マギア☆メモリーズ (弓洲矢善)
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序章
プロローグ


「――大丈夫!? しっかり……!」

 

わたしを目覚めさせたのは、どこか快活な色を持つ少女の声だった。

瞼を開けば、涼やかな藍色の短髪の少女が心配そうにわたしの視界を覗き込んでいる。

 

「――! マミさん! この子目覚めたよ!」

 

マミさん。

そう呼ばれた方へと視線をやると、優しい大人のお姉さん……とも形容出来る柔らかさを持つ女性が、同じく物憂げにこちらの様子を伺っている。

 

「大丈夫……! この子、まだ心を食べられてないわ……!」

 

心を食べる者……。

ああ、魔獣の事だろう。

わたしたち魔法少女が対峙すべき、人の心より産まれ、そして人の心を食い尽くさんとする敵。

そして魔法少女はキュゥべえに願いを叶えてもらう代わりに、彼ら魔獣と戦わねばならない運命を背負う。

……力を使い切り、ソウルジェムを濁り切らせ、この身を滅ぼすその時まで……ずっと。

 

「あーもう。うだうだやってんなよウザったい。こう言うときゃ意識確認すんのがセオリーなんじゃないの」

 

「ちょ……杏子! そんな言い方……!」

 

口調こそ粗暴のようで、若干の舌足らずさと幼さを併せ持つ声色のする方へと視線を向ければ、燃える様に赤い長髪を一つ括りにした少女が視界に入る。

 

「んじゃアンタ、これ何本に見える?」

 

と、立てた人差し指と薬指をわたしの目の前に見せつける。

 

「……2本」

 

「んじゃ名前は?」

 

「……しおりゆきね」

 

「漢字は?」

 

「……詩を織り成す雪の音……と書いて詩織雪音」

 

大丈夫。

わたしの意識はハッキリしている。

ここまで正確に答えられたならば。

 

「おう、大丈夫じゃんか」

 

「はあ……、良かった……」

 

溜息と共に安堵するマミさん。

見ず知らずの者同士なのに心配されるのには、悪い気のしなさと若干……否、だいぶと申し訳なさを感じる。

 

「つってもコイツ魔法少女じゃんか。助けて良かったのかよ」

 

「……見捨てろって言うの? ゆまちゃんを助けた佐倉さんが?」

 

「うっせ。 ありゃ別だし」

 

「ふふっ……」

 

心を置きなく返し合うその様は、まるで姉妹の様だった。

 

「……まあ、つっても出身ぐらいは聞いても良いとは思うぜ。 ヨコシマなヤツがコッチのシマに転がり込んでここに寝てたんじゃあ、洒落んなんねーしな」

 

縄張り争いの事だろう。

魔獣から採れるグリーフキューブ――わたしたち魔法少女のソウルジェム……魂を浄化するのに必要なそれは数少なく貴重で、他の地域のグリーフキューブを横取りする事はほぼ御法度と言えよう。

 

「……で、アンタ。出身は?」

 

ああ、わたしの出身は――

 

「――え」

 

「?」

 

――何処だ。

 

「……オイ、まさかシリマセン……なんて言うんじゃないだろうな」

 

「……」

 

――分からない。

 

「――オイ!」

 

「ひっ……!」

 

乱暴に胸倉を掴まれ――

 

「シマはドコだって聞いてんだよ!」

 

――顔を顔に至近で近付けられ、なおも問い詰められる。

 

「っ……、知らな――」

 

「トボけてんじゃねえ! ンなハズ無いだろうが!」

 

いいや、知らない……!

現にわたしは、わたしが何処から来たさえ分からない……!

 

「おらァ! 言えっての! シマはドコだ!? あァ!?」

 

怖い。

人にこんなに怒鳴られるの、わたし初めてだ……!

 

「っ……ひ、ぐ……っ。ごめ……なさ……」

 

「誤魔化してんじゃねえ! それとも言えねえってのか!?」

 

怖い……!

こわいこわいこわいこわいこわい……!

いやだ……!

 

「っぁ……ぁぁぁぁあああ……!」

 

「……お前」

 

「ごめんなさい……! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……! いやだごめんなさい許してごめんなさい……っ! ぅぁぁぁあああ……っ!」

 

助けて助けて助けて助けて助けて助けて……!

怖い逃げだしたいやめて助けて……!

誰か助けて……!

 

「……」

 

「……佐倉さん、やり過ぎよ」

 

「っ……けどよ……」

 

……黙りこくってしまった杏子を、マミさんが窘める。

気まずそうに、かつ手持ちぶさたげに口ごもる杏子。

 

「……ええと、詩織さん……で良かったかしら」

 

「……うん」

 

「今何歳か分かる……? 私は16なのだけれど……」

 

「アタシは15だぜ〜。 ンでさやかもな」

 

「ひっ……」

 

申し訳ないけれど、杏子に割り込まれると……さっきの件もあってか怖い……。

 

「佐倉さん、邪魔しないで」

 

「あ〜ハイハイ……」

 

ほっ……。

 

「そちらの子達と同じです……」

 

「そう……。 ……じゃあお母さんのお名前、分かるかしら?」

 

――誰。

 

「……」

 

母、と聞かれても、自分がどこから来たのかと同様……わからない。

 

「……じゃあ、お父さんのお名前は……?」

 

「……」

 

――知らない。

 

「……」

 

どう答えて良いかも分からず黙りこくるわたしに、一瞬の驚愕の色を浮かべたあと、どこか哀れむ様な……悲しそうな色の瞳を向けるマミさん。

 

「オイオイ……」

 

「……マミさん、これって……」

 

「……ええ、詩織さんは――」

 

同じく驚く二人。

彼女らに向き直って――

 

 

「――記憶喪失かもしれないわ」

 

 



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1章
1話


――ああ、そうか。 わたしには記憶が無いのか。

言われて初めてそう自覚したわたしは、あの後マミさんの家に連れて来られた。

そして全身サイズの鏡を見せられたわたしは――

 

「……これが、わたし……?」

 

「重症じゃんか……」

 

肌は白く、陶器……と言うよりも透き通りそうとまで形容出来る程で、瞳はルビーの様に紅く、長髪は金糸でもなく銀糸でもなく、純白だった。

わたしは、そんな自分の姿さえも覚えてなかった。

同じく、かつてわたしが何を願って、無色透明のソウルジェムを授かって魔法少女となったのかさえも覚えていない。

 

「どうすんの……。 この子、これじゃあ住んでる所も分かんないんじゃ……」

 

「……」

 

さすがにこんな有様では危なっかしいと思ったのか――

 

「……詩織さん」

 

「うん……」

 

「うちに住んでみる気はあるかしら?」

 

「え……!」

 

わたしが、マミさんのこの家に……?

願ってもない、うれしい事だけど……。

 

「け、けど、迷惑なんじゃ……」

 

「じゃあ住むあてはあるの?」

 

「う……」

 

ない、けど……。

 

「……私の迷惑なんか考えないで。寧ろ、今あなた自身が生き残る事だけ考えて」

 

自分が、生き残ること……。

そう口にするマミさんの傍ら、やけにバツが悪そうな表情を浮かべる杏子。

さやかのほうも、どこか悲しげな様子。

 

「……ズルいです。はいかYESの質問です……」

 

「ええ、そのつもりよ?」

 

ニコリと微笑むマミさん。

優しいうえに、こんな……こんなズルいうえに慈悲に満ちた提案をしてくる……。

わたしはそれがむず痒く、すごく嬉しくもあって、好きになりそうだった。

そんなマミさんに、わたしの答えは――

 

「……よろしくお願いします!」

 

申し訳ないけれど、ご厚意に甘えることにした。

敢えてここで無碍にするのも、寧ろマミさんに失礼かもしれない……。

 

「――! ええ、ええ……! こちらこそよろしくね、詩織さん……!」

 

……本来喜ぶのはわたしの方だろうに、満面の笑みで喜ばれてしまった。

 

「あーあ、知らねーぞー。紅茶とケーキばっか食わされっぞー」

 

「もう! 佐倉さん!」

 

「ん~? 杏子ぉ~? 弟子時代にバカスカ食ってたのは誰だったかな~?」

 

「う、うっせ! うっせうっせバーカ!」

 

杏子がさやかにイジられてる……。

さっきの怖い杏子のイメージしか無かったからか、少し意外だった。

 

「っと……。んじゃそろそろ帰るよマミ。ゆまとゆまのじっちゃんが待ってっからな」

 

「あー、あたしもそろそろ失礼しまっす」

 

「ええ、また明日ね?」

 

そろそろ日が暮れたからか、杏子とさやかがそれぞれ帰ってった。

 

 

****

 

 

さやかと杏子が帰ってってしばらくして――

 

「……ごめんなさい、詩織さん……」

 

「え……?」

 

「その……、さっきの佐倉さんの件……」

 

杏子がわたしを問い詰めた件か。

けれどあれは……。

 

「何でマミさんが謝るんですか……?」

 

「……あの子と師弟だったの、私」

 

「あ……」

 

さっきさやかが言ってた弟子時代……とはそう言う事か。

 

「詳しい事はあの子自ら語らない限りは伏せておくけど、あの子もあの子でいっぱい修羅場潜り抜けてきたから……。それで私達を守ろうと、あんな対応取っちゃったんだと思うの」

 

けれど――と、一呼吸置いて……。

 

「それでも、詩織さんが……嘘なんかじゃなく本気で泣いちゃってた以上決して言い訳には出来ない話だと思ってるわ」

 

「……」

 

「うん……?」

 

「は、恥ずかしい……な……って、あ、あはは……」

 

言い訳なんかしようって訳じゃなく、本気で想われてる……というのがなんだかむず痒い。

思えば泣いてた所を見られたのも、正直かなり恥ずかし過ぎる。

けれど、それ以上に嬉しくてむず痒い……と言うのも大いにある。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ううん、すっごく嬉しいです! でも……」

 

決して疑う訳ではない。

むしろこんなに優しい人、絶対に疑いたくない。

でも……。

 

「……わたし、わけわかんない人間なんですよ……? なのにマミさん、なんで……こんなわたしを拾ってくれたんですか……?」

 

「……」

 

神妙な面持ちで少し考え込んでから――

 

「……お父さんとお母さんがわからないと、どんなに寂しいか……って」

 

そういえば、もう夜だと言うのにマミさんのご両親らしき姿が見当たらない。

なら、マミさんの家族は……。

 

「……そう考えちゃったら、どうにも放っておけなくて……、いや、放っておいちゃ絶対ダメだって思ったの」

 

――あ、だめだ。

わたし……。

 

「……っ、ぅぅ……」

 

「――! し、詩織さん……!?」

 

あたたかいものが頬を伝ってた。

だめだ……。

わたし、何でこうも涙もろいものか。

 

「っ……ごめ、なさ……っ」

 

「えっ……?」

 

「……ううん、……ありがとう……っ。ありがとう、ございます……っ」

 

決して疑ってはいなかった。

けれど、何でこんな質問をしてしまったんだろうか……と、"そう言う事"に気付いてから自分が嫌になった。

そして、得体の知れない私を拾ってくれた汚れのない慈悲に、胸がつっかえてしまった。

 

「……いいのよ……」

 

優しく、暖かく抱きしめてくれるマミさん。

今のわたしには、その温もりがとても沁み入るようで、いっそう頬を濡らされてしまう。

 

こうしてわたし――詩織雪音の"記憶"が始まった。

 

 

 

 

 



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2話

「んぅ……」

 

朝だ。

この初めての朝まで、夢を見ることはなかった。

 

「ん……」

 

台所から音と香りが漂ってくる。

マミさん、早めに起きて朝食を作ってくれてるのか……。

 

 

****

 

 

「ぐっもーにんです……」

 

「あら、おはよう。ちゃんと眠れた?」

 

「うん……。おかげさまで」

 

泣き疲れたのと拾ってもらえた事による安堵感からか、特に魘される事のないまま眠れてしまったのだろう。

 

「何か手伝えることありませんか」

 

「えっ、そんな別に良いのに……」

 

「でも……」

 

拾われたっぱなし居座りっぱなし……と言うのも、どうにも居心地が悪い。

お世話になるんだから、恩には出来うる限りの恩で返したい。

 

「……だめ、ですか……?」

 

「……」

 

指を口に添えつつ、少し間を置いて――

 

「……ふふっ。じゃあこっちお願いね?」

 

微笑みを向けつつお願いされてしまった。

なんとなく言わんとしてる事が通じてくれたらしい。

 

「……うんっ!」

 

 

****

 

 

そうこうしてる内に朝食タイム。

 

「~~~~~~~~っ!」

 

美味しい。

マミさんの作る朝食がとっても美味しい。

 

「こーらっ。そんなにガツガツ食べないの」

 

「ふぁい……」

 

「ふふっ」

 

パンとオムレツとソーセージとサラダと……。

メニュー自体は普通だけれど、オムレツのとろけるような、かつふわふわ感がすごく良い……。

 

「昨日はご馳走しそびれたけれど、帰ってきたらケーキとお茶しましょうね?」

 

「わぁ……!」

 

「特に紅茶には自信があってよ?」

 

「うん……! うん……!」

 

杏子が一言いってたものか。

昨日は彼女に哀れむ様に言われたものの、わたしからしてみれば楽しみこの上ない。

けれど、『帰ってきたら』か……。

 

「……マミさん、学校行っちゃうんですよね……?」

 

「え、えぇ……まぁ……」

 

行くな、とは決して言うつもりはない。

けれど、何となく胸が痛い。

 

「寂しいのね?」

 

「……昔のわたし、マミさんと同じ学校だったら良かったです……。って言っても、まだわたし中学生なんですけどね」

 

寂しいのもあるけれど、マミさんと同じ様に学生生活が送れない……と言うのが悔しくもあった。

……やっぱり寂しい、と言うのが一番大きいか。

 

「……念の為、詩織さんが見滝原高校に居なかったかどうか調べてくるわね? あと見滝原中学の方にも在籍が有るか、美樹さん達にも調べる様に言っておくわ」

 

「――! うん!」

 

念の為、と言う事は可能性自体はやはり低い事に変わりはないのだろう。

けれど運が良くば、わたしも学生生活を……。

 

「それじゃあ行ってくるわね? あとそれから、帰ってきたらお茶だけじゃなくて魔法少女の訓練もやるからね~!」

 

「は~い!」

 

 

****

 

 

マミさんが出掛けて独りになり、手持ち無沙汰となったわたし。

 

「うーん……」

 

何となく鏡の前に立つ。

目の前には、真っ白な少女――わたしが写っている。

しかし見れば見る程白い。白過ぎる。

 

「……うーん」

 

その上かなりの長髪。

これでは色も相まってあまりに浮世離れし過ぎている様にも思える。

色自体はどうしようもないけれど、もっとこう……形だけでも皆に親しみやすい様には出来ないものか。

 

「……ごめんなさい、マミさん」

 

化粧台にあるリボンを勝手に拝借する事にした。

マミさんごめんなさい。

 

「よいしょ……」

 

白く長い髪をサイドに括る。

そしてもう片方も括る。

 

「……よし」

 

ツインテール・わたし……の出来上がり。

 

「んっふっふー」

 

なかなか良い感じだ。

先ほどのわたしに比べれば、幾分かは快活なイメージを抱かないでもない。

 

「……むふー」

 

得意げな顔――ドヤ顔を鏡に向ける。

それから頭を振って、テールを靡かせてみたり……。

 

「よっしゃ」

 

帰ってきたらマミさんに見せびらかしてみよう。

 

「……」

 

……勝手に拝借したリボンについてはどう説明しようか。

 

 

****

 

 

……それから数時間して、夕方……と言うか、もう夜に近い。

 

「……うー……」

 

マミさんがまだ帰って来ない。

まずい、すごい寂しいぞ。

 

「むー……」

 

手持ち無沙汰過ぎてベッドの上でバタ足するも、落ち着けもしない。

 

「……うぅ」

 

道中で良からぬ事でもあったのだろうか。

それとも、やっぱりわたし捨てられたのでは……。

 

「……違うもん」

 

……それはないと思いたい。

と言うか、それのせいで帰って来ないのならばマミさんの帰る家がなくなる。

帰る家はここのはず。

それに何よりも、疑いたくはない。

じゃあ、道中で誰かに襲われた……?

 

「あー……、うー……!」

 

バタつく足がいよいよ早くなってきた。

わたしの限界も、どうやらここまでの様だ。

 

 

****

 

 

それからもうしばらくして、ようやく……。

 

「ただいま! ごめんなさい! 遅くなった!」

 

勢い良く開かれる扉の音とほぼ同時に、彼女の声が響き渡る。

 

「詩織さ――」

 

「むー……」

 

……別に怒ってなんかない。

文句を言おうって気もない。

そしてマミさんは何も悪くない。

けれど、わたしの向ける視線がそう見えたのか――

 

「……お、怒ってる……?」

 

「怒ってませんっ」

 

「……泣いちゃっt――」

 

「泣いてませんっ!」

 

泣いてるつもりはなかったが、そうなのか……。

涙ぐんでいたのか。

 

「……泣いてる認定だけはやめてください。その……恥ずかしい……し……」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

今回のは本格泣きではないにしろ、昨日の事もあるし、いい加減泣き虫と見られない様にはしておかないと。

でないとわたし、色々とダメな子として見られてしまう。

 

「え、ええと……詩織さん……」

 

「なんですか」

 

「う……」

 

やっぱり怒ってると取られてしまったのか、気まずそうに……言いにくそうに縮こまる。

なんというか、その……ごめんなさい。

……とだけでも、言えれば良いのだけれど、どこかむず痒さを覚えて言えない。

 

「遅くなっちゃった訳なんだけど……」

 

「むー……」

 

「……これ……」

 

「……むっ?」

 

差し出されたのは、純白のボディのスマホ。

 

「今日みたいな事があったらいけないから、その……いつでも連絡が取れるようにと思って……、詩織さんのスマホを……」

 

「……」

 

……ああ、マミさん。

わたしのぶんのスマホを契約して、こんな時間まで……。

 

「……ごめんなさーいっ!」

 

「わっ」

 

詫びる。

抱きついて詫びる。

むず痒さなんてもう知らない。

 

「あんな態度とってごめんなさいっ! そしてありがとう!」

 

「え、あ……う、ううん! いいの! 気にしてないから! て言うか苦し――」

 

「ありがとうございます~っ!」

 

「う、うう……! もう、詩織さんっ……!」

 

 

「……ところで詩織さん」

 

「? はい?」

 

「髪型、可愛いなあ……って」

 

「でしょでしょ」

 

「ふふっ。あげるわね、そのリボン」

 

「はいっ。……あ」

 

勝手に拝借したのバレてる。

 

「……あ、ありがとうございます」

 

「うふふっ」

 

 

「……あとそれから、在籍の件だけれど……」

 

見滝原高校、もしくは見滝原中学にわたしの名前が無いか? と言う話だった。

 

「残念ながら……」

 

……無かった、か。

 

「……そう、ですか……」

 

……学校、行きたかった……。

 

「……でも、いつかは絶対行ける様に私も手伝うつもりだから、それまで詩織さんの学力が追い付く様に勉強も見てあげるから……ね?」

 

「……うんっ」

 

もう充分至れり尽くせりなのだけれど……。

 

 

****

 

 

人気のないところで、約束通りマミさんと一緒に魔法の鍛錬をする事となった。

既に両者共変身済みで、標的はドラム缶。

 

「それじゃあ詩織さん、早速だけどあなたの魔法見せてくれる?」

 

「了解ですっ」

 

はりきる返事をマミさんに投げかけ、ドラム缶へと手をかざし――

 

「やっ!」

 

――力を込めた。

……が。

 

「……」

 

「……」

 

……何も起こらない。

と言うか、そもそも――

 

「……あの、マミさん」

 

「え、えぇ……」

 

「魔法ってどうやって使うんでしょう??」

 

「えっ」

 

一度心得てしまえば、魔法少女が魔法を使う事なんてそれこそ肢体を動かす事と同等に軽々と出来る筈。

だがわたしは、どこを動かせば良いのかまるで分からない。

 

「……佐倉さんのケースと同じなのかしら」

 

「??」

 

……と、指を口元に添えて考え込みながら。

 

「……魔法少女の魔法ってね、願いを源にしているのはご存知よね?」

 

「え、うん……」

 

「万が一、後ほどその願いを否定しまったとしたら……?」

 

「あ……」

 

自分だけの魔法が使えなくなる……?

 

「……残念ながら、今詩織さんが考えてる通りの状態に置かれてると思うの」

 

「そんな……」

 

魔法が使えない。

だったらわたし、足手まといでお荷物などころか、戦えすらしないじゃないか……!

 

「あ、でも……! 汎用魔法ならどうにか出来ない事もないわ! 現に私、そう言う子一人だけ見たことあるから……!」

 

「ほっ……」

 

なら戦えない事もない、か。

と言うか汎用魔法でどうにかした子とは、先ほど呟いてた杏子の事なのだろう。

プライバシーの為か、詳しくは話したがりはしないけれど。

 

「……さて、まず私の魔法を見せるわね。それから前提にして汎用魔法で連携取って戦える様になりましょう?」

 

「わー!マミさんの魔法!」

 

やっとお披露目と思うと心が躍ってしまう。

そんなわたしを尻目に、ピストルをかたどった人差し指に黄色いリボンが纏わって――

 

「これが私の魔法、リボンよ」

 

――銀色のマスケット銃が彼女の手中に作られていた。

 

「色んな物を繋げたり、応用してこんな銃も作れちゃうの。傷口を繋げる……と言った感じに回復魔法もお手の物よ?」

 

「……」

 

こちらに得意げな表情を向けて語る。

……けど、この程度の魔法ならわたしにも……もしかして……。

 

「……えい」

 

わたしも人差し指でピストルを作って――

 

「えっと、これは自分だけの魔法だから……他の子には出来な――」

 

――リボンのような物を生んで、拳銃を作ってみたい。

そう念じると――

 

「わぁ!」

 

「――え」

 

――水晶でかたどられた拳銃が、わたしの手の中に収まっていた。

 

「やった……! やってやりました! マミさん!」

 

「――――」

 

「……マミさん?」

 

目を点にし、驚愕したまま固まっている。

わたし、何かいけない事でもしてしまったのだろうか。

 

「……うぅ」

 

「――えっ? あ、う、うん……。じょ、上出来……よ?」

 

「???」

 

褒めてもらえたのは嬉しいけれど、未だどこか困惑気味。

それが不安を掻き立ててたまらない。

 

「……えっと、わたし……なにかいけないことでも……?」

 

「……魔法少女各々の魔法って、本来真似出来ないものなの」

 

「え……」

 

ひょっとして、かなりマズい事なのでは。

それも、ズルに近いような……。

 

「……まぁ、そう言う事もあるわよ……ね……?」

 

「???」

 

「詩織さんの才能が飛び抜けて良かった、と言う事で」

 

「……」

 

これは間違いなく褒められた。

完全に褒められた……と言う事で良いだろう。

 

「むふー」

 

「そのドヤ顔ちょっと悔しいからやめて頂戴」

 

「は~い」

 

マミさんみたいに出来たお姉さんでも悔しがる。

そんな一面にちょっとばかりの親近感を覚えて、なんだか嬉しさも感じられずにはいられなかった。

 

「……さて、今日はもう遅くなっちゃったから、次の練習はまた明日、って事で」

 

「うんっ」

 

「あと……こう見えて私スパルタだから、明日からの練習は覚悟しなさいね?」

 

「う、うん……」

 



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3話

――黄金色の髪の乙女と対峙する。

 

「――――」

 

「……っ」

 

その瞳はかつての彼女のような、温もりと柔らかさを含む瞳などではなく、ただ討つべき敵を定める無慈悲なスコープでしかなかった。

 

――どうして、こうなっちゃったんだろう。

 

「……ゃ、やめ……て……っ」

 

震えながら、喉から声を絞り出す。

やっとの事で絞り出せた声も声にならず、弱々しい風音に近い音でしかない。

 

「――――ッ!」

 

轟音。

ただひとたび地を蹴り、途中揺れる事なく一直線にわたしへと迫る。

 

「っ……ぃ、ぃやぁ……!」

 

回避に一切の刻を与えぬように。

二の句紡ぐ事叶わせぬよう。

ただ速度を以て獲物を逃れ得ぬようにし、確実に仕留める為に迫る。

 

「ぁぐ……!」

 

足場もない宙へと投げ出され、あとは来るべき追撃を刹那にて待つしか許されない。

そんな瞬間で最後に見た光景は――

 

「……!!」

 

わたしに銃口を向けるマミさんだった。

 

「――ティロ――」

 

「っ……!」

 

彼女から与えられる死を、覚悟す――

 

「――はい、おしまい」

 

「わっ!」

 

――る必要は無かった。

地面にぶつけられる寸前にリボンに巻き付かれ、宙吊りにされた。

と言うかこれは練習だ。

 

「うわぁ〜ん! もうやだぁ〜! マミさんこわいぃ〜!」

 

「ふふふっ、ごめんなさいね」

 

スパルタなんてレベルじゃない。

確実に殺しに来てると錯覚してしまう程だ。

かなりやり過ぎだろうマミさん。

 

「……けど、ここで実力差が分かって良かったと思うの」

 

「いぢわる」

 

「いや、意地悪とかじゃなくて……。もし利己的な他の魔法少女に出会っちゃったりなんかしたら、確実にやられちゃってただろうし……」

 

「ぶ〜」

 

悔しいがその通りだ。

純粋にわたしを鍛えようと思ってくれてるマミさんが相手だったからこそ今生きていられるのであって、もしマミさんが"今のマミさん"でなければ命は確実に摘み取られてたのは間違いない。

 

「……さて、そろそろお茶にしましょう?」

 

「お菓子じゃ釣られないぞよ」

 

「ぞよ?」

 

 

****

 

 

「〜〜〜〜っ!」

 

ああ……、甘味で頬が蕩けそうでたまらない……。

マミさんお手製のピーチパイ。

紅茶も香り高く癒される。

 

「あら〜? お菓子で釣られないんでなくて?」

 

いたずらな表情で問われる。

 

「あいつはもう消した」

 

「あいつって?」

 

「さっきまでのわたし。さっきまでのわたしと今のわたしは違うもん」

 

「ぷふっ……、何よそれ」

 

「むっふっふー」

 

「ま〜たその表情……」

 

しかし、こうして見ると……今のマミさんとさっきまでの戦いのマミさんが別人に見えてしょうがない。

 

「……マミさんていつもあんなのなんですか? さっきの」

 

「……どんなに怖くても、奮い立たなきゃいけなかったから……」

 

怖い……?

 

「マミさんが……?」

 

「えぇ。怖くない時なんてひと時もないもの」

 

……少し意外。

いや、違うか。

 

「……っ」

 

「? 詩織さん?」

 

一瞬でも思ってしまった『意外』を、首を振って振り払う。

ご両親も居ない中、誰にも頼れなかったんだ。

たとえ先ほどのマミさんのような……鬼のような闘志を向けられようとも、ただ独り頑張るしかなかった。

さやかや杏子は弟子ではあれど、甘える対象ではない……か。

怖くて当たり前だ……。

 

「……膝枕させてあげます!」

 

「はっ??」

 

「マミさんほどスタイルは良くないし寝心地保証しませんけど、こう言うのって雰囲気ですから! 遠慮なく甘えてください!」

 

「??? ごめんちょっと意味がわからない……?」

 

「はあ〜〜〜〜!」

 

「ちょっとそんな露骨なため息つくことないじゃない!」

 

「もう知らないっ」

 

「えぇ……?」

 

「ぶ〜」

 

「……」

 

 

「……ふふっ」

 

……マミさん?

 

「……ありがとう。笑わせてくれたのよね?」

 

「……べつにそれでいいです」

 

「えっ……違うの……?」

 

「べっつに〜……」

 

「……もう」

 

……確かに、わたしが甘えられる相手になれれば……なんて思惑とは違えてしまったが……。

 

「……あははっ。なんでしょこの空気」

 

「もうっ! 詩織さんが作ったんでしょう!」

 

こう言うのも悪くはない。

本心から言えば、ぜひ甘えて欲しいのには変わりはないけれど。

 

「……詩織さんって、慣れると人懐っこいわよね……」

 

「う……」

 

煩わし過ぎたか……?

 

「……ごめん、なさい……」

 

「いえ、そうじゃなくて……その……。妹がもう一人できたみたい……って」

 

「……わぁ」

 

姉妹、か。

なかなかに嬉しい。

だが……。

 

「……もう一人って?」

 

「あぁ、佐倉さんのこと」

 

「……」

 

杏子が……か。

粗暴な不良少女と言うイメージが強過ぎてマミさんの妹分である事がイメージ出来ない。

 

「ちょっと色々あって一時は離れちゃって、けどゆまちゃん――あぁ、あの子にとっての妹みたいな子ね? ……を連れて帰って来たあの子が言ってくれたの。私をお姉ちゃんみたいに思ってた……って」

 

その"色々"を想像することが今出来ないものの、なかなかどうして……案外可愛い所もあるのか。

杏子は……。

 

「私はお友達だって思ってたんだけど、それだけに嬉しくて……。今はあの子、ゆまちゃんの世話もあって千歳さん家に居るけれど……、どこに居てもあの子の事を今も家族だと思ってるの、私」

 

「……」

 

頬を綻ばせながら語るマミさん。

やっぱり杏子もマミさんにとっては大切な人の一人……"家族"の一人だったんだ。

 

「……ごめんなさいマミさん。杏子のこと……ちょっと悪く思ってた……」

 

「ううん、しょうがないわよね。あのとき詩織さん泣い――」

 

「むーー……」

 

「――じゃなかった、怖がっ――」

 

「むーーーー…………」

 

「……もうっ! どう言えばいいの! ……とにかく、あんな状態だったからしょうがないわ」

 

……でも、今なら……。

 

「……杏子とも、仲良くできるかな……?」

 

「もちろんよ! 丁度明日休みなんだし皆で一緒に出掛けて、その時に佐倉さんや美樹さんとも遊びましょう?」

 

「うん!」

 

……しかし、マミさんがお姉さんか。

どちらかと言えば……。

 

「……母さんみたいって思ってた」

 

「え?」

 

「あっ……」

 

まずい。

思ってた事が口に出た。

 

「私まだそんなおばさんじゃないわよ〜?」

 

「ご、ごめんなさ……」

 

「……ちょっぴり嬉しいけれどね」

 

「じゃあ母さん」

 

「本当にそう呼ぶのはちょっとやめて欲しいかな……」

 

「マミさんのけち」

 

「ケチ……?」

 

 



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4話

 

休日だ。

晴天のもとでマミさんと歩くわたしの足は浮いていた。

 

「んふふ、ふんふふんふんふんふふんふん~♪」

 

「はしゃぎ過ぎじゃない……?」

 

「はしゃぎ過ぎてま~す」

 

わたしの記憶喪失は常識をも忘れてしまう様な類でなく、空が青いなんて事を忘れてしまう……と言う風にはならなかった。

けれど、この暖かい快晴の光景には新鮮さを感じられずにはいられなくて、ますますわたしの足が浮いてしまう。

 

「……良かった」

 

「???」

 

綻んでいた。

こちらに向ける表情が。

安堵する様に。

 

「あ、いえ……。……年相応に笑う様になってくれて良かった、って。初日の頃なんて、どうなっちゃう事かと……」

 

「……」

 

……今思った事を言うのがちょっと恥ずかしい。

いや、言わないと……。

 

「拾ってくれたのが、マミさんだったから……」

 

正体不明のわたしに、母親のように優しく接してくれたマミさん。

マミさんに拾われたから、わたしは生きていられてる。

それに……話に聞く、他の利己的な魔法少女達。

そんな人たちにでも捕まっていたなら、今頃どうなってたか……。

 

「わ、私そんな偉い事してないわ……」

 

「してるから居るんです。生きてるんですわたし」

 

「う……」

 

紅潮するマミさんの頬。

言ってるわたしも、同じくむず痒い。

 

「……ど、どういたしましてっ」

 

「む、むふふっ……」

 

……だから得意げな笑みで誤魔化しでもしないと、堪えられなかった。

 

「……けど、詩織さん」

 

「む??」

 

「年相応……って言っちゃったけど」

 

「うんうん」

 

「……ちょっと幼いかな……? って」

 

「ぶー!」

 

 

****

 

 

さて、集合場所。

 

「うーっす……」

 

気怠るげながらどこか舌足らずな……口調に似合わないあどけない声色と共に、時間通りにやって来た杏子。

しかしさやかの姿の方は見当たらない。

 

「あら? 美樹さんは?」

 

「ああ、さやか風邪だってよ」

 

腕を頭の後ろで組みながら、ぶっきらぼうに返す。

 

「え……大丈夫なの?」

 

「気にする事ないだろ。バカは風邪引かねえって言うしすぐ治る」

 

返しとしては投げやり気味ながらも、裏を返せばさほど心配はなさそうなのが伺える。

 

「もう……。そう言う事言わないの」

 

「へいへい。まぁ、まどかが看病してるらしいしちったぁ楽なんじゃねーのって」

 

聞きなれない名前についてはひとまず置いといて……、軽い風邪とは言っても、暇があればお見舞いでもした方が良いかもしれない。

暇……と言っても、わたしは今の所一日中暇ではあるが。

 

「よう雪音。あれから――」

 

「むっふー」

 

「イヤ誰だお前」

 

驚きと呆れが混ざった表情と共に放たれる、わたしへの第一声がコレである。

 

「は?? お前本当に雪音?」

 

「いぇす」

 

「記憶喪失の雪音?」

 

「おふこーす」

 

「うそつけ! お前もっと泣き虫だったろ! ってかもっと情緒不安定っぽかった筈だぞ!」

 

「ぶ~!!」

 

「頬膨らますなうぜえ!あと初っ端からアタシをドヤ顔で眺めてんのマジなんなんだよ!」

 

昨日マミさんから聞かされた、"妹"としての杏子の話を連想してたのもある。

 

「杏子にもかわゆいところあるんだなぁ、って」

 

「は??」

 

目をぱちくりさせながら首を傾げ……。

 

「ああ!?」

 

顔を赤くする杏子。

 

「おいマミ!」

 

「うん、なあに?」

 

「おまえまさかアタシがマミの事どう思ってるかって言ってねえよな!? あの時の話してねえよな!? な!?」

 

「したわ」

 

ニッコリと微笑んで返すマミさん。

 

「な……な……っ!」

 

わなわなと震えだし、ただでさえ赤かった顔がますます更に赤みを帯びる。

耳まで赤い。

 

「ば、ばかやろ~!!」

 

「マミさんは杏子のお姉ちゃん的存在だったんだねー」

 

「う、うっせ! なんで今更そんなのほじくり返すんだよ! ゔぁ〜かゔぁ〜か!」

 

 

****

 

 

あのあと杏子に強制的に話を終わらせられてしまった。

 

『あーもううっぜうっぜ!! 腹減った! メシ行くぞ! メシ行くぞ!』

 

……と、やけ起こしてるのか、照れ隠しなのか、実際腹が減ってるのかは知らないがメシの話で遮られてしまった。

と言う訳で今はバーガー屋に居る。

 

「あ〜クソっ。クソっ」

 

「もぎゅもぎゅ」

 

やけ食いする杏子を眺めながら、記憶喪失後初めてのハンバーガーを食す。

 

「……マミさんのごはんのほうがおいしい」

 

「ったりまえだろ何言ってんのお前。こう言うのはゴミ食ってるようなモンだろ」

 

いや、ゴミは言い過ぎだ。

いくら毎日食っていれば体に悪そうな物だからって……。

 

「そう言う事言わないの。と言うか佐倉さん、食べ物

は粗末にしないんでなくて?」

 

「うん。粗末にする奴は殺すよ。けどマズいモンはマズいだろ。アタシは食いきるけど」

 

今物騒な動詞が聞こえたような。

 

「え、わたし殺されるの……?」

 

「おう」

 

「ひぃ!」

 

怖すぎる。

食物を残しただけで殺害されるとは。

やはりこの子は凶暴過ぎる。

 

「冗談だっての本気にすんなよ! まぁ要らなくなったらアタシに寄越せ。全部食ってやる」

 

「ほっ……」

 

「捨てるとかしたら割とマジで殺すからな」

 

「そ、そんなのしないもん」

 

「おーけい」

 

流石に食い物丸ごと投棄は罪悪感を禁じ得ない。

 

「そーいや雪音ってマミの紅茶飲んだんだっけ」

 

「うんっ!」

 

香りも高く、体の芯から温めてくれる素晴らしいものだった。

 

「じゃ〜このコーヒー飲んでみろ。お前をコーヒー派にしてやる」

 

「ちょっと佐倉さん!?」

 

「これでコイツは紅茶派からコーヒー派に乗り換えるんだぜ。ざまあみろ」

 

「む……! 聞き捨てならないわね……!」

 

割と真剣に話に乗り出すマミさん。

……いや、紅茶派のマミさん。

 

「ほら雪音〜。ブラックコーヒーだぞ。ほ〜れイッキ! イッキ!」

 

「う……」

 

「こらっ! 新歓酔い潰しみたいに言わないの!」

 

目の前にアイスコーヒーが差し出される。

真っ黒で、いかにも苦そうなオーラを醸し出している。

 

「え、えっと……詩織さん? 嫌ならちゃんと言うのよ? 無理しなくていいのよ……?」

 

「……っ」

 

……けれど、飲まず嫌いはよくない。

記憶失くす前のわたしが紅茶派かコーヒー派だったかは知らないけれど、もしかしたらハマる……かも。

それにもしハマったら、マミさんの淹れるコーヒーと言うのも飲んでみたい。

 

「……飲みますっ」

 

「ちょ、無理しないで……!」

 

「飲むんですっ!」

 

「……が、頑張ってね……?」

 

「う、うんっ……」

 

覚悟と共に頷き、恐る恐るコップを口に運ぶ。

漆黒の泥水の様な、濃そうなコーヒーがわたしの視界を覆おうとしている。

 

「……んぐっ!」

 

口に含み、一思いに飲み込んだ。

そして……。

 

「うげー……」

 

苦かった。

どうもわたしは紅茶派らしい。

 

「だ、大丈夫……?」

 

「にがいよ〜」

 

「そ、そうよね……!? コーヒーなんて泥水よね……!?」

 

「マミちょっとそれ言い過ぎじゃね。ほむら辺りが聞いたらマジギレ起こすぞ」

 

……ほむら?

誰だ。

 

「え、彼女コーヒー派だったの!? て言うかいつ暁美さんとお友達になったの!?」

 

「いや、知らねえけどさ……まだ会話すらした事ねえし。遠目に見りゃいつも缶コーヒー飲んでるんだよアイツ」

 

「へ、へぇ……そう……」

 

「と言うかこいつ紅茶派かよ〜。ガキみてえな舌してんのな」

 

「ふえ〜ん。マミさんの紅茶が恋しいよ〜お口直ししたいよ〜」

 

「それより佐倉さん。なんでこの子に無理矢理コーヒーなんて飲ましたの?」

 

「いや〜こいつをコーヒー派にしてマミの紅茶を独占してやろうと思ったのさ」

 

なんだそれは。

意地汚すぎる。

セコい。

 

「佐倉さんあのねぇ……!」

 

「あ、やべ〜」

 

失言だった、とばかりに口を尖らせながら視線だけ明後日の方へとやる。

 

「……はぁ。紅茶切らす程余裕無いわけじゃないから、今度ゆまちゃんとでもうちに好きなだけ遊びにきなさい」

 

「おっ! サンキューマミ!」

 

「世話の焼ける妹ね本当……」

 

「わっ! バカっ! 今それ言うな! 妹言うな!」

 

「ふふっ、嫌だった?」

 

「……」

 

バツが悪そうに、恥じ入ってるのか目を伏せる杏子。

 

「……嫌じゃねーし」

 

「知ってるわ」

 

微笑みながら、いたずらに返すマミさん。

 

「……さて、詩織さん」

 

「う、うん」

 

「楽しみにしててね? あなたの為なら毎日美味しい紅茶入れてあげるわね?」

 

わたしが完全なる紅茶派と知るや否や、目を輝かせながら迫ってくる。

 

「ね? ね? ね?」

 

「は、はひっ」

 

願ってもない嬉しい事だが、少し迫力があった為に若干引きつつ噛んでしまう。

真面目で優しいマミさん、と言うのが今までの印象だったが、只今の茶目っ気があり且つ紅茶には狂気的マミさんを以って若干イメージが壊されてしまった。

 

「……」

 

杏子の友達……ではないらしいが、ほむら? とやらに出会った時にはブラックコーヒーをプレゼントして差し上げる事を覚えておかないと……。

 

 

****

 

 

腹ごしらえも終わり、次はゲーセンへ……と言ったところだったが……。

 

「は〜? 本屋なんて後で良いじゃんか〜」

 

「良くないわ。取り寄せてもらってた本が今日やっと来たみたいなんだから……」

 

「何の本だよ〜」

 

「数学の参考書」

 

「そんなモン無くてもマミなら勉強なんとかなるだろ〜」

 

「買い被り過ぎよ。中学の頃の先生は良かったけど、高校の方の先生が……ちょっと……」

 

「あ〜、ハズレが当たっちまったのか」

 

申し訳無さそうに言葉を濁していた所を直球で言ってのけてしまった。

やれやれ仕方ない……とも言いたげに、杏子は、

 

「んじゃ好きに物色しとけ。アタシは先に雪音と一緒にゲーセン行くから」

 

「えっ!」

 

マミさんと一緒の方が良かった。

……と、思ってた事が伝わってしまったのか、

 

「ほ〜ら行くぞ雪音」

 

「うぅ〜……」

 

ズルズルと引き摺られながら強制連行されてしまう。

 

「そんじゃ〜な〜、マミ〜」

 

「え、えぇ……お気をつけて〜」

 

「う〜……」

 

「な〜に寂しそうに眺めてんだよ犬かお前は」

 

「ぶー!」

 

 

****

 

 

「よーっと……」

 

某ダンスゲームを、軽快かつ素早いステップで矢印を踏み抜き難曲らしき曲をこなす杏子。

後ろの手すり――いや、バーと呼んだ方が良いのか――に捕まりながら。

 

「なんでそんな変な踏み方するの……」

 

「変って〜?」

 

「手すり……」

 

「この方が重心整えられっからさ!」

 

……上級者の考える事は良くわからない。

 

「……っと」

 

只今一曲クリアした模様。

ゲームにしては激しめの運動だったのか、若干汗まみれになりながら塩ライチをガブ飲みしつつリザルトをチラ見し、

 

「っし! パフェコン来た!」

 

「す、すごいね……」

 

「雪音もやるか?」

 

「い、いいです……」

 

ゲームと同列に語るべきではないのかもしれないが、練習とはいえマミさんにボコボコにされたわたしが運動神経に自信を持てる訳が無かった。

 

「っつかさ、雪音の魔法って何さ」

 

「え……?」

 

知らないのか。

てっきり既にマミさんから聞かされてると思ってたものだったが……。

 

「……真似?」

 

「は?」

 

「え、えっと……。マミさんのリボン魔法と銃を真似しちゃったら出来ちゃって……」

 

正直わたしにもよく分かってない。

なんとなく直感でマミさんの魔法を真似してみたら出来てしまったと言う結果論から、わたしの魔法はとりあえずは真似と称する他ない。

そんなわたしへ向ける杏子の表情は、

 

「――」

 

「……杏子……?」

 

怒ってる訳でもない。

憎悪を込めてる訳でもない。

……無表情でいる様に見えて、驚愕と恐れが漏れ出している……そんな表情だった。

 

「……オマエ、意味分かってソレ言ってんのか」

 

「ま、マミさんにもおんなじ様な事言われちゃって……」

 

「そォかい……」

 

「……うぅ」

 

露骨に声が冷ややかだった。

まるで謂れのない理由人格すら否定されている様で、不快感を拭えない。

 

「……っつかマミの奴遅えな。どうした」

 

「あ……」

 

杏子のゲームと話のせいで気付かなかったか、言われてみればだいぶ時間が経っている。

 

「……QINEすっか」

 

赤いスマホを取り出し、SNSでマミさんと連絡を取ろうとし、

 

『佐倉さん! 詩織さん!』

 

連絡を取ろうとしたところで、マミさんの声が直接頭の中に響き渡る。

魔法少女にだけ備わったテレパシーだ。

 

『どうした。魔獣か』

 

『ええ! それも小さな女の子が襲われてる!』

 

『――! ゆまか!?』

 

『違うわ。けど魔法少女じゃない一般人よ! 早く来て……!』

 

『おーけい。分かった』

 

 

「……と言うことだ、雪音」

 

「う、うん……!」

 

マミさんと戦闘の訓練はしていたが、実戦は初めて……今回が初陣だ。

 

 

****

 

 

ショッピングモールの中でも人気がなく、改装中のまま放置された薄暗いフロアー。

魔獣が現れた場所と言うのは、ここだ。

 

「ふッ――!」

 

マミさんが既に応戦中。

それも、銀髪の少女を抱き抱え、守りながらの戦闘だ。

 

「ぅ、うわぁぁぁあ!」

 

「大丈夫……! 絶対私たちが守る……! 守ってあげるからね……!」

 

「ぅ……ぅぅ……! っ……」

 

泣き叫ぶ少女を、微笑みを向けてあやす。

けれど息は若干荒く、余裕はあまりない事を示唆している。

 

「――雪音。覚悟は出来てるな?」

 

「……」

 

僧侶の様な風貌の魔獣がおよそ4体。

1体ずつを3人で分担しようとも、誰か1人は2体を処理せねばならない。

 

「アタシが2体ぶっ潰す。オマエはマミを援護しとけ」

 

子供を抱えてる様では、いくらマミさんと言えども若干不利だから、か。

 

「……わかった」

 

「ようし。んじゃオマエの戦法って大体はマミのやつと同じって事で良いな?」

 

間違ってはいない。

が……、

 

「け、けど途中で杏子の戦い方も真似しちゃうよ?」

 

「ははッ――」

 

いたずらな笑みを浮かべ、その直後――

 

「――誰がオマエに手の内明かすかよ」

 

八重歯を剥き出しにし、口角を吊り上げる様な挑発的な笑みをわたしに向けてきた。

 

「――行くぞ」

 

「う、うん……。――!?」

 

その一声を合図に、赤い影が魔獣2体へと直進していた。

速さは目で捉える事かなわず、紅の鎖が鞭のように魔獣を嬲り、火花を散らている。

 

杏子の魔法はすなわち、槍を分解して多節棍化する……と言う事か。

ならば、マミさんのリボンと銃を真似した時の様にイメージしよう。

わたしの手には槍、そして鎖に分解出来るモノで――

 

「……あれっ……」

 

……出来ない。

杏子の武器を真似しようとも、イメージが頭に浮かばない。

 

「何ボサっとしてんだ! さっさとマミの所へ向え――!」

 

遠くから叫ばれる。

 

仕方ない。

中近距離戦にも便利だと思ったのだが、拳銃のみでなんとかしよう。

 

 

****

 

 

「マミさんっ! 助けにきました!」

 

「――! 詩織さんはこの子をお願い! この子、どうしてかコイツに狙われてる!」

 

守ってた子をマミさんから預けられる。

 

「っ、ぅ……うぁぁ……っ」

 

泣きべそかく銀髪の子。

ふんわりとやわらかな髪でいて、見た所小学6年生辺りか、中学1年生か……と言ったぐらいのあどけない少女。

こんな魔獣共に襲われては、立てない程に泣いてしまうのも無理はない。

 

「で、でもマミさん……。わ、わたし、この子の安全なんて……っ」

 

……わたしは戦力的に未熟だ。

マミさんみたいに、守りながら戦うなんてとうてい出来る自信がない。

……が、

 

「あなたがこの魔獣を相手にする必要はない! どうかその子を守りながら防戦に徹して!」

 

「えっ……」

 

「それに……やられる前にさっさと私がやっちゃえば良いのよ!」

 

徹底的に足手まといを排除したうえで片付けるつもりだろう。

つまり、わたしは実質戦力外。

 

「……はいっ」

 

「……今どう思われてるかは分かってるつもりで言うけれど、どうか自分を責めないで。その子を少しの間守り通す事も戦いのうちで、無理に前に出る事をしようとはしないあなたも決して愚かじゃないんだから……」

 

厳しい状況ですら弱さを自覚せずに前に出る奴は単なる阿呆だ、と言いたいのだろう。

そんな阿呆ではないわたしは愚か者ではない、と。

歯がゆく悔しいが、認めなければ活路はない。

 

「――さぁ、ここからよ! 魔弾の舞踏(ダンザデルマジックバレット)を見せてあげる!」

 

――マミさんが飛び立つ。

否、天井にリボンを射出し突き刺しバネ代わりにし、引き寄せられる様に飛び立ってった。

 

「――――! ――!」

 

幾千もの魔弾の雨が魔獣を貫く。

魔獣の悲鳴めいた咆哮が響く。

 

「――こっちよ!」

 

銀髪の少女への注意を反らすべく、敢えて注意を引きつける。

ワイヤーアクションのようにリボンを介して飛び回りつつ、12方向から弾丸を浴びせる。

満開の花が花弁を散らすがごとく火花を散らし、もはや魔弾雨などでなく、暴風とも言えよう。

 

「――はッ!」

 

吊るされた単振り子の要領で勢いを付け、魔獣の頭部に蹴りを撃ち込む。

重心が偏り、重みに耐えきれなくなった魔獣が地に伏す。

 

「――これで最後の――」

 

リボンを何重にも巻きつけ、もはや銃とも言い難い大砲じみた巨大な銃身を作り出す。

 

「ティロ――」

 

魔力を溜め込み、

 

「――フィナーレッ!」

 

速度と質量を伴った砲弾が、地に伏している床と共に魔獣を挟み圧殺する。

下の階に影響は無いかとも思われたが、影響が出る前に砲弾はリボンへと分解された模様。

 

「……ふぅ」

 

こちら側での戦闘は終了。

マミさんが引きつけてくれたお陰で、こちらが動かなければならない機会はほぼ無かった。

一方杏子の方は……、

 

「おつかれー。こっちも終わったぜー」

 

「えぇ、お疲れさま」

 

彼女の方も無事に処理が済んだらしい。

 

「……そのガキ、どうなんだ」

 

「大丈夫。心は食べられてないわ」

 

「そうかい」

 

「――ところで佐倉さん。何でロッソ・ファンタズマを使わなかったの?」

 

ロッソ・ファンタズマ。

杏子固有の魔法の名前か。

 

「だって、見せちまったらコイツに真似されちまうだろ?」

 

「っ……」

 

……ここまで否定的に言われると、悲しくなってくる……。

 

「佐倉さん、だからって……!」

 

若干……いや、それなりの怒りを込めて返すマミさんに、

 

「だから何だよ? コイツが信用出来ると思ってんのか?」

 

「っ……うぅ……」

 

わたし、やっぱり信用されてないのか……。

マミさんから聞かされた杏子の思いから、一概に否定するつもりはないが、実際こうも言われると傷心せざるを得なかった。

 

「信じたい……! この子に不幸な目に遭わせるものですか!」

 

「あァそうかい! じゃあ言うけどな!? 昔のコイツがとんでもねえ血も涙も無い様な極悪非道な化け物だったらどうすんだよ!? 手の内知られた挙句惨殺されて終わりだろうが!」

 

「佐倉さんッ! 言って良い事と悪い事があるわ!」

 

「気を抜いて良い事と悪い事もあんだろうが! あぁ、確かに"今のコイツ"はマミの言う通り素直で誠実なヤツだろうさ!」

 

「……!」

 

マミさん、密かにわたしの事をそう思ってくれていたのか。

罵倒される中でそう言ってもらえると、少し泣きそうにすらなる。

 

「だがな、昔のコイツを知ってて言ってんのか? 根拠あんのかっての!」

 

「それなら佐倉さんも知った風に言わないで! 根拠もなしに……!」

 

「あぁ言えばこう言うかよ! 今のコイツの可愛さ余って、アタシ等が死んじまったら元も子もないだろうが! 『ずっと一緒に家族として生きてく』んじゃないのかよ!」

 

「……それは……」

 

「アタシも胸糞悪い事言いたくってこんな事言っちゃいないんだよ。分かれよ……!」

 

「……」

 

……涙ぐみながら俯くマミさん。

もう返せる言葉は無いらしい……。

 

「……ったく……。雪音もゴメンな」

 

「え……」

 

「別に"今のオマエ"を虐めたいワケじゃあないのさ。けどな……、人の"願い"をコピー出来る奴なんて目の当たりにしたらどうしても警戒はしたくなる。分かってくれ」

 

「……うん」

 

そんな事ぐらい、頭では分かってる。

けれどどうしても、罵倒の様に聞こえざるを得なかった。

最後に杏子がこう言ってくれてるだけ、この子なりに誠意を見せてくれてると取っても良いのだろう。

いや、取るべきだ。

 

「……で、このガキは……」

 

「っ……ひぃ……っ」

 

先ほどまで喧嘩してたからか、マミさんと杏子に視線を向けられただけで縮こまってしまう少女。

 

「……え、えっと、そ、そんなに怖がらなくても――」

 

「あー……こう言うのはムリだ。雪音に相手させた方が早い」

 

「えっ……!?」

 

わたし、子供の相手なんてした事ないし、それにわたしも子供の様なものだ

子供をあやせなんて頼まれても出来るとも思えない。

 

「オマエ、アイツから見たらいじめられっ子だろ。多分警戒心無いぜ大丈夫大丈夫」

 

「う、うう……」

 

理にかなってる……のか?

少しの理不尽を感じない事もないが、まぁ請け負う

しよう。

 

「……こ、こんにちはっ」

 

「……」

 

少ししゃがんで、このこの子目線と合わせる。

見下ろされ支配されるような感じを少しでも無くすためだ。

その方が不安も減るだろう。

 

「わたし、詩織雪音っ。君のお名前は?」

 

「……」

 

涙で瞳を潤わせ、ふるふると唇を震わせながら、ゆっくりと口を開く。

 

「――すみ……」

 

「うん……?」

 

 

「――神名あすみ、です……」

 



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5話

 

 

銀髪の少女、神名あすみを魔獣から救出したのち、ひとまずはマミさんの家に連れ込て帰る事となって、それからはもう大変だった。

と、言うのも、

 

「ぅぁぁぁぁぁああああっ……!ぁぁああああああああっ……!」

 

「大丈夫……! もう大丈夫……! 怖いの、もう居ないから……!」

 

よほどの恐怖だったのか、泣き叫ぶばかりで手がつけられなかった。

マミさんに抱きしめられながらあやされても中々収まってはくれなかった。

 

「……はァ」

 

「……?」

 

気だるげに、けれど意味ありげに溜息をつく杏子へと視線をやると、

 

「いや、前にもあったなこう言うの、ってカンジ」

 

ピンと来る事はなくて、なおも杏子を凝視すると、

 

「あぁ、ゆまの話だよ。あのガキも魔獣に襲われて、ソコを拾ったってワケ」

 

杏子の妹分、だったか。

 

「……まぁ、あのガキはあのガキで、親が殺されてもこうは泣け叫ばなかったんだ。やっぱ思えばあいつ擦れてたんだな……って。境遇が境遇だけにしょーがない気もするけどな」

 

「え……」

 

「所謂毒親ってヤツでさ。虐待受けまくってたんだよ。けど、幸い爺ちゃん婆ちゃんの方はマトモでよ、ゆまはソコで暮らす事になったってワケ。アタシも拾われる事になっちまったけどな」

 

……なるほど。

 

 

****

 

 

それから1時間程して、

 

「……」

 

「どう……? おいしい……?」

 

やっと泣き止んでくれ、慰めがてらにマミさんからケーキと紅茶をごちそうされる事に。

 

「おいしい……」

 

「ふふっ。ありがとう……」

 

微笑みを返すマミさん。

その一方、杏子は……、

 

「……」

 

「佐倉さん……?」

 

あすみを凝視したまま訝しむ。

そしてそのまま……、

 

「おいガキ」

 

「ひ……!」

 

あすみの方へと身を乗り出し、あすみは怯える小さな悲鳴を漏らす。

 

「ちょっと佐倉さん! この子まだ子供……!」

 

「マミは黙ってろ」

 

「ちょっと……!!」

 

マミさんの制止も一蹴し、睨みつけるようにしてあすみに問い続ける。

 

「あすみ、だったけ?」

 

「ひ、……は、う、うん……っ」

 

「泣いてる時も思ったけどさ――」

 

一呼吸置いて、更にあすみへと身を乗り出し迫り――

 

 

「――親を呼んでなかったろ」

 

 

……あ。

 

「っ……!!」

 

あすみの表情が凍り付く。

顔色もまさに蒼白。

 

「オマエがいくつか知らねえけどさ、まぁとりあえずまず頼るは親が思い浮かぶはずだろ」

 

実の親を思い浮かべる……と言う事にはピンと来なかったが、記憶喪失であるわたしならまずはマミさんを思い浮かべる事だろう。

確かに、普通ならそれが自然な事なのかもしれない。

 

「けどオマエは今の今まで一回も親を呼んでねえ。しかもアタシらみてえな怪しいヤツらに捕まってんだぜ? イマ」

 

「佐倉さんその言い方……!」

 

「考えてみろよ。普通ならどう考えても事案モノってヤツでしょ。魔獣から保護したとは言え、端から見りゃ中高生がガキ誘拐してるも同然なんだぜ? 今頃通報すらされてるかもな」

 

「っ……」

 

わたし達の主観から視点を変えれば、そう言った見方も確かにある。

当事者にしかわからない事情なんて、他人には想像すらつくはずが無いだろう。

 

「……で? 捕まってすら居んのにまだ親の事叫んでねえ、と来たんだ」

 

「――――」

 

絶句。

かつ顔面蒼白。

そしてそのまま固まってる……と言うのが、今のあすみの状態。

微動だにしない。

 

「……なぁ、あすみ――」

 

 

「――"親んトコ"に帰った方が"良い"んじゃねーのかな」

 

「――――」

 

「……」

 

所々を強調し、含みを持たせ、半ば命令じみた口調であすみに投げかけ、空気が凍る――と言った具合に、沈黙が流れる。

そんなワンテンポを置いて、あすみは――

 

「――やだ」

 

――拒絶。

 

「やだ――やだやだやだやだ――!」

 

駄々ではない。

 

「――いやだ帰りたくないやだ痛いやだいやだいやだやだやだ怖い痛いやめてやだいたい帰りたくないやだいやだ絶対いやだやだもういや――」

 

悲鳴だ。

そして、懇願だ。

 

「……佐倉さん……これ……って……」

 

「……」

 

先程まで尋問していた杏子も、ただただ悲痛な面持ちで眺めるばかり。

 

「――やだ許してやめて怖いごめんなさい怖い痛いやめてやだ帰りたくない許してやだいやだ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ぁっ! やだぁっ!! っぁぁぁあああああああああああっ!」

 

もしかすればここに連れ込まれた時よりも深刻かもしれない。

今のこの泣き叫び様は……。

 

「……マミも雪音も分かったろ。コイツの親はヤバい」

 

わたし自身が記憶喪失なせいで、実の親の愛と言うものを実感した事はない。

けれど、これだけは分かる。

子供と言うのは、本物だろうが偽物だろうが、親から愛情を注がれて育てられて然るべきなんだ、と。

なのに、ここまでの拒絶を示される親と言うのは、一体どの様な鬼畜なのだろうか。

悲しみよりも先に、まず怒りがふつふつと沸き起こった。

 

「……あとは警察辺りに任せとくしかねーだろ」

 

「で、でも……!」

 

「もう魔獣絡みじゃねえだろ! コイツも魔法少女じゃねえんだし、アタシらの領分じゃねえよ!」

 

「でも……! こんなのって……! こんな事ってっ……ひどい……っ!」

 

マミさんも、頭では分かってるのだろう。

もはやこの先自分達がすべき事は無い事を。

それだけに心底歯痒く、また今ここで見捨てなければならないのが我慢ならないのだろう。

 

「……アタシが警察に連れてってやるよ。あとはいくらでもなんとかなる。生きてさえいりゃまた別の道はあるってモンだ」

 

奇跡に縋る他の道など無い――と言う事でなく、普通の人間として生きてさえいれば、平穏な日常が待っている。

が……、

 

「……っ! やだ!」

 

「は……?」

 

瞳に涙を溜め込みながら拒み……、

 

「あすみ、ここがいいっ!」

 

涙目の上目遣いで睨みつけながら縋り付くあすみ。

 

「な、なんでだよ……。オマエ、助かるんだぞ……? その後は本当の親の下じゃねえかもしれねえけど、平穏に過ごせんだぞ……!?」

 

「やだっ……! あすみ、どうせまたいじめられるの……! 学校みたいにいじめられるの!」

 

「そんなモン分かんねぇだろ! 今みたいな状況よか絶対マシだろ!」

 

「やだ! 絶対いじめられるっ……! あすみがされた事、みんなに知られたくないっ! やだぁっ!」

 

あすみが、された事……?

 

「……親がクソだった子らが過ごす施設だろ? なら皆同じ条件――」

 

皆が虐待親の被害者、ないし孤児。

親のせいで施設で虐められる事なんてない。

何かに気付いたのか、そう言おうとした杏子の表情が固まり――、

 

「――アンタ、まさか……」

 

「……あすみ、毎晩新しいお父さんに裸にされてるの」

 

夜に裸にされる――

それは、つまり――

 

「――!」

 

目を見開く杏子。

そして――

 

 

――続いて、硝子が割れ、撒き散らされる音が響いた。

 

 

「――!?」

 

「な――、マミ――!?」

 

……マミさんだ。

マミさんが、硝子製の三角形のテーブルを叩いたんだ。

握り締められた掌は、激しく震えていて――

 

「……ひど……い……っ……!」

 

――唇を噛み締め、涙を流していた。

 

「ひどい……っ……! ひどいひどい酷い酷い酷いっ! 酷過ぎる……っ! 反吐が出そう……っ!」

 

怒り、なのだろう。

それも、優しいだけに吐き散らされた怒り。

……あすみの受けたであろう仕打ちは、とても言うに憚られる。

女の子が受けるには最低最悪過ぎる仕打ちだ。

 

「……っ、……うぅ……っ」

 

わたしもマミさんとほぼ同じ気持ちなのか、雫が瞳から溢れ出ていた。

怒りを通り越し、ただただ悲しかった。

よくも……、汚い欲望の排泄にのみに子を使えるものだな、と。

そしてそんな仕打ちを受けたあすみの胸中を思うと、胸と喉がつっかえる。

 

――そんな境遇に、放っておける訳がない。

 

「……っ!」

 

「……雪音お姉ちゃん……?」

 

気が付けばあすみを抱き締めていた。

 

「――お姉ちゃんが面倒みる……っ!」

 

「――――!」

 

かつてマミさんがわたしにしてくれたように、あすみを抱き締めながら誓う。

この子をひとりになんて絶対しない……!

地獄になんて置いてたまるか……!

 

「……ふ……うぅ……っ……!」

 

わたしの胸の中で嗚咽を漏らす。

呼応するように、より強くあすみを抱き締める。

 

「今日からお姉ちゃんが守る……! あすみを怖い目になんて遭わせない……っ!」

 

「う……ぐっ、……えっぅ……!」

 

わたしが助けるんだ。

誰も助けなくても、助けようとも、わたしが助ける……!

 

「ぁ……あり、がと……う……。おねえちゃん……っ、……ありがとう……っ……!」

 

「うんっ……よしよし……」

 

ふわふわな銀髪のボブカットを撫でる。

これであすみは、まっとうな子としての生活を過ごせるんだ……!

 

「……けど雪音、現実問題どうするんだよ」

 

……睨みつけながら、杏子が問う。

 

「どうせわたし身元不明だもん。何かあればいたくもかゆくもないわたしが犠牲になる」

 

「はぁ!?」

 

「だから、もしおまわりさんが来たら言ってあげて。 マミさんと杏子はわたしの言いなりにさせられたって。何も知らないって。だからマミさんと杏子は関係無くなれるの……!」

 

「っ……そんなこと言える訳ないじゃない……っ!」

 

「……それに、もしかしたらわたしの身元もわかるかもしれないし……ねっ」

 

先程の怒りが収まってないのか、未だ瞳に涙を溜めながら訴えるマミさん。

我ながら、ひどいしズルい提案だと思ってる。

 

「……はあ〜。くそったれ」

 

溜息を、頭を掻きながら吐く杏子は、

 

「あ〜アホくせえ。そん時はアタシが幻術で何とかするよ」

 

「佐倉さん……!?」

 

「……杏子……!」

 

……協力してくれるのか、杏子。

意外だった。

 

「二兎追うモノはなんとやらって言うけどさ。まぁ、あすみの気持ちと救いとアタシらの立場と雪音の安全を全部成立させるにソレしか無いってんならしょーがないだろ。雪音が犠牲になるこたあないよ。あーメンドクセ」

 

口こそ粗暴だが、初めて杏子の優しさに触れた気がした。

たまらなく嬉しい……!

 

「ありがとう杏子ぉ……!」

 

「礼ならまずあすみに言わせろ。コイツの為にわざわざ骨折ってやるんだぜ?」

 

……と、顎で指し示しながら促す。

 

「……あ、ありがと……。杏子お姉ちゃん」

 

「おうっ」

 

いたずら気味ではあるものの、気前良く笑みをニッと返す。

 

「……けど佐倉さん、大丈夫なの……?」

 

「なあに、こちらとら一応マミや雪音よりアウトロー生活歴長いんだぜ? ゆまン家に転がり込むまではな」

 

追ってくる大人のやりくりには慣れている、と言いたいらしい。

どの様な行為をしでかしたかには不問にしておこう。

 

「あ、もしかしたら雪音のが長いかもしんねーけどな?」

 

「む〜」

 

わたしは杏子みたいなヤンキーじみた子じゃない……。

 

「こら佐倉さんっ」

 

「ははっ、わりぃわりぃ。今のコイツはどう見ても人畜無害だもんな。昔は知らねーけど」

 

人畜無害。

それはそれで馬鹿にされてる気がしないでもない中……、

 

「ぷふっ……っあははっ」

 

「お?」

 

……あすみが笑った。

それも、年相応の子どもらしく。

 

「雪音おねえちゃん、おねえちゃんっぽくないなぁって」

 

「むっ! あすみまでそんな事言う!」

 

「だろ〜? コイツどっちかってーともっと下のガキって感じだろ」

 

「うんっ! 雪音おねえちゃんって言うかゆきねって感じよねっ!」

 

呼び方がなんとなく漢字からひらがな呼びにされてしまった気がしないでもない。

これはまずい。

お姉ちゃんらしくなくなってしまう。

と言うか口調を微妙に大人ぶらせてはいないだろうか、あすみ。

 

「こ、この〜! あすみ〜!」

 

「きゃ〜!」

 

手をわきわき開閉させながらあすみを追ってやる。

部屋の中だが追いかけっこだ。

 

「……よかった」

 

「よくねーよマミ。一応魔法で一仕事すんだから、その分グリーフキューブは寄越せよな」

 

「えぇ、それはもちろん」

 

「ったく、賑やかしやがって……」

 

「ふふっ。本当にねぇ……。よし……」

 

 

「こ〜らっ、あすみちゃん、詩織さんっ。ご近所に迷惑よっ」

 

「う……」

 

マミさんにまとめて叱られた。

子供かわたしは。

 

「ほどほどにねっ?」

 

「は〜い」

 

「うぐぐ……」

 

元気良く返事するあすみの傍、歯がゆいわたし。

 

「……は、は〜い……」

 

「よしっ。んじゃあこれから晩御飯といきましょうか!」

 

「わぁ! マミさんのごはん!」

 

「ご馳走になりますっ」

 

ぺこり、とお辞儀するあすみに……、

 

「そんなにかしこまらなくても良いのに……」

 

「……ご、ごちそうになるわ!」

 

「ぷっ、ふ、ふふっ……」

 

言い直した口調が無理に大人ぶった感じだったのが可笑しかったのか、噴き出してしまうマミさん。

 

「よし、アタシにもご馳走させろ。ご馳走になるぞ。食わせろ!」

 

「はいはいっ」

 

「メ〜シ! メ〜シ!」

 




誠に勝手ながら、今回よりR-15とさせて頂きます。
あすみの過去について最大限表現を曖昧にする様努めましたが、念の為……と言う事で。



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6話

 

 

「っ――ぁ――ぁぁああああ――ッ!」

 

もう、いやだ。

わたしはあと何回、何時、どれほど"コレ"を――され続けるの。

 

「ぅ――ッは――っっぁぁ――っ――!」

 

わたしはこんな――しらない。

わたしはこんな――知らない。

けれどみんな、みんな"――のこと"として、わたしの――に―し―まれる。

 

―――まれ、行き場の無い"―"でわたしが――――そうだ。

けれど、―――――しまう事すら許されない。

いっそ――――、ラクになれる事すら許されない。

 

――わたしは"死ぬ"まで、"死ねない"中、ずっとこの責め苦を味わわせられる。

 

「――コ――ろシ――テ――」

 

――死にたい。

 

「コロ――しテ――」

 

――殺して。

 

「――コロして――殺シテ――」

 

――死にたい死にたい死にたい死ニたい死にタイ死ニタイ死ニタイ死ニタイ死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死――

 

――殺して殺して殺して殺して殺シて殺しテ殺シテ殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺セ――

――殺セ――

 

「ッぁぁああ――――ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」

 

――これだけ苦しんでも、"やつら"は顔色ひとつも変えない。

――ただ嘆き、ただ嘔吐き、ただ狂い、ただ苦しもうとも、"それだけのため"に、"やつら"はわたしを使っている。

 

――それが■■■であるわたし、"*****"に与えられた、唯一の生きる意味だった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

あすみを拾ってから一週間後、またの休日の朝朝。

 

「――――」

 

マミさんの家だ。

特に変わった様子もない、いつも通りの朝。

だが、

 

「……っ」

 

ぼんやりと、朧げにしか分からない夢だった。

何を感じ、何を意味していた夢だったのかはまるで分からない。

 

――けれど……ひどく、苦しかった。

 

苦しい夢だった。

それだけは分かった。

 

「……うぅ……っ」

 

夢は所詮夢。

そう思わなければどんどん心が陰る。

ソウルジェムにも悪い。

 

……マミさんの朝食の支度でも手伝おう。

 

 

 

****

 

 

 

予想はしていた事だが、やはりか……と言ったような具合だった。

と言うのも、悪夢にうなされていた事をマミさんに伝えると、

 

「詩織さんは休んでて。 無理しちゃ駄目よ」

 

気を遣われてしまった。

けれど、それではわたしが起きてきた意味がない。

 

「……手伝ってた方が、こわいこと忘れられるから……。お願いします……っ」

 

手伝いだろうがなんだろうが、理由は何でも良い。

ただ、今はマミさんと一緒に居たほうが、あんな悪夢になんて忘れていつもの日常を感じれる気がするんだ。

 

「そっかぁ……ごめんなさいね」

 

気配りが足りなかった、とばかりにバツが悪そうに『ふふっ』と微笑むマミさん。

これで、一緒に朝の支度が出来る。

 

「……マミさんってたまに柔らかくなりますよね。口調」

 

「へ……?」

 

「お姉さんなマミさんなら『そうねぇ……』って言いそうなのに」

 

「……気がつかなかったけど、気が抜けちゃってるのかもしれないわね……」

 

わたしの前では気が抜けるマミさん、か。

 

「……えへへ」

 

「?」

 

「何でもないっ」

 

知られざる一面……みたいなものを垣間見れた様で、嬉しさとも言えるものを感じられた。

 

 

****

 

 

しばらくして支度も終わり、マミさんとあすみとわたしの三人で食卓を囲む。

 

「これゆきねおねえちゃんが作ったの?」

 

と、ハンバーグを頬張りながらわたしに聞くあすみ。

 

「だよ〜。おいし〜?」

 

この一週間、マミさんの朝の支度も兼ねてお料理も学ばせてもらった。

晩御飯の支度の時には特に丁寧に教えてもらいつつ、着々と腕を磨いてったつもりだ。

 

「……わるくない、かも」

 

と、そっぽ向いて頬を赤くしながら評するあすみの表情からは、どこか喜びの色が滲み出てる気がしないでもなかった。

 

「そんなこと言って〜、美味しいんでしょ〜?」

 

「む〜、おねえちゃんうるさいっ」

 

「このツンデレめ〜」

 

「う〜ざ〜い〜っ〜!」

 

「こ〜らっ。落としちゃうわよ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

マミさんに怒られ、しゅん……と落ち込むあすみ。

 

「やーいあすみ怒られてる〜」

 

「詩織さんもよ?」

 

「ぶ〜」

 

「ふっ」

 

おい、あすみが鼻で笑ったぞ。

 

「おい〜? あすみ〜?」

 

「なんでもないしー」

 

 

****

 

 

さて、朝食後。

マミさんは杏子に用があると言ってあすみを連れて出てしまった。

ついでにあすみとゆまは歳が近く仲良くなれるかもしれない、とも。

 

で、わたしは何故付いて行かなかったかと言えば、この一週間の魔獣狩りの時以外には会ってないさやかと遊ぶ約束をしていたからだ。

彼女の親友である鹿目まどかも同伴との事だったが、別にわたしに不都合は無いので了承する事にした。

因みに資格がないのか魔法少女ではない、との事。

 

 

****

 

 

地方都市にしては比較的都会と言える見滝原の中で、ビルとコンクリートのジャングルから抜け出られる憩いの場……とも言えるこの広々とした公園。

この公園にて、さやかとまどかと待ち合わせをしている所だった。

……が、

 

「――詩織、雪音さんね?」

 

その来訪者は、碧の髪の乙女なのではなく、長身のシルバーブロンドの麗人だった。

そしてその隣には、小柄な黒髪ショートの少女が付き添っている。

何よりこの人達、わたしの名前を予め知っていた……?

 

「……誰……ですか」

 

「あら、わたしとした事が……、申し訳御座いませんわ。そうですね……」

 

一呼吸考え、改めてその名を口にする。

 

「――救世を成すべく、審判を下す者――と言いましょうか」

 

――名前でなかった。

だが、ここまでの声色のみでも、わたしに不安を抱かせるには充分だった。

かつてのわたし――記憶を失う前までのわたしを知る者だったとしても、だ。

マミさんの声色を例えるならば、柔らかく包み込む様な暖かな優しさだとしよう。

一方この女なら、確かに声色こそは優しげだ。

けれど声だけが優しいだけであり、暖かさなんて欠片もなく、まるで冷えに冷え切った無機質的な金属の様だ。

 

「っ……」

 

怖い。

逃げたい。

こんな得体の知れない者達なぞ放っておいて、日常に帰りたい。

 

「ああ、恐れずともいい」

 

「ひっ……!」

 

付き添いの黒髪がわたしへと身を乗り出して喋り出す。

 

「織莉子は女神に代わってこの絶望に満ちた世界を正しき道へと導く者さ。有限たるこの世界を無限とすべく東奔西走し――」

 

この少女、わたしを見て喋っていない。

その金の瞳の方向こそ、わたしへと向いてはいるが、見ているのはわたしなどではなく、その向う側。

つまりは、今彼女が語る銀髪の女――織莉子の理想のみを見ている。

そしてその饒舌な口はわたしへと語り掛けているのでなく、語る理想に酔っている様だ。

まさに、狂信的――否、狂気的か。

 

「もう……喋りすぎよ、キリカ」

 

「……! ご、ごめんよ織莉子! 嗚呼! 歩み出しからこんな失敗を犯してしまったどうしよう! 織莉子の為ならどんな罰だって受け入れるよ! それこそ四肢切断だって織莉子の為なら構わない! 無限の愛

して受け入れるさ! さあ私を裁いてくれ! 織莉子の為ならこの身も何もかもを捧げられる!」

 

――ヤバい。

 

狂信的かと思えば、許しを乞う黒髪短髪――キリカの態度は跳ね回る忠犬そのもの。

かと言って喋る内容は狂気的なまでに献身的。

態度の落差が酷いようで、喋る内容は狂信的かと思えば献身的。

このキリカとか言う少女、読めない。

 

「あらあら、駒の手足を捥いでは駒たり得なくなってしまうわ。それにキリカに与えた罰とは、わたしの駒になる事の筈でなくて?」

 

「ひどいや織莉子! 大ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ好き!!」

 

――ヤバい、ヤバ過ぎる。

 

「……ええと、醜態を晒してしまい申し訳御座いませんわ」

 

「は、はひ……」

 

良かった。

醜態と自覚出来る倫理観は少なくとも織莉子には備わってる様だ。

しかし、狂犬とも言えるキリカを手懐けられる事がある意味では恐ろしい。

わたしでは一発で咬み殺されている。

 

「さて……此の度貴女に声をお掛け致しましたのは、是非貴女には協力して頂きたい事がございまして」

 

 

 

 

「――悪魔に下す審判の」

 

 

 

 

****

 

 

結局、見知らぬ喫茶店へと連れられてしまった。

さやかとの約束があるから公園にて居させて欲しい

と言っても聞き入れてはもらえず……、

 

『この世にこれ以上とない織莉子の誘いを拒むと言うんだね? ならばこの私、呉キリカが君の命をここで有限にしてしまおう。なに、痛みは一瞬さ。瞬く間も無く細かく細かく刻んで刻んで刻刻刻刻刻んで心までをも刻んで差し上げよう。それなら痛みを感じる事も無いだろう?』

 

……と、キリカに脅されてしまった。

例によって織莉子が抑えてくれ、その上これはキリカの冗談の様なものと補足してくれたが、とても冗談には聞こえなかった。

 

「うぅ……、さやかぁ……。マミさん、杏子ぉ……」

 

「乗り気でないならこの私、呉キリカが――」

 

「きッ……!? 聞きます聞きます!」

 

「O.K. ならば私達に聞きたまえ。この世を侵食する黒き悪魔と、この世の救う者の話を」

 

……さて。

先程から耳につく"悪魔"なる単語だが……。

 

「魔獣の親玉……みたいなものですか?」

 

「全ての魔獣の主、と言う事のなら全ての人間そして魔法少女がそうね」

 

はぐらかし、回りくどい流れに若干の苛立ちを覚える。

少なくとも、魔獣の王……と言う訳でもなさそうではあるものの。

 

「――"魔女"を超えし者」

 

――"魔女"。

情報通を気取りたいのか、聞き馴れない単語ばかりを繰り出してくる。

 

「そして、救済の女神を失墜させし者」

 

……もう我慢ならない。

 

「……わかんない事だらけです。悪魔? 魔女? 女神? いったい何の話をしてるんですか……!?」

 

「織莉子の言葉を邪魔するな……ッ!」

 

またキリカか。

質問すら許さないと言うのか……!

 

「邪魔してないよ! 聞いても何言ってるかわかんないからだよ!」

 

「理解が及ばない即ち君の魂が織莉子の言葉を拒絶していると言う事だね? 良いだろう君の魂の色は重々分かった。織莉子の為ならここで君を処刑しても私は何とも思わないさ。だから細かく散ね」

 

「……!?」

 

一息も入れずに捲くし立てるキリカ。

 

喫茶店で戦闘すると言うのか――!?

やはり正気でない――!

 

「そこまでよキリカ」

 

「お、織莉子ぉ……! で、でもコイツ……!」

 

「確かに、わたし達の"ビジョン"はわたし達にしか分からないの。中々伝わってくれないのも道理で、仕方なのない事よ」

 

「う……ご、ごめん……ッ! で、でも! お、織莉子からの罰なら私は――」

 

「二度も言わせないの」

 

「う……ッ、う、うん……」

 

た、助かった……。

 

「――さて、先ずは貴き"女神"の話からしましょうか」

 

――"女神"。

仰々しいその単語に、わたしは固唾を呑む。

 

「かつて、貴き願いを胸に抱いた少女達が居た。そして願いに裏切られ、募った穢れでその身を満たし、少女の心の深層の化身――"魔女"を顕現させた」

 

つまりは、魔法少女が願いに裏切られ、何らかの良くない存在へと堕ちた……と。

 

「そんな絶望に満ちた世界を目の当たりにし、涙を零す尊き心を持つ"因果に愛された少女"が居た」

 

「……その少女が、女神……なんですか?」

 

「えぇ。その因果の少女こそが、呪われし少女達を浄化する救いの女神――"円環の理"へとその身を昇華させたのよ。その存在を誰にも覚えられる事がなくなろうとも……ね。家族からも……親友からも」

 

――"円環の理"。

話のみを聞けば、我が身を犠牲にしてでも救世を誓うとは、なんと尊い心を持つ少女だろうか。

もしわたしだったなら、到底そんな事出来る訳がない。

自分の記憶を失おうとも、せっかく手をとってくれた人達から忘れられてしまうとなると、寂しすぎて……そして悲しすぎて、考えただけでも胸が痛くなる。

 

「けれど、そんな道を善しとしなかった者がひとり」

 

「それが、この世を侵す"悪魔"と言う事さ」

 

「えぇ。彼女は救いを差し伸べる女神を失墜させ、人間へと還らせてしまったのよ」

 

「人間――と言えば聞こえは良いだろうが、彼女にとっては人形も同然だろうさ」

 

……では、孤独な女神さまは人間に戻れた。

 

「それって良くない事なんですか……?」

 

「皆の救いを願う彼女の心を踏みにじる事を悪ではない――と言いたいのですね?」

 

「え、っと……」

 

女神様は人間……? に戻った。

すると女神様の救いの手は消え失せている。

けれど、"魔女"なる存在を未だ嘗て聞いた事も見た事もない。

なら、この世界は今どうなって……?

 

「……悪魔は女神を引き摺り下ろし、そして救われるべき"呪い"の浄化も無い」

 

「じゃあ、"呪い"の行き先は……?」

 

「それは悪魔さん自身のみぞ知る事ね」

 

……はぐらかされた様な気がししないでもない。

 

「さて、貴女は忘れられし"女神"が人間に戻れた事を、少しでも良しとした。けれどそれは尊き事でも、まして彼女自身にとっての救いでもなく、わたし達現世の者達からすれば大災害とも言うべき事よ」

 

「"悪魔"が何かするんですか……?」

 

「いいえ、もうしているわ。ところで貴女、キュゥべえの言うエネルギーの話は知っていて?」

 

魔獣からわたし達魔法少女へと経由して採れる、感情エネルギー。

その仕様用途は、宇宙の存続。

 

……わたしは頷いた。

 

「"悪魔"はそのエネルギーを奪い去り、"女神"をこの世に縛り付ける楔としているの」

 

……ならば、この世界の存続は――、

 

「――察した様ね。近い未来、審判の刻(ドゥームス・デイ)がこの世を訪れるわ」

 

「徐々に世界が腐ってくのさ。"女神"と"悪魔"、ただ二柱を残して――だ」

 

……そん、な……。

 

「……っ、……ぁう……」

 

記憶を失おうとも、せっかく大切な人達と出会えたんだ。

なのに、また直ぐさま……それもわたしだけでなく、皆丸ごと消えてしまうと言うのか……。

 

「そこで、だ。詩織」

 

「えぇ。貴女には"悪魔"を討伐すべくわたし達に協力してもらおうと思うの」

 

……何でわたしなんだ。

理由を聞いてない。

 

「きっと貴女は、今自分を弱いと思っている――」

 

「――ッ」

 

「――違うかしら?」

 

「くっ……」

 

苦虫噛み潰す様な表情で、渋々頷いた。

 

「けれど大丈夫よ。貴女はとても強くなる」

 

「何を根拠にそんな事を……」

 

「――啓示よ」

 

神託、とでも言うのか。

もう女神様は居ないはずでは――、

 

「さぁ、わたし達と共に、この世に救いを齎しましょう――」

 

「"悪魔"を挫き、この世に"女神"を再臨させる――」

……でも、悪魔を倒さなければ、世界が終わってしまう……。

 

「さぁ、詩織雪音さん――」

 

 

 

「――わたし達の手を、とって下さい」

 

 

 

――その手を、わたしは――



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7話

 

 

「っは――ッ――はぁ――ッ――はぁ――ッ!」

 

走る。

逃げる。

必死に駆ける。

 

奴らの誘いに応えるまでもなく、ただあの場から立ち去りたかった。

悪魔討伐に乗るか否かよりも、さっさとあの場から逃げたかった。

突拍子も無い話に、そしてワケもなくわたしを誘う織莉子とキリカ。

全てが気色悪く、理解不能で、只々逃げたかった。

 

 

****

 

 

そして人気の無い廃ビルにて。

 

「は――っ――はぁ――っ――ッはぁ――」

 

全力で逃げたんだ。

息が荒くなら無いワケがない。

胸の鼓動が早まって、そして痛い。

整うはずもない息と鼓動を堪え、後方を確認すると、

 

「――っはぁ……」

 

誰も居ない。

そして誰かが追ってくる気配も無い。

 

――よかった。

 

「撒けたぁ……」

 

 

 

「――何方を撒けまして?」

 

 

 

「――ッ!?」

 

丁寧で、無機質で、冷ややかに透き通る声。――に振り向くと、そこには――

 

「酷い子ね。無視して走り去ってしまうなんて……」

 

「君は余りに不敬に過ぎる。白ウサギ君」

 

――さっきまでわたしが向いていた場所に、"奴等"が立っていた。

それも、魔法少女に変身済みの、臨戦態勢で――

 

「――ぁ――ぁぁあ――っ」

 

――何故だ。

わたしはあんなにも、必死にここまで逃げてきた――!

なのにこいつらには寧ろ、わたしを卑称で罵倒する余裕さえも見られる――!

 

「――さて、では改めてお聞きしようかしら。わたし達に乗るか反るか、を」

 

「覚悟を決めると良い。これは織莉子の最大の慈悲だよ。次は無い」

 

――いやだ。

――こわい、こわいこわいこわいこわいこわい。こわい!――

 

「――っあ――ああ――あ――」

 

――わたしに、きくな――

 

「ああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

堪えられなくなった恐怖の叫びと共に、水晶の拳銃を手に奴等へ駆ける。

 

――もう殺してしまえば良い――

だったらもう、こわい思いしなくて済む――!

 

――けれど、そうしたとして、"悪魔"は?――

 

「ぁぐ――ッ!?」

 

背に鈍痛。

うつ伏せに倒れるわたし。

 

――何時攻撃されたんだ。

奴等に攻撃する素振りは見えなかった――!

 

「――!?」

 

居ない。

先ほどまで、奴等が立ってた場所に奴等が居ない――!

 

「――遅いッ!」

 

迫る甲高い声。

そして、

 

 

「ッぅぐぁぁぁぁぁああああアアアアアアアアアアアアアアア――――――!?」

 

 

痛みが背を引き裂く。

 

「ッははははははハハハ――ッ! 白ウサギらしく甲高く発狂したかと思えば随分ノロマじゃないか!」

 

引き裂くように甲高く嗤う声と共に、尚も背に斬撃が浴びせられる。

 

「ッぁあああ――あああああアアアアアっ! あああああああああああああ――ッ!」

 

「これじゃあ白ウサギじゃなく白アリかな!? さあ見せてくれよ! もっと見せてくれよォッ! 惨めに虫みたいに逃げおおせるそのザマを! もっと見せてくれよォッ!!」

 

容赦なく斬撃を浴びせられる中、鉄っぽい臭いが鼻を刺す。

痛みがわたしの背を炙る。

 

――痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイ――!

助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけて――!

 

「あははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ――! こんだけやっても死なないってやはり魔法少女の体って面白いなァ! これは四肢を捥いでも死ななさそうだ! もしかすると腸根こそぎ奪い去ってしまっても蛆虫みたいに生きてるかもしれないね! ははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

罵詈雑言と共に痛めつけられ続け、いつしか痛みすら感じられなくなってしまった。

あるのは、背中を焼く熱のみ。

 

――もう、やめて、許し、て――

 

「――キリカ」

 

「うん?」

 

「"そろそろ"、よ」

 

「あぁ、分かったよ。 やるんだね?」

 

織莉子の一声で、キリカの嬲りが止められた。

が、

 

「――――」

 

分かる。

わたしの後ろに、膨大な魔力が込められつつあるのを、ソウルジェムの反応で感じ取れる。

 

――わたしは、助けられたわけじゃない……。

寧ろ、これからわたしは――

 

「ごめんなさいね、詩織さん。貴女に恨みは無いけれど――」

 

 

「――こうする事が、"定め"だから」

 

 

――わたしは、裁かれる。

理不尽な審判を、コイツによって下される。

込められた魔力の量から、わたしのソウルジェムが無事で居られる保証はとても出来ない。

 

「――天命を告げる彗星よ、栄光の名の下に彼

者に裁きを下さん――」

 

――ああ、死ぬんだ。わたし。

実質たった一週間程度の命で、わたしは終わっちゃうんだ。

 

「っ――ぅぁ――ぁぁああ……」

 

いやだ……。

もっと、生きたい……。

マミさんと杏子、さやか、あすみといっしょにもっと生きたかった……。

やだぁ……っ……。

 

「――グローリー・コメット」

 

掛けてもらえる慈悲なんか無いまま、"彗星"が落とされる。

わたしの怨嗟になんて省みる事なく、魂ごと圧殺せんとする。

 

 

 

 

――そして、背中に轟音が響き渡った。

 

 

 

「――?」

 

――おかしい。

 

「――ぁ……?」

 

刹那の刻であろうとも、どれだけ待とうとも、わたしの意識が消える事は無かった。

 

「ぁ……れ……」

 

――生きてる。

わたし、まだいきてる。

 

「へェ……。全員集合と言う訳か」

 

キリカが告げるその言葉に、重い首を振り向かせると――、

 

 

 

 

「――貴女達、何をしたか分かっていて?」

 

 

 

 

織莉子とキリカに銃口を向けるマミさん、剣先を向けるさやか、槍を構える杏子が居た。

 

「……美樹さんは詩織さんの治療を、そしてあの黒い奴から詩織さんを守って」

 

「言われなくたってそのつもりだよ……!」

 

「……佐倉さんは、私と一緒にあの白い奴を」

 

「あァ。ぜってー潰す。――いや、ブッ殺す」

 

傷だらけのわたしに、治癒術が掛けられる。

たちまち、待つ事も無く、一瞬で癒えた。

最初から傷なんて付けられていなかったかのように。

 

「――ぁ」

 

――ああ……よかった……。

助かった……。

 

「っ……ぅぁあ……っ、……ぁぁぁぁああああっ……! うわああぁぁぁ……ん……!」

 

「頑張ったね……。よしよし……」

 

抱きついて号泣するわたしに抱き返し、撫でるさやか。

 

――こわかった……。

さっきまでのわたしの心が、一瞬で解された。

 

「――もう一度お二人に問うわ。貴女達、何をしたか分かっていて?」

 

奴等に問いかけるマミさんの声が、マミさんの様には聞こえなかった。

とても静かで、けれど重苦しい……。

 

「えぇ、それは重々……。けれど先に手を出してしまわれたのはそちらの子でなくて?」

 

「でも、ここまでする必要は無いわ」

 

「わたし達も怖かったんですもの……」

 

「4対2で余裕ブチかましてられて何がコワいだよ。ホラ吹いてんじゃねえよ」

 

「煩いよ狂犬。キミ如きが織莉子に口を利くんじゃない」

 

「狂犬にマジレスされてんじゃねえよ、テメェこそ黙っとけどマヌケ忠犬が」

 

「貴様……ッ!」

 

「キリカもそろそろやめて頂戴」

 

「う……あ、ご、ごめん……」

 

 

「……確かに、少々おイタが過ぎましたわ」

 

「お? やっぱ多勢にはブルっちまうか?」

 

「いいえ。貴女方程度なら、例え4対2だったとしても一瞬で葬れます」

 

「随分自身がお有りの様ね」

 

「えぇ、何せわたし……『未来を識る事』が出来るのだもの」

 

――未来予知。

それが、織莉子の固有魔法――!

 

「なら残念だったな。コイツ……人の魔法を真似出来るんだぜ?」

 

「えぇ、それもビジョンでお伺いしてるもの」

 

「なら何で……」

 

「だったら実際、今詩織さんはわたしの魔法が使えて?」

 

――あ。

 

「――っ」

 

……首を横に振った。

真似をしようとも、そもそもどう真似をすれば良いかが分からない。

 

「……"ビジョン"はわたしにしか見えていない。そしてわたししか識る事が叶わない。佐倉さんも、詩織さんに魔法は見せた事無い筈でしょう?」

 

「――テメェ、ソレすら知ってるって事は」

 

「えぇ。ハッタリでも何でもなく本物です。そして詩織さんは、所詮"視て記憶する"事しか出来ないのよ」

 

織莉子の魔法は、何らか形として現れる事はない。

形として現れる物を見る事なんて無い以上、織莉子の魔法を真似する事は出来ない……。

 

「さて、過剰防衛については申し訳なく思っております。その印に――」

 

「……グリーフキューブ」

 

マミさんの手に投げられた。

量からして、さやかがわたしに使った治癒魔法分の浄化が出来るであろう程。

 

「そしてこちらも……」

 

更にわたしへも投げられた。

 

「さて……詩織さんには既に告げた通りですが、わたし達の目的はなにも詩織さんを殺害する事ではありません」

 

「……さっき殺そうとしてたわよね」

 

「殺そうとすれば、貴女方が来ると"識った"ので」

 

「――ッ」

 

ありったけの憎しみを込めて、織莉子を睨みつける。

生きていてこんなにも腹が立ったのは初めてだ。

どんなにわたしが怖かったものか……。

 

「わたし達の目的は、この世を浸食する悪魔を討伐する事」

 

「そして織莉子は君達をその部隊として迎え入れようと言う訳だ。有難く光栄に思うと良い」

 

「……ちょっと待ってよ」

 

さやかが奴等ににじり寄る。

 

「あんた達、未来予知出来るんじゃないの?」

 

「えぇ、視えるわ」

 

「……あたし達がなんて答えるかも、既に分かってるんじゃないの?」

 

……言われてみればそうだ。

織莉子の中のビジョンでは、既に彼女への返答が視えている筈。

誘うべく問う事自体、無意味な筈……。

 

「察しが良いのね。美樹さやかさん」

 

「うん、よく言われる。それに……あんた達に乗ったとして、本当に"アイツ"を倒す事なんて出来るの?」

 

「……?」

 

"アイツ"……?

 

「ですから、貴女方と共に悪魔を亡き者にしようと――」

 

「――冗談じゃない! だったらその"視えてる未来"とやらをあたし達にも見せてよ。自分にしか視えない情報通だって事をいいことに、あたし達を使い潰す事だって出来るでしょ!?」

 

「――」

 

冷ややかさを隠しきれずとも被ってきた柔和な表情と言う仮面が、ここで剥がれた。

今の織莉子には、表情が無い。

 

「――さすが美樹さやかさん。嘘つきには敏感ですこと」

 

「よく言うわ。こうなるって事分かってたクセに」

 

「えぇ、ですから貴女方を誘いたかった訳ではありません」

 

「は――」

 

さやかの表情が固まる。

マミさんも杏子も、同じく……。

 

「――"警告"を告げに来たのよ」

 

「ッ――!?」

 

コイツ……!

要は力の誇示と共に脅しに来たって事か……!

 

「――あんた――」

 

「『悪辣過ぎる』と言いたいんでしょう?」

 

「っっッッ――!!」

 

歯を軋らせるさやか。

微笑みを返したうえで織莉子は、

 

「それでは、二度と出会う事の無い様、そしてわたし達の道に今後二度と立ち塞がらない事を願うわ」

 

 

「――天使さん」

 

「――そしてもう一人、いずれ復讐者となる少女――」

 

 

****

 

 

あれからマミさんの家へ。

何故わたしを助けに来てくれたかについては、待ち合わせ場所に来たさやかだったが、いつまで経ってもわたしが来ないのを不審に思い、マミさんと杏子を呼んでくれたとの事。

……それすらも、織莉子の掌の上だったが。

 

「マミお姉ちゃんも杏子お姉ちゃんもひどいんだから! 宿題を家に忘れた〜とか言って、あすみをゆまの家に置いてっちゃうんだから!」

 

多分杏子辺りが提案した言い訳だろう。

おそらく、わたしが酷い目に遭ってると心配掛けない為の大嘘だ。

 

「ちょっと聞いてるの!? おねえちゃんっ!」

 

「うん、うん……。寂しかったね……」

 

「違うもんっ。あすみ、ゆまのお爺ちゃんにご飯食べさせてもらったも〜ん」

 

「あ、そっか……」

 

「うん! あすみ、おねえちゃんと違って大人だもんっ」

 

と、胸を張るあすみへ、杏子と緑髪の少女――千歳ゆまが、

 

「アホかおまえ。お前ゆまとはしゃいでたらしいじゃねえか。な〜? ゆま」

 

「うん! キョーコ!」

 

「ばっ……! あ、と、年上のあすみが遊んであげただけだもん!」

 

「……ゆまと一緒で、たのしくなかったの……?」

 

「う……、た、楽しくなくもなかったわ……」

 

「キョーコ! あすみみたいなのをチョロいって言うんだよね!?」

 

「へへっ、まあな」

 

「う、う〜! もぉ〜! マミお姉ちゃんのとこにつまみ食いしてくる!」

 

「あ! ゆまもゆまも!」

 

「あ〜……知らね〜ぞ〜……」

 

 

「こら〜っ! あすみちゃん! ゆまちゃん!」

 

「きゃ〜っ」

 

「わ〜!」

 

「へっ、ざまあねえ」

 

 

「……」

 

……そんなあすみとゆまと、追う杏子の様子を眺めていると、さやかが、

 

「雪音?」

 

「うん……?」

 

「もう大丈夫……?」

 

……メンタル面が、だろう。

 

「……うん」

 

「……よかった……」

 

……完全に大丈夫、と言えば嘘だった。

正直、今も織莉子達の掌の上なのだと思うと……怖い。

けれど彼女達の言う通り、彼女達に関わりさえしなければ、こちらももう怖い思いをしなくて済む……。

それにさやかが言ってた通り、予知だと告げられる未来の全てが本当とは限らない。

そう思わなければ、正直やってられない。

 

……それから……、

 

「天使に、復讐者」

 

「――っ」

 

前者はさやか、後者はわたしに向けて呼んだ名だが……、

 

「……さやか、身に覚えってある……?」

 

「――そんなの、知らない」

 

――憎しみ。

答える彼女の瞳には、彼女らしからぬ、憎悪に燃える色が浮かべられていた。

 

なら、よっぽどの事か。

敢えて織莉子の言葉に倣うならば、さやかは神の使い――と言った所だろうか。

とは言えさやかにそんな様子も素振りもなく、ソウルジェムの魔力も普通の魔法少女の物だ。

 

あとは……。

 

「――復讐者」

 

わたしが何に復讐しようと言うのか。

昔のわたしがその様な憎悪を滾らす人間だとでも言うのか。

 

「……っ」

 

……けれど、悔しいかな。

そうなるであろう自分を否定できないわたしが居る。

それに――

 

『――コロ――しテ――』

 

――今朝に見たあの夢。

そもそもアレが誰なのかはわからない。

わたしなのかもしれないし、わたしでないのかもしれない。

けれど、どうしても他人にも思えない。

まるで、わたしの様にも感じられるし、わたしでない様にも感じられる。

妙なあの生々しさが、"復讐者"となるわたしを否定出来ずに居た。

 

「……大丈夫だよ。あんたが心配する様な事になったら、マミさんも杏子も連れて目覚まさせてあげる」

 

「……」

 

そんな事になったら、またマミさんやさやかに迷惑が掛かる。

だったらわたし、強くなってはいけないのではないか?

けれどそうでは、今日の弱いわたしみたいに完膚なきまでに叩きのめされ、また皆に迷惑を掛ける。

ただ恐怖に怯え、助けを待つしかない。

 

――ならばいっそ、わたしなんて居ない方が――

 

「あーもう!変な事考えない!」

 

「か、考えてない……!」

 

「いいや考えてる! そんな顔してる子の大体がヤバいって、あたし知ってるんだからね!」

 

「もー決めつけて……」

 

「とにかく! 強くなっちゃってから雪音がおかしくなっちゃえば目覚まさせてあげるんだから、今のうちに気にせず力蓄えとけばいいの! それで織莉子とか言うのに痛い目見させてあげなよ!」

 

「でも……、織莉子って予知能力者だよ?」

 

「未来予知が相手だからって勝てない道理は無いでしょ?」

 

「……根拠は?」

 

「うん! 適当に言った!」

 

「はあ!?」

 

こ、こいつ!

人が真剣に悩んでるのに!

 

「……このぐらいで良いんだよ。鬱入って悪循環入っちゃうより、気楽めに考えた方が、さ」

 

「……あ」

 

気付けば、彼女の快活……それでいて優しげな声色に、鉛の心をふんわりと軽く解されていた。

 

「それに、あんな死んだ様に生きてる奴になんて負ける気しないじゃない? な〜にが未来予知よ! クソ脚本に動かされる棒読み作家かっつーの! 自分だけの意思で動けっての!」

 

「……ぷははっ」

 

「な、何よぅ」

 

何か、良い意味で馬鹿らしくなった。

漏れ出す笑みを堪えられなかった。

 

「癒された。ありがと」

 

「…… うんうん! これからもさやかちゃんセラピーを遠慮なく受けてくれたまえ!」

 

「は〜い。さやかせんせ」

 

「あたしに先生付けって何か嫌味に聞こえるんだけど」

 

「ううん、さやかちゃん先生。いや……さやか先生ちゃん? さやかちゃんさん?」

 

「絶対嫌味でしょ〜! この〜!」

 

「ぬふふっ」

 

 

「みんな〜、ご飯出来たわよ〜」

 

 

「……じゃ、ゴチになろっか。雪音」

 

「うんっ」

 

「あ、今度遊ぶときは今度こそまどかも連れて遊ぶんだからね!」

 

「うんっ……!」

 

 

この子達となら、これからもわたしのたいせつな"記憶"を……思い出を作れそうだ。

 

「……ふふっ」

 

なら、わたしは幸せなのかもしれない。

不幸なんてなく、織莉子の言う様に"復讐者"に堕ちるつもりも、どこにもない。

これからもわたしは、この子達と一緒に生きるんだ。

 

……暗い未来でなんて、終わらせない。



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