アルマロスinゼロの使い魔 (蜜柑ブタ)
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プロローグ

アルマロス(ラスト後)召喚。




 

 太陽も沈みはじめ、青空が青と赤が混じった夕日の独特の色へと変わる時間帯。

 何度も何度も爆発音が響き、風が煙を運ぶという光景が繰り返されていた。

 春の使い魔召喚儀式。

 トリステイン魔法学院の進級試験で行われる、恒例行事だ。

 すでにひとりを除いて、生徒全員が召喚と契約を済ませた。しかし除かれているそのひとりの生徒だけがまだ召喚すらできていなかった。

 その生徒の名は、ルイズ。

 なぜか魔法を使うと爆発するという失敗をしてしまう特異な存在で、基本的な魔法すら使えないことから魔法成功率ゼロ、ゼロのルイズという不名誉な二つ名をつけられてしまった高名な貴族の令嬢である。

 すでに数えるのも億劫になるほどの爆発で、彼女の体は煤だらけ、口からケホリッと煙を吐いてついに膝をついた。

「ミス・ヴァリエール。今日のところはここまでにしましょう。」

 見かねた教師コルベールが彼女にそう言った。

「いいえ! もう少し、もう少しだけ! やらせてください!」

 しかしルイズは、ボロボロで疲れ切っているにも関わらず声を張り上げた。

 誰が見てもルイズが限界であることは分かる。失敗ばかりのルイズに野次を飛ばすのも飽きてしまったルイズをゼロと見下す同級生達ですら、ルイズの痛々しい姿と諦めの悪さと根性にはからかう言葉すら出せなかった。

 コルベールは、ルイズのいまだ折れぬ意思を宿した目に射抜かれ、仕方なくあと一回だけだと許可を出した。

 ルイズは、最後のチャンスに残った力をすべて集中させる。

 体中が痛むし、口の中は砂利や煤で今すぐうがいをしたいぐらいだ。

 だが彼女は諦めない。

 彼女が高貴な家系で生まれたにも関わらず、その名に傷をつけてしまうような落ちこぼれを挽回したいという彼女のプライドが彼女を動かしていた。

 メイジ主義社会において、魔法がろくに仕えないメイジは、下手をすると平民よりも立場が悪くなる。

 実際、ルイズは、魔法が成功した試しがないために、実家の平民の使用人にすら陰口を言われたことすらある。

 負けたくない。

 十代半ばの少女が背負った名家の令嬢という肩書と、メイジの血筋でありながら魔法を成功させたことがない自分を見下し馬鹿にしてきた奴らをギャフンと言わせてやりたい。

 そのために努力してきた、成績も首席である。しかし魔法が使えない、たったそれだけですべての努力を認めてもらえない。

 だからルイズは、なんとしても進級試験のサモンサーヴァントを成功させたかったのだ。

「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ! 強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!」

 ルイズは、最後の力を振り絞ってサモンサーヴァントの呪文を唱えた。

 そして爆発が起こった。

 試験が始まってから一番の爆発だった。

 やはり駄目だったかという空気が場を支配する。

 ルイズは、ついに両手を地面について項垂れた。

 もう限界だった。

 やはり自分は、ゼロのままなのか。

 疲労によりルイズの心は、挫けそうになっていた。

 もうもうとあがる煙。

 大きな煙の中から、何かがゆらりと動いた。

 巨大な……、何かが。

「ミス・ヴァリエール! 逃げるんだ!」

 気付いたコルベールが叫んだ時。

 煙の壁を破って黒い巨体がルイズに向かって倒れてきた。

 ルイズは、顔を上げて、呆けたように口を開けて倒れてくる巨体を見上げていた。精神も肉体も酷使した彼女は、状況を全く把握できていなかった。

 コルベールが素早く魔法を使おうとしたが、放った魔法はなぜかルイズに当たる直前で消え失せてしまった。

 驚愕するコルベールをよそに、動けないルイズの上に黒い巨体が倒れこんだ。

 地響きが起こり、呆気にとられていた他の生徒達が我に返って騒ぎ始めた。

「ゼロのルイズが潰されちまったぞ!」

「なんなんだあれは!?」

 生徒達は、ルイズが召喚したと思われる巨大な何かを見て混乱した。

 表面は、黒く、ゴーレムのように見えるが、ところどころ欠けており、手と思われる部分は肘あたりでもげてしまっている。

 頭部の欠損が一番酷く恐らく口のような形をしていたと思われるその部分は上顎がなくなり下顎だけで、あと太い尾が生物的な印象を与える。

 あれがゴーレムだとすぐに判断できない理由は、ところどころ欠けた部分ともげてしまった腕の部分からまるで水を連想させるような鮮やかな青い組織が輝いていたからだ。

 

 

 一方、召喚した黒い何かに押し潰されたかに思われたルイズだったが、ルイズは、無事だった。

 倒れてきた巨体が膝を曲げた状態で前のめりに頭から地面に倒れて、下顎が地面に刺さり、結果この黒い巨体の上半身と地面の隙間ができて、小柄なルイズは潰されずにすんだのだ。

 召喚に成功したこととか、召喚したモノに危うく潰されかけたことよりも、ルイズは、言葉を失ってしまうものを見て硬直していた。

 鈍い黒い色に染まったゴーレムのようなそれの胸のあたりだろうか。

 そこにぽかりと開いた丸い穴の中から、人間の顔と上半身の一部がちょうどルイズの目の前に見える状態になっていたのだ。

 穴の中の人間は、灰色の癖の強い長い髪の毛も、引き締まった頬とぽってりした鼻、優しげなラクダ目は、固く閉じられており、まるで彫刻のように精気が感じられない。

 使い魔召喚儀式は、召喚した物と口づけを交わすコントラクトサーヴァントという魔法を使い使い魔のルーンを刻むまでが儀式だ。

 ルイズの前の前に見えているこの人間の男性…と思われる部分が、この巨大な物体の本体なのだろうか?

 正体不明のこの物体と使い魔の契約を結ばなければならないのか。

 ルイズは、落ち着いてきたため、冷静に状況を理解しつつあった。

 そもそも…、彼は…、生きているのだろうか?

 ルイズが見る限りでは、黒い巨体に埋め込まれている彼は、呼吸をしているように見えない。。

 動ける範囲で首を動かして見ると、彼が埋め込まれているこの黒い巨大な物体も傷ついている。傷口から見える鮮やかな青さは、とてもゴーレムのものとは思えなかった。

 その時、ルイズの耳に微かなうめき声が聞こえた。驚いて生気のない男の方に向けると、さっきまでピクリとも動く気配がなかった彼が、苦しそうに顔を歪めか細いうめき声を漏らしていた。

 生きている。彼は、死んでいない。

 ルイズは、そのことになぜか酷く安堵した。

『フォゥゥ……オォォォ……。』

 聞いたことがない高い音がにぶい灰色の唇から発せられている。

 彼は、苦しんでいる。

 そして、彼の苦しみに反応したかのように彼が埋め込まれていた黒い巨体がブスブスと煙を出しながら崩れ始めた。

 ああ、このままでは、いけない!

 ルイズは、彼が死に向かって…、いや死よりももっと辛い方へ向かっていることを本能的に理解した。

 助けなければ!

 ルイズの頭に、儀式を成功させるという考えは消え失せていた。ただ、彼を助けたい。それだけを考えた。

 だがどうやって助ければいいかまではまったく考えられなかったが体が咄嗟に動いていた。

 ルイズは、彼の顔に手を伸ばした。

 触れた彼の頬は、氷のように冷たく、温かさがまるでなかった。

 そんなことなど些細なことだと気にせず、ルイズは、彼の口に自らの唇を重ねた。

 その時、とてつもない白い光が黒い巨体を包み込んだ。

 

 

 ルイズに向かって倒れた黒い巨体が煙を出しながら崩れ始め、それからすぐに儀式の場所を眩しく照らす強い光が黒い巨体を包み込んだ。

 あまりの眩しさに同級生達もコルベールも腕で光を遮り、目を閉じざるを得なかった。

 ややあって光が治まっていき、巨体に潰されたかと思われたルイズが無事だったことが分かった。

 コルベールが慌てて彼女に駆け寄ると、ルイズが呆然と見つめる先にある、徐々に小さくなっていく光をコルベールは目で追った。

 光はやがて球体となり、その中に、ひとりの長い髪の毛の男が胎児のように体を丸めていた。

 光がゆっくりと地面に降りると、光は、消え、男は、ゆっくりと地面に横たわった。

 男の体は、人間と変わらない造形であったが、違う部分は、首の後ろの背中辺りに、尻尾のような黒くて長いものがあることだけだ。

 尻尾みたいなものを抜けば、無駄のない美しい筋肉の人間の裸体なのだが、体つきは一見男性のように見えて、性別を判別する性器らしきものがなかった。

 横たわった男の様子を見ていると、次の瞬間、黒いオーラのようなものがどこからともなく出てきて男の体に絡みつき、男の体を覆う黒い鎧へと変わった。

 指を覆うものと、鎧の隙間には、ほんのり青い色が覗いている。下地だろうか?

 この鎧は、肉体と同化しているのだろうか、鎧の左手と右胸に、ルーンが淡い光を発していた。

「これは…、珍しいルーンですね。」

 コルベールは、一応ルーンの形をメモした。

 ルイズは、地面にへたり込んだまま、倒れている青年を見つめていた。

 癖の強いアシッドグレイの長い髪の毛、長い髪の毛を何本もの束にまとめるため先端や頭頂部などにシンプルな金色の髪飾りがあり、キュルケよりも濃い褐色の肌、厚い唇、引き締まった頬、優しげなラクダ目。

 いまだ閉じられたままの瞼には、長い睫毛がある。

 ルイズが男の顔を見ていると、男の瞼がピクピクと動いた。どうやら目を覚ましそうだ。

 そして次の瞬間、カッと瞼をあげた男は、飛び上がるように上体を起こしてかなり慌てた様子で周りを見回した。

「お、落ち着いて…、大丈夫だから。」

 ルイズが声をかけると、男はルイズの方を見た。

 ルイズは、ハッと息を飲んだ。

 男の両目は、鮮やかな海の青さをそのまま再現したかのように美しい青い色をしていたのだ。

「きれい……。」

 ルイズは、無意識にそう口に出していた。

 男は、きょとんとした顔をした。

「あ、あの、ミスタ。」

 コルベールが慌てて声をかけた。

 男がコルベールの方を見た。

「私の言葉が分かりますか?」

「……」

 コルベールの言葉に、男は困った顔をした。

「その様子ですと、私共の言葉は理解できているようですね? 使い魔のルーンも刻まれて、どうやら無事にコントラクトサーヴァントは成功したみたいですよ、ミス・ヴァリエール。」

 コルベールは、地面に座り込んだままのルイズにそう言った。

 それからコルベールは、男に向かって次の質問をした。

「喋れないのですか?」

 質問を聞き、男は頷いた。

 そして自分の喉を指さして。

「フォォォォオオオ…。」

 っという、独特の甲高い音を口から発した。

 コルベールも、ルイズも、その声を聞いてびっくりしたため一瞬体が跳ねてしまった。

「その声しか出せないんですか?」

 男は、頷いた。

 コルベールは、腕組をして少し考えた。

 言葉を理解できるなら、筆談などの別の手段でコミュニケーションを取ることは可能だ。

 しかしこの正体不明の男に文字を書く能力があるのかどうかという疑問が湧いた。

 するとコルベールの考えを読んだかのように、男は、地面に指で字を書いて見せた。

 ハルケギニアの文字だ。

 『字は、書ける』。そう書かれていた。

 コルベールは、それを知って安堵した。筆談は可能なら、あとは、ルイズとの交流を積み重ねて筆談なしで意思の疎通ができるようなればいいと考えたからだ。

 すると男が、立ち上がった。立ち上がってみると、まあ中々に長身である。

 その立ち姿から、彼が何かしらの武術の達人であることをコルベールは見抜いた。

 男は、いまだに地面にへたり込んでいるルイズに手を差し出した。

 ルイズは、導かれるままその手を握り立たせてもらった。

 小柄なルイズと並ぶと、その身長差はすごいことになっている。

「ねえ…、あんたの名前…、なんていうの?」

 ルイズは、たどたどしく尋ねると、男は、ルイズの掌に指で字を書いた。

「ア…、ル…、マ…、ロ…、ス? アルマロスって言うの?」

 男は、頷き、柔らかい微笑みを浮かべた。ルイズの手を握る彼の手は、まるで水のようにひんやりとしていて冷たいが、ルイズの小さな手の扱い方は本当に優しいものだった。

 ひんやりした冷たい手とは裏腹に、とても暖かい彼の仕草に、ルイズは、ボッと顔を赤くした。

 ルイズの様子を見て、アルマロスは、分からないのか、首を傾げた。

 

 

 

 ハルゲニアのある宇宙とは、別の宇宙で人間に憧れて、神に背き、堕天した天使達がいた。

 アルマロスもそのひとりであった。

 グレゴリと呼ばれる下級天使だった堕天使達は、堕天に成功はするが大きなダメージを受けたため一気に老化したり、アルマロスのように声を失ったりしたが、冥界の王ベリアルと契約を結び、生命維持装置としてウォッチャースーツを手に入れた。

 冥王ベリアルとの契約で、堕天使達は、肉体が滅んだ時、その魂をベリアルに奪われなければな無くなった。しかし彼らはそれを恐れはしても、それを上回る理想と覚悟があったので堕天したことも、ベリアルと契約したことにも後悔はなかった。

 そして自分達を崇拝する人間達を共にタワーに住み、それぞれが憧れた人間の魅力を実現した理想の世界を形成していった。

 その過程で人間との交わりにより、ネフィリムという呪われた存在がたくさん生まれることとなった。

 禁忌の存在であるネフィリムは、共食いをし、やがて炎のネフィリムになって地上を焼き払うほどの脅威となってしまう。

 そこで神は、洪水計画によって炎のネフィリムを地上に生きる者達もろとも駆除しようとしたのだ。

 人間でありながら神の国の書記官として召し上げられたイーノックが、地上の洪水計画を阻止するために堕天使束縛の任につき、アルマロスを含むすべての堕天使達が永遠の牢獄に繋がれたはずだった。

 アルマロスは、かなり遅れて堕天した時、不幸にもタワーに向かって墜落した。そこでネザー化したアラキエルが身を徹して彼を受け止めたため、地上に衝突することは防げた。結果アラキエルは死亡し、その魂は彼のネフィリムに取り込まれ、アルマロスが管理することになる階層の水の中で水のネフィリムとして存在することになり、死ねばベリアルに魂を奪われることを警戒していた堕天使達に、ネフィリムに魂を預ければベリアルに魂を奪われずに済むという対策を知るに至った。

 そのおかげか、堕天使達の中で比較的ダメージが少なく(それでも声を失ったが)、生命維持装置であるウォッチャースーツを脱いでも多少は活動できた。

 アルマロスは、堕天したものの純粋に人間を愛し、人間同士の友情に憧れていた。だから堕天したことで敵同士となってもイーノックのことを親友として見ていた。

 イーノックがイシュタールの骨を求めて冥界に下りた時は、イーノックを現世へ戻すための死者の腕を使い冥界の王ベリアルの目を掻い潜って彼を助けたりしている。

 なのでアルマロスが管理する階層にイーノックが来た際には、露出が多い踊り子の恰好をして派手なステージで彼を出迎えた。さすがに戦う時はウォッチャースーツを着込まなければならなかったが…、アルマロスは、ウォッチャースーツが苦手だった。

 そう言う意味では、堕天した天使勢の中で、アルマロスは、一番の変わり者だったと言えるかもしれない。

 アルマロスは、人間に憧れるきっかけとなったイーノックを第一に考えていた。だから冥界に誘拐されたナンナという人間の少女を救うために危険を承知で冥界の最下層まで飛び込んでいったイーノックを救いに行くために、イーノックと旅路を共にする大天使ルシフェルに言われるまま冥界に下りた。

 そしてベリアルの闇の力に侵されたイーノックを救うために命を懸けて戦い、闇の呪縛から解放もした。

 しかし怒ったベリアルに捕まり、更にアルマロスにイーノックを助けるように仕向けた大天使ルシフェルによって冥界に置き去りにされ闇に飲み込まれてしまった。(この件については、今までグレゴリの天使達が堕天するのを時間操作で阻止していたルシフェルが、今まで参加しなかったアルマロスに邪魔をされてしまい堕天を許してしまったのが関係しているとかしてないとか?)

 そして、色々とあったが、復活したイーノックの前に再び現れたアルマロスは、もはやアルマロスではなくなっていた。

 ネザー化。それは、堕天使が堕天使になる時に、たった一回だけ使える最後の手段。これを使えばせっかく手に入れた人間の肉体を失い、怪物の姿に変り果ててしまう。

 ベリアルの闇と冥界の瘴気によって強化されたネザーとなったアルマロスは、ベリアルの手先にされ、ベリアルに見限られたアザゼルにとどめをさし、イーノックと戦った。

 他の堕天使達とネザー化しても意識はしっかりあった他の堕天使と違い、冥界の底で闇にどっぷり漬かってしまったアルマロスの心は、消えかけていた。イーノックの旅路を補佐してきたアークエンジェル達が諦めろと言うほど手遅れな状態だった。

 そんな状態のアルマロスがイーノックを見て、望んだのは。

 イーノックに自分を倒してもらい、闇の束縛から解放してもらうことだった。

 そして、望み通りイーノックに倒され、浄化されて消えていく最中アルマロスは、正気を取り戻し、失った声で、口の形で、イーノックに伝えた。

 『ありがとう』と。

 そしてアルマロスは、他の堕天使同様に永遠の牢獄に送られたはずだった。

 しかし牢獄に送られる途中で七色の鏡が出現したのだ。

 肉体を破壊されてから送られてきたアルマロスがそれを回避することができるはずがなく、そもそも鏡があったことすら知らないまま、彼は鏡の向こう側にある別世界へ召喚されることとなった。

 ルイズという少女によって召喚されたアルマロスは、なぜか倒される直前だったネザー体のままだった。

 アルマロスを創造した神も、堕天使た後生命維持装置としてウォッチャースーツを与えたベリアルもいない別世界で、下級天使でしかないアルマロスが存在を保てるはずがなく、このまま崩れて消滅するしかない状態だった。

 それをルイズが救った。

 ルイズが口づけをした瞬間、アルマロスは、ハルゲニアに存在する二つの大きな力によってこの世に存在することを許されたのだ。

 左手と、右胸にあるルーン。

 それは、ブリミルの使い魔である伝説のガンダルーヴと、名前さえ語り継がれていない四人目のブリミルの使い魔だとされる名前を言うのも憚れると歌に詠まれる、リーヴスラシルのルーンだった。

 

 

 

 

 これが、別の世界で人間に憧れて堕天使となった天使と、ゼロの二つ名を持つ人間の少女の物語の始まりであった。

 

 

 

 

 




だいぶ前から書いてたゼロの使い魔ネタです。

現在3話まで書いてます。


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第一話  人間を愛する堕天使

説明が多い文章でごめんなさい。

私の文章ってだいたい総じてそうなるんですよね…。


 

 ルイズがアルマロスを召喚し、契約を終えたことで、恐らく学院史上一番長かった進級試験が終わりを告げた。

 ルイズの同級生達は、ルイズをからかいながら空を飛んで学院に戻って行った。

 悔しがるルイズと、ルイズの同級生達が魔法を使って飛行していった光景を見て目をぱちくりさせるアルマロス。

 そして何か言いたげにルイズの方を見た。

「何よ…。飛ばないのかって言いたいわけ?」

 アルマロスが言葉が喋れないだけに目線と雰囲気でそう伝えてくるのが分かって、ルイズは、言葉で言われるよりも辛く感じた。

「きょ、今日は、あんたを召喚するのに疲れたの。だからもう魔法は使えないから歩くわよ、いいわね?」

 苦しい言い訳をしたが、アルマロスは、素直に頷いた。彼にとってルイズが他の生徒のように飛んでいかないことについてはそこまで気にすることじゃなかったらしい。

 身長差があるぶん、歩幅も違うのだが、アルマロスは、ルイズの歩調に合わせて歩いた。

 意外と紳士なのね?っとルイズは、思った。

 そしてルイズはアルマロスを連れて、学院の寮にある自分の部屋に戻ってきた。

 部屋に入って扉の鍵をかけたルイズは、あらためてアルマロスをじっくり見た。

 見たこともない禍々しい気を感じさせる奇妙な黒い鎧。指先まで覆い、鎧の隙間から見える青い色は、肌着だろうか?

 首の後ろの背中から延びている尻尾のようなものはなんなのか?

 鎧はまるでアルマロスの体と同化しているかのようにピッタリなのだが、それでも彼の体形はよく分かる。

 手足は長くしなやかで、腰も綺麗にくびれている。鎧を着ているのに無駄がない見事に鍛えられた肉体であることは、まだ十代と年若いルイズでも分かるほどだ。

 そして普通に立っている立ち姿もまた、アルマロスが素人でないことを物語っている。

 名家の令嬢として生まれたルイズは、何人もの腕の立つ武人を見てきたし、達人と呼ばれるほどの人物を目にしたことだってある。

 アルマロスは、一見若いが、人生を武に捧げてきた達人が持つ美しい姿勢をしていた。

 召喚した時に見た、あの黒い巨体に埋め込まれるような形になっていた姿もだが、ルイズは、ますますアルマロスが何者なのか分からなくなった。

 ルイズは、唾を飲み込み、表情を引き締めてアルマロスに直接聞くことにした。

 勉強机に置いてあったノートと筆を渡し。

「ねえ、アルマロス。あなたは、いったい何者なの?」

 言葉を喋ることができないらしいアルマロスに筆談で彼自身のことを聞いた。

 アルマロスは、少し困った顔をして、それでいて切ない小さな笑みを浮かべてノートに字を書き始めた。

 そして書き終えるとノートをルイズに見せた。

 

 『ボクは、かつて神に仕える天使だったけれど、神の意思に背き、人間と共に生きたいと願って堕天した。』

 

 文字を読んだルイズは、目を見開いて、ノートの字とアルマロスを交互に見た。

 堕天使。ルイズが住むこの世界でも良い意味をもたないその言葉。

 一目見た限りでは、人間に見えるが、元が天使で、しかも堕天使となれば浮世離れした雰囲気を持つ理由に合点がいく。

 しかし、アルマロスは、ルイズが書物で読んだり、イメージする堕天使とはまるで別物だった。

 黒い翼があるわけでもなく、神に背いた邪悪な精神を持っているようにも見えない。

 海の青さと同じ瞳は、どこまでも澄み切っており、子供のような無垢な純粋ささえ感じ取れるような気がするほどだ。

「堕天使って…、嘘でしょ?」

 ルイズは、口の端をひくつかせながら、アルマロスがまったく堕天使に見えないことを言葉に込めて言った。

 だがアルマロスは、首を横に振った。

 そしてノートにスラスラと筆を走らせ、書いた文章をルイズに見せた。

 『背中の尾のようなものがあるでしょ? これは、天使の翼の残骸なんだよ。ボクは、堕天した時に負った傷で声を無くした。』

 アルマロスの背中にある不自然な尻尾のようなものが、天使の翼があったことの名残で、堕天した代償に言葉を喋ることができなくなったことをアルマロスは、文字で語った。

「そこまでして堕天するって。どうして? そんなに気に入らないことが…、っ。」

 言いかけてルイズは、ハッとした。

 最初に文字で語られた内容に、人間と共に生きたいと願って堕天したという理由が記されていたことを思い出したからだ。

 天使が神に背いてまで、人間と生きていきたいから神を裏切るなんてことがあるのか?

 天使のような高貴で人間などとは比べ物にならない強い存在が、脆弱な人間と生きたいと思う理由は?

 『人間は、素晴らしい種族だよ。天使にはない、無限の可能性を秘めていた。ボクらは、人間に憧れた。人間の肉体を手に入れるために堕天し、大きな傷を負ったり、老化したりもした。けれど人間と同じ存在になれるなら、そんなことは些細なことだったんだ。』

 迷うことなくスラスラと字を書いて、ルイズに自分の意思や堕天した理由などを伝えるアルマロスの表情は明るい。本当に堕天使に見えない。

 ルイズは、頭が追いつけなくなってきていた。

 ひたむきに弱い人間が持っていて天使にはなかった無限の可能性というもののために、不便な人間の肉体を得て、しかも代償に癒えることのない大怪我をしたり、急激に老化したりするなんて、正気の沙汰じゃないとルイズは、思った。

 天使がそこまで魅了されるほどの魅力が、人間なんかにあるのか?

 ルイズの頭に沢山の疑問が浮かんでくる。

 ルイズは、貴族だ。それも王家との関係が深いヴァリエール家という超名家だ。

 だからこそ、人間の悪い部分を嫌と言うほど見てきた。

 貴族は、魔法が使えるか使えないかだけで平民を見下し、意味もなく殺すことだって少なくない。

 上級の貴族が下級の貴族を虐げることさえ少なくない。

 落ちぶれた貴族が野盗に身を落とし、あらゆる犯罪に手を染めることだってある。

 平民同士でも争いはある。

 名家の令嬢でありながら、魔法成功率ゼロであるために疎まれ見下されるルイズは、人間の悪意に晒されてきたから分かる。

 人間は、醜い。

 とてもじゃないが、アルマロスのような純粋な天使が堕天してまで、共に生きたいと願うほどの魅力があるとは思えなかった。

 アルマロスは、恐らくこの世界の天使(堕天使)ではないのだろう。

 もしそうなら、ひたむきに人間を愛する彼が、人間と共に生きたいからという理由で神に背くはずがない。

 本当に異世界の堕天使なのだとしたら、ハルゲニアの人間の在り方を見たら、きっと失望するに決まっている。

 ルイズは、知らず知らずのうちに拳を握りしめ俯いて、涙を零していた。

 

 彼を穢したくない、失望させたくない。

 だって、アルマロスは、こんなにも優しくて純粋で美しいのだから。

 

 なぜ自分は、人を愛するあまりに堕天したこの天使を、この醜い世界に召喚してしまったのだろう。

「うう~~っ」

「! フォォン?」

 急に泣き出したルイズを見てアルマロスは、びっくりしてオロオロとした。

「ごめんなさい~。私みたいなのがあなたを召喚するなんて、身の程知らずにも程があるわよね…。」

 幼い子供のようにグズグズと泣くルイズを撫でたり、優しく抱きしめたりして慰めようとしているアルマロスは、ルイズの言葉を聞いて、えっ?っという顔をした。

 神に背き堕天という禁忌を犯した自分を召喚したのが、どうして身の程知らずになるのかまったく分からなかった。

 アルマロスは、ルイズから手を離して、素早くノートに字を書いて。

 『ボクは、汚らわしいよ。』

 っと、自分が神を裏切り永遠の牢獄に繋がれるだけの穢れた存在であることを伝えようとした。

「そんなこと言わないでよーーー!」

「フォーンッ!?」

 しかし否定されたあげく、ルイズは、大泣きし始めてしまった。アルマロスは、ただ戸惑うことしかできなかった。

 その後、泣きつかれたルイズは、ベットでそのまま眠り、ルイズに布団をかけてあげながら、アルマロスは、ため息を吐いた。

 アルマロスは、部屋の窓を見た。

 二つの月が夜空に輝いている。

 アルマロスが知る月は、ひとつしかなかったはずだ。

 元下級天使とはいえ、高次元のエネルギーの塊である種族に属するアルマロスは、あの草原で目を覚ました時から、すでに気付いていた。

 この世界が、自分がいた世界とは全く違う理からなる世界であることを。

 つまり自分は、異物だ。

 自分の創造主である神も、堕天してから生命維持のために契約を結んだ冥王ベリアルもいない世界なのでアルマロスという存在を保つことはできない。

 なのに自分は、今こうしてここにいる。物に触ることも、ルイズと意思の疎通(筆談)をすることもできる。

 ネザー化した体は、人の形に戻り、苦手なウォッチャースーツも傷一つない。

 アルマロスは、右胸と左手の甲にあるルーンに指で触れた。

 ルイズ達の言葉を聞く限りでは、これは召喚した使い魔に刻まれる印であるらしい。

 この二つの小さな印が異世界のの堕天使である自分の存在をこの世界に固定化させているのだろうか?

 アザゼルなら分かるかもしれないが、残念ながら彼はいないし、他の堕天使もいない。

 もちろん、大天使長ルシフェルや他のアークエンジェルもいない。

 アルマロスの身に起こった現象を解明できる者はいない。アルマロスは、困ったと肩を落とした。

 数分後、過ぎたことは仕方ない、悩んでても仕方ないと気を取り直したアルマロスは、ルイズが寝ているベッドを背もたれにして、床に座り、体操座りの体制で目を閉じた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌朝。

 ルイズは、布団の中でモゾモゾと動いて、微かなうめき声を漏らした。

「…うー、あれ? なんで制服のまま寝ちゃってるのかしら?」

 目をこすり、起き上がろうと足を動かした途端、何かを蹴ってしまい、『フォっ!』っという独特な高い声が聞こえた。

 驚いて上体を起こすと、金色の髪止めをつけたアシッドグレイの頭を摩る褐色の肌の男がいた。

「誰っ!? …って、あ……。」

 ルイズは、焦ったがすぐに思い出した。

 ベットに背を預けていたため、ベットの端に寄っていたルイズに頭を蹴られてしまった男は、昨日の使い魔召喚儀式で召喚した堕天使アルマロスだ。

 自分が召喚したのに起き抜けにいきなり誰呼ばわりするなんて、とんでもない馬鹿だと、ルイズはベットにふさぎ込んで枕に顔を押し付けた。

「フゥゥォオン?」

 アルマロスが立ち上がり、ルイズを心配して声をかけた。だが言葉が喋れないため独特の甲高い声しか出ない。

「本当にごめんなさい…。」

 枕に顔を押し付けたままルイズは、消えそうな声で謝った。

 アルマロスは、なぜ謝られたのか分からず首を傾げた。

 アルマロスは、ルイズが学業の身であることを理解しているので、このまま寝かせておいてはいけないと思い、ルイズの肩に触れて優しく揺さぶった。

「う~………。ハッ! 大変、遅刻しちゃう!」

 起きるのを渋るルイズだったが、今日は授業がある日だったことを思いだし飛び起きた。

 ルイズが起きてくれたので、アルマロスは、よかったと安心した顔をした。

 慌てて着替えようとしたルイズだったが、ボタンを外そうとして急に止まった。

 そしてちらりと後方にいるアルマロスを見る。

 ルイズは、アルマロスを召喚し、彼があの黒い巨大な物体から今の姿に変わるまでのことを思い出そうとした。

 あの禍々しい黒い鎧を纏うまでの短い時間だったが、アルマロスの裸体をルイズは見ている。

 ……男と女を区別する生殖器がなかったような気がする。

 かといってアルマロスの体格は、女性のように丸みがあるわけじゃなく、むしろ人間の男性と変わらない形をしていた。

 鍛えられた胸筋の膨らみは確認できるが、女性の脂肪の乳房かと言われたら絶対違うと断言できる。

 そういえば天使というのは、様々な形でイメージされ、描かれ、形作られている。美術品や本に描かれる姿は、背中の翼は共通しているが、女性であったり、赤ん坊であったり、男性だったり、どちらともとれない中性的な姿だったりと様々だ。

 天使の性別について真剣に考えたことなどなかったが、ルイズの記憶にあるアルマロスの体からするに、恐らく性別の概念というものがないのかもしれない。

 つまり生殖器がない。生殖による繁殖をしない。無性。

 ルイズは、そう頭の中で答えを出した。

 一方アルマロスは、ルイズが止まって、こちらをジッと見ているので、どうしたんだろうという顔をして立っていた。

 ……年頃の娘が目の前で着替えようとしていても気にしてない様子なので、アルマロスは、無性(子孫を残そうという生物的本能からくる羞恥心がない)であるというルイズが出した答えは本当みたいだ。

 だがそれを確信したとて、気になるものは気になる。

 ましてや相手は、人間を愛するあまりに堕天した天使なのだ。今だって、ほら、外見は大きいのに子供みたいな表情をしている。

 神の背いた悪であるはずなのに、信じられないくらい清らかだ。

 ルイズは、頼まれてもないのにハルゲニアの人間代表みたいな重たい重大な役割を無意識に己に架してしまっており、アルマロスに失望されるのを恐れていた。

 だからルイズは、事前にメモしていた使い魔の躾をアルマロスに強要しないし、昨晩からアルマロスを召喚してしまったことを謝罪して泣いたりしているのだ。

 どう動けばいいのか分からず固まっているルイズを見ていたアルマロスは、ルイズが年頃の少女であることを認識し、そういうことかと納得したように手をポンと叩いて、素早く部屋から出て行った。

「えっ、ちょ……、そういう意味じゃなかったんだけど…。うう…っ」

 アルマロスが気を利かせてルイズの着替えを見ないように部屋を出ていったので、ルイズは、しまったと思い重いため息を吐いて、着替えをした。

 

 

 一方、部屋を出て後ろ手で扉を静かに閉めたアルマロスは、二つの気配を感じ、そちらを見た。

 数メートル先にいたのは、鮮やかな赤毛と褐色の肌の少女であった。

 少女というには、かなり発育が進み過ぎているようで今にも制服がはち切れそうな巨乳だった。小柄でほっそりとしたルイズとはまるで対照的だという印象を持った。

 もうひとつの気配は、赤毛のその少女の足元にいる、かなり大きな火トカゲ……、サラマンダーだ。彼女の使い魔だろう。

「あら、あなたは…、確か、あの黒いゴーレムが変化した人ね?」

 黒いゴーレムとは、恐らくネザー化したあの姿のことを言っているのだろうとアルマロスは、すぐに理解した。

 赤毛の少女は、ジロジロとアルマロスを上から下まで見る。

「人間じゃ……、ないわね。」

 僅かに警戒の色を帯びた少女の表情と言葉を聞き、アルマロスは、頷いた。

「不思議ね。あなたが着ているその鎧、悪い気配を感じるのに、それを身につけてるあなたは、すごく澄んだ目をしてる。ルイズは…、あの子、いったい何を呼んじゃったのかしら?」

 赤毛の少女の言葉を聞いて、アルマロスは、自分の掌に字を書いて自分のことを伝えようとした時、ルイズの部屋の扉が開いた。

「ちょ、ちょっと、キュルケ! 何やってるのよ!」

 ルイズは、赤毛の少女の存在に気付くなり、慌ててアルマロスの腕を掴んで引っ張り、彼女から距離を取った。

「ねー、ルイズ。この人いったい何者なの? 人間じゃないのは分かるんだけど。」

「そ、それは……、あんたに説明する義理はないわよ!」

 彼が堕天使だと知れたらまずいのでルイズは、必死だ。

「ケチねー。あんまりカリカリしてると、発展途上の胸がますます育たないわよ?」

「黙りなさい! それとこれとは別でしょ!」

 ルイズをからかうキュルケと呼ばれた赤毛の少女と、敵意をむき出しギャーギャー言うルイズ。

 アルマロスが、二人の言い合いが終わるまで待ってると、足に温かいものが当たった。

 見ると、キュルケのサラマンダーがアルマロスにすり寄ってきていた。

 キュルキュルと甘えるような鳴き声をあげ、何か期待するようにアルマロスを見上げるサラマンダー。

 アルマロスは、微笑み、かがんでサラマンダーの頭を撫でた。撫でられたサラマンダーは、気持ちよさそうに目を細めて鳴いた。

「あら、フレイムったら、その人のこと気に入っちゃったの?」

「ウソっ!? サラマンダーが懐くって……、なにやったの!?」

 詰め寄ってきたルイズに、アルマロスは、何もしてないと手を振って意思表示をした。

 正直なところ、アルマロスは、サラマンダーに懐かれてちょっと微妙な気分だった。

 まだルイズに見せていないが、アルマロスは、水を操る能力があり、火属性のサラマンダーとは相性が悪いはずなのだが…。

「せめて名前くらい教えてくれたっていいでしょ?」

 なおアルマロスのことを知りたがるキュルケに、アルマロスは、ルイズが動く前に目にも留まらぬ速さでキュルケの傍へ移動し、彼女の手を取って、その掌に字を書いた。

「あ…、るまろす。アルマロスっていうの? 私は、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。キュルケって呼んでもらっていいですわ。」

 アルマロスの素早さに驚いたが、すぐ平静を取り戻したキュルケは、アルマロスの名前を覚えると、妖艶な微笑みと共にそう自己紹介した。

 アルマロスは、困ったと笑みを浮かべた。

 そのアルマロスの様子を見て訝しんだキュルケは、理由を聞こうとしたが、アルマロスはルイズに腕を引っ張られて引き離された。

「あのね! この…、その…、アルマロスはね、言葉が喋れないのよ。」

「フゥォオオオン。」

「…って感じの声しか出ないの。」

 小柄で細身ながらかなり強い力でアルマロスを引っ張ってキュルケから引き離したルイズが、キュルケを睨みながらややしどろもどろしながら説明すると、アルマロスがそれに合わせて言葉を失った独特の甲高い声を出してみせた。

 キュルケは、アルマロスの声を聞いて一瞬驚いたが、すぐに納得したと頷いて腕組をした。

「まるでクジラの鳴き声そっくりじゃない。」

「っ…」

 キュルケの言葉に、アルマロスは、ピクリと反応した。

 ちなみにアルマロスの世界の天使は、それぞれ決まった動物を使役することができるのだが、アルマロスの動物は、クジラだった。

 堕天後に手に入れた最後の手段であるネザー化が、使い魔として使役している動物の形に依存することを考えれば、アルマロスが堕天の後遺症で声を失った後、自分の使い魔のクジラと同じ声になったは、当然だったのかもしれない。

「立ち話はこれでお終いにしましょ。授業が始まるわよ。」

「やだ! 遅刻しちゃう! あ、アルマロス、来て! 使い魔はね一緒に授業に出なきゃいけないから!」

 ルイズは、キュルケの手前、アルマロスに弱腰でいることをさらけ出すわけにはいかず、必死に泣きそうなるのを堪えながらいつもの強気な姿勢でアルマロスの腕を掴んで教室に向かった。

 キュルケとサラマンダーのフレイムも、教室に急いだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 教室についた時、すでにルイズとキュルケ以外の生徒達が教室に入っており、ルイズとアルマロスに生徒達の視線が集まった。

 使い魔召喚儀式で出現したあの黒い巨体が人間の姿に変わったのは、あの場にいたルイズの同級生達も目撃している。なので興味が湧かないはずがない。

 ルイズが引っ張ってきたアルマロスの姿を見た生徒達は、言葉を失う。

 あの恐ろしく、痛々しい姿をしていた黒いゴーレムのようなものが、今は、奇妙な鎧をまとった人間の男の姿に変わっている。

 足まである癖のある長いアシッドグレイの髪の毛に、キュルケよりも濃い褐色の肌、海の青さを連想させる鮮やかな青い眼、それらを際立たせる整った顔立ちと、長身と、一見細身に見えるが鍛え抜かれた肢体。

 儀式が行われた場所では遠目にしか見てなかったが、近くで見るとその美しさに驚く生徒達。

 ルイズは、この空気をなんとかしようとして、アルマロスの方に向き直る。

「使い魔は、教室の後ろ。あそこ、他の使い魔達がいるでしょ? あそこで授業が終わるまで待ってて、いいわね?」

 ルイズのその言葉を聞いて、アルマロスは、素直に頷いて、ルイズが指さした教室の後ろの方へ歩いて移動した。

 すると教室にいた生徒達がざわつきはじめた。

 あの奇妙だが美しい男を、ゼロと蔑んできたルイズが従えさせている。

 あの男は実は大したことのないただの人間なのでは?という疑惑を持つ者と。

 実はルイズがすごい実力の持ち主だったのでは?っという疑問を持つ者に別れた。

 別れたと言ってもほぼ9割ぐらいの生徒が普段からルイズをゼロと蔑んでいるので、アルマロスのことを大したことのない存在だと考えた。

 ルイズは、席に座ると、今すぐにでも机に頭を打ち付けそうになるほど疲れを感じた。

 だがここでそんなことをすれば、アルマロスが堕天使だとばれるきっかけになるかもしれないから気力で踏ん張った。

 ちらりと後ろを見れば、アルマロスが他の使い魔達と並んで立っている。離れて見ても美しい。あんなに純粋オーラをまき散らしているのに、なぜ堕天使なんだと言いたいぐらいだ。

 やがて女教師シュヴルーズが教室に入ってきたため、ざわついていた生徒達が慌てて席についた。

「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔達を見るのが楽しみなのですよ。」

 中年といえる年齢の彼女は、笑顔でそう言った。

 そして様々な珍獣たちの中に、ひとりだけ異色の存在がいるのが目に入り。

「おやおや、変わった使い魔を召喚したものですね。」

 変わった使い魔と言われてルイズは、ギクッと大げさなほど肩を跳ねさせた。

「ゼロのルイズ! 使い魔を召喚できなかったからってその辺の平民を着飾って雇ったのかよー!」

 ルイズの大げさな反応を見た生徒の一人がそんな野次を飛ばした。

 それがきっかけで、他の生徒達もルイズを貶す言葉をルイズに浴びせはじめた。

 シュヴルーズは、自分が口にした変わった使い魔がルイズが召喚した使い魔だったことを知り、しまったと言う顔をした。

 ルイズを見下し、からかいや野次を飛ばす生徒達を見て、アルマロスは、不快そうに眉を寄せた。

「違うわ! みんな見たでしょ! あの黒い大きなの! あれがこう…、なんかよく分かんないけど、コントラクトサーヴァントをやったらこの姿になったよ!」

「そんなの聞いたことないよなー。」

「あの黒いのがそこの平民だって証拠もないでしょ?」

「ほら、やっぱり嘘だぜ。」

 勝手に決めつける生徒達に、ルイズは唇を噛み肩を震わせた。

 アルマロスは、そんなルイズを見て、それから生徒達の方を見て、大きく息を吸い込み。

 

「フゥゥゥゥゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」

 

 大声を出した。

 教室の窓がビリビリと震え、あまりの大音量と独特の甲高い音に、耳がキーンとなり固まったり、椅子から転げ落ちたりした。

 アルマロスが声を出し終えると、教室は、シーンと静まり返った。

 アルマロスと並んで教室の後ろにいた使い魔達は、床に転がってピクピク痙攣している。アルマロスの大声と堕天使のオーラで気絶したらしい。

 シュヴルーズは、教卓に隠れてしまっているが腰を抜かして辛うじて片手が教卓の上に置かれている状態だ。

 ルイズも耳が痛くなり固まったが、真っ先に正気に戻りアルマロスの方を見ると、アルマロスは、ルイズに向かって微笑んだ。

 どうやらルイズへの野次を止めるために大声を出したらしい。

 しかしアルマロスは、ルイズもダメージを受けていることに気付いているだろうか?

 微笑みかけてきた様子からするに、気付いてない。

 これがアルマロスじゃなかったら、ルイズはキレて筆箱なり教科書なりをぶん投げていただろう。しかしアルマロスに悪気がないのが遠目に見ても分かり、ルイズを助けるためにやってくれたことも理解できたので叱るに叱れなかった。

「うぅ…、み、耳が…。」

「誰か起こしてくれ……。」

「ちょっとは痩せろよ、マリコルヌ…。」

「うわー! 俺のラッキーが死んでるー!」

「落ち着いて! 気絶してるだけよ! 使い魔全部が気絶するって、どういう声してんのよ、アレ。」

 耳を抑えながら生徒達が立ち直り出す。

 そしてアルマロスの大声による被害で大騒ぎになった。

「お、お、おお、落ち着きなさい。皆さん…。」

「先生、大丈夫ですか?」

「ええ…、なんとか…。ああ、びっくりしました。これは、魔法ではなく、単に声が大きかっただけのようですね。ミス・ヴァリエールの使い魔さん。ミス・ヴァリエールのために行動したのでしょうが、もう少し考えてから行動してもらえますか?」

 ヨロヨロと立ち上がったシュヴルーズが、アルマロスに言った。

 言われてアルマロスは、自分がやり過ぎてしまったことに気づいたらしく、慌ててルイズのところに行くと、ルイズのノートに『ごめんなさい』と謝罪の言葉を書いた。

「次から、気を付けてね…。」

「フゥオン。」

 ルイズが疲れた声で言うと、アルマロスは、悲しげに眉を寄せて短い声を出して返事をして、頷いた。

「えっ? それ地声?」

 アルマロスの声を聞いた近場にいた生徒が驚いて言った。

 あの独特の甲高い声が、この謎の男の声だなんて到底考えられなかったのだ。

 アルマロスが発する声が普通じゃないと知れ、生徒達がまたざわついた。

 アルマロスが人間じゃない何かであるということは、まず間違いないことを彼らは認識した。

「オホンッ…。では、授業を再開しましょう。」

 アルマロスの大声によるダメージで生徒も教師もヘロヘロだが、授業が再開された。

 授業は、まず基礎となる四つの系統に始まり、シュヴルーズの二つ名『赤土』から、彼女の授業は土の系統魔法の講義になった。

 授業を聞いていたアルマロスは、この世界の魔法が人々の生活に欠かせないものだと理解し、これはマズイのではないか?っと片手で口を覆って、他所に顔を背けた。

 アルマロスがなぜそんな反応を示したのか、その理由は後ほど本人がルイズに説明する。

 

「では、ミス・ヴァリエール。この石を望む金属に変えてみてください。」

 

 シュヴルーズがルイズを指名した途端、教室内の空気が凍った。そしてルイズにやめるよう生徒達が怯えた声で言っている。

 意識を授業から逸らしていたアルマロスは、その空気を感じ取って、首を傾げた。

 見れば、ルイズが教卓の方へ進み出て、教卓の上の石に向かって杖を突き出し何か呪文を唱えた。

 その瞬間、大爆発が起こった。

 

「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」

「いつだって成功確率、ほとんどゼロじゃないか!」

 

 アルマロスは、煙が立ち込める教室に響く生徒達の声を聞いて納得した。

 なるほど、だからルイズは、ゼロと呼ばれているのかと。

 しかしアルマロスが知る限り、魔法で意図せず爆発を起こすのは、呪文を間違えたか、魔力の暴走などが原因だったはず。

 魔法の暴走による爆発と、ルイズが起こした爆発は、性質が違う。

 なぜアルマロスがそう考えたのか。それは。

 

 アルマロスと、その周囲1メートルぐらいの範囲だけ、爆風を一切受けておらず、綺麗だったからだ。

 

 アルマロスは、天使であった頃、『魔法使いの魔法を無力化する方法を教える』という役目を持っていた。

 そのためいかなる魔法も無力にする体質で、その体質から魔法の無力化方法をあみ出して人間に伝えて、魔法使いの技術向上に貢献してきた天使だった。

 堕天してからも、役目はなくなったが、魔法使いの魔法が効かないというのは体質として残っていた。

 もとの世界で堕天使をやってた頃は、この能力を活用する機会がなかった。なぜなら、天使(堕天使)は、総じて超高密度のエネルギーの塊であるため、超高確率で魔法使いの魔法が効かないからだった。

 

 アルマロスが、授業を聞いててマズイと思ったのは、自身のその体質が、メイジ(魔法使い)が主体のこの世界では最悪最強の天敵になるのでは?っという考えに至ったからだ。

 そして見事にそれは的中したらしい。

 生徒達が失敗魔法と言っているルイズの爆発魔法を、自分と自分の周りだけ無効化してしまった。

 なんて説明しようか…っとアルマロスが途方に暮れている姿を、青髪にメガネの少女がジッと見ていたのだが、アルマロスは、それどころじゃなくて気が付かなかった。

 

 

 

 




アルマロスの役割は、最近になって知りました。
「魔法使いをいかに無効にするか」を人間に教えていたとあっては、メイジ主義の世界じゃ天敵中の天敵になりうるのでは?っという妄想です。


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第二話  堕天使VS青銅

vsギーシュ戦です。


 ルイズが起こした大爆発でメチャクチャになった教室は、シュヴルーズからの罰でルイズが片づけることになった。

 ただし魔法を使わずに…、という条件付きなのだが、ルイズにはまともな魔法が使えないので意味がない。

 使い魔を使うなとは条件に入っていないのでアルマロスが片づけるのを手伝っていた。

「……もう、分かってるんでしょ?」

「?」

 ルイズの弱い声を聞いてアルマロスが振り向くと、ルイズは、背中を丸めて床にしゃがみ込んでいた。

 見るからに元気がなく、心が暗くなっているのが雰囲気で分かる。

「私…、魔法が使えないの。魔法成功率ゼロ。だからゼロのルイズって言われてんの…。基本の魔法すら爆発しちゃうだけで、一回も成功したことなんてない。小さいころからずっとよ。」

 ルイズは、喋り続ける。

 アルマロスは、ただ聞いていた。

「ずっとずっと努力したわ。ヴァリエール家の令嬢として恥かしくないメイジにならなきゃって! いっぱいいっぱい勉強もした、成績だっていつも首位をとってきた! でも、魔法が使えないの! それだけでメイジ失格よ。誰も私を認めてなんてくれないの。」

 ルイズは、己の体を抱きしめ微かに震えながら言葉を吐きだし続ける。

「春の使い魔召喚儀式…、これを成功させなきゃ留年だった。だからなんとしてでも成功させたかったの! でも何回やってもやっぱり爆発しか起こらなかった! でも!」

 ルイズが、アルマロスの方に顔を向けた。

 その目は潤んでおり、今にも涙が零れ落ちそうだ。

「あなたが…、来てくれた。私の初めての魔法の成功だった。」

 ルイズは、ゆっくりと立ち上がりながら、アルマロスに言う。

 その表情は、もう悔いはないという諦めと喜びが混ざったものだった。

「それだけで…、もう十分。ねえ、アルマロス。あなたは、私なんかに従う必要なんてないわ。だって私は、ゼロだもの。人間を心から愛して人と共にありたいから神に背いた純粋で優しい天使のあなたに相応しくないわ。だから、ここにいなくってもいいの。私は、サモンサーヴァントが成功した、それだけで十分だから…っ」

 ルイズの目からとうとう大粒の涙が溢れだした。

 アルマロスは、苦しげに顔を歪め、ルイズに駆け寄り、その小さな体を抱きしめた。

「やめて…、同情なんてしちゃだめ。私、アルマロスに失望されたくないの。心から人間を愛してるあなたに、失望させたくないの!」

 ルイズは、ボロボロと涙を零しながらアルマロスを押し返そうとするが、体格差がありすぎて敵わない。

 アルマロスの体は、ウォッチャースーツのせいもあるかもしれないがひんやりと冷たく、温かさがない。

 けれどルイズを抱きしめる彼の腕は、信じられないくらい優しさが込められているのが分かる。

 ルイズは、ついに抵抗をやめ、アルマロスの腕の中で声を上げて泣いた。

 

 

 

***

 

 

 

 十数分ぐらいしてルイズが泣き止み、教室の掃除が再開されたあと、ルイズは、ハッとあることを思い出した。

 今思い出したが召喚されてからアルマロスに食事を与えた記憶がない。もちろん自分もだが。

 思い出すとお腹の虫が急に鳴り出しルイズは赤面した。アルマロスは、クスッと優しく笑っただけだったがルイズは余計に恥かしくなった。

「食堂に行きましょう。…アルマロスは、ご飯食べれる?」

 堕天使の生態系など分からないので聞いておく。

 アルマロスは、少し考えてから、ルイズの掌に『食べなくても大丈夫だけど、人間の肉体を維持するのに適度に食べた方がいいらしい。』っと書いて説明した。

 人間に憧れて、人間の肉体を手に入れたのだから食事は避けて通れないのは当たり前だ。

 しかしアルマロスを含めた堕天使達は、ウォッチャースーツでエネルギーを供給し、肉体を維持しているので基本的に飲食は必要ない。堕天する前は、アストラル体という実体がない意思を持ったエネルギーだからか、飲食の習慣がないのが自然な状態だったというのもあるのだろうが。

 ルイズは、アルマロスの説明をうけて、腕組みをして悩んだ。

 食べなくても平気だと言われても、適度に食事を摂取した方がいいらしいと付け足されたら、やはり食事を与えた方がいいに決まっている。

 ルイズは、そう結論付けると、アルマロスをアルヴィーズの食堂に案内した。

 

 

 食堂に入ると、衝動の入り口に近いところにいた生徒から順に、アルマロスの存在に気付いた生徒達がルイズとアルマロスの方に注目した。

 教室でクジラに似た声による大声でダメージを与えてきた噂はとっくに広まっており、アルマロスを見て身をすくめる者や、怒りや憎々しげな視線を向けてくる者など様々だ。

 ルイズは、こうなることを予測していたため、やはりかとため息を吐き、横にいるアルマロスを見上げればアルマロスは、特に気にした様子もなく興味津々に食堂を見回していた。

 本当に堕天使に見えない。ルイズは、あらためそう思った。

 ルイズは、自分の席の向かい側の空いた席にアルマロスを座らせた。本来なら使い魔を食堂に入れるのもましてや座らせるのも禁じられているのだが、人型で、正体不明のアルマロスをルイズが食堂に招き入れても生徒達は咎めはしなかった。

 ルイズの前に豪華な食事運ばれてくる合間に、ルイズはメイドにアルマロスの食事を使用人達の賄でもいいから持ってきてくれないかと頼んだ。

 そして間もなくルイズの食事と違い、質素な食事が運ばれてきた。

 アルマロスは、自分の前に運ばれてきた料理とルイズの前にある料理を見比べる。

「ごめんなさい…。明日は、もっとちゃんとしたの頼んでおくから、我慢してくれる…?」

 ルイズが、上目づかいで謝罪すると、アルマロスは、そんなことないと身振り手振りで意思を伝えた。

 見比べたのは、別に不満があったわけではない、単に食事というものに対する好奇心からだった。

 ここでは関係ない余談だが、アルマロスの仲間だった堕天使のサリエルの主食はキャベツだったりする。しかもキャベツしか食べないのである。

 ルイズは、アルマロスが不満を持ってないというのを理解しても、己の心の中が申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。

 しかしいつまでもウジウジしているわけにはいかないので、ルイズは、食事の前のお祈りを始めた。

 それを見たアルマロスは、驚いた顔をした。堕天してから数百年も経っており、接してきた人間達は自分達堕天使を崇拝する者達ばかりだったので、神に祈る姿や言葉は、本当に久しぶりに見た光景であったからだ。

 祈りを終えたルイズがこっちを見ているアルマロスに気付き、慌てる素振りを見せたのでアルマロスは、慌てて何でもないと手を振った。

 そしてやっとルイズは、料理を食べ始めた。

 食べながらちらりと、アルマロスを見ると、アルマロスは、ゆっくりと味わうように質素なパンと具だくさんのスープを食べていた。

 だが食べながら、隣のテーブルにいる生徒が食事を大量に残して退室していったのを目撃し、顔をしかめていた。

 ルイズは、学院の生徒が平気で食べ物を粗末にする様を見て人間に失望したかもしれないと思い、気が気じゃなくなっていた。

「食べ物を残すのって悪いことよね…」

 食事を得られることに感謝する祈りを捧げておきながら、平気で食べ物を残して酷いときは一口も食べずに捨てることさえある。

 これは完全に祈りに反することじゃないか。ルイズは、今更そのことに気付き顔を青ざめさせた。

 ふと見るとアルマロスがルイズに顔を向けていた。さっきのルイズの呟きを聞いたからだ。

「アルマロス…、失望した?」

 ルイズは、泣きそうな顔をして聞いた。

 アルマロスは、ルイズが今にも泣きそうになっているのに驚いてオロオロと困った動きをした。

 その時、アルマロスは、床に転がる、小さな小瓶を見つけた。

 中には、紫色の液体が入っており、小瓶の蓋のあたりから良い香りがする。

「あ、それ、香水? その色は、モンモランシーのかしら?」

 ルイズがアルマロスが拾ったものを見てそう言った。

 アルマロスは、それを聞いて、ふむっと顎に手を当てて何か考えているような体制をとった。

 アルマロスが拾ったこの香水からは、強い人間の想いが込められている。野蛮で暴力的な想いじゃなく、異性に向ける初々しい愛情を、アルマロスは、この香水から感じ取った。

 この香水の持ち主は、どうやらよっぽど誰かに大切に想われているのだろうとアルマロスは、心を和ませた。

 だとすると無くして困っているはずだと考えて、周囲を見回すと、近くのテーブルでこちらをチラチラ見てきている金髪の少年と目が合った。

 少年は、アルマロスと目が合うと慌てて背中を向けてきた。なぜか顔色が悪い。

 アルマロスは、首を傾げていると、彼にそろそろと金色の巻髪の少女が近寄っていた。

「あの…、それ私が調合した香水ですわ…」

「あら、やっぱりモンモランシーのだったのね。」

「ええ、どうしてこの方が持っているのかしら?」

「拾ったのよ。」

 ルイズがそうモンモランシーという少女に言うと、アルマロスが彼女に拾った香水の小瓶を手渡した。

 モンモランシーは、教室であった件もあるのでアルマロスのことを若干怯えていたため、小瓶を受け取るとそそくさに離れていった。

 そしてモンモランシーは、さっきアルマロスを見ていた金髪の少年のところへ行った。

「ギーシュ様、落とすなんて酷いですわ。」

「も、モンモランシー…。」

 ギーシュと呼ばれたその少年は、モンモランシーに小瓶を差し出されてますます顔色を悪くし汗までかきはじめた。

「おお! ギーシュ、おまえモンモランシーと付き合ってたのか!」

「その香水は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぜ!」

「ギーシュ様…。」

 ギーシュの友人達が囃し立てていると、怒りで低くなった別の少女の声がその騒ぎを一瞬で鎮めてしまった。

 栗色の髪の少女がつかつかとギュースの近くに来る。

「け、ケティ! 誤解だ! いいかい、僕の心の中には…」

「言い訳など結構です! やはりミス・モンモランシーと付き合われておられたのですね! さようなら!」

 ケティと呼ばれた少女は、ギーシュの弁解を最後まで言わさず思いっきり彼の頬に平手打ちをして走って去って行った。

 彼女が去った後、彼女の背を見ていたモンモランシーがギギギッっという音がしそうなほどゆっくりとギーシュに顔を向けた。その表情は、怒りに染まっている。

「モンモランシー…、誤解なんだ…、彼女とはただ一緒にラ・ロシェールの森まで遠乗りをしただけで…。」

「やっぱり、あの一年に手を出していたのね?」

「お願いだよ、『香水』のモンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔をそのような怒りで歪めないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!」

 必死に許しを請うギーシュだったが、次の瞬間、モンモランシーがワインが入った瓶を掴み、その中身を彼の頭にドボドボとかけた。

「嘘つき!」

 モンモランシーは、怒りと悲しみで顔を歪め去って行った。

 残されたのは、静寂。

 ギーシュは、しばらく固まっていたが、やや時間をおいてハンカチで顔を拭きながら。

「あのレディ達は、薔薇の意味を理解していないようだ。」

 っと、キザったらしくポーズを決めているが、すでに食堂にいる生徒や使用人達に彼が二股をかけて、ばれて二人に振られたという事実は知れ渡ってしまっているため、ただの開き直りにしか見えない。

 頭を濡らしていたワインを拭き終えたギーシュは、席から立ち上がると、なぜかルイズのところへきた。

「何よ?」

「君の使い魔君のおかげで二人のレディの名誉が傷ついたんだぞ、どうしてくれるんだい?」

「はあ? 知らないわよ。そもそもあんたが二股かけたのが原因じゃない。アルマロスは、そこの床に落ちてた香水を拾っただけよ。それを届けたのは、モンモランシー。私達に言いがかりつけて責任を追及するなんて、頭おかしいんじゃないの?」

 ルイズがそう言うと、周りの生徒達も、ギーシュの無理やりな言いがかりについて不当だ、おまえが悪いと野次を飛ばした。

 ギーシュは、顔を赤くして、拳を握りブルブルと震わせている。彼は単に八つ当たりできる相手を咄嗟に探してたまたまルイズとアルマロスに白羽の矢を立てたのだ。顔に出さないようにしているが、二人の乙女にふられたギーシュは、まともな思考ができないほど混乱していた。

 ギーシュは、アルマロスが自分を見ていることに気付き、そちらに顔を向けた。

 アルマロスは、無表情でギュースを見つめていた。

 その鮮やかな青い瞳と、人ならざる者が放つ圧倒的な迫力に、ギーシュは、冷や汗をかいたて後ずさりかけたが、ハッと我に返り頭を振って恐怖を打ち消すと、アルマロスに薔薇型の杖を向けた。

 ルイズは、ギョッとして席から立ち上がった。

「なんのつもり!?」

「僕を馬鹿にした目を向けてくる、このわけの分からない平民に貴族への礼儀というものを教えてやるのさ! 立て! 決闘だ!」

「ふ、ふざけんじゃないわよ!」

 ルイズがムチャクチャなギーシュの言葉と行動を止めようと動こうとしたが、それよりも早く、アルマロスが席を立ち、ギーシュの前に立っていた。

 まるで、その喧嘩を買ったと言わんばかりに堂々と立っている。

 ルイズは、さーっと青ざめた。

 アルマロスがどれくらい強いのか知らないが、ドットクラスのギーシュが戦って勝てる相手だとは到底考えられなかった。なぜならアルマロスは、堕天使だからだ。

 ギーシュよりもずっと背が高いアルマロスを間近で見て、ギーシュは、一瞬腰が引けたが、喧嘩を売った以上もう後に引けないため無理やり口を歪めて笑った。

「貴族の食卓を血で汚すわけにはいかない。ヴェストリの広場で決闘だ。逃げるんじゃないぞ?」

「フゥウォオン?」

 ギーシュの言葉に、アルマロスは、『逃げるわけがないだろう?』っと言おうとしてあの甲高い独特の声を発した。

「だめよ、アルマロス!」

 ルイズが、アルマロスの左手を掴んで決闘を辞めさせようとした。

 するとアルマロスは、優しくルイズの手を離させ、ルイズの頭に手を添えてルイズに目線を合わせて微笑んで見せた。まるで『大丈夫だ。問題ない。』と言っているかのように。

 ルイズがアルマロスの微笑みに見惚れている隙に、アルマロスは、ギーシュと共に食堂から出ていった。

「アルマロス!」

 ルイズは、慌ててアルマロスを追った。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「諸君! 決闘だ!」

 ヴェストリの広場にギーシュの声が響き渡る。

 それに呼応して野次馬達が声援を送った。

 アルマロスは、腰に手を当てて、決闘の開始を待っている。

 その表情に怯えの色は一切なく、ただ静かに戦いの時を待つ武人の貫録があった。

 野次馬の壁に阻まれ、かろうじて隙間からアルマロスを見ることしかできないルイズは、両手を胸の前で握ってただ祈ることしかできなかった。

「さあ、始めるとしよう!」

 ギーシュは、アルマロスの貫録に気付かず薔薇の杖を振ってワルキューレを錬金した。

 人間と変わらない大きさの精巧な美しい形状のゴーレムが現れても、アルマロスは、動じることなく、視線をワルキューレに向けただけだった。

「僕はメイジだ。だから魔法を使うよ。文句はあるまいね?」

 ギーシュが杖を振りかざしながら聞いても、アルマロスは動かなかったため、ギーシュはそれを肯定と受け取った。

「言い忘れたな。僕の二つ名は、『青銅』。青銅のギーシュだ。従って青銅のゴーレム、ワルキューレがお相手するよ。かかれ!」

 ギュースの掛け声と共に錬金された一体のワルキューレがアルマロスに拳を振るった。

 拳が眼前に迫っても動かないアルマロス。ギーシュは、口元を緩め、勝利を確信した。アルマロスの人ならざる圧倒的な雰囲気は所詮こけおどしだったのだと愚かにも結論付けた。

 ルイズは、固く目を閉じた。

 しかし次の瞬間、ワルキューレが消えた。

 アルマロスの長い片足が頭にくっつきそうなほど上へ振り上げられた状態になっている。どう見ても何かを蹴りあげたとしか見えない。

 上に目を向けると、何か小さい物が上空にあり、それが徐々に落下してくる。

 それがワルキューレだと分かった時には、ワルキューレは、地面に叩きつけられ、見るも無残な形にへしゃげてしまっていた。

 ワルキューレが地面に叩きつけられた後、アルマロスは、振り上げていた足を地面に降ろした。

 何が起こったのか一瞬分からず、ギーシュはおろか、周りの野次馬さえ固まった。

 周りの静けさにルイズは、恐る恐る目を開けて、やっと何が起こったのか理解した。

 やはり異世界の堕天使とはいえ、堕天使は堕天使だ。ルイズが予想した通りギーシュは、アルマロスに勝てない。

 我に返ったギーシュは、杖を振るって、七体のワルキューレを錬金した。さっきの素手のワルキューレと違い今度は槍や剣、斧などの武器を装備している。

「青銅でできたワルキューレを片足で一撃とはね…。何かの武術の心得があるということか。恐れ入ったよ、だけどこれでもう手加減はしない。覚悟しろ!」

 七体のワルキューレが円陣を組んでアルマロスに襲い掛かった。

 四方から武器が突き出され、振り下ろされた直後、アルマロスが消えた。

「消え…、どこに? なっ!」

 アルマロスが消えたことに驚いてアルマロスを探したギーシュは、宙を見上げて驚いた。

 アルマロスは、十数メートルも高い位置に跳躍していたのだ。とてもじゃないが人間の跳躍力じゃない。

 跳躍したらあとは落ちるだけだ、それを狙い、ギーシュは、ワルキューレで落ちてくるアルマロスを攻撃しようとしたが、アルマロスは、空中で足を抱えて回転し、体制を整えると、一体のワルキューレの両肩に着地して落ちてきた時の速度を利用して押し潰し、潰れたワルキューレを踏み台にしてワルキューレの陣形の外へ抜け出した。

 地面に着地したアルマロスを残り六体のワルキューレが襲い掛かるが、前方の四体のワルキューレが、アルマロスの回転蹴りで粉々に粉砕された。

 続けざまに槍のように突き出されたアルマロスの掌が一体のワルキューレの顎に決まり、頭がもげる。

 最後の一体が突撃してくると、アルマロスは、ワルキューレの腕を掴み、凄まじい速度で背負い投げをして地面に叩きつけてグシャグシャにした。

 頭がもげてたワルキューレがアルマロスの背後から剣を振り下ろそうとすると、振り向きざまに目で捉えられない速度で拳と蹴りの連打が入り、頭のないワルキューレは、地面にバラバラになって散らばった。

 自慢のワルキューレがあっという間に素手で倒されてしまい、ギーシュは、足を震わせ、恐怖で今にもその場にへたり込みそうになった。

 アルマロスの格闘技。その動きは、実に優雅で、踊っているようにも見え、見る者を魅了する美しさがあり、まさに武術…と言うに相応しいものだった。

 アルマロスがただの人間じゃないというのは、召喚された時と、教室であった大声事件で分かっていたはずなのに、何をもって彼をただの平民だと判断してしまったんだとギーシュは今更に後悔したがすでに後の祭りである。

 アルマロスが、スタスタと早くもなく遅くもない速度でギーシュに向って歩いてくる。

 ギーシュは、最後の力を振り絞って九体目のワルキューレを練成し、自分の前に立たせたが、先に練成して戦わせたワルキューレ達がアルマロスに手も足も出ず素手で粉砕、潰されているので意味がないのは、分かっていたはずだ。それでも恐怖のあまり咄嗟にそうせざるおえなかった。

 ワルキューレを挟んでギーシュの前に立ったアルマロスは、立ち止まり、ワルキューレの後ろにいるギーシュを見た。

「お、おおお、おまえ…、なんなんだ? 何者なんだ? 人間じゃない! 人間であるはずがない!」

 圧倒的な力の差に、涙を浮かべて喚くギーシュ。

 アルマロスは、右足を顔につくほど高く振り上げ、踵落としでワルキューレをペチャンコに潰した。

 最後のワルキューレが倒され、ついにギーシュは、地面に尻餅をついて、ずりずりとアルマロスから距離を取ろうともがいた。

 それよりも早くアルマロスが、ギーシュに迫った。

 ギーシュは、もうだめだ、殺されるっと思い、両腕を顔の前で組んで死を覚悟した。

 しかしアルマロスからの攻撃はこなかった。

 怪訝に思ったギーシュが恐る恐る腕を解いて、見上げると、アルマロスが彼を見おろしていた。

 アルマロスの手がギーシュが握っていた薔薇の杖に伸び、彼の手から薔薇の杖を奪った。

 ワルキューレの練成で花弁を失った薔薇の杖を、指で弄び、アルマロスは、にっこりと笑って見せた。

 その表情と動きから、言葉にせずともこちらの勝ちだと言っているのが分かり、ギーシュは、緊張が一気に解れた気がした。

「僕の負けだ…。ハハ、ハハハ…、完敗だよ。」

 ギーシュは、なぜか笑いが込み上げ、降参だと両手を上げた。

 途端、周りにいた野次馬達が歓声をあげた。

「アルマロス!」

 ルイズが野次馬をかき分けて、アルマロスのもとに駆け寄った。

 アルマロスは、ルイズが駆け寄って来ると同時に、ギーシュに薔薇に杖を返してそれからルイズと向き合った。

「怪我は、ないわよね…。」

 あれだけの圧倒的な攻撃力でギーシュのワルキューレを撃退したのだから怪我などするはずがないのだが、一応確認のためにルイズは聞いた。

 アルマロスは、大丈夫だと身振り手振りで伝えた。

「う…、ふ…、ふぇぇぇえええんっ」

「フォーン!?」

 急に泣き出したルイズに、アルマロスは、さっきまでの武人の貫録はどこへやらであたふたと慌てた。

 さっきまでの戦う姿とのギャップに野次馬達の間で笑い声が聞こえた。

 

 

 この決闘事件によって、美しい武術と、泣いちゃったルイズをどう慰めればいいか分からず困って慌てる姿のギャップに、謎の多いアルマロスに対する周囲の警戒心は緩み、貴族や平民問わずアルマロスに対して親しみを感じるようなるのであった。

 

 

 

 




まあ、勝てないわな。っという妄想です。


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第三話  堕天使とハルケギニアの伝説

オスマンとの対談。


 大泣きするルイズをどうやって泣き止ませようかとオロオロするアルマロス。

 一方そのころ、ヴェストリの広場で起こったギーシュとアルマロスの決闘を、遠見の鏡で観察していた者達がいた。

「…か、勝ちましたね。それも圧倒的に。」

「うむ…。」

 コルベールとこの学院の院長のオールド=オスマンである。

 彼らは、学院長室で壁にかけられた大鏡使い遠見の鏡という魔法で広場を観戦していたのだ。

 ルイズが召喚した正体不明の使い魔、アルマロスのことを調べるためにである。

「ミス・ヴァリエールが召喚したモノ…、崩れかけのゴーレムのようでいて、それではないナニかだったのは間違いありません。しかしミス・ヴァリエールがコントラクトサーヴァントを行った途端に今の人間と変わりない姿に変化したのです。」

「背中から垂れ下がっておる尻尾のようなもんはなんじゃろうな?」

「さあ? それは私には…。」

「あの体と一体化しているような黒い鎧もじゃが、あの者は人間ではない何者かであるのは間違いないじゃろう。」

「ディテクト・マジックで確かめようとしたのですが、なぜか呪文がかかる前に無効化されてしまうのです。ゴーレムのような姿だった時も、ミス・ヴァリエールに向かって倒れた時、私は咄嗟に攻撃魔法を使いましたが、これも当たる前に消え去りました。」

「魔法の無効…、じゃが使い魔の儀式は成功しておる。」

 アルマロスの左手と右胸に使い魔のルーンがしっかりと刻まれている。しかも鎧の上からである。

「ルーンのことですが、珍しいルーンでしたので調べたところ、彼の左手に刻まれたルーンは、伝説の『ガンダールヴ』のものと一致しました。しかしもう一つの方は、まだ分かっていません。あくまで私の推測なのですが、右胸のルーンは、ブリミルの四人の使い魔の内、記されることのなかった四人目のものかもしれません。」

「伝説の四人の内、二人のルーンを一人に刻まれたということかね? 伝説が一度に二つもこの学院に降臨したというのか。」

 オスマンは、椅子に深く座り込み大きく息を吸って吐いた。

「神の左手と呼ばれる、あらゆる武器を使いこなしたとされるガンダールヴに、名を記されることがなかった四人目の使い魔のルーン…、一つでも強大な力を秘めているというのにそれが二つ、一人に…。それほどあの者は特別なナニかということなんじゃろうか?」

 オスマンは、髭をいじりながら遠見の鏡をチラッと見て、アルマロスを見た。

 泣いてる少女一人を前にしてオロオロしてる様からは、まったくそんな特別な感じはしない。

 ドットクラスのギーシュのワルキューレをとてつもない身体能力で、それも素手で全部破壊した時の戦いぶりは圧巻だったが、伊達に長生きしているオスマンは、そういう強者がいることを知っているし見たこともあるのでそれだけで特別だとは決めつけることはできなかった。

「ミス・ヴァリエールからは何か聞いたのかね?」

「いいえ…、まだ何も……、ただ、ミス・ヴァリエールは、何か隠している様子ではあります。」

「何かあってからでは遅いからのう。学院…、いやトリスティンのためにもあの者の正体を知っておかねばならん。ミス・ヴァリエールとその使い魔殿をここへ呼びなさい。」

「承知しました。」

 ルイズとアルマロスを学院長室に呼ぶよう命じられたコルベールは一礼し、部屋を退室した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 それから十分後ぐらいして、目を真っ赤にはらしたルイズと、ルイズの後ろからついてきたアルマロスが入室した。

「オールド・オスマン…。」

 ルイズは、まるで死刑台に立たされる前の罪人のような顔をして、恐怖で声が震えていた。

 オスマンは、一目でルイズがなぜここに呼ばれたのか、そして彼女の後ろにいる存在のことについて彼女が何か知っているのを見破った。

「まあ、座りなさい。」

 机を挟んでルイズとアルマロスがソファーに座った。

 肩を震わせ、俯いてスカートの裾を握りしめるルイズを、隣にいるアルマロスが心配そうに見ていた。

「そんなに緊張しなくてもよい…っというわけにはいかんじゃろうな。ミス・ヴァリエール、言われんでも分かっておるじゃろうが、ここにお主を呼んだのは他でもない、お主の隣におる、お主の使い魔殿のことについてじゃ。」

 オスマンが言うと、ルイズは大げさなぐらい体をびくりと跳ねさせた。

 ルイズの反応と、オスマンの言葉を聞いたアルマロスは、ルイズの手にソッと手を添えつつ、オスマンを警戒するようにオスマンに向ける視線に刃のような鋭い敵意が込められた。

「わしの名は、オスマン。このトリスティン魔法学院を預かるメイジじゃ。使い魔殿、名を教えてくれぬか?」

「…フゥウオオン。」

「オールド・オスマン…、彼は…、アルマロスは、言葉を喋ることができません。」

 甲高い独特の声で返答したアルマロスに代わり、ルイズがそう答えた。

「そうか…、アルマロスとやら、筆談はできるかの?」

 オスマンがそう確認を取ると、アルマロスは、頷いた。

「机の上に指でよいから、それでお主のことを聞かせてもらおう。お主は、何者じゃ?」

 オスマンの質問に、ルイズがまた大げさなぐらい体を震わせた。

 一番知られなくないことだったからだ。彼が、アルマロスが悪いイメージしかない堕天使などと知られたら…。

 アルマロスは、ルイズの心配を他所に机の上に指でスラスラと自分が堕天使だと書いていた。

「堕天使…じゃと? お主が? ハハハ、まったくそうは見えんのう。いや、良い意味でな。」

「フォォン?」

 オスマンが和やかに笑ったことにアルマロスは、首を傾げた。

 ルイズもオスマンの反応にハトが豆鉄砲をくらったような顔をした。

「堕天使というと、神に背いた悪というイメージがあるんじゃが、お主からはその身につけておる鎧には禍々しさがあるというのに、お主にはまったくそのような邪気が感じられん。なぜそんな純粋な目をしておるのか、それでいてグラモンの倅と決闘した時もグラモンの倅を傷つけはしなかった。背中に黒い羽もないし、堕天使じゃと言われても恐らく誰も信じないじゃろうな。」

「フゥゥオン?」

 アルマロスは、『そうなのか?』っと言う風に声を漏らした。

「嘘をついておらんじゃろうな?」

「フォォン。」

 オスマンがわざとらしく意地悪な口調で聞くと、アルマロスは、ブンブンと首を横に振った。

「ふむ、確かに嘘をついてはおらんようじゃな。お主の目がそう語っておる。本当に堕天使なのか疑ってしまうわい。そんな子供みたいな純粋な目をされとったらのう。」

 オスマンにそう言われ、アルマロスは、意味が理解できないのか目をぱちくりさせていた。

「では、次の質問じゃ。アルマロス殿、お主は、いったいどこから来たんじゃ?」

 その質問に、アルマロスは、どう説明したらいいか困り、机に字を書くのを止めた。

「神の世界…、あるいは魔界か。そのどちらかと考えるのが普通じゃが、お主はわしのイメージする堕天使とはかけ離れ過ぎておる。もしや、この世界の者ではないのか?」

 ずばり言われアルマロスは、顔を上げてオスマンを見た。

 アルマロスの反応を見て、オスマンは、やはりかと笑った。

「わしらの世界とは違う、異世界の堕天使ということならば、話の辻褄が合うわい。サモンサーヴァントと召喚された時のゴーレムのような姿も、今の人間のような姿も、ディテクト・マジックなどの魔法が無効化されたのも、堕天使とは思えぬ純粋なその眼も。」

「オールド・オスマン…、アルマロスは、どうなるのですか?」

 ずっと口を噤んでいたルイズが口を開いた。

「堕天使が召喚されました、なんて王宮に通達しても信じてもらえんじゃろう。堕天使というのは、空想の中でしか描かれていない、いるのかいないのかもはっきりしとらん存在じゃ。実際にその目で実物を見たという話は、聞いたことがない。じゃが…。」

 オスマンは最後に警告はした。

「あまり堕天使じゃということをふれて回らんようにすることじゃ。いくら異世界の堕天使で、堕天使とかけ離れた姿と心を持つとはいえアカデミーに噂が入ればどうなるか分かったもんじゃないからのう。」

「はい…!」

 ルイズは、ビシッと姿勢を正して返事をした。

「それと、これは質問ではないんじゃが、アルマロス殿のルーンのことについてじゃ。」

 するとオスマンは、一冊の本を机に置いて、栞を挟んでいたページを開いて二人に見えるようにした。

「ここに記されておるのは、始祖ブリミルの四人の使い魔のことについてじゃ。一人は、神の左手『ガンダールヴ』、二人目は、神の右手『ヴィンダールヴ』、三人目は、神の頭脳『ミュズニトニルン』、四人目は…、記されておらんから不明。この四人の使い魔のルーンの内、二つが、アルマロス殿、お主に刻まれておるんじゃ。」

 オスマンは、アルマロスの左手、そして右胸を順に指さした。

「左手はガンダールヴで間違いない。右胸は、まだ調査中じゃが、四人目のルーンである可能性が高い。なぜアルマロス殿に伝説の使い魔のルーンが、二つも刻まれたのか、そのことについて心当たりはあるかの?」

 オスマンの言葉に、アルマロスは、分からないと首を横に振った。

 ルイズは、口を開けたまま呆然とした。

 アルマロスに刻まれた使い魔ルーンが伝説でしか語られていないあらゆる武器を操れたと言われるガンダールヴと、名前すら記されなかったと伝えられる謎に包まれた四人目のルーンである可能性があるであることに。

 偉大なる始祖として尊ばれている始祖ブリミルの伝説を、メイジとして失格者な己が再来させてしまった。異世界の堕天使を呼び出したこともだが、とんでもない大事件だ。

 驚愕するルイズとは反対に、いまいち話が理解できてないらしいアルマロスは、自分の左手と右胸のルーンを交互に見て首を傾げていた。

 異世界の元神の使いであった者であるアルマロスにとって、こちらの世界で神のごとく尊ばれ、伝説として語り継がれているものだと説明されてもうまく理解できないものだった。

 アルマロスが纏っているネザースーツの上から浮き上がっているルーンがただの印でないのは間違いないのだが、そこまですごいものだと感じられなかったのだ。

 実は、アルマロスが伝説のルーンの力を感じ取ることができない理由は、別にあったのだが、その内身を持って知ることになる。

「このことについては、王宮には知らせないこととする。ミス・ヴァリエール、今後の身の振り方についてはどうするつもりでおる?」

「えっ。そ、それは…。」

 急に話を振られてルイズは、口ごもった。

 正直何も考えてなかった。ただアルマロスに失望されたくないのと。堕天使だということがばれたらよくないということでいっぱいいっぱいで。

「まあ、そう力むこともないじゃろう。気楽にいきなさい、気楽に。」

「き、気楽にですか?」

「変に気を使われても困るじゃろ? アルマロス殿。」

「フゥゥォオン。」

 振られたアルマロスは、そうだと言う風に頷いた。

「でも…。」

 ルイズは、食い下がる。

「フウォン。」

 アルマロスは、ルイズの片手を取り、その掌に指で字を書いた。

 『僕は、もといた世界で人間達に崇められていたことがあった。でも、それは間違いだって友人から教えられた。だから僕のことを特別視しないで。それはルイズのためにならないから。』っと書いた。

 そうアルマロスから伝えられても、ルイズは、どうしても踏ん切りがつかなかった。

 ルイズは、アルマロスが堕天使だから気を使っているのではない。アルマロスが心から人間を愛し、その愛ゆえに神に背いた一途さと覚悟にショックを受け、その純粋な彼の心が貴族が偉ぶっているこの世界の在り方のせいで穢れてしまうのではと心配だからついつい気を使ってしまっていたのだ。

 だから気を使わず気楽にしろと言われてもルイズの気持ちの問題でできない。

 オスマンには、まだアルマロスが堕天使になった経緯は話してない。オスマンになら伝えてもいいだろうが、伝えたところでルイズの気持ちが変わらないだろう。

 ルイズは、アルマロスを見た。

 褐色の肌、金色の髪止めがついた癖の強い銀色の長い髪の毛、引き締まった頬とぽってりした鼻、優しげなラクダ目、海を思い浮かばせるような鮮やかな青い瞳。

 先ほどアルマロスは、もといた世界で崇められていた時期があったと言っていた。崇めたくなる気持ちは別世界の住人のルイズでも分かる気がする。なんと例えればいいか分からないが人の心を惹きつける力が、おそらく無意識なのだろうがアルマロスは無差別に放っているのだ。

 ルイズは、額に汗を滲ませてウーウーと声にならない呻き声をあげるだけで今後のことについて考えがまとまらない状態に陥った。

「…とりあえず、今日のところはここまでじゃ。部屋に戻ってゆっくり休みなさい。」

 見かねたオスマンがそう言って対談を終わらせた。

 ルイズがアルマロスに支えられながら退室していくのを見送った後、オスマンは、ソファーの背もたれにぐったりと背中を預けた。

 ただでさえ高齢でしわしわの顔が無理な減量をしたボクサー並みにげっそりやつれてしまっていた。

「さすがわし…、よく頑張ったわし! あー、まさか堕天使だったとは…、それも異世界の…。しかも伝説の再来を同時に目撃することになるとは、長生きしててこんな後悔したことはないわい。」

 この後、秘書ロングビルが水を持ってきて、オスマンがまともに動けるようなるまで数時間はかかったそうな…。

 アルマロスに睨まれた時に放出されたアルマロスの堕天使のパワーの前に、偉大なメイジであるオスマンも大ダメージをは避けられなかったらしい。

 下手にビビッて、なめられたらまずいと精神力を削って耐えてダメージを受けていることを隠し通したのである。オスマンの意地だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 オスマンとの対談の後、ルイズの部屋に戻ったルイズとアルマロス。

 ルイズは、疲れたのでベッドで横になるなりあっという間に眠ってしまった。

 アルマロスは、ギーシュと決闘したにも関わらず疲労感はなかった。

 なのでとても暇だった。

 暇つぶしにルイズの机にある本を読んだりしていたが、暇つぶしにならなかった。

 アルマロスは、首を回したり、腕を伸ばしたりした。ギーシュと戦ったはいいが、ギーシュが自分より弱いと分かっていたとはいえ実に呆気なく戦いが終わったのがアルマロスにとって物足りなかった。

 かつてもといた世界でイーノックよりも優れた格闘技の達人であったアルマロスは、わざと手加減したこともあり体が疼いていた。足りないのだ。もっと激しく動きたいとのだ。

 アルマロスは、フッと自分の体を見おろした。自分が嫌っていたウォッチャースーツがぴっちり体を覆っている。

 左手の甲と右胸に浮かぶルーンを除けば、ウォッチャースーツの機能はしっかりと働いている。

 そしてアルマロスは、他の堕天使達と違う自分にだけあった特権を思い出し、それを実行してみることにした。

 直感で指先で右胸のルーンをそろりと触る、そして念じてみる。

 するとアルマロスの身を包んでいた肉体と一体となっていたウォッチャースーツが闇となって散って消え、代わりにかつてイーノックと対峙した時のダンス衣装になった。

 アルマロスは、それはそれは嬉しそうに衣装の布地を触り、ふと寝息を立てているルイズのことを思いだし、部屋の窓を開けて窓から外へ飛び出した。

 彼の左手の甲と、大胆に晒された上半身の右胸には、ウォッチャースーツの上から刻まれていたルーンがあった。

 

 

 

 

 夕暮れの時間帯。

 メイドのシエスタは、運んでいた洗濯籠を持ったままその光景に目を奪われていた。

 そこは、広間でもないが通路でもない学院の敷地内にある開けた場所だった。

 そこで水色のダンス衣装を纏った、銀髪と褐色の男が踊っていた。

 シエスタは、彼の顔を見たことがある。

 いつものように食堂で給仕をしていた時だ。

 体と一体化しているのではというほどフィットした奇妙な黒い鎧に、首の後ろの背中辺りから垂れている尻尾のようなものがあるが、それを除けば人間と変わりない姿をしていた。

 給仕の仕事をこなしながら他のメイド達も、調理場の人間達もこぞってルイズの使い魔の男を珍しい物を見るように観察した。

 そんな時、ギーシュがムチャクチャな理由をつけて彼に決闘の言葉を吐いた。

 焦るルイズとは逆にギーシュに堂々とその決闘を受けて立つと言わんばかりに彼の前に立った使い魔の男の姿に、メイド達も調理場から覗いていたコック達も息を飲んだ。

 圧倒的。

 例えられる言葉がこれしか浮かばなかったが、使い魔の男が纏うオーラは、常人のそれではなかった。

 ヴェストリの広場で始まった決闘を、シエスタ達も遠くから見ていた。野次馬の壁でほとんど見えなかったが、高く打ち上げられたワルキューレと、野次馬の言葉と、ワルキューレを破壊していると思われる鈍い音が使い魔の男がギーシュを圧倒していることをシエスタ達に教えた。

 奇妙な、正体不明の人間。そもそも人間かどうかも怪しいところだが、ルイズの使い魔の男は素手でドットクラスのメイジであるギュースに完勝した。

 戦いが終わった後、彼のもとへ駆け寄ったルイズが大声をあげて泣いてしまったので、使い魔の彼がどうしたらいいかオロオロしていたという。

 それから間もなく、学院の教員に学院長室に呼び出さされた二人がどうなったかは、ただのメイドであるシエスタには分からない。

 そして今、ヴェストリの広場でギーシュに勝ったルイズの使い魔が、あの奇妙な鎧ではなく、水を連想させる色のダンス衣装を纏って踊っている。

 ルイズの姿はない。

 シエスタは、メイドとして仕事をこなしながら、この学院にいる貴族達の娯楽や祭りなどで様々なダンスを見てきた。もちろん故郷のタルブでだって収穫祭の時には村の者達が豊作を祝い、大地への感謝のための踊りをすることはある。

 しかしシエスタが今見ているルイズの使い魔の男の踊りは、娯楽というよりは神や大地への感謝を伝えるそれに近いように思えた。

 男は、実に優雅に、だが本当に楽しそうに舞い踊っている。

 上半身が大きく晒される大胆な衣装のせいで彼の鍛えられた腹筋や胸筋などが惜しげもなく見えてるし、地面につくほど長いアシッドグレイの髪が舞い踊るたびに宙を舞い絡まることなく夕日の光の下で輝いている。

 シエスタは、踊っている男の姿に心を奪われ魅入っていた。

 ダンスは、激しさを増し、突如男が前に歩く動作をしながらなぜか後ろに後退するという奇妙な動きをしたところで、シエスタは、その見たことがない奇怪な動きに堪らず短い悲鳴をあげて持っていた籠を落としてしまった。

 シエスタの声と籠を落とした音に気付いた男が、踊りを止めてシエスタの方に振り返った。

「フォォン?」

「きゃっ! あ、あの…すみません!」

 男が独特な甲高い声を出しながら近づいてきたので、シエスタは、慌てて籠を持って逃げ去っていった。

 残された男、アルマロスは、ポカンッとその場に取り残されたのだった。

 

 シエスタに逃げられてしまい、しょんぼりするアルマロスの後姿を、キュルケが物陰から見ていたのだが、アルマロスは気付いてなかった。

 あと実は、アルマロスが踊りを踊りだしてからずっと見られていたのだが、そのことにも気付いていなかった。

 キュルケは、それはそれはうっとりした目でアルマロスを見ていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌日目を覚ましたルイズが見たのは、なんか落ち込んでいるアルマロスだった。

 ダンス衣装ではなく、ウォッチャースーツ姿に戻っている。

「なにかあったの?」

「フォォン…。」

 アルマロスは、布団の上に指で字を書いた。

「嫌われたかも?って、なにしたのよ?」

 昨日のことをアルマロスが説明した。

 暇だったのでダンスを踊ってたら、それをメイドらしき少女に見られ、籠を落としていたので声を掛けようとしたらそのまま逃げられてしまったのだと。

「別にあんたが悪いわけじゃないんでしょ?」

「フォン…。」

「気にしない方がいいわよ。」

 ルイズはそう言って励まし、アルマロスは、少し考えたが頷いた。

「ねえ、アルマロス。明日は、虚無の日なんだけど、城下町に行ってみない?」

 ルイズからの提案に、アルマロスは、キョトンッとした。

「アルマロスは、まだこのトリスティンのこと知らないでしょ? もしよかったらって思って…。嫌なら、いいわよ?」

 するとアルマロスは、そんなことはないと首を振った。

 あ、でもっと…、ルイズは言った。

「その恰好は目立つわね…。」

「フォォン?」

 アルマロスは、自分のウォッチャースーツを見た。確かにこれでは悪目立ちしてしまう。

 ならばと、アルマロスは指の関節をパチンッと鳴らした。

 すると一瞬にしてアルマロスの衣装が変わった。

 古代ギリシアの衣装のようなそれは、上半身の片側半分が見えてしまっている。

「も、もうちょっと、露出が少ないのがいいわね!」

 アルマロスの肉体は美しく、目立つのでルイズは慌てた。

 フムッと考えたアルマロスは、再び指を鳴らし、衣装を変えた。

 かつて天使だった頃、身に着けていた質素な衣装になった。

「うん…。まあいいじゃないかしら?」

「フォン。」

 アルマロスは、街に行ったら、この世界の衣装を見て参考にしようと決めた。

 

 

 

 




ダンスシーンって難しいですね。
ムーンウォークは、初めて見たらビビると思う。


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第四話  喋る剣

デルフリンガーとの出会い編。

あとキュルケに言い寄られる回。

今回短め。


 

 翌日、予定通りルイズは、アルマロスを連れて城下町へ行くことにした。

「アルマロス。馬乗れる?」

 聞くと、アルマロスは頷いた。

 馬の首を撫でながらアルマロスは、軽々と馬に乗って見せた。

 質素な僧侶服のような格好だが、なぜか様になる。

 いらぬ心配だったとルイズは肩を落とし、自分も馬に乗った。

 学院から馬で約3時間走ったところに城下町がある。

 馬を駅に置き、二人は歩き出した。

 やはりというか予想通りというか、アルマロスは目立った。

 隠しきれない人ならざるオーラもあるのだろうが、質素な服を身に着けていても目立った。立ちゆく人たちが必ずと言っていいほどアルマロスを見るのである。

 一方でアルマロスは、キョロキョロと楽しそうに街を見回していた。その様は、子供のようである。

 声を出したいのを必死に抑えているのか、時々口を押えている。

 アルマロスを街に連れてきて正解だったのか、不正解だったのか、ルイズは悩んだがアルマロスが楽しそうなので良しとすべきかと思った。

 しかし、ふいにアルマロスが立ち止まった。

「どうしたの?」

 ルイズが声をかけたがアルマロスは、宙を見上げているだけで反応しない。

 すると、突然アルマロスが路地裏に入って行った。

「アルマロス!」

 ルイズは慌てて後を追った。

 何かに導かれるように動くアルマロスの後ろを必死に追いかけた。

「アルマロスってば! ブッ!」

 しばらく歩いて急に立ち止まったのでその背中に思いっきりぶつかってしまった。

「ちょっと、急に止まらないでよ!」

「? フォン。」

 今気付いたと言う風にアルマロスが振り向いて声を漏らした。

「どうしたのよ、急に。」

 ルイズが聞くと、アルマロスは困ったように頬を指でかいた。

「? 本当にどうしたの?」

 アルマロスは、ルイズの手を取り、手のひらに『よく分からない』っと書いた。

 ルイズは、はあっ?っと声を出した。

 アルマロスは、キョロキョロと周りを見回して、すぐ横にある店を見た。

「ここは、武器屋ね。でも武器なんていらないんじゃないの?」

 ギーシュの青銅のゴーレムを素手で破壊するほどなのだ、正直武器なんていらないだろうとルイズは思った。

「フォォン。」

 それはどうだろうと言いたげに、アルマロスが声を漏らした。

「武器、ほしい?」

 聞くと、アルマロスは頷いた。

「じゃあ、買ってあげる。でもあんまり高いのは買えないわ。それでもいい?」

 更に聞くとアルマロスは、うんうんと頷いた。

 二人は武器屋に入った。

「らっしゃい。」

 店主の男が奥にいた。

「武器を見せてくれる?」

「奥様、貴族の奥様、うちはまっとうな商売をしてまさあ。お上に目を付けられるようなことなんか、これっぽっちもありまんせや。」

「客よ。」

「こりゃ、おったまげた、貴族が剣を! おったまげた!」

 っと店主はわざとらしいくらい驚いていた。

 アルマロスは、キョロキョロと店に飾られた武器や、束で置かれた武器を見ていた。

『ジロジロ見てんじゃねぇぜ!』

 剣の束を見ていたら、突然店主の声じゃない男の声が聞こえてきて、アルマロスもルイズも驚いた。

「誰よ?」

「やい、デル公! 黙ってろ!」

「でるこう?」

 アルマロスは、声がした方を探して、乱雑に置かれた剣の束の中を探った。

『あ、こら! さわんじゃねぇよ!』

「フォ。」

 アルマロスは、その中から一本の長剣を手にした。

 剣は錆びれており、お世辞にも見栄えが良くない。

 しかしデル公と呼ばれたその剣は、アルマロスに柄を掴まれると急に黙った。

「?」

 アルマロスは、その剣をジッと見つめた。

『おめぇ……、いや…おかしいな…。なあ、おめぇ、左手見せてくれるか?』

 言われて、アルマロスは、左手を見せた。

『そっちじゃねぇ。手の甲だ。』

 言われて手の甲を見せた。そこには、ガンダールヴのルーンが刻まれている。

 すると剣は、今度はブツブツと何かつぶやきだした。

『んなはずねぇ……、使い手のはずなのにこれは…、どうしたこった?』

「フォン?」

『なあ、おめえ、俺を買わねぇか?』

「何言ってんのよ。」

 ルイズが言った。

『娘っ子、おめぇにゃ聞いてねぇ。なあ、買えよ。おめぇ、一応は使い手みたいだからよぉ。』

「?」

 アルマロスは、使い手と言われても分からず首を傾げた。

 自分を買えと言って来る剣に、アルマロスは、しばし考え、剣を持って店主の所に行った。

「それでいいの?」

 アルマロスは、頷いた。

「これ、いくら?」

「百で結構でさ。」

「あら、安いわね。」

「こっちにしてみりゃ、厄介払いみたいなもんでさ。」

 ルイズは、お金を払い、アルマロスは一緒に渡された鞘と一緒に喋る剣を受け取った。

『デルフリンガーってんだ。よろしくな。』

「フォン。」

『なんでぇ、おめぇ、喋れねぇのか?』

「…フォォン。」

 デルフリンガーに言われ、アルマロスは、少し悲しそうに声を出した。

「デルフリンガー…、デルフって呼ぶわね。」

 ルイズがそう言った。

 デルフことデルフリンガーを手に入れたアルマロスとルイズは、店を後にした。

 

 その後、二人と入れ替わりに、キュルケが店に入店し、店一番の剣を格安で手に入れ、店主がやけ酒を飲むということがあったのは別の話である。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「どういうことよ!」

 学院に帰ってから、ルイズが大声で叫んだ。

「だ・か・ら、ダーリンにプレゼントよ。」

 キュルケが、綺麗な装飾の剣をアルマロスに差し出している。

 アルマロスは、ポカーンっとしていた。

「ダーリンって、ちょっと誰のこと言ってんの! まさかアルマロスのことじゃないわよね!?」

「他に誰がいるのよ? ねえ、ダーリン、どうせ剣を使うならこっちの方がいいんじゃない?」

「フォ…。」

 剣を持ってすり寄って来るキュルケに、アルマロスはどう対応したらいいか分からずたじろいた。

『ダメだダメだ。そんな見てくればっかの剣なんざダメだぞ、相棒。』

「あら、その剣インテリジェンスソードだったの?」

『オイ、赤い娘っ子、こいつにゃ俺がいるんだからそれ持ってさっさとどっか行きな。』

「私が何をしようと勝手でしょ? ねえ、ダーリン、ダンス、素敵だったわ。」

「フォン。」

 踊りをしてたのを見られていたのかと、この時やっとアルマロスは知った。

「ダーリンが夕日の中、水のような衣装を着て踊る姿…、この世のものと思えないほど素敵だったわ。あたしね、痺れちゃったのよ。痺れたのよ! 情熱! ああ、情熱だわ!」

 キュルケは熱弁する。

「あたしの二つ名の微熱はつまり情熱なのよ! その日からあたしはぼんやりとしてマドリガルを綴ったわ。マドリガル。恋歌よ。あなたの所為なのよ。アルマロス。あなたがあの日からあたしの夢に出てくるものだから、フレイムを使って様子を探ったり……。ほんとにあたしってばみっともない女だわ。そう思うでしょ? でも全部あなたの所為なのよ。」

「フ、フォォォン…。」

 そ、そうなの?っと言う風に、アルマロスが声を出した。困っている様子である。

 そしてチラリッとアルマロスは、ルイズを見た。

 ルイズは、キュルケの熱弁に呆気に取られていたが、アルマロスからの視線を助けてほしいという意味ととらえるや否や、キュルケとアルマロスの間に割って入った。

「ちょっと、ヴァリエール。」

「アルマロスが困ってるでしょうが、この色ボケツェルプストー!」

「困ってないわよ、ねえ、ダーリン。」

「……。」

『いや、明らか困ってるだろ。』

 デルフリンガーがツッコミを入れた。

 それを聞いたキュルケは、少しショックを受けた様子であったが、すぐに目を潤ませて上目遣いでアルマロスを見上げた。

「あたし…、迷惑だったかしら…。でもこの情熱を抑えられないの…、恋と炎はフォン・ツェルプストー宿命なの。身を焦が宿命。恋の業火で焼かれるなら、あたしの家系は本望なの。でもダーリンが迷惑なら、今この一時は身を引くわ。でも忘れないで、あたしはあなたを想っているということを。」

 キュルケは、目潤ませながら、剣を持ってサッササーと去っていった。

 残されたルイズとアルマロスは、しばらく放心していた。

「…だ、大丈夫? アルマロス。」

「フォォン…。」

 先に我に返ったルイズがアルマロスを見上げて聞くと、アルマロスはルイズを見おろして頷いた。

「キュルケの言ったことは忘れなさいね。いつもの手なの…。」

『モテる男は辛いねー。』

 デルフリンガーが茶々入れてきたが、うけなかった。

『あ? なんだこの微妙な空気はよぉ。』

 微妙にもなる。

 だって、アルマロスは、無性だからだ。

「ねえ、アルマロス。念のため聞くけど、あなたの性別って……、無性なの?」

 念のためルイズは確認した。

 するとアルマロスは、頷いた。

 分かったところで、これはこれで困ったものである。

 キュルケは、完全にアルマロスを普通に男だと思っているようであるし、アルマロス自身、そういうことに興味がないようなのでただただキュルケからの情愛にどう対応したらいいか分からず困っているだけなのである。

「ああ、困ったわねぇ。」

 よりにもよってキュルケに目を付けられてしまったことに、ルイズは頭を抱えた。

 キュルケがちょっと断ったくらいで諦めるような質じゃないことは分かっている。分かっているから厄介なのだ。

「ねえ、アルマロス。嫌ならしっかり断るのよ。いいわね?」

「フォ…。」

「いい!? しっかり断りなさいよ! 何度来ても断りなさいよ!」

「フォーン!?」

 ルイズが念を押して言って来たので、アルマロスは、わけが分からずオロオロとした。

 デルフリンガーがひっそりと。

『モテる男は、辛いねー。』

 っと呟いていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 夕方、アルマロスは、広場でデルフリンガーを握って立っていた。

 そして構えて、デルフリンガーを振るった。

 しかし何度か振るったところで、首を傾げてやめてしまった。

『やっぱしっくりこねぇか?』

「フォォン。」

『おっかしいねぇ。使い手のはずなのによぉ。』

「フォオン?」

『あっ? 使い手が何かって? 使い手ってのはよぉ…、やべぇ忘れた。』

 デルフリンガーの言葉に、アルマロスはずっこけた。

『まあとにかくどんな武器でも使えんだよ。そのはずなんだけどよぉ…。しっくりこないんだろ?」

「フォ…。」

『左手のルーンが光ってねぇしな…。どういうこった?』

 言われてアルマロスは、自分の左手を見た。確かにルーンは光っていない。

『でもまあ、相棒はもともと武術の達人みたいだしよぉ、なんとかるとは思うけど、俺としては使いの手の印が使い物にならないってのは気がかりだ。』

 デルフリンガーは、頭の隅に置いておけと言う。

 アルマロスは、右胸のルーンを指でなぞった。

「フォォォン。」

『ん? 右胸のルーンがなんだって? そいつは…、やべぇ忘れた。』

 またも忘れたと言うデルフリンガーに、またアルマロスはずっこけた。

「アルマロスー。ご飯食べに行こう。」

「フォォン。」

 ルイズが呼びに来たので、アルマロスはデルフリンガーを納め、ルイズのところへ行った。

 

 

 

 




ガンダールヴのルーンがなぜか反応しない。この理由もアルマロスがこの世界に存在するうえでの理由があるのですが、後ほど。
アルマロスは、武術の達人だけの武器も扱えるということにしました。


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第五話  土くれ

土くれのフーケ編。

神の叡智が一部登場。


 

 土くれのフーケ。

 今トリスティンの貴族達を恐怖に陥れている、盗賊の呼び名である。

 土くれという二つ名は、固定化の魔法をかけた強固な壁などをたちどころに土くれに変えてしまうほどの強力な錬金の魔法を使うことから、付けられたものだ。

 そのフーケは、現在、トリスティン魔法学院にいた。

 本塔にある宝物庫にある、『神の拳(こぶし)』と呼ばれる宝を狙っているのだ。

 だが魔法学院なだけなあり、守りは頑丈だ。

 固定化の魔法はかかっていないが、とにかく分厚いのである。

 フーケが自慢とする30メートルもある土のゴーレムを使ったとしても壊せそうにないのだ。

 これに困ったフーケであるが、お宝を目の前にして諦めるような根性はしていない。

 フーケは、どうするかと考え込んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 アルマロスが、校舎の本塔を見上げていることに、ルイズは気付いた。

「どうしたの?」

「フォン?」

 ルイズに声をかけられて、アルマロスは、ハッとした。

「あそこは本塔よ。どうかした?」

 ルイズが聞くと、アルマロスはなんでもないと首を振った。

 そう言いつつ、アルマロスは、再び本塔を見上げた。

 まるでそこに何かがあるみたいに…。

「本当にどうしたのよ?」

 ルイズは、不思議がったが、アルマロスは答えなかった。

 

 その謎は、その夜起こった。

 

 

「ねえ、ダーリン。やっぱり受け取ってもらえないかしら?」

「フォォォン…。」

 またキュルケに言い寄られて、アルマロスは困った。

 身振り手振りで断っているのだが、キュルケは引かない。

「なにやってんのよ!」

 そこにルイズが駆けつけて、アルマロスはホッとした。

「おじゃま虫のヴァリエールが来たわ。」

「誰がおじゃま虫よ! アルマロスが困っているのにしつこいのよ、あんた!」

「照れてるだけよ。ねえ、ダーリン。」

「……。」

『いや、マジで困ってるだろ。』

 デルフリンガーがツッコんだ。

「そんなことないわよ!」

「フォォォン…。」

『いやいや、ほんとに困ってるだろ、コレ。』

 デルフリンガーの言葉を聞いて、キュルケはショックを受けた。

 ルイズは、勝ち誇った顔をした。

「なによ、その顔!」

「ホントのこと言われて落ち込むあんた顔見れるなんて思わなかったからね。」

 ルイズは、クスクスと笑った。

 キュルケは、カチンッときたのか。

「言ってくれるじゃない…。」

 っと、怖い顔で声を低くして言った。

「あら? やる気?」

「決闘? 望むところよ。」

 二人が杖を出したところで、二人の杖が吹き飛ばされた。

「危険。」

 青い髪の少女が杖を構えていた。

 こんなところで決闘をするなということらしい。

 二人は、憎々しげにお互いの顔を見て、杖を拾い、外へ出た。アルマロスは、心配してその後を追った。青い髪の少女も向かった。

 

 本塔の近くの中庭に、ルイズとキュルケ、アルマロスとデルフリンガー、そして青い髪の少女が来た。

「フォオオン。」

 アルマロスが、やめとけと言うふうにルイズに話しかけた。

「心配しないで、アルマロス。こいつにだけは負けたくないの。」

 ルイズはそう言いつつ、汗をかいていた。

 ゼロという不名誉な二つ名を持つルイズは、どんな魔法を使っても爆発で終わってしまう。

 キュルケは、魔法の使い手としては結構腕が立つ方である。万が一にも勝ち目はない。

 だが負けるわけにはいかないと、ルイズのプライドが叫ぶ。

 先祖代々恋人を奪われ、戦争ではお互いに殺し合いだってしてきたライバルの家系であるキュルケにだけは負けたくないのだ。

 そして…。

「私だって、アルマロスを守る。」

 強く美しく優しい堕天使であるアルマロスに見劣りしないメイジになりたいと、願う自分がいる。

 二人が同時杖を抜いた。

 その時だった。

 アルマロスがルイズとキュルケを掴んでその場から飛びのいた。

 次の瞬間、二人がいた場所に、巨大な土の足が踏み込んでいた。

「なに? なんなの!?」

「あれは…。」

 本塔の傍に、30メートルはある巨大な土のゴーレムがそびえ立っていた。

 普通の服を身に着けていたアルマロスの恰好が、ウォッチャースーツに変わる。

 ゴーレムの足がアルマロスに迫った。

 アルマロスは、後方に飛び、その足を避けた。

「アルマロス!」

 ルイズが叫ぶ。

 アルマロスは、体制を整え、ゴーレムを見据えた。

 その時、ゴーレムの後ろ。つまり本塔の壁に誰かがいるのを見つけた。

 あいつか、っとアルマロスは、狙いを定め跳躍した。

 ゴーレムを足場にし、本塔の壁にいる人物目がけて飛んだ。

 ローブで顔を隠したその人物は、薄く笑っていた。

 アルマロスは、拳を握り大きく振りかぶった。

 ローブを纏ったその人物、ゴーレムの操り手は、ヒョイッと避け、アルマロスの拳が本塔の壁に当たった。

 拳はめり込み、大きくヒビが入った。

 すると背後からゴーレムの拳がきた。

 アルマロスは、壁に張り付き、壁を踏み台にして飛んでその拳を避けた。

 ゴーレムの拳により、アルマロスが殴ったためにヒビが入っていた本塔の壁が崩れた。

 その崩れた隙間に、ローブの人物が入り込んだ。

 地面に着地したアルマロスは、本塔を見上げた。

 ローブの人物が逃げていくのを見て、追いかけようとした時、崩れだした巨大なゴーレムの土が降ってきて、下にいたルイズが悲鳴を上げたのを聞いて、そちらに気をとられた。

 その隙、ローブの人物は闇に姿をくらました。

 

 その後、騒ぎを聞きつけた教師達により、宝物庫に。

 『神の拳。確かに領収いたしました。土くれのフーケ』という字が、壁に書かれているのが発見された。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌日。

 目撃者であるルイズ達は、学院長室に呼び出された。

 魔法学院は大騒ぎであった。

 トリスティンを騒がせている盗賊が盗みに入ったのだ。騒がぬ方がおかしい。

 夜の当直だったシュヴルーズがさぼっていたとか、大人達は責任のなすりつけ合いで大騒ぎである。

「君達は、あの夜、あの場にいたのかね?」

「はい。巨大なゴーレムが現れ、本塔の壁を破壊していきました。アルマロスが言うには、ゴーレムを操っていたと思われる人物が壁に張り付いていて、ゴーレムが破壊した穴に入って行ったのを見たと言っています。」

「そうか…。」

「しかしどうやって宝物庫の壁を…。」

 教師の呟きを聞いて、ルイズは、ビクッと震えた。

 するとアルマロスが挙手した。

「アルマロス…。」

 怯えるルイズの頭に、アルマロスは手を置き、微笑んだ。

 オスマンがアルマロスを見る。他の教師達もアルマロスを見た。

 アルマロスは、机に指で字を書いた。

 

 『自分が壁を壊したせいだ』と。

 

「貴様の責任じゃないか!」

「アルマロスは、ゴーレムを操っていたメイジを攻撃しようとしただけです!」

 教師の非難の声に、ルイズがそう反論した。

「しかし拳であの壁を破壊するとはのう…。老朽化で脆くなっておったかもしれんわ。」

「だが余計なことをしなければ宝物庫への侵入は防げたはずだ!」

 そうだそうだと周りの教師達が言った。

「まあ落ち着きなさい。アルマロス殿は、ゴーレムの操り手を発見し、速やかに無力化するために行動したんじゃ。相手がよっぽどの手練れでなければどんなメイジもたちどころに無力化させれておるじゃろうて。聞くが、フーケの立場となって己を考えて見よ、同じ目にあって青銅のゴーレムを一撃で破壊するほどの拳を避けられる自信はあるかね?」

 オスマンの言葉に、教師達は、黙った。

 冷静に考えてみれば、アルマロスの判断は間違っていない。

 戦う上でゴーレムを扱うメイジは、メイジ自身を無力化させてしまうのがもっとも有効的だからだ。

 しかもアルマロスは、青銅でできたゴーレムを一撃で破壊するほどの身体能力を持つのだ。そんな奴の拳を喰らったら、死ねる自信がある。

 黙り込んでしまった教師達を見て、オスマンは大きく息を吐いた。

「当直の件といい、ここで責任を擦り付け合っても、盗まれたもんは戻ってこん。」

「オールド・オスマン!」

「おお、ミス・ロングビル。どこへ行っておったんじゃ。」

「申し訳ありません。朝から急いで調査をしておりましたので。」

「して、フーケの居場所は?」

「はい。近所の農民に聞き込んだところ、近くの森に廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです。おそらく、彼は…。」

「ちょっと、待ちなさい。」

 オスマンがロングビルを止めた。

 オスマンの視線の先で、アルマロスが机に指で字を書いていた。

「……女じゃないのか?っと言っておるが…。女じゃったのか?」

「フオォォン。」

「何? 胸があったじゃと? 本当に見たのかね?」

 アルマロスは、間近でフーケを見ているので、強く頷いた。

「ミス・ロングビル。見間違えじゃないかのかね?」

「もしかしたらフーケは、女で、農民が見たのは変装している可能性があります。もしくは、本塔に現れたフーケが変装していたという逆の説もありますわ。」

 そう言われて、アルマロスは、考え込んだ。そんなことを言われたら自分が見たのが本当に女だったかどうか怪しくなってくる。

「ミス・ロングビル。そのフーケと思われる輩はどこに?」

「ここから徒歩で半日。馬で四時間といったところでしょうか。」

「すぐに王室に報告しましょう!」

「ばかもの! 王室なんぞに知られている間にフーケは逃げてしまうわ! そのうえ……、身にかかった火の粉を己で払えぬようで、なにが貴族じゃ! 魔法学院の宝が盗まれたのは、魔法学院の問題じゃ! 当然、我らで解決する!」

 オスマンが迫力ある声でそう怒鳴った。

 ロングビルが、微笑んだ。

 その微笑みを見たアルマロスは、はてっ?っと、ピクリッと眉を動かした。

「では、捜索隊を編成する。我と思う者は杖をあげよ。」

 しかし誰も上げなかった。

 それを見かねたアルマロスが挙手しようすると、隣にいたルイズが杖を上げた。

「ミス・ヴァリエール!」

 シュヴルーズが驚きの声を上げた。

「あんたは生徒ではありませんか! ここは教師任せて…。」

「誰もあげないじゃないですか。」

 ルイズが言い放った。

 そんなルイズを見て、アルマロスは、微笑み立ち上がった。

「アルマロス殿。行くのじゃな?」

「フォォン。」

 もちろんだとアルマロスは笑った。

「なら私も行くわ。」

「ミス・ツェルプストー! 君は生徒じゃないか!」

「ふん。ヴァリエールには負けられませんわ。」

 キュルケが杖を上げたのを見て、青い髪の少女も杖を上げた。

「タバサ。あんたはいいのよ。」

「心配。」

 キュルケは、そう言ったタバサを感動した面持ちで見た。

 オスマンは、息をつき。

「そうか。では頼んだぞ。」

「反対です! 生徒達をそんな危険にさらすわけには!」

「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ。」

「い、いえ…、わたしは体調がすぐれませんので…。」

「彼女達は、敵を見ている。そのうえ、ミス・タバサは若くして、シュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが。」

「本当なの? タバサ。」

 キュルケが驚いて聞くと、タバサは頷いた。

「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法も、かなり強力と聞いているが? ミス・ヴァリエールは……、数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、その、うむ、なんだ、将来有望なメイジと聞いているが? しかもその使い魔は! グラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったと言う噂だが。」

「そうですぞ、なにせ彼は、ガンダー…。」

 言いかけたコルベールを、オスマンが口を押えて止めた。

「ムグっ、は、はい、なんでもありません! はい!」

「彼らに勝てるという者がいるのなら、前に一歩出たまえ。」

 誰もいなかった。

「魔法学院は、諸君らの努力と貴族と義務に期待する。」

 ルイズと、キュルケと、タバサは、直立し、「杖にかけて!」っと同時に唱和した。

 アルマロスは、そんな三人を見て、それからチラリッと、ロングビルを見た。

 そして、フーケのもとに行くための案内役としてロングビルがついていくことになり、馬車に乗って、問題の廃屋に向かうことになった。

「ねえ、アルマロス。どうしたの?」

「……。」

 アルマロスは、ジッとロングビルを見ていた。

 それをおかしいと思ったルイズが話しかけてもアルマロスは答えなかった。

「まさかダーリン…、ミス・ロングビルのが好みなんじゃ…。」

「そんなわけないでしょ!」

 キュルケの言葉にルイズが反論した。

 違うわよね!?っとルイズがアルマロスに聞くと、アルマロスは、ハッとして、キョトンとした顔をしていた。

「アルマロス…。」

「フォ?」

「…もういい。」

 ルイズは、拗ねてそっぷを向いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 やがて廃屋近くにつくと、途中から場所を降り、徒歩で向かった。

「あれがフーケのいる廃屋?」

「誰かが偵察に行かないと…。」

「すばしっこいの。」

 タバサがアルマロスを指さした。

 言われたアルマロスは、茂みから立ち上がり、足音を立てず、ゆっくりと廃屋に近づいた。

 やがて廃屋に入って行き、しばらくして出てきて、ルイズ達を手招きした。

 ルイズ達も廃屋に向かい、チェストの中から盗み出されたと思われる、神の拳を発見した。

「これが神の拳?」

「……!!」

 アルマロスは、驚いて口を開けた。

 アルマロスは、これを見たことがあった。

「ええ、宝物庫で見学した時に見たことがあるもの。」

 キュルケが言った。

 アルマロスは、まじまじと神の拳を見つめていた。

 その時、地響きが起こった。

 慌てて外に出ると、巨大な土のゴーレムがいた。

「フーケだわ!」

 キュルケと、タバサが杖を振るい、炎を、風を起こした。

 だが巨大なゴーレムは、まるで意に介さない。

「こんなのどーしろっていうのよ!」

「退却。」

 キュルケがお手上げだと声をあげ、タバサが冷静に言った。

 キュルケ達は、一目散に退却したが、アルマロスは、ルイズがいないことに気付いた。

 振り向くと、ゴーレムの背後にルイズがいて、ゴーレムに杖を向けてルーンを唱えていた。

 そしてゴーレムの表面が爆発し少しだけ削れた。

「フォオオオオン!」

 何をやっているんだ!というふうに、アルマロスが叫んだ。

「あいつを捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズとは呼ばないでしょ!」

 アルマロスは、踵を返し、ルイズのもとへ走った。

 ゴーレムは、走ってきたアルマロスに向かって拳を振るった。

 アルマロスは、それよりも早く走り、拳の下を走り抜けると、ルイズの腕をつかんだ。

「離して!」

「フォォオオオオン!」

『娘っ子! いい加減にしないか! 相手の実力も分かんねぇのかよ!」

「ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたって言われるわ!」

『言わせとけよ!』

「わたしは貴族よ! 魔法が使える者を、貴族と呼ぶんじゃないわ! 敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」

 ルイズが、杖を振るい魔法を唱えた。

 だがゴーレムの一部を削っただけで終わった。

 ゴーレムの足がルイズ達を踏み潰そうと振り上げられた。

 アルマロスは、ルイズを抱きかかえて、飛びのいた。

 アルマロスは、ルイズを降ろすと、ゴーレムを見据えた。

 アルマロスの両手から水の水球のエネルギーが現れ、アルマロスはゴーレムに放った。

 土のゴーレムの肩と、腹の横が溶けるように崩れ、ゴーレムのバランスが悪くなった。

 だがやがてゴーレムの体は再生した。

 アルマロスは周りを見回し、ゴーレムの操り手を探した。

 だが見当たらない。

 アルマロスは、ゴーレムを見上げ、やがて、廃屋が目についた。

 意を決したアルマロスは、走り、廃屋に入った。

 そして両手に、神の拳という宝を構えた。

 ゴーレムが振り向き、拳を振り下ろしてきた。

 アルマロスは、跳躍し、ゴーレムの上に乗った。

 アルマロスは、両腕を交差し、神の拳を撫でるように、両手を振るった。

 すると凄まじい光が放たれ、鈍い黒い色だった神の拳が光が輝き、神々しい白に変わった。

「フォォオオオオオオオオン!」

 アルマロスは、両腕を構え、ゴーレムの頭、肩、胸、腹と、神の拳で殴打した。

 凄まじい打撃に、ゴーレムの体が砕け散っていき、ゴーレムはすべて崩れ去った。

「アルマロス!」

 ルイズがアルマロスに駆け寄ろうとした。

 だが近寄れなかった。

 ルイズの背後に、ロングビルがいて、ルイズの首を掴んでいた。

「ミス・ロングビル!?」

「動くんじゃないよ。」

 ナイフが突きつけられ、ルイズは固まった。

「まさか…、あなたが…。」

「そうだよ。あのゴーレムを操っていたのは、あたしさ。」

 ロングビルは、笑みを浮かべて答えた。

「ルイズ!」

 逃げていたキュルケ達が戻ってきた。

「全員杖を捨てな。そっちの使い魔は、その神の拳を、こっちによこしな。」

 キュルケとタバサは、仕方なく杖を捨てた。

 アルマロスは、神の拳とロングビル…いや、フーケを交互に見た。

「寄越しなって言ってるんだよ。迷うのかい?」

「アルマロス、だめ!」

「あんたは黙ってな。」

「ぐっ…。」

「フォォォン。」

 アルマロスは、神の拳を手から離し、フーケの足元に投げた。

 フーケは、ルイズの背中を乱暴に押してアルマロスの方に行かせ、足元に転がった神の拳を拾おうとしゃがんだ。

 アルマロスは、ルイズを受け止めた。

 するとフーケは、目を見開いた。

 神の拳が、一瞬にして消え、光の塊になってしまったのである。

「なっ…。」

「フォォン!」

 その隙に距離を詰めたアルマロスの拳が、フーケの腹部に決まり、フーケは、倒れた。

「アルマロス? これは…。」

『おでれーた。そんな仕掛けがあったなんてな。』

 倒れたフーケを見おろし、アルマロスは、宙に浮いている、光に手を触れた。

 すると、神の拳は、元の形に戻りアルマロスの手に収まった。

 白く神々しい輝きに、夜目に慣れた目がチカチカした。

「これってこんな色だったかしら?」

 キュルケが不思議そうに見て言った。

「違う色。」

 タバサが言った。

『任務完了だろ?』

 デルフリンガーが言った。

 アルマロスは、ルイズの傍に来た。

 そして、ルイズの頬を軽くたたいた。

「な、なに?」

『おめぇが無茶なことしたから、相棒怒ってんだよ。』

「……ごめんなさい。」

 ルイズは、涙を浮かべ、謝罪した。

 アルマロスは、ルイズの頭を撫でた。

 

 土くれのフーケによる、盗難事件は、終わった。

 

 

 

 

 




名前出てないけど、ベイルですね。
アーチか、ガーレで悩みましたが、ゴーレム砕くなら、やっぱベイルかなって思って。


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第六話  舞踏会

今回、ルイズとアルマロスの間に、ちょっと暗雲。



 

 

「まさかミス・ロングビルが、土くれのフーケじゃったとはのう。美人じゃったから、何の疑いもせず秘書に採用してしまった。」

 それを聞いた、ルイズ達は呆れた。

 オスマンは、コホンッと咳払いした。

「フーケは、城の衛士に引き渡した。そして、神の拳も無事に戻ってきた。一件落着じゃ。君達には、シュヴァリエの爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。と言っても、ミス・タバサは、すでにシュヴァリエの爵位を持っているから精霊勲章の授与を申請しておいた。」

 それを聞いて、キュルケは驚き、ルイズも目を見開いた。

「君達は、それだけのことをしたんじゃよ。」

「あの…、アルマロスには何もないんですか?」

「彼は、貴族ではない。さて、今夜は、フリッグの舞踏会じゃ、この通り、神の拳も戻ってきたし、予定通り執り行う。」

「そうでしたわ! すっかり忘れておりました!」

 キュルケがパッと顔を輝かせた。

「今日の舞踏会の主役は君達じゃ。用意をしたまえ、せいぜい着飾るのじゃぞ。」

 ルイズ、キュルケ、タバサは、一礼をするとドアへ向かった。

 ルイズは、アルマロスをちらりと見た。

「お主は、気付いておったのか?」

 オスマンがアルマロスに聞いた。

 アルマロスは、机に指で字を書き。

 確信はなかったと書いた。

「そうか…。お主も楽しむと良いじゃろう。一曲踊ってみてはどうかね?」

「フォ?」

 まさかオスマンにも見られていたのかと、アルマロスは、オスマンを見た。

「それと神の拳じゃが…、あれはお主にやろう。」

「!」

「オールド・オスマン、どういうことですか!?」

「あれは、今までただの物体でしなかったか。じゃが今どうじゃ? あんな神々しく輝き、しまいに光の塊になってしまった。……あれは、お主が知る物じゃないのか?」

「……。」

 アルマロスは、机に字を書いた。

 

 あれは、神の叡智、ベイルという武器だと。

 

「神の叡智か…。お主の世界のか?」

「フォオン。」

「そうか…。ならばやはり、あれはお主の者じゃ。自由に使いなされ。」

 オスマンの言葉に、アルマロスは、頭を下げた。

 神の拳、あらため、ベイルは、光の塊となり、縮んで、アルマロスの懐に収まった。

 アルマロスが、机に、『どこでコレを?』っと書いた。

「それは…、また今度話そう。」

 オスマンは、そう言って話を切り上げた。

 ルイズ達が出て行った後、オスマンは、椅子に深く座り直し。

「まさかアレを扱える者が現れるとはのう…。これも神の御導きなのか…。のう、黒い天使殿…。」

 オスマンは、誰に聞くかせるでもなく、独り言をつぶやいた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 アルヴィーズの食堂の上の階のホールにて、舞踏会が開かれた。

 美しく着飾ったルイズは、アルマロスを探していた。

「ねえ、アルマロス、知らない?」

「あら、ダーリンと一緒じゃなかったの?」

 どうやらキュルケもアルマロスと探していたらしい。

 

 その時、ホール中の明かりが突然消えた。

 

「きゃっ! なに!?」

 ルイズが驚いて悲鳴をあげた。

 するとホールのお立ち台のところが、ライトアップされた。

 そこに水のような色の衣装を着たアルマロスが決めポーズを決めていた。

「アルマロス?」

 すると聞いたこともない派手な音楽が鳴りだし、アルマロスが踊りだした。

 舞うごとに割り増しされたアシッドグレイの髪が、水のような衣装が宙を舞い、呆気に取られていた生徒達や教師達は、やがてその踊りに魅入られていった。

 見たこともない踊りであったが、激しく美しい踊りに激しい音楽は、心を打つ。

「素敵…。」

 キュルケが胸の前で手を組んで、うっとりと見入っていた。

 なるほど、キュルケは、この踊りを見て惚れたのかっと、ルイズは納得した。

 音楽が終盤に差し掛かり、アルマロスが最後の決めポーズを決めると、音楽は一度鳴りやんだ。

 次の音楽は上品なもので、アルマロスをライトアップする明かりとともに、アルマロスはお立ち台から降り、観客達である生徒や教師達が導かれるように道を開けた。

 優雅に歩く先には、ライトアップされたルイズがいた。

「えっ? えっ?」

 やがてアルマロスを照らすライトの明かりがルイズを照らし、アルマロスがルイズの前に立った。

 そして優雅に跪くと、ルイズの手を取り、軽く口付けた。

 顔を赤くしたルイズを、アルマロスが下から見上げる。

「フォォオオン。」

 一緒に踊りましょうっと言いたげに、アルマロスが声をかけた。

 パチンっと指を鳴らしたアルマロスの衣装が変わり、ルイズの衣装と並んでも装飾ない黒いきっちりとしたダンス衣装に変わった。

 立ち上がったアルマロスは、小柄なルイズをリードするように手を取り、体を支えた。

 ルイズは、導かれるままに動いていて、アルマロスと共に踊りだしていた。

 クルクルとステップを踏み踊る二人に、周りの観客達は魅入り、うっとりとしていた。

 体格差がありすぎるのにちっともそんなハンデを感じさせない。

 教育として叩き込まれていた舞踏会でのダンスについては不安はなかった。アルマロスに身を預けることにルイズはちとも不安はなかった。

 こんなにダンスが楽しく気持ちの良いものだとは知らなかった。あくまでも教育の一環として身に着けたものだったから。

 やがてダンスは音楽と共に終わりを告げる。

 決めポーズを取った二人を、周りの観客達が盛大に拍手した。それとともに、ホールの明かりが一斉についた。

 ハアハアっと息を切らすルイズは、アルマロスを見上げた。

 アルマロスは、ちっとも息を切らしていない。

「アルマロス。」

「フォォン?」

「…素敵よ。」

「フォン。」

 アルマロスは、笑った。

 疲れたルイズをリードして、ホールの隅にある椅子に座らせ、アルマロスはドリンクを取ってきた。

「ありがとう。」

 ドリンクの入ったコップを受け取り、一口飲んでルイズは、一息ついた。

「フォオン。」

「大丈夫、大丈夫よ。あんな激しく踊ったの久しぶりだからちょっと疲れただけ。」

 心配するアルマロスに、ルイズはそう言った。

 アルマロスは、微笑んだ。

 ルイズの手を取り、字を書いた。

 『無理をさせてごめん』っと。

「いいの。私も楽しかったし。」

「フォォン。」

「ねえ、ダーリン! 私とも踊ってくださらない!」

 そこへキュルケが来た。

 アルマロスは、キュルケとルイズを交互に見た。

「行ってくれば?」

「フォン?」

「まだ踊り足りないんでしょ?」

「!」

 ルイズは、アルマロスがまだ踊り足りないでいるのを見抜いていた。

 アルマロスは、ルイズからの了承を得ると、キュルケの手を取り、ホールの中央へ向かった。

 キュルケとアルマロスが踊ることに、キュルケの取り巻きである男子達もさすがに口出しはしなかった。

 椅子に座ったまま遠目に、キュルケとアルマロスが踊るのを見ているルイズは、こくりっとドリンクをまた一口飲んだ。

『いいのかよ?』

 デルフリンガーがルイズの横に立てかけられていた。

「いいの。私疲れちゃったし。一回ぐらいキュルケと踊ったくらいで怒ったりしないわよ。」

『寛大だね~。てっきり絶対許さないって激昂するもんだと思ったけどよぉ。』

「主人は時に寛大でなくちゃっね。」

 ルイズは、ふふんっと鼻を鳴らした。

『格で言ったら、相棒のが上だってのによぉ。』

「けど今は私が主人よ。」

『えらく相棒のことを信用してんだな。』

「なによ?」

『いや…、相棒はあれでも堕天使だぜ? いつ何が起こったって不思議じゃないだぜ? なんでそんなに信用してんだよ?』

「……えっ?」

 ルイズは、デルフリンガーの言葉に、ポカンッとした。

 そういえばそうである。

 ルイズは、すっかりアルマロスを信用しきっていた。

 アルマロスは、人ではない。堕天使だ。

 人を愛するあまりに神を裏切り、堕天の道を選んだ天使なのだ。

 一度裏切った者は、次に裏切る可能性があることを教育で受けている。

 だけど、なぜこんなにもアルマロスを信用しているのだろう?

 そう思ったら、ルイズは、ゾッとした。

 ルイズは、アルマロスの方を見た。

 アルマロスは、まだキュルケと踊っている。

 楽しそうに。

 別にあそこにいるのは自分じゃなくてもよかったのだ。

 自分が彼にとって主人にあたるから、ダンスの相手になっただけのだろうか?

 一度疑問を持つと、次から次に疑問が浮かんでくる。

『相棒は自覚してねーみてーだけど、人間を魅了する力を持ってると思うぜ。』

 かつて、アルマロスを崇め奉っていた人間達がいたと聞いていたが、自分もまたそんな人間の一人になってしまっていたのだろうか。

 ルイズは、スカートの端を掴み、一目散にホールから出て行った。

『あっ、おい! ……けど、一応言っておかなきゃなんねーことだったんだ。悪く思うなよ、相棒。』

 

 キュルケと踊っていたアルマロスは、ルイズがいなくなっていることにすぐに気が付いた。

「ダーリン?」

 急に踊りを止めたアルマロスに疑問を持ったキュルケが声をかける。

 アルマロスは、キュルケをどけて、観客達を割って、ホールから出て行った。

「ダーリン!」

 キュルケが呼ぶ声を無視して、アルマロスは、ルイズを探しに行った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 校内中を走り回ったアルマロスは、やがてルイズの部屋に来た。

 ルイズは、布団を頭までかぶっていた。

「フォォン?」

「来ないで!」

「!」

 アルマロスが声をかけたら、ルイズに強く拒絶された。

「あんたが堕天使だってこと忘れてた…。あなたは、創造主の神を裏切って…、いくら人間を愛していたからって…、なのに私、あなたのこと信用してた…。なんで? なんでこんなにあなたのことすんなり受け入れてたの? あなたが何かしたんじゃないの? あなたはそうやって人間を魅了して自分を崇めさせていたんじゃないの? どうなのよ!」

 まくし立てて来るルイズの言葉に、アルマロスは固まった。

「答えられないでしょ? 心当たりがあるんでしょ? ねえどうして? どうしてあなたは堕天使なの? どんなに人間のフリしてたって、あなたは人間じゃないの! どうしてなのよ、どうして!」

「……。」

「どうして、そんなに、私に優しいの…?」

「…フォォン。」

「どうして…。」

 ルイズのすすり泣く声が部屋に響いた。

 アルマロスは、ルイズの机の上にあるノートを取り、筆で字を書いた。

 そして、それをルイズの傍に置いた。

 ノートを置いた、アルマロスは、部屋から出て行った。

 泣いていたルイズは、やがて自分の枕の傍にノートが置いてあるのに気付いた。

 ノートには。

 

 『君は、僕の命の恩人だから』っと、書かれていた。

 

「…アルマロス。」

 アルマロスは、崇められることを望んではいなかった。

 ただ人間が好きだったから、人間になろうとした。

 だがその願いは、禁忌で。

 彼は許されなかった。

 そんな彼にとってルイズは、死の淵から救ってくれた、恩人なのだ。

 ルイズに従うのも、全部、彼女を純粋に想うから。

 ルイズの目に涙が再び込み上げてきた。

「ごめんなさい…。」

 ノートを抱えて、ルイズは泣いた。

 泣き止んだ後、部屋の外にいたアルマロスに声をかけ、アルマロスを部屋に入れた。

「ねえ、アルマロス。」

「フォン?」

「また踊ってくれる? 私と一緒に。」

 そう聞くと、アルマロスは、微笑んで頷いた。

 

 

 

 

 




魅了なんてこれっぽっちもしてません。
ダンスシーンって本当に難しいです…。


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第七話  風と水

アンリエッタ編だけど。

前半、ギトーと対戦です。


 

 

 

 フリッグの舞踏会以来、アルマロスは大人気となった。

 最近じゃ、ダンスの講師みたいなことまでやっているくらいだ。

 ルイズは、むーっと口を膨らませていた。

「なに膨れてるのよ、ルイズ。」

「別に!」

 キュルケに向かって、ルイズは怒鳴った。

 アルマロスが、前に進む動作のようでいて、後ろに下がるという奇怪なダンスを披露すると、アルマロスのもとに集まっていた生徒達が、おおーっと声を上げた。

 ぜひやり方を教えてくれと教えを乞う彼らに、アルマロスは、筆談で教えていた。

「すごいわよね、ダーリンってば。一夜でヒーローじゃない。」

「あんな奇怪なダンス見たことないわよ。」

 アルマロスのダンスは、このハルゲニアでは、見たこともないものだった。

 娯楽の踊りのようでいて、儀式の踊りのようにも見える。前に進むようでいて、後ろに進むという動作だって16年生きてきたルイズとて見たことも聞いたこともなかった。

 やはり彼は、この世界の堕天使ではないのだと改めて考えさせられた。

 アルマロスが、後ろに倒れた動作から、手を使わず起き上がるという動作までしてみせた。

 アルマロスが人間じゃないからできることだと思われたが、鍛えてコツさえ掴めば誰でもできる動作だと説明。実際やってみると、できる生徒がいたことにも驚かされた。

 踊るのも、教えるのも本当に楽しそうで、ルイズは、ますます膨れた。

 

 やがて授業の時間になり、生徒達は解散し、ルイズはアルマロスを連れて教室に入った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 今日の授業の講師である、ギトーという男が入ってきた。

 ギトーは、アルマロスが視界に入ると、憎々しげな顔を一瞬した。

 アルマロスが宝物庫の壁を破壊したことを一番に責めたのも彼である。

「?」

 睨まれたアルマロスは、首を傾げた。

 そして授業が始まった。

「最強の系統とはなにか、知っているかね?」

「虚無じゃないですか?」

「伝説の話をしているわけではない。現実的に答えるのだ。」

 虚無と聞いても、アルマロス的にはよく分からなかった。

 このハルゲニアには、虚無を含め、土、風、火、水の五つの系統があるらしい。

 その中で虚無というのは伝説にしか語られていない系統であることを、ルイズの部屋でルイズの教科書などを読んだアルマロスは、知識として得ていた。

 するとキュルケが、火こそが最強だと不敵に言ったことに対し、ギトーが違うと答えた。

 彼が言うには、風こそが最強の系統なのだと言う。

「そこの、ミス・ヴァリエールの使い魔君に、なぜ風が最強なのか実証させよう。」

「な、なにを言っているのですか! ミスタ・ギトー!」

 ルイズがギョッとして叫んだ。

「たしかアルマロスといったね。こちらに来てはくれないかね?」

「フオオオン?」

 アルマロスは言われるまま、教室の前に来た。

「試しに私を殴ってみたまえ。」

「?」

「どうした怖いのかね?」

 ギトーが挑発する。

 アルマロスは、仕方なくといった様子で拳を振った。

 すると、ギトーは杖を素早く抜き、風を起こした。

 しかし…。

 

 ポコンッと、いうふうに、軽く、かる~く、アルマロスの拳がギトーの頬を打った。

 

「なっ…。」

 ギトーは予想外な事体に目を見開き、頬を押えた。

「全然ダメじゃないですか、ミスタ・ギトー。」

 キュルケの言葉に、生徒達は笑った。

「こ、こんなはずじゃ…。ならば、これならばどうだ!」

 血管を浮かせたギトーが呪文を唱えだした。

 するとギトーの姿が三人に別れた。

「見たか! これこそが風の偏在! 風が最強と呼ぶにふさわしい所以だ!」

「……。」

 アルマロスは、さすがに驚いたのか口を開けていた。

「さあ、どう出る、使い魔! さすがにこれではおまえも…。」

 しかしアルマロスは焦ることなく、両手から水球を分身の数だけ浮かせた。

「むっ?」

 ギトーが気付いた時には、アルマロスは水のエネルギーを投げつけていた。

 バシャンバシャンと水のエネルギーが跳ね、風の偏在だけが大きく揺らぎ、跳ねる水で呼吸を遮られたギトーが悶えた。その隙をついて、接近したアルマロスがギトーから杖を奪った。

 杖を奪われた途端、風の偏在はすべて消え、残されたのは、びしょびしょになったギトーだけだった。

「み…水……?」

「あら、最強の系統は水ということですわね。すごいわ、ダーリン! 水まで操るなんて。」

 キュルケが大きく拍手すると、他の生徒達も拍手した。

 拍手を受けたアルマロスは、優雅にお辞儀をした。

「すごい…。」

 ルイズも驚いた。

 そういえばアルマロスが、水のようなものをフーケのゴーレムに投げつけていたのを今思い出した。あれで30メートルもあるゴーレムが大きくえぐれていたのも思い出した。

 アルマロスの武器は、武術だけじゃなかった。

 ギトーは、長い髪の毛から水を滴らせて、ブルブルと怒りに震えていた。

 アルマロスの情けない姿を曝してやろうとしたら、逆に恥をかかされてしまった。

 しかし不可解だった。最初に起こした風の壁がアルマロスに当たる前に消えてしまったのだ。だがしかし、そのことを考えられるほどギトーには余裕がなかった。

 

 と、その時。

 教室の扉が開かれ、コルベールが入ってきた。

 しかし、恰好がおかしい。

 なんか違う。主に頭が。

「おや? ミスタ・ギトー、どうしたのですか、びしょ濡れですよ?」

「う、うるさい!」

 コルベールに言われて、カッとなったギトーが煩わしそうにハンカチで必死に濡れた顔を拭きだした。

「授業中ですよ! 何の用ですか!」

「あわわわ! これは失礼しますぞ! オホンッ。今日の授業はすべて中止であります。」

 いきなりの宣言にギトーだけじゃなく、生徒達も驚いた。

 コルベールが言うには、アンリエッタ王女が来るから授業は中止だということらしい。

「フォォン?」

「アリンエッタ姫殿下は、このトリスティンで一番偉い人よ。分かる?」

 ルイズに説明を求めたアルマロスは、うんうんと頷いた。

 

 授業は中止となり、生徒達は正装するため解散となった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「アンリエッタ姫殿下のおなーーーーーーりーーーーーーッ!」

 やがてユニコーンに引かれた馬車が魔法学院の門に入ってきた。

 まず馬車からマザリーニが出てきて、続いてアンリエッタが登場した。

 すると大歓声があがった。

 彼女はよっぽど人気があるのだろうなと、離れた位置から見ていたアルマロスは思った。

「ふん、なによ、私の方が美人だわ。ねえ、ダーリン。」

「フォ?」

「もう! ダーリンってば、聞いてたの?」

「アルマロスにそんなこと求めないでよ。」

「あら、ダーリンはあなたの使い魔でも、女を選ぶ権利はあるわよ?」

「だからアルマロスは、無性だから、そういうこと分かんないのよ。」

「性別があろうがなかろうが、関係ないわよ。ねえ、ダーリン。」

「…フォォオン。」

『相棒が困ってるぞ。』

 デルフリンガーがアルマロスの気持ちを代弁した。

 困っていたアルマロスだったが、ふとルイズが何かを一点に見つめているのに気づいた。

 視線の先を見ると、羽帽子を被った凛々しい貴族がいた。アルマロスの目から見ても、かなりの腕利きであることが伺えた。

 その人物をボーッと見ているルイズ。

 しかも頬を微かに染めている。

 まあ、あのような男を見れば普通の女性ならば見惚れるだろうとアルマロスは思った。それほどにいい男だったのだから。

 

 そして、その夜。事件は起こる。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 羽帽子の男を見てからのルイズは、ずっと上の空だった。

 アルマロスは、そんなルイズを心配した。

 声をかけても返事をしてくれない。

 羽帽子の男に惚れ込んでしまったのだろうか?

 しかしそれにしては…。っと思っていると、扉を叩く音がした。

 初めに長く2回、それから短く3回。

 ルイズがハッとして、大慌てで扉を開けた。

 そこには、黒いずきんをまとった少女がいた。

「あなたは…?」

 すると黒いずきんの少女が杖を振るって魔法を使った。

「ディティクトマジック?」

「どこに耳が、目が光っているか分かりませんからね。」

 少女はそう言った後、ずきんを外した。

「お久しぶりです。ルイズ・フランソワーズ。」

「姫殿下!」

 なんと、少女の正体は、昼にやってきた王女、アンリエッタ、その人だった。

「ああ、ルイズ! ルイズ、懐かしいルイズ!」

 アンリエッタはルイズを抱きしめた。

「姫殿下、いけません! こんな下賤な場所へお越しになられては!」

「ああ、ルイズ、ルイズ・フランソワーズ! そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい! あなたとわたくしはお友達! お友達じゃないの!」

 どうやら見知った間柄らしいなっと、アルマロスは思った。

 それもお友達いうからには、幼いころから遊んでいた仲なのだろうと思った。

「あら? そちらの方は?」

「彼は…、その…私の使い魔です。」

「まあ、ルイズってば、昔からどこか変わっていたけど、相変わらずね。」

「ええ…、まあ…。」

 言えない。アルマロスが堕天使だなんて言えない、っとルイズは、ダラダラと汗をかいた。

 アルマロスは、汗をダラダラかいているルイズを見てハラハラしていた。やはり国の一番偉い人を前にしたら死にそうなほど緊張するのだろうと思った。

 するとアンリエッタがため気を吐いた。

「どうされましたか、姫殿下?」

「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね……。いやだわ。自分が恥ずかしいわ。あなたに話せるようなことじゃないのに、わたくしってば…。」

「おっしゃってください。あんなに明るかった姫様が、そんなふうに溜息をつくとは、なにかとんでもないお悩みがおありなのでしょう?」

「いえ…、話せません。忘れて頂戴、ルイズ。」

「いけません! 昔はなんでも話し合ったじゃございませんか! わたしをお友達を呼んでくださったのは姫さまです! そのお友達に悩みを話せないのですか?」

「わたくしをお友達と呼んでくれるのね、ルイズ・フランソワーズ。とてもうれしいわ。」

 アンリエッタは、嬉しそうに微笑み、そして決心したように頷いて語りだした。

「今から話すことは、誰にも話してはなりません。」

 それを聞いたアルマロスは、退室しようと動いた。

「大丈夫ですわ、使い魔殿。メイジにとって、使い魔は一心同体、席を外す理由はありません。」

 そう言ってアンリエッタは、アルマロスを引き留めた。

 それからアンリエッタは、もの悲しい調子で語りだした。

 彼女はもうすぐゲルマニアに嫁ぐこと。

 それは、トリスティンとゲルマニアの同盟の為であること。

 アルビオンという国で貴族たちが反乱を起こし、今にも王室が倒され、トリスティンに攻め込んできそうなこと。

「そうだったんですか…。」

 ルイズは、沈んだ声で言った。

「いいのよ、ルイズ。好きな相手と結婚するなんて、物心ついたときから諦めていますわ。」

 それは上に立つ者の宿命ともいえるだろう。

 アルマロスも真剣にアンリエッタの話を聞いていた。

「礼儀知らずなアルビオンの貴族は、わたくしの婚姻をさまたがえるための材料を血眼になって探しています…。もし見つかってしまったら…。」

「まさか…姫様…。」

「おお、始祖ブリミルよ…、この不幸な姫をお救いください……。」

 アンリエッタは、顔を両手で覆い、床に崩れ落ちた。

 ちょっと動作が大げさというか、芝居がかっている。っと、アルマロスは思った。

「言ってください、姫様! いったい、姫様のご婚姻をさまたげる材料とはなんなんですか!?」

「……わたくしが以前したためた一通の手紙なのです。」

「手紙?」

「それがアルビオンの貴族達に渡ったら…、彼らはすぐにゲルマニアの皇室にそれを届けるでしょう…。」

「どんな内容に手紙なのです?」

「それは言えません……。」

 同盟が潰れるほどの内容なのだ、よっぽどのことなのだろうとアルマロスは思った。

「その手紙はどこに?」

「それは手元にはないのです。実は、アルビオンにあるのです。」

「アルビオンですって! では、すでに敵の手中に?」

「いえ…、その手紙を持っているのは、アルビオンの反乱勢ではありません。王家のウェールズ皇太子が…。」

「プリンス・オブ・ウェールズ? あの凛々しい皇太子が…。」

 ルイズが言うと、アンリエッタは、のけ反り、ベットに横たわった。

 一々動作が芝居がかっているな…っと、アルマロスは思った。

「ああ、破滅ですわ! 遅かれ早かれ、ウェールズ皇太子は敵に囚われるわ! そうしたらあの手紙も明るみに出てしまう!」

 アルマロスは、アンリエッタが何を言いたいのか、なんとなく察した。

 

 ようするに、アルビオンに行って、その手紙を取ってきてくれということらしい。

 

 ゲルマニアがいかなる国なのかは分からないが、同盟を結ばなければマズイほど世界情勢はよくないらしい。

 そしてアルビオンの貴族達というのも、かなりの危険な連中らしい。

 そんな状況に誰かを行かせるなんて、カモがネギしょって行くようなものだ。下手すると手紙が敵の手に渡る可能性が高い。むしろ死ぬ可能性が高い。

 

「アルマロス…。」

「フォオン?」

 ルイズの言葉でハッとしたアルマロスは、ルイズの懇願するような目を見た。

 ルイズが言いたいことは言われずとも分かった。

 ルイズは、アンリエッタの願いを叶えたい。だが一人ではできない。そのためにはアルマロスの力が絶対に必要だ。

 アルマロスは、両手をすくめ。

「フォォオオン。」

「アルマロス…、いいの?」

 ルイズが確認するとアルマロスは、頷いた。

「ありがとう、アルマロス!」

 ルイズは感極まって、アルマロスに抱き付いた。

「明日の朝にでも、ここを出発します。」

 アルマロスから離れたルイズが、アンリエッタに言った。

 アンリエッタは、アルマロスを見た。

「頼もしい使い魔さん…。わたくしの大切なお友達をこれからもよろしくお願いしますね。」

「フォォン。」

「…あの、そのお声は、どうしたのですか?」

「いえ、姫様…、アルマロスは、このような声しか出せないのです。」

「まあ、そうなのですか?」

 アンリエッタは、そう言って口元を押さえた。

 すると、アンリエッタは、左手を差し出した。

 アルマロスは、それを見て、すぐに察した。

 アンリエッタの前に跪き、その手に口付けた。

「貴様ー、姫殿下に何してるかー!」

 そこへ、扉から転がり込んできた人物がいた。

 ギーシュだった。

「ギーシュ!? まさかあんた立ち聞きしてたの!?」

 ルイズが慌てて聞くと、ギーシュはキリッと立ってポーズを決めた。

「薔薇のように目麗しい姫様のあとをつけてきてみれば…、こんなところへ…。それで鍵穴からまるで盗賊のように様子をうかがえば……。」

 ギーシュは、心底羨ましそうにまだ跪いているアルマロスを見た。

「フォオオン?」

「姫様のお手を…、お手を…。羨ましいじゃないか! ちくしょう、決闘だ!」

 半狂乱のギーシュが、薔薇の杖を振り回した。

 アルマロスは、立ち上がって、ギーシュを掴み床に抑え込んだ。

 それからルイズを見上げて、どうする?っと視線で問いかけた。

「今の話を聞かれたのは不味いわね…。」

「姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せつけますよう。」

「グラモン? あのグラモン元帥の?」

「息子でございます、姫殿下。」

「あなたもわたくしの力になってくれるというの?」

「任務の一員に加えてくださるなら、これはもう、望外の幸せにございます。」

 ギーシュもこの危険な任務に加わることになった。

 アンリエッタは、ルイズの部屋の机を借り、手紙を書いた。

 そして最後の一行。決心したように何かを加えた。

 その手紙をルイズに渡し、さらに。

「母君から頂いた水のルビーです。せめてものお守りです。お金が心配なら売り払って旅の資金にあててください。」

 アンリエッタは、右手の薬指から指輪を引き抜き、それをルイズに渡した。

 

 

 危険な旅が始まろうとしていた。

 

 

 




アルマロスの操る水は、ハルゲニアの魔法とは異なります。
ギトー戦ですが、まあ勝てませんよね。っという展開です。
じゃあワルドは…?


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第八話  疾風のワルド

ワルド登場。


 

 朝もやの中、ルイズとアルマロス、そしてギーシュは、馬の準備をしていた。

 ルイズは、乗馬用の靴を履いている。かなりの遠乗りになるようである。

「すまないが…、僕の使い魔を連れて行っていいかい?」

「使い魔? どこにいるのよ?」

「ここさ。」

 ギーシュは、地面を指さした。

 するとギーシュは、足で地面をたたいた。

 すると、モコモコと地面が盛り上がり、顔を出したのは、大きなモグラだった。

「ヴェルダンデ! ああ、僕の可愛いヴェルダンデ!」

 ギーシュは、愛おしそうにそのモグラを抱きしめた。

「あんたの使い魔、ジャイアントモールだったの?」

「そうだ。ああ、ヴェルダンデ、君はいつも見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい? そうか、それはよかった!」

 嬉しそうに鼻をひくつかせるヴェルダンデを、ギーシュは、また抱きしめてスリスリと頬ずりをした。

 アルマロスは、よっぽどこのモグラのことが好きなんだなっと、ギーシュとヴェルダンデを見ていた。

「ねえ、ギーシュ、ダメよ。その生き物、地面の中を進んでいくんでしょ? 私達はこれからアルビオンに行くのよ。地面を掘って進む生き物を連れて行くなんて、ダメよ。」

 アルマロスは、それを聞いて、はてっ?と思った。地面を掘り進んでいけないなんて、アルビオンとはどんなところなんだろうと思った。

 ギーシュは、地面に膝をつき。

「そんな…、お別れなんて辛い。辛すぎるよ…。」

 っと、泣きそうな声でブツブツと言っている。

 すると、ヴェルダンデは、鼻をクンクンとさせて、ルイズにすり寄って行った。

「な、なによ、このモグラ…。キャっ!」

 突然ヴェルダンデは、ルイズを押し倒して鼻で体をまさぐりだした。

「や! このモグラ、どこ触ってるのよ! 助けてアルマロス!」

「フォオオオン!」

 アルマロスはヴェルダンデの首根っこを掴んでルイズから引き離した。

 しかしヴェルダンデは、ジタバタと暴れ、アルマロスの手から逃れると、またルイズにすり寄った。

 ヴェルダンデは、ルイズの右手、彼女の薬指にある水のルビーにクンクンと鼻を寄せた。

「なるほど、指輪か。ヴェルダンデは宝石が大好きだからね。」

「フォオオン!」

「怒らないでくれたまえ。ヴェルダンデは僕のために貴重な宝石や鉱石を僕のために見つけてきてくれるんだ。土の系統のメイジの僕にとって、この上もない素敵な協力者なのさ。」

 その時、一陣の風がヴェルダンデを吹き飛ばした。

「ヴェルダンデ! 誰だ!」

 ギーシュが激昂した。

 見ると、そこには羽帽子の男が立っていた。

 あの羽帽子には見覚えがあった。

「僕のヴェルダンデに…。」

 ギーシュが薔薇の杖を掲げた。

 しかしそれよりも早く、羽帽子の男が杖を引き抜き薔薇の杖を吹き飛ばした。

「僕は敵じゃない。姫殿下より、君達に同行することを命じられてね。しかし、しかしお忍びの任務であるゆえ、一部隊をつけるわけにわいかぬ。そこで僕が指名されたわけだ。」

 男は、羽帽子を外し、一礼した。

「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ。」

 ギーシュは、それを聞いて目を見開き、そして項垂れた。

 魔法衛士は、全貴族の憧れであるからだ。ギーシュも例外ではない。

「すまない。婚約者がモグラに襲われているのを見て見ぬふりはできなくてね。」

「ワルド様…。」

 アルマロスは、ワルドという男と、ルイズを交互に見た。

 ああ、なるほどっと、ポンッと手を叩いた。

 だからルイズは、彼に見惚れていたのか。婚約者だったのなら致し方ないっと思った。

「久しぶりだな、僕のルイズ。」

 しかも僕のルイズときたものだ。ワルドは、ルイズを抱きかかえた。

「相変わらず軽いね、まるで羽のようだ。」

「…お恥ずかしいですわ。」

 ルイズは、頬を染めた。

 そんなルイズは、アルマロスは、ニコニコ笑って見ていた。

 こんな素敵な男が婚約者にいたなんて、すごいじゃないかと純粋に思っているのだ。

 それからルイズは、ワルドに促されて、アルマロスとギーシュを紹介した。

「使い魔が人とは思わなかったな。」

「えっと…あの…。」

「だがただの人間ではないね…。」

 ワルドが目を細めた。

 アルマロスは、普通の服を身に着けており、ウォッチャースーツは着ていない。しかし滲み出る人ならざるオーラは隠しきれていないのだ。

 ルイズは、ドキリッとした。

 堕天使だなんて言えない。だがいずれはバレる。今この場で言えばいいのかどうするか、ルイズは悩んだ。

 アルマロスは、ルイズの手を取り、話してもいいよっと書いた。

「? 彼は喋れないのかい?」

「はい…。」

「フォォォオオン。」

「!」

「……こんな声しか出せないんです。」

「驚いた…。急に聞いたらびっくりするよ。」

「そうですよね…。」

 だがルイズは、アルマロスが堕天使だとは言えなかった。

 アルマロスは、そのことを気にかけたが、ルイズが言いたくないのなら仕方ないと思った。

「では、諸君。出撃だ!」

 ワルドは、ルイズを抱えたままグリフォンに乗り、出発の合図をした。

 アルマロスも、ギーシュも馬に乗り、グリフォンの後に続いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 出発してみると……。

 まあしんどいのなんのって…。

 グリフォンに乗ったワルドが全然止まってくれないのである。

 アルマロスは大丈夫だが、ギーシュが大変だ。

 途中の駅で、何度か馬を乗り換えたほどだ。すでにギーシュは、馬の背にぐったりと乗っている状態だ。どう見ても限界そうだ。

「フォオオオオン!」

 アルマロスが大声を上げて前を進むグリフォンに訴えた。

「ねえ、ワルド。ペースが速すぎるわ。ギーシュがへばってる。限界よ。」

「ラ・ローシェルの港町まで、止まらずに行きたいんだが…。」

「無理よ、普通は馬で二日かかる距離なのよ?」

「へばったら置いていけばいい。」

「そういうわけにはいかないわ!」

「どうして?」

「だって仲間じゃない…。それに使い魔を置いていくなんて、メイジのすることじゃないわ。」

「やけにあの二人の肩を持つね。どちらかが君の恋人かい?」

「恋人なんかじゃないわ!」

 ルイズはすぐ否定した。

「そうかならいいんだ。婚約者に恋人がいるなんて聞いたら、ショックで死んでしまうよ。」

 そう言いながらワルドは笑っていた。

「フオオオオン!」

 更にアルマロスが訴える声を上げた。

「ねえ、本当に休みましょうよ。」

「頑張ってくれってエールを送ってやってくれ。」

「うう……、アルマロス、ごめん! ギーシュがんばって!」

 どうしても止まってくれそうにないワルドに、ルイズは申し訳ない気持ちで一杯になり、後ろにいる二人に向かってそう叫ぶしかできなかった。

 それを聞いたアルマロスは、ギーシュを心配しながら馬を走らせ続けた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 馬を何度も乗り換え、月ももう空に浮かんだ夜。辿り着いたのは、山道だった。

「?」

 確か港町に行くと言っていたはずだが、港がある場所じゃない。水の匂いがしない。かといって潮の匂いもしない。

「君はアルビオンを知らないのかい?」

「フォォン。」

 ギーシュの言葉にアルマロスは頷いた。

 その時、アルマロスは、嫌な気配にハッとした。

 横の崖から松明が何本も飛んできて、道を照らした。

 いきなり飛んできた松明の炎に、馬が驚いて、アルマロスとギーシュを放り出した。

 そこへ矢が飛んでくる。

 アルマロスは瞬時にベイルを出すと、ギーシュの上に降り注ごうとした矢を防いだ。

「すまない!」

「フオオン!」

 いいから逃げろという風にアルマロスは叫んだ。

 さらに降り注ぐ矢の雨。

 すると小さな竜巻が起こり、それを防いだ。

「大丈夫かね!」

「大丈夫です!」

 グリフォンに乗って駆けつけてきたワルドに、ギーシュが答えた。

「まさかアルビオンの貴族の仕業?」

「いいや、貴族なら弓矢は使わないさ。」

 疑問を飛ばすルイズに、ワルドがそう言った。

 すると、バサバサという大きな羽音が聞こえてきた。

 崖の上にいる者達が慌てる声が聞こえた。

 彼らは、攻撃対象を竜に向けたが、風が起こり彼らは崖から落ちて来た。

 しこたま背中を打ち付けた彼らは、呻き動けなくなった。

「あれは…、風竜! タバサなの!?」

 ルイズが叫んだ。

 すると風竜から飛び降りて来る人間がいた。キュルケだった。

「おまたせ!」

「おまたせじゃないわよ! なにしに来たのよ!?」

「朝方窓から見たらあなた達が馬に乗って出かけようとしてたのを見たのよ。それで急いでタバサを叩き起こして後をつけてきたの。もうダーリンがいるからびっくりしちゃって居ても立っても居られなかったのぉ。」

「フォォン…。」

 すり寄って来るキュルケに、アルマロスは、困った顔をした。

 ルイズは慌ててグリフォンから降り、アルマロスを掴んでキュルケから引き離した。

「これはお忍びなの! あんた達はお呼びじゃないのよ!」

「それならそうと言いなさいよ。助けてあげたんだから感謝してよね。」

「誰が…。」

「あんたを助けたんじゃないわ。ダーリンを助けに来たの。それと…。」

 キュルケはワルドを見た。

「おひげが素敵。あなた、情熱はご存知?」

「助けは嬉しいが、これ以上近寄らないでくれたまえ。」

「なんで? どうして?」

「婚約者が誤解するといけないからね。」

「なあに? あんたの婚約者だったの?」

 つまらなさそうに言いながらキュルケがルイズを見た。

 ルイズは、アルマロスの斜め後ろで恥かしそうにもじもじとしだした。

「あ、違うのよ。ダーリン。あたしってばついつい…。一番は、あなたよ?」

「フォォン…。」

 そんなことを言われても信用ならない。キュルケの移り気は相当なものだというのをこの短期間で十分知ったつもりだ。

 サリエルだったなら、あらゆる女性の一面を受け入れたうえで愛するのだろうが…。

 ああ、今思えばサリエルってすごかったんだなぁ…っと、アルマロスはもの思いにふけていた。

 それから襲って来た者達に尋問したギーシュが、彼らがただの物取りだと主張しているのを聞きだし、ワルドが捨て置こうと言って、一行はラ・ローシェルの街へ入った。

 街に入ってみて、やっぱり船がないなぁ…っと、アルマロスは、街を見回して思った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ラ・ローシェルの一番の宿を借り、一階の酒場でくつろぐ一行。

「アルビオンへの船は、明後日にならないと出ないそうだ。」

「急ぎの用なのに…。」

 ルイズは、唇を尖らせた。

「ねえ、ダーリン。酔っちゃたわ~。」

 そう言ってアルマロスの腕にしなだれかかって来るキュルケ。

「アルマロス! 嫌ならちゃんと断るのよ!」

「フォォオン…。」

「やだ、ダーリンったら、ちょっとくらい腕貸してくれてもいいでしょう?」

 そう言われると断りづらくなる。

 別に嫌いでないから困るのだ。

「アルマロスってば!」

「まあまあ、ルイズ。」

「ダメ! ダメよ! きちんと断らなきゃずっと付きまとわれるわ! そんなんでいいの!?」

「! フォオオン!」

「きゃっ! だ、ダーリン…。」

 少し強引にアルマロスは、キュルケを引き離し、立ち上がった。

 キュルケは、戸惑い目を潤ませた。

 その目に罪悪感が湧くが、ここで強く出ないと本当にずっと付きまとわれてしまうだろうからアルマロスは我慢した。

「ごめなさい…、ダーリン。もうしないから許して?」

「フォオン?」

 本当かというふうにアルマロスが声を出した。

「本当よ? 許してくれる?」

「フォオン。」

「よかった!」

 キュルケは、喜び、笑顔でアルマロスに抱き付いた。

「この色ぼけキュルケ! 何してんのよ!」

 キーッと怒ったルイズが、キュルケとアルマロスを引き離そうとして、間に入ろうとした。

「やれやれ…、使い魔君はずいぶんと好かれているんだね?」

「フォオン…。」

 呆れて言うワルドの言葉に、困ったアルマロスが声を漏らした。

「さて、そろそろお開きにして、部屋で休もう。」

 そう言ってワルドは、鍵束を机に置いた。

「タバサとキュルケは、相部屋。ギーシュとアルマロスは相部屋。そして、僕とルイズは相部屋だ。」

 それを聞いてルイズは、慌ててワルドを見上げた。

「だ、ダメよ! 私達まだ結婚もしてないのに…。」

「大事な話があるんだ。二人きりで。」

 ワルドはそう言った。

「えー、私ダーリンと一緒がいいわぁ…。」

「危険。」

「冗談よ。」

 タバサに手を掴まれ、キュルケはそう返した。それを聞いて、アルマロスは内心ホッとした。

 ルイズは、アルマロスを見た。

「?」

 何か言いたげなルイズに、アルマロスは、キョトンっとした。

 だが結局ルイズは何も言わず、ワルドと共に自分達の部屋へ行ってしまった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌朝、ギーシュとアルマロスの相部屋に、ワルドが訪れた。

「やあ、使い魔君。おはよう。」

「フォオン?」

「君は、伝説の使い魔ガンダールヴなんだろう?」

 言われてアルマロスは、自分の左手を見た。

 たしかこれがガンダールヴというルーンだったはずだ。

「フーケを捕えるのに君は大きく貢献したと聞いている。それで興味を持ったんだ。それで調べてみたらガンダールヴに行き着いた。僕は、君の腕に興味がある。どうだろう? ひとつ手合わせを願えないかい?」

「フォオン!?」

 つまり戦えということかと、驚いたアルマロスは、両手をあげて首を横に振った。

「君は人間ではないのだろう? そんなに気を使わなくていいんだ。」

「!」

「それに君の立ち姿、佇まいといい、素人じゃない。かなりの達人と見ている。僕も魔法衛士隊長として腕に自信はある方だが、どうかね? 使い魔とは、主人を守る者だ。婚約者の使い魔が弱くては困るのだよ。」

「……フォォオン。」

 アルマロスは、ワルドをまっすぐ見据えて、本当にいいのかというふうに声を出した。

「もちろんだとも。戦ってくれるね?」

 ワルドが聞くと、アルマロスは、頷いた。

 ワルドは、微笑み、戦う場所へアルマロスを案内した。

 場所は、昔錬兵場だった所だ。

 そこになぜかルイズがいた。

「ワルド…、来てっていうから来てみたけど、これはどういうことなの?」

「彼と手合わせをしようと思ってね。君には介添え人になってもらいたい。」

「なっ…!」

 ルイズは大きく目を見開いた。

「だ、ダメよ! ワルド、ダメよ! アルマロスもなんで了承してんのよ!」

「彼を責めないでやってくれ、こうなるよう仕向けたのは僕なんだ。」

「とにかくダメよ! 風を操るギトー先生でも手も足も出なかったのよ!? いくらワルドが疾風の二つ名を持ってるからって…。」

「ほう、そうなのかい? それはますます興味が湧いたよ。ぜひとも戦いたい。」

「フォオオン。」

「アルマロス、ダメ!」

「では、介添え人も来たことだし、初めよう。」

 ルイズは、あわあわと二人を交互に見た。

 アルマロスは普通の衣服のまま構えた。

「おや? 武器を使わないのかね?」

「フォ?」

「ガンダールヴは、あらゆる武器を操ったと聞く。剣を持っているのなら武器を使ってほしいのだが…。」

『仕方ねぇな。相棒、俺を使え。』

 アルマロスは、しぶしぶデルフリンガーを抜いた。

 しかしガンダールヴのルーンは反応しない。

 それを見たワルドは、眉を寄せた。

 アルマロスが動いた。

 ワルドは、ハッとしてすぐに杖を抜いてアルマロスからの一撃を受け止めた。

「くっ、重いな…。」

「フォオオオン!」

「だが君はどうやら武器は得意じゃなさそうだね。嗜みはあるようだが。」

「フォオオオオン!」

 ワルドの杖と、アルマロスが振るうデルフリンガーがぶつかり合う。

 それは殺し合いではなく、試合だった。

 お互いに急所は狙わず、互いの腕を確かめ合うそれだ。

 だが身体能力の差からワルドが若干押されていた。

「そこまで! もうやめて!」

「……やめよう。」

「フォォオン…。」

 ワルドとアルマロスは、互いの武器を納めた。

「分かったでしょ、ワルド! アルマロスは強いのよ! だってアルマロスは…。」

「人間じゃないか…。」

「っ…!」

 ずばり言われ、ルイズはぎくりっとした。

「君は一体何者なんだい?」

「フォォン…。」

 アルマロスは、ワルドの手を取り、そこに指で字を書いた。

 自分は堕天使だと。

「だ、堕天使!」

「アルマロス! その…ワルド…。」

 ルイズは、焦った。

「驚いたね…。だが本当に堕天使なのかい? そんなふうには全く見えないよ…。嘘じゃないかい?」

 ワルドが疑うと、アルマロスは、ブンブンと首を振った。

「しかし身体能力は人間のソレを遥かに超えているようだし…、本当なんだろうね。だがあまり触れて回らない方がいいだろう。このことは黙っておくよ。」

「ワルド…。」

 ルイズは、ホッとした。

 アルマロスが堕天使だということが広まって、もしアカデミーにでも知られたら……。

 ルイズは、アルマロスを見上げた。それに気づいたアルマロスもルイズを見た。

「アルマロス…、自分の正体のことはあまり人に言わないで。ね?」

「フォオン…。」

 でも…っと言いたげにアルマロスが声を漏らした。

「あなたに何かあったら私…。」

 俯くルイズの頭に、アルマロスは手を置いて撫でた。

 その優しい手つきが、大丈夫だ、問題ないと言っているようで、ルイズは、涙が込み上げてくるのを感じて我慢した。

 そんな二人を、ワルドは見ていた。

 

 

 

 




ワルドとの第一回戦目は、普通に試合なので引き分け。
お互いにほとんど力を出してません。


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第九話  アルビオン

アルビオンに出航。


 

 

 その夜。ベランダで月を眺めていたアルマロスのところに、ルイズが来た。

「?」

 しかし何も言ってこないルイズは、しばらくアルマロスと並んで月を眺めていた。

「ねえアルマロス…。ワルドから結婚しようって言われたわ…。」

「フォオン。」

 それはとてもおめでたいことじゃないかと思ったが、ルイズの横顔はすぐれなかった。

「返事は出してないわ…。」

「フォォン?」

 どうして?っというふうにアルマロスが聞くと、ルイズは、アルマロスを見上げた。

 何か言いたげな…、何か言ってほしそうな顔をしている。

 しかしアルマロスは、言葉を持たない。何を言ってほしいのかも分からなかった。

 その時、アルマロスは、ハッとした。

 月が陰った。

 巨大なゴーレムによって。

「あれはゴーレム!?」

「フォオオン!」

 アルマロスがゴーレムの肩の上を指さした。

 そこにいたのは、フーケだった。

「フーケ!? 投獄されてたはずじゃ…。」

「覚えててくれてたのね?」

 フーケが笑った。

「親切な人がね、私みたいな美人はもっと世の中のために役立たなくてはいけないって言って、出してくれたの。」

 フーケいるゴーレムの肩の反対側の肩には、白い仮面をかぶった男がいた。

 フーケを脱走させるのを手伝った輩であろうか?

「素敵なバカンスをありがとうって、お礼を言い来たのよ!」

 狂的に笑ったフーケが操るゴーレムの拳がベランダを粉々に砕いた。

 アルマロスは、それよりも早くルイズを抱えて飛びのいていた。

 そのまま部屋を駆け抜け、一階へと駆けだした。

 下に降りると、下も下で修羅場だった。

 ラ・ローシェル中の傭兵が襲い掛かってきているのか、キュルケ、タバサ、ギーシュ、ワルドが石の机を盾にして、応戦していた。

「ダーリン!」

 キュルケが叫んだ。

 アルマロスは、瞬時にウォッチャースーツに変わると、矢の雨の中を駆け出し、傭兵の軍団に襲い掛かった。

 鎧を砕くほどの威力を持つ打撃が、弓矢や剣よりも早く浴びせられ、次々と傭兵達が倒れていく。

 あまりの速さに、強さに、傭兵達が後退しだした。

「いまだ! 裏口へ!」

「アルマロス!」

 ルイズがアルマロスの名を叫ぶ。

 アルマロスは、床を殴り、水の壁を作った。

 その隙に、後ろへ駆け出し、ルイズ達の後を追った。

 水の壁はすぐに止み、傭兵達が背後から追って来た。

 

「まずいわ、前の方からも敵が…。」

「…このような任務は、半数が辿り着けば成功とされる。」

 ワルドが言った。

「囮。」

 タバサが言った。

 タバサの指が、キュルケ、ギーシュを指さした。

「ううむ、仕方ないか…。ここで死んだら、姫殿下にも、モンモランシーにも会えなくなる…。」

「どうせ私はなんでアルビオンに行くか知らないもんね。」

 それを聞いたアルマロスは、自分も残ろうと動こうとしたが、ルイズの手がアルマロスの腕をつかんだ。

「君はルイズの使い魔だ。」

「!」

「いいね?」

 アルマロスは、俯き、すぐに顔を上げた。

 ワルドとルイズとともに走り出した。背後で凄まじい爆音や破壊音が聞こえて来た。

 飛んでくる矢は、ワルドが風の壁を作ったり、アルマロスがベイルで防いだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 桟橋というから、そこに船があると思ったら、全然違った。

 とにかく大きな木がそこにあった。

 枝の先を見ると、そこに船が吊るされていた。

 えっ?っとアルマロスは思った。

「水に浮かぶ船もあれば、空を飛ぶ船もあるのよ。」

 アルマロスが呆気に取られているのを見たルイズがそう説明した。

 そして木の根元から中に入り、階段を駆けあがった。

 するとそこへ、白い仮面の男が飛んできた。

「フォオオオン!」

「アルマロス!」

 アルマロスは、ルイズを庇い、白い仮面の男にベイルを振るった。

 男が杖を構え、ベイルを防ごうとしたがベイルの先端が触れた途端、男の体がかき消えた。

「?」

「消えた…。」

「走るんだ!」

 ワルドの叫びで我に返った二人は、再び走り出した。

 アルマロスは、少し後ろ髪を引かれるような気持ちで走った。

 やがて枝の一つに辿り着き、そこに吊るされた船には船員達と思われる人間達がいた。

 寝ていた彼らを起こし、船長を呼び、交渉して多額の賃金を渡して、船を出航させた。

「……。」

「アルマロス?」

「フォオオン…。」

 おかしいっというふうにアルマロスは声を出した。

 ベイルが触れた途端、消えてしまった白い仮面の男。

 あれは……。

 ふと、先日戦ったギトーを思い出した。

 彼は、風の魔法を使って、分身を作っていた。

 まさかっと、アルマロスは思った。

 しかしそうだとすると本体は? 何が目的でっと考えていると、アルマロスの手を、ルイズが掴んだ。

「アルマロス。敵はもう振り切れたわ。」

「フォオオン…。」

「明日にはアルビオンにつく。今はそれだけ考えましょう。」

 ルイズの言葉を聞きながら、アルマロスは、離れていくラ・ローシェルの街を見おろした。

 あそこにいる、キュルケ達は無事だろうか。そのことだけを思った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 甲板の端で座り込んで寝ていたアルマロスは、太陽の光で目を覚ました。

 空はすっかり青空で、船は白い雲の上を進んでいた。

 空を飛ぶ船…、それはアルマロスの世界にはなかったものだ。

 ああ、やはりこの世界は自分がもといた世界と理が違うっと改めて思った。

「アルビオンが見えたぞーーー!」

 船員の声を聞いて、見るが、どこにも陸地はない。

「あそこよ。」

 ルイズが来て空を指さした。

 そちらを見てアルマロスは、驚いて口を開けた。

「フォオオン…。」

 まさに圧巻だった。

 巨大な、そう、まさに大陸が空に浮かんでいた。

 大陸から流れる川だろうか、滝があり、下まで落ちることなく途中で霧になっている。その霧が雲となり、アルビオンの下を覆っていた。

「アルビオンはね、通称白の国って呼ばれているわ。」

 ああ、確かに納得だとアルマロスは頷いた。

 アルビオンの下の方の雲が白くて、確かに白の国と呼ぶにふさわしいだろう。

 すると、船員が叫んだ。

 右舷から船が来ると。

 アルマロスは、嫌な予感がしてベイルを装備した。

「空賊だ!」

 そんな叫び声が聞こえて、やはりかとアルマロスは思い、ルイズを守るように立った。

 慌てる船長に、ワルドが魔法は打ち止めだと落ち着き払って言い、空賊からの命令に従って停泊することになった。

 

 空賊の船が横にくっつき、空賊達がこちらに武器を向けて来た。

 アルマロスは、いつでも動けるようベイルを構えた。

「やめたまえ、いくら君が早くても、向こうの大砲がこちらの船を砕くのが早いだろう。挑発しないように武器を下ろしてくれ。」

 ワルドに頼まれ、アルマロスはしぶしぶベイルを外した。

 すると一人の派手な空賊が甲板に降りて来た。

「船長はどこでぇ。」

「私が…船長だ。」

 震えていて、精一杯の威厳を保とうとしながら船長が手を上げた。

「船の名前と積み荷は?」

「トリスティンのマリー・ガラント号。積み荷は、硫黄だ。」

「船ごと買った。料金はてめぇらの命だ。」

 それを聞いて船長は屈辱で震えた。

「おや、貴族の客まで乗せてんのか?」

 そう言って空賊がルイズの顎を掴んだ。

「フォオン!」

 アルマロスがその手を払いのけた。

「いってぇな。」

 空賊は、プラプラと手を振るった。

 アルマロスは、空賊を睨んだままルイズを空賊から遠ざけるように前に立った。

「いい度胸じゃねぇか。貴族の飼い犬君。」

「フォォ…。」

「アルマロス、落ち着いて。」

「そうだ。ここで君が暴れたら全員、船ごとハチの巣だ。」

 それを聞き、アルマロスは、空賊を睨んで拳を握った。

 空賊は不敵に笑うばかりで意に介さない。

「てめぇら、こいつらも運びな。たんまりと身代金をふんだくってやる。」

 ルイズ達は、船倉へ移動させられた。

 ワルドとルイズは杖を取り上げられ、アルマロスは、デルフリンガーを取り上げられた。ベイルは光になって消えたため取られていない。

 しかし多勢に無勢。しかも空の上。

 ここでアルマロスが暴れてもルイズ達が危険にさらされるだけなので、動けなかった。

「メシだ。」

 すると扉から空賊の男がスープの入った皿を持ってきた。

 扉の近くにいたアルマロスが受け取ろうとすると、ヒョイッと持ち上げられた。

「質問に答えてからだ。」

「言ってごらんなさい。」

「お前達、アルビオンに何の用だ?」

「旅行よ。」

 ルイズは、腰に手を当てて毅然とした声で言ってのけた。

「トリスティンの貴族が今時のアルビオンに旅行? いったいなにを見物にするつもりだい?」

「そんなことあんたなんかに言う必要ないわ。」

「強がるんじゃねぇぜ。」

 空賊は笑い、皿と水を寄越した。

 一つの皿からスープを三人で飲んだ。

 飲み終わると、本当にやることが無くなる。

 ワルドは、壁に背を預けて何かもの思いにふけている。

 ルイズは、体操座りで顔を伏せていた。

 アルマロスは、座り込んで、暇なので鼻歌を歌いだした。

「あんた…、歌もうまいのね…。」

「フォ?」

「…もっと歌ってて。」

 ルイズに言われるまま、アルマロスは、鼻歌を歌い続けた。

 

「こんな状況で鼻歌たぁ、お気楽なこったな。」

 すると扉が開いた。

「おめえら、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」

 ルイズ達は答えない。

「おいおい、だんまりじゃわかんねよ。」

 空賊が言うには、空賊達は貴族派と商売しており、王党派に味方する者達を捕まえる密命を帯びているという。

「じゃあこの船は反乱軍の軍艦なのね?」

「いやいや、俺達は雇われてるわけじゃあねえ。あくまで対等な関係で協力し合っているのさ。で、どうなんだ? 貴族派だったならきちんと港まで送ってやるよ。」

「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか!」

 ルイズは言った、自分達は、王党派への使いだと、トリスティンの大使として来たのだと、空賊に向かって大使として扱うよう要求した。

 アルマロスは、ポカンッとした。

 状況的に不味くないかっと思った。

 空賊は笑い、お頭に伝えに行った。

 ああ、このままじゃ空から放り出されるかもっと思うと、ルイズだけでも無事に地上に降ろしてやらねばと考えを巡らせた。

 もしもの時は……。

 アルマロスは、ギュッと拳を握った。

 すると空賊が戻ってきて言った。

 お頭が呼んでいると。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 狭い通路を通り、三人が連れていかれたのは、船長のいる立派な一室だった。

 頭と思われる男。ルイズの顎を触った派手な空賊が杖を弄って上座の椅子に座り、周りには、空賊達がいてニヤニヤ笑っている。

「おい、お前達、頭の前だ。挨拶しろ。」

 ルイズは、従わずキッと睨んでいた。

「気の強い女は好きだぜ。子供でもな。さてと名乗りな。」

「大使としての扱いを要求するわ。」

 ルイズは無視してそう言い放った。

「王党派と言ったな?」

「ええ、言ったわ。」

「なにしに行くんだ? あいつらは明日にでも消えちまうよ。」

「あんたらに言うことじゃないわ。」

「貴族派につく気はないかね? あいつらはメイジを欲しがっている。たんまり弾んでくれるだろうさ。」

「死んでもイヤ!」

 アルマロスは、強気なルイズを見て、気付いた。

 ルイズは、震えていた。怖いのだ、怖くても真っ直ぐにお頭の男を見ている。

「もう一度言う。貴族派につく気はないかね?」

「フォオオン。」

「うお、なんだおまえ、変な声出すなよ。」

「彼は私の使い魔よ。」

 ルイズは、胸を張って言った。

「使い魔?」

「使い魔よ。」

 ルイズの言葉に頭は笑った。大声で。

「トリスティンの貴族は、気ばかり強くってどうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らずどもより何百倍もマシだがね。」

 ワハハハっと笑った頭の豹変ぶりに、ルイズ達は顔を見合わせた。

「失礼した。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはな。」

 そう言って、頭は、黒髪を剥ぎ、眼帯を取り、髭をビリッと剥いだ。

 現れたのは、凛々しい金髪の若者だった。

「私は、アルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令官…、本国艦隊といっても、すでに本艦イーグル号しか存在しない無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きよりもこちらのほうが通りがいいだろう。」

 若者は、威風堂々と名乗った。

「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。」

 なんと空賊のお頭だった男は、これから会いに行こうとしていたウェールズ皇太子、その人だった。

 ウェールズは、にっこりと魅力的な笑みを浮かべ。

「アルビオン王国へようこそ。大使殿。さて、ご用の向きをうかがおうか。」

 あまりのことにルイズ達は、すぐに反応できなかった。

 

 

 

 




ウェールズも登場しました。

続けて十一話までいきます。


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第十話  亡国と堕天使

アルビオン編。

決戦前。


 

 なぜウェールズが、空賊を装っていたのか。

 簡潔にまとめると…。

 反乱軍への補給を絶つため。だが堂々と旗を立てるわけにはいかないから。らしい。

「いやあ、大使殿には誠に失礼を致した。しかしながら、君達が王党派ということが中々信じられなくってね。」

 ウェールズは試すようなマネをしてすまなかったと、謝罪した。

 そこまで言ってもルイズはまだ口をポカンとさせていた。

 急に目的の皇太子が目の前に現れたのだ。心の準備ができていない。

「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました。」

 代わりにワルドが優雅に頭を下げて言った。

「ふむ姫殿下とな。君は?」

「トリスティン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵。そしてこちらが姫殿下より大使の退任を仰せつかったラ・ヴァリエール嬢と、その使い魔でございます。殿下。」

「なるほど! 君のような立派な貴族が私の親衛隊に十人ばかりいたら、このような惨めな今日を迎えることもなかったろうに。して、その密書とやらは?」

 言われてルイズは、慌てて手紙を取り出した。

 そして恭しくウェールズに近づこうとして途中で止まった。

「あ、あの…。」

「なんだね?」

「その、失礼ですが、本当に皇太子さま?」

 それを聞いたウェールズは笑った。

「まあ、さっきまでの顔を見れば、無理もない。僕は、ウェールズだよ。なんならその証拠をお見せしよう。」

 そう言ってウェールズは、ルイズの右手の指にある水のルビーを見ながら言った。

 するとウェールズは、自分の右手の指輪を外し、ルイズの手を取り、水のルビーに近づけた。

 すると二つの石は共鳴し合い、虹色の光を振りまいた。

「この指輪は、アルビオン王家に伝わる、風のルビーだ。君のはめているのはアンリエッタがはめていた水のルビーだ。そうだね?」

 ルイズは頷いた。

「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ。」

「大変、失礼をばいたしました。」

 ルイズは、一礼して手紙をウェールズに渡した。

 ウェールズは、手紙を開き、読み始めた。

 やがて顔を上げ。

「姫は結婚するのか? あの愛らしいアンリエッタが。私の可愛い…、従弟が…。」

 そう呟くウェールズに、ワルドが頭を下げて肯定した。

「了解した。姫は、あの手紙を返してほしいとこの私に告げている。何より大切な、姫から貰った手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう。しかしながら今は手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。多少面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい。」

 こうしてニューカッスルの城へ向かおう事になった。

 しかし真っ直ぐにはいかない。

 ジグザグに進み、やがて雲の中から巨大な船が現れた。

 その船がかつて、ロイヤル・ソルヴリンと呼ばれた船だったが、今では貴族派に奪われ、レキシントン号と呼ばれていると説明された。

 それからはまさに空賊のように見事な指示で、空を飛び、敵が知らない秘密の港に船を置いた。

 そこは鍾乳洞で、コケが光っている。

 ウェールズに促されて、ルイズ達は船を降りた。

 それからウェールズとルイズ達を出迎えた老メイジが、ウェールズからマリー・ガラント号に積まれていたのが硫黄だと説明をうけると、それはそれは喜んだ。

 彼らは言った。

 これで王家の誇りと名誉を、示しつつ、敗北できると。

 彼らはすでに敗北することを心に決めたうえで、戦って散ろうとしているのだ。

 アルマロスは、ここにいる者達を見渡し、それを感じ取り、拳を強く握った。

 ルイズも顔色を悪くしている。若い彼女にとって敗北による死はおそらく夢のまた夢のような話だっただろう。

 ルイズ達は、パリーというその老メイジに歓迎され、最後の戦いに向けた最後の祝宴に招かれることになった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ニューカッスル城へ案内されたルイズ達は、ウェールズの部屋へ案内された。

 そこに問題の手紙があるらしい。

 その部屋は、皇子の部屋とは思えないほど簡素だった。

 ウェールズは、机から宝石が散りばめられた小箱を出し、その箱の鍵を開けた。箱の内側には、アンリエッタの肖像画が描かれている。そこに一通の手紙が入っていた。

 何度も読み返したのだろう。手紙はボロボロで、ウェールズは、愛おしそうに手紙に口づけ、手紙を読み返した。

 それから手紙を丁寧にたたみ、封筒に入れると、ルイズに渡した。

「このとおり、確かに返却したぞ。」

「ありがとうございます。」

 ルイズは、深々と頭を下げた。

 それからウェールズは、明日イーグル号が非戦闘員を乗せて出航するから、それに乗ってトリスティンに帰るようにと言った。

 ルイズは、躊躇いがちに、聞いた。

 王党派に勝ち目はないのかと。

 ウェールズは、首を振った。

 ウェールズ達は、300。敵は5万。とてもじゃないが万に一にも勝ち目がないのだと。

 本当にギリギリだったのだと、アルマロスは思った。

 あと少し遅かったらウェールズは、死んでいた。手紙も敵の手に渡っていただろう。

 ルイズは、聞こうとした。

 ウェールズとアンリエッタは、恋仲だったのじゃないかと。

 ウェールズは、微笑んだ。

 手紙の内容が恋文であること。アンリエッタが永久の愛をウェールズに誓っていることを。

 それはそれは、愛おしそうに。切なそうに。

「殿下、亡命なさいませ!」

 ルイズが叫んだ。

 しかしウェールズは、首を横に振った。

 それでもルイズは懇願した。亡命してくれと。生きてくれと。

 アルマロスは、そんなルイズを見て、辛そうに目をそらした。

「君は正直な女の子だな。ラ・ヴァリエール嬢。正直で、真っ直ぐで、良い目をしている。忠告しよう。そのような正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい。」

 ウェールズは、微笑んで、ルイズの肩を叩いた。

「そろそろパーティーの時間だ。君達は我らが王国が迎える最後の客だ。是非とも出席してほしい。」

 ルイズとアルマロスは、退室し、ワルドは居残って、一礼した。

「まだ何か御用かな? 子爵殿。」

「恐れながら殿下にお願いしたい議がございます。」

「なんなりと伺おう。」

 ワルドは、ウェールズに自分の願いを語った。

「なんともめでたい話じゃないか。喜んでお役目を引き受けよう。」

 ウェールズは、にっこりと笑った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 明日滅びるというのに、華やかなパーティーだった。

 ルイズとアルマロスは、会場の隅で、パーティーを見ていた。

「明日でお終いなのに…、随分と派手なものね…。」

「フォオン…。」

「終わりだからこそ、ああも明るく振る舞っているのだ。」

 ワルドが来て、そう言った。

 すると貴婦人達の歓声があがった。ウェールズが登場したのだ。

 あれだけ凛々しい男が現れたら、どこでも人気があるだろう。

 それからは、誰も暗いことを一言も言わず、笑い、歌い、飲み、食い、華やかなパーティーとなった。

 アルビオン万歳っと叫ぶ彼らの声。

 ルイズは、この場の空気に耐えられなくなったのか、外へ行ってしまった。

 アルマロスは、すぐにその後を追おうとした。

 するとワルドがアルマロスの肩を叩いた。

「明日、僕はルイズとここで結婚式をあげる。」

「フォォン?」

「是非とも、僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕たちは式を挙げる。」

「……。」

 アルマロスは何も言わなかったし、何も言えなかった。彼は声を持たない。

「君も出席してくれるかい?」

「フォオン…。」

 自分はルイズと共にあるのだと、いうふうに、ワルドを見て、アルマロスは声を出した。

「そうか。頼もしい使い魔だね。君は。」

 その一声で何が言いたのか察したワルドは、笑った。

 そしてアルマロスは、ルイズを追って去った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 暗い廊下を小走りで進んでいくと、ルイズを見つけた。

「フォオオン。」

「アルマロス…。」

 ルイズがハッとしてアルマロスを見た。

 ルイズは、泣いていた。

 ルイズは、ふらふらとアルマロスに近づき、ポスッとアルマロスに抱き付いた。

「嫌だわ…、あの人達…。どうして死を選ぶの…?」

 アルマロスは、ルイズを見おろした。

「ねえ、アルマロス…、あなたはどう思う? 人間のために人間が死ぬの…、誇りだとか、名誉だとかのために、死ぬの。貴族だとか王族だとか、そんなもののために死んでいくの…。私だって口じゃヴァリエール家のためだとか、名誉だとか言ってても、怖いわ…。なのにあの人達は…。」

 アルマロスの腰に手を回しているルイズの手に力がこもる。

「あなたの世界の人間はどうだったの? あなた達堕天使のために命を捧げたりしたの? アルビオンの王党派のあの人達のように死んでいった人達もいたんでしょう? それでもあなた達は堕天してよかったって思ってたの? ねえ、……答えてよ。」

「フォオオン…。」

 言葉を失っているアルマロスは、ルイズの頭を撫でた。

 自らの死の意味を選べることも、また可能性の一つなのだと、そう言いたかった。

 でも、言えなかった。

「トリスティンに帰りたい…。この国嫌い。あの皇子様もよ…、残される人達のことなんて考えてないんだわ。」

 アルマロスに顔を押し付けて、泣きながら呟き続けるルイズの頭を、アルマロスは撫で続けた。

「アルマロス…、アルマロスぅ…。」

「フォオン…。」

 確かめるように名前を呼んでくるルイズに、アルマロスは返事を返した。

 

 

 明日、ウェールズ達は死ぬ。

 人間の儚さに触れ、アルマロスの目から、一筋の涙が零れた。

 ルイズは、そのことに気付かなかった。

 

 

 

 

 




原作と比較すると、使い魔に甘えまくりのルイズです。


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第十一話  堕天使の怒り

一番書きたかった話。


 始祖ブリミルの像がある礼拝堂。

 そこにワルドとルイズが入場した。

 ルイズの頭には、永遠に枯れぬという新婦の冠、新婦にしか許されないマントが羽織らされていた。

 アルマロスは、礼拝堂の端でその様子を見ていた。結構離れている。

 ルイズは、ちらりとアルマロスを見る。

 アルマロスはその視線に気が付いていなかった。

「では、式を始める。」

 正装したウェールズが式の開始を告げた。

「新郎、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか。」

「誓います。」

「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……。」

 ウェールズが朗々と詔を読み上げる。

 ルイズは、そんな中でも、またちらりとアルマロスを見た。

 アルマロスは、嬉しそうにルイズ達を見ている。

 彼は祝福しているのだ。純粋に。

 ルイズは、考えた。

 なぜ自分は、ラ・ローシェルの宿でアルマロスに言葉を求めたのか。

 それは……。

「新婦?」

 ウェールズの言葉で、ルイズは、ハッとした。

「緊張しているのかい?」

 ワルドが言った。

 違うっと、ルイズは思った。

「まあこれは、儀礼にすぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。では、繰り返そう。汝は、始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫と……。」

「誓えません。」

「ルイズ?」

 ここにきて、やっとアルマロスは、ルイズの異変に気付いた。

「どうしたんだい、ルイズ。気分が悪いのかい?」

「違うの…。ごめんなさい。ワルド…、私…あなたと結婚できない…。」

 ルイズは、フルフルと首を振った。

「新婦はこの結婚を望まぬか?」

「そのとおりでございます。御二方には大変失礼をいたすことになりますが、、わたくしは結婚を望みません。」

 ウェールズは困ったように首を傾げ、ワルドを見た。

「子爵、誠に気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかぬ。」

「……緊張しているんだ。そうだろルイズ。君が僕との結婚を拒むわけない。」

「ごめんなんさい。ワルド。憧れだったのよ。もしかしたら、恋だったのかもしれない。でも今は違うわ。」

 するとワルドがルイズの肩を掴んだ。

「世界だ、ルイズ。」

 ワルドの口調が、表情が変わった。

「僕は世界を手に入れる。そのためには君が必要なんだ!」

「ワルド?」

 遠目に見ていたアルマロスは、ワルドの様子もおかしいことに気付いた。嫌がるルイズに無理やり詰め寄っている。

「君の能力が! 君の力が、必要なんだ! ルイズ、いつか言ったことを忘れたか! 君は始祖ブリミルに劣らぬ、優秀なメイジに成長するだろう! 君は自分で気づいていないだけだ、その才能を!」

「ワルド…!?」

「この旅で、君の気持ちを掴むために、随分と努力したんだが…。」

 ワルドがルイズから手を離し、首を振った。

 ルイズが視線をアルマロスに向けた。

 アルマロスは駆けだしていた。

「僕の目的は、ひとつ、ルイズ、君だ。二つ、君が持っている手紙。そして、三つ目…。」

 ウェールズがハッとして杖を出して詠唱しようとした。

 だがそれよりも早く、魔法を完成させたワルドの青白く輝く杖が、ウェールズの胸を貫いた。

 ルイズが悲鳴を上げた。

 眼前だった。

 アルマロスは、目を見開いた。

 鮮血を散らし、倒れるウェールズ。

「フ……。」

 アルマロスの唇が震えた。

 

「フォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」

 

 アルマロスの絶叫が礼拝堂に響き渡りビリビリと震わせた。

 アルマロスは瞬時にベイルを装着すると、その先をワルドに振るった。

 ワルドは、とんでもないスピードでそれを避け、ベイルは、ブリミルの像を破壊した。

 崩れ落ちるブリミルの像、その中から湾曲した薄黒い刃のようなものが出てきたが、アルマロスは、それどころじゃなかった。

 ベイルを振るい続け、ワルドに襲い掛かる。だがすべての攻撃を避けられてしまう。

「最初の手合わせの時は加減したが、本気で相手をさせてもらうぞ!」

 魔法によって強化されたスピードでベイルを避けていく。

 杖の切っ先がベイルを握るアルマロスの手に当たり、ベイルの片方が弾き飛ばされた。

「その武器は威力はあるが、鈍いな!」

「フォオオオオオオオン!!」

 アルマロスはベイルを捨てて、素手でワルドに殴りかかった。

 ワルドは、輝かせた杖でその拳を受け止め、瞬時に魔法を完成させて放った。

 だがアルマロスに命中した魔法は、消えた。

「チッ、やはり魔法は効き目がないか。ならば!」

 ワルドは、杖で応戦しながら術を唱えた。

「ユビキタス・デル・ウィンデ…。」

 するとワルドの姿が本体と合わせて五人に増えた。

 ギトーとは比べ物にならない力の現れるである。

「あの時、貴様に我が偏在を消された時は、正直焦ったよ。」

 そう言ってワルドの分身の一人が、白い仮面を出した。

 あの時現れた白い仮面の男はワルドだったのだ。いや、正確にはワルドの偏在、分身だったのだ。

 魔法を無効化するアルマロスが触れた途端消えたのはそのせいだったのだ。

「だがすべての魔法を無効化できるわけであるまい!」

 五人のワルドがそれぞれ杖で攻撃、または魔法を使いだした。

 凄まじい稲妻。ライトニング・クラウドがさく裂したが、煙の中からすぐに無傷のアルマロスが飛び出した。

 四方八方から杖の攻撃がきたが、アルマロスはすべてを受け流す。

「くっ、さすが堕天使か!」

 やがて偏在のひとりがアルマロスの拳を喰らって消えた。

「だがこれはどうかな!?」

「キャアアア!」

「フォオオン!?」

 ハッとして振り向いた時、ワルドの偏在の一人がルイズを捕えていた。

「動くな、堕天使!」

「っ!」

 ワルドの杖の切っ先が、アルマロスの首に刺さった。

 さらに、三人のワルドからライトニング・クラウドが放たれ、吹き飛ばされたアルマロスは、崩れたブリミル像の上に倒れた。

「アルマロス!」

「ルイズ、今からでも遅くはない。僕と来てはくれないかい?」

「! い、いや!」

「そうかそれならば、仕方がない…。」

 ワルドの放った風の魔法で、ルイズの体が吹き飛ばされ床に転がった。

「う……。」

「残念だよ。ルイズ…。」

「……アルマロス…。」

 ワルドの杖の切っ先がルイズに振り下ろされようとした。

 だがならなかった。

 

 ワルドの杖が半分に斬れた。

 

「なっ…。」

 ワルドが横を見た時、アルマロスがそこに立っていた。

 湾曲した、弓矢のような形状の、ギザギザの刃を持つ巨大な刃を持っていた。

 アルマロスは、薄黒いその刃に手を触れ、撫でるように手を動かした。

 すると刃が光り輝き、目をつむるほどの光によって白く輝きだしたその刃のギザギザがひとりでに回転のこぎりの刃のように動き出した。

「それは…!?」

「フォオオオオオオオオオオオオオン!」

 アルマロスが刃…、神の叡智・アーチを振るった。

 ワルドが飛びのいた途端、他のワルドが斬られ、消えた。そしてワルドの横腹が切れて出血した。

「ぐ……! その武器はいったい…。」

 ベイルとは比べ物にならない速度で振るわれたそれをワルドは、避けきれなかった。

「フオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」

 アルマロスがワルドに迫った。

 ワルドは、代わりの杖を出して応戦しようとした。

 アーチの、巨大な刃の、凄まじい速度で繰り出される斬撃の雨は、ワルドの左腕を斬り落とした。

「がああああああ! こ、この疾風のワルドが…遅れを取るとは…。」

 その時、凄まじい轟音と共に、天井が崩れた。

「間もなく我がレコン・キスタの大群が押し寄せる! ほら! 馬の蹄と竜の羽音が聞こえるだろう!」

 確かに外から爆発音や地響きが聞こえてくる。

「愚かな主人と共に灰になるがいい!」

 捨て台詞を残し、ワルドは、宙に浮き、空いた天井から逃げて行った。

 ワルドを見送ったアルマロスは、すぐにルイズに駆け寄った。

「フオオオン!」

「アルマロス……。」

『相棒、どうするよ? いくらおまえさんでも、5万の敵を相手にするにゃ分が悪いぜ?』

 アルマロスは、歯を食いしばった。

 その時、床がモコモコと動き出した。

 はっ?っと思っていると、そこからどこかで見た覚えがある大きなモグラが顔を出した。

 モグラ…、ヴェルダンデは、ルイズを見つけると、その右手の薬指に鼻をこすりつけだした。

 まさか水のルビーの匂いを嗅ぎつけて、ここまできたのかこのモグラ…っと、アルマロスが呆気に取られていると、穴から更に。

 ギーシュ、キュルケが顔を出した。

「ダーリン!」

 キュルケが土で汚れた顔を輝かせた。

「どうしてここに…?」

「いやなに、土くれのフーケとの一戦に勝利した僕らは、寝る間を惜しんで君達を追いかけたのだ。なにせこの任務は、姫殿下の名誉がかかっているからね。」

「フォォン…。」

 ここは空の上のはずだが…っと言いたげにアルマロスが声を漏らした。

「タバサのシルフィードよ。」

 なるほどあの竜によってここまで来たのかっと納得した。

「なるほど水のルビーの匂いを追いかけたのか。僕のヴェルダンデは、とびっきりの宝石好きだからね、ラ・ローシェルまで、穴を掘ってやってきたのさ。」

 そりゃすごい。すごい執念だ。っとアルマロスは思わず拍手した。

「ところでダーリン、こんなところで何をしてたの?」

「! フオオオン!」

 ハッと我に返ったアルマロスは、慌てて床に字を書きだした。

「ええ! 反乱軍がもうすぐそこまできてるですって!? それも5万!」

「ワルド子爵は!?」

「……。」

 あいつは、裏切り者だった。っと、床に書いた。

「子爵が裏切り者ってどういうことだい?」

「フオオオン!」

「今それどころじゃないわよ! 早く脱出しなきゃ、ダーリン、来て! この穴から逃げられるわ!」

 アルマロスは、傷ついたルイズを抱きかかえて穴に入ろうとしてふと止まった。

 ルイズを床に置き、倒れているウェールズに駆け寄った。

 ウェールズの体を探り、やがて彼の薬指にはまった風のルビーに目が留まり、それを外した。

「フォオン…。」

 アルマロスは、ウェールズの冥福を祈り、ルイズを抱えて穴に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ヴェルダンデが掘った穴から飛び降りた先は、雲の上だった。

 落ちて来た四人と一匹をシルフィードが受け止めた。ヴェルダンデは、口にくわえられた。

 ルイズは、アルマロスの腕の中で気を失っていた。

 アルマロスは念のため、ルイズの心音を確認した。ちゃんと鼓動はあった。

 アルマロスがホッとしているとキュルケがアルマロスの首を指さして喚いた。

「ダーリン! 首! どうしたの!?」

「フォオン?」

 そういえばっとアルマロスは、自分の首を触った。

 ワルドに開けられた穴からブスブスと小さな黒い煙が出ている。

 アルマロスは、首を指で撫でると、ウォッチャースーツにより首の傷が塞がれた。

 するとシルフィードが暴れだした。

「うわー!」

「キャー! ちょっとタバサ!」

「落ち着いて。」

 タバサがシルフィードの首を撫でて落ち着かせた。

 シルフィードは、警戒する目でアルマロスを見た。

 アルマロスは、ごめんねっと頭を下げた。

 シルフィードは、力強く羽を羽ばたかせ、魔法学院へ向かった。

 

 




アーチがなんでこんなところにあったのか。
ご都合主義です。
ベイルよりアーチの方が速いと思う。


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第十二話  封印されていた、魔

ここから、オリジナルの敵が登場します。

敵との戦いはまだ先ですが。


 

 シルフィードは、トリスティン城の中庭に着地した。

 途端、周りに城の兵達が取り囲んだ。

「杖を捨てろ!」

 するとルイズがシルフィードから降りた。

「私は、ラ・ヴァリエールが三女、ルイズ・フランソワーズです。姫様にお取次ぎを願いたい。」

「要件とは?」

「密命なので言えません。」

「では、陛下への取次ぐわけにはいかぬ。」

「フオオオン?」

「うわっ! なんだその声は!」

 アルマロスの声に兵の隊長はびっくりした。

「フォン?」

 アルマロスが、やるかのかコラ?っというふうに、バキバキと拳を鳴らした。

「アルマロス! 気が立ってるのは分かるけど落ち着いて!」

 ルイズがアルマロスを止めた。

「ルイズ!」

 そこへアンリエッタが現れた。

「姫様!」

「ああ、無事に戻ってきたのですね!」

 二人はヒシッと抱き合った。

 兵達は、それを見て呆気にとられた。

「件の手紙は無事、この通りでございます。」

 ルイズは、シャツのポケットからそっと手紙を見せた。

 アンリエッタは、涙を浮かべ、ルイズの手を固く握った。

「やはり、あなたはわたくしの一番のお友達ですわ。」

「もったいないお言葉です。姫様。」

 しかしウェールズの姿がないことに気付いたアンリエッタは、顔を曇らせた。

「ウェールズ様は…。父王に殉じられたのですね。」

 ルイズは深く頷いた。

 本当は、ワルドに殺されたのだが、どちらにせよ彼は…。

「ワルド子爵は?」

「……ワルドは、裏切り者だったのです。姫様。」

「えっ…?」

 アンリエッタは、驚いたが、他の兵達の視線に気づき、彼らは自分の客人だと説明して、城に招いた。

 タバサ、キュルケ、ギーシュを謁見の間に残し、アンリエッタは、自室にルイズとアルマロスを招き入れた。

 ルイズは、アンリエッタの質問に答えていった。

 道中、キュルケ達と合流したこと。

 アルビオンへ向かう途中の船に乗ったら、空賊に襲われたこと。

 その空賊がウェールズ皇太子だったこと。

 ウェールズの亡命を勧めたが、断られたこと。

 そして……、ウェールズが結婚式の最中にワルドによって殺されたことを語った。

 アンリエッタは、悲嘆にくれた。無事にゲルマニアとの同盟は保たれたが、やはり愛する人を失った悲しみは拭い去れるものではない。ましてや永遠の愛を誓った相手なのだ。

 おまけに使者として送った信頼する男が裏切り者だったときたものだ。泣きっ面に蜂である。

「わたくしより名誉が大事だったのかしら?」

「フォオオン。」

 アルマロスは、それは違うと首を振った。

「姫様、皇太子は、きっと姫様に迷惑をかけたくないから、アルビオンに残ったのだと思います。」

「わたくしのため?」

「亡命してしまったら、同盟が崩れてしまうと思ったのでしょう…。」

 ルイズは、アルマロスを見上げた。アルマロスは、頷いた。

 アンリエッタは、深く息を吐き。

「……残された女はどうしたらよいのでしょう?」

「私がもっと強く説得していれば…。」

「いいのよ、ルイズ。あなたは立派に役目を果たしました。それに私は、ウェールズ様に亡命を勧めて欲しいなんて言っていないのですから。」

 それからアンリエッタはにっこり笑った。

 自分の婚姻の妨げは防がれた。

 ゲルマニアとの同盟は結ばれ、アルビオンはそう簡単には攻めてはこないだろう。危機は去ったのだと告げた。

 ルイズは、右手の薬指から水のルビーを外した。

「姫様、これ、お返しします。」

「いいの、ルイズ。それはさしあげます。せめてものお礼です。」

「ですが…。」

「いいからとっておきなさい。」

 ルイズは、頷き、水のルビーを再び指にはめた。

「フオォォン。」

 アルマロスは、風のルビーをアンリエッタに渡した。

「これは、風のルビー! どうしてこれを!」

「……。」

「そうですか…。」

 黙っているアルマロスの様子に、アンリエッタは何か悟ったのか、哀し気に表情を曇らせ、風のルビーを指にはめ、呪文を唱えた。するとブカブカだった指輪が彼女の指にぴったりのサイズになった。

「優しい使い魔さん…、ありがとうございます。私は、勇敢に生きていこうと思います。本当に、ありがとう。」

 哀しそうな、寂しそうな笑みを浮かべたアンリエッタは、風のルビーを撫でながらそう言った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トリスティン城から魔法学院に戻る空の上。

 ずっと黙っているルイズとアルマロスに、キュルケが任務の内容についてなんやかんや聞いていた。

 だが二人とも答えなかった。

「あれだけ手伝わせておいて、教えてくれないのぉ?」

 キュルケがついてきたのは、彼女の勝手なのだが…、っとアルマロスは思ったが、言う気は起きなかった。

「おまけにあの子爵が裏切り者だったなんて。でもダーリンが倒したんでしょ?」

「フォオン。」

「結局どんな任務だったの?」

 アルマロスは口をつぐんだ。

 キュルケは、ギーシュを見た。

 ギーシュは、自分は知らないと首を振った。

 取り戻してほしいと言われた手紙の内容までは彼は知らないのだ。

 キュルケは、ブーブー文句を言ってタバサにも意見を求めたが、タバサは興味なさげに本を読んでいるだけだった。

 ルイズは、ソッとアルマロスに身体を預けるように身を寄せた。

 アルマロスは、何も言わず、ルイズの肩を抱いた。

 ひんやりした温度のない手。けれどとても優しい手。

 アルマロスの顔を見上げると、どこか憂いを帯びた、もの思いにふけるているような顔をしていた。

「なぁにぃ!? ダーリンってばルイズとできてたの!?」

「ち、ちがうわよ!」

「フォっ!?」

「ぎゃっ!」

 キュルケが悲鳴じみた言葉をあげたため赤面したルイズは、咄嗟に、勢いでアルマロスを突き飛ばしていた。

 突き飛ばした結果、ギーシュが巻き込まれ、二人は風竜から落ちてしまった。

 ギーシュは、悲鳴を上げながらなんとか途中でレビテーションを唱えたが、魔法が使えないアルマロスは、空中で体制を整え、地面に着地した。結構な高さがあったため、足が地面にめり込む。

「あ、ああああ、アルマロスゥゥゥゥ!!」

「ダーーーリーーーン!」

「無事。」

 ルイズとキュルケは顔を青くさせて叫んだ。誰もギーシュの心配はしなかった。

 

 

「フォオオン?」

「ああ、大丈夫だよ。君こそ大丈夫かね?」

 自分は大丈夫だと、アルマロスは身振り手振りで伝えた。

「しかしあの高さから落ちて平気なんて、本当に君人間じゃないんだね?」

「フォオン。」

「その声といいね…。」

 アルマロスは、自分が堕天使だと打ち明けるべきかと考えたがルイズがあまり言うなと言っていたので、言わないでおくことにした。

「ところで君。」

「フォ?」

「姫殿下は…、僕のことで何か言ってなかったかね?」

 ギーシュが造花の杖をいじりながら聞いてきた。

 アルマロスは、困った。アンリエッタとの会話に、ギーシュのギの字も出てこなかったただなんて…。

 アルマロスは、それを表情に出してしまっていたため、ギーシュは目に見えて落ち込んだ。

「そうか…、僕は姫殿下のおめがに叶わなかったのか…。」

「フォオオン…。」

 ギーシュの肩を、アルマロスはポンポンと叩いて励ました。

 二人は仲良く魔法学院まで歩いた。

 

 一陣の冷たい風が吹き。

 アルマロスは、ふと顔を上げた。

 だが気のせいだと思い、視線を前に戻した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ニューカッスル城は、惨い、の一言に尽きる惨状となっていた。

 傭兵達は、その城の跡地から、宝石や装飾品などをみつけるたびに大はしゃぎしていた。

 傭兵はやがて、礼拝堂だったであろう場所を見つけ、またお宝がないか探りだした。

 彼らの足元に、ドロリッとした土留め色の液体が広がった。

 彼らはそれが血ではないことに気付いたが気にも留めなかった。

 それはやがてボコボコと沸騰し、突如、傭兵達の足に絡みついた。

「ひっ!?」

 悲鳴を上げた時にはすでに遅く、足に絡みついた液体が、彼らの体を丸呑みにしていた。そこにいた傭兵達は、液体の中にゴポンっと飲み込まれ姿を消した。

 

『………無様な…。』

 

 地の底から上がるような低い声がどこからか聞こえて来た。

『目覚めてみればなんと醜いことよ……。忌々しいアルビオンの王族どもめ…、この我を封印し続けておきながら最後はこの様か…。』

 液体がゴボゴボと泡立った。

「おお…、そこにおられたのですね?」

 そこへ一人の男がやってきた。

『誰だ?』

「失礼しました。」

 男は恭しく跪いた。

「私は、オリヴァー・クロムウェル。レコン・キスタの総司令を務める者です。」

『そのような男が、我に、何用だ?』

「何を言っておられるのです? あなたはこのアルビオンの真の守護たる存在であるのになぜぞんざいにできましょう。」

『ククク…、我を守護だと? 我はこの世界の神により、名を奪われし、無様な堕天使よ。確かにこの大陸は我がかつて支配していた地ではあるが、すでにお前達人間ものではないか。』

「そのようなことを言われないでくだされ。あなたは、封印されてなおその力はご健在でしょう。アルビオンの大陸が浮かんでいるのがその証拠ではありませんか!」

『……アルビオンの王族の祖は、我をこの地に埋め込み、陸地ごと浮かせて我を目覚めから遠ざけんとした。だがその子孫共は己が臣下どもに反旗を翻され、この様…。我がこの手でと思っていたのだが…、ああなんと嘆かわしい…。』

「申し訳ない…。ですが、彼奴らは、名誉ある死を選び、我ら反乱軍に自軍の十倍もの損害を出したのです。彼奴らは、あなたを封印しこの地へ封印した伝説に勝る戦いをしたのです。」

『…ほう? そうか…。しかし忘れられた伝説を知ってるとは、随分と物知りだな?』

「これよりこの地の実質的な統治者となる者として、その大地の知識は知っておかねばなりません。しかし真の支配者はあなただ。」

『ほう? 人間が自ら我に支配を求めるのか?』

「この大地を支える者。あなたこそが真にアルビオンの支配者ではないですか?」

『……いいだろう。』

 土留め色の液体が大きく波打った。

『ならば、我のため、捧げよ。血を、肉を。我を封印せし王族共は滅んだ。代わりに、貴族共の血肉を我に捧げよ。魔の力を操りし、血統は、供物なり。王家の血は、さらに上の極上の供物なり。』

「仰せのままに。」

『その前に聞く。』

「はい。」

『この地に、我の知らぬ天使の気配が残っている。これは、なんだ?』

「さあ…、申し訳ございません。存じ上げません。」

『これは…、恐らくは異界の天使のものだろう。異界より誰が天使を呼んだ? なぜ我から名を奪った神は、その天使を見逃している? その天使はどこへ行った?』

「…申し訳ありません。」

『まあいい……。異界の者ではロクに力を使えんだろう。今は捨て置く。』

「さようですか。」

『では、早速だが、供物を用意せよ。我をこの大地の楔より解き放て。』

「仰せのままに。」

 

 アルビオンに、冷気の風が吹いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 魔法学院に戻って、三日。

 アルマロスは、ブルッと震えた。

 誰かに噂でもされたかと、周りをキョロキョロ見渡したが、そんなことはなかった。

 そういえば、アンリエッタが、ゲルマニアに嫁ぐことが正式に発表されたことを思い出した。

 ウェールズを好いていた彼女が、上に立つ者として国を守るためにその身を捧げる。好いた人間と結ばれないのは、上に立つ者の宿命といえるだろう。

 彼は…、ウェールズは、空の上で見守っていてくれているだろうか?

 そんなことを思いながら、空を見上げた。

「アルマロス先生!」

「フォォン。」

 呼ばれてアルマロスは振り返った。

 最近じゃ、そう呼ばれることがしばしばだ。

 ついでに体育の授業じゃ、アルマロスのダンスに魅了された教師が生徒達に教えてやってくれと頭を下げに来るくらいだ。

 アルマロスもできるだけ応えようとした。

 激しいダンスばかりじゃなく、簡単な振り付けから、知っている限りの色んな種類の踊りを披露した。

 どの踊りが一番とかはない。だが思春期の生徒達の多くは、技術点が高い踊りを踊りたがったが、体がついていけず、ほとんどがへばった。

 教えるのはダンスばかりじゃなく、格闘技も教えることもあった。

 メイジは、基本的に詠唱を使い魔や誰かに守ってもらわなければならず、疾風の二つ名を持っていたワルドのように詠唱を素早く行う訓練を行わないとすぐに魔法を妨害されてしまう。まあ、言ってしまえば基本的に肉体的には弱いのだ。

 メイジ殺しなどと呼ばれる鍛え抜かれた平民がいるほどなので、肉体的には平民の方が上であろう。まあ魔法を使えないハンデを乗り越えるために鍛えた結果なのだろうが。

 特に魔法衛士ともなれば、詠唱をしつつ体を動かすという難易度が高い技が要求されるため、普段から体を動かすべきだとオスマンが提唱。結果、格闘技の達人であるアルマロスに白羽の矢が立った。

 だがすぐには格闘技は教えない。まずは基本からと、走らせたり、柔軟をさせたりと、体力づくりと身体づくりから始めたのだが、まあ、生徒達からブーイングが上がった。

 魔法の源である精神力を基本とするメイジ達にとって、体力を使う作業は地獄だったのだ。

 アルマロスは、生徒達の体力の無さに溜息をつかずにいられなかった。

 基本の身体づくりをしないことには、格闘技を教えても怪我をするだけだと主張。それに技を決めることすらできないのだと。

 ダンスだって身体づくりからしないとこれまた怪我をするだけだと、ダンスの教えを乞う生徒達に教えた。

 実際にアルマロスの真似をして、足をくじいたり、肉離れを起こした生徒達が出てしまった。

 基本ができない奴には、教えないっと、アルマロスは心を鬼にして主張した。

 これを聞いた生徒達は、多くが心を改めて基本から始めだした。最初は筋肉痛に悶えていた生徒達も、若さからすぐに慣れ、徐々にだが体ができてくると、自然と技術も上達してくる。それを実感し、彼らはますますアルマロスを酔狂するようになった。

 もちろん、アルマロスに対して反感を持つ者達はいたが、多勢に無勢、アルマロスを慕う者達が多く、表立って批判することができず、影でヒソヒソとしているだけにとどまった。

 中には魔法を使ってアルマロスを妨害しようとした者もいたが、アルマロスに魔法が効かないと分かり、驚愕していた。

 アルマロスが何者なのか?っと疑問視する者達と、何者であろうがどうでもいいっという者達とに別れていった。

 ルイズに直接アルマロスの正体について聞こうとした者達もいたが、ルイズは口をつぐんで何も答えなかった。

 オスマンは、アルマロスが学院のために貢献してくれている以上、無用な詮索はするなと厳戒令を出した。

 

 アルマロスの最近の身の回りは、こんな感じであった。

 ルイズは、生徒達から慕われるアルマロスを見て、頬を膨らませていた。

 

 

 




オリジナルの敵は、名前がありません。
なんて呼ぼうかな?


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第十三話  冷たい手

ルイズとの交流。



 

 

「フォォン?」

「来ないで!」

「フォ…。」

「……ごめん。嘘よ。」

 こんなやりとりを何度もやった。

 最近ルイズの態度が変だ。

 なんと言ったらいいのか、…なんか変だ。

 近頃、体育の授業の講師をしたり、生徒達のダンスの先生として生徒達に教えているから忙しくて、構ってなかったせいだろうかっと、アルマロスは思った。

 それは寂し事だと、アルマロスは思い、肩を落とした。

「アルマロス…、怒った?」

 ルイズが恐る恐るといった様子で、アルマロスを見上げた。

 アルマロスは、ハッとしてそんなことはないと身振り手振りで伝えた。

「そう……。ごめんなさい。」

「フォオン。」

 謝らないでっとアルマロスは、ルイズの頭を撫でた。

 ルイズがポロポロと涙をこぼした。アルマロスは、ギョッとした。

「だってだってぇ…、アルマロスは、私の使い魔なのに…、使い魔なのに…。寂しかったんだもん!」

「フォオン。」

 ああ、そうか、ルイズは寂しかったのだ。他の生徒達にアルマロスが取られたと思って。

 アルマロスは、ルイズの手を取り、字を書いた。

 『僕は君の使い魔だよ。』っと。

「ふぇええええん!」

「フォーン!?」

 そしたらルイズは声を上げて泣きだしてしまったため、アルマロスはオロオロとした。

 とりあえず泣き止むまでルイズをよしよしと撫でた。

 授業の時間になったので、ルイズは、アルマロスを連れて教室に入った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 コルベールの授業は、彼の炎蛇の二つ名の通り、火についての授業であったのだが……。

 なんか途中から彼の作った研究品である、からくりの話になってきた。

 魔法による生活が定着しているこの世界で、こういったからくりは無駄なものと捉えられるようで、生徒達はあまり興味を示してなかった。

 アルマロスは、コルベールの発明品をどこかで見た覚えがあった。

 もっと精巧で…、巨大で…、または小型で…。

 あっ、っとアルマロスは手を叩いた。

 アザゼルが統治していた階層で見たんだっと思いだした。

 アザゼルは、進化と技術を司る天使であったため、彼が堕天したことで地上界に様々な技術が流出することになった原因にもなった。おかげで彼が統治していたタワーの階層は、通常なら何百年、下手すると千年単位で発展する文明が短期間で築かれていた。

 コルベールの発明品は、アザゼルの技術から作られたエンジンというものによく似ていた。

 熱弁するコルベールとアザゼルが出会えたなら、きっと話が合っただろうな…っとアルマロスは遠い目をした。

 アルマロスがボーッとしていたら、教卓の方が爆発した。

 見るとルイズとコルベールが倒れてた。しかも周りは火の海。

 ギョッとしてアルマロスは、すぐに水を生成してぶっかけ、ルイズのところへ駆け寄った。

「あ、アルマロス…、ごめんなさい。」

「フォォォン。」

 あとで聞いたら、コルベールが誰かこのからくりを動かすために点火してみないかと持ち掛けたのだが、反応が薄い状況で効果はなさず、モンモランシーに挑発されたルイズが名乗り出てやったところ、見事に爆発で終わってしまったのだそうだ。

 後片付けは大変で、前の爆発事件(シュヴルーズの授業の時の錬金)の時より手間がかかった。なにせ水浸しだったのだから。

「そういえばアルマロスって水を操れるのよね。武術の達人だし、水も操れるなんてどんだけ万能なのよ。」

「フォォン。」

 そんなことはないとアルマロスは、首を振った。

 これだけの力はあったが、イーノックに完敗したのだ。

 アルマロスは、溜息を吐いた。

 あの時、ワルドを倒しきれなかった。自分の力はこの程度だったのだろうかと自分の拳を見つめた。

「アルマロス?」

「フォオン。」

 なんでもないとアルマロスは首を振った。

 後片付けが終わったのは、結局夜になってしまった。

 クタクタのルイズは、ベットに倒れ込むように横になり、アルマロスは、それを見てからカーテンを開け、空の月を見た。

 二つの月が浮かんだ夜空。

 ああ、やはりこの世界は自分がいた世界じゃない。

 あらためてそれを思う。

「ねえ、アルマロス…。」

「フォ?」

「…元の世界に帰りたいって思う?」

 いきなりそんなことを聞かれたので、アルマロスは、キョトンッとした。

「別に変な意味はないわよ…。ただ、あなたはこの世界の堕天使じゃないんでしょ? だから、元世界が恋しいとか…そういう気持ちとかってやっぱりあるのかなって、思って…。」

「フォォン…。」

 恋しくないと言ったら嘘になるが、元の世界に帰ったところで、待っているのは永遠の牢獄だ。

 堕天という大罪を犯した天使に待つのは、過酷な罰だけだ。

 不可抗力とはいえ、この世界に来て、アルマロスは、よかったと思っている。

 アルマロスは、ベットの端に腰かけ、ノートに字を書いた。

 『僕を召喚してくれて、ありがとう。』っと書いた。

 ルイズは、その字を見ると、涙ぐんだ。

 最近涙腺が弱くなっているなと思いつつ、ルイズは、ぐしっと涙を乱暴に拭った。

「ねえ、アルマロス。…ベットで寝る?」

「フォ?」

「いやなんていうか…、いっつも床で座って寝てるでしょ? やっぱり横になって寝た方がいいんじゃないかと思って…。それとも私と一緒はイヤ?」

 アルマロスは、そんなことはないと首を振った。

 ネグリジェに着替えたルイズは、ベットの横をあけ、そこにアルマロスを招いた。

 アルマロスは、布団に入り、ルイズと一緒に横になった。

「ねえ…、アルマロス。」

「フォ?」

「…私、一人前のメイジになりたい。強力なメイジじゃなくていい。ただ普通に魔法が使えるようになりたいの。お父様もお母様も誰も私に期待なんてしてなかったわ。学院でもゼロ、ゼロゼロって……。自分の得意な系統を唱えるとね、体の中で渦巻くものがあるんですって。自分の中に何かが生まれて、それが体の中を循環して、それはリズムになって、そのリズムが最高潮に達した時呪文は完成するんですって。でもどの系統を使ってもなんだかぎこちなくって…。そんなこと一度もなかった。私の得意な系統なんてないのかもしれない。でも私は、みんなが普通にできることできるようになりたい。」

「……。」

 アルマロスは、ソッと横にいるルイズの頭を撫でた。

 アルマロスが撫でてくる手に、ルイズは気持ちよさそうに目を細めた。

「あなたが伝説のガンダールヴなのに、どうして私は魔法が使えないままなんだろうって…。そういえばガンダールヴって、どんな武器でも使えたって言われてるけど、なんかアルマロスって違う…わよね?」

「フォオン。」

 確かにアルマロスは、ガンダールヴのルーンが刻まれているが、武器を使ってもいまいちしっくりこないでいた。

「不思議よね。伝説って言うくらいだから何かあっても不思議じゃないのに。」

「フォオン。」

 アルマロスは、左手のルーンを見た。

 黒っぽいそれはアルマロスの褐色の手の甲にしっかりと刻み込まれている。

「右胸のそれだって、四人目の伝説の可能性があるんでしょ? それって何か意味があるのかしら?」

 言われても分からない。名前の記されていない四人目の使い魔のルーンなので、分からない。

「アルマロス、何か変わったって思ったことある?」

「……、フォ!」

 変わったことがあったと、思い出したアルマロスは、ルイズの手に字を書いた。

 『神の叡智を浄化できるようなった』っと。

「じょうか? それ前はできなかったの?」

 アルマロスは頷いた。

「そもそも神の叡智ってなに?」

 そこからアルマロスは、ベイルとアーチが、かつてアルマロスがいた世界の神の世界の技術と知恵で、自分達グリゴリの天使が堕天したことで流出したのだと説明。

「それがハルケゲニアにも流出しちゃったわけ?」

 その理由は分からないっとアルマロスは答えた。

 あとひとつ。ガーレという武器も存在するのだが、もしかしたらそれも流出していてどこかにあるかもしれないと答えた。

「分かんないことだらけね。」

「フォォン…。」

「ほんと…、分かんないことばっかり…。」

 やがてウトウトとルイズが眠りだした。

 ルイズが寝入ったのを確認してから、アルマロスも目を閉じた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 暗闇。

 どす黒い。冥界の闇とも違う、どんよりとした気持ちの悪い黒が広がっていた。

 それでいて冷たい。

 自分の体は、堕天したことで冷え切ってしまったが、それ以上に冷たい気がした。

 氷よりも冷たいような気がした。

 

『………れ……。』

 

 地の底から響いてくるような低い声が聞こえた。

 

『おのれ……おのれ…! よくも、よくも! 名を…、我の名を…、返せ!』

 

 どういうことだっと、アルマロスが思っていた時、ドスッと右胸に衝撃が走った。

 見ると…右胸に……。

 

 

 そこで目が覚めた。

 ガバリッと起き上がったアルマロスは、額を抑えた。

 それから確かめるように右胸を見た。なんともなってなかった。

 ホッとして、溜息を吐いた。

 横を見ると、ルイズが静かに寝息を立てて寝ていた。

 ルイズがいる。これは現実だと分かり、もっとホッとした。

 あの夢は何だったのだろう?

 夢にしては不気味であったし、あの声は…。

「うぅん…。」

 ルイズが眉間にしわを寄せてうなされた。

 何か悪い夢を見ているのかと、そっと手を伸ばして、頭を撫でた。

 それに安心したのか、ルイズの顔が安らぎ寝息も一定になった。

 ルイズの頭を撫でてやりながら、アルマロスは再び横になった。

 あの夢の中に出てきた声がいまだ頭から離れない。

 嫌な予感がする。

 アルマロスは考えた。

 もしものことがあったなら…、自分は…。

 脳裏に、自分を慕ってくれる子供達、大人達、そして…ルイズの顔が過った。

 アルマロスは、拳を握り、決意を新たにし、目を閉じた。

 

 ルイズは、ふと目を開けた。

 目の前にはアルマロスの寝顔。

「……冷たい手…。」

 自分の頭に置かれていたアルマロスの手を、ソッとどける。

 撫でていてくれたのだろうか?

 よく覚えていないがちょっと嫌な夢を見ていて途中からいい夢に変わったような気がする。

 なんとなくアルマロスの手に自分の手を重ねて、大きさを比べてみた。

「大きな手…。」

 身長差もあるのだから手の大きさの差もある。

 左手の甲を見れば、ルーンが刻まれている。自分の使い魔である証だ。右胸は服と布団で隠れているが、そこにもルーンがあるはずだ。

「ねえ、アルマロス…。私、感謝してるのよ? あなたが私の召還で来てくれたこと…、あなたに会えたこと…。好きよ…、アルマロス。」

 果たしてその好きという言葉の意味は…。

 ルイズにもよくわからなかった。けれど素直に出てきた言葉だった。

 親愛でもない。恋愛的な意味でもない。なんだっていい。

 ただ好きだと思う気持ちだけ。

 今はそれで十分だとルイズは、微笑み。目を閉じた。

 

 




ルイズの好意が、どういう意味なのかは、筆者にもよく分からん。
少なくとも恋とかではない。


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第十四話  堕天使とメイド

シエスタとの交流。


 その日の夕方。

 アルマロスは、踊っていた。

 するとそこへ。

「あ…、あの…。」

「フォ?」

「先日はすみませんでした!」

 メイドに急に頭を下げられた。

 アルマロスは、首を傾げた。謝られるようなことはしてないはずだがっと思っていたら、どこかで見覚えがある顔だった。

 ああ、そういえば前に一人で踊っていた時、洗濯籠を落して逃げ去っていったメイドだ。

 アルマロスは、頭を下げたままのメイドの手を取り、そこに字を書いた。

 『怒ってはいないよ。』っと書いた。

「ほ、本当ですか?」

「フォォン。」

「あの…、そのお声って地声なんですか?」

 アルマロスは、少し考えて頷いた。

 彼女の名前は、シエスタというらしい。

 この学院でご奉仕の仕事をしている平民だそうだ。

「あの…、ミス・ヴァリエールの使い魔だって噂…本当なんですか?」

 アルマロスは頷いた。

「大変ですね。貴族の方の使い魔だなんて…。」

「フォオン。」

 そんなことはないとアルマロスは首を振った。

「あの、すごい踊りがお上手ですね。どこかで踊り子でもしていたんですか?」

 そう言われるとちょっと迷う。自分を崇拝する人間達の前でダンスを披露していたことを思えば、踊り子といえば踊り子だった。

「あ、聞かれたらイヤなことでしたか? すみません。」

「フォオン。」

 そんなことはないとアルマロスは身振り手振りで伝えた。

「でも素敵ですね。あんなに素敵なダンス…、私初めて見ました。貴族の方たちの講師を頼まれるのも当然ですよね。すごいですよ。」

「フォオン。」

 そんなことはないと、アルマロスは首を振った。

 アルマロスは、手に指で字を書き。

 『よかったら、一緒に踊る?』っと聞いた。

「えっ! わ、私は、ダンスなんて踊ったことないし…。」

 教えるよっと書いて伝えた。

 シエスタは、オロオロとしていたが、アルマロスを上目づかいで見上げて、小さく、お願いします…っと言った。

 

 

「アルマロスー。どこー? あら?」

「フォォン。」

「あっ!」

 ルイズがメイドと踊るアルマロスを発見した。

 メイドの少女は慌ててアルマロスから離れて、ルイズに深々と頭を下げた。

 キョトンっとしているルイズに、アルマロスは、手に字を書いて、この子に踊りを教えていたと伝えた。

「あらそうなの? よかったじゃない。」

「いえ…、あの…その…。」

「そんな怯えなくてもいいわよ。誰かにダンスを教えちゃダメって禁止なんてしてないんだから。」

「そ、そうなんですか?」

「中々上手だったわよ。」

「滅相もありません。」

 シエスタは、恐縮したままだった。

「フォオン。」

 アルマロスは、シエスタの手を取り、字を書いた。

 『また暇があったら教えてあげる』っと書いた。

「あ、ありがとうございます。」

 シエスタは、頬を染めてお礼を言った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 あの日の夕方から、シエスタとは、親しくなった。

 彼女の仕事の合間にデザートや果物の切れ端を持ってきて談笑(筆談)したり、踊りを教えたりした。

「アルマロスさんって、どこから来られたんですか?」

「フォォ…。」

 それを言われると困る。

 なんと説明したらいいか分からないからだ。

「もしかして、ロバ・アル・カリイエから来られたんですか?」

 なんだそれっと思ったが、聞いたら東方の未開の地らしい。

 とりあえずそこから来たということにした。自分の正体を隠しているのもあるので。堕天使だなんて言ったらまた怯えられちゃうかもしれない。

「そうなんですか? でもアルマロスさんって、その…、なんというか…。」

 おっとばれたかっと思ったら違った。

「ゲルマニア系とも違いますし、やっぱり東方から来られたんですね。」

「フォォン。」

 君は、どこから来たのっと聞いてみた(筆談)。

「私ですか。私は、タルブという村からこの学院にご奉仕に来ています。辺鄙な村ですが、草原が綺麗で…。」

 故郷を思い出し、目を閉じて語る彼女の言葉。アルマロスはほのぼのした気持ちで聞いていた。

「あの…アルマロスさん…。」

「フォ?」

「よかったら、私の村に来ませんか?」

「フォォン?」

「…あ、あの…変な意味じゃないんです。ただ踊り教えてもらったお礼なんて私にできることなんて限られてて…、でも今の季節、草原のお花が綺麗で…、その……。故郷の弟達にも教えてあげたいなって思って…。」

 なるほどっと、アルマロスは思った。

 しかしそうなるとルイズからの許可が必要だ。

 果たして許可が下りるだろうか?

 キュルケをライバル視して、必死にアルマロスを取られまいと強い気に出ている彼女だ。さすがにシエスタにそんな態度は…、とるまい。

 ルイズに聞いてみると、アルマロスは返答した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その夜。

 早速ルイズに、シエスタの故郷に行ってみてもいいかと聞いてみた。

「ダメよ。」

 速攻で却下された。

 なんでっと聞こうとすると、ルイズは、アルマロスの目の前に、古い本をずいっと見せてきた。

「使い魔わね。主と一心同体なの。それなのに離れるなんて許さないんだから。」

「フォオン…。」

「それと、私、大役を任じられたの。」

「フォ?」

「姫様の結婚式の際の巫女に選ばれたの。この本は始祖の祈祷書っていう本よ。」

 それは大役だ。

「巫女はね。式の前からこの始祖の祈祷書を肌身離さず持ち歩いて、式では始祖の祈祷書を手に、式の詔を読み上げるの。詔は、自分で考えなきゃならないの。」

 そりゃ大変だ。

「というわけで、私は手が離せないの。だから行くのは禁止。」

「フォオン…。」

 アルマロスは、がっくりと肩を落とした。

 シエスタには悪いが断るしかないようだ。

「……そんなにあのメイドが気にかかるの?」

「フォ?」

「別にいいけど…。あんまり色目振りまかないでよ。」

 それはどういう意味だと思ったが、ルイズが却下するなら仕方がないかと、アルマロスは、シエスタに伝えるべく部屋を出ようとした。

「どこ行くの?」

「フォオン。」

「あのメイドのところ? 今行くの? 別に明日でもいいじゃない。」

 なんだか最近ルイズの様子が変な気がする。

 なんと言えばいいのか分からないが、なんとなくそう思う。

 

 

 




シエスタとの絡みは難しいことに気付いた。


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第十五話  宝探し

キュルケ達と、お宝さがし。


 

 アルビオンから帰って、十日以上が経過した。

 日が経つにつれ、あの日、あの場所であったことは、現実味を失っていく。

 けれど現実は現実。あの日、ワルドに裏切られ、ウェールズを目の前で殺され、アルマロスが怒り狂った。その事実は変わらない。

 ルイズは、アウストリの広場のベンチに腰かけ、編み物をしていた。

 アルマロスは、少し離れた位置の樹の木陰に座っている。

 ルイズは、編み物の合間に、始祖の祈祷書を開いたりして、時折溜息を吐いていた。

 思いつかない。全然、良い詔が思いつかない。

 まさか同盟の婚姻時の巫女に選ばれるなんて、そんな夢のまた夢みたいな大役を仰せつかるなんて思わなかった。

 そんな一生に一度とないことを急にやれと言われて、できるものじゃない。だがやらなければならない。

 ふとアルマロスの方を見ると、ウトウトと木陰に座ったまま居眠りをし始めていた。

「……のどかねぇ…。」

 のんびりとした昼休み。確かにお昼寝には絶好の気温と天気である。

 ウトウトと寝かけているアルマロスを見ていると、こっちまで眠くなってきて、ルイズはあくびをした。

 このままアルマロスに寄りかかって寝ちゃおうかなんて考えも過るが、昼休みが終わればまた授業があるのでやめた。

「何してるの?」

 後ろから急に声を掛けられて、ビクッとなったルイズは慌てて振り返ると、そこにはキュルケがいた。

 ルイズは、慌てて作っていた作品を始祖の祈祷書で隠した。

「なによ、隠さなくたっていいじゃない。」

「べ、別にいいじゃない。」

「あらあら、ダーリンってばお昼寝? 私も一緒に寝ちゃおうかしら?」

「ダメ! ダメよ! ダメだったらダメ!」

「しーっ。ダーリンが起きちゃうでしょ?」

 小声でキュルケに言われ、ルイズは、口をつぐんだ。

「なにその本。白紙じゃない。」

「これは、始祖の祈祷の書よ。国宝よ。」

「なんでそんな国宝を持ってるわけ?」

 ルイズはキュルケになぜ自分が始祖の祈禱書を持っているのか説明した。

「なるほど、じゃあこの間の旅は、ゲルマニアとの同盟が絡んでたわけね。」

 キュルケの言葉に、ルイズは、少し考えて頷いた。

「誰にも言っちゃダメよ。」

「ギーシュのようにお喋りじゃないわよ。ところで、同盟国同士になったんだし、あたしたちも仲良くしようじゃないの。」

「だからってアルマロスは、あげないわよ?」

「…ちぇ…。」

「こら。」

「冗談よ。ねえ聞いた。アルビオンの新政府は、不可侵条約を持ちかけて来たそうよ。あたしたちがもたらした平和に乾杯。」

 キュルケがルイズの肩に手を回して微笑んだ。

 ルイズは、アンリエッタのことを想うと、あまり明るい気分にはなれなかった。好きでもない相手に嫁がなければならないのだから。

「ところで何作ってたの?」

 ルイズの隙をついてキュルケが祈祷書の下にある、ルイズの作品を引っ張り出した。

「あ! ちょっと、返しなさいよ!」

「なにこれ?」

「せ、セーターよ、セーター…。」

「どこがよ? ヒトデにしか見えないわ。それも新種の。」

 ルイズは、編み物がド・下手だった。

「セーターなんて編んでどうする気?」

「別にいいでしょ。あんたには関係ないわ。」

「…は、はーん…。なるほどねぇ。」

 キュルケは、何か察したのか意地悪く笑った。

「ダーリンにプレゼントしようってことね?」

「ち、違うわよ。」

「いいのよ。ルイズ、私分かってるから。」

「違うってば! いいから返しなさい!」

「ねえ、ダーリン。プレゼントだって。」

「えっ?」

 見るとアルマロスが、キョトンッとした顔でルイズ達を見ていた。いつの間に目を覚ましたのだろうか。

「これだけ騒いだら起きちゃうわよねぇ。」

「あ、アルマロス…。」

「フォォン?」

「あの、これは…その…。」

 ルイズは、涙目で赤面していた。

 アルマロスは、首を傾げた。

 やがて場に空気に耐えられなくなったルイズは、キュルケからセーター(?)を奪うと、始祖の祈祷書も持って走り去ってしまった。

 残されたアルマロスは、キョトンッとし、キュルケは、くすくすと笑っていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 走り去ったルイズは、自室のベットに潜り込んでいた。

 追いかけて来たアルマロスは、ルイズに声をかけた。

「べ、べべべべ、別に変な意味はないんだからね!」

「フォ?」

「もう勝手にしなさいよ! どこへなり勝手に行きなさいよ! あのメイドの故郷とかにも行ってきなさいよ!」

「フォーン!?」

 いきなりまくし立てられ、アルマロスは戸惑った。

「いいわね!」

「フォ…フォォン…。」

 アルマロスは、とりあえず頷いた。

 えっ、これって許可が下りたってことかっと悩みつつ、アルマロスは、部屋を出た。

 

 

 仕事の休憩中のシエスタを見つけ、シエスタにシエスタの故郷に行っていい許可が下りたことを伝えた。

「本当ですか! よかったぁ。」

 シエスタは、喜んだ。

「でも急にですね。どうしたんですか?」

「フォオオン…。」

 説明しづらい。なんか急に許可が下りたのだから。

「ダーリーン。」

 そこへキュルケが来た。

「フォ?」

「ねえねえ、ダーリン。お宝探しに興味ない?」

 急に言われた。

 アルマロスがキョトンッとしていると、キュルケは何枚もの宝の地図を出した。

「面白そうでしょ?」

「フォオン…。」

 宝探しは楽しいだろうが、危険も付き物だ。悩んでいると、シエスタが横から来て。

「だ、ダメです! アルマロスさんは、私と私の故郷に行くんですから!」

「あら、ダーリンってば、私というものがありながらメイドまで引っかけてたの?」

 アルマロスは、ギョッとしてブンブンと首を横に振った。

「ルイズもすねっちゃってるんでしょ? だったらすごいお宝見つけてルイズをびっくりさせてみない? どう?」

「……。」

 なぜか拗ねてしまったルイズの機嫌を直すには…、っとアルマロスは悩んだ。

 何か珍しい物を見つけて話題でも作るかと思い、キュルケの提案に同意した。

「やった! それでこそダーリン!」

「わ、私も行きます!」

 なぜかシエスタもついていくことになった。

 なお、キュルケがタバサも誘い彼女もついていくことになった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ルイズは、勢いで言った後、後悔ししていた。

 なんであんなこと言っちゃたんだろう?

 アルマロスは、いない。他の使用人に聞いたら、シエスタとキュルケとタバサと共にどこかに出かけたというらしい。

 キュルケと行ってもいいなんて許可はしていない。

 ルイズは、アルマロスが帰ってきたらこってり怒ってやろうと決めた。

 アルマロスのいない授業はつまらない。

 アルマロスがいない。それだけで今までの生活がまるで色を無くしたみたいにつまらなくなってしまった。

「早く帰って来なさいよ…。」

 ルイズは、授業をさぼってベットでクッションを抱きかかえて横になっていた。

 アルマロスがいない。

 目を閉じると、嫌なことが脳裏をよぎる。

 ゼロ、ゼロと蔑まされること、親からも期待されていないこと、ワルドの裏切り……。

「アルマロス…。」

 アルマロスがいない。たったそれだけのことで、心が押し潰されそうになりそうな気がした。

 少し開けていた窓から、ひゅうっと風が入ってきた。

「さむっ!」

 その風の冷たさに驚き、起き上がって窓の外を見た。

「えっ?」

 そして驚いた。

 雪が降っていたのだ。

 初夏なのに。

 窓の隙間から冷たい風が入ってくる。

 なんだからとても嫌な風だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 宝探しであるが。

 まあ案の定というか、地図のほとんどは外れであった。

 こうした詐欺は多いのだと、いつの間にか同行していたギーシュが言っていた。

 襲って来たオーク鬼をアルマロスがアーチとベイルで倒していく。

「ダーリン、その武器どうしたの?」

 キュルケがアーチを見て言った。

 アルマロスは、アルビオンで手に入れたと説明した。

「なんだかそれ、神の拳と似てる気がするわね。」

「神の拳って、宝物庫に納められていたものだろう? なんでそれを君が持っているんだい?」

「フォオン。」

 オスマンからもらったと説明した。

「なんだとぉ! 宝物庫の宝を! 君は一体何者なんだね、本当に!」

「まあ別にいいじゃない。ダーリンが何者でも。」

 キュルケはそう言ってギーシュを宥めた。

「みなさーん。ご飯できましたよー。」

 すると、シエスタが食事ができたことを伝えに来た。

 鍋の中に、ぐつぐつと色んな具材が入ったシチューが入っていた。

「どうぞ、ヨシェナヴェです。」

「うまい! これは何の肉何だい?」

「オーク鬼の肉です。」

 ギーシュがブーッと噴き出した。

「う、嘘です。ウサギです。」

「驚かさないでよね。それにしても森にある物でこんな美味しい物を作るなんてすごいじゃない。」

「田舎育ちですから。」

 シエスタははにかんだ。

「しかし、これで七件目だぞ。」

 ギーシュがジト目でキュルケを見た。

 そうここまで収穫はゼロ。

 今までの地図は全部偽物だったのだ。もしくはお宝とは名ばかりで、安物しかなかった。

「あと一件! あと一件だけ!」

 キュルケが最後の地図を出した。

「これよ、これがダメだったら学院に帰りましょう。」

「そのお宝って?」

「神の矢。」

「えっ?」

 シエスタが声を漏らした。

「それ…、私の村にあります。」

「なんですって?」

「はい…。」

「あなたの村ってどこ?」

「ラ・ローシェルの向こうが側です。」

 神の矢と聞いて、アルマロスは、まさか…っと思った。

 残る神の叡智の武器は、ガーレだけだ。

 ガーレは、遠距離武器である。形状は弓矢とは程遠いが、もしかしたら他に例えられる言葉がなかったので、神の拳と例えられていたベイルのようにそう呼ばれているのかもしれない。

 

 その時、ふとアルマロスは、足を止めた。

「ダーリン? えっ?」

「なっ…。」

「っ…。」

 キュルケもギーシュもタバサも驚いた。

 空から雪が降ってきたのだ。

 ちさちらと少ない量だが、確かに雪だった。

 それとともに冷たい風が吹いた。

「うわ、さむっ!」

「…嫌な風…。」

 初夏の季節に似つかわしくない冷たい風に、体を抱いて震える。タバサは、風から嫌なものを感じ取り眉を寄せた。

 

 

 

 




ガーレをどう登場させるか悩みました。


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第十六話  痛み

アルマロスに異変。


 アルマロスがいない。

 たったそれだけのことで、ルイズは、不安定になった。

「大丈夫かね?」

「はい…、なんとか…。」

 心配したオスマンがルイズのもとを訪ねた。

「顔色が悪いが大丈夫かね?」

「大丈夫です…。」

「…詔の方は?」

「…はい、申し訳ありません。」

「まだ式まで2週間ほどある、ゆっくり考えるがよい。大切な友達の結婚式じゃ、念入りに言葉を選び、祝福してあげなさい。」

「…はい。」

「ところでアルマロス殿はどうしたのかね?」

「……出かけてます。」

「もしや、ミス・ヴァリエールの気分が優れないのは、そのせいじゃないのかね?」

「いえ…そんなことは…。」

「いやいや、間違いなくそうじゃろう? 今すぐアルマロス殿に戻ってきてもらわねばならんじゃろう?」

「でもどこにいるか分かりません…。」

 ルイズの目からポロポロと涙が零れた。

 オスマンは青ざめ、こりゃ重傷じゃっと焦った。

 すぐにオスマンは、アルマロスを連れ戻すため御触れを出した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 タルブ村の古い寺院。

 そこに神の矢が奉じられていると聞き、来てみた。

「!」

 アルマロスが想像した通り、それは、間違いなく神の叡智・ガーレだった。

「なにこれ、輪っか?」

 薄黒いそれをキュルケが興味なさげに指して言った。

「フォオン。」

「えっ? これをどこで? えっと…、私のひいおじいさんが、黒い天使様から貰ったって言い伝えられているんですけど…。」

 黒い天使?

 それを聞いてアルマロスは、眉間を寄せた。

 黒い天使と聞いて思い出すのは、ルシフェルのことだ。

 自分を冥界へ落ちたイーノックを救うよう諭し、そして冥界に置き去りにした大天使長。

 ああ、彼に対してはいい思い出が全くない…。っというか怖い。

「アルマロスさん…?」

 ハッとしたアルマロスは、なんでもないと身振り手振りで伝えた。

「しかしこんな薄汚れた輪っかが、神の矢だって? やっぱり地図は偽物だったんじゃないか。」

 ギーシュが心底がっかりしたと言わんばかりに言った。

「フォオン。」

 するとアルマロスがガーレを掴んだ。

「アルマロスさん?」

「ダーリン、何をする気?」

 彼女らが言うよりも早く、アルマロスは、ガーレを撫でるように触れた。

 すると光り輝き、白く輝きだしたガーレ。

「こ、これって!」

「もしかして今までダーリンが使ってた武器と同じ?」

「フォオン。」

 アルマロスは、そうだと返事を返した。

 その時。

 ズキッとアルマロスの右胸に痛みが走った。

 あまりの痛みに右胸を押え、へたり込んだ。

「ダーリン!?」

「大変! アルマロスさん、大丈夫ですか!」

「…フォオン。」

 アルマロスは、やや冷や汗をかきながら大丈夫だと身振り手振りをした。

 ガーレを寺院に置いておき、アルマロスを休ませるため、シエスタの家に行った。

 シエスタは、八人兄弟の長女だった。

 シエスタの弟や妹達は、シエスタからの手紙でアルマロスのことを知っていたのでアルマロスのところに集まってきて興味津々にしてた。

 シエスタの父母は、アルマロスを怪訝そうな顔で見たが、シエスタから説明を受け、いつまでも滞在していてくれていいと言ってくれた。

 しばらく休んだアルマロスは、シエスタが言っていた草原を見てみたいと言い(筆談)、シエスタに案内されて草原に行った。

 草原は広く、ところどころに花が咲いていて、シエスタの言う通り綺麗な草原だった。

 吹き抜ける風も気持ちよく、アルマロスは、眩しそうに目を細めた。

「綺麗でしょう? これが見せたかったんです。」

「フォォン。」

「…私のひいおじいさんの話を、誰も信じなかったそうです。」

 シエスタは語りだした。

 黒い天使にガーレを託されたことを、シエスタの村の人々は信じなかったそうだ。

 天使が黒いというのだって信じられない話だっただろうし、天使の存在が実在するのかどうかすら怪しかったのだ。

 最初こそ村を襲うオーク鬼や狂暴な幻獣を一撃で倒すほどの威力を発揮していた神の矢(ガーレ)も、すぐに使い物にならなくなり、寺院に奉じられるのだそうだ。

「でもアルマロスさんが触ると、光り輝きましたよね? 天使様からもらったっていうのは本当なのかなぁ?」

「……フォオン。」

 今自分は堕天使なのでなんとも言えない。

「あのよかったら、あれ…、神の矢を持って行ってください。ひいおじいさんの遺言であれの光を取り戻せる者が現れたら、渡す様にって言われているんです。」

「フォォン?」

 いいのかっとアルマロスは、聞いた。

「いいんです。今ではたまにお年寄りの方がお参りをするだけで、村では邪魔になってたんです。」

 そうか、ならもらおうっとアルマロスは頷いた。

「ダーリーーーン!」

 キュルケが走ってきた。

「学院からすぐ帰って来いってフクロウから伝書が届いたの。ルイズが大変ですって。」

「フォオン!」

「私達もサボりまくったから先生達カンカンよ。大変~。」

 

 こうしてアルマロス達の宝探しは終わった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「アルマロスのバカ---!」

「フォーン!?」

 帰って来るなり、そんな第一声が飛んできた。

「ほんとに、ほんとに行くことないじゃないの!」

 いや…そう言われても…っと、アルマロスが思っていると、ルイズがポロポロと涙をこぼしだした。

「もう、嫌い、大っ嫌い!」

「フォオン…。」

「バカ、嫌い……。嘘よ…ごめんなさい…。」

 なんだかとっても情緒不安定な様子である。

「おお、やっと戻ってきたかね。」

 オスマンが出迎えた。

「もう大変じゃったんじゃよ? これからはできる限りミス・ヴァリエールから離れんでいてくれんかね?」

「フォオン。」

 なんだから自分がいない間、ルイズは大変だったらしいことが分かった。

「うう~。」

 ルイズを落ち着かせるため、ルイズを抱きしめると、抱きしめ返された。

 ポンポンと背中を叩き、頭を撫でる。

 アルマロスの胸に顔を押し付けグスグスと泣いていたルイズはやがて落ち着いた。

「別に…心配してたわけじゃないんだからね?」

「フォォン。」

「ところで何か収穫はあったわけ? 宝探しに行ってたんでしょ?」

「フォ。」

 アルマロスは、ガーレを見せた。

「何それ? もしかして、それがガーレ?」

 そうだとアルマロスは頷いた。

「ええ、やっぱりあったんだ。」

 やはりこの世界には、アルマロスがもといた世界の技術が流出している。理由は分からない。

 すると風が吹いた。

 冷たい風だった。

「また…。」

 ルイズが眉間を寄せた。

 アルマロスは、空を見上げた。

 雲がかかって少し灰色がかった空から、僅かな雪がちらついた。

 雪とは…、こんなに嫌なものだっただろうか?

 なんだか嫌な感じがする冷たい風と、雪にアルマロスも眉間を寄せた。

 

 ズキリッ

 

「フォ…!」

「アルマロス? アルマロス!」

 急に痛み出した右胸を押え、アルマロスは膝をついた。

 アルマロスは、そのまま倒れた。

 ルイズの悲鳴と心配する顔が、アルマロスが最後に聞いて見たものだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『イーノックだけでも助かってよかったよ。おまえも嬉しいだろう?』

 

 ああ、自分は許されないのだ。

 黒い彼に冥界に置き去りにされ、ベリアルの闇に飲まれた。

 次に意識を取り戻した時、再びイーノックと対峙していた。自分はもうネザー体に変化していて自分が自分なのか分からない状態だった。

 早く。早く。自分を止めてくれと願った。自分を倒してくれとイーノックに向けて願った。

 そして崩れいく体。闇の瘴気が溢れ出る中、声の出ない口を動かし、お礼の言葉を言った。

 ありがとうっと。

 そして、すべてが闇に染まり、気が付くと、自分は……。

 

 アルマロスは、そこで目を覚ました。

 ふと横を見ると、ベットの端に顔を伏せているルイズの頭があった。

 ここは、保健室だろうか、ベットの上に寝かされていた。

「フォオン…。」

「あ…、アルマロス?」

 ルイズが顔を上げた。彼女の目に涙が浮かぶ。

「バカ…、バカバカバカバカ! 心配させないでよ!」

 ルイズがアルマロスの体に抱き付いた。

 グスグスッと泣くルイズの頭を撫でた。

 心配させてごめんっと。

「急にどうしたのよ?」

「フォオオン。」

 ルイズの手に字を書いた。

 急に胸が痛んだと書いた。

「大丈夫なの?」

 もう大丈夫だと伝えた。

 ルイズの手がアルマロスの右胸を撫でた。

「これが原因?」

 それは分からない。

 けれど右胸が痛んだのだ。

 原因について考えられるのは、やはり右胸のルーンくらいだ。

「ねえ、アルマロス…、死んじゃったりなんて…しないわよね?」

 ルイズをおいて死ぬわけにはわけにはいかない。

 けれど…、もし…もしものことがあったら…。自分は…。

「アルマロス。ダメよ。絶対ダメだから! もし何かっても命を無駄にしないで!」

 アルマロスの考えを呼んだのかそんなタイミングでルイズが叫んだ。

 アルマロスは、苦笑し、ルイズの頭を撫でる。

 ダメと言われても、自分は……きっと…。

 冥界に攫われた少女を助けるために躊躇いもなく冥界に飛び込んでいったイーノックのように、躊躇いはしないだろう。

 ふと窓を見ると、また雪が降っていた。

 なぜだろう。

 あの雪を見ていると、とても不吉な気持ちになる。

 

 その不吉は、間もなく現実となる。

 

 アルビオン共和国、レコン・キスタがトリスティンに侵攻してきたのである。

 

 

 

 

 




次回、タルブ戦。


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第十七話  削れ行く堕天使の命

タルブ戦。
ゼロ戦は出ません。


 翌朝のことだった。

 アルビオンがトリスティンに攻め入ってきたという報が入ったのは。

 それもタルブ村が戦場になっているという。

 アルマロスは、それを聞いて目を見開き、駆けだそうとしていた。

 それをルイズが腕を掴んで止めた。

「アルマロス、どうする気なの? まさか行く気なの?」

「……。」

「あなたが一人で行ったところで何もならないわ。いくらあなたが強くっても相手は大国よ!」

「フォオオン…。」

 アルマロスは、やんわりとルイズの手を離させた。

 そしてその手を取り、字を書いた。

 いずれ敵は、この学院にも攻め込んでくるだろうと、書いた。

「でもゲルマニアに救援を要請すれば…、だって同盟国なのよ?」

「フォオン…。」

 恐らく間に合わないとアルマロスは首を振った。

「ダメ…、ダメだよ。行かせられない!」

「……。」

 ふるふると首を振るルイズの肩をアルマロスは押した。

 するとアルマロス背に、半透明の翼が現れた。

「アルマロス!」

 ふわりと浮いたアルマロスを掴もうとルイズが手を伸ばすがそれよりも早く、アルマロスは宙に浮き、猛スピードで空へ舞い上がって行った。

 空へ飛んでいったアルマロスを見て、ルイズは居ても立っても居られず、タバサのもとへ走った。

「アルマロスを助けたいの!」

 そうタバサに縋りつくように叫んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 空を飛びながらアルマロスは、胸が痛むのを感じた。

 ズキリズキリっと痛むのを堪え、飛び続ける。

 やがてもうもうと燃え盛る草原が見え、空に浮かぶ艦隊と、竜に跨った人間達が見えた。

「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」

 アルマロスは、ガーレを装備し、光の矢を竜兵達に放った。

 突然の襲撃に対応できなかった竜兵達がたちまち撃ち落された。

 腕を振るい、矢の軌道を変え、変幻自在のガーレの動きで次々に竜を撃ち落していく。

 艦隊にも穴を空け、手加減なしに破壊していく。

 アルマロスを撃ち落そうと砲撃が、魔法が四方八方から飛んでくるが、アルマロスはすべて避け、無効化し、次々に大軍を蹂躙していった。

 その間にも胸は痛んだ。

 まるで自分の中の何かが削れていくような、そんな気がした。

 だがそんなことは構っていられない。

 守らなければ。

 戦わなければならない。

 自分を慕ってくれる人達、自分を助けてくれたルイズのため、戦わなければ、守らなければならないのだと。

 そのためならば自分は…。

 アルマロスは、歯を食いしばり、ガーレを振るい続けた。

 突然の、それもたった一人の襲撃者のより、アルビオンが誇る竜騎兵達は混乱していた。

 艦隊も次々に撃ち落されて海へ落ちていく。

 見えないほどの速度で撃たれる光の矢に、竜の翼が撃ち抜かれ、鎧ごと体を貫かれる。

「やはり来たか、堕天使!」

「フォオオオオオオオン!」

 風竜に乗ったワルドが接近してきた。

 アルマロスは、ワルドの突撃を避けた。

 ふいにズキンッと大きな痛みが走り、咄嗟に胸を抑えた。

「どうやら万全ではないらしいな!」

 ワルドが笑い、魔法を放ってきた。

 ライトニング・クラウドがアルマロスの翼に当たり、アルマロスの体が地へ落ちていった。

 そこへダメ押しとばかりに周りにいた竜騎兵から魔法や火ノブレスが放たれアルマロスを攻撃した。

「フ…、フオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」

 絶叫したアルマロスの背に再び翼が発生し、体制を整えたアルマロスは、ガーレを飛ばした。

 集まっていた竜騎兵はたちどころに撃ち落されていった。

 ワルドの風竜も、そしてワルドも背中を撃たれ、墜落していった。

 あらかた竜騎兵を撃ち落したアルマロスは、吐血した。

 限界は近かった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 タバサの風竜・シルフィードに乗ったルイズは、上空で戦うアルマロスを見つけた。

「アルマロス!」

「危険。」

 タバサが言った。

 遠目に見て、アルマロスが吐血するのが見えた。

「アルマロス!」

 ルイズは、身を乗り出すがタバサが止めた。

 タバサは、これ以上は近づけないと言った。

 草原にはアルビオン兵で埋め尽くされ、竜騎兵は全滅したが上空にはいまだ多くの艦隊がいる。

 ルイズは、自問自答した。

 なんとか、なんとかしなければ、アルマロスは…。

 ふと自分が持っている始祖の祈禱書を見た。

 いつの間にか開かれていた白紙のページに、何か文字が浮かんでいた。

「これは…。」

「なに?」

「もしかしたら…これで…。」

 タバサを無視して、ルイズは夢中で始祖の祈禱書を読んだ。

 そこには、伝説の系統、虚無のことが書かれていた。

「……エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ…。」

 ルイズは始祖の祈祷書に浮かんだルーンを詠唱しだした。

「オス・スーヌ・ウリュ・ルラド…。」

 目を閉じ、杖を構え、詠唱を続ける。

「ベオーズズ・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ…。」

 アルマロスのことを想う。

 彼は命を懸けて戦っているのだ。ならば自分も…。

「ジェラ・イサ・ウジュー・ハガル・ベオークン・イル……。」

 長い詠唱の末、ルイズは目を開き、杖を振るった。

 

 強大な爆発が、空に広がり、艦隊を燃やした。

 視界にあるすべての人が、ルイズの呪文に巻き込まれた。

 

 タバサは、そしてすべての人々が信じられないものを見た。

 今まで散々にトリスティンの、タルブ村を蹂躙していた艦隊が、燃えていく。

 小型の太陽のようなそれは光はすべてを包みこんだ。

 咄嗟に目を閉じる。

 あまりの眩しさに、あまりの破壊力に。

 アルビオンの侵攻に対処するべく駆けつけて来たアンリエッタとトリスティン軍も、言葉を失い咄嗟に光を遮った。

 それほどの凄まじい光の爆発であった。

 

 くらりとルイズが倒れる。それをタバサが受け止めた。

「アルマロス…。」

「フォオオン…。」

「アルマロス!」

 ぼんやりとアルマロスを呼んだら、すぐに声が聞こえてきた。

 アルマロスは、半透明の翼を広げて空を飛んでいた。

「アルマロス…。」

 ルイズは、涙ぐんだ。

 その時、アルマロスがハッとした顔をして、後ろを向いた。

 その瞬間。

 

 アルマロスの右胸を、鋭い氷が貫いた。

 

 ルイズが目を見開き、現実を認識するよりも早く、アルマロスが地へ落ちていった。

 

「アルマロスぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 少し遅れてルイズが絶叫した。

 地に落ちていったアルマロスを追って、風竜が降りた先には、氷のつららのようなものに右胸を貫かれ、ぴくりとも動かないアルマロスがいた。

 ルイズは悲鳴を上げ、アルマロスに駆け寄った。

 ブルブルと震えながらアルマロスに手を伸ばす。

 顔に触れると、ひんやりとした感触が伝わる。彼の体温が極端に低いことが分かっていた。だが一層冷たく感じた。

「いや…、いや…いやぁ!」

 ルイズは、涙をこぼしながら首を振った。

「アルマロス…、アルマロス!」

 名前を呼ぶが、まったく動かない。

「ルイズ…。」

 タバサが後ろから話しかけた。

「嘘よ…。こんなの……。」

 ルイズは、頭を抱えた。

『落ち着け娘っ子!』

「デルフ…。」

 アルマロスの腰に引っかけられていたデルフリンガーが言った。

『氷を抜け! まだ相棒は死んじゃないない!』

「ほ、本当?」

『いいから! 早くしやがれ!』

「分かった!」

 ルイズは、アルマロスに刺さっている氷を掴んだ。

「きゃああああ!」

 掴んだ途端、凄まじい冷たさで手が火傷した。

「なにこれ!?」

『チッ! こりゃただの氷じゃねぇか…。やべえぜ、相棒…。』

「!!」

『娘っ子、おい!』

 しかしルイズは構わず氷を掴んで引っこ抜こうと踏ん張った。

「ううううう!」

 冷たさによりジュージューっとルイズの手が、焼けていく。

 

『愚かな……。』

 

 地の底から響くような低い声が聞こえた。

 

『我の氷に触れて、なおそこまでするか…。よい根性をしている…。だが、その天使は…。』

 

「うるさい!」

 ルイズは叫んだ。

 ゆっくりと、だが確実にアルマロスの右胸から氷の塊が抜け始めた。

『…ほう?』

 低い声は、感心したように声を漏らした。

「あああああああああああああ!!」

 そしてついにアルマロスの右胸から氷が抜けた。

 氷は抜けると、宙で飛散した。

 アルマロスの右胸から闇色の煙が出てくる。

「アルマロス! アルマロス!」

 ルイズは火傷した手でアルマロスの体を揺すった。

 アルマロスの閉じられた瞼がピクピクと反応した。

 やがてゆっくりと目が開いた。

「フォオン…?」

「アルマロス!!」

 起き上がったアルマロスは、自分の右胸を見て、手で撫でた。するとウォッチャースーツが傷を塞いだ。

「アルマロス…。」

「フォオン!」

 アルマロスは、ルイズの手が酷いやけどになっているのを見て驚いた。

「よかった…。」

 ルイズは、泣きながらアルマロスに抱き付いた。

『ほう…、大した根性だ…。』

「フォオン!?」

 アルマロスは、その声を聞いて宙を見回した。

 空が陰っており、空の向こうからその声が聞こえているようだった。

『異界の天使よ…、いや、堕天使か? まさか我と同じとはな…。』

「フォオオン…。」

『我が何者かだと? 我は、この世界で堕天使と呼ばれている者…。名はない…。我は、ハルケゲニアの神により奪われた無様な堕天使よ。我の前にこれからも歯向かうのなら、我は容赦はしない。覚えておけ。異界の堕天使よ。』

 そして声は聞こえなくなった。

 アルマロスは、自分を抱きしめて泣いているルイズを慰めながら、先ほどの言葉を思い返した。

 自分を異界の堕天使と呼んだ相手は、この世界の堕天使らしい。

 先ほどの氷の矢も、その堕天使が放ったものだろう。

 最近降っていた不吉な雪も、その堕天使によるものだとしたら、何かもっと不吉なことが起ころうとしているのかもしれない。

 例えそうだとしても自分は……。

 アルマロスは、ルイズを抱きしめた。

 

 必ず守ってみせる。

 そうアルマロスは決意した。

 

 

 




メッチャ難産でした。
ただハルゲニアの堕天使に一撃を喰らうというのは、決めていました。


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第十八話  アルマロスの眠り

タルブ戦後、調子が悪いアルマロス。


 

 アルビオンの大軍は、それより少ないトリスティン軍に負けた。

 ルイズが放ったエクスプロージョンの魔法によりレコン・キスタが誇っていた艦隊は壊滅。竜騎兵もアルマロスが全滅させた。

 この戦いにより、アンリエッタは、先陣を切って戦った功績により聖女として崇められ、女王として即位することになり、ゲルマニアの皇帝との婚姻も破棄となった。

 

 

「アルマロスー、また寝てるの?」

 アルマロスは、最近よく寝るようになった。

 疲れているからなのだろうか、それとも右胸を貫かれた傷によるものなのかは分からない。

 戦とは無縁の学院は、いつも通りであった。

 ちょっとオスマンから勝利を祝う言葉があったくらいで、それ以外は普通であった。

 アルマロスは、そのことにホッとしたのか、帰って来るなり倒れるように眠ってしまった。それでルイズがワーワー泣いた。

 息があると分かると、ルイズもホッとして、エクスプロージョンを使った疲れもあってその場に倒れ込みちょっとした騒ぎになった。

 先に起きたルイズだったが、アルマロスは中々起きなかった。だが呼吸はあった。

 心配で医者に見せようかとも思ったが、堕天使であるアルマロスを見せたところで分かるわけがない。それにアカデミーに知られるわけにはいかないので見せるのは無しだった。

「アルマロスさんのお世話は私に任せてください。」

「お願いね。」

 最近じゃアルマロスが授業にも中々出られないこともあり、ルイズが授業に出ている間はシエスタがアルマロスの看病をすることになった。他に仕事があるシエスタだが、ルイズがシエスタを指名したことで他の仕事を免除してアルマロスの看病を仕事をすることになっていた。

 当然だが、ダンスの講師もできるわけもなく、アルマロスの不調について心配する声が多数寄せられ、お見舞いの品を持ってくる生徒もいた。

 授業が終わり戻ってみると、アルマロスは、まだ眠っていた。

「今日は、丸一日か…。」

「寝る時間が伸びてる気がしますね…。」

 シエスタも心配そうに寝ているアルマロスを見ていた。

 眠りっぱなしではいずれ体がもたなくなるだろう。飲食が必要だ。

 すると部屋のドアがノックされた。

「はい。」

「ミス・ヴァリエール。おるかのう。」

「オールド・オスマン!」

 オスマンだった。

「アルマロス殿は、まだ眠っておるのか…。」

 部屋に入ったオスマンは、ベットで眠ったままのアルマロスを見て言った。

「今日はほぼ一日です。」

「そんなにか…。うーむ…。」

 オスマンは少し唸り、やはりかっと呟いた。

「やはり、とは?」

「いや、こっちの話じゃよ。じゃがこのままではアルマロス殿の体がもたん。なんとかしてやらんとな。」

「はい…ですが…。」

「そこでじゃ。これは、わしの知人から聞いたことなんじゃが…。」

「な、なんですか?」

「……もしかしたらアルマロス殿がこうなることを見越して教えてくれたのかもしれん。」

「その方法とは!?」

 ルイズは、ずずいっとオスマンに詰め寄った。

「宝物庫に来るんじゃ。」

「はい!」

 ルイズは、オスマンに連れられて学院の宝物庫に行った。

 宝物庫の中で、特に古さびれた宝箱があった。

「これを開けてみなさい。君なら開けられるじゃろう。」

「えっ?」

「君は彼のパートナーじゃ。きっと応えてくれるじゃろう。」

「はい…。」

 ルイズは、不思議に思いながら、宝箱に触れた。

 すると宝箱がひとりでに開き、中から光り輝く球体が出てきた。

「これは祝福の光。本来ならこの世界の神ではない、異界の神がもたらす光じゃ。」

「なぜそんなものが…。」

「これは、わしの古い知人……、黒い天使から受け取った物じゃよ。」

「くろいてんし?」

「外見はまったく天使に見えんのじゃが、強大な力持つ天使じゃった。自由に世界を行き来する力を持つほどのな。もしかしたらアルマロス殿がこちらに来ることを見越して、これをわしに預けたのかもしれん。」

「その天使って…。」

「恐らく、アルマロス殿と因縁があるじゃろうな。じゃが彼はここにはいない。確かめようもない。さあ、これをアルマロス殿に。」

「はい!」

 ルイズは、光の球体を持って宝物庫から出て行った。

「……果たして神は、アルマロス殿をお許しになるのかのう? のう、黒い天使殿?」

 オスマンは、ここにはいない黒い天使に向かって呟いた。

 

 

 部屋に走って戻ってきたルイズは、眠っているアルマロスに、光の球体・祝福の光をかざした。

 すると光が強まり、吸い込まれるようにアルマロスの体に取り込まれていった。

「……フォ?」

「あ…、アルマロス?」

「?」

 アルマロスの目が開き、ぱちぱちと瞬きをして、ルイズを見た。

 ルイズは震え、アルマロスに抱き付いた。

「フォオン?」

「バカ、もうバカ! いつまで寝てるのよ!」

「……。」

「…アルマロス?」

 なんだから様子が変だと思ったルイズが顔を上げようとした時、アルマロスがルイズを引き離した。

「フォオオン?」

「えっ? えっ? どうしたの?」

「アルマロスさん?」

 シエスタもアルマロスの様子がおかしいことに首を傾げた。

 アルマロスは、自分の手に字を書いた。

 

 『君は、だれ?』っと。

 

「!!??」

 ルイズは愕然とし、アルマロスの顔を見た。

 アルマロスは、首を傾げた。

 本当に覚えていないらしい。

 ルイズは、ふらっとした。それをシエスタが慌てて支えた。

「ミス・ヴァリエール! しっかり! アルマロスさんどうしたんですか!」

 しかしアルマロスは、困った顔をしているだけだった。

 

 

 

「ダーリン、あたしを忘れちゃったの!?」

「フォオン?」

「あー、これは完全に忘れてるね。」

 アルマロスの困り顔を見てギーシュが言った。

 アルマロスの記憶喪失の話題は、すぐに広まった。

 アルマロスを先生と慕っていた生徒達は、ルイズにどういうことだと詰め寄り、ルイズは、アルマロスの記憶喪失のショックが抜けず呆然としたままで使い物にならず、学院が軽くパニックだった。

「オールド・オスマン…。」

「わしにも原因が分からん…。」

「あれが原因なんじゃ…。」

「うーむ…。」

 オスマンは唸った。

 使い魔の記憶喪失。ルーンは残っている。

 一時的なものと思いたいが、もしずっとだとしたら…。

「大変です! アルマロス殿がまた倒れました!」

「アルマロス!」

 学院長室からルイズは飛び出していった。

 駆けつけると倒れているアルマロスが生徒達に囲まれていた。

「アルマロス! アルマロスぅ!」

「…フォオオン?」

 やがてアルマロスが目を覚ました。

 アルマロスは、ゴシゴシと目をこすり、ルイズを見た。

 そして自分の手に、『どうしたの?』っと書いた。

 ルイズは、震えた。

「あ、アルマロス…あなた…、記憶が…。」

「?」

 アルマロスは、どういうことだというふうに首を傾げた。

 それを見たルイズは確信した。

 思い出していると。

「バカーーーーーーーー!!」

「フォーン!?」

 泣きだしたルイズに、アルマロスは殴られた。

 アルマロスの記憶喪失は、本当に一時的なもので終わった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 アルマロスは、周りに謝って回った。

 ルイズには土下座して謝った。

「土下座なんてしないでよ…。」

「フォオオン…。」

 でもこうでもしないと気が治まらない。

 一時的とはいえルイズを傷つけてしまったのだ。

「記憶喪失はあなたの責任じゃないわ。体の方だってまだ本調子じゃないんだからムチャしちゃダメよ。」

「フォォン…。」

『相棒。気持ちは分かるが、落ち着けって。ほれ、深呼吸深呼吸。』

 デルフリンガーに促され、アルマロスは深呼吸した。

「もう……、忘れないでよ?」

「フォン。」

 アルマロスは頷いた。

『できねー約束はすんじゃねぇぞ? また忘れるかもしれねーからな。』

「フォオン!」

『おいおい、怒るなって。本当のことだろ? おまえさんの体は、何が起こるか分かったもんじゃないんだからな。』

 デルフリンガーの言葉に、アルマロスは口をつぐんだ。

 確かに、この世界に来てから、調子がいいとは…、お世辞にもいえなかった。

 アルビオンでワルドを倒しきれなかったのがいい例だ。

 いつまた何が起こるか分かったものじゃない。デルフリンガーの言う通りだ。

「アルマロス。」

 ルイズが呼んだ。

「…ショックだったわ。」

「フォ…。」

「あなたが私を見て、誰なのか分からないって顔をしたのが…。すごく、怖かった…。」

「……。」

「嘘でもいいから約束して。もう忘れないって…。」

「フォォン。」

 アルマロスは、ルイズの手を取り、『約束する』と書いた。

『なあ、相棒。おめぇは、間違いなくこの世界の天使じゃねぇ。だからだろうな。もしかしたら記憶がなくなったのも拒絶反応が出たとかかもしれねぇぜ? おまえさんが、このまま娘っ子の使い魔でいられるとは、思えねえんだ。』

「デルフ!」

『娘っ子も思うだろ? いつまでもこの状態が続くって思えねぇだろ?』

「っ…。」

 図星を突かれ、ルイズは言葉が出なかった。

 確かにこのままでは、いずれアルマロスは……。

 しかしそう思っても、方法が分からない。どうすればアルマロスをこの世界に留めておけるのかなんて。

「あっ。」

 そこでルイズは、唯一アルマロスについて知識がある人物の顔が浮かんだ。

 

 

 学院長室にて。

「すまんのう。わしもそれ以上のことは知らんのじゃ…。」

「そうですか…。」

 縋る気持ちで尋ねたが、結局何も得られなかった。

「せめて黒い天使さんに会えれば…。」

「フォッ!」

「アルマロス?」

 黒い天使と聞いて、アルマロスは過剰に反応した。

 アルマロスは、冷や汗をかいて首を振った。

 あまりこの話題はしてほしくなさそうだった。

「やはり何か関係があるのかね…“彼”と…。」

「フォオン…。」

 アルマロスは、とてもじゃないが話す気になれなかった。

「あまり触れてほしくなさそうじゃな。この話題は終わりにしよう。」

 そう言ったオスマンに、アルマロスはお礼を伝えた。

「ともかく、無理はするんじゃないぞ?」

「フォン。」

 アルマロスは頷いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 無理をするなと言われたが、アルマロスは、今までの遅れを取り戻すようにダンスと格闘技(体育)の講師をした。

 アルマロスの復活を喜ぶ声があがる一方で、心配する声もあがった。

 また倒れるのではないか。また記憶を失うのではないかと。

 アルマロスは、心配するな、もう大丈夫だと説明した。

 しかしそれでも不安はぬぐえない。

 アルマロスの授業は前の半分に抑えられ、アルマロスはその分暇を見て余すことになった。やるべきことは、筆談で教師達に伝えた。

『まあ、そう気を落とすなよ、相棒。みんなおまえさんのことを想ってそうしてんだからよぉ。』

「フォオン…。」

『暇なら踊るか?』

「フォン…。」

『見られたら注意されるって? 難儀だね~。慕われるってのも。』

 するとアルマロスは立ち上がった。

 もう我慢できんと言わんばかりにウォッチャースーツから、踊り子の衣装に変わった。

『お、相棒、踊るのか?』

「アルマロス…。」

「!」

 後ろを見るとルイズがいた。

 恐い顔をしていた。

「ムチャしちゃダメって言ったわよね?」

「フ…、フォオン…。」

「じゃあなんなのその恰好は? 今から踊ろうとしてたでしょ?」

「……。」

 アルマロスは、逃げた。

「待ちなさーーーーい!」

 ルイズが追いかけた。

 ルイズは早かった。アルマロスは、手加減して走っていた。本気で走ればルイズを巻くなど簡単だがそうはしなかった。

 体を動かしたい。その一心だったのだから。なんでもよかったのだ。

 っというわけでルイズとの追いかけっこに興じた。ルイズだけは知らない。

 散々に走り、アルマロスは、気が付けばルイズが後ろにいないことに気付いた。

 どうやら巻いてしまったらしい。仕方ないのでルイズを探すことにした。

 寮の廊下を歩いていると、なんだか騒がしい。

 するとルイズが部屋の一つから突き飛ばされて出て来た。

「フォン!」

「あ…。」

 ルイズがアルマロスを見た。

 すると、ルイズの顔が見る見るうちに赤面した。

「?」

「バカバカ! ムチャしちゃダメって言ったでしょ! なのに、なのに!」

 ルイズは立ち上がり、アルマロスの胸をポカポカと叩いた。

「……アルマロス。立派な腹筋ね…。」

「フォオン?」

 なんだか様子が変だ。

 すると部屋の扉から恐る恐るといった様子で、巻き毛の金髪の少女がこちらを見ていた。

「ああ…、なんてことなの…。」

 この世の終わりという感じで少女が呟いた。

「モンモランシー?」

 するとギーシュの声が部屋の中から聞こえた。

「アルマロス…、ああ、もう素敵なんだから!」

「フォーン!?」

 急にルイズが、スリスリとアルマロスの体に抱き付いて頬ずりをしだした。

「なんであなたってば素敵なの! ねえ、どうして? どうして?」

「フォ…フォォン?」

 どういうことだと巻き毛の少女を見ると、少女は目をそらした。

「もしやモンモランシー…、ワインに何か仕込んだのかい?」

「……そうよ。ええ、そうよ! あなたがいけないよの、ギーシュ!」

 モンモランシーという少女がまくしたてた。

「あなたがあんな一年に手を出すから私…私……。」

「いったい何を仕込んだんだい?」

「……惚れ薬。」

 モンモランシーは、ぽつりっと言った。

 惚れ薬…。まあ読んで字のごとくであろう。

 ルイズは、アルマロスに、素敵、大好き!っといまだ頬ずりをしてきている。

 なるほど、理由は不明だが、ルイズは誤って惚れ薬を飲み、アルマロスを見て惚れてしまったのだ。

 厄介なことになったと、アルマロスは、額を押さえた。

『モテる男はつらいねー。』

 などと囃し立てて来るデルフリンガーを、アルマロスは、べちんっと叩いた。

 

 

 

 




果たして、オスマンが言う黒い天使の正体とは…。って言う必要はないですね。

次回は、惚れ薬騒動。


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第十九話  堕天使と水の精霊

惚れ薬騒動と、水の精霊に武力交渉。


 アルマロスは、困っていた。

「アルマロス~、アルマロスってば。こっち向いてよ。」

「……。」

 今のルイズを直視できない。

 ベタベタと、体を触ってきて、とろんっとした顔をしたルイズ。

 いつものキリッとしたルイズは、どこへやら。

「いや、すまないな…。アルマロス君…。」

「フォオオン…。」

 ギーシュが謝ったが状況が変わるわけがない。気休めはやめろとアルマロスは、声を出した。

 アルマロスは、背中にルイズをくっつけたまま、自分の手に字を書いた。

 『惚れ薬の効果はどれくらいかかる?』っと。

「そうだね…。一か月……、一年以上かかるかもしれないな。」

「フォォン!?」

 長っ!っとアルマロスは、驚いた。

「ま、まあまあ、今モンモランシーが解除薬を作るために奔走してくれているよ。それまでの辛抱だ。」

「それがそうもいかないのよ。」

 そこへモンモランシーが来た。

「惚れ薬を作るのに、秘薬を使い切っちゃって、作れないのよ。」

「フォオン!?」

「ま、そういうことだから。」

「待ってくれ、モンモランシー。こんなことになったのは僕らの責任なんだ。なんとかしないといけない。」

「あら? ずいぶんと肩を持つのね?」

「彼には借りがあるんだ。」

 ギーシュは、そう言った。借りというのは、アルビオンへの道中に野盗に襲われた時、アルマロスに守ってもらったことだ。

「でもどうしようもないわ。お金がないもの。」

「そうか…。」

 ギーシュは、腕を組んで唸った。

 ギーシュからの説明によると、貴族にも色々いて、お金がある貴族とお金がない貴族がいる。ギーシュとモンモランシーの家は、お金がない貴族の分類らしい。

 アルマロスは、手に字を書いて、『足りない素材は何だ?』っと聞いた。

「水の精霊の涙よ。ラグドリアン湖の水の精霊の。」

「フォオオン。」

「なに!? 取って来るだって! いくら君が水を操ることが得意でも精霊を相手をするのはやめたまえ。」

「フォォン。」

「ルイズを元に戻したいからってそこまで…。よし分かった。僕もついていこう。」

「ギーシュ、何を言っているの!」

「君もだモンモランシー。もとはと言えば、僕らの責任なんだから責任はとらなきゃいけない。それに…、惚れ薬は禁制品だ。もしばれたら君は檻の中だぞ? だから発覚する前に対処すべきだ。」

「うっ……、もう! 勝手にしなさい!」

 ギーシュとモンモランシーがついて来ることになった。

「ええー、アルマロス、どこ行くの! 勝手に行くなんて許さないんだからね!」

「……。」

 ルイズも連れて行くことにした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ラグドリアン湖は、ガリアという国の国境にある。

 大変美しいことで有名で、ここの水の精霊に誓約すると、誓約は永遠のものとなり、破られることは決してないという。

 っという話をギーシュから聞いた。

「わあ…、綺麗ね。アルマロス。でも、私は、アルマロスが水みたいな衣装を着て踊ってる姿の方が私は好き。」

「……。」

「ねえ? どうして黙ってるの?」

 ルイズは、目を潤ませた。

 アルマロスは、それでも黙ったままだった。

「アルマロス…、私のこと嫌いなの?」

 ルイズの目からポロポロと涙が零れた。

 しかしそれでもアルマロスは、ルイズを見ようとはしなかった。だが拳を握っていた。何かに耐えるように。

 ギーシュは、その様子を不憫そうに見ていた。

「おかしいわ。」

 モンモランシーが言った。

「何がだい?」

「水位が上がってる。」

 言われてよく見ると、水の中に家があった。

 つまり…。

「村が水没している。」

 

「もし、そこの方々…。」

 

 すると、痩せこけた老人が話しかけて来た。

「もしや水の精霊と交渉しに来てくださったのですか? でしたら助かります!」

「あの…、私達は別件で来たのですわ。」

「そ、そうですか…。」

 老人は肩を落とした。

 アルマロスは、馬から降り、老人に近づき、自分の手に字を書いた。

 『何があったんだ?』っと聞いた。

「二年前から増水が始まって…、今じゃこの通り、村は水の中で…。」

 暗い顔で語る老人の言葉を、アルマロスは真剣に聞いていた。

 やがて老人は、自分達を助けてくれない領主やアルビオンのことで手が回らないトリスティン城にたいする愚痴を語るだけ語って、去っていった。

「アルマロス君…、まさか…。」

「フォオン。」

「ああ…やはりか。交渉する気だね。」

 ギーシュが腕をすくめる。

 するとアルマロスは、ラグドリアン湖を見て、拳を叩いた。

「えっ? ちょっと! 何をする気なの?」

「フォォオオオオオオオオオオオオオオオン!」

 アルマロスが地面を殴った。

 水柱が立ち、水柱は地面を走り、ラグドリアン湖を引き裂くように命中した。

「ああああ、なんてことを!」

 モンモランシーが頭を抱えて青ざめた。

 アルマロスは、ラグドリアン湖に向かって走り出した。

 アルマロスによって引き裂かれ、大きく波打っていた湖面が、ウネウネと動き出した。

 アルマロスは、湖面を走り、そのウネウネと動くところに向かって拳を振りかぶった。

 大きな水柱が立ち、アルマロスの姿が飲まれた。

「アルマロス!」

「ダメよ、ルイズ!」

 駆けだそうとしたルイズを、モンモランシーが止めた。

「水の精霊を武力交渉するなんて…、よっぽど気が立っているんだね…。」

 ギーシュは、半ば呆れながら言った。

 水柱がなくなると、アルマロスが湖面に立っていて、目の前に、アルマロスを模したような水の塊が立って対峙していた。

 アルマロスが拳を振るうと、水のアルマロスも拳を振り、拳同士がぶつかった。

 水が弾け、衝撃波が湖面を揺るがした。

「うわあああ! 激しいな!」

 水しぶきは、岸辺にいるギーシュ達にもかかった。

「フオオオオン!」

『……人ならざる者よ。いかなる要件があって、我に挑むか?』

「フォン?」

 アルマロスを模している水の精霊が美しい声で聞いてきた。

 アルマロスは、構えを解いた。すると水の精霊も構えと解いた。その様は、まるで鏡のようである。

「フォォン…。」

『案ずるな。おまえの言いたいことは言葉にせずとも分かる。おまえの波動と共感させれば言葉など不要だ。』

 アルマロスは、それならば早いと、水の精霊をまっすぐ見つめた。

 アルマロスを模している水の精霊が揺れた。

『我の一部…、そして人の里の水位を下げろと……。我の一部は持ち帰るがいい。だが水位は下げられぬ。』

「フォォン?」

『我と共感せよ。おまえならば言葉など必要あるまい。』

「……。」

 アルマロスは、意識を集中し、水の精霊から水の精霊の気持ちを読み取った。

 そして眉を寄せた。

「フォオオン。」

『頼むぞ。』

 そう言って水の精霊は、ラグドリアン湖の水に戻っていった。

 湖面の上に残されたアルマロスは、ルイズ達のもとへ戻った。

「それで? なんだって?」

「フォオオン…。」

 アルマロスは、手に字を書いた。

 『精霊に仇なす敵を倒すことが水の精霊の涙をもらう条件』だと。

「水位の件は?」

 『アンドバリの指輪を奪還することが条件。ただし無期限。』っと書いた。

「敵はともかく、アンドバリの指輪だって?」

 『死者を蘇らせる力を持つ指輪。奪ったのは、クロムウェル…かも』っと書いた。

「クロムウェル…って、アルビオンの新皇帝が?」

「人違いじゃないの?」

 盗んだ人物は、ともかく、まずは水の精霊を脅かす敵を退治することとなった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その夜。

 ガリア側の岸辺に身を潜め、水の精霊を襲う敵を待った。

 やがて黒いローブを纏った、二人の人物が岸辺に近づくのをアルマロスは見つけた。

「来たのかい?」

「フォン。」

 小声でギーシュと会話した。

「僕がワルキューレで陽動する。君は、あのガーレという武器で…。」

「フォオン。」

 アルマロスは、ガーレを構えた。

 しかしその直後。

 風の衝撃がアルマロス達が隠れている位置に当たり、隠れるために利用していた茂みが吹き飛んだ。

「!」

「な…。」

 敵は先にこちらに気付いて攻撃してきた。

 ギーシュは固まり、アルマロスは、すぐにガーレを飛ばした。

 ガーレの光の矢が、襲撃者が放った風の壁によって軌道がそれ、襲撃者の体のギリギリの位置を飛んだ。

「フオオオオオン!」

 アルマロスは、前に出て、ガーレからアーチに変え、斬りかかろうとした。

 だが、その時。

「だ、ダーリン!?」

「!」

 聞き覚えのある声に、アルマロスは止まった。

 襲撃者の一人が慌ててローブを外した。見覚えがある鮮やかな赤毛。そして褐色の肌。キュルケだった。

「どうしてここに!?」

「フォオン。」

 それはこっちの台詞だとアルマロスは、武器を下ろして声を上げた。

 もう一人もローブを外した。タバサだった。

「な、なぜ君達が…。」

「それはこっちの台詞よ。なんでダーリン達が水の精霊を?」

「フォオオン…。」

 アルマロスは、キュルケの手を取り、字を書いた。

「水の精霊の涙を手に入れる条件ですって? なにがあったの?」

 アルマロスは、説明も億劫だが、仕方なく説明した(筆談)。

「あらまあ…、気の毒にダーリンってば……。」

「ちょっとぉ、キュルケ! アルマロスから離れなさいよ!」

 アルマロスの腕を掴んでルイズがアルマロスを引っ張った。

 そして、キュルケ達が、なぜ水の精霊を襲っていたのか、その理由も聞いた。

 タバサの実家からの命令で、ガリアの領土を浸食する水の水位を上げている水の精霊の退治をするためだったそうだ。

「困ったわねぇ。ダーリン達が水の精霊を守っているようじゃ、これ以上戦えないわ。」

「フォオン。」

「えっ? 水の水位が上がっている理由は分かってるですって?」

 アルマロスは、アンドバリの指輪を奪還することが水位を下げる条件だと説明した。

「アンドバリの指輪…、ちょっと噂で聞いたことがあるわね。」

 アルマロスは、水の精霊から、その指輪が偽りの命を死者に与えるモノであることを説明した。

「偽りの命…。」

 『蘇った死者は、操り手の人形になってしまう』のだと、説明した。

「気持ちの悪いマジックアイテムね…。」

「まったくだ。悪用されたらたまったものじゃない。」

 キュルケ達は、説明を聞いて(筆談)、嫌そうな顔をした。

「とにかくその指輪さえ取り返せれば、退治しなくてもいいわけね。でも…盗人はクロムウェルって…、アルビオンの新皇帝かもしれないのよね? アルビオンまで行ってアルビオンの大軍に突っ込めって言うの? ムチャよ…。」

「退治する方が早い。」

「それだと僕らが水の精霊の涙を手にいられられなくなる。」

「フォオオン。」

「えっ? もう一度水の精霊と交渉するって? 応じてくれるだろうか…。」

 ギーシュの不安を他所に、アルマロスは、再びラグドリアン湖に向かい、湖面を歩いた。

 中央に行くと、水がうねりだし、再び水の精霊がアルマロスの姿を模して現れた。

『約束できるのか?』

「フォオオン。」

『……いいだろう。おまえの命が尽きるまでの間に、必ず。』

「…フォオン。」

 短いな…っという風に、アルマロスは少し俯いて声を漏らした。

 水の精霊は、再びラグドリアン湖の水に戻っていった。

「フォ、フォオオン!」

『すまない。忘れていた。』

 そう言って、ピチピチと湖面が揺らぎ、水の塊が宙に浮き上がり、アルマロスがそれを手で受け止めた。

 アルマロスは、水の精霊の一部である、水の精霊の涙を持って、湖面から陸地に戻った。

 そして手にすくうように持っている水の精霊の涙を、モンモランシーが持ってきた瓶に入れた。

「これで一件落着?」

「フォオン。」

 アルマロスは、頷いた。

「ねえアルマロス…、本気でアンドバリの指輪を取り返しに行くの?」

「フォオン。」

 約束だからだと、アルマロスは字を書いた。

「アルマロスに何かあったら、私…。」

 ルイズは泣きそうになりながら言った。

 アルマロスは、ルイズの頭に手を置いて撫でた。

 

 こうして、水の精霊との交渉(?)は、終わった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 学院に帰って早々、モンモランシーは解除薬を作った。

 惚れ薬を作ったということを口外しないことを約束し、アルマロスは、薬を受け取った。

「フォオン。」

「イヤよ。それ臭いもの。」

「フォオン!」

 嫌がるルイズにアルマロスは、それでも薬を突きつけた。

 ルイズは、薬と、アルマロスを交互に見た。

「ねえ…、どうしても飲まなきゃダメなの?」

「……。」

「この気持ちは本物よ。アルマロス。それでもダメなの?」

 アルマロスは、首を横に振った。

「ねえ、アルマロス…。私…、あなたが来てくれて、本当によかったって思ってるのよ。本当に、本当によ? 嘘じゃない。」

「……。」

「あなたへのこの気持ちが…、好意なのか、親愛なのか最初は分からなかった…でも…。」

「フォオオン…。」

 アルマロスは、首を振り、薬を押し付けるようにルイズに渡した。

「……ごめんね。アルマロス。」

 ルイズは、一筋の涙を零しながら、薬を飲んだ。

 そして。

「…………アルマロス。」

「フォン?」

「私を、殴って。」

「フォーン!?」

「記憶が無くなるぐらい、ギタギタにして!」

 赤面したり青くなったりと忙しく表情を変えるルイズが混乱しながら叫んだ。

 

 

 




なんで武力交渉したか…、アルマロスなりの交渉です。彼なりに焦っての行動です。
拳を交えて、アルマロスに害意がないと分かった水の精霊は、平和的(?)に交渉を持ちかけました。
アルマロスなら、たぶん言葉を交わさずとも精霊と共感して意識を伝え合うことができそうと思ったのでこうしました。

次回は、ほぼ完全にオリジナル展開になると思います。


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第二十話  堕天使vs堕天使

オリジナルの堕天使と、一回戦目。


 

 その日。

 初夏のトリスティンに、雪が降った。

 ちらちらではない、大雪だ。

 これは、不吉な予兆だと、誰もが思い、家を閉め切った。

 アルマロスは、窓の外を眺めながら、眉を寄せた。

 この雪は、あの時、タルブの空でアルマロスの右胸を貫いた氷を放ってきた、ハルケゲニアの堕天使の仕業であろうか。

 あの堕天使の目的は分からない。だがアルマロスに対して敵対意思はあるようだ。

「寒い…。」

 ルイズが、毛布にくるまって寒さに震えていた。

 アルマロスは、ルイズを温めてやりたかったが、自分の体に体温がないことから触ることすら躊躇われた。

「初夏に雪が降るなんて、普通じゃないわ。」

 その通りだ。

 しかしおかしいと思っても、現実に雪は降っていて、積もりだしている。

 初夏の緑に、雪の白。美しいが、このままでは植物も寒さでやられてしまうだろう。それこそ農家などは大打撃だ。

 なんとかしてあげたくても、堕天使の居場所が分からないし、この雪が堕天使の仕業だという確証もない。

 

 数時間して、雪はやんだ。

 すっかり積もった雪に、男子生徒達が中心に、雪だるまを作ったり、雪合戦を始めた。

「こんな不吉な雪でもはしゃいじゃうのね…。」

 冬服を引っ張り出してモコモコになったルイズが、そう呟いた。

「あああ~、寒い! ダーリンあっためて~!」

「フォオオン。」

 走ってきたキュルケを、アルマロスは、やんわりと止めた。

 ハッキリ言って自分の体は、雪のように冷たいのだ。抱き付かれたら余計に寒い想いをするのは目に見えている。

「アルマロスに近づくんじゃないわよ、キュルケ!」

「ああん、いいじゃないのぉ。ダーリン、寒くないの?」

「フォオン。」

 アルマロスは首を振った。

 普通に服を着ているが、ちっとも寒くなかった。

「アルマロスさん。」

 そこへシエスタがやってきた。

 手に何か持っている。

「あの…、これよかったら…。」

「なによそれ?」

「マフラーです。」

「フォ?」

「あの…えっと…、私の村のために駆けつけて戦ってくださった、せめてものお礼をと思って…。」

 シエスタは、モジモジと恥ずかしそうにしながら、アルマロスにマフラーを差し出した。

「あら、これ、手編み?」

「はい。」

 アルマロスは、シエスタからマフラーを受け取り、首に巻いた。

「わあ、お似合いですね。よかった。」

 アルマロスは、手に字を書いて、「ありがとう」と伝えた。

 ルイズは、そんな二人の様子を、複雑そうに見ていた。

「あらあら、焼きもち?」

「ち、違うわよ。」

「分かってるわよ、ルイズ。あなただってセーター(?)を編んでるじゃないの。」

「あ…あああ、あれは…。」

 とてもじゃないが、アルマロスにあげられるような代物じゃないことは、作ったルイズ本人がよく分かっていた。

 

 っと、その時。悲鳴が聞こえた。

 

「な、なに!?」

「あれは!」

 見ると、誰かが作ったであろう雪だるまが、生徒達に襲い掛かっていた。

 アルマロスは、すぐにベイルを装備すると、雪だるまを打ち砕いた。

「ありがとうございます! アルマロス先生!」

「フォオオン。」

「ダーリン、後ろ!」

 キュルケが叫んだ時、アルマロスの背後で、雪がモコモコとひとりでに盛り上がり、雪のモンスターが現れた。

 しかし襲い掛かって来るよりも早く、アルマロスが振り返ることなく、裏拳でモンスターを打ち砕いた。

 すると周りからモコモコと次から次に雪のモンスターが現れた。

 アルマロスは、周りを見回し、体を大きく回転させ、水のエネルギーを放ち、すべてのモンスターを溶かし、砕いた。

「さすがダーリン!」

「相変わらずすごいわね。」

 すべてのモンスターがいなくなり、キュルケはうっとりとし、ルイズは感心した。

 

『ククク…、その程度の力か。』

 

「こ…、この声…。」

『相棒、気を付けろ!』

 風で雪が舞った。

 すると竜巻が起こり、雪が一か所に集まった。

 雪は黒く染まり、ボロボロの翼となり、さらに人の形を作った。

 この世の者とは思えぬ、美しい顔であったが、髪はボロボロに長く、着ている服も黒くてボロボロだった。

 アルマロスは、突然現れたその相手を睨んだ。

『久しいな。とはいえ、こうして顔を合わせるのは初めてであったな。』

「フォ!」

『我は、この世界にて、おまえと同じ堕天使よ。だが名はない。憎き、この世界の神に奪われたのだ。笑うがいい。』

 そう自虐的に笑う堕天使。

 見ためこそみすぼらしいが、その圧倒的な、そして邪悪なオーラに、その場にいた全員が背筋が震えた。

『しかし、見れば見るほどに旨そうな子らよ。魔を操りし血筋の若き血がこれだけ集まっているのも珍しい。ぜひにとも手に入れたいものだ。』

「フォオオン。」

『させないだと? おまえにできるのか?』

 不敵に笑う堕天使に、アルマロスは、ベイルを構えた。

 その時、堕天使の背後につららのような氷が現れ浮遊した。

 アルマロスは、同じ数だけ水のエネルギーを発生させ背後に浮かせた。

『我が氷。おまえは、水。クク…、結構かぶってる。』

 堕天使は、つららを飛ばした。

 アルマロスも同時に水のエネルギーを飛ばした。氷と水が衝突し、宙で弾けた。

 霧のように弾ける氷と水の中、アルマロスが走り、ベイルの先を堕天使に振りかぶった。

 堕天使は、細い腕に氷を纏い、ベイルを受け止めた。

『異界の叡智か…。これはまともに喰らっては、我もただではすまんな。だが…。』

 堕天使は、細腕からは想像もできない力でアルマロスを弾き飛ばした。アルマロスは、地面に着地した。

『扱う者が不完全では真の力を発揮できまい。』

「フォオオオン!」

 アルマロスは、アーチに持ち替え、斬りかかった。

 堕天使は、氷の剣を出した。

『遊んでやろう。』

「フォォォォン!」

 アルマロスのアーチと、堕天使の氷の剣がぶつかった。

 するとアーチがあっという間に黒ずんだ。

「!」

『ククク…、どうした?』

 慌てて、離れたアルマロスは、アーチを浄化した。

『ほう? いちいちそうやって闇を浄化するのか? 面倒なことだ…。』

「っ…。」

 アルマロスは、冷や汗をかいた。

 アーチが一瞬にして穢れるほどの闇を、あの堕天使は持つのか。そう考えると、自分との格がまるで違うと思った。

 果たして今の自分の力で、この堕天使に勝てるのか?

 いや勝つ勝てないの問題じゃない。ここで立ち向かわなければ…。

 アルマロスは、ちらりと、ルイズや他の生徒達を見た。

 彼女らを守れない!

 そう決意したアルマロスは、強く堕天使を睨んでアーチを構えた。

 そんなアルマロスを見て、堕天使は、クククっと笑い。

『今回は、ここまでにしてやる。次回はもっと遊んでやろう。それまでおまえの命が持てばな。』

 そう言って、雪と氷となって消えた。

 堕天使が消えた後、少し間をおいてアルマロスは、片膝をついた。

「アルマロス!」

 ルイズが駆け寄った。

「だいじょうぶ!?」

「フォォォン…。」

 アルマロスは、額ににじんだ汗を拭いながら立ち上がり、ルイズの頭を撫でた。

 しかしアルマロスは、ふらつき、再び膝をついた。

「アルマロス!」

「フォ…ォォン…。」

 アルマロスは、強烈な脱力感と、右胸の痛みに耐えられず、ついに倒れた。

 ルイズの悲鳴と、生徒達が騒ぐ声が遠い。アルマロスの意識は闇に堕ちた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 アルマロスは、闇の中で、誰かと向き合っていた。

『頼む…。助けてくれ…。』

 その声は聞き覚えがあった。

『アンリエッタが危ない…。助けてくれ。今の私ではどうすることもできない。どうか…私を…。…止めてくれ。』

 

 ウェールズ!

 

 アルマロスは、そう叫ぼうとしたが声が出ず、伸ばした手もウェールズには届かなかった。

 

 

「アルマロス!」

「っ……フォ…。」

 目を覚ましたアルマロスは、ベットで寝たまま手を伸ばしていた。

「嫌な夢を見たの?」

 ベットの傍で椅子を置いて看病していたルイズが心配そうに言った。

 アルマロスは、起き上がり、ベットから降りた。

「ちょっと、どこへ行くの?」

「フォォォン。」

 手に字を書いた。

 『アンリエッタが危ない』っと。

「姫殿下が? どうして?」

「フォォォオン。」

「待って、アルマロス!」

 ルイズを無視してアルマロスは、部屋から出て行った。ルイズは、慌てて後を追った。

 

 

 夜の闇の中。

 トリスティン城では、アンリエッタが誘拐されたために、大騒ぎとなっていた。

 

 

 

 




オリジナルの堕天使の属性は、氷。
水分という点では、アルマロスと共通してますが、天使としての格ではオリジナルの堕天使の方が上。
アルマロス自身も弱っているので勝てませんでした。

次回は、屍のウェールズとの対決になると思います。


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第二十一話  屍のウェールズ

va屍のウェールズ編。
でもオリジナルな展開。


アルマロスがネザー化します。


 

 アルマロスは、外へ出るなり、半透明の翼を出して空へ舞い上がった。

 ルイズは、タバサに頼みシルフィードに乗せてもらって追いかけた。

 たまたまタバサと一緒にいたキュルケもなぜか一緒に来た。

「アルマロス! 待って!」

「ねえねえ、何? 今度は何が起こってるわけ?」

「姫殿下に危機が迫ってるのよ!」

「ええ?」

 キュルケは、信じられないと声を上げた。

 アルマロスは、後ろを気にせず飛んでいた。

 ズキズキと胸が痛むがそれどころじゃない。

 夢の中で見たウェールズの訴え。

 間違いなく、彼は…。

 やがてラ・ローシェルへ向かい走る馬の一団を見つけた。

 その中に、黒いローブでくるまれたアンリエッタを見つけた。

「フォォォォォォォオオオオオオン!」

 アルマロスは上空から降下しながら叫び声を上げた、その叫び声に馬の一団が顔をアルマロスの方に向けた。

 弓矢や魔法が飛んで来るよりも早く、アルマロスは、ガーレを飛ばし、馬の一団を射抜いていった。

 先頭を、アンリエッタを抱えて走る者がいる。そいつを狙って、アルマロスは、宙を舞いながら迫った。

 そいつがくるりと顔を向けた。

 その顔を見てアルマロスは、目を見開いた。

 次の瞬間、凄まじい竜巻がアルマロスを襲い、風にあおられたアルマロスは、翼を消されて吹き飛ばされた。

 しかし、吹き飛ばされながらガーレを飛ばし、馬を射抜いた。

 馬から放り出されたその者は、アンリエッタを草原に転がし、自身は体制を整えた。

 頭につけていたローブが外れ、顔があらわになる。

「フォォォオオン!」

 アルマロスは、叫んだ。

 

 ウェールズ!っと。

 

 そう、その人物は、死んだはずのウェールズその人だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「うそ…、あれは、皇子…、ウェールズ皇子!?」

「えっ、あの凛々しい皇子様? でもその皇子様って…。」

「あの人は、アルビオンで…!」

 ルイズの目の前でワルドに殺されたのだ。

 それなのになぜここにいる?

 ルイズは、ふいに先日の水の精霊の件のことを思い出した。

 アンドバリの指輪。死んだ者を蘇らせる力を持つマジックアイテム。

「うそ……、そんな…そんなことって…。」

 ルイズは、わなわなと唇を震わせた。

「見て!」

 キュルケが叫んだ。

 アルマロスのガーレで撃たれ、倒れていた兵達が起き上がり、アルマロスを囲んだ。

「まさか!」

 あの兵達の傷では動けるはずがない。なのに平然と動いている。

 それはまるで…。

「人形。」

 タバサが呟いた。

 

 

 アルマロスは、ガーレを構えたまま、ウェールズと対峙していた。

「やあ、堕天使君。僕を止めに来たのかい?」

「フォオオン…。」

「相変わらずまともに声を出せないようだね。難儀なことだ。」

 ウェールズは、微笑んでいる。その微笑みに邪悪な気配を感じるのは気のせいじゃい。

 周りにいる屍の兵士達とは違う。ウェールズだけは、何かが違う。まさかあの氷の堕天使が?っとアルマロスが考えていると、屍兵士達が飛び掛かてきた。

 アルマロスは、歯を食いしばり素早くアーチに持ち帰ると、屍の兵士達を切り裂いた。

 身体を半分にされても動いている彼らを完全に“破壊”し、偽りの命から解き放った。

「フォォォォン!」

「ふふふ…。さすがだ。だが辛そうだ。ずいぶんと君の命は削れてしまったんだね?」

「…フォォォン。」

「関係ない、だって? 君が死んだら、君の主人が悲しむだろう。そうは思わないかい?」

「……。」

 そう言われるとなんとも言えず、アルマロスは押し黙った。

 その時、アルマロスに向けて、水の波が襲って来た。

 いつの間にか起き上がっていたアンリエッタがアルマロスに杖を向けていた。

「フォオン!?」

「とまりなさい、堕天使!」

「!」

「ウェールズ様を殺そうとしておいて、よくも顔を見せることができましたね!」

 アンリエッタは、怒りと悲しみの表情を浮かべていた。

 アルマロスは、ウェールズを睨んだ。

 どうやら屍のウェールズがアンリエッタに嘘を吹き込んだのだろう。だが堕天使だという事実はあえて隠していたことだ。指摘されても何も言い返せない。

「お待ちください、姫様!」

 ルイズがシルフィードから飛び降りて叫んだ。

「ルイズ・フランソワーズ! なぜ彼が堕天使だということを黙っていたのです!」

「ちが…それは……、アルマロスは、確かに堕天使です。ですが、違います! 彼は、私利欲望のために堕天したのでありません!」

「おだまりなさい! ウェールズ様には指一本触れさせません!」

「姫様! その皇子は偽物です! あの方は死んだのです、そこにいるのは、本物ではありません!」

「僕は確かにウェールズさ。」

「えっ…。」

「この通り。胸の傷はない。」

 そう言ってウェールズは、あの時ワルドに貫かれた箇所。胸の部分を見せた。そこには傷はない。

「あの時死んだのは、僕の影武者さ。」

「でも…。」

「騙すならまずは味方から。そう習わなかったかい?」

「それは…。」

「フォォオオン!」

 アルマロスが、騙されるなと叫んだ。

「ふふふ…、君じゃ僕を倒せない。」

「フォオオン!」

 アルマロスは、ウェールズに斬りかかった。

 アンリエッタが唱えて張った水の壁を無効化し、ウェールズの体を切った。

 しかしウェールズは倒れず、アーチがあっという間に穢れた。

「!!」

「どうやら思っていたより、君の力は弱っているようだね。」

「フォ…。」

「限界が近いんじゃないのかい?」

「っ……、フォオオオン!」

 指摘され、唇をかんだアルマロスだが、すぐに叫び、アーチを浄化した。

 しかし浄化しきれなかった。

「っ!?」

「はは、本当に限界なんだね?」

「引きなさい、ルイズ! 私達を行かせて!」

「いいえ! 姫様こそお目を覚ましてください!」

「あなたを殺したくないの!」

「引きません! 私は…、アルマロスは、引きません!」

 ルイズが杖を構え、アルマロスの横に立った。

 ルイズを見たアルマロスに、ルイズが目を合わせ、微笑んだ。

 その時、雨が降り出した。

「見なさいこの雨を! 雨の中で水に敵うと思っているの!? この雨で私達の勝利は確実なものとなります!」

「アルマロス、水のあなたの得意分野でしょ?」

「……。」

「やっぱり限界なの?」

『なあ、娘っ子。祈祷書は持ってっか?』

「何よこんな時に?」

『いやなぁ…。今思い出したんだわ。なあ、相棒、時間稼ぎぐらいならなんとかなるだろ?』

「…フォオン。」

『相棒のためだ。娘っ子。おめぇも死力を尽くしな! 相棒もな!』

「フォン!」

「ええっ!」

 ルイズは、始祖の祈祷書をめくった。

 そこに書かれたルーン。『ディスペルマジック』を見つけた。

 屍のウェールズが風の詠唱を始めると、アンリエッタがそれに合わせて水の詠唱を始めた。

 やがて二つの魔法は、巨大な水の竜巻となった。

 王家の血のみが可能にする、王家のみに許された、ヘクサゴン・スペルが完成したのだ。

 謳うようにルイズがルーンを唱える。

 アルマロスがそれを守るように水の竜巻を前にして立ちふさがる。

 限界の身体。もう水をまともに操れない。

 ならばと、アルマロスは、腕を降ろし、目をつむった。

『待て、相棒、それは!』

「フォォォン…。」

 アルマロスは、微笑み。腰にあったデルフリンガーをルイズの横に落した。

 ゴボリッとアルマロスの体から闇が溢れ出た。

 それは、アルマロスの体を包み込み、巨大化させた。

 

『フオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』

 

 人間の体を捨て、怪物の姿と成り果てる。

 かつていた世界で、アルマロスを始めとした堕天使たちが持っていた最後の技。

 ネザー化。

 鯨に似た、上顎と下顎と尾を持つ、ロボットのような黒い巨体が現れた。それは、アルマロスが召喚された時に見た、アルマロスの最初の姿だった。ただ違うのはボロボロではないということだ。

 その姿と、アルマロスの絶叫に、ルイズは、詠唱を止めかけた。

 だがアルマロスがすべてを賭けているのを感じて、詠唱を再開した。

 涙がにじむ。心が痛い。だがやめるわけにはいかない。

 アルマロスが命を懸けているのだ、自分がそれに応えなくてどうするのだと自分に言い聞かせる。

 弾ける水の波を、そして迫って来る水の城のような巨大な水の竜巻から、ダーク・アルマロスがルイズを守る。

 ダーク・アルマロスを中心に、水は左右に割れ、ルイズには当たらない。

 先に詠唱が完成したウェールズとアンリエッタが、水の城のような巨大な水の竜巻をこちらに向けて来た。

 ダーク・アルマロスの巨体が水の竜巻を受け止めた。

『フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!』

 押し返す様な体制で、耐える。

 ガリガリと嫌な音が鳴るが、ダーク・アルマロスの体は削れない。

 ずりずりと、巨体が後ろに後退しそうになる。

 ダーク・アルマロスの巨体がルイズの眼前まで迫った時、ルイズの呪文が完成した。

 水の竜巻が、バシャーンと滝のように落ち、竜巻が消えた。

 次の瞬間、ダーク・アルマロスがウェールズに迫り、巨大な顎で捕えた。

「う、ウェールズ様!」

『フォォオオオオオオオオオン!』

 ウェールズを顎で捕えたまま、ダーク・アルマロスが上を仰ぎ見るように仰け反った。

「……ありがとう。」

 ウェールズは、微笑み、そう言った。

 ああ、彼は…、間違いなくウェールズだと、アルマロスは思った。

 次の瞬間、凄まじく鋭い水のエネルギーがウェールズを貫き、粉々に砕いた。

 まるで氷が砕けるように弾けたウェールズの体は、チリとなって消えた。

 アンリエッタの悲痛な悲鳴が木霊した。

「姫様…。」

「ウェールズ様、ウェールズ様ぁぁぁぁぁ!!」

 泣き叫ぶアンリエッタに、ルイズが近づいた。

『フォオオオン…。』

「よくも…よくも、ウェールズ様を!! 堕天使、あなたを許しません、絶対に許さない!」

 アンリエッタは、ダーク・アルマロスを睨んで罵倒した。

 

「大丈夫だよ。アンリエッタ。」

 

「え?」

 そんなアンリエッタの肩に、ポンっと手を置く人物がいた。ルイズは目を見開いた。

「ボクハ…ダイジョウブサ…。」

「ヒッ!」

「オヤ? ドウシタンダイ?」

「い…いやああああああ!」

 アンリエッタは、打って変わって、濡れた草原の上を四つん這いで逃げた。

 その人物は、自分の手を見た。

「アア…、イケナイ。直しきれなかったか。』

 途中からウェールズの声から、あの氷の堕天使の声に変った。

『いやー、驚いたよ。そんな力がまだあったなんてね。』

 不完全なウェールズの姿から、氷の堕天使の姿へと変じ、堕天使はダーク・アルマロスを見て言った。

「あんた!」

『やあ、虚無の使い手。まさかこんな逸材がいるなんて、思わなかったよ。』

「黙りなさい! よくもウェールズ皇子を!」

『そうだね…。せっかく王家を家畜にする絶好のタイミングだったのに、残念だ。」

「家畜ですって!?」

『王家の血…、とりわけ濃いメイジの血筋は、我にとって極上の供物。逃すにはあまりに惜しい。ウェールズの遺体を使って、メスを確保しようと思ったのだが…。邪魔をされてしまった。』

「あんた…人間をなんだと…。」

『魔を使えない平民と呼ばれる者達を家畜のように使っているお前たちが言うことか? それなのにメイジを王家の者を家畜として何が悪い?』

「ふざけんじゃないわよ!」

『フォオオオオオン!』

 ダーク・アルマロスが、氷の堕天使に迫った。

 氷の堕天使は宙に浮き、逃げた。

『だが残念だ。もう君は限界だろう。』

『フォ……。』

「アルマロス!?」

 ダーク・アルマロスが膝をついた。

 そして前に倒れた。

 ブスブスと闇が溢れ、周りに闇の煙をまき散らし始めた。

 アンリエッタが咳き込んだ。ルイズも咳き込んだ。

『フォオ…ォオォォオン…。』

「あ、アルマロス…、アルマロス!!」

『このままトリスティン一帯を闇で汚すといい。そうなればむこう百数年はまともにペンペン草も育つまい。』

「アルマロスーーー!!」

 ルイズが、闇の煙の中に駆け込もうとした。

 近づけば近づくほど闇は濃くなり、肺を穢した。

 膝を折りそうになるが、堪え、闇の中心に入った。

 闇でまったく見えない中、ルイズは、アルマロスを探った。

 やがて何かに触れた。

 アルマロス!っと、ルイズは思った。

 触れた指が焼けるように冷たい。

 このままここにいたら、触り続けていたら、無事じゃあ済まないだろう。

 それでもルイズは、アルマロスに顔を近づけた。

「アルマロス…。ああ、神様…。どうか…。私のすべてを捧げてもいい…、だから、だから…どうか…、アルマロスを…。」

 ルイズは、ハルケギニアの神に祈りながら、アルマロスに口付けた。

 

 

 凄まじい光が、闇を払い、光の中心に、白い翼と黒い翼が羽ばたいた。

 

 

 

 




次回で最終回です。


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最終話  神の国へ

最終回です。

また特急で終わらせました。書けるうちに書かないとスランプに陥りそうだったので。

注意。アルマロスが、普通に喋りだします。


『な…。』

 氷の堕天使は、光を腕で遮った。

 バサリッと羽ばたく音が聞こえた。

 光がやがておさまり、見ると、そこには一人の天使が立っていた。

 ただの天使じゃない。

 白い翼と、黒い翼。

 二色の翼を持つ天使がそこにいた。

 その天使はルイズを抱きかかえていた。

「……アルマロス?」

「…ルイズ。」

「!? あなた、声が…。」

「ああ、君のおかげだ。ありがとう。」

 初めて名前を呼ばれて、ルイズは涙を零した。

 アルマロスは、ルイズを降ろし、氷の堕天使を見据えた。

『ふ…、翼が戻ったようだが、片方は黒いじゃないかい。まだ不完全ということだね。』

「……。」

 アルマロスは、黙ったまま堕天使を見つめていた。

 氷の堕天使は、たらりと一筋の汗をかいた。

 明らかに違う。それは分かる。

 何かが根本から変わったかのようなアルマロスの様に、なぜか圧倒された。

 自分よりも格下の天使でしなかったはずのアルマロスになぜ自分が圧倒されるのだと、氷の堕天使は拳を握った。

『死ね…。』

 指を鳴らすと、アルマロスの周囲に、無数の氷のつららが現れ、アルマロスに殺到した。

 だが氷は一つもアルマロスには当たらなかった。

 いつの間にか持っていたベイルにより、すべて砕かれ、氷のちりとなった。

 ベイル。あの武器はそんなにスピードはなかったはずだ。

 そして何よりも以前まで持っていたベイルよりも白く輝いていた。

『ハハハ…、力が随分と戻っているようだが、我には及ばない!』

 そう叫んだ、氷の堕天使が、氷の剣を握って、アルマロスに襲い掛かった。

 アルマロスは、表情一つ変えずアーチに持ち替え、氷の剣を受け止めた。

 アーチは穢れることなく、むしろ輝きを増して、氷の剣を砕いた。

『なんだと!?』

「僕は負けない。負けるわけにはいかない。」

 アルマロスは、力強い口調で言った。

 距離を取った氷の堕天使は、汗をダラダラとかきながら、氷の剣を再び生成した。

 ニヤリっと口元歪めた堕天使は。

『貴様に我を倒すことはできん!』

 雲が裂け、大陸の先端が見えた。

 アルビオンだ。

「アルビオン?」

『我は、あの大陸を支える力そのもの! 我を打ち倒せば、大陸はこのトリスティンに落下する! そうなれば、ガリアもゲルマニアも無事ではすむまい! さあ、どうする!?』

『おいおい、そんな大事なこと言っていいのか?』

『なっ…。』

『なあ、相棒。俺思い出したぜ。あいつ、アルビオンの王家の先祖にアルビオンに封印された後、アルビオンの大陸を浮かせる原動力にされてたんだってな。それもこれも全部、あいつをこの世に出さないための配置だったんだぜ。』

「なるほど。それで?」

『アルビオンを落っことさないようするにゃ…。もう一回封印するしかねーだろ。相棒、俺を使いな!』

「ああ。デルフ。頼む。」

『へへ、名前を初めて呼ばれたぜ。』

 アルマロスは、デルフリンガーを握った。

『そんなボロ剣で何をする気だ?』

『まあ、待て。俺はな。思い出したんだぜ?』

 するとデルフリンガーが光り輝き、美しい刀身となった。

『俺は、てめーを封印する手助けをしたことがあったんだぜ! 忘れたか、堕天使さんよぉ!』

『!』

「行くぞ、デルフ。」

『おおよ!』

 アルマロスがデルフリンガーを構え、駆けだした。

『く、来るな! 来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

 堕天使が氷の塊を乱発した。

『今のテメーは、単なる端末! 本体はまだアルビオンの中だ! 出て来るにゃ相当な量の王家の血を吸わなきゃなんねーだろーな!』

 だからアンリエッタを家畜にしようとしたのだ。

 あまりにも長くアルビオンの大地に縛られ続けて、アルビオンの王家が滅んで封印が解けても抜け出せなくなっていたのだ。

 逃げだそうとする堕天使だが、水の壁が発生して阻まれた。

『なら俺様でも吸い取れるぜ!』

 アルマロスが構えたデルフリンガーが真っ直ぐに、堕天使の胸に突き刺さった。

『吸い尽して、二度と出られなくしてやるぜ! 俺の中で永遠になぁ!!』

『や、やめ…。うぐ…、あ…あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』

 堕天使は、断末魔の声を上げながら、ドロドロに溶け、デルフリンガーに吸い取られていった。

 吸い尽した後、アルマロスは、デルフリンガーを見た。

「デルフ?」

『…おお。大丈夫だ。ちっとばっかし奥の方でギャーギャー騒いでっが、なんともねーよ。』

「そうか…。終わったんだな。」

『おお、終わりだ。これでちっとは平和になるだろ。』

「アルマロス…。」

「ルイズ。」

 アルマロスは、ルイズの方に振り向いた。

 ルイズは、アンリエッタの介抱をしていた。

「…姫様。」

「ウェールズ様は…、本当に死んでしまっていたのね…。」

「はい…。申し訳ありません。」

「私は…悪夢を見ていたのですね。堕天使に騙されて…。」

「僕が堕天使だということを黙っていたのは本当のことです。」

 アルマロスが言った。

「あなた…翼が…。でもその翼は…。」

「翼を失った僕の、新しい翼です。ルイズがくれた…、新しい翼です。」

 アルマロスは、新しい翼を愛おしそうに撫でた。

「アルマロスさん…、あなたは確かに堕天使でした…。でも…、あの冷たい堕天使とは違う…。それがよく分かります。」

「僕は堕天使だ。その事実は変わりません。」

「いいえ…。そんな綺麗な目をした堕天使を、私は知りません…。」

 アンリエッタは、首を振ってそう言った。

 

 やがて、アンリエッタの救出に来た、魔法衛士隊が駆けつけ、アンリエッタは無事に保護された。

 彼らは、アルマロスの姿を見ると驚愕した顔をした。

 そりゃ、二色の翼を持つ天使がいたら、驚くだろう。

 アルマロスは、彼らの反応を見て笑った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「えーーー! ダーリン、出ていくの!?」

 キュルケが叫んだ。

 あれから数週間たち、すべてが落ち着いたころ、アルマロスが急に言い出したのだ。

「僕は、神の国へ行くよ。」

 っと。

「せっかく、ダーリンとお喋りできるようなったのに…残念だわ。」

「ごめんね。でも、僕を呼ぶ声が聞こえるんだ。あの時…、デルフと出会うきっかけになった時のように。」

「アルマロス…。」

「ルイズ。」

 そこへルイズがやってきた。

 なぜか旅支度をした格好で。大きな荷物を持って。

「私も行くわよ。」

「なんで!?」

 キュルケが叫んだ。

 ルイズは、微笑み。

「あのね、あれから私、全然魔法が使えなくなっちゃったの。」

「いつもの失敗魔法でしょ?」

「違うの。爆発もおこらなくなっちゃった。」

 あっけらかんと、ルイズは、言った。

「アルマロスのルーンも、消えちゃったしね…。」

 アルマロスの体にあった、ルーン。ガンダールヴとリーヴスラシルのルーンは、なくなっていた。

 あの時、アルマロスが翼を手に入れた時に砕け散ってしまったのだ。

 …ルイズの虚無の力と共に。

「だから、事実上の退学。家も勘当ね。メイジとしての生命はあの時終わっちゃった。」

「あんたそう言う割には嬉しそうね。」

「そう? なんだか色々重荷がなくなって軽くなったからかしら?」

 ルイズは、うきうきした様子だ。

「ルイズ、本当にいいのかい?」

「何言ってんのよ。もう主従関係じゃないけど、私、あなたについていくって決めたの。私のメイジとしての人生を捧げたんだから、責任取ってよね?」

「うう…、そうだね。」

「なーんて、嘘よ。ただついていきたいだけ。ずっと一緒にいたいの。それじゃ、ダメ?」

「…そんなことないよ。」

 アルマロスは、微笑んだ。

「じゃあ、行きましょう。もう退学届けも出したし、家にも手紙が届いている頃だろうし。追手が来る前に行きましょう。」

「追手って…。」

「私の親厳しいのよ。天使とはいえ、誰かと一緒に駆け落ちしたなんて聞いたら、閉じ込められちゃうわ。」

「そ、そうなの?」

「早く行きましょう!」

「ちょっと、ルイズ!」

「なによ?」

「…神の国に着いたら、手紙寄越しなさいよ。あとお土産の一つや二つくれると嬉しいわね。」

「観光じゃないのよ。」

「なにが欲しいんだい?」

「アルマロス!」

「ふふ、ははは。」

 アルマロスは、笑った。

『相棒、早く行こうぜ。』

 アルマロスの腰にあるデルフリンガーが言った。

 神の国へ行くのは、封印した堕天使のことをどうにかするためでもある。このまま地上に封印していてもいずれまた何かの拍子に出てくるかもしれないからだ。

「じゃあ、行こう。ルイズ。」

「ええ、アルマロス。」

 二人は手をつなぎ、旅立って行った。

 

 

 

 

 その後、こんな神話が生まれた。

 異界から来た堕天使は、ハルケギニアの神によって神の国に招かれ新たな天使となり、その堕天使を呼び出した人間が、神の国に召し上げられた。

 その人間は、新たな天使と共に、アルビオンの大陸に封印されていた堕天使を神の国の牢獄に永遠に封印したという。

 ハルケギニアの神の国に召し上げられたのは、人間の少女で、名を、ルイズといった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ああ、うまくいったよ。無事にこの世界の神に気に入ってもらえたようだ。…なんだって? 娘は余計だったって? 別にいいじゃないか。結果オーライだよ。じゃ、またかける。」

 黒い衣装をまとった、美しい男がひとり、携帯電話というもので電話をしていた。

「まさかこんなことになろうとはのう…。」

「結果良ければすべてよしさ。それはそうと、ちょっと見ない間に随分と年を取ったね?」

「そりゃそうじゃ、あれから三十年も経ったんじゃからのう! お主はちっっっっっとも変わっとらんな! 憎らしいほどに!」

「三十年か。私にとっては、つい昨日のことだ。」

「憎らしい! まったくもってもって憎らしい力じゃわい! 時間操作と時間移動とはのう! それに異世界にも渡れるとは、どこまでハイスペックなんじゃ!」

「ふふふ、羨ましいかい? そーかそーか。」

「ああ、憎たらしい笑い方じゃ! 美しいだけに余計にな!」

 オスマンは、ギャーギャーと騒ぎ、目の前にいる美しい男に文句を言っていた。

「まあ…、これで、多少は、イーノックも許してくれるかな? 散々グチグチ言われたからね、“あいつ”について…。」

 男は、面倒くさそうに頭をかいた。

 男は、やがて学院長室から姿を消した。

「あっ、こら! 消えるんじゃない! まったく、突然きて、突然帰っていきおって! ちっとも変わっとらん! ちーっとも変わっとらん!」

 オスマンは、男が消えた後も、ぶつぶつ言っていた。

 

 

 

 

 

 新たな神話の裏にあった、黒い天使の暗躍については、どこにも記されることはなかった。

 

 




ハルケギニアの堕天使。存在感の割に、あっさりと終わらせちゃいました。

アルマロスは、ガンダールヴとリーヴスラシルのルーンを犠牲にして、天使としての力を新たに手に入れました。
そしてルイズ自身も代償にメイジとしての力を失いました。

神の国へ行った二人がその後どうなったかは、ご想像にお任せします。


あと最後に無理やり、黒い天使さんを出しました。

アルマロスは最後までフォォォンって喋るほうがよかったですかね?
最初のネタ設定では、新しく新生したら喋れるようなったということにしていたので、喋られるようにしましたが…。


なんとか無事に終わらせること出来ました。ありがとうございます。


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