【短編】荒木比奈がデレステ18禁本を見つけた話 (夢ノ語部)
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比奈ちゃんかわいい
346プロの談話室。多くのアイドルを抱える事もあって、普段は華やかな雰囲気に包まれている談話室だが、今日は様子が違った。
「はぁ〜……どうしたもんッスかねぇ……」
談話室の端でどよーんと影を落とすのは、346プロの中堅アイドルの荒木比奈だ。
荒木比奈はいわゆる生産系オタクであり、プライベートを優先したスケジュールでアイドルとして仕事をしている。それでも中堅アイドルな事から、実力ならトップアイドルとしても通じると言われているほどだ。
アイドルになった当初ならいざ知らず、現在の荒木比奈がこうして人目のある場所で悩んでいる姿を見せるのは貴重なものであった。……ただし夏と冬のアレの前を除く。
「あの……比奈さん、大丈夫ですか?」
「あれー比奈っちじゃん、元気なさげ〜?」
「はい、荒木さん、元気がないときは眼鏡ですよ」
「あれ、比奈ちゃん、ぶっ……! な、なんで眼鏡を2つもかけてんの!」
基本的に良い子ばかりの346プロのアイドル達は次々に声をかけるが、荒木比奈は「大丈夫大丈夫」と答え、全く大丈ばない雰囲気でまた頭を抱えるのだった。
「なんでアタシがこんな事で……はぁ……」
当然、談話室が使える状況ではなく、その苦情や相談は荒木比奈の担当プロデューサーに行くのだった。
◇◇◇
「あー……」
相談を受ける側のプロデューサーも、自分のデスクで死んでいるのだが。
「ひぃーなぁー……」
「ちち、違いますプロデューサー! 私、比奈さんじゃないです、千枝です! 佐々木千枝です!」
にじり寄って来たゾンビ、もといプロデューサーに佐々木千枝は慌てて否定する。どこからどう見ても事案なのだが、346プロは機密保持の関係からプロデューサー事に個別の部屋が割り当てられているので、幸いなことに目撃者はいなかった。
「あ、あれ? 千枝ちゃん? 比奈は?」
「え~〜っと……」
本当にプロデューサーに相談して良いものか、本気で悩む11歳。佐々木千枝はダメ男の匂いを感じられる少し大人な女の子なのだ。
それでもダメ元で相談してみる。プロデューサーの落ち込み方から、荒木比奈が落ち込んでいる理由と関わりがありそうだと思ったからだ。
「あー……いや、実は、もう比奈には話を聞きに行ったんだよ」
佐々木千枝は、やはりプロデューサーは頼れる男性なのだと思い直した。
「そしたら話をする前に逃げられた」
佐々木千枝は、もうプロデューサーに頼るまいと考え直した。
「千枝ちゃん待って待って! お願い!」
そう言われれば待ってあげる。佐々木千枝は優しい少女なのだ。
「なんで比奈が俺を避けてるのか聞いてきてもらえない?」
「おつかれさまです」
佐々木千枝はほんのちょっぴり大人になった気がした。
◇◇◇
「で、なんで杏の所に来ちゃうかな」
「比奈さんと杏さんの仲が良いと聞いたので……ご迷惑でしたか?」
大人は役に立たない。
そう学んだ佐々木千枝は、双葉杏のところに来ていた。
「迷惑とかじゃなくて、アイドルの精神状態の管理とかプロデューサーの仕事じゃん? 杏がその仕事をとっちゃうのはどうかと思うんだよね〜」
大人(駄P)は役に立たない。
学んだばかりの佐々木千枝に頼れるのはアイドルだけなのだ。
「もうっ杏ちゃん、そんな事言ったら駄目だにぃ。せっかく杏ちゃんを頼って来てくれてるんだよぅ」
尚、佐々木千枝が双葉杏の元に辿り着くために、諸星きらりに協力をあおいでいた。諸星きらりは皆の頼れるお姉さんだ。
「あと、きらりも、比奈さんが落ち込んでるのどうにかしたいなって思うんだけど、杏ちゃんに協力してほしいなぁ〜って」
「え〜〜……なんで杏がそんな面倒くさいこと、比奈と仲がいいっていうなら、ユリユリとか春菜とかいるじゃんか」
双葉杏が大西由里子、上条春菜の二人の名前をあげる。もちろん佐々木千枝もそれは考えたのだが。
「それが……今、接触禁止令が出てて」
「あ」
腐女子とメガキチ。どちらも小学生に悪影響を与えかねない強烈なキャラクターである。
アイドルの為にキャラ作りをしているみくにゃん(笑)などとは違い、趣味の為にアイドルをしている彼女たちはそれが素なのだ。
その強烈なキャラクターゆえ、問題が起きたときには、こうして年少組との接触禁止令が出ることがあるのだった。
尚、荒木比奈、上条春菜、佐々木千枝は同グループで活動しているのだが、同グループで活動していようが、年少組の健やかな成長の為にはこれは必要な処置なのだ。
「もぅ仕方ないなぁ〜。私も比奈が落ち込んでいるのは気になるし、ちょっと聞いてくるよ」
「杏ちゃん!」
「杏さん!」
「あーもう、期待しないでよ、駄目で元々なんだから」
「うんうん、分かってるにぃ☆」
「ありがとうございます!」
「全然分かってない……あーもう面倒くさいなぁ……」
◇◇◇
「で、比奈、なんで……眼鏡2つかけてるの?」
荒木比奈は驚いた。働かないことに定評のある双葉杏が働こうとしていることに。
双葉杏が動く程に、今の私は酷い顔をしているのかと思い、しているのだろうなと納得した。
衝撃を受け流せていないのは、誰よりも荒木比奈自身が知っているのだから。
「あー、うん」
そしてその驚きで冷静になって見れば、佐々木千枝と諸星きらりが柱の影に隠れているのも見えた。あと言われたとおり眼鏡が2つあるのにも気づいた。
「……まぁ眼鏡は置いとくっス」
誰がやったのか分かりきってるし、とてもどうでもいいことだった。
「随分心配をかけたみたいっスね」
「全くだよ。イベントも終わったとこでしょ? そんなに凹むようなことでもあったの? 在庫の山を抱えちゃったとか?」
「あー、いやー、ははは」
もちろん荒木比奈の同人誌は完売している。壁サークルは伊達ではないのだ。
双葉杏もそれを分かって聞いている。つまりとっとと理由を話せということだ。
しかし、そうそう話せる事態ではないので荒木比奈も引く訳にはいかない。特にこんな場所では話す訳にはいかなかった。何を言われても流す自信が荒木比奈にはあった。
「もしかして、プロデューサーが何かした?」
「は、はああああああ!?」
が、その自信はすぐに崩壊した。荒木比奈の頬が一気に赤くなり声を荒らげる。
その反応は一定以上の察しがいいアイドルに確信を与えるには十分だった。
黙って様子を見ていた大人アイドル組が、鉄拳制裁を加えるべく行動を開始した。双葉杏も社会的制裁を与えるべく携帯を取り出した。
「あ! ご、誤解ッス! 何もされてないッスよ!」
流石にこれは不味いと荒木比奈は双葉杏を止めに入る。尚、大人アイドル組には気付かなかったので止めていない。
「えー、んじゃ、なんでプロデューサーを避けてたのさ」
「それは……」
話さなければプロデューサーが無職になる。荒木比奈はここに退路を断たれたことに気づいた。
「はぁ……杏ちゃんには敵わないッスね。でもここじゃあアレなんで、後で杏ちゃんだけでウチに来てほしいッス」
「私だけ?」
「ッス」
他の人には伝えられない事、つまりはとても面倒事なのだと双葉杏は察した。少し顔を顰め、次の瞬間脱力した。
荒木比奈にとって、今回の問題で頼れる相手は少ないのだと言う事も、双葉杏は同時に察したゆえに。
「はぁ、仕方ない……ない……ないなぁ……あーもう、これでつまんない事だったら怒るよ!」
「いやー頼りになるッス」
双葉杏も本気で頼まれれば嫌と言えない、つまり良い子なのであった。
◇◇◇
諸星きらりと佐々木千枝を帰し、二人は荒木比奈の家に着いた。
部屋の中は典型的なオタク部屋なのだが、その片隅にはパソコンと机、本棚の距離が近い作業スペースが設けられている。
普段は片付いている作業スペースなのだが、現在は薄い本が乱雑に積み上がり到底作業できるようには見えない。
「アレってこないだのイベントの戦利品? 比奈にしては少ないよね、コピー本ばっかだし」
双葉杏は嫌な予感がして猛烈に帰りたくなったが、それを飲み込んでとぼけて聞いてみる。アレが荒木比奈の変調の原因なのは明らかだった。
「……何も言わず、ソレに目を通して欲しいッス」
「あ、杏、17歳だから……」
「ここまで来て逃げるなんて許さないッスよ! 大体、面白ければ良いよーって、18禁だろうがゲームしたり、同人誌借りてったりするじゃないッスか!」
コピー本の表紙にはR-18の文字がハッキリと書かれている。上手下手に関わらず、様々な絵柄の表紙で、別の人がそれぞれ作成したのが分かる。
裸の絵ならまだしも、着衣の絵から双葉杏はその内容を察して、頭が痛くなってくるのを感じた。
逃してくれそうにないし仕方ないのでどうせならと、荒木比奈がプロデューサーを避けていた原因と思われる本を手に取った。
「うぇ! よりによって……」
「はぁ……実在人物の同人誌って禁止じゃないっけ。うわ、プロデューサーも結構似せてるね、これ股間のサイズも似てるの?」
「知るわけねーッスよ!」
その本の内容は荒木比奈とプロデューサーの打ち合わせと称してのチョメチョメ本だ。逃げたくなる気持ちも察してあまりある。
他の本を軽く流し読みすれば、そこにあるのは全て346プロの在席アイドル達の18禁本だった。中には双葉杏の枕営業本もあった。
「うわぁ……」
「新刊交換の時に、間違えたのかこういうのを渡してきた人がいて存在が発覚したッス。他の本を買ったときにおまけの無料配布してたっぽいッス。で、他にもあるのかと問い詰めたら……出るわ出るわ」
つまり同人即売会というアングラの中の、更に裏でやり取りされていた本だった。
「ひ、比奈が、この比奈本を受け取ったの?」
「うぅぅ……」
荒木比奈の反応と、その場の想像をするだけで、双葉杏は居た堪れない気持ちになった。もうなんというか、放り出したい。
「プロデューサーに相談」
「出来るわけねーッス!!」
「ですよねー」
もう半泣きである。真っ赤で半泣きなアイドル、写真を取れば高値で売れそうだとか、双葉杏は少し現実逃避してそんな事を考えていた。
「大体、346プロが問題視したら、即売会自体が禁止になるッス」
「あー、まぁ圧力をかけるぐらいは出来るだろうし……潰してもおかしくないね」
「そうなんスよー! もうアタシどうしたらいいか……!」
潰れるなら潰れるで仕方ないんじゃないの、と双葉杏は思ったが、荒木比奈の手前そういう訳にもいかない。
「はぁ、面倒くさいなぁ」
双葉杏はため息をついた。
比奈ちゃんのエロ本を比奈ちゃんに渡す人になりたい。
で、真っ赤になって「なな、なんでアタシなんッスか」って微妙にずれた問い詰められ方をしたい
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