷風・アイオワ・瑞鶴』で良いですか?」

「ええよええよ、それより早う試合やろう!」

 

 浦風もすっかり試合が出来るということに興奮しているようだった。普段と比べると少々子どもっぽくなっている。

 

「分かりました。浦風さんがすっかりお待ちかねみたいなので始めましょう。――瑞鶴さん、お願いします!」

「はいはーい」

 

 珠子に呼びかけられて、マウンドに立っていた瑞鶴が応じた。彼女と衣笠はそれぞれ両チームのピッチャー役だ。昨日今日でバッティングマシーンが用意できなかったので、今回は普通にピッチャーを立たせることにしたのである。

 

「言っとくけど両チームとも、今日はどっちにも打たせるつもりはないからね。たっぷり泣かせてあげるわ!」

「ふっ、泣きを見るのはどちらかな」

 

 そう言って打席に入ったのは磯風だった。

 

「今日は全打席ホームランを打つと予告しよう」

「ほほーう。いいわよ、それなら一度でもホームラン打てたら間宮券一個あげるわ」

 

 ギラリと磯風の目が光る。一方、瑞鶴の背後にも青白い炎が浮かび上がったような気がした。

 瑞鶴が大きく振りかぶり、背中が見えるくらい身体を大きくひねった。

 

「おおっ、トルネード投法だアレ」

「ノモ!? ノモなの!?」

「瑞鶴さん、練習のときたまにやってましたけど……できるんでしょうか」

 

 谷風・アイオワ・浜風のコメントを吹き飛ばすかのような鋭い球が、瑞鶴の手から放たれた。

 ズバンと綺麗な音を立てて、キャッチャー代わりの網に球が突き刺さる。

 場の空気が――止まったような気がした。

 

「ボールですね」

 

 無情な珠子の宣言。

 それに、打席の磯風がニヤリと笑みを浮かべた。

 

「へいへーい、ピッチャービビってるー?」

「う、うるせー!」

 

 顔を真っ赤にして、瑞鶴が地団駄を踏んだ。

 

「瑞鶴、落ち着いて! 普段通り投げれば大丈夫よ!」

「そ、そうよねサラトガ!」

「貴方がストライクゾーンに入れてくれないと話が進まないわ!」

「悪かったな――!?」

 

 応援なのか微妙な声援を受けて、瑞鶴は再び絶叫する。

 

「普通に投げればいいんで――しょ!」

 

 今度は普通のオーバースローで投げる。

 放たれた球は、確かにストライクゾーンに入っていた。

 

「ホーム、ランッ!」

 

 しかし、その軌道を磯風は読んでいた。迷いなく振られたバットが、容赦なく球を打ち返す。

 ただ、芯には当たらなかったらしい。瑞鶴の頭上を越えて、センター付近に飛んでいく。

 その先には、アウトのエリアと2ヒットのエリアが並んでいた。

 

「アウト、アウトに落ちろ……っ」

 

 浦風が呪いを込めるかのような声音で念じる。

 それが功を奏したのか――球はアウトエリアで止まった。

 

「へいへーい、ホームランじゃないのー?」

 

 先ほどの意趣返しか、瑞鶴が磯風に挑発の言葉を返す。

「……瑞鶴」

「ん?」

「三回までに絶対お前のツインテールを刈り取ってやるからな……っ!」

「それはどう反応すればいいわけ――っ!?」

 

 

 

 次いで打席に立つのはサラトガだった。

 

「フフフ、私は堅実に行かせてもらうわね。そう――S泊地のイチローとは私のことよ!」

「アメリカ出身なら他に挙げられる名前ないのけ……?」

 

 浦風の指摘に動じることなく、サラトガはバッターボックスでゆらゆらとバットと身体を動かし続ける。

 

「くっ……微妙に投げにくいわね……何のせいとは言わないけど!」

 

 微妙に苛立ちを見せながら、瑞鶴が大きく振りかぶった。

 

「同じ空母仲間だからって遠慮はしないわよ――喰らえ恵まれし者!」

「恵ま――えっ!?」

 

 よく分からないままサラトガがバットを振る。

 カーン、と良い音が響いた。

 サラトガが打った打球が、大きく遠く飛んでいく。

 その球は、広場を囲む網の中へと吸い込まれていった。

 

「――ホームランです!」

「おおっ……!」

「やりましたね、サラトガさん! 大きい一発です!」

 

 珠子の宣言に、磯風や浜風が歓声を上げる。

 一方、マウンド上の瑞鶴はやや呆然とした様子で打球の飛んで行った方を眺めていた。

 

「……大丈夫?」

 

 隣に控えていた衣笠が心配して声をかけると、瑞鶴は「ふっ」と悟ったような表情を浮かべた。

 

「大きいものを持ってる艦娘は、やっぱりでかい一発を持っていくのね……」

「超解釈にも程があるでしょ、それ」

 

 そう言って、衣笠は心底嫌そうな顔を浮かべるのだった。



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盤上のベースボール(2)(第十七駆逐隊・アイオワ・サラトガ・瑞鶴・衣笠)

浦風に限った話ではありませんが、方言キャラの方言は不自然な点があるかと思います。その点はどうかご容赦を……。


 その後、1回裏、2回、3回と試合は進んでいく。

 両チームはそれぞれ多くのヒットを叩き出し、3回裏開始時点で10対7という点数を出していた。

 この大量失点に、瑞鶴・衣笠のピッチャー二名はすっかりブルーになっている。

 

「な、なぜだ……。衣笠さんの秘密兵器、大魔神並に落ちるフォークボールがあっさり打たれるなど……」

「いやそこまでは落ちてないし。っていうか三振ゼロってのがへこむわ」

「まあまあ、艦娘の皆さんは日頃の戦いで動体視力が優れてる子が多いですし……これは仕方ないのでは」

 

 地面に「の」の字を書き始めかねない二人を見かねて、審判役の珠子がフォローを入れた。

 一方、バッター陣はバカスカ打ててご満悦のようだった。

 

「芯に当たってパッカーンと飛んでいく様は気持ちいいわね!」

「そうじゃねえ。守備や走者も悪くないけど、やっぱうちは打つのが一番好きじゃ」

「谷風さんはズバーっと盗塁するの好きだから今回は物足りないねえ」

「そこ、ピッチャー陣の傷口に塩塗り付けないでください!」

 

 ピピーッとホイッスルを鳴らしながらイエローカードを掲げる珠子に、浦風たちは「お口にチャック」のジェスチャーをした。

 

「楽しんでいるのは結構だが、あと3点取らなければ我々の勝利だぞ、浦風」

 

 と、そこに「ふふん」と勝ち誇った顔の磯風がやって来た。

 

「3点くらい余裕じゃ余裕」

「そう上手くいくかな……?」

 

 と、そこで磯風の裾を引っ張りながら浜風が深刻そうな面持ちを浮かべた。

 

「磯風、その発言はフラグです。逆転されてしまいますよ!」

「そ、そういうものなのか?」

「そういうものです。迂闊な発言は慎んでください。貴方はナチュラルに地雷原を突っ走ろうとするところがあるのですから」

「う、うん……分かった、気を付けよう」

 

 浜風に引きずられるようにして、磯風はベンチに戻っていった。

 

「相変わらず磯風は浜風に弱いねえ」

 

 浦風が微笑ましげに言う。磯風は日常生活において浜風の世話になっていることが多く、彼女相手には頭が上がらないところがあるようだった。

 

 

 

「とは言え、正直ちょっとピンチなのは確かだね」

 

 珠子のフォローで立ち直った衣笠が投球練習をする様を見て、谷風が難しい顔をした。

 

「衣笠は尻上がりタイプのピッチャーじゃけえ、そろそろ暖まってきた頃合いかね」

「ノリに乗った衣笠はちょっと怖いわね」

 

 浦風とアイオワも谷風に同意した。調子のよいときの衣笠相手だと、安定してヒットを取るのが非常に難しい。

 衣笠は複数の変化球を駆使する技巧派タイプのピッチャーなのだが、変化球のキレは後半になればなるほど良くなっていく。おまけに変化球の種類も豊富なため、特定の球種に絞って打つのが困難だった。

 

「ま、ここは谷風さんがいっちょ景気の良いところを見せてやろうじゃないか」

「おっ、谷風! 何か秘策があるんじゃね?」

 

 浦風の期待に満ちた眼差しに、谷風はグッと親指を立てて応えた。

 

「――ストライク、バッターアウトっ!」

 

 それから一分後、無情な結果が出された。

 

「いやー、駄目だった!」

「あの自信満々な態度はなんだったんじゃ!」

「いや、自信のなさそうな顔してたらチャンスは転がってこないという谷風さんなりのポジティブシンキングというか」

「残念ながら勝利の女神はそれに応えてくれなかったようね……」

「なら、うちが勝利の女神になるしかないね!」

 

 バッターボックスに入り、浦風は闘志を燃やしながらマウンド上の衣笠を見据えた。

 先程までのブルーな雰囲気はどこへ行ったのか、今の衣笠は夜間突入作戦で指揮を執るときのような顔つきになっている。具体的には集中力が段違いの状態になっていた。

 

「いかん、衣笠完全にゾーン入ってる……!」

「気後れしたらその時点で負けよ、浦風!」

 

 尻込みしそうになったところで、アイオワからの声援が届いた。

 

「そ、そうじゃ……。強敵との戦いならワクワクするところ。こういう緊張感が欲しくて試合をやりたかったんじゃ!」

 

 浦風が奮起したところで、衣笠がスリークォーターで第一球を放った。

 瑞鶴に比べると速度は劣るが、変化球のキレと高い制球力でギリギリのところを突いてくる――バッターにとっては嫌なスタイルである。

 球が間近に迫ったところで、浦風は振ろうとしていたバットをギリギリのところで止めた。

 

「……ボール!」

 

 衣笠の放った球は、浦風の近くで大きく弧を描き、ストライクゾーンから僅かに逸れたところに入った。

 チームとしては追い詰められつつあるが、この打席での勝負は始まったばかりである。まだ慌てるような時間ではない。

 

「やる気満々でありつつ冷静さを失ってない……。やるね、浦風」

「衣笠も大したもんじゃ。さっきまであんなへこんでたのに、切り替えの良さは流石じゃね」

 

 両者の視線がバチバチとぶつかり合う。

 やがて、衣笠が第二球を投げた。先程の球よりもかなり速い。

 速球につられて浦風がバットを振る。しかし、その球は浦風のバットに当たる直前のところで大きく下に逸れた。

 

「ストライク!」

「しまったぁ~!」

 

 珠子の判定と浦風の悲鳴が重なった。

 

「浦風のペースになるかと思ったけど、そうはさせまいと衣笠が仕掛けた……というところかしら」

 

 サラトガの分析にアイオワが頷いた。

 

「あの二人は試合の流れを作ることを重視するプレイスタイルだから、型にはまれば強い。ちょうど今の衣笠みたいにね」

「そんな衣笠のペースを崩そうと浦風が仕掛けたけど、攻めきれずに反撃を喰らったということね」

「衣笠の変化球は嫌なところで曲がるからやり難いのよね」

 

 などと米艦二人が解説役に徹する中、衣笠が第三球を放つ。

 これに対し、浦風は目を大きく見開いた。一歩引いて、ギリギリまで球を見極めるための体勢を取る。

 

「ヒットを打つことだけに集中したってわけだ!」

 

 谷風が叫ぶのと同時に、衣笠の放った球が大きくカーブを描き始める。

 それを見てから、浦風がバットを振るう。

 間に合うか――。

 誰もが息を呑んだ瞬間、コン、という音が響いた。

 衣笠が投げた球が、浦風のバットによって宙に舞う。

 球はふんわりとした軌道に乗って内野を越えていく。向かう先にあるのはアウトエリア、そしてその先にある2塁打エリアだ。

 球が落ちる。アウトエリアだ。しかし落ちただけで、まだ止まってはいない。

 

「いけっ、いけっ……!」

「いくな、いくなっ……!」

 

 浦風と衣笠の言葉が聞こえているのか、球はまるで戸惑うようにうねうねと進んでいく。

 やがて、球の勢いが完全に止まるかどうかというところで――風が吹いた。

 

 

 

「いやー、良い汗かいたね」

 

 夕刻。寮の台所で夕食を作りながら、浦風がさっぱりした表情を浮かべて言った。

 

「随分と元気になったようで安心したわ」

 

 その様子を見て浜風がクスクスと笑う。

 

「あれ、うちそんなに元気なかった?」

「相当悶々としているように見えた」

「悶々って……」

「浦風は普段わがまま言わないんだから、たまにはわがまま言ってストレス発散した方が良いと思う」

「んー、そうかねえ」

 

 浦風はそう言って火を止めた。煮込み料理の出来上がりである。

 

「んじゃ、これから毎週今回みたいな形式で試合する?」

「それは勘弁。……月一回くらいなら付き合うけど」

 

 静かに微笑む浜風に対して、浦風は満面の笑みで応じるのだった。



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裏司令部の奇妙な仕事(深雪・電・木曾・天城・葛城)

F6F-5N無事開発できました。
残りの開発資材は2桁です。


「海上に未確認巨大生物が現れたというのは本当か」

 

 薄暗い室内で、低い声が聞こえた。

 

「先ほど海上護衛任務に出ていた部隊から報告があった。嘘をつくような連中ではない。……本当のことと見て良いだろう」

「深海棲艦ではないのだな?」

「いつぞやの霧の艦隊ではないのか?」

「違う。これまで見たことのない個体だ。深海棲艦特有の気配もない。ただ――でかい」

「でかい? どれくらいだ」

「……ええと、おそらく1kmくらいはある」

「デカ過ぎるだろ……」

「どうすんだ、そんなでかいの」

「生き物である以上始末する手はある」

「貴重な生体サンプルになるかもしれん。無力化して確保することはできんのか」

「そんなことを言っている場合か。民間人に被害が出たらどうする」

「……提督」

 

 一番奥に座っている人影に、誰かが声をかけた。

 

「方針を決めねばなりません。後手に回れば被害は拡大するばかり。ご決断を」

「うむ……そうだな」

 

 提督と呼ばれた影はゆっくりと頷いた。

 そして――。

 

「……お前ら、何してんだ」

 

 シャーッとカーテンが開き、室内に光が入り込んでくる。

 

「うおっ、眩しっ」

「そりゃこんな薄暗い部屋にいたらそうだろうよ」

 

 呆れたように言ったのは、この泊地の司令部のメンバー・重雷装巡洋艦の木曾だ。

 

「また司令部ごっこか?」

「うむ。苦しゅうない」

 

 木曾に向かって腕を組んで応対したのは深雪だった。

 

「何が苦しゅうないだ阿呆。勝手に作戦室使うな。これから大事な作戦会議があるんだ」

「ん? なんか重要な案件でもあるのか?」

「ああ、まあな――」

 

 木曾は若干言葉を濁した。こういうときは迂闊なことが言えない事情があるケースが多い。それを察して、深雪は他の駆逐艦仲間に「仕方ない、裏司令部解散だ!」と手を叩いた。

 各々が残念そうに作戦室から出ていく。

 

「おい深雪。お前この後暇か」

 

 深雪が作戦室から出ようとしたところで、木曾が声をかけてきた。

 

「特に予定はないけど」

「だったら悪いが一つ頼まれてくれないか、裏司令部代表さん」

「えー」

 

 木曾に限ったことではないが、司令部のメンバーからの依頼は面倒ごとを相場が決まっている。この泊地ではもはや常識だ。

 

「間宮券三回分」

「用件を聞こうか」

「……お前のそういうところ、俺は嫌いじゃないぞ」

 

 そうして、木曾は深雪に依頼内容を話し始めた。

 

 

 

「だけど、これを運んでどうするのです?」

 

 木曾から依頼を受けて一時間後。

 大量の開発資材を載せた荷車を押す深雪に、並んで歩く電が問いを投げかけた。

 彼女も深雪がいうところの裏司令部の一員で、深雪に付き合う形で荷物を運んでいる。

 

「多分少し前に開発方法が判明した新型米艦載機が絡んでるんじゃないかな」

「米艦載機……。ああ、開発に大量の資材と装備が必要になるっていう」

「それそれ。空母が夜間攻撃できるようになる……って触れ込みで大盛り上がり。特に空母組や技術部なんかはその艦載機を是非欲しいってんで開発しようと意気込んでる。一方で水雷屋とか戦艦組は資材に見合う効果が得られるか分からないってんで慎重になってるらしい」

「どちらの言い分も分かる気はするのです。……司令部は方針を明確にしてないのですか?」

「司令部内でも意見が真っ二つに割れてるって叢雲がぼやいてたな。だから宙に浮いてる形になる」

「……そうなると、開発賛成派が強硬手段に出る可能性もありそうなのです」

 

 この泊地では、司令部が決定したことに逆らわない限り、各艦娘の自主性を尊重するという方針がある。つまり今回の場合、件の艦載機を強引に開発しても別段咎められることはないのだ。

 

「以前も開発強硬派が32号電探やら46cm三連装砲を大量生産したケースがあるからな、うちは。開発否定派はそれを防ぐため、必要な資材を一時的にどこか安全な場所に隠しておきたいんだろ」

「泊地内で仁義なき抗争が起きつつあるのです……」

 

 依頼してきた木曾や、資材を快く提供してくれた明石は開発否定派なのだろう。空母組や夕張・初春たち技術部メンバーはおそらく開発肯定派だから、今頃この資材を探し回っているかもしれない。

 

「――ふっ、ようやく見つけたわよ」

「その資材、お譲りいただきます」

 

 と、深雪たちの前後から突如人影が飛び出してきた。

 天城と葛城だ。前方を天城が、後方を葛城がそれぞれ塞ぐ形になっている。

 

「ちっ、もう来たか!」

「流石に動きが速いのです……!」

 

 荷物を運びながらこの二人を撒くのは不可能だ。と言って、駆逐艦二名で空母二名を相手にしても勝ち目はない。夜間なら話は別だが、今はまだお天道様が空に出ている。

 

「……考え直すつもりはないか、天城・葛城。夜間戦闘機なんかなくても空母は十分強い。半端に夜戦に手を出そうとすると、却って昼戦で活躍できなくなってしまうかもしれないぜ?」

「では尋ねますが深雪ちゃん。もし駆逐艦でも積める偵察機があったら、深雪ちゃんは開発したいと思いますか?」

「電はどう? 軽巡・重巡並の射程距離を持つ駆逐艦用の主砲が開発できるなら」

「ぐっ……」

「い、痛いところを突いてくるのです……!」

 

 そんなものがあるなら当然欲しい。実を結ばない・割に合わないと言われても、やってみなくちゃ分からないと反論するだろう。

 深雪と電の表情が苦悩に歪む。

 

「今の二人なら私たちの気持ちが分かるはずです」

「夜間戦闘でただの案山子になるのはもう御免なのよ……。この機会は譲れないわ!」

「さあ、開発資材を譲ってください。そして一緒に新型を開発しましょう!」

「……駄目なのです!」

 

 手を差し伸べてくる天城たちに向かって、電は躊躇いながらも頭を振った。

 

「頼まれたことを途中で投げ出すのは駆逐艦魂に反するのです。お二人の気持ちも痛いほど分かりますが……電たちはそれに賛同できる立場ではなくなっているのです」

「……そうだ、よく言ったぜ電!」

 

 深雪が前方の天城に一歩踏み込む。

 

「悪いな、私たちはもう開発資材を守れという依頼を受けた。それがすべてだ。……もし私たちに依頼したのが木曾じゃなくて天城たちだったら、喜んで協力していたかもしれないけどな」

「――そうですか。残念です」

 

 心底残念そうに、天城は手を引っ込めた。

 

「では、少々強引に事を進めさせていただきます」

「いいぜ、どっちが勝っても恨みっこなしだ……!」

 

 その場にいた全員が、臨戦態勢に入る。

 ここに、開発資材をかけた熾烈な戦いが始まろうとしていた――。

 

 

 

「まあ、普通に考えて駆逐艦二人で空母二人に勝てるわけはないよな」

 

 それから数時間後。深雪と電は、二人揃って工廠に戻って来ていた。

 視線の先には、新型の艦載機を完成させて喜ぶ天城たち開発賛成派と、がっくりうなだれる明石たち開発否定派がいる。

 

「ごめんね、大丈夫だった?」

 

 葛城が若干申し訳なさそうに声をかけてきた。

 

「平気平気。多少の怪我ならすぐ直るし。そっちこそ大丈夫だったのか?」

「あ、あはは……」

 

 葛城は電の渾身の一発をもらって敗北寸前まで追い詰められていた。

 ただ、その怪我もあっさり直ったようで、今はピンピンしている。

 

「ま、作っちまったもんは仕方ないし、今後はどう有効活用するかを考えないとな」

「開発資材ほとんどなくなって、明石さんが死んだ魚の目をしてるのです……」

「尊い犠牲だった。無駄にしてはいけない」

 

 倒れ伏す明石に合掌する深雪。

 こうして、裏司令部の任務は失敗に終わったが――S泊地はまた一つ強力な武器を手にしたのだった。



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発熱日和(天津風・雪風・島風・長良・初風・時津風・明石)

天津風は普段なかなか素直に周囲への感謝を口にできないタイプなんじゃないかと思っていたりします。


 ここ数日、泊地近辺では珍しく気温が激しく変化した。

 そのせいで少し調子を崩してしまったらしい。医療室の道代先生に診てもらうと「風邪ね」と断定された。

 

「喉も真っ赤だし全体的に熱っぽいわ。薬出してあげるからしばらくは安静にしてなさい、天津風」

「はい、分かりました……」

「どうする、ここで休んでく?」

「いえ、部屋に戻って休もうかと思います」

 

 少し休んでいれば楽になる、という感じではなさそうだった。薬をもらって早々に部屋へ戻った方が良いだろう。

 

「艦艇だった頃は風邪なんて引かなかったんだけどな……」

「でも故障したりして調子悪くすることはあったでしょ。それと同じようなものよ」

 

 はい、と飲み薬を渡された。

 中を見ると粉薬が中心となっている。

 

「……錠剤のはないんですか?」

「粉薬苦手? でも悪いけど、今は錠剤ないのよ」

「うぅ、分かりました……」

 

 ただでさえ調子が悪いのに、気分が余計に沈み込む。粉薬は口の中にあの苦味が広がるのが凄く苦手だった。

 マスクをつけて部屋に戻る途中、寮の手前で雪風とばったり出くわした。

 

「あれ、天津風。風邪ですか?」

「ええ、まあね……。雪風はどうしたの?」

 

 雪風は第一艦隊所属で、普段はそちらの寮にいる。何か用事があってこちらに来たのだろうか。

 

「実は陽炎姉さんから助っ人をかき集めてくるよう頼まれたのです!」

「そういうことなら残念だけど、うちは今ほとんど人いないわよ。初風や時津風は私用で外出中だし、イタリアさんたちも演習に出てるはずだから」

「そうですか、なら仕方ないですね。次に行くことにします」

 

 明るくそう言って転身する雪風。こういう切り替えの早さは見習いたいところだ。

 

「あ、こっちが片付いたら後でお見舞い行きますね!」

「別にいいわよ、多分寝てるかもしれないし……」

「それならそれで構いません。ではっ」

 

 ぴゅーっと効果音をつけたくなるような足取りで雪風は駆け去っていった。元気そうで実に羨ましい。

 雪風のように元気になるために、私は大人しく休むことにした。

 

 

 

 それから一時間後。

 なかなか寝付けずにいると、部屋の扉が控え目に叩かれた。

 

「……どうぞー」

「あ、起きてた」

 

 扉を開けて入って来たのは島風だった。

 

「ちゃんと寝ないと治らないよ」

「分かってるわよ。ただ、寝ようとすると寝られないものなのよね……」

 

 風邪による不快感が眠気を上回っている。だからベッドの中に入り込んでも、なかなか落ち着かないのだった。

 

「しょーがないなあ。じゃ私が子守歌を歌ってあげよっか」

「いいわよ別に。島風の歌って賑やかな感じするから、子守歌っぽくないし」

「む。人の厚意を素直に受け入れないとは。……ま、病人だし今日は大目に見てあげる」

「それはどーも」

「あ、そだ」

 

 島風はごそごそとショルダーバッグから銀紙に包まれた何かを取り出した。

 

「これ、さっき間宮さんのところで作ってきたおにぎり。ホントはおかゆとかスープの方が良いと思ったんだけど、天津風いつ食べるか分からなかったし、私この後ちょっと用事があるから、いつでも食べられるものにしたんだ」

「……ありがと」

 

 弱っていると、こういう気遣いが身に染みる。食事についてはちょうど作らなければと思っていたところだった。普段は普通に料理できるが、風邪のときはどうしても気が滅入ってしまう。

 

「ちなみに具は?」

「下手なもの入れない方が良いかなと思って、塩おにぎりです!」

「オッケー。それでいいわ」

「うん。あと、これお茶ね」

 

 そう言って、島風はおにぎりの入った包みと魔法瓶をベッド脇の棚の上に置く。

 

「それじゃ、あんまり長居するのも悪いしそろそろ行くね。早く治さないと承知しないんだから」

「そうねー。善処するわ。私も長引かせたくはないし」

「ん。じゃお大事に!」

 

 風のように去っていく島風。

 今度何かお礼をしなければ。

 そんなことを考えながら、おにぎりとお茶を堪能するのだった。

 

 

 

 気づけば眠っていたらしい。

 起きて横を見ると、雪風や陽炎姉さんたちの書置きがあった。どうやら寝ている間にお見舞いに来てくれていたらしい。

 黒潮姉さんと親潮姉さんが収穫したという野菜のセットが、部屋の冷蔵庫に入っていた。

 今夜はこれで鍋も悪くないかなー、と思っていたところで、再び部屋の扉が叩かれた。

 

「おっ、起きたみたいね」

 

 そこにいたのは長良さんと、出かけていた初風・時津風だった。

 

「天津風、大丈夫? 泊地に戻って来たところで雪風から話聞いて来たんだけど」

 

 初風がスタスタと目の前にやって来て、こちらのおでこに手を当てた。

 

「うーん、まだ少し熱っぽいわね」

「大分楽になった感じはするんだけど」

「風邪は治りかけが危ないって言うからねー。無理しちゃ駄目だよ」

 

 と、初風と時津風によって強制的にベッドへと放り込まれる。

 

「ま、そんなわけで天津風に無理はさせられないってことで、夕飯は私たちが作ろうと思います」

「うどんもあるよー」

 

 どこから手に入れてきたのか、時津風がうどんの入った袋を掲げて見せた。

 

「陽炎たちが野菜持ってきたんだよね。それ使って鍋にしていい?」

「あ、はい。すみません」

「いいのいいの。誰かを助け、誰かに助けられる者であれ――ってね」

 

 長良さんは得意げにサムズアップしてみせた。

 

「それじゃ行くよ、二人とも。天津風は大人しく待っててね」

 

 そう言って、三人は野菜を持って部屋から出て行った。寮の一階にある厨房に向かったのだろう。

 

「……ありがたいわね。本当に」

「そうそう。こういうとき助けてくれる相手は大事にしないといけませんよ」

 

 と、半ば開きっぱなしになっていた扉のところから声がした。明石さんだ。

 

「預かっていた連装砲くんのメンテが終わったので、返却がてらお見舞いに」

 

 そう言って、明石さんは抱えていた連装砲くんを離した。

 連装砲くんは足早にベッド脇まで来て、どことなく心配そうな表情でこちらをじっと見つめてくる。

 

「ああ、うん。大丈夫よ、皆に良くしてもらってるから」

 

 そうか、という風に頷き、連装砲くんはいつもの定位置――部屋のラックの専用スペースに戻っていった。

 ただ、それとなくこちらに気遣うような視線を向けてきている気がする。

 

「私が体調不良も治せれば良かったんですけどね。艦艇と人じゃ勝手が違うので」

「……こういう風になると、自分が前とは違う存在になったんだなって強く感じますね」

「そうですね。私たち艦娘は人間とは違うかもしれないけど――前みたいな艦艇というわけでもない。ある意味、不便になったとも言えます」

「はい。でも艦艇のままだったら、こんな風に皆にお見舞いに来てもらうこともなかったなって。……そう考えると、不便なのも悪いことばかりではないのかなって思います」

 

 それに対し、明石さんは言葉ではなく――深い笑みで応えたのだった。



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楽して儲けるにはそれなりの条件が要る(日向・伊勢)

この世界でも瑞雲ハイランドのようなイベントはあったという想定です。
実際に行われた大抵のコラボは「横須賀or大本営がPR活動としてやってた」で済ませられそうな気も。うちはショートランドなのでほぼ参加不可能ですが。


「株というのは儲かるのだろうか」

 

 急に仕事部屋へやって来た日向が、開口一番そんなことを言ってきた。

 

「……いきなりなんだ」

「なんだと言われても、言葉通りの意味だ。板部先生は株はやらないのか」

「やってそうに見えるか?」

「見えるから聞きに来たんだ」

 

 ある種純粋な眼差しをこちらに向けてくる。

 

「期待に沿えず悪いが俺は株もFXも投資信託もやらない。定期預金と国債くらいだ」

「なんだ、意外と堅実なんだな」

「お前が普段どういう目で俺を見ているかよく分かる発言だな」

 

 泊地のシステム全般を担当するエンジニア兼艦娘たちの教師を務めているからか、俺のところにはこうした相談事がよく飛び込んでくる。こういう微妙に失礼な物言いもそろそろ慣れてきた。

 

「やってないからつまらんことを言わせてもらうが、株で儲けられるのはセンスと情熱と元手を持ってる、一部の限られた人間だけだと思うぞ。ちょっと儲けたいって程度の考えならやめておけ」

「そうか、やはり駄目か。伊勢にも同じことを言われた」

 

 そうだろう。身近な相手がいきなり株やらFXやら言い出したら警告したくなるのは分かる。

 別にその手段を否定するわけではないが、向き不向きや勝者敗者がより明確に出てしまう界隈だとは思う。最初は儲けることよりも学習目的で始めた方が良いのではないだろうか。

 その旨を日向に伝えると、日向はやや無念そうに頭を振った。

 

「それでは駄目だ。私はなるべく早いうちに金が欲しい」

「……おい、まさか借金してるとかじゃないだろうな」

 

 この泊地や島に金貸し業者はいないが、今どき手段はいくらでもある。金銭トラブルが起きているなら、状況を正確に把握しておく必要があった。

 

「いや、借金はしていない。……今はな」

「含みのある言い方やめろ、怖い。なんでそんな急に金が要るようになったんだ」

「……先日、インターネットを見ていたら1/1瑞雲プラモがオークションに出されていたんだ」

「は?」

 

 瑞雲。それは日向たちが使用する航空機の一種だ。

 艦娘用の瑞雲は小型化されており、実際に乗り込めるのは妖精さんたちくらいである。だから『原寸大の瑞雲』というのはお目にかかったことがない。

 

「どうやら今年横須賀鎮守府がPR用に作成した瑞雲12機のうち何機かは民間の好事家の手に渡っていたらしいのだ。噂だけは随分前から聞いていて私も時折ネットで情報を探していたのだが、急に一昨日さる大手サービスのオークションに出されてな。出品者は変わり者だがマニアックなものを取り扱うことにかけて定評のある御仁だから、おそらくその瑞雲プラモは本物だと思う。この機会を逃したらいつチャンスが来るか分からないんだ、そこのところは板部先生も分かってくれるだろう」

「……いや、うん。落ち着け」

 

 日向は、声のトーンはいつもと同じなのに、妙に早口になっている。正直ちょっと怖い。

 

「どんな感じだ。ページ見せてくれ」

 

 ブラウザを立ち上げて日向にマウスを差し出す。

 日向は、無駄のない動きで該当ページまであっという間に移動してみせた。

 そこに表示された金額を見て、頭が痛くなる。

 

「……残念だが諦めろ。この額は俺たち泊地メンバー全員分の月給合わせても足りない」

 

 株やFXでも無理だ。少なくともこの瑞雲プラモの出品期間中にこの額を手に入れるのは――不可能に近い。

 

「やはり駄目か……」

 

 一目で分かるくらいの落ち込みようだった。若干気の毒に思えてくる。

 

「金で手に入らないなら、いっそ自分たちで作るってのはどうだ。横須賀鎮守府は作ったんだろう?」

「材料・設計図・職人等はすべて大本営のフォローで揃えたらしい。うちにそういったフォローがあるとは思えないし、自力で全部集めるのは至難の業だろう」

 

 普段艦娘が使用する瑞雲はあくまで艦娘用に作られたカスタマイズ版だ。オリジナルの瑞雲をベースにしてはいるが、サイズ以外にも細かい違いは沢山ある。そのため、艦娘用の瑞雲を作れるならオリジナルの瑞雲も作れるだろう――という理屈は通らない。

 

「……すまんな、板部先生。邪魔をした」

 

 すっかり意気消沈して出ていく日向の背中は、まるで大切な家族を失ったかのような寂しさを感じさせるものだった。

 

 

 

「まー日向、横須賀がやってたPR――瑞雲の公開展示とかにも無茶苦茶行きたそうにしてたしね」

 

 夕食を取りに間宮食堂に出向いたところ、偶々伊勢と遭遇した。昼間の日向の件を話すと、伊勢は「やっぱりね」という感じで頷いたのだった。

 

「モデラ―の心情は俺にはさっぱり分からん」

「日向の場合、モデラ―ともまた違うと思うんだけどね。あの子は多分、瑞雲に乗ってみたいんだよ」

「……乗る?」

「そう。飛ばなくてもね」

 

 飛行機の操縦士になりたい。その感覚なら――分からないでもない。

 

「私たち艦娘は海上を移動することはできるけど、自分たちで空を飛ぶことはできないでしょ。偵察機や艦載機を扱えても、自ら空を駆け回る感覚は味わえないからね。だから――空に憧れるんだ」

「伊勢もそうなのか?」

「まあね。加えて艦娘は、自分たちに縁が深いものを通して空を感じてみたいと思うものなんだ。我儘と言えば我儘だね」

 

 困ったものだ、と伊勢は笑う。

 

「……空への憧れね。けど、ありゃプラモだ。飛ばんよ」

「そこは日向も分かってるよ。ただ、かつて誰かが空に向かうとき見たであろう何かが、そこからなら見えるんじゃないか――なんて思ってるんじゃないかな」

「――ふむ」

 

 確かに、モデラ―の心情とはまた少し違うものみたいだ。

 言ってしまえば、それはある種の憧憬だろう。

 かつて自分たちと縁のあった誰かが旅立った空に、思いを馳せているのだ。

 ロマンチックなものである。

 

「伊勢」

「んー?」

「そういう感覚ってのは、お前や日向特有のものなのか?」

 

 伊勢は「いいや、多分皆が持ってる」と答えて、面白そうに笑った。

「板部先生、何か思いついた?」

「ああ。楽して儲ける手段だ。上手くいくかは――まだ分からんけどな」

 

 

 

 それから一ヵ月後。

 泊地の片隅に、1/1の瑞雲プラモが設置されることになった。あのときオークションに出されていた例のプラモである。

 

「……やれやれ。板部先生も人が悪い。無理だと言っておいて、しっかり落札するとは」

 

 瑞雲を前にして、日向はいつもより興奮気味のようだった。柄にもなくこちらの脇を肘でつついてくる。

 

「伊勢の話を聞くまでは無理だと思ってたんだよ。……ま、礼を言うなら泊地の皆に言うんだな」

「分かっているさ。……ちょ、ちょっと乗って見てもいいだろうか」

「いいんじゃないか。ただ他にも乗りたがってる子はいるだろうから、程々に切り上げろよ」

「無論だ」

 

 日向が落ち着かない様子で瑞雲プラモ目掛けて駆けていく。

 

「けど、よく足りたね。……出資者を募っても駄目だと思ってたけど」

 

 横にいた伊勢が感心したように言った。

 そう。今回採った手段は別段真新しいものではない。落札するための資金をあちこち駆け回って集めただけだ。

 

「俺も最初は駄目で元々だと思ってたけど、意外と乗り気な奴も多かったぞ。ま、この泊地の出資者の分だけじゃ足りなかったから、ブイン基地の方にも声かけることになったけどな。……お前が言った通り、空に憧れる艦娘が結構いたってことだろう」

 

 憧れを持ってるのが日向だけだったら、到底無理だったろう。

 皆が同じような夢を持っていたから出来た話だ。

 

「ま、おかげであの瑞雲はブインとの共有財産だ。半年ごとに行ったり来たりってわけだな」

「ブインなら近いし、まあ大丈夫でしょ」

 

 操縦席では、日向が笑みを浮かべながら遠い空を見上げていた。

 今日も泊地は平和である。



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はぐれ者の第一歩(利根・旗風・松風・朝風・春風)

秋イベ終了まであとわずか。
艦これ一期もいよいよ収束に向かっている感じがしますね。良い形で一期終了・二期開始を迎えることを祈りたいところです。


 S泊地の学び舎にある教室で、利根は渋い表情を浮かべていた。

 この教室は普段教育担当者が艦娘に勉強を教えるために使われる。

 ただ、現在教室には艦娘たちだけでなく島の子どもたちも集まっている。おまけに教壇に立っているのは――利根なのだった。

 

 ……筑摩めが急用なぞ入れるからだ。

 

 今日の元々の教育担当者は利根の妹である筑摩だった。だが、急用が入ったとかで急遽利根が代役を務めるはめになったのである。面倒ごとが嫌いな利根としては不本意極まりない事態だった。

 艦娘だけが相手なら適当にあしらって済ませる手もあったが、島の子も来ているとなるとそうもいかない。S泊地は島民の協力があって成り立っているため、無下に扱えば問題につながりかねないのである。

 

「ナノジャー、今日何やるのー?」

 

 小学校低学年くらいの男の子が無邪気に手を挙げて質問してきた。

 なぜか島の子どもたちの間で、利根は「ナノジャ」という本人としては謎としか言いようのない渾名をつけられている。

 呼んでもいいと許可した覚えはないが、いくら訂正するよう注意しても暖簾に腕押しなので、今はもうスルーしていた。

 

「まずは算数じゃ。各自の学習内容に合わせて筑摩めが課題を用意してきたから、それを時間内に終わらせよ。分からないことがあれば吾輩に聞きにきて良いが――自分である程度考えてからにせよ。自ら考えずすぐ人に質問するようでは考える力が伸びずろくな大人にならんぞ」

 

 質問攻めにされないようにという打算あっての言葉だが、半分くらいは本音でもあった。

 課題が書かれたプリントを配り終えると、教室の中はガヤガヤと一気に騒がしくなった。

 講義形式の授業ではないので、私語は禁止されていない。他の人と相談しながらでも良いので、自分の課題を時間内にクリアする。それができれば後は割と自由なのだった。

 頭の良い子は他の子のフォローに回ったりすることも多く、そういうところからコミュニケーションの輪を広げる子もいるようだ。艦娘・島民の子どもたちの垣根はこの教室の中には存在しないので、自然と友人関係を築けるというわけだ。

 

「先生」

 

 授業が始まってから十五分。

 適当に教室内を歩き回りつつ子どもたちの様子を見ていた利根に、一人の少年が声をかけてきた。

 

「できました」

「ほう?」

 

 質問に来たかと思ったが、どうやらもう課題を済ませたらしい。

 受け取ったプリントを見ると、確かにいずれも解答が記載されていた。

 内容は中学生がやるようなものだが、少年はどう見ても小学校中学年くらいにしか見えない。

 

 ……天才児というやつかのう。

 

 ざっと見た感じだと解答はいずれも合っている。十五分でこの内容をすべて解くというのは、利根から見ても大したものだった。

 

「……ふむ。しっかりとした採点は次回までに済ませておくが、ぱっと見た感じだと問題なさそうじゃ」

「そうですか」

 

 少年は無感動な様子で頷くと、そのままスタスタと教室から出て行ってしまった。

 

「ちぇっ、相変わらずだなー、グスタフは」

「頭良いんだから教えて欲しいよねー」

 

 そんな少年の様子を見ていた他の子どもたちが不満を口にする。

 

「なんじゃ、あやつ――グスタフはいつもあんな感じなのか」

「そうだよ。話しかけても『時間の無駄だ』とか言ってどっか行っちゃうんだ」

「大人たちは褒めてるけど、私はちょっと苦手」

 

 どうやら島民の子どもたちにとってグスタフ少年は「凄いけどアウトロー」という扱いらしかった。

 

「……少し心配ですね」

 

 生徒として授業に参加していた旗風が声をかけてきた。

 

「お節介でも焼くつもりか? ああいう手合いは下手に構おうとすると余計へそを曲げるぞ」

「そうなんですか?」

「……まあ、そうじゃと思う」

 

 旗風の純粋な眼差しを避けつつ、利根は少し言葉を濁した。

 

「次の授業は図工じゃったな。なら、少し試してみるとするかの……」

「?」

 

 どことなく含みのある表情で頷く利根に、旗風は首を傾げるのだった。

 

 

 

 算数の時間が終わると、利根はいくつかの工作道具を持って子どもたちと共に森の中へと向かっていった。その中には、いつの間にか戻って来ていたグスタフ少年も含まれている。

 

「利根さん、こんな森の奥で何をやろうというんだい?」

 

 やや不満げに言ってきたのは松風だった。その横には朝風・春風・旗風もいる。彼女たちは他の子どもたちをまとめる班長のような役回りを任されていた。

 

「面倒が嫌いな利根さんにしては珍しいじゃないか、こんな風に外へ出るなんて」

「言っておくが松風。吾輩は面倒が嫌いなだけで、特別インドア派というわけではない。それに教室内で図工なんぞやったら後片付けが面倒ではないか」

 

 そんなことを言っているうちに、利根たち一行は川までたどり着いた。

 

「よし、それではここで魚獲りをするぞ」

「……魚獲りですか? なんだか変わった言い方ですね」

「旗風の疑問はもっともじゃが、漁とか釣りと言って良いかちと微妙な気がしたのでな。……ルールは簡単。班ごとに持ってきた工作道具とこの辺の素材を使って何か一つ道具を作り、それを使って魚を獲れ。図工の時間じゃから道具なしで獲るのは反則じゃ。また、複数の道具を使うのも禁止とする。班ごとに一つじゃ」

 

 利根の言ったことを理解したのか、子どもたちは班ごとに分かれた。

 各班ごとに、それぞれまずは何を作るか作戦会議を開いている。

 

 ……グスタフめは旗風の班か。

 

 見たところ、あからさまに距離を取ったりはしていないようだった。ただ、積極的に話し合いに参加しているようにも見えない。

 やがて、各班は道具作りに着手し始めた。松風班は釣り竿、朝風班は銛、春風班は投網にしたらしい。

 ただ、旗風班のみ何にするか決めかねているようだった。

 

「苦戦しておるようじゃな」

 

 声をかけると、旗風は困ったような表情を浮かべた。

 

「なかなか案が出なくて」

「ふむ。グスタフよ、お主からは何かないのか」

 

 話を振られて、グスタフは眉をピクリと動かした。

 

「僕は川の中に仕掛ける罠を作るのが良いと思う。ただ、それを言ったら皆が『作り方を知らない』と言ったので諦めた」

「諦める理由が分からんのう。お主が皆に教えてやれば良いではないか。お主は知っておるのだろう」

「それは、そうだけど……」

 

 グスタフと他の子どもたちの間に微妙な空気が流れていることは、利根も気づいていた。

 普段偉そうにしているグスタフに教えを乞いたくないという反発心が子どもたちの中にあるのだろう。グスタフの方も、普段相手にしていなかった子たちにどうやってものを教えれば良いのかという戸惑いを持っているようだった。

 

「……言っておくが、時間は有限じゃぞ。時間内に何も出来ませんでしたというのは、何よりも情けないことだと吾輩は思うがな」

 

 それだけ言って、利根は旗風班のところから離れた。

 旗風班はそれからもしばらくは話し合いを続けていたようだったが――やがて、観念したかのように手を動かし始めるのだった。

 

 

 

 その日、学び舎まで戻って来て子どもたちを帰らせると――旗風たちは一斉に机へと突っ伏した。

 

「つ、疲れました……。島の子どもたち、皆元気ですね……」

「そういえば旗風は今回が初めてだったわね。あいつら皆スタミナお化けだから、ペース配分間違えると身が持たないわよ」

 

 朝風がげんなりとした様子で妹にアドバイスを贈る。

 そんな中、一人けろっとしていた春風が利根に「お疲れさまでした」とお茶を差し出す。

 

「図工の時間のアレは、狙ってやったのですか?」

「グスタフめのことか。まあ、何から何まで計算し尽くしたというわけではないがな。そこまでするのは面倒じゃし」

 

 結局――旗風班は他の班と比べて、ほとんど魚を獲ることができなかった。

 川に仕掛ける罠を作り始めたのが遅かったせいだ。十分に罠を作り切れず、中途半端な結果しか残せなかったのである。

 ただ、図工の時間が終わったとき、グスタフ少年はかなり悔しそうな表情を浮かべていた。帰る時間になっても罠を完成させようとしていたくらいだ。

 意外なことに、そんな彼のことを旗風班の子どもたちが手伝っていた。一緒に作業をしていて思うところがあったのだろうか。

 

「ああいう奴はどこかしら負けず嫌いなところがある。できない奴だと言われるのが一番我慢ならんのよ。そういう奴は必要なことに対してきちんと努力する。コミュニケーションとて『必要だ』と判断したなら、きちんとするようになる。吾輩はその土台を用意したに過ぎん」

 

 実際、これからグスタフ少年を取り巻く状況がどうなっていくのかは分からない。そこまでは利根の与り知らぬところだ。

 

「ふふ、利根さんはあの子の心情をよく理解されているのですね」

 

 春風の意味深な笑みに、利根は嫌そうな顔を浮かべた。

 

「……春風。おぬし、さては誰ぞに何か要らぬことを吹き込まれたな?」

「さて、なんのことでしょう。それでは私はこれで」

 

 利根の追及をさらりとかわして、春風はそそくさと去っていった。

 他の三人は不思議そうにそのやり取りを見ていたが――やがて松風がポンと手を叩いた。

 

「もしかして、利根さんも昔はグスタフみたいなはぐれ者だったのかな?」

「何それ。興味ある。ねえねえ、昔の話聞かせてよ」

「じゃかあしい! 吾輩は面倒が嫌いなのじゃ! さっさと解散せい、解散!」

 

 興味津々な様子の三人の追及から逃れるように、利根は「解散!」と再三叫ぶのであった――。



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過疎地は辛いよ(三隈・最上・熊野・鈴谷・青葉・夕張)

三隈と鈴谷は恋愛ドラマとか結構好きで涙もろい性質、最上と熊野はハリウッドのアクションものでわーっと盛り上がってそうというイメージ。
泊地のネット環境は90年代半ばから後半くらいのイメージですかね(うろ覚え)。


「この泊地にいながら流行に乗っていく方法ってないかしら」

 

 ため息をこぼしながらそんなことを呟いたのは、最上型二番艦の艦娘・三隈だ。

 

「どうしたんだい、藪から棒に」

 

 うどんをすすりながら返したのは一番艦の最上である。

 

「いえ、先日資料室でパソコンを使ってインターネットをいろいろ見てみたのだけど」

「ネットサーフィン、というやつですわね」

 

 若干どや顔で補足したのは四番艦熊野だ。その隣には三番艦の鈴谷もいる。

 今、最上型の四人は姉妹水入らずで昼食を取っているのだ。

 

「サーフィンをした覚えはないのだけど……」

「私もなぜそのように言うのかは不思議なのだけど、インターネットでいろいろなものを見て回ることをネットサーフィンというのだそうよ?」

「そうだったの。熊野は博識ね」

「お二人さーん、話が逸れてる逸れてる」

 

 脱線しかかった流れを鈴谷が慌てて修正する。

 

「流行に乗っていきたいって話でしょ? でも三隈がそんなこと言い出すのって珍しいじゃん。あんまり流行とかそういうのに興味なさそうな感じしたけど」

「そんなことはないわ。今年の流行語大賞とか漢字一文字とか欠かさずチェックしているもの。なになに大賞とかのニュースだってよく見ているのよ」

 

 それは流行に乗っているというのとはまたちょっと違うのでは……という言葉を鈴谷は飲み込んだ。また脱線しかねない。

 

「でも、ふと思ったの。この泊地では――そういう流行がまったく入ってこないということに」

「それは仕方ないんじゃないかなあ。だってここ、控え目に言って田舎もいいところだし」

 

 最上の回答はドライなものだったが、実際そうとしか言いようがなかった。

 ソロモン諸島の首都ホニアラへ行くにも結構な時間を要するし、日本や台湾――オーストラリアにも気軽に行けるような距離ではない。コンビニなんてあるはずもなく、それどころか店らしい店は泊地内で独自に開かれているものくらいしか見ることがない。泊地の店はこの食堂・間宮や鳳翔の居酒屋、理髪店や日用雑貨店がせいぜいで、生活に必要なもの以外は全然ない。

 本やゲームは取り寄せか出張時にまとめ買いするしかない。お洒落をしたければ自作した方が早いという場所である。

 

「ここで流行に乗りたいなら、ここを一大都市まで発展させて人や流行を呼び込むくらいしないと無理だよ」

「何十年かかるか分かったもんじゃないね……。成功率も恐ろしく低そうだし」

「この泊地はこの泊地で独自の文化を築いていけば良いのではなくて? ほら、江戸時代の日本みたいに」

「むう……」

 

 あまり乗り気ではなさそうな三人に、三隈はやや不満げな様子を見せたが――その場ではそれ以上話を蒸し返さなかった。

 

 

 

「ふむふむ、それで私のところに来たというわけですか」

 

 翌日、三隈は資料室で青葉と向き合っていた。

 

「青葉はいろいろな情報を取り扱っているから、流行にも詳しいでしょう? この泊地が流行に取り残されないような方法って何かないかと思って」

「うーん。率直に言って最上さんたちと同様なかなか難しいという見解ですが……それで済ませてしまってはせっかく頼ってきてくれた三隈さんに申し訳ないですしね。同郷のよしみでもありますし、もう少し考えてみましょう」

 

 青葉の言葉に三隈はぱっと顔を輝かせた。

 

「ただ、一つ疑問なのですが三隈さんは具体的に何をしたいんです? 流行と言ってもジャンルは様々でしょう」

「ジャンル……。そうね、私が興味あるのはドラマや映画かしら」

「今時ならインターネットで配信されてるものも多いですよね。……あ、でもここだと回線速度遅すぎて動画コンテンツは実用に耐えないんでしたね」

 

 動画系コンテンツを見ようとしても、すぐに「読み込み中」と表示されて再生が中断してしまう。それが泊地の現状だった。

 これはインフラ面によるところが大きいので、泊地のシステム担当者に頼んでもどうにもならないだろう。

 

「時折インターネットで流行りのドラマや映画のあらすじやキャッチフレーズを見て、とても面白そうなものがあるのだけど、実際にそれを見ることが敵わない――ということが何度もあって」

「ブルーレイやDVDが出るまでにはタイムラグがありますしねえ。こっちまで取り寄せるとなると更に時間がかかりますし。青葉も昨年ブームを巻き起こした映画観たかったんですけど、未だ観れてないんですよ」

 

 んー、と青葉は首を捻りながら考えを巡らせていた。

 インターネットは無理。記録媒体で見れるようになるのも時間がかかる。当然電波なんかも入らない。正直、お手上げと言ってもいい状況である。

 

「……自前で映画館を建てるっていうのも上映権どうするんだって問題があるしなー。せめて購入したのをダウンロードできれば再生はスムーズにできると思うんだけど……」

「いくつかそういうサービスはあるわよ」

 

 と、そこで急に第三者の声がした。

 三隈と青葉が声の主に視線を移す。そこにいたのは、機械工学に関する本に目を通していた夕張だった。

 

「ダウンロードしてオフラインでも視聴できるようにして欲しいっていう要望は結構あるみたいで、そういうのに対応してるのサービスは探すと結構出てくるわ。非対応のサービスもあるみたいだけどね。オフライン対応するなら悪用されないようコンテンツにガードかけないといけないから、多分コストがかさむんだと思うけど」

「ほほう、夕張さん詳しいですね」

「まあね。たまにアニメとかそうやってダウンロードして見たりすることもあるし」

 

 そういえば夕張はアニメ鑑賞が趣味だった。今どきのアニメもそうやってチェックしているということなのだろう。

 

「夕張、良ければ三隈にそういったサービスのこと教えていただけないかしら」

「いいよー。ジャンルは違えどエンタメを愛する者同士。こうやって同好の士が増えていくのは私としても嬉しいしね!」

「……ふむ。では青葉も後学のために……」

 

 わいわいと盛り上がりながら、三人は資料室にあった共用パソコンの電源をつけるのだった――。

 

 

 

「くっ……どうなってんだこりゃあ」

 

 数日後、泊地のシステム担当である板部――彼は人間のスタッフである――は頭を抱えていた。

 ネットワークが妙に遅いと思い調べてみたところ、ここ最近のトラフィック量がこれまでと比べて急増していた。

 普通のテキストベースのサイトすら数秒待たないと開けない。酷いときはタイムアウトすることもある。

 泊地の各所から苦情が来ているが、通信量の増加は簡単に解消できるものではない。

 

「流れからすると外部からのDoS攻撃って感じじゃなさそうだし、泊地の誰かがアホみたいな量のデータ取ろうとしてるな……。1人や2人じゃねえ。何ヵ所も同時にやってやがる……。IPアドレスから……これは多分、動画サービスか……?」

 

 通信データを解析しながら、板部は眉間にしわを寄せた。

 

「仕方ない。帯域制限かけて……あといくらかアクセス制限かけとくか。これじゃ通常の業務に支障が出るしな」

 

 恨んでくれるな、と呟きながらキーを叩く。

 その瞬間、大量に流れていた通信はパタリと止まった。

 

 

 

 後日。

 快適なインターネットを使用するため、と題したチラシが泊地の各寮に届けられた。

 そこにはネット利用に関する泊地独自の規則やら制限やらが載っており、各所から大ブーイングを浴びたという。

 更にそこから回線増強運動が起こり、泊地の資産管理を行う大淀の頭を悩ませることになるのだが――それはまた別の話である。



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力と集中力が必要なもの(雷・電・夕雲・巻雲)

掃除に必要なのはパワーです。
……筋肉痛がっ。


「掃除よ!」

 

 玄関の戸を開けると、ジャージ姿の雷がいた。

 

「なんじゃ、突然」

「そろそろ年末に向けて掃除をする季節でしょ? 特に神社は忙しいだろうし、今のうちに掃除しないと!」

「まあ、それはそうなんだが」

 

 急な来訪者に戸惑っていると、雷の後ろからひょっこりと電が顔を出した。

 

「急にごめんなさいなのです。ちょうど今日予定が空いたので……」

「お前さんたち、自分たちのところの掃除はいいのか」

「私たちの部屋は早朝のうちにバッチリ済ませてきたわ!」

「雷ちゃんが普段から掃除してくれてるから、あまり手間がかからなかったのです」

「やだもー。そんなことないわよ」

 

 電の捕捉に、雷は照れたような表情を浮かべて手をひらひらと振っていた。こういうところはまだまだ子どもである。

 

「それに尼子のお爺ちゃんだけだといろいろ大変でしょ? 掃除って結構力いるんだから」

「人を年寄り扱いするでないわ。とは言え、助かるのは確かだ。せっかくだしご厚意に甘えるとするか」

 

 昔に比べると腰を痛めやすくなっているし、長時間力を使うような作業をすると調子が悪くなってしまう。

 年齢の割には頑健な方だと思ってはいるが、さすがにもう無理ができる年齢ではない。

 

「あら、そういうことなら私たちも手伝いましょうか」

 

 と、今度は後ろから声がした。振り返ると、通路の奥から夕雲と巻雲がひょっこりと顔を覗かせている。

 

「お前さんたちはいつの間に来たんだ……」

 

 入れた覚えは一切ない。玄関以外にも出入口はいくつかあるので、大方そこから入り込んだのだろうが。

 

「秋雲さんと長波さんを探しに。でも急ぎの用件ではないので、お掃除するなら私たちも手伝いますよ。ね、巻雲さん」

「はい。巻雲の雑巾がけはちょっとしたプロレベルですよ!」

 

 雑巾がけにもプロ・アマの垣根があるとは知らなかった。今度から巻雲のことは雑巾プロと呼ぶことにしようか。

 

「……今またなんかよからぬことを考えてませんでしたか、神主さん」

「気のせいじゃろ。ではわしも着替えてくるかの。掃除するなら汚れてもいい恰好でなければな」

 

 巻雲の追及を避けるため、早々に自室へと退散することにした。

 

 

 

「汚れが全然取れないのです……」

 

 台所まわりを雑巾で吹いている電がぼやいていた。

 無理もない。台所まわりはよほど目立つ汚れ以外は年末の大掃除のときくらいしか掃除しない。

 そのため、この時期はカビや油汚れがあちこちに点在する状態になっているのだった。

 

「尼子さんはもっとマメに掃除をするべきなのです。清潔な台所で作った料理の方が美味しいのですよ?」

「娘にもよくそう言って叱られた覚えがあるが、この年になってもマメなことできんし、もう無理じゃろ」

「すごく前向きな駄目人間っぷり……!」

 

 何気に失礼なコメントだった。もっとも否定はできない。

 

「油汚れはこいつを使うと落ちやすいぞ」

 

 重曹を溶かしてペースト状にしたものを渡してやる。

 

「カビに関しては無理に拭き取ろうとせんでいい。カビキラーかけてしばらく放置だ。時間置いたら後はわしがやっておく」

「おお……。尼子さん、結構詳しいのです」

「伊達に長生きはしとらんからな」

 

 もっとも、この辺の知識は完全に本やテレビの受け売りだ。

 いかに楽して大掃除を乗り切るか――という点に少し興味を持って調べたことがあったのである。

 それを言うと電から再び駄目人間認定されそうなので、そこは黙っておくことにした。

 

 

 

 夕雲と巻雲は神社の表まわりを掃除してくれていた。

 心なしか神社全体がピカピカになっているように見える。

 

「あら尼子さん」

 

 こちらに気づいたのか、屋根の上から夕雲が声をかけてきた。

 

「大丈夫か」

「ええ。私たち艦娘なら、これくらいの高さから落ちてもどうってことはないですよ」

 

 羨ましい。おそらくわしなら致命傷だ。

 そういう事情も相まって、屋根に関しては全然掃除していなかった。

 

「そういえば、こんなものがありましたけど」

「ん?」

「小さい玉みたいです」

「こっちに投げてみろ」

 

 夕雲が手にしていたものを落としてきた。それを取ろうとしたが、失敗して落としてしまう。

 途端、その小さな玉は勢いよく上に飛び跳ねた。

 

「ああ――こいつはスーパーボールだな」

 

 再び落ちてきたものを掴んで、近くに寄ってきていた巻雲に見せてやる。

 

「スーパーボール?」

「とにかく凄く跳ねるボールだ。昔一時期流行ってたんだよなあ。なんでそれがここにあるのかは分からんが」

「遠征先の市場で誰かが買って来たんじゃないですかね。で、ここで遊んでるうちに屋根の上に行っちゃったんですよ」

「朧か秋雲辺りかねえ」

 

 ほれ、と巻雲に渡す。

 巻雲は最初慎重にスーパーボールを地面に落としてみせる。ボールは勢いよく飛んで、再び巻雲のところに落ちてきた。

 

「おお、凄いですね。本当によく跳ねます」

 

 気をよくしたのか、今度は勢いよく地面へと叩きつける。

 

「ばっ、よさんか――!」

 

 注意しようとしたが、時すでに遅し。

 スーパーボールは巻雲の期待に応えるかのように跳ね――屋根の上から様子を見ていた夕雲の顔面に直撃した。

 

「あっ」

 

 巻雲の顔が一気に真っ青になる。

 夕雲は顔を両手で押さえていた。そのせいで表情が見えない。

 

「え、えっと……夕雲姉さん。今のはわざとではないというか……ね、ねえ尼子さん! って、いない!?」

 

 戸惑う巻雲の声が遠くから聞こえる。

 この後の展開など見えている。夕雲は普段優しいが、過ぎたやんちゃには厳しいところがあるのだ。

 あの場に残っていては巻雲によって夕雲の折檻に巻き込まれかねない。そんなわけでわしはクールに去ることにしたのである。

「あ、尼子さんの裏切り者――!」

 

 

 

 雷は室内の掃除をしていた。

 

「あ、尼子さん。さっき巻雲の悲鳴が聞こえた気がするけど、何かあったの?」

「巻雲は好奇心の犠牲になったんじゃよ」

「?」

 

 雷は、よく分かっていない様子で首を傾げた。

 

「まあいいわ。この辺りの部屋、高いところを中心に掃除はしておいたから。あとは雑巾がけして掃除機かければだいたいオッケーだと思うわよ」

「すまんな。高いところの掃除はやはり大変だから、やってくれて助かる」

 

 ちなみに雷は脇に脚立を抱えていた。高所の掃除はこれを使って行ったのだろう。

 

「あ、そうそう。箪笥の横の隙間に落ちてたけど、これ尼子さんの?」

「……うん?」

 

 雷が差し出してきたのは、かなり古い写真だった。

 覚えはある。

 

「こりゃわしと家内だな」

「へえ! 尼子さん、若いときは男前だったのね」

「若干引っかかる言い方だのう。今でも男前じゃろうが」

「はいはい。奥さんはとても綺麗な人ね。飾り気がなくて清楚な感じ……」

 

 雷はまじまじと写真に見入っていた。若い自分と家内をじっくりと見られるというのは、なんだか落ち着かないものである。

 

「ねえねえ、他には昔の写真あったりしないの?」

「あるにはあるが……」

「お掃除終わったら見てもいい?」

「……」

 

 なんとなく気恥ずかしいが、こうキラキラとした目で頼まれると、孫にせがまれているようで嫌とは言い難い。

 

「分かった分かった。終わったらアルバムでもなんでも見せてやるわい」

「約束よ! さーて、それじゃ仕上げ頑張るわ!」

 

 気合を入れて雑巾がけを始める雷。

 これは掃除の後が大変になるパターンになりそうである。

 

「まあ、観念するしかないか」

 

 押し入れや箪笥の中を整理しながら――ふと、昔家族と大掃除をしたときのことを思い返す。

 子どもたちはもう家を出ているし、家内はとうに鬼籍に入っている。だから、こういう感覚は懐かしかった。

 

「尼子さん、なんだか楽しそうね」

 

 雷がこちらを見て笑いながら言った。

 

「……さてな」

 

 素直に認めるのも癪なので、ぼかした回答をする。

 ただ――確かに、悪くはないと思った。

 

「雷」

「ん?」

「来年もまた頼んでいいか」

「――ええ。雷に任せなさい!」

 

 雷は腕をまくって、満面の笑みを浮かべるのだった。



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決戦、おでん会!(朝潮型)

今年も一年ありがとうございました。
来年もぼちぼち頑張っていきたいと思いますので、なにとぞよろしくお願いいたします。


 年の暮れ。S泊地の一角にある寮の食堂では、長いテーブルの上にカセットコンロが置かれていた。

 コンロの上には鍋。その中では、ぐつぐつとおでんが煮えていた。

 

「それでは……今年もいろいろありましたが――お疲れさまでした。乾杯!」

「かんぱーい!」

 

 一斉に皆の声が響き渡る。

 ある者は早速酒を飲み、ある者は周囲との歓談を始め、ある者はおでんに手を伸ばす。

 この寮に所属する艦隊のメンバーによる、遅めの忘年会だった。

 

「では私たちもいただきましょう。大潮、分けるの手伝ってください」

「はい、お任せですよー!」

「あ、いいわよ朝潮姉さん。私が分けるって」

「いえ、朝雲と山雲は材料提供で頑張ってくれたので、今は座っていてください」

 

 朝雲を制しながら、朝潮と大潮が立って他の皆の分のおでんを分けていく。

 鍋の中で美味しそうに煮えている大根や卵は、農業部である朝雲・山雲が育てたものだ。

 また、コンニャクやしらたきの材料も農業部からの提供である。

 

「山雲の野菜へのこだわりようは凄いって萩風から聞いたわよ」

「そうなのよ。雨の日も風の日も必ず様子見に行くし、土にもこだわるし、陽射しの強弱まで気にするくらい」

「満潮姉も朝雲姉も大袈裟よー。山雲は、ただ皆にスクスク育ってもらいたかっただけだからー」

 

 朝潮型の西村艦隊組は、野菜談議でワイワイと盛り上がっていた。

 一方、荒潮と霞はぐったりとした様子である。

 

「……二人とも、お疲れ?」

 

 霰に聞かれて、荒潮は「そうねえ」と覇気のない声で応じた。

 

「最近は輸送船の護衛任務が多かったから。お肌にも悪いし困っちゃうわ……」

「年末進行ってやつなのかしらね。この時期は妙に忙しくなる傾向にある気がするわ……」

 

 荒潮と霞は二人とも遠征帰りで、直接この忘年会に参加している。

 だからか、服も少し汚れていた。髪もパリパリになっているように見える。

 

「でも、朝潮と大潮は元気」

 

 霰の指摘に、二人はぐっと言葉に詰まった。

 元気に皆の分のおでんを分けている朝潮と大潮も、実は遠征帰りなのである。

 

「あの二人は――ガッツ二倍のスキル持ちなのよ」

「基礎訓練してた頃から体力が頭一つ抜けてたものね」

「大潮ちゃんに至っては、ランニング他の人より二周多く走ってたこともあったわね。『まだまだアゲアゲで行けそうだったので』って」

「朝潮姉さんは体力馬鹿というより精神が肉体を凌駕する系なのよね……。HPが0になっても活動し続けるみたいな」

「人をゾンビみたいに言わないの」

 

 はい、と霞におでんの器を渡しながら朝潮がツッコミを入れた。

 朝潮型全員のところにおでんが行き渡る。「いただきます」と、全員が手を合わせた。

 

「あ、霰。そっちにあるみそ取ってくれない?」

「ん」

「ありがと。……やっぱりおでんにはみそよね」

 

 霰から受け取ったみそをおでんにつけながら、相好を崩す満潮。

 

「そう? つけるなら生姜醤油が一番じゃない?」

 

 満潮の意見に異を唱える荒潮。

 そこに、朝雲が更なる一石を投じた。

 

「え、普通からしじゃないの?」

 

 三人の間に、微かな緊張感が走る。

 きのこ・たけのこ論争に突入する寸前のような――そんな緊迫した空気が周囲を覆う。

 

「いやいや朝雲。通ならみそよ。みその良さが分からない?」

「みそは味付け濃くて口の中に残る感じが苦手なのよ。……からしでさっぱりした風味にした方が断然美味しいじゃない?」

「さっぱりした辛味なら生姜醤油でも良いんじゃないかしら」

「おでんに醤油なんてマイナーでしょ」

「マイナーだからって馬鹿にするのは良くないと思うの」

 

 いずれも口調は淡々としているが、口元の端がやや引きつっている。

 何かあれば一気に爆発しかねない――。そんな雰囲気が滲み出ていた。

 

「どうします、朝潮姉さん」

「任せなさい、大潮。ここは長女として、この朝潮が収めてみせます!」

 

 胸を叩き、朝潮は腰を上げた。

 

「三人とも、味の好みで論争などしても虚しいですよ。調味料の好みは人それぞれ。みんな違ってみんないい。そういうものではないですか」

 

 穏やかな表情で大きく腕を広げながら告げる朝潮。

 しかし、事態は収束しなかった。

 

「朝潮姉、その器についてるのは?」

「えっ? ……からしね」

 

 朝雲が指し示した朝潮の器には、確かにおでんにつけるためのからしが乗っていた。

 

「なるほど、朝潮はからし派なのね。……だったら、悪いけどその意見に賛同するわけにはいかないわ」

「荒潮姉、朝潮姉だってからし派なんだしそろそろ降伏しない?」

「降伏? なんで降伏しないといけないのかしら」

 

 更に対立が激化した感すらある空気に、朝潮はオロオロしながら大潮の方を見た。

 

「ど、どうしよう大潮……」

「朝潮姉さん、相変わらず弱いなー」

「うう、交渉事はあまり得意じゃないんだから仕方ないじゃない……」

「まあ大潮も苦手なので気にすることないですよ!」

 

 グッとサムズアップする大潮。

 励ましになっているのかいないのか何とも言い難いが、朝潮は「大潮……!」とその手を強く握り締めていた。

 

 そんな微笑ましい光景とは裏腹に、満潮・荒潮・朝雲の論戦はヒートアップしつつあった。

 顔全体がピクピクと怖い感じに動いているし、目元も笑っていない。

 加えて言うなら、全員顔がいつの間にか真っ赤になっていた。

 

「変に玄人ぶって! オーソドックスこそ正義なのよ!」

「何がオーソドックスかなんて人それぞれじゃない! 調味料としてみれば味噌の方がむしろメジャーよ!」

「あらー、醤油を差し置いてメジャーなんて名乗らせないわよ~」

 

 言葉は激しくなっているが、勢いが感じられない。

 若干ろれつが回らなくなっているように見える。

 

 そんな三人の争いを見ながら、山雲と霰はマイペースにおでんを食べていた。

 

「――霰ちゃん、さっき三人のコップに何注いでたの~?」

「焼酎」

 

 さらっと言ってのける霰に、それを聞いていた朝潮と大潮はぎょっとした。

 艦娘の年齢については諸々の理由から扱いがまだ明確になっていない。そのためアルコールを摂取すること自体は特に問題でも何でもないのだが、気づかぬうちにそれを仕込んでいた手際の良さは何か恐ろしいものがある。

 

「酒の席での喧嘩なら後には残りにくい。特に三人は弱いから、明日には全部忘れてる」

「おでんに何をつけるかで喧嘩するなんて、姉さんたちも物好きね~」

 

 そういう山雲は何もつけずに食べていた。

 

「何かをつけないと食べられないなんて、邪道なのに~」

「……」

 

 山雲の発言に冷や汗を垂らす朝潮。

 

「大潮。……今後朝潮型でおでんはやらないようにしましょうか」

「賛成です。少なくともあの四人は一緒にしない方が良いですね……」

 

 赤ら顔で口論する満潮・荒潮・朝雲。

 黙々と食べ続ける山雲・霰。

 周囲を気にかけながら箸を進める朝潮・大潮。

 

 平穏とは言い難いが――それぞれの持ち味が出た忘年会になった。

 

 

 

「……あれ、そういえば霞は?」

「さっき足柄さんが連れていってました」

 

 大潮が指し示した先――少し離れたテーブルでは、妙高型・神風型が集まって大いに盛り上がっていた。

 その中で、霞は酔った足柄の抱き枕状態になりながら「もう休みたい……」とぼやいていたという。



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寝正月にご用心(加古・衣笠・青葉)

 今は何日だっけと加古はカレンダーを見る。

 三が日はとうに終わり、そろそろ正月ボケが許されなくなってくる頃合いだった。

 

「そろそろ起きないと古鷹に怒られるかなあ」

 

 もそもそと布団から起き上がり、緩慢な動作で制服に着替えていく。

 重巡洋艦や戦艦は燃費の関係上、輸送任務に携わることは滅多にない。時折発生する掃討作戦や大規模作戦のときくらいしか泊地を離れることはなかった。

 だからと言って暇というわけではない。泊地運営に関する数多の仕事が存在するのである。

 特に忙しいのは泊地の中心となっている司令部に属するメンバーだったが、他の面々にもそれぞれ仕事は割り振られていた。ずっと寝ているわけにもいかない。

 

「……ん?」

 

 着替えの途中で、加古は違和感を覚えた。

 お腹周りが少しきついのである。

 

「なーんか、嫌な予感がするな……」

 

 嫌な予感が的中していないことを祈りつつ、加古はある場所へと向かうのだった。

 

 

 

 その日の昼。

 間宮でサンドイッチを食べる加古のところに、青葉と衣笠が姿を見せた。

 

「やっほー、加古。……あれ、今日は食欲ないの?」

「おや。いつもは丼もの大盛頼む加古にしては珍しいですね」

 

 二人の言う通り、加古がサンドイッチだけで昼を済ませるのは珍しかった。

 つい最近もおせちや雑煮・餅をたらふく食べて、姉妹艦の古鷹から食べ過ぎを注意されていたくらいだ。

 

「い、いやー。そういう日もあるってことだよ。あたしの胃袋も常に全力全開ってわけじゃないんだ」

 

 あはは、と乾いた笑みを浮かべつつ視線を逸らす加古。

 そんな彼女の様子を訝しんだ青葉は、視線を加古のお腹に移した。

 

「……もしかして加古さん、少し太――」

「どわあっ!」

 

 何かを言いかけた青葉の口を、加古が物凄い勢いで塞ぎにかかる。

 もがもがと抵抗する青葉を押さえながら、加古は周囲を見渡した。

 

「迂闊なこと言うなよ! 古鷹に聞かれたらどうすんだ!」

「つまり聞かれたらマズい状態になってるってことね……」

 

 衣笠が加古のお腹を見る。確かにいつもより少しふくよかな気がする。

 

「典型的な正月太りってやつかな」

「うう……。気のせいだと思いたかった。体重計は無情だぜ……」

「あ、既に確認したんだ」

 

 青葉を開放して、加古はがっくりと肩を落としつつ席に戻った。

 

「でも古鷹にバレたらマズいって、もう気づかれてるんじゃないですか?」

「いや。古鷹はここ最近司令部室で寝泊まりしてるから多分気づかれてないはず。多分。……気づかれてない……よな……」

 

 後半になるにつれて言葉がしぼんでいく。

 古鷹は普段こそ優しいものの、一旦怒らせると結構怖い。加えてなかなか怒りを解いてくれない。

 加古は先日も古鷹から食べ過ぎを注意されたばかりだから、もしこれで太ったことが発覚したらお説教コースは間違いなかった。

 

「古鷹にバレる前に痩せる方法ないかねえ……」

「そんな方法あったら衣笠さんも知りたいよ」

「青葉もその辺はとんと詳しくないですね」

 

 青葉は普段から記事を書くためあちこち歩き回るので、自然とカロリーを消費する。だからか無駄な肉はほとんどついていない。

 衣笠も青葉ほどではないが、割と運動をする方なのでそこまで太りやすい性質ではない。

 加古は、仕事がないときは大抵寝ている。

 

「……生活スタイル直さないとどうしようもないんじゃない?」

「そんなっ。寝る子は良く育つって言うじゃんか!」

「お腹は育ってますね」

「ぐはっ……」

 

 衣笠と青葉からコンボを喰らって加古はお腹を押さえた。

 距離感が近しい間柄だからこそ容赦がない。

 

「長良とか神通に鍛えてもらえば?」

「そんな空恐ろしいことできるか」

 

 長良や神通は訓練が趣味みたいなところがある。

 あの二人の訓練についていける者は、この泊地でもそう多くはない。

 

「まあドライなこと言うと、そんなさっと痩せる方法はないですね」

「だよな……」

 

 青葉の正論に加古は突っ伏した。

 そのお腹がぐぅ~と音を立てる。

 

「食べる量を減らすのはストレスにもなりますし、食べるものを低カロリーなものにするのはどうでしょう。そのうえで適度な運動を心掛けるとか」

「適度な運動ねえ。なんか良いのあるかな」

「キツイのだと三日坊主になる可能性高そうだしね」

「悪かったな。……いや、まあ多分そうなるだろうけど」

 

 そんなことを話していると、顔にいろいろな模様が描かれた吹雪・扶桑・山城たちが入って来た。

 

「あ、青葉さん、衣笠さん、加古さん。こんにちは」

「ちはー」

「凄い墨だらけだね。羽根つきでもしてたの?」

「ええ。一進一退の攻防でついやり過ぎてしまって」

 

 全員顔中罰ゲームで描かれた模様だらけだった。

 よほど熱中していたのか、汗だくになっている。

 

「考えてみれば正月っていろいろやることあるよねー。羽根つきもそうだし、凧揚げとかカルタとか」

「それやれば良い運動になるってことないですかね」

 

 青葉の提案に「正月遊びかあ」と加古は身体を起こした。

 

「まあ長良たちの訓練よりはずっと良いかな」

「凧揚げは第三艦隊寮の前で凧揚げ合戦やってましたよ。コマ大会とかカルタやってるところも確かあったと思います」

 

 吹雪の説明を聞いて、衣笠は「よし!」と加古の手を引いて立ち上がった。

 

「こういうのはやると決めたらさっさと行動するに限る! ほら、行くよ加古!」

「え、もう?」

「どうせ時間置いたら段々行く気なくなるでしょアンタ」

「……ま、まあそうかもしれない」

「ならすぐ行く!」

「へーい」

 

 加古は頭を掻きながら、衣笠に引っ張られる形で立ち上がった。

 

「それじゃ青葉もお供しますかね。日頃の取材で鍛えてますし、簡単には負けませんよー」

「まずは凧揚げから行こうか。身体動かしつつ集中できるから、加古の目も覚めるでしょ」

「いや、一応もう起きてるから。寝ぼけてないって」

 

 いってらっしゃーい、と見送る吹雪に別れを告げて、三人はワイワイと食堂を出て行くのであった。

 

 

 

 翌朝。

 司令部室の仕事が一段落ついて部屋に戻って来た古鷹が見たのは、普段通り布団で横になっている加古の姿だった。

 

「まったくもう、加古ったらまたこんな時間まで寝て……」

「い、いや……。起きてるぞー、古鷹」

 

 布団の中からプルプルと震える腕を出しながら加古が声を出した。

 

「……大丈夫? なんだか調子悪そうだけど」

「昨日ちょっとはしゃぎ過ぎて、全身あちこちが筋肉痛になってる……」

 

 あれから日が暮れるまで正月遊びであちこち動き回ったせいで、疲労が溜まってしまったらしい。

 

「今日は非番だからちょっと休ませて……ガクッ」

「自分でガクッて言った!?」

 

 古鷹のツッコミに応える気力もなく、加古の意識は深く沈んでいった。

 彼女のダイエットが成功したかどうかは――定かではない。



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急募・休日の過ごし方(阿武隈・鬼怒・初雪)

休日何もしないで夕方迎えたことに気づくと無性にモッタイナイと思うあの心情に名前をつけたい。


 久しぶりの連休。

 阿武隈と鬼怒は、揃って部屋の中でぼーっとしていた。

 

「ねえ阿武隈」

「んー?」

「呼んだだけ」

 

 何十分かに一度、そんなやり取りをする。

 それを何度か繰り返していくうちに、鬼怒がわなわなと震えだした。

 

「ぬわーっ!」

「な、なに!? どうしたの、鬼怒お姉ちゃん!」

「こ、このまま休日が終わってしまう! 無為に! 何もすることなく! それで良いのか我が人生!」

 

 何かに耐えかねたようにくねくねとベッドで奇怪な動きをしながら、鬼怒は頭を抱えていた。

 

「最近忙し過ぎたせいだ! 仕事ばっかりで日常を楽しむ心を失いつつあるぅ!」

「お、落ち着いてよ。こういう休日の過ごし方も良いじゃん……」

「阿武隈! あれを見なさい!」

 

 と、いきなり鬼怒は阿武隈の頭を掴んで窓の方を向かせた。

 窓から見えるのは沈みゆく夕陽。一日の終わりを感じさせる、少しばかり物悲しい空模様。

 

「……いやーっ! なんか切なくなる! あの茜色の空見て休日終わるんだって思ったら、今日ただ寝っ転がってただけってことを思い返したら、なんかいろいろ損した気分になるぅ!」

「ははは、阿武隈も私の気持ちが分かったかー!」

 

 そうして二人揃って苦悶すること数十秒。

 やがて阿武隈たちは、電池が切れた家電が如く動かなくなったのだった――。

 

 

 

「疲れた状態でもできるような充実した休日の過ごし方……?」

 

 心底面倒くさそうに言われたことを復唱したのは、駆逐艦・初雪だった。

 この泊地において快適なインドアライフ追及勢として、トップクラスの逸材である。

 

「そんなのただ寝てれば良いのでは」

「それだと夕方とか夜に一日振り返って凄く悶々としない?」

「私は振り返らない主義なので」

 

 初雪は、きっぱりと手を振って否定した。

 

 ここは初雪の部屋。

 連休二日目を有意義に過ごすため、阿武隈と鬼怒はその道のエキスパートに相談しに来たのだった。

 

「望月辺りはゲームとかで時間潰すみたいだけど、ああいうのはある程度継続してやらないと十分楽しめないものが多い」

「そういうのはあたしたち駄目そうだね」

「たまに時間できたらやるけど、夕張とか川内には遠く及ばないよ」

 

 夕張はゲームはなんでもござれのオールマイティプレイヤー。

 川内は一時期ホラーゲームにハマり、そこからFPSにハマり、更にそこから派生してアクションゲーム全般を嗜むようになった。

 阿武隈と鬼怒はイージーモードで大衆向けのゲームをどうにかこうにかクリアできるくらいだ。

 

「対戦ものじゃなくてソロプレイ用のをやるって手もあるけど、そういうのは大抵かなりの時間を取られる」

「うーん、それじゃちょっと厳しいかも」

「個人用のテレビとハード持ってないとね」

 

 泊地で個人用のテレビやゲームハードを持っているのは一部だけだ。

 持っていない者は、それぞれの寮の共用スペースにあるものを使う。必然的にソロプレイ用のゲームはやりにくい。

 

「それじゃ読書とか」

「泊地にある漫画はもう全部読んじゃったし……」

「活字は読んでると眠くなる」

「……」

 

 いやあ、と照れ臭そうに言う軽巡二人に、初雪は改めて心底嫌そうな顔を向けた。

 

 ……充実した休日過ごしたいなら、まず自分を変えないと駄目なのでは。

 

 そう思ったが、口にはしない。

 するのは本当にどうしようもなくなったときだけにしておく。それが初雪なりの処世術である。

 

「良いアイディアが浮かばない場合は、とにかく気づいたことをやってみる」

「気づいたこと?」

「その行動に意味があるかどうか考えるんじゃなくて、とにかくやってみる。意味があるか考えだすと、意味ないって答えに行き着いて結局やらなくなるだけだから」

「おお、なんか初雪ちゃん哲学的……」

 

 感心する阿武隈に内心いろいろと不安を覚えつつも、初雪は部屋の中を適当に見回した。

 何か使えるものはないかと視線を巡らす。そこで、あるものが目に留まった。

 

「例えば、これはいろいろ使える」

 

 初雪が手にしたのはペンと紙だった。

 

「折り紙するも良し、お絵かき伝言ゲームするも良し、単純に絵を描くのも良し、弾き合いするも良し。紙とペンは文明の基盤。これを発明した人は素晴らしい」

「な、なんか初雪ちゃんが生き生きと語りだした……っ!?」

「謎の拘りを感じる……」

「――ゴホン」

 

 阿武隈たちに言われて恥ずかしくなったのか、初雪はわざとらしく咳払いをして紙を置いた。

 

「とりあえず、試しに似顔絵当てゲームからやろ」

「似顔絵当て?」

「そう。この泊地の誰かの似顔絵を描いて、それが誰か他二人が当てられたら勝ち」

 

 初雪の説明に、阿武隈たちはそれぞれゴクリと息を呑んだ。

 

「似顔絵……鬼怒さん正直ちょっと自信ないなあ」

「あたしは割と自信あるよ。前秋雲ちゃんにも感心されたし」

「私は可もなく不可もなし。……とにかく、考えず行動すべし!」

 

 初雪から紙とペンを押し付けられ、阿武隈と鬼怒はそれぞれ筆を走らせるのであった。

 

 

 

 五分後。

 三人はそれぞれ似顔絵を描き終えて、裏面にした状態で持っていた。

 

「それじゃ、言い出しっぺだし私から」

 

 初雪が絵を見せた。

 本人は可もなく不可もなしと言っていたが、実際は結構上手い。

 

 少し外にハネた髪型、凹凸のはっきりしたボディライン、少し色気のある表情。

 

「これ、陸奥さんだね」

「特徴出てるなー」

 

 二人に褒められて、心なしか初雪は「むふー」と得意げな表情になっていた。

 

「秋雲と違って暇潰しに嗜むくらいだけど、たまに絵は描くから」

「それでこれだけ描けるなら十分凄い凄い。……んじゃ、次は鬼怒お姉ちゃんね」

「……これの後に出すの怖いなあ」

 

 そう言って鬼怒が差し出した絵を見て、阿武隈と初雪は硬直した。

 

 まず、全体のバランスがおかしい。

 顔に対して身体が小さすぎる。デフォルメされているという感じにも見えないのは、身体は身体でバランスがおかしいからだ。

 加えて言うと、髪や目といった特徴を表しやすいパーツが、どうにも異様な形をしていた。

 

「……これは、下手だねえ……!」

「凄く感心した風に言わないでよっ! だから言ったじゃん、あんまり得意じゃないって!」

「正直ここまでとは思ってなかった……。ごめん」

「謝らないでよ! かえって傷つくよ!」

 

 頭を下げる初雪に、鬼怒は涙目でツッコミを入れた。

 

「く、くそう。それじゃ阿武隈はどうなのさ。えらく自信あったみたいだけど!」

「あたしは凄いよー」

 

 ふふん、と阿武隈は自分の描いた似顔絵を二人の前に出した。

 

 それは――個人の特徴をよく捉えている絵だった。

 かなりデフォルメされているが、全体のバランスは良い。何かのマスコットキャラのようにも見える。

 

「……不思議な愛嬌があるね」

「でも……なんか微妙に見続けてると不安になるような」

「確かに」

「ふ、不安!?」

 

 二人の評価が想定外だったのか、阿武隈はショックを受けたようだった。

 

「な、なんで!? 可愛いでしょ!?」

「うん。可愛い。可愛いんだけど、なんかこう……味のある可愛さというか」

「上手く説明できないけど、なんだろう……。当代では評価されず後世になって評価されそうな感じというか」

「えぇー」

 

 不服そうに頬を膨らます阿武隈。

 彼女としてはかなり自信があったらしい。

 

「ちなみに、これ私は翔鶴だと思う」

「あ、鬼怒も。それは分かるんだよね」

「むー。分かるってことは上手いってことじゃないのー?」

 

 阿武隈の言葉に、鬼怒と初雪が視線を逸らす。

 

「むー。それじゃもう一回! 今度はもっと時間かけて、ちゃんと描くから!」

 

 むきになった阿武隈の提案で、三人は再びペンを手に取る。

 

 そんなことを繰り返すうちに、いつの間にか日は暮れていく。

 三人がそのことに気づいたのは、泊地の半分以上の似顔絵を描き終えた頃のことだった。



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龍田、逃げる(龍田・木曾・扶桑・伊19・伊168)

天龍ちゃん以外と絡んでる龍田さんを描いてみたかった。
普段は天龍を手玉に取りつつ肝心なところでは天龍いないと駄目になる、そんな関係性であって欲しい。


「どうすれば良いと思う……?」

 

 心底困ったような表情で問いかけたのは、軽巡洋艦の艦娘・龍田だった。

 彼女がこんな顔をするのは珍しい。普段は大抵微笑んでいる。

 

 問いかけられたのは、元・軽巡洋艦の木曾だ。今は第二改装を終えて重雷装巡洋艦へと艦種を変えている。

 木曾と龍田の付き合いは割と古い。龍田の姉妹艦である天龍を含めた三人は、ほぼ同時期にこの泊地へ着任している。

 

「どうするって言ったってな」

「そんな面倒臭そうな反応されると傷つくわ……」

「えぇー」

 

 木曾は心底面倒臭そうな声を上げた。

 

「天龍ちゃん、たまに『俺たちにも第二改装早く来ねーかな』って言ってたもの。楽しみにしてたはずよ」

「まあ、第二改装を嫌がるような艦娘はほとんどいないだろうな」

「でも、結果的に第二改装が来たのは私だけ。これじゃ天龍ちゃんに合わせる顔ないわ……」

 

 憂い顔で溜息をつく龍田。

 彼女の艤装は、先日までとは異なっていた。つい先ほど、工廠で第二改装を終えてきたところだという。

 

「きっと今の私を見たら天龍ちゃん、ショックを受けるか拗ねちゃうと思うの。それで気まずくなるのは嫌なのよ」

「いや、そんな子どもじゃないだろ天龍も」

「……木曾ちゃんの場合はどうだったの?」

「うちか?」

 

 木曾の姉妹――球磨型軽巡洋艦は四人いる。そのうちの二人、北上と大井はかなり早い段階で第二改装を済ませていた。

 少し遅れて木曾が第二改装を行い、つい最近次女である多摩が第二改装を行った。まだ長女である球磨は第二改装の研究が完成していない。

 

「北上姉さんや大井姉さんは最初から第二改装の研究済んでたから、特に気まずくなるようなことはなかったな。羨ましいとは思ったが、それくらいだ。俺のときは――おめでとうと言いながらいろんなプロレス技をかけられた記憶が。あれはどう捉えれば良いのか今でもよく分からん」

「私も天龍ちゃんにプロレス技かけられれば良いのかしら……」

「自分で言うのもなんだが、うちの姉妹はあんま参考にしない方が良いぞ。特殊過ぎる」

 

 球磨型姉妹は、一部を除き適度な距離感を保ちつつ、比較的割り切った付き合いをしている。

 意見が割れるようなことがあれば肉体言語で解決するので、尾を引くような姉妹喧嘩はしたことがなかった。

 

「どちらかというと二人姉妹のとこが参考になるんじゃないか? 多人数だとあんま気にしないとこが多いと思うぞ」

「二人姉妹……」

 

 木曾に言われて、龍田は泊地内にいる様々な艦娘の顔を思い浮かべるのだった。

 

 

 

「それで私のところに相談しに来たと」

 

 航空戦艦・扶桑は、湯呑を手にしながら頷いた。

 龍田も隣に座って緑茶を呑んでいる。

 

 扶桑型姉妹は扶桑・山城の二人だ。

 現在は二人とも第二改装を終えているものの、扶桑の方が一ヵ月ほど早く改装を済ませていた。

 

「扶桑さんは、第二改装終えたとき山城さんと気まずくありませんでした?」

「申し訳なさは少し感じたけれど、改装終えてすぐに山城が駆けつけてくれたから、気まずくて顔を合わせられなかった、ということはなかったわね」

「そうですか……」

「案外、会ってみればすぐに解決するかもしれないわよ? 天龍、貴方のことを探しているみたいだったし」

 

 扶桑は先ほど、龍田を探している天龍を見かけたそうだ。

 そのとき扶桑は龍田の状況を知らなかったから、特に何も言わずにスルーしてしまったのだが。

 

「そうかもしれないけど……どうにも怖くて」

「その気持ちも、分からなくはないわ。二人姉妹だと、どうしてもね。喧嘩したりして一人になったときの心細さは……多分他の子にはなかなか分からないものだと思う」

「扶桑さんは、山城さんと喧嘩されたりするんですか?」

「あるわよ。結構細かいことで。大抵、二人揃って後悔するのよねえ」

 

 扶桑は、頬に手を当てながら苦笑した。

 

「艦娘にとっての縁者は姉妹艦だけだから――そんな相手と喧嘩したりするのって、とても怖いのよね。二人姉妹だと、唯一無二の縁者になるから、尚更」

 

 扶桑の言葉に龍田は頷いた。

 もし天龍に嫌われでもしたら、自分は一人ぼっちになってしまうのではないか――そんな不安がある。

 泊地の人々や島の人々との付き合いもあるが、やはり姉妹艦というのは別格の存在なのだ。

 そんな相手と気まずくなるかもしれない、というのはどうにも怖い。

 

「でも、そんな相手からいつまでも逃げ続けるのも、それはそれで辛いと思わない?」

「……そうねえ」

 

 このままずっと天龍から逃げ続けるわけにもいかない。

 できれば気まずくならない方法を見つけてから会いたかったが、木曾や扶桑と話しているうちに、そんな方法などありはしないのだということが分かって来た。

 

「ごめんね、扶桑さん。変なことを相談しちゃったわ」

「良いのよ。また何かあったら気軽に相談してね」

 

 湯呑を膝に乗せて手を振る扶桑に別れを告げて、龍田は一人、天龍を探しに行くのだった。

 

 

 

 探し始めたのは良いが、天龍はなかなか捕まらなかった。

 泊地の皆に尋ねると、返ってくるのは「少し前に会った」「龍田を探していた」という答えばかり。

 結局、見つけられないまま日が暮れようとしていた。

 

 泊地の片隅にあるベンチに腰を下ろしながら、龍田は憂鬱そうな眼差しを夕陽に向けていた。

 

「私が天龍ちゃんを避けていたから、罰が当たったのかしら……」

 

 このままずっと会えなかったらどうしよう――そんな埒もない想像をしてしまいそうになる。

 少し前までは会うことに不安を覚えていたはずなのに、今はまったく逆の心境だった。

 

「あれ、龍田なのね」

「本当だ。こんなところにいたんだ」

 

 そんな風に声をかけてきたのは、潜水艦の伊19と伊168だった。

 特に彼女たち自体に思うところはないが、龍田は艦艇だった頃の名残りか、潜水艦という艦種に苦手意識を持っていた。

 嫌いというわけではないが、どうしても身構えてしまうところはある。そんな風では相手にも悪いと思い、これまではあまり親しく話をするようなことはなかった。

 

「あ、あらぁ。……二人とも、どうかしたの?」

「どうかしたの、じゃないのね」

「龍田が全然捕まらないって、天龍がさっき間宮でやけ食いしてたよ」

「えぇー……」

 

 全然見つからないと思っていたのに、あっさりと見つけられてしまった。

 

「あれは早く行って止めないと、天龍がプロレスラーになっちゃうのね」

「それはそれで格好良さそうだけど……いやいや。とりあえず、止めに行った方が良いと思うよ」

 

 そうまま二人は立ち去ろうとする。

 

「……二人とも」

「ん?」

「なのね?」

 

 龍田は思わず二人を呼び止めた。

 ただ、なぜ呼び止めたのかは自分でもよく分かっていなかった。

 

「……その、ありがとうね」

 

 よく分からないまま、とりあえずお礼を口にする。

 そんな龍田を前にして、伊19と伊168はきょとんとした表情を浮かべていた。

 

「龍田が……あの潜水艦にトラウマを持ってることで有名な龍田が、お礼を言った!?」

「これは大事件なのね! 何かが起こる前兆なの!」

「……そ、そんな風に言われてたの、私?」

 

 伊19と伊168は何度も頷く。

 

「前に天龍から聞いてたのね。龍田は潜水艦についていろいろトラウマ持ってるって」

「潜水艦に対して距離を取るかもしれないけど、それは別に悪気があってやってるわけじゃないから勘弁してやってくれって」

「……」

 

 そんなことがあったと初めて聞いて、龍田はしばし呆然とした後、「ぷっ」と吹き出し、お腹を抱えて笑い出す。

 

「だ、大丈夫……?」

「ご、ごめんねえ。ただ、天龍ちゃんには敵わないなあって」

 

 ひとしきり笑いきり、龍田の表情は清々しいものになった。

 迷いや不安は、もうどこかへと晴れてしまったようだった。

 

「二人とも、本当にありがとうね。今度、私の奢りで何かご馳走するわ」

「わ、マジ?」

「イクは遠慮しないから、覚悟しておいた方が良いの!」

 

 約束を交わして二人と別れた後、龍田は間宮へと足を運ぶ。

 今は、早くこの姿を見て欲しかった。



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お化けたちが行く(白露、村雨、時雨、夕立、涼風)

季節ネタについて調べると新しい発見が結構あって、文化って面白いなあと思うことがしばしば。


 S泊地では、毎年艦隊別豆まき対抗戦が行われる。

 人間を凌駕する身体能力を持つ艦娘が、全力で豆を投げ合う。見ている分には微笑ましいが、普通の人間が巻き込まれたら事故の元になりやすい。

 そういう事情もあって、泊地に努めるスタッフはなるべく節分の日に外出しないようにしていた。

 

 もっとも、それはあくまで日中の話。

 夜にもなると対抗戦は終わりを迎えるので、各々普段通りの生活に戻る。

 

 泊地でインフラ系の業務を任されている藤堂政虎も、外の空気を吸いに部屋から出てきた。

 ここ最近は司令部からの依頼のせいで忙しい。息苦しい仕事部屋から出て、散歩してみたい気分だった。

 

「……ん?」

 

 泊地の広場をぶらついていると、正面から誰かが歩いてくるのが見えた。

 背格好からすると駆逐艦だろうか。そんなことを考えた政虎だったが、距離が近づくにつれて、相手の風貌が異様なものであることに気づいた。

 

 白い着物に狐のお面。

 手には番傘らしきものまで持っている。

 そんな恰好の者たちが何人も連れだって歩いていた。

 

「あ、藤堂さんだ」

 

 先頭を歩いていた狐面がこちらに気づいて歩みを止めた。

 

「その声、貴様白露型一番艦の白露かっ!?」

「なんかえらい説明口調だね」

 

 言いながらお面を外す。その下の素顔は、確かに白露のものだった。

 後ろにいた者たちも次々とお面を外していく。そこにいたのは、白露型駆逐艦姉妹だった。

 

「一体全体なんだというのだ、その奇天烈な風貌は。コスプレ大会でも開かれるというのか?」

「ある意味それに近いかもしれないですね」

 

 答えたのは三番艦の村雨である。

 白露以上にしっかりしていて、よく姉妹のまとめ役になっている子だ。

 

「藤堂さんは節分お化けってご存知ですか?」

「……フハハハ! 知っているに決まっているだろう!」

 

 政虎は口元を手で隠しながら大仰に笑ってみせた。

 この男、仕事はできるのだが、どうにも話し方やら性格やらに奇妙な点が多い。

 

「今答えるまでに間があったよね」

「あれは多分知らないっぽい」

「シャーラップ! この私に知らないことなどあろうものか!」

 

 ひそひそ話をする二番艦・時雨と四番艦の夕立に向かって、政虎はびしっと指をさした。

 

「じゃあ節分お化けって何か説明できるよなあ?」

 

 わざとらしく突っ込んできたのは、末の妹の涼風だった。

 他の皆も期待半分面白半分の眼差しを政虎に向けてくる。

 

「……節分の時期に現れるお化けのことに決まっておろうが! ちょうど、そう、今の貴様たちのような恰好の!」

「あー……」

 

 何とも言えない表情で、村雨が頭を振った。

 

「……もしかして違うのか?」

「節分お化けっていうのは、普段と違う格好で寺社に参拝することを言うんですよ」

「厳密にはお化けじゃなくてもいいみたいだよ。まあ私たちはちょっと狐のお化けっぽいのにしたけど」

 

 村雨と白露の説明を受けて、政虎の顔が赤くなった。

 何に関しても自信満々な態度を取る男ではあるが、恥を知らぬわけではない。

 

「くっ……この私としたことが……!」

「そんなメジャーな行事じゃないみたいだし、知らなくても別に問題ないと思うけど」

「私たちも提督に聞くまでは知らなかったしね」

 

 よく見ると、周囲には白露たち以外にも奇妙な恰好をした者たちの姿がちらほらと見えた。

 

 神風型の服を着こんだ吹雪型の面々、逆に吹雪型の服を着こんだ神風型の面々。

 修験者のような恰好であぶなっかしい歩き方をしている島風。

 巫女服姿の海外艦組に、シスター風の恰好をした陸奥。

 なぜかロックバンド風の恰好をしている阿賀野型姉妹もいた。

 

「どいつもこいつも珍妙だな」

「普段しないような恰好をする、っていう行事だからね」

「新鮮な感じがするという言い方もできるっぽい」

 

 時雨と夕立が自分の恰好を見下ろしながら言った。

 夕立はどことなく今の恰好を気に入っているようだったが、時雨は今一つ自信がないようだった。

 

「……ふん、まあ珍妙ではあるが悪くはないだろう。そういうのを楽しむ行事なのだとすれば、もっと堂々と楽しむことだ」

「おおっ、藤堂さんがまともな大人みたいなこと言ってる!」

「やかましいぞ白露。私は変わり者かもしれんが、ちゃんと大人してるわ」

「藤堂さん、あんた変わり者って自覚はあったんだな……」

 

 涼風の指摘をスルーして、政虎は「フン」と鼻息を鳴らし、その場を去ろうとした。

 

「そうだ、藤堂さん。せっかくだから仮装してみません?」

「……なに?」

 

 恐る恐る政虎が振り返ると、そこにはいたずらっぽい笑みを浮かべた村雨がいた。

 他の面々も、にやにやとした表情になっている。

 

「い、いや。私は遠慮しておこう」

「仮装しないと、鬼に気づかれて厄に見舞われますよ?」

「ほう、鬼を欺くための仮装なのか。まるでハロウィンだな。……はっ!?」

 

 政虎が妙なところで感心している間に、白露型の面々はすっかり彼を取り囲んでいた。

 全員、じりじりと政虎に近づいていく。逃げ場はどこにもなかった。

 

「くっ……無駄に息の合った連携をしおって……!」

「それじゃ、藤堂さんも厄除けのために面白……コホン。普段しないような恰好をしてみましょう!」

「待て。貴様今何か言いかけたろう! わざとらしく訂正しただろう! 何の格好をさせるつもりだ!」

「大丈夫大丈夫。怖くないですよー」

「待て貴様ら、離せ、はーなーせー!」

 

 喚く政虎を全員で担ぎ上げて連行する白露型ご一行。

 泊地の夜空に政虎の悲鳴が響き渡ったが――そういうのは割とよくあることだったので、特に誰も助けるようなことはしなかった。

 

 

 

「おい村雨嬢」

「はいはーい」

「なぜ私は鬼のコスプレをしているのだ」

「似合ってますよ?」

 

 言われて、政虎は自分の姿を見下ろす。

 どこかで見たような――黒を基調とした鬼の恰好だった。

 否、これは鬼というか、まるでカミナリ様のような――。

 

「……もう一つ聞く。なぜ私はウクレレまで持たされているのだ」

「弾けるかと思って」

 

 村雨の返しに、政虎は苦い顔を浮かべながら適当にウクレレを弾き始める。

 経験などほとんどないので、とても曲と呼べるような出来にならない。

 

「……ダメだこりゃ!」



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艦娘式海上野営(高雄・球磨・秋津洲・長波・子日・若葉)

艦娘って長期間航行するときどうやって休憩してるんだろうなあ、というところから思いついた小話。


 大海原の中、島の影すら見えない場所で、日が暮れようとしていた。

 自分たちの泊地に戻るまで、まだ結構な時間がかかる。

 

「このまま夜間航行しても良いけど……」

 

 高雄は後方を振り返る。

 艦隊の面々の表情には疲労が見え隠れしていた。

 既にかなりの時間航行を続けている。艦娘は人間よりも優れた身体能力を持っているが、それでも疲れるのは疲れるのだ。

 

「良し、ここをキャンプ地とするクマ!」

「って、勝手に決めないでよ球磨」

 

 高らかに宣言する球磨にツッコミを入れる高雄。

 二人は泊地に着任したのがほぼ同時期ということもあって、艦型や艦隊の垣根を越えて親しくしていた。

 

「無駄だクマ。もう他の皆は万歳三唱してるクマ」

 

 球磨が指し示した通り、他の四名は皆「よっしゃー」だの「やったー」だのと歓喜の声を上げている。

 こうなっては、もう休む以外に手はない。

 

「あー、もう。仕方ないわね」

「安心しろ、実艦モードは球磨がやるクマ」

 

 言うや否や、球磨は少し距離を取った。

 球磨が意識を集中すると、彼女の周囲が蜃気楼のようにぼやけていく。

 やがて、そこに艦艇としての軽巡洋艦・球磨が現れた。

 

「ほら、早く乗るクマ」

 

 艦娘としての球磨の姿も甲板上にある。ただ、先ほどまで身に着けていた艤装はどこにもなかった。

 実艦モードというのは、艦娘としての艤装の形態を実際の艦艇に変化させたものだ。

 

 大量の荷物を搭載できたりするので輸送作戦では便利だが、図体が大きくなる分敵の攻撃が当たりやすくなるし、自分一人では操艦もままならないためスタッフが必須になるという厄介なデメリットもある。そのため普段使うことはまずない。

 ただ、海上で休むときはこうして誰かが実艦になる。そうでないとゆっくりと身体を休ませられないからだ。

 

「大丈夫?」

「全然平気だクマ。球磨の鍛え方舐めちゃいけないクマ」

 

 ふふんと球磨は鼻を鳴らす。

 この実艦モードへの形態変更はなかなか疲れる。そのため、あまり好んでやりたがる艦娘はいない。

 もっとも、球磨は疲労している素振りを見せなかった。彼女自身が言う通り、鍛え方が違うのかもしれなかった。

 

 

 

 球磨の甲板上に集まった一同は、揃って食卓を囲んでいた。

 こういうときのために、一人はカセットコンロなんかを持ち込むようにしている。

 艦娘としての任務は時間のかかるものが多い。いつでもどこでも自炊できるようにする準備は必要不可欠なものだ。

 

 こういう道具一式を実艦の中に予め入れておければ良いのだが、そういう器用な真似はできない。実艦モードは、あくまでかつて艦艇だった頃の自分を再現するものだ。自由自在にコンバートできるものではない。装備として艤装に直結させたものだけが実艦モードに反映できる。

 

「インスタントも良いものだねえ」

「持ち運びやすいし味も良いしな」

 

 子日と長波がごくりと喉を鳴らしながら、眼前のインスタント麺に手を伸ばす。

 蓋を開けると、それまで中に詰め込まれていた熱気と香りが一斉に飛び出してきた。

 

「んー、たまらねえな!」

「今日はラーメン記念日だねえ」

「お前何でも記念日にしようとするよな」

 

 そのとき、子日に向かって笑いかける長波のお腹が鳴った。

 長波は少しばつの悪そうな表情を浮かべて頭を掻く。

 

「ふふ、それじゃ伸びないうちにいただきましょうか」

「疲れちゃいないけど球磨も腹減ったクマー」

 

 全員で「いただきます」と声を揃える。

 ずるずると、ラーメンをすする音が波の音をかき消した。

 

「あったかいねー」

「ずっと海上で風に当たり続けてたからな」

 

 艦娘は艤装を身に着けて海上に直接接していれば気温の影響を抑えられるが、寒い・暑いという感覚はある。

 その感覚は、船上に上ったことで一層強まっていた。

 ここは普段いる南方海域よりもずっと北に位置する。そのせいで余計に寒く感じるのだった。

 

「お二人さん、こんなのあるよー」

 

 ラーメンを堪能する二人にカップを差し出したのは秋津洲だった。

 今回は二式大艇を活用する任務だったので、その使い手である彼女も外洋まで出ていたのである。

 

 子日と長波がカップを覗き込むと、そこからは馴染みのある匂いが漂ってきた。

 

「おー、暖かいお茶!」

「ありがとな、秋津洲さん! こういう夜、ラーメンにお茶の組み合わせはたまらねえな」

「お安い御用かも。戦闘以外のことなら大抵できるからね!」

 

 他のメンバーにも手早くカップを渡すと、秋津洲は流れるように寝袋を用意し始めた。

 艦艇内部に入り込めば部屋にベッドもあるのだが、あまり中に入ると敵の奇襲があったときに咄嗟の対応ができないので、今回のように少人数の場合はまず利用しない。

 

「寒さに耐え忍びながらの寝袋……」

「泊地にある寝袋薄いからあんまり意味ない……」

「何もないよりマシだクマ」

 

 この後待ち受ける現実に想いを巡らせ、渋い顔を浮かべる三人。

 寝袋は泊地の艦娘全員に支給されているが、数を揃えるためかために低価格のものが選ばれており、お世辞にも品質が良いとは言い難かった。

 

「灯油ストーブや焚火台でも持ち込めたら良いのにね。艤装に詰め込めるようにできないか明石に相談してみようかしら」

「焚火台は薪がないからほとんど意味ないんじゃないかなあ」

 

 溜息交じりに言う高雄に、子日が首を傾げながら応じた。

 

「寒さに慣れるのも訓練の一つと思えばいい」

 

 涼し気な顔で言ったのは、残りの一人である若葉だった。

 もっとも、彼女も寒さのせいでほんのりと顔を赤くしている。

 

「若葉は北方に縁が深いからそんなこと言えるんだろ。あたしは南方メインだったから寒さにゃ弱いんだよ」

「なんだ長波、キスカ組として情けないぞ」

「苦手なものは苦手なんだよ」

 

 ずずー、とお茶を飲み干しながら長波が立ち上がった。

 

「さて。食い終わったし、ただ待ってるだけじゃすぐに身体が冷えちまう。軽く甲板ランニングしてくるわ」

 

 そう言って、長波は駆け出して行った。

 それに触発されたのか、子日と若葉もそそくさと食べて「子日もー」「訓練なら付き合うぞ」などと言いながら、長波の後に続いていった。

 

「若い子たちは元気ねえ」

「高雄。それ完全にロートルの発言クマ」

「……聞かなかったことにしてくれる?」

「良かろうだクマ」

 

 そこに、就寝の準備を終えた秋津洲が戻って来た。

 腰を下ろして、一息つきながらお茶をすする。

 

「一仕事終えた後の一杯は格別かも!」

「お疲れ様。夜間の見張りは私がやっておくから、秋津洲はあの子たちが落ち着いたら一緒に休んでて」

「分かったかもー」

 

 息を吐いて、秋津洲は夜空を見上げた。

 

「おー、今日は綺麗に星が見えるかも」

「あら」

「クマー?」

 

 秋津洲の言葉につられて、高雄と球磨が視線を空に向ける。

 そこには、満天の星空が広がっていた。

 

「と言ってもあたし全然星のこと詳しくないから、何が何の星かは全然分からないかも」

「球磨も全然分からんクマ」

「……任せなさいと言いたいところだけど、残念ながら私もサッパリだわ」

 

 揃ってため息をつく三人だったが、秋津洲はすぐに破顔一笑した。

 

「でも、名前分からなくても綺麗なものは綺麗かも!」

「良いこと言うクマー」

 

 球磨の気の抜けた返答に、高雄が思わず笑みをこぼす。

 見知らぬ星々の下、彼女たちの夜は更けていくのだった――。



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不器用姉妹のバレンタイン(初春・雪風・霞・初霜)

冬イベに向けていろいろな艦がクローズアップされてきてますね。二十一駆も活躍させてあげたい。


「初霜がどんなお菓子を好むのか、ですか?」

 

 ここは泊地の片隅にあるベンチ。

 珍しく工廠から出てきた初春に突然聞かれて、雪風はオウム返しをしてしまった。

 

「どうしたんですか、突然」

「いや、なに。バレンタインが近いじゃろう? 昨年までわらわは工廠にこもりきりで、気づいたらバレンタインが終わっていたという感じだったのじゃが……いい加減今年はわらわからも何か贈ろうと思ったのじゃ」

 

 初春は泊地に何人かいる技術部というものに所属している。

 艦娘の艤装の改良を主な目的とする部だ。初春はその中でも特に研究熱心で、明石や夕張並に工廠へこもっていることが多い。

 研究に没頭するあまり年中行事をスルーしてしまうことがある、というのはよくあることだった。その辺りは雪風も初霜から聞いたことがある。

 

「それで妹たちに話を聞いたのじゃが……初霜だけはどうしても何が欲しいのか教えてくれなんだ。ずっと『私はいいから、気にしないで』の一点張りでのう」

「なるほど。それで贈り物に困って、私のところに話を聞きに来たというわけですね」

「うむ。雪風は初霜とかなり親しい間柄じゃろう。……ずっと工廠にこもってばかりのわらわなんかより、詳しいと思っての」

 

 初春は自嘲気味に笑った。

 妹が何を好むのかということすら分からなかったのは、少々こたえたらしい。

 

「考えてみればわらわは普段ほとんど姉らしいことなどしておらぬ気がする……。ふふ、本当に駄目な姉よ。なんだか今から気が重くなってきたぞ。初霜にどういう顔して会おうかのう」

「珍しくネガティブ思考になってますね。……これ食べて元気出してください」

 

 雪風はポケットに入れていた塩飴を差し出した。

 初春は噛み締めるように飴をゴリゴリと頬張る。

 

「初霜は物欲がないので、多分何を贈っても喜んでくれると思いますよ。贈る側の気持ちを重視する子なので」

「……何でも、と言われてものう。その中でも好きとか嫌いとかあるであろう?」

「ないはずはないんですけど、そういうところをなかなか見せてくれないんですよね」

 

 雪風はこれまでの初霜とのやり取りを思い返してみた。しかし、彼女がそういう好悪の感情を見せたことはほとんどない。

 あるとしたら、冤罪に対する嫌悪感と、思うような結果を出せなかった自分への怒りくらいだ。今回の参考にはなりそうもない。

 

 ……というか、姉妹からのプレゼントなんて問答無用で喜色満面だと思いますけどね。

 

 隣で頭を捻り続ける初春を見ながら、雪風はそんな風に思うのだった。

 

 

 

「それであたしのところに相談に来たってわけね」

 

 若干呆れたような声をあげたのは霞だった。

 彼女も雪風と同様、初霜が姉妹艦以外で特に親しくしている相手の一人である。

 

「あたし、今忙しいんだけど……」

 

 霞はフリフリの可愛らしいエプロンに三角巾を装着していた。

 完全に調理スタイルである。それもそのはず、ここは霞が所属している艦隊の寮の台所だった。

 

 そんな彼女の周囲には、カカオの香りが漂っている。

 

「チョコ作りかえ?」

「そうよ。たくさん作らなきゃいけないから大変なの」

「霞は泊地の皆に配る分用意してるんですよね」

「ほう……。それは素直に感心してしまうのう」

 

 初春と雪風から尊敬の眼差しを向けられて、霞は顔を赤くしながらそっぽを向いた。恥ずかしいらしい。

 

「でも、これだと確かに今は手が離せなさそうですね。朝霜や潮に聞きに行きましょうか」

「そうじゃのう。邪魔をしても悪い」

 

 それじゃ、と立ち去ろうとする二人の背中に、霞は思わず「ちょっと」と声をかけてしまった。

 

「ん、どうした霞よ」

「……え、いや、えーと。……そう。初春は、そもそも今から贈り物の準備とかして間に合うの?」

「む?」

 

 霞の口から咄嗟に出た問いかけに、初春は首を傾げた。

 

「お菓子なら間宮で買えば良いのでは?」

「間宮はこの時期争奪戦激しくなるから、事前予約制にしてるのよ。予約してないならその分はないわね」

「……なんと!?」

 

 初春は衝撃で仰け反りそうになりながら叫んだ。

 工廠にこもることが多いからか、彼女は意外と泊地の暗黙のルールに疎い。

 

「そういえば最初のバレンタイン凄かったですもんね。提督にチョコあげようとする子が思いの外多くて、間宮がパンクして、争奪戦が実際起きて……。提督本人は一切それに気づいてなかったっていうのも凄いですけど」

「そんなことがあったのか……。わらわ全然知らなかったぞ……」

「ま、そういうことだからバレンタインに贈り物するなら一ヵ月くらい前から準備しないと駄目なのよ」

 

 ちなみに泊地の近くだと、間宮以外にお菓子を扱うような店はない。

 探せば持っている人はいるだろうが、それを貰ってバレンタインに贈るのはいろいろと間違っている。さすがにそれは初春も理解していた。

 

「……仕方ないわねえ。あたしのチョコの材料、少し分けてあげるわ」

「おお、良いのか!?」

「この状況見て放っておけるほど薄情じゃないわよ。……ちなみに作り方は分かるの?」

「自慢ではないが調理はサッパリなのじゃ……」

 

 人差し指を突き合わせながら、初春は気恥ずかしそうに言った。

 

「はあ……分かったわよ。作り方教えてあげる。その代わり、ちゃんと作りなさいよ?」

「うむ。作るくらいは自分でやらねば、胸を張って妹たちの前に出られぬわ」

 

 気合を入れる初春に、霞はやや不安そうな表情を浮かべる。

 一方で雪風は、どこか微笑ましそうにそんな二人の様子を眺めていた。

 

 ……そういえば、前も似たようなことがありましたっけ。

 

 以前、バレンタインの時期に初霜が『相談に乗って欲しい』と言ってきたことがあった。

 

『今時は異性として好きな人以外にもチョコあげたりするらしいけど、姉さんたちにあげるのって変じゃないかな』

『日頃いつも助けてもらってるから、お礼がしたくて』

『一人だと不安なのよ……。ね、ねえ雪風。一緒に作らない?』

 

 どこか自信なさそうな初霜に、雪風は長時間付き合わされた。

 傍から見ている分には心配する要素など全然なさそうなのだが――どうもこの姉妹、割と自分に自信がないらしい。

 あまり似ているところの見当たらない姉妹だが、意外な共通点があるものだ。

 

「どうした雪風。さっきからニヤニヤして」

 

 初春から怪訝そうに尋ねられて、雪風は「なんでもないですよー」と笑ってごまかした。

 

「作るなら初霜の好みに合わせて輪形陣チョコにしましょう。雪風もお手伝いします」

「輪形陣チョコ……?」

「変な感じにして材料無駄にしないでよ」

「分かってますってー」

 

 霞の牽制を笑って流す雪風。

 二人に挟まれながら悪戦苦闘する初春。

 三人の奮闘は、その日の夜近くまで続いたという――。

 

 

 

 その年の二月十四日、珍しいことに、初春は一日工廠に顔を出さなかった。

 翌日顔を見せたときの表情からすると――良い一日を過ごしたものと思われる。



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思い出は掃除の手を止める(白雪・叢雲)

艦これ一期最後のイベントまで後僅か!
悔いのないよう頑張ってまいります!


 その日、白雪は泊地の執務室で掃除をしていた。

 もうじき大規模な作戦が始まる。泊地の艦娘も大部分が出撃することになっていた。

 普段執務室を使っている提督や司令部の面々は、作戦が行われる地点へと先行していた。だから今は白雪しかいない。

 

 提督は普段から整理整頓しているらしく、机のまわりは綺麗に片付いていた。

 ただ、提督の机以外はかなり散らかっている。意外と執務室は人の出入りが激しいし、仕事の幅も結構広い。だからか、ファイルがきちんと並べられていなかったり、出しっぱなしの印刷物が机にまばらな状態で積み重なっていたりする。

 

「忙しいのは分かるけど、これで執務に支障出ないのかな……」

 

 白雪は、思わずそうひとりごちてしまった。

 中身を確認する必要もあるので、書類の整理整頓は見た目以上にハードである。

 本来なら担当者たちがすべきだが、皆作戦のため出てしまっているので仕方がない。

 

「まあ、今日私が手が空いてたのもあって自主的に申し出たことだし、あんまり愚痴を言っても仕方ないよね……」

 

 片付けは大変だが、書類を見るとこれまでの事跡を思い出したりもできる。

 そういうのが、白雪は割と嫌いではなかった。

 

「これは……こっちの方かな」

 

 ファイルの中身を整えて、棚の然るべき場所に納める。

 そのとき、棚の上の方から埃の塊が落ちてきた。

 

「……整理整頓の前に、まずは棚を綺麗にした方が良いかも」

 

 白雪は自室からマスクとはたき、それに雑巾を取ってきて、棚の中身を一旦出すことにした。

 部屋はますます散らかることになるが、たまには棚の中身も掃除しておかないと、汚れが溜まる一方である。

 

「この汚れ具合、大掃除のときに掃除しなかったのね……。というか、どれくらい掃除してなかったのかな。すごい埃」

 

 マスクがなかったら間違いなく咳き込んでいただろう。

 時間をかけてゆっくりと丹念に掃除をする。

 そうして一通り綺麗にしたところで、先ほど棚から出したファイルを元の場所に戻していく。

 

「……あら?」

 

 ふと手にしたファイルに、白雪の視線が止まった。

 そのファイルの表には、短く『日誌~二〇一三年』とだけ書かれたシールが貼られている。

 二〇一三年といえば、この泊地ができた年だ。

 

 どんなことが書かれているのだろう。

 白雪は、ファイルを開いてみることにした。

 

 

 

 ~二〇一三年 九月三十日~

 

 今更という気もするが、日誌をつけてみることにした。

 飽き性の私がどれくらいこの日誌を続けられるかは分からないが、こういう記録も後々役立つかもしれないので、やれるところまでやってみる所存である。

 

 この泊地は計画的に作られたものではなく、深海棲艦によるソロモン諸島の窮状を、兎にも角にもどうにかせねばと作ったものだ。設備も人手もまだまだ足りない。助けようとしていた島の人々には、むしろ助けられてばかりである。

 一応、艦娘の拠点である。艦娘についての説明は、この日誌を見るような人にとってはおそらく不要だろう。

 一応と書いたのは、ここが拠点として十分に機能しているか自信がないためである。艦娘は皆頑張ってくれている。それこそ命懸けで。それに応えられるよう、泊地の充実化については私の方で頑張らねばならない。

 

 まずは人が欲しい。島の人を除くと、ここには私しか人間がいない。間宮や明石はサポートに徹してくれているが、それでも戦っている艦娘のフォローを十分にできているとは言えない。

 できれば艦娘の心身もケアしてくれるような医者。それに明石のサポートをしてくれるような職人。インフラを任せられるような建築技術者も欲しい。

 

 やることは多い。皆が最高のコンディションで戦えるように、そして戦いがないときは穏やかな日々を過ごせるよう、泊地を作っていかねばならない。

 門外漢も良いところだが、やりがいはある。

 いつかこの日誌を見て「やってやったぞ」と言えるよう、やってみるとしよう。

 

 

 

 初日はとりとめのない内容だったが、そこからは事務的な内容がひたすら続いていた。

 続けられるか心配、というようなことが書いてあったが、結局その日誌は――書き手が泊地を去るまで続いていた。

 

 そこに、扉をノックする音がした。

 入って来たのは、泊地最初の艦娘・叢雲だ。

 

「あら、白雪。掃除の途中?」

「うん。叢雲ちゃんはまだ出発してなかったの?」

「残留組率いて先行組と合流しなきゃいけないからね。さっきまで仮眠してたのよ」

「あ。……出発って何時だっけ」

「あと三時間ね」

 

 叢雲の言葉に、白雪は周囲を見渡した。

 掃除のためとは言え、最初よりも散らかり具合は酷くなっている。

 

「……私も手伝うから、終わらせましょ」