バカとテストと運命と (レフェル)
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プロローグ

ナタリア・カミンスキー。 そう女は名乗った。

 この真っ白な研究所にはおよそ不釣り合いな漆黒のレインコートに身を包んでいる。

青白い貌は冷酷そのものの無表情。はたして血が流れているのか、人並みの体温があるのかどうかさえ疑わしい。

それが、少女の目の前にいて阿鼻叫喚な地獄絵図から連れ出した、命の恩人の風体だった。

 

「さて、そろそろ質問に答えてほしいんだけど」

 

冷ややかな女の声に視線を向ける、これまた感情があるのかわからない無表情な少女。

 

「なにに?」

 

その問いにあきれた様子でこちらを見る女。

 

「わたしは、手と足を斬って脱出しようとした。 ただ、それだけ」

 

女はその答えに手と足がついた枷を見てから再び少女を見る。

 きちんと少女には手足がついてる。

それで納得したのは死徒で吸血種で吸血鬼ではということだ。

 少女は燃え盛る研究所をじっと凝視しているようだ。

 

女はそれを見て少女の意図をくみ取ったのだろう。 さもめんどくさそうにため息をついてから、淡々と説明を始めた。

 

「今、この研究所で暴れている連中は二グループあってね。 片方は『聖堂協会』の代行者。

神に背いた罰当たりは皆殺しにしていい、と信じて疑わない連中だ。

もちろん吸血鬼なんて見つけたら容赦しない。 血を吸われたやつらも残さず殺すし、いちいち見分けてる余裕がなくなれば、血を吸われてるかもしれないやつであろうとも殺しつくす。 つまり、今回は連中、まったく余裕がないってこと。

で、もう一方の『協会』はちょっと説明が難しいんだが―——そもそも吸血鬼なんていう奇天烈なモンを生み出したのが誰なのか、その秘密を独り占めしたいっていう連中だ。

当然、”独り占め”がモットーなわけだから、他に事情を知ってそうなやつは残さず殺す。

口封じ。 証拠隠滅。 徹底的にやらなきゃ意味がない。

まあ、そんなわけで、少女、キミはとっても運がいい。 今この研究所で、あいつらの大掃除から逃げ延びて生きているのは、たぶん君ぐらいだろう」

 

おそらくナタリアが予期していたよりもすんなりと、少女は事情を呑み込めた。

 どうしてここが襲撃されたのかはわからないが、おそらく裏切りがいたのだろう。

それでここに彼らのようなものが現れたのだろうと。

 

「あなたは誰の味方?」

 

「私は『協会』相手のセールスマンさ。 やつらが欲しがっている”秘密”をこっそりと確保し、売り出すのが仕事だ。 もちろん、こうして大事になるより前でなけりゃ商売にならない。 今回はちと出遅れちまったね」

 

そう飄々と肩をすくめるナタリアは、きっとこんな光景をもう何度も見届けてきたのだろう。

黒いコートの女は、まるで染み付いた匂いのように、死と焔の気配をふんぷんと放っていた……。

 

「さあ、それじゃあ、振り出しに戻ろうか。 あんたは吸血鬼で間違いないね?

噛まれてなったのか、元からなのか。 どっちだい」

 

「もとからで、なんだっけ? てんしかっていうけんきゅうのじっけんをうけてた」

 

と、答えると資料どおりかと女はつぶやいた。

 

「封印指定――といっても、キミにはわからないが。まあ、ともかくだ。

ここに悪い魔術師がどこかに隠れているところを知らないかい?」

 

「あのとき、封印がよわまったからどこかに転移したかも……」

 

と、少女は答えていた。

 

「ここで逃がすとは、厄介なやつだねぇ」

 

と、かなりめんどくさそうにしている。

 

「おかあさんは?」

 

母と呼んでいいのかわからないと思いつつ少女の問いかけに女は答える。

 

「自死してたよ、後はこれくらいだね」

 

といって、研究者の日記と思われるものを少女は受け取る。

 それを見てなんだかほんわかとした気分になった。

 

「あんた、名前は?」

 

「ここに書いてある名前でいい」

 

「天使化からとったのか。 まあ、いいんじゃない? アンジェリークで愛称はアンジェか」

 

女の問いに日記を見せながら言うとそれを見てそう告げた。

 

「ここから連れ出してはやる。 あとはあんたが考えな。 ———なにか持っていくものはあるかい?」

 

「もっていきたいもの、これいがいはない」

 

日記を見せてそうかいと女は言った。

 まあ、それくらいなら問題はないだろうと理解しているからだ。

 

「」



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第一話

結局のところ……。アンジェはナタリア・カミンスキーのところで数年の歳月を一緒に過ごした。

 当然ながらナタリアは孤児をただの子供として養うほどの余裕も温情も持ち合わせいない。

必然的にアンジェもいっぱしの働き手として使役される羽目になったのだが、それは彼女が望んだことである。

ナタリアから学ぶことで、自らを鍛えるということは、取り直さず。

ナタリアと同じ道をすなわち狩人の道を歩むという決意に他ならない。

外界に身をさらしたアンジェはいろいろことの知識を得ていくこととなった。

 封印指定の魔術師はどこかに隠れすんでいるということを。

 

ナタリアは組織に属さず、報奨金のみを目当てに狩るフリーランスだった。

彼女が標的とするのは、貴重な研究成果を挙げながら魔術協会の管理を離れて隠匿し、

秘密裡にさらなら真理を探究しようとする『封印指定』の魔術師たちだ。

彼らを異端者の名の下に抹殺する『聖堂教会』とは異なり、魔術協会はその研究成果を確保こそを最優先する。

わけても貴重なのは魔術師たちの肉体に刻み込まれた『魔術刻印』だ。

歴代を重ねて深めた魔導を後継者の肉体そのものに刻み込むことで、彼らは次なる時代に深淵なる研究を託すのである。

 

血と硝煙にまみれた歳月は、飛ぶように過ぎた。

青春期のもっとも多感な時期を、苛烈すぎる経験と鍛錬の中で過ごしたアンジェ。

彼女は作り笑いを身につけたが、それはナタリアには気持ち悪いという評判である。

 年齢不詳と思われがちな容姿なので三通ある偽造パスポートはすべて成人として登録され、ただの一度も疑われることもなく通用した。

 

ある日――。

師であり、相棒でもあるナタリアが、生涯最悪の危機に直面したときも、それを知った上で一切の感情も表にだすことはなかった。

着々と自分の勤めを果たしていた。

 それは自分なら助けることができると確信しているからだ。

周りのやつらがなにか言ってきてもしるもんかと思うほどの覚悟があった。

いま、彼女が戦う戦場は、高度三五〇〇〇フィート以上ものそらの上――ジャンボジェット機の旅客機の内部だった。

事の発端は『魔蜂使い』の異名で知られた魔術師が原因なのだが。

限定的に死徒化に成功し、自らの使い魔である蜂の毒針と介して配下の屍食鬼うぃ増やすという危険きわまりないこの魔術師は、顔を変え、偽の自分を繕って一般人に成りすましたまま、長らく消息を絶っていた。

その彼がパリ発のニューヨーク行きのエアバスA300に搭乗するという情報を得た。

ナタリアはその容姿も偽名もわからない標的の狩りに挑んだ。

 アンジェはニューヨークにいき、有望な情報筋をたどり、ボルザークの容貌を見破る手がかりをおう役を任された。

子弟の二人は空と陸から連絡をとおして標的を絞り込む。

暗殺にはなんもなくすんだのだが、標的の蜂が口から出てきて客たち刺してきたのだ。

それで、屍食鬼まみれの地獄絵図となった。

そんな中からの通信をアンジェは待ち続けていた。

 

『聞こえているかい? 寝てはって寝れないんだっけね』 

 

「感度良好だよ、ナタリア。 うん、あれから寝れることはできなくなったから」

 

『よいニュースと悪いニュース。どちらから聞きたい?』

 

ぶっきらぼうに問いかけるナタリア。

 

「良い知らせから」

 

『オーケイ。 まず喜ばしいことは、とりあえずまあ、生きてる。

飛行機の方も無事だ。 ついさっきコックピットを確保したばかりでね』

 



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