まどマギ式☆霊界ナビ (サムズアップ・ピース)
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第1話 渥美ヤマネ、15、野乃中市
1 山の貴女は空遠く


 各話をブツ切りにして、少しずつ投稿させて頂こうと思います。


 それが一番いいと思います

 

 真夜中の某山中。

 閃光、爆発。

 そして呻き声を上げながら、巨大なヒトガタが幾つも塵となって崩れていった。  

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 その数分後。

 

「………みんな、粗方回復は終わったか?」 

 

 アメリカか何処かの軍人の様な格好をした少女が、周りに座り込んで休んでいる他の少女達に声を掛ける。そのきびきびした言い方には、リーダーらしい雰囲気があった。

 

「うん、大丈夫だよ。ほら、さっきまであんなにどろどろに濁ってたのが嘘みたい」と言って、その中の一人、海賊船長の服を着た小柄な子が、暖かい様な冷たい様な、強い光を放っている不思議な宝石を差し出して見せた。

 

 よく見てみると、少女達の服にはみんな何処かに海賊の子のと同じ様な宝石が付いているのが分かるだろう。色やデザインにそれぞれ個性はあるが、どの宝石も同じ様に周囲の闇を照らして強く輝いている。

 

「この所()()だったからな………苦しい戦いではあったが、これ以上『狩り』が出来ない状態が続いていたら、みんなお陀仏になっていた所だ。

 それにあれだけの数の『魔獣』、町まで出て行っていたら、目も当てられない大惨事になっていただろう。

 本当に危なかった………」

 

 そう言うと、軍人の彼女も周りの仲間達がやっている様に、小さなサイコロ型の黒い物体を幾つも自分の宝石に当てた。

 

 軍人、海賊、他にもヒラヒラした飾りが付いたアイドルの衣装の様な物、アニメキャラか何かの格好を真似た物、鎧の様な物………知らない人が見たら、コスプレかハロウィンの仮装と勘違いするだろう。しかし、彼女等は別段遊んでいる訳でも無いし、ふざけているつもりも無い。

 

 何故と言って、彼女達が腰や肩や背中に提げている物をよく見てみるがいい。

 銃や剣等………それらは飾りなどでは無く、実際に相手を殺傷出来る()()()凶器、いや武器だ。

 

 グリーフキューブ……………彼女達が戦いに勝利し、その報酬として与えられる唯一の物。

 彼女等の活躍は普通の人々に知られる事は無く、従って励ましや声援も無く、自分達同士で慰め合うしかない。

 その代わりに得られるこのちっぽけなキューブは、彼女等にとってある意味食べ物等よりもずっと生きていく上で重要な物だ。

 

 魔獣………人間の強い感情に引き寄せられ、熱エネルギーへと変換させたそれを根こそぎ吸い取り、廃人にしてしまう人類の天敵………その姿は普通の人間の目には映らず、高性能の軍事用レーダーだろうと当然感知出来ないので、存在そのものが虚無に近い可能性がある。とすれば、生物と言うよりかは寧ろ、自然現象の類いか。

 

 そして彼女達は、魔獣の手から人々の希望を守る者。

 魔法の使者との契約を結ぶ事によって各々が望む奇跡を叶え、それと引き換えに戦い続ける運命を受け入れた少女達。

 その名も魔法少女。

 

 魂の宝石(ソウルジェム)から完全に穢れを吸い出すと、軍人の子はふと、仲間の1人に目をやる。

 

「……………リホ?どうした?」

 

 リホ、と呼ばれたネズミの耳と尻尾を付けた子は、さっきから一心不乱に森の奥の方をじっと見ていたり、茂みの中をがさがさ探ったりしていた。

 

「どうした、って?」

「落ち着かない様子だから気になったんだ。何をそんなに慌ててるんだ?」

「みんな本当に気付いてないの?

 

…………………………………………………ヤマネが居ないわ。ヤマネは何処?」

 

 少女達が互いに目を合わせたり、そらしたりする。ひらひら、ふわふわと視線が泳ぐ(さま)は、飛び交う蛍を眺めている様でもあった。

 

 「おかしいのよ、さっきまで近くにいた筈なのに。魔獣共に追い詰められた時、あたし達の攻撃を上手く躱してたの、みんなも見たわよね」

 

 『リホ』の言う通り、確かに彼女達には、ヤマネ、という、巫女の服を着た仲間がいた。

 魔法少女達のエネルギーが殆ど底を付き、魔獣の大群に取り囲まれた時、ヤマネは自ら前に出て、叫んだ。

 みんなこいつ等を撃って、わたしごと撃って、と。

 その時の彼女の全身は、緑色の炎に包まれている様に見えた。

 

 魔獣は人間の感情を餌にしているが、魔法少女の行使する魔法のわざもまた、夢や希望といったポジティブな感情が素になっている。

 魔法少女の中でも抜きん出て強い力をもった者には、魔獣の方から寄って来た例もある。

 ヤマネは自分の内側に残ったありったけの感情エネルギーを燃え盛る程に振り絞り、オーバーヒートさせたのだ。

 

 恐らく彼女の狙い通り、全ての魔獣が砂糖に群がる蟻みたいにヤマネの所に集まって来た。

 他の彼女の仲間達は、その魔獣の団子目掛けて一斉に攻撃を叩き込んだ。

 光の束が直撃する寸前、ヤマネは自分を持ち上げていた魔獣の手を蹴っ飛ばし、パッと脇に飛び退いてくるくると宙を舞う、その1秒後に爆裂が起こった。

 

「攻撃を躱してたの、みんなも見た筈でしょ?あの後爆風で一瞬周りが見えなくなったけど、あたし達が平気だったんだから、魔獣共から同じ位の位置にいたヤマネも無事な筈…………ねぇ、誰かヤマネを見てない?みんな知ってると思うけどあいつどっか抜けてるからさ、きっとさっきの爆発でどっかに吹き飛ばされて道に迷ってるって所じゃないかとあたしは思うんだ、うん、きっとそうだよ。もう夜も遅いし、夜の山の中で放っといたら危ないし、冷えるし…………」

 

「もうとっくに連れてかれちゃったんでしょ、あの人」

 

 と、いきなりリホの言葉を遮った者がいる。

 黒いシルクハットを被り、木にもたれかかったその少女に、みんなの視線が集まる。

 

「連れてかれちゃったって何よ、ルル。何言ってるの?」

「だから、言葉通りの意味だよ。ヤマネはもうこの世には居ないんだ。

事実をちゃんと見てないのはどっちな訳?もう一回ちゃんと思い出してみたら」

 

 ヤマネが地面に着地した直後、炎の波が巻き起こり、ヤマネと、それ以外のメンバーの間を隔てた。

 火炎はまるで赤いハンカチみたいにヤマネの姿を見え隠れさせてひらひら揺れる。

「……こっちに来て、ヤマネ……そこは危ないよ……炎が来ちゃう……早く、こっちに……」

 

 倒れて強く手を伸ばすリホに向かって、真っ直ぐ立ったヤマネは微笑んで何事か呟いたかと思うと、それこそマジックで消されてしまったかの様にフッと姿を消してしまった。

 

「ほら、ヤマネが消えちゃったの、リホはちゃんと見て無かったの」

「それは……炎の感じでそう見えただけよ」

「違う、違う。だから現実が見えて無いんだって。あの人さ、自分は一番年上なのに、一人だけ役に立てて無いって、よく気にしてたじゃない。せめてみんなが頑張った分多めに使ってって、自分の分のグリーフキューブまで人にあげちゃってさ。ただでさえあの人のソウルジェムは、みんなのよりも濁ってたんだよ。そこへ持って来てあんな無茶苦茶やったでしょ。魔力を完全に使い切っちゃったんだよ」

「ルル………」周りの魔法少女達が止めに入ろうとする。

「本当はしっかり理解してんだよね、みんなもねぇ」『ルル』は喋るのを止めない。

 

「ヤマネはとっくに『円環の理』に引っ張られて逝っちゃったんだ」

 

 原因と結果―――――――――――主に仏教では、この二つをまとめて『因果』と呼ぶ。

 自分の物を他人にあげたり、一時だけ損をして『原因』を作ってやれば、それは良い『結果』となって自身に還って来る。逆もまたしかり。

 ちょっと捻って解釈すれば、この世界は良い事と悪い事――――――――――例えば希望と絶望も、全てが差し引きゼロになる事で成り立っているとも言える。

 

 魔法の宝石・ソウルジェムが、限界まで濁り切ったら、どうなるか。

 つまり、少女達が魔力を使い果たしてしまうとどうなるかというと、ある意味、普通に死ぬより哀しい結末が待っている。

 

 円環の理………それは、魔法少女達の間で、伝説として伝わる存在。

 戦う役目を終えた魔法少女を、身も心も完全にこの宇宙から消し去ってしまう、救いの女神にして死神。

 魂に一杯の穢れを溜め込んだままこの世に留まっていたら、いずれ最初に奇跡を願った因果が、巡り巡って呪いを撒き散らしてしまう。そんな事になる位なら、一瞬で消えてしまった方が、寧ろ世にとっては救いと云う物。希望は絶望に。絶望は希望に。差し引きゼロ。それが世界のルールなのだ。

 

「馬鹿な事言ってんじゃ無いわよ、ルル」リホがルルに掴み掛かった。

「はっきりした根拠も無いのに、適当な事ばっか、ぺらぺら、ぺらぺら………」

「はっきりした根拠ならある。みんながそれを見た。みんなも、あんたも」一方のルルは、リホの事などお構い無しで、調子を変えない。

「……………仮にそうだとして、何であんた、そんな平気な顔してられるの!?…………」

 リホの声に嗚咽が混じり始めた。

 

「みんなだって同じよ………みんな、ヤマネの事が心配じゃないの?………ヤマネに、もう………二度と………会えないかもしれないって………云うのに………みんなは悲しくないの?………

 

 ねぇみんな、ヤマネとあたし達は………」

 

 そこまで言葉を絞り出して、リホはふと気付く。

 揺さぶられた振動の所為だろうか、胸ぐらを掴まれたルルの目一杯に溜まっていた涙が、つうっと一本の筋となって流れ落ちた。

 

「…………ごめんな、リホ。お前の言う通りだよ」二人の間に、軍服のリーダーが割って入った。

「何て言うのかな…何時かは誰かがこうなるんだって、頭では分かっていたつもりなんだけれど…いざ、実際になってみると、実感湧かないって言うか…認めたく無かったんだろうな、やっぱり…」

 目を涙で潤ませているのは、軍服の子も一緒だった。

 

 悲しく無い訳などある筈が無い。消滅したのはみんなにとって大切な仲間で、友達なのだから。

 ただ、人には人それぞれの悲しみ方があるだけなのだ。取り乱して泣きじゃくるのも悲しみなら、静かに嚙み締めるのも悲しみだ。勿論、自棄になって当り散らすのも。

 

 みんなが空を見上げた。各々の、彼女と過ごした一番良い記憶を思い出しながら。

 

「…………………ヤマネ…………………」



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2 光の使者、ブルーマーメイド

 


 渥美(あつみ)ヤマネは戸惑っていた。

 仲間と協力して、魔獣の群れを一掃したのは覚えている。

 消え去る運命を悟り、薄れて行く意識の中で、リホちゃん、みんな、バイバイと静かに呟いた、此処までは確かに記憶にある。

 

 が、問題はこの後から。

 

「………お~い、起きなよ、あんた。起きなさいって」

 声が聞こえて目を覚ますと、ヤマネは自分がさっきまでと同じ位置に突っ立っている事に気が付いた。

 

「無茶するわよねえ、あんた。まぁあたしは嫌いじゃないけどさ、そう言うの」

 白いマントと手袋に青いミニスカート。ショートの髪に付けた、音楽記号型のヘアアクセサリーがアクセントになっている。

 

 突如として眼前に現れたこの見知らぬ少女は、状況が飲み込めず狼狽えるヤマネを尻目に、さっさと自分の作業に取り掛かり始める。

 

「え~っと、今は一体、何時(いつ)何時(なんじ)だったっけか。もうすぐ係の者が来るから、ちょーっと待っててね~」

 マントの子はポケットから金の懐中時計を取り出して見た。

「あ………………え?あの、ちょっ、え?え?」

「だぁーっ、駄目だなぁ。大事に使い続けて来たけど。狂い過ぎててちょっとお話にならんわ、これは」

 彼女は懐中時計をぽいっと放り捨てると、普通の女の子がよくやる様に、携帯を取り出して時刻表示を確認した。

 

『98:03 20月63日(什曜日)』

「うん、もうすぐだね」

 

 いよいよ不安になって来るヤマネ。この世の者ならざる雰囲気を放つ謎の少女を凝視しつつ、ちらりと横を見やると、少し離れた所に疲れ果てた様子の自分の仲間達がいた。自分はさっきまで仲間達と一緒に戦っていた事を今更の様に思い出した。

 

 戻ろう、と強く思う。理解は出来ていないが、この非現実じみた、夢の中の様な状況から、早く抜け出さなくては。

 いつものみんなが待っている、大変だがそれなりに楽しみもある魔法少女の日常に、早く戻らなくては。

 その時、背後から誰かに見られている気配を感じた。

 

 人間の何倍も大きな()()()()()()を想像出来るだろうか。

 袈裟を纏った()()()()()()の様に背の高い男が、しゃがみ込んでヤマネ達を覗き込んでいた。

 

(魔獣…………全部倒したと思ったのに………!)

 改めて周りを見てみれば、同じ姿をした巨人が3、4匹、ぬらり、またぬらりと森の闇の中に溶けて行っていた。

 あれだけの数、爆発を受けてもどうにか生き残れた魔獣が幾らか居たのだろうか?仲間を一気に減らされて分が悪いと判断したのか、めいめい腕や胴体の一部が燃えて無くなった魔獣達が、森の方に退散して行く。

 しかし、この一匹は依然としてヤマネ達を視ている。

 

 ヤマネはいつもの様に、魔法で自分の武器を召喚しようとした。

 

(あれ?……………あれ!?)

 

 しかし、いつもの光球を放つ仙人杖は、中々彼女の手の中に現われてくれない。

「リホちゃん!ルルちゃん!みんな!助けて!」

 彼女のいつもの仲間達は、惚けた様に座っているだけだ。しかも誰も彼女の方を見ていない。

「リホちゃん!ルルちゃん!みんな!」

 聴こえる自分の声も、何だかいつもの声とは違うみたい。

 

「……………んー?そっか、こいつらには見えてるんだ」

 携帯をいじっていたマントの子が顔を上げ、魔獣の顔とにらめっこした。

「リホちゃん!ルルちゃん!みんな!」

「まあまあ、そう慌てなくても」

「なんでそんなに落ち着いてるの!」

 

 ついにヤマネは話し掛けてしまった。こっちは必死だと云うのに、そんなに落ち着き払った態度を取られたら苛々もする。

 

「こっちはじぶんのいまの状況も分かってないのに!あなたはいったいだれなの?係のものってなんなの?いまはいつのなん時だって……魔法少女だよね?この町の子じゃないよね、どこからきたの?

 自分だけなんでも知ってる風にへらへらして!あなた、わたしをばかにしてない!?っていうか、よく見たらひょっとしてあなたわたしより年下なんじゃないの?ため口使って、『嫌いじゃないけどさ』じゃないよ、ふざけないでよ!

 いいかげんに……………」

 

 しーーーーーーーーーっ……………………

 

 パニックを起こしたヤマネに、マントの子がそう、長く、尾を引いて静かに言うと、周囲の空気がしーんと冷えて、静まりかえった。

 そして、彼女はじっと動かない魔獣を見やると。

「……とっとと行きな。あんた等の出る幕じゃないよ」

 低い静かな声の意味を理解したのか、しなかったのか、暫くすると魔獣は仲間達の待っている闇の中に這入(はい)って行った。

 

 それから数秒間、ヤマネは固まったまま動く事が出来ず、マントの子も暫く魔獣が歩いて行った方をじっと見ていたが、やがて彼女は夜闇に不釣り合いな太陽の笑みと共に振り返ると、

 

「……………ごめんねえ、ちょっと展開が急過ぎたよね。それで?知りたい事は何だっけ。今の状況。おっけー、分かった分かった。ゆっくり説明するから、取り敢えず()ずは落ち着いて………」

 

 彼女がそこまで言った時だった。

 

 がら~~~~ん ごろ~~~~ん がら~~~ん

 

 …………と、何処か遠くから重くて低い鐘の音が聞こえて来たのだ。

 

 その時ヤマネの脳裏に蘇ったのは、死んだじいちゃんが小さい頃寝物語に話してくれた山の妖怪の話だった。

 

 山に住んでる妖怪は、何故か大きな音や声を立てるのが好きなんだ。本当はそこには何も無いのに、木が切り倒されたような、ズズーンという音をさせる物は、一番よく居る。「太兵衛、来い」とか、「雷蔵、おいで」と、誰かの名前を呼ぶのも居るな。昔、声が聴こえたと言って、雷蔵と云う子供が森の奥の方に入って行ったきり、それから帰って来なかったということだ。山の中に家を建てると、天井裏からパラパラと豆を撒く音が聞こえる事もあるんだぞ。

 

 山に向かって勢い良く声を掛けてご覧。同じ声で返事が返って来るだろう。あれは、山の向こうに目や耳の良い妖怪が居て、からかっているんだよ。

 そいつには、山のこっちに居るお前の顔も、しっかり見えているんだぞ。

 

 身体が震えて来た。

 ヤマネは何がこの世で一番嫌いだと言って、ホラー系全般がまるで駄目なのだ。遊園地のお化け屋敷など、生まれてこのかた入った事が無い。

 じいちゃんは意地悪な人で、寝る前にわざと妖怪の話を聴かせ、子供の頃のヤマネが怖がってしがみついて来るのを見て笑っていた。

 

 今、聞こえている鐘の音も、山の妖怪が鳴らしているのだろうか。

 ヤマネには見えていないが、夜目の利く口が耳まで裂けた恐ろしい形相の妖怪が、もうすぐそこでヤマネの姿を見つめているのだろうか。

 マントの子も動きを止め、その鐘の音にじっと耳を澄ましている様だった。

 

 鐘の音は段々と大きくなり、やがてすぐ近くで鳴っているのと同じ位の音量になると、途端にパッ、と辺りが明るくなった。

 

「……来たね。さあ、宜しく頼むよ……!」

 マントの子がそう呟いた。

 

 夜の森を真昼の如く明るく照らしたのは、空中に浮かぶ大きな魔法陣だった。

 ヤマネは思わず顔に手を翳すが、その強く眩しく、それでいて何処か神々しくて、包み込む様に暖かい光に見とれている自分に気が付いた。

 

 暫くすると、魔法陣の中から、光に包まれた何かが少しずつ出て来た。

 発光している為に判然としないが、それはどうやら人間の脚、それもヤマネと同じ少女の脚に見えた。

 

 靴を履いた足首が完全に現れると、続いて脛、太もも、腰とお尻、ヒトの身体のパーツが少しずつ、少しずつ、少しずつ、ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと。

 最早目を離せなくなっているヤマネは、一部始終をただぼうっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を掛け、腰までが完全に姿を現すと、それは宙に浮いたまま突然動き出し、

 ………………過激なホラー漫画かシュールなギャグみたく、狭い出口につっかえたかの様に、宙に浮かんだ人間の下半身だけがじたばたと動き出したかと思うと、やがていきなり、

 

 どすんっ!

 

 ………………と、人影が落下し、魔法陣は消えた。

 

「………………あああいっ!つぁ~~~っ、腰ぃっ、腰、打った…………!」

「ちょっ、ちょっと大丈夫!?」

 

 ハッと我に帰るヤマネ。一瞬、何が起きたのか理解出来ず、置いてきぼりにされるヤマネ。

 

「あぁすいません、大丈夫です、さやかさんお疲れ様です~………いやぁでも、まさかあんなとこに出口が開くとは………って、あわわわわ」

 

 落ちた衝撃で脱げた帽子を慌てて被り直すその子を、まじまじと見つめるヤマネ。

 

 髪は短いが、ふわふわしていてテディベアの毛並みみたいだった。外国のホテルマンか、郵便配達員の制服を思わせる、黒をベースに金のボタンや刺繍が悪目立ちしない程度に入った上品な、それでいて女の子らしく脚が出た衣装に身を包み、顔はと言うと、何と言うか、親しみ易さがにじみ出ている様だった。

 肩には(かばん)を斜めに掛けている。

 

 「さやか」と呼ばれたマントの女の子に助け起こされたその少女はヤマネの方をちらりと見ると、「さやか」に質問した。

 

「……………こちらの方が、そうなんですか?」

「うん、そうだよ。この子があんたの、今回の担当」

「へぇ~……………はぁ~…………なるほどなるほど…………はい!分かりました!それじゃあ、張り切って!『ナビゲーター』のお役目を、果たさせて頂きます!」

 

 自身の両のほっぺたをばしっと叩き、イテッと呻き、そしてナビゲーターを名乗った彼女は、帽子を取ってお辞儀をすると、すぐにまた被り直した。あまり身体から放したく無いのだろう。帽子の中央に(はま)ったタイガーアイに似た石は、生命(いのち)の輝きを放っていた。

 

「ご本人様確認をさせて頂くので、お名前とご年齢をお願いします」

「………わたし?わたしは渥美ヤマネ、15歳」

 帽子の少女は鞄の中からペンとキャンパスノートを取り出して書き込んだ。キャンパスノート?何故、キャンパスノート?しかも何か表紙に落書きが描いてあるし…

「ヤ、マ、ネ、さんと……………はい、結構です。この度は誠にお疲れ様でした。私達の美しい世界を守って下さって、本当にありがとうございます。『円環の理』に代わって御礼申し上げます」

 

「繰り返しになりますけど、本当にお疲れ様です。でも本当に大変なのはここからだと思うんで、お互い初対面になりますが、一緒に頑張りましょう。

 初めまして、ヤマネさんの『円環の理』へのナビゲーションを担当させて頂く、芽育(めぐみ)奈尾(なお)と申します」

 

 

【挿絵表示】

 




 さて、ちょっと遅れて登場して頂きました、この子。芽育奈尾。「芽」を「はぐくむ」と書いて「めぐみ」。我ながら無理のある苗字。下の名は「ナビ」から。この人が主役のつもり。この話が本題で、前話はプロローグ。
 何と言うか、魔法少女ものの、それも主人公には一見見えない外見デザインのイメージで描いてます。
 彼女の出自についてはおいおい。


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3 ヘブンズ・ナビゲート

 自然大好きヤマネちゃん。


 地平線の向こうから大きな朝日が昇って来る。

 光が山や麓の町を照らし、それは下界を優しく見守っている様に見えた。

 

「わーっ、綺麗な景色だねぇ」

「ですよね~……日が昇る所見たのって初めてですけど、何て言うか、上手く言えないですけど、人間って本当に小さな存在なんだなって……感動しちゃいますね」

 

 両側のさやかと奈尾が感嘆しているのを見て、ヤマネも微笑んだ。野乃中(ののなか)市は派手な物や名物が何も無い田舎だけれど、この自然だけは自信を持って誇れる物だとヤマネは信じている。

 

「そういってもらえるとうれしいな。ここはずっとむかしからわたしたちをみまもってきてくれた、特別な場所だから」

 

 深い山の中、木々が開けて光が差し込む場所で、3人は倒木に腰掛けて日の出を見ていた。死にゆく者の心境、と言うやつの影響もあるだろうが、何度訪れてもこの山の情景は心に染みる程大らかで、長閑(のどか)で、そして優しかった。ヤマネが子供の頃から変わらずここはそうだった。嫌な事があっても、何度でもその大きさで、心を綺麗に洗い流してくれる。

(それはきっと、よそからこの町にやってきたこのふたりにも伝わるんだよね)

 

木漏れ日と冷えた空気の(もと)で、ヤマネ達の心は自然に優しく包まれていた。

自分は既にこの世の者では無くなっていると告げられ、『円環の理』へのナビゲートをすると突然言われて、戸惑い、慌て、さっきまで取り乱していたヤマネだったが、大好きな山の空気を吸い込んだ今では、

 

(…………わたし、ちゃんと成仏できるのかな)

 

 ―――――――――――――――なんて、落ち着いた気持ちで、いっそ他人事の様に、ぼんやりと考えることさえ出来るのだった。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『円環の理』へのナビゲーションを担当させて頂く、芽育奈尾です」

「美樹さやかです」

 と突然現れたこの二人に恭しくお辞儀をされても、ヤマネはまだ自らの現状を受け入れられなかった。当たり前だ。現に自分は今ここに立っているのに、魔力を使い果たして消滅したなんて。

 

「分かってらっしゃるとは思いますが、魔力を使い果たした全ての魔法少女の魂は、『円環の理』に導かれないといけない事になってるんです。でないと希望を求めた因果がこの世に呪いをもたらしちゃったりなんかしちゃったりして、ちょっと収拾が付かなくなっちゃうんでね」

「はいっ、その魂を天上まで連れて行くのがあたしの役目ね」

「だけど『円環の理』の中って言うのは、神の世界、所謂天国なんで、()()()()()()までは持って逝けないんです。私がこうして()ばれて来たって事は、ヤマネさんにも何か未練がある筈なんですよ。今のヤマネさんは魂だけの状態で、もう身体が無くなっちゃってるんで、ヤマネさんの代わりにその手助けをして差し上げるっていうのが、『円環の理』直属の『ソウルナビゲーター』の私の仕事って訳なんです」

「………………あのー、これってやっぱり、ドッキリかなにかじゃないんですか」

「あのねえ、何処のテレビ局がこんなの仕掛けるってのよ。魔法少女は一般人には秘密の存在なのよ?

 ほら、みんな本気で悲しんでるでしょ」

 

 さやかに言われて向こうを見れば、確かにリホやルル達、ヤマネの仲間達が、こちらを全く気に掛けずに言い争っている。

 

「馬鹿な事言ってんじゃ無いわよ、ルル」リホがルルに掴み掛かった。

「はっきりした根拠も無いのに、適当な事ばっか、ぺらぺら、ぺらぺら………」

「はっきりした根拠ならある。みんながそれを見た。みんなも、あんたも」一方のルルは、リホの事などお構い無しで、調子を変えない。

「……………仮にそうだとして、何であんた、そんな平気な顔してられるの!?…………」

 リホの声に嗚咽が混じり始めた。

 

「みんなだって同じよ………みんな、ヤマネの事が心配じゃないの?………ヤマネに、もう………二度と………会えないかもしれないって………云うのに………みんなは悲しくないの?………

 

 ねぇみんな、ヤマネとあたし達は………」

 

 

 

 

 

(なんの最終回なの?これ)

「ねえ、リホちゃん、ルルちゃん、みんな!もう冗談はいいよ、わかったよ!わ~おもしろかった、おもしろかったからもうおわりにしよう、っていうか、おもしろくなんかないよ!冗談だとしても、たちが悪すぎるよ!この子たち一体だれなの⁉みんなの友だちなの?わたしにも紹介してよ!

 ねえ泣かないでよみんな、そこに私はいないよ、眠ってなんかいないよ!

 ここにいるよ!ここにいるよ!ここだよ!」

「あの、ヤマネさん、ちょっと落ち着いて…」取り乱しているヤマネを奈尾がなだめようとする。

「さわらないでっ‼ねえ、みんなぁ‼」

 

 奈尾を振り切ってリホ達に突進していったヤマネだったが、その身体は涙をこぼす仲間達をすり抜け、反対側に通り抜けてしまった。




 山ガールのヤマネちゃん。
 彼女の台詞は平仮名を多目にして、柔らかい感じを出そうとしています。


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4 やまあるきのジレンマ

 「マギアレコード」は何時稼働するんですかね?
 何か、噂によると織莉子やキリカも出るとか……楽しみだ。
 


 ヤマネちゃんの願い、明かします。


 

【挿絵表示】

 

 

「奈尾ちゃんとさやかちゃんは、『円環の理』からわたしを連れにやってきた使いなんだよね」

 

 木漏れ日の中、三人で歩きながら、ふとヤマネが質問した。

 野乃中山(ののなかやま)は標高が低いが、その代わり空中から見た面積はやたらにだだっ広い。実は昔の豪族が眠る古墳だと言う噂がある。

 従って傾斜は緩く、山に遊びに来る子供達の遊び場となる場所は地面が踏み固められ、やがてけもの道ならぬ「子ども道」や「子ども広場」とでも言うべき物が出来上がる。

 

 さっきまでは殆どパニックを起こしていたヤマネだったが、今はもう落ち着いた。

 納得出来る訳など無いが、わたしがじたばたしてもどうにもならない事なんだ、と言う事だけは頭で理解出来た。わたしは未練を解いて、『円環の理』に逝かなきゃならない。

 立ち去る前に最期の挨拶位はして行ったら、とさやかが言った。言葉は伝わらなくても、想いは伝わるかも知れない、と。

 自分の姿を探して目の前で泣いている仲間達に向かって、ヤマネは想った。

 みんな、今までわたしをありがとう、こんな年上のくせにぐずでのろまで気がきかなくて、おまけに弱くて、いつでもみんなにめいわくをかけるようなわたしなんかを、今まで仲間と思ってくれてありがとう、と。

 だからその後、リホがこう言ってくれて嬉しかった。

『ねえ、今、ヤマネの声がしなかった?』

 

「何?まだドッキリなんじゃないかって疑ってるの?」

 さやかがニヤニヤしながら聞いてきた。

「ほんとですってば。何でしたら身分証明書的な物もあるんですよ」

 奈尾がバッグの中をゴソゴソまさぐろうとした。

 

「いや、それじゃあふたりは、天国からきた、天使さまってことになるのかな?って、ちょっと思ったから」

 

 ヤマネがたどたどしく言う。光の当たり方の問題なのかぱっと見分からないが、さやかの頭上には透明な、それこそ「天使の輪っか」の様な物が浮かんでいるのだ。自分の上にも手をやってみると、どうやら彼女の頭の上にも似た様な輪があるらしい。奈尾にはそんな物は無かったが、彼女の身体が動く時には古い蛍光灯の下の様にその姿が揺らいで見えた。

 

 ヤマネは自分自身の、例えばこんな所が嫌いだった。自分の思考を脳内で言葉に変換して、口に出すまでが他人(ひと)よりどうしても遅くなる。自分の思考を行動に移すとなるともっと遅い。だから何時も他人に要らぬ誤解を与え、険悪な空気を意図せずに作ってしまう。だから仲間達にも、何時も迷惑ばかり掛けていた。

 仲間か。

 

「天使かあ、まぁニュアンスとしては間違って無いですよね、さやかさん?」

「そうだね、そうなるかもね。まああたし等はそんな大したもんじゃ無いけど」

「『円環の理』って、奈尾ちゃんたちのことなの?」

「あの方はちょっと今、休みを取っておられまして…私達はあくまで代理です」

「なにかあったの?」

 

 ヤマネが聞くと、二人は何も言わずに、ただちょっと顔を見合わせた。

 ああ、聞いちゃいけない事を聞いちゃったんだな、とヤマネは慌てて理解した。

 

 ヤマネさんを現世に縛っている未練って一体何なんでしょうね、と三人で考えた時、ヤマネはやはり、それはこの山の事だろう、と答えた。彼岸に逝ってしまう前に、もう一度だけこの山の中を歩きたい。

 奈尾は最初の口調こそ事務的で、何かのセールスマンみたいな、仕事をしている大人みたいな感じだったが、愚図なヤマネに大抵の大人が見せる様な嫌な顔は少しもせず、「分かりました、じゃあ私達にも紹介して下さいよ。ヤマネさんの大好きなこの山を」と人懐っこい笑みで言ったのだった。

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~」

「わーーー……………一杯居ますねえ…………」

 

 樹液が染み出すクヌギの大木は、さながら昆虫のレストラン。

 まだ夜が明けたばかりなので、山で一番大きな通称『守り神』と呼ばれるその木には、虫が群がっていた。

 二人がこう言う反応をしている所を見ると、やっぱりこう言う、人の手が入っていない、真に自然が残っている場所は全国的には少ないのかな、とヤマネは思う。蟻やゴキブリが沢山居る訳じゃ無いんだから、そんなに嫌がってやる事無いのに。

 

「わ~~~~、わ~~~~、ああごめんなさい、何でしたっけ」

「もうっ、奈尾ちゃんたちいやがりすぎ。虫たちがかわいそうだよ。

 

 カブトムシのおすとめすでしょ、それからミヤマクワガタに、コクワガタに、カナブンに、キイロスズメバチ、ヘビトンボ、タマムシはたぶん日光浴しに来たのかな、あ、ミヤマだけじゃなくて、ノコギリクワガタのおすとめすもいるね、ミンミンゼミとアブラゼミとクマゼミと、そいで、あれ、オオカマキリまでいるね、カマキリは樹液を吸わないのに、ほかの虫をねらってるのかな、あとあれが、シロテンハナムグリにクロカナブンでしょ、それからあれがオオムラサキ」

「あ、他のは全く分かんなかったですけど、オオムラサキってのは聞いた事あるかもです」

「日本の国蝶だよ。よその森や山ではなかなか見られないんだから」

 

「随分虫に詳しいんだね」

 さやかが言うと、虫を夢中で紹介していたヤマネは照れ臭そうに笑った。

「昆虫学者になるのが、子どものころからの夢だったんだぁ…………………

 …………………このへんは人のすぐ近くに虫がいる、っていうか、もともと虫が住んでいたところに、人が住まわせてもらってるってかんじだったから、だから、虫は小さいころから、ぜんぜんきらいじゃなかった。

 だけどね、わたしが七歳のころ、スズメバチにさされて…………………」

 

 ヤマネが頭上の木にくっついているスズメバチを見つめる。

 

「……………ものすごくいたくて、そいで気が遠くなったのを覚えてる。

 それからもわたしは変わらずに虫が好きだったんだけど、虫にさわろうとするとあのときのことを思いだしてこわくなるようになっちゃった。でも、それじゃ昆虫学者になるのなんてむりでしょう?

 だから魔法少女になるかわりに、こうおねがいしたの。わたしをもいちど、虫がさわれるようにしてください……って」

 

「……………ヤマネ…………?」

 

 さやかが何かに気付いた。

 

「ヤマネさん………………?大丈夫ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤマネは、空を仰いだまま、声を出さずにぽろぽろと泣いていた。




 杏子だったら、ちゃんと自分の為に願いを消費してる彼女は正解だ、とでも言うんですかね。
 その夢も叶わなくなっちゃったが。


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5 お山の代償

 途中、多機能フォームでちょっと遊んでます。
 ハーメルンは表現の幅が広くてイイね。


「ヤマネさん………………」

 

 ポロポロとしていた涙の雨だれは今や豪雨となり、膝からくず折れたヤマネは俯いて嗚咽を漏らした。

 

「ずるいよね………わがまますぎるよね…………こんな、わたしなんか」

「「えっ…………?」」

 

 二人の天使にとって、それは意外な言葉だった。

 彼女が我が儘、だって?夢を永遠に奪われた哀れな少女を、誰が我が儘等と非難すると言うのか?

 困惑する奈尾とさやかに向かって、ヤマネが続けて言う。

 

「みんなといっしょに戦うようになるまでは気がつかなかったけどさ、魔法少女になることを選んだ子たちって、おうちの問題とか、その子じゃなきゃ想像もつかないような、つらいできごとを経験してる子が多いんだよね。さっきのわたしのなかまにもそんな子がいた。わたしね、そんなことぜんぜん知らずに、わたしの夢のことをその子に話しちゃったことがあったの。

 そしたらその子、言ってたんだ。ヤマネ、あんたいままでしあわせに生きて来たんだねって。あたしは自分が将来なりたかったもののことなんかとうにわすれて、いまでは…………」

 

 今では、と言った所で、ヤマネはまた何度かしゃくり上げ、それから大きく息を吸って吐いてから言った。

 

「…いまでは、ただいまっていうひとがいて、いっしょにごはんを食べる家族がいて、…ふつうにの生活にもどるのが、あたしの夢、だって…!」

 

 思いの丈を吐き出したら、今度は涙ばかりがいやにぼたぼたと溢れ出て来る。そんな自分が益々嫌いになって行く。

 

「わかってるの、わたし、それまでなに不自由なくのんきにくらしてきたくせに、叶うかもわからない、自分だけのくだらない夢なんかのために、おあそびみたいに契約して、それなのにこんなわたしなんかをチームにいれてくれたみんなに、なんにも返してこれなかった………だからきっと、そのことで、ばちがあたっちゃったんだ……!」 

 

 そんな風に意外な程すらすらと自分の駄目さ加減を、自身の罪状を述べて行く中でも、自分自身の言葉が、心が、どんどん嘘臭く思えて来る。 

 本当は、わたしはわたしが可愛いだけなのでは無いか。悲しんでいる様なポーズだけ見せつけて、慰めの言葉を貰いたいが為だけにこうして泣いているのでは無いか。所詮わたしなんか、最後(最期)まで自分の事しか考えられない、只我が儘なだけの女の子なのでは無いか。そんな想いで胸が一杯になって、苦しくてやりきれなくなる。

 

 きっと、そんな事は全然無いんだろうなあ、と奈尾は想った。ヤマネさんが仲間の皆さんを思う気持ちも、勿論ヤマネさんの自分の夢に対する真摯さも、きっと本物だった筈だ。見た訳じゃ無いが、あの言い振りなら絶対そうに違いない。

 噂によく聞く、人生や自分自身を掛けても良いとさえ思える様な、誰かの夢。まだ幼く、毎日を生きて行くだけで精一杯の自分には、そんな夢破れた人間の哀しみを完全に理解する事は出来ない。それでも、だとしても。 

 

「ヤマネさん、泣かないで下さい」

 

 俯いていたヤマネが、ぐしゃぐしゃの顔をゆっくりと上げた。しゃくり上げが再発し、上手く喋る事が出来ない様子だ。

 ヤマネにきっぱりと告げた奈尾が、そこに立っている。

 

「うう……………うえ…………?」

「ご自分の大切な夢を、『叶うかも分からない』とか『下らない』なんて、簡単に言わないで下さい。結果的にはまあ、駄目になっちゃいましたけど、ヤマネさんが今よりずっと小さい頃から、例え虫と触れ合うのが怖くなっても、同じ夢を心の中で守り続けたって言う、『事実』は永遠に消えないじゃないですか。人間が想った事には、意味のない事なんて無いんです。大きな力があるんです。魔獣だって、人間の感情エネルギーを狙う位ですしね。

 あと、自分より不幸な境遇にいる人達と自分を比べない。魔法少女になる人達は、みんなそれぞれ本人なりに真剣に悩んでその道を選んでるんですから、願いに程度の差なんて別に無いんですよ。どんな人にも自分にしか分からない様な悩み事があるし、どん底に居る様に見える人って、意外と開き直って明るいもんなんですよ。

 あと、導かれることを、『バチが当たった』なんて言わないで貰えますか。何だか、こっちが悪い事してる気分になるじゃないですか」

 

 奈尾の言葉を受け、ヤマネは暫くぼうっとしていたが、やがてふふふと笑って口を開いた。

 

「うん、ありがとう。ごめんね」

 

 やがて呼吸が落ち着いてきたので、袖で涙を拭う。ありきたりな言葉の羅列だったが、夢の事をはっきり「下らなくない」と言われて、大分気が楽になった。勝手に一人で変な事を考えて、暗くなるのはやめようと思えた。

 (ある)いは、奈尾には元々そう言う才能があるのだろうか?

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 森の中をひとしきり巡って、その後はずーっと、切り株に腰掛けて野鳥の声を聴いていた。

 川の中を覗いてオパールの様な色をしたヤマメも見たし、よく熟れたアンズの実が木になっているのも見た。

「良いんですか?じゃあちょっと失礼して」

 ヤマネとさやかは霊の状態なのでもう物は食べられなかったが、奈尾はそう言って急に()()()()()と、普通に実を木からもいで食べていた。言葉知らずのヤマネには他に良い表現が見つからなかったが、事実そうなったのだ。

果実にかぶりつくと、ジュルッと果汁が口の中に広がる音がした。

「奈尾ちゃんとさやかちゃんって、ひょっとしてむかし消えた魔法少女なの?『円環の理』が来るとき、いままで導かれたおんなのこたちもいっしょに来るって、聞いたことあるんだけど」

「さやかしゃんはそうなんれすけど、私はまら導かれた訳じゃ無いれすね、もぐもぐ。私は自分の魔法少女としての能力れ現実の世界にも霊の世界にも干渉れきるんすよもぐもぐ」

「コラ、奈尾。口に物入れたまま喋らない」

「すいませェん」

 奈尾が頭を搔いて謝る。彼女等の様子を見て、ヤマネはまだ自分が生きていた頃にある日学校に行くバスに乗った時の事を思い出した。その時の運転手さんはいつものおじさんでは無く、見た事の無い若い人で、いつもバスを運転している運転手さんは今日の運転手さんの後ろに怖い顔で突っ立って一挙手一投足を見つめていた。

 若い運転手さんの胸をよく見ると、「研修中」と書かれたバッジが付いていた。奈尾もまた「研修中」なのだろうか。

 

「本当に良い所ですね、この山。空気が綺麗で、なんか嫌な事とか、全部どーでも良くなって来ちゃうなぁ。

 プライベートでまた来たいなぁ」

「ふふ、そうしなさいそうしなさい。一度きりの人生なんだから、やりたい事は出来る内にどんどん楽しまなきゃ損損。死んでから後悔したって遅いよ」

 

 天使様お二人はすっかりこの小さな山をお気に召したご様子である。しかし、山を歩きたいと言った当のヤマネは、まだ何か浮かない顔をしている。

「大丈夫ですって、ヤマネさん。ヤマネさんがいなくなった後もこの山だけは何百年も残って行きます。そして、山が大好きな人達の住んでる町は、ヤマネさんのお仲間がきっちり守ってくれますよ」

 

 しかしヤマネは、自嘲するようにその言葉に応えるのだった。

 

「…………ううん、ちがうよ。わたしね、この世を離れる前に、山にせいいっぱいのお礼を言いたかったんだ。

 ずっとわたしを見守ってきてくれた山といっしょなら、わたしはきっと、死ぬのもこわくないから」

 

 えっ、と二人の口から声が漏れる。

 

「ヤマネさん……何言ってるんですか……?」 

「山と一緒ならって…一体どういう意味よ…⁉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この山ね……もうすぐ、切り崩されちゃうの」




 奈尾の台詞の色文字は、金色のつもりなんです…


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6 ロストホープ

 今回、ちょっと短めですいません。

 マギレコのドッペルの画像が一部公開されてたけど、やっぱイヌカレーデザインはいかすね。怪物のデザインとか結構好きなんです。特にやちよさんの。またいわくのありそうな…………


「「ええっ!!!!!!」」

 

 奈尾とさやかの二人が驚く声がハモった。

「え?え?ごめんなさい、ちょっと言ってる意味が分かんないんですけど、その、切り崩されるってのは……」

「おっきな団地がたつんだって……この町の、都市開発の一環として…………」

 がっくりとうなだれたまま、ヤマネがさらさらと言う。まるで何でも無い事みたいに…………

 

「そんな………無くなるって言うの?この森が?自然が?………」

 さやかが改めて辺りを見回す。

 さえずる小鳥、騒ぐ蝉の声。森はただ静かに、三人のヒトならざる少女を見守っていた。

 

「ここは、あんたや沢山の人にとって……思い出の沢山詰まった、大切な場所の筈なのに……!」

「いやっ、私、虫の事は知りませんけど、この山は自然が沢山残ってて良い所だと思いましたよ。今時中々無いですよこんな空気が綺麗な森。勿体無いですよ!」

 奈尾があまりのショックに軽くパニクった。この森の事を良い所だと褒めたのは決してお世辞などでは無かったのだ。

 

「ありがとう……………でも、たぶんこればっかりはどうしようもないことだから。もういいよ、わたしの中でちゃんとあきらめついたよ。最後の最期に山とのお別れにつきあってくれてありがとう。……とっても、楽しかった」

 顔を上げてそう呟いたヤマネの目は、しかしすっかり生気を失い、何もかも全てが枯れ果てた様に(くら)い光が灯っていた。

 

 その時、ヤマネは奈尾とさやかが目をまん丸に見開いて自身を凝視していることに気付く。

 同時に、何処からか何かの燃えさしの様な匂いが漂って来た気がした。

 瞬時に、思い出す。何時かの蒸し暑い日、仲間達に誘われて夏の夜に手持ち花火や線香花火で遊んだ事を。あの日の燃え尽きた花火の匂いが、はっきりと鼻腔に感じられた。

「…………………………………?」

 

  真っ黒な細い煙が、幾筋か、幾筋も、何処からか、何処からとも無く、立ち上って来ていた。()()()()()

 

「ねぇ……奈尾ちゃんさやかちゃん………これ、なんなんだろう」

「あーーー………やっばいなこれは」

「ヤマネ…………っ………!………」

 

 タールと同じ漆黒の細長い煙が、ヤマネの服の隙間からユラユラと大量に発生していた。

 ヤマネが喋ろうとして口を開くと、口からももわっと、一気に煙が出て来る。

「なに………?なんなの………⁉」

 呼吸を荒くすれば、煙の量ももっと増える。更には目からも涙が滲み出す様に煙が染み出し始めた。

「どうなってるの………⁉……わたし……えっ、()()()()()()()()()…………⁉

 奈尾ちゃん…………奈尾ちゃぁん…………!」




 他サイトと合わせる為に名前、変えました。
 これからはサムズアップ・ピースでよろしく。


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7 セワスィー部長


【挿絵表示】

 巨人の魔女。その性質は無為。
 結界内に再現された偽りの自然に心を奪われた者から思い出を奪い取り、積み上げて山を作る。伝説に名を残す者を除けばトップクラスの巨体を持つ魔女。
 偽りの自然の美しさに惑わされない様にする事はかなり難しいが、所詮は紛い物、誰も訪れなければ三日で朽ち果てる。


【挿絵表示】

 巨人の魔女の手下。その役割は幻夢。
 キラキラ輝く夢の欠片を来訪者から抜き取って主人のもとに運んで来る。しかし、魔女はそれを残らず周囲に投げ捨ててしまう。



 朝。カンカン照りの朝、蒸し暑い朝、気合いの朝、汗水垂らして労働の喜びを感じるには、うってつけの朝。

 野乃中市から電車で十五分、バスなら三十分程の戸平駅(とひらえき)の前に立地する木羅(きら)建設の朝は早い。中でも現在野乃中山を中心とした大規模な都市開発計画を進行中の特別企画開発部の部室の中では、一人の社員が、まだ他の同僚が来ていない内から何やらパソコンに忙しく打ち込んだり、取引先に提示する素材の資料を整理したりしていた。

 

「まだ他の社員の方もいらして無いのに、こんな早い時間からお仕事ですか。大変ですね、部長さんは」

 

 パソコンをカタカタと打っている時、背後から聞こえたその声を「聴き慣れない声だな」と部長は思い、「後ろを振り返ろう」と思ったが、スピードに乗って忙しく稼働していた彼の十本の指はその動きが止まるまで十数秒を要した為、ようやく作業を中断して後ろを向くと、そこには見知らぬ少女が立っていたので、彼は驚いた。

 

 黒地に金の装飾の入った、郵便局員かホテルマンの様な衣装。見た所歳は13,4と言った所か。彼の一人娘の一つか二つ年下(くらい)だ。

 関係者以外立ち入り禁止の社内に見かけない子がいる。それはある意味非常事態ではあったが、特別企画開発部の(おさ)たる彼はパソコンの画面に目を戻し、極めて冷静に対応した。いや、単に仕事の事で頭が一杯なだけかも知れないが。

 

「君は……?何処から入ったのかな。此処は関係の無い子供が入って来る所じゃ無いんだがね」

「娘さんはお元気ですか?」

 

 忙しく働いていた部長の手が止まった。

「……何?」

「最近、娘さんとちゃんと話してますか?娘さん、まだ家に帰ってないんですよ。知ってますか?忙しくお仕事してる場合じゃ無いんじゃ無いですか?」

 

 ええい、気を散らすな、と彼は自分自身の心に言い聞かせた。どうせ守衛の目を盗んで近所の子供が忍び込んで来たか何かしただけだ。適当に追い返すんだ。一日も早く計画を進めなければ。

「……君は何だ、娘の友達か?娘の事なら心配は無い。今頃はこの辺りの学校は何処も夏休みだからな。あの子の事だから早起きしてカブトムシの罠の様子でも見に行っているんだろう」

 娘が三度の飯より昆虫が大好物である事は、彼の楽観視出来ない悩みの種の一つであった。好きな物があるのは親としては喜ばしいのだが、何時までもあのままでは将来嫁の行き先があるかどうか。親馬鹿と言わば言え。

 

「ふーん、娘さんの事は何でも分かってるって訳ですか。良いなあ、美しいなあ。本当に血で繋がった家族は。

 あれれ、でも、だったらおかしいなぁ。娘さんの事が大事なら、何であの人の思い出の場所を壊しちゃう様な事するんですか?」

 

 ふーっ、と溜め息をつく。すべて理解出来た。そう言う事か、情に訴える作戦と言う訳か。何時までも諦めず、よくもまあ此処までの事をやる物だ。負けますよ、貴方達には。

「………………これは失礼。ご町内の開発反対派の方の誰かに言われて来たのかな?君は。全く、我々も皆さんの為を思ってやっているつもりなのだが、住民の方々に中々理解を得られなくて悲しい物だ。兎に角そう言う事なら彼等に君から伝えて欲しい。あの山にこだわるのは分かったが、部長である私の家庭の事まで調べて持ち出すのは卑怯だし、不快だ、そっちがそう言う手に出るならこちらとしては迷惑行為として訴える事も辞さない、とね」

 

 

 

 

 

「さっきからさっさと大事な話を終わらせようとしてんじゃねぇよ。下手に出てりゃあーだうーだ指図しやがって。大人だからっつって調子乗ってっと潰すぞ、このオッサン」

 

「はっ…………⁉」

 思わず言葉を失った。

 さっきまで小さな女の子を適当になだめすかして家に帰すつもりだった部長は、さっきまでは確かに丁寧な口調だった目の前の人懐っこそうな可愛らしい少女が、いきなり今の様な暴言を吐くと言う突然の事態に、柄にも無くたじろいだ。これか、これが今時の女子の本性なのか。悪意溢れるネット社会を生きる現代の少女達は、一皮剝けば皆こうなるのか。こんな社会を可愛い娘は生きているのか。

 

 女の子は暫くそのまま気迫を放ち続けていたが、やがて元の親しみ易さに満ちた笑顔に戻ると、

「………なーんて。冗談ですよ、冗談。ほら、そんな硬い顔しないで。只の子供の戯言なんですから、もっと気を楽にして、はははって笑ってください、はははって。ははははは」

「は、はは………」

 いや、悪いがもう、今はその優しい言葉さえも、警察の取り調べかヤクザの物言いにしか聞こえなかった。

 そして、えへん、えへんと甲高い声で二度程咳払いをすると、少女は本題に入り始めた。

「さて、冗談はこの位にしておいて………先ず何か誤解があるみたいなんですけど、私は別に開発反対派の使いじゃありません。もっと言うと開発が行われる予定の、胡筑町(こづきちょう)の人間でもない。ま、出来れば開発はやめて欲しいのはそうなんですけど、それはまた別の話」

「何だって?」

 彼は面食らった。何処からとも無く侵入して来たり、大人相手に堂々と啖呵を切ったり。この子は何なのだ?

 

 と、彼女が唐突に、ぐいっと顔を部長の顔に近づけて来た。少し金色のそれは、自分自身の内側まで、潜り込んで抉り出すかの様な()だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「訳があって詳しい事情は話せませんが、兎に角一刻を争う事態でして。私と一緒に来て頂けますよね、渥美俊郎(あつみとしろう)さん」




 前書きのはちょっと思いついて描きたくなっただけです。
 気にしないで下さい。


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8 負の自然なガール

 間が開いてすいません。





 気付いてる方は気付いてると思いますが、各話内の各章のエピソードのサブタイトルは、全て何かのパロディになっています。
 アニメ関連やドラマのタイトル、詩や心理学用語もあるね、今の所。


「…………………奈尾ちゃんは?どこに行ったの?」

 

 ヤマネが、向こうを向いたままこっちを見ないさやかに訊く。地面にそのまま寝転がり、朝露に濡れた緑の草を、触れた所から真っ黒に穢しながら。

 

 ヤマネの身体の異変は、奈尾が行ってから益々悪化していた。黒煙は今や全身から発生しており、ヤマネの姿は、黒い(よど)みの中に沈んでいる様に見えた。

 

「…………これが限界まですすんじゃったらさ、わたし、どうなるの?」

 さやかは何も言わない。ただ空気が重く、固くなるだけだ。

「そっか、なにかとりかえしのつかないことがおこるんだね?…………」

 

 ギギッと、さやかが無力感に歯を食いしばる音が聴こえた。既にこの世に無い者にも人間臭い気持ちがあるなんて、考えてみれば可笑(おか)しな事である。

 

「べつにいいんだけどね、もうどうなっても…」

「もうそれ以上言うのはやめな」

 短く言うさやか。しかし、ヤマネももう受け答えがおかしくなって来ている。大人しめに見えて、実は結構感情表現が豊かな彼女だったが、今はもう声を荒げたりはせず、それこそ自分の天命を悟った老人の如くテンションが沈んだまま安定していた。

 ふふふと(わら)ってヤマネが言う。

「奈尾ちゃんにだって、こればっかりはどうにもできない。おとうさんの計画をを止めることなんてね」

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奈尾、今すぐその開発計画を請け負ってる会社に行って来て。あたしはヤマネの傍についてるよ。もうこうなったら、何とかして山の開発を止めさせないと………」

「はーーー…やっぱそうなっちゃいますかぁ……また無茶苦茶な……」

 

 目の前で相談している奈尾とさやかの姿が、ずっと遠くの様に現実味が無く感じられる。

 熱射病に罹っているみたいに身体が熱くて頭が重く、呼吸も苦しくなり、ヤマネの気分は最悪だった。おまけにアタマの中では、ぐわんぐわんとさっきからずっと聴き知らぬ誰かの声が響いている。

 

 もう良いんだよ、無理をしなくても。良い加減もう楽になっておしまいなさい。怖がる事など何にも無い。大丈夫だよ。あんよは上手、ここにおいでよ。”むこうがわ”にはここよりもずっと楽しい世界が待っている。

 憎いんだろう?何もかも恨めしいんだろう?分かるよ、好きなだけ暴れろよ。この瞬間までの短い人生の間に可哀想な目に遭って来た子は、好きな物を、好きなだけ、いかようにでも呪って全然平気。神様のお創りになられた、この世界のルールでそうなっているのさ。悪い事は言わない、見せかけだけの良い子ちゃんなんかやめてしまいなさい。今時流行らない。さあ、解き放ってご覧新しいちかr

 

「でも、ま、他に方法も思いつきませんしね。なる様にするしか無いでしょう。ちょっと手荒になるかも知れませんけど…………」

「おっ、流石切り替えが早いね。その意気だよ、奈尾」

 ぶるぶると首を横に振って、意識を無理矢理現実に引き戻した。もう辺りの鳥の鳴き声さえ、はっきり聞き取るのが困難になっている。遠くの方で、奈尾とさやかはさっさと相談をまとめてしまっていた。

「…………ま、待って!」

 ぐらつく頭を押さえながら、ヤマネが二人を呼び止める。ふらふらと足を進めはしたが、石に躓いて霊体の筈なのに倒れた身体を身体はとうに消えてる筈さやかに支えられる。

「ヤマネさん?」

「あの、ちがう、だめなの、たしかに山は大事だけど、開発はやめさせちゃだめ、だめなの」

「ちょっとあんた何言ってるの?」

 ああ、なんてにくたらしいだめなこのわたし、とヤマネは思った。こう言う大事な時に限って、言葉の一つもろくに発せない!

 

「………………ヤマネさん!ヤマネさん!ちょ、痛い痛い痛い!離してくださいって‼」

「……山の開発計画を進めてる責任者が、わたしのおとうさんなんだよぉ!」

 

「「………………っはぁ⁉」」

 はあ、はあと肩で大きく息をするヤマネ。

 肝心な事を、ようやく口に出して伝える事が出来た。

「…噓でしょ、何でまたそんなややこしい…!」

「ヤマネのお父さん、この山が好きじゃないの?」

 ヤマネは下を向きながら絞り出すように言う。

 

「………そうすることがこの町の為になるって、おとうさん本気でおもってるみたい………」

「だったら尚更お父さんを説得しないと」

「でも私、お父さんをこまらせるのもいやだ………!」

 目に涙が溜まって来た。何故目に涙が溜まるんだ。本当の心の叫びが、涙と共に一気に溢れ出て来た。めそめそしちゃって、同情が貰いたいだけなんだろう。こういう時泣く事しか出来ない自分が、わたしは本当に大っ嫌いだ。

「もうむりだよ……この山が削られちゃうよお!わたし、ほんとは山がなくなるのもやだよぉっ‼」

 

 

 

 

 

 黒煙を身体から発しながら、子供の様に泣きじゃくるヤマネを前に、奈尾は一度さやかと顔を見合わせて、そして声を掛けた。

「………ヤマネさん?」

「う、うううう………………」

「ヤマネさん、私嬉しいです。ようやくご自分の本音、聞かせてくれましたね?」

 ヤマネは顔を上げて奈尾を見た。ひまわりの笑顔。何でもどんくさいヤマネには、学校の友人には滅多に見せて貰えない、暖かい表情だった。

  満面に笑う奈尾は、力強く言う。

「大丈夫です。ヤマネさんの問題は、全部私がどうにかします」

 何言ってるの、この子。もう全部終わったんだよ。

「どうにもならないよ…おしまいだよ、もう…」

「じゃあ、()()()()ならなきゃ、()()()すれば良いだけですよ」

 え、とヤマネの口から言葉が漏れる。

「ヤマネさん、私はね、『無理だ』とか『駄目だ』とか、個人的にそうやって口で言うから、本当に何も出来なくなっちゃう物だと思うんです。

 どうにもならないかどうか、やってみるまでは分からないじゃないですか。いや、必ず解決して見せます。ナビゲーターとしてのプライドに賭けてもね。

 ……だから、もうちょっとだけ、後ほんの少しだけ頑張って下さいね。私はすぐ戻って来るので」

 

 その後奈尾は、「じゃあ、行ってきます。さやかさんお願いしますね」と短く言い、ぼうっとしているヤマネを置いて去って行った。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「…って、なんだかえらくはりきって行っちゃったねぇ、奈尾ちゃん……」

「当り前だよ。あの子にとってナビゲーターは、大切な自分だけの仕事なんだから」

「仕事だからやさしいんだ。仕事だったから、奈尾ちゃんはわたしに笑いかけてくれたんだ。やっぱりね、ふふふ。そんな気はしてたんだ………」

「良い加減にして」

 さやかが静かに、しかしぴしゃっと言葉を叩き付けた。そんな彼女の様子を見て、ヤマネは今度は可笑しくて堪らないと言った様にふふふふと笑い続けた。

 

「ごめんねえ、わたし頭がわるいからさあ。ひとにめいわくはかけるけど、わたしはこれでふつうのつもりなんだ。

 あのさ…もういいよ。なんかわたし、もうなにもかもどうでもよくなっちゃったからさ。わたしなんかのために、ふたりにばっかりがんばらせるだけわるいよ。

 ………………もうだれも、わたしのせいでやな顔しないでよ。

 どうせもう、何をしたってやるだけむだなんだからさ。べつにいいよ、もう」

「やめなよ…………やめな…………」

「それともなんなの?わたし、もう死んじゃったのに、わたしのすきにさせてくれないの?べつにどうなっちゃってもかまわないんだってもうこの世のことなんか。野乃中山がなくなるんなら、もうこだわるのもばかみたいだしなあ。ねえ?

 なんだかなあ、どうしていままでわたしが守ってきた町のひとたちが、わたしのおとうさんが、大すきな山を消そうとするのかなあ?どうしようかな、いっそこの町にこのまま残って、だれもかれも呪ってやろうかなあ!」

「やめなって言ってるだろっ!!」

 

 

 

 

 

 今までぐっと堪えてはいたが、とうとうさやかはヤマネの胸倉を引っ掴んで無理矢理に立たせた。

「…ひねくれた事ばっか言って、悲劇のヒロインにでもなったつもりかよ」

「………………………」

「辛いのはあんた一人だけだと思ってるでしょう。冗談じゃないっての…………

 ………必死になって頑張ってるあの子を、何で信じてあげられないのさ!」

 その言葉にはっ、となって、ヤマネは思い出した。立ち去る直前、奈尾が小さな声で「……ハッスル、ハッスル…!」と自分に言い聞かせているのがちらりと見えてしまった事を。

()()()()()()()()()()って言ったよね。初対面の赤の他人の問題を、自分の事みたいに親身になって、気持ちを深く理解して、一緒に悩んで解決する………………………誰でもやっている様で、中々誰にでも出来るもんじゃないよ。

 奈尾(あの子)もそれは分かってる。そして、あの子はそれが出来る事を自分の誇りにしてるんだ。

 『仕事』って、そう言うもんよ。そこには必ず当人のプライドがあるの」

 

 そこまで言うと、さやかは不意にヤマネの事を離し、空を見た。

 何があるのかと思い、ヤマネも空を見上げる。

 真昼の空に出ていた満月を見て、ヤマネは思わず目をそらしてしまった。

 透き通った満月が、何故だか骸骨(がいこつ)の目の穴を連想させたからだ。

 

「……ごめん、ほんとはあたしにもあんたの気持ち分かるわ…あるよね。魔法少女やってるとさ。自分が何の為に頑張ってるのか分からなくなる時が。

 だから、あんたにも後悔して欲しくない訳よ。

 お願い。奈尾や町の人たちに気持ちをぶつける前に、もう少しだけ、落ち着いて考えてみてくれないかな?その呪いを言う前に、もう少しだけ猶予をくれないかな?」

「…さやかちゃんは、あったの?自分をおもってくれてたひとに、ひどいこといって、後悔したこと」

「何度もあるね。だからこういう風に生意気な口きけるの。あんたより年下の癖にね。

 …………噂をすれば、帰って来たみたいよ」

 

 さやかに言われ、ヤマネは後ろを振り返った。

 背広の男性と、制服の少女が、並んで森の中を歩いているのが見えた。




 今にpixivでまとめ版出します。

2017/7/9
 さやかちゃんの台詞は難しいけど、描き甲斐あるにゃあ。
 最後のシーンの台詞をちょっと変えました。


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9 木(ボク)の鼓動(rhythm)を聴いてくれ

 度々、投稿が遅くなって申し訳ないです。









 恐れていたマギレコのキャラとオリキャラのカブり



 真夏の空では相変わらず、ぎんぎら太陽が独りぼっちで市民権を主張し続けているにも関わらず、森の中は涼しかった。

 ただ、それでも日頃運動不足の木羅建設特別企画開発部長は、額に発生し続ける玉の汗を繰り返しタオルで拭っている。

 哀れなり渥美俊郎氏、結局突然現れた小さな女の子の迫力に負け、彼の人生の全てたる仕事部屋から引っぱり出されたのだった。

 

「今更山に連れて来た所で、我々の計画は変わらんよ。

 私を心変わりさせるつもりかね」

 台詞だけ描けば立派に見えるが、実際にはハーハー息切れしながら言っているので情けない事この上ない。精も根も尽き果てかけた彼を振り向き、芽育奈尾は無邪気に笑う。

「そんなんじゃ無いですってぇ。お父さんお仕事でお疲れでしょ?要するに気分転換みたいなもんですよ。

 一緒にお散歩しましょ、おさんぽ」

 俊郎氏ははあ、と軽くため息をついた。今時の子供にしてはえらく元気だ。第一、制服で汗もかいてないのか?

 

 開発はいけないと言うが、無論我が社だって、その辺りについても充分に注意は払っている。どうして反対派の皆さんにはその事が伝わらないのか。

 ここまで来て、俊郎氏はまだ奈尾の事を開発反対派の手先だと思っていた。最も、彼の持つ凝り固まった大人の脳味噌には、魔法少女がどうしたと言う様な奇抜な発想をする事は到底無理だし、わけがわからなかったのである。

 

 やっぱり脚が速いなこの子は、と思う。運動不足のオッサンには、ついて行くだけで重労働だった。

 と、急に奈尾が足を止めた。

 

「………どうしたんだい?………急に………」

「開発したら、この辺の木って、全部()られちゃうんですよね」

 

 何処か遠くを見ながら言われた。はあ、ともう一つため息。ついでにそこらの切り株に腰を下ろして一息。澄み切った空気で肺を満たして、呼吸を整えさせて貰う事にする。

「それについてはもう説明がされてる筈だがね…一旦伐採して、団地に問題が無い様な配置で植え直すんだよ。山の自然や景観を壊さない様、環境の変化に強くて成長も早い木を、新たに…」

「紙の原料とかになる木ですよね?リスとか、山の動物達の餌になる実がならない種類の。ヤマネさんから聞きました」

 

 出かけていた言葉が喉の奥に引っ込んでしまった。良い加減な対応は出来ない、と嫌でも思い知らされる。この子は一体、どんな人物なのだろう。

 大人とか、子供とか、そう言った概念を超越した、超自然の存在の如く、奈尾は言葉を連ねる。

 

「他にも、色んなお話を聞かせてくれましたよ…ヤマネさん、説明するの上手ですね。

 この山の歴史とか…………」

 

 野乃中山。人々の温かい親しみと共にある大自然。

 かつてここは、一度完全に死にかけた事があった。

 昔、外国産の木材が町に運び込まれた時に、外来種の寄生虫がこの山に入り込んだ。

 原産地とは何もかもが異なる環境で、寄生虫が日本での宿主に選んだのはカミキリムシの一種。

 カミキリムシが木を齧る事で寄生虫を媒介し、真っ直ぐに立っていた木が、次々と立ったまま枯れて行った。

 自然破壊は連鎖する物。木が無くなった事で、葉を餌にしていた昆虫や、実を食べる動物達、更に木漏れ日が無くなって背の低い植物が直接強い日光を受け、地球の創り出した芸術は次々と消滅して行った。

 

 カミキリムシや、海外からいきなり連れて来られた寄生虫は、決して悪ではない。

 でも、意図せず外来種を日本に持ち込んでしまった人間も、悪者とは思いたくない。

 

 この世界には、本当の意味での「悪者」なんて、きっと居ないんだ。

 少女らしい、それがヤマネの、純粋な『願い』だった。

 

「―――――それで、そこから何年もかけて木を植林したんですよね。自然豊かだった頃の山に出来るだけ近い環境になる様に、出来るだけ沢山の種類の木を…………………勿論、それだけで解決は出来なくて、間伐したりとか、人の手でちょこちょこお手伝いして、それでようやく今に至るとか…………ヤマネさんはこの事を図書館の本で読んで知ったそうです。

 …………ねぇ、お父さん。ヤマネさんの意思も尊重してあげません?」

「………どうしろと言うんだ?そもそも、開発をしなくとも、この町そのものが、もともと自然があった所を切り拓いて造った物だ。それも全部壊して、元に戻せとでも言うのか?

 

 この町は、昔から自然を大事にし過ぎて来たのさ。建築資材として、観光資源として、利用できる所は沢山ある。私はそうしたモノ達を使えばこの町をもっと発展させて行く事が出来ると考えている。私もここが大好きだからね。

 そうなれば、どうなる?必然的に人の住む町は発展し、完全な自然のスペースは少しずつ減少して行くだろう。

 人間は最早自然を少しずつ削り取りながらでなければ生きられない様になっているのさ。それが現代人の(さが)なんだ。

 我々はどうすれば自然と言う資源を少しでも長く使えるかを考えるべきなんだよ」

 

「森だって、河だって、そこに暮らす生き物だって、みんな生きてる、生命(いのち)じゃないですか。

 人間は自然に一切触れるな、なんて誰も言ってないです。生きて行く上で、本当の本当に最低限必要な範囲でなら、自然は人間に何かを取られても、また生み出す事が出来る………

 ヤマネさん言ってました。自然と人間が無理なく、お互いに奪い過ぎないで、一緒に寄り添う様に生きて行く世界。

 取り敢えず自分の今の目標は昆虫学者だけど…

 

 何時か自分が大人になった時、そんな世界を見てみたい、叶えたい………」

 

 下らん、子供のたわ言だ。俊郎氏は思った。それが簡単に出来れば苦労は無いと。

「あの子はまだ子供だ!所詮そんなのはただの夢だ‼」

 

 「夢……って、そもそも何なんですかね」それでも黄金(きん)色の瞳が振り返り、その「大人の正論」を真っ向から睨みつけた。

 

「もしも空を自由に飛べたら、難病で苦しんでいる人達が助かりますように………そんな子供が口にする様な願いが現実になって、これまで世界は変わって来たんじゃないですか?」




 自然が好き

 武器が仙人が使うような杖

 秋野かえでがちょっとヤマネっぽくてなんかこわい。


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10 あばよ幽鬼(ユウキ)、宜しくナミダ

「うえええええええ……」

「ほら、もう泣かないで」

 

 年下の子の前で、涙は見せないようにしてたんだけどな。年下の子にすがりついて泣くなんて、たぶんはじめてだとおもう。

 

 ヤマネの両眼からは、濃い血の様な黒い涙が後から後から流れ続けていた。だけど、その黒さの性質は、恐らくはさっきまでとは違っていて。排出された凝縮された体の中の悪い物は、光に変わって蒸発し、清らかな大気の中に溶けて行った。

 

 さやかに抱き付いて泣きじゃくるヤマネを見ながら、切り株に腰掛けた奈尾が、すっかりくたびれた様子で呟く。

「いやー、何とか上手く行って良かったですよ。ヤマネさんのお話聞いて冷静に考えたら分かるんですけど、あの計画って、山の自然の事考えたら、結構無理のある部分が多いんですよね。お父さんも町の発展って言うよりも、どっちかって言ったら会社への恩を返す為に張り切り過ぎちゃったって感じが強いみたいでしたし。自分が言い出した手前取り消しにくかったって言うのもあるんでしょうけど」

「ヤマネのお父さんの中に(しん)に町を思いやる心があって本当に良かったね。まあ若干悪い事した感は否めないけど」

「それ言っちゃいますかー。しょうがないじゃないですかこっちもそう言う仕事なんだから」

「あはは、うそうそ。初仕事にしちゃ上出来だったと思うよ、奈尾」

 

「…………えっ?初めて、だったの?」

 泣き腫らしたヤマネがさやかの胸から顔を上げる。その体全体(からだぜんたい)はもうすっかりキラキラした光に包まれていた。

「ヤマネさんを不安がらせない様にと思って、極力悟られない様にはしてたんですけど……」

 ばつが悪げに頭を掻く奈尾。と思ったら、今度はいきなりヤマネに向かって頭を下げた。

 

「えっ?えっ?どうしたの?」

「未熟者の言い訳ではありますが、(わたくし)はナビゲーターとして、仕事の間は対象者の方には変に緊張せず、自然体でいられ、そして最終的には満足して頂く事こそが第一だと考え、そして心がけておりました。ですがその結果、仕事中の私の言動を不快に思われたのなら…………お詫び致します」

 

 さっきまでラフな感じだったのが、急に酷く真面目に謝罪されたものだから、ヤマネも面食らってしまう。

「あっ、あ、えと、いやいやいや、べつにそんな、気にしてないからだいじょうぶだよ?うん、わたし、奈尾ちゃんとさやかちゃんと山を歩いてるとき、すっごい気さくに話しかけてくれて、すっごいたのしかった。…これからもこんなかんじでいいとおもうよ。この山のこと、おとうさんのこと……わたし、すっごいすっきりした。ありがとね奈尾ちゃんさやかちゃん…………こんないい終わりかた、わたしなんかにもったいない……」

 

 そこまで言ったら、また泣き始めてしまった。

「あーあーほら、もう泣くなって。円環(あっち)に逝ったらもう、すぐ『わたしなんか』とか言ったりしない様にしなよ?」

「うんがんばる…………」

 さやかに言われて、ようやくヤマネは泣き止む。奈尾はあっという間に夕焼けになってしまった空を眺めながら、木々の間を風が通り抜ける音に耳を澄ましていた。

 

「良い音するんだなぁ…………そう言えばヤマネさんの名前って、漢字だと『山』の『音』って書くんですね」

「おとうさんやおかあさんも、こどものころはこの山であそんで、山に親しんで育ってきたのかなあ…………そういえばきいたことなかったけど。うん、そう信じたい」

「もう少しだけ聴いて行く?」

 

 山音(ヤマネ)は目を閉じて、全身で森を、その中を流れる風を感じた。

「うん。まってね、もうすこしだけ…………」

「急がなくて良いのよ?」

「…………うん、もういいや」

「もう良いの?ほんとに?」

「うん、だいじょうぶ」

 

 

 

 

 

 さやかがマントの裏側から細長い短剣を取り出した。

 それと同時に、二人は何も無かった空間に何時の間にか大きな楽団が出現している事に気付く。

 三次元の空間に貼り付けられた、バイオリンばかりの、二次元の影の楽団。

「昆虫博士ニ捧グ。激シク、ソシテ愛ヲ込メテ。練習通リニネ」

 さやかが早口で何事かを呟く。音の高低が極端に激しく、巻き舌や舌打ちのような音の混じった、よく分からない言語だった。何かの逆再生と言われればそんな気もするだろう。よく聞けば、鼻と口から別々の音を同時に出している事が分かる筈だ。

 主からの合図を受け、楽団はゆっくりと準備を始める。

 やがてさやかが指揮棒の様に楽団に向かって短剣を振り、演奏が始まると、五線譜の様な天まで続く階段がかけられた。

 このまま真っ直ぐ登って逝けば良いんだよ、と声を掛けられる。

 山音(ヤマネ)と奈尾は階段に足をかけた。

 

 

 

 

 

「人間と自然が一緒に生きられる世界。何時か実現したら良いですよね。私もそう思いますもん」

「マジシャンみたいな子がいたでしょ?」

「ルルさん、でしたっけ?」

「ちょっとすなおじゃないとこはあるけど、あの子も自然や、草花がだいすきなの。よくそういうことでいっしょにおはなししてたからさ。わたしのぶんまで、あの子が夢をかなえてくれたらいいな」

「そうですね。それが一番良いと思います」

 

 

 

 

 

 風の音に耳を澄ませるなら、ルルや俊郎の前には一頭の蝶が現れて、やがて空の彼方までひらひらと飛んで行くだろう。

 この日、一人の少女が消えた。

 未来の希望と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノルマ達成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

㊙個人情報に付き持出厳禁

 

 

【挿絵表示】

 

 

名前:渥美(あつみ)山音(やまね)

年齢:15

出生地:野乃中市 朱山区(あかやまく) 胡築町(こづきちょう)

誕生日:8/11

血液型︰B

 

好きな物事、趣味:蜂蜜、蜂の子、イナゴの佃煮、西瓜。山の中を歩く事。誰かとお茶を飲みながらお話する事。そして勿論虫取り、昆虫採集。

嫌い・苦手な物事:タコ、イカ、クラゲ。声が大きな人。お化けやそれが登場する話。大型犬。水。

口癖:「わたしなんか」

特技:作文。

 

ソウルジェムについて:ドリームキャッチャーと呼ばれるお守りの中央に付いている石がそれ。エメラルドの様な緑色。ネックレスとして首から()げている。

武器:仙人が使う様な杖。先端に光球を発生させ、ハンマー投げの要領でグルグル振り回して遠心力で飛ばす。威力が高い代わり、真っ直ぐ飛ばずに誤爆する恐れあり。

契約時の願い:「もう一度虫に(さわ)れる様になりたい」。過去のトラウマから、虫が好きでありながら触れなくなってしまった為。

固有魔法:「自然との対話」。風や野生の動物等を味方に付ける事が出来る。

 

 生まれながらにしてのドジっ子で、幼少の頃から親や先生に沢山怒られ続けていた為、おどおどとして発言が苦手な、徹底的に自分に自信の無い性格になってしまった。白くて綺麗な肌の、十人が十人「美少女だ」と言う様な外見をしているが、自信の無さ(ゆえ)、自分を不細工だと思い込んでいる。

 ただし虫に関する事になると性格が変わり、打って変わって饒舌となる。この手の人間にありがちな、自分がその時考えている事だけを相手の反応を見ずにまくし立てるタイプでは無く、虫に関する説明も上手。

 一緒に居ると何か気持ちが和む、癒し系。

担当:奈尾




 第一話と言う事で、如何にもまどマギに出て来そうな、自分に自信が無くて不安定な子にしました。 

 ただ愛でるだけで無く、その生態に興味を持って調べたり、時には食べてみたり。
 虫や自然とヒトとの正しい距離の取り方を、少女らしく真剣に考えている子でした。
 誕生日は八月十一日、「山の日」です。

9/10追記
 イラストを作る過程で、ソウルジェムに関する記述を変更しました。
 ヤマネ、イメージ通り可愛く描けてると良いんだけどなぁ。
「うう、わたしの絵なんかかわいくないから描かなくていいよぉ」
 駄目駄目、そうは問屋が卸しません。君は記念すべき対象者第一号じゃないか。もっと堂々としてなさい。……とか言って。
 


 次回はナビゲーターの秘密に迫りますよ。


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第2話 芽育奈尾、13、風見野市
1 希望の都市


 Greeting

「圧迫感と痛み。ガソリンの匂い。シートの陰からだらんと垂れた、誰かの手と脚。
 私の第二の人生は、独りぼっちで始まった。
 怖かった。震えそうだった。何でも分け合える、誰かが欲しかった。
 だからこそ、名前も知らない人々よりも、誰よりも自分の為に、愚かに頑張った。
 そんな卑怯な私の事を、全部含めて受け入れてくれたみんながいる。もう何も怖くない」

「正義の反対は悪だ。白の反対は黒だ。
 自分はいつも正しい方に居たいから、見返りは一切求めず、願いだって大切な人の為に使って、でもその結果、自棄起こして、汚い言葉ぶちまけて、何時だって救い様の無い、本当の馬鹿。
 無限の可能性を閲覧し、自身の本当の望みを自覚した今なら、少しはましに、友達の力になれるだろうか。
 あの頃の自分に出来なかった事がしたい。あたし、負けないよ」

「特別な能力は、誰にも見せずに、大事にしまっておけ。てめえさえ好き勝手出来りゃそれが正解だ。
 『本当にそれで良いのか』って気持ちを無理矢理埋め込んだら、やたら腹が減る様になった。
 『それは違う』って、馬鹿の一つ覚えみたいに何度でも人の親切を撥ねつけて来る、生意気でうぜえ奴が居た。掘り返してくれた、良い友達が居た。
 しょうがねえな、受け継いで戦ってやるよ。お前の分まで」

「かつて執着の夢を見た。かつて真っ黒な感情に飲み込まれた。
 ああ、こんなわたしはもうどうでも良いや、もう怪物にでも何にでもなって、人間なんか何人でも殺してしまえって、開き直って明るい様で、心の底では泣いているんだ。
 そんなどん底を知っているからこそ。誰も傷つけなくて良い、希望を願ったわたしのままで良い、そんな贅沢な今を、高級チーズみたいにじっくり時間をかけて味わうのです」

「私の最高の友達は、太陽の様に笑って、そして死んだ。ろくに人並みの事も出来ない、弱くて不格好な私を、『友達』と呼んでくれたその子を救う為、私は神をも恐れぬ暴挙に出た。同じ時間を、現実を、まるでゲームの様に、繰り返し、繰り返し、例え誰の命を踏みにじる事になっても、何度あの子を殺しても、繰り返し、繰り返す中で、答えを見つけた彼女は悲しみの連鎖を断ち切るべく、私の手の中からすり抜けて行った。何時だって彼女は私達の傍に居る。あの子の想いを無駄にはしない。だから私は戦い続ける。
 最近、『本当にこれで良いのか』と、時々思う」

「何時の頃からか、誰かの役に立ちたいとずっと思っていました。
 自慢出来る物も無いまま、誰の役にも立てないまま、大人になって、やがて死んでいくのを想像すると、身体が震えました。
 だけど、だからこそ、今までわたしが歩んで来た道のりは、正しかったんだと思う。助けられたり、弱虫だったり、同じ周期の中で、何度も間違えて来た事は、守られ望まれて来た事は、全部今に繋がっているんだって、今はそう思えるのです。因果があるのなら、わたしはみんなの痛みを、みんなで一緒に背負いたい。
 わたしがみんなを受け止める……………筈だったんだけど………………」

「………………………………………………
 トリとか………
 いや、やりますよ、やりますけど。やりますけどー‼

 まあ、私だってね、『円環の理』へのナビゲーターとかやってる位ですし、ちょっと簡単には人様に言えない様な事情や、特殊な過去の一つ位ある訳ですよ。
 だから昔のさやかさんや杏子さんやマミさんみたいに、自分が生きてる意味を見失って自暴自棄になった事もあったんです。でも、そんな時にはっきり私が行くべき道を示してくれた人が現れたんですよ。誰とは言いませんけど。
 なりたい自分を見つけたつもりでいたけど、でもよく考えてみたら、私は何の為に頑張ったら良いのかなぁ。皆さんの立派な言葉を聞いたら、急に不安になって来ちゃって………ずるいよみんな。
 まあ、それはこの先で探せば良いか。マイペースが私らしい。と、自分に言い聞かせる。笑
 
 この後に続くのは、私のきらきらの思い出の物語。目を背けたいルーツの物語。
 記憶って厄介なもんだね。一つ思い出すと次から次へ、余計なのが付いてくる。絡まるピカピカもドロドロも、今の自分を作ってる大切な物。本当は誰だってそうなんでしょう?全部、大事にして欲しいな。私はそうしてる。
 お見苦しくなければ、どうかお付き合い下さい」


自分だけは泣かせるな

 

 とんちで有名な禅僧一休宗純(いっきゅうそうじゅん)には、こんな逸話があるらしい。

 ある年のお正月。人々が新年ムードで騒いだり遊んだりしている中を、一休さんは誰の物かも分からない、行き倒れになった人間の髑髏(どくろ)を杖の先に引っ掛けて、人々に見せつけて回った。

 

「ご用心ご用心。ご用心ご用心」

 

 勿論(もちろん)、この奇行には彼なりのメッセージがあって、この時代の年齢の数え方は「数え年」と言い、人は生まれた瞬間にまず「1歳」になり、そこから先は誕生日が何時(いつ)だろうと、正月に一斉に歳を取っていた。

 

「一つ年を取ると言う事は、また少し人生の終わりに近付くと言う事。どんなに贅沢をして着飾っていても、人はみな何時かはこの様になるのだ。

 一度この世に生を受けた以上、死から逃れる事が出来ぬは人の運命(さだめ)。その節目の度に騒ぐとは、何とまあ滑稽な事よ。ワッハッハッハ」

 

『門松は 冥途の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし』

 

 いや、最初のと最後の狂歌(きょうか)の間の台詞には私の演出がほんのちょっと入っているが、要するに現代人に分かり易く言うと大体そんな感じだって話である。

 

 一休さんが禅僧として生きていた頃は、丁度応仁の乱の時期で、飢饉が流行していたり、一揆が起こったり、人の生命(いのち)が今よりもずっと不安定な時代だった。そんな世界だったからこそ、何気無い日常のすぐ(そば)にある『死』から目を背けて欲しくなかったのだと(例え人々から心ない誤解を受けても)、私はそう思う。

 

 今の日本はかの時代よりもずっと人の生命は安全に守られているが、それでも根本的な部分は同じだ。

 一度生命としてこの世に生まれ落ちたら、それが永遠に続く事は有り得ない。

 

 誰もが何時かは死ぬ運命。だからこそ、生命を守る為に戦っている人達は、何時の時代にも存在する。

 私の二つの仕事は、そんな世の中の摂理と深く結び付いている。

 

 初めまして、私の名前は芽育奈尾(めぐみなお)

 魔法少女であり、そして『円環の理』直属のソウルナビゲーター。

 今回は、私がその道を歩む事になったいきさつを、皆様にご説明させて頂きたいと思います。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 ピカピカのビルが、樹木の様に空に向かって背伸びしている街。

 異国感漂うスタイリッシュなデザインの建築物の群れは、夕暮れから夜にかけて、遠くから見ると「黒い森」――――魔女の巣窟を思わせる妖しいシルエットを作り出す。

 ビルの森は昼間でも爽やかな木漏れ日を生み出さない代わりに、人々の心の疲れが、澱みが、闇に集まってこびりついた様な閉鎖的な空間を演出する。

 路地裏、と呼ばれる場所だ。

 

 ピチョン、ピチョンと、何処からか水が漏れている音がする。

 ヒュウッと吹き抜ける冷たい風の中に、私は一瞬だけじめじめした路地裏の匂いとは違う物が混じった事に気が付いた。

 

 まるで背中に背負って運んでいるみたいに、巨大な月をバックにその人は現れた。キリスト教の牧師の服に似た燃える様に真っ赤な服は、闇の中でもよく映えた。

 一度も(くし)を入れた事が無いんじゃないかと言う様な癖の強い髪には、大きなリボン。武装した騎士を鎧ごと串刺しにして殺しそうなでかい槍を片手に持って、闇の中で光りそうなライオンの眼でこっちを見ている。

 もう片方の手に持った紙袋には、遠目にだがMisterと言う文字が書いてあるのが見て取れた。湯気の立っている揚げたてのドーナツを袋から出して(かじ)る時、犬の牙みたいな八重歯がちらちら見えた。

 

「こんばんはー」

 と、私は愛想良く杏子さんに声を掛ける。杏子さんは仏頂面で私の傍を通り過ぎると、そこらにあったゴミバケツをひっくり返してその上に腰掛けた。

「随分お早いお着きじゃねえか。奈尾」

「あれ、約束の時間ピッタリだと思ったんですけど」

「遅くに外出して、お前の家から何か言われなかったのか、って言ってんだ。マミの奴がこんな夜中に待ち合わせの約束しやがるから」

「学校の友達とご飯食べて帰る、って言ってあるから大丈夫です。それに、夜中って言う程遅くもないですって」

「はっ、そうかよ。余計なお世話だったね」

「そんな事ないですよー。心配してくれてありがとうございます。

 ね、それ、良い匂いしますね」

 

 ぐう~っと、私の中の虫が良いタイミングで鳴いた。夜中に食べるお菓子が妙に美味しく感じるのって、私だけではない筈だ。

 杏子さんはまた何か言おうとしたが、上手く言葉にならずに飲み込んで、それからばつが悪そうに紙袋を一瞥して、もう一つのドーナツを取り出してこっちに差し出して来た。

 

「…………食うかい?」

「やったあ!」

 

 一口だけ齧って、食べる訳でも無くじっと眺める。こうして見ると、ドーナツは欠けた月みたいに見えた。

「ねー、ドーナツってお月様にちょっと似てますよね」

「ガキみてえな事言ってる暇があったらさっさと食え」

 杏子さんがこっちを見もしないで言う。何だい、少し位は良いじゃないか。

 

 ドーナツの穴を通して、夜空を覗いてみる。さっきは大きく見えた月が、今はドーナツの穴に入る程小さく見える。また一つこの世の意外さを発見してしまった気分になった。

 この世はきっと、沢山の意外性で溢れている。どんな不幸だって、ちょっとした気付きや発想の転換で何でもない物にしてしまう事が出来る。それがガキの私がガキなりに歩んで来た短い人生の中で導き出した答えだった。

 

「………なあ奈尾。あんまり親は心配させんなよ。親は居る(うち)が華なんだ。何時までも一緒には居られねえ」

 ………なーんて考えていたら、夜空を眺めている内にしんみりした気持ちになってしまったのか、横から杏子さんがらしくない事を言って来た。いや、そんな事も無いか。私と同じ街で生まれた佐倉杏子さんは、悪ぶってはいるけど心の本当に奥の方には凄く熱い物を持っている。

「……心配してくれて、ありがとうございます」

 私は同じ事をもう一度、今度ははっきりと伝えた。本当に、彼女と出会ってからのたった数ヶ月の間に、何度この心からの気遣いを感じただろう。心配されるって、良いもんだ。

 私がお礼を言うと、杏子さんはまた照れ臭そうに視線をそらして、

「………畜生、マミは何やってんだ」

 かわいいなあ。

 

 

 

 

 

 

 十分後。

 

「ごめんなさい、お待たせしちゃったかしら?」

「マミさん、こんばんはー」

(おせ)え」

 

 黄色いひらひらしたスカート、お上品なカールの髪。

 よく見るとそのコスチュームは西洋の昔の兵士をモチーフにしている事が分かるのだが、それでもその全体像は、例えるなら道端に急にパッと綺麗な一輪の花が咲いた様な。

 

「てめえで時間決めといて遅れて来るとかありえねーだろ」

「悪かったったら。本当に心から申し訳なく思ってるのよ?

 芽育さん、今更だけどこんな遅い時間に呼び出しちゃってごめんね?ご両親は、何か仰ってた?」

 

 この中では一番お姉さんのマミさんが、杏子さんから急に私に話を振って来た。どんな時でも余裕たっぷり、でも今はちょっと息が切れてて、そして心配そうな顔に向かって、私は指でマルを作って「OK」のサインを作って見せる。

「いやぁ、大丈夫ですよ。その辺は上手い事説明して来たので」

「そう、良かったわ」

 マミさんの顔がふわっと、心底安心した表情になる。別にその(くらい)で気を悪くしたりしないって。彼女は何時も自信に溢れている様に見えて、内心誰に対しても、おそるおそる、だ。そのくせ誰に対しても友達になりたがっている。そして、そう言う繊細な所が魅力でもある。

 少なくとも私は、面倒見が良くてよく相談に乗ってくれるマミさんが大好きだ。

 

魔法少女(あたしら)の時間感覚で約束取り付けんなよ。奈尾は今、大切な時なんだからさ。

 はしゃぎ過ぎなんだよ新しく後輩が出来たからって」

 確かに、今の時間に待ち合わせを指定された時にはちょっと驚いたけど。

「あら、佐倉さんは嬉しくないの」

「嬉しい事なんざ無いよ。また面倒見なきゃいけないのが一人増えるんじゃないか」

「ふふ、素直じゃ無いわねえ」

「うるせぇな。それよか遅れて来た事に対する納得の行く説明の一つでもねえのかよ」

「それは私を連れて来たからよ」

 

 マミさんの背後、壁に寄り掛かった誰かが、急に言葉を発した。

 華やかなマミさんの服装とは対照的に、白、黒、灰の無彩色で構成された、学校の制服に似た尖った服を着て、表情は微かに愁いをたたえ。

 サラッと綺麗な長い髪を掻き上げれば、片手の甲に付いた紫色のダイヤの紋章、そして赤いリボンに目が引かれる。

 

 杏子さんがいかにもうんざりした顔をした。

「何もそいつまで連れて来るこたぁねえだろうに」

「あら、どうして?暁美さんだって先輩になるのよ。

 これからお世話する身として芽育さんに挨拶位されなくちゃ」

「申し訳ありませんが、私はそう言う()れ事に付き合う気は一切ありませんので」

 大して面白くもなさそうな顔のほむらさんが、慇懃無礼(いんぎんぶれい)な口調で吐き捨てた。杏子さんが海より深いため息をつく。

「もう、暁美さんたら。どうしてそう皮肉っぽいの」

「魔法少女は本来、一人ひとりがそれぞれ自身の為だけに生きる者よ。自分以外の同業者はイコールただのライバルにしかなり得ない。

 どうでも良いけど杏子、貴女(あなた)昔と比べて随分丸くなったわよね」

 こんな馴れ合いごっこに付き合ってあげるなんて、って?ひえ~。確かに今日のほむらさんは何時にも増して口が悪い。相当無理矢理に連れて来られたのかな。

 うわぁ、今度は杏子さんと睨み合いが始まった。マミさんが二人の間に仲裁に割って入る。

 

「みんなお揃いの様だね」

 杏子さん対ほむらさんで今にも活劇(かつげき)が始まるんじゃ無いかと私がドキドキしながら見守っていると、何処からとも無く甲高(かんだか)い声が響いて来た。

 

 通路の真ん中、丁度(ちょうど)月明かりが丸く当たる、数秒前まで何も無かった所に、何時の間にかソレは座っている。

 ウサギともネコともキツネともつかない白い小動物。形容し難い形の耳をして。

 まん丸の眼は赤く………赤く。

 ヒトの()()をただ眺めている。

 

「「キュゥべえ」」

 杏子さんとマミさんがハモって呟く。ほむらさんは黙って目をそらした。

「はっ、ほんとに全員揃ってから来やがった。何時も通り気持ちのわりいケダモノだよ」

 小動物は杏子さんの悪態など気にも止めず、こちらにつかつかと歩み寄りつつ、口を動かさず、高い声で喋る。

「奈尾、魔法少女の契約を受け入れてくれて嬉しいよ。君には大いに頑張って欲しい」

「待って、キュゥべえ。最後に私達でもう一度だけ芽育さんに確認したいの」

 マミさんがキュゥべえと呼ばれている、この生き物みたいな物を制止した。

 キュゥべえはちょっと首を傾げて、考える素振りを見せてから(と言っても、表情はお面みたいに変わらないままだけど)言った。

「そうだね。僕としても契約はフェアにやりたいしね」

 

「本当に、覚悟は良いのね」

「もう何度も言ったじゃないですか。私は、なるべくして魔法少女になるんです」

「あたしとマミが、願いを叶えた結果どうなったかは話したな?ちゃんと、全部理解して納得した上での決断だな?」

「間違い無いです」

「おい、お前からは何か無いのかよ」

「ご勝手に。私は私で好きにやらせて貰いますから」

 

 ほむらさんはそう言うと、さっきと同じ様に壁にもたれ、我関(われかん)せずと言う風にプレーヤーを出し、イヤホンを耳に入れて音楽を聴き始めた。杏子さんの舌打ちが響く。

「あら、その漏れてる音楽、名乃(なの)アラシの曲よね?暁美さんも好きなの?」

 何か、マミさんがいきなり空気にそぐわない事言った。当然の様に無視するほむらさん。

 

 暁美ほむらさん。この人だけはどうもまだよく分からない。

 何年も生きている大人の様な落ち着いた顔をしているかと思えば、時には子供の様な無邪気な表情を(一瞬)見せる事もある。

 と言うか、彼女はあまり積極的に他者に関わる事をしない。

 

 それでも、マミさんの言う通り、必然的にこれからお世話になる事も多くなるんだろう。

 そう思った私は、彼女に近付いた。

 

「………何かしら」

 私にじっと見上げられている事に気付いたほむらさんが、変わらない調子で言う。

「ほむらさん。私、これからほむらさんとも一杯お話したいです。ほむらさんにしか分からない事、沢山教えて貰いたいです。だから……宜しくお願いします!」

 出来る限界で愛想よく、そしてはっきりと伝える。

 ほむらさんは暫く私の目を見続けていたが、やがて急にそっぽを向いて言った。

「………知らない、やるならさっさと済ませれば良い」

 ………さいですか。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「解き放ってご覧……君のソウルジェムは、どんな願いで輝くのかい?」

「私の願いは、あの時私を助けてくれた、あの人に……!」




 ↑すいません。
 何て言うか、スピリッツが受け継がれている感じを出したかったんです。


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2 ウェイスト・サイドストーリー

 芽育(めぐみ)生頭奈(きずな)は、ごく普通の女子高生だった。

 退屈な日常に刺激を求め、好奇心旺盛。此処は自分の居るべき場所では無いと、何時も思っていた。顔の作りが綺麗な事から生頭奈に言い寄って来る男子は大勢居たが、彼女からしてみればそんな奴等(やつら)は別世界の住人も同然、猿の惑星のチンパンジーの(よう)な物だった。

 その内、彼女は親に内緒で、出会い系サイトと言う物を始める事になる。

 そこには彼女が今まで知らなかった世界が広がっていた。

 

 出会った男性は、物腰が柔らかく、見た目もカッコ良くて、何より生頭奈にとっては未知の輝き、彼女が今まで知り得なかった「大人の世界」の香りを常に身体からさせていた。

 彼は生頭奈を、今まで知らなかった色々な所に連れ出し、今まで見た事も無い様な素敵な服やアクセ、楽しい遊び、そしてお酒の味を教えてくれた。生頭奈に対して何時も優しく声をかけてくれ、猿の惑星での暮らしで疲れた彼女の心を癒してくれた。彼と一緒に居る時間こそ生頭奈にとっては一番大切になり、他の事はどうでも良くなった。

 

 彼女は恋に恋する乙女だった。もう、彼女は誰かに依存しなければ生きて行けなくなってしまっていた。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 素行がすっかり不良のそれになった生頭奈は、何時もの様に友達と一緒に平日から遊び回り、オバケもとっくに布団に入って寝ていると言う(くらい)の夜遅くに彼等と別れて、ぶらぶらと夜の街を見物して歩いていた。

 何処のお店もやっていない。明かりが点いているのはコンビニやファミレス位の物。

 家に帰るつもりは無かった。もう何日も家には帰っていなかった。マンガ喫茶か友達の家を探して、泊めて貰うだけだった。

 その時、こんな夜遅くに大声でお喋りしながら歩いて来る者があった。

 嫌な物を感じて、反射的に彼女は身を隠した。

 

「……最近のJKってのは、親から一杯お小遣い貰ってるからさあ、意外と美味いんだよ。

 (かた)い事言うなって。(たま)には良いじゃないの、仕事の息抜きに若い子と楽しい事したって。

 

 だからさぁ、女ってのは人間扱いしちゃいけないんだって。犬か何かだと思って躾けてやりゃあ良いの。最悪顔殴るぞって脅しゃあどうにでもなるから。向こうもそれで喜んでる訳だしね、馬鹿だから。

 愛情だとか、そんなもんないない。棄てる時に面倒臭いじゃない。ホストとしちゃあ危険だよ、そう言うの」

 

 

 

 

 

 骨の髄までアルコールがどっぷり染み込み、すっかり酔っぱらって。

 何時も会う時のカッコ良い物腰とは違う、べろんべろんのだらしない姿で、生頭奈の憧れの彼は、人をヒトとも思わない本性を、例えるならそれはまるで大きな出来物(できもの)を自慢するみたいに下品に丸出しにしていた。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 吹き抜ける冷たい風は、肌を刺す様でもあり、同時に心地よくもあった。

 こんな(ふう)に、(かぜ)の気持ち良さを心から感じる事が出来た頃がついこの間まであった事を生頭奈は思い出していた。

 

 お腹にそっと手を当ててみると、小さな心臓の感触があった。

 さっきまでは彼と自分との間の想いの証の様に思われていた()()も、今はもうお腹の中に残った排泄物みたいに、汚らわしくて、そして邪魔な物の様な感じがしていた。さっさと出してすっきりしたい。しかし、だからと言って、赤の他人の医者に自分の身体の中を探らせる様な真似もするつもりは彼女は無かった。

 お腹を地面に叩き付けるつもりで、彼女は寒風吹き荒ぶ夜の学校の屋上から飛び降りた。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 芽育生頭奈が―――お母さんが飛び降りた後の事。

 お腹から叩き出された赤ちゃんは―――私は、芽育奈尾は、普通の新生児の半分の大きさにも満たない超未熟児だった。




 「あの」台詞、描いてると心が痛くなって来るなぁ……
 と言うか、こんなの描いてる所を誰かに見られたら変な誤解受けそうで……

 あ、奈尾のお母さんの名前ですが、「治す」に対して「傷」のイメージで付けました。
 また「頭」と言う文字が入っているのは、「尾」の対比だったり。


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3 泣き夜風呂(なきよぶろ)

 Z(ムニャ) Z(ムニャ) Z(ムニャ) Z(ムニャ) Z(ムニャ)

 

 おかあさーん、ひどいじゃん。

 わたし、なにもわるいことなんかしてないよ。

 こどもは、じぶんでうまれてくるわけじゃないよ。こどもは、おやがつくるものじゃん。うまれてきたのは、こどものせいじゃないよ。

 わたし、うまれたくてうまれてきたわけじゃないよ。

 おかあさーん、おかあさーん。

 

 Z(ムニャ) Z(ムニャ) Z(ムニャ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ばんばんばんっ‼

「ふっ⁉ぶくぶくぶく、ぶくっっ」

「おーい、奈尾ーっ、奈尾ちゃ―――ん‼」

 

 お風呂のドアを強く叩く音にびっくりして、湯船に沈んでしまった。

 お湯から顔を出し、反射的に身体中に線の様に走っている傷跡を指で触る。

 もうよく見ないと分からない(くらい)、でも確かに残っているそれは、私が生まれてすぐに付いた傷だと聞いている。

 

 母体越しにアスファルトの地面に叩き付けられた私は、血塗(ちまみ)れで骨が折れていた。

 助からないだろうとは思いつつも、お医者様は(かす)かな可能性を信じて、独断で赤ん坊の私の全身の修復手術を行った。

 未熟児として生まれて来た私が大掛かりな術式に耐えられたのは、多分奇跡だったのだろう。

 

「だいじょぶだったー?呼びかけても反応が無いからさー」

 ドアの向こうからは、元気な声がする。

「………寝オチしてた」

「あはは、やっぱりかぁ」

 偶に風呂に入りながらぐっすり寝ちゃうと、昔の夢を見る事が多い。羊水に包まれていた頃の記憶を呼び覚ますからだろうか。

 いけない、まだ身体を洗ってないじゃないか。

「あっこ、私が出るの待ってた?待たせちゃってた?

 ごめん、すぐ洗って出るわ」

()()()()()()、ぶいじょーだ!奈尾と一緒にわたしも入る!」

 いや、ほんと、すぐ出るから待ってて、と言うよりも早く、勢い良くドアを開けて、生まれたまんまの姿のあっこが風呂場に入って来た。

「いや、良いからほんと。すぐ出るから」

「気にしない気にしない。わたしが奈尾と一緒に入りたいの!」

 あっこは何に対してもモーションが大きい。湯船から風呂桶でお湯をすくって身体にかけるのも、湯船に入るのも。その体積の分だけお湯が溢れ出た。

「女の子なんだからもっと恥じらいを持ちなさいよ」

「えー、(なん)でー?別に一緒に入っても恥ずかしくないじゃん?だってわたしたちきょうだいなんだから」

 本気で至極不思議そうにあっこが言う。ああ、こう言う裏表の無いとこ、本当に見習いたいと思う。

 姉妹(きょうだい)になったのはついこの間の事でしょうに、とは流石に言えなかった。

 

 あっこは私を貰ってくれた日番谷(ひつがや)と言う家の娘。

 歳は私と同じ13歳だけど、私は後からこの家に入って来た訳だからまあ、義理の姉、か?

 ほんとは一人でゆっくり入りたかったけど、まあ、この位フレンドリーに接してくれた方が、養子としてはありがたいのかもね。

 

 と思っていたら急にあっこが裸のまま私にくっついて……いや、抱き付いて来た。ちょ、ちょっと、何やってるんですかあっこさん。おい、あっこ。

「う~、だって、このお湯何か冷たいよう。奈尾にくっついてるとあったかいんだもん」

 ああ、お湯がすっかり冷めてしまっていたみたいだ。ずっと入ってると分かんないもんだな。

「お湯、追い炊きしよっか」 

 私は追い炊きのスイッチを入れようとしたが、あっこが私の身体に密着している所為で立ち上がってスイッチを押せない。

「あっこさーん!一回離れてくれませんかねー!あっこさーん!おいあっこコラァ‼」

「うう~寒い~寒いよぉ~」

 

 

 

 

 

 あっこを怒りながら、心の中に揺らがない安らぎがある事を今日も実感した。

 あのままただ人生を受け入れて生き続けていたらと思うと、本当にゾッとする。多分私は(みじ)めに死んでいたんじゃないだろうか。

 切り拓いて、自分の力で確かに前に進んで行く力を、あの人がくれたんだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 




 こんなはずでは


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4 コールド・ブルー

 私のお母さんは、高所から飛び降りた際に死んでしまったと私は聞かされていた。

 けれどもそれは事実では無く、本当は祖父母に親子の縁を切られ、それから何処へとも無く去ってしまったと言う事を最近になって知った。

 

 気持ちが悪い程の笑顔でもって、私はおじさんおばさんの家に迎え入れられた。

 おじおばの家での暮らしは、遊びも、勉強も、その気持ち悪さにさえ目を瞑れば、実の娘の様にとても大事に扱われ、順調に過ぎて行った。

 おじさん達夫婦が夜中に私にばれない様にお母さんの悪口を言っている時はちょっと心の奥が傷んだが…でもそれは翌日にテレビを見たりマンガを読んでいれば何とか忘れてしまえる程度の傷、治る範囲内の傷だった。

 

 

 

 

 

 そんな風におじさんの家で過ぎて行く、油を()してない時計の中で過ぎて行く日々の、ある日の事。

 学校から帰って来ると、おばさんが学校であった漢字のテストを見せる様に言った。

 何処の学校もそうなのかは知らないが、私の通っていた小学校では漢字テストは百問で百点で、しかも一回目のテストで間違えた所を全部正しく答えられるまで学校に残らされるのだ。

 その時の私の得点は八十点だったので、つまり二十問をもう一度やらされた。

 それで何時もよりも帰りが遅くなった事を怒られるのかと思い、私は(ちぢ)こまったが、私の予想に反しておばさんはにっこりと笑って言った。

「良いのよ。奈尾ちゃんは勉強するのは得意だから、次はもっと良い点を取れるわよ」

 その時、何時もの気持ち悪い感じを通り越した、身体の真ん中を冷風が通り抜けて行く様な薄ら寒さを感じた。

 その時に何故かふと、あれ、同じ学校に通っているいとこはまだ帰って来てないのかな、と思った。

 

 その日以来、私はその身体の中の寒さを頻繁に感じる様になった。

 感じるのは決まって家に居る時、一日に二回は必ずあり、日によっては五回や六回、毎日何時来るかは予測がつかなかった。

 私は昼も夜も()()に怯え続け、()()を感じた時は取り敢えずその場は普通を装い、後で部屋に入って毛布を被ってガタガタと身を震わせた。

 

 そして、そんな事が続いている内の別のある日、遂に私は()()がどんな時に来るのかを発見した。

 

 

 

 例えばおばさんが料理を作っている時、ゲームに熱中していて手が離せないいとこよりも先に、私がテーブルに料理を盛る食器を並べに来た時。

 例えば動会の徒競走で私の順位がいとこより上だった時。

 そして、例えば私のテストがいとこよりも出来が良かった時。

 

「偉いねえ。凄いねえ。本当に奈尾ちゃんは何でも良く出来るねえ。

 これなら、将来社会に出て行っても大丈夫だ。誰にでも気に入られて、上手く立ち回って、取り入って、何をやっても得が出来て、誰に似たのかな」

 

 不良娘と、人をたぶらかす悪い男の間に出来た子供の癖に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おじさんが、おばさんが、それからおじおばと親しい親戚が。

 

 口では言わない。言う訳がない。

 

 でも、心の中でそう言われた気がした。

 




 描く事も無いので、これまでの各章名の元ネタ紹介でもしようかな。

第1話 1章:山の貴女は空遠く→「山のあなたの空遠く、『幸』住むと人の言う」。カール・ブッセ作・上田敏訳の詩「山のあなた」の一節。

    2章:光の使者、ブルーマーメイド→初代プリキュアの名乗り文句。「ブルーマーメイド」は、勿論さやかちゃんの事です。

    3章:ヘブンズ・ナビゲート→「ヘブンズ・ゲート」。デュエマの呪文カードの一つです。

    4章:やまあるきのジレンマ→「ヤマアラシのジレンマ」。心理学用語。カップルや友人同士の距離感を測る上で、体が針で覆われたヤマアラシの様に、離れ過ぎると寒い、身を寄せ合おうと近付き過ぎると針が刺さって痛い、を繰り返しながら適切な距離感を見つけて行く、みたいな事を言うのだそうです。

    5章:お山の代償→「お山の大将」。童謡のタイトル。

    6章:ロストホープ→「ラストホープ」。フジテレビの医療ドラマです。主演は嵐の相葉君。

    7章:セワスィー部長→バラエティ番組「サラリーマンNEO」内のコントの一つ「セクスィー部長」と「忙しい⦅せわしい⦆」をかけています。

    8章:負の自然なガール→「不自然なガール」。Perfumeの楽曲の一つです。

    9章:木(ボク)の鼓動(rhythm)を聞いてくれ→「ボクのリズムを聴いてくれ」。「ジョジョの奇妙な冒険」のスタンド名の一つ。まんまですが。因みにこのスタンド名自体歌の名前が由来だったりします。

    10章:あばよ幽鬼(ユウキ)、宜しくナミダ→特撮番組「宇宙刑事ギャバン」の主題歌の歌詞の有名な一節「ギャバン!あばよ涙 ギャバン!よろしく勇気」をひっくり返して更に少し捻った物。

第2話 1章:希望の都市→「希望の地球⦅ほし⦆」。家入レオの楽曲の一つ。私、彼女のファンなんです。
    
    2章:ウェイスト・サイドストーリー→「ウエストサイドストーリー」。ブロードウェイミュージカルの一つ。「ウェイスト」は「waste」のイメージ。「ウェイスト」の「サイドストーリー」。

    3章:泣き夜風呂(なきよぶろ)→「浮世風呂」。「ブラック・ジャック」のサブタイトルをもじったつもりだったんですが、どうも式亭三馬の滑稽本でそう言う題名のがあるらしいですね。そっちが元ネタと言う事にしておきましょう。

    4章:コールド・ブルー→「コード・ブルー」。フジテレビの医療ドラマ。


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5 美樹との遭遇

 また間が開いてしまいました。申し訳無い限り。

 奈尾の年齢を十三歳にしたのは、まどマギで多かったのは十四歳なので、後輩っぽくしたかったのと、今までその年齢の子が少なかったからなんですが……マギレコで一杯出て来ましたね…… 


 虫の()(うるさ)い。何処か遠くで、つまらないバイクの爆音がする。何処かの家が窓を閉めて眠ろうとしてる。何処かでネコが喧嘩してる声が聴こえる、煩い。虫の音が煩い。誰かがお風呂に入ってる音が聴こえる。虫の音が煩い。

 夜空を見上げてみた。星が一つも無い中で、飛行機だけがぽつんと星の様な光を放って何処かに飛んで行く。虫が、虫の音が、鳴き声が本当に煩い。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 最初にあの冷たさを感じた時から数ヶ月、少しでも褒められようと私が頑張ると、

『人を(たぶら)かす様な父親の娘だから、そんなに要領が良いのねえ』

 そう言われるのが嫌だったから、偶にちょっと手伝いをするのをやめてみれば、

『あら、気楽そうで良いわねえ。毎日遊び歩いている様な母親の娘だから、人に迷惑をかけても何も感じないんだわ』

 こう言う有様だった。もうその頃になるとおばさん達は私に対する悪意を隠そうとしなくなり、おじさんやいとこまでそれに加担する様になって、私は冷たい感情のシャワーを浴び続けた。

 

 その日の夜、おばさんは私に突然少しばかりのお金を差し出して言った。今日からご飯は外で何か買って食べなさいと。

 何も言えずに戸惑っている私を暫く見下ろした後、おばさんは深い深いため息を吐くと、

『あのね、貴女は本来うちの一家とは何の関わりも無いの。お父さんお母さんに子供として認知されて無いんじゃあ、伯母の私とだって他人同士みたいな物でしょう?可哀想だからうちで預かってあげてるだけなのよ。そうよ、ただそれだけの関係なのよ。だから、貴女なんてね、うちで飼ってる、何ていうの、ペット、そう、ペットの様なもんなのよ。どんなに大事に大事に育てられてるペットだってね、家族と一緒に食卓について食事をしたりはしないでしょう?イヌがテーブルに座って、スプーン持って、カレー掬って食べてるのなんて想像出来る?

 大体貴女は何?何時も何時もこの世の終わりみたいな暗いオーラ出して、毎日餌を貰ってブラッシングもされて芸も仕込んでやってるってのに生意気だわ。ペットの癖に。ペット風情が。貴女の周りのその辛気臭い空気が私達にまで伝染(うつ)って私達まで気分がくさくさして来そうだわ。まるでばい菌の保菌者みたい。ばい菌人間。ばい菌ペット。ばい菌動物。バイキンマン。

 あんたがそう言う気なら、良いわ、今夜一晩位家に帰らないで、どっかで野宿でも何でもして来たら良い。それで何時も育ててやってる私達の恩が分かるでしょう。ついでにばい菌も落として来たら良い。

 何をしてるのとっとと食べに行って来なさいよほら、行け、行って来い。お前の頭が冷えるまで帰って来るな!』

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 寝静まった街のあの日の私の姿を傍目(はため)から見たら、それは母の姿に似ていただろうか。

 

「…♪~…どうして~…ふんふんふん…~たくなくて~」

 

 TVのCMか何かでやっていた、ゲームの主題歌?を、ただ何となく歌っていた。そうでもしないと、今までおじおばの家で溜め込んで来た凍える程に冷たい思い出が胸の奥から溢れ出して来て、モンスターの様に私を飲み込んでしまいそうだったから。

 

「…ふんふんふん~…む~きあった~、あっ!」

 そうしたフラフラと覚束ない足取りで夜の街を歩いていた物だから、途中でつまらない石に気躓いて、転んだ拍子に地面にへたり込む。

 膝小僧を見てみると、赤く血が滲んでいて、それが非常に痛み、何だか涙が溢れて来た。

 

 ばい菌人間。ばい菌動物。ばい菌。

 おばさんの言葉が脳内で何度もリピートする。

 もう、嫌だ。もう限界が来た。いや、とっくの昔に限界なんて通り過ぎていた。

 何もしなくても、()()()()()()()()()で周りが不快に感じるのなら、私は何の為にこの世界に存在しているのだろうか。

 

 しばし、うずくまったまま、子供の様にぐすぐす泣いた。泣いたって良いじゃないか。だって、私はまだ13歳だよ?十分子供だよ?

 やがて、生暖かい風が吹き始めたのを感じ、顔を上げると、そこには身長が何メートルもあるお坊さんがゆらりと立っている。

 直感的に、そして馬鹿にあっさりと、私は状況を受け入れる事が出来た。ああ、今から私は、目の前に居るこの化け物に喰われて死ぬんだなあ。もう何でも良いや。どうせ生きてたって良い事無いもん。私要らない子だもん。

 お坊さんの姿をした怪物が、アホみたいな無表情のまま、大きく息を吸い込み始めた。それに合わせて、私の頭の中の何かがずるずると耳や鼻や口、全身の穴と言う穴から大気中に引きずり出されて行くのが分かった。その感覚が、生暖かい闇に堕ちて行く様で心地良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿っ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初は稲妻だと思った。

 強い、蒼い閃光に思わず目に手を翳し、それを離すと、そこには家でよくやるRPGの勇者みたいな恰好をした、白いマントに手袋の少女が凛として立っている。

 ああ、私もとうとうアタマに来たんだな。そう思った。



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6 ブルー・シャドー

 度々間が開いて、皆様にはご迷惑をおかけしております。

 マギレコをやっている方は、推しキャラとか居ますか?



「あんた、自分の命は大切にしなきゃいけないよ」

 そう彼女が言ったのが耳に届いた数秒後には、もう熾烈なチャンバラ戦が始まっていた。

 

 レーザーの様な細い光線をかいくぐり、蒼い光が闇の中を飛び回って細長い二本のサーベルで怪物の大群を輪切り、撫で斬り、滅多切りにする。巨大な人影が(かすみ)の様にばふっ、ぼふっと振り払われる。

 当然怪物達も黙ってやられるつもりは無いらしく、数匹が仲間を盾にしつつ、マントの少女が着地した瞬間をよく狙って同時に光線を照射した。

 

「がふ………っ!げほ、げほ」

「あ…………………………………………」

 

 身体に風穴を開けられ、血を吐く少女。(ただ)の人に過ぎない私は、見ている事しか出来なかった。

 地面に倒れた少女に(とむら)いのお経をあげようとするが如く、手の平を合わせてにじり寄る坊主の巨人の群れ。正に絶体絶命かと思われたその時!

「な、め………………………………んな」

 ボロキレと化していた少女の身体が、ぴくり、と動く。そこから先は、信じ難い光景だった。

 今にも死にそうな全身にぶるぶる震わせながら力を込め、剣を杖にして立ち上がると、彼女の身体を包むぼうっとした蒼い光が一際(ひときわ)強くなって傷が見る見る内に塞がって行く。

 怪物達が後ずさりし始めた。

「待ちなさいよあんた達…………………花も恥じらう美少女の身体に穴開けて、(ただ)で帰れるとでも思ってんの!」

 彼女は怪物達が離れてしまう前に、驚異的な早さで、冗談を飛ばす余裕が出来る程にまで回復を終えると、今度は空中に剣を大量に召喚して魚雷よろしく撃ち出した。怪物の巨体が次々倒れて行き、間一髪で直撃を免れた数匹が闇の中に逃げて行こうとするも、高く跳躍したマントの少女が空中でその行く手を塞ぐ。しなやかな肉体が月光を受けて輝いた。

「一匹も逃がさないっ‼」

 一閃、二閃。素早い剣戟が残り全ての怪物共の首をズンッと刈り飛ばす…………………戦いが始まってからここまでが、殆ど一瞬の出来事だった。

 

 彼女が地面に着地すると、数秒遅れて、何やら黒い物が大量にザラザラと降って来る。

 一瞬(ひょう)かと思って驚いたが、よく見るとそれは、サイコロ大の小さなキューブだった。

 

 はっ、はっと肩で大きく息をしながら、彼女が真っ直ぐこっちを見ながら近づいて来て、私のすぐ目の前で立ち止まった。

 直前まで眼前で行われていた活劇に見とれていた私は、急速に現実の世界に意識が戻って来ると、お礼を言うでも無くそっぽを向いた。

「余計な事…………………して」

「助けてやってそれは無いんじゃないの」

「……………………………………………」

「死のうとしてたね?」

 

 下を向いたまま何も言わずにいると、いきなり両肩を掴まれて前を向かされた。

「死ぬ勇気があるんならちゃんと生きろ!」

 それでも私が答えないので、勇者の格好をした彼女は続ける。

「何があったか知らないけど、そんな簡単に自分の身を捨てちゃ駄目だよ!(むな)しくない?折角この世に生まれて来たのに、世界の意地悪に負けて、悲しいまんまで消えて行くなんて…悔しく…ないの?」

「…………………」

「例えどんな事があったって、自分だけは泣かせるな!」

 

「………ふざけてんのか、この銃刀法違反野郎」

 

 マントの少女が「え」と言葉を詰まらせる。

 反応に困っている間に私は一気にまくし立てた。

 

「なぁにが『自分だけは泣かせるな』、だよ。こっちが黙ってりゃあ余計な事ばっかぱぁぱぁぱぁぱぁ言いやがって。こっちを助けてヒーローごっこやりたいだけなら一人でやれよ。死にたい奴に構うんじゃねーよこのアホウ。家も家族もあるお嬢さんはこんな夜遅くまで出歩いてないで帰ってクソして寝てろよ!」

 

 …………………恥ずかしながら、この時の私はめっちゃ口が悪かった。

 勿論学校の先生と話す時とか、敬語を使う事が無い訳ではない…………………だけど、仮にも命の恩人に対して、何を考えていたんだろうこの時の私は………………。

 

 ガキの私のガキらしい他愛も無い悪口を聴いて、しかし私の恩人は、少しならざるショックを受けた様子だった。言葉を飲み込んで、唇を噛んで、苦虫を嚙み潰した様なとは、あんな顔の事を言うのだろうか。

 

 そこから暫く、暴言を吐きっぱなしだった。

 彼女は私が自然に落ち着くまで待つ事にしたらしく、ただただ私の酷い言葉を聴いてくれていた。

 

「舐めんじゃねぇ……ふざけやがって……」

「うん、分かった。ごめんね」

「良いから死なせろよ…もう絶望しかねーよ本当…」

「そんな事無いって。ほら、あそこに座ろ」

「くそ…くそぉ…!何でだよもう何もかも…!

 

 教えてくれよ勇者さんよぉ。誰も彼も私の事を要らない子だ、汚い子だって言うんだよ。

 誰も私を要らないなら、何で私は生まれて来たの?

 教えろよ!今すぐあんたが教えろよ!」

 

 そこからの詳しい経緯は忘れたが(何しろ精神的にボロボロの状態だったので)、兎に角私は、この見知らぬ人に、自分の身の上を話した。

 初対面の相手に何故いきなりそこまで気を許す事が出来たかと言えば、強いて言うなら、相手の中に少しだけ自分と似た物を感じたからだ。

 

 おばさんの言動の中に薄ら寒さを感じたと言う事は、既に書いたと思う。昔からそうなのだ。相手の言っている事が本気なのかどうかとか、本性?みたいな物が、少し話しただけで何と無く分かってしまう。多分、おじおばの顔色を窺いながら生活している内に身に付いた特技なんだと思う。

 いや、持っている本人が好きになれない物を「特技」と呼んで良いかどうかは微妙な所だけど。

 

 きっと相手も、私がやっている様に話をしながら私の中にじっと目を凝らしていたと思う。きっとこの人も苦労して来たんだろうなぁと思った。

 

 それ以外に彼女の中に感じたのは、正しさだ。

 とても正義感が強いのが見て取れた。

 正義感が強くて、そしてぐちゃぐちゃだ―――自分のしている事は正しいのか、本当に誰かを救っているのか、偽善や自己満足になってしまっていないか、そんな事ばかり、いつもいつも、ぐるぐる悩み続けているらしい。人助けは向いてないんじゃないかとすら思えた。

 

 でも、でもだ、と私は思う。こういう性格は嫌いじゃない。

 

「…………あんた、苦労して来たんだね」 

 道沿いに作られた花壇に並んで腰掛けて、自殺未遂少女と勇者少女が項垂(うなだ)れる。

 彼女の身体が放つ光で、私の手元は本が読めそうなほどに明るくなっていた。

「……………生まれてからずっと、耐え続けて来たんだね」

「………………………………私の気持ちがあんたに分かんのかよ」

 敢えてちょっと意地悪な事を言ってみる。腹を探るだけでは、完全には分からない人柄がある。

 私はこの人に興味を持ち始めていた。

「…………………分からない。あたしがあんたの人生を体験は出来ないから、こうして話を聞いて、あんたの気持ちを想像する事は出来ても、本当の所は分からない…………………。

 多分ね、あたしは、毎日幸せ過ぎて、バカになっちゃってるんだと思うんだ」

「馬鹿…………………?」

「そう、幸せバカ…………………そんなあたしが誰かを助けた所で、結局は自己満足に過ぎないのかも知れない…………………もしかしたら、それが原因で余計悪い事になっちゃったり、迷惑に思う人も居るかも…………………」

「ああ、私は迷惑だよ」

 ぐ、と言葉を飲み込む。それでも、もどかしげに、でもはっきりと、彼女はこう続けた。

 

「でも、でもね、あたしはそれを言い訳にしたくないの。

 だってあたしは…………………魔法少女だから。困っている人を助けて、生きるのが辛そうな人の手助けをして、それを邪魔する奴等を倒す。それを続けるしかないの。そう言う生き方を選んだの。例え答えなんか出なくても…………………さ」

「…………………」

「ごめんね、偉そうで。実を言うと、あたしも最近始めたばっかりなんだよね、これ。まだ分かんない事だらけだよ、本当…………………」

 これ、と言いながらマントの端をつまんでひらひらさせる。

 それは私にとって新鮮な体験だった。未だかつてここまで親身に話してくれた人が、私の人生に一人でも居ただろうか。

 

「じゃあ、こう言う事にしない?」

 と、数秒の間があって、彼女が唐突に口を開いた。

「これからは、あたしとあんたで、一緒に頑張ろうよ」

「ん?」

 

 まじまじと彼女を見る。

「あたしも、こんな曖昧な自分を変えて、あるべき姿を見つけて、本当の意味で人を救えるようになる。ごっこじゃなく、一人前のヒーローに何時(いつ)かなってみせる。だから、あんたも今の状況を変えられる様に、あたしと一緒に頑張ってくれない?やっぱり、このままじゃいけないし、絶対に方法はあると思うからさ………………。

 お互い離れた所に居ても、相手が何処かで頑張ってると思えば、心強いと思うんだよね。あたしなんかじゃ頼りない……………かな?」

 

 ほんのちょっぴり自信無さげに彼女がこっちを見て来る。

 誰かと一緒に……………何と甘美な言葉だろう。それは、弱り切って傷だらけだった私の心の奥まで、深く沁み込んで行った。

 

「…………その方が良いかな。私も…………」

 私の恩人は、暗闇を照らす眩しい笑みでその言葉に答えてくれた。冷え切っていた胸の奥が暖かくなって行くのを感じていた。




〽主役より普通に敵キャラ勢が好き~♪
 いろはより普通に天音姉妹が好き~♬


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7 ドント・ストップ・ミー・ナオ

 本編とは関係ない

☆ ☆ ☆ ☆ ☆




いろは「みんな沢山年賀状が来てるなぁ……あっ、やちよさんっ」
やちよ「どうかしたの、環さん」
いろは「マギウスの翼から年賀状が来てます!」
やちよ「本当⁉何て書いてあるの⁉」
いろは「『みかづき荘の皆様へ 新年あけましておめでとう 今年こそ邪魔者は殺す』」
やちよ「どっかで見た事があるわね……まさか、宛名の所にマギウスのアジトの住所が書いてあるなんて言わないわよね」
いろは「あっ、やちよさん、何で分かったんですか」



 その翌日から、私は作業に取り掛かった。

 しかるべき相談所におじおば家族の目を盗んでこっそり電話をかけたのだ。いとこが学校から貰って来た、電話番号が書かれたカードが要らなーいとゴミ箱に捨ててあったのが役に立った。

 児童保護施設の人にはおばさん達を訴える事も出来ると言われたが、やめておいた。一応育てて貰った恩はある。二度と私の目の前に現れないでくれれば充分だ。

 

 その後、施設に引き取られてからそう時間もかからずに無事に引き取り手の見つかった私は本当にラッキーだと思う。新しい父親の拓真(たくま)さん。母親の摩耶(まや)さん。そして、姉妹の敦子。現在私が住んでいる日番谷の一家だ。

 施設を抜ける際、他の子供達の恨めしそうな視線が直視出来なくて、逃げる様に出て行った。

 

 施設に居た頃の記憶は、期間が短かった所為(せい)か実は非常に曖昧だ。元居た所から結構遠く、違う市だったかも知れない。顔や名前を思い出せない子も沢山居る。今頃どうなっているのやら……

 印象に残っている事と言えば……何だろう、赤いツツジが綺麗に咲いていた事位かなあ。

 あ、後、院長さんがめっちゃ良い人だった(よう)な。まあ、どちらにせよ大した手掛かりにはならないだろう。

 

 そんな事があってから一か月程経った頃だろうか?

 日番谷一家は、皆、善良で話しやすい人達で、言わば居候の立場に過ぎない私を快く受け入れてくれたお陰で、すぐに馴染む事が出来、新しい家に移ってから転校した学校も居心地がよく、前とは違って友達なんてものまで出来た。と言うか、それは私自身の変化だったのだろう。自分の存在を認めてくれる人達が出来たお陰で自分に自信が付き、他人と物怖じせずに話せる様になって行ったのだ。私が相手の気持ちが何と無く分かる事を自覚し始めたのはこの頃で(それまではみんなそうだと思っていた)、その技術の社会での使い方を少しずつ模索していた。

 私の新しいお母さんと言うのは、世間の「お母さん」と呼ばれる人達と比べるとちょっと若いが(私の本当のお母さんよりは年上だろうけど)凄い人で、毎日何か一つは私の事を褒めてくれる。特別な事でなくても、大袈裟な位に。

 

「へぇ~、クラス委員になったんだ?凄いじゃん、頑張って」

「手伝ってくれてありがとう。奈尾が居てくれて本当に助かってるよ」

「奈尾の笑顔は可愛くて素敵だね。もっと沢山笑いな」

 

 別に気を遣ってくれている訳じゃない。気を遣っていれば、私には分かる。おばさんのような含みも無い。

 勿論私だけ贔屓されているって訳じゃ無くて、あっこにもちゃんと同じだけの言葉をかけている。愛情を注いでいる。

 ひょっとしたら他の家庭ではそれは当たり前の事なのかも知れないけど、事あるごとに罵声を浴びせられていた前の家と比べたら、最高の場所だった。

 幸せだった。今もとっても幸せ。

 

 だが人間と言うのは、どうやら幸せでも思い悩む生き物らしかった。(むし)ろ幸せだからこそ、その頃の私の胸の中に生まれた思いがあった。

 私……こんなに幸せで良いのかな?

 幸せなままで……良いんだろうか?

 世の中には世間に知られていないだけで、かつての私かそれ以上に不幸な人達が沢山紛れているんじゃないか?「幸せである」と言う事がどんなに幸せなのか、分かっている(つもり。子供の()れ言と思って大目に見てよ)の私だからこそ、出来る事は……無いのかな。

 その頃の私は、何時か家を追い出された夜に私を助けてくれた、人生を自分自身の手で切り拓くきっかけを作ってくれたあの人の事ばかり思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法少女。

 確かにそう言っていた様な……。

 そうだ、考えてみたら、あの日、私はあの人にお礼すら言わなかったじゃないか。

 あの人にもう一度会いたいな。私も、その、「魔法少女」とやらになれば、何処かで会えるのかな……どうやってなったもんか。

 何度倒されてもすぐに立ち上がり、誰かの心を切り刻む不幸を吹き飛ばしてあげられる様な人に、私もなりたい。

 

 丁度(ちょうど)そんな時期に友達から聞いた話だった。

「……それ、私の前の家の近くかも」

「マジで?ヤバいね。

 住む人の居なくなった古い教会が、何でか取り壊されもせずにそのまま放置されてるんだって。

 何かね、実際その教会って言うのもちょっといわくがあって、数年前に急にテレビに取り上げられたり有名になったと思ったら、突然牧師が奥さんと娘達を刺し殺して自分も首を吊って自殺しておまけに教会に火を付けちゃったんだって。娘の一人は今でも死体が見つかってないみたい」

「何でまた……」

「だからさあ、呪いだって。オカルト的なアレなんだって。

 実際、牧師も死ぬ直前に『この教会には魔女が住み着いている』とかブツブツ言ってるのを見た人が居るってさ」

 今じゃすっかり廃墟になって、周辺住民にはオバケヤシキと呼ばれるその教会に『彼女』は居るって、風見野市じゃ(もっぱ)らのウワサ、オーコワイ、と、その友達は奇妙な節を付けて歌う様に言った。

 

 単なる「ウワサ」として片付けてしまえばそれまでだが、直感にピンと来る物があった。

 その日は授業が終わるとその足で図書館に行き、当時の事件の資料が無いか探した。

 

「……『あんず』?……『あんこ』?……『さくらきょうこ』……佐倉?」

 




 マギレコネタすいません……
 そして遅くなった事もお詫びさせて頂きます。遅くなったけどあけましておめでとうございます。あんまり静かだと寂しくなって来るんで冷やかしでも何でも良いからコメントくれたら嬉しいです。中途半端なとこで何言ってんだって話ですけど。


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8 魔女教会で会いましょう

 ぽかぽかとした日の当たる早朝。風見野の教会に続く坂道は、道に沿って梅の花が咲いていて綺麗だった。

 こうして歩いていると、徐々に呼び覚まされて行く。風見野での楽しい思い出、そして……思い出したくない様な思い出も。

 

「ハッスル、ハッスル……」 

 と言うのは気合を入れたいときに使う、私なりのおまじないだ。

 長い坂をてっぺんまで登ると、焼け焦げた建物に辿り着く。かつての教会なら丁度ミサが行われていた時間だと言う事が事前のリサーチで判明している。

 監視カメラも無い様だったので、「立ち入り禁止」の標識を通り過ぎて堂々と門から入った。

「荒れ果てちゃって、まあ」

 幼少の頃に走っていた記憶がある渡り廊下を抜け、客間に入る。協会の中はさほど焼けてはいなかったものの、ガラスが割れ、置いてあった筈の物が無くなったりしている様に見える。

「………火事場ドロって奴?」

 仮にも神の家なのにバチ当たりな物だ。

 

 今の所、人の気配はないが、『彼女』が居た場合の事を考えて、部分によっては踏み込んだら抜けそうな床を出来るだけ静かに歩いて行く。

 最も注意すべきなのは礼拝堂に入る時にある扉だ。こう言う長い間手入れのされていない古い建物は、扉の開閉の際に得てしてギーッと大きな音を立てる事が…………扉が無いな。蝶番(ちょうつがい)から外れてる。うん、中に入ろう。

 

 頭だけそーっと部屋に入れて中の様子を窺うと、ヒビ割れたステンドグラスから射し込む光に赤い影が照らされていた。

 居た居た、会いたかった人物だ。

 かなり癖の強い、ごわごわとした長い髪をポニーテールに結った少女が、十字架の前で膝をついている。背丈からして、歳は多分、私と同じ位。服はくたびれていて、まるで同じのを続けて何回も着ているみたいだった。

 (お祈りって本当にするんだ……)やっぱりクリスチャンらしい。

 抜き足、差し足で近付いて行くが、やはり建物が古いせいか、キィ、と床が音を立てて軋んだ。

 あ、ヤバい、と思ったが、彼女は気に留める様子も無く、祈りの姿勢を崩さない。

 

 さて、どうしたもんかな。中程(なかほど)の席まで来て、私は考える。

 話を聞いてはみたいが、神聖な時間を邪魔するのも悪いし…………………

 お祈りは一向に終わらない様子だ。もう、こうなったら、いっそ私も一緒に祈らせて貰う事にしようかな?うん、そうしよう。

 瞳を閉じて。(こうべ)を垂れて。

 

 

 

 

 

「……………………………」

「…………………おい」

「……(ZZZ)……」

「おい、あんた」

「すーすーすやすや………」

「おい!」

「フガ」

「おいって‼」

「ハナクソ付いた指であっちむいてほい仕掛けて来るなぁッ!!!!!

 ―――あっ、あああっ⁉」

 ビクッ、と、魚が跳ねる様に船を漕いでいた頭が起こされる。不覚だった、まさかここで居眠りをこいてしまうとは。普段より早起きをしたのが仇となったか。

 私を起こしてくれた長髪の少女は、気まぐれだが確かなパワーを持った、丁度(ちょうど)ライオンの様な目でこちらを怪訝(けげん)に観察している。最悪だ、これから話を聞こうと言うのに、ファーストコンタクトがぶち壊しではないか。

「ああ、ち、違うんです、寝てた訳じゃないんです」

 いやいやいや何を言ってるんだ私は。さっきまで完全に意識が飛んでただろうが。素直に認めなさいよ往生際が悪いな。

 長髪の少女は最早呆れた顔になっていた。

「別に怒りゃしねえよ。教会がやってた頃にも説教の最中に寝てる子供はいた。やましい事があるみたいにビクビクしてんな」

 少女の男っぽい荒々しい口調はあまり私を落ち着かせる効果はもたらさなかったものの、取り敢えず怒ってはいないらしく、そこだけはホッとした。

「それより誰だい、あんた。こんな焼け落ちた神の家の残骸に一体何の用事があるってんだ?」

 焼け落ちた神の家の残骸、と言った部分から若干の自嘲的なニュアンスが感じられたのを私は聞き逃さなかった。

「な、何の用がって、そりゃあお祈りをしに来たんです」

「ふーん、あっそ。その割には気持ち良さそうにお休みだったけど。何をお祈りした?」

「そうですね、家内安全と学業成就を」

「神社じゃねえよ」

 少女が苦笑した。段々警戒が解けて来たらしい。

 

「……この教会ね、小さい頃に何回かだけ来た事があるんです」

「信者の娘ってとこか?」

「毎年、クリスマスとハロウィンに子供に開放してましたよね。手作りのお菓子配って」

「そっちかよ。そう言う事だったら、昔どっかであんたとすれ違った事位はあるのかもね。そう言う日はあたしも一緒にはしゃいでたし」

「美味しかったなー、あれ。途中からやらなくなっちゃいましたよね?」

「…………教会に金が無くなったからね」

 踏まなくても良い地雷を踏んだかも知れない。彼女の顔が唐突に曇ったので、私は内心慌てた。

 長髪の少女がゆっくりと口を動かす。

 

「ここの牧師は……不器用な男でね。世の中を憂いて、自分なりにみんなの為に考えた新しい説教を、ある時から信者にする様になった。新しい時代には新しい教義が必要だって……間違った事なんか一つも言ってない、でも新しすぎた。元の教義とあまりにも違い過ぎて、結果、周りの奴等は怪しい新興宗教と勘違いしやがった。お布施(ふせ)はガクッと減って、牧師も、その妻も、子供達も、毎日食うにも困る有り様だったんだと。

 ―――それでも、あの人は絶対に自分の考えを曲げたりはしなかった。絶対に、正しいって信じてたんだ……!」

 

 知っていた。だからこそ私は此処には何かがあると踏んだ。分からないのはその後牧師の教えが世の中に浸透して牧師の一家がまた裕福になり、その後謎の自殺を遂げた事だ。

 彼女の話の最後の方は歯を噛み締めながら喋っていたので消え入りそうに声が小さかった。その思いは果たして何だろう。大切な人が世の理解を得られなかった悔しさか。自分達を振り回した恨みか。

 牧師か、どんな人だったかな。もうおぼろげな記憶しかない。風見野での記憶は今ではもう殆ど薄れてしまっている。楽しかった思い出も。

 子供好きで、如何(いか)にも良いお父さん、と言った感じの人物だったと信じたい。

 

「……ひょっとして、お姉さんは牧師を守る為に、今の道を選んだんですか?」

「……そろそろ(なに)モンだか教えろよ。こっちも腹を割って話したんだ」

 

 思い切って勝負をかけてみた。もう後には引き下がれない。

 

「佐倉杏子さんですよね?」

「…………………」

「魔法少女の佐倉杏子さんですよね?」

 杏子さんは何も答えない。私は構わずにその先を言った。

「私、魔法少女になりたいんです。ふざけてると思われるかもしれないけど、本気なんです。魔法少女のなり方を教えて貰えませんか?」

「……ついて来な、場所を変えよう」

 こんな所じゃ落ち着かねえだろ、と。杏子さんは歩き出した。

 

「あたしなんかよりずっと頼りになる奴を紹介してやるよ」



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9 お前を魔法少女にしてやるから魔獣を倒してくれ!

 どうもゲームの話ばかりになって申し訳ないんですが……

 アリナ先輩、と言う方が居るじゃないですか。
 実は私も高校の時に、芸術家の先輩が居たんです。
 サイコでもぼっちでも無かったし、寧ろ明るくて面倒見の良い方だったけど、自分の世界をしっかり持っているカッコ良さとかはよく似てるなあ……と思います。


「佐倉さんお待たせ」

 

 待ち合わせの場所に呼ばれてやって来たのは、髪をスパイラル状にカールさせた髪型の、かーなーりグンバツなスタイルのお姉さんだった。

 私と同じ中学生だと聞いていたので、一瞬(なん)かの間違いじゃないかと思った。

 

 その後一同が集まったのは、見滝原市内のファミレス。待ち合わせ場所から歩いてファミレスまで移動する間、中学生離れしたお姉さんは、通っている学校は何処かとか、緊張しなくても大丈夫だからねとか、よく私に話しかけてくれていた。あ、良い人だな、と分かる。ちゃんと責任感を持って私と接しようとしてくれているが、ちょっと気張り過ぎにも見えて、却ってこっちがちょっと心配になりそうな位だった。ここまで来たら流石に緊張はしてないから大丈夫だよ。

 で、杏子さんはその間何をやってたかと言えば、一言も喋らないでおまんじゅう食べてた。紅白のまんじゅうを、歩きながら。

 

 スパゲッティカルボナーラとピラフとカニ玉がほぼ同時にやって来る。お昼時を少し過ぎた時間だったので、店内は勉強の為にドリンクバーで粘っている学生以外には客は少なく、空いていた。

 杏子さんはきちんと手を合わせて「いただきます」と律儀に言ってからピラフに手を付け始める。さっきまでまんじゅうを食べていたと言うのに、この人の食欲には際限(さいげん)がないのだろうか。

「えっと、芽育、奈尾さんで良かったかしら」

「あっはい」

 良い人のお姉さんは道中の会話で自分の名前は「巴マミ」だと教えてくれた。磨かれた様に綺麗な、白くてほっそりとした手がフォークとスプーンを操ってスパゲッティを巻き取って行く。

「芽育さん、佐倉さんから聞いたんだけど、貴方、魔法少女になりたいのよね」

「はい、そうです」

「この街にはまだ魔法少女の素質がある子の気配がする、と言うのは、僕も何となく感じてはいたよ」

 

 と、唐突に、私とマミさんの会話に割り込んだ者が居る。

 ファミレスの窓の(ふち)にちょこんと座った、白い哺乳類っぽいモノ。よく分かんないけど、魔法少女となる為に必要な「契約」を結ぶ、「魔法の使者」であるらしい。

 魔法の使者「キュゥべえ」は、澱みの無い、まるで電話の音声案内みたいな調子でつらつらと続ける。

「だけど、それでも僕はわざわざ君の事を捜そうとはしなかった。魔法少女は多ければ良いと言う物じゃない。つまり君の今の強さはその程度って事さ。伸びしろが多いとも言えるけどね。

 僕としては即戦力とは言い難いが、しかしまあ欠員補充には丁度良いんじゃないかと思うね。マミと杏子は」

(しばら)く黙ってろ。てめえ刺すぞ」

 セリフじみた発言を(さえぎ)り、杏子さんがドスの効いた低い声で言う。

「OK、分かったよ」

 ぎっ、と実際に音がしそうな程鋭い目でキュゥべえを睨み付ける杏子と、さっきと全く様子が変わらないキュゥべえ。……欠員補充?

 何か引っかかったが、取り敢えずその時は気にしない事にして、マミさんの話に意識を戻す事にした。

 

 よく考えてから決めて欲しい、貴女が後悔する事になったら私達も悲しいから、と前置いて、マミさんは彼女達の世界の全貌を説明してくれた。

「魔法少女になる子は、皆最初にキュゥべえに自分の『願い事』を言うの。どんな願いでも一つだけ叶えて貰える代わり、魔法少女はその先の一生を、人間を襲う『魔獣』との戦いに捧げる。これが魔法少女になる為の『契約』よ」

 『魔獣』と言う存在には心当たりがあった。あの日、あの白いマントを着た魔法少女と出会った夜、私に襲いかかって来たよくわからないなにか、あれがきっと『魔獣』だ。

 『願い事』か。と言う事は、杏子さんとマミさんも、過去に何かの願いを叶えて貰ってるって事だ。

「そして、これは『ソウルジェム』。契約を結んだ女の子達が生み出す宝石で、魔法を使う為にはなくてはならない物よ。魔獣が近くに居ればその存在を感じ取る事が出来るし、魔法少女の服や武器を出したりも出来る。…………………そして、『ソウルジェム』を失う事は、そのまま私達にとっての『終わり』を意味する」

 マミさんの『ソウルジェム』は黄色。杏子さんは赤。どちらも小さな卵の様な形をしており、何とも表現の難しい光り方をしている。まあ、所謂(いわゆる)変身アイテムって認識で間違ってないと思う……しかし、『終わり』とは?

「『ソウルジェム』からあまり離れすぎると、私達の身体は機能を停止する。破壊されればその息は絶える。でも、ジェムに何かない限りは、どんな怪我や病気でも魔法の力で治す事が出来るの。

 『ソウルジェム』とは、文字通り私達の『魂』―――手に取って守れる様に、身体から分離させられた生命なのよ」

「人間やめちまっても惜しくないかどうか、そう言う事だ。後戻りは出来ない」

 杏子さんが口を挟んだ。

 ニンゲンやめる……うーん、解釈次第ではそうも言えるか。実を言えば、杏子さんの言葉を聞くまで、私はソウルジェムと魔法少女の身体の関係を、リモコンと遠隔操作のロボットみたいにイメージしていたので、事の深刻さがイマイチよく分かっていなかった。小さな宝石に自分の生命を握られている。確かにこれは重大な事だ。

 

 その後もお二人は、魔法少女になりたい私を思いとどまらせようと説得を続けた。生命の危険から、魔法少女になると時間が無くなって、他の事をやる暇が無くなると言った事まで。私も自分の身の上を二人に話した。二人は真摯な態度で、私の話を聞いてくれた。

 が、私だって半端な覚悟でこうして来た訳ではない。って言うか(むし)ろ、

「いやぁ、お二人のお話を聴く程、やりたくなるんですよね」

「「は?」」

 杏子さんとマミさんが一瞬、呆気に取られる。暫くはそのまま言葉を失っていたが、やがて杏子さんが口を開いた。

「なっ……何言ってんだお前?今まであたしらの何を聴いてたんだ⁉」

「だってお二人共、本気で私の事考えて言って下さってるでしょ?まだ初対面なのに……」

 話はちゃんと聴いていた。そして、嫌と言う程分かった。この人達は、本当に頼りになる人達だ。私が戦う事になっても、この人達について行けば、きっと大丈夫だ。

「そんな人達と一緒に頑張れたら、私、幸せだろうなぁって」

「芽育さん…………………」

 マミさんが少しだけ照れた様な仕草を見せたが、杏子さんは「お、ま、え、なああ」と唸りながらずかずかと歩み寄って来ると、私の胸ぐらを引っ掴んだ。

 

「佐倉さん!」マミさんが叫ぶ。近くに居た店員が、私達の方を見てフリーズしている。

 杏子さんは刺す様な視線で、至近距離から私の顔をまっすぐ見ていた。

「ムカつくんだよ。軽いノリでこっち側に入って来ようとしやがって。魔法少女なめてんじゃねーっての」

「……………………………」

「良いか?あんたが魔法少女になったら、魔獣に感情を喰われる前に真っ先にあたしが殺しに行ってやる。手足を斬り飛ばした上で、常人だったら十回は死ぬような傷を負わせてからソウルジェムを踏み潰してやるからな。その覚悟があるなら来なよ。歓迎してやるからさあ」



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10 決めたよPuella Magi

 前回のまどマギ式☆霊界ナビ!
 どうしても魔法少女になりたい奈尾と、それを認めない杏子!

奈尾「魔法少女になりた~~~い!」
杏子「うぜぇ‼」


 …………………と言う出来事があったのが数週間前の事。

「……ったく、柄にもなく散々言って聞かせてやったってのに」

 キュゥべえと真っ直ぐ向かい合った私の後ろで、杏子さんがぼそりと呟いた。

 あれから杏子さんからは何度も思いとどまる様に説得されて、それでも私は諦めなかった。

 どんなリスクがあったとしても、それでも私はやりたかったのだ。人を助ける事。誰かの役に立つと言う事を。

「えへへ。そりゃあ、覚悟なら、あの時杏子さんの教会に行った時から決めてましたから」

 私は振り返って告げる。

 杏子さんも自分の身の上話を聞かせてくれた。家族の為を思ってした事が裏目に出て、全てを(うしな)ったお話。この人はずっと、それを背負い続けて来た。最初に思った通り、やっぱり優しい人だった。

「ちっ………良いか、魔法少女になるからにはみっちり鍛えてやるからな、覚悟しなよ?」

「はい!よろしくお願いします!」

 大きな声で元気に言ってから、私はキュゥべえの方に向き直った。 

 

「………ハッスル、ハッスル………」

 深呼吸をして、その後なるべくみんなに聞こえないように、小声で口の中で呟く。

 お母さんが教えてくれた、ここ一番、気合を入れなきゃならない時に使う、呪文みたいな物だ。

「解き放ってご覧……君のソウルジェムは、どんな願いで輝くのかい?」

 キュゥべえが私に告げる。無表情な声が今は却って(おごそ)かに聞こえた。

 願いなんて別にナシでも良いが、叶えてくれると言うのならあの事以外にはない。

「私の願いは、あの時私を助けてくれた、あの人に……!」

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「もう一度、あの時私を助けてくれた、あの魔法少女に会いたい!」

 

――胸の中心に触れられる感覚があり、その(のち)――

 目を開けると、私は真っ白な空間に出た。

 

 と、最初は思ったが、すぐに真っ白なんじゃなく、この場所が放っている強い光にまだ目が慣れていないんだと理解した。

 

 目を(つむ)るな、先に進まなければ。

 私は遥か遠くにある蒼い人影に向かってまっすぐ突き進んだ。

 

「あの、すいません!」

 数メートルまで距離を詰めた後に声をかけると、あの時とまるで変わっていない、ショートカットのあの人は、きょとんとした様子で振り返った。

 胸が一杯になって、つっかえて上手く言葉が出て来ない。

 

 

 

「あんた………?」

 

「あの、あの、私あの、昔貴女に助けて貰った、」

 

「……ああ!あの夜の……」

 

「はい………!」

 

「………ふふふっ」

 

「?」

 

「いやね、随分良い笑顔する様になったなと思ってね……そっか。幸せな人生を手に入れる事が出来たんだね?」

 

「はい。貴女と会えた……お陰です」

 

「あんたも魔法少女になったんだ。って言うか、口調が随分丁寧になったねぇ」

 

「やっぱり恩人とはちゃんとした言葉遣いで話したかったから……」

 

「恩、人か………」

 

「えと、お名前、聞いても良いですか?私は、芽育奈尾って言います」

 

「あたしは、美樹さやか」

 

「みき、さやか、さん………

 ……あの時は本当にありがとうございました。自棄(やけ)になって、ただ不満をぶつけてただけの私の話を真剣にに聞いて下さって……とても、嬉しかったです。さやかさんが居てくれたから、私は……今、こうして生きて行ける様になったんですよ」

 

 ……やっと伝えられた……!

 この瞬間を、ずっとずっと待っていた。

 

「……ごめんね、あの、ちょっと……っ」

 感極まってしまったのか、さやかさんが顔を押さえた。

 さやかさんはあの時、よくは分からないけど、深く悩んでいたんだろう。今も悩んでいるのだろう。あるいは、悩みのない人間なんていないのだろう。

 だから、拙い言葉でもいい、私の口から教えてあげたいと思った。貴女に救われた人間が確かに存在する事を。彼女と同じ魔法少女になりたかったのは、そう言う理由もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――()()()()()ってどう言う意味なのですか?』

 その時だった。耳にさやかさんではない、誰かの声が聞こえた気がした。 

 気のせいかと思ったが、そこから一気に知らない誰かとだれかとダレカと誰かと誰かと誰かと―――

 

『誰だ?』『どうやッテこコニ来た?』『ちいさくてカワイイー』『ダレダ?』『ダレだ?』『わたしたちと『同じ』じゃナイ?』『だあれ、ドチラサマー?』『おなまえはー?いくつ?』『誰だ?』『やめようよ、こわがってるよ』『ダレ?』『だれ?』『()()()()()()』『さやかばっかりずるい、アタシもはなさせてヨ』『私達と同じじゃない?』『ドウシテここに?』『何でさやか泣いてんの?』『どうしたの?みんなどうしたの?』『フーアーユー?』

 

 そして私は、いつの間にか妖怪みたいな謎の生物の大群に周りをぐるりと取り囲まれていた事に気付く。

「……うわああああああああああああああっ⁉」

 腰が抜けた。人間の悪夢から抜け出して来たかの様な姿をしたそのイキモノ達は、二つとして同じ姿をした者はおらず、まるで人間そっくりにお喋りをしていた。

 魔獣とは違う、じゃあこいつらは一体……

 

 その中の数匹が、泣き出してしまったさやかさんに寄り添う。

「……何だよぉ、もぉ。みんなして集まってくんなよぉ。暇かよあんたらぁ」

 あの、すいませんさやかさん、何でこの状況下で照れてる以外の反応がないんですか……と言おうとしたが、口がぱくぱく動くだけで「あ、あわわわ……」みたいな、情けない言葉しか出て来なかった。

 

「……みんな、下がって」

 

 今度は、何処か高い所から、さっきのとは雰囲気の違う、澄んだ声が聞こえて来る。

 バケモノ達がそれに反応し、一斉に動きを止める。

 バケモノの群れが私達から離れると上空の視界が広がり、何もないと思っていた空中にあった物に目が行った。

 ベッド。巨大なベッドが、数本のロープで吊られて空中に浮かんでいる。

 

 『エンカンさま』『えんかん様だ』『えんかんさまがなにかいうぞ』

 

 ………()()()()さま?

 何かを思い出せそうな気がした。

 

 高空のベッドの上から、誰かがぴょこっ、と顔を出して、下を覗いている。

「驚かせてごめんなさい。あなたのお話を、もっと聞かせてほしいな。

 あなたにお願いしたい事があるの」

 遥か下からでも、金色の瞳が輝いているのが分かった。



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11 煮える海、割れる大空、終わる大地

 はじめに、願いがありました。

 

 どんな伝説でも、どんな物語でも、いつも始まりは誰かの願いでした。

 人々が困難に直面して立ち止まる度に、小さく純粋な願いが、祈りが、みんなの希望となって道を(ひら)きました。理由なき悪意から弱き者を守りました。

 

 しかし、願う者達が報われる事はとても(まれ)でした。

 それどころか、時には願いから生まれた力が、それに救われた筈の者達から恐れられたり、良からぬ事の為に利用されたりする事さえあり、願う者達はその純粋さ(ゆえ)(みな)心を真っ黒に濁らせ、「絶望」と言う名の怪物を生み出して消えて行きました。

 

 女神さまはそんな魂達を憐れみ、雨の様な涙を(こぼ)しました。 

 かわいそうに。かわいそうに。

 女神さまは(けが)れてしまった願いの残滓(ざんし)を一つ残らず拾い上げられ、それから願った者達の魂が誰も憎まず、ずっと安らかに過ごせる天の国をお創りになりました。

 

 

 

 

 ―――文字通り、世界の果て。

 過去、現在、未来。過去、現在、未来―――無限に広がる真っ暗な空間の中に、あらゆる世界が生まれてから滅ぶまでの瞬間が凝縮されて詰まっている。そしていと高き、それらの景色全てを見下ろせる程高い位置に、(まばゆ)い光を放つ太陽の様なエネルギーの塊が浮遊していた。

 その周りを浮遊する、太陽に対する地球の様に小さな魂の一つが声を発する。

「…………長かったねえ……此処まで来るのに」

「うん」

 太陽が短く答えた。

 因果律さえ捻じ曲げる程の願いによって新たに創り直された世界、その全ての日々では、生涯を終えた魔法少女達は呪いに取り憑かれず、望まず誰かを憎んで苦しむ事は無い様に見えた。しかし……

「でも、取り敢えずこれでお互い、オツカレサマって事だよね?」

「ううん、まだ全然終わってないよ」

「?」

「確かに、創り直す前の世界で魔女になる運命にあった子達は全員連れて来られた……でも、わたしはその為に世界の在り方を大きく変え過ぎちゃったから……その影響で、新しく魔法少女になった子や、魔女になりそうになっている子が、これから出て来るかも知れない。

 ううん、沢山出て来る。わたしには分かるの」

「その子達もみんな救うつもりなの?まどか一人がやらなきゃいけない事なのかな……それは」

「やめる訳には行かないよ。これはわたしが自分で選んだ道だから……

 …そろそろ行かなくちゃ。押し潰されそうになっている魔法少女を探しにいかな…いと…」

 その時、太陽が震えた。

 その振動はわずかながら全ての世界にも伝わり、大地が震えた。

 

「…………まどか?どうしたの?まどか⁉」

 

 太陽が傾く。(かげ)る。バランスを失って、真っ逆さまに堕ちて行く。

 その(さま)はある世界からは単なる日食として見えたかも知れないし、またある世界では「暗黒時代」と呼ばれたかも知れなかった。

 

 

 

 

 

 エネルギー体は、何処の世界の何時の時代かも分からない砂漠に墜落した。

 その時にはもう、太陽の様な光を放っていた大いなる存在は、何処にでも居る女の子位に小さくなってしまっていた。

 

 

 

「まどか、しっかりして、まどかっ‼」

 さやかが声をかける。まどかの背中から生えた翼は、擦り切れて殆ど羽根が抜けかけていた。

「あんた……こんなに自分をすり減らして…!」

「ううう……っ!

 

 いか…なくちゃ、みんなの……ところに…!

 たいへんな……こと……!」




 なんかすいません、こんな世界滅亡みたいな感じで……


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12 @マジック天国

「え、過労?『円環の理』がですか⁉」

 異形の集団から思わぬ歓迎を受けた私は、その後最初に居た真っ白な場所に繋がる別の空間……地平線まで続く花畑の真ん中に白いテーブルがぽつりと配置された世界に通された。

「うーん、せめてエネルギー切れって言ってあげてくれないかな」

 私と一緒にテーブルに腰掛けたさやかさんが困った顔で言う。私達が話している間に顔がペロペロキャンディーになったウェイトレスが大きなケーキを運んで来てテーブルの真ん中に置いて行った。

「す、すいません……いやでも、『円環の理』って、厳密には違うだろうけど神様みたいな物なのかなって、私はイメージしてたんですけど……」

「まあ、()()()()だし、ね」

 ね、と言いながらさやかさんが「その人」に話を振る。白いパジャマの様な格好をした女の子が、あはは、と照れ隠しの様に笑う。

 この場所に来た時に、私はようやく思い出した。マミさんの口からちらりと聞いた、戦いの一生を終えた魔法少女を安息の地に導く女神―――『円環の理』。さやかさん達の話では、何だか嘘みたいな話だが、この人がそうらしい。そう言う概念みたいな物が人間に分かり易い形をとって具現化した姿だと……なりたて?なりたてとは何だ。

 

「手分けして出来る事まで全部一人でやろうとするから倒れたりするのです。『円環の理』ともあろうお方が、少しは人に頼る事を覚えるのです」

 

 その時、私とさやかさんと『円環の理』以外にテーブルに腰掛けていたもう一人が、唐突に言った。リスやモモンガを思わせる茶色いふわふわとした衣装に、羊毛に似たもこもこの髪の毛。大口を開け、一切れのケーキを丸ごと一口で食べた。

 

 モモンガみたいな人にぴしゃりと言われると、『円環の理』は縮こまって「ごめんなさい……ほんと、ああなると思わなくって……」とごにょごにょ呟いた。何だかなー、どうも威厳に欠けてる気がする。さっき聞いた話だと、どうやら今は力を失っている状態、と言う事になるらしいんだけど。 

「……『円環さま』?は頑張り屋さん、なんですかね?」

「え……どうなんだろ。自分じゃよく分からないや」 

 私が話しかけてみると、円環さま(何か良寛(りょうかん)さまみたいなノリでこう呼んじゃったけど、まあこの呼び方で良いだろう)はちょっと恥ずかしそうに答えた。外面的には。ただ、内面は読めない。どんな人(?)か内側を覗こうとすると、奥が深すぎて丸でブラックホールの様にこっちが吸い込まれて行きそうになる。

 

「円環さまが力を失って、魔法少女の魂を連れて逝く事が出来なくなって……そんな事になったら、どうなるんですか?」

 雰囲気から察するに、まあ恐らくろくな事は起きないんだろう。少しの間みんなが黙っていたが、やがてさやかさんが口を開いた。

「『円環の理』はこの子……『まどか』だけじゃないよ。あたしも、そこにいる『なぎさ』も、かつて導かれて『円環の理』の一部になってる」

 『円環の理』に導かれ……その言葉を聞くと、胸がキュウッと絞まる様な気分になった。

「やっぱり……さやかさんは……もう?」

 本当は聞くまでもない事だ。彼女はもう、とっくの昔に現世での役目を終えたのだ。

「ごめんね……あたしに、会いに来てくれたんだよね?ありがとう……あっちで、待っててあげたかったんだけど」

「……さやかさんは、ちゃんと悔いのない人生を送れたんですか?『今』に、満足してますか?」

 彼女は、一瞬だけ目を伏せはしたが、すぐに笑顔で答えを返してくれた。私を元気づけてくれた笑顔で。

「……もちろん!やれる事を、全力でやりきった上で燃え尽きたからね」

「……そっか。なら良かったです。やっぱりさやかさんは最後までさやかさんだったんだなぁ」

「褒めてんの?それ」

「もちろん。めっちゃ褒めてますよ」

 何時の間にか私の顔にも、彼女と同じ笑顔が移って来ている感じがした。

 ああ、今まで私は、自分が魔法少女魔法少女になりたい理由を、何となくさやかさんみたいになりたいからだとしか思っていなかった。でも違った。この笑顔を、さやかさんから貰ったこのキラキラした暖かい気持ちを、もっと沢山の人に届けたかったからなんだ。

 

「何のお話をなさろうとしてらしたのでしたっけぇ?」

 なぎささんが大きく咳払いをしながらそう言ったので、私達は本題に戻る事にした。

「人生に満足して、自身の終わりを完全に受け入れている魂を連れて逝く事なら、実はあたしたちにも出来るんだ。ただ、その魂にこの世への強い未練がある場合は、あたしらとは違って実体のあるだれかがそれを解消して、現世との結びつきを断たなきゃならない」

「魔法少女の魂が『円環の理』に導かれないと、何が起こるんですか?」

「……現世に留まり続けた魔法少女の魂は、『魔女』に化ける」

 魔女、と言う言葉が出た時、心なしか三人の表情が少しだけ暗くなった。どうしたんだ?

「……魔法少女の大人版って訳じゃ、ないんですよねやっぱ……『魔女』って、もしかしてさっきも居た……」

「あの子達は好きであの姿をしてるだけだよ。本来魔女には意志がないの。

 

 魔女は魔法少女の絶望から生まれる怪物。人の心を惑わしたり、誘き寄せて喰ったりする。しかも際限なく増えて行く上に、目に見えない」

「何でそんな事を……元は魔法少女だったんですよね?」

「死ぬ間際の、悲しみや憎悪が固定されちゃうんだよ。そして、それ以外の事は考えられなくなる。

 魔法少女が一度魔女になってしまったら、もう二度と元には戻れない」

「魔法少女の幽霊……?」

「その認識は正しいかもね」

「……何か、魔法少女とは真反対ですね」

 

 失礼かもしれないが、思った事が口をついてぽつりと出た。

 何も分からずに異形の姿で闇を振りまき続ける気持ちはどんな物だろう、と私は想像する。

 いや、今の話からすると、「気持ち」なんてないのだろう。すると今度は自分がそう言う存在になる想像をしてしまい、ゾッとした。

 

「……そんな事がもう二度と起きない様にする為に、貴女の力を貸して欲しいのです」

 モモンガ、じゃないなぎささんが静かに告げる声で私は現実に帰還した。私の力?

「全ての魔法少女は、それぞれの願いから生まれた固有の魔法をもっているのです。『誰かの怪我や病気を治したい』と言う願いなら治癒。『過去に戻りたい』なら時間操作。

 『さやかに会いたい』と願った貴女は……結果的に生きながら『円環の理』に来てしまった貴女は、わたしたちの見立てでは、どうやら『現世と霊の世界を行き来出来る能力』……つまり、霊を見たり、『円環の理』にジャンプしたり、戻ったり出来る力を身に付けているのです」

「そう言う事ですか……」

 

 つまり、生涯を終えはしたが、この世にまだ未練がある人に対し、魔女になる前に『円環の理』に誘導(ナビゲート)する。

 身体を持っている私が未練を解き、さやかさんたちが未練のなくなった魔法少女達を連れて逝く。

 『円環の理』の役目の一部代行―――そう言う「仕事」を頼まれているのか。

 

「奈尾にはまたまどかが力を完全に取り戻すまでの間『円環の理』直属の『ソウルナビゲーター』になって欲しい……なってくれたら凄く助かる。でも、他の方法だって、もしかしたら探せばないとは限らない。

 本当ならこれはあんたがやるべき事じゃないんだ。ただでさえ魔法少女もやってるんだしね。

 あんたはあんたが好きな様にやれば良いと、あたしは思うの」

 

 帽子を取って、じっと見つめながら考える。

 さっき鏡で見たが、魔法少女としての私は、肩から(かばん)を提げた、ホテルマンか、郵便配達員みたいな格好をしていた。

 さやかさんはきっと、うんと気を遣ってそう言ってくれたのだと思うけど、私は寧ろ嬉しかった。

 私にしか出来ない「仕事」がある。笑顔の届け方がある。恩人と一緒に。

 あれこれ考えるよりも、直感を信じた方が楽しいし、私らしいと思った。

 

「……ナビゲーターの仕事、お受けします!心配しなくたって平気ですよ。魔法少女もナビゲーターも、私がやりたいと思ってする事だから……

 さやかさん、もう一度、一緒に頑張ってくれませんか?今度は近くで」

「……! うん、そうだね……よし!分かった!

 これからよろしくね!それから……ありがと、奈尾!」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします‼」




 せつめいせりふむつかしい


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13 渡物語ワタシモノガタリ

 こちらこそよろしくお願いします、とさやかさんたちに告げた後、来た時と同じ様な白い光で目が眩んで、気がついたら路地裏で大の字に倒れていた。

 薄く目を開けると、杏子さんたちが心配そうな顔で、或いは心底驚いた表情で私を見下ろしているのが見えた。キュゥべえはやっぱり無表情だった。

「芽育……さん?大丈夫?」

 体に力が入らない私を、マミさんが助け起こしてくれた。

 まだ完全に頭が働いてない私は、しまらない口調でマミさんに尋ねた。

「……私、さっきまでどーなってました?」

「キュゥべえに願いを言った後、急に芽育さんがいたあたりが強く光って、気がついたら芽育さんの

 姿が消えていたの。どこだどこだって慌ててみんなで探したんだけど、その後もう一度辺りが光って、またもとの位置に芽育さんが現れたわ。ほんの数秒の出来事だったけど」

 アバウトな感覚だが、『円環の理』の中には少なくとも三十分以上は居た筈だ。現世とあちらでは時間の流れる早さが違うのだろうか。

 何だか長い夢を見ていた気がしたが、現に私の手の中にはソウルジェムがある。磨き込まれた様な金色で、皿に乗った卵のような宝石の上に、乾電池みたいな小さなシンボルがちょこんとくっついている。

 自分のソウルジェムをギュッと強く握りしめてみた。さやかさんと再会出来て、これからも合える

 と言う事。ナビゲーターという、大事な使命を引き受けてしまった事。色んな事が頭の中をぐるぐるしていて、今はまだ考えがまとまらない。家に帰ったら、ゆっくりと向き合う事にしよう。

「一体何が……?」

 珍しくプチパニックを起こしているらしいほむらさんに答えて、杏子さんが呟いた。

「だからさ、会って来たんだろ、その、恩人とやらに」

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 私が契約を終え、晴れて魔法少女になった後、さて、私が少し休んだら早速魔獣退治に行こう、どうすればいいか分からないだろうから今はまだ見ているだけでいい、まずは体験授業だ、という段になったが、それを待ち構えていたかの様に、いきなりザーッと、バケツをひっくり返したみたいな雨が降り始め、

『ちょっと……やっ、やだっ、雨だなんて天気予報で言ってた⁉』

 急遽みんなで雨宿り出来る場所を探し、この後の活動について緊急会議となった。

『あたしゃもう帰りたいね。こちとらまだ蓄えはあるんだ。あんたらもこんな雨ん中歩き回って、風邪でも引いたらそれこそ大変だろ』

『そうしたい所だけど……でも天気が悪いと、人の心が不安定になるから魔獣が出やすいじゃない?一匹でも二匹でも、増殖されないうちにいたら潰しておいた方が、

 …………分かった、じゃあ今日はお休みにしましょう。私は軽く街を見回ってから帰るわね』

『私も同行させて貰うわ』

『あら、ありがとう暁美さん』

 マミさんが魔法のリボンを束ね、鮮やかな黄色い傘を作り出してさす。ほむらさんを傘の下に誘ったが、プイッとそっぽを向くほむらさん。マミさんはちょっとだけしょんぼりとしながら、もう一本傘を作ってほむらさんに渡した。それから、杏子さんと私にも傘をくれた。

『……あーもう、分かったよ。あたしも行く。奈尾を家まで送って行ったらな。

 奈尾、あんたはもう家に帰りな。あんたには色々教える事はあるが、そいつはまた今度だ』

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 ということがあったのが一週間位前かな?

 私は家の―――私をちゃんと家族の一員として受け入れてくれる、何も気を遣う必要のない日番谷の家で、自分の部屋でゆったりごろごろしながら、マンガやなんか見たりしていた。

 私は数日前、ナビゲーターとしての初めての仕事を終わらせたばかりだった。山音(ヤマネ)さんと言う、ちょっと不安定な所もあったがとっても優しくて、そして他の人にない物を持っている人を担当した。

 最初は上手く行っていたかと思っていたが途中でヤマネさんの思わぬ事情が発覚し、最終的にかなり強引な方法で何とか無理矢理収集をつけた。

 正直言って、いい仕事をしたとは言えないと自分では思う。私は最初、ヤマネさんが心に抱えている闇の気配を薄々感じつつも、気づいて対応する事が出来なかった。いつもあんな事では、死者の魂を導くナビゲーターなんてやっていられない。

 もっと経験を積まなきゃ。ナビゲーターとしても、それから魔法少女としても。

 もっと人が助けられる様になりたい。そうしてもっと周りに広げて行きたい。

 あの日、さやかさんに貰った、暖かい気持ちを……

 

 そう思ったら、何だか急に不安になって来た。これがプレッシャーと言う奴か。

 家にいる時はのんびりして英気を養いたいのだが、一度考えだすと不安感は私の心を侵食していき、段々マンガの内容も頭に入らなくなって来た。

 私、大丈夫かな。うまくやって行けるかな。

 

 その時だった。

「奈尾~、お~い」

 部屋の外から呼ぶ声が聞こえた。

「は~い」

 

「お母さん、どうしたの」

 このお母さんと言うのは、もちろんこの家に最初から住んでいる、「今の」お母さんだ。

 あっこは両親の事を「たんたん」「まーちゃん」とまるで友達の様に呼ぶ。

 最初は私もそう呼んでいいよと言われたのだが、流石にいきなり「まーちゃん」とかはハードルが高く、かと言って、「拓真さん」「摩耶さん」ではよそよそしすぎる。

 最終的にスタンダードに「お父さんお母さん」に落ち着いた次第である。 

「いや、今、宅配便?が届いてさ」

「宅配便がどうかした?」

「奈尾宛てに」

「え?」

 お母さんが指さした大きな段ボール箱に目をやる。

 一見普通の宅配便に見えるが、確かに私の名前と住所が書いてある。孤児院の住所じゃなく、お父さんやお母さんの名前でもなく。

 私がこの家に来てからまだそんなに日にちは経っていないというのに、一体誰が私に荷物なんか送って来たんだろう。そう思いながら差出人の名前を見て二度驚いた。

 

「ヤマネさん⁉」

「友達?」

 

 差出人の名前の所にはなんと「渥美山音」とだけ書いてあり、住所は空欄になっていた。

 お母さんの話によると、チャイムに答えて外に出てはみたが誰もおらず、家の前に荷物だけが置いてあったらしい。

「取り敢えず、開けてみちゃったら?」

 思いがけない贈り物にびっくりしつつ、お母さんに言われてテープを剥がして箱を開けてみると……

「「わぁーっ、さくらんぼだぁ!」」

 箱の中にはつやつやとした大粒のさくらんぼが、綿に包まれて一杯に詰まっていた。

 それから、便箋に綺麗な字で書かれた手紙も。

 

「芽育奈尾さま

 

 暑さもだいぶやわらいでまいりましたが、いかがおすごしでしょうか。奈尾ちゃんの住んでいるまちでも、おひさまは照っていて、ひまわりやあさがおの花は咲いていたでしょうか。

 突然おくりものをさせていただいてごめんなさい。この前はおせわになったから、どうしてもあらためてお礼をしたかったんだ。

 奈尾ちゃんが守ってくれたあの山の自然は、わたしだけじゃなくて、市のみんなにとっての宝でした。これからもずっと守られていってほしい。守られて行くと信じてる。

 おかげでわたしも、未練なくここまで来ることができました。

 そんな感謝のきもちをこめて、野乃中市の名物のさくらんぼを送らせてもらいました。

 いつか、もういちどわたしのまちにきてほしいな。派手なものはないけど、きっとこころがやすまる場所だとおもうから……

 奈尾ちゃんの健康とご長寿をこころからおいのりしております。

 かしこ。

 

 渥美山音」

 

「つまり仕事の報酬……って事かなぁ」

「なになに?奈尾の学校の話?」

 つい、口をついて出た独り言にお母さんが反応したので、笑って誤魔化した。

 まあ、何とかなるだろう。改めて感謝の気持ちを受け取ったら、何だか急にそう思える様になった。

 大丈夫だ。きっと一つ一つの仕事に真剣に向き合ってさえいれば、相手に気持ちは伝わる。

 ハッスル、ハッスル。やるしかないなら、やり切るだけでしょ?

 そんな感じで、私は明日も生きて行く。みんなを助ける為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奈尾は山音から報酬としてさくらんぼを手に入れた

 お仕事完了。お疲れさまでした

 

 まだまだ新人ですが、これからの仕事もよろしくお願いします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

㊙個人情報に付き持出厳禁

 

 

【挿絵表示】

 

 

名前:芽育(めぐみ)奈尾(なお)

年齢:13

出生地:風見野市 西風区(にしかぜく) 花ヶ丘町(はながおかちょう)(現在の活動拠点は見滝原市)

誕生日:12/12

血液型︰A

 

好きな物事、趣味:中華料理、特に杏仁豆腐。ハンバーグ。ボーカロイドが歌う楽曲、好きなPはれるりり、じん、ナユタン星人。ラブライブ!のアニメ。歌やダンス。ジャンル・年代問わず漫画全般、特に好きなのは「僕のヒーローアカデミア」。Vtuberの月ノ美兎。たこパ、即ちたこ焼きパーティ。他、多趣味。

嫌い・苦手な物事:あらゆる豆類、特にグリーンピース。うなぎ(うなぎそのものも、食べるのも)。上から目線な相手。自分を甘く見られる事。叱られる事。球技全般、特にバスケ。絵を描く事(壊滅的)。

口癖:「ハッスル、ハッスル」

特技:歌。こぶしやビブラートも綺麗にこなす他、喉がかなり丈夫でいくら大声を出しても声が枯れない。

 

ソウルジェムについて:単一乾電池に似た形をしており、帽子に収まっている。タイガーアイの様な金色。

武器:ペン。空中に魔方陣を描き、そこから火炎弾を発射する事で攻撃する。また、ペン自体を剣や槍に変形させる事も可能。

契約時の願い:「かつて自分を助けてくれたさやかにもう一度会いたい」。結果的に『円環の理』までワープしてしまった。

固有魔法:「霊なる世界への干渉」。『円環の理』までジャンプ出来るのみならず、霊的存在を視認したり、自身が霊化する事も出来る。生と死を越えたイレギュラーな能力であると言え、ソウルナビゲーターとしての仕事に役立っている。

 

 明るく前向きで、思考がシンプル、ちょっとドジな所もあるが、あまりくよくよと悩んだりしない性格。

 そうした現在の性格があるのも、暗い過去を乗り越えた経験があればこそである。抑圧されていた時期からの反動か、好奇心が強く、興味を持った物には取り敢えず手を出してみるタイプ。

 常に他人の顔色を窺う事を強制される環境にいたせいか、相手の本質や善悪を見抜く洞察力・共感能力に優れている。

 かなり器用で、大抵の事は一時間習えば基礎は覚えてしまう。

 同い年の子と比べても背が低く、見た目が幼い。

記述:さやか




 と言う事で、主人公の自己紹介編でした。長らくお待たせし過ぎでしたね。
 私はまどマギやその外伝の世界には自分の感情を伝えたり、相手の気持ちを汲んだりする事に普通の人より長けている人間が一定の割合でいると思っていて(ほむらの心中の空虚さを感じ取ったさやかや、織莉子に敗れかけていたマミ・杏子を奮起させたゆまなんかがその部類だと思います)、奈尾はそう言った人種の中でも、特に強い能力を持ったキャラと言うつもりで描いています。


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第3話 操つばめ、14、高原市
1 よくもこんなマギアレコードを!


 少しは友達を信じてよ

 

 空の星に負けじと、赤や緑に輝く高層ビル。

 だが奈尾達のいる見滝原市とは違い、この街には海から吹く風が潮の香りを運んでくる。

 ここは、神浜市。多彩な人々と、不思議な噂で成り立つ街。

 そんなこの街で、月のない夜、花火ならぬ火柱が大地から吹き上がった。

 

 

 

 

 

 

「うわあああっ!」

「くっ、きゃあああっ!」

 火炎を噴き出す。腕を振り回し、周囲を破壊する。

 そんなまるで怪獣の様な相手と戦っているのは、意外なり、二人の少女であった。

「~~~ッ! やちよさん、平気だったか⁉」

 髪をポニーテールに結った片方は鎧に身を包んでいたが、身軽で、肌が出ている部分が多く、騎士と言うよりかはどちらかと言うと古代ローマのグラディエーターの装備を女性らしくした様な装いである。剣、と、呼ぶべきなのだろう、でかい鉄板に持ち手を付けた様な、大雑把な得物を地面に突き立て、その陰に隠れる形で自分と、もう一人の仲間を庇った。

「ええ、大丈夫よ……ごめんなさい、庇って貰っちゃって……ただ、それでも大分余波があったわね……」

 やちよさん、と呼ばれた、その後ろの年長の少女が呻いた。身体と半ば同化した、半液体状の神秘的な服で身を包んでいるが、動きを阻害しない程度に鎧も着ており、やはり戦いの為の装束である事が分かる。こちらは独特の形状の、槍に似た長物(ながもの)で武装している。

 その時、二人に手痛い攻撃を浴びせた敵が何処かに歩き出そうとした。槍を持った方が相手に踊りかかる。

『邪魔しないで』

「行かせない、市の外に出す訳には行かない!」

 彼女達魔法少女にはそれぞれ担当する土地、言い換えれば縄張りが存在する。例え逃がした相手を追いかけるためだとしても、他所様の土地に無闇に立ち入る事は、縄張りの主を刺激してしまう事を意味する!

『あなたたちの事情なんか知らない!』

 敵はやちよを振り払おうと、鋭い攻撃を連続して繰り出す。が、やちよもさるもの、攻撃を紙一重で躱しながら、敵の周りを素早く旋回しつつ反撃を繰り出した。

『この……ッ!』段々と敵の意識が彼女に集中していく。

 やちよに完全に気を取られていたそいつは、彼女を飛び越えて上から飛びかかって来たもう一人に気付かなかった。

「おりゃぁぁーーーーーーーーーーー!!!!!!」

『うわあっ!』

 咄嗟に両手に持った武器で受け止めたが、二つともへし折られてしまった。

「へっ、どんなもんだっ!」

「ももこ! 気を抜かないの!」

 ももこと呼ばれた少女が得意げな顔で言うが、すぐにやちよにたしなめられてしまった。何か言おうとするももこだったが、すぐに、先輩の言う事は素直に聞くべきだと思い知らされる事になる。

『グルルルルルルルッ……!』

 押し負け、地面に尻餅をついた敵が不気味な唸り声を上げ始めた。

 荒い呼吸と共に口や、服のすき間から炎がシューッ、シューッと噴き出し、徐々に身体を包んでいく。

「何やって……」

「炎を……纏っている……?」

『そうだよ』

 彼女達の敵は、立ち上がり、どんどんその姿を大きくしていった。やがて、そいつを包む炎は、耳まで裂けた口に鋭い牙を生やした恐ろしい形相の怪物の形をとる。

『ザコ共がぁ。手加減してやってたからって調子乗ってんじゃねぇぞ』

 そう言うと、炎の怪物は大きく息を吸い込み始めた。次の攻撃を受けたらヤバい……やちよとももこが身構える。

『アタシは最強。この土地の(REX)だ。逆らう奴は……ヒヒヒッ、死刑にしてやるよ……』

 逃げて距離を取るよりも早く、視界を埋め尽くす程の大量の炎が吐き出された。お互いを庇う暇もない。熱は風を呼び、二人は凄まじい温度に弄ばれた。

 

『がおろろろろろろあッッッ!!!!!!! ごおおおおおおあああああああああっ!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やちよが目を覚ますと、ももこも自分と同じ様に、近くに倒れて気絶していた。

「ももこ! ももこ! しっかりして!」

「う……ん……」

 (おか)に上げられたタコよろしく、全身ぐったりとして力が入らないももこ。彼女もやちよも変身が解け、服の端が焦げていたり、顔に魔法少女の驚異的な治癒力によって火傷が治った痕があったり、酷い有様だった。 

「ほら、大丈夫? 生きてる?」

「もうすぐ死んじゃうか……も……」

「…………冗談でも死ぬなんて言わないの」

「はは……ひどいな……やちよさんが先に言ったんじゃん」

 肩を貸して立たせて貰う。

 

「あいつ……逃がしたの……?」

「ええ……でも、取り敢えず今は一旦休む事にしましょう。私も……ぐっ……相当キツいし……みたまの所で診て貰った方が……」

 

 やちよが澄んだ瞳で空を仰いだ。風が長い髪をなびかせる。ついでにその風に乗って、鋭い雄叫びが聞こえて来る気がした。

『がおおおおおお……ん……』

 

「……なるべく早めに回復して、隣の市に連絡を取らなきゃね。あれを野放しにしたら……何が起きるか分からない」




 バトル以外の比重を重くすると言ったな、
 あ れ は う そ だ

 といったようなわけで、今回かなりバトル編です。
 というかお久しぶりです。大変長らくお待たせいたしました。
(前回の更新いつだっけ? 一年前……⁉)
 忙しいこともありますが、気長に待っていただければ必ず更新しますので……!


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2 思い出ボロボロ

『……♪♬……ふん、ふん……♩……』

 

 あの時あたしが口ずさんでいたのは、何の曲だったっけ。

 子供の(よう)に追いかけっこをしながら。

 

『…………ら、ららららん、らん、らんらんらん♩』

 

 ああ、『くるみ割り人形』の『行進曲』か。未練だねぇ。今でも鼻歌を歌うと、まず出て来るのはクラシック曲だ。他の子はK-POPとかドラマの主題歌歌ってるのにさ。全く勘弁して欲しいや。ははは。

 

『らった、らった、らった、らった♬らった、らった、らった、らった♪』

 

 

 

 ……白と黒だけの世界。

 くしゃくしゃにした紙みたいな空に、人間の目の様な赤い太陽が浮かんでいる。

 軽やかなスキップで追いすがって来る黒い触手から逃げつつ、鼻歌混じりに剣を次々相手に投げつける。

 (うずくま)った女性の形をしたなにかの影が、刃を突き立てられて血を吹いた。

 

 ふと、脇腹を見れば、鋭く尖った枝がぐっさり刺さっている。

 痛みが全くないのが何だか笑えて、本当に面白くなって来ちゃって、腹から抜いた枝で、もう二・三か所、胸や腕を刺してみた。どくどくと血が溢れ出し、それを手ですくって顔に塗ったくった。

 

 まどかは結界の隅の方で、自分の身体を抱えてぶるぶる震えてる。

 杏子は口を閉じるのも忘れて突っ立ってる。

『だん♪だだだだん♬だん♩だんだんだん♬』

 機嫌よさげに歌いながら、まだぴくぴく動いている黒い塊を剣でばんばんぶっ叩く。

 ……何やってんだろうな、あたし。

 やがて魔女の死体は動かなくなった。

『……………はあ、痛みを消せるってのも中々面白いもんだね』

 あたしがそう呟いた瞬間、それから鋭い刃が飛び出した。

 

 

 

『……んー? どうなったんだ?』

 口ではそう言っていたが、本当は分かっていた……

 魔女には巨大な槍が突き立てられ、完全に事切れている。杏子がトドメを刺したらしい。

 ……その隣に、首を失ったあたしの身体だけがぼへっと突っ立っていた。

 

 身体をこっちに呼び寄せ、落ちて転がってる頭を拾わせる。不思議な感覚だった。

 すぐにくっつけようかと思ったが、その時ふと、まどかがこっちを見て固まってるのに気づく。泣きそうな顔が、ちょっとだけ嗜虐心を刺激して、イジってやりたい気分が湧き起こった。

『ははは、何だこれ、ウケる。見てみまどか、ほれ、ほれ』

 ヤケクソになってるあたしは自分の首をまどかに投げてパスするふりをしたり、首をわざと変な角度に付けて見せたりする。

 その度にまどかはひいい、とか何とか悲鳴を上げた。

『いい加減にしろよ……!』

 そんな事をやって遊んでいたら、変な角度、後ろ斜め60度位の位置から声がする。

 首を付け直して顔を真正面に向けると、杏子に胸ぐらを掴まれていた。

『いくら身体から魂を抜かれたからってな、進んで人間を捨てようとしてどうすんだよ』

『他人の事なんかどうでもいいってのがあんたの流儀じゃなかったっけ? あたしの事もほっといてよ』

 突っぱねた。突き飛ばして、手を放させた。ついこの間まで冷血ぶってたくせに、ぶっきらぼうな言葉の端から見える善意がウザくてしょうがなかった。

 杏子はちょっと言葉に詰まったが、放っておいてくれようとはしなかった。

 こいつの事情は聞いた。あたしとは思考回路が違うだけで、悪い奴ではないんだ。……分かってるけど。

『……目障りなんだよ。あんたみたいなぶっ飛んだ奴が近くにいたら……』

『おまえ何様だよ。佐倉杏子』

 だけど、あたしももう少しで限界の所で、最後の意地が残ってて、おそるおそる差し出された素直じゃない好意をぶん投げてしまった。

『あんたに何を言われようが、人を襲う魔女を倒してるだけあたしの方がマシでしょ? あんたみたいな……他人の命だろうが平気で犠牲にする、クズみたいな魔法少女が多すぎるから! あたしが埋め合わせをしなくちゃならないんだっ!』

 あたしは最後まで正義の味方でいなくちゃならない。

 目に涙が溜まっても、先輩に託された意志を無駄にしない為に、こいつみたいに現実に妥協して生きる訳には行かなかった。

『ほんとの人でなしってのは! あんたみたいな奴を言うんだよ! ばーか! 魔女に喰われて死んじまえ! ……まどか行こう、もう用は済んだ』

 子どもみたいにぶちまけると、涙をさっと拭ってあたしはそっぽを向いた。

 結界がゆっくり崩れて行く中、あたしはとっとと歩いて行こうとしたが、急にクラっと来て転びかける。まどかがあたしの身体を支えてくれた。

『あー、ありがとう』

 

 豪雨が暗い夜を洗い流して塗り替えようとしてる。

 あたし達の戦いは、誰にも知られず、闇に溶けて行く。

 帰り道の間、まどかはずっとあたしに話しかけて来た。

『さやかちゃん、あんな戦い方ってないよ……』

『しょうがないよ、あたしまだ弱いんだから』

『でも、あんな事続けてたら、さやかちゃんがどうにかなっちゃう……』

『どうせもうヒトじゃないんだから同じなんだってば!』

 

 

 

 

 

 どうしてあなたたちはかえすもののないあたしにそんなにやさしいの?

 

 

 

 

 

 あの頃のあたしは、自分の中の矛盾と戦ってたなぁ。

 本当は、刺々(とげとげ)しい言葉ばかり振り撒きたい訳じゃなかったのに。

 

 そしていい友達に一番恵まれていた時期でもあった。

 

 記憶って厄介なもんだね。ひとつ思い出そうとすると、余計なのがいっぱいついてくる。

 

 忘れたいけど記憶に焼きついて離れない。っていうか忘れちゃいけない。

 もっと色々やり方あっただろ、あたし。黒歴史だな。

 

 あー、やっぱやめよう、この話。また謝りあいになっちゃうよ。

 

 ……最近思うのは、あたしは世界なんか全然守れてなかったし、大したもんも残せなかった。それでもさ。

 

 これから世界を救う誰かの力になる事はできると思うんだ。

 

 奈尾はね……あの子が生きていてくれるからさ、あたしがしてきた事は無駄じゃなかったんだって、思う事ができるんだ。

 

 ……()()()()()()()()()()()()()って? ふふふふ、ありがとう。

 

 あの子は、責任持ってあたしが面倒見るから。




「というわけで、3話はさやかちゃんがナレーターで~す!」


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