ダンジョンで魔法チートするのは間違ってない (みゃー)
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俺、ルイス・フォレスは、とある小さな村の小さな農家に生まれたただの村人だ。

 

いや、だった、と言うべきなのだろうか。

 

その日、俺は何時もの様に村の同い年のガキ大将のイルの奴に思いっきり突き飛ばされ、家の壁に強かに頭を打ち付けて気を失った。

 

そして思い出した。

 

何をって、前世の記憶をだ。

 

前世の記憶って言ってもとある人物がどんな人生を、だとかそういうのじゃないから、語弊もあるかもしれないな。

 

俺が思い出したのはここじゃないどこかの世界の、娯楽作品。色々なアニメ、ゲーム、小説等々の知識である。

 

そんな記憶を思い出した俺は、起きてからすぐに数日、熱を出して寝込んだ。打った頭もでっかいたんこぶが出来て血が出ていたらしいし、親にはかなり心配された。遠い町の医者にまで連れて行かれそうになったが、俺は何とかそんな親を引き留めた。正直ただの知恵熱だと思うし、動くと頭が痛くて移動できそうにないし。

 

そして数日後。熱も引いて何とか動けるほど大丈夫になってきたので、冷静になって考えることにした。

 

俺が思い出したこの知識の数々。Fateやテイルズ、空の境界等々。一体この知識が何なのか、そもそも自然と確信してしまっていたが本当に前世の記憶なのか、それすらも分からない。

 

だが、一つだけわかることはある。

 

そう、それは一つだけ。

 

『何こいつらかっこいい』ってことである。

 

剣使いの赤いアーチャーだとか、死を見る目を持った和服美人だとか、「俺はわるくねぇ!」の聖なる焔の光だとか…いやぁ、何だこいつら。

 

俺が今まで生きてきた十何年間が空白に思えるほどの胸の高まり。熱い思い。感じるロマン。俺はその記憶に、かなり魅せられたのだ。

 

ところで話が変わるが、この村からかなり離れた場所にとある都市ーーー『迷宮都市オラリオ』がある。

 

その名の通り、ダンジョンと言われる迷宮を地下に、バベルと呼ばれる天まで届かんばかりの塔で蓋をして、それを中心に街が広がる。

 

ダンジョンを挑むため、冒険者達が集う街。それがオラリオ。

 

もう常識となって久しいが、娯楽を求めて下界に降りてきた神々は、その多くがオラリオでファミリアを作ってダンジョンに潜っているらしい。

 

うん、もうここまで語ればわかるだろう。

 

思い出した知識の数々。俺はこれを駆使して、オラリオで知識の中の主人公達の様に冒険をしてみたいのだ。

 

親に話すとかなり驚かれたし心配もされたが、最後の最後に納得してくれた。なんでも父親もオラリオにいった事は流石に無いが、幼い頃村を飛び出して外に出たことがあるらしく、流石は俺の息子だと俺をほめてくれた。母親は渋い顔して父親をたしなめていたが、どうやら若い芽を狭い村に押し込めておくのもなんだし、という事で許してくれた。理解のある両親を持って俺は幸せ者だ。

 

そうして俺はオラリオに向けて旅立った。

 

目指せ主人公。目指せハーレム。

 

齢14歳。ルイス・フォレス。俺はオラリオで最強になってやるぜ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

なれませんでした。

 

現実は厳しい。オラリオに着いたはいいが、俺のようなガキを取ってくれるようなファミリアはそうは無かった。

 

そう、つまり俺はダンジョンに入る事すらできず、ファミリアに所属する事すらできず。最近やっとできた夢が、もう頓挫しようとしていた。

 

くっそ、もう村から持ってきた金もつきかけている。俺はなんとしてでもファミリアに所属しなければならないのに…!

 

「やあ、そこの少年。うずくまって何をしているんだい?」

 

話しかけられたのでその声の方を向くと、小さな女の子が仁王立ちして俺を眺めていた。

 

「…もしかして、神様…?」

 

一目でわかる。完成された美、そこにいるだけで普通の人間とは違う存在感を感じることが出来た。

 

「うん。僕はヘスティアっていうんだ。君は?」

「…俺は、ルイス・フォレス」

「そうかい。じゃあルイス君。こんなところで座り込んでどうしたんだい?屋台の隣でそんなに暗鬱そうな顔で座り込まれてしまうと、売り上げが下がってしまうよ」

 

見てみると隣に『じゃが丸くん』というコロッケを売っている屋台があった。それに気づいて遅まきながらにいい匂いが漂ってきた。と言うかヘスティア様がそのじゃが丸くんを一つ手に持っていた。

 

「ああ、そりゃすまん…いや、すみませんでした」

「あはは、そんなに畏まらなくていいよ。それよりもどうしたんだい?何か困りごとでもあるのかい?」

「いや…そんな、初対面の神に…」

 

そこまで行って、俺の腹がぐううぅ、となった。しまった。

 

「ぷっ…ははは、大丈夫?お腹減ってるの?」

「…じ、実は昨日からなんも食べてなくて…」

「そうかいそうかい。じゃあちょっと待ってね」

 

そういうと、ヘスティアは手に持ったじゃが丸くんを半分こにして俺に渡してきた。

 

「はい」

「…え?い、いいんですか?」

「うん。子供達がお腹を空かせているのを見て、何もしない程僕はくさっちゃいないからね!」

 

にっこりと微笑むヘスティア。俺は女神を見た。

 

「それで?もう一度聞くけど、何か困りごとかい?僕は今お昼の休憩時間中だからね。時間内までなら、話しくらい聞くよ?」

 

と言って隣に座って、ヘスティアは完全に聞く態勢だ。

 

俺はその姿勢に負けて、取り合えず話だけでもする事にした。

 

「…つ、つまり、君はあれかい?ふぁ、ファミリアに入りたいけど、どこも受け付けてくれるファミリアが無くて困ってる…って、そ、そういう事なのかい…!?」

「えっと…そうなります…」

 

神様が何か色々と手をワキワキしながら目を見開いて俺を見てくる。え、なにこれこわい。

 

「ふ、ふふふ…君は実に、実に運がいい。そう、なんせ僕が今、目の前にいるのだから!」

「えっ、それってどういう…!?」

「僕はヘスティア。ヘスティアファミリアの主神さ。実は今、ファミリアの団員が少なくて困っている所でね…!なんなら、僕のファミリアに入るっていうのは…」

「は、入ります!」

 

俺は思わずヘスティアの手を取って即答した。ヘスティアの顔がぱあっと明るくなって、手をそのままぶんぶんして顔を近づけてきた。

 

「は、入ってくれる!?本当にかい!?やった、やったよベル君!団員二号を捕獲成功だ!」

「…ん?」

「えへへ、それじゃ早速ホームに…ああ!バイトがあるんだった!ちょっと待っててねルイス君!僕今から休み貰ってくるから!ここから一歩も動かずに待ってるんだよ!」

 

今二号とか、捕獲とか言ってたような…あれ、少ないっていっても、俺を含めて二人ってわけじゃ無い…よね?いや、無い無い。そんなのないない。

 

一抹の不安を振り払うように、俺はわたわたと店長の所に突撃して怒られているのを眺めていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「と、言うわけで団員二人目、ルイス・フォレス君だよ!ベル君、先輩として仲良くしてあげるんだよ?」

「わ、わあああ!やりましたね、神様!僕らのファミリアに、ついに新しい団員が…!」

 

二人目だったらしい。ファミリアに大小があるとは聞いていたが、まさかこんな零細ファミリアが存在するなんて思いも…いや、まあどこのファミリアも受ける恩恵は一緒らしいし、問題は無いと思うけど…。

 

「僕はベル・クラネル!よろしくお願いします、えっと…ルイス、君?」

「あ、はい。よろしくっす、ベル先輩」

 

そういうとベルと名乗った白髪赤目の少年が、心底嬉しそうに顔をゆがめた。

 

「先輩…僕が…先輩…」

「べ、ベル君!戻ってくるんだ、ベルくーん!」

 

先輩。その言葉は今までソロでダンジョンに潜っていたベルにとって、魅惑の言葉に聞こえてしまったのかもしれない。

 

「で、でも…多分見た目で同い年くらいだし、もっと気軽に読んで欲しい…かな?」

「じゃあ、俺の事もルイスって呼んでくれ。えっと、ベル?俺も呼び捨てでいいか?」

「うん!よろしく、ルイス!」

 

こうして俺はヘスティアファミリアに入る事となった。

 

「早速【神の恩恵】を刻もうか!」

「お、お願いします」

 

そういう訳でベッドに仰向けに寝転がって、その上をヘスティアがまたがる。俺の尻にヘスティアの体重と柔らかい感触やら暖かさやらが伝わってくるが、何とか理性を働かせる。

 

そして背中をこねこねされること数分。

 

「できたっ!」

 

俺の【ステイタス】が出来た。神様が紙にその内容を映して、俺に手渡してくる。俺はそれに早速目を通した。

 

 

 

ルイス・フォレス

LV1

 

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

 

《魔法》

【魔本召喚】

・魔法の記された魔本を召喚する

・呪文により魔本の種類が変化

・魔本は総じてページ数250ページ

・ページは魔力の量に応じて回復する

【魔本操作】

・魔本を操作する

・1ページに一つの魔法を記すことが出来る

・一度記した魔法は消すことが出来ない

・一度使った魔法に該当するページは消える

・許容量以上の魔法を行使した場合、暴発する

 

《スキル》

無し

 

 

 

「初めから魔法を持っているなんて、すごい事だよルイス君!君には才能がある!」

「ええっ!ルイス、魔法が発現したの!?」

「おう。らしいぞ」

 

無限の剣製とか直死の魔眼とかその辺のかっこいい魔法がよかった…と思うのは厚かましい事だろうか。

 

「いいなぁ…僕なんて、まだスキルも魔法も無いのに…」

「ベル君、焦っては駄目だぜ。きっとルイス君は魔法系の方面に育つだろうから、前衛はベル君がやらなきゃいけない。要は役割分担ってやつさ」

「魔法系かあ…」

 

それにしても、魔本って…魔法を記すって書いてあるけど、一体どの範囲の魔法まで作ることが出来るのだろうか。もしかすればこれを色々といじれば無限の剣製とかロードキャメロットとかアイアスとかエクスカリバーとかいろいろと再現できるかもしれない。

 

最後の欄がちょっと怖いけど、試さざるを得ない。ロマンを再現する…これもまたロマンなのである。

 

「じゃあ、新しい団員の参入を祝して、今日はどこか食べに行こうぜ!ベル君、ルイス君!」

「はい!そうですね、神様!」

 

楽しそうに笑いあうベルとヘスティアを見て、俺はこれから起こるだろう冒険に心を躍らせながら、二人の後をついていったのだった。

 

 

 

 

それにしても、やっぱりこの廃墟同然の教会の隠し部屋がホームって、なんかおかしいと思う。

 

 

 



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2

そして次の日。俺は早速ダンジョンに…の前に、ギルドに冒険者として登録をしなければいけないらしい。ベルが一緒についてくれるらしいので、早速行ってみる事にした。

 

「あ、エイナさーん!」

「ベル君。おはよう」

「おはようございますっ、エイナさん!」

 

にこやかに話しかけに行ったのは、ベルのアドバイザーのエイナさんという人らしい。エイナさんはベルに向き直っておかしそうに笑う。

 

「なんだか今日はベル君機嫌がよさそうだね」

「えへへ…実は、新しい仲間が出来たんです!」

「仲間…?って、もしかしてヘスティア・ファミリアに新しい団員が?」

「はい!ルイス、こっちだよ!」

「お、おう」

 

俺は前に出て頭を下げた。

 

「ルイス・フォレスです。よろしくお願いします」

「ご丁寧にどうも。エイナ・チュールです。ベル君のアドバイザーです。よろしくね、ルイス君」

「はい」

 

エイナさんはとても優しそうな、近所のお姉さんとかにいそうな感じの人だった。眼鏡の良く似合うエルフの女性だ。柔らかい笑顔で俺にそう言ってくるので、俺も元気に返しておく。

 

それから少しダンジョンに対する講義をエイナさんから受けて、切りの良い所で抜けて早速ダンジョンに行こうとしたら「装備も整えてないのに何ダンジョンに行こうとしてるの!?」とエイナさんに止められて、そこからさらに色々と講義を受けることになった。俺、勉強嫌い。

 

「いい?冒険者は冒険をしちゃ駄目。これは絶対なんだからね!ルイス君、なんか一人で突っ走るような予感がするから、しばらくはベル君と一緒に行動する事!分かった?」

「あっはい」

 

と言う感じで締めくくって、今日はお開きとなった。エイナさんは随分とお世話焼きらしい。

 

とりあえずエイナさんの言葉に従って俺の装備を簡単にそろえようという話になった。と言ってもヘスティアファミリアは非常に零細。俺が村から持ってきた残り少ないお金と合わせても最低限の装備も買えないようだ。

 

「とりあえずルイスの装備を揃えなきゃ…」

「俺は魔法が武器みたいなものだから、とりあえずは防具かな?」

「でもナイフ位は装備しておいた方がいいかもね。自衛できるように」

「それもそうな…でもそうなると…」

「うん…お金…が」

「…」

「…」

「…稼ぐか」

「…えっ?」

 

ダンジョンに行くための装備を買う為のお金を揃える為にダンジョンに潜るのである。これは必要経費、必要な試練だ。まだ時間も昼前、今から入れば数千ヴァリスは稼ぐことが出来るだろう。

 

「で、でもエイナさんは…」

「大丈夫だよ。換金もベルがやってくれればばれないって。それに、金が無いなら防具も買えないし、俺、ベルが稼いでくるのを何もしないで待ってるっていうのも嫌だぞ」

「…まあ、そう…かな?」

 

そういう訳でダンジョンに行くことになった。別に準備する暇があったらダンジョンに潜りたいとか、そんな事考えてる訳じゃないんだからね!

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「とりあえず僕が前に出てできるだけ敵を殲滅するから、ルイスは魔法で残った敵を…って、でもルイス、まだ魔法使った事ない…よね?」

「ああ。試運転くらいはしておきたい」

「そうだね。っていうか僕も魔法、見てみたい!」

「じゃあとりあえずこの辺で試してみるわ」

 

好奇心抑えられないウサギの様に目をキラキラさせるベル。俺は壁を目標に魔法を使ってみることにする。

 

呪文が頭の中に勝手に浮かんでくる。俺はそれを間違いなく口にする。

 

「【我が筆を伝い真実を記せ】

【この書は未だ名も無き可能性の具現】

【未熟なれどその在り方は歪みを知らず】」

 

そして、最後に一言。

 

「【顕現せよ、無名の書】」

 

詠唱が終わった。すると俺の手の上に光と共に黒い皮表紙の何の装飾もされていない本だ。

 

開いてみると中身は真っ白。全て白紙だ。

 

「わあ…これがルイスの魔法?」

「まあそんなもんだ。さて、ここからが本番だ」

 

俺は一ページ目を開いて、そこに魔法のイメージを書写するようなイメージを浮かべる。すると、白紙だったページに文字が現れていく。英語に似ているが、全く違う、今まで見たことの無い文字。だが俺はなぜかその文字が読める様だ。

 

「すごいすごい!ページに勝手に文字が書かれていくね!」

 

まるでヒーローを見る子供の様に目を輝かせるベルに俺は気を良くして、早速魔法を使ってみる事にした。

 

「【火よ在れ。ファイアボール】」

 

魔法はどうやらイメージ通りの効果を設定できるらしい。しかし消費魔力量と呪文は自動で設定される、と。

 

詠唱を終えると、次の瞬間、魔本から設定したページが本から離れて宙に浮き、ひゅぼっと燃えて火の球へと変化、壁へと素人が投げたボール程度の速度で迫って着弾、小規模の爆炎が噴き出した。

 

凄いな。本当にイメージ通りだ。本当にイメージ通りなのだが、なんというかこう、いちいち詠唱しなきゃいけないのがつらい。っていうか恥ずかしい。なんだっけ、思い出した記憶の中に、こんな感じの病気があったような気がする…中二病だっけ?

 

「おおおおおお!かっこいい!」

「…なんか、めっちゃはずい…」

「え?今なんて?」

「いや、なんでもねえよ」

 

物凄い中二病な感じだ。何が火よ在れだよ。俺の顔から火よ在れしてるよもう。まあベルがめっちゃ笑顔だから悪い気はせんが。

 

「ふむ…」

 

次に俺はもう一つ新しい魔法を作った。その名も『エンシェントノヴァ』。テイルズシリーズの魔法である。

 

「【咆えよ古の炎 不浄の生命を灰燼へと誘え、エンシェントノヴァ】」

 

先ほどと同じようにページが本から切り離され、宙に浮いて魔法が発動される。が、そのページがぴかっと光って爆発した。

 

そして俺の中で何かがごそっと消えていく感覚がして、眩暈に見舞われる。なるほど、強すぎる魔法は無理やり使おうとすると発動はしないし魔力もきっちりと消費されると。

 

見極めが重要だな。

 

まあ、それはさておき。

 

「これはいいな!」

 

っていうか、普通に多様性がありすぎて困る。便利すぎるだろうこれ。

 

「魔法は使えそうだね」

「ああ、時間取らせてわりぃな」

「ううん。必要な事だし、僕も見たかったから」

「じゃあ、そろそろ実戦に行くか。俺が支援するから、頼むぜ、先輩」

「うん!」

 

そうして俺はベルと一緒に敵を探しに歩き始めたのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ファイアボール!」

 

火球がゴブリンに当たって爆炎を巻き起こす。ゴブリンは悲鳴を上げて燃え上がって、そして一瞬にしてその肉体を瓦解させて魔石を残して消えていった。

 

向こうではベルがゴブリン2体を何とか倒し終わっていた。敵がいないことを確認して一息つく。ふう、そろそろマインドがやばいな。

 

あれから色々と調べて見てわかったことだが、どうやら現時点では初級魔法レベルくらいしか使うことはできないらしい。魔本のページの容量っていうのかな、それもかなり低いし、そもそも俺自身の魔力が持たん。再現できるのはテイルズで言うところのファイアーボールやウィンドカッターなどと言った、消費TP10以下の魔法ばかりである。それ以上は暴発ないし魔力が枯渇する予感がして使用は避けている。

 

「すごい…ルイスの魔法って、本当に色んなことができるんだね。傷も治してくれたし、ヒーラーも出来るだなんて凄いよ!」

「ああ、ファーストエイドな。まあ俺のイメージがある程度固まってたら結構なんでも出来るっぽいし、かなり便利だぜ」

「僕も魔法使えるようになりたいな!シャイニングボンバー!とか、アルティメットヒートー!とか!」

「ご大層な魔法だな。ベルにはあんま似合ってないかも…」

「そ、そんなあ」

 

がっくり肩を落とすベル。だけどすぐに笑顔を取り戻して俺に向き直った。

 

「うん、でもルイスがいると心強いよ。これから一緒に頑張っていこう、ルイス!」

「おう!」

 

けど、そろそろマインド切れるし時間も時間だから帰ろうなって言ったら、顔を真っ赤にして頷いた。ベルって結構抜けてるところありそうだよな。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

そういう訳でギルドまで戻って換金を行う。俺も換金が初めてだったからベルにレクチャーしてもらう事に。一緒にギルドに入って魔石をお金と交換する。

 

それにしても、なんか忘れてる事があるような…?

 

「思い出せないならきっと大した事ないよ」

「そうかね…」

「そうなのかしら?」

 

その時、一気に場の温度が下がった。俺はゆっくりと後ろを振り返り、その声の主を見つける。ベルは顔を真っ青にして震えていた。

 

「やべっ…」

「るーいーすーくーん?まさかそんな裸同然の装備で、ダンジョンに潜ったとか、そんな事言わないよねぇー?」

「あっはい」

 

それから説教が1時間ほど追加された。なぜかベルも一緒だった。聞けばベルも冒険者になってから数週間ほどしか経っていないアマチュアだったらしい。

 

俺はベルと一緒にエイナさんのありがたいお説教がダンジョン講義に入って時間が長引く事をヒシヒシと感じつつ、冒険初日はこうして幕を下ろしたのだった。

 

装備買お。

 

 




実際は無名の書で使える魔法はTP30以下のフレイムランスとかその辺りの魔術なんですけど、今はルイス自身の魔力が少なくてこうなってます。

誤字脱字、ご感想など、心よりお待ちしております。


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っべー投稿する話間違えたっべー。

東方のプロットの方投稿しちゃったっべー。まじっべー。

すぐに直しましたけどはずいっべー。

まじっべー。べーわ。っべー…


ベルとダンジョンに潜ったり、一人でダンジョンに潜ったり、一日中潜ってたり次の日の昼まで潜ってたりしていたらエイナさんと神様にこっぴどく叱られた。行けそうだったから行っただけなのに、ちょっと過保護すぎやしませんかね。

 

挙句の果てに次徹夜でダンジョンに入ったら1週間ダンジョンに入るのを禁止にするとか言われたので断腸の思いで控える事にしたけど、でもなんか釈然としない。

 

「あはは…ドンマイ、ルイス」

 

ベルはそういって笑ってたけど、お前だって一人で良く潜ってるの俺知ってるぞ。何バレてないからって他人事の様に言ってんだおい。エイナさんにチクるぞこら。

 

そんなこんなでお金も溜まったので武器(ナイフ一本)と防具(ベルと同じような軽装備、ただし黒色が基本)もそろえて、すでにオラリオでの生活が当たり前となり始めた今日この頃。

 

俺は、今日も今日とてダンジョンに潜るのだった。

 

 

 

 

 

 

ダンジョンとは、魔物の巣窟。魔物の母親の胎内である。

 

つまり、ダンジョンは壁から天井、床に至るまで、そのすべてが魔物の卵。魔物はどこからでも現れる。現れて、本能の赴くままに人間を襲うのだ。

 

こうした魔物たちは放っておくとダンジョンの外へと出て来るらしいので、俺のようなダンジョンを冒険する事で生計を立てる冒険者たちは、こうしてダンジョンに生まれる魔物を駆逐して魔石を回収、そうしてお金を稼ぎながら知らず知らずのうちに平和を守っているという訳である。

 

まあ、俺は金と、それと実力さえ手に入れば後はどうでもいいんだけどな。ダンジョンとはそういうものだと理解するのも大事だとエイナさんに叩き込まれた結果である。

 

「【火よ在れ、ファイアボール!】

 

俺が繰り出した火球は寸分の狂いもなく魔物へと迫り、爆炎へと包み込む。最近では魔力の量を少し増やしても問題ない程度には魔力も増えてきたし、とある理由で魔力をバンバン使いやすくなったので前以上に魔法をぶっぱしている。

 

ちょっとコツがいるが、実は複数のページの並列起動も可能だ。まあ並列起動って言っても同じ種類の魔法に限るけど。例えばファイアボール三連発とかな。

 

これを使えば組み合わせでまったく新しい魔法が生み出せるんじゃないかと四苦八苦中だが、中々うまくいかない。要研究だな。

 

「ねえルイス…」

 

と、俺が魔法に対して思いをはせていると、隣で倒した魔物の魔石を拾っていたベルが話しかけてきた。いつもの能天気な感じじゃなくて、様子がおかしい。何か気になることがあるようだ。

 

「なんだ?」

「…なんだか、嫌な予感がするんだ。前の階層と違って魔物の数も少ないし、それに、雰囲気も…」

 

俺はベルの言葉にうなずいた。どれも事実だったし、最後の言葉の言わんとすることも分かったからだ。

 

今日のダンジョンは何か様子がおかしい。雰囲気が重いっていうか、空気が冷たいっていうか。魔物も全然いないし、耳が痛いほど静寂に包まれているのだ。

 

まあ、それも当たり前なんだがな。

 

「やっぱり、エイナさんの言いつけ破って5階に来ちゃったのはまずかったかな」

「ああ。多分これがエイナさんがゆっくり進めって言ってた理由なんだろうな」

 

恐らく、これが5階層の空気なのだろう。なるほど、なんだか身体が緊張するし、息がつまる。いつも2、3階と4階の入り口辺りをウロチョロしてた俺たちには、まだ5階層は早かったのかもしれないな。

 

ただ、出てくる魔物は簡単に倒せるんだけどなぁ…。

 

「どうする?今日はもう帰るか?」

「…ううん。もうちょっと奥に行きたい。この感じだと、全然いけそうだし!」

「そっか。んじゃ行くか!」

「うん!」

 

そういう訳でさらに奥へと進む事になった。

 

まさか、この判断が後に大きな転換のきっかけになるとは、この時は俺もベルも、思いもしなかったのである。

 

 

 

 

 

 

「敵、発見!コボルト3体にゴブリン2体!」

「了解!支援お願い!」

 

そういってベルは果敢に飛び出していく。

 

3回目の戦闘だった。俺とベルのコンビネーションは素人ながらに結構良くなってきている。二人で潜っていると自然と役割分担が出来てくる。例えば俺が敵の数の把握、戦況の確認、後方支援を行い、ベルが前にでて前衛、壁役、そして殲滅を行う、といった具合にだ。

 

駆け出したベルにコボルトのうちの一体が衝突する。短刀でうまく相手の攻撃をいなして、隙をついて突き立てる。「ぐぎゃッ」と汚い悲鳴を上げて固まるコボルト。しかしまだ致命傷には至っていない。

 

ベルに他の魔物が襲い掛かろうとするので、俺がそれを阻止する。ファイアボールなどと言ったゲームの魔法は敵に着弾するまでちょっとだけタイムロスがあるので、ここはオリジナル魔法を使う事にする。

 

「【疾くあれ姿見せぬ魔法の矢よ、マナ・アロー】三連発!」

 

一気に3枚のページが剥がれて、すぐに目に見えない魔力の矢へと変換、音も無く打ち出されベルを襲おうとしたコボルトの2体の額と腕、そしてゴブリン1体の胴体へと突き刺さった。額に穴をあけたコボルトと胴体に傷を負ったゴブリンはすぐに消えて魔石を残して消えていく。

 

ベルはと言うとすでに目の前のコボルトを切り捨てて腕から血を流すコボルトの首にナイフを突き刺し、更に迫ってきた最後の一匹のゴブリンに蹴りを食らわせて吹き飛ばす。

 

俺は意気揚々とテイルズシリーズの魔法、アイスニードルでとどめを刺した。

 

「ふう、お疲れ、ルイス」

「おう…っと、そろそろ魔石一つ貰うぜ」

「あ、そうだね。はい、これ」

「さんきゅ」

 

俺は受け取った魔石に、とある魔法を行使する。

 

その名も『ドレインタッチ』。魔力のあるもの(魔力があるなら何でも)から魔力を吸収するという非常に便利な魔法である。

 

これが俺がさっきとある理由と言うやつである。ちなみにこれは前世の知識によるもの。異世界転生した屑な男がリッチに教えてもらったという魔法である。

 

魔法と言うから行使には魔力が必要なのだが、俺が今使っている魔法の中で一番少ない消費量だし、吸い出せる量を考えると普通にプラスになるのである。

 

まあ流石に動く相手に使うのは無理があるんだけどな。ベルのように早い訳じゃないし。魔法を使えば強化はできるが、そんな事までしてドレインタッチするくらいならこうしておとなしく魔石からドレインタッチした方がお得だ。

 

「【吸収せよ、ドレインタッチ】」

 

俺が魔石から魔力を吸うと、薄く青く発光していた魔石から光が失われていき、次第にただの石屑へと変化していく。ベルはそれを楽しそうに見ている。

 

「お前ほんとこれ好きな」

「だって普通にかっこいいし!」

「そ、そうか…?」

 

まあ、そういわれるのは悪い気はしない。魔力も回復したので、俺はベルに対して先に進むよう促す。

 

「良し、行くか」

「うん、わかっ---」

 

「う、うああああああ!た、助けてええええ!」

 

行こうとしたその瞬間だった。奥の道から、断末魔が響き渡った。

 

「な、なんだ?」

 

と言うが早いか、男の姿が暗闇から浮かび上がってくる。顔、腕、足から血をどくどく流しており、涙やらなにやらの汁で顔を汚しながら走っている。

 

「お、お前らっ!に、逃げろぉ!」

「へ?あ、あの、何が…」

「やつが、やつが来る!」

 

男はそのまま俺たちを通り過ぎて走っていった。怪我をしているというのに余裕のあるやつだ。

 

「な、なんだったんだろう…」

「さあ…?」

 

だが、異常事態という事は理解できる。俺はベルに、一応もうダンジョンから出よう、と言おうとしてーーーー

 

「ガアアアアアアアアア!」

 

耳をつんざく咆哮に、遮られた。

 

そしてそれは現れた。ぬっと、まるで獲物を見つけた獰猛なネコの様に口元をゆがめながら。

 

牛の頭に人間の身体。膨れ上がった筋肉は鉄の如く、鋭い眼光ににらみつけられれば身体が固まる。

 

ベルが、呆然と言った表情で小さくつぶやいた。

 

「み、ミノ…タウロス…!」

 

その言葉、今だけは聞きたくなかったぞ、おい!

 

「ミノタウロスがどうしてこんな階層に!?」

「ベル、逃げるぞ!」

 

絶叫するベルにそういうと、ベルはハッとしたように動き出した。

 

ミノタウロス。牛頭人体のモンスター。主な出現場所は15階層。つまり、俺たちが今いる階層の下の下の下。

 

文字通りの規格外。その強さはLV2に匹敵すると言われ、LV1ではまず歯が立たないとされている。

 

つまり、今の俺たちじゃあ逆立ちしたって勝てない。逃げるしかないという事なのだ。

 

「グガアアアアアアアアアアアアアア!」

 

だが、やつは俺たちを毛頭逃がすつもりはないらしい。

 

咆哮。人に原初の恐怖を植え付け、身体を固まらせる脅威の咆哮。俺とベルはその方向一つに、息一つさえできる事も無く身を固まらせた。

 

「グルァッ!」

「る、ルイス!」

「おう、【光よ、収束し爆ぜろ フラッシュ・バン】!目を閉じろ、ベル!」

 

魔本のページが一枚剥がれ、ミノタウロスの眼前で激しい光を発して爆ぜる。俺とベルは目を瞑っていたが、やつは直に見たらしくどうやら目がつぶれたようだ。飛び出した勢いのままもんどりうってこけて、暴れている。

 

「ガアアアアア!」

「ベル、今度こそ逃げるぞ!」

「う、うん…!」

 

俺は自分に素早さアップ、筋力アップ、防御力アップのバフ魔法をかける。これでベルと並走して走れる程度には早くなった。

 

走っていると、後ろからものすごい圧迫感が。俺は後ろを振り返って、そして思わず叫んだ。

 

「って、なんで追いかけて来てんだよ!?」

 

ミノタウロスは俺たちに向かって真っすぐ走って来ていた。よく見るとミノタウロスは明後日の方向を向いたまま、ふんふんと鼻を鳴らして耳をぴくぴく動かしていた。もしかしてこいつ、音と匂いで…!?

 

「…っ、ルイス!分かれ道!」

 

分かれ道に差し掛かる。俺とベルは一気にその一方の道に入って、魔本を開く。

 

「ぜえ、ぜえ…よし来た…!【境界を分かて、守護の力よ 一重結界】!」

 

道が不可視の壁によりふさがる。

 

「良し走れ!」

「うん!」

 

再度走る。俺の魔法で完全に足止めできるだなんて考えていない。できて時間稼ぎ程度だろう。その隙に何としてでも身をくらませて…!

 

「グルアアアアアァッ!」

 

後ろから、まるでガラスを割ったかのような甲高い音が聞こえた。

 

奴さん、走る勢いのまま頭の角で結界を割ったらしい。なんてこった。

 

「おいおい、こりゃもうおしまいかもわからんね…」

「ルイス!?」

 

だってやばい。さっきから肺がやばい。走りすぎ。横腹が痛い。俺はベルの様にタフで素早い訳じゃない。魔法だけが取り柄で後は駆け出し冒険者レベルだ。

 

そんな俺がバフつけてるとは言えベルと一緒に並走してミノタウロスから逃げきれるはずが無かったのである。

 

「ルイス、あきらめたらだめだよ!まだまだいけるって、どうしてそこで諦めるの!?」

「いやっ…おまっ…そっ…(いや、お前それやめろ暑苦しい)!」

「くっ…そおおおおお!」

「うおっ!」

 

そろそろ足がちぎれそうだという時、ベルがいきなり俺を持ち上げて走り出した。おいおい、これ大丈夫なのか!?

 

「ベル…おっ…だ…(ベル、お前大丈夫なのか!?)…ッ!?」

「大丈夫じゃないよ!ルイス、何とかできないの!?」

「…し、仕方…ねえな…

【風の魂よ、その身に宿れ エンチャント・スピード】!」

 

ベルの身体が光り輝いて、スピードが若干上がる。

 

「もういっちょ!【火の魂よ、その身に宿れ エンチャント・パワー】!」

「すごいっ!身体が気持ち悪いくらいに軽くなった!」

「まだまだ!お前にはコレをくれてやる!【風の呪いよ、その身を蝕め カースド・アンチスピード】!」

「グガァッ!?」

 

がくんっとミノタウロスのスピードが落ちた。まあ、それでも焼け石に水状態。そもそも敵が格上だ。いくらこちらの力を上げようが、相手の力を下げようが、その差が縮まることは一切ない。

 

だけど、実力に関係なくできる事だってある。強さ、弱さ関係なく出来る事…そう、嫌がらせである。

 

「ベル、そのまま俺を持っとけよ…!」

「う、うん…!」

「【境界を分かて、守護の力よ 一重結界】極小版!」

「グゲェッ!?」

 

ピンポン玉レベルに小さな結界が、ミノタウロスの喉に突き刺さる。一瞬にして砕けるそれだが、しかしやつの喉を思いっきり圧迫してえずかせる程度はできたらしい。

 

「ゴホッガホッ…!グルァアアアアアアア!」

「ちょ、なんかミノタウロスめっちゃ怒ってない!?怒ってない!?」

「うるせえ走れ!おら、もういっちょ!」

 

俺は今度は足元に棒状に伸ばして結界を生み出した。今度はこけて全身をずしゃーっと滑らせる。すぐに起き上がって追いかけてくるけど、その顔は泥だらけだ。ざまぁみろ。

 

「グルルルルルルラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「ルイス、なにしたの!?後ろで何が起こったんだよおおおお!?」

「気にせず走れベルううう!」

「ひええええええ!」

 

ミノタウロスは顔と目を真っ赤にして迫ってくる。その怒り様と言ったらかの邪知暴虐な王を除かなければならぬと憤怒する如く。すでにその走りはスピードを増すべく、背筋をぴんっと、腕は指先まで伸ばし、足を力強く踏みしめる。その姿はまさしくプロのアスリートだ。

 

その後も落とし穴や足元だけボコッと隆起させたり床を氷漬けにしたりワイヤーの様に首に線を設置したり火を付けたりまた光で目を焼いたりしていた。

 

すると、ベルが急に立ち止まった。

 

「ちょ、ベル!何止まってんだ!?」

「…る、ルイス…はあ、はあ…ごめん…」

「ベル!?」

「行き…止まり…」

 

どさっと倒れるベル。意識は無くなっていないようだが、どうやらもう走る事は出来なさそうだ。

 

そしてベルの言った通り、どうやら俺たちは完全な行き止まりに追い込まれていた。偶然か計画的か、多分前者だろう。ミノタウロスに獲物を追い込むような知能があるとは思えない。

 

「グルルルル…」

「…ちっ」

 

意気揚々と歩いてきたミノタウロス。どうやらもう完全に追い込んだと理解したらしい。俺はベルと一緒に壁際に背を付ける。

 

「ひっ…」

 

ベルは恐怖に飲まれて震えている。俺だって震えてえよこんちくしょう。

 

魔法を使おうにももうマインドも残り少ない。使えたとしても後一回程度、それもぎりぎりだ。魔石から魔力を抜いている時間なんて無いし、こりゃもう詰んだかな。

 

「グルアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

ミノタウロスの怒りが爆発した。まるで駄々をこねる子供の様に俺たちの上の壁の方を何度も殴る。その目の端に涙が溜まっていたのはきっと気のせいじゃないはずだ。

 

頭をぶんぶんと振って俺たちに何かを伝えようとしているミノタウロス。しかし何を言ってるかわからない。俺は最後の力を振り絞ってミノタウロスの足元を隆起させた。ミノタウロスは穴の淵に小指を打った。

 

「グラ嗚呼嗚呼嗚呼!?」

 

どばっと泣き出すミノ。なんだこいつ、可哀想だな。

 

「グルアアアアアア…!グルルルゥ…!」

 

どうやら相当キレたらしく、拳を振り上げて俺たちにめがけて振りかざすミノタウロス。多分、この一撃を受けたら死ぬんだろうなぁ…なんて妙に冷静になって考えていた、次の瞬間だった。

 

「ガッ…!?」

 

ひゅん、ひゅんひゅんひゅん、と連続で空気が裂ける音。そしてミノタウロスの身体に細かい線が刻み込まれたかと思うと、一瞬にして肉体が切り刻まれ俺たちに血のシャワーを浴びせかけた。

 

「…」

「…」

 

俺とベルは呆然と座り込みながら、彼女を見た。

 

美しい金髪にスレンダーな身体。端正に整った顔つきは、鋭い刃のような強さを含めながらも、美しく可愛らしい少女のような雰囲気も纏っていた。強いはずなのに、儚いような、そんな第一印象だった。

 

「…大丈夫?」

 

そんな少女が話しかけてきた。俺は血だらけの顔を拭って、とりあえず血だらけの手で触るわけにはいかないので一人で立ち上がった。

 

さてベルはどうするのかなとベルの方を見たら、ベルはもうその場にはいなかった。

 

「だああああああああああああああああああ!?」

 

絶叫を上げて走り去っていくベル。

 

俺は二重の意味で呆然としていた。

 

「…怖がらせちゃった…かな」

「…あっ、いや、あの…」

 

話しかけられた。なんだ、この人人だったのか。

 

いや、待て。ちょっと混乱してる。具体的に言うと全く歯が立たなかったミノタウロスが一瞬にして細切れになった辺りから。さらに具体的に言うとその細切れになった血肉片を全身で被ったところから。

 

取り合えず酷い匂いとベタベタになってしまった身体を洗いたい。切実にそう思う。

 

「…」

「…」

 

残された俺と少女。いや、少女っていうか多分見た目的に俺と同じか年上かもだけど。

 

静寂が痛い。

 

「あの、助けていただいてありがとうございましたっす」

「…ううん。怪我は…ないみたいだね」

「あ、はい。おかげさまで」

「…さっきの子は…」

「ベルっすか?あ、あはは。あいつ、なんで逃げて行っちゃったんすかね…」

「…怖がらせちゃった…のかな…」

 

あ、なんかショック受けてるっぽい。

 

「いや、あいつ怖いからってお礼言わずに逃げるようなやつじゃないんで…多分、そんなんじゃないと思います」

「…そう?そうだと、いいな」

「ひぃ、腹いてぇー…!」

 

と、ここで奥の方から男が来た。白い髪の毛に獣耳。恐らく目の前の少女と同じファミリアの人間だろう。

 

「おい、あのトマト野郎見たかよ!アイズ、助けたやつに怖がられて逃げられてやがる!ひい、腹ぁいてえ!今のはやべえってアイズ!」

「む…」

 

ベルが笑われてやがら。まああいつもあんな慌てて逃げていったんだから仕方ない。それだけのことをしたんだろう。

 

ていうか、それ以前に俺を置いていったのはどうなんだろう。あいつ、本当に何があったんだ…?

 

「あぁ?こいつ、今のトマト野郎のお仲間かぁ?」

「…はあ…」

「ぎゃはははは!お揃いで真っ赤っかじゃねえか!おいお前、さっきのトマト野郎に言っとけ!最高に無様で笑えたってよ!おい、行こうぜアイズ!逃したミノも今ので最後だろ!」

「逃した?」

 

俺はその男の発言に引っ掛かりを覚えて首を傾げた。すると少女ーーアイズが、目を伏せていった。

 

「うん…さっきのミノタウロスは、私達ロキファミリアの不手際。逃げられちゃって」

「あー…そういう…」

 

つまり今のミノタウロスは殺しこぼしたり逃がしたりしてここまで降りてきたのだろう。15階層のモンスターが5階層まで降りてくるとか、結構な大事件に思うんだが…。

 

「…ごめんなさい」

「いや、結局無事だった訳ですし、大丈夫っすよ」

「おいおい、アイズ。そんなやつに頭下げんなよ!てめえも雑魚の癖にぐちぐち言ってんじゃねえぞ!」

 

うわぁ、なんかすっげえ嫌な感じの人だなぁ。いるよなこういうやつ、どこにでも。俺の村のイルの奴は、目下の奴にはこういう態度取って、好きな女や目上の人間の前でだけ媚びへつらうんだ。全員がうざいって思ってたけど、なまじ体格もでかくて喧嘩も上手だったから誰も文句が言えなくて…まあありていに言うと、こういうやつは俺は苦手だって話である。

 

ベートは言い切ると一人どこかへ行ってしまった。って謝罪も無しかい。まあ気にしてないけどさ。

 

アイズはこちらを見て困惑している。どうやらベートの言葉と謝らなくちゃいけない罪悪感のはざまに揺れているらしい。

 

とりあえず今日のところはお互い引こう。というか引きたい。引いて全力で体と服を洗いたい。これ以上このままだと匂いが身体にしみついてしまう可能性がある。それだけは何としてでも阻止しなければいけないのだ。

 

「あー、今度機会があればお伺いするんで。その時さっきの奴も引きづってでも持ってきます。でも今日はこんな格好ですし、もうダンジョンから出たいんですけど…」

「…じゃあ入り口まで送っていく」

「え、あー…」

 

俺はその言葉を聞いて思案した。俺は魔法職系。魔法に頼りまくってきたから、肉体的なステイタスは軒並み低い。そんな俺が魔力もすっからかんな状態で果たして上まで行けるかどうか…。

 

うん無理。言葉に甘えよう。

 

「じゃあお願いします」

「…うん」

 

そういう訳で、俺はちょっと豪華な護衛さんと一緒に安全圏まで送ってもらったのだった。




魔法と呪詛って違うんすかね…?

でもまあルイスならできるでしょってことで軽い気持ちでバッファーも兼任させてみることに。やっぱ魔法使いは最強だな!


…30歳童貞。ウッアタマガ


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シャワーを浴びても血の匂いが落ちることは無く。

 

アイズさんもファミリアの用事があるからとどこかへと行ってしまった。ここまで送ってもらうまで色々と話を聞いたが(無口で静かな人だったのでそこまでしゃべった訳じゃない)、大手のファミリアに所属している様で、大手も大手なりに色々と苦労があるっぽかった。

 

零細なうちと比べるのも失礼かとは思うが、零細は零細なりに自由に動けたりするのが利点ではあるのかなぁと俺は思った。

 

「…それじゃあ、ばいばい」

 

そういって去っていったアイズさん。俺はその後姿を見送って、また服の匂いを嗅いでみた。まだくさい。いやになるぜ。

 

そういえばベルの奴はどこにいっちまったんだろう、もしかして本当に恐慌を起こしてどっかへ行っちまったんじゃなかろうかと探す事に。

 

とりあえずギルドに行ったんじゃないかと予想を立てて、他の場所もちらちらと見つつギルドへと向かった。結局たどり着くまでベルらしき人影は見なかったのだが…。

 

 

 

 

 

 

「ふーん、アイズ・ヴァレンシュタイン氏ねえ…」

「はいぃっ!」

 

ベル、ギルドにいやがった。

 

そして顔を真っ赤にしてアイズさんの情報収集をしていやがった。

 

しかも話を聞いた限りによるとアイズさんに完全に惚れちまったらしく、見悶えさせながらエイナさんに話を聞いてもらっていた。

 

と、ここでエイナさんが俺に気づいた。そして俺の表情を見て苦笑いを浮かべる。おっと、どうやら俺はものすごい顔をしていたようだ。

 

エイナさんは恐る恐るといった感じでベルに話しかける。

 

「…所でベル君、ルイス君は?」

「…へっ?」

 

ベルの顔がさーっと青くなっていく。今気付いたところでもう遅い。俺はベルの首の左右に挟むようにチョップを食らわせた。

 

「あぶっ!」

「べぇるぅくーん?お前かよわい魔法職を一人残して何一人でギルドまで帰って、挙句の果てに恋バナにうつつを抜かしていやがるんですかぁ…?」

「る、ルイス!?ご、ごめん、本当にごめんってあだだだだだだ!」

 

許さん。くらえじいちゃん直伝脳天直撃ごりごり光線。その痛みは神をも悶えさせたという話だ。

 

「ごめん、ごめんってばー!」

「ゆ る ざ ん !!」

 

魔力すっからかんの俺を置いていったベルは完全にギルティである。逆に言うならば手足をふんじばった状態でダンジョンに置いていくようなもんである。改めて一緒についてきてくれたアイズさんに感謝しかない。

 

…まあ、色々とショックな出来事の連続だったしな。情状酌量の余地はあるか。

 

「はあ…次からは気を付けろよ」

「う、うん…って、それだけ…?」

「まあ、うだうだ言ってもしゃあなしだ」

 

というかあんま怒ってないしな。ただ許してはいけないと思っただけで。

 

「それよりも、お前さっきお礼も言わずに逃げやがったな。お陰で色々と大変だったんだぞ」

「えっ…?」

「いや、助けてくれた女の人…アイズさんだっけ?が気にしてたぞ。なんか色々と…」

「そそそそそれは一体どういう事ですかっ!?」

「うおっ!」

 

ぐいっと来やがるな。そんなに惚れやがったのか?

 

「ああ…とりあえずお前、次アイズさんに会うような機会があれば謝っとけ。それとお礼程度は言っとけよ」

「え、ええええ?で、できるかなぁ…」

「やるんだよバカ野郎」

 

にしてもあのベルがねえ…出会ってまだ数週間の間柄だが、こいつの奥手さ加減はすでに知っている。そんなベルが一目惚れか。男は成長するときはするもんだぜ。

 

「る、ルイス…その、もしかしてアイズさんとお話ししたり…」

「したぞ。どっかの誰かさんが俺を置いて下に行ってしまったもんだから、護衛として少し一緒にいてもらった」

「え、ええええええええ!?」

「自業自得だな」

 

ベルは今もまだ唸っている。耳まで真っ赤だ。

 

「…それよりも、ルイス君にも丁度お話があったんだけど…」

「ん?何エイナさん」

 

エイナさんが俺に笑顔を向けてきた。

 

「ベル君と一緒に5階層まで行ったんだってね…?どういうことか、少し教えてもらってもいいかなー…?」

「あ」

 

 

 

 

 

 

エイナさんからみっちり絞られたりして、俺はベルと一緒にホームまで帰っていた。神様が出迎えてくれたけど、ベルと俺が死にかけたという事を知ったら少し怒られた。まあ仕方なし。

 

「…それにしても、あのベル君がねえ…」

「か、神様…」

「あのベルがねぇ…」

「る、ルイスうう!」

 

当然ベルが一目ぼれしたっていう話も神様の耳に入る運びとなり、神様がジト目でベルを茶化した。

 

いや、茶化したというか、なんというか…神様のベルに対する気持ちは結構周りから見てもバレバレなので、一番近くにいる俺はかなり怖いというかなんというか。

 

「ふんっ、じゃあ早速ステイタスの更新をしようか!ルイス君、まずは君からだ!」

「…か、神様、なんか怒ってません…?」

「おいやめろ」

「怒ってないよ!」

 

ベルの奴が火に油を注ぐ。はあ、ベルのやつ変にモテるからなぁ…いずれ修羅場に巻き込まれそうで恐ろしいんだが…。

 

それからステイタスが更新されたわけだが、内容はこのようになっていた。

 

 

ルイス・フォレス

LV1

 

力:I63

耐久:I72

器用:I98

敏捷:I59

魔力:H159

 

《魔法》

【魔本召喚】

・魔法の記された魔本を召喚する

・呪文により魔本の種類が変化

・魔本は総じてページ数250ページ

・ページは魔力の量に応じて回復する

【魔本操作】

・魔本を操作する

・1ページに一つの魔法を記すことが出来る

・一度記した魔法は消すことが出来ない

・一度使った魔法に該当するページは消える

・許容量以上の魔法を行使した場合、暴発する

 

《スキル》

無し

 

 

うーん、相変わらず魔力が上がっていくなぁ。まあ魔法しか使ってないから当然といえば当然なのだが。

 

敏捷が結構上がってるのは、やっぱりミノタウロスから逃げたのが影響してるっぽい?まあそれでもめっちゃ低い訳だけど。

 

身体能力では完全にベルに置いて行かれてるな。敏捷に至っては倍以上に差つけられてるし。

 

まあ、魔法に関しては絶対に負けないからいいんだけどな。

 

「ベル君、君はもっと近くの幸せを大切にするべきだよ。そう、君はすでに運命の女性ときっともう出会ってる!」

「ええ…そうかなぁ…」

 

ベルもステイタスの更新を終えて、紙に視線を下ろしている。

 

「あ、敏捷結構上がってる…」

「俺もだ。ミノタウロスから逃げたのが結構影響してるな」

「あはは…あんまり思い出したくないね…」

「まあな…」

 

俺はステイタスの紙から目を外した。すると神様と目が合った。

 

「…」

「…神様…?」

 

神様はいつもの元気な感じとは一転、様子がおかしい。表情に影を落としながら、俺に何か目配せしてくる。

 

「…何か?」

「ベル君の事なんだけど…これからもちゃんと良く見ていておくれよ、ルイス君」

「はあ…そら仲間っすからもちろんですけど…でも、ベルの方が先輩なんだから、普通逆じゃないですか?」

「ベル君とルイス君を比べたら、やっぱりまだルイス君の方が頼りになるんだよッ!ベル君は放っておくとすぐにほいほい怪しい人についていって大変な目に合いそうだし」

「まあ、否定はしませんけど」

「ルイス君の場合は怪しい人だと分かっていながら突っ込んでいきそうな感じだけど、分かってる時点でまだマシだしね」

「神様は一体俺の事をどう思ってるんですかねぇ…?」

「分かってる分性質が悪いともいう」

「…」

 

神様が意地悪そうに俺に笑顔を浮かべてくる。俺はその額にデコピンをかました。

 

「いたっ…ちょ、女神のおでこに何て事をー!」

「いや、ちょっとイラついて」

「ちょっとイラついて神様に手を出すなんて、ルイスらしいや…」

 

ベルが呆れたようにそうつぶやいた。

 

神の愛に気づかないお前もよっぽどだよ。

 

 




お気に入り件数150件突破。感謝です。

のんびり書いていきますので、どうぞ生暖かい目で見守ってください。



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280件突破。感謝です。

遅くなって誠に申し訳ございません。

ソードオラトリアが出てるので、1期の奴と小説とを一気見してる途中なので結構遅くなると思います。どうぞご容赦の程を…。




「ふがっ…」

 

朝が来た。窓からこぼれる朝日が顔にぶち当たって、うっすらと目を開ける。

 

ぼろぼろの天井だ。

 

「おや、起きたのかい?」

「…んー…」

「相変わらず朝弱いねルイス君…」

 

眠たい。まだ寝ていよう…。

 

「二度寝かい?全く、そろそろ起きた方がいいよー」

「…うーん…後五分だけ…」

「テンプレな台詞ありがとう。っていうか、本当に起きないか!」

「…やめー…」

 

肩を揺さぶられる。神様のツインテールの髪の毛が鼻に当たってくすぐったい。

 

仕方ない、とっとと起きるか。起きなきゃ。起きるんだ俺の身体。

 

いや、だけどオフトゥンのこの温かみをみすみす逃すのか…?否、断じて否。俺はずっとこのぬくもりに抱かれていたい。

 

ちなみに、廃教会の隠し部屋はやっぱりというか当然の様に狭い。最初は眠る場所がソファとベッドの二つしかなく、それで色々と揉めたものだった。『一人で寝たい派』と『男二人で眠るべき派』と『ベル君と寝たい派』の三派がみつどもえもかくやというレベルで争ったのは記憶に新しい。

 

まあ俺と神様は目的が一致しており、実際は二対一でベルが涙目だったのだが。

 

「まったく、ほら、とっとと起きてくれよ。僕もそろそろバイトに行かなきゃいけないんだから」

「…バイト…?ん?」

 

俺は違和感を覚えて体を起こした。

 

「やっと起きたのかい?」

「…あれ、なんで神様起きてんすか?」

「え?」

 

俺とベルはいつも朝早くからダンジョンに向かうから、神様はまだ寝ている筈だ。そういえば窓からこぼれる日光も朝日というには光量が多い気がするし、しかも胸の内から飛来するこの多幸感…まるで、仕事の無い休日に12時までぐっすり眠った後のような感覚。

 

つまり、そういう事である。

 

「…ね、寝坊した…べ、ベルは?」

「もうダンジョンだよ。昨日の事でルイス君も疲れてるだろうって、一人でね」

「…そうっすか…」

 

まあ、肉体系のベルと知能的な俺とでは身体の作りが違うからなぁ…。

 

まあいいか。俺も久々に一人でダンジョンに潜ろう。いい機会だしね。

 

「朝ご飯あるから、一緒に食べようよ」

「あ、はい」

 

立ち上がってソファに座ると、目の前に鎮座するは神様のバイト先の商品『じゃが丸くん』が二つ置いてあった。一人一つらしい。

 

「カリカリカリカリカリ…」

「…」

 

ハムスターの様にじゃが丸くんを食べる神様の姿を見ながら、俺もそれを口にした。

 

「それじゃ、今日はどうする?僕はもうバイト行くけど」

「ああ、じゃあ俺も外に出ます」

「おいおい、ベル君も言ってたけど、本当にもう大丈夫なのかい?今日くらいはゆっくりした方がいいぜ?」

「いやぁ、まあ、ほどほどにしておきますよ」

「ふーん…休めるときはちゃんと休んでおくんだよ?流石にダンジョンに行くなとまでは言わないけど…くれぐれも一人で3階層以上に行くなんて事しないようにね?言っておくけど君には前科があるんだからね?」

「うぇい」

 

そういえばあったなそんな事。まあ今もちょくちょく冷やかしに行ってるんだけど、言わなきゃばれないばれない。

 

「…ルイス君、一ついいことを教えてやろう…神に嘘はつけないんだぜ?」

「…ぴゅー、ぴゅすー」

「口笛下手だね君…!」

 

そういう感じで、今日も今日とて俺の日常が始まるのである。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

あの後神様にちょっと怒られた。時間が迫ってたから矢継ぎ早だったけど、帰ってきたら『HANASHIAI』をしようね、とニコニコ笑顔で言ってきたので帰りたくない。

 

そういう訳で早速ダンジョンに向かっていると、向こうで長髪の男性がこちらに手を振っているのが見えた。

 

「やあ、ルイス君」

「おはようございます、ミアハ様」

 

話しかけてきたのはミアハ様。最近ちょっとした交流がある神様である。ポーションなどといったアイテムを売るファミリアの主神で、初期では良くMPポーションを買っていた。

 

まあ最近は『ドレインタッチ』も覚えたし、MPポーション類は初級冒険者にとっては結構懐が痛い値段設定になっているのでHPポーションしか買うもの無くて行く機会が少ないんだが。

 

「この時間に見かけるのは初めてだな。今からダンジョンへ?」

「あ、はい。ちょっと寝坊しちまって…」

「なに、冒険者などやっていたら、そういう事もあるだろう。ふむ、これを持っていくといい」

「へ?」

 

そういって渡されたのは、二本のポーションだった。

 

「えっと…」

「隣人へのごますりというやつだ。今後も我がファミリアを御贔屓に、な」

「まあ、もらえるもんはもらいますけど…いつもこんな風にごますりしてるんです?ナァーザさんが泣きますよ?」

「うっ…ははは、いや、何。これも先行投資というやつでだな」

「じゃあ今度何か買いに行きますよ。お金が溜まったらですけど」

「ああ、是非そうして欲しい」

 

ではな、とミアハ様は行ってしまった。ミアハ様、いい人なのはいい人なんだけど、ああしてポーションを無料で配りまくってるから家計的に火の車らしい。ナァーザさんも大変だと俺は思った。

 

それからは何事も無くバベルの足元にたどり着き、俺は簡単なストレッチを行うとダンジョンに足を踏み入れた。ダンジョンは今日も今日とて冒険者を待ち構えており、冒険者達も意気揚々とダンジョンに挑んでいる。

 

「さて、今日はベルもいないし、色々と魔法の実験でもしようかね」

 

魔力上限も増えたし、回復もできるようになったしな。

 

そういえば、ベルの奴は何階まで行ってるんだろうか。昨日あんなことがあったし、調子に乗って変な所まで行ってなきゃいいが。

 

「まあ、いいか。『火よ在れ ファイアボール』」

 

目の前に出てきたゴブリンたちを魔法で一掃しつつ、俺はダンジョン探索兼魔法の実験をつづけたのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ふー、ただいまぁー」

「お、おかえり、ルイス」

「おかえり、ルイス君っ」

 

ホームまで帰ると、おろおろと困惑するベルとぷりぷり怒った神様がそこにはいた。

 

「なんかあったんですか?」

「ふんっ、なんでもないよ!ほら、ルイス君もとっととそこに寝転がるんだ!とっととステイタス更新するよ!」

「…あの、神様、やっぱり何か怒って…」

「ベル君は黙ってるんだっ!」

 

やっぱりまたベルが何かやらかしたらしい。天然女たらしのベルはたびたびこうした修羅場を迎えるのだ。めんどくさいのでスルーで。

 

おとなしく神様の言う通りにベッドに寝転がる。神様はふんすと俺の腰にまたがってステイタスを更新させた。背中に指の爪がめり込んで痛い。

 

「それじゃあ、僕はこれからバイトの飲み会に行ってくるから!ベル君はルイス君と一緒に久しぶりに豪華な食事にでも行ってくるといいよ!ふんだ!」

「ふんだって今日日聞かねえな…」

 

神様は去っていった。俺は渡された紙を見下ろしながら、ため息を吐き出してベルに向かって言い放った。

 

「少しは自嘲しろバカベル」

「えっ!ど、どうして僕!?」

「どうせ今回もお前が悪いんだろ?」

「そ、それは…!」

 

うん、言い返せない時点で黒だぜ。

 

「ま、女心も秋の空ってな。しばらく放っておけば機嫌も直るだろ。それよりも今日はどうする?」

「うう…そうだといいんだけど…えっと、実は今日、外食に行こうかなって思ってて」

「へえ、まあたまにはいいかもな!」

 

一日中ダンジョンに潜っていたから腹が減って腹が減って。

 

ちなみにダンジョン探索は結局6階層まで行ってしまっていたんだが、そう、あれは完全に無意識。気が付いたらいつの間にか6階層にいたのだ。俺は悪くない。

 

「ん?」

 

机の上に紙があった。俺はそれを拾う。どうやらベルのステイタスの紙らしい。

 

「…これは」

 

ほうほうほう、なるほど。俺はその内容に目を見開きつつ、なぜ神様があんなにぷりぷり怒っていたのかを理解した。

 

昨日のベルの一目惚れ事件。劇的に変化したこのステイタス。そして、『何か消した跡のあるスキルの欄』。これだけの証拠が集まれば特定は難しくない。あまたの小説、ゲーム、アニメのストーリーの全てを頭の中に持った俺にとって、この程度の推理はたやすいものだ。

 

これは面白い事になりそうだ。ベルの奴、これからどう変化していくのか。それを近くで見届ける事が出来れば、きっと俺自身の力となるだろう。

 

 

まあ、今はそんな事よりも飯だ飯。

 

「んじゃ行くか」

「あ、うん…何見てたの?」

「別に何もー」

 

 

 

 

 

 

 



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かなりの難産、かなり強引な繋げ方をしています。

400件突破感謝です。


「うわー…」

 

ベルに連れられて来た場所は、『豊穣の女主人』という名の酒場だった。

 

とても繁盛している様で冒険者たちの騒ぐ声がしっちゃかめっちゃかに絡んで耳を打つ。昔父さんが『良く食い良く寝て良く戦う。これこそ男の良き人生ってやつだ』って言ってたけど、顔を真っ赤にして食べ物食い散らかす冒険者達の様を見るとやろうという気にはならなかった。

 

ベルはこういう場所に来たのが初めてらしく、田舎者丸出しで目を丸くしつつカウンターの隅の席へと到着した。

 

俺は村に結構大きめの酒場があったからもう慣れている。

 

「す、すごいね…」

「まあ酒場って言ったらこんなものだろ。それよりもお前金持ってんの?」

「へっ?」

「いや、ほれメニュー表」

「こ、これは…!」

 

うん、言わずともわかるぞベル。高いよな。まあ俺とベルの稼ぎ合わせたら余裕で食えるけど、零細ファミリア故節約できるところはしておきたい。

 

「シュワシュワが二杯で500ヴァリス、一番安いスパゲッティが一つ350ヴァリス…」

「はいよ!お待ちどうさま!今日のおすすめだよ!」

「へっ?」

 

ベルが血なまこになって計算していると、上から太い腕とともにでっかい皿がどんと置かれた。ベルが青い顔をして見上げると、そこには恰幅の良い女店主が1人、にっと笑った。

 

「あんたがシルの言ってた冒険者かい?そっちのは連れ?なんだ、2人とも随分と細っこいじゃないか!」

「余計なお世話だ…って、シル?」

「うちの店員さね!弁当まで渡されたんだろう?随分と気に入られたねえ?」

「…おいベル。どういう事だこら!」

「じ、実は朝にちょっと…」

 

つまりこいつ、可愛い店員さんに誘われたからほいほいきちまったって事かよ!どんだけ危機管理無いんだこの馬鹿!

 

俺がベルをジト目で睨むと、ベルはあははと目を背けた。

 

店主は豪快に笑うと、ベルに対して顔を寄せた。

 

「なんでも物凄い大食漢らしいじゃないか!今日は遠慮なく食っていっていきなよ?」

「た、大食漢!?」

 

やっぱり搾り取るつもりだったらしい。

 

「…る、ルイス…」

 

ベルが捨てられた子ウサギのように顔をこちらに向けてきた。

 

「…ちっ、しゃーなしだな」

「ルイス!」

「仕方ないから俺の分は自分で払ってやるよ。感謝しろよベル」

「ルイスうう!?何当たり前みたいに奢らせようとしてるの!?」

 

そう言いながらメニュー表に目を配るベルは、一気に顔を青くした。

 

「今日のおすすめ…850ヴァリス…」

 

まあ頑張れ。

 

「ふふ、楽しんでますか、冒険者さん」

 

俺が運ばれた飯にありついていると、ベルに話しかける少女が1人。

 

可愛らしい顔立ちをした、笑顔のよく似合う美少女だった。ニコニコとベルの隣まで寄ってくる。

 

「圧倒されてます…」

 

ベルの言葉にクスクスと笑って、申し訳なさ半分、楽しさ半分といった表情で口を開く。

 

「ごめんなさい、少し奮発して頂くだけでいいので」

「はあ…」

「今日のお給金は期待できそうです」

 

意地悪そうに笑う。なるほど、彼女が件のシルさんとやらか。

 

「ははは、まあいい勉強になったじゃねえか」

「あら?そちらの方は…?」

 

シルさんが頭を傾ける。

 

「僕と同じファミリアの仲間です」

「そうなんですね!あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はシル・フローヴァです。お二人のお名前は?」

「えっと、ベル・クラネルって言います」

「俺はルイス・フォレス…って、なにナチュラルに座ってんだ?」

 

ベルの隣にちょこんと座るシルさんに目を向けると、シルさんは舌を出して小声で言った。

 

「ふふ、ベルさんの接客です。少しだけ休憩させて下さいね」

 

強かである。

 

 

 

 

 

 

「団体様ご案内にゃー!」

 

それから暫く雑談に花を咲かせていると、今まで騒いでいた冒険者達が突然ざわめき始める。

 

「おいおい、えれえ上玉じゃねえか!」

「馬鹿野郎、ありゃロキファミリアだ!」

「ロキファミリア!?おいおい、マジかよ…」

 

聞いた覚えのある単語に思わず振り返ると、確かにあの時話した狼男とアイズさんが仲間であろう人々と一緒に中に入ってきていた。

 

「ロキファミリアはうちの常連さんなんです。良くいらっしゃるんですよ」

 

俺がロキファミリアに興味を抱いたと勘違いしたのか、シルさんが俺に向かってそう言ってくる。へー。

 

まあ、俺の隣の奴は興味津々らしいが。

 

「…!」

 

顔を真っ赤にしてチラチラとアイズさんに目を向けている。男子中学生か!

 

…中学生ってなんだっけ?と思ったけど、まあそこは置いておいて。

 

アイズさんが店の中に入ってから、ベルはそれはもうそわそわと盛大に焦り始めた。その様はシルさんに酷く心配されるほどだった。

 

数分してから俺はベルをけしかけてみることにした。あんまりこういう事はやりたくはないのだが、ベルの奴がいつまでもいじいじしているのがちょっとだけイラっと来たので。

 

俺はベルの脇に肘を入れて、おい、と声をかける。

 

「いるじゃん、アイズさん」

「…!」

「…話しかけてこないの?」

「は、話しっ!?」

 

ベルが取り乱した。

 

「は、はははは話しかけるなんて、そんな!」

「だってまだお礼言ってないだろ。いい機会じゃねえか」

「いやっ、でも…!」

 

煮え切らないやつだ。まあベルの性格上仕方ないのかね。

 

そんなこんなで動かずにいるベルに、もう半ばあきらめて飯を食ってると、どっ、と後ろで笑い声がした。

 

「おい、アイズ!そろそろあの話を皆にしてやれよ!」

 

という狼男の嘲笑も交じった言葉から始まったのは、あの俺とベルのミノタウロス事件の事に関してだった。

 

その内容は控えめに聞いても俺とベルを明らかに罵倒する内容も含まれており、団員たちの雰囲気も少しだけ暗く変化した。

 

「おい、アイズ!おめえはどうだ!俺とあのトマト野郎、選ぶならどっちだ!?」

 

そんな言葉にベルの方がびくりと反応した。

 

「お前にはあのトマト野郎はふさわしくねえ!あの軟弱な雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格はありゃしねえ!何よりもお前がそれを認めねえ!」

「ちょっ、ベート、酔いすぎだって!」

 

相当酔っているのだろうか。周りの静止など意にも留めずにまくしたてる。

 

おいおい、何を思ってそんな事を言っているのか知らないが、それを寄りにもよってベルの前で言うか…?

 

俺はベルをちらっと横目に見た。

 

「…!」

 

ベルは拳を血が出る程握りしめて、歯を食いしばっていた。

 

「お、おい…ベル…」

「…!」

「あっ、ベルさん!?」

 

俺が話しかけると同時に、ベルは席を弾き飛ばすように立ち上がって駆け出していた。

 

「…あーあぁ…」

 

俺は頭を掻きながらベルと、ベルを追って外に飛び出したシルさんの後姿を見ていた。

 

気持ちはわかる。好きな女の目の前で『お前には相応しくない』、と名指しで言われたのだ。その心中は察するに余りある。男としての敗北感、いや、ベルの場合だから、ただただ己の不甲斐なさをひしひしと感じている事だろう。

 

今なおわめく狼男に視線をちらりとやって、俺は折角の料理の味が消え失せたのを感じた。

 

「あ、あの…ベルさんが…」

「…ああ。分かってる。俺の連れが騒がせてすまねえな」

「いえ…あの、一体何が…?」

「まあ、色々あるんすよ、色々と」

 

シルさんが困惑した様子で戻ってきた。どうやらベルの事を心配しているようだ。ベルめ、こんなかわいい子にこんな表情させやがって。どうやらあいつは天性の女たらしの才能を持っているようだ。

 

…はあ。しかし、少なくとも飯食ってるような気分じゃねえな。俺はシルさんに財布から今日の分のお代を押し付けて、女将さんに「騒がせてすみません」と一言謝って店を出る事にした。

 

「…君…」

「ああ、アイズさん。久しぶりです」

 

アイズさんが俺に気が付いて話しかけてきた。

 

「…さっきの子は…」

「ああ…まあ気にしないでいいっすよ」

「でも…」

 

どうやらアイズさん的にベルの事が気になっているらしい。

 

「気にしないでやってください。男の子だから、色々とあるんすよ」

「男の子だから…?」

「そうそう。後一言言わせてもらっていいっすかね?」

「…うん」

 

俺は店から出て、アイズさんに笑顔だけ向けてこういった。

 

「犬の躾はちゃんとしといた方がいいですよ」

 

言い切ってやった快感。気持ちいい。

 

後ろでちょっと騒ぎがうるさくなったのを感じつつ、俺はベルの行ったであろう場所に向けて足を向けた。

 

 

 

Θ

 

 

 

あの実直愚直のベルがこのままホームまで戻ってただただ泣き寝入りするとは考えづらい。

 

酷く心が傷ついたはずだ、自分の自信を踏み砕かれたはずだ。

 

だけどあいつはそこでくたばるようなタマじゃないように思える。踏みつければ踏みつける程、叩きつければ叩きつける程、あいつはさらに上へと跳ね返る。そう、まさにウサギの様に。

 

うん、完全に直感だけどね。出会って数週間しか経っていない他人の事を知った風に言うなって話だけどな。

 

だけどこういう直感は、俺の場合は良く当たる。これは俺が生まれつきからの能力っていうか体質のようなものなのだが、魔法を使えるようになってからその精度がなぜか結構上がったりしてるし。

 

こういう時、あいつだったら…そうだな。

 

俺が思い出した記憶の数々。様々な主人公達の事を思い浮かべる。

 

弱気だった一般人が、ある出来事を境にヒーローへと昇華していく。そんな物語は決して少なくない。挫け、立ち直り、そして昇華していく。そういうまさに英雄と呼ぶべき人物の事を俺は良く知っている。成り上がりと表現するのが正しいのだろうか。ベルはまさしくそんな、成り上がり系の主人公を体現したかのような奴だ。

 

そんなベルが心をくじかれて向かう場所。

 

 

『男の子なら、ダンジョンに出会いを求めなくっちゃな』

 

 

ベルの奴、前に爺さんにこんな事を言われたんだって楽し気に言ってたっけ。

 

俺は空高く夜空を突き刺すバベルの塔へと、足を向けたのだった。

 



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