7Game (ナナシの新人)
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game1 ~条件~
※現在、誤字脱字、地文字の「ファール」表示を「ファウル」への統一作業を行っています。
『同率で並んだ優勝決定戦。さあ、ついに、ついにこの時がやって参りました! 9回ツーアウト! バッターボックスには千葉マリナーズが誇る天才バッター、
超満員のスタンド、沸き上がる歓声。
『さあ、ピッチャー追い込んだ! 次の一球で、リカオンズが悲願のリーグ優勝を決めるか!? それとも、
リカオンズベンチから大柄な選手が、グラウンドの戦況を祈るように見守っている。
「あと一つだ、頼むぞ......!」
マウンドのピッチャーは、キャッチャーのサインにうなづき、ワインドアップから目一杯体を捻る。
『ピッチャー、豪快なトルネード投法からラストボールを投げた!』
「(ややインコースの寄りのストレート。ボールは見えてる、いくら速くても打てないボールはないんだ......!)」
ピッチャーの右腕から放たれたボールは唸りを上げ、真っ直ぐキャッチャーミットへ向かって飛んでくる軌道に合わせて、バットを振った。しかし、バッターのスイングはボールを捉えること無く、虚しく空を切り、キャッチャーミットが乾いた音を響かせた。
「ス、ストライークッ! バッターアウット、ゲームセーットッ!」
『た、
「や、やった......やったぞ! 優勝だー!」
ベンチを飛び出し、全員で喜びを分かち合う。その時、ふと輪の中心に居た大柄な選手は、無人になったベンチを見つめた。
本来なら、そこに居るハズの、もう一人の選手の姿を思い浮かべながら――。
* * *
リカオンズが、リーグ制覇を成し遂げてから数ヵ月。
沖縄県内とある野球場。大勢の観客がバックネット裏から見守る中、体格の良い米兵がバッターボックスで木製のバットをまるでおもちゃのプラバットの如く軽々と振り回し、マウンドの投手に向けて挑発を繰り返している。
「Hey! Come on Boy!」
対してマウンドに立つ男は、逆立った金髪で白い肌に痩せた体格。屈強な肉体のバッターとは対照的な線の細い身体つきをしている。
だが、その圧倒的な体格の違いに臆する様相は微塵も見せることなく、不敵な笑みを浮かべながら身体の前で右手でボールに回転をかけて放り、鋭い眼光で米兵の素振りをじっくりと観察、放るのを止めてボールを握り直す。プレートに足を乗せ、大きく振りかぶった。
「お疲れさん」
「ああ、あんたか」
マウンドにいた男が、野球場を少し外れた場所にある自販機のベンチでタバコを吹かしていると、かっぷくの良い黒人の女性が彼に話しかけた。
「らしくないねぇ。自慢の制球力はボロボロ、なんとか緩急で誤魔化してはいたけど。このままじゃいずれ敗けるよ、あんた」
女性は、先の勝負の感想を述べた。歯に衣着せぬ厳しい指摘だが、男もそれは感じていた。実際、先の勝負には勝ったものの実戦の当たりでいえば、ゴロでレフト前に抜けていた打球。
しかし、それでも勝負は投手の勝ち。何故なら――。
「『ワンナウト』だから勝てたようなもんだね、あれは」
女性が言葉にしたワンナウトは、投手と打者による一騎討ちの賭け野球。
ルールは、単純。
打者はどんな打球でもノーバウンドで外野のフェアグラウンドへ飛ばすことが出来れば勝ち。逆に、三振か内野ゴロに打ち取れば投手の勝利となる勝負。
「どんな
男の言うように実戦ではヒットであっても、インフィールドに転がった時点でワンナウトルールでは投手の勝利。女性はひとつ息を吐き、タバコに火を点けた。煙りと一緒に、どうしようもないやるせない気持ちを夜空に吐き出す。
「店に来な。今日は、奢ってあげるよ」
二人は、彼女が経営するバーに場所を移動した。薄暗い店内には50年代を中心としたジャズが流れ、ヴィンテージ物の装飾など一昔前のアメリカを思わせる雰囲気を漂わせている。
二人は、客とオーナーとしてカウンターを挟む。
米軍基地の近くに店舗を構えていることもあり、客層は主に軍関係者が多く、バーのオーナーである女性は、ビックママと呼ばれて親しまれている。
「それで、実際のところどうなんだい?」
グラスに注がれるウイスキーで動いたロックアイスが、カランッと小気味良い音を奏でた。
「あの魔法の様なトーアの投球術は、もう見れないのかね?」
「さあな」
トーアと呼ばれた男は静に、グラスを口に運んだ。
彼の名は――
針に糸を通す如くの抜群の制球力と、相手の心理を完璧読みきる観察眼を持ち。賭け野球『ワンナウト』で連勝を積み上げた稀代の勝負師。
しかし、499連勝で迎えた500戦目。現役プロ野球選手――
二人は互いに現金以外のモノを賭けて戦った。
結果は――デッドボール。
追い詰められた
勝負師・
あれから数ヵ月、数十年ぶり悲願のリーグ優勝と同時に姿を消した
医者にはメスを入れる必要があると診断されたが、たとえ手術をしたところで元のピッチングが出来る保証はなく、その場しのぎの保存治療で誤魔化していた。
「またいつでも来な」
「ごちそうさん」
閉まったドアを見つめ、タメ息をつくビックママ。
「ごちそうさま。お勘定ここに置いておくわね」
「あ、はいよ。ありがとね」
「おや......」
ビックママは、彼女のグラスを片付けようとしたとき違和感を感じた。女性のグラスには口をつけた形跡は無く、アルコールも減っていなかったから。
――潮時だな。
回復具合を確かめるために再び行ったワンナウト。故障した肩の回復は見込めない。ビックママの言うように、次はもう勝てない。それを悟った
ライターを差し出したのは、先ほどバーに居た白衣姿の女性。
「はい、どうぞ」
「で、あんたは?」
「わたしは、
「だったら」
「キミの右腕を完全に元の状態に完治出来る医師を、手術費も通院費もすべて無償で紹介してあげる。どう?」
「上手い話には裏がある。条件は?」
「さすが噂に聞く勝負師、話が早いわ」
彼女はの隣に座り、医者を紹介する条件を提示した。
その条件とは、
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game2 ~契約~
「
「あん?」
名前を呼ばれて、振り向く。彼を呼び止めたのは、かつてのチームメイトでバッテリーを組んでいた捕手、
「お前、今までどこにいたんだよ。優勝が決まる直前にベンチから居なくなりやがって。日本シリーズにも顔を出さねぇしよー」
「どうでもいいじゃねーか。俺抜きで勝ったんだから」
「そういう問題じゃ......まあ、いいや。ここに来たってことは、リカオンズに復帰するんだろ?」
「その逆だ。正式に引退の手続きを済ませたところだ」
「......は? はぁーっ!? 引退!?」
引退と聞いて、
「ちょっ、なんでぇー!?」
「何を騒いでいるんだ」
「久しぶりだな。
「ああ、しばらく」
「
「ああ、聞いてる。正式に引退するんだってな」
球団トレーナーから事前に引退の話しを聞いていたため
「だけど、どうして今さら手続きに来たんだ?」
「必要になったから来たまでさ」
「いや、わけわからん......」
困惑する
「
「さーな。まあ、そのうちわかるさ。じゃあな」
「楽しみにしていろ」と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべて言った
「
「こ、
「
「こ、これを見てください!」
息を切らせた遅れてきた
「あの野郎......」
「本気、ですかね?」
「アイツが、今まで本気じゃなかったことがあるか?」
「ですよね。あいつ、本気で......」
「行くぞ、
「は、はい!」
「(待ってるぞ、
資料の内容は、
事務所を出た
「やっぱり時間かかったのね」
「いや、少し立ち話をしてた」
「そう。じゃあ行きましょ」
車は埼玉県から東京都へ向かい走り出した。
「で、どうだった?」
「あんたのお望み通り納得させたさ」
「よくすんなり行ったわね」
プロアマ規定――。
一度でもプロ野球に所属した者は、一定の研修を受けなければ学生野球の指導者になれない制度がある。
これが、
現役時代プロ野球会のドンと呼ばれる人物に喧嘩を売った
そして、彼女の懸念は当たっていた。だが、
「俺の方は条件を果たした。次はあんたらの番だ」
「分かってるわ。すで理事長も了承してるし、各方面への根回しも済んでいるわ」
「ずいぶん仕事が早いな」
「キミなら、どんな手を使っても認めさせると信じていたからね」
一度要請を断わった
それは数日前のあの日に遡る――。
* * *
――断わる。
「......理由は? 野球に未練はないの?」
「ギャンブルは、ワンナウトだけじゃない」
「ふふっ、そんなこと言って自信がないんでしょ? 稀代の勝負師と謳われるわりには勝てる勝負しかしない臆病者だったのね」
理由を聞いた
「フッ、
やる気にさせるための安い挑発。
「いいぜ、受けてやる」
「そう来なくちゃっ!」
「ただし、条件がある」
「条件? 何かしら?」
――俺のやり方に一切口を出すな。
この条件を二つ返事で飲んだことで仮契約が成立。二人が乗る車は今、
「これ、一応目を通しておいて」
「なんだ、これ?」
「学校案内と野球部関係の資料」
「要らねーよ」
渡されたファイルを後部座席へ放り投げた
「寝る。着いたら起こしてくれ」
「はあ~......。はいはい、おやすみなさい」
高速道路を走ること数時間後、駐車場に車を停めた
「起きて、着いたわ」
「......ああ」
二人は車を下車。
赤レンガ造りのスタイリッシュな新しい校舎。
ここが
二年前まで女子校だったため男子生徒が極端に少なく、野球部の部員もギリギリの状態。昨年とある事件により一時的に公式戦出場停止に追い込まれたが、ルール改正により処分が解かれた。
「こっちよ」
――どうぞ。と渋みのある返事があり、二人は室内へ入る。
部屋の奥の机に白髪混じりで気品のある初老の男性が座っていた。
「失礼します。理事長先生、連れてきました」
「ご苦労様。キミが話しに聞いた、
洒落たガラステーブルを挟んでソファーに座る。
「理事長の
「はい」
契約の話しは事前に取り決めていたこともあり、
「うむ。これで契約成立だ」
理事長は立ち上がり握手を求めるが、
「それで実際どうかね? 甲子園は......」
「さあな」
適当に答え。若干前屈みで理事長を見据える。
「だが俺は、最終的に勝ちで終わらせてきた」
「......なるほど、十分な回答だ。ようこそ恋恋高校へ、我々はキミを歓迎する」
こうして、
契約内容。
野球部関連の要求には可能な限り務める。
契約期間は今年度の4月の初めから6月末の三ヶ月。
以降この契約を
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game3 ~試合~
※パワプロくんのポジションに――
P.S.
※アプリに同姓のキャラが居ることを素で忘れていました。(実装前にサクスペの方へ移行したため)。今から変えるのは大変なので
「またいきなり無茶な注文をしてくれるわね......」
頭を抱える、
「お忙しいところ申し訳ありません。わたくし、私立恋恋高校の野球部の......」
「そうですか......。いえ、お忙しいところありがとうございました、失礼します」
受話器を置いて大きなタメ息をついた。結果は、全滅。無理もない。再建したばかりの弱小校の相手をしてくれる物好きな名門・強豪学校などそうありはしない。
「はい、恋恋高校です。はい、わたしがそうですけど。ええ、えっ? ありがとうございます! はい、お待ちしています。失礼します」
受話器を置いて、小さくガッツポーズ。
「さっそく打ち直しね!」
――練習試合の相手が見つかった、と打ち直してメッセージを送信。先ほどの電話の相手は、二番目にかけたパワフル高校の監督。一度断られたが、所属する選手たっての希望で練習試合が決まった。日時は入学式の午後、恋恋高校のグラウンド午後2時プレイボール。
* * *
「連絡は以上だ」
「起立。礼」
恋恋高校三年A組。
始業式後のホームルームが終わり、各自移動を開始。帰宅する生徒、委員会へ向かう生徒、図書室や塾で受験勉強に励む生徒。そして、部活動を行う生徒。
このクラスには、野球部員が三人籍を置いている。
「部活だ! 部室に行くよ、
気合い十分で立ち上がったのは、野球部のキャプテンを務める男子――
「ちょっと、待って欲しいでやんすー!」
常に「やんす」と特徴的な語尾をつけて話し、瓶底眼鏡をかけた男子――
「ほらっほらっ、早くっ!」
もたついている
「気合い入ってるね、あおいちゃん」
「当然だよ、今年の夏は堂々と甲子園を目指せるんだからね!」
彼女は、恋恋高校野球部が公式戦出場停止の原因となっていた女子部員の一人。マネージャーではなく、選手として予選大会に選手登録してしまったため、男子生徒以外出場してはならないというルールに反してしまった。
事態を重く受け止めた連盟は、公式戦出場停止処分を科した。
後に処分は解かれたのだが、結局女子選手の出場は認められず。納得のいかなかった恋恋高校野球部は署名活動を行い、女子部員が所属する野球部がある学校を始め、全国へと広まっていった。
そして、去年の冬。長年の歴史が動き、遂に女子選手の出場が認められることとなった。
「
「オッケー!」
隣の三年B組。あおいは、ドア付近から声をかける。
「お待たせー」
迎えに来たあおいと合流して、グラウンドに併設される部室へ向かう。部室には既に、マネージャーを含めた部員全員が揃っていた。あおいと
「でも、このユニフォームを着て試合に出れるなんて......。ボク、まだ信じられないよ」
「ふーん。じゃあ、ほっぺつねってあげよっか?」
「い、いいよっ、いいよっ!」
「二人とも遊んでいないで急いでくださいね」
いたずらっ子の様な
「よっし、準備オッケー。あおいは?」
「ボクも準備出来たよ。さあ行こう」
「はい、行きましょう」
三人は揃って部室を出る。ベンチ前に集まる部員たちの元へ向かう
明るく爽やかな日差し、空は雲一つなく澄みきった青空。部室脇の桜の木は満開に咲き誇り、散り始めた薄紅色の花弁がグラウンドに舞う。
ゆっくり一呼吸して、駆け出した。
「よーしっ。みんな、お待たせ!」
「さあ、練習を始めよう。ジョギングから!」
キャプテン
「新入部員は何人いるんだろうなぁー」
「さあ、どうだろう。でも、たくさん来て部レベルが上がるといいな」
「オイラは、かわいい女子部員を希望するでやんす! 手取り足取り個人指導......ムフフッ! でやんす」
「おいおい......」
呆れ
「そんなこと考えてると、一年にポジション奪われてベンチだぜ?
「最後の夏をベンチから応援かぁ、よろしくね」
「じょ、冗談でやんすー!」
二人の笑い声がグラウンドに響く。
そこへ、一人の少年が近づいった。
「ずいぶん楽しそうだね。
「えっ?」
後ろから声をかけられ、振り向く。
「あっ、お前は――スバル!?」
「やあ、久しぶりだね」
「
「えっと。子どもの頃からの友達」
彼の名は――
そして今日の試合は、彼が監督に懇願し実現した。
「どうして、スバルが? それに、そのユニフォーム......」
「親の都合で転校したんだよ。キミたちは聞いてないのか? 今日の練習試合のこと」
「練習試合?」
頭にクエスチョンマークを浮かべる三人。
「
「ああ、今行く。じゃあお互いベストを尽くそう」
「みんな集合して!」
反対側のベンチからユニフォーム姿の
「監督、これはいったい――」
「急でごめんなさいね。見ての通り、今日は練習試合を組んだわ。相手は、パワフル高校よ」
「パワフル高校って......秋季大会ベスト8の!?」
「え......ええーっ!?」
驚きと戸惑いが入り交じったどよめきが起こった。
「はいはい静かに。こんな機会めったにないんだから全力で胸を借りましょう。じゃあ、ポジションを発表するわね。まず先発――」
恋恋高校がポジションを発表している時、パワフル高校側もスタメン発表が行われていた。
「では、先ず先発だが......」
「監督。今日の試合、ボクに先発させてください」
「ちょっと待てよ。オレは、マウンドを譲る気はないぜ!」
「
「うむ......」
監督は悩んだ末に答えを出した。
「
「ありがとうございます!」
「松倉、お前は先週の練習試合で完投している。今日は、6番でライトに入ってくれ。もちろん、展開次第では出番もあるぞ」
「ちぇ~、わかりましたよ。
「悪いけど譲る気はないよ。エースナンバーも、ね」
パワフル高校の秋季大会ベスト8は、投手よりも打撃陣による得点力が大きな要因だった。しかし、
そして今年は、パワフル高校の急所であったセカンドに有望選手――
一方、恋恋高校は......。
「以上よ。さあ、思いっきり戦ってきなさい」
「はい! みんな円陣を組もう」
「久しぶりの試合だね。相手は、強豪......正直難しいと思う。だけど、勝負するからには全力でぶつかって行こう! 恋恋ファイッ!」
「オオーッ!」
大きな掛け声。グラウンドへ駆け出した。
お互いに向かいあって整列。
「それでは恋恋高校対パワフル高校の試合を始めます。先攻、恋恋高校」
――お願いします! と礼をして、パワフル高校の選手がグラウンドへ散らばる。パワフル高校の先発は、
「行くよ、
「オッケーなんだな~」
捕手は、鈍足だが巧みなインサイドワークとチャンスに強い打撃が売りの、ぽっちゃり体型の捕手
「さすがスバル、投球練習なのに速い......。
「任せるでやんすー!」
一番バッター、センター
「プレイボール!」
球審の右手が上がり、試合が始まった。
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game4 ~反撃~
一番(中)、
二番(一)、
三番(右)、
四番(遊)、
五番(三)、
六番(捕)、
七番(二)、
八番(左)、
九番(投)、
パワフル高校スターティングメンバー。
一番、
二番、
三番、
四番、
五番、
六番、
七番、
八番、
九番、
『オリ』は、原作には登場しないオリジナルキャラです。以上です。それでは、本編どうぞ。
球審は、右手を大きく上げて判定をコール。
「ストラーイクッ!」
「やんすっ!?」
外角低め構えたミットに、ストレートが突き刺さった。サイドハンドからのクロスファイアー、右打者の
「ボール!」
三球勝負はせずに一球大きく外角へ外し、カウント1-2。続けて四球目を投じる。ストライクゾーンから、ボールゾーンへ滑るスライダー。
「ストライク! バッターアウッ!」
外へ逃げるスライダーに泳がされ、一球も当てることも叶わず空振り三振。肩を落とした
「申し訳ないでやんす......」
「
「そうだよ、次の打席でリベンジすればいいんだから。落ち込んでる暇なんてないよ!」
「そ、そうでやんすね。
しかし、闘志は実らず、
続く三番
「三者凡退か。あおいちゃん、頼んだよ」
「うんっ!」
一回の裏、恋恋高校が守備に着く。
ポジションは
「まったく、どこで油売ってるのよ......」
「プレイ!」
パワフル高校の一番バッターの
サインに頷いたあおいは、ノーワインドのモーションからぐっと体を沈め投げる。地面すれすれの低い位置からのアンダースローで放たれたボールは、まるで糸を引くようにインローギリギリに構えられたミットへ吸い込まれた。
「ストライク!」
「いいよ、あおいちゃん! その調子その調子!」
「セーフ!」
「ふぅ、危なかった」
ファウルゾーンからファーストベースへ戻り、小さく息を吐く
「(いきなりランナーを出しちゃった、けど......!)」
あおいは、不安を消し去る様に深く呼吸をしてセットポジションに構える。
パワフル高校の二番の
あおいはバントに備え、ファーストランナーを目で牽制をしてから第一球を放る。モーションの途中で一塁ランナーの
「アウト!」
「サードッ!」
塁審のコールとほぼ同時に、
「ダメだ、投げるな!」
サードが腕をクロスさせ「×」を作る。投げてもタイミングはセーフ、ファーストは投げるのを諦め、滑り込んだ
秋季大会では見られなかった、足を絡めた攻撃。新入生
「すまん、俺の指示が......」
「ううん。
「誰も悪くない。今のは相手が上手かっただけだよ」
「ボクが、簡単にバントをさせちゃったせいで」と言おうしたあおいの言葉をさえぎり、
「それより問題は、次の......」
全員がチラッとネクストバッターに視線を移した。
長い髪を赤い髪ゴムでまとめたクールな少年が、打席に立つ準備をしている。
――
秋季大会での成績は、23打数12安打。打率0.521、本塁打4本、18打点をマーク。パワフル高校をベスト8、強豪校へと押し上げたのは彼と断言しても過言ではない。
「公式戦なら敬遠だけど......」
「勝負するよ。ううん、勝負させて。お願い!」
「......わかった。サードランナーは無視して、バッターオンリーで深めに守ろう」
「おう」
「
「何言ってるの? ボクは三振を狙いにいくよ。ね、
「あ、ああ、そうだな。勝負するからには獲りにいくぞ!」
それぞれポジションに戻り、キャッチャー
「ストライークッ!」
「ほう。あいつと勝負するのか」
パワフル高校の監督は、感心していた。秋季大会後、練習試合を申し込まれる頻度が増え、遠征試合を何度も行ったが、
「フッ......」
あおいの、二球目。投げられたボールはキャッチャーミットへ収まることなく小気味良い金属音を残し、ライトのフェンスを軽々越え、通路を隔てた先のテニスコートに着弾。
ホームランを打った
「初回に先制点を取られてしまいましたな。行かなくてよろしいので?」
「織り込み済みだ。それに、ここからの方がよく見える」
校舎二階に構える理事長室。グラウンドをセンターから正面に見えるこの部屋に、
「さて、この先どうなりますかな」
「さてね」
テキトーに答えた
グラウンドではあおいが四番の
「さあ、気を取り直して攻撃するわよ!」
「おおーっ! 打てよ、
気合いの入った声援を背に受けて、四番の
「よし! スバル、勝負だ!」
「
それもそのハズ。子どもの頃とはいえ、
「ストライクッ!」
「くっ......」
「よしっ!」
初球は、対角線へ食い込むクロスファイアー。左バッターの
二球目は、外へ滑り落ちるシンカーを空振り0-2。
「よしっ!」
「くそ......」
マウンドで大きくガッツポーズをして、
そして、二回の裏パワフル高校の攻撃。恋恋高校はヒットとエラーで一点を失い、3対0とリードを広げられてしまう。その後も回を追う度に失点を重ね徐々に点差が広がり、6回裏パワフル高校の攻撃。バッターは、こここまで二打席連続ホームランを含む三打席三安打の三番
「フッ!」
「あっ......」
快音を響かせた打球は、ライトの上空を飛んでフェンスの外へ消えるも、一塁塁審は両手を挙げる。
「ファウル!」
「タイム!」
「あおいちゃん、代わろう」
「絶対にイヤ! ボクは投げれるよ!」
「だけど......」
彼女は肩で息をしている。無理もない、ここまで一人で投げ球数は既に100球を越え、6回までに13失点。心が折れていないのが不思議なくらい。それに、彼女以外に本職のピッチャーは居ない。交代したところで更に悲惨な結果になることは目に見えていた。
「はぁはぁ......」
「わかった。だけど、次打たれたら即交代だからね?」
「――うんっ!」
各々ポジションに戻り、試合再開。仕切り直しの二球目、外へのシンカー。
「ファウル!」
二球連続の特大ファウル。結果的にファウルではあったが、タイミングは確実に合っていた。あおいは、
眼光鋭くマウンドのあおいに睨みを利かせる、
「あおいちゃん! 歩かせていいよ!」
「(いやだ......絶対に逃げたくない......でも)」
多少ボール球であろうが叩き込む。バッターボックスの
あおいはセットポジションで構える。キャッチャーのサインは外のシンカー。
「(絶対打たれたく......ない!)」
勢いよくアンダースローから放たれたボールは、アウトコースのやや甘めに入った。捕手の
「(変化しない!? 抜けた!?)」
「(外の真っ直ぐ、もらった――)」
甘いコースを狙い撃ち。
「
「くっそー!」
キャッチャーはマスクを投げ捨て、必死にボールを追う。
「えっ? ......ファースト」
ファーストへ送球――アウトが宣告された。
「(最後のボール......今のは、シンカーか?)」
あおいが投げたボールは、間違いなくシンカー。ただし、打たれたくないという思いから普段シンカーを投げるときよりも強く腕を振った結果、二球目のシンカーよりも速く手元で鋭く変化する高速シンカーに変わった偶然の産物。ストレートと勘違いした
「や......った」
「あおいちゃん、ナイスピッチ!」
「ありがとっ」
グラブタッチをして意気揚々とベンチへ戻る。しかし、好打者を三振に切ったものの点差は13点。この回六点以上取らなければ、コールドゲームが成立してしまう。
しかも――。
「ナイスボールなんだな~」
パワフル高校先発の
「行ってくるでやんす!」
「矢部くん! 頼むよ!」
「
七回表、一番バッター
「プレイ!」
気合いを入れて挑んだ
「――や・ん・すッ!」
「
ベースカバーの
「ナイス、
「続け続け!」
続く二番、
そして、バッターへの初球。
「
「いや、
「セーフ!」
「くっ......!」
選択は裏目、フィルダースチョイス。
無死一二塁のチャンス。今の一連のプレーを理事長室から見ていた
「どちらへ?」
「アウトッ!」
グラウンドでは、三番バッター
「惜しいわね、あともう少し逸れていたら......」
「やってるじゃねぇか」
「えっ?」
険しい
「遅いわよ、どこで油を売っていたの? もう終盤よ」
「まあ、別にいいじゃねぇか。おい、お前次のバッターだろ」
「え? あ、はい」
見知らぬ金髪の男に声をかけられ戸惑いながらも、
「ねぇ、誰あれ? 何かどっかで見たことあるような気がするんだけど」
「オレもだ、どこだっけ?」
などなど......ベンチ内に疑問の声があがる。それらを気にする様子もなく、
「三球目、外から入ってくるスライダーを狙え」
「えっ?」
「お前に勝機があるとすれば、その一球だけだ。ほら、思い切り振ってこい」
「今のどういうこと?」
「フッ、まあ見てればわかるさ」
「(――本当に来た!)」
「抜けろー!」
ベンチが沸き上がる。
「狙った球だ、余裕でフェンスを越えるさ」
まさかの特大の一発にマウンドで茫然とする
「さあ、反撃開始だ」
3-13。点差は10点。
ここから、恋恋高校の反撃が始まる。
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game5 ~結末~
七回の表、四番
しかしまだ、七回コールドゲーム圏内。あと四点奪うことが出来れば、次の守備に望みを繋げることが出来る。
「一球ストライク取られるまで待って、セーフティバントの構えを見せてやれ。あとは突っ立ってりゃいい」
やや戸惑いながら頷いた
「どうして、球種とコースがわかったの?」
会話が届かない遠い者たちが大声でバッターへ声援を送る中、実際に指示を受け、見事ホームランを打った
「おい、三番打ってるヤツ」
「おいらっすけど」
三番バッターの
「お前の打席の球種は、シンカー、ストレート、スライダー、ストレート、フォーク。ボール、ファウル、ストライク、ボール。そして、高めに抜けたフォークをショートライナー。二球目のストレート、ボール球だっただろ」
「は、はい」
スコアブックも見ずに言い当てられた
「それが、どうしたの?」
「簡単なことさ。アイツ――」
マウンドの
「メンタルが弱いんだ」
「え......ええーっ!?」
話しを聞いていた全員が、揃って声を上げた。
今まで散々苦しめられてきた投手が精神的に脆いと聞いて、選手たちは戸惑いと驚きを隠せない。
「だ、だけど俺たち、スバルに6回まで完全試合を......」
「崩れるのには一定の条件があるのさ。この回先頭のメガネがエラーで出塁した際、取り立てて大きなリードをとってないにも関わらず、落ち着きなく二度も連続で牽制球を投げた。そして、キャッチャーの指示を無視して、二塁へ送球。結果は、フィルダースチョイス。そこで確信した。アイツは、ランナーがスコアリングポジションに行くことを極端に嫌っている、とな」
「思うようにボールが行かない中、三番相手に唯一構えたところへ投げられたのがスライダーだったのさ」
「お前、もし俺が指示しなかったらこう思ったんじゃないか? 最悪でもランナー進める」
「......そうか、だから外だったんだ!」
「どういうこと?
「俺が左打ちだからだよ。たぶん、あおいちゃんや
自身の意図を理解した
「そう。左打ちにとって内角は引っ張るのに最適。だからあの場面は、外から入ってくるスライダーしかなかったんだ」
「(そんな些細なことから......これが伝説の勝負師、
「さてと、次だ」
「タイム!」
「えっ!?」
足を上げた直後の
「ボーク! テイクワンベース」
投手は、投球モーションに入ったあと止めていけない。違反した場合投球はボークとなる。因みに投球モーションに入ったあとタイムを要求しても、球審が認めない限りタイムは認められない。
「はっはっは、相当動揺してるな、アイツ。こんな初歩的な手に引っ掛かるなんて」
「スバル......」
パワフル高校の内野陣がマウンドに集まり、ベンチから伝令が走る。袖で額の汗をぬぐって呼吸を整える、
「
「あ、ああ......ごめん。今ので、頭は冷えたよ」
「ベンチの指示は?」
「あ、悪い。点差はあるから、ランナーは無視でいいって。先ずは、ストライクをひとつ取ること」
「わかった」
伝令はベンチへ戻り、内野も元のポジションへ散る。仕切り直しの一球目、キャッチャーはベンチの指示通り、真ん中付近にミットを構えた。そして
しかし、この一球を
「クックック......アホな
制球重視で球速を落とした、ほぼ真ん中のストレート。
続く七番
「おい、金属使え」
「ヤダ!」
「あん?」
「このバットは、おじいちゃんの魂が籠ったバットなんだからっ!」
「あっ......!」
根本に当たり、バキッとバットが折れた。だが、いい感じに打球が死にサードへの内野安打。一死満塁。
「
「さあ? ボクも、もう数えてないや」
「通算31本目ですよ」
「本当に大事にしてるのか? アイツ」
「あ、あはは......」
「二球目をスクイズだ。高めをサードへ転がせ」
「はーい」
自分のバットでランナーを返したかったあおいは、しぶしぶバッターボックスへ向かう。
「転がすなら一度ミスをしてるファーストじゃないの?
「スクイズってのは、送球とランナーが交錯するサードの方が決まりやすいのさ。特に満塁だとな」
あおいへの初球――外のスライダー、ストライク。
「(またスクイズか!? くっそ、もうこれ以上はっ!)」
不甲斐ないピッチングを続けている
「(来た、高め!)」
しっかりと見て、バットを軌道に乗せたが。
「えっ......?」
バットにボールは当たらなかった。空振り、スクイズ失敗。球審がストライクを宣告。しかし、ホームベースに当たって大きく逸れたボールは一塁側ベンチ方向へ転々と転がっている。
「みんな走って!」
逸らしたボールをキャッチャーとファーストが追う間に三塁ランナー、続けて二塁ランナーも生還。一塁ランナーも、サードへ進塁。5-13、点差は8点。
「ナイスラン!」
「あと二点だ! 行ける行ける!」
戻ってきたランナーをハイタッチで出迎える。ベンチで大騒ぎしている中、
「ふーん」
「(今のは、あの時と同じ......)」
球審から新しいボールを貰った
「ピッチャーいいかね?」
「あっ、はい。すみません」
マウンドで構えるとサインを見ず、サードランナーの存在も無視して投げた。先ほどの暴投と同じような高めに抜けたボール。
「ボール」
二球目、三球目、四球目もボールでカウント3-1。
「次は、もうちょっと広げてみるか」
ボソッと呟いて、五球目を投げる。インコース高めからやや曲がり、真ん中高めに来た。
「ボール! ボールフォア」
あおいは一塁へ歩く。フォアボールを出した
「よし、今の感じだ。次は、もっと......」
「タイム!」
「えっ?」
パワフル高校のベンチがタイムを要求し、この回二度目の伝令がマウンドへ送られた。
「
「ちょっと待って、もうちょっとで!」
「監督の命令だよ」
「そんな......」
「あと、もう少しで掴めそうなのに!」と、懇願するように
「お疲れ。ほら、ボールくれよ」
「......嫌だ」
「はあ? なにふざけてんだよ!」
「ふざけてない。代わらないって言ったんだよ」
二人は、マウンドで言い争いを始めた。チームメイトは止めに入るも、どちらも引かない。球審や、二塁塁審も止めに入る。
「代わるのかね、代わらないのかね?」
「すいません。すぐに代わります」
「代わりません。すぐに戻ります」
「おい!
それでも
「キミたちいいかげんにしなさい! 退場にするぞ!」
「
パワフル高校の監督がベンチから直接交代するように告げる。
やり取りを見て
「あっはっは!」
「ちょっ、なに笑ってるのっ?」
「何が可笑しい!?」
痺れを切らせたパワフル高校の監督が怒鳴る。
「ククク、何ってそりゃ可笑しいのはお前だろ? 秋期大会ベスト8ね、聞こえはいいが、指導者がヘボいからベスト8止まりだったんじゃねぇか?」
「なんだと......」
「ちょ、ちょっと
もちろん、
「本気でわからねぇのか? せっかくピッチャーが、きっかけを掴みかけているのに気づかねぇのかねぇ。どうせ練習試合だ、俺なら結果度外視で一皮剥けるのを期待して投げさせ続けるけどなー。フッ、ここまで言っても気づかねぇのなら。マジでポンコツだな、あんた」
パワフル高校の監督は、拳が手のひらに食い込むほど強く握り締めたまま黙り込む。
ベスト8とはいっても、采配で勝ったわけではなく。やはり、
その時の事が、
球審が、恋恋高校のベンチまでやってくる。
「キミ、これ以上罵倒を続けるなら没収試合にするよ」
「ああ~、はいはい。すみませんね」
球審は反省の様子を見せない
「どうしますか?」
「......続投でお願いします」
「よろしいんですか?」
「......はい、ご迷惑おかけしました」
「わかりました。では」
監督は、
* * *
「13対10、パワフル高校」
「ありがとうございました!」
礼をして、互いのベンチへ挨拶に向かう。
「あの、ありがとうございました!」
「礼を言われる覚えはねぇよ」
「ごめんなさいね。この人素直じゃないから」
「いえ、失礼します」
試合の結果は、パワフル高校の勝ち。
しかし、試合は九回まで行わず七回表の攻撃を終えた時点でコールドゲームとなった。理由は意外にも
「あおい、そろそろ機嫌を直してください」
「ふんっ!」
ピッチャーのあおいだった。
投げられると散々駄々をこねたが、10-1と賛成多数で決定。これ以上の投球は、互いの投手の故障に繋がるとパワフル高校側もすんなりとも納得してくれた。
「あっ。あおい」
「......なに。あっ!」
「あんた、名前は?」
「ボク?
「......
「へっ?」
踵を反し、ナインが待つ駐車場へと歩いていく
「なに? 今の......」
「ふふっ、ライバル誕生ですね」
一方、パワフル高校のマイクロバスの前では
「次は負けないぞ。スバル」
「今度もボクたちが勝つさ。
「ああ!」
二人はガッチリと握手を交わし、再戦の誓いを交わした。
* * *
試合後、
「最後の攻撃わざと追い付かないようにしたでしょ?」
「フッ、気づいていたのか」
理事長室で
「まあね。
「言っただろ、ただの練習試合だからさ。ペナントとトーナメントは違う」
143試合という長い戦いの末、勝率で優勝を決めるペナントレースと一発勝負のトーナメントとは大きな違い。
それは、捨てゲームの存在。
大差がつき勝敗が決した場面で主力を休ませたり、控え選手を試せることが出来るペナントレースと違い、常に勝ち続けなくてはならないのがトーナメント。
「練習試合の勝敗なんてどうでもいい。本番の七試合を拾えばいいのさ」
「......そう。ねぇ、勝てるかしら?」
「さあな」
「わたしは、あの子たちに夢を見せてあげたいのよ......」
カランッ、とグラスの氷が音を奏でる。
「まあ、俺は負けるつもりはねえよ」
「頼もしいわね。乾杯しましょ。マスターおかわりちょうだい」
「はい、かしこまりました」
二人は新しいグラスを受け取り、軽く合わせる。
「頼んだわよ。勝負師さん」
「フッ......」
「乾杯」
甲子園への長い道のりが始まった。
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game6 ~始動~
練習試合から一夜明け、翌朝。
キャプテン
「フッフッフ、全てはオイラの気迫溢れるプレーから始まったんでやんす!」
「
騒ぎの中心にいたのは、
昨日のパワフル高校との練習試合あと一歩というところまで追い詰めた話しは、知らぬうちに学校中へ広まり、登校して来た途端に話題の中心に上がった。
「
「う、うん。まあ、試合は負けちゃったけどね」
あおいたちと今後の野球部の練習方針について机を囲んで話していた
「つまり、全てはオイラの力! このまま甲子園まで突っ走るでやんすー!」
「キャー!
「なーに調子いいこと言ってるんだよ、
クラスの女子に囲まれ、いい気になって自分の活躍を盛りながら話す
「
「ええ~、そうなの~?
「うぅっ......ぐすん、......でやんす」
真実を知ったクラスの女子に手のひらを返され涙ぐむ
「はぁ~、バカみたい」
「あはは......。まあまあ、ところでさ、昨日の人だけど」
「ああ~、あの金髪の?」
「そうそう。あの人、結局なんだったんだろう? どこかで見たことがあるような気がするんだけど。あおいちゃん、心当たりない?」
「う~ん、ボクも見たことあるような気がするんだよね」
二人が、
去年の春は選手が9人集まり、夏の大会へ向けて夜遅くまで練習をする日々。夏以降になると、女性選手の公式戦出場を認めさせる署名集めに明け暮れた。ニュースはおろか、プロの野球の結果さえも満足に見ることはなかった。
更に、東京という立地にも問題があった。
東京は、
「う~ん......采配は的確に当たるし、読みも凄い説得力があった」
「
「そうだね」
始業を知らせるチャイムが鳴り響いた。
その頃――話題に上がっていた
『あのね。わたし、学校なんだけど?』
「朝っぱらから、保健室に駆け込むヤツなんて稀だろ」
『それは、そうだけど』
「はぁ......」と、諦めたように小さくため息をついた
『それで、用件はなに?』
「野球部のトレーニング器材はどうなってる」
『部が発足した時に揃えから一通りはあるはずよ』
「ピッチングマシーンの型は?」
『えーっと。確かローター式だったと思うわ』
「そうか、分かった。じゃあな」
『えっ? ちょっと!』
ツーツーツー......と、通話が終わった事を知らせる連続した機械音が受話口から虚しく鳴り続ける。
「もう、なんなのよっ!」
要領を得ない用件に
「さて......」
吸い殻を灰皿に捨て、上着を羽織り部屋を出た。
* * *
昼休み、あおいとはるかは教室で弁当を食べながら話しをしている。
「あおい、肩は大丈夫ですか?」
「平気だよ。ありがと」
「そうですか、よかったです」
あおいは軽く腕を回して、心配いらないことをアピール。
練習試合の後、あおいの右肩と肘に厳重に装着された大掛かりなアイシングに心配をしていたはるかは、ホッと胸をなで下ろした。
「新入部員来てくれるかな?」
「昨日の練習試合を見てた新入生もいたみたいですし、きっと来ますよ」
「そうだよね。放課後が楽しみだなぁ」
そして放課後、部活の時間。
男子部員は先に着替えてグラウンドでキャッチボール。鍵を掛けた部室で着替えをしていたあおいと
「みんな、集合して」
白衣をまとったままの
「昨日はお疲れさま。疲れは残っていないかしら?」
「はい!」
声を揃えて答える。返事を聞いた
「待望の新入部員よ。まだ仮入部期間だからジャージだけどね。さあ、自己紹介してちょうだい。先ずは一番右のキミからお願いね」
「はい! 今年入学しました、一年の――」
順番に自己紹介、計六名の部員が新しく恋恋高校野球部に仮入部。
「はい、ごくろうさま。じゃあ分からないことは、キャプテンの
ナインたちから視線を外して、ベンチに顔を向けた
「紹介するから、こっちに来て!」
「あん?」
面倒くさそうに、部室の前に行く。
「あっ、昨日の人......」
「はいはい、静かになさい。今、紹介するから」
静かになったところで
「この人は、
「ど、どういうことですか?
驚き戸惑う中、代表してキャプテンの
「本気で甲子園を目指すのなら素人のわたしよりも、プロに指導してもらった方がみんなのためになるでしょ?」
「プロ?」
新入部員に一度目を向けてから前を向き直して、小さく微笑む。
「ふふっ、何人かは気づいているみたいね。そう、彼は昨シーズン開幕11連敗を喫した彩珠リカオンズを奇跡の逆転劇で、ペナントレース優勝。そして、日本シリーズ制覇へと導き。自身も最多勝、最多奪三振など多くのタイトルを獲得し、突如姿を消した伝説の投手――
突然のことに理解が出来ずに固まる。しばしの間が空いてから彼らの感情が爆発した。
「えっ......? ええーっ!?」
「元プロ野球選手!?」
「み、みなさん! こ、これを見てください!」
驚く
「ほ、本物の
「マジかよ!?」
新入部員の中にリカオンズが本拠地を構える埼玉県出身の生徒が居たため、更に騒ぎが大きくなった。何を言っても無駄だと判断した
「そういう訳だから。今日から、
「あの、
「もちろん、わたしも野球部に残るわ。今まで通り飾りの監督で、サポート役だけどね」
「それじゃあ
緊張感から数人のゴクッと生唾を飲み込む音が聞こえてくる。
そんな中、
「俺がいいと言うまで、お前ら全員走れ」
「は、はい! みんな、道具を片付けてジョギング行くぞ!」
「おおーっ!」
大急ぎでバット、ボール、グラブを片しグラウンドの外周を回り始めた。
「さて、出てくる。水分補給のタイミングはあんたに任せる」
「わかったわ。みんな、最初から飛ばしすぎないようになさい」
――さーて、何人生き残るかな、と。
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game7 ~平均~
恋恋高校を後にした
「悪いな。東京まで呼び出しちまって」
「いいや、いいんだ。私も、オーナー会議があったからね。これを、例の物だ」
「サンキュ」
男性から、ディスクケースを複数枚受け取る。
この男性――
「いやはや、今のところどうにか上手く回ってはいるが、はたしてこのまま私にオーナー職が務まるかどうか......」
「あんなもん今まで通りやれば猿でも黒字経営できるさ。さて」
「もう行くのか? リカオンズの近状でも――」
「あいにく終わった事には興味無いんでね」
素っ気ない返事をして席を立った
「終わったこと、か......。
一人残された
その
「
「注文した品は?」
「はい。既にご用意出来ています。こちらへどうぞ」
エレベーターで、ビルの地下へ降りる。ミゾットの職員は中型トラックの運転席に乗り、
「それでは、お届け先の恋恋高校へ向けて出発致します。搬入口で少々揺れますので、お気をつけください」
機材を積んだトラックは、恋恋高校へ向けて動き出した。
ビルを出て約15分、恋恋高校へと続く直線道路を進んでいると、窓を開けて車窓から風景を眺めていた
「ふ~ん......」
「どうかなさいましたか?」
「いや、何でもねぇよ」
ミゾット職員は不思議に思いながらも、運転に集中しなおした。
一方、目的地の恋恋高校のグラウンドでは。
「はぁはぁ......、どれくらい走ってるでやんすか......?」
「かれこれ二時間弱、かな?」
「てゆーか、お腹の横ちょー痛い......最初に飛ばしすぎたわ」
「オイラ、もう限界でやんすー!」
「......大声出す元気があるじゃねぇか」
「みんな、集合ー!」
ナインは助かったと思いつつ、ベンチ前に集合。
出かけていた
「おいおい、アップでそんなことじゃ先が思いやられるなあ」
「ア、アップ......?」
「フッ、次はそいつだ」
困惑する部員をよそに親指で、部室前を指す。そこには、先ほどミゾットスポーツで購入した大量の筋トレ器具が準備されていた。
今朝、
「使い方は、あのおっさんに訊け」
「恋恋高校野球部のみなさん、どうぞこちらへ!」
ナインは重い足取りで部室の前へ行き、ミゾット職員の説明を聞きながらサーキットトレーニングを始める。筋トレを開始して約一時間が経ち日が傾き始めた頃、理事長がグラウンドへ顔を出した。
「やってますな」
「理事長先生。みんな――」
「いや、構わずに。集中しているようですし、そのままで結構」
ナインたちを集めようとした
「どうですかな?」
「どうもこうもねぇよ」
今のままでは甲子園はもちろんのこと、地区予選三回戦突破すら危ういと
「さて、マネージャー」
「はい、なんでしょうか?」
はるかに声をかけて、立ち上がる。
「アガリの準備をする。暇ならあんたらも手伝え」
「みんな、お疲れさま。今日の部活はこれで終わりよ」
「気をつけ。礼」
「ありがとうございました!」と頭を下げる同時に座り込んだ部員の元へ、用意した特製ドリンクを持ったはるかがやって来た。
「みなさん、お疲れさまです。どうぞ~」
「ドリンク?」
「はい、
「ってことは......プロ仕様!?」
「さっそくいただくでやんすー!」
「どうしたの?
「色が違うでやんす」
ドリンクは、白濁色、赤、紫の三色類が用意されていた。
「中にアタリが含まれてるのさ」
「だそうです。早い者勝ちですよー」
「オイラ、これでやんす!」
複数ある中で、ひとつだけしかない白濁色ドリンクをかっ攫った。
「ズルいぞ、
「早い者勝ちでやんす!」
抗議する
「ゴブッ! ま、不味いでやんすー!?」
「はっはっはっ、そいつが当たりだ。おめでとさん」
「
「うれしくないでやんす......」
涙目で残りを飲む
「あっ、おいしい。これリンゴかな?
「あたしのはベリー系の味だね。飲んでみる?」
「いいの? じゃあボクのも――」
お互いのコップを交換して味の違いを楽しんでいた。飲み終えたコップを回収して解散。バックを肩にかけ帰り支度を始めた
「おい、これに目を通しておけ」
「は、はい。分かりました」
受け取ったディスクケースをバックにしまい、家路を歩く。
「はぁ。結局筋トレだけで、ボールすら触らせてもらえなかったね」
「うん。ボク、練習でボールを触らなかったの初めてだよ」
「あたしも。よーしっ、帰ったら素振り! って、体力も流石に残ってないわ......」
ジョギングと筋トレで全員疲労困憊。普段10分もかからない通学路だが、半分を過ぎたところで既に10分以上かかっている。
「ところで
「ん? ああ......DVD。中身はわからないけど見とけって」
「ふーん」
「ムフフッ、なヤツでやんすかっ? オイラにも見せてほしいでやんす!」
「いや、知らないけど......」
「女の子が居るのにそんな話しするなんて、クズね」
「サイテー」
やらしい期待をする
「これは......」
テレビ画面に写し出された映像は、昨年度のリカオンズの試合中継だった。
* * *
「あいつらは、戦う体ができていない」
先日と同じバーで
「リカオンズは10年連続Bクラスの弱小球団だったが、曲がりなりにもプロだ。
「あの子たちは甲子園を目指せる体じゃないってこと?」
「簡単に言えばそうだ。
パワフル高校との練習試合、
その理由は、単純な物だった。
あの試合、
「120キロ半ばのスライダーだから打てた。あの場面140キロのストレートなら球種を読めていても打ち返す能力がない」
「それが、今日の基礎体力作りに繋がるわけなのね」
「ま、そういう訳だな」
とにもかくにも、先ずは体力強化。
今のままでは、采配でどうにかなるレベルではない。それが、
「これを見ろ」
「これは?」
「今年の春の覇者アンドロメダ学園の選手データを、俺なりに八段階に査定した表だ。Gが最低でSが最高。A以上はプロでもやっていけるレベル」
「アンドロメダ学園。ほとんどの選手が平均C前後、エースの
「で、これが恋恋高校」
もう一枚の表を
「......平均F以下、か」
名門との力の差があることは承知していた
「都大会決勝までに平均Dくらいに持っていってやるさ。でだ、今週末また試合を組め」
「またベスト8以上?」
「いや、どこでもいい」
――どうせ、勝てねぇんだからな、と。
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game8 ~危機感~
昼休み。3-Aの教室では
「球速は、平均120キロ前後。球種もストレートだけなのにバンバン空振りを奪って、奪三振の山を築いていくんだ」
「すごいね!」
「俺、気がついたら一時過ぎまで観てたよ」
「
「はい、気をつけます」
練習の疲労があるにも関わらず夜遅くまで動画に見入っていたことをはるかに咎められた
「でも、コーチはなんで、
「確かに。
「プロ野球で活躍された方ですから、何か意味があるのではないでしょうか?」
「何か、か。う~ん......」
何だろう、と
「あおいも見せてもらったら? 参考になるかもよ」
「そうだね。今度、ボクに見せてくれる?」
「じゃあ今度、見終わったのを持ってくるよ」
あおいと約束をして、午後の授業。そして、放課後がやって来た。
「今日もまた、二時間走らされんのかな?」
「そうだったらオイラ、病院送りになる自信があるでやんす......」
「もぅ、二人とも大げさ過ぎだよ」
「ホント情けないわね」
二人の先を歩き振り向いて苦言を言うあおいと
「普通に痛いけど、練習に支障がでる程じゃないよ」
「根性よ、根性!」
「あははっ」
「あんたは辛そうじゃないわね?」
「俺も痛みはあるよ。ビデオを見ながらずっとストレッチしてたから、ちょっとマシなのかも」
そんなことを話しながら、グラウンドに到着。
他の部員は既に来ていたが、
そして、仮入部の新入部員たちはというと――。
「ほう。全員残っているじゃないか」
少なくとも二、三人。最悪全滅もありえると考えていた
「あ、
「じゃあ、先ずは走ってもらうか」
「はい! 行くぞ!」
「
あおいの投球フォーム、アンダースローはオーバースローに比べてはるかに足腰にかかる負担が大きいため、下半身をより鍛える為の処置。下半身の安定は、スタミナ強化はもちろん、球速や制球力の向上に繋がる。
「うっ、けっこう重いかも」
「片方2キロ、計4キロ。まあ、最初はそんなもんだ」
「さ、最初は......?」
――わかってるだろ? と意地悪な笑みを見せる
「コイツを等間隔に固定しろ」
「プラスチックの棒ですか?」
長さ10㎝厚さ1㎝ほどの白いプラスチック棒を、空き教室の机の両端に固定して、棒の先端に目印に赤いシールを貼り付けて完成。
「これは、どう使うのですか?」
「椅子に座って、アゴを机につけてみろ」
「こうですか?」
はるかは、言われた通りに椅子に座る。
「それでいい。そのまま顔を動かさずに眼だけを動かし、棒のシールに交互にピントを合わせる」
アゴを机に固定し眼だけを左右に動かし、左右の棒の赤いシールに連続してピントを合わせることで、眼球運動を鍛えるトレーニング。
今行っている基礎体力トレーニングで体が動くようになったとしても、予選を勝ち上がるには150キロ以上のボールについていける高い眼球運動能力が必要。これは、そのためのトレーニングの一部。
「思った以上に大変です。目が疲れます......」
「体と同時に眼も鍛える必要があるのさ」
目をこするはるかに、
「
「ええ。出るの?」
「調達するものがある。あとは任せる」
空き教室を出た
恋恋高校の正門を抜けてから数分で目当ての場所に到着。
そこでは一定のテンポで金属音が外まで響く、バッティングセンター。
「いらっしゃいませー」
店内に入り、カウンターで1ゲーム分の支払いを済ませる。バッティングゲージに入ることなく、ベンチでタバコを吹かしながら客のバッティングを眺めていた。
一番左の80キロゲージには男子小学生。彼から三つ飛んで120キロには中学生くらいのこれまた男子学生。ソフトボールゲージで構える女性など数人の客がバットを振っている。
「ふっ!」
「ふーん」
最速のボールはカットするか、見逃して、打てる遅いボールを当たりはともかく的確に前へ打ち返している。その後も同じゲージでバッティングを続けて、2ゲームを終えたところでメダルが尽きたらしく、財布を持ってゲージの外に出てきた。
「やるよ」
「えっ?」
「あ、あの――」
「いいもん見せてもらった礼だ」
背中を向けたまま店の外に出ていく
「ランニングのあとの筋トレは地獄でやんす......」
「さすがのおいらも限界だぜ」
「あとワンセットだ、みんな頑張ろう!」
キャプテンの号令で誰一人脱落することなくサーキットトレーニングをやり終えて、運命のドリンクタイムがやってきた。マネージャーのはるかは、昨日と同じようにベンチ前に机をセットして、人数分のドリンクを並べて置く。
「みなさん、おつかれさまです。特製ドリンクですよー」
「あのー、はるかちゃん」
「はい、なんでしょうか?」
「今日もアタリという名のハズレはあるのでしょうか?」
「もちろん用意してありますよ」
ニコッと微笑みを見せるはるか。
「フッフッフ......でやんす」
「なによ、
「オイラはもう、ハズレドリンクの色を見切っているでやんす! お先にでやんす!」
「あっ! ちょっと待ちなさい!」
止める
「こ、これは......でやんす」
しかしその手は、ピタッと止まった。不思議に思った
「どうしたんだ?
「ふ、フタがしてあるでやんす......!」
「ふふっ、色で判断できたらつまらないと思いまして」
これにより
「――セ、セーフでやんす!」
ゴクゴクッと飲む
「ぐはっ......お、おいらが引いたぜ......」
「ふふ~ん、これで残りは全部セーフな訳ね! うっ、ゴホッゴホッ......な、なによこれーっ!?」
「ふふっ。アタリは一つとは言ってませんよ?」
これもはるかの独断。
天使のような笑顔のはるかだがこの時、彼らにとって彼女は悪魔にしか見えなかったという。
「はぁはぁ......」
「大丈夫ですか? あおい」
「うん。大丈夫だよ......」
足に重り付けてのトレーニングにより膝に手をついて呼吸を整えるあおいを心配するはるかは、ドリンクを渡して耳元で言った。
「あおいのは、特別おいしいの作ったから安心してくださいね」
「ありがと、はるか」
休憩を済ましたナインは、
「
「ふーん」
興味無さそうに返事を返して時計を見た。
「予定通りだな」
「あっ、コーチ。次は何をすればいいですか?」
「終わりだ」
今日の練習は終わり。
「そうですか......。じゃあみんな――」
「体の運動はな。今から頭の運動をしてもらう」
「頭、ですか?」
予想外の台詞に
「オイラ、勉強は苦手でやんす......」
「おいらもだぜ......」
「安心しろゲームだ」
「今からトランプをしてもらう。ゲームは『ババ抜き』と『大富豪』の二種類、ローカルルールはなし。ただし、ポイント制でグループ内の下位二名には、グラウンド整備を行ってもらう」
筋トレで疲れている身体に更に少人数でのグラウンド整備がかかっていることで真剣にゲームを始めた。
「あの~、これはどういう練習なのでしょうか」
「見てみろ、アイツらのマジな
腕を組んだまま、アゴでナイン指す。
「相手の顔色を伺いつつカードを切る。読み合い、騙し合いだ」
「さしずめ、勝負勘のトレーニングね」
はるかの横で、
「まーな。こういったもんは危機感がないと意味がない」
「なるほど、それでバツゲーム付きなんですね」
時間にして一時間弱だが本気の勝負をして神経を擦りきらせた今日の部活は解散となった。
「うぅっ......。足、パンパン......」
「
「くっそー、明日は負けないからっ!」
いつもの交差点で六人は別れる。
帰り道があおいと同じの
「はあ......」
「どうしたの?
「今日もボールを触れなかったな~、って」
「そういえばそうだね」
「俺たち、こんなことで大丈夫なのかな?」
日は暮れて星が見える空を見て言った
「ねぇ、キャッチボールしよ!」
「えっ?」
「ほら、ちょうど公園があるし。行こう!」
「えっ? ちょ、ちょっと......!」
あおいは
「練習試合の相手が決まったわ」
「ふーん」
いつものバーでアルコールをたしなむ
「もう。ちょっとは興味を持ちなさいよ」
「どうせ本番じゃねえからな、で相手は?」
「聞いておどろきなさい。相手は――」
それは――春の覇者、アンドロメダ学園。
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game9 ~挑発~
空き教室では恒例のグラウンド整備をかけたトランプ勝負(今日はポーカー)で、三位と四位を競う
「
「来いよ、
「覚悟でやんす!」
対する
「ストレートだぜ!」
「ギャーッ! でやんすー」
大袈裟にバタッ! と机に崩れ落ちる
「おいらに勝とうなんて、10年早いぜ!」
「通算成績はオイラの方が上でやんす!」
むくっと起き上がった
「まったく、アホね」
「あははっ。まあまあ、元気があっていいじゃない」
あおいは笑いながら、
そこへ、
「はい、注目。練習はここまで。今日のグラウンド整備は、みんなでするわよ」
練習後のバツゲームが恒例になっているため「どうしてですかー?」と質問が飛ぶ。
「明日の午後に試合を組んだからよ」
「試合......?」
「けど試合かぁー、楽しみね!」
「オイラ、ボール触るの久しぶりでやんす」
「おいらもだぜ」
毎日基礎体力強化ためボールもバットも触らないトレーニングを続けている彼らにとって明日の試合は、楽しみ半分、不安半分といったところ。
「ねぇ、バッティングセンターに寄っていかない?」
「さんせー!」
不安を少しでも払拭するため、
「あっ、コーチ!」
「あん? なんだ、お前らか」
「あの、今から打っていこうと思ってるんですけど見てもらえますか?」
カウンターで支払いを済ませて、ゲージでバットを構える。
「この感触......燃えるぜ!」
「1ゲームずつ交代でやんすよ」
「わかってるって。よーし、こーいっ!」
感覚を取り戻すため男子三人は130km/hのゲージで交代で、女子は二ヶ所ある120km/hゲージでバッティングを始める。
「ああ~ん、また折れたぁ......」
「これで、通算32本目ですね」
「うっさわねー。何で折れるんだろ?」
初球でバットを折った
「よーし、今度こそ~」
「素直に金属で打てばいいじゃねーか」
ベンチに座ってタバコを吹かす、
「ヤダ! あたしは、このバットで甲子園に行くの!」
「フッ、強情だな」
「ふんっ、強情で結構よ!」
「貸せ」
「えっ?」
タバコを灰皿に押し付けた
「お前は、手首の使い方が悪い」
「手首?」
首をかしげる
「木製バットは金属に比べて脆く反発力が小さい。軟球なら折れることは稀だが、固く重い硬球は芯を外すと極端に折れやすくなる。そこで――」
ピッチングマシーンから放たれた120km/hのストレートを捉え、バットを折ることなくキレイにセンター方向へ弾き返した。
「インパクト時に手首をしぼり、ボールに逆回転をかけるイメージで打ち返す」
接地面が大きくなるほど圧力は分散され、バットも折れにくくなる。身近な例だと、同じ大きさ同じ硬さの石でも先端が尖っている物の方が圧力が集約されているため踏んだ時により痛みを感じる。極論では、走行中の車のタイヤに足を踏まれるよりも、一点に体重がかかるハイヒールに踏まれる方が圧力が集約されているため比べ物にならないほど痛い。
※実際満員電車のブレーキで揺れた車内でふいに踏まれ、酷い場合は皮膚を貫通し出血、骨折した事例も実際にあるそうです。気を付けましょう。
「手首を使う......」
「俺もバッターとしては非力だ。だが、一度もバットを折ったことが無い」
「まあ、できるかはお前次第だけどな」
「......よーし、やってやるわ!」
気合いを入れて
「2本連続だぜ!」
「
「へへっ」
はるかに褒められて調子に乗った
一通りの打撃を見た
「さ、今日もやろっ」
「え? 明日試合だよ?」
「だからやるのっ。ほらほらっ!」
「明日の試合、相手はどこなんだろ? 監督は楽しみにしてろって言ってたけど」
「さあ? ボクは、どこが相手でも全力だよ」
そう言ったあおいだったが、先日都大会ベスト8のパワフル高校との試合で打ち込まれた記憶が彼女の頭を過った。頭を数回振って悪いイメージを振り払って顔を上げる。
「ねえ、座ってもらえる?」
「オッケー。ちょっと待ってね」
バックから出したキャッチャーミット(ブルペン捕手用の野球部の備品)に着け替えた
「いいよ」
「いくよっ!」
しなやかなアンダースローから放たれた低めのボールが乾いた音を鳴らし、ミットに突き刺さる。
「オッケー! ナイスボールッ!」
「よーし、どんどんいっくよー!」
30球ほどピッチング練習後、二人が家路についた夜、
「これ、本気なの?」
「当然だろ」
「いくら負けてもいい練習試合でも、これは......」
パワフル高校戦とガラリと変わったオーダーに不安を隠せないでいる。
「勝ち上がるためには必要になるのさ。特に、コイツがな」
置いたグラスの氷がカランッと音を奏でる。
「どういうこと?」
「フッ......」
意味深な笑みを見せる。
「しかし、よく春の覇者と組めたな」
「ちょっとコネがあってね」
お返しと言わんばかりに意味深に微笑む
「けど、無理を言って組んでもらったから相手は一年生。と言っても将来のレギュラー候補だからレベルは高いわ」
「つけ込めるな」
咥えたタバコにライターで火をつける。
「気が変わった。明日は勝ちにいく」
「えっ? なら、なおさら無謀じゃない」
「まあ、楽しみにしてろよ」
そして、試合当日。
アンドロメダ学園が到着する前に恋恋ナインは、ボールやバットを使った久しぶりの練習に汗を流している。
「みんな、集合して!」
アンドロメダ学園のバスが到着する前に
「今日の相手だけど、アンドロメダ学園よ」
「ア、アア、アンドロメダ......?」
「安藤梅田学園? 変わった名前でやんすね」
「なに惚けたこと言ってんのよ、
春の覇者の名前を聞いて動揺を隠せないでいる中、のんきな
「アンドロメダ学園って言ったら、春の甲子園優勝校じゃない!」
「あ、あのアンドロメダ学園でやんすかっ!?」
事の重大さに気づいた
「無理無理、無理でやんす!」
「はいはい、少し落ち着きなさい。アンドロメダ学園と言っても相手はレギュラーじゃないわ」
「レギュラーじゃない? どういうことですか?」
「別の学校に遠征が決まってるところを頼んだから。さてご到着ね。みんな立って」
アンドロメダ学園のナインが40代くらいの男性と共にベンチ前までやって来た。
「アンドロメダ学園野球部部長の
「恋恋高校監督の
「いいえ、こちらこそお招きいただいて。みなさんには申し訳無いですが、レギュラーは先約の遠征がありまして。我々は一年生になりますが......」
「いえ、無理に頼んだのはわたしたちですから。お気になさらずに」
「そうですか。それでは本日はよろしくお願いします」
「お願いします!」
帽子を取り挨拶をするとキビキビと練習を始めた。
「一年......?」
「一年生相手なら、どうにかなりそうでやんすねっ」
一年生と聞いて眉尻を上げる
「お前ら、舐められてるのさ」
「ちょっと、
「舐められてる?」
「フッ......考えてみろよ。レギュラーと言っても全員連れて行く訳じゃない、ベンチを含めれば20人前後。どういう意味わかるか?」
「アンドロメダは名門だ。二年三年を合わせてそんなに部員が少ない訳がない」
「まさか......!?」
「お前らにはレギュラーはもちろん。二年の二軍すら出す価値もねぇって事だな」
「むっ......、言ってくれるじゃない」
「オイラもムカついてきたぜ......」
狙い通り
「そこでだ。今日はコールドで終わらせる」
「コールド......」
「所詮は一年生坊主。力で言えばお前らが追い詰めたパワフル高校以下だ、余裕だろ?」
力強く頷く。
「はい! やるぞみんな!」
「オオーッ!」
キャプテンの号令で一つになった。
そして、スターティングオーダーを発表。
「あたしがセカンド?」
「オイラ、三番でやんす!?」
「オ、オイラが四番。しかもショート!?」
ガラリと変わったオーダーの中で最大のサプライズ。
「俺が......」
「
動揺する
八番キャッチャー――
「コーチ。俺、キャッチャーなんて......」
「問題ねえよ。
「は、はい。いいか、
「あ、ああ。頼むよ」
正捕手だった
「それでは試合を恋恋高校対アンドロメダ学園の試合を始めます。先攻――アンドロメダ」
「お願いします!」
恋恋高校ナインが新しいポジションに付く。
マウンドでは
「じゃあ、サインはこれで」
「うんっ。
「ああ!」
球審が手を上げて宣言。
「プレーボール!」
試合が始まった。
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game10 ~夢~
恋恋高校先発あおいの初球は、アウトローへのストレート。
この試合で初めてマスクを被った
「つぅ......」
「ストライークッ!」
球審のコールを聞いて
「(あおいちゃん、気合い入ってるな。よし、俺も!)」
利き手に持ち替えて、元気よく投手にボールを投げ返す。
「ナイスボール!」
「うん!」
返球を受け取ったあおいはサインにうなづき、再びモーションに入る。二球目も同じコース。外のストレートで空振りを奪い、カウント0-2。二球で追い込んだバッテリー、
三球目――釣り球、真ん中高めのストレート。
「ストライク、バッターアウトッ!」
オーバースローとは違うアンダースロー独特の浮き上がる様な軌道のストレートで、先頭バッターを空振り三振に切った。
このワンアウトは
「オッケー、ナイスピーッ!」
「ナイスリード!」
グラウンドのナインだけではなく、ベンチの新入部員たちも大きな声を出して盛り立てる。
「ふふっ、うまく焚き付けられたみたいね」
「単純なもんさ」
昨夜バーで二人は、アンドロメダ学園に勝利するための作戦を話し合っていた。
「勝つためには絶対条件がある」
「絶対条件?」
「5回10点差コールドゲームで終わらせることだ」
「5回コールド?」
相手がいくら一年生だけだとしても、さすがに無茶。だが、
本番では勝ち上がる度に日程が詰まっていき、疲労が蓄積され体が思うように動かなくなっていく。女子の参加が認められるのは夏の予選からのため、春大会は辞退。そのため、本大会に近い条件下での経験を一度させることが試合の本来の目的だったが、状況が変わった。相手が春の覇者アンドロメダ学園と決まったことで付加価値が生まれた。
「でも、あの子たちは『勝ち』を知らないわ。アンドロメダ学園が相手だと知れたら......」
「だから臆せず戦わせる必要があるのさ。お前にも協力してもらう」
その奮起方法は、
そして、昨晩の会話数日前から
現役時代は、事前に対戦データを集めることはほとんどなかったが、今は自らマウンドに立つことが出来ないための苦肉の策。
「スリーアウトチェンジ」
恋恋高校初回の守りは大きなミスもなくきっちりと三人で抑えてベンチへ戻ってきた。
「自信無さげだったわりには、無難にこなすじゃないか」
「いえ、必死ですよ」
苦笑いの
そこへ、パワフル高校戦で正捕手を務めた
「相手の先発は、
「
「ブルペンだけど最速140km/hのストレートにスライダー、カーブ、フォーク、シンカー......。とても一年生とは思えないわね」
「その辺の学校なら一年でも十分エースを張れるレベルだ。だが――」
マウンドで投球練習をしている
「所詮は一年だ」
後攻の恋恋高校の攻撃は、
「よっしゃー! こーい!」
「
「
名門アンドロメダと言う名に臆することなく構える。
キャッチャーのサインにうなづき右のオーバーハンドから
「ボール」
初球は外のカーブがボール一個分外れてカウント1-0。二球目は同じコースからのスライダーを引っ張って、ファウル。三球目は、インコースやや甘めのストレートを一塁線へのファウル。
四球目カウント1-2からの外のシンカーを走り打ち、平凡なショートゴロを打たされるも際どいタイミングでのアウト。
「ちっ。間一髪か」
「惜しい惜しい!」
「ドンマイでやんすー!」
「おう。
「オッケー」
ベンチに戻ってきた
「......手首を使って打つ。よしっ」
「まずまずだな。さて......」
『はい』
「どうだ?」
『はい、順調に増えています』
「そうか。そのまま続けてくれ」
電話を切るとちょうど
「いくぜ!」
「ストライク!」
「よし」
外へ逃げるカーブで一つ空振りを奪う。
二球目、真ん中から落ちるフォークを見逃して0-2と追い込まれた。
「(カーブにフォークか。
配球を思い返しながら足場を整えて構え直す。
「プレイ」
球審のコールで試合再開。
「(――真っ直ぐ、ヤバい、差し込まれたッ!)」
「よし、ライト!」
「オーライ、オーライ!」
やや振り遅れた打球は、ライト上空へと上がった。ライトはグラブを掲げながら余裕を持って徐々に後ろへ下がって行く。そして、その足が止まる。フェンスに当たって――。
「えっ......?」
「うっそ!」
「あれ?」
つまったと思われた打球は予想外に伸び、ライトフェンスをギリギリで越えた。今日四番に座る
「キミ、ホームランだよ」
「あっ! はい!」
自らが放った打球に戸惑っていた
「ナイスホームラン! 凄かったよ
「ほんとやるじゃない、見直したわ!」
「へへへっ」
あおいと
「今の打球、すごい伸びたな」
「おおっ、オイラも驚いたぜ。差し込まれたと思ったんだけどなぁ~」
二人の話しを聞いて
「これが、
「まあな。自分じゃまだ気づいていないが、
「
投手の投げるボールの回転を見極められるほどの驚異的な動体視力と巧みなバットコントロールを持ち。常に打撃三部門の上位に位置し打率に関しては4割に迫る成績を残し、さらには頭脳戦にも丈、
「
「うまく育てばな」
連続ホームラン以上に広角へ打ち分けることが出来る打撃センス。そして何より、
「だが、
「
「さてな」
惚けて濁す
『先ほどの
「そうか。SNSにも動画を上げておけ」
『わかりました。では失礼します』
スマホを置く。
「
「ああ、明日から忙しくなる覚悟しておくんだな」
「ふふっ。望むところよ」
「どうかね?」
「あ、理事長先生。
「そうか」
机ははるかが使っているため理事長は、来客者用のソファに座りグラウンドを眺める。
「さすがは伝説の勝負師。期待通りの働きをしてくれているようだね」
「理事長先生は
はるかの質問を聞いて、理事長は目を閉じて微笑んだ。
「私が
「理事長先生が?」
「私は、埼玉の片田舎出身でね」
「埼玉県? あ、コーチの......」
「うむ。息子がまだ小さな子どものころに、リカオンズの試合に連れて行ったことがあった。あの年は強くてね、連勝連勝で勝ち続けリーグ制覇を成し遂げた。しかし、徐々にチームは低迷して行き万年Bクラス。近年では三年連続の最下位に沈んでしまった。だが、そこへ救世主が現れた。それが彼だ」
ベンチに足を組んで座る
「あの風貌と態度。最初はとんでもない選手が加入したと思ったものだが、彼のプレーでリカオンズは変わった。強かったあの頃のリカオンズが戻ってきた。優勝を決めた試合は球場で昔馴染みと共に年甲斐もなくは騒いでしまったよ」
はっはっはっ、と声を出して豪快に笑い。ふぅ......、と一つ息を吐いて仕切り直してから続きを話す。
「ちょうどその頃だった。野球部と関わりの無い孫娘が女子選手の公式戦出場を認めさせるための協力を頼んできたんだ。そして、それが公式に認められた時私と同じ事を考えていた
「理事長先生......」
「ははは......。さて、じゃあ私はそろそろ行くよ」
――これから本社で会議があってね、と理事長は席を立ち部屋を出ていった。
「ありがとうございます。よーしっ」
はるかは、閉じられた扉に頭を下げてお礼を言ってからパソコンに目を戻して
グラウンドでは三回の攻防が終了。
あおいは、捕手
そして、2-0のまま五回表ワンナウトからヒットでランナーを一人出した場面で
「
「
「ああ。あおいはライト。
「......わかったわ」
捕手の
「
「は、はい。わかりました!」
女子新入部員の
「
「マジかよ......」
「ファイトです、せんぱいっ!」
頭を下げてベンチへ戻る。
「俺、ピッチャーなんてやったこと無いんだぜ...…?」
「まあコーチが言うんだし、何か確証があるんだろうさ」
「そうだよな?」
「ああ、だから俺のミットめがけて思い切り投げ込んで来い! 絶対捕る!」
「おう! 頼むぜ」
ポジションに戻って試合再開。
四回表一死一塁バッターは
初マウンドの
「っ!?」
手元で内角へ食い込んだ。バットの根元に当たった
サード
「ナイスだぜ
「スゲーな!」
「いてっ、いてっ。俺が一番驚いてるっての!」
「
「それで、真ん中に投げさせて右打席の
「それだけじゃねえよ」
「えっ?」
――来たか。さて、そろそろ潰すとするか、と。
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game11 ~重圧~
四回裏の攻撃に入る前に
「五回コールドゲーム覚えてるか?」
「はい!」
力強く頷いた。
前の回をダブルプレーという良い形で守備を終えた事で、ナインの士気は高い。
「攻撃は後二回だ、そろそろ追加点を取りに行く。
「は、はい!」
「あとは、そのつど指示を出す」
六番バッターの
「プレイ!」
球審が右手を上げてコール。
アンドロメダバッテリーはサインを交換を行い、ピッチャー
狙い通りの甘いボールをミスショットせず叩き、レフトフェンス直撃の二塁打を放ち、ベース上でガッツポーズ。
「いいぞ、
「ナイバッチ!」
いきなり無死二塁のチャンスを作った。
「セーフティバント。確実にピッチャーに取らせろ」
「わかりました」
「さて、質問は?」
「初球の変化球は分かります」
「でも、どうして高めに浮くまで......」
「わたしも気になるわ。
「答えは、
六番バッターの
「うっ......!」
「うわっ!」
送球は大きく逸れて一塁側フェンスに直撃。ライトが暴投に追いついた時には既に、セカンドランナーはホームに生還、バッターランナーもセカンドへ進塁していた。
「暴投!? あんな余裕のある場合で......」
「そう言うことか......あの子、右手をケガしたのね」
「ケガっつうより痺れだな。
内野がマウンドへ集まる中、
「そう簡単には終わらせねえよ。最低13点取るまではな」
「13点? コールドならあと7点でいいんじゃない?」
「必要なんだよ。五回コールドで終わらせるため」
その後も七番
「おい。次の回頭から投げる気あるか?」
「......はい、投げます!」
「なら、バッターボックスの一番外に立って初球をバントでファーストへ転がせ」
あおいは頷いて、バッターボックスへ。更に
「だけどファーストって、ちょっと無謀じゃないの?」
「100%決まるさ。初球は、真ん中付近のストレートだからな」
しかし、
外に立ち打ち、まったく気を見せないあおいに対して、
ダッシュして来たファーストは、捕球後サードを見る。
「ダメだ! 投げるな、間に合わない!」
「なら!」
「こっちもダメだ!」
重盗が功を奏し、サードセカンド共に間に合わないと手でバツマークを作る。
「ファースト......?」
捕球したファーストは一塁を見て固まった。何故なら誰も居なかったからだ。
セーフティバントで「投・一・三」は打球へ向かいチャージ。ダブルスチールで遊撃手はサードへ、二塁手はセカンドベースのカバーリング。気づいた投手の
「完全に連携ミスね」
「所詮は一年だからな。名門と言っても新年度が始まって一週間そこそこ、一年の連携にまで手は回っていなかった。まあ仮に回っていたとしてもタイミングはセーフだ」
打ち気の無いあおいを見て置きに行ったストレートは、通常と比べると球速・球威ともに出ていなかったためバントは容易い。しかも、右打席のあおいは左足を踏み込んでのセーフティーバントになったことで当たった瞬間には走り出せているという二重の策を仕掛けていた。
この回二回目の伝令を使い、アンドロメダベンチは慌ただしくなり、ようやく控え投手がブルペンで肩を作り出した。
「追加点を許したら代えるって雰囲気ね」
「代えねえよ。まあ代えてくれた方が楽だけどな」
その
そして、その迷いが傷口をさらに広げていく。
犠牲フライで一死は取ったが、四死球と暴投が重なる。手の痺れは取れるも今度は味方のエラーや連携ミス等でさらに3失点を献上。ここでようやく交代を告げるも余りにも遅すぎた。
ここで6点以上取らなければ、
「この回抑えて終わらせるぞー!」
「おおーっ!」
気合いを入れてベンチを出て行く恋恋ナイン。
「五点余裕があることを忘れるな」
「え? あ、はい」
少し首をかしげながらキャッチャースボックスへ向かう。
「もう遅いよっ」
「ごめんごめん。いいよ」
気合いを削がれ形の
「ナイスボール!」
あおいの球威はまだ衰えていない。ミットの手応えを感じながら頷いてボールを投げ返す。
「調子は変わってないみたいだけど、点取られるの?」
「今のままならな」
四回表のアンドロメダの攻撃。
ダブルプレーで切り抜けたとは言え、二巡目に入りアンダースローの球筋に対応してきた。
「まあ問題があるのは
「急造キャッチャーの
「無駄だ。あいつは、いくら普段と球速が違うとは言え
「
「キャッチャーであることを意識しなければ」
アンドロメダの攻撃。
ここまで打ち崩すことが出来ないでいたあおいのピッチングに、ツーストライクと追い込まれてからストレートを流し打ちで一二塁間を破り、ノーアウトからランナーを出した。
次の打者も追い込まれてからヒットで出塁。無死一二塁。
「連打っ。それもどっちも追い込んでから......!」
「さすがは名門校。気づいたようだな」
――さて、ここからどう対処するか見物だ。
今までとは明らかに違う攻撃にたまらずタイムを取り内野をマウンドに集める
「
「しゃんとしなさいよ!」
「ああ、わかってるよ」
一塁に入り
追い込んでから振り逃げやワイルドピッチを怖れての配球。球筋に慣れていない一巡目は、それでも打ち損じてくれたが二巡目はそう簡単には行かない。
「あおいちゃん、低めの変化球を使おう。絶対捕るから」
「うんっ」
ポジションに戻り試合再開。
あおいは、目で牽制しての投球。
見逃し四つでカウント2-2と追い込み、勝負球は狙われているストレートでは無く膝元へ落ちるシンカー。
「スイングアウト!」
バッターはワンバウンドした投球に、空振り三振。一塁が埋まっているため振り逃げは無効だが、
「ゴメン......」
「ううん。それよりワンナウトだよっ、あと二人抑えようっ」
一死二三塁から四番の打席、追い込む前の変化球を後逸し1点を返され15-1なおも一死三塁のピンチ。
カウント1-1からファウルで追い込み四球目。
「――あっ!」
「フンッ!」
甘く入ったカーブを捉えられ、ツーランホームランを打たれた。15-3と追い上げられ、さらにヒットと連続フォアボールで塁が埋まり一死満塁のピンチを迎えた。
「タイム!」
頭が真っ白になりタイムを要求しない
「満塁......指示してあげないのっ?」
心配そうな
「長引かすのも面倒だし仕方ねぇな。おい、お前伝令だ。
「はいっ」
伝令はマウンドで
「ビデオ?」
「あれじゃない。コーチに渡されたやつ」
「あ、ああ~......」
「きっとビデオの中にヒントが有るんだよ」
「ヒント、か......」
――もう、いいかね?
球審がマウンドに行き急かす。
「あ、すみません! すぐに戻ります!」
「
「俺ら絶対守るからさ!」
内野陣は、バッテリーを励ましポジションへ戻った。
「(ビデオを思い出せ、か......。確か満塁の場面も何回か。そうだ、コーチや
「ふぅ......」
目をつむっていた
「(......そうだ。この場面一番緊張するのは、
名門校が弱小校相手にコールドゲーム回避は当然のこと、絶対に勝たなくてはならないという
「(ランナーも同じだ)」
それぞれの塁上ランナーたちも一歩でホームに近づきたいがためリードが大きい。
「(よし。なら先ずは、これで!)」
「(えっ!?)」
それでも、さっきまでとは違う
「ふぅ~......、んっ!」
息を整えて、モーションを起こして投げた。
初球は、真ん中への緩いボール。
「(――遅い! カーブだ!)」
遅く山なりのボールをカーブと読み外角狙いで振った。
――ブンッ! と高い金属音は響かず、その代わりに風を切るスイングの音がホームベース上で鳴る。
「えっ......?」
「ストライク!」
「サード!」
ど真ん中のスローボールを捕球した
「セ、セーフッ!」
「ふぅ~、さすがに無理か」
「ナイス牽制! おしいおしい!」
「(スローボールじゃあさすがに無理か......。空振りを取りつつサードを刺すことは今の俺には出来ない。それなら一点は捨ててゴロで一つアウトをもらおう)」
初球と同じコースからのカーブでファウルを打たせ、カウント0-2。内野に左に動け、とブロックサインを出し、あおいには内角のシンカーを要求。やや甘いコースから内角へシンカーにバッターは食い付き、狙い通りショートゴロを打たせた。
「ホームは無視でいいよ! サード!」
「あいよッ!」
「アウト!」
あと二点余裕があることを頭に置いての冷静な判断で、サードで確実にひとつアウトを取った。15-4と1点を返されるも、これでツーアウト。
「今の判断は、冷静だったわね!」
「まあこんなもんか」
あとアウト一つで勝利となる場面ではしゃぐ
打席では、ラストバッターになるかも知れない選手が額から油汗を流している。ボール球二つを振らせてツーストライク。
「(これで決めよう)」
「(うん!)」
こくっ、とサインに頷いてラストボールを投げた。
あおいの投げたラストボールは――ど真ん中のストレート。
バッターのバットは快音を響かせるどころか
あおい渾身のストレートは
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game12 ~新戦力~
アンドロメダ学園との試合が終わりグラウンド整備後
「みんなおつかれさま、今日の部活はこれで終わりよ。
「はい。全員整列、礼!」
――ありがとございました!
声を揃えてグラウンドへ頭を下げて解散。
「
「ありがとう。ごくろうさま」
「いいえ、それでは失礼します」
試合の配信に使っていたパソコンやカメラを受け取り、部室に片付けてからベンチに戻る。
「お待たせー」
「いえ、それで何の用事でしょうか?」
部室から紙袋を持って戻ってきた
「ふふっ、これよ!」
「お、おおーっ」
紙袋からビニールに包まれた真新しいユニフォームとアンダーシャツをベンチに並べて置いた。
「みんなのユニフォームよ。あなたたちも明日からは、このユニフォームで練習に参加してね」
パチッとウインクをした
仮入部から一週間、練習という名の過酷な基礎体力強化(筋トレ)に耐え抜いた新入部員たちは、ようやく恋恋高校野球部の一員と認められた事に感動した様子で新しいユニフォームを手に取った。
「ダサいユニフォームだよな」
「いきなり冷や水かけないであげて」
「あはは......」
白地に高校野球では珍しいピンクを基調とした個性的なユニフォームに素直な感想を述べる
「失礼します!」
「はい、おつかれさま」
新入部員たちは挨拶をして帰宅。
ベンチには
「あのもう一着は?」
「ああ、これ?
「んなもん着ねえよ」
「あら、テレてるの?」
「さて、今日の総括といくか。打撃は70、守備は40ってところだな」
「40点ですか......」
最終回のドタバタ劇にある程度厳しい評価を覚悟していた
「4点目は要らない点だったな。あの場面で左に打たせサードランナーを無視するのであれば、一つ前の牽制はファーストへ投げるべきだったな。お前、楽な方を選んだだろ?」
「うぐっ......」
図星を突かれて顔をそむけた。
最終回サード牽制を入れた場面。
各ランナーのリードが大きく牽制を投げると決めた
その理由は二つ。
一つはサードランナーの存在価値。ヒットは勿論、暴投、ボーク、エラー、四死球でも失点に繋がる。さらにリードが大きければ内野ゴロを打たせた場合であっても失点の確率が上がる。そのため牽制を挟みホームに近いサードランナーのリード小さくさせる狙いがあった。
そして二つ目は、
ショートは基本的にファーストセカンドへの送球が多くサードへ投げる事は稀で中継プレー以外では一試合に一度有るか無いかくらいの割合。
この送球方向を捕手のポジションに当てはめた場合セカンドサード方向への送球には慣れているが、ファーストへの送球はショートからサードへの送球に近い感覚になるためサードランナーと送球が重なるリスクをおかしてまで送球に自信のあるサードへの牽制を選択した。
「あの場面の牽制は本気で刺す必要は無い。ファーストに投げリードを小さくさせておけば、あのやや深めの位置での捕球でも
やや厳しく言った
「だが、あれでいい」
「えっ?」
「お前は、余裕のある5点目をやらなかった。結果を出した、それでいい。
「はいはい。
「キャッチャーミット?」
「お前には本格的にキャッチャーへコンバートしてもらう」
「キャッチャー......」
「部の備品じゃ手に馴染まないでしょ? 因みにそれ、
「え!?」
手に持ったミットを見つめていた
「フッ......」
「期待されてるわね」
「えっと、ありがとうございます」
「じゃあ先に行ってるわ」
一人ベンチに残った
「お前から見てどうだ? あいつは」
返事の代わりにベンチの裏から恋恋高校の制服を身にまとい髪をツインテールにまとめた少女が姿を現した。
「才能はあると思います。正直、あの回はもっと点を取られると思いました」
少女は最終回の
「あの状況であそこまで開き直れる人はそうは居ないですから」
「まあな。でだ、賭けは俺の勝ちなわけだが」
「......わかってますよ。野球部でお世話になります」
少し納得いかない
「素直じゃあねぇな、まあいいさ。そう言えばまだお前の名前を聞いてなかったな」
「
「勝負?」
「一打席勝負。俺が勝てばお前は野球部に入る。俺が負けたら......まあ何でもいい。値段を問わず好きな物をくれてやるよ」
「わかりました」
二人はバッティングセンターを出て、近くの公園へ場所を変える。
「で、どっちでやる?」
「えっ?」
「お前、投手だろ?」
一瞬で見抜かれた
「バッターで、お願いします」
「オーケー」
プロ野球の並み居る強打者を手玉に取り勝ち星を積み上げた伝説の投手との勝負を選んだ。
「ハンデをくれてやる」
「いりません!」
「そう言うなよ。勝負を成立させるためだ」
元プロと素人との差を埋めるため提案。
バント以外でインフィードに飛ばせさえすれば
「さあ行くぜ」
「............」
大きく振りかぶる
タイミングが合わず見逃してストライク。
二球目は110km/h程のストレートを真後ろへのファウルで追い込んだ。
「ふぅ~......。んっ!」
「ふーん」
――こりゃあ打たれるな。
空振りを取る予定だった二球目にタイミングを合わせてきたのを見て、細かいコントロールが出来ない今のままでは打たれると、
それでも構わず振りかぶる。
「――か」
「っ!?」
コーンッ!
「俺の勝ちだ」
「............」
頬を染めて
「まあ今のは無効にしてやる」
笑みを見せた
それは週末のアンドロメダ学園との試合に勝利することだった。
* * *
「そのミットどうしたの?」
「コーチに貰った」
いつもの十字路で四人と別れ、あおいと二人で歩いていた
「......本格的にキャッチャーになれって言われたよ」
「ふーん、そっか~」
「俺、キャッチャーなんて......」
あおいは数歩先に歩いてから振り返る。
「でもボクにはショートの時より楽しそうに見えたよ、マスクを被ってる時の
「えっ?」
うつむいていた顔を上げると、あおいは笑顔を見せた。
「さあ帰ろっ?」
「あ......うん。そうだね」
二人は、最終回のリードについて話をしながら家路を歩いた。
* * *
「
「ああ、明日から練習に参加する」
「そう。それにしても無謀に思えたけど本当にコールドで終わらせられるなんて......」
今日も
「ふぅ、おいしい。そうだ、キミの狙い通りさっそく試合の申し込みが多数きてたわよ」
「そうか」
これが
この宣伝効果は抜群。
他校の野球部関係者の目に止まりさらに一年生相手とは言え、春の覇者アンドロメダ学園にコールドで勝利したことで狙い通り練習試合の申し込みが殺到した。
「他県の強豪校からもきてるわよ」
「そうか。毎週末土日に試合を組め」
投手が二人になったことで連戦を組めるようになったことが今回の試合の一番の収穫とも言える。
「日曜は遠征でもいいわよね」
「ああ。対戦校の選定はお前に任せる好きにしてくれ」
「オッケー」
「ところで
「あいつはライトと抑えの二刀流で行く。
「納得してくれるかしら?」
「させるさ。それよりも問題はお前だ」
「わたし?」
なんのことか分からず首をかしげる。
「練習試合は
「......契約、8月まで延長しない?」
「公式戦一試合につき100万で引き受けてやるよ」
「はあ~、意地悪ね。一雇われ保健医師に700万円も払えるわけないじゃない」
「なら必死に身に付けることだな」
頬杖をつく
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game13 ~深紅の旗~
朝の教室。昨日のアンドロメダ戦の話題をSNSで知ったクラスメイトたちでパワフル高校戦後よりも大騒ぎになっていた。この騒ぎは朝だけのことではなく休み時間になる度、教室には学年問わず訪問者が訪れ中にはプレゼントを持ってくる生徒も数人居た。
「名門と言えど一年生投手なんて既にオイラの敵ではないでやんす」
「きゃーっ、
「野球部、マジでスゲーなぁ」
「ムフフッ、でやんす。このまま深紅の旗まで一直線でやんすー!」
昼休みには調子に乗り
「はぁ~......えらいことになったわね......」
「あはは、ほんとだね~」
タメ息をつく
その訳は彼女たちの机にあるプレゼント(お守りが多め)。その大半が後輩の女子ということもあり好意を無下には出来ないでいた。
「......た、ただいま」
「わぁっ!
「ちょっと大丈夫なのあんた?」
ボロボロになった
なぜ、こんなことになっているかと言うと三十分前に遡る。
『3-Aの
「今の声......、
「うん、ちょっと行って来るよ。先に食べてて」
昼休みに入ってすぐ
「お待たせしました」
「来たわね。ごめんね、お昼前に呼び出しちゃって」
「いえ。あの、それで?」
ベンチの前で
「ほらよ」
「えっ? これって......」
「金属バットよ」
「それは分かりますけど」
「そいつがお前の実力を知りたいと言うんでな。勝負してやれ」
「
「あ、はい、
簡単な自己紹介を済ませるとマウンドに向かった
「ワンナウト勝負。四死球及び打球をノーバンで外野へ飛ばせば、バッターの勝ち。三振や内野ゴロならピッチャーの勝ちだ。ストライク判定は俺がする」
「いくわよ?」
「どうぞ」
右手にグラブを付けた
「ストライク」
左のスリークォーターから放たれた綺麗な回転のストレートはアウトコースのストライクゾーンを通過し、フェンスに直撃した。
「スピード」
「106キロよ」
初球のストライクを見逃した
「フゥ――よし!」
「いくわっ」
二球目もストレート、コースも同じ。しかし、差し込まれて三塁ベンチ前へのファウルフライ。
「ファウル、ツーストライク。さあ、追い込まれたな」
「わ、わかってます!」
「(くそっ、思った以上に差し込まれてるし。ボールの下、ノビがあるんだ)」
「スピード」
「108km/h。
「間接が柔らかく、可動域が広い」
女性特有とも言えるしなやかな腕の振り、球持ちの投球でリリースポイントが見にくい。その効果で
そして、決着の時を迎える。
「あっ! くっそ~......」
「勝負あり。バッターの勝ち」
「でも、今のポップフライですけど?」
「関係ねえよ。内野を越えた時点でお前の勝ちだ。異論は?」
「私はありません」
バックネット裏からグラウンドへ戻った
「これ、俺のミット?」
「教室移動の間に、お前のバッグから抜いておいた」
「ええー!?」
「
「はい」
マウンドとホームの間にピッチングマシーンをセットして、
「準備できたわ」
「こちらも用意できました」
「じゃあ始めるとするか。
「は、はい......」
おそるおそるミットを構える。
「そう怯えるなよ、球速は80キロだ」
「でもマウンドの半分だから、体感だと160キロですよね!?」
「安心しろ。全部ワンバウンドだ」
「まっすぐ来ない分タチ悪いですって!」
「知らねえよ。ほら、行くぞ」
無慈悲にスイッチが押され、ピッチングマシーンから放たれたボールはホームプレートに当たり大きく跳ね上がりキャッチャーミットの上をすり抜けて、バックネットへ直撃して跳ね返る。
「あーあ、サードにランナーが居たらワイルドピッチで楽に一失点だな」
「うっ......」
「
「オッケー。いくわよ、
「は、はい! お願いします!」
放課後の練習(基礎体力トレーニング)後では時間が足りない為の個人練習。
「感想は?」
「空振りを取れなかったことが悔しいです」
「あいつらは動体視力を鍛えるトレーニングを積んでいる」
「もう一球お願いしますー!」
始めてまだ一週間とはいえ、眼球運動を鍛えるトレーニングの成果なのか、砂まみれになりながらも必死にショートバウンドを捕る練習を繰り返し、徐々にではあるが確実にミットに当たる回数が増えてきた。
「お前ならすぐに追いつけるさ」
「――はい!」
頷いた
「と、言うことがあったんだよ......」
「だから、汚ない訳なのね」
「そうなんだ、大変だったね」
「
「ありがとう、はるかちゃん」
グラウンドから教室に戻ってきた途端に机へ突っ伏した
「けど、
「そ、男子にスッゴい人気があるって話だけど。確か
「なんだー?」
「
「
「そうそう、あんた同じクラスっしょ?」
「おおよ。
「へぇーそうなんだー。あたしとどっちがかわいい~?」
「......へっ」
猫なで声で訊く
「むっ。何よ、そのバカにした笑いは!」
「なあ
「さすが
「無視すんなー! もぅ失礼しちゃうわねっ」
「あははっ。それより早く食べちゃわないとお昼休み終わっちゃうよ?」
あおいの忠告を聞いて急いで昼食を済ませて午後の授業。そして部活動の時間、放課後がやって来た。ナインがベンチの前に集まると、
「今日から新しく入部する、
「
「うっひょー! 春の予感でやんすー!」
「
「ええ、よろしくね。
「おうっ、気合い入るぜー」
テンションだだ上がりの男子部員たちとちやほやされている
「悔しいけどホントかわいいわ、スタイルも良いし......」
「うん、だね......」
「あおいも
はるかはフォローするも二人には、むなしく聞こえるだけだった。
気を取り直し練習開始。初参加の
「今日から新しいトレーニングを追加する」
「これは振り子ですね」
新しく導入するトレーニングは振り子を利用したフォーカス強化トレーニング。
今までは止まっている物にピントを合わせるだっただが今回は、動いている物体に貼られたシールにピントを合わせるためより素早く正確に捕らえる力を身につけさせることを目的としたトレーニング。
「最初は目で追うが最終的に、目を動かさず死角から入ってきた振り子を正面で捉える」
「......まったく見えませんわ」
「また無茶なことを求めるわね」
「別に出来るなんて思っちゃいないさ。だが、それくらい気持ちがなけりゃ届かねえよ」
――深紅の旗にはな。
「
「
「じゃあ一年弱か、もっと早く入れば良かったのに」
「野球は好きだけど、女子は公式戦に出られないってわかってから。それに、自信もなかったのよ」
一連のトレーニングを追えたナインたちは、
「対戦相手が決まったわ。相手は、大筒高校。県下屈指の打撃陣で春の地区大会はベスト16。甲子園出場経験もある伝統校よ。先方が出向いてくれるわ」
「県下屈指の打撃陣でベスト16ねぇ」
「主力選手が出られなかったのよ。
「要らねえよ。お前が目を通しておけ、監督さん」
「ハア、相変わらずね」
「せっかく調べて来たのに」と選手データが入ったファイルをテーブルに置いて、代わりにグラスを持つ。
「土曜の試合。先発は、
「いきなり先発させるの?」
「少々気になる事がある。三回まで持てばいい、その間に見極める」
「そう。まあ、いいけどね」
一週間新しいトレーニングを積み。
そして、週末を迎えた。
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game14 ~高等技術~
今話と次話、二話続けて修正してあります。
週末の土曜日、大筒高校をグラウンドに迎えての練習試合。
恋恋高校の先発は予定通り新戦力の、
左スリークォーターのしなやかな腕の振りから放たれた綺麗なスピンがかかったストレートは、乾いたいい音をキャッチャーミットに響かせる。
「ナイスボール! 走ってるよ」
「ありがと」
「
「おおよ!」
隣では今日、控えに回ったあおいが「いつでも行ける」とアピール。
そして、大筒高校のウォーミングアップが終わり、両校ナインは各ベンチ前に集合、直前のミーティングを行う。
「スタメンは、さっき発表した通りよ。キャプテン」
「はい。みんな、今日も全力で勝ちに行くぞ! 恋恋ファイ――」
「オオーッ!!」
円陣を組み、気合いを入れてグラウンドへ駆け出した。
両校のナインが、グラウンド中央に整列。
「恋恋高校野球部諸君、今日は試合を引き受けてくれてありがとう。お互い良いプレーをしよう」
「ああ、よろしく!」
大筒高校主将
二人の行為を見届け頷いた球審は手を上げて、試合開始を宣言。
「先攻、大筒。礼!」
恋恋高校は自身のポジションに散り、大筒高校は先頭打者を残してベンチへと戻った。先発の
「プレイボール!」
「よっしゃ! 来いや!」
「(構えが大きいなあ。とりあえず、これで)」
前回の試合の最終回の反省を活かして注意深く打者を観察し、初球のサインを出す。うなづいた
「ストライク!」
恋恋バッテリーの選択は、アンドロメダ戦では投げなかった
その様子を大筒ベンチでバッティンググローブを着け、自分の打席に備える
「(大事な初球を変化球から入ってきた。
二球目、外角のきわどいコースのストレート。振り抜かれた打球は、サード
「どうだ? 彼女のボールは」
「アネさん、どうもこうも遅すぎですよ」
「差し込まれていたように見えたけど」
「前がもっと遅い変化球だったんで、ちょっとタイミングがズレただけです。次はきっちり、リベンジ決めてやりますよ!」
気楽な感じの
「(あ! 甘いボール来た――あれ?)」
「今度は引っかけた?」
金属バットのヘッドの先っぽに当たったボテボテのゴロがファーストへ転がる。ファーストの
「どうだった?」
先頭バッターの時と同じように討ち取られて戻って来た
「スピードはバッティングセンターくらいですけど、なんだかすっごく打ちづらかったです」
「そうか。わかった」
主審へ礼儀良く頭を下げてから左バッターボックスに立ち、マウンドの
力自慢の部員が軒を連ねる中もっとも非力な
「(遅いのに差し込まれる、そして、打ちづらさ。そのカラクリ、私が見極めさせてもらうぞ)」
「(
「――ん」
サイン頷き、
「(想像以上に来ない、これが打ちづらさか? 次は、カウント的にクサイところを突いてくる可能性が高い。おそらく、内ならストレート。外は、変化球――)」
バットを握る手に力が入ったのを見て、
「ふーん」
「なに?」
「いや、別に。さて、どう出るかね」
ベンチに寄りかかり退屈そうにしていた
「(内――真っ直ぐ......スライスした、シュートか!)」
「よし!」
バッテリーの選択は、待ちきれなかった速球に対応するため手元に呼び込んでコンパクトに叩こうとしていた
「ショート! サード!」
「おいらたちかよっ!?」
「クソーッ!」
横っ跳びしたサード
「やられた、打ち取ったと思ったのに」
「なかなかやるじゃないか、あいつ。
「あら、要らないんじゃなかったのかしら」
「マネージャー」
「はい、どうぞ」
「あっ、ちょっと!」
優位に立ち調子に乗った
「練習試合のデータのみだが、打率は三割後半。出塁率に至っては四割超え」
「敬遠も多いスラッガータイプの
「道理で今のを流せた訳だな」
打率、出塁率の高さから、先ほどの
「ライト!」
「任せろ」
ライトでスタメンの
「
「ドリンクをどうぞ!」
「タオルをどうぞ!」
「ありがと」
「
「あん?
「ムキーッ! 納得いかないわっ!」
「どうでしたか?」
「まずまずだ。
「あれ、なんで打たれたんですか? 俺、絶対打ち取ったって思ったんですけど」
先頭バッター
「インパクトの直前、軸足を流したんだ」
「軸足を流す......?」
「聞くより見た方が早いな。
言われた通りに構え、インコースにボールが来たことを想定してゆっくりスイングを開始。
「そこだ」
バットのヘッドが身体と平行になったところで、
「そのまま振ればヘッドが返り、凡打もしくはファウルになる確率が非常に高い。そこで軸足の踏み込みを捨て、外へ流す」
バッティングは腕の力だけではなく、下半身の力も重要な要素。特に軸足は体重を乗せ、インパクト時に前へ踏み込み、獣心を前方へ移動させることにより強い力を産み出し、飛距離を伸ばす。
「プロ野球でも滅多にお目にかかれない高等技術だ」
「俺、流し打ちはアウトコースを打つためのものだと思ってた」
「ボクも。そんな打ち方があるなんて」
「さて――」
解説を切り上げ、試合の方に目を戻す。
先頭の
「わりぃ、打ち上げちまった」
「惜しかったよ。角度もよかったし。さあ、守ろう」
「よっしゃ、行くか!」
「頼むぞ、強肩!」
前捕手
「ふふっ、うまくいってるみたいね」
「単純だからな」
試合前日のこと。
「お前には、ライトにコンバートしてもらう」
「......ライトですか?」
アンドロメダ戦の件もあり、ある程度の覚悟をしていた
「それともう一つ、お前には重要なポジションを務めて貰いたい。リリーフだ」
「リリーフ?」
「考えてみろよ。あおいと
「一点差、一打逆転の場面。ライトからマウンドへ颯爽と駆けつけ、ピンチの芽を刈り取り、何事もなかったかのように平然とベンチへ戻っていく。沸き上がる歓声、逆に相手はチャンスを逃し意気消沈。さらに外野の守備においてお前の肩はエンドランなどで、ランナーのサード進塁の抑止力になる。つまり守備の要でもあり、守護神でもあるということだ」
「――守護神。コーチ、俺......やります! 絶対優勝しようぜ!」
「おう! キャッチャーのこと教えてくれ!」
「任せろ! 覚悟しろよ、俺の全部叩き込んでやるからな!」
こんな感じで、
試合はその後、両校共に得点は上げられず二巡目に突入。四回表大筒高校の攻撃は
「(来た、思った通りだ!)」
「あっ!」
「フェア!」
塁審はフェアグランドを差して、コール。
前の回
両チーム通じて初の長打は、ツーベースヒット。
無死二塁の先制点のピンチで前の打席、ボール球をライトのフェンス際まで運んだ四番ヤールゼンを迎えた。
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game15 ~迷彩~
「ノーアウト二塁で四番!」
「くっくっく、さーて、この場面どう凌ぐか見物だな」
恋恋高校は四回表、大筒高校先頭バッター三番
「(
「(スタンスは第一打席よりもややオープン。インコース狙いかな? でも、外は届く。左打者だし、膝元のカーブで反応を見よう)」
「......んっ」
サインに頷いて
「(攻め方は正しいが、甘い。このチャンスは確実にいただく!)」
「走ったわよ!」
「えっ!?」
「初球、三盗! やられた......」
無死三塁にピンチが広がる。
「(まさか、初球で走られるなんて。でも狙い通り、ストライクをひとつ取れた。切り替えよう。この場面一点は仕方がないから、ランナーを残さないように――)」
オープンぎみのスタンスのヤールゼンに対し外中心の配球で追い込み、スタンスが元に戻ったところで勝負球。
「(よし、ナイスボール!)」
「(お、マジ言った通りじゃん!)」
バッテリーとしては意識が外に向いた打者の裏を突く、内角低めの絶妙なコースへ狙い通りのストレート。見逃し三振......と思われたが、引っ張った打球はライナーでライトのフェンス直撃のタイムリーツーベースヒット、サードランナーの
「
「うん。よーし、やるぞー!」
続く五番
「クリーンナップ相手に三連打、それも全部長打だなんて。県下屈指の重量打線は伊達じゃないわね。でも、どうして急に」
「気付いたのさ。二巡目、まあ、こんなところか」
「何に?」
「おーい、
同級生の
「行け」
「はい! 伝令です、お願いしますっ!」
「うむ。タイム」
内野はマウンドへ集まり、伝令の
「
「原因は、俺なんだね。周りをよく見る?」
「それから、
「......そう。わかったわ」
「それで、どうすんのよ?」
「簡単だぜ。全部おいらんとこに打たせればいいんだからな」
「何言ってのよ。そこはあたしっしょっ! 華麗な守備を見せてやるわっ!」
「あはは......ええっと。ここからは下位打線だし、とりあえず定位置で」
各々ポジションに戻り、六番バッターに備える。
「(周りを見ろ、か......見てるんだけどなあ)」
確かに
「(とにかく、1球1球注意して見るしかない。まずは、これで様子を見よう)」
出されたサインに頷いた
「(――踏み込んだ!?)」
踏み込んで打った打球は痛烈な当たりで一塁線を襲った。
ファースト
命拾いしたが、初球の変化球を。それもボール球を躊躇なく踏み込んで打たれたことに、
「
「えっ、あっ、タイムお願いします!」
「タイム」
「今の、どう見た? 完全に狙い打ちされた気がしたけど」
「俺もそう思う。そうじゃなきゃ、初球からボール球に踏み込んで打つなんて出来ないよ」
「そうね。他に気がついたことある?」
「それが......」
「コーチの指示通り全体をよく見てたけど。ベンチからも、ランナーからも、何かしらのサインが出た様子はなかった」
「そう......」
話し込むバッテリーに、
「さっきから何を話してんだー?」
「そうよ、早くしないと怒られるわよー」
「ああ、うん。分かってるよ」
「そっ? なら、いいけど~。それより、そんな慎重にならないであたしたちに任せなさいっての、読みは合ってるからさ」
「そうだぜー」
「あの二人、凄い自信ね」
「今日は、いいプレーを連発してるし。多少調子に乗って......る?」
この時「周りをよく見ろ」という
「どうしたの?」
「そうか、もしかして。ねえ
「なに?」
「じゃあ、当たってたらサインを出すからお願い!」
「ええ、わかったわっ」
「もういいかね?」
「はい! すぐ戻ります!」
ポジションに戻り、座ってサインを出す。
「(俺の考えが正しければ......!)」
二球目は、インコースへのストレート。
「ボール!」
普通ならデッドボールを恐れて退けぞるようなコースのストレートをバッターは平然と見送り、
「(もう一度だ。今度はこっちで......!)」
次は真ん中高めのボール球を要求。続けてアウトコース、更にもう一度インコースへ外した。
「(そうか、やっぱり......コーチの言っていたのはこれだったんだ!)」
「ボール! ボールフォア! テイクワンベース」
六番バッターはファーストへ歩く。
「ようやく気づいたらしいな」
「さっき教えてあげればよかったのに。意地悪ね」
「伝令は回数制限がある。結局のところ何か問題が起きた時、グラウンドで戦うアイツらが自力で解決法を確立できなければならない場面が必ず訪れる。まあ、今回は練習試合だからヒントをくれてやったけどな」
気合いを入れて、座り直し、サインを出す。
「(外だ!)」
バッターは踏み込んだ。しかし投げられたボールは、インコースのシュート。
「えっ......うっそ、何で!?」
「(よし、かかった!)」
外狙いから修正したバットの軌道が芯のやや内側に当たり、ライン際を締めていたサードの正面に飛んだ。
「5-5-4-3!」
「オーライ!」
サード
「あの場面、あえてミートさせてトリプルを狙うに行くとは。いい性格してるな、お前」
「それ、喜んでいいんですか......?」
「くっくっく、さあな。それより、アイツらに教えなくていいのか?」
「......二人には悪いですけど、この試合は利用しようと思っています。ダメですか?」
「いや、俺も同じことをする。騙している自覚が無いヤツが騙す。それこそが最強の
大筒高校のクリーンナップ三連打の秘密は、二遊間の守備の綻びを突いた攻撃。
相手バッターにしてみれば、コースを教えてもらっているようなもの。コースが分かれば、球種もだいたいの予測がつく。
「さて、そろそろ打ちに行くか。
「オッケー。相手投手ヤールゼンくんは見ての通り、サウスポー。常時140キロ超のストレートが武器の速球派。春大は実に投球割合の九割近くがストレート、この試合も殆ど変化球を使っていないわね」
「だそうだ。実際対戦してみた印象はどうだ?」
一番打席の多い
「角度があるストレートが厄介でやんす」
「だな。左だからってのもあるけど、つい手が出ちまう」
「でやんすね」
対戦経験の少ない長身のサウスポー相手に右バッターの
「カウントが悪くなると、甘いコース来るぞ」
「そもそも俺たちは、相手のストレートを捉えきれていない。コースが甘くても差し込まれる。相当手元で来る感じです」
「あたしには変化球も使ってきたわよ」
「私にもです。ただ、変化球は手も足も出ないようなボールじゃないです」
全員の意見を統括すると、ストレート中心ながらもカウント悪くなると甘く来る傾向があり、下位打線の
「そこまで来たんだ、もうやることは判るだろ」
「えっと......」
「ふぅ、追い込まれるまで手を出すな。ベンチから見ても、ヤツの制球はアバウト。特にストレートは顕著だ。球威がある分、コースを突くコントロールはない。やたら無闇に手を出して相手を助けるな。狙い球は?」
「......カウントが悪くなった時に来る、甘いコースのストレートと変化球?」
「ストレートは捉えられないんだろ。なら、変化球に絞ればいいだけだ。どれも決め球にあるような大した球じゃない。引き出せるか否かはお前次第だけどな。まあ、所詮ベスト16止まりのチーム、必ず綻びはある」
「は、はい!」
四回裏、恋恋高校の攻撃。塁に出たのは初回の
「行くぞ」
「いいよ!」
ヤールゼンは、捕手
「(よく見れば、投球練習でも荒れてるじゃん。これなら行けるぞ......!)」
「バッターラップ」
「お願いします!」
「(マズい、あからさまに待球策を講じてきた。声をかける......いや、今、声をかけても逆効果になりかねない。何より、ヤールゼンにだけ声をかけても仕方がない)」
「
「いや、なんでもない。
「はい!
実際ストレートのサインを出し続けているのは、捕手
「ボール! ボールスリー」
「やべぇ。ま、いいか。どうにかなるっしょ」
「おーい、しっかり頼むよー」
投げ返し、出したサインはやはりストレート。
甘いコースを見逃し、ひとつカウントを戻した大筒バッテリー。
「(マジで置きに来た。サードは定位置、これなら行ける――)」
五球目――セーフティバントを試みるも、転がせずにバックネットに当たってファウル、フルカウント。
「(くそ、転がせなかった。やっぱり、甘いコースでも真っ直ぐには力があるんだ)」
「うーん」
決まらなかったもののセーフティバントをされたことで、
「ストライク、バッターアウト!」
最後はチェンジアップにタイミングが合わず、空振り三振に倒れた。
「すみません......」
「あん? 何を謝る必要がある。引き出したじゃないか、狙いの変化球を」
「あっ!」
今の1球は、大きな意味を持つ1球。
「さてと、あとは任せた」
「えっ?」
「言っただろ。これは、
* * *
「試合は6-6の引き分け。
「まずまずだな」
いつものバーで大筒高校との試合結果を聞きながら、アルコールを静にたしなむ。
「
「どうせ、明日先発するんだから問題ねえよ。すぐに機嫌を直すさ」
「ふぅ、それより何処に行ってたのよ?」
――千葉マリナーズ、と。
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game16 ~悩める天才~
『さあ、ツーアウトまで来ました! 北海道フィンガーズ
千葉マリナーズの本拠地で戦うマリナーズ対フィンガーズの二回戦。
昨シーズン、球界のドン・
フィンガーズの投手・
そして、バッターボックスで対するは球界を代表する天才打者、
『ストライク! バッターボックスの
「(くそっ......。分かっているが、どうしてもフォームが崩れる)」
優勝決定戦の五試合前、
そして、その余波が今なお、
『
高めの浮き上がるようなストレートに手を出し、空振りの三振。
マウンド上で、クールに小さくガッツポーズを見せる
「
「......監督」
顔を上げた先にはマリナーズの監督を務める
「しばらく、下でフォームを固めて来い」
登録抹消、二軍降格通告。
ロッカールームの荷物を片付け、重い足どりで球場を後にする。
「天下の
「――と、
ルーキーイヤー以来の二軍降格にショックを隠せないでいた
「......なぜ、お前がこんなところに居る!?」
「図星か。悩める天才にアドバイスをしてやろうと思ってな」
「アドバイスだと? ふざけるな! 敵のお前からの情けなど受けない!」
「そう邪険にするなよ。俺は既に、リカオンズとは縁を切った身だ。プロ野球界にも二度と復帰しないと契約した。つまり、お前とは二度と勝負する事は無いんだ、もう、敵も何もねぇだろ?」
――損はさせない。まあ話だけでも聞いてみろよ。
「お前は打席で考えすぎている。フォームの崩れを極度に恐れ、本来の自分を見失っている。確かにお前は天才だ、この先お前以上の打者はそうそう出てこないだろう。だが、今のままなら消えるぞ」
「精密機械ほど故障した場合の復旧は難しい。だが、俺としてもお前程の才能がこのまま消えるのは忍びない」
「......何が言いたい?」
「取引だ」
翌朝10時。恋恋高校初遠征試合の采配を
「さて、始めるとするか」
「フン」
マウンドとバッターボックスで
「お前が投げるんじゃないのか?」
「本来なら俺が投げたいところだが、生憎肩を故障しているんでね」
「故障だって?」
「お前らとの試合でぶっ壊れたって訳さ。今の医学じゃ完治は出来ない。まっ、そう言う事だからコイツで我慢して貰う。行くぞ」
ボールをセットして、スイッチを押した。
マウンドよりも数メートル後方にセットされたピッチングマシーンから放られたボールは、一度視界から消える緩い山なりの超スローボール。
「くっ......!?」
打ち損じた打球はバックネットに直撃し、転々とファウルゾーンを転がる。
「次、行くぞ」
「ああ......」
二球目も同じ山なりの軌道の超スローボール。
「くそっ......!」
「左肩が突っこみすぎだ。そんなアッパースイングじゃ打てるモンも打てねぇぜ」
「......次だ、来い!」
気合いの入った表情で自身を見据える
三度目のファウルチップを叩いた
「(――遅い。
横目で、
「(だが、あの
「どうした? もう、ギブアップか」
「まさか。続きだ、来い!」
「フッ、そう来なくっちゃな」
このあと二時間ぶっ通しでバッティング練習を続けた。
時計は12時を回り区切りを入れるため最後の一球。
「フンッ!」
――カィーン! と、ようやく良い当たりがレフト前へ飛んだ。近くのコンビニで昼食を買い休憩を入れて、13時から再び練習を再開。
「フゥ......」
「悩んでるって感じの
「......打球が飛ばない」
良い当たりも増え、狙って左右に打ち分ける事も出来るようになったが、致命的に打球が上がらず飛距離は伸びない。
「飛ばなくて当たり前だ。簡単に飛ばさせないために、超スローボールに設定しているんだからな」
「なに?」
遅いボールは反発力が小さく飛び難い。たとえ金属バットでも、しっかりと振り芯で捉えなければ外野を越すことは困難。金属よりも遥かに反発力の小さな木製バットでは、なお更に難しい。
つまり、スローボールを遠くへ飛距離を伸ばす為には打者の力量がもろに試される事となる。
「ボールの芯とバットの芯を両方しっかりと捉え、なおかつ打球に力を乗せる事が出来なければ、この超スローボールを飛ばすことは出来ないのさ。逆に言えばこいつを柵越え出来た時こそ理想的なフォームの完成って事だな」
「......続けてくれ」
「しかし、お前が高校野球のコーチとはね。どういう風の吹き回しなんだ?」
「ただのギャンブルさ」
「ギャンブル?」
二人は、バーで酒を呑み交わしながら会話をしていると、そこへ
「
「どうも」
「そうだったのね。教えてくれてもいいのに」
「あはは」
「フゥ......。で、スコアは?」
「6-2で負けたわ......。はい、これ」
スコアブックを
「女子選手が多いんだな。先発も女の子か」
「ああ、一応二枚居るが。二人とも一巡目は特殊な軌道で乗り切れるが、どちらも二巡目で掴まる傾向が高い」
「理由は?」
「最速110キロ程度、どちらもこれといった決め球が無い」
「球筋に慣れられると厳しいってことか。なるほど合点が云った。それで
「まあ、
小さく笑みを浮かべグラスを口に運ぶ二人に、訳もわからず
「なんの話?」
「
「それは責任重大だね。ところでコーチを引き受けた理由がギャンブルって?」
「
「えっ......治るのか?」
「ええ、間違いなく治るわ。わたしの紹介する博士ならね」
「そうか......。これは早く克服しないとね」
翌日からの
そして、この練習は恋恋高校の部員たちに良い影響を与えてくれた。プロアマ規約があるため、
特に力を伸ばしたのは、以前
そして、恋恋高校でバッティング練習を始めてからあっという間に十日と言う日々が過ぎ去った。
『さあ、やって参りました。千葉マリナーズ対大阪バガブーズの一戦! 実況担当は
二軍落ちから最短の10日で一軍復帰を果たした
一回の攻防を終え、二回の裏。
バッティンググローブを着け右バッターボックスで構える。
『ピッチャー振りかぶって第一球を投げました! 指にかかったストレートがアウトローへ突き刺さります! ワンストライク。バッターはピクリとも動きません』
『ピッチャー振りかぶって第二球を投げました! 際どい所へのインコース!』
『は、は、入りましたーッ!
『放送席、放送席。ヒーローインタビューです! 本日のヒーローはもちろんこの人。四打数四安打二本塁打五打点を上げたマリナーズ、
お立ち台の上で帽子を取り歓声に答える。
『いやー。実に見事なバッティングでした』
『ありがとうございます。僕自身が一番驚くほどの出来です』
『完全復活と言ってもよろしいのでしょうか?』
『そう言ってもらえるよう、今日のようなバッティングを続けていければ思います』
『今後の活躍を期待しています! それでは球場のファン、画面の向こうで見ている多くのマリナーズファンに一言お願いたします』
『今まで足を引っ張っていましたが、ここからチームを引っ張っていける活躍をします、応援よろしくお願いします!』
カメラのフラッシュが炊かれ、更に歓声が大きくなった。
『う~んっ、力強い宣言ありがとうございます。期待しています! それでは......』
『あ、マイクいいですか?』
『え? ああ、はい。どうぞ』
インタビュアーからマイクを受け取った
『この十日間、僕の練習に付き合ってくれた奴がテレビの向こうで見ているか分からないが。この場を借りて彼に一言言わせて貰います』
テレビ中継のカメラを力強い目で見つめる。
『お前とはプロ野球で戦うことは叶わない。だけど、僕はもう一度とお前と勝負をしたい』
一度目をつむってから、ゆっくり開いて言った。
『いつの日か、海の向こうで勝負だ!!』
まさかの発言に球場全体がどよめきざわついた。
「
「勝負の相手は!? 一言お願いします!」
カメラのフラッシュは
悩める天才の復活よりも、この発言が明日の紙面を賑わせたのは言うまでもない。
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game17 ~決意~
その理由は
元プロ野球選手それも異次元の成績を残した選手がベンチに居ることで安心感を与え、更に試合では的確な指示により結果を残し自信に繋がっていた。
しかし、逆に言ってしまえば
『入りましたーッ! マリナーズ
「相変わらずハイテンションな実況だな」
マリナーズ戦のテレビ中継をスマホで見ながらベンチに座る
「
「
イヤフォンを外して、
「私に、コーチの
大きく深く頭を下げて
同じストレートでも回転数の違いでノビやキレに影響が出る。特に
しかし、それは
事実大筒高校の試合では
「あんなもん覚えたところで役に立たねぇよ」
「......でも、武器が欲しいんです。今の私の力じゃあどうしても四回以降に掴まってしまうんです......」
「ふーん、武器ねぇー」
実は、
『
「なんだよ。ずいぶん慌ててるじゃねぇか」
『見つけちまったんだ。お前が
「さて、さっそく見せてもらおうじゃねぇか。致命的欠点ってヤツをよ」
マウンドにあるのは、彼が
「行くぞ、
「ああ、頼む」
「(構えは普段と変わらないな)」
マリナーズの三番を打つ走攻守三拍子揃った助っ人外国人――トマスが、マシーンを作動させると練習場にモーターの回る音が響く。
ボールが発射される直前に
「フッ......!」
強制的に頭の位置が下がるこのフォームであれば、向かってくるボールを斜めから引きぎみに見ることができ、ボールの軌道に奥行きが生まれ、球筋を見極めてからバットを振りだすことが出来る。マシーンから放たれる
そして、最後の一球も球場であれば、確実にホームランであろう大きな当たりをライトへ放った。
「ふーん、まさかこんな打ち方があるなんてね」
「正直、この打ち方を見つけたのは偶然だった。マシーンの調整を行っている時にふと閃いたんだ。お前のボールは端からみたらなんの変鉄もないボール。だったら、
「前の攻略法。周辺視を利用したバスターからのヒッティングは、バッターによって不得意の差が大きかったが。クローズドスタンスや、最初から外側に立って踏み込むバッティングフォームなら、お前のボールを大の苦手としていたトマスも、この通りだ。ただ、センターから逆方向へしか強い当たりが打てないと言う欠点もあるが......」
「シフトを敷いたところで遅いボールを引っ張り、シフトで空いた穴を突くことは容易い」
「ああ、そうだ。引っ張るには当てるだけいい」
両目でしっかりとボールを捉え、ボールの軌道を見極めてから打つ正攻法とは、まったく正反対の攻略法。
「この攻略法がもっと早く見つかっていたら、オレたちが優勝してただろ?」
ベンチに座る
「関係ねぇよ。お前らのバッティングフォームをぶっ潰すのが少し早まっただけだ。しかも一度じゃなく、気づかないほど徐々に崩し、復調の兆しさえ与えず引退を意識させる程にな」
「鬼か!」
「当たり前だ、それが勝負の世界だろ。甘っちょろい考えじゃあ死ぬぞ?」
二人は、
「それでどうする? 低回転ボールを......お前の投球術をマスターすることが出来れば、高校生相手にならそう簡単には打たれないと思うけど。持っていくか?」
「ああ、持っていく。教えるかどうかは別としてもキャッチャーのキャッチング技術の向上にはもってこいだからな。コイツは」
「そうか、オーケー。じゃあ、配送業者を手配する」
「まあ確かに、オレも捕球は苦労した。初日で完璧に対応できたのは、
――
北海道フィンガーズに所属する日本を代表する大打者。来たボールに柔軟に対応出来る天性のバッティングセンスを持つ。
特注のピッチングマシーンを千葉から東京の恋恋高校へ持ち帰り以降、練習後の
「低回転ボールは、打者の心理を読み裏を突く必要がある」
「大丈夫です。私、練習後のカードゲームで一度も負けていません」
自信あり、と
二人はグラウンドへ移動し、他のナインが帰り仕度をしている中照明を灯しマウンドにピッチングマシーンを設置して、特訓が始まった。
「
「はい!」
ベンチから
「今から
「わかりました! 準備してきます!」
プロテクターを着けている間にピッチングマシーンの設定を変更する。
「とにかく全部振れ。行くぞ」
「はい、お願いしますっ!」
ピッチングマシーンから
「感想は?」
「......スゴいです。まるでボール生きているみたいに自分からバットを避けるみたいな感じ......」
「まあ悪くない感性だ。でだ、何球まともに捕球できた?」
「うっ......、よ、四割......?」
「三割にも届いちゃいねーだろ、くだらん見栄を張るな。別に怒りゃしねえよ。初見じゃ、マリナーズのトマスやフィンガーズの
リーグトップクラスの実力者も自分とほぼ変わらないことにほっとした
「
低回転ボールとは、特定の球種を表すモノではない。例に上げれば120km/hの球速で20~3回転、110km/hでも20~3回転、100km/hでも20~3回転と言うように、ありとあらゆる球速で回転数を投げ分けるボール。
つまり同じスピードのストレートでもホームベースに届くまでの間にまったく違う軌道を描くことがバッターの予測した軌道に反し、強烈なまでの打ちにくさを生んでいた。
「相手の狙いの裏をつく以前に、狙い通りに投げられなければ成立しない。指先の感覚を身に付けることが最重要課題だ。だが、これは教えて出来ることじゃない。お前自身が、自らの身体で覚えるしかない。それでもやるか?」
「......はい、やります!」
「そうか。なら、これを持っていけ」
「硬球?」
「寝転がった状態で回転を意識させながらボールを天井へ向かって投げる。家で出来るボールコントロールのトレーニングだ」
「はいっ」
グラウンド整備をしてナインたちは帰宅の途につく。いつもの交差点で別れ、あおいと
「ねぇ、
「なに?」
「実際にボールを受けて見てどんな感じだったの?」
「うーん。とにかく捕り難いかな? 予想外の軌道で飛んでくるし」
「そっか~。でも、それって――」
あおいは、受け取ったボールに目を落として手の中で転がす。
「打ちにくいってことだよね?」
「うん、そうだね。じゃなきゃ120km/h前後のストレートだけでプロで戦うなんて無理だよ」
「......だよね。
グッと力を入れてボールを握り投球フォームに入る。
「だから、ボクも......!」
アンダースローから放たれたボールは綺麗な軌道を描きながら
「
「あおいちゃん......」
決意を口にしたあおいを見た
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game18 ~合宿~
「投手経験者は、
「ええ、
「ショート! 二つ!」
「よっしゃー! ほいっ」
「ナイストス! ファースト」
五月初旬。恋恋高校野球部一行は、海の近くにのれんを構える旅館で短期合宿を張ることとなった。
合宿所近くのグラウンドでは、
「しかし、よくもまあ全員生き残ったもんだ」
「それこそ
この一月、仮入部を経て正式に野球部の一員となった新入部員6人は試合前や試合中に、三年生のキャッチボールの相手をする以外ボールに触れる機会はほとんどなかったが、誰一人として腐ることなく練習(基礎体力トレーニング)に参加していた。
「いい意味での誤算はコイツだ」
「
「まあな。一応ひととおり見てみて適性を見極めるさ」
そうは言ったが、夏の予選開始まであと二ヶ月。
「ナイスボール! いいぞ
「まだまだだよっ。次行くよー!」
「
「はいッ!」
あおいは元正捕手の
グラウンドでは内野守備から外野守備練習に変更、センターの
「あいつ、中々の打球勘だ」
「
真正面のセンターフライの落下点へいち早く入り、捕球体制を取った。外野で一番難しいポジションはセンターと言われている。特に真正面の打球は、左右に飛んだ場合と比べて角度がつかないため距離感を掴むことが難しい。
「ふーん。それにしても、いい勘をしている割りには試合経験が少ないな。原因は
「ええ、元々左利きだったらしいんだけど。子どもの頃に、鉛筆とかお箸とかを右に矯正してから、左右どちらとも投げにくくなってみたい。だから中学でも、最終回の守備固めが中心だったそうよ」
「生活面を取った訳だ。まあ今後の長い人生を考えれば無難な選択だわな。でだ」
「オーライ、オーライ......あっ!」
簡単なフライをバンザイし後ろに逸らしたボールを慌てて追いかける、新入部員の中で唯一高校から野球を始めた
「あの子は、完全にあなたのファンね。根性だけで、ここまで残ったわ」
「別に動機は何でもいいさ」
「ふふっ、テレてる?」
「......あとはアイツか」
合宿でも午前は変わらず基礎体力トレーニング。午後から始まったボールを使った練習で新入部員の中で一番目立っていたのが、内外野共に無難にこなし、走塁技術では劣るが部内で1位2位の俊足を誇る
「
「心配ごと? いいセンスしてると思うけど」
「まだ一年だからな。さてと、じゃあそろそろ今日の仕上げと行くか。マネージャー、アイツらを集めろ」
「はい、わかりました。みなさーんっ、集合でーすっ」
はるかの呼び掛けを聞いてナインはベンチ前へ集まり、
「さて、海へ行くか」
* * *
「海でやんすね......」
「ああ、海だぜ......」
「............」
「............」
青い海に白い砂浜、吹き抜ける潮風に一時の沈黙のあと
「水着のお姉さんが居ないでやんすー!」
「こんなの海じゃないぞーッ!」
「そうでやんすー! 神様は無慈悲でやんすーッ!」
「ったく、アンタたちは! ほら、さっさと行くわよ!」
「じゃあ始めるか。
「うっす!」
「あの~、コーチ。これは何の練習ですか?」
「夜はナイターで練習をするグラウンドを濡らすワケにはいかないからな。お前ら知ってるか? 甲子園大会は100年の歴史があるが雨の降らなかった大会は無いそうだ」
「つまり......雨を想定した練習!」
代表して質問をした
「行くぞ」
「おっす!」
「ゲッ!?」
「いきなりトンネルって。アンタねぇ~」
「う、うるさいなぁ。打球が想像より弾まなかったんだよ!」
「それが違いだ」
「どしゃ降りならボールは止まるが。逆に降り始めは、雨がグラウンドの土を固め、弾まず強い当たりになる。さあ次だ」
「今度は滑った......。たった数十センチでこんなに変わるのかよ......」
「本番だったらエラー二つで失点だな。さて、続けるぞ」
「お、おいっす!」
通常の守備との違いに悪戦苦闘しながらも、一人づつノックを受けて宿舎に戻った。夕食を摂りしばしの休息のあとナイターでのフライ処理の練習をして合宿初日は終了した。
『オイラ、最近腹筋がバキバキになったでやんすー』
『オイラもだ。それにこの上腕二等筋を見て欲しいぜ!』
『ほほーう、なかなかでやんすねっ。でもオイラの臀部はもっと――』
『二人とも頼むから目の前で立たないでよ......』
ブブーッ!
大浴場でお互い体の変化を見せ成長を確認し合う男湯。一方女湯は――。
『やっぱ男ってアホね』
『あはは......』
湯船に浸かりながら壁一枚向こうから聞こえる男湯の会話に、飽きて果てる彼女たちだったが......。
『ふぅ......。髪洗おっと』
『あれ?』
『どうしたの
『うーん? あおいさぁ~』
『んー? ひゃっ!?』
『な、なにっ?』
『やっぱり、ちょっと痩せたんじゃない? それにちょっと胸も大きくなってるような』
『へ......? そうかな?』
『きっと、
二人の会話に体を洗っていたはるかが加わる。
無酸素運動(筋トレ)と有酸素運動(ジョギング等)の組合せは身体の代謝を上げて脂肪燃焼に効果があり。そこに
『美容にも良いそうなので。私もお家で作ってこっそり飲んでます。低カロリーですし』
『だから最近、はるかのお肌ツヤツヤなんだ!』
『ちょっと、作り方教えなさいよ!』
『
『適度な運動と適切な栄養管理、質の良い睡眠よ』
『さすがです!』
三人娘がキャピキャピ騒ぐ中、
旅館付近の小料理屋で地場産の一品料理を肴にアルコールをたしなむ
「先ずは初日を無事消化。明日はどうするの?」
「今日と変わらない。ただ、海辺ノックの替わりに紅白戦を組む」
「紅白戦? でも人数足りないわよ」
既存メンバーはマネージャーのはるかを除いて9人。新入部員は
「いくらでもやりようはあるさ。くじを作っておいてくれ」
「くじ?」
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game19 ~課題~
合宿二日目。
午前は普段通りに基礎体力作りに汗を流し、昼食を摂る。しばしの休憩の後、
「オイラ『A-1』って書いてあるでやんす」
「あたしのは『B-3』ね」
「私は『B-1』よ」
「ボクは『A-7』。あの
「それはね。今から行う紅白戦のチーム分けと打順よ」
「先攻は『B』チーム。例えば攻撃の際に満塁になった時に『B』チームがバッターを使い切ってしまったら『A』チームの『A-1』の子。今回の場合は
「じゃあ俺がくじを引かないのは?」
「
「僕が......? はい、わかりました!」
『B』チームが守備につく場合は、打席に立たない『A』チームの数字が一番遠い順に四人が空いているポジションに着く。なお守備位置に関してもポジション別に数字が振られており固定されるバッテリー以外はローテーション(左利きは『一、外』のみ)で、各ポジションを守ることとなる。
試合は疲労を考慮し7回制を採用、同点の場合は引き分け。
「なるほど。俺以外のみんなはローテーションで複数のポジションで試合を行うんですね」
「なんか、子どもの頃に空き地でプラバットとゴムボールでやってた
「うん、ボクもやったよ。人数が集まらなくても3人居れば出来るんだよね」
「そうそう。ピッチャー、キャッチャー、バッターで三振したら交代みたいなヤツな」
懐かしそうに思い出話に花を咲かせ休憩を取り午後二時、ナインたちはグラウンドへ姿を現した。ベンチ前に集合し
マウンドでは捕手の
「よし、じゃあサインはこれで行くよ」
「はいっ」
ハッキリと返事をする
バックネット裏で椅子に座った
「プレーボールよ!」
「(先ずはストレート。コースは何処でもいいよ、思いっきり!)」
頷いた
「ボール」
初の実戦に力が入りすぎたのか低めのワンバウンドになった。
「いいよいいよ走ってる! 次は入れていこう!」
「はい!」
二球目もストレート。今度はやや真ん中付近に決まった。判定はストライク。
「ふっ......!」
「ショーッ! セカンッ!」
カウント1-1からのアウトコースのストレートを
「
「うっす!」
久しぶりにセカンドのポジションに着いた
「ギリギリセーフよ」
「今の捕られらたんですかっ?」
「ふふっ。ええ、しかも走り込んでのシングルキャッチじゃなくて回り込んで捕球していたわ」
そんな
「
「へっ。オイラなら今のは余裕にアウトにしてるぜ」
「なによー。強がっちゃって!」
「違うっての。オイラなら前に出てランニングスローだ。ああいう打球は回り込んじゃいけねぇーんだよ」
「仮にもオイラとコンビを組んでるんだから際どい場面の判断を誤るなよ?」
「ムカツクわねぇ~っ、その上から目線! アンタに言われなくてもあたしはいつも最善の選択しかしないわ!」
プンプンッ! と頬を膨らませる
「ファール。フルカウント」
「ふぅ~......。あぶねぇ」
「(くっそー、粘るなぁー。これを見られたら仕方ない)」
初球二球と二つ見逃しでストライクを取ったあと、ボール球をみっつ挟んで6球ファールで逃げる粘りを見せ、次が12球目。
「(際どい......ボールか!?)」
「スイング!」
出かかったバットを必死で止めた。
「スイングよ!」
「よっし! ワンナウトー!」
「ああー、くそ~っ。迷ったぁー」
ハーフスイングをとられた
「球種は真っ直ぐとスライダー。球は速くはないけど角度がキツい。特にクロスファイヤーはカットで逃げるのがやっとだな」
「そう。で、次はどうすんの?」
「際どいコースは捨てて、甘く入ったボールをミスショットせずにセンターから逆へ叩く」
「オッケー。じゃああたしはそれを実行するわ」
「さぁ来なさい!」
「気合い入ってるね、
「あったりまえよっ」
「(打ち気に見えるけど。ややオープン気味だな、クロスを警戒してるのかな?)」
バッターボックスの構えをじっくり観察してからサインを出す。
「(外......からのスライダー!?)」
「ストライク」
アウトコースのボールからストライクゾーンをかすめるスライダーでワンストライク。二球目は同じコースのストレート。ボール球に手を出してファースト方向へのファール。
「あんた、性格悪いわね」
「あっ、それキャッチャーとしては褒め言葉だから」
「むっ、絶対打ってやるんだから!」
熱くなりやすい性格の
「ああ~んっ!」
「はい、残念でした。ツーアウトー!」
不機嫌にベンチに戻る
「(力みの無い構えだ。外で様子を見よう)」
「......んっ」
無駄のない構えに様子見。初球は外のストレートを見逃しボール。外のスライダーを振らせ二球は空振り。三球目、内角へ外す予定のボールが甘く入った。
ツーアウトのため、当たった瞬間にファーストランナーの
「
「要らねえよ!」
ライトの
「アウト。チェンジ」
「ナイスバックホーム!」
Aチームの一部はグラウンドに残りBチームが守備に着く。一番バッターは
「これが真っ直ぐで、これがカーブね。あと知ってると思うけど、
「はい、わかりました」
守備位置に戻る。
「ずいぶんと入念な打ち合わせだったでやんすね」
「うん、
「お、オイラの弱点でやんすか!?」
「まあね。ほら、初球来るよ?」
「ちょ、ちょっと待って欲しいでやんすー!」
「ストライク」
「ほう。そこそこ速いな」
「中学時代はシニアの二番手。変化球の制球力はあるが、ストレートに課題あり。シニア時代のMAXは129km/hね。ふーん」
シニアの頃よりも5km/h球速が上がっている。しかもこれはブルペンでの最速であり、試合では平均125km/h前後。実際は平均10km/h近く球速アップしている事となるのだが......。
「ボール。フォアボール」
得意のカーブが決まらず、
「オイラの見せどころだぜ!
「まっかせなさーい!」
「アウト!」
「ええーっ!? マジっすか!?」
一塁も際どいタイミングでのアウト、ダブルプレー成立。
「へへーん、どうだ見たか四ッ谷! 五反田! 六本木! これがオイラの実力だぜ!」
「何言ってんのよ。今のはアタシの素早い送球でしょっ!」
「どうでもいい。さっさと守備に戻れ」
「うーっす......」
「はーい......」
セカンドベースを挟んで言い合う二人は
しかし、その後も
その後
「ツーアウト、あと一人だ!」
「おう!」
初球、二球と140km/h近いストレートで追い込み三球目――。
「ふっ......!」
「オーライ、オーライ......あっ!」
「うげッ!」
真ん中に入ったストレートをライトへ引っ張った。平凡なライトフライに思えたが、シュート回転して捉えられた打球は想像以上に伸び、素人
「やっぱ、オイラ持ってるぜ......」
「ここで
「タイム!」
「
「紅白戦なんだから勝負だろ?」
「まあね。コースさえ間違わなければ勝算はあるよ」
「......なあ、
「変化球? 付け焼き刃じゃ通用しないよ」
「決め球にするわけじゃないし。タイミングを外すだけなら出来るだろ」
「......わかった。で球種は?」
「フォーク」
「了解。じゃあパーでフォークね」
各々ポジションに戻る。
「(先ずは、ストレート)」
初球、アウトコースギリギリのストレートを見逃しストライク。味方のベンチから野次が飛ぶ。
「こら
「(ったく、あそこはホームランに出来ねぇんよ)」
「(ここしかないな。使ってみよう)」
「(オーライ......)」
投球は――ど真ん中。
「(真ん中。もらったぜ!)」
「フォーク......!? ええーいッ!」
「(おっ。ちゃんと落ちた!)」
「(よっしゃ振っただろ!)」
空振り――、と思われたが打球はレフト上空へ飛んでいた。
「行けやー!」
「嘘だろ......?」
「レフト! 追い付けるぞー!」
「(ダメ、私の身長じゃ届かない。よーしっ)」
レフトの
「
「わかった!」
「ナイス!
通常の位置よりもやや深い場所からのバックホーム。ストライク返球が返ってきた。走者
「アウト。ゲームセット」
初の紅白戦は数多くの課題を残しながら幕を閉じた。
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game20 ~シンプル~
合宿三日目。
昨日の試合で浮き彫りになった各々のウィークポイントを改善するため、今日の午後は各ポジション毎に分かれての練習を行っていた。
「速いでやんすー!?」
「これが160km/hかよ......」
「当たる気がしないわ......」
ピッチングマシーンから放たれた豪速球に野手陣は苦労していた。その中で唯一打ち分けていたる選手が居る、
「スゲーな、あいつ」
「くっそ~......負けてらんないわっ! 次よ次! はるか、お願い!」
「行きますよ~」
対抗意識を燃やす
不思議に思った
「どうしたでやんすか?」
「......オイラ、もうダメだ......」
隣のゲージで打っていた
「どうしたのよ?」
「オイラ、オイラ......、スランプになっちまったぜ......」
一方、投手陣は全員が全員異なる練習をしている。その中でも一番特殊な練習をしているのが
「......オレは何をしているんだ?」
グラウンドから聞こえるナインの声に寂しさを感じながらも、黙々と繰返し繰返し足元を確認しながら右腕を振っている。
「どう?」
「あ、監督! ちょうど百回終わりました」
「そう、じゃあブルペンへ行くわよ」
「はい!」
「じゃあやろうか。ボールはストレートだけで」
「おう」
右腕から放られたボールはまっすぐ
「ナイスボール!」
投げ返されたボールを受け取り再び投球。計20球の投げ込みを行い、
「どうだ?」
「身体の開きも無くなって制球は安定しています。でも、やっぱり力を入れた時はシュート回転しますね」
「
「うっす」
「お前ら手を合わせてみろ」
「え?」
「あ、はい」
「手デカイな!」
「そうか?」
一回りほど大きな手に驚きながらも
「あれ? 中指長くない?」
「へ?」
「やはりな」
二人は手を離し
「お前のシュート回転は直らない」
「......マジっすか」
投球時身体の開きによりストレートがシュート回転してしまう投手はプロ野球選手の中にも一定数居る。微調整で弱点を克服し大成する投手も多いが、一方シュート回転を修正しようとフォーム改造を行い本来のピッチングを見失い消えていく選手も居るのも現状だ。
しかし、
「だが、シュート回転自体は別に悪いことじゃない。問題なのは使い方だ」
「使い方......ですか?」
「シュート回転という特徴を、短所と捉えるか。それとも長所と捉えるかによって大きく変わる」
「長所っすか?」
「つまりだ。シュート回転を意識的にシュートさせればいい」
「意識的にシュートさせる?」
シュート回転が好ましくないとされる理由は、右投手なら右打者への外角を狙ったボールが真ん中へ寄ってしまい勝負どころで痛打を浴び易いためだ。
「なら、外へ投げなければいい。全力のストレートはインコースのみに使う」
「そうか、インコースなら食い込むボールになる!」
そう、ナチュラルにシュート回転するなら真ん中への投球が厳しいインコースへの投球へ変わる。
「幸いな事に全力投球で無ければシュートはしないから外のストレートも使える。更に言えばシュート回転するということはムービングボールを投げやすいとも言える。次はツーシームで投げてみろ」
「うっす。
「ああ」
二人ともポジションへ戻る。
※シームとはボールの縫い目の事。フォーシームはボールが一回転する間に四本の縫い目を通る握り。ツーシームは二本。
「いくぜ~、おりゃーッ!」
「おおっ!」
「どうだ!?」
「スゲー曲がった!」
「だよな! って『ボスッ』ってなんだよ?」
ボスッ! と今までとは全く違うミットの音に二人して笑う。
「芯で捕球出来なかったからだ。いい音ってのは逆にいえば取りやすいボールってことだ」
「あ......そう言えば、あおいちゃんが言ってた。取りにくいってことは打ち難いってことだよね、て......。これ武器になるよ!」
「お、おお~っ! もう一球だ
「うん、どんとこい!」
縫い目のかけ方を試行錯誤しながら投球練習を続けた。
その頃、グラウンドの
他のナイスが苦戦するなか快音を連発させているが本人は納得いかないらしく、何度も首を捻って素振りを繰り返している。
「それで、何が不満なのよ?」
「――だよ......」
「はあ? 聞こえないんですけどっ!」
「だから! ホームランにならねぇんだよッ!」
「あ・ん・た・ねぇ~......。アタシらへの当て付けのつもり!」
「ちげぇっての! 前から思ったより打球が伸びなくなった気がするんだよ......」
「はぁ? 何言ってんのよあんた」
「確かにそうみたいですね」
「はるか?」
二人の間にマネージャーのはるかが割って入って、今までの試合全ての打球データをグラフにしたパソコンの画面を見せた。
「これがアンドロメダ高校戦での打球グラフです。そしてこちらが昨日の紅白戦です」
画面上に放物線のグラフが重なる。紅白戦の打球はアンドロメダ戦と比べると初動の打球角度は上がっているが、最終的な飛距離はアンドロメダ戦よりも数メートル短くなっていることが分かった。
「やっぱり伸びなくなってるぜ......」
「ホントねぇ。でも打率は上がってるんでしょ?」
「はい、現在七割近い数字です」
「七割!? アンタ、そんなに打ってんの?」
「へへっ、まあな~。っつても
「チャンスで回したくないから勝負してくれる訳ね」
データを見ても原因が分からなかった
「お前のスイングの軌道が変わったからだ」
「軌道?」
「まあ、お前はいつかはぶつかると思っていた。
「ん? なーに?」
ブルペン横のベンチで、スマホの画面を確認しながら次の試合相手の選別作業を行っていた
「
「もう? 予定よりも早かったわね。わかったわ、すぐに準備するわね」
「さて、グラウンドへ行くぞ」
「
「
「マネージャー、例の動画を見せてやれ」
「はい」
グラフを閉じ、以前
「これはフォーム矯正初日、お前らが対外試合に出掛けていた日の午後の映像だ。いい当たりは増えてきたが思うように打球が上がらず。アイツも悩んでいた」
「
「そのうち上がらなくなる。焦れば焦るほどな」
首をかしげる
「お前の不調の原因は――アッパースイングだ」
「アッパースイング?」
アッパースイングとは。
インパクト時、ボールの下から上へ向かってバットを出す打ち方。
アッパースイングの打球は、一見高々と上がり飛距離が伸びるように思えるが。実際は下からバットが入るため擦り上げる様な打ち方のためポップフライになりやすく、更に高く上がり過ぎた打球はバックスピンがかかり過ぎてしまい打球が『戻り』フェンス手前で失速してしまう事が多い。
更にミートすればするほど、今度はラインドライブ(トップスピン)が掛かりやすくなりゴロやライナーの確率が高くなるという欠点が多い打法。
「ボールを弾く金属だからまだ飛んではいるが、プロを目指すのなら致命的な欠点になりかねない」
「どうすればいいんですか?」
「
「なんかスゲー難しくそうなんっすけど......」
「難しく考える必要はない。シンプルに最短でボールを叩けって事だ。さて始めるか。理想のスイングを身に付けた
プロ。それも超一流が苦労した練習をやれと言われた
今回の最後のスイングは柳田選手を参考に書かせていただいています。
柳田選手のバッティングはtv中継で見るとアッパースイングに見えますが、連続写真で見ると、顔に近いトップから最短でバットを出し、レベルスイング(ボールの軌道に対して平行に近いスイング)でボールを捉え、腰の回転で力を与え飛距離を伸ばす様な撃ち方をしているため自然とアッパースイングの様なフォロースルーになって要ることが分かります。
『フルスイングでコンパクトに打つ』と言う様な、そんな矛盾な説明なりますが、個人的にそんな感想を持つスイングに感じました。
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game21 ~招待~
他のナインたちがグラウンドで練習をしている頃、二人の投手が近所の砂浜を走っていた。
「走りづらいわね」
「うん、そうだね......」
一歩踏み出す度に柔らかい砂地に足を取られ、悪戦苦闘しながらも
「終わった~」
「ふぅ」
波の来ない場所に座り、乱れた息を整えながら話をする二人。
「新しい決め球は、順調?」
あおいは黙ったまま小さく首を横に振り、体育座りをして、波が寄せては返す海を見つめる。
「練習している時にね、コーチに言われたんだ。ボクのフォームじゃ新しい変化球をいちから覚えるのは無理だって」
アンダースローは沈みこんで下から投球する特殊なフォームゆえに、操れる球種に制限が付く。三振を狙うのに有効な縦の変化球に関しては、特に取得は難しい。
例えば、フォークボール。オーバースローやスリークォーターは投げ下ろすフォームのため、変化する低めへ比較的に投げやすく。サイドスローの場合は、シンカーに近い軌道で曲がりながら落ちる。
しかし、アンダースローは手の甲が地面へ向くため、抜いて投げるフォークボールのコントロールは非常に難しく失投となりやすい。
「自分でも調べてみたんだ。でも、やっぱりコーチの言った通り難しいみたい」
「そう、それでどうするの?」
「ひとつ試してみたい変化球があるんだ。受けてくれる?」
――ええ。と
「じゃあ行くよ......!」
二十球ほどキャッチボールをして、
あおいは、ノーワインドアップのアンダースローからまずはシンカーを投じた。
「どう?」
「綺麗な変化球ね」
「ありがと。じゃあ次が新しい変化球だよ」
「球種は?」
「
「え?」
「行くよー!」
「え、ええ......!」
同じ球種を投げると言ったあおいに
「(あの時、
あおいは、パワフル高校との一戦を思い浮かべ、
「(速い――真っ直ぐ!?)」
鋭い投球は糸を引く様に真っ直ぐ進み小さく沈んだ。しっかりと捕球した
「シンカー? 沈みはしたけど」
「う~ん......やっぱり曲がらないかぁ~」
「どういうことなの?」
あおいは、
「最初は、失投だと思ったんだけど」
「手元で大きく変化する、高速の変化球だったのね」
「うん」
「パワ校の、あの
「うん。あの時、打たれたくなくて思いっきり腕を振ったんだ」
だが、今回は
「他に違いはなかったの?」
「他に? う~ん、シンカーの握りもいつもと同じだったし、特に何もなかったと思うけど」
「......そう。でも、今回は思った通りの変化をしなかったわけね」
小さくうなづいたあおいに、
「じゃあ続けましょ。投げているうちにきっかけを掴めるかも知れないわ」
「うんっ」
新変化球取得のため二人はしばらく投げ込みを続けた。
* * *
「おりゃーっ!」
「はい! 今日は、ここまでにしましょう。みんな、片付けとグラウンド整備を始めるわよ」
アッパースイング修正のフォーム矯正練習を始めて、三時間強。
高かった太陽は傾き、オレンジ色の日差しに変わり始めた頃、
「え? もう終わりっすか?」
徐々に良い当たりが増えてきた場面での終了宣言に、
「ええ、残念だけどタイムアップよ。
「う~っす」
くるんっ、と持っているバットを一回転させてケースにしまい、ベンチに荷物を置いて片付けを始めた。手分けして片付けをするナインたちを尻目に、ベンチに座っていた
「
「私が行こっか?」
「いや、一服ついでだ」
グラウンドを出た
「やっぱり、ダメ」
「なかなか上手くいかないわね」
「う~ん......どうして、変化しないんだろう?」
手のひらでボールを転がしながら指の掛け方を試行錯誤するが上手く感覚を掴めないでいた。
「よーし、もう一球――」
「そこまでだ」
「あ、コーチっ」
あおいが更に腕を強く振ってみようと考え投球モーションに入ろうとした寸前で止めに入った
あの場面で止めたのは時間の都合もあったが、それ以上にオーバーワークによる怪我のリスクと続けても無駄だと判断したため。あおいは高速シンカーを取得するため普段のシンカーよりも強く腕を振っていたが、それは同時に身体への負担も大きく、仮にあのまま間違った形でコツを掴み投げられるようになってしまえば、両刃の剣となり得る。
「アイツも予定より早く辿り着いたな。さて、どうなるかねぇ」
「どこへ行くんですかー?」
宿舎の駐車場に用意された豪華なバスに乗り、目的地へ向かう車内で
「千葉マリナーズの本拠地よ。今日のナイトゲームに
「
いち早く反応したのは
理想のフォームを身に付けるため繰り返したバッティング練習の最中、何度も試行錯誤を続けるにつれ思い描いた理想のフォームが、他でもない天才――
しかし、ナイトゲームへの招待が今日だったのはまったくの偶然だった。
合宿前日、遠征で東京へ来た
そして、偶然ホームゲームが開催される本拠地と合宿所が近いため
「オイラ、生でプロ野球観戦なんて小学生の頃以来でやんす」
「ボクもだよ、中学に上がってからは毎日部活でテレビ中継も見る余裕なかったし。
「私は、去年のオールスターゲームで初めて生でプロ野球観戦をしたわ」
去年のオールスターゲーム。圧倒的な得票数で一位で選出された選手が
そして、その試合を球場で観戦した
「生観戦いいなー。俺たち、その頃が忙しくて見る暇なかったんだよなぁ~」
「炎天下の中何時間も署名活動したっけ。ま、そのかいあって、あたしたち女子が出場出来るようになったんだけど」
「あ、動画あったよー。わっ! 再生回数とんでもない数字になってる!」
マリナーズのホーム球場へ向かう間、オールスターゲームの感想を話し合った。
『さぁ、やって参りました! 千葉マリナーズの本拠地で行われる試合、実況はわたくし、
『はーいっ。あなたの心に響け! パワフルテレビ新人アナウンサーの
『オーケー! では、さっそくインタビューをお願いいたします!』
『はーい。わたしは今、ビジターのリカオンズベンチ前に来ていまーす。それでは、リカオンズキャプテンの
『そうですね。去年はボクたちが勝利しましたが、やはり強いチーム――』
インタビューをしている間に、一塁側ホームのマリナーズベンチのすぐ近くの空席に恋恋高校野球部が到着。
「どうした、
「
ベンチ前でトマスとキャッチボールをしていた
「本当だ。古巣が負ける所を見たくないんじゃないのか?」
「そんなガラじゃないだろ」
笑いながら軽口を言ったトマスだったが、両チームの対戦成績はマリナーズ0勝リカオンズ3勝とまだ勝ちがない。それでも今のトマスの発言からは余裕を感じ取れる。その訳は、
しかし、対するリカオンズも開幕から好調。
正捕手の
「ああー!
インタビューを終えた
「いつになく好調らしいな」
「まーな。今年は開幕ダッシュにも成功したし、このまま連覇を狙うぜ。そんなことより、お前こんなところで何してるんだ?」
「招待されたのさ。マリナーズの
「
「そうか、やっぱりお前だったんだな」
「
「
「え!? じゃあ練習に付き合ったって言うのは......」
「フッ......、さあな。まあ今日はただの客だ、楽しませもらうさ」
通路の階段をゆっくり上っていく、
そして、試合が始まった。
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game22 ~勝負所~
去年優勝決定戦で敗れ惜しくもリーグ二位のマリナーズ対四半世紀ぶりのリーグ優勝・日本シリーズ制覇を成し遂げたリカオンズの一戦。
『お待たせしましたーッ! 間もなくプレーボールですッ!』
先攻リカオンズの一番バッター
『今日は去年の夏甲子園をわかせたルーキーが初登板で初先発ですッ! プロの選手相手、しかも去年の日本一のリカオンズ相手とタフな初登板ですが、一体どんなピッチングを見せるのか。う~んッ! わたくし興奮を押さえきれませンッ!』
「プレーボール!」
『さあプレーボール。注目の第一球......振りかぶって投げました!』
「ストライークッ!」
『145km/h! 指にかかったストレートがど真ん中に突き刺さります! 見逃してワンストライーク!』
たった一球ストライクを取っただけで大歓声が沸き起こる。
「オッケー、ナイスボール! 走ってるよ、楽に行こう!」
「......うッス!」
「ストライーク! バッターアウッ!」
「よっシャーッ!」
『ストライクからボールになる縦のスライダーで空振り三振! マウンドでガッツポーズの
一番バッターを最高の形で打ち取ったことで自分のピッチングが日本一のチームに通用するんだと自信を持った
「プロ相手にいきなり三者連続三振......!」
「すげぇー......あの人、オイラたちと一個しか違わないんだよな?」
衝撃的なピッチングに恋恋ナインは釘付けになっていたが、リカオンズは余裕のある表情で談笑しながらベンチを出て、各々ポジションへ着いた。
「オッシャー! 絞まってこーッ!」
「オオーッ!」
先発
『マリナーズの一番バッターは、アメリカ帰りのリードオフマン
「(
「
「はい......!」
ホームに一番近い席に座る
『振りかぶって投げた! 先ずは高めのストレート! しかし球審の手は上がらない! 際どいコースにバットが出かかったが何とか堪えた! ボールです』
「(ふーん......ここに反応するのか。粘られても面倒だ、コイツで一個ストライクを貰って三振させるか)」
『リカオンズバッテリーサイン交換をして第二球を投げた。ああ~とッ! 高めに抜けたー!』
痛恨の失投......と思われたがバットは空を切った。
そして追い込んでからの四球目、
「真ん中高めのストレート! 今の下手したらホームランボールだよねっ」
「ええ、しかも得意のカーブに見せかけてスピードを殺した半速球。スゴいわ」
「シーズン200安打を打った事のある、あの
「なんて......なんて大胆なリードだ」
続く二番バッターは、初球のカーブを打たされファーストゴロであっという間に二死。
アウトになったバッターと入れ替わりネクストバッターボックスから茶髪の男――
「今日は三番なんだな」
「ああ、志願したんだ。初回に
「おお~、怖っ」
前回対戦では絶不調だった事もあり四打数無安打2三振と完全抑え込まれた。
「ふぅ......」
「(ヤバイってコレ......。
バッターボックスでバットを構える
その
「クックック......さあ、どうするかね?
「うっす、ちゃんと見るッス!」
『一軍復帰後、打率七割を誇る天才
「ボール!」
『ボールです、初球は外へ大きく外れた』
初球、
「(なんつー見逃し方しやがるんだ......。勝負するのがバカらしく感じるぜ)」
バッテリーは細心の注意を払い、どうにかフルカウントまでこぎ着けたが
「お前ならどうする」
「俺なら......」
「歩かせます。次のブルックリン選手は一発がありますけど、
「ふーん。さて答え合わせだ」
リカオンズバッテリーの選択はインハイのややボール気味に見えるストレート。見逃せばストライクを取られかねない完璧なコースへ来た。
「(ナイスボール!)」
「フッ......!」
「レフト追えー! 捕れるぞーッ!」
「ムダだ」
『おや、レフトの
しかし、打球はなかなか落ちてこない。レフトはジリジリと後方へ下がっていき背中に当たった感触に驚いた。いつの間にかフェンスまで下がっていたのだ。
フェンスをよじ登り思い切り腕を伸ばす。そこへようやく落ちてきた打球をフェンスの向こう側で捕球した。
『と......取ったァーッ! リカオンズ
リカオンズ応援団の大声援を受けた
彼が捕球した時既に三塁を回っていた
「惜しかったな、
「向かい風で若干押し戻された。次はフェンスに登っても届かない場所へ叩き込む」
「頼もしいな。けど、その前にオレが点を取って先制するさ」
「期待してるよ」
二人は、ポンっとグラブを合わせてお互いポジションに着いた。
「まあ多少の運が絡んだが勝負はバッテリーの勝ちだ」
「でも、完全にフェンスを越えてたわよ?」
「関係無いさ。勝負にいってアウトに取った、その結果がすべてだ。いくら当たっている打者が相手とはいえ、初回のあからさまに勝負を避けるのはチーム全体の士気を下げ、相手を勢いづかせ兼ねない」
チームを引っ張るチームリーダーには大きく二種類のタイプが存在する。
一つは『戦略』を用いるタイプ。
具体的な根拠を示し戦略・戦術を駆使しチームを導く『戦略家』。
もう一つは『鼓舞』を用いるタイプ。
チームを鼓舞し、士気を高めて勢いづける『モチベーター』。
「
「流れが変わる......?」
「さあな、お前の言った通りいったんフェンスを越えた。その事実をマリナーズの投手がどう捉えるかによる」
リカオンズベンチは、
「
「ああ、行ってくる」
二回の表リカオンズの攻撃は四番DHの
『二回の表リカオンズの攻撃は四番
「ボール、ボールスリー!」
『ノースリー、ピッチャー萎縮してるのか? ストライクが入りません』
三者連続三振と完璧な立ち上がりを見せた
更に先制点をやりたくないと言う想いから腕が縮こまってしまっていた。たまらずキャッチャーの
「すみません......腕が振れてないは自分でも分かります......」
「いや、相手は
「ダメです。ここが勝負所です」
サードの
「オレも、
「確かに、最初の三連戦もイージーエラーやツーアウトからの四球をキッカケにビッグイニングを作られた......」
「逆に言えば、ここで
「逃げて弱味をさらけ出すよりマシだな」
「......そうだな。
「はい!」
――必ず逆転する。
「ムッ......」
「ファール!」
3-1から外角低めボールから入ってくるスライダーをファール、フルカウント。
『さあ、マウンドの
マリナーズバッテリーは勝負に行く、勝負球は計らずもリカオンズバッテリーが選択した
『
マリナーズVSリカオンズの四回戦。
二回表、リカオンズ
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game23 ~価値観~
今回はやや短めとなっています。
マリナーズVSリカオンズの四回戦、リカオンズは二回表に四番
「やっぱスライダーは厄介だなー」
「そうみたいだな、ベンチからでもキレの良さがわかる」
七番に入っている
「ま、持ってあと三回ってとこかな」
「じゃあ
「オウ、任せとけって......!」
コツンッ、と拳を合わせて
「
「どっちもスゲーっす。でもオイラ的には、
「ほう......、
「
「なかなかの洞察力だな、その通りだ。スラッガー......ホームランバッターは、
日本球界では『困った時のアウトロー』と言われているほど定説となっている。その理由はミートポイントが小さいためだが、反面腕が伸びきった状態で捉えられるためホームランバッターの場合長打になる事がままある。更に近年は、ウエイトトレーニングの導入が進み、外角をきっちりと弾き飛ばせる強打者が増えてきている。
しかしインハイは、他のコースと違い唯一身体の前で捉え無ければならず、尚且つ、腕を畳む技術と腕を畳んだ状態で飛距離を伸ばすための
「インハイ打ちの技術に関してはほぼ五分だが、
「加えてこのスタジアムは特殊でね。バックスクリーンの風速計はホームからセンターの風だが、上空では特殊なすり鉢状の壁に跳ね返った風が逆に吹いているんだ。逆風に押し戻された
コンマの世界で行われているハイレベルな攻防に、
そして、一つ一つの細かな動きを見逃さない様によりいっそう集中してグラウンドを注目する。
ここから試合は膠着状態になった。
マリナーズバッテリーは威力のあるストレートと、切れのあるスライダーを決め球に力投。一方リカオンズバッテリーは、マリナーズバッテリーとは対照的に緩急を巧みに使い的を絞らせないピッチングで、両チームとも五回終わりまで得点を上げられず、1-0。
この膠着状態を先に破ったのは――リカオンズだった。
『うーん、得意のスライダーが高めに外れました。先頭バッターフルカウントからフォアボールを選びノーアウトランナー一塁です』
「(不味いな......)」
サードから
しかし、声を掛けただけにしては長い会話にマリナーズベンチはただならぬ異変を感じ取った。
「ボール、ボールフォア。テイクワンベース」
『ストレートのフォアボール、二者連続フォアボールです。個人的には逃げないで思い切り勝負していただきたいところですが。おっと、ピッチングコーチが出てきました』
マリナーズベンチからピッチングコーチがマウンドへ向かい。内野陣もマウンドに集まる。
「コーチ、ブルペンは出来てますか?」
「あ、ああ、一応準備はしてはいるが......?」
「そうですか、
「やはり代えるか」
「引っ張ってくれれば、ありがたかったんですけどね」
慌ただしいマリナーズベンチとは正反対に、リカオンズベンチでは交代を残念がっていた。
「ここで代わるみたいね」
「一点ゲームになりそうだからでしょうか?」
「違うな、故障だ。この回から無意識のウチに肘がやや下がりフォームが乱れた。ピッチャーってヤツは繊細でね、一センチでもフォーム乱れれば思った通りにボールが行かないのさ。まあ
そして、同じ状況になりかねないあおいに訊ねる。
「あおい、お前の決め球はなんだ」
「えっと、シンカーです」
「新しく覚えようとした変化球は、
「は、はい。ダメですか......?」
あおいは恐る恐る訊ねる。
「着眼点は悪くない。だが、海での投げ込みを見たが今の練習を続ければいずれ肘を壊す」
「......っ!?」
目を大きく開き、あおいは自分の右肘を左手で抱いた。
「変化球が曲がる要素は大きく分けて二つ。物理と自然によるもだ」
前者は、ボールの回転数や縫い目によりもたらされる変化。
後者は、風や雨など天候によりもたらされる変化。
「
「どういうことなの?」
「簡単な事だ、奪った三振は全てスライダーだ」
いくら甲子園優勝投手とはいえ、プロ相手となるとやはり勝手が違う。スライダー以外の変化はことごとくヒットやファールで逃げられ、高校時代であれば手を出してくれたボール球も平然と見送られる。
「だから、決め球は空振りを奪える縦のスライダーで勝負するしか無かった。しかし、そのスライダーもプロ相手には時おり良い当たりはされる。そこでより変化を大きくするため普段以上の回転を掛けキレを増すしかない。だが、それは肘や肩にかける負担は通常の比ではない」
「投げさせ続けられたから無意識にフォームを崩した訳ね。リカオンズ......ルーキー相手にも容赦しないなんて恐ろしいチームだわ」
「当たり前だ、それが勝負の世界だ。敵はもちろん、時には味方すら蹴落とさなければならない事もある。勝負の世界で勝ち残ることは綺麗事じゃない。それでも本気で深紅の旗を奪いたいのなら......鬼になれ」
この時、
次回は、マリナーズvsリカオンズ決着編となります。
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game24 ~誤算~
初登板のルーキーの好投にスタンドから大きな拍手が送られた。その
「良くしのいだ。さあ、ここから反撃だ。トマス、頼むぞ」
「OK、ボス」
六回裏マリナーズの攻撃は、五番トマスから下位打線へと続く打順。
トマスは、ここまで2打数1安打1四球と全打席出塁している。そして、三打席目も――。
『トマス打ったー! 緩い縦のカーブを捉え左中間を破るスリーベースヒットッ! ノーアウト三塁、マリナーズ同点のチャンスです!』
「くっそ、上手く打ちやがったなぁ~」
「(
「クククッ......さあ面白くなってきたな。お手並み拝見といくか」
当然
『おや、どうやらリカオンズベンチが動きます。これはいったい......?』
『リカオンズ選手の交代をお知らせします』
『おっと、ここで選手交代のようですね』
『ショート
『出ましたー! リカオンズが誇る守備職人――
球審の合図で試合再開。
『さあノーアウト三塁から仕切り直しの初球......!』
「ボール」
『ボール、大きく外に一球外した』
初球は外角へ外した半速球のストレート「ほう......」
そして、サインを出し二球目も大きく外した。
『これでツーボールナッシング。バッテリースクイズを警戒しているのか、連続ボールで自らカウントを悪くしてしまったッ! 打者有利のバッティングカウント!』
マリナーズ六番
『リカオンズバッテリー結局最後は敬遠でノーアウト一塁三塁と、自らピンチを広げてしまいました。内野陣はゲッツー体制』
リカオンズベンチはセオリー通り前進守備から、ピッチャーゴロ以外セカンド経由のゲッツーシフトに切り替えた。
しかし――。
「ボール、フォアボール!」
『満塁、満塁です! 七番
ノーアウトフルベースと一打逆転のピンチにも関わらず、リカオンズベンチは微動だにしない。むしろタダ同然でチャンスを貰ったマリナーズの方が、この状況に揺れていた。
「この満塁、やはりわざとか......!」
「ヘイ、どういうことだ?
マリナーズ主砲ブルックリンは
「
内野はゲッツーシフトを敷いているが、サードの
満塁で無ければ足のあるトマスは正面以外の内野ゴロなら一点入る場面。しかし満塁ではタッチプレーではなくフォースプレーになるため、正面でもなくとも十分ホームでサードランナーを刺せる。
更に
「守備範囲の広い
「ハッ、そんなもの外野へ飛ばせばいいだけだろ」
「今日八番に入ってる
マリナーズベンチとすれば、代打も考えられるが守備の要のセンターを六回で代えてしまうのには、やや勇気がいる。それにサードが釘付けにされているとしても深い当たりのゴロなら一点。
更に足のある
『アーッと! 低めのボール球を叩き注文通りの内野ゴロ! ホームフォースアウト!』
リカオンズバッテリーの思惑通り、トマスはホームを踏むことなくベンチに戻り一死満塁。続く九番は、高めのストレートを打つも浅い外野フライでタッチアップ出来ず二死満塁。スリーアウト目は、代わって入った
『
そして、ゲームは進み1-0のまま9回裏――マリナーズ最後の攻撃。マウンドには日本球界最速のMAX165km/hを誇るリカオンズの絶対的クローザー、
『マリナーズ先頭バッターは一番、
プロ野球選手としてはけっして大きくない体だが、全身のバネを利用し投げる独特なトルネード投法から繰り出される豪速球に、
『さあワンナウト、リカオンズ勝利まであとアウト二つです。マリナーズ意地を見せられるかーッ! バッターボックスでは、二番
「フェア!」
『ああーっと! 打球がベースに当たった内野安打です! 同点のランナーが出ました! そして一発が出ればサヨナラの場面、スターの宿命か? 打席には......
この展開を予想していたかのように
「この試合貰いますよ」
「打てるもんなら打ってみろよ。言っとくけど今年の
「へぇ......楽しみしてます」
最初の三連戦は大差でリカオンズが勝利したため
「(やっべー、ひと振り目で真後ろかよ。よし、コイツで......!)」
『空振りー!
「......チェンジ・オブ・ファストか、面白い......!」
スタンドで観戦していた
「どこいくの?」
「先に戻る」
「こんな大詰めの場面で?」
「もう勝負は決まった、サヨナラゲームだ」
「えっ? ちょっとっ!」
* * *
「久しぶりに会いに行かなくてよかったのか? 励ましついでに」
「こんなことで崩れるほどヤワな連中じゃねぇさ」
マリナーズの選手たちがよく訪れるバーで、
試合は
「あのホームラン凄かったわ。バスの中であの子たちずっと話してたんだから」
「ははは、良いところ見せられてよかったよ」
ナインを宿舎に送り届けた後
「
「まあね。僕も実戦で使うとは思わなかった」
「それでお前の方がどうなんだ、甲子園は?」
「さてね。ま、可能性はゼロじゃねぇよ。
「ええ、聞いて驚きなさい!」
「春の甲子園ベスト4――覇堂高校よ!」
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game25 ~直談判~
「どうかなっ?」
「うーん......確かにスピードは上がったけど。逆に変化量は普段のシンカーよりもずいぶんと小さいね」
「そっか~」
ゴールデンウィークを利用した短期合宿最終日の午前中。あおいは、
投げ込みを始める際
「肩はどう?」
「全然平気だよ。
「そっか、じゃあもう少し続けてみよう。今度はツーシームで」
「うんっ。いっくよー!」
あおいたちが試行錯誤を行いながら投げ込みを続ける一方。マウンドでは
「十球中一球でも俺から空振りを奪うことが出来たら、お前の勝ちだ」
「......お願いします!」
ゆったりとモーションを起こした
「まだまだな」
「......出直して来ます」
十球中十球。その全てを弾き返された
「
「ん? ああ......
合宿所に三部屋ある男部屋の一室のテーブルで、一人ノートパソコンを険しい
「試合見てたんだよ」
「試合? アンドメダ対覇堂......春の準決か」
「ああ、明後日覇堂と試合だろ。だから、研究しておこうと思ってさ」
画面に映るのは今年の春の甲子園準決勝。マウンドには一年の秋からエースナンバーを背負う絶対的エース・
「はっや! こいつが『爆速ストレート』ってヤツか......!」
左のオーバーハンドから放たれる爆速ストレートと吟われるストレートは、まるで砂塵を巻き上げるかの如くノビ・球威共に高校生離れした高水準を誇る。
「ところが結構打たれてるんだな、これが」
「マジ?」
「あ、ホントだ。決勝点も甘く入ったストレートを痛打されたんか」
「ああ、見てて気づいたんだけど。この爆速ストレートってのにはムラがあるんだ。同じストレートでも球速が10km/h以上違うこともある」
「へぇー、何か原因があるのか?」
「それを今、調べてるのさ」
再びキーボードを操作して動画を再生。
二人が
「ナイスボール! いいね。制球かなり安定してきてるよ!」
「サンキュ」
一年生捕手
「(ようやく慣れてきた。あとは
紅白戦では、仮入部の時から地道な体力強化トレーニングを積んだことで生じた身体(筋力)の変化に、思うようなピッチングを出来なかったが。最終日になりリリースポイントも安定し、ストレートに関してはある程度のコントロールを出来るようになってきた。
「......今のは取れないよ?」
「悪い。やっぱ思ったより振れるな......。もう一球!」
「オッケー!」
彼らの隣では
「行きます!」
「いつでもいいよ」
紅白戦では、
「う~ん、やっぱり逆方向を覚えた方が良さそうだね。ピッチングの幅が広がるし」
「はい、あたしもそう思います」
「今までの試した中で、手応え感じたのはある?」
「え~っと......。チェンジアップかな?」
「ああ~、最初に投げた利き腕の方に逃げるサークルチェンジに近いヤツか。うん、真っ直ぐとスライダーと速いボールに対して緩急をつけるボールとしては最適だね。じゃあこれからは、それを重点的に磨いていこう」
「はい、お願いしますっ」
* * *
「おーいッス~!」
「へ?」
「ん、なにかしら。あの子?」
グラウンドを離れ、合宿所から目と鼻の先の海岸線の歩道を走っていたあおいと
「突然呼び止めて申し訳ないッス。お二人は、恋恋高校野球部の女子部員ッスよね?」
「うん、そうだけど......。キミは?」
「申し遅れたッス。ほむらは、ジャスミンの
突如あおいと
ジャスミン学園は女子高のため、今まで公式戦に出場することは叶わなかったが。恋恋高校の署名活動により彼女たちも、公式戦出場の機会を得ることが出来た。
「恋恋高校の野球部の方々には、ぜひ一度お会いしてお礼を言いたかったんッス」
「そんなお礼だなんて......」
「いえいえ、ちゃんと言わせて欲しいッス。ありがとうございましたッスー!」
大きく頭を下げた。小柄な体が更に小さく見える。
「あの、えっと......。そろそろ顔上げて、ね?」
中々頭を上げようとしないほむらに、あおいは困った
あおいに促されてようやく顔を上げたほむらに、
「でもどうして、私たちがここに居るのを知ってるの?」
「フッフフー。それは乙女の秘密ッス!」
得意気な
実は、ほむらの目的はお礼を言うこと以外にもあったそれは......。
「
「ん? ああ、あおいちゃんと
ロードワークから戻ってきた二人と一緒にやって来た見知らぬ女子に、ベンチで
「おじゃましますッス」
「この子は、
「練習試合の申込みに来たッス。監督さんと話をしたんいんすけど」
「ああ~、そうなんだ。
「どうもッス。行ってみるッス」
「練習試合?」
「はいッス。ぶしつけで申し訳ないですけど、お願いします......!」
「そうね。
「あん?」
ロビーのベンチに寝転がって、
「ジャスミン学園って学校から練習......」
「さ、サインお願いしますッス~!」
後ろ向きで被っている。ジャスミン野球部のロゴが入った帽子とサインペンを
* * *
「見つけた......!」
午前の練習に参加せず、四時間。トイレ以外のひとときもノートパソコンの画面から目を離さず覇堂高校の試合、
「ありがとうございます!
「好きにしろ」
あまりのしつこさに折れた
そこへ
「
采配を振るう
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game26 ~主体性~
「す、スゴいでやんす!」
「ほんとっ。専用グラウンドに
「さすがは名門校って訳ね。無名校との練習試合なのに観客もいるわ」
スタンドの観客(野球部OB)は、試合前の練習をしている覇堂ナインに厳しい視線を送り。ミスが出る度にゲキを飛ばしている。それが気を抜けない引き締まった練習環境を作っているが、逆に彼らのプレッシャーになっている側面もある。
「本日は遠いところを、はるばるお越しいただきありがとうございます」
「いいえ。わたしたちの方こそ、お招きいただきありがとうございます」
覇堂高校の監督とマネジャーに出迎えられた恋恋高校ナインは、案内されたベンチに荷物を置いて試合に向けた準備を始め。
「では、先発を発表する」練習を終えた覇堂高校ベンチでは、一足先にスターティングメンバーが発表されていた。
「まず、先発投手だが......」
「監督! この試合、オレに投げさせて下さい!」
「ちょっとお兄ちゃんっ。曲がりなりにもキャプテンなんだから、自分勝手なわがまま言うなー!」
覇堂高校のマネージャーで
「うっ......。だ、だけどよ......」
「まあまあマネージャー。その辺にしてあげなさい。ふむ。お前は次の会津附属の予定だったが、まあいいだろう。
「ウッス!」
「えー! もうっ、監督も甘いんだからー」
* * *
「じゃあ今日のスタメンを発表するわ。一番、レフト・
「はい!」
直談判が通った
「今日の先発は、
「ああ?」
「三試合ぶりにベンチに居るんだから、一言声かけてあげて」
「ハァ......」
「相手は名門だ、胸を借りてこい。なんて、くだらないことは考えるな。コールドでぶっ潰せ」
「はい!」と、ナイン全員で声を揃えての返事をして。スタメンに選ばれたメンバーは、グラウンドへ駆け出した。
「また無茶な煽りを......」
「はなっから勝つ気が無ぇなら試合など組むべきではない、時間の無駄だ」
「はぁ......それは分かるけど。わたしが言ったのは『コールド』の部分についてよ」
「出来ないと思うのか?」
「......正直、難しいと思うわ」
むしろ負ける確率の方が高いと、
「ようお前ら、格上相手に勝つために重要なことは何か分かるか?」
「ガッツ!」誰よりも早く、
「まあ一理ある。だが根性だけで勝てる程、勝負の世界は甘くない」
「じゃあいったい......?」
「フッ......。この試合が終わった時に解るさ」ベンチを立った
「一点取ってこい」
「はい......!」
「お願いします!」
「うむ。プレーボール!」
球審を務める覇堂高校OBが右手を上げて試合開始を宣言。ゲームが始まった。
「先輩、贔屓はしないで下さい。試合になりませんから」
「当たり前だ。試合に水を指す無粋な真似はしない!」
覇堂高校の捕手、
「安心しました」と言ってサインを出した
「......そうこなくっちゃな! いくぜ、オラァ!」
初球は、アウトコースへのストレート。
「ストライーク!」
バックスクリーンに表示された球速145km/hの数字に「はっや!」と、恋恋ベンチから驚きの声が上がる。しかし、ベンチとは真逆でバッターボックスの
「ストライク!」
二球目もストレート。今度はインコース。
「(球威も、球速も、おおかた想像通り。問題は次だ......)」
「今日はストレートが走ってるな。次も真っ直ぐで行くか......」
「(......ささやきか。確かにウザイな)」
ボールを受け取り
「プレイ!」
仕切り直しのサイン交換。今度は一度でサインが決まった。二球で追い込んでからの先頭バッター、
「ナイスバッティン!」
「いいぞー!
外のストレートを流し打ちレフト前ヒットで出塁。無死一塁。
「(......重い。これは想像以上だ。ジャストミートしたのに差し込まれた)」ファーストベース上で今の打席を振り返る
「お願いします!」
「プレイ!」
「(打者有利のカウントだ、走ってくるか? 一球様子を見るぞ)」
「(オゥ!)」
素直にサインに頷き。大きく外へウエスト。ファーストランナーは動かず、1-2。
そして四球目。覇堂バッテリーは初めて変化球を投じる。球種は外からのカーブ。
「ランナー、走った!」
セカンドは声を張り上げ、バッテリーに知らせる。
「セーフ!」
「くっ......」
「よしっ!」
二塁塁審は両手を水平に広げ、盗塁を許してしまった
「凄いわね、
「ほぅ......完璧に盗んだな。なるほど、どうりで自信があったワケだな」
「盗む? スタートは、あまりよく無かったみたいだったけど?」
「何も盗塁を成功させる要素はスタートだけって訳じゃないさ。まあここから先が見物だな」
* * *
「早く早くッスー!」
ジャスミン学園野球部の部員数名を引き連れてほむらは、覇堂高校までやって来た。はしゃぐ彼女を呆れた様子で二人の女子がなだめる。
「そんなに急がなくったって、まだ始まったばかりじゃない」
「ほむほむは、野球のこととなると見境が無くなるからな」
「ぶちょーも、ちーちゃんも、なに言ってるッスか。相手はあの覇堂高校ッスよ。ほむらたちとの練習試合を了承してくれた恋恋高校が、どれだけ戦えるか見届ける義務があるッス! ついでに偵察ッス」
「偵察が本題でしょ? まったく......」
一足先に自由解放されている野球部専用球場の外野スタンドへの階段をかけ上がったほむらは、スコアボードの数字を見て固まった。
「ほむほむ、どうしたのだ? ......うそだろ?」
「どうしたのよ? あんたまで立ち止まっちゃって......。三回裏で5対0!?」
『ストライク! バッターアウト! チェンジ!』
三回裏覇堂高校のスコアボードに『0』が刻まれた。これで一回から三回連続で『0』が並んでいた。対する恋恋高校は初回に三点。二回三回と共に一点ずつ追加し、5得点をあげている。
「
賛辞の言葉で出迎えられた
「洞察に関してはまずまずだな。緩急が効いている分打ち損じてくれてたが、今以上に制球の精度を高めなければ、例え裏を突いたとしても威力は半減する」
「はい、次は修正します」
「はい、
「ありがと。はるか」
はるかからスポーツドリンクを受け取った
「ボール! ボールツー」
「オイ、
「無名校の代打相手に逃げんじゃねぇー! 勝負しろや!」
三回終了時の予想外の劣勢に、スタンドの覇堂OBから汚いヤジが飛ぶようになった。
「なんだ、アレは?」
「運動部は縦社会だからね。後輩想いで熱意があると言えば聞こえはいいけど。強豪・名門ともなれば、ああいうOBも一定数居るのよ」
「くっくっく......、まるで動物園だな。さてと、そろそろ終わらせるか」
「(ワンストライクの後の)」
「(ストレートを叩け......か)」
二人とも、
「(くそっ......、コイツら!)」
「ファール!」
「フェア!」
「くっ......! ライト中継三つだ!」
インコース低め132km/hのストレートを弾き返した当たりは、一塁線を破るライナーでファールゾーン一番奥のフェンスに転がっていく。エンドランでスタートを切っていた部内一の俊足を誇る
「ハァハァ......」肩で息をする
「お兄ちゃん......」
「むぅ......。
「は、はい」
覇堂高校の監督
「スクイズ!? ホームは無理だ!」
「この......させるカァーッ!」
「セ、セーフッ!」
「ナイスラン、
「おうよ!」
ハイタッチで出迎えられた
「これで七回コールドの条件はクリア。けど、ほんとよく見つけたわね。あのバッテリーの
「フッ、あちらさん慌ただしくなってきたな」
「ええ。まさか、キャッチャーのクセを盗まれてるなんて思いもよらないでしょうね」
ボールを投げるピッチャーのフォームや腕の振りで球種を見抜くのが普通だが。
「捕手には大きく分けて三つのタイプが存在する。投手主体リード・打者主体リード・捕手主体リード。
「だから、絶対の自信があるストレートを主体に投げたがる
「ああ、この試合も何度も首を振っている。あれでは、
「首を振ったあとのストレートと、そうでないストレートの10km/h前後ある球速差の原因はそれね」
「......さあて、ここから先どう出るかねぇ」
* * *
「へへへ......」
「
二点を取られ無死一塁。内野はマウンド集まり話し合いをする最中。突然、
「大丈夫か? お前......」
「これじゃあ......」
――アイツの言った通りじゃねぇか......。
昨夜。
「久しぶりだね。
「......
「......そうだね。ボクはキミから逃げた。でも、もう逃げるのは止めた。ボクと勝負してくれ」
「......いいぜ。ぶっ倒してやる!」
満月で明るいグラウンド。
「......な、なんだ? 今のは......?」
「スタードライブ。パワ高で習得した決め球だよ」
「スタードライブ......」
「ボクは、キミを......。覇堂を倒して甲子園へ行く!」
「へへへっ......おもしれぇー! ぶっ倒してやるぜ!」
お互いに笑い合った二人は、別れ際。
「そう言えば、恋恋高校と練習試合をするんだってね」
「おう。知ってんのか?」
「恋恋高校の野球部に友達が居るんだ。無名校だと思って油断しない方が良い。隙を見せれば一瞬で持っていかれる、取り返しがつかなくなるからね」
「......なぁ、
「なんだ?」
「わりぃーけどさ。ここからはオレの好きに投げさせてくれねぇか......?」
「なに言ってるんだ、
「待って」
「わかった。サインはキミが出してくれ」
「
「
「お前ら、もういいか?」主審を務めるOBがマウンドへ行き注意を促す。ポジションへ戻り試合再開。バッターは三番、
「プレイ!」
仕切り直しの初球。
「ス、ストライク!」
「ストライクッ!」
――球数的にも、どうせこの回で交代だ。なら......全開で行ってやるぜ!
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game27 ~支配~
「ファール!」
「(おかしい......)」
捕手
「オラァーッ!」
「もらったぜーッ!」
インコース低め152km/hの爆速ストレートを狙い済ましたかの様に
「切れろ......、切れろーッ!」
レフトは打球を追いながら叫ぶ。打球はポールの遥か上を通過して外野スタンドに着弾した。三塁塁審に判定が委ねられる。塁審は、両手を広げた。
「ファ、ファール!」
「ちっ、切れたか。ま、いいや」
「タイム」
「タイーム」
「なんだよ......?」
「どう考えてもおかしいんだ、彼らのバッティングは」
「は?」
「リードはキミに任せると言ったけど、次の一球だけは俺に任せてくれないか......?」
自身のリードが通用せず打たれ続け自信を喪失しかけていた
「へ、いいぜ、お前に任せる」
「......ああ!」
「(ここまで
「(インハイのストレート......! 爆速のインハイはボールになる確率が高いぜ?)」
「(責任は全て俺が取る、来い)」
三年間バッテリーを組んできた二人の間には、言葉以上の何かがある。サイン交換の中で二人は無言でコミュニケーションを取っていた。
「(動くんじゃねぇ!)」
「おっと......」
キッ! とファーストランナーを睨み付けクイックモーションで勝負球を放った。
「行けや......オラァーッ!」
「(ここでインハイ!?)」
左腕から放たれる爆速ストレート。ボールは砂塵を巻き上げるような勢いでホームベースの一角をクロスして舐める。
「(完璧だ。これは打てな――)」
「ランナーハーフ!」
「オッケー!」
ファーストランナー
「取った!? バック!」
「ぐっ......」
痛烈なハーフライナーを捕球したかと思われたが、無情にも
「行かせねぇ......よッ!」
「アウトッ!」
後輩のビッグプレーに、一塁塁審は興奮した様子で大きな声でジャッジ。OBが観戦しているスタンドからも声が上がる。
彼らとは反対に
「大丈夫か?」
「おう、サンキュー」
手を借りて立ち上がった
「すまない」
「なに謝ってんだよ、二つ取ったじゃねぇか。それよか、アイツらの何がおかしいんだ?」
マネージャーで妹の
「ああ、キミのボールは重い。それは受けている俺が一番よく知っている。だが彼らは、キミの重いストレートを苦にすることなく平然と打ち返してくる。春の準決アンドロメダのクリーンアップでも、外野の頭を越す当たりは一本も無かったのに」
点差があるとはいえ、ダブルプレーにも関わらず余裕のある恋恋高校ベンチに
恋恋高校ベンチでは、ちょうどバットを持って戻ってきた
「わりぃ~、
「あれは仕方ないわ。私だったら、きっと取れていなかったと思う。そのくらい凄い打球だったわ。だから今のは、取った
「
優しい言葉に感動している
「インハイには、まだ課題が残ったな」
「はい、差し込まれた分ジャストミートしたせいで打球が上がらなかったっす」
「フッ......、奴のまっすぐはジャイロ回転だからな」
通常投手がオーバーハンドでストレートを投げる場合、回転軸打者に平行のバックスピン回転になるが。対して
バックスピンのかかった普通のストレートは、初速(投げた直後の球速)と終速(ホームプレート到着時の球速)との差が10km/hはある。
例として。スピードガンは初速を計測するため仮に140km/hと計測された場合バッターへ届く頃には、130km/h前後まで失速する。
しかし、ジャイロ回転は空気抵抗がもっとも小さく、初速と終速の差がもっとも小さいとされておりフォーシームのジャイロ回転の場合、だいたい普通のストレートの約半分の5km/hほどにまで軽減されるため、バッターの予測を上回る体感速度でキャッチャーミットへ到達する。
ただし、このジャイロボールはオーバーハンドからの投球は不可能とされてきた。その一番の理由は、ジャイロ回転には進行方向へ対しての揚力が発生しないということ。
ストレート・変化球共にボールには回転が掛かり、ボールの後方に空気の流れが発生する。発生した空気の圧力は、小さい方へと引き寄せられる力(マグナス力)によって、ボールは変化する。
通常のストレートにはバックスピンが掛かり、重力に反発しようとする力が加わるが、ジャイロボールにはそれがないため手元で大きく曲がる変化球となる。松坂投手の全盛期の高速スライダーが、ジャイロ回転の高速スライダーだったらしいと言う説もあります。
唯一ジャイロボールを縦変化させずに、ストレートとして投げられる可能性があるのが軌道を下から上へと描くアンダースロー。しかし、
「あと、やっぱ重いっす」
「ジャイロ回転は回転軸が打者へ向いてる分、力が集約されているから仕方ないわ」
※game9のバッティング理論と同じで、回転軸が横の接地面の広いバックスピンよりも、回転軸が正面を向く接地面の狭いジャイロ回転の方が、ミートした場合バットに伝わる衝撃が大きく重く感じる(トンネル等を掘り進む掘削機が、
そこで芯を少し外して、自然と打球にスピンがかかるような打ち方を徹底した。ナインは、あえてボールの中心を外したミートを狙い。
もちろんこれには、優れた動体視力とバットコントロールが必要なため出来る選手は限られる。まだ全員が行える訳では無いが、
「一球前のファール、軸の中心を外したまでは良いが厚く当たりすぎたな」
「うっす。次の機会があれば、あと2ミリ外側を狙うっす」
「ミリ単位で修正って、改めて聞くととんでもないわね......」
「ここんところ毎日、160km/hのスピードボールを見続けてたからな。
「あたしは作戦通りストレートは逃げて、変化球をコースなりに打ち分けてるだけよっ。ミリ単位なんて無理よ、悪かったわね!」
「や、
「監督、
「いやしかし、これ以上は......」
「仮にここで
「むぅ......」
「この試合で必ず攻略法を見出だします。
「ったりめぇだッ!」
「ありがとうございましたッ!」
グラウンドの真ん中で両校は挨拶を交わす。試合は11ー3。七回コールドゲームで試合は終わった。
「
「へへっ! じゃあまずはお互い予選を勝ち上がらないとな、パワ高は強いぜ~?」
「知ってるさ。
試合後グラウンドの外で
「あら、ほむら、来てたの?」
「当然ッス。いやースゴい試合だったッスね。特にルナちーのピッチングは痺れたッス! ストレートだけで覇堂高校を抑えるなんて、まるで
「ありがとう。後ろの人たちは......?」
帰り支度をしていた
「紹介がまだだったッスね、ほむらのチームメイトッス。ぺったんこがちーちゃん、ほたてみたいな髪がぶちょーで。エースのヒロぴーッス」
「ほむほむだってぺったんこだ!」
「誰が、ほたてよ!」
ジャスミン勢の騒がしいやり取りが行われているところからやや離れた自販機のベンチでは、
「ゲームメイクですか?」
「ああ、そうだ。格上相手にはもちろんのこと格下相手の勝負においても、もっとも一番重要なことはゲームを支配すること」
「支配って、具体的にはどうすればいいの?」
「たとえどんなに一方的な試合であってもどういうワケか、試合には流れと云われるモノが必ず存在する」
「確かに、そうね」
「はい」
今日の試合も前半は一方的に進んだが、記録には残らないちょっとしたミスから失点する場面が三度訪れた。
「必ず生じるミスをミスと感じ取らせず、相手に流れを掴ませない。逆にチャンスを奪い取り、全てにおいて優位に勝負を進める。それが
「......メンタルを潰す」
「勝負世界には綺麗事じゃ済まされない時が必ず訪れる」
「ええ。ただの部活のまま終わるか、それとも......」
ナインの元へ戻る
「ここから先はアイツら次第だ。
「えっ?」
「行くところがあるんでね」
来週の試合、聖ジャスミン学園との練習試合で恋恋高校は――。
これから今後に置いて重要な選択を迫られることになる。
ちなみに究極ストレートは、150km/h超の球速で無回転のまま変化することなくキャッチャーミットへ到達する球らしいです。しかし硬球には縫い目が存在し向かい風を拾ってしまうため、物理的にはどうしても変化してしまいジャイロボール以上に不可能ですけど。
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game28 ~焦り~
週末、恋恋高校グラウンド。
ジャスミン学園との練習試合前々日、
そして、グラウンド中央では
「一打席勝負。ルールは、三振及び内野でバウンドした場合投手の勝ち。外野へ飛ばせば打者の勝ち。ファールフライはストライクとして換算、四死球は打者の勝ちね」
「ええ」
「オッケー」
ルールの確認をした後、バッテリーは十球の投球練習を行う。最後の一球を投げ込み、ボールを受け取った
「
「ええーっと、まっすぐと......」
「まっすぐ一本よ」
「へ?」
「この勝負、まっすぐ一本でいくわ!」
「あの目、本気だ......」
「マジかよ......」
「いくわよ!」
「お、おう!」
強気な宣言に呆気にとられている二人を尻目に、
「ムッ!?」
球持ちが良い
そして、
「ストライク。ノーワン」
「なるほどな~。どうりで覇堂が手こずるワケだぜ」
「スゴいでしょ? 俺も
覇堂高校との一戦。
女の子である
「いいかしら?」
「おう、いつでもいいぜー」
返事を聞いて二球目を投げる。今度もアウトコース低めのストレート。同じ球種をおなじコースの投球に、
「はい、ストライク。ノーツーね」
「あ、あれ? 振り遅れてた......?」
「うん。振り遅れてたよ」
「おっかしいなぁ~。捉えたと思ったのに」
素振りでスイングを確かめる
「(無駄の無いフォーム......まともに勝負すればやられるわ。
「よっしゃー! 来いッ!」
「(私の球威じゃ外野まで運ばれるわ。それなら今の、私に出来ることのは......!)」
新しいボールを受け取り、足場をならす。
「いくわよ!」
「おうよ!」
マウンド上でゆったりとモーションを起こす
「(二球とも外のストライクゾーン。セオリーなら一球外す場面だけど......。
「(当然、三球勝負よ......!)」
一球外すことも十分ありえる作戦だったが。しかし、
「(勝負球は、これよ......!)」
「(おおっ! ナイスコース!)」
「もらったぜッ!」
しかし
「(ヤバイッ、打たれる!?)」
「私の勝ちね」
「
「そうそう、ミートポイントで逃げたぜ」
「低回転ボールよ」
「今のが......? 完成したの!?」
「まだ二割程度よ。今回は狙い通り投げれたけど、制球もまだまだだわ」
「あおい......」
「大丈夫よ。そんな弱い子じゃないわ」
「はい......」
恋恋高校グラウンドから離れたあおいは、堤防を走っていた。
「はあはあ......」
普段のランニングコースを外れた川沿いの道、橋と橋の中間地点で膝に手をついて立ち止まる。額から流れる汗が、オレンジ色の太陽の光に反射して輝いていた。
「......っ!」
息が乱れたまま前に顔を上げて、再び走り出す。
あおいは焦っていた。
たった
あおいも試行錯誤を繰り返しているが、未だ、新変化球高速シンカーのきっかけを掴めないでいた。
「危ない!」
「えっ? わぁっ......!」
顔を上げると、自転車があおいのすぐ横を通り過ぎっていった。驚いた拍子にバランスを崩して倒れそうになったところを、後ろから誰かに支えられた。
「大丈夫?」
「う、うん......。ありがとう」
「あ、キミは恋恋高校の!」
「へ? あーっ、試合を観にきてたジャスミンの!」
お互いの顔を見た二人は、自己紹介をしてお互い投手と務めている事を知り意気投合。河川敷へと降りて、整備されている川沿いのベンチに座って話をする。
「あおいも、いつもこのコース走ってるの?」
「ううん、今日は気分を変えて来たんだ」
「へぇー、そうなんだ。ところで、その足に着いてるのは?」
「これ? パワーアンクルだよ。コーチの指示で、走るときはいつも着けてるんだ」
「うっ、重いなぁ......」
「でしょ? でも、下半身を鍛えないと上体に頼った手投げになるから、肩とか肘の故障に繋がる恐れを考えると理に叶ってるって、保健の先生が教えてくれたんだ」
「......そっか」
一瞬暗い
「それでどうしたの、何か考え事してたみたいだけど。あたしで良かったら話してみなよ」
「............」
あおいにとって自分の不安や愚痴を話せる相手は親友のはるかくらいなもの。はるかには多少の愚痴を溢すこともあったが、同い年投手は
「新しい決め球かー」
「うん......。なかなか上手くいかなくって」
「あたしも悩んだよ」
「ヒロぴーも?」
「うん、男子に負けたくなくって必死だった......」
どこか懐かしむような表情を見せる。
「一時期、野球から離れてソフトボール部に入ったこともあったんだ。まあ、女子も公式戦に出場出来るようになったからって、ほむほむに説得されてまた野球に戻ったんだけど。それでね、ソフトボールやってた時の経験が野球でも活きてるんだ」
「ソフトボールの経験?」
「そう。ストレートとか中学時代よりもキレが出てるって
「別の視点からか......」
「急がば回れ、だね」
『おーい! あおいちゃーん!』
堤防から、あおいを呼ぶ声。なかなか戻って来ないあおいを心配した
「あ、
「あの人恋恋のキャッチャー? あおい迎えに来たみたいだね」
「うん、学校出てから。結構時間経っちゃったから......」
「ふーん、じゃああたしも帰ろっかな」
ベンチから立ち上がった
「じゃあ明後日の試合よろしく!」
「うんっ。ありがと、ヒロぴー」
立ち去る
「今の誰?」
「ジャスミン学園のエースだよ」
「へぇ......って、あおいちゃん! みんな心配してたんだぞ!」
「えへへ、ごめんなさーいっ」
「はぁ......、まあ無事だったからいいけど。さあ帰ろう」
「うんっ」
「まったくあおいったら心配させるんだから!」
「無事に見つかったんだから、よかったじゃない」
「そうだけどさ~。ところで
「近所の施設で練習するわ」
「ええーっ、せっかくの休みなのに!?」
「だから練習するのよ。私なんて、あおいに比べたらまだまだだもの」
「オーバーワークはダメよ。
「......わかりました」
明日の部活動休日の話で盛り上がっているところへ
「あんたらはどうすんの?」
「決まってるぜ! なっ!
「もちろんでやんす。オイラたちは四月から録り貯めたガンダーロボ大鑑賞会を執り行うでやんすー!」
「はぁ......、ガキね」
「
「まったくでやんす」
――じゃあまた。といつもの分かれ道でそれぞれ帰路へ着く。
「ねぇ、
「俺は、コーチに貰ったDVD(リカオンズの試合)を見て研究しようかなって思ってるけど」
「あっ! それ、見せてもらう約束してたよねっ?」
「へ? あ、ああ~、そう言えばそうだったね」
「一緒に見てもいい?」
「あ、うん、別にいいけど」
「やった、じゃあ明日ねっ」
元気よく駆けていくあおいの
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game29 ~決め球~
これからの展開の大幅な見直しに時間がかかってしました......。
「あっ、エッチな本みっけ~っ!」
休養日、先日の約束通り
「えっ!?」
「ウソだよー」
「......ビックリさせないでよ」
ほっと胸をなでおろした
「そういう反応するってことは有るんだ?」
「......ノーコメント」
「ふーん」
「そ、そんなことよりDVD! 今日は、コーチの試合を観るために来たんだったよね!」
あおいに冷めた視線を向けられた
動画は、
「これって、オープン戦?」
「そう、去年のオープン戦。コーチがリカオンズに入団して、初登板のときの試合だよ」
テレビ画面に写る
「いきなり三球三振!」
「力んでいるのを見透かして、甘いコースからの低回転ボール。手元で沈むからバッターは消えたと錯覚しただろうね」
「これが......。
「正確には、ちょっと違うけどね」
「えっ?」
――どういうこと? とあおいは首をかしげた。
「
* * *
「
「なによ、突然」
明日の対戦相手、ジャスミン学園の話をしていた中
「コーチとの勝負に負けたから」
「勝負?」
「そう、一打席勝負にね。でも私、元から野球部に入りたかったのよ」
口に運んでいたティーカップを置いてから
「ウチの中学、男子しか練習に参加させてもらえなかったの。そこそこ強豪だったこともあってね。だから私は、仕方なくソフトボール部に入ったわ」
「ふーん。じゃあ高校でどっちも所属してしなかったのは?」
頬杖を突いて窓の外に映る人波を憂いを帯びた
「......女子じゃ甲子園を目指せなかったから、ルールも力でも......。でも野球を諦められなかった。だから、半端な気持ちのままソフトボールを続ける気にもなれなかったわ。本気で打ち込んでいる人たちに失礼でしょ?」
「じゃあどうしてですか?」と、後輩たちが訊ねる。
「去年の春。コーチの、
「それで、また野球を始めたんですね」
「ええ、近所にあるプロの選手も足を運ぶ施設でいちから体を作り始めた。でも最初は、高校で野球をするつもりはなかったわ」
「そこよ、なんでよ? 今年からは、堂々と甲子園を目指せるようになったんだからさぁ」
なんの淀みもなく平然と言ってのける
「......だからこそよ。
「はぁ~? あんた、そんなこと気にしてたの?」
「あたしも高校では部活を止めようと思ってましたし」
「えっ? そうだったのっ」
彼女の向かいの
「うん。肩が弱くて遠投は出来ないし、ソフトボールでも中継に届くのがやっとだったから。高校じゃ絶対無理だって思ってた。でもパワ校戦の、どんなに打ち込まれてもめげないで男子に向かっていくあおい先輩を見てたら、がんばってみようって思えたんだ」
「ふ~ん、へぇ~、決めてはあおいなんだぁ~」
「もちろん
* * *
「ジャスミンのエース
「まっすぐがヤバかったね」
「だな、相当手元でキレてた。
「とにかく粘って引きずり降ろす。二番手以降は問題ないし」
「じゃあバッセンでも寄っていくか?」
「いいね。あれ、アイツたち」
「カーブ行くよ」
「オッケー。でも球数制限10球だけだよ?」
「分かってるって......!」
「オッケーナイスボーッ! どうした?」
ボールを投げ返そうとした腕を止めて、
「悪いけど、打席に立ってくれねぇ?」
「ん? ああ、いいよ」
「本気で打ってくれていいから......!」
バッターを立たせて仕切り直しの一球。ストレートで見逃し、二球目はカーブを一塁線へのファール。そして三球目のカーブを、やや詰まった当たりでセンターへ弾き返された。
「やっぱりな......。ありがと」
「どうしたんだよ? さっきから」
「オレのカーブじゃ左から空振りが奪えないんだよ」
「ああ~、確かに変化が横だもんね」
「当てられちゃうんだよな。なぁ
「うん、スリークォーターだけど。結構落差もあるから右からも空振り取れるね」
「......投げ方分かるか?」
「アイツらも頑張ってるみたいだな」
「負けてられないね」
「だな。よっしゃー! バッセンまで走るぞーッ!」
「はいはい」
一年生たちに刺激を受けた
* * *
「やっぱりガンダーロボは熱いぜ......! なあ
「......オイラもガンダーロボのような必殺技が欲しいでやんす」
「あん? なんだよ、唐突に」
「唐突じゃないでやんす。覇堂高校戦から、ずっと考えていたでやんす」
覇堂高校との試合
「
「スタメンも危ういな」
「はっきり言わないで欲しいでやんすーッ!?」
「あっはっは、わりぃわりぃ。でも
「もちろんセンターを譲る気はないでやんす! でも、オイラのだけの武器が欲しいんでやんすっ!」
「ふーん......武器ねぇ~」
頭の後ろで腕を組んだ
「一塁到達タイムは
「ベースランでやんすか?」
「おう、オイラもベースランには力を入れてるんだぜ」
「言われてみれば
「コンマ一秒で
「確かにそうかもしれないでやんすね」
「パワチューブでプロのベースラン調べて見るかぁ」
二人は、
* * *
「何で、海?」
「気分転換したらって、
「いや、そうだけど......」
――まさか、海に来るなんて思ってもなかったって......。二人の他に誰もいない砂浜。波打ち際に座って、日暮れ前のまだ青い海を眺めながら思った
「ここでもボールが自然に落ちたりするのかな?」
「え?」
「ほら、さっき見た試合だよ。対千葉マリナーズ戦の三回戦」
「ああ~、雨の日の反則合戦かー」
リカオンズVSマリナーズの三連戦。
リカオンズ元オーナー
しかし、これも全て
平均な試合の終了時間後に、スタジアム周辺に大雨警報が発令されることを事前に知っていた
それにいち早く気がついたマリナーズの
試合は両チームとも没収試合寸前まで反則プレーを繰り返した。
しかし、この反則合戦すらも
試合を成立させようと焦り、躍起になっていたマリナーズベンチに突け込み。14点という点差を逆転、最終的には試合放棄を宣言させて記録上完封を達成させた。
「5回表に
「うん、握力とか筋肉の疲労で投げれなかったみたいだからね。あのボールは雨の重みと湿気を利用した落ちるストレートだった。海もグラウンドより遥かに湿度が高いから普段よりも落ちるかもね」
「だよねっ」
「でも、それがどうしたの?」
あおいは、腰を上げて砂を払う。
「ボク、ずっと考えてたんだ。コーチのアドバイス」
「えっと確か『何もボールを変化させるのは回転だけじゃない。別の角度から物事を見ろ』だったっけ?」
「うん、そうそうっ。もしかしたら、このことを指していたんじゃないかなって!」
「なるほど、ね......」
「ちょっと試してみてもいいかな?」
そう言って持ってきた荷物からグラブとミット、ボールを取り出した。あおいは、試行錯誤しながら新変化球――高速シンカーを取得しようと
「いつもより鋭く変化してる気がする」
「やっぱりっ? でも常に雨降らせられる訳じゃないし......」
「そうだね」
「何か良い方法はないかな?」
「雨じゃなくても、ボールが自然に落ちる方法か......。あっ!」
考え事をしながら投げた
「もぅ~、ちゃんと投げてよっ」
「ごめんごめんっ。思った以上に届かなく、て?」
「どうしたの? あっ!」
あおいと
――これだよ! と二人声を揃えて叫ぶ。
「あおいちゃん!」
「うんっ!」
あおいは、
しかし、問題はここから。いつもは変化を求めるとスピードが、スピードを求めると変化が小さくなると云うジレンマを抱えていた。
だが、今回は――。
「いっけーっ!!」
「くっ......!?」
ボールは鋭く変化し、捕球しようと膝を落とした
「す、スゴい変化だ......!」
「ほ、ほんとに?」
「ホントだって! 現に捕球出来なかったし!」
「や、やったーっ!」
「うわぁっ!?」
新変化球の完成に喜びを爆発させて、走ってきたあおいに勢いよく抱きつかれた
「ご、ごめんね......。嬉しくてつい......」
「お、俺の方こそ。ちゃんと支えられなくて......」
頬を紅く染めて慌てて立ち上がったあおいは、胸に手を当てて呼吸を整えてから
「明日の試合。絶対勝とうね!」
「......当然!」
日が落ち始め海と空がオレンジ色に染まる中、二人はガッチリと手を取り合い。明日のジャスミン学園戦へ向けた誓いを交わした。
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game30 ~予見~
チリひとつない清掃の行き届いた部屋。床に敷かれたカーペットは歩く度に足が沈むほど柔らかく、部屋の中央には豪華なソファーと透明のガラステーブル。部屋の奥の大きな一枚ガラスの窓の外は、高層ビルが立ち並ぶコンクリートで覆われた大都会が広がっている。
この部屋のソファーに
『では、こちらの書類にサインをお願いします』
ガラステーブルを挟んで
男性も、秘書もそのあり得ない行為に驚き、 呆気にとられた。通常、契約書などにサインする前は必ず目を通すもの、特に数字と数字の前後の文章には気を使うものだ。何故ならば、口頭の交渉など所詮は口約束、物証の書類では全然違うことを表記し、詐欺紛いの行為を行う輩もいるからだ。
『なにを驚いている』
『い、いや......』
『どうだっていいのさ。こんな
『と、申されますと......?』
たじろぐ男性を見て笑みを浮かべた
『
『(......恐ろしい。この男の目からは迷いなど微塵も感じない。私は、とんでもない男とビジネスをしているのだな......)』
『全て契約通りです、ご安心を。会長』
『うむ』
秘書に促された男性は席を立ち、
『Mr.トクチ。我々は、あなたを歓迎します』
『フッ......、堅苦しいのは苦手でね。書面の契約は果たしてやる』
そう言いながらも立ち上がった
東京湾を埋め立て作られた国際空港。
恋恋高校の養護教諭
到着時刻から遅れることなく長い滑走路に着陸した大型旅客機の乗客が、次々と、国際線の発着ロビーに出てくる。
その中に待ち人の姿を見つけた。
「こっちよ!」
彼女の前に現れた待ち人は、
タクシーを拾った二人は、いつものバーへと移動し、いつもの席でアルコールを頼んだ。
「で? わざわざ空港で待ち伏せした理由はなんだ」
「......あおいさんのことよ。あの子、野球を辞めてしまうかも知れないわ」
* * *
「じゃあスターティングメンバーを発表するわよ」
聖ジャスミン学園グラウンド三塁側ベンチ。事前に
「一番、ライト、
「うっす!」
「二番、サード、
今日の試合も覇堂高校戦と同じく、
「三番、センター、
「オ、オイラがクリーンアップでやんすかっ?」
「あら、不満なら他の子に......」
「やりますでやんす! 慎んで引き受けさせていただくでやんすー!」
必死の
「次行くわよ。四番、ファースト、
「はい」
「それで、あのボールのサインだけど」
「うんっ」
「
「あっ、はい! なんでしょうかっ?」
新変化球について話し合っていた
「バッテリー同士仲睦ましいのは素晴らしいことだけど、聞くときはしっかり聞きなさい」
「す、すみません......」
声を揃えて謝罪した二人に
「ちちくりあってんじゃねぇぞ~」
「そうでやんすッ、羨ましいでやんすッ、妬ましいでやんすッ、オイラも女の子とちちくりあいたいでやんスーッ!」
「
「はぁ、まったくこの子たちは......」
ひとつ大きなタメ息をついた
五番、キャッチャー、
六番、ショート、
七番、ライト、
八番、ピッチャー、
九番、セカンド、
覇堂高校戦とは、ガラリと替わった一年生を多く使ったメンバー。7月から始まる甲子園大会予選大会まであと一月半。その大会を見据えた控えメンバーの実戦経験を養うことを目的としたメンバー編成。特に二遊間、
「
「はいッ!」
「いい返事ね。
「はい。集まって円陣」
スタメン、ベンチメンバー全員で円陣を組んで、中心の
「相手は女の子だけだから楽勝楽勝、なんてこと考えるなよ?」
「当たり前でやんす! 手加減なんてしないでやんす!」
「
「当然ね。負ける気なんてさらさらないわ」
「
「イテェッ! ちょっとは手加減しろよ......」
背中を思いきり叩かれた
「飛んだとばっちりだッ!?」
「アハハ。さあ行こうか、監督に采配に初勝利を......! 恋恋行くぞーッ!」
「オオーッ!!」
「おお~っ、スゴい気合いッスね!」
「何を関心してるのだ、ほむほむ。アイツらは敵なんだぞ」
「いやー、恋恋高校と試合できると思ったらつい」
「あたしは、ほむほむと同じ気持ちだけどね。あおいと投げ合えるのが楽しみで、いつもより二時間も早く起きちゃったし」
「ちょっとヒロ。夜はちゃんと寝たんでしょうね?」
「うん、いつもより二時間も早く寝たよ」
「それただの早寝早起きじゃないっ」
「へっ?」
キョトンとしている
「さすがヒロぴーッスね」
「ほら、さっさと準備済ませて整列するわよ!」
ジャスミンも支度が整い両校グラウンドへ整列。主催のジャスミンがホームの後攻、恋恋高校は先攻と云う形だ。主審が手を上げて両校挨拶を交わし試合が始まった。
『先攻恋恋高校の攻撃は、一番レフト、
「おっ、スゲー。ウグイス付きだ」
「ほむらが放送部の子に頼んだのよ。『恋恋高校の皆さんを迎えるのに粗相は出来ないッス!』ってね」
セカンドのポジションでグッと親指を立てるほむらに、
「そりゃ無様なプレーは出来ねぇな......!」
「ええ、楽しみにしてるわ。覇堂を破ったあなたたちの力をね......! ヒロ!」
マウンドの
「ストライク!」
「チッ......」
「オッケー、ナイスボール! 完全に振り遅れてたわ、この調子でどんどん攻めて行くわよ!」
わざとらしく挑発染みた発言で、
「(いい感じに熱くなってる、これならボール球でも振るわ。次は、これで外のカーブを振らせてっと)」
しかし、
「(......振らなかった。今のは演技?)」
「(挑発したって無駄だぜ。なんてたってオレたちは、毎日グラウンド整備を賭けた真剣勝負でメンタルを鍛えてるんだからな......!)」
ここから
際どいコースはファールで逃げ、明らかなボール球を見極める。そしてフルカウントになってからの3球目、合計11球目のストレートを空振り三振に打ち取られた。
「どう?」
「変化球は偵察通りだな。だけど、ストレートは感じたより来る。ちょい高めに狙い定めないと空振っちまう」
「了解。じゃあ作戦通りに行ってくる」
「おう。頼んだぜ、
ハイタッチをして二人は、ベンチとバッターボックスへ、それぞれ向かう。
打席立った
「ファ、ファール!」
「ふぅ、危ない危ない」
二球で追い込まれたにも関わらず、フルカウントまで持っていき、次が15球目。端から見たら、捉えきれず何とか食らい付いているように見えるが、キャッチャーの
「(一・二番だけでもう30球近くも、マズイわ......。ヒロ、甘いコースのストレートを打たせましょう!)」
「うんっ」
サインに頷いてモーションを起こす。
「(......外れたっ!?)」
「(外だ)」
パーンッ! と、小気味良い音を
しかし――。
「......ストライク! バッターアウッ!」
「っ!?」
「......え?」
球審のジャッジはストライク、見逃しの三振。
この判定に、確実にボールと確信して歩いたバッター
「マズイな」
「はい......!」
恋恋高校ベンチでは、
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game31 ~悲鳴~
「ストライクッ!」
「やんすッ!?」
三球目外のストレートで、見逃しのストライクを取られた三番の
ジャスミンバッテリーの四球目勝負球は、またしても外角のボール。
「(また外でやんすかっ。しかも、ここはさっき取られたコースでやんす!)」
一球前の見逃しを取られた時とコース。追い込まれている
「ストライックバッターアウッ! チェンジ」
「ヒロ、ナイスピッチ!」
「えへへ、ありがと!」
初回球数30球と粘られながらも、結果的に一番から三番まで三者連続三振に切って取り、意気揚々と笑顔でマウンドを降りる
「申し訳ないでやんす......」
「おいおい、落ち込んでる暇はねぇーぜ。ほら」
「そうよ、ちゃんと守りなさいよ。落ち込んでエラーなんてしたら、ひっぱたくからね!」
「りょ、了解でやんす!」
恋恋高校先発のあおいは、既にマウンドで投球練習を行い、最後の一球を
「オッケー、ナイスボール!」
捕球したボールをあおいに投げ返し。ジャスミン学園一番バッターのほむらが、右のバッターボックスに入り球審の合図で試合再開。
あおいの初球、ほぼ真ん中付近のストレートで空振りを奪いワンストライク。
「すんごいノビッス......!」
「関心してる余裕は無いんじゃない? 次行くよ」
「来いッスー!」
二球目はインコース低め、ストライクからボールへ落ちるシンカー。ほむらは、これも空振りあっという間に追い込まれた。
そして、恋恋バッテリーは遊び球は使わず三球勝負を挑んだ。選んだ球種はアウトコースのストレート。
「(完璧)」
「(マズイッス!)」
ミットを目掛けて投げたあおいの投球は、
ほむらは、完璧なコースへのピッチングにバットを振ることすら出来ずに見逃し三振、と思われたその時だった。
「ボール!」
これ以上ないというコースへの一球、完璧にストライクゾーンを通ったにも関わらず、球審の判定はボール。
その判定に、ほむらは安堵し。
「キミ、早くしなさい」
「......はい」
球審に催促され、渋々あおいにボールを投げ返し。ひとつ息を吐いて、仕切り直す。
「あおいちゃん、ナイスボール! バッター手が出なかったよ、次で決めよう!」
「うんっ」
力強く頷いたあおい。
「(コースは完璧だった、となれば高さが低すぎたのかも。次は、もうちょい高く......)」
カーブを外に外したあと、一球前よりボール半個分高い位置でミットを構える。頷いたあおいも、また一寸の狂いも無く完璧にそこへ投げ込んだ。
しかし――。
「ボール!」
「(またッ!? コースも高さも完璧なのに......!)」
またしても球審の判定はボール。
「やっぱりな。こうなるんじゃないかって思ってたけど」
「ですね。でも、ここまであからさまにやられるのは珍しいです」
「どういうこと?」
今の状況を予見していたと言わんばかりの二人に、
「あの審判、外のストライクゾーンが狭いんです。ウチが投げるときだけ」
「はあーっ! なによそれっ!? そんなの贔屓じゃん!」
「監督、伝令をお願いします。
「お願いね」
「はい、行ってきます」
ベンチから出た
「
「なに?」
「あの球審。この試合は、あのコースは取ってくれません」
「どうして......?」
「オレの時は、かなり広かったぞ?」
「理由は、この回が終わったら説明します。とにかく外の見逃しは狙わずにバックを信頼して打ち取ることを考えてください」
「わかった」
「あおい先輩、頑張ってください」
「うん、ありがと」
球審と線審の両方に丁寧に頭を下げ
「(バントか。高めのストレートで打ち上げさせよう)」
インコース高めに構える。アンダースロー特有の浮き上がる軌道のストレートに、バッテリーの狙い通りバッターのバントはピッチャーへの小フライとなった。
「あおいちゃん、二つ行けるよ!」
「うんっ! セカンっ!」
ダイレクトでは無く、わざと一度バウンドさせてショートバウンドで打球を捕球。打球の行方を見るためハーフで止まっていたほむらをセカンドでフォースアウト。さらにセカンドベースで捕球したショートの
しかし、続く三番バッター
「(くそっ......、外を使えないのがこんなにもキツいなんて)」
アウトコースのストライクを取ってもらえない予想外の事態は、キャッチャーの
「ずいぶんと苦難してるみたいね」
五番の
「覇堂を倒したリードは、もっと人を食ったみたいな大胆なリードだったけど、期待はずれかしら?」
「(......自分は、外を広く取ってもらえて楽してるクセに)」
「
「ん?」
「どうしたの?」
「それは、ボクのセリフだよ。なにをそんなに悩んでるの?」
「なにって、外を取ってもらえないから......」
「あっ、そんなことで悩んでたんだー」
「そんなことって......」
「ピッチャーやってればこんなのよくあることだから、もう慣れっこだよ。それよりいつになったら
あっけらかんに言ってのけるあおいに、
「そうだったね。よし、どんどん使っていこう!」
「うんっ!」
キャッチャースボックスに戻った
「(ここで行くよ)」
「(......うんっ!)」
砂浜で取得した新変化球のサインを初めて出す。あおいは、今まで以上に大きく強く頷いてセットポジションからモーションを起こした。
「(またストレート、しかも同じコース! もらったわっ)」
「き、消えた......?」
バットは何の手応えもなく虚しく空を切り、ワンバウンドしたボールは
「ナイスピッチ!」
ピンチを三振で切り抜けたあおいに、賛辞の声が次々とかけられる。その間に
「簡単に言うと球審に嫌われたんだ」
「はあ? なんだよ、それ......?」
「きっかけは
「オ、オレのせい......?」
二人は頷き、事の次第を話す。
恋恋高校が球審に嫌われた理由は、
「お前、フォアだと思って球審が判定する前にセルフジャッジで歩いただろ。あれが気に入らなかったんだろうよ」
「そんなことで?」
「正式に登録された審判と言ってもアマチュアですから。些細なことで機嫌を損ねることもあります」
四番の
「マジか、オレのせいじゃん......」
「いいえ、違うわ」
「監督......」
「みんなも聞いて」と、
「こういう審判も居ると言うことが、今日の試合でわかって良かったわ。恋恋高校は、まだまだ実戦経験が浅いチームよ。この試練を成長するための良い糧と思って乗り越えましょう。そうすれば一歩甲子園へ近づけるわ!」
「はい!」
全員で声を揃えて返事をした直後四番の
「
「おう!」
チームメートの声援を背に受け
「ねぇ、あおい。最後のボールは?」
「あれ? あれはね、ボクの新しい決め球。名付けて『マリンボール』だよ!」
「マリンボール?」
「スピードと変化の両立。どうやって投げてるの?」
「それは秘密だよ」
「なによ、それ」
「えへへ~、ナイショだよっ」
「そういわれるとますます気になるわ。いいわ、この試合中に突き止めてあげるからっ。はるか、カメラの映像貸してもらえるかしら」
「はい、どうぞー」
はるかから、試合を記録している二台のビデオカメラのうち一つを借りて。あおいの投球の映像を再生して観察を始める。
そして試合の方は、ランナーを三塁にまで進めたが一本が出ず無得点で二回以降の攻防へと移った。
恋恋バッテリーは取ってもらえない外のストライクを捨て、新変化球マリンボールとシンカー、そしてストレートを巧みに使い。三振と凡打の山を築いて行く。負けじと
既にツーアウトを取られ、バッターもツーストライクとテンポよく追い込まれて、三球目。
「ストライク、バッターアウト! チェンジ」
「また三振ッス!」
「今度はストレートだな」
「同じ軌道からのストレートと鋭く変化する速いシンカー、厄介にも程があるわ。ヒロ」
「えっ、なに?」
「結構投げさせられたけど、まだ行ける?」
「うん、ぜんぜん行けるよー」
「そう。じゃあみんな、この回もしっかり守りましょう!」
「おおー!」
守りに着くジャスミンナインはベンチへを飛び出し、整備が終わったグラウンドへかけて行く。
六回表恋恋高校の攻撃は、六番の
「(先ずは、外のストレートでストライクを取るわよ)」
「(オッケー)」
これまでも広く取ってもらえる外ストライクを有効に使っているジャスミンバッテリー。この回も今までと同様の攻め方を選択したが......。
「ボール、ボールフォア。テイクワンベース」
ツーストライクを取ったまでは良かったが、その後はストライクが入らず。結局、四球でノーアウトのランナーを出してしまった。
続くバッター
「ヒロ、大丈夫?」
あおいが打席に入る前にマウンドへ行った
「うん、大丈夫だって......」
笑顔を作ったが疲労の顔は隠せない。それもその筈、
ジャスミン学園が恋恋高校以上に選手層が薄いことを事前の偵察で知っていたため、徹底的に粘り
「プレイ!」
「(とにかく球数を減らさないと、多少甘くてもいいわ。ストライクで勝負しましょう)」
頷いて二塁ランナーを目で牽制してから投げた。二球ストライクを見逃してからの三球目をファールで逃げる。
「(またファール!)」
もう一球ファールを打った次の投球。
そこで事件が起こった。
「あっ......」
「(――真ん中、失投!?)」
「(もらったよ!)」
ど真ん中のストレート。それも今までとは比べ物にならないほど力の入っていない棒球。あおいは、そのボールを逃がさずキッチリと芯で捉えた。
打球は、
「ヒロ!」
「......っ!?」
反応が一瞬遅れた。打球は伸ばしたミットよりも一瞬速く通り抜け、
直後、グラウンドに大きな悲鳴が響き渡った――。
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game32 ~取引~
「結局、ジャスミン学園戦は無効試合に終わったわ」
「ふーん」
「それだけ? なにもないの?」
「ああ、無いね。強いてあげるとすれば、気にするヤツが甘いだけだ」
「......それでも!」
バンッ! と両手でカウンターを叩き勢い立ち上がった
「あの子は、自分の責任だと思い込んでいるのよ......!」
ジャスミン戦翌日、あおいは練習に姿を見せなかった。
自らのやるせなさを感じながら呟く
「くっくっく......自信過剰も良いところだな。あおい程度の打球で壊れるほど人間の体は脆くはない。どうせ、はなっから故障していたのさ。違うか?」
「......その通り、あなたの言う通りよ。彼女の打球は肩を直撃したのでは無く。左肩の外側に当たって、セカンド方向へコースを変えて弾んだわ」
打球や投球が体に当たった場合、大きく弾んだ方がダメージは小さく。逆にあまり弾まず近くに落ちた場合は衝撃を体が吸収してしまいダメージを大きく受ける。頭へのデッドボール等が弾んだ方が良いといわれる理由はここにある。
「あの打球の弾み方なら直接肩へのダメージは少ないハズ。でも
「自業自得壊れるべくして壊れた、それだけの事。知っていて投げた本人と故障を見抜けなかった指導者が無能だっただけで。同情する価値など微塵もない、取るに足らないことだ」
「......みんながみんな、あなたのように強い訳じゃないわ」
「フッ......辞めるなら好きにさせればいいさ。そんな甘い考えならどうせ勝ち上がれない」
鼻で笑った
しかし
「......無理よ。あの子が居ないと、絶対に甲子園には行けないわ。例えあなたが、監督として采配を振るってもね」
「あん?」
アルコールの代金をカウンターに置いて立ち上がった
しかし明日、
放課後の練習。体調を崩し、学校を欠席したあおいを除く全員が練習に参加したが、ナインは気を緩むことなく、いつも通り......いつも以上に真剣な
「よし、筋トレ行くぞ! 気を抜くと怪我するからね!」
「オォーッ!」
「なるほどな」
「わかったかしら?」
「精神的支柱と言ったところか」
「そう、この恋恋高校野球は......。
二年前の春、近年の少子化の煽りを受け女子校から共学になった恋恋高校。そこへ入学してきた
「ラストワンセット、気合い入れて行こうーッ!」
「監督」
「なーに?」
筋トレを終え、ポジション別練習の準備が進む中、
「
「ナイターを?」
「はい。平日は、主に基礎練習が中心ですので。延長した時間で連携プレーや実戦練習を行いたいんですが......」
「ですって」
意見を聞いた
「好きにすればいい」
「ありがとうございます!」
深く頭を下げ、背を向ける。ナインの元へ戻ろうと足を踏み出す直前――。
「甲子園へ行く気がないのならな」
* * *
「それで、ダメだった理由はなんだったの?」
定刻通り練習を終えて、帰り道を歩きながら
「『無意味な練習は、ただ故障のリスクを上げるだけだ。通しで計算出来ない奴は、俺は使わない』だって......」
「......無意味って。勝つために練習するのが、ムダだって言うのっ!?」
「
激昂していた
「......でも、あたしたちは敗けられないのよ。あおいが戻って来るまで――」
「そうは言っても、どうするでやんすか?」
「そうだぜ。昨日も一昨日も練習を休んじまったし。
「いや、本当に風邪を引いたみたい。メールで担任に伝えてって来たから」
「......そう。きっと、今までの疲れが一気に出たのよ。今は、ゆっくり休ませてあげましょう」
「そうね。ってことで
ビシッと、人差し指で
「はい?」
「あんた、リトルの頃からあおいとチームメイトで家も近所なんでしょ?」
「いやいや、近所って言っても。学区が違うから、学校も別だし――」
「うっさいわね! そんな細かいことはどうでもいいのよ、いいから行く! あんた、キャッチャーでしょ!?」
「いやいやいや、意味わからないから......」
結局
* * *
「体調は、どう?」
見舞いに来てくれた
「熱も下がったから平気だよ、ごめんね」
「そっか、よかった。これお見舞い、パワ堂のシュークリームなんだけど」
「わぁ~っ、ありがと! ここのシュークリーム美味しいんだよねっ」
「どうしたの?」
「あ、いや、意外と女の子らしいなって――」
「どういう意味かな......?」
額に青筋を浮かべながら素敵な笑顔で首をかしげる。超高校級投手の
「もうっ、失礼にもほどがあるよ!」
「すみません......」
「......はぁ~」
深くタメ息をついたあおいは、お見舞いの洋菓子箱を薬とコップ、水のボトルがあるテーブルに置いた。そして沈黙が訪れる。
「ボクは、もう大丈夫だよ」
だが、明らかに強がりだということは
「そっか。ま、わかってたけどね、あおいちゃんなら大丈夫だってさ!」
「ふーん、じゃあ何しに来たの?」
「えっと......。あ、ほら、俺キャッチャーだから」
「へ? あ、あははっ、なにそれ意味わからないよー」
苦し紛れに言ったのは
「はぁー、笑ったらお腹空いちゃった。ね、一緒食べよ」
「俺は、いいよ。あおいちゃんに買って来たんだし」
「いーのっ。ボク、ピッチャーで――」
大きなシュークリームを半分にして
「ボクたちは、バッテリーだもんっ」
「――ああ、そうだね」
あおいは励ましに来てくれた
* * *
「それで本当に、あおいさん抜きで勝ち上がるつもりなの?」
「実際に采配を振るうのは、お前だろ」
「......正直、自信無いわ」
グラスの縁に指を触れて弱音を溢す
「フッ。なら、あおいを引き戻せばいいだろう」
「それが出来れば苦労しないわ」
「クックック」
「なによ......?」
バカにしたように笑う
「演技が下手だな。お前なら出来るだろう」
図星を突かれ、頬杖をつきながらアルコールを一気に飲み干すと、バッグからビデオカメラを取り出して強引に話題を変えた。
「はるかさんから預かったビデオよ。」
音を消して録画された動画を再生する。映し出されたのは、今年の春の甲子園ベスト4で恋恋高校と同地区最強『あかつき大学附属高校』の試合。
「去年の秋からエースナンバーを背負う
「そのわりには劣勢みたいだが」
早送りで見ていた試合は、八回終わって5-2とあかつきがリードされた展開。
「それ、春の準決勝だから。直近の試合は次よ」
メニューを操作して、二日前に行われた試合の映像に切り替えた。撮影しているのが、マネージャーのはるかということで時々ブレるが、二人とも特に気にする様子はない。
「あん?」
「どうしたの?」
そして――。
「おい、取引だ」
「え?」
今のままでは、あかつき高校には勝てない。
そう確信した
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game33 ~明暗~
お知らせ。
タグをパワプロアプリからサクセススペシャルへ変更しました。
風邪を引いて学校を欠席していたあおいが、練習に復帰して初めての週末。練習試合後、一年生の
ベンチには、人影が三つ。ベンチ座る
「呼び出してごめんなさいね」
「いえ、それで......」
「予選まであと一月弱。今後の練習試合は本番を見据え、あおいを含めたお前たち三人で、一試合百球を目処にローテを組んで回す」
「毎週じゃないけど。来月からの練習試合は、なるたけダブルヘッダーを組めるように調整しているから、二人とも準備を怠らないようにね」
「はい、わかりました」
すぐに返事を返した
「うん、いい返事。それじゃ空き教室で、いつも通りメンタルトレーニングへいってらっしゃい」
「あの
「あおいのことで、少し話していたの」
「あおい先輩の......」
気まずい空気が、二人の間に流れた――。
あおいが復帰した日、
投手はあおい、捕手は
「本気で行くよ!」
「は、はい!」
マウンドとバッターボックスで対峙する二人。グラウンドの外から勝負を見守るナインたちは、誰もがあおいが勝つと思っていた。もちろん捕手を務める
「(あおいちゃん、気合い入ってるな。よし、じゃあコーチの指示通りに、まずは――)」
「......あっ!?」
「(逆球ッ!?)」
投球は、インコースに構えた
「(来た! 力まずに......!)」
いくら初心者の
「やっぱりあなたの予想通りだったわね。正直、今回ばかりは外れて欲しかったけど......」
ベンチで肩を落とす
「そうでなければ取引した意味がないだろ」
「それはそうだけど......。もう少し気づかってあげたらどうなの?」
「フッ、それこそ俺が出る幕ではない。あいつらが放っては置かないさ」
「
「違うよ! 今のは、ボクの失投だから......」
「そうね。でも
「おう、力みのないシャープな振りだったぜ」
「あ、ありがとうございます!」
グラウンドを見て少しほっとした
「はいはいっ、みんなそろそろ練習を始めましょうっ!」
「はい!」と、ナインは声を揃えて返事をして。きびきびと準備を済ませると、ウォーミングアップを開始した。
* * *
「大丈夫よ」
「え?」
「あおいは、大丈夫。それよりあなたも先発を任されるんだから、人の心配よりちゃんと備えておきなさい」
練習試合後のメンタルトレーニングも終わりグラウンド整備の最中、大きなタメ息をついたあおいに、ベンチで備品のチェックをしていたはるかが声をかけた。
「はぁ~......」
「大きいタメ息ですね、あおい」
「ん......。今日の試合、全然ダメだった......」
もうひとつタメ息をついて、ガックリと肩を落とした。それもそのはず、今日の練習試合先発登板をしたあおいは、二回もたずノックアウト。
「みんなに迷惑かけちゃった」
落ち込むあおいに、はるかは微笑みかける。
「ふふっ、みなさん迷惑だなんてに思っていませんよ。
「コーチがっ? なんか逆に怖いんだけど......」
「だから、いつまでも気にしちゃダメですよー? それに明日は早いんですからね」
「あ、うん、そだね。ありがと、はるか」
トンボを手に他のナインが整備を行っているグラウンドへ戻って行った。
* * *
「経過は良好みたいよ。このまま順調に行けば、来月初めには復帰を見込めるわ」
「ふーん」
「はぁ......まったく相変わらずね。気になると思って、せっかく調べて来てあげたのに」
「ただ電話しただけだろう」
「あなたに取っても他人事じゃないでしょ?」
「さてね」
追及をテキトーにはぐらかし、グラスを口に運ぶ。
「素直じゃないわね。あっそうだ、明日の観戦予定だけど。先方の都合でダブルヘッダーを取り止めて、二手に分かれて行うことになったそうよ」
「戦力は?」
「対覇堂戦がレギュラー、対関願戦は秋以降を想定した編成になるみたい。それからエースは関願戦に登板予定らしいわ」
「覇堂を避けたのは
「ご明察。はるかさんが調べてくれた情報によると、
「ま、好きに分かれて観させればいいさ」
「そう。伝えておくわ」と、スマホを持って一旦店を出ていった
* * *
――翌日。
今日は練習休養日を兼ねた、他校の試合観戦。
キャプテンの
予め許可を貰って、覇道高校野球部専用グラウンドのバックネット裏で観戦させてもらえることになっている。
「お、ちょうど今から試合開始みたいだ」
「ホントだ、間に合ってよかったね」
「あれ?」
「どうしたの? はるか」
マネージャーのはるかは、グラウンドで整列している鮮やかなあさぎ色のユニフォームに身を包む選手たちを見て、あることに気がついた。バッグから資料を出して確認する。
「壬生高校の列の中に、エースピッチャーの
「えっ? でもエースは、関願高校との練習試合に行ってるって......」
「はい、そのハズですけど。ほら、あの方ですっ」
はるかが指を差した先には、常時150km/h越すストレートを武器に勝ち上がり。決勝戦では、同じ速球派のアンドロメダ学園
「うーん、予定を変更したのかな?」
「そうかも知れませんね」
「俺たちと同じ地区の関願高校も強豪だけど、さすがに春ベスト4の覇堂には劣るからね」
「その覇堂にコールド勝ちしたオイラたちは、実質、甲子園ベスト3ってことでやんすね!」
「言ってくれるじゃねーか」
後ろから声をかけられて、話をしていた四人が振り返ると木場兄妹が通路の階段を下って来た。
「
「よう」
「ごぶさたでーすっ」
「なんでここに? ベンチに居なくていいのか?」
「ベンチに居ても暇だからな、どうせ出れねえし。ところで......」
「誰がザコだって!?」
「そ、そんなこと言ってないでやんすーッ!?」
「コラー! いきなり絡むなー!」
「イテッ!?」
「ボコられたのはホントじゃんっ。みっともないことしないでよっ」
妹でマネージャーの
「うぐっ......ちっ!」
「た、助かったでやんす......」
二人が座り直したところで、
「それで、こんなところに居ていいのか?」
「ああ、ベンチよりも
「はいはい、わかってますよー」
グラウンドでは、覇堂ナインが守備に着き、壬生校の一番打者がバッターボックスに入って、試合が始まった。
一方、関願高校の試合を観戦に行った
レギュラー勢が出場している関願高校と一・二年生中心の壬生高校の試合は、三回までどちらも得点は無く、速いテンポで進んでいる。
壬生校の先発投手は、毎回ランナーを出しながらも要所を抑えホームを践ませない。対する関願校の先発投手は、スライダーとシュートで打者の内角を突く強気のピッチングで三回まで死球1個のノーヒットピッチングを披露。
「壬生は、じっくり観察って感じだな」
「ええ。逆に関願の方は、観察しつつも甘いボールは積極的に狙っているわ。だけど――」
「ランナーは出しても、結局得点まではいかない。こりゃ空気が重いな~」
「スクイズでも何でもいいから、取れる時に取っておかないと後々辛くなるわ」
ゲームはそのまま進み六回まで両校無得点。壬生校に至っては、ヒットは一本も無くノーヒットノーランを継続中。しかし、ベンチに焦りの色はまったく見えない。それどころか不気味にも余裕を感じるような空気を醸し出している。
「さて、もう十分だろう。この回で仕留めるぞ」
「はい!」
覇堂高校で指揮を振るう監督の代理を務めるコーチの言葉に、壬生ベンチの空気がいっぺんする。
先頭バッターが、初球のスライダーを叩いて出塁するとエンドランでチャンスを広げ無死一三塁とチャンスを作った。
そして次のバッターは、一年生で四番でピッチャーを務める――
二打席凡退した今までの打席とまったく違う雰囲気を感じ取った
「先輩、アイツのこの打席をよく見ておいてください」
「ついにくるのか? お前が言ってた本気ってヤツが」
「はい......!」
恋恋高校を出発する前、覇堂高校へ行こうとした
「どんなバッティングをするのかしら?」
「さあ? でも、なんかあるんだろう」
「............」
左バッターボックスでバッターを構える
「(この場面一点は仕方ない、内野ゴロを打たせるぞ)」
「(あん!? ここは一点もやっちゃいけない場面だってーの!)」
こちらも一年生投手の
もう一度首を振り、三度目のサイン交換で漸く頷く。
「なんか、ずいぶんかかったな」
「
「そう言えば
「はい、シニア時代のチームメイトでエースナンバーを背負ってました。その時から、上級生と意見が対立しても結果を出して黙らせてました」
奇しくもこの勝負、
そのままの勢いで勝負に行く。
「(見逃しゃ三振だ!)」
勝負球は、頭からストライクゾーンへ滑るシュート。
「(動じねぇッ!?)」
「無理だ、始動が遅い! あんなんじゃ空振り、よくてもレフトフラ......」
「ここからです! よく見てください!」
ボールはミットに収まること無く。快音を響かせ、
「な、なに、今の? 完全に降り遅れていたのに、引っ張ったのっ?」
「ミートポイントでヘッドスピードが上がりやがった。見たことないぞ、あんなの......」
このホームランを皮切りに壬生高校は一気に勝負を決めた。
そして元チームメイト同士の対決は、はっきりと明暗の別れる結果で幕を閉じた。
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game34 ~違和感~
「おそらく
プロ野球移動日の月曜日。所属球団が本拠地を構える千葉県内のレストランでチームメイトのトマスと昼食を摂っていた
液晶画面に表示された電話の相手は、以前
『ローテイショナルですか?』
「そう。
日本ではプロでも、アマでも、主流は
一方、
「まさかローテイショナル打法を使いこなす高校生が居るとはね、驚いたよ」
『あの
「その声は、
『うっす』
はるかに電話を替わってもらった
『そのローテイショナル打法って、バットが加速したりするんっすか?』
「加速? どういうことだい?」
『えっと、打ったヤツは左で。端から見たら完全に振り遅れて差し込まれていたんです。でも打球は、ライトへ飛んで行ったんで......』
「(......妙だな。ローテイショナル打法は、手元で高速変化するムービングボールを見極めてから最短で打つために編み出された打法だ。予備動作が小さい分振り出しは速くなるが......だけど、スイング中にバットヘッドが加速するなんて。ローテイショナル打法はもちろんのこと、従来のリニアウェイトシフト打法でもあり得ない現象だ)」
「どうだ?
「やはりローテイショナル打法で間違いないね。軸がまったくブレていないし、完成度はかなりのモノだ。しかし――」
動画をスイング開始まで巻き戻し、スロー再生させる。
「......やはり加速しているように見えるな」
「だな、スローで見るとよく分かる。スイング開始時から考えると、インパクト時のヘッドスピードは異常だ」
「出せますか?」
「やってみます」
頼まれたスタッフは、おおよその数値を割り出すため解析ツールを飛ばす。解析結果を待つ間、動画を見ていた
「............」
「どうした?」
「この絵、何かおかしくないか......?」
「ん? うーん......」
トマスは静止中の画像を隈無くチェックしたが、特にこれといった発見は見つけられなかった。
「わからん。オレには、ただバッターの背中が写っているだけにしか見えない。考えすぎじゃないのか?」
「(やはりトマスの言う通りなのか......。イヤ、何かが変だ。いったい何なんだ、この違和感は......画像がブレているからか?)」
画面に写る静止画は、オリジナルの画質と比べるとずいぶん解像度は上がっている、がやはり細部に荒さは残っている。ハッキリとわからない分、正直
「初速の方は割り出せましたが......」
「そうですか、どうもありがとうございました」
礼儀正しくお礼を言って、二人は部屋を出る。
「交流戦明けの初戦は、大阪バガブーズだったよな」
「ああ......ってお前、まさか!」
「ああ、直接見に行ってくる。京都へ......!」
「おいおい、いくらスランプ脱却の借りがあるからって。何もそこまでする必要はないだろ?」
若干呆れた様子のトマスに、
「別に、そんなつもりじゃないさ。ただ――」
「ただ?」
「本気で海外を視野入れた僕が新たに会得しようと躍起になっている
解き明かせない未知の技術に、まるで新しいおもちゃを手に入れた子どものように、
* * *
「はぁ~......」
「また大きなタメ息ですね、あおい」
「またみんなに迷惑かけちゃった......」
週末の練習試合、ダブルヘッダーの二試合目。
先週の試合に続きまたもあおいは、早い回でノックアウトされてしまった。投球内容も前回の試合と同様に四球でランナーを貯めては、真ん中から外寄りの甘いボールを打たれての失点。二戦続けて同じ失敗を繰り返し。
それでも誰も責めたりはしない。むしろ不調のあおいをみんな心配していた、どこか愉快そうに笑う
「コーチは、どうして何も言わないんだろう......?」
「あおいのことを信じているのではないでしょうか。あおいなら自分で立ち直るって」
「......そう、なのかな?」
不甲斐ないピッチングに叱咤も、激励も、アドバイスも何も言わない
グラウンド整備を行うナインとベンチで話すあおいとはるかを、空き教室から見守る
「やっぱりインコースへ投げるのを無意識に怖がっているのね。今日の試合もインコースの要求に対しては、ことごとく逆球だったわ」
「バッターボックスとマウンド、状況は違うとは言え。硬球は凶器になりうる代物だ。一度認識してしまった恐怖と云うものは、そう簡単にはぬぐえないモノさ」
事実、プロの世界でも、デッドボールをきっかけに成績を極端に落とす選手も少なからずいる。特に、頭へのデッドボールを受けた場合の影響は顕著。慢性的な目眩などの後遺症による身体的なもの。恐怖で踏み込めず、腰が引けまともなスイングが出来なくなるなど、心的な理由で引退を余儀なくされる選手も過去にいる。
同時に、当てた投手の方もあおいと同じようにインコースを攻められなくなることもある。
「で、首尾はどうだ」
「今日、本格的に始めたそうよ。さっき連絡を受けたけど、むしろ今までにない違和感を覚えたみたい。文字通り付き物が取れたってところかしら、あなたの方は?」
「さてね」
「ふふっ、順調みたいね」
スコアブックを閉じて、
「みんな、お疲れさま」
「あっ、監督。お疲れさまです!」
「そのままでいいから、ちゃんと聞いてね」と、
「来週末にはもう六月......つまり夏の予選まであと一月よ」
三年にとっては高校生活の集大成、最後の大会。昨年度出場停止処分を受けた恋恋高校にとっては、今回が本格的な参戦となる。
「今日の練習試合を最後に以降の練習試合は組まないことにしたわ」
「......えっ!?」
今までの練習試合を組んで来たのは、野球部と夏の予選で采配を振るう
「事情が変わったの。それと来週から特別メニューに切り替わるから、みんな水着の準備を忘れないように」
「水着......ですか?」
突然のことに戸惑う中、
「そ、水着。私物でも、学校指定の水着でもいいわよ。女子はビキニでもいいけど、あまりはオススメはしないわ」
「は、はぁ? わかりました......」
「はい、連絡は以上よ。それじゃあみんな気を付けて帰ってね」
背を向けて校舎へ戻っていく
ベンチに残されたナインたちは訳もわからず、しばらくのあいだ途方に暮れていた。
「何で水着なんだろうね? まだ授業でも使わないのに」
「さあ、どうしてだろう?」
「水着でノックでもするんでやんすかね?」
「そんなワケないでしょ」
「通報されるな」
「はるかは、何か聞かされていないの?」
「いえ、なにも。でも練習メニューは全て
「きっと特別な意味があるわね」
「はい、私もそう思います」
「明日、水着を買いに行こうかしら」
「あっ、あたしも行くっ。あおいも行くっしょ?」
「え? あ、うん、いいけど」
水着を買いに行くと聞いて
「じゃあオイラが選ぶの手伝ってやるぜ!」
「オイラも行くでやん――」
「却下」
「即答かよ。
「無慈悲でやんす......」
二人の不埒な欲望は、
* * *
「みんな面を食らってたわよ」
「だろうな」
いつものように二人の前にはアルコールが注がれたグラスが置かれ、薄暗い店内には落ち着いた曲調のジャズが流れている。
「ふふっ、来週からの練習はもっと驚くでしょうね。何せ、もう本番まで一切野球をしないんだから」
「......ケアはお前に任せる。確実に焦りが生まれるだろう」
「分かってるわ、任せてちょうだい。私も、あなたが考えるプランに異論はないもの。ただ......大丈夫なの?」
「そう心配するな、四回戦までは余裕だ」
「四回戦って、シード校が出てくるわよ?」
「問題ない、まあ楽しみにしてな。なんなら決勝まで全試合コールドゲームで終わらせやろうか?」
「相変わらず強気ね、普通でいいわよ普通で」
それは彼女にも十分わかっていた。
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game35 ~土台~
週明けの放課後。
恋恋高校野球部一同は、グラウンドのベンチ前に集まっていた。普段の練習前と同じ見慣れた光景。ただ、ひとつだけ違うところがある。それは、練習着ではなく制服のまま集合していると言うこと。
「水着ってことは、やっぱりプールへ行くのよねー?」
スクールバッグ、スポーツバッグと一緒に持っている水泳バッグに目を向けながら
「そうだとは思うけど」
「まさか学校のプールじゃないでしょうね? 絶対、風邪引くわっ」
六月に入ったとは言え、まだ肌寒い日もある。特に今日は、最高気温20度と屋外プールで活動するにはツラい物がある。
「あはは......、そうだね。
「
「うん。ボクも、そう思うな」
「だといいけど~」
「でも私は、泳げと言われれば泳ぐわよ」
「いやいや、それはないでしょ。それにまだ、プール掃除だってしてないのよっ」
「もっと上手くなれるなら、そんな些細なこと気にしないわ」
「さすが
「それは、ちょっと引くわ」
あおい、
そして、程なくして
「みんな、水着は持ってきたかしら?」
「はい、全員持っています」
代表で答えた
「それじゃあみんな、野球道具は使わないから部室に置いて、水着とバッグを持って、ここへ戻ってきてね」
「はい!」と声を揃えて大きな返事をすると、駆け足でベンチ横の部室へ入っていく。各々自身のロッカーに荷物をしまい、キャプテンの
「部室のカギは、私が預かっておくわ」
「わかりました。お願いします」
「はい、確かに。それじゃあ移動するから、離れずに付いてきてね」
部室のカギを自動車のキーケースに保管し、
「あの、もしかしてプールへ行くんですか......?」
校舎裏の体育館付近で
「ええそうよ、あたりまえじゃない。そのために水着を持って来てもらったんだから」
「ですよね。ははは......」
「おっと。オイラ今日、塾の日だったぞ......!」
くるっと踵を返して逃げようと試みた
「ウソおっしゃいっ。あんた、塾なんて行ってないじゃないっ。それに勉強してるところなんて、テスト前でも見たことないわよっ」
「......きょ、今日から通うことになったんだよ」
「往生際が悪いっ、男なら覚悟を決めなさいって!」
「二人とも、仲が良いのはステキなことだけど、置いていくわよ」
体育館隣接の駐車場出入り口から
「あの、外へ出るんですか?」
「ええ、そうよ。学校のプールでいいのなら、それでもいいけど」
「い、いえ! それで、どこへ行くんですか?」
「それは、着いてからのお楽しみよ」
二人を待っている間に聞かれた
* * *
「さあ、着いたわ。ここよ」
整備された歩道を歩くこと二十分弱。ビルが建ち並ぶオフィス街。その一画、とあるスタイリッシュな建造物前で立ち止まり、上部に設置されている看板を、あおいが読み上げる。
「ミゾットスポーツクラブ? う~ん......」
小さく首を傾げると少し考え込み、大きく目を見開いた。
「......って! ここっ、すんごい高いところだよねっ?」
「あ、ああ......確か、諭吉さんと樋口さんが二人揃って旅に出るくらいの利用料って聞いたことがあるぞ」
「おいおい、マジかよっ。オレ、んな金持ってねーぞッ?」
「ボクもないよっ。
「あおいが持ってないのに、あたしが持ってるワケないじゃん」
ミゾットスポーツクラブは、日本が世界に誇るスポーツ専門企業、ミゾットスポーツが運営するスポーツクラブ。
ウェイトトレーニング器具各種はもちろんのこと、各分野特化の施設、最新の科学トレーニング機器、温水プール、食事や生活習慣の講座など開いており。一般利用客以外にも、野球を始めとしたアスリートたちが、キャンプ前になると自主トレに利用することも多い。
しかし、当然のことながら施設が充実しているぶん、施設利用料もそれに似合った金額。普通の高校生が、おいそれと出せる
「ふふっ、お金の心配は要らないわ。もう話は通っているから」
入り口の前で慌てふためくナインたちに、
そこへ施設の中からスーツ姿の男性が出てきた。彼は以前、恋恋高校にトレーニング機器の設営・説明をしたミゾットスポーツの社員、
「
「いいえ、ちょうど今来たところです」
「そうでしたか」
「今日から、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
お互い頭を下げる
「あの、監督。これはいったい......」
「
「え......えぇーッ! ほ、ホントですか!?」
「
「ええ、ミゾットスポーツさんのご厚意でね」
「うひょーっでやんすー!」
そして、「みなさん、よくお越しくださいました。こちらへどうぞ」と恋恋高校野球部一同を引き連れて施設内へ入る。
広いロビー、高い天井、清掃も隅々まで行き届いてる。
待っている間、
「スゴい......最先端のレーダー解析システム! こんなに充実した施設を無償で使わせてもらえるだなんて......!」
「バッセンにブルペン、それに屋内練習場もあるぜ」
「天然温泉もありますね。主な効能は、疲労回復と美肌効果みたいです」
「混浴でやんすかっ?」
「そんなワケないでしょ。けど広すぎ、あたし、迷子になる自信があるわ」
「あははっ、
「あおいちゃんもでしょ? 前、迷子になったし」
「迷子じゃないよっ。気分を変えて、ランニングコースを変えただけだよっ」
「ふーん、そうだっけ?」
「そうだよっ」
「お待たせしました」
「それではみなさん、今から入場パスをお配りします。この入場パスは各施設の入場券とロッカーのキーになっていますので、くれぐれも無くさないようお気をつけください。それではお名前を呼びますので、呼ばれたら私の方へ......」
「女の子のぶんは、私が配ります。同じように取りに来てね」
彼女はミゾットスポーツの経理部に所属の社員、
ネーム入りのパスを受け取ったナインたちは、彼らにロッカールームへ案内してもらう。ロッカールームで入場パスの番号と同じロッカーをパスでタッチすると、電子音が鳴りロックが解除された。荷物を収納してプールへ。
「みなさん、水着はお持ちですか? お忘れでしたら、レンタルもございますが」
「大丈夫です、みんな持ってきています」
「そうですか。では、更衣室で着替えとパスをカギに変えてから奥の扉へお進みください。プールへ直結しますので」
「わかりました、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」と、男子部員たちは頭を下げてお礼を言い、着替えを済ませてプールへ出る。
「女子の水着姿楽しみでやんすねっ」
プールサイドのベンチに座って女子が出てくるのを待ちながら、
「むふふっ、好きでやんすねー。みんなは誰が気になるんでやんすかっ?」
「フッ......愚問だな、
「さすが
「おいおい、二人とも。いい加減にしておかないと......」
大声で話す二人を、
「そんなこと言って、
「そうでやんす、素直になるでやんすっ。男の
「いや、だから......うし――」
「悩むのはわかるぜ。まあ
「あんたら、ほんっとサイテーねッ!」
着替えを終えてプールに出てきた女子部員たちは、
「な、
「ええ、居たわ、全部聞かせてもらったわっ。あたしは置いておくってどう言う意味よっ!」
――え? そこなの? と、あおいと
「......おっと、ゴーグルを忘れてたぜ!」
「コラ、逃げるなっ。頭についてんでしょうがっ」
「二人ともプールサイドは走らないの」
「ちゃんと柔軟は済んだかしら?」
「はい!」
「はい、よろしい。それじゃあプールに入って」
「おっ、思ってたよりも温かい」
「ほんとだ。これなら風邪も引かないね」
「そうだね。監督」
「まず歩いて往復してらっしゃい。途中にある障害物は潜ってくぐるのよ、泳いじゃダメよ」
「障害物? はい、わかりました。みんな、行くよー」
25mプールをゆっくり歩き出したのを確認して
「ん? これが障害物かしら」
「
ナインが歩いているコースに張られたチューブ型のゴム。チューブゴムは、この一本だけではなく等間隔に幾つも張られ、彼らの行く手を阻んでいる。
「これを潜ってくぐればいいのね」
「なんだ、こんなの楽勝じゃん。障害物なんて言うから、もっとすんごいの想像してたわ」
「ふふっ、それはどうかしらね」と
* * *
「ふぅ......結構キツかったね」
「これ罠よ、罠! まさか、水中にもう一本あるなんて......!」
「ふふっ、お疲れさま。はるかさん」
「はい。みなさん、水分補給してくださいね」
はるかは、準備しておいたスポーツドリンクを注いだ紙コップを全員に配る。
「はい、あおい」
「ありがと。でもボクはいいよ、そんなに喉かわいてないから......」
「脱水症状を起こすぞ」
「へ? あっ、コーチっ」
出入り口から
「通常のプールでもそうだが、特に温水プールは体内の水分を奪う。風呂と同じで汗をかいていないように見えても、実際は水分を失っているのさ。まあぶっ倒れたいのなら、止めはしないけどな」
「の、飲みますっ。はるか、ありがとっ」
慌ててスポーツドリンクを飲むあおいに
「監督、コーチ、次は何をすればいいですか?」
「好きなようにすればいい」
「好きに、ですか?」
言葉足らずな
「プールに浸かってさえいれば、何をしてもいいってことよ。さっきと同じ水中スクワットでも、泳いでも、ビーチボールで遊んでもいいわ。ただ、そろそろ他のお客さんが来る時間帯みたいだから、迷惑にならないようにね」
「1から3コースまで恋恋高校さんの貸し切りとなっていますので、ご心配なく」
「わかりました、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げた
「あの、ひとつお訊きしてもよろしいですか?」
練習を見ていた
「なんですか?」
「ちょっとな。触るぞ」
「フッ、この二ヶ月真面目にやってきたみたいだな」
「はいっ」
力強く頷く。
「あんたら、日本刀が何で出来ているか知っているか?」
「日本刀ですか?」
「いえ......」
二人は、わからないと首を横に振った。
「主に、玉鋼ね」
「そう。強度の異なる複数の玉鋼を掛け合わせ、強度と切れ味を両立させた。それは、人間の肉体も同じだ」
「選定した複数の玉鋼と砂鉄を高温で熱し、折り重ね、叩く工程を何度も繰り返し、鋼の中に残った不純物を取り除くことで極めて純度の高い高品質の鉄を造り出す。この工程を怠れば、刃物は脆く折れやすく、品質が落ちる。刀造りにおける重要な土台作り。アイツらは今まで、ウエイトトレーニングを中心に身体作りをしてきた。ウエイトトレーニングで造られた筋肉は固く力がある反面、間接可動域が狭くなりがちだ。ストレッチをさせてはいるが、自力では限度がある。そこで、このプールでの運動が重要になるのさ。極力関節に負担をかけず稼働域を広げ、尚且つしなやかで柔らかな筋肉を作ってきた土台に乗せてやる。力強さとしなやかなさ、その絶妙なバランスを両立させることにより最大限の力を生み出す」
「一番の理由は、ケガの予防でしょ。関節の稼働域が広ければおのずと故障のリスクは減るわ。特に肩と肘を酷使するピッチャーにはね」
「さてね」
「もう、素直じゃないわね」
クスッと笑う
「なるほど......もし――」
「どうかしました?」
「いや、
「ふふっ、そうですね。それでは私は失礼します」
魅力的な笑顔を見せた
「続きはいいのか?」
「と、申しますと?」
「神奈川県神楽坂大附属高校のエース、
「......ご存じでしたか。その通りです、ムリな投げ込みの結果この様です」
「そうだったんですね......」
「昔の話です、お気になさらずに。それに今の仕事はやりがいますから、全力でサポートさせていただきます!」
――ありがとうございます、と
「ですが東東京は激戦区でしょう。特に本命のあかつき。今年は、最強と言われた去年以上との評判ですが?」
「問題ねぇよ。ま、楽しみにしてな」
そう自信満々に言った
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game36 ~リスク~
『見るでやんすっ、この鍛え上げられた胸鎖乳突筋を! でやんす』
『やるな、
『ほほーう、さすが
『だから、二人とも目の前で立たないでくれよ......』
甲子園大会予選都大会まで、あと一週間に迫った六月下旬。恋恋高校野球部の女子部員たちは、男湯でアホトークを繰り広げている一部の男子たちとは違い、焦りの色を隠せないでいた。
『今月に入ってから
トレーニング後、施設内の天然温泉で汗と疲れを流しながら
この三週間の主な練習は、ウェイトトレーニング、プールトレーニング、最新器機を使ったビジョントレーニングと、普段の基礎体力トレーニングをより高度にしたメニュー。特に、ウェイトトレーニングにおいては、三つグループに分けられたナインたちに専属トレーナーが一人つき指導する徹底ぶり。そのおかげで、体つきも今までの固さが和らぎしなやかな体へ変わった。
だが、その反面、体作りが中心のため野球からはかけ離れた生活。家で自主練(個別に
『あんたたちは、どうなの?』
風呂場独特のエコーがかかった声で
『そうだね。たしかに不安はあるけど、動きが良くなった自負はあるよ。う~ん、体が軽くなったって言うかー』
『あっ、それはあたしも。体が引き締まった気がするわ。
『私は、コーチを信じてついていくだけ』
『すんごい信頼を寄せてるわね』
『三年連続最下位に沈んでいたチームを建て直し、ペナントレース優勝。シリーズ制覇へ導いた、日本一の選手なのよ』
――当然じゃない。と
『まあ、確かにそうよね。成績とかホント化け物だし』
『よくよく考えるとボクたち、とてつもない人に教わってるんだよね』
『でも、どうしてコーチは引退したんでしょう?』
はるかの素朴な疑問に、
『......それは、私も分からないけど。でも、何か特別な理由があるんじゃないかしら......』
――そう言えば......。
『あれ、もう出るの?』
急に湯船を上がった
『ええ、コーチに自主練について訊きたいことがあって。まだ、ここに居ると思うから。先に上がるわ』
『待って。ボクも行くよ』
結局、あおいだけではなく。
その
縫い目に指をかけると、ストライクゾーンに設置された16分割の的を目掛けてボールを放った。
「さすがね」
アウトローの的の中心を打ち抜いた投球に、
「
「あん?」
スマホを受け取り、ベンチに座る。
「なんだ」
『調子はどうだ?』
「そんなことを聞くために、わざわざ
『それもあるけどね、本命は別さ。
「アイツらは今、風呂だ」
『
「それで、用件はなんだ?」
『今日、壬生へ行ってきた、春の準優勝校のね。そこでとんでもない収穫があったから知らせておこうと思ったのさ。
「これよ」
スピーカーに切り替え、フリーハンドで三人での会話。
『これが壬生の
「これは? 何年も前の映像みたいだけど?」
「2010年、ガラリアンズの
『そう。
ツイスト理論は、スイング途中で腰を逆に捻ることによりバットヘッドを瞬間的に加速させるバッティング理論。
近年では、一部のプロゴルファーが飛距離を伸ばすために取り入れている打ち方でもある。
『僕の見立てでは、ローテイショナルとツイストの複合打法だね』
「そんな打ち方があるのね。でもこれは――」
「諸刃の剣。確実に選手生命を削るだろうな」
『ああ、そうだ。不自然に反転させる訳だから、腰への負担は通常のスイングの比じゃない。年齢を重ねたこともあるけど、近年、
「それを中学出たての高校生が、そんなリスクの打ち方を......指導者は――」
『いや、それは違うよ。他の部員は、普通のリニアウェイトスイングだった』
生徒を預かる指導者としての責任を咎めようとした
『あれは教えて簡単に身に付くものじゃない。彼はきっと天然物だろうね』
「ガキの頃から自然と身に付いた
『だろうな、で――勝てるのか?』
タブレットから目を外して
「――無理だな。100パーセント負ける」
相手は甲子園優勝候補、力の差は歴然。こう言う答えになることは覚悟していた言え、可能性はゼロとハッキリ言われた
彼女の分かりやすい落胆に、受話口の向こうの
「現段階での話だ。甲子園出場を決める頃には三割くらいにはなってるさ」
――まあ、
* * *
「コーチ」
「あん?」
「あら、あなたたち早いわね。集合時間までまだあるけど?」
「コーチにお訊きしたいことがありまして」
「だそうよ」
「なんだ?」
「えっと......」
あおいと
そこで
「不満、いや不安か」
「......はい」
「お前もか?」
「いえ、私は、新しい練習メニューの追加をお願いに来ました」
「同じようなものじゃないか」と
「なら勝負と行くか。お前らが勝てば、不安を払拭出来る練習メニューに切り替えてやる」
「......あの、負けた場合は?」
あおいは、控えめに挙手をして、恐る恐る訊ねる。
「予選大会を辞退する」
あまりの衝撃に言葉が出ない三人の代わりに、はるかが
「......コーチ、本気なのですか?」
「当たり前だ、リスクの無い勝負に意味などない」
その返答に迷うことなく即答したのは、もちろん――
「やります」
あまりにもリスキーで得の無い一方的な条件に、あおいと
「ちょ、ちょっと待ってっ」
「あんた、何考えてんのよっ」
「別に。私は、今の私の実力を知るいい機会だと思っただけよ。それに、それくらいの覚悟がなきゃ甲子園優勝なんて夢のまた夢よ」
「そ、それはそうかもだけど......だからってっ」
「そうよっ、いくらなんでもムチャクチャよ!」
「あおいも、
意見が揃わない三人と、言い合いを止めようと必死のマネージャーに、愉快そうに笑う
「どうする気なのよ?」
「アイツらの答え次第だ。心配するな、お前との新契約は果たすさ」
「......なら、いいけど。ところで、彼女のことは、いつ話すの?」
「経過は?」
「きわめて良好。先日、実戦をこなしたそうよ」
「ふーん......」
テキトーに返事をすると
「お前ら、いつまでそうしているつもりだ」
「まだ勝負の内容も聞いてないでしょ」
――そう言えば、と四人の動きがピタリと止まった。そしてちょうど、他のナインたちが着替えを済ませてやって来た。時間切れ。全員が揃ってから施設の外へ出て、他の客の邪魔にならないところで集まる。
「予選までもう間もないから、体調やケガには十分気を付けるように。それじゃあ気を付けて帰りなさいね」
「はい、ありがとうございましたー!」
「はい、おつかれさま。あおいさん、ちょっと残って」
「なんですか?」
「来週開催の予選だけど。緒戦の先発は――あなたで行くつもりよ」
「......えっ?」
時が止まったかのような、一瞬の静寂のあと、あおいは、力強く返事をした。
「は、はいっ!」
――やった......! ギュっと右手を握り喜びを噛み締める。
「言っておくが、まだ正式に内定した訳じゃない。俺の出す課題を、お前がクリア出来ればの話だ」
「課題ですか? いったいどんな――」
「そう気負うな、そんな難しい
「......わかりました。失礼します」
あおいが、バス停で待っていた
「あかつき大附属のエース――
「アイツが立ち直れなければ、あかつきには勝てない」
「あの試合以来トラウマになっているインコースへの投球......彼女は、乗り越えられるかしら?」
「さあな。まあ四回戦までにダメだったら、別の方法を取るまでだ」
「別の方法って?」
「フッ......」
小さく口角を上げ、グラスを口に運ぶ。その
「言っておくけど、あの子たちをキズつけるようなことは許さないわよ」
「なら、上手く行くように祈っているんだな」
「......そうさせてもらうわ。それで、初戦の相手だけど――」
「興味ねぇよ」
「あっそ。じゃあ勝手に話すわ」
手提げバッグからファイルを出して、読み上げる。
「初戦の相手は『バス停前高校』」
「は? 何だそりゃ」
「あら、興味ないんじゃなかったのかしら?」
対戦校の名前を聞いて、
「ここ十年間の成績は、春夏ともに毎年一回戦敗退の弱小校。勝った場合の二回戦の相手も、どちらも無名校が相手よ」
「くじ運は良いんだな、
「でも、四回戦は第二シードで優勝候補の一角『激闘第一高校』なのよ。最悪は避けられたけど......」
「気のするな、むしろ幸運に思え。あかつきとやるまで十分な時間がある」
テーブルに置かれたファイルのトーナメント表を見ると、本命のあかつき大附属とは逆のブロック。対戦するのは決勝戦と言うことだ。対策を講じるには十分な時間があると、
そして実は、
それは、三回戦の後に明らかになる――。
次回から、予選開始の予定になっています。
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予選大会編
game37 ~セオリー~
『さあ、やって参りました。夏の高校野球選手権大会東東京地区予選大会ッ! パワフルテレビが全面協力のもと予選から本大会まで各試合を生中継。今年も熱く、熱くお送りして参りまーすッ!!』
七月初旬、埼玉リカオンズ本拠地のミーティングルームでパソコンの画面を見る
「
「ん?
「高校野球? ああ......もうそんな時期ですか、早いもんですね」
「そうだな」
まるで縁側で日向ぼっこをしながら庭を眺めるお年寄りのようにしみじみ言った
「テレビで見ないんですか?」
「埼玉の試合じゃないからな。ネット中継で見ているんだ」
「埼玉じゃない? あっ......! 俺も見せてもらっていいですかっ?」
「ああ」
気づいた
『東東京予選の一回戦。恋恋高校対バス停前高校の試合開始まであと10分あまりとなりました。両校共に、試合前の練習を終えてベンチへ下がって試合開始の時を待っていますッ! ウーンッ、試合開始が待ち遠しいッ。この胸の高鳴り、わたくし興奮を抑えきれまセンッ!』
「このアナウンサー、相変わらずハイテンションっすね。それにしても、一回戦なのにずいぶん客入りがいいみたいですね」
「今年は、女子部員の試合参加が認められた特別な年だからな。特に恋恋高校は女子部員が多い注目もひときわだろう」
「なるほど。言われてみれば確かに、色んな学校の制服姿の女の子が目立ちますね」
例年は学校OBと保護者の割合が高いが、今年は小学校・中学校・リトル・シニアで野球をしている女子の姿が多く見受けられた。
それはあおいと
その活動は徐々にだが全国各地へと広がり、ついに成し遂げられた。そしてそれはあおいたちだけではなく、スタンドで観戦している彼女たちにも希望を与える活動になっていた――。
「あん? あ、あっ、ああぁーッ!」
「どうした?
画面に写ったベンチの映像を見て、
「い、今、恋恋高校のベンチに
「――何ッ!?
「ほら、ここっすよっ、ここっ!」
「本当だ......
「アイツ、なんでベンチに......。前に聞いた時、コーチ契約は六月末までの契約だって――」
「うむ......。分からないが、何か
「理由......見当もつかないっすね。それにしても――」
画面に写る
「おっ、出て来たぞ」
球審と塁審がホームベース前へ現れ、号令を聞いた両校のベンチから駆け出したナインたちが、グラウンドに一列になって整列。
「先攻、バス停前。礼!」
――お願いします! と頭を下げて、バス停前高校と先発メンバーでない恋恋高校ナインたちはベンチへ戻る。捕手の
「先発は、あおいちゃんか」
「
「高い制球力とシンカーを得意にしているアンダースローの投手さ」
「へぇー、アンダーか。珍しいな」
「そうだね。ただ――」
先日東京遠征の際、久しぶり
「インコースへの投球が課題か。投手としちゃあ致命的な欠点だな」
話を聞いてからまだ数日、そう簡単に克服出来ていないと踏んでいた
「......だが、
「確かに、
「何かあるんだろう」
「そう考えるのが自然だな。それにしても――」
画面に写し出された
あのユニフォーム姿、全然似合ってねーな、と。
* * *
「ついに始まるのね、
グラウンド中央で整列しているナインたちを見て、
「なあ、帰っていいか?」
「ダメに決まっているでしょっ!」
「俺が居なくても四回戦までは余裕だ」
「ダメ。あの子たち、今日までまともな実戦練習をしてきていないから、あなたがベンチに居ないと不安なのよ。そもそも甲子園出場を破棄して、甲子園優勝と監督を引き受けることを条件に、新しい取引を持ちかけてきたのはあなたでしょ?」
「......まあ、面倒だが仕方ないか。はるか」
「はい、何でしょう?」
「サインは覚えているか?」
「はい。みんなと一緒に聞いていましたので」
その答えを聞き
「今日のサイン。全部、お前が出せ」
「わ、私がですかっ?」
「はあ? 何を言い出すのよっ」
「そう目くじらを立てるな。何も采配しろと言っているワケじゃない。俺が伝えた采配を、はるかがサインにして出すだけだ。スタンドを見てみろよ」
練習試合とはいえ、春の甲子園ベスト4の覇堂の
「既に勝負は始まっているのさ。特に
「なるほどね。はるかさんが本物のサインを出して、
「そんなところだ。まあ今日は、サインを出す状況は来ないと思うけどな」
思惑を話し終えたところで、スタメンを外れたナインが戻ってきた。
「今日の試合、お前ら全員を使う。いつ出番が来ても良いように準備しておけ」
「――はい!」と全員で声を揃えて返事をしてベンチに座ると、守備に着いたナインたちへ声援を送り始める。
グラウンドでは、最後の投球練習を終えたあおいの元へ
「スゴい応援だね」
「うん、ホントだね。がんばって期待に応えないと......!」
「そうだね。体は熱く、でも頭は冷静にいこう」
「うんっ」
味方ベンチとスタンドを埋める観客からの歓声に少し気負い戸惑ったあおいだったが、胸に手を当てて、一つ大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
そして――。
「プレイボールッ!」
『今、球審の右手が上がりましたー! いよいよ試合開始ですッ! 先攻バス停前高校の先頭バッターがバッターボックスで構えます。対する恋恋高校の先発は、今年から正式に参加が認められた女性選手――
「(先ずは、これで行こう)」
「(うんっ)」
サインに頷いたあおいは、
『
「オッケー、ナイスボール!」
ボールを投げ返されたボールをキャッチして、あおいは笑顔を見せて。パソコンで試合を見ている
「おいおいっ、初公式戦で初球を変化球かよっ? しかも、しっかりストライクを取りやがった......!」
「ずいぶんと落ち着いているな、このバッテリー」
「それだけじゃないっすよ。打ち気がなかったんだから外のまっすぐでもらっとけば良いのに。あのキャッチャー、打ちごろの甘いボールと思わせてボールになる
「ふっ、間違いなく
相手に心理を読んでストライクを奪った配球に、
「(よし、狙い通り振らせられた。次はこれで――)」
あおいはサインにうなづくと、そのままテンポよく投球モーションに入る。二球目は、外角低めのストレート。バッターは、タイミングが合わなかったことに加えて低いと判断して見逃した。しかし、無情にも球審の手は上がる。
「ストライク!」
「――ッ!?」
球速は120km/hにも満たないが、アンダースロー特有のまるで浮き上がるような軌道を見極められず、たったの二球で追い込む。
理想的な形で追い込んだバッテリーは、数多くの選択肢を残したまま相手に考えさせる時間を与えず、すかさずサイン交換を済ませて、三球目を投じた。
「ストライク、バッターアウトッ!」
遊び球は使わず、三球勝負。
制球を重視した二球目よりもやや甘いコースだったが、二球目よりも速いストレートで空振りを奪い、一つ目のアウトを奪った。
「ナイスボール! 走ってるぞー!」
「いいぞー、あおいー!」
「ワンナウトー!」
「ナイピー!」
内野を守る
『恋恋高校の
「へぇー、なかなかやるな。相手に自分のバッティングをさせなかったぞ」
「見慣れないアンダースロー特有の軌道に加え、あの球持ちの良い投球、一発勝負のトーナメント戦。少ない打席で捉えるには、事前にそれ相応の対策を講じていなければ難しいだろうね。しかし――」
「全部“外”だったな」
トマスの言う通りあおいの投球は、外の出し入れを中心とした配球だった。唯一インコースへ行ったボールも真ん中付近から甘いインコースへ落ちるシンカーだけだった――。
「まずまずだな」
ベンチへ戻ってきた
「今のところ、あおいのボールは悪くない。だがこの相手はともかく、一巡のうちにスタンドの連中は気づくだろう。そうなればお前のリード次第だ」
「はい、分かってます。あおいちゃん」
うなづいた
「お願いしますッ!」
「うむ」
ジャスミン学園戦の教訓から必ず球審に対し、メットを取って丁寧に一礼することをチーム内で決めた。しっかり挨拶をしてから
『一回の裏恋恋高校の攻撃は一番レフト――
バス停前高校のピッチャーの初球――。
「ボール」
全く打ち気のない
『おっと、これはいけませんっ。立ち上がりで焦ったか、ストライクが入りません。次は入れたいところ、しかし制球は乱れています。バッターは一球待つでしょうか?』
アナウンサー
「(
四球目、ストライクを取りに来たストレートを狙い打ち。打球は、内野の頭を越えて右中間を真っ二つに切り裂いた。
『先頭バッターの
先制のチャンスに盛り上がる恋恋高校ベンチ。
「さすが狙い通りね」
「球種が分かっているんだから当然だ。ノースリーは、投手の制球が乱れているから四球を頭に入れつつ様子を見ろということらしいが。ハッキリ言って愚作だ。『ノースリーは待て』じゃない『甘いコースに来たら打て』だ」
『ノースリーは、一球待て』これが野球のセオリー。相手チームもセオリーが頭にあるから、力を抜いたボールでストライクを取りに来る確率が高い。
このセオリーを逆手に取って
「完全なボール球ときわどいところは見逃せばいいのさ。だが、打てる甘いボールをわざわざ見逃して、カウントを悪くして、相手投手を助ける必要はない」
「日本の場合、ノースリーから手を出して凡退すると怒られるものね」
「フッ......ベンチが選手を萎縮させてどうする、愚かことだ。さて、はるか、サインを出す」
「はい」
「サインは、“無し”だ」
二番バッターの
「(自由にやれ、か。よっし......!)」
「さて、どうするか見ものだな」
この状況を楽しむように、ベンチから小さく笑みを浮かべて戦況を見守っている――。
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game38 ~宣言~
『ストライク! いきなりスリーベースを打たれましたが三塁にランナーを置いてかえって開き直ったか、内と外それぞれ際どいコースのストレートでストライクを奪い、ツーストライクと追い込みましたー!』
二番バッター
「(球速は120km/h中盤くらいかな? コントロールはイマイチ。とりあえず思い切り投げ込んだのが良いところへ散ったって感じか......よし)」
二度素振りをして、バッターボックスでグリップを握り直す。
「プレイ」
「(とにかく俺は、俺の仕事をする......!)」
バットを握る手にグッと力を込めて、力強くピッチャーを見据えた。
『おっと! 大きく外れました。
二球追い込んだにも関わらず、際どいコースをことごとくファールで粘られフルカウントまで持っていかれたピッチャーは、思わずプレートを外して間を取る。
「
「うーん......でも
「確かにそうね。
「ミスショットしたワケじゃない。アイツは、わざとファールにしているのさ」
「お前ら、
「
「ええ、そうよ。走攻守全てにおいてレベルの高い選手だったわ」
「その
――大筒高校、
タイミングを外された際、咄嗟に軸足を外へ流し、強引に逆方向へ押っつける高等技術。
「初回無死三塁。確かに、先制点が欲しい場面だ。だが仮に、アウトになったとしてもそのアウトには先制点以上の価値がある」
「先制点以上の価値ですか?」
「なんだろう?」
小さく首をかしげる
『さあ次が11球目、双方ともにここで決められるかっ? ピッチャー、セットポジションから――投げましたッ!』
ボールは、外のストレート。
「(ボールだ......!)」
振りに行ったバットを止めて見送ったボールが、キャッチャーのミットに音を立てて収まった。
「......ストライク! バッターアウト!」
『――ストライク、ストライクです! 際どいコースにズバッとストレートが決まりました! 粘りを見せた
大きく深くひとつ息を吐いて、ネクストバッターの
「ふぅ......」
「お疲れさま」
「監督」
「もう、監督は
「あっ、すみません、まだ慣れなくてっ」
どっとベンチが沸いた。初陣とはとても思えないリラックスした様子のベンチ、百戦錬磨の
「えっと、球種はまっすぐとカーブの二種類です。球速は出ても130km/hに届くか届かないかくらいで。カーブは抜けるか叩きつけるか、ストライクに来るときは甘くなる事が多いです。それと内は狭く、外は広いです」
「だそうだ」
「はい、わかりました」
一緒に聞いていた
「外はどれくらい広い?」
「そうだな、約ボール一個。内側は、半個分くらい狭い」
「わかった、ありがとう。あおいちゃん、次の回はもっと外を広く使っていこう」
「うんっ」
力強く頷いたあおいは、次の回の準備を始めた。
「これが価値なんですね」
「ああ、そうだ。目先の一点よりも後の得点、後の失点を防ぐ確率を上げる価値のあるアウトだ。それに次は――アイツだからな」
「(今のは、いいコースだったな。打ってもファールかシングルだ。結構バラけるって言ってたけどどうだ......? って、おわッ!?)」
二球目、今度はカーブがすっぽ抜けて曲がることなくまっすぐ頭に向かって来た暴投を、
『おっと! よろしくない投球。バッター
「ボール!」
「(あっぶねぇ~。カーブの回転だったのに、まっすぐ頭に来やがった......!)」
「(今のでピッチャー縮こまってるな。つーとここは、外......!)」
決して狙った訳では無いが、避けなければ頭に当たるボールを投げた直後の投球に、必然的にインコースを避ける心理が働いた。
しかし打球は上がらず、痛烈なライナーでピッチャー横を抜けて行った。
「(くぅ~っ、ミートし過ぎた......!)」
バットを放り投げて、ファーストへ走る。打球はマウンド後方でバウンド、そのままセンター前へ抜けると思われた瞬間、バス停前高校のショート
『ショート横っ飛びー、捕ったーッ! ナイスな捕球!』
「うっそ! マジかよ!?」
慌ててスピードをあげる
『しかし――投げられませんっ。内野安打、その間にサードランナーがホームイン。恋恋高校初回に一点を先制しましたー! さらにワンナウト一塁、このままリードを広げられるのか?』
「ナイスラン、
「おう、サンキュー」
戻ってきた
「ふーん......」
「どうしたの?」
「別に。さてと、さっさとコールドで終わらせるか」
『さあ五回の表14点差を追いかけるバス停前高校、最後の攻撃になってしまうのでしょうか? 一方恋恋高校は、公式戦初勝利まであとアウト一つです! マウンドには、この回ライトで先発出場した
『
試合終了の瞬間――ナインは喜びを爆発させ、スタンドから沸き起こた大歓声は、大差にも関わらず最後まで戦い抜いたバス停前高校を称え、勝利した恋恋高校を祝福する声はいつまでも鳴り止まなかった――。
* * *
『いやー、まことにスバラシイ試合でしたッ。それでは、ここで勝利した恋恋高校監督のインタビューをお聞きください。
『はい、こちら恋恋高校控え室前の通路です。見事初戦を勝利した恋恋高校の監督――あの
『......おや、どうやら何やらトラブルが起こった様ですね、申し訳ございませんっ。準備が整うまで、今日の試合のハイライトをご覧ください』
試合後恒例のアナウンサーによるインタビューをブッチした
「今日で俺たち三年は引退だ。結局公式戦で一勝も出来なかったけど――」
球場の外では、バス停前高校ナインが集まって引退の挨拶をしてた。しばらくして挨拶が終わり選手たちが帰って行く。その中の一人に、
「おい、お前」
「ん? あっ......」
「プロへ行くつもりがあるのなら志願届けを出しておけ。じゃあな」
「......俺が、プロ......?」
突然の出来事に
『はい、ありがとうございました。勝利した恋恋高校の部長
『はい、
試合後のインタビューが済み、ナインは球場を出てマイクロバスに乗り込んだ。
「よう、遅かったな」
「遅かったな、じゃないわよっ。あなたどこへ行っていたのっ?」
「これだ」
指を二本立てて口の前に持っていく。
「はぁ~......!」
「さっさと座れ。ここからは時間との勝負だ」
「......はいはい。運転手さん、お願いします」
「はい、では出発します。みなさん、シートベルトをおしめください」
「さて、じゃあやるとするか」
「何をするんですか?」
「解散じゃないんでやんすか?」
「あなたたち、もう忘れたの? お待ちかねの実戦練習じゃない」
「あっ......!」
実戦練習は公式戦が始まってから。その約束通り、今日から普段のトレーニングに加え実戦練習を開始。カウント、ランナーの有無、点差等の状況を想定して練習を行う。先ほどの試合で気づいている選手も多かったが、春先に比べると体のキレは格段に増していた。打球が伸びる、今まで届かなかった打球に届く、送球の鋭さが増し正確さも増していた。
「みんな、のびのびやっているわね」
「今まで出来なかったことが出来るようになった。それが面白いのさ」
「ふふっ」
「心・技・体と言うことが言葉があるが、順番としては体→技→心だ。先ずは動ける身体を作ってやる。そうすれば今のアイツらのように出来なかったことが出来るようになる、技術が身に付く。そして技術が身に付けば、おのずと自信はつく。プレーにも余裕が生まれる。あとは勝手に伸びて行くさ、この年代はな」
公式戦で初勝利を上げ、練習で成長を実感し、自信を持った恋恋ナインは、初戦の勢いそのままに二回戦、三回戦共にコールドゲームで勝ち上がり四回戦へと駒を進めた。
対戦相手の候補は第2シードの激闘第一高校と、エースを欠きながらも勝ち上がって来たジャスミン学園。勝った方が四回戦の対戦相手になる。
三回戦の翌日、ジャスミンのほむらから連絡を受けた
「......ジャスミン、勝てるかな?」
「うーん、どうだろう」
あおいの質問に
もしかしたら、もう試合は終わっているかも知れない。そんなことが頭を過りながらも、二人は階段を上りスタンドに出た。
「ウソ......」
「おいおい、マジかよ......!?」
バックスクリーンに写し出されたスコアに二人が驚く、八回で2-0とジャスミンがリードしていたためだ。そして直後、八回裏激闘第一のボードに「0」の数字が刻まれた。
「あ、あおいちゃん!」
「えっ? そ、そんな......」
グラウンドを見た二人は絶句した。マウンドに、あの
「ひ、ヒロぴー? 今投げてたの、ヒロぴーだよねっ!?」
「た、たぶん......あの、すみません」
「
「そんな......で、でも、ヒロぴーの肩は――」
「......わからないけど。治ってなかったら激闘を抑えられないよ」
『ストライク、バッターアウト! チェンジ』
九回表のジャスミンの攻撃は三者凡退。最終回のマウンドに、
「(あおい、見に来てるかな?)」
「ヒロ、行くわよ!」
「あ、うん、オッケー」
投球練習を終え、試合再開。バッテリーはストレートを軸に組み立て、内野ゴロ二つでツーアウトを奪った。そして最後のバッター、
試合後ほむらに案内されて、
「ヒロぴー、お二人が来てくれたッスよ」
「あ、ありがとう。久しぶりだね、あおい」
「う、うん......」
「キャプテンさん、
「あ、うん、いいけど」
「ありがとうッスっ。じゃあほむらたちは、外に居るんでごゆっくりどうぞッス!」
ほむらたちが出て行って、控え室で二人きりなった。
「あ、あの......」
「ゴメンっ!」
「え、えっ?」
突然手を合わせて頭を下げた
「ホントはもっと早く知らせたかったんだけど、いろいろ話せない事情があって......」
「じゃ、じゃあヒロぴーの肩は......」
「うんっ、バッチリ治ったよ!」
笑顔でブイサインをした
「わわわっ、ちょっと、あおいっ、泣かないでよっ」
「だ、だって、信じられなくて......」
「......実は、わたしもまだ信じられないんだけどねー」
「じゃ、じゃあ
「うん、そうなんだ。でも条件として、あおいはもちろん恋恋高校の誰にも話すなって」
「......なんで?」
「さあ? でも昨日になってもう話していいって連絡が来て、だったら試合を見てもらった方がいいかなって思って、ほむほむに頼んだんだよ」
「そっか、そっか......。よかった、ホントよかった」
一瞬笑顔を見せたあと
「今度の先発、あおいだよね。わたし、絶対負けないから......!」
「ヒロぴー......」
あおいは目を閉じて、ゆっくり深く息を吐いてから彼女をまっすぐ見つめて、その手を取り握手を交わす。そして――。
「ボクも、負けないよ。ボクたちは甲子園で優勝するんだから......!」
そう力強く宣言した。
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対聖ジャスミン学園戦
game39 ~無言の会話~
『さあやって参りました東東京地区予選四回戦! 本日お届けするカードは、初戦から三試合全てをコールドゲームで勝ち上がってきた恋恋高校。そして第二シード激闘第一を完封で撃破した聖ジャスミン学園の一戦です!』
ベンチ前では恋恋高校ナインたちがキャッチボールで身体をほぐし、試合が行われるグラウンドでは今、野球部の主将で扇の要でもある
「まさか、あの激闘第一を完封で倒して来るなんてね」
「別に不思議でも何でもない」
不幸なことに激闘第一高校は、全国優勝を狙える名門校。初出場の女子だけのチームが相手だったため、大事な緒戦にも関わらず戦力を温存して控え中心のオーダーを組んだ。
試合序盤は、思惑通り激闘第一のペースで進んでいた。投手は凡打の山を築き、野手も安打を積み上げ、層の厚さを見せつけた。
しかし、ランナーを出しても得点に結びつかない。良い当たりは野手の正面を付き、ランナーを得点圏に置いてもあと一本が生まれない。だが、ベンチも選手たちも楽観していた。
「『しっかり捉えている』『たまたま野手の正面に飛んでいるだけ』『球威はない、いずれ打ち崩せる』。そんな傲りが本質を見誤ったのさ」
なかなか得点を奪えない中、ゲーム中盤不運な当たりで逆に先制点を奪われた。それでもまだ、ベンチには余裕があった。
しかし、回が進むにつれその余裕は徐々に消えていった。
五回も無得点に終わり、ここで漸く主力に切り替えた。だが、もう遅すぎた。復活したエース
「代わった二年生エースは、ややメンタル面に難がある選手だった。もう点をやれない場面での失点、これが致命的。自分たちは名門、相手は女子高、絶対に負けられない。そんな思いが自然とスイングを大きくさせ、全員が一発狙いの強振のフルスイング。当然力めば力むほど確実性を失いドツボに嵌まる」
ジャスミンバッテリーは、激闘第一の一発狙いを嘲笑うように緩急を巧みに使いボール球を振らせ、フォームが小さくなるとみるや球威のあるストレートで打ち取る配球を展開。更に
「全ては起こるべく起きた必然だ」
「あの子たち......ジャスミン学園は――」
強い。そう感じた
「そう悲観するな」
「えっ?」
「お前との契約は果たしてやる」
そう言って
「練習を見てて思ったんだけど、向こうのメンバーかなり変わってない?」
「三回戦のあとほむらちゃんが教えてくれたんだけど、ケガをした
「情熱って言うか、もう執念ねっ」
「はっはっは、そうかもね。それで新しい選手の特徴だけど――」
パワフルTVが配信しているアーカイブ映像で得た各選手の情報を、
「今日の先発はあおいちゃんッス、強敵ッス!」
「言われなくても分かってるわよ。あの練習試合じゃまともにバッティングさせて貰えなかったもの」
「だが部長、
「もちろん知ってるわよ。何度も何度もビデオを見たからね」
「卑怯だと思うかも知れないけど私たちは、勝つために......甲子園に行くために弱点を狙って行くわよ......!」
「――はい!」
声と気持ちを揃えて返事をした直後、審判団が集合の号令をかける。両校ナインたちはベンチを飛び出し、グラウンドに一列で並び整列。
「先攻、恋恋高校。礼!」
『お願いします!』
ジャスミンは守備に、恋恋はベンチへそれぞれ戻り試合開始の時を待つ。先発ピッチャー
球審に挨拶をして、しっかり足場を作りバットを構えると球審が右手を伸ばした。プレイボール宣言と共に球審に試合開始を告げるサイレンが鳴り響く。
『さあいよいよプレイボール! 聖ジャスミンの先発
「ストライクッ!」
『アウトコースへストレートがビシッと決まりました! 先頭バッター
「ナイピッチ!」
「(練習試合と今までのビデオを見た限りストライクはどんどん振ってくるタイプなのに平然と見送ったわね。手が出なかったのかしら? それとも
真意は、その両方だった――。
「(やべぇ......今の手が出なかったぞ。けど、これは絶対に悟られちゃいけない。メンタルトレーニングの時と同じでポーカーフェイスで......!)」
平然を装いながら悟られないように、小指一本グリップを余して握り直した。
「(それに今のストレート、練習試合の時よりも明らかに速い。ここは先ずストレートのタイミングにキッチリ合わせる――!)」
高い実力を持つ女子選手が同じチームに所属していて更に、相手も練習試合で実力があることを知っているから勝負の世界では命取りに成りかねないプライドを捨てることが出来る。
これが恋恋高校と、足元を掬われた激闘第一との一番の違い。バッターボックスの
『さあ二球目。バッテリーの選択は――ストレート!』
「(よしっ、良いコースよ。ボールも走ってる!)」
「くっ......!」
バットの先の上っ面に当たったボールは、球審の左肩の上を抜けてバックネットに当たり、ガシャンッと音を立ててファールゾーンに落下した。
「ファ、ファール!」
『ほぼ真後ろへのファール! ひと振りでタイミングを合わせて来ました!』
「(今のストレートに合わせて来るなんて、流石ね。なら次は――)」
「(ストレートのタイミングで待って、狙い通りストレートをスイングして差し込まれた。もっと始動を速めるか......? でもノーツー、カウント的にも変化球は十分考えられるぞ。もう一球ストレートか、緩急のあるカーブ......。外の良いコースへ二球来た、これ以上のストレートは無い。なら次は――)」
――外、ボールになるカーブ。二人の考えがピッタリ重なった。
しかし二人の思惑とは裏腹に
「(カーブはイヤなの? 仕方ないわね。じゃあインコースのシンカーかシュートで――ってストレート!?)」
サインを出し直す前に
「(さすがに三球も続けたら前に飛ばされるわよっ。コイツらみんな目が良いんだから!)」
「(わかってるよ。でもお願い、
「(まったく頑固ね。わかったわよ、真っ向勝負で行くわよ)」
「(ありがとっ)」
「(でも、もう外はダメ、三球続けたら打たれる。攻めるならここよ!)」
インコース低めにミットを構えた。
『太刀川《たちかわ》、ノーワインドアップから第三球を――投げました! インコースのストレート!』
「(インコース!?)」
「(ナイスコース、完璧よ!)」
完全に裏をかかれた
「(やべぇっ!)」
「(よし、入ったっ!)」
『指にかかったストレートがミットを奏でるぅ! ウーン、どちらと取れるスバラシイコースへの投球! 果たして球審の判定は――』
捕手、打者ともに見逃し三振をほぼ確信。
しかし一呼吸置いたあと球審のジャッジは、手は上がらずに首を横に振った。
「ボ、ボール!」
「っ!?」
「ようお前ら、さっきの場面三球勝負で打ち取るなら何を選択する?」
「カウント0-2からの三球勝負ですか?
捕手経験の浅い
「きわどいコースへの投球よ。球種は前の配球にもよるけど、大半はボール球に手を出してくれれば儲け物って感じじゃないかしら」
「うん、ボクもそんな感覚で投げてるよ。ストライクゾーンにはほとんど入れないかな」
「俺もキャッチャーやってた時は、落ちるボールか、外の変化球か、高めの釣り球を要求したな」
日本の野球では二球目でノーツーと追い込んだ場合、三球勝負へは行かず一球外すことがセオリーとなっているがこれは、間合いを取ることと、打者の感覚をずらす目的がある。例えば外を続ければ内角が近く感じ、内角を続ければ外角がより遠く感じ、打者に取ってのストライクゾーンを広げる効果がある、が。
実はこれ、ノーストライク・スリーボールの次は一球待てと似ている一面もあったりする。せっかく追い込んだのに三球目でヒットを打たれると「なぜ一球外さないんだ」と失敗を怒る指導者が居たりするからだ。(実際、某プロ野球チームにはかつてツーナッシングから打たれると罰金等があったそうです)。
「だそうよ」
「難しく考えすぎだな。もっとシンプルに考えろ」
「シンプルに、ですか?」
ストライクを取ってもらえなかった次の投球、ジャスミンバッテリーはカーブをアウトコースへ外して2-2平行カウント。
「今の場面、ジャスミンバッテリーは
三球目、グラウンドで対峙していた
「0-2からの三球勝負の三球目、球審のストライクゾーンは通常よりもやや狭くなる傾向がある」
逆に3-0の場合は、ストライクゾーンがやや広がる傾向がある。
「よほど甘いコースでなければストライクを取ってもらえないことがある。それが良いコースであればあるほど次の投球に影響する。そこで三球勝負の鉄則は『見逃しは狙わず、空振りを奪え』だ」
「空振り......
「決め球を定めるな、状況に応じて使い分けろ。『空振りを奪う』と言うことはイコール『手を出しやすい甘いコースへの投球』と言うことでもある。続ければ狙われる。その都度一番効果的な配球を見定めろ」
「――はい!」
バッテリーたちは頷いて揃って力強く返事をした。
その頃グラウンドでは、ツーナッシングからフルカウントまで粘った
「悪い、打ち上げちまった」
「ドンマイ、でどうだった?」
「相当来てるぞ。球威も制球も練習試合より遥かに上だ」
「マジか......」
そして――。
「ライトーっ!」
「あっ! くそ~っ!」
「おーらいっ」
キャッチャーが指示を出し、定位置から三メートルほど下がったライトが落下点でグラブを構える。
『ライト、
悔しそうに戻ってくる
「ヒロぴー、スゴい!」
「負けられないね」
「うんっ、行こう!」
三者凡退に打ち取られた恋恋高校ナインたちは、そんなことを気にするそぶりも見せず走ってグラウンドへ飛び出して行った。
「あおいちゃん、ラスト!」
「――っ!」
「オッケー、ナイスボールッ!」
パーン! と最後の投球練習を終えて、ジャスミン一番バッターがバッターボックスへ。
『恋恋高校の先発は、
「(前は居なかった選手か。この子を含めてあと四人が新しいスタメン......アーカイブを見た限り定石通り足のあるタイプだった。その足を潰すためにインコースを使いたいところだけど)」
あおいは、まだインコースを投げれていない。
「(外の真っ直ぐで対応をみよう)」
「(アウトコース狙いだべ!)」
「(そう? じゃあシンカーを振らせて――)」
またサインに首を振る。あおいは、
「(インコースの真っ直ぐ!? でも......)」
「(――大丈夫、投げさせて......!)」
「(......キャッチャーがピッチャーを信じなくてどうする?)」
色々な思考が
あおいは大きく頷き、投球モーションに入る。
「(ヒロぴー、見てて......これがボクの本気だよ!)」
そして、構えたミットめがけて勢いよく腕を振った。
「――いっけーっ!!」
しなやかなフォームから投じられたストレートは、ミットめがけて飛んでいく。そしてインコースに構えた
「ス、ストライークッ!」
『初球、インコースのストレートが決まったーッ!』
「部長、今のインコースだったぞ!」
「まさか克服したって言うのっ?」
「さすが、あおい......!」
あおいはマウンドからジャスミンベンチに向かって笑顔を見せて、
「(ボク――)」
「(あたし――)」
その笑顔で二人は、無言の会話を交わした。
――絶対に負けないからっ!
パワプロでは
これは実際シンカーとスクリューは別物だからです。パワプロでは右はシンカー、左はスクリューとなるので。
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game40 ~カラクリ~
『おっと打ち上げたー! 内野フライです! ショートストップ
スリーアウト目を見届けたマウンドの
「ナイスピッチですぞ、タオルをどうぞにょろ」
「ありがと、ねこりん」
新しく入ったマネージャーの“
「セカンッ!」
「オッケー! ファースト!」
「アウト!」
『五回裏の聖ジャスミンの攻撃は、前の試合ホームランを打った四番、
外のカーブを打たされてセカンドゴロに打ち取られた
「練習試合の時とは別人よ。特に低めの制球力は格段に向上してるわ」
「流石だねっ」
「嬉しそうに言わないっ。あの子を打ち崩さないと私たちは、甲子園に行けないのよ?」
「えへへっ、もちろん分かってるよ。大丈夫、あたしだって負けないからさ!」
「はぁ......相変わらずノーテンキね。オッケー、勝ちに行きましょ!」
「うん!」
二人揃ってベンチを飛び出し、イニング間のピッチング練習を開始。
六回表恋恋高校の攻撃は、七番センター
「さて、ここまでパーフェクトに抑えられているワケだが印象はどうだ?」
まず最初に答えたのは、不動の二番打者でチームいちの選球眼を持つ
「ストレートも変化球も練習試合より来てます。特に真っ直ぐの手元での切れはダンチです」
「確かに、オイラも二打席ともストレートに差し込まれたぜ。二打席目に関しちゃあ完璧に捉えたと思ったのになぁー」
対戦した他のナインたちも
しかし、彼らと違ってナインたちに油断や慢心は一切無い。つまり何らかの別の要因があると言うこと。
「ふーん、なるほどな。
「はい、でやんす」
「三球目、内角のストレートを一発狙って振ってこい」
「了解でやんす! 期待に答える男・
ビシッ! と敬礼してバッターボックスへ向かった。
『さあ六回の表恋恋高校の攻撃は七番、魅惑のメガネボーイ
「来いでやんす!」
「(気合い入ってるわね。まあ当然か、何せ
「(うん、分かってるよ)」
バッテリーは
『ボール、ボールです! 外から大きく曲がって来る
「(......二球目もあっさり見送られた、て言うか反応すらしなかった?)」
「(――次でやんす!)」
バッテリーはサイン交換をして、運命の三球目を投げた――。
「(来たでやんす!)」
「(オープンステップ、まさか狙われた!? マズイわ!)」
インコースのストレートに対し、オープンステップで完璧に合わせた。
『
「行ったでやんす......!」
「レフトッ! 後ろよーッ!!」
『レフト、
――やられた、持っていかれた。
「大丈夫だよ、
「えっ?」
「
「わかった」
『おや、これは......ああーっと失速、失速です! 打球が落ちてきます! そして――』
『レフトフライ、ワンナウトー! いやー、わたくしの勇み足でございました。お詫び申し上げます、申し訳ございませんでしたー!
セカンドベース付近で茫然と立ち尽くす
「今の打ち損じたのかしら?」
「いや、
「どう言うこと?」
「はーい、なんですかー?」
「バントしてこい」
「......はあ?」
「ちょっとどう言うつもり?」
「“ボールをしっかり見て”バントするだけだ」
「だから、どうしてこの場面でバントなの?」
「今だからこそだ。この回を含めあと4イニング、このイニングをくれてやる代わりにこの
普段と変わらず慌てるそぶりは微塵も見せない
「変化球はすべて捨てて、ストレートをだけを狙い、芯に当てろ」
「コースは?」
「どこでもいい。ファールアウト、変化球の見逃し三振も気にするな。とにかくしっかり見て、ストレートを芯に当てろ」
「......わかりました。ストレートをバントしてアウトになってきますっ」
バッターボックスへ向かった
『おや、これはいったい......。八番バッター、
キャッチャーの
「いったいどう言うつもりなのよ? 揺さぶりのつもりかしら?」
「違うわよ。見ての通りバントよ、バント」
「......本気? バスター狙ってんじゃないの?」
「狙ってないって、ただのバント。バントしてアウトになって来いって言われたの」
「二人とも、私語は慎みなさい」
「すみません......」と二人一緒に謝って、試合再開。改めてバントの構えを取った
「(......バットを引いたわね。やっぱりバスター狙いなのかしら? 次は、ストレートで様子を見てみましょ)」
「(おっけー)」
第二球、外のストレート。これもボール球。
「(ストレート! ちょっと外れてるけど、このくらいなら届くわっ)」
「ええっ?」
「うそでしょっ!?」
「すみません、タイムお願いしますっ」
「うむ、タイム」
タイムを要求して、内野手全員でマウンドに集まり作戦会議。
「
「そう思わせることが狙いかも知れないッス。駆引きは、
「......油断させてのバスター、十分考えられるわね。仮にバントを警戒して前に突っ込んで――」
守備位置や打球処理に対する確認している間、
「これが狙いだったの?」
「こうなり得ることは想定していた。だが言った通り本命は、ストレートをバントすることだ。
目先の
仮に変化球を狙いチャンスを作っても結局、要所で投げられるストレートを打ち崩さなければ得点には繋がらない。
ジャスミンが守備に戻り試合再開、同時に
「(さっきはファールになってくれて助かったわ。芯にも当てられなかったし、やっぱりボール球は打つのもバントするのも難しいわね。次は、ストライクのストレートをしっかりバント......!)」
「(またバントの構え、作戦通りに行くわよっ)」
「(これならバスターでもバントにも対応出来るわよ?)」
「(ふーん、まっ関係無いけど。あたしはあたしの仕事をするだけだもん)」
バッテリーは変化球で見逃しのストライクを取り、1-2と
「(あーあ、追い込まれちゃった。でも見逃し三振してもいいって言われてるし、気楽なものなのよね~)」
「(今度は、たいして難しくないストライクゾーンの変化球をあっさり見逃した......。いったい何を狙ってんのよ? って何で追い込んだのに、こっちが追い込まれたみたいになってんのよっ? 警戒し過ぎて自滅でもしたらそれこそ相手の思う壺だわ。ここは強気で勝負するわよ!)」
サインに頷いた
「(ナイスボール! 見逃ば三振、バスターするのにも難しいコースよっ)」
「(はい来た、ストレート。しっかり狙って――えっ?)」
『あーっと!
「
「ごめん、あおい!」
「へっ?」
バント失敗した
「動いた!」
「動いたって、何が?」
「フッ......やはりな。見えたぜ、
「ホントっ?」
「この試合、勝負のカギを握るのは――アイツだ」
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game41 ~真意~
「ストライクバッターアウトッ!」
六回表九番バッターのあおいは、
「む~......」
「あおいちゃん、どうしたの?」
「なんでもないよっ。そんなことより早く行くよっ、ほらぐずぐずしない!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って、ミットが――!」
手を取られた
「あおい、どうしたんでしょうか?」
「フッ、さっき打席でキャッチャーに挑発されたのさ」
「挑発ですか? 特に話している様子は見受けられませんでしたが......」
「挑発は何も言葉や態度だけという訳じゃない。
あおいの打席、
当然あおいも覚えているから意図してやられたと即座に察した。
「まあ帰り際に挑発された可能性は高いがな」
そう、恋恋高校ベンチからは
「ええーいっ!」
「――おっと!」
イニング間投球練習の初球はワンバンドのストレート。いきなりの暴投を捕球した
「あおいちゃん」
「なにっ!?」
「(うわぁ......完全に頭に血が上っちゃってるよ)」
「早くボールちょうだいっ」
「あ、うん、ごめんごめん」
今はどんな言葉をかけても無駄と判断して
「フフーン、いい感じに乱れてるわね~。さすがあたし! あーはっはっは!」
「さすがぶちょうッス、絵に書いたような見事な悪役ぶりッス!」
「おい失礼だぞ、ほむほむ! 部長は、いつもと変わらないぞ!」
「ちーちゃん、それフォローになってないッス!」
「な、なんだってーっ!?」
「うっさいわね! そんなことより
「うん、行ってくるよー」
ニッと白い歯を見せて笑った
『さあ六回の裏。聖ジャスミンの攻撃は七番バッター、
「あんっ、もうっ!」
イラつきによる力みで思うようにストライクが入らない。
「あおい、ずいぶん荒れてるね」
「お陰さまで」
「あっはっは、だけど、手加減はしないよ? あたしたちは、本気で甲子園を狙ってるんだから......!」
「当たり前だ。言っておくけど、あおいちゃんはこんなことで自滅するような投手じゃない」
「――そうこなくっちゃね!」
そう言って笑顔を見せた
「(さてと、ああは言ったモノの今のあおいちゃんを説得するの難しいぞ。どうするかなー? コーチは......)」
目線だけベンチに向ける。
「(......笑ってる。この状況を
「タイムお願いします!」
「うむ、タイム」
「ん?」
顔を上げた
「どうしたの?」
「どうしたの? じゃないよっ。サインだしてよ、サ・イ・ン!」
「ああ~、ごめん、どうやって抑えようか考え込んでた」
「もぅ~、しっかりしてよねっ?」
「わかってるよ」
あおいからタイムを取ってくれたことで
「何か、言われたの?」
「......って」
「え? なに?」
「ボクのシンカーより、ヒロぴーのシンカーの方が凄いって言われたんだよっ」
「あ、ああ~、それでかぁ」
同じ配球で打ち取られたあげく、さらに自信を持っている自分の決め球を持ち球のひとつでしかない相手にも劣ってると言われたことが憤慨の理由だった。
「それならこの試合を勝って証明しよう。
「......うんっ!」
力強く大きくうなづいたあおいを見て「もう大丈夫」そう思った
『さあ恋恋バッテリー、ボール先行の打者有利なカウントで何を選択するのでしょーか? マウンドの
「(ここでカーブかぁ......。得意の
「(当然偶然なんかじゃないさ。あおいちゃんは、必死にこの低めの制球力を身に付けたんだから――!)」
* * *
予選開幕一週間前。ミゾットスポーツクラブで一通りのトレーニングを終えたあおいは、
先日、緒戦の先発を予告されたあおい。しかし、それはあくまでも
「お前の課題は“内角”だ」
「――っ!?」
思わず息を飲んだ。
様々な要因が重なったとは言え、
そこが課題と言う
「ホームプレート上に16分割の的を用意した。的の両端を打ち抜くことが出来ればクリア。チャレンジは一日20球までだ」
「20球......」
あおいは、マウンドに立って的を見る。ひとつの的の大きさは大体ボールひとつ半ほどの小さな的。仮にバッターが立てば更に小さく、それでいてバッターにとても近く感じる位置に設置されている。相当な制球力を要求されるターゲットだ。
「どうする?」
「......やります」
「そうか。おい、準備はいいか?」
奥に向かって呼び掛けた。
すると「はいっ」と返事が聞こえて、マネージャーのはるかが現れた。
「はるかっ? どうして居るのっ? それに、その格好――」
はるかは、ヘルメットを被り手にはバットを持っている。
「もちろん、あおいの手伝いですよ」
「手伝いって......」
「打者が居なければ意味がないだろう。しかし、他の連中はやることがある」
「そう言う訳です。さあ時間は限られているんですから、さっそく始めましょう」
「始めましょうって言われても......」
「投げられないと試合に出られないんですよ?」
「そ、それは、そうだけど......」
親友のはるかに押しきられる形で、あおいは覚悟を決めた。
「さすがにこれはちょっと荒療治が過ぎるんじゃないの? 下手すればトラウマが深まるだけよ」
「気にするな、これは治療が目的じゃない」
「内角への投球恐怖症を克服するための治療じゃない......?」
「俺が言ったことを覚えているか?」
「ええ、的の両端を――。あっ、そう言うことなのねっ」
「はるかには、5球ごとに打席を入れ換えるよう指示してある。あとはアイツが気づくかどうかだ」
いつも以上に緊張した表情のあおい。それは当然だった。バッターボックスに立っているのが、親友のはるかだからだ。彼女はお世辞にも運動神経が良いとは言えない。
もし仮に投げミスをして体のどこかに当たりでもすれば大ケガにつながりかねない危険がある。普段から身体を避ける
そしてこの日、あおいは、内角どころか外角の的にも当てることすら出来なかった。
翌日、制球にさほど改善は見受けられない。
間違っても身体には当てられないと言う重圧が頭の中を支配し、腕の振りと指先の感覚を鈍らせる。最後の一球も一番外のフレームを叩いて、今日の挑戦が終わった。あおいは、一人ベンチに座って顔をふせた。
「はぁ......」
「お疲れさま」
「へっ?」
はるかとは違う女子の声に顔をあげる。そこに居たのは、
「調子はどう?」
「......ぜんぜんダメ。はるかが打席に入ってるとストライクにすら入らないんだ」
「そう」
「はるかが打席に入っていない時は、どうなの?」
「え? さあ、いつもそのまま投げてるから」
「じゃあ試してみましょう」
「でも、20球って制限があって......」
「それは、課題に挑戦している時の条件でしょ。ただの練習なら問題ないハズよ」
条件の穴を突いた
「両端に投げられたわね」
見事、両端の的を打ち抜いた。
「うん、こんな風に投げられたら良いんだけど」
「......ねぇ、あおい。先ずはアウトコースの精度を高めるのはどうかしら?」
「アウトコースを? でも、ボクのピッチングの課題はバッターのインコースなんだよ?」
「わかっているわ。だけど課題は両サイドだから、先ずははるかが居てもアウトコースへしっかり投げられるようにするの」
「――うん、そうだね。でも、どうして......?」
あおいと
「別に、悩んでいる友達に手を差し伸べるのに理由なんて必要ないでしょ」
「......ありがと」
「それは、しっかり投げられようになってからにしなさい。それと言っておくけど、甲子園決勝の先発は譲らないわ」
「――ボクだって負けないから!」
闘志を持って見つめ合っていた二人はいつの間にか、どちらからともなく笑顔に変わっていた。
そんな二人の姿を室内練習場の入り口に身を潜めて覗いていた
「ちょっと出て行けない雰囲気だね」
「ふふっ、そうですね。
「ん? なに、はるかちゃん」
「甲子園、絶対にいきましょうねっ!」
「――もちろん!」
* * *
あの日から、あおいは徹底的に低めの制球力を磨いた。
「(まああの時は結局、インコースは投げられなかったんだけど)」
その真意は、一定の球数で打席を入れ換える
「(あの時は、インコースへ投げれてないのにどうして合格だったのか俺も、
バッティングカウントからの四球目。
『ストライクーッ! 指にかかったストレートが内角低めにビシッと決まったー! これには
「(今度は、インローのストレート。ここは偶然で投げられる
「オッケー、ナイスピッチ! 走ってるよー!」
「うんっ!」
返球して腰を下ろし、サイン交換。
「(そう、あの課題の真意は――)」
『2-0から一転たったの二球で2-2平行カウント! 好打者、
サインにうなづいたあおいは、ゆったりとまったく力みなくモーションを起こす。
「(――低めの制球力。弱点を克服した今のあおいちゃんは、左バッターのアウトコースを投げるのと同じ感覚で右バッターのインコースへ寸分の狂いもなく投げれてる。正に、正確無比の“精密機械”だ......!)」
「(行くよ、ヒロぴー。これがボクの――)」
「(きっと今のあおいを打つには難しい。だけど――)」
『ピッチャーの
――
――あたしが打って突破口を開く、絶対に!
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game42 ~革命~
『
カウントツーツーから勝負の五球目。
「レフト、センター、バックーッ!」
立ち上がりマスクを脱ぎ捨てて大声で叫んだ
「オレは飛び込む!
「了解でやんすー!」
ランニングキャッチでは追い付けないと判断した
「とどけぇーっ!!」
しかし、ボールは無情にも飛び込んだ
『落ちたー! ヒット、ヒットです!
「(よしっ、
「行かせないでやんすー!」
「――えっ!?」
あらかじめ回り込んでいた
「おっけー、ナイスよ、
「さすがオイラでやんす......!」
『センター
「(うーん、今の行けたかなー? まあ、仕方ないよね)」
躊躇なく走っていればタイミング的にはセーフだったが、あまりに無駄のない守備に一瞬躊躇してしまった
「......ごめん、打たれちゃった」
「いや、あれはまぐれだろ。オイラだって、あんな悪球打ち狙ってなんて出来ねーぞ?」
まるでゴルフのようなスイングで
「ちょっとあおい、あんたまさか一本ヒット打たれたからって落ち込んでんじゃないでしょーねっ? もしそうなら自信過剰にも程があるわよっ」
「えっ? 別に、そんなつもりないけど......」
「だったらいちいち謝んないっ。打たれる度に謝ってたらこっちが滅入るわ」
「
「ひっぱたくわよ?」
「じょ、じょうだんっ、冗談だよっ」
「冗談を言えるくらいだから大丈夫か?」と安心した
「......それにしても、とても病み上がりとは思えないね」
「そうだな。ピッチングもさることながらバッティングに関しても練習試合の時と比べ格段にレベルアップしている。おそらく“足”も同様と考えるのが自然だろう」
「ネクストは練習試合に居なかった、
想定外の
「いつも通り、決めつけずにあらゆる攻撃を想定して守ろう」
「おうよ。
「おっけー、右打ちは任せなさい、全部止めたげるわっ」
「俺たちは、バントとバスター両方に備えるぞ」
「オーライ、セカンドで封殺してやるぜ」
それぞれの役割を確認しながら守備に戻るナインたちを横目に
「もちろん送るわ」
「練習試合で、あおいから盗塁を決めているのにか?」
「当然よ、確実に決めれる保証がないんだもの。リスクが高すぎるわ」
「なーに? 間違いなの?」
「そう言う意味じゃねーよ、そもそもことの本質が違うのさ。この場面は、送りバントだろうが、強攻策でいこうが、それは然して重要なことじゃない」
ようやく出たランナー、当然ここは大事に行きたい。通常なら迷うことなく手堅く送りバント一択の場面なのだが。あおいのアンダースローはクイックが難しい投球モーションに加え、練習試合でまさに
当然ながら
「フッ......この場合で監督が絶対にしてはいけないことがある。どっちつかずの中途半端な采配だ。バント、バスター、エンドラン、別にどんな采配をしても構わない。重要なことは“迷わず明確な指示”を出すと言うことだ。さっきの
「さっきの私みたいな、迷わず明確な指示......?」
「監督ってのは、どんな状況下においても選手に迷いや不安を絶対に悟らせてはならない。指揮官がほんの僅かでも弱さを見せれば、その不安は連鎖し、おのずと士気も落ち、敗北への一歩となり得る。来年からは
――ええ、と
そして、悩みに悩んだ挙げ句
「(ランエンドヒット......ヒロぴーの出方次第で合わせなきゃならないってワケね。バントより神経使いそうだわ)」
「(うーん、走れるかな? さっきの高速シンカーは上手く打てたけど練習試合の時より数段キレてた。ストレートの球速も上がってるし、単独は厳しいかも。それなら――)」
盗塁は厳しいと判断した
「(ナッチ、エンドランで行こうっ)」
「(エンドランで? ふーん、無理な盗塁はしないってワケね。おっけー、あたしとしても決まってる方が割り切り易いし)」
初球は盗塁を警戒し、アウトコースへストレートを外した。
「(走る気配もバントの構えもなかった。普通に打たせるのか、それともカウントか球数で仕掛けるつもりかな? どちらにしても警戒しすぎてカウントを悪くすれば仕掛けやすくなる、それこそ相手の思う壺だ。次は、マリンボールでストライクをもらっておこう)」
サインにうなづいたあおいは、一球牽制を挟んで二球目を投じた。真ん中やや内寄りの甘いコースからひざ元へ鋭く変化するマリンボールで空振りを奪った。カウント1-1。
「(甘く来たから思わず振っちゃった、空振りになってよかったわ。まあ空振りでよかったってのも何だか情けないけど......。よし、ちょっと工夫して、と)」
胸を撫で下ろした
「(ここでバント?)」
「(いや、構えだけの見せ掛けだよ。本気でバントするならもっと腰を落としてオープンに構えるはず。惑わされずに攻めるよ)」
「(うんっ)」
ブラフを見破ったバッテリーは、アウトコースのストレートを選択。通常なら右打ちをさせたくないところだが。ベースカバーには
「(
確実に自分のところへ打たせるため
そして、三球目。
『
モーションに入ると同時に
「走ったわよ!」と
「(――外のストレート! 右打ちにはおあつらえ向きじゃんっ! よーし、
セカンドの
「いらっしゃーいっ、落とし穴へようこそー!」
「えっ? な、なんでそこに居るのよっ!?」
『な、なんとぉ! セカンドベースへ向かったハズの
「
「おおよ!」
「ア、アウトーッ!」
「ナイス、
『なんと、スタートを切っていた
併殺だけは逃れようと必死に走った
「セ、セーフッ!」
『セーフ、セーフです! ジャスミン学園、最悪の結果だけは避けられましたーッ! イヤーまさに、手に汗握る攻防! 息詰まる投手戦!』
「お前たち、また中継を見ているのか?」
「あ、監督」
「
千葉マリナーズ本拠地の控え室で恋恋高校対聖ジャスミン学園の試合観戦をしている
「ブルックリンが呆れていたぞ『
「ははっ、無駄どころか見習うべきプレーも数多くありますよ。彼らからは」
「
「そうでもないですよ、ボス。今もちょうどハイレベルなプレーが出たところです」
「......フム」
「普通のゲッツー崩れのようだが、このプレーが高等技術なのか?」
「別アングルを変えます。セカンドの動きに注目してください」
別アングルの映像には
「セカンドは、確実に自分のところへ打たせるため予めセカンド寄りにポジションを取り、ランナーが走った瞬間体をセカンドへ向けたんです。足の向きは、そのままで。このデコイによりバッターは、ベースカバーに向かったと思い込み、コースは二の次に右打ちをした。そして彼女の狙い通り、定位置より少しセカンド寄りに守っていたところへ打たされてしまったと言うワケです」
「監督をしているとは聞いていたが、やはり“あの男”の教えか......!」
「今投げているピッチャーもいいですよ、ボス」
「ほう、確かにコントロールは良いようだ。だが、やはり球威は無いようだな」
真ん中への失投と思われたがベース付近で急降下しワンバウンド、バントを試みた九番バッターほむらのバットにかすらせず空振りの三振を奪った。
「なんだ、今の変化球は!?」
「マリンボール――球威・変化・キレの全てを兼ね備えた、彼女の決め球です」
「球速はそれほどないとはいえ、あれだけバッターの手前で急変化されたらプロでもついていけるかどうか。初見で見極められるのは、
「当然だよ。彼は、球速130~150km/hの間のストレートと変化球をランダムに設定されたピッチングマシンで、ショートバウンドを捕球する練習を毎日こなしているからね」
「なるほどな、あの並外れた捕球力の高さにはそれ相応の裏付けがあるわけか。しかし
トマスは、画面の中でリードする
あおいは後続を抑え、スリーアウトチェンジ。恋恋高校は攻撃の、ジャスミン学園は守備の準備に取りかかる。
「今年の高校野球は本当にレベルが高い。特にサウスポーは豊富です。春の覇者アンドロメダの
「投手に不安のある
「おいおい、オレの一存で決める訳じゃないんだぞ。しかし一度、リストを見直す必要はあるかも知れんな」
そう言った
「むぅ......」
「悩み過ぎですって」
「はははっ、だけど......。もしかしたら彼らは......イヤ、あおいちゃんや
そう言って嬉しそうに笑った
その笑顔にはプロで戦える楽しみと、どこか安心したような笑顔だった――。
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game43 ~布石~
『さあ試合もいよいよ終盤戦。七回の表恋恋高校の攻撃は、一番レフト――
球審に一礼して打席に入った
「(コーチが指摘してくれた、俺たちの弱さ......。俺は、必ず打つ――!)」
六回裏を抑えた後のインターバル。
「
「ファストボール......動くストレート。ツーシームですか?」
「いや、オイラには
「あたしも同じよ。完璧なストレートだったわ」
フォーシームは、ピッチャーが一番最初に教わるストレートの基本的な握り。ボールが一回転する間に四本の縫い目が通過するように投げる日本で主流の
一方ツーシームは、二本の縫い目を通過するように投げる米国等海外で主流なストレート。日本で主流のフォーシームと比べると空気抵抗を受けやすく、手元で小さく変化するのが特徴の
「そうなると
「そうね......出来なくはないわ。例えば、肘をちょっと上げ下げするだけで同じストレートでも回転軸が少し変わって軌道にも変化が生まれるわ。疲労で肘が下がるとシュート回転するみたいにね。ただ、フォームを崩す恐れがあるから普通意図しては投げないけど」
「うん、そうだね。そもそもボクたちピッチャーは、どんな球種でも同じフォーム、同じ腕の振りの強さで投げられることを理想に練習してるんだもん。フォームを変えるなんて――」
ナインたちは
「コーチは、どう思いますか?」
「どうでもいい」
「......えっ!?」
「どう投げているかは、さほど重要じゃない。重要なのは、どう打ち砕き仕留めるかだ。考え過ぎることで自らハードルを上げ、相手の力量を見誤り、必要ないプレッシャーを感じてしまう。その時点で勝負は負けに等しい。このまま何も出来ずに負けるのか?」
「フッ、なら思い出せ。お前たちが、どうやられたかをな――」
「(一打席目はサードフライ、二打席目はセカンドゴロ。どっちも動くストレートをミスショットした)」
『ストライクです! うーん、インコースのスバラシイコースの
「おっけー、ナイスピッチよっ」
「ふふーん、手が出ないみたいね。もう一球いこうかしら?」
「(うっせーな。わかってるつーの、どうせ......ん?)」
あることに気づいた
「(あら? 甘いコースだった手を出さなかったわ。ずいぶん消極的ね。とにかく塁に出たいから慎重にってことなのかしら? だったら、こう言う
三球目、インハイのストレート。
「スイング!」
「いや、振ってない」
アピールするも球審が首を横に振った。
「(よし、狙い通り止めれた。次だ......!)」
「(スイングには成らなかったけど出かかった、やっぱりゾーンを広くして構えてるわ。これを振ってもらいましょ)」
「(おっけー、カーブだね)」
サインに頷いた
「(ナイスコース!)」
「(――来た! これだ!)」
『
「(ウソでしょっ? 完全なボール球を踏み込んで打った......!?)」
「ショート、サード!」
「ボクに任せて!」
ショート
『遂に出ました! 恋恋高校、内野安打で初めてのランナーが出ましたー!
初ヒット・初ランナーを許したジャスミンは、タイムを取って内野陣がマウンドに集合。その間に
「甘いコースのストレートはたぶん、全部、動くファストボールだ。誘い球とカウントを整えに来る変化球を狙った方が打てる」
「はい、分かりました。伝えます」
ネクストバッターズサークルで準備している
「じゃああの甘いコースのストレートは意図して投げてたってことなのっ?」
「はい、
「なるほどな。言われてみれば、オイラも二打席ともストレートにやられたぜ」
「俺もだよ。甘いコースは積極的に狙いにいく俺たちの傾向を逆手に取られたんだ」
「やってくれるでやんすね」
グラウンドに目を戻すと、マウンドの輪はなくなり試合が再開されるところだった。
「(コーチからサインはない。走るよな?)」
「(――当然! けど、とりあえず一球見させてくれ。データと照らし合わせる)」
「(了解)」
仕切り直しの第一球は、盗塁とバントの両方を警戒してのウエスト。アウトハイへ大きく外した。
「(走る気配はない......バントの構えも見せなかったし、強攻策かしら? もう一球様子を見ましょ)」
「(うん)」
頷いた
「――走った!?
「(ダメ! もう投球に体が向いちゃってる......! 無理に牽制球を投げればボークになっちゃうっ! それより速く――!)」
『あーっと!
まさかのタイミングでの盗塁に速く投げなければならないと言う想いで乱れたフォームでの投球は、ベースの手前でワンバウンド。キャッチャー
このピンチにジャスミンは、二度目のタイムを取った。
「ごめん、焦っちゃった」
「仕方ないわ、あんな完璧に盗まれるなんて思わないもの。それより次だけど......」
ミットで顔を隠しながら一瞬
「バントか右打ちをしたいハズだからインコース攻めで行くわ。
「うん」
「おっけー」
「りょーかいッス!」
「はーいっ、みよちゃん、ガンバりますっ」
それぞれポジションに戻り、試合再開。
ジャスミンバッテリーは作戦通りバントと右打ちを封じるインコース攻め。厳しいコースを攻められるも、
「お願いします」
「ウム」
「――えっ?」
丁寧に一礼して左打席に入った
「ほう......」
「どういうことなのかしら?」
「さあな。だが、面白い」
スイッチヒッターの
「(二打席ともまともに打てるボールは来なかった。俺だけじゃない。右バッターはことごとく、食い込んでくるストレートにやられている。なら、
初球・二球と外のストレートを空振り追い込まれた。
「(タイミングが合ってない、やっぱり苦し紛れの左ね。三球勝負で決めるわよっ!)」
三球目、遊び球は放らず三球勝負インコースへストレートを投じた。
「ランナーバーックッ!!」
「クソッ!!」
「ア、アウトーッ!」
『ダ、ダブルプレー! 四番、
「くっ......」
絶好のチャンスを潰した形となり
「すみません」
「謝る必要などない。むしろあのダブルプレーは勝利への布石になった」
「布石に?」
ピンチを乗り切り盛り上がっているジャスミンベンチを見て、
「あんなすんごい当たりよく取ったわね、エライじゃんっ!」
「えへへ~、でも正直、ちょっと漏らしそうになったッス!」
「汚いわね~、トイレ行ってきなさいよー」
「漏らしてないッス! 漏らしそうになっただけッス!」
騒がしいベンチの中プロテクターを外しながら
「(打球が上がらなかったから助かったけど、完璧に捉えられた。あの二球の空振りは、ストレートの勝負を誘うためのブラフ。完全に裏をかかれた......何してんのよ、あたし。絶対に気を抜いちゃいけない相手だって分かってたのに......)」
大きく息を吐いて顔を上げた。
――もう油断しない。この試合必ず勝って、みんなと甲子園に行くんだから......!
* * *
七回裏ジャスミンの攻撃。先頭バッター
「(
「(うんっ)」
恋恋バッテリーは、大きく曲がる変化球で左右に揺さぶり狙い通り外野フライに打ち取りツーアウト。そして五番
『七回裏、ワンナウトからランナーを出しましたが無得点。試合は八回に入ります。八回表恋恋高校の攻撃は、五番ライト
しかし、右バッターの
「(やっぱり右バッターは厳しいのか。なら、俺が打つしかない......!)」
「ちょっと、しつこい男は嫌われるわよっ?」
「あ、それキャッチャーには褒め言葉だから」
「言ってくれるわねっ。ヒロ、次で仕留めるわよ!」
「うんっ!」
バッテリーが選択した勝負一球はストレート、と見せかけたシュート。インコースへ食い込んでくるボールに対し、咄嗟に肘をたたんで打ち返した。
『打球は、ふらふらっと上がった。セカンドとライトの......その間に落ちたー! テキサスヒット!』
恋恋にとってはラッキーな、ジャスミンにはアンラッキーな形でランナーが出た。一死一塁。
「さて、そろそろ決めるとするか」
七番
ついに
――代打、
次回、ジャスミン戦完結編となります。
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game44 ~誓い~
「お、俺が代打ですか......?」
突然代打を告げられた
そんなことはお構いなしに
「あおいと一打席勝負した時のイメージで打席に立て。そうすりゃあ打てる」
「は、はぁ......」
渡されたバットを手に緊張でカチカチに固まっている
「大丈夫よ。あなた憧れの伝説の勝負師、あの
「......はい!」
力強く頷いた
――お願いします! と頭を下げて左打席に入る。
スタンドからすべての視線が注がれるバッターボックス。『恋恋高校選手の交代をお知らせします。
「(前の打席、アウトでもフェンス際まで運んだ
この采配を疑問に思ったのは
「(ここで代打? っと、サインを――)」
だが、すぐに気を取り直してサインを確認すべくベンチに顔を向ける。
「はるか、お待ちかねだ、サインを出すぞ」
「は、はいっ」
「サインは......」
「(初球エンドラン!? いくら右よりチャンスのある左って言っても、俺たちも完全には捉えられていない
バッターボックスの
「(肝は座ってるなぁ。なのに俺が不安にどうする? ......よし、
しっかりリードを取ってグッと腰を落とした。
その行動を見てから
「(この代打は、今大会初打席。初見で
ブロックサインでバントシフト敷き、
「(......なに考えてるよ、あたし。もう油断しないって誓ったのに。前の回四番に
あらゆる可能性が一瞬の内に頭の中を駆け巡り、ある結論に達した。それは想定しうる最悪を避けるための思考。
「
「は、はい!」
指名を受けた
「(あおい先輩との勝負......あの時は、コーチに外に来るストレートに逆らわずに打てと言われた。あの時のイメージで......!)」
「(どんな相手でも気は抜いちゃダメ、ここよ!)」
頷いた
「(――エンドラン!?)」
「目を切らないで! あたしが刺すわ!」
「(そうだ、焦ったらさっきの二の舞だよねっ。あたしは、タカを信じて自分のピッチングをする!)」
スタートに惑わされず
「(ナイスコース!)」
アウトローギリギリのストレート。
それも打ってもショート・サードへのゴロになる確率の高いコースと高さに来た。
「(スタートも良くはなかった。これなら十分に刺せ――えっ!?)」
身体を半身にしてボールに合わせて閉じたミットにあるハズの感触がない。マウンドの
「――まさか......ウソでしょ!?」
『
打った
「アイツ、スゲーな! オイラたちが打ちあぐねてた
「ええ、それに躊躇なく踏み込んだわ。まるで最初からアウトローに来るのが分かってたみたいだった」
「当然だ。今の一打は、この試合でお前たちが無意識のうちに積み重ねてきたモノから生まれた結果だ」
中盤までパーフェクトに抑えられていながらも自分のバッティングに徹し、ノーヒットピッチングと守備も鉄壁。投手戦で一点勝負になること間違いない試合展開でゲームは進んだ。
その最中ひとつのミスが負けに繋がると言う意識が嫌でも根付いていた。それは特に、ゲームを組み立てる捕手――
「前の回の
きっかけは、カウントを整える変化球を内野安打にした
「キャッチャーは、本来インコースへ投げさせたかった。だが、長打力のある
「アウトローのストレートです。左の
思った通りの答えを聞いて満足そうな笑みを見せる、
「それで?」
「......はい、ジャストミート出来た理由が分かりません。あの動くストレートは狙っていても簡単に打てません」
「フッ、じゃあ答え合わせといくか。
「あ、はい、どうぞ」
話している間に戻って来た
「このバットに秘密がある。こいつは通常よりも芯が広い中距離ヒッター用のバットなのさ」
「本当だ、ヘッドの方に向かうにつれて太くなっているわっ」
「なるほど、その広い芯で手元で小さく動くストレートを捉える確率を上げたのね。それで
「いや、このバットは普段から使っているモノだ。素人のアイツが、どうすれば打てるか自分自身で考えた末にたどり着いた答えだ」
ナイン一人一人に課した課題で
「まあ、そう言うことだ。さて、あいつらが動揺している今、さらに追加点を奪うぞ」
「(セーフティーバント......送りバントじゃないんだ。やってやろうじゃないっ)」
――了解、とヘルメットのツバに触れてバットを構える。
「(セーフティーバント、自分も生き残るにはサードへ転がすのが理想。でも当然、簡単にはさせてくれないわよね)」
同じ過ちを起こさしたくないジャスミンバッテリーは、外へシュートでひとつ簡単にストライクを奪った。
「(バントの警戒もしっかりしてる。サードも前に出てきてるわね、これじゃちょっと生き残るのは無理。もう少し後ろに下がらせないと......!)」
二球目、インコースのカーブ。
しかし、今のファールで状況が変わった。
「(よし、サードが下がったわっ。狙うなら、ここよ!)」
『
「(ここでセーフティー!? ちょっと下げたぶん
マスクを投げ捨て懸命にボールを追いかける
「フッ、頑張り過ぎだ。もらったな」
「ファーストっ!」ボールに追い付いた
「ほむら、カット! バックホーム!」
「へっ? わわっ、走ってるッスー!?」
「そ、そんな......!」
送球間にセカンドランナーの
『ベースカバーの
ホーム上に舞った砂ぼこりが収まり球審のジャッジ。球審は両手を大きく水平に伸ばした。
「セ、セーフッ!!」
『セ、セーフ! セーフです! 恋恋高校、更に一点追加2対0と点差を広げましたーッ!』
好走塁で生還した
「ナイスラン!」
「うん、凄かったよっ」
「ありがとうございます!」
騒ぎが収まるのを待つ間に
「今の走塁は指示?」
「ああ、キャッチャーが三塁方向で捕球したら突っ込めと言ってあった」
「バント処理の送球はランナーに当たらないようにフェアグランドへ投げるのが基本だ。その基本通りの送球をカットしたほむらの位置はフェアグランド内だった。ホームへ送球もフェアグランド内、受け手が捕手なら完璧な送球だった。しかし、ホームで受けたのは左利きの
捕手ならそのままタッチに行ける送球だったが、左利きのため身体を逆に捻る形での捕球になり、そのため反転してタッチに行かなければならなかった。この僅かなロスが勝敗を分けた。
「じゃあ送りバントじゃなくて、セーフティーバントのサインにしたのも......」
「当然確実にキャッチャーに取らせるためだ。
「......あの子が知ったら怒りそうね」
そんな彼女とは対称的に
「あたしのミスだ......」
今日のあおいの出来からすれば、大きすぎる追加点を奪われたことで心が折れかけていた。
「タカ、まだ試合は終わってないよっ。大丈夫、まだ三回もあるんだから、二点なんてワンチャンスだよっ」
「......ヒロ」
「そうよ、キャッチャーが諦めないでくれる? あたし、勝つ気でいるんだから!」
「......ナッチ」
「そうッスよ、ほむらたちにだって取れるッス、絶対ッス!」
「はいっ、みよちゃん、次は絶対に打ちます!」
「うん、ボクも最後のスリーアウトまで諦めないよ」
「だから、ね? ほら、笑って笑って!」
「......まったく、相変わらずノーテンキね」
――ありがと。少しうつ向いて誰にも聞こえないくらい小さな声で感謝の言葉を言って、顔を上げた。もう悲壮感はなかった。
「たった二点差よ! しまっていくわよ!」
「おおーっ!」
マウンドの内野陣だけではなく、外野手も一緒に一丸となって大き張り上げたその声に「がんばれー!」「まだ行けるよー!」とジャスミンナインへスタンドから大きな声援が送られた。
「あの子たち、強いわ――!」
「............」
そして試合は進む。
八回は両校共にランナーを出すも好守で無得点。しかし九回表、恋恋高校は追加点を奪った。
そして九回裏。三点差を追いかけるジャスミン最後の攻撃。ワンナウトで
「ヒロぴー、最後の勝負だよ!」
「そうだね。あたしが繋いでサヨナラゲームにするんだもん!」
マウンドとバッターボックスで二人は笑い合った。カウントは2-2。あおいは、
「――いっけーっ!」
「――ふっ!」
『
反撃は、このホームランの一点だけだった......。
* * *
『ありがとうございましたー!』
両校整列し、挨拶をして、握手を交わす。
「悔しいな。もっとあおいと、ずっと勝負してたかった。これで終わっちゃうなんて」
「ヒロぴー......」
「ねぇ、あおい。また勝負しようねっ」
「大学で?」
「違うよ、もっと先――プロでだよ!」
「あおいたちが勝ち上がって、甲子園へ行って、優勝すればきっと、女子だって......! ホントは、あたしたちがその役を担いたかったんだけど。あおいたちに任せるよ」
「......うん、約束する。ボクは、ボクたちは――」
――絶対に甲子園で優勝するよ!
二人は握手をして誓い。
そして、試合は幕を下ろした。
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対関願戦
game45 ~試練~
「ベスト8か......」
「ん?」
激闘の末、聖ジャスミン学園を敗り恋恋高校史上初のベスト8進出を成し遂げた、その帰り道。ぼそっと呟いた
「あ、いや、なんて言うか、あんまり実感がわかないって言うか......」
「実感?」
二人の前を並んで歩いている
「ああ~、確かにねぇー。あたしも口では“めざせ甲子園!”って言ってたけど、正直、ベスト8まで来れるだなんて思ってなかったし」
「そう? 私は、最初から行けると思っていたわ」
「そりゃあ
「それだよ」
「それって、なによ?」
「......ああ、そういうことね」
「だからなによっ?」
「簡単なことよ、だって私たちはまだ――」
――自分たちの力だけで勝ったって言える試合がないんだもの......。
* * *
「自信?」
「そうだ。アイツらはまだ、自分たちの
学校でナインを見送ったあと
「その理由は単純だ。自分たちの力だけで勝ったと言える実績がないからだ」
「......たしかに」
ジャスミン戦もナインたちに考えさせたとは言え、
「失敗から学ぶと言う言葉もあるが、だが成功は失敗以上に成長させる。それは自信に繋がり、自信がつけば勝負処での
「フローと言われる心理状態ね。無謀すぎる大きな目標じゃなく、ギリギリ越えられる小さな目標を少しずつハードルを上げて達成していくことで喜びを覚える。その達成感が成長を促す高循環を作り出す。成功の理論、フロー理論のひとつ」
「アイツらも成長は実感している。だが、今のままではいずれ滞る。上へ行くためには殻を破る必要がある」
「ええ。でも、どうするつもりなの? 規定で大会期間中は練習試合は組めないわよ?」
「フッ......問題ないさ」
アルコールが注がれたグラスを持ち、口に運びながら答えた。
――簡単な方法があるじゃねぇか、と。
* * *
「あ、
リカオンズ球団事務所内の室内トレーニング施設の一室、ミーティングルームのテレビで東京都予選の中継を見ている
「また
「
「誰でしたっけ?」
「おいおい、
「ははっ、冗談ですよ。えっと、今日で確か......」
「準々決勝、勝てばベスト4だ」
「マジで行くかもですね、甲子園」
「......どうだろうな」
やや険しい
「確かに良い試合はしている。だが、なにか物足りない。抽象的な言い方になるが雰囲気と言うかどこか迫力に欠ける」
「ああー、それ、なんとなく分かりますよ。去年の俺たちみたいな感じっすよね」
「ああそうだ、そんな感じだ。
「ええ、本当の意味で勝負に向き合えたと実感したのは、シーズン中盤くらいからだった気がします」
ペナントレースは、日程通りに消化できれば三月末から十月初旬までの半年余り。それは
「まあ
「ん?
「なにッ!? 本当か!」
両校のベンチが紹介がされている映像の中に、
* * *
両校ともに練習が終わり試合前のミーティング。
「さあ、今日勝てばベスト4よ。いよいよ甲子園が見えてくるわ、ガンバりましょ!」
「ちょっとみんな、
「は、はい......」
返ってきたのは、覇気のない返事。彼らが
「ねぇ、
「あ、はい。普段の率はあまり良くないですけど、チャンスの場面は強いです」
「典型的なクラッチヒッタータイプなのね。だそうよ、
突然、話を振られて
「しっかりしてくれる? 集中できないのなら
「ふぅ......ごめん、もう大丈夫!」
大きく深呼吸をして彼女の目を見て答える。
「そう。じゃあちゃんとリードしてよね」
そんな
「けど、よくそんな冷静でいられるわね」
「当然でしょ。私、こんなことで不安になるような練習をしてきたつもりはないわ。みんなは、そうじゃないの?」
「(さすが
「みんな、聞いて!」
「俺たち、今までずっとコーチに頼ってきた。不安じゃないって言えば嘘になる......でも、これはチャンスだと思う。コーチ頼りじゃなくて、自分たちの力で戦って、この試合を勝とう......!」
「おうよ、当然だぜ! なっ!」
「あったりまえでしょっ。あたしをなめんじゃないってのっ」
「オイラも、今日は本気を出すでやんす!」
「はい、それじゃあスタメンを発表するわよ。先ずはバッテリー......」
――この子たち大丈夫よ、私もしっかりしなきゃいけないわ。
* * *
『さあやって参りました、甲子園予選東東京都大会準々決勝! ノーシードから快進撃を続ける恋恋高校対甲子園出場経験もある強豪――関願高校との一戦を。わたくし、
『
『おっと、グラウンドの
映像がアナウンス室からグラウンドへ。
『はい、お伝えしますっ。私は今、恋恋高校のベンチ前に来ているのですが、
『そうですか、わかりました。続報が入り次第お願いします。グラウンドリポーターの
「やっぱり
「そうみたいだな」
「――ったくアイツ、いつも大事な時にいなくなるんだからよ」
「しかし、
「意味、ですか?」
「アイツは無意味なことはしないからな。よく見てみろ」
テレビには今、恋恋高校のベンチの様子が映し出されていた。
「おっ、全然気落ちしてる感じはないですね。それどころか......」
「ああ、むしろ今までの試合以上に気合いが入ってる感じだ。もしかして
「ご明察」
不意にかけられた声に、二人は同時にドアの方へ顔を向けた。そこに立っていたいたのは――。
「と、
「どうしてお前が――!」
「なに、ちょっとした野暮用さ」
突如、リカオンズ球団事務所に現れた
「野暮用って球場へ行かなくていいのかよっ?」
「今から行ったってどうせ間に合わねーよ」
「いや、そりゃそうかも知れねぇけどさ......」
「
「フッ、まあ見てりゃわかるさ」
その
「なるほど、そう言うことか。試練と言ったところか」
「......まあな」
「だが荒療治過ぎないか? 相手は強豪なんだろ?」
「この程度の相手にやられるようなヤワな鍛え方はしちゃいねぇよ」
* * *
「ナイスピッチ!」
「次、曲げるわ」
「オッケー」
試合直前、後攻の恋恋高校は練習を行っている。
投球練習をするバッテリーは、
「行くでやんすよー」
「はい。
「おっしゃ、ナイスコントロール! ほい、
「オーライでやんす」
「(思ったより気負ってはなさそうね。まあ、一回先発登板してるんだから当然かしら)」
今日ライトスタメンの
その元チームメイト同じ一年でありながら強豪関願高校のエースナンバーを背負う、
「――ライトでスタメンか......フンッ!」
帽子をかぶり直し、キャッチャーへ向かって投げた。そのボールはベース手前で大きくワンバウンド、キャッチャーの脇を抜けていく。
「おいおい、スゲー荒れてるな。相手の投手」
「ずいぶんと四死球が多いようだな」
「うわぁ......デットボール上等のケンカ投法かよ。つーかよく勝ち上がってこれたな」
「ふむ、しかし、四死球の割りに失点は少ない」
「点には繋がらないってことっすか。あ、始まるみたいですよ」
キャッチボールに使っていたボールはすべて戻され、球審から新しいボールがマウンドの
先攻の関願高校の先頭バッターが打席に入り足場を整え、球審がプレイボールの合図を送ると球場にサイレンが響きわたった。
『恋恋高校対関願高校。さあいよいよプレイボールです!』
2018版で恋恋高校アップロードしました。
条件検索「セブンゲーム」で出ると思います、興味があるかたはどうぞです。
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game46 ~投球術~
『ストライクバッターアウトッ! 恋恋高校の先発
一回表の関願高校の攻撃を三人で退けた
ベンチに戻った
「おいおい、しょっぱな三凡かよ。三振するような球じゃねーだろ?」
「うっせーな、遅すぎんだよ。来た! って思ってもタイミングが上手く合わねぇんだ。お前も実際にやってみりゃわかるっての」
「ふーん、タイミングねぇ。あんな遅ぇの一球ありゃ十分だろ」
「先輩、さっさと準備してください」
ベスト8まで勝ち上がって来た相手に対し、いまだ緊張感も持たず楽観ししている上級生たちに苦言をていして、
「ナイスピッチだね、
「ドリンクとタオルをどうぞ~」
「ありがと」
ベンチに座り額の汗をぬぐって息を整えながら、ナインたちと共に相手投手の投球練習に目を向ける。
「試合前も思ったけど荒れすぎじゃないか? 投球練習だってのにキャッチャーの構えたところへほとんど行ってないぞ?」
「壬生との練習試合の時もあんな感じだったぞ。フォアボールもデッドボールも気にしてない感じだったな」
実際に試合を見ていた
「ああ~、典型的なケンカ投法だもんな。
「えっと、四球六つ死球三つで合わせて九つですね。二試合ともコールドで勝ち上がってますので1イニングに一個は出す計算です」
「出しすぎだろ......」
「でも失点は二試合で三点ですよ。エラーが絡んでますので自責点は一点ですね」
「ランナーは出しても要所は締めるってことか」
「シニアの頃もそんな感じでした。コントロールは今と変わらず結構アバウトで。ただ、あの荒れ球に加えてインコースを多投するんで相手が萎縮するといいますか......」
「ビビって自滅しちまうワケか。つーことはインコースを意識し過ぎないように甘いコースを狙う、と。よし、じゃあ行ってくる!」
先頭バッターの
「お願いします」
「うむ。プレイボール!」
球審のコールを聞いて、キャッチャーはサインを出しアウトコースにミットを構えた。一回でサインにうなづいた
「うぉっ!?」
「ボ、ボール!」
『おっと、これはよろしくない投球! 顔の近くを通過しましたー!
「(マジで頭めがけて投げてきやがったぞ、コイツ......。けど、これでビビったり、イラだったりしたらそれこそ相手の思うツボだ。冷静に甘いコースを狙う......!)」
構え直し、ツーボールからの三球目。
「(やばい、真ん中!?)」
「(よし、来た!)」
インコースの構えたキャッチャーミットとは裏腹に、投球は真ん中やや外よりへ。キャッチャーは慌ててミットを戻し、
「(まだだ、まだ届く......!)」
咄嗟に左手を離し、崩されながらも片手で合わせた。
『サードライナー! 恋恋高校先頭バッターの
投げ出したバットを拾い、ネクストの
「惜しかったね、上手く打ったのに」
「失投かと思ったらいいところに落ちた、狙ったのか?」
「いや、たぶん失投だったぞ。キャッチャーはインコースに構えてからな」
「マジか、あれ狙って投げたんじゃねぇのか......」
いいコースの変化球が失投と聞かされて、
「ボール、ボールフォア」
『ンンーンッ、ツーアウトを取ったまではよかったんですが、二者連続のフォアボールで自らピンチを作ってしまいました、マウンドの
「(先制のチャンスでやんす!)」
前の試合、代打を出された
「ファール!」
さして難しくないボールを打ち損じ、三塁側のスタンドへ。
「ちょっと力み過ぎじゃない?」
「うん、
「きっと前の試合を引きずっているのよ」
「ああ~、代打を出されたやつね。でも仕方ないじゃん。右バッターは結局、ヒロぴーからヒット打てなかったんだし。あたし以外はっ!」
一緒に話しているあおいと
「公式記録では、フィルダースチョイスになってますよ」
「なんでよっ!? 絶妙なセーフティーバントだったじゃないっ」
「私に言われましても」
「なっとくいかなーいっ!」
「まあまあ
あおいが
「(よっしゃ、珍しく二球で追い込めた。ここはボールになるスライダーを振らせるぞ)」
キャッチャーのサインに首を振った。
「(あん? 慎重にいかねぇと......って言っても聞くようなヤツじゃねーし。じゃあこれで)」
二度目のサインにうなづいてモーションを起こす。
「(――って、また逆球かよ!)」
「(これは遠いでやんす、ボールでやんす!)」
インコースのボールゾーンへ構えたミットとは真逆のアウトコースのボール球。そこから
「ス、ストライク! バッターアウトッ!」
無情にも球審の手が上がる、見逃しの三振。
構えとは正反対の逆球だったが、バッテリーとしては幸運な結果になり、
「ったく、相変わらず荒れてるな。首振ったんだからちゃんと投げろよな?」
「オレの制球力は知ってるでしょ? それに結果オーライだったじゃないっすか」
「まあな」
ピンチをしのいで軽い足取りの関願バッテリーとは対称的に、チャンスを潰してしまった
「申しわけ......でやんす」
「ない、まで言いなさいよ。てゆーかいちいち落ち込まないっ、さっさと切り替えて守備に行くわよっ」
「待って欲しいでやんす、まだレガースも外してないでやんすー!?」
少し落ち込んでいた
「ムードメーカーだよね、
「ムード
「また怒られるよ?」
「ナイショでお願いっ」
「はいはい」
「二人とも仲が良いのはとってもステキなことだけど、急いで準備なさい」
「あ、はい!」
「お待たせ」
「あと三球よ」
「了解。どうぞ!」
三球目を受け、セカンドへ送球。内野でボールを回し、球審の合図で各々自分のポジションに戻る。
『二回表関願高校の四番バッターが打席へ向かいます。前の試合では、試合を決める特大のホームランを放っています! この対決も注目してまいりましょー!』
「(ピッチング練習見てもやっぱ大したことねーな。さてと、かるーく放り込んでやるとすっか)」
何の緊張感もなく打席に立つ四番。観察力に長けた恋恋バッテリーは、その油断を見逃さない。
「(ずいぶんリラックスしてる、と言うより舐めてるって感じだ。こういう相手は楽できる。三球で仕留めるよ)」
「(ええ、そのつもりよ)」
サイン交換を交わし、初球。
「ストライクッ!」
ど真ん中にストレートが決まった。
「(――ちょっと待て、なんだ今のは......!?)」
甘いボールを見逃してしまった四番は、慌てた様子で打席を外し、バックスクリーンに目をやった。
「(114km/h!? 冗談だろ、130km/h以上出てるように感じたぞ......!?)」
「キミ、もういいかね?」
「あっ、はい、すみません......」
実際数字と体感のギャップに困惑している頭を冷やす間もなく、二球目。またしてもど真ん中のストレート。今度は、バットを出すも完全に振り遅れた。
『空振り、ツーストライク! バッテリー、たった二球で追い込んだ。さあ次は、どうする? 一球遊ぶのでしょーか?』
「(なんなんだ、これは......? 速いとか遅いとか、そんな問題じゃねぇ。合わせようにもボールの出どころが......)」
「(よし、いい感じに追い込めた。三球勝負で行くよ)」
「(遊ばないの?)」
「(当然。全然タイミング取れてないのに、わざわざ多く見せてあげるなんてお人好しなことしない。それに、ここで四番を潰せば試合の主導権を握れる......!)」
「(私も同じ意見よ。次で仕留めるわ)」
この時バッターは、軽い錯乱状態に陥っていた。前のイニング、チームメイトに大見得をきった手前無様なバッティングはみせられない。しかも、ど真ん中のストレートでさえも上手く合わせられないその焦りが構えに現れしまっていた。
当然
「(相当力んでるわね。それなら
球持ちの良い
「(またど真ん中のストレートだとッ!? ふざけやがって......!)」
初球・二球と振り遅れたため始動を早めてバットを振った。だが、そのバットは快音を響かせるどころかずいぶん手前で空振り、虚しく風を切る音をだけ残し。そして、風切り音からワンテンポ遅れて、キャッチャーミットに渇いた小気味良い音を鳴らした。
『ストライクバッターアウトッ!
四番が三球三振に打ち取られ、
* * *
「スゲー度胸だな、最後の球速を殺してたぞ!」
テレビの画面越しに観戦中の
「この娘だろ?
「正確にはピッチングの基本さ」
「同じ軌道の緩急が利いたストレートか」
「相当タチ悪いですね」
「ああ。バッターは、ピッチングフォームや腕の振りだけじゃなく、リリースされた直後の球道からも球種とコースを予測して打つ。見極めどころの重要なポイントを消されるのは厳しい」
「しかも、低回転ストレートも投げるんだろ? よくこんな短期間で教え込んだな」
「俺は、それほど教えちゃいない。
「そうか」
どこか嬉しそうに
「この試合は前の試合よりは苦労せずに勝てそうだな」
「ですね、相手の投手は制球に苦しんでいるみたいですし。この調子なら自滅するでしょ」
2イニング連続で三者凡退に打ち取られた直後マウンドへ向かう画面の
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game47 ~ペテン師~
『
セカンドに
「また守備範囲内か、良い当たりなんだけどな」
「ここぞ! って時に良いところに来やがるぜ。ヒットは打てるけどなかなか長打にならねぇところだ」
「得点圏にランナーを背負うと普段以上の力を発揮する典型的なクラッチピッチャーか。中学時代も同じだったのか?」
「はい、そうです。ピンチになるとギアが変わるみたいに。一度聞いたことがあるんですけど......」
『あん? 気持ちの切り替え方?』
『そう。
『ハッ! んな余計なことばっか考えてっから打たれんだよ。いつも通り投げりゃあそうそう打たれねぇよ』
「――って感じでした」
「ピッチング同様に
「つーことは流れを掴むにはやっぱ一発だな! 次のオイラの打席で放り込んでやるぜ!」
「その前に守備よ」
支度を整え終えた
「
「オッケー。みんなも急いで!」
「おうよ! 行くぜ
「はい!」
「了解でやんすー」
ナインたちがイニング間の守備練習を行う中、
「どんな些細なことでもいいわ。なにか気がついたことはないかしら?」
「う~ん......あっ!」
練習試合を観に行った中の一人、
「フォアボールは少なかったような気がします」
「そうなの?」
「はい。今日と同じで荒れてはいましたけど、三回までにデッドボールがひとつだけで、フォアボールは五回以降にふたつ。打ち込まれた七回に、みっつめを出したところで降板しました」
「試合はコールド負けだったとは言え、打ち込まれる七回まで四死球合わせて計三つ......。確かに、際立って多くはない数字ね」
「でも打つ気がなかったからなのかもしれません。ね?」
「うん。壬生の
「そう、わかったわ、ありがとう。またなにか気になったことがあったら教えてね」
二人にお礼を言った
「
「ええ......!」
「オッケー、ナイスボール! ありがとうございます」
「うむ。バッターラップ!」
球審の呼び掛けにタイミングを計っていた先頭バッターは、右バッターボックスに入って足場を馴らす。
『五回表関願高校の攻撃は五番からの打順。前の打席は、初球外のストレートをひっかけてサードゴロに倒れてましたが、この打席はどうでしょーカ?』
「(高い、ボールだ......!)」
バッターは高めへ抜けたボールを見逃した。しかしそこから急降下、アウトコースのストライクゾーンをかすめてキャッチャーミットの中へ。
『ストライク! 今日初めて見せた、縦に大きく割れるカーブ! バッター手が出ませんッ! バッテリー、追い込みました!』
「なんだ今の、カーブか!?」
「前回の登板でも投げていました。ビデオ見てないんですか?」
「いや、一応見たけどさ。てっきりアンダーの女子が来ると思って、そっちを重点的に」
「だよな、前回登板からそこそも時間もあったし。
研究を怠っていたベンチ入りの上級生たちに対し、
「(ったく何考えてンだか、勝手に決めつけやがって。誰が来てもいいように万全を期しておくのが勝負の基本だろうが。こちとらひとり打ち取るのに神経すり減らしてるってのに......)」
愚痴を言っていても仕方がない。ふぅ......と不快感を息と一緒に吐き出した
「まっかせなさいっ。はい、ファースト!」
「アウト!」
五番をファーストゴロ、六番はセカンドゴロに切って取りこれでツーアウト。続く七番のキャッチャーにはライト前へ運ばれたものの、八番を平凡なサードフライに打ち取った。
『アウトです、これでチェンジ。マウンドの
アウトコールを聞いた
「(完全に
球審からボールを受け取り、ベンチでプロテクターを装備しているキャッチャーの代わりの選手とキャッチボールで肩を温める。
「(こういう重苦しい展開は先制点を取った方が流れを掴むことが多い)」
準備を済ませ、グラウンドに現れた正捕手相手に投球練習。相変わらず構えたミットのところへはほとんどいかない。最後の一球もワンバウンドの暴投。だが
「バッターラップ」
「うっす、お願いしますッ!」
一礼してバッターボックスに立つ。
『さあ五回裏恋恋高校の攻撃は、三番
「(
キャッチャーが出したサインは、アウトコースのスライダー。
「(ごくわずかだけど、二打席目よりも外側に立ってる。インコースを意識しているのか、あるいは外へ投げさせるための誘いか......。どっちにしてもひとすじ縄でいく相手じゃない)」
マウンド上の
「(おっ! 構えたミット通りに来た!)」
要求通りのアウトコースのストライクからボールになるスライダー。
「もらったぜー!」
だが
『
「(――マジかよ!? アウトコースのボール球を引っ張りやがった......!)」
マスクを放り投げて叫ぶ。
「レフトバックー!」
「くそがッ!」
必死に打球を追うが頭上を遥か越え、ポール上空を通過してスタンドに着弾。ホームランとも、ファールとも取れる微妙なところで弾んだ。三塁塁審の判定に注目が集まる。
『こ、これは際どい! ホームランかっ? それともファールなのか!?』
「ファ、ファール!」
『ファール! 判定はファールです! 際どい打球でしたが僅かに切れてファール!』
「あーあ、切れたか~」
「助かった......」
バッテリーに取っては命拾いの判定。キャッチャーは胸をなでおろし、
「(......今の打球、やはり今のオレじゃあまともにいって勝負できる相手じゃない。くそ......)」
球審に新しいボールを貰い仕切り直し。外へのスライダーが外れてボール。続く三球目もアウトコースへ外れてカウント2-1、バッディングカウント。
「(今のは結構いいところだったのに手を出してくれなかった。ここらで
キャッチャーは最悪歩かせることも念頭に入れつつ四球連続でアウトコースへ構えた。サインにうなづいた
「(......しまった!)」
構えたミットよりもやや内側へシュート回転して入ってきた。逆球ではないがむしろ甘いボール。その失投を
「甘いぜ!」
快音を響かせ、痛烈な当たりが三塁線を襲う。ライナー性の当たりにサードは驚異的な反応を見せグラブを出した。
『と、とったぁーッ! あっ、いや、落ちた! 落ちたーッ!』
が、その打球の勢いに無情にもグラブからボールが溢れる。手元に転がったボールを素手で拾いあげ素早く送球するも体制が悪く、アンツーカーハーフバウンド。ファーストは難しいバウンドをさばこうと必死にグラブを合わせにいくが......。
『ファースト、捕れません! 記録は内野安打、すでにベースを駆け抜けていました! イヤー、サードもスバラシイ反応を見せてくれました!」
「ふぅ、あぶねぇあぶねぇー」
「ナイスラーン」
「ぜんぜんナイスじゃないっての!」
ファーストベースコーチをつとめている
「悪い、焦っちまった......」
「いえ、止めてくれただけで十分です」
結果的に送球をミスしてしまったサードを気づかいつつ、打席に向かっているネクストバッターの
「(あの四番は、得点圏にランナーがいると数字が跳ね上がるクラッチヒッター。もし三塁線を抜かれていたら......)」
最低でも二塁。レフトの守備がもたつけば三塁もあり得たあの場面、失投でありながらシングルに抑えられたのは悪運がいいといえるのかもしれない。
『そして無死一塁で四番
* * *
「やはり打ちあぐねてるな」
「無理もないですよ。これだけ荒れていたら絞るに絞れないっすよ」
「確かに、な」
『引っ張ったーッ! 打球はライトへの大きな当たりーッ!』
「おっ! いったかっ」
「いや、届かないだろう。おそらくフェンス手前だ」
「今のは、よく走った。躊躇していれば刺されていただろう」
「こいつバッティングもだけど判断力もありますね。てか、プレーに迷いがない」
「うむ、ミスをまったく恐れていないな。こういう選手がいるとチームは助かる」
「なんだ、まるで監督みたいなことをいうな」
「ん? まあ、そうだな」
はっきりとしない
「なんだ
「ふーん」
まったく興味ないといった感じの返事に
「......ったくお前なぁ~。お前の復帰がきっかけだったんだぞ?」
「知らねぇよ」
「はは、
『オオーット! よろしくない投球! 身体の近くを通過しましたーッ!』
話をしている間に試合は進み、五番
「また逆球かよ。つーかこのピッチャー、デッドボールになりそうだったってのに、相変わらず涼しい顔してやがる」
「まるで、
試合展開に違和感を覚えた
「妙って――」
「クックック......」
突然笑い出した
彼の手には、いつのまにかスマホが握られていた。
「なんだよ、急に笑い出して。ビックリしたじゃねぇか」
「なにを見ているんだ?」
「ちょっと面白いモノさ」
「コイツ、なかなかのペテン師だ」
「ペテン師?」
「それはどういうことだ?」と
「
「武器? ぶつけることをなんとも思わない物怖じしないメンタル......って言いたいところだけど、違うんだろ? その言い方だとよ」
「フッ......そうだ。コイツの本当の武器はメンタルじゃない。本当の武器は――制球力だ」
まさかの答えに、
「制球力だぁ!? おいおい、そりゃねぇーだろ! キャッチャーが構えたミットと真逆の逆球が結構あるんだぞ? それなのにコントロールが良いだなんて――」
「ほらよ」
「......そうか、そう言うことだったのか! これが違和感の正体か――!」
マウスを操作し試合中継の画面を縮小させ、空いたスペースにスマホに映し出されていたページと同じモノを表示させる。
「見ろ
「んん? あ......ああー!? なんだこりゃあーッ!」
身を乗り出し、食い入るようにテレビ画面を見る。
そこに映し出されていたのは、スポンサーのパワフルテレビが提供している試合データ。野手は打率や打点はもちろんコース別の打率や打点、本塁打、盗塁、得点圏打率、一塁への平均到達時間や守備指標。投手の方も球種ごとの平均球速などこと細かに割り出されているページ。
「あんなノーコンのクセに最終的に打ち取ってるボールは、ほとんど四隅じゃねーか!」
「フッ、そうだ。コイツは、制球に難があるように見せかけていたのさ」
投球練習での暴投も、キャッチャーの構えとは逆球の投球も、すべて意図して投げられていたモノだった。
「『逆球が多いのにも関わらず、なぜか痛打を浴びない』あんたが引っ掛かっていたのはこれだろ?」
「そうだ。逆球は言ってしまえば失投だ」
失投は言わば感覚の乱れ。体重移動、リリースをイメージ通り行えなかった
だが、
「さすがに9分割とまではいかないが、おそらくストライクゾーンを縦3横2分割した程度コースを狙って投げ分けれるだけ制球力はある」
「......マジかよ。プロだって3球に1球構えたところへ来ればコントロールがいいっていえるのに。まだ一年なんだろ、
「しかしなぜ、こうも散らす必要がある? それだけの制球力があれば両サイドの出し入れだけでも十分に勝負できるだろう」
「ですね。つーかトーナメントなんだし、無駄に球数を増やすのは得策じゃない。むしろ自分で自分の首を絞めているようなもの」
テレビに目を戻した
「答えはさっき見ただろ。そして今も、な」
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game48 ~気迫~
五回裏一死二塁カウント1-0からレフトへ特大ファウルを打った
そんな
打席に戻った
「ファール!」
大飛球を打った一球前のストレートよりも低めに食い込んでくるボール球に手を出して、三塁線へ弱い当たりのファウル。カウント1-2と三球で追い込まれてしまった。
その様子をベンチからあおい、
「今のボール球だったんじゃない?」
「ええ、かなり低かったわ。いつもなら簡単に見送っているコースよ」
「なにしてんよ、あいつ。まさか、代打を出されたことをまだ引きずってんじゃないでしょうねっ?」
「さあ、どうかしら」
「(今のは、ボール球だったでやんす......。ここまで三球ともインコース、次は外でやんすか......? それとも裏をかいて四球続けてインコースでやんすか......? って、ダメでやんす......!)」
考えれば考えるほどドツボに嵌まる。それこそ相手の思うつぼ。それは普段のメンタルトレーニングや今日までの試合で嫌と言うほど経験していた。頭を振って必死に雑念を振り払おうと
「(
セカンドランナーの
「(......よし、狙うか。荒れてるし、上手く盗みゃ行ける......!)」
関願バッテリーはサイン交換を行っている最中、
「セ、セーフ!」
『スンバラシイ牽制球! 際どいタイミングでしたが判定はセーフ!
「あっぶねぇ~......」
「オッケー、ナイス牽制! おしいおしい!」
ベースカバーに入ったショートからボールをもらい小さく頷くと、まるで何事もなかったかのようにすまし顔でセットポジションに着いた。
「すごいタイミングの牽制球だったねっ」
「ええ、捕球と同時に滑り込んでくるところへタッチできる完璧な牽制だったわ」
「てゆーかリードが大きすぎなのよ。
「(今のショート、まったく動かなかった。まるであそこへ来るのがわかってたみたいだ......。それにセカンドも、センターもバックアップに来るのが遅かった。どういうことだろう......?)」
内野手としての視点、捕手のしての視点から今の一連の動きに疑問を持った
「どうしたの?」
神妙な面持ちでベンチへ帰ってきた
「うん、ちょっと気になることがあって。
「あ、はい、なんですか?」
「あのピッチャーだけど、牽制上手いの?」
「はい。ああいう投球スタイルなので、牽制とか、フィールディングには特に力を入れてました。投球と比べるとコントロールはかなり良いです」
「そっか......ありがとう。監督」
「なーに?」
「
「サイン?」
「はい。ちょっと調べたいことがあります......!」
「わかったわ」
「(おっ、
マネージャーのはるかが出した本当のサインは、思い切りリードを取って牽制を誘え。
「(マジか......さっきのも結構ヤベータイミングだったんだけどなー。けど、ここで答えなきゃ男が廃る、全力の帰塁を見せてやるぜ......!)」
――了解、と勇ましい
「(なにかサインが出たのか......? このチームのサインは何度ビデオを見返しても共通点を見つけられなかった。しかも今ままでの試合、四番だろうが平気でバントや右打ちをしてくるタイプのチーム。正直、ある程度決まった役割で仕事をこなす強豪校よりもやりづらい相手だ)」
セカンドランナーのの動きに細心の注意を払いつつサイン交換を行い、セットポジションで構えに入った。
「(行くぜ~?)」
「(あのランナー、調子乗り過ぎだろ?
その動きを見てキャッチャーは、
「(――来た! ってあれ......?)」
手から素早く滑り込んでセカンドベースへ帰塁した
『おや、どうしたのでしょうか? 握り直し損ねたのでしょうか? 大きく飛び出していた
「違う。今のは投げれなかったんじゃない、投げなかったんだ」
「どういう意味だ?」
「今一瞬だけど写ったんだ、誰もバックアップに来ていなかった」
「ホントだ。センターも、セカンドもショートのバックアップに間に合ってない」
「そのくせショートはキッチリ同じポジションで構え、一球前の牽制を受けた場所と同じとこにグラブを差し出している。牽制時における制球力には、それだけ信頼があるんだろう。だが、投げなかった。その
偽りの投球スタイルを悟られないため。
「なるほど、二球も続けて同じところへ投げば悟られかねないってワケだ」
「そう。故意に暴投や逆球を投げるという手段もあるけど、バックアップがないとなると暴投はリスクが高い。
「さっきのタッチアップが効いてるな」
「ああ。それとこれは僕の推測だけど、おそらくあのピッチャーは――」
「誰にも本来の制球力を教えてないだって?」
「監督は知っているだろうが、今ベンチ入りしてるヤツらには間違いなく伏せている」
「なぜだ? 制球力が良いと知っていればシフトも敷きやすいだろう」
「普通の関係性ならな」
「普通の......?」
「――フッ。まあ俺はないが、お前たちは経験してきたんじゃないのか?」
「俺と
「
学生の部活働、特に運動部における上下関係は重い。その証拠に実力で勝ち取ったレギュラーとはいえ、一年生でエースナンバーを背負うことを面白く想わない上級生も少なからずいた。
「なるほど。確かに、
「むしろ上級生にも“さん”付けで呼ばせてそうだ。俺は苦労したなぁ~、嫌がらせみたいに何度も首振られて球審に注意されたこともあったけ......。しかも結局は、最初に出したサインのボールを投げたんだよなぁ~。まあ打たれたんだけど」
学生時代の体験を遠い目で語る
「キャッチャーが構えていたコースをすべてチェックしていたが、あのキャッチャーは良くも悪くも長打を避ける無難なリードしかしない」
「一発勝負のトーナメント戦でそれは普通のことじゃないのか?」
「問題は、そのリードが得点圏内にランナーを背負った状況においても変わらないと言うことだ。打者に寄って多少差違はあるが大きく分けて三パターンほどしかない。つまり引き出しが少ない。そんなキャッチャーにコントロールが良いと知れて見ろよ、気づくチームなら試合中盤以降滅多打ちを喰らう」
運動部の部活働における主導権は大抵の場合上級生が握る。長い伝統のある古豪関願の場合も例外ではない。主導権は三年生のキャッチャーの方が握っている。コントロールが良いと知れれば自分のリード通り投げろと言われることは明白。そのため
「敵を騙すにはまず味方から、か。まさにペテン師」
「てか味方を信頼しないで自分でゲームメイクするだなんてどんだけ自信家なんだよ、コイツ」
「逆だ。自信がないからこそ今のスタイルになっているんだよ」
画面に映る
「どういうことだ?」
「どうもこうも見ての通りじゃねーか」
『おおっとまたしてもインコース!
「今ので四球連続インコース、進塁打は打たせないって配球だ」
「ふむ。しかし、今のは......」
「どうしたんですか?
「今の、あれほど大袈裟に避けるほどのボールだったか?」
確かに今のボールは、大袈裟に仰け反って避けなければならないほど厳しいコースではなかった。
そして今のボールこそが、
「フッ、それに気づいたのならもう分かるだろ」
「え......?」
「あんたが自分で言ったじゃないか、『両サイドの出し入れだけでも十分勝負できる』ってな。じゃあどうしてそうしない。なぜ過剰なまでに制球難を演じる必要がある。その答えが、今の一球だ」
そう。今の一球こそが敵味方を欺くためだけではなく、抜群の制球力を持ちながらも制球難を演じる本当の理由を物語っている。
「そしてそれが分かれば、次投げられる勝負球もおのずと読める――」
* * *
「(四球続けでインコースだったでやんす。ここまで攻められるとヒットはおろか右打ちも難しいでやんす......)」
「タイムお願いします!」
「
指摘されて足下を見る。だが、靴紐はしっかりと結ばれていた。
「(そのまま打席外して)」
「(......了解でやんす)」
「で、なんでやんすか?」
「ん? 別に、ただ少し間を取りに来ただけだよ。
「そ、そんなことないでやんす......!」
図星をつかれ、とても分かりやすく取り乱した。
「とりあえず落ち着きなよ」
「お、オイラは、常に冷静沈着でやんすよ......!」
「そう見えないから言ってるんだけどなぁ、まあいいや。あ、そうだ、
ネクストバッターズサークルに戻りかけた
「『一人でやってんじゃないわよっ。また同じことしたらひっぱたくわよ、根性見せなさい!』だってさ」
「――りょ、了解でやんすー!」
すくっと立ち上がって、ベンチに向かってビシッと敬礼した
「よかったの? 逆に萎縮しちゃうんじゃ......」
「いいのよ、あれくらい言わないと効かないんだから」
心配するあおいをよそに
「効果テキメンだったみたいね。
「はい」
バッターボックスへ戻る
「
「そうみたいねぇ。さてと、あたしも準備しよーっと」
次の打席に向けて
「(あれこれ考えてる場合じゃないでやんす......! オイラは、来たボールを打つだけでやんす!)」
「(
先ほどまでとは違う空気を感じ取った
キャッチャーのサインは、
しかし
二度目のサインに頷いてセットポジションに入る。セカンドランナーの
ボール1個分外した外角低めのストレート。
キャッチャーが構えたコースへ向かってまるで糸を引いたようにまっすぐ飛んでいく。
「(完璧だ、ナイスボール!)」
「(そんな腰の引けたスイングじゃ届かねぇよ......!)」
「――や・ん・すーッ!」
「な、なにッ!?」
「ウソだろ、当てやがった!」
『
とっさに右手を放し、左腕一本でボールの上っ面を叩いた打球は、ホームベースに当たりマウンド前方で大きく弾んだ。
『なかなか落ちてきません! その間にセカンドランナーはサードへ、バッターランナーの
「サードは無理だ、ファースト!」
「くっ......!」
マウンドを降りた
『
「......やんす、やんす、やんすっ、やんすーっ!」
『
二メートル以上手前からヘッドスライディング。その衝撃でファーストベース付近に舞い上がった砂ぼこりはしばらくして治まり、一塁塁審の判定に注目が集まる。
「......セ、セーフ!」
『セーフ、判定はセーフです!
「やんすー!」
ファーストベースを叩き喜びを噛み締める。
「
「なによあんた、やればできるじゃないっ」
チャンスに沸き上がる恋恋ベンチとは反対に、関願ベンチはすかさす伝令を送った。
「まさか片手で打って来るなんてな......」
「......すみません、スライダーで勝負すべきでした」
「今さら言っても遅いだろ。それで監督はなんて?」
「はい、『一点は仕方ない。次のバッターでひとつ確実にアウトを取れ』と」
「わかった。中間守備でホームアウトとセカンドゲッツーを狙う。ただ無茶な勝負はするな、基本近いアウト優先で行くぞ」
「オッケー!」
伝令は頭を下げベンチへ戻り、関願ナインは守備位置へ着く。打ち合わせ通りの中間守備。
『さあ恋恋高校は六番バッター、
「
「りょーかい。でも大丈夫、なんとなく見えてきたから」
「ん? なにがよ?」
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game49 ~流れ~
『五回裏恋恋高校の攻撃、一死三塁一塁。両校通じて、この試合初めて三塁にランナーが進んでの攻防となります!』
バッターボックスに立った
「(一打席目は、内、外、外、内、最後は外からのスライダーをライナーでレフト前へ運んだ。二打席目はストレートのフォアボール。二打席ともにストライクとボールははっきりしていたけど、でも一打席目の最後のボールだけは、ボールゾーンからきわどくストライクゾーンに入って来た)」
バットを構える最中、さりげなく
「(
左打席で構えて力強い眼差しを
初球、外のストレートが外れてワンボール。続く二球目、やや甘いアウトコースのシュートを見逃して平行カウント。
「(チッ、構えたコースより甘く入ったけどうまく行けばショートゴロゲッツー狙えたコースだったのに振らなかったか......。まあしゃーない)」
気持ちを切り替えて立ち上がったキャッチャーは、「オッケー、ナイスボールだ! バッター手が出なかったぞ!」と
しかし、その揺さぶりは虚しくも
「(もし、それを意図して投げているのなら。その手のタイプのピッチャーを、俺は知っている......)」
「(何度も、何度も見返した動画に写っていた投手――)」
それは
――神戸ブルーマーズ、
その
『ストライク! アウトコースストレート、これはいいところへ決まりましたー!』
構えとは逆球だったがキッチリストライクを取り、投手有利のカウントに整えた。
「(......嫌な見送り方だ、まるで最初から打つ気がなかったみないな)」
「(誘い球には手を出してくれねぇか。次で勝負するぞ)」
キャッチャーが出した次のサインを見た
「(外に意識がいったところでインローのまっすぐで差し込ませるか、悪くないけど。ここは無理して勝負する相手じゃない。7.8.9で二つアウトを取ればいい)」
ファーストランナーの
「(俺の考えが当たっていればこの手のタイプは、ランナーを出してもホームさえ踏ませなければいいって割り切ってる勝負を焦らないタイプだ。だからこそ、あえて外すボールを狙う――!)」
「(見せ球を打ちやがった......!)」
「ファースト、セカンッ!」
ファースト、セカンド共に飛びつくこともできず痛烈な打球が二人の間を抜けていった。
『抜けたー! 打球は一二塁間を破ってライト前ー! サードランナー
待望の先制点に沸き上がるベンチと応援スタンド。しかし、ファーストベース上の
「(あれ、今の? そう言えば最初の打席も......もしかして――)」
「ナイスバーッチ、防具」
「あ......ありがと」
すねあてと肘あてを一塁コーチャーの
「で、どうしたんだ?」
「え?」
「タイムリー打ったのに、なんか納得いかないって感じに見えるからよ」
「......うん。まだはっきりはわからないけど。あのピッチャーの球――」
――思ったより来なかった。
* * *
「(まさか見せ球を狙われるだなんて......。甘かった、確実に
「おい、大丈夫なのかよ?」
守備位置について話し合っているのにうつむきかげんでいる
「――問題ないです」
「......そうかよ。よし、とにかくこの回を1失点でしのぐぞ、必ずチャンスは来る。気合い入れろよ!」
「おうよ!」「任せろ!」と、気を入れ直した内野陣が各々のポジションに戻っていく。
『さあ先制点を奪ってなおもワンナウト二塁一塁。バッターは今日、ヒットを放っている
先制点を奪い押せ押せムードのスタンドの声援を受け、意気揚々とバッターボックスに向かう
「(
キャッチャーはゲッツーシフトを指示し、インコースを勝負球にするリード。
「ナイスバッチ!」
「ありがと」
「
「うん、それと四死球前後のバッターの結果も含めて、出来るだけ詳しくお願い」
「はい、分かりました。次回の攻撃までにお伝えできるよう精査しておきますね」
「ボクも手伝うよ。ねぇ二人とも練習試合のこと教えてー」
「あ、はい、わかりました」
「えっと~」
はるかとあおいに任せ、タオルで汗をぬぐい次のイニングに備える。
「
「あ、はい」
守備の準備を進めながら、しっかりと
「初戦のあと、
「――はい、もちろん覚えています......!」
「そう。じゃあその言葉を頭に置いてしっかりリードしてあげてね。あの子、ちょっと気負い気味だから」
「一応もしもの時の準備はしてあるけど。ダメだと思ったらすぐ言ってね」
「はい!」
六回表関願高校の攻撃は、九番ラストバッターからの打順。失点したとはいえ、さらなる追加点を与えなかったことで誰も気落ちしている様子は見受けられない。それどころか、失点をきっかけに本気になった。同じ球種で同じコースでも緩急を使い分けてタイミングを外す
カウント1-2からの五球目をファール。逆方へのとてもヒットゾーンへは飛ばなそうな打球だったが、タイミング自体は徐々に合ってきてる。そしてそれを、
「(......粘り強くなってきた。対処を間違えれば一気に流れを持っていかれる。
「(わかってるわ。だからこそ三人で切るのよ......!)」
とにかく当てるためにゾーンを広く構えているのを見透かし、今日一番速い高めの誘い球で狙い通り空振りを奪い、ワンナウト。
これで打順は先頭に戻り、今日、三打席目の一番バッター。ここからバッテリーは攻め方を変えた。二巡目までの早いカウントでの勝負からボール球と縦のカーブを織り混ぜるスタイルにモデルチェンジ。前後の緩急に加え、高低差を駆使し的を絞らせないピッチングで三者凡退に退けた。
「
「ボクの方は前後のバッターの打席結果と、アウトカウントを上げておいたよ」
「ありがとう。はるかちゃん、あおいちゃん」
「そうか、そう言うことか......!」
「ちょっといきなり大きい声だすんじゃないわよっ。びっくりするじゃないっ」
「あっ、ごめんごめん」
「それでなにがわかったの?」
頬を膨らませる
「二人のお陰で分かったんだ、あのピッチャーの本当の姿が。俺たち、騙されてたんだよ」
「えっ?」
「騙されてたって......どういうことなのよ?」
「それは――」
言いかけたところで応援席からどよめきが起こった。先頭バッターの
「アイツ、ピッチャーの
「大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。当たらないから」
「そりゃ
「いや、そう言う意味じゃないよ」
「じゃあどう言う意味よっ?」
「いちいちもったいぶるんじゃないわよっ」と、やや理不尽気味に
「監督、
「なんのサインを出せばいいの?」
「――“バスター”のサインをお願いします!」
「......わかったわ。はるかさん、お願いね」
「はい」
「(はるかからサイン、ランナー無しでバスター? あおいも、
「(......大丈夫だ。洞察力の高い
カウント1-1からの三球目。
投球は、内角をギリギリをかすめるストレート。
「(――インコースのまっすぐ、差し込まれ......えっ?)」
打ちに行こうとバットを寸でのところで止めて見送った。
『ストライク、球審の右手が上がるー! 内角いっぱいのストレート!
「オッケー、ナイスボール! バッター、手が出なかったぞ!」
「どもっす」
返球を受け取った
「(計算通り三球で追い込めた。まあセーフティからのバスターのゆさぶり意外だったけど、追い込めばこっちのもんだ。もうストライクは入らない。あれだけ意識されれば、こいつを必ず追いかける)」
サイン交換をし、モーションに入る。
「あれ? バスターしないの」
「うん、もう必要ないから。気づいたみたいだしね」
勝負の四球目は、やや外よりのストライクゾーンからボールゾーンへ逃げるシュート。
「(大丈夫、ここなら届くわ......!)」
その逃げるボールを、
「(ウソだろ、完全なボール球を――)」
「(打ちやがった!)」
体勢を崩しながらも泳がされずきっちりバットの芯に乗せた打球は、ショートの頭を越えて左中間の真ん中を転々と転がる。レフトが回り込み中継のショートへ返す。しかし、
『ツーベースヒット!
「さてと......」
リカオンズの球団事務所のミーティングルームでかつてのチームメイト、
「どこへ行くんだ?」
「どこって、帰るに決まってるだろ」
「おいおい、今いいところじゃねーかよ」
「最後まで見ていかないのか? せめてこの回だけでも――」
「勝敗が決まった試合を見ても時間のムダだ」
テーブルに放り出された封筒を持ち、二人に背を向ける。
「決まったって......そりゃ致命的な欠点があるのは俺たちもわかったけどよぉ。でもまだ一点差だぜ?」
「決まったのさ。
ドアへ歩きだした
「波乱は?」
ドアノブに伸ばした手を止めて顔だけを後ろへ向ける。セカンドベース上で膝に手をつき乱れた呼吸を整えている
――ねぇよ、と。
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game50 ~想い~
『打った、ライト前ヒット! 六回裏恋恋高校の攻撃、九番バッター
「また、ボール球だったな」と、ネット中継で
「上手く拾ったな、気づいたと思うか?」
「おそらくね。でなければ、あんなボール球を強引に打つようなタイプじゃないよ。
三塁上の
「――
「ふーん。六回か、思ったより時間かかったな」
「そうでもないさ。
「謙遜するなよ。四回くらいから、うっすらと気づいてたんだろ?」
「まあね。でも画面越しと実戦はさすがに違うからね。あれだけインコースを厳しく攻められれば、数字を見てる余裕もないだろうし。結局のところ自分の打席で見極めるしかない」
「そりゃそうだな。さてと――」
トマスはタブレット端末を操作し、電源をオフにすると、ソファーから立ち上がる。
「結果も見えたことだし、練習の前に軽くアップしておくか」
「ああ、行こうか」
トマスのあとに続いて
* * *
『さあ。バッターボックスには前の打席いい当たりながらもレフトライナーだった二番、
「(ここに来ての連打か......一点は仕方ないにしても、セカンドにランナーを残して
打席の
「(あのランナーは今大会5-5で盗塁を決めてる。ゲッツー阻止の狙いも入れて絶対に走ってくるだろうな。俺の肩と
今度は、
「(平気な顔して逆球を投げるからな、
最悪の状況は、盗塁を警戒し過ぎてカウントを悪くし、ストライクを取りにいったところを狙われ、ワンアウトも取れずにポイントゲッターの
「(走られたらしゃーない。牽制入れつつ、とにかく一個アウト取るぞ。当然スクイズにも警戒な)」
『
ライトからの返球、ホームはクロスプレー。球審は両手を水平に伸ばした。
「セーフ、セーフッ!」
『セーフです! 投球と同時にスタートを切っていたファーストランナー
ユニフォームに付いた砂を払い落としながらベンチへ戻ってくる
「ナイスラーン」
「おう、サンキュー!」
「けど、あんな無理しなくても。オイラが、ゆっくり歩いて帰らせてやったのに」
「今のも結構ダメージデカいだろ?」
「そうみたいだな。さてと、行ってくるぞー!」
ネクストバッターの
「今のよく走ったね。ハーフで様子をみると思ったよ」
「ああいう詰まった当たりって結構外野の前に落ちるんだ。それも意外に伸びたり、思ったより伸びなかったりして打球判断も難しくってさ。まあ外野手になって初めて分かったことなんだけど」
「けど、よく気づいたな。
「うん、まあ、確信したのはついさっきだったけどね」
マウンドに集まっていた関願内野陣が各々のポジションに戻っての初球は、右のバッターボックスに立つ
そして二球目、インコースのボールゾーンからストライクゾーンギリギリに入ってくるスライダーを意図も簡単に弾き返した。
『――ホームラーンッ!
予告通りホームランを打った
「マジでホームラン打ちやがったぞ」
「さすがだね、
「それにしても、ずいぶん飛んだな。
そう。これこそがどんなバッターにもインコースを執拗に攻め立て、制球難を演じてまで隠し通してきた、
「で、なんで分かったんだ? あんまり速くないって」
「前の打席さ。俺、打ち上げないようにただ合わせただけだったんだ。でも思った以上に速い打球が抜けていった。
実は、
それを補う
わざと頭付近や体に当たりそうなインコースを攻め、バッターの腰を引かせて、自分のバッティングをさせない。同時にインコースを続けてのアウトコース。その逆もしかり、視線を一方へ集めることで逆方向への視野を狭める効果も狙って、ストライクゾーンをめいっぱい使ったピッチング。これこそが球威のなさを補うために辿り着いたピッチングスタイルだった。
しかし、制球力を重視するあまり元々低い球威を更に落とす皮肉な結果にもなっていた。
『おーっと、これもいったーッ! チームの主砲四番
「(これで折れたかな? それにしても――)」
思惑通り確実にリードを広げていく最中、
――もし
* * *
「......すみません、もう無理です。降ります」
ストライクゾーンで勝負できる球威はない、ボール球も簡単に見切られてる。もう自分のピッチングが通用しないと悟った
「まあ、いずれこうなるんじゃないかとは思ってたさ。お前、ボール球投げすぎ」
「............」
黙りこんで反応を示さない。だが、キャッチャーはそのまま話を続けた。
「本当は、コントロールがいいことも知ってる」
「――えっ?」
不甲斐ないピッチングに叱責されると思い込んでいた
「ど、どうして、それを――?」
「あんまり俺たちを見くびんなよ。お前がどんだけ努力してるかなんて知ってるっての」
「そうだぜ。グラウンド整備が終わったあとの校舎裏とか。休みの日でも河川敷で壁を相手に、いつもひとりで投げ込んでただろ?」
「ドンマイ! まずひとつ取れー!」と、ライトから励ましの声をかける元エースに内野陣は顔を向ける。
「アイツもさ。納得した上で、自分から
キャッチャーの視線の先には、ベンチで既に諦めムードを漂わせている事情を知らない二年生たちの姿。監督は、この状況に動じる様子もなく、腕を組んで、ただただ戦況を見守っている。
「俺たちは、お前が三年になる二年後に賭けたんだ。本気で甲子園を狙えるって信じてな」
「君たち、もういいかね?」
球審が促しに来た。
「あ、はい、すみません。すぐに戻ります」
「うむ」
球審が戻り、内野陣も戻っていく。
キャッチャーも、
「(なに言ってるんだ? この人たち......)」
「プレイ」
球審のコール、サイン交換。目で
『フォアボール! 二者連続のフォアボール。うーん、ピリッとしません!』
最後は敬遠ぎみに
「(......ったく、どいつもこいつも好き勝手言いやがって。託される身にもなれよ。もっと早く言えってんだ。そうすれば、この試合――)」
サインに頷き、セットポジションから投球モーションに入る。
「(もっとやりようがあったってのに......よッ!)」
「ストライークッ!」
『指にかかったストレート! インコース高めギリギリに決まったー!』
二球目も同じくインコース、今度は食い込んでいくシュート。窮屈なスイングしいられ、サード方向へのぼてぼてのファール。
「(......二球目続けていいところに来たわね。悔しいけど、
バッターボックスを外した
『さあ。二球で追い込んでからの三球目、バッテリーはなにを選択するのでしょーカ?』
三球目はインコースを待っていた
「――ちょっ......あっ!」
なんとかバットに当てるもファースト方向へのファール、スリーバント失敗。
「ファール! バッターアウト!」
「ああ~んっ、やられたーっ」
「オッケー! ワンナウトー!」
『今日の試合は三打数一安打、前の打席は痛烈なピッチャーライナー。そしてこの二人、シニアでは同じチームメイト同士だったそうです。この対決も注目してまいりましょーっ!』
「ふぅ......よし!」
「(
二球目、ピッチャーライナーに打ち取られたインコース低め膝元へスライダーを空振った。
「(......くそ、前の打席よりも鋭く曲がった。外、内......次はなんだ?)」
「(よっしゃ、追い込んだ。この点差だ、盗塁とバントはないと思うけど一球外すか?)」
「(いや、ここは球数的にも早めにツーアウトを取っておきたい)」
ウエストのサインに首を振った
「(――スライダー!?)」
『バッテリー、スライダーを続けた! 空振り三振ー! ツーアウト!』
「すみません......」
「今のは仕方ないわ」
悔しそうにベンチへ戻る
『この回二度目のバッターボックスに
「――くっ!」
「ボール、フォアボール!」
『フォアボールです!
「ドンマイ! 次で取ればいい!」
キャッチャーの鼓舞に頷いた
そして、二死満塁で一番バッターの
「――やられた! 急げーッ!」
『ツーアウトのため、バットに当たった瞬間自動的にスタートを切った
「ストップです!」
「――いえ、行くわ!」
「えっ! 先輩っ!?」
『おっと! ファーストランナーの
レフトからショートを中継してバックホーム。
『クロスプレー、判定はアウトです!
アウトになったとは言え、8対0。七回コールドの七点以上を差つけた。次の回を1失点以内に抑えればコールド勝ち。なのだが――。
「
「ええ、平気よ」
休憩もほとんどなしにマウンドへ向かう準備をする
「それより準備しなくていいの?」
「あ、うん。すぐに済ますよ」
「そう。じゃあ先に行くから。
「はい!」
「
「わかってます」
『七回表関願高校の攻撃は、三番
「
「さあ、どうでしょう? 本人は平気と言っていましたけど......」
制止を振りきっての暴走を目の当たりにした、あおいとはるかが心配する。そして、その予感は的中してしまった。初球、低めに構えたミットとは正反対の高めにストレートが抜けた。
「(くそ、今の手応えでフェンスを越えないのか。まだ、ボールに力があるのか? いや、原因は俺の疲れか)」
セカンドベース上で肘あてをチームメイトに託し、上がった息を整える。その間にタイムを要求した
「
「ちょっと
「......そう、わかったよ。点差あるからね」
「ええ、わかってるわ」
『ノーアウトのランナーをスコアリングポジションに置いて四番を迎えます。ここで一発が出れば、ひとまずコールドゲームを回避できます。しかし、ここまで全打席三振とまったくタイミングがあっていません』
「(この回のコールドなんてどうだっていい。監督......!)」
――わかってるわ、と
「(......マズイ!? 真ん中――)」
『空振り、ど真ん中のストレートで空振りを奪いました! やはりタイミングが合わないのか?』
「クソッ!」
今日一番甘いボールも仕留め損ね、悔しそうに歯を食いしばる。
「(......危なかった、さすがに持っていかれたかと思った。いくら点差があるって言っても、やっぱり四番の一発はチームも球場の雰囲気を一変させる。タイムアップのない野球じゃ何点リードしていても、最後のスリーアウト目を取るまでひっくり返される可能性があるんだから)」
立ち上がりボールを
「(......ブルペンの準備は進んでる。とにかく、今出来ることを考えないと)」
『三球勝負! そして、またもやストレート!』
「――
「――ッ!?」
「(ダセェ......情けねぇ。だけど、バントならタイミングはいらねぇ......来たボールに当てりゃあいい......!)」
きっちりバントした打球は、やや強い当たりでピッチャー前へと転がった。
「任せて!」
「
「ええっ、あっ......!」
すばやい反応でマウンドを降りて拾ったボールを、
『四番のまさかのバントに動揺したのか、ピッチャー
「ふぅ、タイムお願いします!」
「うむ、タイム!」
タイムを要求した
「
「ごめんなさい、ちょっと握り損ねたわ」
背中を向けようとする
「なに?」
「握手」
「......そんなことしている場合かしら?」
手を出そうとしない
「離して欲しかったら、思いきり握って」
「......んっ」
力を入れて握り返す。
「やっぱりね、だと思ったよ。だから走ったんだね。あの回で決めたかったんだ」
「......ええ、そうよ」
ばつが悪そうに顔を背ける。そこへナインが集まってきた。
「ちょっとちょっと、どうしたのよ?」
「握力の限界、もう投げるのは難しい」
「そっか、まあそりゃそうだな。今日の
「むしろよくここまで抑えてくれた」
「だな、おつかれさん」
「てゆーか、あんた、いつまで
「え? あっ、ごめん!」
「別に構わないわ」
慌てて
「まったく、帰りに刺されても知んないんだから」
「怖いこと言わないでよ、
本気で怯える
『恋恋高校、選手の交代をお知らせします。
交代を告げられ、マウンドを降りてベンチへ戻っていく
そして、彼女のマウンドを受け継いだ
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対そよ風高校戦
game51 ~対策~
準々決勝翌日。恋恋高校ナインは準決勝へ向けて、恋恋高校のグラウンドで軽いウォーミングアップを行っていた。
「オイラ、ちょっと声援に答えてくるでやんすー」
「ダメに決まってるでしょ、そんなヒマはないんだかんね!」
勝ち進むにつれて確実に増えている報道陣と恋恋高校のファン。グラウンドを隔てたフェンスの向こう側からは、多くの黄色い声援が送られている。そのなかでも多いのは、あおいと
そんなグラウンドの様子などまったく気にもせず
「気づいたのは、三打席目か」
ベンチに閉じられたまま置かれたスコアブックには目もくれず
「はい、そうです。軽く合わせただけで思った以上に速い打球が飛んだんで、もしかしたらと思って」
「その確信を得るため、観察力の高い
「えっと......」
「もう、言いたいことがあるならちゃんと伝えてあげたらどうなの?」
戸惑う
「バスターと言うアイデアは悪くない。だが――気づくのが遅いな。もっと早く気づくべきタイミングはいくらでもあった。遅くとも、二打席目までには気づけたハズだ」
「......バックスクリーンのスピードガンの数字ですか?」
「他にもあるだろ。と言うより、お前が気づかないといけない“サイン”を、相手バッテリーは試合中常に出していた」
「俺が気づかないといけない“サイン”、ですか......?」
やや斜めに目を落とし、真剣な顔で
「(他のみんなじゃなくて、俺が気づかないといけない......なんだろう? スピードガン以外に球威や球速を知る方法――)」
考え出して一分ほどが経過したあと
「これでわかるだろ」
「これ、関願バッテリーの打者別の配球データと打席結果ですよね?」
データを見せられても、
「なんだ、まだわからないのか? おい、前の試合のも見せてやれ」
「はいはい、ちょっと待ってね。はい、出たわよ」
「どうもです。んー......ん? あれ?」
食い入るようにタブレットディスプレイを見る。あることに気がついた
「あ、あぁーっ! そ、そうか、そうだったんだ!」
あまりにも大きな声にナインと観客たちの目がベンチに集まる。「こっちは気にしないでそのまま続けて」と、
「ようやく気づいたか。そうだ。このバッテリーは、投球練習中には何度もあったバッテリーエラーを本番では、ただの一度も犯していなかった。パスボールはもちろん暴投すらな。それはつまり、どういうことだ?」
「......キャッチャーが確実に捕球できるコースと球速でしか投げていない。ストライクゾーンへ投げる逆球はともかく、完全な逆球をボールゾーンへ投げる時は必然的に球速と球威を落とす必要があった、キャッチャーが確実に捕球できるように。だから、強い打球が飛んだ――」
「そうだ。あれだけ荒れていながらバッテリーエラーがないという違和感を、キャッチャーのお前が一番に感じ取らなければならないことだったな」
「......はい」
指摘されてうなだれる
「ベンチでも、グラウンドでも、ただの観客でいてはならない。どこにつけ入る隙があるかを注意深く観察し、ほんの些細な違和感も見逃さず感じ取り攻略の糸口を掴む。そして、確実に叩き潰せ」
「――はい!」
力強くうなづいた。
「攻撃に関してはそんなところだ。守備に関してはまあ無難と言ったところか。最終回四番に、変化球を要求しなかったことは褒めてやる」
「あ......はい!」
「で?」
「あの四番は、ずっと
「それで?」
「......どうせ打たれるなら、“ストレート”の方がマシだと思いました......」
更に突っ込んで訊かれた
持っていかれたと思った初球の失投から予想外にも早い段階でノーツーと追い込めてしまった、あの局面。
「クックック......それでいい。ブレーキだった四番の一発。それもコールド回避の起死回生の一打となれば勢いづくだろう、応援スタンドはな。だが、そこまでだ。あとが続かない。あの局面絶対にしてはいけなかったのは、“逃げて打たれる”こと。変化球に逃げてホームランを打たれていたら、自らのワガママでマウンドに立っていた
タイミングが合っていなかったストレートを打たれたなら仕方ないと割り切れる。だが、もし変化球を投げて打たれたなら確実に悔いが残った。そして今度、同じような場面に出くわした時、必ずその時のことが頭に過ってしまう。迷った時点で良い結果は生まれない、勝負する前からもう気持ちで負けている。
「お前、バントしてくれてラッキーって思っただろ」
「あ、はい。結果的にエラーで出塁されましたけど。あれでもう、何も起こらないと確信しました」
「そう。あのバントはあり得ない。あんなヘロヘロなピッチャー相手に打てませんと自ら白旗を挙げたも同然の行為だからな。チームのためにプライドを捨てた、と言えば聞こえはいいが。せっかくノーアウトでスコアリングポジションへランナーを出たのにも関わらず、あのバントで勢いを殺してしまった」
三振しても思い切り振られる方が嫌だった。なぜなら、まだ攻めの姿勢を見せることが出来るからだ。本気でコールド回避を狙うなら、あの回で一気にひっくり返すくらいの気概が必要だった。
結果的にエラーで一三塁にはなったが、送りバントが成功して三塁に進められても、どちらにせよ三塁走者の一点はいいと割り切れる。そして一点をくれてやるかわりに、次のバッターを狙い通り併殺で仕留めて逃げ切った。
「まあ、こんなところか。さてと、
「ええ。みんな、集合よ!」
「さて、次の試合だが――」
このあと
――次の試合、一年全員をスタメンで使う。
* * *
「じゃあ始めるとするか。はるか」
「はい。こちらの準備は出来ています」
ミゾットスポーツクラブに移動した恋恋高校一行は、貸し切りの室内練習場で準決勝対策を行おうとしていた。いつでもボールをセットできるようにピッチングマシーンの横に立ったはるかは、
「
「うーす!」
恋恋高校には二年生の部員がいない。そして一年生は、全部で六人。全員をスタメンで使ったとしても三人足りない。その三人を補う内の一人が今、
「それでは、いきますよー」
「おう!」
ピッチングマシーンからセットされたボールが放たれる。球速は130km/hに満たないボール。しかし、
「な、なんすか? 今の......」
彼が戸惑ったのも無理はない。ストレートと思っていたボールが、途中から大きく揺れて変化したからだ。
「ナックルってヤツさ」
ナックルボール。
爪を立て、押し出すようにして極力回転を殺して投げる変化球。投手から打者まで殆ど無回転に近い状態で投げることで、進行方向へ向かう際にシームが自然と空気抵抗を拾い、それによりボールの後ろを流れる圧力に不規則な乱れが生じて揺れるような変化が起こる。
ナックルは、キャッチャーに到達するまでの間に1/4回転が理想とされており、1/2回転を超えた辺りからブレが小さくなってしまい山なりの棒球なってしまうことから取得も非常に難しく、また投げた本人すらどう変化するかわからないため、キャッチャーの捕球もままならないことから現代最後の魔球と称されている。
「こいつは、ボールに細工をして擬似的に再現したナックル擬きだ」
「で、でもナックルって100km/hくらいのスピードなんじゃ......」
「通常はな。だが次の対戦相手の投手は、今のスピードとほぼ同じ130km/h近い球速で変化するナックルを投げる」
「......マジっすか?」
そんな魔球を打てるのかと、三人の三年生と一年生たちのあいだに動揺が走る。それも当然。準決勝の相手、そよ風高校のエースピッチャーの
「打てるかはお前たち次第だ。だが、ひとつだけ間違いないことがある。
「......
「はいっ、いきますよー」
「本当に大丈夫なの?
「この程度で臆するようなヤワな鍛え方をしてきたつもりはねぇよ。確かに厄介な投手ではあるが。相手は、その投手の力だけで勝ち上がって来たワンマンチームだ。打撃と守備は大したことはない。今まで戦って来た連中よりも確実に格下だ。アイツらだけ十分にやれるさ。それに――」
「フッ、確かに高速ナックルだなんてモノを放る厄介な投手ではあるが、幸か不幸かそのお陰で割り切れた。決勝の相手――
* * *
翌日、今日も朝からミゾットスポーツクラブで練習を行っていた。時計が十二時を回り、食堂で昼食をとり、午後の練習に入った。
「どうだ? 調子は?」
「あ、はい。正直、当てるのも難しいです」
ゲージの外で待機していた
「でも、変化が小さくなる高めは当てられるようになりました」
「なら、低めは全部捨てればいい。その代わり高めに来たら当てに行くなんてセコいことは考えるな。三振しても構わない、一発で仕留める。それくらいの気持ちでしっかりスイングしろ」
「はい、わかりました。みんな、今聞いた通りだよ、しっかりスイングしよう。いいね!?」
「はい!」と、揃って返事をした一年生たちは練習に戻る。
「これで、どうっ」
「おお、いい感じじゃねぇか。よーし、オイラも負けてられないぞー!」
「オイラも、やってやるでやんすー」
――こっちも順調みたいだな、と
なぜ今、この超スローボールを打っているかと言うと、
しばらくして、
「
「そうか。おい、お前ら」
「さあ始めるぞ。
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game52 ~破滅への道~
準決勝、恋恋高校対そよ風高校戦。三回の攻防終わって、両校共に無得点。恋恋高校先発の
「やっちゃん、ナイスピッチング! ええ調子やんっ」
髪の毛をポニーテールに結った、そよ風高校のマネージャーの
「当たり前や! ワイを誰やと思てんねん“浪速の変化球男”やで! そしてゆくゆくは、“球界の変化球王”として君臨するんやからな!」
そう言って自信満々にグッと親指で自分を指さす。そんな
「ちょっと褒めるとコレや。すぐに調子にのるんやから。油断したらアカンで? ウチの占いにも“受難の相”って出とるんやから。なにせ、相手は――」
「ホンマ、
アバタボール8号こと高速ナックルは、
『四回の表、そよ風高校の攻撃は、四番ピッチャー、
「せや、ワイからやったな。ほな、行ってくるでー!」
「あ、うん。やっちゃん、ファイト!」
「おう!」
ヘルメットを頭に被り、右のバッターボックスに入った
「えろうおまっとさんでした。おおきに」
「うむ、プレイ!」
球審のコールで試合再開。
「ストライク!」
球審の右手が上がる。オーバーハンドから放たれたストレートが、アウトコースへ決まった。
「ナイスボール、走ってるよー!」
「(ホンマ、一年の投げる球ちゃうで)」
バックスクリーンには、
「(せやけど、コイツを打たな勝たれへんのや。一点でええんや。一点あれば、ワイが
気合いを入れ直し、改めて
「(お、バッターの気合いが入ったな。
キャッチャーのサインと
「もろたで!」
構えたところよりも甘く入ったストレートを、
「(あっ、甘く入った! 届くか――!?)」
予測と逆をつかれたが
「――あ、アウトー!」
「な、なんやて!?」
『刺した! 間に合った! 今日、ショートに入っている
「やるじゃんっ。
「へっ、オイラなら正面でさばいてるっての。ファインプレーじゃなくて余裕にな! 難しい打球を簡単なアウトに見せる、それが最高のプレーなんだぞ?」
「ふーん、言うわね。じゃあ決勝で見せてもらおうじゃないっ」
ここ数日、あかつき大附属のエース
一方グラウンドの方は、と言うと。カウント3-1から五番を歩かせてしまい、続く六番がきっちり送られ、ツーアウトながらスコアリングポジションにランナーを許してしまった。初回に続いて、この試合二度目のピンチ。だがこのピンチも、七番をライトフライに打ち取り切り抜けた。
そして、四回裏の攻撃は三番ピッチャー
『見逃し三振! 先発の
続く四番は、ライトの
「(――低めだ。これは、いらない)」
初球、低めのアバタボールを見逃しワンストライク。二球目、三球目は、初球と同じく低いコースへ来たアバタボールを見逃し、共にボールでカウント2-1のバッティングカウント。そして、次も低めに外れた。
「ドンマイ! バッター、手が出ないだけだぞ!」
ボールを受け取った
「(しゃあないしゃあない。なんてたって投げてるワイにも、どう変化するか分からん魔球やからな!)」
調子に乗っている直後の一球。アバタボールが高めに抜けた。このボールを、
「あー、くそっ、上げちまった!」
「おっしゃ、これでツーアウトやでー!」
後ろを向いて、右手を掲げ、バックを盛り立てる。
「ナイスピッチ! ツーアウト!」
「ツーアウトー!」
マウンドからの呼び掛けに内外野から元気な返事が返ってくる。
「まったく、お調子者なんやから。やっちゃん、気ぃ抜いたらアカンでー!」
「おう、わーとるわい!」
恋恋高校の五番、
『打ったー! 引っ張った打球は、一塁線上へ高々と舞い上がったー!』
「ファール!」
『しかし、これはファールです! ポールの手前で切れていきましたー!』
「あっぶな、助かったで~」
「だからゆーたやんっ。気ぃ抜いたらアカンって!」
「わかっとるゆーとるやろがっ」
「......キミたち、私語はベンチに帰ってからにしなさい」
「す、すみません......」
二人揃って球審に謝罪、試合は仕切り直し。
今のファールで気合いを入れ直した
「これで八個目ね。高めの空振りが二つで、低めの見逃しが六つ。あなたにとっては予定通りなんでしょ?」
「さてね。おい、ちょっと待て」
「三点だ。三点までは取られても構わない。そいつを頭に入れておけ」
「――はい!」
二人は返事をして、グラウンドへ駆け出していった。
試合が動いたのは直後の五回表、そよ風高校の攻撃だった。先頭バッターにヒットで出塁を許すと。先の回と同じく、送りバントで得点圏にランナーを進められ、一死二塁とピンチを迎えた。次の一番バッターをセカンドゴロに打ち取り、二死三塁。だが、次の二番に緩い当たりながら内野の間を抜ける不運な形でタイムリーを打たれてしまった。
先制点を奪われた直後の三番には、ユニフォームの袖にボールがかすって死球、二死二塁一塁。四番の
「あ、アウトーッ!」
『ライトからスバラシイ送球! 恋恋高校ライトの
「嘘やろ? なんちゅー肩しとんねん? ......まあ、ええわ」
――二点もあれば十分。 そう思いながら
その頃、恋恋高校ベンチでは――。
「五回に二失点か」
「はるか、球数は?」
「はい。81球です」
1イニングにおける投球数は15球前後の球数が目安と言われている。投球イニングは5回。81球は理想に近い数字と言える。
「次の回だが、投げる気あるか?」
「あ......はい!」
三点取られてもいいと言われた直後の失点に、交代を告げられことも覚悟していた
「じゃあ投げろ。
「あ、はい、なんでしょうか?」
「一応軽く肩を作っとけ。いいか、軽くだぞ」
「はい、わかりましたっ。
「うん、行こうか。コーチも言っていたけど軽くだからね?」
「はいっ」
今日レフトで先発のサウスポーの
「ま、そういうことだ。後ろのことは気にせず投げろ」
「......はい!」
返事をした
「ストライク! バッターアウト!」
「これで九つ目ね」
六番
しかし、ベンチに焦りの色はまったく見えない。
それどころか、
「クックック......いい、いい、それでいい。もっと奪え、もっと奪われろ。その奪った三振の数だけ
阿畑の打撃能力の補足。
アプリやサクスペではあまり野手能力は高くありませんが、パワプロ9だとパワーDとなかなかの能力をですので、そちらを採用しています。
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game53 ~壁~
五回裏、低めのアバタボールに見逃し三振で打ち取られてベンチへ戻ってきた先頭バッターの
「あのさ......。もう少し球数を抑えられないかな?」
「え? どうしたの?」
「たぶんだけどさ......」
「
「どうして?」
「決勝を万全で迎えたいから。軽く作れって念を押してた」
「なるほど、ね」
そして、もうひとつの狙いは、失点で気落ちしかけていた
「でも球数を減らすとなると、手を出しやすいストライク先行の要求が多くなるよ?」
「わかってる。だから――」
ベンチの隅で自ら考え話し合う二人を、
『レフト前ヒット! 恋恋高校、初めてのランナーを出しましたーッ!』
点を取られて直後の攻撃、
「おおー、あの高速ナックルを打ったぞ!」
「へぇ、やるじゃんっ」
「そう言う形状のバットを使っているからさ。お前たちが使っている、普通のバットよりも芯の広いバットをな」
「じゃあみんな、同じバット使えばいいんじゃないんですかー?」
「打ちやすいならなおさら」と、手をあげて
「どんな便利なモノにも欠点ってのは存在する。平手と拳、殴られたらどっちが痛い?」
「どっちもイターい」
「程度の話だ」
「う~ん、やっぱり
「そうね、音は平手の方が痛そうだけど。拳の方が痛いと思うわ」
「だよね」
「じゃあ実際に試してみよましょ。ねぇ~、
「おう、任せろ。パーからいくぞー。しっかり歯食いしばれよー?」
「ひっどっ! 女子に手あげようなんてサイテーな男ねっ」
「お前が今、オイラにしようとしたことじゃねーか!」
「二人とも真面目な話をしているのだから、痴話ゲンカは試合が終わってからにして」
『違う!』
呆れ顔をした
「で、答えだが。お前たちが言った通り拳の方が力が入る。それはバットも同じだ」
「通常のバットの真芯は硬式ボールひとつ分ほど、ちょうど『握り拳』くらい。真芯で捉えれば当然強い打球が飛ぶ。だが、
こう言った便利な
「いずれ壁にぶち当たるだろう。だが、アイツは素人なりに、今の自分に出来ることを必死に考えてやっている。だから今は、このバットを使っていい。自ら考え、導き出した
「この先もお前たちが、野球を続けて行くどうかは知らねーが。どんな道を進もうが、いずれ何かしらの壁にぶち当たる時が来るだろう。その時は、安易に答えを他人に請うな。とことんもがき、苦しめ。その先に答えがなかったのなら、自分自身で答えを作り出せ」
ナインたちは
* * *
『さあワンナウトから初のランナーを出した恋恋高校、ここはどう言った作戦をとるのでしょーカ?』
続く八番は、セカンドの
『そよ風バッテリー、大きくウエスト。ここは一球様子を見ました。八番バッター
「(なんや、送らんのかいな? まっ、そう簡単にはさせへんけどな!)」
キャッチャーからの返球を受け取り、セットポジションに入る。
「送らないの?」
「簡単にバントなんて出来ねーよ」
不規則に変化する高速ナックルを操る
「それに、もっと効果的な方法があるからな」
「試合前に言っていた
「フッ......そう焦るな。楽しみにしていろよ」
「(おっ、
「(はい......!)」
『ランナーを目で牽制し、セットポジションからピッチャーの足が上がって、五球目を――』
「ゴー!」
一塁コーチャーの
「
「ほいな!」
セカンドの声を聞いて、外角へストレートを外した。そよ風バッテリーも、動いてくるならこの場面と予め予測していた。完全なボール球だが、
「はぁ、よかった......」
「(ボール球やったのに、よう当てよったな。空振りなら三振ゲッツーやったで)」
「甘いな、アイツ。十中八九仕掛けるのが分かってる場面で、ひとつも殺せねーなんて」
「よう。どうして、ストレートだったか分かるか?」
「カウント以外の理由ですか?」
2-2の平行カウントは、フルカウントにしたくないためストライクゾーンへ投げることが多い。必然的に一番制球しやすい球種でストライクゾーンで勝負してくる確率が高い。だが当然、バッテリーもそれは分かっているため場合によっては、甘いストライクからボールになる変化球を投げることも当然ある。それなのに、
「キャッチャーだ」
「キャッチャーですか?」
そよ風高校のキャッチャーにナインたちは、一斉に目を向けた。そして、元正捕手の
「あれ? あのキャッチャーのミット、なんかデカくね?」
「え? 確かに言われてみれば、一回りくらい大きいような......」
「あれは野球のキャッチャーミットじゃない。ソフトボール用のキャッチャーミットだ」
不規則に変化するナックルを捕球するための工夫。
※アメリカでは正捕手の他に、ナックルボーラー専用の捕手が居て、通常のミットよりも大きいソフトボール用のキャッチャーミットや専用の特注品を使用している捕手が実際にいたりします。
「あのキャッチャー、一球前のストライクゾーンに決まった高速ナックルを捕球し損ねた。あれを見たあとは、さすがに続けられない」
「プロだって通常の緩いナックルを捕球し損ねるんだ。それなのにたかが高校生が、あんなけったいな高速ナックルなんてモンを何十球もミスなく捕球し続けられるワケがない。相当な特訓をしたんだろうな、かなり優秀な壁だ」
「壁って......。もうちょっと言い方ないの?」
歯に衣着せない言い方に
「分かってねーな、最高の褒め言葉だぞ。だいたいリードなんてもんピッチャーに首を振られりゃ組み立てを変えなきゃならねーこともあるし、要求したコースに投げてくれなければ、良いか悪いか正確には測れねーんだ。けどな、どんなボールでも“絶対に後ろに逸らさない”ってのは素人目に見ても分かりやすい、究極の武器だ。そして投手にとって、これほど心強いものはない」
「そうですね。捕ってくれるって信じられれば思い切って投げれられます」
「うん、そうだね」
「名捕手と言われる捕手には、“リードが上手い”、“肩が強い”、“バッティングが良い”と様々なタイプに分類されるが、それらとは別に必ず備えている要素がある。高いキャッチング技術、ブロッキング能力、要するに
空振りの三振を奪っても、捕手が後ろへ逸らしてしまえば振り逃げでランナーを出してしまう。ランナーが塁上に居る場合は、先の塁へ進めてしまう。ボールを後ろに逸らすキャッチャーには、投手も思い切って投げれない。特にフォーク等の縦に落ちるボールを投げる時は躊躇してしまう。
それが正に、一球前のストライクゾーンでの捕球ミス。あれでアバタボールを投げ難くなった結果のストレートだった。
「それが
「まあな。最初の頃の
どこかなつかしいそうに
『一塁牽制! しかしランナー、足から戻りました』
話している間に、グラウンドでは試合が進んでいた。
「さてと、マネージャー」
「はい、なんでしょうか?」
「次、“一球待て”ってサインを出せ」
「はい、わかりました」
はるかからサインが伝わり、六球目。今度はバットが届かないほど大きく外角高めへ外した。サイン通り見送り、これでフルカウント。
「次、単独スチール」
「ちょっと本気?
「心配するな、100パーセント決まるさ。はるか」
「はい、もう出しました」
一塁コーチャーの
「(――了解。行くぞ、本気で走れよ?)」
「(はい......!)」
『さあ、フルカウントからの七球目。おっとファーストランナー、スタートを切った!』
「(低め......のナックル。これは振らない......!)」
『バッター、見逃しの三振! これで二桁10個目の三振! しかし、大きく変化したユニークな変化球を捕球するのことでキャッチャーは精一杯、送球は出来ません。盗塁成功で、ツーアウトながら二塁とチャンスが広がりましたーッ!』
「悪い、
「ええって、ええって、これでツーアウトやん。パパっと終わらせて、この回も終いや」
「ああ、頼んだぞ」
「任しときーや」
マウンドで笑顔を見せる
「初球、外角低めのストレートを狙え」
「はい、わかりましたっ」
名前がコールされ、九番バッターの
『マウンド上の
「(――来た! 外角低めのストレート......!)」
「あ、あかん――!」
指示通り外角のやや低めに来たストレートを逆らわずに打ち返した。打球はゴロで三遊間を抜けて行く。予め前にレフトは前進していたため、
『ヒット、ヒット! 九番
「おおっ、繋いだぞ!」
「ナイスバッチ!」
「
「――はい!」
今日一番のチャンスに盛り上がる恋恋ベンチ。だが
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game54 ~成長~
東東京予選大会、対そよ風高校戦。
五回裏ツーアウトながら三塁一塁とこの試合初めてのチャンスを作った恋恋高校。この場面でバッターボックスに立つのは、一番センターで先発出場の
『ツーアウト三塁一塁! この場面、どう打つか、どう凌ぐか! ンンーン、目が放せませンッ! さあ、注目の初球――初球、真ん中からアウトコース低めへ変化するアバタボール! しかし、わずかに外れましたー!』
指示通り低めを見逃して、ワンボール。
「ふぅ......」
ひとつ息を吐く、
「オッケー、いい変化してるぞ!」
「(それにしても、きわどいコースだったのに簡単に見逃したな。つーか、みんなそうだ。高速ナックルにはほとんど手を出さない、そう言う作戦なのか......?)」
「おーい、はよサインだしてーな!」
「あっ......ああ、悪い」
急かされたサイン交換は一回で決まり、
『アバタボールを連投、今度は決まりました! ワンエンドワン!』
二球目は、外のボールゾーンからストライクゾーンへ滑るようにして低めへ食い込んできた。これも見逃して、ストライク。そして三球目も、アバタボール。
「ボール!」
球審は首を横に振る。これでツーエンドワン、打者有利のカウント。出されたサインに一度首を振って、次のサインに頷いた
「(――来た、高め!)」
ここで、狙っていた高めのアバタボール。
低めに比べると変化が小さい高速ナックルを決して当てにはいかず、確実に振り切った。インパクト寸前でややインサイドへ食い込んできた。打ち上げないように上から叩く、やや詰まった打球がサードの前へ転がる。
『サードが前へ出てきて打球を捕球、そのままランニングスローでファーストへ! しかし、これはきわどいぞー!』
「セ、セーフッ!」
一塁塁審が腕を横に伸ばす。
『セーフ、セーフです!
打ち取られていた当たりではあったが、逆に詰まったことが幸いし、送球がグラブへ収まる前に俊足を飛ばして、ファーストベースを駆け抜けた
「めっちゃ速いなー、アイツ。自分より速いんとちゃうか?」
そう言ったのは、この試合をスタンドから観戦している青を基調とした「あかつき大学附属高校野球部」のジャージを身にまとい、葉っぱを口にくわえた長髪の男子――
「さあ~? まあけど、おいらなら右中間に弾き返して三塁打にしてたぜ」
「ほぅー、そらまたエラい自信やな」
「まあな~」
「まったくお前たちには、緊張感と言うものがないのか? オレたちは、ただ試合観戦している訳ではないんだ。どちらが勝ち上がって来てもいいように、しっかりとデータを集めなくては――」
苦言をていしながらメガネに軽く触れ、ノートパソコンを操作するのは――
「相変わらず堅いやっちゃな。力抜くときは抜かんと試合前にへばるで?」
「お前が軽すぎるんだ。それにオレの計算では、今日の試合の勝率は100パーセントだ」
「自分の方が自信過剰ちゃうか? 油断しとると足すわれるで」
「フッ、心配無用だ。データは嘘をつかない、不安要素など微塵もない......!」
「それが自信過剰って言うんや」
「二人とも、その辺にしておきなよ。もう試合は再開されているんだよ。ちゃんと観ておかないと」
試合をそっちのけで言い合う二人をなだめたのは、
「む......そうだな。無駄な争いは止めて、データ収集に戻るとしよう。で、
「なんや?」
「あの投手とは、顔馴染みだと言っていたが――」
「その頃から、高速ナックルを投げていたのか?」
「いーや、中学ん頃は投げとらんかったで。
「ふむ、最後の大会を前にその努力が実を結び、強力な武器を手に入れたということか。なかなか厄介な相手になりそうだ」
「はっはっは!
豪快に笑って言ってのけたのは、チームの中軸を打つファースト、
「お前もそうだろう?
――
「オレは、どちらかと言えば恋恋の方がやりやすいネ」
「むぅ......どうした? いつになく弱気だな、お前らしくない」
「ただ事実を言ったまでヨ」
多少芯を外しても腕力で飛距離を伸ばせるタイプの
『見逃し三振ッ! フルカウントまでいきましたが、最後は低めのアバタボールで
あかつきナインたちが話し合っている間も試合は進み、五回の攻防が終わった。そして、五回の終了後のグラウンド整備が職員たちによって行われる。
「15個のアウトのうち11個が三振、見事な殺られっぷりだな」
ベンチに座って、まるで他人事のように愉快そうに笑う
「もう、あなたの指示でしょ?」
「クックック、そう目くじらをたてるな。エサは撒き終えた、もう必要ない。おいお前ら、次の回で
ナインたちは『はい!』と、声を揃えて返事。
「そこでだ、
「あ......はい、わかりました!」
「そのあとは、お前たちの好きにすればいい。なんかあるんだろ?」
『大変お待たせいたしました。間もなく試合再開となります――』
「さあ時間よ、急いで準備をなさいっ」
* * *
「やっちゃん、ナイスピッチや!」
「おう、サンキュー」
同点・逆転のピンチを凌いだ
「ハァ、さすが準決勝や。控えもしぶとーてかなわんわ」
「やっぱり占い通り苦労しそうやね。でも、最後は三振に取ったやん。五回で三振11個やで、今までにないハイペースやっ」
「ワイの“アバタボール8号”は魔球やからな!」
『大変お待たせいたしました。間もなく試合再開となります――』
「あ、グラウンド整備終わったみたいやね。みんな、追加点とってやっちゃんを楽にしてあげてなーっ」
「おおっ!」
「任せとけ、
ナインたちが声をかける中、この回の先頭バッターの五番だけは、どこか気負った様子で準備をしていた。
「(......さっきの失点は、俺のミスだ。バッターの鋭いスイングに惑わされて
『六回の表そよ風高校の攻撃は、五番――』
「(ミスはバットで返してやる......!)」
球場に流れたアナウンスを聞き、強い気持ちを持ってバッターボックスへ向かった。
『グラウンド整備が終わり、試合は六回の攻防へと入ります。そよ風高校は、五番からの攻撃。恋恋高校のマウンドには
「なんや、ピッチャーかわらんのかいな。さっきブルペン準備しとったのに」
「でもこれ、うちらにとってはチャンスと違うん? あのピッチャーから、さっき二点取ったんやしっ」
「まあ、せやな。もう三順目やし、目も慣れてきた頃や。こら行けるで!」
五番がバッターボックスで構えて、球審がコールすると、間髪入れずに投球モーションに入った。
「(ストレートを思い切り――投げる!)」
「(えっ? もう投げるのか?)」
ストレートを投げ込むと最初から決まっていたため、サイン交換の時間がなかったことに若干戸惑ったバッターを後目に、初球が投げられる。高めボールゾーンのストレート。
『指にかかった勢いのあるストレート! ボールゾーンでしたが、バッター、思わず手を出してしまい空振り! そして今のが、140km/h! ここで今日の最高速を記録しましたーッ!』
バックスクリーンに表示された球速に、両校のベンチ、そして球場全体から少しどよめきが起こる。
「あの子、本当に投げたわ......140キロを!」
「別に驚くことじゃない。トレーナーからの報告書には140キロを投げられるだけポテンシャルは十分にあると記述されていた。ただ、ひとつだけ不幸なことがあった」
あおいと
さらに、あおいと
「俺は、130キロ出るか出ないで精一杯だったからな。速いボールの投げ方なんて教えられない。だから
「140km/hという明確な数字を出したのは、コントロールという概念を一度頭の中から外させるための言葉。大きな壁を乗り超えて、ひとつ成長してもらうために」
「それだけじゃねーよ。今の一球は、今後の試合展開に大きな意味を持つ」
球速140km/hを計測した効果は、もうすでに現れていた。今までの最速は「138km/h」上がったのはたったの「2km/h」だけ。だが、130キロ台と140キロ台では、やはり数字の見映えとしてのインパクトが違う。当然バッターは、それを意識してしまう。
「(ヤバい、思わずボール球を振っちまった。それに140キロって......)」
今までもより速いストレートに対応するためややバットを短めに持ち直したのを、
『インコースのストレートに窮屈なスイングを強いられ、空振りの三振! 一年生バッテリー、ここは三球で仕留めて見せました、ワンナウト! そして今のも、140キロを計測しましたーッ!』
「また140キロっ? でも今の、そんなに力入ってなかったみたいに感じたけど」
「ええ、
突然の球速アップに疑問を抱く、あおいと
「実際に経験したからだ。どういうワケか人ってのは、一度超えてしまうと今までの苦労が嘘だったかのように続けざまに力を発揮することが少なからずある」
「そう言うものなんですか?」
「お前、自分で経験したじゃねーか」
「ボクが?」
「あれだけ投げられなかったインコースを、もう気にせず投げれるようになっただろう」
「――あっ!」
対ジャスミン戦において、復活した
「
「まあ、そう言うことだ。さてと、ここからが見物だな」
先頭バッターの五番を打ち取ったが、ここから左バッターが続く。左バッターに若干苦手意識を持っている
しかし、この回は違った。
六番バッターを、自信をつけたストレート攻めて内野ゴロに打ち取ると。七番バッターも、ストレート二球で追い込んだ。
『ファール! 三球目、仕留めにいったアウトコースのストレートをカットしました!』
「(当てられたか。でも、必死に当てに来てるだけ。今の調子ならストレートで押しきれる。まっすぐで勝負しよう)」
しかし
「(あれ? ストレートにこだわらないんだ。じゃあ、これで――)」
二回目のサインはあっさりと頷いた。
それは五回の攻撃の最中ベンチで話していた、一回でも長いイニングを投げるため対左バッターへ対策。
『さあ足が上がった。ピッチャー
「(――緩い、ストレートじゃない、カーブだ!)」
勝負球に選択したのは、左から空振りを奪えないことを悩んでいた、カーブ。やや内よりに来た。速いストレートに合わせて、短めにバットを握っていた左バッターにとって当てやすいコース。
「(もらった――えっ?)」
狙って振ったにも関わらず、バットは空を切った。
『空振り三振ーッ! この回は三者凡退で退けましたー!』
「よっし!」と、マウンド上で小さくガッツポーズを見せる。
「おい、アイツ、縦のカーブなんて投げれたのか?」
「私、投げ方を聞かれたことがあります、左バッターへの武器が欲しいと。学校の昼休みとかに練習はしていました」
打ち取った球種は、
「ふーん」
「それがどうかしたの?」
「狙って投げたのなら別にいい」
そう言うと
「さっき言った通り、この回で沈めるぞ」
『はい!』
「
「三人でって......それは、さすがに無茶なんじゃないの?」
しかし誰ひとりとして、今まで
「心配するな、撒いたエサに食いつく。
「......はい!」
『六回裏恋恋高校の攻撃は、三番
『さあバッターボックスに
球審のコールのあと、そよ風バッテリーはサイン交換を行う。ここで
『初球打ち、ノーアウト二塁!
「本当にストレート......! どうしてわかるの?」
「単純なことだ。ベンチで面白くなさそうな顔をしていたからな。
「さて、次は点を奪うぞ」
そしてベンチへ戻ると、不敵な笑みを浮かべながらグラウンドに目を戻した。
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game55 ~失投~
『六回裏、恋恋高校の攻撃。この回先頭の
一打同点、ホームランで逆転で四番の
「すまん、すまん、ちょいとリキんでしもたわっ」
悪びれもせず笑い飛ばす
「で、一塁が空いてるけど。どうする?」
「当然勝負や! 決まっとるやろ?」
「まあ、そうだよな」
空いている一塁を埋めた方がフォースプレイで守りやすくなるとはいえ、ここで敬遠してわざわざ逆転のランナーは出したくはない。バッテリーとしては至極当然の判断。それに加えて、
「とりあえず、さっきみたいなのは無しで頼むぞ」
「言われんでもわかっとるわい。はよ戻らな、怒られるで」
「へいへい」
キャッチャーがポジションに戻り、球審に一礼して
「(抑えてるって言っても、見た目通り
サインは、アバタボール。カウントが悪くなったら最悪歩かせることを頭に入れつつ、低めにミットを構えた。一回でサインに頷いた
『
「な、なんやて......!」
「四番が、バント!?」
「ボール! ボールワン」
真ん中外寄りのアバタボールは横へ逃げながら変化して、ボールゾーンへ。カウント1-0。ボールを
「(見送った。ボールだったからか? いや、それにしては見極めが早かったような。高速ナックルだったからかな? けど、このチームは四番でもバントをしてくるチームだから......ってことは、送ってワンナウト三塁の状況なら内野ゴロでホームに還られるし、ここでのバントは十分にあり得るぞ。頭に入れておかないと)」
考え込むキャッチャーに、マウンドから
「そない心配すなや! バントなんてそう簡単にやらせへんわッ!」
「オーケー!」
キャッチャーのブロックサインで、内野の守備位置がバントやバスターにも対処できる陣形に変わる。
「ファーストが少し前に出てきたわ。三塁方向へのバントは、キャッチャーとピッチャーで処理する作戦のようね」
「サードで刺すためのごく普通の対応。ま、気にするまでもない」
「(コースを狙うとこれがあるからな。しゃーないちょい甘めに――)」
初球、二球目よりもやや高めに来たアバタボール。
『打ったーッ! 痛烈な当たりがサードを襲う! しかし大きく切れていきました、ファウルです。バッテリー、ここは助かりましたー!』
「(あっぶな~、やっぱり高めはアカンわ。フェアなら確実に長打、同点にされとったでぇ。けど、さっきのバントはブラフやな。よっしゃ、ここは気合い入れ直さなな......!)」
プレートを外し、ロジンバックを手に気を入れ直す
「さーて、仕上げと行くか。おい、あおい」
「なんですか?」
「ブルペン行ってこい」
「へっ?」
突然のことにあおいは、きょとんとした
「別に投げろなんて言ってないだろ。軽くストレッチでもして、それらしく立ってるだけでいい。おい、誰かついていってやれ」
「あ、あたし、行きますっ」
八番と打順が遠い
「あのー、仕上げとはどう言うことでしょうか?」
「見りゃわかるさ。ほら、もう効果が出たぞ」
はるかの疑問に軽く笑って答えた
それは――恋恋高校のブルペンだった。
「(なんや、エースが準備始めよった。次のイニングから投げるんか......? こら、マズイで――)」
あおいがブルペンに入ったことで、マウンド上の
「あれ? あの方、なんだかすごく動揺してるような気がするのですが?」
「当然だ。相手の攻撃はあと三回、ここで本格派の
そよ風高校は、全試合エース
「自らの驕りで招いたピンチ、もう失点は絶対に許されない。必ず探す、このピンチを乗り切れる道、必勝の策を。そして気づき、そこへ必ず逃げ込むのさ」
――そここそが破滅の地とも知らずにな。
まるで獲物が罠にかかるまでの過程を楽しむかのように、
* * *
「よう、どうなってる?」
あかつきナインたちが観戦しているスタンドへ、同じジャージを着て、藤色に白いラインが入ったバンダナを頭に巻いた眼光の鋭い男子が遅れてやって来た。
「ん? ああキミか、
彼の名は――
彼が遅れてやって来たのは、控え室で監督、そして今日の先発投手を含めミーティング行い、軽くキャッチボールをしていたため。
「六回裏一点差無死二塁で四番か。試合を左右しそうな場面だな」
「ああ、正にここがターニングポイントとなるとオレは見ている」
「そうか。で、どっちが有利だと思ってんだ? お前は」
「オレは――そよ風が優勢と見ている」
「理由は?」
「まず第一に三振を奪える決め球を持っていること。五回に失点はしたが、決め球の高速ナックルを打ち込まれたワケではない。投手の方に分がある」
眼鏡を指先で軽く触れ、「奪った三振も全て高速ナックルだ。コースに決まれば、そう簡単にタイムリーは打てないだろう」と言った
「ああ? おい、マネージャー、スコアブックを寄越せッ!」
「は、はいっ、どうぞ!」
あかつきの女子マネージャーで、
「オイ、貴様!
「うっせーな、シスコン! ちょっと黙ってろッ!」
「――なッ!」
苦虫を噛み潰したような
「全三振の内訳は?」
「高めの空振り三振が二つ。低めの見逃し三振が九つです」
「はぁ? 15個のアウトのうち11個が三振で、低めは全部見逃しだ......? あきらかに異常じゃねーか!」
三振内容の異様さに怒鳴り声を上げた。
「いきなり大声を出すな。お前は最初から観ていないから疑問を抱いただけだ。オレも同じ立場だったら同じことを思っただろう。だが事実、この試合低めの高速ナックルは一貫して手を出していないんだ。140キロ前後のストレートと、高速ナックルとほぼ同じ球速のシュートに対応しつつ、高めに来たところを一球で仕留めると言う作戦なのだろう。現に前の回は、その形で得点を上げているからな」
「ってもな......」
『カウント2-1、打者有利のバッティングカウント。そよ風バッテリー、このピンチを凌ぎきれるか? はたまた四番のバットで打ち砕くのか! ンンーン、まったく目が放せませんッ!』
キャッチャーから、四球目のサインが出された。
「(アバタボール、まあ当然そうなるわな。一番抑えられる確率の高い球種やし)」
「(――しもた!)」
構えたミットよりも内よりに入り、あまり変化せずに真ん中やや低めへ来た。しかし
そして、この一球こそが、この試合を左右するターニングポイントとなる一球。
「(......なんや、あるやないか。この試合もろたで!)」
ついさっきまで険しかった
「クックック、食いついたな。撒いた
『カウントツーエンドツー、バッテリーのサインは一回で決まった。マウンド上の
ツーツーから選択したのは、アバタボール。
『ボール、ボールです! アバタボールが内角低めへ外れた、これでフルカウント!』
「(ええ、ええ、ええんや。入らんかったのは
これが
そして、この考えを植え付けることこそが11個の三振と引き換えにしてまで得たかったモノ。気づけば必ず踏み入れる甘い誘惑。その誘いにまんまんと嵌まった。
「はるか」
「はいっ」
バッテリーがサイン交換を行う最中、恋恋ベンチからサインが伝達された。
『サインが決まりました。ピッチャー、セットポジションから......アアートッ!』
『セカンドランナー走った、ここで
「うっそ!」
「なんやと......!」
バッテリーが選択した球種は当然、アバタボール。
特殊なナックルの握りのため狙って外すことは出来ない。変化が小さくなる高めならまだしも、捕球すらままならない低めへ投げればこの盗塁は確実に決まる。しかし、ちょっとでも甘く高めに入れば狙い打たれる。加えて低めで三振を奪ってもランナーは三塁、内野ゴロでも同点。ボールなら無死三塁一塁。キャッチャーが後ろへ逸らせば一気にホームを奪われ、同点にされ、更にフルカウントのため勝ち越しのランナーを一塁へ出塁させてしまう。安全エリアだと思っていた場所が一転、危険エリアへと変貌を遂げた。
そんなネガティブな思考が一瞬の間に、逃げ場を失った
「(な、なんやこれ......。なにしとんねん、なんでワイ――)」
それは――失投。
全ては、この一球を引き出すため。
「(――なんで、ここで
アバタボールの投げ損ない、打ち頃の棒球が真ん中高めに来た。
「行け」
そして
『打ったーッ! 高めへ来た半速球のボールを完璧に捉えたーッ! 打球が大空へ舞い上がるー! 行くのか? 行ってしまうのかーッ!』
大きな放物線を描いた打球は、レフトスタンド中段で弾んだ。逆転のツーランホームラン。
この逆転の一打で、この試合の勝敗は決した。
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対あかつき大附属戦
game56 ~もうひとつの決戦~
「決勝の相手は、あかつき大学付属高校よ」
「順当だな。で、試合内容は?」
もはや恒例となった
「ちょっと待ってね」
試合内容の要点をまとめたファイルをバッグから取り出して読み上げる。
「スタメンはレギュラーメンバー、先発投手は二番手の
「
「ええそう。利き腕は逆の右だけど投球フォームから変化球の変化方向、球速、髪型まで似せて。文字通り、右投げの
説明を聞きながら
「見た目はアレだけど、実力は本物よ。今日の試合も六回まで登板して被安打4、失点はエラーが絡んでの1点のみ」
「六回コールドか」
「いいえ、七回コールドよ」
「七回?」
「そうだけど、どうかしたの?」
「いや、いい。続けろ」
――そう? と、少し不思議そうに首をかしげた
「七回表の攻撃でコールド圏内の点差をつけたあかつきは、捕手
「ふーん、投げたのか」
「あかつきの監督、
あかつきは、全試合コールドゲームで勝ち上がった。そのため投手の投球イニングも恋恋高校の投手陣と比べると実戦登板が少ない。そして明日は反対ブロックの西東京が先に決勝戦を行うため、日程が一日明くことを計算しての調整登板だった。
「調整登板ねぇ、クックック......」
「なによ、その意味深な笑いかた......?」
「俺の経験から言えば、中一日での調整登板などすべきではない。なぜなら疲労が抜けきらないからだ」
「でも球数は15球も投げていないわよ?」
「お前の言う球数ってのは、あくまでも打者へ向けて投げた投球数のことだろう」
試合中継などで表示される球数は、投手が打者に向かって投げた球数。それには試合前やイニング前の投球練習、打者走者への牽制球、ツーアウトになってからのベンチ前での肩慣らしのキャッチボールのなどの球数は含まれていない。
「たとえ打者へ向けての実戦投球は15球だったとしても、登板前の肩を作るためのブルペンでのキャッチボールや投げ込み、イニング前の投球練習を合わせれば、少なく見積もっても50球近い球数を放っている」
「50球......」
「例え、どんな楽な場面で軽く投げようとも消耗するのさ、肩や肘ってのは。結果として登板することがなかったとしても、試合展開によっては何試合も続けて肩を作らねばならないプロの中継ぎが、いかに過酷で選手生命が短いと言われる理由が分かるだろ」
これこそが、プロの中継ぎが短命と言われる理由。疲労は必ず蓄積する。だからこそ、どんな試合展開になろうとも必ず投げない日を作ることが重要。長いシーズンを戦うペナントではそう言った捨てゲームを作ることが出来るが、一発勝負の
※実際、高校野球において酷使による故障を危惧し、県によって球数制限を設けようと言う動きもあるようですが。資金源がある私立の名門校が露骨に有利になるため、球数制限導入に苦言を呈す学校も少なくないそうです。
「中継ぎが1イニングだけでそれだけ投げているんだ。先発投手は当然もっと投げる。先発投手は100球が目処と、やたらとこだわるヤツがいるが、そう言うヤツほど見かけの数字に騙されて、本質を見誤るのさ」
「......数字の盲点。正に“木を見て森を見ず”ね」
「あかつきは、投手運用に困るような学校じゃない。次期エース候補の二年に経験を積ませるチャンスを捨ててまで、エースをマウンドへ上げた。この代償は高くつくよ」
そう言って小さく笑った
「さっきから、なにを見てるの?」
「ちょっと面白いもんだ」
すっと、
「これ......」
「な? 面白いだろ。アイツらは経験しているが、
「確かに、でも微妙じゃない? 50パーセントよ?」
「確率的にはな。だが、三割打てれば優秀と言われる打率よりも確率は上だ。そして、この数字通りの
――荒れるぞ、決勝戦は......。
* * *
決勝戦前日、明日恋恋高校が戦うスタジアムで、もうひとつの決勝戦が行われていた。
『さあ西東京予選大会決勝戦、春夏連続の甲子園出場を目指す覇堂高校対パワフル高校の一戦もいよいよ大詰め! 2-1と覇堂高校がリードした状況で九回のマウンドに立つのは、この男――
球審から新しいボールを受け取り、投球練習を行う覇堂バッテリー。パワフル高校はベンチ前で円陣を組み、気合いを入れ、心をひとつにして、九回最後の攻撃に挑む。
『九回裏一点差最後の攻防が今、始まろうとしていますッ! パワフル高校は上位打線、一番
場内アナウンスが流れ、バッターボックスに立った
「気合いだけじゃ......オレの真っ直ぐは、打てねーぜ!」
大きく振りかぶった。ワインドアップから放たれる豪速球がキャッチャーミットに重く鈍い音を響かせる。
『豪快なストレート! スピードガンは150キロを計測! まだまだ球威は衰えていませんッ!』
「オッケー、走ってるぞ!」
「オウ!」
「ストライク! ストライクツー、カウントノーツー!」
「くっ......」
150km/hを超すストレート二球で追い込まれた。 そして三球目もストレート、完全な振り遅れ。高いミート力を持つ
「......先輩、お願いします!」
「よーし......!」
『先頭バッターの
「......すみませんっす。
「ああ、わかってる。
ネクストバッターの
「最後の勝負だな、
「......そうだね、最後の勝負だ。ボクは必ずキミを打つ。そして――」
ネクストバッターズサークルで自分が出塁することを信じて準備をしている
「
「言ってくるじゃねーか。なら先ず、お前がオレを打って見せろ......!」
「当然だよ。さあ勝負だ、
初球は、150キロを超える爆速ストレート。
『ふらふらっと上がった打球は三塁側スタンドに入って、ファール! ワンストライク!』
「(くそっ、まだ振り遅れている。もっと始動を速めないと......!)」
タイムを要求し、打席を外した
「ありがとうございます」
「うむ。プレイ!」
『さあ仕切り直し、バッテリーの選択は――爆速ストレート! これもファール! しかし、先ほどよりもいい当たりでした! タイミングが合ってきているのか?』
「よし、もう少しだ......!」
打席で手応えを感じている
「(
プレートを外し、ロジンバッグを弾ませながらパワフル高校のベンチを横目で見る。そこには精一杯声を張り上げ、
「(
ロジンバッグを投げ捨てる。
「(だけどな――)」
サイン交換を行い、
「(ボクは、打つ......ボクを受け入れてくれた。みんなのためにも――!)」
「(オレにも、負けられねぇ理由があんだよ!)」
『足が上がった、勝負の一球!』
バッテリーの選択は、三球続けて爆速ストレート。アウトローいっぱいの見逃せばストライクの完璧なコース。
「ぐっ......いけーッ!」
「フェア、フェアーッ!」
『
「ストップ! ストップ!」
「いや、行く!」
「あっ! おいッ!」
一塁コーチャーの指示を無視してセカンドへ向かった。ツーベースヒット。しかし、これはパワフル高校の監督にとっては想定外の出来事だった。
「どうしてなんだ?
次はこの試合の先制点を叩き出した、四番の
「先輩......」
「心配しないで大丈夫だよ。
息を整えながらプロテクターを後輩に預け、マウンドに集まった覇堂内野陣を見つめる。
「うまく打たれたな」
「ああ、最後の最後で押し込みやがった。当てにいくだけならファールフライで終わってたってのに、やってくれるぜ」
「さて、一塁が空いているな。ここは完璧に抑え込んでいる
「ああ?」
「四番から逃げて甲子園に行くくれーなら、死んだ方がマシだ!」
「フッ、奇遇だな。俺も同じことを考えていた」
「あん? なんだよ、お前らしくねぇな」
「簡単なことだ。俺はお前が、四番に二度も打たれるとは思っていない。それだけのことだ。それに、ここで打たれるようなら......
「......ああ、その通りだ!」
他のナインたちも二人と同じ考えを共有していた。各々
『さあ試合再開です。一打同点、一発が出れば逆転サヨナラの場面で四番の
「......いいのか? 敬遠しなくて――」
「忠告感謝する。だが生憎俺たちは、
「フッ......」
どこか嬉しそうに笑った
「ファ、ファール!」
間一髪で打球をかわし、一塁塁審は両手を広げる。
『ファールです! 鋭い当たりでしたが一塁線へ切れてファール! パワフル高校、ついに土俵際まで追い込まれてしまったーッ!』
しかし、ここから
『な、なんと、追い込まれてからファールで粘り、ボール球を見極め、遂にフルカウントまでこぎ着けました!』
しかも、確実にタイミングが合ってきている。
この時、
『フルカウントからの勝負球――あーっと! なんと、
ランナーを無視してのワインドアップ。
だが、セカンドランナーの
「これで......終わりだーッ!」
「――フッ!」
『
「――よ」
「あり得ねぇよ......」
ライトの足が止まった。
「――ホームランはな」
フェンスの手前で振り向いたライトは、グラブを掲げ、フェンスの手前で打球を捕球。同時にマウンドへ向かって全速力で駆け出した。
『試合終了ーッ! 勝ったのは、栄光を掴んだのは覇堂高校ーッ!
左腕を空へ向かって伸ばし、大きくガッツポーズをとる
「......負けた、か」
「お疲れ、
「......いえ、力及ばず申し訳ないです」
うつむき悔しさに唇を噛み締める
「2対1、覇堂高校! 礼!」
球審の号令の後「ありがとうございました!」と、両校はお互いの健闘を称え合う。
「負けたよ、
「
「ボクたちに勝ったんだ。初戦で負けたら許さないからね」
「ったりめーだ! つーか......」
「アイツらにリベンジするまで、ぜってぇーに負けねぇ......!」
そこに居たのは、かつて練習試合でコールド負けという大敗を喫した、恋恋ナインたちの姿があった。
「あれ? なんかボクたち、睨まれてる?」
「みたいだね」
「オイ、オメーら! オレは約束は果たした、次はお前たちの番だ! あかつきなんかに負けたらブッ飛ばすからな! っておい、
「うっさい、キャプテンなんだから最後までちゃんとしてよっ!」
マネージャーで妹の
「ちょっとちょっと激励って言うか宣戦布告されちゃったわよっ?」
「へへっ、こりゃ負けられねーな」
「最初から負けるつもりはないわ」
「うん、ボクもだよ」
「当然オイラもでやんす......!」
「だね。じゃあ帰ろう。明日は、俺たちの番だ」
恋恋高校ナインたちは席を立ち、球場をあとにする。
その去り際、
――決着は、プロの世界でつけよう、と。
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game57 ~波乱の幕開け~
決勝戦前日の午後、あかつき大附属高校の監督
「よし、全員集まったようだな。ではデータ班、始めてくれ」
「はい」
対戦相手の分析を担当するデータ班を指揮する
「――不気味な相手。恋恋高校をひとことで表すとすれば、この表現が的確だとオレは思う」
険しい表情でメガネに手を触れ、ノートパソコンを操作。パソコンの画面と同じ映像がプロジェクターを通して投影される。
「先ずは、これを見てくれ」
映し出されたのは、恋恋高校対そよ風高校の試合を編集した映像。
「試合は前半、そよ風のペースで進んでいた。特に先発の
次の映像に切り替える。
「彼は、次のイニングに突如として崩れた。四番のホームランで逆転を許すと、さらに失点を重ね勝敗は完全に決した」
「打ち込まれた原因は、わかったのか?」
「ああ、ピッチングフォームの乱れだ」
「フォーム?」
「分かりにくいかもしれないが、この回から僅かながらピッチングフォームに変化が生じていた」
快投を続けた五回までのピッチングフォームと、打ち込まれた六回以降のピッチングフォームを比較できる用に並べて映す。
「投手経験者に聞きたい。キミたちはストレートを投げる時、なにを意識して投げている?」
「
「上半身と下半身の完璧な連動運動。小手先に頼らず、指先まで全神経を研ぎ澄ませ、強力なスピンをかけることを常に意識している」
「そう、それだ。速く力強いストレートを投げるためには、手首を使ってスピンをかける必要がある。回転を極力殺して投げるナックルとは正反対の投げ方だ。これを見てくれ」
手元のパソコンを操作し、別の画像に切り替える。六回裏の先頭バッター、
「きっかけは六回の裏、先頭バッターへのストレート。
「どうと言われてもなぁ、野手のワシらに聞かれてもわからんぞ」
「つーか、140を投げれるなら最初から投げればいいじゃん。ストレートは速い方が打ちにくいし」
「ペース配分じゃないかな? 中継ぎと違って長いイニングを投げないといけないし。彼は、ひとりで投げてきたんでしょ?」
「キミの言う通りだ、
「確かに妙だね」
「ボクもペース配分は考えて投げるけど。クリンナップからとはいえまだ六回、そこまで極端に力を入れて投げる場面じゃない」
「オレもキミと同じ意見だ。そもそも確実に打ち取るのなら高速ナックルでよかったハズだ。事実、高速ナックルで奪三振の山を築いていた訳だからなおのことな。真意は本人にしか分からないが、普段よりも力を入れて投げたこの一球が、フォームを乱す原因となったことは間違いない」
逆転ホームランを打たれた
「次が、カウント2-2からの五球目だ」
「あん? この高速ナックル、少し回転してねーか?」
「フッ、気づいたか」
実は、あの五球目が内角へ外れたのは偶然ではなかった。わずかに回転がかかっていたことで横への変化はほぼなく、やや縦に落ちただけのナックルになっていた。
「そしてこれが、ホームランを打たれたボールだ。これは分かりやすいだろう?」
「肩の開きが早い、肘も下がってるし、テイクバックも小さい。フォームがメチャクチャじゃねーか......!」
「セカンドランナーの盗塁が目に入って、速く投げなければと言う意識が働いたのだろう。結果は見ての通りだ」
そのきっかけを作ったのが
それはまるで長い時間をかけた組み上げた積み木の根元を引き抜くかのような行為。土台を失った積み木は、音を立てて崩れ落ちた。
「しかし、本当に恐ろしいのはここからだ。恋恋高校は、逆転のホームランで気落ちしたところを見逃さず、一気に畳み掛けて勝負を決めた。他の試合でも同じだ。訪れたチャンスは必ずモノにし、ビッグイニングを作る。とにかく相手を流れに乗らせないことが重要なポイントとなるだろう。以上だ」
解説を終えた
「では監督、お願いします」
「うむ......」
「明日の決勝戦は、おそらく今までで一番タフな試合になるだろう。だがしかし、過度に恐れることはない。なぜならお前たちは、間違いなくあかつき野球部史上最強のメンバーであるからだ!」
普段厳しい監督の激励に、ナインたちの顔つきが変わる。
「お前たちほど自身に厳しく、ライバルと競い合い、己を高めてきた者たちはいない。明日の試合に勝利し、そして春の雪辱を果たそうではないか......!」
『――はい!』
「うむ。では各自、明日に備えてコンディションを調えるように。以上、解散」
ミーティングルームを後にした
「(......まだ荒削りではあるが、恋恋高校の野球は、まるで昨年終盤のリカオンズを彷彿とさせる野球だ。相手の動揺につけ込み、一瞬の隙も見逃さずチャンスをものにする。たったの四ヶ月足らずで、ここまでのチームに仕上げてくるとは......。伝説の勝負師――
長年名門あかつき大附属を率いてきた
* * *
覇堂高校対パワフル高校の試合を観戦したあと、恋恋高校も学校でミーティングを行っていた。あかつきの試合内容を分析して、少し気になった部分があれば意見を出し合い。それを
一通り出揃ったところで、意見をまとめる。
「どこからでも得点を奪える強力な打線、投手を中心にした堅い守備。今までの相手で一番強いと言った感じかしら?
一番後ろでめんどくさそうに座っている
「常勝とか謳っているからどんなチームかと思えば、たいしたことねーな」
予想外の言葉に戸惑うナインたち。
「お前たちにひとつ朗報だ。明日の試合、一点でもリードした状態で五回を乗り切ることが出来れば――100パーセント勝てる」
一瞬の沈黙のあと、最初に声をあげたのは
「......マジっすか!?」
「ああ、間違いなく勝てる。が、そのために必ずクリアしなければならないことがある」
* * *
「最新の情報によると、70パーセントまで上がったわ」
「またひとつ勝ちへの可能性が上がったな」
いつものバーで二人が話していることは、明日の降水確率。昨夜の時点で降水確率50パーセントだったのが、現時点では70パーセントまで上昇していた。
「でも最悪、雨天コールドノーゲームで再試合ってこともあり得るわよ」
高校野球では雨天コールドの場合、七回が終了していなければ例え10点差がついていても試合は不成立となり後日再試合になってしまう。因みにプロ野球は、五回終了時点で試合成立となります。
「雨天コールドになるほどは降らないだろう。夕方には千葉の方へ抜ける予報だからな、今のところは。そうなりそうになったら徹底的にダメージを与えて再試合に持ち込むだけだ」
「ウチとやった
二人の会話に割って入ったのは、千葉マリナーズの
「よう」
「
「今日はデーゲーム、明日の試合は朝から大雨の予報で順延が決まったんです。それで決勝戦を現地で観戦しようと思って、恋恋高校の応援をかねてね」
「あっ、それで......」
「暇なヤツだな」
「ちょっと、せっかく来てくれたのに......!」
「ははっ、構いませんよ」
「勝算は?」
「勝つさ」
――当然だろ? とグラスを口に運ぶ。
「相変わらず強気だな。あかつきの
「すでに手は打ってあるさ」
明日の予定オーダーが記載された資料を、
「これは......またずいぶんと思いきったな」
一番に定着していた
「やはり
「
「左投手が得意なのか?」
「いや、取り立てて得意ではない。データで言えば苦手な方だろう。いや、“苦手だった”だな」
眉をひそめる
* * *
決勝戦が行われる舞台は、大学野球やプロ野球チームも本拠地に構える新宿球場。名門あかつきの連覇、今年から女子部員の参加が認められ、彼女たちが原動力となって勝ち上がってきた恋恋高校。メディアにも大きく取り上げられ、話題となっているこの試合のチケットは既に完売。試合開始時刻までまだ一時間以上あるのに大勢の観客たちでごった返している。
『ついに、ついにこの日がやって参りました! 東東京大会決勝戦! 勝った試合はすべてコールドゲームの常勝あかつき大学附属高校対ノーシードから勝ち上がってきた恋恋高校! いやー、目が放せませんッ!』
「なに? 先攻を選んだだと」
「はい、相手のキャプテンは迷わずに先攻を選びました」
「......そうか、わかった」
報告を終えた
「(一番を
八番に先発で
「狙い通り先攻を取れたわね」
「まあ勝とうが負けようが、あかつきは後攻を選んだだろうけどな」
『グラウンド整備が終わり、アンパイヤが出てきました。試合開始の時が刻一刻と迫ってきました。わたくし、この興奮を抑えられませんッ!』
球審の号令で両校の選手たちが、グラウンドへ駆け出し、一列に整列。
「先攻恋恋高校、礼!」
「お願いします!」と、両校の選手たちは揃って礼。恋恋は全員ベンチへ戻り、あかつきはスタメンがグラウンドに残る。
「よっしゃ、こーい!」
「ああ、行くぞ......!」
「さて、昨日のことは覚えているな?」
「はい!」と、声を揃えて返事。
「
「了解でやんす! 男
『先攻恋恋高校の攻撃は一番センター、
アナウンスを聞いた
『さあ、いよいよプレイボールの時間が迫ってまいりました。先頭バッターの
球審の右手が上がる。
「プレイボール!」
『今、アンパイヤの手が上がりました! 決勝戦が始まりましたーッ!』
試合開始を告げるサイレンが鳴り響く中、あかつきバッテリーはサイン交換を行い。
『
ライトの
「オーライ、オーライ......って――」
こちら向きで下がりながら打球を追っていた
『......は、入りましたーッ! まだ試合開始のサイレンも鳴り止まぬ中、
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game58 ~奇策~
『あかつき内野陣の要、ショートストップの
ベンチへ戻った
「ボクのボールは、走っていないのか......?」
「んなことねーよ、球は走ってる」
「なら、なぜ三振を獲れなかった?」
それは、
だが、
「
どう答えるべきか悩んでいたところへ、
「(先頭バッターに出会い頭で打たれるほど、今日のボクのストレートは良くないのか......? それとも――)」
「で、どうだ? アイツの印象は」
「データ通り、コントロールはかなり良いです。ストレートも、変化球も、しっかりコーナをついて来ますし。あのストレートは噂以上です。手元でのノビが半端なかったです。初見で攻略するのは難しいかと」
「でも球威は
「オイラも
「ふーん」
「さあ、もう守備の時間よ。話しの続きは守ってからになさい」
「はい!」と三人は揃って返事をして、グラウンドへ駆け出して行く。先発のマウンドを任された
「お待たせ、
「
「いえ、じゃあ戻ります!」
「どうだ? 実際に受けてきた印象は」
「今日の
「フッ、ならこの
そう言って
* * *
あかつきのベンチ前では、
「先発は、軟投の左の女子か。てっきりアンダーの女子で来ると思ったんだけどなー」
「しかし、彼女も一癖ある投手であることは間違いない。準々決勝関願の四番は、まるでボールが突然浮き出てくるようだったと形容していた。油断するなよ、
「わかってるって、じゃあ行ってくるぞー」
場内にアナウンスが流れ、先頭バッターの
「プレイ!」
右手を上げた球審の合図、試合再開。
『さあ、
「――おっとっ!」
「ボール!」
初球は内角胸元に近いストレート。やや仰け反る形で避けた。
『恋恋バッテリー、注目の初球は慎重にボール球から入って来ました』
タイムを要求してバッターボックスを外した
「(118キロ......マジで? 全然スピード出てないじゃん、なのになんであんなに速く感じたんだ?)」
軽く首を捻りながら、バッターボックスで構え直す。
「(よし、もうちょい始動を早めてみるか......)」
「(目に色が変わった、上手く意識させられたみたいだ。これを振らせてストライクをひとつ貰おう)」
「(ええ......!)」
『バッテリー、第二球目を――投げました!』
「(げっ、今度は来ない――!)」
外角低めのストレート。それも、初球よりも球速を落とした低速ストレート。
「こなくそっ!」
始動を早めた
「ダメだ、投げるな!」
「ちっ、くっそ~」
いい反応でダッシュして打球を処理したが、俊足の
「ふぅ、ベンチに伝えて。あの投手、チェンジアップみたいなのを投げてくるって」
「了解しました」
プロテクターを受け取った下級生はベンチへ戻るとさっそく、
「あの球持ちの良い投球に加え、タイミングを外す緩いチェンジアップか。ふむ......ここセオリー通り、一番速いストレートにタイミングを合わせつつ緩いボールに対応していけ。いいな?」
頷いたあかつきナインたちは、各自自分の打席に向け準備をすすめる。グラウンドでは二番セカンドの
「(バントか、やっぱり初回からでも確実に送ってくるよな。この二番は、あかつきで一番チームバッティングに徹するタイプだ。でも、この
「(ええ、分かってるわ。そう簡単に思い通りにはさせるつもりはないわ)」
セットポジションで構えた
「ふぅ、あっぶね~」
と言いつつも、
「(強気だな。ここは、一球外して様子を見よう)」
『
「(よし、かかった! ――って!)」
「(させるか......!)」
外角へ大きく外したのにも関わらず、バッターの
『
「くっ......!」
「フッ」
悔しがる
「あの、
「いや、一連の動作の範疇だ。事実、球審は守備妨害を宣告してねーだろ。あんな小細工やられる方が悪い。頭に当ててやればいいのさ。そうすりゃ二度とやらなくなる」
「それは、それで問題のような......」
「先に邪魔してきたのは相手だ、遠慮することはない。そもそも、送球のコース上に頭を出す方がどうかしてるんだからな。実際に当てた方が、実害が目に見える訳だから堂々と守備妨害を主張出来るだろ」
「確かに。少なくともなにかしらの注意はしなきゃならないから抑止力にはなるわね。やり方は乱暴だけど」
「なるほど、そう言うものなのですね」
二人の話を聞いたはるかはうなづいて、スコアブックに目を戻した。
「(......決まられたのは仕方ない、切り替えて抑えないと。ここは、もう繋がれさえしなけばいいから――)」
無視二塁、ランナーを三塁へ行かせたくないこの場面でインコースのやや甘いコースのストレートが来た。
『バント成功!
場内コールに、あかつきも応援スタンドからは大歓声が沸き起こる。
「
「わかっているヨ」
重いマスコットバットから通常のバットへ持ち代えて、
「どうしたんダ?
「......いや、なんでもない」
「そうカ、では行ってくル」
「ああ、頼んだぞ」
ベンチへ戻った
「どないしたんや?」
「......今の一球、サードへバントしやすいコースに来た」
「それが?」
「あり得ないだろ、クリンナップの前だぞ? 外野フライで同点だ。普通は簡単に送らせたくないから厳しいコースや変化球を使う場面だ」
「そら誰にでも投げミスくらいあるやろ。アウトコースを狙ったのが、ちょいと甘く入っただけと違うかー?」
「......オレの考え過ぎか」
しかし、
『――け、敬遠、敬遠です! なんと恋恋高校、初回から三番の
「な、なんだと......!?」
ネクストバッターの
「ちょっとやりすぎじゃない?」
「クックック、だからいいんじゃねぇーか。確かに
不敵に笑う
「さあ、来んかいッ!」
「(おっ、相当
「(オッケー)」
『さあワンナウト三塁一塁。一発が出ればもちろん逆転! 恋恋バッテリー、強打者
初球は、インコース低めのボール球のストレート。強引に引っ張った打球は、痛烈な当たりで一塁線を切れてファール。カウント0-1。二球目はインハイ。これまた完全なボール球で空振りを奪い、たったの二球で追い込んだ。
「(い、いかん、完全に相手の術中に嵌まっている......!)」
「
「(そ、そうだ......なにを熱くなっている。ただ守りやすいよう一塁を埋めただけだ。チャンスは広がった、外野に飛ばすだけでいい場面ではないか......)」
打席を外した
「(こ、この......!)」
「(よし、良い感じに熱さが戻った。
「(ええ......!)」
『バッテリーのサインが決まった!
「(――外、甘い! もらった!)」
アウトコースやや低めのストレート。
しかし、ミートポイントで小さく沈んだ。バットの下で叩いた速い打球が、一二塁間へ転がる。
『痛烈な当たりーッ! だが、これは――』
打球が飛んだコースは、あらかじめ深めに守っていた
「
「ほいよ、ファースト!」
『セカンドフォースアウト! そして、一塁もアウト! 4-6-3のダブルプレー! あかつき、絶好のチャンスをダブルプレーで逃してしましたー!』
アウトコールのあとに一塁を駆け抜けた
あかつきとは対象的に恋恋高校の方は、スタンドもベンチも盛り上がりを見せている。
「ふっふっふ......すべては、オイラの一撃から始まった流れでやんす!」
「まあ確かに、あのホームランは予想してなかったわねー」
「ああ、まぐれでも大きい先制点だったぞ」
「まぐれじゃないでやんす、オイラの実力でやんすー!」
賑やかいベンチの中、この回先頭バッターの
「狙い通り仕止めたな」
「はい、
「追い込んだあとインハイを狙ったのは、お前のサインだろ」
「あ、はい。バッターが冷静を取り戻しかけていたので」
「フッ、それでいい。冷静さを保たせなかったお前の勝ちだ、今回はな。さてと、追加点を奪いに行くぞ」
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game59 ~反応~
二回表、一死一三塁のピンチを防いだ恋恋高校の攻撃は、五番
「ナイスボール!」
キャッチャーミットは良い音を響かせているが、
「サンキュー、
「あ、はい。あと一球です」
「了解。来い、
「ああ......!」
正捕手の
『さあ、
「(これが、
春の甲子園で惨敗した
「(あおいちゃんとも、
『二球目もライジングショット! しかし、わずかに高めに外れました。ワンエンドワン平行カウント』
「オッケー、ナイスボール!」と、
「(手が出なかった? それとも見極められたのか......?)」
「(
「(表情にも、構えにも変化はないな。もう一球いって対応をみるか)」
出されたストレートのサインに
「(なんだよ、いやに慎重じゃねーか。つってもまあ、先頭バッターに初球をあんな形で持って行かれたから慎重になるのもしゃーねーか。左か、じゃあ
二度目のサインに頷いて、モーションを起こす。
三球目は、左殺し内角のボールゾーンから膝下へ入ってくるスライダー。だが、
「うっそ!」
「――なっ!?」
『
その様子をスタンドから見ていた
「おお~、あのスライダーを初見で打ったぞ!」
「ええ、普通あんな簡単に合わせられないわ」
「やるわね、
「よう。お前ら、どうして左対左が投手が有利と言われているか分かるか?」
「やっぱりスライダーとかカーブを使えるからじゃないですか?」
「逃げるボールは、やっぱり手強いと思うっす」
「フッ、じゃあどうして右対右のスライダーやカーブは打てる?」
「えっ!? 言われてみれば......そんなの考えたこともなかったわね」
「おい、
「はい? って、わぁっ!?」
不思議そうに首を傾げていた
「な、なにすんのよっ!」
「はっはっは、それが理由だ」
「へっ?」
「あんな緩く投げたのに、どうして大袈裟に避けた?」
「それは、当たると痛いから......」
「そう、硬球は当たると痛いことを身を持って知っている。だから、左対左は投手が有利なんだ」
日本人の約九割は右利きと言われている。そのため必然的に右投手との対戦が多くなる。そして、投手が一番最初に教わる変化球は大抵カーブ。球速に違いはあれども、スライダーと同じく利き腕とは逆方向へ変化すると言う類似点がある。
「反応の鈍化。要するに慣れだ。右対右は、ガキの頃から見慣れているから戸惑わずに対応が出来る。だが、左対左はそうはいかない。そもそもの対戦数が少ないし、
そのためボールを見極めようと右肩の開きが早くなりやすく、外へ逃げる変化球には泳がされ、引っ張っても強い打球を打てなくなる。そして、オープンに開いて打った打球は、良い当たりであればあるほどファールになりやすくなる特徴がある。
「けど、いつ練習してたんっすか?」
「そうよね。同じ左の
「わざわざ対左に特化した練習をしなくても恐怖心を克服する方法はある。その答えが、そいつだ」
「あ、これって、疑似ナックルボールですか?」
「ああ、
投手によって多少の特徴はあるが、スライダーやカーブは利き腕と反対方向。シュートとシンカーは利き腕の方向へ曲がり。フォークは落ちるボールと。どんなに鋭く手元で大きく曲がる変化球であっても、二度は曲がらない。
しかしナックルは、何度も左右に変化をする変化球。ある程度予測がつく変化球とは違い、どう変化するか分からない特殊な球種。体に向かって来たり離れたりを連続して繰り返す。時には、そのまま体へ向かって来ることだってある。通常の100km/h前後のナックルでも対応が難しいのに
「練習から、あのけったいな高速ナックルを何度も体感してきた。いくら背中から来ると言っても、所詮球速差で見極められる一度しか曲がらないスライダーなど、もう苦にならないのさ」
これこそが、
* * *
「(おいおい、マジかよ......。背中からのスライダーを初見で打ち返しやがった。しかも、ぜんぜん腰を引かなかった。完璧に打たれたぞ......?)」
キャッチャーの
「(まあ当然か、まだ二回だからな。さて次も、左バッターか)」
名前をコールされた
「(
『さあ、ノーアウト一塁。
「(――インコースの真っ直ぐ、打ち上げないように......!)」
手元で浮き上がるライジングショットを上から叩きつけるようにしてバットを合わせる。打球は決して良い当たりではなかったが、
『破ったー! 恋恋高校、五番六番の連打でノーアウト二塁一塁と追加点のチャンスを作り出しました! そして次のバッターは、くせ者
「今抜けたのは、偶然だ。完全に打ち取ってた打球だぞ」
「......ああ、分かってる」
背を向けたまま、ロジンバックを弾ませる。
「とにかく、次のバッターさえ抑えれば楽になるからな」
「分かってる。それより早く戻れ、注意されるぞ?」
『ファール!
「(......甘かった。主力が準決勝を欠場したのは全て、
この試合
『ツーツーからの七球目を――投げた!』
「(――甘い! えっ!?)」
やや甘い外のボールに合わせにいったが、バットは空を切った。ストライクゾーンからボールゾーンへ落ちる完璧なフォークボール。
『空振り三振! この試合初めての三振は、
この試合初めての三振を奪った
しかしこの時、
「ナイス三振、よく引き出した。で、どうだ?」
「今まで見てきた中で一番のフォークです。本当に消えたかと思いました」
「ふーん」
戻ってきた
「あの、コーチ、サインの方は?」
「必要ねぇーよ。
あかつきバッテリーのサイン交換は一回で決まった。
「(よっしゃ、ナイスコース!)」
「(迷わず踏み込みやがった......! まさか、狙われたのかよ!?)」
マスクを投げ捨て、大声で指示を飛ばす。
「サード!
「ぬうっ!?」
「フ、フェア!」
『
レフトの返球が中継に入ったの
『
ベンチへ戻って来た
「
「おう、サンキュー! あのレフトは肩が弱いからな、向こうに飛んだら突っ込んでやるって決めてたんだ」
「やるわねっ! けど、本当に外角低めのスライダーだったわね」
「
「理由は、単純だ。この場をゲッツーで切り抜けたかったのさ」
バッテリーの狙いは、外のスライダーを引っかけさてショート・サードゴロを打たせ、セカンド経由のダブルプレーを狙った。 その理由は、打順の巡り合わせ。本来投手のあおいが九番に入っていることで、ベンチもバッテリーもアウトをひとつ計算出来ると考えていた。八番の
そこで問題は、どう打ち取るか。
「ノビるストレートは、バットが下に入りやすく打ち上げる確率が高い。スライダーより遅いカーブは、逆にタイミングが合いかねない。フォークは、空振りを奪ってしまう。となれば、この場面で投げられるのは必然的にスライダー。そして、チームで一番守備が上手いショートへ打たせるには外角低めが最適だった訳さ。まあここからは、そう簡単に点は取れなくなるだろうがな」
「ナイスバッティング、
「はい、どうぞー」
「ええ、ありがと」
はるかから受け取ったスポーツドリンクで喉を潤す。
あかつきのベンチ前で監督の
「ここからが、本当の勝負ね」
「うん、そうだね。行こう......!」
「ええ!」
二人は気合いを入れて、グラウンドへ駆け出して行った。
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game60 ~葛藤~
二回裏三点を追う、あかつきの攻撃。
この回先頭バッター五番
「(八番への初球、簡単に行っちまった。
足場を慣らし、右バッターボックスで構え、球審のコールで試合再開。
「(気合いは入ってるけど、
「(ええ)」
サイン交換が終わり、
「(――外。ここは、ボールだ。けど、オレにはストライクゾーンだぜ......!)」
鋭いライナー性の打球が、一塁側の外野スタンドへ飛び込んだ。塁審は両手を広げる。
『
すぐさま打席を外した
「(120キロに届いてねぇーのか。球速の割に差し込まれた、タイミングが遅れた。少し始動を早めるか? いや、んなことしたら
どうも、と球審に礼を言って、バッターボックスへ戻る。
恋恋バッテリーのサイン交換は一度で決まって、二球目。
「――チッ!」
「ストラーイクッ!」
今度は、甘いコースだが初球よりも速いストレートで見逃しのストライクを奪った。恋恋バッテリーは、好打者
「(ほぼ真ん中のストレート......やってくれる。まるでオレの考えを見透かしてるみてーだ。ああ......なるほど、そう言うことかよ)」
今の一球でバッテリーの配球の意図を察した
「オッケー、ナイスボール! バッター、手が出なかったよ!」
ボールを受け取った
「(今の一球、簡単に見送られた。狙いを読まれたかな? 同じ攻めは通用しないか。まあ今のは、手を出してくれたら儲けものだったけど。さすが名門あかつきの正捕手、少し攻め方を変えていこう......)」
考えを巡らせる
「(甘いコースを見せて、『今のを打てばよかった』と思わせたところで、手元で沈む打ちごろの球速のボール球に手を出させる。良い性格してやがるな、コイツ)」
「(さて、どう出るよ?)」
サインにうなづいて、第四球目。内角高めのストレート。
『ファール! これまたきわどいインコースのストレートでしたが、
「(アウトローの球速を抑えたストレートから一転してインハイの速いストレート。それもストライクとも、ボールとも取れる絶妙なコースだった。この出所の見難いフォームと抜群の制球力と緩急を駆使して抑えてきたって訳か。こりゃリードする捕手はおもしれーわな。けどな――)」
五球目をファール、六球目のボール球を見極め、カウント2-2の平行カウント。
『さあバッテリーのサインが決まりました。
今までの明らかに違う軌道で高めに来た。
「(ほら来た! そう何球も続けて完璧にコントロールなんて出来る訳がねぇ!)」
外角やや高く甘いコースへ半速球のボールが浮いた。この甘いボールを逃さまいと迷わず狙いにいく。だがしかし、バットから快音を響かず、空を切った。
「ストライク! バッターアウトッ!」
『空振りーッ! 先頭バッター
「ふぅ......」
空振り三振に打ち取られた
「変化球、縦のカーブだ。データじゃ前半はほとんど変化球を使わないって話しだったけど、今日は、普通に使って来るみてーだぞ。頭に入れとけ」
「フッ、仕留め損ねた言い訳かい?」
「うっせーよ」
「しかしキミが、空振りを奪われるほどのボールなのか?」
「とにかくタイミングが取り難い。腕を振り終わってから急にボールが飛び出てくる感じだ。実際に立って見りゃわかる」
「そうか」
それだけ言うと
「最後のは、変化球か?」
ベンチへ戻ってきた
「はい。それから
「そうか、わかった」
グラウンドへ顔を戻した
「(あの投手は、
『
恋恋バッテリーは強打者でもある
試合は二回が終わって、恋恋高校が三点をリードした状況で三回の攻防へと移る。
「
「はい。あの七番一人だけが、
「何かあるな。次の回からは、そいつを念頭に置いて攻めろ。甘く見れば高い代償を支払うことになる」
「――はい!」
「さてと」
上位打線の二番から始まる恋恋高校攻撃、先頭バッターの
『空振り三振! インコース膝下へ鋭く曲がるスライダーにバットが回りましたーッ!
「対策に専念してきた三人を三者凡退......! 完全に立ち直ったみたいね、
「
本来の実力発揮し始めた
あかつきのベンチへ前では、
「
「はい。その説明する前に、まず――」
「自分ら、ピッチャーのどこ見とる?」
「どこって、やはりリリースポイントではないのか? 普通は」
「そうか? おいらは、あんまり意識してないぞ。来たボールを打つだけだし」
「オレは、胸や」
「ボケている場合か、真面目にやれ」
「そうだそうだ、セクハラだぞー」
「最低です。問題を起こす前に退部してください」
「アホぅ、そう言う意味とちゃうわ! マネージャーもキッツいなぁ!」
ツッコミを入れて、真面目なトーンで話しを戻す。
「オレが剣道もやっとるってことは、みんなも知っとるやろ?」
――ああ、とナインたちはうなづく。
「剣道の試合では、竹刀の切っ先に集中しとっても避けられへん。ものごっつ速いスピードで打ち込んでくるから目じゃ追い切れん、それやと遅いんや」
「で? それが野球とどんな関係があると言うんだ」
「せっかちやな~、それを今から話すところや。相手の身体の動きから予測して瞬時に反応するんや。肩や肘、手首、重心移動とかいろんなところからな」
「自分らの話しぃで出所が見難いことは分かっとった。せやからオレは、速く動くリリースポイントでタイミングを測るのを止めて、別の場所から情報を得ることにした。遠くを見るように全身を見とったらリリースポイントよりも見やすく、目測しやすい場所が浮かび上がった、そこがオレに取って、あのピッチャーの左胸......恋恋高校の“R”のロゴマークが見えた瞬間やった。ピッチャーなら分かるんとちゃうか?」
「ああ。ボクたちピッチャーは、常に理想のフォームで投げることを追求している。どこか一カ所でもほんの僅かな狂いが生じれば、思ったピッチングは出来なくなる。体重移動、歩幅、体幹のブレ、リリースの瞬間は必ず一定の動きだ」
オーバースロー、スリークウォーター、サイドスロー、アンダースローと様々な投げ方があるが、同じ系統のフォームでも最初からセットポジション、ワインドアップ、二段モーションと投手によって違いはある。しかし、どんなに特徴のあるフォームだろうと必ず定まる場所が何カ所か存在する。そこが定まっていなければ、球威のあるボールを狙い通りコントロールすることは出来ない。逆に言えば、その場所は打者がタイミングを合わせることの出来る場所でもある。
「なるほど、理に適っているな。だが、全員が全員
「――はい!」
返事と同時に、イニング間の投球練習と守備練習が終わりを告げるアナウンスが流れた。
「思うような結果が出ない場合は、バスターを試してみるんだ」
「バスターですか?」
「そうだ。原点に戻り、予備動作を少なくコンパクトにスイングすることを心がけるんだ。相手への揺さぶりにもなる」
「はい、分かりました」
「(結局、千葉マリナーズが
三回裏、あかつきの攻撃が始まる。
打席に入った
「(本当にタイミングが合わせ難い。端から見ていると何の変哲もない遅いストレートなのに......。今まで幾つもの強豪・名門校と対戦してきたけど、この手の投手は初めて対戦するタイプの投手だ。よし、次は
『決まった、ツーストライク!
「(なんだ今の、タイミングの取り方が少し違ったような......?)」
理想的に追い込んだが、ただならぬ空気を感じとった
「(――カーブ!)」
「ボール!」
『ここは変化球で誘いましたが、
「(うん、さっきよりも見やすくなった。僕には、
一旦打席を外し、ヘルメットをかぶり直して、改めて構える。カウント1-2からの四球目、バックネットへのファール。五球目、アウトコースから逃げるシュート。
『ファール! あかつきが全国に誇る守備の名手
「(タイミングは合って来たけど、捉えきれない。そうだ......)」
「(手元で動く
――ええ、と力強くうなづいた
ここで
「(セーフティバント!?)」
ツーストライクからのまさかの行動にワンテンポ遅れて、
「バスター!? ファースト、サード、ストップ!」
「げっ!」
「くっ......!」
突っこんで来た二人は急ブレーキをかける。投球は、左対右の対角線上低めギリギリのストライクゾーンをかすめて抉るクロスファイア。食い込んで来るストレートに窮屈なバッティングを強いられるも、
『ショートへのハーフライナー! 上手く捉えましたが、ここはショート
惜しくもアウトに倒れた
「クックック......」
「どうしたの? 急に笑い出して......」
「さてね」
『さあ打順は一番に戻って、あかつきのスピードスター
左打席に立った
「(今度は、最初からか。これは、千葉マリナーズが
「(惑わされないでね)」
「(わかっているわ)」
『さあ注目の第一球――
難しい顔をして首をひねる
「(なんだろう? もしかして、右と左じゃ勝手が違うのかな?)」
「(うーん、感覚で打つおいらには、やっぱりよくわかんないなー。考えるの苦手だし、いつも通り行こっと!)」
普段の
二球目、投球モーションに入ると同時にバットを引いた。バスターに備えて、ファーストとサードはその場に留まる。が、しかし――。
『
素早くマウンドを降りた
「はっはっは、簡単にやられやがったなー」
ベンチの中で、とても愉快気に笑う
「もう、こうなること分かってたんでしょ? 指示してあげればよかったのに」
「あん? ちゃんと忠告してやったじゃねーか、甘く見るなって。一番に足があるのは分かってるんだ、頭に入れておいて当然だろ。バスターだと決めつけて動いた
「ハァ......まったく」
まったく緊張感も焦りもない
「(最低でも一点......いや、二点は欲しい。とすれば――)」
ネクストバッターズサークルへ向かう三番
「(
次がクリーンナップのため、ここはランナーを確実にスコアリングポジションへ送る場面。欲を出して強行策に出て併殺打となれば最悪。しかし、得点圏へランナー送ると再び
「(......何を迷っている?
腹を括った
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game61 ~意味のある失点~
『さあ、アウトカウントに違いがありますが、初回と同じくファーストランナーは俊足の
「(初回は、バッターのアシストありで盗塁を決められた。本当なら勝負してみたかったけど邪魔をされた。今度も走って来るかな? それとも素直に送ってくるのか?)」
考えを巡らせている中、球審のコールで試合が再開される。
バッターの
「(やっぱり二番もバントの構えか。けど、バスター・エンドランもある。バントとバスターの両方を警戒しておくとして問題は、
ヘルメットを被っているとは言え、狙って頭にぶつけることにはさすがに躊躇した
「(走らなかった? ウエストを警戒しても初回みたいにアシストをすれば、多少スタートが遅れても二塁を奪えたはずだ。ここは盗塁じゃなくて、確実にランナーを送るってことかな? それなら、一・三塁にされることだけを避ければいい。上手くいけば
一球牽制球で挟んで二球目の高めストレートを、やや浮かせてしまったがきっちり内野へ転がし、スコアリングポジションへランナーを進めることに成功した。
ツーアウトながらも、あかつきは初回から三回続けてのチャンスを作り出し、そして、ネクストバッターは――。
『さあ、やって参りました......
「(むぅ......やはり敬遠するか。
「(敬遠するならするがいい、スタンドへ放り込んでやる......!)」
「(やや気負い過ぎているが、消極的よりはマシか......。バッテリーは――)」
得点圏のランナーを背負った
『ああーと、やはり勝負を避けるようです。私個人としては、勝負して貰いたいところですが......』
「(やはり敬遠か。しかし、チャンスは広がる――)」
二打席連続の敬遠。あかつきベンチ、スタンド、実況も含め誰もがそう思った直後――。
「(よし、今だ......!)」
一歩前へ踏み込んで捕球し、その勢いを利用して素早くセカンドへ矢のような送球を放った。
「――うげっ!?」
敬遠だと思い込んで帰塁を怠った
「......せ、セーフッ!」
『せ、せ、セーフです! きわどいタッチプレイでしたが、塁審の判定はセーフ!
「あ、あっぶねぇ~......」
首の皮一枚で助かった
「ナイス牽制! 惜しかったわよー!」
「(......セーフか、刺せたと思ったんだけどな。切り替えよう)」
「やってくれるネ」
「ん?」
「まさか、セカンドで
「さあ分かんないよ? 座った状態でも勝負は避けられるからね」
「フッ、そうカ......」
「
「一点余裕があるからな。どこかで勝負して対応を見極める必要がある、後のためな」
「ホームランを打たれてもリードを保てる今が、最適な訳なのね」
「まーな。だが、簡単にやられるつもりはなかったらしいな」
『おっと、今の牽制が効いているのでしょうか?
アウトカウントはツーアウト。ランナーは、バットに当たった瞬間にスタートを切る。内野を破り、外野へ抜けた場合でも、よほどの真正面の強い打球でなければホームを奪えると計算してのリード幅に切り替えた形。
バッターボックスの
二球目、外の速いストレートで見逃しのストライクを奪い、ワンエンドワンの平行カウント。
「(......右肩の開きが遅い上に球離れも遅い、道理で右バッターが苦労する訳だナ)」
壁となる右腕が視界の邪魔になる右バッターよりも、左バッターの方がチャンスがあると判断した
「(外野の守備位置は深い、走力がある左中間方向へのフライは追いつかれるネ。逆に言えばそこは、是が非でも打たせたいコースのはずだ、勝負球は外角で来ル。その前に仕留めるネ......!)」
バットを握る手に、グッと力を込めた。それでいて
「(――雰囲気が変わった、まともにいったらやられる。絶対にストライクゾーンには入れないでね)」
『ファール! とてもビッグな当たりでしたが、切れてファール。打ち直しです!』
ポールの手前で大きく切れてファール。しかし、ライトスタンドの中段まで届く打球だった。
「(......仕留め損ねたカ。もうまともなインコースは来ないだろうネ)」
ファールの判定に胸をなで下ろした
「(......危なかった。インコースのボール球になるシュートを、あの角度へ弾き返してくるだなんて。あと1センチ甘く入っていたら持って行かれてたぞ、今の。でも追い込んだ。次は、これで誘おう)」
追い込んでからの四球目、インハイのストレート。
「(インコース......けど高い、ここはボールダ)」
手を出したくなるような釣り球を我慢し、五球目のストライクからボールになる縦のカーブも、バットをピクリとも動かさずに目だけで追って見送った。
『ボール、これまた素晴らしい変化球でしたが、
「(......二球ともクサいところなのに簡単に見送られた、これが
悩んだ末に出した
「(――外角低めいっぱいのストレート、やはり勝負球はアウトコースに来たネ。けど甘い、貰った......な、ここで逃げルッ!?)」
「(よし!)」
「(掛かったわっ)」
「くっ......まだネ!」
タイミングを外された
「――なっ! レフト、センターッ!」
鋭い打球が、左中間のど真ん中を切り裂いていく。
『スタートを切っていた
「伝令、出さないの?」
「必要ねぇよ、余裕があるって言ったじゃねーか。この失点は、織り込み済みさ」
普段と変わらない
「それにしても、スゴい打球だったわ。完璧にタイミングを外したのに......」
「“逆方向へ引っ張る”って
「プロの技術......!」
「逆に言えば、それを二打席目で引き出せた。決して無駄死にではない。次に繋がる意味のある
二人が話している間に、声をかけにマウンドに行った
――それを活かすには、
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game62 ~誘発~
『三番
一点を返し、チームいちのパワーヒッターで四番の
「(あかつきの
それは、この試合のターニングポイントとなりかねない、この打席のゆくえについて。
「(もしここで、失点を怖れて逃げるようなことがあれば、この試合はあかつきが圧倒的に優位に立つ。仮に結果としてゼロに抑えたとしても、勝敗を左右するイニングになる可能性もあり得る。だからこそ、この場面は決して逃げてはいけない。是が非でもストライクが欲しい)」
「(ここの初球は重要だから、絶対に怖がらないでね)」
「(ええ、わかっているわ......!)」
サインに力強くうなづいた
「ストライクッ!」
「むぅ......!」
『ストレート、内角低めへズバッと決まった!
今の一球で、
しっかり初球でストライクを奪ったことで、どこか満足そうに小さく笑みを見せる。
「(一発のあるホームランバッター相手にインコースのストライクを要求した
バッティングは、カウントによって打ちやすさが極端に変わる。追い込まれるまでは、自分の狙い球を待てばいい。しかし、追い込まれてからはクサいところでも振りにいかなければならなくなると言う制限が掛かる。当然、ボール球にも手を出しやすくなるため、自分のバッティングはさせてもらえい。現に昨シーズン、シーズン打率四割に迫る飛び抜けた数字を残したリーディングヒッターの
もちろん、ただ単純にストライクを先行させれば良いと言うモノではないが、ストライク先行のピッチングはバッテリーに取って優位であることは間違いない。特に、スコアリングポジションにランナーを置いた状況ではより顕著に表れる。仮にボールが先行してしまった場合は、ストライクを欲しいがために自信のある球種を選択することが多く、同時に狙い打たれる確率も上がる。
「この試合で重要なことは、戦力の分断」
「戦力の分断ですか?」
スコアブックをつけていた手を止め、はるかは小さく首をかしげる。
「あかつきと言うチームは、実にオーソドックスなオーダーを組んでいる。チーム一の長距離砲を打線の軸に据え、両脇を高いアベレージを誇る強打者で固める。一番には俊足、二番にケースバッティングが出来るバッター、下位打線にも低打率ながら一発のある打者が居るし、上位へ回すチャンスメイクも出来る」
「上位から下位まで気の抜けない打線と言うことですね」
「自分の役割を理解して実行する。正に王道の野球ね」
「裏を返せば、王道と言う名の型にはめているに過ぎない。崩すには、どこか一カ所を断てばいい。そして、断つなら一番効果的な場所を断つ」
「それが、
「危険と隣り合わせ。一歩間違えればホームランもあるけど、大きなダメージを与えられるわ」
「この試合、アイツを起こすと少々面倒なことになる。まあ、この打席は問題ない。すでに布石は打ってある」
「布石ですか?」
話しをしている間にグラウンドでは、ワンボールツーストラクと、投手有利のカウントで恋恋バッテリーが
「(ここまでは初回と同じ攻め......インコースのストレート三つ。次は、どう来る......?)」
『マウンドの
「(――アウトローの真っ直ぐ、同じ配球だ! さっきはここのボール球を打たされた、釣られんぞ......!)」
「(堪えろ、
「ストライク! バッターアウト!」
「――なッ!?」
無情にも球審の右腕が上がる。
『見逃し三振ッ! 外角低めいっぱいにクロスファイアーが決まった!
走って戻ってきた
「まずまずだな」
「あ、はい。
準備の手は止めずに答える。
「気にする必要はない。打球はフェンスを越えなかった、十分な収穫だっただろ?」
「はい、あのコースはホームランはありません。
「油断してセーフティー決めらてりゃ世話ねーな」
「うっ......すみません......」
ミスを指摘されて肩を落とす、
「フッ、落ち込んでるヒマがあるなら取り返して来い。インからのスライダーはない、ストレートだけ狙って打ち抜いて来い」
「......はい!」
ヘルメットを被った
* * *
『三回の攻防が終わって、三対一と恋恋高校がリード。しかし、王者あかつき相手に二点はセーフティリードではないでしょう! ここから試合は中盤戦、どう展開していくのか? 俄然注目が高まりますッ!』
「(一点止まり......いや、一点は返せた。
「(キャッチャーのリードに翻弄されたダメージが残っていなければいいが......。頼むぞ
二回表と同じく
「(打順は、二回表と同じ五番からか。
出されたサインに
「ストライク!」
「オッケー、ナイスボール!」
受けたボールを
「(甘めだったのに手を出さねーのかよ。しゃーねぇ、スライダーは見極められる前提で組み立てる)」
スライダーへの対応を、もう一度確かめたかった
「(――来た、ストレート!)」
「ファール!」
二球目、狙っていたストレートを振り遅れのファールにしてしまった。ボールの上っ面をかすめた打球は、三塁側ファールゾーンを転々と転がる。
「ん? 今のファール......」
今のファールに違和感を覚えた
「(よっしゃ、追い込んだ。タイミングは合ってない、ここはストレートで仕留めるぞ!)」
「(ああ、そのつもりさ)」
あかつきバッテリーの選択は、遊び球なしの三球勝負。
「――そうか、しまった......!
「フッ、もうおせぇーよ」
違和感の正体に気が付いた
「(ストレート! 今度は、予想よりもボール一個分......下を叩く!)」
『
「
「は、はい! タイムお願いします!」
このピンチにすかさずタイムを取った
「監督は、何て?」
「今のは、偶然じゃないそうです」
「タイミングは合ってなかったように見えたけど?」
「はい。でも、本当に合っていないのならファールは打ち上げるハズだと――」
ライジングショットは、まるでホップするような球道を描くストレート。ボールのノビに合わせようとしても、予測以上のノビにボールの下を叩くことが多くなり、当然打ち上げることが多くなる。
「次のバッターも初見で、兄さんのライジングショットを叩きつけていました」
「つまり、はなっからストレートに照準を合わせてたってことか」
「キミたち、もういいかね?」
「はい、すぐに戻ります! とにかく単調な攻めにならないよう慎重に攻めろとのことです。では、失礼します!」
球審に頭を下げて、駆け足でベンチへ下がって行った。
内野陣も自身のポジションへ戻り、無死二塁で試合再開。
『さあノーアウト二塁で試合再開です。先ほど鮮やかなランエンドヒットを決めた
「(コイツには、まともに叩かれたからな。簡単にストレートを使えないとなると、上位打線と同様にスライダーとフォークを組み立てに入れるしかねぇけど......)」
「(サインは......っと。おっ、
サインを受けて、チラッと内野を流し見た
『おおーっと! 初球をセーフティバント! 打球は、サードへ転がった!』
「くそがッ!
「おう!」
猛ダッシュしてきた
「ナイスバント!」
「全然ナイスじゃねーっての!」
「何よ~、せっかく褒めてあげてるのにっ」
「決まったと思ったんだよ。くそー、あのサード、肩強ぇーな~」
賑やかな恋恋高校のベンチとは対照的に、あかつきベンチは重苦しい空気が漂っていた。
「(スクイズは当然ある。問題は、いつ仕掛けてくるかだ。とにかく、ここでの失点は防がなくては――
「(了解です)」
「前進守備、一点もやりたいくないってことね。スクイズは?」
「くくく、そう簡単にはしてやらねーよ。はるか、甘く来たら叩けとサインを出しておけ」
「はいっ」
はるかからのサインにうなづいた
「(......入念に足場を整えたな、スクイズはないのか? いや、ブラフの可能性も高い。コイツは、そう言うバッターだ。初球は、様子見だ)」
「(......二球とも動かなかった。ストライクが欲しい場面だ、仕掛けてくるならここか?)」
「タイム。
「あん?」
「何だよ?」
「キミは、そんなにボクを信じられないのか?」
「......わかった。頼むぞ、エース」
「ああ......!」
マウンドから戻った
送られたサインにうなづいて、
「ストライク!」
外角のやや甘めのストライクゾーンからストンと落ちた。落差の大きなフォークボールに空振り。続く四球目も、フォークボール。二球続けて空振りを奪い、平行カウントまで持ってきた。
「この状況下で、フォークの連投......! スゴい心臓しているわね」
「フッ、伊達に全国を経験してきた訳じゃないってとこか。だが、いつまで持つかねぇ?」
平行カウントからの五球目、またもやフォークボール。きわどいコースに
「ふぅ......あぶねぇ」
「(チッ、当てやがった。けど、そろそろ低め目が行く頃だろ)」
フォークから一転して、高めのライジングショット。しかし、これにも食らいついた。バッテリーがサイン交換を行っている間に、はるかからサインが飛ぶ。平行カウントのままの七球目――投球モーションに入ると同時に、
『スリーバントスクイズだーッ!』
「(散々粘っておいて、ここでやってくんのかよ......!)」
――サインは、フォーク。狙っては外せない。しかも、今までで一番甘く入った。
「
「おう、任せろ! うっ......!」
ランナーの
『あーっと、送球が内側へ逸れたッ!
「セーフ!」
『セーフ、セーフです!
「クソ! こっちは刺す!」
タッチが遅れたと判断していた
しかし、サード
「な? 決まっただろ」
狙い通りスリーバントスクイズを決め、してやったりの
「送球が逸れてなかったら、アウトだったじゃない」
「あれは逸れたんじゃない、逸れるように仕向けたのさ」
「えっ?」
「予兆はあった。
「......ないわね」
「ミスは待つものではない、あらゆる手段を使って引き出すもの。そうして作り出したチャンスは確実にものにする。したたかに、貪欲にな。クックック......」
不敵に笑う
続く
再び三点差となった試合は、四回裏のあかつきの攻撃へと移る。
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game63 ~翻弄~
スリーアウト目を取った
「
「はい!」
「おい、
『四回の裏、あかつき大学附属高校の攻撃は――』
話しかけようとしたところで場内にアナウンスが流れる。
「
「......ああ、わかってる!」
時間短縮のため
「(嫌な形で失点した直後だってのに、まともに話しも出来やしねぇ......クソ!)」
絶対的エース
「(要所要所で嫌に絡みついてくる。こうも裏目に出てしまうとは......しかし、今さら悔やんだところで遅い。今は、あの投手を攻略しなければ......頼んだぞ
「(地区予選で、しかも新参相手にこうも良いようにやられるだなんて......。次の回は、九番の女子からか。ひとつは取れるとして、問題は上位打線だ。これ以上の失点は絶対にしちゃいけない。クリーンナップの前にランナーを溜めないようにして――)」
『あかつきは、五番
『ストライク! なんと初球は、ど真ん中のストレート! 』
タイムを要求した
「(......やっちまった、余計なこと考えてたらど真ん中を見逃しちまった。今は打席に集中しねぇーと、点差を詰めることが最大の援護なんだからな......!)」
「(ん? 構えの迷いがちょっと薄れたかな? これは甘いところは確実に狙ってくるよ。これで誘おう)」
「(――ええ)」
「(ほぼ同じ球速から逃げるシュート......なまじ球速がない分多少のボール球にもつい手が出ちまう。次は何で来る? 一球遊ぶか、それとも三球勝負に来るのか......?)」
『さあ、バッテリーのサインが決まりました! マウンドの
三球目、バッテリーは三球勝負を挑んだ。選んだ球種は、右バッターへクロスして入ってくるインコース高めのストレート。
「(インハイの真っ直ぐ、三球勝負! けど甘ぇ、ここから変化してもストライクゾーンの中だ......!)」
ミートポイント手前で逃げるように小さく沈んだ。練習で
『打球は、三遊間のサード寄りの強いゴロ! サードの
先頭バッターをしっかりアウトに取ったが、今の一打を見た
そして打席では、内野ゴロに打ち取られた
「(強引に振ってくるなぁ、まあこっちとしてはありがたい。三球勝負で球数を抑えたいけど、でもここまで振られるとストライクゾーンでの勝負はちょっと行きづらいな......)」
サインを出して、外角のボールゾーンへミットを構える。
『ファール! 少々
「(こんなボール球にまで手を出してくるのか、だったら振ってもらおう)」
サインにうなづいた
『
打球を追っていたあおいは足を止めて、頭上の遙か上を越えていく打球を見送る。
『入りましたー、ホームラーンッ!
ダイヤモンドをゆっくりと一週して、ネクストバッターの
「
「ありがとうございます。
「おう、先に行ってるぞ」
二人は次の回の話しをしながらベンチ前で軽めのキャッチボールを行う。一方の恋恋高校は、ここでも伝令は使わずにバッテリーの二人でだけでの会話に留めた。
「今のは、打った
「ストライクからボールになる膝下への縦のカーブだったものね。あれを打たれたら仕方ないわね」
「フッ、まあアイツらが勝負を焦ったことに変わりはない。多少ミスと意地が重なった結果だな。しかし、起こってしまったことはもう戻らない」
「ここからどう取り戻すかが重要ね」
それは
『ツーアウトランナー一塁。ここで
初球、外角低めへ逃げるシュートに対して
『ここで連打、連打です! ツーアウトながら下位打線が繋がりチャンスを作りました! そして打順は一番に戻って、今日二打数二安打と好調の
「よーし! おいらで同点に――」
『恋恋高校、選手の交代をお知らせいたします』
「あ、ありゃ? 今、代えんの?」
場内に流れたアナウンスに試合が止まる。良い流れを作り勢いのまま行きたかったあかつきに取って、肩透かしのようなタイミングでの選手交代。交代するのは――。
『おっと、先発の
「こんな形で申し訳ないけど、あとはお願いするわ」
「うん、任せて!」
ボールを受け取ったあおいは足を踏み出す位置を測り、マウンドを降りた
この試合中一度も座ることもなく立ったまま憮然な
「(ようやく目が慣れてくる三巡目でアンダースローのピッチャーへ切り替えて来た。イニングの途中での交代......最初から二巡目までと決めていたのかは測りかねるが、良い流れをリセットされたことに変わりはない。どこまでも狡猾な采配を打ってくる。だが、タフな場面であることは変わらない。あの投手は、ブルペンに入っていない。緊急登板だ、勝機は十分にある......!)」
しかし、
『セカンドゴロ! セカンドの
「残念だったな、名監督さんよ。そう思い通りにことはいかねーよ。クックック......」
緊急登板に思えたが実は、あおいはイニング間の守備練習などでセンターの
「ナイスピッチ、あおいちゃん!」
「うん、ありがとっ」
ピンチを切り抜けた二人は、グラブとミットでタッチを交わして一緒にベンチへ戻る。
「どうだった? あのピッチャーの印象は」
こちらもベンチへ戻った
「遅いし、低いと思って見逃したらストライクを取られるし、同じコースを振りにいったら
「そうか、うちはアンダースローのピッチャーはいないからな。見極めに苦労しそうな相手だな」
「て言うか、練習試合でも対戦したことなくない?」
「いや、一度だけあった。ただ、オレたちが一軍へ上がったばかりの頃だったから、厳密に言えば
その
「......仕方ない、次回の頭に訊くとしよう。さあ、オレたちも行くぞ」
「はいよー」
二人は、グラブを付けてグラウンドへ駆けて行く。
恋恋高校のベンチでは、
「確かに上手く拾われたが、急ぎすぎたな」
「はい、一球インサイドを見せておくべきでした。俺の配球ミスです、あれは防げた失点でした」
わかりやすく顔を伏せて、大きなタメ息を吐く。
「フッ、終わったことをいつまでも引きずるなよ、まだ二点リードしてるじゃねーか。それに下を向いてちゃ見逃すことになるぞ」
「えっ? あっ......!」
顔を上げた
「ん?」
「どうした? これは......」
帽子から伝わった異変に気がついた
「さあ、来たぜ」
どんよりとした灰色の雲から、透明な雫が降りてきた。
この試合の勝敗を左右することになる、雨が降り出した――。
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game64 ~進化~
試合は中盤、灰色の空から小雨が降り始めた。
恋恋高校の攻撃は前の回ピンチの芽を摘み取った、あおいからの打順。マウンド上の
『空振り、140キロのストレートにタイミングが合いません! あかつきバッテリー、テンポよく二球で追い込みましたー!』
ボールを投げ返し、
「(ぜんぜんタイミングが合ってない......って言うより、バットとボールがかけ離れてる。ノビについていけないって感じのスイングだ。ストレートみっつで仕留めるか? いや、ダメだ。さっきそれで五番に打たれた。このチームは、
「フゥ......すみません、タイムお願いします」
「うむ、タイム」
小走りでマウンドへ向かう。
「そう睨むな。相手は九番、それもあのスイングだ。さっさと仕留めたいのは分かる。けどな、簡単にいって打たれたら上位に回る」
試合は中盤で、しかも雨。雨天コールドの可能性も視野に入れ、これ以上の失点は厳禁だと
「キミが、雨を気にかけていることは判っている。だが今は、ちょうど良い感じに湿ってて、縫い目にしっかり指にかかる。今のボクは、最高のパフォーマンスを発揮できる」
「......わーったよ、ストレート中心で組み立てる。けど、間が開いちまったから次だけは慎重にいくぞ」
「ああ、判っている。さすがにそこまで愚かではないさ」
球審に礼を言ってしゃがんで、アウトコースへミットを構えた。三球目は話した通り単調な攻めは避けて、外角の変化球を放った。ボールゾーンからストライクゾーンをかすめるように入ってくる完璧なカーブ。
「(――変化球! これならボクにだって......!)」
空振りを奪われたライジングショットの時とはまったく違い、アウトコースからのカーブを逆らわずに逆方向へおっつけた。ふらふらっとした弱い当たりだが、ファーストの後方へ飛んだ。ファーストの
「(なんだ、今の......。真っ直ぐの時みたいな戸惑ったスイングじゃない。そもそもどうしてコイツらは、
球審に貰った新しいボールを
「バレたな」
「えっ? もう?」
「さすがは名門の正捕手と言ったところか、なかなかの洞察力だ。だが、理由が判明したところでどう対処するかが重要。よう、お前ならどう攻める?」
「俺だったら、もっと単純にストライクゾーンで勝負させます」
「これまで四失点しているのにか?」
「はい。失点と言っても、まともな失点は、
ネクストバッターズサークルで気合いを入れて素振りをする
「くくく。気にするな、お前の考えは間違っちゃいない。むしろ正しい。
「落とし穴ですか?」
「
「コンビネーション?」
「真っ直ぐが速いから変化球が活きる。変化球が鋭いから真っ直ぐが活きる。そして、それらを思い通りに制球出来るから強力な武器なんだ。しかし――」
あおいを高めのストレートで空振りの三振に奪ってプレートを外した
「
「
スコアブックを片手に聞いていたはるかも一旦手を止める。
「一昔前ならそう呼ばれていただろう。だが昨今、高校生でも150キロを超すストレートを投げる投手は少なくない。中には、160キロ台に迫るストレートを放るヤツも居る」
同じサウスポーの覇堂の
「投手としての完成度で言えば、
ベスト4で敗退したことでストレートの強化を図った、その成果が――ライジングショット。
「ノビとキレを兼ね備えた新しい武器。練習試合を含め今まで、ほぼ捉えられていない絶対的なストレートを会得したことで自信を取り戻した。だが皮肉なことに、レベルアップしてしまったがゆえ本来あるべき投球スタイルから遠ざかる結果となった。そこを突いて、
ストレートを中心に組み立てる場合バッテリーは、まずストレートの走りを確かめる。そして、一番長打が少ない場所であるアウトコースへ投げる割合が高い。
「ホームランでなくてもきっちり前へ飛ばしさえすればよかった。たとえ外野定位置のフライだろうと疑念を抱くのには十分な効果ある。なぜなら?」
「今まで、まともに打たれていないから」
「
「加えて、カムフラージュ役でもあるんでしょ」
「フッ、まーな。あおい、アンダーシャツ着替えとけ」
「女子は、ベンチ裏の更衣室を使わせてもらえるようになってるわ。判らなかったら係の人に聞いてね」
「はーい」
グラウンドから戻って来たあおいは、替えのアンダーシャツとタオルを持ってベンチ裏へ入っていく。
「みんなも濡れたらすぐに着替えるのよ、持ってきてるわよね?」
「もちっす。おいら、十着持ってきてるぞ」
「おいおい。そらいくらなんでも多過ぎだろ?」
「備えあれば売れ残りなしって言うだろ~」
「憂いなし、な。備えたら売れ残るだろ」
「そうだっけ?」
ベンチがアホな会話をしている間に
「なに? あの投手のストレートを、
「はい。おそらくですが、マウンドまでの距離を詰めて再現したんだと思います」
「......なるほど。アンダースローの浮き上がるような軌道のストレートを手前で打ち込んできたとすれば、ノビに戸惑わなかった説明がつくな」
「
「おお、そうだな。アンダースロー特有の軌道に惑わされると、どうしても視線が上向いて肩も上がりがちになる。アッパースイングにならないように上から叩きつけるような感覚で打て」
「わかった。それを心がけよう」
その
「はい、何ですか?」
「お前は今、
「......はい!」
真剣な
「どうしたの? 急に」
「まあ、アイツをキャッチャーにコンバートさせたは俺だからな」
「ふーん、そう言うことにしておいてあげるわ」
どこか嬉しそうに
* * *
『さあ、試合は中盤戦。二点を追いかけるあかつきの攻撃は、二番
五回裏あかつきの攻撃、恋恋高校は前回から引き継いであおいがマウンドに立ち。そして交代した
「ストライクッ!」
球審の手が上がった。見逃しのストライク。そして二球目は一転高めのストレートでファールを奪い、バッテリーは二球で
「(なるほど、確かに打ちづらい......。低いと思えばストライク、ストライクだと思えばボール球を打たされる。これは思いのほか手を焼くぞ。ならば......)」
「(ん? バットを短く持ち直した、意地でも食らいつくつもりか。なら、これで仕留めよう)」
サインに力強くうなづいたあおいの三球目は――。
「(――真ん中、失投か! もらった......な!?)」
『空振り三振! 膝下へ落ちる鋭い変化球にバットが回りました! ワンナウト!』
「今のボール、変化球カ?」
「ああ......。おそらく、
「そうか、了解しタ」
「(――外、やや甘めのストライクゾーン。例の変化球カ? いや、しっかり回転してる、これはストレートダ!)」
狙いにいったが、バットは空を切った。
「(ストレートが消えた......いや、落ちたのカ? 今のが、
「オッケーナイスボール! バッター、目がついていってないよ!」
状況を整理が出来ていない
またしても同じアウトコース。だが今度は、マリンボールよりも球速を抑えた通常のシンカー。
「くっ......!」
『
三遊間のど真ん中の一番深いインフィールドライン上で、
「
「おう!」
トスを受けた
「ア、アウトーッ!」
『な、なんと......ショート
アウトにされたことよりも自分のバッティングをさせてもらえなかったことに、悔しそうな
『ツーアウトランナーなし、ここで眠れる四番
「(良い流れが最悪の流れへ変わりつつある......。しかし、ここでお前が打てば引き戻せる。流れを、空気を――)」
「(よし、理想的に追い込んだ。でも、ここで焦って勝負にいったらダメだ。一球見せるよ。絶対にストライクゾーンには入れないでね)」
「(――うんっ)」
カウント1-2追い込んでからの四球目は、アウトコース低めへボール二個分外したシンカー。しかし
「まだだーッ!」
左膝を地面に付き、ボール球を強引に引っ張った。ライナー性の打球がライト上空へ飛ぶ。
「ウソだろ!? ライト!
『なんと左膝を地面につけ強引に引っぱたいた! 打球の角度は低いが、
ファースト
「まさか、あれが入るの......!?」
「慌てるな、届かねーよ」
『これはおしい! あとひと伸び届きませんッ!』
ホームランにはならなかったが、前の二打席の雪辱を晴らした
『
「(よし、
「(伝令か。当然と言えば当然の場面だが。しかしこの流れ、半端な策では変わらんぞ)」
内野陣が、マウンドに集まる。
「コーチの指示は?」
「特に何もありません」
そう平然と言ってのけた伝令の
「えっ? 何もないの?」
「はい。球審が注意に来るまで祝勝会で食べたいものでも話してテキトーに時間を使えだそうです」
ナインたちの目がベンチへ向く。
「(――内外野共に守備位置は変わらない、キャッチャーも座ったままだ、敬遠もないのか。では今の伝令は、いったい何を......?)」
疑問を抱く
『打ったー!
「よし、行った!」
打球の角度から逆転のホームランだと確信して拳を握る
『おや。これは......失速、失速しています!』
「なに......!?」
右中間の一番深いところで落ちてきた打球を、
『これは非常におしい!
「クックック......甘いな、
そう言って
この雨が、今の勝負を明暗を分けたことを――。
* * *
五回の攻防が終了しグラウンド整備が行われる中、
「監督。お願いがあります」
「何だ?」
「キャッチャーを、
「なんだと!? どう言うことだ!」
「オイ! ちょっと待てよ!」
「俺じゃあ力不足だって言うのかよ!?」
「そうじゃない。力不足は、ボクの方だ」
「何だよ、それ!」
「待て、
「一点負けている状況で試合は終盤に入ります。もう一点もやれません。彼らは強い。はっきり言って今年対戦した相手で一番強い。だからボクは――」
――もう一段進化します、と。
P.S
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game65 ~弊害~
「みんな、今のうちに着替えとエネルギー補給を済ませちゃいなさい。手の空いてる人は、手伝ってあげてね」
「はい!」と
「あの、コーチ。さっきの伝令って結局何だったんですか?」
雨で濡れたアンダーシャツを着替えながら
「ただの時間稼ぎだ。文字通りな」
「時間稼ぎ......」
着替えの手を止めて、考え込む。
「(二死から連打で失点した悪い流れを切りたかった、もしくは、俺たちを落ち着かせるため。あるいは両方......。いや、そう言う理由なら、コーチはもっと考えさせるような助言を出す。今までもそうだった。となると別の理由があるはず――)」
「
「あ、はい」
「濡れたアンダーシャツを替えるだけでも全然違うね」
「ええ、気持ち動きやすくなった感じもするわ」
「スポーツドリンクですよー」
はるかに礼を言って、ベンチに腰を降ろす。
「で。
「たぶん、さっきの伝令のことじゃないかしら」
「正解」
「祝勝会の話しって言っていたわね」
「うん。球審が注意に来るまで話しとけって」
「球審が注意に来るまで、ね」
そこにヒントがある。
「悩んでるわよ」
「考えて悩めばいい。とことんな」
「もう、冷たいわね。ヒントくらいあげたら?」
「ヒントも何も、ほぼ答えを教えてやったじゃねぇーか」
小さくタメ息をつく
「ヒント、答え......時間稼ぎ......あっ、そうか、マリンボールだ!」
「ん? ボクのマリンボールがどうかしたの?」
「ほら。前に海で、あおいちゃんが言ったことだよ。湿度が高い海は、変化球がよく曲がる!」
「え、なに? あんたたち、海でデートしたの?」
「ち、違う違うよっ。マリンボールの開発に行き詰まってた時に、気分転換で行っただけだよ!」
「ふーん、へぇー、まっ、そう言うことにしといてあげるわ」
「ハァ、話しが脱線したわね。それで?」
「あ、うん。対マリナーズ戦の反則合戦の試合にヒントがあるんじゃないかってなって」
「豪雨の反則合戦......なるほど、天候がプレーに与える影響。コーチは、雨で空気中の湿度が上がるのを待ったんですね」
「まあ、70点ってところだな。雨の影響は、ピッチングやバッティングにだけではなく守備や走塁にも及ぶ」
雨で足下が泥濘めば体重が乗り切らないし、当然体勢もブレが生じる。晴れの日と比べると強い打球を飛ばすことも、思うような投球も格段に難しくなる。
「だけど、あたしもタイムの時マウンドに行きましたけど、それほど泥濘んでなかったですよ? むしろ気持ち締まって感じたって言うかー」
「だから70点なのさ。雨は何もグラウンドだけに降ってる訳じゃない。グラウンドに立つ、お前たちの身体にも降り注いでいるんだ。ユニフォームが雨を吸えば重くなるし、ボールやバットが濡れていればインパクトで多少は滑る」
湿度などの影響を受け、晴れよりも打球が飛ばない雨の中での試合。時間稼ぎで、雨に濡れたバット。一発逆転の場面で、前の打席にホームランを打ったコースとほぼ同じ内角低め投球。多少のボール球だろうと振りに行く。しかし、ファーストにランナーが居たことで盗塁やエンドランを警戒してのクイックモーション、変化球とストレートの真逆の軌道。雨の影響でスイングにも僅かな狂いが生じた。
「対戦経験の少ないアンダースローのストレートにバットが下から入った。一見派手に打ち上げた打球は、雨の影響をもろに受ける。だから届かない。単純な理屈だろ。だが向こうは困惑する、何せ確率の低い雨を想定した練習など通常はしない」
「でも、ボクたちは合宿の時に経験してるね!」
「ええ。波打ち際でノックも受けたし、水を撒いて泥濘んだブルペンで、水に浸したボールでピッチング練習もしたわ」
「あかつきは名門だから設備も充実しているから、雨の日は基本的に室内練習場でしょうしね」
「フッ。それが仇となり、今焦りとなって表面に現れた。見てみろよ」
「いくぞ、
「はい!」
大きく振りかぶって、
「なんだ、今のストレートは......!?」
「オレたちだけじゃなく、監督にまで隠してたってのかよ......!?」
「別に、隠していた訳じゃない」
「まだ、狙ったコースへコントロール出来ません。実戦で使えるレベルまで達していないんです」
「......なるほど。しかし、キャッチャーを
「
「オレじゃ逸らす心配があるってのかよ?」
「
あかつきの一軍投手は全員が高い制球力を誇っている。なぜならば、毎年中学時代にエースナンバーを背負っていた投手が何人も入部してくる名門あかつき大附属では、最悪でもストライクを狙って投げられなければ一軍へは上がれない。熾烈な競争に勝ち上がった者だけが一軍への切符を勝ち取り、三年間を二軍生活で終える選手もざらに居る。レベルの高い投手に加え、
チームメイトたちからも絶大な信頼感を誇る
* * *
時を同じくしてある人物が、雨を避けてるため席を離れて試合再開を待っている
「どうして、お前が居るんだ?」
「買い物のついでに寄っただけだ。どうせ明日は、オフだしな」
雨に濡れたビニール傘を閉じて、
「一点差で中盤か、どう見る?」
「さっきの攻撃のように、強力な打線を誇るあかつきに一点などあってないようなもの......と見るだろう」
「つまり、お前はそうは見ていない訳だ」
「ああ、僕は恋恋が優勢と見ている」
「理由は?」
「あかつきバッテリーだ。彼らにとっては思わぬ形で先制点を与えてしまったことで、必要以上に組み立てに慎重になりすぎている。それに加え、彼のピッチングの生命線を封じられたのは痛い」
スライダーはカーブやフォークと違い、ストレートとあまり握りを変えずに投げられ比較的コントロールしやすい変化球。決め球にも、カウントを整えるのにも重宝する。サウスポーの
「スライダーはコンビネーションの要だったと言っても過言じゃない。ボクシングで言うところのジャブのようなものだ」
「確かに、あれだけキレのあるスライダーを持っていながらカウントを稼げないのはキツいな。ストレートが強力なだけに」
「なんだ、観ていたんじゃないか」などと野暮なこと言わず、
『あかつき大附属高校、選手の交代をお知らせします。キャッチャー
悩み抜いた末
「ここで、キャッチャーを代えるのか。あのキャッチャー前の回にタイムリーも打ったし、悪くなかったよな?」
「ああ、文字通り攻守の要だった。それをここで代えると言うことは......」
兄弟バッテリーのサイン交換は行わずに球審のコールのあと、すかさず投球モーションに入った。
「(行くぞ......これがライジングショットの進化形――ライジングキャノンだ!)」
初球は、真ん中に構えたミットから大きく外れた、外角のボール球。
『おおっと! 高い制球力を持つ
「......変わった」
抜群の動体視力を誇る
「変わった? 何がだ?」
「彼のピッチングだよ。しかし、これは――」
グラウンドを見る
――見誤れば、一瞬で勝負が決まりかねないぞ。
* * *
「(......これはちょっとハンパじゃないぞ。だけど――)」
二球目、三球目も
「ボール! ボールフォア」
ストレートのフォアボールでノーアウトのランナーを出してしまった。
『さあ、ノーアウト一塁で四番バッター
ファーストランナー
引っかけた投球はベースの手前でバウンド。暴投を身体で止めた
「兄さん、気にしないで、もっと気楽に!」
新しいボールを受け取った
「(......速い。
打席を外した
「(
ヘルメットのツバを触り、指二本分バットを短く握り直して挑んだ三球目のストレートは、ボールの下面をかすめてファールチップ。追い込んでからの四球目、
しかし、このアウトは
「(外、きわどい)」
「――っ!」
アウトコース、きわどいところのライジングキャノンを見逃した。一瞬の間が開いたあと、球審は右手を上げた。
『ストライク! 指にかかったストレートがアウトコースへズバッと決まりましたーッ!』
「ふぅ、ナイスボール!」
ひとつ息を吐いた
「(......ストライクか、ギリギリいっぱいかな。偶然かもしれないけど、今のコースに決められたら厳しい。追い込まれる前に仕留めないと)」
二球目もストレート。
「(くそ、前に転がせなかった。だけど俺には......)」
「(......あ、そうだ!)」
打席を外して、球審にタイムを要求。速歩でベンチへ戻った。
「えーと......」
「どうしたの?」
「うん、ちょっと探し物......あった!」
不思議そうに首をかしげるあおいに答えつつ、目当ての物を見つけた
「借りてもいい?」
「あ、はい、どうぞ」
「ありがとう」
「お待たせしました。ありがとうございます」
「うむ。プレイ!」
試合再開と同時に
『ウーン、今度は最初からバントの構えです。ここはランナーを確実にスコアリングポジションへ送って、プレッシャーをかけにいくようです。そしてあかつきは当然、これを阻止すべくバントシフトを敷きます!』
「(今度は、最初からバント。でも、どうしてツーストライクからなんだろう? 監督に指示を仰いだ感じじゃなかったけど......)」
「
「――あっ!」
『おーと、これは浮いてしまった! 勢いを殺しきれなかったバントは、ファーストの
「走って!」
「――ッ!」
ダイレクトキャッチとワンバウンドの両方を想定し中間やや一塁よりの位置で足を止めていた
「よし、ワシに任せろ! ベースカバー!」
『あーっ、
「しまっ――」
「くっ......いかせるか!」
ベースカバーへ走っていた
「
がら空きになっていたファーストへ走りながら声を出した
『これは、きわどいタイミング! 塁審のジャッジは――』
「......アウトー!」
『アウト、アウトです! ここは、あかつきの連携が勝りましたー! しかし、恋恋も狙い通りランナーを進めた形! 正に互角の攻防! ンンーン、これはひとときも目が離せませんッ!』
やや肩を落として戻ってきた
「残念だったな。だが、発想は悪くなかった。雨の特性を利用した攻撃をした」
「あ、はい」
「えっ、今の狙ってやったのっ?」
あおいは驚いて目を丸くし、
「雨は、打球の勢いを殺す。バントも同様に目測より速く落ちる。天然芝ほどではないが、人工芝も雨でスリッピーな状態だ。もし仮に、今のプレーがサードで起こっていたのなら、
「あんた、そんなことまで考えてたのっ?」
「いやいや、さすがにそこまでは......。ただ、芯の広いバットの方がバントもしやすいと思って。ツーストライクだったから、ピッチャーの正面にさえ行かなければって感じで」
「フッ、それでいいさ。
グラウンドに目を戻した
――この攻撃は、のちに大きな意味を持つ。
次回、あかつき戦決着になる予定です。
今しばらくお待ちくださいませ。
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game66 ~サイン~
『見逃し三振! インコースへズバッと決まったーッ! 恋恋高校、スコアリングポジションにランナーを進めましたが、この回無得点。
あかつきナインと入れ替わりで、恋恋ナインが守備に着く。
「最初はずいぶん荒れていたけど、急に決まりだしたわね」
「窮地に追い込まれれば追い込まれるほど底力を発揮する、典型的なクラッチピッチャー。一球投げる度にリリースが安定してきていた。次の回からは制球してくるぞ」
「......もう点はやれないわね」
「くくく、そう深刻そうな
「小細工? あっ!」
あかつきの三塁ベースコーチに、
「(......監督は、オレを信じて重要な役目を与えてくれた。必ず見つけ出してやる)」
「(頼むで
「(構えが小さい......あおいちゃんのピッチングを探るつもりなのか? それなら――)」
初球は、ほぼ真ん中のストレート。
「(――あっ、しもた!)」
追い込まれるまで見逃すつもりでいた
「ファール!」
「(ふぅ......思わず手ぇ出してもーたわ。そう睨むなや、わーとるって)」
非難の目を向ける
「(打ち気がないから簡単に追い込めた。けど、ここからは意地でもカットしてくる。粘られると厄介だから、さっさと仕留めちゃおう)」
「(うんっ)」
出されたサインに力強くうなづいた、あおいの三球目。
「(――アウトロー。ええコントロールや!)」
きわどいコースのストレートを流し打ち。一塁線のファールゾーンへ切れ、カウント変わらず0-2。そして四球目は、一転して内角。やや低めからベース手前で急激にストンと落下した。
『
「そう、それでいい。バットを短く持って当てにくるのなら、振っても当たらないコースで勝負すればいいだけのこと。わざわざ付き合ってやる必要はない」
「でもいいの? 探られているマリンボールを簡単に見せちゃって」
「問題ねぇーよ。例え原理が判ったところで見極められるようなボールじゃない。残り一打席で完璧に攻略するなど到底不可能。まぐれ当たりはあっても、致命的な痛打は浴びねーさ」
「さて、じゃあ仕上げと行くとするか」
七回の攻撃を前に、ナイン全員の視線が
「次の回、好きにやって来い」
「あの、それはいったい......」
「そのまま受け取ればいい。ただし、ひとつだけルールを設ける。中途半端なことはするな。セーフティならライン際を狙え、打ちに行くなら狙ったボールは迷わず振れ。見逃し三振、空振り三振、ファールアウトなどの失敗は一切気にする必要はない。今、お前たちが持てるすべてをぶつけてこい」
ナインたちは「はい!」と全員で声を揃えて力強くうなづいた。だがしかし、前回よりも制球を安定させてきた
そして――。
『フォアボール! ここは
あかつきの応援スタンドから大歓声が沸き起こる。
『おっと。恋恋高校、どうやらここで選手の交代のようです。な、なんと! ピッチャー
右打者の
「お疲れさま。着替えてらっしゃい」
「いえ。この回を見届けてから、二人と一緒に着替えます」
「そう」
『投球練習が終わりました、試合再開です!
「(大丈夫だよ。コースさえ間違えなければ、抑えられるからね)」
「(はいっ!)」
これまでの練習試合、公式戦を含めてワンポイントの起用で左の強打者を抑えてきた実績がある。ファーストランナー
『初球は、外角のストレート! ギリギリいっぱいに決まった!』
プレートの一塁寄りギリギリからサイドスローで投げられたストレートをボールと判断して見逃したが、判定はストライク。二球目、同じコースから更に外へ大きく逃げるスライダーを見送り、ボール。平行カウントからの三球目、二球目よりも甘いコースのスライダー。クロスして逃げていくボールを捉えきれずに三塁線へファール。四球目は、インサイドへストレートを外して、これで再び平行カウント。
そして、勝負の五球目――内角低めのチェンジアップ。
「くッ......!」
『
利き手方向へやや曲がりながら沈む緩い変化球をミスショット、タイミングと芯を外された。予め深いポジションチェンジを取っていた、ファースト
『ここはバッテリーの勝ち、強打者
間違えれば一発のある
『
一打同点・逆転のピンチを辛うじて切り抜けた。
そして八回表、ゲームはターニングポイントを迎える。
先頭バッターの
『ワンナウト一塁、追加点が欲しい場面で三番
あかつきはタイムを取って、
「監督は、このランナーだけは絶対に返しちゃいけねーって言ってる」
「だろうな。さすがに
「だね。それで、監督の指示は?」
――
「
ベンチへ戻りながら
「いいか? お前が、
「......はい!」
しっかりとうなづいた
* * *
いつの間にか雨は止んで、灰色の薄暗い雲の隙間から太陽が顔を出した。徐々に上がっていく気温。グラウンドに明るい光りが差し込む。ひとつ大きく息を吐いた
追い込んでからの勝負球は――ライジングキャノン。
「ファールッ!」
三塁塁審が、両手を広げた。
「ちっ!」
『とてもビッグな当たりでしたが、ポール際で僅かに切れてファール! 仕切り直しです!』
「(右バッターにはクロスして食い込んでくるライジングキャノンを完璧に捉えられてた......なんてバッターなんだ、この人は。どうする......?)」
「(......歩かせるのは、フルカウントになってから。兄さんのボールなら、ダブルプレーだって十分に狙える!)」
そう結論を出した
「(――しまった!)」
「(あっ、甘い......!)」
「(貰ったぞ!)」
構えたミットよりも真ん中寄りに来た。
――失投。投げた
『空振り三振ッ! 低めの落ちるボールにバットが回りましたーッ! ここはバッテリーの勝ちです!』
最大の山場を乗り切ったと
「クックック......いいのかねぇ?」
「なにが?」
「さてね。はるか、サインを出すぞ。このゲーム、これが最後のサインだ」
「......はいっ」
はるかから、ネクストバッターの
「(――兄さん......。監督!)」
「おい、
「ああ、決まった。この隙を、
スタンドで観戦している、
『三度首を振り、ようやくサインが決まりました。
「なッ、盗塁だと!?」
まさかのスタートに
「ファ、ファースト!」
マスクを投げ捨て、大声で指示を出す。
「――くッ!」
『
打球は、横っ跳びをした
「ライト、バックホーム!」
「くそッ、行かせへんでーッ!」
『ライト
試合は九回裏、あかつき大附属最後の攻撃。
この回からマウンドに上がったのは、クローザーの
迎えるラストバッターは、
左打席で構える
「(最後の最後で、
割れんばかりの大声援に臆することなく、
『アウトローのストレート!
――キーンッ! と甲高い金属音を響かせ、打球は左中間へ飛んだ。センター
「オーライでやんすー!」
そして――。
『センター
「やった......やったよっ。はるか、
「はいっ」
「ええ!」
グラウンドとベンチで喜びを爆発させるナインたち。
結局、先制点を奪ってから一度も追いつかれることもなく、一点差で逃げ切って勝利を収めた。
「やったわ、あの子たち......」
下馬評を覆し成し遂げた優勝。
感極まった
「おい、こんなところで満足するな。取るんだろ? 深紅の旗を」
「......ええ、わかってるわっ」
そして、更にその先の目標へ向け、真っ直ぐと前を向いた――。
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game67 ~休息~
表彰式が終わる前にベンチ裏へと入っていった
「
目をキラキラさせている女子アナに対し、あからさまに面倒そうな
「最後くらいちゃんと受けてあげたら?」
背中越しに
「放送席放送席、インタビューの準備が整いました!」
『オーケー! それでは
「はいっ! なんと! 今日は、
通路で行われる囲み取材ではなく、別室に用意された席に座っての質疑応答の記者会見という形で。
「混乱を避けるため司会進行は、私、パワフルテレビアナウンサーの
「ありがとうございます」と、当たり障りのない無難な返事を返した。
「それでは、質問のある方は挙手をお願いしますっ」
待ちわびたと言わんばかりに、一斉に手が上がる。ざっと見渡した記者たちの中に、
「あなた以前、リカオンズの会見にいた方ですね?」
「あ、はい!
「それはまた、物好きな方で。では、その熱意に。あなたの質問から受けたいと思うのですが、構いませんか?」
「あ、はい。では、そちらの方、質問をどうぞ!」
司会進行を務める
「ありがとうございます! 就任して四ヶ月足らずで、全国屈指の名門あかつき大附属が王者として君臨する、東東京予選大会を勝ち抜いたというのは、やはり、
「いえ。以前申し上げた通り、私は、野球選手としては三流です。そんな私が、高度な技術など教えることは出来ません」
「では、いったいどのような指導を?」
記者たちは、
「強いて上げるとすれば、“勝負への向き合い方、勝負に対する心構え”と言ったモノでしょう」
「つまりそれは、先のリカオンズと同様に、野球選手としてではなく、勝負師として育てあげたと言うことでしょうか?」
「いえ。その表現には、少し語弊があります。私は、育てたと言えるほどのことはしていません。確かに、練習中や試合中に要所での助言をすることは少なからずありました。ですが、それもあくまで必要最小限の助言のみです。何故ならば、実際にグラウンドに立ち、考え、悩み、プレーするのは他でもない、彼ら自身だからです。私は、ほんの少しだけ手助けをしたに過ぎません」
「なるほど......ありがとうございました!」
一礼して腰を降ろした記者は、真剣な顔付きでメモを取る。
「はい、ありがとうございます。実に興味深いお話でした! それでは、次の質問へ移りたいと思います。質問のある方、挙手をお願いします」
再び多くの手が上がる。
「今日の試合について、幾つかお伺いします――」
この試合内容を中心に、そして、今まで受けてこなかった分も合わせて、様々な質問が数多く寄せられた。
* * *
「今日の敗戦は、すべて私の力不足によるものだ」
閉会式後、惨敗を喫したあかつきの控え室では、
しかし、あかつきは先発全員が出塁。安打数においても恋恋高校を大きく上回っていた。ただ、得点に繋がる連打は
そして、それをさせなかったのが恋恋投手陣。特にポイントゲッターの
「......いえ、打たれたボクの責任です。ライジングキャノンを完成させていれば、こんな結果には。地区予選は、ライジングショットで乗り切れると高をくくっていたんです......」
「それを言えば、ワシのせいだ。初回のゲッツー、チャンスでの見逃し三振で流れを引き戻せなかった」
各々自分の至らなさに反省の言葉を口にして。一通り吐き出し終えたところで、黙って聞いていた
「皆、それぞれ想うところもあるだろう。しかし、いつまでも下を向いていても仕方がない。結果は、もう出てしまったのだからな。三年は今日で引退だが、野球を続けている限りリベンジの機会は必ず訪れる」
――リベンジ。その言葉で、室内の空気が変わった。
「監督の言う通りネ。少なくとも
「うむ。ワシは、あかつき大学へ進学するが、ヤツらの中にも大学で野球を続けるヤツはいるだろう。同じリーグで対戦する機会はあるはずだ。その時は、負けんぞ......!」
「オレもだ。この借りはプロの世界で返す、必ずなッ! お前もだろ、なあ
頭からタオルを被り、うつむいていた
「......ああ。完成させたライジングキャノンで......いや、ボクは更にその上を目指す」
意気消沈の重苦しいムードは消え去り、あかつきナインたちの目には光りに満ちあふれ、既に次のステージへと向いていた。彼らの
「(......大丈夫だ、彼らは強い。この敗戦を糧にし、必ず這い上がる)」
そう、確信した。
あかつきナインたちは、まとめた荷物を持って控え室を出て、球場の出入り口へ向かった。球場の外へ出たところで、
「
「ああ? ああ......あんたか」
火のついたタバコを灰皿に押し付け、
「今日は、勉強させていただきました。全国大会でのご健闘・ご活躍の程をお祈りしています」
「わざわざそんなことを言いに来たのか。そんなことより、自分とこの連中を心配してやったらどうだ?」
「ご忠告感謝します。ですが、ご心配なく。彼らは、既に未来を見ています。では、私はこれで――」
踵を返した
「(――
「勘違いしてるよ、あんた」
「......勘違い?」
「次はない」
「――ッ!?」
サングラスの奥の目がキリッとつり上げる。
「あんたが想ってるような意味じゃねーよ。俺は、来年いないってだけの話しさ」
「(......そうか。恋恋高校には二年はおろか、試合を組めるだけの部員すらままならない。そんな相手に私は......なんと無力な......)」
「まあ、何度やっても負けることはないけどな」
「......なんだと?」
「フッ、あんたは、勝負の最中にしてはいけないことをした。取り返しのつかない過ち。それに気づかないうちは、
「目を切った?」
いつも報告会を行うバーで、
今日は、現地で試合を観戦していた
「ああ。
「あの笑いは、そういうことだったのね」
「ピッチャーは、とても繊細な生き物。ほんの僅かでも異常を感じたら、確かめずにはいられない」
「そう。あかつきバッテリーの
「それで、初球エンドランを仕掛けたのね。だけど、キャッチャーの
「それこそ弟だからだろ。上級生、しかも実兄となれば簡単には逆らえない。もし、キャッチャーが
「そうか。お前はハナっから、攻守の要の
トマスの言葉に軽く笑みを見せて、グラスを口に運ぶ。
「予選前あかつきの試合を観た時、ライジングショットの上があることは十分予想できた」
それが、
ライジングショットに見立てたのが、あおいのストレート。ライジングキャノンに見立てたのが、
「ライジングショットとライジングキャノンの最大の違い。それは――球離れ」
ライジングショットは、強力なスピンを最大限活かすためにリリースを早めたストレート。バッターまでの距離が延びるため、より浮いたように感じる。
ライジングキャノンは、逆にリリースを遅らせたストレート。バッターまでの距離が短くなるため前者と比較すると浮力こそ少ないが、バッターまでの到達は格段に速くなる。
「試合中にフォームを変えるなんてのは、ただでさえ神経を削る行為。それに加えて、気を遣う雨が降る中でのピッチング。八回開始時点で、とっくに限界を超えていた」
それを証明したのが、八回の
「
「スタメンに投手を二人並べた奇策も、すべては相手に疑念を抱かせて、自身に意識を向けさせるための策略ってか。どこまでも狡猾なヤツだよ、お前は」
「当然だろ。試合の前から始まってるんだ、勝負ってのはな」
決して奇跡などではなく。起きるべくして起きた、必然。
「本番は、ここからだ。面子は出揃ったんだろ?」
「ええ。日程的にウチが最後の出場決定校よ。覇堂、白轟、天空中央、帝王実業......それと去年の夏、今年の春の覇者、壬生とアンドロメダ。ほぼ前評判通りの結果ね」
「どこも全国に名を馳せる名門・強豪校揃い。取れるのか......?」
「取るさ。決まってるだろ」
――愚問だ、と澄まし顔で再びグラスを口に運ぶ。
「そうか。ああ、そうだ。これを――」
「これは?」
「試合の招待チケット。ささやかですが、僕からのお祝いです」
「あっ、ありがとうございます。きっと......いえ、みんな絶対に喜びますっ」
そして――。
「やっぱりスゴいね、プロはっ!」
「うん、そうだね」
「いつか投げたいな、この雰囲気の中で......」
「投げたいじゃなくて、投げるのよ」
「
反対隣の
「必ず投げるのよ。プロの世界で!」
「......うん!」
ナインたちは、この観戦を心から楽しんだ。
これから始まる、長い激闘が続く前の、つかの間の休息を――。
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甲子園大会編
New game1 ~意味~
新章のプロローグ的な話しとなります。
王者あかつき大附属との激闘から三日、恋恋高校ナインは苦境に立たされていた。
「オ、オイラ、もうダメでやんす......」
バタリと倒れ込む
ノーシードから予選大会を勝ち抜き、念願の甲子園初出場を決めた恋恋高校ナイン一同は、学年別に同校舎内の空き教室で、予選大会出場期間中受け損ねた授業の補習を受けていた。三年の補習授業の講師を勤める
「まったく、大袈裟なんだから。じゃあ解き終わった人から提出して、お昼行ってらっしゃい」
机に突っ伏す
「はぁ~、やっと半分終わったぁ......」
学食に着くやいなや、
「本番へ向けて一番大事な時期に勉強なんて、ヤになっちゃうわよ。ホント......」
「そう言っても、恋恋高校は進学校ですからね」
「判ってるわよー」
やや不満気に言って、
「だけど、本来ならそう言う時期なんだよね」
不意に箸を止めたあおいは、去年の今頃想像していたのとはまったく違う現在の状況に、戸惑いに近い感情を抱いていた。本来であれば部活を引退して、受験へ向けてシフトしていたであろう時期。しかし、女子部員の公式戦出場が認められ、予選を勝ち抜き掴んだ甲子園への切符。夢にも思わなかったことが、現実になったことへの若干の戸惑い。
「甲子園は、各都道府県予選を勝ち上がってきた強豪・名門が一堂に会する場なんだよね......?」
「ええ、そうよ。だから、無様な試合は出来ないわ。倒してきた相手のためにも、何より私たち自身のためにも......!」
「
「うん、そうだねっ」
「はい。そうですね」
「よーし! あともうちょっと、気合いで乗り切るわよっ!」
昼食後にデザートを食べて、午後の補習に向けて英気を養った彼女たちと入れ替わる形で学食にやって来たナインたちは、各々話しをしながら昼食を食べる。
先に学食を出た四人のうちの
「どうしたの?」
「今、部屋の中で物音がしたような......」
「えっ!?」
「どなたか、使っていらっしゃるんですかね?」
訝しげな
「い、今、夏休みだよ......?」
「では、オバ――」
「ちょ、ちょっとやめなさいよっ」
その時、ドアが開いた。
「あん? 何してるんだ、お前ら」
視聴覚室から出てきたのはオバケではなく――
「あっ、コーチだったんですね」
「こんにちはです」
「びっ、びっくりした~......」
「心臓止まるかと思ったわ......」
正体が判明したことで
「コーチは、何をしていらっしゃったんですか?」
「軽く資料に目を通していただけだ。お前たちまだ、補習を受けていたのか?」
「はい。もう少しで終わりの予定です。それで練習のこと何ですけど――」
「補習が終わるまで強制休部だそうだ。まあ、勉学にいそしめよ」
「そうですか......」
「くくく、不満そうだな。いや、不安か」
予選前にされたのと同じ質問に、
「あら。
「
親指で四人を差して言う。慌てる四人。
「ハァ、仕方ないじゃない。単位取れないと進級も、卒業も出来ないんだから。あっ、そうだわ!」
ぽんっと手を叩いた
そして迎えた、午後の補習。午前とは違い学年を問わず全ナインが集められた空き教室内は、ただならぬ緊張感が漂っていた。その訳は、教室の一番後ろの席であからさまに面倒くさそうに座っている
「さあ、あともう一踏ん張りよ。一年生は、小テスト。三年生は、英語の教科書を開いて。ちゃんと終わらせて、気分良く甲子園へ行きましょう!」
ナインたちは、
「なあ......スゲーやり辛いの、オイラだけか?」
「たぶん、みんな同じだと思うよ......」
「――はい。ここまでで質問のある人?」
「はい、
スッと挙手をした
「何を言っていたのか、さっぱり判りませんでした!」
「そんな堂々と言わないでくれる?」
「いやー、文系は苦手でして......」
「てゆーかアンタ、得意な教科あんの?」
「強いて言えば、数学。三桁の割り算なら暗算で解けるぞ」
「三桁? じゃあ、463割る152は?」
「三割二分八厘!」
「打率じゃない!」
「三割? それ、計算が逆じゃないかしら。正しい答えは......3.04ね」
スマホの電卓アプリではじき出した
「なーんだ。間違ってるんじゃん」
「でも、打率計算の方は合ってるわよ」
「えっ、うそ!?」
「へへーんっ。こういう決まった方程式の計算は得意なんだよ」
先ほどとは打って変わって、得意気な
「シーズン150イニングを投げ、自責点45の投手の防御率は?」
「防御率っすか? え~と......2.7っす」
前の問題よりも多少時間はかかったが、これも暗算で正しい答えを導き出した。
「正解だ」
「どうよ?
「まあ、スゴいのは認めるけど。あんまり役にたたなくない?」
「そんなこと言ったら、学校の勉強なんて殆ど意味ないだろ?」
「まあ、それはそうだけど」
「それ、
「すみません」と、
「お前たちは、大きな勘違いをしてる。意味のないことなど何一つ存在しない。ただ、意味のないままにしているだけに過ぎないのさ。他人からすれば無意味に思えるようなことを突き詰め、食い扶持にしている人間は様々な分野に存在している。プロスポーツなんてものは、その最たるもの。同じように、一見無意味に思えることを、意味のあるものに出来るかは、お前たち次第だろ?」
「無意味なことを、意味のあるものに......」
「ひとつ、簡単な例をくれてやろうか。この補習が予定よりも早く終われば、予定していた通常メニューに加え、甲子園優勝へ向けた特別メニューを追加してやる」
特別メニューの追加と聞いて、ナインの目の色が変わった。
「ほら、練習時間を割くこの補習が意味のあることに変わった。まあ、こう言うことだ」
それだけを言い残して、
「今の話し、本当なのかな?」
「どうだろう?」
「私は、やるわ。もし仮に方便だったとしても、早く練習を開始できることに変わりはない。だから、
あおいと
「
「判ったわ、好きになさい。テストは、二時間後に行うことにするわ」
「ありがとうございます」と、礼を言って
「じゃあみんな、それぞれ得意な教科を教え合って終わらせよう」
「よし、オイラは、数学だ! けど、文章問題は苦手だから教えてくれ」
「ボクとはるかは、英語だねっ」
「はいっ」
役割分担を決め自主的に勉強を始めたナインたちを見て、
* * *
「あの子たち、あのあと凄い集中力で一気に終わらせちゃったわ。あなたの狙い通りにね。これで本格的に、甲子園へ向けた練習を再開出来るわ」
「フッ、なら
「えっ? これって――」
「おいおい。まさか本当に、ただやる気にさせるための
補習授業が割り当てられていた箇所が修正された、新しいタイムスケジュール表。削られた補修授業の分、予定にはなかった新しいメニューが通常メニューの合間に追加されていた。
「題して、ビジョントレーニングレベルスリー。このトレーニングにより、アイツらのプレーは劇的に変わる」
そして、数日後――。
「
「そんなに急がなくても、約束の時間までまだ充分あるよ。
恋恋高校の駐車場に止めたロケ車を降りた、パワフルTVの男女二人のアナウンサーを先頭に、機材を抱えた数人の取材班たちは、甲子園大会恒例の出場校紹介VTR撮影のため来賓用玄関へ向かった。
「あれ?」
「おや、これはいったい......」
関係者から許可を貰った取材班はグラウンドへ足を運ぶも、そこはもぬけの殻。練習している部員は、誰ひとりとしていなかった。
「誰もいませんね。どうしましょうか?」
「うーん、そうだねェ。とりあえず一度戻って聞いてみようか」
戻ろうとした校舎から、連絡を受けた
「パワフルテレビの方ですね。お待たせいたしました」
「これは、
「よろしくお願いしますっ」
頭を下げた二人に「こちらこそ、よろしくお願いします」と会釈を返し。ナインたちが居る、昨日補習を受けていた教室へ案内。教室へ近づくと、廊下まで声が漏れ聞こえてきた。
「どう? あたしの方が速かったでしょっ!」
「くそ~。今のは、問題が難しすぎだってー......」
「ふっふーん、普段から勉強してないから悪いのよっ」
「うっせ!
「もう。二人とも、別に競ってる訳じゃないんだからね?」
あおいが、やんわりと注意を促す。
「判ってるって」
「判ってるわよ」
「準備はいいですか? 次の問題は、数学ですよー」
「よっし、貰った!」
「うっ......」
「おや、勉強中でしたか」と言った
「みんな、一旦中断して」
「あっ、
「はい。止めますね」
「恋恋高校野球部の皆さん、勉強中申し訳ございません。パワフルテレビの者です!」
「パワフルテレビ? あっそっか、今日は撮影が入ってたんだ」
「そう言うこと。ユニフォームに着替えて、グラウンドに集合してね」
「はい、判りました! みんな、急いで着替えよう!」
「では、
「う~ん......あっはい、すぐ行きますっ!」
教壇に置かれた大型モニターと、ケーブルが繋がれたノートパソコン。そして何も置かれていない机に、若干後ろ髪を引かれる思いを感じつつ
その後、学校紹介VTRの撮影は無事に終了。練習風景も撮影したいと言う要望を受け、ナインたちは教室へは戻らずに、そのまま個人練習を行う。その様子をベンチから見学していた
「いやー、実にいい動きをしていますねェ。とても初出場とは思えない」
「本当ですねっ。なんと言いますか、ひとりひとりがちゃんと目的を持って練習している感じがします!」
「これもひとえに、
「ええ、わたしもそう思います。でも、大変ですよ」
「元プロ、それも並外れた勝負師の指導となれば、やはり厳しいでしょうね」
「ふふっ、思われているような厳しさとはベクトルが違うと思いますよ。
「あっ! 記者会見の場でも言っていましたけど、本当なのですかっ?」
「ええ、本当です」と
「あえて考える余地を残す教え方をするんです。就任当初、聞いたことがあります。すると、こう返ってきました。『短絡的に全員に同じトレーニングを課せば良いというものではない。なぜならば、一卵性の双子であろうともまったく同じ人間など、この世に二人として存在しないからだ。性格はもちろん、体格も、骨格も、筋肉の質や付き方、関節可動域、許容量も、人それぞれ異なる。他人にとっては正解だった方法も、自身にとっては不正解であることも多い。だから、必要最低限の土台は作ってやれる。しかしその先は、トライアンドエラー、試行錯誤の繰り返し。自身に合う正解を模索し、まっさらな土台の上に積み重ねていく、己自身でな』と......」
少し懐かしそうに当時のことを振り返りながら、練習に取り組むナインたちを穏やかな顔で見守る
「手を上げることはもちろん、叱ったり、怒鳴りつけたことは、一度たりともないんです。何せあの子たちは、まっさら。今この時も、作り上げた真っ白なキャンバスに画を描いている途中なんです。成功と失敗の経験を、まるで油絵の具を塗り重ねるように――」
「......なるほど、とても自主性を重んじる指導ですね。これはますます甲子園での活躍が楽しみになってきました!」
「うん、そうだね。この夏、彼らがどんな画を完成させるか。ボクたちも楽しみにさせていただきます」
* * *
「いよいよだね!」
「そうだね」
撮影と練習が終わり、いつもの分かれ道で
「もう準備は出来た?」
「一通りはね。あとは着替えと道具だけだよ」
「ボクも。あっ!」
「どうしたの?」
突然立ち止まったあおいにつられて、
「お、お前は......!」
その人物は、
「......待っていた。
「えっ!?」
突然の申し出に戸惑うあおい。
「ちょっと待て! いったいどう言うこと?」
「今、言った通りだ。オレは、オレたちは甲子園へ行けない。あの日の約束を果たせなかった」
「約束? あっ......」
――借りは、甲子園で返す。あおいは、パワフル高校との練習試合後の出来事を思い出した。
「甲子園が終わってからじゃダメなのか?」
「今、どうしても確かめたいことがある」
「確かめたいこと......?」
「勝手なのは承知の上。頼む」
頭を下げる
「......わかった。いいよ。勝負しよう」
三人は、河川敷のグラウンドへ移動。軽いキャッチボールで肩を作り、あおいはマウンドに立つ。
「勝負は、ワンナウト。四死球及びノーバウンドで外野へ飛ばせば、バッターの勝ち。逆に三振を奪うか、打球がインフィールドに転がった場合は、ピッチャーの勝ち。それでいい?」
「うん」
「わかった」
「オーケー。じゃあ始めよう」
ゆったりモーションを起こしたあおいの初球は、内角へのストレート。
「ストライク」
「次、行くよ?」
「......来い」
二球目も、ストレート。今度は、外角低めいっぱい。金属音を響かせ、レフト上空へ上がった打球は、大きく切れていく。ファールでカウント0-2。あおいは、ブレーキの効いた緩いカーブを一球外し、四球目。外角低めストライクからボールになる、マリンボールを投げた。手元で鋭く大きく変化したボールを、バットの先で掬い上げるように拾った。
「勝負あり」
結果は――ライト定位置へのフライ。
「バッターの勝ち」
「はぁ......負けちゃった」
悔しそうなあおいをよそに、
「満足した?」
「ああ。あかつきの
そう言うと、二人へ向き直す。
「オレを負かした、あんたたちに頼みがある。決して負けないで欲しいヤツがいる」
全国トップレベルの実力を持つ
本来であれば、
叶わないであろう願いを、自分を負かしたあおいに、恋恋高校に託した。
「帝王実業か......」
「勝ち上がっていけば、必ず当たる相手だよね?」
「間違いなく。優勝候補だもん」
「......だよね。絶対勝とうねっ!」
「もちろん」
二人は、夕日に照らされながら遠くなって行く
次話以降まだストックがないため、不定期更新となると思います。
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New game2 ~ランク~
「
「忘れ物は、無いわね?」
「はい!」とナインたちは、声を揃えて返事。
「よろしい。それじゃあ、行きましょう」
八月某日、恋恋高校野球部一同は東京発新大阪行の始発列車に乗り、宿舎のある兵庫県へ向けて出発。ほぼ貸し切り状態の列車内に、
東京駅を出発した列車は程なく、隣駅の品川で停車。荷物を抱えた学生の集団が、車両の前方から歩いてくる。その集団の先頭を歩く男子に、
「
「なんだよ、お前たちも同じ電車だったのかよ。おい、先行ってくれ」
「やれやれ、手短に済ませろよ」
ナインたちを
「同じ列車なら、教えてくれりゃ良いじゃねぇーか」
「いや、連絡先知らないし」
「じゃあ今、交換しちゃいましょーっ」
「
「迷惑かけないように見張っとけって、
「あのヤロウ......オレは、小学生かっつーの」
恨み言を漏らしながらも連絡先を交換し、
「いつ当たるか判んねーけど、
「まあ、そうでなるように最善を尽くすよ」
「お、なんだ? 妙に落ち着いてるじゃねーか」
「まあね。ね、あおいちゃん」
「あの特訓の後だから。今なら、どこと試合しても負ける気がしないよっ」
「だね」
「へぇ、言うじゃねーか。どんな特訓してきたか知らねーけど、そりゃ楽しみだ! アレも気にしてねぇみたいで安心した」
「アレって?」
今度は反対に、
「高校野球の特集記事?」
「あっ、それって、毎大会恒例出場校別の戦力分析してる雑誌だよね。ボクたちは?」
「ちょっと待ってね。ええーと、あった」
雑誌を捲り、恋恋高校の記事を開く。見出しに書かれていたのは――。
「――Cランク。『王者あかつきを撃破し、激戦区東東京を制した新星! しかしながら、やはり、選手層の薄さは否めない。勝負師、
「Cランクって言うと?」
「三段階評価の一番下のカテゴリーだね」
「まあ、初出場校は大抵そうだから気にすんなよ」
「だってさ。覇堂は......Bランク? Aランクじゃないんだ」
「はぁ!? おい、ちょっと貸してみろ!」
「おっと」
雑誌をぶんどり、わなわなと肩を震わせながら覇堂高校の記事を読み上げる。
「『攻守ともにバランスの取れたチーム。あえて不安要素をあげるとすれば、エース
「兄ちゃん、ウルサイ、他の乗客もいるんだからっ」
「ケッ、くだらねぇ......!」
「Aランクは、全部で五校。春夏連覇を狙うアンドロメダ、夏連覇がかかる壬生。後は、天空中央、西強高校。それと、帝王実業――」
「やっぱり、Aランクなんだね」
「大したことねーよ。オレら、春にボコってるし」
「あ、そうなんだ。ん?」
新横浜に停車。するとホームには、早朝にも関わらず大勢の人だかりが出来ていた。
「何かな?」
「たぶんアレですよ、神楽坂大附属。親会社の神楽坂グループの御曹司がエースピッチャーって話しですし」
「朝早くから総出でお見送りか、たいそうなこった。さてと、そろそろ戻る」
「ああー、うん。雑誌......」
「やるよ。
「じゃあお言葉に甘えて。ありがとう」
「おう。じゃあな」
「お騒がせしましたー」
停車している間に、
「――帝王実業。『名将
「春に倒したって言ってたよね? ちょっと調べてみるね」
あおいはスマホを操作して、覇堂高校対帝王実業の試合結果を調べる。
「春の甲子園大会二回戦、試合結果は8対2。立ち上がりに先制を許したけど、相手の先発が早い回で降板、二番手以降のピッチャーを攻略して逆転勝利だって」
「エースが早い回で降板って、故障かな?」
「うーん、その辺りの詳しい理由は載ってないや。だけど、今のエースと同じ人だよ」
「そっか」
「もう、うるさいわね~。寝れないじゃなーい」
二人の前の席に座っている
「ごめんごめん」
「昨夜、寝れなかったの?」
「寝たけど、起きたのも早かったから。いつもならまだ寝てる時間だし」
「これ、貸してあげる。その代わり座席を反転させて」
「オッケー、ありがと」
隣の
「その雑誌、私にも見せてもらえる?」
「どうぞ」と、
「殆ど常連校だけど。ひとチームだけ、女子選手が中心のチームがあるわ」
「ほんとっ?」
* * *
新大阪駅からマイクロバスで移動。滞在先の宿舎に到着すると、事前に振り当てられた部屋に荷物を置いて、周辺の散策へ出かけて行った。
ナインたちを見送って宿舎へ戻った
「真剣な顔して、何を見てるんだ?」
「今後の予定を確認しているのよ。それにしても遅かったわね」
「渋滞に嵌まった」
「渋滞? そう、渋滞にねっ」
どこか可笑しそうにクスクスと笑う、
「アイツらは、出かけたのか?」
「ええ、少し前にね。お昼を食べたら戻ってくるわ。ちょっと休憩を取ってから、甲子園へ向かう予定よ。練習時間も決められているから、少し早めに移動して準備しておくことになるわね」
四十以上の出場校があるため、各校、持ち時間は三十分と規定で定められている。その限られた時間の中で、投手はマウンドの感触を。野手は、守備の注意点等を頭に入れなければならない。
「最初は素直に弾むけど、時間が経つと結構気を使いそうだ」
「そうだな。整備が入るとはいえ、特に後半はイレギュラーバウンドに気をつけよう」
「あっ、そうだ、
「判った。こんな感じでどうだ?」
「オーケー、ずいぶん見やすくなったわ。あたしも、同じようにするから」
内野陣は黒土のグラウンドのバウンドの感触、二遊間を組む
「行くでやんすよー!」
「よっしゃ、来い!」
レフトの
「思った以上に流されるな」
「そうでやんすね」
「ただのフライでこれだけ流されるんだから、送球も意識しておいた方が良さそうだな。次は、ゴロの感覚を確かめようぜ。
「はい!」
わざとバウンドするよう、ライトへ向かって強めに投げる。投げたボールは人工芝のグラウンドと違い、天然芝に勢いを奪われ、
「ってことは......」
「
「だな。じゃあ、次はクッション対応な」
外野陣はフェンス際のクッション処理の確認へ移行、ホームベース付近では、バッテリーが話し合っている。
「マウンドは、どう?」
「すごく投げやすいよ。でも、やっぱり暑い......」
あおいの意見に、
時刻は午後一時過ぎ、気温がピークに達する時間帯。光りの反射を抑える反面、熱を溜め込む黒土は、白土のような反射熱とはまた別種の暑さがある。
「水分補給は、こまめにした方が良さそうだね。用意する水筒の数も増やそう」
「タオルも買い足した方が良さそうね。何枚あっても足りないわ。明日、組み合わせ抽選会が終わったら買い出しに行きましょう」
「うん。あと、日焼け止めも! 多めに用意したつもりだったけど全然足りないよ」
「ですですっ。これじゃあ汗で全部落ちちゃいます......」
試合以外の面も話し合っていたところへ、『恋恋高校、練習時間残り十分です』と場内アナウンスが流れた。ベンチを出た
「とりあえず一通り確認出来たわね。バッティング練習で終わりにしましょう。一人一打席ずつね。順番は、背番号順。あおいさんからよ」
「はい!」
「あの、バッティングピッチャーは?」
「ああ、それなら――」
「よし、やるか」
左手にグラブを付けた
「コーチが投げるんですか......?」
甲子園出発前に行われた特訓が、ナインたちの頭を過る。
「心配するな。気持ちよく打たせてやるよ」
その言葉通り全員がヒット性の当たりを打ち、練習は終わった。
そして翌日、全参加校が集められた施設で、組み合わせ抽選会が行われた。
恋恋高校、初戦の相手は――帝王実業。
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New game3 ~資質~
抽選会は滞りなく閉幕した日の夜、宿舎近くのバーで飲んでいた
「初戦から、とんでもない相手に決まったわね」
「そうでもないさ。むしろ好都合な相手だ」
「好都合?」
「よく見てみろよ」
「少なくとも、ベスト8の再抽選まで他の優勝候補とは当たらない」
「確かに......」
夏の甲子園は三回戦のあと、勝ったチームが改めてクジを引き再抽選が行われる(※この規定は、変更されることがままあります)。初戦は、優勝候補の帝王実業ではあるが、
「正直、帝王実業は決勝で戦ったあかつき以下のチームだ。総合的なバランスで言えば帝王の方が勝るが、しかし投手力という面においては格段に劣る。他校へインパクトを与えつつ、軽く弾みをつけるには絶好の
相手が優勝候補と知ってもなお、普段と変わらず余裕綽々な笑みを浮かべながらグラスを口に運ぶ
「それに優勝候補だ。中途半端な相手よりも、データは集めやすいだろ」
「もちろん。個々の成績から、予選全試合まで用意してあるわ」
「フッ、なら、なおのこと好都合だったな」
そう言うと、再びグラスを口に運んだ。
* * *
翌日、朝食後、宿舎内に用意された大部屋で、対帝王実業戦ミーティングが行われようとしていた。
「けど、いきなり帝王実業って、クジ運悪いわね」
「いやいや、そんなこと言われても、向こうが後に引いたんだから......」
ジト目の
「さて、全員揃ったことだし、ミーティングを始めましょう。はるかさん、お願いね」
「はいっ」
はるかは手元のノートパソコンを操作して、元々部屋の奥に設置されている大型ディスプレイに、帝王実業の地区大会の試合結果を表示させた。地区大会は緒戦から決勝戦まで、ほぼ危なげない結果で勝ち上がっている。続けて、レギュラーメンバー、ベンチ入りメンバーの個人成績へ切り替えた。
「うわぁ、スゴい成績だねっ。特にクリーンナップは、全員が四割近い打率だよ!」
「半端ないわね」
「でも、打点に関しては五番が一番多いわ」
「あ、ホントだ。それに三番は、六番よりも打点が少ないわね」
あおい、
「基本的に一番、二番、三番で作ったチャンスを四番で返す。残ったランナーを五番、六番で掃除する。下位打線は、長打も、打点も少ないから、完全に上位への繋ぎ役って感じのチームスタイルなのかな? はるかちゃん、試合の映像ある?」
「もちろん、用意してありますよ」
映像が、試合の映像に切り替わった。
動画は、地区大会決勝戦。資料の数字通り、圧倒的な攻撃力で相手投手を攻略、二桁得点で勝利を収めた。
「やっぱり強力打線だ。打線の繋がりでいえば、あかつき以上かも」
「だな。それに、あの投手のフォーム相当打ちづらそうだなー」
エース
「このフォーク、ヤバいな。今、バットを避けるようにベースの手前でバウンドしたぞ」
「
「クックック......」
振り向いた先、不気味に笑う
「どうしたの?」
「なーに、ちょっと面白いヤツが居たんでな」
「面白いヤツ?」
「はるか、三回の守備に戻してくれ」
「はい」
指定した、三回の守備に映像を戻す。
「ここだ」
相手チームの一番バッターが塁に出て、ツーアウトからの二球目で盗塁を仕掛けた場面。帝王バッテリーは、この仕掛けを読み切り大きくウエスト。だがしかし、キャッチャーの送球はややショートよりに高めに逸れ、セカンドは身体を捻りながらジャンプして捕球。ちょうど着地したところへ、滑り込んで来たランナーと交錯した。一旦ゲームは中断されたが、幸い両者ともケガはなく、試合は続行された。
「今のプレー、明らかに潰しに行っていた」
「
「......あたしだったら、後ろへ逸らさないようにベースを離れて取りに行きます。上下だけならまだしも、左右へ逸れた場合バックアップが取れなかったら、三塁まで進まれるし」
「そう、通常あれほどの悪送球であればベースを離れ、捕球に専念する。だがコイツは、それをしなかった。走者は足のある一番バッター、送球が逸れた時点でタッチは間に合わない。しかも序盤でツーアウト、ケガのリスクを負ってまで果敢に攻めるような場面ではない。そして何より――捕球した直後、視線を落とした。ベースへ滑り込んで来るランナーの位置を確認した」
どこか嬉しそうな笑みを見せる、
そんな彼とは対照的に、
「くくく、こんなヤツが居るなんてな。捨てたもんじゃねーじゃねーか、高校野球ってのも。だが所詮、二流だ」
「二流?」
「本物は、一撃で獲物を仕留める。一度なら“偶然”で済まされるだろ」
「......そう言う意味なのね」
期待薄と判っていたが、それでも否定してくれることを期待していた
「フッ、どうにせよ小心者さ。この地区は元来、帝王一強の地区。明らかな格下相手に、こんな姑息な手を使っているようでは大成しない」
「そう言うものですか?」
「まあな。さてと、じゃあそろそろ本題へ移るとするか。お前ら――」
――覚悟はあるか、と。
* * *
後日、開会式のリハーサル、翌日に本番が行われた。
そして大会初日は、いきなり、優勝候補筆頭のアンドロメダ学園が登場するということで当然、チケットは即完売。宿舎へ戻ったナインたちは、テレビで中継を見ていた。
「二回でもう、五点差でやんす!」
「やっぱり、俺たちが戦った一年生とは攻守共に格が違うね」
「あっ、見て! あの時のピッチャー、ベンチ入りしてるよっ」
あおいが指を差した先に、恋恋高校との練習試合で先発した
「名門アンドロメダ学園で、一年の夏からベンチ入りするなんて......」
「オイラたち、結構スゴいヤツを攻略したんだな」
「だけどさ、そのピッチャーがベンチ入りしてるってことは、今年はあんまり良くないってこと?」
「うーん、どうなんだろう。試合内容を見る限り、そんなことは無いと思うけど。レギュラーに名を連ねる面子も、春とあまり変わらないし。一番大きく変わったのは、ショートが女子選手ってところかな」
「えっ、うっそ!」
「あのショート、女の子なんだ! 小柄だけどキリッとしてるから男子だと思ってたよっ」
ショートを守る選手が女子と知り驚く
「どうにせよ、三回戦ではっきりするんじゃないかしら。順当にいけば、天空中央が勝ち上がって来ることになると思うし」
「改めて組み合わせ表を見ると、正直、ゾッとしたよ。ひとつ横にズレていたら両方と戦わないといけないところだった」
「そう言う意味では、クジ運は良かったワケね。初戦が帝王実業ってことを除けば――」
――覚悟はあるか。先日のミーティングで問われたことを思い返す。
――肩関節唇損傷。
この故障を患って完全復活を遂げた投手は、ほぼ皆無に等しい。何人もの名選手たちが若くして引退を余儀なくされた、致命的な故障。
「どうして、判ったの......?」
あの日の夜、
「そりゃあ判るさ。俺も、同じ故障を抱えていたんだからな」
タバコに火を付け、答える。
「......そうね」
「お前の言いたいことは判る。なぜあの場で、アイツらに話したのかだろ?」
「それくらい、わたしにも判っているわ。もし知らずに、引き金をひいてしまったら......」
――心に深い傷を負いかねない。以前の、あおいのように。
「フッ、お門違いもいいところだな。そんな取るに足らない“情”の話しではない。俺が言っているのは、アイツらが頂点に立ちうるだけの資格、資質が有るか否かの話だ。前に話しただろ。勝利とは、綺麗事では済まされない、むしろ残酷なモノだ。誰かを蹴落とし、蹴落とした者たちの屍を踏み越えた先で、自らの手で掴み取るモノ。一握りの勝者の裏には、数え切れない程の敗者が存在しているんだ」
「プロ、大学、社会人野球のスカウトから幾つか話しが来ている。それは、お前も知っているだろ」
「......ええ、知っているわ。あなたが、直接の接触を止めていることもね」
「フゥ......この程度のことで立ち止まるような甘いメンタルでは、プロでは生きていけない。毎年何人もの人間が無情にも切り捨てられる、実力だけが評価される世界だ。味方を蹴り落とし、ポジションを奪い取ることが出来なければ、カモにされて終わる。勝負に徹せられず、躊躇するようであれば、端っから土俵に上がる資格はない」
「......言わば、この試合は――」
――
プロの世界で、この先の未来を勝ち抜いて行けるか否かの最終試験。
そして、その時がやって来た。
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New game4 ~同類~
シナリオの都合上。
「覚悟、か......」
帝王実業戦前夜、時計の針が零時を回っても、なかなか寝付けないでいた
「まだ、起きてたんだ」
「あっ、あおいちゃん......」
隣に座ったあおいは、同じように夜空を見上げた。
「わぁ~、東京よりも、キレイに見えるね!」
「ん? ああー、そうだね」
「悩んでる?」
あまりにも素っ気ない返事に、あおいが若干不満気に訊くと、少しの間があったあと「うん」と、小さく返事を返した。
「だよね」
「あおいちゃんは、どう思う?」とは聞かれなかったが、あおいは、自分から話しを切り出した。
「もし、ピッチャーだったらどうする?」
「ピッチャーだったら?」
「うん。
「俺は......」
あおいの問いに、
「ボクはきっと、ううん、絶対に投げる」
「......それで、投げられなくなったとしても?」
神妙な面持ちで聞かれたあおいは「うんっ」と、迷いの無い笑顔を返した。
「投げれば後悔するかも知れない。でも、投げないと、絶対に後悔するって自信はある。なーんて、ヒロぴーの受け売りだけどね」
「
「うん。晩ごはんの後、メッセージが来たんだよ。明日......もう、今日だね。応援に来てくれるって」
「わざわざ、甲子園まで?」
「ほむらちゃんの、知り合いのバッティングセンターが近くにあって、お手伝いする代わりに泊めて貰えるんだって。それで、今回のことを相談したんだよ。ヒロぴーの話しを聞いて、ボクも、同じ気持ちだって想ったんだ......」
再び夜空を見上げたあおいは、どこか吹っ切れた
「ありがとう」
「どういたしまして。今日の試合、絶対に勝とうね!」
「うん、もちろん」
小さく微笑み合って、もう一度夜空を見上げた。
そして、翌日。甲子園のダグアウトからベンチへ戻ってきた
「朝っぱらから話し合っていたらしいが、答えは出たようだな」
「はい、この試合、本気で“潰し”に行きます。これは俺たち、全員の総意です」
「フッ、そうか。なら俺は、この試合、
「――はい!」
迷いの無い目で、力強い返事をした
「本当に、大丈夫なのかしら......?」
「おい。お前が、そんな不安な
「アイツらは正に、岐路に立っていた。存在するふたつの道。ひとつは、踏み場の無いほどのイバラが足下に張り巡らされた道の先に、微かに光が見える道。もうひとつは、一定の間隔に設置された
前者は、仮に試合中に
「しかしアイツらは、少なくとも選んだのさ。立ち尽くすことなく、痛みを負う覚悟を決めた。ならば、結末を見届けることこそが、指導者の務めだろ」
「......ええ、目は逸らさないわ」
「それでいい。まあ、その相手側は先発ではでないがな」
「あかつきとは、まったく違うチーム作りをしている。よほどのことがない限り、その年の三年をレギュラーに据えるあかつきは、三年引退後の秋になると、ベンチ入りした二年と二軍で育てた連中を軸に戦力を整えて戦う。一方、帝王はと言うと、半ば強引に一・二年をレギュラーやベンチに入れることで、秋の入れ替えによる戦力低下を実質半分に抑えているのさ」
「同じ名門校でも、そうも差があるのね。あかつきは、最大値を。帝王は、安定を求めるチーム作りと言ったところかしら? でも、ベンチ入りメンバーの半分近くに二年生と一年生で抜擢しているとはいえ、大事な初戦で一年生を先発させるの?」
「単なる消去法さ。帝王の投手は、全部で四人」
三年生の
「
「なるほどね、納得。ウチの先発が、彼女なのも」
「
「......んっ!」
「オッケー、ナイスボールッ!」
ミットを構えたところへ寸分の狂いもなく投げ込み、一旦ベンチへ引き上げてきた。試合開始に向けて、各自落ち着いた様子で準備を進める。審判団が、グラウンドへ出てきた。
「さあ、時間よ。みんな、行ってらっしゃい!」
先頭バッター
* * *
『本日お届けする試合は、名門・帝王実業対初出場の恋恋高校。実況担当は、私、
球審のコールを聞き、帝王実業バッテリーは、サイン交換を行う。サインは一度で決まり、マウンド上の
『注目の初球は――おーっと! なんと、先頭バッター
完全に裏をかかれ、内野安打。いきなりランナーを背負ってしまった
『キャッチャー
「動揺するでない!」
監督の
「
「あっ! は、はい!」
叱咤された
「(――初っぱなから奇襲とは、彼奴らの経験不足を狙われたか。さすがは噂に聞く、勝負師。異名は伊達ではないと言うことか。ともかく、試合を壊さず四回まで持たせてくれればよい)」
間を取ったあとの初球は、アウトコースのスライダーで空振りを奪った。今の一球を見た
「ストライクからボールになるスライダー。今の一喝で、立ち直った?」
「いや、一時的なものに過ぎねぇよ。それに本命は、ここからさ」
『カウント3-1からの四球目――
ひとつストライクを取って落ち着きを取り戻しかけていたところへ、再び仕掛けた。一球前と同じ外角のスライダーをハーフスイングで止めるも、スイングと判定されてストライク。しかし、完全に無警戒だったことで、キャッチャー
『地区予選決勝あかつき戦では、
「くくく、油断したな。ひとつストライクを取ったことで、
『大きく外れてしまいました、フォアボールです! これでノーアウト三塁一塁!』
ノーアウト三塁一塁。様々な形で得点を奪えるシチュエーション。そしてバッターは、
「(いくらメンタルが弱い
マウンド上で動揺している
「
「判っています。サードランナーが走るそぶりを見せたら、カットには俺が入ります。ベースカバーは、お願いします」
「(個人的には、そこそこの数字は残したが、春は二回戦で敗退してしまった。もう少しアピールしておきたいところだ。そのためにも、初戦で負ける訳にはいかない。必ずプロへ行くために。例え、どんな
「(このボクの気持ち......同類のあなたなら、理解していただけますよね?
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New game5 ~魔法~
初回、無死三塁一塁。ヒットはもちろん、外野フライ、バッテリーエラー、内野ゴロでも点が入る場面。そして、迎えるバッターは、
「(コーチから空サインは出てない。だけど
流れを切らず、より大きなダメージを与える方法を模索した
『ワンボールからの二球目――スライダー!』
ストライクからボールへ逃げるスライダー。しかしこれも、
「(確かに、いいは変化してる。けど、ストレートのあとに外のスライダーで誘うって、
「(また、ピンチでボール先行......僕の悪い癖だ。これじゃあ、
「(ふむ......仕掛けて来るのなら、カウント的に次だろう。しかし逆に言えば、考えられる策は限られている。奇襲を二度続けた、十中八九重盗を臭わせてのアシスト当たりであろう。
『マウンドへ戻った
投球と同時にファーストランナーの
「――バント!? チィッ!
「はい!」
完全に不意を突かれたファーストだったが、
『いや、これは送りバントではありません! これは、スクイズだーッ! だがしかし、サードランナーの
ダッシュしてきたファーストは、ホームへ向かって走る
「違う! ホームじゃない、サード!」
「――えっ? はぁ!? い、居ない!?」
「セーフッ!」
一塁塁審は、水平に両腕を伸ばす。
『セ、セーフ、オールセーフです!
足の速い
「くっ! おいキサマ、伝令だ!」
「は、はい!」
このピンチに
「(......よもや、三度続けての奇襲とは。あり得ぬ、このチームにセオリーなど通用しないとでも言うのか? そもそも、
「フッ、尺の決まったアンタの物差しじゃ勝負は計れねーよ。さーて、仕掛けといくか」
マウンド上で話し合いが行われている最中、今度はしっかりと、空サインを出した。同調して、はるかが本物をサインを出す。ネクストバッターの
「今の作戦が、仕掛けなの?」
「まーな。この試合を優位に運ぶための、とっておきの魔法さ」
「ま、魔法......?」
「まあ、覚悟を決めたアイツらへの対価といったところだ。楽しみにしておけよ」
その頃マウンドでは、
「『まだ初回、浮き足立つ場面ではない。とにかく、まずひとつアウトを取れ』と」
「多少の失点はやむを得ない、と言うことか?」
「そうは言っても、やはり無失点で切り抜けるに超したことはない。ノーアウトフルベース、逆に守り易くなったとポジティブに考えるべきだろうね。それに相手は、
「は、はい!」
「(まったく、初回から試合を潰されたらかなわないからなぁ......)」
「して、どうだ?」
「はい。
「......そうか。ご苦労」
伝令から報告を受けた
その理由は、入学当初投手として才能を発揮していた
しかし、とある学校の選手に、
「(――
『さあ、ノーアウトフルベースで試合再開です! 恋恋高校は先制点、大量得点のチャンス。帝王実業にとっては、大量失点の大ピンチ! このチャンスをモノに出来るか、それとも切り抜けられるか!? 注目して参りましょーッ!』
左打席で、四番
「ファールッ!」
やや振り遅れた打球は、三塁側の応援スタンドで弾んだ。
「(ジャスト140キロか、想ったよりも差し込まれた。だけど)」
打席へ戻って、平然と構え直す。新しいボールを受け取った
「(
『――打った! 内角のストレートを引っ張った打球は、ライト上空へ上がったーッ!』
ライトの
「うおりゃーッ!」
『先制点は、恋恋高校! 四番
「......あ、あれ? うぉっ、やっちまったーッ!」
「(今のが、あの
「(
初球、外のシュートを迷いなく振り抜く。
『アウトーッ! ショート
ファインプレーでアウトに取られた
「くそー、ヒット一本損した。抜けてれば、もう一点入ってたのに」
「ドンマイ! 今のは、仕方ないよ」
「そうね。今のは、ショートが上手かっただけよ。それより、受けてもらえる?」
「うん。すぐ準備するから」
「ボクも、手伝うよ」
「ありがとう」
あおいに手伝って貰い、守備の準備を急ぐ。
そして試合は、ツーアウトランナー三塁で六番
「
「当然だろ。はるか」
「はいっ」
例によって
『恋恋高校、ノーアウトフルベースから二点を奪い、攻守交代! 恋恋高校の先発投手、
帝王実業ナインはベンチへ戻り、入れ替わりで恋恋ナインが守備に向かう。
「この投球練習中、極力ミットを動かすな。あとは好きにして構わない。思い通りにやって来い」
「はい、判りました!」
他のナインたちから少し遅れて、グラウンドへ駆け出していった。投球練習が終わり、帝王実業の先頭バッター
――さあ、時間だ。魔法がかかるぞ。
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New game6 ~認識~
「よし、よくぞ二点で留めた!」
無死満塁から二点失点を喫したが、致命傷とまでは言えない点差。なぜならば、攻撃はまだ九回丸々残されているから。
「先発投手のデータは、頭に入っておるな?」
帝王ナインたちは「はい!」と返事。その力強い答えに満足そうに頷いた
「彼奴らは、奇襲を仕掛けてきおった。奇襲とは、弱者が強者に衝撃を与えるため兵法。しかし、実力の差は歴然である。こちらは普段通りの試合運びでゆくぞ。敵の策に惑わされてはならぬ!
「はい!」
指示に頷いた
「プレイ!」
球審のコールを聞いた
「(キャッチャーで先頭バッター、間違いなく足のあるタイプだ。ただ、体格と構えから見て、長打はあまりなさそうだ。
データと実際に対峙してみた印象を踏まえてサインを出し、内角低めにミットを構える。出されたサインに頷いた
『
初球は、縦のカーブ。真ん中外寄りのやや甘いコースから、構えたミットは殆ど動くことなく収まった。球審の右手が上がる。見逃しのストライクを奪ったのは良いが、
「(何だろう? 最初は打ち気だったのに、
若干疑問に想いつつも「オッケー、走ってるよ!」と、
「(何なんだ? このバッターは......。今度は、まるでやる気を感じないぞ)」
要領を得ない
『ファール! アウトコース低めのストレートを打ちに行きましたが、仕留めきれず三塁方向へのボテボテのファウル。バッテリー、ここは理想的な形で
「(今度は振ってきた......って、また打ち気満々の構えに戻ったぞ? いったい何なんだ? このバッターは――)」
まったくと言っていいほど経験のないタイプの選手に、
「(フフフ、悩んでおる悩んでおる。かく言うこの我輩も、
――気分屋。
「......極度の気分屋。相手の挙動を読んで試合を組み立てる
「確かに、面倒なタイプではあるが、対処方法は幾らでもある」
「どうするの?」
「一番手っ取り早いのは、無視して勝負する」
打率三割を超えれば一流と評される。しかし裏を返せば、一流でも七割近い確率で凡打する。
「打ちにいった場合、一流バッターでも七割は失敗する。だが、四死球は打率に関係なく十割出塁させてしまう。面倒な相手には、下手にカウント悪くして自分の首を絞めるよりも、さっさと打たせちまう方がいい。加えてコイツは左バッター、引っ張って外野手の頭を越えるような長打はまず無い」
「
勝負は必然的に、インコース。
恋恋バッテリーは、追い込んでからの三球目は二球目よりも外に外してカウントを整え、カウントワンエンドツーからの四球目――内角のシュートを選択。
『一二塁間を破るライト前ヒット! 先頭バッター
当てただけのヒッティングだったが、足があると言うことでライン寄りに詰めて守っていた結果のヒット。出塁を許してしまったが、バッテリーとしては想定内。すぐに切り替えて、次のバッターへ神経を注ぐ。
「(最初からバントの構えか。ランナーは......)」
右打席に入った二番バッターから、ファーストランナーの
「(ずいぶんリードが大きいな、単独の盗塁も充分に考えられる。だけど、警戒し過ぎて仕掛けやすくしたら本末転倒。バント失敗を狙いつつ、仕掛けてきたら刺す)」
サインに頷いた
『あーっと! 上げてしまった! キャッチャー
送りバントを決め損ねた二番バッターは悔しそうな
「バント巧者のキミが、送りバントを失敗するなんて珍しいね。難しいボールだったのかい?」
「いや、ボール自体は大したことない。だけど、相当出所が見辛い。早めに準備した方がいい」
「なるほど......」
「(
「珍しいわね。守備で注文を付けるなんて」
「一番のヤツが想定外なタイプだったんでな、仕方なくだ。それに
「幻影?」
「フッ、見てりゃ判るさ」
意味深に言うと、
『バッターボックスには帝王実業不動の三番、
「(珍しく、コーチから守備で注文が出た。このバッターだけは、必ず外角で仕留めろ。なら、インコースでカウントを整えて、最後に外で仕留めるのが定石。だけど、そうそう狙い通り仕留められる相手じゃないから勝負は焦らずに行こう)」
「(ええ、判ったわ)」
先ずは牽制球を投げ、バッターへ初球を投げる。外角のストレート。
「(......ふむ、確かにタイミングを測りづらい。あながち、仕留め損ねた言い訳では無かったということか。しかし、掴むことが出来れば打てないボールではない。タイミングを取る一番の方法は、合わずとも多少強引に振って感覚を掴む。振らなければ、何も得るものはない)」
構え直した
『塁審の判定は、スイング!
「(球威が無い分、コントロールはかなりのものを持っているようだ。牽制も、まずまず上手い)」
目でしっかりランナーを牽制しての三球目。
『再三ランナーを警戒してからの三球目は――外のストレート! ファウル! 厳しいコースのストレート、捉えるきることが出来ません!』
タイミングを合わせられず、差し込まれてファウル。
「(三球続けて速球系のアウトコース攻め、盗塁を警戒しての配球か? しかも、どれも際どいコースの投球大したものだ。しかし、そろそろインコースを挟みたいところだろう。おそらく、緩いカーブ――)」
読みに反し、四球目は大きくウエスト。
「(......ここで外して来るとは、よほど盗塁を警戒しているようだ。しかしこれで、投手有利のカウントから五分に戻ったわけだ。となると――やはり、勝負は内側)」
一旦打席を外し、バットを握り直して戻ってきた
「(――なっ!? アウトコースだと!?)」
「(よし、完璧!)」
インコースを予測していたところへ裏をかく、五球連続アウトコース。
「(......裏をかかれた。しかし、ここは遠い――)」
「ストライク! バッターアウト!」
「――なっ!?」
『見逃し三振ッ! 恋恋バッテリー、好打者
「(ボクは今、自信を持って見送った。今のコースが、ストライクだと......?)」
下された判定に立ち尽くしていた
「
「そうですか。判りました、頭に入れておきます」
ベンチへ戻った
「そうか。選球眼のいいキサマが言うのなら間違いないな。
「はい! キャッチボール、お願いします」
「ああ」
控えの捕手に頼み、
打席では、スイッチヒッターの
『
打席で構える
「(......何てリキみの無い構えなんだ。
『ファーストライナー! 火の出るような痛烈な当たりでしたが、これは不運にも野手の正面! スリーアウトチェンジですッ!』
「くっ......!」
仕留め損ね、悔しさを滲ませる
「
「ありがと」
「どうしたの?」
「あ、うん、何か拍子抜けって言うか......」
「私も、同じ感想よ」
あおいの隣に座った
「どうして、あんな不用意に手を出してきたのかしら......?」
「だよね。
「そんな考え込むような理由じゃない。この回の攻撃で解るさ。おーい」
「はい?」
「初球は、必ずアウトコースへストレートが来る。それはボール球だ。釣られるなよ」
「はーい、わかりましたーっ」
改めてグラウンドへ出ていった
「お願いしまーすっ!」
「うむ。プレイ!」
打席に立つ
「(外を広く使えるなら、そんな楽なことはない)」
「(うーん、あんまりそんな印象は無かったんだけどなぁ。まっ、いいか。じゃあ、これで)」
「ボール!」
「えっ?」
『初球は、アウトコースのストレート。帝王バッテリー、慎重にボールから入ってきました』
「おしいおしい、ボールは走ってるぞー!」
「あっ、うん......」
『ボール、ボールです!
不審に思った
「クックック......今さら何をしようと無駄だ。もう、魔法にかかってしまったのだからな。この魔法は、簡単には解けない」
「魔法......ですか? あっ! もしかして、ジャスミンとの練習試合の時の!」
「いいや、別に特別な配慮などされていない。むしろ公平な判定を下している。名審判と言ってもいい」
「どういうことなの?」
「だから、見たままじゃねーか。単純にボールなんだよ、
『あーっと、これも外れてしまいました! ストレートのフォアボール! この回先頭バッターの七番
その後も
『またしてもボールが先行します! いったい、どうしたと言うのでしょーか?』
「(......そっか、そういうことだったのね!)」
初球で、
「
「あのー、いったいどう言うことなのでしょうか?」
「言っただろ? ストライクゾーンは変わっていないし、審判の判定に贔屓があるわけでもない。しかし、唯一変わったことがある。それは――」
「――
「えっ? そういえば、
「誤った認識を広めてしまったヤツがいるのさ。それが、
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New game7 ~信頼~
『――流し打ち!
たまらずタイムをかけた
「どうして、ストライクを取ってくれないんだ......?」
「そりゃあ取ってくれないって、ボール球過ぎるもん」
「でも、外は広いって、
「いくら広いって言ってもさ、やっぱり限度ってあるじゃん。もっとストライクゾーンで勝負していかないと――」
「......向こうは取ってくれるのに?」
あからさまに不満気に言う
「(い、いかん......! このままでは、非常にマズイ。今、信頼関係を損なってしまえば、少なくとも試合中の再構築は不可能――)」
信頼というものは、築き上げるのに莫大な時間を要する。しかし、崩れる時は一瞬。ほんの些細なことで、いとも簡単に崩れ去ってしまう。そもそも入学して四ヶ月の新入生同士、本物の信頼関係など存在しない。
「......監督」
「ならん! キサマの肩は、万全ではない。今ここで無理をすれば、取り返しのつかぬことになるやも知れん!」
今年のドラフトは回避し、大学へ進学して、じっくり四年をかけてリハビリを行えば、プロへの道も充分に残っている。
その情につけ込む男こそが、
『
バッテリーへのケアが疎かになったところを狙った、投手の
「くっそー!」
間に合うハズもないタイミングにも関わらず
「くっ......! 先輩、バックアップ!」
「――
腕をめいっぱい伸ばして飛びつく、大きく逸れた送球をグラブの先端で強引にカット、着地と同時に素早くバックホーム。矢のような返球が、
『
ホーム上の砂ぼこりが鎮まり、一呼吸間を空けてから、球審のジャッジ。
「アウトーッ!」
『アウト、アウトです! ショート
帝王実業応援団が陣取るアルプススタンドから、地鳴りのような大歓声が沸き起こる。
「
「
「オレも元投手だ、思うようにストライクを取ってくれないことに苛立つのは解る。けど、お前が追い詰められているのは判定のせいじゃない。お前が、相手を甘く見ているからだ」
「そ、そんなこと......」
「そんなことは無いと、本当に言い切れるか? だったらなぜ今、牽制も、クイックもせず漠然と投げた? 初回の攻撃で、揺さぶりを仕掛けてくる相手だってことは判っていただろう」
「キミたち、私語は慎み、速やかに戻りなさい」
「すいません、すぐに戻ります。忘れるな
注意を促しに来た塁審に頭を下げて、駆け足でポジションへ戻る
「ふーん、なかなか判ったことを言うな、
「
「ああ。他人に厳しい要求をするが、自分には更に厳しい要求を強いるタイプだ。まあ、直情的過ぎる面が玉に瑕だが」
「口で言うのは簡単だけど、なかなか出来ないことね」
「まーな。大抵の人間は、逃げ道を用意しておく」
「逃げ道?」
「簡単に言えば、言い訳の捌け口、逃げの口上。不都合なことが起きた時、別の誰かを悪者に仕立て上げ、矛先をズラし、殴りやすいサンドバッグにする。自分は悪くない、アイツが悪い。今置かれている状況を都合良く転嫁し、自身を正当化する。何故なら、楽だからだ」
「誰だって痛い思いはしたくない、殴っておけば気が晴れる。しかしそれは、自信の無さの裏返しに過ぎない。本気で取り組んで来たと自信を持って言えるのなら、安易な逃げ道などに頼らず現状を受け入れ、打開策を見出す糧と出来る。さーて、今のお前たちは、どうなんだろうなー?」
やや意地悪く問われたナインたちは、この四ヶ月間を振り返って、改めて自問自答する。勝負に勝つため、誰にも負けないため、本気で取り組んで来た否かを――。
彼らは、そして彼女たちは、質問に答える代わりに、今までで一番真剣な顔でグラウンドを見つめた。
* * *
大きく深呼吸をしてセットポジションに着いた
「(......少し、気持ちが引き締まったみたいね。
まるで試すように、
「(
カウントワンストライクからの二球目、インコースのストレート。
『142キロのストレート! 内角へズバッと決まった!
初球のカーブ、ストレートの見逃しのストライク二つで追い込んでからの三球目は、アウトコースのストレートを選択。球審は首を振り、判定はボール。カウント1-2投手有利のカウント。
「(くっ、やっぱりここは取ってくれないか......)」
「ナイスボール! 走ってるぞー!」
ロジンバッグを手に間を取り、一旦気持ちのリセットを試みて、セットポジションへ着き、四球目を投げる。内角のストライクゾーンからボールになる、曲がりの大きなスライダー。
「(うーん、予選だと振ってくれたんだけどなぁ。やっぱり、甲子園となるとレベルが違うか)」
『膝下のスライダーを上手く引っ張った! 打球は、ライトへ!』
一球前よりも甘く入ったスライダーを振り抜いた打球は、ライナー性の当たりで、ライト前へ抜けていく。
「ストップ!」
三塁を蹴ったところで
「さっきは、
「余裕に取れるさ。アイツはまだ、スライダーの致命的な欠点に気がついていない」
それは、曲がりすぎてしまうこと。
初回の
「曲げることに気を取り過ぎ。変化球は打者の、より手元で変化させてこそ真価を発揮する。まがい物など捨ててしまえばいい。要は、打ちやすいボールを狙えばいいだけのこと。そして、そのボールを投げさせる」
自分が投げる時は、外角のストライクを取って貰えないと勝手に思い込んでしまっているため、カウントが悪くなるとコースを突けない。加えて、奇襲の連続で安易にストライクは放れない。空振りやファウルでカウントを稼ぎたいスライダーに手を出してくれないうちに、カウントは悪くなる。当然ストライクを取りに行く、そこを狙い打たれるという悪循環。信頼度の高い身内からもたらされた情報により、存在しない“幻影”と戦ってしまっている。
「あのー、どうして思い込んでしまったのですか?」
「きっちりアウトコースで仕留めたからさ」
外角のボールを続けてアウトコースの位置を印象を植え付けた。そして、いつか投げて来るであろうインコースを予測したところへ裏を突くアウトコースのストレート。サウスポーの
「頭の位置がズレれば、視線もズレる。ピッチャーの投球がホームベースへ到達するまで約0,4秒前後。正確な判断など出来はしない。頭に内角が過っているのだから、アウトコースは更に遠く感じるって訳さ。例え、ストライクゾーンの中であろうともな」
投球練習、ネクストでもミットが動かないほどの高い制球力を見ていた彼の思い込みが、外角のストライクゾーンは広いと誤った認識を浸透させてしまった。一度浸透してしまった先入観は、そう簡単には拭えない。気づいた時には、既に手遅れ。試合中の修正は、ほぼ不可能。
『
ベンチへ返ってきた
――さあ、デッドラインだ。
帝王実業ベンチの奥から控えキャッチャーを引き連れ、エース
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New game8 ~登板~
グラブを持ってベンチを出た
「
「ふむ......」
「まだ投げねぇよ」
ベンチ内の緊張感が高まる中、
「わざわざ温存させたんだ、緊急登板なんてさせやしねぇよ。バッテリーのケツを叩いただけに過ぎない」
アウトカウントはツーアウト、緊急登板などという無茶はさせない。目的は、バッテリーの奮起を促すためのもの。仮に投げるのであれば、肩を万全に仕上がってからが大前提。どんなの早くても、三回の頭からと読んだ。
しかし、効果はあり。
「最後は、アウトローにベストボールが来たわね」
「一年で背番号取るだけの能力はあるんだ、あれこれ考えず放ってりゃいいだけなのになー」
「そうさせない様に縛ったあなたが、それを言うの?」
「フッ、敵の一番脆い急所を突く。勝負の鉄則だろ」
「しっかりコントロールしてやれ」
「あ、はい!」
「今のは?」
「聞いての通り、ただの忠告だ。おそらくだが......」
「暴走する」
「暴走......?」
「まあ、そのうち嫌でも判る」
「(神主打法に近い
初球は、内角低目へクロスして食い込むストレート。
「(ストレートも、変化球も、一寸の迷いも無く振り切ってきた。しかも追い込まれたのに、まったく縮こまる様子がない。これは、ちょっと厄介なタイプかも)」
「だぁー、クソッ!」
「(......ボール球でもお構いなしか。それにしても、一球ごとにタイミングが合ってきてる。多く見せるのは得策じゃない。次、決めに行こう)」
「(ええ)」
バッテリーの意見は一致。サイン交換の後、相手が広めに取られると思い込んでる外角低目へミットを構えた。
『
「オラァーッ!」
「――っ!?」
「くっ!?」
投げられたボールが描く予定外の軌道に、
『空振り三振! 恋恋バッテリー、先頭バッター
「ふぅ、ナイスピッチ!」
「ありがと」
そう返した後、申し訳なさげに「ごめんね」と手を合わせる。
「こらー、試合中にイチャついてんじゃないわよーっ」
「そうだそうだー、羨ましいぞー」
二遊間から冷やかしのヤジが飛び、案の定塁審にやんわり注意を受ける二人。
「(......
「最後の、何だった?」
「えっ? 何って、ストレートじゃないんッスか?」
「じゃないんッスかってなぁ。おいおい、実際に対戦したのはお前だろ?」
「あははっ、それもそうッスね! でもたぶん、ストレートッスよ。特に曲がんなかったッスし」
「......そっか、判った」
「失礼しやーッス!」
脳天気な笑顔でベンチへ戻る
「(......ストレートねぇ。その割りには、妙な捕り方だったような気がしたんだけど。それにピッチャーの仕草――)」
足場を整えながら、
「(......可愛かった、って違う! 一番考えられるのは、サインミス。球速が無いから辛うじて対処できたってところか)」
音が鳴りそうなほど首を振って雑念を振りほどき、頭を冷静にしてから、改めて構える。
『アウトカウントが一個増え、ランナー無しで六番がバッターボックスに立ちます! 地区予選大会では
「(
三者三様の気の抜けないクリーンナップ。切り抜けた、と若干気が抜けたところを痛打されるパターンが大半を占めている。
「(だからこそ。このバッターには、より丁寧に攻める)」
初球は、変化球から入った。低目に外れて、ボールワン。二球目は、外角のストレートでファウルを誘い、ワンエンドワンの平行カウント。
「(やっぱり、外は広く意識してる。なら、これで――)」
「(――また外角。だけど、さっきよりも遠い。これは、さすがにボール......)」
バッターはボールと思って見逃したが、球審の手は上がった。ボールゾーンからストライクゾーンをかすめる、バックドアのシュート。
「(クソ、外から曲げて来やがった......!)」
理想的な形で追い込むと、意識が外角へ向いたところへ、インコースのストレートを投げ込む。
『見逃し三振! インコース膝下へズバッと決まった! 二者連続三振! ツーアウトッ!』
続く七番に対しても両サイドを上手く使い分け、きっちりと抑え込み、この回を三者凡退に退けた。
「あのバッテリー、やりおるな。
「問題ありません。いつでも行けます」
「......そうか。
「はい!」
『内野ゴロ! サードからファーストへ渡って、これでスリーアウト!
ベンチへ帰ってきた
「
「監督......」
「立たなくて良い、よくぞ踏ん張ってくれたぞ!」
四回三失点。
「後は――」
「......待ってください。次の回は、五番から下位打線へ入ります。行かせてください......!」
限界を迎えていることは、誰の目から見ても明らか。しかし、
「......判った。好きにするが良い」
「ありがとうございます!」
アンダーシャツを替えて、次の回のピッチングに備える
「すまぬ。
「はい......!」
* * *
『四回裏帝王実業の攻撃、先頭の二番は平凡な内野ゴロに倒れ、三番
打席に立った
「(前打席の礼は、きっちりさせてもらう......)」
「(何だろう? 嫌な雰囲気だ......
「――んっ!」
佇まいから危険を察知したバッテリーは、外角のボール球から入った。ボールが放たれた瞬間、カッと目を見開いた
『ピッチャー強襲!
「――
マウンドの前方でワンバウンドした打球が
『
思わぬアクシデントに、騒然とした空気が球場全体を包み込む。球審は要求を待たずタイムをかけ、
「クックック......」
立ち上がれない
「
「......そのまま聞いて」
『
「大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、大丈夫だよ」
「......そうですか。向かってくる以上オレは、手加減出来ない人間です......!」
鋭い視線を
「(クックック......平静を装っているが、ダメージはある。その証拠にブルペンは、慌てて肩を作っている。今こそが、好機......!)」
サイン交換の後セットポジションに着いた
『一塁牽制!
手から戻るも、あえなくタッチアウト。
正に放心状態。状況が整理できず、
「ば、バカな......なぜ!?」
帰り際ふと、目に入った恋恋高校のブルペンには、今さっきまで肩を作っていたハズの
「打球が当たった時は気が気じゃなかったけど、上手く嵌まったわね」
「くくく。それらしいモノを、それらしく見せてやれば信じ込むのさ。人間ってヤツは」
「申し訳ありません......」
「よい。済んでしまったことだ、すぐに切り替えよ」
「......はい」
狙い通り借りを返したつもりが、逆に嵌められたことを知った
「(まさか、このような姿を見る時がくるとは。完全に裏目に出てしまった。試合中に立ち直りのきっかけを掴めれば良いが......)」
まさかの事態に
『ワンナウトランナー一塁が、瞬く間にツーアウトランナー無しに変わり、改めて
『ストライク! アウトローの厳しいところへ決まりました! どうやら打球が当たった影響は無さそうです!』
「(......さっきの牽制球も、今のストレートも、故障を抱えて投げられるような球じゃない。本当に演技だったのか......)」
一旦打席を外した
「くっ!」
「ナイスボール! バッター、タイミング合ってないよ!」
腰を下ろし、
『サードへの強い当たり! しかしこれは真正面、サードからファーストへ渡ってスリーアウトチェンジ! 結果としてこの回も、三人で終わらせましたー!』
ベンチへ戻った
「大丈夫だったの?」
「ええ、一時的にビーンと来たけど。当たったのは、グラブの土手の部分だから直撃はしていないわ。バウンドで落ちた勢いに合わせ損ねたのよ......」
少し悔しそうに言う
「
「
「あ、はい、何ですか?」
手招きした、
「セカンドを狙い打ちしろ。気落ちしている今が、沈めるチャンスだ」
「――はい!」
力強く頷いた
「セカンド!」
「――しまった......!」
若干一歩目が遅れ、グラブの先で弾いてしまった。記録は、ヒット。続く
『ボール、フォアボール!
ここで、
回の頭からブルペンで肩を作っていた、
『帝王実業
「すみません、こんな形で......」
「いや、よく投げた。あとは任せろ」
肩に手を乗せ、労いの言葉をかける。
「......お願いします!」
頭を下げた
「
「
「――ッ!?」
気圧された
『
深く被った帽子のつばに軽く触れ、鋭い眼光を
――もう、これ以上の点はやらない。
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New game9 ~スタイル~
『あーっと、これは完全に振り遅れたー!
勝負を急がず、いったんプレートを外してロジンバッグを弾ませ、手に付いた余分な滑り止めに息を吹きかけて払う。通常であれば、勢いのまま勝負にいってもいい場面。しかし
そして、改めてセットポジションに着き、サイン交換を行う。
『
アウトコースのストレートを、バットの先端で辛うじてカットした
「(......このコースを当ててくるか。確か、一年生。なるほど、
新しいボールを受け取ると、今度はすぐにセットに着いた。まるで急かされるような感じで、
『低目のボールで詰まらせ、注文通りの内野ゴロ! 前に出た
「......完全に呑まれちゃったわね。これが、エースの存在、エースの役割......」
「お前も、勝負というものが解ってきたみたいだな。勝負とは、いかに相手の力を封じ込めるかだ。相手にペースを握られ後手に回ると、為す術がない。しかし、早仕掛けはリスクを伴う」
「重要なのは押すのか、それとも引くのか、駆け引きのバランス感覚。相手の力量を計れる確かな洞察力と判断力。そして、勝利へ導くための戦略、戦術、創造力」
「
「えっ?」
「
「ハァ、遠慮しておくわ。この試合は、あの子たちが自分たちの意志を示す大事な闘いだから......!」
「フッ、そうか」
「
「ダメ。フォークを投げてくれなかったのが痛いわ」
「つーと、
「話しの内容からして、フォークを投げさせることが目的みたいだけど。いったい、何をするつもりなのかしら?」
「潰すんだろ」
そう言っていたじゃないか、と平然と言ってのける
「まあ、何を為すのか。結果を楽しみにしておけばいい」
「わたしは、あなたみたいに楽観出来ない立場なのよ。医療に携わる者としてね」
「硬いヤツだな」
そう言うと
『ツーアウトながらもランナー三塁一塁。恋恋高校、毎回のように得点のチャンスを作ります。この回途中から登板した
「(
「(......この女子は、あの
セットに入った
『
「ふぅ......」
「(なかなか、しぶとい。明らかにフォークを待っている。次で六球目、前の打者と合わせて十球......ならば――)」
自らサインを送った
「(――真ん中、失投? いえ、違う、これは......!)」
『空振り三振ーッ! 失投と思われたボールは、
「(......今のが、
ズレた帽子を被り直し、涼しげな顔でベンチへ戻ってきた
「
「ありがとうございます」
「して、肩はどうだ......?」
「若干粘られましたが、問題ありません」
「そうか。
「はいッス」
先頭バッターの
「皆も聞け。あの投手の攻略法を授ける」
* * *
五回裏帝王実業の攻撃は、五番
『いよいよ、試合は中盤戦。三点を追う状況の帝王実業は、きっかけを掴みたいところ。対する恋恋高校はチャンスを逃した後の守備、きっちりと抑えたい場面です。さあ、アンパイアの手が上がりました!』
サインを済ませ、
『
「オッシャーッ!」
「オッケー、ナイスバッティング! よし!」
一塁キャンバスで大きくガッツポーズ。この勢いに、後続も続く。六番は、内角のストレートを引っ張り、一二塁間を破るライト前ヒット。
『連打! 連打です! 五番六番の連打でチャンスを作りました! 正に“ピンチの後にチャンスあり”、帝王打線が
「すみません、タイムをお願いします!」
「うむ、タイム!」
タイムを要求した
グラブで口元を隠しながら、二人は対応を話し合う。
「相手は、かなり強引に来てるけど。ペースに合わせたらダメだからね。もっとストライクゾーンを広く使って、丁寧に攻めていこう」
「ええ、判ったわ」
「(悔しいけど私の球威じゃあ、真っ向から完全に抑えるのは難しい。多少の失点を覚悟して挑むしかない......)」
目を開けた
腰を下ろした
「(まさか、ここまで露骨に変えてくるだなんて。コーチの言っていたのは、このことだったんだ。だけど、抑える方法を見つけないと......)」
七番への初球――外角低目ボール球のストレート。
「ファールッ!」
『これは切れてファウル、打ち直しです! しかし、強い当たりでした。今まで
二球目も、丁寧にコースをつく。が、しかし――。
「レフト! 追いつけるぞー!」
マスクを投げ捨て、レフトの
ライト方向から吹く浜風に流された打球を、フェンスの手前ウォーニングトラック内でギリギリ掴み取る。やっとの思いでアウトをひとつ取るも、ランナーは二人揃って進塁、ピンチは広がった。八番は打席に入る前に、サインを確認。監督の
『またしても、初球打ち!
じっくりと足場を整え、右打席で構える。
「(あのショートにしてやられたが、
「あっという間に一点差......
「あの、コーチ。どうして
手を止めたはるかは、
「簡単な理由だ。今までは、キレイに打とうとしていた。まあ、名門のプライドってヤツだ。しかしこの回の頭から、そのくだらないプライドを捨てた。スマートからワイルドへシフトチェンジしたのさ」
今まではバッターボックスの後ろに立って、手元で変化するボールに対応していたところを、逆にバッターボックスの前に立ち。多少のボール球であろうが、変化しきる前に強引に打ち砕くスタイルにモデルチェンジを行った。
「
「なるほど。ですが、ボール球を打つ悪球打ちは、フォームを崩す原因になるのではないのですか?」
関願戦後に行われたフォーム修正のことを、はるかは疑問に思う。
「当然ある、が幸いにもまだ初戦。次戦まで時間はある。フォーム修正は充分に可能と踏んだんだろう」
「そこまで計算尽く。さすがは甲子園の常連の名将。手立ては?」
「ある、と言うか体験しているだろ。あとは度胸の問題だ」
「体験している......そうか、そう言うこと。指示は......
「お前がしてやればいいだろ? さっきも言ったが、お前に制限はない」
「止めておく、意味がなくなるもの。あの子たちは、自分たちで解決策を見出せる。わたしは、信じているわ」
打順は先頭に戻り、
「(この二失点と引き換えに得たもの、ストレートも変化球も、ボール球だろうと構わず強引に打ってくる。なら、狙い通り打たせてやればいい。ただし、これを見せたあとに......!)」
「(――インハイ! ボール気味だけど、ぜんぜん打てる......って!?)」
振りにいった
『おーっと、これは危ない! 制球力の高い
二球目も同じように内角を抉るシュートで、きっちり腰を引かせる。そして、カウントツーボールからの三球目は、外角のストレート。
『ツーボールから打ちに行きましたが、これは当てただけのバッティング。サード
五回の攻防が終わり、グラウンド整備が行われる。
プロテクターを外し終えた
「二点は取られたが、リードは保った。及第点だ。原因は解ったな」
「あ、はい。
「その前に攻撃だ。そっちの方も、何かしらあるんだろ?」
「――はい。前の攻撃で少しだけ見えてきました。早い回でけりをつけます......!」
そのはっきりした言葉に、
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New game10 ~解答~
五回終了後のグラウンド整備が済み、帝王実業ナインがグラウンドに出てきた。内野と外野に分かれてキャッチボールを行い。そして、最後に姿を現したバッテリーが、ゆっくりと投球練習を始めた。
「(......追いつき追い越せなかったことは、誤算。よもや、あの回の中で対策を講じてくるとは。しかし――)」
投球練習を見守っていた
「(ブラッシュボールを要求するキャッチャーも、きっちり投げきるピッチャーも肝が据わっている。おそらくもう、同じ戦法は通用しない。キャッチャーがミットを動かさないほどの制球力を持っているのだから当てはしないだろうが、狙われたという事実は残る。むしろ、狙って投げてくるとなれば厄介この上ない。新たな攻略法を見つけ出さねばならぬ、早急に――)」
――
数え切れないほどの試合経験を踏まえ、新しい攻略法を見出すべく、保ちうる知略の全てを巡らせる
「あの、大きく上げる足が邪魔なんだよなー」
先頭バッターの
「だね。どうしても気が取られる。セットの時は、小さくなっていたけど。ワインドアップになると、本来のダイナミックさが際立つ。アーム式特有の遠心力を最大限活用して投げ下ろす、速球とフォークのコンビネーション」
「そもそもあれってさ、不正投球に当たらないのか? なーんか、途中で一瞬モーションが止まってるように見えるんだけど」
「完全停止しているって訳じゃないから。大きく左足を蹴り上げるから、身体のバランスを保つのに少し腕が遅れてくるってだけで。それがまた、絶妙なタメになってる。タイミングを合わせ辛い要因だよ」
「まあ、結局のところ実際対峙してみて掴むしかねーか。とりあえず、泥臭く粘ってくるか......!」
名前をアナウンスされた
「(なんだ、これは......三番とキャッチャーが、ベースコーチに......? またしても奇策を打ってくるか......!)」
二人の姿を見た
「二人とも、ブルペンへ入れ。いつでも行けるよう準備しておくのだ」
「はい、判りました。行くぞ、
「は、はい!」
二人がブルペンへ向かったのと時を同じくして、試合再開のコール。
ワインドアップのモーションから左足を豪快に蹴り上げ、寄りかかるように軸足に全体重を充分に乗せ、タメた反動を最大限利用し、
『
外角低目のストレートで、見逃しのストライクを奪う。
「(......やべー、ぜんぜんタイミング掴めねぇぞ? なんて弱音を吐いてても、何も始まらないっての! とにかく振る!)」
決意を新たに気合いを入れ直す
「ファールッ!」
「くそっ!」
タイミングが合わず、振り遅れのファウル。
「(......振ってこられたか。確かめたかったが、仕方ない)」
新しいボールを受け取り、軽く足場を整えてからプレートを踏む。三球目は、タイミングを外すカーブを選択。
『ボールです! 膝下のカーブに、バットが出かかりましたが、ここは何とか堪えました。ツーストライク・ワンボール!』
一度首を振り、四球目を投げる。初球、二球目と同じ外角のストレートを選択。
「(......付いてくるか。前回の攻撃といい、しぶといバッターが揃っている。いくか――)」
五球目――フォークボール。
「き、消えた......!?」
『空振り! が、しかし、キャッチャーは後ろへ逸らしているぅーッ!』
「あっ!?」
「おっ、ラッキー!」
狙い通り空振りを奪ったフォークは、ホームプレートに当たり大きく弾んで、
「くっそー! ファースト!」
「ダメだ、投げんなーッ!」
ファーストは、両手でバツを作って送球を止めた。俊足の
「すみません......」
「いや、今のは仕方がない。それよりも聞きたいことがある」
マウンドへ来た
「外角のストライクゾーンのことだ。本当に狭かったのか?」
「えっと......正直オレは、あまり狭いとは思いませんでした。ただ、初回にストライクゾーンでボールを一球も受けられなかったので......」
「そうか、判った。おそらく、相手は盗塁を仕掛けてくるだろうが気にしなくていい」
自分のフォームの特性上、二盗を刺すことは難しいと判断し、バッターとの勝負に専念することを伝える。頷いた
「
「バレたかな?」
「たぶんな。確かめに来るぞ」
「ああ、判ってるよ」
ベンチに戻った
「(今度は、四番がコーチャーに......いったい、何を企んでおるのだ? あの男は――)」
当然のことながら、采配をしないと宣言している
「走るか?」
「カウント次第だな。とりあえずは、見極めに専念する」
「そうか。ならオレは、上半身を重点的に見る。お前は、下半身を頼む」
「了解。この回で仕留めるつもりで行くぞ......!」
「ああ、そのつもりだ。長引きさせるつもりなど毛頭ない」
二人は、サードコーチャーの
「(この走者は、地区予選で盗塁成功率10割を誇る盗塁のスペシャリストだ。防ぐことは、容易ではないだろう。カウントを悪くするのは悪手。ストライク先行で組み立てるぞ)」
「(はい!)」
それでも警戒を怠らず、モーションに入る。初球はなんと、フォークボールから入った。甘いと思ったところから落ちる変化球を空振る。
「(......初っぱなからフォークか。振り逃げやられているのに、なんて強気なヤツだ)」
ベースへ戻った
「どうだった?」
「やはりモーションは小さくなる。ワインドアップと比べると球威も格段に落ちるな。そっちは?」
「......見つけた」
「本当か!?」
「ああ。ただ、まだ確証が持てない。お前も一緒に確かめてくれ。あと、
「判った」
「(むっ......リードの歩幅が小さくなった。次は、ストレートと読んだか? ならば望み通り、ストレートでカウントを稼がしてもらうぞ)」
『ストライク! 際どいコースへズバッと決まりました!
「(フッ、やはりな。これではっきりした。あの球審は、決して贔屓などしていない。アウトコースをしっかり取ってくれる球審だ。おそらく、
今の一球で確信を得たのは、マウンドの
『
「(......フォークだ!)」
一度プレートを外し、間を空けてからの
『
セカンドベースカバーへ向かった
「くっ......!」
黒土と芝生のちょうどつなぎ目の辺りで捕球し、素早く体制を整えるも......。
『
土埃を払う
「(......なんだ? 今のはいったい、どういう意味だ?)」
『しかし、試練は続きます。バッターは
「(――三番。コイツが、このチーム最強の打者。強と巧の資質を持ち合わせる天が二物を与えたバッターだ。最初から全開で行くぞ......!)」
気合いを入れて挑んだ、
『走ったーッ! なんと、初球ダブルスチール!』
今の一球で
「このバッターは、敬遠する」
「塁を埋めて、あえて四番と勝負するんですか?」
「ああ......」と、
「おそらく、球種を読まれている」
「えっ!?」
「まさか、サインの伝達行為を?」
「いや、フォームの欠点を見破られたんだろう」
「欠点?」
マサカリ投法の欠点。
大きく蹴り上げる足に目を奪われがちになるが、タメが長い故に、体重を乗せる軸足の膝裏から球種の握りが露呈してしまうという欠点が存在する。
「
ワンテンポ遅れて伝令に来た
「は、はい。満塁策も視野に入れろとのことです」
帝王実業のブルペンでは、
「(この回もう、既に十球。敬遠を入れると、十三球......か。しかし――)」
座った状態で二球、外のボール球を続けてスリーボール。
「(次の攻撃は、クリーンナップに回る。ここをゼロで乗り切れば、充分にチャンスはある......)」
四球目もきっちり外して、
『ここは
「やっぱり、歩かせたわね」
「当然だろう」
内野の守備は鉄壁。打球を押し戻す“浜風”の影響で、左打者の引っ張りの長打は難しい。故障を抱えているとはいえ
打席に入った
「(内野はゲッツーシフト、ライトは定位置より少し前のポジショニング。低目を打たせて、内野ゴロ狙いか)」
その読み通り、帝王バッテリーは低目へのピッチングで内野ゴロを狙いにいく。初球は、内角低目のストレートでストライクを取り。二球目からはフォークを多投し、1-2と投手有利のカウントを作った。
「(......なぜだ、なぜ、ここまでする?)」
セカンドから、
「(肩に故障を抱えているクセに、負担のかかるフォークの連投するなどと......)」
低目を意識させたところで、高目の釣り球。
「くそっ!」
「任せてください!」
フェンス際、果敢にスライディングキャッチを試みた
「(
額の汗をユニフォームの袖で拭い、帽子を被り直し、セットポジションに着いた
「――ッ!?」
『低目のフォークを捉えたー! 引っ張った打球は、ピッチャーの横を抜け、ライナーで二遊間を破り――いや、捕ったー!
火の出るような当たりを掴み取った
「(......なんだ、今のは? 身体が勝手に動いた。そうか、そうだったのか。ボクはただ、上手くなりたかったんだ。誰よりも上手くなりたい、その一心で......。それなのに、いつしか――)」
「
「なんでもない、大丈夫だ。それよりも、あとアウトふたつ、しっかり取って攻撃へ繋げるぞ。
「ああ......!」
どこか嬉しそうに口角を上げた
「すまない、仕留め損ねた。後手に回ると、大胆にやられるぞ」
「......オッケー。終わらせてくるよ――」
落ち着いた声で言った
『ノーアウト・フルベースからワンナウト・フルベースに変わり、打席には五番
「(――ストレート。これじゃない......!)」
『アウトローへズバッと決まった! 147キロ! ピンチでギアを一段上げてきましたッ!』
タイムを要求していったん、打席を離れる。
「(ここを乗り越えられたら、息を吹き返し兼ねない。だから今、確実に潰さなきゃならないんだ――)」
大きく息を吐いて、バットを握り直してから、打席に戻った。二球目のフォーク、三球目のストレート、球種が読めていることも相まって、際どいコースを見極めた。
「(――
「(
「(ゼロに抑え、そして無事に戻って来い。キサマの力投、決して無駄にはせぬ......!)」
一度サインに首を振って、
――
やや内より膝下へ落ちる完璧なフォークボールを狙い澄まし、迷い無く振り抜いた。完璧に捉えた打球は、浜風の逆風などものともせず、青空を切り裂いて飛んでいく。
打球の行方を見届けながら心の中で、
――俺たち全員で出した、答えです。
* * *
バックネットの前には、恋恋高校ナインが整列。
甲子園に、恋恋高校の校歌が流れる。
「あの子たちが出した答えは、満足のいく解答だった?」
「フッ......」
いつも通り澄まし顔で、小さく笑みを浮かべる
「試合前俺は、ふたつの道に例えた」
ひとつは、奥に光りが見えるが、足の踏み場が無いほどに棘が張り巡らされた道。
ふたつは、等間隔に灯る
「傷を負うか、恐怖の中を進むか。道は、ふたつ。しかし、アイツらは――」
ナインたちに視線を向ける。
「壊してしまうかも知れないと云う恐怖、リスクを覚悟した上で暗い道に入り、
「じゃあ、試験は――」
「ああ」
校歌が流れる中、
――俺の役目も、終わりの時がやって来たってことさ。
P.S.
※野球規則5.03では、プロは指定の二人までと定められていますが、高校野球等アマチュアには交代制限はありません。
※マサカリ投法の本家・村田さんは、その欠点を逆手に取り、ストレートからフォーク、フォークからストレートへとテイクバック時に握り変え、相手に的を絞らせない工夫をしていたそうです。
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対聖タチバナ学園戦
New game11 ~改革~
少し時間に余裕が出来たので、予定より早めの再開になりました。また、よろしくお願いします。
『内角を抉る速球で詰まらせた、サードゴロ! サード
甲子園に二度目の校歌が流れ、アルプススタンドの応援団へ挨拶をして、ベンチ裏へ引き上げた。試合後恒例のインタビューを受け、大勢のファンが出待ちをする中バスに乗り込み、宿舎へ帰る。
「初戦と比べると、やっぱり落ち着いて試合に臨めていたわね」
「そんな大ごとでもないだろ、やる前から勝負は決まっていた。完全に相手の自滅だ」
「それこそ、初戦の帝王実業を相手にインパクトを与えて勝ったからでしょ。当初の狙い通り」
試合中継を観ながら昼食を食べるナインたちに、
「次の試合は、四日後か」
「ええ。相手は今、試合をしているどちらか。前評判通りに行けば、神楽坂大附属になるんだろうけど――」
テレビから大きな歓声が上がった。ナインたちは箸を止めて、食い入るように中継を観ている。
「おおっ!
「スゴいね! 今大会五本の指に入るって評判の左腕相手だよっ」
「膠着状態が続いていた試合中盤、相手のミスからの先制点。これは大きいわ」
「このまま逃げ切れるかな?」
「雑誌によると、エース
「そっか、頑張って欲しいなー」
神楽坂大附属ではなく、相手側の聖タチバナ学園を応援するナインたち。その理由は、恋恋高校と同じく、女子部員がチームの中心として活躍しているため。おのずと肩入れしている。
『最後は、アウトコースへズバッと決まり見逃し三振でゲームセット! 初出場の聖タチバナ学園ベスト16進出、次戦は同じく初出場の恋恋高校との一戦です! どちらも、今大会から出場が認められた女子選手が活躍しているチーム同士の対戦。私、今から、胸の高鳴りが抑えきれませンッ!』
「女子中心の無名校が、神楽坂大学附属を破った。結局あの一点で勝敗が決まったわね」
無言でテレビを消した
「どうしたの?」
「少々面倒な方が勝ち残った」
「と言うことは、神楽坂大附属の方がやりやすかったってことなのね」
「
「弱点?」
「左利きの
「この一打を打ったのも、躊躇せずホームへ帰ってきたのも、女の子......。
「つまり、状況を冷静に分析して判断することが出来る能力を持つヤツが居て、それを遂行出来るだけの能力を持つチームって訳だ。投手の方も、クセの強い変則揃いと来てる」
動画を、守備のシーンへと切り替える。
「先発は、エースナンバーを付ける二年生、
「それだけじゃねーんだな」
「攻撃面は、それ程でもなさそうだけど?」
「そうじゃねーよ。問題があるのは――」
――
* * *
翌日、ナインたちは買い出しを兼ねて、観光へ出かけた。
ナビゲーションアプリを頼りに辿り着いた、大勢の人々で賑わう大阪の繁華街を案内で見てまわる。
「ほむらおすすめのたこ焼き、うまっ! さすが食い倒れの街よねー。値段も良心的だし」
「立ち食いは、はしたないですよ? みなさんが居るベンチへ行きましょう」
「はいはい。だけど、変わった話しよね?」
はるかに促された
「大阪には美味しいものが沢山あるからお腹いっぱい食べてこい、だなんて。初戦の時は、遊んで気分転換してこいだったのに。それに、お小遣いもくれたし」
「それも、コーチのポケットマネーからね。豚まん、食べる?」
「食べる食べるーっ。はい、たこ焼き」
「ありがとう」
他のナインたちも、二人のように観光を楽しんでいた頃、宿舎では
「予想通り、みんな、体重が落ちていたわ。特に顕著なのが――」
「だろうな。今朝は少し戻ったが、昨日の昼食、夕食も、あまり箸が進んでいなかった。当然といえば当然だが、この酷暑の中出ずっぱりで疲労が溜まっている。食欲の減退と比例して、体力は落ちる。そもそも、女子の大会参加が認められていなかった理由付けのひとつに体調という側面がある」
「女性特有の事情もあるしね。身体を酷使すると将来影響を及ぼすことだってあり得るわ」
「まあ、それは建前で、本当のところはもっと単純な理由だ。何か問題が起きた時、責任を負いたくないからさ。難しい選択を迫られ、どちらを選んでも批難されるとしたら、比較的デメリットが少なくすむ方を選ぶだろ」
「......天秤勘定、ね」
「実際、
「ああ......これも、理由のひとつか」と、やや面倒そうに言ってタバコに火をつけた。
三回戦を前日に控えた恋恋高校は、指定された市営球場のグラウンドで、聖タチバナ学園戦へ向けて調整を行っていた。恋恋高校のファンや、取材記者たちが練習を見学する中、ベンチに座ってグラウンドを眺めつつ
「どうだ?」
「今朝の計測時点で、マイナス500グラム。結局、
「練習後には、1キロ前後といったところか」
「見た感じ、動きは悪くなさそうだけど。準々決勝は、三回戦から中ゼロ日で連戦......どうするの?」
部員が少ないひとりひとりに気を配れる利点がある反面、酷暑が続く中行われる大会は日程が消化されていくにつれ詰まっていく、ベンチ入り可能な登録メンバーは最大18人、恋恋高校の登録メンバーは16人と、選手層の薄さは非常に重いアドバンテージ。
「どうするも何も休ませるしかない。どうせ、どこかで休ませなけばいけなかったんだ。ちょうどいい機会と割り切るまでさ。明日のスタメンは、
「そう。先発投手は?」
「フッ、あそこらにたむろってるマスコミ連中の期待を裏切る起用になるだろうな」
「ああ~、そう、当初の予定通り行くのね。見に来ているファンも一緒に落胆しそうだけど」
「知らねぇーよ。高校野球は、
我関せずと笑う
その後、前日練習は滞りなく終わり、夕食後にミーティングを行い。時計の針が22時過ぎた頃、
「来たか。ここだ」
「よう、久しぶりだな!」
そこには二人の人物が、
「それで?」
「特に、これといった理由はないんだ。バガブーズ戦で大阪に来から、久しぶりに飲めればと思っただけだ」
「あっそ。まあ、構わねぇけど」
飲み物と軽いつまみを注文し、三人でテーブルを囲む。
「次勝てば、ベスト8か。こうなると、いよいよ現実味を帯びて来るな。優勝の二文字が」
「
「ああ、最後の夏にな......。もう、二十年以上も前のことだが、あの時の何とも形容し難い感動は、今でも鮮明に覚えているよ」
「アンタが出場した頃と今とでは比にならないだろ」
「
「ははっ、そうだな。だが、いつまでも色あせない想い出であることに変わりはないさ......」
グイッと一気に飲み干して、空になったグラスをテーブルに置いた。
「終われば解るさ。何ごとにも代え難い特別な時間だったとな」
「フッ、他人のことを考えている余裕があるのか? お前たちはお前たちで、面倒ごとを抱えてるだろう」
「なんだ、知っていたのか......」
「あれだけ報道されてりゃ嫌でも耳に入る。と言うより、記者連中がこぞって話しを聞いてくるからな。いい迷惑だ」
大会期間中にも関わらず、球界を去った
それは――神戸ブルーマーズが去年まで数年間に渡り行われていた盗聴・サイン盗み及び伝達行為が告発された。
「シーズン中ということもあって、プロ野球機構は事実関係を調査中と回答を控えているが。おそらく、ブルーマーズの親会社は運営件を剥奪されることになる。球団は消滅、或いは他球団との合併は免れないだろう」
「せっかく、球団消滅の危機にあったリカオンズは市民球団として再スタート、1リーグ制問題も解決して、健全な方へ向かってたのによぉ......」
「どうせ、
球界を仕切る首領・
リカオンズが優勝したことで当初の計画は頓挫、面子も潰れたがに思えたが、逆に開き直り、
「ああ......やはり、諦めていなかったようだ」
「くくく、どこまでも往生際の悪いジイさんだな。おとなしく隠居して、余生を過ごしてりゃいいってのに」
「笑いごとじゃねーぞ! このままじゃ今度こそ、本当に思い通りになっちまう!」
「だから、俺には関係ねぇーって言ってるだろ。自分たちで何とかしろよ。お前らの勝負場だろうが」
「うぐっ、そう言われてもよ......」
「新規参入にしても、簡単に認めないだろう。
「ハァ、つくづく頭が硬いな。もっと柔軟に考えろよ」
頭を抱えて項垂れていた
「要するにだ。
「......そうか、その手があったか!」
「だけど、どうやって......」
「プロ野球の、いや、日本のスポーツ界最大のスポンサーであるパワフルテレビに協力を求めるんだ。パワフルテレビを通じ、選手会の総意として、腐敗している球界の抜本的改革を、日本中のファンに、企業へ向けて訴えかける! ファンが賛同してくれることを、名乗りを上げてくれる企業があることを信じて......!」
「フッ、忠告しておくが生半可な道じゃないぞ。少なくとも、実際に不正に関わっていたブルーマーズの主力連中が、シーズン中に自ら不正内容を告白し、全面的に非を認め、それ相応の責任を取らなければ決して解決しない問題だ。それこそ、不正行為を知らぬまま、ブルーマーズの監督を務めている球界の至宝
「必ず成し遂げてみせるさ。日本のプロ野球の未来のために、これから殴り込んでくる、お前の教え子たちのためにもな......!」
これが、現役選手として最後の使命であることを確信した
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New game12 ~名は体を~
今回は、聖タチバナの話しが中心で短めになっています。
三回戦前夜、聖タチバナ学園宿舎の一室。
サウスポー三本柱のひとり、
「姉さん、何か収穫はありましたか?」
「予選とは、まったく別のチームになっているわ。刹那の判断力と決断力が格段に上がっている。本大会までの短期間で、いったいどんな方法で身につけたのかしら?」
飲み物をテーブルの隅において隣に座った
「やはり、この方の......
「影響は間違いなく受けているでしょうね。相手の不意を突く奇襲、浮き足だったところを決して逃さない勝負眼。初戦の帝王実業で見せた、油断してオーバーリードした
『なんですってー!?』
廊下から響く大声に話しを遮られた
廊下では、湯上がりの二人の女子が大きな声で言い争いをしていた。
ひとりは、二年生でエースナンバーを付ける
「プリンの方が、いいにきまってるって!」
「きんつばが至高だ。だいたい、みずきはプリンばかり食べ過ぎだぞ。最近、足が太くなったんじゃないか?」
「な!? あ、あんただって人のこと言えないっしょ! この、きんつばオバケ! お腹周りがたるんできたんじゃないの!」
「なーっ!?」
「お二人とも、騒がしいですよ」
部屋を出た
「あっ、
「うむ。きんつばとプリン、どちらがお風呂上がりの甘味に相応しいか......」
「どちらでも同じです、就寝前の間食は太りますよ。それより、お話があります」
無慈悲かつ的確な一言で不毛な言い争いに終止符を打った
「姉さん、連れてきました。
「そう、ご苦労さま」
「
「私たちに、何か用事か?」
「恋恋高校戦についての話しよ。明日の一番手は、私が行くわ」
「ちょっと待ったーっ」
恋恋高校との試合を一番楽しみにしているみずきは、
「先発投手は、私と
「
「むぅ~......理由はっ?」
納得していないみずきに、帝王実業戦で
「わざわざ打ちやすいストレートを捨てて、決め球のフォークボールを打った。結果はアウトだったけど、前の四番が打ったのもフォークボール。この二人は明らかに、
「帝王実業の
「ええ、その通りよ」
あの時、
満塁ホームランを受け、腹をくくることが出来た
「ふーん、で。それと、
じとーっと疑念の目を向けるみずきのことを気にする素振りなど微塵も見せず、手元の資料を手に取った
「相手は、調べても調べても力量の底が知れない。二回戦なんて酷いものよ、一方的過ぎて何も得るものは無かった。私は、勝つための情報を得るための捨て石になれる。みずき、あなたに出来る? 出来るのなら、先発は任せるわ」
「......わかりましたー、
「最初から素直にそう言えばいいのよ」
テーブルの上に拡げられた資料を片付ける
「
「
「聞こえているわよ」
「聞こえてます」
* * *
『さて、本日お届けするゲームは、恋恋高校対聖タチバナ学園! 両校共に、今大会から出場が認められた女子部員が活躍するチーム同士の対戦! この新たな歴史を見届けようと、この対戦を待ち望んだ大勢のファンが朝早くから詰めかけ満員御礼です!』
恋恋高校対聖タチバナ学園の一戦。後攻の恋恋高校のブルペンに入っているのは、帝王実業戦でリリーフ登板した一年生
「あっれー? 先発一年の男子じゃん。
「油断しない。あの投手は、育成に切り替えたとはいえ、名門・帝王実業を相手に三回一失点に抑えた実績を残しているわ」
「データでは、回を追うごとに尻上がりに調子を上げていくタイプですね。ストレートの最速は140キロ、通常のカーブに加えて、縦のカーブを持ち球に勝負する右の本格派です。いかに早い回で得点を積み重ねられるかが、勝敗を別けることになるでしょう」
「オーダーも変えてきているぞ。セカンドがピッチャーと同じ一年生の、控えの女子が入っている」
「ベンチでの振る舞いを見る限り、レギュラーの欠場は、故障の類いではなさそうね。おそらく、勝てば連戦になる準々決勝へ向けての休養といったところかしら」
「なにそれ、私たちことは、最初から眼中に無いってことっ? ムカつく~!」
「いちいち目くじらを立てない。後悔させてあげればいいだけのことよ。さあ、行くわよ」
両校の選手たちは、バックネット前に整列し、挨拶を交わす。
先発投手
「プレイボール!」
ベスト8を賭けた戦いが今、始まりを告げた――。
※シナリオの都合上。
みずき、
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New game13 ~風穴~
「さーて、どんな戦い方をしてくるのかね?」
「データでは、初戦も、二回戦も、ランナーを出したらワンナウトでも送ってくる手堅い戦術だけど」
「ふーん」
――同じ戦術で来てくれるなら楽なんだけどな。と、ベンチに座った
「(一番バッターは、右打者だけど足のあるバッター......
じっくり、バッターを観察してからサインを出す。
出されたサインに頷いた
『おっと、バットを寝かせた! 初球、セーフティバント! しかし、これは三塁線へ切れました、ファウルです。ワンストライク』
「はい」
「どもっす」
戻って来たバッターは、バットを拾ってくれた
「(初球セーフティバントの次は、バントか。初っぱなから揺さぶって来るな。バスターからのヒッティング、
『
ボール球の力のあるストレートで、振り遅れのファウルを打たせ、三球目、緩急の効いたカーブを引っかけさせた。ショート
「ぜんぜんダメじゃん。動揺させるどころか、いいようにやられちゃってるし」
「想定内です。むしろ、空振りしなかったことは想定以上の成果を出してくれました。では私は、ネクストバッターですので」
肘当てなどを防具を付けて、ネクストバッターズサークルへ向かう
「
「
「ったくもう、あの人は~っ!」
「どうした? みずき」
「また、ずいぶんと荒れているわね」
試合開始直後からブルペンに入って、軽くキャッチボールをして肩慣らしをしていた
「ああ、なるほど。いつものね」
「うむ」
納得した様子でベンチに座って、タオルで軽く額の汗を拭う二人。
「言っても時間のムダよ。あの子は、入部した頃から変わらないもの。せっかくいい
「私も、
「ホント、マイペースな人よね。振り回される身にもなって欲しいわっ」
「それは、同感ね」
「うむ」
「お前たちが、それを言うか......?」と、普段この三人を含めた、個性的で自己主張の強い女子たちに振り回されているチームメイトたちは、心の中でツッコミを入れた。
『またしても、セーフティバント! 二球続けてセーフティバント。先頭バッターに続き、二番バッター
一球、外角へ外したボール球で反応を見る。寝かせたバットを引き、ボール球に手が出かかったが、これは見逃してボール。
「(バットの引きが早かった割りには、結構なボール球に反応してきた。選球眼は、あまり良くないのか。それとも、小細工が苦手なのかな? だけど、当てる技術はある。粘られるのも面倒だし、次で仕留めるよ)」
「(はい......!)」
サインに力強く頷いた
「スイング!」
球審は、三塁塁審へジャッジを委ねた。三塁塁審は、グーを作った右手を挙げる。
『
「
「フン、関係ない。勝負は、来年の夏だ。休憩終了、練習に戻るぞ」
「へいへい。全試合チェックするくらい気にしてるくせに......」
「......なんだ?」
「なんでもねーよ。で、何をするんだ?」
「ストレートのレベルアップ。球速と球威を教化しつつ自在にコントロールすることが出来れば、ピッチングの幅は広がる」
「やっぱり意識してるじゃん」
「うるさい、さっさと走るぞ」
「えっ、俺も?」
「当たり前だ。ピッチングは速筋と遅筋のバランスが重要だからな。無酸素運動の筋トレだけでは補いきれない」
「俺、キャッチャーなんだけど?」
「恋恋の捕手を見習って、少し絞れ。将来膝を壊しても知らんぞ」
「俺は別に、プロ目指してる訳じゃないんだけどなぁ......」と漏らしながらも、
舞台は甲子園に戻り、三振に終わった
「あの投手のストレート、思った以上に手元で来るぞ。特に高めは力がある。カットするつもりが当たらなかった」
「変化球と制球力はいかがですか?」
「縦のカーブは甘いコースからでも結構大きく変化するな。セーフティを狙うなら、内に入ってくる横のカーブを狙う方がベストなのかもしれん。私たち、左打者にとっては」
「そうですか、解りました。ご苦労さまです」
情報を貰い、入れ替わりで打席に入った
『ヒット!
「(くぅ、やられた。ボール球で良かったけど、ちょっと甘く入ったなー。さすが、あの
バッターボックスに入る前に素振りをする四番に目をやり、ネクストバッターズサークルで準備をしている
「(四番もバスターか、徹底してるな。試合後のインタビューでは『四番じゃなくて、四番目を打つバッター』って自分で答えてたし。バントもするし、右打ちも出来る繋ぎタイプ四番って言っていたけど。地区大会の成績は、打率三割越えでホームランも二本打ってる。女子の活躍に目が行きがちだけど、実力は本物。当然だ、運だけ勝ち上がれるほど甲子園は甘くない......!)」
みずきは、今出されたサインについて、
「もっと大事に行った方がいいんじゃないですかー? せっかく、
「だからこそよ。相手の土俵で戦っているうちは、絶対に主導権は奪えない。向こうは、もっと先を見据えて戦っている。私たちに勝機があるとすれば、その隙を突き、風穴を作って突破口を開く他ないわ。ある程度の出費は覚悟の上よ」
「赤字決済にならなければいいですけどねー」
「そのために、私が投げるのよ。じゃあ、肩を作るわ」
『ランナースタート! バッテリー外した、バッターは空振り、これは読んでいた! ベースカバーに入った
ランナーを許すも結果的に初回を三人で片付け、攻守交代。
両チーム共に急いで準備を始める。
「積極的な攻撃といえば聞こえはいいけど、ちょっと強引じゃないかしら?」
「まあ、今までの相手とは違うってことを印象付けたかったんだろうさ。アイツらの
実質的に采配を振るう
「つまり、この盗塁失敗は想定内。セーフティバント、バスター、盗塁、エンドラン、初回からいろいろ仕掛け来るわね」
「解っているヤツが居るのさ、勝負ってヤツを。面白いじゃねーか。勢いや、まぐれで勝ち上がって来た訳じゃない」
「ここまで勝ち上がって来たのには、ちゃんとした理由があるのね」
「こういった相手と勝負するのは初めてだろ。お前は、どう対処する?」
「そうね......」
「正攻法。あえて、相手が得意とする土俵で勝負するわ。それも徹底的に」
「なら、それで行くか」
小さく笑みを見せた
――さて、どう反応してくるか見物だな。
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New game14 ~収穫~
一回裏恋恋高校の攻撃、先頭バッターの
「(サードの女子は、定位置よりも少し深めのポジショニング。セーフティを狙うにはもってこいだけど、作戦は正攻法。小細工はなし、じっくり行くか......!)」
『今、アンパイアの手が上がりました。一回裏恋恋高校の攻撃! 守るタチバナ学園の先発は、
「(
『初球は、アウトコースのストレート、やや外れました。ボールワン』
「(......簡単に見送られた。ボールだったからかしら? なら次は、きっちり入れるわよ)」
二球目、初球よりもボールひとつ分内側へ入れたストレートは、
「(結構引きつけたつもりだったけど、想像以上に来ない。出所が少し違うけど、ウチの
「(――外。二球目と同じコースから......逃げるスライダー!)」
読み通り、スライダーをきっちり見極めた。しかし――。
「......ストライク!」
ワンテンポ遅れて、球審の右手が上がった。
「よし。ナイスピッチだぞ!」
見極めたと想った
「フッ、どうやら予定が狂っちまったならしいな」
「狂った?」
「今のスライダーは、あのピッチャーとしてはボールにしておきたかったのさ。まあ、そこまで意図を汲み取れってのは高校生には酷な要求だけどな」
「じゃあ、今のは......」
「際どかったがボールだった。しかし、あのキャッチャーが際どいところをキャッチングでストライクと判定させてしまったのさ」
「もしかして、“フレーミング”ですか?」
――フレーミング。
近年、捕手能力の指標のひとつとして重要視されているキャッチング技術こと。一般的に、ボールをストライクにさせる捕球技術と認知されていることが多い。
「ああ~、“ミットズラし”ことね」
「違うぞ!」
元捕手の
「ミットズラしってのは文字通り、捕球した後にミットをボールからストライクへ動かすことだ。けど、フレーミングは違う。フレーミングは、ミットを動かしながら捕球したところで止めるんだよ」
うんうん、と、同じく捕手の
「んー? 結局、ミットを動かしてるのは一緒でしょ?」
「違うっての、どういえば上手く伝わるかなー......」
悩む
「キャッチボール」
「キャッチボールですか?」
「キャッチボールの時、速いボールを捕球するとグラブを付けている腕はどうなる?」
「どうって、こう、グイッと押される感じ?」
「だろ。ピッチャーの投げるボールってのは、キャッチボールとは比べモノにならないほどの球威がある、ストレートでも、変化球でもな。捕球の時、ボールの球威でミットが押されるんだ」
仮にストライクゾーンギリギリで捕球しても、ミットがボールゾーンへ流れてしまった場合、球審にボールと判定されてしまうことがある。そこで、重要視される技術がフレーミング。
「力負けして流れたミットを戻そうとするから、大きく動かしたように見える。それが、ミットズラしの正体。フレーミングってのは逆の発想。予めボールの軌道に先回りして、外から内へと力負けしないように捕球する。すると、自然とストライクゾーンに近く見えるって訳だ。待って捕るのではなく、迎えに行って捕るイメージだと思えばいい」
「うーん、何となく分かりました。とりあえず、球審を騙すためにやるんですね」
「人聞き悪いな、キャッチャーのテクニックって言ってくれよ......」
悪意無く本質を言ってのける
「はははっ、あながち間違っちゃいねーだろ。そもそも、ストライク・ボールってのは捕球したコースで判定するものじゃない」
ストライクゾーンは、バッターの体格に合わせたホームプレート上に浮かぶ五角柱。五角柱のどこか一部をかすめてさえいればストライク、外れればボール。
「しかし実際は、球審によって判定はマチマチ。外を広く取る球審もいれば、逆に狭い球審もいるし、試合中に突然ゾーンが変わる球審もいる。過去には、『気持ちが入っていないからボールだ』なんてことを言って、ど真ん中を“ボール”と判定した球審も居たそうだ。気分でゾーンを変えられたら、どっちの立場でもたまったもんじゃない」
「確かに。実際ウチは、やられたことあったしね」
過去の体験を思い出してしみじみ言った
「そうですね。ジャスミンとの練習試合で思い切りやられました。あの時は、アウトコースを取ってくれなくてホント苦労したよ......」
「おかげでボクは、マリンボールを実戦でたくさん使えたけどねっ」
「それが正解だ。事実俺は、コーナーを突く時ほど空振りでの三振を狙っていた」
「なるほど、誤審が起こらないようにしちゃえばいい。難易度は高いけど確実な方法ね」
「まあ、そんなところだ。さて」
試合に目を戻す。試合は、ワンボール・ツーストライクのまま進んでいた。四球目は、一球前とほぼ同じコースのスライダーをカットしてファウル。そして次が、
「(同じ球種を同じコースに二度続けて来た。次は、なんだ? まあ、追い込まれてるから何が来ても当てに行くしかないんだけど)」
「(三球目のスライダーがストライクになったのが痛かった。際どいコースは、カットされてしまう。もっとしっかり外しておくべきだったわね......)」
「(
二度首を振り、三度目のサインに頷いて、ゆったりと足を上げる。
「(インコース――の、ストレート!)」
『良い当たりでしたが、これも切れて、ファウル! カウントは、ツーエンドツーのまま』
「(アウトローのスライダーを続けた後のインハイのストレートを迷い無く振り抜いた。左右上下の揺さぶりには、きっちり対応してくる。それなら、前後はどう?)」
「(また同じコース......ストレートか、イヤ、来ない! チェンジアップか!)」
ストレートに近い軌道からタイミングを外す手元でブレーキの効いたチェンジアップに、身体が前に誘い出された。
「(――泳いだ。前後の緩急は苦手......えっ!?)」
『セカンドの頭上、ライト
想定外のヒットを打たれた
一塁ベースでは、コーチャーとして入っている
「ナイスバッティングです!」
「別にナイスじゃないって、少しタイミング外されたし。今までだったら、たぶん、良くて内野フライだったろうけど」
「じゃあ、あの特訓の賜物ですね」
「思い出したくねーなぁ。マジで心を折られたし......」
「あはは......ですね」
二人して苦笑いを浮かべながら話す特訓とは、甲子園へ出発前。学校紹介のために恋恋高校を訪れた、パワフルテレビの取材クルーが撤収した後こと。
一通りの練習を終え、帰り支度を始めようとした時だった。動きやすいトレーニングウェア姿の
「出発まで、あと五日か。準備は進んでいるか?」
ナインたちは「はい!」と、声を合わせて返事。
「そうか。では出発前に、お前たちへ最後の課題を課す。最終課題は――俺との勝負」
まさかの内容に、どよめきが起こった。
しかし、
「内容は、今日を含め出発までの五日間、一日おきに一人につき三打席計九打席の勝負。個々で勝負するもよし、相談し対策を練るのもよし。分かりやすく、外野へ飛ばせば勝ちでいい。が、点を奪い取るつもりでかかってこい」
「あの、もし負けた場合は......?」
「なんだ? 勝負の前から“負け”を認めるのか?」
恐る恐る手を上げて訊いた
「
「大丈夫よ。記者さんたちは全員帰ったわ。反対側は、はるかさんが見張ってくれてる。何か動きがあれば、すぐに連絡をくれるわ」
「じゃあ始めるとするか。俺と、お前たちとの真剣勝負を――」
甲子園を目指し繰り広げてきた激戦よりも、遥かに厳しい勝負。特に、最初の一打席目は、全員が三振に打ち取られるという散々な結果だった。
「あれは、本当にキツかったよね......。ボク、一打席目は一球も当てられなかった」
「くくく、緊張していることは目に見えていたからな。ぶっちゃけ打ち取るだけならど真ん中だけで充分可能だったが、それじゃああまりにも面白くない。だから、全員を三振に仕留めてやったのさ」
「うわぁ......」
真実を告げられたあおいたちは、大袈裟に肩を落とした。
「だけど、みんなはまだ、マシな方だよ? 俺なんて、みんなが打席に立ってる時キャッチャーやってたけど、これでもかってくらいに捕り損ねたし。マシーンと、実際に投げるコーチのピッチングは全然比べものにならなかった」
「それはそうよ。いくら忠実にピッチングを再現したと言っても、マシーンには感情が存在しないんだもの。私たちの思考の裏を突いてくるわけじゃないわ」
「まあね。それでも、徐々にだけど捕れるようになった」
噛みしめるようにグッと左手を握る。
「最後の最後、ノーバウンドで外野へ打ち返したのも
「どん詰まりのポップフライだったけどー。あたしは、もっと良い当たりだったし!」
「
「うっ......」
あおいに痛いところ突かれ、わざとらしくよろけて見せる
「完全に、自分のポジションに打たされてたわね。私も、最後はピッチャーゴロだったから
「うーん、インハイの低速高回転ストレートに上手く対応出来たと思ったんだけどなぁ~」
「なら、単純に打ち損じたんじゃないの?」
「そうかも、ちょっと詰まった感じだったから腕を畳みきれなかったのかな?」
勝負を振り返る中
「結局、最後は打たせてあげたの?」
「フッ、さーな。まあ、収穫はあったさ」
「収穫?」
「(――送りバント。了解です)」
「(了解ッス)」
「(このランナーの盗塁数は飛び抜けて多いわけではないけど、その盗塁成功率十割。甲子園でも一・二回戦合わせて、二つ決めてる。内ひとつは三盗。二番は、何でも器用にこなすタイプのくせ者。バントの構えをしているけど、単独スチール、バスターエンドラン、いろいろ想定しておかないといけない場面――)」
セットポジションに着いた
「おっと!」
「セーフ!」
「(あぶねぇあぶねぇ。左投手には、この牽制もあるんだよなー)」
左投手の一塁ランナーへの牽制方法は二種類。ひとつは、投球と同じモーションから上げた足を一塁側へ踏み出して投げる牽制。もうひとつは、軸足の左足を素早くプレートから外し、やや腕を下げたモーションで投げる牽制球。サイドスローの
「(サインは、送りバントだし。少し自重しとくか)」
「(リードが気持ち小さくなった? 牽制が効いたのかしら。それならバッターに集中出来るわ)」
確りと視線で牽制しつつ、
「ふたつは無理、ひとつだぞ!」
一塁方向へ転がった打球をファーストは、
しかし、送りバントは、成功。こちらも狙い通り一死二塁のチャンスを作り、バッターボックスに立つのは、三番
「(バスターも、エンドランの動きもなく、初球から素直に送ってきた。今までのような積極的な攻撃じゃない......戦い方を変えている? もし、神楽坂と同じ
一瞬流れそうになった己を律し、前を向く。
「(この相手は、そういう心の隙を狙ってくる。私は、私の役割を果たす......!)」
「(オイラへのサインは、センターから逆方向へのヒッティング。つまり、最悪でも進塁打を打って四番へ回すこと、セオリー通りの戦術。けどそれは、あくまでも最悪のケース。甘く来れば当然、狙っていっていい場面だ!)」
サインに頷いて、初球を投げる。
外角のボールゾーンからストライクゾーンへ向かって入ってくる、バックドアのスライダー。ストライクとも、ボールともどちらとも取れる際どいコース。
しかし、元々センターから逆方向を狙っていた
『
迷わずに振り抜いた打球は、マウンドの前でバウンドし投げ終わった
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New game15 ~先見~
『ピッチャー返し! 打球は、
「(――足下......!)」
咄嗟に左足を出して、つま先に打球を当てる。一塁側へ弾かれた打球をファーストが素早くバックアップ、そのまま一塁キャンバスを踏んで、
『アウトです! なんと!
「
「大丈夫、問題ないわ。ピーカバー(足の先端を守るためカバー)に当てたから」
球審にもケガはしていないことを伝えたが、それでも念のため何球か投球練習を行い、ピッチングに支障がないことを確認した上で、試合は再開される。
「はぁ~、やられた。抜けてりゃ先制だったってのに。普通、足出すか? まだ、初回だぞ?」
戻ってきた
「私は、出すわよ」
「
「投げ終わった直後にはもう、正面を向いてるからね、
「当然でしょ? ピッチャーは、投げ終えた瞬間から、九人目の野手。何より、自分の身を守ることに繋がるわ」
「内野で一番浅いからね。折れたバット、ピッチャーライナーが頭に当たって救急搬送された事例もあるし」
「......ボク、もっと意識しよ」
守備意識について言葉を交わしている間に、試合は進む。
バッターボックスに立った四番
『ファウル! 外角のチェンジアップを引っ張りましたが、ボールの下を叩き三塁側へのファウルボール! ワン・エンド・ワンの平行カウント』
三球目、内角低めのストレートで見逃しのストライクを奪った。投手有利のカウントを作り、一旦プレートを外して、ロジンバッグを手に取る。
「三球とも、際どいコースへの投球。打球が当たった影響は、本当になさそうね」
「それはな」
「それは? どういう意味?」
「次の一球で、はっきりする」
セットポジションに入り、サイン交換。
「(狙い通り追い込んだわ。相手は、四番。
「(うむ、来い!)」
『
「(――甘い、失投......いや、ここから逃げる!?)」
甘いコースから外角低めへ逃げながら曲がる変化球に対し、咄嗟に右手を離して対応するも、当てただけのバッティング。
『セカンドへのゴロ! セカンド捌いて、ファーストへ送球――アウト! スクリューボールに泳がされ、セカンドゴロに倒れました。スリーアウトチェンジ。両校共にランナーを出すも共に無得点、二回の攻防へ移ります!』
ピンチを切り抜けたタチバナ学園ナインは、早足でベンチへ戻った。攻守交代。恋恋高校が守備につく。
「くくく、やはり捨てきれなかったな。色気を」
「色気?」
「何やら力量を探るような投球をしちゃいたが、スクリューへの対応を見たいのなら少なくとも一球前、追い込む前に投げなければ意味がない。追い込まれたバッターは、明らかなボール球以外は合わせにいく。表向きは冷静沈着で戦術家、しかし内面は、勝ち気で負けず嫌いといったところか。無失点で切り抜けられる可能性の誘惑を断ち切れなかった」
「一発勝負、負ければ終わりの
「まーな。だが、中途半端は身を滅ぼすだけだ。腹をくくらなければ、生き残れねーよ。死んで初めて、得られるモノもある」
「死んだ後じゃ意味ないでしょ?」
「比喩だ」
「判ってるわよ。ちょっとした皮肉よ」
「フッ、さて、強行策失敗後改めて四番からの攻撃。ここでどう打って出るか、ターニングポイントだ」
「指示を出していた様だが。私は、どうすればいい?」
「彼の打席結果次第。内容いかんによっては、戦術を変更することもあり得るわ。準備は怠らないように」
「うむ。了解だ」
頷いた
「(初回はバントだったけど、今回はバントじゃない。若干オープン気味のスタンス、インコースを苦手にしているのか。それとも、外へ投げさせるための撒き餌か。とりあえず、ここは様子見も兼ねて――)」
サインに頷いた
『胸元へズバッと力のあるストレート! バッター思わず仰け反った! 外れて、ワンボール』
二球目は一転、外角へ逃げる横のカーブ。
『流し打ち! 上手く合わせましたがライト線、際どいところ僅かに切れましたー』
新しいボールを
「(素直にヒッティング、揺さぶりは止めた? それにしても上手く拾われたけど、外を狙われてたかな? まあ、まだ序盤だし、必要以上に警戒する必要はない。内、外、緩急を使った。次は、コレで。大きく外れてもいいから、ストライクには入れないでね)」
「(――はい!)」
頷いた
「一球前に捉えられたカーブを続けましたね」
「ええ、普通なら避けたい心理になるものだけど。思考の裏を的確についてくる。けれどもう、外は無いわ」
「(よし、狙い通りのインコース!)」
引っ張った打球は、緩い当たりながらも三遊間を抜けていった。
『レフト前ヒット! 聖タチバナ学園、ノーアウトから先制のランナーを出します。そして、続くバッターは前の試合、勝敗を決める決勝打を放った
タイムを要求した
「今のは、飛んだコースが悪かっただけで、力負けじゃないからね。それで、次のバッターだけど――」
二人は口元を隠しながら、
「何か仕掛けてきそうな雰囲気ですよね」
「まあね。けど、バッターに集中。何か仕掛けてきても、
――はい、と頷いた
『さあ、キャッチャーがポジションへ戻り試合再開。バッターボックスでは、
「(盗塁を仕掛けてきた
内野陣にエンドラン警戒のサインを送ったあと、
「
ベンチ前へ戻ってきた
「バントよ」
「バント......って、ぜんぜん普通じゃんっ!」
「自分で確かめてみなさい。普通かどうかを、その目でね」
『セットについた
ピッチャーの
打球を処理したのは、ファーストの
「よし、かかったわ!」
「
「なっ!?」
「うっそ!? やべぇ......!」
オーバーランしたランナーが頭から戻る。送球を受けた
「セ、セーフッ!」
「ア、アウトーッ!」
二塁塁審は、手を横に広げ。一塁塁審は、握った拳を掲げた。
『セカンドは、間一髪セーフ! 一塁は、間一髪アウト! 結果的に、送りバントが成功した形! ワンナウト・ランナー二塁。聖タチバナ学園、スコアリングポジションへランナーを進めました! いやー、しかし、アウトこそ取れませんでしたが、痺れるプレーでした』
「な、なに? 今の......?」
ベンチ奥の日陰で試合を見ていたみずきは、立ち上がってグラウンドを見つめる。
「姉さん、今の一連のプレーは?」
「......封殺狙いじゃなくて、オーバーランを見越したセカンドタッチアウトと一塁でダブルプレーを狙いにいったのよ」
一つのバントで、一気にサードを狙う作戦。しかし、通常の送りバントと違い、最初からサードを狙うため若干走路を膨らんでセカンドベースを踏んだところを、
「ウソだ! あり得ないでしょっ? だってそんなの、一歩間違えたらフィルダースチョイスでノーアウトで一・二塁じゃんっ」
「ショートの強肩と、
「それは、
「刹那の判断力。姉さんが昨晩、話していたことですね。セカンドで刺せずとも、
「ええ。それが今、証明された。ここからは、戦い方を変える必要があるのかも知れないわ......」
この試合はセカンドに、肩の弱い
「くくく、策としては悪くはなかったが。奇襲とは、相手の油断や虚をつく戦略。警戒している相手には、敵の想定以上の策で無ければ無意味」
「初回の奇襲・奇策の連発で警戒は予め十分だったワケね。でも、今のプレーは、あのトレーニングの賜物でしょ?」
「ゲーム感覚で出来て、息抜きにも持って来い。一石二鳥だったろ?」
追試を早く終わらせたことで追加された特別メニューは、フラッシュ暗算を応用したビジョントレーニング。
スクリーン上に一瞬のみ映し出される問題を読み取る、瞬間視。読み取った問題を頭の中で読み解く、読解力と思考力。見る、読む、解く、複数のことを同時に行うことで、判断力と決断力を大幅に向上させた。
「いいえ、一石三鳥だったわ。みんな、勝負感覚で競い合うから、自主的に教科書とか問題集を広げたり。解らない問題を教え合ったりしてたもの」
足し算などの計算が一般的だが、
「そら、よかったな」
「意外と、教師とか指導者に向いてるんじゃない?」
「あのな......」
「言っておくが。アイツらの活躍と比例して、苦労するのはお前だ」
「私が?」
「夏が終われば、主力の三年は引退。残るのは、一年の六人だけ。コイツらが残っているうちはいい。だが、三年の夏までに結果を出さなければ、その先は誰もついてこない。なぜなら俺は、プロで結果を残した実績があるからだ。元プロの肩書きがあるからこそ、疑わずについて来ているに過ぎない」
甲子園出場のネームバリューは絶大。入学志願者数、入部希望者も数倍に膨れ上がることは明白。当然、ある程度名の知れた新入生も入ってくる。
「今大会の一度限りの出場でいい、と割り切っているのなら話しは別だが。そういう訳にもいかねーだろ?」
「......そうね。続ける以上は、
「なら、結果で黙らせる他ない。名の知れたヤツってのは、例外なくお山の大将。当然だ。名門・強豪校からスカウトされるようなヤツは、ガキの頃からエースで四番を張ってきたような連中だ。我が強く、その上打たれ弱く、面倒で扱い辛い。自分の思い通りにならなければ、不貞腐れ、自暴自棄になり、問題行動を起こすヤツも出てくるだろう。幸いにもスポーツ推薦のない進学校だ、入試である程度ふるいにかけられるとは言え、一定数は
「......ええ」
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New game16 ~一手~
ピンチを背負ったものの後続を退け二回裏、恋恋高校攻撃。
今日、五番に入っている
「最後のが、スクリューボールだよね。どんな感じだった?」
「......妙な軌道だった。
「妙?」
「ああ。ストレートの失投かと想ったら、沈みながら逃げるように流れていった」
「逃げるよう流れる、か......あっ!」
バッター有利のカウントから
「(
「(むっ、雰囲気が変わったぞ。
「(右バッターの、スクリューへの対応は十分に見れた。四番も、五番も戸惑っていた。次は、左打者の対応のチェックよ。ここから三人タイプの違う左バッターが続く。
『ストライク! アンパイアの手が上がります! 変化の大きなスクリューボールを見逃し、ワンストライク!』
振りにいきながらも最終的に見逃した
「(よし、このバッターもスクリューにタイミングが合っていない。
「(彼の
打席を外している
「(不安材料は、あの
「(今のが、スクリューボール......似たような軌道の変化球を見たことがある気がする。どこだ......?)」
思い出せないまま、打席に戻る。球審のコール。サイン交換を終えた
「(なるほど、ストレートの軌道は、
公式戦、練習試合を含めて対戦してきた投手たちを思い返す。
「(ん? なんだ、このバッター、上の空もいいところだぞ)」
「(そのようね。集中出来ていないのなら、さっさと追い込むわよ)」
打席に集中していない判断したバッテリーは、すぐさま三球目に入る。インコースのボールからストライクになるスライダーで見逃しのストライクを奪い、1-2とバッテリー優位のカウントを作った。
「(スライダー......今のも、
明らかに精彩を欠いている
「コラー! あんたねぇ、しゃんと集中なさいよー!」
「そうだそうだー! 考えてたって、振らねぇと当たんねぇぞー!」
「二人とも、抑えて抑えて。叱られるよ?」
苦笑いでベンチを見た
「(そうか......そうだ、そうだったんだ!)」
もう一度タイムを取り、バットを握り直して、改めてバッターボックスで構えた。
「(......明らかに雰囲気が変わった。一球、様子を見るわよ)」
『ファウル! ボール球に手を出して、三塁側のスタンドへ大きく切れていきました。さあ次が、五球目。わたくしなら、得意の変化球で仕留めたいところですが。タチバナバッテリーは、何を選択するのでしょーか?』
五球目、チェンジアップを一塁線へファウル。六球目のストレートを見極めて、2-2の平行カウント。
「(むぅ、なかなか粘っこいぞ......先輩、どうする?)」
「(どう見ても、スクリューを待ってるわね。良いわ。望み通りに投げてあげる。どうせ、対応を測るつもりなんだから乗ってあげる。見せて貰いましょう)」
「(――了解だ!)」
「キャッチャーが、内角低めに構えたわね」
「カウント的にも間違いなく、スクリューだな。狙い通り、引き出した。しかし、問題はここから。引き出した獲物を捌けるか否か――」
ピッチングモーションを起こした
「(――ここだ、イメージ通り!)」
狙い通りのスクリューに対し、左膝を若干落とし、前で捉えた。
『痛烈な打球が、ファーストのミットをかすめて一塁線を抜いていったー! 長打コース! ライトが今追いついて、
「えっ、マジなの?」
「大マジ。実際、打ったし」
「それもそうね。おっけー、伝えとくわ」
「頼んだよ」
「
「あのピッチャーの、スクリューのことを伝えて欲しいって」
「攻略法と言うこと?」
攻略法と聞いて、ベンチ内がざわついた。
「う~ん、攻略法って言うか、印象の話し?」
「印象?」
「そう。あのスクリューなんだけど、あおいが投げるカーブによく似てるんだってさ」
「えっ? ボクの?」
「あおいの、カーブに似ている? 彼女の、スクリューボールが?」
「そっ。最初はストレートみたいに見えて、途中から変化する軌道がよく似てるんだってさ。あたしも最初聞いた時は、半信半疑だったんだけど。実際、そのイメージで二塁打を打ったワケだし」
「なるほど、あおいさんのボールを受けてきたキャッチャーの
「狙い通り引き出して、狙い通りに打ち返した。少なくとも、攻略の糸口を見出したことは事実さ。充分な役割を果たした」
「まあ。とは言っても、バントなんだけどな」と笑った
『おっと、七番バッターの
「(バント? 初回も送ってきたが、ここも素直に送るのか?)」
「(微妙なところね。今までの積極的な攻撃じゃない。でも、そう思わせることが目的なのかも知らないわ)」
常に奇襲、奇策を仕掛けて戦ってきた恋恋高校。
しかし、それこそがカモフラージュとなり、セオリー野球である正攻法が奇襲へと変貌を遂げている。いつ仕掛けてくるか分からないという緊張感に、バッテリーは神経を使っていた。
『
「(盗塁の動きは、無さそうだ。さすがに三盗は仕掛けてきそうにないぞ)」
「(それなら、バントをさせて、セカンドランナーをサードで刺すまでよ)」
一球牽制球を挟み、
「クイックモーションじゃないわ」
「ほう、三盗は無いと踏んだな。モーションを若干遅らせることで、野手の動きに猶予を与えた」
「
「ああ。送りバントは、打球が転がったことを確認してスタートを切る。あれだけのチャージをかけられたら、相当いいところへ転がさなければ難しい。加えて球種は、インコースの真っ直ぐ」
サイドスロー独特の角度のあるストレートを殺しきれず、ピッチャーの左側へやや強めの打球が転がった。マウンドを下りた
「――アウト!」
『アウト、アウトです! 送りバント失敗!
アウト判定を受けた
「ふぅ」
「どうぞー」
「ありがと、はるかちゃん」
スポーツドリンクを飲んで一息つくと、さっそく、
「それで、ホントなの? スクリューが、あおいのカーブと似てるって話し」
「ああーうん、似てるよ。左右の違いがあるから導入の角度は、ちょっと違うけどね。どっちも、ストレートみたいに見えてから曲がってくる感じ。ただ、変化の大きさはスクリューの方が上かな? 予想より、ボールの上を叩いたから打球が上がらなかった」
「ライナー性の打球になった理由は、それね。二巡目に入れば、長打を狙えるんだろうけど......」
「今までの相手通りなら、三イニングで代わっちゃうからね。と言っても、投球術にも長けてるから要所要所で使われたら厳しいかも」
「なら、追い込まれる前にカウントを整えに来る球種を狙って――」
「逆だ。狙うのは、スクリューだ」
「スクリューを、ですか......?」
悪戦苦闘しているスクリューボールを狙えという指示に、ナインたちは若干の戸惑いを見せた。
「別に、ヒットや長打を狙えと言う話しじゃねーよ。スクリューを打つことに意味があるんだ。そのための、次の一手が重要。はるか、初球で行くぞ」
「はいっ」
はるかから、バント失敗で塁上に残った
『ワンナウト二塁のピンチから状況は変わって、ツーアウトランナー一塁。先ほどスバラシイフィールディングを披露した
「(ここで切れば、次の回は九番から。ひとつアウトを計算して立ち回れる。それに、このバッターは投手、きっちり抑えれば、良い流れで三回表の攻撃へ移れるわ)」
セットポジションに着いた
『恋恋高校、ここで足を使ってきました! スタートは、あまりよろしくありませんでしたが、自慢の俊足でセカンドを奪いました! ツーアウト二塁!』
「セオリーで行くんじゃなかったの?」
「足のあるランナー、アウトカウントはツーアウト、バッテリーの肩は強くない、これだけの条件が重なっているんだ、走って当然の場面だろ」
軽く笑みを見せる、
そして、この盗塁が、
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New game17 ~諸刃の剣~
ディレイド気味のスチールを決められてしまった
「(やられた。まさか、あのタイミングのスタートでセカンドを奪われるだなんて......)」
だがそれは、ほんの僅かな時間。大きく深呼吸をし、瞬時に気持ちを切り替えた。セットポジションに着き、改めて、八番バッター
『ストライク! アウトコースいっぱいにストレートが決まりました! カウントを平行へ戻しました』
「切り替えの速さは、なかなか目を見張るものがある。伊達に戦略家を気取っている訳ではないらしいな」
「相手を褒めるのは結構だけど。みんなは、“次の一手”のことが気になるみたいよ」
試合そっちのけで
「そんなたいそうなことじゃねーよ。タイム。
「はい!」
内容を伝え、
『おっと、恋恋高校、
バッターボックスを離れた
「(このタイミングで、攻撃の伝令。いったい、何を仕掛けてくるつもりなのかしら......?)」
「
「――え、ええ」
可能性がありそうな戦術を思い浮かべながら、肩が冷えないように軽くキャッチャーボール。指示を受けた
「プレイ!」
球審のコール。試合再開。
試合再開直後の初球は、エンドランを警戒して、大きく外角へウェスト。
「(......僅かな反応すらない。エンドランは無さそう......決めつけは厳禁。カウント、球種のどちらかで仕掛けてくる可能性もあるわ。だけど、一番ダメなことは、警戒し過ぎて自滅してしまうこと。ツーアウト、バッター勝負に集中――)」
四球目、アウトコースのスライダーで見逃しのストライク、カウントを戻した。
「これで、ツーエンドツー、速球系でカウントを整えた。スクリューで決めに来る確率が高まったわね」
「間違いなく投げるさ。ここで信用して投げられないようなボールなら、この試合は難なく片が付く。後続も、滅多打ちだ」
一度のサイン交換で頷いたマウンド上の
「――ストライク! バッターアウト、チェンジ!」
『見逃し三振! 最後は、スクリューボール!
一打先制のピンチを脱した
「それで、どうだった?」
「あ、はい。
「スクリューは、“ボール球”でした」
「フッ、やはりな」
「だが、球審のジャッジは、ストライク。ここから見ていても、逆球は一球たりとも無い。コントロールが良いと、バッチリ印象付けている。つまり、キャッチャーの高い捕球技術と制球力の合わせ技だな」
「それじゃあ追い込まれたら見逃せないし、打ちにいけばボール球を打たされるってことじゃない」
「まあ、そうなるな」
遅いという致命的な弱点を補い、余るほどの長所に替えた投球術。
元々打たせて取る軟投タイプの三投手、当然、内外野共に守備は堅い。現に二回戦も、少ないチャンスをものにし、僅差で勝利を収めた。地方大会も同じ戦術で勝ち上がってきたチーム。
「とりあえず守ってこい。攻撃の話しは、その後だ」
――はい! と元気よく返事をして、グラウンドへ駆けてナインたちを見送った
「スクリューが狙いって言っていたけど。ボール球なら、他の球種を狙った方がいいんじゃないの?」
「
「......少々面倒な相手、その言葉通りの相手ね」
「攻略法はある。あるにはあるが――」
それは――
* * *
この回先頭バッターの八番をフォアボールで塁に出し、ラストバッターの
そして、二番バッター
『
詰まった打球は、まるでプッシュバントのように内野で一番処理の難しい投手、一塁手、二塁手のちょうどド真ん中、トライアングルのエリアへ打球が転がった。
「セカンド! ファーストは無理、バックホーム!」
ピッチャー
「(しっかり軸足に体重を乗せて、脇を締めて......!)」
「ストップ! ストップッ!」
サードベースを蹴ったセカンドランナーは、サードコーチャーの指示で急ブレーキ、サードベースへ引き返す。ノーバウンドのストライク送球がホームへ返って来た。記録は、内野安打。ツーアウトながら三塁一塁。
「あれ? あのセカンドって、肩があんまり良くなかったんじゃないんですか? 結構、良い送球でしたよ?」
「少なくとも、地区予選の頃はそうだったわ。あれから、多少改善されたみたいね」
しかし、今のプレー以上に気がかりに感じていることが、彼女にはあった。
「(攻撃の伝令......結局、何も仕掛けて来なかった。“待て”のサインだったのなら、わざわざ伝令を消費してまでするような
グラブを持った
「キャッチボール、お願い」
「分かった」
「みずき。あなたも、準備しておきなさい」
「えっ? でも、まだ一イニングありますよ?」
「今日は、継投を繰り上げることも想定しておかなければならない相手よ。
「......分かりましたー」
ベンチを出たところで、
「お待たせしましたぁ~」
「遅ーい! いったい今まで、何やってたんですかっ?」
「メイク中に気になったので、ヘアスタイルのセットをしてました~」
「それ、今やることですか?」
「乙女の常識でぇす」
言っても無駄と頭では分かっているため口にしないが、「どうせ、帽子を被るんだから意味ないじゃない」と、正論を思いつつ、ネクストバッターの
『ツーアウトながらも三塁一塁。そして迎えるバッターは、先ほどレフト前へヒットを放っている
「よろしくお願い致します」
丁寧に頭を下げて左打席に入った
「(この回は、初回二回と違うセオリー通りの戦術。今度こそ、揺さぶりは止めたのかな? けど、ツーアウトで三塁一塁だし。何かと仕掛けやすいアウトカウントなのは間違いない。とにかく、先手先手で行くよ。カウントが有利になれば、相手の策を絞り込める)」
サインに頷いた
初球は、アウトコースのストレートから入った。
『見逃して、ストライク!』
続く二球目は、初回にヒットを打たれた横カーブとは別種の、より縦に変化するインコースのカーブ。やや甘く入ったが、大きな落差が功を奏し、空振りを奪った。
「(ツーナッシング。仕掛けてくるなら、ここだ。一球、様子を見よう)」
サインを出し、アウトコースのボールゾーンにミットを構えた。
「(――外角。際どい、ここはカットですね)」
バットの先端で軽く合わせ、三塁側へのファウル。四球目、一球前よりやや外寄りのコースのストレートを同じようにカットして、ファウルを打った。
「(明らかに、前に飛ばすつもりのないスイング。四球狙い......なら今のは、見逃がすハズ。となると、狙いは内角? 引っ張って三塁一塁を保ったまま、四番へ回すことが狙い。四番に回すのは悪手、このバッターで流れを切ることがベスト!)」
そして、勝負は五球目。
「(――内角のカーブ、来ましたね。狙い通りです)」
足をオープンに開いて、持ち手の間隔を広げバットを立てた。
「――なっ!?」
『なんと! ここで、セーフティスリーバントだーッ!』
「(
空振りしたカーブよりも横へ変化するカーブを、狙い通り一塁線へ転がした。一塁ランナーが居たため、ファースト
「ウォッチ! 間に合わない!」
『一塁線のライン上にピタリと止まりました! 先制点は、聖タチバナ学園学園!
本来得意とする奇襲攻撃で先制点を奪われ、なお、ランナー二塁一塁とピンチを背負ったまま追う展開。
「よし!」
狙い通り作戦が決まったことに、ブルペンの
「先制点を取ったぞ!」
「ええ、これで少しだけ立ち回りに余裕が出来るわ。さあ、本格的に肩を作るわよ」
「私は次ぎ、ネクストバッターなのだが?」
「追加点は無理よ。仕込んだ策はここまで、良くて外野フライといったところね」
『ライトフライ、上手く掬い上げましたが、ここは一歩打球に伸びが足りませんでした。しかし、ツーアウトから
ベンチへ戻ってきた
「すみません、セーフティも警戒しておくべきでした......」
「済んじまったモノは、悔やんだところで戻らねーよ。さて、あの投手の攻略法だが――」
――ストライクからボールになるスクリューを思い切り振り抜け。
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New game18 ~封じ手~
『三回裏恋恋高校の攻撃は、ラストバッター
イニング間の投球練習を行っている
「(右バッターのあたしには、外角低めへ逃げる変化球。それを、しっかり......あれ? 外角に逃げるスクリューは、追いかけちゃだめ。でも、しっかりと振り切る。だけど......)」
ある疑問が頭に浮かんだ
「どうしたのかしら? 何だか、戸惑ってるみたいな
「気づいたんだろ。スクリューを打とうとすると、バットが届かないってことにな」
「バットが、届かない......? あ。そっか、あの子――」
「指示は?」
「届かないのなら届くようにすればいいだけのことだろ。猿でも頭を使うぞ」
「(......自分で考えて工夫しろ、か。だけど、そうだよね。先輩たちは、自分たちで考えて打開策を見出して来た。甲子園に来てからは、特に......。よーし、とにかく、やってみよう。やってみないことには、何も始まらないっ)」
イニング間の投球練習が終わり、球審に呼ばれた
「(この子は、二回戦で外野の守備固めで出場しているけど、甲子園では初打席。地区予選は、ノーヒット。打席結果の内訳は――)」
「(見逃しと空振りの三振が合わせて、三つ。内野ゴロと送りバントがひとつずつの計二つだ)」
「(そう。つまり、内野を越すような打球はない。予選の時と変わらず、バットも短く構えているから、低めのボール球を引っかけさせてゴロを打って貰う)」
ゆったりと足を上げる
「(ストレート? 違う、ここから曲がるっ!)」
狙えと指示された、スクリューボール。
「(......追いかけちゃだめ!)」
『空振り!
「(何とか追いかけずに振れたけど、やっぱり届かないか......ちょっと工夫して――)」
今の一球を受けて、若干内寄りに立ち位置を変えた。
「(ん? 気持ち内寄りに立ったぞ。スクリューに意識がいっているようだ。それなら、これで――)」
二球目は一転して、右打者の対角線上へクロスして食い込んでくるクロスファイアーのストレート。
「ファールッ!」
『インコース厳しいストレートに上手く対応しましたが、三塁側のスタンドへと切れていきました。タチバナバッテリー、ツーナッシングと二球で追い込みました!』
理想的な形で追い込んだにも関わらず、タチバナバッテリーは楽観出来ないでいた。何故なら。
「(インコース低めいっぱいのストレートを――)」
「(内野スタンドの中段まで運ばれたぞ......)」
結果はファウルだったとは言え、「長打は無い」と思っていたところへ計算外の打球。そしてそれは、打った
「フッ、別に驚くようなことでもないだろうに」
「パンチ力が付いた要因は、やっぱりあの練習の成果よね」
「嫌というほど、体に覚え込ませたからな」
* * *
「
予選前、ミゾットスポーツクラブでの個人練習。
室内練習場のベンチに座っていた
「
「オッケーよ。あなたも、準備いいわね?」
「うっす!」
「とりあえず、キャッチボールしてみろ」
「あ、はい」
「本当に、真逆ね」
「......なるほど、原因は解った。
「
キャッチボールを止めさせ、二人をブルペンへ連れていく。
程なくして、指定した二人を連れた
「さてと。お前たちには今から、ピッチング練習をしてもらう」
「あたしたちが、ピッチング練習......ですか?」
戸惑いながらも、言われるがままマウンドに立つ、
「よっしゃ、来ーい!」
「先輩、燃えてますね」
「マスク被るの久々だからな!」
「あはは、それでですか。じゃあ俺も。オッケー、いつでもいいよ!」
気合い十分にミットを構える、二人。
「アイツらは気にせず投げろ。それから、コイツを――」
「えっと、これは......?」
「う、動かせない......」
「当然だ。肩が開かないようにすることが目的だからな。さて、始めるぞ。投げやすいフォームでいいし、歩幅も気にしなくていい」
逆腕が固定されているため二人は、最初からセットポジション。先に投げたのは、
「どうだ?」
「気持ち速くなった、のかな?」
「マウンドには、傾斜がある。だから、自然と身体が前に向かうのさ」
「自然と身体が前に......」
「軸足に体重を溜めて、前方に踏み込んで投げてみろ。イメージとしては、バッティングと同じだと思えばいい」
「ピッチングなのに、バッティングですか?」
「右打ちのお前は、左を上げて、上げた足を前に踏み出して打つ。大まかな違いは踏み出す足の向き、バットを振るか、ボールを投げるかくらいだろ」
「あ、そっか。言われてみれば、そうですね」
新しいボールを手に取った
「(バットを構える時、グリップの位置は胸の前。グラブも、同じ位置で構えて。重心のバランスが崩れないように軸足に重心を溜めて、ピッチャーのモーションにタイミングを合わせて足を上げる。その上げた足を前に踏み出して、同時に軸足を強く蹴って――投げる!)」
「おっ!」
構えたコースよりも高めに抜けたが、一球前よりも力強いボールがいった。
「オッケー、さっきより全然来てるぞ! どんどん来い!」
「は、はいっ」
「よし、こっちも始めよう」
「オー!」
「急に変わったわね」
「
「右投げなのに、左投げ?」
「キャッチボールの時から、妙にギクシャクしていた。何球か見て原因は、重心にあると分かった。元々左利き、右に矯正するまでは、左で投げてた訳だ。その頃の名残で、重心が左投げのままになっていた。身体は前に出ているのに、連動して腕が振れて来ない。そのズレを修正しようとする結果、体幹がブレ、強いボールが行かないって訳だ」
「この投球練習は、右投げ本来の重心移動の基礎を改めて身につけさせるためなのね」
「まあな。重心移動は、送球のみならず、全プレーにおける基本中の基本。いや、スポーツ全般と言ってもいい。それにしても......」
「結構、良い球を放る。地肩はあるし、上背もある。まだ、伸びてるんだろ?」
「ええ、入学当初から三センチ伸びて今は、176ね」
「80乗って、身体が出来てくりゃ二年後は面白くなるかもな。指導を受けていない分変なクセは付いてないし、サウスポーという点だけでもアドバンテージはある」
「......何、今の?」
「低回転ボール!」
「いやいや、腕の振りでバレバレだし。これじゃただの打ちごろの棒球だよ。せっかく、制球が安定して来たんだからさ」
珍しく褒めた矢先の出来事に呆れ顔を見せる、
* * *
「脇を固定させて行った投球練習が、インコース打ちにも活かされているわね。肘を上手く畳んで対応していたわ」
「まあな。これで次は、スクリュー。どうなるか、言い当ててやろうか?」
その言葉に、ナインたち全員の注目がいっぺんに集まった。
「次の一球は、確実に、アウトコースへスクリューが来る」
サイン交換を終えた
「
――必ず、ファウルになる。
『ファウル! 良い当たりでしたが、一塁線を切れていきました! カウント変わらずツーナッシング、打ち直しです!』
「クックック、な? ファウルだったろ」
「どうしてですか......?」
読み通りの結果に小さく笑う
「内角低め、外角低めのボール球ってのは、良い当たりであればあるほど切れやすいのさ」
どちらもバットが縦に近い状態で捉えるため、外角低めは、スライス回転。内角低めは、フック回転が掛かりやすい打球になる。
「多少芯を外れた当たりの方が、フェアグラウンドに飛ぶ確率が高い。
「......打球が上がらなかったから、長打コースに飛んだ。いや、偶然飛んだコースが良かったから長打になったんだ」
「お前と
「ヒット狙いで合わせに行くのは、ダメなんですか?」
「怖くないんだよ。初回にカーブを、三番にレフト前へ上手く運ばれたけど。合わせるだけの手打ちだから、長打にならないし。むしろ手首をこねて、打ち損じてくれる可能性の方が高い」
「そう、非力なバッターなら内野フライが関の山。大物打ちでも、外野の間を破ることは稀にあっても、頭を越すような打球は先ず見込めない」
「だから、その前提を覆す。打たされずに、打ってやればいい。ファウルは何球打とうとも、罰則は無いんだからな」
相手の狙いにあえて乗ることで、相手の選択に制限を設ける。
スクリュー狙いは、拠り所である生命線を断つための一手――封じ手となる。
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New game19 ~大局観~
『ファウル!
新しいボールを貰った
「(スクリューを積極的に振ってくる。それも、合わせるようなバッティングじゃない。おそらく、しっかり狙っていけと指示が出てるわね。だけど、この程度は想定の範囲内よ)」
ロジンバッグに軽く触れて間を取り、セットポジションに戻る。
「(トップバッターは対応してきたけど、あなたは、どうかしらっ?)」
「(さっきよりも外。このコースからなら、ボールになる......あっ!)」
「ストライク! バッターアウト!」
『球審の右腕が上がりました、見逃し三振! 最後は、アウトコースのチェンジアップ!
一球前よりも外と判断したところへ、スクリューとほぼ同じ球速のチェンジアップ。裏をかかれ狙い通り、見逃し三振に打ち取られてしまった
「スクリューに狙いを定めた途端、似た球種のチェンジアップを織り交ぜてきたわ」
「当たり前だ、
「なら、スクリュー狙いは逆効果?」
「言っただろ。打たされずに、打てばいい」
「スクリューはカットして、別の球種を引き出す作戦よね。だけど、チェンジアップを織り交ぜたコンビネーションは、見極めは難しいんじゃ――」
「ハァ、そんな単純な意味合いではない。そもそも、狙い球を引き出すなんてことは、勝負に勝つためには当然の策。甲子園に出るようなチームは、どこもやっている。事実今までも、そうして戦って来ただろ」
しかし、今回は、事情が異なる。
「初戦に帝王実業が、
加えて既に八強を決めたチームは、アンドロメダ学園の
「だからこそ狙って打ち砕く、生命線であるスクリューを。そのための強振、強打。緩いボールほど、しっかり捉えなければ飛距離は伸ばせない。当てに行くようなバッティングは、失投が、失投でなくなる。二番手以降も、類似するタイプの投手が続くんだ。決め球を打ち、ダメージを与える。
* * *
打順は、トップバッターの
「(あとアウトふたつ。だけど、ここからが本当の鬼門。タイミングを外し、泳ぎながらもライト前へ運んだ一打席目のバッティング。あれは、並の打者が出来ることじゃない。少なくとも、ウチの野球部に出来る選手は居ないわ)」
「(並の打者なら空振り......少なくとも引っかけるか、ポップフライになるような体勢からでも、外野へ運べるバットコントロール。インパクトの瞬間も両手だった、マグレ当たりじゃないわ)」
金属バットを使用している点を考慮に入れても、体勢を崩されながらも、しっかりと懐のミートポイントまで呼び込んで捌ける技術。
甲子園へ出発前に行われた、
「(いっそのこと勝負を避ける手も......なんて、ナンセンスにも程があるわ。もちろん理想は、リードを保ったままバトンを後続へ繋ぐこと。でもそれ以上に、経験が重要。だから
力強い目をして頷いた
「(このバッターは、どんなボールにも器用に対応してくるバッターだ。何より、足がある。塁に出すと厄介この上ないぞ)」
バットコントロールもさることながら、驚異的な足を封じたい
「(よし、狙い通りカウントを稼げた。次は、これだ)」
二球目は、インコースのボールゾーンから巻いて入ってくるスライダー。見逃して、ストライク。球種は異なるが、ほぼ同じコースで追い込んだ。更に、インコースを続ける。高めのストレートをカット、三塁側へのファウルに逃げた。
「(むぅ、今のを外野へ打ち上げて貰いたかったんだが、仕方ない。これを三遊間へ打たせるぞ)」
ブロックサインを内野陣へ送り、腰を下ろす。
「(組立が少し変わった? それに何だか、テンポがいいな。ああ、そうか。初回と違って、ピッチャーが首を振らないんだ)」
出されたサインに頷いた
「(外――からのスクリューか!? チィッ!)」
寸分の狂いもなく、外角低めいっぱいをかすめる様にストライクゾーンへ入ってくるスクリューボール。
『痛烈な当たり! サード
防具を外し、ひと息付く。
「ナイスバッチです」
「全然ダメだ。今のは、打たされた。飛んだコースが良かっただけだな。あと、伝えてくれ」
コーチャーの
「
「やっぱり、配球が一巡目と違うわね」
「大した問題じゃない。どっちが主導権を握っていようとも、スクリューは必ず投げてくる。そいつを、確実に狙っていくまでだ」
「
「送らせればいいだろ。ただし、スクリュー以外の球種をな」
その指示がはるかを通して、
「(この回は、送ってこないのか? 相手は今、一点ビハインド、強攻策も考えられる。セオリー通り、エンドランと右打ちを警戒するぞ。
「(ええ、分かっているわよ)」
視線だけではなく、実際の牽制球を交え、
『ここも、ストライク先行のピッチング!
「(二球とも、転がせなくはないけど難しいコースだった。
平行カウント、ストライクを取るには持って来いの場面。
そして、そのボールで来た。アウトコースへ逃げていく、スクリューボール。
「(アウトサイド、追いかけないで、振り抜く......!)」
『あっと、打ち上げてしまいました! これは、ミスショット、一塁側ファウルフライ! ファースト、セカンド、ライトが追いかけます』
「オーライ!」
いち早く落下地点に入ってグラブを掲げたファーストだったが、高く上がったフライは浜風に大きく流され、目測を誤り、捕球し損ねてしまった。
「すまん......」
「ドンマイだぞ」
励ましの声をかけ、各々ポジションに戻る。
「(アウトは取れなかったのは痛いが、追い込めた。ここからは、ゾーンを広く使って行くぞ)」
「(ふぅ、助かった。ん? サインが変わった、バント中止か。了解)」
早いカウントで追い込まれてしまったこと、
「(けど、スクリュー狙いなのは変わらない。投げてくるか? いや、投げさせてやる。何球粘ってでも......!)」
その思い通り、
「さて、またしても状況が変わった。どうする?」
「エンドランよ。相手も仕掛けやすいと思っているだろうけど、彼女たちの肩では三振ゲッツーは狙えない。打たせに来るわ。右へ打たせないようにインコースで、と断言したいところだけど。あえて右方向へゴロを打たせて、併殺狙いもあり得るわね。
「それで?」
「それでも、エンドラン。負けてるのに消極的な攻撃は、相手を助けるだけ。何より今、点には繋がっていないけど、マズいプレーが続いているわ。嫌な流れを断ち切りたいと思っているハズ。その隙に、つけ込む......!」
「まあ、及第点といったところか。もう一歩踏み込めていれば、満点だったな」
「もう一歩?」
「台所事情を踏まえれば、分かることだ。はるか」
「はいっ」
サインを受け取った二人は「了解」と軽く、ヘルメットに触れる。
「(......理想は、内野ゴロを打たせて併殺だ。一番考えられる作戦は、併殺逃れを念頭に置いたエンドランが濃厚。私たちとしては、併殺を取りたい場面だ。それに何より――)」
顔を上げた
「(だがここは、贅沢は言えないぞ。欲張れば、傷口は広がる......!)」
「(そう。あなたは、そう考えたのね。それでいいのよ。戦局を、冷静に客観的に見られる大局観。あなたの判断は、正しいわ)」
『さあ、サインが決まりました!
バッテリーが選んだ勝負球は、インコース。
「(――インハイ。やっぱり、右打ちを潰しに来た! だけど、内過ぎる。ボール......違う、これは、スクリューだ!)」
ボールゾーンからストライクゾーンの膝下へ曲がりながら落ちる、スクリューボール。右打ちの警戒ではなく、バッターを仕留めにいった一球。
「(ランナーの進塁は仕方ない。だが、見逃せば三振だぞ!)」
早々とボールと判断してしまったが、狙えと指示された変化球。
『打ったー! いい角度でレフトへ上がったぞーッ!』
スタートを切っていた
「
ベンチからの
「
「マジで!? 抜けんのかよッ!」
改めて再スタートを切る。引っ張った
『レフト今、クッションボールを処理、素早く中継へ送球。しかし、返ってきただけ! ファーストランナーの
「ナイスラン!」
ベンチへ帰ってきた
「今の、スクリューだったわよね? 外野の頭を越すような打球は、見込めなかったんじゃ......」
「あれが膝下を捌く、理想的なバッティングなのさ。打った本人は、どうして飛んだのか解っていないだろうけどな」
バットが先に出て、身体が後から回る。
一瞬スイングを躊躇ったことが功を奏した一打。
「さて、答え合わせだ」
マウンド上で
そして、場内にアナウンスが流れた。
『聖タチバナ学園、選手の交代をお知らせします。
名前を呼ばれた、エースナンバーを背負う、
最後のバッティングは、OBの落合さんのインコース打ちを参考にさせていただきました。最近ですと、アルモンテ選手のホームランで少し話題になったバッティングです。
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New game20 ~姿勢~
三回裏、同点のタイムリーを打たれた
「ここで、ピッチャー交代か。判断が速いな」
早めにスタジアムへ来て、試合中継をロッカールームのテレビで
「いや、ベストな判断なのかも知れない」
初回の守備で若干欲張ったとはいえ、その後は、しっかりと各打者の情報を収集し、最後はキャッチャーの
「理想を言えば四回の頭、最悪二死でスイッチしたかったんだろうけど。打者の力量を探るピッチングで球数はかさんでいたし、何より嫌な流れを切る狙いもあったんだろう」
「想定外のタイムリーで傾きかけた勢いを選手交代を利用してリセットした訳か、見事な引き際だな。それにしても、ずいぶんと伸びたな、今の打球――」
ちょうど今、内角低めの難しいコースのスクリューをファウルゾーンへ切れずにレフトオーバーの同点タイムリーシーンのリプレイ映像が放送されている。
「しっかり芯で捉えていた、狙っていたスクリューボールを。ただ、バッテリーにとって誤算だったのは、タイミングを外したことで逆に合ってしまった。今の一打は、前へと踏み出す前進運動ではなく、回転運動で運んだ一打だ」
「回転運動? まさか、それは......」
「そう、今のは、
先に足を着き、軸が固定した後から振り抜いた一打。
「もう一度打て、と言われても狙って出来るようなバッティングじゃない」
「マグレだったとしても、決め球のスクリューを狙った結果か。けど、結構マズくないか? 追えば、泥沼に沈みかねないぞ。
「どうかな? 彼は、チームプレーを最優先に置いている。相手投手の情報を引き出すためのカット打ち、バント、右打ち、選球眼、情報を得るためならば見逃し三振も仕方がないと割り切れるタイプだからね」
「数字には残らないが、自身の役割を理解して、期待に応えられるタイプのバッターか。粘っている間に、甘く入ったボールをヒットに出来る技術も持っている。もし、長打が加わるとなれば、守る側としては厄介この上ない打者になるな」
「しかし、二兎を追う者は一兎をも得ず――」
「それこそ今持っている、長所を削りかねないよ」と、言いかけたところで。
「どうした?
「お、おい、こいつは......」
「ああ、これは――」
――大変なことになりそうだ。
* * *
「みずき! ラストだぞ!」
「オッケー、いっくわよーっ!」
みずきの投げたボールは、
「コントロールはいつも通り、気負いもなさそうね」
「お疲れさまでぇす。控え室へ行ってきまーす」
キャッチボールから戻って来てそうそう、試合を観ようともせずにベンチ裏へ行こうとした
「何をしに行くの?」
「汗をかいたので、着替えてきまぁす。
指摘された通り額も、首筋も、アンダーシャツにも大量の汗が滲んでいた。
「......この回の守りが終わったら、着替えるわ」
「そうですかぁ。では、お先に失礼しま~す」
「肩を冷やさないように、長居しないようになさい」
「は~い」
鼻歌交じりに上機嫌で、ベンチ裏へ入って行った
「飲み物、置いておきますね」
「ええ、ありがとう」
タオルを膝の上に置き、マネージャーが用意してくれたスポーツドリンクを口に運び、大きく息を吐いた。
「(......結局、三回保たなかったわね。けど、ここで切れば、まだ勝負は五分。マウンドを降りても出来ることはあるわ。ここからは、采配に集中――!)」
大きく吐いた息と一緒に後悔の念を出し切った
「切り替え速いな、アイツ。瞬時に、試合へと意識を戻した」
「強いわね。普通なら、失点を取り返そうと躍起になりそうなものなのに。躊躇なく、後輩へ託せるだなんて......」
「無名校で甲子園三回戦まで来た実績、勝負感もそこそこある、頭も切れる。おそらく、
「そうね、考えておくわ、試合が終わったあとにね。今は、勝負に集中。余計なことを考えて、勝負所を見落とす何てことになれば、今まで積み上げてきたモノの全てが無駄になるもの......!」
「フッ、それでいい」
『二番手でマウンドに上がった、
「(オイラのところで交代か。データによると持ち球は、ストレート、スライダー、スクリュー。
「(このバッターは、タイミングさえ合えば初球から振ってくる。甘いコースは厳禁だぞ)」
「(はいはい、分かってるわよ)」
セットポジションについたみずきは、セカンドランナーの
『
「(球速は、115キロか。数字より来てるな。タイミングは結構取りづらいタイプ。だけど、テイクバックで握りが丸見えだぞ?)」
二球目は、インコース低め。振りに行った
「(手元で小さく曲がった、スライダー......ストレートと同じ握りから、リリースで投げ分けられるのか。結構、厄介かも)」
「(むぅ、手を出してくれないな。大抵のバッターは、引っかけてくれるんだが。ここは、丁寧に攻めるぞ)」
出されたサインにみずきは、やや不満げな
「(なによ、ちょっと弱気なんじゃないの?)」
「(ここは、無理をする場面ではないだけだぞ。このバッターは初球を打った、データ不足でもあるんだ。三巡目以降のことを考えれば、歩かせても仕方がない。いざとなれば、あのボールで内野ゴロを打たせればいいんだ)」
「(ふーん、そう言うことなら従ってあげるけど~)」
三球目、初球よりも外角のストレート。四球目は、同じコースからのスライダー。二球とも見送って、スリーボール・ワンストライク。
「(まったく反応しない。少しでも動いてくれれば、狙いも見えてくるのだが......)」
「タイムっ!」
タイムをかけたみずきは手招きして、
「どうした? みずき」
「どうした? じゃないわよ。これじゃあ、ただ逃げてるだけじゃんっ」
「逃げているわけではないぞ。しっかり目的を持って――」
「あからさまなボール球を続けることがっ? 手を出させなきゃ意味ないじゃんっ」
「まったく、こんな時に......!」マウンド上の二人から、険悪な雰囲気を感じ取った
「私だって、分かってるって。今日の相手は今までの相手と違って、私たちを見下してないことくらいね。
「まだ、同点だから。慎重になりすぎて、守りには入るな」
「でしょ? 私の良いところ、全部を引き出しなさい。それは、あんたにしか出来ないんだからっ」
「......分かった」
グラブを軽く合わせた二人は、お互いのポジションへ戻る。
その様子を見た
「お待たせしました」
「うむ。プレイ!」
マスクを被って腰を下ろした
「(みずきの言う通りだ。まだ序盤、勝ち越している訳でもなしに守りに入る状況じゃない。あくまでも、攻めの姿勢で行った上で探るぞ!)」
目を開いた
「(いっくわよー!
「なっ!?」
「あっ!」
リリースした瞬間、
「いてぇっ!?」
「デッドボール!」
『おーっと! ベースの前でワンバウンドしたボールが、
「大丈夫かしらっ?」
「まあ、バウンドしていたから問題ないだろが。おーい、誰か、冷却スプレー持ってってやれ」
「はーい、行ってきまーす」
スプレーを持って
「ごっめ~ん!」
「いいわよ、大したことないから」
「おうよ、気にすんなーって。なんで、お前が応えてんだよ」
「いいでしょ、本当のことだし。じゃあね」
「ったく、少しは心配しろっての」
「どう?
「すね当てに当たっただけでした。条件反射で叫んだみたいです」
「そう」
「みずき!」
「分かってるわよー。ボール、ちょうだいっ」
「まったく......」
『どうやら
「(みずきの
「やや右寄りのゲッツーシフト。だけど、サードは定位置ね」
「ゴロを右へ打たせる自信があるんだろう。相当にな」
「右方向へゴロ打たせるボール......勝負球は、外角の変化球?」
「そう思い込ませ、内角を引っ張らせることが狙いかも知れないな。サードのポジショニングからすれば」
「......右へ打たせることが狙いって言ったのは、あなたでしょ?」
「くくく、考え方はいくらでもあるということさ。現に迷っただろ? こういった場合は、迷いを断ちきらせてやればいい。はるか」
「はいっ」
はるかから、
「(結果的に一塁が埋まったけど、初球から行く?)」
「(いや、一球内側を見せるぞ。確実に打たせるためにな)」
「(りょーかい)」
『サインが決まりました!
「えっ? うっそ!」
「なーっ!?」
モーションに入った瞬間、
「ここで、バントって......」
「例えツーアウトになろうとも、ランナーがサードにいれば投手は気を使う。ついでに
内野シフトを見て、笑みを浮かべた。
「フッ、決まったな」
「ショートは戻って、セカンドは右寄りのままで、外野はやや前進。流し打ちを警戒している?」
「勝負球は、外角。それも、外へ逃げる変化球だ」
「なら、やることは同じ。追いかけないで振り切る」
「そういうことだ」
「さあ、来ーいでやんすー!」
「(四番でもバントをするチームとは知っていたが、まさかここでしてくるとは......。次の六番には、
「(オッケー、初球から仕留めに行くのね)」
気合い十分の
「(速い、これはストレートで......落ちたでやんす!?)」
『外角の変化球を引っかけてしまった! 予め右寄りにポジションを取っていたセカンド正面へのゴロ! 慎重に捌いて、一塁へ送球――アウト!
「よっしっ!」
「みずき、ナイスピッチだぞ!」
ピンチを凌ぎ、意気揚々とベンチへ戻るタチバナナインとは対照的に、ユニフォームを土で汚した
「申し訳ないでやんす......」
「落ち込んでたって始まんねーよ。それで?」
「はいでやんす。ストレートが沈んだと思ったら、曲がりながら逃げていったでやんす!」
「ストレートが沈んで......曲がりながら逃げた? どう言うこと?」
「前のピッチャーのスクリューとも違う、初めて見る軌道の変化球でしたでやんす」
「とにかく、打席のことは引きずるな。取り返すチャンスは、いずれ来る」
「はいでやんす! 守備で貢献してくるでやんす!」
ビシッと敬礼して、グラブを持つとグラウンドへ走っていった。
「いったい、何を打たされたのかしら?」
「さあな、情報が少なすぎる。どうにせよ、何かしらのカラクリはある。仕掛けを暴けばいいまでのこと。やることは変わらないさ。まったく、厄介な相手だな」
そう言いつつも、どこか楽しんでいるような笑って見せる
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New game21 ~メッセージ~
五番から始まる四回表の攻撃を、多少多くの球数を使いながらも三人で退け裏の攻撃。
「何を、指示したの?」
ベンチに座り直した
「なーに。行けると思ったら、迷わず狙っていけ、と言っただけさ」
「そう」
話しを聞いた
「(何か、指示が出たわ。どんな作戦を打ってくるか、常に警戒を怠らないように)」
降板後、采配を振るう
「(うむ。みずき)」
「(分かってるって。チャンスで四番に、送りバントさせてくる
「(――来た、自分の形で!)」
ストライクからボールになるスライダーを
『サードの後方、レフトの前へ落ちました!
この結果に驚いていたのは、タチバナナインよりも、
「今の、スライダーだったよね?」
「ええ、ストライクからボールになるスライダーよ。まるで、最初から狙っていたみたいだったわ」
まさかの初球打ちを疑問に思う、あおいと
「
「誰が、そんなことを言った? 俺はただ、『行けると思ったら、迷わず狙っていけ』と言っただけだ。当然、例の変化球も含めてな」
「......だけど今のは、ボール球だったわよ? フォームの歪みは?」
「それも言った。打たされずに、打てばいいと。自分の形で振れさえすれば、ボール球だろうと問題ない。ファウルなら打ち直し、上手く行けば今の様にヒットになる。特別問題はない。そしてこれで、お膳立ては調った」
七番
「警戒していたけど、素直に送らせてくれたわね、例の変化球も使わなかったし」
「二球様子を見て、強行策はないと断定した。シフトからみてもアレは、ゴロを打たせるための
ランナーが居ても、タメがやや長いフォームのため、
「あれ? じゃあ、送りバントは、相手の思惑通りってことですよね?」
「同時に、こちらの思惑通りでもある。
「あっ、バッターを打ち取りに来るんだ、例の変化球で!」
「そういうことだ」
「試合中はもちろん、練習、ベンチでの仕草や挙動を注意深く、神経を研ぎ澄ませ、観察していると。相手の思考や思惑、内情までもが透けて見えてくるような感覚を覚える。しかしそれはまだ、ほんの僅かな上澄み過ぎない。更に一歩、奥深くへと踏み込む。時に、己の首を差し出し、刺し違えてでも掬い取る。心理の奥底にあるモノを、根こそぎ、全て――」
不気味さと緊張感が入り混ざった妙な静けさが、ベンチ内を漂う。その空気を消し飛ばすかのように、不気味な雰囲気を醸し出していた張本人である
「そこまで踏み込めなんて言わねーよ。見えなくていいものまで、見えてしまうこともあるからな」
「そう言われると、逆に見てみたいような気が......」
「本当に、知りたいのか?」
「やっぱり、いいです!」
念を押され、慌てて首を横に振る
「フッ、まあ、観察力は何かと役に立つ。例えば、キャッチャーのリードから、相手投手陣の力量や台所事情を探ることも可能だ」
「キャッチャーのリードから、ですか?」
「分かりやすく行くか」と、
「
サインに頷いたみずきの三球目、初球よりもやや甘めのインコース。
「(――初球のストレートよりも緩い、スライダー? いや、違う。これは、スクリューだ......!)」
沈む変化球に、咄嗟に左手を離し、右手一本で辛うじて当てた。打ち損なった打球は高く上がり、一塁側の防護ネットに当たって、ファウルグラウンドへ跳ね返った。
「何とか食らいついたって感じね。でも、いいの?」
「アイツは、例外。好きに打てと伝えている。中ゼロ日の連戦での出場を回避させ、以降は調整に専念させる。多少崩れても、修正時間に余裕がある」
「なるほど、ね」
理由を聞いた
「でだ。今の一球で判明したことは、バッテリーは、早めの勝負を望んでいるということ。次は、例の変化球で来る。追い込んでいる訳だから、必ず手を出してくると計算した上で」
「なら、また調べさせる?
「いや、今回は、あえて打ちにいかせる。打ちにいくことで、二通目のメッセージを送る」
「二通目?」
「一通目は、既に送信済み。相手も受託している。それも、確認済み。正確には、“今も、送り続けている”か。一時的に寄り戻したが、意識の中には刻まれている。そいつを、より一層意識させるためのメッセージ」
はるかを通し、フリーとサインを受け取った
「(スクリューは、前の投手の方が大きく変化した。ストレートとスライダーは、少し速い。でも、基本的に両サイドの低めの出し入れで組み立てるところは共通してる。ストレート、スライダー、スクリュー、三つも見せて貰った。どれも決め球になる様なボールじゃなかった。となると――)」
読み通り、ピッチャー有利のカウントから、その変化球が放られた。
「(速い、ストレート......沈んで、曲がった!?)」
膝下へ沈みながら食い込むような独特の変化する、ストレートと球速差が小さい変化球を打たされてしまった。ファーストへの、平凡なフライ。セカンドランナー
「ナイスピッチだぞ、みずき!」
「ふふーん、当然の結果よね~! ツーアウトー!」
バックを盛り上げ、ラストバッターの
「どうだった?」
「
「利き腕の方向へ変化する速球系のボールなら......シュートか、ツーシームかしら?」
「いえ、シュートよりも速くて、ツーシームより変化は大きいです」
「ふたつの特徴をミックスしたボール? その上、手元で沈む変化球なんて聞いたことないけど......」
「そう、深く考え込むな。術中に嵌まるぞ」
目を落として、考え込んでいた
「まだツーアウト、チャンスは続いている。はるか、
「はいっ!」
『ベンチからのサインを受け取った
初球、内角低めいっぱいのストレート。
『クロスファイアー! 対角線上、膝下へズバッと来ました!
みずきは、先の
「(今のは、ボールだったかな? 追い込まれちゃったし、ゾーンを少し広めに意識していかないと......!)」
意識を新たに構え直す、
反対に
「(......追い込んだのは、追い込んだんだが)」
「(どうする? 三球勝負に行く? タイミングは、合ってなさそうだけど?)」
「(確かに、タイミングは合ってない。ただ、当ててきた。それに......)」
「(ここは先に、緩い変化球を見せておくべきだったか。ツーアウト、ランナーはスタートを切る。打球によってはワンヒットで、勝ち越されるぞ)」
今のは、腰を引かせるために要求したボール。そして、ボールにしておきたかった一球。初回の
「(いったん、間を取りたいところだが......今取ると、変化球を見せたい狙いが読まれるかも知れない。それなら――)」
みずきへ視線を戻した
『セカンド牽制! 判定は、セーフ。
ベースカバーに入ったショートから、みずきへボールが返される。集中していたところでの牽制球に
「(よし、ひとまず間を取れた。これで、外角の変化球も使えるし。もう一度、インコースを行けるぞ)」
「(そう、それでいいのよ。間を取る方法は、ひとつじゃないわ。他にも、こう言う方法もあるのよ。それに今ので、牽制があることをランナーに意識させられた)」
『三球目、外の変化球。これは外れて、ボール!』
スクリューを外角へ外し、四球目。 外から入ってくるスライダーをカットして、ファウル。カウント変わらず1-2。
「(やはり、あからさまなボール球以外は手を出しくる。だったら、振って貰うぞ)」
「(もう、待たせ過ぎよ!)」
「三球勝負で、よかったのに!」と、やや不満げな
「最後のボール、テイクバック時の握りは見えたか?」
ベンチへ戻ってきた
「はい。えっと、ストレートとスライダーと同じ握りでした」
「そうか、分かった」
「はい、グラブと帽子。防具は、片付けとくから」
「ありがと。行ってきまーすっ」
機嫌良く、ベンチでドリンクを飲んでいるみずきを見て、
「クックック......見えたな。あの変化球は、速球だ」
「速球......と言うと、ファストボールですか?」
「それって、ヒロぴーと同じ?」
「正確には、速球の亜種。原理で言えば、お前の“マリンボール”に近いと言った方が解りやすい」
「ボクの、“マリンボール”に近い、ファストボール?」
変化球と速球、相反するふたつの球種を複合させたボール。
「サイドスローの特性と背中を向けるフォームの遠心力をフルに活用した、ボール。あのボールの最大の特徴と言って差し支えない独特な軌道の正体は――回転軸にある」
一般的なストレートは、地面と平行に近い回転軸になるように投げる。
しかし、みずきが投げる、まるで三日月の様な変化をする変化球――“クレッセントムーン”は、回転軸がほぼ垂直に近い。そのため揚力が生まれず、重力と横回転の影響を受け、若干沈みながら利き手方向へと流れて行く。
「ストレートとスライダーをリリースで投げ分けられるほど器用。背中を見せるほどの長いタメ、おそらく、通常のストレートと同等以上の回転を掛けて放っている。元々シュート回転しがちなサイドスローのウイークポイントを逆手に取って、強力な武器へと変貌させた」
「それで、ストレートに近い球速で変化球の様に大きく曲がるのね......とんでもないボールね」
「あの、それで、あおいの“マリンボール”に近いと言うのは?」
感心している
「“マリンボール”も、球速と変化を両立させているだろ。方向性が違うというだけの話しさ」
「方向性、回転軸......そっか、あおいの“マリンボール”は、横ではなく、縦に作用させているんですね!」
「その通り。それが、“マリンボール”の正体」
「あーあ、バレちゃった~」
「くくく、しかも“マリンボール”は、ストレートと同じく、いったん浮くような軌道から急降下するため見極めは困難。まったく、タチの悪い変化球だ」
「それ、よろこんでいいんですか......?」
微妙な
「とにかく、決め球の秘密は判明した。次は、攻略だ」
視線の先には、バッターボックスへ向かうみずきの姿があった。
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New game22 ~決断~
対聖タチバナ学園戦、完結編です。
五回表聖タチバナ学園の攻撃は、一死からみずきがフォアボールで出塁、打順は先頭へ戻り、手堅く送りバントを決めて、スコアリングポジションへランナーを進めた。そして、
『ツーアウトランナー一塁から、
ラストバッターみずきへ与えた四球をきっかけに一点を献上してしまったものの、追加点は与えず三つ目のアウトを取って戻ってきた
「ショートへ打たせたつもりが、上手く拾われました。防げた失点です」
「フッ、求めすぎだな。五回二失点、上出来じゃねーか。結果的に、いい役目も果たしてくれた」
五回まで試合を作った
「さて。先頭から始まるこのイニングは、この試合を左右する重要なイニングになる。そこでだ――揺さぶれ、徹底的に。その結果、三者凡退でも構わない。ただし、自身の形は崩すな。それだけは、頭に入れて臨め」
――はい! と力強く返事をした二人は、ネクストバッターズサークル付近で会話をしながら、打席に備える。聖タチバナ学園の方も準備が出来た選手たちが、ベンチからグラウンドへ駆けていく。
「
「うむ......!」
「(確かに、勝ち越せたのは、大きい。だけど、取り方としては最悪に近い......)」
四球、送りバント、タイムリーヒット。相手のミスからの得点、流れとしては最高の形だが。しかし、ホームへ還ってきたランナーが、投手のみずきであったことが、彼女にとって想定していた中で最悪のシナリオだった。
ツーアウトのため、バットに当たった瞬間にスタートを切る。例え、ファウルであろうとも。事実、タイムリーヒットが生まれるまでの間に、セカンドランナーのみずきは、二度スタートを切った。そして、ホームまで全力疾走。
「(送りバントでも走らされたし。そもそも、セカンドで封殺を狙えたかもしれないピッチャーの正面へ転がったのに、みずきには目もくれなかった。
嫌な点の取られ方をし、流れを変えたかったとはいえ、イニングの途中でマウンドを降りてしまったことを悔やんだ。外野、もしくはファーストへ付く選択肢もあったのではないかと。しかし、そんな考えはすぐに改める。投手へ専念し、みずきと
「(――まさか、わざと......? だとしても今、点を取りに行ったことは決して間違いじゃない。ウチが勝つには、リードを保ってロースコアの展開へ持っていくしかないんだもの。この五回裏を乗り切ることが出来れば、グラウンド整備が入る。身体を休める時間を幾分取れるわ。この裏さえ乗り切れば――)」
「(でも、あの人が、都合の良いことを許してくれるハズはないわ。だから
イニング間の投球練習が終わり、先頭バッターの
『
「(やはり、走塁の疲労が抜け切れていないところ狙って揺さぶって来たぞ)」
「(言われなくても、分かってるわよ。てゆーか、これって、本気ってことでしょ? 潰しに来てる、私を、本気で!)」
「(まったく、そんな嬉しそうな顔をするな。とにかく、守備は
「(はいはい、りょーかい)」
サインに頷き、二球目。外角のスライダー。
「(――際どい、ボールか? けど、そこは届くぜ!)」
バット引いて、ヒッティング。三塁線を切れて、ファウル。
「(むっ、バスターでも、しっかり振り抜いてくる。中途半端な誘い球は、逆に危険か......?)」
受け取った新しいボールのキズを確かめつつ、休ませる時間を作る。その姿に、
「意外と“したたか”ね。予選大会、甲子園も三回戦まで勝ち上がってきてるんだから当然なのかも知れないけど」
「フッ、全然あめぇーよ。俺なら、送りバントが決まった直後、滑り込んだ時に足首捻ったとか、テキトーな理由をでっち上げて、臨時代走を出させている」
「......そもそも、休ませざるを得ない機会を作らないのね」
「まーな。でだ、
「はい」
「何か、変化はあったか?」
ベンチの奥で、水分補給と汗を拭っている
「いえ、正直コレと言っては。むしろ、ボールは走っています。帝王戦より腕も振れてますし」
聞かれた
「......まあ、何かあれば、実際に受けているお前にしか気づけない予兆があるハズ。何でも構わない、すぐに知らせろ。不測の事態に備えて準備は進めておく」
「――はい!」
真剣な
『さあ、フルカウント。次が、六球目。膝下へ切れ込むユニークな高速の変化球!
「(ファーストゴロ!? 最悪だ!)」
「(任せろって言われても、行くしかないじゃんっ)」
ファーストは打球の処理へ向かい、投げ終えたみずきはマウンドを降りて、一塁のベースカバーへ走る。
「
「あ、お願いしまーす!」
みずきを制し、一塁ベースカバーにはセカンドが入った。
逆シングルで捕球したファーストからの送球は、やや際どいタイミングになるも、先ずはしっかりワンナウトを奪った。
『アウト!
「(このバッターは、こういう場面では一番厄介な相手なのかも知れないぞ。先ずは、これで――)」
「(二打席目は、自分でもビックリするくらいインコースを上手く打てた。キャッチャーにも残っているハズ、なら――)」
アウトコースボール球のストレートに対し、踏み込んで狙い打ち、逆方向へ上手く押っ付けた。元々悪球打ちを苦にしない
「(――初球打ち、しまった、待球策だと決めつけすぎた......)」
「タイム、お願いします」
「あ、
『聖タチバナ学園、守備のタイムを取りました。ここで、伝令が出ます』
「切り替えなさい。三番は、敬遠気味のフォアボールで歩かせる手もあるけど、一点を惜しんで大量失点なんてことになれば最悪よ。それこそ、もう取り返しがつかなくなるわ。三番、四番でひとつアウトを取れれば、今日当たっていない五番で切れる確率も高い。逆に、当たっている六番へチャンスで回さないことが重要よ」
「では、ここはバッター勝負に集中ということだな」
「ええ、その通り」
「まっ、最初から、そのつもりだし」
「では私たちは、無理にダブルプレーは狙わず定位置で守りましょう。
「おっけー」
審判が注意を促しに来る前に、再度確認を行い各々戻っていく。ポジションに付いて、一死一塁から試合再開。三番
「(多少のボール球であろうと、タイミングさえ合えばお構いなしに狙って来る。ならば、ここからは全球勝負球のつもりで挑むぞ......!)」
頷いたみずきの、
「(握りは、真っ直ぐ――)」
「(――緩い)」
内角低めいっぱいに、スライダーが決まった。
「(いいコースだな~。前の二人には、そこそこ甘いボールもあったし、ちょっと粘ってみるか)」
二球目、アウトコースのクレッセントムーンをカット、同じボールを続けた三球目を見極め、カウント1-2。
「(......簡単に見られた。やはり、このバッターは別格だ。この打者を打ち取れる配球――)」
「すんません、タイムお願いします」
なかなかサインが決まらないことに
「(結構、時間掛けるな。たぶん、スゲー悩んでる。けど、投手有利のカウントだし、まともなストライクはまず来ない。落ちる変化球は、スクリューだけだ。さっき当てられたけど、使ってくるか? とりあえず、頭に入れておくとして。さて、どうすっかな?)」
「(シフトは、定位置に近いぞ。となると......コレとか、面白いんじゃね?)」
「(えっ? マジか。けど確かに、頭にないかもな。オッケー)」
「(スクリューだ!)」
「なー!」
テイクバックの握りで球種を読んだ
『なんと!
守備位置が定位置だったため、セカンドは間に合わないと判断した
「くっ、みずき!」
「まっかせなさいっ!」
『打球を処理したファースト、一塁へ送球! しかし、
ベースカバーに入ったみずきのグラブに送球が収まる寸前、
「サードです!」
「え......うっそでしょ!?」
バットに当たる前のタイミングでスタートを切っていた
「(まさか、こんな手を使って来るだなんて――だけど、一番厄介な三番をアウトに取れたのは大きい。
気持ちを切り替え、マスクを被り直した
「みずき、ツーアウトだぞ!」
「――分かってるって、ちゃっちゃと終わらせるわよっ」
みずきも、
しかし
「おや、勝ち気な
「強がりってこと? けど、ちょっとくらい動揺しても仕方ないと思うけど」
「くくく、予め想定してしかるべきだろ。何せ、自分たちが同じ策を講じていたのだからな」
「確かに、ね」
しかも、タチバナ学園の奇襲は不発に終わり、恋恋高校の奇襲は成功。この事実は、現時点でリードしているとはいえ、重く残る。更に、三イニング続けてのピンチを背負った場面での投球、身体の疲労に加え、精神的疲労も相当なモノ。
『ボール! 二球続けて、はっきりと分かるボール球!
「(マズい。みずきは、打たれ強い方じゃない。いっそのこと歩かせて、プレッシャーに強い
冷えないようにタオルを肩にかけて、ベンチの奥で涼んでいる
「(......無理ね。今ここで代えたら、九回を戦い抜けない。
選手交代を思い止まった
「さあ、来ーいでやんす!」
『ツーアウト三塁一塁、一打同点、長打が出れば逆転の場面で迎えるは、魅惑のメガネボーイ
「(フォアボールで歩かせた直後の初球は、危険だ。だが、またボール先行になれば後手に回る。ここで切らなければ――)」
『さあ、サインが決まりました。
「(盗塁、ディレイドか!? いや、違うっ)」
「(――初球でやんす!)」
『
「ライト!
「くっ......!」
懸命にグラブを伸ばすも、
『落ちたー!
「アウトー!」
『おっと、これは、セカンドのナイス判断! 送球をカットし、先の塁を狙った
しかし、
逆転の一打を浴びたみずきは、肩を落としてベンチへ戻る。
「すみません、絶対に打たれちゃいけない場面で......」
「いや、みずきのせいではない。私の責任だ。クレッセントムーンなら空振りを、あわよくば打ち取れると安易にいきすぎた。しっかり外さなければ、狙い打ってくる相手だと分かっていながら......」
「悔やんでも仕方ないわ。みずき、次の回に備えて、しっかり休息を取りなさい」
「えっ? 交代じゃないんですか?」
「なぜ? しっかり打ち取っていたわ。相手が、エンドランを仕掛けていなければ、ね」
今の一打は、ファーストランナーの
「相手はまだ、捉えきれていないわ。結果的に、得点に繋がっただけ。それに――」
「どうする? 降りるのなら望み通り、
「投げます!」
あおいの姿を見て、みずきの眼に力が戻った。
「なら、アンダーシャツを着替えて、水分補給も済ませておきなさい。野手は、集合」
野手陣を集めた
ネクストバッターズサークルから戻ってきた
「見ての通り、保険は掛けた」
「はい、受けてきます。
「問題、なさそうよ。ここから見ている限りは」
「だといいがな」
グラウンド整備が終わり、試合は六回の攻防へ。
四番から始まる聖タチバナ学園の攻撃は、セーフティバント、バスター、カット打ちと、五回裏の恋恋高校の攻撃を彷彿とさせる大胆な揺さぶりを仕掛けてきた。
その意図は――。
「(エースがキャッチボールを始めた。つまり、何か特別な事情があるはず。いえ、もし何もなく、明日の準々決勝へ向けた肩慣らしだとしたら、私たちの勝ち目は完全に消滅。あると信じて向かっていくしかない......!)」
フルカウントから粘って、次が八球目。
「(明らかに当てに来てる。なら、ここは球威で勝負!)」
「(――はい!)」
頷いた
『空振り三振! 真ん中高めのストレート! そして、なんと今の一球――144キロを計測! 自己最速を大幅に更新しましたー!』
「タイム。
「はい!」
『何か、アクシデントでしょうか? 大ごとでなければいいのですが......』
しばらくして、ベンチから選手が出てきた。
それは、自己最速をマークした
『あーと、
投球練習の最中、ダグアウトから戻ってきた
「関節や靭帯に、異常は無かったわ。症状は、少し張っているくらいよ」
「負担が掛かりすぎた、と言ったところか」
「ええ、肘の付近に小さな青アザが出来てた。140キロ中盤のストレートの反動に耐えられる筋力が伴っていなかったのよ」
「それで?」
「本人は、痛みもないし、行けると言っていたけど......」
「しっかり治せ、と伝えておけ。つーか、戻ってきても無駄だ」
「あら、もう、交代を告げていたのね。さすがの判断力ね」
「間に合うんだろ?」
「ええ、決勝戦には間に合うわ。十分ね」
「そうか」
「緊急登板だけど、肩はどう? 足りなかったら、肩慣らしも兼ねて歩かせてもいいけど」
「ううん、大丈夫だよ。それに、安心させてあげなきゃっ!」
「だね。じゃあ頼んだよ」
「うん!」
その言葉通り、あおいは後続を退けた。
そして、彼女のピッチングに感化されたみずきも、ランナーを許したもののゼロで抑えた。七回、あおいは続投。タチバナ学園は、みずきから
試合は、終盤八回へ。ツーアウトから
そして、八回裏二点リードで迎える恋恋高校の攻撃。三番手の
「投げられる?」
「も、もうダメでぇ~す......メイクが落ちちゃいました~」
「おおっ!? 汗がドス黒いぞ?」
「夜道ですれ違ったら、逃げ出す自信があるな」
「ヒドいでぇすっ!」
眉をつり上げて怒りながらも、肩で息をしている
「ハァ、無理みたいね。この炎天下の中、二回途中で七十球近くか、ずいぶんと投げさせられたわね」
「姉さん」
「ええ、頼むわ。
『なんとなんと、聖タチバナ学園は
「分かっただろ?」
「ええ、これが、ウチとの共通の弱点――」
投手陣の駒不足。
変則投手を相手に、例えファウルになろうとも、形を崩さずにきっちり振るという行為の本命、
それは、後半戦へ進むにつれて顕著に現れた。六回以降のフォアボール、そして、この回二つのフォアボールも、明らかなボール球。元々速い部類の投手ではないため、判断がつきやすくなれば、必然的に球数もかさむ。
「パワーピッチャーの
「本来なら明日以降の試合、
「別の方法を模索するまでだ。さて、あとは任せる」
「任せるって、まだ九回が残っているわよ?」
「フッ、もう決まりさ。アイツも、座っているだろ?」
降板して以降は、殆ど座らずに采配を振るっていた
『バッターは、
ピンチの場面、セットポジションからの投球。
「(ふーん、結構いい球放るな。おっ、120キロ出てるし。スゲーな)」
二球目もストレート、三球目もストレート。全て120キロ前後のストレート。
「(カウント・ツーエンドワンのバッティングカウントか。狙うなら、ここだ。真っ直ぐなら狙い打つぞ?)」
「(......苦しいが、
「(分かりました。私も、全力で臨みます)」
「(インハイ――ナイスボール!)」
快音を残した打球は、レフトの上空へ舞い上がった。
バットを放り投げた
『入りましたーッ!
打球を見届けた
「
いつも無表情の
「完璧でしたね。あれほど飛ばされてしまうとは思いませんでした。秋の大会までに、変化球を覚えなければいけません。お手伝いしていただけますか?」
「――ああ、もちろんだぞ。来年は、私と
「もちろん、そのつもりです」
聖タチバナ学園を破り、ベストエイトへと駒を進めた恋恋高校の次の相手は、覇堂高校に決まった。
そして、プロ球界においても歴史を揺るがすような、大きな決断が下されようとしていた――。
次回は、
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Final game
Final game1 ~未来~
シナリオに組み込むため覇堂戦は、ダイジェスト形式になります。
「忙しいところを緊急に集まってもらってすまない」
「顔を上げてください、
マリナーズの
そして、話しを切り出したのは、フィンガーズの主砲
「それで、例の件についての重要な話しとは? まあ、彼らの
「ああ。正に、その話しだ。集まってもらったのは、他でもない。今、話題となっている、神戸ブルーマーズの不正行為についてだ」
高まる緊張感。皆の視線は、自然と当事者へと向かう。部屋の一番隅の席で居心地が悪そうに目を伏せている、ブルーマーズの選手二名へと向けられる。
「俺から、話すか?」
「いえ、自分たちで話します......」
「そうか、判った」
議長を務める
「一部報道に上がっている記事の内容は......事実です。自分たちは、昨シーズン序盤まで“サイン”の伝達行為を行っていました! 申し訳ありません!」
二人は両手両膝を地面に付き、深々と頭を下げた。
しかし、意外にも罵声は飛ばされず。嵐の前の静けさの如く、沈黙が訪れる。
「不正行為の詳細は? 予め言っておくが、俺に嘘は通じない。全て、正直に話せ」
「......外部に漏れる危険性があると、詳しい詳細は知らされていません。ただ、昨シーズン途中で辞任した
「通信機器を使った組織ぐるみのサイン盗みか、完全にアウトだな。他には?」
「......ウイリアムスの登板時、通常のボールと、重心をズラした“偏心ボール”を故意に入れ替えて使用していました」
「なるほど。去年序盤のリカオンズ戦後、二軍落ちしたウイリアムスが
「異常なまでに、本拠地での成績が良いことも納得できますね。僕に対して一度も、ナックルを投げなかったことも合点がいきました」
「もし、
「不正に関わっているスタッフの調達、通信機器や盗聴器の設置なんて、スタジアム建設前から関与していなければ出来ませんよ」
「
「いえ!
「俺の目を見ろ。......ふむ、どうやら本当の様だな」
圧倒的な威圧感に
「して、
ブルーマーズの二人を席へ戻らた
「プロ野球機構が正式に声明を出す前に、選手会が独自に不正行為が実際に行われていたことを公表する!」
「なっ、本気ですか? シーズン中ですよ!?」
事前に話しを知っていた
「だからこそだ。今、行動を起こさなければ、プロ野球の未来は閉ざされてしまう!」
「未来が閉ざされる? それは、どういう意味ですか......?」
「なぜ、このタイミングでリークされたのかを考えてみてくれ」
この一件がリークされたのは、オールスター明け。シーズンの半分以上を消化し、順位争いが激化して来る今、当然、機構側は結論を先延ばしにする。そうせざるを得ない。しかし、疑念はファンの間で確実に残り。少なくとも、不正行為を名指しされたブルーマーズを見る目は変わる。
そして、結論を先延ばしにした上で不正発覚となれば、甘い処分ではファンが納得しない。マスコミの報道と共に激化し、不正行為を主導していた親会社は、球団運営権を剥奪されることは免れない。
「なるほど。事実関係の公表がシーズン終了後へ先延ばしされてしまったら、新規球団の参入は見込めないということですか」
「そうだ。日本シリーズは、11月。来シーズンの開幕には、どうあがいても間に合わない。シーズン前に問題になった、1リーグ化が現実のものとなってしまうだろう」
「つーか、その話しが出た時から疑問に想っていたんだけどさぁ。どうして、ガラリアンズの元オーナーは1リーグ化を強行したがってたんだ?」
他の面々も、強引に1リーグ化するメリットは特にないということは共通の認識であり。それはここに居る誰もが、不思議に想っていた。
「一昔前までは、な。今は、試合中継を地上波で放映する必要性が薄れてきている現状がある。ネット配信や衛生放送等で試合中継は、場所も、時間も選ばず、いつでも観られる時代だからな」
視聴者側にも選択肢が与えられ、加えて有望な選手たちの海外志向が強くなったことあって想うような補強も出来ず、ガラリアンズ一強の時代が変わりつつある。
そして、その成功モデルとなっているチームこそが、
市民球団としての再出発を期に、地域密着型を全面に押し出した運営方針へ転換。地元イベント会社と連携して、既存の問題点を洗い出し。フードコートの充実、トイレや客席など古くなっていた設備の改修、試合前・試合後のイベント等、ファンサービスの向上に力を入れた。シーズンオフにはスタジアム周辺の環境整備、客席数の増加、より良い環境で観戦できる特別席等の設置を検討している。
圧倒的人気球団、東京ガラリアンズ依存からの脱却。
正に今、プロ野球界は転換期を迎えようとしていた。
しかしそれは、表向きではあるが、ガラリアンズの元オーナー
「......各球団のオーナーの理解は?」
「リカオンズの
「オーナーと敵対する気ですか? そんなことになれば、ただじゃ済みませんよ!?」
「俺は、この問題解決に全力で取り組むため、今シーズンの残り試合を全て欠場することを決めた」
「――なっ!? 本気ですか......?」
「オーナーや監督、コーチ、チームメイトたちと話し合い決めたことだ」
会議が始まる前日、昨日の試合前のミーティングで、この件のことを切り出した。チームメイトの反応はもちろん、
* * *
「本気っすか!? これから、本格的に優勝争いに入る大事な時期に!」
「そうっすよ! それに今、
テーブルを叩いて声を張り上げたのは、ショートの
そして訪れる、長い沈黙――。
「いいんじゃねーすか?」
重苦しい空気を、沈黙を破ったのは、ベテランの
「難しいことは、よく分かんねーけど。これからのための“ナニカ”......何ですよね?
「そうだぜ、みんな!
「まあ、お前たちがそう言うのなら......いいですよね? 監督」
「ええっ!?」
鬼のピッチングコーチの
「......お、俺だって、去年一年
* * *
話しを聞いた他球団の選手たちは、揺らいでいた。
去年まで万年弱小球団だったリカオンズナインの決意、奮起、そして......覚悟。みなの心へ訴えかけるには、十分だった。
「......本気みたいですね。分かりました、僕は、協力しますよ。もし、
「フッ、リカオンズの連中だけに良いカッコさせるワケにはいかないしな」
「......まあ、
「じゃあ、俺たちも賛成ってことで」
マリナーズの代表
この空気に同調するかの様に、他リーグの代表たちへ波及していく。
「
「結論の前に、確認したいことがあります。実際に不正に関わっていたブルーマーズの処遇は? 生半可な処分では、世間は納得しませんよ」
「もちろん、承知している。偶然にも今シーズンオフ、アメリカで長年行われてきた組織的な“サイン盗み”が発覚した。制裁は、不正行為を主導していた首脳陣やGMへの制裁のみで、選手個々への制裁は課されなかった。しかし、ブルーマーズの場合は勝手が違う、親会社が主導していた。同じ処分では、誰も納得しない。何より――」
「......不正行為は、
二軍でくすぶっていた自分たちがプロで生き残る方法を示してくれた、と。
「しかし、どんな理由があろうとも許される行為ではない。そこで――」
選手会が独自で下す処分は、公表後、不正に関わっていた選手全員の一軍登録を抹消、シーズン内の一軍登録を禁止。二軍の対外試合出場にも一定制限を設ける。来年度以降の契約については、新規参入企業の裁量に委ねる。
「あれ? 追放とかじゃねーのか?」
「悪質性が高いとはいえ、部外者との金銭の授受を目的とした八百長に繋がる賭博のような行為ではないからだろう。扱いとしては、ドーピング違反と同列といったところか」
「ああ~、同じズルい行為ってワケか」
「話しを聞いたところ。現在所属する支配下選手の半数近くが不正行為に関わっていたことが判明した」
あまりにも関与していた人数が多すぎたため、二軍戦や来シーズン以降の編成が立ちゆかなくなってしまうための特例処置。一軍は、関与していない控え選手と経験の少ない若手やルーキーを中心に残り試合を戦わなければならない、ある種のペナルティー。
もちろんこれは、選手会が独自で下す自主的な処分のため、コミッショナーからは別途で、然るべき処分が言い渡されることになる。
「......分かりました。ひとつ、言わせて貰いたい」
処分内容を理解した上で
「不本意ながら当事者に近い関係である俺が言うことは、おこがましいことなのかも知れんが。確かに元オーナーは、自己中心的な独裁気質の人だ。ドラフトやFA制度を都合の良いようになるよう裏工作を行ったり、金にものを言わせ、他チームの主力を引き抜くことも少なくなかった。実際、バッシングも浴びた。強化の方向性が違うだけで、ブルーマーズと同類なのかも知れん。だが、グラウンドで戦っている俺たちは違う。新しい選手が加わる度に、競争に勝たなければならないからだ! 球界を私物化しようとしている元オーナーのことを決してかばい立てをするつもりではないが。正直、レベルの高い環境でポジション争いを出来たことに感謝している」
ドラフト制度の穴をついた契約、逆指名制度があった時代の裏金問題。悪く言えば、姑息。良く言えば、貪欲。チーム強化のためならば、どんな手段でも使う。
しかし同時に、現場の選手たちにとっては過酷な競争環境でもあった。レギュラーを取った翌年に新戦力が移籍してきて、ポジション争いに破れて控えへ降格、シーズンオフに戦力外通告を言い渡せることも少なくない。良くも悪くも文字通り、完全実力主義の球団。一試合、一打席、一球に懸ける想いは他球団の選手とは比にならないほど重い。
「だが。
激しい叱責を受けたブルーマーズの代表二名は、とても神妙な面持ちで、もう一度深々と頭を下げた。
「フゥ......それで?」
大きく息を吐いた
「パワフルTV全面協力の元、スタジオから全国中継で会見を開く予定だ。
「パワフルTVを通して......考えましたね。プロ野球最大のスポンサー企業が相手となれば、オーナーも、野球機構側も、迂闊に口は挟めない」
「フム......しかし、不正行為を告白して。その後は?」
「同時に、新たな新規参入企業を募る。
正に、博打。しかし、行動を起こさなければ一リーグ化は既定路線。もはや、覆る事はない。
「......なるほど、賭ける価値はありますね。それで、会見はいつ行うんですか?」
「既に、先方との話し合いは済んでいる。会場も抑えた。しかし、公表は来週の頭に行おうと考えている」
「ん? 何故ですか? 早ければ早いほどいい、新規参入の公募期間も延びますよ」
準備は整っているにも関わらず、公表を遅らせる事に疑問を持った
「......水を差したくないからだ」
勘づいた
『さあ、準々決勝第三試合もいよいよ大詰め! 恋恋高校対覇堂高校の一戦は、九回表覇堂高校の攻撃が終了し、スコア二対二の同点のまま最終回の攻撃へ入ります。恋恋高校は、一番からの好打順! サヨナラで勝負を決めるか? それとも、ここまで既に120球を越える力投を続けるエース
「理由は、甲子園ですか?」
「ああ、その通りだ」
「それは......恋恋高校が、
「(うっ、
「(おい、
「(分かっているさ。スランプ脱却の恩を仇で返す行為だ。本音は僕も、水を差したくない。けど、これだけは決して避けては通れない道。だからこそ僕が、聞かなければいけない事なんだ。返答次第によっては、状況は変わりますよ?
試合中継が放送されているテレビから視線を離した
「特別な心添えは無い、と言えば嘘になる」
「おいおい、あっさり認めちゃったよ」と、場の空気が変わった。
「確かに、個人的に応援はしている。しかしそれ以前に、甲子園は全球児の夢だ。ここに居るみんなにも、覚えはあるだろう。汗を流し、苦しみに耐え、ただがむしゃらに白球を追いかけた日々を――」
皆の心に、蘇る記憶。
海外から移籍して来たトマス以外は、全員が経験してきた道。目指していた聖地――甲子園。
「確かに、甲子園を目指していなかった人間は居ませんね。少なくとも俺は、甲子園を目指していた」
「俺もだ。それにコイツらの真剣な顔を見てると、邪魔したくないってのも分かるな」
「フッ、数字や競争ばかりに気を取られて忘れていたのかも知れんな。ただ純粋に、野球に打ち込むことを......」
「どうやら、異論は無いようですね。僕も、賛成です。
全員の視線が、
「ああ、みんなの想い、確かに受け取った......!」
今、選手会の想いはひとつになった。未来を繋ぐために。
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Final game2 ~光明~
甲子園に、四度目の校歌が流れているのをベンチの外へ出て聞きながら
「ふぅ、紙一重の戦いだったわね。今日の
「ロースコアの展開は、予定通り。まあ、想定よりも粘られたのは事実だけどな」
球速や球威にムラのあった「爆速ストレート」の弱点を克服した「爆裂ストレート」を会得した絶対的エース
「相当走り込んできたんだろうよ、アレは。ただ、序盤から真っ直ぐに頼りすぎた。もっと点を奪えると見越してのリードだったんだろうが、結果的に、超軟投派投手三枚と戦った
ストレートにタイミングが合っていないと見ると、先発の
「
ロングリリーフに据える予定だった、
「次の相手は、この後の試合の勝者。本命は去年の夏の覇者、壬生高校。ただ......」
バックスクリーンに表示されている学校名を見つめる、
「壬生高校の対戦相手の御陵高校は、今大会ナンバーワンスラッガーと評されていた
「興味ねーよ。他人の
「それもそうね。さあ、校歌が終わったわよ。応援団に挨拶を......って、また居ないじゃないっ」
その頃他のナインたちは、帰り支度を済ませてロッカールームを退室し、バスが待つ停車場へ向かって通路を歩いていた。
「あれ?
「え? ああ......」
「あはは、久しぶりだね~」
「そうだね。卒業式以来だから半年ぶりくらいかな?」
「もう、そんなに経つんだね」
しみじみ言う
「
「あ、はーい。すぐに追いますんで、どうぞお先に」
「やれやれ。お疲れのところ申し訳ないです」
「いえいえ~、ご健闘をお祈りしています」
「ありがとうございます。
「はい」
「うむ。では、失礼します」
もう一度頭を下げ、早足で集団の列の中へと戻っていく。
「相変わらず硬いでしょ」
「そう見たいだね。今日、投げるの?」
「ううん、投げないよ。それにほら僕、八番だし」
くるりと背を向け、背番号を見せて笑った。
「けど、驚いたな~。進学校へ進むって聞いて、それだけでも驚いたのに。まさか、あかつきを倒して、ここまで来ちゃうなんて思いもしなかったよ」
「コーチが......新しく就任した監督が、思いがけない人だったから」
「あの、
「ああ~......恐いもんね」
「相変わらずね、いや、磨きが掛かったかも。ああ、そうだ」
チームへ合流するため背を向けた
「
「そうかな?」
「うーん、何となくだけど向こう見ずって言うか、もっと積極的なスタイルだったから。ほら、先陣を切って駆ける切り込み隊長! みたいな。でもまあ、チーム内での役割とかもあるもんね。さてと、本当に行かないと。じゃあ明後日、
一礼した
「笑顔が素敵な、賑やかなお方ですね」
「
「いいえ、さあ行きましょう」
「あら。どうしたの?」
取材を終えた
「じゃあ、さっき通路ですれ違った選手が、
「はい、そうです」と、
「だけど、明後日会おうだなんて、凄い自信だね。準々決勝は、眼中に無いってことなのかな?」
「そんなことはないとは思いますけど。だけど普段から、プレッシャーとは無縁な性格なので」
「あ。そう言えば、お話ししている間も、ずっと笑顔を絶やさない方でしたよ」
「そう。無邪気......それとも、恐いもの知らずなのかしら?」
「さあ、話しの続きはバスの中でなさい」
バスが待つ、停車場に到着。ナインたちは既に乗車済み。
「あ、来たよ」
「遅ーい。早くしないと、試合始まっちゃうわよ。見る前に、お風呂で汗を流したいんだからっ」
「ごめんごめん。急ごう」
「みんな、忘れ物は無いわね? お願いします」
「では、出発します」
出待ちのファンの黄色い声が飛び交う中
* * *
臨時の選手会会議を行っていた、ホテルの一室。
他球団の代表選手を見送って戻って来た
「どうにか、賛同を得られましたね」
「ああ。しかし、ここからが本当の勝負だ。何としても、新規参入企業を見つけ出さねば......」
財界に太いパイプを持つ
「単なる経営破綻なら、まだ楽だったんだが」
「......ですね。そう言えば、
「ん? ああ、『あっそ。まあ、せいぜい足掻いてみろよ』と、
「あのヤロウ、人事だと想いやがって......」
「素直に激励される方が不気味だろう。テレビ、付けていいか?」
「ええ、どうぞ」
断りを入れた
甲子園大会の試合が映し出され、試合は既に始まっていた。
『準々決勝第四試合、この試合の勝者がベスト4最後の切符を手にすることとなります。壬生高校対御陵高校の一戦は、一回表が終了し、先攻の御陵高校が幸先よく二点を先制。いきなり追いかける形になった壬生高校初回の攻撃、早い回で一点を返したいところでしょう! 守る御陵高校のマウンドに立つのは、エースの
「お願いしまーす」
「うむ、プレイ!」
左打席に立った
「監督が嘆いていたぞ? お前と
「あはは、すみませーん。でも
「あん? 何の話しだよ?」
「何って、
――話し振ってきたのは、そっちでしょ? と、小首をかしげる。
「指導方針の違いで袂を分かったとか、ぶっちゃけ理由なんてどうでもいいですけどね。僕には、関係ないことだし。ただ、許せないんですよ。横やり入れて、戦力を引き抜こうっていう不義理な裏切り行為みたいなやり方は――」
御陵高校の現監督は元々、壬生でヘッドコーチを務めていた人物。しかし、異常なまでに規律を重んじる育成方針に疑念を抱き、自身の理想を形にすべくコーチの職を辞し、数名の部員を引き連れて現在の御陵高校へと異動。
「ああー、そう言えばあなたも、その口でしたよね......?」
「――ッ!?」
打席で構える
『ストレート、変化球、左右高低を巧みに使い分けて追い込みました! しかし
振るどころか、まったく反応すらしない、不気味なほどに。
「(みんな、下がれ......!)」
無意識に内外野を下がらせ、カウント・ツーエンドツーから胸元へストレートを外した。
「これで、フルカウント。
「どうするって言われても、四球覚悟でストライクからボールになる変化球しかないですよ。て言うか、ストライクなんて死んでも要求できない......ヤバすぎですよ、コイツ」
画面越しにでもひしひしと伝わる、とてつもない威圧感。それは、一番間近で見ているキャッチャーが肌で感じていた。焦がすような日差しが照らす中、まるで凍りつきそうな異質な空気を醸し出している。
「画面越しなのにまるで、
「......確かに、な。やや小柄な体格だが、入学半年足らずの一年生とは思えない風格がある。このピッチャーの持ち球だと、フォークかチェンジアップといったところか」
「チェンジアップです。フォークは、抜ける恐れがある。ここはもう、アウトローのチェンジアップしかありません......!」
「(よし、完全にタイミングを外した! 三振、良くても内野ゴロだ――)」
緩い変化球に泳がされたように思えた
『おおっと! 上手く捉えましたが、これはセカンド
予想外の打球だったはいえ、結果的に打ち取ったキャッチャーは安堵の表情で、大きく息を吐き出した。一方、打ち取られた
「あーあ、やっちゃった。余計なことしなければ一点で済んだかもしれないのに」
やや同情するような視線をセカンドへ向けつつ、ファウルゾーンへ放り投げたバットを拾って、ベンチへ戻って行く。
『おや、これは......ビッグプレーを見せた
異変に気づいたチームメイトたちは、急いで
「診せてください!」
「つっ......」
「これは――」
肩の具合を診て、
「監督、どうなんですか!?」
「......左肩を脱臼しています。試合中の復帰は、まず望めません」
「そんな......」
「マネージャー、彼を医務室へ。付き添ってあげてください」
「は、はい! 私に掴まってっ!」
マネージャーの手を借りて、医務室が完備されているダグアウトへと入っていく。
「(打球を弾いて衝撃を逃がしていれば、彼の身体能力の高さが仇に......いえ、
守備の要であり、攻撃でも中軸を担う
『四番
エース、次期エース、大会を通じて防御率ゼロ点のクローザーをも打ち砕き、更に点差を広げ、終わってみれば......。
「18対2、圧勝でしたね」
「失点も初回の奇襲だけか。しかし、試合開始早々チームの要を一枚を失ったとはいえ、これ程までの実力差を見せるとは......」
「ドラフトで、何人かかるんすかね?」
「スタメンの三年全員が指名されてもおかしくないだろう。ウチのスカウトも注目している。しかし、これ程完成度の高いチームが存在するとは――」
「ここまで、ですかね......?」
「どうだろうな。ただ、
テレビを消した
「俺は、俺たちは、己が為さねば成らぬ事をだけを考えるんだ......!」
「――はい!」
彼らがホテルを出た頃、甲子園球場近くの喫煙所で一服していた
「失礼します、
「フッ、そうかい」
「ですが、彼らは、私の期待通りの働きをしてくれました。あなたなら、きっと――いえ、何を言っても負け惜しみですね。最後に一言だけ、ご健闘をお祈りしています」
――それでは、失礼します。と言って踵を返し戻っていく。
火のついた煙草を灰皿に押し付けた
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Final game3 ~ナニカ~
準々決勝翌日、朝食後しばしの休憩を設けたあと、明日の準決勝へ向けたミーティング。
「チーム打率は、四割を越え。一試合の平均得点は、12.2点。チーム本塁打は、昨日までの四試合で計14本。既に、大会記録を更新しています」
「投手陣も盤石よ。エース
「平均12点取って、3点取られないってこと? なによ、それ、規格外にも程があるわよ......」
圧倒的な数字に
「たかが数字に惑わされるな。特に、打の平均値は昨日の試合で荒稼ぎしたに過ぎない」
沈みかけていた空気を一掃させる言葉を放った
「失点の方も、
大抵の相手は、勝負の前に臆してしまう。更に今回の場合は、昨日の試合が、あまりにも一方的で衝撃的な結果であったため、より一層きわだってしまった。
「断言しよう。明日の試合、大差での決着はない。だがそれは、お前たちが浮き足立たずに戦えることが大前提。それとも、帝王戦前に逆戻りか? その程度の
挑発するように言った問いかけに、顔付きが変わる。
「フッ、違うって顔だな。なら、証明してみせろ」
ミーティング終了後ナインたちは、疲れが残らない程度の軽い全体練習と個人練習で明日決戦へ向けて調整。
「ああは言ったが、実力の差は歴然だ。真正面からの力勝負では、先ず勝ち目はない。仮に10回対戦すれば9回は負ける相手。ならば、その“1回”を明日の試合へ持ってくる。初顔合わせってのは、一番番狂わせが起きやすい。なぜなら、相手も手探りで来るからだ」
「それで、ハッパを掛けた。臆せずに立ち向かえるように」
「で。
「肩周りの張りはまだ残っているけど、昨日のお風呂上がりにマッサージした時よりも状態は良くなっているわ。ただ、長いイニングは厳しいわね」
「連投を経験させなかったツケが、ここで来たか」
ライターを取り出し、澄まし顔で咥えたタバコに火を付ける。
「医学に携わる者として言うわ。酷使をさせないあなたの起用方は、決して間違っていないわ」
「んな気休め要らねーよ。行けて、本来の7割程度ってところか」
「......どうにせよ先発は、あおいさんでしょ」
答えを保留した
「
「どうって。一方的な試合展開だったとしか。強いて言えば、よく試合を投げ出さなかったと思うわ。得点には繋がらなかったけど、最後まで粘り強い攻撃もしていたし」
「なら、何て声をかける?」
「声を? そうね、普通に労いとか励ましの言葉かしら。それが?」
「御陵の監督、
「えっ? それ、どう言うこと......?」
「さあな。ただの負け惜しみなのか、元々ベスト8が目標だったのか。それ以前に、たかだかがひとり欠けたくらいで、これほど総崩れになるような戦力差ではない」
広い人脈を使い、全国から有望な選手をスカウトし、古巣の壬生からも自身の理想を体現するために必要な選手を口説き落とし、精鋭を集めて築き上げたチーム。更に、優勝経験のある名門校でヘッドコーチを務めていた人物が率いているのだから、総合力で大きく劣っている訳がない。
「
「確かに序盤は、動揺から浮き足立ち、ミスもあった。しかし、エースが降板した頃には立て直していた。にも関わらず、結果は一方的。
「死んだから得られたのか、得るために死んだのかは不明だが。どちらにせよ、画面越しでは解らない実戦でしか得られない
「私、死ねます」
背後から声。
「あなたたち――」
「肩を診てもらう時間になったので来たんです。でも返事がなかったので、席を外してるのかなと思ったんですけど、話し声が聞こえて」
「すみません、盗み聞きするつもりは無かったんですけど......」
バツが悪そうな
「コーチ。私は、死ねます。あおいが居ます」
「死んだところで、得られるかは解らない。その時は無駄死の上、御陵の投手以上の晒し者になる」
「構いません」
「
「――はい!」
「
「ええ。打者一巡を全力で戦える状態にしてみせるわ。少し早いけど、浴場へ行ってきなさい。しっかり湯船に浸かって、十分身体を温めること。そのあと、入念にマッサージするわ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
立ち上がった
「明日の試合、多少の失点ありきで組み立てろ。色気は出すな。死ぬと決めた以上、必ず死にきれ」
「ボーダーラインは?」
「まあ、五点と言ったところか」
両チームの戦力を比較した時、五点以上の点差を付けられると巻き返しは難しいと判断。
「三番に関しては、下手にかわそうなどと考えるな。
動画を巻き戻し、初回の打席へ戻す。
「コイツには、タイミングという概念は存在しない」
通常タイミングが合わなければ、体勢が泳がされ、振りは鈍り、当てるだけのバッティングになってしまう。結果、強い打球を打つことは難しい。
しかし、
「つまり、前後の揺さぶりは通用しないということですか......?」
「生半可な緩急はな。しかし、コイツには、ある特徴が存在する。第一打席は基本的に、追い込まれてからしか手を出さない」
「えっ?」
机に置かれた資料に手を伸ばし、予選も含めた各試合の第一打席目を改めて見直す。
「――本当だ。それに、ピッチャーが代わったあとの打席も、追い込まれてからが多いですね」
「計算か、本能か、投手の力量を見定めているんだろう。そこに、活路を見出せ。隙があるとすれば、そこだけだ」
「はい!」
「お前に、話しておくことがある」
「これから先も、キャッチャーを続けるかは知らないが。あおいと
それは、
二人は、ミットを構えたコースへ、思い通りのボールを投げ込んできてくれる。それはまるで、ゲームをプレイしているかの様な感覚を覚える程正確に――。
「もし仮に、あの二人がプロに指名され同じチームに入ったとしても、決して長くは通用しない。確証はある。俺は、一年保たなかった」
昨シーズン最終登板戦、策略で36点を献上したとはいえ。最終登板の前の直接対決では、
回転数を自在に操れるとはいえ、基本ストレート一本の
「俺を模倣している
うつむき加減で硬く口を結んでいる
「まあ、あと残り二試合。悔いが残るような半端な勝負はするなってことさ」
席を立った
自虐的な笑みを浮かべ、静かに部屋を出ていった。
* * *
決戦前夜、帝王実業戦の前夜と同じように
「あと二試合、か」
呟いた声は、夜空に吸い込まれて消えていく。
「(コーチは、明日の試合も勝つ気でいる。難しいと解っていてもなお。大差での決着はないって言っていた。一点を争う試合になることは間違いない。明日試合は、俺のゲームメイク次第だ――)」
難しい
「やっほー」
「あ、あおいちゃん」
「となり良い?」
答える代わりに、一人分のスペース作る。あおいは、そこに座った。
「考えごと?」
「まあね。どうやって、抑えればいいか考えてた」
「うん、そういう
「ああ、そうなんだ」
「うん。ほら、行きの電車の中で妹の
「はは、
「もちろん、ヒロぴーたちも来てくれるって」
「毎回大変だね。ありがたいけど」
「バッティングセンターのアルバイトにも慣れてきたって言ってたよ」
他愛のない世間話をしていると、あおいの声が変わった。
「長くても、あと二試合なんだよね。ボク、ここまで来られるなんて入学当初は想いもしなかった。練習時間を削って、みんなで署名活動して。
「うん、俺も。ああ......でも俺は、キャッチャーになれって言われて苦労しもたけど」
「あははっ! でも、楽しそうだよ?」
「楽しかは正直解らないけど、やりがいはあるのは間違いないかな」
「そっか。でも、それもあともう少しだね......」
あおいは、何かを悟ったようなどこか儚げな
「ボクは、本当に一日でも長く、みんなと一緒に野球がしたいよ。だから――」
ベンチを立ったあおいは笑顔で、
「明日の試合も勝とうね、絶対に!」
――悔いは残すなよ。
「明日だけじゃないよ。その次も勝って、必ず頂点に立とう。みんな、一緒に!」
「あ......うんっ!」
決意を新たに微笑み合った二人は、お互い部屋に戻って眠りについた。
そして、いよいよ、決勝進出を賭けた準々決勝の朝を迎えた。
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Final game4 ~性質~
準決勝第一試合、アンドロメダ学園対白轟高校の一戦。
「アンドロメダか。白轟も食らいついたんだけどな」
「いい試合だったね。やっぱり、好投手同士の投げ合いには緊張感がある。息が詰まる試合だった」
「うむ、ひとつのプレーで流れが変わるということを再確認出来た。やはり、堅実なプレーこそが勝利をたぐり寄せる」
豪華でありながらも品のある広いリビングルームに、あかつき大附属の
「......どうでもいいんだが、なぜ、キミたちが居るんだい?」
自室でゆっくりと観戦するつもりでいた
「細かいこと気にすんなよ。どうせ、暇だったんだろ? つーか、オレら以外にダチも居ねーだろ」
「......
「まあまあ、その辺にしておきなよ」
「
「フゥ......」
諦めた
「けど、まさか、ここまで来るなんてね」
「初戦の帝王実業を、圧倒したことが大きい。あの試合で、勢いに乗れた。自分たちの力を発揮できたことで、初出場のプレッシャーも消し飛んだのだろう」
「僕は、緊張したなぁ。正面のイージーボールを弾いたことは忘れないと思う」
「オレも、甲子園デビュー戦では、足が地に着かなかった感じだったが、
「役に立ってなにより。それにしても、ずいぶんと顔ぶれが変わったみたいだね」
ノックを受けているスターティングメンバーは、あかつきが春に戦った頃と半分近く他の選手が入れ替わっていた。
「ああ、それな。何人か、御陵へ転校したって話しだぞ。準々決勝で先発した
「ふむ、オレの調べた情報によると。あの投手、壬生時代は選手登録されていなかったそうだ」
話しを聞いた
「......それはまた、妙な話しだ。あれほど能力の高い投手が、選手登録されていなかっただなんて」
これが、
選手登録の管理などを一任されていたことで、目に掛かった選手の実力を隠しながら練習に参加させて、基礎を学ばせ、転校後スムーズに行くよう秘密裏にことを運んだ。中には、
「どうにせよ、オレたちには関係ないことだ。それに、あの選手は居るぞ」
画面には、ノックを行う監督の補助を務めている選手が映し出されていた。
「お前たちも、忘れていないだろう?」
「ったりめーだ」
「......あの一打、忘れるワケがない」
春のセンバツ甲子園大会準決勝、同点で迎えた試合中盤。エラーで出たランナーをスコアリングポジションに置いて一打負け越しの場面、
その後、一打同点の場面で
「正直、簡単にやられるのはしゃくだよな」
「同地区の代表だしね」
「無様な負けだけは、勘弁して欲しいものだ」
「フン。ボクは、中立で見るぞ」
「ったく、素直じゃねーなって、
「本当だ。準々決勝で、左腕に受けたデッドボールの影響か?」
「どうかな? 直後の打席で、特大のホームラン打ってるし。守備練習を見る限り、動きも悪くなさそうだけど」
四人が観ている中継映像からやや遅れて、場内にもスターティングメンバーを知らせるアナウンスが流れた。
告げられた先発の名は――一年、
恋恋高校のベンチも、バックスクリーンに表示された名前に、少しだけざわめき立つ。
「ライトでノックを受けていたから、もしかしてって思ったけど、先発投手は、
「逆だな。春に対戦しているアンドロメダに対しては、
壬生の監督――
「因みにだが、府大会の決勝も、
「つまり、油断はしてない。それどころか、いつでも行けるよう最大の警戒してるということ......?」
「相手の思惑はさて置き、やることは変わらない。華々しく散ってこい。花は、散り際が一番映える。正面切って向かえば、相手も惑う」
「はい! さあ、行こう!」
ベンチ前で一列に整列していたナインたちは、
* * *
『後攻の恋恋ナインがポジションに散ります。先発ピッチャーは、
球審のコールと同時に、サイレンが鳴り響く。
『準決勝第二試合、決勝進出をかけた勝負が今、始まりましたー!』
「(壬生は、一番から九番まで長打を打てるバッターが揃っている。この先頭バッターも、予選で二本。内一本は、オープニングホームラン。グリップエンドに小指をかけて、バットを長めに持ってる。先ずは、真っ直ぐの対応を見る......!)」
内外野を下がらせ、
『サインに頷いた。
「(インロー!)」
初球を振り抜いた当たりは内野の頭を越えて、レフト
「伝えてくれ。出所が見辛く、タイミングが合わせにくい。球持ちもいいし。早めに始動しておかなければ、差し込まれる」
「あいよ」
コーチャーは、ベンチから来た控え選手に防具と情報を通達。ネクストバッター、そして、ベンチへと情報が伝達された。
「(若干詰まっていたけど、パワーで強引に持っていかれた。それに、大振りって訳でもない。インコースを捌ける技術を持ち合わせてる......)」
『バントの構えは見せません。それもそのはず、バッターボックスの
「(二番も、バットを長く持ってる。生半可なボールは通用しないぞ。どうする......?)」
目を閉じて、思考をフル回転させる。しかし、なかなか良い考えが浮かばない。その時ふと、
「(――そうだった、色気は出しちゃダメなんだ。
「(ええ)」
セットポジションに着いた
「セーフ!」
『スバラシイ牽制でしたが、間一髪セーフ!』
牽制球を投げた瞬間、
「(バッターに小細工をするような動きはなかった。ここは、強攻策で来る。探りを入れられる余地はあるぞ)」
「(それなら、ゾーンを広く使って......いや、違う。これは俺たちが三回戦で、聖タチバナ学園を攻略した方法と同じだ。際どいコースをしっかり振り抜くことで、相手にプレッシャーを与えて自滅を誘う戦術。ストライクゾーンで勝負しないと、相手の思う壺だ。あの当たりの後だから、恐いとは思うけど......)」
「(気を使ってくれるのはありがたいけど、心配無用よ。私は、覚悟を決めてる。どんな要求にも応えるわ......!)」
『さあ、サイン交換が終わりました。
『これもレフトへ上がったーッ! レフト
あと数メートルでホームランという大きな当たりもレフトフライに終わった
「珍しいですね。
「若干タイミングがズレた。連投でどうかと想ったが、影響はなさそうだ。データ通り、制球力も高い。そうそう甘いコースには来そうにないな」
「了解です」
入れ替わりで
『おっと、ここは長打を警戒です。それもそのはず、バッターボックスの
「(
初球はカーブから入り、二球目は、ストレートで見逃しのストライクを奪う。二球で、
「(球速は、110キロ前半。今のが、最速なのかな?)」
追い込まれたにも関わらず
「(よし、ここもデータ通り、多少甘いコースでも振らずに見て来た。ランナーからは、動く素振りを感じない。バッターを信頼しているんだ。なら――)」
サインに頷いた
「(――インハイ、三球勝負......あれ? さっきよりも速いっ?)」
ツイストで振り遅れを修正し、身体に巻き付けるように肘を畳んだ。
『捉えたーッ! ライナー性の打球は、深めに守っていた
「――くっ、やられた!? レフト、センター!」
『ボールは、中継へ返ってきただけ。壬生高校、三番
すぐさまタイムを要求した
「三球勝負、完全に裏をかいたと想ったのに。一瞬で修正して対応してくるなんて......脅威的なコンタクト力ね」
「確かに、胸元の真っ直ぐを、あの角度と方向へ詰まらせずに打ち返すことは至難の業。しかし今の一打は、金属でなければ、
「ほんの僅かだが、見えてきたな」
――
P.S
本来北斗の最速は149キロですが、サクスペで先行実装されている「北海の狼・北斗」では、選手能力が向上しているため、そちらをベースにしています。
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Final game5 ~思考~
準決勝、夏連覇を狙う壬生高校との一戦。
初回に先制点を失い、なおもピンチで四番を迎える。
『打席に立つのは、壬生の主砲――
「(あんな打たれ方したからどうかと思ったけど、大丈夫、
前三人のバッティングを振り返る。一・二番は、
「(今までの相手と一緒だ。右打者はことごとく、
マウンドから戻ってきた
「(見るからに、長距離ヒッター。一昨日の試合でも、一本打ってるし。右二人からは、インコースのストレートと変化球の対応を見れた。ここからはまた、右が続く。今度は、外角の対応を探る)」
サインを出し、外角へミットを構えた。ひとつ息を吐いた
「走ったわよっ!」
「――っ!?」
「さ、三盗!?」
まさかの三盗、咄嗟にミットを外した。球種は、外角のシュート。外角へ逃げる変化球を見逃して、ボール。ボールゾーンで捕球した
「セーフ!」
やや余裕のあるタイミングで、セーフの判定。
『セーフ、セーフです! 俊足
四番の打席、初回、リスクが高い三盗。バッテリーはもちろん、ベンチにも動揺が広がる。
「まさか、この場面で足を使って来るだなんて......!」
「フッ、完全に意表を突かれたな」
「フム......」
「何か、引っかかることでも?」
「少しな。はるか、予定通りだ。定位置でいい」
「はい」
はるかに伝え、適当な空サインを送る。サインを受け取った
「(三盗は、頭になかった。思わずウエストを要求しちゃったけど、やり直そう)」
「(ええ)」
外角のストレート、外角から入ってくるカーブを使い、共に見送られ、ツーエンドワンのバッティングカウント。全ての球種を見せるも、一度もバットを振らない
『ファウル! 良い当たりでしたが、一塁側のスタンドに飛び込みました! やや差し込まれたか?』
先頭バッターと違い、コースに逆らわずに打ってきた。しかし、ストレートへの対応を見れたことに加え、ファウルだったことで、バッテリーに僅かながら余裕が生まれた。一球インサイドを見せてから外角の変化球で勝負に行けると考え、平行カウントからの五球目は、インハイのストレートを選択。
『
追い風に流され、定位置のやや後方で落下地点に入った
『
タッチアップを決めた
「息を付く暇も与えない、無駄のない速攻でしたね」
「ええ。でも、ランナーは居なくなったわ。一息付けるわ」
「それに、ツーアウトにもなった」
「うむ、バッテリーは、バッターとの勝負に専念出来るぞ」
「てゆーか、ちょっと変じゃないですか? 攻めが単調って言うか。帝王実業と覇堂とやった時は、もっと近いところをガンガン攻めてたし」
「探っているのよ、各選手の能力や特徴を。ある程度の失点ありきで」
「えっ? じゃあ、
「そうよ」
――だけど私は、ここまで割り切れなかった。
悔しそうにキュッと、握る手に力が入る。前を向いた
「しっかり見ておきなさい。三番、四番に目を奪われがちだけれど、次のバッターが、ある意味で一番恐ろしい相手よ」
五人の視線の先には、壬生の五番――
凛々しい佇まいに、女性ファンの黄色い声援が球場に木霊する。
「(
「(計算通り先制を、追加点も奪った。しかし、これでは心許ない。相手はまだ、九回の攻撃を残している)」
「(承知しています)」
頷いた
「(多くの女子選手が主力として名を連ねるチームとして、本来の実力とは別のところで、メディアに取り上げられている部分も多い。しかし、ここまで勝ち上がってくるチームに、自力がないハズなどない。試合内容に関しても、奇襲や奇策に目が行きがちになるが、オレの見立てでは、彼らの本当の武器は、卓越した高い集中力。特に、試合を左右するようなターニングポイントでの集中力は飛び抜けて高い。それを裏付ける様に、チームの得点圏打率は五割に迫る脅威的な率を残している。更には、試合が後半へ進むにつれ、出塁率も大幅に向上する。点差は、まだ二点。セーフティリードとはほど遠い。オレの役目は、途切れかけている流れを、もう一度作り直すこと――)」
凜として静に構える、
「(......自然体の三番とも、威圧感のある四番とも、また違う雰囲気がある。ツーアウトか。重要なことは、何を拾えるか。四人と対戦して、感じたことを踏まえて――)」
「どうやら、試したいらしいな。自分の配球が、相手の捕手に通用するか否かを」
「調査をいったん中止して、真っ向勝負を挑むの?」
「ランナーは居ない、アウトカウントは二死。一発を打たれても、まだ若干余裕がある。ここでなら、勝負に行ける。そして、それだけのメリットがある。打たれたら仕切り直し、抑えれば二回へ持ち越せばいいだけのこと。打順は下位へと下っていく、下位には下位に収まる何かしらの理由が存在するハズだ。結果如何によっては、ある程度目処が立つ」
「どっちに転んでも、ただじゃ死なない。いいえ、それどころか、こちらの攻めにおいても、彼のバッティングから何かを拾えるかもしれない......」
「そう言うこった」
打たれても、抑えても、壬生の頭脳である捕手、
「(よし、許可を貰えた。本気で抑えに行くよ)」
「(ええっ)」
『おっと、インコース胸元の厳しいところへズバッと来ました!
「(配球を変えてきたか。バッテリーも、重要性を理解している。だが、オレの役目は変わらない。最低でも後ろへ繋ぎ、合えば決めるまで――)」
身体に近いところを攻められても表情は変わらず、冷静さを保ったまま、改めて構え直す。
「(
二球目、内角低めのストレート。先の打者たちと同様、際どいコースを迷いなく振り抜き、三塁側のスタンドへの飛び込むファウル。三球目は、はっきりと外角へ外した。
「(これで、バッティングカウント。ここまで、ストレート三つ。緩い
打席に戻り、試合再開。仕切り直し、バッティングカウントからの四球目――。
「(やはり、来たか。キミたちは、相手の一番嫌がることをする)」
「(――読まれた!?)」
一球前の外したストレートよりもスピードを抑えた外角低めのストレートを、しっかりと見極め狙い澄まして振り抜いた。打球は、コースに逆らわずライト上空へと上がる。
「センター、ライト!」
マスクを脱ぎ捨て、大声で指示を出す。
『打球は、右中間ーッ! センター
打球は、浜風の影響をものともせず、ややスライスして右中間へ。
「(うっ、届かないでやんす......!)」
自分から逃げていく打球を追って、全速力で背走する
「任せてください!」
「任せたでやんす!」
方向転換した
『
片膝を付きながら身体を起こした
「アウトーッ!」
『アウト、アウトです! 抜けていれば長打確定の打球を、空中で掴み取りました! 超ファインプレー! スリーアウトチェンジです!』
「ナイスでやんすー!」
「どうもです!」
スタンドから大きな拍手を背中に受けながら、
「感想は?」
「想像以上です。先頭バッターから、クリーンナップを相手にしているように感じました。何より......」
「空振りを奪えませんでした、一球も......」
「五番には、配球を読まれたと想います。完全に、スピードを抑えたストレートを待っていたタイミングで打たれました」
「確かに、低速の真っ直ぐを狙っていたことに間違いはないだろう。だが、打ち損じた」
「あの打球で、ですか......?」
「
「あれで、打ち損じ......」
ファインプレーがなければ最悪、ランニングホームランもあり得たようなコースの打球が打ち損じと知り、表情が強張る。
「一方的な思考ばかりに囚われるな。見えるものも、見えなくなる。三番よりも力は劣ると解っただけでも、十分な収穫だろう」
同じように緩急を活かしたストレートを、
「つまり、まったく通用しないという訳ではない」
俯いていた
「次は、下位打線。一・二番の早打ちのおかげで、若干の貯金もある。結果によっては、リベンジの機会もあり得る」
「あのプレーを活かすも殺すも、お前たち次第だ」
「さて、こちらの攻撃だが――」
マウンドで投球練習している
「まずは振って、実際に体感して来い」
――
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Final game6 ~仮説~
控え捕手を相手に投球練習を行っている
「
プロ野球における、ストレートの奪空振り率は平均5パーセント前後。球速に比例して、空振り率も上昇し。コース別では高めの方が空振り率は高く、低めの方が低い傾向がある。
「この七割は、予選を含めての数値よ。甲子園での登板にだけ絞っても、五割強を記録しているわ」
「いくら実力差が顕著に現れる学生野球とはいえ、明らかに異常な数字だ。滅多にお目にかかれない、活きた160キロ近い球速のストレートを投げるなら話しは別だが」
「確かに。先に決勝進出を決めたアンドロメダ学園の
「真っ直ぐねぇ。まあ、実際に対峙する以外に方法はない。そう言うことだ、行けると判断したら積極的に狙っていけ」
準備を済ませ、ベンチ前で投球練習を観察していた先頭バッターの
「
「分かっていますよ。向こうには、
「感心している余裕はない。迅速かつ確実に仕留めに行くぞ」
「了解です。長丁場になるといろいろと面倒ですし、特に、今日の相手は」
「分かっているのならいい」と、ポンと
「(とにもかくにも、立ち上がりだ。エンジンがかかるのが遅い......というより、感覚を掴むのに多少時間がかかる。二点止まりだったことが悔やまれる。覇堂戦を含めた試合を見た限り、全体的にレベルアップした上で長所を伸ばしつつも、いい意味で落ち着いていたが。昔の荒削りな闘争心を取り戻したとなると、
「バッターラップ」
「お願いします!」
球審に呼ばれた
「(サードのあの守備位置、仕掛けられないことはないけど。ここで足を警戒していないのは、シングルならいいと割り切ってるからだ。前に、コーチが言っていた。奇襲や奇策は、相手の隙や油断を突く戦術だって――)」
壬生は今は、特別な警戒はしていない。奇襲の条件に該当するものの、しかしそれは、油断ではなく、余裕。二点のリードがあり、
「(たぶん、もう何点か取れること前提の布陣。今は、仕掛ける場面じゃない。ストレート......というより、ピッチングを体感して、一球でも多くデータを収集することが、俺の役目だ......!)」
「プレイ!」
『アンパイアのコール! 恋恋高校一回裏の攻撃は、不動の先頭バッター
『
「(カーブ!?)」
ストレートを待っていたところへ、緩い110キロ台のスローカーブ。完璧にタイミングを外されて、外から巻いて入ってくるボールを見逃し、ストライク。
「(投球の八割以上がストレートの投手が、二割の変化球を使ってきた。それも、初球に――)」
「(やはり、ストレートを狙っていたか。おそらく、積極的に狙っていけと指示が出ている。オレも、同じ指示を出す。ならば――)」
二球目のサインを送り、今度は普段の
『またしても、カーブボール。しかし、これは低めに外れました。ワンエンドワン、平行カウント』
「カーブを連投......ストレート狙いを見透かされている?」
「おそらくな。あの捕手は、典型的な戦略家。完全な読み打ちといい、打者の狙いを読み取る洞察力いい、捕手として重要な資質を持ち合わせている。だが、カーブはここまで。次は、別の球種だ」
「データでは、カットボールとチェンジアップを持っているわ。ただ、どちらも殆ど使わないわね。初球と二球目に投げたスローカーブも含めてだけど、やっぱり、失点に絡むからかしら?」
「特に、序盤の失点に絡みやすい。だが、今も使った。自覚が有りながらも使っている。もしくは、使わなければならない事情があるか。まあ、いずれ分かる」
サインに頷いた
「(――ストレート!)」
『空振り! やや甘いコースでしたが捉えられません!』
狙っていたストレートを空振りした
「(140ジャストか。球速表示の割には、手元で来たような気が......緩いカーブを見せられた後だったからか? どっちにしても、追い込まれた以上ゾーンを広げて待つしかない)」
「(雰囲気が変わった。ストレート狙いを止めて、当てられるゾーンに来たら振るといったところか。ならば、振って貰うまでだ、ストレートを。ただし、足がある。そこは、配慮しておかなければ)」
サインを受け取り、モーションに入る。バッテリー有利のカウントからの第四球、遊び球無しで勝負。内角高めに構えたミットよりも、やや真ん中に入った。
『あっと、甘く入ったが打ち上げてしまいました、これはミスショット。ショート
内野フライに終わった
「相当手元で来るぞ、センター狙ったつもりが、差し込まれて打ち上げちまった。イメージ的には、
「オッケー」
貰った情報を頭に入れ、バッターボックスへ向かい。ベンチへ帰ってきた
「練習試合では、どうだった?」
答えたのは、実際に試合を観戦していた
「ストレート中心でした。ですが今、投げている程のスピードは出ていなかったと想います。正確には分かりませんけど、130キロくらいだったんじゃないかと」
「
「はい。一年の秋口までは。
「ふーん」
はっきりとした返事を返さず
「(粘る......というよりも、狙っているストレートに振り遅れている。ボールのキレは問題ない。いや、今までの試合で一番の立ち上がりかも知れない。口だけではなかったか)」
「(くそ、狙っても前に飛ばない、狙い通りに芯に当てれてないんだ。もっと速い球を投げる
想像以上に手元で来るストレートに対応するため、バットを指一本分短く握り直した。その仕草を確認してから、サインを出す。
『サインが決まりました。次が、
「(――曲がった、カットボール......!?)」
「(ストレートで押しても構わないが、それ以上に、粘られるのは御免被る。短く持てば、外へ逃げるボールは届かないだろう)」
「くっ......!」
咄嗟に右手を離し、左手一本で拾った。打球が、一二塁間へ転がる。
「(チッ、当てて来たか)」
マスクを外し、指示を出す。
「
『一塁寄りの一・二塁間! ファースト
「体勢が悪い、無理するな!」
『ここは、投げませんでした。セカンドへの内野安打、恋恋高校も初回にランナーを出しました! そして迎えるは一発のある、
「(スピンで、バウンドが変わっていた。今のは、追いついてくれただけで十分。抜けていれば、ファウルゾーンへ切れていく回転の打球、下手をすれば長打もあり得た。まだ初回、無理をする場面ではない――)」
球審にボールの交換を要求、新しいボールをこねる時間を利用して間を取り、
「今の、カットボールよね? ベンチから見ても、かなり鋭く変化していたのが分かったわ」
「キレも変化も申し分ない。しかし、諦めずに食らいついたからヒットになった。何はともあれ、ランナーが出た」
ホームランで同点の場面になったことで、揺さぶれる余地が出来た。はるかを通じて、ランナー
「(この三番は、バッティングセンスはもちろん、小技も器用にこなしてくる。だがさすがに、素直な送りバントはない。仕掛けてくるとすれば、エンドランか盗塁。どちらにしても、ランナーは気にしなくていい)」
「(了解です)」
やや広めにリードを取る
『
「今、クイックモーションじゃありませんでした!」
投球を見て、
「あえてしなかったのか、単純に苦手なのか。入学式の前から練習に参加していたとしても、本格的に投手に戻って五ヶ月あまり、実戦不足は否めない。しかし、抑えて来た実績はある」
「後者の場合は、補えるだけの理由があるということですかね?」
「牽制......なら、今投げていると思う。
「この場面で打たせるとなると、やっぱり、カットボールかな?」
「手元で変化するカットボールは、ゴロを打たせるのに有効な球種。実際、打たされたからな。だが、使うなら初球だろう。何せ、クイックをせずに投げたのだからな」
「確かに。長丁場になればなるほど、フォームのクセを盗まれるリスクも高まる。あおいちゃんは、どう思う?」
「う~ん、キャッチャーの肩が、スゴくいいとか?」
「あり得るな。クイックが必要ないほどの強肩であれば、投球に専念出来る。
「ええ。
「なら、探るには打って付けの状況ってことだ」
一度リセットし、新しいサインを送る。サインに頷いた
「(また何か、サインが出たみたいですよ?)」
「(気にするな、ただの揺さぶりだ。お前は、ピッチングに集中すればいい)」
「(はいはい、と)」
フェイクでプレートを外し、改めて、セットポジションチェンジから投球モーションを起こす。やはり、取り立てて速いクイックモーションではなかった。
『
最初から帰塁を前提の偽盗にも関わらず間一髪のタッチプレーになったことに、ベンチがざわつく。
「うっわ、肩、強っ! ギリギリだったじゃん!」
「外されたら、盗塁は厳しそうだな......カットボールならギリ行けるか?」
「え、なに? あんた、走る気でいんの?」
「俺は、常に狙ってるぞ。まっ、あえて走らないでプレッシャーをかけるだけの時もあるけど。意識させるだけでも配球は単調になるし、カウントを有利に出来る。今の、相手バッテリーみたいにな」
「へぇ、そういうことも考えてるんだ」
「地肩は、
再びサインをリセット、当初の予定通りフリーに戻す。
「(これで、少しは大人しくなるだろう。さあ、バッターに専念だ)」
頷いた
「もらったぞ!」
『打球は、右中間へ上がった! しかし、これは上がりすぎたか? 今日、
大きなセンターフライに終わった
「浜風に押し戻されたな、打ち損じか?」
「あ、はい。捉えたと思ったんっすけど、ちょっと下に入りました。次は、修正するっす!」
「そうか」
二死になったことで、
『痛烈なピッチャー返し! しかし、
捕球したボールをプレートの横に置いた
「脅威的な反射神経だな」
「ええ、普通ならセンター前へ抜けているわよ。顔色ひとつ変えないなんて......」
「そう落胆するなよ、まだ初回が終わっただけだ。
「はい」
グラウンドへ向かおうとしていたところを呼び止める。
「少し確かめたいことがある。次の打者には、カーブを使わずにインコース中心に攻めろ。それと、もうひとつ――おそらく打たれる。直後、必ず間を取れ、こっちから伝令を送る」
「......分かりました!」
力強く頷いた
「今のは?」
「話した通りだ。もし、仮説が的中していたのなら――」
――見えてくる、攻略の糸口が。
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Final game7 ~イメージ~
二点をリードされた状況で迎える、二回の攻防。
二回表壬生の攻撃は、六番
「(
初球は、
「(目つきが変わった。もしかして、意外と短気なのかな? ちょっと誘ってみよう)」
頷いた
「(今のが、
「(しっかり見られた。あの眼は、ポーズだったのかな? とにかくこれで、打者有利のカウントだ。ここで、ストライクを欲しがるとやられる。目先を変えられないカーブを使えないとなると――)」
甘いストライクを狙っていた
「(よし。これで、ツーワン。少しより戻せた。インコース中心に攻める、ならここは、カウントを整えたい。コレで、ファウルを打たせよう。平行カウントに出来れば、勝機も見えてくる)」
「(ええっ)」
『カウント、ツーボール・ワンストライク。次が、四球目。キャッチャー
「(――シュートか、見逃せばボールになる。だが、十分に捉えられるエリア。追い込まれると面倒、打てる場面で打っておくべきだ)」
上げた右足を思い切り踏み込み、ストライクゾーンからボールになる、内角低めの難しい変化球を迷うことなく振り抜いた。
「(なっ!? シュートが曲がりきる前に――)」
「(掬い上げられたっ!?)」
引っ張った打球は、大きな弧を描いてライトへ飛んでいく。
『引っ張った打球は、いい角度でライトの上空へ!
ダイヤモンドをゆっくり一周し、しっかりホームベースを踏んで、ネクストバッター
膝元へ食い込むシュートでファウルを、あわよくば引っかけさせてゴロアウトも狙えたボールだったが、最悪の結果を招いてしまった。まさかの結果に二人とも、ショックを隠せない。二人が呆然としている間に
「......あ、そうだった。すみません、タイムお願いします!」
「うむ、タイム!」
回の始めに
「一応、忘れてはいなかったらしいな。まあ、少し時間がかかったが」
「無理もないわよ。普通なら凡打になるようなコースのボールを、あんな打たれ方したんだもの」
「
「はい! 行きます! 伝令、出ます!」
『おっと、恋恋高校。伝令が告げられました。追加点を奪われたところで、初めてのタイムを取ります』
内野陣がマウンドに集まり、
「今の一点は、気にしなくていいそうです」
「じゃあ最初から、今のホームランも想定内だったってこと?」
「はい、
「ならば、気にしなくていいだろう。二人とも、切り替えて行け。引きずれば、何点取られるか分からないぞ」
「あっ、では、そう言うことですので!」
「うん、分かった。ありがとう」
「はい。戻ります、失礼します!」
「うむ」
球審に頭を下げて、急いでベンチへ戻っていく。
場内に七番
「どうやら、引きずってはいないみたいね。いいコースでストライクを取ったわ」
「五点まではいいと言ってあるんだ、まだ追い詰められるような状況ではない。それこそ守りに関していえば、
「じゃあ、何か掴めたの?」
「まだ、仮説の段階だ。確証は、持てていない。だから今、ここで崩れてしまえば、すべてが無駄になる。初球の入り方が、重要だった」
前のバッターがホームランを打ったことで、良い流れで打席に入った。当然甘く入れば、積極的に狙いに来る。しかし予想に反し、厳しいコースのストライク。そして――。
『二球目は、縦のカーブ。
今の一球で、意識を改める。
ホームランを打たれた直後の初球は、開き直った結果のストライクではないと感じ。より丁寧にコースと球種を投げ分けてくる
「(よし。ここまでは、完璧。次は、ここ――)」
「しっかり外してね」と、外角のボールゾーンへミットを構えた。頷いた
「ふぅ、ナイスボール! おしいおしい!」
「そうそう、それでいい。これで、測ることが出来る」
「そのために、バッティングカウントを作ったのね」
「投手有利のカウントでは、正確に測れないからな。しかし、打者有利のバッティングカウントでなら、まだ余裕があるから狙い球を絞って振りに来る。本来のバッティングでだ」
「次が、本当の意味での勝負球――」
『サインは、一回で決まりました。
アウトコースのストレート。
『捉えた打球は、一・二塁間へのゴロ! 予め深いポジショニングを取っていた、セカンド
今の一打に対し、
「くくく、合わせに来た、これで確定だな。上位と下位には、明確な差が存在することが判明した」
「差?」
「思い出してみろよ、これまでの打席結果を。それで、すべて説明がつく」
「打席結果? はるかさん、スコアブック見せて貰えるかしら?」
「はい。どうぞ」
スコアブックを受け取った
「あっ、これ......」
「そう。結果はどうあれ、上位打者は全員、外野までノーバウンドでボールを飛ばしている。偶然にしては出来すぎだ、明らかに狙って打っているみて間違いない」
「狙って外野フライを? それって、まさか......!」
「そのまさかだ。近年注目を浴びるようになった“バレルゾーン”と表される新たな指標――」
バレルゾーン。
打球速度158Km/h以上、打球角度30度前後へ飛んだ打球は、実に八割を越える確率で安打になるというデータ。
そして、バレルゾーンを積極的に狙うバッティング理論を――フライボール・レボリューション。
「フライボール革命!?」
「さすがに、下位打線や控えまでは浸透させられていないようだがな」
「ちょっと待って! あれは、“サイン盗み”の恩恵があっての成果でしょっ? それ以前に、身体が出来ていない高校生が実践しようだなんて――」
「球種が分かっていても打ち返せるか否かは、また別の話し。少なくとも、160キロ近い速球を弾き返せるだけの能力があったことは事実。まあ確かに、お前の言う通り、発展途上の高校生が実践するには無理がある。おそらく、プロでも実践出来る人間は数えられるほどしか居ないだろう。体格面でも、技術面でもな。しかし、高校野球は打球を弾く金属バットを使う。確実性という観点においても壬生の連中は、打撃練習や紅白戦では常に、木製バットより更に芯の狭い“竹製バット”で行っていたそうだ。実際に練習を見学した
竹バットは、希少なアオダモやメイプルなどの木製バットよりも安価で手に入りやすく、丈夫、芯で捉える鍛錬には持って来いの代物。
「決して届き得ない
「相手にプレッシャーを、恐怖心を植え付けることが、本当の目的......」
御陵戦で起きた衝撃的な出来事が、
「御陵の監督は、アクシデントで主力が一枚抜けたことで敗北を悟った。そして、拾った」
「でも、抑えられなかったわよ?」
「それは、単純に相性の問題。エースは、多彩な変化球を操ると評価されていたが、基本ストレート、スライダー、チェンジアップを軸に組み立てていた。西強の
――だが、と
「三番手とクローザーは、共に三失点で凌いだ。そこに打線攻略のヒントが、糸口がある。まあ、本格的な話しは、八番九番を仕留めてからだ」
バッテリーは、八番に入っている
「(......やっとひとつ、自分たちのカタチでアウトを取れた。だけど、油断は禁物。下位打線でも、他校でなら上位を打てるような相手だからね)」
「(ええ、分かっているわ)」
九番
『
追加点を奪われながらも、気落ちしている様子のない恋恋ナインたちを横目に見ながら壬生バッテリーは、イニング間の投球練習を行う。
「(打者一巡で三点止まり、やはり手こずるか。しかし――)」
真ん中に構えたミットを僅かに動かし、ボールを捕球。
「ナイスボールだ」
「どうもでーす」
「(まだ若干引っかかりがあるが、思いのほか早く仕上がりそうだ。あとは時間との勝負)」
ラストボールを受けた
「さて、点を奪い返さなければならない訳だか。実際に対峙し感じたことをまとめると。想像よりも手元で来るストレート、鋭いカットボール、緩急の利いたカーブを投げる、と。どう対処する?」
「ストレート狙いっす! 結構甘く入って来ることがあるんで。
ストレートを外野まで運んだ
「
「うーん、差し込まれはしたけど、
「でもオイラの時は、かなりノビて来たぞ?
「そうだな......
四人が四人とも、まったく違う感性で捉えていた。
しかし、四人ともが共通して感じたことがある。
「イメージに関しては十人十色あって当然のこと。しかし、数字以上に手元で来ることだけは間違いない。投球練習を見ていたが、変化球は一球も放っていない。データ通り、真っ直ぐを中心に組み立ててくるだろう。幸いなことに、
――はい! と返事をして、各々準備に取りかかる。
「あなたにしては、曖昧な指示ね」
「お互いの力量を熟知している上位を打つ四人が、四人とも違う感じ方をしている。明らかに異常だ」
「確かに。
「なら、いくらでも対処出来るんだがな。しかし、ひとつだけはっきりしていることがある。まだ、本調子ではないということ。四人が感じたストレートの更に上があることは間違いない。それこそ、脅威的な空振り率を誇るストレート――」
それを合図に、球審は、右腕を真っ直ぐ伸ばした。
「プレイ!」
今、二回裏の恋恋高校の攻撃が始まった。
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Final game8 ~雰囲気~
『二回裏恋恋高校の攻撃、この回先頭の
粘れと指示された
「(なかなかどうして、しぶといですね。かわしますか? 前に飛ばすつもりもなさそうですし)」
「(いや、下手にかわして、初回のように食らいつかれると面倒だ。このまま、真っ直ぐで押し切る。当てに来るバッティングなら間違っても、内野の頭を越すことはない)」
サインに頷き、六球目。
「――あっ!」
「(――ストレート、甘いでやんす!)」
真ん中やや内寄りに来たストレートを振りに行ったが、想像以上に手元で食い込んできたボールを捉え損ねた。芯を外し、バットの根元に当たったボテボテのゴロが、定位置より半歩後ろで守っていたサードの前へ転がる。
「やんす、やんす! やんすー!」
『サード素手で捕って、ファーストへスロー!
ベース上で拳を掲げる、
「相変わらずだな、アイツは。今、離脱されると終わるぞ」
「危険性は伝えたんだけど。今みたいな咄嗟な場面では、無意識のうちにやっちゃうみたいね。もう、半分癖になっているわ」
今日八番に入っている
「ん? でも、ヘッドスライディングの方が速いんじゃないんですか?」
「あん? ああ。まあ、加速しきった状態で、地面との摩擦が発生しないように真正面からベース側面へ向かって、ダイレクトに飛び込めばな。だが――」
「そんなことをしたら故障に繋がるわ。伸ばした腕から勢いよく、壁に突撃するような行為、衝突の反動で衝撃を全部を受ける訳だから。下手すれば、選手生命どころか、日常生活に支障が出るほどの大怪我になりかねないわ」
「こわっ! あたし、ヘッスラするの止めよっと」
「ボクたちは、絶対にしちゃダメって一番最初に言われたよね」
「ええ。指先は、ピッチャーの生命線だもの」
「そりゃ、ピッチャーがケガしたら終わりだもんね」
ヘッドスライディングの方が到達は速いとされているデータもありますが、埋め込まれているホームベース以外の、杭で固定されている各ベースへのヘッドスライディングは実際、突き指や靭帯損傷、脱臼、骨折などで長期離脱を余儀なくされた例も少なくなく。守備のダイビングキャッチにおいては、条件によって異なりますが、目標に向かって飛び込めるため有効。しかし人工芝の球場は、下がコンクリートのため故障のリスクは上昇する。
※ダイビングキャッチを試みて胸部や首を強打し、引退を余儀なくされた選手も実際にいます。
「気迫溢れるプレーだの、学生らしいだの言うのは、無責任な傍観者の意見。現場からすれば、完全アウトのタイミングでするのは論外。際どいタイミングであろうとも、メリットとリスクを天秤にかけると、リスクの割にメリットは乏しい。ついでに、下手なヤツがやると逆に遅くなる。速くなるといっても所詮は誤差の範疇、普通に駆け抜けておいた方が無難なのさ」
「とりあえず、ケガの心配はなさそうね。詰まった打球の影響もなさそうね」
ベース上での立ち振る舞いから、ケガをした様子は見受けられなかったため、
「......まあ、済んでしまったことをとやかく言っても仕方がない。結果的に出塁した、この期を活かさない手はない」
ファーストランナー
「(バントの構えは、無し。ランナーには足があり、ベースコーチャーには、盗塁のスペシャリスト。初回の無警戒なモーションを見れば、十中八九仕掛けてくる。問題は、いつ仕掛けてくるかだが――)」
中腰でミットを見つめながら、眉間にシワを寄せていた
「(フッ、愚問だな、考えるまでもない。二塁などくれてやる。確立さえしてしまえば、あとは時間の問題。心を折るほどの点差をつけて、勝負を決めてしまえばいいだけのこと)」
「(バッターオンリーですね。今のは、ちょっと中指に掛かりすぎたけど、リリースは定まってきたし、あとは力加減を掴むだけ。このバッターの打席中に掴めるかな?)」
セットポジションに付いた
「(速い......って、動いた!?)」
『ボール! インコース、僅かに外れました。ボール・ワン!』
「(......カットボール? いや、違う。インコースへ食い込んできたけど、変化は小さかった。初回に見たカットボールは、ベンチからでも分かるくらい変化してた。それに今の、変化したけど手元でノビて来た。と、言うことは――)」
先の四人の感性を踏まえた上で、実際打席に立った
「(なんだ? まるで納得いってないって感じだ......っと、サインを――)」
はるかから発信された本物のサインを受け取り、改めて打席で構え直す。代わって、壬生バッテリーのサイン交換。ワンボールからの二球目、外角のボールがやや内側へ入って来た。
「(よし、外角のストライク。コーチの読み通りだ、これを逆方向へ!)」
投球モーションに入ると同時に
「
「アウト!」
『一塁はアウト、ショートファインプレー! しかし、ファーストランナー
外角のストライクゾーンへ来たら、サードを奪うと決めて仕掛けた、ランエンドヒット。
「セ、セーフ!」
『セーフ、セーフです!
「ナイス、
「フッフッフ......どやっ! でやんす」
好走塁を見せた
「ストレートが動く? ヒロぴーみたいに?」
「うーん、もっとはっきりしてるかな。ただ、かなり手元で動くから芯で捉えるのは難しいと想う」
「手元で変化......ムービングファストボールかしら?」
「メジャー発祥のフライボール革命を取り入れているし、ファストボールを操っても不思議ではないけど。あなたの見解は?」
「動いていることは、客観的に見ても事実。そして動くということは、相当なスピンが掛かっている。しかし、意図したボールでないことも間違いない。もし仮に、己のイメージ通りのボールを投げられているのだとすれば、あの
「それと、アイツが話していたこと」
「キャッチボールの時、真っ直ぐ来るという送球のことね」
「ああ。もし、俺の考察が正しければ――」
視線を
「動くボール、クイック、想像以上に差し込まれる理由も、すべて説明がつく。
「あ、はい。ただ、二球目の方が、より手元で動きました」
「徐々にだが、本人のイメージとのギャップが埋まりつつあるのかも知れない。そのうち、本当に当たらなくなるかもな」
「例の、脅威的な空振り率を誇るストレート。なら、今のうちに一点でも多く返しておかないと......!」
「まあそう、入れ込むなよ。焦りは、本質を見誤る。まだ慌てるような場面ではない。正念場は、もっと先だ。さて――」
「今日の
「ええ。守備でも、果敢に攻めていたし。顔付きにも、どこか力強さを感じるわ」
「本物か、空回りか。賭ける価値は、充分ある」
一礼して左打席に入り、入念に足場を整える
「(ここで、瞬足で小技もある
通常先の塁を狙う場合、ベースの手前でやや膨らみ減速しないように走る。しかし
「よし。お待たせしました」
「うむ、プレイ!」
「(打ち気満々といった構えだ。念のため警戒しておく)」
「(スクイズの気配はない。サードランナーの足を考慮すれば、よほど正面の当たりでない限り、ホームを奪われる。ならば、打ち上げさせてしまえばいい)」
サイン交換し、高めにミットを構えた。
「(
「(――ストレートだ! 何年も何度も見た、目測よりもボールひとつ分高めを狙う......!)」
捉えた打球は甲高い音を響かせ、ピッチャー右側への痛烈な当たり。
『捉えたー! 打球は、投げ終わった
左足を軸にして反転、咄嗟にグラブを差し出した。
『なんと! 反転して、背面キャッチ! あ、いや、弾いた、弾いているぅ! 打球の勢いに押され、グラブからこぼれたーッ! 再スタートを切った
すぐさまタイムをかけた
「大丈夫か?」
「あ、はい、大丈夫ですよ。驚きましたね、一年前とは比べものにならないくらい力強い打球でした。それに――」
グラブを付け直し、ロジンバッグを弾ませる。
「おかげで、目が覚めました」
顔を上げた
「そうか、打順は八番と九番だ。二人で片付けて、攻撃に弾みをつけよう」
無言で頷く、
「お願いしますっ」
「うむ」
そして、八番の
「(
ランナーの存在を完全に無視し、
「あ、あれ......?」
「ストライークッ!」
捉えることは出来ず、空振り。
『ストライク! ボールの下、バットは空を切りました! 142キロの真っ直ぐ!』
「す、すみません、タイムお願いしますっ」
「うむ、タイム!」
打席を外した
「やっばい、当てに行ったのに当たんなかったんだけどっ!」
「ここから見た感じ、タイミング自体は、さほど外れていなかったわよ。少し高めに意識を置いてみたらどうかしら?
「もし、変化球が来たら?」
「ストレートを待っての変化球なら、私たちは対応出来るだけのことはしてきた。今は、二割以下の確率の変化球よりも、八割以上のストレート狙いよ」
「......そうね、分かったわ。絶対に繋ぐからっ」
打席へ戻った
「(これは、低い......!)」
「ストライク!」
「えっ......?」
『これもストライク! 低めへズバッと決まった! ツーナッシング、バッターを追い込みます!』
戸惑う
「来たな。ヤツの纏う雰囲気が変わった」
「じゃあ今投げているのが、奪空振り率最大七割のストレート......!」
「手元でのノビが格段に増した。そう簡単には、打てないだろう。まあ、そもそも、今までのヒットも全部内野安打だしな。しかし――」
――対処法は、存在する。それも、至極単純な方法だ。
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Final game9 ~鍵~
二球で追い込んでからの、
『インコースに外れました。しかし、カウント・ワンエンドツー、依然としてバッテリー有利のカウント。バッターボックスの
やや腰を引いた感じで見逃した
「(今の、手が出なかった。てゆーか、投げる度に球威が上がってる気がするんだけど......)」
「先輩。行けると思いますか?」
「......コース次第だな。球速は上がったが、クイック自体は変わりない、変化球なら八割は行ける。けど、たぶん
「ですよね。もし、ストレートで行けるとしたら......」
「高め」
目に近い高めのストレートは、思わず手が出てしまいかねないが、低めの場合は手が出ず、見逃しの確率が高い。更にキャッチャーとしても、見逃してくれた方が
「(仕掛けるなら、単独スチール。それも、
「(
『さあ、サインが決まりました。
乾いた音を響かせ、構えたミットに寸分の狂いもなく突き刺さった。球審の手が上がる。
『バッテリー、ストレートを四球続けました!
結局、見逃し三振に倒れた
「ごめん、繋げなかった。あんなに速く感じるストレートなんて初めてよぉ......」
「
「うん。少なくともあたしには、そう感じた」
「そう、分かったわ」
「すみません、手が出ませんでした」
「気にするな。見逃した分、しっかり見れただろ?」
「あ、はい。まるで、糸を引いたみたいに真っ直ぐ飛んで来ました」
「真っ直ぐ......やっぱり、例のストレートが投げられているとみて間違いなさそうね。ところで、
「対処法が、あるんでしょ?」と、
「別にたいそうな策でもないし、既に始まっている」
「もう始まっている......? 何かしら?」
「思い切り腰の引けた
「うっ、あ、あんたは、打席に立ってないから言えんのよっ!」
「はは、あながち外れちゃいねーよ」
あおいの言葉を肯定された
「そう落ち込むなよ。今の、
「それ、喜んでいいんですか......?」
「くくく、好きにしろよ。まあ、たかが三振を引きずって今後のプレーに支障が出るようなら即交代だがな」
「行けー!
「交代」という言葉を聞いた
「応援もいいけど、守備の支度もなさい」
「あっ、そうだ、ツーアウトでした!」
「あおい。お前も、少し肩を温めておけ。
「――はい!
「いつでも行けます!」
あおいと
「さて。次回以降の守備についてだが、三番を除く上位打線には共通の弱点がある」
「弱点ですか?」
「フライボール革命のバッティング特有のな。しかし、一歩間違えれば長打になる。常に危険と隣り合わせの勝負だ」
「コントロールと球威ですね」
「その通り。
「はい。三番には?」
「投球を見ても、ヤツは今、集中力が高まっている状態だ。打席でも、初回とは全く別の打者を相手にしていると思え。攻略の鍵は、如何にしてカタチを崩すか。状況によっては、勝負を避けるのもひとつの手。ただし、外すときは中途半端には外すな。おそらく、御陵戦で見せたような、バットの届く範囲であれば構わずぶっ叩く剛のバッティングをしてくる。もうひとつ、仮にホームランを打たれても、今回はタイムを取らない。詳細は、
「分かりました」
頷いた
「(
「(瞬時に意識を切り替えた、聡明な選手だ。可能性は低いが、エンドランならコースによってはホームを奪われることもあり得る。しかし今は、変化球は要らない。むしろ、掴んだ感覚を失いかねない)」
ストレートのサインを送り、エンドランを警戒しながらアウトコースへミットを構える。
「(......当たらない。ネクストでも、打席でも見たのに。一球前も、低いと思ったらストライクを取られた。私の感覚以上に、手元でノビている? もっと高めに意識していかないと――)」
四球目は、インサイドやや低めの寄りのストレート。
身体を引いて見逃し、判定はボール。平行カウント。
「ここだな」
「えっ?」
「
「走るタイミング?」
「ああ」と頷いた
「さっきまでコーチャーに入っていた
アウトカウントは、二死。当たった瞬間スタートを切るといえ、ワンヒットでに得点は厳しい。しかし、盗塁で次の塁を狙うこと前提のランエンドヒットであれば、打球コース次第では僅かにチャンスがある。そして今、低めに来たことで高めで空振りを誘える条件が整った。仮に見逃されフルカウントになっても、今の
『さあ、サインが決まりました。
タイミングを計っていたことが功を奏し、完璧にフォームを盗んだ。投球は要求通り、高めのストレート。
「(――高い! この高さは、見逃せばボールになる。だけど、バットが......!)」
「スイング、スイング! バッターアウト!」
『
「今、完璧にモーションを盗まれた。ハーフスイングを取られたから判定は下されなかったが、どちらとも取れるギリギリのタイミングだった」
「へぇ、そうですか。まあ、バッターを仕留めれば済む話しですし」
「(確かに、な。だが、走ってきたのは事実。
若干の懸念を感じながらも狙い通り仕留めきった、壬生バッテリーとは対照的に、ベンチへ戻ってきた
「すみません。高めのストレートはボールになるから振らないと決めていたんですけど、思わず手が出てしまいました」
「やっぱり、
「ええ、
受け答えをしながらも急いで守備の準備を進める、
「
「それは、いったん置いておけ。今重要なことは、ここからの守りだ」
「先の対戦は、覚えているな?」
「はい!」
「上位打線は、打球を上げることを重視している。対処法は、カーブを中心に組み立てること」
「カーブですか......?」
反面、中継ぎや抑えから先発へ配置転換された選手が、使用頻度が少なかった緩い変化球を有効に使い、成功した例は多々ある。
「フライボール革命ってのは、多少芯を外そうとも強引に腕力でスタンドまで運ぶスタイル。当然、スイングも大きくなる。ツボに嵌まればデカい当たりが飛ぶが、確実性は極端に落ちる。打者を惑わす緩いボールを、長打のあるバッターに向かって恐れずに投げきれるかは、
「――はい!」
力強く頷いた
「攻略の鍵は、カーブなのね......」
「正確には、質の良いストレートと大きく鋭く曲がる変化球だ。まあ、複数のカーブを投げ分けられる
「まるでウチが、聖タチバナ学園を相手にした時と同じね」
ブルペンでキャッチボールをしているあおいを見てから、マウンドで投球練習を行っている
「俺は、あの二人に、球速は求めなかった。だが、アイツらの心の中には、もっと速いボールを投げたいという意思は常にあった。いや、今も、少なからずあるだろう。しかし、決して届かないモノを追い求めれば、必ず弊害が生まれる。短所を補って余りある長所を失うことになり兼ねなかった」
「私は、長所を伸ばす指導は正しかったと思う。事実、
「一時の理を取ったに過ぎない。一発勝負の短期決戦を確実にものに為るためにな。正確な答えが判明するのは、もっと先――」
――あの二人が、グラブを置いた時だ。
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Final game10 ~綻び~
三回表、壬生の先頭バッター
「(くそ、粘るなぁ。しかも、振り切った上で付いてくるからコースを間違えると持っていかれる。どうする......?)」
ボールの交換を要求した
「たったの一巡で、対抗策を講じられたか。噂に違わぬ洞察力、そして、選手たちの実行力だな」
「はい。目先を変えられる緩い変化球は、主に速球を長打に狙うウチにとって厄介です。ですが、
「対応出来ない程の球速でないことが救い......いや、それがよりウチを苦しめる。皮肉な話しだ」
150キロ中盤の豪速球を投げる、アンドロメダの
「出来れば避けたいところだが、今後の展開いかんによっては、以前のスタイルに戻すことも視野に入れなければならん。どうだ?」
「今のところは、何とも答えがたいです。ひとつ言えることは、今の
「あとどれほどの点差をつけることが出来るか、か。少々早すぎたのかも知れないな」
守備と打席の両方に備えている
「(苦戦する相手であることは、組み合わせが決まった時から覚悟していた。理想は試合序盤、最悪試合中盤までに勝負を決しておかなければ、試合の行方は分からなくなる。先行逃げ切りがベストであることは間違いないんだ)」
勝負の行く末を見つめる
「(......結局、フルカウントまで持っていかれた。でも、あからさまなボール球以外は、手を出さざるを得ない。ストレートを見せた、ここは、ストライクからボールになるカーブが無難。だけど、このバッターには初回に、インローのカーブをレフトの深いところまで運ばれてる......)」
顔を上げ、バッターに目を向けて思考を巡らせる。
その様子をベンチから見守る
「相当、悩んでいるわね」
「初回に、デカいのを飛ばされているからな。だが、先頭バッターを抑えた配球を軸に攻めれば、おのずと答えに辿り着く」
「先頭バッターへの配球......確か、カーブとストレートでカウントを稼いで、アウトコースのボール球を上手く打たせたわね」
ストレートとカーブの緩急を上手く使い、最後は、低めのボール球を引っかけさせた。それらを踏まえた上で
「長打を狙う相手に、お前たちはどう対処する?」
「ファウルでカウントを稼ぎたいですね。早めに追い込めれば、決め球がある先輩たちは有利です」
「じゃあ、決め球を最後に持っていくとして。どこで打たせてカウントを稼ぐ?」
「うーん、インコースかな?
インコース、特に高めは肩の開きが早くなりやすく、捉えてもファウルになる確率が高い。しかし、少しでも甘く入ると長打になるリスクを伴うが、あおいと
「狙い通りカウントを稼ぎ、バッテリー有利の状況で追い込んだとしよう。では、決め球をどこへ投げる?」
あおいと
「ストライクからボールになる、マリンボール!」
「低めです」
二人の答えに、
もし仮に仕留め切れなかったとしても、やり直せばいい。
「同じ球種を続ける、高めのボール球で誘う、インコースで腰を引かせる、緩いボールを見せて視線を変える、外角へ外し作り直すのもよし。極端な話し、相手の頭にないド真ん中へ放って虚を突くことも可能」
「上下左右前後の揺さぶり、両サイドの出し入れ......文字通り、何でも出来るわね」
「逃げずに追い込んでしまえばな。いくら思い切って振ってくるといっても、追い込まれている以上、必ず迷いは生じる。それが出来ず、御陵も、今までの相手も沈んだ」
御陵の三番手は、緩急を使って攻める投手。三失点は、いずれも下位打線に取られた失点。壬生は、上位と下位で打者のスタイルが違う。前二人が滅多打ちにされたことで弱気のピッチングになり、四球でランナーを溜めてしまったあげく、ストライクを欲しがったところを下位打線に捕まった。
クローザーは、逆に速球派。大差が付いていたことで開き直って自分のピッチングに専念出来た。力にある高めの真っ直ぐで押していたが、不慣れな回跨ぎの影響で疲れが出始め、若干甘く入ったところを痛打されての失点。
「この試合は、失点ありきで投げさせた。相手のスタイルと本来の力量を正確に測るために。
「一昨夜の言葉通り、大役を成し遂げたのね」
「いや、もうひとつ、大仕事が残っている。異分子の存在。ネクストバッターの三番、ヤツだけは、どちらにも当てはまらない。ホームランバッターであり、アベレージヒッターでもある。それが、迷彩......壬生というチームを覆い隠す、絶妙なカムフラージュ。ここは、ランナー無しで迎えたいところだが――」
『さあ、フルカウント!
フルカウントからの勝負球は、一打席目と同じ、インコース低めのカーブ。完全に裏をかかれた。頭に無かった同じコースへの同じ変化球に思わず、バットが回る。中途半端なスイングで当てた打球は、ショート
「オーライ!」
『
「(よし。これで――)」
「(ランナー無しで、三番と勝負に専念できるわ......!)」
無言で頷き合った二人は、バッターボックスへ向かって悠然と歩いてくる、
「(な、何だ? 初回とは、まるで雰囲気が違うぞ......)」
「(あの時と――練習試合で見た時と同じ......いえ、あの頃以上の雰囲気を纏っている。どこへ投げても打たれる、そんな気持ちになりそう......)」
バッテリーと同じ感覚を、恋恋高校ベンチも感じ取っていた。
「これが、威圧感っていうのかしら......?」
「ストライクゾーンにミット構えられないかもです......」
「ボク、頷く自信ないかも......」
「呑まれるな。確かに、独特な雰囲気を醸し出しているが、それだけだ。別に、
「それはまあ、トップレベルのプロ選手と比べるのは酷だと思うけど......」
「呑まれた時点で、戦う前に勝敗は決まってしまう。しかし、負けるにしても意味のある負け方をすればいい。合わせ打たれた初回の打席と、今回の打席。どれだけ別のモノを拾えるかの勝負。あおい、見逃すなよ。最低あと二回、必ず対峙しなければならない相手だからな」
「は、はいっ!」
大きく頷いたあおいは、グラウンドへ真剣な眼差しを向けた。
「なに?」
「少々気になることがある。アイツを見ておいてくれ」
さり気なく、対象人物に指を差して依頼。
「ええ、分かったわ」
頷いた
グラウンドでは
『初回、バッターボックスの
「(......目だけで見送った。もし、初回と同じで消極的に来るのなら、早めに追い込んで勝負と行きたいところだけど――)」
二打席目は、追い込まれる前に振ってくるデータがあるため迂闊には行けない。目を閉じて、打ち取る方法を考える。
「(今の見送り方、ストレート待ちなのか? ならここは、カーブを続ける......としても、今より甘く入れば狙われる。そもそも、カーブを続けて追い込んだら次は、速球系って宣告してるようなものだし。多少のボール球だろうと、長打に出来るバッター。仮にバットが届かない場所へ外しても、いたずらにカウントを悪くするだけで、その先は手詰まり。どうすれば......)」
――最悪は、逃げて打たれること。
悩み抜いた末に答えを出した
「(......本気?)」
「(うん。たぶん、いや、絶対に打ちにくる。もし、ここで手を出さないようなバッターなら、打ち取れるチャンスがある。だから、今日一番のボールを投げ込んで来て......!)」
「(分かった、信じるわっ)」
サインに頷いた
『
初回、タイムリーを打ったコースと同じストレート。
『ファウルです! しかし、タイミングはバッチリ合っていましたが、ややバットが下に入ったか? バッテリー、ツーナッシングと理想的な形で追い込みました!』
「(へぇ......もう一段上のキレあるストレートがあったんだ。まあ、今のを
打席を外した
「(二球で追い込まれたのに、余裕のある
「(ええ!)」
力強く頷いた
『
外角よりのストライクゾーンのストレート。バッテリーは、遊び球を使わずに三球勝負に行った。
「(この軌道は、カーブじゃない。ストレート? だけど、さっきよりもずいぶん遅い。失投?)」
緩急に惑わされず、しっかり見極め狙い澄まして振りに行った。
「(ここから......落ちる?)」
「(三球勝負の鉄則――空振りを奪え。
「(これが今、私が操れる一番遅いボールよ!)」
「ふっ......!」
ストライクゾーンからボールゾーンまで落ちる100キロを切る低速低回転ストレートに、若干泳がされながらもしっかりミートして、咄嗟に左手を離して打ち返した。
『ボール球を上手く拾った! 打球は、センターへ!』
大きな打球は、全速力で背走して追う
『ヒットです、センターオーバー! ライト
すかさずタイムを取った
「完敗ね。今のを、外野の奥まで飛ばされるなんて」
「ううん、そんなこと無いよ。ホームランには、ならなかったんだから――」
二人が話している間も恋恋ベンチは、上がった息を整えている
「完全に崩していたのに。あんな打ち方で、センターオーバーの打球を......」
「逆手にあたる左手を離す直前、しっかりと押し込んでいた。だから一見、崩されたように見えても勢いのある打球が飛んだのさ。それより、どうだったよ? ネクストでの、
「えっ? ええ、憮然とした
「気になったことは?」
「そうね......そう言えば、三球ともタイミングは取っていたけど、実際に振りはしなかったわね」
バッターボックスの横に立つ
「フム」
「何か気になることがあるって言っていたけど?」
「......三番の走塁。今の三塁打、初回の三盗、なぜ、あれ程のリスクを冒してまで果敢に攻めたのか」
「それは、私も思ったわ。特に、今の三塁打。
「俺にはそれが、どこか焦りの表れのように感じる。何かあるんだ。焦る理由、攻めなければならない事情が」
「つまり、
「そいつを調べるのさ。上手く行けば、反撃に繋がる一手になり得る」
「あっ、コーチからサインだ」
「交代......じゃない?」
「続投の合図だ。コーチは、まだ行けるって想ってるんだよ」
交代を覚悟していた
「次を抑えれば、無失点だからね」
「――ええ!」
戻った
「(......コーチから配球の注文が来た。帝王戦の
『ツーアウト三塁、バッターボックスには、四番
続く二球目も、外角のストレート。これをファウルにして、
『ファウル! ややボール気味のストレートを引っ張り、強い当たりでしたが、三塁線を切れて行きました! カウント変わらず。次が、四球目です』
「あっ!?」
「(マズい!?)」
アウトコースを狙ったストレートが、甘く入ってきた。
『ファーストライナー! 恋恋バッテリー、このピンチをゼロに抑えましたーッ!
失投を仕留め損なった
「クックック、なるほどねぇ。相当悪いな、アレは」
「調子が悪い?」
「いや、故障だな。初回もだったが、内角には強引に手を出した割に、外角は振り切れていない。今のも、甘いコースにも関わらず打球が上がらなかった。おそらく、左腕が利かない」
「左腕......御陵戦で受けた、デッドボールの影響......!」
「当日は何ごともなくても、次の日に痛みが来ることは良くある。僅かに綻びが見えたな。しかし――」
――こちらも、限界のようだ。
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Final game11 ~成果と結果~
三回裏の攻撃に向け、
「さて、どこを狙えばいいか、分かっているな?」
「手負いのライトです」
「その通り、“ドブに落ちた犬は沈めろ”――勝負の鉄則だ。しかしながら、手負いのライトを狙うにしても、あの投手を攻略しなければならない。何せまだ、一度しか外野へ打球を飛ばせていないのだからな」
タイムリー内野安打以降、ストレート一本のピッチングにも関わらずバットにかすりもしない現状に、やや
「まあ、そう深刻に受け止めるなよ。で、今のところ手も足も出ない相手に、どのような方法で対応するかが問題になるわけだが。何か、アイデアはあるか?」
「はい! 揺さぶるっ」
実際に対戦した
「あたしは、腰が引けて出来なかったけど......。バスターとか、セーフティとかっ」
「小技や足を使い、徹底的に揺さぶり、相手にプレッシャーを与えると。ありきたりな策ではあるが、試す価値は大いにある。と言うより、既に実行に移しているようだな」
「揺さぶりってのは、続けることに最大の価値がある。一度や二度のミスでブレてはならない、失敗しようと成果が出ずとも攻めの姿勢を貫き通して臨むこと。そして何より、威力のある高めには極力手を出さないこと」
――はい! と声を揃えて返事をし、各自個人の役割に戻っていく。
「揺さぶり、常套手段だけど通じるかしら?」
「それは、大した問題じゃない。揺さぶりの先にある、成果が本命だ」
「成果?」
「攻略の解釈、捉え方の話し。今回の攻略の意味は、成果であり、結果ではないのさ。まあ、そう遠くないうちに解る時が来る。しかし、その時までにやらなければならないことがある。むしろ、そっちの方が重要」
「三回三失点、上出来だ。何より、三番相手に逃げなかった。結果的に打たれはしたが、フェンスオーバーを許さずゼロで切り抜けた、お前の勝ちだ」
「――はい!」
「お疲れさま。アンダーシャツ替えてらっしゃい。アイシングとドリンクの用意しておくわね」
「ありがとうございます、失礼します」
「四回五回が、この試合の行方を左右する重要なイニングになる。理想は、現状の点差を保つこと。四点差が付いた時点でアウトだ」
「四点......」
「まだ余裕がある、なんて都合のいい考えは持つなよ。気を抜けば、一瞬で突き放される。なぜ、手負いの主砲を四番に据えているのか、ヤツが、チームの大黒柱だからだ。例え枷であろうとも、存在しているだけで、チーム全体の士気が上がる」
「......逆に、気を遣わせないように死に物狂いで勝ちに来る」
「そう。稀に現れるんだ、何年かに一人。作られた虚像の紛い物ではなく、自然と惹き付ける本物が。あの四番には、その資質がある。重い枷であることに間違いないが、手負いの獣は時に恐ろしくもある。頭に入れておけ」
試合の方は、
『ファウル! ストレートを捉え損ね、一塁側の客席へ飛び込みました。ややボール球だったでしょうか? カウント・ツーエンドワン。仕切り直し、次が四球目、そして、バスターの構えです!』
「選球眼のいい
「最初は、ストライクに見えるんです。だけど、実際にバットを振ってみると、予測よりもボールの下を振ってるんです」
着替えを済ませ、ベンチ裏から戻って来た
「そうそう、手元でグイって来る感じで。来た! って思って振ったら、もうミットに入ってるんですっ」
「よう。そもそも、“ノビ”と“キレ”の違いって知ってるか? 解説者が、よく言うだろ。ストレートのキレがいい、ストレートがノビてるってな」
「言われてみれば......何だろう?」
「どっちもスピードガンの数字よりも、速く感じるって時に使われる印象が多いわね」
首を傾げる
「ノビとキレには、決定的に違うことがある。キレは、ストレートと変化球の両方に使われるが。ノビという表現は、ストレートにしか使われない。スライダーが手元でキレるとは言うが、スライダーが手元でノビるとは言わないだろ」
「確かに、聞かないわね」
「キレは、ボールの回転数を示し。ノビは、ボールの回転軸を示す」
一般的にオーバースローで投げる選手のストレートの回転軸は、平均20~30度前後利き手側が下がる形で傾いているとされている。
「軸の傾きが大きいほど、傾いた横への影響も大きく作用する。シュート回転と表現されるストレートが分かりやすいだろう。逆に傾きが小さいほど、横への影響は小さくなり、縦へ向かう揚力が効率よく作用し、落下度の低い軌道のストレートになる」
※今年、現役引退を表明された藤川選手の全盛期の「火の玉ストレート」と評されたストレートは、約5度ほどしか傾いていなかったというデータもあり、実に三割強の奪空振り率を誇っていたそうです。
「加えて、初回外野の深くまで運んだ
「横へ作用する縦軸が小さな、限りなく真っ直ぐに近いストレート......」
ツーアウトのため、
「
「......無理よ。出来れば、理想だけど。私は、スリークウォーター。そもそも基本的なオーバースローでも、実際は、斜めから腕が出ているのよ。本当に真上から振り下ろす訳じゃないわ。野手の送球も同じだけど、サイドに近いスリークウォーターで投げた方が安定するでしょ。けど、回転軸の傾きを小さくしようと思ったら、身体の軸を逆手側へ傾けるか、可能な限り手首を内側へ立てるようにリリースするしかないわ」
「しかし、
「
「まあ、そんなところだろう。リラックスして投げられるキャッチボールとは、訳が違うからな。序盤に変化球が多いのも同じ理由だ」
天候、グラウンドコンディション、体調などで指の掛かり具合が変わる。そこで、リリースの感覚を掴めるまでの間、変化球を使いながら、腕の振りや指先の感覚の微調整を行っていた。
『おっと、ファウルチップ!
「本当に当たらなくなってきたわね......」
「フッ、チャンスは来るさ。必ずな」
ベンチ戻った壬生と入れ代わりで、恋恋ナインが守備位置に着き。投手の交代を告げらたあおいが、四回表のマウンドに立ち、投球練習を開始した。
* * *
あおいの投手練習を観察しつつ打席の準備を急ぐ、
「(たった一球の失投で、投手を代えてきた。しかも、違うタイプとは言え、同じ軟投派を持ってきた。並の指導者なら緩急を利用しようと、速球派を持ってくるだろうに。これが、伝説の勝負師の判断力と決断力――)」
アナウンスが流れ、
「(彼女には、決め球がある。ストレートと見分けのつかない縦の変化球。初見で長打を狙うことは至極困難。ここは、
打席で構えた姿を入念に観察し、サインを出す。
「(先頭バッターの入り方、大事だからね)」
「(うん、分かってるよっ)」
初球は、真ん中のストレートでストライク。二球目も、ストレートを続けて、見逃しのストライクを奪った。
「(考えを見透かしたように、甘いストレートでストライクを。これでは、見るも何も無いな。仕方ない)」
「(構えに力が入った。見るのは止めたみたいだ。なら――)」
第三球、外角のボールになる緩いカーブ。タイミングを外し、ライトへの浅いフライに打ち取った。
「あおいちゃん、ナイスピッチ!」
「ありがと! ワンナウトーっ!」
打ち損じた
「今のは、カーブか?」
「ああ。ストレートに近い同じ軌道から、緩やかに大きく逃げていった。球速差があるとは言えど、決め球以外の見極めも難しいな。厄介な投手だ、苦戦するぞ」
彼の予想は、的中した。当たり自体は良くなかったが、野手の間を抜けるヒットで
そして、四回裏。恋恋高校の攻撃は、四番
「(またバスターですか、懲りないですねー)」
「(気を抜くな。この揺さぶりには、意味がある。事実、こちらは常に構えざるを得ない)」
『
追い込まれてからのバント失敗で、ファウルアウトに倒れた
「フッフッフ......連続三振、止めてやったでやんす!」
「何得意気に言ってんのよっ」
「はっはっは、いいじゃねーか。とりあえず、止めたと言う事実は残る。当然、あちらさんも意識するさ」
タイムをかけた
「あれ? どうしたんですか?」
「少し間を取りに来た。一応、途切れたからな」
「ああ~、別に気にしてませんよ。狙ってた訳でもないですし」
「なら、構わないが。次の六番は、
「了解です」
『
「(確かに、もの凄いノビとキレだ、球速もある。だけど、オープンスタンスで構えるバスターだからか、ボールの出所自体は結構見える。
二球目は、その高めのストレート。思わず手が出かかるもギリギリで止め、ボールの判定。
「(ダメだって、これに反応したら。ボールに手を出したら、相手を助けるだけ。甘いボールも少なくない、粘ってミスショットしないように叩く......!)」
「(今の反応を見る限り、高めは捨てる意識を持っている。カウントを稼ぐ......いや、高めはあくまでも低めを意識させた上で空振りを誘うボール。甘く入れば、長打もある危険なコースであることに変わりはない。基本は、低めだ)」
壬生バッテリーは、低めでファウルを打たせ、狙い通り追い込んだ。しかし
『
「ふぅ~......」
球審から受け取った新しいボールを
「(くっ、しぶとい。球速は違えど、アンダースローの軌道に慣れているからなのか? これ以上は......変化球を使うか。だが――)」
「
「(しつこく食らい付いてくるなら......振らせなければいいんだから!)」
「(は、速い......!)」
真ん中の外寄りのストレート。手が出ずに見逃し、球審の手が上がった。
『――見逃し三振ッ! 最後は、手が出ませんでした。そして今の一球、なんとなんと150キロを計測! 場内騒然! 甲子園にまた一人、新星が現れましたーッ!』
どよめきが収まらないスタンドの空気は、恋恋高校のベンチにも連鎖反応を起こす。
「一年生が、150キロって......」
「動揺するな。今、焦らなければならないのは相手の方だ。見てみろよ」
「四回か。思ったより早く済みそうだな」
「何のこと?」
「くくく、さーてね」
小さく笑ってはぐらかし、戻ってきた
「おい、引きずるなよ。せっかく手繰り寄せたモノを手放すことになるぞ」
「あ、はい! あおいちゃん、すぐに行くから」
「うん!
「はい!」
この回先頭の八番
『伝家の宝刀、マリンボール! 膝下へ鋭く落ちるユニークな変化球に、バットが回りました! この回、三人で退けましたー!』
小さくガッツポーズを見せたあおいは、
「ナイスピッチ。下位打線からとは言え、トップバッターを含めよく三人で片付けた。さて、次の回だが......また揺さぶって来い。徹底的な。そして――」
――変化球を投げさせることが出来れば、
追伸――何だかんだで100話到達。
ここまで付き合ってくださり感謝感謝です!
ラストも近づいて来ましたが、あと少しお付き合いいただけると幸いです。
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Final game12 ~想定外~
五回裏の守備に向かう直前
「
「キャッチボールでは、異変は感じられません。しかし、実戦で受けてみないことには断定しかねます」
「そうか」
報告を受けた
現在のリードは、僅か二点。壬生の投手陣は、
「(
しかし、全国トップレベルの実力者の三人と比べると、下級生の力量は一段劣っていることも、また事実。試合中盤、競った場面での登板は荷が重い。
「(せめて、あと二点あれば......いや、言い訳でしかない。例え、主力を引き抜かれようとも、今の、
本来であれば、主力を担うはずだった選手たちを、御陵に引き抜かれてしまった。守備の負担を考え、センターラインの二遊間を除き、レギュラー陣を中心に急ごしらえで仕上げた、相手の戦意を喪失させるほどの超強力打線。半ば苦肉の策だったが思わぬ副産物として、打撃練習で打ち返される強烈な打球を受けつづけ、自然と鍛えられた鉄壁の守備。しかしここに来て、打撃重偏のあまり、コーチに任せっきりで直接手をかけられなかった投手陣の薄さが浮き彫りとなってしまった。
「監督。自分は、いつでも行けます」
「......
「利き腕ではありません。イニング間での遠投でも投球に影響はありませんでした。何より――今日勝たねば、決勝もありません!」
そこへ、ベンチ裏で着替えと軽くストレッチをしながら休息を取っていた
「あれ? お二人とも、まだ居たんですか? てっきり先に行ってるものだとばかり」
「ああ、水分補給をしていた。お前も、しっかり摂っておけ。夏のマウンドは、特に暑いからな」
「(この回をリードした状況で乗り切ることが出来れば、六回表は二番から中軸へ向かう攻撃。そこで、中押し点を奪えれば――)」
大きく息を吐き、吐いた息と一緒に都合のいい期待を吐き捨てた
『二点リードされて迎える五回裏恋恋高校の攻撃は、七番
一礼して打席に入った
「対応してきた」
「ええ。今、内野がバントシフトに動かなかったわ。セーフティバントの警戒を解いた、単打なら構わないということかしら?」
「おそらく」
セーフティバントの警戒を解除し、通常のシフトへ戻した主な理由は、二つ。疲労の軽減と打順の巡り合わせ。
恋恋高校の打線は一番
「ハーフスイングを取られ、判定は下されなかったが、完璧にモーションを盗んでギリギリのタイミングだった捕手の肩からして、単独の三盗は、まず不可能に近い。二盗成功から、
「一点を失っても、リードを保ったまま上位からの攻撃へ移れると計算した上での通常のシフト。守備での負担を軽減させて、攻撃へ専念させる狙いもあるわね」
「理由はどうあれ、大した問題ではない。こちらのテーマは、変化球を投げさせること。目的にだけ集中すればいい、得点の有無は関係ない」
「まともに当てられないストレートよりも、チャンスのある変化球。ウチの攻撃は下位打線、投げてくるかしら?」
「投げさせるんだ。そのために結果が出ずとも、ブレずに継続して来た。変化球を投げさせることが出来た時が、本当の意味での揺さぶりを成し遂げた時、必ず成果を獲られる」
――まあ、その結果、どちらへ転ぶかは分からないけどな。
* * *
「(念のためボールから入ったが、ひとまず、フォームや球質に影響はなさそうだ。六番を相手に力を入れて投げた時は、バランスに狂いが生じるのではないかと気になったが、下手にネクストや打席に立たず休憩を挟めたことが幸いしたか)」
打席外した
「(......一打席目とは比べ物にならないノビだ。相手の守備は定位置に戻ったみたいだけど、アンダースローみたいに浮き上がって来る感じの軌道のボールは、バントで転がすことも難しい。
――高めには極力、手を出さないこと。
不意に
「(......高めは、捨てる。
球審と
「ファールッ!」
バットの上っ面をかすめた打球は、両手を広げた球審の脇を抜けていった。悔しさに、コンっと軽くヘルメットを叩いて打席に戻り、時間をかけて足場を慣らす。
「(ダメだ、転がせなかった。そもそも、警戒していない相手にセーフティしたって......)」
――怖くないんだよ。
今度は、聖タチバナ学園戦で
「(そうだ、怖くないんだ、狙いが分かってるバッティングは。だから、シフトを戻した。だとしたら今、やるべきことは――)」
「(バスターではない、揺さぶりを止めたか? しかし、ここは力で押し切る場面であることに変わりはない)」
頷いた
『ファウル! セーフティから一転、真っ向勝負の強振、フルスイング! 何の因果か、同じシニア出身で親友である二人が、甲子園決勝進出を賭けた大舞台で、胸を熱くさせる勝負を繰り広げています! スタンドの歓声と共に、わたくし、
「また、強振!」
「良いんだ、これで。相手の想定外のことをする。正に揺さぶりではないか」
「それは、そうだけど......」
バッテリー有利のカウントからの五球目、空振りを誘う高めのストレート。出かかったバットを止め、ツーエンドツー平行カウント。
『あっと、良い当たりでしたが、三塁線を切れていきました。打ち直し、次が六球目!』
「(他の選手たちより見慣れているとは言え、徐々にアジャストしてきている。このまま流れで勝負に行くのは危険だ。間を――)」
間を取れ、と合図を出す前に
「(――空気が変わった。来る......!)」
『さあ、サインに頷きました。ゆったりと足を上げ、第七球を――投げました!』
アウトコース。今までとは、明らかに違う球威のストレート。
「(――は、速い! カット......いや、当てに行ったら当たらない、一発を狙うつもりで振り抜く!)」
長打を狙うつもりで、バットを思い切り振り抜いた。
しかし、快音は響かず――。
『空振り三振! 最後は、外角高め148キロのストレート! 全球ストレートの真っ向勝負は、
「ボール球だったな」
「はい。高めは手を出さないように気をつけていたんですけど......」
「気にするな。タイミングは、合っていた。カット出来れば満点だったが、当てに行かず狙いに行った姿勢は決して間違っちゃいない。さて、もう一押しってところか。
打席に向かおうとしていた、
「何ですかー?」
「高めを狙っていけ」
「へっ?」
キョトンとした
「えっと、高めですか? 低めじゃなくて?」
「ああ。それと、消極的にならないこと。行けると思ったら、初球からでも迷わず振り抜け」
「は、はい、分かりましたっ!」
返事をした
マウンドへ行っていた
「お待たせしました、お願いしますっ」
「うむ。プレイ!」
『ワンナウトから試合再開です。バッターボックスには、前の打席見逃し三振に倒れた、
『外角低めにストレートが決まりました! ワンストライク!』
構えたところへピシャリと来たストレートを、
「(よし、ストレートに狂いはない。バッターは、手を出して来なかった。それとも、手が出なかったのか。どちらにしても、当てに来ている間は問題ない。このままストレートで押し切る)」
二球目も、ほぼ同じコースのストレート。
「はぁ~......」
「(さすがに三球同じコースなら振ってくるか。しかし、当てるだけで精一杯な様子。低めに意識を向けた、ここを振らせる)」
「高めに構えたわ......!」
「ここまでは狙い通り。さて、どのような目が出るか」
「(――高い! 高めのストレートは、ノビて来てボール球になる。でも、“高めを狙っていけ”って......。もう、どうなったって知らないから!)」
一度引いたバットを、高めのストレートを狙って振り抜いた。
『おおっと! これは、打ち上げてしまった。キャッチャーへのファウルフライ!
指示通り高めを狙うも結局、ファウルフライに終わった
「ナイスバッティング」
「むっ、どこがですかっ」
ほっぺたを膨らませて抗議するも、
「はっはっは、当たったじゃねーか」
「えっ? あっ......」
「確かに、脅威的な空振り率を誇るストレートを二回振って、二回とも当てたわね」
「まあ、下位打線相手ということもあって、多少力を抑えたところもあるだろうが。少なくとも、三振はしなかった。これは、大きな成果だ」
「あおいさんに、何か伝えていたみたいだけど?」
「別に、特別なことは言っていない。三振しても構わないから、ストレート一本に的を絞って振ってこいと言っただけさ」
初球、ほぼ真ん中のストレートを見逃した。
「(うっ、殆ど真ん中だったのに振れなかった。みんな、こんな凄いストレートを粘ってたの......?)」
二球目は、初球よりも外寄りのストレート。今度はバットを振るも、完全に振り遅れて空振りのストライク。三球目は、ツーアウトということもあって、焦って三球勝負へは行かず、慎重に外角へ外し、カウントを整えた。
そして、バッテリー有利のカウントからの四球目――。
「あ!」
「なっ!」
「えっ?」
やや甘く入ってきた高めを、キレイに弾き返した。
『打ったーッ! やや弱い打球が、
このまさかの結果に一番驚いていたのは、ヒットを打った張本人である――あおいだった。
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Final game13 ~責任感~
五回裏ツーアウトから、ピッチャーのあおいがヒットで出塁。驚きと歓声がベンチ内で木霊する。
「驚いたわ。今までの苦労が嘘だったみたいに、キレイに打ち返したわね」
そう言って
「特別遅い訳じゃないけど、チェンジアップかしら?」
「いや、違うな。あれだけストレートに振り遅れていたんだ、わざわざ変化球を使う理由はない。指に掛からなかったんだ、真っ直ぐが」
「キレイな真っ直ぐの......失投?」
まったく癖のない理想的なバッティングピッチャーのようなストレートが、見やすい目の高さ、腕の延びる、やや外角高めの甘いコースに来て、本来のストレートであれば振り遅れていたハズだったあおいのスイングと偶然合ってしまった結果の一打。
「ようやく、揺さぶりの成果が“カタチ”として現れたってことだ」
「こうなることを予期していたってこと?」
「予期も何も最初からそう出ていたじゃないか。お前とはるかが集めたデータにな」
失点傾向は、序盤が多く、中盤は殆どヒットも打たれず、終盤になると若干増える。
「そして、失点には?」
「変化球が絡むことが多い、だったわね」
「序盤の変化球は、指先の感覚を掴むまでのもの。試合後半の変化球は、ストレートが利かなくなってきた証拠。どうやら、変化球の中でも特に割合の少ないチェンジアップは、意図して投げたボールではなく、今のストレートの様な投げ損ないの失投のことだったようだな。そりゃあそうだろう。人間の集中力ってのは、そう長く持続させることは出来ない。必ず限界がある」
「疲れが溜まれば、どこかしらに歪みが生じる。俺は、操れる球速・緩急の幅と制球力に影響が出た」
「
「さて、どうだろうな。本当に集中力が切れかかっているのならあり得るが、ツーアウトでバッターが投手のあおいだったから、一時的に気が抜けて失投が来たとも考えられる。まあ、まだ、スタートラインに立つ権利さえ得ていないことは確かだ」
「スタートライン?」
「成果の先、“結果”の話しさ」
そう言うと
「どこか違和感を覚えたか......?」
「いえ、ちょっと浮きました。少し簡単に行きすぎました。いいスイングでしたし、気をつけないとですね」
念のため
「(異常は無し、山場を越え一時的に気が抜けたか。しかし、楽観視する訳にはいかない。連続するようであれば、早急に手を打つ必要がある。
頭を悩ませる
『ツーアウトですが、打順は先頭に返って、一番
ファーストランナーのあおいは、
「(あの投手が、走っただと!? まさか、初球スチール......いや、あり得ない。となると――)」
「(よし、指示通り外角低め! 球種は、真っ直ぐ一本、コースは分かってるんだ、当てることぐらいは出来る!)」
思い切り踏み込んで、狙い球の外角のボール球を上から叩きつけて強引に引っ張った。
「(やはり、エンドランか......!)」
当てただけの打球は、セカンド
「
あおいは、セカンドベースを蹴ったところでサードコーチャーに入っている
『も、もの凄い送球が、ライトの
突然の轟音にあおいは「えっ!?」と声を上げて、音の出所の三塁を反射的に見る。それは、恋恋高校のベンチも同じだった。
「な、なんて肩してんのよ? あのライト......てか、ケガしてたんじゃないのっ?」
驚きと戸惑いの声を上げる
「投げるには問題ないって、
「権利? あっ......!」
そして、ライトの
「これが、成果の先の“結果”」
「そう。
本来、
「ただ、予期せぬことが起きていた」
「
「ああ」
順当に行けば、
「すみません、
「いや、ナイスピッチングだ。あとは任せろ」
「はい、お願いします」
小さく会釈をして
「本当に問題ないんだな?」
「ああ。そもそもが、俺の責任だ。後始末は自分でつける」
「そうか。じゃあ、次のバッターはいいんだな?」
「そうだ」
軽く拳を合わせ、
二番バッターの
「(オレのところで、エース登板か。確かストレートは、常時150キロ近く出るんだっけ。ケガの影響は、どうなんだろう? 俺の役目は、それを調べて一球でも多く投げさせて引き出すこと......)」
「(今のエンドランは間違いなく、オレのミスだ。走者が投手だったことで、足を絡めた攻撃はないと決めつけてしまった。今の策は、おそらく――)」
「(――ストレートの調子を大怪我をしない外角で確かめることが多い、
『ライトから緊急登板の壬生不動のエース
「(......速い。
しかし、グッと握り返して臨んだ二球目も、ボール。三球目も、ボール。これで、スリーボール。ボールなら満塁、バッターが圧倒的に有利なカウント。ここで一球、緩いチェンジアップでストライクを取りに来た。
『おおっと。これは、ハッキリそれと分かるボール球。
バッターボックスで構えた
「
「いや、わざとだ」
「わざと? 一打同点、逆転もあり得る状況にしてまで満塁策を取ったと言うの......?」
「責任を背負ったのさ。自らの故障の影響で、ピッチャーであるにも関わらず無茶な走塁を余儀なくさせてしまった
例え、四球で満塁にしても失点すれば記録上は
「次の一点が重要になる場面で、そんな大胆なことを......」
「そいつを躊躇無く出来る。だから、付いてくるのさ。そして、袂を分かった理由もこれだ」
合理的な采配を振るう御陵の監督
「指導者と同等......いえ、同等以上に強力で絶対的な信頼感。壬生は、
「少し違うな。
前の席に座って、守備に向けた準備をしながら勝負の行方を注視している
「この場面、どうリードしてくるか、解るな?」
「はい。決め球は、ストレートです。間違いありません」
ハッキリした答えに、小さく笑みを見せた。
「フッ、そうだ。わざわざ満塁にしたのに変化球でかわすような無粋なマネはしない。ここは必ず、チカラでねじ伏せに来る。そうでなければ、意味がない。それを踏まえて、まず何から入る?」
「......
「キャッチャーの構えより、やや中へ入って来たが高さが良かったな。しかし、若干差し込まれながらも芯で捉えた鋭い打球だった。
「ストレート、スライダー、フォーク、チェンジアップです」
はるかから情報を聞いて、
「もう一度外、スライダーを見せます」
『ボール! 手が出かかりましたが、ストライクからボールになる140キロ近いスライダーを見極めました。ワンエンドワンの平行カウント!』
「次」
「スライダーを続けます。今度は、もっとしっかり外します」
三球目、一球前よりもボール球のスライダー。今度は、眼だけで見送った。
「これで
「手を出しやすい高めのストレートでファウルを打たせて、カウントを稼ぎたいですけど。決め球に持っていきたいので、フォークかチェンジアップを振らせます」
「要求は?」
「プレート上の低めにさえ来てくれれば、どこでも構いません。欲を言えば、両サイドに散るよりも真ん中寄りの方が選択肢は拡がりますけど――」
四球目、内角低めへ落ちるフォークボール。
『上手く拾いましたが、三塁側のスタンドへ飛び込みました! ファウルボール。ツーエンドツー、さあ次が勝負の一球となるでしょう! バッテリー、ピンチを切り抜けられるか? それとも
「フォークというよりは、スプリットに近い感じか」
「はい。
「ちょっとちょっと何で断言出来るのよっ? てゆーか、今までの配球も全部当たってるし!」
近くでやり取りを聞いていた
「別に驚くようなことじゃねーよ。決め球に何が来るか解っているんだ、そこへ向かって理想を逆算すればいいだけのこと」
「ストレートとスライダーに付いて来られたから、一番遅い球種のチェンジアップは、相当度胸がいる。決め球に出来るほどの精度があるなら話しは別だけど。それは今、投げなかったから本人が信用していないんだと思う」
「ねじ伏せたいから変化球でかわせないし、フルカウントにもしたくないから、勝負に来ると読んだのね。外角の理由は、スプリットが内角へ来たから?」
「ファウルだったけど、厳しいコースを上手く拾われた。同じコースを狙って、少しでも甘く入ると怖い。初球の振りまけていないスイングを見ると、高めは要求出来ない。もし、外野の間を抜けたら走者一掃で逆転だよ」
「だから、スプリットは真ん中寄りが良かった。少なくとも内外を選択出来る自由を得られたから」
「そう。
「フッ、答え合わせだ」
意味深に笑みを見せた
「(この一球は、勝負に重要な一球になる。頼むぞ)」
「(おう、分かっているさ......!)」
頷いた
『チェンジアップ! ワンバウンドに近いボール。
「ここで、チェンジアップを外した!?」
読みが外れ、
「くくく、相手の方が一枚上手だったな。ニブイチどころか、どこでも行ける。ストレート一本とは言え、コースにヤマを張れるか?」
問いかけに、誰も頷けなかった。
「勝負球は、ストレートであることは間違いない。だったら、緩急を最大に活用して当然、一番遅いチェンジアップを投げない理由はない。事実、
選球眼とミート力を兼ね備える
「(一点もやれない状況で、フルベース・フルカウントからの勝負。俺に、同じ
「まあ、そう辛気臭い
「縛り、ですか?」
「チカラ勝負。しかし、左腕の故障の影響でバランスが崩れているのか、ストレートが若干シュート回転して甘く入っている。初球も、低かったからファウルになった。なら、どこを要求する?」
「......インサイドです。仮にシュート回転しなければ、球威で押せる」
「ほら、読めたじゃないか。勝負球は、インコースのストレート」
バッターボックスの
「(今の、チェンジアップの見逃し方。おそらく、インコースの真っ直ぐ一本に絞って待っている。ならば外角――と行きたいところだが、真ん中に入ってくると持っていかれる。それだけの能力がある打者だ)」
『ツーアウト、フルベース・フルカウント! ランナーは、一斉にスタートを切った!
150キロ中盤のストレートが、ミットを構えたインコースへ来た。
「(よし、シュート回転していない。その分コースは甘いが、球威で押し切れる――!)」
「(速い! けどよ、
『捉えた! ピッチャー返し! 痛烈な打球が、ピッチャーの右を襲う!』
「くそっ、上がらなかった! 抜けろーッ!」
肘を畳んで弾き返した打球は、
「――
「フッ!」
『セカンドベースの後方、
懸命に走る
「しまっ――」
「くっ......!」
『あーっと、トスが一塁側へ逸れたー!
二塁塁審は、拳を力強く掲げて判定を下した。
『アウト、アウトですッ! 鉄壁の二遊間が、チームのピンチを救います! エース
抜けていれば同点。しかし、もらった満塁のチャンスを活かせず無得点。
「な、なんて守備なの。それ以前に、セカンドで封殺されるなんて......」
「偶然ではない、しっかり気を配っていた」
二死満塁のフルカウントでは、必要ないハズの一塁への牽制からのクイックモーションが、
「そこまで計算尽くのプレー......」
「さすがは前大会の覇者、経験の差を見せつけてくれる。だが、支払った代償も大きい」
「代償?」
「いくつかあるが、一番は――アイツ」
「まさか、どこか痛めたのかしら?」
「無理に伸びたからな。足は引きずっていない、脇か、指だろう。さて、ようやく――」
――風が吹いて来たぞ。
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Final game14 ~勝負~
五回終了後のグラウンド整備が行われている最中、
「さて、千載一遇の満塁のチャンスを逃した訳だが――」
若干気落ちしていたところへ追い打ちをかける言葉に、ナインたちは目の色を変えた。
「ほぅ、闘争心は失っていないようだな。フッ、それでいい。何せまだ、
「俺たちに、ですか?」
「考えてみろ。あの流れのまま守備に付いていたら、それこそ取り返しのつかないことになっていた。休憩と準備不足のあおいでは正直、危なかった。な? ツイているだろ」
そのあおいが、アンダーシャツを着替えてベンチ裏から戻ってきた。一斉に向けられた視線に首を傾げる。
「ん? なに?」
「気にするな、大した話しじゃない。話しを戻すが、結果的に向こうが、グラウンド整備で水が差されるカタチになったのは、こちらにとって好都合。そこで今度は、こちらから仕掛け、強引に流れを奪いに行く」
「守備から流れを奪いに......三者凡退に切れ、ですか?」
「クリーンナップ相手に、確実に打ち取れると断言出来るか?」
「出来る」と断言しない
「そもそも、ただの三者凡退ではダメージを与えられないだろう」
「ダメージ?」
「精神的に来る強烈な一撃。しかし、その前にやらなければならないことがある。先頭バッターを、必ず打ち取ること。それが出来なければ、この試合勝ちの目は限りなく薄くなる。出し惜しみはするな、全部使って確実に
そして、先頭バッター
「ま、マジですか......?」
「当たり前だろ。マトモに行くより勝算は遥かに高い」
「確かに、無謀な策に思えるけど、理論上九割近い確率で単打止まりに出来るわね。打順の巡りを考えれば、むしろ、ゼロで切り抜けられる可能性の方が高いかも......」
「ただし、この策にもひとつ欠点がある。すんなり打ち取れれば儲けものだが、仮に
アンダースローのあおいよりもモーションの速い
「インコースに外すにしても......」
「間違いなく振ってくる。四番は、
「ですよね。外角だと間に合わないし、内角の厳しいコースで空振りを奪いながら、三盗を刺すしかないか......」
「バッターの背中通すとかは? マンガであるじゃん」
「う~ん、一度バッターの後ろに回るから身体が死角になってボールを見失うかも。ガタイいいし」
「捕れなかったら、ワイルドピッチで即失点かぁ」
「本末転倒ね。そもそも外すことが見え見えだと、簡単に走って来ないことも考えられるわ。そうなれば、カウントを悪くして相手を助けるだけよ」
「まあ、出来ることを考えてみろ。常識に囚われるな、答えは、必ず見つかる。
「俺にしか出来ない方法......」
整備員が下がり、審判団がグラウンドに出てきた。
「時間切れだ。とりあえず行ってこい」
「はい! みんな、行こう!」
「
「はい!」
指示を聞いた
「今回の策が嵌まれば、七回表は下位打線。そこで一度、あおいさんを休ませる?」
「理想通り行けば、な。しかし、物事と言うものはそうそう思い描いた通りには進まない。保険を兼ねてだ」
「そう。何を置いても先ずは、先頭ね......!」
イニング間の投球練習を終え、後半戦開始。
恋恋バッテリーは、
「今のが、例の変化球ですか?」
「ああ。ストレートと同じ軌道、同じ球速から手元で鋭く落ちた。相当厄介な球種だぞ」
「分かりました。頭に入れておきます」
「あれ?」
『な、なんと! 恋恋高校の守備シフトが、大変貌を遂げましたーッ!』
打席の
『内野守備陣が
恋恋高校が、
それは、
「キミ、いいのかね?」
「はい。ルール上問題はありませんよね?」
「確かに、問題ないが......プレイ!」
戸惑いながらも、コール。超変則シフトのまま試合再開。
「響めきが止まないわね」
「そりゃあそうだろう。前代未聞だろうからな」
このシフトの利点は、通常三人で守る外野の穴を内野手が入ることでカバーが出切るという点。その反面、内野が一人しか存在しないため、前さえ飛ばすことが出来れば八割を越える確率でヒットになる。
しかし、打球が前に飛んだ瞬間、打球の行方によって内野に残った
更に、フライボールを狙う壬生の上位打線の特徴として打球が高く上がれば上がるほどフライアウトの確率が高い。通常のシフトであれば外野手の間を抜くような打球も、隙間を埋める形で内野手が守っているため間を抜くことは困難。ホームラン以外、九割に近い確率でシングルヒット止まりに出来る。
ガラ空き状態の左へセーフティバントを狙った場合、処理は基本的にあおいと
「へぇ、面白いこと考えますね。でも、外野の頭を越せばいいんでしょ?」
「出来るものならやってみなよ。あおいちゃんを打てれば、だけどね......!」
『超変則シフトのまま試合再開です! いったい、どのような結末になるのかっ?』
サインに頷いたあおいの初球――アウトコースのシンカー。
『ストライク! ガラ空き状態の左へおあつらえ向きのアウトコースでしたが、ここは一球見てきました。二球目は、カーブ! これまたアウトコース。しかし
ふぅ、と小さく息を吐く
「(やっぱりだ。予想通り、初対戦の投手相手には早打ちはしてこない。待ってるんだ。なら――一気に勝負に出る!)」
サインを出し、内角高めにミットを構える。
「そう。それが正解。
相手投手最速のストレートに照準を合わせ、そこから変化球にも対応する。ズバ抜けたコンタクト能力を要求されるが、それを可能としているのが、ツイストと
「大抵のバッテリーは、ストレートと変化球のコンビネーションで攻める。速いストレートを先に見せてしまうため、決め球の変化球を打ち砕かれる。受けるダメージは計り知れない」
「序盤から頼みの綱を失ったバッテリーは、後手後手になってしまう。慎重に攻めて、カウントを悪くした挙げ句の果ては――」
「自滅。歩かせれば後続が掃除し、中途半端に置きに行けば柵越えを喰らう。攻略法は、いかに恐れずして、緩い変化球をストライクゾーンへ放れるか」
ポンっと軽く、近くに座る
「お前が、逃げずに勝負へ行った結果得られた成果だ」
「はいっ!」
「さて、次で決まるぞ」
『
「(――真っ直ぐ)」
初めて見るアンダースローの特殊なストレートにきっちりタイミングを合わせるも、目測よりも落ちて来ない軌道にやや捉え損ねた。
『
「やんすー!」
猛ダッシュで突っこんで来た
『――届かなーい!
「
「あいよ!」
一塁ベースを蹴った
『逸らした瞬間、完全に長打と思えましたが記録は、セカンドへの内野安打! しかし、三打数三安打猛打賞! ホームランが出れば、サイクルヒットになります!』
「くくく、ねぇーよ、明らかに仕留め損ねた。こちらにはまだ、
「飛距離も落ちていたわね。
「とりあえず、底が見えたのは確かさ。順序を間違えなければ、ホームランはあり得ない。上手いこと布石も打った。さて、ここまでは想定内。本命は、次だ」
バッターボックスへ向かおうした
「無理はするな、とどめはオレが刺す。あんたを失えば、
「フッ、そうも言っていられんだろう」
そう言って、打席へ向かった。恋恋高校の守備シフトは通常のゲッツーシフトに戻る。
「(当然、仕掛けてくるよな。先ずは、牽制)」
「(うん)」
無駄なく牽制球を投げるも足から戻られ、セーフ。
「(リードは、小さくならないか。なら、セカンドはくれてやる。その代わり、ひとつストライクを貰う......!)」
あおいは目で牽制しながら、グッと沈み込む。
『盗塁成功! 今日、二つ目の盗塁を決めました。そして、バッテリーを挑発するかのように、再び大きくリードを取ります! これは、サードも狙っているでしょう!』
「(今のタイミングなら、サードはギリギリ間に合わない。だけど、さすがに振ってくる。いくら手負いと言っても、内野ゴロで追加点が入る。試合も後半、ここでの失点は致命傷になる。ランナーを刺すしかない、だけど、どうすれば刺せる......?)」
頭を悩ませながら、一球ウエストして様子を探る。
『警戒して大きく外しました、ワンエンドワン』
「(やっぱり、見え見えじゃ走ってこない。かと言って、逃げ続けてピンチを拡げたら意味がない。インコースで空振りを奪い、かつランナーを刺す方法。コーチが言っていた、俺にしか出来ない方法――)」
プロの世界で正捕手を務める、
名門あかつき大附属の正捕手、
この二人と、
「(俺だけの武器......そうか、コレだ。だけど、リスクが高い。本当に出来るのか? 一歩間違えたら、取り返しがつかない――)」
「タイム!
タイムを取ったあおいが、マウンドから手招き。急いでマウンドへ走った。
「どうしたの?」
「それは、ボクのセリフだよ。何を迷ってるの?」
「えっと......」
「あ、思いついたんだ。ランナーをサードで刺す方法」
「......うん、でも、リスクが高い」
「そっか。だけど、その方法しかないんでしょ? だったら、勝負しよっ! やらないで負けたら絶対後悔するよ!」
迷いのない真っ直ぐな瞳に、
「......だね、分かった」
「うんっ。それで、どんな方法なの?」
「それは――」
話しを聞いたあおいは、真剣な顔で頷き。二人は、グラブを合わせた。そのやり取りに
「どうやら、辿り着いたようだな」
「例の、
「ああ。コンバートを決めた理由で話したことがあっただろ」
「え? ああ......ええ、高速シンカーの話しね」
「そうだ。あの時の答え、次の一球で出る」
セットポジションに付いたあおいは、ひとつ大きく息を吐いて、
『行ったーッ! スタートは完璧! 投球は、内角低めのストレート......いや、落ちた、マリンボールだーッ!』
「ストレートが、消えた......!?」
「くっ、サード!」
「
「えっ?」
滑り込んだところへ、送球を受けた
『これは、際どいタイミングなったぞ! 塁審のジャッジは――』
「あ、アウトーッ!」
『アウト、アウトです! 三盗を見事に刺して見せましたーッ!』
判定は聞いた
「あの。
「......逆シングルだ」
「逆シングル? ワンバウンドした変化球を、逆シングルで捕球したんですか?」
「ああ、アレは捕手の動きじゃない。内野手の動きだ。オレに、同じことが出来るかどうか......」
「へぇ、凄い人ですね。あ、怒られるや。戻ります」
「(普通なら上から被せるか、ミットを上を向けて捕球に専念する場面。一塁側から三塁側へ体重移動しながら逆シングルで捕球し、勢いを殺さずサードへ放った。いや、逆シングルの捕球にも驚かされたが、本当に驚くべきは、空振りを奪いながら三盗を刺すために、ここしかないというインコース膝下へワンバウンドになる変化球を躊躇なく投げ切った、あの投手の心臓――)」
支度を終えた
「――なっ!?」
そこには、信じられない光景が広がっていた。
恋恋高校の外野手が全員、芝の切れ目付近まで前進した極端なシフトを敷いていた。
『なんと! 今度は、超前進守備! バガブーズ戦で、リカオンズが披露した“9人内野”ほどではないとはいえ、強打者
「(まさか、見抜かれている?)」
「(
ほぼ同時に恋恋高校のベンチを見た、
――さあ、見せて貰おうか。手負いの狼の皮の下、鬼が出るか、蛇が出るか。
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Final game15 ~本性~
恋恋高校の敷いた外野陣の超前進守備に鳴り止まない響めきの中、バッターボックスの四番
「(外野は、インフィールドライン後方の超前進守備。しかし、センターから左側のレフト、ショート、サードは若干深めに守備位置を取っている。これは、見抜かれているな。左腕の状態が芳しくないことを――)」
外角は、左腕を伸ばす必要があるが。内角に関しては、体を軸に回転運動で右腕だけで捌くことも可能。一打席目は、内角はボール球に強引に手を出し、犠牲フライを決め貴重な追加点をあげたが。代償は高かった。バッティング、ピッチング、
「(三番の打球に弾かれてから、まったく使い物にならん。防具に頼りすぎたツケだな)」
御陵戦で受けた、左腕上腕部肩付近のデッドボール。回避を怠ってしまったことを自虐的な
「(おそらく、外野へ運べないと決めつけた上でのシフト。内角ならボール球を、外角は威力のあるストレートで仕留めに来るだろう)」
出されたサインに頷いたあおい、バッテリー有利のカウントからの四球目。
『外角のカーブ。ここは、ボール球で誘って来ましたが。
タイムを要求し、打席を外す。
「(......勝負を急がず、カウントを整えてきた。圧倒的に優位な立場であろうとも微塵の油断もしていない。ならば――ん?)」
戻ろうとした
「何だ?」
受け取った滑り止めをグリップに吹きかけながら、用件を尋ねる。
「挑発に乗るな、大人しく見送れ。どうせ、ツーアウトだ。出たところで、大したチャンスにはならない」
「フッ、そうだな」
「本当に分かっているのか? あのシフト、腕の状態を見透かされているぞ」
「ああ、もちろんだとも。お前が、決めてくれるんだろう?」
打席へ戻っていく背中を、
「お待たせしました」
「うむ。プレイ!」
『さあ、
「(勝負は、次の一球。今、
痛みでバットを握ることすら困難な状態を打開すべく、左手の人差し指、中指、薬指の間に右手の小指と人差し指を繋ぐ形でバットを握り変え、次の一振りに全てを懸ける。
「(......握りを変えた、利かない左手を右手で強引に包んで
頷いたあおいの五球目、内角高めのストレート。
「(インコース、ボール気味か? また際どいところを......!)」
振り抜いた打球は、三塁側アルプス席中段へ飛び込むファウル。カウント変わらず、ツーエンドツー。
「(......故障の影響を感じさせないバッティング。要求通りに来たから良かったけど、もう少し甘く入っていたら持っていかれていたかも。これが去年、全国の頂点に立ったチームの四番の底力、精神力――)」
想定外の打球に思わず息を呑んだ
「(だけど、今ので、もうインコースは無いと考えているハズだから、コレで......!)」
六球目――。
『おっと、緩い変化球が高めに抜けました。見極めて、フルカウント! ンーンン、やや力んだか? 制球力の高い
今の一球で、
「(――違う。今のは、失投ではない。外したんだ。オレたちが、三番相手に実戦した
「(故障を見抜かれた上で、細心の注意を払っている。やはり、手強い相手だ。これはなおのこと、簡単には終われん......)」
『
「(――アウトロー......やはり、最後は振りきれないと見て外角勝負に来た!)」
「(よし、振りに来た!)」
ストレートと思わせ、外角低めいっぱいから、鋭く変化するマリンボール。しかし、上手く裏をかいたと思われたが、マリンボールはあり得ると想定していた
「(――付いてきた。でも、ワンバウンドになるマリンボールだ。三盗を刺した時みたいに、当てることすら難しいぞ!)」
マリンボールの軌道に合わせて、ミットを上に向ける。だが、ボールの感触はなく、代わりに金属音が鳴り響いた。
『
「打たれた!? ファースト!」
「くっ......!」
ファースト
「フェア、フェア!」
『グラブの僅かに上、頭上を越えた! ラインの内側へ落ちた打球は、超前進守備で無人のファウルゾーンを転々と転がるーぅ!』
全力疾走で打球を追いかけ、スライディングして止めた
「セカンッ! 間に合う!」
「
『セカンドクロスプレー! 判定は――』
土煙が収まり、塁審が両手を拡げた。
『せ、セーフですッ! 気迫の走塁を見せた
両校のベンチ、両応援団共に、まったく正反対の反応を見せる。
「まさか、あんなワンバウンドになる寸前のボールを打ち返すなんて......」
「狙ったワケじゃねーよ。ミートポイントで、ヘッドが下がったんだ」
通常のスイングであれば空振り、もしくは、バットの先で引っかけて前身守備の網に掛かっていた。しかし、腕の痛みで下がったバットの軌道が偶然、マリンボールの軌道の下へ入ってしまった結果による一打。
「なんて、不運な......」
「内角で同じことが起きていたら、スタンドまで持っていかれていた可能性は否定出来ない。外角勝負の選択自体は、間違っちゃいなかったさ。ただ、様々要因が重なって裏目に出ただけのこと。
「はい!」
指示を受けた
「監督。
「......そうだな。
「承知しました」
頭を下げた
「バカが。大人しく見送れと言っただろうに」
「フッ、それでいいさ」
「まったく、融通の利かないヤツだな。ケリは、オレたちが付ける。大将らしく、どっしり腰を据えて睨みを利かせておけ」
「ああ、そうさせて貰おう」
『
「臨時代走......もしかして、今ので、悪化しちゃったのかな?」
「ヘッスラしたからね。仕方ないよ」
「何があったとしても自己責任よ。あおい、相手のことは気にしない」
「あ、うん」
「ランナーは、絶対に走ってこない。素直に代走を使わなかったのは、プレッシャーをかけるためよ」
「刺されれば、四番が作ったチャンスが台無しになるからだね」
「ええ、そう。同じ理由で、空いている塁を埋めるのもダメ。引けば、引いた分攻め込まれるわ。必ず五番と勝負すること」
「了解。みんな、守備位置は定位置で」
「あいよ」
「おっけー」
「ああ」
「おうよ」
頷いた内野陣は一言ずつあおいに声をかけ、ポジションへ散っていった。
「いい? あなたが動揺してはダメよ、支えてあげて」
「......打たれること前提なんだね」
「抑えるに越したことはないけど。相手ベンチは今、悲愴感が漂うどころか。まるで弔い合戦のような雰囲気になっているわ」
「役目を果たして、華々しく散ったからか。むしろ、躍起になってる感じかな?」
「ええ。素直に終わるような相手じゃないわ。コーチから伝言、『五番には、マリンボールを使わないこと。例え、長打を打たれてようとも』だそうよ。それじゃ」
「お待たせしました」
「(マリンボールは使うな、か......。相手の力量を測るためにカーブを縛った六番相手の時とは違う。今ので、見抜かれたかも知れないってことか。それに――)」
打席で構える
眉をつり上げ、真っ直ぐ、あおいを睨みつけている。
「(......目つきが、纏ってる雰囲気がまるで違う。前の二打席は結果的に抑えたけど、一筋縄には行きそうにないぞ。様子見を込めて、これで)」
「(う、うん)」
あおいもマウンドで、
『ファールッ! ポール際、僅かに切れて行きました。ワンストライク』
「(......構わずに振り抜いて来た、ストレートを狙っていたのか?)」
じっくり観察してからサインを送る。二球目は、外角低めストライクからボールになるカーブ。今度は、ライト線を切れて行った。仕留め損ね、小さく舌打ちをし、バッターボックスへ戻った
「そうかい。お前だったのか」
「え? 何の話し?」
首をかしげる、
「このチームは、
三球目、初球と同じコースよりも外したストレート。
「そして、手負いの狼を仕留めた結果、本性を現したのは――」
迷わずに振り抜かれた打球は、高々と舞い上がり、レフトスタンドの中段で弾んだ。
『入りましたーッ! 五番
スタンドから浴びせられる歓声に
――鬼だった。それも、とびきりのな。
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Final game16 ~原点~
「敵ながら、途轍もない飛距離だったわね。140メートルくらい飛んだんじゃないかしら?」
「追い風に乗った飛距離はともかく、バレルに近い角度の打球だったことは確かだろう。まあ、この一発は仕方がない。後への投資だ」
「マリンボールを使わせなかったのは、心を折らせないためよね?」
「三つある理由の中のひとつではある、と言っても、そもそも投げるカウントを作る前に打たれたけどな」
追加点を許し劣勢であるにも関わらず、とても愉快気に笑う
「ハァ......。二つ目は、切り札のマリンボールを見せたくなかったとして。残りのひとつは?」
「半分足りねーよ。足りない部分は、
「なに? あっ......」
「
「おそらく。こちらは、四番から始まる打順。一度降りた
「決勝を捨てた......つまり、この試合をものにするために全勢力を注いで来る」
「ああ。控えの内野も準備している、ショートも無理だな。主砲と守備の要の失い、腹を決めた。準優勝なら、とりあえず箔は付くし、今の戦力でも大敗はないと踏んだ。そして、そいつを進言したのが、
「それで、
「そう言うこった。おーい、
ちょうどブルペンから戻って来た、
「次の回、どちらかを使う。
「
「なるほど。調整は任せる」
「はい!」
返事をした
「下手に正捕手が来なかったのは、幸運だったな」
「ホント。あの子には助けられているわね」
「ブルペン捕手ってのは、ただ控えの球を受けるだけの存在じゃない」
中学時代二番手捕手だった
「さて、ブルペンは専門家に任せるとして。問題は、あっち」
ホームランを打たれた直後の、六番
『この回ホームランで二点を失ったものの、七番
落胆する様子もなく、走って戻って来るナインたちに
「大丈夫そうね。
「拠り所を失った訳ではないからな。それに、
「詰む?」
「難しい話しじゃない、勝負の原点に立ち戻っただけのことさ。動いたぞ」
『おーっと、ここで、壬生ベンチが動きます。どうやら、選手の交代を告げたようです』
壬生ベンチから出てきた
『主将
「結局、ショートもダメだったのね。だけど、打順の組み方が変じゃない? 長打力のある
「後ろの穴を埋めたかったんだろうさ」
本来であれば、
「見た目からして守備型、小技が得意そうなタイプだな。はるか」
「はい。春の甲子園大会では、代打で起用されて、アンドロメダ学園の
「荒れ球の
「右のスリークォーターです。最速147キロのストレートと、多彩な変化球を操ります。平均球速は、140キロ前後。バッティングは長打は少ないですが、状況に応じたケースバッティングが得意なお方のようですね」
はるかの話しを聞いた
「
「確かに、どれも飛び抜けた数字はいないけど、全体的に平均値以上でまとまっている。良く言えば、万能型。悪く言えば、器用貧乏かしら?」
「そんなところだろう。しかしながら、この手のタイプは、捕手によって化けることがままある」
「元々器用で実力はあるから、多少無茶な要求にも応えてくれる訳ね」
「その通り。だが、ノーヒットに抑えられることない。少なくとも、残り二打席ずつは回る。充分ひっくり返せるさ」
そう言うと、グラウンドから戻ってきたナインたちを自分の前に集めた。誰一人として下を向いている者はいない。
「さて、実際どんなピッチングをしてくるかは解らないが。おそらく、多少無茶なことをしてくる。しかし、過剰に反応することはない。今まで、お前たちが相手にしてきた
「次の打席......内を狙うなら、敢えて外に手を出したり。ストレート狙いなら、変化球にも合わせる」
「そうだ。自分の得意とする土俵へ相手を引きずり込む、駆け引きの原点。出来るか? 出来なきゃ負ける」
――出来ます! と、声を揃え力強く返事。
「フッ、上等だ。
「......はい!」
速やかに支度を整えた
「なぜ、マリンボールを使わせなかったか分かっているな?」
「はい。五番は明らかに、マリンボールを待っていました。たぶん、確かめたかったんだと思います。念のため、六番にも使わなかったんですけど。狙っている感じは見受けられなかったので、七番には惜しみなく使いました」
「ふむ、独自の判断だな。仕方なく、ぶっ叩いたか」
あの場面、
「相手の攻撃は、残り三回。必ず対峙することになるが、マリンボールを見せず終いで済んだ分勝算はある。あおい」
タオルで額の汗を拭っていた、あおいを呼んだ。
「はい、何ですか?」
「次の回、
「え......ええーっ!? むむむ~っ」
「そうむくれるなよ、いったん充電だ。下手に粘られると面倒だからな」
「......分かりました、着替えてきますっ!」
ふくれっ面でベンチ裏へ下がって行く、あおい。
「行ってきます」
「任せる」
「じゃあ、俺は――」
「お前は、打席に集中しておけ。この回、最低一点は返しておきたい」
ブルペンに居る
「(――低い。この球速はストレートじゃない。ここからの変化球は、ボールだ......!)」
『ボールです! 外角へスッと逃げるチェンジアップを見極めました。これで、ツーエンドワン!』
「(チッ、眼が良いのもあるが。
五球目。ストレートが、仰け反るほど身体の近くを通過した。
「(......失投じゃないな、明らかに狙ってきた。これか、コーチが言っていた無茶なことは――)」
しかし、これだけでは終わらなかった。
『おっと、続けざまに厳しいところ! またしても身体の近くを、それも頭部付近を通過して行きました!
そのまま打席を外した
「(......相手のペースに乗せられてはいけない。自分の土俵へ持っていく)」
「(表面上は平静を保っているが、内面は簡単には切り替えられないだろう)」
またしてもインハイのストレート。狙っていたとばかりに思い切り振り抜くも、一塁線を大きく切れてファウル。
「(あれだけ近いところを突かれてなお、躊躇なく振り抜いてきたか。やはり、心は折れていない。悔やまれるな、心を折るどころか、アレの性質を見極められなかった)」
小さなタメ息をつき、改めて前を向いてサインを出し、外角へミットを構える。そして、フルカウントからの六球目。寸分の狂いもなく、構えたコースへ勝負球が来た。
「(――外から入ってくる変化球。また際どいコース、ヒットにするのは難しい)」
手を出さずに、四球を狙う。弱気な考えが頭を過りかけたが、
「(見逃して三振では、何も残らない。次へ繋げるために、ここは打ちに行く。例え、この打席を凡打で終えようも......!)」
『外角から入ってくるスライダーを、強引に引っ張った! 一・二塁間をゴロで破り、ライト前ヒット! 四番
「ナイバッチ」
「ただの結果オーライだ。それより、行けるか?」
「クイックを見てみないと何とも言えねぇな」
「そうか。行けると判断したら、ゴーサインをくれ」
「オーライ」
出塁した
「(
「(この打者は足はあるが、基本フリースインガー......)」
早打ちの
「(ここまで小細工の動きはなし、強行の構え。点差を考えば、当然の選択か......)」
ファーストランナーの
「ゴー!」
『仕掛けたーッ! 投球は、内角高め――』
「キターでやんすー!」
カウント的に一度内角高めを見せて来る、と読んだ
『
狙いよりバットの下に入り、勢いのない打球が、
「セカンッ!」
「アウト!」
素早い処理でセカンドへ送球、フォースアウト。
『セカンド封殺! ベースカバーに入った
上手く裏をかいたと思われた送りバントだったが、失敗に終わるもランナーが入れ替わった形で塁に残る。
「ブラッシュボールと見せかけて、肩口からのスライダー」
「フッ、引き出すまではいったが読まれたな。だが、本来であれば、二つ取りたかったハズ。ひとつ取り損ねた、まだ五分だ」
はるかを通じ、ネクストバッターの
『さあ、ファーストランナーが入れ替わってプレイ再開。バッターは、六番
「セーフ!」
「チッ......」
送りバント失敗からの初球スチール。球種ストレートだったが、インサイドを要求したことと左打者だったため送球がワンテンポ遅れた。タイミングは際どかったが、上手くタッチを掻い潜り、
「(ふむ、初球スチールとは。バント失敗で慎重になるどころか、むしろ半ば強引に流れを奪い返しに来た。やはり、気を抜けぬ相手だ。
カウント次第で敬遠も視野に入れろ、と
「さーて、問題はここから」
「得点を、最悪でも塁に出ないと、
「だろうな」
「どうするの?
「送ったところで満塁策で、あおいだ」
「......決めるしかないわね」
「クックック、そう眉間にしわを寄せるなよ。一・三塁なら迷うだろ?」
意味あり気に笑う
「(済んでしまった
「(もし、そう考えているのなら、確かめに来るハズ......問題は、いつ、どこで確かめに来るか。もし俺なら、迂闊に同じコースを要求はしない。最悪を考え、目先を変える目的も踏まえて、一球外角低めへ変化球を外してから。だとしたら――)」
『センター返し! ピッチャーの頭上を抜けたーッ! セカンドランナー
「ストップ!」
『いや、サードコーチの
狙い通りの展開なり、
――さあ、どうするよ。割り切れるか? 今の、お前は。
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Final game17 ~姿勢~
「キタッス! 絶好のチャンス到来ッス!」
恋恋高校応援団の中で一際大声で声援を送る、聖ジャスミン学園のほむら。彼女と一緒に観戦している
「今回は、貰ったチャンスじゃないからモノにしたいね」
「ええ。でも、まともに勝負してくるかしら?」
「ネクストが、
ネクストバッターズサークルには、
「う~ん、雰囲気的に、満塁になったら代打。ツーアウトなら、そのままって行くって感じかな?」
「おそらくね。あおいを代える選択肢はないわ。あの子が降りた時点で、試合は終わりよ」
「だよね」
「ヒロぴーも、ぶちょーも、お喋りしてる場合じゃないッスよ! ちーちゃんを見習って、一緒に大声で声援を送るッス!」
「わ、私は、別に大声は出していないぞ!」
「応援グッズのタオルを振り回しながら言っても、まったく説得力ないッス」
「う、うるさいっ!」
「ハァ、落ち着いて見られないわ。それに、暑いし。やっぱり、テレビで見ればよかった」
「あははっ、とりあえず、あたしたちも応援しよっか」
騒がしいスタンドのことなどまったく目にもくれずに、輪の中心に居る
「タイムを取ったけど。向こうのベンチは、伝令を出さないのね」
「必要ないんだろう。お前は、この状況をどう乗り切る? 勝負か、満塁策か」
「......そうね。点差と打順の巡りを考慮して中間守備を、思い切って、ゲッツーシフトを敷くのもありかも」
「サードランナーの
「ええ。欲張って満塁策を選んだ結果大量失点、なんてことになったら目も当てられないわ。いざとなれば、
「ふーん」
「間違い?」
グラウンドの動きを注視しながら、澄まし顔で答える。
「正解か不正解かは所詮結果論さ」
マウンドに集まっていた内野陣が散り、ポジションに戻った
「割り切ったな。勝負する気はさらさらない」
「
「さあな。まあ俺なら、迷わず申告敬遠して勝敗をより明確にする。その方が、バッターも勝ち負けを意識するからな。
「――はい!」
力強く返事をした
『バッテリー、一球大きくウエスト! スクイズ警戒です』
二球目も、大きくウエスト。ボールが、二つ先行。ここで
「やっぱり、スクイズ警戒と見せかけての敬遠。けど、どこまでも冷静ね。
「どうだろうな。
「何かって?」
「今、申告敬遠を行わないこと。そしてなぜ、ウエストでの敬遠に拘るのか。その理由だ」
三球目もウエストされ、四球目に入ろうかという場面。壬生ベンチからも、申告敬遠を行うような動きはない。
「
「確かにそうね。暴投のリスクを考えれば、申告敬遠して然るべき場面。少なくとも、普通の敬遠で問題ないハズ......」
「何かある。上澄みの底に潜む、重要な
それを探るべく
『さあ、ボールスリーからの四球目――仕掛けたーッ!』
「さて、どう出るよ? 貫くか、動くか」
扇の要、
『ウエスト! 恋恋ベンチは、動きませんでした! 結局、フォアボール。全ての塁が埋まります!』
この結果に
「内野ゴロを狙いに、必ずインコース攻めをしてくる。外角は全て、バットが届かないところだ」
「......分かってます!」
「それでもまだ、金属を使うつもりはないのか? 勝利よりも、己の意地を優先させるのか?」
木製バットをギュッと握り、まっすぐ
「フッ、それでいいさ。迷うより全然良い。ただし、信念を貫くのなら決して迷うな。どんなことが起きようともだ。いいな?」
「はいっ!」
改めて打席へ向かう
『な、なんと! 壬生高校、ここで超前進守備を敷いてきました! 外野を守る選手は誰も居ません! これは、恋恋高校が敷いた“9人内野”とほぼ同じシフトです!』
ファーストとサードはラインを詰めた守備位置を取り、それにより出来た隙間を埋めるようにして、外野手三人がインフィールドライン上に列なっている。外野へ打たせないことを前提の守備陣形。
「(あたしの腕力じゃ内角を捌くのは難しい。出来ることは、スクイズ......は、間違いなく警戒されてる。ベースより前に居るし。なら、真っ向勝負しかないじゃん......!)」
『超前進守備対
「(うっ......簡単に追い込まれちゃった。外角なら踏み込んで、先っぽで合わせて内野の頭を越す打球を打てるかもだけど......)」
三球目は、その外角。明らかにそれと分かるボール球のスライダーでカウントを整えに来た。
「(思い切り外された、都合のいいコースになんて投げて来ないわよね。勝負球は、インコース。このボールを打たない限り反撃ムードは消える。いっそのこと、金属バットに......ダメ、持ったことないから感覚が狂う。それで失敗したら、絶対に後悔する! コーチも、貫けって言ってた。次の一球が、あたしにとっても、相手にとっても勝負球――)」
「(理想的なカウントは作れたが、目は死んではいない。ここは、念には念を入れる。間違えるなよ?)」
出されたサインに険しい表情で頷いた
「(――甘い! それに走った。スクイズ......いや、エンドラン!)」
「(インハイ! あたしが勝つには、コレを打つしかないっ!)」
軸の右足を引き、ボールを芯で捉えると引いた軸足を再度踏み込んで逆方向へ強引に押っ付けた。練習試合で
「いっけーっ!」
「
「くっ......!」
『
「ひとつでいい!」
『ファーストは、アウト! しかし、取られたあと、すぐさま二点を奪い返しました! 壬生も狙い通りの内野ゴロを打たせましたが、ここは恋恋高校に軍配が上がりました! なおも、ツーアウトながらランナー二塁!』
戻ってきた
「ナイス!
「どこがよ、すんごい悔しい......」
もしランナーが走って居なければ、ホームゲッツー、セカンドゲッツーもあり得たことも含め、とても悔しがっていた。
「欲張りね。二つも打点を上げたのに」
「フッ、打ち取られて満足しているよりずっといいさ。それに、うっすらと浮かび上がって来た」
――アイツが、懸念に感じていることがな。
二度目のタイムを取った壬生ナインが戻り、あおいがバッターボックスに入る。ツーアウトということで、守備は通常の定位置に戻った。あおいへの初球は、外角のストレート。厳しいコースで、ストライクを奪った。二球目、意表を突いてセーフティバントを試みるも、ファウル。三球目は、食らい付いてカットした。
「(セーフティに、カット打ち。ただで死ぬ気はないか。一球インを見せて、外に落として終いだ――)」
「ここだな」と、
『あっと!
サードへ進むも結局、あおいは三振に打ち取られ、長い攻撃を終えた。
「そう言えば、誰と交代するの?」
「ん? 決まってるだろ」
そう答えると
「お疲れさん」
「......はい」
交代を告げられた
「限界、だったのね......」
「肉体的にも、精神的にもな。そりゃそうだろ。打って、走って、守って、旧友相手に普段以上に集中力を研ぎ澄ませていたんだからな。
「うっす! よっしゃ、行くか!」
「オッケー」
「......スゲー悔しい」
「
スポーツドリンクを渡した
「決勝は、絶対に投げる......!」
「俺もだ。最後まで、グラウンドに立ってる」
「わたしたちも負けてられないよね」
「うんっ」
一年生たちの姿勢を、想いを聞いた
「頼もしいわね」
「はい」
そして、七回表の守備。
あおいに代わってマウンドに立った
いよいよ試合は大詰め、終盤戦、最終局面を迎える。
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Final game18 ~行方~
壬生の監督
「投げる予定がなかったため若干調整不足の影響はありましたが、投げているボール自体は悪くはありません。ただ、アイツは――」
「優しすぎます。間違いなく長所ですが、こと勝負においては致命的な短所です」
面倒見が良く人望が厚い反面、非情に徹しなれない面がある。デッドボールを受けた
七回裏は、一番
「持ち直しは充分可能と思われます。ですが。ここからは、一点を争う勝負になります。相手は、一番からの好打順。
「最大の懸念は、同一試合再登板の経験不足とスタミナか」
中軸・下位を相手に失点こそ許しはしたが、打ち込まれた訳ではなく、ある程度の目処が立つ
「本来のパフォーマンスの七割程度でしょう。足りない三割は、自分が補います」
「分かった。しかし、
「甘い相手ではありません。経験不足につけ込まれ終いです。胸元をえぐられようとも、躊躇なく踏み込み、自身のバッティングをして来る相手です」
「うむ、八番の女子選手も、腰を引くような素振りは見せなかった。経験があるのかも知れんな、ブラッシュボールを多投する相手との対戦の。
攻撃が終わり、選手交代を告げる間に二人を交え、四人で今後の起用についての話し合いを行い、七回裏の守備に付く。
「やっぱり、
「威嚇は効果がないと悟ったんだろう。単純に能力が高い方を上げてきたに過ぎない」
「まさか、予選での経験が活きるなんて思いもよらなかったわね。幸か不幸かは分からないけど......」
「少なくとも、例のストレートが来ることはほぼ皆無に等しい。ブルペンでも、投球練習でも、変化球を多めに試しているからな」
「ストレート一辺倒の組み立てはない。もはや平凡な投手に成り下がった、超高校のな」
「それ、表現としてどうなの? 超高校級なのに平凡って」
「何言ってんだ。実際打ち崩して来たじゃねーか。超高校級どころか、プロ入り即戦力を期待される
二人を含め、ナイン全員の顔付きが変わる。
「例え、どんなモデルチェンジをして来ようが、降板前のベストピッチを越えることはない。やるべきことを、すべきことをやって来い。結果は、後から付いてくる」
ナインたちは声を揃えて、力強く返事をした。
『センターからマウンドへ戻った
再登板の初球は、外角へ外れた。二球目も外れ、ボール先行の立ち上がり。
「ふぅ......」
「(球威は衰えてはいないが、リリースが微妙に定まらない感じか。相手は上位打線、同点までは仕方がない)」
結局3-1から、フォアボールを選んで出塁。
「今、最初からボールゾーンに構えていたわ」
「制球力を掴むことを優先させて来たな」
「だけどやっぱり、再登板って難しいのね。降板前は、あれだけ圧倒的なピッチングをしていたのに」
「よーく走り回ったからな。下半身にキテいるハズだ」
もし仮にリードが四点以上あれば、あおい、
「五番のホームランもなかったのかも知れねーけどな」
「ハァ、相変わらず人事みたいな言い方ね」
「事実、勝負しているのはアイツたちだろ」
大声で声援を送るナインたちへ目を向ける。
「代わりに投げてやることも、打ってやることも出来やしない。どこまで行こうとも脇役なのさ、指導者ってのは」
そう言うと、グラウンドへ視線を戻した。
「俺は、長年低迷していたリカオンズを優勝させるにあたって、チームワークの意味を問いかけたことがある。連中は、こう答えた。チームのために一人一人が力を合わせる全員野球だとな」
「それが? 別に、間違ってはいないでしょ? 一人一人が勝利のために全身全霊を尽くす、当たり前のことでしょ」
「正しくその通り。だが、実際は違った。あの頃のリカオンズの連中は、負けの原因を他の誰かの責任にしていた。勝負というモノと本当の意味で向き合っていなかった。今の、アイツらと違って」
一塁走者の
「プロには、次がある。極端な話し、チーム順位など関係なく、年間トータルで数字を残せばいい。個人タイトルを獲れば、年俸は上がる。仮に、最下位であろうともだ」
プロである以上、個人成績は最重要。チームが優勝しても数字が悪ければ、容赦なく切り捨てられる無情の世界。
「しかし皮肉なことに、前オーナーは金の亡者だったためチーム順位を理由に挙げ、年俸アップを渋った。結果を残しても年俸は上がらない、当然、選手のモチベーションは下がる。更に補強に金を使わないし、FAの引き止めもしない、チームは低迷の一途を辿った。負の連鎖、悪循環。内部から腐り切っていた。リカオンズを買収したあと、先ず手始めにメスを入れたのは――選手の意識改革。お前が言った、勝利のために全身全霊を尽くすってことさ。当たり前のこと過ぎて笑えるだろ?」
「......笑えないわよ、話しのスケールが大きすぎて理解が追いつかないわ......」
眉をひそめる
「くくく、問題は山積みだったって話しさ。勝負を決める“英雄”になることよりも、敗北の責任を責め立てられる“戦犯”にならないことに意識が向いていた。成功よりも失敗の方が遥かに多い世界で。にもかかわらず、分かったように饒舌にチームワークを語りながらも実際は、勝利のために本気で行動している選手は居なかった。まけにまけて、
「ん? 今のサイン、ランエンドヒットよね?」
「ああ。仕掛けるつもりだ」
二球目、若干甘いコースながらも大きな緩いカーブで見逃しのストライクを奪い、平行カウントへ戻した。そして三球目、ここで
『走った! しかし、珍しくスタートがあまりよろしくありません! 投球は、内角高めのストレート。バッター
叩きつけた打球は、三遊間へ転がる。スタートも遅れ、最悪のダブルプレーコースと思われたが、セカンドベースカバーにショートが向かっていたことで上手いこと守備の逆をついた。
『三遊間のど真ん中! ショート
ファーストからサードへ送られるもタッチは間に合わず、アウトはファーストでのひとつだけ。一死三塁とチャンスは広がった。
「ウエストの直後、ショートがベースカバーへ動いていたのを見逃さなかった。カウント的にも、エンドランを警戒してくる場面だが」
「
「おそらく。加えてインハイのボール球は、バント失敗を誘い易い。上手いこといけば、ふたつ殺せる」
ベンチへ帰ってきた
「チャンスを広げて死んだ。勝負において不可欠な心構え。アウトになろうとも、ただでは死なない。同じことを本格的に実践出来るようになったのは、シーズン中盤戦くらいからだったか。それも、目の前に
「さっきから、どうしたの?」
「フッ、さあな。単なる気まぐれだ」
このピンチに
「上体が立って、体重が乗り切っていない。下半身にキテるだろ? 無理に踏ん張らなくていい。踏み出しの歩幅を、半歩から一歩縮めて投げてみろ。リリースが安定するハズだ。それと、ベストピッチには拘らなくていい。気にすれば、心身共に削る」
「はい、分かりました。了解です」
「(くそ、ちょい詰まった。球威も、制球も、少し戻って来たか? だとしたら早めにケリをつけないとヤバいぞ......)」
三球目、緩いカーブを見せ、目先を変えて。
打者有利のバッティングカウントからの四球目。
「(――甘い!?)」
「貰った! って――」
構えよりも内側に入ったと思われたボールは、手元で若干スライドし、外角へ逃げて行った。咄嗟に右手を離し、バットに乗せた。
『
再びタイムを取った
「引っかかったか?」
「いえ、特にコレといって何も」
「(......意識して投げた訳じゃないのか。回転軸を意識している序盤は動くことも少なくないが、ここまで球威のある球じゃない。意識を捨てたことで生まれた偶然の産物......上手く拾われはしたが、有効な武器になり得るか?)」
黙ったまま険しい
「もしかして、何か気になることでも?」
「いや、想像以上に良いボールが来た。今の勝負も、完全に球威で勝っていた。ヒットになったのは偶然に過ぎない。まっすぐで押していくぞ」
「はい」
『
外角のストレートが、若干変化して逃げていった。見逃して、ボール。
「(......外へ逃げた。シュート回転にしては、キレがあった。考えられるのは、ツーシームだけど、データにない。ここに来て、新しい球種を......?)」
大きく息を吐き、雑念を振り払う。
「(例えそうだったとしても、やるべきことは変わらない。オレの役目は、
決意を新にして、打席に臨む。仕切り直しの二球目は、カットボール。内側へ切れ込んでくる変化球に空振り。
「(今度は、内側へ食い込んできた。今のは、カットボールか。次は――)」
カットボールよりも曲がりの小さな変化で、やや甘く入ったボールを狙うも、芯を外してファウル。
「(くっ、捉え損ねた。それ以前に差し込まれた。一球前のカットボールに近い軌道から更に小さく速い変化、
「スイング!」
「追い込まれるまで、徹底的に揺さぶれ。追い込まれても当てには行くな。
「了解でやんす......!」
キリッと凛々しく眉を上げて、ネクストへ戻り。
「おそらく、想定外のことが起こっている。
「はい、分かりました」
攻撃と守備、両方に備えて準備を進める。
試合は、
「(内角――ボールか......いや、巻いて来た!)」
ボールゾーンから巻いて入って来たボールに肘をたたんで、前で捉えた。
『ライトへ上がったー! 良い角度で上がっているぞ! 入れば逆転――』
しかし、打球を追っていたライトはフェンスの手前で止まり、上空を見上げてグラブを差し出した。
「ファストボール?」
「ああ。カットボールに近いのと、ツーシームに近い変化の二種類がある」
「序盤で俺に投げて来た、例のストレートの投げ損ないかな?」
「それはない」
「失投なら球威は落ちる。どうだ?」
「球威はありました。それに、キレも衰えていません」
「投げ損ないじゃない、ムービングファストボール......」
「そこは大した問題じゃねーよ。厄介なのは、似た軌道のカッターと組み合わせることで何倍にも効果が増すということ」
「カットボールとの組み合わせで......? そうか、あおいちゃんと
「そう。“ピッチトンネル”ってヤツだ」
ピッチトンネルとは、複数の球種を一定のエリアまで近い軌道を描き、エリアを越えた先で微妙に違う変化をさせることで打者を惑わす投球術。
あおいの、途中までストレートと同じ軌道から変化するマリンボールや、
「キャッチャーが二度、マウンドへ向かった。おそらくまだ、完全には掌握出来ていない」
『高めに来たストレートを引っ張った! 強い当たりですが。これは、サードの守備範囲――おっと、ファンブル! 握り直して、送球が遅れた! 一塁セーフ! Eのランプが灯りました、記録はエラー! ツーアウト三塁一塁!』
「繋いだわ!」
「お膳立ては、ここまで。あとは――」
勝負の行方を左右する打席へと向かう、
――お前たち、次第だ。
次回、壬生戦完結になる予定です。
今しばらくお待ちくださいませ。
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Final game19 ~奇跡~
試合終盤一点差、ツーアウト三塁一塁。一打同点、長打が出れば逆転の場面。打席に立つのは今日、読み打ちでヒットを放っている
「(ここで、六番か。前は、狙い打ちされた。歩かせる......)」
「(ネクストバッターも、予選でホームランを打っている長打のある打者だ。どちらかで勝負するしかない)」
どちらか一方を選ぶとなれば、未知数の
「
「これ以上でやんすか......?」
強気な指示をするベースコーチの
「当たった瞬間スタートだ。ここで逆転出来なきゃマジでキツい。お前が、決勝点のランナーなんだからな」
「ホームを奪うために最大の援護を、でやんすね......!」
「そう言うこった」
挑発するように思い切りリードを取る
『一塁牽制! 足から戻って、セーフ! 素早い牽制球を放った
「(ブラフだ、走る気はない。プレッシャーをかけて、自滅狙い。バッターオンリーで行くぞ)」
頷いた
『サイン交換が終わりました。ピッチャー、ランナーを目で牽制して足を上げた!』
球種は、カーブ。
構えとは真逆のインコース低めのボール球に手が出てしまい、ハーフスイングを取られてしまった。打者有利のバッティングカウントから、五分五分の平行カウントへ移行。
しかし、今の一球が戦局を変えた。
「(マズい。失投かと思って、思わず手が出た。気付かれたか......?)」
「(結構なボール球にも関わらず反応してきた。それに気になるのは、一球前のカットボールをファウルにした時の様子......試す価値はある)」
サインを出し、内角へミットを構える。
「(また、インコース。ボール気味だけど......)」
今の
『ファウル!
「(......危なかった。だけど――)」
「(なるほど、そう言うことか)」
今の反応で、同じエリアを通過じてから変化させる“ピッチトンネル”の有効性に気がついた
「(彼も捕手だ、的を絞らせないリードをしてはいたが、これほどまでの効果があるとは。いや、比にならないほど効果的かつ、高い精度だろう。そうでなければ、名だたる強豪校を相手に勝ち上がってなど来られるハズがない。打高投低の傾向にある昨今、投手にも、より高い球威が求められる中、致命的と思える球威不足の弱点を補って余りある武器として活路を見出し戦い抜いてきた。認めよう。間違いなく、最強の相手だ――!)」
再びインコースへミットを構えたのを見て、
「完全にバレたな。偶然とはいえ、抜けずに引っかかったカーブが、ストレートとカットボールと同じ軌道に乗ってしまった」
「マズいわ。有効と判断された以上、必ず活用してくるわよっ」
「どうにかするしかねーよ。このままでは、勝機は薄い。詰めていくしかない。五分で勝負できる状況までな」
「よくて、五分......」
「三割で上等の打率より高いさ」
『ファウル! インコースの速球で押してきます! そして、またしてもインコースへ構えました!』
二球とも、ギリギリでカットしてファウルに逃げる。
「(インコース攻め、それも全部ほぼ同じコースから微妙に動いてくる。ナチュラルに変化する速球とカットボールの組み合わせ、次は、どっちだ......?)」
迷う
「――ボ、ボール!」
際どいコース、球審ジャッジは、ボール。
「(くっ、想定より曲がりが小さかった。抑えが利かなくなりつつあるのか。だが、これで――)」
「(助かった。でも、これで――)」
――両サイドを使える。
二人の考えは、完全に一致。
次の一球が、この勝負の行く末を決める重要な一球。
『
「(よし、これで戻せた)」
「(ヒットは捨て、カットに専念してきたか。これで、五分)」
「(相手は、今の一球を最大限活用してくる。ここはもう、アウトコースのストレート一本しかない。問題は、左右のどちらへ変化してくるか。実際に対戦して見た感じ、操っている訳じゃない......だとしたら――)」
「(相当悩んでいる。おそらく、球種、コースともに読まれている。だが、信じきれるか? この場面で、己の導き出した答えを――)」
球審に促された
その眼に応える様に、バッテリーも真剣な面持ちで臨む。
『さあ、サイン交換が終わりました。ツーアウトです。ランナーは、バットに当たった瞬間スタートを切ります!
一球前のカットボールと、同じ外角の軌道に入った。
打者の感覚を狂わすピッチトンネルを通過したが、狙い通りのコースと球種に対し、迷わずに振りに行く。
「(やはり、狙われていた。だが、ここからが本当の勝負だ。右か左か――なっ!? まさか、ここで......!)」
捕手
この場面で、左右へ変化することなく、回転軸の傾きゼロのベストピッチが、今日一番のストレートが来た。今まで誰ひとりとして、まともに捉えていないストレート。勝負は決した、そう思った瞬間――甲高い金属音が響き渡った。
『捉えたーッ!
「に、逃げる!?」
センター方向ややレフト寄りへ飛んだ打球は、空中でスライスし、背走して追う
「任せろ!
「
声かけを受け、カバーに回る。そして、打球は――。
『落ちたーッ! 左中間、レフト前ヒット!
滑り込みながらワンバウンドで打球を抑えた
『こちらも無駄のない完璧な連携プレー! トスを受けた強肩の
「バックホーム、間に合うぞー!」
マスクを投げ捨てた
「
「やんすーっ!」
先にホームインした
『セーフッ! タッチを掻い潜った
「どやっ! でやんすー!」
「オッシャー! 最高だぜ!」
両手でハイタッチを交わした
「そうか......」
――信じ切れなかったのは、オレの方か。
疲労を考慮し、ベストピッチが来ると想定していなかった
「何をしている? まだ勝負は終わっていないぞ」
「
左腕を吊った状態で伝令に来た
「お前たち、下を向くな。まだ二回も攻撃は残っているぞ。ここで切れば、充分逆転は可能な点差だ。
「あ、はい!」
「
「ああ」
「さあ、みんな、あとひとつだ。しっかりと抑えて、攻撃へ繋げるぞ!」
「前を向け。お前が、
軽く背中を叩き、活を入れてベンチへ下がっていく
「まったく、敵わないな。あんたには......」
ひとつ大きく息を吐いた
「ツーアウトだ! ここで切るぞ!」
『おおっと! 気落ちした様子は見受けられません!』
空元気ではないことを証明するように七番
逆転の一打を放ち、ベンチから盛大な出迎えを受ける
「劣勢から、よく持ち直した。お前の読み勝ちだ」
「ありがとうございます」
「さて。あと二回。鬼門は、三番から始まるこの回の守備」
「......追いつかれたら、正直、厳しいと思います」
「フッ、判っているならいいさ」
制球力と多彩な変化を操る
「理想は、先頭を切ること。延長のことは考えなくていい。一打席目から積み上げてきたモノを、全て使って乗り切れ」
「――はい、行きます!」
はっきり返事した
『さあ、
打席の
『
二球目――やや甘いインコースからの緩いカーブ。タメを作って、緩急に惑わされず、膝下へ変化してくるボール球を掬い上げた。
『これも、大きい! 飛距離は十分......ですが、ライト上空、ポールを切れて行きました、これもファウル! バッテリー理想的な形で追い込みました!』
小さく息を吐いて、ゆっくりと構え直した
「(なんてバッターだ、本当に一年なのか? 追い詰められたこの状況で、まるでプレッシャーを感じていないなんて。だけど、しっかり効いてることは間違いない)」
一球、外のストレートを外して四球目、隠し通したマリンボールで勝負に行った。ストライクからポールになる完璧なコースだったが――。
「上がらなかった? くっ......!」
「よし、サード!」
『ワンバウンドになろうかという変化球を捉えました! が、これは、サードの守備範囲か!?』
痛烈な打球は、サードの真正面。
『あーっと、跳ねた! イレギュラーバウンド! サードの脇を抜けて行きました! 記録は、ヒット! ラッキーな形で先頭バッターが塁に出ましたー!』
「ここで、イレギュラー......!」
「フッ、そう簡単には勝たせてもえないな。今度は、こちらに悪い結果をもたらした」
布石はあった。グラウンド整備が入っても、二試合目、序盤や
「伝令は?」
「二塁へ行ってからだ。
「はいっ」
指示を伝えている間に、
「悪い、逸らしちまった」
「いいえ、仕方ないわ。悔やんだって、戻らない。いい? サードへは絶対に送らせちゃダメよ。思い切ったバントシフトを敷くこと」
「バスターは?」
「無いわ。わざわざ小技が上手いバッターを入れたのは、このシチュエーションで確実に送るタメよ」
「了解。ファースト側は俺、三塁側は、
「うんっ、任せて!」
「他に、指示はある?」
「サードへ進まれた時のことを想定しておくこと。でも、安易に塁を埋めることは厳禁、九回が大変になるだけよ。もし先頭に回るようなことがあれば、それこそ取り返しがつかないわ」
「判った。みんな、聞いて――」
「マジか?
「勝算はある。と言うより、これで無理なら勝てない」
「ボクは、信じるよ」
「そうね。やれることは全力やるべきよ。勝算があるのならなおさらね」
「あおいちゃん、
「そうよ! あたし、後悔は絶対したくないしっ!」
「おうよ、やってやろうじゃねーか!」
「ああ」
「だな」
注意に来る寸前、
「どうだった?」
戻ってきた
「大丈夫です。切り抜けてくれます、必ず......!」
「そう」
「心配したところで見守ることしか出来ねーよ」
右打席に入っている
「(確実にバントだ。次で、決めに行くよ)」
「(うんっ)」
『平行カウントからの三球目――バント殺しのインハイ! いや、ここから急降下!』
ストレートに見せかけた、マリンボール。
「よし! うっ......!」
浮いた打球と、走り出したバッターランナーが重なった。この一瞬の躊躇が判断を鈍らせた。アウトは、ファーストのひとつのみ。
『送りバントが決まりました! ワンナウト三塁で、頼れる五番
「ごめん......」
「ううん、ボクも遅れちゃったし。やるしかなくなっちゃったね」
「頼んだよ」
「うんっ!」
ポジションに戻った
「内外野前進! バッター勝負で行くぞ!」
号令でシフトが変わった。内野はバックホーム体勢、外野も定位置よりも一歩前にポジションを取った。
「
「フッ、じっくり見させて貰おうじゃねーか。何を成すのかを」
そして、
「礼を言うぞ。オレに、リベンジの機会を与えてくれたことを」
「要らないよ。ここで終わらせるんだから!」
「来い、勝負だ」
初球、外角低めのカーブを見逃して、ボール。
「(長打が怖いこの場面で、カーブから入るとは。やはり、いい心臓を持っている。しかし、例の変化球で三振を狙ってくることは間違いない)」
ストレート、低めギリギリいっぱいに決まった。三球目も、外角のストレート。強引に引っ張り、三塁側の内野スタンドに飛び込むファウル。
「(全て外角の低め、例の目くらまし投球。しかし、ここは一球内角をつき、勝負は外角の変化球が定石だが――)」
「(頼んだよ、あおいちゃん!)」
「(うん!)」
『サインに頷いた
遊び球は使わず一気に勝負にいった、マリンボール。
「(やはり、勝負に来た。単純なセオリーなど使って来ない、読み通りだ!)」
振り抜いた打球は、ライト上空へ高々と舞い上がった。
『打ったー! ライト
打球を見た
「
「抜けない!?」
声に急ブレーキ、全力でサードへ戻る。
「(くそ、狙いよりもボールの下に入った、崩されたか。打球はおそらく、外野の定位置――)」
落下地点は、ライト定位置よりやや前。
「(チッ、思った以上に伸びなかったか。だが、
『
「バックホームッ!」
文字通り、矢のような返球が中継に入った
「
「えっ!?」
『ホームクロスプレー! 判定は――』
「アウトーッ!」
『アウト、アウトです! ホームタッチアウト・ダブルプレー! 一瞬でピンチを脱しましたーッ!』
まさかの結果に場内は騒然としている。
走って戻って来る
「クックック、やりやがったな、アイツら」
「まさか、狙ったのっ?」
「ああ。マリンボールは、強力なトップスピンがかかっている。武器であると同時に欠点でもある」
バットがボールの下に入ると、自然と打球は上がる。
「だが、甲子園には浜風がある。ライトへ高く上がった打球の結果は、定位置よりやや前。しかし、瞬足の
「どこか一カ所でも滞れば、成立しないプレーを、この場面で......」
「やられたな」
「ああ、完敗だ。だが、最後まで貫く。オレたちの姿勢を――」
「おうとも! さあ、しっかり守って来い! 最後まで諦めるな!」
逆転を許し、ダブルプレーで好機を逃した直後、嫌な流れだったが
バックスクリーンのストライク表示のランプに明かりが灯る度に、大きくなる恋恋高校応援スタンドの歓声。それは、ベンチの選手たちも同じ、大声を張り上げている。
その中で、唯一冷静に淡々と試合の行く末を見守っている人間が居た。彼は、隣で祈るように試合を見つめる女性、
「奇跡って、何だ?」
「奇跡......?」
「そうだな。例えば、ツーアウト満塁フルカウント一発が出れば逆転サヨナラの場面で、ど真ん中に来た失投を見事ホームランしたとしよう。果たしてそれは、奇跡と呼べるか?」
「一般的には、奇跡と表現させれるんじゃないかしら? 少なくとも、報道や各社の紙面の一面には、奇跡の逆転サヨナラホームランと見出しが踊るでしょうね」
「だろうな。だが、俺に言わせれば、それは奇跡などという抽象的なものではない。俺は、この世界に奇跡など存在しないと考えている。なぜなら、全ては行為の上の結果だからだ」
「......結果?」
首をかしげる
「試験で山が当たった。それは、偶然なのかも知れない。しかし、それは少なくとも、教科書を開き、ページの内容を記憶したから残せた結果だ。それは、奇跡とは言えないだろ」
「......そうなのかも、知れないわね」
「宝くじも、馬券も、買わなければ当選することはない。前の走者が満塁のチャンスを作ったことも、バッターがフルカウントまで粘った上で、たった一球の失投を引き出したことも、ミスショットせずホームランを打ったことも紛れもない実力だ。決して奇跡などという簡単な言葉で片付けていいものではない」
ツーアウトを取ったところで、
「どこへ行くの?」
「俺の役目は終わった。これ以上は、更なる高みへ向かおうとしているアイツらの邪魔になる」
その言葉に
ベンチ裏へ下がって行く
そして――ラストバッターへラストボールが投げられた。
球場の外まで聞こえるサイレンと、鳴り止まない歓声を聞きながら、愛車のボンネットに腰掛け、タバコに火を付けた
――さて、こちらも終わらせるとするか。
* * *
休養日を挟んだ、決勝戦当日。
春の覇者アンドロメダ学園を前に怯む様子もなく、恋恋高校ナインたちは堂々と対峙していた。
「練習試合では、後輩たちが世話になったそうだナ。決着は、オレたちが付けさせて貰うゾ」
「勝つのは、俺たちだよ」
「フッ、楽しみダ」
整列していた両校の選手たちが、グラウンドへ散っていく。
『さあ、遂にやって参りました! 球児たちの夢舞台、甲子園大会決勝戦! 春夏連覇を狙う、アンドロメダ学園対初出場初優勝を狙う、恋恋高校との一戦! 戦いの火蓋が今、切られましたー!』
この時、恋恋高校ベンチに中に
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Epilogue
Episode Final ~ネクストゲーム~
東京都内、東京読読ガラリアンズの親会社が所有するオフィスビル。ガラリアンズの元オーナーで、現在は特別顧問の肩書きの
「フン、くだらんな。我が球団の一位指名は、
他球団のオーナーに対して、一位指名を事前に通告し圧力をかけている。
「会長。栄冠を掴んだのは、例の学校でしたね。他球団のスカウトには、獲得へ向けて動いているとの情報もありますが?」
「そんなもの認める訳がなかろう。ヤツの教え子など言語道断だ。そもそも、球界から確実に追放するために研修参加を認めてやったに過ぎん。ん? 誰だ?」
面会の予定は入っていないが、ドアがノックされた。
デスクでパソコンを操作していた別の女性秘書が、来訪者の応対に向かう。来訪者を確認した彼女は、とても慌てた様子で
「か、会長!」
「何ごとだ? 騒々しい」
「それが、その......」
言いあぐねる秘書の後ろから、
「き、貴様は、
勢いよく立ち上がった
「くくく、そう青筋を立てていると早死にするぞ?」
小馬鹿にしたようにせせら笑う
「キサマァ、いったい誰の許可を得て座っている!? それ以前に、どうやって――」
「金で動くヤツは金で裏切る。よーく知っているだろ?」
「くっ......!」
「まあ、固いことを言うなよ。今から、面白いショーが始まるのさ」
「ショーだと......?」
「おい、テレビ付けろ」
テレビを付けるよう指示された秘書は戸惑いながらも、言われた通りテレビの電源を付ける。先ほどまで放送されていた番組は中断され、緊張感のある画に変わっていた。
『さて、番組の途中ですが。ここで、臨時ニュースをお伝えします。別室に中継が繋がっています。
画面が切り替わり、パワフルテレビの女性アナウンサー
『はい。こちらは、パワフルテレビ局内の一室です。ただ今から、プロ野球の選手会が臨時会見を行います』
画面内には、選手会を代表して、リカオンズの
『司会進行は、わたくし、
『はい』
指名された
『まず最初に、この場と時間を用意していただけたことに深く感謝の意を申し上げます。ありがとうございます』
三人揃って深々と頭を下げ、本題に入った。
一部で報道されている、ブルーマーズの不正行為について。不正の主導・手引きした
「な、なんだ? これは......いったい、どう言うことだ!?」
「ご覧の通り。ブルーマーズの連中は、不正行為を全て認めたのさ。厳罰を覚悟した上でな」
「だから何だと言うのだ、こんなことをしたところで何も変わらん! むしろ、不正行為が確定し、世間の反感を買うだけに過ぎん! ブルーマーズの親会社の球団経営権剥奪は確定、シーズン途中であろうが球団は即消滅! リーグを維持出来なくなるパ・リーグの命運は決まったも同然だ!」
その後
『これから夢を、希望を持って、プロの世界に飛び込んでくる若い選手たちのため。どうか、お力を貸してください!』
必死の形相で訴えかける
「フン、バカめが。イメージダウンに繋がる球団を欲しがるような企業など無い。万が一申し出があろうとも、我々が認めなければ承認されん。全ては、ワシのシナリオ通り。我が軍中心の一リーグ化は、もはや誰にも止められん既定路線だ......!」
「クックック......さーて、そいつはどうかな?」
意味深に笑う、
『あ、はい。えっ......? ほ、本当ですかっ?』
様子が慌ただしい空気が流れる。
『そ、速報です! たった今、情報が入りましたっ! 新規参入を希望する企業が名乗り出ましたっ!』
『なっ!?』
「な、なんだと!?」
身を乗り出した
『手元の情報によりますと、新規参入の意思を表明したのは――』
会見の最中、新規参入を表明した企業は、ガラリアンズの
「......猪狩コンツェルンだと? バ、バカな......なぜ、こんなことに――」
まさかの相手に、膝から崩れ落ちた。
「お前の負けだ。部外者がこれ以上、鉄火場を土足で踏み荒らすな」
席を立った
* * *
そして、季節は巡り、秋。
レギュラーシーズンの全日程が消化され、ドラフト会議が執り行われようとしていた。
『今年も、この日がやってまいりました。プロ野球ドラフト会議。実況は私、
猪狩カイザースを先頭に、各球団の代表が会議室へ順番に姿を現す。
『続いては、彩珠リカオンズ。今期もシーズン終盤まで、千葉マリナーズとの死闘を演じましたが。主砲
「
「見るからにな。そう言えば、ウチの一位指名は誰なんだ?」
「さあ? 球団も、監督も、最後まで公表しなかったからね。ただ、投手中心の指名になると思うけど」
「よう。何を真剣に語り合ってるんだ?」
プレーオフへ向け、練習場で行っていた調整を中断し、設置されたモニターでドラフト会議の様子を見守る、
「
「お前、どうやって入ったんだ?」
「お前たちに用があると言ったら、すんなり通してくれたぜ? 多少謝礼は弾んだがな」
「ウチのセキュリティ大丈夫かよ......?」
呆れ顔の二人を後目に、壁に寄りかかって腕を組んでモニターを眺める。
『第一回希望選択選手、猪狩カイザース――
「新規参入のカイザースは表明通り、御曹子か」
「実力、人気共に兼ね備えている。貴重なサウスポー、新チームの軸に据えるつもりだろうね」
「くくく、それだけじゃねーんだな」
「まさか、お前か! 猪狩コンツェルンに新規参入を進言したのは......!」
「おいおい勘違いするなよ。別に、球団を獲得しろだなんて一言も言っちゃいねーよ。ただ、セーヌ川のほとりで夫婦仲むつまじくブランチを楽しんでいたところに偶然出くわして、少しばかり世間話しをしただけさ。ご子息の希望進路先には、教育に悪影響を及ぼし兼ねない重大な懸案事項がある、とな」
「暗どころか直球じゃないか......」
「それで? 僕たちに何の用なんだ? 大事な決勝戦を前に行方を眩ませた、お前が――」
「まあ、大したことではないが。少しばかり、面白いモノを見せてやろうと思ってな。ポスティングシステムでの移籍を検討している、今期二冠王の天才打者に――」
室内練習場内のバッティンゲージで、
「お前、痛めた肩は......?」
「確かめて見ろよ、その目でしかとな」
振りかぶって、第一球を投じる。ど真ん中にストレートが決まった。審判役のトマスはジャッジを下し、スピードガンの数字を読み上げる。
「ストライクだ。127キロ」
二球目は、外角へ沈む高速低回転ボールでファウルを打たせた。
「どうやら、本当に全快したようだな。ならば、こちらも遠慮はしない、来い!」
「フッ、さて、遊び球なしだ。次で決めるぜ?」
勝負の三球目――バットに触れることなく、後ろに設置された防球ネットを揺らした。
「なっ!?
「......完全に捉えたハズなのに」
「くくく、面白かっただろ? さて、これで用向きは済んだ。おいとまさせて貰う」
「ま、待て! 何だ、今のは!? 回転は完全にストレートだった。なのになぜ、スライドしたんだ!」
「変化球......!?」
「マジシャンがタネを明かすか? 自分で考えろよ」
背中を向け、出入り口へ向かう
「言い忘れていた。来シーズン、とある球団とマネージメント契約を結んだ。リーグのお荷物、アメリカの弱小球団だ」
「アメリカ......」
「フッ、まあ、そう言うことだ。じゃあな」
去っていく
* * *
そして、冬が過ぎて春。出会いと別れの季節。
「ねぇ、聞いた? 今年の入部希望者、20人以上居るんだって。選手希望の女子も何人か居るみたいだよっ!」
「はぁ、嬉しいけど、大変だよ~」
春休み中に新設された恋恋高校野球部の女子更衣室で、
「それらしいこと言ってたけど。絶対、面倒ごとを押し付けただけだよね?」
話し合いの結果残った男子四人、
「ガンバって、キャプテンっ!」
「もぅ、人事だと思って......よし、行くよ!」
ロックを解除し、意を決して更衣室のドアを開け放った。
ベンチ前に集まっている人集りの下へ行くと。凜とした佇まいの女性が、一部の入部希望者の態度を咎めていた。
「口を慎みなさい。それほどの大口をたたく自信があるのなら、結果で示すことね」
女性の正体は甲子園で対戦した、聖タチバナ学園の
「
「大したことではないわ。少々身の程知らずの新入生が居たから、口の利き方を指導しただけよ」
「そ、そうですか」
「まあ、想像つくけど......」
「みなさん、ようこそ、恋恋高校野球部へ! わたしは、キャプテンの
入部希望者たちの目の色が変わる。特に、ある程度の実績を引っさげて来た男子の目の色が。
しかし、彼女の言葉には続きがあった。
「――ですが。試合で使えるレベルに達していないと判断した場合、ベンチ入り可能人数の上限20人以下で参加します。背番号が欲しければ、予選までの九十日で使えるようになってくださいね」
ニッコリと笑顔を見せて言ったが、目は笑っていない。
「では。マネージャー志望の人以外は、
「はーい、それじゃあ、アップを始めるよー。え? 何周走るのかって? そんなの決まってるでしょ? 動けなくなるまでだよ。先ずは、受験で鈍った足腰を戻さないとね。はい、スタート!」
走り出した
「どうしたのっ? まだ、三キロも走ってないよー!」
グラウンドを走る姿を、更衣室と共に新設されたトレーニングルームで自主トレを行っていた四人の男子が、危機感を持った
「想像以上にヤバいな。甲子園云々の話しじゃない」
「だね。このあと、地獄の筋トレが待ってるのに。まあオレたちも、人のことは言えなかったけどさ」
「ホント、凄い先輩たちだったんだって。改めて実感したよ」
「自分たちの練習を欠かさず、俺たちのフォローもしてくれてたんだもんな」
今度は、自分たちがしっかりせねばと強い責任感が芽生えた。
その頃、理事長室では、
「いよいよ、始まりましたな。新しいチャレンジが」
「はい。ですが、こう言うことなのですね。新しく始めるとは」
「前途多難ですかな?」
「ええ。ですが、大丈夫です。彼の教えは――」
――確実に生きています。あの子たちの中で......。
* * *
「
「よっす! 久しぶりだな~」
「遅いわよ!」
約束の時間より少し遅れてやって来た
はるかの実家のゲストルームに、
「結構、忙しいんだよ。取材とかさ。まあ、新人王は、
「高卒新人で開幕投手を務めて二桁勝利だもんねー。最後の方は、息切れして連敗してたけど。あんたも、二桁打ったのに、相手が悪かったわね」
「それよりも、規定に届かなかったのが悔しい。来年は、開幕から出るぜ!」
来シーズンへ向けて息巻く、
「俺は、順位が決まってからの昇格だったから体験みたいなものだよ。二軍で経験を積んで、結果を残さないと」
「そこは、絶対奪うっていいなさいよねー。あおいも、一軍で投げたんだし」
「ボクも、顔見せで一試合だけだよ。それに、打たれちゃったし......」
「打者二人を打ち取ったあと、
「そうですね。私は、あおいを応援しましたけど。
「ホントよね。三人全員が同じリーグじゃなくて良かったわ。交流戦と日本シリーズ以外、少しは応援に迷わなくて済むし」
「......みんな、オイラのことを忘れないで欲しいでやんす!」
「え? だってあんた、育成じゃん?」
「来シーズンから支配下登録選手になったでやんすー!」
「おい。中継が始まったぞ」
『世界一を決める決戦も、いよいよ最終戦を迎えます!』
「すんごい熱気、さすが野球の本場アメリカ!」
「世界一を決める、優勝決定戦だからね。
「うん。チケット取れたって言ってたよ」
「まさか、アメリカの独立リーグへ挑戦するなんてね。指名の話しもあったみたいなのに。あの向上心と行動力は、素直に見習いたいわ」
「そうですね。あっ、
画面には今季、ポスティングシステムを使って、レッドエンジェルスへ移籍した
『三勝三敗で迎えた第七戦。王者を決める戦いが今、始まろうとしています! 先攻は
後攻チームの先発のマウンドには、弱小球団をプレイングマネージャーとして一年でリーグ制覇へと導いた
「さあ、始めようじゃねーか。真の世界一を決める運命の第七戦、優勝決定戦を」
「(そうだ。僕は、ずっと待ち望んでいたんだ。この瞬間を――)」
打席に立ち、真っ直ぐと
「フッ、さあ、行くぜ?」
「――来い!」
二人の天才が醸し出すただならぬ空気に、スタジアム内にも独特な雰囲気が漂っている。それは、画面越しにも充分に伝わっていた。
「俺たちも、いつかここで――」
「うんっ!」
『投手タイトルを総なめした
この最高の舞台で、恩師である
―7Game fin.―
これで完結となります。長々と最後までお付き合いくださりありがとうございました!
簡単な設定公開です。
タイトルの「7Game」は七つの挑戦を意味しています。
「
「甲子園出場までの七試合の道のり」
「ナインの成長、
「プロ野球界改革」
「海外挑戦」
「優勝決定戦が七戦目、
「将来、成長したナインたちとの真剣勝負」
多少苦しいこじつけの様な部分もありますが。基本的には、上記七つの意味を持つ形での構成を考えました。
シナリオ上の最終戦がオリジナル校だった理由ですが。これには当然、賛否があると想います。自身の中では当初から、最後は捕手同士の駆け引きでと決めていました。ただ、既存の高校で駆け引きを得意とする捕手に焦点が当てられている高校が無いこと、フライボール革命やピッチトンネルなどの理論を持ち込むため、総合的に判断し、オリジナル校でと言う決断に至りました。
この判断が正しかったのか間違っていたのかは、正直、今でも判りません。
いつか、振り返るときがあるかのも知れませんが。今は、ただただ最後までお付き合いいただけたことに感謝しかありません。
繰り返しになってしまいますが、最後までお付き合いくださりありがとうございました!
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Another Game
Another Game 聖タチバナ学園の挑戦
『ああっと! いい当たりが左中間を破った! セカンドランナーが帰ってくる! 中継を挟んでバックホーム! ですが、間に合いません! この回一挙4失点、7回コールドゲーム成立です。夏の王者が、秋の県大会二回戦で姿を消しましたー!』
* * *
聖タチバナ学園野球部、女子部員専用ロッカールーム。
「ま、覚悟してたけどさー」
「先輩たちが抜けた穴は想像以上に厳しいぞ」
制服を着替えながら先日の試合を振り返る二人の女子、
新チームの課題は、火を見るより明らか。
みずき、
その彼女の妹、
「早いですね、お二人とも」
「おーっす」
「和花、今日もブルペンに入るか?」
「ええ、そのつもりです。新チーム最大の課題は投手力ですから」
聖の質問に答えた和花は、脱いだブレザーの上着をハンガーに掛け、赤色のネクタイを手早く解く。
「まあね~。男子が頼りにならないってワケじゃないんだけどぉー」
「うちは元々三年生中心のチームだったからな、こればかりは仕方ないぞ。中途半端に速いボールは絶好球、優花先輩はそれを懸念してた」
「前の試合で実際打ちこまれたしねー。ねぇ、和花。優花先輩、部活に出てこれないのー?」
「放課後は、ほぼ毎日塾があります。ワンランク上の志望校に変えると話していました」
「さっすがー」
「うむ。しかし、困ったぞ」
聖タチバナ学園の監督は、野球未経験者の教師。練習メニューは個別練習も含めて今まで優花、
「今日からの練習メニューですが、私なりに考えてきました」
着替えの手をいったん止めた和花は、スクールバッグの中からタブレット端末を取り出す。それを受け取った聖は、みずきにも見えるようにして持ち、一緒に画面を見る。
「これは......」
「ちょっとハードなんじゃない?」
「それは、私の個人練習です。チーム練習は次のページです」
「個人メニューならなおのことハードだって言ってるんだけど。普段の倍くらいあるじゃん」
「本格的に二刀流を目指すわけですから。計算上オーバーワークではありません」
「みずき、メニュー確認が先だ」
「はいはーいっと」
画面をスワイプさせ、次のページへ。姉の優花にアドバイスを貰って考えられた練習メニューは、個々のレベルアップを目的としたものが大半を占めていた。
「うちの課題は投手力ですが、勝ち上がるには劣勢の戦況を打開できる個々の力が必要になります。特に、メンタル面。恋恋高校との試合で痛感しました」
「確かに。恋恋高校の集中力は見習うべきだと思う。みずきは、打ちこまれると動揺が顔に出るからな」
「あんたは、小心者だけどね。外、外、外の逃げ一辺倒になるしー」
「むっ!」
「ふんっ!」
頬を膨らませて互いに弱みを言い合う二人を横目に、練習着に着替え終えた和花は「そういうところです」と冷静にひと言添えて、静かにロッカーを閉じた。
「あんたはもっと口と顔を出しなさいよ」
「そうだぞ、和花はもっとコミュニケーションを取るべきだ」
「必要がある際は取っています」
「それじゃ足んないって言ってんの」
「うむ。言葉足らず過ぎだ」
「と言われましても。特段話すようなこともありませんし」
「それこそ、彼氏でも作ったらどう? 恋バナなら少しは話すようになるんじゃないの?」
「それで野球が上手くなれるのでしたら作ります」
二人は呆れ顔、当の本人は不思議そうに首をかしげたままだった。
準備を整えた三人は、ロッカールームを出た。9月の下旬にも関わらず、晴れ渡った青空から照りつける日差しは熱く、生温い風が駆け抜けるグラウンド。先に着替え終えた男子部員たちが軽めのキャッチボールで身体を動かしている横を通り、ベンチの前に立ったみずきは、号令をかける。
「はい、しゅーごー!」
なかなか集まりが悪い。やや不満気に眉をひそめる、みずき。
「ダッシュ! 5秒以内に来ないやつは、グラウンド整備! ごー、よん――」
突如始まったカウントダウンを受け、駆け足で整列。やや乱れた息が収まるのを待ち、新キャプテンに任命されたみずきは、来年の夏に向けて目標を打ち出す。
「来年の目標はもちろん、甲子園優勝よ!」
「いや、無理だろ」や「この前ボロ負けしたばっかじゃん」などなど......弱気な言葉がチラホラ耳に入るが、そんなことはお構いなしと言わんばかりに強気に言い放つ。
「なに、あんたたち文句あるわけ? 恋恋が優勝したんだからうちだって不可能じゃないでしょ!」
「あそこ、U18代表に3人も選ばれてたし。それに比べてうちは......」
「代表選出0人」
あちらこちらで自虐的な笑いが溢れる。
「あんたたちねぇ......悔しくないわけ!?」
「落ち着け、みずき。和花も、言ってやってくれ」
「そうですね。橘さん、複雑に考える必要はありません。やる気のない方には辞めていただいて、やる気のある人だけで目指しましょう」
「いや、そこまで想ってないわよ?」
みずきの言葉にまたも首をかしげる和花と、小さくため息をつく聖だった。
とりあえずこの場は治まり、練習メニューへ移行。あんな様子だった部員たちも、誰もが真剣に取り組んでいる。野手としてのメニューを終えた和花は、内野手用のグラブを投手用のグラブに持ち替えて、ブルペンに入る。みずきのボールを受けていた聖は練習を切り上げて、彼女に声をかけに行く。
「よし、軽めに立ちで20球」
「既に肩は出来ていますよ?」
「内野送球と投球は違うぞ。本気で投手を目指すなら、まずはフォームをしっかり固めるところからだ」
「わかりました」
聖の助言を素直に聞き、セットポジションで構え、ひとつひとつの動作を確認しながらボールを投げる。
「(やはり、制球力は抜群だ。その気になれば球速もみずきよりも出る。だが――)」
「これでは、抑えられませんね」
自分の欠点は、和花自身がよく理解していた。
緊急事態に備えて多少練習していたとはいえ、抜群の制球力はあくまでコースを狙った場合のもの。制球を度外視して本気で投げた場合120キロ出るかでないかの球速、実戦で使えるような変化球はなく、クイック、牽制、ベースカバー、バント処理など、クリアしなければならない課題は山のようにある。
「和花、手本を決めよう」
「そうですね。お手本はやはり、あの人になりますね」
和花が上げたのは、サブマリン投法の
利き腕の左右の違いはあれども、球速よりも高低前後左右を自在に投げ分けられるピッチングスタイル、スリークォーターの教科書のようなしなやかなフォームは、手本としてはこれ以上ない。休憩から戻って来たみずきも加わり、瑠菜が投げた試合映像を改めて見直す。
「打ちづらそうにしてるわよね~」
「ええ、特に右打者は相当意識しています。フォームでしょうか?」
「おそらくはな。同じサウスポーのあかつきの
「けど、それだけじゃないわ。あの人の一番の武器は、これ」
甲子園初戦対帝王高校の1球。ミートポイントの手前でスッと沈んだストレート。
「ストレートに近いスピードで沈む変化球。チェンジアップに近い球種なんだろうけど、握りは完全にストレートなのよね」
「リリースの瞬間、スナップを殺して意図的に回転数を押さえる。キャッチャーの捕球体勢からして、十六夜さんが意識的に投げていると仮定していいと思います」
「ふふーん。ま、ストレートと変化球の投げ分けは私も得意だけどねー!」
「得とく出来れば強力な武器だが、まずはフォームだ」
「ええ、それでは始めましょう」
「ビシバシ指摘してあげるから覚悟しなさいよ」
ことある度にみずきに指摘をされたことを見直しながら、フォーム作りに取り組んだ。
* * *
部活帰りのみずきと聖は、甘味処に寄り道していた。
「和花、ここのところ悩んでる」
「そりゃそうよ。まだ練習始めてひと月ちょっとだし、簡単に上手く行くわけないじゃん」
「それはそうなのだが。何してるんだ?」
「んー? 新曲チェック」
操作し終えたスマホをスカートのポケットにしまって、スプーンで掬ったプリンを口に運び、頬をほころばせるみずき。
「のん気だな」
「私たちが心配してもしょうがないって、こういう時の適任がいるしね。食べないなら貰うわよ? きんつば。たまには和菓子もいいわよね」
「誰も食べないなんて言ってない。そもそもプリン二つ目だ、太るぞ」
「な、なんですってー! あんただって、お昼に大福食べてたじゃん。お腹にお肉が乗っかってんじゃないの!」
「なーっ!」
騒がしい女子会が続く夜。一足先に自宅に戻った和花は、姉優花の部屋ドアを叩いた。
「姉さん、少しいいですか?」
『ええ、構わないわ』
返事を聞いて、優花の自室に入る。机に向かっていた優花が着いたテーブルの向かいに腰を下ろし、タブレットを置く。
「これを。姉さんの感想を聞かせてください」
「あなたのピッチングね。あら、ずいぶん様になったじゃない」
「いかがですか?」
「ダメね。これじゃ運が良くても打者一巡が限界よ。和花、フォームをマネるだけじゃ意味はないわ。マネたフォームを自分のものにしなさい。どれ程の努力しても、あなたは十六夜瑠菜にはなれないわ」
「十六夜さんのフォームを自分のものに......」
「和花、外に出るわよ」
「姉さん」
「気にする必要はないわ。適度な運動は、脳を活性化させるの。さあ、行くわよ。投手をやるからには、みずきを追い越して、エースを目指しなさい」
「はい」
自宅の庭に出た二人は、今のフォームをベースに細かなチェックを時間が許す限り続けた。
そして、ひと月が経ち。
対外試合禁止期間になる最後の練習試合、和花の本格的な投手デビュー戦。相手は、他県の中堅校。
「和花、後ろには私が居るから気楽にね」
「ええ、頼りにさせていただきます。六道さん」
「ああ、サインの確認だ。ランナーが二塁に居るときはひとつスライドさせよう」
「わかりました」
「円陣! それじゃあ行くわよ? 聖タチバナ、ファイ――」
「オオー!」と気合いが入った声出し、先発メンバーがグラウンドに駆け出す。ホームベース前で礼をし、各々ポジションに散り、投球練習を終えた聖タチバナバッテリーの準備が整った。
「プレイボール!」
球審のコール。
聖のサインに頷いたマウンドの和花は、投球モーションに入る。その様子を生徒も疎らな教室の窓際から見守る、優花。
「ミスを恐れず思い切りいきなさい。和花」
彼女の言葉が通じたかのように、アウトコース低めいっぱいにストレートが決まった。
「よし! ナイスボールだぞ!」
「いいわよ、その調子その調子!」
「バッチ来ーい!」
「打たせろ打たせろ!」
バックの声援を背中に受け、力強く頷いた和花に迷いはなかった。ゆったりと力みなく投球モーションに入る。
肌寒さを感じるようになった晩秋の空の下、聖タチバナ学園の新たな挑戦が今、幕を開けた。
現時点で続編は未定です。
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Another Game 二人の決意
八月某日。
熱い夏の戦いが幕を閉じた後も、地元挨拶、取材対応、都知事への優勝報告と、恋恋高校を取りまく環境は忙しなさが増すばかりだった。そして、ようやくひと段落がついたと思いきや、新たな話題が飛び込んで来た。
昼休み、校長室に呼び出された
「今朝、事務方から正式に連絡があって、君たち四人がU18日本代表の候補に挙がっているという話しがあった」
「に、日本代表? 俺たちがですか?」
「うむ。急だが、来週正式に発表されることになる。辞退の申し入れは都合上、明後日までに申し出て欲しいそうだよ」
突然のことに、四人とも喜びよりも驚きや戸惑いの方がより強い。四人のうちのひとり、甲斐はやや目を伏せて呟き。この場に同席していた
「明後日まで......」
「深刻に考えなくていいわ。故障はもちろんのこと、受験専念とかを理由に辞退する人も珍しくはないそうよ。すぐに答えを出すことはないわ。今はまだ整理がつかないだろうけど、しっかり考えなさい」
「はい」
席を立った四人は、理事長に一礼して校長室を後にする。
四人が校長室から離れた頃合いを見計らって、理事長は理香に訊ねた。
「彼は、悩んでいたようですな」
「甲斐くんは、難関校への進学希望なんです。甲子園滞在中も隙間時間を見つけては、参考書に向かっていましたから」
「そうでしたか。ところで、加藤先生。彼の行方は?」
「......それも、まだ何も。ですが、自分の役目は終わったと言っていました。きっと、還っていったんだと想います。あの人自身の鉄火場へ――」
※あの人。猪狩夫妻と接触後ヨーロッパ各地を放浪、カジノ等ギャンブルを満喫中。
「勝負師ですから」
「そうですか。そうそう、それからもう一つ、今年も開催されることになったそうです」
向かいの席に座り直した理事長は自身の机の引き出しから持ってきたA4サイズ封筒を、理香の前に置く。封を切り、中の書類に目を通す。
「これは......」
書かれていたのは、元メジャーリーガー主催の女子選手を招いた特別試合。女子代表チームの監督就任と、メンバー選考の協力を求める旨。
「いかがしますか? 加藤先生」
小さく息を吐いた理香は、窓の外へ顔を向ける。
熱い日差しが降り注ぐソフトボール部と兼用のグラウンドの片隅の木陰で、三年生が抜けて六人しかいない一年生たちが、次期キャプテンを誰が務めるか話し合っている。
「お引き受けします。あの子たちの、来年入ってくる生徒たちのために」
「そうですか。では、私の方から返事をしておきます」
* * *
U18代表合宿当日の朝。鳴海、奥居、真田。そして、バックアップメンバーに選ばれた
「いよいよだな。まさか、日本代表に選ばれるなんてな」
「そうか? オイラは、選ばれると思ってたぜ」
「そりゃ奥居は当然だろ。つーか、同じ学校から20人の枠に三人も選ばれるって地味にスゴくね?」
「派手にだよ。甲斐くんは、残念だったけど」
「仕方ねぇよ、うち進学校だし」
悩み抜いた結果、甲斐は学業を優先するため代表を辞退。
彼の他にも辞退者が数名出て再選考が行われた結果、恋恋高校からは三名が正式に選出。
「ま、三人でも上等だよな」
「だよなー。そういやあ、女子代表の監督は加藤先生が就任するらしいぜ~」
「うん、聞いたよ」
「正直、羨ましいよな。あのスーパーレジェンドと試合できるなんてさ。それに今年は、去年現役引退したも結構参加するって噂じゃん」
「それ、どこ情報?」
「噂だよ、うわさ。現役選手も出るかもって話もあるらしいぞ」
「へぇ、後で訊い――」
「三人とも、オイラを忘れないで欲しいでやんすー!」
「なんだよ? 矢部」
痺れを切らした矢部が、声を荒げる。
「シカトとは立派なイジメでやんす、精神的苦痛を受けたでやんす、慰謝料を請求するでやんす!」
「別にシカトなんてしてないよ。むしろ、なんで話に入ってこないのかなーって思ってたし」
「話が、代表に選ばれた三人前提だったでやんすー」
「“正式”にはって話だろ。バックアップメンバーだって、立派な代表選手だろ」
「それはそうでやんすが......」
アナウンスが車内に流れる。ドアが閉まり、ゆっくりと動き出した。隣駅の品川で、覇堂高校の
「俺たちしか乗ってないけど、他の学校の代表選手はもう着いてるのかな?」
「他県のヤツら大抵前乗りしてる。春ん時は俺もそうだった」
「へぇ、そうなんだ。代表の合宿ってどんな感じ?」
「メンツが違うってだけで普段とそう変わんねえよ。全体練習とポジション別練習ってとこだな」
「あ、そっか。全体練習あるんだ。まあ、あるよね普通」
「
「でやんすね」
「はあ?」
木場は、すっとんきょうな声を上げる。バス停に着くまでの間、恋恋高校独自の練習内容を四人から聞いた木場は、考えられないといった様子で訝しげな顔をしたままだった。
「着いた、あそこだ」
下車したバス停から歩いて数分、合宿場に到着。球場の入り口前には、先に到着した他校からの代表選手が集まっていた。木場を先頭に集団の下へ向かう。
準優勝校アンドロメダ学園のエース
「お、懐かしい顔がいるじゃねぇか。よう」
「......木場」
木場が声をかけたのは瞬鋭高校三年、
「相変わらず辛気くせえな」
「ほうっておけ。そのジャージは、恋恋高校か」
「ああ。俺、恋恋の鳴海」
矢部、奥居、真田を紹介し、握手を求めて手を伸ばそうとしたところ。
「悪いが、馴れ合うつもりはない」
「気にすんなよ。堅物だけど悪いヤツじゃねぇから。なんだかんだ言いつつ練習中以外はちゃんと答える律儀なヤツだからよ」
「......余計なことを」
憮然とした顔のまま、やや気恥ずかしそうに視線を背ける才賀に恋恋高校の面々は吹き出しそうになった。
初対面、顔見知りと挨拶を交わしていると、高級外車が集合時間間際に駐車場に乗り付ける。後部座席から姿を現したのは、あかつき大附属のトレーニングウェアを着た
「思ったよりかかったな、電車のが正解だったかもな」
「......キミが強引に押しかけたんだろう」
これで、バックアップメンバーを含めた全員が集結。
スタッフの案内で球場内のロッカールームへ。各自荷物を置き、ミーティングルームへ移動すると、監督、コーチ陣が待っていた。
「あん? 誰だ? あのオッサン。どっかで見たような気が――って、うちの監督じゃねーか!」
「......座れ、二宮。他の者も楽にしてくれ」
白髪交じりのオールバックにヒゲ面、サングラスをかけた
「今回、日本代表監督を務めることになった千石だ」
「監督。どういうことですか?」
猪狩が挙手し、訊ねる。
「うむ。本来監督を務めるはずだった方が体調を崩してな。スケジュールは変わらない。至らないこともあると思うが、よろしく頼む」
会釈した千石に「お願いします」と全員で声を揃えて答えた。
配られたスケジュール表を片手に大まかな説明を受け、練習着の上から名前と背番号入りのゼッケンを着けて、グラウンドに出る。軽いウォーミングアップをしたのち、ポジション別に分かれて本格的な練習が始まった。
「おりゃ!」
「フッ!」
『おお~!』
奥居と才賀の打撃練習を見て、スタンドに詰めかけた取材班が声を上げる。
「声をかけてみてはどうだい? こういった時にしか得られないこともあるよ」
「そうですね」
蛇島に背中を押して貰った友沢は、打撃練習を終えた二人の下へ。
「お二人は、何か気をつけてることってありますか?」
「オイラが一番気にしているのは、風でやんすね。風向きも考慮してバッターごとに守備位置も変えてるでやんす」
「風は、送球も影響受けるから重要だな。あとは足下か。芝の長さ、水を含んだ時の弾み具合とか」
「へぇ、いろいろ考えてやってるんですねー」
真田は、矢部や沖田、バックアップメンバーも交えて意見を交わし。ブルペンは、バッテリー陣が組み合わせを替えながら投球練習を行っている。
「ハーッハッハ! ボクの鮮やかな変化球に酔いしれたまえ!」
「オイ、テメェ! サイン通り投げやがれ!」
「解き放たれたボクは、何者にも縛られないのさ!」
「北斗、カットは無理に対角を狙わなくていい。右打者の外角の出し入れを覚えてピッチングの幅を広げろ」
「わかった、いくぞ!」
二宮は、虹谷と。土方は、北斗のボールを受け。鳴海は、猪狩のボールを受けている。
「フッ!」
「ナイスボール!」
猪狩にボールを投げ返したところで千石に声をかけられた鳴海は、顔を上げる。
「どうだ? 受けてみた印象は」
「この手のボールを受けるのは初めてなので、少し戸惑っています」
「今年は、左右様々なタイプの投手が選ばれている。可能な限り多く受けて経験を積むといい」
「はい! 猪狩、そろそろ変化球も混ぜていこう」
「ああ」
練習に戻る。ネット裏に移動し、投球練習を見守る首脳陣。
「投手野手共に豊作ですね。千石監督」
「ええ。喜ばしい反面、責任も重いですが」
「ははは。しかし、信じられませんね。あれ程の捕手が、元遊撃手とは......」
「彼だけではない。みな見出されたのだ、あの男に――」
「この試合は、勝負の最中に目を切ったアンタの負けだ」東東京予選決勝戦終了後に指摘された言葉が、千石の脳裏に蘇る。
「......いかんな、余計なことを考えていては」
「何か?」
「いや、なんでもない。明後日予定通り、バックアップメンバーも含めた練習試合を行う。我らも気を抜いてなどいられんぞ」
練習試合に向けたチーム分けのため、メンバー表を片手に各選手たちの元を見て回った。
そして数日の合宿後を終え、U-22日本代表との親善試合を経て、彼らは戦いの地へと飛んだ。世界一の称号を目指して。
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