『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第二部「騒擾」 (城元太)
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第拾壱話

 潜航と共に気温が急激に下降し、艇内は夥しい結露に覆われる。ウオディック内部で、海賊衆の頭目は窮屈な烏帽子を直ちに脱ぎ捨てていた。

「〝アーミラリア・ブルボーザ〟の生育はどんな具合だ」

 操縦席には、肩を剥き出しにした単甲を纏う男がある。

「リゾモーフ(=菌糸の束)の伸長も順調で、間もなく堅固な剛性を会得する予定です。それにしても、よくあの様なことをお考えに成りましたな」

「元はうぬら佐伯(さえき)衆が保持してきた菌苗であろう。デルポイの妙な病が伝染せねば、クリプトビオシス(休眠状態)のまま忘れ去られていただろうに」

 浅度潜航の為、水面の(きら)めきがウオディックの眼窩に当たる気密式硝子を透して艇内に射しこみ、不規則な光陰を描く。

佐伯部(さえきべ)の起源は蝦夷の俘囚、それも茨城(うまらき)道の口(みちのく)で反駁を繰り返していた騒がしい者(バルバロイ)が転じ〝さえぎ〟と名付けられた屈辱的な(かばね)でした」

「勇猛果敢な海族大伴の同族と称され、大伴佐伯の家訓『海行かば』を讃えられたのも遠い昔のこと。忌々しきは中臣転じた俺達藤原氏族だ、判っている」

「古代ゾイド人の遺構を辿り、行き着いた先があの菌苗であったとは……皮肉なものです」

 明滅する陽射しに眼を細めつつ、純友は後方の席で脚を投げ出す。

茨城(うまらき)といえば、面白い噂を小耳に挟んだぞ。群盗の頭目、桔梗の前が獲物を討ち漏らしたというのだ。なんでも板東から来た荒武者で、青い獅子型ゾイドを操る奴だそうだ」

「なんと、あの桔梗の前が」

 佐伯是基(さえきのこれもと)は、思わず操縦席から純友を振り返る。

「俺も最初は信じられなかった。彼奴(きゃつ)が油断したか、さもなくば余程の手練れの者かだ」

(いずれ)れにせよ小気味良い話でありますな」

 純友は半身を起こし、滴る結露を指で拭う。

「他人事ではないぞ。我らが放った透破(すっぱ)(=忍者)によれば、その青い獅子は左馬寮に入ったという。東夷(あずまえびす)が仕官を願って上洛するのは珍しいことではない。もしそいつが左右衛門府の任にでも就いたら厄介なことになる、が――」

 そこまで言って、純友は壁面の水滴を忌々しく掻き乱した。幾筋の水滴が流れ落ちる。

「――所詮は田舎人。膨大な賄賂を寄越さずば、仕官など夢のまた夢」

「三年はかかりまするな」

「ああ」

 純友は、築き上げられた律令の矛盾が、謀らずも自分達海賊衆を守る皮肉を嗤っていた。

 

 海賊衆と呼ばれる海の集団は、最初から群盗を生業としていたわけではなかった。

 小規模な漁業や交易を糧としていた漁民集団は、古くからの交易路を使い、瀬戸の内海の運漕を担っていた。そして中央大陸に派遣される定期便〝遣央使〟の護衛や、東方大陸北島北端の大宰府が管理する鴻臚館(こうろかん)(=貿易管理所)に於いて、遠く西方大陸や暗黒大陸との貿易を請け負っていた。

 軌道エレベーター建造のための重量物打ち上げ施設として、赤道付近に位置する筑前国博多大宰府に大質量射出装置(マス・ドライバー)が設置された頃より、変化が始まる。マスドライバー建設、及び運用の利権を握らんとする有力貴族「勢家豪民」による海浜部の囲い込み(エンクロージャー)が進み、漁民集団は生活圏を追われた。その際、浮浪民と化していた漁民集団を国衙所属の舵取りや水手(かこ)集団として組織化したのが大伴氏や紀氏であった。

 マスドライバー稼働中は、厩牧令水駅条(きゅうもくりょうすいえきじょう)などの例外的な措置もあり、主税上の諸国運漕雑物功賃条(しょこくうんそうぞうぶついこうちんじょう)が成立し、海上運漕(うんそう)は一時的にせよ繁栄する。

 だが、応天門のクーデターによる大伴、紀両氏の没落で、その管轄下にあった海浜集団も離散する。更に、惑星軌道上にケーブル懸架用のジオステーションが完成して以降、マスドライバーは遺棄され錆び付き、海浜集団は再び漂泊民と成り果てた。

 見せ掛けの繁栄に踊らされ、挙句に漂泊民となった海浜集団は、最初は散発的に、そして次第に大規模に、都への年量舂米(つきまい)への襲撃を始めた。これが海賊衆の発生である。

『賊党群起し、掠奪息むことなし』と官報に記されるまでとなると、ソラは正式に海賊追捕を命じるが、国境(くにざかい)を越えて活動する海賊衆に各国司は有効な策を講ずることができない。そのため新たに禦賊兵士制が敷かれ、取り締まり強化を図るが、その指揮者として赴任したのが、他ならぬ藤原純友であったのだ。

 

「あれはどうした」

 具体性を欠く指示に、是基が応じる。

「シンカー部隊であれば、土豪の高橋殿より手配をつけておきました。やはりその板東武者への備えですか」

「念のためだ。ソラの役人は自分の任期に騒動が起きなければどうでもいい奴らばかりだが、堕落を知らぬ田舎者には警戒せねばならぬのでな」

 

 純友の伊予掾赴任は、都への謀反を(あらかじ)(はら)んだものであった。在庁官人にして土豪の高橋友久(ともひさ)と結託した純友は、高橋氏麾下のシンカー部隊を率い、年量舂米としてのレッゲルの組織的収奪を開始する。

 腐敗した受領(ずりょう)と純友が異なっていたのは、在地の住民の不平不満を一手に引き受け、その憤懣を組織化し、海賊衆を率い蜂起させたことである。

 同時多発の海賊蜂起に警護使も追捕使も有効な策を講ずることが出来ず、ソラは止む無く純友にレッゲルを与え慰撫を試みる。レッゲルを大量に必要とする水上部隊にとって、官製の純度の高いレッゲルは必須であり、純友は一時襲撃を休止しレッゲルを受け取るが、遠からず海賊衆が再蜂起するのは明らかだった。

 

「俺がソラの都を落とす」

 純友が(うそぶ)く。見捨てられた民とゾイドの痛みを知る無頼の海賊は、己の特権に胡坐(あぐら)をかく為政者が許せなかった。

「その件ですが、都の奴らは軌道エレベーターのケーブルをアースポートから切り離す魂胆だと聞きました」

 今度は純友が耳を疑う番であった。「馬鹿な事を言うな」と、純友は身を横たえる。

「いえ、私も信じられなかったのです。軌道エレベーターの地上接合部であるアースポートを切り離したりすれば、ケーブルごとコリオリの力で振り回されると考えておりました。ですがソラは、大気圏すれすれの部分にスカイフックという浮遊施設を建造し、上方の軌道エレベーターケーブルの影響を相殺するだけの遠心力を発生させ、完全に地上からソラシティーを分離しようとしているらしいのです」

 技術的に可能かは、令外官(りょうげのかん)に於ける修理職(しゅりしき)ではない純友には判断できないが、或いは失われていた様々な技術が蘇っているとすれば有り得る話かもしれない。

「地上の疫病を尻目に、奴らは(けが)れを捨て去り、ソラに引き篭もるつもりなのです」

「ソラへの引き篭もりか。ならばその篭り戸を俺が蹴破るまでだ。

 待ち遠しいな、〝アーミラリア・ブルボーザ〟の生育が」

 水深が上がり、ウオディックの上面が白波を蹴立てて浮上する。

 目前には、純友たち海賊衆の根城である、伊予の日振島(ひぶりじま)が横たわっていた。

 



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第拾弐話

「都の風に()てられたか」

 平太郎貞盛(たいらのたろうさだもり)は少し憂いを帯びた顔で微笑んだ。

「私も最初そうだった。此処は坂東とは別世界、心細くもなるだろう。

 自由にゾイドを(はし)らせる山野は無く、大空を舞うシュトルヒも無い。舞うのはフライシザーズという怪しげな(キメラ)型ブロックスばかりだ。

 大番として都に召され、坂東を離れて幾星霜。上洛直後は頼れる者などなく、従類(じゅうるい)郎党さえも故郷(ふるさと)恋しさに次々と去って行った。

 都で雇った奴婢(ぬひ)共は、東夷(あずまえびす)(あなど)って、命じても働こうともしないどころか、刑部卿(ぎょうぶきょう)に訴えられて何度会昌門(かいしょうもん)(※問注所=裁判所 の門)をくぐったことか。所詮、主従に重代の関係を望むなど叶わず、因獄司(いんごくし)(=裁判官)を味方につけると気付くまで、どれ程金子(きんす)を費やしたか」

 小次郎は、すっかり都に馴染んだと見えた従兄が、数多くの苦難を重ねてきたことを知った。

「……すまぬ、つい愚痴を(こぼ)してしまった。小次郎を見て坂東が恋しくなってしまったわ。

 最初は大番の任が終わる三年で帰る心算であったが、此方にも色々と伝手(つて)が出来てな。

『住めば都』とはよく言ったものだ。今となっては記憶の中の筑波峰の色も霞んでしまった。

 私は坂東に戻るつもりは無い。父(国香)より幾多の貢物を献上して来たのだ、必ずや今以上の官位を得て、子々孫々に渡り位階を遺してやらねばならぬ。それが我ら、(さぶら)う者の定めであるから。

 叔父(ぎみ)良持殿と、兄君将弘(まさひろ)殿は残念であった。悔やみ申し上げる」

 哀悼の言葉と、上洛してより初めて受けた労いに、小次郎は暫し黙する。

 故郷からの便りは貞盛の元に届いていた。貞盛は、眼前に聳えるブラストルタイガーを見上げる。

「驚いたか、別のゾイドに乗り換えていたこと」

「ああ。てっきりライガー(ゼロ)にまた会えると思っていた」

 ゾイドの事となり、小次郎はやっと口を開けた。興世王が馬寮の奥で他の舎人(とねり)と談笑するのを見遣りつつ、貞盛が振り向きざまに言い捨てる。

「献上したのだよ、グスタフごと、天上人へ」

 その顔に、己への憐憫が(にじ)んでいた。

「我が父国香が(かつ)て鎮守府将軍の地位を得ていたとはいえ、所詮は遠き大地の果ての話。直接官位を得るには最有力者である藤原氏に取り入る他ない。

 幸いにして、由緒あるライガー零とその具足(チェインジングアーマー)を求めていた藤原北家の上役(うわやく)が居り、俺の上洛と同時に所望して来た。

 都の(なら)いは父国香から聞いていた。『偉き者には()びよ』と」

 坂東武者として思いもよらぬことであった。幼き頃から共に山野を駆け巡ったライガー零を手放したことに、貞盛は一切悔恨の念を示さない。

「これが都での処世術なのだ。都人(みやこびと)にとってゾイドは財に過ぎない。良いもの、珍しいものは重宝され、そうでないものは売り払われる。操縦者と機体との繋がりなど、意味を成さぬ。

 代わりにこのゾイドを得た。

 ブラストルタイガーは、古の〝青の街〟のZi-Arms社が鍛えた良きゾイドだ。坂東では見かけぬ虎型だが、都では珍しくないゾイドだそうだ。稼働時間こそ短いが、狭い都には適した機体、どうだ小次郎、乗ってみるか」

 珍しいゾイドを披露しようという貞盛の気遣いは判るが、従兄の変わってしまっていた部分を小次郎は垣間見てしまったのだった。

 

 貞盛の人脈は、少なからず小次郎の滝口出仕に有利に働いた。貞盛の見知った公卿の伝手(つて)を辿り、菅原景行からの藤原忠平への推薦状の写しを、アースポートの一画に構える清涼殿に届けたという。

「遠からず呼び出しがかかるはず。期待して待っていればよい」

 貞盛の力強い言葉に、小次郎は漸く肩の荷を一つ降ろすことが出来た気がした。

 

                   *

 

 都に到着してより一月(ひとつき)が過ぎた。

 あれ以来小次郎の前に野盗群盗の類は現れないが、依然略奪は毎夜起こっていた。正式な押領師ではないので無闇な介入はできない。故郷に色好い便りを送る事も叶わず、興世王の館で小次郎はただ悶々と日々を過ごすのであった。

 摂関家は治安と衛生の問題により、普段はジオステーションに居を構え、滅多な事では地上に降りることが無い。その摂政藤原忠平が下向するとの知らせを得たのは、更に一月を経た頃であった。

「――兄時平の早世と入れ替わり、生前道真とも親交篤かった藤原忠平は参議に(げん)(にん)し、右大臣、左大臣、摂政と補され急速に官位を進めた。

 小一条忠平の道楽は、輸入した古来デルポイ文物の儀式に対する憧憬であり、政務とは別に実習と探求を兼ねた具体的な作法故実(さほうこじつ)を作り上げることなのだ――」

 見た目にも品質の悪い酒を(あお)りながら、相対(あいたい)の小次郎に興世王が告げる。

「――作法故実と有職故実(ゆうそくこじつ)研究の為には、如何様にしても、地上に降りて資料を漁らねばならぬことがある。『神々の怒り』や『惑星大異変』、それに先んじるへリック国の慣習法などだ」

 安酒に一度(むせ)び、眉を(ひそ)める。

天上人(ソラノヒト)下向の貴重な機会を狙い、多くの受領(ずりょう)のゾイド達が列を成して参内し、アースポート周辺は物々しい雰囲気になる。警邏番としては厄介極まりない」

 小次郎にはまだ他人事であった。

 興世王の世迷い言は夜更けまで続いた。

 

 忠平下向の日、小次郎は村雨ライガーの機上で軌道エレベーターを見上げていた。

 螺鈿(らでん)色に輝くレドラーに伴われ、ジオステーションからのクルーザーがケーブルを降下してくる。降下中、クルーザーが衛星軌道を漂うスペースデブリに衝突することの無いよう電磁障壁を輝かせていた。

 貞盛を含め、都の警邏は一斉に護衛に就き、小一条大臣忠平の下向を待っている。

 小次郎は、蒼空に青い羽根を煌めかせるレドラーの舞を見上げつつ、天上人たる小一条藤原忠平が如何様な人物かと思いを馳せていた。

 偉大な人物に違いない、そうでなければ、ここまで物々しい警備などないであろうと。

 

 同時刻、都鄙(とひ)の外れの海岸線より、小次郎の思いとは正反対の感情を抱きケーブルを見上げる者がいた。

「やっと降りて来たか、忠平よ」

 同氏同族の(かばね)を持つ海賊衆の頭領、藤原純友の姿が、アースポートの(ふもと)にあった。

 

 



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第拾参話

 純友は、アースポートに螺鈿色のレドラーが玻璃の翼を並べ、次々と降り立つ様子を覗っていた。

「警護が少ないとは思いませぬか」

 拱手傍観を保つ頭目に、佐伯是基が問いかける。

天上人(ソラノヒト)とはいえ、あれはあれで豪胆な奴よ」

 純友は駐機したレドラーの奥のクルーザーを凝視する。

「デカルトドラゴンにせよギルドラゴンにせよ、護衛はいくらでも随伴できるものを、奴は過ぎた警護が民への不安を(あお)ることを知って最低限での護衛で降りてきたのだろう」

 手ごわい奴だ。無為に北家の政争を勝ち抜いて権力を得た人物ではない。

「是基、滝口どもは曳き付けてあるか」

傀儡(くぐつ)の操るマッカーチス陽動部隊を都の反対側に上陸させております」

「恒利、手筈は整ったか」

〝首尾は上々、抜かり無く〟

 腰の通信機から雑音混じりの返信が届く。純友の口許が上がった。

「都の近衛の実力とやら、(とく)と見物させてもらう」

 純友は右手を直上に掲げ、ゆっくり振り下ろした。

 

 海面が泡立ち、鋼鉄の怪魚が群れを成して浮上する。背部の弾倉が一斉に噴煙を上げ、幾つもの放射状の軌跡が放たれる。放物線はやがて下降線となり、アースポートに翼を並べるレドラーに殺到した。

 連続する破裂音に螺鈿色と玻璃の破片が硝煙に混じり、刃となって飛散する。

「海賊衆だ!」

 悲鳴を上げ殺気立つ群衆の中、海岸を指差す者の指先に、次々と水面より細長い首が(もた)げる。

 頭部に眼窩を持たないブラキオスは無機的な威圧感を纏う。四肢を踏み締め上陸を開始する頃には、アースポート周辺は混乱の極みに達していた。

 純友の予想通り、迎え撃つべき近衛の兵は少なく、咄嗟の事態に応戦し切れない。

「海賊だ、海賊衆が襲ってきたぞ!」

 都の市井では、事前に潜ませておいた煽動役が群衆の混乱を助長する。全ての警邏がアースポートに集約される中、人の群れとは逆向きに進む一団がある事を見(とが)める者はない。彼らもまた海賊衆の一味であり、騒擾に紛れ義倉など公儀の財を掠め取るのが役割であった。

 純友にとって忠平など襲撃の目的ではない。(おおやけ)の無能さを知らしめ、無為な舎人を嘲笑うことこそ狙いであった。

 水際のブラキオスを察知し、(ようや)くツインホーンとイグアンの混成部隊が接近する。

「恒利、やれ」

 水上から閃光が(はし)る。ブラキオスの胸部ビームキャノン砲と喫水上に現れたウオディックの中口径ビーム砲が、警邏の地上部隊に放たれた。イグアンは爆風と共に片足が削ぎ落とされ無様に倒壊する。ビーム砲の直撃を受け、鼻梁と牙を失ったツインホーンは怖気づき引き下がって行く。

「いずれ我らの手中に収めるゾイドだ」

 純友が完全破壊を戒めていたため、ゾイドは止めを刺されることは無い。

 奇襲は完全に成功した。海賊衆による大胆な正面攻撃に警邏隊は完全に面子を失う。摂政忠平下向の(ハレ)の日に、海賊衆の思惑にしてやられたのだ。拱手したままの純友は、配下達の鮮やかな連携に満悦していた。

 

 刹那、ブラキオスの首が切断され吹き飛ぶ。

 突然の事に、海賊衆は襲撃者の姿を追う。

 正に碧き風の如き速さであった。

 大型ゾイドでありながら、ブラキオスの胸部ビームキャノン砲の攻撃を立て続けに(かわ)し、装甲のソーラージェネレーターを(むし)り取り、海上のウオディックに迫って行く。驚嘆すべき敏捷さの、都で見慣れぬ獅子型ゾイドである。

「まさか、あれが桔梗の前を破ったという坂東の荒武者か」

 荒々しい戦闘が、村雨ライガーと小次郎の野性を呼び覚ましてしまったことが、純友の誤算であった。

 碧い獅子は、海浜に横たわる無数のゾイドの死骸を踏み越え飛躍する。上陸したブラキオスはもとより、僅かな岩礁を足場に、砂州に着底するウオディックにも襲いかかった。背部に背負った巨大な太刀を機体横ぎりぎりに傾け、喫水上に表出しているウオディックの対艦ミサイルランチャーポッドと中口径ビーム砲座を瞬時に切断した。4機のブラキオスの首と2機のウオディックが破壊され、1機のウオディックに至っては完全に沈黙する。

「不利だ恒利、引き上げろ」

〝言われずとも逃げまする。なんということだ、都にこんな猛者がいたとは〟

 信じ難い機動性の碧いゾイドに、海賊衆は翻弄された。

〝頭、獲物は頂戴しました〟

 見上げればシンカーが水平線に向かって飛び去って行く。初期の目的を半ば遂げることが出来たが、純友は歯噛みをする思いで碧いゾイドを睨み付けた。

「村雨ライガーか」

 太刀に刻まれたゾイド文字が、機体の銘を示していた。見れば、村雨ライガーの後方から、見慣れた鋼色の虎型ゾイドが追って来ていた。ブラストルタイガーに続き、レイズタイガー、ワイツタイガー、ソウルタイガー、グレートサーベルなど十数機の強力な虎が結集する。

「あれは平貞盛のブラストルタイガー。さては彼奴も坂東育ち故、繋がりがあるやもしれません。透破(すっぱ)に素性を洗わせます」

「滝口め、漸く嗅ぎつけて来たか。傀儡(くぐつ)衆のマッカーチス部隊めしくじったな。

 退くぞ。急速潜航、全機離脱」

 純友は再び右手を挙げ引き上げの命令を下す。首を失ったがコアの無事なブラキオス達が一斉に波間に消えていく。

 破壊したウオディックを咥え、磯の岩礁に執拗に叩き付けていた村雨ライガーは、獲物の一部を嚥下し海中に没していくゾイドを口惜しそうに見送る。短時間の水中戦は可能であっても、深追いできるほどの性能も蛮勇もない。

 村雨ライガーは海賊衆撃退の雄叫びをあげていた。

 

 

「此度の戦功、誠に鮮やかであった。近衛を含め滝口迄も引き離され、検非違使も警護使も陽動に釣られ動けずにいた。そなたが駆けつけてくれなければ更なる被害に至ったものを、よくぞ海賊衆を撃退してくれた。礼を申す」

 移築されたアースポートの清涼殿で、小次郎は藤原忠平の前に平伏しつつ謁見の機会を得ていた。

 小次郎は清涼殿の華やかさに圧倒された。内裏で見た廃墟とは雲泥の差であった。摂関家の威光を誇示するが如く、これまで見たことも無い鮮やかな色彩と、眩しいばかりの金泥に彩られた絵画が並んでいる。

 小次郎にとって、忠平を守ったというより、無為に破壊され四散するゾイドの姿にいたたまれず、太郎貞盛が止めるのも聞かず無我夢中で村雨ライガーを出撃させたのだった。そしてまた、海賊衆の実力がどれほどのものか、純粋に手合わせをしたかったというのも本音である。

「咄嗟のことゆえ賊を取り逃してしまったのが口惜しく、せめてあと一太刀でも斬り付けてやりたかったものを……」

 背後で咳払いがする。取次の別当が渋い顔をして睨んでいた。「決して摂政殿には血生臭い話をするのではないぞ」と言われたことを、緊張のあまり完全に忘れていた。慌てて言葉を切り「お言葉、身に余る光栄でございます」と付け加える。

 忠平は穏やかな口調で語りかけた。

「そなたが先の鎮守府将軍、平良持(たいらのよしもち)の嫡子であったか」

 その手には少し色褪せた菅家の花押が印された書簡がある。

「良持は蝦夷の鎮撫に(こと)(ほか)功績があった武士であったな。景行(かげゆき)公も息災で何よりだ。推薦状しかと受け取っている。成程さすが菅公の推挙だけのことはある。滝口には最高の人材だ」

 小次郎は平伏するのみで、天上人との謁見に圧倒されていた。決して激しい気性の人物ではないが、天上と地上に(またが)り権勢を誇るだけの威厳を漂わせている。問い掛けに体裁の良い言葉を返そうとしたが、何一つ頭に浮かんでこない。忠平はそんな若武者の姿を見て追及することは無く、ただ一言「滝口を任せる」とだけ残し清涼殿の寝殿を後にした。

 (くるま)宿(やどり)でブラストルタイガーと、そして村雨ライガーと共に控えていた太郎は、未だ緊張の解けない小次郎の肩を掴み、嬉しそうに揺さぶった。

「小次郎、災厄が慶事になったな!」

 坂東で過ごした従兄は、まるで自分の事のように祝ってくれた。

 突然の小一条大臣の召喚に肝を冷やし、清涼殿への参内の方法も知らぬ小次郎に、様々の段取りをとってくれたのもまた太郎貞盛の配慮である。

 小次郎は、太郎が都に毒されたのではないかと懸念していたが、変わらずに友情を保っているのを心強く思った。

 そして(あや)に一歩近づけたことが嬉しかった。

 

 

 



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第拾四話

 歓喜を抑えつつ、束帯に袖を通す。

 初めての出仕の日、小次郎は心地よい緊張を覚えていた。

 それまで寄宿していた興世王は、前日に饗宴を催し家人共々諸手を打って祝福をしてくれた。舎人となった以上この屋敷に戻ることは無い。太政官の警護のため終日詰所に待機し、あてがわれた宿舎で寝泊まりすることになるからだ。

「小次郎殿、都に出て初の仕官、まずは祝わせてくだされ。令外官とはいえ同じ舎人となったのだ。共に勤ることもあろうて。その折は宜しく願う」

「有難うございます。(いず)れは必ずこの恩義に報いたく思います」

 胸の奥に熱いものが込み上げる。興世王は頻りに祝いの言葉を述べつつ、まるで我が事の様に喜んでいた。翌朝も清涼殿に向かう小次郎の操る村雨ライガーを、中門まで見送ってくれたのだった。

 小次郎はまだ知らない。己自身が放つ見えない光背(カリスマ)が、興世王を惹き付けていたことを。

 

 清涼殿へは先の忠平との謁見以来二度目で、小次郎は迷うことなく別当の元に参じた。

「貴殿が忠平公の家人、平将門か」

 別当は名簿(みょうぶ)を確認し、小次郎の顔を見つめる。小次郎にしてみればいつの間にか藤原忠平の家人になっていたことに驚いていた。仕官の手続き上取られた方策であったのだろうが、その心遣いが嬉しく、感謝の気持ちで一杯になる。

 任官に当たり、最初に頭中将(とうのちゅうじょう)と呼ばれる蔵人所の実質責任者に案内され、滝口の控えの間に導かれる。途中の回廊で、水の(せせらぎ)が聞こえてきた。

「ここが滝口と呼ばれる由縁だ。軌道ケーブルに凝結した大気中の水分が集まり、滝となってこの御溝水(みかわみず)に注いでいる」

 それは故郷で聞いた懐かしい音だった。坂東では既に盛夏を迎えているだろう。しかし、赤道を越えた都では秋の香が漂う。郷愁を感じつつ、小次郎は滝口の詰所に向かって行った。

 馬場には整然と並ぶ高速ゾイドがあった。滝口は清涼殿の鬼門、つまり(うしとら)(丑寅)の方角にあり、縁起を担いだのか虎型ゾイドに混じってディバイソン、カノンフォートも装備されていた。貞盛のブラストルタイガーを含め、小次郎は多くのゾイドに出会えた興奮を禁じ得ない。十七門突撃砲と破壊衝角(クラッシャーホーン)は、栗楢院常羽御厩の別当、多治経明の愛機を思い起こし、小次郎は寸刻見上げたままとなった。

「小生のディバイソンがお気に入りですかな、坂東の君よ」

 気付けば傍らに狩衣を纏った壮年の武官が微笑みながら立っている。

「先日の海賊衆討伐、見事で御座いました。平将門殿とお見受けする。貴殿も立派なゾイドをお持ちですな。小生は播磨(はりま)から参った伊和員経(いわのかずつね)と申す。同じ滝口にて、判らぬことがあれば何なりとお聞きくだされ」

 狩衣(かりぎぬ)に標された二重亀甲剣花角(けんはなかく)の神紋は、遠く出雲に起源を発する氏族を示す。温和な笑顔の裏にも、滝口に任じられた勇壮さを潜ませている。武骨な武官であるからこそ、小次郎に惹かれたのかもしれない。

「相馬小次郎将門と申します、以後お見知りおきを」

 ディバイソンの隣に、滝口に新たに加わった村雨ライガーが誇らしく身構える。都に昇り居場所を定めた将門に、漸く都の風情を味合う余裕が生まれたのだった。

 

                   *

 

(かしら)よ、先の騒擾(そうじょう)為体(ていたらく)、あれでは滝口を増長させたに過ぎぬではないか」

 魁師(かいすい)の一人、津時成(つのときなり)が純友に詰め寄る。同様に、小野氏彦、紀秋茂も柳眉を逆立てていた。海賊衆は各地域に散在していた群盗集団が、日振島を根城に伊予の掾である純友の呼びかけによって結束し活動している。連合は緩やかな結び付きで、利害が一致しなければ忽ち崩壊する危ういものである。都の義倉から一応の戦利品は略奪して来たものの、ブラキオスとウオディックの大破は海賊衆にとって手痛い損害であった。攻撃部隊の指揮を執っていた藤原恒利は責めの矢面に立たされることとなったが、純友は敢えて同席を禁じていた。

「お前らの言いたいことは判る。だが、これを見ろ」

 純友の館の白壁に映像が浮かぶ。是基が記録したものだが、白刃を煌めかせ海賊衆のゾイドを薙ぎ払う碧き獅子に、魁師たちは一同に驚嘆した。

「相馬小次郎将門、又は平将門という者だ」

 佐伯是基が放った透破(すっぱ)は、碧き獅子型ゾイドを操る者の名を純友の元に(もたら)していた。

「ゾイドの名は村雨ライガー、背負うリーオの太刀の銘はムラサメブレード。奴は下総から来た荒武者で、腑抜けた都人とは違い恐ろしいほどの手練れ。何しろあの桔梗の前を一蹴したという奴だ」

「あの女盗賊が」という声が再び上がった。

 村雨ライガーの勇躍を映しつつ、映像の前に純友がやおら立ち上がる。

「滝口に将門がいる以上、直接アースポートへの攻撃は控えるべきだ。なあに、どれ程武勇に優れていても、立身出世競争に明け暮ればやがては奴も腑抜けになるであろう。もし腑抜けにならねば都から去るのみだ。

 皆も聞いてくれ。アーミラリア・ブルボーザの生育も順調だ。もしジオステーションが完成したとしても、今度は其れごと葬ればいい。(しばら)く俺は都に潜伏し、ソラの出方を監視する。日振島の事は恒利に任せる、いいな」

 言葉には(あらが)い難い迫力があった。また、映像にある村雨ライガーが誰の目にも手強い敵と判断された。不平の声が上がることも無く、その夜の寄合は解散となった。

 

 

 日振島、純友の館の奥、静かな寝息を立てる少年がいる。襖をそっと開き、安らかな寝顔を確認すると、純友は隣の間に音を潜めて去って行った。

「また都に参られるのですか」

 媚眼秋波(びがんしゅうは)な美女が酌をしつつ、不満げな声をあげる。

白浪(しらなみ)、そんなに妬くな」

 盃を手に純友は静かに笑う。

「お前には寂しい思いをさせる。だがこれも海賊衆の頭目の役目だ」

「わかっております。わかっておりますが……」

 白浪は純友に身体を寄せ、上目使いで見つめる。軽く肩を抱き、そのままの態勢で純友は語り出した。

「今度は都に重太丸を連れていく。そろそろ都の風を味あわせても良い頃合いだろう」

「妙な味は覚えさせませんように」

 純友の胸の中、白浪が幾分皮肉を込めて呟く。純友は苦笑した。

「俺は息子にも早く色々なゾイドを見せておきたいのだ。特にあのゾイド、村雨ライガーをな」

「私にはわかりませぬ……」

 潜めた声がやがてくぐもり、二つの影が一つとなって横たわる。

 やがて灯りが消え、波音響く日振島の夜は更けて行った。

 

 



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第拾五話

 夕刻の空に、(ねぐら)へと帰投するプテラスが4機舞っていた。マグネッサーの響きが夕日に呑み込まれていく。赤銅色に染め上げられる車宿(くるまやどり)の端、小次郎はディバイソンの牽く牛車の元に佇む都人の姿を見止めた。声を掛けようと近づくが、その人は静かに和歌(うた)の詠唱を始めていた。

「――久方の 緑の空の 雲間より 声も仄かに 帰るプテラス――

……おひとが悪いのう将門殿。その様な場所に居らずこちらに御出でなされ」

 暫し都の幽玄に浸っていた小次郎は、足音を潜めて進み出る。

吟唱(ぎんしょう)に聴き入っておりました」

 素直に心の内を吐露する。藤原師氏(もろうじ)は無言のまま苦笑していた。陰に潜んでいた後ろめたさもあり、小次郎は言葉を繕う。

「御尊父忠平様には一方ならぬ御恩を受けました。また蔵人頭殿にもお世話になっております。都は屋敷の中と(いえど)物騒(ぶっそう)ゆえ、少しでもお護りできればと」

「私などせいぜい従四位止まりの身、お気になさるな。それに将門殿とはほぼ同輩ゆえ、堅苦しい言葉遣いは抜きに願いたい」

 摂政忠平の四男にありながら、師氏に気負った様子は見受けられない。視線を空から地上に移し、小次郎に歩み寄る。

「どうです、滝口は慣れましたか。判らぬ事があれば何なりと問うてくだされ」

「毎日無聊(ぶりょう)(かこ)っております。これでは腕が鈍ってしまいます」

 都は暫く平安であった。無部(むべ)も無い。海賊衆を鎧袖一閃で払い除けた碧い獅子に、群盗も鳴りを潜めたのだ。小次郎は左の腰に提げた鎬造(しのぎづくり)の古太刀に左手を当てる。

「さすれば師氏殿、桔梗の前について何か御存知で在らせられるか。私が都に上がった時、我が愛機の村雨ライガーを狙い襲ってきた女群盗です」

 師氏が深い嘆息をついた。改めて小次郎の顔を見つめる。

「貴殿は桔梗の前とやり合ったのか。道理で海賊衆も手が出せぬわけだ」

 師氏は驚嘆と畏敬の表情を浮かべた。

「私も詳細は知らぬが、彼奴は土蜘蛛の新城戸畔(にいきりとべ)の一族と聞く。群盗の女頭目で、検非違使も太刀打ちできぬ輩、噂によれば下野(しもつけ)の生まれとも。坂東では女も男も荒々しいな」

 笑いながら語る師氏を横に、小次郎は改めてあの女群盗の姿を思いだしていた。桔梗紋の示すものは陰陽五行に繋がる星紋(セーマン)を示す。下野の唐沢山には、奇門遁甲の城が聳えると聞いていた。妖しい美しさを秘めた女であっただけに、小次郎は不思議に納得をしてしまっていた。

「下野といえば、俵藤太のエナジーライガーは、いま追捕の対象となっておったな」

 藤原秀郷=俵藤太は、下野の掾の位まで登り詰めたと聞いていたが、(そぞ)ろに公儀への反抗を繰り返していた。小次郎は思わず声をあげる。

「秀郷殿が、ですか」

 幼い日、父良持と共に見た悲痛な光景が蘇った。

 詳しい罪状はわからない。良持も仔細を息子に語る事はなかった。

 小次郎の記憶の中で、十八人の従類と共に追捕の舎人に捕縛され、鋼鉄の鎖にぐるぐる巻きにされた哀れなエナジーライガーが夕日に解け込みながらグスタフの荷台に牽かれて行った。少年小次郎には、エナジーライガーの関節にまで食い込んだ鋼鉄の鎖が、東夷と見下される坂東武者の屈辱として目に焼き付いていた。下野の土豪ゆえ、その地の治安を保つため公儀と衝突したのかもしれない。

「将門殿はお知り合いであったか」

「いいえ。ただ一度だけ姿を見たことがあるだけです」

 あの日の秀郷はしかし、精悍だった。エナジーライガーの脇、ほぼ野晒(のざらし)の荷台の上に繋がれた秀郷は、周囲に鋭い眼光を放っていた。瞳に秘めた屈辱を、少年将門に読み取る事などできなかったが。

「桔梗と俵藤太は繋がりがあるとの噂もある。私は将門殿のように坂東の民すべてが野蛮などではないと信じているが、概して都人は田舎人を卑下したがるもの。用心なされよ」

「お心遣い、痛み入ります」

 秀郷追捕を知った小次郎の中に、暗澹たる思いが広がっていた。

 

 夕刻。

 その日は伊和員経の操るディバイソンと共に、都の定時の警邏を行っていた。東の市で騒擾との知らせが入り、小次郎は村雨ライガーを駆って指示された場所へと向かう。

 起こっていたのは、傀儡(くぐつ)衆を集めて酒宴を繰り広げている無頼達の姿であった。既に都の風紀は乱れ、群盗ではないものの紙一重の無頼の者は散見されていた。小次郎たちのゾイドが到着すると、滝口のゾイドと分かった途端、下卑た嗤いを投げてきた。

「都の往来で酒宴を開くなど迷惑千万、即刻宴を解くように」

 勤めにより声をかけるものの、若い小次郎の言葉など聞く様子もない。遅れて到着したディバイソンの員経も同様で、酒宴は更に盛り上がりを見せてしまっていた。

(これならば、まだ群盗と戦った方がましだ)

 小次郎は閉塞した状況を破る術を知らなかった。

 無頼の中で男が立ち上がり、盃を持って寄ってくる。

「お若い滝口殿、いかがですかな」

 噎せ返るような酒の臭気の中、その男は不釣り合いな気品を保っていた。小次郎は直観する。(この男は酔ってなどいない)。

 男は哄笑しつつ盃を自ら飲み干した。

「失敬失敬。お立場上お困りであろう。この宴は吾が催したもの、すぐに引き上げる故、許されよ。是基、引き上げだ」

 その一言を機に、無頼衆は一斉に宴の引き上げを始める。鮮やかな手際に、小次郎と員経は呆気にとられた。

「今宵は貴方とお知り合いになりたくてのう」

 相変わらず不敵な笑いを浮かべる男の肌が赤銅色に光っている。

 地底族か、しかしこの男には潮の匂いがこびり付いている。小次郎の鋭い嗅覚が、たちどころに男の素性を読み取っていた。

「相馬の小次郎将門殿とお見受けする」

 男は小次郎の名を呼んだ。会った記憶もなく、名乗った覚えもない。

「驚くことはない。碧き獅子に乗る滝口など、貴公以外に居るまいて」

 男は小次郎の左肩を親しげに叩いた。殺気がなく、何ものにも変え難い出逢いに満悦する笑顔であった。

 不思議な男だ。

 小次郎はその男の放つ光と、自分の持つ何かとが共鳴している気がした。

「我が名は藤原純友」

「藤原純友!」

 途端に一陣の風が吹き、男の身体が宙に舞った。

 見上げれば、頭上に超低空でシンカーの群れが舞っている。

 そこから垂らされたケーブルに掴まりつつ、純友が叫ぶ。

「会い(まみ)えることができ、嬉しいぞ。貴方とはまた会うこともあろう。今度は美味い酒など酌み交わそうぞ」

 野太い声を韻々と響かせ、純友は夜空へと消えて行った。

「将門殿、怪我は無いか」

 目の前を去って行く傀儡(くぐつ)の一団を前に、員経が声をかける。

 短く礼を言った後、小次郎はまだ暫く夜空を見上げていた。

(あの男が、藤原純友か)

 将門と純友の、初めての邂逅であった。

 

 



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第拾六話

 冷たい雨滴が村雨ライガーの碧い装甲を叩いている。天空に聳えるケーブルが黒々とした影となり、鉛色の雲に吸い込まれソラへと伸びていた。

 季節は無慈悲に巡っていく。小次郎が都に昇って一年が経過し、藤原忠平は就任以来二十回目の物忌みに入った。作法故実(さほうこじつ)に拘るソラ人は、建設中の軌道エレベーターケーブルの主材であるバックミンスターフラーレンの運搬にさえ大規模な方違(かたたが)えを命じている。フラーレンは精製の煩雑さのため価値も高く、群盗の標的となりやすい。雨に(けむ)る羅城門の向こう側、方違えにより大幅な移送距離を伸ばされた、長さ数町(1町=109m)にも及ぶグスタフの車列を、小次郎は村雨ライガーの風防越しに見つめていた。

 小次郎は上洛以来、出会ってきた人々を思い起していた。主君として仕える藤原忠平は、政治の中心に有り、駆け引きに長けた為政者ではあるが、決して権謀術数を以て政敵を陥れるようなことはなかった。その四男師氏にしても温和な性格で、蔵人所では相変わらず細々(こまごま)と小次郎の相談にのってくれた。内裏に集う舎人達にも憎悪の感情など抱いたことはない。しかし着実に、朱雀大路を代表とした都の往来は頽廃(たいはい)の度合いを増している。

(都に巣食う悪人とは誰なんだ)

 個人に責任の所在を捜してみても、()したる極悪人らしき者が見当たらない。だがこの方違えの如く、地域の運脚を動員することにより多くの労役は費やされ、徴用されたグスタフの持ち主も困窮しているに違いない。田舎人であった小次郎にも、おぼろげながら課題の核心が見えて来ていた。

(朝廷組織の歪みが、民を苦しめているのではないか)

 律令の制が定まり百数十年が流れている。民の精気を吸い取る旧来の巨大な官僚組織が、時代の変化に追いつけず、そしてまた形式に囚われた儀礼主義が、政体の硬直化を起こしているのではないかと。

 初めは添い遂げたい女の懇願によって仕官を目指した筈だった。しかしいつの間にか、恋した女の顔は、醜悪な都の現実に遮られ霞んでいる。代わりに思い浮かぶのは、あの赤銅(しゃくどう)色の顔だった。

(藤原純友よ、貴様は何を為そうとしている)

 運脚(うんぎゃく)を護衛しつつ、小次郎は未だに陸に上がった海賊の顔を忘れられずにいた。

「将門殿、積み荷は左京区を抜けた。我らが務めはここまでだ。後任の者と交代だ」

 ディバイソンの装甲風防を開き、伊和員経が近寄る。見れば車列は羅城門を遠く過ぎ、朱雀大路から皇嘉門(こうかもん)大路の前まで達していた。西大宮大路の先には、別の滝口のワイツタイガー部隊が待機している。あのまま右京区西京極大路を曲がって道なりに北上すれば、建設中のアースポートに到着する。だがこの方違えにより、どれ程のレッゲルが無為に消費されるのかと思うと忍び難い。主人のそんな懸念を察して、村雨ライガーが低く唸る。

「心配するな。戻るぞ、村雨」

 大粒の雨滴が降り注ぐ空を見上げ、二機のゾイドは滝口の詰所へと帰還した。

 

 詰所に戻った小次郎に、厄介事が控えていた。

 蔵人所を介して藤家の名で届いた親書には「任意ながらも」との言葉は添えてあるものの「ゾイド五(ひき)、レッゲル五石(=約900ℓ)、リーオ百貫(=375㎏)寄進されたし」と明示されていた。都に上り滝口の武士としての碌は得ていたものの、それを遥かに上回る寄進要求が、藤氏や親王、寺社などの銘で代わる代わる届く。所謂賄賂の要求である。直情径行の小次郎は憤懣やる方なく、さりとて無下に断ることも出来ない。止む無く太郎にも相談をしたものの、事態の深刻さは従兄の方が上回っていた。

「やむを得ぬこと。仕方がない」

 太郎貞盛は、何度か共にした夕餉の席で小次郎に語る。常陸の国香伯父も、寄進の品を集めるのに奔走しているらしい。小次郎より上位の左馬允であれば、それ以上の付け添えも必要なのだろう。

 だが、蒐集された物が庶民の手に渡る様子はなく、届いたゾイドも寝殿の宴に消えていく。

 接待と言う詰まらぬ儀礼を催さなければ政務が進まない。

 物忌みが行われるたびに滞る。

 聡明にも見える忠平でさえ故実の呪縛を解けずにいる。下級官吏に至っては尚更だ。

 都は繁栄の裏側で、硬直し切った儀式によって構造が膿んで軋みを上げている。書面を見ながら、小次郎は紙面に皺が寄る程、強く手紙を握り締めていた。

 もう一通手紙が届いていることに小次郎は気付いた。差出人を見ると大葦原四郎とある。

「将平か」

 整然と書かれた文字は、四郎の几帳面さを忍ばせる。小次郎は故郷の香がする書面を手にすると、滝口に落ちる水音を聞きつつ文面を追った。

 

「……将門殿、如何なされた」

 書面に目を通すにつれ、表情の暗くなる小次郎を気遣った員経が声をかける。小次郎は声を発することなく、力なく頷いた。

 書には、小次郎を暗澹たる思いに突き落とす文面が書き連なっていた。

 

――兄上が鎌輪を発って以来、日に日に常陸の国香伯父や上野の良兼叔父、良正叔父達が下総の所領を蚕食し始めました。最初は領内の部民を徴用するとのことで十数人の奴婢とゾイドを連れて行きましたが、それが戻ることは無く、久慈から那珂に掛けて我ら部民のモルガが雑徭を負わされておりました。

 根付くのを待ち侘び、生育させていた若いジェネレーターの樹々も、早々とレッゲルを搾取され立ち枯れの様相を呈しております。鳥羽の淡海から鬼怒の湿地帯にかけ、漸く我らが開墾した耕作地も無慈悲に囲い込まれました。守谷の大木村須賀家八代当主、大江弾正(おおえのだんじょう)藤原重房(しげふさ)殿は湖賊バリゲーターを率いて常陸勢に抵抗するものの、源家の三兄弟、(たすく)(たかし)(しげる)のバーサークフューラー、ジェノブレイカー、ジェノザウラーの軍勢の加勢を得た国香の軍により蹂躙されました。我ら下総の所領は最早鎌輪と国玉の真樹(まき)叔父、それに多治経明殿の常羽御厩を除き残されておらぬ次第です。

 三郎兄上のケーニッヒウルフも多勢に無勢のため守り抜く事(かな)いませぬ。頼りの村岡の良文(よしぶみ)叔父も、今は駿河に現れた海賊衆の討伐に手一杯で下総に下向する余力はないとのこと。

 兄上の都での仕官を心待ちにしておりましたが、最早検非違使の位など望むべくはありませぬ。

 なにとぞどうか、お早いお戻りを――

 

 所領を巡り同族が対立することは珍しい事ではない。在庁官人たる国香が下総に勢を伸ばすのはある程度予測されたことであった。だが殊もあろうに、嵯峨源氏の護と組み、甥の小次郎の所領を奪うとは許し難かった。源護が、(あや)の父であることも含めて。

 事態は一刻を争う。小次郎は直ぐに身辺の整理を始めた。

(太郎には何と言う)

 小次郎の脳裏に都での暮らしを支えてくれた友の顔が過る。だが今はその父親の国香が、自分の所領を奪っているのだ。小次郎は事実を伝えることを避け、都を去る決心をした。

 奇しくも、危急を告げる呼子が滝口の詰所に響く。伝令が回廊を慌ただしく駆け回り、詰所に残る滝口の武士達に告げた。

「桔梗の前が群盗を率いて襲来。検非違使の報告によれば敵の装備はロードゲイルに非ず、シザーストーム、レーザーストーム、スティルアーマー、そしてセイスモサウルスの大毅(大部隊)!」

 荷造り途中だった小次郎は手を止め、天井を睨む。

 願ってもなき僥倖、決着をつける機を得た。

 小次郎は愛機の待つ車宿へと駆け出した。

 

 

 



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第拾七話

 都に迫る異形の群れの報告を最初に伝えたのは、洛外巡察中の検非違使が操るヘルキャットであった。決して索敵能力に長けたとは言えないゾイドの感知器に、(ひつじさる)(南西)より接近する巨大な影が浮かび上がったのだ。無謀にも単機で目視に向かった都の警護職は、短い悲鳴だけを残し通信を絶っていった。

 ウィルスに冒され痘痕を都の海浜に晒す無数のゾイドの残骸が小刻みに震える。垂れ下がった下顎をカタカタと揺らし出したブラキオスの骸が錆び付いた頭部をボロリと落とす。大陸奥地に連なる連峰の向こう側、地震竜の異名を持つゾイドの群れが、眷属を引き連れ出現した。

「敵機数15、内セイスモサウルス3、レーザーストーム、シザーストーム、スティルアーマー各3、ディアントラー2、最後尾にロードゲイル1を確認す、至急警戒されたし……」

 消息を絶ったヘルキャット探索の為飛び立ったプテラス隊は、大毅(だいき)規模のゾイド部隊が押し寄せて来るのを確認するが、同時に3機のセイスモサウルスの小口径2連レーザー機銃の洗礼を受けた。噴き上げる弾幕の豪雨を掻い潜り、決死で状況伝達を終えた直後、プテラスは敢え無く空の藻屑と消えていた。

 蔵人所は早急の建議を行うも、煩雑な手続きに追われ派遣対応が後手後手に回る。滝口に出撃命令が下ったのは、小次郎が単騎で出撃し、既に半刻経過した後であった。

 セイスモサウルスは恰も律令の暗愚を嘲笑うかの如く、洛外の海浜部にその機体を留める。公儀を畏れ進撃を停止したと考えたのは、舎人の浅墓さであった。

 一閃の光芒が奔った。距離にして2里(=約8㎞)からの超長距離砲撃である。線条は地磁気の影響を受け、放物線を描き朱雀大路の正面に到達した。一瞬にして羅城門が崩れ落ちる。セイスモサウルスの放った超集束荷電粒子砲が、都の象徴を薙ぎ払ったのだ。充分な余力を持つ破壊の光芒は羅城門を突き抜け、東寺院の伽藍を吹き飛ばし、東京極大路(ひがしきょうごくおおじ)にまで達した。都は、応天門のクーデター以来の騒擾に包まれた。

 

 噴き上がる都の炎を見つめ、最後尾の、胸の中央に紫弁をあしらったロードゲイルに身を委ねる群盗の女頭目は、欣悦の表情を浮かべた。兜の後ろから垂らした射干玉(ぬばたま)の髪に、再度発射されたゼネバス砲の輝きが映える。

(復讐の鬨は来た)

 黒煙が噴き上がる様を遠望する瞳が潤む。

小藺笠(こいがさ)志多羅(したら)、八面。お前ら夷神(えびすがみ)の恐ろしさを、今こそ都人に味あわせよ」

 眼下のディアントラーを介し、3機のセイスモサウルスは長大な首を再び都へ向け、ゼネバス砲発射態勢を整えていた。

 警報がロードゲイルの操縦席に響く。敵を示す光点が一つ、急速に接近してくる。

「弾幕」

 直ちにシザーストーム、レーザーストームが背部のストームガトリングを巡らし、地平線上の敵に向けて無数の弾丸を撃ち放った。

 濛々たる砂塵の壁の向こうから、碧き獅子が白刃を煌めかせ踊り来る。

(奴だ)

 桔梗は怒りとも歓喜とも取れる複雑な感情を抱いていた。

「碧き獅子、坂東の武士よ。決着をつけるのであれば望むところだ」

 桔梗はロードゲイルのマグネッサーウィングを輝かせ、セイスモサウルスの背後に飛び移ると同時、右腕の二振の槍を振り下ろす。

「小藺笠、ベルセルクセイスモへチェンジマイズ」

 ロードゲイルの指示を受けたディアントラーのプラズマブレードアンテナが微細な振動を始め、小藺笠(にいがさ)と呼ばれた黒のセイスモサウルスが雄叫びを上げる。傍らのスティルアーマーが瞬時に機体を分解し、ブロックスコアをセイスモサウルスのゾイドコアと共鳴させる。見る間に変化する黒い機体は、背部に強力な電磁砲を備え、長大な首にスティラコサウルス特有の巨大なフリルを持つ狂戦士(ベルセルク)へと変身を遂げていた。

 両脇に構える銀色のセイスモサウルス、志多羅と八面は、小口径2連レーザー機銃と地対空8連ビーム砲を前方に一斉発射し、接近する村雨ライガーに対して面での制圧を開始する。

 地表には無数の弾痕が穿かれ、爆炎が周囲を包む。ほぼ半円に亘って行われた一斉射撃により、セイスモサウルス前方の全ての障害物は排除されたはずであった。

「思いの外、愚かな男だったか」

 桔梗はロードゲイルの操縦席の中で呟いていた。あの弾幕の中では、碧き獅子も一瞬にして消滅したに違いない。猛き東夷(あずまえびす)の霊を鎮めるかの如く濛々たる紅蓮の焔を見つめ、女頭目は暫し沈黙を以て()の燃え盛る火焔の前で佇んでいた。

「……馬鹿な」

 火焔を見つめ、桔梗が呟いた。

 

 小次郎は雨と降り来る弾丸を前にしても、恐るべき程に自分が冷静になっているのに気付いた。

 怒りの矛先は桔梗には無い。最も忌むべき存在は常陸の伯父達である。都を去るには理由が必要で、奇しくもその絶好の機会を、この女群盗が与えてくれたのだから。

 四肢を弾ませ、時折ムラサメブレードをカウンターウェイトに揺さぶりつつ、弾幕を回避し突進する。小次郎の意志を受け、村雨ライガーは驚異的な運動性で全ての攻撃を避けていく。

「桔梗の前よ、お前が本当に下野の住人であるのならば、俺がお前を坂東に帰してやる」

 漠然とした思考であるが、若い小次郎には確信があった。

「一緒に坂東に帰るぞ」

 その言葉は、村雨ライガーに向けられていたのか、それとも桔梗の前に向けられていたのかは、彼自身もわからなかった。小次郎の意志に共鳴し、村雨ライガーが雄叫びを上げた。

 前方に無数の光の弾が殺到する。レーザーストーム、シザーストーム合計6機の放ったストームガトリングの火焔が渦を巻いて迫る。小次郎は村雨ライガーの操縦桿を倒すが、操作に比べ、村雨の動きは緩慢であった。

「俺の動きについて来られないのか」

 小次郎は慚愧の念に襲われる。

「お前を傷つけたくない、だから頼む、動いてくれ。もっと早く、もっと早く!」

 村雨ライガーの操作盤中央画面に、今まで見たことの無い文字が表示された。

「〝ハヤテ〟?」

 画面には、金色に輝く〝疾風〟の文字が燃え上がる様に浮かぶ。

 小次郎の脳裏に電撃が奔る。ゾイドの心、村雨ライガーの心が、操縦者に響いたのだ。

 小次郎は叫んだ。

「疾風ライガー!」

 

 村雨ライガーの碧い装甲が一斉に燃え上がり、背部のムラサメブレードが天高く舞う。装甲板が碧から緋へ、巨大なムラサメブレードは二振の刃に分裂する。鋭利さを増したカウルブレードが金色の輝きを放ち、背部に巨大なハヤテブースターが装着される。

 四肢の付け根にHYTフィンと、クラッシュバイトファングの傍らに特徴的な一対のチェイスパイルバンカーを備えた緋のゾイドが、黒煙を切り裂き一陣の疾風の如く洛外の平原を駆け抜けていく。

 前肢に装備された二振のリーオの刀、ムラサメディバイダーとムラサメナイフが白刃を煌めかす。

 失われた技、エヴォルトシステムを備えたゾイド。

 平将門の意志を受け、新たなる生命を備えた緋色の獅子、疾風ライガーが顕現した瞬間であった。

 

 



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第拾八話

 洛外に構えた草莽の中に廃れた(やしろ)がある。割れた板塀の隙間から射し込む陽光に、伊予の海賊衆頭目の姿があった。

「桔梗の前が動いたか」

 純友は渋面を浮かべ押し黙る。

「我らが放った透破(すっぱ)によりますと、やはり龍宮が絡んでいるとのこと。あれだけの竜を揃えるなど、群盗如きに為せる仕業とは考えられませぬ」

 佐伯是基が澱みなく告げる。

「龍宮は失われた龍の系譜を引き継ぐ国造(くにのみやつこ)の系譜。瀬田(せた)唐橋(からはし)の一件以来、急激に俵藤太秀郷(たわらのとうたひでさと)との関係を深めておりまする。今回もやはり、下野(しもつけ)の連中が桔梗の大毅の背後にあるものかと」

 純友は吐き捨てた。

「龍の系譜、ディガルドか」

 

 

 エヴォルトした疾風ライガーの意識が奔流となって、小次郎の魂に雪崩れ込んで来る。

 四肢が己の手足の如く、バイトファングが己の(あぎと)の如く、双眸(デュアル・アイ)に映る像が己の視界の如くに。

 疾風ライガーが跳ぶ。ストームガトリングと、3機のセイスモサウルスの放つ無数の小口径2連レーザー機銃の弾幕をも掻き分けて。

 一閃にして全てを薙ぎ払うゼネバス砲の光芒をも掻い潜り、緋色の獅子は大毅の中心に斬り込む。小柄な甲虫型ブロックスゾイドを2機、右前脚のムラサメディバイダーで叩き斬る。シザーストーム、レーザーストームが翻筋斗打(もんどりう)って吹き飛ぶ。緋色の獅子のクラッシュバイトファングには、シザーストームの巨大なチェーンシザーが咥えられていた。

 長距離攻撃に特化したセイスモサウルスは、高速ゾイド戦闘には分が悪い。

「小藺笠ベルセルクは援護せよ、志多羅をアルティメットセイスモにチェンジマイズする時間を稼げ」

 ディアントラーのプラズマブレードアンテナが再び妖しい輝きを放ち、桔梗の指示に従い銀色のセイスモサウルス1機が後退する。

 守勢に回ったその機を逃さず追撃を試みる疾風ライガーに、ベルセルクセイスモと化した志多羅が立ち塞がる。頭部の巨大なスティルシールドを振り翳し、フリルのスパイクを緋色の獅子に叩き付ける。

 音速さで接近する頭部を、しかし疾風ライガーは事も無げに退けた。

 続いて起こる凍った刃の斬り下ろす響き。

 どさり、と重量物が(くずおれ)れる。スティルシールドを装着したまま、志多羅の頭部はものの見事にムラサメナイフによって切断されていた。

 電磁誘導によってチェンジマイズを完了し、ソードレールキャノンと2基のストームガトリングを背負うアルティメットセイスモと化した小藺笠が、ストームガトリングと地対空8連ビーム砲を乱射し猛進する。

 疾風ライガーは雲雀の如く跳び上がり、過剰に武装された背部の火器を物ともせず次々と破砕していく。飛躍する獅子の視線の先には、忌々しくも機獣を操るディアントラーの姿があった。

 

「殺らせぬ」

 桔梗は咄嗟に庇おうと飛躍するが、ロードゲイルのエクスシザースが届く前に、2機の(いびつ)な鳥脚型ゾイドは瞬時にして切り裂かれ転がっていた。

 誘導を失い行動に隙の生じたセイスモサウルス各機に、緋色の獅子は次々と体当たりを喰らわせ横転させる。

 腹部荷電粒子供給ファンを剥き出しに、3匹の竜が四肢を天に向け(もが)く。

 疾風ライガーは二振の刃で袈裟懸けに切り結び、妖しく光るファンの回転を停止させた。

 セイスモサウルスを庇うために両腕を伸ばし、態勢を崩し無防備に胸部操縦席を晒したロードゲイルを、緋色の獅子が見逃すはずもない。ハヤテブースター全開のまま、前肢のストライクレーザークローを交叉させ、桔梗紋の描かれる禍々しい鵺型ゾイドを叩きつけた。

 半透明の翼が切断され舞い上がる。

 マグネイズスピア、マグネクロー、マグネイズテイル。ブロックスコアを貫かれ、結合力の途絶えたロードゲイルの機体はたちどころに四散した。ヘイズファングに連なった操縦席の中、桔梗の前は激しい崩壊の振動と絶望感に揺さぶられ、意識を失った。

 

 閉じた瞼の裏側に、光に包まれた景色が浮かぶ。桔梗は幼い娘に戻っていた。

(ここは下野、それとも武蔵?)

 幼い女の子(めのこ)に手を差し伸べる人がいる。逆光に遮られ表情は読めない。

(父上、それとも兄上なのですか。何故私は都に昇らねばならぬのでしょうか。私は里を離れたくありませぬ)

 幻想の中の人物は、ただ黙ったまま桔梗を導き、そしてそのまま彼の少女を置き去りにしていく。

(待って。待って。待って!)

 無限とも思えるような一瞬が過ぎ去り、彼の女の意識が戻った時、桔梗の目尻には大粒の涙が筋を曳いて流れていた。

 

 緋色の獅子が、碧き獅子に変化する。エヴォルトが解除され、元来の村雨ライガーに形態を戻した。

 荒ぶる呼吸を整えつつ、小次郎は己の魂がゾイドと一体化していたことに漸く気付いていた。周囲を見渡す。

「俺がやったのか。それもたった一人で……」

 信じ難かった。近年出現したことが無かった強力な龍の系譜のゾイド群を、緋色の獅子は単機で完全に沈黙させたのである。

 眼前にロードゲイルの操縦席が無造作に投げ出されている。小次郎は村雨ライガーの体勢を目一杯伏せさせ、操作盤の上から身を乗り出し内部を覗き込んだ。

 晒された操縦席には、依然意識を失っている桔梗の姿があった。甲冑の後ろから射干玉色の乱れ髪を垂らしている。美しい髪と、艶やかな肌だった。

「……お兄さま」

 微細な譫言(うわごと)が、小次郎の耳朶と心を激しく打った。

 割れた甲冑の隙間、僅かに赤みがかった女の頬に、大粒の涙の筋が描かれるのを見止めた。

〝相馬殿、御無事ですか〟

 無線音声によって我に返る。電探を確認すると、後方から漸く編制を整え駆けつけたディバイソンやブラストルタイガー、ワイツタイガー達滝口のゾイドが接近して来る。

 小次郎は操縦席から、横たわる桔梗の前を抱きかかえていた。

(女とはこんなに軽いものなのか)

 予想外に小柄であった桔梗の身体を村雨ライガーの操縦席後部にそっと横たえると、小次郎は風防を閉じ村雨ライガーを咆哮させた。

 碧き鉄の野獣の勝鬨が、洛外に長く長く響き渡る。

「俺は坂東に帰る」

 村雨ライガーは元に戻った巨大なムラサメブレードを煌めかせ、聳え立つ軌道エレベーターに背を向けた。

「母上、将頼、将平、弟達よ。待っておれ」

 都への未練は無かった。

 海原を隔てて遠く坂東の大地まで続く水平線に向かって、村雨ライガーは長く咆哮を続けていた。

 

 



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第拾九話

 夕日がアースポートの端に懸る。

 御簾には、烏帽子を被った蔵人頭藤原師氏の人影が映っていた。西日に目を細め、小次郎は冷えた晩秋の板の間に平伏する。

「相馬殿は名簿(みょうぶ)を返上されることに心変わりは無いのだな」

 御簾越しの問い掛けは、微かに打ち沈んでいる様であった。

「思えば菅原景行公に薦められ、官職を得て下総に戻る心積もりでありました。然るに郷の鎌輪は今や遅しと身共(みども)の帰りを待ち侘びております。御尊父小一条大臣忠平様を含め、別当殿にも折に付け御面倒をお掛けして参りましたが、此度は止むに止まれずお暇を請いたいと存じます。受けた恩義、忘れませぬ」

「そうか」

 思い詰めた語り口に、師氏はそれ以上引き留めることはなかった。沈黙の後に小次郎は平伏を解き、御簾に背を向けた。

「将門殿、息災に過ごされよ」

 回廊の角で振り向けば、簾を上げる師氏の穏やかな笑顔があった。

 

 滝口の馬場に於いて村雨ライガーに旅装を積み込み、帰路のレッゲルを補給する。傍に名残を惜しんでか、伊和員経が歩み寄る。

「坂東に戻られるのか」

「員経殿にも世話になりました。いずれ又上洛の折には御挨拶させて頂きます。お元気でお過ごしください」

 だが壮年の滝口は、別れを言いに来たのではなかった。暫しの黙考の後、決意を込めた低い声で告げた。

「お若いながら将門殿には徳があると見込んでの事です。この員経、将門殿の上兵として仕える故に、坂東までの同行を許してもらえますか」

 唐突な申し出であった。

「滅相もない、私如きが伊和殿程の方を臣下にしようなどと。過分なお気持ちだけ受け取っておきます」

 小次郎は当惑し、員経の顔を凝視する。作業の止まってしまったレッゲル注入用の水瓶を小次郎から受け取り、員経は村雨ライガーへ補給をしながら語った。

「驚かれるのも無理はない。だが思いつきで申しているのでもありませぬ。小生には最早都にいる意味を見出せなくなったのです」

 水瓶を持ち替え、員経は故郷と覚しき方向を見つめた。

「と言うのも、播磨に残してきた家内と娘が先の便りにて身罷ったと知ったのです。海人系の渡来人が持ち込んだ質の悪い流行病(はやりやまい)に冒されて、罹患して数日で死んだと。直後に所領は同族の在庁官人どもに喰い散らかされ、帰る館さえありませぬ。因獄司(いんごくし)に訴訟を起こせば所領も戻るやもしれませぬが、家族を失いその気力も失いました。

 どうか、小生の願い何卒(なにとぞ)聞き届けてはくれまいか」

 小次郎は固辞して首を振るが、員経は静かに村雨ライガーの頭部操縦席を見上げ、そして改めて小次郎を見た。

「ではお伺いします。共に出立される女子(おなご)は如何なさる御積りですか。未だに傷を負った身の上、村雨ライガーでは窮屈で可哀想とは思われませぬか」

 小次郎は口を噤んだ。

「怪我人を抱えては道中いろいろと難儀されるであろう。幸いにしてディバイソンは頭部操縦席の他、背部の後方警戒及び対空要員席があり、簡易の(とこ)を布き休むにも易い。公儀から追捕を受けている女群盗を隠すには、何かと便利なゾイドとは思いませぬか」

 密かに桔梗の前を坂東まで逃す筈であったのだが、既に伊和員経には見破られていた。

「御心配召さるな。密告する心積もりであれば到にして居ります。万一見つけられても、そこはほれ、小生の娘とでも誤魔化してやります。宮仕えが長かった分、将門殿よりは(べん)は立つと思いまするが……」

(確かに自分は言い訳が苦手だ)

 小次郎は令外官である滝口の武士に勤める間、坂東訛りの不便さを痛感してきた。碓井(うすい)の関を越える時、又はホバーカーゴ乗船手続を行う時、どれ程難儀をするかと悩んでいたのだ。

 伊和員経であれば信頼できる。これまでの務めの中で、それは実感していた。

「宜しく、お願いします」

 伊和員経は一息つくと、穏やかに笑う。

「小生も出立の準備は整っております。ではホバーカーゴの手配などはお任せください、将門の殿(との)

 それまで同輩として勤めて来た年長の武士に、〝殿(との)〟と呼ばれるのは気恥ずかしくもあり、誇らしくもあった。小次郎は生涯に渉る心強い家臣を得たのだった。

 

                   *

 

 純友の座乗する旗艦ホエールキングの周囲に6本の水柱が次々と立ち上がる。

 瀬戸の内海(うちうみ)、安芸の国、厳島(いつくしま)沿岸。海上では激しい攻防が繰り広げられていた。藤原純友率いる伊予日振島の海賊衆に対し、安芸に拠点を持つ藤原倫実(ふじわらのともざね)の別の海賊衆が不干渉の協定を侵し突如襲撃してきたのだ。

「安芸の連中め、ハンマーヘッドを持ち出してきやがった」

 魁師(かいすい)津時成は、有らん限りの罵詈雑言を並べ立て舵輪を操る。ハンマーヘッドの背部コンテナから撃ち出されるAZマニューバーミサイルの着弾は確実に距離を狭める。

「元は奴田(ぬた)新藤次(しんとうじ)忠勝(ただかつ)風情が、よもや我ら伊予の海賊に戦いを挑もうなどとは。彼奴等(きゃつら)一体何の恨みがあってのことか」

「追捕北海凶賊使に近衛少将小野好古が任じられるとの知らせがある。越智の村上どもも怪しい動きを始めていた。おおかた備前介の藤原子高(さねだか)らの差し金であろう。いつか奴の鼻を圧し折ってやる」

 近傍に激しい爆発音が響く。一瞬肩を竦め、純友は恨めしそうに天井を睨んだ。

「『賊を以て賊を伐つは軍国の利なり』がソラの連中の戦術、安芸の衆もまんまと策略に乗せられおって。時成、格納庫の菌苗は無事か」

「被弾はないが、このままではどこまで持つか。

 頭よ、一体何なんだあの妙な葛篭(つづら)は。わざわざ厳島まで来て受け取るほどのものなのか」

「あれはラウス肉腫(サルコーマ)ウィルスと言って、サークゲノムの変異体。佐伯衆が嘗て厳島に潜ませた秘伝の植畜共有ウィルスで、アーミラリア・ブルボーザ生育には欠かせぬ菌苗だ。無制限の増殖を成し遂げるには是非もなく必要な物、俺の説明が分かるか」

「分からん!」

 津時成は苛立たしく舵輪を蹴とばした。

「父上、恐ろしうございます」

 純友の腰の後ろから、息子の重太丸が震えながら抱き着いてきた。

「お前は間もなく元服し藤原直澄(ふじわらのなおずみ)を名乗る身、この程度の襲撃で音を上げてどうする。

 心配するな、時成の舵捌きに任せておれば命中する事などない」

「これは畏れ多い」

 津時成は思いきり舵輪を回し、刹那に重太丸を振り返る。

「頭にそういわれちゃ命中されるわけにはいかんな。砲撃手、連装エレクトロンキャノンで牽制。恒利ジジイの援軍はまだ来ないのか」

〝ジジイで悪かったな〟

 通信機に不服そうな声が届く。電探には味方機を示す光点が一斉に点った。

「恒利、遅いぞ」

〝ハンマーヘッドは我らウオディック、シンカー、ブラキオスに分が悪いのは存じておろうが。これでも精一杯で駆けつけて来たのだぞ〟

 通信に混じり、ホエールキングの装甲の外側を韻々と響かせる低周波の音響が伝わる。ウオディックの口腔から発射されたソニックブラスターが、水を媒介して僅かにホエールキングに伝わって来ていたのだ。幾つかの水中爆発の轟音が響き、数機のハンマーヘッドが撃沈されたことがわかる。

〝時成、ホエールキングの舳を(たつみ)(=南東)に変針しろ〟

「策があるのだなジジイ」

〝この藤原恒利の指示に従え、悪いようにはせぬわ〟

 再び毒づきつつ、時成は舵輪を逆転させる。マグネッサーシステムとイオンブースターの併用によりハイドロジェット航行を行う巨鯨の機体が、水流を逆巻き軋みを上げて変針する。

 瀬戸の難所、海底の渓谷ともいえる屋島・上関(かみのせき)付近へと巨体が差し掛かると、追撃するハンマーヘッドは浅海のため双発のイオンブースターとイオンパルスジェットを噴き上げ海上へと飛び立った。浮上したのは3機。内1機は巨大なバイキングヒートランスを2基装備し、機体に不釣り合いな巨大な銛を、水中に潜むホエールキングに向けていた。

 猛烈な弾幕が一斉に撃ち上がり、浮上した鋼鉄の撞木鮫を貫く。高出力ビームキャノン砲、12連装小型ミサイルランチャー、3連装魚雷ポッドの一斉発射が、全てのハンマーヘッドを呆気なく海峡の藻屑として葬っていた。

「恒利、何をしたのだ」

 急転直下の逆転劇に、さしもの純友も驚嘆する。

〝なあに、屋島の沿岸に手下のシーパンツァー部隊を潜ませていただけの事。さすれば、安芸の撞木鮫(ハンマーヘッド)など恐るるに足りぬわ〟

 無線の向こう側で渇いた笑いが響く。老獪な海賊に抗うには、新興海賊衆の藤原倫実では荷が重すぎたのだった。

 周囲に敵影の無い事を確認し、純友はホエールキングの浮上を命じる。

 天に向かうにつれ太さを増していく軌道エレベーターケーブルのテーパー構造が夕日に映える。

「今度はいつ都に連れて行って頂けますか」

 しがみ付き震えていたことも忘れ、少年は汚れなき瞳を父に向ける。

「ラウス肉腫ウィルスの培養に成功の後、(じき)に再訪できるはずだ。

 母が待っておる。重太丸、日振島に戻るぞ」

 潮風が父子二人の頬を撫でていく。

 純友の率いる海賊衆は、揚々として日振島へと(へさき)を向けていた。

 

 

               第二部「騒擾」了

 

 



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