中略で無理やり完結させる恋姫†無双 (キューブケーキ)
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劉虞様の場合

 世の中には絶対的な正解と不正解がある。勝てば官軍、弱肉強食であり、大切でない命が魔境の支那大陸には幾つも存在していた。

 周は分裂し、残った魏や斉、六国が秦に飲み込まれ支那大陸に統一王朝が建った。

 その大秦帝国は街道の整備を行い、大漢帝国は更に城邑を発展させた。新の王莽は政で国を変えようとしたが、夢半ばで光武帝に破れ簒奪者として歴史に名を残している。

『資治通鑑』でも東漢王朝末期は、天災と反乱が増え続けていた事を記してる。そして外戚と宦官による権力争いが原因で権威は下がり、滅びの道を進んだ。

 その時代、名族で仁と徳を兼ね揃えた人物が居た。

 劉虞(りゅうぐ)は字を伯安(はくあん)と言い、光武帝の子、東海恭王(とうかいきょうおう)劉彊(りゅうきょう)の末裔であった。つまり社会的地位、教養、経済力を持った人物だった。

 幽州刺史として北の烏桓族に融和政策を取り、反乱勃発時もその人徳によって武を使わずに恭順させ民政の安定に寄与した。

 しかし人生の最後は、乱を起こす公孫賛を討伐に向かうが失敗。逆に捕らえられ殺害された。相手は性根が腐り切っていたのだ。

 だから誓った。もし生まれ変わったら、やり直せたら公孫賛を必ず殺すと。

 

 

 

 輪廻転生から外れた逆行、言ってみれば経験値や特技を継承したままの『強くてニューゲーム』を劉虞は体験する事と成った。

 とは言っても再度、死んでもやり直しが出来るのか試す気は無い。

 他者視点では読み書きを早くに覚え、聞き分けの良い子供で大人顔負けの思考をする神童であった。

 劉虞は冷静と言うより醒めていた。他者から称賛を受けても、前に君主であった自分としては当然の結果でしかなかった。

 そして機会を活かし復讐を実行するには現状を確認する必要がある。

 大局的に物事を見て考えると武が足りなかった。

 そこからは臥薪嘗胆、復讐の為に劉虞は慢心をせず努力を怠らなかった。

 新兵に混ざって訓練に参加する姿が頻繁に見られた。野生の虎や狼は鍛練をしない。しかし劉虞は人であり、生前は君主であった。殺し殺される覚悟も足りなかった。だから初心に戻り、心技体を鍛えて貰っている。それでこそ公孫賛を殺せる男に成れる。

 両親は息子の成長を嬉しく思い自由にさせていたが、やり過ぎを心配した。

「伯安、たまには勉強を休んで子供らしく遊んでいても良いのよ?」

「はい母上。ですが私には時間が無いのです」

 寝て遊んで暮らすと言う選択肢は無かった。恋をしてる時間があれば自己鍛練に励んだ。

「朝廷は腐敗しており宦官共が専横を振るっており、諸侯は私兵を募り虎視眈々と機会を狙っております。いずれ大規模な戦が始まるでしょう。私はその時、民や家臣、そして私自身の身を守る為にも、頭だけではなく武も磨かねばなりません」

 前世では剣を振るう機会も無かったが、今世では憎悪をたぎらせて剣の修行に励んだ。

(此度は誰が何と言おうと公孫賛の首を討ち取ってくれる)

 度胸と頭の良さを持った悪の公孫賛は、漢の平和を脅かした。生きる価値は無し。そう決めていた。

「まったくお前は私達、夫婦には過ぎた子供ですね。でも無理をしてはいけませんよ」

 両親は考えた。同い年の友達を作れば遊びも覚えるのでは無いかと。

 そこで私塾に通わせる事とした。

 私塾は、才能ある者を導いて開花させる。それは漢の為に成る。

 学業が推奨され朝廷から助成金も出ていた。その為、名士は私塾を開く事が多かった。

 九江の太守であった盧植(ろしょく)は、全国を巡り貴賤を問わず生徒が集められた。

 そこで劉虞は様々な知己を得るが、復讐相手の公孫賛とも再会した。

「劉虞様、はじめまして。私は公孫賛、字は伯珪と申します」

 赤い髪をした少女が劉虞に挨拶をした。目を見開いて劉虞は驚愕した。

(これが公孫賛だと)

 生前の公孫賛とは似ても似つかぬ容姿で性別さえ異なっていた。混乱しながらも劉虞は挨拶を返した。

「ああ、同じ学友として宜しく頼む」

 そう答えながらも、少女を前に劉虞は考えた。

(見た目に騙されるな。虎視眈々と隙を狙っているのかもしれない。女に成った分、余計悪い。色仕掛けをされるかもしれない。だから恋もしないし、愛しもしない)

 今、殺すは容易い。罪を捏造し獄に捕らえる事も可能だった。

 だがそれでは復讐心は満たされない。憎しみが生きる活力と言う単純な理由では無い。

 表面上、友誼を結び笑いあうとしても、決定的瞬間に殺す。これこそが劉虞を満足させる復讐だった。

 

 

 

 歴史は繰り返される。時は進み、かつてと同様に黄巾の乱が発生した。

 この時、劉虞は甘陵国の相であったが、歴史の歪みか幽州で公孫賛を配下に政を行っていた。

 広陽郡の(けい)(えん)の時代から栄えており、幽州に於ける行政の中心である。この日も執務室で事務仕事の書類を処理していると部下がやって来た。

「劉虞様、劉玄徳と名乗る者が面会を希望しております」

 それは同門である劉備だった。

 権力者の一言が持つ影響力は大きい。だが劉虞は特別扱いをするほど親しくは無かった。身分卑しく劉氏を名乗る不遜な輩であるとさえ思っていた。

「急用でも無ければ順番を守らせなさい」

 劉虞の言葉に頷くと部下は退室した。溜め息をついて仕事に集中していると、公孫賛がやって来た。

「劉虞様、少し宜しいでしょうか」

「何か?」

 公孫賛は武官としても、文官としても全てをそつなくこなす。汎用性が高い官吏だ。

 側用人として取り立てたのも本意では無い。

 だが相手が誰で、どんな理由があろうと利益があるから契約している。今は私心を殺して側に置いていた。

桃香(とうか)が訪ねて来ておりまして、御挨拶をしたいと申しております」

 しかし公と私の区別がまだ甘かった。

 劉虞はそれが劉備の真名である事を思い出した。公孫賛と劉備は私塾でも仲が良かった。

 しかし劉備に振り回され迷惑を受けている事もあった。

「公孫賛、それは幽州の政よりも今、優先しなければいけない事か?」

 劉虞の冷たい視線に曝されて、公孫賛は民の為の政よりも友人との再会を優先した自分を恥じて心から謝罪した。

「……申し訳御座いません」

 悪い友人と付き合うと調子が狂う。

 一方、劉備は警備の兵に見られながら義妹二人と庁舎の外で待っていた。村では、歩けば皆が劉備をちやほやして構ってくれていたが、ここでは少し違う。官吏は皆が職務を果たしており、相手をしてくれる者は居ない。

白蓮(ぱいれん)ちゃん、まだかな」

 私に任せろ、と出て行った公孫賛の口添えをあてにしていた。

「公孫賛殿も劉虞様もお忙しいのでしょう」

 義姉を宥める関羽だが、先程の対応から考えても劉虞は法と規則を順守する人物だと理解出来た。となると、幾ら同門とは言え特別扱いは期待出来ない。公孫賛は今頃、叱責を受けてるのだろうと予想した。

 そしてその答えも間違っていなかった。

「すまない桃香」

 公孫賛は劉虞の言葉を伝えた。それを聞いて関羽は憤慨する所か称賛した。

「やっぱり劉虞様は立派な方ですね」

 不正を許さず清廉潔白な人物だと噂に聞いていた。

「そうでしょう。劉虞様は凄いんだよ!」

 自慢気に笑う劉備だが、張飛に裾を引っ張られ視線を下げる。

「どうしたの、鈴々(りんりん)ちゃん?」

「鈴々、お腹がへったのだ」

 はっと表情を変える。

愛紗(あいしゃ)ちゃん、これからどうしよう?」

 劉虞に客将として雇って貰う予定だった。だから宿代も食費も足りない。公孫賛も庁舎に戻ってしまったので金を借りる事が出来ない。

 空腹を抑える事が出来ず、なけなしのお金で屋台の肉まんを買うと三人で分けて食べた。そして退庁時間を待って公孫賛を掴まえた。

「白蓮ちゃん、お金貸して!」

 公孫賛はきょとんとした顔で友人の顔を見返した。

 

 

 

「客将だと」

 一週間後、劉虞の元に劉備一行が訪れた。順番を守っていたので不承不承、面談を行ったが、自分達を客将として雇って欲しいと言う話だった。

 事前の根回しで兵を配置していた。警戒は怠らず、いざとなれば始末する為だ。

「話にならんな。ぽっと出の者が将に成れるなら、今まで狭き門に向かって努力していた者達はどう思う? 多くの者が納得しないだろう。私が官吏の登用試験をせずに地位と待遇を与えている、身体で籠絡された、あるいは賄賂を貰っているのかもしれない。そんな風に受け止めるだろう」

「ごめんなさい、そんな積もりは無かったんです」

 劉備は謝罪の言葉を述べるが、劉虞は容赦をしなかった。

「積もりがあろうが、無かろうが、結果として私の足を引っ張っている。これが私の政敵の耳に入れば、嬉々として幽州を手に入れようと暗躍するだろう。私を罷免どころか汚職で死罪もあり得る。分かるか? 政の世界は簡単では無い。盧植先生がお前に推薦状を書かなかった理由ぐらい自分で察しろ。同門としては恥ずかしいぞ」

 劉備は同門であると言うだけで優遇して貰えると信じていた。師から国に仕える者としての教育は受けて来たが、心構えが出来ていない。劉虞の返事に顔色を変えて落ち込んでいた。

「劉虞様、お許し下さい。かの姉妹、不肖ながら貴方様のご馬前にて励む覚悟を持ちます。ですから、桃香に悪気は無かったんです」

 公孫賛は劉備を庇うが、劉虞の怒りを煽るだけだった。

 劉虞にとって便宜を図る事は可能だが、公孫賛の友人は自身の敵だと認識していた。守るべき民に対してなら幾らでも寛容に成れるが、敵の味方を援助して得する事など無い。

「ふざけるな、公孫賛。私は不正を許さない。他人だけでは無く、私自身もだ。劉備達が試験を受けるなら手順を守り申請させろ」

 職務を任されながら官吏としてプロ意識が欠けている公孫賛とお友達感覚の劉備の二人に対して、怒りで胸の鼓動が早くなる。殺意が漏れそうになる。

 無駄な時間を取らせるなと劉備を退室させた。

 公孫賛は劉虞を尊敬している。理想的上司であり、自分もそう成りたいと考えている。理想の人物に叱責され落ち込む公孫賛に劉備は謝罪した。

「白蓮ちゃん、迷惑かけてごめんね」

 公孫賛には気の利いた返事を返す気力も無かった。

「ああ……」

 普段から他者に気配りをする公孫賛は苦労性だった。

 例え恩を恩と感じない野良犬でも、犬を可愛がれば可愛がる程に愛着がわく。今回もそれが仇と成った。

 

 

 

「桃香様、これからどう致しましょうか?」

 関羽の言葉に劉備は思案する。今すぐ人助けをしたい劉備にとっては、素直に試験を受けると言う選択肢は無かった。それに友人の公孫賛は頼りに成らない。

 男が一緒に過ごしたい女の例に当てはめれば、美味い料理を作れるか、口うるさくないか、気が強くないか、男を立ててくれるか、容姿が美人かの何れかと言うが、それ以前の問題だった。

 私塾時代から劉備とは一線が引かれており、踏み込む事が出来なかった。

 将来的に考えても、いずれ中央に返り咲く劉虞に反感を持たれた事は痛い。権力者の機嫌を損ねて得する事など無いからだ。それなら何か劉虞に貢献する方向を探すしかない。

「愛紗ちゃん、幽州は異民族との問題を抱えているんだよね」

 劉備が突然、振ってきた話題に疑問を抱きながら関羽は頷く。

「その様に聞いております」

「だったら、悪い異民族を倒して劉虞様をお助けしてはどうかな?」

 幽州の問題解決の一助となる。実績さえ上げれば試験も飛ばして採用されると確信していた。

 それは機会を作り掴み取る事に繋がる。前向きな思考に関羽は感心した。

「頑張って劉虞様に許して貰おうよ」

「分かりました。しかしお金はあまり残っておりませんが、いかが致しましょうか」

 さすがに三人だけで異民族の討伐は出来ない。義勇兵として人手を集めるにしても資金は必要だ。

「白蓮ちゃんにお願いしようかな。恋をしてるって感じじゃないけど、仕事も充実してて幸せそうだし、これまでの友達料として考えたら安いよね」

「桃香様、流石です! 正直、その様な発想はありませんでした」

 ここまで迷惑をかけると恥も外聞も無かった。

 新たな目標に向かって意欲を燃やす二人を見て張飛も笑顔に成る。

「何だか分からないけど、鈴々も頑張るのだ!」

 と張飛は莞爾とした。

 

 

 

 漢の北には烏丸、鮮卑、匈奴など様々な異民族が暮らしていた。烏丸の中には漢に忠実な者もおり、護烏桓校尉の役職を与えられても居た。劉虞はそう言った事情を知っており、同じ漢の治める天下の民として扱う施政を見せた。

 これに烏丸の者は敬服し、劉虞へ信頼を寄せていた。

 だが異なる文化圏の者が交流すれば擦れ違いも起こる。簡単には行かなかった。

 そして事件は起きた。劉備一党による(ゆう)の襲撃である。

 公孫賛に泣き付いた劉備はかなりの軍資金を得る事が出来た。

「無駄遣いするなよ」

「無駄遣いじゃないよ。良い事に使うから、楽しみにしていてね」

 成果には報いる劉虞のやり方で、公孫賛は高給取りだった。気前よく出して貰った金で、異民族に家族を殺された者や金に困った者が集められた。

 これからの計画に必要な資金、人材は作った。そして初仕事に邑の一つを狙った。

 堅牢な石垣を備えるには人口も少ないので、防備はそれ程でもない。

「行くぞ!」

「わかったのだ!」

 関羽の言葉に張飛は応じる。劉備の本隊は火矢で邑を襲う。その前に金目の物を確保する事が二人の率いる隊の役割だ。

「止まられよ。いずれの者か」

 誰何する門番を斬り殺し、通り抜けたら村人が立っていた。乳飲み子を抱いてる女性だが関羽は容赦をしなかった。

「死ね!」

 母親の首が吹き飛んだ拍子に体が倒れて、驚いた赤ん坊は泣き声をあげた。

 それを合図にしたかの様に、部下は手分けしてそれぞれの家に押し込んだ。

「すまんな、これも戦だ。恨むなら我が身の生まれを恨め」

 泣き声をあげる赤ん坊に刃を突き立て止めを刺していると、殺戮だけでは無い悲鳴が聴こえ、関羽は眉をひそめる。

「殺られる前に殺れ! 躊躇するな。こいつらを漢と同じ人間と思うなよ。役得だ。犯ってやれ! 親兄弟、妻子を殺された怒りと憎悪をもって犯せ!」

 部下は暴走して婦女子に凌辱を行っていた。漢でもやられた事をやり返していると言う認識だった。それに口封じで皆殺しにするなら、実益を兼ねた行為も許容範囲だ。

 劉備が腹をくくっている以上、関羽に言うべき事は無かった。これは彼らにとって復讐でもあり、劉備達にとっては漢を守る正義の行いだった。

 死体を家屋に押し込んで略奪を終えると劉備は全てを焼き払った。黄巾賊や無法から漢の民を守ると誓った。その為に異民族の犠牲は礎と成る。

「桃香様、次に参りましょう」

「そうだね!」

 規模はそれ程でもないが、虐殺は虐殺だ。後始末と出発準備を終えると次の邑に向かう号令をかけた。

 

 

 

 豫州住人の郭嘉(かくか)は、官吏と言う者を信用しては居なかった。弱者を食い物にする悪官を多く見て来たからだ。庶民には三旬九食な生活を行う者も多く、栄養不足で病気に成る者や飢えて死ぬ者も居た。

 しかし事態は変わった。全知全能を傾けて忠誠を捧げるに相応しい人物を見つけたのだ。宗室の生まれである劉虞だ。

 郭嘉は、貧困の悪循環を是正し民の暮らしを豊かにした劉虞を敬愛し、わざわざ幽州まで足を運んで仕官した。それも、来るべき時代に劉虞の仁徳は漢を建て直す為には必要だと考えたからだ。

 持ち前の努力と知識で採用試験に合格した郭嘉は、現在、文官として幽州の政に携わっている。渤海沿岸部の海運業発達は幽州に莫大な富をもたらしており、様々な新しい改革と献策を可能としている。

 ただ仕事は出来ても下級の文官では、未だに劉虞と対面は叶って居なかった。

 隣の同僚が筆の手を休めて、金髪を揺らして首を捻ったり肩を叩き始めた。同じ姿勢を続けていると筋肉に負荷がかかり、血行も悪くなるからだ。

「もう少ししたらお昼ですね。そう言えば(りん)ちゃん、聞きましたか。最近、烏桓族の邑が何者かに襲われているそうですよ」

 郭嘉の真名を呼ぶのは程昱(ていいく)、その仕事ぶりから信頼出来る友人と言えた。

「黄巾の連中でしょうか? ですが、漢から越境してまで異民族を襲う理由が分かりません」

 くいっと眼鏡の位置を直しながら郭嘉は考える。

 異民族は貧しく、だからこれまで漢を襲撃し略奪を行って来た。逆に漢から攻めるのは侵略行為に対する懲罰や服従させる為であった。万里の長城より北は未開の辺境と言う認識である。であるなら、ただでさえ継戦能力の低い賊軍が遠征をしてまで得れる物があるとは思い付かなかった。

(ふう)が考えますに、此方で暴れたら官軍や義勇兵に追われますし、他の黄巾賊と縄張り争いに成るのではないでしょうか」

 地元では食っていけない。だから出稼ぎに行く。

「それは、まぁ……あるかも知れませんね」

 貧しい者には貧しい者の論理がある。まだまだ視野が狭かったと反省する郭嘉であった。

「さて、残りのお仕事片付けてお昼にしましょうか」

「そうですね」

 雑談を終わらせて机に向かうと、二人は並の文官の数倍の早さで仕事を処理し始めた。

 

 

 

 昼休みを終えると午後の課業が始まる。時折、「ぐー」と居眠りをする程昱を郭嘉が起こしたりしながら一日が過ぎていく。そして仕事を終えると夕食を取り、与えられた私室で語り合うのが二人の日課であった。酒を酌み交わす事もあったが、天下国家を語る場合は酔っ払い失言をする可能性もあった。だから普段は茶を楽しんでいた。

 郭嘉は仕える主に何を出来るかを常に意識している。程昱と語り合う事は現状認識の確認にも成った。

 彼女は知らないが、劉虞は民の支持を受けるだけではなく挫折を知っていた。これは得難い経験であった。そんな劉虞の人生経験が風格と成って滲み出ている。郭嘉はそこに光を見た。

「黄巾賊の反乱で漢の権威は低下しました。これから先は群雄割拠の時代が来るでしょう」

 反乱は未だに続いている。しかし何事にも終わりは来る。戦後を見据えた郭嘉の言葉に、程昱は同意する。

「風もそう思いますよ」

 郭嘉は友人の前で忌憚の無い意見を述べた。

「劉虞様には『人が集まる仁徳』があります。名君とは論と理を以て説き、乱世を生きる運を呼び込む劉虞様の様な御方を言います。それに対して今の漢ですが、あの皇帝ではどうにも成りません。何皇后と外戚が増長していても放置されています。これでは宦官の傀儡とも言えます」

「おや、稟ちゃん不敬ですよ」

 郭嘉も相手を選んで話している。その事を分かった上で、程昱は冗談めかして釘を差しておいた。誰か善からぬ心を持つ者が耳にすれば危険な話題だった。

「私が忠誠を誓ったのは劉虞様です。皇帝が死に、その子が死ねば皇位継承の順番は劉虞様にやって来ます。国とは君主あっての物。相応しい人物がその地位に付けば、それが漢の民にとっても最も優しい天下です」

 政務を人任せに出来る皇帝との違いとも言えたが、程昱は水を差さなかった。

 民は国あってこそ安寧の時を過ごせる。漢が乱れれば民が苦しむ。劉虞は簒奪を好まず、漢室に忠を尽くす事は予想出来た。

 仕え支える者が影響を与えるのではなく、主が意思決定の選択を行う。そうでなければ仕えるに価しない。

(本当に劉虞様が漢を継ぐ覚悟を示されたなら、風は家臣として手伝うのも吝かではないのですよ)

 劉虞の為に道筋を作ろうとする郭嘉と忠誠の形は違うが、程昱は劉虞の政を評価していた。辛い時も、悲しい時も上に立つ者は一人で決断する。その上で、主君の望みを優先するのが家臣の勤めだと程昱は考えている。

 

 

 

 飯屋の片隅で、山盛りのメンマを肴に酒を飲む女が居た。年若いが、傍らに置かれた槍から一端の武人であろうと伺える。

 若く美しい女なのに誰も声をかけないのは当然だ。女は常山の昇り竜と地元ではやんちゃで鳴らした武辺者である趙雲だ。

 趙雲は傭兵として商家や豪族の依頼で、賊討伐に各地を転戦していた。自らの武を高めんとする為である。

 誰かを助けたい。自分の武技量を役立てたい。それだけでやって来れた。

 このまま朽ちる『屠竜(とりょう)()』で終わらせる積もりは無かった。

 北の幽州は外敵の脅威に晒され続けて来たが、劉虞の赴任に伴って融和政策への転換が起こり稼ぎ時は終わった。

(劉虞様は腰かけに過ぎない客将を好まれぬと聞く)

 仕官をするには不足の無い人物だが、趙雲は主を決める前に世間を見て周りたかった。

 名を世に残す。これが武人の生きる意味であり、趙雲とって主君は生涯の忠誠を捧げるべき相手だからだ。

「優しき領主に、良くなる民の暮らしぶり、か。私が槍を振るう機会はもう無いのかもしれんな」

 劉虞の下では戦を望めない。争いを避けるからだ。

 民草を脅かす異民族達だったが今では劉虞に恭順している。次は袁紹の元にでも行くかと思案していると声をかけられた。

「もし、そこの御方」

「私ですかな」

 顔を上げると関羽の姿があった。

「私は関雲長と申す者。今、私と仲間は漢の民を守る大義の為に、共に立つ同志を募集しています。貴殿は一方成らぬ武の持ち主とお見受けした。我らと共に弱き者達を守る為に、その槍を振るってはみませんか?」

 関羽は異民族を虐殺しておきながら、自分達の行為は弱き者を守る為と信じていた。絶対的な自信は相手へのプレゼンスとして効果は高い。しかし趙雲は、他者よりひねくれた考え方を持っていた。

「幽州は劉虞様の政によって安定している。義勇兵が武働きをする場所などあるのですかな?」

「確かに劉虞様は素晴らしい御方です。ですが、それは仮初めの平和かも知れない。劉虞様の敵は幽州の外にも居る」

 関羽の言葉に趙雲は飲む手を止めて視線を向ける。趙雲の瞳に興味の色を確認して、関羽は近付くと囁いた。

「我らは異民族の討伐を行っております」

「何と!」

 その言葉に趙雲は衝撃を受け、追放か捕縛かを考えた。劉虞の融和政策で異民族との交易も進んでいる。それなのに劉虞の為だと関羽は討伐を行っている。それは相反する事だ。

「関雲長殿、それは誰かに命じられた事なのですかな?」

 関羽は自信満々に答える。

「我が義姉、劉玄徳の考えです」

 この馬鹿を捕らえるべきか。無意識の内に右手は槍をきつく握りしめていた。

 

 

 

 劉虞の治める街から離れた山間の廃村。都市部への人口移動で無人と成っていたその村は劉備達の拠点と成っている。関羽に誘われてやって来た趙雲は真実を見極め様としていた。

「桃香様、此方は我らの大義に賛同して下さった趙雲殿です」

 関羽に紹介されて趙雲は頭を下げた。

「趙雲さん、わざわざやって来てくれてありがとう」

 劉備はふわりとした雰囲気で微笑んだ。釣られる様に趙雲も笑みを浮かべる。

(面白い御仁だ)

 話を聞く限り、劉備は理想の為に立ち上がり、義妹はそれに殉じている。趙雲から見て劉備達は人としても好ましく仁、義、礼、智、信の五徳を備えている様に見えた。

(ただし、異民族を討伐してると言う事が疑問だな)

 今、この時だからこそ漢の為に出来る事をしようと熱意をもって立ち上がった。そうしたいと思う気持ちは崇高な理念と言える。

「──と言う訳で、これ以外に方法は無いと気付いたので苦渋の判断を下しました」

「ほう……お味方する兵の数はいかほどか」

 ともかく内情を確認し、報告する事が優先される。

 悪辣な輩を誅する事に疑問は無い。漢の民を脅かす異民族なら倒す事も(やぶさ)かではない。しかしそのプロジェクトが劉虞の政策と反する事ならば、漢に対する反逆行為と成ってしまう。

(一本木な性格で気持ちの良い連中なだけに、異民族に対して誤解があるならば、その行いを止めねばいかん)

 趙雲は劉備達と行動を共にして動向を見守る事にした。妄執に囚われ義を見失ってはいないか。

 

 

 

 劉虞に呼び出された公孫賛は、目の前の上司について考える。

 武を習得する劉虞の体は鍛えられて無駄な脂肪が削ぎ落とされている。黙っていれば眉目秀麗だが、公孫賛にとって畏怖すべき相手だ。

 顔を見合わせると叱責ばかりされてしまう毎日で、自分が至らない為だと言う事は分かるが、共に仕事をしていて真名も呼んで貰えず距離を感じていた。

「公孫賛」

 劉虞の端正な顔が目の前にあってぼーっとしてしまった。机を軽く叩かれて、公孫賛はびくっと体を震わせた。

「は、はい」

「あちらから協力要請が出ている。出来るだけ希望に沿ってやれ。人道的観点からも援助は行うべきだと思う。賊討伐で派兵が必要なら金も人手も使え」

 劉虞は漢民族による異民族排斥の動きがある事は知っていた。それと襲撃事件は別の案件だと考えていた。だから烏丸族から犯人捕縛又は討伐の協力要請を受けて、われらにとっても好都合と承諾した。

 しかし彼女の思慮は違う。

「私には分かりません。何故、皆殺しにするのか」

「手口は、証人と証拠を残さない為だろう。それに生き残りが居れば少しでも情報は漏れる。死体を燃やし、田畑に貴重な塩をまくのも手が込んでいるな。襲撃の理由だが、何故かは捕らえれば分かる事だ。民を脅かす者は何人であっても許しはせぬ」

 物騒な世の中だとは思っていても、流石に劉備達が実行犯だとは二人も考えるに至っていなかった。

 それ以前に劉備の存在を意識から消していたのだ。

 先日の会見で、劉備は大きく評価を下げた。宗室生まれである劉虞にとって礼儀を弁えぬ者は許せなかった。

 しかし劉備は非道を行いながらも生きながらえ、構成員である仲間達の信を得ていた。殺しで手を汚した絆は罪が深いほど固まる。略奪で得た富の配分も大きい。気前の良い雇い主は忠誠さえ買える。劉備は漢と異民族の緩衝地帯に独立勢力を築き上げつつあった。

 

 

 

 漢と異民族の間の交易はほとんど存在しない。蛆虫や屑と思ってる相手と交渉する事は無かった。

 漢にとって中原こそが世界で、それ以外は辺境の蛮族と言う認識でしか無かった。周辺に脅威と呼ばれる勢力は限られていた。それも経済力に至っては漢より劣る。外に目が向かなかったのも当然だ。

 劉備が辺境の異民族を併合しても、漢を圧倒するには国力で劣る。勿論、その様な野心は毛頭無かった。

 しかし軍師として劉備を支える者の考えは違った。

 幼い容姿だが諸葛亮孔明は水鏡女学院から輩出された知恵者である。当然、その誇りも高く他者とは視野も違った。だが他者の経験を蔑ろにするそこには慢心があった。

「旅に出たい、ですか」

「はい先生。先生の様な識者は数えるばかり。周りの大人は凡愚ばかりです。私は私の智を用いて世に名を轟かせたいと考えております」

 師を説き伏せ友人の鳳統(ほうとう)と共に諸葛亮は旅立った。

雛里(ひなり)ちゃんは私と一緒に来て良かったの?」

「うん。私は朱里(しゅり)ちゃんと一緒に居たかったら」

 二人は師の紹介で商隊に同行した。計算が出来て文字の読み書きが出来る二人は歓迎された。妻子と別れて何ヵ月も行程を旅する彼らは二人を可愛がってくれた。

「ローマですか」

 商人達との交流は二人の知的好奇心を刺激した。

「文献は当然、他国の言語なんだよ。漢の学問がいかに低く、古い思想か分かるよ。世界は広い。官吏になるにしろ、商人になるにしろ、異民族の言語は出来た方が交渉でも有利に働くよ」

「なるほど、ありがとうございます」

 旅は人の心を成長させる。諸葛亮が青い空の果てに、まだ見ぬ希望や未来への想いを巡らし始めた頃、商隊は土匪に襲撃を受けた。

「ガハハハハッ! 身の程知らずの漢人め。娘っ子はたっぷり犯して孕まして、立場を教えてやるゾイ!」

「嫌っ! 朱里ちゃん、助けて!」

 叫ぶ鳳統が騎乗した賊に小脇に抱えられ連れ去られて行く。

「待って、待って下さい! 雛里ちゃんを返して下さい!」

 非力な諸葛亮それを止める事は出来なかった。

 賊が奪い尽くし過ぎ去った後、生き残った商人達の会話を耳に挟んだ。襲撃犯は凶悪なる異民族だと言う。

(許せない。あの穢らしい蛮族め。絶対、許さない。一族は絶対に成敗してやる)

 諸葛亮は人生で初めて異民族への敵意と憎悪を抱いた。歴史の転換に必要なファクターは揃い、それが劉備と交わらせる運命だった。

 

 

 

【中略】

 

 

 その後、なんかんやあって劉虞は、法を犯したとして公孫賛を官職から罷免。武装解除に応じなかった為に叛徒の賊軍として討伐した。公孫賛は逃走中に、部下の劉備の裏切りに遭って殺害され、劉虞は復讐を遂げた。

 罪を犯した劉備は公孫賛の首を手土産に投降し、死罪を免れたが、劉虞に睨まれた事で各地を転戦し、独立も出世も出来なかった。

 民間伝承の噂によると、公孫賛の首は偽物で劉虞の愛妾に身を落としていたと言う話もあるにはあるが、真逆な待遇の為に歴史家からは眉唾物の話だと断じられている。

 多くの英傑が早世(そうせい)して行く中で、地盤を固め勢力を維持した劉虞は漢を建て直した。

 曹操は軍事的要衝とも言えぬ地方の領主で終わり、孫策は独立も叶わず飼い殺しされ、そして拭いがたい憂鬱のまま死去した。袁家は漢の忠臣として支えた。北郷は荒野で野垂れ死んだ。

 

 どっとはらい。



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我は乱世を駆ける覇王さん家の狂児になりまして左腕をやってます。

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 官吏には二種類しか居ない。凡庸な者と優秀な者。

 そして仕事の出来る人事とは、能力の低い者にも相応の職責を与え、円滑に物事を進められる者であり、同郷の出身者を優遇するだけの機微を持つ者だ。

 身内を採用し体制を強化する。それが正しい政を進める為の第一歩であった。

 ここに猫耳フードを被った金髪の少女が居た。名を荀彧(じゅんいく)、字を文若(ぶんじゃく)と言い、名士を数々と輩出した荀家の一門である。

 立てば芍薬(しゃくやく)、座れば牡丹(ぼたん)、歩く姿は百合の花。名家の御嬢様に相応しい容姿と知性を持っていたが、なまいきざかりの荀彧は、母荀緄(じゅんこん)の命で妹の荀諶(じゅんしん)と共に袁紹の下に出仕していた。

 これは潁川(えいせん)郡の名士が袁紹を支持していたからであり、姉妹の内の一人が出世すれば家名が残るからだ。

「本初様、先月度の財政収支の件ですが……」

「あら、文若さんにお任せしますわ。私、労働市場情勢を調べるためにこれから街に出かけますから忙しくて」

 言ってる事はそれなりだが、やろうとしてる事は街に遊びに行く事だった。

「あんな馬鹿、相手にしてられないわ」

 男には理屈に合わない、合理では無い曲げられない信念があっても、女には現実を選択する理性があった。

 荀彧は袁紹に王たる器無しと判断、辞去して曹操の治める陳留(ちんりゅう)に向かった。

「ふふふ、袁紹を讃える馬鹿共は見てなさい。私の才を曹操様にお見せして天下に曹操様の名を知らしめるのよ!」

 曹操の下では使えない無能が解雇される。諭旨(ゆし)免職なんて甘い事は許されない。

 曹操は治める街のインフラ整備に頭を悩ませていた。そして、兵や財力も少ない中で人の選り好みをしている。

「無能と醜男はいらないわ」

 漢の三十人に一人は犯罪者予備軍で、土賊の討伐で恒常的な人手不足であった為に官吏の登用試験は随時行われており、仕官のチャンスは転がっている。

 眉目秀麗、清廉潔白、博学多才な荀彧にとって試験など楽勝であった。

 文官として採用されたとは言え荀彧は新人で実積が無い。研修は部内で行われる事もあれば、部外から講師を呼ぶ事もあった。荀氏と言えば名士を輩出して来た名門であり、そこらの官吏に何かを教わるほど低い教養では無かった。

 だから他者と同じく、職務に邁進しながら実積を上げる機会を待つ。そんな悠長な考えに我慢が出来なかった。

 兵糧準備の監督官と成った荀彧は、順当に行けば御祐筆や御側衆として側に昇れただろう。

 しかし、一人前の軍師と認められる機会を自ら掴みとるべく動いた。未来への希望を込めて、今を変える行動だ。

 指示されたよりも兵糧を少なくし、帳簿提出時に曹操の注意を引き、軍師としての智謀を証明する。

「私を試したわね」

 荀彧は曹操の軍師と成るべく賭けをした。身の丈に合わない行動なら無鉄砲だが、荀彧には才覚があった。

「はい」

 頷き返した荀彧に揺らぎは無い。

 ほう、と感心した様に息を吐いた夏侯淵は、荀彧を見る曹操の瞳が愉しげな物に変わるのを確認した。

 世の中には偽物が溢れている。だからこそ曹操は、死力を尽くす者や頭脳ゲームを好む。

「私がこの世でもっとも腹立たしく思う事、それは他人に試されると言う事よ」

 良き君主は家臣や民の言葉を聞き続けない。受け身では奸臣が蔓延り、実権を奪われ傀儡に成るか排除される。大切なのは国の秩序を守る事。

 必要な時にだけ口を開かせ、言葉を接する機会を減らせば、一言に重みが増える。

 官吏の職責は業務的に行うべきで、私人として人間扱いをすれば馴れから甘えを生み出し、腐敗を作る原因の一つだ。

 だから組織には縦の規律と緊張感が必要であり、荀彧の採った手段は下の下だった。

 曹操は大鎌を振り下ろした。だが脅しの積もりだった。

 周りの者もその事を確信していたので止めようともしなかった。───想像を越えたのはこの後だ。

「くしゅん」

 曹仁(そうじん)のくしゃみで手元がくるった。

「かにみそっ!」

 唖然とする曹操の目の前で荀彧の首がちょんぎれた。飛び散る鮮血が曹操の顔を赤く染めた。脳髄の下部、延髄からのチョンパだ。

 ごとりと音をたてて倒れた首無し死体に視線が集まる。

 そして曹操に睨み付けられて曹仁は視線を逸らした。

「ワイは悪くないンゴ……」

 曹仁の呟きが静寂に包まれた部屋に吸い込まれた。

 

   ◇

 

 遠い昔、青年は死んだ。トラックにひかれそうな少女を救い。

 他人はベタだと言うが、幾ら取り繕っても死ぬのはワンパターンだ。

 そして彼女は外史を管理する神だった。

「この世界を創ったのは私だ。そなたは何を望む。生か死か?」

「三食昼寝付きで、少しでも幸せに成れるなら十分です」

 欲が無い所を好ましく思われ、逆にチート能力を貰い転生する。

 流石に考えた物を無から造り出せる空想具現化能力(マーブルファンタズム)は貰えなかったが、人としては十分な身体能力が与えられていた。スタート地点としては、『アシガール』より遥かに恵まれた環境と言えた。

 生粋の日本男児である彼が転生したのは中共の支配する赤い中国──の昔、後漢王朝の時代だった。古代中国王朝は黄河と長江に挟まれた肥沃な地域で発達した。世界を、そして地球を動かす中原を征する者は王者と成れた。

 青年は三國志の英雄、曹操の従弟──というか女だから妹──曹仁へと転生した。

『スミカスミレ』の場合、老婆が猫の生命力を分けられ高校生として若返ったが、彼の場合はTS要素も加わっている。

 曹氏は貧しい家柄ではない。権力と財力もあり、『彩雲国物語』や『狼陛下の花嫁』の様に、バイトとして王宮に妃の偽装結婚として入る必要も無い。

 そもそも美形で可愛らしい容姿、切れる頭、影響力のある家の出身と言う事で、カースト上位に周りを囲まれている為にモテモテハーレムは約束されていた。

 甘く恋に落ちたり、心から夢中になれる物がある。しかしそれは本当に幸せな事なのだろうか。

 人生はどう生きたかではなく、力や富、名声が全てであり、最期が大切だと曹仁は感じていた。

 少女漫画のお約束では、モテない歴が長くて日陰を歩いて来たとしても、ヒロインである以上は必ず素敵な彼氏をゲット出来る。『影野だって青春したい』『マイルノビッチ』『君に届け』『素敵な彼氏』『好きっていいなよ。』『ルイは恋を呼ぶ』等々、数えれば切りがない。

 しかし、曹仁の置かれた現状は違う……。

「突撃いぃぃぃぃっ! (みなごろし)いぃ、でゅるわぁあああああ」

 奇声を上げて賊徒の中暴れるのは曹仁。攻撃を放つ手の動きに迷いは無く速い。しかも正確で無慈悲だ。鎧の至る所に反り血による赤い花を咲かせていた。

 晴れのち雨ではなく、血と臓物と肉が降る。地上波なら黒に修正されている所だろう。

「糞ゴミのダボハゼは一人残らず斬り殺せぇ!」

 戦場だからとナチュラルメイクをしていた顔は、涎を足らしてイッていて完全に危ない人だ。残念どころでは無かった。チート能力に脳が耐えきれず精神に異常を(きた)していたのだ。

 吊り橋効果で心密度がアップする以前の問題だった。

「脆い敵っす! 貴様らにワイ達を止められるか? ぶるわっひゃあひゃひゃひゃひゃ」

 曹仁は扁桃体に損傷でもあるのか恐怖は感じていなかった。

 迷ってる間に斬る。押し寄せる敵を物ともせず、鬼神の様に暴れる。その武は曹操の片腕、夏侯惇を遥かに超える高みにいた。戦はテクニックだ。技術・知識が足りなければ、戦う機械に成る事。精密な動きが味方を鼓舞する。

 英雄、魔物と呼ばれる者の力を欲する戦場では前衛の尖兵、一番槍で勢いが決まる。おとぎ話の様な素敵な恋も存在しない戦場だ。

 面倒くさそうに返り血を拭うが、その雄叫びと攻撃の手は止まらない。

「どぅるわっはあああああああああ」

 剣の一振りで十の首が飛ぶ。曹仁には殺しのセンスがあり戦うのに向いていた。そして、心から楽しく殺す事に意味がある。

『女王の花』でも、心の弱さは闇で塗り潰せと言っていた。従え動かす者は脅えや迷いを見せてはいけない。

 戦闘は上位下達で行われる。経験の無さや若さは、士卒へ親身に成る事で信頼を作り解決した。戦は人と人を繋いでくれる不思議な力があった。

 そもそも軍事組織で階級は絶対だ。死ねと命じられれば、どの体位で死にましょうかと答えられねば意味がない。軍の統制と言う観点からも、ため口や馴れ合い、甘えの公私混同は許されない。

(そう言う意味なら、マブラヴのタケルちゃんは──色々と駄目だったなぁ)

 キラキラな出逢いも存在しない。

 男より女が優れていれば上に立つ。そこに年齢は関係しない。

『おファンタジア』な世界では低脳なのはお約束で『伍』程度の部隊運用を指摘されないと戦えない軍事組織が存在する。例えば今、対峙する賊徒がそうだ。

 曹仁は、今まで指揮統制をどうやって戦っていたのだろうと思ったが、相手は賊で正規軍とは違う。

「陳留の役所を襲撃して、官吏を可能な限り殺害する」等と大胆な宣言を行い、警戒や捜索を行わせ威力業務妨害を行い、その間に他の街や村を襲撃していたが、 極左暴力集団はしょせん烏合の衆。民から金品や食糧を奪い、犯し、殺す尽くす外道の畜生働きを行う凶賊だ。

 敵の攻撃は目視で簡単に回避出来る。

「にょーん、にょにょーん」

 数の差が縮まるのはそう時間がかかる事ではない。殺せば殺すだけ早い。戦場を覆う濃厚な死臭の中に、屍山血河が出来ていた。

 冷凍マグロに比べれば、人の首は柔らかい。それに武の腕もあったから骨ごと断てた。

「は~ひふ~へほ~。時既に時間切れっす。ワイ等の勝ちだ」

 選択する生死。賊にとって自分達の優位が破綻していた。行動は言葉より雄弁だ。動揺が伝わるのは早い。

「あいつとやり合うのは不味い! 官軍の強さは異常だ!」

「ぎゃあああああ。死にたくない! 家に帰りたい!」

 賊には掟がある。生きて捕まるなと言う事だ。

「うわああああああああ」

 敵は恐慌状態だった。本来、思考停止は安全弁の様な物だが、敵には許されない。

「背後に官軍が!」

 官軍を出し抜くにはもっと狡賢さが必要だった。

「あれが曹家の狂児!」

「ワイはプロ! お前らが勝手にそう言ってるだけっす。フヒヒ」

 封じ込めは成功した。希望が打ち砕かれた時、反抗心は完全に砕かれる。

「逃げろ!」

 戦闘終了後、三日間が経てば戦場の狂気も収まり生存率が高まる。それまで生き延びれる事が出来れば、赦免は無くても重労働の刑で命が助かる。

「悪い奴は逃がさないっす!」

 奴隷が功を立て将軍に成れる様に、王族が娼婦や奴隷に身を落とす事もある。だから路傍(ろぼう)の石である曹仁は手柄に拘った。功名心こそ成果に繋がる。

 目に見える戦果として死体の山を築けば、それだけは信じられる。

 役に立つ限り、曹氏の一門から見捨てられる事は無い。盾と成って覇道を遂げさせる。

 成り行き任せでは誰も頼れず、この時代は生きれないからだ。

 

   ◇

 

 武官の中でも将軍と呼ばれる者は、誰の目にも触れない仕事振りでは評価をされない。暗に紛れれば一撃で敵を仕止める腕でも、地味な暗殺や後方攪乱では駄目だ。人の目のある所で武の腕が立ちさえすれば評価される。因果な商売だった。

 戦場で寝返りや傍観の密約を除けば八百長は存在しない。素手による格闘は別にして、凶器と言う得物を与えられた曹仁の武に疑問を持つ者は居ない。彼女の指揮下なら地獄の底でも生き残れる。肩を並べ、背中を預けて戦いたい強運の持ち主でもある。武官なら皆、彼女に憧れる。しかし────彼女はずれている。それが世間の認識だった。

 周りが才に溢れた特別な者達である事から、萎縮してしまった事も影響していた。

 何度か曹操の指揮下で賊の討伐に加わった曹仁だったが、その結果、曹操に呼び出された。

「ワイに何か用っスか?」

 地位とかそう言う物を曹仁は望んでいない。曹操の一門として向上心が無いのは宜しくない。曹操が曹仁に求めるのは率直な意見を言える家族であったが、部下の目もある。

 ある程度の向上心を見せて欲しかった。それと外面だ。

華侖(かろん)、貴女これからは仮面を被りなさい。顔が酷すぎるから」

 素直で良い娘であったが、欠点があった。それは戦場での顔だった。

「ンゴ!?」

 別に一生を日陰で過ごせと言われた訳では無い。大切な家族として認められていた。

 だが不細工と言われたと感じた従妹、終日仮面を被る事と成った。一度曲がった認識は治らない。清廉潔白であった曹仁が戦のみに生き甲斐を感じる様に成った瞬間だ。

 誉められたら嬉しい。だから殺しを楽しんだ。やるなら徹底的に殺した。

『午前0時、キスしに来てよ』の日奈々さんと『素敵な彼氏』のののかさんぐらいに、外見の違いは少ない曹操と曹仁だが、同じ血累でも能力と立場には隔たりがある。

 報われない忠誠。それは多くの臣下の中で埋もれてしまう。

 もう今までの価値観で周囲と接しられない。ブスだと言う事を実感してしまったから。

 ストレスが溜まり、どんどん心が黒くなっていく。

 ホルモンのバランスが崩れ、月経不順──生理すら止まってしまう。

「姉さん、どうしたのその顔」

 魚の死んだ様な目で仮面を被った曹仁は両膝を抱えて体育座りをしていた。話しかけて来たのは妹の曹純(そうじゅん)。あずきちゃんのOPではないが、なんでもないと応じる。

「あ、気にしないで。ちょっと……」

 妹には、一人で慟哭(どうこく)していた事も直ぐに分かったらしい。生きててごめんなさいと、やさぐれなかったのは寂しさを妹が補ってくれたからだ。

「ふーん。無理しないで下さいね」

「ありがとう……」

 もし曹仁が曹操の様な性癖であれば、慰められている内に曹純の事を愛しく想い、流されるままに爛れた関係に成っていた。

 その未来は不幸で、姉妹は互いに依存してしまい、爛れた関係に耐えられなくなり距離を置く。

(結果は二人が傷つくだけ。うん、同性愛ってキモい云々以前に不毛で非生産的なんだよね……。そこに近親要素が加わればワイの人生、泥沼やんけ。Citrus(シトラス)とか百合アニメを信じるほど脳ミソお花畑はいかん、道なき道を行くとか絶対にいかん)

 血縁を越える家族の絆は存在しない。だからこそ腐った時はとんでもない事に成る。

 世間では盛り場の遊郭等で発散するのが一番だった。

(華琳姉みたいに、やれば気持ち良い事かもしれないけど、そう言う事じゃない。したい人とすれば良いとか節操って物を無くしたら獣と同じっす!)

 ちなみみに香魚子の『シトラス』はサブロウタの『Citrus』より健全な中学生の淡い物語である。

(そう言えば小さい頃、使用人の子に惚れられたけど、あれは気持ち悪かった。歳も近いから仲良くやってたけど、何を勘違いしたんだろう? やっぱり分を弁えないやつは嫌いだな)

 女の幸せは男次第で変わる。身分差は越えられないし、越えても価値観の違いが大きい。

 人の生は生まれによる。だから上と上手くやる計算だけ出来れば世の中は渡れる。

 例えば使用人と主では、給料を払ってる者が一番偉い。使用人の代わりは幾らでもいる。

 辛いけどそれが真実だ。主君と家臣は友達では無い。

源君(みなもとくん)物語』の一コマに「俺の抱いた女は千人は超えたよ。お前も俺に抱かれろ」と言う描写があるが、そんな事を言われたら曹仁は「あっ」と顔を染めるよりも前に相手の男を殺しているだろう。

 そもそも少女漫画は教科書にならない。『欲望と恋のめぐり』に至っては「お前の体で確かめたい事がある」と言って強姦途中まで行っていた。屑相手なのに恋に落ちている。

『コーヒー&バニラ』も出逢いこそサラッと助けてくれたが、「このまま君を帰したくない」と押し倒されてペッティングをされている。

 誰もが恋に恋をして幸せな夢を見る。好きとかは考えなくても分かる事だが、恋なんて星の数ほどある。それは分かっている事だが、盛りのついた男に襲われる。そんな恋の始まりはナンセンスだった。

 今は『オオカミ少女と黒王子』の様に、彼氏の偽装も必要無い。だから『チョコレート・ヴァンパイア』の様に、恋に受かれて何も見えてなかったと後悔する事も無い。

 恋愛感情がお仕事に悪く影響することもあるからと『天然パールピンク』でも語られている。

(恋してる余裕なんてワイには無いっす。多分とか曖昧じゃなくて、それだけは絶対無い!)

 将領の一人として兵と寝食を共にする事もある。そこに出逢いもあるが『夢見る太陽』の様に、告白したり、されたりする事も無い。住む世界が違いすぎるからだ。

 漢の経済活動が活性化すると、それ目をつけた賊徒が発生し、治安は悪化する。放置すればツケは回って来る。

 だから曹操は討伐を行った。そしてその役目は曹仁にも割り振られる。

 軍が出撃準備をする『出陣お支度』と言う物が存在する。『お』を付ける事で、戦の血生臭さより雅さを強調する言い回しだ。しかし曹仁は余計な言葉を省く。

「これから賊を討伐するけど、敵の動静を注視して受傷事故防止で、みんな気持ちはのんびり、楽しんで行こうや」

「ファッ!?」

 初めて曹仁の下で戦う者は戸惑うが、これが平常運転なのである。曹仁の信念は関わる敵を全て完膚なきまでに物心両面で叩き潰す事。

 ノウハウは部下にも伝えられ、共に殺しを楽しむ。これが心を豊かにする。

 強さは味方にとっても脅威となり、ありもしない罪となる。ならば皆の強さを底上げすれば強さも目立たなくなる。

 戦場は机上よりも重要なデータを収集できる。虐殺の記録は残さないが、各地で行った。

 ある村では雑兵が村娘を集団で強姦していた。

「皆、楽しんでるか」そう声をかけるとチン○も無いので、殺す方の仲間に加わった。

 殺すと生きるは食物連鎖と同じ様に大切な意味を持つ。殺すにしても兵の慰安に気を配り、使用後の人肉も粥にしたり焼いたり貴重な栄養源として役立たせていた。これで兵の士気も増す。

 勿論、強姦に加わるかは絶対に強要されたりする物ではなく、殺す者の有効利用と言う本質の理解が無ければ参加するでは無い。

 だけどその時の情に流されて参加しない事は、仲間との団結を阻害し後で必ず後悔する。

 だから部隊では何度も強姦の作法を精神教育し、意思を確認して時間をかけ話し合い、これで強姦しても大丈夫だと気持ちが一致したら、次の族徒討伐や戦で強姦が行われる。

 それがチームワーク、チームプレーに繋がる。性格のひねくれた者でも、躾で飼い主には従う。

「拙者、タマナシは信用出来ないでござる」

 曹仁は戦しか知らないが、命令する事にも慣れていた。

 将軍は士卒の士気を維持する為に、死の恐怖や殺害による心の痛みをケアするのも仕事の一つだった。

 敵が苦しんでるのを笑って見ていられる。曹仁の作る笑顔に部下は惹かれていった。

 部隊で足を引っ張り、反りが合わない者が居るなら事故や自殺に見せかけて上手く排除しろと自浄する事も教えている。

 訓練では気を抜いてゆったりと技術を身に付けさせる。ゆとりこそ成長させ、慣れれば実戦でも身体が命令に自然と動くからだ。

「そういえば、子孝様は御存知ですか。黄巾賊って連中が最近、他所で暴れてるって」

 思い出した様に部下が話しかけてきた。またきな臭くなる材料だ。

「へぇ。それってまだまだ楽しめるって事っすね」

 曹仁は新しい獲物に期待を高めると、足下の死体を思いっきり踏み砕いた。

 人斬りを生業(なりわい)としている。どう足掻いても絶望しかない様だが、屑を殺す事は未来を救い地球を救う事だろう。

 

 

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 年末年始は賊の出没も少ない。大方の官庁は休み、官吏も家で家族と過ごしている。

 官吏の仕事は家族や周囲の理解が無くても出来る。武官は出撃を命じられれば、時を選ばず杓子定規に赴かねばならない。支給される粟と塩はその代価であり、承知の上で任官するからだ。

 曹仁は曹操の親族であり、かつ武官で将軍職を務めている事から給金も少なくない。その分を私生活で好きに使う事にした。

「地下室ですか」

「そうっすよ。誰にも迷惑をかけないで生活出来る様な広さが欲しいっす」

 狂王と呼ばれれたバイエルン王のルートヴィヒ2世とは違うが、ある意味で精神を病んでおり、まるで隠者の様に地下300メートル程の深さを掘削し屋敷を建てていた。

 そこまでする曹仁の徹底振りに妹は呆れていたが、「曹家の異端者(アブノーマル)は表に出ちゃいけないっすよ」と言うので好きにさせた。

 ミニマリストではないので節約とは程遠い。完成後は秘密基地みたいだと楽しみ、趣味に生きるとか一人で大丈夫とポジティブに成れる本を買い漁り積み上げていた。

「ゆっふっふっ、これぞゆっくりしたベストプレイスっす!」

 黄巾をトレードマークに、張角を信奉するファンは数十万。それらを扇動する者が居た。

 アイドルのファン活動は賊徒へと変貌して大漢帝国へ謀反を起こし、(せい)(じょ)(ゆう)()(けい)(よう)(えん)()の八州で暴れ回った。

 張三姉妹にすれば故意に反乱をした訳ではない。自分達は悪くない。ファンが勝手に暴れただけだから。張三姉妹は悪くない。ファンが悪い。それを起こさせた朝廷が悪いと言う行動論理だった。

「強い獣は群れたりしない。奴等は徒党を組む事でしか戦えない烏合の衆よ」

「なるへそ」

 曹操の言葉に曹仁はそう言う物なのかな、と可愛らしく小首を傾げた。

 この事態に対して朝廷は、盧植(ろしょく)皇甫嵩(こうほすう)朱儁(しゅしゅん)潁川(えいせん)郡の黄巾賊討伐を命じた。

「華侖、曹孟徳の名を天下に示す好機よ。手柄を立てて来なさい」

「承知しました!」

 曹操は曹仁を名代として官軍に派遣した。力が無いのに安易に任命したのではない事は、今までの実積が示していた。闘い続け、勝ち続ける地上最強の生物、範馬勇次郎程では無いが漢帝国の戦場にその名を刻んでいた。

 自分は可愛くない。だがヤキモチ警報で曹操の顔に泥を塗る訳にはいかない。曹操に憧れ無理をした。曹操は、配下の精神の安定を守る為に曹仁の心を切り捨てた。身内なら守るべき立場だった。

 大切なのは諦めと現実に対する妥協だ。曹仁は曹操の立場を認識しており、守ってもらえると言う夢を見るのは諦めていた。

 悪いのはいつだって他者であり世界だ。曹操の決断は仕方がない。自分は悪くないが、世界を変える力がある。殺せと一言言えるその勇気が世界を変える。

 善でも悪でも、最後まで貫き通せた信念に偽りなどは何一つないと言う事だ。内心の葛藤は、従姉なら「何だ華侖、悩み事か? 悩みなんて犬にでも食わせてしまえ!」と一笑に付す所だ。

 過去の自分、今の自分を否定して変わらなくてはいけない。

「このままではワイの寿命がストレスでマッハなんだが……ワイはワイや。ワイの出来る事をやるンゴ」

 もっと安全な内勤に回して貰うか、転職も考えたが家族を捨てる事が出来ない。

 曹操の名代とは言っても対外的な外面を上手くやる技術を習得するまで至ってはいない。

 曹仁に必要なのは曹操の模倣ではなく戦闘での指揮だ。

 戦場で敵の撃破と言う問題の解き方は様々であるが、殺しの仕方は単純だ。とりあえず殺す。やり方の個人差を訓練で共通化させ、部隊として効率良く殺せる様にしてある。

 後は曹仁の指揮で決まる。

「みんなあああ、今日も元気に仲良く、怪我をしないように気をつけて、沢山殺すっすよおおおおお!」

 曹仁の明るく元気良い言葉は、味方の士気を高めた。苦しんでる民の為に思う存分殺す事で力を発揮出来る。良い仕事だ。

『これは正義の戦いだから』などといって、大義名分を伝えるよりも簡単で分かりやすい。

敵を殺せ、それだけを命じられ兵は戦いに挑む。そして単純化された使命ほど間違えたり忘れたりはしない。

 そこに『正義に対する疑問』を挟む余地はない。ただ『殺せ』と命じられて敵を殺すルーチンワークなのだから。

 曹仁は、まず兵に命じて、それから自身の指揮で効率の良い戦果を生み出し、『勝利』に貢献する。それこそが『曹操の片腕』だ。

 次の世代、次の次の世代が憧れる様な戦果をあげてプレゼンする事が、結果として曹操の利益と成る。

「ウクケコウヒコ、ウケケ、ウケコケコケ。わ、ワイは笑って生き残るんや。フヒホ」

 戦が始まれば、秘密裏に集結していた賊軍の数に劣り、押される戦況だった。前線部隊は的確な情報を求めるが、情報が錯綜している。

「将軍、右翼第一線が圧されています」

 予備隊の投入時期を逸すれば一気に崩壊してしまう。だからこそ有機的指揮は難しい。

「お前、それで良いと思ってるのか? 物見遊山にでも来た積もりか。指示しただろ。勝手に下がるな! 挫けるんじゃない。必死のパッチでやれば出来るんだ。負けると思うから負けるんだ」

 戦線が綻んだ場合、現地指揮官は手持ちの兵力で対処を求められる。それが指揮官である役割だ。だから曹仁は放置した。

 戦線の重要度と緊急性、兵力投入の時期。優先順位のバランスが取れていなければ、負けてしまう。慎重で失敗が少ない方に勝利が訪れる。

 この時にはまだ何も分からなかった。楽しい世界だとは。少々、アクションゲームをした事のある者なら思う事がある。死ね、糞と言う怒りと敵をスカッと倒したい思いだ。

 そしてこの地獄に思える世界でも楽しい事が満ち溢れている。弱い敵を倒す快感だ。

 戦に勝てば士卒を問わず、皆がおこぼれに預かる。だから臆病な上官を持つと兵は哀れだった。

 戦場で躊躇するのは構わない。失敗するより最善の策を選ぶ方が正しいからだ。

 待つと言う事は間違いでもない。敵の出方が分かる。『思い、思われ、ふり、ふられ』でも、そのままの自分を好きになってくれる運命の人がいつかきっと出てくるのを待っている。

 これは生存競争でもあり、官軍によって賊徒が討伐されれば、生きていても人権は奪われる。健康な男や見目麗しい女は奴隷の身分に落とされる。何十万人もの女子供が慰み物に成った後、娼館や鉱山に売り払われる。その大多数は使い潰され胃袋に入り、生きて自由に成る事は二度と無い。

 その売却益で飲み会の代金や趣味、嗜好品として消えて行った。勿論、有力者には目こぼしの賄賂が払われた。

 悪を滅ぼす事は出来ないが、仲間を守る事は出来る。曹操に従い御心に従う。詭弁でもそれを信じれば戦える。

(稚野鳥子先生も、誰もが結局一人で死んで、一人で生きていくって思えるから、と言っていた。だから頑張ろう)

 ───戦うとはそう言う事だった。

「戦え、戦え! 致命的な致命傷の死にかけであっても、死んでないなら殺せ」

 人の上に立つ者の肩には責任がある。直接、間接を問わず数十万、数百万の民の暮らしが関わってくる。

 事の是非はともかく、国は利益を考えねば成り立たない。行う政策に対して税を要求するのは正当な行為と言える。だから賊は許されない。

 一つの罪は、幾多の民を苦しめる事に成る。だから死は全てを昇華する慈悲とも言えた。罪や苦しみから解き放たれる。

「神の裁きだ。死をもって償え。バイバイキンっす」

 そう言って首を斬り飛ばして行く。

 間髪を入れない将と士卒の呼吸。将は将として、士は士として兵卒を統率し、全ての動きが一つに成っている。慈悲を持って官軍は抵抗する者を排除した。これがチームワークだ。

(女はリアリストで、結婚は逃げ場だと言うけど、ワイはニートに成りたい)

 その為に優しい未来を目指す。

 価値観が多様化するのは当然であり、その選択肢も間違いではない。それが曹仁の希望する未来だった。

 うじうじしても始まらない。首級を上げた者は栄誉を手に入れる。

「首を取ったど!」

 叛徒を率いる首魁を討たれた敵に動揺が広がっている。

 人はいつ死ぬか。脳死した時、あるいは心臓が鼓動を止めた時だ。記憶から消えるとかそう言う感傷的な事は関係無い。

 死ねば人の繋がりは消え、命令系統が麻痺、組織の統制は崩れる。

 ピヨピヨ、雛の様に泣き叫び、そろそろお開きの時間が近付いて来た。

 伝説に成れるかはどうやって死ぬか次第だが、曹仁にまだ死ぬ予定は無かった。こればかりは失敗できないからだ。

(挫けそうになったら思い出すんや。ワイが最初に願った事、三食昼寝付き。心休まる素晴らしい世界で憧れのニート生活、必ず掴み取ってやるっす!)

 そんな曹仁に士卒は憧れの眼差しを向けるが、恋愛感情は無い。本来なら戦場の吊り橋効果でモテそうな物だが、身分差と言うよりイカれた様子を目撃されている。

 常人とは違う。そこが隔たりに成っていた。

 掃討の段階に成ると、曹操は僅かな供回りを引き連れてやって来た。

「華侖、御苦労様」

「華琳姉、まだ死んだ振りしてる奴が居るかも知れないから気をつけるっすよ?」

 そう言った端から倒れていた敵が曹操に襲いかかったが、死神の鎌に見える絶で返り討ちにしていた。

「ふん。他愛も無い奴らね。華侖、貴女の力。これからも頼りにさせて貰うわ」

 曹操は曹仁の武力を評価しており、漢を変える為に必要な特効薬、万能薬だ認識していた。腹芸の出来ない性格も家族として愛していた。

「あ、はいっす。華琳姉の倒す敵が居るならどこにでも行くっす。でも、華琳姉」

「何かしら」

 待っていれば仕事が貰えるのに意見を言うのは珍しい事だ。

「華琳姉には、とっとと漢の一番に成ってもらって、ワイを楽にさせて欲しいっす!」

 それはとても忙がしい仕事だ。生涯の仕事となるだろう事を平然と告げる曹仁に、曹操は微笑んだ。

 

   ◇

 

 住所不特定の流民は社会的に悪である。トラブルや事故を起こしてもケツを持つ者はいない。だから働かない者は報いを受ける。

 奴隷として人身売買されるほど健康的な者はまだ生きていける。国家の負担となる年寄りや病人は邪魔なだけだった。だから無宿人狩りが国策として是正された。

「今日は燃えるゴミの火っす」

 能力のある者程に選択肢は狭められる。この世で官吏だけが人の命を自由に出来るからだ。そして己の責任と成る。

 曹操は生き方の美しくない者を許さない。生を全う出来るのは正しい生き方をする者だけだった。

「無宿人狩りだ! 逃げろ!」

 曹仁は兵を率いて定期的に動き回っていた。焼く、煮る、蒸す、斬る。お花摘みタイム並みの片手間仕事だ。

「生国を捨て、過去を捨てても綺麗には成れない。心を捨てればやり直せるのに、仕事の選り好みをするから無職なんだ。漢の民の生命と財産を守るのはワイら官吏の仕事。つまり犯罪の予防と鎮圧を行う為に被疑者を排除するのは正義! だから汚物は消毒っす!」

 犯罪の増加を抑制するには検挙より、排除の方が手早い。

 捕吏(ほり)による無宿人狩りの適正化として上司の承認を受ける監督、一日につきおおよそ八時間の労働時間厳守、意識向上による指針が記されていた。具体的には、直接又は間接的に有形力を行使する事が推奨されている。

 特に有効的なのが夜間から明け方にかけての襲撃や、便宜を供与したり、尊厳を著しく害する言動だった。

「華琳姉、ワイの活躍を見てくれたっすか?」

 事後処理を終えた曹仁が報告を行うと、曹操は口元を綻ばせながら言った。

「華侖、品性の無い台詞は駄目よ。不安な問題は国を弱体化させる要因。だから死ねば良い。生きていても価値の無い者、社会から落伍した不適格者だけを排除し、確実に抹消する。貴女にとって片手間の仕事だろうけど、分かってるわね」

 不穏分子の温床を作らない。遺恨を残せば刺客としていつ寝首をかかれるやもしれん。その前に手加減せずに潰す。

 曹操は実戦経験を積む機会として無宿人狩りを肯定していた。殺人経験の無い兵は使えないからだ。

「うぃっす! ワイの手は幾ら穢れても、華琳姉が綺麗にしてくれるンゴ」

 義侠心の殺身成仁(さつしんせいじん)ではない。自分が殺すのは、家族安心を増やす為だと理解してる。曹仁は戦場でしか生きられない訳では無い。家族だから命を懸けられる。

 曹操も大衆心理を理解している。皆が協力して職務にあたるから信頼出来た。

 平和を守ると言う綺麗事だけで人は戦える。流民と言う無価値な命も、善の為、義士となる兵の成長の糧と成る。

 権力の暴走、行き過ぎた殺戮と言われても、公共の安全と秩序を守る大切な仕事だった。

 悪い菌を体内から駆逐する免疫細胞、マクロファージの様な役割だ。

「それと、荀彧が職場復帰するから」

 さらっと告げられて曹仁は驚いた。

「ファッ!? 首チョンパで死んだんじゃなかったっすか」

「名医と言われる華佗(かだ)に治療させたわ。流石に名士の荀氏を敵に回すのは面倒だもの」

「はぁ、そうっすか」

 明らかに死んでいた。それを生き返らせた医術は、ブラックジャックも真っ青な神の領域だった。

「あれは私の軍師にするわ。その前に貴女に見定めて欲しいの」

 曹仁は何でもありだなと呆れていた。

 

 

/3

 

 それは突然だった。

 見渡す限りの暗闇が周囲を覆っていた。足下は草を踏む感触がある。

「どこっすかココ?」

 呟いた女性──曹仁は、曹操の将が一人。

 朝議の間で従姉妹や同輩達と指示を曹操から受けていた。

 しかし、ここは城とは違う。街中ですらない。洞窟の中だった。

 曹仁の声に反応する様に返事が返ってきた。

「誰か居るのか?」

 暗闇に向けて目を細める曹仁。

 ぷよん。ぷよん。と音を立てて、近付いてくる者の姿を確認すると緊張感を解いた。

「スライムっすか」

 じろりとスライムを見て苦笑を浮かべる曹仁。暴力に耐性のある彼女にとって脅威度の低い者だった。

 ファーストコンタクトを終え、二人は自己紹介を交わした。

 スライムは三上悟、37歳。異世界転生した元人間で、今はリムル・テンペストを名乗っている。

「あはははっ。転生したらスライムで、ドラゴンを食ったっすか。受けるっす!」

 曹仁は退屈より面白い事を好む。特に他者の悲劇は大好物だ。

「いやいや、ジョークじゃないですから」

「うん、信じるっす」

 笑いを収めて真面目な表情を浮かべた曹仁は、本来の美貌が際立つ。

「え、信じるんですか?」

「嘘をつくのに、そんなややこしいネタを仕込む程、そこらに居るスライムの頭が回るとも思えないし」

 曹仁とリムルの視線が交錯した。

「そうですか。曹仁さんはこれからどうしますか?」

 弱肉強食は世の理。曹仁に従うのが一番だと悟は本能的に悟った。

「そうっすね。うちに帰る為にも帰り道か帰り方を探すしか無いかなって考えてるっす」

「それじゃ、俺も同じ異邦人と言うことで手伝いますよ」

「いらないっす」

 即答で断る曹仁。

「え……あれ?」

 唖然としたリムルに対して曹仁はニヤニヤと笑みを浮かべて言った。

「さんはいらない。呼び捨てで良いっす」

 地底湖の水で腹を脹らませた曹仁とリムルは、地上へと進んでいた。

 門が見えてきた。

 駆け出そうとしたリムルの身体を曹仁が掴んで引き止める。

 疑問の声をリムルが出す前に、身を屈める曹仁。咄嗟にリムルも真似る様に身体を平べったく変形させた。

「──油差しても錆び付いてたからどうしようかと思いましたよ」

「まぁ、開いたなら良いって事よ。先、行こうぜ」

「そうだな」

 三人組が曹仁とリムルに気づく事なく通過して行った。

 緊張が解けて溜め息を吐くリムル。曹仁に促され先を進む。

 その途中、幾つかの分岐があった。

 風の流れと臭いから曹仁は───何か居る方に足を向けていた。

 

 

【中略】

 

 

/エピローグ

 

「逆賊張魯を討て」

 曹操が張魯を討伐する兵を挙げた。曹操は無駄を嫌う。その為、信頼する将の夏侯淵が率いる士卒一万の小規模な軍勢が送られる事と成った。

 この際、馬騰は「我らは漢の臣、朝廷に従うまでだ」と言い、馬休は仲の良かった曹仁の軍勢に従軍する事と成った。

 夏侯淵より防御を命じられた曹仁は選りすぐりの精兵、二千を率いていた。対する張魯は二万と数こそ多いが烏合の衆。

 張魯の兵は十倍と言う数に傲っていた。

「舐めるなよ小娘!」

「舐めてるのはそっちっすよ」

 弓兵三連射で突撃を破砕され、曹仁の巧みな用兵を前に張魯軍は陣形を崩された。

「仕上げっす」

 馬休は百にも満たない手勢を率いて、張魯軍の背後より切り込んだ。

 奇襲の効果は大きく、徐晃や許楮も攻勢に転じ、張魯軍は完全に崩壊した。

 馬休、真名を(るぉ)と言い、曹仁より華侖(かろん)の真名を預けられ信頼も厚い。

 曹仁軍は十倍の張魯軍を壊滅させた。

「彼らも漢民だった者達。更正させる事も大切ね。深追いはしないわ」

 馬休の言葉を聞いた曹仁は民政の安定を第一と捉え、目先の首よりも民の心を宣撫する事を選んだ。

 これにより夏侯淵の主力は進軍を助けられた。張魯は求心力と支配地を失うのだった。

「此度の征討に当たって、懸念する事があった。韓遂と馬超殿に謀叛の兆しありと報告を受けていた」

 夏侯淵に報告を済ませると呼び止められた。

「ふむ。それで?」

 涼州の叛乱勢力を炙り出し一網打尽にする。鍾繇(しょうよう)によってその様な絵図も描かれていたと夏侯淵は語る。

「貴殿が華侖と友誼を結んでいる事は知っている。私にとってあれも身内で可愛い。だから悲しむ顔を見たくはない」

 出兵に先立ち衛覬(えいき)からも忠告を受けていた馬休は、軽挙妄動は慎む様にと馬超に警告を出す事に成功していた。

「御心遣いと配慮に感謝します」

「うむ。私で良ければいつでも相談に乗ろう」

 身内と配下の始末でお互いに苦労する。夏侯淵の言葉に曹休は苦笑を浮かべながらも、礼を述べた。

 曹仁の軍は引き続き警戒に当たり、主力の側方警戒に当たっている。

「鶸、今日は助かったっす。ありがとう」

「私達、友達でしょう。気にしないで」

 夏侯淵からは補充、再編成を兼ねた休養が与えられた。

「でも、やっぱりありがとう」

 二人で酒を飲み交わしながら、戦の事や四方山話に華を咲かせる。

「そういえば、最近、益州に天の御遣いが現れたって噂があるんだって」

「天の御遣い? そんな怪しい者に頼らないと華琳姉と戦えない程弱虫って事っすね」

 曹仁の言葉に馬休も頷く。

「そうね。それでも手下を集めて、街の一つを実効支配して県令になってるって言うから、それなりの腕と頭はありそうね」

「賊の頭目とどう違うのか分からないっす」

「立ち塞がるなら潰すだけだし?」

「そうそう!」

 その後、地政学リスクから指数がどーんと下がって、戦線は小動きと成ったが、かなりの幅で民の支持率の下落率が大きく、マイナス要因から劉備は曹仁に討ち取られ、反落した動きで蜀は制された。典型的に戻せきれず国が滅んだ。

(我が道半ば、悔いがありすぎる!)

 群雄割拠の乱世を曹操は既成概念を壊し、突き抜けた対外拡張政策──外に敵を作る事で中華を纏めた。平穏を捨て挑戦の旅を続け、その子孫はウラル山脈を越えて遠くローマまで攻め込んだと言う。

 孫策は対極で、魏を攻めきれず猪に飛ばされて死亡、孫権は恥ずかしさで泣いていた。そして姉よりバランス感覚に優れていた事から曹魏に下った。

 袁紹は高値更新と言った感じで、倭の国を制し女王として島国を統一した。北郷は歴史を見届けると言う程に大層な物では無いが、その傍らに居た。

 

 どっとはらい。



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シャオと俺の弁当屋全国展開

1 恋姫の世界

 

 気付いたら知らない場所にいた。

 俺の名前は北郷一刀。尊敬する人はクメール・ルージュの指導者で、一国を動かしたポル・ポト。だけど虐殺だけはNOだ。証拠が残るからだ。

 青少年を取り巻く悪質なコンテンツ──過激なアニメや漫画の影響を受けた俺だが、無差別に暴力を振るう程に誇りと矜持を失ってはいない。

 まぁ、だからと言って、品行方正とは言えないけどな。

 小学生の時に保険医をレイプして鑑別所に送られ、反省のそぶりを見せたので保護観察処分で済んだ。ロリコン、変態男よりはましな性癖だ。

 誰にだって消したい過去の一つや二つはあるが、俺はやりたい事をやって来た。

 中学では恐喝、強盗、放火を経験して少年院に入れられて矯正教育を受けた。バラバラに切り刻んで、魚か豚の餌にしてやれば証拠は残らなかったのに失敗した。

(日本では年間二万人ぐらいは自殺してるんだ。一人、二人死んだからってなんだよ)

 シャバに出てからは、食べたい物を食べる為に漠然と料理をしていたら腕だけは上達した。

 それと風俗童貞ではない。俗に夜鷹と呼ばれる売女も抱いた。

 高校受験の年、寝坊して遅刻した俺はむしゃくしゃして銃砲店に押し入り店主を殺害、銃を奪って元の中学を襲撃した。

 学年主任、担任、その他数人を殺害し少年刑務所で実刑と成った。SATに射殺されなかっただけましだろうか?

 ちょっと軽く纏めたが、これは人生のプロローグに過ぎなかった。

 今、俺の目の前には荒野が一面広がっている。

(どう見ても日本の風景じゃねえよな……)

 未知のウィルスで昏睡してる間に地球は滅んだ、宇宙人による誘拐(アブダクション)、政府の秘密実験、あるいは異世界転移。色々と状況を考えてみるが分からない。

 遠くに山は見えるがどうすべきか? とりあえずは人家を探すべきか?

 情報収集のために散策だ。相手が男なら脅し、女なら犯せば口を割るだろう。

 とりあえず歩き出した俺は、獣道かは分からないが道らしきものを見つけた。

 しばらく進むと小さいな街を見つけた。壁の向こうになんか中華風の建物が見える。

(うわ、良かった……助かった……)

『コッペリオン』の様に原発事故で放射能汚染されていれば生存も難しい。

 安心感から疲れを感じた。問題は現地人と意思の疎通だが、よくある異世界ファンタジーのテンプレだと言葉は通じるはずだ。

 もしもご都合主義な展開が無ければ、実力行使で意思を伝えるしかない。

(出来れば無理強いはしたくないな。面倒だし)

 第一村人発見。ピンクに髪を染めた少女だった。とりあえず犯す前に話しかけた。

「なあ、君」

「うん、シャオの事呼んだ?」

 ツインテールを揺らしながら振り返った少女。俺の言葉は通じてるようだ。

「ちょっと道に迷ってね。ここは何て所なのかな」

 少女は頷くと答えてくれた。

「そうなんだ。ここは袁家の治める荊州南陽郡、袁術のお膝元よ」

「けいしゅうなんようぐん、えんじゅつ?」

 けいしゅうは荊州の事か。南陽郡、袁術と来れば三国志の世界じゃねえか。

 少年刑務所では暇すぎて三国志、漢書、後漢書、資治通鑑を読破した俺にとって、荊州は漢の司隷の南、益州の東、揚州の北と凡その位置は分かっていた。

(まさか、タイムスリップ? いやそんな馬鹿な。落ち着け俺。こう言う時は……早口言葉を考えるんだ! パルスのファルシのルシがコクーンでパージ、パルスのファルシのルシがコクーンでパージ、パルスのファルシのルシがコクーンでパージ……って全然駄目じゃねえか!)

 幸いにして意思の疎通は出来た。『戦国自衛隊』や『群青戦記』の様にいきなり問答無用で襲われるタイムスリップ物とも違う。

「どうしたの?」

「あ、すまん。少し考えていた」

「そう?」

 少女は嘘を言ってる様には思えなかった。

 三国志の舞台である後漢時代って戦国乱世の世界だ。人が死ぬのも病気だけではなく、ほとんど内戦のごたごたでヤバイ時代だ。

「もしかして行く所無いの?」

 少女は困惑した俺の表情を見て悟ったらしい。

「ああ、だけど何とかするよ。教えてくれてありがとうな」

 そう言うと俺はとりあえず、状況を考える事にした。

 言葉は通じる。だけど文字が読み書き出来るかと言うと疑問だ。

 先ずは衣食住の確保だ。

(とりあえずその辺のやつをぶっ殺して金を用意するか)

 弱肉強食、この世界で人権なんて者は無い。強者が正義なのだから。

 時代は黄巾の乱が始まった頃で、各地で官軍に混ざって義勇兵も活躍しているらしい。

(後漢の霊帝が即位したのはいつだったか? とりあえず孔明が死んだ後、蜀も滅ぼされたんだったか)

 領主にとって義勇兵は有害だ。根無し草である義勇兵の運営は、その土地の働き手と金銭や食糧を集めて各地を渡り歩く自転車操業らしい。正義の味方なのに人の善意に頼るって乞食じゃねえか。

 黄巾賊は略奪するが、義勇兵は行為を美化して巻き上げる。実際の賊との違いは紙一重だな。

 俺みたいな庶民にとって戦乱の時代は早い所終らせてくれないと困り物だ。歴史では魏王である曹操の息子が禅譲され、皇帝に即位し、その後、司馬懿の息子が晋を起こして戦乱は終わりを迎えた。

 ほとんど曹魏が仕上げた様な物だ。いずれ曹魏の時代が来るなら、今のうちに曹操の幕下で働いておくのも良いかもしれない。

 それで司馬懿と仲良く出来たらなおの事、将来は安泰だろう。兄弟分の盃を交わそうとまでは言わない。神輿として担ぐ橋にでも加えて貰えるだけで十分だ。

 

 

 

 シャオに出逢った俺は宛の街で、日本標準産業分類では第三次産業である持ち帰り・配達飲食サービス業の弁当屋を始めた。

 これはビジネスだ。スタート時点では何もかもが限られている。『深夜食堂』の様にメニューは少ないが、その時、手に入る食材で弁当を提供する。

 これは良い意味でも人生を変えた。俺には新たな食を生み出す豊かな情緒は無くても、現代人としての既存の知識と経験がある。

 ここは古代中国のはずだが、そこそこ食材や調理器具が揃っていた。ナマコや色々な棘皮(きょくひ)動物だって手に入る。だから現代料理の再現を頑張った。それで始めたのが料理だった。

「何で弁当屋なの?」

 ゲロゲロ無くブッポウソウを絞めて焼鳥の下ごしらえを行っていると、出資者であるシャオが訊いて来た。

 気前の良い出資者に、事業説明の一貫として答えた。前にロシアではファストフードが外食市場の四割で、ファストカジュアルが求められ始めているとニュースでやっていた。

 未来の市場を知る俺が支那人の間に弁当屋を流行らせれば良い。文化と言うのは作り出す物だ。

「そもそも、忙しい人、疲れた人に自炊は時間の無駄だ。それを助けるのが俺の弁当屋だ」

「一刀、スッゴいね!」

 弁当の価値を決めるのは道具と食材だ。シンプルだからこそ誤魔化しが効く。

 本物の弁当屋は道具を選ぶ。手間と時間をかけた高級食材は弁当を必ず美味くする。

 つまり安物に慣れた貧乏舌ほど罪深い物は無い。

 本当に美味い食材と美味い味付けで、それを是正してやるのだ。

 著作権も気にせず『ハツ*ハル』7巻に出ていたウサギのキャラ弁なんかを再現したりして売りまくった。

「一刀君、いつものお願い」

「はい、徳謀さん。準備できてますよ」

 常連客の一人、立派なパイオツ、じゃなくて身なりの程普さんは、行政の中枢に居る孫堅に古くから仕えた重臣で、今は孫策を補佐して居ると言う官僚だ。

 俺が程普さんと知り合ったのも、シャオが実は孫家のお姫様だったからだ。

 見返りや見え透いた魂胆も無く近付いて来た女は初めてだったが、納得した。お姫様なら純粋培養も頷ける。

 袁術の人質としてこの街に居るそうだが、屋敷に幽閉されている訳でもなく街の中では監視の目も弛く自由だった。だからこいつはフラフラ出歩いていた。

 ま、お陰で俺は助かった訳だ。

 シャオの伝で孫家に仕官すれば何とか食っていけるかもしれないが、袁術の飼い犬。それに武の才が無いと生きていけないから俺には向いていない。

 それなら個人で起業して銭の力で裏から権力者を動かす方が健全な投資だ。

 幸い商標権がどうのと言われる時代でも無いから自由に何でも売り出せる。アイデアをどんどん実用化出来れば億万長者も夢ではない。

「──だから芥子の身を混ぜて依存性を高めてやればリピーター、つまり常連客が増えると思うんだ」

「面白いわね。シャオのお小遣いから貸してあげる」

 俺の弁当屋構想を聞いたシャオは興味を持って投資を申し出た。

「良いのか?」

 シャオが貸してくれた金は庶民が数年暮らせる額だった。役所で宛での出店許可を貰い、弁当屋を始めた。

 個人事業の開業・廃業届出書や青色申告承認申請書を書いて調理師免許は持ってないけど食品衛生責任者として食品営業許可や防火管理者の講習は受けた。

「一刀、講習はどうだった?」

「凄い眠かった」

「あはは、頑張って!」

 シャオの声援を受けながら俺は動き回った。

 警備隊に風俗営業許可を申請したりやる事が多い。労働基準監督署や公共職業安定所、日本年金機構は無いからその辺りの各種保険はスルー出来た。

 最初の客はシャオで、そのうちに呼び込みや接客を手伝ってくれるようになった。

 コーパスベース方式の作り物と違い、可愛いシャオが声をかけてくれるんだ。当然、俺の弁当は飛ぶ様に売り切れた。

 弁当を買わないと暴力を振るうなんてヤクザなやり方はしない。暴力は金にならないと言うしな。

「おじさん、お弁当買って行ってよ!」

 客の多さに普通の飲食店を始めたらどうだと言われたが、俺一人で仕込みや調理をやるにも限界がある。店の裏口が日本と繋がってるほど御都合主義でも無いので、食材以前に調理器具も限られている。弁当屋で十分だ。

 便利で安易な土台がある。異世界弁当屋としての人生スタートだ! なんて考えてもいた。

「よお兄ちゃん、誰に断ってここで商売してるんだ」

「役所で税も納めてるけど何か問題あるか?」

 そう答えたが、相手は引き下がらない。

「ご近所に挨拶が無いってのはどうなんだ。ケツ持ちの居ねぇガキが調子乗ってると、埋めるぞ。ああん?」

 この時代の弁当屋や飲食店は社会的地位が低い。出店の手続きの苦労を知らずに好き勝手言ってくれる。怒りが込み上げて来た。

 こいつは香具師(やし)あがりの無頼者で、ゆすり、たかりの類だ。暴力は必要だが、暴力団の様な反社会的勢力は俺の様な健全な一般市民にとって害悪でしか無い。だったら遠慮はしねえ。

「知るかボケ。役人が認めてるんだ。あやをつけて来やがって、負け組の平民(チンピラ)が身の程を知れ」

「誰のシマか教えてやる。舐めやがって殺すぞ!」

「うるせぇ! マジでボコボコにしてやるぞ」

 俺が弁当屋を始めると、地元のヤクザが絡んで来た。番屋に逃げ込むよりも俺は闘争を選ぶ男だ。格好良く闘う前に、程普さんが助けてくれた。これが出会いだ。

 シャオと仲良くしている俺に興味を持って覗きに来たらしかった。本当、犯したりしないで好感度を稼いでいて良かった。

 俺とシャオの弁当屋は十分、稼いだので、弁当を俺が作り出店を日雇いの他人に任せる事にした。なお慰謝料は十分に搾り取った。

 労災、雇用、社会保険はいらないけど、うちはブラックじゃない。俺は従業員にそれなりの補償をしてやる。その分、確りと働いてもらうけどな。

 盛り付け作業の段取りは、弁当箱にキャベツを盛る一人、受けとりカツレツを切って盛る一人、トマト、フレンチポテト、レモンをあしらって渡す一人、全体を直しパセリを盛り、喫食者に渡す一人。そんな感じの役割分担の流れ作業で、的確、迅速に行われる。

 宛の弁当屋業界は俺の一極支配下になった。食に対する人の欲求は止められない。俺の弁当の味覚で宛の人々は陥落した。

 シャオのお陰だな。借金を返した俺は、宛を離れて博望に出向く事にした。

「家もしがらみも何もかも捨てて、俺と一緒に行かないか?」

 俺はシャオに求婚した。これ以上に使える女は居ない。

「一刀はシャオで良いの?」

 こいつの名前と血筋は将来、きっと役に立つ。この世界で生きる保険だ。

「シャオは孫家のお姫様だし、俺はただの平民だけど、ずっと一緒に居たいと思ったんだ」

 目の色が変わると言う言葉があるが、俺の言葉にシャオは蒼い瞳をきらきらと輝かせた。

 孫家で何不自由無く育てられていたが、袁家と言う(かせ)があった。そこから連れ出す俺は、まさしく白馬の王子様に見えるだろう。

 恋愛初心者なシャオと俺。仲良く出来ない訳がない。

「うれしい。貴方と……一刀と一緒に居たいわ!」

 そして俺はシャオを連れて宛を抜け出した。袁術の支配地だが、人質の(くびき)から解き放たれてシャオは楽しそうだった。

 俺は俺で、仲良くしてくれたシャオを苦しめる袁術を、いつか倒すと密かに決めた。

 

 

 

2 事業拡大

 

 俺とシャオが結ばれて夫婦になると、期間限定割引のお祝いキャンペーンもやって更に弁当屋は儲けを出した。

 胸が平らとは言わないが小ぶりで、腹部まですとーんとした体型だが彼女は可愛かった。

 毎日、甘えてきて何度も口づけを求めて来る。これが無償の愛なのだから凄い。

「ねぇ一刀。シャオの事、好き?」

「おぅ、いつも言ってるだろう。好きだし愛してるぞ」

 シャオの柔らかな唇に口づけをした。

「ん……」

 シャオは俺の物だ。衝動的に舌を捩じ込み口腔を蹂躙してしまう。

「ふぁ、……っ。シャオも一刀の事、好きよ」

 唇が離れるとシャオそう言って抱き締め返してくれた。

 大切な物は守らないといけない。俺が優しくするのはシャオだけなのも当然で、この世界で治安は悪く、土地(ところ)の無頼が集まる盛り場や悪所、盗人宿もあれば、街を離れれば簡単に匪賊と遭遇する。

 昔気質の盗賊とは違い、自分は貧しいのに金持ちはおかしいって人の成功にケチをつけて攻撃して来る略奪者だ。

 乱世は強くなければ舐められ奪われるだけだ。俺はシャオと俺たちの作った弁当屋を守りたい。官軍も常に巡回してくていれる訳でも無いので、旅人や商人は行き先で群れるか、護衛を雇うしか対策は無かった。

 俺みたいな弁当屋が毎回、護衛を雇っていては赤字だ。職にあぶれた傷痍軍人を、専任嘱託として年度更新の契約で雇い、うちのスタッフを教育させ警備部門を設立した。業務委託するより自前で揃えた方が後々、安くつくからだ。

「ようござんす。任せておいて下せぇ。微力ながら全力を尽くし教育に当たらせて頂きます」

 将来、出世出来ない。生きていても負担に成る。そう言ったストレスを抱えていた連中にとって、後輩を育成する事は生き甲斐にも成る。

「あ、うん。賊程度ははね除けられる様に宜しく御願いします」

 弁当の配送をする上で、商品を守る為に全員に武器を支給して調練を行った。警備部門は危険地帯で食材調達や大規模な配送を送る時、護衛にあたる。

 従業員は店舗や警備の部門に別け隔ては無く、「者共、御頭は商いで天下をお取りになる。その大事な品だ。気をつけて励め!」とアジテーションが行われた。

 初めはもっさりした動きだった素人も、鍛えられてそれなりの動きをする様に成って来ている。

(職業軍人である武官とか、官軍の連中と比べてどの程度まで上がってるんだろう?)

 ちなみに義勇軍とは違うけど、褒賞があるので賊の討伐も積極的に参加させている。

 シャオと弁当屋を始めて一年、各地の有力者にも連絡(つなぎ)をつけて、付け届けを送り、懐柔している。そして御用達(ごようたし)お墨付きを貰い店舗を増やした。

 チェーン店を増やすのは良いが、味や品質を落とす事は許されない。

 これでも俺はから揚げにはうるさい方だと思う。ローソンやセブンイレブン、ファミリーマート、ディリーヤマザキ、ポプラのから揚げ弁当は制覇し、満足出来なかった。

 しかし冷凍食品であろうと出来立ての手作り弁当は違う。

 俺の済む市内には、数店舗の本家かまどやがあった。

A店のから揚げは、ほっかほっか亭に負けない美味さがあった。しかしB店はA店と明らかに味の違いがあり不味かった。客は味で店を選ぶ。客の舌を舐めてはいけない。

 餃子の王将だって安いだけではない。それなりの味があるから生き残れているのだ。だから俺は味にこだわった。

 食い物だけではなく、護衛の質も上げた。

 下手に個人の武を極めさせるよりは最低限の武を教えさせ、装備に弩を作らせた。支店には連弩を備えさせ要塞化した。上空から見れば小規模な砦である事がよく分かるだろう。

 それだけでは不安なので、本店にはライフリングの刻んだ大砲を鋳造し配備した。さすがに銃みたいな小さな加工技術はまだない。

「別に戦をするわけじゃないから、そこそこ使えたら良いんだ」

 俺はからくり作りが得意だと言う女の工房を訪れていた。李典と名乗っていたが、俺の知ってる曹操の配下とは別人か?

「そうなん? 数を揃えないなら値段と時間をかけても良いなら出来るで」

 でかいおっぱいに視線を奪われそうになるが、俺はシャオ一筋だ。

「宜しく頼むよ」

 大砲が出来れば弾も改良した。鉄の塊は撃ち出す事に成功している。榴弾の作りはよく分からないが信管が砲弾を爆発させるのだろう。火薬の知識はウィキペディア便りの記憶だが、その辺りは技術屋に相談して研究させている。

 博望で俺達は儲かり過ぎていたので、これ以上は袁術に目立つと不味い。本店は部下に任せて人の多い都に移る事にした。

「うわ、シャオすげえな。都ってでけえな」

「一刀、はしゃぎ過ぎだよ」

 都は皇帝住まいが在るだけあって、物も人もやっぱり多い。ヒロポンやハイミナールを混ぜてる訳でもないのに弁当の売れ行きも飛躍的に向上した。

 コンプライアンスなんて糞だ。成功したのも宦官への付け届けが要因の一つだ。

 別に宦官のフロント企業と言う訳では無いが、他の飲食店からの嫌がらせやみかじめ料を取ろうとした小役人は、宦官の支援を受けた俺の敵ではなかった。胸を張り肩をそびやかし、心置き無く商売が出来た。

 この時代の宿は、多くが食事の出ない木賃宿(きちんやど)(のみ)(しらみ)で衛生状態も悪く、外食が主流だった。コスト、クオリティ、食の安心、安全、栄養面でも安い弁当は売れた。

 そして大量に生産される弁当が市場を制覇するまで時間はかからなかった。

 大量の発注に対して大量の輸送。馬車が必然的に必要となった。

 馬を求めて西涼に出かけた。馬一族はその名の通り、馬と共に暮らす一族だ。

 先ず、スリや窃盗をしていた小銭でならず者を雇い、幾つかの集落を焼き討ちした。売春業や塩、酒と麻薬の密売も手がけていたので、仲間に引き入れるのは簡単だった。

 焼け跡に投げ出された人々の暮らしを保護するには金がいる。

「馬が欲しいだって?」

 俺はリスクが少なく効率的に稼げると、交渉を持ちかけた。

「ええ、戦の目的ではありません。そこで契約をお願いしたいのですが」

 俺の弁当配送を説明した。買い入れると管理は俺の負担のなる。どうせならレンタルで必要なときに必要なだけ借りた方が維持費は安く付く。

 馬一族も定期的な収入が得られる。win winな関係だ。

「良いだろう。だが馬は私達にとって家族で友達だ。大切に扱ってくれよ」

「もちろんです」

 俺はこれで全国配送の足を手に入れた。

 

 

 

 商売はこの上無いくらい上手く行って、シャオとの生活も幸せだった──だから、嫌な予感がした。そしてそう言う予感は的中する。

 平穏は長く続かないってやつだ。

「シャオ、探したわよ」

「お姉さま!」

 俺とシャオの日常をぶち壊しに、孫家から追っ手がやって来た。背中に流れる桃色の髪の持ち主、シャオの姉である孫権だ。こう言う状況で無ければ喜んでお相手したい美人だが、現実には敵意と殺気を向けられている。

「お前がシャオを誑かした男ね」

 孫権は俺に剣を向けてきた。いや、突然やって来て何その態度。舐めやがって。他の従業員も俺の指示を待っている。シャオの家族で無ければ、おめぇマジでぶち殺すぞ。

「やめてお姉さま! シャオのお腹の中には一刀の子供が居るの!」

 シャオの言葉に孫権は驚くが俺はもっと驚いた。

「な、何で「何だってええええええ!」すって……」

 孫権は「私より先に……」とぶつぶつ呟いている。殺気は消えたので俺も緊張を解いた。

「お、おろしなさい!」

「嫌っ、一刀を好きになっちゃったんだもん!」

 とにかく、これから生まれる子供の事を考えたら俺達が殺し合いをする事は駄目だ。子供から父親を奪う事は出来ないと、孫権は剣を収めてくれた。

「俺達、事業に成功しましてね。袁家から独立する手助けができると思うんですよ」

「それは本当か。お前が協力するなら、私も姉様に口添えしてやろう」

 俺は孫家に多額の献金をする事で、シャオの夫で子供の父親と認められる事となった。

「私はともかく、姉様には説明する義務がある。北郷、それとシャオ。お前らには同道してもらうぞ」

 孫策への報告をしろ、との事で明日迎えに来ると言って孫権が帰ると、シャオが抱きついて来た。

「ごめんね一刀、あれ嘘なの」

 シャオが言うには妊娠は嘘だった。がっかりする俺にシャオは囁く。

「だから、嘘にならない様に子作りしよ」

 ──不覚にも真っ昼間から欲情してしまった俺は、シャオを抱き上げて寝所にダッシュした。

 翌日、孫家に婚礼の挨拶と出店の為に俺は向かう事となった。孫家への献上品や袁術への賄賂などを積んだ馬車と護衛が隊列を組んで荊州に向かう。

 ここで予想外のイベントが発生した。

 隊列の左右に騎乗した者を警戒に配置していたが早速、役に立ってくれた。

「賊らしき集団が接近して来ます!」

 黄色い頭巾を被った連中が向かって来た。蓑火(みのひ)の喜之助や海老坂(えびさか)の与兵衛等の様に、盗みはするが決して人を殺めたり傷付けたりせぬ事を信条とする本格の盗賊ではない。血頭(ちがしら)の丹兵衛一味なみに情け容赦無く殺傷を行う兇賊、兇盗の匪賊だ。

 右翼、左翼、正面の三方向より包囲してくる形だ。

「敵は5000ほどの数だな。対する我らは300と寡兵だ。どうする。一戦交えて突破するか?」

 孫権の問いに俺は迎撃をすると応じた。そして部下に声をかけた。

「弁当の未来の為だ。俺とシャオを守れ。やつらをぶち殺せ」

 ここで近代兵器があれば最高だが、そんなチート兵器は無い。

 護衛に死守命令を出して、俺も愛用するひのきのぼうを手に取った。

「最近噂になっていた黄巾党って連中かしら」

 シャオの言葉に俺は頷く。

「だろうな。司隷の近くで現れるとなると、そろそろ朝廷が動き出すぞ」

 賊なんて雑魚でしかないが、烏合の衆でも数が集まると厄介だ。

 しかし、今回は孫権も同行している。孫家の次世代を担う者で、護衛も手誰が付けられていた。

「蓮華様を守れ!」

 孫家の御先手組(おさきてぐみ)である親衛隊もいるのに襲って来るとは賊も運が無い。

 多くの地方領主が縄張り意識に囚われる事が多い中で、賊の獲物本位の姿勢は利に叶っている。

 生涯で現役の賊でありたい。良い事を言ってる様で間違っている首魁に惚れ込んだ友人に誘われ賊に入る者も居た。

 人はそれぞれ歩く道が違って当然であり、目的も違う。そうだ、弁当屋を開いた俺とは生き方が違う。

 俺の護衛は槍を組み立て隊列を組んだ。昔、読んだ15世紀のパイク兵と銃兵の戦術を参考にした配置だ。

 その後ろでは荷馬車に積んでいた連弩で攻撃を開始した。

 賊達は官軍に匹敵する装備に唖然とした。護衛付だとは言え、商人が自分達を圧倒してるからだ。数の優勢が覆されると脆い。

 賊の士気が崩壊するのは早かった。相手が弱者なら殺して奪い尽くすだけだが、自分達を圧倒してる場合は弱気になるのも早い。

「連中、逃げる積りのようです。追撃しますか?」

 孫権は頷いた。ここで逃がせば民草に被害が増える。

「褒賞は与えよう。討伐に手を貸せ」

「承知しました。バッチ来ーいです」

 俺は頷き、部下に攻撃続行を命じた。

「ゴミ野郎のド外道どもを許すな。心臓を止めてやれ!」

 例え正規軍であっても連弩の威力の前では紙みたいな防御力だ。当然、賊程度の貧弱な装備では耐える事も不可能だ。

 頭が固くてつまんねー女だが、孫権と彼女の護衛は賊相手なら一騎当千で活躍し、とうとう賊の首魁を捕らえた。

「降伏する」

 こうなってはどうにもならぬ。頭目はおそれいたしましたと抵抗を諦めた。子分の賊徒達も逃走を諦めて、神妙に得物を捨て始めた。

 革命ごっこの黄巾賊は地主や富農と言った金持ちを恨み、反革命分子として弾圧していた。俺も金持ちの端に入るから厄介だった。となれば、いささかの油断もならん。

 とりあえず剥ぎ取ろう。良い物無いかと物色してると、声をかけられた。

「賊の処理だが……」

「地獄には悪党しか居ない。全員罰を受ける。生死は問わない、ですよね」

 その通りだと孫権は頷いた。

 武装解除をして一纏めにした敵に穴を掘らせて死体を放り込ませた。

「貴金属、金、武具、食糧など被害者に還元出来る物は全て接収しろよ」

 俺の指示を孫権は納得して見ていた。賊に奪われた物は奪い返す。それで被害者の弁済に当てる。本来は国がやるべき事だ。

 投降した賊は死体の処理を終えた後、全員処分する方針だ。生きていても食わせたり監視を用意したり負担に成るだけだからだ。

 目ぼしい首も無いから「オラの手柄を横取りしたのはどこのドイツだ」「その首はオランダ!」と取り合いする事もない。

「おい、何する積もりだ?」

 穴の淵に賊を一列に並べた。分かってるのに聞いてくるのが無様だ。

「おい、止せ。止めろ、止めてくれ!」

 命乞いする賊を一斉に斬首した。一円にも成らない贖罪よりも首だけ集めて持って帰れば、役所で褒賞金に換金して貰える。

 後で晒し首にするそうだ。治安維持に見せしめが役立つからだ。

 死体は地球に優しく大地の養分となる。自然との共存、エコロジーってやつだな。

 

 

 

 南陽郡に着いた俺達は、孫権に案内されて孫策の下に連れられた。

 孫策はシャオに笑みを向けたが、俺を視界に入れると殺気を向けて来た。逢引相手を見つけた旦那みたいだ。

「ふーん」

 そしていきなり斬撃を放って来た。俺は会見を有利に運ぶべく、あえて避けずに受け止めた。高利貸しは利息を高く取る。俺の利息も高くつくぜ。

「一刀!」

 シャオの叫び声と同時に、孫策の一撃が振り下ろされた。俺の肩に思いっきり刃が食い込んだ。

「姉様、何を!」

 孫権も混乱している。常識的に考えて、問答無用で斬りかかると思わなかったのだ。

 だが俺は孫策の性格を風聞から読んでいた。それはそれとして、妹の相手に相応しいか俺を試すと。

 斬りかかった孫策自身が驚いていた。俺が避けると考えていたのだろう。

「糞っ、孫仲謀、何が話だ。騙し討ちしやがって! 孫策、てめえは卑怯者だ。この薄汚ねぇシンデレラ!」

 失血で意識朦朧としながら俺はそれだけ怒鳴った。

 屈辱を感じて彼女の家臣達は身を縮めているが、早く俺を助けろよ。

 シャオが俺の傷口を押さえて泣いていた。泣かせてごめん。だけどこれが主導権を握る一番の手なんだ。

 目が覚めると俺は手当てを受けて寝かされていた。傍らにはシャオが居た。

 素直で可愛くて、高飛車な姉とは違い姉妹のバランスは取れていると思った。

 彼女が愛しいと思う。泣きつくシャオを宥め、傷を癒した後で孫策と再び会見した。

「北郷一刀殿、此度は我が主が失礼した」

 孫策の家臣である周瑜が先に謝ってきた。続けて孫策が口を開いた。

「ごめんなさい。悪かったわ」

 引け目を感じたのだろう。目を反らして視線を合わそうとはしない。シャオや孫権はそんな態度に文句を言っていたが、俺は謝罪を受け入れて水に流す事にした。

「良いですよ、もう」

 第一印象を覆すにはギャップが有効だ。印象を良くする事で孫家と今後の関わりが変わってくる。

 こいつらが謝罪するのは、土下座をする様な物らしい。ま、土下座をしても一円の価値は無いが、罪悪感は利用できる。

「──所で、一つだけ確認して起きたい事があるの」

「何でしょう?」

 孫策は真剣な表情を浮かべて言った。

「あの子の事、大切にしてあげてね」

 シャオの事だ。

「シャオ俺の全てです。言われるまでもありません」

 孫策は笑みを浮かべた。

「ありがとう」

 聞く所によると孫家の主従はアルコール依存症だそうだ。アル中は、食欲低下による栄養失調になりがちだ。

 そう考えると、殺されかけたのもアルコールによる精神症状だろう。ビタミン取れよと助言してやるほどお人好しでは無いので、あえてスルーしておいた。

 あちらさんは俺達を別れさせようとしていた。無理なら搾り取るだけど搾って殺す。所詮は商いを生業としていて武人ではないからな。後腐れはない。そんな腹積もりだったのだろう。

 しかし俺は男の意地を見せた。引かぬ、媚びぬと。そこで親族として認めるという懐柔に孫家は出た。じっくり俺を見極めた上での決断だ。

 

 

 

 孫策との会見が終わった俺は南陽郡を直ぐに離れた。袁術配下の者からシャオを守る為だ。袁家の本拠地で影響の強い(えん)州の長居(ながい)も避けて北へ向かう。

 孫策も妹の身の安全には気を配っており、配下の周泰をシャオの護衛に付けてくれた。

「もう、シャオの事を子供扱いして!」

 潁川(えいせん)郡から()州に入った俺は陳留(ちんりゅう)の街を目指した。

「ここは曹操の治める街なんだ」

「次の出店場所ね」

 俺は出店の許可を求めて役所に行った。役人は気の毒そうに俺を見た。

「飲食店の出店だと曹操様の許可がいる」

「そうなんですか?」

 曹操は食にうるさい。だから治める街の店も一定以上の質を求められるそうだ。

 少し前、赴任したばかりの曹操から散々な貶され方をした飲食店の店主が自殺し、妻が後を追い店が潰れた。従業員は主人の仇討ちと曹操を襲ったが全員返り討ちにあった。

 不味い物を売る者は我が民には要らない。生きる上で向上心を持たぬ者は出ていけと条令が出された。

「どうりで屋台が少ないと思った」

 良い家で不十無く暮らした曹操の御上品な舌に庶民の味は合わないのだろう。

「どうするの?」

「そうだな。民の財布事情に合わせた弁当屋って事を説明するしか無い」

 シャオを宿に残して曹操の下に行った。孫策の妹を連れて行けば下手に勘繰られて、ややこしい事に成るからだ。曹操は今後、成長して行く有力株だ。上手くやれば市場を独占出来るだろう。

 意外な事に、曹操の街では焼き鳥屋が繁盛していた。

 酒のつまみは売れる。酒の消費で民から金を巻き上げてるらしい。

 俺の弁当屋は庶民向けで、市場に割り込む形に成る。だから営業の認可は降りなかった。

「北郷、焼き鳥屋をやりたければ話に乗ってあげるわ」

 跪いた俺に対して曹操はフランチャイズのチェーン店をやらないかと申し出て来た。俺の弁当屋を利用して、焼き鳥屋にすると言う計画だ。

「申し訳御座いません。せっかくですが、私は弁当屋に誇りを持っておりますので」

 事前の情報によると、誇りを持つ者を曹操は好ましく思うそうで、俺は曹操の好みそうな答えを返した。

「あら、そう」

 楽しげに曹操は笑ったのでお気に召す答えだったのだろう。しかし家臣は主を神格化しており、俺の答えは不敬に感じたらしい。

「貴様、華琳様の申し出を断るとは何事だ!」

 曹操の側近である夏侯惇が抜刀して斬りかかって来た。こいつも孫策と同じ直情タイプか。予想外のチャンスだった。

「止せ姉者!」

 夏侯淵が声をかけるが剣は止まらず、逃げようとした俺の背中を切り裂いた。俺も致命傷は避ける様に意図してだ。

「春蘭、何をやってるの!」

 倒れる瞬間、俺は見た。曹操は驚愕の表情を浮かべていた。夏侯惇は夏侯淵に取り押さえられていた。

 クヒヒ、肉を切らせて交渉の主導権を握る。今回も上手くやった。

「シャオ……」

 シャオにまた泣かれるかな、と思いながら俺は意識を失った。

 今回の件で曹操は多額の賠償や譲歩を余儀無くされた。俺を消して口を封じようと夏侯淵から進言されたが、彼女は誇り高い人物で矜持が許さなかった。

 夏侯惇の件が漏れれば、家臣の手綱も握れぬと曹操の評判は地に落ちる。これ幸いとばかりに曹操を追い落とそうとする者も現れるだろう。

 今回も目覚めは最悪だった。曹操の用意してくれた部屋で、シャオに泣きつかれてしまった。もう少し上手くやれたら良いのだが、シャオに心配をかけてしまった──だが、これが俺のやり方なんだ。

 俺の体調が戻ると曹操は謝罪に訪れた。

「本当にごめんなさい」

 ごめんなさい、か。『申し訳無い』や『すみません』ではなく、ごめんなさい。その言葉に俺は呆れた。人を試したがる者は器が小さいと言う。しかし謝罪は受け入れた。

 曹操から今後も便宜を図って貰う為だ。曹操も弁当屋の出店を認めざるを得なかった。

 俺も殺されかけたとは言え恩恵を受けるだけでは無い。曹操の機嫌を取る為に、警備隊に弁当を毎日差し入れした。

 平素における警備隊の食事は自前らしい。1日400食と大した数ではないが、年間で10万食。曹操はこの経費が浮かせる意味を理解するはずだ。

 俺の弁当屋の名前は曹操の官吏にも広まるだろう。これで給食業務委託の受注で仕事がやり易くなる。

 俺はちょっと試しに魏と言う文字を曹操に見せてみた。未来知識に反応するなら、交渉の材料になると考えたのだ。だけど反応は違った。

「戦国七雄の魏がどうかしたかしら」

 キングダムからはまって史記や戦国策を読んだ俺にはピンと来た。

 秦の始皇帝が中華を統一するまで群雄割拠の時代だった。春秋から戦国にかけて存在した諸侯国の内、列強を総称して戦国七雄と呼ばれた。

 思想戦、心理戦、組織戦、群衆戦、情報戦を展開し六国を倒した秦の始皇帝を知らない者等、この世に存在しない。秦を倒して出来たのが漢だからだ。

「あら、それとも()州の魏郡の事かしら」

 魏と言えば曹操の建国した国だと思っていたが、考えれば他に魏は地名であった。

「此方に出店しようかと考えていまして……」

 援助が欲しいと適当にお茶を濁したが、ぎゃああああああああああああああああああああああああ。魏って曹操の魏だけじゃないんだ。周の時代からあったのに、未来知識でドヤ顔しようとしてた自分がこっ恥ずかしい!

 後でシャオに慰めてもらおう。

 

 

 

 金勘定の出来る頭は大切だ。

 従業員には簡単な四則演算も出来ない者も居たが、使わない難しい公式を覚えさせる訳じゃない。実生活で意識して使う物だけ教えれば直ぐに飲み込んで行った。

「客は神様じゃないが、敬語は使え」

「はい店長!」

 じわじわと今期の利益が増えて来た。これなら従業員にボーナスをあげれそうだ。

 曹操の後見を受けられた事は大きい。宦官や外戚にも伝はあるが、実力ある名士の影響力は地方で出店するには大きかった。何せ地域のトップを抱き込む訳だから、他にも協力者が出てくる。それで喧嘩を売って来るヤクザや豪族は減少した。

 それと、馬一族の伝で羌族の方とも取引を始めた。乳牛と食肉牛の仕入れだ。牛があればレパートリーは広がる。乳製品はまだ保管に難点があるので検討中だ。

 従業員もアイデアを出してくる。良い物は商品化した。権利は会社に帰属する。何しろ材料も全部、会社の経費だし共同著作権として、アイデアを買い切る形だ。だから弁当が幾ら売れても最初の金以外はびた一文支払わない。

「社長、出来たでぇ♪」

 しかし冷蔵庫の開発で問題は直ぐに払拭された。うちの技術者トップ、李典のお陰だ。まさにウルトラハッピーな仕事だ。

「さすがだな、曼成(まんせい)。これからも我が覇道を支える為に頼むぞ」

 技術の進むスピードはあっという間だ。

「あはは。社長、大袈裟やな。氷入れて冷やすだけの箱やで」

 俺一人なら電気が無いとかで実用化出来る事は無かっただろう。柔軟な発想が世界食文化を革命させる力と成るのだ。食材が保存できる効果は大きい。

 これで食の安全も高まる。各支店に大型冷蔵庫を設置させた。一般には普及させない。だって氷の取り合いになるじゃないか。

 せっかくの冷蔵庫だが、入れる価値のある食材は少なかった。商品開発に悩む俺に従業員の一人が話しかけて来た。

「一刀さん、南蛮には鼻の長い珍獣やらまだ見ぬ食材があるそうですよ」

「鼻の長い珍獣か」

 南蛮は未だ知られない緑の秘境であった。(てい)穆公(ぼくこう)の娘、夏姫が入水自殺を遂げ、腐肉や体液が溶け込んだ不老長寿の源である聖なる泉が存在すると言われていた。

 目撃通報の内容から考えて動物園の主役を連想した。

(多分、それは象じゃねえか)

 アジア象は東南アジアの森林地帯に分布しており、自然がそのままなこの時代は、まだ多数が生息してると考えられた。マンモスのステーキは無理だが、象のステーキぐらいなら実現出来そうだ。

 人間という物は、貪欲にあらゆる物を食べる。食の探求が消滅することはあり得ない。そして食材は目に見える物の全てが相当する。

「なぁ、シャオは暑い所は苦手か?」

「ううん、そんな事は無いけど」

 と言う事で俺はシャオと従業員を連れて南蛮に向かう事にした。

 

 

3 冒険者募集

 

 南蛮は風土病が流行ってるらしい。医者が江戸時代にタイムスリップする『仁』と違って、医療知識や技術は無いから予防は出来ない。

 最初は益州から南に下るルートを考えていたが、海から行った方が無難そうだ。

 陸路は賊だけではなく毛唐と言うか蛮族の襲撃もあった。

 刀剣類での戦いで近接戦闘が基本なこの時代、槍や戟はロングレンジな武器で集団戦には欠かせない。賊でもヒットアンドアウェイを心がけていた。要するにゲリラと同じで、一撃離脱で獲物を拐って行くのが常套手段だった。

 だから護衛で隊商を組んだコンボイ輸送で此方は移動するが、酷いと隊商の周りを回りながら、背後から攻撃を繰り返される事もあった。

 ちなみに宗室の連中は面倒そうなので、連中の影響力の大きい益州や幽州の出店は、間に幾つかの商家を挟んで行っている。それも控え目にだから目立っていないはずだ。

 うちは食材が欲しいから、どうしても全国出店が必要に成って来る。地域によっては直営店の敷地で田畑を耕作し収穫物を店に送って貰う。ナンバーワンを目指してる訳ではないが、味とレパートリーは追求したい。

 南蛮は漢から見て文化レベルは低いし、動植物ぐらいしか魅力はないと言う話だ。変な病気を貰うのは怖いけど、それでもシャオは楽しみにしてるし、行く約束は守りたい。

 今更だが、医者に金をばらまいて予防と治療薬の研究を始めさせた。出発には到底、間に合わないだろう。

 だから代わりに、先行して現地調査に当たる人手を募集した。見た目が若ければ健康何だから年齢不問としたが、最初は女衒(ぜげん)の真似事だと警戒されもした。それでも言葉巧みに、学歴、職歴不問、髪型自由、完全歩合制だと未成年者から年増まで招いた。

 他人の家族を預かってるから『これは恋のはなし』や『高杉さん()のおべんとう』の様に手を出す鬼畜では無い。

 うちは弁当屋だから食材を探しに、人跡未踏の秘境探検に当たる冒険者募集と言う触れ込みだ。

 それには武や知を持て余してる在野の者が集まって来た。

「劉玄徳殿、関雲長殿、張翼徳殿の御三方ですね。宜しくお願いします」

 アイドル部門の設立が商売に成るか菅野美穂と湯木慧についての考察を考えていると、俺の目の前に三国志の主役級がいきなりやって来た。

「頑張るので、宜しくお願いします!」

 面接にかける意気込みは強く、劉備は元気良くそう言って来た。

(この頃の劉備達って何をしてたんだっけ?)

 一通りは読んだと言っても年号までは覚えていない中途半端な記憶だったので、俺は歴史を変えてしまうかもしれない。

 どう対応するか頭を悩ませる。

 個人的能力の高さは知っている。問題は協調性だ。

「仕事だから言われた事は正確にやって頂きます。弁当屋は相手の顔色を見てやる客商売だから、冒険者と言っても元気と愛想を忘れないで下さい。私生活はうるさく言いませんが、何かあれば看板に傷が付きますから、うちの一員だと言う自覚を持ってお願いしますよ」

 人は皆死ぬ。例外は無いなら、日々を楽しく生きねばならん。

 だから三国志の英雄でも利用する。

「私、あーゆう女は嫌いかな。綺麗な所しか見ようとして無いし」

 シャオは劉備達の本質を見抜いていた。

 勿論、拾ったら最後まで面倒を見る。ブラックはいけないので、報酬や待遇は仕事に応じて正当に評価する様にしている。経験や知識を持った優秀な人材を定着させる為だ。

 過労は病の元に成る。『コレットは死ぬことにした』の様に限界まで頑張って井戸に飛び込む様な者も困る。

 それぞれ生まれも異なる者達が一週間集い、特別講習研鑽会で弁当屋としてのあるべき指針を示される。

「医食同源。弁当屋と言う物は、安い食材を使えば良いと言う物ではありません。料理とは安心と安全があって初めてを提供する物なので、手間隙かけられた高い食材はそれだけの価値があります。炊きたての飯と違い冷えきった弁当だからこそ、採算を取るためにも依存性を与える味付けにしなくてはいけません」

 客からすれば安かろう、不味かろうでは金を払いたくない。

 どの弁当屋を利用するか客に選択肢かある。その上で高くても客自身が味に納得して買うなら、それが本来の商売の在り方だ。

 ブランド志向で俺とシャオの弁当屋に客は集中してるのも頷ける。

 俺は弁当屋だから、歴史の主役になろう等と考えてはいない。あくまでも俺は脇役で、政を動かす者達が主役だ。

 他の弁当屋は採算が合わず、拡大経営するうちを眺めているだけだった。収入がプラスに転じてる今は事業も強気で攻め続ける。

 この前は従業員の制服を新着する為に幾つかアイデアを出した。

 女子高のセーラー服、ブレザーやナース服、メイド服、巫女、チアガール、スクール水着等だ。

「中々、動きやすい服ね」

 シャオに試着させたら違う所が反応してしまった。

 ポケットの多い制服やナース服は機能的で作業には向いている。厨房は暑いのでスクール水着が受けるかと思ったが、肌の露出が多いと火傷の元に成るので不評だった。

(あれ一着に白銀一兩かかってるんだけどな……)

 快眠、快便でストレスの溜まらない職場環境を目指す俺としては従業員の言葉には耳を貸す。ダメならダメで是正をする。

 勿論、俺が自分でやった方が完璧だし効率も良い。しかし任せないと全部自分でやる羽目に成る。

 どんな小さな事でも他人に投げれば、任されたと勝手に責任感を持つ様に成る。従業員のレベルが上げれば、大衆心理のブランドイメージで客の質も上がる。

 だから他所より良い待遇で、心からの笑顔を維持させた。

 最近、設備投資で生ゴミの粉砕機(ディスポーザー)を開発させた。手回しだがゴミ処理の速度も上がるだろう。

 他の商家からのスパイの尋問にも使える。コンプライアンスに違反する従業員も粉砕出来るから、暗部は外部には漏れない。

 美味い弁当、宅配食ばかり食べていると糖尿病2型の肥満患者が出てくる。そろそろダイエット食や病院食の類いを開発させようか考えている。

 今のままで弁当だけでペイ出来るが、健康ビジネスは儲かると思う。

 

 

 南蛮に出店して半年、やってる事は弁当屋で漢と変わらない。この地域では通貨の代わりに物々交換だが、結構良い物が手に入る。

 地元の有力者に挨拶をしようとしたのだが、どうも国として成立していない。一応、南蛮王って言うのが居るらしいので、美味い物を献上して仲良くさせて貰う事にした。

 たまに益州から南蛮に攻めて来るらしいが、うちは中立で手出しをしない。

 そもそも地形的に起伏が激しく鬱蒼とした密林が多く、開墾に適した場所も少ない。機械も無いので取るだけ無駄な土地だと思う。

 それでもやって来た益州の兵は毒沼や獣、風土病に負けてすごすご帰って行く事の繰り返しで馬鹿ばかりだ。

 南蛮の連中はおおらかで全員ニートみたいだから、支配しても労働には的さず税収は望めないと思う。

 ま、見た目は可愛いから性奴隷としての需要ならあるかもな。

 

 

 

【中略】

 

 

 

 さてと、これからが本当の戦いが始まる。皇帝崩御から失政に対する不満が高まっており権力闘争は苛烈を極め、中央政治局である宦官は私兵を動員、何進大将軍も宦官を疑い、近い時期に大規模な戦を行う可能性があると各軍区で部隊の移動と作戦の準備を始めた。

「張譲達は大将軍の御命を狙うでしょう。先手を打ち、連中を始末すべきです」と袁紹から忠告もあったが、何進は「皇后は我が妹。しかるに我を害するは朝敵となる事だ。よもやそのような愚かなまねを宦官どもがするとは思えん」と返した。

 これは死亡フラグ立ててるだろう。宦官なんて皆殺しにした方が後腐れなくて良いのに。

 チンケな弁当ディーラーに過ぎなかった俺とシャオの弁当屋は、出身や血縁に縛られず直参(じきさん)だけでも全国102店舗、従業員4万3千人。居酒屋や小間物屋、荒物屋、宿屋、紙問屋と言った二次団体、三次団体、後援会を含めると年商6千170億。漢でも最大規模の商会(コングロマリット)だが中立だ。だから沈黙を保ち、弁当を売り続ける。

 その内、大将軍が殺害された。そして袁紹が宦官を公共の敵として皆殺しにし、皇太子を董卓が保護して擁立した。

 袁紹が董卓を火事場泥棒と罵り、討伐の兵を挙げた。人としてのコミュニケーションを捨てた。

 戦の後、都には何も無い。

 董卓の家臣、賈駆が都を燃やし撤退を偽装したからだ。

 当然うちや他の商家も巻き添えを食らって被害を受けた。

 最後の最後で董卓は悪党に堕ちた。賈駆の策が悪手だったわけだ。

 それから董卓が部下の反乱で討たれたと噂が流れた。誰がやったとか真偽はどうでも良い。

 そして漢の時代が終わり、戦国の時代が始まる。時代劇の評定所みたいな落ちを決める司法機関も機能していないから、もはや歯止めが効かない。

 諸侯は軍拡競争を始め、うちから弁当買う。うちの弁当屋は支店を増やし続ける。フランチャイズ・チェーンと違い、ボランタリー・チェーンだ。

 もし弁当屋を禁じれば、密売弁当市場の利益を巡って裏切りや報復の連鎖、各地で抗争が始まるだろう。それは戦乱の幕開けになる。

 所得税も脱税せずきっちり納めているし、俺が死んだ後はレシピを参考にどうにかやるだろう。出汁に芥子殻の粉末を加えたり、ベジタリアンやビーガン向けのレシピも研究させている。

「店長が辞めたらうちはお仕舞いですよ」

 クレドカードを配って従業員の方向性は示しているからそのままやれば良いと思う。

「そんな事は無いぞ。料理ってのは舌で味わってるようだが、鼻による香りの効果が大きい。つまり頭で錯覚してるんだ。だから麻薬で五感を司る頭を麻痺させてやれば、作った食い物がゲロ不味い品であっても依存が高く成るぞ」

 俺にとってはシャオ以外の有象無象は無価値だ。英傑なんて言われる連中と俺では、しょせん生き方も価値観も違う。

 シャオさえ居てくれるなら良い。店は捨てれてもシャオは手放せない。

「ええっ。それはちょっと……」

「ま、使った時は俺とは縁切りだけどな」

 いざというときは孫権が守ってくれるし、うちの弁当屋の利権を巡って内部抗争は起きるだろうが、持ち株売却で引退も考えている。



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転生者をぶっ殺すだけの簡単なお仕事です

1.神様転生で依頼されますた

 

 気がつくと俺は真っ白な空間で横になっていた。映画で刑務所か病院で隔離されるシーンを見たことがあるけど、それに近い。広々としている。

「うむ、それに近いが映画ではない」

 話しかけられて首を動かすと金髪の幼女が立っており、白いおパンツが見えた。おパンツ、幼女おパンツ!

「有難う御座います」

 思わず礼を言ってしまった。

「ふふん、眼福であったじゃろう」

 無い胸を張る姿がマジ天使だった。

 突っ込み所や質問は色々とあるが、コミュ症な俺には難易度が高い。

「えーっと……」

「うむ、お前が考えている通り我は神で、お前はトラックに引かれた」

 流石は神様、口にする前に答えが帰って来た。マジで神様、すげえ。ペロペロしたい。

「ペロペロはやめてくれ」

 嫌そうな顔で速答。やべ、考えが読まれるんだった。

 幼女にあんな事やこんな事をしたい願望も筒抜けじゃないか。

 はっ、として神様に視線を向けると頬を染めて気まずそうに視線を逸らしていた。

「──っ! そ、それで神様は俺に何か御用ですか?」

 幼女の神様、ロリ神様は微笑んだ。携帯持ってないのが惜しい。その笑顔、写真に残したい。

「お前の勇気と献身は証明された。我が身を差し出し我を救おうとした行い、英傑と認めよう。そこでだ。世界を救ってみないか」

「ええっ?」

「お前に神の使徒として与える使命は、外史に赴き世界の秩序を乱す者を討伐する事じゃ。

三國志を知っておるな」

「あ、はい。無双シリーズとかで概要は……」

 しかも俺の場合は無双OROCHIの知識が元だから穴だらけだ。ハッピー ☆三国志でも買っておくべきだったか?

「うむ。それも一つの外史の形ではある。説明は面倒じゃな。ほれ」

 ロリ神様が俺の頭に手をかざすと情報が頭にインストールと言うか、アップデートされた。

『恋姫†無双シリーズ』

 物語の主役である英雄達が女体化した外史が行き先だ。おおう、女媧様はともかくとして、甄姫様や蔡文姫ちゃんが居ないではないか。

 イケメンの北郷一刀が主人公の世界だが、転生者達がかき乱している。俺は増長した転生者どもを皆殺しにする事が役割だ。

「お前より前の転生者どもは、(われ)のミスだから人生を楽しめる様な権利を要求しおった。神がミスをすると思っておるらしいが、あの者どもの魂を評価する煉獄が外史なのじゃ」

 転生自体が神様の審判か。おっそろしい。

「はぁ」

「お前は幽州の豪族の家に生まれて貰う」

 古代中国の地名なんて知らなかったが、神様から脳にインストールされた情報で地理もバッチリだ。

「幽州って、端っこのハムの所ですよね」

 うんうんと頷くロリ神様。可愛いよ。

「地方は独立採算でやってるに近い。乱世に成れば孤立無援。いずれ公孫賛が幽州を治める事に成るだろうが、他の者では自己主張が強過ぎる。お前が望むように生きる事も難しかろう。であるならば、懐柔しやすい公孫賛の下で足場を固めるが良かろう。そして力を蓄えるのだ」

 仲間に成ってくれそうな個人情報の詳細を確認する。趣味、嗜好、特技、人物等々。

「なるほど。ハムは正史と違い、この外史では地味な人物ですか」

「ああ、他の転生者は三國時代の主役たる魏、呉、蜀の他に、袁紹、袁術、董卓の所に夫や恋人、兄弟としての役割を得ている」

「それって親族や身内ってやつですね」

「うむ。ハーレム形成がやつらの最終目的であり、北郷一刀の抹殺が目的だ」

「うーわ、欲望全開じゃねえか」

 カスをのさばらせる訳がない。さすがは神様だ。

「神である我でさえ、マジで引くな」

 こうして俺は北郷一刀抹殺を企てるアンチ北郷の転生者討伐のため、外史に征くのであった。

 ゲートをくぐる前に俺はロリ神様に質問した。

「神様が直接手を下した方が早かったのでは無いですか?」

「神にも色々と縛りがある。勝手気ままにしておったヴァルハラやオリュンポスの神々が滅んだ教訓だ」

 死を願われる者には怨みつらみのこもった(ごう)があると言う。

 ドーンと一気に暗い雰囲気になったので流す事にした。

「あ、はい。そうなんですね」

「その分、お前には期待しておる。手段は問わない。天命を全うせよ」

 ────人は生きてるのではない。生かされてるのだ。

 

      ×  ×  ×

 

 現実世界で善行をする事は間違っているのだろうか?

 困ってる人を助け、感謝をされる。

 名声と自己満足を求め、善人の仲間入り。

 高校デビューに失敗して引きこもりから一転して、39歳にして大学卒業後の社会人初日、道路でトラックにひかれそうな幼女を助けたら、俺自身が跳ねられて社会人デビューは失敗。奨学金の支払いにも困り、アコム、アイフル、プロミスと言った所でも金を借りた。友人にも50万は借りている。

 大学4年間で奨学金受けて手に入れた物は、紆余曲折を経て無職、借金600万と言う物だった。

 最悪な人生だった。最後にまたまたトラックにはねられそうな幼女を助けた。

 懲りずに人助けをした俺の結論だが、真面目に生きるのは無駄だ。そして俺は使命を受けて神様転生で子供に成っていた。

「ほぁっ?」

 ここは彩雲国……ではなく、白陽(はくよう)国王都乾隴(けんろう)(はく)黎翔(れいしょう)の御代……でもなく、そこは山奥にある邸宅だった。延床面積の広さから固定資産税は莫大な金額に成るだろうと、漠然と考えていた。

 俺の新しい名前は嗄怜(かれい)莱簾(らいす)。母の羽笥多(ぱすた)遼西(りょうせい)郡を治める太守で、俺は次男だ。女性が官職に就けるとはどうも俺の知る歴史とは違うらしい。

 母に頭の上がらない父はいつもペコペコしていたが、子供を二人作るぐらいは仲が良い──要するにそれなりの家庭環境に生まれた。

 後で知ったが、どうも男性の社会的地位は女性に比べて微妙に低い。だから父は控えめな態度だったのだろう。

 兄である長男の烏貪(うどん)は都の洛陽で勉学に励んでいるらしい。家を継ぐのは長男で、俺は将来的に兄を補佐する立場だ。

 おかげで俺は兄のスペアとして幼い内からEvery Day、Every Nightと色々と叩き込まれた。

 元の世界でも乳幼児突然死症候群等がある。無事に成長できただけでも御の字だろう。

(てん)書に(れい)書、(そう)書、(ぎょう)書、(かい)書。文字の書き方多過ぎるんだよ。これだから古い文章を読むのは疲れる)

 神様から授けられた知識もあるが、子供からの人生再スタートで張り切っていたが、中々大変だ。自分の可能性や夢を潰さない様に今度こそ人生を頑張る。

 家庭教師の話を聞く限り春秋や戦国も終わって漢王朝が世を統べる時代らしい。

 時には名士の私塾に通った。

 学科、学生番号、氏名、講義名、教授名、何月何日の時限かを書いてレポートを定期的に提出する。面倒な宿題だ。

 資治通鑑や史記、漢書、戦国策を転生前にダウンロードされていたからある程度は理解できたが、中々手間な宿題が多い。

 それでもこうやって勉強が出来ると言う事は、家庭的にも恵まれた環境と言える。世の中、望んでも勉強できない人の方が多い。昭和時代の高校、大学無償化なんて受けられなかった世代と同じだ。

 何しろ漢王朝は、西漢と東漢で時代分けされていたけど、内乱が続く世界だった。平和な日本で生活していた俺には考えられない時代だ。

 兄は時おり、珍しい菓子や玩具を土産に帰って来ては俺を可愛がってくれた。

 家族からは溢れんばかりの愛情を注がれて、逆にぐったりする毎日だ。こんな甘い家族で、今後の乱世を生き残れるのか俺は不安で仕方がない。

 だからこそ俺がしっかりして、この家族を守るのだと決意した。先ずはコツコツ知識と力を付けて、官吏と成り安定収入を得る事が目標だ。

莱簾(らいす)、何か欲しいものがあったら言いなさい」

「はい兄上」

 俺は兄に連れられて洛陽に訪れていた。何が欲しいと言われたら、ネット環境が欲しいけどさすがに無理だ。ゲームも無い。娯楽なんて本ぐらいだ。

「新しい本が欲しいです」

「ははは、莱簾(らいす)は勉強熱心だな」

 いや、勉強本じゃねえよ。物語かエロいの買ってくれ。

「おー烏貪(うどん)じゃないか」

 大通りを歩いていると赤い髪をした女性に兄は呼び止められた。

「ああ、伯珪(はくけい)

 兄は眩しい物を見る様な眼差しを伯珪と呼ばれた女性に向けた。兄が好意を向けてる人だろうか。俺は軽く頭を下げた。

「伯珪、これは俺の弟の莱簾(らいす)だ。莱簾(らいす)、こちらは私塾の友人である公孫賛殿だ。将来、家族に成るかもしれない相手だから良く覚えておけよ」

 公孫賛。何度か兄の話に出てきた事のある方で、神様の話にも出ていた。後半部分は俺に耳打ちするように告げて来たので頷いておいた。

 兄に紹介されて俺は名乗った。

「始めまして公孫賛様、嗄怜烏貪の弟、莱簾と申します」

「ああ、よろしくな」

 公孫賛殿は俺の頭を撫でてくれた。気安く触るんじゃねえよとは言えなかった。

「お前の一族は相変わらず耳慣れぬ名前を持つんだな」

 公孫賛殿は兄にそう言って笑っていた。俺もそう思う。

 そのまま立ち止まって会話をしてると通行の妨げになる。

 どん、と軽い衝撃を受けて俺は弾かれた。

「莱簾!」

 俺を弾き飛ばしたのは平民だった。ぶちギレた公孫賛殿は剣を抜いた。

「この下郎め!」

 首がチョンパされ、ブッシャアアアと飛び散る血潮にびびった。

 公孫賛殿は友人の弟を突き飛ばされ、その相手を一刀で切り捨てた。私的制裁は犯罪だが、この場合は無礼打ちで合法である。

「莱簾、怪我は無いか?」

「え……あ、はい」

 大丈夫じゃない。主にメンタル面で、全然大丈夫じゃない。

 人一人切り殺しておきながら兄も公孫賛殿も、周りも平然としていた。

 命の大切さって何だろう。

 結論。この世界に善人は居ない。

 俺には理解出来無い感覚だったが、俺の常識とこの時代の常識は違う。これが平常らしい。

 どんな精神力を持っていても、心が強くても、世界の常識の違いは駄目だ。

 

 

2.初陣

 

 俺は成長するに連れてこの世界が、俺の世界の過去の歴史とは違う事に気付いた。

 漢は女社会で、官吏の中でも上の方に男は少ない。

 いくら外史と言ってもやりすぎだろ。衣類、化粧品、食材これだけでも現代日本に近い物がある。

 日常生活を送る上では不便は少ない。問題は黄巾の乱以降の歴史イベントは厄介事ばかりと言う事だ。

 これから果てしなく続く楽しい、楽しい群雄割拠の時代に誰に付くか。歴史的に考えるなら曹魏が三国時代の覇者になる。その後の王朝が幾つ倒れるかはどうでも良い。

 自分が生きてる現状で、曹操は中華史上に残る英雄だし、一番敵に回しては駄目だ

 しかし曹操は徐州で虐殺をしたり悪名も残っている。劉備だって同族を責めて国を奪っているし、蜀陣営は過労死しそうだから駄目だ。

 孫家も結局は滅んでいる。

 誰に付くにしても、早い目に行動指針を決めなくてはいけない。出来るなら皇帝が死ぬ前に。

 少なくとも家族だけは守る積りだ。明るく前向きに生きよう。

 考えたのだが、劉備や孫堅を早い目に排除しておけば曹操の天下統一は早い。別に転生者以外を殺してはいかんと神様から言われてない。

 歴史は別の奴を代役に仕立てるかもしれないが、選択肢は無かった。

 今現在、特に警戒すべきなのは宦官勢力だだ。

 十常侍は虎の威を借る狐で、軍事的センスは皆無だが政治力は抜群だ。そう言う世界で何進に味方をしても勝てない。

 皇帝が死ねば継承権争いで面倒な事に成る。確か、十常侍が排除された後、都は皇太子を擁立した董卓の勢力圏に入る。

 そして反董卓連合との戦だ。

 董卓が倒れるまでは面倒な事も多いが、群雄割拠に成れば曹操の下に降れば良い。

 所詮、うちの一家は歴史に名の残らぬ凡人だ。寄らば大樹の陰ってやつだな。

 

      ×  ×  ×

 

 8歳に成った俺の元に先生がやって来て、武術の修行を始めた。

 とは言っても少年ジャンプ的な無茶はしない。

「莱簾、此方は今日からお前の指導をして下さる孫乾殿だ。孫乾殿、倅の莱簾です」

 母に連れられてやって来た先生は麗しい女性だった。

「初めまして莱簾様。孫乾(そんけん)公祐(こうゆう)と申します。今日から莱簾様の武を御指導させて頂きますので、宜しくお願いします」

 そう言う孫乾はメイド喫茶にでも居そうな格好をしていた。

「はい孫乾殿。若輩者ですが御指導、御鞭撻の程を宜しくお願いいたします」

 俺の挨拶に目を丸くしていたが、すぐに気を取り直したのか穏やかな笑みを浮かべられた。

「あらあら、まぁまぁ。ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私の事は公祐と呼び捨てで構いません」

「では公祐殿で」

 初日は俺の体力を見る為にちょっとした持続走を行い、その後、武器の座学を受けた。

 幼い体は予想以上に体力が無く、すぐにへばってしまう。それでも俺は途中で投げ出さなかった。

 幼いながらも目的意識を持っていたので、家族を守る為に頑張る俺を孫乾はよく褒めてくれた。

「うふふ、良く出来ました」

 俺には兄しか兄弟は居なかったので、姉が出来た様な感覚だった。

 抱きしめられた時は孫乾のおっぱいが俺に至福の安らぎを与えてくれる。エロい気持ちで最高だとか言う前に、疲れた体は眠気を誘われ、そのまま寝てしまった。

 それから鍛練の日々が続き、ある程度、体力が付くと一通りの武器の扱い方を教えられた。

 何が合ってるか見極める為だ。

 しかし現実は厳しい。残念ながら俺には武の才能は無いらしく、武官としての立身出世は望み薄かった。神様から与えられたのは知識で、サイヤ人や英霊なみの戦闘力では無い。

「うーん……」

 孫乾も困った様な顔を浮かべて、とりあえず護身程度の武を見に付ける方針に変わった。

 

      ×  ×  ×

 

 そして10歳。相変わらず両親も兄もベタベタに甘い。

 孫乾は俺専属侍女と、うちの侍従長的な立ち位置に成っていた。腰かけの路銀稼ぎの積りで仕官して来たそうだが、今ではうちの家族と言っても過言ではない。

美花(みーふぁ)にも良い縁談を纏めてあげないといけないわね」

「そうだね。祝いには家を建ててあげよう」

 父と母が楽しげにそんな話をしていた。

 うん、完全に家族だ。

 そしてうちの兄は官吏の登用試験に合格し洛陽で市政に携わっているらしい。

 この頃から黄巾賊が各地で現れる様に成った。

 俺も孫乾を守役に連れて初陣を飾った。太守である母は色々と手配をしてくれた。

 それで校尉が挨拶にやって来た。

「莱簾様、御母上のご指示により参陣致しました(はやし)禮洲(らいす)と申します」

 御母上と言った様に、俺の母さん個人に忠誠を誓ってるらしい。

「宜しく頼む」

 幽州は北の防人であり、異民族にも対処せねばならん。速やかに民政を安定させるべく、討伐には官軍から増援を得れた。林禮洲の率いて来た兵は60。

 五人一組の伍を作れと指示をするだけで凄いと思われるとか、そこまで無能過ぎる連中では無い。

 俺の率いる兵も同じく60。正規軍として鍛えられた兵は、賊軍を練度で凌ぐ。

「あの廃城に300程の賊が確認された。右翼を林禮洲、左翼を私が指揮する。弓兵は当初、突撃支援射撃。事後追従する」

 攻撃発起位置、攻撃方向、弓兵使用の統制、患者集合点等を指示すると、行動開始した。

 人が人と違うのは社会的規範行動から外れない限りは許される。反社会的勢力の一員と成った瞬間、それはそれとして認められない。異物は排除される。

「撃て!」

 弓兵は20人、一人頭10本の矢で合計200本の矢が放たれた。

 一発必中の一撃必殺で確実に200人を殺すわけでは無いから、300人相手に矢の数は足りない。だが敵は最初に矢の攻撃を受けて混乱した。生き残りがてんでばらばらに逃亡を開始した。

 俺は左翼隊を率いて敵を追撃した。一撃で殺す事が慈悲だ。

「誰一人逃すな。もし逃せば生き残った賊は更に悪事を重ねる。それはお前達の家族や友人を殺す事に成るかもしれん」

 俺の言葉に兵士達は目の色を変える。人殺しは弱いからする最後の手段だ。

「力の無い者を守るのは力のあるお前達だ。弱き者達が殺される前に奴等をぶっ殺せ」

 分散した敵を分散して追撃すれば返り討ちに遭う可能性もあった。だが彼らは兵士だ。

 戦いに変な夢を見てはいない。

 だから兵士としての教育が賊の技量を勝り討ち漏らしを出さなかった。

「ご免なさい、降伏します! 許してください」

「許すか、ボケ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」

 反吐(へど)が出る様な戦いを終えると、生臭い返り血を浴びて士卒は整列する。

「良くやった。お前達は、お前達の家族や仲間を守った。忘れるな。正義こそ力だ」

 勝利に導いた俺の信頼は高い。武功による個人崇拝で俺に従う忠実な配下が出来た。

 たかが外史、一度は死んだ命だ。第二の人生を楽しむ余裕を得たければ、天命を成す為に先ず社会的地位を得る。その為には足下を固める事が第一だ。

 誠実で温厚なだけでは乱世を乗り越える事は出来ない。それでは無能と同じだ。先ずは漢の平和と秩序と威信を守る事だろう。

 

 

3.ピンクとの出会い

 

 自己顕示欲、承認欲求を持つ転生者は神童と呼ばれ優れた知識を披露する。それは本人以外に周囲に影響を与える。下手に技術チートや思想改革されれば悪影響だ。だから脅威に成長させず、速やかに排除を図るべきだ。

 油断は出来ない。手を伸ばせる範囲、幽州に限り転生者狩りを行った。

 勝利とは現状を表す言葉だろうか。

 転生者とおぼしき少年の住む集落を襲撃した。燃え盛る炎と煙で住民は追い詰められている。

「助けてください! い、命ばかりは」

 転生者を滅ぼす為には情などは不要。

「ごめんな。恨むなら天を騙った自分達の馬鹿さ加減を恨みな」

 俺にすがり付いて来た村人を兵に指図して斬り殺させた。

「金目の物は回収しておけよ」

「若は盗賊なみに容赦無いですな」

「うるせえよ」

 天命に従い聖戦を行う俺は、幾つかの村を壊滅させた。転生者は勝ち方やモテ方知っていても、生き方、逃げ方を知らない。結果的に幽州で天を騙る転生者は居なくなった。

 中には酷い言い逃れをしようとする奴も居た。

「俺は神に選ばれた転生者だぞ! モテモテのハーレムが約束されてるんだ! お前にも、好きな女を抱かせてやろう。どうだ、望みを言え?」

「なら死んでくれ。貴様のその屑な生き方を俺は認めん」

 東西を駆け巡り、老若男女を問わず皆殺しにしては村を焼き払い更地にした。本格的にボコって転生者の首を討ち取った後、朝廷に朝敵討伐報告と賄賂と共に送り届けた。

 もしチート能力があっても首だけだ。しばらく生き返らないだろう。

「ほほほ、莱簾殿は若いのに礼儀を弁えておられる。困った事があればいつでも我々を頼りなさい」

「有難うございます」

 残忍、冷酷でやりすぎと思われるが、ロリ神様の天命を受けた俺の行いは『正義』だ。

 正義とは力であり、力は皆を救い豊かにする。その為なら殺しもしよう。

 転生者は基本、アンチ北郷なので逃せば北郷の無事は望めないだろう。あるべき世界の秩序を守る。そんな思いを胸に地獄の鬼にでも成ろう。

 

      ×  ×  ×

 

 衣食住と足りれば女が欲しくなる。しかし年齢的にはまだ早い。元の世界ならまだ小学4年生と呼ばれる年齢だ。

 さすがに動画は無理だが、エロ本でもと町の本屋に出向いてみた。

「けっ、駄作じゃねえか。これならPIXIVやTINAMIの絵師の方が良い仕事をするぞ」

 この時代の人物画が発展しなかったのも仕方がない。グスタフ・クリムトやルーカス・クラナッハの時代は既に性に対する衝動は抑圧されていたから裸婦を描写する技術も進んだ。それに比べてこの時代はモラルも低い。望めば女は簡単に手に入れられる。実物が手に入るのにエロ動画が流行るはずもなかった。

「──とは言っても娼婦を買う訳にも行かないしな……」

 路地を歩いているとおっぱいが大きくて、ピンク色の髪をした少女が木箱に入っていた。

 少女は俺の視線に気づくと顔を上げて、「にゃーにゃー」と猫の鳴き声を真似した。

「な、何やってるんだ?」

 俺は顔を見て思い出した。少女の名は劉玄徳、あの蜀漢を築く劉備だ。

「お母さんが死んで、私は一人ぼっちに成ったの。だから、誰かに食べさせて貰えないかと……」

 俺の知ってる情報では(むしろ)を売って生計を立てていた親孝行な娘だと言う事だが、何だこの駄目な思考は。

「腹減ってるのか」

「うん」

 ピンク色の髪に大きなおっぱいを持つ女に悪い奴は居ない。ピンクは阿呆と言うのが定番だ。

 とりあえず家に連れ帰って飯を食わせてやる事にした。

「うち来るか?」

 このまま見捨てると三國志の方向性が狂う気がした。こいつには北郷を支えて貰わないといかん。

「良いの? じゃ、じゃあね、桃饅頭食べたいな」

「贅沢言うな。出された物を食え」

「え~」

 ピンクの例に漏れず、すごく阿呆の子っぽいんだが大丈夫か心配に成ってきた。

 劉備を拾って帰ったのは将来の布石だ。

 北郷のハーレム要員として有力株は確保しておく。三國志の英雄なら、塩漬け株に成る事は無い。何れ北郷の役に立つ事だろう。

 俺がそこらの原作蹂躙な転生者なら、取りあえずは抱いて飽きた頃に北郷に押し付けるのも手だが、天命に従うなら北郷をサポートする事が第一と言える。

「それで君の名前は?」

「あ、名乗ってなかったか。姓は嗄怜(かれい)、名を莱簾(らいす)と言う。母は郡の太守だから職探しなら手伝ってやる」

 そう言うと劉備は目を輝かせて抱き付いて来た。

「莱簾君、お姉ちゃんと結婚しようか!」

「はあっ!?」

「私って結構、尽くすよ」

 こいつ、あからさまに財産狙いだろう。

「ふざけた事言ってると、うちの姉貴分に殺されるぞ」

 孫乾は俺の守役に近い。冗談半分で俺を誘惑した侍女が斬り殺された事があった。

「私の誘惑が効かないだと!?」

「……話を聞いちゃいねえよ」

 劉備の腕から逃れて、手を繋ぐ事で妥協させて家に戻ったら、門番が驚愕をしていた。

「莱簾様が女を連れ帰った……」

「いや、待て」

 家の中は大騒ぎとなった。劉備と出逢ったこの日から、恋路†無双の物語が加速する。

 で、食堂で食事を終えて腹が一杯に成った劉備は寝てしまった。

「おいおい」

 使用人の空いてる部屋に連れて行かせた。客間に居座らせる気は無い。

 

 

4.官吏の試験なんていつ受けた?

 

 なんと言うか、家では母さんの手伝いをやらされていたが、途中で「あれ、これって役所の書類じゃ?」って気付いた。豪族の個人情報が書かれた書類が混ざっていたからだ。

 兄曰く、『母は使える者なら猫でも猿でも罪人でも使う』と言う事らしい。『罪人でも』って何ぞ?

 ちょっと気になったけど、ヤバそうな雰囲気がしたのでその話題は流しておいた。

 やっぱり清濁併せ呑むだけの器量が無いと、人の上には立てないのだろう。

 官吏として試験を受けた訳では無くても、家の仕事なら手伝う物だと納得しておく。おそらく将来、

官吏として出仕する場合には役立つ事だ。俺が天命を果たす為にも出世は大切だしな。

「ご主人様、お茶が入りましたよー」

「うん、ありがとう桃香」

 劉備──桃香の入れてくれた桃の香り漂うお茶を飲む。とろりとした桃の果汁が入っている。現状、劉備を臨時雇の使用人として面倒を見る事に成った。

 考えたら女の子に御主人様と呼ばせるか、普通?

 北郷の性癖。そう考えたら平成日本で暮らして来た現代人としては妙な呼ばれ方だ。

 身分制度のある主従関係って世界で、うちの家にも使用人居るけど、旦那様、奥様とかそう呼ばれて居る。

 それにしても、こいつが劉備かと二度見してしまう。確か原作ゲームでは神輿なだけで、存在感は薄い。

 この世界には関羽と張飛の義兄弟から天才軍師の諸葛亮、五虎将も女体化と言うか性別逆転で存在する。

 嘘つきは泥棒の始まり。子供の頃から嘘つきは犯罪者に成る。劉備は子供の頃から自分を騙し続けていた。そして益州を奪い建国した。ま、劉備が目指す皆が笑える国も作れるけど、長続きはしないはずだ。

 漢に対する愛国精神復興は、この時代の民として当然として、こんな頭の弛い女を神輿に据えようと言う連中も度しがたい阿呆と言える。

 男ならおっぱいの魔法にやられたと言えるが、女ばかりの世界だし魅力がよくわからん。

 なんやかんやと仕事を処理していたこの頃、塩の専売制度による課税や交易の関税に反対する内陸部の異民族が、漢へ羊や馬の供給を止めた。

 漢に従属してる以上は同等に扱えと言うもっともな話だが、この経済封鎖に涼州の民は困窮した。そこで漢に藩屏(はんぺい)として官軍の派遣と、オラついた馬鹿の討伐による解決を申し出た。

 朝廷は重い腰を挙げようとしなかったが、董卓の要請を受けこの事態を調停するため、それなりに上手くやっていたうちの母さんを交渉人として派遣した。

「涼州は天下の要衝、国家の籓衛。この大役は名誉よ」

 その様に言って母は出立して行った。

 俺なら、はした金で示談に持ち込む。和解交渉は条件次第、額による。

「異民族と漢の気持ちの行き違いだと思いますが、ご主人様はどうお考えですか」

 桃香の意外な言葉に俺は真面目に答えた。

「そんな事を言ってる限り、お前は甘いままで終わる。外交で相手の見地に意識が行き過ぎると、国益にはなら無い。母上はその様に甘い御方では無い。今回の問題で社会的相当性を有しておらず、迷惑でしかない。もはや討伐を行わない理由は存在しない」

 偽善者は虫酸が走るが、こいつの場合、本気だ。ある意味、驚異的な馬鹿か。

 貧乏な異民族を相手にするのは馬鹿らしい。あくまでも適正な判決を下し、漢の政を妨げているキモイ蛮族、匪賊として対処する。捨てて良いのは蛮行を蛮行とも思わぬ愚かな蛮族だ。

「夢の中で生きてる連中には、恐ろしい現実を見せてやろう」

 生きると言う事は、傷付ける側に回れば楽だ。

 初心忘れるべからず。

 道は自分で切り開くしか無いなら、自らの手は極力汚すべきでは無い。

 人間は簡単に死ぬ。他人を助ける為に命をかける必要は無い。家族や愛する者を守る為にこそ力を使うのだと心がけている。

 政争は生き物であり、戦は徹底した自分の世界を造り出す為の最後の切り札だ。

 金で解決出来る事は解決し、相手に泣き寝入りをさせる。これが漢の上に立つ者の常識だった。

 俺の蔵書である『殺意入門書』『殺しの現場』『殺人マニュアル』『殺しの門』『殺人者の思考』『殺人博士』等を読ませてやった。

「えええっ、何これ!」

「これでも読んで、人の心って物を理解しろ。世の中、お前みたいなやつばかりじゃないんだ。膿を出し尽くすしか無いんだ」

 漢の安全神話は崩れている。脳ミソほわほわのお花畑ではこの先、やっていけない。

「お姉ちゃん、勉強はちょっと……」

 たった一つのミスで全てを失う時代だ。

「逃げるんじゃねえよ。人の上に立つなら恐れるな。(ひる)まず、(かえり)みるな。清濁合わせ飲め。それが力を行使する者として知るべき知識だ」

 仕事は舐めても良いし次も他もある。だけど敵を殺してでも手掛けた責任を果たし、務めは最後まで果たす気概が人には求められる。覚悟だ。

『町でうわさの天狗の子』でも言っていた。愛も名誉もチャンピオンベルトも努力と根性なしには、と。甘いだけでは駄目だ。

 

 

 

【中略】

 

 

 

 そしてRTSやMOBAで鍛えられていた俺は生き残った。なんやかんやあったが、下品で下衆な全ての転生者を抹殺して北郷一刀の物語は守られた。民は北郷に心酔する女達に支配され、永遠のユートピアが出来る。

「残る転生者は俺だけだ」

 俺の呟きに答える様にロリ女神様が姿を現した。

「御苦労だった」

 久し振りに会ったロリ女神様は相変わらずちっぱいだった。

「うるさいよ! 胸なんて飾りなんだ!」

「おうふ」

 ぽかぽかと殴りかかるロリ女神様、ご褒美ですね。有難うございます。

 神様は約束を果たしにやって来たのだ。

 約束と言うモノは絶対だ。神様だろうと同じで、約束を破る事は相手を侮辱することになる。

 ────そして俺は北郷のハーレムと化した世界を離れ、新しい世界で出会った宗方名瀬ちゃんと付き合う事になり、まるゆや大鳳、春風のコスプレをしてもらってプレイを楽しんだ。

(でも、本当はアズールレーンの方が好きなんだ)

 どっとはらい。



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小人間居して不善をなす

1.北郷研究院

 

 三国鼎立が成された時代、それは偽りの平和であり、蜀漢に北郷一刀と言う者が居た。

 罪深い者達と違い何もしないからこそ、救いを求める者には奇跡が起きる。

 若い頃、劉備に拾われ細々とした雑用をしていた男だが、武や政にも才は無かった。

 しかし彼には彼なりの信念を持っていた。各地を流浪する逆境に耐え、劉備に従った根性や勇気は本物だった。

 益州を制した時、関羽、張飛と並んで最古参の家臣と成っていたが重責を担う実力も持っていなかった一刀は、益州組に難癖をかけられる可能性が高かった。

「一刀さんは時々、奇抜な発想で私達を驚かせますね。何か合った仕事があれば良いのですが」

「そうだね朱里ちゃん。未来をより良い物に導くのも官吏のお仕事だしね」

 軍師である諸葛亮に相談した劉備は、ならばと一刀に研究院を任せる事にした。十八般武芸に含まれない武器である連弩、衝車、雲梯、投石機等を研究する部署だ。

 大型の兵器は攻城戦でもなければ役に立たない。平時においては影響も小さく、左遷とも言えた。だが一刀は莞爾と笑って了承した。

 戦に備える。それは重要な役目であり、平時に無駄飯食らいと言われるのは良い事だ。むしろ永遠に暇な方が幸せと言える。

「院長、聞いてくださいよ。呉を早く攻めろって言う嫁と喧嘩しました」

 部下の言葉に一刀は苦笑を浮かべる。

「またか。対曹操の同盟を組んだ意味を忘れて、皆、勝手な事を言うよな」

 劉備は漢中を確保したが、荊州を巡り孫権との関係は悪化していた。劉備は孫権から長沙(ちょうさ)郡、桂陽(けいよう)郡、零陵(れいりょう)郡の返還要請を受けていたが、周囲の者達が納得していなかったからだ。

 むしゃくしゃしてたのか部下はとんでもない事を言い出す。

「あー、でも孫権は曹操に降ったじゃないですか。とりあえず、投石機の試射で何処かぶっ壊しませんか」

 そして与えられた部下も左遷されて来るだけあって、どこか頭のネジが数本抜けていた。一般常識はあるだろう。しかし判断基準の倫理観、性格に難のある者ばかりだった。

「良いよ。自分の家なら」

 まともに相手をしていては疲れる。慣れた物で一刀は軽口で返す。

「うわ、ひっでぇー。一緒に劉備様を犯そうと誓い会った仲じゃないですか」

 相手はぎょっとする言葉を平気で吐く。酒の席ならともかくとして、職場で話すような内容では無い。周囲を見渡す一刀。幸い女性の目は無かった。

「うるさいよ、うるさいよ! デマで俺を巻き込むな。社会的地位を陥れようとするんじゃない。襲うなら一人でやってくれ」

 実際にやりそうな者達であるが、薬を盛られても関羽なら何とかしそうだった。

「そんなんだから関将軍をいつまでも落とせないんですよ」

 一刀は最古参でありながら、周りの少女達と恋愛関係に発展しなかった。夏は恋の季節と言うが彼女は出来ず、歳月は経過した。

 一刀がゲイと言う訳でもない。リビドーを発散させるべく、色街で娼婦を抱く事もあった。

「別に落とせるなんて思ってないよ。夢ぐらいみさせろ!」

 それに地位と名誉は恋愛ごっこをしなくても手に入った。

 一刀は一部からお荷物扱いされていたが、古参の士卒には戦働きをしていた一刀を知る者も残っている。

「そうですね、夢の中なら劉備様も犯し放題ですよね。今から俺も寝てきます」

 そう言って本気で席を外そうとする部下に一刀は、もういちいち驚いたりはしない。

「そのまま永遠に目を覚まさなくて良いぞ」

 このやり取りが北郷研究院では平常運転であった。

 のほほんとした今を過ごしてるが、一刀にとってこの世界は地獄だった。初めの頃は、劉備の小間使いとしてあちこちと交渉をしたり、殺されかけたりもした。

 その生き方に正解はあるが、恩義からしたい事を我慢してた。

 荊州の劉表を頼っていた劉備達は、劉表の死後、孫権を頼り落ち延びるが、その過程で一刀の隊は壊滅した。一刀一人を残して全員戦死したのだ。

『劉備様には貴方が必要です』

 そう言って皆が犠牲と成った。

 どんな辛い現実も他人を頼る事で乗り越えられる。それが現実だ。

(とは言われても、主従や仲間の関係が変わるはずないが)

 追撃を仕掛けてくる曹操軍から一刀は必死で逃げ延び、江夏(こうか)劉琦(りゅうき)の下で劉備と合流した。

 その後は兵を率いず、劉備の側仕えとして赤壁や入蜀に従軍した。劉備が愚鈍、偽善の皮を被った腹黒い女と言う事は自然理解した。その上で聖女と見ずに、自然体で仲間として付き合える様に成った。

「皆、桃香や愛紗、星を美化してるけど偶像崇拝に近いぞ」

 今日も蜀は紛争が終わらない。それはどれくらい耐えれば良いと言う物では無く、劉備達が他者を認めないからだった。

 呉から貸与した荊州を返す時期は、蜀を取るまで待って欲しいと言い、蜀を取った後は、返還に応じていない。借り時だけ頭を下げて踏み倒す積もりだった。

 結局、紛争拡大を防ぐ話し合いで長沙郡と桂陽郡は返還されたが、渋々だった。

「院長、口のきき方に気をつけないと信奉者に殺されますよ」

 世の中には受け入れてくれる人が、一刀の様に受け入れない人より多いと言う事だった。

「ああ、面倒臭い」

 他人がどう受け取るかは、どうする事も出来ない事でもない。

 人は外見が全てだ。内面の卑しさは外見にも現れる。

 だから見た目の美しい者に多くの者は惹かれる。

 だが、お人好しの劉備は決断力に欠けており人々を導く皇帝とは思えない。諸葛亮や周囲の者の言葉に流されていた。

 人は普通より良い暮らしがしたい。だから攻める姿勢を求める。

 誰かが礎に成らなければ時代は変わらない。

 劉備の生き方とは違った。

 しかし周りの者は阿呆ばかりで等身大の劉備を見ようとせず、劉備の為だと蜀による漢統一を望んだ。

「俺は一緒に楽しんでくれる仲間が欲しかったんだ」

「へっ?」

 それは、王笏(おうしゃく)玉葱(たまねぎ)の読み間違えをしても一緒に笑える様な仲間だ。

 

 

2.馬超と言う女

 

 ガチンコの命のやり取りの後には、絆が生まれると言うベタな展開はあり得ない。潼関(どうかん)の戦いの後、放浪していた馬超はこの頃、劉備の下で客将を勤めていた。

 益州は劉備を頂点に皆が守り立てて行こうと言う空気があった。

 失った家族を懐かしく思いながら彼女は、ぶらりと市中を散歩してると、投石機の射撃陣地を築いてる者達に出会った。一刀とその部下達だ。

「おい、お前。それは投石機だろう。何で持ち出してるんだ」

 顔を向けた一刀は、馬超から見てもそれなりに見映えのする顔をしていた。だが恋なんて一度もした事が無い。そんな馬超は異性に対して奥手で鈍かった。

「試射するんだよ」

「何、平然と言ってるんだよ。ここは街中だぞ」

 出逢いを活かせない。既に馬超の青春は終わっていた。

「馬鹿か貴様。この街が攻められた時に備えた試射に決まってるじゃないか成都が安全だとでも思ってるのか」

 一刀は呆れた表情で答える。

 馬超はハッとした。自分の仲間も家族も曹操に敗れた。負けると思っていなかったからだ。

「そ、そうか。すまん。私、全然、余裕が無いみたいで……」

 劉備の仲間に誘われて正直、嬉しかった。面倒だが劉備の為にも頑張ってみようと思っていた。

 その矢先に失敗をしてしまった。

「よし、続けるぞ。班標定点方向分角、左商店、屋根の看板」

 落ち込む馬超に興味を失った一刀は射撃準備を続けさせた。

 ふと馬超は気になった。

「いや、やっぱりちょっと待て。どこ狙ってるんだ」

 投石機の方位角、射角から弾着地が人口密集地に思えた。

「貧民街だ。どうかしたか?」

 やはりそうだった。

 何を言ってるんだこいつはと怒りが沸き出した。

「どうしたって危ないだろ!」

「貧乏人の吹き溜まりが消えて、不法に定着した流民が死ぬぐらいだ。死は決して忌むべき物では無い。犯罪者予備軍の賤民は幾ら死んでも構わないさ」

 一刀は民から流民排除の相談を受けていた。救えない命より、救うべき仲間を優先する。当然だった。

「どんな者だって必死で生きてるんだぞ!」

「知らん。それがどうした」

 人は危険な事をして安全を学ぶ。生命の危機に晒されれば、移動すると考えた結果、部下の言っていた試射に繋げた。

「通行人をいきなり殴り倒して、顔面蹴るのが楽しいと言ってる訳じゃないんだから良いだろう。糞はぶっ潰してやる」

「うわぁ……駄目だこいつは」

 馬超はそう思ったが、一刀にも考えはあった。理性が崩壊した獣では無い。

 先立って、濡須(じゅしゅ)の戦いで敗れ重臣の董襲(とうしゅう)や兵を失った孫権は曹操に降っていた。北と東の二方を敵対勢力に囲まれており、情勢は劉備達にとって悪い。

 一刀の知る歴史と所々で違う箇所もあった。だから成都が攻められる事もありえた。

「世界よ。これが接着剤の力……じゃなくて、投石機の力だ」

「ああっ、こいつ本当に撃ちやがった!」

「空気が読めない女だな。こう言う時に男と女の差がでるのか? 『あなた生存』だから良いだろう」

 賤しい心根からの行いではない。重病で具合が悪かったり、反抗的で攻撃性が酷い者に、安楽死と言う慈悲を与えたのだ。死因は偽装するまでもない。事件を闇の中に葬るのは簡単だった。

 馬超の抗議を無視してやる事を済ませると、一刀は撤収を指示した。陣地転換も立派な訓練の一つだった。

 

 

3.鳳統は死んでいない

 

 一刀の知る世界とこの世界は性別が違う。年齢も性格も違う。

 だが大きく歴史として対曹操の流れは変わらない。

 劉備は周りに言われ、漢中王に即位した。そして関羽は南陽郡制圧に動き出していた。

「ま、愛紗なら負けないだろうな」

 一刀は関羽の運命を失念していた。

 だから気楽に昼食が取れた。

雛里(ひなり)ちゃん、疲れてない?」

 積み上げられた竹簡から顔を上げた鳳統。

 魔女みたいな帽子は特徴的で、肌は白く髪は艶やかで綺麗だ。

 落鳳坡(らくほうは)で死ぬと言う故事を覚えていた一刀は、出会った時からずっと彼女を妹分として見守って来た。

「一刀様」

「お昼のご予定がなければ、一緒にしようか」

 超がつくほどの箱入りな鳳統だが、こうして生き延びた以上、諸葛亮と同じく将来は蜀を担う重臣に成ると決まっている。

「どうしたんですか?」

「朱里ちゃんに面倒事ばかり押し付けられて疲れてる雛里ちゃんの顔を見に来たんだ」

 小さいのに何でも背負ってる。

 子供が知った風な口を利き、恋する暇もない。それでは人生が楽しくない。呑気で居られたらどんなに楽か。許されるなら幸せに暮らして欲しい。

 そう一刀は思っていた。

「何ですかそれ」

 子供達は産まれた時、皆が同じ条件下で居る。それなのに頭の出来は別れる。賢ければ賢いだけ苦労を背負う時代だった。その辺はどうなのか不憫に思った。

「雛里ちゃんは今、幸せか?」

 表に出せない心の声を聞くように、彼女の細い肩を抱き寄せて尋ねた。

「この先は分かりませんが、今は幸せですよ」

「そっか、それなら良い」

 人は気持ちが繋がる。頑張っていたら良い事がある。それを信じる妹分の気持ちを大切にしたい。

「一刀様はどこかおかしい方ですね」

 また一歩、恋愛関係構築から外れている。

 だけど構わないと思っていた。蜀は給金こそ良くないが、生活は出来る。

 基本的に一刀の好きにしていたら良いと劉備にも言われてたからだ。

 甘い劉備は有力者の間を世渡りする中で人が変わったが、古参の仲間への信頼だけは変わらなかった。

 劉備が信頼する一刀は、金に執着しない男だった。普段は布の服に竹竿か棍棒を携帯するだけで、与えられた給金を丸々研究に費やしたり趣味に生きていた。

 戦場に出る事は多くなく、賊の討伐に持って行く剣もまさかの銅の剣と言う骨董品だった。

 反面、アンチエイジングの技術開発で女性の支持は大きい。だから自由を許されているとも言えた。

 女性の容姿を採点するのは好ましくないが、髪・顔・体の全てを洗えるオールインワンな洗剤は革命的な発明だった。男にして見れば金の無駄だが、価値観は違う。

 この他に美容家で美容ライターの肩書きを持ち、『週末は美容に励む日=美末』のモテ理論を提唱者。独自の美容法やメイク術を、名士や豪族を中心に発信して更なる支持者を増やしていた。

 他にも慈善事業も手掛けており、妓楼(ぎろう)に通ってるかと思えば夜鷹にパン作りを教え、夜鷹パンとして売り出させ生計が成り立つ様に援助もしていた。その影響力も無視できない存在だった。

 

 

 【中略】

 

 絶望のどん底に突き落とされた。

「院長、何故ですか! 我々はまだ戦えます! どうせ殺られるなら、死ぬ気で戦いましょうよ」

 停戦と降伏を知らせる成都からの使いである一刀に姜維は詰め寄った。

 将や軍師は士卒を駒としか考えない。だが本物の為政者は民を見捨てない。

「陛下が戦は終わりだと言ってるんだ。皆、愛する家族が居るだろう。家に帰ろう。俺もこんな戦いはごめんだね」

 もう駄目かもしれないと言う臭いが漂っていた。それに気付けなかった者が貧乏クジを引く。

 蜀の者は、ただ劉備や諸葛亮の遺志を継ぐと言うだけで、自分の道が存在しない。下僕でも無く、家畜だった。

「うっせぇ、死ね! 蜀はまだ戦えるんだ!」

「陛下の命が下ったんだ。将軍をお止めしろ!」

 痛恨の一撃を蜀は食らった。ズッタズッタのケチョンケチョン、完璧な敗北の形──蜀帝劉禅が降伏したのだ。

 死にかけの者が一時的に元気に成る事はあっても、滅ぶ国に回光返照(かいこうへんしょう)は訪れない。

 翌日、蜀軍は投降し武装解除された。その光景を見ながら一刀は呟いていた。

「朱里ちゃん。したいからやるじゃ駄目だったんだよ。嫌だって言ったのに、蜀の後を勝手に押し付けるから……。道を踏み外したのは自分達の癖に、諦め悪過ぎだよ。信念なんて糞だ。正しいのは魏だ。ざまぁ見ろ……」

 生き残った者は、死んだ者の遺志を引き継ぎ必要が無い。楽しく暮らす事こそ正しい。

 その後、劉禅は首を洗って待っていたが、洛陽で安楽公として魏から捨て扶持を貰い、一刀とのんびりと過ごせた。

「蜀が恋しいとは思いませんか」

「いいえ。ここはご飯も美味しいし、一刀様と一緒なら何だって楽しいですから」

 この言葉に劉禅の家臣も魏の将も唖然とした。男と一緒に成る為に国を売ったのだから。

 だけど逆に考えれば大好きな気持ちをカタチにした。

 ここに諸葛亮孔明の策謀した支那を三国に分割して統治する「天下三分の計」は瓦解した。

 閉塞していた漢に未来が開かれる。愚者達の野望は挫かれ乱世は終わり、後に聴こえるのは勝ち組の笑い声だった。



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