君の孫 (JALBAS)
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《 第一話 》

朝起きると、三葉は見ず知らずの男の子と体が入れ替わっています。その男の子は自分と同い年ですが、時間軸がずれています。本来は、その相手は瀧くんなのですが、このお話でのお相手は・・・・“ぬらりひょんの孫”の、奴良リクオです・・・・




かつて人は、妖怪を恐れた。その妖怪の先頭に立ち、百鬼夜行を率いる男。人々は、その者を妖怪の総大将・・・或いはこう呼んだ。魑魅魍魎の主、“ぬらりひょん”と・・・・

 

 

二百年前のある夜、山奥の村“糸守”で大火事が起こった。火元は、草履屋の繭五郎の家の風呂場だった。風の強い夜で、火は瞬く間に燃え広がり、宮水神社の本殿にも火の手が迫っていた。

「は・・・早く逃げるんや!」

「で・・でも、御神体を運び出さんと・・・」

「この火の勢いでは無理じゃ!」

宮水家の者達は、手に持てる僅かな物だけ抱えて避難した。皆、逃げるのに精一杯で、消化作業などままならなかった。

その様子を、少し離れた高台の上から、じっと見ている者が居た。

この火事を起こした張本人、草履屋の繭五郎であった。

「ふひひひひひひひひ・・・・」

繭五郎は、不気味な笑みを浮かべ、その光景をただ眺めていた・・・・

 

 

 

 

 

東京の浮世絵町にある、奴良組総本家。

縁側の廊下を、白い着物を着た髪の長い女性が歩いて来る。中央の部屋の襖の前で正座し、ゆっくりとその襖を開ける。

「若、そろそろ起きないと、学校に遅刻しますよ。」

「ん・・・んん・・・・」

広い部屋の中央に布団が一式敷かれており、高校生くらいの男子が、陽の光を受けて眩しそうに手を顔に翳す。彼は、ゆっくりと体を起こし、目を開く。

 

「・・・あれ?・・・・」

こ・・ここ、何処?私の部屋じゃ無いわよね・・・異様に広いし、家具も何にも無くて・・・・

ふと右に目をやると、見た事も無い女の子が廊下に正座して、じっとこちらを見つめている。

「?・・・どうされました?若?」

「わ・・・若?」

私が若?・・・何?それ?

きょとんとしている私を、彼女は首を傾げながら見つめ続ける。そうしている内に、私は自分の体の違和感に気付いた。

え?・・・何か、体が少し重いような・・・む・・胸は妙に軽い・・・・

視線を下に向けると、紺色の和服の寝巻きを着ている。いつもの私のパジャマじゃ無い。でも、問題はそこでは無く・・・胸が・・・無い・・・・そして、股間に盛り上がりが・・・・

「えええええええええっ?」

「ど・・・どうなさったんですか?若っ!」

思わず大声を上げてしまったので、その女の子が近づいて来て私の手に触れる。

「ひゃっ!」

な・・何?な・・・何でこんなに冷たいの?この娘の手?これで、本当に生きてるの?

「若っ!本当に、どうしたんですか?」

「わ・・・若って?私の事?」

「他に誰がいるんですか?」

「え?・・・わ・・・私は誰?こ・・ここは何処?」

頭が混乱して、思わずドラマのような台詞を口走ってしまった。

「何を言ってるんですか?ここは、奴良組総本家。あなたは、奴良組三代目“奴良リクオ”様じゃないですか!」

「ぬ・・・奴良組?・・・三代目?・・・り・・リクオって?じゃあ、私やっぱり男の子になっとるの?」

「なっとるのって・・・若は、生まれた時から男の子でしょ?」

話が、全く噛み合わない。

『どうした?どうした?』

私と女の子の騒ぎを聞きつけて、その家の住人達が手前の廊下に集まって来た・・・が、そこに集まった者達は・・・・子供の頃に、お伽話の本やテレビ等で見た空想の産物、およそこの世に実在するとは思えなかった、魑魅魍魎・・・・いわゆる、お・ば・け・・・・

「きゃああああああああああっ!」

私は、そのまま意識を失ってしまった。

 

 

 

「・・・・あれ?」

目が覚めると、そこはいつもの僕の部屋では無かった・・・・というか、僕の家でも無い。

部屋の家具や壁に掛かった制服を見る限り、女の子の部屋だ。

「?!」

妙な違和感を感じて視線を落とすと、胸に見慣れない膨らみが・・・・触って見ると、柔らかくて、感じる・・・・本物だ!

「お姉ちゃん、何しとんの?」

「え?」

声に気付いて右を向くと、右手の襖が開いていて、小学生くらいの女の子が立っていた。

「自分の胸が、そんなに珍しいの?ごはんやよ。」

そう言って、女の子は階段を降りて行った。

「お・・・お姉ちゃん?」

少し遅れて、彼女の言葉に反応した。良く部屋を見渡すと、目の前に大きな姿見があった。ゆっくりと姿見に近づいて、自分の姿を映す。

やっぱり、女の子になってる・・・・年は、同じくらいか?

 

「お姉ちゃん、遅い!」

「ご・・ごめん、ごめん!」

色々調べてから下に降りたので、さっきの女の子に怒られた。

居間では、“妹”であるさっきの子と、お婆さんが食事をしていた。どうやら、3人家族のようだ。

お婆さんにも挨拶をして食事をしていると、テレビのニュースが耳に入って来る。

『1200年に一度という彗星の来訪が、いよいよひと月後に迫っています・・・・』

彗星?そんな話あったっけ?・・・・1200年に一度?じゃあ、その前に来たのは1200年前?・・・というと、おじいちゃんもまだ生まれて無いな・・・・羽衣狐・・・ですら、生まれていないな・・・・

 

食事を終え、妹と共に通学の途に就く。少し歩いて妹と分かれ、ひとりで歩きながら考える。

これは夢でも幻でも無い、現実だ。僕はこの“宮水三葉”という女の子になっている・・・・いや、入れ替っているのだろうか?これも、ぬらりひょんの妖力?・・・・なわけないか!

でも、入れ替ってるんなら、今僕の体にはこの女の子が?・・・・

ふと想像して、非常に気の毒に思えた。普通の人間、それも女の子が、いきなりあんな妖怪屋敷に放り込まれたら・・・・

「三葉~っ!」

考え込んでいたところで、後ろから名を呼ばれる。でも、本当の自分の名前では無いので、最初は気が付かなかった。

「三葉ってば~っ!」

ようやく自分が呼ばれている事に気付き、振り返ると、自転車に2人乗りした男女がこちらに近づいて来る。多分、この女の子の親友の、テッシーとサヤちんだろう。部屋にあった日記や、スマホの着信もこの2人のことばかり書いてあった。

「おはよう!三葉!」

「おはよう!サヤちん、テッシー。」

ここは、無難に挨拶を返しておいた。入れ替っている可能性が高い以上、あまり異常な行動を取ると、後で三葉さんが困るだろう。ただでさえ、妖怪屋敷で悲惨な目に遭っているかもしれないのに・・・・

 

その後、3人で一緒に学校まで行った。三葉さんは髪を複雑に結っているようで、そこが違うのを指摘されたが、寝坊して時間が無かったと言って誤魔化した。

また、ここは北陸に近いようで、喋り方に独特の訛りがあった。標準語で話すと逆に違和感を持たれるので、出来るだけ会話は片言で済ませた。

 

学校に着き、HRが始まると、先生がひとりの生徒を連れて入って来たが・・・・僕は、その顔を見て仰天した。

「き・・・清継くん?」

「え?」

「三葉、知り合いやの?」

「そこ!静かにして!」

つい声を上げてしまい、サヤちん達共々先生に怒られた。

「今日はまず、転校生を紹介する・・・・じゃあ、清十字、自己紹介して!」

「はい!」

彼は、先生と入れ替わりで壇上に立つ。

「清十字清司です。親の仕事の都合で、千葉から引っ越して来ました。」

何だ、清継くんじゃ無かったのか。てっきり、パラレルワールドにでも迷い込んだのかと・・・・え?清十字って?

「趣味は、妖怪探索です!」

?!・・・・

『何じゃそりゃ?』

クラス内から、どよめきが起こる。

「妖怪です!妖怪!この世には、人知を超えた妖しい存在、妖怪が実在するんです!僕はその存在を証明し、世に広めようと・・・・」

いきなり熱弁を始めようとしたので、途中で先生に止められた。

ま・・・間違い無い・・・・彼は、清継くんの従兄弟か何かだ・・・・

「じゃあ席は、宮水の隣に座って!」

「はい!」

丁度、僕の隣が空いていたので、彼は僕の隣の席になった。

「よろしく!えっと・・・・」

「あ・・ああ、こちらこそ。ぼ・・僕は奴良・・・」

本名を言い掛けて、はっとして言い直す。

「わ・・私は、み・・宮水三葉です・・・・」

「よろしく、宮水くん!」

・・・・友人の呼び方まで、清継くんと同じだ・・・・

 

昼休み、僕らは校庭の端の木陰で昼食を取った。三葉さんとサヤちん、テッシーの3人は、いつもここで昼食を取っているようだ。ただ、今日はそこにもうひとり加わっている。もちろん、転校生の清司くんだ。仲良し3人組の新メンバーといったところだが、実際は僕も新メンバーだ。みんなの事をまだ良く知らないから、何を話すにも気を遣って疲れる。逆に、清司くんは、まるで昔からの仲間のように気兼ねなく皆に話し掛けて来る・・・・まるで、清継くんそのものだ。

「さて、腹も膨れたところで、清十字怪奇探偵団糸守支部、第一回総会を行おうか!」

「ぶっ!!」

思わず、お茶を噴いてしまった。

「清十字怪奇探偵団?」

「なんや?それ?」

「本家は僕の従兄弟の清継が、東京で立ち上げた。ここは地方だから、支部となる。要は、妖怪の目撃情報を元に、その詳細を確認して記録に残すんだ!」

やっぱり・・・・清継くんの従兄弟だったんだ・・・・

「そんな事言っても、糸守に妖怪なんかおんの?」

「何を言うんだ!このような自然に囲まれた土地にこそ、多くの妖怪伝説があるんじゃないか!」

「そうやった?」

「あんま、聞かんけどな。」

サヤちんに問われ、テッシーが答える。

僕も、ここには来た事が無いので良く知らないが、岐阜は確か天下布武組のナワバリだったよな・・・・総大将は、カワエロって言ってたか・・・・

「見たまえ!」

清司くんは、ノートパソコンで検索した妖怪情報のデータベースを、皆に見せて言う。

「糸守でも、これだけの妖怪目撃情報が投稿されているんだ!」

『へえ~っ・・・・』

皆、気の無い返事で画面を覗き込む。

「そういう訳で、今夜はこの廃屋の裏の大木を調査しよう!」

『え?』

「ここには“釣瓶落とし”という妖怪が出ると伝えられている!」

ま・・・まさか、いきなりこのパターンなの?

 

 

 

「・・・ん・・んんっ・・・・」

「・・・あら?気が付いた?」

目が覚めると、じっと私を見つめる、髪の短い女性の顔が目の前にあった。さっきの女の子とは違うが、やはり見た事が無い顔だ。体を起こして周りを見ると、さっきと同じ部屋だ・・・・と、いうことは・・・・脳裏に、先程の恐怖の光景が浮かび、私はがたがたと震え出した。

「あら?どうしたの、寒気がするの?」

その女性は、優しく私の額に手を当てる。

「熱は・・・無いわね?」

最初に顔を見た時は、同い年くらいかと思ったが、仕草を見ているとずっと年配そうだ。でも、随分若く見える人だ。こんな人が、妖怪とはとても思えない・・・さっき見たのは、幻だったのかな?・・・・いや、そもそも、これは夢なのかな?

「若菜様。」

すると、襖が開いて、青い羽織を着て黒い首巻をした男性が入って来る。良く見ると、かなりのイケメンだ。

「リクオ様の様子はどうですか?」

「う~ん・・・熱は無いけど、寒気がするみたい。今日は、学校は休ませた方がいいかしら?私、ごはんをここに持ってくるわね。」

そう言って、“若菜様”と呼ばれる彼女は立ち上がり、廊下に出ようとするが・・・・

「きゃっ!」

そこに置いてあったお盆を踏んでしまい、バランスを崩して倒れそうになってしまう。

「あ・・・あぶない!」

座りかけていたイケメンの人が慌てて支えようとするが、倒れてくるのが早かったため、2人の頭がぶつかってしまう。

「うわっ!」

次の瞬間、また、私の目にとんでも無い光景が飛び込んで来た。ぶつかった拍子に男の人の首が捥げ、私の布団の上に転がって来たのだ!

「きゃああああああああああああっ!」

私は、また意識を失ってしまった・・・・

 

その後、日が暮れても、リクオは気を失ったままだった。

奴良組の者達は心配して、リクオの周りに集まっていた。

「夜になったのに、人間の姿のままだぞ?」

「いったい、どうされたのだ?若は?」

「・・・ん・・んんっ・・・・」

すると、ようやくリクオが意識を取り戻す。

「若?!」

「大丈夫ですか?若っ!」

皆、一斉にリクオの顔を覗き込む。

「?!」

目を開けたリクオ(中身は三葉)は、三度妖怪の姿を見て・・・・

「・・・・」

もう悲鳴すら出せず、そのまま失神してしまう。そして、その夜は二度と目を覚ます事は無かった・・・・

 

 

 

その日の夜僕達は、町外れに長年放置されたままの廃屋に来ていた。

清司くんが、どうしても探索すると言い張って譲らないので、流石にひとりで向かわせるのは問題だと思って同行した。何しろ僕は、妖怪が実在する事を知っている・・・・というか、僕自身が妖怪なんだけど・・・・

「見たまえ、この異様な雰囲気、いかにも妖怪が現れそうじゃないか?」

「ほ・・・ほんまに不気味やわ・・・や・・やっぱ、帰ろ!」

サヤちんが、泣き出しそうな声で言う。

「お前、何で付いてきたんや。止めとけ言うたに。」

テッシーがそれに答える。

「だ・・だって・・・三葉が、どうしても行くって言うから・・・・」

「い・・いや、清司くん・・・放っておけないし・・・・」

「俺がおるやろ。」

「で・・でも、普通の人間じゃ・・・・」

『え?』

2人は、怪訝な顔をする。

「い・・・いや、な・・・何でもない・・・はははは・・・・」

「・・・・三葉、何か妙に落ち着いとるな?恐く無いんか?」

「え?」

「ほんまや・・・三葉、こういうの一番苦手やったのに・・・」

「そ・・・そうだった?」

やばい・・・ぼろが出てきたかも・・・・

「何をしてるんだ、君達?さっさと裏に回るぞ!問題の大木は、この廃屋の裏だ!」

既に清司くんは、廃屋の右手の小道に入ろうとしている。

「う・・うん、今行くよ!」

僕達は、慌てて清司くんの後を追う。お陰で、サヤちん達が感じた違和感については、うやむやにできた。

廃屋の裏手に回ると、そこは本当に真っ暗だった。ただでさえ、田舎で明かりが少ない。加えて、町外れで家の裏手となると、全く光が入って来ない。更に今夜は曇っていて、月が隠れているので、数メートル先は全然見えない。

「おお、あの木だ!」

清司くんが、懐中電灯で前方を照らす。そこには、一本の大きなカヤの木があった。

「いやっ!ほ・・ほんまに何か出そう・・・」

サヤちんが、僕の腕にしがみ付いてくる。

いや・・・出そうどころの話じゃ無い!こ・・・この妖気はやばい!

「清司くん!戻って!それ以上進んじゃダメだ!」

「は~ん?何を言ってるんだ宮水くん、近づかなきゃ妖怪に会えないじゃないか!」

「だから、この妖怪はまずいんだって!」

『え?』

――― しまった! ―――

また、サヤちんとテッシーが怪訝な顔をする。

慌てて口を押さえて、2人の顔色を伺っている間に、清司くんは木の根元付近まで行ってしまう。

「ほげえっ!」

その時、木の上から突然何かが落っこちて来て、清司くんの頭に直撃する。その衝撃で、清司くんはのびてしまう。

『な・・何?』

僕の方を向いていた、サヤちんとテッシーは、清司くんの声を聞いて木の方に向き直る。

次の瞬間、倒れた清司くんの上に浮いている物体を見て、2人は・・・・

「きゃああああああっ!」

「うわああああああっ!」

同時に大きな悲鳴を上げる。そこには、人間の数倍もの大きさの首が浮いていた。胴体は無く、首だけだ。鬼の面のような鋭い目に、耳まで裂けている大きな口、その口には鋭い牙が生えている。頭には長い髪が生えていて、尻尾のように長く伸びている。

「くくくくく・・・ここに、人が来るのは何年振りかのう?久しぶりの、ご馳走じゃ!」

こ・・・こいつが、“釣瓶落とし”か?

「・・・・」

「さ・・サヤちん?」

サヤちんは、とうとう気絶してしまった。

「ば・・・ばけもんがああっ!」

テッシーは、近くに落ちていた木片を拾って、勇猛果敢にも釣瓶落としに向かって行く。

「だ・・・ダメだ!テッシー!」

確かに彼はガタイが良くて、力もありそうだけど、普通の人間じゃ妖怪には敵わない。

「うおおおおおおっ!」

テッシーは、木片で殴りかかるが、あっさりと攻撃は交わされてしまう。

「?!」

テッシーの後ろに回り込んだ釣瓶落としは、尻尾のような髪をテッシーの首に巻き付ける。

「ぐわっ!」

苦しくて、木片を離してしまうテッシー。更に釣瓶落としは、そのままテッシーの体を振り回す。

「ぐうううううううっ!」

首が絞まり、苦しむテッシー。

「や・・・やめろおおおっ!」

釣瓶落としは、振り回したテッシーの体をカヤの木に叩き付ける。

「ぐはっ!」

ようやく、首に絡みついた髪の毛は解かれたが、テッシーもこの衝撃で気を失ってしまう。

「ぐふふふふふふふふふふ!」

不気味な笑い声を上げて、釣瓶落としは今度は僕達の方を向く。

「久々のご馳走は、やはり、若いおなごから頂くとしようかの!」

僕は、慌ててテッシーが落とした木片を拾い上げる。左手にサヤちんを抱え、右手で木片を構える。

まずい、このままじゃ皆やられる・・・・僕が、皆を助けないと・・・・でも、この体は僕の体じゃ無い・・・妖怪の血が無ければ、妖力は使えない・・・・

「ぐわあああああああっ!」

釣瓶落としが、僕らに向かって突進して来る。

「くそっ!」

僕は、木片で釣瓶落としに殴り掛かるが、大きな口に受け止められてしまう。動きの止まった僕に、釣瓶落としの長い髪が襲い掛かる。鞭のように撓った髪に吹き飛ばされ、僕は廃屋の壁に叩き付けられる。

「うぐっ!」

その時、体の中の血が騒ぎ出すのを感じた・・・・こ・・この感覚は?・・・で・・でも、これは僕の体じゃ無いのに・・・・

 

「まずは、お前から喰ろうてやるうううううううっ!」

釣瓶落としは、壁にもたれて項垂れている三葉に向かって来る。だが、その三葉の体が徐々に変化していく。髪の色が、見る見る内に銀色に染まっていく・・・・

「・・・い・・いい加減にしやがれ・・・」

「ぐわああああああっ!」

釣瓶落としは三葉の首筋に噛み付く・・・・が・・・三葉の体は、幻のように消え去ってしまう。

「な・・・何?ど・・・何処に行った?」

「ここだ!」

釣瓶落としの背後に、煙のように黒い闇が立ち昇り、その中から三葉が現れる。しかし、その姿は今迄の三葉のものでは無かった。

髪は銀色に染まり、元の倍の長さになって、風に棚引くように伸びている。身の丈は170cmを越え、成人男性のような体格になっている。そして、その顔にある細く鋭い目が、釣瓶落としを厳しく睨み付けている。

「人に仇なす妖怪は、この俺が許さねえ!」

 




さすがにもう“君の名は。”フィーバーは終わったかもしれませんが、また書いてしまいました。
今回の三葉は、気絶してるだけで何にもしていませんが・・・・
この話のリクオですが、三葉と同じ高校2年生になってます。
つまり、鵺との戦いの3年後くらいの設定です。
カナちゃん達も、リクオと同じ高校に通っています。今回は出てきませんでしたけど。
ただ、ゆらちゃんは花開院28代目を継いだ為、京都に居ます。
あと、糸守で妖怪騒動を起こすために、糸守にも清継くんキャラを出してしまいました。


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《 第二話 》

突然、奴良組三代目奴良リクオと入れ替ってしまった三葉。元々苦手な魑魅魍魎に囲まれ、何度も失神してしまう羽目に・・・・
一方、その三葉と入れ替って糸守に来てしまったリクオ。転校生の清十字清司に振り回され、妖怪の住処に入り込む事に。
その妖怪に襲われ絶体絶命の時に、人間である筈の三葉の体に変化が・・・・




 

「まずは、お前から喰ろうてやるうううううううっ!」

釣瓶落としは、壁にもたれて項垂れている三葉に向かって来る。だが、その三葉の体が徐々に変化していく。髪の色が、見る見る内に銀色に染まっていく・・・・

「・・・い・・いい加減にしやがれ・・・」

「ぐわああああああっ!」

釣瓶落としは三葉の首筋に噛み付く・・・・が・・・三葉の体は、幻のように消え去ってしまう。

「な・・・何?ど・・・何処に行った?」

「ここだ!」

釣瓶落としの背後に、煙のように黒い闇が立ち昇り、その中から三葉が現れる。しかし、その姿は今迄の三葉のものでは無かった。

髪は銀色に染まり、元の倍の長さになって、風に棚引くように伸びている。身の丈は170cmを越え、成人男性のような体格になっている。そして、その顔にある細く鋭い目が、釣瓶落としを厳しく睨み付けている。

「人に仇なす妖怪は、この俺が許さねえ!」

「き・・・貴様、妖怪だったのか・・・しかし・・・・」

釣瓶落としは、尻尾のような長い髪を再び振り回す。

「わしは今迄に、何匹もの妖怪をもこの髪の餌食にして来たんじゃ!」

髪を鞭のように撓らせて、変化した三葉に襲い掛かる。

「鏡花水月!」

しかし、三葉の体は幻のように霞むだけで、全く捕えられない。

「な・・・何故だ?どうして何の手応えも無いんじゃ?」

幻のような三葉の姿は、ゆっくりと釣瓶落としに近づいて来る。

「おのれええええええええっ!」

釣瓶落としは、もう一度鋭い牙で三葉に嚙付く。しかし、またしても三葉は幻のように消えてしまう。

「喰らえっ!」

突然、釣瓶落としの脳天を凄まじい衝撃が襲う。

「ぎいええええええええええっ!」

釣瓶落としは、思い切り地面に叩きつけられてしまう。

その頭は、木片で地面にめり込まんばかりに押さえつけられている。木片の先には、再び三葉の姿が現れる。

「どうだ・・・ちったあ、手前にやられたもんの痛みが分かったか?」

「ぐうおおおおおおっ!な・・・何者じゃ?き・・・貴様?」

「関東任侠妖怪・・・奴良組三代目、奴良リクオだ!」

「ぬ・・・奴良組?!」

三葉は、木片を離す。顔を上げた釣瓶落としは、変化した三葉の姿を見上げて、再び地面に頭を付ける。

「も・・・申し訳ございやせん!ぬ・・奴良組の三代目とは気付きませんで・・・し・・失礼の数々、お・・お許しを・・・ど・・どうか、命ばかりは・・・・」

相手が奴良組三代目と知ってからは、釣瓶落としは、急に大人しくなり縮こまってしまう。それもその筈、京都で関東の奴良組が鵺を倒した事は、全国の妖怪に知れ渡っている。その奴良組の総大将ともなれば、そんじょそこらの妖怪が太刀打ちできる相手では無い。

「お前、天下布武組の者か?」

「え?・・・い・・・いえ、違いやす。ここらは、はぐれ里なんで、天下布武組のナワバリや無いんです・・・・わ・・わしは、何処にも属してやせん・・・」

「そうか・・・・じゃあ、今夜から糸守は俺が仕切る!俺のシマで、人に仇なす事は許さねえ!」

「へ・・・へへえええええっ!」

「分かったら、とっとと失せろ!」

「へ・・へい!」

釣瓶落としは、すたこらと逃げ去って行った。

その姿が完全に消え去った後、三葉(リクオ)は改めて自分の体を見渡す。

 

・・・俺の体じゃねえのに、何で変化できるんだ?今も、妖怪の血がたぎっているのを感じる・・・・まさか?・・・・

 

「ん・・んんっ・・・・」

その時、気絶していたテッシーが声を上げた。三葉は、直ぐに変化を解いて元に戻り、サヤちんのところまで寄って彼女を抱き起す。彼女の方は、まだ気を失ったままだ。

「ん?ど・・・どうなったんや?俺?」

テッシーは、ゆっくりと体を起こす。

 

「だ・・・大丈夫?テッシー?」

「み・・・三葉?・・・俺、どうしてたんや?・・・あれ?化けもんは?」

ここは、幻でも見たと思わせた方がいいな?

「え?何?化け物って?」

「何って・・・さっき出たやろ!どでかい首の化けもんが!」

「何処に?」

「何処って・・・・ん?・・・何処や?」

「木の葉か何かを、見間違えたんじゃないの?化け物なんて、出てないよ。」

「え~っ?そんな、俺は確かに・・・・」

テッシーは怪訝そうな顔をするが、当の釣瓶落としが居ないんじゃ証明のしようが無い。奴もあれだけ脅しておけば、当分僕達の前には現れないだろう。清司くんはいきなり気を失ったから妖怪を見てないし、サヤちんもこのまま家に連れ帰れば、夢でも見たと思うだろう。

こうして、清十字怪奇探偵団糸守支部の第一回妖怪探索は、うやむやの内に終了した。

 

 

 

「・・・ん?・・・」

顔に当たる陽の光で、目が覚める・・・・見慣れた天井、聞き慣れた鳥の囀り・・・・ゆっくりと体を起こして、辺りを見回す・・・・いつもの、私の部屋だ・・・・

何だろう?凄く、怖いものでも見たような・・・・徐々に、記憶が蘇って来て・・・・

「きゃああああああああああっ!」

悲鳴に反応して、階段を駆け上がる音が聞こえて来る。

「ど・・どないしたん?お姉ちゃん?」

勢い良く襖が開き、血相を変えた四葉が顔を出す。

「え?」

そこで、我に帰る。ここには、妖怪は居ない。いつもの私の部屋、いつもの朝、いつもの四葉の顔・・・ほっと、一息付く。

「ご・・・ごめん、ちょっと、怖い夢見ちゃって・・・・」

「夢?・・・なんね、人騒がせな・・・・もうごはんやよ!早よ、顔洗ってきいな!」

その後もぶつぶつと小言を言いながら、四葉は下に降りて行った。

夢?夢だったんだよね?あれは・・・・妖怪なんて、実際に居る訳無いし。でも、何か生々しく記憶に残ってる・・・・思い出したく無いけど、鮮明に思い出せてしまう。こんな夢ってあるの?

とりあえず、立ち上がろうとすると・・・

「痛っ!」

腰の辺りに激痛が走った。な・・・何なの、この痛み?

何とか立ち上がって、姿見の前まで行き、パジャマを脱ぐと・・・・

「ええっ?」

腰の辺りに、大きな痣がある・・・何で?昨日、転んだりしたっけ?昨日は、妖怪に驚いてただけで・・・いや、あれは夢だから・・・昨日・・・何してたんだっけ?

 

朝食を終え、学校に向かって歩いていると、

「三葉~!」

テッシーの声が聞こえて来たので、振り返る。自転車がこちらに近づいて来るけど・・・

あれ?テッシーひとり?サヤちんは?

「おす!」

「おはよう、テッシー・・・サヤちんは?」

「あ、ああ・・・昨日の件が、ショックだったみたいや。今日は休むて・・・」

「昨日?何かあったっけ?」

「例の、妖怪騒ぎや。」

「えっ?」

 

その後、学校に行って更に驚いた。いきなり私の隣の席に、知らない男子が居て、その人は馴れ馴れしく“宮水くん”と話し掛けて来る。昨日転校して来たという話だが、そんなの知らない。仮にそれが事実だとしても、何でこんなに馴れ馴れしいの?まるで、何年も友達だったような口ぶりなんですけど・・・・

「いやあ、しかし昨夜は残念だったな。絶対妖怪が出ると思ったんだが・・・」

「でも、早耶香は確かに見た言うとるが。」

「え?何の話?」

「昨晩の、妖怪探索の話に決まってるじゃないか?」

「だから、何やのそれ?さっぱり分からんのやけど。」

「お前も行ったやろ?」

「何で私が?私がそういうの苦手なの、テッシーも知っとるやろ。」

「何言っとんのや?お前が行く言うから、早耶香も付いて来たんやろ!」

「ええ~っ?」

全く話が噛み合わない。今日は、一日中そんな感じだった。ただ、散々口論したおかげで、清司くんという転校生とは、気兼ね無く話せるようになった。

 

夜は、家の奥の作業部屋で組紐作りを行った。

私とお婆ちゃんが、専用の器具で紐を組み合わせる。四葉は、糸を縒り合わせる作業をしている。

「あ~ん、私もそっちがいい。」

「四葉にはまだ早いわ。」

四葉が不平を言うが、お婆ちゃんに言いくるめられてしまう。

「わし達の組紐にはなあ、糸守の歴史が刻まれとる・・・・・」

作業をしながら、お婆ちゃんの得意の口上が始まる。小さい頃から、何度聞かされたことか・・・

「・・・・今を遡ること200年前、草履屋の繭五郎の風呂場から火が出て、ここら一帯は丸焼けとなってまった。お宮も古文書も皆焼け、これが俗に言う ――― 」

そこでお婆ちゃんが私を見るので、

「繭五郎の大火!」

私はすらりと答える。お婆ちゃんは満足そうな顔をする。

「ええっ?火事に名前ついとるの?繭五郎さん可哀想・・・・」

四葉が驚く。

「おかげで、わし達の組紐の文様が意味するところも、舞の意味も解らんくなってまって、残ったのは形だけ。せやけど、意味は消えても、形は決して消しちゃあいかん。形に刻まれた意味は、いつか必ずまた蘇る。」

お婆ちゃんは、そう言って作業を続ける。

でも、ずっと離れた家の風呂場から出だボヤでお宮まで燃えるなんて、本当にただの火事だったのかな?

 

 

 

目が覚めると、自分の部屋だった。入れ替り・・・かどうかはまだ分からないが、三葉さんになっていたのは、昨日だけのようだ。

「若っ!」

突然、勢い良く襖が開いて、氷麗が飛び込んで来る。

「だ・・大丈夫ですか?若?」

「ああ、おはよう氷麗。」

「わ・・・私が分かるんですね?」

「え?・・・う・・うん。」

「良かったあっ!」

そう言って、氷麗は抱き付いてくる。

「お・・おい・・・」

「し・・心配したんですよ、あのまま元に戻らなかったら、どうしようって・・・・」

はは・・・やっぱり、昨日は僕の中に三葉さんが居たようだ・・・・

 

その後は、皆に会う度に同じような反応をされて大変だった。でも、まさか見ず知らずの女の子と入れ替っていたと言っても信じないと思って、適当に誤魔化した。

しかし、昨日は何故あんな事が起こったんだろうか?あれも、妖怪の妖力か何かかな?だとすると、僕の力とは思えない。じゃあ、三葉さんの?

三葉さん、人間だと思っていたけど・・・・昨日感じた、あの血の騒ぎは・・・・でも、どう見ても妖怪には見えない。友達の話を聞いても、お化けや妖怪の類が苦手って言ってた。昨日は、家の組の小妖怪にさえ怯えてたみたいだし・・・・もしや、半妖?

「若、何か悩んでおられるんですか?」

「え?あ・・ああ、な・・何でも無いよ。」

学校へ向かう途中、考え込んでいたので氷麗が心配して聞いてくる。

考えても答えは出ないな。そもそも、あれは昨日で終わりだったのか?もしかして、また同じ事が起こるのかな?

 

「リクオくん、昨日はどうしたの?まさか、出入りとか?」

「え?ち・・違うよ、ちょ・・ちょっと、体調が悪くて・・・・」

学校に着いたら、今度はカナちゃん達が心配して尋ねて来た。

「まさか、清継にうつされたんじゃ無いよね?あいつも、昨日から休んでるけど。」

と、巻さん。

「え?清継くん、休んでるの?」

「風邪でも引いたんじゃねえ?熱が下がらないって、島が慌ててた。大方、また夜中まで妖怪探索してたんじゃねえの?もう、夜は冷えて来たってのに・・・・」

「わざわざ探索しなくても、リクオくんの家に行けば見れるのにね。」

「ちょ・・・ちょっとカナちゃん、が・・・学校では・・・・」

「あ・・・ご・・・ごめんなさい!」

高校生になって、クラスメイトも変わったので、僕が妖怪の総大将である事を知っているのは、中学から一緒の清十字怪奇探偵団の皆だけだ。余計な混乱を起こさないよう、学校では僕の正体は秘密にしている。

そうか、清継くんは休みか。清司くんの事を、聞きたかったんだけどな。

 

家に帰って、廊下を歩いていると、縁側でお爺ちゃんがお茶を飲んでいた。

「おお、お帰り、リクオ。」

「ただいま。」

お爺ちゃんの顔を見て、ふと昨日の事が気になったので聞いてみた。

「ねえ、お爺ちゃん?」

「ん?」

「他の妖怪と入れ替る能力を持った妖怪、って知ってる?」

「はあ?・・・・何じゃそりゃ?入れ替り?・・・・」

お爺ちゃんは、少し考え込んでいたが・・・・

「聞いた事が無いのぉ・・・それが、どうかしたのか?」

「う・・・ううん、な・・何でも無いよ。」

お爺ちゃんでも知らない。やっぱり、三葉さんの妖力じゃ無いのかな?

 

翌朝、目が覚めると・・・・

「え?・・・」

ま・・また、三葉さんの部屋だ。また、入れ替ってる!

 

 

 

「きゃああああああああああっ!」

「待って下さい!どうなさったんですか?わかあっ!」

奴良組総本家の廊下を、一心不乱に逃げ回るリクオ(中身は三葉)。その後ろを、氷麗と、奴良組の妖怪達が追い掛けている。

「た・・・たすけてえええええええっ!」

 






という訳で、このお話では三葉もただの人間では無く、半妖です。但し、1/4どころでは無く、妖怪の血は相当薄いです。本人も、家族も、妖怪の血が混ざっている事は知りません。まずは、三葉に妖怪に慣れてもらわないと、話が進まないのですが・・・・
リクオの方は、糸守を勝手に自分のシマにしてしまいました。こんな事をして、糸守の妖怪達が黙っているのでしょうか?・・・・


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《 第三話 》

また入れ替わり、妖怪屋敷の中で逃げ回るリクオ(三葉)。
そんなリクオの異常に、いち早く気付く者が・・・・
三葉に入ったリクオの方も、何とか無難に振舞おうとしますが、次第にボロが・・・・




 

「きゃああああああああああっ!」

「待って下さい!どうなさったんですか?わかあっ!」

奴良組総本家の廊下を、一心不乱に逃げ回るリクオ(中身は三葉)。その後ろを、氷麗と、奴良組の妖怪達が追い掛けている。

「た・・・たすけてえええええええっ!」

長い廊下の角を曲がったところで、三葉は右手の襖を開けてその部屋に飛び込む。襖を閉め、身を低くして、じっと息を潜める。

「わかあああああああああっ!」

氷麗を先頭にした妖怪集団が、襖の向こうの廊下を駆け抜けて行く。一団が過ぎ去ったところで、リクオはほっと一息つく。

「何の騒ぎじゃ?」

「?!」

背後から、突然声がするので振り向くと、部屋の中央にひとりの老人が座っている。老人は、静かにお茶を飲んで居る。

 

え?このお爺ちゃん、さっきから居た?部屋に入る時に、全然気が付かなかったけど・・・・

 

改めてその老人を見て、三葉は少し震えた。そもそもここは妖怪屋敷、もしかして、目の前の老人も妖怪なのか?その奇妙な頭の形が、尚更人間らしからぬ雰囲気を醸し出している。

「ん?どうしたんじゃ?リクオ?」

「え?い・・・いえ・・・その・・・・」

恐怖と警戒心で、リクオは言葉が出ない。

「んんっ?」

老人は、リクオの様子がおかしいのに気付いて、じっと彼の目を見つめる。と、その時、

『総大将、ちょっと宜しいでしょうか?』

襖の向こうから、男の声がする。

「おう、入れ。」

『失礼します。』

襖が開き、ひとりの男が部屋に入って来る。だが、その男の姿を見て、三葉は凍り付いた。

入って来たのは、青い羽織を着て、黒い首巻を巻いた、イケメンの男性であった。

「首無、いつまでわしを総大将と呼ぶんじゃ?今の総大将は、リクオじゃぞ。」

「あ・・・も・・・申し訳ありません・・・・ん?り・・リクオ様?」

リクオは、“首無”と呼ばれた男を、がたがたと震えながら見つめていた。

「ど・・どうかなされましたか?リクオ様?」

「あ・・・あなた・・・ど・・どうして生きとるの?く・・・首が捥げたんじゃ?」

「捥げた?・・・捥げるも何も、私の首は・・・・」

そう言って、首無は、自分の頭部だけをはるか上方に浮かせて見せる。

「ひっ!」

その瞬間、三葉は白目を向いて、意識を失って倒れてしまう。

「り・・リクオ様っ?!」

慌てて、リクオに駆け寄る首無。

老人・・・ぬらりひょんは、腕を組んで、じっとその様子を見つめていた。

 

 

 

糸守の田舎道を、僕は学校に向かって歩いていた。

大丈夫かな?三葉さん・・・まさか、また入れ替るなんて・・・・

「三葉~っ!」

後ろから名を呼ばれて振り返ると、テッシーとサヤちんが、自転車に2人乗りしてこちらに向かって来る。

良かった、2人とも元気そうだ。釣瓶落としの件は、夢か幻と思ってくれたんだな。

 

と、思ったら、サヤちんはその件がショックで、昨日1日寝込んでいたそうだ。テッシーの方も、未だに夢とは思えないといった感じだ。

「三葉は、覚えとらんの?」

「覚えてるも何も、妖怪なんて見て無いし・・・」

「ん?昨日は、“妖怪探索なんか行っとらん”て言っとったやろ?」

「え?」

そ・・・そうか、昨日は三葉さん本人だったから、当然そう言うよな・・・・

「あれ、三葉、また髪結っとらんね?」

「ほんまや、また侍やな?」

「う・・うん、ちょっと寝坊して、時間が無くて・・・・」

「何か三葉、雰囲気違わない?」

「え?」

「妙に落ち着いとるしな・・・・」

「そ・・・そんな事無いよ!」

「言葉使いも、変やない?」

「そ・・・そんな事・・・」

「全然、訛っとらんしな?」

ま・・・まずい、どうしよう・・・・

「おはよう!諸君!」

そこへ、清司くんが割って入って来た。

「あ・・お・・おはよう清司くん。」

『お・・・おはよう・・・』

サヤちんとテッシーは、ちょっと力無く挨拶を返した。先日は、散々彼に振り回されたのだから、分からなくも無い。

「名取くん、もう体は大丈夫かい?」

「え?・・・ええ・・・」

「そうか、じゃあ今夜は、第2回妖怪探索に出掛けても大丈夫だね?」

『ええ~っ?!』

3人揃って、不平の声を上げた。

 

昼休み、いつものように、校庭の隅で昼食を取り、食後にまたその話になる。

「私はもう嫌やっ!絶対に行かへんからっ!」

サヤちんは、目に涙を溜めて訴える。

「そ・・・そんな?妖怪をこの目で見る、絶好の機会なんだよ?」

「もう二度と、あんな怖いもの見とう無い!」

「え~っ?」

同意が得られず、清司くんはがっくりと肩を落とす。

「諦めや、清司。俺が、一緒に行ってやるで。」

そう言って、テッシーは清司くんの肩に手を置く。自分も怖い思いをしている筈なのに、優しいんだな、テッシーって。

「三葉はどうするんや?」

「え?」

急に、テッシーが僕に振って来る。

「い・・・行く訳無いでしょ!私、そういうの苦手なんだから・・・・」

ここは、こう言っておかないと怪しまれる。それに、2人を見守るなら、別行動の方が都合がいい。

「そんなあ・・・・」

清司くんは、更に肩を落とす。それを、テッシーが懸命に宥めている。

 

夜も更けた頃、僕は、こっそりと家を抜け出そうとする。しかし・・・・

「お姉ちゃん?こんな時間に、何処行くん?」

妹の四葉ちゃんに見つかってしまった。

「あ・・・い・・いや、ちょ・・・ちょっと、テッシー達と約束があって・・・」

「こんな夜中に?」

「う・・うん・・・」

「その包みは、何やの?」

脇に抱えた包みを見て、四葉ちゃんは聞いて来る。

実は、妖怪相手に毎度丸腰では心もとないので、神社から御神刀をこっそり拝借して来ていた。

「こ・・・これは、て・・テッシーに頼まれた物で・・・・」

「背中にしょっとるリュックは?」

「こ・・・これも、テッシーに頼まれて・・・・」

リュックの中には、着替えが入っている。三葉さんの服では、変化した時に窮屈なので、神社にあった羽織袴を借りて来た。

「ふうん・・・・」

四葉ちゃんは、相変わらず不審そうに見つめている。

「じゃ・・・じゃあ、行って来るね。」

そう言って、僕は逃げるように家を出て行った。

 

三葉が出て行った後、四葉が部屋に帰ろうとすると、突然電話のベルが鳴った。

部屋に行きかけたところで戻って、四葉は電話に出る。

「はい、宮水です。」

『あ・・・四葉ちゃん?早耶香やけど・・・』

「ああ、サヤちん。お姉ちゃんなら、今出たとこやよ。」

『え?ど・・・何処に?』

「テッシーと約束や言っとったけど、サヤちんも一緒やないの?」

『ええっ?!』

 

その頃、テッシーと清司は、山のふもとの小川に居た。

「何で、こんな時間に川に網を張るんや?」

「この時間に、この川に網を張ると、“川男”という妖怪が出てくるんだ。」

「ほお?・・・・」

テッシーは、半信半疑で作業を手伝っている。

 

その2人を、木の陰からじっと見つめる妖しい影がひとつ。身の丈は2m近くあるだろうか、細身で全身どす黒い怪物が、獲物を狙うような目を2人に向けている。

「ひひひひひ・・・俺様の狩場に入り込むとは、運の無い奴らだ。」

「待ちな。」

その黒い影を、背後から呼び止める者が・・・・妖怪の姿に変化した、三葉だ。今夜は白と赤の羽織袴に身を包み、御神刀を肩に掛けている。

「何だ?手前は?この辺は、この川男様のナワバリやぞ!」

「今度、この辺をシメる事になった“奴良リクオ”だ。」

「ふざけんじゃねえっ!」

川男は、三葉に向かって水を吐く。鉄砲のような水が、三葉を襲う。しかし、三葉の体は幻のように揺らいで、水鉄砲はすり抜けていくだけだ。

「な・・・どうなってやがる?これならどうだっ!」

川男は、マシンガンの如く水鉄砲を連射する。その連射で、三葉の姿は跡形も無く消える。

「へっ、粉微塵に吹っ飛んだか?」

「こっちだ。」

背後からの声に振り向くと、三葉が、御神刀を振り上げて待っていた。

「喰らいな。」

三葉は、刀を振り降ろし、川男を一刀両断する。

「ぎやああああああああああっ!」

激しい血しぶきが上がり、川男は真っ二つに・・・・なってはいなかった。

「え?・・・あれ?」

自分が切られていない事に気付き、茫然とする川男。

「今のは、俺の畏が見せた幻覚だ。まだ闘るってんなら、今度は本当に叩っ切る!」

「ひいええええええええっ!」

川男は、三葉の前に土下座をする。

「ま・・・参りました。さ・・・流石、噂に聞く奴良組の三代目。」

「今後、俺のシマで勝手な悪行は許さねえ!いいな?」

「へへええええええええっ!」

こうして、また、糸守でのリクオの百鬼が増えていく。

 

「おい、全然妖怪なんて出えへんやないか!もう帰ろうや。」

「何を言うんだ、勅使河原くん!これからだよ、これから!」

その後、何時間待っても、2人の前に川男が現れる事は無かった・・・・

 

 

 

「んっ・・んんっ・・・」

目が覚めると、朝起きた時と同じ布団の中だった。また、気を失っていたようだ。

体を起こすと、横に、先程のお爺ちゃんが座っていた。

「・・・あんた、リクオじゃ無いな?」

私は、無言で、ゆっくりと頷いた。

「あんたは、何者だ?何故、リクオの中に居る?」

そんな事言われても、私も何が何だか分からない・・・・答えられず、戸惑っていると、

「ああ、済まない。どうやら、あんたにも分からんようだな・・・・すまんが、あんたの事でいいから、話してくれんか?」

「は・・・はい・・・・」

私は、自分の名前が“宮水三葉”という事、岐阜県の糸守町に住む高校2年生の女子である事、お婆ちゃんと妹との3人家族で暮らしている事、リクオくんと入れ替ったのは今日が2回目である事等を説明した。

「あんた、人間か?」

「は・・はい、もちろん・・・」

お爺ちゃんは、その答えに対してだけは、何故か怪訝そうな顔をして私を見つめていた。

「うむ・・・あんたの事は、良く分かった。今度は、こっちの説明をする。もう分かっていると思うが、ここは関東任侠妖怪一家“奴良組”の総本家だ。あんたが入れ替っとるのはわしの孫、奴良組三代目総大将“奴良リクオ”だ。」

「は・・はい・・・」

この人、このリクオくんのお爺ちゃんだったのね。

「ただ、リクオは完全な妖怪では無い。半妖じゃ!」

「半妖?」

「簡単に言えば、妖怪と人間のハーフじゃ。リクオの母親は、人間じゃ。」

そ・・・そうなんだ!・・・あ、先日会った髪の短い女性、あの人がリクオくんのお母さん?どう見ても妖怪に見えなかったけど、人間だったんだ・・・・

「カラス天狗、おるか?」

「はい、総大将、ここに。」

突然、目の前に服を着た、喋るカラスが現れた。しかし流石に、もうこの程度では驚かなくなった。

「お前まで・・・もうわしは、総大将では無いと言ったろ。」

「いえ、私ももう隠居の身です。リクオ様の百鬼は、息子達に引き継ぎました。ですから、私にとっての総大将は、生涯あなたです。」

「やれやれ・・・・すまんが、リクオの側近だけをここに呼んでくれんか?」

「はっ!」

そう言って、カラスさんは飛び立って行った。

 

少しして、部屋にカラスさんに呼ばれた、リクオくんの側近の妖怪達が集まって来た。

私は、お爺ちゃんの横に座り、その側近妖怪達と対峙している。

まず、朝起こしに来る長い髪の、手が異様に冷たい女の子。未だに、心配そうに私の顔を見詰めている。

次は、体が大きく、肌は黒く、髪が角のように尖っているお坊様。

その隣もお坊様だが、こちらは細身で、長い黒髪に笠を被っていて、あまり妖怪っぽく無い。

そして、先程も会った“首無”さん。首巻で遠めには分かり難いが、良く見ると、胴体と頭部の間にはっきりと隙間が・・・これは、未だに馴染めない・・・怖い・・・・

その隣に、もうひとり女の人。ウェーブのかかった長い髪で、非常に色っぽく、胸も大きい。大人びた女性だ。

最後は、名前を聞かなくても姿で分かる。絵本等でも良く見た姿、河童。

まず、お爺ちゃんが話を切り出す。

「回りくどい説明は抜きじゃ。単刀直入に言うが、ここに居るリクオは、リクオであってリクオじゃ無い。」

『はあ?』

全員、怪訝そうな顔をする。

「姿はリクオじゃが、中身は、岐阜の糸守に住む女子高生じゃ!」

『ええ~っ?!』

全員、一斉に驚きの声を上げる・・・・それはそうよね・・・・

 






さり気無くテッシー達を助けたつもりのリクオですが、出掛けた事がサヤちんにばれてしまいます。これが、この後どう影響してくるのか?
この話に出て来る“川男”は、本来人を襲う妖怪では無く、やたらと話し掛けて延々話し続ける傍迷惑な妖怪なんですが、それでは百鬼にならないので、勝手にアレンジしてしまいました。


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《 第四話 》

今回は、奴良組の側近達が入れ替わりの事実を知る話です。
ただ、一番衝撃を受けるのは氷麗です。
その氷麗の、暴走が始まります・・・・




 

奴良組総本家の一室、奥にぬらりひょんとリクオが並んで座っていて、その前に、リクオの側近である氷麗、青田坊、黒田坊、首無、毛倡妓、河童が並んで座っている。

 

「回りくどい説明は抜きじゃ。単刀直入に言うが、ここに居るリクオは、リクオであってリクオじゃ無い。」

『はあ?』

全員、怪訝そうな顔をする。

「姿はリクオじゃが、中身は、岐阜の糸守に住む女子高生じゃ!」

『ええ~っ?!』

全員、一斉に驚きの声を上げる・・・・それはそうよね・・・・

「あ・・・あの、総大将・・」

首無さんが、口を出す。

「何度言わせるんじゃ、首無、今の総大将はリクオじゃぞ。」

「あ・・・も・・申し訳ありません・・・ですが、今日は4月1日では無いんで・・・」

「冗談を言っている訳では無い。では聞くが、お前達、今のリクオから奴の畏を感じるか?」

そう言われて、全員がはっとする。

「た・・・確かに、リクオ様の畏を感じません・・・」

と、長い黒髪に笠を被ったお坊さんが答える。

「リクオが、皆の事を忘れたり、怖がって逃げ回ったりすると思うか?」

「はあ・・・そう言われてみれば・・・・」

と、首無さん。

「そして、何より確かな証拠は・・・・」

『・・・・』

皆、ぐっと息を呑み込み、次の言葉を待つ。

「わしの女子高生センサーに、しっかり反応しとる事じゃ!」

『どわああああああああっ!』

全員、思いっきりズッコケた・・・・こ・・この“エロじじい!”と、誰もが思ったが、口には出せなかった。

「三葉さん、あんたから、自己紹介してくれんか?」

「は・・はい!」

姿勢を正して、皆の方を向いて、私は喋り出す。

「は・・・始めまして、“宮水三葉”と申します。岐阜の糸守という町に住む・・・えっと・・・に・・人間です。色々、お騒がせしてしまって、申し訳ありません・・・・な・・何しろ、私、今迄妖怪とかすごく苦手で・・・・」

そこまで話して、異様な殺気に気付く。良く見ると、先程まですごく心配そうな顔をしていた右端の女の子が、鬼のような形相でこちらを睨んでいた。

「え?・・・あ・・・あの?」

周りの側近の方達も、その異様な雰囲気を察したようで、徐々に彼女から離れて行く。

そして彼女は、正座したままで徐々に近付いて来て、私の目の前まで来る。

「・・・あなた、」

「は・・はい?」

「リクオ様とは、どういう関係なの?」

「え?」

「いつ、リクオ様と知り合ったの?」

「な・・何を?」

「何であんたが、リクオ様の中に入ってんのよっ!」

「そ・・・そんな事言われても、私にも分からない・・・」

「出て行きなさいよ!今直ぐ!勝手にリクオ様の中に入らないで!」

「お・・・おい、止めろ氷麗!」

周りの皆が止めに入るが、“氷麗”と呼ばれるこの娘は止まらない。

「返して!私のリクオ様を返してよ!」

最初は圧倒されっ放しだったが、あまりの態度に、こっちも段々腹が立って来た。

「うるさいわねっ!入りたくて入ったんや無いわっ!」

「な・・・何ですって?」

「こっちだって迷惑しとるんよ!私が悪者みたいに言わんといてっ!」

「何開き直ってんのよ!盗っ人猛々しいとはこの事だわ!」

「誰が盗っ人やの?このリクオくんが、いつあんたの物になったん?あんた家来やろ!立場をわきまえなさいよ!」

「何ですって~っ!私は、リクオ様の第一の側近なのよ!」

「側近のくせに、主を私物化すんじゃないわよ!」

「こ・・・この~っ!」

もう、誰も止めなかった。この罵り合いは、十分以上続いた・・・・

 

言いたい事を言いまくって、もう言葉が出なかった。落ち着いたところで、再びお爺ちゃんが切り出す。

「では、話を戻すが、リクオにこの娘が入っているのと同様に、今リクオは、糸守でこの娘の中に入っとる。」

「えっ?」

「で・・では、リクオ様は、今たったおひとりで?」

「そこは、心配する必要は無かろう。この娘も、今迄妖怪を見た事が無いというくらい平穏な町じゃ。誰も、この娘の体に、奴良組三代目が入っているとは思うまい。」

「はあ・・・」

「この入れ替わりは今日が2回目、前回の時は、朝起きてから次の朝目覚めるまで入れ替わったままだったそうじゃ。前回、この娘は何度も気を失ったが、元に戻る事は無かった。1日経たないと元に戻らないのか、2人同時に寝ていないと駄目なのか、今はまだ分からん。」

『・・・・』

皆、真剣に聞き入っている。

「問題はここからじゃ。今日のように三葉がリクオと入れ替わっている時は、お前達がリクオを護れ!」

『え?』

「この娘は人間じゃ。妖力を使う事はできん。もし刺客に狙われても、自分で身を護る事はできん!」

「ああ・・・確かに・・・」

「ですが総大・・・初代、それならば、外には出さずにずっと屋敷の中で匿われては?」

「そうなると、組の者全員にこの事を告げねばならん。でないと、余計な混乱を招く。しかし、それも危険じゃ。この事は、ここに居る者だけの秘密にしてもらいたい。」

「分かりました。」

「この命に懸けて、お護り致します。」

「良いな、三葉。お前さんも、この側近達から離れるでないぞ。」

「は・・はいっ!」

み・・・皆、見ず知らずの人間の私を護ってくれるの?いくら、この体が自分達の主の体だからって・・・・妖怪って、怖くて、人を襲うものだとばかり思っていたけど・・・・ここの妖怪さん達って、あったかい。人と、同じだ。

私の中で、妖怪に対する認識が大きく変わっていった。

右端の、未だに私を睨み続ける“氷麗ちゃん”は別な意味で・・・・

 

翌朝、自分の体で目が覚める。

着替えようと立ち上がったところで、机の上に何かが置かれているのに気付く。

近づいてみると、それは封筒に入れられた手紙だった。開けて読んでみる・・・・

『宮水三葉様

僕は、奴良リクオ。もう気付いていると思うけど、妖怪と人間のハーフです・・・・』

リクオくんからの手紙だ。その後には、昨日聞かされた奴良組の事等が丁寧に書かれていた。更に、

『最初は驚くかもしれないけど、奴良組の妖怪達は、皆いい奴ばかりだから心配しないで。好きになって欲しいとは言わないけど、姿形だけで怖がったり、嫌ったりしないで欲しい・・・・』

これは、昨日良く分かった。まだ少し怖いけど、皆いい人・・・いや、いい妖怪だと思う。

その後は、昨日起こった事等が細かく書かれていた。最後の、リュック抱えて夜の散歩に行ったというのが、良く意味が分からないけど。私が今日困らないように、気を遣ってくれたんだ。優しいな、リクオくん。私が奴良組の皆を嫌いにならないように、皆のフォローまでして・・・・こんなリクオくんだから、側近の妖怪さん達に、あんなに慕われているんだね。

 

 

 

朝目覚めると、何故か、周りに皆が居た。

「お・・・おはよう・・・」

「おはようございます・・・リクオ様、ですよね?」

「う・・・うん、そうだけど。」

何か、氷麗だけ、凄く僕を睨んでる。

「リクオ様!」

氷麗は、ぐっと顔を僕に近づけてくる。

「ん、な・・・何?」

「あの女の体に入って、何をしてたんですか?」

「え?」

「実はリクオ様、初代がお気づきになって、ここに居る者はリクオ様と三葉殿が入れ替っていた事を知っているんです。」

黒田坊が説明してくれた。そうなんだ、お爺ちゃんも、皆も入れ替わりの事を知ってるんだ。

「それで若、何をなさってたんですか?」

氷麗は、更に顔を近づける。

「え?な・・・何をって?」

「裸を見たりとか、胸を揉んだりとかしてません?」

「え?む・・・胸?あ・・・そう言えば、あの時・・・・」

「揉んだんですかあ?!」

「い・・いや、ちょっとだけだよ・・・」

「ひ・・・酷い!私の胸は、一度も触ってくれないのに!」

「ええっ?何?それ?」

「若のばかあああああああっ!」

泣き叫んで、冷気を全開で発する氷麗。部屋の中も、皆も、一瞬で氷付けになってしまった。

 

大騒ぎの後、お爺ちゃんに呼ばれて部屋に行った。

「お爺ちゃん。」

「おお、リクオ戻ったか。」

僕は、お爺ちゃんの前に座る。

「お前、この間“入れ替わりの能力を持った妖怪を知らないか”と言っていたな?」

「うん。」

「ということは、三葉という女の子は半妖なのか?」

「うん。僕は、糸守で変化した。妖怪の血が騒ぐのも感じた。」

「そうか・・・・だが、あの娘は何も知らんぞ。」

「家族も皆、そうだと思うよ。多分ずっと昔で、もう記録も残っていないんだと思う。」

「なるほどな・・・・」

「でも、入れ替わりが三葉さんの能力だとして、何で突然僕と入れ替ったんだろう?」

「分からんな・・・・少し、様子を見るしかなかろう。彼女がお前に入っている時は、側近共を護衛に付かせる。」

「うん。」

 

学校に向かいながら、また糸守での事を考えていた。

手紙で昨日の事を伝えたけど、変化の事だけは伝えていない。それを言うと、三葉さんに妖怪の血が流れている事が分かってしまう。それは、流石にショックだろう。それに、三葉さんの体で変化して妖怪と闘ったなんて・・・・知られたら、やっぱり怒るよな?

「若・・・」

「ん?」

気が付くと、氷麗が、凄い形相でこっちを睨んでいる。

「また、あの女の事を考えていたでしょ!」

「え?そ・・・そうだけど、それは・・・・」

「若のばかあああああああああああっ!」

また、凄まじい冷気が放出され、辺り一面氷付けになってしまった・・・・

 

 

 

『へえっくしょん!』

昼食中に、テッシーと清司くんが揃ってくしゃみをする。2人は、朝から何度もくしゃみばかりしている。

「風邪でも引いたん?」

「昨晩は冷えたでな・・・おまけに、脚は川に浸かっとったし・・・・」

「もうこれに懲りて、妖怪探索なんて止めたら?」

「何を言うんだ、宮水君!妖怪の存在を世に知らしめるまでは、我々清十字怪奇探偵団の活動は終われない・・・いや、終わってはいけないんだ!」

「はい、はい・・・・」

妖怪の存在って・・・私はもう、嫌って程知らしめられちゃったんですけど・・・・

その時、サヤちんの視線に気付く。

「・・・・」

何か、朝から殆ど喋って無い。そのくせ、やたらと私ばかり見詰めている。な・・・何なの?

 

放課後、サヤちんに呼び出され、校舎裏に行った。テッシーと清司くんは、風邪気味ということで、既に先に帰っている。

「な・・・何やの、サヤちん?」

「三葉、あんたも昨日、川に行ったん?」

「え?い・・・行っとらんけど?」

「じゃあ、夜中に何処に行ったん?」

「え?な・・・何の事?」

「昨夜、三葉ん家に電話掛けたんよ。そしたら四葉ちゃんが、“テッシー達と約束がある”って言って出掛けたって。」

え~っ?よ・・・四葉ったら、何でそんな大事な事言わないのよ!

「夜中に何してたん?三葉、何か私らに隠してへん?」

ど・・・どう答えればいいの?リクオくんは、夜の散歩って言ってたけど・・・男の子ならともかく、女のあたしじゃ絶対怪しい・・・・

「じ・・・実は・・・」

「実は?」

「あ・・・あの・・・・て・・テッシー達が心配で、こっそり様子見に行ったんよ。」

「ひとりで?あんた、あんなにお化けとか苦手やのに?」

「う・・うん、そうやけど・・・・家、神社やろ・・・私も、巫女みたいなもんやから、い・・・いつまでもそれじゃあかんかなって・・・・」

 

何とかサヤちんを納得させて、少し遅れて家路に着く。

しかし、疲れた・・・・でも、サヤちんに嘘付いちゃって、申し訳ない・・・・

ん?よくよく考えると、リクオくん、本当に散歩だったの?

あれだけ皆に気を遣うリクオくんが、妖怪探索に2人だけで出掛けた、テッシーと清司くんを放っておくかしら?もしかして、さっき私が言ったのが本当で、リクオくん、テッシー達の様子を見に行ったんじゃ?

 

その夜、布団を引こうと思って押入れを開ける・・・と、朝は気付かなかったが、奥にリュックと細長い包みが置いてある。

「?・・・・こんな所に、こんな物入れたっけ?」

取り出して、中身を確認する。リュックの中には、祭りの舞の時に着る羽織袴が入っている。

何で、こんなところに?

そして、細長い包みを開けると ――――

「え?こ・・・これ、御神刀?」

待って、確か、朝のリクオくんの手紙に・・・

“リュック抱えて夜の散歩”

これを持ち出したのはリクオくん?でも、何で?・・・・あ!・・・・

私は、最初に入れ替った翌日の、自分の体に付いていた痣の事を思い出した。確かその前の晩、皆で妖怪探索に行っている。リクオくんは皆に“妖怪なんて出ていない”と言ったみたいだけど、サヤちんやテッシーは見たって・・・・

本当は、妖怪に襲われていたの?リクオくんが、皆を助けたの?・・・・で・・でも、その時は私の体だから、妖怪の力は使えない筈・・・・

 

この事が気になって、その夜は中々寝付けなかった。

 






“君の名は。”の二次創作を何作も書いてるわりには、糸守の訛りが未だに良く分かりません。なので、おかしな関西弁のようになってしまいます。
そのせいで、氷麗と三葉の罵り合いは、“ゆら”との罵り合いみたいになってしまいました。

三葉に自分の糸守での行動を伝えても、変化の事だけは伝えられ無いリクオ。しかし、三葉には徐々に怪しまれてしまいます。


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《 第五話 》

今回は、糸守のリクオ側はお休みで、浮世絵町での三葉のお話。
鵺を倒して有名になってしまったリクオ、慕う妖怪も増えていますが、当然その逆も・・・・
今回は、そんな刺客が三葉を襲います。




 

今日は、リクオくんの体で目覚めた。

屋敷の妖怪さん達にもようやく慣れ、普通に会話ができるようになった。

朝食を終え、学校へと向かう。

私がリクオくんなっている時は、側近の妖怪さん達が護衛に付いてくれる。氷麗ちゃんが横にいるのはいつもの事だが、私の時は青田坊さんが扮した“倉田くん”も一緒だ。他の側近さん達も、隠れて付いて来てくれている。

「あら?」

ふと気付くと、辺りが薄暗くなっている。空には暗雲が立ち込め、黒い霧が辺りを覆い始める。

「青、これは?」

「夥しい妖気を感じる・・・」

氷麗ちゃんと青田坊さんが、警戒心を強める。

すると、目の前の黒い霧の中に、人のシルエットが見えて来る。少しずつこちらに近づいて来て、霧の中からその姿を現す。

それは、綺麗な女の人だった。雪のように白く長い髪に、氷のような瞳、純白の着物を着ているが、何故か超ミニスカートの着物だ。

「奴良組三代目総大将、奴良リクオ様ですね?」

「は・・はい・・・」

その女性の問いに、私は、素直に答えてしまう。すると彼女は、右手をゆっくりと私に向けて上げる。

「・・・お命、頂戴します!」

『何?!』

「冷凍光線!」

彼女の右手から、凄まじい冷気が光線のように発せられる。

「危ない!」

氷麗ちゃんが、直ぐさま私を抱えて飛び避ける。青田坊さんは、私達の前に立ちはだかって攻撃を防ぐ。

「ぐわっ!」

その冷気を受けた青田坊さんの左手が、氷の塊と化してしまう。

「こいつ、雪女か?」

「青!」

「氷麗、若を連れて逃げろっ!」

「で・・・でも、」

「いいから、早く行け!」

「わ・・・分かった!」

氷麗さんは、私を連れて反対側に逃げる。しかし、その行く手に、突然水柱が立ち登る。

『きゃっ!』

思わず足を止めてしまう。

「ケケケケケケケケケケッ!」

その水の中から、河童とカエルのあいのこのような、緑色の妖怪が現れる。

その妖怪が、私達に襲い掛かろうとした時、

「ケエエエエエッ!」

凄まじい水圧の水鉄砲が、その妖怪を吹き飛ばす。

「ここは、おいらに任せて!」

河童さんが、助けに来てくれた。

「任せたわよ、河童!」

「おう!」

 

河童以外にも、リクオの側近が密かに護衛に付いていたが、皆それぞれ謎の妖怪集団に襲われていた。

「にゃああああああご!」

毛倡妓に、鋭い爪を立てた猫目の女が襲い掛かる。

「ね・・・猫女?」

「猫娘とお呼びっ!」

 

黒田坊は・・・・

「な・・・何だ、急に背中が重く・・・・」

「ひひひひひひひひひひっ!」

黒田坊の背中に、突然、赤ん坊の恰好をした爺さんが現れる。

「な・・・何だ?こいつは・・・・」

そいつは石のようになり、どんどん重くなっていく。

「ぐっ・・・・」

立っているのも辛くなり、とても前には進めない。

 

そして、首無のところには・・・・

「くくくくくくくくくく!」

「お・・・おのれっ・・・・」

白く平たく長い木綿状の妖怪が、体に巻き付いて動きを封じていた。自慢の紐を展開したくとも、思うようにいかない・・・・

 

氷麗とリクオは裏手の路地を進んで行くが、その先に、また別の人影が現れる。

黒いスーツを着て、黒いマントを羽織っている。顔立ちは普通の人間と変わらないが、獣のような鋭い八重歯を生やし、眉毛が、触角のように長く風に靡いている。

「待っていたぜ、奴良リクオ!・・・俺は、火炎の炎魔!」

「あ・・・あんた、何処の妖怪?誰に手を出しているか、分かってんの?」

氷麗が、リクオを庇って前に立つ。

「もちろん分かっているさ・・・・あの鵺を倒した男、現時点で、最強の妖怪・・・・それを倒せば、俺の株も上がるってもんだ。」

「な・・・何を?」

「貴様を倒して、この俺が、魑魅魍魎の主になるのさ!」

「ふざけないで!」

氷麗がふーっと息を吐く、それは吹雪のように炎魔を襲い、彼を氷付けにしてしまう・・・しかし・・・・

「はははははは、お前の冷気はこの程度か?雪子の足元にも及ばねえな!」

「な・・・何ですって?」

「はあっ!」

炎魔は、凄まじい妖気を放つ。その妖気で、彼を包む氷は一瞬で蒸発してしまう。

「そ・・・そんな?」

「喰らえっ!」

炎魔は、右手を氷麗に突き出す。その右手から、凄まじい炎が発せられ、氷麗を襲う。

「な・・・何のっ!」

氷麗は、もう一度冷気の息を吐く。しかし、火炎はその冷気ごと、氷麗を吹き飛ばしてしまう。

「きゃあああああっ!」

吹き飛ばされて、倒れる氷麗。

「氷麗ちゃん!」

リクオは、氷麗に駆け寄る。

「だ・・・大丈夫?」

「ば・・・ばか、何やってのよ!は・・・早く逃げなさい!」

「そ・・・そんな、あなたひとり置いて逃げられへん!」

炎魔は、ゆっくりと2人に近づいて来る。

「どうした?奴良リクオ、変化しねえのか?」

「く・・・」

氷麗は、直ぐには起き上がれそうにない。リクオ(三葉)も、足が竦んで動けなかった。

 

ど・・・どうすればいいの?こ・・・このままじゃやられちゃう・・・でも、私はリクオくんじゃ無いから、闘う事なんてできない・・・・

 

「俺をナメてんのか?まあいい、だったらそのまま死ね!」

炎魔は、また右手を突き出す。そして、先程よりも数倍強い火炎を放つ。

『?!』

リクオは、氷麗の体を抱きしめて目を閉じる。

 

助けたい!何とか、この娘だけでも・・・・

 

その時、三葉の体が激しく光り出す。光は、瞬く間に三葉と氷麗を完全に包み込む。そこに炎魔の火炎が直撃するが、火炎は、吸い込まれるように光の中に消えていく。

「な・・・何?」

そして次の瞬間、光の中心から矢のように炎が発せられ、炎魔を直撃する。

「ぐわああああああああっ!」

その勢いは、炎魔が放ったものよりも更に何倍も勢いを増していた。炎は、一瞬で炎魔の体を覆い尽くす。

「え?な・・・何?」

何が起こったのか良く分からず、氷麗は目を丸くする。

「な・・・何だ?今のは?」

遅れてその場に駆けつけた側近達が、今、目の前で起こった事態に戸惑っている。

「・・・・」

リクオは虚ろな目で、炎に包まれた炎魔を見詰めている。

「ぎゃあああああああっ!」

自ら放った炎に焼かれ、苦しむ炎魔。その姿を見て、リクオは目を大きく開く。

「た・・・大変!ね・・・ねえ!」

リクオは、ようやく起き上がった氷麗の袖を掴んで叫ぶ。

「あ・・・あなたの冷気で、あの炎を消せるやろ!お願い、助けてあげてっ!」

「はあ?」

「は・・・早くっ!」

「な・・・何言ってんの?あいつは、あなたを殺そうとしたのよ!」

「で・・・でも、あのままじゃ、あの人死んじゃう!」

泣きそうな目で、訴えるリクオ。氷麗は、やれやれといった顔で溜息をつく。

「あんたって、リクオ様と同じで、相当なお人よしね。」

氷麗はすっくと立ち、燃え盛る炎魔に向かって思い切り冷気を吐く。冷気により炎は消えたが、炎魔は全身大火傷で既に意識は失っていて、その場に倒れ込んだ。

「きゃああああっ!炎魔くんっ!」

そこに、敗れて連行されて来た雪女が駆け寄る。既にぼろぼろの恰好で、更にぼろぼろで黒焦げの炎魔に抱き付く。

「炎魔くん、しっかりして、炎魔くん!」

他の敗れた妖怪達も、炎魔の周りに集めさせられる。

「ぬ・・・奴良組の皆様、ぶ・・・無礼はお詫びします。ど・・・どんな償いでも致しますから、ご・・・ご慈悲を・・・・」

炎魔に抱き付き、泣きながら雪女は許しを請う。

その姿を見て、青田坊と黒田坊が話す。

「・・・どうする?」

「とりあえず奴良組に連れてって、リクオ様の指示を仰ぐか?」

更に、氷麗の横で座り込んでいるリクオを見て、

「何だったんだ、さっきの光は?」

「リクオ様の妖力では無いな・・・まさか、あの娘の?」

 

こんな事があったため、その日は学校に行くのを止め、一行は奴良組総本家に戻った。

日が暮れてから、ぬらりひょん、リクオ、側近達は、奥の座敷に集まっていた。

入れ替わりの説明をした時と同じように、ぬらりひょんとリクオが並んで奥に座り、その向かいに側近達が並んで座っている。

黒田坊が代表して、朝起こった事件の一部始終をぬらりひょんに説明する。

「受けた攻撃を、倍以上にして跳ね返す光じゃと?それを、リクオ・・・いや、三葉が?」

ぬらりひょんは、考え込む。

「初代、我々に、何か隠していらっしゃいませんか?」

その様子を見て、黒田坊が追求する。

ぬらりひょんは、ほっと一息ついて語り出す。

「実は、本人も知らん話じゃが、この三葉は、純粋な人間では無い。血はかなり薄いが、半妖じゃ。」

『ええっ?!』

リクオ(三葉)も含めた、全員が驚きの声を上げた。

「三葉、お前さんはリクオのその姿しか知らんだろうが、それは人間のリクオの姿。妖怪の血が覚醒した時は、奴は妖怪のリクオの姿に変わる。それが、変化じゃ。」

「へ・・・変化?あ・・・あの炎魔って妖怪が言っていた・・・・」

「その変化を、リクオは糸守で、あんたの体で体験しておる。」

『えええっ?!』

更に皆、驚愕する。

「妖怪の血が無ければ、変化はできん。だから、あんたの体にも、紛れも無く妖怪の血が流れとる。入れ替わりも、攻撃を跳ね返す光も、あんたの持つ妖怪の能力じゃ。」

 

衝撃の事実を告げられた後、リクオ(三葉)は氷麗と共に自分の部屋に向かっていた。

俯いて考え込んでいるリクオに、氷麗が声を掛ける。

「ショックだったの?自分が半妖だった事が・・・・」

「ううん、そうや無い・・・ここに来て、人間も妖怪も同じだって事が分かったから、ショックや無い。ただ、私小さい頃から、妖怪やお化けが怖くて怯えとった・・・・自分の中に、その妖怪の血が流れていた事も知らんで・・・・それが、恥ずかしいっていうか、情け無いっていうか・・・・」

少し黙り込んだ後、リクオは、顔を上げて氷麗に言う。

「あ・・・あの、今日は、助けてくれてありがとう・・・つ・・氷麗ちゃん。」

氷麗は、ちょっと照れくさそうな顔をして言葉を返す。

「お・・・お互い様、私だって助けられたし・・・それから、こう見えても、あんたよりずっと長く生きてんのよ。だ・・・だから“ちゃん”はやめて・・・・“つらら”でいいわ。」

「うん!ありがとう、つらら!」

2人は、にっこりと笑い合うのだった。

 






今回は、ちょっと遊んでしまいました。
分かる人には分かると思いますが、火炎の炎魔は、もちろん“どろろんえん魔くん”です。ゲストで、刺客として出させてもらいました。子供では無くなってるので、キャラ的にはデビルマンの不動明をイメージしています。雪子姫とカパエルの2人だけでは奴良組側近に対して人数が少ないので、足りない分は、鬼太郎の仲間、猫娘、子泣きじじい、一反もめんをお借りしました。
“どろろんえん魔くん”や“ゲゲゲの鬼太郎”等の昔からある妖怪物は、“ぬらりひょん”は悪の総大将なんですが、この話では立場逆転!こういうのも面白いかと。


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《 第六話 》

今回は、浮世絵町の三葉側がお休みで、糸守のリクオの話です。
但し、この物語の中では重要な話になります。
特に、本作では最重要キャラである、あの男がついに登場します。




 

三葉さんとの入れ替わりが始まって、もう2週間近くなる。

糸守の生活や、対人関係もそこそこ慣れて来た。髪の結い方もお婆ちゃんに教わって、何とかこなせるようになった。ただ、どうしても踏み入れない聖域のようなものもあって、その辺はまだ謎のままだ。例えば・・・・

『 ――― そしてなによりも!』

町営駐車場の敷地内で、現職糸守町長の“宮水としき”が、次の町長選挙の演説をしている。この人が、三葉さんのお父さんだ。でも、この人は宮水家には住んでいない。どうして一緒に暮らしていないのか?僕には分からない。妹の四葉ちゃんとお婆ちゃんの会話から想像すると、“喧嘩して絶縁中”らしい。

「おう、宮水。」

僕ら4人が、その横を通り過ぎようとすると、道端で演説を見ていた3人組の、真ん中の男の子が声を掛けて来た。

「相変わらず、町長と土建屋は仲がいいんやな。お前ら、親のいいつけでつるんどるんか?」

テッシーのお父さんが、勅使河原建設の社長で、三葉さんのお父さんの後援会長をしている。三葉さんとテッシーは、町の二大権力者の御子息となる訳だ。そのため、このように妬む者も出てくる。

「き・・・君達・・・」

「待って、清司くん。」

清司くんが、彼らに反論をしようとしたので、僕がそれを制した。

「し・・・しかし、宮水くん!」

「いいから。」

僕は、清司くんの手を引いて、その場を通り過ぎる。

下手に言い返すと、余計に険悪になってしまうだけだ。このままでいいとは思わないけど、今はそっとしておくしか無い。

 

その日の昼休みは、例によって清司くんが、妖怪情報を元に妖怪探索の話を持ち出す。

「今回のダーゲットは“ヤマガロ”という妖怪だ!この妖怪は・・・・」

目撃情報を、事細かに説明する清司くん。しかし、皆は殆ど上の空でただ頷いている。もう、突っ込んでも無駄だという事を悟っているようだ。

「私は行かへんからね。」

サヤちんが先手を打つ。

「あ・・・私もパスね。」

僕も、それに続く。ここは、合わせておかないと。

「ええ~っ!」

清司君は、思いっきり気落ちした声を漏らす。

「諦めろや、清司。俺は、つき合うで。」

いつものように、テッシーが慰めに入る。

「ん?」

その時、視線を感じて後ろを振り向くと、朝嫌味を言っていた3人組が、じっとこちらの様子を伺っていた・・・・何だ?何を見ていたんだろう?

 

その夜、四葉ちゃんに見つからないように、こっそりと家を出る。

人気の無いところに行って、リュックの中の羽織袴を出し、それに着替える。包みから御神刀を取り出し、包みはリュックに入れその辺に隠す。そうして、テッシー達のところへ向かう。

 

その三葉の様子を、少し離れたところからじっと見詰める人影があった・・・・名取早耶香、サヤちんである。

サヤちんは、三葉の後をこっそりと付いて行く・・・・

 

テッシーと清司は、木こりのような格好をして山道を歩いていた。

「何なんや?この格好は?」

「ヤマガロは、木こりの荷物を狙って現れるんだ!」

「恰好だけ真似ても・・・だいたい、何で木こりが夜中に作業するんや?」

「ん~そう言われてみれば・・・・しかし、妖怪が出るのは、やはり夜中だろう?」

三葉は、その2人を木々の中から見守っていた。

「ん?」

そして、道を挟んで反対側の木々の中に、怪しい影を見つけた。

「現れたか?」

しかし、よく見ると、それは普通の人間に見えた。人数は3人。

「ん?あれは・・・・」

それは、三葉達に嫌味を言っていた3人組だった。何やら、大きな白い布のような物を持っている。

「本当にやるん?松本?」

「ああ、妖怪妖怪と、うっとおしいんやあいつは。これで脅かして、怖い思いすりゃ懲りるやろ。」

どうやら、清司達を脅かそうとしているようだ。

「まったく・・・・」

思わず顔を反らし、呆れてしまう三葉。が・・・・

「?!」

突然、妖気を感じて、もう一度3人組の方を凝視する。

「お・・・おい、引っ張んなや。」

「え?私、何もしとらんけど。」

「私も・・・・」

「何言ってん・・・・」

そう言って振り返った、松本の顔が凍り付く。その様子に驚き、女の子2人も振り向いて・・・・

『きゃああああああっ!』

揃って、悲鳴を上げる

「ぐおおおおおおおおおおっ!」

そこには全身が褐色の毛で覆われた、2m近い怪物の姿があった。顔も殆どが毛で覆われているが、その目は狂気に満ちた野獣の目だった。

「な・・・何や?あの悲鳴は?」

「ま・・・まさかヤマガロが?あっちだ!」

悲鳴に気付いたテッシーと清司は、声のする方に向かおうとするが・・・・

『ほんげっ!』

いきなり、背後から頭部を強打され、気を失ってしまう。

「ごめん、ちょっと見られると厄介だから。」

2人を気絶させた三葉は、妖怪の姿に変化する。

「ここからは、俺の領分だ。」

その光景を、少し離れた木陰から、驚きの眼差しでサヤちんが見ていた。

「え?!う・・・うそ?み・・・三葉が・・・・」

 

『ぎゃああああああああっ!』

大声を上げて、一目散に逃げる松本達。怪物は、その後を追いかけて来る。

「待ちな!」

その間に、変化した三葉が割って入る。

「ぐわああああああああっ!」

しかし、怪物は止まらない。そのまま三葉目掛けて突進して来る。

「おい、止まれよ。」

「ぐわああああああああっ!」

依然、突進を続ける。

「止まれって言ってんだろ!」

「ぐわああああああああっ!」

三葉は、ヤクザキックを放つ。カウンターが決まって、怪物は吹っ飛ばされる。

「ぐわああああああっ!」

しかし、怪物は直ぐに起き上がり、また雄叫びを上げる。

「手前、動物か?会話が通じねえのかよ?」

「ぐおおおおおおおおっ!」

再び、突進して来る怪物。

「仕方ねえ!」

三葉は刀を抜く。そして、すれ違いざまに怪物に一撃を加える。

「ぎいええええええええっ!」

血しぶきを上げ、怪物はその場に倒れる。

「そんなに深くは切ってねえ!どうだ、ちったあ目が覚めたか?」

「ぐうおおおおおお・・・・う・・ううううっ・・・」

怪物の体が縮んでいき、1m程度の小柄なポッチャリとした体型に変わる。叫び声が、呻き声に変わっていく。

「う・・・ううう・・・」

その目にも正気に戻り、妖怪は、恐る恐る三葉の方に顔を向ける。

「お前、ヤマガロか?」

「へ・・・へい・・・・」

「お前は、大人しい妖怪って聞いてたがな・・・何とち狂ってやがった?」

「そ・・・それが、変なじじいの目を見てたら、急に訳が分かんなくなって・・・・」

「変なじじい?」

 

山道の脇の、草むらの中にある小さな祠。古びて、もう木も朽ちかけている。何年も放置され、殆ど人も訪れていないようだ。その前に、ひとりの老人が立って拝んでいる。唐草模様の着物を着て、古びた草履を履いて、髪は真っ白だ。

「おい!」

その後ろから、三葉が声を掛ける。

「ヤマガロを、人に嗾けたのは手前か?」

「あの者達が、この前を素通りしたのでな、少しお灸を据えただけじゃ。」

そう言って、老人はゆっくりと振り返る。

「何じゃ?お主・・・この地の妖怪では無いな?」

「今度、この辺りをシメる事になった、関東の奴良組三代目“奴良リクオ”だ。」

「奴良?・・・・そうか、鵺を倒したのは貴様か?」

「お前、相当な古株みてえだが、俺のシマで勝手な真似は許さねえ!」

「ホッホッホッ・・・・鵺ごときを倒した程度で天狗になるとは、まだまだ若いの。」

「何だと?」

「鵺など、両面宿儺様の足元にも及ばん・・・・」

「両面宿儺?聞いた事がねえな、何者だそいつは?」

「いにしえの時より、この地を護っていらっしゃった妖怪じゃ。この地を統べるとほざいておるが、両面宿儺様を知らぬ者にその資格など無い!」

「何だと!手前は、いったい何者だ?」

「わしの名は、繭五郎・・・・両面宿儺様の一の家臣じゃ。」

繭五郎と名乗る妖怪は、左手を手前に翳す。すると、手が次第に形を変え一本の剣と化す。

「これは、わしが両面宿儺様よりお預かりしている剣・・・・少し、お主にはお灸をすえんとな。」

「闘るってんなら、容赦はしねえぜ!」

三葉は、畏を解き放つ。

「鏡花水月!」

煙のような闇が、三葉を包み込む。

「ホッホッホッ、何をしようと無駄な事じゃ!」

繭五郎は、剣の左手で三葉を突いて来る。しかし、普通ならその攻撃は、三葉の体をすり抜ける筈だが・・・・

「ぐ・・・ぐはっ!」

攻撃が、すり抜ける事は無かった。繭五郎の狙い通り、剣は三葉の右腕を貫いた。痛みと衝撃で、三葉は御神刀を落としてしまう。

「ば・・・ばかな・・・・」

膝を付き、蹲る三葉。

「ホッホッホッ、両面宿儺様より預りしこの剣は、あらゆる畏を絶つ“退魔の剣”。どのような畏も、この剣の前では無力化する・・・・」

「く・・・・」

刺された右腕を、左手で抑える三葉。次第に妖気が抜け、人間の三葉の姿に戻ってしまう。

「ん?」

その姿を見て、繭五郎は少し考え込む。

「お前は、宮水の・・・・そうか、そういう事か・・・・」

「な・・・何だ?何を、ひとりで納得してるんだ?」

「ホッホッホッ、今日のところは、これくらいで勘弁してやろう。今命を絶っては、元も子も無いでな・・・・それに、お主がいい気になっていられるのも、もうしばらくの間だけじゃ。」

「何?どういう事だ?」

「ホッホッホッ・・・・」

繭五郎は三葉の問いには答えず、後ろを向いて立ち去って行く。

「ま・・・待て!」

そして、闇の中に消えて行った。

 

な・・・何者なんだ?あの妖怪は・・・・繭五郎?どこかで聞いたような名前だ。それに、“もうしばらくの間”というのはどういう意味だ?何をしようとしている?

「み・・・三葉?」

不意に、聞き覚えのある声が背後からする。

ゆっくりと振り向くと、そこには、心配そうにこちらを見詰めるサヤちんの姿があった。

ま・・・まさか、今の、見られてたの?

 






遂に出ました、繭五郎!
繭五郎の大火を起こした、草履屋・・・・しかし、実は200年前、いや、それ以前から生きている妖怪だったのです。
繭五郎は何を企んでいるのか?繭五郎が起こした“大火”には意味があったのか?
そして、“両面宿儺”とは?


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《 第七話 》

変化する三葉を、その目で見たサヤちん。糸守ではいち早く、入れ替わりの事実を知る事になります。
そうして、リクオも三葉も、お互いの妖怪の能力を知っていく中、もうひとつの真実が明らかになります。
それは・・・・




 

三葉は、森の手前にある切り株の上に腰を降ろしている。その脇で、サヤちんが三葉の右腕に包帯を巻いている。彼女は万一の事も想定して、救急セットを持参して来ていた。

「ありがとう・・・」

「じゃあ、あなたは三葉や無いんね?」

「うん・・・僕は、奴良リクオ。さっきのを見たのなら分かると思うけど、人間と妖怪のハーフ、半妖なんだ。」

三葉の腕の治療が終わり、サヤちんは救急セットを片付ける。

「僕が、怖い?」

三葉の問いに、サヤちんはゆっくりと首を振る。

「だって、あなたは克彦達や、松本達を助けてくれた・・・・あの夜、私らが最初に妖怪に遭遇した夜も、あなたが助けてくれたんやろ?」

三葉は、無言で頷く。

「妖怪は怖いけど、あなたは、何か違う・・・うまく、言えへんけど・・・・」

「あ・・・ありがとう。」

三葉は、またお礼を言う。

「明日は、三葉さんに戻ると思う。こんな怪我をしちゃって、三葉さん怒ると思うけど、サヤちんから話してもらえないかな?手紙じゃ、うまく説明出来ないから。」

「う・・・うん。」

「あ・・・そうだ、ひとつ聞きたい事があるんだけど。」

「え?何?」

「あの祠、何だか分かる?」

三葉は、左手で、先程繭五郎が拝んでいた祠を指差す。

「あら?あんなところに、祠があったん?」

「知らないの?」

「知らへんよ。この道は滅多に人は通らへんし、あんな脇の草むらの中じゃ、誰も気付かへんと思うに。」

「そう・・・・」

 

皆に、忘れ去られた祠・・・・さっきの妖怪が言った“両面宿儺”と何か関係があるんだろうか?

 

 

 

朝、目が覚めても、布団の中で少し考え込んでいた。

私にも、妖怪の血が流れていた。その血を使って、リクオくんは私の体で妖怪に変化していた・・・・それで、テッシー達を守っていたのね?でも、妖怪に変化した私って、どんなんだろう?あ・・・だけど、リクオくんの体で私は妖力使ったけど、変化なんかしなかったわよね?

そして、ゆっくりと起き上がろうとすると・・・・

「痛っ!」

右腕に、激痛が走った。何かと思って右腕を見ると・・・・

「え?」

右腕には、厳重に包帯が巻かれて、動かそうとするとかなり痛い。

「な・・・何やの?これ?いったい、何をしたん?リクオくん!」

「どうしたん?お姉ちゃん?」

気が付くと、右手の襖が開いていて、四葉がじっとこちらを見詰めていた。

「え?・・・い・・・いや、な・・何でも無いんよ。」

「・・・リクオくんって、誰?」

「え?・・・あ・・・ああ、この間転校して来た・・・」

「それは、清司くんやろ?」

「い・・いや、隣のクラスにも転校生が来とって・・・その子。」

「ほんま?」

「ほ・・・ほんまやよ。」

四葉はずっと怪訝そうにしていたが、その場は強引にそれで押し通した。

 

「いたた・・・」

折れてる訳では無いので、動かす事に支障は無いのだが、動かせばかなり痛い。だから右手では物は持てず、鞄も左手に持って登校する。朝、ごはんを食べるもの辛かった。

昨日私が浮世絵町で体験したように、昨夜、糸守でも激しい闘いがあったの?もしかして、テッシー達にも被害が?・・・・だけど、それならリクオくん、手紙か何か残す筈・・・・

「三葉~っ!」

その時、後ろから声がして、サヤちんとテッシーが、いつものように自転車に2人乗りしてやって来た。

良かった、2人とも無事だったんだ。

「あれ?どないしたんや三葉、その腕?」

テッシーが、包帯を巻かれた私の右腕を見て言う。

「え?い・・・いや、ちょっと・・・」

ど・・どうしよう?何て言い訳すれば・・・・

「昨日、私を庇って、ちょっと酷く転んだんよ。」

てんぱっている私を制して、サヤちんが答える。

「え?!」

きょとんとする私に、サヤちんが耳打ちする。

「今は私に合わせて、後で説明するに。」

「う・・・うん。」

何だか訳が分からないけど、その場はサヤちんの言う事に従った。

 

休み時間に、サヤちんに呼ばれて、この間話をした校舎裏に行った。

「え?じゃあサヤちん、私が変化するところ見たん?」

「うん。」

そうしてサヤちんは、リクオくんから入れ替わりや妖怪の事等を聞いた事、昨日の夜に起こった事を話してくれた。

「リクオくん、三葉の体を傷付けてまったこと、酷く悔いとった。でも、元は克彦達を守ろうとしたためやった。だから、リクオくんを怒らんといて。」

「うん、それは分かっとる。驚いただけで、怒っとらんよ。それより・・・・」

「それより?」

「変化した私、見たんやろ?どんなんやった?」

朝から気になっていた事だ。サヤちんが見たのなら、様子を是非知りたい。

「ん~っ、髪は今の倍くらいに長くなって、しろ・・・いや、銀色やな。そんな色に染まって・・・・」

「うんうん。」

「体が、ひと回り大きくなっとった。テッシーほどや無いけど、男の子くらいの背丈になって・・・・」

「うんうん。」

「言葉遣いが、“俺様調”やったな。」

「俺様調?」

「うん。リクオくんって、どっちかというと“おしとやか系”やろ?変化すると、正反対になっとった。」

ふうん・・・・やっぱり、一度見てみたい。何で、入れ替ってる本人の私が見れなくて、サヤちんが見てるの?何か理不尽!

「あ、そうや三葉、包帯変えんと!昨夜、私が巻いたままやろ?傷口も消毒して、薬塗っとかんと!」

 

サヤちんに連れられ、今度は保健室に行く。

「あれ?」

包帯を外して、傷口を見てサヤちんが驚く。

「どうしたん?」

「な・・・何か、傷口が小さくなっとるんやけど?何で、たった一晩で?」

そんな事言われても、私には分からない。昨夜の傷口を見て無いし・・・・も、もしかして、これもリクオくんの妖力?

 

 

 

「おはようございます!若!」

「お・・・おはよう・・・」

何か、今朝は氷麗の機嫌がいい。三葉さんと入れ替った翌日は、いつも不機嫌なのに。

 

朝食の後、お爺ちゃんに呼ばれてまた部屋に行った。そこで、昨日起こった事、三葉さんの妖力が発動した事を聞いた。

「じゃあ、三葉さんも自分が半妖である事を知ったんだね?」

「ああ。」

そうか、ならサヤちんから昨夜の話を聞いても、それほど混乱する事は無いかな?

「じゃが、入れ替わりの理由は相変わらず分からん。」

「その事で、少し気になる事があるんだけど。」

「何?」

僕は、お爺ちゃんに昨夜の事を話した。

「両面宿儺?繭五郎?」

「知ってる?」

「知らんな?聞いた事が無い。」

お爺ちゃんでも知らないなんて、いったい、どういう妖怪なんだ?

「じゃが、もしかしたら・・・・」

「え?何?」

「遠野なら、何か記録が残っているやもしれん。」

 

お爺ちゃんとの話が終わり、廊下に出たところで、

「リクオ様。」

黒田坊に呼び止められた。

「何、黒?」

「実は、昨日リクオ様を・・・中身は三葉殿でしたが、襲って来た妖怪達の処罰について・・・」

「ああ、それなら、傷が癒えるまでは家に置いてあげて、直ったら帰ってもらっていいよ。」

「え?・・・し・・しかし、あなた様を殺そうとしたんですよ。」

「三葉さんは、許したんでしょ?」

「は・・はい、そうですが・・・」

「じゃあ、僕がとやかく言う話じゃ無い。」

「ですが、このまま返せば、またいつ襲って来るか?」

「その時は、僕が相手をする。」

そう答えて、僕は部屋に戻った。

 

黒田坊は、立ち去るリクオをしばらく見詰めていたが、ふっと笑みを浮かべて言う。

「全く、お父上そっくりだ・・・だからこそ、私もこの命を預けられるのだが・・・・」

 

「やあ、奴良くん!久しぶりだね!」

学校に行くと、清継くんがようやく登校して来ていた。

「お・・おはよう清継くん。やっと、風邪が治ったんだね。」

「うん、心配掛けたね。これで、また今夜から妖怪探索に繰り出せるよ!」

「げ~っ、まだやる気なの?」

「全然懲りてねーじゃん!」

鳥居さんと巻さんが、突っ込みを入れる。

「そう言えば清継くん。」

「ん?何だい、奴良くん?」

「清継くんの従兄弟に、清司くんって居るよね?」

「え?奴良くん、何で清司兄さんを知ってるんだい?」

兄さん?同い年なのに、何で兄さん?

「い・・いや、この間、ひょんな事で知り合って・・・・」

「こ・・・この間?!」

突然、清継くんの顔色が真っ青になる。どうしたんだ?

「ま・・・まさか・・・・奴良くん!清司兄さんが、妖怪になって現れたのかい?」

「ええっ?な・・・何で?」

「だってそうじゃないか!3年前に死んだ清司兄さんに会ったなんて!」

「えええええっ?!さ・・・3年前に死んだあ?!」

 

家に着くころにはもう陽が暮れ掛かり、リクオは夜のリクオに変化していた。

リクオは、真っ直ぐぬらりひょんの部屋に向かう。

「じじい!」

「ん?・・・どうした?リクオ。」

「今直ぐ、宝船を貸してくれ!」

「何?・・・・何じゃ、突然、何処へ行くつもりじゃ?」

「糸守だ!」

「何じゃと?」

 

リクオとその側近達は、宝船で糸守に向かった。ぬらりひょんも、それに同行した。

宝船の甲板に、リクオとぬらりひょんが並んで立っている。

「何でじじいまで付いて来るんだ?」

「ちょっと気になることがあっての・・・・糸守という名、どこかで聞いたことがあると思ったが、ようやく思い出した。」

「はあ?・・・どこで聞いたんだ?」

「それは、着いてから話す。」

「何だよ、勿体つけやがって。」

 

糸守に着き、リクオ達は愕然とした。

そこに、町は無かった。無残な、廃墟があるだけだった。

宮水神社や三葉の家があった辺り一帯は湖と化していて、元の湖と繋がって瓢箪型になっていた。その元の湖の周辺は、瓦礫の山となっている。糸守高校はそのまま残っているが、窓ガラス等は割れたままで、完全に廃校になっている。その糸守高校の校庭の隅、いつも昼食を取っていた辺りに立ち、リクオ達はこの惨状を見つめていた。

「な・・・何だよこれは?き・・・昨日は、何とも無かったんだぜ!俺は、ここでテッシー達とメシを食ってたんだ・・・・」

「しかしリクオ様、この校舎の廃れ具合・・・・もう、何年か経っていると思われます。」

リクオの言葉に、黒田坊が返す。

「も・・・もう、誰も住んでいないの?」

氷麗が呟く。

「・・・ティアマト彗星じゃ。」

『?!』

ぬらりひょんの言葉に、皆はっとする。しかし、リクオには何の事か分からない。

「な・・・何だそれは?じじい!」

「今から3年前、お前は、鵺との闘いの傷を癒すため、半妖の里に行っていたから知らんじゃろう。1200年周期で地球に近付くティアマト彗星が、この日本に最接近したんじゃ。」

「ティアマト彗星?・・・・あ?・・・そういえば・・・・」

リクオは、最初に三葉と入れ替った時の、テレビのニュースを思い出す。

「最接近時に、彗星の一部が分裂して、その破片が日本に墜ちた。その場所が、この糸守じゃ!」

「な・・・何だと?」

「確かに、そのような事件がありましたな。」

「ま・・・待って、じゃあ、三葉は?」

「住民の殆どが亡くなったって話だ、とても生きちゃいまい。」

「ま・・・待てよ!」

黒田坊、氷麗、青田坊の会話に、リクオが突っ込む。

「俺は昨日も、三葉と入れ替ってんだぜ!もう死んだ奴と、どうやって入れ替るんだよ?」

「元々、3年ずれていたんじゃ。」

『ええっ?!』

ぬらりひょんの言葉に、皆驚く。

「じゃあ俺は、3年前の三葉と入れ替ってたっていうのか?」

「そうじゃ!そして、それが入れ替わりの理由じゃ!」

「そ・・・そうか、3年後のリクオ様にこの事を気付かせ、それを三葉殿や糸守の住民に伝えて避難させる為に。」

「そ・・・そうすれば、三葉達も助かるのね?」

「じゃが、そう簡単な話しでも無い。」

黒田坊と氷麗の楽観的な言葉に、ぬらりひょんが水を差す。

「“3年後に行って見て来ました”等と言って、いったい誰が信じる?実際に、自分の目で見ない事には信用せん。それが人間じゃ。三葉には知らせる事ができても、その三葉の言葉を皆が信じなければどうにもならん。」

「別に、信じさせる必要なんてねえさ。」

リクオが口を挟む。

「何じゃと?」

「糸守の俺の百鬼で脅かして、この学校まで追い立てりゃいい。」

『ええええっ?!』

皆、また驚く。

 






遂に、3年の時差に気付いたリクオ達。
が、リクオが糸守で集めていた百鬼が、思わぬところで役立つ事に。
これで、三葉や糸守の住民も助かるのか?
しかし、リクオはひとつ忘れています。そう、あの男の存在を・・・・


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《 第八話 》

3年の時差と、糸守に起こる悲劇を知ったリクオ達。サヤちん達と糸守の妖怪を巻き込んで、住民大避難を計画します。
三葉(リクオ)の、入れ替わりの事実を知ったテッシー達は・・・・




 

「じゃあ俺は、3年前の三葉と入れ替ってたっていうのか?」

「そうじゃ!そして、それが入れ替わりの理由じゃ!」

「そ・・・そうか、3年後のリクオ様にこの事を気付かせ、それを三葉殿や糸守の住民に伝えて避難させる為に。」

「そ・・・そうすれば、三葉達も助かるのね?」

「じゃが、そう簡単な話しでも無い。」

黒田坊と氷麗の楽観的な言葉に、ぬらりひょんが水を差す。

「“3年後に行って見て来ました”等と言って、いったい誰が信じる?実際に、自分の目で見ない事には信用せん。それが人間じゃ。三葉には知らせる事ができても、その三葉の言葉を皆が信じなければどうにもならん。」

「別に、信じさせる必要なんてねえさ。」

リクオが口を挟む。

「何じゃと?」

「糸守の俺の百鬼で脅かして、この学校まで追い立てりゃいい。」

『ええええっ?!』

「リクオ様、あなたは糸守で、毎夜妖怪達を従えていたんですか?」

「毎夜って訳でもねえがな、清司って危ねえ奴がやたらと妖怪探索に行くんで、それを見張ってたら成り行きでそうなっただけだ。」

「リクオ様っ!」

氷麗が、顔を真っ赤にしてリクオに詰め寄る。

「ん?何だよ氷麗?」

「ま・・・まさか、女の妖怪は居ませんよね?」

「女の妖怪?・・・・ん?ああ、ひとり居る事になんのかな?」

「い・・居るんですか?だ・・誰ですか?それはっ?」

雪女の癖に、熱を帯びたように真っ赤になって、氷麗は更に詰め寄る。

「何言ってんだよ、三葉に決まってんだろ!」

「え?」

周りの側近達は、必死で笑いを堪えていた。

「・・・・」

そんな中、ぬらりひょんだけはひとり浮かない顔をして、何事かを考え込んでいた。

 

浮世絵町に帰る宝船の甲板で、依然として険しい表情のぬらりひょんに、リクオが尋ねる。「さっきから、何浮かない顔してやがんだじじい?」

「リクオ、浮世絵町に戻ったら、わしはちょっと遠野へ行って来る。」

「はあ?」

「お前が言った、“両面宿儺”と“繭五郎”について調べてくる。」

「あ・・・ああ、分かった。」

 

次に三葉さんの体で目覚めた時、僕は、まずサヤちんにこの話をした。

「ええっ?彗星の破片が落下?」

流石に、最初は信じられないという感じだった。しかし、僕の真剣な表情を見て、直ぐに冗談では無い事を悟ってくれた。同時にショックも受けていたが、糸守高校に避難すれば助かるという事を聞いて安心していた。

「それで、どうやって皆を避難させるかだけど・・・・」

僕は、夜の僕が考えた案を彼女に話した。

「ええっ?妖怪達で脅かして、高校まで追い立てるやて?」

この案にも、ひどく衝撃を受けていたけど、予測不可能な突発災害を信じさせるより確実ということで、何とか納得してもらった。

「ただ、妖怪だけでは頭数が足りない。うまく皆を誘導するには、人間の中にも協力者が必要になる。」

「う・・うん。私は、できるだけの協力はするけど。」

「できれば、テッシー達にも手伝ってもらいたい。」

「え?じゃあ・・・・」

「うん。だから今夜、テッシー達に僕の正体を明かす。」

 

昼休み、例によって清司くんが妖怪探索の話を切り出すが、

「今夜は、私が情報を仕入れて来たから。」

と言って、こちらで集合場所を決める。

「何や、三葉、いつもは嫌がって来ないやないか?」

「うん。でも、今夜は別。怖くない妖怪だから。」

「早耶香も来るんか?」

「う・・うん。」

どうもテッシーは、納得がいかないという表情だ。

「ところで宮水くん、それは何と言う妖怪なんだい?」

「え?・・・う、うん“主”とでも言っておこうか?」

『主?』

清司くんとテッシーは、怪訝そうな顔で首を捻る。

 

その夜、清十字怪奇探偵団糸守支部の全員を、宮水神社の境内の裏に集めた。

神社から小さな木の椅子を持って来て、皆でそれに腰掛けている。

更に僕は、いつも変化する時のように、白と赤の羽織袴を着ている。

「何や三葉?何で、そんな恰好しとるんや?」

「ん?ああ、妖怪を呼ぶのには、この方が都合がいいから。」

「はあ?」

サヤちんは、少し浮かない顔をして黙り込んでいる。僕の事を、テッシー達がすんなり受け入れてくれるかどうかが不安のようだ。

「それで宮水くん、その“主”はいつ現れるんだい?」

「もう、現れてるよ。」

「え?ど・・・何処に居るんだい?」

「ここさ、僕がその妖怪だ。」

『はあ?』

2人揃って、“何を言ってるんだ”という顔をする。

「今迄隠していてごめん。実は、僕は三葉さんじゃ無い。もう2週間くらい前から、何度と無く三葉さんと入れ替っている。」

「僕?入れ替ってる?何言っとるんや、三葉。まさか、狐に憑かれてるんか?」

「狐じゃ無い!僕は、関東任侠妖怪奴良組三代目総大将、奴良リクオだ!」

「はあ?」

「ま・・・待ってくれ、ぬ・・・“奴良組”だって?」

「知っとるんか?清司。」

「よ・・・妖怪通の間では噂になっている。少し前に、京都で妖怪同士の大戦争があって、勝った妖怪集団の名前が、確か“奴良組”・・・・その総大将って、大妖怪じゃないか!」

「ふうん・・・せやけど、何で三葉がその“奴良組”の総大将なんや?」

「そ・・・そうだよ宮水くん、いくら何でも、そんな妖怪の名を語ったら大変な事に・・・」

「やれやれ・・・・」

やっぱり、口で言っただけじゃ駄目みたいだ。

「信じられねえんなら、その目でしっかりと見やがれ!」

 

三葉はすっくと立ち上がり、畏を解き放つ。髪は銀色に染まり、後方に棚引く。体はひと回り大きくなり、男性に近い体型に変わる。そして、周りの者全てを威圧するような、鋭い目付きに変わって行く。

「のわああああああああっ!」

「だああああああっ!へ・・・変身したあっ!」

驚いて、椅子から転げ落ちるテッシーと清司。

「どうだ?これでも信じられねえってんなら、おい、お前ら出て来い!」

『へい!』

裏の林の中から、糸守のリクオの百鬼達が姿を現す。釣瓶落とし、川男、ヤマガロ等々・・・

「うわああああっ!」

「ひいいいいいいっ!」

「きゃああああっ!」

テッシーと清司は、更に驚きの声を上げる。

これにはサヤちんも驚き、三葉の袴にしがみ付いてしまう。

「これで俺が、妖怪の総大将だって事が分かったろ?」

テッシーと清司は、無言で頷いた。

 

その後、三葉は入れ替わりに3年の時差がある事と、あと半月程で、彗星の破片の落下で糸守が壊滅的被害を受ける事を話した。ここまでくればもう何でも有りという感じで、テッシー達はすんなりその話を信じた。

「・・・という訳で、俺の百鬼達が住民を脅かして追い立てるから、お前らがうまく糸守高校へ誘導しろ!」

「は・・・はい。」

「あ・・ああ、分かったで。」

「で・・でもリクオくん、破片落下の当日に、もし入れ替わりが無かったら?この妖怪さん達、三葉の言う事聞いてくれるん?」

「ああ、心配ねえよ。こいつらには、俺と三葉の事も話してある。三葉の事も、総大将と認めてるぜ。」

サヤちん達には言って無いが、リクオは、糸守の妖怪達には三葉が半妖である事も告げていた。リクオの畏に惹かれていることもあるが、三葉が自分達よりももっと昔の妖怪の血を引いている事を知り、妖怪達は三葉にも従う事を決めていた。

「?!」

その時、脇の草むらの中から物音がした。

「誰だ?」

三葉の声に反応して、数匹の妖怪がその草むらに突っ込む。

『ひいええええええええっ!』

中から、慌てふためいて3人の男女が飛び出して来る。

「ま・・・松本?」

「な・・何やっとんのや?お前ら?」

「ご・・・ごめんなさい、け・・・決して盗み聞きなんか・・・し・・してません!」

妖怪達に脅えながら、あっさりと盗み聞きしてた事を白状する松本。

「丁度いい、お前ら、こいつらと一緒に住民を脅かす役目やれ!」

「へ?」

「生憎妖怪の頭数が足りなくてな、お前らこの間も、この2人脅かそうとしてただろ。どうせなら、もっと派手に住民全員を脅かしてやれ!」

「え?・・・い・・いえ、そ・・・それはちょっと・・・」

「まさか、嫌だってんじゃねえだろうな?」

三葉は、凄みの効いた目付きで松本達を睨む。

「は・・・はい、よ・・・喜んでやらせて頂きます!」

松本達は、その場に正座をして、妖怪役を了承するのであった。

 

 

 

奴良組総本家では、リクオ(三葉)も氷麗から事の詳細を聞き、驚きの声を上げていた。

「えええっ?私達、3年ずれていたん?それに、糸守に彗星の破片が墜ちたあ?」

更に、リクオの提案した避難計画を聞いて、

「妖怪で脅かして、学校まで追い立てるう?」

二重の衝撃を受けていた。

「そりゃあ、3年後で見たなんて言っても誰も信じへんやろうけど、脅かして避難させるって・・・・ほんまにリクオくんが、そんな事言ったん?」

「ええ、そうよ。」

「あの温厚そうなリクオくんが・・・・ん?もしかして、それって妖怪のリクオくん?」

「ええ、そうよ。」

「あの、ちょっと聞きたいんやけど、妖怪のリクオくんって、人間の時と性格も違うん?」

「ああ、そうか。あんたは、妖怪のリクオ様は知らないんだったわね。まあ、確かに言葉使いはかなり荒々しくなるし、好戦的になるから正反対とも言えなくも無いけど・・・・」

「無いけど?」

「リクオ様はリクオ様よ、根っこのところでは本質は変わらない。」

 

そう語る氷麗を見て、この娘は、本当にリクオくんの事が好きなんだなって分かった。最初、私にあんなに冷たかったのも、私にリクオくんを取られるじゃないかと、気が気じゃ無かったのね。

「三葉殿?」

そこに、黒田坊さんが顔を出す。

「御友人の方がお見えになっていますが、こちらに通して宜しいでしょうか?」

「あ・・はい。」

今日は、こちら側は日曜日だったので学校は休みだった。

リクオくんの高校には一度行ったから、友人達にも一度会っている。彼らは、リクオくんが半妖である事も知っている。

「こんにちは、お邪魔します。」

まず、家永カナちゃんが入って来る。彼女はリクオくんと幼馴染でもあり、人間では一番の親友・・・いや、恋人に近いのかな?氷麗が、少し不機嫌そうだから・・・・

「ちゃーっす。」

「お邪魔します。」

続いて、いつも2人でつるんでいる巻さんと鳥居さんが、

「どうも、及川さん!」

そして、氷麗に気がある島くんが入って来るが・・・・あれ?もうひとり居る。この間学校に行った時は、居なかったのに・・・・

ただ、何度も見た事のある顔であったため、私は思わず声を上げてしまった。

「き・・清司くん?な・・何でここにおんの?」

「や・・・やっぱり!清司兄さんの妖怪はここに居るんだね?」

その人は、そう叫んで私に詰め寄って来る。

「ど・・・何処に居るんだ?お願いだ、会わせてくれ!」

「え?」

「お願いだ!奴良くん!」

訳が分からず、私は一旦氷麗を引っ張って部屋の隅に行き、ひそひそ声で話し掛ける。

「な・・・何やの?あの人。糸守の清司くんそっくりなんやけど。」

「リクオ様から聞いてないの?その清司って人の従兄弟の、清継くんよ。」

ああ、そう言えば、そんな話聞いてたかも?

「で・・・でも、“清司兄さんの妖怪”って何やの?清司くんは人間やけど。」

「だから、彗星の破片落下で糸守が壊滅したって言ったでしょ。清司って人も、それで死んじゃったの。」

「ああ・・・」

「それでリクオ様が、昨日清継くんに“この間、清司くんと知り合った”って言っちゃったから、妖怪になって出て来たと思い込んでんのよ。」

「ええっ!ど・・・どうすんの?それ?説明なんてできへんやないの。」

「私に言ったって、知らないわよ!」

「何をこそこそやってるんだい?早く、清司兄さんに会わせてくれ!」

そこに、清継って人が割り込んで来る。

「あ・・・私、お茶を入れて来ますね!」

そう言って、氷麗は部屋を出て行こうとする。

「あ・・・こら、逃げるな!」

「ほほほ・・・ごゆっくり・・・」

そう言い残して、氷麗はそそくさと部屋を出て行ってしまう。薄情者~っ!

「お願いだよ、奴良くん!きっと清司兄さんは、まだこの世に未練があるんだ!僕が、それを聞いてあげるんだ!だから会わせてくれっ!」

清継くんは、更に私に詰め寄って哀願する。目にいっぱい涙を溜めながら。

ど・・・どうすればいいのよ?だ・・・誰か?何とかしてっ!リクオくうううううんっ!

 






テッシー達のみならず、松本達も住民避難計画に加わる事に・・・・
この避難計画、果たしてうまくいくのか?
一方、清司が妖怪になって現れたと信じて、リクオ(三葉)に詰め寄る清継。
三葉は、どうやって彼を説得するのか?(ちなみに、この部分は続きはありません。うまい言い訳が思いつかないので・・・・)


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《 第九話 》

夜リクオの迫力で、テッシー達も巻き込んだ糸守住民避難計画は、着々と進んでいきます。
そんな中、夢の中で三葉に語りかける声が・・・・
そして、三葉の前にもあの男が・・・・




 

「・・・は、・・・つは、」

誰かを、呼ぶ声が聞こえる。

「・・・みつは、三葉。」

呼ばれているのは、私?・・・誰?私を呼ぶのは?

「私は・・・ミヤズミ・・・・」

ミヤズミ?・・・何故?私を呼ぶの?

「・・・を止めて下さい。」

え?何を?

「マユゴロウを、止めて下さい。」

マユゴロウ?・・・・それって、200年前の・・・

「あの方のお考えを、歪めて受け止めてしまって・・・」

あ・・・あの方って?

「・・・・くなさま・・・・」

くなさま?・・・何?それ?・・・・

「お姉ちゃん・・・」

え?

「お姉ちゃん!いつまで寝とるの?遅刻するよ!」

突然、謎の声が四葉の声に変わり、目が覚める。

「あ・・あれ?・・・四葉?」

「いつまで寝ぼけとんの?ほんまに遅刻するよ!」

そう言われて、スマホを取って時刻を見る・・・・

「ええええええっ?!」

 

慌てて身支度と食事を済ませ、学校に向かう。髪を結っている時間はとても無かったので、組紐でまとめただけの“侍モード”で行く羽目になった。そのせいで、サヤちん達には今日もリクオくんなのかと勘違いされてしまった。

「変な夢を見た?」

「それ夢やなくて、リクオくんになってただけやないの?」

「それなら、もう変やと思わへんよ。何か、何も無い真っ白い空間で、ぼんやりと人影が見えるだけで、名前は・・・・何て言ったっけ?忘れちゃったけど、しきりに私に語り掛けて来るんよ。」

「何を?」

「マユゴロウを止めろやて。」

「マユゴロウ?」

「それって、大昔の“繭五郎の大火”の繭五郎か?」

「分からへんけど。」

「何だい?“繭五郎の大火”って?」

「ああ、それは、今から200年程前のことやけどな・・・・」

清司くんの問いに、テッシーが説明を始める。

「・・・・」

気付くと、サヤちんが何か考え込んでいる。

「ど・・・どうかした?サヤちん?」

「あ・・・うん、ちょ・・ちょっと気になる事があって。」

「気になる事?」

「私が、初めて三葉の変化を見た夜、リクオくん、変なお爺さんの妖怪と闘っとった。その妖怪に、右腕を貫かれてたんやけど・・・・」

「ああ、この右腕の傷はその妖怪に・・・」

「遠くてはっきり聞こえへんかったけど、その妖怪が“わしの名は繭五郎”って言っとったような・・・・」

「ええっ?」

 

夕方私は、リクオくんが“繭五郎”と名乗る妖怪に刺されたという、祠の前に来ていた。

小さい頃から、お婆ちゃんに何度も聞かされた“繭五郎の大火”の話。繭五郎というのは、200年前に糸守に住んでいた草履屋の名前。人間なら、もうとっくに死んでいる。でも、妖怪ならば生きていても何ら不思議では無い。リクオくんのお爺ちゃんだって、500年も生きている。

だけど、“マユゴロウを止めて”というのはどういう意味なんだろう?繭五郎という妖怪は、何をしようとしているの?まさか、また大火事を起こすの?そんな事しなくても、彗星の破片の落下で糸守は崩壊するのに?

その祠は、既に朽ち掛けてボロボロだった。木は腐り、所々剥がれたり割れたりしている。貼ってあるお札も、天梅雨で文字は完全に消えており、あちこち破れている。サヤちんに聞くまで、私もこの祠の存在を知らなかった。果たして、今の糸守に、この祠の存在を知っている人間が残っているのか?これは、誰を祭った祠だったのか?

「ホッホッホッ・・・・」

急に背後に笑え声がしたので、驚いて振り向く。そこには、唐草模様の着物を着た、白髪の老人が立っていた。

うそ?!誰かが、歩いて来る足音なんかしなかった。この老人、突然現れた!

「おや?またお主か?」

「ま・・・まさか、あなたが繭五郎?」

「ん?わしの事を知らん?・・・・」

繭五郎は、しばし考えた後、自分ひとりだけ納得して頷く。

「そうか、今日はあの若造では無く、宮水の小娘か・・・・」

「わ・・・私の事を知っとるの?」

「それは勿論、宮水の血筋の者はな。」

な・・・どういう事?この人と・・・もとい、この妖怪と、宮水家に何か関係があるの?

「ここに、何をしに来た?」

「あなたを探してたんよ。」

「ほお・・・わしに何か用か?」

「あなた、何をしようとしとるの?また、大火事を起こすつもりやの?」

「だったら、何じゃ?」

「そんな事をしても、無駄やから止めて!あと半月後に糸守は、彗星の破片の落下で崩壊するの!」

「はあ?・・・・」

一瞬、繭五郎は言葉を失うが、直ぐに馬鹿にしたように大笑いを始める。

「ホオッホッホッホッホッホッ!」

「笑い事や無い!信じられへんかもしれんけど、ほんまなんよ!」

「ホッホッホッ、そうでは無い。そんな事、お主に言われんでも分かっておる。」

「な・・・何やと?」

「ひとつ聞いてもよいか?」

「な・・・何よ?」

「お主、先祖の記憶があるのか?」

「せ・・・先祖の記憶?な・・・何よ、それ?」

「ふむ・・・そうでは無いのか?何故、わしを止めようとする?」

「あ・・・あんたに、言う必要あるん?」

自分ばっかり、分かった風にしてんじゃないわよ!少しは、あんたの事も説明しなさいよっ!

「言いたく無いか・・・・ならば、」

繭五郎は、右手を私の方に伸ばす。

「な・・・何を?・・・・」

やっ!・・・何をするつもりなの?

その時、突然森の中から、2mくらいの毛むくじゃらの怪物が飛び出して来る。

「総大将!」

「え?」

「貴様!総大将に何をする気だっ!」

毛むくじゃらの怪物は私の横を通り抜け、繭五郎に突進して行く。

「ふん、ヒヨッコが!」

繭五郎は、右手から気合のようなものを発する。

「ぐわあっ!」

それにより、毛むくじゃらの怪物は弾き飛ばされる。と同時に、身長が半分くらいに縮み、ぽっちゃり体型になって私の前に転がる。

「だ・・・大丈夫?」

つい、そう声を掛けてしまう。

「この野郎!」

「何者じゃ?貴様!」

更に森の中から、細身で長身のどす黒い妖怪と、人間の倍くらいある首だけの妖怪が飛び出して来て、繭五郎に向かって行く。

「たわけがっ!」

しかし、同じように気合で弾き飛ばされ、私の前に転がって来る。

「あ・・・あなた達は?もしかして、リクオくんの百鬼の妖怪さん?」

「え?」

「じゃあ、あんたは“あねさん”ですかい?」

「“あねさん”?・・・何?それ?」

 

「うっとおしいい奴らじゃ、今、ここで始末するか?」

繭五郎は、今度は左手を上げる。すると見る見る内にその左手が剣へと変わっていく。

「消え去れ!」

繭五郎は、左腕の剣を勢い良く振り下ろす。凄まじい剣撃が発生し、倒れた妖怪3匹を狙う。

「危ない!」

三葉は、反射的に倒れた妖怪達の前に出てしまうが、剣撃が迫り、思わず目を瞑ってしまう。

『あ・・・あねさん!』

その時、三葉の体がまた輝き出した。光は、瞬く間に三葉の体を包み込む。

「何?」

剣撃は光に吸い込まれ、次の瞬間、何倍にも増幅されて繭五郎に帰って来る。

「ぬおおおおおおっ!」

繭五郎は、左腕の剣でそれを受けるが、剣が消え、元の左腕に戻ってしまう。

「こ・・・これは、“光魔の鏡”・・・・もう、覚醒しておったか?」

光が消え、三葉は元に戻るが、全身の力が抜けたように崩れ落ちてしまう。

『あ・・・あねさん!』

妖怪達が、三葉に駆け寄る。

「ぬうううう・・・・この場は、引いた方が良さそうじゃ・・・」

繭五郎は、そのまま姿を消してしまう。

 

少し間をおいて、私は正気に戻る。どうも、あの不思議な光が出る時は、意識を失っているみたいだ。

『大丈夫ですか?あねさん?』

妖怪さん達が、心配そうに私の顔を覗き込む。私は、ゆっくりと体を起こす。

「だ・・・大丈夫・・・やよ・・・・でも、“あねさん”って何?」

「い・・・いや、リクオ様が“総大将”だから、三葉さんの時は“あねさん”かなって。」

何だか、私まで任侠一家の一員になってしまったみたい・・・・でも、実際そのようなもんか?

「そういえば・・・ありがとう皆、私を助けてくれて。」

「いいえ、助けられたのはこっちの方です。」

「流石あねさんだ!伊達に、総大将の愛人やってませんね!」

「あ・・・愛人?な・・・なんよ!それ!」

何で、そんな話になってるの?こんなの、氷麗に知られたら・・・・

 

 

 

翌朝、三葉さんの体で目覚めると、机の上に手紙が置かれていた。

『リクオくん、糸守の皆を助けるために、いろいろ考えてくれてありがとう。あと、糸守の妖怪さん達に、私を護るように頼んでくれたんだね。それもありがとう・・・・』

三葉さんからの手紙だった。

『あと、これは伝えておくべきだと思ったので書きます。昨日、私、繭五郎という妖怪に会いました。』

ええっ?!

『何か、私・・・いえ、宮水家の事を昔から知っている風でしたが、自分の事は何も語ってくれませんでした。何を企んでいるのかも、全く分かりません。ただ、彼は何故か、未来に起こる筈の彗星の破片落下の事を知っているようでした・・・・』

何だって?繭五郎は、彗星災害の事を知っている?どうして?どうやって知ったんだ?

 

その日の夕方、僕はもう一度繭五郎に会いたくて、例の祠に行った。

しかし、何時間待っても、繭五郎は姿を現さなかった。

 

仕方無く家に帰ると、夕食の後、お婆ちゃんに神社の本殿に呼び出された。

どうやら、本殿から“御神刀”を持ち出した事がばれたようで、いきなり理由を問われた。

本殿の中で、僕は上座に座るお婆ちゃんと対峙して、正座している。

「じ・・実は、千葉から転校して来た清司くんという子が妖怪マニアで、やたらと夜に妖怪探索に出掛けちゃって・・・・」

清司くんを見守るためにこっそり付いて行ったが、もし本当に何か出たら怖いと思って持って行った、と説明した。これで納得して貰えるとは思わなかったが、他に言いようが無い。自分が三葉さんでは無く、奴良組の三代目等と言える訳も無いので。

「そうか・・・なら、仕方無いのう。」

「え?」

以外にも、お婆ちゃんはあっさりと納得してしまった。更に、

「ちょっと待っとれ。」

そう言って、神座の奥に入って行く。そして、なにやら細長い箱を持って出て来る。

箱は何重にもなっていて、いかにも大事そうな物が入れられていると思われる。その中から、一本の刀を取り出し、僕の前に置く。

「妖怪を相手にすんなら、この方がええ。これを持って行きや。」

「へ?・・・お・・お婆ちゃん、妖怪を信じるの?」

「わしは、見た事が無いがのう・・・昔から、町のもんに話はよう聞かされておった。」

そ・・それで信じちゃうんだ?流石に、神社の神主というか・・・・でも、見た事無いって言うけど、本当は毎日見てるんだけどね。半妖だけど・・・・

折角の機会なので、繭五郎についても何か知っていないか、聞いてみた。しかし、“200年前に大火事を起こした草履屋”という事意外は、お婆ちゃんは知らなかった。

「お婆ちゃん、もうひとつ、聞きたい事があるんだけど。」

「なんね?」

「宮水家の先祖について、教えて欲しいんだけど。できれば、1000年以上前の事なんか。」

「わしもよう知らん。殆どの記録は、“繭五郎の大火“で燃えてしまったでな。」

やはり、そうなのか・・・・

「その刀は、えろう昔から大事に保管されておったそうや。“繭五郎の大火”でも、何とか持ち出せたと聞いとる。」

 

部屋に戻って、お婆ちゃんから渡された刀を抜いてみる。

「こ・・・これは?!」

強い力を感じる。この感覚は、祢々切丸と同じ・・・これは、妖怪を切るために作られた刀だ!

 






遂に、三葉も繭五郎との邂逅を果たします。しかし、繭五郎の目的は依然と知れず、謎は深まるばかり。
そんな中、リクオが三葉の祖母より預かりし刀は、祢々切丸と同じ妖怪を討つ刀。
リクオは、再び繭五郎と相まみえることとなるのか?


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《 第十話 》

彗星の破片落下まであとわずかとなったある日、リクオはお婆ちゃんに連れられ、宮水神社の御神体を訪れます。
その道中で、リクオはお婆ちゃんから“ムスビ”の事、“口噛み酒”の事を教わります。
この話では、今迄のどの話よりも、“口噛み酒”が重要なアイテムとなって来ます。




 

三葉さんが繭五郎と会って以来、繭五郎はぱったりと姿を見せなくなってしまった。僕も何度もあの祠に足を運んだが、奴が現れる事は無かった。

そして、彗星の破片落下の日が、とうとうあと4日後に迫った。

 

その日の朝、僕は三葉さんの体で目覚めた。今迄、2日続けて入れ替る事は無かったから、もし入れ替ってもあと1回。でも、もう準備はできている。あとは当日、うまく住民を避難させればいい。

但し、ひとつ気掛かりなのは、やっぱり繭五郎の動向だ。

少なくとも200年以上前からこの糸守に居る筈なのに、糸守の妖怪達は彼の事を知らない。最も、三葉さんの先祖にあたる妖怪の事も知らないんだけど・・・・

いったい、何を企んでいる?三葉さんが見た、夢の話も気になる。住民の避難計画に、支障を来たすような事が無ければいいけど・・・・

 

いつものように、制服に着替えて下に降りると、

「何で制服着とんの?」

と、四葉ちゃんに言われる。え?今日は、日曜日じゃ無い筈だけど・・・・

 

今日は、山の上にある御神体に、口噛み酒とやらを奉納する日らしい。この町だけの行事なので祝日では無いが、学校や仕事は休みらしい。

僕と四葉ちゃん、お婆ちゃんの3人で出かける。宮水神社の、裏手の山を登って行くようだ。

昔は、宮水神社の御神体も神社の本殿にあったらしい。200年前の“繭五郎の大火”で神社と一緒に御神体も燃えてしまい、以降は山頂に祭られる事になったようだ。もう火災等の被害が及ばないように山頂にしたのか?それとも別な理由があったのか?宮水家にも何も伝えられていない。

もし、繭五郎がわざと大火事を起こし、神社や御神体も燃やそうとしたのなら、それはいったい何のためなのか?御神体に行ったら、何か分かるんだろうか?

 

結構な山道を、ひたすら歩く。まだまだ、先は長そうだが、お婆ちゃんには、この山道は辛いだろう。非常に、歩みも遅い。これでは、いつ御神体に辿り着けるか分からない・・・・

「お婆ちゃん!」

僕は、お婆ちゃんに背中を差し出す。お婆ちゃんは、にっこり笑って、

「ありがとうよ。」

と言って、僕の背中におぶさる。

少し歩いたところで、お婆ちゃんが語り出す。

「三葉、四葉、ムスビって知っとる?」

「ムスビ?」

四葉ちゃんが聞き返す。

「土地の氏神様のことをな、古い言葉で産霊(むすび)って呼ぶんやさ。この言葉には、いくつかの深い意味がある。」

土地の氏神様?土地神の事かな?僕らは、そんな呼び方をした事は無いけど・・・・

「糸を繋げることもムスビ、人を繋げることもムスビ、時間が流れることもムスビ、全部同じ言葉を使う。それは神様の呼び名であり、神様の力や。わしらの作る組紐も、神様の技、時間の流れそのものを顕しとる。

寄り集まって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って、途切れ、また繋がり・・・・それが組紐。それが時間。それが、“ムスビ”。」

僕と三葉さんの入れ替わりも“ムスビ”なのかな?入れ替わりは、宮水家の先祖の妖怪の能力と思っていたけど、土地神の力なのかな?

 

「ほら、飲みない。」

大分歩いたところで、木陰で小休止。お婆ちゃんが、水筒を手渡してくれる。中には、お婆ちゃんが作ってくれた麦茶が入っている。少し汗を掻いていたので、凄くおいしく感じた。

「私も!」

四葉ちゃんがねだって来る。2杯飲んだところで、四葉ちゃんに渡す。

「それも、ムスビ。」

「え?」

「水でも、米でも、酒でも、何かを体に入れる行いもまた、ムスビと言う。体に入ったもんは、魂でムスビつくで。だから今日のご奉納はな、宮水の血筋が何百年も続けてきた、神様と人間を繋ぐための大切なしきたりなんやよ。」

 

ようやく頂上に着くと、そこには、大きなカルデラ状の窪地があった。その中央には、巨大な岩と一体化した巨木があり、それが御神体らしい。

この巨木を御神体としたのは、200年前の“繭五郎の大火”で、本来の御神体が消失してしまってからだ。しかし、目の前にある巨木には、何か神秘的なものを感じる。御神体となる前は、ここは何だったのだろうか?そもそも、ここは火山でも無いのに、何でこのようなカルデラ状の窪地ができたんだろうか?

僕達は、その御神体を囲むように流れる、小川の前まで行く。

「ここから先は、カクリヨ。」

『かくりよ?』

僕と四葉ちゃんが、揃って声を上げる。

「隠り世、あの世のことやわ。」

この先があの世?どういう意味だろう?

「わ~い、あの世やあ~!」

四葉ちゃんは、何の事か分かっていないようだ。そう叫んで、バシャバシャと水しぶきを上げながら、走って小川を渡ってしまった。

僕は、お婆ちゃんの手を取って、岩を足場に小川を渡った。

「ここはもう死後の世界、此岸に戻るには、あんた達の一等大切なもんを引き換えにせにゃいかんよ。」

神妙な調子で、お婆ちゃんが語る。脅かしているのかな?でも、妖怪の僕にそんな話をしても、大して驚きはしないけど・・・・生き胆の一部でも、置いていけばいいのかな?

「心配せんでもええ、口噛み酒のことやさ。」

何だ、この奉納するお酒のことか。

「あの御神体の下に、」

と言って、お婆ちゃんが巨木を見る。

「小さなお社がある。そこにお供えするんやさ。その酒は、あんた達の半分やからな。」

三葉さんの半分・・・・

僕は、手の中の瓶を見る。この酒は、三葉さんと四葉ちゃんが米を噛み、唾液と共に吐き出したものらしい。先程の“ムスビ”の話からすれば、これで三葉さんが神様と結びつく・・・・いや、ご先祖様と結びつくのかな?

御神体の前まで行くと、小さな入り口があり、下に降りる階段が付いていた。中に灯りは無いので、蝋燭に火を点け降りて行く。

奥には、小さな祠があった。僕と四葉ちゃんが、それぞれ自分の口噛み酒を、そこに奉納した。

“リクオ・・・”

「え?」

ふと、誰かに呼ばれたような気がした。

慌てて辺りを見渡すが、僕達以外には誰も居ない。と言っても、蝋燭のわずかな灯りでは、隅の方までは見えないが・・・・

「?!」

その時、天井に何か絵が描いてある事に気付いた。

何だ?あの絵は・・・・長い尾を引く塊・・・何か、光っているような・・・・ま・・・まてよ、これは、彗星じゃ無いのか?な・・・何で、こんなところに彗星の絵が?

 

御神体を出て、山を降りると、もう陽が雲の後ろに隠れ掛かっていた。

結局、御神体に行っても、繭五郎の事は何も分からなかった。

「もう、彗星見えるかな?」

四葉ちゃんが、そう言う。

西の空を探すと、ひときわ明るい金星の下に、青く光る彗星の尾が見えた。

あと3日で、あれの破片がここに墜ちて来る。繭五郎の企みは分からないが、今は住民を避難させる事だけを考えよう。もしかすると、糸守に来れるのは今日が最後かもしれない。今夜の内に、糸守の妖怪達ともう一度話をしておかなければ。

 

 

 

夕方、学校が終わり、奴良組総本家に氷麗、青田坊さんと共に帰って来る。門をくぐろうとしたところで、玄関から黒田坊さんが走って来る。一足先に帰宅していたようだ。

「み・・・三葉殿、い・・今、お屋敷に入るのはまずいです!」

「え?」

「ど・・・どうしたの?黒?」

「と・・とにかく、今晩は、何処か他で時間を潰すのが得策かと・・・」

「何言ってんだ!そんな事をしたら危険だろう?」

「いや、今晩は家に居る方が危険かと・・・・」

『はあ?』

全く要領を得ない。すると、

「何だ!居るじゃねえか!リクオ!」

玄関から大きな声がして、頭にバンダナを巻いた、短髪の男の人が歩いて来る。

『い・・・イタク?!』

氷麗と青田坊さんが、揃って声を上げる。知り合いの妖怪さん?

「な・・・何で、イタクがここに居るの?」

「お前、最近たるんでんじゃねえのか?聞いたぞ、炎魔とかいうどこの馬の骨とも分からねえ奴に、やられそうになったそうじゃねえか!」

「い・・・いや、あれは返り討ちにしたから・・・」

氷麗が答える。私は、何だか訳が分からず、呆然としているだけだった。

「どっかの田舎で、じじいの妖怪に畏を絶たれたとも聞いたぞ!」

「い・・・いや、だからそれは・・・・」

「来い!鍛え直してやる!」

「え?」

その男の人は私の腕を取り、どんどん屋敷の奥へ引っ張って行ってしまう。

「ま・・・待って!イタク、待ってったら!」

慌てる側近さん達。私は、その人の迫力に何の抵抗もできず、されるままに奥の特訓場に連れ込まれてしまった。

 

「きゃあああああああっ!」

「何だ!その女みてえな悲鳴は!」

「ひいいいいいいいっ!」

「こらっ!逃げんじゃねえっ!」

鎌で攻撃してくるイタクさんに、防戦一方の私。一応お婆ちゃんに剣術は習っているけど、こんな真剣での乱取りなど経験は無い。おまけに、相手は凄腕の妖怪さん。勝負になどなる筈も無い。とにかく逃げ回るしか無かった。

「や・・・やめて、イタク!そのリクオ様は違うの!」

「何が違うんだ!なめてんのか手前!」

側近さん達が必死に止めに入るが、イタクさんは聞く耳持たない。

「ようし分かった、あくまでやる気を出さねえってんなら・・・・」

イタクさんの姿が、見る見る内に凶暴なイタチの姿に変わって行く。

「ひいいいいいいいいいっ!」

その恐ろしい姿と、異様なまでの妖気に、私は震え上がってしまう。

「これでも喰らえっ!」

「い・・・いかんっ!」

イタクさんの、渾身の攻撃が私を襲う。黒田坊さんが止めに入るけど間に合わない。

もう、だめっ!

そう思った時、また、あの力が発動した。

 

「な・・・何だと?!」

三葉の体は激しく輝き、イタクの攻撃を跳ね返す。

「ぐわああああっ!」

何倍にもなった自らの攻撃のカウンターを受け、イタクは部屋の隅まで吹き飛ばされてしまう。

 

「え?ど・・・どうしたの?」

気が付くと、イタクさんは部屋の隅で伸びていた。また、意識が飛んでしまっていたようだ。

 

しばらくして、奥の座敷でイタクさんに、入れ替わりの事等を説明した。

「何だ、それならそうと先に言え!」

手当てを受けながら、イタクさんが言う。

「言う暇無かったでしょ!本当に、頭に血が上ると、周りが見えなくなるんだからっ!」

氷麗が、きつく叱り付ける。

「しかし、さっきの光は何だ?」

全く悪びれる様子も無く、イタクさんは聞いて来る。

「わ・・・私にも、よう分からんのやけど・・・先祖の妖怪から受継いでいる力やと思う。繭五郎って妖怪は、“光魔の鏡”って呼んどった。」

『光魔の鏡?』

皆、同時に復唱する。

「でも、こんな力があるなら、繭五郎って妖怪が何を企んでても大丈夫よね?」

「そいつはどうかな?」

氷麗の言葉を、イタクさんが否定する。

「その力、お前は意識して使ってねえだろう?」

「う・・うん、力が発動する時は、意識が飛んどる。」

「本当に命に係わるような、緊急時じゃないと発動しねえ。それに、あくまで受け身の力でしかねえ。敵が、お前の命を奪おうとしなければ、お前には何もできない。敵を倒す事もな。」

「た・・・確かに、その通りやけど・・・」

「仕方無いでしょ、イタク!三葉は、ついこの間まで、普通の人間として暮らしてたんだから!」

「それで、敵が見逃してくれるんならな。」

的を射た言葉に、全員沈黙する。

「じゃ・・じゃあ、どうすればいいってのよ!」

と、氷麗。

「一晩でどうにかなるものじゃねえが、何もしないよりはマシだろう。」

そう言ってイタクさんは立ち上がり、私の所に近づいて来る。

「来い、さっきの続きだ。」

「え?」

そう言って、私を引きずって歩き出す。

「ま・・・待って、つ・・・続きって?」

「心配するな、死なない程度に手加減はしてやる。」

「い・・・いや、そ・・・そういう事や無くて・・・・」

「つべこべ言うな、手前の里を護りてえんだろ!」

「そ・・・そうやけど、い・・・いきなり、そんな事しても・・・」

周りは皆、何も言えずに茫然と見つめているだけだ。

「い・・いやあああああああっ!だ・・・誰か、助けてえええええええっ!」

その夜は、今迄生きて来た中で、最も長く辛い夜になった・・・・

 






突然、イタク師匠の猛特訓を受ける羽目になった三葉。
三葉の身を案ずれば、側近達も頭ごなしに反対も出来ません。
果たして、この猛特訓が実る事はあるのでしょうか?

はっきり言って、ありません。イタクの言った通り、一晩でどうにかなるものでは無いです・・・・

口噛み酒の奉納のくだりは、今迄のシリーズではかなり省略して書いていましたが、今回はお婆ちゃんとのやりとりを少し詳しく書きました。この話では、本当に肝になる部分ですので。


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《 第十一話 》

いよいよ、彗星が最接近する日がやってきました。
住民避難計画はうまくいくのか?繭五郎は、どう動くのか?
一方、奴良組総本家には、ようやくぬらりひょんが帰って来ます。
両面宿儺と繭五郎について、何か記録は見つかったのでしょうか?




 

今日は、いよいよ彗星が地球に最接近する日。

あのイタクさんの地獄の特訓があった日以降、リクオくんとの入れ替わりは無かった。

でも、もう準備は整っている。あとは、それを卒なく実行するだけ!

 

その日は学校を午前中で抜け出し、神社の境内の裏に皆で集まった。もちろん、妖怪さん達も一緒だ。今夜の避難計画の、最終確認を行う。

「テッシーは、避難誘導の責任者やから、皆をうまく糸守高校に誘導して。」

「おう、任せとけ!」

「清司くんも頼むに。」

「任せたまえ、宮水くん。」

「妖怪さん達は、それぞれ地区に分かれて、皆を脅かしてうまく糸守高校の方へ逃げさせて。」

『へい!あねさん!』

「あ、あんまり酷い事せんといてね。けが人とか出たら大変やから。」

『分かってます!あねさん!』

「あんたらも、うまくやってね。」

私は、妖怪さん達の中で縮こまっている、松本達3人に声を掛ける。それぞれ、個性のある妖怪のコスプレをしている。

「・・・・ああ・・・」

松本は、力無く答える。

「どうしたん?元気あらへんね?」

「こ・・・こんなに妖怪に囲まれて、いつも通り振る舞える、お前の方が異常やないんか?」

「え?・・・そう?」

 

このひと月の間、殆ど妖怪に囲まれて生活していたため、三葉にはもう、妖怪に対する恐怖心や警戒心は全く無かった。

 

「サヤちんは、防災無線を使って避難誘導をお願い。糸守高校の放送室から、防災無線をジャックできるから。」

「う・・うん。」

何だかサヤちんは、まだ妖怪さん達が少し怖いようだ。

避難計画は、これで大丈夫。あとは、繭五郎がどう動くかだけど、いくら何でもたったひとりで、糸守の全住民と妖怪達をどうにかできるとは思えない。繭五郎だって、彗星の破片落下で死ぬのは嫌だろうし・・・・大丈夫、きっとうまくいくわ!

 

 

 

――― 3年後、東京浮世絵町 ―――

奴良組総本家では、リクオの部屋でリクオと氷麗が話していた。

 

「いよいよ、今日ですね。」

「うん・・・・」

「三葉は、大丈夫でしょうか?」

心配だけど、もう僕にはどうしようも無い。うまく行くことを、祈るだけだ。

「リクオ。」

すると、お爺ちゃんが部屋に入って来た。

「お爺ちゃん、戻ってたんだ?」

「うむ、今戻ったところじゃ・・・・直ぐに、側近の者を集めよ。」

「え?」

「両面宿儺と繭五郎について、分かった事を伝える。」

 

僕は、急いで青田坊や黒田坊達を部屋に集めた。

お爺ちゃんの前に、僕達は並んで座っている。

「遠野にある、膨大な口伝の資料を探し回っておったので、ここまで時間が掛かった。」

「それでお爺ちゃん、その両面宿儺って?」

「遙か昔、1200年以上前に、飛騨地方におった妖怪じゃ。」

「せ・・・1200年以上前?」

「身の丈は十八丈(約60m)、二面の顔を持ち、八本の手足を持つ最強の妖怪であり、都の大軍勢にも屈せず、並み居る妖怪達も歯が立たなかったと記されておった。」

「何故飛騨に?それ程の力があるのなら、全国を支配できたでしょう?」

黒が問う。

「両面宿儺には、そのような野心は無かった。妖怪のみならず、人も、生きとし生けるもの全てを愛しておった。それを踏みにじろうとするものには、敢然と立ち向かった。そういう妖怪じゃったとそうじゃ。」

「魑魅魍魎の主、という訳では無かったのですね?」

「うむ、わしらのように、百鬼を率いておったのでは無い。ただ、側近ともいえる2匹の妖怪を従えておった。」

「側近?まさかそれが?」

僕は、とっさにそう聞いた。

「そうじゃ、“マユゴロウ”と“ミヤズミ”じゃ。」

『ミヤズミ?』

全員が、声を上げる。

「な・・・何なのお爺ちゃん、そのミヤズミって?」

「ミヤズミ・・・・この名を聞いて、何か思い当たらんか?リクオ?」

「え?・・・ミヤズミ・・・みや・・・・あ?そ・・・それって?」

「そうじゃ!宮水じゃ!」

『ええっ?!』

また、全員が声を上げる。

「じゃあ、三葉さんは、両面宿儺の側近の妖怪の子孫だったんだ?だから、繭五郎は宮水家を良く知っていた・・・・」

「理由は知らんが、ミヤズミは人と交わり、その世代を繋いでいった・・・・それに対しマユゴロウは、転生を繰り返して現代まで残った。」

「転生?」

「そうじゃ、マユゴロウは、羽衣狐と同じ転生妖怪じゃ。」

「そ・・・それで初代?両面宿儺は、どうなったのですか?」

首無が、口を挟む。

「そ・・・そうです。それほどの妖怪が、何で歴史に語られていないのですか?」

黒も続く。

「それがな、1200年前を境に、一切の記録が無い。全く姿を消してしまったんじゃ。」

『ええっ?!』

またもや、全員が驚く。

「・・・1200年前・・・そ・・それって?」

僕は、ある事に気付いた。

「お爺ちゃん、1200年前って、ティアマト彗星が前回地球に最接近した時じゃ?」

「そうじゃ!」

「それと、両面宿儺が姿を消したのと、何か関係があるの?」

「それは分からんが、わしもその事が何か関係しているのではないかと思っとる。」

「もしかして、1200年前にも糸守に彗星の破片が墜ちた・・・・」

「ええっ?」

「リクオ様、いくら何でもそれは?」

氷麗と青田坊が、僕の意見に疑問を投げかけて来る。

「でも、この間見てきた御神体のある山、火山でも無いのに頂上にカルデラがあった。あんなの、隕石でも落ちないとできないんじゃ無いかな?」

「では、そこに1200年前に?」

「ううん、あれはもっと古そうだ。そんな感じで、彗星接近の度に破片が墜ちてるとしたら・・・・」

「では、1200年前の破片の落下で、両面宿儺は命を落とした?」

「待って、それじゃ、繭五郎は何で生きてるの?」

「ミヤズミも、子孫を残してるしな?」

「たまたま逃げ延びたとか?」

「側近が、主を見捨てて逃げ出したのか?俺には信じられん!」

皆の意見が交錯するが、答えは出ない。

「それでお爺ちゃん、繭五郎が何を企んでいるのかは、分からないの?」

「分からん。マユゴロウという妖怪についての記録は、殆ど無いでな。分かっているのは、両面宿儺の側近であった事、転生妖怪である事、一度転生をするのに3年の月日が掛かる事だけじゃ。」

「退魔の剣についての記録は無いんだ?」

「それなんじゃがな、お前の言った繭五郎が使った“退魔の剣”、三葉が使った“光魔の鏡”、これらは、どちらも両面宿儺の妖力として記録されておる。」

「えっ?ど・・・どういう事?」

「この2つの妖力が、両面宿儺を無敵たらしめた要因のひとつじゃ。」

「ひとつ?他にも何かあるのですか?」

と、黒。

「記録を見る限りでは、まだ何かありそうじゃが分からん。何しろ、千年分を越える膨大な資料の中から探しておる。まだ全てを検索し終わっとらん。遠野では、引き続き調べてもらっている。分かり次第、連絡をくれるそうじゃ。」

僕は、また考え込む。

繭五郎や三葉さんが、両面宿儺の妖力を使っているという事は・・・・やはり、両面宿儺は彗星の破片の落下で命を落とし、その力を側近の2人に受継がせた?

でも、マユゴロウとミヤズミは、何故自分達だけ生き延びたのか?両面宿儺の事を、後世に伝える為?

いや、それはおかしい。人と交わって記憶も無くなっていったミヤズミはともかく、マユゴロウは転生を続けていた。いくらでも、記録を残す事はできた筈だ。でも、そうしていない。逆に、大火事を起こして古文書を消失させたりしている・・・・

 

「リクオ様!大変です!」

そこに突然、黒羽丸が飛び込んで来る。

「どうしたの?黒羽丸?」

「たった今、天下布武組の使いの者が・・・飛騨で、大変な事が起こっていると!」

「飛騨?・・・大変な事?」

 

黒羽丸に付いて縁側に出ると、そこには傷だらけの、天下布武組の使いのカラス天狗が居た。

「ど・・・どうしたの?」

「と・・・突如、飛騨の山奥から・・・きょ・・巨大な妖怪が現れ・・・・て・・天下布武組のナワバリで暴れまわって・・・妖怪も・・・人も・・・町も目茶目茶に・・・・」

「何だって?て・・天下布武組の妖怪達は?」

「殆どやられました・・・・か・・カワエロ様も、深手を負って・・・でも、まだ闘っています・・・ど・・どうか・・・・力を貸して下さい・・・・」

「相手は、どのくらいの軍勢なの?」

氷麗が尋ねる。

「それが・・・・たったひとりで・・・・」

『た・・・たったひとりに、天下布武組が?』

そこに居た皆が、揃って声を上げる。

「そいつは、どのような妖怪じゃ?」

お爺ちゃんが尋ねる。

「は・・・はい・・・・身の丈は、十八丈程で・・・・か・・・顔を二つ持ち・・・手足は、八本あって・・・・」

「え?そ・・それって、両面宿儺?!」

 

 

 

――― 3年前、糸守 ―――

もう日が暮れ、空には彗星が見え始めている。

宮水神社より左手の湖の近く、テッシーと数名の妖怪達が、林の中から町の様子を伺っている。

「そろそろや、皆、準備ええか?」

『おう!』

テッシー達が林から出ようとした時、目の前に人影が現れる。

「な・・・何や?あんた?」

それは、唐草模様の着物を着た、白髪の老人だった。

「ホッホッホッホッホッ。」

『?!』

その老人の目を見た途端、テッシー達の動きが止まる。そして、彼らの目から、徐々に生気が失われていく。

「ホッホッホッホッホッ。」

老人・・・いや、繭五郎は、不気味に笑い続ける。

 

糸守高校の放送室、サヤちんが、マイクの前に座って盛んに時計を気にしている。

 

も・・・もう直ぐ、約束の時間・・・・き・・・緊張する・・・・

 

手の平に“人”という字を書いて飲み込み、ほっと一息つく。

「ホッホッホッホッホッ。」

「?!」

突然、背後から笑い声が聞こえたので、驚いて立ち上がり、振り向く。そこには、繭五郎の姿が・・・・

「あ・・・あなたは?!」

サヤちんは、一度繭五郎を見ている。恐怖で、がたがたと震え出してしまう。

「ホッホッホッ、そんなに怯えんでもええ。別に、取って喰ろうたりはせん。」

そう言って、繭五郎はサヤちんの目を見詰める。

「・・・・」

サヤちんの目が、テッシー達と同様に生気を失っていく。それと同時に、体の震えも止まる。繭五郎はサヤちんに近づき、1枚の紙を彼女に差し出す。

「放送は、これに書いた通りに喋るんじゃ。」

「はい・・・・」

感情の無い、機械のような声で返事をして、サヤちんは、その紙を受け取る。

 

私は、神社の境内の裏、いつもの集会場に待機していた。釣瓶落としさん、川男さん、ヤマガロさんも一緒だ。この妖怪さん達は、お祭りで神社に集まった人達の担当。彼らが住民を脅かして、私が妖怪さん達の足止めに入って、皆を糸守高校に避難するように仕向ける巫女さんになる。現実味を出すために、白と赤の羽織袴を着て来た。あと、繭五郎が出た時の備えに、リクオくんがお婆ちゃんから預かった、宮水家先祖代々から伝わる妖怪を討つ刀“零葉”も持参した。

最も、私が繭五郎に歯が立つなんて思って無い。イタクさんに鍛えてもらったけど、一晩で剣の達人になんてなれる訳が無いし、光魔の鏡を自在に使いこなせるようになる訳も無い。だから気休めというか、お守りというか・・・・でも、心のどこかで、ピンチの時はリクオくんが助けに来てくれるじゃないかって、淡い期待を抱いていたのかもしれない・・・・

「あら?」

左手の、糸守湖の周辺の方が何やら騒がしい。どうやら、始まったようだ。

「じゃあ、私達もそろそろ・・・・」

言い掛けた時に、防災無線の放送が流れる。

『こちらは、糸守町役場です。・・・・』

え?もう放送?ちょっと早くない?まだ私達は、騒ぎを起こしてないのに・・・・

『信じられない事態です。町に、妖怪が現れました。住民の皆さんは、大至急宮水神社に避難して下さい。神社には、陰陽師により強力な結界が張られています。妖怪は、入って来られません。大至急、宮水神社に避難して下さい・・・・』

え?何で、宮水神社に避難するの?陰陽師の結界って何?そんな話聞いてない!

第一、宮水神社は、彗星の破片落下の中心になる。ここに来たら、皆助からない!

 

湖の近くでは、テッシーが住民の避難誘導をしている。しかし・・・・

「急げ!早う、宮水神社へ逃げるんや!」

それに誘導され、住民は一路宮水神社を目指す。

 

「きゃあああああああっ!」

「うわあああああああっ!」

町のあちこちで悲鳴が上がる。妖怪が住民を脅かし、宮水神社の方へ追い立てて行く。

 

「があああああああああっ!」

「ひひひひひひひひひっ!」

妖怪に扮した松本達が、住民を脅して追い立てて行く。やはり、宮水神社の方に・・・・

 

「た・・大変!皆、こっちに逃げて来る・・・・こ・・・このままじゃ・・・・」

空を見る上げると、彗星が大きな尾を引いて、空に紐のような模様を描いている。良く見ると、その先端が2つに割れている。

「ふ・・・2つになっとる。もう直ぐ、ここに墜ちて来る。」

私は、後ろの妖怪さん達の方を向く。

「み・・・皆、何でこうなったか知らんけど、このままじゃ皆死んじゃう!あなた達で脅かして、何とか町の皆を糸守高校に追いやって!」

『あ・・ああ、分かりやした、あねさん!』

「そうはさせんぞ。」

妖怪さん達の、更に後ろから声がする。この嫌な声は、忘れられる訳が無い!

「ホッホッホッホッホッ。」

『て・・・手前は?!』

闇の中から、繭五郎が姿を現す。

「あ・・・あんた、いったい何をしたん?」

「お前さんのお仲間は、全員わしの術中に嵌っておる。皆を、この宮水神社に誘導するようにな。」

「な・・・そ・・そんな事をしたら、皆死んじゃう!」

「その通り、皆、彗星の破片の落下で滅ぶんじゃ!」

「そ・・・そんな事、させへん!皆、こんな奴に構っとらんで、町の皆を避難させてっ!」

『へ・・・へい!』

「そうはさせんと言っておるじゃろう!」

繭五郎は、右手を前に翳す。すると、地面の中から何本もの蔦が飛び出し、私達を絡め取ってしまう。

「きゃああああああっ!」

「ぐうおおおおおおっ!」

「ぬうううううううっ!」

私も、妖怪さん達も、蔦に絡め取られ身動きできなくなってしまう。

「彗星の破片が墜ちるまで、大人しくしていてもらおう。」

「そ・・・そんな・・・・」

蔦で、体を縛られ、全く動けない。刀を抜きたくても、両手は体に固定されているので、どうにもならない。

「ぐぬううううううっ!」

「おのれえええええっ!」

妖怪さん達も、蔦を引き千切る事ができない。

「や・・・止めて!こ・・・このままじゃ、あなたも死ぬんよ!」

「望むところじゃ。わしも、一度死ぬ必要があるでな。」

「ええっ?」

な・・・何を考えているのこいつ?自分も死ぬ?まさか、町全体を巻き込んで心中しようって言うの?

「くっ・・・う・・ううんっ!」

どんなにがんばっても、蔦は緩むどころか、どんどんきつく締まっていく。

だ・・・だめ!このままじゃ、みんな・・・・た・・・助けてっ!リクオくんっ!

 






ぬらりひょんから告げられた、両面宿儺と繭五郎の正体。
そして、突如飛騨に現れた、両面宿儺と思われる大妖怪。その出現は、何を意味するのか?
一方、3年前の糸守では、遂に繭五郎が動き出した。繭五郎のせいで、避難計画は台無しにされ、絶体絶命の危機に陥った三葉。
繭五郎は、何を企んでいるのか?そして、三葉の運命は・・・・


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《 第十二話 》

1200年前、糸守で何があったのか?
何故、両面宿儺は忽然と姿を消し、突然現代に蘇って来たのか?
繭五郎は、何故大火事を起こしたのか?何を企んでいるのか?どうしてかつての仲間“ミヤズミ”の血を引く、宮水家を目の敵にするのか?
今、全てが繭五郎の口から語られます。




 

町中の人が、妖怪に脅され、宮水神社に逃げて来る。防災無線の放送で“宮水神社には陰陽師の強力な結界が張られていて、妖怪は入って来られない”と流されたためだ。でも、それは繭五郎の罠で、そんな結界は何処にも存在しない。それどころか、もう直ぐ宮水神社には、彗星の破片が落下して来るのだ。宮水神社に逃げ込んでは、皆助からない。

何とか皆を助けたいが、私達は、神社の境内の裏で繭五郎に捕まっていた。無数の蔦で体を縛られ、全く身動きができなかった。

「はうううっ!・・・ん・・・んふっ!」

私の手足を締め上げる蔦が、更にきつくなった。

「ホッホッホッ、それでは、光魔の鏡は使えまい。」

た・・・確かに、首を絞められてるなら別だけど、手足をきつく締められたって命に別状は無い。これじゃ、あの力は発動しない。それで、このまま彗星の破片が墜ちて来たら、もう助からない。光魔の鏡も、流石に彗星の破片は跳ね返せない。イタクさんに、言われた通りになっちゃったわっ!

「お主は、ミヤズミの血を引くお主だけは、楽には逝かせん!身も心も、ズタズタになって、あの世に逝け!」

「な?・・・はうっ!」

な・・・何なの?いったい、私の御先祖様に何の恨みがあるの?

言葉に出して問いたかったけど、締め付けが厳しくて喋れない。

「ふん、納得がいかぬという顔をしとるな・・・ならば話してやろう。お前の先祖、ミヤズミが、如何に罪深き妖怪であるかを!」

 

 

 

――― 3年後、飛騨市中心部 ―――

町は焼け野原と化している。その中央を、体長が60mに及ぶ巨大な影がゆっくりと進んで行く。

その進行方向、逆方向の両方に顔と手足を持つ・・・・2つの顔、8つの手足を持つ化け物が・・・・

既に、町に人影は無い。皆、命を落とすか、何処かに逃げ去った後だった。

妖怪達だけが、未だに闘いを挑んでいた。それを率いているのが、天下布武組のカワエロであった。しかし、既に傷だらけで、満身創痍である。

「お・・・おのれ・・・・」

その巨大な化け物の正面の左手は、一本の巨大な剣となっている。化け物は、その剣をカワエロ達に向かって振り降ろす。

「い・・・いかん!に・・・逃げろっ!」

カワエロの警告は間に合わず、巨大な剣激に天下布武組の妖怪達は次々に滅ぼされていく。そしてその剣激は、カワエロをも飲み込んでしまう・・・・と思われたが、寸前のところで、カワエロは黒い影に攫われ救われる。

「お・・・お主は?」

カワエロは、自分を救った者の顔を見て、

「ぬ・・・奴良・・・リクオ?」

「よう、久しぶりだな。」

リクオとリクオの百鬼達が、その場に到着する。

「や・・・奴が、両面宿儺か?」

「し・・・しかし、1200年前に姿を消した妖怪が、何故今突然に?」

と、氷麗。

「分かんねえが、このまま放っておいたら被害が広がる一方だ。やるぜ、手前ら!」

『おおっ!』

「ま・・・待て、や・・・奴の剣には触れてはいかん!畏を絶たれ、滅せられる・・・・」

カワエロの言葉に、リクオは両面宿儺の左腕を凝視する。

「“退魔の剣”か?じじいの言った通り、本家は両面宿儺だったか・・・・」

「リクオ様」

黒田坊が、リクオの横に来る。

「黒、鬼纏うぜ!」

「はっ!」

「青田坊、首無!お前ら、何とか奴の注意を引付けろ!俺と黒で、背後からやる!」

『はっ!』

「ま・・・待て!は・・・背後には・・・・」

カワエロが何かを言い掛けたが、それより先にリクオ達は動き出してしまった。

氷麗、青田坊、首無、河童が、正面から両面宿儺に挑む。すかさず、両面宿儺は退魔の剣を振るう。氷麗達は、四方に散ってこれを交わす。続いて、他の百鬼が攻撃。

正面を百鬼達が引き付けている間に、黒田坊を鬼纏ったリクオが背面から攻める。

しかし、両面宿儺にはこれは不意打ちでも何でもない。裏面の顔がリクオを捉え、右手から激しい炎を浴びせる。

「鏡花水月!」

リクオの姿は幻のように揺らぎ、炎はリクオをすり抜ける。眼前に迫ったリクオに、両面宿儺は左手を翳す。

「星天下!」

リクオの体から、大量の暗器が流星群のように両面宿儺に降り注ぐ・・・・が、その時、両面宿儺の左手が激しく輝き出し、体全体を覆う壁となる。

「な・・・何?あれは?」

光の壁は暗器を全て飲み込み、次の瞬間、倍以上の数に膨れ上がってリクオに返って来る。

「ぐわあああああああっ!」

大量の暗器のカウンターを喰らい、リクオと黒田坊は大きく跳ね飛ばされてしまう。

「り・・・リクオ様っ!」

氷麗が、慌ててリクオの元に駆け寄る。

かなりのダメージを受けたが、リクオと黒田坊は、何とか起き上がる。

「くっ・・・前門の“退魔の剣”に後門の“光魔の鏡”、取り付く島も無いとはこの事か。」

「り・・・リクオ様、光魔の鏡で防がれては、攻撃は全てこちらに返って来てしまいます。」

「しかし、正面からでは、退魔の剣で畏を断ち切られる・・・何とか、あの鏡を破る手はねえのか?」

「ならば、跳ね返すのが不可能な、強烈な一撃を与えるしかあるまい!」

リクオ達の背後から声がする。振り向くと、そこにはひとりの女性が立っていた。

長い黒髪に、真っ白な肌。その顔に、妖しい黒い瞳を持つ。

「は・・・羽衣狐?!な・・・何であんたがここに?」

「天下布武組の使いは、わらわの所にも来た。このような危険な妖怪を野放しにしては、わらわのシマにも災いが及ぶ。今、ここで討たねば・・・・」

「し・・・しかし・・・・」

リクオは、今一度羽衣狐の姿を見る。黒いセーラー服を着て、黒いタイツを履いている。

「あんた、未だにそんな恰好してんのか?」

「ふふ、良いではないか。」

“年を考えろ”と喉まで出掛かったが、逆鱗に触れると思い、リクオは言葉を飲み込んだ。

「わらわを鬼纏え!リクオ!」

「何だと?」

「先程言ったであろう。あやつを倒すには、跳ね返す事が不可能な強烈な一撃を与えるしか無い。晴明を倒した、あの技を使うのじゃ!」

「あ・・ああ、分かった!」

リクオと羽衣狐は、心をひとつにする。

羽衣狐の体から夥しい畏が解き放たれ、リクオの体を包み込む。リクオの体が激しく輝き、その中から、金色に輝く狐を鬼纏ったリクオが姿を現す。

『おおおおっ!』

鵺を倒した、最強の妖怪の再登場に、妖怪達は歓声を上げる。

「いくぜっ!」

リクオは、大きく飛び上がり、再び両面宿儺に切り掛かる。両面宿儺の左手が、再び天魔の鏡で行く手を阻む。

「黄金黒装鵺切丸!」

その刃は、両面宿儺の左手諸共天魔の鏡を薙ぎ払う。

「うおおおおおおおおおっ!」

そして、両面宿儺を脳天から真っ二つに切り裂いて行く。

激しい血しぶきと、夥しい妖気を放出して、両面宿儺の巨体は崩れ落ちる。

「や・・・やった!」

「凄い、リクオ様っ!」

歓喜の声を上げる、リクオの側近達。周りの妖怪達からも、大きな歓声が上がる。

地に降り立ったリクオは、鬼纏解き、元に戻る。全力を出し切り疲れたのか、その場に座り込む。

「うむ・・・どうやら、終わったようじゃの・・・」

「ああ・・・・」

しかし、リクオ達の喜びも束の間だった。突然、倒れた両面宿儺の体が、激しく輝き出した。

「な・・・何だ?」

光は両面宿儺全体を包み込み、大きな光の塊へと変わる。そして、その光の中から、倒される前の、全く無傷の両面宿儺が姿を現した。

「ば・・・馬鹿な?」

「ふ・・・不死身か?あやつは?」

リクオも羽衣狐も驚きの声を上げる。

「そうでは無い!」

2人の背後から声がする。振り向く、リクオと羽衣狐。

そこには、ぬらりひょんが立っていた。

「じ・・・じじい?」

「あの妖怪、両面宿儺は、百の魂を持つのじゃ!」

「な・・・何っ?」

「それが、両面宿儺を無敵たらしめた、もうひとつの要因じゃ。」

『ホッホッホッホッホッ。』

急に、今迄無言だった両面宿儺が、辺り一帯に響き渡るような笑い声を上げた。

「な・・・こ・・この声は?」

復活した両面宿儺の顔が、徐々に変化して行く。そして、そこに現れた顔は・・・・

「ま・・・繭五郎?!」

「何じゃと?」

「ど・・どうなってやがる?何で、繭五郎の顔が両面宿儺に?」

『愚かな妖怪、及び人間共よ、今こそ天誅を受けるが良い!』

「て・・・天誅だと?」

『それが、大恩ある両面宿儺様を忘れ、両面宿儺様の愛した土地を汚した、お主達への裁きじゃ!』

「どういう事だ?繭五郎!何で手前が、両面宿儺になってやがんだ?」

リクオは、繭五郎の顔を持つ両面宿儺に向かって叫ぶ。

『ホッホッホッ・・・よかろう、順を追って説明してやろう。全ては、1200年前のあの日から始まったのじゃ・・・・』

 

 

 

――― 3年前、糸守 ―――

蔦に絡め取られて身動きできない三葉に、繭五郎は語り出す。

「お主は知らんじゃろうが、この地は紀元前より両面宿儺様により護られ続けて来たのじゃ。」

「りょ・・・りょうめ?・・・んんっ!」

な・・・何なの?その両面宿儺って?それも、妖怪?

「わしとお主の祖先のミヤズミは、その両面宿儺様の側近じゃった。両面宿儺様は、この糸守・・・・いや、糸守だけでは無い、飛騨地方をこよなく愛した。妖怪だけでは無く、人も、生きとし生けるもの全てを・・・・そして、その安息を脅かす全ての者と闘い、決して屈する事無く護り続けたのじゃ・・・・」

繭五郎は、淡々と語り続ける。

「じゃが、1200年前、あの事件が起こった。ティアマト彗星の最接近の際に、分裂した破片がこの糸守に墜ちたのじゃ!」

「え・・せ・・ん?・・・」

1200年前に、彗星の破片が糸守に?1200年前にも、同じ事が起こっていたの?

「それは突然起こった。村祭りの真っ只中、落下した隕石により村は一瞬で壊滅した。妖怪も、人も、皆死に絶えた。わしらも、両面宿儺様も・・・・」

え?1200年前に全滅?・・・・じゃあ、何故今生きてるの?

「それでも、両面宿儺様は百の魂を持つお方、直ぐに蘇生された・・・・」

ひゃ・・・百の魂?ば・・・化け物・・・・ああ、妖怪か?

「しかし、村の者は全滅じゃ。このわしも、突然の死では転生もできん。」

て・・・転生?死んでも、生き返れるの?だ・・・だから、“一度死ぬ必要がある”って?

「両面宿儺様は嘆き、悲しんだ、ご自分の愛された者達の死を。それを護れなかった、自分の力の無さを呪った・・・・そして、苦渋の決断をなされた・・・・」

く・・・苦渋の決断?な・・・何を?

「ご自分の魂を・・・・残された全ての魂を使い切り、彗星の破片落下で命を落とした、全ての者達を蘇らせたのじゃ!」

な・・・なんですって?・・・・そ・・それで、私の祖先や、この妖怪も生き残ったの?

「ご自分の魂を全て使ったため、両面宿儺様は完全に亡くなられた。逆に、糸守の者達は生き長らえた。皆、両面宿儺様に感謝し、長年に渡り、たたえ崇めた。」

ま・・・まさか?あ・・・あの祠が?

「ところが、世代が代わるにつれ、その風習も薄れて行った。記録からも、記憶からも、両面宿儺様は忘れ去られていったのじゃ。更には、両面宿儺様が居なくなったのを良い事に、よそ者の妖怪達が飛騨地方を制圧していった。奴らは、意図的に、両面宿儺様を歴史から排除したんじゃ!」

そ・・・そんな・・・・非道い・・・・

「ただ、糸守には手を出させなかった。両面宿儺様は魂を譲る際に、その大いなる2つの力、“退魔の剣”と“天魔の鏡”をわしらふたりにお預けなさった。わしは預かりし“退魔の剣”で、糸守を我が物にせんとする妖怪共を退けた。」

そ・・・そうか・・・・私のあの光も、その両面宿儺さんの力・・・・

「そんな時、ミヤズミが、お主の祖先が裏切ったんじゃ!」

ええっ?

「事も有ろうか、奴は土地神を祀る神社の神主となった。自らの名前を“宮水”に変えてな。両面宿儺様を捨て、土地神についたのじゃ!更には人と交わり、妖怪も捨てた!」

そ・・・そんな?

「わしは、許せなかった・・・・両面宿儺様を忘れて行く人々、両面宿儺様が愛した飛騨を汚した妖怪達、主君を裏切り土地神と人に寝返ったミヤズミを・・・・」

「・・・・」

どの道喋れないけど、返す言葉が無かった。この妖怪の無念さは、痛い程よく分かった・・・・でも・・・・

「だ・・・からっ・・・・」

だからって、こんな事をしてどうなるの?皆に報復したって、両面宿儺さんは戻って来ない・・・・

「そこでわしは考えた・・・・両面宿儺様をないがしろにした者達への復讐を、両面宿儺様の復活を!」

え?・・・・ふ・・復活?

「何故か、両面宿儺様は1200年後、つまり今夜、再び糸守に彗星の破片が落下する事を予期されておった。それをミヤズミに伝え、ミヤズミの入れ替わりの能力で皆に知らせ、避難させようとしておったのじゃ。」

そ・・・そうか・・・・それで、私とリクオくんが・・・・

「それらは、世代が変わっても伝えられるよう、古文書として残されておった・・・・じゃから、わしはそれを全て燃やしてやった。忌々しい宮水神社と、その御神体諸共な。」

「なっ・・・てっ・・・・」

な・・・何てことすんのよっ!

「また、反魂の術も学び、両面宿儺様の新しい体を何百年も掛けて造り上げた・・・・じゃが、両面宿儺様の最も偉大なお力、百の魂を新たに造り上げる事は不可能じゃった・・・・そこで、それは糸守の者達から返して貰う事にした。」

ま・・・まさか?

「そう、そのために、彗星の破片落下を利用するんじゃ!一度に糸守全住民、全妖怪の魂を肉体から解き放ち、両面宿儺様の新しい体に抽入する!」

な・・・何て事を・・・・

「ただ、既に両面宿儺様のお心は残っていない・・・・じゃから、そこはわしが受け継ぐ!わしが両面宿儺様となって転生を果たすのじゃ!」

く・・・狂ってるわ・・・・

「や・・・やめ・・・んっ!」

やめて!そんな事、両面宿儺さんは絶対に望んでいない!自分の魂を犠牲にして、皆を助けた程の方が、そんな事望む筈が無い!

 

必死に繭五郎に訴えかけようとする三葉だが、蔦に厳しく締め上げられ、言葉を発する事はできなかった・・・・

 

 

 

――― 3年後、飛騨市中心部 ―――

「な・・・何という・・・・」

両面宿儺と化した繭五郎の語った言葉に、その場の者全員が衝撃を受ける。

「1200年前に、両面宿儺が忽然と姿を消したのはそのためか・・・・」

「そして、彗星の破片落下から3年たった今、繭五郎の顔を持つ両面宿儺が現れたのも、そういう訳かよ!」

ぬらりひょんとリクオが言い放つ。

「手前、そのために、三葉と糸守の住民や妖怪を犠牲にしやがったのか?」

再び、リクオが問う。

『元々、両面宿儺様がお貸ししたものを、返したもらっただけじゃ。本来なら、1200年前に糸守は滅んでおるでな。』

「ふ・・・ふざけんなっ!」

「それでお主、飛騨を滅ぼした後はどうする気じゃ?」

今度は、羽衣狐が問う。

『ふん、愚問じゃな・・・・当然、全世界の妖怪、人間を全て滅ぼしてくれる!』

「な・・・なんじゃと?」

『妖怪共は、直ぐに力を誇示し、他を牛耳ろうとする。人間も同じじゃ、その上、人間は直ぐに恩を忘れる。そのような者達は、この世界には不要な者。両面宿儺様に代わって、このわしが粛清してくれる!』

狂気の言葉に、しばしの静寂が流れる。

「だめじゃな・・・あやつ、完全にいかれておる。」

ぬらりひょんが、ぽつりと呟く。

「しかし、どうするのじゃ?何度倒しても、奴は直ぐに復活してしまうぞ。」

と、羽衣狐。

また、しばしの沈黙。そして、リクオがその沈黙を破る。

「そ・・・それなら、百回奴を倒すまでだ!」

「やめい!今しがた、全力の攻撃を放ったばかりじゃろう!半端な攻撃では、全て光魔の鏡に跳ね返されてしまう!」

「しかし、ぬらりひょん、他に手があるのか?」

「無い!光魔の鏡を打ち破るほどの攻撃を、百回も連続して放てる者等おらん!」

「ど・・・どうする事もできねえのか?」

「奴が復活した時点で、もうアウトだったんじゃ・・・・せめて、その前に阻止できておれば・・・・」

 

くっ・・・入れ替っている時に、繭五郎を倒せていたら・・・・も・・・もう、本当に手はねえのか?もう一度、3年前に行く事はできねえのか?

 

――― リクオ! ―――

 

その時、リクオの脳裏に彼を呼ぶ声が響いた。

「だ・・・誰だ?」

「どうしたリクオ?」

「だ・・・誰かが、呼んでやがる。」

「何?」

 

――― リクオ、御神体に来い! ―――

 

「はあ?御神体?」

「何じゃ?どうした?」

「誰かが、頭の中に話し掛けてんだ!」

その時、ぬらりひょんの脳裏にも声が響く。

 

――― おやじ! ―――

 

「な・・・何?こ・・・この声は?」

 

――― リクオを、御神体に寄こしてくれ! ―――

 

ぬらりひょんは、瞬時に状況を理解する。

「リクオ、御神体とやらに行け!」

「はあ?何言ってんだじじい!」

「いいから行け!今は、それに賭けるしか無い!」

「し・・・しかし、奴はどうすんだ?」

「わしらが食い止めておく。だから、早く行くんじゃ!」

その様子に、羽衣狐も状況を察する。

「行け!リクオ!ここは、わらわ達に任せろ!」

「あ・・ああ、分かった。」

「氷麗!お前も付いて行け!」

「は・・・はいっ!」

リクオと氷麗は、その場をぬらりひょんと羽衣狐に任せ、糸守の御神体に向かう。

「死ぬんじゃねえぞ!じじい!」

そう言い残して、リクオ達は駆け出して行く。

「さて、それじゃあ、ちょっとしんどいが時間稼ぎをするかの。」

「大丈夫か?お主、もう若くは無いのであろう?」

「年の事は、言いっこ無しじゃ。お互いにな。」

 

リクオと氷麗は、一路糸守に、御神体に向かう。

そこに、何があるのか?この状況を打開する、手立てがあるのか?

そして、3年前の三葉の運命は・・・・

 






今現在の歴史では、3年前の三葉達の避難計画は繭五郎に阻まれて失敗。そして繭五郎の思惑通り、かつて両面宿儺が糸守の民に与えた魂を、光魔の鏡も含めて全部回収し、繭五郎版両面宿儺が復活しました。
但し、繭五郎の転生は3年掛かるので、丁度彗星の破片落下から3年たった(1日早いんですが)日に復活しました。

リクオに呼びかけて来た声の主は・・・・原作を知ってる方なら分かりますよね?
次回、最終回です。


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《 最終話 》

いよいよ最終話です。
現時点では、百の魂を持つ両面宿儺を倒す手立てはありません。やはり、今一度3年前に戻って復活を阻止するしか無い・・・・
謎の声に導かれ、リクオは御神体に向かいます。
果たして、御神体でリクオを待つ者とは?




 

リクオと氷麗は、御神体のある山の頂上に到着する。

窪地の中に降り、御神体の巨木を囲む川の前まで来る。以前の小川は水嵩が増えて、来る者を拒む池のようになっている。

「ここから先は、隠り世だ。」

「え?何ですか?それ?」

「あの世って事だよ。」

「えええっ?!」

リクオの言葉に、氷麗が驚き、足が竦む。

「怖かったら、そこに居ていいぜ。」

そう言って、リクオは池の中に半身を浸かりながら、どんどん進んで行く。

「な・・・何を言ってるんですか?私は、リクオ様の側近頭です。あの世だろうと何処だろうと、お供します!」

氷麗は、啖呵を切ってリクオの後に続く。

池を渡り、巨木の下の岩の裂け目に入って行く。その中は、3年前と変わらず、小さな祠に三葉と四葉の口噛み酒が供えられている。

『よく来たな、リクオ。』

「お・・・おやじ?!」

祠の上に、うっすらと、奴良鯉伴の姿が浮かび上がる。

「り・・・鯉伴様?ど・・・どうして?」

『悪いな、ここに来てもらわねえと、話が出来なかったんだ。最も、ここで話ができんのも、俺の力じゃ無くてこの人のお陰なんだがな。』

すると、鯉伴の横に、ひとりの女性の姿が浮かび上がる。

「み・・・三葉?い・・・いや、違う・・・・」

三葉に良く似ているが、もっと年齢が上で、ストレートの長い黒髪をしている。

『私は、二葉・・・・三葉の母です。』

「み・・・三葉のお母さん?」

「な・・・何でおやじが、三葉のおふくろと一緒にいるんだ?」

『言ったろ、彼女の力を借りてるって。彼女が口噛み酒でここの御神体とムスバレてるから、こうして話ができる。但し、ほんのわずかな間だけだ。だから、要点だけを伝える。』

「あ・・ああ、分かった。」

『単刀直入に言うぞ、もう一度三葉の所へ飛べ!リクオ!』

「な・・・何だって?」

『今・・・いや、3年前だがな、糸守は大変な事になってる。このままじゃ、皆死ぬ。繭五郎のせいでな。』

「何だと?」

『奴が、住民の避難を邪魔している。三葉も奴に捕まっている。そして、皆が死ねば、奴の思惑通りになる。その結果は、お前がその目で見て来ただろう。』

「ああ・・・だ・・だがおやじ、もう、三葉との入れ替わりは絶たれてる。どうやって3年前に飛ぶんだ?」

『入れ替わりは、宮水家・・・・いや、ミヤズミから受継がれた三葉の能力だ。それは、お互いが意識を失って無ければ使えねえ。だから、お前の力で飛ぶんだよ。』

「お・・・俺の力?お・・・俺には、入れ替わりの力なんてねえぞ!」

『入れ替りじゃねえよ!三葉と、ひとつになるんだ。俺達親子には、その力がある筈だぜ!』

「え?ま・・・まさか、鬼纏?」

『そうだ!』

「ま・・・待ってくれ、おやじ。三葉を鬼纏ったって、ここに三葉をどうやって呼ぶんだよ?」

『お前が飛ぶって言ったろ!三葉を鬼纏んじゃ無くて、お前が三葉に鬼纏憑くんだよ!』

「な・・・何だと?」

『三葉の畏を感じ取って、三葉と一体になる。何度も三葉の体に入れ替った、お前なら出来る筈だ!』

「し・・・しかし、俺は、三葉の畏を見ちゃいねえ。どうやって、三葉の畏を感じ取るんだ?」

『おいおい、お前の目の前にあるのは何だ?』

言われてリクオは、自分の目の前を見る。そこには・・・・

「そうか、口噛み酒!」

『そうだ!それは、三葉の半分。三葉と、御神体を“ムスビ”つける、三葉の畏そのものだ!』

「わ・・・わかったぜ、おやじ!三葉に鬼纏憑いて、繭五郎を叩っ切って来るぜ!」

『頼んだぜ!』

『三葉をお願いします、リクオさん。』

そこまで言って、鯉伴と二葉の姿は、幻のように消えて行った。

リクオは、視線を祠に移す。祠には、2つの瓶子が供えられている。リクオは、自分が供えた左の瓶子を取り上げる。

3年の歳月が過ぎ、瓶子の周りには苔のような物がこびり付いている。リクオはその蓋を開け、蓋に中の液体を注ぐ。

「・・・これが、三葉の半分・・・・」

「り・・リクオ様・・・」

複雑な思いで、それを見詰める氷麗。

リクオは、蓋に注いだ口噛み酒を、一気に飲み干した。

「?!」

突然、目の前が回り出すような感覚を覚えるリクオ・・・・

 

何だ?一杯で、もう酔いが回ったってのか?

 

流星群の中にでも飛び込んだかのように、凄まじい勢いでリクオの周りを光が流れて行く。そうしている内に、目の前に眩い光が迫って来て、リクオはその光に飲み込まれる。

 

「あれ?」

本体のリクオは、変化が解けて人間の姿に戻っていた。

「り・・リクオ様?」

「そうか、妖怪の僕だけ、三葉さんのところへ飛んだんだ!」

 

こ・・・ここは?

リクオは、光の中に居た。周りには何も無い、白い闇だ。

すると、目の前にひとりの女性が現れる。白い着物を着た、髪の長い女性・・・・どこか、顔立ちが三葉に似ている。

「あ・・・あんたは?」

『私は、ミヤズミ・・・・』

「あ・・・あんたが・・・」

『マユゴロウを、救ってあげて下さい。』

「救う?」

『彼は、両面宿儺様のお心を分かっていない・・・・両面宿儺様を慕うがあまり、暴走してしまって・・・・』

「ああ・・・あんたの事も、相当恨んでたぜ。」

『それも、誤解なんです・・・・私が土地神とムスビついたのも、人と交わったのも、両面宿儺様のお心に従ったことなのです。』

「な・・・何だって?」

『面宿儺様は、私達よりもずっと長い時を生きて来られました。2400年前、今の御神体の山の頂上に彗星の破片が落下したのも、目撃されていらっしゃったのです。』

「何?」

『だから、1200年前の災害の時、また1200年後に同じ事が起こるのを予期できました。それで私に、その事を古文書に残すように伝えたのです。また、糸守とそこに住む全ての者を護るため、土地神とムスビつく事を命じたのです。』

「そ・・・そうだったのか・・・」

『面宿儺様は、妖怪でありながら、妖怪も人も分け隔て無く愛しておられました。そのお心を受け継ぐため、私に人と交わる事も勧められたのです。』

「・・・話は分かった・・・だが、俺は繭五郎は救えねえ。奴を、叩っ切らなきゃならねえからな・・・・」

『いいえ、それが救いになるのです。このままでは、面宿儺様を世界を滅ぼす悪鬼にしてしまいます。それでは、この世の全てを愛した面宿儺様が報われません。そんな事、マユゴロウも心の底では、決して望んではいません。しかし、もう彼は、自分では止まる事ができないのです・・・・どうかお願いです。マユゴロウを、止めてあげて下さい!』

「分かった・・・あんたの願い、確かに聞いたぜ!」

その言葉に、ミヤズミは笑みを浮かべ、光の中へ消えて行った・・・・

 

 

 

――― 3年前の糸守 ―――

三葉を締め上げる蔦は、どんどんきつくなって行く。

「はあ・・・んっ・・・んふっ・・・」

そして、空には、完全に2つに分かれた彗星の姿があった。その破片が、もう直ぐここに墜ちて来る。

 

も・・もう・・・だめ・・・・た・・たすけて・・・リクオくん・・・助けてっ!

 

その時、蔦に締め上げられて苦しんでいた三葉の体に、突然変化が起こる。

髪は瞬く間に銀色に染まり、棚引くように後方に伸びる。夥しい妖気と共に体もひと回り大きくなり、その勢いで蔦を引きちぎる。

「うおおおおおおおおおおおっ!」

「な・・何?ばかなっ?」

三葉の変化に、驚く繭五郎。

『おおっ!総大将っ!』

糸守の妖怪達は、主の出現に歓喜の声を上げる。

『り・・・リクオくん?ほ・・・本当に助けに来てくれたの?で・・でも、どうして?』

同じ体の中で、意識を共有している三葉が、リクオに尋ねる。

三葉・・・いや、リクオは、持っていた“零葉”を抜き、切っ先を繭五郎に向けて叫ぶ。

「細かい説明は後だ!とにかく、あいつを叩っ切る為に、3年後から戻って来たぜ!」

 

こ・・・これが、変化したリクオくん?本当に、手紙の時と全然雰囲気が違う・・・・野性的っていうか・・・何か、カッコいい・・・・

 

「あの時の若造か・・・どうやってまた入れ替ったかは知らぬが、貴様の畏は、この“退魔の剣”の前では無力じゃぞ!」

繭五郎は、左腕を天に翳す。その左腕が、見る見る内に巨大な剣へと姿を変えて行く。

「三葉、お前の全てを俺に預けろ!」

『ええっ?!な・・何言ってんの?こんな時に!』

「変な勘違いしてんじゃねえ!心をひとつにしろって意味だ!お前を鬼纏って・・・いや、俺が鬼纏憑いてんのか?どっちでもいい、力を合わせて奴を切る!俺を信じろっ!」

『わ・・・わかった!リクオくんを信じる!全て、預ける!』

リクオと三葉の心がひとつになり、変化した三葉の体が激しく輝き出す。

「な・・・何?あ・・・あの光は?」

逆鬼纏が完成し、光魔の鏡に包まれたリクオの姿が、そこにあった。

「いくぜ!」

繭五郎に向かい、突進して行くリクオ。

「わ・・・わしは負けんぞ!両面宿儺様の無念を晴らすまでは、何があろうと!」

繭五郎は、退魔の剣で迎え撃つ。

「うおおおおおおおおっ!」

「ぬわあああああああっ!」

退魔の剣が、リクオを捕らえる・・・と思いきや、剣は光魔の光に吸い込まれるように消えて行く。そして、リクオの刃が繭五郎を一刀両断する。

「光魔畏襲零波斬!」

「ぐわああああああああっ!」

激しい血しぶきと共に、夥しい妖気が繭五郎の体外へ放出されて行く。

「お・・・おのれ・・・や・・やはり、あの時に殺しておけば・・・・」

断末魔の繭五郎を、リクオは冷ややかな目で見つめている。

「わ・・・わしの宿願が・・・両面宿儺様の無念が・・・・」

「・・・そいつは違うな・・・」

「・・・なに?・・・」

「両面宿儺は、無念なんか残しちゃいねえよ。お前も、その魂を受け継ぐ者なら分かるだろう。奴は、妖怪も、人も、生きとし生けるもの全ての幸せを願っていた。自分が忘れ去られる事なんか、少しも悔いちゃいねえ・・・・無念と思うのは、お前の勝手な妄想だ。」

「な・・・何じゃと?・・・・」

「お前がやっていた事は、単なる自己満足・・・・いや、それどころか、両面宿儺の慈愛に対する冒涜だ!」

「そ・・・そうであったか・・・・両面宿儺様、も・・・申し訳ございませ・・・」

そこまで言って、繭五郎は完全に消滅した。

『やったあ!流石総大将!』

蔦が消え、妖怪達は歓喜の声を上げる。

「手前ら、浮かれてる場合じゃねえ!もう邪魔者は居ねえ、急いで住民を糸守高校へ追い立てろ!早くしねえと、彗星の破片が墜ちて来る!」

『へ・・・へいっ!』

リクオに激を飛ばされ、妖怪達は、宮水神社に集まった住民を糸守高校に追い立てる。

テッシー達も正気に戻り、最初の指示を訂正し、皆を糸守高校に誘導する。

 

かなりパニック状態になったが、それでも何とか住民の避難は成功し、彗星の破片が落下する時には、糸守の住民全員が糸守高校の校庭に居た。

三葉(リクオ)は妖怪達と一緒に、校舎の裏の少し離れたところで、住民達の様子を伺っていた。

『リクオくん、ありがとう。私だけじゃ無く、糸守の皆も助けてくれて・・・・』

「礼には及ばねえよ。意識を共有してるから分かるだろう、3年後の俺の世界を護るためには、どうしても奴は倒さなきゃならなかった。」

『ううん、目的は何であっても、リクオくんが、私達を助けてくれた事に変わりは無いよ。』

「へっ・・・」

『・・・また、逢える・・よね?』

「ああ・・・だが、この後お前が何処に行くのか分かんねえから、逢いたきゃ奴良組に来い!」

『う・・うん!』

「言っとくが、知り合う前に来んじゃねえぞ!分かんねえからな!」

『は~い!』

その直後、三葉に体の感覚が戻る。

「あ・・・あら?」

自分の体を見ると、普段の、人間の体形に戻っている。

 

そうか・・・・もう、3年後に帰っちゃったんだね・・・・本当に、ありがとう!リクオくん・・・・

 

 

 

――― 3年後、御神体のある山頂の縁 ―――

リクオと氷麗が、遙か彼方の山間の、赤く燃えるような空を見詰めている。

「ま・・・まだ、皆闘っているのか?」

「リクオ様、今のあなたは・・・」

「分かっているよ、氷麗。今の僕じゃ、行っても足手纏いになるだけだ。ここは、妖怪の僕を信じて待つしか・・・・」

すると、突然、山間部の空が夜の闇に変わる。

「あれ?」

それと同時に、リクオの姿が、妖怪の姿に変化する。

「り・・・リクオ様?!」

「おう、待たせたな氷麗。」

「う・・・うまくいったんですか?」

「ああ、繭五郎は叩っ切ったぜ!三葉も、糸守の人間も、妖怪も無事だ!」

「やった!流石リクオ様・・・・で・・・でも、糸守の町は・・・・」

「ああ、それは仕方ねえよ。彗星の破片の落下は止められねえからな。」

「じゃあ、三葉達は?」

「あれから3年経ってる。どこか、他の土地に移ってんだろ。まあ、その内向こうから逢いに来るだろう。」

「え?逢いに来るって?ど・・どういう事ですか?リクオ様?」

「さあ、もうここには用はねえ。帰るぜ!」

リクオは、氷麗に背を向けて歩き出す。

「ま・・・待って下さい!逢いに来るってどういう事ですか?リクオ様~っ!」

氷麗は、慌ててその後を追って行く。

 

その後、奴良組に戻って驚いたのは、誰も繭五郎が転生した両面宿儺との闘いを覚えていない事だった。あの闘いで、傷付いた者、命を落とした者もいたが、皆元に戻っていた。3年前に行って繭五郎を倒したため、両面宿儺の復活そのものが無かった事になっていた。青田坊や黒田坊ら側近達も、お爺ちゃんですら、あの辛かった闘いを何も覚えていない。いや、無かった事になっているから、最初から知らないんだ。

僕と氷麗だけは、その時にあの世とこの世の狭間のような場所に居たからか、その事を覚えている。でも、いずれ忘れてしまうのだろうか?両面宿儺の想いを考えれば、その方が良いのかもしれない。

 

そのひと月後、奴良組総本家の前の石畳を、門に向かってゆっくり歩いて来る人影があった。

髪は長く、結って組紐で後ろに纏めている。年の頃は、二十歳くらい。紅葉柄の赤い着物を着た、この場の雰囲気によく合った女性であった。

女性は、そのまま門をくぐり、敷地の中に入って行く。

「お・・・おい!」

「知らない人間が、入って来たぞ?」

屋敷の庭には、小妖怪達がうろうろしていたが、その女性はそれを見ても驚きもしない。むしろにっこりとそれらを眺め、屋敷の玄関に向かって行く。

「す・・・すみません。どちら様ですか?」

「こ・・・ここは、人間の方が来られるところでは・・・・」

丁度玄関に居た、氷麗と青田坊が女性を引き止める。

「これは、お久しぶりです。青田坊さん、氷麗さん。」

『え?』

2人は驚き、顔を見合わせる。

「青?あんたの知り合い?」

「いや、全然知らん!お前の知り合いじゃねえのか?」

「ああ、そうでした。この姿は、あなた方にはお見せした事が無かったですね。」

『はあ?』

2人は、余計に訳が分からなくなって戸惑う。

「み・・・三葉さん?!」

そこに、玄関の奥から声がする。リクオであった。

『み・・・三葉~っ?!』

青田坊と氷麗は、またも驚きの声を上げる。

「そうよ!始めましてになるのかしら?氷麗。」

三葉は、少し悪戯っぽく笑う。

 

三葉は奥の部屋に通され、部屋の中央に正座している。その向かい側、部屋の奥にはリクオが座っている。氷麗達側近は、三葉の後ろに並んで座っている。

まず三葉は、リクオに丁寧にお辞儀をする。

「リクオ様、その節は、大変お世話になりました。混乱を避けるため、お礼に参るのに3年も掛かってしまった事、深くお詫び致します。」

「や・・・やめてよ、三葉さん。そんな硬苦しい挨拶は。それに、“様”もやめてよ。前みたいに、“リクオくん”でいいから。」

「いえ、そういう訳には参りません。」

三葉は、真剣な表情でそう答える。

「で・・・でも、三葉さんは奴良組じゃ無いんだから・・・・」

「実は、お礼に参ったのもそうですが、本日は、リクオ様にどうしても聞いて頂きたい、お願いがあって参ったのです。」

「え?お願い?・・・な・・・何?」

「入れ替わりが起こるまで、私は妖怪を誤解していました。また、自分に妖怪の血が流れている事すら知りませんでした。そんな人間だった私を、奴良組の皆さんは暖かく受け入れてくれました。私は、この組の皆さんが好きです。また、奴良組がこのような素晴らしい組になったのも、ひとえにリクオ様のお力だと思います。」

「ええっ?そ・・・そんな大袈裟な!そもそも、この組を作ったのはお爺ちゃんだし、皆をまとめ上げたのは父さんで・・・・」

「いいえ!皆さん、リクオ様に惹かれてここに居るのです。リクオ様だから、命を預けられるのです!」

この言葉には、側近達も同意して、無言で頷いている。

「私は、そんな奴良組に、リクオ様に惚れました!私を、奴良組に入れて下さい!」

「は?」

一瞬、皆三葉の言葉が信じられず、その場を静寂が包む。

「私を、リクオ様の百鬼に加えて下さい!」

『な・・何~っ?!』

今度は、皆揃って驚きの声を上げるのであった・・・・

 





ここまで読んで下さってありがとうございました。
第一話を書いた時は、まだ構想が完全に出来上がっていなかったので、うまく纏めることができるかどうか分からなかったんですが、何とか無事完結できました。
ぬらりひょんの孫とのクロスを考えた時に、真っ先に思ったのが“繭五郎”を意味のあるキャラにしたいという事でした。最初はラスボスの手先とも考えたんですが、結局ラスボスにしてしまいました。
それともうひとつ、三葉の体でリクオを変化させたかった。そのために、三葉を半妖にしました。そうすれば、入れ替わりの能力の理由にもなるので。ただ、繭五郎との因縁なんて、最初は何も考えてませんでした。書いてる内に、その方が面白いかと思ってこういう流れになりました。
あと、できるだけ飛騨地方に縁のある妖怪を出したかった。結局4匹しか出せませんでしたし、釣瓶落としなんかは他の地方にも出てますね。(ぬらりひょんの孫のアニメの、京妖怪が集まってる中にそんなようなのも居ました。)そんな中、両面宿儺は自分でもお気に入りです。百の魂というのは、やりすぎの気もしましたが・・・・

いまひとつなのが、ラストの部分です。終わり方として、三葉がリクオに惹かれて奴良組に入る方が面白いのでこのラストにしましたが、これだと両面宿儺の愛した糸守を捨てちゃう事になるんですよね。ミヤズミの血を引く三葉が、そんな事しちゃいかんだろうとも思ったんですが・・・・まあ、何かいい理由が思いついたら、その辺は番外編にでもしたいと思います。


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《 番外編 ――― 三葉、決意の行方 ――― 》

本編のラストで、何故三葉は糸守を離れて、奴良組に入る事を決意したのか?
その辺が語れていなかったので、番外編で書いてみました。
糸守の崩壊から、三葉が奴良組に現れるまでの話です。




 

ティアマト彗星の破片落下により、糸守が崩壊してから、1年と数ヶ月が過ぎた。

私達家族は、飛騨市にあるお爺ちゃんの実家にお世話になっていた。お父さんの実家という選択肢もあったが、勘当同然で宮水家に婿に来た手前、合わせる顔が無いというのが実情だった。

学校は、飛騨市の高校に編入。受験は東京の大学に何とか合格し、春からは東京でひとり暮らしになる。

その報告も兼ね、半年ぶりに、私は糸守を訪れた。

 

私は、糸守高校の校舎裏の林に来ていた。

高校は既に廃校になっているので、彗星災害の時に破損した部分は放置されたままだ。校舎の窓ガラスは所々割れており、壁にも亀裂が入っている箇所が多い。

私が林の中に入って行くと、あちこちから、妖しい影が集まって来る。

「あねさん!」

「元気でしたか?あねさん!」

糸守の妖怪さん達だ。

彼らは、災害後も糸守に残っている。元々、野や山を根城にしていた者達が多いので、人間の住居が無くなってもそれ程支障は無い。何より、飛騨市は天下布武組のナワバリだ。そこに移住するとなると、天下布武組の傘下に入らなければならない。

でも彼らは

“あっしらはリクオ様の百鬼です!今更、他の組の傘下になんか入れやせん!”

と言い張って、ここに残っていた。

「皆も、元気やった?」

私は、素直に再会を喜んだ。

自分に、わずかだけど妖怪の血が流れているからか?リクオくんの体でひと月奴良組で過ごしたからか?今では、人と同じように、妖怪さん達にも仲間意識を持てるようになった。

「あねさん、糸守へは、いつ戻って来てくれるんですか?」

「ごめんね。まだ、当分は無理やわ。瓦礫を取り除くにも経費がかかるで・・・・」

正直、糸守の復興の目途は全く立っていない。

住民は全員生き残ったといっても、若者はこれを機会に都会に移住してしまった者も多い。元々人口が少ない上、戻りたがってるのはお年寄りが多く、復興の予算も中々集まらない。お父さんやお婆ちゃんが中心になって、復興のための活動を行っているが、賛同者が少なくて思うように捗らない。

でも、私は何とかしてここに帰って来たい。

前は“こんな町嫌や”とか、“来世は東京のイケメン男子にして下さい”とか思っていたけど、自分の先祖を知り、妖怪さん達を知った今は、この糸守が大好きだ。ミヤズミさん、両面宿儺さん、そして・・・・繭五郎だって愛していた、この糸守をずっと守っていきたい。

「ところで、あねさん?」

「ん?何?」

「総大将とは、どうなったんですか?」

「え?どうなったって?」

「その後、何か進展は無いんですか?」

「ええっ?」

そう言われて、思わず頬が赤くなってしまう。

「あ・・・ある訳無いやろ!あ・・逢ってもいないんやし・・・・」

「え~っ?何で逢わないんですか?」

「だ・・・だから、リクオくん達とは3年ずれてる言うたやろ・・・い・・今行っても、向こうは分からへんし・・・」

「じゃあ、あと2年したら行くんですか?」

「え?そ・・・それは・・・・」

正直、迷っている。

確かに、リクオくんには逢いたい。逢って、もう一度ちゃんとお礼がしたい。

でも、自分の中でも抑えきれない想いが・・・・これは、間違い無く・・・・

逢ったら、多分余計に、自分が抑えきれなくなっちゃう。

氷麗とも、気まずくなっちゃうかも・・・・

何より、リクオくんの傍から離れられなくなっちゃうかも・・・・そしたら、もう糸守には・・・・

「どうしたんすか?あねさん?」

真っ赤になって、両手で顔を覆っている私に、妖怪さん達が聞いて来る。

「い・・いや、な・・・何でもないの・・・ははは・・・・」

笑って誤魔化すしか無かった・・・・

その後、春から東京に行く事を伝えたら、尚更リクオくんに逢いに行く事を勧められた。

私とリクオくんの仲を応援している気持ちもあるが、皆も、リクオくんに逢いたいのだ。それはそうだろう。

とりあえず、リクオ君に逢ったら、皆の事も伝えておくと言っておいた。

 

 

そうして、また1年が過ぎたある日、久しぶりにサヤちんと会った。

サヤちんとテッシーも、東京の大学に通っている。私とは違うが、2人は同じ大学だ。

今は、2人は正式に付き合っている。

私のいきつけのカフェで、ランチをしながら長々と話し込んでいた。

「それで三葉、もう東京には慣れたん?」

「まあね・・・もう、1年近く暮らしとるし・・・最初の頃は、中々道が覚えられんで大変やった。」

「私も・・・私らみたいな田舎者には、本当に迷路やわ、東京は。」

「でも、あんたら2人やから、迷っても何とかなるやろ。私なんか、もう途方に暮れて・・・・」

「三葉も、誰かいいひと・・・・」

そこまで言い掛けて、サヤちんは黙り込んだ。

「・・・・ごめん、あと1年、待っとるんやな?」

そう言われて、私は少し考え込む。

「う・・・うん・・・・でも・・・・もしかしたら、行かへんかも・・・・」

「え?・・・何で?」

「い・・・いや、ちょっとね・・・」

「まさか、リクオくんが妖怪やから?」

サヤちん達、お婆ちゃん達家族にも、わたしも半妖である事は言っていない。何にも知らない家族はともかく、妖怪さん達のおかげで皆が助かった事を知っているサヤちん達は、事実を知っても私に対する想いは変わらないだろう。それでも、その事は言えずにいた。

「そ・・・そういう事やなくて・・・」

「じゃあ、何やの?」

「・・・・」

結局、何も答えられなかった。

“神社の跡取りだから”という理由は、説得力が無い。今まで散々それを否定して来た上に、現状は神社の再建も目処が立たない状態だ。理由を説明するには、どうしても私が“ミヤズミ”の子孫であり、その大いなる力を受継いでいる事を話さなければならない。

 

サヤちんと分かれてから、考え事をしながらぶらぶらと歩き回っていた。

ふと気付くと、私は浮世絵町に来てしまっていた。

し・・・しまった、つい、こっちに足が向いちゃった。

慌てて戻ろうとした時、目の前に懐かしい人影が飛び込んで来る。私は、慌てて物陰に隠れた。

「若、今日は、幹部会がある日ですよね?」

「ん~っ・・・・ちょっと気が重いんだよね・・・」

リクオくんと氷麗が、並んで歩いて来る。学校の帰りのようだ。

「何でですか?」

「どうも古株の幹部連中は、僕が、未だに学校に通っているのが気に入らないみたいで・・・」

「ああ、確かに。特に、一つ目様なんか。」

話しながら、隠れた私の横を通り過ぎて行く。真近で横顔を見た時、胸がきゅんと締め付けられる。つい、声を掛けたくなる衝動を、私は必死に抑えていた。

そうしている内に、2人はどんどん離れて行く。2人の姿が完全に見えなくなったところで、私はほっと息をつく。

この心の痛みは・・・・間違い無い!私は、リクオくんが好き!逢ったら・・・・直接言葉を交わしたら、絶対に歯止めが利かなくなっちゃう!

 

 

更に月日は流れ、また1年が過ぎ、10月4日も過ぎた。もう、リクオくんは私の事を知っている。

でも、未だに私は、どうするか決める事ができていなかった。

 

そんな時、急に、糸守の御神体に行きたくなった。

どうしてなのか分からない。無性に、そういう気持ちになっていた。

 

私はひとり、糸守を訪れ、御神体のある山の頂上目指す。

タクシーで行けるところまで行ってもらい、それ以上はひたすら歩いた。御神体に口噛み酒を奉納したのはリクオくんだったから、私が来たのはこれが初めてだ。でも、入替っていた時の体験は、自分で無い時の事もデジャブーのような感覚で感じられる。自分でも一度ここに来たような、錯覚を覚える。

山の頂上に来ると、ようやく御神体の大木が見える。ここも、以前に見ているように感じる。実際には、私の体は見ているのだが。

真っ直ぐに大木に向かい、池のようになった小川を越え、岩の裂け目から中に入る。階段を降りると小さな祠が有り、瓶子が2つ供えられている。私と四葉の口噛み酒だ。

四葉の方は、周りに苔のような物がいっぱいこびり付いているが、私の瓶子にはあまり無い。数日前に、リクオくんが飲んだからだ。

え?よく考えると、それって、リクオくんの中に私が一部入ってるって事じゃ・・・・

急に、胸の鼓動が高まり、何とも言えない感情が溢れて来る。鏡が無いので自分では見えないが、多分顔は真っ赤になっているだろう。

あ・・・あの時は、それどころじゃ無かったから何も感じなかったけど・・・今考えると、恥ずかしい・・・・

――― 三葉! ―――

その時、誰かに呼ばれた気がして、顔を上げる。

すると、祠の上にうっすらと人影が浮かんで来る。それは・・・・

「お・・・お母さん?!」

そこで、私は悟った。何故、急にここに来たくなったのか・・・・

「お・・・お母さんが、私を呼んだんやね?」

お母さんは、ゆっくりと頷く。

『あなたは今、迷っているのね・・・・でも、もっと自分に素直になりなさい。』

「え?」

『御先祖様の想いを、自分の使命のように感じる必要なんてないのよ。』

「そ・・・そんな事は・・・」

『あなたが、糸守を大切にしたいって気持ちは良く分かるわ。でも、そのために自分を犠牲にするのは間違ってる。』

「犠牲になる訳やない・・・・私は、リクオくんも、糸守の皆もどっちも好きやの。」

『だからと言って、そのどちらかを諦めなければいけない事は無いのよ。』

「どういうい事?」

『あなたが、リクオさんの所に行っても、あなたが糸守を捨てた事にはならないわ。誰も、そんな風に思わない。』

「そ・・・それは分かっとる・・・でも、私がずっと東京に行っちゃったら、糸守は誰が護るの?ご先祖様の事を知っとるのも、妖怪の皆の事を良く知っとるのも、私だけなんよ。」

『ちょっと、口を挟んでいいかい?』

突然お母さんの横に、黒い着物を着た、長い黒髪の男の人の姿が浮かんで来る。何か、変化した時のリクオくんに似ている。

「あ・・・あなたは?」

『奴良鯉伴、リクオのおやじだ。』

「え?り・・・リクオくんの、お父さん?!」

『お嬢ちゃんの言う“糸守を護る”ってのは、ずっと糸守に居座ってねえとできねえのかい?』

「え?」

『ここは、はぐれ里なんだろう?天下布武組を含め、いつよその組の脅威に晒されるか分からねえ。だったら、強い後ろ盾が欲しいんじゃねえのか?』

「強い後ろ盾・・・そ・・それって、まさか?」

『そう、奴良組だ!』

「で・・・でも・・・・」

『その橋渡しになるのは、あんたしかいねえんじゃねえのか?奴良組にも、糸守の妖怪にも、どっちにも顔が利く。』

「でも、ど・・・どうやって?」

『あんたが、奴良組に入るんだよ!』

「ええっ?」

『奴良組の幹部になって、糸守を正式に奴良組のナワバリにするんだ。そうすれば、どの組もおいそれと手は出せねえ!』

「そ・・・それは、確かに・・・・」

『まあ、あんたがリクオを射止めるかどうかは、別問題だがな。俺と違って、身持ちが堅てえからな、あいつは。』

「はあ?」

『それこそ、愛人になっちまえば話は早えんだが、夜のあいつはともかく、昼のあいつはそういう事しねえだろうからな。』

「はあ・・・」

『いっそ、夜這い掛けちまえば?夜のあいつなら、簡単に誘いに乗ってくるかも?』

「な・・・何言ってんですか?!」

思わず、怒鳴ってしまった。

『ははははは・・・・まあ、それは冗談だ。だが、奴良組に入れば、糸守も護れてあんたの気持ちもすっきりする。一石二鳥だと思うがな?』

「は・・・はい・・・・」

『何にしても、決めるのはあんただ。じゃあ、邪魔したな!』

そう言って、リクオくんのお父さんは姿を消した。

しばしの沈黙の後、お母さんが切り出す。

『・・・三葉・・・』

「は・・はい。」

『鯉伴さんの言った通り、決めるのはあなた・・・でも、これだけは言わせて。』

「な・・・何?」

『このまま、自分の気持ちに嘘をついたら、きっと後悔する・・・』

「・・・・」

『それじゃあね・・・』

最後にそう言って、お母さんは消えていった。

私は、しばらくその場にしゃがみ、考え込んでいた。

そして、意を決して立ち上がり、御神体を後にした。

 

ひと月後、私は、奴良組総本家の前の石畳を、門に向かってゆっくり歩いていた。

この場の雰囲気に合わせて、紅葉柄の赤い着物を着て。

そして門をくぐり、敷地の中に入って行く。

「お・・・おい!」

「知らない人間が、入って来たぞ?」

屋敷の庭には、小妖怪達がうろうろしていて、私を見てざわついている。それに私はにっこりと笑って答え、屋敷の玄関に向かって行く。

「す・・・すみません。どちら様ですか?」

「こ・・・ここは、人間の方が来られるところでは・・・・」

丁度玄関に居た、氷麗と青田坊さんが私を引き止める。

「これは、お久しぶりです。青田坊さん、氷麗さん。」

『え?』

2人は驚き、顔を見合わせる。

「青?あんたの知り合い?」

「いや、全然知らん!お前の知り合いじゃねえのか?」

「ああ、そうでした。この姿は、あなた方にはお見せした事が無かったですね。」

『はあ?』

2人は、余計に訳が分からなくなって戸惑っている。

「み・・・三葉さん?!」

そこに、玄関の奥から声がする。リクオくん・・・いいえ、リクオ様だ。

その姿を見て、気持ちが一気に昂るが、必死に堪えた。

『み・・・三葉~っ?!』

青田坊さんと氷麗は、またも驚きの声を上げる。

「そうよ!始めましてになるのかしら?氷麗。」

私は、少し悪戯っぽく笑って答えた。

 

私は奥の部屋に通され、部屋の中央に正座している。その向かい側、部屋の奥にはリクオ様が座っている。氷麗達側近さんは、私の後ろに並んで座っている。

まず私は、リクオ様に丁寧にお辞儀をする。

「リクオ様、その節は、大変お世話になりました。混乱を避けるため、お礼に参るのに3年も掛かってしまった事、深くお詫び致します。」

「や・・・やめてよ、三葉さん。そんな硬苦しい挨拶は。それに、“様”もやめてよ。前みたいに、“リクオくん”でいいから。」

「いえ、そういう訳には参りません。」

私は、真剣な表情でそう答える。

「で・・・でも、三葉さんは奴良組じゃ無いんだから・・・・」

「実は、お礼に参ったのもそうですが、本日は、リクオ様にどうしても聞いて頂きたい、お願いがあって参ったのです。」

「え?お願い?・・・な・・・何?」

「入れ替わりが起こるまで、私は妖怪を誤解していました。また、自分に妖怪の血が流れている事すら知りませんでした。そんな人間だった私を、奴良組の皆さんは暖かく受け入れてくれました。私は、この組の皆さんが好きです。また、奴良組がこのような素晴らしい組になったのも、ひとえにリクオ様のお力だと思います。」

「ええっ?そ・・・そんな大袈裟な!そもそも、この組を作ったのはお爺ちゃんだし、皆をまとめ上げたのは父さんで・・・・」

「いいえ!皆さん、リクオ様に惹かれてここに居るのです。リクオ様だから、命を預けられるのです!」

この言葉には、側近さん達も同意して、無言で頷いている。

「私は、そんな奴良組に、リクオ様に惚れました!私を、奴良組に入れて下さい!」

「は?」

一瞬、皆私の言葉が信じられなかったみたいで、その場を静寂が包む。

「私を、リクオ様の百鬼に加えて下さい!」

『な・・何~っ?!』

今度は、皆揃って驚きの声を上げるた。リクオ様も、目を大きく見開いて驚いている。

でも、もう私は決心した。何があろうと、リクオ様に付いて行くと・・・・

 






という訳で、三葉が奴良組に入る事を決心するまでの話でした。

最終回に引き続き、二葉さんと鯉伴さん再登場。
最終回の時は二葉さん全然セリフが無かったんで、今回はじっくり話してもらいました。
“何で訛ってないの?”という意見もあるかもしれませんが、まあそこは大目に見て下さい。
鯉伴さんは、今回もいい味出してます。でも、やたらと二葉さんとつるんでると、不倫してるみたいですね?山吹乙女さんが、後ろで妬いてたりして・・・・


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