IS 生徒会にてちょっと (ネコ削ぎ)
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更識楯無にてちょっと

 最強はすぐそこにいる。

 オレの目の前にいる。

 ボクシンググローブをした女子が女子としてはどうなんだと言いたくなるような雄叫びをあげてパンチを放つ。

 鋭い一撃とはこのことか。圧倒的なスピードは容赦なく相手の肉体に打ち込まれノックダウンしてしまうことだろう。

「あらあら」

 問題は相手が悪すぎること。

 さらっと避けられ、足払いを受けて転ばされる。

 ゴロゴロと転がって挑戦者の敗北が決まる。

 かと思えば、廊下の曲がり角から竹刀と防具一式を身に纏う女子――見えないけどおそらく女子――が踊り出る。

「死ねぇ!!」

 おおよそ武術を嗜む者の言葉じゃない。だけど振るう竹刀の動きは多少なりとも剣道をかじっている。

 しかし、多少の剣道経験では何のアドヴァンテージにはなりえない。

「あらあら」

 決して広くない廊下で振り上げられた竹刀が蛍光灯を破壊してしまう。

 バリンと無慈悲な音を立てて割れる蛍光灯。

 そしてたまたま通りかかる教師。

 結果なんて言わなくてもいい。剣道着の女子は職員室へと連行されてお裁きを受けることになる。締まらない終わり方をした。

 襲撃者二人を難なく退けた――自滅したのがいるけど――ソイツはクスクスと小さく笑ってその場を去る。元々どこかへ向かうところでの襲撃だったのだ。いつまでも立ち止まって時間を潰すことはしない。

 襲撃を目撃した女子たちも何事もなかったように散っていく。残されたのは転がったまま動かないボクシンググローブの女子とオレだけだ。

 留まる意味なんてない。オレも所詮は居合わせただけの見物客でしかないのだから。

 廊下を進む。目的地は生徒会室。

 オレは実は選ばれた人間なのだ。

 全校生徒と教師の間で板挟みにあって神経すり減らす側の人間に選ばれたのだ。

 生徒会はオレを含めて四人しかいない。たった四人だ。この前、匿名で生徒会を増員してほしいという嘆願書を提出したのに。

 生徒会室は他の部屋とあまり変わらない。豪華絢爛な扉とかない。二次元じゃあるまいし。

 部屋の中は結構さっぱりしている。四人で顔を突き合わせられる程度の折り畳み式の長机があるだけ。多少の小物があるけれど特別な物はない。先々代の残していった木彫りの熊があるだけ。ちょっとお気に入りだ。

 とりあえずオレが部屋に入ってまずやることは木彫りの熊を撫でることと、埃とかを払うことだ。

「熱心ね。本当に木彫りの熊好きなのね」

 先に部屋に来ていた更識楯無が言う。書類に目を向けながらだ。かくいうオレは木彫りの熊に目を向けている。

 生徒会長である更識楯無が真面目に働いている。

 その事実はオレの胸を打つことはない。だって、居てくれるだけいいからとスカウトされただけだし。

 だからオレは断固として働かない。駄目人間感が凄くて申し訳ない気分になることはあるけど。

「好きさ。魅せられたんだ。ほら、ストラップ。シロクマバージョンもあるんだぜ」

 ノーマルな木彫りの熊のストラップに加え、先日遂に届いたシロクマ版の木彫りの熊ストラップ。今度はパンダバージョンに手を出してもいい。

 楯無の正面に座る。珍しくお茶くみ担当がいないから勝手ができる。

 机にだらける。ひんやりとする。だらしなくても構わないから机にへばりついてやる。

「可愛いわね」

 頭を撫でられる。

 楯無の動きを見ていたはずなのに、頭を撫でる手の動きが見えなかった。

「へぇへぇ。可愛いですね可愛いですね。オレには不要な言葉だぜ」

「それは失礼しました。でも可愛いの判断基準は個人に依存されるものだから、否定することはしないでちょうだい」

「……りょーかい。でも個人的には認めんぜ」

「鏡見れば嫌でも認めざるをえないわよ」

「だから鏡は見ない主義なのさ。反射するもの全般を避けて生きます」

「鏡貼りの部屋に軟禁したら変わるかしら?」

「その前に発狂死する」

 想像するだけでゾッとする。今、ゾッとしたな。

「そんな大げさに。だけど発狂死してしまうくらいなら、私としても実行するわけにはいかないわね」

「そりゃぁどうも。行う気でいたことにびっくりだぜ」

 楯無はくすりと微笑みを浮かべるだけ。

 やれやれとため息を吐き出す。

 完璧超人。

 更識楯無を表すわかりやすい表現。

 勉強なんてわざわざ授業を受けるまでもないほどの頭の良さ。

 アスリートを根こそぎ抜き去るほどの身体能力。

 そして多くから認められるカリスマ。

 生徒会長・更識楯無はここにあり。

 そして生徒会役員として楯無を支えるのがオレ以外の二人。まだ来てないけど。

 楯無は書類の山を次々と捌いていく。一枚の書類に使う時間は十秒にも満たない。

「何見てんのさ」

 気になって書類を一枚手に取る。

「……ボクの心は大いに揺れている。これが恋心と……ふむぅ?」

 書類と思われていたものは小説だ。それも恋愛小説家。

 楯無が書いたにしてはお粗末な内容だ。生徒の誰かだな。というか生徒会に持ち込むものか。

「うん。評価しろってことか」

「そうね。持ち込まれた以上は必要なことね。現段階の評価は下の中といったところかしら。言葉悪く言えば見るに堪えない。言葉良く言えばまだまだ発展途上」

「どちらにしろ。芳しくない作品であることは分かった。もう読むのやめれば」

 摘まんだ紙を小説の束に戻す。時間の無駄だ。

 しかし、楯無は読み続ける。

 そして、オレはそんな楯無をぼんやりと見続けるだけ。



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布仏虚にてちょっと

 堅物はすぐそこにいる。

 オレの斜向かいにいる。

 生徒会室は沈黙している。部屋には二人しかいない。

 居心地の良い優しい沈黙ではなく、居心地の悪い険悪な沈黙だ。

 第三者からすれば地獄だ。入りたくもない。オレなら入らない。原因はオレだけど。

 部屋の窓を開けて換気したところで、充満する悪い気を流すことはできない。発生源の処理をしていないから無理だ。

 互いに無関心であればこうはならないんだけど、こっちはともかくとして、あちらは関心あるから困る。嫌なものほど目につくのだろう。

 ちらちらと向けられる視線。ウザい。

 オレはチクチクと刺さる視線の鬱陶しさに舌打ち。

 タイミングの悪さ。すべての原因はそこにある。

 たまたま生徒会室に立ち寄ってみれば、たまたま奴がいただけのこと。

 回れ右して帰ることもできた。だけど、負けを認めたみたいで何か嫌だったので意を決して入室した次第だ。

 いつもの木彫りの熊を撫でまわしてから椅子に座る。あとはスマホをいじっているだけ。興味もなければ、真面目にやる気もないことを端的にアピールする。

 奴こと布仏虚は不真面目な態度を目撃することで眉間に皺を作り出す。

 不愉快だ。

 持っていた書類――歴とした書類――を机に置くと虚は振り向く。

 そして出てくる言葉は真面目にやれ、という小言。

 返事はスマホの画面を注視することで知らしめる。

 居てくれるだけいいから。

 楯無の言葉を免罪符にだんまりを決め込む。

「まったく。アナタみたいに仕事をする気のない人が生徒会にいることは非常に嘆かわしいことですが弁明は多少なりともありますか」

 虚が息継ぎを挟む間もなく話す。機嫌の悪い証拠だ。

 弁明しろと言う。仕方がない。

 スマホから顔を上げる。斜向かいの座る虚が同じく書類から目を離している。律儀だ。

「だって楯無が~」

「話し方がウザいですね」

「居てくれるだけでいい。そう言われているからこそ仕事をしない方向で生きている」

「ニートがいるわ。とっとと卒業か退学してほしいものね」

「退学はともかく、卒業に関してはそっちが先だぜ。布仏先輩」

「お嬢様の負担が増えますね。留年でもするべきでしょうか」

「駄目だろ。それこそ楯無の負担になる。負い目感じさせちゃ駄目じゃん」

「……ふぅ。確かに目先の欲ばかりに集中してしまいました。こういう時にだけアナタは役に立ちますね」

 お堅い顔に苦笑を滲ませる虚。

「そりゃどーも。相変わらず盲信してるぞ」

 布仏虚という人物の悪いところだ。お家柄もあるのだけれども楯無を盲信し過ぎている。

「盲信ではなく敬愛です。更に言えば布仏は更識家に仕えていますから。お嬢様のことを想うのは当然です」

 誇らしげに胸を張っている。

「そしてそれはアナタも同じでしょう。現当主である楯無お嬢様に仕える。分家である私たちの責務のはず」

 更識家とその分家の立ち位置。関係のない話だ。

「末端には行き届いてないんだろうさ」

「やる気ないだけでしょ」

「そうとも言うね」

「はぁ。まったく、本音といいアナタといい。お嬢様に対して誠心誠意尽くそうとは思わないのかしら?」

 疲れたようにため息を吐き出している。

 無茶を言ってくれる。

 更識楯無は完璧超人という言葉が似合っている。

 何事においても誰も追従することのできない才能の塊人間だ。

 だからと言って何も手を貸す必要がないといえばウソになる。人手が必要なことだってある。

 だけどオレは楯無を盲信する気はないし、手伝おうことはともかくとして仕えたいとは思わない。

「似合うと思うのだけど……メイド服」

 頬を赤らめる虚。

 コイツのこういう部分が大嫌いだ。

「死んでも断る」

「死なせるのはこちらも断ります。でも似合うと思うのですが」

「似合うとか似合わないじゃないんだよ」

「大丈夫ですよ。漫画やアニメみたいなミニスカメイドじゃありませんから。やはりメイド服はロングでなければ」

「拒否するポイントはそこじゃない。そもそも着る気がないんだよ」

 話の通じない相手になってしまった。

 たまらず机に突っ伏す。ひんやり気持ちいい。

 虚は真面目で仕事にうるさい。

 同時に可愛いもの好きだ。

 超が付くほどの可愛いもの好きなのだ。

 ちなみに一番可愛いと評価している相手は楯無だ。異論は言わせないらしい。

「ふぅ。お嬢様、今日は遅いですね」

 頭を撫でられる。

 楯無の時とは違い、ちゃんと手の動きが見えた。あれは規格外だと再認識する。

「撫でんなぁー」

「……つい触ってしまいました」

「本音でやれよ」

「あの子は撫でさせてくれませんので。それに質感的に満足できません」

「知らん」

 撫でる手を払う。諦めずに撫でようとする手を何度も払う。しまいには叩き落とす。

 七回ほどの攻防を経て虚が手を引っ込める。

 ふん、と鼻を鳴らして虚は仕事に戻る。

 はぁ、とため息を吐いてオレはスマホで暇つぶしに戻る。

 さっきよりかは空気が和らいだ気がした。

「本当に似合うと思うのだけど……メイド服」

 耐え切れず生徒手帳を投げつけた。



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布仏本音にてちょっと

 まったりはそこにいる。

 オレのすぐ隣にいる。

 ギュッと抱きしめると柔らかくていい匂いがする。

 くすぐったそうに身動ぎするのを無視してさらにギュッとする。

 心がほっこりする。

 生徒会室に通う理由の七割が腕の中にすっぽりと納まる存在に占められている。

 人がその場所の行くのは何かしらの利益があるからだ。それは直接目に見えるような利益であったり個々人にしか分からない不定形な利益であったりと様々。

 いつまでも抱きしめていられる。

 しかし解放する。

 腕にあったぬくもりの喪失は手痛い。

「あれ、もう終わり?」

 ほんわかと邪気のない笑顔。無邪気だ。

「大好きなものほど制限しなきゃ際限なくなる」

 抱きしめるのをやめた。代わりに頭を撫でまわす。髪質がふんわりしている。触り心地がいい。

 今日は一番に生徒会室に来た。

 日課となっている木彫りの熊を撫でまわしたり磨いたりして、それからスマホで暇を潰す。

 二番目に生徒会室にやってきたのが布仏本音だ。

 本音はこちらを見るなりとてとてと近づいてくるなり飛びついてくる。

 オレはそれを受け止めて抱きしめてその柔らかさを堪能していた。

 生徒会室は四人のキャストがいる。

 生徒会長の更識楯無。別名は完璧超人。

 生徒会副会長の布仏虚。別名は硬質真面目人間。

 生徒会書記の布仏本音。別名はのほほん癒し系人間。

 そしてオレ。

 仕事のほとんどが楯無一人によって処理されていく。

 虚は補佐として楯無を支えている。

 オレは何もせずにだらだらと茶を飲んでいる。

 この時点で駄目人間が一人蔓延っている体たらく。生徒会の人員不足の一端を担っている。

 そしてもう一人、人員不足の一端を担っているのが本音だ。

 本音は生徒会室にくる。

 お菓子を食べるために。

 眠るために。

 オレに抱き着くために。

 仕事はしてない。

「えへへへへ~」

 だらしない顔を見せる。

「愛い奴め、愛い奴め」

 姉とは大違いで愛嬌がある。きっとクラスでもこんな感じだろう。オレのクラスに移動してきてくれないだろうか。

「そっちのクラスはどんな調子だ」

「うーん。おりむーが目立ってるかな」

「織斑一夏か。まぁ、目立たないわけないわな」

「だって初日からクラス代表をかけて戦うって宣言してたからね」

「ああ、見学した。素人だけど素人じゃない動きだったな。高々一週間であそこまで動けるし、怯えもなかったな。天賦の才と凄い胆力。持つもの持ってんね」

「それに今度は二組のりんりんと戦うみたいだから、おりむーはキラキラしてるよ」

「キラキラはしてないんじゃないか?」

「だって、しののんやせっしー、りんりんだよ」

「モテる男はツラいというわけか」

 ちょっと気になる。

 織斑一夏じゃなくて本音が。

 もしかして本音もソイツに好意があるんじゃないかと。

 アレば応援でもしてやろうか。それともからかって遊ぼうか。どっちにしろ本音はオレの癒しであることに違いはない。

「モテるで思い出したけど。たっちゃんがおりむーにISを教えようとしてたっけ。たっちゃんもおりむーに気があるのかなぁ?」

 顎に指先を当てて考え込む本音。

 楯無が織斑一夏に接触したことは聞いている。それも本人から。

 しかし、その意図までは教えられていない。あくまで接触してみたと言われただけ。

「そりゃないない」

「えー。せっかく修羅場が見れると思ったのに」

「ドラマで我慢しなさい」

 つまらなそうに机に上体を引っ付ける本音。

 堅物な姉と違って怠惰な動きをするのが本音。正反対過ぎる姉妹だ。

 妹のだらけ具合に関して、虚としては頭痛の種でしかない。

「ほれ、飴でも食べて機嫌直せ」

 目の前で飴玉を摘まんで見せびらかす。

「わーい。いただきまーす」

 ぱくっとオレの指ごと飴玉を食べる本音。

 いつものことなので動じることはない。

 ただ、手を洗わなきゃなと思った。

「本音。飴だけ取れ」

「えへへ。ごめんなさい」

 いつものやりとりだ。

 生徒会室での癒しだ。仕事している二人を前にしても変わることのないやりとり。

 無事な方の手で本音の頭を撫でる。

 至福の時だ。

 楯無と一緒にいても幸せとは感じないし安らぎもない。

 完璧超人故に凡人には理解できない部分があるからだ。

 あの微笑みの裏側にあるものを想像するだけでゾッとする。今ゾッとしたな。

 だけど変に楯突かなきゃ大丈夫だ。謀反の意志ありや、と取られれば瞬く間に叩き潰される自信がある。自分でも嫌な自信だけど。

 それに比べて本音はほんわかしているからいい。裏表がないから。

 少なくともオレの前では裏表がない。

「……たっちゃんもお姉ちゃんもなかなか来ないね」

「来ないな」

「ふわぁ。寝ちゃいそー」

「寝てもいいんじゃないか。二人が来たら起こしてやっから」

「お願い」

 本音が自分の腕を枕にして眠る。

 趣味に生きる本音は夜更かしすることが多い。それは大事な用事が控えていても変わることのない習性だ。

 日中はほんわかしているのは意識が若干睡魔に囚われているからに違いない。

 本音はあどけない顔をこちらに向けて眠り始めた。無防備だ。

 柔らかい頬っぺたを突いて暇を潰す。

 二人がやってくるまでの間ずっと。



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更識簪にてちょっと

 内気はそこにいる。

 オレの目の前にいる。

 カチカチとキーボードが鳴る。

 規則乱して鳴り響くタイピング音は音楽のような不思議で、目を閉じて聞き入ってしまう。

 タイピングの音と微かに漏れる吐息だけ。それ以外には音のない部屋の中。

 不規則なタイピングは途中で鳴り止む。

 指を止めて、首をかしげて考え込む。

 暫くそのまま。

 やがて上手くまとまらなかったのか、頭を抱えてため息を吐く。

 その姿を見てオレもため息を吐く。

 負けず嫌いということでもあるまいて。

 しかし、長年にも抱えてしまった憧れとコンプレックスが妙な配分で混ざり合ってしまったもので、他者を頼ることを逃げと捉えてしまった可哀そうな状態だ。

 憧れる背中は大きい。

 身内であるが故にコンプレックスも大きい。

 それも姉妹だ。

 出来のいい姉を持ってしまったことが可哀そうだ。

 オレは一人っ子だからいいけど。

 姉への高い評価は同時に周囲の期待につながる。姉があれほどのものであれば妹だって負けずとも劣らない才能を持っているのではないか。

 知らない人間の知りたくない期待感を前にして、追いつけないと恐れた妹がコンプレックスを抱えてしまうことなんて当たり前かもしれない。

 その結果がなんでもいいから、どこかで姉を負かしたいと思ってしまうことだ。

 専用機の開発。

 これを自身単独で初めから仕舞いまでやってのけると作業に没頭しているのが更識簪だ。

 没頭しすぎて周囲がおろそかになるほど。

 缶コーヒーが簪の傍に置いてあるので、それをお汁粉と取り換えてみた。

 缶コーヒーはオレが美味しく頂きました。ブラックは苦い。

 簪の方はまさかの甘味に吹き出していた。

「……甘いぃ!?」

 慌てて缶のラベルを確認してすぐさま周囲を警戒し始める。

「ちわーっす」

 バレるならば堂々と。

「いつから居たの」

「二時間前から」

「……一時限目の授業が始まった頃。サボりじゃない」

「そして今は三時限目の最中だ。つまり簪もサボり。と言っても来たのは一時間前だから最初の授業はきちんと受けたみたいだな」

 簪は首をかしげる。

「あれ? 私が来たときには確かに誰もいなかったはずなのに」

「いないと思い込んで見逃したんだろ」

「確かにサボる人なんていないと思ったけど」

「先入観じゃん。人間の悪い癖だな」

「声かけてくれればいいのに」

 顔を真っ赤にしてぼそぼそと喋る簪。

 集中している姿を見られるのを恥ずかしいと思うのが簪だ。注目を得意としていないタイプ。

「声かけ辛い雰囲気だから息を殺して生きてたのさ」

「……駄洒落のつもり?」

「んなわきゃねーさ」

「……まさか姉さんに何か言われて来たの? だとしたら帰って」

「いつもいつも楯無様様じゃないんだぜ。余暇を楽しむことを目的に朝から居ただけさ」

「授業があるのに……余暇?」

「ま、気にしないことで」

 今日はサボりたい気分なだけだ。朝から気分が乗らずにモヤモヤしたままでは授業なんて入ってこない。

 別に楯無から妹の様子を見てきてくれと言われたからではない。断じてそのようなことはない。

 実際にそんな指示はなかったのだが、たまたま簪がパソコン片手に教室とは真逆の位置に向かっていくのが気になっただけだ。

 つまり嘘ついた。

 初っ端から授業を捨てたわけじゃない。

「でさ。何をしてんのさ?」

「どうせ、知ってるでしょ」

 簪はノートパソコンに向かい合う。作業再開は意識半分でしか相手をしないと宣言しているようなものだ。要は邪魔だから出ていけ。

 簪は人付き合いが苦手だ。

 知り合いといえど集中しているところに人がいることを無視しきれない。

「織斑一夏のISに割かれていた人員は戻ったんだろ。ソイツらに任せ直すのが一番じゃないか。餅は餅屋さ」

 張り合うべき相手じゃない。

 暗にそう言ってみたが、簪はディスプレイから目を離さない。

「これは私一人で完成させてみせる」

 決意を口にした。

 まるで自分に言い聞かせるように。

 分かっているのだけど止められない。勝てないと理解しているのに勝ちたい。

 簪は一心不乱にタイピングを続ける。

 何かしらのデータを打ち込んでいるのか画面上では文字や数字が出たり消えたり忙しない。

 ふと、思い出したように簪が顔を上げる。

「あ……ありがとう」

 顔を真っ赤にする簪。

 可愛い。本音ほどじゃないけど。

「でも、それでも、続けるから」

 通じたけど受け入れられなかった。

「そうか。じゃあコイツをやろう」

 缶コーヒーを投げ渡す。

 仮にも更識な簪はインドアな雰囲気に反してしっかりとキャッチした。

「安心せい。無糖じゃ」

「うん。わざわざありがとう」

「身体壊すなよ」

「分かってる」

 さっそく缶コーヒーを口にする簪の顔はさっきよりも柔らかい気がする。

「そのコーヒーはIS開発の手助けだから気にすんな」

「ごめん返す」

 惜しい。共同開発者を拒否された。



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織斑一夏にてちょっと

 希少種はそこにいる。

 オレの背後にいる。

 どたどたと廊下を駆ける女子。どうなんだと言いたくなるほど血眼になって何かを探している。

 走る女子はポニーテールを強風に煽られるカーテンのように揺らしながら捜索中。片っ端から空き教室に顔を突っ込んでいく姿は狂気そのものだ。

 次々とありそうなところを捜索しては去っていく中で、ついにオレのいるところまでやってくる。

 関係ない。

 黙々とスマホをいじくりながら過ぎ去るのを待つ。

 廊下の隅にしゃがみ込んでスマホをいじくる。うるせー、ボッチじゃないわ。

 女子が通り過ぎていく。

 失せもので何がしたいのかは皆目見当もつかずだ。

 ため息が出る。

 有名税は厄介以外の何物でもない。芸能人の強靭な精神には脱帽だ。

 去っていく背中の群れに手を振ってみる。これだけを切り取ると絵になる。

 内情を知れば嘲笑う最低な場面でしかなくなるが。

 背後の壁をドンドンと叩く。痛い。

 背後の教室から織斑一夏がひょこっと顔を出す。

「行ったか」

「じゃなきゃ合図をしないぞ」

 一夏が教室から出てくる。

 織斑一夏は世界的に有名な人物だ。

 世界で初めて現れたISを操縦することのできる男子。

 姉は世界最強のIS操縦者なので何かしらの繋がりがあるのではと噂されることもあるが知らない。

 分かることは彼が世界各国から目をつけられていることだけだ。

「助かったぜ」

「どういたしまして」

「まったく箒の奴。いきなり竹刀振り回して追っかけてくるだから」

 ため息が聞こえる。

「変なことでも言ったんじゃないか」

「言ってねぇ。ただセシリアがISについて教えてくれるって言うから頼んだくらいだ」

「ふーん。特に変なことはないな」

「だろ。それなのに、私が教えているのが不満なのかって。いやいや、ISは教えてもらった覚えがないんだけど。聞く耳もってくれないから逃げるしかないだろ」

 何なんだよ、と廊下の壁にもたれかかる一夏。明らかに疲労している。

 なんとなく分かった。

 恋する乙女を前にして一夏の発言は危険だ。

火に油だ。

 頼ってほしいと思っているのに違う女に目移りされては面白くない。

「そりゃ逃げるな」

「にしても助かったぜ。あのままだったら二回ボッコボコにされてた」

「二回ボッコボコ?」

「おう。とにかく酷い」

 遠い目をする一夏。

 経験者は語る。よほど酷いのだろう。

 乙女の嫉妬ではない。暴君の虫の居所が悪かっただけだ。

 分析ミスだ。勉強不足に恥ずかしさがこみ上げてくる。

「そうだ。ええと……先輩の名前を教えてもらえませんか」

 馴れ馴れしかった言葉遣いが急に変わる。

 ああ、リボンの色を見て年上と気が付いたか。

「いえいえ、名乗るほどの者ではござません」

 名乗りたくない。だから名乗らない。

 織斑一夏などという有名人に名前を憶えられてしまうということは、あの血走った目をした篠ノ乃箒に嫉妬されてしまうということだ。

 俺が答えないことを理解した一夏はそれでも名前をしつこく聞いてくる。こんな押しが強い奴なのか。

「オレの名前はアイエスハナコ」

「嘘つくんじゃあねぇ。どう聞いても例文に出てくるような名前だろ」

「例文に出るほどオーソドックスな名前で何が悪い。オレはアイエスハナコだよ」

「ああ……分かった」

 粘り勝ち。

「そーいえば、この前の試合見たぞ」

「この前?」

 一夏は忘れているらしい。あんなに濃密そうだったのに。淡白だ。

「イギリスの代表候補性セシリア・オルコットとの試合だよ」

「おお、それか」

「パッと思い出せ。パッと」

「無茶言うなよ」

「言ってないって。あれさ、聞けばIS動かすの二回目なんだって。入試の時とその時とで。よくも試合を受けたな。よくもあれだけ粘ったな」

 疑問に思ったので聞いてみた。

 いやいや、あの世界最強と名高い織斑千冬の弟君にあらせられる織斑一夏様であれば、二回も動かせば感覚掴むことも不思議ではありません。

 嫌味たっぷりだ。人間性を再検証したくなる。

 ただ、姉が凄けりゃ弟凄いなんてことよくある。楯無と簪は比べてはならないほどの差があるためにカウントしないことにする。

「うーん。男として馬鹿にされっぱなしで引き下がるのも、というのが理由だったかな」

「なんとも不便な理由で」

 人生損すんぞ、と喉元まで登りつめた言葉を飲み込む。

 一夏は「最初はだけど」と言葉を続ける。目の前は壁しかないというのに前を見つめている。何かを見ているのだ。

「戦ってる最中にさ、ちょっと思ったんだよ。オレは千冬姉の名誉をオレが傷つけてしまうのが嫌だったんだって。あそこで反論しないと千冬姉まで馬鹿にされると思ったんだよ」

 一夏は笑った。

「そん時にさ、いつだったかに友達に言われたことを思い出したんだ。で、とにかく全力でやってやろうと思うがままにやったんだぜ」

 一夏とセシリアの試合を思い返してみる。記憶力はいい方なので、鮮明に思い出せてしまう。

 なるほど一夏の戦い方には変化はない。ただし表情は全く違ってた。

 前半戦は張り詰めていた。後がない焦りがあったとも言える。

 後半戦は純粋に挑んでいたように見えた。何に対して挑んでいたのかまでは理解の及ぶところじゃない。知らん。

 でも、変化はしていた。友達の言葉に変わった。

「何を言われたんだ」

「先輩の本当の名前を教えてくれたら教えるぜ」

 したり顔をする一夏。

「っち!」

 されたり顔をするしかなかった。されたり顔なんてあったか。



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織斑千冬にてちょっと

 ブラコンはそこにいる。

 オレのすぐ目の前いる。

 疑問が浮かぶ。

 解決しない。

 同じ疑問が浮かぶ。

 やはり解決しない。

 生徒会室は殺伐とした雰囲気に支配されてしまっている。

 口の中が砂漠並みに乾燥しそうだ。

 救いは持ち込んだペットボトルの水があることだ。砂漠では水源の確保が生死を分ける要因だとすれば、今のオレは生を掴み取って明日を謳歌することができる。

 本音をギュっとしたい。ギューっとして愛でていたい。

 水を一口。

 水道水とは比べ物にならない。さすが金払っただけはある。

 ペットボトルをテーブルに置く。水面がゆらゆらと揺れる。眺めると落ち着く。

 早めに生徒会室に来た。

 それが運の尽きだ。

 生徒会室に入って木彫りの熊を堪能して、スマホで時間を潰そうとした矢先に招かれざる客が姿を現してしまった。

 歓迎ムードはない。

 あっちだって友好的じゃない。

 互いに歩み寄りがないなら歓迎なんて不要だ。目を合わせたくない。

 気を許してない。無関心を装いつつも来客の一挙一動を注意する。

 雰囲気一つで全てを察した織斑千冬は、強者の余裕をひけらかすようにオレの対面の椅子に座った。両腕を組んで威圧感を出してくる。

 あからさまな威圧を受けて、オレはスマホを弄る手を止めざるを得なかった。スマホを没収されては弄ることもできまいて。

 他人様のスマホをつまらなそうにポンポンと弄ぶ世界最強の女。個人情報の塊を人質にして。

「何が目的だ」

 はっきり言え。中身がなさすぎる。

「もち。生徒会役員の端くれなんですから仕事しに来たに決まっているだろ。変なこと聞くなよ」

「ふん。目上に対する口ぶりではないように聞こえるぞ。うっかりスマホを投げつけてしまいそうだな」

「生徒会役員の端くれなんですから仕事しに来たに決まっているだろ。変なこと聞くなよ。スマホ傷つけたら出るとこ出るぞ」

 パキッとスマホの液晶に罅入った。はい、訴訟な。

 はったりと高をくくっていたら、この教師は容赦なく遂行しやがった。このままふざけた態度したら完遂される。

「何の話か教えていただけませんか? 現状心当たりないので」

 脅しに屈したことを恥じ入る必要はない。ただ認めて、次の糧にすればいい。それでも学習しないのが若さ故の過ちか。

「心当たりがない? 更識楯無が一夏に接触した。布仏本音が一夏に接触した。お前も一夏と接触した。ここまで生徒会の人間が接触してくれば、何かあると勘ぐるのが当然だろう」

 腕を組んで睨みつけてくる千冬。全てお見通しだぞ、と言いたげな顔が見当違い過ぎて話にならない。

「楯無と本音の分については知らない。オレは別に妙な意図はないぞ。たまたま出会ってしまっただけだ」

「まるで運命とでも言いたげだな」

 室内の温度が下がった気がする。冬の字が入る奴は氷結系の能力者か。

 一夏の話題になると敏感だ。ブラコンここに極まれ。極まった先にどんな世界があるのか気になる。その世界を見て帰ってきた人間はいなさそうだ。

「いちいちつっかかるな。ブラコンめ」

「ブラコン言うな」

「言われることをするな」

 言うが安し、思ったことを口にしたら頭を掴まれた。ぐぐぐ、と指先が頭蓋骨に食い込み、反射的に呻き声と涙が出てきてしまった。

 一夏と接触したのは偶然と好奇心が混ざり合っただけ。

 廊下を歩いていたら一夏の方からやってきて、オレが隠れる一夏のことを黙ってやっただけ。

 そりゃあ、切迫した顔で来られて無視はできないのが小市民のサガ。優しさの勝利だ。

 そして冤罪で私刑執行され中。

「二度と一夏に色目を使うな。お姉さんと約束だ」

「そもそも色目を使っちゃあいたたたた!?」

「はぁ? 聞こえんなぁ」

「聞こえてる人間はみんなそう言うよ」

「聞こえてはいるが、約束を守ると誓う声が聞こえんぞ」

「ひー、誓います」

 脅威的な握力に脳みそが圧殺される前に降参する。ここは命を捨てる場所ではないのだ。まだ死んでもいいと思える生き方をしてない。

「最初からそう言えば命まで取らないものを」

 さらっと殺人未遂であることを知った。アンタ、教師だろ。

 呆れる。

 千冬は去っていった。

 被害者一名。それもオレ。

 教師不信になりそうな一幕だった。これを理由に不登校になりそうだ。

 本音と一夏は同じクラスだろうに。

 今回疑われて制裁を受けるのはオレではないはずだ。

「ご苦労様」

 労いの言葉を口にする楯無。どこ吹く風だ。

 この生徒会長様は千冬が接近してくるのを感じ取って隠れていた。それも部屋の中だとバレると考えて、窓の外の縁にぶら下がっていたんだからムカつく。

「どーいたしまして。おかげで暴行を受けたんだけどなんだよ」

「なんでしょう。大事な大事な弟さんにちょっとでも何かあることが許せないみたい」

「ブラコンすぎんだろ」

「資料によれば両親は蒸発。たった二人の家族であることを考えれば分からない話ではないわね」

「……本当に分かってんのか?」

 コイツがそんなこと分かるとは思えないんだが。蒸発の経験なんてないだろうし。コイツだし。

「理解はしてるわ」

 ニッコリと笑う楯無。

 その笑顔は万人受けするな、となんとなく思った。

 それでもオレだけが被害を受けたことに納得できない。



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更識楯無にてちょっと!

 最強はすぐそこにいる。

 オレの目の前にいる。

 優雅に紅茶を堪能する姿は深窓の令嬢のようで、画家でもいれば被写体として描き始めるに違いない。紅茶の香りに微笑みを浮かべ、そっと口にするのは育ちの良さを感じさせてくれる。

 実際に育ちは悪くない。英才教育ともスパルタとも取れる教育を受けてきたの。今更不作法を働くわけがない。

 不作法を働くとしたら、何かしらの意図があってのことだ。ロクな意図もないさ。

 楯無は報告書の隅から隅まで視線を走らせる。

 傍から見ると、読んでんのか怪しいが、きちんと読んでいることだ。

 あれでも遅く読んでいるに決まっている。いつもパッと見て裁量しているくせに。

 パパッと終わらせて余暇を楽しめばいいのに。

 オレなら終わらせること終わらせて好き放題する。

 スマホをいじいじ。

 暇だからスマホ。

「当たり障りのない報告書ね。具体的に書いてはあるけど、深層部分を意識して書いていないような報告書と言わざるを得ないのが結論」

 報告書が机の上に置かれる。

 満足いくものではない。

 生徒会長更識楯無は溜息と共に言った。

 満足いかなくてもそれが結果であれば納得する。

 深いところまで探りたくないオレの意見。

 知ったが故に面倒なところまで身体を突っ込んでしまったからこそ、これ以上の深入りをしたくないんだ。親父が不倫してたなんて、どんな気持ちで受け止めろっていうんだよ。

 あの親父め。鶏肉派とか豪語しておきながら牛丼屋に入りやがって。

「満足いくものではないわ」

「なんで二回言った」

「満足いくものではないわ」

「続けざまに三回言うな」

 暗に報告しろってか。察しろってか。日本人魂を見せろってか。

 確かにオレは報告できる。報告書に書かれていないことを言うことができる。そりゃあ、報告書に書かれていないことをテキトーに話せばいいだけだ。

 盲点。まさしく盲点。

「この報告書に関わることでお願いね」

 残念だ。

 報告書。

 クラス対抗戦における所属不明IS襲撃事件報告書。

 一年一組クラス代表織斑一夏と一年二組クラス代表凰鈴音の試合中に所属不明のISが襲撃してきた。

 二人によって無事撃破された。

 襲撃してきたISは無人機だった。

 破損状況は酷く解明は不可能。

 これらのことが詳細に書かれている。

 これで十分だ。

 楯無の方はそう簡単に飲み込むことができないらしい。

「襲撃してきたISが無人機なのは本音からの報告で嘘でないことが分かるけど、本当に解明できなかったのかしら。何一つとして情報を得ることができなかったなんてねぇ」

「意図的に記載してないだけだろ。その意図を組んで口を噤むべきじゃないか」

「むしろ逆よ。意図的に記載してないということは、その痛い腹を探ってほしいってことではなくて」

「なにそれ。マゾじゃあるまいし」

「そうでないなら、もっと巧妙に隠し立てするのがプロでしょ」

「さすが更識楯無。完璧人間様は違うじゃんか」

「そうね。ちゃんとした報告を聞こうかしら。アナタの言う完璧人間を騙せることを喋れないようなら、包み隠さずに本当を話しなさい」

 穏やかな声だ。

 穏やかに優しくこっちの首を絞めてくる。

 比喩だ。

 実際には何もされていない。

「さあ、時間は沢山あるから」

 ニッコリと人のよさそうな笑顔でオレを威圧してくる。

 背中を嫌な汗が流れる。

 ビビっているわけじゃない。

 逆らえないんだ。

 諦観してるだけだ。

 勝ち目のない相手にビビる必要なんてない。だって勝てないって分かってんだからな。

 更識楯無。

 実力的にも立場的にも逆らうべきじゃない。

 話す。

 オレがこっそりと収集した情報はコイツの一体何に役立つのか。

「ふうん。コアは未登録のもの。つまり新品。となると送り主は決まるわね。織斑一夏くんが入学してきたことと関係ないと断ずることはできなくなる」

 なんで嬉しそうなんだか。

 厄介事を抱え込んでしまったって頭抱えろよ。似合わないけど。

 どうせ、楯無が本気を出せば終わるんだ。

 解決の手間を楽しむのか。

 そんな人間でもないくせに。

 オレたちの仕えるお嬢様は何なら手こずる。

 何を前にしても余裕そうだから分からない。

「ふふふ。それよりもまたおかしな小説が送られてきたみたい」

 情報に対して特になし。もう楯無の中では終わったんだな。

 すとんと腑に落ちる。

 スマホをいじいじ。

 楯無は真剣な様子で送られてきた小説を読み進める。

「稚拙ね。趣味の域を出ないわ」

「じゃあ趣味なんだろ」

「そうね、趣味なんだと思う」

「他人の趣味にとやかく言うつもりはないけど文才はないかしら」

「とやかく言ってんじゃん」

「アナタも悪趣味はほどほどにね」

 小説を脇に置いた楯無の視線が射貫いてくる。

 射貫かれる錯覚を覚える。

「なんのことやら」

 気づかれていないと思っていた。

 安心しきっていたので動揺してしまうぞ。

 まさかここまで他人に意識を向けているとはまったく考えてなかっただけに、弱みを握られた気がする。

「無銭飲食。褒められた趣味じゃないわ」

 くすりと笑みを漏らしている。

 美少女だから絵になる。

 そしてオレは逆らえない雰囲気が増す。

 証拠がないと反論しようものなら楯無は証拠を出してきそうだ。

「他の人に自慢しちゃだめよ」

 しねーよ。



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布仏虚にてちょっと!

 オレはここに居る。

 いつも通りに木彫りの熊を撫で回している。

 触感よし。残りも頑張れる。

 生徒会室にはまだ誰も来ていない。珍しく一番乗りだ。景品は短いながら独り静かな空間。

 木彫りの熊を撫で回して満足すれば、定位置に腰掛ける。

 生徒会役員としての活動は皆無なれど、真面目に部屋に顔出している。

 意味はない。なんてことはない。

 更識楯無、完璧超人がいるからだ。

 オレとしてはそれだけで十分な理由になってしまう。

 脅されているんだ。弱みを握られて行動を制限されている可哀そうなオレ。相手が悪かったということもあるけど、まさかバレるとは思わなかったんだ。気づかれているとは思うわきゃないわな。

 無銭飲食。

 自分でも自覚できるほどの最低な行い。それが止められない。我慢なんてすることができないんだ。

 当然のように注文して、きたものを食べて、何食わぬ顔で会計を通り過ぎて店を出る。

 悪いことは知っている。

 でも、知っているからなんだ。

 やめられないんだから仕方がない。

「あら、珍しく私が最初ですか」

 考え事に夢中になり過ぎて、虚が入ってきたことに気がつかなかった。虚の奴もオレに気がついていないけどな。

 昔から気づかれにくいのが自慢だった。気がつかれても気に留められない。監視カメラにがっつり映っていてもだ。意識の外へと追いやられてしまう。

 おかげさまで学校で嫌な役を押しつけられることも教師に指名されることもない。

 そのおかげでテストは満点の優等生だ。気に留められないのでテストの答案を当然のように閲覧可能だ。それも織斑千冬の目の前でやってもバレやしない。

 で、目を付けた楯無によって生徒会に引きずり込まれたのが真相だ。誰が好き好んで生徒会なんて面倒ごとの巣窟に突っ込むもんか。

 虚はまるでオレの存在に気づいていない。それでいい。それが普通だ。

 楯無が異常なんだ。常軌を逸している。アイツは昔からオレを見つけ出す。そうじゃなきゃここにいない。

 虚はこの異常さに気がついているのだろうか。察知しているに違いない。それを含めて敬愛しているんだろう。

 存在の秘匿。

 オレはいまだに虚に気づかれようとせずにいる。

 オレが誰かに認識されるには自己主張しなければならない。自然体で過ごしていると誰からも認識してもらえなくなる。意識的に存在感を出していかなければならないのが大変。

 虚が背を向ける。

 タイミングよし。驚かせる。そのためだけに背中を向けるのを待った。

「わっ!!」

 こうも上手くいくとは。楯無みたいな完璧超人でない虚では平気に背中を晒す。

 優越感が身に沁み込んでくる。

 気に食わないからこそのポジティブな感覚も虚の次の一手に霧散する。

 身体を大きく捻り、振り向きざまに右腕を突き出してくる。指と指の間には鋭く長い針のようなものが挟まっている。

 瞳には未知に対する敵意しか感じられない。お堅い顔は、背後から突然発生した脅威を取り除くことのみに全てを割いている仕事人のそれだ。

「あら、アナタでしたか」

 攻撃の次には謝罪を要求する。

「謝れ」

「そっちが先ですよ。その登場の仕方はやめなさいと言いましたよ」

「もう二桁分もやってんだから慣れろ。謝罪」

「私たちの立場上、突然現れる気配に慣れることなんてできないでしょう。アナタこそいい加減に学びなさい」

「だからっていきなり仕留めにくるなよ。針なんてあぶねーぞ。ほれ、謝罪」

「致命傷は避けるつもりでした。アナタは難なく回避できたみたいですから結果は目くじらたてるものではないでしょう」

「それ、楯無を相手にしても同じセリフ言えんのかよ。しゃ~ざ~い~」

「私がお嬢様の気配を察知できないとお思いでしたら、それはいくらなんでも軽んじ過ぎですよ。このような事態など起こるはずがありません。あと、謝罪はしませんので」

 きっぱりと言い放つ。悪びれもしない顔だ。

 謝罪の要求は諦めるほかない。ため息と共に水に流す。

 虚は話は終わったとばかりに生徒会として仕事に取り組み始める。

「謝罪を求めるのはこちらの方です。可愛いものを傷つけさせようとしたのですから。これは許容できない悪事よ」

 話は終わったのだ。あくまで自分が攻撃した件に関しては。

 そして新しい議題として、オレが驚かせたことに対する謝罪を上げてきた。

 話が終わってねーよ。

「そうね。私の用意するゴシック服を……ね」

「換金してこいってか。いいぜ、貸せよ。後腐れなく売ってきてやるよ」

「いいえ。着てください。メイド服でも巫女服でもオッケー。というか全部着ましょう。そして愛でさせなさい。アナタにはその責務がある」

「初めて聞いたぞ、その責務。やめーい。その手を引っ込めろ」

 頭頂部に伸ばされる手を払う。

 再び撫でようとしてくるので払う。二度ならぬ三度も四度も撫でようとするから、その都度払う。

 七回目の攻防にて強めに叩き落として虚が諦める。

 はぁ、と疲労を滲ませたため息を吐いて、スマホで暇を潰そうとする。

「絶対に似合うと思うのだけど……ゴシック服」

 耐え切れずスマホを投げつけた。



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布仏本音にてちょっと!

 まったりはそこにいる。

 オレのすぐ隣にいる。

 抱きしめるとふわぁっといい匂いが鼻孔をくすぐる。これで香水付けてないんだから、人間捨てたもんじゃない。あるく芳香剤。

 しかしキナ臭い。

 本音じゃない。

 転入生が、だ。

 転入生は三人も来た。

 オレのとこじゃない。本音のとこと簪のたとこだ。

 一年一組。織斑千冬が担任を勤めて、織斑一夏が在席するあの一年一組だ。

 一年一組。篠ノ之博士の妹とか、イギリスの代表候補生とか在席する一年一組だ。

 厄介者を全部放り込んだ負担の一極集中の魔窟。そこに更なる負担を放り込む学園上層部の鬼畜の所業は如何なものかと。

 一年一組に送り込まれたのは二人。

 フランスからシャルロット・デュノア。

 ドイツからラウラ・ボーデヴィッヒ。

 チームヨーロッパだ。

 フランスのデュノアは男装が趣味なのか、転入時の資料ではシャルル・デュノアになっていた。どこまで自分の男装が通じるのか、最もチェックの厳しいIS学園で試そうという魂胆が見え見えだ。

 挑戦することは技能向上に繋がる。

 その心意気や良し。

 向上心の欠落は停滞か堕落のどちらかしかない。

 嘘だ。

 シャルロット・デュノアは男装趣味じゃない。

 分かり切っていることだ。

 織斑一夏の存在がシャルル・デュノアを作り出した。

 男同士の方が何かとお近づきになれるしな。

「デュッチーはねぇ、男装がちょっと下手そうだったよー」

 本音に言われちゃおしまいだ。

 飴玉一つ投げれば、本音はぱくりと口でキャッチする。可愛い。

「怪しからな。そもそもISを扱える希少な男が代表候補生なんだよ。すげーなフランス」

「うーん。人材不足かもよー」

「その言葉でも済まされんぞ。しかも、代表候補生にまで祭り上げられてる割にはメディアで取り上げられない不思議さ。パッと出てき過ぎだ。あれか、フランスの情報操作すげーな」

 おかし過ぎるのなんの。

 日本みたく二人目のISを動かせる男子が見つかりました、と大仰に騒ぎ立てなければ。

 事態の重大さに対しての反響がなさすぎ。

「ま、かんけーないからいいんじゃないのー」

 生徒会の役割はあくまで学生生活の統括だけだ。関係ない。

「ただ、お上に言われてんだろ。織斑一夏を守れって。そういう意味では関係あんじゃね」

 一年一組に本音が配置されている理由。

 オレが学園側に対してスパイ紛いをした理由。

 楯無が学園が隠している内容に拘った理由。

 世界最強の弟なんてネームバリューがそうさせてるわけじゃない。

 貴重なサンプル。

 女にしか扱えなかったISの領域に男が入ってきた。

 男女関係なくISを使うことできる可能性だ。

 誰だって織斑一夏というサンプルが欲しくなる。

 ISの稼働データ、皮膚片、DNAととにかく関わりがあるものなら何でもいい手に入れたくなる。

 最悪な強硬策に出る奴だっているかもしれない。

 だから、対暗部用暗部なんてカウンター組織の党首である更識に声がかかった。

 なし崩し的に巻き込まれたオレたちがいる。

 道徳を信じろ。

 善良な人間であれ。

 そう言い聞かせなければ萎える。

 スマホを指でくるくると回す。

「もう一人。ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「おりむーをぶっ叩いていたよー。すごく痛そうだったー」

「仮にも軍人らしいからな。それも織斑千冬に師事してたとかな」

「でもそんくらいかなー」

「ま、そんなもんだろ」

「それよりも問題はもう二人目のISを扱うことのできる男の子だよねー」

 世間を騒がせている二人目の男子。

 つい最近発見された正真正銘の本物のIS適正のある男子だ。

 二人目は一年四組所属。

 簪と一緒だ。

 守落(かみおち)杏地(あんじ )

 織斑一夏と同じ立場に立たされた少年の名前だ。

「初日からおりむ―が色々と声をかけてたよー。あっちもホッとしてたかな」

 女子しかいない場所。

 知らない奴でも同性がいるだけで変わる。

 接触してみようか。

 それとなく近づいてみるか。

 どうせ、楯無から探りをいれるように指示が出る。

 あの完璧超人め。

 本音を抱きしめる。

 一息入れる。

 腕の中に納まる落ち着くような暖かさ。

 いい匂いがする。

「うー、抱き枕じゃないんだぞー」

 本音が不満を漏らす。

 満足そうな顔をしているが。

 オレも満足。

 幸せは手の届くところにある。

 冒険がそれに気づかせてくれるようだが、オレは冒険せずとも気がついている。

「……たっちゃんもお姉ちゃんもなかなか来ないね」

「来ないな」

「ふわぁ。寝ちゃいそー」

「寝てもいいんじゃないか。二人が来たら起こしてやっから」

「お願い」

 オレと本音だけが早く来た時のやりとり。

 本音は抱きしめられたまま眠り始める。

 コヤツに場所や状況なんて関係ない。

 本音を堪能できるのでよしとする。

 柔らかい頬っぺたを突いて楽しむ。

 二人がやってくるまでの間ずっと。



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オリ主なんだけどちょっと

 転生者はここにいる。

 IS学園の中にいる。

 女子によって包囲されている。

 戦術的撤退は不可能と察するに力が抜けて、宛がわれた座席で大人しくするしかない。

 織斑一夏が羨ましいと思っていました。

 現実見なくてすみませんでした。

 見世物の気分が味わっています。

 ヒロインの一人である更識簪に声をかけてみたいけど無理。

 精神汚染で死滅しそうだ。

 授業の時は何とかなる。

 幸いにして集中するタイプなのだ。

 しかしながら、授業が終わると現実に直面してしまう。家庭ギスギスのお父さんか俺は。

 唯一の救いは一夏が先陣切ったことで、多少なりとも女子たちが慣れているということだ。

 よくわからない腫物みたいな雰囲気はない。

 この空間に慣れるのに何日要る。最短コースで慣れたい。慣れて織斑一夏みたいにヒロインとイチャイチャしたい。

 慣れろ、慣れろ俺。

 こんなもん慣れたら勝ちだわ。

 誰に勝ったかは置いておくとしてな。

 転生したんだから謳歌するぞ。

 人生は楽しんだもん勝ちなんだからな。

 もう一度言うが、誰に勝ったかは置いておくぞ。

 一日の授業の終わりに学園内を散策する。

 軽い説明を受けただけでまだうろ覚えなんだ。明日の教室移動に差し支えたら不味い。

 IS学園の特徴は広いの一言に尽きる。

 案内役がいないと迷子になりそうだ。

 こういう時に一夏が居てくれればいいんだけど。アイツはヒロインたちに攫われていったからな。可哀そうに、もう戻れないぞ。

 誰でもいいから助けてくれればいいのに、みんなそれぞれに生活スタイルがあるせいか、俺に構って自分の流れを乱す奇特な人はいない。

 絆ポイントの不足を感じる。

 神様助けて。

 念じて助けてくれるような神様ではなかった気がする。

 

 

 

 転生時に神様に出会った。

 幼女だったり土下座する美女だったり人格者みたいな爺さんだったりが神様だと思っていた。ネットだとそうじゃん。

 でも、出てきた神様は幼女でも土下座する美女でも爺さんでもなかった。更に言えば快楽主義者なはた迷惑な奴でもなかった。

 妙に人間味のない女性だった。

 神様には人間味があるものなのかは疑問だけど。

 病気かと疑いたくなるような青白い肌に真っ青な髪に底冷えするような青い瞳。

 纏う着物は青一色の巫女装束。もはや巫女装束なのかも判断つかないほどに青い。

 神様は青かった。

 宇宙飛行士が見たのってコイツじゃねえの。

 転生ならば続いてくるのは――

「すみません間違って死なせてしまいました」

「おわびに好きな世界に転生させてあげます」

「特典でなにか力を授けましょう」

 というテンプレだ。

 神様が口を開く

「アナタの願いをかなえましょう」

 神様は瞳と同じく声音にも感情の欠片も籠っていない。機械的に話しているようだ。

「どんな願いもかなえましょう」

 ゆっくりと俺の頬に手を当てて撫でてくる女性。表情も仮面のように無表情を貫いている。

「アナタの願いは何でしょう?」

 それは違和感だらけの状況なのに不思議と全てを受け入れられた。

 テンプレだとかそんなことぶっ飛んだ。

「どんな想いも応えましょう」

 ああ、絶対に叶いそうだ。

「全ては私がかなえましょう」

 その言葉が終わるなり、俺は願いを叶えてもらったんだ。

「それがアナタの願いなら」

 結果としてIS学園へと入学した。

 

 

 

 あの神様、転生特典とかなかった。

 チートとかチートとかチートとか。

 おかげさまで二回目の人生なのに苦労した。

 運動オンチじゃないけれどスポーツ万能でもない。

 頭も決して悪いわけじゃないけど特別優れているわけでもない。

 世の転生オリ主が羨ましい。

 愚痴言ったって改善するわけでもないけど。

 だから、学園内を散策してから寮へと帰還。

 一人部屋だ。

 原作通りに一夏とシャルが一緒の部屋で、あぶれた独り男な俺は個室をゲットした。

 静かに勉強でもしていよう。

 IS学園の授業はレベルが高い。

 ちょっと前まで一般人だった身としては、ISに関する科目を頭に入れるのは容易じゃない。一夏は一週間で分厚い参考書を頭に突っ込んだっていうんだから、アレもなかなかに勉強ができる奴だ。あれ、一週間で突っ込んでたっけ?

 とにかく勉強だ。

 来てしまった以上は頑張る。

 男として女には負けられない。

 それは嘘だけど。

 ただ何もしないで恥かくのが嫌なだけだ。

 足掻いた結果で何か言われることには理不尽でも納得できる。

 やるだけやるものさ。

 明日に差し支えないギリギリまで勉強して寝る。

 

 

 

 転入二日目はつつがなく。

 なんとか授業には喰らいつくことができた。

 だけど頭はパンク寸前。

 IS関連は地獄だ。

 住めば都と言うけれど。

 空き教室には人がいない。

 放課後はみんな部活なりISの訓練なりで教室に残る人は少ない。

 空き教室を見つけてすぐさま入り込む。

 覗かれないようにきちんと扉を閉めて深く深呼吸。

「疲れた。マジで疲れた。勉強だけで死ぬ。高校生活ってこんなにハードだったか。そんで一夏たちは今からISの練習だろ。もたねーよ体が。あと四日くらい経たないと放課後の活動は無理だな。せっかくだから箒や鈴、セシリアとかを生で見てみたい。ぜってー可愛いもんな。なんとかしてお近づきになりたい。いいや、でもまずは自分のことだよな。俺だったらイベントを解決する力なんてないしな。強くなってオリ主最強みたく猛威を振るってみたい」

 駄目だ。疲れて欲望の吐露が止まらない。

 たった二日にして気持ちが止まらない。自分でも何を口走っているかは分からないけど。

 せっかく物語の世界に転生したのに身に降りかかることが現実的過ぎて辛い。

 最後まで言いたいことを吐き出して、終わりに深呼吸を一回。

 クールになろう。こんなこと聞かれてしまえば、頭のおかしい電波野郎だと勘違いされてしまう。いいや、転生とか言っている段階で電波だ。

 でも、口にするとスッキリした。環境に慣れるまでは定期的に発散が必要かもしれん。

 今日も放課後は勉強漬け。

 身を翻すと近くの机にぶつかってしまった。思ったよりも痛くてしばらくうずくまってしまった。

 机が定位置からずれたのが気になって手を伸ばす。

 いたずら書きがされている。仮にもエリート学園なんだから学校の備品を汚すな。

 机のいたずら書きを消そうと消しゴムを取り出そうとした時に気がついた。いたずら書きの内容に。

 

『このラクガキを見てうしろをふり向』

 

 一瞬時間が止まった。背筋が凍る。

 いきなり身に降りかかってきたものが非現実的過ぎて辛い。

 途中までしか書かれていないけど、ふり向いたが最後だ。亜空間に放り込まれて死ぬ。

 どうする。どうする。どうする。

 一秒が十秒にも十分にも感じられる。十分は言い過ぎだけど。

 背後には人の気配がない。たぶん誰もいないはずだ。

 俺がたまたまぶつかった机に、たまたまこんなネタが仕込まれているなんて都合良すぎだ。

 だからこそ困る。

 心霊現象か。

 そんなわけない。

 そう思いたいんだけど、転生した俺がオカルト否定などできはしない。

 ふり向けばいい。行動一つで解決する。

「おらぁ!!」

 気合入れてふり向く。

 そして誰もいなかった。

「や……やったか?」

「やってないぞ、守落くん」

 背後を急いでふり向くと女子がいた。さっきまでいなかったぞ。マジックか。

 女子は美少女だった。

「誰さん?」

「生徒会の人」

「せ、生徒会!?」

 知らねーぞ。生徒会は更識楯無、布仏姉妹の三人しかいないんじゃないか。

 というか。

「何時からここに?」

「疲れた。マジで疲れた。勉強だけで死ぬ。高校生活ってこんなにハードだったか。そんで一夏たちは今からISの練習だろ。もたねーよ体が。あと四日くらい経たないと放課後の活動は無理だな。せっかくだから箒や鈴、セシリアとかを生で見てみたい。ぜってー可愛いもんな。なんとかしてお近づきになりたい。いいや、でもまずは自分のことだよな。俺だったらイベントを解決する力なんてないしな。強くなってオリ主最強みたく猛威を振るってみたい……ってところから」

「最初からじゃあねぇか!?」

「電波だなぁ。たしかにアニメみたいな展開だけど、のめり込みすぎ」

 美少女の憐れむ視線。けっこう致命的なダメージを受けました。

 勘違いしているのか美少女は俺がけっこう不味い発言していたのに、アニメの見過ぎとばっさりだ。おかげで転生者バレしていない。

 美少女が教室に入ってきたことこそ察知できなかったが助かった。

 扉を開ける音も足音も聞こえなかった。気配も声かけられるまでなかった。流石、生徒会。

 あれ、いたずら書きはどうやったんだ。

「ええと、俺になんの用……ですか先輩」

 美少女のリボンの色を見た。二年生だ。

「二人目の男子の存在が気になってな」

「見た感想をどうぞ」

「まあまあ」

「手厳しい限りで」

「現実はそんなもんだよ」

「そんなものですかね」

「おうさ。じゃあ邪魔したな。色物少年」

 美少女先輩は片手をあげて教室から出て行ってしまった。

 追いかけて教室から飛び出すと、目に見える範囲に美少女先輩の姿はなかった。

 ほんの僅かな差で飛び出したのにいない。走るような音も聞こえなかった。

「ゆーれいじゃないよな」

 恐怖体験のおかげで今日は勉強が捗った。

 現実逃避とも言う。



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更識簪にてちょっと!

 内気はそこにいる。

 オレの目の前にいる。

 カチカチカチとキーボードが鳴る。

 規則性のないタイピング音は出来の悪い音楽の様に鳴り響き、聞く者を不快に導く。

 タイピング音以外に聞こえるのは、苛立ちを含んだため息と頭を搔く音だけ。

 踊る指は途中で止まる。

 そして思い出したかのように再び奏でる音楽。

 繰り返していく。

 遅々として進まない作業は生みの苦しみという言葉を思い浮かばせる。

 作業の進みは停滞という言葉で表せる。

 以前見たときからの進歩はない。

 意地によって成り立つ行動だが、意地が邪魔して行き詰っている。

 誰かに助けを求めることもできる。

 しかし、一人で完成させることで認められようとする気持ちが救いの言葉を妨げていた。

 人の意見一つで駄目になることじゃない。

 アドバイスが物事の進みをスムーズにすることもあるはずだ。

 絶対強者な姉という壁を前にして視野狭窄に陥った妹には何も見えていないのかもしれない。

 袋小路に陥った姿に、なんと声をかければいいのか。

 顎に手を当てて考えてみても思い浮かばない。

 オレは一人っ子だから分からない。

 敵わない完璧超人のことなら知っている。

 更識簪からしてみれば実の姉だ。

 アレと張り合おうなどと甘い考えをもって接すれば潰れる。

 オレは戦わない。ただ、雲の上の存在だと区切りをつけて接するのみ。

 ビビりじゃねぇし。

 簪は缶コーヒーで水分補給。

 今回はお汁粉に取り換える悪戯はしない。自販機から撤退してしまったのだ。

「……ぶぅふぉ!?」

 だから今回はコーラにしてみた。

 人間は思い込む生き物だから想像と違う味がすると驚いてしまう。飲み物であれば噴き出してしまうのだ。もったいない限りだ。

「ま、また」

 怒りより先に呆れ。簪はゆっくりと周りを見渡して犯人を捜す。

 オレの隠密スキルは並大抵のことではない。

 初期状態から意識されにくい体質だった。成長していくに気づかれなくなってしまう始末。

 簪を相手にしても見つけてもらえない。

 この前も二人目の男子生徒こと守落杏地に気づかれなかったし。

 ええ、存在感がないんです。

「あれ、居ないのかな?」

 いつまで経っても現れないオレ。出るタイミングを失ったとも言う。

「居るぜ」

 面倒なので入口に移動してから姿を現す。正確には存在感を出す。

「あ、居た」

 居ると分かるなり作業を再開する簪。一分一秒も惜しい。

 コーラとコーヒーを元に戻して、オレは作業を見学する。

 一心不乱にディスプレイを睨みつける簪には余裕がない。

 打鉄弐式。

 簪が一人で組み立てようとしているIS。

 元々はプロの技術者達の手で開発されていたISだったのだが、織斑一夏が見出され、彼専用のIS開発によって打鉄弐式は手付かず。

 それを簪が頑張って作っているわけだ。

 一度、一夏に対する恨み節をつぶやいていた気がする。それも虚ろな瞳で。

 追い詰められている。

 姉という存在に心追い詰められている。自ら追い詰められたというべきか。

 オレでは救えない。

 強引で人の話を聞かないような奴が引っ張ればなんとかなる。

 楯無の奴は知っていても干渉しない。

 現に、このことを報告しても微笑みを浮かべるだけだ。

 怖いな。

「用がないなら帰って。気が散る」

 取り付く島もない。簪にとっては誰かが同じ空間にいることを許容できない。人がいれば情報が入ってくる。なんてことない話から開発のヒントになるアドバイスまで。

 少しでも耳に入れば一人で作り上げたことにはならないと思っているのだろう。

 特に楯無の息がかかっている生徒会役員だ。中継器として簪にアドバイスを送りつけてくることを警戒している。

 その気はない。

 楯無もヒントとなるようなことを口走っていない。

 完全に放置している。

「帰らないもん」

「っち、ウゼーな」

「余裕ねえな。言葉が凄いぞ」

「気にしてない」

「言う側はそうだろうけど、普段の口調を知っている側からしてみればさ」

「こんなところにいないで姉さんのところに戻れば」

「戻ってもやることないし。別にべったりでもあるまいて」

 べったり。背後から簪にのしかかる。

「重いんだけど。退いて」

「退かぬ。退かしてみせよ」

 ウザいことしてる自覚はある。

 普段大人しい人ほど爆発すると恐い。オレの視界がぐるりと回転して背中から床に叩きつけられる。

 何をされたのかは分かる。投げ飛ばされただけ。それも鮮やかに。

 退かしてみせよ、と言葉の通りにがっちりと組みついていた。それを外され投げ飛ばされた。

 つまり簪は簪で優秀だ。

 今の作業だって決して一筋縄にはいかない。

 入学して間もなくの作業。それも元々ISの整備関係の知識を持っていたわけでもないというのに、組み立てを行っている。

 並みのことじゃない。

 簪は優れている。

 決して出来の悪い妹じゃないんだ。

 姉の出来が良すぎるだけ。常識外なまでに。

「痛いー」

 背中を摩る。全然痛みが抜けない。

「自業自得」

 仰る通りだ。



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オリ主にてちょっと

 色物少年はそこにいる。

 目の前にいる。

 生徒会室には来客が少ない。直接顔を見せて何かを言いに来るほど度胸のある人はいない。生徒会向け意見箱が設置されていることが原因だろうか。

 生徒会長更識楯無に人望がないから、と推測してみたい。

 楯無は完璧超人でもありながらカリスマまで持ち合わせている。

 IS学園生徒会長は学園最強でなければならない。

 生徒会長になるためには実力が求められているのだが、楯無は同時に全校生徒の支持によって生徒会長候補に挙がった。

 所詮は推測か。

 実際は生徒会長の手間を取らせるわけにはいかない、という配慮と学生生活が忙しく暇がないという現実的な理由だ。

 生徒会室を訪れる人間は本当に少ない。

 織斑千冬が訪れたきりだ。

 珍しい。

 来訪者は訪ねてみたはいいけど、どうすればいいのか分からない。顔に書いてある。きっと考えてからきたのだろうが、実際にその場面になるとどうしようもなくなる。よくある話だ。

 生徒会長更識楯無はにこにこと微笑むだけでノーアクション。

 生徒会役員その一にして更識家に仕える布仏虚は神経質そうに眼鏡をクイっとあげるだけで静観決め込む。

 生徒会役員その二にして更識家に仕える布仏本音は飴玉に夢中でアウトオブ眼中。

 生徒会役員その三にして更識家に仕えるオレは普段通りにスマホで暇つぶしにて相手のアクション待ち。

 生徒会の雰囲気。

 おもてなしの精神はない。

 生徒会は観光スポットに非ず。

 世界で二人しか発見されていないIS適正のある男子。

 守落杏地。

 どこかにいるような少年。

 成績は悪くない。

 でも特別優れていることもなかった。

 身体能力もマシ程度。

 スポーツマンには劣るが、スポーツに打ち込んでいない割には動ける方。

 家族構成は両親と姉と弟。どれも普通のだ。

 幸か不幸かISを動かせた為に立たされた現状に、それでもと勉強に励む努力をしている。

 そして一番重要なのは……イタイ奴だということだ。

 イベント。

 オリ主最強。

 こんなこと言う奴がイタイ奴じゃないわけない。

「何かしら、守落杏地君」

 先攻は楯無。当然の疑問を一発。

「ああと、ここって生徒会であってますか?」

「あっていますが、どうされました」

 虚が答える。要件を言え、と。

「……あ、あー。この前、生徒会の人に声かけられたんで気になってきました」

 オレのことだ。

「誰にかしら?」

 分かっているくせに聞く楯無。この前報告したばかりじゃない。

「名前は……でも、今日はいないみたいです」

 きょろきょろと広くもない生徒会室を見渡した結論。

 実際には居る。

 生徒会室に居るのだ。

 隠れているわけではない。

 ただ気が付かれないだけだ。

 隠密の鏡だ。

 しかも意識して気配を消しているわけじゃない。

 逆だ。意識しないと認識してもらえない。

「居るわよ」

 楯無くらいだ。無意識のオレを認識できるのは。虚も本音も、あの織斑千冬ですら意識できないというのに。

 我が世界に入門するか。

「ばばーん!!」

 背後に回って登場。

 守落は奇襲に対してビックリして飛び跳ねた。

「な、いいいいいいつからぁ!?」

「今だよ」

「マジか」

「マジにマジでマジマジ」

「あまり褒められることではありませんよ」

 虚の苦言。いつも通りだ。

「びっくりだ~」

 本音は喜色満面。

 これで守落包囲網は完成した。

 背後からの奇襲に驚いて部屋の中に踏み込んだ相手。

 前には楯無。

 左右は布仏姉妹。

 背後はオレ。

「ごめんなさいね。悪戯が過ぎるもので」

「い、いいえ」

「それで要件は終わったかしら?」

「え? ああー、終わったと言えば」

 歯切れが悪い。

「ふふ。そうなの。それなら今日はサヨナラかしら」

「はい。そうします」

「いつでもどうぞ。何かあれば相談に乗るから。アポはそこの布仏本音にお願いね」

「ばちこーいー」

 のんびりとした動作で本音が胸を叩いたのだった。

 

 

「助けてください」

 数日後の守落が頭を下げる。

 誠心誠意の救援要請を前にして楯無が頭を傾げる。

「ISについておしえてください」

 一度顔を上げてまた下げる。

 ISについて。

 理論ではなく実践的なことを教えてほしいのだろう。

 学年別タッグトーナメントが原因。

 一学年のISを使用した授業はまだまだ始まったばかりでその試合内容を期待する者はいないのが、こと珍しい男子のIS戦は各国が興味を持たざるを得ない。無様な試合だけは見せられないと、危機感募らせれば必死にもなる。

 実情は違うかもしれないが。

 ただ、同じ男子ということで放課後一緒に練習しようぜ、と誘ってくれた織斑一夏の友達連中の恋愛のゴタゴタによってまとも練習できていないことが原因だろうか。

 楯無の指示を受けて観察をしていたのだが、イタイ発言とは裏腹に真面目に勉学に打ち込む少年だった。

 ただ女尊男卑の波に晒されて苛立っている。

 一年一組はセシリア・オルコットの一件や担任が織斑千冬であること、生徒達が比較的友好的な部類でもあってマシだが、その他のクラスはそうでもなかったりだ。

「確かに守落君は誰かの師事を受けるべき人間ね。弱いもの」

 楯無は辛辣。事実は凶器となりて人を傷つける。

「お、おっしゃる通りで」

 そもそも楯無から見れば人類皆弱いものじゃね。

 楯無は考えるそぶりを見せるのだが内心では結論を出している。ポーズだ。

 思考するのは数秒。

 守落の顔をしっかりを見据えて口を開く。

「時間の都合上あまり教えられることはないけど、それで構わないというのであれば」

 楯無の快諾を受けて、オレ達はそれとなく視線を向けた。

 虚は虚で、本音は本音で、オレはオレで受け持っている仕事がある中でのことだ。

「いいんですか」

「ええ。門を叩く者がいれば応じるのが生徒会なの。だからお姉さんに任せなさい」

 任せなさい。

 それが答えだ。



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オリ主なんだけどちょっと!

 転生者はここにいる。

 IS学園の中にいる。

 女子によってボコボコにされている。

 それは我々の業界でもご褒美にはなりません。なるわけがない。俺はその手の生き物じゃないんだから。

 鍛えるって難しい。

 スポーツを追求してきたことは一度としてなかった。だからこそ前世含めてもこの過酷な練習は初めてだ。

 立ち上がって向かっていくのだが、軽くあしらわれて畳にゴロン。単純に痛い。

 呼吸も乱れて身体に酸素行き渡っていないダルさに気持ち悪くなる。

 それでもと立ち上がる。意地だ。なけなしの意地でしかないが、頼んだのはこっちなんだから、せめて駄目になるまで鍛えてもらうしかない。

 足はがくがくで、手は握ることもできないほどに力が入らない。

 授業でもここまできつくなかった。今が一番だ。

 来る学年別トーナメントに向けての訓練。

 状況を知っている人間からしてみればトーナメントで爪痕残す為に頑張っているとしか映らないのだろう。

 だけど、転生者の俺には別に側面がある。

 二次創作の中ではイベントの度にオリ主も巻き込まれてなんやかんやで解決したりするものが多い。

 俺の場合もあり得ることだ。だから鍛えている。

 現実だから。だから鍛えている。

 本当に創作の世界ならばご都合主義なんて素敵な言葉もあるんだろうけど、この世に生まれてはや15年。現実であることを受け入れるだけの時間があったんだ。今さら二次だから、オリ主だから絶対になんとかなるなんて馬鹿なこと考えてらんない。

 本当はヒロイン達とちょっとでも仲良くなりたいとは思うんだけど。

 もう構わない。

 ボコボコにされて痛みに呻いてそれでも立ち上がって。

 ラブコメを逃してる。

 上等だ。

 残った力を振り絞って飛び蹴りをかます。

 しかし、その勢い任せの攻撃も簡単に受け止められる。

「お~、ちょっとまだまだかな~」

 のんびりとした口調の布仏本音ことのほほんさんは俺の渾身の蹴りを掴む。

「どっこいしょ~」

 身体が重力に逆らう様に持ち上がったかと思うと、急速落下してまた叩きつけられる。

 背中から畳に叩きつけられて一瞬呼吸が止まった。

 知ってるか、この世界ののほほんさんは怪力の持ち主なんだぜ。原作織斑千冬みたいにIS用の武器を軽々持ち上げるんだぜ。そのくせ整備とか細かい作業とかもお手の物なんだぜ。

「し、死ぬぅ」

「って言っているうちは大丈夫ですよ」

 布仏虚こと虚さんが鞭打ってくる。それもクールに言ってくるものだから血が通ってないんじゃないか。

 ちなみにさっきまでは虚さんと戦っていた。圧倒的な実力差の前になす術なかったんだけど。

 というか虚さん、顔や心臓とかえげつない場所ばかり狙ってくるんだよ。俺がなんかしたんですか。

「休憩にしましょう。十分くらい」

 虚さんは腕時計で時間を確認して正座する。

 のほほんさんはぐてーっとだらしなく寝転がった。和む。あの見た目と言動をぶち壊す男一人を軽々振り回した事実があっても和む。

 そして、生徒会長の楯無さんともう一人の生徒会役員の美少女先輩(名前を聞いていないし、聞く機会を逃してしまったので便宜上)はこの場にいない。

 曰く、大事な用事があるとのことだ。

 聞いてみたいものだ、俺の訓練に勝る大事な懸案とやらを。いっぱいあるな。

「な、なんでこんなに強いんですか」

 原作知っているからなんとなく予想はつく。

 つくけど、ここまで強い描写はなかったはずだ……描写?

「趣味です」

 ケロッと言いやがった。

「学園の性質を考えれば不思議でないと思いますが」

「暗に馬鹿って言ってます?」

「察しが悪いとは言っていますよ」

「何この人」

「お姉ちゃんなのだ~」

「本音さんからしてみればね。俺からしてみれば辛辣一筋なんですけど」

「視点の違いかと」

「うん、視点の違いだよ~」

 それで片付けるな。

 思っても言わない。返されるのがオチだ。

 休憩時間が終われば、今度はISの訓練が待っている。

 事前にアリーナの予約をしているためにサクサク物事が進む。と言っても使用時間は一時間ほど。これでも多く取れた方だと。

 ISに関しては指示を受けてそれを実行するだけの練習。

 コーチの二人は中々に厳しく、褒められることは一切ない。のほほんさんにしても褒めてくれない。幸せそうな顔をして飴玉と戯れながらの指示と修正それだけ。

 ただ、こんなことを可能な限り続ければ上手くもなる。初めてISに乗った時に比べれば動けるようになったし、射撃が当たるようになった。

「どっちつかず。どっちに才能があるわけではないけど才能がないわけでもない。伸ばし悩むわ」

「褒められていないのは理解しました。理解しても納得できねーです」

「納得など求めていませんよ」

「厳しい!!」

 量産型IS打鉄が泣いてるぜ。泣いているのは分かっているけど、俺は専用機が欲しいです、見たこともない博士。

「生徒会権限で専用機の発注をお願いします」

「量産専用機で構わないのではなくて」

 量産専用機。

 ISは世界に467機しか存在しない。

 しかし、世間には量産型ISなどという不思議な括りが存在する。

 467機のISは実験用だったり専用機として代表や代表候補生に回されたりする。

 IS=専用機なんて図式が成り立つ。

 量産専用機は、質を大幅に落とすことによって量産に成功したISを専用機にカスタマイズした機体だ。

 今のところ有名な量産型ISは打鉄とラファール・リヴァイブ。

 だけど、量産とは名ばかり。

 開発にかかるコストが高すぎる為にバカスカと作れない欠点がある。

 量産専用機はその量産型ISを個人用にカスタマイズしたものだ。

「やっぱり乗るなら量産のつかない専用機じゃなきゃ」

 それに量産型のカスタム機で強いのは腕のある人間だけだ。俺には無理。専用機でもそんなに変わらない気がするけど、ああいうのは性能が腕の低さをカバーしてくれるでしょ。

「生徒会権限でも無理なものは無理ですよ。他力本願などは上手くいきません。実力示して、専用機を与えるに足ることを証明した方が早いですよ。それよりも再開しましょう」

 訓練は続く。



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更識楯無にてちょっと!?

 最強はすぐそこにいる。

 オレの目の前にいる。

 学年別タッグトーナメントはすぐそこまで迫っている中であっても、緩やかな時間軸で生きている人間がいる。

 絶対的な自信家か、極度の楽天家のどちらか。どちらでもないことは幼少の頃から知っている為に身体が震えそうになる。

 更識楯無はそういう人間だ。

 強者ではない。

 そんな常識とかいう陳腐な言葉の檻には収まらない。

 いいや、収めきれまいさ。

 絶対強者。

 強者であることが崩れない。

 だからこその最強だ。

 楯無はただ時が来るのを待っているだけ。期待も不安もないことだろう。タッグトーナメントなど関係ない。

「報告があがってんぞ」

 アリーナの一つで生徒間による不適切な私闘が行われたと。

 報告書には、セシリア・オルコットと凰鈴音が転入してきたばかりのラウラ・ボーデヴィッヒと戦闘。ISダメージレベルC、操縦者も怪我を負って医務室に運ばれる事態となった。

 被害者はオルコットと凰の二名。ISは暫く使用不可能となった。タッグトーナメントに出場することはできない。

 加害者はラウラ・ボーデヴィッヒ。ISのダメージは軽微にてタッグトーナメントに何ら支障なく。生粋の軍人らしい戦績に流石の一言を呟いておこうか。

 この度の私闘は、騒ぎを聞きつけて乱入した織斑一夏とシャルロット・デュノアによって被害拡大を防ぐことができたと、目撃した学生が証言している。

 最終的には織斑千冬によって学年別トーナメントまでの間に私闘禁止で片が付いた。

 布仏姉妹が守落杏地をイジメている裏側ではそのようなことが起きていたのだ。

 オレはオレでイジメには参加せずにそこらをぷらーっとしてた。暇過ぎる。

 トーナメントと楯無と組むことになっているから練習の必要なし。

 相方が強すぎる。

「イベント前の騒動はいただけないわね」

「イベント中ならよしってか」

「どうせ起こるでしょう。織斑一夏と守落杏地の二名がいるんだもの」

「で、生徒会はどうする」

「前回同様よ。降りかかった火の粉だけ払うわ」

「前回は火の粉が降りかからなかったからな。あったのは報告書の情報秘匿くらい」

「生徒会はあくまで学生生活の統括。お上の依頼はともかくとして、イベントに対して何を対策しろというのかしら」

 なにも。

 ただ、風に揺られる木々の様にしてればいいんじゃないか。

 木彫りの熊を愛でる。

 今日も雄々しい熊だ。

「そういえば、この前の……アイツ等が再戦望んでんぞ」

「前のアイツ等って誰さん?」

 楯無がきょとんと首を傾げる。

「あのほら、居たろ奇襲してきた二人組」

「居たわね。有象無象過ぎて忘れてたわ」

 楯無はこともなく言ってのける。

 恐い。

 恐いな。

 木彫りの熊を愛でる手も震えてる。

「忘れてやんなよ」

「それは申し訳ないわ。気をつけましょうか」

「そうしてやってくれ。で、どうすんのさ」

「再戦ね。構わないけどタダじゃ勿体ないかしら」

「何を強請るんだよ」

 あの二人も大変だ。

「じゃあ再戦お受けしますクソ共、ってメール打っとくぜ」

「お願いね。あともう一つお願いがあるのだけど」

 面倒なお願いを。

 

 

 

 最強は傾く。

 傾いてしゃがんで飛んで。

 不規則な攻撃を前にして、一連の流れを理解しているかのように避ける。

 涼しい表情が全てを物語っている。

 ただ避けるだけの動きを90秒の間行う。それの直系二メートルの円の中でだ。

「はい、終了」

 ストップウォッチがカチッと。試合終了を告げる。

 これでようやく終了した。

 再戦の了承を返し五分と経たずに試合。

 急遽行われる試合ということだから、会場の確保なんてできるわけなく。

 仕方がないので、長机を畳んで隅やって簡易的な会場を生徒会室に設置。

 場所が場所だ。

 縦横無尽に戦われると不味い。

 木彫りの熊が壊れる。

 だから試合にルールを設けなきゃいけない。

 二メートルの円の中で楯無が攻撃を回避もしくは防ぎきれるかどうか。

 結果は二戦二勝。

 一回戦目はボクシング女子ことレキシー・イケェラシー。今回は素手で参加。

 二回戦目は剣道女子こと刀垣(かたながき)剣豪(けんごう)。今回は防具無しの竹刀で参加。

 楯無が当然に勝ったので、ある約束して終了だ。すでにお帰り。

 ハラハラしない試合だった。

 八百長とかズルとかではない。

 でも勝つことが分かる試合だ。

 知らない人なら凄いとガキみたいに憧れるんだろうさ。

 オレからしてみれば、ですよね~、だ。

「さぁ、片付けましょうか」

 試合なんてなかったみたいだ。

 長机を配置すればいつもの生徒会室。

 楯無は定位置に座って残りの書類に目を通し始める。

「虚ちゃんや本音の方は捗っているかしら」

 書類が一枚二枚と移動してる。

 仕事も化け物か。

「知らね。よろしくやってるんじゃないか」

「それじゃあ私たちもよろしくやろうかしら、虚ちゃんから巫女服を預かっていることだしね」

「バイトの時期はまだ先だぜ。カレンダー見ろよ」

「常識を打ち破ってこそよ」

「よせやめーい。やめろ!!」

 腕を振り払いたくても払えない。

 再び振り払おうとしても払えず。諦めずに何度も振り払おうとする。仕舞いには蹴りを放つがそれも防がれ、お姫様抱っこされる。

「さぁ、可愛がってあげる」

 もう逃げられない。

 



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オリ主にてちょっと!

 色物少年はそこにいる。

 目の前にいる。

 生徒会室には雑巾が転がっている。

 この部屋の清掃は虚によって行われている。奴は小さなことにも目が行くので生徒会室は清潔の一言で表せる。

 お嬢様には綺麗な部屋でのびのびとしてほしい。

 虚が清掃に力を入れているのはそれだけの理由だ。

 オレには分からない話だ。

 別に俺が汚いことを気にしないということじゃない。汚い部屋では寝覚めが悪いし。

 ただ、他人の為に潔癖なほどに掃除するのが分かんないだけだ。

 綺麗すぎる部屋は汚すのに抵抗がある。

 抵抗なく部屋を汚すのは本音が最初だ。

 アイツが部屋をいの一番に汚してくれるからオレも抵抗なく部屋を汚すことができるというもの。

 とは言えど、進んで部屋を汚すなんてことはしない。

 お菓子のカスとか落ちても気にしなくなるだけ。そこまで気を使わなくていいいのは心に余裕ができる。

 潔癖なほどの掃除をする虚なんだけど、意外にも手を出さないものもある。

 一つは木彫りの熊。

 オレの管轄だから手を出さないでいてくれる。おかげで木彫りの熊はオレの心を癒してくれる。

 一つは床にへたり込んでいるボロ雑巾。男子を相手に掃除というのは如何わしい意味にしかならない。虚の趣味を疑うぜ。

 ボロ雑巾は布仏姉妹の訓練という名のストレス解消の餌食にされて精魂尽き果てている。

 無残だ。

 五体満足なのが唯一の救いじゃないだろうか。

 守落杏地は強くなっている。

 虚の評価だ。

 強くなっているんだけど一年の代表候補生はおろか織斑一夏にも及ばない。

 織斑一夏もなんだかんだしっかり訓練しているのだから、遅れてやってきた守落が追いつくのは至難。

 守落の方に才能があれば話は変わるんだけど、残念なことに織斑一夏の方が才能溢れている。

 同じ男子でも差が生じる。

 十人十色なんだから仕方がない。

 たまたま一夏に才能があった。

 たまたま守落には一夏ほどの才能がなかった。

 それでも守落は強くなりつつある。

 でもまだ弱いんだよな。

「誰か手を貸してくれてもいいじゃないですか」

 守落がダラダラと立ち上がって席に着く。その間に手を貸す者はいない。

 生徒会室は決して広くない。四人が顔を突き合わせられる程度の折り畳み式長机がかなり存在感を主張しているのだから。

 そこに一人追加しても長机は満員なので、部屋の隅にパイプ椅子を設置して無理やり増設。

 守落は部外者でしかない。

「え、まさかの無視」

 無視だ。

 楯無は紅茶を楽しんでいるだけ。

 虚は紅茶の淹れるだけ。

 本音はお菓子を食べるだけ。

 オレはスマホをいじるだけ。

 生徒会はいつも通りだ。

 部外者の声も聴きやしない。

 生徒会は守落の訴えに耳を貸さないくらいには忙しいのだから。

「学年別タッグトーナメントは来賓が多くて困るわね」

「仕方がありません。三年にはスカウト、二年には一年の成果の確認。人材発掘のベストタイミングですから」

「一年の私たちには関係ないんだけどね~」

「代表候補生になる気のない奴にも関係ないけどな」

「なんというか。やる気の欠片も感じらないんですけど」

「やる気ねえって。企業に売り込む魂胆がないからさ」

「そうですね。私は更識に仕える人間ですから。それに技術職の方が性にあっていますので、選手としての未来はありえない」

「私もお姉ちゃんとおんなじかな~」

 熱意のない。

 オレは楯無と組んでいるから勝利は揺るぎない。

 虚はそもそも試合には乗り気でない。

 本音も同じだ。

 このメンツで熱意があるのは守落くらいだ。

 守落のパートナーは本音だけど、それでも熱意あるんだからすごい。

「試合のことよりも、何か面倒なことがありそうで嫌な気持ちになるわね」

 楯無は書類を一枚見える位置に置く。

「ラウラ・ボーデヴィッヒと織斑一夏。因縁があるからこそこ何か起こりそう」

 書類には名前が書かれている。

 今回起こるであろう面倒事に関わる人間と、不測の事態に対処できそうな人間のリスト。

 しかし、書類は名前しか書かれていない為に一見すると何のリストかは分からない。

 現に守落は首を傾げている。

「なんすかこれ」

「生徒会外部お手伝いリストです」

「……明らかに手伝えなさそうなのがいるんですけど。ボーデヴィッヒあたり」

「織斑先生経由なら手伝ってくれることでしょう」

 虚はケロッと嘘ついている。

「オマエは自分のことでも考えてろ。生徒会の手を借りて訓練したんだから、優勝とまではいかなくてもそこそこ勝ち進めよ」

「う、頑張ります」

 引き攣ってる。

「カラでもいいから自信持てよ」

「ういっす」

「まあまあ。守落くんも初めて観衆前での試合だから。緊張しない方が無理よ。でも、頑張れ男の子」

 楯無が勇気づける。

 それに気をよくしたのか、守落は男らしい決意した顔で頷いたのだった。



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みんな忙しいんだけどちょっと

突然はじまります。


 学年別タッグトーナメント。

 全校生徒が一丸になって挑むイベントである。

 学年ごとにトーナメント形式で試合を行って優劣を競う。

 その場において織斑一夏は困惑していた。

 どういうことだ、と。

 すぐには事態を飲み込むことができなかった。

 ラウラ・ボーデヴィッヒにいきなり叩かれたことよりも。

 シャルル・デュノアが実は女の子でシャルロット・デュノアだったことよりも。

 トーナメントの一回戦から因縁あるラウラと試合になったことよりも。

 それら全てのことよりも飲み込みがたい事態が目の前で起こったのだ。

 試合は劣勢だった。

 ラウラを前にして経験で劣る一夏が優勢に立つことは至難の業だった。

 パートナーのシャルロットは離れたところで箒を相手に苦戦していて助けに入れない状態だった。

 だからといって諦める気はなかった。

 千冬姉の力だけしか見ていない薄っぺら女にイラついた。

 その力を不必要な暴力に使いセシリアと鈴を傷つけたこと。

 誰か守りたいと強く想う一夏が食い下がる理由だ。

 だから全身全霊で立ち向かう。

 しかし、一夏の想いを上回る何かが起こったのだ。

 目の前には腕を組んでふんぞり返るラウラがいた。

 戦う人間の態度とは思えない。

 先ほどまでの攻防がなかったかのように無防備な姿勢だった。試合が始まる前に戻ったのかと一夏が錯覚するほどだ。

「そこまでだ」

 その一言で試合が止まった。

 ラウラが腕を組んで放った言葉だ。決してAICによって引き起こされたものではない。

 一夏としては何故、と思うしかなかった。

「見ろ、織斑一夏」

 顎で指し示す先には地べたにうつ伏せで倒れる箒がいた。ISのシールド・エネルギーが切れたのか身動き一つない。

 自分のパートナーの敗北にどうしてラウラが余裕を見せるのか。

 その理由はすぐに分かった。

「えい、と」

 シャルロットが可愛らしい声と共に箒の背中を右足で踏みつける。

「うぐぅ!?」

 小さく呻く箒。もはやISが装着者を守る力はない。あの状態でシャルロットの踏みつけは下手をすれば命に係わる。

「シャル。何してんだよ!!」

 無抵抗の人間に何をするか。もう、箒を攻撃する理由なんてないはずだ。

 しかし、シャルロットは首を傾げるだけで足を退けることはなかった。

「何を言っているの一夏。人質だよ。人質作戦ってやつだよ。効果覿面かな」

 それが何、とでも言いたげだった。

 理解できなかった。

 一夏の頭はいっぱいいっぱいだった。

 どうしてシャルロットが無抵抗の箒を虐げようとしているのか。人質とは何なのか、誰に対するものなのか。

「理解できていないようだな。所詮はその程度か」

 ラウラが見下してくる。虫けらを見るような目だ。

 異常事態を前にして試合中止のアナウンスが鳴ることもなく沈黙を保っている。

 観客は事態を飲み込めずにいる。

 一体なんのマネだ。

 誰かが抱いた疑問。

 答えるのは突然の警報とうんともすんともしないドア。

 ハッキングによって多くの人間が各アリーナに閉じ込められる。

「助けは暫くこれないかな? こっちにも腕利きがいることだし」

「来たところで大したことはない。所詮は実戦知らずの教員だ。たかが知れる」

「専用機持ちも少ないしね。セシリアと鈴のISは、この前ラウラが修復に時間かかるほど痛めつけてくれたから」

「木端が加わったところで障害にはなり得ない」

 シャルロットとラウラは気ごころが知れているかのように話す。

 その裏側にどのような思想があるかは一夏には察せないのだが、唯一分かることもある。

 グルだ。

 雪片二型を構え直す。とにかく目の前の二人が敵であることは分かった。

「構えてるところ悪いけど、ボクの足元見て少し考えてよ。おっかない顔している。足が震えちゃいそう」

 主導権を握っているのはどちらであるかは明白だ。

 一夏は罵倒したくなるのを抑えて構えを解く。解くしかなかった。

「何が目的だよ。どうしてこんなことしてんだよ」

 冷静に勤める。

 深呼吸してゆっくりと問いかける。そうでもしなければ一夏は爆発する。

「キサマのISが目的だ」

「だったら箒は関係ないだろ。放せよ」

「武力で制圧しても構わんのだがな」

「ただ奪い取るのも味気ないんだってさ。趣向を凝らす。上も悪趣味だよね」

 まったく不本意なラウラと、やれやれと呆れるシャルロット。

 足元で動けないでいる箒は歯を食いしばって大人しくしている。

 動くこともかなわず。たとえ動けたとしても何になるのか。

「ふざけるな」

 それでも口だけは大人しくできなかった。命を握られても箒は黙れなかった。

「いたって真剣。ふざけて出来ることじゃないよ」

「逃げられるとでも思っているのか!!」

「ボクたちの話聞いてたの箒。助けは暫くこれない。つまりね、ボクたちだけじゃないんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナ管制室でもラウラとシャルロットの凶行を確認することはできた。

 非常事態においては管制室から指示を出すのだ。見えないわけがない。

 しかし、救援部隊の一つも送れていない。指示すら出せていない。

 織斑千冬は苛立ちに舌打ちをする。

 ドアがロックされて出られない。

 ハッキングを受けたのか何をしようにも反応がない。

 アリーナの状況を映し出すモニターだけが動き続ける。無力な千冬を嘲笑うかのように。

 それでも千冬は動けずにいた。

 元教え子であるラウラの行動にも、最も大切としている一夏が危機に晒されようとも、親友の妹の命の危機を前にしても。

 身体は健康そのものだ。IS専用ブレード葵を振るうことも簡単なほどに。

 しかし動けない。

 動くことを禁じられてしまった。

「ちょっと動くだけでバン。奥の手は封じられたわけですね」

 背後には山田真耶がいる。

 千冬の動きを封じている元凶である。

 管制室で放送を担当していた生徒に対して拳銃を向けるだけ。それだけで世界最強と名高い千冬を封じたいるのだ。

「山田先生。事と次第によっては手加減できないのだがな」

 振り返り副担任の姿を認め得る。よく似た別人であれば救いがあるというのに、その顔は千冬が知る顔から変化してくれない。

「そうですか。でもこちらも事と次第によっては引き金引いちゃいますよ。織斑先生」

 ニコリと微笑む真耶。

 どういうことだ。

 千冬は疑問を感じずにはいられなかった。

 山田真耶のことは彼女が代表候補生として訓練に努めている時から知っている。新米教師としてIS学園に赴任してきたときも、それ以前からもおかしな経歴はなかった。

 改ざんされた形跡も教師生活中にも不審な動きはなかった。

 少々頼りないところを除けば潔白な人物で、決して生徒に拳銃を向けて笑う狂人ではない。

「びっくりしました? 敵だったんですよ。最初から今まで」

「ああ、驚いた。頑張って教師していると思った」

「してましたよ。教師として頑張ってました。でも、それとこれとは別ですよね。織斑先生が織斑くんに対して姉弟と教師生徒の関係を使い分けていたように。私だって使い分けるんですよ。織斑先輩」

「目的は……一夏か」

 世界で初めて見つかった男性IS装着者。各国が欲しがるのは自然だ。

「白式の方です。織斑くんはおまけです。もう一人の守落くんも」

「コアが狙いか」

「今や世界最強の兵器ですから。多く持っていれば有利ですよね。それなら狙うは不確かなモノよりも確かなモノ。だから、必要な分をもらっていきますね」

「白式、ブルー・ティアーズ、甲龍、の三つに、二学年の二つ、三学年の一つ、そして開発途中の一つ」

「それと、ここに封印されている暮桜の一つ」

「三人では無理だな。専用機持ちたちがそこまで甘い奴らではないことくらいは知っているだろ、元代表候補生」

「知っていますよ。知っていますけど、私たちが三人だけなんていいましたか。専用機を持った甘くない代表候補生二人がこちら側なんですよ。もっと居ると考えてみましょう。私たち亡国企業はいっぱいいるんですよ」

 亡国企業はIS学園にて動き出す。



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みんな忙しいんだけどちょっと!

 学年別タッグトーナメント。

 全校生徒が一丸になって挑むイベントである。

 学年ごとにトーナメント形式で試合を行って優劣を競う。

 その場において守落杏地は言葉を発せずにいた。

 どうしてこうなっている。

 事態は既知の流れと違いを見せている。

 一夏とシャルに敗れたラウラがヴァルキリー・トレース・システム通称VTシステムを発動させてしまい、それを一夏が打ち破ってラウラを救出する。

 それが原作の流れだ。

 だけど、目の前で行われているのはシャルが箒を踏みつけて、ラウラがその隣で気さくに話しかけている。

 一夏はどうすることもできずにいるだけだ。

 モニターに映る映像がドッキリだったり。

 思いたくても思えない。

 たった一人しかいない控え室。

 他の生徒のリアクションも見れない。

 緊急放送も流れない。

 事実か嘘か分からない。

 こうしているしかないか。

 ベンチに座り込んで事態が鎮静化するのを待つ。

 どうせ俺にはどうしようもないんだから。

 せっかくのオリ主なのにいまだに専用機もなくスポットも当たりそうにない。行動したくてもモノがなけりゃどうにもならない。

 それに一夏は主人公なんだろうからさ。絶対に解決してくれる。

 そうだ。

 結局そうだ。

 俺なんていなくても回るさ。

 オリ主だからなんとかなるなんて上手い話はない。

 だけど、原作主人公なら上手い話もあるんじゃないか。

 モニターに映る一夏。

 苦しそうだ。

 助けて、と訴えてきた少女は実は敵だったことに。

 試合とは言え、敵対した幼馴染が人質に取られていることに。

 何もできない自分に。

 本当に苦しそうだ。

 うん。

 あー、そうだ。

 そうなんだよな。

 原作ってなんだよ。

 主人公ってなんだよ。

 何が現実を受け入れた、だよ。

 都合で言ってること変えてんじゃん。

 都合が悪い時は物語みたいに話して。

 都合がいい時は現実だって物分かりよく話して。

 馬鹿丸出しじゃん。

 なんで生徒会に鍛えてもらったんだか。

 現実なんだよ。

 全部全部クソッタレな現実だ。

 だから悔しくて怖くて痛くて目をそむけたくなる。

 専用機がもらえなかった。世界で二人目の男子なのに。一夏ほどに勇気がないことに。

 武器がなければ探せばいいのに。もしかしたら襲われるんじゃないかって思うってしまうことに。

 特訓したことに、実戦はもっと惨いのに。

 見なかったことにすれば、考えなかったことにすれば、行動できないと言い訳すれば。

 全部なかったことにできるかも。

 日本人は事なかれ主義だ。

 だれが非難できる。

 アリーナ内の誰もが動けていないのに。

 男子だから動けってか。

 無理だよ。

 だって一夏だって動けてないんだ。

 土台無理な話だ。

 ああ、そういえば本音から飴貰ったな。

 甘い。すごく甘い。

 まるで俺だよ。

 甘いだよ。なんでもさ。

「頑張れ、応援している」

 だから、頑張れ。

 頑張って少しでも事態が収まる様に動け。

 幸い、この部屋からは出られるのだから。

 

 

 

 

 

 学年別タッグトーナメントなんて気にしない。

 そんな暇はない。

 更識簪にとっては目の前に打ち捨てられている出来損ないのISを完成させることが急務だ。

 勝手に争っていればいい。

 簪はため息をつく。

 形は完成した。

 後は、スラスターや火器管制システムの調整。

 ISとしては動く。

 だけど動くだけで飛べやしない。

 武装だってろくについていない。

 それでも着実に進歩している。

 全て意地だ。

 意地によって歩んできているのだ。

 何をするにも簪の脳裏に過るのは完璧超人と称される姉の姿だ。何をやらせて完璧にやってのける。そつなくこなす、なんて無難な出来栄えではない。常に一流だ。

 簪が物心ついたときから姉は姉だった。

 更識楯無の名前を継ぐことが当然のようだった。

 刀奈という名前が仮初の名前だと言わんが如く。

 最初は姉を尊敬していた。

 しかし簪が一を聞いて十を知っている間に、姉は一を聞くまでもなく十を知っていく。

 次元が違うのだ。

 それでも凄いお姉ちゃん程度の認識でしかなかった。

 その認識は周囲の大人たちによって崩された。

 更識家次期党首を決めなければならなくなった。

 大人たちはことあるごとに私と姉を比べ合わせる。どちらが党首として優れているか。更識家を背負っていくことができるか。

 私は頑張った。党首になるために様々な勉強をした。その中には表に出せないような内容のものもある。

 頑張って頑張って、初めて姉に勝ちたいという欲が生まれた。

 きっと、姉に褒めてもらいたかったんだよ。

 いつまでもお姉ちゃんお姉ちゃんと袖を引っ張って助けを求めるんじゃなくて、姉の方から助けてほしいと手を差し出してくることを期待して。

 一緒に頑張っていこう。

 その言葉が欲しかったのかもしれない。

 支え支えられの関係が欲しかったのかもしれない。

 でも無理だった。

 姉は全てを終わらせられる。

 私が手助けしなくても。

 だから頑張って頑張ってできることを増やしても無駄だった。

 周りは諫めてくる。

 私は天才、姉は規格外だと。

 なにそれ。

 じゃあ、なに。

 頑張っても無駄なの。

 絶対に勝てないの。

 だって、ヒーローは最後は頑張って勝つもの。

 私だって勝てるよ。

 勝てるんだって。

 なんでもいいの。

 なんでもいいから勝ちたい。

 姉を超えたい。

 この打鉄弐型はその為のものだ。

 完成すれば変わる。

 姉を打ち負かすことができるのだ。

 簪は一つの想いだけを胸に勤しむ。

 しかし、それを阻むものがいる。

「あら。このようなところにいらっしゃいましたか」

 ビジネススーツの女。

 簪は目を向けるが、覚えのない女だった。

「はじめまして。ISの装備開発企業みつるぎからきました。巻紙礼子と申します。名刺は切らしていますのでまた今度」

 お辞儀をして上げた顔は獲物を見つけた獣の様に酷くゆがんでいた。

「またがあればの話だがな!」

 巻紙礼子の皮を脱ぎ捨てたオータムが吠える。

 

 

 

 

 

 学年別トーナメントは中断している。

 あってはならない乱入者によって再開することも困難な事態に持ち込まれてしまっている。

 学園はハッキングを受け、全てのアリーナは敵に主導権を許してしまった。

 織斑一夏は人質を取られ、篠ノ之箒は人質にされ、織斑千冬も人質を取られ、生徒たちは人質にされ。

 それを知らされようが、更識楯無は落ち着いて紅茶の香りを楽しんでいる。鼻孔を擽るほのかな香りは、布仏虚の主を喜ばせようと厳選した上質なものだ。

 夏の訪れを告げる暖かな風に包まれ、楯無は校舎屋上のテラスにて余暇を楽しむ。

 日の光を浴びたIS学園は活気に溢れていて、今にもあちこちから楽しい声が聞こえてもよさそうなものなのに、今はただ静まり返っている。

 テーブルの上にはタブレット端末が置いてあり、今起きている事態をリアルタイムで映し出している。

 由々しき事態だ。

 誰もがそう思う。

 しかし、顔色一つ変えない女がいる。

 更識楯無。

 彼女は日常の一部でしかないと気にも留めない。

 対面に座るスコール・ミューゼルは不敵な笑みを浮かべながらも注意深く観察する。

 なぜ、こうも冷静なのかと。

 更識楯無は学園最強と呼ばれるだけでなく、生徒間の悩みに対して真摯に対応するほどに人の好い人物と言われている。たまにお茶目な悪戯をすることもあるが、人望によって許されている。

 そんな人物が生徒が危険に晒されている事態に眉一つ動かさない。

 感情のコントロールが上手いようね。

 スコールは結論付けた。

 状況は亡国企業に有利だ。

 IS学園は盾もなく抵抗の一つできない。

 アリーナ内の自動ドアは制御され、教師が助けに入ることもできない。ISと使い手が分離されてしまえばそれまで。

 それに教師といえど強いかは別だ。シャルロットとラウラの二人を止めることもできないだろう。それにもう一つ手を打っている。

 IS学園内の専用機持ちは把握している。

 その内の二人はラウラが事前に潰した。修理中のISはこれから確保に向かう。

 学園地下に隠されている暮桜と無人機のISコアはエムが。

 開発中のISはオータムが。

 織斑一夏のISはシャルロットとラウラが。

 残りの専用機持ちは更識楯無と、ダリル・ケイシー、フォルテ・サファイアの三名。

 更識楯無は目の前で紅茶を啜っている。

 そしてダリルはスコールの隣に立ち、フォルテは楯無の背後に立っている。

 二人とも既にISを展開している。

「予想外のことはおこるもの。貴女は予想できたかしら」

 学園の専用機持ちの半数が亡国企業に通じていた。

「さて、学園最強さん。頑張ってみせてくださるかしら」

 スコールは静かに微笑んだ。



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みんな忙しいんだけどちょっと!?

 考えろ。

 織斑一夏は必死にならざるを得ない。

 目の前で余裕の表情を浮かべているシャルロットとラウラ。

 この二人を前にして箒を無事に救出するにはどうすればいいのか。

 下手に突っ込めば返り討ちにあうだけだ。かと言って手をこまねいて進展することもないのも事実だ。焦ってガムシャラやっても無駄だろうが。

 ラウラは軍人だ。胆力は一夏の比ではない。

 一夏がどのような行動をしたところで対処されてしまう。

 どうすればいい。

 頭は悪くないが今まで一般人だった。

 このような事態に対して打つ手などすぐに浮かぶはずもない。

「篠ノ之を助けたくばISを解除してこちらに向けて投げろ。全て丸く収まる」

 ラウラはこともなく言う。

 言葉を全面的に信用していいのならその通りだ。

「でもさ。大切なISを、それも貴重な男子の稼働データを持ったISをあげますなんて簡単に言うのは世間が許さないよね」

 シャルロットが意地悪く言葉を重ねる。

 ISの希少さを考えればシャルロットの言う通りだ。それもテロリスト相手に要求を呑むなど世界が納得しない。

 テロリストには屈しない。それが各国の主張であることは昔から明言されているルールだ。

「命は重いのだろう。キサマにとって価値ある存在だ。無視する気ではないだろう」

「このISをボクたちが手に入れたら、世界でもっと酷いことが起こるかも」

「命を取るか」

「ISを取るか」

「決断しろ、織斑一夏」

「決めようか、一夏」

「かつて教官は栄光を捨ててまでキサマを助けだした。教官の顔に泥を塗るつもりか」

「でも、ISを渡してその結果で起きた惨事が、一夏だけでなく織斑先生への非難に繋がっちゃったりするんじゃない。日本ってそういう国でしょ」

「コイツを助けることとISを天秤にかける必要はないと思うのだが」

「ボクはどちらを選択しようとも飲み込むよ。でも、周りはどう思うかな」

 織斑一夏を痛めつける言葉。

 どちらを選ぼうが、守りたいと思う千冬姉を傷つける結果になる。

 一夏としてはISを渡してでも箒を助け出したい。

 だが、シャルロットの言葉がその決断を妨害する。

 それだけではない。

 本当に箒を解放するかも分からない。

 二人は敵地で囲まれている状況だ。そう簡単に人質を手放すほど素直なはずがない。

 だからこそ一夏は歯を食いしばって選択しないことを選択するしかなかった。

「い、一夏」

 踏みつけられ動き封じられた箒が呻く。

「構わず討てぇ。私のことなど気にするでない」

 気にしないことはできない。

 一夏にとっては大切な幼馴染。捨てられるほど安っぽい関係じゃない。

 だからこそより一層動けなくなる。

「無理言うなよ! 見捨てられるか!」

 見捨ててなるものか。

 高まる気持ちも行動するほどの爆発にはならない。ならない様に抑え込む。

「テロリストの言うことを聞くのか!?」

「違う。お前を傷つけられたくないだけだ!!」

 状況が許せば恋が進展する。

 しかし、状況が違うので恋は生まれず重い沈黙が生まれるだけだった。

 誰もが動き出さない中でIS学園全体に放送が流れた。

 

『全校生徒皆さん並びに来賓の皆様。この放送を聞いている全ての皆様。こんにちは。本日は学年別タッグトーナメントが行われているわけですが、トーナメント期間中に起きる事態は全て生徒会に任せております。全て任せております。それでは』

 

 突然の放送。

 誰もが首を傾げるしかなかった。

 当然、織斑一夏も首を傾げた。

 なんだ今の放送は、と。

 シャルロットとラウラは呆れた。

 学園最強と謳われる更識楯無は既に動きを封じられている。

 頼るべき存在は役に立たなくなっているのだ。

 今の放送にどれほどの意味があるものか。

 ラウラはそれでもと一応の警戒は見せた。素早く観客席の様子を確認する。なにか異常はないかと。

 それが故に小さな異変に気が付いた。

 観客席の一角。

 来賓が固まる場所で一人の男がもがき苦しんで倒れた。

 一人倒れると、また一人倒れた。

 少し離れた位置にいた女も倒れた。

「な、なに?」

 シャルロットも異変に気が付いて確認する。

 倒れるのは全て亡国企業に組みする者たちばかりだ。

「うぉぉぉ!!」

 チャンスは訪れる。

 一夏は零落白夜を起動して切りかかる。

 横薙ぎに振るわれた一撃は苦も無く避けられてしまった。

「待たせた!!」

 しかし、相手が距離を取った為人質を救出。

 当たれば御の字だが、一夏の目標は箒の救出。

「い、一夏ぁ」

 気丈に振舞っていた箒の瞳に涙が溢れる。

 そして、纏っていたISがドロリと溶け、箒の身体を覆いつくした。

「馬鹿が。人質で終わらせるほど単純じゃないのだ」

 ラウラは腕を組んで静止した。

 箒がヘドロに包まれ、一つの形を成す。

「ヴァルキリー・トレース・システム。教官の紛い物だが、キサマを潰すには適当だ」

 織斑千冬の姿形を真似たISが刃を向ける。

 

 

 

 

 考えろ。

 織斑千冬は冷静に思考する。

 山田真耶はにっこりと柔和な笑顔を浮かべている。

 余裕綽々。言うことなし。

 右手には拳銃がある。

 狙いは放送を担当している生徒だ。

 管制室の誰もが動けずにいる。

 いまだ千冬も動けず。

 この距離からの接近は間に合わない。

 間合いが遠いのだ。

 瞬時加速でも使えれば話は別なのだが、人間は生身化物染みた加速などできるはずもない。よく人間止めてると陰口叩かれる千冬だってできない。人間止めてないのだ。

 投てきで拳銃を弾き飛ばせば。

 真耶は仮にも代表候補生だった。

 そして亡国企業の人間でもある。

 対処されてしまうだろう。

 厄介な状況だ。

 千冬一人であれば弾丸回避しつつ接近して両腕の関節を外して無力化して仕舞いだ。わずか十秒貰えるだけで鎮圧できる。

「どうします織斑先輩。まさしく大ピンチですけど」

「だな。お前のせいだろ」

「ですね。打つ手なしですよね。バッドエンドですよね。こっちは勝利宣言してもいいですよね」

「勝手にしろ。打つ手ある、とお前をしばき倒せればいいのだがな」

「人質居ますからね。それに織斑くんも安心できない状況です。お姉さんとしても無視できない感じでしょうか」

 当たりだ。無視できるはずもない。

 千冬には家族は弟しかいない。

 一夏だけだ。一夏だけしかいないのだ。

 両親が蒸発してからはたった二人だけ。

 二人しかない家族で、無視して見捨てるなんて選択は何があったとしてできない。

「時間が解決してくれますよ織斑先輩」

「目的のISを手にすれば潔く退くのか。信じろと」

「信じてください。ねぇ、先輩と私の仲じゃないですか」

「先輩を裏切った後輩と、後輩に裏切られた先輩という仲だな」

「……信じろって言うのは土台無理ですよねぇ」

「言ったのはお前だろ。よって信じられん」

「ええと、もしかして増援待ってますか。さっきも言いましたけど、この学園の戦力は封じられていますよ。誰も動けません。私以外の教師陣はそれぞれのアリーナで囚われの身。ドアがロックされただけで無力化なんて、文章だけで見れば間抜けに聞こえますね」

「ISのおかげで女性の地位は飛躍的の向上したが、元々の身体能力が向上した訳ではないからな。無理からぬことだ」

「意外にも量産専用機を所持している人もいないですし。織斑先輩あたりは持っていると思ったんですけど、こっちも意外に持っていないんですね」

 たはは、と困った笑顔を浮かべる真耶。IS学園の防衛能力の低さを甘く見ていたのだろう。

「教育機関だからな。実戦を知らぬ教師がほとんどだ。平和の象徴だな」

「平和ボケの象徴ですよ。言葉間違えちゃうと生徒の皆さんに笑われちゃいますよ」

「物騒な連中の言いそうなことだ」

「教師の中で一番の警戒対象である織斑先輩はこのありさまですし、学園最強の更識さんも私の仲間が抑えてますから。もう全て完了ですよ」

 勝利を確信している。

 千冬も勝利を確信した。

 意識の外へと追いやってしまっていた。

 どこかで自分一人しかいないと思い込んでしまっていたのだ。

 真耶の言葉で思い出したのだ。

 そして勘違いしていると気が付いてしまった。

 分かってしまえば余裕が生まれる。

 千冬は深呼吸して本当の意味での冷静さを取り戻す。

 放送が流れた。

 

 

『全校生徒皆さん並びに来賓の皆様。この放送を聞いている全ての皆様。こんにちは。本日は学年別タッグトーナメントが行われているわけですが、トーナメント期間中に起きる事態は全て生徒会に任せております。全て任せております。それでは』

 

 

 学園の最高権力者の声だ。

 学園長の轡木十蔵。

 放送は彼によって行われた。

 生徒会に全て任せている。

 意味が分からないと首を傾げる真耶と、なるほどと納得する千冬。

「織斑先生! 観客席が!?」

 そして管制室の生徒が悲鳴を上げる。

 モニターに映るのは来賓席にいた人間が崩れ落ちるところだった。それも一人二人と数を増やしていく。

 動揺し、意識をモニターに移した真耶を無力化することは千冬にとっては朝飯前だった。

 拳銃を持つ右腕を捻り上げ地面に押さえつける。

 崩れ落ちた人間たちは亡国企業の関係者か。

「総員撤収」

 管制室から生徒たちが逃げ出す。

 残ったのは千冬と真耶だけだ。

 だがアリーナの様子を見て千冬は舌打ちする。

「まだ手はある。篠ノ之さんは人質兼戦力として徴収させていただきました」

 モニターに映るのはVTシステムによって操り人形と化した箒が一夏を攻撃しているところだった。

「そしてぇ!!」

 真耶の身体を粒子が包む。

 千冬が飛びのくと、ISを纏った真耶が銃口を向けてくる。

 厄介なことだ。

 生身であれば今の制圧で終われていた。

 しかし、そうはいかないのが人生だということを千冬は思い知った。

「量産専用機を持っていたんですよ」

 本当に厄介な奴だ。

 量産専用機。

 世界で467機しか存在しないISを、ある程度質を落とすことで量産化し、それを各人に合わせチューンアップしたのがそれだ。

 ISの量産機。

 ISそのものが圧倒的な力を持つというのにそれを量産することができるようになった。

 驚くべきことではあるのだが、ISとして量産機として致命的な問題を抱えている。

 まず、コアの製造コストが洒落にならない。ポンポン手軽に作ることができないのだ。

 次に、コアネットワークが存在しない。つまり、IS同士での通信や、情報共有ができないのだ。おかげで通信は既存の装置を使用している。

 更に、セカンド・シフトといった進化が存在しない。

 そして最後に部分展開ができない。

 それら欠点を抱えるのは量産型の宿命なのかもしれない。

 だが、亡国企業は量産専用機を用意できるほどに資金が潤っている。

 いくらの資本があるのか。

「羨ましいものだ」

 馬鹿ではない。

 冗談でもない。

 千冬は真っ向勝負を諦めた。

 戦術的撤退。



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みんな忙しいんだけどちょっとぉ!?

『全校生徒皆さん並びに来賓の皆様。この放送を聞いている全ての皆様。こんにちは。本日は学年別タッグトーナメントが行われているわけですが、トーナメント期間中に起きる事態は全て生徒会に任せております。全て任せております。それでは』

 

 

 

 放送の声が誰であるかなんてのは分からない。少々歳のいった男の声だってことだけ分かる。

 俺には関係にない。

 ただ勇気を出して飛び出せばいいんだ。それだけで全てが動く。動くと信じている。

 幸い見つけたんだ。

 オリ主なんて都合の良い配役じゃない。

 でも、今は嘘でも勘違いでも自分がオリ主だと信じたい。

 というか信じないととても精神的にやっていけない。

 手が震える。

 恐いさ。

 恐くて何が悪い。

 こっちは今も昔も争いなんて無縁だったんだぞ。

 ちょっとした喧嘩はしたけど、命のやり取りなんて高度なことしたことない。

 無茶してくれる。

 深呼吸か。

 深呼吸すれば収まってくれるか。

 VTシステムの下りは知ってんだけど、まさかラウラじゃなくて箒の打鉄に仕掛けられているとはさ。

 原作だけじゃ分からない。

 あの二人が仕込んだか。

 そんなことできないか。学園側で厳重に管理されてんだぞ。

 ああ、学園側で仕込んだんだ。

 そりゃあ簡単だ。

 いやいや、学園側も敵じゃあ誰も信じられないだろ。

 あ、でも織斑先生と山田先生なら信じられそう。

 あとは楯無先輩とか生徒会メンバーくらいか。

 大丈夫だ。

 現役は引いたがブリュンヒルデと、学園最強がいればなんとか大丈夫なはずだ。

 楯無先輩は原作だと強いんだか弱いんだか分からないけど。

 うん。

 大丈夫だ。

 大丈夫、大丈夫。

 大丈夫だから、いざ出陣。

「っしゃあ!!」

 視界に映り込むのは一夏と箒だ。

 VTシステムによって操られている箒と、その攻撃をなんとか凌いでいく一夏。

 攻撃が原作通りに織斑先生のコピーならば、一夏が防ぐのは凄い。俺には無理だ。

 俺がするのは簡単。

 ニヤニヤと下種な笑顔を浮かべているシャルをタックルでぶっ飛ばす。

 油断大敵。

 シャルは抵抗もできずにぶっ飛んだ。

「ほう。木端が出しゃばるか」

 こっからが問題。

 ラウラとぶっ飛ばしたシャルの二人を相手にしなきゃいけない。もちろん勝ち目はない。

 楽観視できるわけもなく。

「ちょっと驚いた。女の子にタッチなんてヘンタイさんだよね」

 前門のラウラ、後門のシャル。

 ラウラのワイヤーブレードとシャルの銃撃。どっちも手練れだから避け続けるしかないじゃないか。

 一夏に助けてもらいたいけど見るからに手一杯だ。

「ああ、守落くんだっけ。学園の練習機で勝てるなんて思ってないよね」

「打鉄などキサマ如きでは扱えまい。そらそら」

「知ってらぁ!!」

 近接ブレードを適当に振り回してワイヤーブレードを弾く。弾ききれず、肩のアンロックユニットが破壊されたけど気にしてらんない。

「テロしてんじゃないよ。迷惑極まりないってことを分かれ!」

 テレビでしかテロなんて知らないんだ。日本に持ち込まれても困るんだよ。

「して悪いかな。こうさせる世界が悪いんじゃない」

 シャルは妾の子と蔑まれ、実の父からは駒の様に扱われて、ここにはスパイとして送り込まれた。

 確かに同情すべき点だけど。

「ボクをボクとして扱ってくれる世界を作る。そのための行動。悪いことなんて一つもないと思っているよ、ボクはね」

 自分勝手言いやがって。俺と変わんなくないか。

「弱い奴など考えるだけ無駄だ」

 人工的に作られたアドヴァンスド。遺伝子強化された個体。ISの登場で優秀から落ちこぼれと言われ、織斑先生のおかげで這い上がったドイツの軍人。

 原作も、選ばれた人間気取りの問題児としか見えない。意外に好きになれんぜ。

「軍人だろ。武器を持たない民間人を守ってこそだ」

 日本の自衛官を見習え。災害救助とかしてくれてんだぞ。力一辺倒の軍人なんて映画でしか通じんだろ。

「知らんな」

 本当に知らない顔してる。こんな奴を軍人にして。

 ラウラを無性に殴りたくなった。

 実力的に無理だけどな。

 それに限界が近い。

 五分と保っていられなかった。

 時間稼ぎにもならない時間稼ぎ。

 セシリアでも鈴でも来てくれればと。

 のほほんさんや虚先輩でもいい。

 楯無先輩でも。

 織斑先生や山田先生。

 他のどの教師でも良かった。

 でも誰も来てくれない。

 俺がこれたのに。

 俺以外にこれないって。

 無駄だったのかよ。

「残念。犬死って言うんだよね、日本では」

 おっしゃる通りですよ。

「弾はいっぱいあるけどね。貧乏性だから」

 ブレード構えて接近してくるシャルに一言言ってやりたくなる。

 よく見ろ馬鹿、とかな。

 実際は言えないけどさ。

 

 

 

 

 一年四組、守落杏地。

 関りは少しだけ。

 同じ男子だからと話したことある。

 一夏としては話しやすい相手だ。

 冗談も通じるし、馬鹿話に花を咲かせられる。

 やっぱり女子ばかりの世界は肩身が狭く、日常会話が制限されてしまう。日常会話なのに。

 千冬姉のバッタもんみたいな姿になった箒の攻撃をなんとか受け流していく。受け流すだけで精一杯で、とてもシャルとラウラに目を向けられない。

 三人で攻撃されたら一瞬で負ける。

 そんなピンチに現れたのは杏地だった。

 杏地はシャルに突進すると、アサルトライフルを二丁構えて攻撃を開始する。

 仲間がいる。

 一夏の気持ちを引き締めてくれる。

 なら、一夏がやることは一つ。

 目の前で囚われている箒を救い出すことだ。

 クソッタレなバッタもん千冬姉を倒す。

 幼馴染と姉を汚す奴。

「負けるかよ!!」

 されど、仮にも千冬姉を模しているだけあって攻撃の鋭さに手も足も出せない。剣一本で世界最強に輝いた存在と、ISも剣も未熟な一夏では差は大きい。

 緊急的な連戦にエネルギーも少ない。無茶の一つが限界だ。

 杏地も二対一の、それも共に代表候補生を相手にして段々と追い詰められている。

 不味いとは思うが一夏は目の前の箒から逃げ出そうとは考えない。

 ファースト幼馴染。

 箒とは剣道仲間という印象が強い。

 千冬姉に連れられて剣道をしたときに知った仲。

 最初はただの練習相手。

 でも、アイツが苛められているのを助けてから変わった。

 再会した時は正直に嬉しかった。

 だから助けたい。

 助けたいから逃げ出さない。

 箒の攻撃を弾いて距離を取ると、杏地がラウラの攻撃で吹き飛んでいた。そこをシャルが追撃をかけようとするが、また乱入してきたISの体当たりに吹き飛ばされていた。

 ああ。

 最強の助っ人が来てくれた。

 百人力だ。

 俺にとっては最も頼りになる存在だ。

 一夏は笑う。

「待たせたか」

 打鉄を纏った千冬姉。

「一夏。ソイツは任せる」

 千冬姉の信頼を受け、一夏は改めて箒を見る。

 千冬姉の姿を模倣して千冬姉の技を真似る。

 対して一夏は、篠ノ之流の剣術を扱うが極めてはなく、ISも訓練しているが未熟の一言で一蹴できる程度。

 現にラウラにも圧される始末。

 バッタもんとは言えど千冬姉に勝てる要素はない。

 下手に攻めては切り捨てられる。

 一太刀浴びれば終わる。

 千冬姉の戦い方は零落白夜の一撃で敵を黙らせる。

 一撃浴びる前に……一撃浴びせる。

 俺の零落白夜で攻撃すれば。

 千冬姉と同じ武器、同じ力を持つのだ。

 一夏は尊敬する千冬姉と同じ力を持つ。

 そして目の前の箒も同じ力を持つ。

 本当に?

 再現できるのか?

 太刀筋は真似られるだろうが。

 真っ向勝負では勝てない。

 だけど、千冬姉であって千冬姉を真似しきれていないとすれば。

 千冬姉と同じ戦い方で勝つのは無理だ。

 なら俺なりの勝ち方をすればいい。

 一夏は構える。

 両腕を水平に広げ胴を晒す。

 打ち込んで来い。

 防御を解き、ただ打たれるだけの構え。

 エネルギーも残りわずか。

 箒が剣を振り上げる。

 一夏は構えを続ける。

 馬鹿者、だがそれでいい。

 千冬姉からのプライベート・チャンネルが届いた。

 斬られる。

「勝った!!」

 斬られると同時に一夏が動き出す。

 身体で剣を受け止め箒の腕を掴んで全てを塞ぐ。

 攻撃、防御、回避。

 全部防いだ。

 密着されれば剣は触れない。

 それは一夏も同じ。

 だが箒と一夏では違いがある。

 箒には千冬姉の太刀筋を再現できたとしても、零落白夜は再現できない。

 一夏には千冬姉の太刀筋を再現できないが、零落白夜を使用することができる。

「肉を切らせて骨を断つ。零落白夜!!」

 相手のエネルギーを奪う。

 零落白夜の刃を押し当て泥を固めたような装甲に食い込ませる。

「千冬姉なら絶対にやらない。だからできる」

 泥の装甲が溶け出した時、一夏は箒の救出と姉の名誉を守った。

 

 

 

 

 

 学園で最強の戦力。

 自分自身のことを指している。

 馬鹿馬鹿しい。

 真耶は愚かしい答えを口にしていた。おそらく他の教師や生徒でさえも同じ認識をしていることだろうか。

 笑うしかない。

 千冬はすぐさま此度のトーナメントに用意された打鉄を装着する。幸いなことにドアのロックは解除されていた。

 急がなければならない。

 私が逃げたことで真耶があの二人に命令しているかもしれない。一夏を鎮圧してISを奪取せよと。

 時間が勝負だ。

 真耶の妨害も考えられたがそれはない。足止めされなかったことに若干の違和感を感じつつも、千冬は一夏の元へと急ぐ。

 アリーナでは一夏がVTシステムに囚われた箒をなんとか抑えている。

 まだ無事だ。

 ホッと胸をなでおろすが、ならばとあの二人を見てみれば、守落杏地が墜落し止めを刺されそうになっていた。

 なるほど、頼もしい助っ人がいたものだ。

 馬鹿にしたわけでもなんでもなく素直にそう思った。

 守落杏地は今まで一般人だったのだ。

 一夏の様に非常事態に遭遇した経験もなく専用機持ちでもない。

 そんな人間がISを纏って必死に抵抗していた。

 捨てたものじゃない。捨てられるものでもない。

 おかげで千冬は間に合ったのだ。

 瞬時加速を伴った体当たりでデュノアを弾き飛ばす。

 油断し過ぎだ馬鹿者め。

「待たせたか」

 へたり込む守落は目に涙を浮かべつつも、精一杯強がってくれた。

「よく見ろ馬鹿」

 極度の緊張状態の中であってもデュノアに向かって何とか勝利宣言といったところか。

 担当クラスではないが、期待に応えてみせようじゃないか。

「一夏、ソイツは任せる」

 所詮は紛い物のVTシステム。

 勝ってもいい、負けてもいい。

 ただ一夏に任せる。

「守落。下がれ、お前は十分過ぎるほどに働いてくれた。後は任せろ」

 事実だ。

「もう……二度とやりたくありませんけど」

 軽口叩けるならば大丈夫だ。

 守落がピットへと戻るのを確認してからラウラへと目を向ける。

「教官。まさか貴女来るとは。山田は足止めできなかったということですか」

「見ての通りだ。ボーデヴィッヒ。言い訳は聞かん。やり過ぎたんだ、弁論が意味をなさないことは理解しているな」

「……教官、なぜこのようなところで教鞭を振るっているのですか」

 会話のキャッチボールができていない。

 学園生活で少しは変化が出るのかと思えば、何も変わりはしないということか。

「このような場所では貴女の腕を生かせません。私と一緒に亡国企業へと来ていただけませんか。貴女が加われば全てが上手くいきます。脆弱な奴らを排除して、真に強いものだけがISという力を得られる」

 ラウラは力説する。

「……真に強いものか」

「そうです。強さことが全てです」

「部隊長に居る人間のセリフとは思えんな」

「隊員であろうが関係ありません。アイツらは弱いくせに群れることしか知りません。だれも私に並び立てないくせに口だけは達者な連中です」

 ラウラが隊長を務めるシュヴァルツェ・ハーゼ隊。

 千冬が少しの間訓練を施した部隊だ。仲間意識が高く、部隊内での連携が上手いと認識している。

「私は貴女のおかげで強くなれました。貴女がドイツで私に力を教えてくれました、強さを教えてくれました」

 違う。

 千冬は呆れかえってものが言えなくなる。

「貴女がいなくなった後も訓練を重ね、私は貴女が知るころよりも強くなりました」

 その訓練の結果がコレか。

「そして私は貴女すら超えました」

 ニヤリと笑うラウラ。

 知っている顔だ。

 かつて見た顔だ。

 IS適合移植手術の失敗によって部隊内で落ちこぼれたラウラ。奴が再び部隊トップへと返り咲いた時と全く同じ顔なんだ。

 千冬からしてみれば、ドイツで教えてきたことが力という部分以外何一つ花咲かなかったことの証明にしかならなかった。

 無駄だったのだ。

「伝わらなかったか」

 ラウラがIS学園にやってくる前日に連絡があった。

 クラリッサ・ハルフォーフからだった。

 隊長をお願いします。申し訳ありません。

 たった二言だけの連絡。

「お前は変わらなく強いよ」

「理解していただけましたか。ならば武装解除してこちらへ」

「あの時と同じだ。私が指導した頃から何一つ成長していない」

「……教官もこのようなだらけきった空間で判断が鈍ったみたいですね。私の力を理解できなくなったとは」

 ワイヤーブレードが蠢く。複雑な軌道を描いて向かってくるのだが遅すぎる。

 全てのワイヤ―ブレードを切断。無力化するのは訳なかった。

「ほう、そこまでは鈍っていないみたいですね」

 気が付かないか。

 気が付けないか。

「当たり前だ。背負っているものが違う」

 家族だ。

 守りたいと思うことだ。

 自分自身の為じゃないからこそ強くなれる。

「背負っているもの?」

 デュノアが合流する。二度の体当たりを受けて怒りに顔をゆがめているのだが、千冬には知る由もない。

「ああ、家族を守りたい。私が力を振るうのはそれだけでいい」

 近接ブレード葵を構えて二人を見据える。

「家族を守る。家族なんて何の足しになるの。家族が理由なんて馬鹿なんじゃない!!」

「くだらない。吐き捨てたくなるほどくだらない。絶対的な力だ。貴女が知らせた。貴女がそうだ。それを取ってつけたような理由で綺麗事にして!!」

 デュノアとラウラが動き出す。

 連携らしい連携はない。

 ただ二人して襲い掛かってくるだけだ。

「綺麗事だな。お前たちにしてみれば」

 ラウラに接近。切り伏せる。

 デュノアが援護に入れないように常に射線上にラウラが重なる様に動く。

 気が付かないか。

 所詮は強い強いと選ばれた人間気取りの孤独の強さだ。仲間との息がまるであっていない。

 デュノアの方はある程度分かっているみたいだが、父親にスパイの真似事をさせられ、また亡国企業に一員として欺き続けた生き方が原因でパートナーを信頼しきれていないのがよく分かる。

 どちらも所詮は個々としての中途半端な強さ。

「教師として学ばなければな」

 力が全てではないことを。

 

 

 

 

 オータムには何がなんだか分からなかった。

 衝撃が突き抜けていった。

 整備室の天井が見える。

 おかしい。

 さっきまで目の前に更識簪がいたはずだ。

 見えるのは天井だけ。

 四肢から力が抜け自分が立っているのか浮いているのかも分からず、オータムは時間をかけて自身に起きたことを考える。

 整備室に開発中のISが一機存在することを受けてその奪取に自分が派遣されたこと。

 学園内はハッキング担当によってあちこちのドアがロックされて真面な防衛も望めないということ。

 整備室には更識簪というガキが必死こいてISを組み立てていること。

 更識簪は、学園最強と呼ばれ対暗部用暗部というカウンター組織のトップ更識楯無の出来の悪い妹でしかないということ。

 葬るのは容易いということ。

 結果は、簪に襲い掛かろうとしてオータムが天井を見上げているということだ。

「にゃろぅ!!」

 四肢に力が行き渡る。

 足裏に力を入れ仰け反った身体を正面に引き戻せば、鉄の棒を構えた簪がいた。

 怯え竦んでいるかと思えば、どこまでも冷静な瞳がオータムを射貫いていただけ。

 鉄の棒で顎を打ち上げられたことを思い出したオータムが拳銃を取り出すが、簪は巧みな棒捌きで弾き飛ばす。

「遅い」

 鉄棒をオータムへと投げれば、簪は未完成の打鉄弐式へと向かう。

「調子くれてんじゃねえぞ!!」

 亡国企業の実行部隊として略奪者として登場しておいて、小娘に出鼻挫かれたことが感情を爆発させる。

 ISアラクネを装着し、生意気な体躯を八つ裂きにしてからでないとISは回収する気になれなくなったオータムが見たものは、出来損ないのままのISを装着して動き出す簪だった。

「出来損ないが、戦い方を教えてやる」

 万全な状態でないくせに戦えるものかとオータムはブレードを構える。

 対して簪は手刀を作って徒手空拳で立ち向かう。

 普通であれば武器を持たずISも本調子ではない簪が不利だ。

 オータムもそれが分かるのでニタリと醜悪な笑みを浮かべる。

 が、その笑みはすぐさま驚愕に変貌する。

 簪はパワーアシストされた四肢で床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴り、ISが戦うには狭い整備室を跳び回る。

「なんだありゃ。バッタか!?」

 空間戦闘がISの十八番であり簪は推進器を使用せずにやってのける。

 正確にはスラスターの調整が終わっていないが為に、四肢だけを使って跳び回るしかないのだ。

 苦渋の行動でしかないというわけだ。

 ただ、ISらしくない動きにオータムが翻弄されていることから怪我の功名とも言えなくはない。

「やあ!!」

 狙いを定められないアラクネの機械の節足を蹴りでへし折る。

 動きを止めることをせずに通り過ぎざまに攻撃を加えていく。

「くそ、ピョンピョンと鬱陶しいじゃねえか。身体が動かなくなるまで切り刻んでやらぁ!!」

 残された節足と両腕のブレードで簪を追うが飛び回るオータムが跳び回る簪に追いつけなかった。

 否が応でも認識を改める必要ができた。

 更識簪は姉である楯無には劣るが十分な脅威になり得る。

 ただの学生の強さではない。

 舌打ちする。このままじゃあ勝てやしないと。

「逃げたければ逃げればいい」

 簪は淡々と告げる。

「でも……私は逃げない」

 逃げることは、自分の組み立てている唯一楯無を超える為のISを否定することになる。

「逃げたきゃ逃げろぉ? ガキのくせに馬鹿しやがって。殺すぞ、ぶっ殺してやる!!」

 勝ち目がないことは既に察している。

 だが感情が素直に撤退の選択をさせない。

 オータムは怒りに身を任せた攻撃しかできず、簪は氷の様な冷静さで追い詰めていくだけだった。 



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生徒会だけどちょっと

 一対三という圧倒的な劣勢に立たされているはずの更識楯無はただ紅茶の匂いと味を楽しむ。状況を読めない愚図とも取れる対応だったが、亡国企業側のスコール・ミューゼルは微笑みの中に警戒の色を滲ませていた。

 何故に余裕ぶることができるのかと顔が語っている。

 楯無は能天気でも愚図でもなく、ただ事態を前にして余裕なだけである。恐れる事態とは言えないのだ。

 ポットに入ったおかわりを注いだ楯無は優雅にティーカップに口をつける。見る者に苛立ちを覚えさせる余裕に、ダリル・ケイシーがたまらず動きだす。

「飲んでる場合か!!」

 楯無の手からティーカップを弾き飛ばす。床に落ちたティーカップが砕け、その破片をダリルは忌々し気に更に細かく砕いていく。

「ったくよ。状況を分かってんのか、ナンバーワン。学園最強の肩書きが麻痺させてるってか」

 麻痺している。確かに麻痺しているのかもしれない。

 楯無はティーカップの損失を受けて億劫そうに立ち上がる。

 ようやく状況を理解したと思われ、ダリルが丸テーブルを蹴り飛ばす。荒っぽい言葉に違わない荒っぽい動作だ。

「それとも動じないほどに強いとでも言いたいのか」

 楯無の顔を横からのぞき込むダリル。背後ではフォルテがむすっとした顔をしているのは誰もが放っておいた。

「勝てると驕り高ぶっているなら試してみろよ。オレたち三人を相手取れる自信があるならよ」

 分かりやすい挑発であることは楯無でなくとも理解できる。

「あるわ。だけど、それでは貴女たちの方がかわいそうだから挑発には乗らないでおこうかしら」

「はぁ、それこそ挑発っスか。一対一の舞台を作り上げる。見え透いてるっスよ」

 フォルテはやれやれと大げさなジェスチャーを行う。悲しいかな、楯無は背中を向けているために見えてない。

「あら、そう。困るわね」

 困ったわ、と頬に手を当てて首を傾げる楯無はさほど困っているようには見えない。

 事実欠片も困っていないのだから。

「困ったお嬢さんだこと」

 危機感のなさすぎる楯無を前にしてスコールは得体のしれない不気味さを感じていた。

 四人はそれ以上の動きなく停滞していると学園全域に放送がかかる。

 

 

 

『全校生徒皆さん並びに来賓の皆様。この放送を聞いている全ての皆様。こんにちは。本日は学年別タッグトーナメントが行われているわけですが、トーナメント期間中に起きる事態は全て生徒会に任せております。全て任せております。それでは』

 

 

 

 不思議な放送だった。

 緊急事態での放送にしては安心要素の欠片もない、上層部の責任逃れとも取れる内容だった。

 そもそも学園内はハッキングされ、真面な状態でないというのに何故放送など行えたのか。

 スコールの瞳に現れた若干の揺らぎを見た楯無は内心を読み取った。

 学園内の警備施設は余さずハッキングされているが、主導権を奪い返してしまえばそれでおしまいだ。

 なんの不思議があるというのだ。

 亡国企業側の能力を学園側が上回れば十分に可能である。

 楯無はスマホを取り出し電話をかける。

 相手は虚だ。

「って、なに平然と電話かけてんだよ」

 無視。

 通話相手が出たのでスピーカーモードに切り替える。

「どうかしら、虚ちゃん」

『簡単でした。学園の警備システムは奪還。正直、歯ごたえがなく片手間で事足りました』

「そう、それはけっこう」

『泥棒の目的地であるISの格納庫は封鎖、更に生徒が散っていくのを阻止するためアリーナも封鎖中です。生徒の中にも共犯がいるようですから、逃がさない為にもちょうどよいかと』

「そうね」

『最悪、アリーナの全員を処刑することも視野に入れさせていただきます』

「任せるわ」

 布仏虚という人物の本質。

 更識楯無を至上に置き、それ以外のほとんど全てを取るに足らない格下と認識している。楯無の為であれば犠牲を出すことも気にしないほどだ。

『それと、アリーナ内の来賓を装った亡国企業の出資者たちは始末していますし、格納庫へ殺到する蟻共には本音を向かわせています。既に接敵しているようですが』

 つらつらと説明する。

 そこに亡国企業がいたとしても関係ないと言わんばかりだ。

 楯無としてもこの程度の情報が筒抜けになっていたとしても気になることではない。もはや事態は収拾に向かい始めている。

 生徒会役員たちは各々に行動を開始している。

 後は結果待ちだ。

「……なるほど。そちらも手を打っていたというわけね」

 スコールが立ち上がりISを装着する。

 楯無も合わせて立ち上がる。ISは装着せず。

「で、後は学園最強などという井の中の蛙の様な実力で私たちを取り押さえるだけ……なのかしら」

「ってかよ。生徒会なんてお前入れて四人だろ。布仏姉はともかくとして、残りの二人は役立たずだろ」

「でも、言ってたっスよね。本音を向かわせたって。捨て石っスかね?」

 正面にはスコール。

 横にはダリル。

 背後にはフォルテ。

 スコールは未知数だが、ダリルとフォルテは学園内では実力者に数えられる。

 三対一の状況は圧倒的に楯無が不利だ。

「それじゃあ、とっとと終わらせて残りも鎮圧するっスよ」

 フォルテが楯無の肩に手を置く。

 強者の余裕だった。

 IS展開は瞬時に行われるがタイムラグは存在する。

 たとえ、抗戦の構えを取られても対応可能なのだ。

 だからこそ、楯無が肩に置かれた手を振り払うかのように身体を捻って蹴りを繰り出したことに反応できなかった。

 ISは最強の兵器として存在している。

 その常識のせいで、フォルテは自分が蹴り飛ばされ地面を転がっていくのが信じられなかった。

「フォルテ!?」

 楯無は生身でISを蹴り飛ばすと、異様な光景に動揺したダリルの腕を取って学園の屋上から投げ飛ばした。

 生身の人間がISを数メートルも蹴飛ばし投げ飛ばす。

 異常な光景に反応が遅れたスコールが両腕を胸の前で交差させて楯無の蹴りを防ぐが、同じくISを展開した楯無の蹴りに耐えられずに吹き飛ばされる。

「では、後は任せるわ」

 一言呟いた楯無がスコールを追いかける。



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生徒会だけどちょっと!

『全校生徒皆さん並びに来賓の皆様。この放送を聞いている全ての皆様。こんにちは。本日は学年別タッグトーナメントが行われているわけですが、トーナメント期間中に起きる事態は全て生徒会に任せております。全て任せております。それでは』

 

 聞こえた。

 生徒会が動く。

 楯無の奴は見越していた。

 集めた情報は役に立つ。

 見立ては完璧だ。

 アイツの場合は未来予知と言っても過言じゃない。

 状況は最悪。

 観客席は騒がしくて歩き辛い。

 パニックを前にして冷静に対処できる人間が何人いるのか。この観客席にはほとんどいないのは確かだ。

 パニックにならずにいるのは一握り。

 オレの情報に合致する奴らばかりがケロリとしている。

 一見すると慌てているように。

 しっかり見ると緩慢。

 大根役者の集まり。

 おでんの具がいっぱい。

 暇だから歩きながらスマホ。

 対象にブスリ。

 ブスリブスリ。

 亡国機業に組みする人間が倒れていく。

 外交問題に発展しそうな展開だ。

 IS学園で各国の要人達が謎の死を遂げる。

 こりゃあ亡国機業の仕業に違いない。

 罪の擦り付けでもするかい。

 次々と仕留めていく。

 アリーナでは織斑一夏がVTシステムに支配された箒に防戦一方だ。

 負けは確実。

 ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルロット・デュノアが亡国機業側の人間であることはとっくに知っていたが、山田真耶が同じく亡国企業の人間であることはつい最近知った。

 当然だ。

 調べたのは極々最近だったから。

 別に楯無は正義の味方じゃない。

 だから、事前に芽を摘むなんて慈善事業を行うわけがない。

 だが、起きる事態に対応はする。

 ことが起きたら行きますよ。

 反社会主義の連中をサヨナラさせた。

 次は管制室にいる反面教師だ。

 道中、全力疾走する織斑千冬とすれ違った。

 ブリュンヒルデも人の子だ。弟守るために必死なようで。

 オレにはない。

 そんな必死さは。

「ハロー。山田先生」

 管制室にはISを装着した真耶がいた。

 相手は突然現れるオレの存在に息を飲んでくれた。

「……ど、どうしました。緊急事態なんですよ。早く避難してください」

 事態収拾を図る先生。そう見せようとするだけ。

 管制室内でISを装着しては説得力もない。

 馬鹿か。

「先生。見え見えじゃんか。IS仕舞えよ、テロリスト」

「……ごまかせませんよね。じゃあ始末しましょうか」

 誤魔化す気はない。武器を構える。

「舐めるなよ。何もなしに来るか」

 真耶が量産専用機を持っているのなら、こちらにも量産専用機がある。

 打鉄をベースにカスタマイズした愛機。

 スプリッター迷彩がカッコいいと自負している一品だ。

「教師連中で敵に回られると厄介なのは織斑先生とアンタだから。生徒会メンバーで最もぶつかり合いの苦手なオレには荷が勝ちすぎると思うんだけど」

「それを私に言われても困りますけど」

「愚痴くらい言わせろ。生徒のことを気にかけろ」

「なら先生の忙しさを気にかけてくださると助かります。なにせ、IS学園の教師は大変ですから」

「なるなよ」

「お給料がいいんです。それに私の知識を生かせる仕事が良かったので」

「じゃあテロリストとの二足わらじはやめろよ」

「テロリストはお仕事じゃなくてボランティアです」

「最低最悪なボランティアだな。とても学生には勧められねー」

「でもいるんですよね」

「知ってる。人生棒に振ってるぜ。それが就活の足しになると思ってんのかよ」

 高校生にもなってテロリスト。高校生をテロリスト。昨今の亡国機業は人材不足で喘いでいるということか。

 しかし、真耶といいボーデヴィッヒといいデュノアといい、人材を選ぶ目は持っている。今回の作戦は奴らにとって重要なのだろう。

 楯無には重要じゃないが。

 楯無にとっては学園内で起きた騒動の一つに過ぎない。

 そして今回は自分とその配下のオレ達が出た方が片付くとでも考えているだけだ。

「じゃあ、先生に歯向かっちゃう生徒に荒っぽい教育指導をします。こういう暴力的な応対は織斑先生の領分なんですが」

 真耶がアサルトライフルを構える。

 連携がなっちゃいないとは言えど、二人の専用機持ち代表候補生を相手取り勝利している。苦戦は覚悟の上だ。

「社会の圧力を素直に受け入れられないのが学生だからな」

 ブレードをコール。

 狭い管制室の中での戦い。

 相手に気付かれないオレでも、嫌でも目を引くISを装着してしまえば逃げ隠れは無理だ。

 しかし、相手の注意からは外れやすい。

 一度でも視界から消えれば、相手は一瞬見失って再認識にわずかなスキを作ってくれる。

 実力の低さを自身の体質でカバーする。

 真耶はオレとの戦いにやり辛さを覚えている。

 だが、実力ある教師は喰らいついてきた。

「厄介な相手です。掴み辛い」

「そりゃあどうも」

「貴女が生徒会に所属しているのも分かる気がします」

「無理矢理の所属だっての。好き好んで面倒な世界に入る気はねーぜ。今からでも生徒会顧問にでもなるか」

「副担任だけでも大変なんですよ。生徒会顧問なんて余力ありません」

 グレネードがモニターを爆砕する。アリーナの様子は分からなくなった。

「亡国機業やめればいいじゃん」

「やめませんよ。私は力が欲しいんです。昔から自信が持ててませんから、自信という力が必要なんですよね。それをあの人は分かってくれた。私を求めてくれた。だから世間ではテロリストと罵倒されるようなことも行えちゃうんですよ」

 遠近共にスキのない立ち振る舞いは、射撃を不得手とするオレには厄介以外の何物でもない。

「支える柱が必要だったってわけかい」

 何もない人間なんていない。

 明るくて何もなさそうな人間でも、支えになっている柱みたいな人やモノがあるものだ。

 心の支えがあればどんな偉業だって達成できるだけでなく、非道でしかないえげつない行為をいともたやすく行える。

 反社会的な相手とは言えど殺害できたのは、オレにも柱となるモノが存在しているからに他ならない。

 家ではない。

 家柄諜報や暗殺に特化しているんだけど、家には思い入れも重圧もない。

 仕える主である更識でもない。格上の家なだけ。

 好意を寄せている男でもない。男の為にとか重い女じゃないし。というか男いないし。

 

 

 

 

 

『全校生徒皆さん並びに来賓の皆様。この放送を聞いている全ての皆様。こんにちは。本日は学年別タッグトーナメントが行われているわけですが、トーナメント期間中に起きる事態は全て生徒会に任せております。全て任せております。それでは』

 

 聞こえました。

 生徒会が動きます。

 楯無様は見越していました。

 集めた情報は役に立ちます。

 見立ては完璧です。

 お嬢様の場合は未来予知と言っても過言ではありません。

 掌握され、いまだ取り戻せずにいたシステムが復旧する。電子戦を得意とする教師や生徒達を差し置いて、虚は紅茶で唇を湿らせながら打ち勝つ。

 凡人達では無理でも、虚ならば簡単だった。

 伊達に更識に仕えているわけではない。

 虚にとっては更識に仕えているのではなく楯無個人に仕えているのだが。

 学園のシステムを操作して扉を封じる。余計な手間を省く。

 敵の行動を制限する。そして、障害物となり得る一般生徒を閉じ込めておく。邪魔なのだ。

 スマホで連絡。相手は楯無。

 その間もパソコンで作業する。

 各場所の監視カメラをモニターすれば既に妹の本音が接敵していた。

 アリーナでは亡国機業に組みする連中が次々と息絶えていた。

 それらを楯無に伝える。

 全ての報告を終えた虚は敵を迎え撃つ。

 既にサインは送っておいたのだ。

 ハッキングを妨害していることを。どこにいるのかを。

 サインに反応した敵はISを纏った姿で現れる。

 サイレント・ゼフィルス。

 イギリスのBT兵器搭載型ISだ。

 裏取引によって亡国機業の手に渡ったガラクタ。

 所詮は烏合の衆の一部に過ぎない存在と、虚は十分に見下す。

「盗人が堂々としていますね。恥ずかしいことで」

 虚は自分自身が有能な人間であると自負している。

「言うじゃないか。腰ぎんちゃくの分際で」

 そして、自分以外のほぼ全てが劣りに劣る平凡な人間でしかないと結論付けている。

 挑発など乗るわけはない。

 楯無から託された量産型打鉄を展開し、先手必勝の二丁バズーカで攻撃を開始する。

「量産専用機だと。情報になかったぞ」

「調べが甘いのです。愚か者さん」

 ゼフィルスの装着者が驚くのをいいことに、虚はその動揺を突くかの如く高火力で圧倒する。

 烏合の衆に探られ暴かれる程度に甘いと思われていたとは。

 腹立たしい。

 更識楯無に仕える私達がそんな甘ちゃんか。甘ちゃんに見えるか。

「下等ですね。妄想豊かに真実が見えませんでしたか」

 炸裂する弾頭が壁や床を抉っていくのも気にならない。ゼフィルスの精密射撃も共に気にならない。精密だからこそ予測しやすく避けやすいのだ。

「お嬢様の手を煩わせてはいけませんね」

 虚は敵を圧倒するだけだった。



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生徒会だけどちょっと!?

ようやくです。


 分かっていた。

 勝ち目の少ない相手。

 曲がりなりにも元代表候補生で現在テロリスト。

 IS戦では勝ち辛い。

 こっちの攻撃はほとんど直撃できてない。

 あっちの攻撃はバカスカ当たり始めてる。

 オレの相手の注意から外れやすい特性も真耶が慣れてしまえば優位には働かなくなる。奴の目は常の私を捉え続けていた。

 不適切な人事。人材の得手不得手を読み取り適切な配置をすることが優れたリーダーの素質なら楯無の奴は大失態を犯した。

 やはり完璧超人と言えど所詮は人間でしかない。

 戦闘面ならばだ。

 一つ側面を見ただけなら間違いの結果。

 オレは負けて殺されるだけ。

 ガタガタブルブル。

 ケータイのマナーモード。

 知っている。

 楯無の奴がそんな失敗はしない。采配全てが的確でミスなどあり得ない。

 未来を先読みしていると錯覚するほど。

 むしろそうであれば腑に落ちるんだが。

 真耶の攻撃で吹き飛ぶ。

 壁に叩きつけられたがISの搭乗者保護機能で無事。

 でもそれが最後だ。

 無様にも大した手傷を負わせることもできずに敗北。ISは待機状態に戻る。

 腑抜けてる。

 疲れた。

「ふう。慣れてしまえばどうってことないですね。もっと実技練習をすべきですよ」

 酷評だ。

「こういう荒っぽいこと苦手なんでね。テロリストして生徒に銃向ける反面教師には勝てるわけねえだろ」

 待機状態になったISを床に叩きつける。ちょっとひびが入った。煙みたいなのが出た。

「ああ!? 量産機といえどISなんですよ。もっと丁寧に扱ってあげてください。授業で教えましたよね。ISは装着者のことを理解しようとするからパートナーなんですよ」

「急に教師面に戻んな」

「せっかく確保しようと思ったのに」

「急にテロリストに戻んな」

「どっちですか」

「知るか。踏ん切りつけろよ」

「じゃあテロリストで。だってもう教師としてはいられませんからね。それにこれから生徒一人殺してしまわなければなりませんから。でも、IS学園の生徒でありながら、ISを大事にしない子には罰を与えなければなりませんから、もうちょっとだけ教師しちゃいましょうか」

 ブレードを切っ先を床に向けてカツンカツン。少しづつ近づいてくる。

「IS専用の武器を人に当てちゃダメなんですけど、ISが不当な扱いに怒っての抗議ですから、私には止められそうにないんです」

 どう見ても真耶の意思だ。

 カツンカツンと迫ってくる刃。

 教師生活が長くなると発散しきれないストレスが猟奇的方向に変換されてどっかで爆発するのだろうか。それとも本人の元々の性質が隠せなくなっただけか。

 童顔で眼鏡で巨乳で小動物系で猟奇的。

 属性を詰め過ぎじゃね。

 冗談さておき動けない。

 もう疲労が限界迎えているし、生死を分ける直接戦闘なんて初めてだからブルって身体が言うこと聞かない。

 なんて嘘だ。

 疲労は本当で身体も動かないのも本当だ。

 でも今更、戦闘ごときでブルって動けなくなるなんて甘ちゃんじゃない。

「あれれ、本当に動けないみたいですね」

 足に触れるか触れないかのギリギリのところまでやってきたブレード。

 いつまで経っても動かいことで真耶も気が付いたみたいだ。俺が無力化されていることを。

 真耶は危険性がなくなったことにISを解除した。学園内を動き回るのには不適切な大きさだ。建物の中では解除して動くだろう。

 動けないオレ。

 もう手の打ちようはない。

 後は結果待ちだ。

 真耶は仲間からの通信が入った。

 内容は吉報かと思いきや凶報。

 真耶の顔が険しくなっていく。

「悪い知らせみたいだな」

 どうせ楯無にも虚にも本音にも負けたんだろ。

 生徒会メンバーはオレ以外勝利した。

「甘く見ていたわけではなかったんですけど。どうやら退散するべきですね」

 逃げ出そうとする真耶。

 追うことはできない。

 追う必要はない。

 結果待ちだ。

 逃げようとした真耶が倒れる。苦しそうにせき込みんでいる。

 オレもオレで耐えられずにせき込む。

 続いて真耶の身体が痙攣する。

 種を明かすと毒ガス。

 我が家に伝わる暗殺用の毒ガス。

 それをある程度薄めたものだ。

 待機状態のISの中に仕込んでいた。

 結果はご覧の通り。

 真耶の痙攣が止まってピクリとも動かなくなる。

 まだ生きているけど放っておけば死ぬ。

 戦術的には負けたけど戦略で勝ったわけだ。

 だけど、このままだとオレも毒で死ぬ。一応は耐性を持っているけど無効化できるほどじゃない。

 ちょっと効き辛くだけ。そうじゃなきゃ真耶より先に効果が出てる。

 正直、このまま真耶がISを解除しなかったらどうしようかと思った。

 さて解毒剤はある。

 あることにはあるが戦闘で疲労し毒ガスに侵されて身体は全く動かない。つまりは解毒剤を身体に打ち込むことができない。

 IS戦で勝てればこんなことにはならなかった。

 最初から負けると分かっていたけど。

 段々と視界がぼやけてきた。

 きっと教師がやってきて惨状を目の当たりにする。

 だけどオレの存在には気が付いてくれないだろう。

 

 

 

 

 存在感を見せなきゃ気が付かれない。

 死ねば存在感もなくなる。

 気が付かれないまま死んでいく。

 誰にもだ。

 誰にも気が付かれない。

 恐い。

 恐ろしい。

 誰にも見つけてもらえないなんて。

 対暗部用暗殺者として一流なはずの両親でさえオレを見つけ出すことができなかった。簡単にその首に刃を突き立てることができた。

 オレが必死になって存在をアピールしなきゃ一般人は気づいてくれない。

 虚も本音もオレには気が付けない。

 あの天才である簪でもだ。

 誰も誰も誰も気づいてくれやしない。

 でもでもでも……それでもオレはおかしくならずに生きてこれた。

 普通ならおかしくなるけど、オレは正常なまま生き続けていられる。

 いいや正常じゃないかも。

 心の支えがあればどんな偉業だって達成できるだけでなく、非道でしかないえげつない行為をいともたやすく行える。

 反社会的な相手とは言えど殺害できたのは、オレにも柱となるモノが存在しているからに他ならない。

 柱だ。生きるために必要な支え。

 心の支えだ。

 それを失ったら間違いなく壊れる。

 それが嫌だからなんでもする。

 正道も外道も行ける。

 だから。

「気づいて……楯無」



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生徒会だけどちょっとぉ!?

 やはりですか。

 取るに足らない。

 テロリストなど所詮は烏合の衆でしかないというわけですか。

 何十と撃ち合いを経験した虚は当然の結果だと結論づけた。

 敵は敵ではありながら敵ではない。

 所属はIS学園。

 仕えるべきは更識家。

 実際には更識楯無こそが真に仕える主だ。

 少なくとも虚の認識では楯無が至上。

 IS学園の生徒として戦っているつもりはなかった。

 そもそも自分よりも劣る学園に仕える気など元よりない。

 虚は優れた人間だ。

 自身ではそう思っている。

 父も母も妹の本音も劣る。

 主たる更識家の人間もほとんどが虚に劣る。

 劣って劣って劣りまくっている。

 だから楯無と出会う前の虚は、これから仕えることになる楯無の優秀ぶりも結局は自分に及びはしないと高を括っていた。

 結果は逆だ。

 自分が及ばない。

 圧倒的な才能の前に気持ちが折れた。

 折れた部分は自分より優秀な楯無を崇拝する気持ちで補強してしまった。

 優秀なのではない。もはや神の領域だと。

 神に勝てる人間がいるだろうか。いるはずがない。

 ああ、神に仕えることのできる自分は劣りはするが優秀であり、優秀であるが故に神に仕えることのできる自分はなんて幸福なのだろう。

 ああ、お嬢様の手を煩わせる無能な者共は厚顔無恥で争いを起こす。

 それもお嬢様のお膝元で。

「なぜだ。データになかった。キサマの存在は」

 衝撃。

「私のデータがありませんか。一応形式上IS学園に入って三年目なんですけど。それとも生徒の情報すらも収集できないほどに学がありませんでしたか」

 嘲笑。

「違う。キサマのデータはあった。それは間違いない」

「何を仰っているんでしょうか? ちゃんと考えて喋ってくださいね」

「くっ!? キサマの戦闘データなどそこらの一般生徒と同程度でしかなかった。どういうことだ」

「ようやく真面な内容になりました。貴女にしては偉いですね」

「馬鹿にするんじゃない!!」

「褒めてますよ。おおよそ褒めてますよ」

 劣る人々にしては偉いですね。

「能ある鷹は爪を隠す。というか別に見せびらかすほどのことじゃなかっただけですよ」

「……なるほど。更識楯無の部下だけあると言うのか」

「部下ですか。そんな手に届く範囲での上下関係ではないのですが」

 手に届くことはない。届いていいはずがない。

 表層的な捉え方しかできないのが凡人の性だ。

 虚は冷静に状況を見定めて攻撃を加えていけば、サイレント・ゼフィルスは耐え切れずに撤退を開始した。

「今回は退いてやる」

 どうせ次回も退くんでしょうね、と虚は思った。

「次はこうはいかない」

 次はどう料理しましょうか、と虚は思った。

 虚が敵を追いかけることはない。

 追いかけても意味がない。

 目的はあくまで降りかかる火の粉を払うだけ。

 火元をどうこうする気はない。

 ISを解除して周りを見る。

 IS学園はその特殊性から堅牢な作りとなっているので、虚がバズーカをぶっ放しても崩れ落ちることはない。

 しかし、壁も床もひび割れ抉れている。

 まぁ、非常事態故に必要な被害としましょう。

 もしくは敵に全部押し付けてしまいましょうか。

 何食わぬ顔で虚は楯無と合流することにした。

 

 

 

「では、後は任せるわ」

 楯無が言う。

 決して大きくはない声。

 しかし確実に届いた。

 証拠は背を向けた楯無に攻撃することのできない二人が示している。

 スコールからダリルとフォルテの二人を分断するのは二機の量産型IS。

 レキシー・イケェラシーと刀垣剣豪。

 楯無に喧嘩を売って軽くあしらわれた二人だった。

 二人は楯無から提供されたISを纏って戦闘を開始する。

「いくぜ、ぶっ殺してやる!!」

「死ね死ね死ね!!」

 理性的な掛け声ではなかった。

 だが二人は掛け声に反して動きは素人と思えないほどに洗礼されていて、代表候補生でありテロリストでもあるダリルやフォルテにも劣ってはいない。

 二人は国家代表でもなければ代表候補生でもない。

 しかし、学園内では陰の実力者として一部生徒からは評価されている。

 座学の成績は標準的。

 運動は好成績。

 IS専門学は悪くないんだけどパッとしない。

 ただ、本気を出せば代表候補生に喰らいつける人材であった。

 だから楯無は独自のルートで手に入れた量産機を二人に与えた。ダリルとフォルテの足止めのため。

 楯無は後ろを気にせずに追撃に入る。

 吹き飛ばしたスコールが体勢を立て直すより前に接近。

 スコールの防衛をするりと抜けて楯無は容赦なく攻撃を叩き込む。

 短期決戦を求めているわけじゃない。

 攻撃可能な状況であれば攻撃する。当たり前の話だ。

 攻撃は最大の防御。絶え間ない攻撃は相手の攻撃のタイミングを潰し行わせない。それが防御に繋がるのだ。

 スコールもただでやらせるほど甘い相手ではないが、楯無は楯無で攻撃の出端を挫き一切の反撃を許さない。

 緊張も高揚もなく淡々と機械さながらの冷静さで追い詰めていく。

 先読みと的確な行動。一貫して行われる攻撃はスコールから笑みを消し去るだけでなく、間違いを正していく。

 学園襲撃に際して、スコールが最も警戒していた敵戦力はブリュンヒルデ織斑千冬だった。代表候補生たちはラウラによって事前に無力化させ、教員たちはISがなければ役に立たない。

 残る更識楯無は学園最強の触れ込みだが所詮は学園という囲いの中に過ぎない。仮に最強であったとしても学生の中でしかない最強。

 勝ち戦だ。勝って学園を嘲笑うかのようにISを略奪して終わる。

 その予定であった。

 最高戦力の織斑千冬は真耶の裏切りと人質を使って封じ込めた。

 楯無もダリルとフォルテで叩き潰しスコールは状況にほくそ笑むだけ。

 しかし蓋を開ければ追い詰められているのはスコール。

 楯無を間違えた。

 更識楯無は学園最強。

 間違いではない。

 生徒の中で一番強い。

 間違いではない。

 学生という括りの中でしかない強さ。

 間違いである。

 織斑千冬には劣るが強い。

 間違いである。

 IS学園の中にどのような強者が入り込んだところで更識楯無が学園最強であることは揺らがない。

 どのような敵が攻めてこようが更識楯無が学園最強であることは揺らがない。

「舐めていたわ!!」

 この戦い始めてようやく繰り出されたスコールの攻撃。

 炎を操り敵を焼き尽くすはずが楯無は軽やかに回避してみせる。

 後は滅多刺し。

 楯無のランスが装甲を無慈悲に抉っていく。

「平等な条件で戦って力の差が分かったかしら」

 楯無がクスリと微笑む。

 それも一瞬。

 感情という概念が存在しなかったかのような無機質さが表層に現れる。

「それとも今からでも三対一にでも変更すべきかしら」

「見下すんじゃない!! 小娘が粋がって!!」

「余裕のなさが哀れね。粋がった小娘に翻弄されて」

 負けることはない。

 楯無の攻撃に吹き飛ばされたスコールは不利を体験し逃げ出すしかなかった。

 ダリルとフォルテもスコールの援護を受けて逃げ出していった。

 残された楯無は勝利の余韻に浸ることもない。

 勝って当たり前の戦いに感情が高ぶることなどあるはずもなかった。

「行きましょうか」

 助っ人二人に労いの言葉をかけた楯無はその場を後にする。

 

 

 IS学園襲撃事件。

 結果的にはIS学園が襲撃犯を撃退。

 IS学園の平和は守られた。

 世の中そんなに甘くはない。

 付いた傷跡は大きい。

 壊れたモニター。

 倒れ伏す山田真耶。

 壁や床には弾痕や焼けた跡がある。

 戦いの後には荒廃が残る。

 更識楯無はピクリとも動かない真耶を見下ろす。

 僅かに息がある。処置すれば間に合う。

 学園での山田真耶しか知らない者は彼女がテロリストの攻撃を受けたと判断するだろうが、真実を知っている楯無は救護班を呼びに行くような真似はしない。

 暗部の人間としてならば生かして情報を絞り出す。暗部の人間ならば当然の選択だ。

 情報など要らない。

 必要を感じない。

 学園側が勝手にすればいいと楯無は放置を決め込む。

 更識の人間として学園に力を貸すわけでもなく、ロシアの国家代表としての責務もなく、IS学園生徒としても協力するわけもなく、ただ多くの一般生徒と同じように自ら蚊帳の外へと出ていく。

 今回は行動したが相手が楯無を攻撃対象の一つとして捉えたからだ。そうでなければ対岸の火事を眺めるに留めていた。

 山田真耶は放っておく。

 部屋の隅。

 壁に背中を預け俯く少女を見る。

 少数精鋭の生徒会役員にして更識楯無の手駒の一人が死にかけていた。

 生きてはいる。

 動けなくなるほど疲弊しているだけ。

 こうなることを読んでいた。

 最高クラスの隠密性と暗殺術を持つ少女は、直接的な戦闘は腕に覚えのある一般人よりかはマシであっても、裏社会を生きる武闘派には勝ち目がない。

 IS戦でも結果は同じ。

 かつての日本代表候補生にしてIS学園教師陣の中で織斑千冬に次ぐ実力者。

 ぶつけてもよくて時間稼ぎにしかならない。

 人選ミスもいいとこだ。

 楯無一生の不覚。

 とはならない。

 最初から読めていた。

 彼女では勝てない。

 直接戦闘で勝てないなら彼女ならどのような行動を起こすか。

 手に取るように分かる。

 毒だ。

 待機状態の量産型ISには毒ガスが仕込まれている。

 使った結果が目の前に広がっている。

 相打ちだ。

 きっと楯無の意図を読み取ったが故の相打ち。

 駒。

 都合のよい駒だ。

 楯無は彼女を持ち上げる。

 当然お姫様抱っこ。

 学園最強の名を持つ楯無からしてみれば小柄な少女など軽すぎて負担にならないのだ。

 後に残るのは虫の息の真耶と、アリーナでの戦闘を終わらせ急いでやってきた千冬だけだった。

 



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織斑千冬にてちょっと!

 事件は終息へと向かっていく。

 IS学園襲撃事件は多くの犠牲を生み出し、悲しみ憎しみ疑いを各々の胸に生じさせた。

 事件に直接的に巻き込まれた哀れな被害者たちに決して普通の生活を送らせることはないだろう。日常への修繕は済んでも、建て直されたソレは辛い過去を思い起こさせる起爆剤にも成り得るのだ。

 誰もが日常を謳歌することができなくなってしまっていた。

 世界最強と謳われる織斑千冬でさえ今まで友好的に接していた同僚や生徒たちをかつての様な気持ちで相対することができなくなっていた。

 誰が敵で誰が味方なのか。

 慕ってくれていた少し頼りない後輩は自信のない顔の裏に狡猾なテロリストの顔を隠していた。頑張って生徒と向き合って時に緊張や焦りで失敗をしてしまい落ち込んでいることもあった手のかかる後輩が、向き合ってきた生徒に銃を向けた。

 少しでも苦悩を見せていれば、逡巡してくれていれば、千冬としては救いがあった。

 まだ引き返せる。良心の呵責に苦しんでいるうちは引き戻せると。

 だが、現実は千冬が目にした通りだった。

 想いは通じず、真耶はすんなりと銃を生徒に向けるだけで飽き足らず笑ったのだ。楽しんだということだ。

 もう擁護できない。

 頼りなくも大切だった後輩の姿はなかった。

 だからせめて先輩として真耶を止めるべきだ。他の誰でもなく自身が止めてやるべきだった。

 無理だったが。

 アリーナ内の反乱を食い止めて、改めて真耶の元に戻ってみたが千冬が止めるまでもなく全てが終わっていた。

 激しい戦闘があったのは惨状を見れば分かる。

 しかし、誰が真耶を打ち負かしたのかは分からなかった。

 毒ガスによる衰弱。

 未だに意識戻らずに眠り続ける真耶は尋問できる状態ではない。

 外傷らしい外傷は見当たらない。怪我をしていないことは医者のお墨付き。

 真耶が目覚めれば全てが解明される。そう願うしかなかった。

 水面から顔を覗かせた悪意がそう簡単に全てを吐き出してはくれないだろうが、最後の良心の存在を信じたくなるのが千冬だった。

 後輩教師が悪しき姿を見せただけでなく、かつての教え子も醜悪な牙をむき出しにして敵意をぶつけてきた。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 ドイツで出会った落ちこぼれの烙印を押された少女を鍛えて、千冬の望んでいた通りにはならなかったが立ち直り、IS学園で再び顔を見ることができたことは少なくない喜びではあった。

 しかし、千冬の教えようとしたことの半分も理解できなかったラウラは力への信望のみを露にし、とても立派に成長したと言えなかった。

 そればかりか、更なる力へとのめり込み悪道へと突き進んでしまっていた。

 力欲しさにテロリストに与するとは。もっと心の強さについて教え込むべきだった。

 力に洗脳された哀れな少女は自らの力量を把握することもできなくなり、呆気なく千冬の前に膝をついた。

 何を口にすればいいのか。怒ればいいのか泣けばいいのかも分からない。

 事件後に改めて相対したがその姿はとても酷かった。

 教官の強さこそが私の求める力です。

 また指導してほしい。

 更なる力を。

 強くなることで救われた少女は強くあることでしか自分を保てなくなるほど弱くなってしまっていたのだ。

 そうじゃなかった。

 力が全てではない。それを教えたかった。

 周りを見ろ。仲間がいる。友がいる。

 首を振って見える範囲を広げるだけでいい。それだけで解決するはずのことだったんだ。

 伝えきれなかった後悔。

 ラウラとシャルロットの信頼していないお粗末な連携が正しく千冬の指導の失敗を意味していた。

 真に二人が信頼していれば千冬とて苦戦した。

 シャルロットについては千冬との関係は薄い。

 ただ教師と生徒の関係でしかない。

 しかし一夏は彼女を救おうとした。助けようと寄り添った。

 その救いを無下にしたのがシャルロットだ。

 父親からはスパイとして送り込まれた少女はテロリストの一味として一夏すらも裏切った。

 だからこその連携のない戦い方。

 シャルロットは常にラウラの行動を警戒していた。目を見れば分かる。何人もの生徒を見てきたのだ。小娘程度の思惑など簡単に察せる。

 シャルロットは恐れていたのだ。ラウラに裏切られるかもしれないということを。

 裏切りはくせになる。

 同時に自らも裏切られるのではと疑心に駆られる。

 ラウラは一点しか見えず、シャルロットは自分の物差しでしか見えていなかった。

 二年生のフォルテ・サファイア。

 三年生のダリル・ケイシー。

 千冬に関わりのない生徒の中からも離反者が出てきた。

 IS学園ですら安全地帯と言えなくなってしまった。

 何人の生徒が学園を去るか。

 ISがもたらす危険性を感じ取ったか。

 事件は千冬を打ちのめすが、決して絶望だけが結果ではない。

 今回の事件を体験した一夏は、ISがもたらす脅威や自分の立場を理解し訓練に熱が入っていた。

 今まではなんとなく習うだけの形だけの訓練が、確固たる信念を抱いて中身のある訓練へと変わっていた。

 守るということの難しさを痛感した、と一夏は言っていた。

 シャルロットを守れず、箒も守れず、テロリストに言いようにされた苦さ。

 世知辛い事実が一夏を奮い立たせたのだろう。

 今はまだ弱いが、千冬が思うにきっと強くなるはずだ。

 ラウラのように一点の強さに惑わされず、シャルロットのように他者に気を置き続けることなく。

 そしてもう一人。

 守落杏地。

 もう一人の男性装着者。

 彼は今回の事件ですぐにやられてしまった。物語で言えばわき役でしかない。

 だが、杏地がいたから千冬は間に合ったし、一夏は動き出すことができた。

 千冬からしてみれば今回の事件を解決に導く一手を打ってくれた勇敢な少年だ。

 普通の少年が危険に立ち向かうことは難しい。

 そのまま控え室で震えていたとしても千冬は責めなかった。有事の際に戦力となるように教育を受けた代表候補生とも、一度襲撃を経験した一夏とも違ってこの前まで普通の少年でしかなかったのだ。

 そして、今回の襲撃事件を受けて千冬の中に燻り続けていた一つの疑惑が表に出てきた。

 おそらく真耶の件にも、アリーナでの来賓が死んでいった件にも、IS整備室での襲撃者の惨殺死体にも、ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアの学園離脱の件にも、今回のほぼ全ての件に関わりがあるであろう生徒会。

 世界最強の称号ブリュンヒルデを持つ千冬も認める学園最強の存在。

 更識楯無。

 IS学園の生徒会長にして日本の暗部組織の若き当主、更には自由国籍を持ちロシアの国家代表。

 普通の少女ではありえない経歴を持つ楯無は常に千冬を警戒させる存在でもあった。

 何を考えているか分からず、教師側のみに回された機密情報もどこからか入手し、学園側と連携することもなく事件を解決する。

 敵なのか味方なのか。

 一夏に害をなす存在なのかどうか。

 答えを得る必要がある。



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終わりだけどちょっと

 最強はすぐそこにいる。生徒会室にいる。

 

 生徒会室は他の部屋とあまり変わらない。豪華絢爛な扉とかない。創作の世界じゃないのだ。部屋の中は結構さっぱりしている。四人で顔を突き合わせられる程度の折り畳み式の長机があるだけ。多少の小物があるけれど特別な物はない。唯一さっぱりとした空間の中で存在を主張している木彫りの熊があるだけ。

 生徒会室には更識楯無一人で仕事をこなしている。

 書類に目を通しては判子を押していく。

 紙の擦れる音と判子を押す音だけが生徒会室に響いていた。

 何もない。

 放課後の生徒会室は楯無とオレしかいない。

 さっきまでは織斑千冬がいて、今回の事件についてあれこれと追及してた。

 楯無がのらりくらりと回避していたけど。

 オレには気が付いてくれなかった。

 世界最強と言われても気が付けなかった。

 気が付いてくれる人間は楯無の他にはいない。

 楯無だけが気づいてくれる。

 オレに気が付いてくれる。

 もしも楯無がいなくなったら、楯無がオレを無視するようになったらと思うとゾッとする。

 誰にも気が付いてもらえなくなる恐怖。

 楯無に見捨てられたらと込み上げてくる恐怖。

 怖いんだ。

 楯無に見放されることが。

 だからオレは楯無の望む通りに山田真耶を自己犠牲ありきで仕留めた。

 おかげでこっちも毒で暫く大変だった。

 なんせ衰弱して全く動けないし、虚の奴がオレの身の回りの世話を理由にやりたい放題してくれやがるし、本音は癒しでオッケーだし、楯無は意味深な笑みを浮かべるだけだし。

 今は毒も完全に抜けて肉体的にも回復したが、仕事をする気はさらさらない。

 楯無からは居てくれればいい、とスカウトされたのだ。仕事するわけがない。

「楯無。また襲撃とかあったりするのか」

 今回は無事に撃退した。

 事前に情報収集できたこと、相手が高が学生と甘く見積もっていた為にオレたちが優位に立つことができた。

 そもそも楯無がいる時点でこちらの勝ちは決まっている。

 完璧超人は名前だけじゃない。

 テロリストがいかに腕の立つ相手であったとして楯無にしてみれば赤子の手を捻るよりも簡単なことだ。

 世間一般のもてはやすだけ強さじゃないのだ。

 織斑千冬が十人に分身して総攻撃仕掛けてきても楯無が苦戦することはないはずだ。

 今回の結果を受けて、二度とテロリストが襲撃してこないことを期待したいが、物騒なこと考える奴らには無駄な期待だろう。

「分からないわ。ただ私たちの害にならなければ放っておいてもいいんじゃないの」

 書類の処理は止まらず、どうでもいいと口にした。

「そういうもんか」

「そういうものよ。今回は害もあったし、轡木さんから依頼があったの」

「轡木のジーサンが。聞いてないけど」

「言ってないもの」

「マジか。もしかしてオレだけか」

「虚ちゃんにも本音にも言ってないわ。言っても言わなくても変わらないから」

「確かに変わんないけどさ」

 微笑むだけで終わった。

 変わらない。

 その言葉がオレたち三人への評価だろう。

 言っても言わなくても従順に従う存在。

 決して対等な立場ではないこと。

 拒否権がないこと。

 虚は崇拝している。自分より圧倒的に優れている楯無を神のように信頼し、決して袖を分かつことはない。

 本音は依存している。アイツは頭がいいくせに考えることを放棄して、楯無の指示に疑問を挟むことなく遂行する。楯無が指示を与えなければ何もしないし何もできない奴になってしまっているのだ。のほほん癒し系だけどな。

 オレは縋っている。人に気づかれにくい体質であっても楯無だけがオレの存在を必ず見つけてくれるのだ。ほかの誰もがオレに気が付かない中で。そんな楯無がもしもオレを見つけられなくなったら、オレに価値がなくなって無視されるようになったらと。絶望して心が壊れてしまいそうだ。

 オレたち三人が楯無を裏切ることは万に一つもない。それぞれが楯無にもたれかかって自分の足では立てなくなってしまっているのだから。

「一年生はもうすぐ臨海学校。きっとまた何かあるんでしょうね」

 楯無が言うと真実になりそうだ。

 発言には気を付けてほしい。

「本音一人じゃ大変そうだな」

「ああ、大丈夫よ。本音には他の生徒たちと同じように楽しみなさいと言ってあるから」

「それでいんじゃねーの。アイツはのんびりしてるのがお似合いだよ」

「どう、せっかくだから一緒に臨海学校に行ってくる?」

「そりゃあないない。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんさ」

「それは残念」

「何が残念だよ。オレは平穏が一番好きなんだぜ。今回みたいな直接戦闘は勘弁だぜ」

 毎回毒でばたんきゅーはさすがに嫌だ。

 と言ってもまた楯無の思惑通りに動く時がくる。

 その時が暫く来ないことを願うしかない。

 木彫りの熊に祈るか。祈るしかないか。

 




 非常に雑な流れですがこれにて終了となります。
 何コレ?と思われる終わり方で申し訳ありませんでした。


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あとがきといいわけ

 この度は『IS 生徒会にてちょっと』に目を通していただきまことにありがとうございます。相変わらず稚拙な作品しか出せない未熟者でありますので、皆様の評価や感想の一つ一つが非常に勉強になりました。勉強させていただきましたが、皆様の感想に対して何ら返信できなかったこと、それを作品改善の糧とすることができなかったことを大変申し訳なく思います。

 さて、今回の作品は単純に「楯無って学園最強・暗部の長という割になんとなく強いイメージがないなぁ」と「とりあえず学園最強にしてみようかなぁ」という漠然とした思いつきで作ってみたものです。

 なんというか案の定、原作設定を反映できない出来上がりとなり見事な打ち上げ失敗となってしまいました。

 やはりその場その場の思いつきで作るのは駄目なのでしょう。

 今後もこんな感じでフワッと明確な形のない作品を垂れ流していくのかもしれません。

 願わくば、ほんのちょっとの暇つぶし程度になればいいなと思います。

 

 

 

 

 雑キャラ紹介

 

〇主人公

 作中で本名が明かされることのなかった少女。虚とか楯無がコスプレさせたいと思う程度には美少女。楯無以外には気が付かれない隠密スキルの持ち主ではあるが、このまま誰にも気が付いてもらえなくなったらどうしようという恐怖を抱えている。

 好きなものは木彫りの熊

 趣味は無銭飲食(犯罪)

 生徒会メンバー最弱

 

 

〇更識楯無

 完璧超人にしてIS学園最強。千冬よりも強い。暗部の当主となるために人権の有無を疑うような訓練を施され、女という弱みを消し女という武器を最大限に使えるように凌辱の限りを尽くされ完成した少女。基本的には原作のように立ち振る舞うが、実際は感情などないのではないかというくらいに淡々としている。シスコンではないので、簪のことは何とも思っていないが、一つのキャラ作りとして気にかけている風を装っている。生徒会メンバーとは主従関係にあるがそれ以上の関係にはなっていない。実は友達ですらない。

 生徒会メンバー最強

 

 

〇布仏虚

 更識楯無を崇拝している少女。自他共に認める天才だったが、楯無の存在によって打ちのめされ壊れかけてしまったが、楯無を崇拝することで自己を保つことになる。楯無至上主義なので、必要とあれば本音を犠牲にすることも辞さない。原作と全てにおいて違い戦闘力も高い。

 生徒会メンバー二位の実力者。

 

 

〇布仏本音

 更識楯無に依存している少女。のほほんとしているが非常に頭の回転が速く、姉に勝るとも劣らないのだが、一度手痛い失敗をしてから自分の考えに自信がなくなり、楯無の出す指示に従う指示待ち人間と化した。ちなみに方法について細かく指示がない場合は、指示を逸脱しない程度には自分で考えて動くことができるが、あくまで責任が自分にのしかからないことが前提となる。原作と違い超がつくほどの怪力の持ち主。

 生徒会メンバー三位の実力者。

 

 

〇更識簪

 原作同様の状況にいる少女。姉には負けるが天才少女で実力もかなり高いが、元々の内気な性格と楯無が常識に当てはめられないレベルの天才だった為にいまいち実力が評価されていない。姉がいなければ千冬並みに強くなれるが、姉がいる為に強くなりきれない。

 

 

〇レキシー・イケェラシー

 オリキャラ。ちょい役の人。素手の格闘戦が得意なのだが楯無には全く及ばない影の実力者。実は亡国機業側の人間だが、楯無に敵わないこと、ISを提供されたこと、事件当日に亡国機業側の人間が次々と殺害されたことで楯無側に寝返った、という裏設定があるのだが一切描写できずに終わったキャラ。

 

 

刀垣(かたながき)剣豪(けんごう)

 オリキャラ。ちょい役の人。剣での戦いが得意なのだが楯無には全く及ばない影の実力者。実は亡国機業側の人間だが、楯無に敵わないこと、ISを提供されたこと、事件当日に亡国機業側の人間が次々と殺害されたことで楯無側に寝返った、という裏設定があるのだが一切描写できずに終わったキャラその2。

 

 

守落(かみおち)杏地(あんじ )

 転生特典とか一切ない転生オリキャラ。二人目の男子としてIS学園にやってきたが、才能実力共に一夏には及ばない人。どこか完全に現実と捉え切れていない部分があるために都合のいい時は現実、都合の悪い時は物語と逃避してしまうことがある。専用機持ちではない。

 

 

 

 

〇量産専用機

 質を落とすことで量産化に成功したIS。

 量産機ではあるが、生産コストが馬鹿にならないほど高く量産できない。

 コアネットワークが存在しないのでIS同士での通信や情報共有ができない。

 セカンドシフトといった進化ができない。

 部分展開ができない。

 それ以外の面ではオリジナルのISぶつかり合えるほどのスペックを持つ。



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