東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 (糖分99%)
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プロローグ

どうも、糖分です。
初投稿ではありますが、よろしくお願いします。

……なんだかシリアスチックですが、気にせずお付き合いください。
また、カービィ以外のカービィキャラが出るかは未定です。

感想にてご指摘があれば非常に嬉しいです。
あと、評価も(笑)

2017/09/29追記:作者活動報告にて重要なアンケートがあります。


 常に彼は正義であり続けた。

 

 常に彼は純粋であり続けた。

 

 常に彼は皆に夢を与えてきた。

 

 皆は口を揃えて言う。

 彼こそ真の英雄なのだと。

 

 困った人は見捨てず。

 

 全ての人を愛し。

 

 憎むのは罪のみで、人を憎まず。

 

 皆は口を揃えていう。

 彼こそ真の優しさそのものだと。

 

 皆のために、大地を駆け。

 

 皆のために、地底を進み。

 

 皆のために、宇宙すらもまたにかける。

 

 困った人のために、異世界へ。

 

 困った人のために、異次元へ。

 

 困った人のために、宇宙の彼方へ。

 

 幾度となく世界を救いながら、彼の欲は薄く、求めるのはただちょっぴり多めの食料。

 何よりも食を愛し、満たされぬ胃袋を持っていた。

 

 しかし彼は、皆のために盗まれた食料を奪い返し、育ち盛りの小鳥たちのために山盛りのリンゴを与えた。

 

 彼は欲のままに動くことはなかった。

 

 彼は求められれば、何処へでも行く。

 

 そう、何処へでも。

 

 例え、幻想の彼方でも。

 

 求められれば、何処へでも。

 

 彼に不可能なことはない。

 

 彼は鏡の中へすら入ったこともある。

 

 彼は無限の力すら打ち破ったこともある。

 

 だからこそ、幻想の世界にだって渡れるはずだ。

 

 例え幻想の世界が、彼に厳しく当たっても、きっと大丈夫だ。

 

 彼は体が毛糸になっても、世界を救った。

 

 彼は体から手足を奪われても、世界を絵画世界から解放した。

 

 彼は力を奪われ十分割されても、黒幕を打ち倒し、力を取り戻した。

 

 いかなる逆境も、彼は覆してきた。

 

 それに、幻想の世界はきっと彼を受け入れる。

 

 だって幻想の世界は、全てを受け入れるのだから。

 

 

●○●○●

 

 

 博麗神社は、ほぼ常に騒がしい。

 しかしそれは人で賑わっているのではなく、妖怪や妖精の類がたむろしている、という意味である。

 

 妖怪は基本的に人に畏れられている。

 故に、人外の溜まり場と化した博麗神社に参拝客は少ない。

 せいぜい、催し物をした時に少々、といった程度だ。

 

 その博麗神社の唯一の巫女である博麗霊夢もそのことを気にしている。

 気にしてはいるが。

 

「あー、なんでウチってここまで参拝客が少ないのかしら。」

 

 などと口で言いつつも、縁側で茶を啜りくつろいでいるあたり、彼女の暢気さがうかがい知れる。

 おかげで博麗神社は『妖怪神社』やら『貧乏神社』などと呼ばれる始末。

 しかし『貧乏神社』などの不名誉な二つ名で呼ばれ、実際に貧乏ながらも、生活に困った様子はない。

 

 おそらく、後ろに『支援する者』がいるのだろう。

 

 その『支援』によってか、彼女は数々の『異変』を解決してきた。

 赤い霧に染まった異変も、訪れぬ春の異変も、すり替わった月の異変も、妖怪の山の異変も、溢れ出る怨霊の異変も、空を飛ぶ船の異変も、騒ぐ神霊の異変も。

 それら全てを解決してきた。

 

 しかし、彼女はまだ十代前半程度。

 その幼さで何故彼女は戦うのか。

 何故なら彼女は『博麗の巫女』だから。

 外の世界で忘れ去られた者たちの最後の希望、『幻想郷』の要だから。

 この『幻想郷』のバランスを保つために、彼女は戦うのだ。

 

 しかしながら、その異変さえなければ彼女もまた人の子に過ぎない。

 彼女の纏う『独特の雰囲気』こそそのままではあるが、鬼巫女と恐れられる彼女だって年相応の少女である。

 異変のない日くらいはゆっくりしたいのだ。

 

 目の前で戯れる三妖精を視界の端に収めつつ、また霊夢は茶を啜る。

 

 話変わって、幻想郷の異変を語る上で、欠かせない存在がいる。

 それは、単なる人の子。

 霊夢のように天賦の才を持たぬ、正真正銘の人の子である。

 しかし彼女は正義感故か、顕示欲故か、向上心故か、霊夢とともに人外の引き起こした異変に果敢に立ち向かう。

 それはまさに、『努力の人』と称するに相応しい。

 『いたって普通の魔法使い』。そう自称する彼女の名は……

 

 霊夢がお茶を啜る手を止める。

 そして小さくため息をつく。

 勘のいい彼女は『何かの接近』を感じ取ったのだ。

 そして勘のいい彼女は誰が接近したのかもわかっている。

 

 やがて一陣の突風が縁側に吹き込み、そしてその突風に乗ってきたかのように、箒にまたがった彼女が現れる。

 黒い三角帽子の鍔を片手であげつつ、満面の笑みを見せるのは、癖のある長い金髪の少女。

 

 そう、彼女こそ……

 

「よっ! 飛んでたら姿が見えたんでお邪魔しにきたぜ!」

「頼んでもないのに来ないでくれる? 頼んでもないのにきていいのはお賽銭をくれる参拝客だけよ。」

 

 そう、霧雨魔理沙という少女である。

 

 魔理沙に対して霊夢は冷たく当たる。

 しかし、とある彼女二人と付き合いの長い古道具屋の主人は、彼女らの事を『仲が良い』と認識している。

 要するに、いつものことなのだ。

 彼女ら特有の『じゃれあい』なのだろう。

 現に、魔理沙に対して否定的な事を言いつつも、魔理沙は気にせず隣に座り、霊夢はそれ以上何も言わない。

 

「聞いてくれよー。香霖が面白そうなものを拾ったんだけどさ、それを譲ってくれないんだよ。」

「当たり前でしょ。代金なく霖之助さんが物を渡すはずがないじゃない。」

「お前も代金なしで物を持っていってるじゃないか。」

「あれはツケよツケ。……ところで、それってどんなもの?」

「確か……赤と白の棒を一緒に捻ったような棒に……」

 

 そこで、魔理沙は言葉を遮った。

 一体どうしたというのか。そう聞くよりも先に、その原因を理解した。

 

 空の一点。そこに光があった。

 その光は幻想郷を覆う大結界と拮抗し、やがて霊夢と魔理沙の見ている目の前で、その結界を突き破った。

 そして流星の如き速度を持って、妖怪の山に着弾したのだ。

 

「ええい、ひとつ異変を解決したらまた異変が起こる! キリがないわ!」

「なんにせよ、行くぞ霊夢。」



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風神録:Returns
妖怪の山の桃色玉


いきなり章タイトルが『returns』になっているのは、物語世界では既に神霊廟まで終わっているからです。
1話目でその事を仄めかしてますが、念のため。


 妖怪の山は騒然としていた。

 

 それも当然である。幻想郷を覆う『博麗大結界』。それを破って突っ込んできたものがあるのだ。

 それを最初に見つけたのは、千里眼を持つ白狼天狗、犬走椛。

 いち早く大結界と衝突する物体を発見し、独自の通信網によって白狼天狗の警ら隊に情報が回る頃には物体は大結界を破っていた。

 

 恐らくは幻想郷で最も強固な結界が、ものの数秒で破られたのだ。

 その事実の重大さを理解できぬ妖怪は、そこにはいなかった。

 それ故に、妖怪の山では厳戒態勢がとられた。

 

 普段は荒事を好まない鴉天狗も、血眼になって妖怪の山に落ちたものを探していた。

 おおよそ連帯感というものが感じられない河童達も、この時ばかりは鴉天狗とともに捜索にあたっていた。

 

 そして普段は取材に忙しい射命丸文も、片手にカメラを持ちながら妖怪の山を飛び回っていた。

 果たしてそれが妖怪の山の住人としての義務感からか、それともジャーナリスト魂によるものかはわからないが。

「ふうむ、着弾点はあそこですか。既に白狼天狗共がたむろしてますねぇ。」

 

 文の見下ろす先には、高空からでも目視できるほどの大きなクレーターができていた。

 木々は放射状になぎ倒され、その衝撃が手に取るようにわかる。

 相当な質量が落下したか、相当な速度の物体が落下したか、あるいは両方か。

 

「現時点では情報不足でわかりませんね。とりあえず写真には収めておきましょうか。」

 

 真面目に捜索活動をする白狼天狗を尻目に、白い目で睨まれながらも気にせずシャッターを切る文。

 パシャ、パシャと目障りなフラッシュとともにクレーターを写真に収める。

 

 と、その時、クレーター付近にて、不自然な反射に気がついた。

 訝しみながらも地上に降りてみれば、そこには到底この世のものとは思えないものが転がっていた。

 七色の浮遊する宝石群。それが落ちていたのだ。

 色の種類は赤、橙、黄、緑、水色、青、紫。その宝石達はまるでそれら全てで一つのパーツであるかのように、纏まって浮いていた。

 掬い上げれば、全ての宝石が手のひらの上で浮かび、輝く。

 

「これは……中々のスクープですね。」

 

 またしてもパシャリ、と写真に収める。

 そしてカメラを目の前から退ける。

 

 

 

 そしてその先に、ソイツはいた。

 

 

 

 桃色の球体に、突起のような小さな手、赤っぽい足が生え、正面につぶらな瞳を輝かせる、小さな物体。

 今までに見たこともない、生き物とも妖怪ともつかない、謎の存在。

 しかしながらソイツは確かに困った顔をしながら、こちらを見上げていたのだ。

 

 文は無言のままシャッターを切る。

 目の前のソレが眩しそうに瞬きするのにも構わず。

 そして満足いくまでシャッターを切った後……

 

「ここに下手人がいるぞ! 排除せよ!」

 

 周囲の天狗を呼び寄せ、かつ自身もソレに飛びかかった。

 

 桃色のソイツは「びぇ!」と悲鳴をあげながらも、幻想郷最速たる文の腕を潜り抜ける。

 そしてまるで転がるようにして、その場から逃げんとする。

 

 しかしながら、有事の天狗の団結力は凄まじい。

 天狗特有の素早さを持って、あっという間に桃色のソイツを包囲する。

 地上を大剣を構えた白狼天狗が、空からは紅葉のような扇を構えた鴉天狗が、それぞれ取り囲む、まさに蟻の子一匹逃さぬ完璧な包囲。

 その包囲下で、桃色のソイツはただ狼狽えるのみ。

 

 やがてジリジリと、白狼天狗と鴉天狗が距離を詰める。

 しかも、片や大剣に、片や扇に力を込めて。

 

 天狗達にとっては、自らの領域に足を踏み入れる者→排除という認識なのだろう。

 里の人間ならまだしも、全く見知らぬ異物ならば、慈悲などかける気はさらさらない。

 

 やがて、一人の鴉天狗が、旋風を巻き起こす。

 ただの旋風ではない。一点に風を押し込めた、弾丸のような旋風。

 それを切っ掛けに、次から次へと風が、剣圧が、桃色のソイツに集中する。

 地面は割れ、砂埃が舞い上がり、辺り一帯の視界を悪くする。

 

 この集中砲火、モロに食らって到底生き延びれるものではない。

 ミンチになった桃色のソイツを、文は砂埃の中に幻視した。

 

 だが、確認しようにも、砂埃は収まらない。

 むしろ、渦を巻いていないだろうか。

 

 それに気がついた時。

 

 太古の昔、それはもう太古の昔。

 文が一介の鴉だった時、即ち弱肉強食の世界で生きていた時。

 その時の生存本能が、千年以上の時を経て、再び警笛を鳴らした。

 

 その勘を信じ、文は飛び退いた。

 瞬間、まるで風の檻から解放されるように、旋風は質量を持って広がった。

 

 文と同じように飛び退いたものは難を逃れた。

 しかし遅れたものは、その広がる旋風に一瞬にして飲まれ、そして旋風が晴れた途端、大きく吹き飛ばされる。

 

 悲鳴が上がり、負傷した仲間を無事なものが介抱し、残りが中心に注意を向ける。

 そしてその中心に立つのは、桃色のソイツ。

 しかしのその頭には、渦巻く風、竜巻が乗っていた。

 

 天狗達は桃色のソイツを、籠の中の小鳥だと見なしていた。

 しかし、籠の中にいたのは小鳥なんていう優しいものではなかったと理解した。

 籠の中にいたのは、その籠すら容易く破壊できる……桃色の悪魔だった。

 

「ぽよっ!」

 

 さっきまでの怯えていた顔ではなく、自信に満ちた、勇ましい顔がそこにあった。

 そして桃色のソイツはおもむろに体を捻りだす。

 その一瞬後には、再びあの旋風が起きていた。

 しかもさっきとは違い、暴れ馬のように不規則な軌道を描きながら。

 

 しかし天狗達は退かない。

 天狗達にはプライドがある。

 このままいいようにやられてたまるものか。

 そういった感情を、全ての天狗達が感じているのだろう。

 そう、天狗というのは、そういう妖怪なのだ。

 プライドに満ち満ちた、上位者として君臨する妖怪なのだ。

 

 故に、退かない。

 例えいくら攻撃しても、一向に旋風が止まらないとしても。

 それでも退かない。

 天狗が地に堕とされることなど、あってはならない。

 

 しかし、無情にも、旋風は止まない。

 いや、何度かは止まっているが、その度に無傷のソイツが現れる。

 天狗としてのプライドが、今まさにへし折れんとしていた。

 

 だが、その矢先である。

 

「らしくないね、天狗ども。」

 

 その声とともに、旋風に向けて大量の水がかけられる。

 水を吹き飛ばしながらも、旋風は一度収まり、ソイツは闖入者を確認する。

 

 現れた闖入者、それは妖怪の山のもう一つの勢力、河童であった。




桃色のソイツがダメージを食らわなかったのはこういう原理です

1.最初に飛んできた風弾を吸い込む
2.呑み込み、コピー能力『トルネード』取得→能力取得時の無敵時間発生。
3.無敵時間中にスピン攻撃→スピン攻撃中の無敵時間発生。
4.最後に『最大瞬間風速(wii)』を繰り出し、一掃。

それにしても、トルネードってなかなかチートですよね。
ボスバトルではノーダメージ攻略で一番楽な能力なんじゃないでしょうか。

ちなみに、心優しいカービィだってさすがに命の危機の時は戦います。自衛です、自衛。


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出会い桃色玉 ☆

ついに出会うぞ、主人公!

あと、タイトル変えました。この方がカービィが出るとわかりやすいですしね。
もちろん、この文言は星のカービィUDXの真格闘王への道に出てきたものです。

また、挿絵はハヤサカ提督様に描いていただきました。素敵な挿絵、ありがとうございます。


 そう強気でいったものの、と河童の一人、河城にとりは独りごちる。

 

「なんだいありゃ。天狗をまとめて吹き飛ばす風なんて聞いたことがない。……神風の類か?」

 

 しかしその問いかけに答えるものはいない。

 

 仕方があるまい。

 幻想郷にとって、ソイツは未知の存在なのだから。

 

 未知の存在ほど恐ろしいものはない。

 未知の存在は、どんな性格かわからない。

 未知の存在は、どんな力をもっているかわからない。

 未知の存在は、どんな目的をもっているかわからない。

 未知の存在は、そもそも言葉が通じるのかもわからない。

 だから、最善の対応策がわからないのだ。

 

 天狗相手なら、下手に出ればまずこちらに実害は及ばない。

 河童相手なら、友好的に出れば良い関係を築けるかもしれない。

 なら、目の前の相手は?

 

 そう、未知であるが故にわからないのだ。

 

 

 だからこそ、血を流す道しか選べない。

 

 

 背負う大きなカバンから取り出すのは、水鉄砲。

 しかしただの水鉄砲ではなく、河童の技術によって水圧を高めた、殺傷能力の高い水鉄砲である。

 それを全ての河童が装備し、ソイツに向けて掃射する。

 いつもの遊びである『弾幕ごっこ』のような美しさを兼ね備えたものではない。

 まさに戦時の弾幕であった。

 

 その弾幕を受けるソイツは、再び渦を巻き出した。

 小さな竜巻状になる中、ソイツが狙いをつけたのは河童ではない。

 ランダムな軌道を描きながら、ソイツは文に向けて突進した。

 

 初撃は避ける。

 しかししつこくソイツは文をつけ狙い、二撃目、三撃目、と攻撃を加えた時。

 ゴウ! とその小さな竜巻は突如として巨大化した。その攻撃ばかりは、最速の文といえども避けられない。

 しかし彼女とて、風を操る天狗。

 大したダメージは負っていない様子で、すぐに体勢を整える。

 

 だが、当のソイツには変化があった。

 その小さな手には、それぞれ七つの色を持つ複数の宝石が握られていたのだ。

 元は文が持っていたのだろうか。それを見て慌てふためく文。

 そしてそれを取り返さんと、今度は自らソイツに飛びかかる。

 そしてソイツは文を迎え討つ……

 

 

 

 かと思いきや。

 

 なんとソイツはまた渦を巻いたかと思うと、そのまま何処かへと飛び去って行くではないか。

 近づこうにもその状態では近づけず、天狗と河童はみすみすソイツの逃走を許してしまった。

 

 

●○●○●

 

 

「あそこか?」

「いいやあそこよ!」

「そっちじゃねえって!」

「じゃあどっちよ!」

 

 妖怪の山高空。

 そこでは身一つで飛ぶ紅白巫女と、箒で飛ぶ白黒の魔法使いが言い争いをしていた。

 

 言わずもがな、霊夢と魔理沙である。

 言い争いの内容はご察しの通り。

 

 果たして彼女らはなんのために飛び出してきたのか。

 異変解決のためにやってきたのではないのか。

 おおよそ真面目にやっているとは思えない。

 しかし彼女らはこのペースで今までの異変を解決してきたのだから、なんともいえない。

 

 とにかく彼女らは何処に落下したか揉めているのだ。

 揉める前に探せと言いたいが、少々感覚がずれているのが幻想郷の住人である。

 愛すべきところ、と割り切るしかない。

 

「もういいわ! 私はこっちへ行く!」

「じゃあ私はこっちだな。」

 

 そして不毛な言い争いは、ついに二手に別れるという方法で解決されることになる。

 お互いに背を向け、自分の信じる方向を向く二人。

 そして『異変解決一番乗り』の称号をかけて一斉にスタートした。

 

 ……かに見えた。

 しかし示し合わせたように両者がスタートした瞬間。

 

「ぶっ!」

「んぃ!」

 

 霊夢の顔面に何かがクリーンヒットしたのだ。

 霊夢の顔面にあたり上にバウンドしたそれを、気がついた魔理沙は咄嗟に帽子で受け止める。

 

「な、なんじゃこりゃ。」

 

 そして帽子の中を覗いてみれば、そこにいたのは桃色の球体に、突起のような小さな手、赤い足の生えた、つぶらな瞳をもつナニか。

 ソイツは挨拶をするように片手をあげ、「ぽよ!」と鳴く。

 はっきりいえば、今までに見たことのない存在だった。

 

「おい霊夢。なんか面白いもん拾ったぞ。」

「いっつ……なんなのそいつ! いきなり人の顔にぶつかってきて!」

「落ち着け霊夢。単なる事故だ。」

 

 憤る霊夢をよそに、魔理沙は帽子からソイツを取り出し、モニュモニュ揉んでいる。

 するとソイツはくすぐったいのか、くねくねしながら笑っている。

 その笑顔からは、ひねくれた性格を持つ魔理沙でも悪意などの感情を見出すことはできなかった。

 まさに純粋無垢そのもの。

 

「こいつ、なかなかかわいいな。お前、名前はなんていうんだ?」

「んい? カービィ、カービィ!」

「へぇ、カービィっていうのか。私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ!」

「ぽよ?」

「……うーん、わからんか。」

「ちょっとあんた、何やってんのよ。ソイツよこしなさいよ。」

 

 魔理沙とカービィと名乗るソイツがじゃれ合う中、霊夢が険しい表情で詰め寄る。

 しかし魔理沙はカービィの柔らかな感触に夢中なのか、真面目に相手にする様子はない。

 

「なんだ霊夢、羨ましいのかー? あ、こいつは博麗霊夢。こわーい妖怪巫女だぞ。」

「うぃ。」

「そうじゃなくて! ソイツ怪しすぎでしょ! ソイツが結界を破ったに違いないわ!」

「根拠は?」

「勘よ!」

「だと思ったぜ。」

 

 霊夢の勘はよく当たる。

 その事は魔理沙も分かっている。

 しかし、そうだとしてもこの桃玉、カービィが『悪意をもって』破ったとは考えられなかった。

 それに受け答えからして、カービィからはまるで言葉を話し始めたばかりの赤子のような、そんな幼さが感じられた。

 

「だとしても……こいつは迷い込んだだけじゃないのか? なぁカービィ。」

「ぽよ?」

「分かってないわよね? どう考えても。……いや、それだけおつむが足りないとなると、悪意はないか……どこぞの地獄烏みたく。」

「ぽよっ! むい!」

「おい抗議してるぞ。なんか感じ取ったんじゃないか?」

 

 ぷくー、と頬を膨らませるカービィ。

 果たして何を基準にして言語を理解しているのか、いまいちわからない。

 ただ一つわかるとしたら、敵意がない事ぐらいか。

 

 すると魔理沙はおもむろに緑の唐草模様の手ぬぐい……つまり、古典的な泥棒がよく頭にかぶるほっかむりを取り出した。

 そして器用に端を箒の先にくくりつけ、籠状になったところにカービィを入れ込む。

 まるでゴンドラだ。入れられたカービィは子供のようにはしゃいでいる。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「ちょっと、そいつ連れて行く気?」

「だってこいつ、面白そうだろ? 気になることもあるしな。」

 

 まるでどこぞの魔女の宅急便である。

 どうみても足手まといにしか見えなさそうだが、魔理沙は気にもしていないようである。

 霊夢は呆れつつ、結界を突き破ったものの着弾点を探すことにする。

 

 だがしかし。行動に移すその前に。

 

「見つけましたよ、桃色玉!」

 

 普段は絶対見せない鬼気迫る表情。

 それを浮かべながら、天狗達が飛来してきた。




何も知らない状態だと、カービィを疑うのは少々難しそうですね。
なにせ、常時あの顔ですから(笑)
罪の無さそうな顔してますらから(笑)
でもあいつ、ピンクの悪魔なんだよなぁ。


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追い追われる桃色玉

さぁ、コピー能力解放!


「あらあら、珍しく慌てて……いる上にボロボロね。どういう事?」

 

 天狗が普段見せない余裕のない態度に、霊夢は一瞬小馬鹿にしたように挑発する。

 が、近づいてくるうちに、ボロボロであることに気がつき、驚愕する。

 しかもその中には、霊夢と魔理沙も面識がある文と椛もいるではないか。

 

 天狗の傲岸不遜な態度は腹がたつ。

 その上、妖怪としての格も高いのだから、余計に腹がたつ。

 だがそんな存在が複数人してやられたような姿を見ると、ザマァ見ろという感情よりも、一体誰の仕業なのか、という驚愕が先に出る。

 

 しかし当の天狗達はそんなことなぞ気にせず、霊夢と魔理沙を包囲する。

 

「ちょっと文。どういうことよ。」

「椛も酷いぜ。まだ私たちは何もやってないぞ?」

「用があるのはあなた達じゃない。そこの桃色玉よ。」

「……この桃色玉がどうかしたの?」

「ちなみに、カービィって名前らしいぜ。」

「名前なんかどうでもいいのです。天狗の面子のため、こちらに引き渡してもらいましょう。」

 

 若干不自然な要求に首を傾げ、やがて理解した。

 

 カービィはどうやら、天狗と一悶着あったようだ。

 見た感じ純粋無垢なカービィが何故。

 周知の通り傲岸不遜な天狗が子供っぽいカービィ相手に何故。

 

 もしや、この純粋無垢な性質は仮面か。

 

 そう睨んだのは霊夢である。

 しかしいくら睨んで見ても、カービィは不思議そうに頭を傾けるのみ。

 そもそもカービィの顔のパーツは人間と違って単純なので、表情の微妙な変化を読み取ろうにも、その変化がわかりにくいのだ。

 全身桃色なのもその一助となっている。

 

 しかしカービィを箒の先に吊るしている魔理沙は、そうは思っていないようである。

 逆に天狗に対し、喧嘩腰に出る。

 

「おいおい、いつから天狗は子供を攫う妖怪になったんだ?」

「子供でも危険な力を持つのが幻想郷でしょう? 私知ってますよ。紅魔館には吸血鬼の子供がいるんだとか。そしてその吸血鬼の子供が紅い霧の異変の首謀者だというではありませんか。」

「あいつは五百年生きてるから、子供というには語弊があるな。」

「それには私も同感ね。」

「ともかく、ソイツは妖怪の山に侵入し、剰え天狗側に負傷者をだした。その罪を償ってもらいます。」

「お断りだ! 子供の私は子供の味方なんでな!」

 

 魔理沙は距離を取り、ミニ八卦炉を取り出し、弾幕ごっこの用意をする。

 揉め事の解消法は弾幕ごっこで。これが幻想郷のルールだ。

 つまりは、『お遊び』。

 幻想郷は『お遊び』で揉め事が解決する、力ある者にとっては平和な世界とも言える。

 

 だが、『お遊び』をするには、相手にそれなりの心の余裕がなければ成立しない。

 

 なんと天狗達が、その速度をもって魔理沙に肉薄してくるではないか。

 先陣を切るのは最速の文。

 そして、扇を振り上げ、能力を発動させる。

 『風を操る程度の能力』。それを活かして魔理沙を取り囲む、風の檻。

 

 相手は、本気だ。

 

 それを瞬時に悟り、ミニ八卦炉に魔力を送り込み、マスタースパークで無理矢理風の檻を破壊する。

 

 しかし天狗は元来狡猾な者。

 魔理沙の脱出経路には既に、他の天狗達が待ち構えていた。

 そして魔理沙もろとも、カービィを葬り去らんとすべく撃ちだされる無慈悲な妖力弾。

 その妖力弾が魔理沙に当たる直前、その弾ははじき返された。

 

 霊夢である。霊夢が咄嗟に結界を張ったのだ。

 しかし、即席の結界にそこまでの耐久力はない。

 それを知っている魔理沙は安堵する間も無く、今度は持ちうる速度で降下する。

 

 天空の覇者たる天狗相手に、天空で相手取る必要はない。

 自分が有利なように戦場を移すのは、基本的な戦略だ。

 

 霊夢もそれを理解し、妖怪の山の木々の中へと紛れ込む。

 木々が密集する中、魔理沙と霊夢は速度を維持したまま飛行する。

 木々が高速で迫り来るように感じられるが、彼女らは数々の異変で『鬼畜』、『狂気的』と称されるほどの弾幕をかわしてきたのだ。この程度、なんでもない。

 

 しかし、そんな彼女らとて厳しいものはある。

 それは、数の暴力。

 そして、伏兵。

 

 突如として茂みから水弾が放たれる。

 言わずもがな、河童である。

 茂みに隠れた河童達が、こちらを狙い撃っているのだ。

 

「河童と天狗の共同戦線だと!?」

「協調性の乏しい奴らなのに……おかしいわね。いや、それとも……」

 

 協力せざるを得ないほどの脅威なのだろうか、このカービィは。

 しかし、カービィはこちらに全く敵意を見せない。

 

 人間に対して寛容、妖怪に対して脅威。

 

 そんな存在が、確かいた気はする。

 守護霊なんかもその類と言ってもいいだろう。

 しかしカービィは、魔理沙のほっかむりに包まれていることから分かるように、しっかりとした質量を持っている。

 だからと言って守護霊の類ではないと言い切るのは、半人半霊の者を知っている身としてはできないが、それでも考えづらい。

 それとも、カービィも妖怪か?

 子供を守る妖怪というものもいる。その類かもしれない。

 しかしだとしたら、全く妖力を感じない。

 それどころか、霊力なども全く感じない。

 

 異質だ。

 異質すぎる。

 

 そう考えている間に、いつの間にかひらけた場所に来ていた。

 そこには異常な光景が広がっていた。

 木々がある一点を中心として、放射状に薙ぎ倒されているのだ。

 

 そして、そこには天狗達が待ち構えていた。

 空に鴉天狗、地上に白狼天狗。

 よく見れば河童も後方にいる。

 そして、自分たちの後ろからも、追って来た文と椛達が挟撃せんと現れる。

 

「全くこれだから天狗は好きになれんぜ。」

「同感よ。一体何に一生懸命になっているのかしら。」

「虚勢はそこまでです。早くソイツを渡してください。」

 

 吐き捨てる霊夢と魔理沙に対し、高圧的に要求する文。

 そしてその前で、椛が大剣を構えつつ近寄ってくる。

 

 取り囲まれた本人は何も思っていないようだが、その状態を客観的に表すなら、こうである。

 

 絶体絶命。

 

 この一言に尽きる。

 だが、この絶体絶命の状態で、この場にそぐわぬ音が鳴り響く。

 

 ビリ、ビリッ!

 

 まるで布を裂くような音が。

 それも、かなり近くで聞こえる。

 そう、ちょうど箒のあたりから……

 

「おい、カービィ何やってんだ!?」

 

 音の発生源はカービィだった。

 自分を包む唐草模様のほっかむりの一部を引き裂きちぎり取り、呑み込んだのだ。

 

 その瞬間である。

 

 淡い光がカービィのもとに集まったかと思うと、その光が晴れた時には、その姿は様変わりしていた。

 その頭に、複雑怪奇な機械のような帽子を被っていたのだ。

 その帽子には金属製のバイザーらしきものが付いており、カービィの目元をしっかりと覆っている。

 

 その姿を見た瞬間、天狗達は大いにざわつく。

 霊夢と魔理沙はいきなりの早着替えに唖然とするばかり。

 そしてその隙にカービィはほっかむりから抜け出し、椛へ飛びかかる。

 咄嗟に大剣を構える椛。しかし、カービィは一定の距離を保って足を止める。

 そしてバイザーから、眩い光が漏れ出した。

 

「くっ……こけおどしなど!」

 

 椛は能力の関係上、大切な目を保護しつつ、大きく大剣を薙ぐ。

 

 見えないが、カービィとかいうやつは確かに間合いに入るはずだ。

 

 そう思っての行動。

 確かにカービィは間合いにいた。それは間違いない。

 だが、何の行動も起こさずに間合いに入るわけではなかった。

 

 ギィン、という刃物同士が打ち合う音が響く。

 椛は驚愕し、目を開ける。

 そして、目の前にいたのは、確かにカービィだった。

 だが、その姿は没個性的な普段の姿でもなく、渦を頭に乗せた姿でもなく、不可思議な機械を乗せた姿でもなく。

 赤い頭巾を被り、白い耳と尾を生やし、椛の持つ大剣と瓜二つの大剣で、椛の振るう大剣を受け止める姿であった。

 その姿はまさに、カービィに椛の姿をコピーしたかのような姿であった。




やりました。遂にやりました!
一度やりたかったんですよ、幻想郷の住人のコピー。
とはいっても、まさか幻想郷の住人を飲み込むわけにはいかないので……妖精なら特性上、呑み込んで死んでしまってま幻想郷のどこかで湧くから良いのですが、それ以外だと……

タグの「コピー能力『コピー』無双」はそういうことなんです。


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優遇された桃色玉

 唐突な姿の変化に、椛は動揺を隠せない。

 ましてや、その姿が自分を模したものとくれば、その動揺は倍するだろう。

 

 その隙をカービィが見逃すはずもなく。

 

「えい、やっ!」

「あ……ぐうっ!」

 

 左手に持った楓の柄が描かれた円盾で椛の大剣を叩きつけ、そのまま流れるように右手に持った大剣を振り上げる。

 咄嗟に椛は自分の盾でガードするが、その衝撃は半端なものではなく、大きく吹き飛ばされる。

 その力は到底その小さな体から発揮されたとは思えないほどであった。

 

「あれは……どう見ても椛を模している……わよね?」

「唐草模様の手拭いを呑み込んだら変な機械を被り、そして変な機械からでる光をあてると、椛の姿を得た、か。……いや、得たのは姿だけか?」

 

 今までなかった現象に驚愕する霊夢、興味からか冷静に分析する魔理沙。

 しかしどこか他人事なのは、その脅威が自分たちに向かっていないからだ。

 その脅威が自身に向けられている天狗達にとっては、恐怖の対象であった。

 しかし、目の前の相手に恐怖を露わにするなど、天狗のプライドが許さない。

 

「くっ、やはり力を……こうなれば全員で行きます。数で押しつぶせ!」

 

 どこからか天狗の指揮官らしき者の声がする。

 それに応じ、文を含めた天狗達、そして河童達も一斉に襲いかかってくる。

 河童は身を潜めたまま狙撃し、白狼天狗は地上を駆けて剣を振るい、鴉天狗は様子を見るように空中を飛ぶ。

 恐らくは、白狼天狗の初撃はかわされるという読みからの構え。

 白狼天狗の攻撃を抜けてきたところを狙う算段だろう。

 

 しかし、カービィは動かない。

 ただ力を溜める。

 そして、白狼天狗達が肉薄する直前、力は解放される。

 

「牙符『咀嚼玩味』!」

 

 今まで喃語のようなものしか話さなかったカービィが、突如として流暢に話し出す。

 そしてそれは、スペルカード宣言に他ならなかった。

 

 白狼天狗が吹き飛ばされる。

 あれだけカービィに肉薄していたのだ。至近距離で弾幕を食らって当たらない方がおかしい。

 意表を突かれた天狗達も、飛び散るレーザーに被弾し、墜落する者も現れる始末。

 

 しかしそれよりも、瞠目すべきことがあった。

 カービィの使用したスペルカード。それは椛のものに他ならなかった。

 それに気がついたのは魔理沙と文、椛と親しい者達。

 霊夢は気づいている様子はない。そもそも相手のスペルカードを覚える気なぞなかったのだろう。

 

 閑話休題。

 カービィが椛の姿を模し、椛のスペルカードを使う。

 つまりこれは、外見や装備の複製だけではなく、内面的な能力すらも模倣しているというのか。

 

 そう文が勘付いた時、あることに今更気がついた。

 河童達の放っていた水攻撃。それがピタリと止んでいる。

 よくよく見れば、皆被弾してのびているではないか。

 

 ありえない。

 確かに攻撃された方向から分かるとはいえ、隠れた場所を全て当てられるのか?

 それも、あの短時間で。

 いや、よもや。

 よもや、椛の『千里を見通す程度の能力』。それをも模倣したのか?

 カービィは……能力全てを模倣できるというのか?

 

 まるで、まるで世界に優遇されているようではないか。

 

 諦めずに向かって行く天狗達を、大剣で薙ぎ払ってゆくカービィ。

 椛とて、あそこまでの膂力を持っていただろうか。

 恐らくは模倣だけでなく、強化もなされているに違いない。

 

 また、その太刀筋も椛と似たものに加え、本人のオリジナルと思われる、そんな剣撃も見られる。

 飛び上がりながら剣を振り上げ、そして空中を蹴ったかのような速度で剣を叩きつける技、力を溜め、高速で回転し剣を振り回す技、さらには剣閃がそのまま弾丸になって飛んでゆく技。その他椛の持ってない技など。

 そう、カービィ自身、剣の心得を有しているに違いない。

 椛の剣撃、カービィ自身の剣撃。その二つを上乗せして攻撃しているのだ。

 その強さ、生半可なものではない。

 

 以前にも言ったが、未知の敵ほど恐ろしいものはない。

 初見の敵相手に、最適な対処法などわかるはずもない。

 

 気づけば叩きのめされ気絶した天狗達が地に転がっている。

 残った天狗達も、恐れてカービィに近づけない。

 それを確認したカービィは、まるで慌てるようにどこかへ走り去ってゆく。

 

「あ、ちょっと待ちなさい!」

「待てって、カービィ!」

 

 それを追って霊夢と魔理沙が後を走ってゆく。

 

 残された文は歯噛みする。

 

 二度までも。

 幻想郷の一大勢力たる天狗が、二度までも。

 

 今ここに、天狗の威は堕とされたのだ。

 

 

●○●○●

 

 

 深い山の木々の間から、それはちらちらと姿を見せる。

 

 フリルのついた赤いドレスをゆらゆら舞わせ。

 赤いリボンで緑の髪を飾り。

 上機嫌にくるくる回り踊る少女。

 しかしその上機嫌さとは裏腹に、近寄りがたいもの……例えるなら、災いをまとっているように見えた。

 

 それもそのはず、彼女は鍵山雛。厄神様である。

 厄を代わりに受け、不幸から守る存在。

 なので人間にとって非常にありがたい存在ではあるが、その性質ゆえ、神本体は厄に塗れており、近づきがたい存在である。

 

 つまり、幸薄い神様。

 

 そんな不憫な神たる雛が上機嫌な理由。

 その理由は腕の中にあった。

 

 まるで今にも飛翔する翼を模したような、白い物体。

 それが原因である。

 確かに莫大な力を秘めている。うまく引き出せば自らの力をより強くできるだろう。

 だがしかし、雛には自らの強化になぞ興味はない。

 何よりも雛を喜ばせたのは、この物体に『厄がない』ことだ。

 

 浮世にあるものはすべて、存在している以上、厄が多少なりともつく。

 厄がない存在など、ありはしない。

 厄とはいわば、菌のようなもの。量の差はあれど、どこにでもあるものなのだ。

 どこにでも厄があるから、どこにいても不幸というものは降り注ぐ。

 

 しかしこれはどうか。

 まるでそのセオリーを嘲笑うかのように、この物体からは厄というものを感じない。

 一切の厄を拒む、無垢な物体。

 そのため、厄の塊である雛は拒絶され、痛みすら感じるが、そんなことどうでも良いと思えるほど、興奮していた。

 しかし興奮しながらも、雛の思考は冷静であった。

 

 こんな無垢なものが、幻想郷に自然に流れ着くはずがない。

 恐らくは誰かが持ち込んだものだ。

 そしてきっと、その持ち主はこれを探しているはずだ。

 なにせここまで厄のないもの、つまりは貴重な、幸運の証のようなものなのだ。手離したくないに決まっている。恐らくは落し物だ。

 また、厄の塊である私には過ぎたものだろう。

 散歩中に偶然拾ったものなのだから、返したところで私には何のデメリットもない。

 いや、その持ち主と知り合えば、なぜ厄がないのか聞き出せるかもしれない。

 そうすれば、私の厄も少しは……

 

 と、その時。

 小さな空白を感じた。

 その空白とは、厄の空白。

 

 驚き振り向けば、そこにいるのは桃色の球体。

 その球体の体に、突起のような小さな手、赤い足を生やし、つぶらな瞳でこちらを見上げる姿は、非常に愛らしい。

 その困ったような瞳は雛の持つ白い物体に向けられていた。

 

 ああ、間違いない。

 この子こそ、この厄の一切感じられないこの子こそ、この厄なき物体の持ち主に違いない。




いやぁ、なかなか物語が進みませんね。
何とか毎日更新しようとなると、このボリュームが限界というか……
コンスタントに頑張ろうと思います。


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厄神様と桃色玉

カービィの正しい手懐け方

1.優しく接する(お菓子があればなお良し)
2.手懐け完了。

多分、最高にチョロい主人公だと思うんだ……! 純粋すぎる。


「もしかして、これを探しているの?」

 

 一応、念のために確認を取ってみる。

 するとその桃色は、ぶんぶんと頭を縦に振るう。

 

 嘘をついているようには見えない。

 というより、存在そのものが『正』であるように見える。

 『悪意』などどこにもありはしない……例えあったとしても、小さな『いたずら心』しかないような、そんな存在。

 

「わかったわ。私が持っていてもしょうがないから、返してあげる。」

「ぽよっ!」

 

 すると困っていたような顔が、まるで大輪の花が咲くような笑顔を見せる。

 返してあげれば、大事そうに受け取り、そしてぴょんぴょんと跳ね回って喜ぶ。

 

 その子供のような様子に、思わず笑みがこぼれる。

 

 雛の厄から守る対象には、当然子供も入っている。

 いや、流し雛を行う者を見ていればわかるが、子供がメインと言えるかもしれない。

 子の幸せを願い、流し雛をする親がほとんどであった。

 そして雛は、それに関わるからこそ、親としての性質を持っていた。

 

「ねぇ、君は名前はなんていうの?」

「ぅ? カービィ、カービィ!」

「そう、カービィっていうの。……ねぇ、カービィ、ちょっと家に寄っていかない? お菓子もあるわよ。」

「おかし! おかし!」

「ふふ、食いしん坊だこと。ああ、私は雛。鍵山雛よ。」

「……かー? ひな?」

「……難しいかぁ。まぁいいわ。おいで。」

「ひなー!」

 

 家に案内する雛に、とてとてと歩きついて行くカービィ。

 きっと頭の中はお菓子の事でいっぱいなのだろう。

 雛はその光景を微笑ましく思う。

 

 しかし同時に、不思議にも思っていた。

 

 この子は一体、誰なのだろう?

 妖怪ではない。理由は妖力がないから。

 幽霊ではない。理由は霊力がないから。

 神様ではない。理由は神力がないから。

 ましてや、人間であるはずがない。

 するとこの子は、獣の類だろうか?

 しかし喃語のようとはいえ、人の言葉を話せるようになったら、それはもう妖怪化しつつある証拠。当然妖力も持つはずだが、それは感じられない。

 もしくは、オウムやインコのような、言葉を繰り返すだけの動物か。

 また、お菓子という言葉の意味はわかっているあたり、知能は高い。

 犬は人の言葉を一部解す。つまりこの子は犬以上の知能とオウム返しをする能力を持っている獣なのだろうか。

 ……いや、少なくともこんな形の獣を私は寡聞にして知らない。

 こんな派手な色の獣が、自然界で生き残れるとは思えない。

 

 しばし悩み、そしてある一つの結論にたどり着く。

 

 

 考えても埒があかない。諦めよう。

 

 

 馬鹿の考え休みに似たり。そういうではないか。

 この子に関する情報が少ない中、考察できるはずがない。

 つまり私はこの子に関して『馬鹿』なのだ。だから考えたところで、答えにたどり着くはずがない。

 

 そう思考に囚われているうちに、自宅にたどり着いていた。

 完全にカービィを意識の外に出していたが、ちゃんとついてきていたようだ。

 

 こじんまりとした、小さな日本家屋。

 間取りも居間と土間、その他収納部屋などしかない。

 しかし一人で暮らすには十分な広さだ。

 

 扉の前で靴の土を落し、家の中へと入る。

 すると、カービィも真似して足についた土を落とし始めたではないか。

 礼儀正しい……いやそれともただ真似しているだけなのか。

 だがどちらにせよ、『家に入る前に土を落とす』という行為をしたことに違いはない。

 意味をわかってやっているのかは不明だが、わかっているなら高い知能を持っていると考えて良いだろう。

 

 今度は靴を脱いで、玄関から板張りの床へと上がる。

 さて、カービィはどうするかと思えば……困ったようにこちらを見上げている。

 濡れた雑巾とタオルを渡せば、いそいそと足を雑巾で拭き、タオルで水気を落としだした。

 『他人の家を汚してはならない』。その基本的な礼儀を、どう見ても子供なカービィは理解しているのだ。

 

 カービィの行動に感心していると、当のカービィはキョロキョロと辺りを見回す。

 そして雛を見上げ

 

「おかしー!」

 

 と訴える。

 

 そこら辺はまだまだ子供のようだ。

 しかしこれくらい食い意地張っている方が、子供は可愛らしい。

 

「はいはい。ちょっと待ってね。」

 

 そう言いながら、土間にあるある箱を開ける。

 それは河童のバザーで手に入れたもの。

 中を冷気で満たし、食品が傷みにくくするもの。

 たしか、『レイゾウコ』といったか。なにやら特殊なエネルギーが必要なようで、これを買った時には河童たちが大掛かりな準備をしてくれた。

 そこから取り出すのは、大量の餡子。

 

 神は飲食を必要としない。

 しかし、飲食ができないことはなく、嗜むことはできる。

 この餡子もそのために保存したものだ。

 そして今朝炊いた米びつに入った米を取り出す。

 その米を手に取り、丸めて、餡子を塗る。

 

 そう、おはぎだ。

 

 飲食が不要なだけあって備蓄が貧相なために、用意できるのはこれだけだった。

 しかし、暇潰しにしばしば作っているため、味には自信はある。

 この米もおはぎのために今朝炊いたもち米だ。水加減も試行錯誤を繰り返してきた。

 

 自慢のおはぎをいくつか作り、皿に盛り付ける。

 それをカービィの前に出すと、それはもう目をキラキラと輝かせ、おはぎを見ている。

 そしてその目のままじっとこちらを見つめる。

 

「召し上がれ。」

「ぽぅやぁーい!」

 

 私の許可を律儀に待っていたのだろう。

 許可が出た瞬間、歓喜の声をあげておはぎを手に取る。

 人の掌ほどもあるおはぎを、カービィは一口で平らげる。

 

「うい!」

 

 そしてそれがカービィの口にあったのか、次から次へとおはぎがカービィの口の中へと消えて行く。

 そしてあっという間に、おはぎの山は消えて無くなる。

 

(……あれ、大人2人前くらいあった気がするんだけど。)

 

 どう見てもカービィと同じくらいの重さのおはぎを平らげておきながら、けろっとしているカービィに雛はちょっとばかり寒気を感じる。

 いやしかし、子供は食べないより食べた方がいい。そういう意味ではカービィは健康優良児といえるのだろう。

 

 手についた餡子を舐めるカービィにお手拭きを渡しつつ、ちょっと話を振ってみる。

 

「ねぇカービィ、なぜ貴方はあそこにいたの?」

「ぷぃ? ぽぉよ! ぽよ、うぃぅ、ぽょよぃ!」

「うーん、言葉じゃ無理か……」

 

 やはり話すのは喃語のような言葉ばかり。

 しかし、どういうわけかこちらの言っていることは分かっているようだ。

 なら、まだやりようはある。

 今度はタンスから半紙と筆、硯、墨をとりだし、墨をすっていつでも使えるようにする。

 そして筆をカービィに渡す。

 

「カービィ、絵で説明できる?」

「ぽよっ!」

 

 言ったことを理解したのか、カービィは意気揚々と筆に墨をつけ、半紙に向かう。

 初めはその様子に雛は満足していた。

 

 しかし数分後、頭を抱えることになる。

 

 そこにあるのは絵とは形容しがたい線の集合体だった。

 こういう芸術もある、と天狗から聞いた気はするが、少なくとも聞きたいことはこれではわからない。

 

「……カービィ、もう、もう大丈夫よ。」

「ぷぃ?」

 

 筆記用具を収め、カービィをじっと見つめる。

 カービィもまた雛をじっと見つめる。

 そして雛は考えに考え、こう切り出した。

 

「カービィ、この後に目的はあるの?」

「うぃ!」

 

 カービィは力強く頷き、ある一点を指差す。

 その指差す方向に心当たりがあり、雛は更に切り込んでみる。

 

「ねぇカービィ。私もあなたについていっていい?」

「うぃ!」




追加される『雛はおはぎ作りが上手い』設定……
とはいえ、霊夢と魔理沙以外、日常生活がどうなっているのか、わからないんですよね……雛は家を持っているのかどうかすら不明ですし。
でも神様ですし、祀る祠ぐらいはあるだろう! という希望的観点で書いてあります。
もしかしたら祠を神力で家に変形しているのかもしれませんしね。


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名推理と桃色玉

昨日(2017.4.27)に友人からラインがありまして。
そして見てみれば日間36位という始末。
さらに少し時間を開いて見たら14位に。

……どうしてこうなった!?

おかしい……私個人が好きなもの(東方)と好きなもの(カービィ)をピ○太郎みたく『Oh!』したような私的な作品だというのに……!
なんだろう、凄まじいプレッシャーが……気軽に書けんぞこれ……迂闊に書けんぞこれ……

が、頑張ります


「カービィ! カービィ!」

「出てきなさい、カービィ!」

 

 妖怪の山に響き渡る、二人の少女の声。

 そう、霊夢と魔理沙である。

 

 妖怪の山はその名が指し示す通り、妖怪の巣窟と化している。

 なので二人の行為は周囲の妖怪を呼び寄せる大変危険な行為である。

 だが、霊夢は幻想郷で最も有名、かつ要たる博麗の巫女。到底手出し出来まい。

 魔理沙も霊夢と行動を共にするが故に、それ相応に名が広まっている。

 名のある強力な妖怪ならば、腕試しに勝負を仕掛けてくることもあるかもしれないが、いずれにせよ、命の危険とは縁遠いものだった。

 だからこそ、ここまで大胆な捜索もできる。

 

「……埒があかない。」

「ん? どうした霊夢?」

「このまま探したって埒があかないって言ってるの!」

 

 霊夢は決して我慢強い性格ではない。

 その強さも努力ではなく、天賦の才によるものが強い。

 別に血の滲むような努力をして手に入れた力ではなく、それは努力をすればさらなる高みへと登りつめられる事を示していた。

 しかし、その日はおそらく来ないだろう。

 何せ、今の時点で『間に合っている』のだから。

 

「一番確実な方法で探すわ。」

「その心は?」

「神霊に聴く。」

「なんだそりゃ。また胡散臭いな。」

「巫女として当然の能力よ。それに、神霊は嘘をつかない。」

「残された足跡も嘘はつかないぜ? ほら、こののっぺりした足跡、間違いなくカービィだ。私は私で地道に探すぜ。」

 

 我慢強いのは、どちらかというと魔理沙だろう。

 魔理沙は非才な身であった。

 元は商人の娘であり、魔法とは縁遠いものであった。

 しかし何を思ったか、彼女は家を飛び出し、血の滲むような努力で今の力を身につけた。

 しかし、もとより非才な彼女はこれ以上の力を身につけるのは難しいだろう。

 それでも彼女は努力する。

 それを美しいとみるか、愚かとみるか。

 

 いずれにせよ、彼女らの生き方の違いは、カービィの捜索方法にも違いが出る。

 

 精神を統一し、神霊の声を聴く霊夢。

 足跡を黙々と辿る魔理沙。

 

 やがて魔理沙は、カービィの足跡からあるものを見つけ出す。

 

「……人の足跡、か。天狗ではないな。」

 

 そこにあるのは、靴を履いた人の足跡。形や大きさかして女性のものだろう。

 そこら辺にいる人型の存在といえば天狗と河童だが、天狗は高下駄を履いているので、足跡は横一文字の特徴的なものになるので違うだろう。

 とすると、河童の可能性があるが……ほとんどがカービィに気絶させられていたはず。

 残っていた河童の可能性もあるが、カービィとその足跡が仲良く歩いているあたり、おそらくは違うだろう。

 とすると、妖怪の山に巣食うまた別の存在の可能性が高い。

 

 カービィと正体不明の足跡はしばし続いて行く。

 そして、あるところで魔理沙の足が止まった。

 

「これは確か……厄神の家じゃないか。」

 

 カービィと正体不明の足跡は、迷う事なく厄神、鍵山雛の家へと入っていた。

 

 間違いない。カービィは鍵山雛と遭遇し、共に家に入ったのだ。

 

 そう確信して、さらに詳しく見てみると、今度は家から出て行く足跡も発見する。

 それもカービィと人……状況的に雛の足跡。その二人分だ。

 そしてその足跡は山頂のあたりへと続いているようだった。

 

 その方角に何があったか、魔理沙はしっかりと覚えている。

 

 なぜそこへ向かっているのかはわからない。

 しかし魔理沙の予想が正しいならば、そこは山頂ではなく、山頂へと続く山の中腹にあったはず。

 そしてカービィとはぐれた時間を計算してみれば、体の小さなカービィでも既にそこに到着している可能性がある。

 

「なぜあそこに? いや……確かあいつは、椛の力を持っていたよな……」

 

 椛は千里先を見通す力を持つ。

 そしてカービィも、その力を得ている可能性が高い。

 一体カービィは、そこで何を見たんだ?

 

 いや、逆か?

 

 何かを見つけるために、そこを見たのか?

 

 カービィは天狗や河童を一通り一掃した後、逃げるようにその場を去った。

 しかし思い返せば、何かを追うために急いでいるように見えた。

 

 カービィは幻想郷で何かを探しているのか?

 一体、何を?

 カービィは……霊夢の予想が正しいなら、あの大結界を破った張本人ということになる。

 とすると、カービィはあの大結界を破る能力を持っていたのか?

 椛から能力を写し取ったように、外で大結界を破れるような能力を写し取ってやってきたのかもしれない。

 そしてその身一つで大結界を破り、山に墜落した。

 

「……身一つで?」

 

 魔理沙はこの事実に引っかかりを覚えた。

 

 初めてカービィとあった時、何も荷物を持っていなかった。

 外から中へ入る。それすなわち、未知の地へと足を踏み入れるということ。

 何の目的があったかは知らないが、未知の地へ降り立つのに、何の準備もなく行く者がいるだろうか?

 子供っぽいとはいえ、あの戦闘の様子を見れば中々頭は切れる様子。それに気づかないほど馬鹿なようには見えない。

 

 なら、なぜカービィは荷物を持っていなかったのか。

 

 カービィがあの大結界を破った張本人なら、あの様子を思い出すに、かなりの高空から落下したはずだ。

 そしてあの輝きの強さから推察するに、破る時に相当な衝撃があったはずだ。

 

 何となく見えてきた。

 カービィは空から荷物を落としたのだ。

 そしてカービィはそれを探すため、山を駆け回り、紆余曲折あって天狗と衝突した。おそらく、天狗が偶然カービィの落し物を拾い、そして天狗が強情を張って返さなかったのだろう。

 その後天狗から落し物を取り返し、残りの落し物の在処を椛の能力で見つけ出した。

 そして今、その落し物が、かの場所にある。

 

「まずい、まずいぜこりゃ。」

 

 連中も中々食えない奴揃いだ。

 しかも、変に幻想郷を気に入っているときた。もし、大結界が破られたその光景を目撃していたら、もしその犯人がカービィだと分かったら、何らかのアクションをとるはずだ。

 

 慌てて魔理沙は箒にまたがり、魔力を爆発的に込めることにより、スタートダッシュを決める。

 そして高度を上げ、目的地へと一直線に空を駆ける。

 

「別に助ける義理はないとは思うんだが……手をこまねいて見ているってのも、気分悪いんでな!」

 

 そう独り言を呟きながら、速度を上げる。

 

 しかし……

 

「っ! ……くっそ、遅かったか!」

 

 魔理沙が唇を噛み、睨む先。

 そこには色とりどりの弾幕が飛び交う守矢神社があった。

 

 

●○●○●

 

 

「ここなの、カービィ?」

「うぃ。」

 

 もぐもぐと雛の家から持ってきたもち米のおにぎりを頬張りながら、カービィは頷く。

 

 カービィと雛がたどり着いた先。

 そこは雛が予想した通り、守矢神社であった。

 

 神の一柱たる雛でも、ここに立つとえも言えぬ圧迫感を感じる。

 何せ、この神社に住まうのは……

 

「……あ、カービィ!」

 

 気づけば、カービィはおにぎりを律儀に包みに戻して置き、神社に向かって突っ走っていた。

 

 あまりに、あまりに迂闊な行為だ。

 さすがに一般人が来た時、かの者が姿を現すことはない。そこら辺にいる妖怪が近づいた時もほったらかしている。

 しかし、強者や異質なモノに関しては、かの者は敏感だ。

 そしてカービィは、妖怪とも獣ともつかぬまさに『異質なモノ』。

 それのかの者が見逃すはずがない。

 

 カービィを止めんと雛も追う。

 しかし、その手がカービィを掴むよりも早く、凄まじい爆音が鳴り響く。

 

 それは、巨大な多角柱……御柱が地面に勢いよく突き立った音であった。

 そしてその天辺から、その者はこちらに問いかける。

 

「そこの桃色。幻想郷に侵入したのは貴様か? 天狗と河童相手に好き勝手やってくれたようじゃないか。」

 

 こちらを見下ろすように御坐すその御姿は、まさに神に相応しい。

 紫の髪を短く切り、注連縄を頭と背中に装備し、真紅のドレスの上に輝くは『真澄の鏡』。そして周囲に浮く無数の御柱。

 

 そう、守矢神社が神の一柱、八坂神奈子である。




今回はなんだか魔理沙の名推理?回でしたね。
ここら辺は『鈴奈庵』第6巻を参照にしております。
第6巻の魔理沙は本当に冴え渡っていた……やっぱりあの子努力の人ですわ。


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守矢の神と厄神様と桃色玉

タイトル決めるのいつも難儀するんですよね……



 高圧的態度が許される、圧倒的カリスマ。

 強者のみに許される、圧倒的覇気。

 まさに神としての姿を体現したような姿。

 

 普段の神奈子は決して、ここまで威圧的ではない。

 普段は人に対してもフランクな、まさに頼れる姉御といった人となりである。

 そんな神奈子が高圧的態度を取る時。それは神として本気を出した時だ。

 

 しかし、雛も退かない。

 鍵山雛もまた、神なのだ。

 己が威信にかけて、引くことは許されない。

 神とは人の上に立つ存在なのだ。

 神とは人の信仰によって成り立つ存在なのだ。

 だから、弱くてはならない。

 例え相手が格上の神だとしても、弱みを見せるわけにはならない。

 それが、神という存在なのだ。

 

 だから、御柱による突然の攻撃であっても、怯まない。

 カービィもすんでのところで躱しているのを確認すると、神奈子を見上げる形で睨む。

 相対する神奈子も、御柱の上からこちらを見下ろしている。

 

 まるで御柱の高さの分、格の違いが示されているかのようだ。

 雛はそういう錯覚を覚える。

 神奈子のこちらを見下ろす目は、まさに強者のみに許された、余裕が透けて見える。

 対して雛は……

 

(強がる弱い犬、ってところかしら?)

 

 雛は、自分の体が強張っているのを感じていた。

 それは自分が神奈子のプレッシャーに、カリスマに、圧倒されている何よりの証拠。

 

 しかし重ねて言おう。

 神は弱みを見せてはならない。

 神が背負うものは重いのだから。

 だから、意地でも引くわけにはいかない。

 いかなる相手でも傲慢に、高慢に。

 

「いきなり御柱を落としてくるなんて……守矢の神はなかなかいい礼儀をしているのね。」

「なんとでも言うがいい。私はそこの桃色に用があるのだ。」

 

 話を聞く気はないようだ。

 本気でカービィを敵視している。

 これは、非常に危険な状態だ。

 

 雛はカービィを隠すように前に立ち、そしてスペルカードを取り出す。

 

「争いごとはスペルカード、でしょ?」

「……悪いな。戯事に付き合う気は無い。気づいているとは思うが、私は本気だ。」

 

 一応提案してはみたが、やはりダメか。

 見せるだけ無駄になった宣言用スペルカードをしまい、ただ神奈子を睨む。

 

 そして漏れ出す、溜め込んだ『厄』。

 全ての災いの元となる、穢れたもの。

 人を守るために、雛が代わりに受けてきたものだ。

 

 神奈子はそれを一瞥すると、一つ鼻を鳴らす。

 

「神社でそんなものを撒き散らさないで欲しいんだがな。」

「なら、私の提案を受け入れれば良いのではなくて?」

「断る。」

 

 その言葉が皮切りになったのか。

 御柱が、一斉にこちらへ飛来してくる。

 対抗するは、雛の厄の塊。

 やがて神の威たる御柱と厄は、両者の中点で衝突する。

 厄は四散し、御柱は弾かれ錐揉みしながら地面に突き立つ。

 

「ぽょ……」

「大丈夫よ、カービィ。問題ないから。」

 

 不安そうな声を上げるカービィを、振り向かずに宥める雛。

 その様子に、神奈子は疑問の声を上げる。

 

「なぜだ。なぜ、お前はその桃色を庇う?」

「私は厄を代わりに受ける流し雛よ? 子供を守るのは当然。」

「それが、幻想郷を危機に陥れるとしてもか?」

「この子がそんなことをするように見える? あなたも感じるでしょう? この子が纏うは『正』の気を。」

「もちろんだとも。だが、その『正』は誰にとっての『正』だ? それは幻想郷にとっての『正』なのか? ……それがわからぬ以上、大結界をいとも容易く破る存在を、認めるわけにはいかん。」

 

 彼女は幻想郷を愛している。

 元はと言えば、信仰の薄くなった外の世界よりも信仰を得られるのではないかと言う賭けでここに来た。

 だが今では、大変この地を気に入っている。

 願わくば、この幸福を永遠に。

 その為には手段は選ばない。

 彼女にだって、守るべきものがあるのだ。

 だからこそ、不確定要素は排除したかった。

 

 御柱が再び現れる。

 対抗して、雛の厄が再び湧き上がる。

 先程と同じような光景。

 しかし、ただ一つ、違う箇所があった。

 それは量。

 先程とは比べ物にならないほどの御柱と厄が、空中を埋め尽くしていた。

 

 そして、再び両者は衝突する。

 

 土煙がもうもうと巻き上がる中、なおも御柱と厄が飛び交う。

 全てを衝突させてなお、攻撃を加えているのだ。

 土煙で互いの姿が見えなくなっているのにも関わらず、である。

 

 その膠着状態の中、最初に動いたのは神奈子だった。

 

「行け!」

 

 なんとでも捉えられる号令がなされる。

 そしてその瞬間、地面から何かが飛び出した。

 

「呼ばれて飛び出て、いでよミジャグジ様!」

 

 土をはねのけ現れたのは、カエルのような帽子を被った、金髪の少女。

 

 守矢神社には、二柱の神がいる。

 守矢神社が幻想郷に来た当初、こんな噂が流れていた。

 長い間隠れていた存在。

 それが、かの異変にて霊夢達の前に現れて以来、再びその力を行使する時が来たのだ。

 

 名を洩矢諏訪子。太古に八坂神奈子と覇権を争い、敗れた土着の神なり。

 

 諏訪子に付き従うのは、人間なぞ一飲みにできそうなほどの石の大蛇。

 しかし蟒蛇などの低級な妖怪ではない。これこそ諏訪子の従える土着の祟り神、ミジャグジ様、その化身である。

 

「二柱……予想はしていたけどっ!」

 

 大口を開け、雛を飲み込まんとするミジャグジに、厄の塊をぶつけ軌道を大きくそらす。

 叩きつけるように当てられた厄の塊により、ミジャグジの頭は大地にめり込む。

 

 だがその瞬間、雛の見る景色が横に流れた。

 そして感じる、腕と脇腹の痛み。

 

 なんと言うことはない。ミジャグジがその長大な体を生かし、頭を視点に尾を振り回したのだ。

 しかもその尾の先には、殺傷能力を増すためか、巨大な岩石塊が付いている。

 舶来ものの武器でいうなれば、モーニングスターに近い。

 そんなものをもろに受けた雛は、神といえど無傷とはいかない。

 腕には大きな傷がつき、そこから血の代わりに厄と神力が漏れ出している。

 衝撃は頭にも伝わったか、視界も回っている。

 

 だが、倒れない。

 倒れるわけにはいかない。

 神として、守るべきものがいる。

 ならば神の威にかけて、倒れるわけにはいかない。

 

 しかし、御柱は雛に向け、無慈悲に飛んでくる。

 手負いの雛は、先程と比べて目に見えて動きが鈍くなっている。

 厄によって迎撃はしているが、完璧とは言い難い。いくつか抜けていているものもある。

 

 そして頭への衝撃は体力だけでなく、集中力も削っていた。

 

 雛は御柱とミジャグジの攻撃に精一杯なあまり、背後から飛来するものに気がつかなかった。

 

 それは諏訪子が投じたもの。

 それは回転し、物理法則を凌駕した軌道を持って、背後から雛に襲いかかった。

 それは洩矢の鉄の輪。

 諏訪子の神の力によって研ぎ澄まされた鉄の輪である。

 それが当たる直前になって、ようやく雛は存在に気がつく。

 しかし、時すでに遅し。

 鉄の輪はすでに目の前に迫り……

 

 ヒュゴォ、という空気の鳴る音とともに、軌道を大きく変えた。

 その先に待ち構えるは、大口を開けたカービィ。

 そしてその鉄の輪を、何の躊躇いなく飲み込んだ。

 

 その瞬間だけ、時が止まったかのようだった。

 周囲が唖然とする中、カービィに淡い光が集まる。

 そしてそれが晴れた時、そこにいたのは……舶来の道化の顔を模した帽子を被るカービィの姿だった。




雛と神奈子がアツイバトル開始。
何せこれはカービィの二次創作でもあり、東方の二次創作でもありますからね!
そして次にコピーしたのは『サーカス』です。
「え? カッターじゃないの?」と思った方。私も当初はカッターで行く気でした。
でも何気なく調べてみると、あれは諏訪子様曰く『フラフープ』らしいのです。
調べてみるものですねー。


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道化の桃色玉

『出会い桃色玉』に挿絵を入れてみました。

わかってます。下手であることは。
でもこれでほんわかとした空気が伝わればなー、と思います。
『挿絵が邪魔! 余計!』という方は感想欄にてお伝えください。
『自分の方が上手く描けるわ!』という方は描いていただけると嬉しいです。描いていただいたものと入れ替えて投稿しようと思います。

……画力がほしい。


「カービィ、その姿は……?」

「道化……か? 竜巻といい、白狼天狗といい、コロコロと姿を変える面妖な奴よ。」

「あはは、なかなかユニークな奴じゃないか。褒めてつかわすー。」

 

 姿の変わったカービィに、三者三様の反応をする神達。

 しかしカービィは、それに構わず突貫する。

 

 無謀な行動に見えるだろうか。

 否。それは確かな勝率に従っての行動。

 行く手を阻むように、御柱がカービィめがけて飛来する。

 

 だが、その御柱は空を切った。

 

 残されたのは、小さな台。

 中心が伸縮性のある布でできた台。

 そう、トランポリン。

 どういう原理が、瞬時にそれを召喚し、見上げるまでの高度まで飛び上がったのだ。

 

 しかし神奈子は焦らない。

 その程度で焦るようでは、神なぞやってられない。

 飛び上がったカービィめがけ、御柱を次から次へと殺到させる。

 それは、雛も相殺するのがやっとだったほどの連続攻撃。

 常人では目で捉えることすら不能な、超速の連続攻撃。

 これを捉えるものは、すでに常人の域にいない、人外達の所業だ。

 

 だが、受けるカービィはその域にいる者であった。

 

 何の踏み場もない空中。

 そこで舞うように、踊るように、鋭角的な軌道を描きながら避けて行くではないか。

 

 それを目撃した神奈子は少し目を見開き、そして不敵に笑う。

 まさに強者に相応しい、そんな笑み。

 

「その格好は伊達ではないということか。面白い。だが、こう釘付けにされては手出しもできまい! 諏訪子!」

「あいよ!」

 

 諏訪子への号令とともに、諏訪子が鉄の輪をカービィへ殺到させる。

 

「っ! カービィ!」

「おっと、そうはさせないよ。」

「く……」

 

 カービィの元へ駆けつけようとした雛は、ミジャグジが妨害する。

 

 ここでついに、二人は完全に分断された。

 

 ビンのようなものを取り出し、炎を纏わせ、投げて鉄の輪を撃ち落として行くが、キリがない。

 巨大な風船を膨らませ、その破裂する衝撃で御柱の軌道をずらしても、連発できないので対応力に欠ける。

 

 雛も相手はミジャグジだけになったものの、手負いの彼女は十分に戦えず、押されがちになっている。

 

 両者じり貧の状況下、ついに決定打が出る。

 

「あんたら、いい加減にしなさいよ!」

 

 上空からの怒声。

 そして降り注ぐお札。

 

 余裕のある神奈子と諏訪子は簡単に回避に成功した。

 しかし、その二人によってその場に釘付けにされていた二人は別だ。

 予想外の角度からの攻撃により、カービィも雛も直撃してしまう。

 

「かはっ……!」

「ぶいっ!」

 

 体力を削られていた雛は地に伏し、カービィは道化の帽子を失い、吹き飛ばされる。

 

 札による攻撃を行ったものは、両者の中間に立つ。

 その札に見覚えのないものはここにはいない。

 そう、博麗の巫女、博麗霊夢。

 彼女は両者を睨みながら、まだ口の聞ける方……神奈子と諏訪子に問いかける。

 

「なんで弾幕ごっこしてないのよ。」

「え? 神奈子がやれって言ったから。」

「幻想郷の危機だぞ? そのようなぬるい手で解決できるようなものじゃない。」

「それでもルールは……」

「そのルールを作ったモノの許可が下りたなら?」

「……下りたの?」

「いや。だが奴のことだ。確実に許可を下ろしてくれる。何せ私のこの行動は幻想郷を愛している故。なら、私よりも愛の深い奴なら、確実に私に同意する。」

 

 霊夢は口を閉じる。

 

 確かに、神奈子の言うことはごもっともだ。

 とはいえ、なんの躊躇いもなしに排除とは、いかがなものか。

 確かに、私は人妖と化した里の人間を滅ぼすのに躊躇はない。

 ただそれは幻想郷のルールに目に見えて違反しているからだ。

 確かに大結界が突破されたのは驚愕したし、脅威とみなすのもわかるが、別に外から中へ入ってくるのは何も問題ない。外から物や人が今でも時々迷い込んでくるのだから。

 大結界だってすでに直っている。

 

 やはり、独善的だ。

 こいつの欠点はそれだ。

 とはいえ、今ここでカービィ見逃したら色々と面倒なことになるだろう。

 愚痴愚痴文句言われた挙句、弾幕ごっこで決めよう、なんて言われるのは御免被りたい。

 なら、一応封印だけして動きを抑えるだけはしておくか。

 後のことはあいつに相談という形で。

 

 霊夢は面倒ごとを避けるため、腹を決める。

 元々そういう性格なので、当然の選択だろう。

 そして、倒れている雛とカービィの方へ振り向く。

 

 そしてそこで、霊夢は目を見開く。

 倒れ臥す雛。その前で、小さな手を広げ、健気にも庇おうとするカービィがいた。

 その体には、霊夢の札によって傷ができている。

 

 霊夢は躊躇った。

 本当に、カービィを一時的とはいえ封印する必要はあるのかと。

 

 いや、本当に一時的だ。

 これはカービィを保護するという役目もある。

 

 そう葛藤している時。

 

「カービィ! これを食えっ!」

 

 上空から声が飛んできた。

 その主は、魔理沙。

 凄まじい速さで突っ込みながら、スカートの中を弄っている。

 そして、あるものを引っ張り出す。

 

 それは、ブリキ製の車のおもちゃ。

 

 魔理沙には蒐集癖がある。

 そうして集めたものを、スカートの中に入れ込む癖がある。

 そして時々、スカートの中にものを入れたことを忘れる事もある。

 そのブリキ製の車のおもちゃも、どこかで拾い、そしてそのまま忘れ去られたもの。

 

 それを、カービィめがけて投げつけた。

 

カービィはそれに気がつくと、嬉々として吸い込む。

 そして、先程と同じように光が集まる。

 そして晴れた時には、やはり見た目が変わっていた。

 赤いキャップ。それを前後ろ逆にして被っていたのだ。

 

「よし、予想通りだぜ!」

「ちょっと! 何やってるのよ魔理沙!」

「それはこっちの台詞だぜ! お前、カービィを封印しようとしただろ!」

「その方が丸く収まるのよ!」

「はぁ!? カービィはすでに丸いだろ!」

「そういう事じゃないわよ! それに手足があるからまんまるじゃないでしょ!」

 

 一体二人は何を言い合っているのか。

 

 その間に、カービィは驚くべき変身を遂げる。

 何とその身を桃色のタイヤに変化させたのだ。

 キュルキュルとその場に留まり、回転する。

 そして十分にタメ終わった途端。

 それは弾かれるように飛び出した。

 

 土を跳ね飛ばし、爆音とともに爆走するその様は、猪の如く。

 

「おっと!」

 

 それをいち早く察したのは、離れて傍観していた諏訪子。

 一歩引いて見ていたからこそ、早く気付くことができたのだ。

 

 口を開くミジャグジ。

 そして爆走するカービィを飲み込んだ。

 

「でもご安心! 消化する前には吐き出す……よ?」

 

 勝利宣言しようとした諏訪子。しかし、違和感に気がつき口をつぐむ。

 身悶えしているのだ。石の大蛇であるミジャグジの化身が。

 そして、その悶えが大きくなった時。

 

 ゴシャア!!

 

 牙をへし折り、舌を擦り切り、内部を削りながら、勢いよく何かが吐き出される。

 それは、なおも回転を続けるタイヤのカービィ。

 地に伏すミジャグジを尻目に、カービィは更に加速する。

 

 そして諏訪子の腹に、思いっきり突き刺さる。

 

「ぐぅええ!!」

「諏訪子!? くっそ!」

 

 諏訪子を轢き倒したカービィは、神奈子の追撃をかわしながらなおも爆走を続ける。

 そして神社の角で、華麗なドリフトを決める。

 向かう先は、神社裏だろうか。

 

「逃げる気か? 諏訪子、追うぞ!」

「うぅ、これじゃ轢き蛙……もう許さん!」

 

 神奈子は諏訪子を助け起こし、そして二人してカービィを追う。

 それに気がついた霊夢と魔理沙はようやく不毛な言い合いをやめ、慌ててその後を追う。

 

 神社の角を曲がり、神社裏にたどり着いた時。

 カービィはそこで逃げも隠れもせず、待ち構えていた。

 しかも、すでにタイヤの変化も解き、帽子もどこかへやった、素の状態で。

 

 ただ一つ。ただ一つだけ、先程と違うものがあった。

 その手には、白い流線型の物体が握られていたのだ。




魔理沙、あなた本当に鋭い……
なんかここでの魔理沙は冴えまくりですね。

……あれ、誰かを忘れている気が……


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現存する伝説と桃色玉

思い思いのBGMとともにどうぞ。

私は亜空の使者のメインテーマかなぁ。あの面目躍如の名シーンは大好きです。


 見覚えがない。

 そんなもの、見たことはない。

 

 神奈子はカービィの握るものが何なのか、全くと言っていいほどわからなかった。

 ただし、この一点だけは、はっきりとわかる。

 

 アレは、ただの物体ではない。

 いやむしろ、“伝説”と称されるような、畏ろしきモノ。

 

 神奈子は神と化す前は、人であった。

 太古の、曙の人間。

 そしてその当時は生きるのに必死で、常に死を隣人として生きてきた。

 

 だからだろうか。

 その物体からは懐かしい、かつ忌むべき匂いがする。

 

「乾よ!」

 

 神奈子は叫ぶ。

 それは神奈子の能力による、天からの制裁。

 その威力、畏れ、全て神として申し分ない。

 だがその声には、多分に『恐怖』が含まれていた。

 

 楔型の雷撃が落ちる。

 だがそれが地上へと達するよりも早く、それはこの幻想の地に産声をあげた。

 七色の宝石群、白い翼を模した物、白い流線型の物体。

 それら全ては一つとなり、元の姿を取り戻す。

 そしてその瞬間、伝説は舞い降りた。

 

 その姿は飛翔する竜の如く。

 それに騎する勇士は空を支配する。

 飛翔する竜に騎する勇士。その姿をみて、誰が呼んだのだろうか。

 その名は『ドラグーン』。

 今に残る伝説である。

 

 カービィはそれに騎乗し、空を、迫る雷霆を睨む。

 カービィの意志により、尾部の宝石が輝き出す。

 

 そして、力は解放される。

 

 この場にいる全員が目撃した。

 衝撃波を撒き散らし、凄まじい速度で急発進するカービィを。

 そしてそのまま雷霆に激突し、難なく弾き飛ばしたことを。

 地を抉るはずの雷霆は、地に達するよりも早く、竜に屈した。

 

「一撃で、無傷だと!?」

「ちょっとこれはまずいんじゃないかなー……?」

 

 引き攣った笑いを見せる諏訪子。

 その足元は赤熱し、グラグラと煮立っている。

 溶岩である。

 それを諏訪子の能力で操り、カービィへ向け飛ばす。

 その姿は地より這い出る炎の大蛇に見えた。

 

 だが、竜とは蛇の長く生きた姿である。

 ならば、蛇が竜に勝てる道理なぞ、存在しない。

 

 またも真正面から溶岩の大蛇に挑む。

 そして大蛇はなにも為すことなく、その身を貫かれ、四散した。

 

「……なるほど、な。それが、それが大結界を破った力か!」

「え、そうなのか?」

 

 神奈子の怒声は魔理沙にまで届き、それに反応して素っ頓狂な声を上げる。

 その声に応えたのは、霊夢だった。

 

「でしょうね。っていうか、あれしか考えられないわ。あの突破力、物理的な力だけじゃない。神の創造したものを物理的力だけで突破できるはずがない!」

 

 流石に大結界や神については霊夢が一枚上手であったようだ。

 しかし、正体を見破って弱体化するのは妖怪のみ。空の彼方を縦横無尽に駆け巡るは、様々なしがらみを突破したような不可思議存在。

 今もなお、神奈子の雷撃と御柱、諏訪子の岩礫と鉄の輪がカービィを追っている。

 

 だが。

 

「くっ……疾い。あの天狗をはるかに凌駕している!」

「地を這う蛙にはちょっとキツイんだけど!?」

 

 空を隙間なく覆うのは、一撃一撃が弾幕ごっこの弾とは比べ物にならないほどの威力を持つ。

 それが本気の弾幕ごっこの時のように、狂気的な密度で飛んでいる。

 

 にも関わらず。

 それにも関わらずだ。

 カービィには当たらない。

 上へ、下へ、右へ左へ、加速と減速を繰り返し、空を優雅に泳ぐかのようにかわして行く。

 そして一度急加速すれば、軌道上の雷撃、御柱、岩礫、鉄の輪、全てを粉砕する始末。

 

 さらにもう一つ、忘れてはならないことがある。

 神とて、力は有限だ。

 不老不死永遠の象徴たる蓬莱人ですら、疲れることもあるのだ。

 そして力を行使し過ぎたことによる限界が、刻一刻と迫りつつあった。

 

 そしてそれは攻撃にも現れ始める。

 少しずつ、密度が薄くなってきた。

 それに合わせ、御柱や鉄の輪、岩礫の速度も遅くなり、雷撃も細くなってゆく。

 そして、子供でありながら戦士として完成されたカービィは、それを見逃すはずもなかった。

 

 機首を上げ、急上昇する。

 高く、高く、どこまでも。

 そして最早点すらも見えなくなった時。

 何かを察知した霊夢は、二柱の前に立ちはだかった。

 

「カービィ、そこまでにしなさい! 『夢想封印』!」

 

 そして無数の札を取り出し、周囲に浮かせる。

 

 博麗の御技、夢想封印。

 これでカービィを待ち構える算段だろう。

 遥か上空に札は舞い上がり、夢想封印の構えを作り上げる。

 ただ札が集まっただけと思うなかれ。既にこの札を超える事は叶わぬ、完璧な壁と化した。

 カービィは超速で進むが故に、避ける事はできない。

 そして、夢想封印の壁にカービィは衝突する。

 

 そして、あっさりと夢想封印を突き破った。

 

「っ! む、『夢想天生』!」

 

 夢想封印の突破に固まってしまわなかったところはさすがというべきだろう。

 超速で迫るカービィは間違いなく霊夢に衝突する。

 たとえ避けても、その衝撃波は間違いなく霊夢を襲う。

 そう判断した霊夢は『夢想天生』を繰り出す。

 

 それは、霊夢が天から授かりし生まれ持った力。まさに『天生』。

 それは霊夢をあらゆるものから宙に浮かす、不透明な透明人間へと変化させる力。

 その状態の霊夢には、何者も触れられぬ、干渉できぬ。

 そしてカービィは霊夢に接近する。

 最早一筋の光明にしか見えないカービィは、霊夢を通り抜ける。

 

 かに見えた。

 

 だがカービィは、霊夢を華麗に避けたのだ。

 そう、衝撃波を発生させるほどの速度を保ちながら。

 速度のみならず、その機動力に、霊夢は瞠目する。

 

 そして、気がついた。

 あの機動力をもつなら、その気になれば待ち構える夢想封印を避けることができたはずだ。

 しかしカービィはそれをしなかった。

 しなかった理由は制御が効かないからではなく、自らを止め得るに値しないからだ。

 

 神奈子と諏訪子は神の力で堅固にした岩と無数の御柱で受け止めんとしている。

 

 しかし、それが一体何になるのか。

 博麗大結界も、夢想封印も、突き破った存在を目の前に。

 

 ついに機首が神二柱の防御網と衝突する。

 結果は、見るまでもない。

 

「大結界を破った……力」

「はは……ちょっと予想外……」

 

 後に残るは、抉られたような跡と、岩盤に放射状の罅を入れ、その中心で横たわる二柱。

 そして、この惨状を引き起こした張本人、カービィ。

 乗っていた『伝説』はどこかへと消え、カービィただ一人、佇んでいた。

 

「お、おい、カービィ……?」

 

 恐る恐る、魔理沙はカービィに声をかける。

 するとくるりと振り返り、「ぽょ?」と応える。

 

 この場合、なんと声をかければいいのか。

 魔理沙も、空に浮いたままの霊夢も、全くわからなかった。

 

 すると、カービィはおもむろに走り出す。

 一瞬魔理沙も霊夢も身構えるが、それは無駄だったと次の瞬間には理解する。

 

 走るその先。そこには雛がいたのだ。

 

「ひなー、ひなー!」

 

 そして倒れ臥す雛の名を呼び続ける。

 その呼び声で意識を取り戻したか、ゆっくりと目を開ける。

 

「ぅ……カービィ?」

「うぃ!」

 

 その光景を見て、魔理沙は一人呟く。

 

「……なんとなくわかったぜ、カービィ。お前は純粋無垢だ。純粋無垢だからこそ……『友人』を傷つけられて、許せなかったんだな。」

「あれ、それって私まずいんじゃない?」

 

 それを聞きつけた霊夢が魔理沙に問いかける。

 

「子供は悪意に敏感だ。霊夢は仲裁に入ったんだろう? だから、お前を避けたんだ。それに、カービィとあらかじめ会っていたのも大きかったかもな。」

「……危ない危ない。」

 

 雛に寄り添うカービィを見て、二人はため息をつく。

 だが、ふと魔理沙は思う。

 

「……結局、カービィは何しに幻想郷に来たんだ?」

 

 それだけは、未だに謎であった。

 その時である。

 

「ちょっと何があったんですか神奈子様、諏訪子様ー。喧嘩ですかー? ……って、ほわっ! もしやそれは、カービィ!?」

 

 あまりに場違いな声が聞こえてくる。

 声のした方を見てみれば、そこにいるのは長い緑髪に蛙と蛇の髪飾りをつけ、霊夢と同じように袖が分離し脇の見える巫女服を着た少女。

 そう、この守矢神社の風祝であり、現人神である東風谷早苗。

 

 そして昔、外の世界に居た者である。




解説・なぜ経験豊富な人外達は、揃いも揃ってカービィに敵対するのか

天狗の場合・テリトリーへの侵入者には容赦しないという設定から。また、未知の敵であるが故に実力を見誤り、数の暴力で押し切れると踏んだため。

守矢の二柱・自分の領土(だと思っている)妖怪の山でカービィが好き勝手に暴れられては、メンツが立たないため。信仰されようとおもえば、やはり弱みを見せてはならない。強くなくてはならない。故に、暴れるカービィを見過ごすわけにはいかなかった。挑まざるを得なかった。

強者共通・結界を破ったため。おそらくこれが一番の理由かと。現実と幻想の仕切りである博麗大結界が無くなれば、幻想郷は崩壊し、人の恐れや信仰で存在を維持している妖怪や神にとってはまさに生命線が途絶えるといえる。だからこそ、簡単に生命線を破りうるカービィは幻想郷に居て欲しくはなかった。何かの拍子に……という恐怖もあった。だからこそ、天狗と守矢の二柱は排除なり封印なりして無力化したかった。

ぶっちゃけ・原作を見ていると、なんか強者でも短絡的な行動が多いように見えるため。

と、いう考えで書いております。


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あしたはあしたのかぜがふく

「キャアアアかーわいー!」

 

 ヒュガッ! という擬音が正しいのだろうか。

 目にも留まらぬ速さでカービィに突撃し、そして抱きしめる早苗。

 いきなり抱きしめられたカービィは悲鳴をあげることしかできない。

 そして早苗は流れるような動きでカービィへ頬ずりする。

 

「いやぁ、幻想郷って不思議なところだなとは思ってたけど、まさかカービィまでいるとは思わなかったです。」

「……ちょっと待て。お前、なんでカービィのことを知っているんだ?」

 

 カービィは早苗に敵意がないことがわかったためか、嫌そうな顔をしながらもなされるがままになっている。

 しかしそれでもなお頬ずりをやめない早苗に、乱入時の発言から気になっていたことを魔理沙が尋ねる。

 

 いや、この場にいる者全員の疑問だろう。

 

 カービィとこの場にいる者以外で会っているのは天狗と河童くらいだ。

 もしや天狗と河童に伝え聞いていたのか?

 いや、カービィにしてやられた天狗と河童から聞いたにしては、早苗の態度は友好的すぎる。

 彼らの性格を考えるに、カービィの事をこき下ろして伝えるはずだ。

 だが今の早苗の態度はそう言った事を聞いた者の態度ではない。

 むしろ、逆。まるでスーパースターに遭ったかのような態度だ。

 

 早苗は一時的に頬ずりを止め、そしてちょっと考えるそぶりをした後、答える。

 

「外の世界では少なくとも若者の間では知らぬ者が居ないくらいに有名なんですよ、カービィは。もっとも、“ゲーム”の中の存在ですけど。」

「“げぇむ”? 何よそれ。」

 

 全く知らない単語に霊夢が食ってかかる。

 しかしもとより神経の太い早苗はそんなこと気にしない。平時のように考えながらのんびりと説明しだす。

 

「うーむ……電気を使って仮想の世界で遊ぶというか……」

「わからないわよ。何それ? 」

「“げぇむ”ついてはいい。カービィはその“げぇむ”の中でどんな立ち位置なんだ?」

「主人公です。幾たびも危機を救った英雄なんですよ!」

「……『主人公』? つまりカービィは小説の中の登場人物みたいな奴、ってことなのか? 空想の人物が、今ここにいるっていうことか?」

「まぁ、そういう見方もできますね。空想の人物という点では同じですし。」

「なるほど、合点がいったわ。」

 

 早苗の説明に、霊夢が納得したように頷く。

 

「カービィは“げぇむ”とかいう本から飛び出した付喪神よ。おそらく“げぇむ”という本の中身が付喪神化したんだわ。」

 

 確かに、それならば空想の人物が幻想郷に存在する理由を説明できるかもしれない。

 外で妖怪化したものは、いずれ幻想郷にやってくる。

 しかしその説には致命的なミスがあった。

 

「いやでも、付喪神というには……強くないか?」

「う……でも長く存在したならそれ相応に強く……」

「えーっと……カービィ登場からそろそろ25周年ですね。」

「……降参。わからないわ。」

 

 さすがに25年程度ではここまで強力な妖怪にはなれない。

 ようやく正体がわかるかと思えば、暗礁に乗り上げてしまった。

 

 魔理沙と霊夢が頭をひねる中、早苗は何かを探すように辺りを見回す。

 

「にしても酷い有様ですね、これ。一体何が……ああ! 神奈子様、諏訪子様! 一体どうされたんですか!?」

 

 ここにきてようやく、早苗は祀る二柱の神が倒れているのに気がついた。

 しかし今になってやっと気がつくとは、残念な巫女である。

 ……そもそも自分の神社がなんの神を祀っているのかもわからない巫女もこの場にはいるが。

 

 神奈子と諏訪子を少しばかり強引に引っ張り出し、介抱する早苗。

 

「何があったんですか?」

「すまん……ちょっと休ませてくれ……」

「うう、頭痛い……吐きそ……」

「ちょっと! 吐くなら厠でお願いしますよ!?」

 

 諏訪子を厠の方へ押しやりつつ、今度は霊夢と魔理沙に尋ねる。

 

「一体何が?」

「あー、話せば長くなるんだけどね……」

 

 霊夢は早苗に大まかな事の顛末を伝える。

 大結界を破ってカービィが幻想郷に侵入した事、その後天狗と河童と衝突し、カービィが蹴散らした事、途中でカービィは雛と会った事、そして守矢神社で二柱と乱闘になり、カービィが竜のような物体で二柱を吹き飛ばした事。

 さらに魔理沙は大結界を破ったのもその竜のような物体で、衝撃でバラバラになり、そしてそれを探しているうちに各地で衝突が起きたのだろうという自論も伝える。

 

「なるほど……その竜のような物体は多分『ドラグーン』ですよ。……遊んだことはないので詳しくは知らないんですけど。でも、なんか凄いということは昔外の友人から聞いたことがあります。」

「凄いを超越したレベルだったがなぁ……」

「問題はそれじゃないわ。コイツをどうするか、よ。」

 

 記憶を掘り起こそうとする早苗と魔理沙をよそに、霊夢は険しい目つきでカービィを睨む。

 

 霊夢の心配も過ぎたものではない。

 何せカービィはほぼ幻想郷と外を自由に行き来できるような存在なのだ。

 そんなことをされたら幻想郷の『幻想』と『現実』の隔たりが無くなり、崩壊してしまうかもしれない。

 しかも、神二柱を相手取れるような化け物なのだ。

 確かに、カービィという存在は『善』にしか見えない。

 だが、もし脅威になるならば、幻想郷の総力を挙げてでも……

 

 だが、すぐさま異を唱えたものがいた。

 それは、霊夢達の後方。

 

「……私は、カービィはそんなことをするような子でないと信じてる。」

 

 声をあげたのは、満身創痍の雛。

 傷が癒えた訳ではない。ふらつきながらも立っているのだ。

 しかし、その雰囲気は圧倒的。

 満身創痍ながらも、神の威は堕ちてはいなかった。

 

 全員がおし黙る中、早苗も声を上げる。

 

「確かに、カービィはどこまでもいい子でしたし、大丈夫だと思うんですけど……」

「確信がないと困るんだけどね。」

 

 そうは言いながらも、霊夢も思うところがあったのだろう。

 考えに考え込み、やがて長く溜息をつく。

 

「で、誰がカービィの面倒を見るのよ。」

 

 その発言は、カービィの居住を霊夢が認めた瞬間であった。

 

 一瞬場が色めき立つ。

 だが、それも一瞬で、各々の事情があるのを思い出す。

 

「言っておくけど、うちに余裕はないわよ。お賽銭ないんだから。」

「うちはちょっと。何せ神奈子様と諏訪子様、負けてますし……気まずいかなぁ。」

「雛はどうなんだ?」

 

 魔理沙の提案に、全員が雛の方を向く。

 

 確かに、カービィは雛に懐いていた。

 ならば、雛が適任な気もする。

 しかし本人は、黙って首を横に振った。

 

「あら、なんでよ。」

「カービィは厄の一切ない、稀有な存在よ。ずっといたら、いくらカービィでも厄に染まってしまうわ。私はカービィを厄で染めたくないの。」

「むむ……ならどうすんのよ。放っておいたら何するかわからないし。」

「じゃあうちならどうだ?」

 

 また振り出しに戻ろうかというとき、魔理沙が助け舟を取り出す。

 

 魔理沙が? という心の声が霊夢と早苗から聞こえてきそうだが、冷静に考えてみれば、納得はできる。

 魔理沙の住居、『霧雨魔法店』は人の近づかぬ魔法の森の中。カービィが人の前に晒されることはないだろう。

 そして、雛の次にカービィが懐いているのは、おそらくは魔理沙だ。

 ならば、適材適所とも言える。

 

 そんな雰囲気を察したか、魔理沙は胸を張って宣言する。

 

「よし! それじゃあ私がカービィの面倒を見よう! 私の所に来るか、カービィ?」

「うぃ!」

 

 それに応えるように、早苗の腕からピョンと飛び出し、魔理沙に抱きつく。

 早苗はカービィの感触を名残惜しそうにしてはいたが、ひとまずは一件落着、と言ったところか。

 

「魔理沙、頼むわよ。……くれぐれも人に見せないように。まだ不確定要素が多すぎるんだから。こっちはこっちでアイツに聞いておくから。」

「おうよ。任せとけ!」

「あ、私も時々会わせてくださいねー。……ああっ! 諏訪子様! そこで吐かないでください! 神奈子様! そこで寝ないでください!」

 

 巫女二人が忙しなくカービィの元を離れて行く。

 一人ぽつねんと残された魔理沙は、箒にまたがり、自分も家へと帰ろうとする。

 

 さて、今日は二人分の夕飯を作らなきゃな。

 

 そう考えていたとき。

 

「魔理沙、ちょっといい?」

 

 雛に呼び止められた。

 何かと思えば、雛はじっとカービィを見つめる。

 カービィも応えるようにじっと見つめる。

 

「カービィ。たまにでいいから、またうちに来てね。」

 

 やはり、雛も寂しいのだ。

 人を守るために厄を溜め込むが故に、人に避けられてきた雛。

 だから雛は孤独であった。

 

 孤独だからこそ、友を求めるのだ。

 

 そんな雛に、カービィは暗い雰囲気を吹き飛ばすように、ただ一言返す。

 

「ぽよっ!」

 

 

●○●○●

 

 

 幻想郷縁起・控書にて

 

 五月二日、正午頃。

 

 妖怪の山上空に眩いばかりの光を確認。博麗大結界を僅か数秒で貫通し、妖怪の山へ墜落。

 その光の正体は不明。

 

 また、その後妖怪の山にて大規模の旋風を確認。続いて守矢神社にて爆裂音を複数回確認。

 

 この二件に関して関連性は不明だが、なんらかの関係はあると思われる。

 新たな異変の可能性あり。

 詳しい調査の必要あり。

 

追記

 

 博麗の巫女は口が堅い。秘密主義なのは記録者としては度し難い。

 新しい巫女はフランクそうだし、そちらに聞いてみるのも一考すべきか?

 

 

●○●○●

 

 文々。新聞・五月四日、三ページ目の左端の記事にて。

 

 桃色の侵入者、天狗と河童に対し攻撃

 

 五月二日正午頃、妖怪の山上空から博麗大結界を破る不届き者が現れた。その姿は桃色の小さな球体である。下手人は警ら部隊と衝突。旋風を起こして一掃し、逃亡。その後博麗の巫女と人間の魔法使いに連れられているのを追撃部隊が発見。河童との共同戦線を張ったものの、壊滅。再び逃亡した。現在も逃走中である。

 なお下手人は相手の能力を模倣する能力を持つとみられる。見かけた場合は直ちに天狗に連絡されたし。

 

 

●○●○●

 

 

 幻想郷の東のはずれにある、博麗神社。

 その縁側で湯呑みの茶をすする少女が一人。

 

 そう、博麗の巫女、霊夢である。

 他には誰もいない。彼女は一人でここに住んでいるのだ。

 だが、突然霊夢は一人話し出す。

 

「介入して来るかと思ったのに、あんたにしては珍しいわね。」

「そうかしら?」

 

 するといつの間にか、霊夢の後ろには一人の女性がいた。

 暗く眼が覗く『スキマ』から半身を乗り出し、白と紫のドレスを着た、長い金髪の女性。

 彼女こそ、幻想郷の管理者であり、創始者の妖怪、八雲紫である。

 

「カービィねぇ。なかなか可愛いわね。思わず手折りたくなっちゃう。……でも、綺麗な花には毒があるのよ。知ってた?」

「それはあんたみたいな胡散臭い女の事を言うんでしょ? 」

「あら、私の事を綺麗な花って喩えてくれてるの? ありがと。」

 

 くすりと蠱惑的な笑みを浮かべる。

 しかしまともに取り合っても疲れるだけである事を知っている霊夢は、特になんの反応も示さない。

 そして別に、紫も反応が欲しくて言っているわけではない。

 

「で、あんたはどう動くの?」

「何もしないわ。ただ、監視するだけよ。」

「その心は?」

「……幻想を覆さないよう願いながら、ね。」

「……あんた、カービィが来た理由を知っているわね?」

 

 霊夢は初めて振り返る。

 

 しかしそこには、白昼夢を見たかのように誰かがいた気配すらなかった。




風神録:Returnsはこれにて完結。
次から新章に移ります。

うーむ、終わり方がちょっとイマイチかなぁ……


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紅魔郷:Returns
お留守番と桃色玉


本日更新した分について、少々納得がいかなかったため、若干手直ししてあげ直しました。申し訳ありません。


『夢』

 

 ①睡眠中に持つ幻覚。

 

 ②はかない、頼みがたいもののたとえ。夢幻。

 

 ③空想的な願望。心のまよい。迷夢。

 

 ④将来実現したい願い。理想。

 

  〜広辞苑・第六版より〜

 

 

●○●○●

 

 

 すでに春の陽気は北へ流れ、代わりにじっとりとした湿り気が空を満たすようになった頃。

 瘴気と妖気と魔気が入り乱れ、人の近づくことはない魔法の森には、信じがたいことに家が建っている。

 妖怪のものではない。人間のものである。

 

 洋風な外観に、天辺にはなんと望遠鏡まで備えられている。

 その隣には寄り添うように大木が屹立し、ファンタジックな雰囲気を醸し出している。

 こんな幻想的な家に住む者の姿を想像するとしたら、皆思い浮かべるのは魔女だろう。

 

 そしてそれは、当たらずとも遠からず。

 その家の主は、人間の魔法使い。

 その家の主が、玄関扉を開け放ち現れる。

 

 そう、霧雨魔理沙である。

 彼女は、心なしか慌てているように見えた。

 

「カービィ! どこ行ったー!」

 

 そう叫ぶ彼女の右手には、メザシと卵焼きが乗ったままのフライパンが握られている。

 どうやら朝食を作っている最中だったようだ。そしてその途中でカービィを探しているということか。

 霊夢と合わせ少々せっかちなところのある魔理沙らしいといえばらしい。

 

 いやしかし、今回は魔理沙がせっかちなだけではないといえる。

 何せ、探しているものはカービィなのだ。

 しばらく共に暮らしているうちに、魔理沙もカービィのことがなんとなくわかって来た。

 その最たるものが……

 

「ぽよ!」

「あっ、カービィまた木の上で寝ていたな!」

 

 元気な返事が聞こえて、その方を見てみれば、家の横の木に戯れで作ったハンモックから身を乗り出すカービィがいるではないか。

 

 こういうことはしょっちゅうある。

 一緒に暮らすことになって、カービィの大きさに見合ったベッドも用意したのだが、よほどお気に入りなのか三日に一度はいつの間にかこのハンモックで寝ているのだ。

 

 そう、カービィは自由で少しばかり気ままなところがあるのだ。目を離せばいつの間にかどこかへ行っていたりと、行動が予測できない。

 保護者的立ち位置にいる魔理沙としては、毎日がハラハラの連続である。

 

 しかも体質は子供なためか、一度寝るとビクともしない。呼びかけても起きない。結果放置するしかなかった。

 とすると、なぜさっきの呼びかけに、寝ているカービィは答えることができたのだろう?

 答えは単純であり、それこそ魔理沙が暮らして来てわかったカービィの最たる特徴、そして魔理沙がフライパンを持ってカービィを探す理由である。

 魔理沙の持つフライパンから立ち込める、香ばしい匂い。それにつられて起きたのだ。

 

 そう、カービィは食べ物への執着が尋常ではないのだ。

 

 カービィが魔理沙の家に来た初日から驚かされた。

 なんと夕食を一口で食べてしまったのだ。

 最初こそ面白がって、家にある備蓄の食料で料理を作っては投げ、作っては投げ、カービィがそれら全てを吸い込むという行動を繰り返していたが、成人男性五人前を作ったあたりで、未だなんら苦もなく食べる様子を見ているうち、底の知れなさに恐れをなした。

 

 今のところ、最高記録は初日の成人男性五人前。

 ただしそれが限界だとは思えない。

 寧ろ、まだこれからという気すらする。

 当然、以後の魔理沙のエンゲル係数はだだ上がりである。

 別にカービィは一日に人一人分食べられるのならば生活に支障はないらしい。

 しかしカービィがねだるので、結局魔理沙の分に加え、大人二人分の食料が毎日魔理沙の家から消えてゆくのだ。

 

 一体カービィを宴会に連れて行ったらどうなるのか。

 食べ物が瞬く間に全てなくなりそうだ。

 

 しかし過食とちょっとばかり自由なところを除けば、非常に良い子である。

 部屋も綺麗にしてくれるし、そのほか手伝いもしてくれる。

 時折ドジも踏むが、ご愛嬌だ。

 

 閑話休題。

 魔理沙に呼ばれたカービィはぷくっと体を膨らませ、まるで風船のようにゆっくりと地上へ降りてくる。

 

 こんな方法で空を飛べるのだから、本当に不思議なやつだ。

 

 そんなことを思いながらも、魔理沙とカービィは家の中へと戻る。

 

「カービィ、あまり外で寝るんじゃないぞ?」

「ぽょ?」

「夜の屋外には怖い妖怪達がうろついているからな。いくらカービィでも寝込みを襲われたらたまらんだろう?」

「ぽよ……」

 

 自分を叱っているのだと察したからだろうか。俯きがちになり、しゅんとするカービィ。

 その様子にちょっとばかり気の毒になった魔理沙は、語気を緩める。

 

「ま、正面から戦えれば大丈夫だとは思うがな。でもあまり私に心配かけないでくれよ?」

「うぃ!」

「さ、できたぞ!」

 

 コトン、と食台の上に朝食が並べられる。

 その内容は炊きたてのご飯、メザシ、卵焼き、お味噌汁。ごくごく一般的なものである。

 しかし、その量は到底小さなカービィと魔理沙の食べる量には見えない。

 というより、カービィの分が異常に多い。

 ご飯はこんもりと漫画のように盛られ、メザシは魔理沙が一尾のところ、三尾。卵焼きはほぼ一巻き分。味噌汁も丼に入っている。

 

 信じられないが、これがカービィが来てからの霧雨魔法店の食卓である。

 すでに魔理沙は慣れてしまっている。

 

「いただきます。」

「いたぁきあす!」

 

 手を合わせて食事を始める。

 魔理沙はいつものように箸を使う。

 カービィはといえば、その突起のような小さな手でどういうわけか器用に箸を使って朝食をとっている。

 魔理沙が一から教えたのだ。

 カービィは子供の柔らかい頭をしているためか、飲み込みが早く、ひと月もしないうちに大人と変わらないくらい巧みに箸を使えるようになっていた。

 

 そしてその箸の技術で、どんどん食卓に並んだ料理が消えてゆく。

 行先はカービィの小さな体にある、底知れない胃袋。

 魔理沙よりはるかに多い量を魔理沙よりも圧倒的に早く食べ終えてしまう。

 

「ごちそーあま!」

「むぐ、カービィちゃんと噛んで食べているのか? ……あ、そういえば歯はなかったな。」

「うぃ!」

 

 そして食べ終わった後に残る食器を片付け、洗ってゆくカービィ。その手つきも慣れてきつつある。

 ちなみに当然ながら食べ残しはない。メザシの骨すらもない。全ては胃の腑に収まっている。子供の好き嫌いが激しくなる昨今、子供達はカービィを見習ってほしいものだ。

 

 ……いや流石に骨まで食えとは言わないが。

 

 すっかり魔理沙の家の暮らしに馴染んできたカービィ。

 そんなカービィも、まだやっていないことがあった。

 それは『お留守番』。

 魔理沙が里へ買い出しに行く時も、カービィを帽子や手拭いの中に隠して連れてきていたのだ。

 もちろん、見た目がどう見ても人外なカービィは、人の目に触れれば大騒ぎになるだろう。

 しかし、家に残すのはなんとなく気が引けていたのだ。

 図太い魔理沙といえども、心配はする。

 さらにカービィの自由な気質を顧みればなおさらだ。

 そんなわけで魔理沙はカービィを一人にしたことはなかった。

 

 だが、この暮らしに慣れてきた今、『お留守番』をさせるいい機会ではないか。

 そう考えに考え、魔理沙は切り出した。

 

「カービィ。お留守番ってわかるか? 私が外にいる間、家で待っていることだ。」

「ぽよ? おるすー?」

「これから里へ買い物に行ってくる。その間、家で待ってられるか?」

「ぽよ!」

 

 まかせて!

 

 そう言わんばかりにその場で跳ねるカービィ。

 どうやら魔理沙が思った以上に、カービィはしっかりしているようだ。

 

 本人が了承するのならば、きっと大丈夫だ。

 守矢の神二柱を破ったのだ。万が一襲われても返り討ちにできるだろう。

 とすると、お留守番に気がかりなことは、勝手に外に出てしまうことだが……言いつけは守る子なので、きっと大丈夫だろう。

 むしろ頼りになるお留守番ではないか。

 

「そうか。なら行ってくるぜ。」

「うぃ!」

 

 魔理沙は朝食を取り終えると、軽く準備をして箒にまたがり、空へと駆け出した。

 そしてそれを手を振って見送るカービィ。

 

 これにて、カービィの初めてのお留守番が始まったのだ。

 

 

●○●○●

 

 

 人里が見えてきた。

 魔理沙はゆっくりと下降する。

 

「さて……何買おうかな。あまり重いものは買いたくないんだが、すぐ底をついちまうしなぁ。」

 

 魔理沙は頭の中で買うものを列挙してゆく。

 まめな人は予めメモに書いたりするものだが、魔理沙は残念ながらそういうタイプではない。

 だが、ただの買い物である。メモ一つで何か事態が変わることなぞありえない。

 

 しかし忘れることなかれ。

 ここは幻想郷。

 魑魅魍魎の住まう地なり。

 メモ云々はともかく、いつ、どこで、何が起きるのか、誰も予想し得ない。

 

 魔理沙はあたりが急に暗くなってゆくをの感じた。

 最初は日に雲がかかったかと思ったのだ。

 

 だがその割には、紅い。

 

 はっとして上を見る。

 するとそこには、かつて解決したはずの異変を、そのまま再現したかのような現象が、幻想郷の空に起きていた。

 

 幻想郷の空を覆うもの。それは紅い霧だった。



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紅い霧と桃色玉

ちょいと短めです。
こうしないとキリが悪いというか……


「おいおい、またあいつらか? 何考えているんだ……」

 

 その紅い霧の立ち込める方角を睨みながら魔理沙は独りごちる。

 

 あれはすでに解決したはずの異変だ。

 それがなぜ、今になってまた起きているのか。

 

 ああ、体が疼く。

 彼の地へ向かえと体が疼く。

 異変の香りがする地へ向かえと体が疼く。

 

 ふと、視界の端に映るものがあった。

 それは、飛行する霊夢。

 まっすぐ彼の地を睨み、一直線に飛んでいる。

 

「……カービィには悪いが、買い物は明日に回させてもらうぜ!」

 

 箒の先を彼の地へ向け、急加速する魔理沙。

 

 仕方があるまい。

 何せ、魔理沙もまだ十代前半の子供なのだから。

 負けず嫌いな心に刺激され、動いてしまうのも仕方があるまい。

 努力家で、負けず嫌いで、捻くれ者な魔法使いの“子”。それが魔理沙なのだ。

 才能で霊夢に劣っているのはわかっている。

 だからこそ、異変の解決では負けたくはなかったのだ。

 

 そんな魔理沙の向かう先。

 それはスペルカードルールができて初めての異変が起きた地。

 吸血鬼の根城、紅魔館。

 

 

●○●○●

 

 

「見て見て大ちゃん! 面白いよこれ!」

「危ないよチルノちゃん!」

 

 魔の瘴気漂う魔法の森で、子供のはしゃぐ声が聞こえる。

 片方は全体的に青っぽく、水色のウェーブのかかった髪にリボンをつけ、背中には氷でできた幻想的な羽がついている。

 もう片方は髪は緑色をサイドテールにし、背中からは薄い羽が伸びている。

 

 彼女らは妖精。だからこそ魔法の森でも普通に過ごせるのだ。

 そして青い妖精が氷の妖精、チルノであり、もう片方が大妖精と呼ばれる存在である。

 妖精とは自然と密接な関係のある存在。言い換えれば自然そのものとも言える。

 自然豊かなこの幻想郷では、必然的に多く見られた。

 そしてその妖精の大まかな特徴としては、かなり楽観的な節がある。

 

 そんな彼女らはとある木の上であるものを囲んではしゃいでいた。

 それは桃色の球体。非常にプニプニしている。

 そしてそれは生きているのか、微かに寝息が聞こえてくる。

 

「起きちゃうよチルノちゃん!」

「へーきへーき! あたいがなんとかするもん!」

 

 妖精の中では比較的良識のある大妖精の忠告を、ことごとく無視するチルノ。

 しかしこれもいつもの光景である。暴走するチルノはある意味止められない。

 それ故に……

 

「ねぇねぇこれ持って帰ろうよ!」

「ダメだよチルノちゃん! ここって魔理沙さんの家じゃなかったの!? ドロボーはダメだよ!」

「大丈夫だよ、あたいがいるもん!」

 

 取り返しのつかないイタズラに繋がることもしばしばあった。

 

 大妖精の制止を振り切り、ひょいと桃色の球体を持ち上げるチルノ。

 桃色の球体は特に何も反応しない。

 先程と同じように、スヤスヤと寝息を立てている。

 

「ううん? 丸くて持ちにくい。」

「ほら、止めようよチルノちゃん!」

「あ、まって! このこの敷物で包んで持っていけばいいんだ! あたいったら天才ね!」

 

 つるつる滑る桃色の球体を、その桃色の球体が下に敷いていた唐草模様の布でスイカのように包み、持ち上げる。

 なるほど確かにそうすれば丸くて持ちにくいものでも簡単に運べるだろう。

 

 そしてチルノは大妖精の引き止める声もまともに取り合わず、どこかへと飛んで行ってしまった。

 

 

●○●○●

 

 

「まったく、また気味の悪い霧なんか出して……あの吸血鬼め、ただじゃおかないわよ。」

 

 何やら物騒なことを呟きながら空を飛ぶ紅い巫女装束の少女。

 そう、博麗の巫女、博麗霊夢である。

 霊夢が向かう先は決まっている。

 そう、彼の地、以前紅い霧を発生させた紅魔館。

 吸血鬼の根城たる紅魔館である。

 

 既に解決した異変をぶり返さないでほしい。

 霊夢が思うのはただそれだけだ。

 霊夢は別に、面倒ごとに積極的に首を突っ込むタイプではない。

 寧ろなるべく面倒ごとを避けようと動くタイプだ。

 

 そして今回の異変は面倒な予感がする。

 根拠なぞない、単なる勘だ。

 だがその勘こそよく当たるのだ。

 本当に忌々しい。

 

「おーい、霊夢ー!」

 

 するとまた面倒ごとを持ってきそうな人物の声が聞こえてくる。

 振り返れば、そこにいたのはやはり箒にまたがる魔理沙だった。

 

 魔理沙は異変があればすぐに首を突っ込みたがる。

 義務で解決している霊夢には少々理解できない行動だ。

 

「いやぁ、また面白そうな異変が起きているな。」

「あれを面白いとかいうのはあんたくらいよ。気味が悪くてしょうがないわ。……あれ、カービィは?」

 

 愚痴りながらも、霊夢は最近いつも連れているカービィがいないことに気がついた。

 それに対し、魔理沙は胸を張って答える。

 

「留守番に挑戦中だ!」

「置いてきたのね。……なんか厄介なことにならないでしょうね。」

「大丈夫だろ? 自衛は十分できる。」

「そりゃそうでしょうけどねぇ。」

 

 問題はそこじゃない。

 

 そう思いながらも、言うだけ無駄だと割り切り、何も言わない。

 そして並走しているうち、目的地たる紅魔館が見えてくる。

 

 霧の湖の畔に佇む洋館。

 それは隅々まで紅く、まるで血で色をつけたかのよう。

 その洋館には光を嫌う吸血鬼が住まうが故に、窓は異常に少ない。

 

 そしてその門に立ちはだかる、門番。

 

 赤い長髪に緑色の帽子、緑色のチャイナドレスを着た女性。

 名は紅美鈴。

 大陸の拳法を修めた格闘家である。

 

「ま、カービィ云々は今はいいわ。まずは小手調べと行こうかしら。」

「おっと、私が先だ。とっとと倒しちまうぜ。」

 

 そんなことを相談しながら、やがて霊夢と魔理沙、そして美鈴はお互いの声が届く距離にまで近づく。

 お互いがお互いの目を見つめ合い、緊張した雰囲気を発する。

 そしてその緊張が限界にまで引き伸ばされた時。

 

 

 

 

「お待ちしておりました、霊夢さん、魔理沙さん。お嬢様がお呼びです。」

「…………は?」



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吸血鬼の館と桃色玉

『ハイドラ更新』と変えた途端に更新を遅らせるという。
なんなんでしょうね。アマノジャクなんでしょうか?



「まてまて。呼んでいるってどういうことだ?」

 

 魔理沙は美鈴の不可解な言動に疑問を露わにする。

 

 呼んでいる、とはどういうわけか。

 異変を起こしておきながら、それを解決しに来た自分達を弾幕ごっこもせず中に入れるとは、一体どういう了見か。

 

 しかし残念ながら、目の前の門番はそれに対する答えを持っていないようだった。

 

「いや、それが私も詳しく知らなくて……」

「あなた門番でしょ? そのくらい知っておきなさいよ。」

「そんな無茶な……」

 

 短気な霊夢はお祓い棒を肩にかけながら美鈴に詰め寄る。

 その様はまさに一昔前の不良である。はっきり行って霊夢が美鈴相手に恫喝しているようにしか見えない。

 

 こんなのが幻想郷を守っているのか。

 

 魔理沙はすぐ側でそんなことを思いながらも、思索を巡らす。

 

 どうやら再び起きた紅霧の異変は、普通の異変ではないらしい。

 可能性としては、この紅魔館の主人が私達をおびき寄せるために発生させた、と考えることもできる。

 しかしそれならこんな回りくどいことをせず、誰か紅魔館の使用人に言伝を頼めばいいだけだ。

 いや、まさか使用人に一大事が起きたとか?

 それならば納得できないこともないが。

 そしてもう一つ可能性を考えるとすれば……紅魔館の住人、誰もがこの事態に関与していないという可能性。

 つまり紅魔館とは異なる全く別勢力によるもの。

 例えば紅魔館を貶めるために、再び霧の異変を起こしたのかもしれない。

 

 と、色々推測はしてみたものの、結局推測は推測の域を出ない。真実と比べればその価値なんて無いに等しい。

 

「霊夢、とりあえず会ってみようぜ。」

「……まぁ、直接聞いた方が早そうだしね。」

「初めからそうしてくださいよ。それじゃ、門を開けますね。」

 

 ガシャン、と鉄柵が硬い音を立てつつ、開かれる。

 そして特に躊躇う様子もなく、霊夢と魔理沙は中へと足を踏み入れる。

 

 庭は一面芝で覆われており、綺麗に刈り揃えられている。

 至る所に花壇があり、そこには舶来ものとみられる色とりどりの花が咲いていた。

 

「相変わらず屋敷は豪華ね。」

「お前の神社とは似ても似つかんな。」

「あら、ここよりはずっと落ち着けるわよ?」

「落ち着けない館でごめんなさいね。」

 

 館の悪口を言っていたからであろうか。

 銀髪にホワイトブリムを乗せたメイドが、突如として目の前に現れた。

 歩いて来たわけでも、飛んで来たわけでも無い。

 ただなんの前触れもなく、湧いて来たかのようにその場に現れたのだ。

 

 しかし、霊夢と魔理沙はそのメイドのことをよく知っていた。

 彼女の名は十六夜咲夜。その能力は時間を操る。

 

「ま、そんなことはどうでもいいわ。さ、早く上がって。お嬢様が待っているわ。」

「お前は時間を止められるんだろ? なら瞬間移動みたいに私たちを移動させればいいじゃないか。」

「そのやり方、結構大変なのよ? 早く来てちょうだい。」

 

 咲夜は魔理沙の提案をあっさり却下すると、早く中に入るよう促す。

 客をもてなすメイドの態度には見えないが、この三人は異変解決にて時たま会う仲なため、こういう砕けた態度になるのだろう。

 

 霊夢と魔理沙は促されるがままに、紅魔館へと足を踏み入れる。

 そんな二人を待ち構えるのは、薄暗いシャンデリアの光と、赤を基調としたステンドグラスの気味の悪い光。

 内部も赤一色なため、なんとも胸が悪くなる館だ。

 微かに血の匂いがするのは、周りの光景から連想されたただの幻臭だろうか。

 いやしかし、ここに住まう者のことを考えると、そうではない気もする。

 

 すると、目の前にある大階段から何者かが降りる音が聞こえてくる。

 その音は小さく、軽い。

 ゆっくりとそれは降りてくる。

 

 それは、幼い少女の姿をしていた。

 白いモブキャップから覗く髪はやや青く、その小さな体に纏うは薄赤のドレス。

 どう見ても幼気な少女にしか見えない。

 しかし、その瞳は鮮血のように紅く、鋭い犬歯が唇の間から覗き、その背中にはコウモリの翼が生えていた。

 そう、彼女は吸血鬼。

 そしてこの紅魔館が主人、レミリア・スカーレットその人である。

 

「ご機嫌麗しゅう、霊夢、魔理沙。」

 

 そしてドレスを摘み、優雅に一礼してみせる。

 その一挙一動に、館の主としての気品が感じられる。

 

 と、思ったら。

 

「なんてね。さ、早くお茶にしましょ。咲夜、お願い。」

「はい、ただ今。」

 

 一気に砕けた口調へと早変わりする。

 

 彼女も時折異変にて関わる相手だ。博麗神社にて開かれる宴会にもよく現れる。

 それ故に、霊夢と魔理沙とは決して浅くはない親交があった。

 すぐに茶の用意をするあたり、レミリアは霊夢達を気に入っているようだ。

 

 しかし当の本人はそんなことは全く気にしていない。

 それよりも重要なことがあるのだ。

 

「お茶はいいわ。それより何なの? また霧なんか出して!」

「ああ、そうそう。そのことで話したかったのよ。」

「……ん? まるで他人事だな。」

 

 魔理沙はレミリアの発した言葉の表現がおかしいことに気がついた。

 

「そうよ。私達はこの霧とは無関係なのよ。」

「なによそれ。だって紅い霧って……」

「詳しいことはティーラウンジで話しましょ。」

 

 この場で無理に聞き出そうとしても、答えないだろう。

 そう判断した二人は、おとなしくティーラウンジへと足を運ぶ。

 広々としたティーラウンジには、ただ一つだけ、白いラウンドテーブルとチェアがあるのみで、豪奢ながらもどこか寂しさを感じる。

 

 ラウンドテーブルに備えられたチェアに座ったところで、レミリアがようやく話し始める。

 

「繰り返すけど、私達はこの霧に関して一切関係していないから。」

「それ、信じていいんでしょうね?」

「ええ、もちろん。それに一度失敗した異変をぶり返すような無粋を私がすると思う? そんなのつまらないじゃない。」

「本当に、本当に違うんだな?」

「ええ。恐らく下手人は私達に因縁のあるヤツね。紅い霧をだして私に疑いの目を向けようって魂胆かしら。」

「……お前の妹が絡んでいるとか?」

「あー……確かに私もあの子の行動全て把握しているわけではないけど……こっそり監視はつけているし、こんな紅い霧を出そうとしたら監視が事前に気づかない可能性はないし……」

 

 そこで言葉を濁した時。

 チャカチャカという硬いもの同士が擦れる音が鳴る。

 咲夜がお茶でも持ってきたのか。

 そう霊夢と魔理沙は思い、音源を見る。

 

 そして、硬直した。

 

 確かにお茶の用意をしていた。

 しかしそのお茶の乗ったトレーを持つのは咲夜でも人間でもなく、ホワイトブリムを乗せた謎の球体生物、複数だった。

 オレンジの体表に、肌色の顔。その色合いは子猿のよう。

 しかしその顔に口はなく、ただこちらを見つめる瞳があるのみ。

 

 そしてそれは、どことなくカービィに似ていた。



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新メイドと桃色玉 ☆

注)ネタが多いのは気のせいです。多分。


 そいつらはぞろぞろ列になってやってくる。

 そして先頭がラウンドテーブルの近くに到達すると、突如としてその列は止まる。

 

 一体なにをする気か。

 

 そう思った瞬間、なんと後ろ側にいたものがその前にいるものの上に乗り始めた。

 まるで組体操だ。

 そしてそれが幾度となく繰り返され、出来上がったのはラウンドテーブルへと続く階段であった。

 その階段を、今度はティーセットを持ったものが登り、ラウンドテーブルに置いて行く。

 全て置き終えると、その階段はわらわらと崩れ、ラウンドテーブルから離れたところで横一列に整列する。

 ずらりと同じ顔が並ぶなか、霊夢と魔理沙は唖然とすることしかできなかった。

 

「どう?」

「……いや、『どう?』じゃないわよ。なにこいつら。」

「やけにカービィに似てないか?」

「新しいメイド達よ。紅魔館の近くを集団でうろついていたのを、言葉が通じたので色々と話して雇ったのよ。言葉は発しないけどね。」

 

 非常に楽しそうなレミリア。

 しかしこのメイド、小さくてラウンドテーブルまで登れないが故に、紅茶を注いだりするなどの机の上でする仕事ができない。

 そのため今は咲夜がティーカップに紅茶を注いでいる。

 もはやペット感覚で雇っているに違いない。

 

 いや、そんなことよりも重要なことがある。

 

「なんなの、こいつら?」

「よちよち歩いててかわいいでしょ? だから、『Waddle Dee』って呼んでるの。あ、別に個々に名前はないわよ。同じ顔しているから識別できないし。」

「わ、わどぅ?」

「『Waddle Dee』よ。『ワドルディ』って言ったら楽かしら?」

「ワドルディ……いやそうじゃなくて、こいつらの正体は何かって聞いているの!」

「うーん? わからないわ。気づいたらいたから。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 ダメだ、全く要領を得ない。

 というより世間知らずなお嬢様に事情を聞くのもおかしな話か。

 

「まぁ、可愛いっちゃ可愛いんだがな。」

「妖精メイドよりかは大分仕事できるわ。時々ドジを踏むけど、ま、ご愛嬌ね。」

「となると妖精メイドは皆失業ね。あんたもまずいんじゃない?」

 

 霊夢が嫌味のこもった目で咲夜を見つめる。

 しかし咲夜はそれをさらりとかわす。

 

「いえ、私はこの館の拡張に関わっておりますので。それに、ワドルディ達の食費は妖精メイドの食費よりもかさみます。コスパでははっきりいってどっこいどっこいです。」

「え、こいつら飯食べるのか? 口もないのに?」

「そうよ、割と食べるのよ。口がないから食費もかからないと思って雇ったんだけどね。」

 

 レミリアはワドルディのうち一体を近くに呼ぶ。

 そして皿に乗ったクッキー一つをワドルディの口と思わしき場所に近づける。

 すると、するりとクッキーはワドルディの体内へと消えていった。

 そしてぽりぽりと咀嚼音が聞こえてくる。

「……カービィも中々不思議なやつだとは思っていたが、こいつらも大概だな……」

「なんか、また変なのが湧きだしたわね……」

「ねぇ、さっきから気になっていたんだけど、カービィって何?」

 

 引く霊夢と魔理沙達。彼女らに対して、先程から気になっていたワードについて、身を乗り出すようにして問いかけるレミリア。

 別に同じ人外のレミリアなら、その存在を話してもいいだろう。

 そう霊夢と魔理沙は目配せし、カービィについて説明しようとする。

 

 だが、その前にふと、気がついた。

 

「……あれ、咲夜は?」

 

 

●○●○●

 

 

「わははは! 楽しー!」

「やめようよチルノちゃん!」

 

 霧の湖の畔。

 そこで二人の妖精と桃色玉が戯れていた。

 いや、妖精が桃色玉にじゃれついていると表現する方が正しいか?

 桃色玉はただ寝息を立てるのみ。

 

 さて、話は変わるが妖精とは、自然の象徴たる存在である。

 氷の妖精チルノは当然氷の象徴だ。

 そして自然の象徴たる妖精は、その自然がなくなってしまわない限り、たとえ死してもすぐさま蘇る。

 チルノなら、この世から氷がなくならない限り、消滅することはないだろう。

 大妖精は、もしかしたら自然の象徴たる妖精がいなくならない限り、消滅しないのかもしれない。

 

 つまり、彼女らにとって『死』とは恐れの対象ではなかった。

 

 そして彼女らは愚かであり、他の存在にとって『死』は恐れの対象であることを知らない。

 もし、豚を不浄な生き物として食さないイスラム教徒と、豚肉を好むことで知られるドイツ人が、お互いが『そういう嗜好、信仰を持っている』と知らずに暮らしたら、どうなるか。

 想像しなくてもわかるだろう。知らぬが故に、ドイツ人は平気でイスラム教徒のタブーを侵し、衝突が起こるだろう。

 

 つまり、妖精達もそういうことだ。

 

 妖精達は他の存在が『死は恐ろしいもの』と知らぬが故に、平気で相手が死ぬような悪戯をする。

 

「これを湖に浮かべて凍らせてみようよ! 乗れるかもよ!」

「ダメだよ! 勝手にそんなことしちゃ!」

 

 例によって例のごとく、チルノは大妖精の言うことを聞かない。

 チルノがワンマンなのは太古の昔からだ。

 尤も、地球が氷で覆われた時はカリスマ性も備えてはいたのだが。

 

 モニュモニュと寝ている桃色玉を揉みしだくチルノ。

 しかしそんなことをしたが故に、天罰でも降ったのか。

 その桃色玉は寝惚けたまま、チルノを吸い込んだ。

 

「ああっ! チルノちゃん!!」

 

 大妖精の悲鳴か、それともいきなり冷たいものを口に含んだせいか。

 桃色玉は驚き目を覚まし、そして口の中のチルノを吐き出した。

 

「ぷえっ!」

「うわぁぁぁああああ!」

 

 輝き、回転しながら空を舞うチルノ。

 そして、チルノは近くにあった紅い不気味な館の敷地へと飛んで行ってしまった。

 

 茫然とする桃色玉。

 その隣では大妖精が大慌てであたりを右往左往している。

 

「たいへんたいへん! どおしよぉ!」

 

 その様子を見て、寝ぼけた頭でも桃色玉は理解した。

 どうやら自分はその子の友人にとんでもないことをしてしまったらしいと。

 桃色玉は大妖精の肩を叩く。

 そして、まかせて! と言わんばかりに、体を張る。

 

「……チルノちゃんを助けてくれるの?」

「ぽよ!」

「あなたの名前は?」

「ぅ? カービィ!」

「わかった。カービィ、本当はチルノちゃんが悪いんだけど……あそこは危ないところなの! だからお願い! チルノちゃんを連れ戻してきて!」

「ぽよっ!」

 

 桃色玉、カービィは勇ましく頷く。

 そして、その声に呼応して空からそれは舞い降りた。

 妖怪の山で活躍した、ドラグーンである。

 それに乗り込むと、カービィは一気に飛翔したのだ。

 

 名も知らぬ妖精の、友人を助けるために。

 

 

●○●○●

 

 

「あー、暇だなぁ。」

 

 美鈴はその場で伸びをする。

 その場でずっと立っているというのは、なかなか暇な仕事だ。

 とはいえ、防御という面で欠かせない仕事である。

 というより、サボったら咲夜に色々と叱られるのだ。

 

「はぁ、真面目にやりますか。」

 

 両頬をペチペチと叩き、気を引き締める美鈴。

 

 すると、彼方で何か光った気がした。

 美鈴の動体視力はそれを見逃さない。

 だが、その光を見た時点で、すでに手遅れなのかもしれないが。

 

「ぐふぁぁっ!!」

 

 突如として、爆裂音と強い衝撃を感じた。

 鉄柵は弾け飛び、美鈴も紅魔館の壁へと叩きつけられる。

 

「な……ぜぇ……」

 

 薄れゆく景色の中、美鈴は確かに見た。

 主人が戯れで雇ったワドルディなる存在(やや色が違うような気もする)が、何かに乗って突撃してきたのを。

 

 そのまま、美鈴の意識は闇に包まれた。

 

 

●○●○●

 

 

 カービィは空へと帰ってゆくドラグーンを見送り、紅魔館へと近づく。

 そして玄関扉を見つけると、ジャンプしてそのノブにへばりつく。

 その反動で、扉が開く。

 その小さな隙間から、するりと中へ入る。

 

 その先は、広いエントランスになっていた。

 赤い壁と床が目に刺さる。

 カービィもあまりよくは思っていないようだ。

 

 とりあえず、早くチルノという妖精を探し出そう。

 

 そう思ってか、足を一歩踏み出した時。

 カービィは転がるようにしてその場から離れる。

 すると、スコンと軽い音とともに、カービィがさっきまでいた場所にはナイフが突き刺さっている。

 

「まったく、意外に素早いわね。」

 

 そして投げかけられる、冷たい声。

 そこにいたのは、銀髪の空飛ぶメイドであった。




この挿絵を投稿する際、直前になってレミリアの羽を書き忘れていたことに気がつきました。
羽がないレミリアなんてただのおぜうさまですね(?)


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吸血鬼のメイドと桃色玉

「門番をあんなにして……侵入したからには、それなりの覚悟があってのことよね、ピンク玉。」

 

 シャラン、という金属同士がぶつかる澄んだ音が鳴る。

 出所は、メイドの持つ無数のナイフ。

 無数のナイフを、メイドは投げつけた。

 

 その数、三本。

 

 戦闘の心得があるものなら、簡単に避けるなりいなすなりできる数である。

 

 だがしかし。

 

 その数は飛来する途中で、まるで分裂したかのように莫大な数へと膨れ上がった。

 最早、ナイフの雨が降り注いでいるのに等しい。

 流石のカービィも、これには無い尻尾を巻いて逃げるしかない。

 まだ密度の薄い方へと走って逃げる。

 

 だが、あろうことか、まるでカービィを迎撃せんばかりに前方からもナイフが飛んでくるではないか。

 いや、前だけではない。右からも左からも、まるで囲むかのようにナイフが飛んでくる。

 

 ナイフが飛んでくる仕掛けが、このエントランスにはあるのか?

 いや、そんな仕掛けは見たところはない。そもそもナイフの射出口らしきものも見当たらない。

 とすると、このナイフはメイドが投げたもの。

 一体いかにして、この数のナイフを投げているのか。

 

 ふとメイドのほうを見てみる。

 すると、そのメイドはまるで瞬間移動するかのように、見るたびに位置が大きく変わっているのだ。

 

 そこでカービィは理解した。

 メイドは超高速で動けるか、時を止められる、と。

 雨あられと降り注ぐナイフは、一つ一つ高速で動くことによって投げているに違いない。

 そして床に刺さっているナイフの数が増えないあたり、どうやらナイフは逐一回収して投げているようだ。

 

 ならば、カービィにとって対処は容易い。

 

 ヒュゴウ、とカービィは吸い込みを開始する。

 ここに来てカービィの初めての自発的行動に咲夜は若干身構えるが、しかし行動の不可解さから迂闊に動けなくなる。

 その隙をつき、カービィは床に突き刺さるナイフを吸い込みだした。

 カービィの吸い込みは、床や壁に突き刺さるナイフを引き抜くほどの吸引力があった。

 故に、カービィが向いた方向に突き刺さるナイフ、全てがカービィの口の中に収まる。

 そして一通り吸い終わった後、カービィは咲夜に向け、口に含んだナイフを吐き出した。

 

 いや、それはナイフなどではない。

 輝く星型の弾であった。

 ナイフが変質したものであろう星型の弾は咲夜に向け飛んで行き、しかしいとも容易く避けられる。

 そして壁に衝突し、破裂する。

 

 咲夜にダメージはなかった。

 ではカービィの行動は徒労か?

 断じて否。

 それは咲夜の額に浮かぶ冷や汗が証明している。

 咲夜の能力は時間を操ること。決して、ナイフを生み出す能力ではない。

 つまりナイフは有限なのだ。

 そしてそのナイフの大半が先の星型の弾となり、破裂した。

 ようやくカービィの思惑が咲夜にもわかった。

 

 カービィの先の行動の目的は、咲夜の無力化だ。

 

 そしてすでに、先ほどのようにナイフの雨を連続で降らせるような量のナイフは残っていない。

 ならば。

 

 咲夜は両手にナイフを逆手に構える。

 そしてそのナイフで、時を止めることによってゼロ時間移動、つまりは瞬間移動を行い、斬りつける。

 

 別に、大量のナイフが無くとも、咲夜には戦う術がある。

 何せ、時間を止められるのだ。格闘においてもその力は脅威となる。

 

 だが、当のカービィはその瞬間移動による斬撃を、まるで予測していたかのように避けた。

 最初は偶然かと思った。

 しかし、何度も、何度もかわされていると、それは偶然ではなく、瞬間移動する咲夜の動きを完全に読みきっているかのように見える。

 

 しかしそれも当然だ。

 カービィは、長い時を戦ってきた。

 その戦闘の中には、瞬間移動をする相手との激闘も数多く含まれる。

 そしてカービィはそんな連中にすら、勝利を重ねて来た。

 つまり、咲夜の瞬間移動からの攻撃は、カービィにとって“既知の攻撃”であったのだ。

 カービィの戦いの経験が、咲夜の攻撃全てを避けてさせていたのだ。

 それを咲夜は知らなかった。ただそれだけのことだ。

 

 この膠着状態に焦りを感じた咲夜は、残り少ないナイフを投げつける。

 そしてカービィはそれらを吸い込む。

 だがそれこそが、咲夜の狙い。

 その隙を狙って、咲夜は瞬間移動をし、そのナイフを振り下ろした。

 

 だが、そう簡単にはいかなかった。

 

 カービィは、そのナイフを吐き出さず、飲み込んだのだ。

 そして淡い光が集まり、しかし咲夜はそれでも構わずナイフを振り下ろす。

 

 手応えはあった。

 しかし、期待していたのとは違う。

 その感触は、金属を切りつけた時と同じ。

 これは、どういうわけか。

 

 そのナイフの一撃を受け、重量差で吹き飛ばされたカービィの姿を見て、咲夜は理解する。

 頭に被るのは、日本古来より存在したスパイ、影を行く者である忍者の頭巾。

 そして背中に背負う、日本刀。

 その日本刀ではじき返したのだ。

 

 突然の姿の変化に戸惑うものの、咲夜もまた優秀な戦士であった。

 両手のナイフによる連続攻撃を敢行する。

 そして近づけまいとカービィが投げつけるのは、小さなクナイ。

 不可思議なことに、刺さると幻夢のように消えてしまう。

 そんな不可思議なクナイを、咲夜は時を止めて避け、弾き、カービィへと肉薄する。

 

 そして抜き身の刀とナイフが交錯する。

 散る火花、耳をつんざく金属音。

 しかしそれは長くは続かず、咲夜の姿は搔き消える。

 そして現れた場所は、カービィの背後。

 

 完全な死角。

 咲夜は音もなく、ナイフを突き出す。

 

 だが。

 

 突如としてカービィはその場で跳ね上がる。

 そして、なんの前触れもなく、桜の花びらが視界を埋め尽くしたのだ。

 その直後、大きな衝撃が咲夜を襲う。

 

「くぅ!」

 

 しかしダメージを受けながらも、タダでは受けない。

 吹き飛ばされながらもナイフをカービィがいると思わしき場所へ投げる。

 そして、わずかに花弁が揺れた。

 

 手応えあり。

 

 咲夜は再び時を止め、体勢を整える。

 そしてカービィへ追撃しようとし、あることに気がついた。

 

 姿がどこにも見当たらない。

 どこを見ても、あの桃色玉の姿が見えない。

 逃げたか?

 あの短時間で?

 

 みすみす逃したことに歯噛みしながらも、咲夜は時間停止を解除する。

 

 その途端、咲夜の背後で爆発が起きた。

 不意討ちだった。

 それ故、何故自分が吹き飛ばされているか、全く理解できなかった。

 だが、何かに腰を掴まれたことで、ようやく時間の再停止を行う余裕ができた。

 

 腰のあたりを見てみる。

 するとそこには、腰をしっかりと抱えたカービィの姿があるではないか。

 

 一体いつの間に背後に回り込んでいたのか?

 咲夜のその問いに答える者はいない。

 

 では、一体何をする気か。その小さな体で組み技ができるとは思えない。

 だが、時間が止まっているがために、引き剥がすことができない。

 許されたのは、時間停止を解除し、その上で力で引き剥がすこと。

 

 咲夜は自らの呼吸を整え、その用意をする。

 そして再び時間停止を解除し、そのままの流れで引き剥がそうとする。

 

 だが、その手がカービィに届くよりも早く、体は上へと強力な力で引き上げられる。

 

 一体何が起きたのか。

 視界はみるみる床から離れて行く。

 

 まるで、目に見えないような大きな力で釣り上げられているかのような、そんな感覚。

 その力がなんなのか理解するよりも早く、今度は床が目前へと迫ってくる。

 

 そして、何も分からなくなった。

 

 

●○●○●

 

 

 床に突っ伏し気絶しているメイドから離れ。カービィは辺りを見回す。

 そして適当に扉を選び、その中へと突撃して行くのであった。

 

 

●○●○●

 

 

「大丈夫かなぁ、チルノちゃん、カービィ……」

 

 紅魔館の外では、大妖精がやきもきしながら右往左往していた。

 気がかりなのは、当然友人たるチルノと、それを助けようとしてくれるカービィだ。

 

 そんな大妖精に、間の抜けた声がかかる。

 

「おーい、大ちゃーん!」

「あれ、チルノちゃん!?」

 

 振り向いた先にいるのは、なんとカービィが探しているはずのチルノではないか。

 訳が分からず、大妖精はチルノに問い詰める。

 

「どうしたの? 無事なの!? 何もなかったの!? カービィにはあったの!?」

「え? ちょっと眠った後に戻ってきただけだよ? って、そんなことより、さぁ桃色玉! さっきはよくやってくれたね! あたいと勝……あれ? 桃色は?」

「吹き飛んだチルノちゃんを追って屋敷に入っちゃったよ! 連れ戻さなきゃ!」

「なんだあたいに恐れなして逃げたのかー! あたいったら最強ね!」

「話を聞いてよチルノちゃん!」

 

 そしてそのまま、大妖精はチルノに引きずられるようにしてその場を去っていった。

 当然、カービィは知る由もない。




乱れ花吹雪→木っ端微塵の術→イヅナ落とし(決まり手)

こんなところでしょうか。


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闖入者と桃色玉

「ぽえ?」

 

 適当に扉に入っていったカービィ。

 しかし当然、紅魔館の内部構造なぞ知っているはずがない。

 すぐに迷子になってしまった。

 

 どこを見ても紅い壁。

 時折ある扉を開けても、繋がる部屋は誰もいない上に用途不明。

 

 カービィは途方に暮れていた。

 

 行先は不透明だし、戻ろうにも帰り道がわからない。

 いざとなったら、壁を抜くしかあるまい。

 だがそんなことをすれば、持ち主は黙っていないだろう。

 結局のところ、このまま彷徨うしかない。

 

 カービィはひたすら紅い廊下を歩き続ける。

 

 すると、目の前に階段が見えた。

 どうやら地下へと続いているようだ。

 あからさまに不穏な雰囲気を放つ階段。

 しかしながら、カービィにはその階段に、妙に惹かれていた。

 

 そしてカービィは、その階段を恐る恐る降り始めた。

 ランプもまばらで薄暗い。

 恐怖心を煽るのは間違いない。

 その雰囲気は、来る者を拒んでいるように見えた。

 それでありながら、カービィを誘っているように見えるのは、一体何によるものか。

 

 やがて、カービィはある一つの扉の前にたどり着いた。

 

 

●○●○●

 

 

「遅いわね……」

 

 咲夜が消えてしばらくして。

 主人たるレミリアは、従者の帰りの遅さにしびれを切らしていた。

 

「どこかで油売ってるんじゃないの?」

「あいつも人間だし、どこかで居眠りしているんじゃないか?」

 

 他人事だと思って霊夢と魔理沙は益体のないことを口走る。

 しかしレミリアはそんな話に耳も貸さず、思案に耽る。

 

 と、その時。

 無遠慮にも、ノックもなくドアが開いた。

 一体、誰が入ってきたのか。

 全員の注目が集まる中、それはのっそりと姿を現した。

 

「あ、どうもみなさん。」

「早苗!?」

「ちょっと、どうしてここに!?」

 

 一体誰が予想したのだろう。入ってきたのは守矢神社の風祝、東風谷早苗であった。

 しかも背中に、とんでもないものを背負って。

 

「あれ、背中にいるのって……」

「あ、はい。咲夜さんですよね? なんかエントランスに倒れてましたよ。」

 

 早苗の背負ってきたもの。それは姿が見えなくなった咲夜であった。

 しかも傷だらけで、気も失っている。

 

「エントランスに? なぜ?」

「そこまでは……でも酷い有様でしたよ。正面の門もぶち抜かれてましたし。」

「……美鈴は? うちの門番なんだけど。」

「門番? さぁ、見なかったですよ?」

「っていうか、なんで来たんだ?」

 

 魔理沙の根本的な質問に、早苗は「ああ」と間の抜けたような返事とともに語り出す。

 

「うちって妖怪の山にあるじゃないですか。なので天狗の噂話とかもよく聞くんですよ。」

「だからなんなの?」

「その噂に、ここに、その……カービィが飛んで来た、って……」

「カービィが!?」

 

 魔理沙はその言葉に反応し、立ち上がる。

 その拍子にガッタン、と椅子が弾き飛ばされた。

 一体のワドルディが下敷きになり、ジタバタと暴れているが、魔理沙はそんなことなぞ気にしない。

 気にしている余裕なぞ、無かった。

 

「なんでカービィが……留守番していたはずなんだが……」

「あらあら、躾には失敗したようね。」

「そんなの問題じゃないでしょ? もしかして、うちの咲夜をこんなにしたのもそのカービィかしら?」

「ちょっとその不穏な雰囲気を放つのやめてくれ。まだ言葉も話せない子供だぞ?」

「……言葉も話せない子供? その割には随分と戦闘慣れしているみたいね。咲夜を下すなんて、隠密に慣れているか、それとも時を止める咲夜に正面から挑み、戦ったのか……いずれにせよ、紅魔館に何かいるのは確かなのね?」

「天狗の噂を信じるのなら、ですが……」

「状況証拠は揃っているんじゃない? 現に倒れた咲夜がいるわけだし。」

「それだけで状況証拠っていうのもな……だが天狗の情報か……信じられるような、信じられないような。」

「御託はいい。早くそのカービィだがなんだかをとっちめるわよ。」

 

 ガタリと椅子を引き、レミリアは立ち上がる。

 それを合図にワドルディ、そしてどこかに控えていたのであろうか、妖精メイドが慌ただしく動きだす。

 あるものは倒れた咲夜をどこかへ連れて行き、またあるものは扉を開け放つ。

 そして彼らはレミリアの後を追従する。

 

「……なんというか。」

「物々しいわね……。」

「流石お嬢様ですね〜。」

 

 そんな事を呟きながら、残り三人もその後をついていった。

 

 

●○●○●

 

 

 一体なんの扉だろうか。

 よくわからないが、なんだかファンシーな感じはする。

 しかし危険な匂いもする。

 と同時に、自分を呼ぶような感覚も。

 

 堪らず、カービィはその扉を開けた。

 

 そして視界に広がる光。

 そこにあるのは、フリルやレースがあしらわれた、ゴシックな内装。

 至る所に可愛らしい縫いぐるみが置かれ、山積みになっていた。

 奥には天蓋付きベッドまである。

 

 まるで御令嬢の部屋のようだ。

 

 カービィはその部屋を進む。

 中々広い部屋だ。

 魔理沙の家のリビングくらいはある。

 

 そんな中、カービィはあるものを見つけた。

 それはボロボロになった、うさぎの縫いぐるみ。

 中綿が漏れ出し、残った耳でようやくそれがうさぎだとわかるほど、無惨に破壊されていた。

 そこから滲み出るように、狂気が感じられた。

 

「ねぇ、何してるの?」

 

 その時、背後から声をかけられた。

 

 カービィは驚き、コロコロと転がってしまう。

 その様子がおかしかったのか、その声の主はクスクスと笑っていた。

 

「面白い。なんだか最近来たワドルディみたいね。」

 

 カービィは立ち上がり、その声の主を見る。

 

 そこにいるのは、十歳前後の金髪の少女だった。

 白いモブキャップを被り、赤いワンピースを着ている。

 そしてその背中からは、木の枝に虹色の結晶がぶらさがったような翼が生えていた。

 

 カービィはその姿にある人物を脳裏に浮かべながら、とりあえず自己紹介をしてみる。

 

「はぁい! カービィ、カービィ!」

「ん? もしかして自己紹介? カービィっていうの?」

「うぃ!」

「へぇ、そうなんだ!」

 

 にぱっと、その少女は笑う。

 その口からは、尖った犬歯がチラリと見えた。

 そして、ワンピースの裾をつまみ、お辞儀する。

 

「わたしはフランドール・スカーレット。フランって呼んでね。」




嫌な予感しかしない


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悪魔の妹と桃色玉

 フランと名乗る少女は、ゆっくりカービィに近づく。

 それを見て、カービィはほんの少し後ろに下がった。

 

 子供というのは迫り来る悪意に敏感である。

 カービィもまた、子供であるが故に悪意には敏感であった。

 しかし、目の前のフランからはそういった悪意は感じられない。

 むしろ、カービィと同じように純粋であるように思える。

 カービィが後ずさったのは、何か別の、危険な匂いを感じ取ったからに他ならない。

 しかしそれがなんなのか、カービィは理解することはできなかった。

 

「はい、つっかまぁえた!」

「ぽよっ!」

「ふふふ、やわらかーい!」

 

 フランは躊躇うカービィをひょいと持ち上げると、抱きしめてその感触を楽しむ。

 やや荒いように見えるが、骨があるのかすらわからないカービィなら平気だろう。

 カービィは諦め、そのままなされるがままになる。

 

 どれだけ時間が経ったのだろうか。

 ようやく飽きたのか、楽しそうなフランの笑い声も収まり、カービィはフランの腕から解放される。

 弾むようにフランから離れたカービィは、じっとフランを見てみる。

 フランもまた、カービィを見つめていた。

 

「うーん、やっぱり似ているなぁ。お姉さまが連れて来た子達と。」

 

 カービィをまじまじと観察しながら、フランはそんな事をつぶやく。

 そんな事を言われても全く心当たりのないカービィは、首を捻る。

 

「あ、会わなかったの? なんかオレンジ色っぽくて……なんて呼んでたかな。わど、わどる……そう、『ワドルディ』。『ワドルディ』だよ。お姉さま、意外とネーミングセンスないなぁ。」

 

 カービィはその名前にピンとくるものがあった。

 いや、というより思い当たらない方がおかしいだろう。

 彼らはカービィが元いた場所の、主な住人なのだから。

 それぞれの固有名詞を持たない、ただワドルディとだけ呼ばれる不思議な存在。

 彼らもまた、ここに来たというのか。

 

「ねぇねぇ、話聞いてる?」

「うぃ!」

 

 少し考えていると、フランが頬を膨らませていたので、慌てて相槌を打つ。

 すると純粋なもので、フランはすぐに安心して話を進める。

 

「酷いよね、お姉さまったらまた『独断専行』して。勝手にそんなの館に入れてさ。」

 

「それにさ、しょっちゅう館を空けるんだよ? そしていっつもどこかで遊んでいるの。」

 

「あの時、紅い霧をお姉さまが出した時、ここに来た霊夢と魔理沙のおかげで私はこの部屋から出ることは許されたけど、まだ館の外に出たことはないの。門の外にはでちゃダメって、お姉さまが言うの。ずるいよね。」

 

「あーあ、また紅い霧がでたら、今度は館の外に出られたりするのかなぁ。」

 

 いきなり堰を切ったかのように話し始めるフラン。

 その話から、おおよそ普通ではない境遇に置かれていることはわかる。

 これは推測の域をでないが、フランには姉がいること、そしてこの部屋に軟禁されたことがあること。主にその二つの推測が立つ。

 

 かわいそうだとは思う。

 同情もする。

 しかし……なんだろうか。

 

 この迫り来るような危機感は。

 

「でも、まさかお客さんがここに来るなんて思わなかったなぁ。……ねぇカービィ、フランと遊んでくれる?」

「……うぃ!」

 

 カービィは少し迷うも、頷く。

 その様子に、またフランは無邪気に笑う。

 だがそれも、わずかな時間のみ。

 

「カービィって優しいね。対してお姉さまは……構ってくれないし。遊んでくれないし。確かに前と違って、館の中なら自由に遊べるようになったけど、みんな避けていく気もするし……」

 

 俯きがちにブツブツと呟き出すフラン。

 なにやら不穏な雰囲気を察し、カービィはフランの体を揺する。

 しかし反応はなく、未だ何か呟き続けている。

 

「それに、遊んでくれても……すぐ壊れちゃう。」

 

「なんでみんな壊れるんだろう? 私は楽しくみんなで遊ぼうとしただけなのに……」

 

「みんな、すぐ動かなくなる。バラバラになる。」

 

「もしかして、わたしが嫌いだから、壊れるの?」

 

「ねぇ、カービィ。」

 

 ぐるん、といきなりフランの顔がカービィの方へ向く。

 その目は最初見た時よりも紅く、紅く、まるで血のようだった。

 

「カービィは、わたしの事、嫌い?」

 

 

●○●○●

 

 

「館の中にカービィかどうかは別として、侵入者がいることは事実、か……あまり勝手に動かれたら困るわね。」

「別に物の一つや二つ盗まれたくらいいいでしょ。有り余っているんだから。」

「そうだよな。地下には有り余るくらいの本を持っているやつもいるしな。時々借りていっているが、一生かけてもなくなる気配ないぜありゃ。」

「そう言うことじゃないのよ。」

 

 レミリアは紅魔館の設備を見て皮肉を言う霊夢と魔理沙を一蹴する。

 その顔は、どこか焦りを感じているように見えた。

 

「……なにか見られたらまずいものでもあるんですか? 持っているだけでヤバい資料とか! 名家に隠された驚くべき闇の真実! なんちゃって。」

「別に闇に葬らなくちゃならないようなことじゃないわ。貴方達も会ったでしょ?」

「……フランか?」

 

 いつものごとく暴走する早苗をいなすレミリアに、魔理沙は思いあたった人名を口にする。

 レミリアはなにも言わない。

 しかし無言こそが、何よりの肯定であった。

 

「あいつがどうしたの? あんたの妹でしょ? ちょっと変わった子だったけど、あれから改善したって聞いたけど?」

「改善……まぁ、改善はしたわ。もともとあの子は賢いし、冷静よ。」

 

 ならばなぜ。

 そう問い返す前に、レミリアはその先を続けた、

 

「でもね、495年の幽閉をこの短い時間でなかったことにするのは厳しいわ。まだあの子はどこか子供のまま。純粋だけど、純粋が故に、残酷よ。能力の関係もあって、あの子は能力の行使の意味をよく理解してない。その上……」

 

 レミリアの目は、ひどく冷めていた。

 

「あの子、ふとした事でスイッチが入るの。狂気のスイッチが、ね。」

 

 

●○●○●

 

 

「遊んでくれる……遊んでくれるんだよね!? カービィ!!」

 

 目は爛々と見開かれ、感情の昂りを表すかのように、その翼はバタバタと荒ぶっていた。

 

「まずは、そうだね、鬼ごっこ……とかどうかな? わたしは吸血鬼だから、わたしが鬼ね!」

 

 言い終わるよりも早く、フランの姿は霞む。

 床を蹴り、走ってきたのだ。

 霞んで見えたのは、圧倒的な速度故。

 その華奢でありながら恐るべき力を秘めた双腕が、カービィに肉薄する。

 

 ゴシャア。

 

 おおよそ子供の腕と床が衝突したとは思えない、そんな音が鳴り響く。

 そして現れる、床に入った放射状のヒビ。

 一撃でも喰らえばひとたまりもないが、カービィは今までの経験から、その初撃を避けた。

 

 やはり、おかしい。

 フランはどこか、狂っている。

 

 その俊足と、剛腕で、絶えずカービィを追ってくる。

 カービィはただただ逃げる。

 なぜだかカービィは、フランに反撃する気は起きなかった。

 一体なぜか。

 それはカービィ自身にもよくわからなかった。

 

 そう、躊躇したのがまずかった。

 

 フランは手を広げた。

 その瞬間、カービィに寒気が走った。

 

 知らなかった。

 カービィも知り得ない、不思議な力。

 いや、知らないわけではない。強いて言うならば、それは絵画の魔女や、ドクロの魔王のような、世界や内部に干渉する力。

 

 何度もカービィを窮地に追いやった力が、今解放されようとしている。

 

 何かを握るように、フランは手を握りしめた。

 

 瞬間、カービィは爆炎に包まれた。




どちらかというと、番外編のカービィの方がえげつないことしてますよね。
「あつめて!」のネクロディアスとか、最もカービィに完全勝利に近かったですし。


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狂気と愛と桃色玉

「なぜ経験豊富なはずの実力者が揃いも揃ってカービィを即殺そうとするの?」という質問をいただきましたので、問題のシーンである『現存する伝説と桃色玉』の後書きに解説を書きました。
皆さんも疑問を感じたらどしどし質問を送ってください。


 もうもうと上がる煙。

 そこからころころと転がるものがあった。

 それは、カービィであった。

 一撃。たった一撃で、カービィはすでに満身創痍であった。

 いや、あの一撃を受けて耐えられたのは、一撃の攻撃では死ぬことのないカービィだからこそ、だろう。

 

 その姿を見て、フランは狂気に任せた笑みを浮かべる。

 

「あははは! 凄い凄い! 今の耐えるんだ! カービィは壊れないんだね! フラン、嬉しいよ!」

 

 フランは狂気に呑まれている。

 しかし、それと同時に、フランからは安堵の感情すら見えた。

 それが、満身創痍のカービィには不思議でならなかった。

 

 しかし、休んでいる暇はない。

 

「じゃあ、これならどうかなぁ!」

 

 手から光が溢れ出す。

 そして現る、無数の光球。

 それは全てカービィめがけて飛来してきた。

 

 傷だらけの体に鞭打って、カービィはなんとか避ける。

 着弾するたびに爆発が起き、最早視界も遮られた状態。

 そんな中で、ベッドの下に潜り込めたのは、幸いと言える。

 

「あははは! どこ? どこ行ったのかなぁ?」

 

 フランは一時的にカービィを見失ったようだ。

 だがそれでもなお、フランはその爆撃を続けている。

 自分の部屋が壊れていくことなど、気にもとめずに。

 

 完全に八方塞がり。

 やり過ごして体力回復を待つのも良い。

 だがカービィは、自らを傷つけたフランのことも気がかりだった。

 放っていたら、自壊してしまう。そんな危うさを感じたのだ。

 

 と、その時。目の前にあるものが転がってきた。

 それはファンシーな風呂敷に包まれた四角い物。

 それに目がいったカービィは、その風呂敷に何か取り付けられているのに気がついた。

 

『Happy Birthday by Remilia』

 

 それは、誕生日プレゼントに他ならなかった。

 だが、その風呂敷は爆煙の煤に混じり、埃を被っていた。

 長らく放置していたのだ。

 

 そんな時、フランの声の調子が変わる。

 まるで、親を探す子のような声に。

 

「カービィ、どこにいるの? 出てきてよ……みんな、みんなわたしを置いていくんだ。お姉さまも、みんな……」

 

 カービィは包みを開ける。

 その包みには『香霖堂』と彫られた桐箱があった。

 その桐箱の中には、綺麗なティーカップが入っていた。

 普通のティーカップではない。細かい作業によって作られた名品なのだろう。少し触っただけで、普通のものとは違うことがわかる。

 このレミリアという女性は、じっくり選んで買ってきたに違いない。

 ただ残念なことに、爆発の衝撃で二つに割れてしまっていたが。

 

 なぜ、この誕生日プレゼントは放置されていたのだろう。

 なぜ、フランは孤独なのだろう。

 

 それが、今わかった。

 

 フランは、『愛』を感じられていない。

 誕生日プレゼントからも、『愛』を感じられていないのだ。

 だからこそ、フランは孤独なのだ。

 

 『愛』は十分注がれているというのに。

 

 彼女は『愛』を感じられていない。

 『愛』を知らぬ哀しき少女を、救わねば。

 

 カービィはその風呂敷と割れたティーカップを手に、ベットの下から這い出た。

 すぐに、フランはカービィの姿を見つける。

 

「ああ、そこにいたんだ、カービィ。いなくなっちゃったんじゃないかって心配したよ?」

「……」

「ん? なぁにそれ? ああ、割れちゃったティーカップね。陶器は壊れやすいの。しょうがないね。……でもそんなティーカップ、あったかな? まぁ、いっか。壊れちゃったし。さ、遊びの続きをしよう!」

 

 カービィは割れたティーカップを桐箱に戻す。

 そして、風呂敷を飲み込んだ。

 そしてすぐにカービィの姿が変わる。

 そう、機械とバイザーのついた帽子をかぶった姿に。

 フランの反応を待つ間もない。

 そのバイザーから、不可思議な光が迸る。

 

 もはや行動による対話は望めない。

 これからは始まるは力の対話。

 無理矢理にでも、目を覚まさせねば。

 たとえ手段が無理矢理でも、フランを放って置けなかった。

 

 これもまた、カービィなりの『愛』の一つだった。

 

 カービィの姿が変わる。

 白いモブキャップを被り、その背中からは枯れ枝に七色の結晶がぶら下がったような翼が生える。

 その姿は、まさにフランそのものだった。

 

 果たして、狂気に満ちた目で、フランには見えるのだろうか。

 目の前にいる、狂気に囚われていない、『愛』に満ち満ちた自分の姿が。

 

「……あはっ、もしかして真似っこ? それじゃあ、これはできるかな?」

 

 変化したカービィの姿を見て若干驚いたものの、すぐに笑みとともに襲いかかる。

 しかも、その姿は霞んでいる。

 それは動きが速いからだけではない。実際に、そのシルエットが霞んでいるのだ。

 

 そして、その霞は大きくなり、やがて四人のフランが姿を現した。

 禁忌『フォーオブアカインド』。そう名の付けられたスペルカードに使われる分身の能力。

 これで純粋に戦力は四倍……いや、連携も考えればそれ以上になりうる。

 

 だが、忘れてはならない。

 カービィは、その力をすでに模倣しているのだ。

 

「禁忌『フォーオブアカインド』!」

 

 突如としてカービィはスペルカードを詠唱する。

 そして、まるで先ほどの光景をもう一度再生するかのように、カービィの姿が四人に増えた。

 

「すごい、すごいすごい! わたしの技も、全部真似できるんだ! あははっ! 楽しいよぉ!」

 

 それでもなお、突貫する四人のフラン。

 そしてそれを、四人のカービィが受け止める。

 

 

●○●○●

 

 

「早苗、あんたなんでずっとワドルディ見てるわけ?」

「いや、どこかで見たデザインだなー、っと。」

 

 時折じーっとワドルディを見つめる早苗に、「そんなことしている場合じゃないでしょ」と霊夢は一喝する。

 だが、そんな会話は魔理沙とレミリアの耳には入っていなかった。

 それぞれには、それぞれの不安の種があるためだ。

 

「何事もないといいんだけれどね。」

「全くだぜ……」

 

 しかし、現実は無情である。

 「こうなって欲しくはない」という願いほど、その願いは裏切られてしまう。

 

 ひときわ大きな振動が、館を揺らす。

 しかも、それだけで終わらない。

 二度、三度と断続的に起きる。

 

「な、何だこりゃ!?」

「も、もしかして紅魔館って欠陥住宅なんですか!?」

「そんなわけないでしょ。それより……」

「……来るわね。」

 

 ドウ、振動とともに黒煙が階段から上がる。

 そして、その黒煙を突き破り、八つの影が飛び出した。

 

 それは、四人に分裂したフランと、四人に分裂したモブキャップをかぶったカービィ。

 それらが、それぞれの手に捩じくれた時計の針のようなものを持ち、入り乱れるようにして乱戦していた。

 

「カービィ! 何でここにっ!」

「やめなさい、フラン!」

 

 しかし、魔理沙とレミリアの静止は、両者に届かない。

 フランがけたたましく笑いながら、『目』を握りつぶす。

 と同時に、カービィの一体が爆炎に包まれる。

 しかし、傷を負ったカービィは、瞬く間にその傷を再生させる。

 吸血鬼の再生能力。それすらも模倣しているのだ。

 

「あははは! 本当に頑丈!」

「壊れないんだね、カービィ!」

「もっと、もっと遊んでよ!」

「あははははははは!」

 

 未だ狂気的に笑うフラン。

 そんな中、突如として早苗はワドルディとカービィを見てポン、と手を打った。

 

「あ! 思い出した! ワドルディって、カービィと同じゲームに登場するキャラクターだ!」

「今そんなことどうでもいいわよ! 目の前のこと何とかしなさい!」

 

 早苗のいつものどこか吹き飛んだ台詞が炸裂する中。

 状況は更に予想だにしなかった事態へと突入する。

 

 レミリア達の背後から、フランとカービィめがけて飛ぶ、火炎球。

 それは炸裂し、さらに黒煙が辺りを満たす。

 

 その火炎球が飛来した方を反射的に見る。

 そこにいたのは紫色のモブキャップを被り、紫色の長い髪から覗く眠そうな目が特徴の、紫色の部屋着を着た少女。

 その少女は、紅魔館の住人の一人、種族としての魔女、パチュリー・ノーレッジだった。

 

「全く、呼ばれて来てみれば……レミィ、何これ。」

「こっちが聞きたいわ。それより珍しいわね、貴方がここに出張るなんて。」

「門番が呼んだからね。」

 

 パチェリーが少し横にずれる。

 するとその後ろには、傷だらけの者がいた。

 

「あいつです! あいつが裏切ったワドルディです!」

 

 それは、門番の紅美鈴だった。




美鈴生きとったんかワレェ!

いやぁ、皆さん気づきましたか?
早苗さんの登場時、倒れた咲夜は気づいて拾って来たのに、何故美鈴に気づかなかったのか。
逃げてたんですね〜、パッチェさんの所に。

レミリアの所に行かなかったのは、レミリアが霊夢と魔理沙と面会中だからです。原作ではちゃんと門番してますからね、美鈴さん。それに準じてきっと礼儀は守るだろう、と。


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姉と妹と桃色玉

「裏切り……? 美鈴、あんた何を……」

「お嬢様、騙されてはいけません! そのワドルディには反乱の兆しがあります!」

「美鈴、あいつね? 貴方を門もろとも吹き飛ばしたワドルディというのは。……あれってワドルディなの? まぁ、変わりはないか。」

 

 新たに介入して来た美鈴とパチュリー。

 しかし彼女らとは、致命的に話が噛み合っていなかった。

 

「どうやらフランにちょっかい出したみたいね。丁度いいわ。まとめて黙ってもらいましょう。」

 

 パチュリーの背後から巨大な魔法陣が現れる。

 それは幾重にも重なり、そして無数の魔力球が形成される。

 

「ちょっと待て、パチュリー!」

「丁度試して見たかった魔法だし、やってみるか。捕縛術式。」

 

 魔理沙の制止もパチュリーには届いていない。

 やがてその魔力球は、フランとカービィへ向けて放たれる。

 その射線上近くには、霊夢達も居るというのに。

 

 だが、結果から言えば、その魔力球が誰かに害なすことはなかった。

 その魔力球を防いだのは、無数の槍。

 いつの間にか取り出した、ワドルディ達の持つ槍だった。

 パチュリーはその光景を無言で観察する。

 その間にワドルディ達は槍を構えながら、霊夢や魔理沙、早苗にレミリアを庇う形で槍衾を形成した。

 しかも、いつの間にか数も増えている。

 言葉なき彼らは、彼らなりの方法で、館に散らばる同胞を呼びよせたのだろうか。

 

「くっ、パチュリー様、下がってください!」

 

 美鈴がパチュリーの前に出て、構えを取る。

 その美鈴に対して、ワドルディ達はゆっくりと進軍を始める。

 美鈴はそれを微動だにせず待ち構える。

 パチュリーもまた、魔道書を開く。

 そして……

 

「やめなさい、愚か者供。」

 

 レミリアから言葉が発せられる。

 それも、凄まじい重圧とともに。

 それはまさに、この館の主人としての本当の威厳を示した瞬間であった。

 ワドルディの進軍は止まる。

 パチュリーの魔道書は光を失う。

 美鈴は油断なく、構えを解く。

 

「今解決すべきは、あっちでしょ?」

 

 レミリアの指差す方。

 そこでは未だに、カービィとフランの激戦が行われていた。

 交錯する、レーヴァテイン。

 そして彼らに向けて、霊夢は周囲に札を浮かせ、既に準備を整えていた。

 魔理沙もまた、ミニ八卦炉に魔力を注いでいた。

 早苗も霊夢を真似て、札を周囲に浮かせている。

 

「言っておくけど、全部フランにあたる保証はないからね?」

「私も狙撃はやったことないんだがな。」

「こっちは準備オーケーです! 」

「ありがと。さぁ、パチェ、これが何のための準備なのか、貴方ならわかるわよね?」

「……理解したわ、レミィ。でも言っておくけど、私も全てを当てる確証はないわよ?」

「十分よ。」

 

 パチュリーはワドルディ達の方へ進む。

 美鈴が声を上げるが、気にもしない。

 それもそのはず。ワドルディは、無言でパチュリーに道を開けた。

 

 彼らもわかっているのだ。

 何を最優先にすべきなのか、を。

 

 パチュリーが、札や八卦炉を構える霊夢達の隣に立つ。

 そして魔道書から、淡い光が漏れ出した。

 

「吸血鬼は流水を超えられない……行くわよ。」

 

 魔道書の光はやがて収束し、そして魔法陣を形作る。

 そしてそれは雲を呼び出し……

 

 パリン、と粉砕される。

 

「っ! 何が起きた!」

「……魔法術式が破壊された。フランがやったのか、それとも……カービィって言うんだったかしら? そいつがやったのか……」

 

 しかし、パチュリーは酷く落ち着き払っている。

 霊夢も早苗も動じず、魔理沙もそれ以上は何も言わない。

 もとより、これくらいは想定内。

 本番は、これから。

 

「行くわよ!」

「集中砲火です!」

 

 霊夢と早苗の札が、一斉に乱闘するフランとカービィめがけて飛来する。

 

「こっちも、行くぞ!」

 

 そして、ミニ八卦炉から範囲を絞り、狙撃に特化したマスタースパークが発射される。

 

 本来の作戦は、こうだ。

 霊夢と魔理沙、そして早苗によるフランへの集中砲火。

 それにより、分裂したフランの動きを阻害する。

 そして破壊能力すら行使できなくなった時を見計らい、ピンポイントで雨を降らす。

 吸血鬼は流水を超えられないという特徴により、フランはその場で釘付けになるだろう。

 

 しかし、いつの間に短時間でこのような作戦を立てたのか。

 いやしかし、それは当たり前なのかもしれない。

 この場にいる者達は一度は一戦を交えた者達。つまり、その力はお互いに良く知っている。

 だからこそ、最適な作戦を、ほぼ言葉もなく、組み立てることができたのだ。

 それに、パチュリーは100年を生きる魔女。そしてレミリアとも長い親友である。レミリアと霊夢達の考えることなぞ、お見通しだろう。

 

 しかしながら、戦闘を知るものならばわかるはずだ。

 予定通り作戦が行くことなぞ、ほぼあり得ないということを。

 

 フランに迫る、札、レーザー。

 だがその時、カービィの分身のうち一体が前に躍り出た。

 そしてその手に持つ捻れた時計の針のような槍、レーヴァテインを振るう。

 その瞬間、ゴウという音とともに、レーヴァテインは炎に包まれた。

 その火柱は、元の長さよりもはるかに長い。

 そのままそれを大きく振った。

 そして、飛来した札、マスタースパークは、たった一振りのうちにすべて一掃された。

 

「く、これは……!」

「まだよ! 押し続けるの!」

 

 霊夢の喝のもと、更に連続で札が飛ばされる。

 マスタースパークも、後ろのフランめがけて飛ぶ。

 

 しかしカービィは、動じない。

 そしてそれを冷静に、カービィは打ち払った。

 あらゆる魔を封じる札も、光速であるはずのマスタースパークも、残像で何本にも見えるレーヴァテインによって、無残にかき消される。

 その槍を振るう姿は、まさに威風堂々たるもの。

 それでもなお飛び続ける、まるでマシンガンの弾幕のような攻撃。

 しかしカービィはそれら全てをいなし、弾き返す。

 まさに、カービィは無欠の戦士であった。

 その無欠の戦士が守るのは、戦闘相手であるはずの、フランなのか。

 

「なによ、全然突破できないじゃない!」

「カービィ、頼むから退けてくれ……!」

 

 霊夢と魔理沙の呼びかけに、少しだけ困った顔をするカービィ。

 しかし、後ろからの声が、カービィの意思を迷いなきものにする。

 

「なんでさ……なんで皆わたしを一人ぼっちにするのさ! こんな……こんなところなんか……っ!」

 

 狂気に飲まれたフランの思考は、全てへの呪詛へと変貌する。

 その言葉が聞こえた瞬間、カービィのその槍さばきは鋭いものになる。

 

 なにがカービィをそこまで駆り立てるのか。

 カービィの目的は何か。

 霊夢にも、魔理沙にも、早苗にも、パチュリーにも、美鈴にも、わからなかった。

 だが……レミリアには、何か伝わったようだった。

 

 飛び交う弾幕の中に、おもむろにレミリアは身を投じたのだ。

 

 制止の声が、微かにレミリアに聞こえる。

 しかしそれはすでに、言葉として彼女の耳には届いていなかった。

 

 幾つか札が掠る。

 破壊の能力により、腕が吹き飛ぶ。

 しかし、それを厭わず、ただ突き進む。

 そして、今まで札を弾いていたカービィが、レーヴァテインをしまい、ある桐箱を渡す。

 レミリアはそれを受け取り、未だ狂気に飲まれたままのフランへと近づく。

 

「お姉さま……」

「……なんでさ。なんでっ!」

「わたしを閉じ込めたの!」

「わたしは、愛されていないのっ!」

 

 叫ぶフラン。

 しかし、その隙をカービィは見逃すはずもなかった。

 三体の分身を、三体のカービィが、そのレーヴァテインで貫き、消滅させた。

 

 そして、残ったフランの手足を貫き、壁に固定した。

 

 吸血鬼のフランは、この程度で痛痒を感じたりするはずもない。

 しかし、壁に固定され、狂気のままに暴れ狂う姿は痛ましい。

 そして、フランを固定したカービィは、その場から一歩離れた。

 まるで、そこで自分のやるべき事は終えたかのように。

 まるで、ここからはまた別の者の仕事だと言わんばかりに。

 

 そして、レミリアはフランに近づき、声をかけたのだ。

 

「ねぇ、フラン、聞こえてる?」




レミリアのカリスマでカオス回避


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あしたはあしたのかぜがふく

 レミリアの呼びかけに、フランは狂気に飲まれながらも、微かに反応する。

 

「アァ……お姉……さま?」

「そうよ。私よ。」

「なんでここにお姉さまがいるのさ……」

「あら、忘れたの? まぁ、あなたが壊しちゃったものね。」

 

 レミリアはフランの右腕に刺さるレーヴァテインを引き抜く。

 すぐに何かを掴もうと、その腕は暴れだすが、レミリアはその腕を掴み、制する。

 

「全く、誇り高き吸血鬼の名が泣くわ。このくらいで大暴れして……全く、愚かね。」

「このくらい……? やっぱりお姉さまはなにもわかってない! 孤独がどれだけ苦しいか! 居場所がないことがどれだけ苦しいか! 誰にも構ってもらえず、ただ存在し続けることが!」

「愚かなのは、それね。」

 

 フランの狂気を一通り受け止め、レミリアはフランに一歩、また近づいた。

 

「フラン、あなたは普段は聡明な子よ。だからあなたは少しは激情を抑える術を学びなさい。足元も見えなくなるわよ。」

 

 そう言って、レミリアはフランの右手に、あるものを置いた。

 

 それは、桐箱の中身。

 それは、割れてしまったティーカップ。

 

 それをみたフランは、ただ呆然とそれを見つめる。

 

「一体いつの誕生日プレゼントよ、これ。私は結構前にあなたにあげた気がするんだけどね?」

「嘘……こんなもの、貰って……」

「じゃあカップの裏面見なさいよ。」

 

 カップをひっくり返し、裏面を見てみる。

 そこには確かに、今年のフランの誕生日と、『Happy birthday Remilia』と小さく書かれていたのだ。

 それを見たフランは、小刻みに震えているようだった。

 

 レミリアは残りのレーヴァテインも引き抜く。

 そして地面に力なく倒れたフランに、レミリアは寄り添う。

 

「これを言わなかった、意固地な私も悪いのかもしれないけどね。」

 

 そして優しく、包み込むように抱きしめた。

 

「遅くなったけど、ハッピーバースデー、フラン。」

 

 その抱擁は長く、暖かく、そして他者の入り込む余地を与えなかった。

 

 そしてしばらくした後、レミリアは素っ気なく、当たり前のように吐き捨てた。

 

「さ、絆ごっこは終わり。フラン、あなたが壊したものはちゃんと直すのよ。ここは()()()()()でもあるんだから。」

 

 そしてレミリアはフランを残し、「さ、お茶会でも再開しましょ」と皆に言い、そして元来た道を引き返した。

 そしておもむろに、数少ない窓の外を覗いた。

 そして少し目を見開き、呟いた。

 

「あら、紅い霧も晴れているじゃない。まるで夢のように。」

 

 

●○●○●

 

 

「いいのか、放って置いて。」

 

 前を進むレミリアに、魔理沙は問いかける。

 一人残したフランを案じてのことだが、レミリアはなんでもないように答える。

 

「むしろあれでいいのよ。あの子はちゃんと考える頭はある。一人の方が、きっと都合がいいわ。」

 

 それ以上はなにも答えずに、ただ前を進む。

 しかしふと、レミリアは思い出すように呟いた。

 

「にしても、結局あの霧はなんだったのかしらね。」

「フランが出したんじゃないのか?」

「いや。あの霧からはフランの『気』を感じなかった。あの霧から感じるのは、私の知らない、異質なものよ。」

「ふぅん。……ところで、ワドルディ達はどこに行ったの?」

 

 話の流れをぶち切るように、霊夢が話題を変える。

 強引な転換の仕方ではあったが、確かに周りを見てもあれほどいたワドルディ達がどこにも見当たらない。

 しかも、それだけではない。

 

「おい、カービィもいないぞ?」

 

 魔理沙がようやく、先ほどまでいたカービィがいないことに気がついた。

 ついさっきまでいたのに、一体どこへ行ったのか。

 

「一難去ってまた一難……本当にあいつはトラブルしか起こさないわね……」

「うーん、ゲームだとすごくいい子だったとおもうんですけど……」

 

 と、その時。

 目の前の瓦礫が一気に崩れる。

 間一髪、その瓦礫が誰かに当たることはなかった。

 そしてその崩れた瓦礫の奥から、あるものが姿をあらわす。

 それはホワイトブリムではなく、ヘルメットをかぶったワドルディの一団だった。

 

「……なにやってんの、こいつら。」

「……あっ、カービィ!」

「ぽよ!」

 

 そしてそのワドルディの一団の中に紛れ込むように、カービィも顔を出した。

 

 ぴょんと跳ねて、魔理沙の元へ駆け寄る。

 その手には、あるものが握られていた。

 それは、白と黄色の紐を捻り、固めたような棒の先に黄色い星が刺さったような、小さな棒。

 しかし小さいながらも、なぜだか安心できるような、そんな雰囲気を放っている。

 

「なんだ、これ?」

「また変なものを持ち出して……」

「待って霊夢。この棒、今回の紅い霧と同じ『気』を感じる。」

「それ本当?」

「間違いないわ。」

「あ! あとこれ、どこかで見た覚えがあります! それもカービィ関連で!」

「なにっ! これは、一体なんなんだ!?」

 

 早苗の発言に最も強く食いついたのは魔理沙であった。

 しかし、答える早苗の声は弱々しい。

 

「といってもうろ覚えで……よくわからないんです……」

「なら代わりに私が説明してやろう!」

 

 だがその時、この場にいる誰のものでもない声が響く。

 全員が辺りを見渡す中、それは地面をめくるようにして現れた。

 それはカエルの帽子をかぶった守矢の神、洩矢諏訪子であった。

 

「諏訪子様!? どうしてこちらに!?」

「いやぁ、いそいそと出て行く早苗が目に入ったから、ついて来ちゃったのさ。」

「っていうか、これの正体知っているの!?」

「ああ、知っているよ。これはスターロッドだね。」

「カービィ、あっているのか?」

「うぃ!」

 

 いきなり現れ、そしてあっさりとその物体の名前を看破する諏訪子。

 その様子に疑問を持ったのは、早苗だった。

 

「なんで諏訪子様は……そんなに詳しいんですか? 私も知らなかったのに。」

「それが初めて出たのは早苗の生まれる前だからな。あとなぜ知っているかといえば、『カービィ』シリーズを私が前いた世界でやっていたからだ。」

「諏訪子様が!?」

「まぁ、厳密にいえば先代の守矢の巫女がな。それをよく盗み見て、時々やらせてもらったものさ。初めてあった時、妙に既視感があると思ったら、ふと自分もやっていたことを思い出してね。」

 

 神もゲームを嗜むのか。

 そういった衝撃的事実の突然のカミングアウトに皆固まる中、あまりそのカミングアウトの重大性が分かっていないレミリアはさらに質問を続ける。

 

「で? そのスターロッドは一体どんなものなの?」

「確か……『夢の泉』という泉と1セットになっていて、夢を生み出す力がある、夢に力を与える力がある、夢を叶える力がある、とまぁ色々な伝説があるものだったはず。あとでいろいろ追加された設定も多いから、どれがオリジナルか既にわからないけどね。」

 

 さらに、と諏訪子は続ける。

 

「これはスターロッドだが、完全な状態じゃない。スターロッドは本来、赤と白が捻られたような棒に星がついた形をしている。これは分裂したうちの一つだ。おそらく、他にも六つある。」

「……なるほど、なんとなく読めて来たわ。いつの間にかこれが館にまぎれ込み、そしてフランの孤独から脱したいという願いに答えたというわけね。その方法に霧を出して誰かをおびき寄せるとかいうまどろっこしい方法をとったのは不完全なものだからかしら。」

「うぃ!」

 

 レミリアの推測に、カービィが肯定するように頷く。

 

 やはり、スターロッドと呼ばれるものはカービィと関係のあるものなのか。

 

「……厄介ね。そんなものがあと六つあるってこと?」

「願いを間接的とはいえ、叶える、ですか……異変を起こし放題ですね。」

「カービィはこれも探していたのか?」

「むー……」

「微妙だな。もしかして、偶然見つけたのか?」

「うぃ!」

 

 どうやら正解のようだ。

 しかし偶然見つけたとなると、おそらく他のスターロッドの場所もわからないだろう。

 

「結局のところ、今はどうしようもないってことか……」

「そうね。」

 

 結局、霊夢と魔理沙、そして早苗と諏訪子はこれ以上どうすることもできないとし、スターロッドを回収したカービィとともに、それぞれの家へと帰っていった。

 

 何もわからずじまいであったが、この一件に関わった者達は直感していた。

 この後の異変に、確実にスターロッドは何かしらの影響を与えるだろうと。

 幻想郷のルールに乗っ取らない異物がどのような異変を起こすか、到底予想できなかった。

 

 ただ、これだけは言わなければならない。

 紅魔館から出る際、一行はあるものを見た。

 それは紅魔館から打ち上がる、花火。

 まるで一行に感謝の意を示しているかのように見えた。

 紅魔館の中にあれだけの花火を打ち上げる施設はない。

 紅魔館の中に花火を打ち上げる能力を持つ者はいない。

 だが、花火のような現象を起こせる者はいる。

 その者は、確かにスターロッドの力で救われたのだ。

 

 幻想郷に何をもたらすか。それはまだ、誰にもわからない。

 

 

 ……ところで、誰か何かを忘れてはいないだろうか?

 まぁ、忘れていたほうが平和なのだから、恐らくはめでたしめでたし、なのだろう。

 

 

●○●○●

 

 

「お嬢様、どうされたのですか?」

 

 数日経ち、傷も癒えた咲夜は、机に突っ伏すレミリアに紅茶の入ったティーカップを渡す。

 レミリアはあの後、ずっとひどく疲れた様子であった。

 咲夜はずっと気になってはいたが、ついに聞いてみることにした。

 

 レミリアはすぐには答えず、やがて絞り出すように言葉を発した。

 

「……世の中、知らなくてもいいことってあるのよね。」

「と、いいますと?」

「私の能力。私なら人の運命を見るのくらい容易いわ。でも人の運命を見るというのは、知らなくても良いことを知ると同義。」

「誰の運命を? もしや……カービィですか?」

 

 カービィという単語に、そこら辺を掃除していたワドルディが反応する。

 しかし、レミリア達は特に気にも留めない。

 

「そうよ。カービィ。」

「何を見られたのですか?」

「知りたい? 人間のあなたは発狂するかもよ?」

「……」

「好奇心は猫どころか、吸血鬼も殺す……ああ、怖い怖い。久しぶりにゾクゾクしたわ……」

 

 そううわ言のように呟きながら、レミリアは再び机に突っ伏したのだ。



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妖々夢:Returns
大量発生と桃色玉


 ほとけには 桜の花を たてまつれ

 

  我が後の世を 人とぶらはば

 

 

 

●○●○●

 

 

 むくり、と布団が蠢く。

 そこから顔を出したのは霧雨魔理沙。

 その顔は非常に清々しいものになっている。

 

 その理由はなんとなく予想できる。

 スターロッド。これに違いない。

 夢を見せる力のあるスターロッドを、一緒に住んでいるカービィが持っているのだ。霊夢があの後封印を施したとはいえ、その影響は少なからずあるのだろう。

 

「おかげでずっと夢見がいいぜ。スターロッド様々だな。」

 

 上機嫌な魔理沙はまだ眠っているであろうカービィのベッドを覗く。

 というより、カービィがちゃんとベッドで眠っているか、はたまた例によって抜け出してハンモックで寝ているかの確認ではあるが。

 

 カービィのベッドに近づいて見ると、かすかな寝息が聞こえる。

 どうやらちゃんとベッドで寝ているようだ。

 するとふと、魔理沙のいたずら心が刺激される。

 羽ペンを取り出し、その羽の部分の感触を確かめながら、カービィのベッドを覗き込む。

 おそらく、くすぐる気だろう。

 ベッドを覗き込めば、そこには良い寝相で寝ているカービィがいた。

 

 魔理沙は早速羽をカービィに近づける。

 だが、突如手が止まる。

 

 おかしい。

 何がおかしいかといえば、ふとんから覗く足。

 カービィの顔は布団から出ている。そしてその布団は大体縦横1メートル弱ほどの大きさがあったはずだ。

 にも関わらず、布団の顔の反対側から足が見えているのはどういうことか。

 一頭身のカービィでは、ありえないはずの現象。

 何か良からぬものを感じ、魔理沙は意を決して布団を掴む。

 そして一気にめくり上げた。

 

 そこにいたのは、いつものように眠るカービィの下に、一列になって並んで眠るワドルディ三体の姿だった。

 

「えええええええ!!?」

 

 魔理沙の絶叫に、とうとうカービィと、なぜか潜り込んでいたワドルディが目を覚ます。

 そして各々目をこすったり、伸びをしたり、欠伸らしき行動をとったりしながら、朝の眠気を吹き飛ばす。

 そしてカービィとワドルディ達は、さも当然のように朝の挨拶を交わす。

 そして最後に、一斉に魔理沙に挨拶をする。

 

「ぽよ!」

「……」

「……」

「……」

「お、おはよう……じゃなくて! お前らなんでここにいるんだ!? 紅魔館にいるんじゃなかったのか!?」

 

 魔理沙は絶叫するが、ワドルディ達は首をかしげるばかり。

 そもそも口がないので、ここに来た理由を聞くことはそもそも叶わないだろう。

 

 取り敢えず紅魔館案件か。

 

 そう諦めた時。

 微かに卵と肉の焼ける匂いが漂って来た。

 

 いや、まさか、そんな。

 

 何かを察した魔理沙は二階の寝室から慌てて台所に降りる。

 するとそこには、おおよそ信じられない光景が広がっていた。

 

 そこにいるのは、台所を埋め尽くさんばかりのワドルディ、ワドルディ、ワドルディ……数えようにも同じ姿の連中ばかりで区別がつかない。

 それらがみんなして何か料理を作っているのだ。

 しかも、その奥には明らかに魔理沙が備蓄したものではない山菜や米俵などが置いてある。

 

 唖然としている間にも、みるみるうちに朝食が出来上がってゆく。

 炊きたてホカホカの白ご飯に、焼きムラの見当たらない綺麗な卵焼き、見た目も美しいゼンマイなどの山菜のおひたし、朝に優しい鳥のササミの塩茹で、そして大根の根から葉まで使ったお味噌汁。

 そこに浅漬けも添えられ、持っていた覚えのない皿に載せられ、食卓に並べられてゆく。

 魔理沙の食卓がまるで大宴会が始まりそうな雰囲気になったところで、ワドルディ達はワラワラと各々の小さな席に着席する。

 みれば、カービィもちゃっかりその中に混じっているではないか。しかも、ちゃんとカービィの分量は他よりも非常に多い。

 

 取り敢えず、一体のワドルディに促されるがまま、空いていた魔理沙の席に座る。

 そして、全員の視線が魔理沙へと注がれる。

 一体何を待っているのか。心当たりのあった魔理沙は、早速行動を起こす。

 

「えっと、いただきます。」

 

 そう言った途端、ワドルディ達は一斉に手を合わせ、そしてそれぞれ食事を始める。

 魔理沙もそれにならい、ワドルディとともに一口食べてみる。

 

「……うまい。」

 

 それが、一口食べた何よりもの感想だった。

 

 確実に自分が食べているものより質が高いようにも感じる。

 瞬く間に魔理沙は朝食を完食してしまった。

 

 そして食べ終わると、いそいそとあっという間に皿を片付けてしまう。

 そして台所も元あったように……いやそれ以上に綺麗にした後、大半のワドルディ達はまとめてどこかへ行ってしまった。

 

 残ったのは五体ほどのワドルディ。

 

 一体どういった意味で彼らが残ったのかはわからない。

 一体どういった意味で朝食を作っていったのかはわからない。

 しかし朝食を作ってくれたのなら、それはそれでいいのかもしれない……

 

「って、んなわけあるか! 異常事態だ異常事態!」

 

 魔理沙は幸せそうなカービィの手を引き、ワドルディ達にここから出ないよう注意した後、箒にまたがって空へと駆け出した。

 

 

●○●○●

 

 

 時期的にはそろそろ『なつ』の二文字が見えて来るはずなのにも関わらず、若干涼しい今日この頃。

 しかしどんな時期であろうと参拝客のいない博麗神社に、一人の少女と球体が降り立つ。

 

 言うまでもなく、魔理沙とカービィである。

 

 霊夢をライバルだと思っている魔理沙も、異変解決においては一目置いている。

 だからこそ、ここに来たのだ。

 

「さて、いつもなら境内を掃いているはずなんだが……」

 

 しかし、境内には誰もいない。

 珍しく留守だろうか。

 

 その時。

 何かが奥からこちらに爆走して来た。

 それは、紛れもなく霊夢であった。

 が、その様子には鬼気迫るものがあった。

 

「お、おう霊夢。どうしたそんな殺気立って……」

「ちょうどよかったわ! あの橙玉何とかしてちょうだい!」

「……へ?」

「『へ』じゃないわよ! ワドルディとかいうやつよ! なんだか知らないけど大量発生しているのよ!」

「え、そっちでもか?」

 

 霊夢の訴えに、魔理沙は己が耳を疑った。

 取り敢えずこちらに来いという霊夢に引っ張られる形で魔理沙、ついでにカービィもついてゆく。

 付いたのは神社の裏、住居となっている部分の縁側。

 そしてそこには霊夢のいう通り、ワドルディが大量発生していた。

 

 縁側で並んで眠る者、ちゃぶ台で持ち込んだらしい煎餅をかじる者、はたまた屋根の上でただぼーっと空を見つめる者……

 とにかくワドルディが思い思いに博麗神社でくつろいでいたのだ。



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橙色の波と桃色玉

昨日のワドルディ回で凄まじい量の感想が……みなさんワドルディ好きなんだなぁ(笑)


「……すまん。これまた一体どういうことだ……?」

「こっちが聞きたいわよ!」

 

 まさか博麗神社にまでワドルディが大量発生しているとは思わなかった。

 助けを求めたつもりが、逆に助けを求められる始末。

 

 と、ここで魔理沙はあることに気がついた。

 

「あれ、ここのワドルディは家事をしないんだな。」

「なにそれ、どういうこと?」

 

 霊夢の疑問の声に、魔理沙は自分の家で起こったことを説明する。

 

 朝起きたらいつの間にか家に上がり込んでいたこと。

 食料持参で朝食を作ってくれたこと。

 そして食事が終わると五体を残してあとはどこかへ行ってしまったこと。

 

 その説明を聞いた霊夢は、羨ましそうにしていた。

 

「うちは朝食作るどころか、至る所でくつろいでいるだけよ? さすがに勝手にうちのものを壊したり使ったり食べたりはしてないけど……」

「なんというか、こう……自由だよな、こいつら。カービィと似て。」

 

 当のカービィはワドルディ達と混じり、一緒に煎餅を食べている。

 ついさっき二人前の朝食を食べたのではなかったのか。

 

「これって、もしかしたら他の家もそうなっているのかもしれないな。」

「……人里に降りられたら困るわね……また紅魔館に行くしかないか……」

 

 また面倒事に巻き込まれると確信した霊夢は大きくため息をつく。

 

 と、その時。

 

「おーい、霊夢さーん、魔理沙さーん!」

 

 はるか上空からこちらを呼ぶ声が聞こえてくる。

 声の主は見ずともわかる。

 境内に降りて来たのは緑の長髪に脇の開いた巫女装束を着た少女、東風谷早苗であった。

 その背中には大量の野菜が入った籠が背負われていた。

 よっこいしょ、とよろけながらもその籠を地面におろし、一息つく。

 

「どうしたの、これ。」

「おすそ分けです。」

「はい?」

「だから、おすそ分けです。」

 

 そして発せられた早苗の言葉に、霊夢と魔理沙に電撃が走った。

 早苗という少女は中々強かな部分があり、商売敵におすそ分けをするようなお人好しタイプではない。

 それが一体どういうつもりでおすそ分けなどと言い出したのか。

 

「なんだ、この大量の野菜……」

「それが、ワドルディ達から貰いまして……」

「ワドルディから?」

「そうなんです。どうもいつの間にか妖怪の山で発生しているようでして……うちはちょっと彼らと取引しているんですけど、そのお返しに三人では食べきれない量の野菜を貰いまして……」

「妖怪の山にも!?」

「そうなんです。……あ、博麗神社にもいるんですね。」

 

 博麗神社でまったりくつろぐワドルディを見つけ、なぜだかちょっと膨れる早苗。

 ただし霊夢は納得いかない様子である。

 

「ちょっと、なんで魔理沙や早苗のところはワドルディから色々もらっているのに、うちはただくつろぐだけなのよ!」

「癒しの空間を演出しているんじゃないのか?」

 

 いたずらっぽく笑う魔理沙の視線の先には、カービィがどこからか取り出した黄色のスターロッドをブンブン振り回して星を出して遊び、その星をじっと見つめるワドルディ達の姿があった。

 確かに、癒されないことはない。

 しかし博麗の巫女は癒しなんてものは求めていない。

 

「いらないわよそんな空間!」

 

 と、ここで早苗がある仮説を立てた。

 

「あー、もしかしたら『一宿一飯の恩義』ってやつじゃないですか?」

「『一宿一飯の恩義』?」

「そうなんです。そもそもうちがワドルディと取引始めたきっかけって、夜中に見かけたワドルディの一団を泊めて、その朝に神奈子様に黙って御柱を記念にあげてからなんです。それからずっとたくさんのワドルディ達がうちに通うようになりまして、以後神奈子様や諏訪子様に同意を得て鉄の輪とか御柱を時々あげるかわりに大量の野菜をしょっちゅう送ってくれるんです。」

「神の力が宿ったものをポンポンと……」

「あとうちだけじゃないんです。天狗とも取引しているらしいですよ?」

「え、あのプライドの塊の天狗と!?」

「そうなんです。ちょっと意外ですよね。」

「待て。うちは何かした覚えはないぞ?」

 

 早苗の仮説が正しいという流れになる中、魔理沙が待ったをかける。

 確かに、魔理沙は何かした覚えはない。ワドルディがうちに来たのも、この日が初めてだ。

 だが、それに関しても早苗が一つ推測を立てる。

 

「もしかして、カービィがいつの間にか呼び込んだとか?」

「……あり得そうね、あの天真爛漫な感じは。」

「深くは考えずに困っている人がいたらとりあえず助けるタイプだからな、カービィは。」

 

 カービィは初めてここに来た時も、また紅い霧の再来の時も、まさに善意の塊と形容すべき行動をとっていた。

 ならば、外にいるワドルディを家に招くことも不思議ではない。

 ただ、家の主に確認を取るというような常識の部分は若干抜けてはいるようだが。

 

「それにしても、一体いつの間に増えたのかしら……」

「妖怪の山では結構前から見られてましたよ。あの紅い霧の直後から。魔法の森にも、無縁塚にもいるらしいです。」

「いつの間に……」

「ただ、やはり人にも妖怪にも害をなすことはないようです。自衛は別らしいですけどね。」

「と、いうと、ワドルディの大量発生のデメリットは?」

「ないです。人の畑を襲うわけでもなく、そもそも人前には出ないみたいです。それよりも今年の冷害の方が深刻みたいで。」

「冷害? 確かに夏という割には涼しいが……」

 

 話はいつの間にか、今年の冷害へと擦り変わる。

 女子同士の井戸端会議ではよくある光景だ。別におかしなことではない。

 

「全然気温が上がらないみたいで。もう七月も始まるというのに、まだ五月くらいの気温にしかなってないらしいですよ。」

「……飢饉が起こりそうね。」

「実際不作が続いているそうです。」

「そのワドルディはどこからか野菜をおすそわけしてくれるんだろう? ってことは余りある食物があるはずだ。これを機に協力してみるのもいいんじゃないか?」

「……人外に? それはルールとしてどうなのかしら……」

「人間が全滅したら妖怪も困るからな。いざとなったら()()()も許してくれるだろう。」

 

 魔理沙の意見に、なるほどと二人の巫女が頷く。

 とはいえ、問題点もある。

 

「でも、そもそもワドルディがどこに住んでいるのか、どこで野菜を育てているか、未だにわからないんですよね。」

「とりあえず、この近郊には存在しないわ。ちょくちょく幻想郷は見回っているけど、ワドルディの畑どころかワドルディすら見つからないし。」

「それなら今ここにいるやつに聞けばいいんじゃないのか? なぁ? ……あれ?」

 

 魔理沙は振り返るが、さっきまでワドルディとカービィが遊んでいた場所には誰もいない。

 

 その瞬間、その場にいた全員の血の気が引いた。

 なんとも良からぬ勘が働いたのだ。

 

「あれ、カービィがいない……」

「はぁ!? ああもう目を離すから!」

「あいつは結構自由人なところもあるからな……」

「そもそも子供ですしね……」

「なんか嫌な予感がするわ。早く探すわよ!」

 

 

●○●○●

 

 

 人間も足を踏み入れぬ、未開の地。

 その地には妖怪すらも足を踏み入れない。

 というのも、そこは特別危険というわけではない。

 何も面白みがないのだ。だから妖怪はここに来ることはない。

 もっとも、孤独を愛する妖怪は来ないこともないが。

 そしてある種安全地帯たるこの地に人が来ないのは、人里からあまりに離れすぎており、開拓するには不便であったからだ。

 ただ木が生え、鳥が鳴き、草原の草が揺れる。ただそれだけの地。

 

 ただし。それはもう過去の話。

 その地にとうとう定住者が現れた。

 それは橙色の一頭身の生物。

 それは総じて『ワドルディ』とだけ呼ばれる生物。

 彼らはその地を開拓し、集落を作り上げていた。

 有り余る木材を利用した家々。

 広がる畑、水田。

 それだけみれば、のどかな田園風景。

 しかしその地には、何故か発電所が存在していた。

 見た目は普通の木造施設に見えるのにもかかわらず、何故発電所と断言できるかといえば、それは発電量らしきものを表示する電光掲示板があるため。

 しかし、外から分かるのはそれだけで、一体どのようにして電力を生み出しているのか、一切わからない。

 

 その地に、桃色の一頭身がワドルディに連れられ足を踏み入れた。

 言わずもがな、カービィである。

 その手にあるのは七つに分割されたスターロッドのうち一つ。

 そのカービィの視線は、あるものに注がれていた。

 

 それは村の中央に鎮座する塔のようなもの。

 流線型をした、滑らかな塔。

 それには、確かな翼が付いていたのだ。



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浸透する橙色玉と桃色玉

「全く、なんであいつはこうも人を巻き込むの!?」

「そういうな。あいつはそこらの童女みたいななりして百年千年生きているような妖怪じゃなくて、正真正銘のお子様なんだから。」

「子供のやることに目くじら立てるような大人は格好悪いですよ?」

「やかましい!」

 

 カービィの失踪に気づいて早二時間。

 未だにカービィの姿どころか、痕跡すら見つけられていない。

 魔理沙の家に戻っているかと思ったが、いたのはここで待つよう指示された五体のワドルディのみ。

 カービィが行きそうなところを探せと言われても、そもそもどこに行きそうなのかわからない。

 あの食欲を鑑みるに、飲食店街へ足を運びそうだが、カービィには人里へ行かないよう教えているし、未だに一度も行ったことはない。

 

「あいつは食い意地張っているから、どこかに食いに行ったのかもしれんが……人里以外となると……」

「人里以外の飲食店……どこかで見た気がするわね。」

「……夜雀の八目鰻の屋台では?」

「それだ!」

 

 と、反応したものの、夜雀の屋台に行ったこともない。

 自由人なカービィなので、過去に一人で散歩しているうちに見つけたのかもしれないが。

 とはいえ、この可能性だけにかけるのは危険な気もする。

 他に行くとしたら、どこだろうか。

 そこでふと、思い当たる場所があった。

 

「厄神の家は?」

「あぁ、そういえばカービィは懐いていたな……」

「うちと近いですね。私が探しましょうか?」

「それじゃあ、私は夜雀の屋台でも探すか。魔理沙は?」

「……なんだかそこらへんを飛び回ってたら会いそうな気もするし、空から探すぜ。」

「了解。頼んだわよ。……あいつが騒ぎを起こす前に。」

 

 そう言い残すと、霊夢は空へと飛び立って行った。

 後に続くように、早苗も妖怪の山方面へと飛んで行く。

 一人残された魔理沙は、箒を握りしめ、魔力を込める。

 

 と、その時。スカートの裾を引くものがいた。

 振り向けば、そこにいるのはワドルディ達だった。

 

「ん? なんだ、どうかしたのか?」

「……」

 

 ワドルディ達は問いかけても何も喋らない。

 だが、身振り手振りでどこかへ案内しようとしているのは分かる。

 

 そこで、もしかしたら、という希望が、魔理沙の胸を満たした。

 

「お前達、カービィの居場所を知っているのか?」

「……」

 

 対するワドルディ達の反応は、どっちつかずなもの。

 恐らくは可能性として提示しているのだろう。

 

 行くべきか、行かざるべきか。

 答えは当然決まっていた。

 

「よし、それじゃあそこに案内してくれ。」

 

 

●○●○●

 

 

「ごめんくださーい。雛さんいますかー?」

 

 ドンドンドンドン! と扉が荒々しく叩かれる。

 神の家だというのに無礼な態度を取るのは現人神の東風谷早苗。

 果たしてこいつには神に仕える巫女としての自覚はあるのだろうか?

 

 当然ながら、家の主は不機嫌になる。

 

「ちょっと、扉が壊れちゃうでしょ?」

 

 扉から出てきたのは厄神様、鍵山雛。当然ながらその顔はしかめっ面である。

 そしてなんと、雛の後ろからワドルディ達も現れたのだ。

 

「あれ、こんなところにもワドルディが?」

「結構前からいるわよ? 時々カービィと一緒に遊びにくるわ。」

「うちにも来るんですよね。御柱とか鉄の輪を貰いに。」

「あら、そんなものポンポン渡していいの?」

「神奈子様は嫌らしいんですけど、諏訪子様が勝手に渡すんですよね。ところで、厄とか移らないんですか?」

「大丈夫。会う前に『えんがちょ』させるようにしているから。」

 

 果たして指がない上に喋れないワドルディにちゃんと『えんがちょ』できるのか疑問だが、まぁ効果があるならいいのだろう。

 それよりも聞きたいことはある。

 

「ここにカービィ来ませんでした?」

「カービィ? 今日は来てないわよ? ……まさか、迷子?」

「そうなんです。二時間くらい前から……」

「子供から目を離しちゃダメでしょう!?」

「子供……まぁ子供なんですけど……」

「……しょうがない。私も探すのを手伝うわ。ワドルディ、今日はもう帰っていいわよ。」

 

 ワドルディ達は一斉にお辞儀をし、何か手提げを持ってどこかへと帰って行った。

 

「ところで、ワドルディ達は何をしていたんですか?」

「ああ、おはぎとかのお菓子の作り方を私が教えているのよ。」

「ええ……」

 

 一体、ワドルディとは何者なのだろうか?

 早苗は余計にわからなくなってしまった。

 

 

●○●○●

 

 

 竹林あたりから漂う煙を辿れば、案の定そこには屋台があった。

 あかりの灯っていない提灯にはでかでかと『八目鰻』と書かれている。

 

 その屋台のそばに降り立った霊夢は思い切りよく暖簾を開ける。

 

「ちょっとミスティア! 聞きたいことがあるんだけど!」

「ちょっとお客さん! 他のお客さんのご迷惑に……って、あら、霊夢さんじゃないですか。」

「他の客? ……あ。」

 

 ミスティアの注意を受け、見てみればそこには三体並んだワドルディが屋台の席についていた。

 心なしか、迷惑げな表情でこちらを見ている。

 

 しかしそんなことなぞ気にしないのが我らが博麗の巫女である。

 身を乗り出し、ズカズカと聞きたいことを聞く。

 

「ここにカービィ来なかった?」

「カービィ? なんですかそれ? 」

「あら、知らないの? てっきり知っているものかと思ったんだけど。ま、知らないなら知らないでいいわ。」

「えーなにそれ。すごく気になるんだけど。」

「カービィの事だし、いずれ自分から顔出すわよ。……ところでなんでワドルディがここにいるの?」

「ワドルディ? ……ああ、この子達ってそういう名前だったんだ。」

 

 どうやら名前も知らずに接客していたらしい。

 まぁ、一切喋らないのだからしょうがあるまい。守矢神社から天狗へ、天狗から新聞に載って各地へと情報が出回る中、新聞も読めないミスティアが知るはずもない。

 

「ちょっと前から八目鰻の仕込みを手伝ってもらっているんですよー。その代わり、一緒に取れた魚を焼いてまかないにしたり、お酒あげたりして、物々交換的な商売しているんです。」

「……ミスティアですらワドルディによくしてもらっているのか……」

「え? 何か言いました?」

「なんでもない。とりあえず、桃色の一頭身見つけたら私に言うように。」

「暇だったらねー。」

 

 そう言い残すと、霊夢は空へと飛び立つ。

 頭の中では自分なりのワドルディ活用法を考えながら。

 

 

●○●○●

 

 

 カービィは空からドラグーンを呼び出す。

 空を切り飛来したそれは、滑らかな動きでカービィの目の前に停まる。

 その脇ではワドルディ達が流線型をした翼のある塔に乗り込んでいた。

 だいたい十体くらいだろうか。

 彼らは皆、ヘルメットを着用している。

 そして離れた高台では、同じようにヘルメットを被ったワドルディが手旗信号を送っている。

 

 そして、準備が全て整った時。

 塔は、下部から火を吹いた。

 高温高圧の火を。

 そして、塔はゆっくりと浮き上がり、やがて凄まじい勢いで加速する。

 

 そう、その塔はロケットであった。

 

 そのロケットに先回りする形で、ドラグーンに乗ったカービィが飛ぶ。

 すでに地上ははるか下界。地上ではたくさんのワドルディ達がドラグーンとロケットに向けて手を振っていた。

 

 目指す先は、夢見るものがいる地。

 スターロッドのかけらが指し示す地。



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大集落と桃色玉

 ワドルディ達に案内されるがまま、魔理沙は森を突き進んでいた。

 魔理沙はよく森にて作業をしているが、森といっても、今いる場所は自分の家とは反対の場所。あまり訪れない地域。

 しかもその中でも、『なにもない』ことから妖怪も好んで住まず、人里からも遠いため開拓もされない、孤独を好む妖怪ぐらいしか住みつかない辺境の地域。

 そんな場所をひたすら歩いているのだ。

 

「ワドルディ、本当にあっているのか?」

「……」

 

 問いかけるが、当然ワドルディは答える口を持っていない。

 先の問いかけは半ばやけくそじみたものがあった。

 

 果たして、本当にこんなところにカービィはいるのだろうか。

 疑わしいものの、今はそれを信じるほかない。

 

 足も疲れてきた。息も切れてきた。

 もとより魔理沙は単なる少女である。特別体が強いわけではない。

 そろそろ体も限界が近くなってきた時、歩いてきた森がまるで切り取られたかのように周囲から姿を消した。

 

 そして目の前に広がるは、広大な畑。

 キュウリ、ナス、オクラ、ニラ、トウモロコシ、ピーマン、カボチャ……種々の野菜がたわわに実っていたのだ。

 しかも、その野菜はどれも法外に大きい。

 

 一体いつの間にここまで開拓されたのか。

 

 唖然とその光景を見ているうち、あることに気がついた。

 その異様な畑で作業するのは、皆ワドルディであったのだ。

 器用に剪定バサミを持って手入れをし、腐葉土らしきものを地面に蒔いている。

 

 そして魔理沙はさらに奇怪な光景を目撃する。

 ジョウロを持ったワドルディがどこからともなく現れる。

 そしてワドルディはまだ小さい野菜 - というのも周囲の法外サイズと比べたら - にその水をかける。

 すると、瞬く間にモコモコと大きくなってゆくではないか。

 そして数秒もしないうちに、その大きさは周囲の法外サイズと遜色ないほどになっていた。

 

 あれはなんだ? 作物を急速に成長させる魔法なのか?

 

 魔法使いとしての興味は尽きないが、ワドルディは構わず突き進む。

 慌ててそれについていっているうちに、居住区らしき場所に着いた。

 そこでも、大量のワドルディと遭遇した。

 居住区のワドルディは、何か料理を作り食べているか、新しい建物を建てているか、特になんの意味もなく歩いているか、寝ているか、それぐらいしかしていない。というか、大半が歩くか寝ているかしかしていないので、なんとも言えない眠たくなるような平和な時間が流れていた。

 それぞれが店を持って何かをやっているというわけでもなく、個々が自由に動いているのだ。

 

 そんな不思議なワドルディの集落で、さらに不思議なものを見た。

 どこかで見覚えのある、柱と鉄の輪。

 間違いなく守矢の御柱と洩矢の鉄の輪であった。

 早苗がワドルディと取引していると言っていたが、それなのだろうか。

 その御柱と鉄の輪は、いくつものコードに繋がれ、運ばれていた。

 そして、やがてある建物に入ってゆく。

 窓がないため、中の様子は見えないが、その壁面には河童の里で時折見られる光る数字が表示される板が設置されていた。

 

 これと似たような施設は知っている。『発電所』と河童が呼んでいたものだ。

 まさか、ワドルディは神の道具で『発電』しているのか?

 

 案内するワドルディはまだ先を行く。

 そしてそれに着いて行けば、また不思議な光景を目にする。

 次に見たのは、また鉄の輪が運ばれる様子だった。

 しかし、今度のものにはコードはついていない。

 その鉄の輪は、あるもののそばに添えられるように置かれた。

 それは、鉢に植えられた蔓性らしき植物。

 そしてその鉄の輪が置かれた途端、虹色に光り輝く実を実らせたのだ。

 その光は、まるでありとあらゆるものに幸福と力をもたらすような、そんな雰囲気を放っていた。

 ワドルディ達はすぐにそれをもぎ取ると、すぐに絞り器で果汁を絞り始めた。

 そしてその果汁を、水で薄めながらジョウロの中に流し込んでいたのだ。

 そう、あの法外な大きさの野菜は、かの植物の力によって作られていたのだ。

 まさに奇跡を起こす実。『奇跡の実』と呼べよう。

 

 こんな奇跡を起こすアイテムなぞ、魔理沙は一度も見たことはない。

 アイテムコレクターとしての性が、魔理沙の足をその植物へと歩み寄らせる。

 が、しかし。

 

「……」

「おっと! ……やっぱりダメか。」

 

 すぐさまその植物の周りにいたワドルディ達に槍を向けられる。

 大きな力を持つが故に、そう他人を近づけたくはないのだろう。

 なお胸中を炎がくすぶるものの、一旦我慢する。

 そして、やっと案内のワドルディの足が止まる。

 そこは広い広場で、謎の鉄塔が鎮座していた。

 

「……それで、カービィは?」

 

 魔理沙の問いかけに、黒板らしきものが運び込まれ、そして白衣を着てメガネをかけたワドルディの一団が押し寄せてくる。

 

 ワドルディは皆同じだと思っていたが、ワドルディも近眼になったりするのだろうか。

 ……いや、よく見たらレンズが入っていない。あのメガネはただの伊達だ。

 

 いったいなぜそんな格好をしているのか見当もつかないが、一体のワドルディがチョークを持ち、何やら図を描き始める。

 やがて、一つの絵が出来上がった。

 それは流線型の塔と、無数のワドルディ、そしてカービィだった。

 いや、流線型の塔に見えたものは単なる塔ではない。ロケットだ。あの吸血鬼が作ったものとは似ても似つかぬが、確かにあれはロケットだ。

 ワドルディからロケットへ矢印が引かれているあたり、ワドルディはロケットに乗り込んでいるのだろう。

 そしてカービィは白い何かに乗っている。どうやらカービィは別の何かに乗り込んだらしい。

 もしかしたら、守矢の二柱を蹴散らしたアレなのかもしれない。

 

 ……と、絵一つでここまで読み取ることができた。

 ワドルディ達は喋れない代わり、こうやって説明するつもりなのだろう。

 

 そしてまた、ワドルディのチョークが走り出す。

 ロケットとカービィから大きな矢印がえがかれる。

 そしてその先にはあるのは、何やらオタマジャクシのようなものがうじゃうじゃ集まる場所。

 しかしワドルディの意外に高い画力から判断するに、そのオタマジャクシは形が定まっていないように見えた。

 その形に魔理沙は見覚えがあった。

 

「……幽霊?」

 

 そう呟いた途端、一斉にワドルディ達が頷く。

 その様子はある種壮観であったが、しかしながら魔理沙にそんなものを悠長に眺めている余裕なぞなかった。

 幽霊が集う場所。ロケット……というより、飛行せねばいけぬ場所。

 そんな場所、一つしか考えられない。

 

「白玉楼か!」

 

 その言葉にはワドルディは反応しない。

 その地の名前までは知らなかったのだろう。

 しかしその次に描かれたものが、カービィがその地へ向かった動機を物語っていた。

 

 ツイストした棒の先に輝く星。

 一度目にしたら忘れられない形状。

 そう、スターロッドに違いない。

 

 いかなる方法によってかは知らないが、カービィ達は白玉楼にスターロッドがあることを突き止めたのだ。

 そしてロケットを使い、向かったのだろう。

 見れば、鎮座する鉄塔近くの地面は焼け焦げている。

 おそらく、ここにロケットがあったのだろう。

 

「こうしちゃいられん! 私も行くぞ、カービィ!」

 

 魔理沙は箒にまたがり、ロケットスタートを決めて飛んで行った。

 目指すは冥界、白玉楼。魔理沙の後姿にワドルディ達は手を振った。

 

 

●○●○●

 

 

「早苗、カービィいた?」

「いないです。そもそも訪れていないみたいで。」

「こっちもよ。全く、いったいどこに行ったんだか。」

 

 そうぼやく巫女二人の頭上では、二つの光が空を駆けていた。

 そして二つの光は巫女に気づかれることなく、冥界の入り口に突入した。

 

 冥界とは、誰もが抱く想像の通り、霊が集まる地である。

 霊は言葉を持たないため、顕界よりも静かで、四季もあり、非常に過ごしやすい。

 霊達もその居心地の良さにかまけ、顕界との境界が薄くなっているのにも関わらず、そこから離れたがらないという。

 

 だが、今回だけはその静寂は破られることになる。

 

 轟音とともに、流線型の塔……ロケットが冥界の地に降り立った。

 そしてタラップが出現し、そこからワラワラと十体のワドルディ達が現れる。

 そしてそのロケットの近くに、白き龍を模したもの、ドラグーンが着地する。

 騎乗していたカービィは冥界の地を踏みしめると、持っていた分割されたスターロッドを振るう。

 すると地上で振った時よりも強い輝きを持った星が生み出された。

 

 この地に眠る分割されたスターロッドは、もう目の前だ。



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冥界と桃色玉

 カービィとワドルディの一行は寄り添い集まりながら冥界を進む。

 カービィが黄色いスターロッドを掲げながら先導するため、ツアー客のようにも見えなくはない。

 しかも、そのスターロッドの光に興味を持った霊達が集まってくるので、それはもうなかなかカオスな様相となっている。

 当の本人達は集う霊なぞ全く気にはしていないようだが。

 

 スターロッドの光を頼りに、分裂したスターロッドを探すうち、あたりはだんだん暗くなってくる。

 そろそろ日も落ちつつあるようだ。

 そういえば、カービィ達は夜飯どころか昼飯も食べていない。

 ぐぅうう、とカービィの腹の音があたりに響く。

 

「ぽよ……」

「……」

 

 と、ここでカービィをワドルディの一体がつついた。

 そのワドルディの背中には大きなリュックが背負われている。

 さらにその後ろには、同じようにリュックを背負ったワドルディが三体ほどいた。

 計四体のリュック持ちワドルディはそのリュックを下ろし、中のものを取り出して行く。

 中にあったのは、大量の食料であった。

 バゲット、サンドウィッチ、冷や飯、ステーキ、唐揚げ、焼き魚、各種野菜……

 それらが籠や箱に入れられ、所狭しと並んでいるのだ。

 夕飯タイム、といったところか。

 ワドルディの二体が協力してシートを敷き、その上に食料を並べて行く。

 そしてそれをカービィと十体のワドルディが取り囲むように座る。

 

「いたぁきあす!」

「……」

 

 カービィの舌足らずな号令のもと、各々夕食を楽しみ始める。

 周囲には鬱蒼と木々が生い茂るのみで開放的な景色を楽しめるわけではないが、それでも仲間と美味しい食事があればどこでも楽しく過ごせるというものだ。

 皆談笑しながら夕食を楽しむ。

 ……ワドルディ同士ならともかく、カービィとワドルディが何故会話が成立しているように見えるのかは疑問だが。

 

 ともかく、彼らが楽しい時間を過ごしているのは間違いない。

 やがて腹ごしらえも終え、元気を取り戻したカービィは再びスターロッドを旗印としてあげる。

 後片付けを終えたワドルディ達も一斉にその突起のような手をあげる。

 そしてまたわらわらと歩き出すカービィとワドルディ一行。

 

 その先には、霊達の集まる優美な建物が鎮座していた。

 

 

●○●○●

 

 

「ロケットってこれか?」

 

 魔理沙は冥界の入り口付近にそびえ立つ流線型の塔を見て呟く。

 妙に画力の良いワドルディが描いた絵と酷似しているあたり間違いない。

 

 

「……って、コレまであるのか……」

 

 さらに、その脇には守矢の神二柱を吹き飛ばした竜のような物体まであるではないか。

 こんなところに放っておいて、大丈夫なのだろうか?

 若干躊躇したが、さすがに背負っていけないと判断し、置いておくことにする。

 そしてまだ誰か残っているのかと思い、ロケットの中を覗いてみる。

 

 すると、いた。

 椅子の上で眠る一体のワドルディの姿が。

 彼がお留守番ということなのだろうが、寝てしまっては意味がない。

 

 魔理沙は腕を伸ばし、つついてみる。

 嫌そうに身をよじるが、起きる気配はない。完全に熟睡している。

 呆れつつも、起こすのは少々かわいそうなので、放っておく。

 

 ただし、筆でワドルディの顔に勇ましい太眉を落書きしてから。

 

「落ちやすい墨だし、大丈夫だろう。……さて、カービィ達はどこに行ったか……考えられるとしたら……白玉楼だよなぁ。」

 

 もとより予感はしていた。

 いつまで経っても特定の季節にならない、という異変は前にもあった。

 そしてその異変の発生源は、ここだったのだ。

 紅い霧の再発という現象が起きている以上、考えるまでもない。

 

 魔理沙の脳裏に浮かぶのは、一人の艶やかな亡霊の姿。

 箒にまたがり、白玉楼へと一直線に向かったのだった。

 

 

●○●○●

 

 

 白玉楼の漆喰の壁の前に、カービィとワドルディはぽかんとした表情で佇んでいた。

 目の前にあるのは高い壁。

 カービィはホバリングで飛べるとして、ワドルディにこの壁を越える術はない。

 

 さて、どうしよう?

 カービィとワドルディ達は顔を見合わせ、相談らしきものをしだす。

 すると、ふと一体のワドルディが思い出したようにリュックの中を漁り出す。

 そしてその手を引き抜いた時、その手にはあるものが握られていた。

 それは赤い紐と青い紐。

 そのワドルディは少し思案した後、赤い紐を納め、青い紐をカービィに渡した。

 するとカービィは合点がいったように、青い紐を吸い込み、飲み込んだ。

 

 すると、どうだろうか。カービィに淡い光が集まり、晴れた時には既にカービィの姿は若干変わっていた。

 青い鉢巻をその頭に巻いているのだ。

 見た目の変化は些細なものだが、しかし内包する力は全く違う。

 

 ワドルディ達はコクリと頷き合図を送る。

 カービィも応じて頷く。

 そしておもむろにワドルディの一体に凄まじい速度で接近した。

 

 そしてそのまま、ポイと投げた。

 壁の上に乗るように優しくではあるが。

 そして他のワドルディも同じように掴んでは投げ、掴んでは投げを繰り返し、めでたく全てのワドルディが壁の上に上がることに成功した。

 そしてカービィもホバリングで壁の上に登り、待っていたワドルディ達と喜びのハイタッチを交わす。

 一通り喜びを分かち合うと、ポテポテという擬音がふさわしい様子で敷地内へと降り立つ。

 

 そこに広がるのは、美しい日本庭園であった。

 まるで水面のように滑らかな枯山水。しなやかにくねる赤松。そして日を反射する朱の橋。

 その庭を管理するものは、さぞ腕の良いものなのだろう。

 そして、主人は相当の有力者に違いない。

 

 ワドルディ達はその美しい庭に見惚れる。

 だが残念ながら、カービィには庭の良し悪しはわからない。

 特に何の感情を抱くことなく、キョロキョロと目的のものを見つけ出そうとしている。

 

 そうやって無遠慮に歩いたからか。

 

「曲者!」

 

 怒声とともに、金属の煌めきが目に入る。

 それを目にしたカービィは、その素早い動きで無理やりかわす。

 

 いきなりの攻撃に、カービィもワドルディも動揺を隠せない。

 しかしあからさまに人の家に侵入して、住人が怒ることを予想できなかったのだろうか?

 おそらく、元いた世界がそういったところがおおらかだったからだろう。

 文化の違いというものは、常に衝突の可能性を孕んでいるのだ。

 

 閑話休題。

 カービィに斬りかかったのは緑色のワンピースを着て、日本刀を両手に持った二刀流の剣士。

 その髪は銀のおかっぱに、黒いリボンをつけたもの。

 そして、その周りにはひときわ大きな霊が浮かんでいたのだ。



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幽々子と桃色玉 ☆

 幽々子様の腹ペコキャラはほぼ公式だそうで。
 『心綺楼』の背景でおにぎりを凄まじいペースで無限に食いまくってましたしねぇ……



 二刀流の剣士の少女は、その日本の刀を手に、じりじりと間合いを詰めて行く。

 カービィもまた、横へとずれながらも間合いを詰める。

 

 この戦いはカービィにとっても非常に厳しいものがある。

 それは相手の得物。長めの日本刀は、カービィの現在の能力の真価を発揮できる密着戦へ持ち込むことを拒んでいる。

 例え初撃をかわしても、直後に第二撃、すなわち二本目の刀が襲いかかってくるだろう。

 だからこそ、カービィは傍から隙をついての突貫を狙わなくてはならない。

 

 とはいえ、カービィに不利なことばかりではない。

 カービィは相手が二刀流の剣士であることから接近戦に持ち込むのは分かる。

 しかし、相対する二刀流の剣士からは、鉢巻を巻いただけの桃色玉がどのような攻撃手段にでるかは予測し得ない。

 装備の上では剣士が上、情報量においてはカービィの方に軍配があがる。

 ある種五分と五分の条件と言える。

 そしてワドルディ達は、両者の戦いを静かに見守るのみ。

 

 やがて戦いの火蓋は、何の前触れもなく切られた。

 二刀流の剣士はカービィに向けて突貫する。

 その速度は尋常なものではなく、離れて見ていても注視していなければ見失うほど。

 しかし、カービィもまた負けてはいなかった。

 華麗な足さばきで、瞬間的に二刀流の剣士を上回る速度を出し、回り込もうとする。

 その様子は、上から俯瞰するものがいれば円状に追いかけっこをしているように見えただろう。

 

 その膠着状態は長く続いた。

 どちらも戦士として鍛えられているために、疲れの色は見えない。

 だが、なかなか仕留められないでいる剣士は、その顔に焦りの色を浮かべ始めた。

 

 その途端。

 剣士は宙を舞いだした。

 そして上空から、弾丸を刀の剣閃から生み出し飛ばしてきたのだ。

 雨あられと降り注ぐ弾丸に、さしものカービィも慌て出す。

 高密度の弾幕を避ける技術は、カービィはそこまで上手くはない。

 だからこそ、カービィはその場に釘付けにされてしまった。

 

 攻勢に出れない中、剣士は更に周囲を漂っていた大きな霊をカービィに向け飛ばす。

 この一撃で決める気なのだろう。

 だが、そう結果を焦ったことが命取りであった。

 カービィはその大きな霊を見つけるやいなや、またその独自の足さばきで急加速する。

 その先にあるのは、突撃する大きな霊。

 そしてそれを、あろうことかカービィは掴んで見せたのだ。

 その霊を掴んだま、カービィは地を蹴り大きく跳躍した。

 そして空中で一回転し、剣士に向けてその霊を叩きつけんと飛来してくる。

 しかも、弾を弾きながら。

 

 意表を突かれた妖夢は避けきることはできなかった。

 しかし、峰による防御は成功した。

 半霊が剣の峰に叩きつけられ、体当たりもできる半物質である半霊からダメージが伝わって来る。

 そしてそのまま大きく吹き飛ばされ、見事な枯山水に乱れを作る。

 

 華奢な体の剣士へのダメージは決して少なくはないはずだが、それでもすぐに立ち上がり、構える。

 カービィも着地し、すぐにどんな場合でも対処できる構えを示す。

 ワドルディ達は離れてカービィを応援する。

 

 一触即発。蚊一匹が止まる、そんな些細な刺激で張り裂けんばかりの緊張の糸。

 その緊張の糸は今にも限界を迎えそうであった。

 

 だが、その糸が千切れるより早く、両者の動きを止めるものがあった。

 それは、鈴の音のような澄んだ声。

 

「妖夢、そこまでよ。お客人に失礼だわ。」

「っ!」

 

 その声が途端、妖夢と呼ばれた剣士はピクリと震える。

 そしてすぐさま、その二本の刀を鞘にしまった。

 

 その声の主は誰か。

 カービィ、そしてワドルディも、その正体を知るべく声のした方を一斉に向く。

 そこにいたのは、人魂に囲まれた女性であった。

 青い浴衣か着物のような服に、渦巻き模様の三角巾がつけられた青いモブキャップを被り、そこから桃色の髪が覗き、白磁のような肌を持っていた。

 しかしその肌の白さは、どちらかというと生気が感じられない白さにも見えた。

 

 そしてその女性は、ゆったりとした、気品ある動きで、こちらにゆっくりと近づいてきた。

 

「こんにちは。私は西行寺幽々子。あなたの名前は?」

「カービィ!」

「そう、カービィっていうの。そして、あなたたちは?」

「……」

「……そう、話せないの。それならしょうがないわね。」

「幽々子様! いいんですか!?」

 

 侵入してきたはずのカービィに対しておおらかな幽々子。

 しかし妖夢はそれに納得がいっていないようだ。

 そんな妖夢に、幽々子は諭すように語る。

 

「あらあら、この子は『お客人』よ? わからないの?」

「え? いや……えっ?」

 

 果たして今日この時間に来客の予定なぞあっただろうか?

 首をひねり思い出そうとする妖夢。

 だが、いくら思い出そうとしても、そんな予定なんか思い出せない。

 つまりそんな予定入れていないはずだ。

 そう気づき、顔を上げた頃にはもう遅い。

 幽々子はカービィとワドルディ達の手を引き、白玉楼に連れ込んでいた。

 

「ちょっ……幽々子様ぁ!」

「妖〜夢〜! お客様用に何かお茶とお菓子を用意して頂戴。あ、いややっぱり晩御飯にして頂戴。」

「えぇぇ……本当にいいんですか……」

 

 呆れ返る妖夢。

 しかし幽々子は気にも留めない。

 

 今日も今日とて主の自由奔放さに振り回される。

 これが妖夢の日常であった。

 

 

●○●○●

 

 

 机に並べられたのは懐石料理。

 味はもちろん、見た目でも楽しませてくれる料理が、宴会用の机に所狭しと並べられている。

 これだけの量を幽霊達と手伝ってやったとはいえ、短時間で作ってしまうのだから、妖夢の腕前も素晴らしい。

 そしてその妖夢の努力の結晶が並べられた机を取り囲むのは、ワドルディ達、幽々子、そして……

 

「ふふふ、まだまだ食べられるの?」

「むぐ、ぽよ!」

「あらあら、可愛いわねぇ。」

 

 大量に積まれた皿から覗く桃色玉。

 そう、カービィに他ならない。

 ワドルディ達は既に夕飯を食べた為に余った分量を、全てカービィ一人で食べてしまったのだ。

 

 幽々子は非常に愉快そうである。

 が、対して妖夢は冷や汗が止まらない。

 幽々子が毎日食べる量は常人のそれではない。

 時々なんだかんだ言って一度に二人分食べたりするのだ。

 結果白玉楼のエンゲル係数は女性二人ぶんとは思えないほど高い数値になっていたのだ。

 そしてもう一つ。幽々子は自由奔放なところがある。

 妖夢もなんどもその奔放さに振り回されてきた。

 その二つの条件下で、妖夢が最も恐れることがあった。

 それが現実にならないことを、妖夢は必死になって祈っていた。

 が、しかし。現実は非情である。

 

「ねぇ妖夢、この子達うちで預かっていい?」

 

 冗談ではない。エンゲル係数が100%に極限まで近づく。

 

「……やめてください。」

「えぇ? なんで?」

「幽々子様……こんなにたくさん預かったら家計が……」

「じゃあカービィかあなた達何人か、かわりばんこで来なさいよ。」

「いやそれも……」

 

 もし二日に一度ペースで来たら、二日に一度食料が吹き飛ぶことになるではないか。

 

「あらあら、もう完食しちゃったのね。」

「ぽよ!」

 

 三日に一度ペースでも、たとえ一週間に一度でもお断りしたい。

 

「妖夢〜、追加お願い。」

 

 っていうか二度と来ないでほしい。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 しかし自由の塊たる幽々子は、先の発言とは全く関係のない話をし始める。

 

「ところでカービィ。ここに来た理由があるんでしょう?」

「うぃ!」

「そうよね……あなたが来た理由はわかる。けど、あなたに頼めることなのかわからないんだけどね……」

「幽々子様……?」

 

 我に帰った妖夢は、おもむろに外へ繋がる障子を開けようとする幽々子の行動に疑問の声を上げる。

 その障子を開いた先。その遥か先には一本の大樹が聳え立っていた

 それは、花も葉もついていない、桜の木であった。

 

「西行妖……いつの間にかあった、花を咲かせぬ桜の木……一度花を咲かせたくって、春を集めたこともあったっけ。」

 

 幽々子は懐かしむように、目を閉じる。

 そして、困ったようにこうつぶやいた。

 

「でも、今はもう、制御もできないの。」




「みんなで決めるゲームランキング」見て来たんですけど、カービィの快進撃すごいですね。
そしてアンチの数もすごい(笑)
まぁ、ぽっと出のゲームが二十年越えの歴史を持つゲームには勝てる道理はないのです
……東方頑張れ


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西行妖と桃色玉

「……えっ?」

 

 意外にも、驚きの声を最初にあげたのは妖夢であった。

 その反応から察するに、おそらく幽々子から秘密にされて来たのだろう。

 

「幽々子様……それは一体……?」

「言葉そのものの意味よ。しばらく前から、西行妖を御する事が出来なくなったのよ。」

「そんな……でもそんな兆候は!」

「妖夢、最近顕界では冷害が起こっているそうね?」

「そうですが……まさか!」

「そういうことよ。西行妖が無理やり温気を奪っているの。桜を咲かせるために、ね。」

 

 唖然とする妖夢。

 しかしカービィはなんのこっちゃわからないといった様子。

 とりあえず、『さいぎょうあやかし』を退治すればいいの? とでも考えているのだろう。

 

 対して、ワドルディ達はリュックの中から何かを取り出していた。

 それは、大量の新聞の束。

 過去に様々な天狗が書いたものを集めたもので、中には『文々。新聞』や『花果子念報』なども混じっている。

 そしてその新聞の束から、ある日付の新聞を取り出す。

 その日付の新聞にはどれも一面に『奪われた春が戻った』事、『犯人は亡霊』である事、『動機は妖怪桜の開花』である事が書かれていた。

 ワドルディ達は過去に幽々子がその西行妖という桜を使って『異変』と呼ばれるものを起こしたことを突き止めたのだ。

 それと同時に、この当時は幽々子が西行妖を制御下に置けていた事も。

 

 植物とは、精神の存在が曖昧なもの。

 妖怪と化してもそれは変わらない。

 なら、なぜ西行妖は暴走するのか。

 

 詳しいことはわからない。

 しかし、漠然と予想はつく。

 分裂したが故に中途半端な力によって、狂わされているのだと。

 

 ワドルディ達が頭を寄せ合って思案し、カービィがその『さいぎょうあやかし』をきょろきょろと辺りを見回して探し、妖夢が衝撃を受けていた時。

 ここで、第三者が乱入して来た。

 

「カービィ、ここにいるのか!?」

 

 上空から飛ばされる怒声。

 それは、魔理沙のものに違いなかった。

 

 その声に反応し、カービィは縁側に駆け寄る。

 そして見上げた先には、やはり箒にまたがった魔理沙が空を飛んでいたのだ。

 

「ぽよ!」

「ああ、やっぱりそこにいたのか。安心したぜ。……それでだ、幽々子。」

 

 視線はカービィから、もともと縁側にいた幽々子へと注がれる。

 その視線も、柔らかいものから厳しいものへと様変わりする。

 

「幻想郷での冷害……これはお前の仕業だな?」

「あらあら、入ってくるなり無礼ね。厳密には西行妖の仕業よ?」

「それは前もそうだろうが。春を集めて西行妖に渡していたんだろう? そして今回はどうやってかは知らんが、何か春に代わるものを西行妖に渡し、冷害が起きている。」

「今回は西行妖の自律意志よ。」

「植物に自律意志があるわけないだろ!」

 

 徐々に両者の言い合いが熱を帯びてくる。

 そして、ついに魔理沙が懐からあるものを取り出した。

 それは、ミニ八卦炉。

 

「こうなりゃパワーで押し倒すまでだぜ!」

「ふふふ、やってみなさい、人間風情が。妖夢、西行妖は頼んだわよ。」

 

 幽々子は空へと舞い上がり、そして周囲に魔法陣が浮かび上がる。

 そして、幽々子は懐から何枚かの札を取り出し、掲げる。

 

「弾幕ごっこといきましょうか。亡郷『亡我郷-自尽-』。」

 

 そして放たれる、色とりどりの弾幕。

 先ほど妖夢から放たれたものを見たとはいえ、ここまでの密度ではなかった。

 しかし、その弾幕を魔理沙は被弾するでも打ち消すでもなく、全て華麗に避けてゆくのだ。

 

 これが、カービィの見た初めての『弾幕ごっこ』であった。

 

 なんと恐ろしく、そして美しいのだろう。

 一撃の威力は大したことはないが、その密度はカービィの出会った敵のどれにも勝る。

 

 いや、見とれている場合ではなかった。

 魔理沙と幽々子が目の前で乱闘をしているのだ。

 止めねばならない。

 

 そう思い、カービィはその戦いに割って入ろうとする。

 だがしかし、その足を止めるものがいた。

 それは、意外にも幽々子の従者、妖夢であった。

 

「カービィ。心配は無用です。弾幕ごっこは殺生禁止の争い事の解決方法ですから。それを邪魔する方が無粋というものです。……それより、幽々子様のご命令があるでしょう? そっちを優先しましょう。」

 

 そして半ば強引にカービィの手を引き、西行妖の佇む地へと向かったのだ。

 そしてそれについてゆくワドルディ達。

 手を引かれるカービィが目にしたのは、より激しさを増す桜のような弾幕であった。

 

 その桜は、まるで誰かの憧れのようにも見えた。

 

 

●○●○●

 

 

 手を引かれるがままに連れられたのは、葉も花もない桜の木。

 しかしその幹の大きさは、長くその地で生きてきたことを示している。

 その荘厳な威を放つ桜の木は、しかしどこか狂気じみたものを孕んでいるようにすら見えた。

 

 これが、『さいぎょうあやかし』なのだろうか。

 

 カービィが疑問を浮かべていると、隣で妖夢も訝しげな声を出す。

 

「おかしい……いつの間にここまでの妖気を? 本当に幽々子様の制御下から外れているの?」

 

 妖夢の疑問はカービィやワドルディには理解できなかった。

 だが、この木が異常である事は、手に取るようにわかる。

 しかしどうすれば良いのかまでは、さっぱりわからなかった。

 

 だが、その時。

 カービィが異変に気がつきどこからか黄色いスターロッドを取り出す。

 それは今まで以上に強い光を放っていた。

 

 近い。

 分割されたスターロッドはこの近くにある。

 そしてよくよく見てみれば、西行妖の枝に引っかかるように、緑色のスターロッドがあるではないか。

 そう気がついたのは良かった。

 

 だが、あまりに遅かった。

 

 ドクン、という心臓の拍動のような音が、西行妖から響き渡る。

 そして、ひときわ強い光が漏れ出した。

 

 

●○●○●

 

 

「ふふふ、なかなかやるわねぇ。」

「くっそ、まだまだぁ!」

 

 魔理沙と幽々子は未だに弾幕ごっこに興じていた。

 『ごっこ』と言えども、本人達はいたって真剣である。

 その弾幕の密度は見る見る高くなってゆく。

 だが、その真剣勝負に水を差すものがあった。

 

「あんたらなにやってんのよ!」

「ちょっと、霊夢さん!」

「……」

 

 それは、飛来してきた霊夢と早苗、そして雛であった。

 無粋な闖入者に、魔理沙は不快感をあらわにする。

 幽々子も弾幕を止め、霊夢達に目をやる。

 

「なんだよ霊夢。邪魔するなよ!」

「んなことやっている場合じゃないわよ!」

「はぁ?」

「冷害とかそういうレベルじゃなくなったんです! 雹とか雷とか竜巻とか、もう異常気象が起こりまくりなんです!」

「各地で被害も出ているわ。事態は一刻を争うのよ。」

「ならこいつを退治すれば……」

「そいつはほぼ無関係よ。」

「なんで言い切れるんだよ。」

「勘よ。」

 

 堂々と言ってのける霊夢に、魔理沙は開いた口が塞がらない。

 

 と、その時。

 

 拍動のような音が鳴り響いた。

 同時に、狂おしいほど強い光も。

 その発生源は、西行妖であった。

 

「……だから言ったでしょう? 西行妖が私の制御下から離れてしまった、って。」

「待って。それって植物が自由意志を持っているってこと?」

「やっぱりありえん……」

「あの、ちょっといいですか?」

 

 この緊急事態に、おずおずと早苗は手をあげる。

 そして、ポツリと疑問を放った。

 

「なんでカービィはここに来たんですかね?」

「それは……」

 

 そこで魔理沙は、顕界で見たワドルディ達の絵を思い出す。

 幽霊の集まる地、冥界。そこに一緒に描かれたものを。

 

「そうか、スターロッド!」

「それを追って来た、ってこと?」

「だな。そしてスターロッドの効果は……」

「確か、『夢を生み出す力』、『夢に力を与える力』、『夢を叶える力』……そんな効果だったはずです。」

「私は『スターロッド』って単語は初耳なんだけど、その、『夢を生み出す力』って、ある種の『精神を与える力』ともいえない?」

「あ……」

 

 その時、ひときわ大きな音が響いた。

 まるで、巨大な何かの産声のような音が。

 それと同時に、西行妖は、ゆっくりとその巨体を揺らし出したのだ。

 

 動かぬはずの、精神なき植物の妖が、精神を持ち、そして、自力で動き出したのだ。

 

 精神なき西行妖が、スターロッドによって夢を与えられた。

 その願いは、『桜を満開にすること』。

 そしてその願いは、スターロッドによって強引に叶えられようとしていた。

 その願いの先に何があるのかなど、一切省みることなく。



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夢魘の夢見草と虚無な夢見鳥と桃色玉

Q.なぜ昨日投稿しなかったのか?
A.ハイドラのチャージが切れた。

……単に忘れていただけですごめんなさい。

ちなみに夢見草は桜の異称、夢見鳥は蝶の異称です。なんだか妖々夢のテーマの一貫性を感じさせますね。


「オォオオオオオオオオォォォオオォォ!!」

 

 冥界に轟く咆哮は、実体なき幽霊すら震え上がらせる。

 

 顔などの器官無き木が、なぜ咆哮を上げることができるのか。

 答えは、至極単純。

 西行妖の幹が横一文字に裂け、そこから樹液が口内粘液のようにだらだらと滴っているのだ。

 そしてその裂け目が蠢くたびに、魂を鷲掴むような咆哮が響き渡るのだ。

 

 それだけではない。

 口のような裂け目の上部に、もう一つ小さな裂け目があった。

 そこから覗くのは、白濁した眼球。まさに死人のそれであった。

 

 濁った目で、西行妖は何を見ているのだろう。

 果たして、西行妖にこの世界は見えているのだろうか。

 否。見えているはずがない。

 願望に、欲望に、夢に呑まれ、夢魘に喘いでいるのだ。

 春の終わりに、無理やり春を集めた結果、顕界に異常気象まで起こして。

 一体なんのために花を咲かせたかったのかも、おそらく西行妖の与えられた精神は理解していない。

 ただ目の前にいる自らの夢を妨害せんとする者達を、その自由になった枝で薙ぎ倒す事しか、おそらく考えていない。

 ごう、という空気の震える音とともに、その太い枝は振り下ろされる。

 

「くっ!」

「ぽよっ!」

「……」

 

 妖夢は跳び退き、カービィは転がり、ワドルディ達はワラワラとその場から離れる。

 初撃はかわした。

 しかし、枝は一本や二本ではない。

 無数の枝が、妖夢とカービィ、ワドルディ達に向けて殺到する。

 ワドルディ達は散開して後方に下がり、カービィは転がるように避け、妖夢は飛行や二本の刀でいなし避けてゆく。

 

 それだけではない。

 西行妖の口から、瘴気が溢れ出てくる。

 靄のように広がるそれは、死の瘴気に違いなかった。

 妖夢は半霊としての性質故に、その正体を見極めた。

 カービィも今までの戦闘の経験から、危険なものであると判断することができた。

 妖夢もカービィも一度ワドルディ達が退避した地点まで後退し、西行妖を睨みつけた。

 

 白濁した隻眼は、こちらをぼんやりと見ている。

 そして尚も口から死の瘴気を吐いている。

 その死の瘴気が西行妖を守るように纏わり付き、西行妖の周囲が絶死の空間と化す。

 攻めきれないもどかしさに、妖夢の刀を持つ手に力が入る。

 

 その膠着状態の最中、新たに上空から影が見えた。

 それは魔理沙と幽々子、いつの間にかやって来た霊夢と早苗、そして雛だった。

 

「カービィ、大丈夫か!?」

「うぃ!」

「怪我してない?」

 

 魔理沙と雛はすぐさまカービィに駆け寄る。

 霊夢と早苗はお祓い棒を構え、幽々子はそれを上空から俯瞰する。

 

「霊夢、早苗、頼むから……西行妖は殺さないでよ?」

「そんな無茶言わないでよ。」

「調伏……できたらの話ですけど……やれるだけやってみます。」

 

 難易度の高い幽々子の頼みに、難色を示す二人。

 しかし、下手に刺激し、下に埋まっているものが露わになったら……

 ……アイツは、きっと悲しむだろう。

 胡散臭く好きなわけではないが、しかし霊夢とて泣き姿を見たいわけではない。

 

「……ま、善処するわ。」

 

 そして霊夢と早苗は、枝の届かない遠距離から札を飛ばす。

 対象は巨木。遠距離からとはいえ、その札が外れることなどなかった。

 しかし、残念ながら霊夢達の想定は甘かった。

 間違いなく札は当たった。

 しかし、邪なものであるはずの西行妖は清浄なものである札による攻撃に、一切の痛痒を示さなかったのだ。

 

「そんな、なんで!?」

「……スターロッド……穢れなきもの……もしや、西行妖の『邪』を、スターロッドの『正』が中和しているんじゃないの?」

 

 雛の推理に、霊夢は舌打ちをする。

 

「それじゃ、大した効果がない……お祓いのしようがないじゃない!」

「お祓い用じゃなくて、封印系統や人外に総じて効果のある系統のお札を使いましょう!」

 

 早苗はさっきまでとは別種類のお札を取り出す。

 そして再び、西行妖へと投げつけた。

 効果は目に見えてあった。

 一瞬動きを止めたかと思うと、札が当たった部分が弾け飛んだのだ。

 与える損傷は想定よりも低いが、確かな威力がある。

 そしてお札の貯蔵は十分。

 押し切れる。

 

 そう、思った時だった。

 

「ァアアアァアアアアアアアアァァァァァ!!」

 

 耳をつんざく咆哮。

 それと同時に、西行妖の口に光が集う。

 そしてそれが、光球へと成長した時。

 高周波の音を出しながら、その光球から紫色の熱線を吐いたのだ。

 その熱線は大地をえぐり、そして爆裂し、大地をめくる。

 これだけの攻撃で、被害が出ない方がおかしい。

 着弾地点は爆裂し、直撃こそしなかったものの、霊夢や早苗、そして雛までもふき飛んだ。

 

 

「ぽよっ!」

「大丈夫だ。今は煙で見えんが……あいつは無事だ。」

 

 目撃したカービィが悲痛な声を上げるが、それを魔理沙は宥める。

 何せ、未だ目の前の脅威は排除できていないのだから。

 

 なにか、何か打つ手はあるのか?

 まとわりつく瘴気……恐らくは死の瘴気が邪魔で、接近戦に持ち込めない。

 当然、スターロッドの回収などできっこない。

 とすると、遠距離でちまちま削るしかないのか。

 

 そう思っていた時。

 魔理沙は意外なものを目にした。

 

 それは、幽々子の操る幽霊。

 それらが必死に死の瘴気へと体当たりし、瘴気を退けていたのだ。

 

 そう、幽霊とは実体のない、すでに死した魂。

 確かに霊ならば、死の瘴気の影響を受け得ない。

 

 いける。

 

 そう、思った時。

 

「ギェェエエエエエェェェエエエェェェェェ!!」

 

 狂おしい咆哮が、また上がる。

 それと同時に、幽霊を操り死の瘴気を押し込んでいた幽々子を、その枝で捉えたのだ。

 最早西行妖は、主人が誰であるのかすら、その狂った精神のせいで忘れ去っていた。

 

 幽々子はもがくも、力の差は歴然。

 死を与える能力ならば、この場で西行妖を止めることはできるだろう。

 しかしそれは、幽々子の支えを、幽々子の願望を、潰すことと同義であった。

 

「幽々子様っ!!」

 

 妖夢は叫び刀を持って突貫するが、もう遅い。

 札や厄も飛び交うが、力が足りない。

 そして西行妖はその大口を開け……

 

 

 その口に、流線型の塔が突き刺さった。

 

 直後、爆発四散する流線型の塔。

 全員が予想だにしなかった事態に驚愕する中、その煙の中からそれは飛んできた。

 パラシュートを開き、中の荷物をちゃっかり全て無事に持ち出し、落下してくる太眉が描かれたワドルディ。

 そう、ワドルディ達が乗ってきたロケットの中で留守番をしていたものだ。

 その異常事態に気がつき、ロケットで突貫し、駆けつけたのだろう。

 その衝撃は並大抵のものではなく、西行妖を怯ませ、妖夢が幽々子を解放させるに十分な時間を与えた。

 

 それと同時に、一転して攻勢に転じる時間も。

 

 太眉ワドルディは着地した後、すぐさまあるものをカービィに向けて投げつけた。

 それは、唐草模様のほっかむり。

 カービィはすぐさまそれを吸い込み、金属のバイザーを被った姿に変化する。

 そして魔理沙はそれを確認するやいなや、張り裂けんばかりに声を張る。

 これが、残された一つの可能性だと信じているから。

 

「カービィ、幽々子だ。幽々子を『コピー』しろ!」

「ぽよっ!」

 

 その光は、幽々子を包み込む。

 そして、すぐさまカービィの姿は光に包まれる。

 その光が晴れた時、魔理沙の予想通りの姿がそこにあった。

 

 いくつかの人魂を引き連れたその姿。

 渦巻き模様の三角巾がついた青いモブキャップを被ったその姿。

 優雅に扇子を扇ぐその姿。

 

 それは、幽々子の『コピー』に他ならなかった。



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あしたはあしたのかぜがふく

 幽々子を模した姿になったカービィに、さらに魔理沙は指示を出す。

 

「今のカービィなら幽霊を扱えるはずだ! その幽霊を使って死の瘴気を押しのけるんだ!」

「ぽよ!」

 

 魔理沙に応じて、カービィは扇子を振りかざす。

 そして周囲に大量の幽霊を呼び寄せた。

 その幽霊達は、死の瘴気へと突撃する。

 

「なるほど……カービィ、あなたの力はわかったわ。恐ろしいほど。……では、本家たる私も手伝いましょうか。」

 

 幽々子はそう呟くと、またも幽霊達を呼び寄せ、カービィが操っている幽霊と同じように死の瘴気を西行妖から遠ざけようとする。

 

 その作戦の効果は確かにあった。

 実体なき幽霊と西行妖の争いは、苛烈を極めるものであった。

 

 次々と死の瘴気を吐き続ける西行妖。

 そしてそれを押し返す幽霊達。

 両者拮抗するも、その均衡はようやく破られた。

 それは、無数の札、太いレーザー、厄の塊。

 本体を叩いてダメなら、死の瘴気を。

 そんな考えの下に行われた、集中砲火。

 その思考はある種勘によるものだが、幾多の修羅場を抜けてきた猛者達の勘ほど信じられるものはない。

 

 ついに死の瘴気が、幽霊や弾幕によって一箇所にあつめられる。

 直後に動いたのは、カービィ。続いて妖夢。

 扇子を仰ぎ現れたのは、無数の桃色の蝶。

 それらはヒラヒラと舞い、死の瘴気を包み込む。

 そして遥か上空へと運んでいった。

 それは、夢見草がみた悪い夢を、夢見鳥が癒して行くかのように見えた。

 そして、ガラ空きの本体に、妖夢は突貫する。

 

「妖夢! スターロッドだ! 星のついた杖をもぎ取れ!」

「わかってます! 」

 

 突貫する妖夢に向け、西行妖は枝を飛ばし、弾幕を放つ。

 しかし妖夢は止まらない。

 

「西行妖にも余計な枝が増えてきたなって思ってたところなんです。この際、剪定もしちゃいますよ!」

 

 妖夢は二本の刀を振るい、襲いかかる枝を斬りはらい、流れるような動きで幹に肉薄する。

 そして、足元を払おうと迫ってきた枝を踏み台にし、大きく飛び上がる。

 そしてそのまま、枝に引っかかっていた緑のスターロッドを奪い取った。

 

「キャァアアアァァァァァアアアァァァ!!」

 

 耳障りな悲鳴とともに、目に見えて西行妖の動きが鈍ってゆくのが確認できた。

 この最大の好機に、西行妖へトドメを刺したのは霊夢であった。

 

「これで終わりよ! 『夢想封印』!」

 

 大量の札が西行妖を取り囲み、陰陽玉が膨張し、西行妖を結界で取り囲む。

 そして、西行妖は眩いばかりの光で包まれた。

 その光が晴れた時には、西行妖は元の姿……動きもせぬ、葉も花もない桜の木の姿に戻っていた。

 ここまで順調に進んだのは、まだスターロッドとの融合があまり進んでいなかったからだろう。

 まだ不完全だったからこそ、西行妖は元に戻ることができた。

 まだ不完全だったからこそ、西行妖はかいぶつになりきらなかったのだ。

 幸運なことに、完全な手遅れではなかったのだ。

 

 成すべき事を成し遂げた後のしばしの静寂。

 そして、我に帰ったワドルディ達がワラワラとカービィの元に集まる。

 カービィとワドルディが一斉に左手をあげるポーズをした後、唐突にそれは行われた。

 右へ、左へ、ステップをし、バク転し、左へ転がり、右へ側転し、クルクル回ってまた手をあげるポーズを決める。

 

「はぁい!」

「……」

 

 紛れもなく、それは舞踊(ダンス)であった。

 突拍子も無い行動に皆唖然とする中、一人分の静かな拍手が送られる。

 それは、幽々子の拍手だった。

 

「『ブラボー、ブラボー』って西洋では言うのでしょう? 」

 

 死闘の後とは思えないほどのゆるい発言に、全員が呆れ返る。

 その呆れが、緊張をほぐしたのだろう。

 気がつけば、皆笑っていた。

 その笑顔の向けられた先にいるカービィやワドルディも、なにを笑っているか理解してはないがつられて笑い出す。

 

 その光景はまるで、先の戦闘が夢であったかのようだった。

 

 

●○●○●

 

 

「なるほどねぇ。それが夢を与える道具なのね。」

 

 幽々子は黄色と緑の二本のスターロッドを眺めて呟く。

 

「そうらしいぜ。ただこの状態だと、七つに力を分割されているらしい。」

「それで、その中途半端さが西行妖を狂わせた、と言うことですか?」

「そう言うことになるわよね。全く傍迷惑な。」

「……本編では神聖なアイテムだ、って諏訪子様は仰ってたんですけど……」

「神の力は益も禍ももたらすの。私を見ればわかるでしょう? 要は使い方次第よ。」

 

 幻想郷の住人が深夜に議論を交わす中、カービィとワドルディは既に夢心地である。

 その安らかな顔を見て、幽々子はくすりと笑う。

 

「なんだか、夢見もよくしてくれそうね。」

「あ、それは本当っぽいぜ。カービィをウチに泊めているが、私もしばらく快眠続きだからな!」

「ヘェ〜、そんな効果があったんですか! 一家に一台スターロッドですねー。」

「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ。願いを歪んで叶えるような代物、害悪でしかないわ。全部集めたらまともになるらしいけど、それまで力は封印するわよ。」

 

 そしてぺたん! とスターロッドに札を貼り付け、指を複雑に数度動かす。

 常人にはなにをやっているかわからないだろうが、これこそ博麗の巫女の御技である。

 

 そんなことをやっている間、雛は優しくカービィとワドルディを撫で、落書きされた太眉を落としていた。

 

「本当、可愛くて……不思議ね。一体どこから来たのかしら。」

「ゲームでは『ポップスター』という惑星の『プププランド』にやって来た旅人って設定だったはずですよ?」

「どこよ、それ。」

「……さぁ。とりあえず地球ではないことは確かなんですけどね……」

「本当はカービィ本人に聞いた方が早いんだが……喋れないしな、こいつ。ワドルディはそもそも口がないからわからないし……どうしたもんだか。」

「誰かその『ぽっぷすたー』に話のできる奴はいないの?」

「さぁ……あ、でも何人かいた気がします。ゲゲゲだかゼゼゼだか忘れましたが、とりあえず大王キャラ一人と、ダメタ……メタルナイトだったかな? そんな騎士キャラ一人。その二人は話せたと思います。」

「ふぅん。べべべだかダメナイトだか知らないし、あんまり歓迎はしたくないけど、その『ぽっぷすたー』の道具が暴走している以上、来てくれないと困るわね。」

「無い物ねだりしてもしょうがないでしょう?」

「そうね。まずは自分たちでなんとかしないとね。」

 

 雛と幽々子がたしなめ、白熱した議論は一旦中止される。

 そして、ぽつりと魔理沙はこぼした。

 

「カービィ、お前は外では『ゲーム』として人気なんだろう? ならなんでお前は幻想郷に来たんだろうな。」

 

 その呟きは誰も拾うことはなく、静かに白玉楼の客間に溶け込んだ。

 

 結局その日は遅いからと言って、慰労も兼ねて白玉楼で泊めてもらった。

 そして次の日の朝、白玉楼を出る時が来た。

 早苗と霊夢はとっとと先に行ってしまった。

 ワドルディ達はロケットを失い、どうやって帰るのかと思ったが、なんと持参した紅白の日傘を開き、身を投げ、ゆらゆらとゆっくり落下して行った。

 つくづく不可思議な連中である。

 

 そして後に残ったのは魔理沙と雛、そしてドラグーンに乗ったカービィ。

 ドラグーンの駆動機らしきものを動かし、いつでも発進できるようにしたカービィに、幽々子は近づいた。

 

「今回はありがとうね。またいらっしゃい。お食事をたくさん作って待っているから。」

「うぃ!」

 

 後ろではその大量の食事を作るハメになるであろう妖夢がすごく嫌そうな顔をしていたが、主人には逆らえない。

 妖夢が受けるであろう受難を、魔理沙と雛は二人して密かに笑ったのだった。

 

 

●○●○●

 

 

 幻想郷縁起・控書にて

 

 六月二十日、夕刻。

 

 六月とは思えないほどの涼しさにより、一週間前ほどから冷害が起きていたが、この日はついに雹、雷、竜巻などの異常気象を一度に観測した。

 田畑の被害は尋常ではない。食糧不足が懸念される。

 何らかの異変とみられるが、ここまで実害が伴ったのは、恐らくは連続して起きた地震の異変以来だろう。

 

 六月二十一日。

 

 昨日とは打って変わり、六月下旬にふさわしい暑さがやってきた。

 体の弱い私としては、この急激な変化はいただけない。

 しかし、冷害による被害もこのままいけばある程度緩和できるかもしれない。

 

追記

 

 夜中のうちに家々に食材が配られているという珍事件が発生した。

 特に貧しい家に集中しているらしい。

 そしてどうやらそれを行なっているのは橙色の球体の妖怪らしく、私の記憶にはない未知の妖怪である。

 霊夢さんは何か知っているかもしれない。

 

追々記

 

 天狗の新聞に『カービィ』という新種の桃色の球体の妖怪について書かれていた。

 妖怪の山を襲いながら、今回の冷害をとめた善悪両面をもつ妖怪だという。

 しかし妖怪の山の襲撃は人間にとってはある意味『善』の行動なので、人間としては善の妖怪といえる。

 しかしそんな妖怪、幻想郷のルールに反するのではないか?

 

 

●○●○●

 

 

 文々。新聞・六月二十一日の午後の号外、裏面の記事にて、表を飾る昨日の異常気象に関する記事の続き

 

 ーまた、この異常気象を解決したと思われる面々の中に、『カービィ』と呼ばれる未知の存在が示唆されることが午前の調査により判明した。

 その『カービィ』の特徴は桃色の球状の体をもつとされており、今年五月二日に妖怪の山を襲撃した不届き者の特徴と一致する。

 妖怪の山を荒らすという悪事をしながら、冷害を止めるという善事を行なったあたり、恐らくは善悪両面を備える特殊な存在だと思われる。

 しかし危険性は非常に高いため、特徴と合致するものを見つけた場合、すぐさま逃げられたし。

 

 

●○●○●

 

 

「うーん、やっぱりあのまま咲いてても良かったのかもしれないわねぇ。」

 

 夜の白玉楼。

 その縁側で、少し惜しそうに呟くのは、主人の幽々子。

 周囲には妖夢や口を聞けるもの(幽霊は口を聞けない)は見当たらないが、その独り言に返事をする者がいた。

 

「やめなさい。後悔することになるわよ。」

 

 その声の主は、八雲紫であった。

 幽々子の隣でスキマから半身を身を乗り出すようにして現れていた。

 

「あら、紫じゃない。おひさー。」

「一体どこで覚えて来たの、そんな言葉……」

「あら、あなたが外の世界の言葉よ、なんて言いながら使って来たんじゃない。」

「そうだったかしら?」

 

 他愛のない会話が交わされる。

 しかし、そんなことをしに白玉楼へ来たわけではない。

 

 どうも幽々子と話すとペースを持っていかれる。

 

 紫は幽々子を見ながらそう思う。

 もしかしたら、この胡散臭い妖怪と対等に話すことができるのは、幽々子だけなのかもしれない。

 

「幽々子、あなたカービィに会ったんでしょう? それに、いつの間にか現れたワドルディにも。」

「ええ。可愛かったわね。小さい頃の妖夢みたいだったわ。純粋で、愛らしい。家に置きたいくらいだったわ。」

「……そう。……ねぇ、幽々子。私が幻想郷を管理しているのは知っているわよね?」

「もちろんよ。」

「私が幻想郷を愛していることも知っているわよね?」

「ええ、もちろん。」

「だから、私が幻想郷に仇なすものを排除することがあることも、知っているわよね?」

「もちろんよ。一番付き合いが長いからね。でも私は幻想郷の管理の仕方は知らないから、私は首を突っ込まない。……必要があるなら貴方の好きなようにやって。ちょっと口惜しいけど。」

「……まだ決まったわけではないけど、ありがとう、幽々子。」




紫の能力・『小説の展開をシリアスにする程度の能力(大嘘)』


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星蓮船:Returns
鼠と桃色玉


「ナズーリン!」

「なんだいご主人? 」

「宝塔をなくしました!」

「え。」

 

 ある夏の日。

 その事件は唐突に起きた。

 

 幻想郷のある場所には命蓮寺という寺がある。

 その寺は最近幻想郷に『現れた』寺であった。

 いかにして命蓮寺が現れたか、簡単に語ればこうだ。

 

 昔、二人の姉弟の僧侶がいた。

 しかし、弟は姉より先に亡くなってしまった。

 弟に先立たれた姉は死に対して恐怖を抱くようになり、魔術に手を出して若返りの秘術を手に入れた。

 しかし、魔術には妖力が必要。仏門から得られる法力では真珠の維持には使えなかった。

 そのため、その僧侶は妖力を集めるために妖怪を集め出した。

 最初は単なる自分の目的のためであった。

 しかし、人は同情をする生き物である。

 妖怪達のもつ過去に触れて行くうち、僧侶は妖怪と人間の共存を夢見るようになる。

 だが、人間達にとってその考えは邪悪なものでしかなく、人間達はその僧侶を魔界に封じ込め、寺も、妖怪も、封印してしまった。

 そのまま時は流れ、地底から怨霊が漏れ出す異変が起きた。

 好機とばかりに地底に封印されていた妖怪達は外に脱出し、恩返しのために幻想郷を駆け巡った。

 

 その僧侶こそ、命蓮寺の聖白蓮である。

 今では、幻想郷のルールに反さない程度に妖怪達の保護を行なっている。

 さて、その命蓮寺の門下には、妖怪に優しい寺なだけあって、妖怪の門下もいる。

 例えば船幽霊、例えば見越し入道、例えば鵺、例えば化け狸。

 そして、門下でありながら命蓮寺が祭り上げている毘沙門天の代理の妖怪こそ、寅丸星である。

 この寅丸星の力の源は、放った光が触れた場所が宝石になるという毘沙門天の力の結晶、宝塔である。

 神のものだけあって非常に大切なものなのだが、この星、白蓮救出で皆が動いている最中、あろうことか宝塔をなくしたことがある。

 その結果、苦労したのが星の僕でありながら星の監視役のナズーリンである。

 結局その時は無事に見つかり、今後気をつけるように念を押したのだ。

 

 だがしかし、このザマである。

 

「まってご主人。宝塔をなくしたって……」

「ええ、言葉通りの意味です!」

 

 自信満々に言われても困る。

 白蓮救出の際だって、宝塔探しに時間に費やして、その結果古道具屋で散々ふっかけられてなんとか取り戻したのだ。

 それをまた失くしたというのか。

 

 これから先の苦労を鑑みると、みるみるナズーリンの目つきが悪くなって行く。

 しかしその宝塔を探しきるのはナズーリンぐらいしかない。

 

「ナズーリンお願いします! 皆に顔向けできないから探してきて!」

「いや、まぁ、いいけどご主人。」

 

 ナズーリンはすっと星の後ろに視線を移す。

 そしてボソッと呟く。

 

「後ろに白蓮様いるよ?」

 

 瞬間、時は止まった。

 いや、凍りついた、と表現する方が正しいのだろうか?

 目の前の星から血の気が抜けていくのを、ナズーリンはしかと見た。

 そしてぐるり、と市松人形のようなぎこちない動きで振り返った。

 そこにいるのは聖白蓮。

 穏やかな笑みを浮かべている。

 それはもう、にっこりと。

 

「星。」

「……はい。」

「宝塔って、毘沙門天様から貸していただいたものでしょう?」

「……左様でございます。」

「失くしちゃダメでしょ? 探しなさい。」

「……はい。」

「ナズーリンも協力してくれるかしら?」

「あ、もちろんです。ちょっと同居人にも手伝ってもらっていいですかね?」

「いいわよ。星、必ず見つけるのよ?」

「……はい。」

 

 そして白蓮はどこかへと去っていった。

 残されたのは真っ白になった星と、それを見つめるナズーリン。

 

 なぜ毘沙門天様はこんな抜けた人に代理を任せたのか。

 

 従者らしからぬ悪態を胸中で呟きながら、ナズーリンは能力を発現させた。

 

 

●○●○●

 

 

 いつもは参拝客がいないが故に静かな博麗神社。

 しかし、この時だけは悲痛な叫び声が木霊した。

 

「ぎゃあああ米俵があああ!」

「うっわ……派手にやられたな、こりゃ。」

「うぃ。」

 

 霊夢と魔理沙、そしてカービィの視線の先には、穴が開き米の漏れた米俵があった。

 

「こりゃ鼠だな。高いところに置かないからこうなるんだ。」

「くぅう! あいつらめ、まとめて駆除してやる!」

「でも相手は妖怪じゃないだろ? 札とかじゃどうしようもないだろ。」

「うぐ……」

 

 全くもって、魔理沙の言う通り。

 霊夢の力は巫女、つまりは神の力を借りて邪なる妖怪を退治するのに特化したようなもの。

 相手が妖怪鼠ならまだしも、残念ながら普通の鼠を駆逐できるような力は持っていない。

 

「ああもう! なんで鼠がこうも多いのかしら! ……そういえば、命蓮寺に鼠の妖怪がいたわよね? まさかあいつがやったんじゃ!?」

「どうだろうなぁ。夏になって台風も来るようになったし、水から逃れてここに来たんじゃないのか? ほら、ここは高台だしな。」

「ぐぐ……責任をなすりつけて退治してやろうと思ったのに!」

 

 なかなか物騒な巫女である。

 そんな八つ当たりで退治される妖怪は気の毒と言わざるを得ない。

 どこからか紫色の傘を持った妖怪の同情の念を感じるような気さえする。

 

 その間カービィは溢れた米が勿体無いと思ったのか、一粒一粒拾い集めている。

 おそらく食べ物を大切にしようとする心はこの中で誰よりも強い。

 ……執着心と言った方が正しいが。

 

「ワドルディに手伝って貰えばいいじゃないか。」

「いや、頼んだんだけど……なんというか、あんまり頼りにならないというか……」

「そうなのか? うちでは食事を振舞って寝るところをあげればテキパキ働いてくれるぞ? 洗濯とか、草むしりとか。」

「鼠はチロチロ動くから、あんな鈍臭い子じゃ退治は無理よ。」

「餅をあげればトリモチを作ってくれるんじゃないのか? うちもそうしているぞ。」

「餅が勿体無い。」

 

 どうしようもねぇ。

 

 そう思った魔理沙は匙を投げた。

 まぁ、変なこだわりを持つのは霊夢の自由だ。その結果鼠に襲われ続けようとも。

 

 だが、魔理沙はここでミスを犯した。

 それは、不用意な発言だった。

 

「そういえば、命蓮寺の鼠妖怪か……たしか、探し物に特化した能力だったな。協力できれば、スターロッド探索も簡単なんだけどな。」

 

 西行妖の件から早半月。

 全く事態は進展の兆しは無かった。

 そのちょっとしたじれったさから発した言葉だった。

 

「確かあいつは鼠を使った人海戦術で探すんだっけ? 小さい隙間からいろんなところに行けるし、力になりそうな気がするんだけどなぁ。」

「それだ!」

「……え?」

「ぽよ?」

 

 突如として霊夢が食いついて来た。

 その剣幕に米を拾っていたカービィもその手を止めた。

 息を巻き、霊夢はとんでもないことを口走った。

 

「確か鼠を操れるのよね!? ならその鼠妖怪の力でうちに鼠を寄り付かせないようにすればいいのよ!」

「いや、そう簡単に協力してくれるか?」

「そんなの、退治をチラつかせて脅せばいいのよ!」

 

 一体どこの任侠だ。

 

 残念ながら、またここに不運な妖怪が誕生することになったようだ。



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命蓮寺と桃色玉 ☆

一応世界観の整理を

東方……神霊廟まで終了。
カービィ……ゲーム版設定に準ずる。ロボボまで終わっている模様。


 命蓮寺は人にも、妖怪にも人気がある寺である。

 

 人に対しては、迷える者達を正しき道へと導き、大きな信仰を得ている。

 聖白蓮の人格によるものも大きいだろう。

 そして妖怪に対しては、門下に入ったか弱き妖怪達をも救済している。

 それは白蓮の人妖平等主義によるものだ。

 

 一見すると幻想郷のルールに反しているように見える。

 人間に恐怖を与える妖怪。妖怪に怯える人間。そしてその妖怪を退治する一部の有力者。

 この構図があるから、幻想郷は外の世界と隔離された『幻想』であり続けることができる。

 だが、白蓮のように妖怪と人間が手を結ぶようなことがあっては、その構図が崩れ、『幻想』が消え、幻想郷は消滅してしまう。

 そうなれば管理者の紫は黙ってはいないだろう。

 

 だが、そうはならないのは、白蓮がその辺りもしっかり理解しているから、であろう。

 保護する妖怪はあくまでも門下のみ。無尽蔵に門下にするのではなく、人に害を為そうとする意思を捨てない妖怪は決して門下に入れない。

 

 そのけじめをしっかりつけているからこそ、命蓮寺は命蓮寺たりえた。

 

 さて、その命蓮寺では現在少々……いやかなり面倒なことが起きていた。

 任侠……ではなく、巫女の襲撃に遭っていたのだ。

 

「でてこい鼠妖怪! ここに入り浸っているのは知っているのよ!」

「ちょっと霊夢さん! そうずかずかと入ってこないで!」

 

 普段は静かで厳粛な命蓮寺をドカドカと盛大に足音を鳴らしつつ突き進むのは我らが博麗の巫女、博麗霊夢。

 そしてその後ろから制止しようとするのが、門下の入道を操る妖怪、雲居一輪。

 青い尼の姿をしており、その衣服の隙間から青い髪の毛がなびいている。

 

「相変わらず独走癖があるな、あいつ。」

「ぽよ。」

 

 そしてその後ろをのんびりと歩く魔理沙とカービィ。

 魔理沙がここに来たのはあまり期待はしていないものの、スターロッド探索に協力してくれるのではないかという淡い期待から。

 そしてカービィが来たのは魔理沙が来たから。それだけである。

 別に霊夢を止めに来たわけではない。

 はっきり言ってここで霊夢が暴れて命蓮寺がどうなろうと、ここと関わりの薄い魔理沙としては知ったこっちゃない。

 ぶっちゃけ面白いものが見れそう、と言った感覚だ。

 酷い話だが、幻想郷にまともな者はほぼいないので仕方があるまい。

 

 閑話休題。

 霊夢は適当に襖を開け放ち、目的の鼠妖怪を探す。

 その際絶賛昼寝中の封獣ぬえや絶賛着替え中の村紗水蜜、何やら怪しげな作業をする二つ岩マミゾウなどに遭遇するも、ことごとく無視する。

 

 ここまで迷惑な巫女がこの世にいたのかというほどの暴挙。

 ふと魔理沙が霊夢を追う一輪の顔を覗き見て見れば、そこには青筋を浮かべた一輪とそれに呼応して雲山もモコモコと現れだしていた。

 どこからどう見ても爆発寸前である。

 

 だがしかし、起爆寸前で導火線の火は消し止められた。

 

「あっ、姐さん!」

 

 現れたのは、法衣を着た、グラデーションの美しい紫の髪をもった女性。

 紛れもなく、命蓮寺の主、妖怪たちを引きつける僧侶、聖白蓮である。

 彼女がすっと奥から現れ、霊夢の前に立ちはだかったのだ。

 

「霊夢さん、寺の中で走らないでください。皆驚いています。」

「あら、ちょうどよかったわ。鼠妖怪いるでしょ? だして欲しいんだけど。」

「うちは妖怪を配給する場所じゃありません。それに、今はナズーリンは居ないわ。」

「なんでよ。」

「うちの星が宝塔を失くして、探しに行っているのよ。」

「宝塔を失くしたぁ?」

 

 前も宝塔を失くしたのではなかったのか。

 二度も神の道具を失くすとは、一体どういうことか。

 

「まぁまぁ、よくできた代理だこと。」

「まさか二度も同じ失敗をするとは思わなかったわ。真面目な子なんですけどね。」

 

 どうやら今回の失敗は、白蓮としても予想外なものであったらしい。

 

 と、ここで霊夢はふとあることに気がついてしまった。

 一番気がついてはいけないことに。

 

「ん? ちょっと待って。あの鼠妖怪が探し物しているってことは……まさか、鼠を使っているのはアイツなわけ!?」

「あ……確かにそうですね。」

 

 ナズーリンの探索方法。それは自身の力と鼠による人海戦術。

 そしてその人海戦術に使われる鼠たちはなかなか勝手なところがあり、もし探し物が食べ物なら、見つけると食べてしまうことがよくある。

 迷惑極まりない。

 

 いやしかし、霊夢にとってはそんなことどうでもいい。

 もしかしたら霊夢の米を食ったのはナズーリンの使役する鼠の可能性が高い、ということだ。

 

 力を借りようと思っていた者が、実は犯人だっただなんて。

 裏切られた気分だ。許せん。

 

 ……と、霊夢は思っているのだが、はっきり言って単なる八つ当たりである。

 やはり幻想郷にはまともな巫女はいないようだ。

 

「今すぐやめさせなさい。今すぐ!」

「星の宝塔を探してもらっているんだけど……」

「そんなんどうだっていいわ! こちとら食料の危機なのよ!」

 

 もはや命蓮寺の事情なぞアウト・オブ・眼中である。

 そしてついに、白蓮も怒りの炎も少しずつ滾ってきていた。

 

「霊夢さん、今はお客さんがお見えになっております。静寂を好む御仁なんですよ?」

「ああ? また新種の妖怪か!」

 

 命蓮寺に来る客なぞ、妖怪に違いない。

 なかなかの暴論ではあるが、あながち間違いではない。

 なにせここまで敷地内で妖怪がウロウロしているのだ。普通の人なぞ呼べるはずがない。

 だからそこに関しては白蓮も何も言わない。

 だが、話を聞かずにまた大声で騒いだことは別だ。

 静かに怒りの炎が大きくなりつつある。

 

「霊夢さん……私、さっきなんて言いましたっけ?」

「客でしょ? そういうのいいから! ああもうわかったわよ! こうなったら私一人で鼠妖怪をとっちめて来るわ!」

 

 完璧な逆ギレで霊夢はドスドスと床を踏みしめ、外へ出ようとする。

 そしてついに、白蓮の堪忍袋の尾が切れようとしていた。

 

 だがそれは、ある者のたった一言で止められた。

 

「聖殿。私に構わず。」

「……あら、すみませんね。」

 

 聞こえたのは、ダンディな声。

 しかしその声の発生源はひどく低い位置からだった。

 その声の方を向けば、そいつはいた。

 

 青い球体の体、藍色のマント、肩パッド、そして、白い仮面。

 そのシルエットは、酷くカービィやワドルディと似ていた。

 

「……また一頭身……」

「最近増えたな、一頭身……」

「一頭身で悪かったな。故郷ではこれが普通なのだよ。」

 

 霊夢と魔理沙の失礼極まりない発言に、少しばかりの嫌悪を示す仮面の一頭身。

 その仮面の一頭身に対して、白蓮は先ほどの般若から一転、笑顔を見せる。

 

「紹介します。この方は『ぽっぷすたー』なる場所から来られた騎士、メタナイトさんです。」

「訳あって命蓮寺に居座らせてもらっている。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 メタナイトと名乗った仮面の一頭身。

 そういえば、どこかで聞き覚えがあるような。

 そう。確か早苗が何かそれっぽいことを言っていたような……

 

「そうか! メタルナイトか!」

「いやそれをいうならダメナイトでしょ。」

「メタナイト、な。変なあだ名で呼ばないでくれ。」

 

 出会い頭にかなり失礼なことを言われているが、特に取り合わないのは大人の度量か。

 そしてメタナイトはカービィへと向きなおる。

 

「久しいな、カービィ。あの日出てから一ヶ月……いや二ヶ月か?」

「ぽよ!」

「そうか……ぼちぼちか……」

「ちょっと待った。」

 

 突然カービィと馴れ馴れしく会話し始めたメタナイトに、魔理沙は待ったをかける。

 

「なんでお前はカービィのことを知っているんだ?」

 

 魔理沙の質問に、メタナイトはああ、失念していた、と呟き、答える。

 

「私は過去、何度もカービィと戦い、また共闘したこともある……まぁ、戦友のようなものなのだ。」

「うぃ!」

「はぁ……」

 

 いまいちピンと来ない。

 どう見ても子供のカービィとどう見ても一頭身騎士のメタナイトが戦友?

 親代わりの間違いではなかろうか。

 だがまぁ、今の所そんな細かいところはいい。

 今ここで最も重要なのは、『カービィを知る、意思疎通が可能な者が現れたこと』だ。

 

「つまりお前は……カービィのことを知っていると?」

「左様。」

「ちょっとちょっと! っていうことは、カービィがここで暴れている理由も知っているっていうこと!? 教えなさい!」

「……暴れている……まぁ、暴れているんだろうな。まぁ、理由は私もしっかり把握しているとも。」

 

 だが、肯定だけしておいてメタナイトは黙り込んでしまった。

 それをじれったく思った霊夢がさらに問い詰める。

 

「あんた、カービィが来た理由を知っているんでしょ? あんたらが『げーむ』とやらの住人であることは知っているのよ! 早く目的を答えなさい!」

「……断る。」

「そう、なら力づくでも……」

「まて霊夢。早まるな。なんか面倒ごとになる気がする。」

 

 嫌な予感を察した魔理沙が慌てて霊夢を制する。

 霊夢は霊夢で暴走癖があるから、気が抜けない。

 不満そうな霊夢を尻目に魔理沙は一つ質問する。

 

「なぜ、理由を教えられない? 私たちに知られるとまずいことでもあるのか?」

「ない。知っても知らなくても、君達にはなんの実害は及ばない。……しかし、過ぎた知識とは身を滅ぼす毒だ。我々の目的を知ることによって真実を知れば、正気を失うかも知れないぞ?」

「……なるほど、わかったぜ。」

「……どういうつもりよ、魔理沙。」

 

 あっさり引き下がる魔理沙に、霊夢は納得いかない様子だった。

 だが、こればかりは仕方がない。

 魔術とは世界の裏側を覗くようなもの。

 中には研究過程で知ってはいけないものを知ってしまい、正気を失うこともある。

 そういった事例があることを理解した上で魔術を研究している魔理沙だからこそ、おとなしく引き下がったのだ。

 ……神とつながる巫女たる霊夢も同じようなことをしているはずなのだが、霊夢は巫女としての仕事をほとんどしていないので、そういったことを理解していないのだろう。

 

 ただ、ある程度の探りは入れる必要はある。

 

「我々、といったな? 他にも行動している奴がいる、ってことか?」

「左様。幾分か前にワドルディ達……橙色の一頭身達が大挙して来ただろう? 彼らは主にカービィのサポート、および情報収集係としてやって来たのだ。」

「……情報収集しているようには見えないんだがなぁ。」

「……まぁ、プププランドの住人は総じて呑気だからな。カービィや我々と幻想郷の住人の間を取り持つ、という役目は果たせているようだが。」

「私も一ついいかしら。本当に幻想郷に害を及ぼす事は無いのね?」

「この世に100%というものはない。結果的に何が起こるかは最後までわからない。だが、我々は決して幻想郷の破壊者ではないことは断言しておく。」

「……ま、後は覗いているだろうアイツの対応次第かしら。あんまり目立たないで欲しいものだけどね。」

 

 霊夢の感想としては、怪しいことこの上ない。

 仮面で表情が窺えないのも大きい。

 しかしこの場で退治したところで、相手の規模が正体不明なだけあって下手に動きづらい。

 結局、霊夢はメタナイトの追及は諦めざるを得なかった。

 そして、それと同時にここに来た本来の目的を思い出す。

 

「もうカービィらの事についてはいいわ。今解決すべきは鼠妖怪よ!」

「……元に戻りやがった……」

「どうしようもない御仁ですな。」

「怒りは煩悩の一つなんですけどね。」

 

 全員が呆れ、どうやって卸そうかと考えていたその時。

 一匹の鼠が走り寄って来た。

 それも、普通の鼠ではなく、背中に紙束を背負った、あからさまに誰かの使いのような鼠が。

 

 それを白蓮はなんの抵抗もなく、掴み上げる。

 

「あら、ナズーリンからの伝文だわ。」

 

 どうやらナズーリンは普段からこういう方法を取っているようである。

 その伝文を読む白蓮。

 しかしその顔は見る見るうちに青ざめて行く。

 

「どうした?」

「……『未知ノ敵トノ遭遇。応援求ム』……ですって。」



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仮面と桃色玉

この章から重大な伏線が含まれます。もし気がついても感想欄などで書かないでください。


「未知との遭遇? なんだ、『あぶだくしょん』か?」

 

 魔理沙は冗談交じりに鈴奈庵で借りた本から学んだ単語を言ってみる。

 だが特に誰も反応することはなく、ちょっと魔理沙は虚しい気持ちになる。

 

「未知との遭遇……心配だわ。早くナズーリンの所に行かないと。」

「お伴します、姐さん。」

「……なんか、面倒な流れになって来たわね。」

「うぃ。」

「……なんかどうでもよくなって来た。寺の揉め事は寺で解決して頂戴。鼠妖怪には面倒ごとが収まったら退治しにくるから。」

 

 つまり面倒ごとがなくなったら面倒ごとを起こしに行くぞ、と言っているようなものである。

 命蓮寺側からすればとんだ迷惑巫女である。

 しかし当の本人達はそれどころではないようで、ナズーリンの危機にうろたえていた。

 というのも、ナズーリンとは鼠妖怪とはいえ、中々強かな妖怪であるからだ。

 毘沙門天の部下でもあるナズーリンはその威光を傘に着て相手を圧倒することもあるし、勝てない相手であれば速やかに撤退する頭の回転の速さもある。

 つまり、強敵に会えばナズーリンは確実に逃亡し、何事もなく帰ってくるはずなのだ。

 だが、そんなナズーリンが帰って来ず、使いのみがやってくる。

 それ即ち、逃げることもできないほどの強者と衝突した、ということではないか。

 逃げ足に定評のあるナズーリンが逃げられない。

 それは命蓮寺勢を狼狽させるに十分な事実であった。

 

 その混乱は、仮面の騎士の腰も動かした。

 

「では、私も行こう。泊めてもらった恩義もあるのでな。」

「おっと、ならば私も行こうか。」

「なんでよ。」

 

 命蓮寺勢を手伝おうとするメタナイトについて行こうとする魔理沙に、霊夢は疑問を上げる。

 そんな霊夢に魔理沙はただ一言、『情報収集だ。』とだけ答える。

 どうやらその一言に思うことがあったらしく、霊夢はしばし頭を悩ます。

 一つ大きくため息をつくと、諦めたように呟いた。

 

「……そうね。私も行くわ。正体不明な奴が幻想郷にうろついているってのも癪だし。」

「うちにも似たような子はいますけどね……でも寺の子に害なすような子ではないんですが。」

 

 白蓮の脳裏に浮かぶのは、黒い服を着た、不可思議な翼を持つ妖怪少女。

 そいつの顔が一瞬浮かぶが、今も命蓮寺にいるので、ちょっとも考えづらいし、そもそも命蓮寺の仲間を傷つけるような者ではなかったはず。

 

 ……結局のところ、現地へ行ってみるしかないようだった。

 

「……とにかく、この鼠にナズーリンの所まで案内してもらいましょう。」

 

 

●○●○●

 

 

 鼠は一行の前をチロチロと歩く。

 それについて行く白蓮、一輪、霊夢、魔理沙、カービィ、メタナイト……そして土壇場でついて来た村紗水蜜。

 

 彼女は水兵の格好をした船幽霊であり、非常に危険な妖怪である。

 しかし命蓮寺に帰依した妖怪達は皆、基本的に人を襲わない。

 寺の戒律も守る、まさに善良な妖怪達ばかりである。

 ……というのは建前で、白蓮のいないところで肉食などの戒律破りをしているようではあるが。

 とはいえ、今回は白蓮も同行しているので、何か能動的にしでかすことはないだろう。

 

 そして今向かっているのは、魔法の森。

 ただし魔理沙の家やワドルディの大集落がある場所とは全く別方向である。

 そして魔法の森とは中々広大なもので、暇な時間がどうしてもできる。

 そのため、雑談の時間が始まるのだが、その話題は言うまでもない。

 

「メタナイト、お前はどうやって幻想郷に来たんだ? カービィはあの白いヤツで来たのはわかっているんだが……」

「いつの間にか敷地にいましたよね。」

「だね。それで私が錨を振り回して。」

「それで姐さんに叱られて。」

「……まぁ、色々あったのはわかったから。それで、どうやって来たわけ?」

 

 話がズレてゆく一行の議題を軌道修正する霊夢。

 皆が聞く体勢になったのを確認してから、メタナイトは話し出す。

 

「『アナザーディメンション』と言うやつを通って来たのだ。」

「あな……なんだそれ。」

「異空間と思ってくれればいい。どこへでも通じる異空間だとな。」

「まるでスキマみたいね。でも、結界はどうしたわけ? どこへ通じるといっても、そう簡単に破れるものではないはずよ。」

「だから先触れとして、カービィがドラグーンによる……ああ、白いやつと表現していたものだ。その突貫によって、カービィが侵入。そしてカービィというこちら側の存在を送り込むことにより、我々の世界とこの幻想郷の結界は緩くなったのだ。そしてそのあとワドルディが、そのあと私が向かったのだ。」

「……まって、それってまずいんじゃ。」

 

 幻想郷と外の世界を隔てるのは、『幻想』と『現実』。

 普段は博麗大結界によって両者は分け隔てれているが、もしひょんな事で『幻想』に『現実』のものが入って来てしまった場合……博麗大結界の内と外の違いが曖昧になれば、博麗大結界は自壊し、幻想郷は消滅する。

 今回の場合は、『カービィ』という『プププランド』のものが入ってくることにより、プププランドと幻想郷が曖昧になりつつある、ということになる。

 それはすなわち、幻想郷の危機ではないか。

 

 しかし、メタナイトは否と応える。

 

「私も幻想郷については勉強したさ。その結果、プププランド、及びポップスターには魔法も妖怪じみた人外も存在する。つまりは幻想郷と元々違いはなかった、ということがわかった。だからこのまま干渉し続けても、なんら問題はない。」

 

 そして一言、付け加える。

 

「それに言っただろう? 私達は幻想郷の破壊者ではない、と。」

 

 はっきり言って信憑性には欠ける。

 だが、不思議な説得力もある。

 どうすることもないので、霊夢の脳内では結局紫に丸投げ案件となった。

 紫の過労とか、心配とかはしないのかといいたいが、元々霊夢は妖怪に容赦ないのでしかたあるまい。

 南無三。

 

 

●○●○●

 

 

「ふぅむ。新顔……というか新頭が転がり込んで来たからついて来てみたが……またまた愉快な話をしておるのぉ。」

 

 魔法の森に佇む一本の樹の上から、森を突き進む霊夢一行に目をやりつつ煙管の煙を吐く者がいた。

 その者の頭からは茶髪を割って獣の耳が生え、眼鏡を掛け、ワンピースらしき服の腰からは太く大きな狸の尾が生えていた。

 その者の名は二つ岩マミゾウ。命蓮寺に帰依していながら、あまり命蓮寺に居座らない、奔放な妖怪である。

 そしてその姿から分かる通り、化け狸の妖怪であり、幻想郷の狸の総大将というポジションに居座っている。

 その視線を動かすたび、かけた眼鏡が怪しく光を反射する。

 

「しかし、先の話は初耳じゃのう。『アナザーディメンション』、そのまま『異次元』か……彼奴は害はないと言っておるが、出任せは宗教家と為政者と狐の常套手段じゃからのう。……お前さんはどう思う?」

「個人的にはあのカービィってやつの方が気になるなぁ。ちょっと底知れない感じ。」

 

 ここでいきなり、また新たな者の声が聞こえる。

 それは短めの黒髪、黒いワンピースを着た少女。

 しかしその背中からは赤の青の形容しがたい翼が生えていた。

 彼女の名は封獣ぬえ。名の通り、鵺と言う名の妖怪である。

 彼女らは古代より親交のあった旧友同士である。

 そしてそのつかみ所のない性格もまた、合致していた。

 だからこそ、樹上から達観するという奇行に出ているのだ。

 

「なるほどのぉ。確かにあれは底知れん。」

「うーん、ちょっと色々ちょっかい出したいんだけどなぁ。」

「これこれ。下手に触ると喰われるぞ?」

「わかってるって。ちゃんと考えてるって。」

「ならいいがの。しかし、儂としては仮面の騎士も……おっと、気づかれたようじゃな。」

 

 マミゾウとぬえが居座る木。

 それが、周囲の枝を巻き込みながら傾きつつあったのだ。

 これは、誰かが一刀のもと木を両断した結果。

 そしてそんな芸当ができるのは、一人しかいない。

 

 木はどうと音を立て、倒れ伏す。

 しかしすでに、二人の姿はなかった。

 その木に向かって、仮面の騎士は呟いた。

 

「全く……覗き見の好きな御仁達だ。」

 

 そしてその黄金に輝く剣をしまい、同行者の元へと去っていった。



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怪盗と桃色玉

投稿が遅れた理由→寝てた


 森はまだ深く、どこまでも続いている気さえする。

 そのぐらい遠くまで来たが、未だ案内役の鼠の足は止まらない。

 鼠のように体が軽い者は、軽いゆえに自らの体を楽に動かすことができる。

 しかし人間はそうはいかない。鼠と比べて何倍も重い人間は、動き続けると当然疲れが出てくる。

 

「まだつかないの? 全く、疲れるわ。」

「まさかここまで遠出になるとは思わなかったなぁ。箒で来れば一発なんだが……」

「ナズーリン、一体どこまで入っていったのかしら……」

 

 霊夢と魔理沙は誰にでもなく愚痴をこぼし、白蓮はナズーリンの心配をする。

 そこで、ふとメタナイトは白蓮に疑問を提示した。

 

「ところで聖殿。ナズーリン殿以外に探しにいった者はいないのか?」

 

 メタナイトの質問に若干考え込む白蓮。

 そこでふと、思い出したように答えた。

 

「……もしかしたら星も同行しているかも知れませんね。」

「寅丸殿か。なるほど。失くしたのは彼女だったな。」

 

 納得がいったようにメタナイトは頷く。

 それだけで終わると思われた会話は、しかし一輪と水蜜によって続けられた。

 

「姐さん、本当に星は宝塔を失くしたんでしょうか?」

「というと?」

「星は私達の中でも一番真面目な子ですし……そんな子が二度も宝塔をなくすなんて……」

「それはそうですが……もしや、盗まれた?」

「白蓮様、これは寺の中での噂なんですけど……」

 

 すっと水蜜が白蓮の側により、耳打ちする。

 

「星が宝塔を失くした日、空飛ぶ羽持ちの物体が寺から飛んでいった、という噂があるそうです。」

「あら、初耳だわ。」

「なんでもふわふわと浮いていたらしいです。」

「……曖昧だけど、なるほど、確かに怪しいわね……」

 

 根拠のないただの噂である。

 しかしこの噂を根も葉もない噂として断ずるには、その噂は不可思議であった。

 寺から出て行くふわふわと飛行する物体。

 もしやそれが宝塔を盗んだのではなかろうか。

 そう思ってしまうのも無理はない。

 いや、心優しい白蓮の性格から考えるに、そうであってほしいと願っているのだろう。

 失くしたのではなく盗まれたならば、まだ責任はぐっと軽くなるはずだから。

 

 と、水蜜が白蓮から離れた時。

 鼠はその足を止めた。

 皆が前触れもない行動に驚くなか、次はもっと大きな音が鳴り響いた。

 

 それは木がなぎ倒される音。

 それも、何度も何度も、断続的にその音は森に響く。

 つまりそれは、何度も大きな力で木を一度にへし折っているということ。

 その膂力は計り知れない。

 

 その音は徐々にこちらに近づいてくる。

 そしてやがて、その音の発生源と遭遇せんとするとき。

 

「っ! ナズーリン!」

 

 水蜜の視線の先には、横から飛び出したナズーリンがいた。

 その姿は酷く傷ついている。

 遅れて星も飛んでくるが、やはりその姿は傷だらけ。

 

「ナズーリン! 星! どうしたのです!」

「白蓮様! まずいです! 鼠の化け物が!」

 

 星の言う鼠の化け物とは、一体何か?

 その答えはすぐに出た。

 

 すぐに奥からそれはのっそりと姿を現した。

 でっぷりと青く太った、人と同じくらいの高さの体。サイズの合わない赤いチョッキ。頭に巻くバンダナと、眼帯。そして、口元から覗く出っ歯と鼠のような大きな耳。

 まさに『鼠の化け物』と形容すべき者がそこにいたのだ。

 

「んむ……増えた……面倒な……」

 

 しかも、愚鈍そうな低い声で喋るではないか。

 こんな妖怪は、誰の記憶にもなかった。

 だがしかし、約二名、見覚えのある者がいた。

 

「ぽよ! ぽょい!」

「どうしたカービィ? ……まさか、あいつのこと知っているのか?」

「うぃ!」

 

 知っていたのはカービィ。そして……

 

「ほう、誰かと思えば、ドロッチェ団が一味、ストロンではないか。いつの間に幻想郷に侵入していたのか。」

 

 メタナイトもまた、その青い鼠の化け物のことを知っていた。

 ストロンと呼ばれた化け物は、あからさまに嫌そうな顔をする。

 

「よく見れば……カービィもメタナイトもいる……むぅ、めんどくさい。」

 

 ストロンもまた、カービィとメタナイトのことを知っているようであった。

 しかも、出来れば避けたいといった表情で。

 

「……帰ろうかな……」

「バカかこんにゃろう! 仕事しろ仕事!」

「サボると夕飯のおかず減らされますぞ〜。」

 

 若干弱気なストロンに対し、更に別のものが現れた。

 カービィやメタナイトより若干大きな、黄色い鼠の化け物。その背中には赤いマントがはためき、その顔を尖ったサングラスで隠している。

 もう一人は、まるで赤いUFOのようなものに乗っていた。

 その中にいるのはカービィと同じくらいの鼠の化け物。体は薄青で、髭を蓄え、瓶底のような眼鏡をかけている。

 それだけではない。

 カービィと同じくらいの物体が、あたりから湧き出てきたのだ。

 それはカービィと同じくらいの大きさで、大きな耳とつぶらな瞳が可愛らしい。そして手足はなく、饅頭のような体を跳ねさせて移動しているようだった。

 体色は青、緑、黄と色とりどり。

 

 突然の襲撃に、霊夢達は目を剥くしかない。

 

「何よこいつら!」

「わかるかよ!」

「メタナイトさん、確かさっき名前を……」

「ああ。彼らもポップスターの住人だ。」

 

 白蓮の質問に、メタナイトはなんでもないように語る。

 

「さっきも言ったが、青いのはストロン。黄色いのがスピン。UFOに乗っているのがドク。そして、周囲にたくさんいるのがチューリンと呼ばれる者だ。彼らはポップスターでは知られた怪盗団で、私やカービィも一戦交えたことがある。そしてその頭目が……」

「このオレ、ドロッチェだ。お初にお目にかかる。……そして久しいな、カービィ。」

 

 メタナイトの台詞を遮るようにして、それは現れた。

 赤いコートに赤いハットを被った、杖を持ったドロッチェと名乗る鼠の化け物。

 ストロンほどではないが、それなりの大きさがある。

 しかも、ドロッチェもまた、カービィと面識があるようだった。

 

「こいつだ! こいつが宝塔を盗んだんだ!」

「そうなのですか?」

「……そのお嬢ちゃんには見抜かれているようだから、隠す必要はもうないな……そうだ。オレが宝塔を盗んだ。」

「困ります! それは毘沙門天様から授かったもので……」

「知っている。つまりは価値があるもの。価値があるからこそ盗んだのだ。」

「そんな……」

 

 絶句する白蓮。

 代わりに水蜜と一輪が前に出て構える。

 それは間違いなく戦闘の構えであった。

 そして一緒にカービィも前に出た。

 

「ぽぉよ! ぷぃ!」

「……ふむ。お前には世話になったことはある。その恩はいつかちゃんと返そうとは思っている。が、しかし怪盗団として盗んだものをそう簡単に返すわけにはいかん。よって……」

 

 ドロッチェはさっと手をあげる。

 すると、周囲にいたチューリン達が、どこから取り出したのか爆弾を耳で持ち、構えていた。

 そして、その到底数え切れないほどの爆弾が、一斉に投下された。

 

「ちょっ……嘘だろ!?」

「……ふん。」

 

 まさか爆弾を投げ込んでくるとは思わなかったのだろう。おののく魔理沙。

 それに対し、霊夢は冷静に全員を囲む形で結界を張る。

 猛烈な爆裂が視界を遮る。

 その爆煙が収まる頃には、既にドロッチェ団の姿は掻き消えていた。

 

「……逃げられた。」

「逃げられましたね。」

「あああ……どうしよう、宝塔がぁ……」

「一体どこへ……?」

 

 頭を抱える命蓮寺の面々。

 だがしかし、ナズーリンだけは何やら宙の一点を見つめていた。

 そして、おもむろに呟いた。

 

「……そこか。」

「……ナズーリン?」

「行くよご主人!」

「え、ちょっと!?」

 

 そして突如星の袖を引きずるようにして引き、どこかへと走り去っていったのだ。

 わけもわからないまま、命蓮寺や他の面々はそれについて行く。

 

 ちなみその頃カービィと魔理沙は……

 

「ぽよ!」

「へぇ、爆弾を吸い込むと三角帽子を被るのか!」

 

 完全に出遅れていた。



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ダウザーと桃色玉

 ダウジングロッドを構え、飛行するナズーリン。

 それに追随するように白蓮、星、水蜜、一輪、霊夢、さらにメタナイトが飛行する。

 

「ナズーリン! 一体どこへ!?」

「連中を魔力的に標識しておいたのさ! これで離れていても場所がわかる!」

「へぇ、鼠妖怪ってそんな器用なこともできるのねー。」

 

 霊夢は感心するものの、ナズーリンは一切反応しない。

 その目は完全に仕事人の目であった。

 

 既に魔法の森を抜け、妖怪の山と無縁塚の中間地点に到達していた。

 そして徐々にナズーリンの目は険しくなって行く。

 近い。

 反応が近いのだ。

 もしかしたら、そろそろ目視できる頃合いかもしれない。

 

 だが、ナズーリンもプロならば、相手もまたプロであった。

 

「……ああっ!」

「どうしました、ナズーリン!」

「……やるね、ジャミングか。魔力的標識を消された。」

 

 つい先ほどまで反応があったのであろう場所をキッと睨みつけるナズーリン。

 

「それってまずいんじゃない? どうするの? 」

「……この近くにいるのは確実。同胞、頼むよ!」

 

 しかし慌てず、ナズーリンは能力を行使する。

 その地に住まう鼠たちが、一斉に捜索しだす。

 そして間も無く、ナズーリンの脳裏に情報が飛び込んできた。

 

「……そこか!」

「見つけたか!?」

「見つけた。行くぞ!」

「おう!」

「まて、ナズーリン。」

 

 早速突貫しようとしたナズーリンや星達を、メタナイトは回り込んで阻止する。

 コウモリのような翼でホバリングしながら、メタナイトは一つ忠告をする。

 

「先と同じように集団で攻めたところで、また同じように逃げられるだろう。」

「なら、どうするのさ。」

「先のようにチューリン達の煙幕攻撃が厄介だ。だからこちらの戦力を分け、かつ相手の戦力も分断する。そうすることにより、一度に我々の目潰しをすることは不可能になる。そしてその後、各個撃破する。」

 

 メタナイトの指摘は的を射ていた。

 ナズーリンと星が傷だらけなのからわかるように、相当の手練れであるのは十分わかる。

 また同じように突貫すれば、先ほどの二の舞になるのは火を見るよりも明らかだ。

 ならばメタナイトの言葉は頷ける。

 ましてや、彼らのことを知っている者の言葉ならなおさら。

 

「なるほど。で、誰が誰に当たる?」

「わたしが頭目のドロッチェと当たろう。」

「なら私もだ。私があいつらを追ってたんだ。私が倒さねばしょうがあるまい。」

「宝塔を盗まれた私の責任もありますから、私も……」

「いや、寅丸殿。あなたはやめたほうがいい。」

「なぜ!?」

「ヤツは怪盗。多対一の戦闘はお手の物だ。うまく同士討ちを狙ってくるだろう。逆にタイマンの戦いは怪盗であるあいつは好まない。だからこそ、なるべく少数で戦いたい。」

「……わかりました。なら私は青い方……ストロンで。」

「では私もストロンにしましょうか。一輪と水蜜は?」

「じゃあ私たちはスピンで。いい?」

「大丈夫よ。……じゃ、霊夢はドクで。」

「私もやるの? ああもう、わかったわよ。」

 

 役割を振り分け、それぞれの相手を確認する。

 そして、ナズーリンの示す場所へ、彼女達は突貫した。

 

 そこには確かにドロッチェ団が居た。

 大量のチューリン達も、UFOに乗るドクも、サングラスが特徴的なスピンも、その巨体を揺らすストロンも。

 そして、頭目ドロッチェも。

 

「っ! しつこい!」

「ほう……気づくか。」

 

 メタナイトが突如として速度を上げ、無言でドロッチェに斬りかかるも、ドロッチェの持つ金の杖で見事に防がれる。

 一見、その不意打ちは無駄に終わったかに見える。

 しかし、それは戦闘の素人の目から見た結果に過ぎない。

 メタナイトの速度の乗った一撃は、ドロッチェを集団から僅かに引き離したのだ。

 つまり、残りのドクやスピン、ストロンにチューリン達の守るべき者が自分達の元から離れてしまったことを意味する。

 

 それ即ち……ドロッチェを引き戻すまで、その場から逃げられないということである。

 

「……団長!」

「おっと、あなたの相手は私達ですよ?」

「さぁ、宝塔を返してもらいましょうか!」

 

「フォフォ、まさかこうまでしてやられるとは。ワシも鈍ったかのう。」

「ならとっとと降参してくれない? そのほうが楽だわ。」

「そういうわけにはいかんの。こちとらドロッチェ団の頭脳という自負がありますからな。」

「全く、いやな瓶底メガネね。」

「……フォフォ、なるほどなるほど、ちょっとその発言は聞き逃せませんなぁ。」

 

「へぇ、まさかオレ達を散り散りにするたぁ中々姑息なことができるじゃねぇか。」

「姑息とは失礼な。盗難行為を繰り返す盗賊団の方がタチ悪いでしょう。」

「そうそう。ともかく、早く宝塔返してちょうだい。かなり貴重なんだから。」

「やなこったい。」

 

 各々で彼女達と対峙するドロッチェ団。

 はじめに動いたのは、スピン。

 スピードに自信があるゆえに、まっ先に一輪と水蜜に飛びかかった。

 

 突き出されたのは、鉄製の鉤爪。

 それを薙ぎ払うようにして斬りかかったのだ。

 そしてガキャン、と金属同士がぶつかる音が鳴り響く。

 

「チッ……」

「パワーではこっちに分があるようだね!」

 

 その振り下ろされた鉤爪は、水蜜の持つ錨で受け止められていた。

 ごうと錨を振り回し、スピンを吹き飛ばす水蜜。

 しかしスピンもタダでは吹き飛ばされない。吹き飛ばされながらも十字手裏剣を投げつけるという離れ業をやってみせる。

 水蜜のもつ錨は重厚な武器。つまり取り回しはよろしいとは言い難い。

 そのため、咄嗟に錨で十字手裏剣を受け止めるのは難しい。

 その十字手裏剣が水蜜の体に突き立つと思われた、その時。

 

「ありがと一輪!」

「ええ、問題ないわ。」

 

 その金色の輪で一輪が十字手裏剣全てを弾き落とした。

 

「雲山!」

「……」

 

 さらに能力を行使し、見上げ入道、雲山を呼び出す。

 モクモクと現れた雲山は、その巨大な拳を打ち付けんとする。

 

「チューリン!」

 

 しかしその拳は、スピンの号令下で投げられた爆弾により、軌道をずらされる。

 結果、拳は空を切る。

 

「チューリンだっけ? まだこんなにいたのか。」

「分断は成功はしてはいるけど、やはり多い……」

 

 見れば、周囲には最初遭遇した時ほどではないが、かなりの数のチューリンが水蜜と一輪を取り囲んでいた。

 そして体勢を整えたスピンが、腹立たしげに呟く。

 

「団長は殺しはしない主義なんだが……あんたら相手に手加減したらこっちが殺されそうだ。悪く思うなよ!」

 

 スピンは合図をチューリン達に送る。

 するとチューリンは、あろうことか出鱈目に爆弾を投下し始めた。

 一輪や水蜜や雲山を狙って投げているのではない。

 本当に出鱈目に、絨毯爆撃のように、その戦場を覆い尽くすように、爆弾を投下し出したのだ。

 当然、その範囲にはスピンもいる。

 

 まさか、玉砕か?

 いや違う。

 

 一輪と水蜜と雲山が見たのは、迫る爆弾を全て避け、爆風をいなしながらも凄まじい速度で距離を詰めるスピンであった。

 

 一輪も水蜜も、こういった隙間のほぼない攻撃……つまりは弾幕のかわし方は弾幕ごっこで鍛えられている。

 がしかし、かわせるという事と自由に動けるという事は、必ずしも等号では結べない。

 そしてスピンは、一輪や水蜜、つまりは人間と比べると小さい。

 つまりは被弾面積が少ないのだ。

 その上、スピンは戦ってわかるようにスピードやテクニック特化。

 この爆弾の雨の中、一輪や水蜜よりも自由に動けるのは、当然の理であった。

 体が大きいものの、非実体とも言える雲山はその連続的爆風でダメージこそ受けていないものの、体をうまく構成できないでいる。

 

 反撃できない。

 どうする?

 どうすればいい?

 

 自問するも、答えは出ない。

 その間に、鋼鉄の鉤爪は一輪と水蜜に迫っていた。



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怪力、馬力、それと桃色玉

 ゴシャア、と土を跳ね飛ばす轟音が鳴り響く。

 振り下ろされたのは巨大な槌。

 それが、白蓮と星の立っていた場所に振り下ろされたのだ。

 白蓮と星は初撃を難なく避ける。

 がしかし、続いて飛び退いた場所を狙って連続で飛来する爆弾には、いくつか被弾してしまう。

 

 なるほど、ストロンの膂力は恐ろしい。

 しかし、動きが鈍重なため、そこまで脅威たり得ない。

 問題は、チューリンとの連携だ。

 ストロンの鈍重さを補うかのような隙のない攻撃で、じわじわとこちらを削りにきている。

 

 なんともまぁ、いやらしい手法か。

 しかしそれが一番効果的なのだ。

 

「面倒ですね……」

「確実にこちらを仕留める気ですよ、アレは。」

「……んむ。なるほど、足は速い……だから削る。」

 

 後退する白蓮と星に向け、今度は飛び跳ね、押し潰そうとしてくる。

 またも凄まじい衝撃が白蓮と星を襲うが、直撃はしていない。大したダメージにもならない。

 それどころか、落ちてきたストロンへ白蓮は回し蹴りを決めた。

 

 完璧なタイミングでのカウンター。

 格闘技に共通して言える事だが、カウンター技は決まれば即K.Oとなることも珍しくない。

 それが決まったのだ。少しはストロンも堪えているはずである。

 

 だがしかし。

 

「んむぅ……痛い。」

「有効打にならず、ですか……」

 

 その蹴りに、効果は認められなかった。

 そのカウンターの蹴りを阻んだのは、分厚い脂肪。

 そのたっぷりついた脂肪が、衝撃を拡散したのだ。

 

 そしてカウンター失敗は、カウンターのカウンターを誘発する。

 

「くっ!」

 

 振り回された槌は、白蓮の体をしかと捉える。

 そして大きく吹き飛ばされ、そして星が受け止める。

 

「白蓮様! 大丈夫ですか!?」

「平気よ。それにしても……」

 

 あの膂力は、あの万年杉のような不動さはなんだ。

 行く手を阻む障害物さえ、進むだけで破壊してしまうような、そんな圧倒的力は。

 

 確かに動きは遅い。

 さっきのようなカウンター以外は簡単に避けることができる。

 しかし奴はなりふり構わず突撃してくるのだ。

 

 それだけではない。チューリンの連携も厄介だ。

 一度、空からの弾幕で集中砲火を浴びせたことがあった。

 だが、それらの弾は全て、放つ爆弾の爆風により、軌道をそらされ、良くても擦る(グレイズ)だけ。

 チューリンを潰せばいいのかもしれないが、逃げ足は速いし、的は小さいし、その上どこからともなく増えてくるため、キリがない。

 それどころか、チューリンを狙っている間に他のチューリンに狙い撃ちされるだろう。

 

 相手は怪盗、つまりは正面切っての戦いには弱いはず。

 そう思っていた。

 だが、ストロンは全く別。

 ストロンは正面切っての戦闘こそ得意とする戦闘員であったのだ。

 

 さらに、その体格も問題がある。

 こういう図体のでかいタイプは懐に潜り込めば楽に倒せる。

 がしかし、ストロンは図体はでかいが、身長は白蓮と星と同じくらいかそれ以下しかない。

 つまり、懐に潜り込めない。

 どころか、相手の間合いで戦う羽目になる。

 しかも、重心が下にあるので、ちょっとやそっとではビクともしない。

 

 戦闘に向いた体格。

 人に在らざる膂力。

 そして弱点をカバーするチームワーク。

 それ全てを兼ね備えたストロンは、恐ろしく強かった。

 

「よもや、ここまで強いとは……」

「私も実戦慣れしたほうがいいのかしら。」

 

 現在の弾幕ごっこでは本気の戦闘というものがない。

 だからこそ、手こずっているのだろう。

 そんな二人に、ストロンはさらに追い討ちをかけた。

 

「むぅ……面倒……腹減った……終わらそう。」

 

 そして、槌をしまった。

 そのまま開いた手で近くにあった太い木に手をかけた。

 次の瞬間、それをあっさりと引き抜いたのだ。

 

 開いた口が塞がらないというのはこういうことだ。

 木を素手で引き抜く。

 一体どれほどの膂力が必要なのか。

 白蓮や星にはイメージできなかった。

 ただ、『非常にまずい』ということは理解できた。

 

 ストロンは抜いたばかりの木を両手で持つ。

 そして、自分を軸にして、その巨大な遠心力を利用し回転し始めたのだ。

 そしてその巨大な円盤のようなコマは、怒声とともにこちらに向け飛んでくる。

 

「ヌゥゥゥォォォォオオオオオアアアアアア!!」

「なんなんです、これは! 反則でしょう!」

「反則も何もありません。かの者達は無法者達ですから、幻想郷のルールに縛られないのです!」

 

 ストロンが回転するたび、木の枝が飛び散る。

 ただそれだけでも相当な速度がでているので、十分脅威と言える。

 

「白蓮様、どうしますか!?」

 

 この危機的状況に星は白蓮に問うことしかできない。

 白蓮は静かに目を瞑り、そして答えた。

 

「私が、あの木を受けます。」

「……えっ。」

「その間に星が至近距離から弾を撃ち込むのです。」

「そんな、その方法は!」

 

 御身が傷ついてしまうではないか。

 

 そう言おうとしたが、その言葉は空に掻き消えた。

 

「さぁ、もう是が非を言っている場合ではありません。活路を開くためにも、行きますよ!」

 

 もはや白蓮は止まらない。

 回転する木の幹を、その腕で受け止める。

 瞬間、バリィ、と言った凄まじい音とともに幹が中程からへし折れる。

 そしてそれがきっかけとなり、ストロンは大きく体勢を崩す。

 

「今です、星!」

 

 幹を受け止めた腕を抑えながら、白蓮は叫ぶ。

 それに呼応し、星もまたストロンに突貫する。

 させじとチューリンの放つ爆弾が殺到するが、もはや気にも留めない。

 

 なにせ、主人が身を呈して開いた活路なのだ。

 爆風による傷など、もはや星にはどうでもよかった。

 

「オオオオォォォォオオオオ!!」

 

 星はかつて人を喰う妖怪だったという。

 その姿は虎のようだったそうな。

 ストロンに向け突貫し、叫ぶその姿は、当時の姿を想起させた。

 

 

●○●○●

 

 

「フォフォ! どうじゃね! これがドロッチェ団が技術力よ!」

 

 霊夢と相対するドクはいつも載っているUFOから、全く別の物体に乗り換えていた。

 それは、球状の金属塊に、金色の棘4本が十字に生えた浮遊する物体。

 

 しかし残念ながら、霊夢にはそれがなんなのかわからない。

 というより、幻想郷の住人で機械関係に詳しいのは河童か霖之助くらいだろう。

 

「なにそれ? 」

「ふぅむ。まぁ理解できぬのも仕方あるまい。ではお見せしよう。このキカイの真髄を! 」

 

 ドクは中でスイッチを押す。

 そして、機械は作動する。

 周囲に立ち込める、暗雲。

 それはドクの乗る機械を覆い隠した。

 そしてその中心に、ギョロリとした一つ目が浮かび上がったのだ。



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機械と幻想と桃色玉

今日から感想を返すのが難しくなりそうです。大変申し訳ありませんが、感想返しは必要最低限とさせていただきます。

時間がさらにカツカツになってしまって……


「うっわ、なにそれ。気持ち悪い。とっとと封じようかしら。」

「フォフォフォ。やれるもんならやってみい。」

 

 ドクの乗る機械は、暗雲の塊に4本の棘と一つ目が浮かぶ怪物と化した。

 大きさこそ霊夢よりかは小さい。

 がしかし、妖力や魔力とも違う、異質な力が渦巻いているのを霊夢は確かに感じ取った。

 

 霊夢は札とお祓い棒を構える。

 同時に、ドクはさらに高空へと飛び上がる。

 

 恐らくは遠距離攻撃に適した存在なのだろう。

 だからこそ、距離を取りたがる。

 なら、いちいちそれに付き合う道理はない。

 わざわざ相手の得意な間合いに入ってあげる義理はない。

 

 霊夢は飛び上がり、ドクへと接近を試みる。

 やはり霊夢の勘が当たっていたのだろう。

 近づく霊夢から遠ざかるように、ドクはその軌道を変化させる。

 ドクの機体は決してスピードに秀でているわけではない。

 しかしそれは霊夢も同じこと。

 振り切ることも、追いつくこともできないこの状況。

 

 この膠着状態に、あまり気の長い方ではない霊夢は、ついに札を投げつけた。

 紙製の札は、しかし紙とは思えない速度で飛び、そしてドクの周りを取り囲む。

 

 それはまさに封印の構え。

 出来上がったのは札の檻。

 

 そして、ドクを追い詰めるようにその檻は小さくなる。

 このままいけば、博麗の巫女の札の前に、ドクの作った機体はバラバラに四散するだろう。

 

 がしかし、そうはならなかった。

 ドクは内部でスイッチを押す。

 瞬間、体の表面や外側に視覚できるほどの高圧電流が流される。

 その電流は一瞬にして札を焼き切った。

 

「……あら、これを破るなんてね。」

「フォフォフォ! これぞドロッチェ団の技術力よ! 行け、チューリン!」

 

 雷撃を落としながら、ドクは一転してこちらに迫ってくる。

 さらに、爆弾を抱えたチューリンが霊夢に向け爆弾を投げまくる。

 

 なるほど、とりあえず爆弾投げて行き場を失わせるわけか。

 

 横目で他の戦闘を見ていた霊夢は、チューリンの行動をそう解釈する。

 しかし霊夢にとってはこの弾幕は脅威足り得ない。

 何せ霊夢は何度も何度も鬼畜と呼ばれた弾幕を攻略してきたのだ。

 この程度、どうということはない。

 

 しかし、札の攻撃が効かないのは厄介だ。

 次に取り出したのは、針。

 妖怪退治用の針だ。

 これなら焦げることはないだろう。

 そう信じて、札に紛れ込ませ、投げつける。

 狙うは、ドクのいる目の部分。

 

 札はドクへ向けて飛ぶ。

 紛れ込ませた針を隠しながら。

 すかさずドクは放電し、札を焼き尽くす。

 その灰を突き破り、針は飛んで行く。

 そして、着弾した。

 

 目ではなく、金属の棘に。

 

「あれ? 狙ったはずなんだけど。」

「フォフォフォ! あまい、あまいわ! さすがは『幻想』郷の住人! 科学に打ち負かされた者達よ! その針、鉄製じゃな? 電流をコイルに流すことによる磁力の発生! そして強磁性体は磁力に引き寄せられる! これぞ世の理! 哀れじゃな、科学に愛されておらぬ、幻想郷の者達よ!」

 

 高笑いするドク。

 次第に霊夢の眼光が鋭くなってゆく。

 

「へぇ、なるほど、言うじゃない。」

「フォフォフォ! 何せこれは幻想郷の立場を見ればわかる事実! 科学の発展とともに追いやられた人外を見ればわかることじゃ!」

「一体どこからそんな知識を得たのかしら?」

「フォフォフォ、情報とは独占してこそ。さて、どうする? 魔術や巫術にはその札や針、そして陰陽玉が必要と聞く。それを高圧電流とコイルによって封じられたお前は、どうやって儂を封じると言うのかね?」

 

 ドクは雷を撒き散らす。

 チューリンは破壊の嵐を巻き起こす。

 がしかし、霊夢はその戦場の中、冷静でいた。

 その顔に、一切の焦りはない。

 霊夢はごく涼しげに……まるで諭すように呟いた。

 

「一体いつから……私が道具がなければ巫術が使えないと錯覚していたの?」

「むぉ!?」

 

 突如、ドクの乗る機械は制御を失う。

 

 ありえない。

 なぜだ。

 一体何が起きた?

 

 ドクは内部でカメラを切り替え、制御を失った原因を探す。

 そして、見た。

 地面から光の縄が伸び、機械を絡め取っているのを。

 

「バカな……ありえんっ!」

「残念だったわね。札や針は巫術を補助する単なる道具に過ぎない。本当の巫術は神より力を借りること。つまり巫術に道具なんか本来は要らない。ただ念じるのみでいいのよ。哀れね、幻想に愛されていない、科学に溺れた人外よ。」

「キィィイイイイ! させはせん、させはせんぞぉ!」

 

 癇癪を起こし、狂ったように叫ぶドク。

 そしてプログラムが起動し、地下に潜んでいたものが現れる。

 

 それは、二つの爪で地を這うもの。

 メタリックな体を持ち、後部に緑の巨大な殻を持つもの。

 それは人の身長をはるかに超えたもの。

 幻想郷に海があった頃を知るものなら、それがヤドカリをモチーフにしたものだとわかるだろう。

 馬力は今乗っているものとは大違い。

 ドクはそちらに乗り換え、威嚇するように爪を大きく掲げた。

 

「許さん、許さんぞ博麗の巫女!」

「全く。癇癪を起こしたら血管切れるわよ、おじいちゃん。」

「キィィィィ!」

 

 

●○●○●

 

 

「さぁ、宝塔を返してもらおうか。」

 

 ナズーリンはドロッチェにジリと詰め寄る。

 しかしドロッチェは妖怪を目の前にして臆することはない。

 むしろ、その態度は自信に溢れていた。

 

「何度も言うが、断る。確かに我々ドロッチェ団は盗んだものを返すことはないわけではない。だがそれは、盗んだ場合、我々に悪影響を与え得る時のみだ。そう、例えば……コレだな。」

 

 そして、ドロッチェはあるものを取り出した。

 それに反応したのは、メタナイトであった。

 

「それは……分割されたスターロッドではないか!」

「そう、その通りだ。」

 

 それは白と藍色の紐を捻って固めたような棒の先に、輝く星が取り付けられたもの。紛れもなく、分割されたスターロッドであった。

 

「ドロッチェ! 貴様、どこでそれを見つけた!」

「何、幻想郷の道端に無造作に落ちていたものを拾っただけだ。なぜ分割されているのか、オレは知らん。しかし、これはまさに『盗んだ場合、我々に悪影響を与え得るもの』だ。これは今すぐにでも返そう。……これと引き換えにな。」

 

 そしてドロッチェはすっとマントの下からあるものを取り出した。

 それは、盗まれた宝塔に違いなかった。

 

「ふざけるな! 」

 

 対するナズーリンの答えは、ノー。

 メタナイトは言葉の代わりに宝剣ギャラクシアを引き抜く。

 

「まぁ、予想はしていたがな。まぁ、いずれにせよスターロッドは返すさ。ただし……所用が済んでからになるがな。」

 

 そしてスターロッドを振るう。

 分割されているとはいえ、それは紛れもなくプププランドの国宝。

 振りまかれる星型弾。

 

「……スターロッドを利用してくるか。」

「すまんな。お前達から逃げ切り、宝塔を誰も知らない、誰も探し出し得ない、我々の宝物庫に移したらすぐに返そう。だがそれまでは……力を使わせてもらうぞ!」

 

 飛来する星型弾。

 それをダウジングロッドでいなし、宝剣で弾き飛ばす。

 ロッドでいなしながらも、ナズーリンはふんと鼻を鳴らす。

 

「なんだ、その杖。相当力を誇示した割には大したことないじゃないか。」

「もともと攻撃用の杖ではないからな、あれは。もともとは夢を与え、夢を叶えるアイテムだ。」

「……なんだ、そっちこそ怪盗団が盗みそうじゃないか。」

「元ある場所から動かされると、夢を生み出せなくなる。そうすれば、その土地の住人は夢を見ることができなくなる。……連中も困るということだ。」

 

 交戦中に話すナズーリンとメタナイトに、ドロッチェがスターロッドを振るいながら割ってはいる。

 

「余裕なようだな。なら、手加減もする必要はありますまい。……そもそも、かのメタナイトに手加減する方がおかしいか。」

 

 そしてドロッチェの手のひらに光が集う。

 そしてそれは、レーザーとなって放出された。

 そのレーザーは決して単なる光ではない。

 それは、熱量という熱量を奪う、凍てつく光であった。



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意地と幻覚と桃色玉

感想返しできなくて申し訳ありません。
しかし感想返ししていたらハイドラ更新が危うく……


 飛来する極寒の光線。

 掠ったところから凍りついてゆく、科学の理を超えたもの。

 それがナズーリンめがけて迫りつつあった。

 

 しかし、幻想郷の住人は飛び道具にはめっぽう強い。

 弾幕ごっこで鍛えられた回避能力は一級。

 初撃を難なく躱す。

 

 しかし、その程度の甘い攻撃で終わらせるはずがない。

 続けざまにチューリンが投げつけるものよりもさらに巨大な爆弾を投下しだす。

 そして、猛烈な火柱が上がる。

 

「なんだこの爆弾! こんな爆発の仕方をする爆弾があるのか!?」

「大方、かのドクが作り上げたものだろう。油断するな。」

「分かっている!」

 

 立ち上がる火柱、降り注ぐ星型弾、飛来する光線、投げつけられる無数の爆弾。 

 しかしそれに臆することはなく、ナズーリンとメタナイトはドロッチェへ肉薄する。

 

 早かったのはメタナイト。

 翼を広げ、滑空しながらの斬撃。

 しかしそれは金属の杖によって防がれる。

 その反応速度は宇宙をまたにかける怪盗団の頭目として申し分ない。

 だがメタナイトとて、宇宙をまたにかけるレベルの騎士である。

 たった一度の斬撃で終えるはずもない。

 むしろ、最初の一撃は防がれるものとして、脳内で剣撃のイメージを組み立てていた。

 弾かれた反動を生かした斬り払い、その遠心力を利用した回転斬り、そしてその隙を潰すための軽めの突き、そこから派生する切り上げ、斬り払い……

 その時その時の状況から微調整しつつ行われる剣撃は、まさに達人のもの。

 しかしそれを受け止めるドロッチェも相当な手練れであった。

 

 と、突然メタナイトは戦線から飛び退く。

 あまりに唐突な撤退に、ドロッチェは意表を突かれる。

 そして、その隙を狙って交代するようにナズーリンが突撃してくる。

 そして放たれる、超至近距離からの弾幕攻撃。

 弾幕ごっこなら確実にルール違反な行為。

 しかし、これは弾幕ごっこではない。

 

 本気の戦いだ。

 

 だからスペルカード詠唱なんて、わざわざ隙を与えるようなことはしない。

 だから逃げる余地を与えるなんて甘い事はしない。

 だから殺生厳禁なんて緩いルールには則らない。

 ナズーリンは、ドロッチェを弾幕で消し飛ばすつもりであった。

 

 弾幕はようやく晴れる。

 そこには、もはや誰にもいなかった。

 あの圧倒的熱量により、消えたのか。

 しかし宝塔はその程度で傷つくようなものではない。おそらくどこかに落ちているはずだ。

 そう思って、降下した時。

 

「ナズーリン、後ろだ!」

「なっ!」

 

 メタナイトの警告が飛ぶが、間に合わなかった。

 背後から強い衝撃を受け、ナズーリンは吹き飛ばされる。

 同時に意識も吹き飛ばされそうになったが、そこは妖怪としてのタフさで乗り切る。

 

 一体何が起きたか。

 周囲を見回したナズーリンは、その目を剥いた。

 

「詰めが甘いな、鼠妖怪。」

 

 そこには、無傷のドロッチェがいるではないか。

 

「まさか、そんな! なぜ、あれを食らって無傷なんだ!」

「ナズーリン、ゼロ時間移動(テレポート)だ。奴はそういった術を使う能力者でもある!」

 

 メタナイトは剣を振り下ろす。

 しかし同時にドロッチェの姿は掻き消え、全く別の場所から現れる。

 

 まさか、さっきまで杖で剣を受けていたのは、『誘い』か?

 転移はできないと、無意識に我々にそう認識させるためなのか?

 

「鼠を舐めていたら死ぬ……自分で言っておいて、まさか自分に返ってくるとはな……」

 

 ナズーリンは呆れたような笑みをこぼす。

 その笑みは自嘲のもの。

 

 瞬間移動を繰り返すドロッチェにその剣を当てる術はなく、一旦後退するメタナイト。

 しかしそれでも容赦なく星型弾をばらまくドロッチェ。

 さらには高火力の爆弾や凍てつく光線も時折放ち、さらにはチューリンの援護爆撃もあって、その弾幕密度は酷いものになる。

 まさに致死の弾幕ごっこ。

 

「くぅ……このままじゃ……!」

「……怪盗団の頭目だけあって、さすがに動きに隙がないな。」

「メタナイト! あんたは剣を持っているあたり、近接攻撃が得意なんだろう!? なら挑発してみるのはどうだい!」

「無駄だろうな。直情的な者ならともかく、奴にそんな手は通じない。あいつは誇り高くも犯罪者であるということを弁え、最悪どこまでも堕ちる覚悟を持った者だ。目的のためにはどんなポリシーも捨てる。それこそがドロッチェ団のポリシーだ。」

「それ矛盾してないかい? しかしなるほど、怪盗としては完成した精神だ。」

 

 仲間に恵まれ、力に恵まれ、そして己の目的のために完成された精神。

 はたして、そんな奴に勝てるのか?

 

 ナズーリンは胸中で鼠妖怪としての弱い感情が沸き起こる。

 がしかし、同時に別の感情も湧き上がったのだ。

 

 いや、勝たねばならない。

 かの宝塔は毘沙門天様のもの。

 毘沙門天様の部下たる私が、奪われてはならない。

 毘沙門天様の部下たる私が、負けてはならない。

 

 湧き上がったのは、毘沙門天の部下であるという自負から生まれた意地。

 その意地は、その幼気な体からは似つかわしくない雄々しい声となって表層にでる。

 

「なるほど、ドロッチェ、お前は強い。だが、私とて譲れないものがあるんだよ!」

「ナズーリン!」

「ォオオオオオ!」

 

 メタナイトの制止を振り切り、飛び出すナズーリン。

 小柄な体は、その弾幕を躱すのには適していた。

 しかし、無傷で越えられるはずはない。

 爆風は小柄な体を吹き飛ばす。

 星型弾は擦り傷を作る。

 凍てつく光線は凍傷をつくる。

 全てはかすり傷だが、それが徐々に蓄積して行く。

 

 前へ、もっと前へ。

 敵は、まだ前にいるぞ。

 

 あちこちが痛み、意識が朦朧としてくる中、それでもナズーリンは突き進む。

 その体は限界を迎えつつも動くその原動力は、もはや意地の力のみであった。

 しかし、意識の混濁が、その力を奪ってしまう。

 そしてついに、あとロッド一本分の距離を残して、ナズーリンは高度を落とした。

 

 薄れ行く意識の中、体に感じるは浮遊感。

 しかし薄れ行く意識の中で、ナズーリンは確かに声を聞いた。

 

「ふぉふぉ、天晴れな心意気じゃ、ナズーリン。」

 

 

●○●○●

 

 

 各々で戦闘は継続されている。

 常人が一歩足を踏み入れれば、すぐさま肉片と化してしまうような乱闘が。

 ドロッチェ団陣営、命蓮寺陣営、両者共に引かず。

 その戦いはいつまでも続くかのようにさえ見えた。

 

 だが、その終わりは突然だった。

 

 突如として、全員が電池が切れたかのように動きを止めたのだ。

 そして困惑したように周囲を見渡す。

 いや、困惑なんて生易しいものではない。

 完全に彼らは混乱していた。

 

 鉤爪を振り下ろそうとしたスピンはその場で狂ったように鉤爪を振り回し、ストロンへ襲いかかった星はその場でただ辺りを見回すだけ。機体を乗り換えたドクはその場でグルグル回っている。

 

 一体彼らの身に何が起きたのか。

 その答えとなるものが、ひょっこりと姿を現した。

 黒い短髪、形容し難い6本の翼のようなもの。

 

 そう、封獣ぬえであった。

 

 手に持つ三叉槍をくるくる回しながら、ぬえは上機嫌に嗤う。

 

「はははは、うんうん。いい感じに正体不明に慄いているみたいだねぇ。」

 

 この混乱はぬえの能力によるもの。

 ぬえはこの乱闘を一時的に止めるため、全員に能力を発動させたのだ。

 恐らく彼らには、目の前で戦っていたはずの敵が全く知らない人物に変わったように見えるのだろう。

 

 ぬえの眼下では、マミゾウが撃墜されたナズーリンを救出しているのが見える。

 ウィンクしながら親指を立てているのはちょっとした茶目っ気だろう。良い友人を持ったものだ。

 

 さて、残るは宝塔。

 未だ混乱しているドロッチェに近づき、手を伸ばす。

 自分が奪い返せば、命蓮寺での自分の格も上がるだろう。

 全員に能力をかけるという暴挙に出たのは、手柄を独占したいというちょっとした欲望からであった。

 いや、むしろ正体不明のトリックスターというぬえの性格の方が重いのかもしれない。

 

 だが、そのトリックスターという役柄は、時折痛い目を見る。

 混乱するドロッチェが取り出したのは、ボタンのついた小さなミラーボールのようなもの。

 そして、そのボタンを押した。

 その途端、溢れんばかりの光が漏れ出した。

 その光はぬえを含め、この場にいるもの全員の視界を白く染めた。

 

 そして光が晴れた時、混乱は終結した。

 

「っ! 今のは!」

「さっきのは……なんだ?」

 

 まるで白昼夢を見ていたかのような面々をよそに、ドロッチェは至極冷静であった。

 そして目の前にいたぬえを凍てつく光線で迎撃する。

 

「なんで!? なんで能力が解けた!?」

「ふむ、幻覚を見せる能力者か? ……どっちにしろ、残念だったな。オレが精神を乗っ取られた時、その後対策として正気を取り戻す機械をドクに作ってもらっていたのさ。備えあれば憂いなし、とはよく言ったものだ。」

 

 そして大事そうに、小さなミラーボールのような機械をしまう。

 能力を破られたぬえは、敵意を剥き出しに三叉槍を構える。

 ドロッチェはぬえと、そしてナズーリンを抱えるマミゾウを見て溜息をつく。

 

「しかし増援二人か。なるほど厄介だな。……いや……もっと厄介なのが来たな。」

 

 ドロッチェの視線はぬえやマミゾウから外れ、遠くへと向かう。

 そこには、こちらへ猛スピードで突っ込んでくるものがあった。

 

 それは、箒にまたがった魔理沙と、パーティーハットのようなものを被ったカービィであった。



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プリズムプレインズ

「すまん! ちょっと遅れたぜ!」

「うぃ。」

「ちょっとどころじゃないけどね。」

「まぁいいや。取り敢えず、敵はあいつだな!」

 

 挨拶もそこそこに、魔理沙は開幕マスタースパークを放つ。

 しかし隙の多いマスタースパークをそう簡単にドロッチェが受けるはずもなく、瞬間移動で躱してしまう。

 

「ここまで新手が多いと、さすがにうんざりするな。」

「諦めたらどうだ。ドロッチェ。」

「当然、断る。」

 

 メタナイトの停戦の提案を却下し、また爆弾を放つ。

 しかしそれは、また別の爆弾によって撃墜された。

 その爆弾は、まるで花火のような美しい爆発を見せた。

 それは、カービィが投げたもの。

 虚空から無尽蔵に爆弾を取り出し、箒の上から投下してゆく。

 ドロッチェはそれを瞬間移動で躱し、凍てつく光線で迎撃し、スターロッドの放つ星型弾で反撃する。

 

「っと! ここに来てまともな弾幕を見たな! しかもありゃスターロッドか!」

「ぽよ!」

 

 弾幕を避けるのは魔理沙の大得意である。

 だが、今はカービィという同乗者がいる。

 下手な機動をとればカービィは落下してしまうだろう。

 そのハンデが、魔理沙の額に冷や汗を浮かばせる。

 

 しかしカービィは、その魔理沙の苦労を敏感に感じ取った。

 自分が魔理沙の邪魔になっていることを悟った。

 だから、カービィは天より伝説を呼び出した。

 

 光より飛来せしもの。

 伝説と謳われた、ドラグーンを。

 カービィは箒より飛び降り、そして地表スレスレで乗り換える。

 そして、ドロッチェへ向け突き上げるように突撃した。

 

「させるか!」

「……通さん!」

 

 目の前にスピンとストロンが立ちふさがる。

 だがいとも容易く彼らを吹き飛ばす。

 

「まだじゃ! 舐めるでないぞ、カービィ!」

 

 しかしすぐさまドクがヤドカリのような巨大機械に乗って立ちふさがる。

 スピンとストロンへの衝突により若干速度が落ちていたドラグーンは、その爪に阻まれる。

 決して、二人の行動は無駄ではなかったのだ。

 だが、最初こそせっていたものの、ドラグーンの畏怖すべき加速力がものをいう。

 徐々にドラグーンの何倍もの大きさを誇るドクの機械は押されてゆく。

 そして、ついに大きく吹き飛ばされた。

 

 そのままその場で旋回して速度をつけると、ドロッチェへと突貫する。

 ドロッチェは瞬間移動により躱すものの、同時にばら撒かれた爆弾により若干のダメージを負う。

 

「くぅ! やはりオレの脅威となるか、カービィ!」

 

 忌々しげにドロッチェは叫ぶ。

 だが忘れてはならない。

 敵は、カービィだけではないのだ。

 

「オラァ!」

「なっ! 三叉槍か!?」

「私のことも忘れないでもらおう。」

「チィッ!」

 

 三叉槍が振り回され、ギャラクシアが剣閃とともに振り下ろされる。

 それをすんでのところで杖で受け止めたドロッチェは、スターロッドの力で弾幕を放つ。

 しかし彼らは引くことはない。

 

「この大妖怪、ぬえを舐めるなよ!」

「……そろそろ決着の時だ。」

 

 ぬえの背後からUFOらしきものが複数飛び出す。

 そして放たれる、殺生厳禁の弾幕ごっこではまず見られないほどの超火力かつ極太のビーム。

 そしてメタナイトは、その場で回転し、そして巨大な竜巻を作り上げる。

 恐るべき攻撃はこれだけではない。

 

「援護に入るぞ!」

「分かってるわよそのくらい!」

「行くよ一輪!」

「ええ! 雲山、頼むよ!」

「そろそろ宝塔を返してもらいます!」

「はぁあああ!」

 

 離れたところからの集中砲火。

 そして、上空では方向転換して突撃してくるカービィ。

 出来上がったのは、完璧な檻。

 

 だがそれでも……ドロッチェの闘志は衰えない。

 スターロッド、そして宝塔も掲げる。

 そしてそれは光り輝き、一際高密度な弾幕が発生する。

 巨大な星型弾、物理法則を超越した曲がるレーザー。

 それらがドロッチェを守るように周囲を回り出したのだ。

 

 弾幕を相殺し、瞬間移動でいなす。

 そして全ての攻撃が止んだ時、残されたのは黒煙。

 そしてその黒煙を割って、傷だらけのドロッチェが現れる。

 無傷ではない。だが見た目に反してダメージはそれほど受けているわけではないようだった。

 

「なんてしぶとい……!」

「ちょっとこれは面倒だぜ。」

「でもこのまま押せば……っ!」

「おっと、そうはさせないぜ。」

 

 遠くから弾幕を撃っていた者達の前に、復帰したスピンとストロン、ドク、そしえチューリン達が立ちふさがる。

 己が身を呈してでも、頭目を守る気だ。

 

「素晴らしい主従関係ですね……しかし、私とて引けません!」

「終わるのは、そちらだ!」

 

 白蓮と星が最初に突貫する。

 それに続いて、一輪、水蜜、霊夢、魔理沙も彼らに飛びかかる。

 

 そしてその奥では、ぬえとカービィが、ドロッチェと死闘を繰り広げていた。

 

 

●○●○●

 

 

 ナズーリンを木の根元に寝かせ、持ってきた狸特製の薬を塗りつけ、清潔な布で覆う。

 

「ふぅむ。中々無理したのう。さて、彼奴らは……まだ戦っておるのか。若いもんはようやるのぉ。」

 

 そして、未だ戦闘を続けるドロッチェ達の方を見上げる。

 

 その戦いぶりは目に優しいとは言いがたいもので、無数の星型弾が飛び交い、曲がるレーザーが束になって飛び、爆弾が撒き散らされるという始末。

 応ずる方も応ずる方で、UFOから極太のレーザーを射出したり、三叉槍で突き回したり、花火のような爆発物を撒き、そして不可思議な乗り物で突撃をかましたりと、もはや常人では何が起きているのかも理解不能だろう。

 

「にしてもぬえよ、お主も若くなかろう。無理するのぉ。」

 

 まるで全盛期の時のように戦う旧友を見て、少しばかりマミゾウは過去に想いを馳せる。

 

 だがそれも、僅かな時間であった。

 

 ドロッチェの振り回す藍色のスターロッド。

 その先端についた星の輝きが、まるで脈打つように光っているのだ。

 何が起きているのかはわからない。だが、つい先ほどまではそんな光を発していなかったはずだ。

 嫌な予感がする。

 マミゾウは確かに長く生きた分、強い。しかし狸妖怪とはたいてい弱い者達ばかりだ。

 マミゾウとて妖怪になりたての時は弱かった。

 だから、危険をいち早く察知する勘というものが必要だった。

 その勘が、久しぶりに働いたのだ。

 

 ナズーリンを抱えてその場から飛び退く。

 その時、マミゾウはひときわ大きな地響きを感じた。

 

 そして、地面は突如、火を吹き爆ぜた。

 

 

●○●○●

 

 

「……まずいな。スターロッドが異常な光を発している。」

「なんだって?」

 

 メタナイトが突然、重い声を出す。

 魔理沙はドロッチェのもつスターロッドを見てみれば、確かに異常に強い光を発していた。

 先ほどまで、こんな光は放っていなかった。

 

「おい、なんなんだありゃ!」

「わからない。」

「そりゃないだろ!」

「無茶言わないでくれ。私とてスターロッドの全てを知っているわけではない。そもそも、いつからあったのかすらわからない代物なのだから。……ただ、カービィ達が危険に晒されているのは間違いない!」

「っ! カービィ! 離れろ!」

 

 魔理沙はカービィに向け、叫んだ。

 だが、その声は届くことはなかった。

 巨大な地響きの音がなった瞬間、爆音とともに岩盤を吹き飛ばし、火柱が上がったのだ。

 その業火に晒されるドロッチェ、カービィ、ぬえ。

 そしてその業火が治る時には、三人は力尽き、爆発で開いた大穴へと落ちていった。

 

「カービィ!」

 

 魔理沙は箒にまたがり、穴に向かって飛ぶ。

 しかし、遅かった。

 魔理沙の眼下にあるのは、どこまでも続く底のない暗闇であった。




カービィ登場でスパッと解決すると思った?

残念! 次の章に続くのです!


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地霊殿:Returns
深き穴と桃色玉


「うぉおおお!? 団長!!」

 

 ドロッチェ団団員達が、消えたドロッチェを探し、一斉に穴に駆け寄る。

 しかしあるのは、魔理沙も見た通りの暗い穴。覗き込んでも何も見えはしない。

 

「……団長……落ちた……」

「やばいよどうするドク!」

「とりあえず乗り込むのじゃ! こいつは地中での行動には秀でておるからな!」

 

 ドクは乗っている機械のヤドカリの殻にあたる部分を開く。

 するとそこには、団員全員が乗り込めるほどの巨大なスペースがあるではないか。

 

 その後の行動は早かった。

 ストロンもスピンも、そしてチューリン達も乗り込み、団長のドロッチェを追って地中へと消えていった。

 

 残された面々も、ドロッチェ団員と同じように平静を失っていた。

 

「大変……ぬえが!」

「姐さん、ここは私に任せて下さい! 」

「白蓮様はここで待っていて下さい!」

「そんな……あなた達だけで行かせるわけには……」

「それもそうじゃな。」

 

 命蓮寺メンバーの間に入ってきたのは、ナズーリンを抱えたマミゾウであった。

 倒れたナズーリンを見て、星はその表情に悲痛なものを見せる。

 

「そんな……ナズーリン……」

「気絶しているだけじゃ。応急手当てはもうしてある。……さて、誰かは残っておいたほうがいいといったのは、先の現象がまた起こるかもしれんからじゃ。ほれ、見てみぃ。」

 

 マミゾウの指差す方。

 しかしそこには何もない。

 一体何を指差しているのか。

 そう一同が思った時。

 

 先ほどと同じように、火柱が上がったのだ。

 

「っ! これは!」

「理由はわからんが……これは放置しておくと地上にも影響が出そうじゃ。だから、地上にて被害が及ばないよう、残ってもらう者も必要となるわけじゃ。あと、白蓮殿一人では負担が大きい。もう一人くらいいて欲しい者じゃが……旧友が落ちたんでな。儂は行かせてほしいのぉ。」

「わかりました。では、私はここに残りましょう。」

 

 白蓮は重々しく頷き、魔人経巻を取り出す。

 

「私は、宝塔を取り戻す役割がありますので。」

「……なら私が残るわ。狭い地底じゃ、雲山もフルの力を出せないし。」

「いいの一輪?」

「ええ。それに土地勘のある水蜜がいったほうがいいでしょ?」

「……わかったわ。」

「何が何だかよくわからないけど、異変ということでいいのね?」

 

 命蓮寺メンバーでの話し合いの最中、霊夢が割り込んでくる。

 その右手にはその手を振り解こうとする魔理沙を掴みながら。

 

「霊夢! 離せって!」

「ちょっと落ち着きなさいよ。無謀に突っ込むのはよろしくないわよ。」

「ふぉふぉ、友人を御すのも大変そうじゃの。……さて、異変か……まぁ、そういう扱いになるじゃろうの。となると、博麗の巫女は動かざるを得んわけじゃなぁ。」

「そういうことになるわね。」

 

 ふぅとため息をつく霊夢。

 妖怪巫女などと恐れられる彼女だが、中身は単なる人間である。

 平穏を望むのはごくごく自然なことであった。

 

 と、ここで今まで何も言わなかったメタナイトがその口を開いた。

 

「……スターロッドが急激に光り輝いたのは見たか?」

 

 唐突な質問に皆面食らう。

 しかし魔理沙とマミゾウは、その質問に食いついた。

 

「見た。確かに見たのぉ。」

「私も見たぜ。……ありゃ何だ?」

「私もスターロッドの全てを知っているわけではないが……共鳴説を推そう。」

「共鳴、だと?」

 

 聞きなれない単語に、魔理沙は首をかしげる。

 しかしマミゾウは何か思い当たる節があるようであった。

 

「よもや、星が急に輝きだしたのはそのためか?」

「そうだ。」

「しかし共鳴とな……つまりは、近くに同じ物があると?」

「推測の域を出ないが、私はそう考えている。ドロッチェが不完全なスターロッドを酷使し過ぎたためだろう。」

 

 メタナイトの説は証拠も何もない、本当に単なる推測に過ぎない。

 しかし、スターロッドについてよく知る者がメタナイト以外いない以上、信じるほかない。

 

「つまり、先のはもう一方のスターロッドが起こした現象だと?」

「恐らくはな。しかしどちらにせよ、我々はこの穴の中へ潜らねばならない。」

「……だな。」

 

 この暗い穴がどこまで続き、どこへ繋がっているのかは想像できない。

 しかし、行かねばなるまい。

 助けなければならない者たちがいるのだから。

 

「それじゃ……行くぞ。」

「はぁ……私も行くしかないか。」

「くれぐれも気をつけてください。」

「必ず連れ戻してきてね。」

「もちろん。白蓮様、待っていて下さい。」

「かならず宝塔を取り戻してみせます。」

「それじゃ、ちと行ってくるわい。」

 

 そして慎重に下降してゆく。

 暗い穴を照らすのは水蜜の操る人魂。

 船幽霊だからこそできる技なのだろう。

 しかし所詮は人魂。その光量はたかが知れている。

 

「全然明るくならないじゃない。」

「人魂じゃあこれが限界よ。……あ、マミゾウなら何か持っているでしょ?」

「ん? 儂? ……ああそうじゃな。どれ。」

 

 マミゾウは懐から葉を一枚取り出す。

 そして次の瞬間、ポンという軽い音とともに、その手には火のついた提灯が握られていた。

 

「ほう、これはまた面妖な技を使う……」

「初めからそうすりゃよかったじゃない。」

「葉っぱも有限なんじゃよ。こういう未踏の地へ足を踏み入れるのなら節約は大事じゃ。」

 

 そう言いながら、今度はマミゾウが先頭となって下降する。

 しかし、間も無く下降を止める。

 

「ありゃりゃ。」

「行き止まりだな。」

「行き止まりね。」

「どうしましょう?」

「おかしいわね……ならなんでカービィやぬえ、あとあの怪盗がいないわけ?」

「カービィ達が落ちて間も無く崩れたのだろう。しかしこの崩れ方……」

 

 メタナイトはおもむろにその縦穴を塞ぐ岩を叩き、そして体の側面を岩にぴったりとつける。

 しばらく場所を変えながらその行動をとるうち、一つの結論を出す。

 

「間違いない。この先は空洞となっている。この先にも穴が続いているのだろう。」

「ならこの岩を破壊すれば……」

「そんなことしたら下にいるぬえが潰れるでしょ!」

「宝塔も潰れます!」

「うぐぐ……」

「……もしかしたら、別のルートがあるのかも知れんぞ? ほれ。」

 

 霊夢の力任せな案が却下された中、マミゾウはある一点を指差した。

 それは、縦穴にポッカリと空いた横穴であった。

 

「なるほど。行ってみる価値はありそうだ。」

「というか、そこしか行くべき場所がないな。」

 

 今度は横穴へ侵入し、マミゾウの提灯であたりを照らす。

 

 すると、かすかに物音が聞こえるようであった。

 

「もしや、カービィ! いるのか!」

「ぬえ! いるのぬえ!」

「待たんか。ちと様子がおかしい。」

「これは……まさか、地底に? しかしそんなことが……いや、あったか。」

 

 マミゾウは先行する魔理沙と水蜜を止め、メタナイトは何か正体に気がついたようだった。

 

 慎重に、今度は物音立てずに進んでゆく。

 するとどうやら、進めば進むほど明るくなっているようだった。

 

 やがて、広く、かつ明るい場所へ出る。

 そこはより広い空間の壁面にポッカリと空いた空洞のような場所であった。

 そしてそこから広く、かつ明るく、かつ喧しい空間を見下ろす。

 

 そして、皆息を呑んだ。

 

「おいおい、こりゃまた……」

「まさかここに繋がっているとはね。」

「間違いない。ここは旧地獄のようね。」



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旧地獄と桃色玉 ☆

ハヤサカ提督様より挿絵をいただきました!


【挿絵表示】


いやぁ、やっぱり絵師の方は凄いですよね……ハヤサカ提督様、ありがとうございます!


「旧地獄? ふむ、村紗殿や雲居殿から話でしか聞いていないのだが……」

 

 初めて旧地獄へと降り立ったメタナイトに、水蜜が軽く説明をする。

 

「旧地獄はその名の通り、昔地獄だったところよ。ただ縮小だかなんだかで、この辺りは地獄から切り離されたの。」

「ふむ、なるほど。元は地獄ということは、かなり土地は悪そうだな。」

「その通りよ。怨霊はうじゃうじゃいるし、荒くれ者はそこらかしこにいるし、はっきり言って無法地帯ね。」

「そんな場所に何百年もいたのか。つくづくこの土地の者達の精神力には驚かされる。」

 

 恐らくメタナイトの脳内では世紀末のような旧地獄像が出来上がっていることだろう。

 

「そんな事はどうでもいいわ。とっとと終わらせましょう。とっとと。」

「あっ、おい、霊夢! ……全くなんて勝手な奴だ。」

 

 そして霊夢は勝手にその場から飛び降り、単独行動を取り出す。

 元より様々なしがらみから切り離されたような人物だ。もはや彼女の性質として諦めるしかないだろう。

 しかしそういうのをよく思っていない者もいるのは事実で、特に星はその目を細めて不快感をあらわにしていた。

 

「こう言ったときは協力するのがセオリーでしょうに……まさか独断行動するとは……」

「諦めろ、星。昔からあいつはそうだ。協力できるような性格はしていないし、あいつは一人にしておいた方が実力をフルに発揮できるタイプだからな。」

「困るほど自由な奴だからな、彼奴は。」

「……カービィと通じる部分もあるな。まぁ、カービィはどちらかというと子供なだけだが。」

「さて、ここで巫女の悪口に興ずるも良いが、そろそろ動いた方が良さそうじゃの。」

 

 話題がそれつつあった場の空気。それをマミゾウが正す。

 ここへ霊夢の悪口を言うために来たわけではない。

 自分たちにはしっかりとした目的があったはずだ。

 それをようやく思い出し、全員の表情が引き締まる。

 

「さて、まずはどこへ行こうか? 実は儂も旧地獄には行った事ないのでな。」

「普通なら下へ通じる道を探すが……旧地獄は広いからな。」

「……あー、ひとつ提案いいかな?」

 

 遠慮がちに水蜜が挙手する。

 その様子は、あまり自分の意見に自信を持っていない、もしくはその意見を言うことに気が引けているようであった。

 

「なんだ、水蜜。」

「旧地獄に来たなら現地の人に聞けばいいと思うんだけど……」

「いや、旧地獄の住人は気が荒すぎて聞きたいことも聞けないと思うぜ。」

「だから話はちゃんと聞いてくれる住人に聞けばいいと思うの。」

「いたか? そんな奴。」

「……古明地さとり。」

「ああ……」

 

 途端に魔理沙の顔は引き攣る。

 いや、魔理沙だけではない。

 その名を耳にした途端、メタナイト以外全員の顔が引き攣った。

 訳がわからないのはメタナイトだけである。

 

「……その古明地さとりが、どうかしたのか?」

「覚妖怪、と言う奴です。心を読むと言うことで有名な……」

「……ああ、なるほど。言わんとしている事はわかった。」

 

 星のたった一言の説明で、メタナイトは全てを理解した。

 

 覚妖怪。心を読む妖怪。

 心を読むために、相手の思考をほぼ全て把握することができる妖怪である。

 それは即ち、その妖怪の前ではプライバシーもへったくれもない、と言う事である。

 だからこそ、この無法地帯の旧地獄で最も恐れられた妖怪であった。

 だが、最も恐ろしいとはいえ、まともに話ができる奴だと魔理沙は知っている。

 はっきり言って会いたくはないが、速やかに事態を解決するには仕方がないだろう。

 

「……行くか、地霊殿。」

「そうね……」

 

 覚悟を決め、魔理沙達は飛翔する。

 目指すは覚妖怪の住まう地霊殿。

 飛んで行けばすぐの場所。

 

 ……だがしかし、そう簡単には目的地へ行かせてはくれないようだ。

 

「うぉっ!? あぶねっ!」

 

 飛んで来たのは、人の背丈ほどもある鉞。

 投げたのは、筋骨隆々な妖。

 それが卑しい笑みを浮かべながら、魔理沙達一行へ投げつけたのだ。

 

 いや、それだけではない。

 それを見た周囲の妖達も、あたりにある石をこちらへ投げつけてくる。

 しかも、その速度一つ一つが尋常ではない。

 当たった場所が木っ端微塵になりそうな、そんな馬鹿げた威力で投げつけてくるのだ。

 

 その意図は何か。

 断じて外敵の排除のために動いているのではない。

 『暇潰し』だ。暇潰しで飛んでいる者を襲っているのだ。

 普通ならありえない感性だが、残念ながらこの無法地帯たる旧地獄ならそれがまかり通ってしまう。

 

「くっそ、面倒臭い!」

「キリがないわ。こう言う低級の妖は一度痛い目に合わせないと。」

 

 そう言うと水蜜はその錨を振りかざす。

 そしてそれを大きく地面に叩きつけた。

 瞬間、岩盤が割れ、ひしゃげ、放射状のヒビを作り上げる。

 そしてその範囲内にいた妖達は、その一撃で吹き飛ばされ、行動不能となる。

 ついでに近くにあった家々にも相当なダメージが入ったが、家が吹き飛ぶのは旧地獄では日常茶飯事なので気にしてはいけないらしい。

 とにかく、この一件はメタナイトに旧地獄の荒れた様を如実に伝えた事だろう。

 

「なるほど、確かに野蛮な者が多そうだ。その覚妖怪とやらが本当に温厚であることを祈るよ。」

「そこは安心していいぜ。」

「とりあえず、こんなに気性の荒い奴じゃなったよ。むしろ静かな方だったはず。」

「なるほど。その言葉、信じたいものだ。」

 

 そう呟き、さらに一行は先へと進む。

 

 やはり先ほどと同じように、暇を持て余した荒くれ者供が遊び半分に様々な物を投げつけ、弾幕を放ったりしてくる。

 そしてその連中をマスタースパークや錨やレーザー、化け狸の小道具で一掃されて行く。

 中には他の小さな妖怪を投げつける、無慈悲な者もいた。

 その光景は、弱き者を守る騎士たるメタナイトの怒りを買うのに十分であった。

 その時ばかりはメタナイトが前に立ち、制裁を行なった。

 

「ほう……貴様、死にたいらしいな……? なら見るがよい。」

 

 そしてどこまでも吹き飛ばされる無慈悲な妖怪。

 哀れ旧地獄の天に大穴を開ける結果となった。

 

 しかしそんなことはあれど、大方順調であった。

 やがて、視界の彼方に地霊殿が見えてくる。

 

「あれか?」

「そうだな。」

「いかにも、と言ったデザインだな。」

 

 それは、何層にもなった御殿のような建物。

 壮麗ながらも、荒くれ者達すら目をそらすのは、それだけ主人が恐れられているからか。

 

「さて、それじゃ早速お邪魔するか。」

「……待って、あれはなんです?」

 

 窓へ向けて加速しようとした魔理沙を、星が止める。

 指差す先は地霊殿の入口。

 その扉は閉められており、侵入者を拒むように佇んでいた。

 

 そして、その扉を殴りまくる奇怪な生物がいた。

 赤いコートらしきものを羽織り、赤いニット帽らしきものを被った、チビでデブな謎生物。

 それが喚きながら扉を殴っているのだ。

 そしてその周囲には、それより小さなワドルディ達が群がっていた。

 

「……本当だ。なんだありゃ。」

「さぁ……あんなの見た覚えが……」

 

 全員がそれの正体をつかみ損ねる中、唯一、メタナイトのみがその名を呼んだ。

 

「……聞いてない。聞いてないぞ。なぜ、デデデ大王がここにいる?」

 

 

 

【挿絵表示】

 




さらにまたまたハヤサカ提督様より挿絵をいただきました。
綺麗だなぁ。これくらいの画力が欲しいなぁ……


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大王と桃色玉

土日はチャージの期間なのです……なので更新は厳しいのです。


 メタナイトの呼んだ名前に心当たりのあるものはいなかった。

 だが、メタナイトの同郷の人物であるということくらいは皆推測できた。

 だが、そうだとするとちょっとだけ納得のいかない部分もあるが。

 

「なぁメタナイト。あいつ知り合いか?」

「まぁ、そんなところだ。プププランドに城をいくつか構えているくらいの有力者だ。」

「城をいくつか……それは相当な有力者ですね……」

「その割には落ち着きはないようじゃがのう。」

 

 マミゾウの指摘の通り、そのデデデ大王とやらは落ち着きなく扉を叩いている。

 なんというか近寄りがたい雰囲気。

 しかし、メタナイトと同郷という貴重な人物とのコンタクトを取らないわけにはいかない。

 

「……行ってみるか?」

「気乗りしないなぁ。」

「ですね。」

「まぁ、腹をくくるしかなかろう。」

「根は悪人ではないからな……独断専行は度々あったが……大丈夫だろう。」

 

 若干不安の残る言い方ではあったが、マミゾウの言った通り腹をくくるしかあるまい。

 そっと後ろから、そのデデデ大王に近づいてみることにした。

 近づいて見てわかるが、その赤いコートの背中には特徴的なピースマークが描かれていた。

 本人も平和的な性格なら良いのだが、荒々しく扉を叩いているあたり、期待できない。

 というか、近づいたことによりデデデ大王の独特の濁声が聞こえるのだが、その言っている内容がすでに平和的ではない。

 

「ええい、この扉を開けんか! 開けろ! 」

 

 このような事を続けざまに叫んでいるのである。

 

「デデデ大王って、もしかして相当な暴君だったりしないか?」

「……否定はしないな。」

「やっぱりな。」

「はぁ……声をかけるがいいか?」

 

 メタナイトの提案に、皆嫌々頷く。

 はっきり言って絶賛大荒れ中の者に声をかけたいとは思わないだろう。

 面倒ごとに巻き込まれるか、面倒な絡みを受けるか、そのどちらかがオチだ。

 しかし、メタナイト、ひいてはカービィの同郷とあっては、関わりを持たないのは危険だろう。

 メタナイトは渋々、後ろからデデデ大王を呼ぶ。

 

「デデデ大……」

「もういい! ワドルディ、寄越せ!」

 

 しかし、その声をかき消すようにワドルディに指示を出す。

 すると、ワドルディが運んできたのは巨大なハンマー。見た目から判断するに木製だろうか。

 それをデデデ大王は受け取り、そして大きく振りかぶる。

 そのまま、勢いに任せて扉に叩きつけた。

 

 瞬間、扉はバキィという破砕音とともに砕け散った。

 

 たった一撃の元で、扉を破壊したのだ。

 すでに木という材質の耐久値を超えた衝撃がハンマーを襲ったはずだが、そのハンマーはひしゃげたり曲がったりした様子は見られない。

 一体なんの木でできているのやら。

 

 ……いや、そんな事を考えている場合ではなかった。

 扉を破壊したデデデ大王はズカズカと地霊殿の内部へと入って行く。

 それに続いて、ワドルディ達もずらずらとついて行く。

 

 具体的にどうとは言えない。

 がしかし、とてつもなく嫌な予感がする。

 なぜそのような勘が働いたのか、全員わからなかった。

 しかし、強いて言うなれば……デデデ大王から何かしらの危うさを感じたのかもしれない。

 

「止めた方がいいのか、あれは。」

「……ああ、間違いなく。」

「それじゃあ、行くかのぉ。」

 

 なんの理由があっての行動かは知らない。

 がしかし、それでも止めなくてはならない。

 まるで、デデデ大王を止めることが人の(サガ)である事のような錯覚。

 そんな気さえしたのだ。

 

 地霊殿の中へと入り、デデデ大王について行くワドルディの頭上を飛び越える。

 そして、その先にいるハンマーを振り回し続けるデデデ大王の元へ飛んだ。

 そして、メタナイトがデデデ大王の前に立ち塞がった。

 

「やめないか、デデデ大王!」

「む! メタナイトではないか! お前も地下に流されてきたのか?」

「流されて……? 」

 

 そしてメタナイトと出くわしてすぐさま気になる発言をするデデデ大王。

 

「流された、ってどういう事だ?」

「ん? メタナイト、誰だこいつらは? この屋敷の者か?」

「いや違う。地上から来た者達だ。」

 

 そしてメタナイトが間に立って全員の自己紹介をする。

 そして全員の自己紹介が終わると、満を持してデデデ大王が口を開く。

 

「では名乗ろうか。俺様がポップスターがプププランドの大王、デデデ大王である!」

 

 そして胸を張るデデデ大王。

 だがその姿は青くて太いペンギンがニット帽やコートを羽織った姿でしかなく、滑稽でしかない。

 その滑稽な姿のデデデ大王を、ワドルディは健気にも拍手で持ち上げる。

 当然、魔理沙達はポカーンとした表情になる。

 しかし残念ながら、デデデ大王に魔理沙達の表情から自分がどんな風に思われているか、推察する能力はない。

 『決まった』と言わんばかりの表情で魔理沙達を見るデデデ大王。

 そんなデデデ大王に、こういった状況には既に慣れているメタナイトが質問する。

 

「ところでデデデ大王。なぜここに居るのです?」

「それは見覚えのある星型の裂け目が現れたからワドルディとともに入ったのだ。そしたら異世界の地下世界に放り出される始末。ここにはまともに話のできる奴がおらんから、ここの有力者の所に行って地上に出させようと思っていたのだ。」

「ところで、有力者の情報はどこから手に入れた?」

「喧嘩をふっかけて来たやつを拘束して聞き出したのだ。」

「ああ、なるほど……」

 

 喧嘩をふっかけてきた者を返り討ちにするとは、デデデ大王はなかなかの強者のようである。

 まぁ、木製ハンマーで扉をぶち抜く程なのだからそこらに居る木っ端妖怪など鎧袖一触なのはわかるのだが。

 

 しかし、星型の裂け目とは一体なんなのか。

 魔理沙達はそれが一体なんなのか、知りたくて仕方なかった。

 もしかしたらそれが、カービィ達が現れたきっかけである気がしたのだ。

 

 しかし、その疑問を口に出す前に、また新たな衝撃が魔理沙達を襲った。

 

「こんにちわです。」

 

 突如、魔理沙達に声がかけられる。

 しかもその声は聞き覚えのないもの。

 

「おーい、こっち、こっちです。下だよ〜!」

「下?」

 

 その声につられて、下を向いてみる。

 するとそこには、こちらを見上げるワドルディがいるではないか。

 いや、普通のワドルディではない。頭に青いバンダナを巻いているではないか。

 

 まさか、喋った?

 いや、ワドルディは口がないから喋らないはず。

 

 そう思ったところで、今度は目の前でワドルディが喋り出した。

 

「ボクが大王様に支えているワドルディの筆頭です。」

「……え、喋れるのか?」

「あれ、ワドルディって喋らなかったんじゃ……」

 

 少なくとも、今まで見た者はそうだった。

 しかしそのワドルディは至極冷静に答える。

 

「普通はそうなんだけどね。でもワドルディにもそれぞれに個性があるんです。ボクは喋れるという個性を持っているだけです。以後お見知り置きを。」

「なるほどのぉ。特殊個体いや突然変異個体とかいうやつじゃな。ワドルディの世界も興味深いのぉ。それでも名前は?」

「ワドルディです。」

「やっぱりワドルディなんじゃな。ワドルディの間でも名前を付ければ良いのに。」

「必要ないですから。」

「おい! ボサッとしてないで早く行くぞ!」

「あっ、はーい。」

 

 と、ここでデデデ大王の呼び出しをくらい、話は中断されてしまう。

 メタナイトもデデデ大王といつの間にか何を話したのか、デデデ大王と共に行く気であった。

 まぁ、目的は同じなので当然の行動とも言えるが。

 

 ところで、皆何かを忘れてはいないだろうか?

 ここまでの流れを大雑把にまとめてみよう。

 

 まず、魔理沙達一行が地霊殿近くに飛来。その時既にデデデ大王一行が地霊殿の扉の前にいた。

 次に、デデデ大王が地霊殿の扉を破壊し侵入。

 そして地霊殿内部で魔理沙達一行とデデデ大王一行が接触。今ここである。

 

 どうだろう。ここまで説明すればわかるのではないだろうか。

 もはや言い逃れのできない事をしでかしてしまっていることに。

 

「フシャー!! あんたら!! この忙しい時に何やってくれてんのよ!!」

 

 奥から怒り狂った少女の声が聞こえてくる。

 それと同時に、ガラガラという何かを転がす音も。

 

「……あ、やべ。」

「もしかして地霊殿の……?」

「ほぅ、化け猫……もとい、火車か。」

 

 鬼気迫る勢いで迫るのは、緑色のゴシックなワンピースに身を包み、赤い髪を三つ編みにし、猫耳を生やした少女。

 一輪車を押しながら、大量の怨霊とともに迫ってくる。

 彼女はお燐、火焔猫燐である。

 平時ならば穏やかな彼女ではあるが、今回ばかりは激情を露わにしていた。

 

「……なぜだか彼女、怒っていないか?」

「いや、そりゃ当然だろうな。」

 

 メタナイトの疑問に、魔理沙は頰を掻きながら答える。

 

「何せ私達、堂々と不法侵入しているからな。」



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地の底と桃色玉

「まて侵入者ァ! なんでこんな忙しい時に来るのかなぁ!」

 

 ガラガラとけたたましい音を立てながら迫り来るお燐。

 しかもその背後に無数の怨霊を連れており、どれだけ殺気立っているか手に取るようにわかる。

 魔理沙達の戦力なら迎撃できるかもしれない。

 しかし不法侵入をやらかしたという負い目と、なんだか面倒くさそうな雰囲気が戦闘を拒否させる。

 結果、怨霊&火車と人間&船幽霊&化け狸&神代理&無数の一頭身&ペンギンというカオス極まりない鬼ごっこの図式が出来上がる。

 そのカオスな鬼ごっこの最中、こんな会話が繰り広げられる。

 

「なんか適当に逃げていますが、どうするのです!?」

「どこか適当なところに隠れればいいだろ!」

「この人数でどこに隠れるのよ!」

「しかも向こうに地の利があるしのぉ。」

「倒せばいいんじゃないかな?」

「おお、それだ! ワドルディ、早速迎撃を……」

「面倒くさそうだから却下だ!」

「……主人の前なら冷静になるのでは?」

「それだ!」

 

 メタナイトの案が採用され、この鬼ごっこの終着点が決定される。

 それはこの地霊殿の主人たる覚妖怪。

 主人の前であるならば、お燐も冷静さを取り戻すはず。

 主人も怒り襲って来る可能性も無くはないが、その性格を鑑みるにおそらくそれはないであろう。

 

 しかし、たった一つ大きな問題が立ちふさがった。

 

「じゃあこの館の主人は何処にいるんだ? 俺様も用があるんだが。」

「確か霧雨殿は一度来たことがあったのだったな。」

「そうなの? じゃあ道わかる?」

「ああ、確かに来たことはあるんだが……」

 

 魔理沙は走りながら目を逸らし、消え入るように言った。

 

「道覚えてないや。」

 

 しばしの静寂。

 最初一体何を言っているのかわからなくて。

 次にこの状況に声を出せる余裕もなくなって。

 だがしばらくして、感情がようやく追いついて来た。

 

「はぁあああ!?」

「いや、しょうがないだろ! 来たの一回だけだし!」

「そりゃそうでしょうけど……」

「肝心な時に頼りにならんのう。霊夢の方が良いんじゃないかの?」

「なんだと!?」

「やめないか! 今は目先の問題を解決する方が先だろう!」

「待てやァ! 炉で燃やすぞォ!」

「ホラ来たあ!」

 

 このカオスな鬼ごっこは、まだまだ終わらない。

 

 

●○●○●

 

 

「うっ、いったた……もう、どうなっているのよ……」

 

 ぬえは長い眠りから目を覚ました。

 しかし、辺りは薄暗く、そして土臭い。

 さらにはあちこちでチリチリとした痛みが走り、不快感がこみ上げる。

 見れば、服の至る所が焦げている。

 なんでこんなことになったのか。

 よくよく思い出せば、最後の記憶は突然下から火が吹き上げた光景。

 しかしなぜ炎を浴びたのか?

 ……ああ、そうだ、宝塔だ。

 宝塔を奪い返すために、鼠の化け物、ドロッチェと争ったのだ。

 こうしてはいられない。

 

 ぬえは慌てて身を起こす。

 がしかし、頭に鈍痛が走り、思わず頭を抱える。

 

 すると、何処からともなく声が聞こえて来た。

 

「無理するな。どうやらオレ達は相当高いところから落ちて来たらしい。頑丈な妖怪といえども、堪えるだろう。」

 

 薄暗い闇から現れたのは、ぬえと同じように満身創痍のドロッチェであった。

 ついさっきまで戦っていたはずの相手の登場に、ぬえは頭の鈍痛すら忘れて立ち上がった。

 

「お前!」

「だから無理するな。それに、もうオレとお前に争う理由はない。」

「どういうこと?」

「これを見ろ。」

 

 ドロッチェはある場所を指差す。

 すると、先ほどのドロッチェと同じように、薄暗い闇から今度はカービィか現れた。

 そしてカービィは口からあるものを吐き出した。

 それは、奪い返そうとしていた宝塔であった。

 

「ここに落ちた時、カービィが先に目覚め、そして取り返された。そしてオレにももう戦う力は残っていない。……降参だ。」

 

 そしてドロッチェは静かな笑みを浮かべながら両手を挙げる。

 なんともあっけない争奪戦の結果に呆然とする中、ドロッチェは上を見上げる。

 

「しかし、ここは何処だ? ぬえと言ったか、ここに見覚えはあるか?」

「……いや、無いね。でも、確か私達は穴に落ちたはず……地下世界、旧地獄かもしれないね。」

「おお、おっかないな。オレ達がいつか行くところじゃないか。」

「ぽよ?」

 

 ドロッチェの自虐的なジョークを理解できないカービィは首を傾げる。

 しかしもとよりカービィがこのジョークを理解できるとは思っていなかったのか、それとも単なる独り言だったのか、ドロッチェは構わず話を続ける。

 

「しかし困ったものだ。オレ達が落ちて来た穴は落石で塞がれている。どうやら横穴があるようだが、その先は妙に暑い。何があるかわかったものではない。一人で脱出するのは厳しいだろうな。」

 

 そしてちらりとこちらを見る。

 

 ああ、なるほど、魂胆はわかった。

 簡潔にいえば協力の要請だろう。

 ここにいる者全員の危機なのだから、ここは先ほどの敵対関係を忘れ協力しよう、と言いたいのだろう。

 

 それに対するぬえの答えは決まっている。

 

「そうか。それじゃ、一人で行けば?」

「ふむ、なかなか冷たい……いや、天邪鬼なヤツだな。」

 

 はっきり言ってぬえは素直な性格ではない。

 だからこそ先の返答がある。

 しかしそれはぬえの性格によってのみ出された返答ではない。

 妖怪は忘れ去られない限り死なない。

 つまり、食べ物や水が無くとも生きていける。

 ならば、ドロッチェ曰く何があるかわからないという危険な横穴をわざわざ進むよりも、助けが来るのを何年、何十年、また何百年と待っても良いのだ。

 ここで何もせず待っていて死ぬのは生物であるドロッチェとカービィのみ。

 ならば協力する筋合いはない。

 

 そう考えての返答。

 しかし、それを聞いたドロッチェは心底可笑しそうに笑う。

 

「ははは、どうやらお前は周りが見えてないらしい。いや、意地を張って見えなくなったというべきか?」

「……どういうことよ。」

「考えて見ろ。落ちて来た穴は崩落し塞がれた。つまり落ちて来た縦穴は脆いということ。そしてここはその縦穴の真下。つまりは……」

 

 何処からか石が落ちて弾けた音が、この薄暗い空間に反響した。

 

「……いつ崩落するかわからんということだ。」

「……」

 

 しまった。そのことをすっかり失念していた。

 しかし、この程度の脅しで大人しく付き従うのは癪に触る。

 だからぬえは、無言のままその場に立ち続けていた。

 

 それを見たドロッチェはため息をつく。

 

「全く、妖怪というものは偏屈なものなのだな。カービィ、行くぞ。」

 

 ドロッチェが立ち去ろうとする音が聞こえる。

 しかし、ぬえは動かない。

 意地でも動くものか。

 

 だがその時、ぬえの腕が引っ張られた。

 

 見れば、そこにいたのはカービィ。

 片手でぬえの手を、もう片手でドロッチェの手をしっかりと握り、宙ぶらりんになって引いていたのだ。

 ぬえがぐいと引っ張っても、ドロッチェがぐいと引っ張っても、カービィは意地でもその手を離そうとしない。

 そして、澄んだ瞳でじっとこちらを見てくる。

 

「う……」

 

 その目を見ていると、なんだか頭がクラクラしてくる。

 

「うう……」

 

 その目を見ていると、なにがなんだかわからなくなってくる。

 

「ううう……」

 

 その目を見ていると、最早自分の意固地な意思も揺らいでくる。

 

「わかった……わかったよ。行くから……行くからそんな目で見ないでくれ。」

「ふっ……ははは! どうやら偏屈なのは妖怪だけではなかったらしいな!」

 

 ドロッチェの豪快な笑い声と、カービィの満足そうな笑みに引きずられるように、その天邪鬼な精神を打ち砕かれたぬえはとぼとぼと二人に付いて行った。



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さとりと桃色玉

「はぁ、はぁ、もう観念しな!」

 

 袋小路に追い込み、ジリジリと魔理沙達に近寄るお燐。

 結局のところ、魔理沙達は主人の部屋に飛び込んでお燐を無理やり冷静にさせるという作戦に失敗した。

 しかし当のお燐は酷く疲れた様子であり、まともに戦えるのか不安な程。

 疲れのせいか、かなりの数の怨霊が支配下から脱し、どこかへ行ってしまっている。

 重そうな一輪車を押して追いかければ、妖怪でもそりゃこうなるよね、という感じの当然の結果である。

 

 対する魔理沙達はあまり疲れの色は見えない。

 当然お燐のように重いものを持って走っていたわけではないからだ。

 人間の魔理沙やメタナイトは途中で箒や翼を使って飛び始めたので疲れは見えない。

 ただデデデ大王とワドルディ達は若干バテているように見えるが。

 

「ぜぇ、はぁ、さぁ、覚悟するんだよ!」

「……だとさ。どうする?」

「ふぅむ、なんとなく対応に困るのぉ。」

「意地を張っているのはわかるが……」

「引く気は……ないですよね。」

 

 肩で息をする弱り果てたお燐の対処に皆引き気味な中、水蜜がおもむろにに前に出る。

 

「あ、水蜜。」

「大丈夫。任せて。」

 

 そして水蜜はお燐の前にでる。

 お燐は目の前に出てきた水蜜に、フシャァと猫のような威嚇音とともに突っかかる。

 

「なんだい? やろうっての……」

 

 ゴッ。

 

「フニャッ!?」

 

 バテているお燐に、水蜜は無慈悲に錨を振り下ろした。

 妖怪であるお燐はこのような物理攻撃にはめっぽう強いので、致命傷とは程遠い。

 しかし弱ったお燐を気絶させるには十分すぎるほどの威力があった。

 

 目を回して地に伏すお燐を抱え、Vサインを送る水蜜。

 しかし先の無慈悲な行動を見て素直にVサインを送り返す図太い神経の者はいない。

 やっぱり船幽霊は悪霊の類なんだな、と皆感覚的に理解したのだった。

 

「あー……はい。じゃあ面倒ごとも片付いたし、覚妖怪のところに行って見ましょうか。」

「だな。こいつが目覚めたら面倒だ。急ぐか。」

「だったらはやく道を思い出すのだ! 俺様を待たせる気か!」

「しょうがないだろ一度来ただけなんだからさぁ!」

「落ち着け、二人とも。」

「落ち着きましょう大王様〜。」

 

 若干喧嘩腰な魔理沙とデデデ大王をメタナイトとワドルディが諌め、なんとかこの場を凌ぐ。

 しかし我儘なデデデ大王と男勝りな魔理沙は、平時ならば気があうのだろうが、一度ヒートアップすると止めにくい。

 そんな二人を見て、メタナイトは溜息をつくのみ。

 

「全く、まだ主人の部屋すら見つけられていないというのに、この調子では……」

「あぁ、それなんじゃがの、メタナイトよ。」

 

 頭を抱えるメタナイトに、マミゾウは声をかける。

 そして、ある一点を指で指した。

 そこには、ある貼り紙があり、その文面をマミゾウが読み上げる。

 

 

 

 

「『さとり様の部屋、こっち』じゃとよ。確実に主人の覚妖怪のことじゃな。」

「……」

 

 

●○●○●

 

 

 一体誰のために貼られたのかわからない貼り紙を頼りに、地霊殿を突き進む一行。

 ちなみに倒れたお燐は一輪車に乗せ、水蜜が運んでいる。

 

「また貼り紙か。」

「なんでこうも貼り紙が多いんでしょうね。」

「自分の家で迷うような奴がいるんじゃないの?」

「まさか、そんな……」

「……あー、いた気もする。」

 

 魔理沙の脳裏に浮かぶのは八咫烏の力を得た地獄鴉の姿。

 三歩歩けばものを忘れる鳥頭を体現したかのような妖怪。

 確かに彼女なら地霊殿の内部を把握していないとしても納得できる。

 

 そんなことを魔理沙が考えているうちに、突然先行していたマミゾウが足を止める。

 いきなり足を止めたマミゾウにぶつかり、魔理沙は不機嫌そうにマミゾウを見る。

 

「なんだよ、いきなり止まるなよ。」

「おっとすまんの。ここじゃ。」

 

 マミゾウはトントンとある貼り紙を指でつつく。

 そこには『さとり様の部屋、ここ』と書かれており、さらにその隣には他とは違う重厚な扉が待ち構えていた。

 

「いかにも、って感じだな。」

「なんだ、俺様の城の扉の方が豪華だな。」

「大王様、今そんな話してる場合じゃないです。」

「とりあえず、この大人数で押しかけるのはまずかろう。私がワドルディ達を別のところに連れて行くから、先に入っていてくれ。」

 

 メタナイトの提案に頷くと、魔理沙は扉に手をかける。

 そして、そのまま押し開けた。

 手入れがしっかりと行き届いているのだろう。重厚な扉が、なんの抵抗もなくすんなりと開いた。

 そして、その扉の先にはずらりと並ぶアンティークな家具の数々。

 一体いつの年代のものなのか、古物商としての知識を皆しっかりと持っていないためにわからないが、どうやら同じくらいの年代で統一されているように見える。

 そしてその奥の黒檀の執務机に、ちょこんと座る少女がいた。

 その少女の手には万年筆が握られており、その先には幾枚もの書類が広げられている。

 桃色の髪を持ち、カチューシャから伸びた触手の先には第三の目がこちらを覗いている。

 そして人の顔にある眠たげにも見える両目をこちらにちらと向け、その口を開いた。

 

「ノックもせずに入室だなんて、礼儀のなってない連中ね。」

「しょうがないだろ、こちらは急ぎの用なんだ。」

「悪いけどこちらも急ぎの用があるの。落ちたお仲間ぐらい自分達で探して頂戴。」

「おい! 俺様はお前に用があって……」

「自力でなんとかして頂戴。迷い込んだ者をわざわざ送り返すほど私達はお人好しじゃないわ。それに地上と地下では不干渉の決まり事もあるしね。」

「ほほう、これまた噂通りじゃの。」

「厄介だと思うなら帰ってもいいわよ。」

「……はは、こいつは参ったのぉ。それじゃ、外に出ておくぞ……」

 

 そして、各々の心中をずばりずばりと言い当ててゆく。

 これこそが覚妖怪、古明地さとりの能力である。

 この妖怪の前では隠し事は通用しない。

 どころか、この妖怪の前ではプライバシーも何もなくなる。

 この妖怪の前では自分の内側を全て覗かれてしまうのだ。

 だから、この無法地帯の旧地獄で最も恐れられているのだ。

 

 しかし、それでもお燐などのように慕う者がいるのは、昔お燐が言葉を喋れない動物だったからだろう。

 動物は言葉を持たない。故に、物事を伝える手段はない。

 だからこそ、心を読み意思疎通ができるさとりの下に集まるのだろう。

 

 しかし、そうでないものにとっては厄介者他ならない。

 

「私が忙しいと言ったのはね、ついさっき間欠泉センターの温度が異常に上がったって情報が入ってきたのよ。」

「また心を……」

「見えるものは仕方ないでしょう? とにかく、私はその対処に追われているわけ。そこで伸びているお燐にも手伝ってもらってたんだけど、その様子じゃ解決まで時間がかかりそうね。」

「それ、どうせアイツのせいだろ。」

「まぁ、そうなんでしょうね。だからお燐に様子を見てもらおうと思ったのに……」

 

 と、ここでふと、魔理沙の勘が働いた。

 

「なぁ、ここに来る前、地上に火が吹き上がったんだが……アイツが原因か?」

「初耳ね。それでその火に飲み込まれて、誰かが落ちた、と。」

「まぁ、そういうこった。」

「……はぁ。まぁ、あの子の火力ならそれくらいできてもおかしくないのか……となると、貴方達の探してる者はあの子のところにいるんじゃないの? ……そうね。お燐に頼もうと思ってたけど、丁度いいわ。あの子の様子もついでに見てきて頂戴。」

「ええ……」

 

 こちらが頼みに来たのに、なぜだかこちらが頼み事をされてしまった。

 確かに有力な情報は得たが……利用された感があって癪に触る。

 

 と、その時。

 

「ワドルディ達には外に出てもらった。話はもう済んだのか?」

 

 メタナイトがさとりの部屋の中に入って来た。

 

「おっと、ノックしないとダメなんだとさ。」

「む、それは済まない。私の名はメタナイト。宜しければ名を教えて頂きたい。」

「さとりだ。古明地さとりと言うんだ。」

「……私は古明地殿に聞いたのだが……古明地殿?」

 

 そして、異常に気がついたのはメタナイトであった。

 メタナイトの視線の先では、さとりが目を見開き、立ち上がり、固まっていた。

 そして、椅子を蹴飛ばしながら後ずさりしてゆく。

 その異常な行動に、魔理沙達は何か不穏なものを感じ取った。

 

「お、おい、さとり?」

「どうしたのです? どうしたのですか!?」

「……ちょっとこれ、まずくない?」

「う……あぁ、あ……」

 

 そして、呻くような声をさとりは上げた。

 

「なぜ…………こんな事実、わた、私は……知りたくはっ……! あぁ、あああぅううああぁぁぁぁああ!!」

「おいっ!」

 

 そして、頭を抱え込み、蹲るさとり。

 

 その様子を見たメタナイトは、ゆっくりと目を瞑り、後悔の言葉を呟いた。

 

「……そうか、すっかり失念していた。心が読めるなら、私の目的も……知らなくてもいいことを知ってしまったか。」



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狂気と疑惑と桃色玉

 狂気に呑まれかけたさとりを落ち着かせるために水蜜が用意した水を飲ませ、星が背中をさする。

 しかしそれでも、さとりの目は焦点が定まっていない状態であり、今でも小刻みに震えている。

 デデデ大王は気にせず人の部屋でくつろいでいた。

 

 この状況を作り上げてしまったメタナイトは、外に連れ出され、他の者に問い詰められていた。

 

「本当にすまない。私が迂闊であった。」

「会っただけであれだからな。いつか訪れる結果だったとして諦めるしかないさ。」

「しかし気になることもあるのぉ。外から聞いておったが……目的とな?」

 

 マミゾウが問い詰めたのは、メタナイトが後悔の念とともに呟いた一言についてだ。

 『知らなくてもいいことを知ってしまったか』。その一言が、マミゾウの中で大きな波紋を起こしたのだろう。

 

「知りたいのか? ……ああなるぞ。」

「何、無理には聞かん。世の中、幸せでいるためには知らなくて良い事が溢れかえっているのはわかっておるからの。それより聞きたいのは、目的じゃ。」

 

 マミゾウは笑っている。

 しかし細められた目は、狸もまた野に生きる獣であることを如実に表していた。

 

「詳しくは聞かん。しかし本当にその目的とやらは幻想郷を壊すものではないのじゃな?」

「この世に100%などはない。結果はどう出るか完璧にわかったわけではない。しかし、我々は幻想郷を壊すつもりで動いているわけではない。……命蓮寺でも同じようなことを言った気がするが?」

「その時はおらんかったのぉ。」

「姿を見せていないだけで聞いていただろう?」

「はて、なんのことやら。……その様子じゃと、これ以上聞くのは無理そうじゃの。これ以上聞くと発狂しそうじゃな。」

 

 マミゾウはこれ以上聞く気はないことを示すためか、煙管を咥え、火をつける。

 そして入れ替わるように質問をしたのは魔理沙だった。

 

「目的目的と言ってはいるが、具体的に何をするつもりなんだ?」

 

 魔理沙の質問の意図は、何をするかを聞き出すことにより、本当に幻想郷に影響が出ないことなのか判断しようとしているのだろう。

 なにせ、外から来たメタナイトよりも、ここに住む自分達の方が幻想郷についてはよく知っているはずだからだ。

 対するメタナイトの答えは簡潔なもの。

 

「わからん。」

「……は?」

「目的を達成するために具体的に何をすれば良いかを調べるためにここに来たのだ。」

「つまりは幻想郷にお前たちの目的を達成するために参考になるものがある、と?」

「そういうことだ。」

 

 なるほど、そうなるとなんだか安心な気がする。

 つまりは工場見学みたいなものだ。

 単なる調べ物ならば、幻想郷に危害が加わるはずもない。

 

 そう魔理沙は納得したかった。

 しかし、同時にこう思う。

 

 ただの調べ物ならば、心を覗いたさとりがああなるのだろうか?

 その調べることにより達成しようとしている目的は、本当に安全なものなのか。

 聞き出したいが、さとりの様子を見ている以上、強く聞き出せない。

 

 と、その時、さとりの部屋から誰かが出て来た。

 最初は星か水蜜かと思った。もしくは中でくつろいでいるデデデ大王か。

 

 だが、違った。

 確かに、星も水蜜も出て来た。

 だが、彼女らに支えられるようにして、さとりも部屋から出て来たのだ。

 

「メタナイトの言っていることは……間違いないわ。」

「さとり、あんまり無理するのは……」

 

 周りの気遣う声も無視し、さとりは続ける。

 

「寧ろメタナイトらの目的を邪魔するのは、私たちの、幻想郷を贔屓する『エゴ』と言えるわ。」

「それはどういうことだ? 話が見えん。」

「……私みたいになりたいの? 知らなくてもいいことを、知りたいの?」

「いや、そういうわけでは……」

 

 はっきり言って、いつも冷静なイメージのあったさとりをあそこまで変えてしまう事実なぞ、知りたくはない。

 当然この考えもさとりには読まれており、何も言わず頷く。

 

「まぁ、それが一番よ。」

「儂からも良いかの?」

 

 そんな中、マミゾウが間に割り込み、口を開いた。

 

「メタナイトらの目的を邪魔するのはエゴ、と言ったのぉ? それはもしこやつらの目的が、結果的に幻想郷を壊すことになったとしてもか?」

「それは正当防衛とも取れる。でも、結局それはエゴイズムという範疇をでない。幻想郷は恵まれているのよ。一人勝ちを許し、他者を蹴落とすのはエゴ他ならない。」

「言っとることがわからんのぉ。」

「全てを知りたい? もれなく錯乱の症状つきよ。」

「遠慮しておこう。……して、メタナイト。」

 

 マミゾウはさとりとの会話を中断し、メタナイトに向き直る。

 

「この目的とやらは、あのデデデ大王やカービィも知っているのか?」

「知っている。ただし、デデデ大王はそもそも参加していない。……なるほど、だからデデデ大王と会っても古明地殿は錯乱しなかったわけか。」

「私が自動的に受け取れるのは表層の感情、考えよ。知識を受け取れるわけじゃない。彼は常にあなたたちの目的を考えていたわけではないから、私はデデデ大王から流れ込んでくる感情で錯乱しなかったわけ。」

「ちょっと待て。デデデ大王は、ということは、カービィは知っている上に、行動もしているのか?」

 

 魔理沙の質問に、メタナイトは当然のように答える。

 

「ああ、知っている。どちらかといえば、カービィがポップスターの住人の願いを受けて自ら行動している。私やワドルディ達はそれに賛同し、協力しているのだ。」

 

 魔理沙は信じられなかった。

 あの、純粋で、無垢で、無邪気なカービィが、妖怪を錯乱させてしまうほどの事実を隠し持ち、そして行動しているということが。

 それと同時に、不安もある。

 事実を知ってしまったらしいさとりは、幻想郷は恵まれていると言った。

 そして一人勝ちを許し、他者を蹴落とすのはエゴといった。

 文脈から判断するに、一人勝ちをしたのは幻想郷。なら、蹴落とされる他者は?

 

 カービィ達、なのだろうか。

 一体、彼らは何を抱え込んでいるのか。

 もはや、カービィをただ純粋に慈しみの目だけで見るのは難しいのかもしれない。

 

 思考の渦に囚われる魔理沙を案じてか、さとりはさらに口を開く。

 

「ただ、私たちはあなた達ポップスターの者に対して協力する義務もないし、協力しようがないわ。何も知らないで済んだあなた達は、何も気をもむ必要はない。」

「もちろん、それは心得ているとも。」

「そうか。わかった。」

 

 心底納得できたわけではないが、今はもはやこう頷くしかあるまい。

 いつか、いつか彼らのことを本当の意味で知ることのできる日は来るのだろうか?

 

 そんなことを考えている魔理沙から離れたところで、星と水蜜が二人して話し込んでいた。

 

「私達、完全に空気ね。」

「ですね。……デデデ大王でしたっけ? 寝てますし、叩き起こしましょうか。」

「そうしようか。そろそろぬえやカービィも探さなきゃいけないし。」

「そう、そうですよ、宝塔! 宝塔を取り返さなきゃ! こうしちゃいられないです!」

 

 そしてまっしぐらにデデデ大王の元へ飛びつき、乱暴にゆすり出した。

 「落ち着きないなぁ」と水蜜は突っ込みつつ、重い空気になった魔理沙達のところへ寄って、口を開く。

 

「あー、そろそろいいかな。ぬえや宝塔やカービィを探さなきゃいけないんだけど。」

「ああ、そうだったな。……悪いな、邪魔して。」

「私が迂闊なばかりに。申し訳ない。」

「いいのよ。……知るべきではなかったかもしれないことだけど、誰かは知っておかないとまずい事でしょうからね。」

「お詫びはこの後に。」

「いいわ、そんなもの……いや、ひとついいかしら? 」

「なんなりと。」

「これからさらに下層に行くのでしょう? そのついでに、あの子の様子も見てくれないかしら。」

「お安い御用。しかし、先ほどから気になっていた『あの子』とは?」

 

 メタナイトの質問に、さとりは少しだけ目をそらす。

 そこにいるのは、未だにのびているお燐。

 

「この子に案内してもらうといいわ。この子と一緒なら迷うこともないし、外に出ることもできるでしょう。」



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マントルと桃色玉

「あっつ……なんでこんなに暑いんだ……?」

「マグマだまりが近いのかもしれないな。だとすると相当深くまで落ちてきたようだ。」

「うぃ!」

 

 ぬえは汗を流し、それを振り払いながら文句を言う。

 ドロッチェはそれでも涼しい顔で灼熱の地を歩く。

 カービィはこんな状況でもスキップをしながら進む。

 

 この地底を進む様子は三者三様。しかもその三者とは、一人はおかしな羽の生えた少女、一人は巨大な鼠、もう一人は桃色玉である。

 なんともシュールな光景である。

 

 しかし、見た目も様子も性格もバラバラとはいえ、目的こそは一致している。

 目的は地上への脱出。

 相当な深層まできたのだ。脱出にどれだけの時間がかかるかわからない。

 しかし停滞していては何も始まらない。

 だからこそ、危険を冒してでも進むことを決意したのだ。

 

 とはいえ、延々と歩き続けているだけでは暇で仕方がない。

 しかも、身を焦がすのではないかというくらいに暑いとストレスも溜まって来る。

 だからこそ、それを発散させるために三人、いや実質二人が身の上話を始めた。

 

「こう見えても私は凄かったんだぞ? 平安の都を正体不明な恐怖と不安で覆い尽くしてさぁ。」

「ヘイアン? すまん。わからん。」

「もう一千年以上昔の人の都市さ。いやぁ、あの時は私、輝いてたわぁ。」

「ふむ、見た目の割に、歳食っているんだな。」

「その言い方はどうかと思う。」

「はっはっ! スマンスマン!」

「ったく、幻想郷には私みたいな奴ばっかだから別にいいけど……お前はどうなんだ?」

「ん? なんだ、オレの話か?」

「ああ、そうだ。」

「怪盗のオレに個人情報を喋らそうとするとは、お前さんは相当な大物らしい。」

「だから言ったろ? 私は大物だったんだって。」

「それもそうだな。しかしオレが語れるのは少ない。せいぜい仲間に恵まれて怪盗を始めるようになった、ってことぐらいだな。」

「つれない奴だなぁ。……カービィはどうなんだ?」

「ぽょ?」

「うーむ、やっぱり喋れないのか。」

「会った時からこんな感じだ。まだまだ子供だからな。」

「そっちの世界は子供も戦闘能力を持つんだな。」

「カービィが特別なだけさ。なぁ、カービィ?」

「うぃ?」

「だめだ、こりゃ。」

 

 カービィは自分のことを話されていると理解しているのだろうか。

 ……多分理解してはいないだろう。

 やはり所詮は子供ということか。

 

 円らな瞳でこちらをじっと見て来るカービィ。

 その瞳を見ていると、自然の口元が緩んでくる。

 

 ……いやいや、そんなのではいけない。

 こんな桃色玉に魅了されるなぞ、大妖怪ぬえの名が泣く。

 

 しかしそうは言っても……

 

「……お前、可愛いな。」

「ぽぇ?」

「なんでもない。」

 

 ちょっとつついてみると、非常にモチモチしている。

 少し押してみると、むにむにしている。

 抱っこしてみると、ふわふわしている。

 

「……お前、面白いな。」

「うぃ?」

「なんでもない。」

 

 ぬえは残念ながら、その光景を見て帽子を深くかぶり直し笑みを隠しているドロッチェに気づくことはできなかった。

 カービィはといえば、ぬえに抱っこされて悪い気はしていないようだ。

 むしろ、嬉しそうである。

 手をパタパタと動かし、上機嫌そうに笑っている。

 

「うわっ! 暴れないでよ!」

「ぽよ〜!」

 

 しかしカービィは聞く耳持たずはしゃぎ続けている。

 こんな灼熱の地でよくもまぁここまで呑気でいられる。

 『悩みのないヤツ』とはよく言ったものだ。

 愚かしくも、純粋な桃色玉。

 そんなカービィにぬえが夢中になりかけた時。

 

「伏せろ!」

「……はっ?」

 

 ドロッチェの突然の怒声が、ぬえの鼓膜を揺らす。

 そして腕を掴まれ、乱暴に下に引かれたのを感じた。

 

 それと同時に、目の前が白く染まったのだ。

 

 

●○●○●

 

 

「なんであたいが案内なんか……あたいを命蓮寺に帰依させてくれるならともかく……」

「あなたを帰依させるかは白蓮様次第です。というか、あなた死体を集めるのその行為をやめる気は無いのでしょう? ならば無理な相談です。」

「ちぇ。まぁ、あたいもいつかは様子を見に行かなきゃと思ってたし、丁度いいのかもしれないけど……」

 

 ぶつくさと文句を言いながら魔理沙達の先を歩くのはお燐。

 あの後主人のさとりに起こされ、そのまま魔理沙達を案内するよう命じられたのだ。

 敬愛する主人の命なら仕方ないと従ってはいるものの、やはりお燐自身思うところがあったようだ。はっきり言ってあまり乗り気では無いのは見え見えだ。

 

 しかし魔理沙はそんなこと気にせずヅカヅカと質問攻めにする。

 

「そういえばさとりは間欠泉センターの温度がどうのこうの、とか言っていたが、それってもしかしてあいつが原因か?」

「……十中八九そうだろうね。あいつ忙しかったからこっちも遠慮してあまり会いに行かなかったんだけど……やっぱり会いに行くべきだったかなぁ。」

「で、その温度が上がったのは?」

「あんたらが来るほんの少し前にそういう情報が入ったのさ。温度の上がり方が尋常じゃないって、山の神社から。」

「ふうん……」

「おっと、そろそろ間欠泉センターかな。」

 

 進む道は洞窟じみたものから、金属で囲まれた、いかにも研究所じみたものへと変わって行く。

 カツンカツンと足音が反響する中、着いてきていたデデデ大王がやっと口を開く。

 

「さっきから言っている『あの子』ってどの子だ? わからんのだが。」

「それは私も思っていたことだな。」

「あ、ボクもボクも。」

 

 その質問に、メタナイトもバンダナを巻いたワドルディも知りたげにお燐を見る。

 さらに、言葉こそ発しないが、着いてきた他のワドルディもじっとお燐を見る。

 その様子にギョッとしつつ、お燐は答える。

 

「えっと、霊烏路空……お空ってやつでね。地獄鴉の一人で私と同じさとり様のペットなのさ。……少し頭が弱くて、山の神から力を貰ってすぐに有頂天になるやつなんだけど……まぁ、そんなところが可愛いというか。」

「なんだかロクでもなさそうなやつだな!」

「デデデ大王がそれを言うか……」

 

 デデデ大王のブーメラン発言に、メタナイトは呆れたように首を振る。

 そうこうしているうちに、一つの扉の前にたどり着いた。

 

「さて、この先にお空が居るはずなんだけど……」

 

 ダイヤルを回し、鍵を開ける。

 そして大きなハンドルを回し、扉を開けた。

 瞬間、凄まじい熱風が襲いかかった。

 

「熱っ! なんだこれ!?」

「ひぃい、髪が焼ける!」

「みんな! 水かけるよ!」

 

 水蜜が機転を利かせ、全員に冷水をかける。

 しかしそれでも、暑さはなかなか和らがない。

 火車という火に強い種族たるお燐も、この暑さには驚いているようだった。

 

「な、なんだい、この温度……普通じゃない!」

 

 目を剥くお燐。

 そしてその後ろから様子を覗いた魔理沙は、あるものを見つけた。

 

「あっ、霊夢!? いつの間に!?」

 

 見れば、空気が熱で揺らめく中、札を構え戦闘状態の霊夢が浮遊していた。

 そして、その相手は知っている相手。

 癖のある黒い長髪を緑のリボンで結び、黒い翼に不思議なマントを羽織った少女。

 その右腕にはオレンジ色の角柱がはめられ、右脚には鉄の塊のようなブーツを履き、左足首には光球が回っている。

 そして、胸には赤い目玉のようなものが輝いていた。

 その少女こそ、霊烏路空、通称お空。お燐と同じ、さとりのペットである。

 

 普段なら明るく陽気な彼女。

 しかし今は……猛禽のような凶悪な表情を湛えていた。



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狂夢に惑う地獄鴉と桃色玉

「霊夢! お前何を!」

 

 先頭を続ける霊夢に魔理沙は叫ぶ。

 しかし残念ながら、その声は届いてはいないように見えた。

 完全に集中している。

 最早、ここからでは声も届くまい。

 

 そして、相対するお空も最早正気ではなかった。

 浮かべるのは狂気じみた笑み。

 放つのは凄まじい熱線。

 弾幕ごっこの時とは比べ物にならないほどのエネルギーを放出していた。

 

「お空……どうしちゃったっていうんだよ……力を貰った時もここまでじゃなかったっていうのに……!」

「何かの影響を受けているのでしょうか?」

「何れにせよ、普通ではないのぉ。」

 

 暴れ狂う友人を見て、信じられないといった風の顔をするお燐。

 そしてこの状況を冷静に分析する星とマミゾウ。

 

 一体彼女の身に何が起きたのか。

 その原因は、なんとなく予想できたものであった。

 

 メタナイトとデデデ大王は、すぐさまその原因を特定した。

 

「メタナイトよ、あいつのリボンに引っかかっているもの……スターロッドじゃないか?」

「……だな、間違いない。」

「大王様、スターロッドってここにもありましたっけ?」

「何!? スターロッドだと!?」

 

 魔理沙は二人の会話にワドルディと魔理沙が食いつく。

 

 よく目を凝らして見て見れば、なるほど確かに頭のリボンには、白と橙の紐をねじって固めたような柄に星がついた、スターロッドが顔を出していた。

 まさか、間欠泉センターにまでスターロッドがあるとは。

 しかし、一つ疑問がある。

 

「スターロッドを持っただけで、妖怪は狂うものなのか?」

「普通の状態ならありえん。がしかし、私の説が正しいのなら、持っているだけで狂う可能性もある。」

 

 そしてメタナイトは自論を語り始める。

 

「スターロッドとは夢を与える道具。即ち、精神に影響を与える道具といえる。そして、ドロッチェが地上でスターロッドの力を限界を超えて引き出した時、分割されたスターロッド同士の干渉らしき現象が起き、一時的に暴走状態になった。古明地殿の話によれば、炉心が異常に高温になったのはついさっき。そして炉心の温度上昇の原因はどう見ても彼女。……間違いない。彼女は干渉により暴走したスターロッドに精神を侵されている。」

 

 その説に皆言葉を失った。

 つまりは、この事態はいくつもの偶然が重なって起きたことだというのだ。

 ドロッチェとお空、どちらかがスターロッドを拾わなければこんなことは起きなかった。

 ドロッチェとの戦闘があの場所で行われなければこんなことは起きなかった。

 戦闘が長引かなければこんなことは起きなかった。

 なんと恐ろしい悪運か。

 

 友人の精神が毒されていると聞いたお燐はメタナイトに摑みかかる。

 

「待って! それじゃ、お空は! お空はどうなるのさ!?」

「……スターロッドを奪い取れば良い。だがあまりモタモタしていると……」

 

 その先は言うまでもない。

 取り返しのつかない状態になるのは、この狂った笑い声を聞けば嫌でもわかる。

 

 気がつけば、お燐は灼熱の地へと飛び出していた。

 

「お空! 止めてっ!」

「あは、あはは! スゴイ! 炎スゴイ! アハハハハハハ!」

 

 しかしお燐の呼びかけに返ってくるのは、壊れたような笑い声のみ。

 その様子に、魔理沙は何時ぞやのフランと西行妖を思い出す。

 

 しかもあろうことか、お空は親友であるはずのお燐へ向け、熱線を放ち出したのだ。

 いや、お燐に向けてというより、最早無差別に体の周囲から熱線や炎を噴出している。

 しかも本人は壊れたかのように空中で舞うために、それに合わせて放たれる熱線の軌道は無茶苦茶で予想もできない。

 

 しかし、お燐は何度熱線が掠り、服を焼こうとも突き進む。

 なぜなら、目の前で親友が暴れているから。

 なぜなら、目の前で親友が狂わされているから。

 それを放って置けない親友なぞ、この世にいるはずがない。

 

 だがしかし、残念ながらこの世の中というものは残酷にできている。

 お空とお燐の実力差は大きかった。

 何せ、片や単なる妖怪、火車。もう片方は神の火の力、八咫烏の力を手に入れた地獄鴉。

 突如として、お空の体に光が収束し始めた。

 それと同時に、温度が上がって行くのを。

 

「……あ、まずい。」

 

 爆発する。

 正確には、核熱放射。

 お空が周囲に爆発的な威力で周囲に核熱をばら撒く時の予備動作。

 しかしその予備動作を確認した時には、お燐はお空に近づき過ぎていた。

 

 そして、お空は一際大きな光を放ち……

 

 

 上から巨大な岩が落下し、お空は下に叩き落される。

 さらに、岩とともに金属の塊も落ちてきた。

 その形状に、魔理沙達は見覚えがあった。

 

「ドロッチェ団か!?」

「そういえば、一足先に地面に潜ってましたよね……」

 

 そう。それはドロッチェ団の一人、ドクが操り、他の団員が乗り込んで地底へと姿を消した、ヤドカリ型の機械であった。

 そしてその宿にあたる部分が開き、そこからコックピットにいるドクを除いたドロッチェ団員達がぞろぞろと現れる。

 

「なんだなんだ、火祭りか!?」

「火祭り……危ない。熱い。」

「そんなことを言っとる場合か! 目の前になんかおるぞ!」

 

 呑気なチューリン、スピン、ストロンに対し、ドクは警告を告げる。

 その前には、巨岩に叩き落されながらも未だしっかりと地を踏みしめ立ち上がるお空の姿があった。

 

「もぉお……痛いなぁ!」

 

 苛立ちの混じった声とともに、極太の熱線が放たれる。

 そして光線はドクの乗る機械に直撃する。

 そして豪快に四散爆発する。

 

「ウヒャアアアアアアア!!」

 

 しかし元気に叫びながら吹き飛ばされているあたり、無事そうだ。

 だがしかし、安心はできなかった。

 お空は無慈悲にも、爆発で空を舞うドクに手のひらを向けたのだ。

 

 今のドクに、身を守るものはない。

 スピンが気づき、飛び上がるも間に合わない。

 お空の手から光球が放たれる。

 

 そしてその光球は、空を切った。

 

 ドクに掠ることもなく。

 お空はなぜ当たらなかったのか、ドクはどこへ行ったか探し出す。

 やがて、その原因となったものを見つけた。

 それは、白い竜のようなものに乗った桃色玉と、鼠の化け物、不可思議な翼を生やした少女であった。

 彼らが、ドクを空中で助け出したのだ。

 

 お空は彼らが誰なのか知らなかった。

 しかし、魔理沙達にとってみれば知っている者……というより、探していた者であった。

 

「カービィ! 無事だったか!」

「ぽよ!」

「ぬえも無事そうで何よりじゃ。」

「いやぁ、一時はどうなるかと。」

 

 カービィの他にドロッチェやぬえ、追加でドクを乗せたドラグーンは過積載になっているようで、若干ふらつきながらこちらにやってくる。

 そして、魔理沙達の元で彼らを下ろす。

 

「さて、宝塔を返してもらいましょうか!」

「それならぬえがもう取り返しているとも。」

「星、はいこれ。」

「おや、奪い返そうとは思わないわけか。」

「それはスマートなやり方じゃないんでね。」

 

 宝塔も戻り、行方不明者も戻り、これにて一件落着。

 

 ……そんなわけがない。

 

「すまないが、今はお喋りをしている時間はない。」

「ほれ、アレを見ろ。スターロッドが……異常な光を放っておるぞ。」

「うわぁ、怖い。」

 

 メタナイトとデデデ大王、ワドルディが見る先。

 そこには、ゆらゆらと揺らめくように浮遊するお空の姿があった。

 揺らめいて見えるのは、決して陽炎の類ではない。

 ノイズだ。まるで、壊れた画面に入るようなノイズが、お空を覆っているのだ。

 特にスターロッドが引っかかっているリボンのあたりのノイズが激しい。

 

「なんだ、あれもスターロッドによる現象か!?」

「違いない。スターロッドとはもともと我々の世界のもの。……引き込もうとしているのか?」

「ううむ、そりゃまずいんじゃないのか?」

「ですね大王様。」

「……お前は理解して言っているのか?」

「いいえ全く。」

 

 魔理沙にも理解はできない。

 しかし……取り返しのつかない事になりつつあるのは、理解した。

 

「なるほどな。あの時みたく、スターロッドを引き抜けばいいんだろ?」

「……?」

「おっとそうか。お前達はいなかったな。……カービィ、行くぞ!」

「ぽよ!」

 

 魔理沙はほっかむりをカービィに渡す。

 そして、それを飲み込んだ。

 いつものように光が集まり、そして、いつものように金属のバイザーを被った姿に変わる。

 

「なるほど、『コピー』か。」

「ん? なんだ、知っているのかメタナイト。」

「もちろんだとも。なるほど……カービィ、一つアドバイスだ。」

 

 『コピー』の姿をしたカービィに、メタナイトは助言をする。

 

「霊烏路殿は非常に高い火力を持つ。そのため、真正面から衝突すれば、あたりへの被害は甚大なものになる。ここは攻撃系ではなく、相手を惑わす系統の能力を取得するのだ。」

「うぃ!」

 

 頷いたカービィは、そのバイザーから光を放つ。

 その光が包み込んだ者は。

 

「うわっ! いきなりなんなのさ、カービィ!」

 

 封獣ぬえだった。

 そしてカービィの周囲に再び光が集まり、晴れた時。

 そこにいたのは、ぬえの翼を生やし、三叉槍を構えたカービィであった。



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あしたはあしたのかぜがふく

 カービィがコピーしたのは、大妖怪の力。

 正体不明の、鵺の力。

 

 その三叉槍を薙げば、その剣閃にそって小さなUFOが現れる。

 現れたUFOは編隊を組み、美しい動きを披露しながらお空の元へ飛来する。

 

 そして、放たれる無数のレーザー。

 しかし威力は心許ない。効果的にダメージを与えることはできていない。

 

 しかし、それでよい。

 もともとこれはダメージを与えるための行動ではないのだから。

 

「ぐぉおおおお!」

「うにゅ!?」

 

 雄叫びとともにお空の頭上から何かが落ちてくる。

 見上げてみれば、そこにいたのはハンマーを振り下ろすデデデ大王。

 咄嗟にハンマーを制御棒で受け止めるも、その衝撃は並みのものではない。

 もとより肉弾戦が得意なわけではないお空は下に叩き落される。

 

「くぅう!」

 

 憎々しげに上を見上げるお空。

 しかし、そこには既にデデデ大王の姿は見当たらない。

 その代わり、お空を取り囲むように霊夢、魔理沙、星、水蜜、マミゾウ、お燐が取り囲んでいた。

 

「さぁ、覚悟しなさい!」

「退治の時間だぜ!」

「そろそろ、正気に戻ってもらいましょう。」

「冷水をかける、ってね。」

「決着の時じゃぞ、地獄鴉。」

「お空……目を覚ましてよ!」

 

 そして、六人全員が一斉に飛びかかってくる。

 それらを迎え撃つべく、熱線を大量に放出する。

 がしかし、全て当たらない。

 いやそれよりも、お空を驚かす事実があった。

 

 突撃してくる六人。全員の姿が大きくブレて見えるのだ。

 いや、もはや分身の類。ブレた姿それぞれが全く違う動きをしている。

 かと思えば、全てが全く同じ動きをし出したり、一人に戻ったりと滅茶苦茶だ。

 

 お空は知らない。

 これら全て、ぬえの力をコピーしたカービィの見せる幻覚なのだと。

 分身のどれかが本物だという確証もない。

 どころか、本当にお空が誰かと戦っているという確証すらない。

 

 全ては、『不明』。

 その『不明』によって、お空の精神は大いに乱された。

 

「むぅ、上がる!」

 

 不満気に翼をはためかせ、上昇せんとするお空。

 しかしそれを、容易に許すはずがない。

 

「……ふんっ!」

 

 ストロンのジャンプからの押しつぶし攻撃。

 当たらなかったものの、お空はその上昇経路を変更せざるを得なくなる。

 そして、それを待っていたかのようにストロンの影からスピンが現れる。

 

「これでも喰らいな!」

「ええい、邪魔!」

 

 同時に何枚も放たれた手裏剣を制御棒で振り払い、同時に薙ぐようにして熱線を撒き散らす。

 だが、それだけでは終わらない。

 

「ふぉふぉ、足元がお留守じゃぞ。」

「っ!」

 

 マミゾウが、いつの間にか何らかの妖術で生み出した縄を使い、お空の足を絡め取っていた。

 しかも、片方は手頃な岩と繋がっているため、無理やりには抜け出せない。

 だが、マミゾウごと熱線で吹き飛ばそうとした時。

 

「おっと、だからって下ばかり見るのは感心しないな。」

「なっ!」

 

 頭上をとったドロッチェが、その手から凍てつく光線を放つ。

 瞬く間に氷に覆われるお空。

 しばしして自らの熱で全ての氷を融かし終わった時、その瞳は爛々と輝いていた。

 

「あああ! 全員、全員邪魔ァ!」

 

 そして、また周囲へ無差別に熱線を撒こうとした。

 だが、その手は止まった。

 なぜなら、誰もそこにはいなかったから。

 それどころか、あたりは真っ暗闇。

 

「どこいった!? どこに隠れた!?」

 

 見渡してみるが、誰もいない。

 声をかけても、返事がない。

 氷に閉じ込められていた短い間、一体何があったのか。

 

 撃退したのか?

 そうなのだろうか?

 それならそれでいいや。

 

 お空の短絡的な思考はあっさりと落ち着く。

 

 ……いや、本当に落ち着くことはできなかった。

 

 なぜ誰もいないのだろうか。

 なぜ光もないのだろうか。

 あまりにも……あまりにも寂しくないだろうか。

 

「……おーい、おーい! 誰かー! 誰かいないのー!」

 

 しかし、返事はない。

 

「ねぇ、居たら返事してよ。ねえってば。……ねえってば……」

 

 たとえ暴走したスターロッドに精神を蝕まれても、お空の精神が死んだわけではない。

 今も確かに、純粋無垢なお空の精神は生きていた。

 そしてその純粋無垢な精神は、この暗闇と孤独に耐えられなかった。

 

 独りはこわい。

 独りは寂しい。

 独りはつらい。

 

 暴走したスターロッドによって不安定になった心が、より一層、お空の負の感情を刺激する。

 そして。

 

「ふぇっ…ぐっ…ぅわぁぁああああああ!」

 

 その場で盛大に泣き出した。

 まるで、迷子の子供のように。

 

 しかしこれは、正体不明の存在が作り出した悪夢に過ぎない。

 泣き叫ぶお空のリボンに、そっと桃色の小さな手が添えられる。

 そして「ごめんね」と言うかのようにそっとリボンを撫で、スターロッドを抜き取った。

 

 瞬間、お空の意識は途絶える。

 だが、それは同時に悪夢からの目覚めであった。

 

 

●○●○●

 

 

「さとり様! なんか凄く怖い夢を見ました!」

「はいはい、わかったわかった。」

 

 さとりの部屋で、机をバンバンと叩きながら目の前にいる主人に話しかけるのは、ついさっきまで暴走していたお空。

 最早暴走時のことは何から何まですっかり忘れているようで、ただ『何だかよくわからないけど怖い夢を見た』と言うふうにしか認識していない。

 

 つくづく平和なつくりをした頭である。

 

「これで今度こそ一件落着……なんだよな?」

「多分ね。」

「宝塔も戻りましたし、はぐれたぬえ達とも会えましたしね。」

「オレ達としては残念だがな。」

 

 すると、後ろに立っていたドロッチェが前に出る。

 そして、カービィにあるものを渡した。

 それは、ドロッチェが持っていた藍色のスターロッドだった。

 

「約束通りこれは返そう。頑張るんだぞ、カービィ。」

 

 そしてドロッチェは仲間の元に下がると、帽子を脱いで深く礼をした。

 

「次会うときは必ずや奪ってみせよう。それではまた会おう。」

 

 そういった次の瞬間には、ドロッチェ団全員の姿が掻き消えていた。

 

「また来るってよ。」

「えええ……」

「面倒な……」

「ふぉふぉ、対策を練っておかんとのぉ。」

「なんというか……変なやつだったな。」

「ここに変じゃない奴っていたかしらね。」

 

 風のように現れ、また風のように去っていったドロッチェ団に対し、なんとも言えない感情が沸き起こる。

 そんな中、冷静にメタナイトとバンダナワドルディ、そして意外にもデデデ大王が外へ出る手続きをしていた。

 

「それじゃあ、後はお燐に案内してもらうといいわ。頼んだわよ。」

「わかりました、さとり様。」

「それじゃあお空。あなたはほかの地獄鴉と協力して間欠泉センターの瓦礫を除きなさい。」

「はい、さとり様!」

「すまない、古明地殿。貴殿には何度も迷惑をかける。」

「いいのよ、困った時は、ね。」

「ふう、やっと外の空気が吸える……」

「ヘンな輩にも絡まれなくてすみますね。」

「やっぱり平和が一番だな。」

「ぽよ!」

「うおっ! カービィ、いつの間に……」

 

 いつの間にか、カービィがデデデ大王とメタナイトの間に割って入る。

 それを見たさとりは、優しくカービィの頭を撫でた。

 

「こんなに幼いのに……偉いわね。……あなたの願いが実を結ぶ事を祈っているわ。」

「うぃ!」

 

 かくして、魔理沙達一行は地上へと出ることに成功した。

 宝塔も、スターロッド二本も無事回収できたため、こんどこそ一件落着と言っていいだろう。

 

 ……スターロッドの干渉が、幻想郷全体へ広がっていなければ。

 

 

●○●○●

 

 

「こんにちは、霖之助さん。」

「君か。玄関を使って出てきてほしいものだね。」

「ふふふ、手が汚れてしまいますわ。」

 

 遠回しにうち……香霖堂が汚いと言っているようだ。

 まぁ、外の掃除なぞほぼしないから仕方あるまい。

 というより今問題なのは、この妖怪が来た、という事だ。

 はっきり言って、僕はこの妖怪が苦手だ。

 

「今日来た目的はわかるかしら。」

「さぁ。霊夢達と同じように居座る気かい?」

「残念、はずれよ。今月の分の徴収に来たわよ。」

「……ああ、ちょうど一月か。」

 

 ガソリンとかの消耗品はこの妖怪がとって来ている。

 だからこそ、僕はどうやってもこの妖怪と取引しなくてはならない。

 

「さて、今月のお代は……」

 

 そんな事を言いながら、目の前の妖怪は手を異空間に滑り込ませる。

 そしてしばらく弄ったのち、あったあったと言いながら、手を引き抜いた。

 

 瞬間、僕の顔が青ざめてゆくのを感じた。

 

「待て、八雲紫! それは!」

「今月のお代はいただいて行くわね、霖之助さん。」

 

 僕が飛び出したのも虚しく、紫はそう言うと手に『スターロッド』なる危険なアイテムを持ったまま、消えてしまった。



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非想天則:Awaken!
弾幕と桃色玉


この章は少し短めになるかもしれません。


 人は誰しも理想を抱く。

 人は誰しも夢を抱く。

 

 だから人は理想を実現するため人生を費やす。

 だから人は夢を叶えるため人生を費やす。

 

 いかなる逆境も超えて見せると、誰もが息巻く。

 

 だが、誰しも理想を、夢を、叶えられるわけではない。

 

 人生とはえてしてうまくいかないことが多い。

 なぜなら現の世は誰もが夢見た世界とはかけ離れているからだ。

 その夢と現の乖離は、時に人の夢を砕くこともある。

 

 しかし、砕かれた夢は必ずしも無駄にはならない。

 その人をまた一つ成長させる、肥料のようなものになるはずだ。

 

 だがしかし、夢を砕かれた者の中には、立ち直れなくなる者もいる。

 理想と現実の矛盾に悩み、人生を無為に過ごしてしまう者もいる。

 

 そして中には、その矛盾が人を狂わすこともある。

 

 理想と現実が乖離していた時。

 

 我々は、どうすれば良いのだろうか。

 

 

●○●○●

 

 

「カービィ、ちょっくら宗教戦争に参加してくるぜ」

「ぽよ!」

「もうちょっとで異変が解決しそうなんでな。留守番続きで悪いが、許してくれ」

「うぃ!」

 

 そう言って魔理沙は家から出てゆく。

 

 『宗教戦争』というのは、少し前から始まったお祭り騒ぎのことだ。

 簡単に言えば、宗教家達が人前で争い人気をかけて戦うという見世物みたいなものだ。

 その戦いに魔理沙は『無宗派』として出ている。

 

 しかし、実際そんな単純な話ではない。

 魔理沙曰く、「突如刹那的な快楽を人妖共に求めるようになった」らしい。

 これには何か理由があるのではないかと、同じく参加していたマミゾウに諭されたのだ。

 

 そして今日も、その正体を掴むために里へと降りていったのだ。

 

 カービィとしてはさみしいが、それが魔理沙の仕事なのだから仕方ない。

 だから今日ものんびりとお昼寝して過ごしたり、森で食べられるものを集めて食べたり、時折遊びにくるワドルディ達と遊ぶつもりだ。

 

 だがその前に、やっておくことがある。

 

「ぷえっ!」

 

 口の中から、あるものをいくつか取り出す。

 それは、回収したスターロッド。

 今あるのは橙、黄、緑、藍の四色だ。

 スターロッドは全部で七色。つまり虹の数だけある。

 残るは赤、青、紫の三色だ。

 残りの三色も集めなければ、どこかでまた『異変』が起こるのだろうと、カービィは理解していた。

 ならば早急に探さなければならない。

 

 だが、探すのはそれだけではない。

 

 スターロッドがあるということは、アレもあるはずだ。

 スターロッドの台座たる、夢の泉が。

 その捜索のために、今メタナイトは各地を飛び回りコネを探しているらしい。

 デデデ大王はデデデ大王でワドルディ達の大集落に身を寄せ、来る日のために備えていると聞く。

 

 カービィも何か行動を起こさなくてはならない。

 だが、それよりもカービィにはやってみたいことがあった。

 

 カービィは四本のスターロッドをかかえ、外に出る。

 そしてドラグーンを呼び出し、乗り込み、ある程度の高さまで上昇する。

 そして四本のスターロッドに力を込めた。

 

 そして放たれる、無数の星型弾。

 威力を犠牲にして数を出しているため、視界を埋め尽くさんばかりに放たれている。

 目潰しや牽制に使えそうだが、そんなことのためにスターロッドを持ち出したわけではない。

 

 『弾幕ごっこ』だ。

 

 魔理沙曰く、幻想郷において人外との揉め事は基本弾幕ごっこで決着をつけると言う。

 この幻想郷に長く居着いている以上、カービィも学ばなければなるまい。

 

 幻想郷の弾幕ごっこのルールは簡単に言えば三つ。

 一つ目は相手を殺してはならないこと。

 二つ目は絶対に避けられない弾幕を作ってはならないこと。

 三つ目は不意打ちはせず、最初に宣言をすること。

 さらにそこに暗黙のルールとして美しさを重視することが定められている。

 

 カービィの放った弾幕は威力を犠牲にしているだけに一つ目は守れるだろうし、もう少し密度を下げれば問題なく二つ目もクリアできるだろう。三つ目はスペルカードというものを作り、見えるよう掲げればいいそうなのでこれも大丈夫だろう。

 問題は暗黙のルールの方。単なるばらまきなため、美しさというものはあまり感じられない。

 魔理沙の弾幕を説明と一緒に見せてもらったことがあるが、やはりその美しさとは比べ物にならない。

 

 果たしてどうしたものか。

 

 ……いや、策がないわけでもない。

 

 スターロッドは夢に力を与えるという能力を持つ。

 その能力を利用し、『イメージの中にある弾幕』を具現化することができるのではないか……そうカービィは考えていた。

 しかしこれも練習がいるだろう。

 

 そう思っていた矢先。

 

「あっ! いたぞピンクボール!」

「ダメだよチルノちゃん! この前酷い目に遭ったばかりじゃない!」

 

 なにやら遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 振り返ってみれば、青髪の少女と緑髪の少女がこちらへ飛んできていた。

 背中に氷の羽や虫のような羽が生えているあたり、人間ではあるまい。

 

 カービィはこの二人組みに見覚えがあった。

 確か、青い子がチルノで、緑の子が大妖精だったはずだ。

 ……なんだか盛大にいたずらされた記憶がある。

 スターロッドにいたずらされたらたまらないと、スターロッドを口の中にしまう。

 

 と、同時にチルノがカービィにタックルをかました。

 いや、正しくは思いっきり抱きついただけだが、飛んできた速度が速度なのだ。タックルとそう変わるまい。

 そしてはしゃぎながらカービィのまんまるボディをバシバシと叩く。

 

「聞いてよ桃玉! またダイダラボッチが出たんだ!」

 

 そして一度しか会ってないのにもかかわらず何度もあったかのように話しかける。

 いくら人当たりの良いカービィでも、ここまでくると困惑してしまう。

 その困惑を察してか、大妖精がチルノを止めに入る。

 

「チルノちゃん、この子はピンクボールでも桃玉でもなくてカービィだよ! それにいきなりそんなことしたらカービィ困っちゃうよ!」

「へぇ、カービィっていうのか! あたいはチルノ! よろしくね!」

 

 この相手の話を聞かない会話もデジャブである。

 

「そんなことより、ダイダラボッチが出たんだ! あいつをとっちめて、手下にしたいからカービィも手伝ってよ!」

 

 そして時折飛び出る『ダイダラボッチ』なるワード。

 幻想郷では有名なのかもしれないが、ポップスターの住人であるカービィにはさっぱりである。

 そして良い子筆頭大妖精はチンプンカンプンなカービィに説明を入れてくれる。

 

「ダイダラボッチってのはね、とっても大きくて力持ちな妖怪なの。……やっぱりそんな妖怪と戦うなんて無理だよぉ」

「やーるーのー! それにカービィ! あの時あたいを吹き飛ばしたでしょ! ちゃんと『セキニン』とってよね!」

「他のことはすぐ忘れちゃうのに、なんでこういうことは覚えているのかなぁ……」

 

 呆れ返る大妖精。

 

 さて、どうしたものか。

 外出するなら誰かに伝言を頼みたい。

 じゃないと魔理沙は心配するだろう。

 そう思ってカービィは辺りをキョロキョロ見回す。

 が。

 

「さ、早く行くよ!」

「ぽょっ!?」

「あっ、ダメだよまたそんな勝手なことしちゃ!」

 

 あろうことか人の話も聞かずカービィの両腕をガッチリ掴み、そしてドラグーンから引き剥がして何処かへ飛んで行く。

 

 残念ながら、またチルノに振り回されてしまうようだ。

 

 

●○●○●

 

 

「神奈子様、諏訪子様、ちょっといいですか?」

「ん? なんだ? 今忙しいんだ。」

「いい局面だから邪魔しないでよ〜。」

 

 妖怪の山に建つ守矢神社。

 その風祝、東風谷早苗は碁を打つ主神二柱に質問する。

 

「えっと……アドバルーンとして使ってた非想天則あるじゃないですか」

 

 遊んでいるとはいえ、質問を受ける気は無いと言った二柱に構わず質問をぶつけるあたり、この風祝もなかなかの精神構造をしているようだ。

 

「……ああ、それがどうした?」

「さっき見かけたんですけど、また動かしたんですか?」

「あれ? そんなこと河童に命じたっけ?」

「言ってないな。まぁ、あいつらのことだ。遊んでいるか、もしくは整備か何かだろう。技術者の考えることはわからん」

「そうなんですか。……でも気になりますね」

「なら行ってくればいいじゃん。あの時みたいに」

「ちょっと、からかってるんですか?」

「べっつにぃ〜?」

「もおっ! 行ってきます!」

 

 そして早苗は荒だたしい足音とともに守矢神社を後にした。



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蒸気と桃色玉

そういえば『地霊殿』最終話を投稿した後の感想欄が紫に関するコメントで埋め尽くされていたんですよね。

みんな紫さんすきなんだなぁ()


 カービィを抱えたチルノはカービィに構わず速度を上げる。

 大妖精はこうなったチルノはもうどうしようもないと知っているため、諦めてそれについて行っている。

 カービィもすでに諦め、なされるがままになっている。

 というか、チルノに抱えられたまま眠っている。

 

「ホラ、あそこ! あそこで見たんだ! ……ねぇ聞いてる?」

「……むぃ?」

 

 だがチルノは無慈悲にもカービィを揺さぶって起こしてしまう。

 カービィが目を覚ますと、そこは妖怪の山の麓であった。

 カービィが初めて幻想郷の地に降り立った場所も近い。

 なんとなく懐かしいという思いが溢れてくる。

 

 が、チルノはそんな郷愁に耽る時間をそう与えてはくれなかった。

 

「あたい見たんだ! ここにダイダラボッチがいたのを! カービィも探してよ!」

 

 ダイダラボッチとやらがどれほどの大きさなのか知らないが、大妖精の話だと相当大きいらしい。

 しかし、ここから俯瞰する限り、そんな大きなものは見当たらない。

 ここから見ていないということは、ここら辺にはもういないということではないだろうか?

 

 大妖精も同じことを思ったらしく、チルノの裾を引く。

 

「ここにはいないんじゃないかなぁ。どこにも見当たらないよ?」

「ええ、そうなの? しょうがない。場所を変えなきゃ」

 

 思いの外素直に大妖精の言葉に従うチルノ。

 だが、ダイダラボッチを探すという目的は変わらないようである。

 

「とりあえず、妖怪の山をぐるりと一周すればいいんじゃないかな?」

「わかった!そうする! 行くよカービィ!」

 

 大妖精の提案はおそらくは探すだけ探して「やっぱりいなかったから諦めよう?」と諭すつもりだろう。

 それにうまいこと乗ったチルノはカービィに有無を言わせず連れまわす。

 

 しかし、カービィとて悪い気はしない。

 妖精に掴まれて空を飛ぶ。

 ある星で起きた事件の黒幕を倒す際、同じような状況になった。

 その時カービィを掴んでいた妖精はチルノよりずっと小さかったが、カービィにあの日の思い出を呼び起こすのには十分であった。

 

 そう思いつつ、カービィは妖怪の山をチルノに掴まれぐるりと一周する。

 妖精の羽をもってすれば、妖怪の山を一周するなど容易い。

 そして結局、ダイダラボッチらしき影は見つからなかった。

 

「やっぱりチルノちゃんの見間違えだよ」

「違うよ! 絶対見たもん!」

 

 兼ねてからの作戦通りチルノの説得にかかる大妖精。

 しかし大妖精も結局は妖精。作戦と言っても反論された時の対策までちゃんと立てているわけではなかった。

 結果いるいないを連呼する程度の低いものへと成り下がる。

 その間にいるカービィはなんとかそれをやめさせたいが、残念ながらカービィは言葉を話せない。

 結局彼女たちが満足し終えるまで待つ羽目になる。

 予想していなかったといえば嘘になる。なんとなく予期していた。

 早く終わらないかなー、とカービィが足をぷらぷらと揺らし始めた。

 

 その時である。

 

 プシュゥゥゥゥウウウ!! と巨大なやかんが沸騰したかのような音があたりに鳴り響く。

 音に驚き、その発生源を探す。

 すると山の麓にある沢のあたりから、もくもくと水蒸気が上がっているではないか。

 

 なんだあれは。

 

 カービィはその蒸気の中に、影を見た。

 非常に大きな影を。

 

 その影はゆっくりと動いた。

 否、立ち上がったと言った方が正しいのか。

 蒸気の中より現れたのは、巨人。

 遠目からの目測なので詳しくはわからないが、高さ30メートルは下るまい。

 その表面の質感は硬質な金属。

 

 蒸気の中より、鉄の巨人がその威風堂々たる姿を現したのだ。

 

 

●○●○●

 

 

「うわぁ、相変わらずスチームパンク臭のする集落だなぁ」

 

 河童の里へと降り立った早苗はあたりに散らばる機械製品のオイルの臭いに辟易しながらも突き進む。

 ご近所さんなだけあって時折来るため、里の構造はある程度知っている。

 だがしかし、この臭いだけはあまり好きになれない。

 しかも普通のオイルではなく、どことなく生臭い臭いがする謎のオイルだ。河童にとっては良いのかもしれないが、人間にとっては我慢ならないものがある。

 

 やはり種族の壁は厚い。

 早苗はそう再認識した。

 

 だがこれは別に普段からのことなのでそれ以上特別何か思うことはない。

 しかしここまで来て『河童が一人もいない』とは一体どういうことなのか。

 河童は協調性のかけらもない妖怪だ。だからこそ大規模なダム計画も潰えてしまったのだ。

 そんな協調性のない妖怪が、足並み揃えて何処かへと姿を消す。

 この異常事態に、やや天然なところのある早苗とはいえ、危機感を覚えていた。

 

 こういう異常事態が起きた場合、異変の可能性がある。

 もしかしたら異変解決一番乗りできるかもしれない。

 幸い、霊夢は里で起きている宗教戦争に手を取られている。

 これなら自分が名を轟かせることができるかもしれない。

 そう思うと、なんだかやる気も出て来る。

 

 ちなみに、宗教戦争に早苗が参加していないのは山にいるため里の流行りに若干疎く、乗り遅れてしまったためである。

 そういう負い目があるためか、早苗の目には強い光が宿っていた。

 

 その溢れるやる気が早苗の探索する足を速める。

 やがて里の方でも天然の洞窟を利用した倉庫区近くにたどり着いた時。

 

「………、………!」

「ん? 人の声?」

 

 どこからか人の声らしきものが、微かに聞こえた。

 その声はちょっと幼く聞こえる。

 河童の見た目は総じて幼く見えることを思い出し、お祓い棒を握りしめ、先ほどと打って変わって忍び足で声のする方へ近づいてみる。

 

 そして早苗の足は、ある倉庫の入り口で止まる。

 

「ここ……なのかな」

 

 早苗はそっと入り込む。

 どうやら予想はあっていたらしく、歩みを進めるたびに声が大きくなる。

 やがて、その内容が鮮明に聞こえて来る。

 

「金属板、早く!」

「足の部分が足りないよぉ!」

「適当なもんはめ込んで!」

「もう見た目だけのハリボテでいいから!」

「ヤバイヤバイ潰される!」

「こんなの巫女にバレたらまずいって!」

「ちょっとうるさいよ! 外に聞こえたらどうするのさ!」

 

 はい、異変確定。

 

 『巫女にバレたらまずい』って言う時点で察することができる。

 そして早苗は意気揚々と声のする方へ飛び出した。

 

「さぁ、御用だ御用だ! 大人しくお縄につけ!」

 

 そして古臭い言葉を大声で放つ早苗。

 中にいたのはやはり河童。全員が全員目を丸くして早苗に注目している。

 その河童たちの手にはスパナやらドライバーやらの工具が握られ、そして奥には巨大な金属の物体がそびえていた。

 それは、人型をしていた。

 そのシルエットに、早苗は見覚えがあった。

 

「あら、非想天則? ……の割には出来が悪いわね」

 

 それは紛れもなく、アドバルーン役として作られた非想天則を模したもの。

 だが作りが雑なのは明らかで、至る所がツギハギだらけだし、急ごしらえなのが素人目でもわかる。

 

「一体どう言うことですか?」

「うへぇ……一番バレたくない奴にバレちゃったよ……」

 

 最初に口を開いたのは河城にとり。

 早苗とも面識のある河童だ。

 その口調には諦念が感じられた。

 

「説明してくれます?」

「はぁ、バレちゃったもんは仕方ない。これは急いで作った替え玉さ」

「非想天則の? なぜ?」

 

 その質問ににとりは若干口ごもる。

 そして次に開いた口から出るのは、なんとも遠回しな説明。

 

「……朝、この倉庫の見回りをしていた者が信じられない報告をしてねぇ」

「その報告とは?」

「…………この倉庫に保管していた非想天則が消えていたって言うのさ。」

「それで?」

「………………まさかと思ってきてみれば、本当にあの馬鹿でかい非想天則が煙のように消えていてねぇ。そりゃ驚いたさ。」

 

 あまりにまどろっこしい言い方に痺れを切らした早苗は、単刀直入に質問する。

 

「それで、非想天則はどこに行ったのですか? あなたたちが知っていること全て吐きなさい!」

 

 そうズバリと聞かれては答えざるを得ない。

 にとりはとうとう重い口を開いた。

 

「……入り口に巨大な足跡があってね。外へと続いていた。おそらく非想天則は……付喪神化して逃げた。」



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付喪神化と桃色玉

「付喪神化? 非想天則が?」

「そうだ」

 

 にとりはそう言い切る。

 だが、その断言に早苗は強い疑問を覚えた。

 

「非想天則って……付喪神化しないように、中をがらんどうにして単純な構造にしたんですよね?」

「そうだ。あんな巨大なものが付喪神化されたら困るからな」

「なら、なんで非想天則は付喪神化したんですか?」

「……わからない。我々もそれが一番不思議なんだ」

 

 どうやら河童にとっても非想天則の付喪神化は予想していなかったことらしい。

 

 なぜ、突如として付喪神化したのか。

 これも異変なのか。

 早苗は色々と思案を巡らせてみるが、あまりにも情報が足りない。

 

 だが、最初にすべきことがなんなのかはわかる。

 

「とりあえず、逃げた非想天則を探した方が良くない?」

「まぁ、そりゃそうだわな……」

 

 にとりは少々考えた後、河童たちの方を向く。

 

「おーい、みんな! 作業止め! もうバレちゃったし止め止め! これから非想天則の捜索に入るよ!」

 

 にとりの指示が妥当だと他の河童も判断したからだろう。会話中遠慮なく鳴り響いていた工作音がピタリと止んだ。

 そして各々工具などを片付けると、慌ただしく倉庫の外へと出て行く。

 その様子に早苗は感心するばかり。

 

「へぇ、河童って協調性ないと思ってたのに」

「今回は河童の危機だからねぇ。うちで作った物が付喪神化して、更に騒ぎまで起こされようものなら河童のネームバリューが落ちる。」

 

 そう言いながらにとりも荷物をまとめ、大きなカバンを背負う。

 

「さて、我々も行きますか」

「ですね。……行くあては?」

「ないな。非想天則が付喪神化してどこに行くのかとか、さっぱりわからん」

「まぁ、そりゃそうよね……」

 

 中身空っぽの単なるアドバルーン役の道具がどこに行きたがるのか、わかる方がおかしい。

 やはり虱潰しに探すしかあるまい。

 

 そう思った時だ。

 

 微かに。微かにやかんの湯が沸騰したかのような音がした。

 しかしやかんの湯が沸騰している音の割には、低く、重い。

 まるで外の世界でみたSLかそれ以上の蒸気が発生しているかのような、そんな音。

 やがて、微かな振動が足元に伝わってくる。

 

 鈍感な早苗でも、異常だと認識できるほど、異常な現象。

 そしてにとりはこの音がなんなのか、技術者としての知識と勘ですぐさま突き止めた。

 

「……非想天則だ」

「え、この音が?」

「ああ。しかもこれは……格納状態である膝を折った状態から立ち姿……つまりは初期状態へと移行するときの蒸気音だ」

 

 技術者というのは音一つでこんなことまでわかるものなのか。

 早苗の中で河童像が揺れ動く中、にとりは飛翔し、飛び出した。

 

「あっ、にとりさん!?」

 

 それに追随する形で、慌てて早苗も飛翔する。

 倉庫となっている洞窟を抜け、空高くへと飛び上がる。

 そして、すぐ目の前にそれは現れた。

 

 大地を踏みしめる足。

 厳つく盛り上がった体。

 ゴツく太い腕。

 メタリックで目立つ配色の体。

 いかにもロボットという感じの顔。

 

 それはまさに、早苗があの日、戦闘ロボットの夢を見た、非想天則の姿であった。

 

 

●○●○●

 

 

「なにぃ、解決したぁ!?」

「そうよ。遅かったわね」

 

 魔理沙の絶叫が響いたのは、博麗神社の本殿の奥にある霊夢の居住空間。

 そのちゃぶ台を囲むのは霊夢と魔理沙といういつもの面々の他に、見慣れない顔三つ。

 

 一人は桃色の長髪に、青のギンガムチェックのシャツ、特殊なスリットの入ったスカート、そして数多の仮面を周囲に浮かばせた無表情な少女。

 一人は黄色っぽい生地のノースリーブを着、その上に黒い襟付きのマントを羽織り、金髪が耳のように逆立ち、更には『和』と書かれた耳あてをつけた少女。

 そしてもう一人は、白い服に、鎖の切れた

手枷を嵌め、栗色の長髪から左右へと飛び出した長く雄々しい角の生えた童女。まだ日は高いというのに、その手には酒の匂いがする瓢箪が握られ、しばしばそれを飲んでいる。

 

 桃色の長髪の少女が秦こころ、逆立った金髪の少女が豊聡耳神子。角の生えた童女が伊吹萃香。

 彼女ら全員、人間ではない。

 秦こころは面霊気という能面の付喪神であり、豊聡耳神子はかの有名な聖徳太子であり、人間から聖人へと昇格した存在であり、伊吹萃香は酒呑童子、つまりは鬼である。

 

 個性豊かなメンバーがなぜ博麗神社に集結しているのか。

 それは今回の異変が関係している。

 今回起きた異変は『人々から希望の感情が失われた』ことである。

 絶望で満たされたわけではないので、人々は壊れることなく生活できたものの、刹那的快楽を求めるようになった。

 それが、今回の宗教戦争によるお祭り騒ぎである。

 そうなった原因は、感情を司る秦こころが、六十六の面のうち、『希望の面』を失くしてしまったことが発端であった。

 

 魔理沙はそれを突き止め、完全にとっちめてやろうという気でいたのだが……遅かったようだ。

 

「面霊気に新しい希望の面をあげたらサクッと解決よ。」

「とはいえ、感情が安定するまでしばし時間がかかる。ちょっとしたゴタゴタもあったが、もう大丈夫だろう。」

「元の面よりも素晴らしい力がある。使いこなせれば後腐れなく事態は収集するだろうな。……面のデザインは気に入らないけどな」

「ちょっとそりゃないでしょう。私が丹精込めて作ったのに。」

「あははは! わかるわかる! あのデザインはないわー!」

 

 こころの漏れてしまった不満に口を尖らせる神子。そして面のデザインを思い出した萃香が爆笑する。

 ちなみに今回の異変に萃香は一切関係ない。

 ならなぜいるかといえば、居候の如くしばしば博麗神社に入り浸っているからである。

 

「あーあ、今度は私が手柄を独り占めできると思ったんだがなー」

「手柄とか問題じゃないでしょ。異変が解決したならそれでよし。あとはこころの精神が安定するよう、話し合った通りウチで能でも舞って貰うくらいか」

「いつの間に話が進んでいたのか。私は知らんぞ」

 

 自分の知らないところで話が進んでいるのが気に入らないのだろう。

 魔理沙の口調はあからさまに不機嫌だ。

 

「つまり、私がやることはないと?」

「そうだな。あまりないな」

「あとは私の問題。なんとかしよう」

「帰ってもいいんじゃないかー?」

「そうねー。あとは客寄せくらい?」

 

 どうやらやるべきことはないようだ。

 

「はぁ……それじゃ帰るわ」

「はいはい、さようなら」

 

 手をひらひらとふる霊夢を背に、魔理沙は障子を開け、外に出る。

 そして、魔理沙は硬直した。

 

「……ん? どうした?」

 

 それに気がついたのは、こころだった。

 魔理沙は振り返ることなく、霊夢に問いかけた。

 

「霊夢、ここって高台だったよな?」

「そうよ」

「ここからなら妖怪の山の麓も見えたよな? 」

「そうだけど」

「人里からは妖怪の山の麓って、森に遮られて見えなかったよな?」

「そうだけどさ……一体どうしたのよ」

「それ聞いて安心したぜ。あれ……見てみろよ」

 

 魔理沙はやっと振り返る。

 その顔はひどく引きつっていた。

 

 霊夢や神子、こころ、そして萃香は魔理沙の指差す方を見る。

 そして、萃香以外、全員の顔が引きつった。

 

「あははは! ありゃなんだい? 私の仲間かい? ……相当デカイじゃないか」

 

 その視線の先には、妖怪の山の麓で暴れまわる巨人の姿があった。



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ボイル・シャルルと桃色玉

こころの口調が安定しない……そもそも一人称が「私」のときもあれば「我々」の時もあるからなぁ


「……なによあれ」

「私も知らん」

「なんだ、あの巨大妖怪は」

「仮面みたいな顔してるな」

「おお! なかなか強そうだ!」

 

 彼方で暴れる巨人。

 その巨人に関する知識を、誰も持っていなかった。

 

「ダイダラボッチとか入道とかいう妖怪はいるけど……あんな金属みたいな身体していなかったはずだし……」

「とりあえず向かったほうがいいんじゃないか……?」

「違いない。見ろ、あの膂力」

 

 妖怪の山の麓で暴れまわる巨人。

 その手には、自重よりはるかに重いとみられる岩を持ち上げ、そして振り下ろしていた。

 瞬間、遠く離れた博麗神社からでも感じる振動と、遅れて爆裂するかのような音が鳴り響いた。

 

「どうやら、その通りのようね」

「今度こそ私が手柄を頂くとするぜ!」

「私も助太刀しようか」

 

 そして霊夢、魔理沙、神子は博麗神社を飛び出し、妖怪の山へと向かった。

 

 残されたのはこころと萃香。

 

「……我々はどうする?」

「暇だし行ってもいいんじゃないかー?」

「それもそうだな。よし、我々の強さを思い知らせてやろう!」

「一体誰にだー?」

 

 遅れて、こころと萃香も博麗神社を飛び立った。

 

 

●○●○●

 

 

「ヤバイヤバイ! 」

「死ぬ! これ死ぬって!」

 

 まるで戦時のような爆音が鳴り響き、河童達の悲鳴があちこちから聞こえてくる。

 その元凶は木を根こそぎ掴み取り、振り回し、事態に気がつき駆けつけた白狼天狗も薙ぎ倒していた。

 その元凶は、非想天則。

 狂ったように暴れまわる、『正義の味方』を模して造られた張りぼて。

 しかしその力は正義ではなく、ただ周囲の破壊にのみ振るわれる。

 

 若干離れたところからその様子を目撃した早苗とにとりは、完全に平静を失っていた。

 

「あれどうするんですかにとりさん!」

「どうしよ……被害とんでもないぞこれ……」

「被害って、止められるんですかあれ!」

「いや、自信ない。なにせあれは……」

「何まごついている。破壊すれば良いだろう。」

 

 と、引け腰になっていた時、後ろから声をかけられた。

 その声は聞き覚えのあるもの。

 振り返れば、そこには守矢の神、八坂神奈子が舞い降りていた。

 その後ろには洩矢諏訪子も付いてきていた。

 

「いやぁ、付喪神化しないよう手は打ったんだけど、まさかなっちゃうとはねぇ」

「だから解体したほうがいいと言ったのに……まぁ起きたものは仕方があるまい」

「神奈子様! 諏訪子様! いつの間に!」

「あ、この度はどうもすみません……」

「河童」

「ひゅい!?」

「河童達の責任問題はまた後ほどとして、別にあれは壊してしまっても問題ないのだろう?」

 

 神奈子は非想天則を見据え、無数の御柱を出現させる。

 確かに、神としての力ならばいくら非想天則が巨大とはいえ、生まれたばかりの付喪神に負けることはないだろう。

 

 だが、にとりはそれを必死になって止めた。

 

「ま、まずいですよそりゃ!」

「……なぜだ」

「非想天則は水蒸気でかなりの圧力をかけて動かしているんだけど、それでもあれだけアグレッシブには動けない。つまり、今の内部圧力はとんでもないことになっているはず!」

「と、いうことは……」

「迂闊に傷つけると、内部の圧力が解放されて爆発します! 多分、ここら辺が吹き飛ぶ!」

 

 神奈子は一つ舌打ちをする。

 最悪の場合神社にも被害が及ぶかもしれない。

 そうなれば本殿のない神社なぞ、目に見えて信仰が減る。

 一体何のために幻想郷へ来たのかという話になる。

 

「なら、どうすればいいの?」

 

 諏訪子の質問に、非常に言いにくそうににとりは口を開く。

 

「……蒸気切れを待つしかないかと」

「……あれ、非想天則って内部で蒸気を循環させているんだったよね? ってことは、そもそも蒸気切れ起きないよね?」

「わずかには漏れ出るよ。あとは演出用の蒸気とか」

「……それは期待しないほうがいいんじゃ……」

 

 蒸気切れを待つ。

 それはあまりにも分の悪い賭けであった。

 完全に八方塞がり。

 と、その時。

 

「『マスタースパーク』!」

 

 威勢のいい掛け声とともに、極太の目に優しくないレーザーが放たれる。

 そしてそのレーザーは見事に非想天則へと着弾した。

 傷つけたら爆発する。

 そう製作者の一人に言われた直後に起きた事である。

 当然、神奈子や早苗は眠る獅子の前で肉を焼くような馬鹿をやらかした者の下へと飛んで行く。

 

 その先にいるのは、当然魔理沙だ。

 

「うーむ、対して効いてないな。もう一発か?」

「やめなさい。効果ないわよ」

「同感だ。関節とかを狙えばマシかもしれんが」

「よし、じゃあそうしてみるか」

「止めろ馬鹿者!」

 

 またミニ八卦炉を構えた魔理沙を御柱を広げ威嚇するようにして制止する神奈子。

 その後ろにしっかりと早苗や諏訪子、そしてにとりも付いて来ていた。

 

「あ、神奈子じゃないか。久しぶりだね」

「神子、今はそんなことを言っている場合じゃない! 今すぐ攻撃をやめろ!」

「はぁ? なんでよ。どう見ても暴れて危害加えまくってるじゃない。見逃せるはずがないでしょう」

「何か理由があるのか?」

 

 魔理沙の質問に、にとりが全て話す。

 非想天則の内部には高圧の水蒸気で満たされていること。

 その圧力は通常時よりもはるかに高いこと。

 傷つければあたりが吹き飛ぶ可能性もあること。

 

 それを聞いた霊夢は渋面をつくる。

 

「どうしろってのよ、それ。夢想封印で霊力とか妖力を封じて動けなくするってのは通じるの?」

「おそらく内部には外装の耐久値を超えた圧力がかかっていると思う。それでもなお破裂したり膨張したりしていないのは、なんらかの力で押さえつけているんだと思う」

「つまり、夢想封印で力を封じると、圧力を封じ込めている力も失われると?」

「そういうこと」

「つまりどの道爆発すると」

「解体すればいいじゃない」

「動く非想天則に取り付いて解体しろと? 無茶な……」

「動きを封じればいいんでしょ? そうねぇ……」

 

 霊夢は顎に手を当て、考える。

 と、その時。

 

「おお、やってるやってるー」

「大迫力。怖いわー」

 

 萃香とこころが遅れてやって来た。

 そのやって来た二人のうち、霊夢は萃香の肩をしっかりと掴んだ。

 

「ん? どうした霊夢?」

「萃香ぁ、そういやあんたウチの酒勝手に飲んだわよねぇ?」

「……え、ちょ、な、ナンノコトカナ〜?」

「頼まれて欲しいことがあるんだけど、いいわよね?」

 

 

●○●○●

 

 

 未だ暴れる非想天則。

 その前に、巨大な影が立ちふさがった。

 大きは大体同じくらいか、闖入者の方が若干小さいか。

 その頭には二本の角が生えていた。

 言うまでもなく、萃香である。

 能力を使って巨大化したのだ。

 

「萃香〜! 取り敢えず組み伏せてくれればいいから〜!」

「爆発するかもしれない相手と組み技だなんて……絶対あいつの方が鬼だよ」

 

 ぶつくさと文句を言う萃香。

 しかし非想天則はそれに構わず萃香へと目標を変える。

 

「ほいっと」

 

 だが、萃香は巨体ながらも華麗なステップで躱し、その手は空を切る。

 そしてその伸ばされた腕を掴み、突進の威力を利用し、転かすようにして投げた。

 金属の巨人が転けるのだ。その衝撃は生半可なものではない。

 山を揺るがす音が鳴り響く。

 

「いけ!そこだ! やれ!」

「さぁ、とっとと締めちゃいなさい!」

「萃香、手が空いてるぞ! もっとやれもっと!」

 

 そしてその様子をまるでプロレス観戦のようにはしゃいで眺める魔理沙、早苗、こころの三名。

 その声援が通じたのかはさておき、萃香は流れるように腕にくみつき、上半身をしっかりと抑える。

 

「よし! 後はバルプを引いて少しずつ圧力を抜けば……ん?」

 

 ようやく事態が解決すると思われた時、にとりはあるものを見た。

 沢を流れる水。

 それが物理的にありえない流れ方で、非想天則に集まっていたのだ。

 

 一体何が起きているのか?

 いや、それよりも……まずい。

 

「ちょ、熱っ! 熱いんだけど!」

 

 抑え込む萃香が声を上げる。

 しかも、押さえ込まれているはずの非想天則が、その拘束を無理やり解こうとしていた。

 

「嘘だろ!? 鬼の力を跳ね返すか!?」

「……水を取り込んで、さらに内部の圧力を高めたんだ。ちょっとこれは……まずいよ」

 

 喘ぐようににとりが呟く間に、非想天則は完全に拘束から脱し、立ち上がった。

 そして、手のひらが輝き出す。

 

「熱っ、熱っ! ちょ、待った待った!」

 

 萃香の声も、非想天則には届かない。

 その手にはいつの間にか非実態の剣……ビームサーベルのようなものが握られていた。

 そしてそれを一閃。萃香の体を断ち切った。

 その衝撃でごうと空気が揺らぎ、突風が吹き荒れる。

 その斬撃を受けた萃香はポン、と煙のように体が弾け、元の童女サイズへ戻ってしまう。

 

「おいおい、嘘だろう? 鬼としての私の力も弾くだと?」

 

 萃香の顔には、驚愕の色が浮かんでいた。

 相手を傷つけないと言うハンデがあるとはいえ、鬼が肉弾戦で負けるというのはにわかには信じられないことであった。

 しかし現に非想天則は立ち上がり、萃香は元のサイズに戻され吹き飛んでいる。

 

 そして非想天則の斬撃の被害はそれだけではない。

 その突風が、妖怪の山の木々をなぎ倒して行く。

 

「うぉおおお! これは強烈!」

「さっきよりも力が増してるわね……」

「うわぁ、こりゃ無理だ」

「神奈子、これどうする?」

「……上空で爆破……これに賭けるか……?」

「いやいや、危険だろ……ん?」

 

 突風により様々な物が吹き飛ぶ中、魔理沙は見慣れたものが飛んでくるのを見つけた。

 それは青い少女と、緑の少女と、桃色の玉。

 それがなんなのか理解する前に、桃色の玉が魔理沙の顔面にクリーンヒットした。

 

「ぶっ!」

「ぽよっ!」

 

 そしてその勢いで落下する両者。

 魔理沙は人間としてはかなり強い部類に入る。

 だがあくまでも彼女は人間。高空から落ちて無事なわけがない。

 桃色玉がなんなのかなんとなくわかった魔理沙はそれを抱え、体制を立て直そうとするが、間に合わない。

 やがて地面が近づき……

 

「やれやれ、世話が焼けますね」

 

 足を何者かに掴まれ、地面に衝突せずに済んだ。

 誰が助けてくれたのか。魔理沙は足を掴む者の方を向いた。

 そこにいたのは、白シャツにスカート、一本歯の高下駄を履き、赤い頭巾をかぶった翼の生えた少女。

 

「……文か。助かったぜ」

「いえいえどうも。……って、うわ、カービィもいる!」

 

 それは、以前カービィにしてやられた鴉天狗の一人、射命丸文であった。



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廃品と夢と桃色玉

明日、明後日の更新は厳しいかも……


 文は掴んでいた手をパッと離す。

 当然、魔理沙は万有引力の法則により地面へと落下する。

 

「痛っ! もう少し優しく降ろせよ」

「助けてあげただけ感謝して欲しいんですけどねぇ。……それよりなんなんですかあれ」

 

 文は自前のカメラのシャッターを非想天則へ向けて切りながら魔理沙を問い詰める。

 いつもなら嬉々としてシャッターを切るはずが、今は無表情で切っているのは、自らの領地たる妖怪の山が荒らされているからであろう。

 

 魔理沙も詳しくは知らないので、にとりから聞いた話をそっくりそのまま文に話す。

 その話を聞いた文の顔はさらに厳しいものとなる。

 

「あやや、そりゃまた……厄介な」

「だろ? 破壊しちゃいけないなんて……私の出番はないなこりゃ」

 

 二人はただ呆然と暴れ狂う非想天則を眺める。

 今も霊夢や神子、萃香や守矢の面々が押さえ込もうとしているが、先ほどよりも出力が上がった非想天則は手がつけられない。

 

 一体、どうすれば良いのか。

 

 と、その時。何かが魔理沙向けて飛び出してきた。

 

「そこにいたのかカービィ!」

「イタタタ……大丈夫なのチルノちゃん?」

 

 飛び出してきたのは、吹き飛ばされる際見かけた氷の妖精、チルノと大妖精だった。

 チルノの問いかけにカービィは「はぁい!」と元気よく返す。

 

「ん? なんだ、知り合いか?」

「そうだよ! ダイダラボッチを手下にするために仲間にしたんだ!」

「無理だってチルノちゃん……」

 

 どうやらカービィも魔理沙の知らないところでいろんな者と関わりを持っているらしい。

 変な感心をしていると、魔理沙を追ってきたのかにとりが空からやってくる。

 

「魔理沙、無事かい!?」

「おお、こいつのおかげでなんとかな」

「ああ、文か。久しいね。……って、いつの間にカービィがいる!」

 

 と、にとりも文と同じような反応をカービィに対して見せる。

 どうやら軽いトラウマらしい。

 だが、にとりはカービィをしばし見つめた後、独り言のように呟いた。

 

「……カービィは変幻自在と聞く。なら、何かしらの手を持っているんじゃないか?」

「カービィが、か?」

「カービィが、ですか」

「ちょっと! あたいを無視するな!」

「入っても私達じゃわからないって」

 

 三人の注目がカービィへと集まる。

 確かにカービィは変幻自在。様々な姿を見てきた。そして今まで見たものが全てとは限らない。

 手が多いということは、それだけ対応力があるということ。

 もしかしたら、という淡い期待がカービィへとま寄せられた。

 

 その注目をカービィは理解したのだろうか。

 ピョンと魔理沙の腕から飛び退くと「ぽよぉっ!」と森へ向けて声を上げる。

 それからしばらく間を開けた後。

 木々の影から、草葉の中から、彼らは現れた。

 

 オレンジ色の下膨れな球体ボディ。

 そう、ワドルディたちだ。

 

「あ、ワドルディが。そういえば妖怪の山にも住んでいるんだって?」

「そうだよ。時々資材運搬とかやって貰ってるよ」

「うちも新聞の配達を手伝って貰ったことがありましたね」

 

 どうやらワドルディは妖怪の山の社会にも順応しているらしい。

 ワドルディの万能っぷりに感心する中、現れたワドルディ達はカービィを取り囲み、ぽよぽよとしか聞こえないカービィの言葉をまるで理解しているかのように相槌を打つ。

 そして、カービィとワドルディたちは一斉に大きく頷いた後、一斉に同じ方向へ走り出した。

 

「あっ! ちょっと待て!」

「な、なんだいいきなり!?」

 

 突然の行動に意表を突かれる三人。

 しかしカービィとワドルディ達はそれに構わず疾走する。

 しかも、どこからかやってきた新たなワドルディと合流しながら。

 そしていつの間にか、ワドルディの列は大名行列さながらの大人数による進行と化していた。

 

「なんなんだ、これは……」

「どこに向かっているんですかねぇ」

「この方角は……河童の倉庫じゃないか!」

「そうなのか? ……なぜ河童の倉庫なんかに?」

「さぁ……」

 

 魔理沙の疑問は何も解決されないまま、カービィとワドルディ達はなんのためらいもなく河童の倉庫へと入り込んだ。

 そこにあるのは埃をかぶった使われなくなった様々なものが置かれた廃品倉庫であった。

 そこでワドルディ達はどこからか取り出した三角巾で口元を覆い、ドライバーやニッパーを手に取った。

 そして、埃をかぶった廃品をめちゃくちゃに引っ張り出したのだ。

 

「一体何をする気だ? ここには使えるものは残っていないはずなんだけど」

「やっぱりカービィとかワドルディの考えることはわかりませんねぇ」

「……いや、わからんぞ」

 

 ワドルディ達のしていることに疑問を覚えるにとりや文に対して、魔理沙はなんとなく思い当たるものがあった。

 ワドルディは独力で集落やロケットを作ってしまうような謎の高い技術力を持つ。

 そしてここには工作するための道具や材料は揃っている。

 

「あ、魔理沙さんお久しぶり」

 

 と、その時、あるワドルディが前に出てきて、人語を話した。

 青いバンダナをかぶった、旧地獄であったワドルディに違いなかった。

 しかし、にとりや文はこのワドルディに会ったことはないはず。

 だからか、ワドルディが人語を話したことに対し、驚愕していた。

 

「お、おお。久しぶりだな、バンダナのワドルディ」

「ウソ!? ワドルディって喋るのかい!?」

「あややや! これはスクープですねぇ」

「別に驚くことないですよ。ボクの個性が『喋れる』ってだけだよ。って、そんなことどうでもよかったんだった。」

 

 頭をぽりぽりとかき、ワドルディは本題に入る。

 

「この後、近づき過ぎると危ないかもしれないから、もう少し下がってね」

「それってどういう……」

「見ればわかるよ。あ、できたできた」

 

 ワドルディは作業の音が止むのに気がつくと、出来上がったものに向き直った。

 そこにあるのは、金属の塊。1メートルあるかどうか。

 その左右には金属のアームらしきものが付いていた。

 そしてその上に、カービィが乗り込んでいた。

 

「なんですか、あれ?」

「ロボットのつもりかい? でもあれじゃ……到底動かないと思うぞ?」

「まあ見てて」

 

 作業をしていたワドルディは魔理沙達の近くまで退避する。

 避難したのを確認すると、カービィは口からあるものを取り出した。

 それは、四本のスターロッド。

 それを掲げると、カービィの乗る金属の塊は輝き出した。

 

 スターロッドは夢を見せるという。

 スターロッドは夢に力を与えるという。

 スターロッドは夢を叶えるという。

 四本の不完全なスターロッドは、しかしその力を発揮し、カービィの願いを正しく受け止めた。

 カービィが願ったもの。それは、ある時冒険を共にした相棒の作成。

 その光が収まった時、その姿を現した。

 

 無骨な金属は桃色にペイントされ、綺麗な球体へと生まれ変わる、

 アームは樽のような形のたくましいものへと変わり、力強い大きな手が装着され、肩の方にはドライバーのようなものが付いていた。

 足は小さいながらも、しっかりと地を踏みしめ、高いジャンプ力を実現。

 背中に背負うのはブースター。

 そしてその桃色ボディは、カービィの顔を模したデザインになっていた。

 

 あの時。機械の軍勢が侵略してきた時。

 その時であった新たな相棒。

 それこそが、この『ロボボ』であった。

 

 唖然とする幻想の住人をよそに、ワドルディは飛び跳ね喜ぶ。

 

「やったねカービィ! 予想通りスターロッドの制御に成功したね!」

「ぽよ!」

 

 ヘルメットを被ったカービィは頷き、バンダナのワドルディに相槌を打つ。

 そして、背中のブースターから火を吹かし、外へと飛び出した。

 

 

●○●○●

 

 

「いよいよ手がつけられなくなったな……」

「どうする神奈子? もう辺りの被害には目を瞑って破壊する?」

「いや、それは……」

「さしもの山の神もこれにはお手上げか」

 

 外で交戦していた者たちは、暴れる非想天則をいなすことしかできていなかった。

 判断がここまで後手になったのは、やはり内部にたまった蒸気。

 爆発の被害に目を瞑ることはできない。

 

「……一つ手はあるわよ」

 

 だが、ここで霊夢は諦めてはいなかった。

 やはり幻想郷の巫女としての意地があるのだろう。

 

「非想天則を結界で覆う」

「待て待て。巨大化した私を切り倒したヤツだぞ? そう即席の結界じゃ破れる」

「それくらいわかってるわ。防ぐのは非想天則じゃない。非想天則が爆発した時の爆風よ」

「……なるほど、被害を止めるわけか。それならなんとかならんわけでもない。しかし……」

 

 その案は良策に見えた。

 だが、問題もあった。

 顎に手を置く神奈子に代わり、早苗がその懸念を口にする。

 

「閉所での爆発は、よりその威力を高めてしまいます。つまり、その結界の内部はより完膚なきまでに破壊されることに……あそこらへんは河童の研究所や、山から流れる沢もあります。それが破壊されるのは……」

「むむ……じゃあどうしろってのよ」

「それは……」

 

 これには頭を抱えるしかない。

 結局のところ、何を犠牲にするのか、ということだ。広範囲への被害を選ぶか、局所的な壊滅を選ぶか。

 小を切り捨てるのは、果たして正しいのか。

 

 その判断に有力者が悩んでいた時。

 

 桃色の流星が、非想天則へと向かっていた。



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螺子と桃色玉

「なんなんだありゃ!?」

 

 突き進む桃色の金属塊、『ロボボ』。

 それを箒で追走しながら、一緒に乗せたバンダナのワドルディに問いかけた。

 

「なにって、ロボボだよ」

「だからそれがなんなのか分からないんだよ」

「えっとねぇ……ちょっと前にポップスターがある会社に侵略されて『総キカイ化』されたことがあったんだ」

「……いきなり物騒だな」

「その時カービィが会社から奪い取ったのが『インベードアーマー』。インベードアーマーには操縦者に合わせて性質が変わるっていう特徴があってね。カービィがインベードアーマーに乗り込むとロボボになるんだ」

「なるほど。それをスターロッドの力で再現したのか?」

「多分」

 

 まさかスターロッドにそのような応用方があったとは。

 だが、今までの変幻自在っぷりを鑑みるに、ありえない話ではなかったが。

 

「あやや、期待よりも遅いんですね」

「ふぃ、間に合った」

 

 と、ここで遅れて飛んできていた文、にとりと合流する。

 飛行速度の差もあり、にとりは文に両脇を抱えられた状態で飛んできていた。

 

「あんなロボットが出てきて驚いたけど……あんなので大丈夫かい? 相当小さいよ?」

「力比べじゃちょっと不味そうですね」

 

 そして追いついて早々否定的な意見を述べる二人。

 しかしながら、それは魔理沙も思ったことであった。

 何せ、ロボボは1メートルあるかどうか。対する非想天則は30メートルほど。

 その差は歴然。170センチほどの人間に6センチ弱の虫が戦いを挑むようなものだ。

 無謀と言わざるをえない。

 だが、バンダナのワドルディは至って平静であった。

 

「大丈夫大丈夫。あ、来た来た」

 

 バンダナのワドルディが手を振る先。

 そこには先回りしていたらしいワドルディ達が、樹上から手を振っていた。

 ワドルディ達はバンダナのワドルディ、そしてロボボに乗るカービィへと手を振っており、そのロボボの進路上にあるものを投げた。

 

 それは、赤と白の日傘。

 

 追走していたから、こちらから見えるのはロボボの後ろ姿だ。

 なのでしかと見たわけではないが、カービィの顔を模したロボボの全面の口にあたる部分から、光が漏れ出したように見えた。

 そして傘は跡形もなく消え、代わりにロボボ自身が光り輝き始めた。

 まるで、カービィが能力を取得する時のように。

 

 そして光が晴れた時、ロボボの姿はやはり変わっていた。

 色は若干赤っぽくなり、両肩からは赤と白の巨大なプロペラが伸びていた。

 そのプロペラは回転を始め、その回転が速くなってゆくにつれ、ロボボは浮き上がって行く。

 そしてついに、ロボボは空を自らの領域とした。

 

 不安定に見える二枚のプロペラで縦横無尽に飛び回れるのは、カービィの手腕かロボボのプログラムか。

 いずれにせよ、素晴らしい運動性を持っていたのは間違いなかった。

 

 ロボボは一気に非想天則の目線の高さまで飛び上がる。

 そしてようやく、先に交戦していた霊夢達はロボボに乗ったカービィの存在に気がついた。

 

「ふぅ、やっと戻ってこれた」

「なにあれ。河童の新しい武器?」

「違う違う。あれはスターロッドとかいうやつでカービィが作り上げた謎物体さ」

「はぁ、謎物体」

「そう、謎物体」

 

 そんな会話の間にも、ロボボと非想天則の戦闘は継続していた。

 いや、これは厳密には戦闘と呼べないかもしれない。

 非想天則のその巨体から繰り出されたとは思えないパンチ。

 それを二枚のプロペラで謎の高い制御能力をもって避け続けるロボボ。

 それはまるで、周囲を飛ぶ虫を人が必死に捉えようとしているかのようであった。

 

「うっそ……あんなのでよく制御できるな……」

 

 技術者だからこそわかるのだろう。

 不安定なはずの機体をなぜあそこまで制御できるのか、不思議で仕方ないのだろう。

 

「もしかしたら根本的に違う技術で作られているのかもしれないです」

「いや、だとしてもあれは……」

「お前自分で謎物体って言っていただろう? ならばそれくらいおかしくはないではないか」

「いや、そういうわけじゃ」

「確かに、謎物体に違いない。よく見れば腕が胴体から浮いている。関節と物理的に繋がっていない腕なぞ、聞いたことないな」

「人外には時折いるけど、あれは物の類だしね」

 

 ロボボに対してそれぞれの見解を述べる霊夢や魔理沙、にとり、神子、神奈子、早苗。

 ロボボに対する感情は各々違う。だがロボボに対してただ一点だけ共通した認識があった。

 

 それは『もう何が起きようとも驚かない』といったある種の諦念。

 今までにカービィが引き起こした事情を考えるに、もうこのくらい不思議ではなくなっていた。

 だからか、半ば彼女らは非想天則の攻撃を避け続けるカービィをどこか遠くの国を眺めるかのように眺めていた。

 

 だが、そのはっきりとしない意思も、ある声で呼び戻された。

 

「何をぼうっとしている!」

 

 その声は低い男性のもの。

 その声は若干高空から聞こえてきた。

 その声の主を視認すべく見上げた先にいたのは、蝙蝠のような翼を広げた青い一頭身、メタナイトであった。

 彼は霊夢達の元へゆっくりと舞い降りてきた。

 

「久しくね、メタナイト……だったっけ?」

「そんなことはどうでも良い。今大事なのは目の前のことであろう!」

「いやしかし……一体どうするんだ、これ?」

「っていうか、あんた誰よ」

 

 突然現れたメタナイトに不信感を露わにしたのは神子、神奈子、諏訪子、にとり、萃香、こころ……霊夢と魔理沙以外全員であった。

 仕方あるまい。出会ったのは命蓮寺メンバーと旧地獄の者達だけなのだから。

 

「おっと、失礼した。私はメタナイト。しがない騎士だ。よろしく頼む」

 

 そんな彼女らに対し、至って紳士的に自己紹介をするメタナイト。

 その態度に危険なものは無いと長年の感で感じたのか、彼女らはある程度警戒を緩める。

 と、ここで動いたのは早苗であった。

 

「あっ、知ってます知ってます! たしかカービィと一緒にゲームで出てきた強キャラの!」

「……いかにも。私はカービィと同郷の、ゲームの中の存在だ」

 

 どうやら、元外の世界出身の早苗は知っていたようだ。

 ただ、早苗の認識ではやはり『ゲームの中の登場人物』にしか過ぎないようであった。

 

「……やはり、お前達には謎が多い。なぜ、非現実どころか、実態のない物語の中の、想像上の存在が、こう実体を持って現れるなんて、やはり考えられん」

 

 神奈子の疑問はもっともである。

 だが、今解決すべき問題は他にある。

 そう、目の前で暴れる非想天則だ。

 神奈子は自分で提示した疑問を自ら下げる。

 

「いや、それは後にしよう。しかし、アレをどうするというんだ? もう多少の被害に目を瞑って破壊しようと思うんだが?」

「まぁ、その対応は悪くはないが……河城殿」

「ひゅい!?」

 

 突如前触れもなく名を呼ばれたにとりは素っ頓狂な声を上げる。

 メタナイトはそれには突っ込まず構わず質問をする。

 

「時々蒸気が漏れているあたり、蒸気で動かしているのだろう?」

「そ、そうだけど……それが?」

「ということは、蒸気を逃すバルブがあるのではないか?」

「ま、まぁいくつか安全用のがあることにはあるよ。例えば後頭部とかに。でも……元々非想天則は、非想天則という大質量を動かすほどの蒸気を閉じ込めるタンクみたいなものだ。だからそのバルブは相当大きく、手動じゃとても回せない。どうやって暴れるあれに近づいて、回すというんだ?」

「何、機械ならそこに間に合っている」

 

 そしてメタナイトは、逃げ続けるカービィへ向け、叫んだ。

 

「カービィ! 後頭部だ! 後頭部のバルブを回せ! ただし噴出する蒸気には気をつけろ! 相当な圧力になっているはずだ!」

 

 その声は確かに聞こえたのだろう。

 微かに「ぽよ」という声が聞こえてくる。

 そして、目に見えてカービィの乗り込むロボボの動きが変わる。

 まるで回り込むような飛行機動を描くようになった。

 

 やがて、完全に非想天則の後頭部に取り付いた。

 

 非想天則が動き回るのでしっかりとは見えない。

 だが、腕がスパナのようなものに変形し、回しているように見えた。

 そして。

 

「っ! 行ったぞ!?」

 

 カービィが離脱すると同時に、凄まじい勢いで白い蒸気が噴出したのだ。



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蒸気の悲鳴と桃色玉

ちなみに、幻想郷の住人の力をもってすれば非想天則の破壊は割と容易です。
ただ破壊すると周囲への被害が予想できない為色々画策しているだけです。


 その勢いは、決してやかんや圧力鍋などとは比べ物にならない勢いであった。

 蒸気機関車も目ではないほどの圧力。

 ロボボに乗ったカービィはすぐさまその場を脱することにより、逃れることに成功した。

 

 そして、その光景を固唾をのんで見守っていた者たちは、一気に歓喜に包まれる。

 

「おお! バルブの解放に成功したか!」

「つまりは、蒸気を逃すことができる……ということか?」

「そう! そういうことだ!」

「ふぅ、ようやく光明が見えてきたわね」

 

 だが、途中で神奈子はあることに気がついた。

 

「ん? まて、バルブ一つの解放で済むのか?」

「……あ、そうか。そうだった」

「どういうこと?」

「バルブ一つじゃ蒸気全てを放出するのに相当時間がかかる。それに、今非想天則は通常の何倍もの水を吸収し、蒸気にしている。となると、これだけじゃあ相当時間が……」

 

 そう、非想天則は相当量の水を溜め込み、未知の熱量で全て水蒸気にし、ありえないほどの内部圧力を維持している。

 それら全てを排出するには、相当な時間がいるはずだ。

 

 そこで新たに発言したのは、メタナイトだった。

 

「他にバルブはないのか、河城殿」

「他のバルブ……両肩の背面、腰の残り三つかな。……いけるのかい?」

「やるのは私ではなく、カービィだ。だが、ここで全てカービィに任せるのは得策ではない。私達も援護はするべきだ」

 

 そして、メタナイトはその翼をはためかせ、非想天則へと飛び立った。

 現在非想天則は飛び回るカービィを捕まえんと暴れており、怒りの感情を持っているのか、手がつけられない状況だった。

 そんな中、メタナイトは非想天則のメインカメラのうち一つ……つまりは片目に黄金の剣を突き立てた。

 そして、まるで痛みを感じるかのように顔を抑える非想天則。

 そのヘイトは完全にメタナイトへ移行。カービィはフリーとなった。

 しかも片目を潰され遠近感が無くなったからか、その攻撃の精度が鈍っている。

 

 これは、またとないチャンスであった。

 

「あっ、霊夢さん!?」

 

 突如、霊夢は輝く縄を出現させ、非想天則の右腕を拘束した。

 なんの準備もなしで、急ごしらえの封印だ。鬼を押し倒す膂力を持つ非想天則を持続的に封じ込める力はなかった。

 

 そう、持続的には。

 

 縄が絡まり動きが止まった一瞬。その一瞬でロボボに乗るカービィは非想天則の右肩に取り付いた。

 そしてロボボに乗るカービィが非想天則から離れた瞬間、蒸気が吹き出る。

 

「やっぱり即席じゃあ無理ね。早苗、交代」

「え? あ、はっ、はい!」

 

 右腕をだらんと垂らす非想天則に、今度は早苗が左腕を輝く縄で拘束する。

 あとは先ほどと同じ作業だ。

 たとえ力が足りなくとも、それは確かにカービィへの援護となっていた。

 

 残すは、あと一つ。

 

「腰のバルブか……私は右腕を、早苗は左腕を、神奈子は右足を、諏訪子は左足を拘束して頂戴」

「待て。その方法だと腰を固定できないぞ。むしろ、四肢を拘束されれば振りほどかんと身をよじり、余計に危険だと思うが?」

「だからこそ、萃香」

「え、私?」

「もう巨大化できるわよね? 手足を拘束している隙に、腰を固定して欲しいんだけど」

「えー、あいつ無茶苦茶熱いから嫌なんだけど……」

「それじゃ『はい』か『喜んで』か、どちらか選ばせてあげるわ。それ以外で答えたらうちの酒瓶全部割るわね」

「……『はい』」

 

 今回は皆の協力が重要となる。

 さもなくば、高圧のままの非想天則を破壊という最終手段にでなくてはならなくなる。

 そんな中、こころと神子は少し離れたところから非想天則をみていた。

 

「我々、空気だな」

「あまり言うな」

「しかし……なんだろうな。非想天則からは怒りも悲しみも、いろいろ感じる」

「わかるかこころ。まぁ、感情を司る面霊気なら当然か。あいつの欲は……あまりにも、哀しい」

 

 こころと神子が何を話しているのか、霊夢達には伝わらなかっただろう。

 そして、タイミングの合わせ方も即決され、実行に移されようとしていた。

 

「行くわよ!」

「応!」

 

 霊夢の号令下、非想天則の四肢は拘束される。

 右腕を霊夢の縄が、左腕を早苗の縄が、右足を神奈子の御柱が、左足を諏訪子の操る土砂が、しっかりと固定する。

 

 そして固定が終わった途端、萃香は能力により巨大化し、非想天則に組みつく。

 

「ぐぅ! 熱いっ!」

「耐えなさい! あとでお酒買うから!」

「本当!? うぉおおおお!」

 

 萃香は身が焼けることも厭わず腰をしっかりと抑え込む。

 そしてその隙に、ロボボに乗ったカービィが取り付いた。

 

 やがて四肢の拘束は解ける。

 萃香もやはり熱さに耐えかね、無傷の元の姿に戻る。

 だがその腰からは……蒸気が噴出していた。

 

 頭、両肩、腰の四箇所のバルブ。

 それら全ての解放に、完全に成功したのだ。

 そして非想天則は、目に見えてその活動を鈍らせていた。

 

「よし、今度こそ!」

「あとは蒸気が抜けるのを待つだけか」

「ところで、全部抜けるのに大体どのくらいかかる?」

「そうだなぁ……相当量の水を取り込んだし……全部とは言わずとも通常量まで排出できれば、遠距離から破壊すれば一切被害なく処理できるはず。となると……15分くらい?」

「意外とかかるな。まぁ、そんなものか」

「あとは軽く抑え込むだけね」

 

 その場はもうすでに戦勝ムード。

 そんな中、メタナイトとロボボに乗ったカービィも近づいてくる。

 

「ぽよ!」

「おお、カービィお疲れ!」

「うわぁ、近くで見るとより不可思議さが際立つわね……」

「なんでこんなので飛べるんだろうな……」

「翼なしで飛んでいる我々が何を言う」

 

 こころの秀逸な突っ込みで場が和む。

 

 だが残念ながら、未だ事態の収束からは程遠かった。

 

 突如一際大きな金属の軋む音が鳴り響く。

 そして、ザバザバという、水を掻き分けるような音が。

 その不審な音に気がついた神子は、地上を見下ろす。

 すると、地表では沢の水が物理法則に反した流れ方をしながら、非想天則に集まっていたのだ。

 そして、その腕が持ち上がる。

 

「逃げろ! まだ動くぞ!」

 

 その時とっさに動けたのは、皆歴戦の強者だからだろう。

 振り下ろされた拳は空を切ったが、その風圧は凄まじいもの。

 一切の馬力の衰えは見えなかった。

 

「な、なんで!? なんでまだ動けるんだ!?」

「足元を見てみろ。沢の水が集まっている!」

「まさか……そうか、失う水蒸気よりもより多くの水を取り込むことにより、衰えることなく活動できるのか!」

「それだけじゃないぞ! バルブが閉まりつつある!」

 

 メタナイトの指摘に驚愕し、見てみれば、確かに噴出する水蒸気が少なくなっているように見える。

 なるほど、確かにバルブが閉まりつつあるようだ。

 だが、バルブに自動で締めるような機能は付いていない。完全に手動のバルブだ。それがなぜ動いているのか。

 その答えは、しばらくしてわかった。

 

「……ねぇ、あんたが破壊した目、治ってない?」

「……確かに」

「おいおい、まさかあいつ……金属の塊のくせに自己修復ができるのか?」

 

 そう、メタナイトが潰したはずのメインカメラ。

 それがいつの間にか治っているのだ。

 しかも、メインカメラを覆うカバーはより頑丈なものに変質している。

 もはや、自己改造といえるレベルであった。

 

 より多くの水を取り込み、自己改造を終えた非想天則は更に凶悪さを増す。

 手から非実態の剣を取り出して周囲を薙ぎ払い、口に当たる部分が開いたかと思うと高温の水蒸気……というより、プラズマで木々を焼き、大地を蹴り地震を引き起こし……

 もはや、狂気のままに暴れているとしか思えなかった。

 

 非想天則の強引な破壊。

 それは、超高圧の巨大ボンベを壊すということであり、爆発の被害から最終手段としていたことだ。

 だが、もうそれをせざるを得ないのではないか。

 

 そう思った時、ふと神子は口を開いた。

 

「……お前達に声は聞こえるか?」

「声……非想天則の?」

「そうだ。能力上、私には聞こえる。お前達には……その様子だと聞こえないようだな」

「なんて、言っているんだ?」

 

 神子は少し目を閉じ、口を開いた。

 

「……『我こそ正義』『悪を断罪せし者也』『悪は何処ぞ』『我何の為に此処に在り也』『我何故生まれ出づる也』」

 

 その言葉は、あまりに予想外であった。

 非想天則は自分は正義であり、悪を滅ぼすものだと思っている。

 だが、非想天則の周りに自分が滅ぼすべき悪はおらず、自分の存在意義に疑問を感じている。

 アイデンティティを否定された非想天則は今、狂気のままに狂っていたのだった。

 

「そんな……でも……そうならないように、中身をがらんどうにしたはず!」

「何故がらんどうの物体が付喪神化したかは知らない。だが、暴れている理由はわかる。あいつは『正義の味方』をモチーフとして作ったのだろう?」

「……」

「そう作っていなかったとしても、あるものは正義の味方として見ていたのかもしれない。ものは人の想いを時に人以上に汲み取る。それが、非想天則が暴れていた理由さ」

 

 なおも暴れる非想天則。

 その金属の軋む音は、非想天則の存在意義があげる悲鳴なのか。

 

 だが、しかし。

 このまま放置なぞ、できるはずがない。

 非想天則の心を癒す手立ても、ない。

 結局のところ、破壊しかない。

 

 誰もがそう思った時。

 

「カービィ! あたいが来たぞ!」

 

 何処からか馬鹿妖精の底抜けに明るい声が聞こえて来た。



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あしたはあしたのかぜがふく

昨日投稿しようとしたらデータが消えてしまいました……そんなわけで今日は昨日上げる予定だったものも上げています。
これは本日二話目ですので、まずは前のものからどうぞ。


 声の主は氷の妖精、チルノであった。

 一切空気を読まずにこちらへと飛んでくる。

 しかも、後ろに大妖精を引き連れながら。

 

「チルノ? あんたこんな時に何やってんのよ!」

「え? 何って、だいだらぼっちを手下にしに来たのだ!」

「チルノさん、あなた此の期に及んでまだそんなこと言ってたんですか?」

「ほら、怒られちゃうよ!」

「うるさいやい! あたいは絶対だいだらぼっちを手下にするんだ!」

 

 そして盛大に騒ぎ出す始末。

 ちょっと手に負えない状態だ。

 

「手下にするって、お前……今の非想天則は相当やばいぞ? 剣で斬りつけるわ、蒸気を出すわ、常に高熱だわ……」

 

 萃香が呆れたように、一応説得を試みる。

 

「そんなの怖くないもん! 熱いなら氷で冷やせば良いんだもん!」

「無茶だよチルノちゃん……」

 

 しかしやはりというべきか、チルノには聞く耳がなかった。

 

 だが、行き詰まった時、時にあり得ないきっかけが鍵となり、光明が見えてくることもある。

 今この時が、まさにそれであった。

 

「……冷やす、か……行ける……のか?」

「どうした、にとり?」

「いや、もしや……いける、いけるぞ!」

「おい、どうしたんだにとり!」

 

 突如独り言を呟きだしたにとり。

 魔理沙の心配をよそに、にとりはチルノに頼み込んだ。

 

「なぁ、チルノ。あの非想天則にその冷気をぶち当てることはできるかい!?」

「えー? さっきやったけど全然だよ?」

「う、火力……いや冷却力不足か……」

「なぁ、さっきからどうしたんだよ」

 

 ある程度落ち着いたにとりは、ようやく魔理沙の質問に答える余裕ができる。

 

「……蒸気を発生させるには、まず水を沸騰させなくてはならない。これはわかると思う」

「ああ、わかるぞそのくらい」

「そして蒸気はその時体積を膨張させる。これを利用して非想天則を動かしているんだ」

「一般的な蒸気機関ですね。……ってことは!?」

「ああ。蒸気を冷却されればまた水に戻る。体積も元に戻る。体積は縮小する。そしてもう沸騰しないよう冷却し続ければ……」

「動きは止まる、か……」

「でもチルノの冷却力じゃ……いや、チルノでも相当だが、相手が相当でかいからな……」

「良い案だと思ったんだが……」

 

 提案された案は、残念ながら暗礁に乗り上げる。

 しかし、それに反応した者がいた。

 

「……興味深い。私に作戦がある。皆、協力してくれないか? なに、簡単なことだ。協力して非想天則を転倒させれば良い。チルノ殿は氷を提供してくれれば良い。ただそれだけだ」

 

 

●○●○●

 

 

 非想天則は進撃を続ける。

 満たされない正義感へのフラストレーションをぶつけるかのように。

 

 と、その時。

 踏み出した足に何かが絡みついた。

 突然のことに、非想天則はなすすべなく転倒する。

 

 しかし、転倒したからどうだというのだ。

 転倒したなら、また起き上がれば良い。

 人でも行う、ごくごく普通の反応。

 

 だが、それは叶わなかった。

 何者かが馬乗りになり、押さえつけていたのだ。

 

「ああもう何度も何度もこんな熱いヤツを押さえつけなきゃいけないのさ!」

「我慢しなさい! あんた鬼でしょ!」

「鬼使いが荒い巫女だな、本当」

 

 押さえつけていたのは、またまた巨大化した萃香。

 当然、非想天則は起き上がろうとする。

 しかし、その腕を輝く縄が拘束する。

 そう、またも巫女二人の連携。

 引きちぎった側から次々に拘束してゆく。

 そして足も神奈子と諏訪子が抑えてゆく。

 

「いまだ、カービィ!」

 

 上空から監視していたメタナイトが指示を出す。

 

 そして現れたのは、青い球体。

 しかしカラーリングは変わっても、それは確かにロボボであった。

 ただ、その腕はまるで送風機のようなものに変わっていた。

 

 ロボボのスキャニング機能。

 最初に日傘を取り込んだのもこの機能。

 カービィのコピー能力をそのままロボボに落とし込むことができるのだ。

 そして、今ロボボがコピーしているのは、チルノが作り上げた氷。

 つまり、今は凄まじい冷却能力を持っている。

 ただし、この形態のロボボは飛行することができない。

 だからこそ、非想天則を転倒させる必要があったのだ。

 

 カービィは腰のバルブに取り付く。

 そしてバルブを解放し、蒸気をものともせず、バルブそのものを引きちぎった。

 そのまま開いた大穴にロボボの送風機のような腕を突っ込む。

 

 そして、能力は発動する。

 

 放出される、凄まじい冷気。

 自らの体積よりもはるかに多い水を瞬時に凍らせるほどの冷気。

 その冷気が、非想天則を内側から冷やしてゆく。

 

 目に見えて動きが緩慢になってゆく非想天則。

 冷却するカービィの横では、にとりが圧力を計算していた。

 何かの目盛りを見ていたにとりが、顔を上げる。

 

「……そろそろだ。みんな、退避!」

 

 その号令下、冷却していたカービィも、にとりも、萃香も、霊夢も、早苗も、神奈子も、諏訪子も、その場から一斉に離れる。

 拘束から脱したというのに、非想天則は立ち上がらない。

 まともに腕も動かない。

 そんな非想天則に対し、上から無慈悲な声が響く。

 

「『マスタースパーク』!」

 

 発射された極太の光線は、非想天則の胸部を撃ち抜いた。

 貫通こそはしない。

 だが、蒸気を貯めるタンクに致命的な大穴を開けた。

 そしてそこから、いまだ冷やし切れていなかった蒸気が漏れ出す。

 やがて、非想天則の動きは完全に停止した。

 

 

●○●○●

 

 

 その後、非想天則は解体された。

 各部品は異様な金属によるコーティングがなされており、これが内部からの圧力に耐えていたものだと思われる。

 

 そして、なぜ非想天則が付喪神化したのかも、解体によって判明した。

 その頭部の空洞には、早苗曰く『スーパーコンピュータ』という機械仕掛けの頭脳と、それらに守られるようにして青色のスターロッドが発見されたのだ。

 おそらく、スターロッドがなんらかの方法により非想天則の中に入り込み、非想天則の物としての願いを汲み取り、スーパーコンピュータを出現させ、特殊なコーティングを行い、動かしたのだと思われる。

 結果、カービィの手元には合計五つのスターロッドが回収されることとなり、同時にスターロッドの異常性も再認識された。

 そして出来上がったロボボもカービィ、そして保護者役の魔理沙が管理することとなった。

 

 これで完全に非想天則による暴走異変は解決したのだが、ここに補遺を記載しようと思う。

 

 解体後、スターロッドを取り外された頭部の前にいつの間にかロボボが佇んでいた。

 ロボボはその目を規則的に点滅させていた。

 その点滅に、非想天則は確かに感知していた。

 そう、非想天則のスーパーコンピュータはこの時点で生きていたのだ。

 そのメインカメラでロボボからの信号を受け取り終えると同時に、非想天則のスーパーコンピュータは完全に停止した。

 

 非想天則は、なぜ機能を停止したのだろう。

 ロボボは、何を送ったのだろう。

 両者の共通点は、スターロッドによって生み出された機械であるということ。

 両者とも、正義のために力を振るう存在であること。

 ロボボは非想天則に対して何かの思うことがあったのかもしれない。

 その送ったメッセージは、非想天則の心を癒したのかもしれない。

 

 ただ、答えは誰も知らない。

 答えは、冷たい体の中の、0と1の精神の中にあるのだろう。

 

 

●○●○●

 

 

 カタカタという硬質な音が鳴り響く。

 ここまで音が反響しているのは、この部屋が金属でできているからだろう。

 薄青の金属は、よくよく見ると走査線がはいっており、それ自体機械であることがわかる。

 

 その硬質な音の正体はキーボード。

 その正面には巨大なスクリーンがあった。

 そこに映し出されるのは、やや荒い映像。

 それは、紛れもなくメタナイトであった。

 

「……というわけだ。しばらくしたらまた輸送を頼むと思う」

「わかったヨォ。手配しておくネ」

「では、よろしく頼む」

 

 そのまま通信は切れる。

 

 スクリーンに向かっていたものは伸びらしきものをすると、『残業』に取り掛かる。

 先ほどメタナイトが言っていたことではない。

 メタナイトにも教えていない、ある作業。

 知られれば、その効力は減少してしまうかもしれない。

 だからこそ、メタナイトにも教えていない。

 

 その人物は、隠されたフォルダを取り出す。

 それと同時に、この部屋……いや、船といったほうが正しいだろう。それが持つ異空間ロードを作り上げる機能を立ち上げる。

 フォルダには、いくつかの年代がタイトルに書かれている。

 

 異空間ロードは離れた空間と空間をつなぐ。

 だが、繋ぐのはそれだけではない。

 離れた時間と時間を繋ぐことも、可能だ。

 

 だから、その人物は、時間と時間を隔て、あるものを観測し、交渉している。

 幸い、テーマパークと万屋稼業で貯めた資金はある。

 相手の要求には、ある程度答えられるはずだ。

 

 その人物は、今日も観測と交渉を続ける。



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幕間のカービィ
ピンクボール 〜 少女密室


お遊びの日常回です。


「うぃ、うぃ!」

「楽しそうだな、カービィ」

 

 箒に跨り、空をかけるのは魔理沙。

 その箒の柄の先には、風呂敷に包まれぶら下がっているカービィがいた。

 自分もドラグーンやホバリングで飛べるのにもかかわらず、大はしゃぎしている。

 

 二人はちょっとしたお出かけをしている。

 向かうは紅い吸血鬼の館……紅魔館である。

 正確には、紅魔館のある施設が目的だ。

 

「お、見えた見えた」

 

 そして霧の湖を超えた先には、いつものように紅魔館が鎮座していた。

 門番の美鈴はいるが、あろうことか門の前で居眠りしている。

 

「よし、カービィ、衝撃に備えろよ!」

 

 そして魔理沙はカービィを柄の先から外し、自分の小脇に抱える。

 そのまま敷地へ急降下した。

 

 何度も侵入しているので、目的地への最短ルートも頭に入っている。

 速度を緩めず、ドアを蹴破りながら突き進む。

 そして、一際大きなドアを蹴破り、カービィを床におろし、声を張り上げた。

 

「よう、パチュリー! いるんだろう!」

 

 魔理沙の張りのある大声。

 返ってきたのは、魔理沙の声と比べると弱々しいものだった。

 

「いつもここにいるわよ、全く……」

「おお、いたいた。いつも本に埋もれているからわからんかったぜ」

 

 その声のする先。

 そこには大量の本に埋もれるようにして、なにやら紫っぽいものが動いていた。

 

 いや、そこだけではない。

 人の背丈の数倍の高さはある巨大な本棚があちこちに並び、そこには隙間なく本が並べられている。

 そしてその光景がどこまでも続いている。

 ここにある本の総数は一体どれほどのものになっているのだろうか。

 

 魔理沙は躊躇わず、本に埋もれる者の近くへと寄る。

 そして身を乗り出し、その者の顔を覗き込んだ。

 

「よっ、パチュリー。いつものように顔色悪いな」

「余計なお世話よ」

 

 その者、パチュリーと呼ばれる者は、薄紫色のネグリジェらしきものを着ていた。そして頭には三日月のアクセサリをつけたドアノブカバーのようなモブキャップを被り、そこから紫色の長髪が垂れている。その顔色はお世辞にも良いとは言えないが、それが平時なので問題ない。

 彼女こそ、紅魔館内部にあるこの図書館の主人であり、種族としての魔女であるパチュリー・ノーレッジである。

 

 その顔は、あまり魔理沙を歓迎しているようには見えなかった。

 

「またどさくさに紛れて魔導書を盗りに来たのね?」

「おいおい人聞き悪いなぁ。借りているだけだろう?」

「で、その期限は?」

「私が死ぬまでだ」

「そんなの倫理的に許されるはず無いでしょう」

「いいだろう別に。人間の一生なんて妖怪とかの人外にとっちゃ一瞬みたいなもんだ。人外は日々惰性に生きているからな」

「私は日々惰性に生きていないから。それに時々必要なものも盗んでいくからタチが悪い」

「お前は日々惰性に生きている方だと思うんだがな」

 

 なかなかの詭弁を繰り出す魔理沙に呆れ果てるパチュリー。

 と、ここでようやく魔理沙が小脇に抱えるものに気がついた。

 

「……あら、それは何時ぞやのピンクボールじゃない」

「ん? ああカービィのことか」

 

 自分の名前が呼ばれたことに気がついたカービィは風呂敷からひょっこり顔を出す。

 そして小さな手を目一杯挙げ「はぁい!」とお決まりの挨拶をする。

 その突然の挨拶に戸惑って正常な判断が出来なくなったのか、パチュリーはたじろぎながら小さく手を挙げ「は、はい……」と返した。

 

「……ぷふっ」

「な、何よ」

 

 自分でも柄にでもないことをしたことに自覚があるのだろう。

 顔色の悪いパチュリーの顔が若干赤らんだ。

 それを隠そうと平静を装いつつも全く隠せてない事が、さらに魔理沙の笑いを呼ぶ。

 

「ま、まぁそんな事はどうでもいいわ。それにしても、カービィねぇ……」

「なんだ、興味あるのか?」

「ぽょ?」

「そうね。そんなところかしら」

「へぇ、どんなところだ? ま、可愛いしなぁ」

「……いや、そうじゃなくて……あの時、フランが暴れた時、カービィはフランの姿形を真似、能力を真似ていた。……その能力に興味があるの」

「ああ、そっちか。まぁお前らしいな」

 

 パチュリーの興味はカービィの能力に向いていた。

 パチュリーはこの紅魔館において頭脳の役割を果たしている。

 その役割を果たしているだけあって、知的好奇心は旺盛である。

 だからこそ、カービィの特異な能力についてこの際調べたいと思っていたのだろう。

 

 しかし智の求道者としては申し分ない性質のパチュリーのひとつ残念な点がある。

 それは、極端な出不精な点であろう。

 外へ出て見識を深めれば、更にその知識は深みを増していたかもしれない。

 本の知識だけでは、足りない部分も多いというのに。

 

 ……いや、それもパチュリーは分かっているのかもしれない。

 もしパチュリーが本の知識のみで満足するような魔女であったならば、目の前に興味の対象であるカービィが現れた時、今のような貪欲な目にはならなかったであろう。

 

 知的好奇心に刺激されたパチュリーは、小悪魔に命じて大量の実験器具、さらには大量の日用品までも持ち出した。

 

「パチュリー様、こんな感じでいいですか?」

「問題ないわ」

「それにしても可愛いですねぇ、これ」

「はぁい!」

「はぁい! なんちゃって」

 

 長い赤髪に蝙蝠の羽のようなものを頭から生やした小悪魔はカービィとノリノリの挨拶を交わす。

 それをパチュリーは何か言いたげな目で見つつも、すぐに視線を逸らし、ものを漁る。

 そして、あるものを取り出した。

 

「……これとかいいわね。カービィ、これの性質を真似できるかしら?」

 

 パチュリーが取り出したのは、何かよくわからない小鳥の剥製。

 しかし相当痛んでおり、もう廃棄寸前といった感じだ。

 果たして、フランの時のように性質を真似できるのだろうか。

 そう期待しつつ、パチュリーは剥製をカービィへ渡す。

 するとカービィは、それを目の前で飲み込んだ。

 驚く間も与えず、カービィの体は光り輝き、そして次の瞬間には色鮮やかな鳥の羽根を纏った姿に変わっていた。

 そしておもむろに手をばたつかせると、それに連動して羽根が一斉にはためき、飛翔した。

 ホバリングとは違う飛び方だ。

 

「ふぅん、鳥を食べると飛べるようになるのかしら」

「あれ、うちでは普通に鶏肉を食べているけど、こんなになったりしないぞ?」

「……調理したからダメなのか、羽根がないからダメなのか、はたまたカービィの意思で能力が発現するのか……ああ、ちょうどいいものがあるわね」

 

 次に取り出したのは、水の入った水差し。

 今度はそれをカービィに渡す。

 

「次はその中の水の性質を真似して見て頂戴。……魔理沙、カービィは普通に水を飲むわよね?」

「ああ、飲むな」

 

 魔理沙に確認を取っている間に、カービィはいつの間にかいつもの姿に戻る。

 そして、躊躇いなく水を飲み込んだ。

 すると、また光が集まり、こんどは頭を囲う金属の輪と、頭の上にまるで水の注がれた見えないコップを乗せたかのような、そんな姿のカービィが現れた。

 

「おお、まじか。こんな姿は初めてだぜ」

「……決まりね。カービィは自分の意思によって摂食したものの性質を真似ることができる……小悪魔を食べさせたらカービィも小悪魔になるのかしら」

「パチュリー様、冗談ですよね?」

「今後の働き次第ね」

 

 目に見えて小悪魔の血の気が引いているのがわかる。

 しかしそんなことは気にすることなく、パチュリーは次のものを取り出す。

 

「……風邪薬と胃腸薬か……まずは風邪薬を真似て見て」

 

 パチュリーが渡したのは風邪薬。

 それを飲み込んだカービィは、白衣とメガネをかけた医者のような姿になる。

 そして次に渡したのは胃腸薬。

 すると、さっきと同じ医者のような姿に変わった。

 

「なるほど、風邪薬と胃腸薬の差はないのね。……なら毒はどうなのかしら」

「おいおい、そんなもの飲ませるのか……」

「大丈夫よ。笑いが止まらなくなるだけの即効性毒で致死性はないし、いざとなればふりかけるだけで効果を発揮する万能解毒薬もあるから。さ、性質を真似て頂戴」

 

 そしてカービィにフラスコごと毒を渡す。

 するとこんどは頭から毒々しい液体をポコポコと吹き出す、なんとも毒々しい姿になった。

 

「……毒の効果は出てないわね。能力に使用すると無効化されるのか、そもそもカービィに毒は効かないのか……」

「多分、想像するに毒を操れるようになったんだよな?」

「うい!」

「とすると、操る毒はさっきの非致死性の毒かしら。それとも全く別のものなのかしら。……カービィ」

「ぽよ?」

「小悪魔に毒を盛ってみて」

「えっ、ちょっ、パチュリー様……ぐぎゃああァァァァァ!!」

 

 パチュリーの無慈悲な命令により、カービィの口から吐き出された毒々しいスモッグが小悪魔を覆う。

 瞬間凄まじい悲鳴とともにのたうつ小悪魔。

 すかさずパチュリーが解毒薬を振りかけ、大事には至らなかったが、小悪魔は未だに泡を吹いて痙攣している。

 

「うわぁ……」

「……別物に変化するみたいね……次行きましょ次」

 

 流石に自分のやらかしたことに罪悪感が芽生えたのだろう。パチュリーは小悪魔からそっと目を逸らしつつ話を進める。

 

「次は……短剣ね」

「飲み込んだら剣の使い手になりそうだな」

「もしかしたら金属を操れるようになるのかもしれないわよ? カービィ、真似てみて」

 

 同じようにカービィは短剣を飲み込む。

 すると、こんどは緑の三角帽子を被り、剣を持った姿で現れた。

 

「どうやら私が正解みたいだな」

「そのようね。……ちょっと剣を振るってみて頂戴」

 

 パチュリーの指示通り、カービィは剣を振るう。

 その速度は、近接戦闘に秀でていない二人からすればもはや見えない斬撃のレベルであった。

 最早剣が複数に分裂しているようにすら見える。

 

「格闘についてはよく知らないけど、普段のノーマルな姿の時とは全く動きのキレが違うわね」

「だな。間違いなく。戦闘の時のカービィの動きのキレは凄いからな。キレッキレだぞ」

「へぇ、こんどは落ち着いて戦闘の様子も見てみたいわね。さて、次は……これとかいいかもしれないわね」

「お、なんだなんだ」

 

 取り出したのは、古びたメガホン。

 しかし魔理沙には、そのメガホンには何か色々と魔術的な仕掛けがなされていることに気がついた。

 

「なんだそれ?」

「魔法付与でより拡声できるようにした拡声機よ。離れた小悪魔を呼ぶ時に使うの」

「自分で動けばいいじゃないか。っていうか、それ喰わせていいのか?」

「これは古い旧式のやつで、今使っているのは別のものだからいいのよ。さ、カービィ、真似て頂戴」

 

 

●○●○●

 

 

 パチュリーの私的な研究記録:『カービィ』の記事より一部抜粋

 

 ……よって、カービィは摂食したものを自らの意思で性質を読み取り、それを身体に反映させる能力があることが判明した。

 これを『コピー能力』と仮称し、読み取りの行為を『コピー』と仮称することにする。

 その能力のバリエーションは一定の『型』があるらしく、その種類、性質もまた興味深い。

 機会があり次第、調査し、記載してゆく。

 

追記

 

絶対に拡声機をコピーさせてはならない



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ピンクボールの人形師

テポドン? いいえペポドンです。


 魔法の森の、少しばかり奥まったところ。

 そこには、幻想郷には似つかわしくない建物が建っていた。

 幻想郷は日本の古い村のような景観が特徴であるが、この建物は違う。

 白い外壁、ガラス窓、煙突……それは西洋の建築様式で建てられた一軒家であった。

 幻想郷になぜこのような場違いなものがあるのか。

 その理由はいたって単純である。そこに住まう者の趣味だ。

 

 その家はいつもは静かなのだが、今日は中から騒がしい声が聞こえてくる。

 

「ってなわけで、研究の手伝いよろしくな、アリス」

「……よろしく」

「まさか紅魔館の魔女が出張ってくるとは驚きね」

 

 その家の広い書斎、もしくは研究室らしき場所に、見慣れた少女二人と見慣れた桃色玉一人、そして見慣れない少女が一人、椅子に座っていた。

 見慣れた少女二人とは、魔理沙とパチュリー。見慣れた桃色玉とは、当然カービィ。そして見慣れない少女こそ、魔理沙に名前を呼ばれ、この場所を三人に提供したアリスという少女である。

 ボブカットにされた金髪にカチューシャを乗せ、青いワンピースを着た、まるで中世の中流階級の娘のような格好をしており、まるで人形のようだ。

 そしてその周囲には、同じような格好をした人形がなんの支えもなく浮いている。

 彼女こそ、アリス・マーガトロイド。

 彼女もまた、パチュリーと同じ種族としての魔女である。

 

 気難しい性格ではあるが、それでも二人にこの場所を提供したのは生来の優しさと、やはり魔女としての知的好奇心なのだろう。

 なにせ、いきなり二人が押しかけてきたと思ったら「カービィの研究をさせてほしい」と言って未知の生命体を見せてきたのだ。そりゃ好奇心も刺激される。

 そんな訳でアリスは渋りながらもこの場所を提供したのだ。

 

 だが、いくつか気になる点がある。

 

「……なんで怪我しているわけ?」

 

 魔理沙とパチュリーの姿はちょっと痛ましいほどだった。

 あちこちに貼られた絆創膏。ところどころ見える包帯。至る所にある打ち身。

 肉弾戦の得意でないはずの二人が、まるで乱闘でもしたかのような有様。

 それを聞いた途端、魔理沙の目が泳ぐ。

 

「あ、ああ。簡単に言えば実験……いや調査事故? みたいな」

 

 よく見れば、パチュリーの目は焦点が合っていない。

 何やら触れてはいけないものに触れてしまったようだ。

 

「そ、そうなの。分かったわ。あと、なんでうち? 紅魔館の方が設備いいんじゃないの?」

「……今工事中よ。事故で」

「あ……御愁傷様」

 

 やっぱり触れてはいけないことのようだ。

 早く研究内容について触れた方が良さそうだ。

 

「で、カービィって言ったわよね? この子の何を調べようとしているのかしら? 解剖?」

「ぽよっ!?」

「おいおい、冗談はよしてくれ。私の同居人だぞ?」

「あら、そうなの。まさか魔理沙と同居しているとは思わなかった。てっきりそこらから捕まえてきたのかと」

「そんなわけないだろう。カービィは子供っぽいが、頭はいいぞ」

 

 確かに、よくよく観察して見れば若干子供っぽい行動はあるが、知性は感じさせる。

 

「調べるのは、こいつの『コピー能力』だ」

「コピー? どういうこと?」

「みたら早い。そうだな……カービィ、この葉っぱをコピーしてくれ」

「ぽよ!」

 

 カービィに渡したのは、なんの変哲も無い単なる葉っぱ。それを吸い込み、飲み込む。

 するとカービィの体は輝き、その光が収まった時には葉っぱを被ったような姿に変わっていた。

 

「これは……確かに不思議ね」

「だろ? 他にもいろいろあるらしいんだが、種類にきりがなくてな。とにかく無茶苦茶バリエーションがある」

「それを調べたいってことね。……例えば何を食べさせたの?」

「いろいろだな。鳥とか水とか薬とか毒とか剣とか」

「……食べて平気なの?」

「これが平気なんだな。前は車輪とか爆弾とかも食べていたな」

「……むしろこの子の胃袋の方が謎だわ」

「はは、確かに。平気で体積以上食べるしな」

「とすると、もう使わない古い道具とかもコピーの対象なのかしら。ちょっと待ってて」

 

 アリスは席を離れ、何処かへと行く。

 そして戻ってきた時には、その手には木箱を抱えていた。

 その中には様々なガラクタが入っている。

 

「このゴミもコピーの対象なのかしら」

「ついでにゴミ捨てしようとしてないよな?」

「まぁ、ゴミだろうとなんだろうと、カービィは遠慮なく食べるみたいなんだけどね」

「……ほんとにこの子の体どうなってんの?」

「ぽよ?」

 

 ガサゴソと木箱の中をまさぐり、アリスはあるものを取り出した。

 それは、メガホンだった。

 

「これもいけるのかしら?」

「「やめろ」」

「アッハイ」

 

 なぜかメガホンを取り出した瞬間、二人から凄まじい殺気を感じた。

 衝動的にメガホンを窓の外へ投げ捨て、気を取り直してもう一度別のものを取り出す。

 取り出したのは、古びた鏡。

 

「例えば、こんなものでもいいの?」

「多分ね」

「やってみないと何が出るかはわからない」

「それじゃあ……」

 

 カービィは鏡を飲み込む。

 すると淡い赤と緑の道化のような帽子を被り、ステッキを持ったカービィが現れる。

 

「鏡を飲んで、ピエロが出てきた?」

「道化師……か」

「……パントマイムじゃないの?」

「そうなのか? カービィ、その状態で何ができる?」

「ぽよっ!」

 

 いまいち姿からは何ができるのかわからないため、カービィに答えを教えてもらう。

 するとカービィは周りに虹色のバリアを張ったのだ。

 すると、ピンときたパチュリーが魔理沙に提案する。

 

「魔理沙、そのバリアに何かぶつけてみて」

「え? ああ」

 

 質問の意図がわからず、魔理沙はとりあえず小箱の中のボールを投げ、ぶつけた。

 するとボールはバリアに当たった途端、運動エネルギーはそのままに、向きを全く逆にして飛び出した。

 当然、魔理沙の顔面にクリーンヒットする。

 

「痛っ!」

「ふむ……鏡を飲むと、攻撃を反射するバリアを張れるようになるのね」

「へぇ、確かに面白いわね」

「パチュリー、お前わかっててやらせたろ!」

「さ、次いきましょ」

「おい!」

 

 魔理沙の抗議を見事に無視すると、次にアリスが取り出したのは小物入れだった。

 

「それにしても、無機物をなんとも思わず食べるのね……」

「やっぱりカービィの胃の仕組みの方が気になるわ」

「宇宙と繋がっていたりするかもな」

「そんなバカな」

 

 アリスは使わなくなった小物入れを渡してみる。

 やはりカービィは何も躊躇わず飲み込み、体が光に包まれ……ない。

 

「……あれ?」

「……どうしたの?」

「……反応ないわね」

「ぷぃ?」

 

 なぜか、何も起こらない。

 今までなかった現象に、戸惑いを隠せない。

 

「もしや……そもそもこれはコピーできないのか?」

「うぃ」

「そうか……コピーにはある程度決まった型があった。だから、もしかしたらその小物入れはそのコピーの型に当てはまらないものかもしれない」

「ハズレ、ってこと?」

「あるいはスカか」

 

 コピー不可という今までなかった事象。

 しかし、これは知らなかったことを知ることができたという意味では、大きな一歩である。

 だがコピーできなくても平気で飲み込めるようだ。

 どつやらコピーの可不可と摂食の可不可は全く別らしい。

 

「じゃあこっちはどうなのかしら?」

 

 取り出したのは、人形が持っている槍。

 

「そういえば剣を飲んだら剣の使い手になったな」

「ということは槍の使い手になるのかしら」

 

 結果として、魔法使い三人の予想はあっていた。

 出てきたのは、金色の金属を額に当て、槍を持ったカービィ。

 見事な槍さばきを見せてくれる。

 

「おお、予想通りだ」

「飲み込んでその性質をコピーするものと、それの使い手になる二種類があるみたいね……」

「なるほどね……じゃあこれは?」

 

 続いて取り出したのは、ロケット花火。

 どうやら河童製のようだ。

 

「ロケット花火の使い手? 想像もつかんな」

「花火師かもよ」

「やってみたが早いわね」

 

 カービィはやはり何も躊躇わずにロケット花火を飲み込む。

 すると出てきたのは……桃色の、つるりとしたヘルメットのような帽子をかぶったカービィ。

 予想外の姿に、三人とも言葉に困る。

 

「……え、なんだこれ」

「……さぁ」

「……えーっと、カービィ、なにができるの?」

「うぃ!」

 

 アリスの提案に、カービィは笑顔で答える。

 するとカービィはその姿を……流線型の物体に変えた。

 

「……あ」

「……やば」

「え、ちょ、どうしたの二人とも!?」

 

 そしてその姿を見た瞬間、魔理沙とパチュリーが席を立って扉へと駆け出した。

 

 だが、全ては遅かった。

 

 だがそれよりも、カービィが変化した流線型の物体は火を噴き打ち上がった。

 そして、天井にぶち当たった。

 

 

●○●○●

 

 

 文々。新聞・七月二十日、二ページ目にて。

 記事の一部を抜粋。

 

 七月十九日夕刻頃、魔法の森の一角で爆発事故が発生した。

 事故発生場所は魔法の森に居を構えるアリス・マーガトロイド氏の書斎。

 偶然付近で爆発音を聞いた博麗霊夢氏により、現場から傷だらけのアリス・マーガトロイド氏、霧雨魔理沙氏、パチュリー・ノーレッジ氏が発見された。

 特にマーガトロイド氏は至近距離で爆発を受けたらしく、重傷であったが、命に別状はないという。

 現在は永遠亭にて療養中とのこと。

 

 インタビューに対しマーガトロイド氏は「ロケット花火なんか飲ませるんじゃなかった……」と発言しており、花火による爆発事故と思われる。

 

 室内での花火は大変危険なため、絶対にしてはならない。




爆発オチなんてサイテー!


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プレインピンクボール

幕間はこれで最後なのです


 迷いの竹林の、何処かにあるという永遠亭。

 そこには凄腕の医者がいると言われ、格安で薬を処方してくれるという。

 そしてその医者こそ、ある日偽の月の異変にて出会った元月の住人の蓬莱人、八意永琳である。

 

 その凄腕の医者たる永琳は病室に居座る三人の魔法使いに呆れを多分に含んだ目を向けていた。

 

「で、そのカービィの能力を色々調べていたら、カービィがミサイルみたいな形に変わって打ち上がり、天井に衝突、爆発、と」

「そういうことだ」

「本当、予想ができなくて参っちゃうわね」

「他人事みたいにいうなっ! おかげで書斎が全壊よ! 私もこんな状態になったし!」

 

 そこにいるのはやはり傷だらけの魔理沙とパチュリーとアリス。

 特にアリスは着弾地点に近かっただけあって、紅魔館で怪我をした魔理沙とパチュリーと同じくらいの傷を負っていた。

 

「はぁ、全く……それでこの子が問題のカービィね」

「うぃ!」

 

 呆れた永琳は怪我している魔理沙に寄り添っていたカービィに目を向ける。

 純真な顔をしているが、大体の元凶はこのカービィである。

 見た目にそぐわぬ力を持つ一頭身。そんな存在に永琳は見覚えがあった。

 

「メタナイトと似ているわね」

「ん? なぜお前が知っているんだ?」

「時々来るのよ。ちょっとした相談に」

「……なんの話をしているの?」

「ああ、パチュリーとアリスは知らなかったか。メタナイトっていうのはカービィみたいな一頭身で、体が青くて仮面を被ってマントや羽やらが生えている騎士みたいなやつだ」

「ごちゃごちゃしているわね」

 

 しかし、不思議なのは命蓮寺にいるはずのメタナイトがなぜ永遠亭に来ているのか、ということだ。

 

「一体、メタナイトは何しにここに来ているんだ?」

「ちょっとした相談よ。そう言ったじゃない」

「その内容は?」

「それは言えないわね。個人情報だもの。他人に教えるようじゃあ信用が落ちるわ」

「固いなぁ」

「医者はそういうものよ」

 

 冗談じみた会話を交えつつ、魔理沙は永琳に提案する。

 

「そうだ。一緒にカービィ研究やろうぜ?」

「断るわ」

「なんでだよ」

「紅魔館の図書室や書斎を吹き飛ばしたような実験なんて進んでしたくないわよ。ここを吹き飛ばされるのなんてごめんよ」

「っていうか魔理沙、またやる気!?」

「え、やらないのか?」

「……やるなら屋外ね」

「パチュリー、結局あなたはやる気なのね……」

「今日退院させようかと思ったけど、延ばしたほうがいいのかしら?」

「おっと、それは勘弁。お代は後で払うぜ。それじゃ!」

「ぽよっ!?」

 

 魔理沙はそういうと、カービィを抱えて縁側から飛び出した。

 

「相変わらず落ち着きがないわね……」

「そう言いつつも追いかけるのね……」

「当然でしょ? 研究対象を持っていかれたんだから」

「やっぱり幻想郷にまともな奴はいないのね」

「今更何を言っているのやら」

 

 そんなことを言いながらも、魔理沙の後を追いかけるパチュリーとアリス。

 その様子を見て、永琳は額に手を置き、力無く首を振るのであった。

 

 

●○●○●

 

 

 魔法使い三人組は永遠亭から抜け出し、(主に魔理沙が)懲りずにカービィの能力研究をしようとしていた。

 がしかし、いきなり大きな壁にぶち当たっていた。

 

「屋外で研究しようというのは賛成よ。また部屋を吹き飛ばされたら困るし」

「うちの図書館が吹き飛ばされるのも遠慮したいしね。でも……」

「「道具がないのにどうやってやるのよ」」

 

 今現在いるのは迷いの竹林のど真ん中。

 当然カービィに吸わせるものも数える程だし、そもそも筆記用具も記録用紙すらない。

 魔理沙の考えなしな行動には魔女二人も呆れるしかない。

 

「それはまぁ、アレだ。家を探して協力して貰えればいい」

「迷いの竹林に家なんてあったかしら?」

「探せばあるだろ。別に妖怪の家でも必要なものが揃っているなら良いわけだし」

「そりゃそうだけど……」

「ほらほら! 考えている暇あったら足を動かす! 行くぞ!」

「ぽよ!」

 

 元気な魔理沙とカービィ。反対に意気消沈している魔女二人。

 絶対見つからんだろう。魔女二人はそう思っていた。

 

 ところがどっこい、十数分後。

 

「家あったぞ」

「なぜ見つかったし」

 

 確かにそこには竹林に紛れるようにして民家が建っていた。

 しかも、人がいる証拠に窯から煙が出ている。

 

「お邪魔するぞ!」

「うぃ!」

「あ、魔理沙!」

 

 アリスの引き止める声にも構わず魔理沙は民家に突撃し、引き戸を思い切り開ける。

 

「うわっ! なんだお前達!?」

 

 当然、中にいる住人は驚く事になる。

 しかも、その顔は見知った顔だった。

 

「あ、慧音か」

「あら、あなたの家だったの?」

 

 そこにいたのは上白沢慧音であった。

 青と白の襟のあるワンピースのようなものを来て、学帽のようにも見えなくはない角ばった帽子を頭に乗せた、水色の髪の女性。

 しかし正体は、中国の妖怪『白沢』の血が流れた半妖怪である。

 元が人間であったためか、非常に人間に友好的な人物である。

 

「お前達、挨拶もなしに人の家に上がりこむとは何事だ!」

 

 そして教師気質なために、若干説教臭い。

 地獄の閻魔様ほどではないにしろ、苦手な人も多いタイプである。

 しかしそんな説教も馬耳東風なのが幻想郷の住人。怒る慧音を受け流して自分たちの要求を通そうとする。

 

「悪い悪い。ちょっとカービィの研究に手伝って欲しいんだよ」

「ああ!? ……なんだこれは」

「カービィ、カービィ!」

「お、おう。私は上白沢慧音だ」

 

 カービィの無邪気な自己紹介に慧音は鼻白みながらも返す。ついでに怒りも急速に鎮火しつつあった。

 

「……で、なんだ、研究?」

「ああそうだ。こいつには不思議な能力があってだな。それを調べたいんだ」

「相変わらず魔女の考えることはわからん。後私は手伝わんぞ」

「え、なんでだ?」

「そりゃあお前……お前達のその姿を見たらなんとなくわかる」

 

 魔理沙達は自分の姿を見る。

 ボロッボロだ。傷だらけ包帯だらけ湿布だらけ。

 研究参加者三人ともこの姿なら、誰でも何かあった事に勘付くだろう。

 

「ええ……じゃあ物とか場所借りるだけでも……」

「だいぶ離れたところでやってくれ。あと物って何がいるんだ?」

「要らないガラクタとかだな」

「要らないガラクタ? うちは壊れたものは修繕して使うからゴミは出ないぞ」

「うぅむ……ならそのお玉は?」

 

 魔理沙の指差す先には、土間に転がっていたお玉があった。

 その柄はポッキリと折れており、使えそうにない。

 しかし慧音は首を振る。

 

「これも後で直すさ……っておい! 話を聞いていたのか!?」

 

 しかし魔理沙はお構いなくそのお玉を持って行く。

 

「いいじゃないか。そろそろ替え時だぜ。あまり長くものを持ってると付喪神化するぜ?」

「その時は調服すればいいだろう!」

「まあまあ。多分も面白いものが見られるって! ほらカービィ、コピーだ!」

「うぃ!」

 

 ちゃんと慧音の家から十分距離を取り、カービィにお玉を投げ渡す。

 そしてカービィは空気ごと吸い込み、お玉を丸呑みする。

 

「お、おい、食ったぞこいつ……」

「こうやってものを食べるのものの性質を自身に反映させるんだ」

「なんとまあ面妖な……」

「調理器具を食べたということは……調理器具の使い手……つまりは料理人になるのかしら」

「ありえるわね」

 

 やがてカービィの体は光に包まれ、すぐさまその光は収まる。

 そして現れたのは、コック帽をかぶったカービィだった。

 

「ほら、やっぱり」

「いつの間に着替えを……」

「最初は驚くわよね……」

「それじゃカービィ、頼んだぞ」

「ぽよ!」

 

 魔理沙の指示とともに、カービィは何処からかフライパンとお玉を取り出す。

 そして背後から直径1メートルは下らない大きさを持つ大鍋が突如として出現する。

 カービィはそのまま、フライパンとお玉を「カンッカンッ」と打ち合わせた。

 その途端である。

 

 その大鍋に向かって、強力な引力が発生した。

 

「うぉおおお!?」

「な、なんじゃこりゃ!?」

「待って! 待って待って待って!」

「な、何この引力は!?」

「ま、魔理沙! 聞いてないぞ!」

「いや、私もお玉をコピーさせたのは初めてだから……」

「喧嘩やってる場合じゃないわよ! このままじゃ私たちが調理されるわよ!」

「紫もやし煮込みとか……勘弁」

 

 各々竹に捕まり耐えてはいるが、その竹にも引力が働いている。引き抜かれるのは時間の問題だった。

 と、その時。

 

「おーい、慧音、どこだ?」

「この声……妹紅!? き、来ちゃだめ!」

「ん? そこに居るのか?」

 

 ひょっこりと第三者が現れた。

 白いシャツに、赤いもんぺを履いた長い白髪の女性。

 彼女こそ藤原妹紅。背負子に薪をもって竹林から顔を覗かせたのだ。

 

 そしてその顔を覗かせた途端。

 

「何やってんぉおおおおおおお!?」

「もこぉおおおおおおお!?」

 

 効果範囲が厳密に決まっているのだろうか。足を取られ、あっという間に鍋に吸い込まれてしまった。

 そのままカービィは鍋をかき混ぜ、謎の調味料の瓶を振り、わずか数秒でその手を止める。

 そしてカービィが鍋から離れると、鍋からポン、とあるものが飛び出した。

 

 

 それは、カリッと揚がった唐揚げだった。

 

 

「もこぉおおおおおおお!?」

 

 慧音は妹紅であった唐揚げの前に伏し、悲痛な叫びをあげた。

 その嗚咽が竹林に木霊する中、三人の魔法使いはただ突っ立って見ている他何もできなかった。

 

 ちなみにその直後、妹紅は復活した。

 

 

●○●○●

 

 

 パチュリーの私的な研究記録:『カービィ』の記事より、冒頭部分抜粋。

 

 ◆カービィの能力の研究記録◆

 

カービィに関する研究の提案全てを拒否することに決定

 

 

 私は唐揚げの姿で生涯を終えたくない。







混じりだけのない殺意にまみれたピンクボール……(ボソッ)
本人は深く考えていない。


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弾幕アマノジャク:Persuasion
追跡と桃色玉


 カービィはただひたすらに追っていた。

 ドラグーンで空を駆け、果てを目指して。

 何を追っているのかは、自分でもわからない。

 

 曰く、幻想郷を破壊しようとした邪気。

 曰く、性格が何処までも捻くれた天邪鬼。

 曰く、ただ単に素直になれない小鬼の子。

 

 それは、誰からも嫌われたいように見えた。

 それは、誰からも好かれたいようにも見えた。

 それは、ただ自分が存在したいだけのようにも見えた。

 とにかくそれははっきりしなかった。

 

 ただハッキリしているのは、それが下剋上を狙って幻想郷を『ひっくり返そう』としたことだけ。

 

 この話は数週間前に遡る。

 

 ある時、自分の道具が付喪神化し勝手に動き出すという怪奇現象が起きた。

 不思議な事に、その時はその異常事態でも皆なんとも思わなかった。

 だが、普段おとなしい妖怪が暴走するという事態が起きてからようやく『異変』である事が判明した。

 それからの行動は早かった。霊夢は鬼気迫る勢いで神社を飛び出し、紅魔館のメイドもナイフを仕込んで飛び立ったという。

 

 その時、カービィは動かなかった。

 なぜならば、首謀者は『弱者の救済』を謳っていたから。

 だから、カービィは手を出しづらかったのだ。

 

 だが魔理沙は八卦炉を装備し、異変解決のために何日か家を空けた。

 その時こそカービィも心配した。がしかし、魔理沙は勝利宣言をしながら家へと帰ってきた。つまり、異変解決。

 その異変は、『打ち出の小槌』と呼ばれるアイテムを持つ小人を唆した天邪鬼によって引き起こされた異変だったそうだ。

 その天邪鬼は下剋上を狙っていたそうだ。

 

 皆がその天邪鬼を嫌っていた。

 皆が目の敵にしていた。

 愛すべき幻想郷を壊そうとした者だと。

 

 だがカービィはその天邪鬼に、何か感じるものがあった。

 

 なぜ、下剋上を狙ったのだろうか。

 なぜ、全てを敵に回してまで。

 何か抱えているものがあるのではないだろうか。

 

 そう、カービィが今までに打ち倒した者たちのように。

 

 もし、手遅れでないならば。

 もし、間に合うならば。

 

 そんな矢先に、ある御触れが出た。

 

『天邪鬼を捉えたものに褒美を与える』と。

 

 それを見た魔理沙はまたも家を飛び出した。

 カービィは留守番している間、迷った。

 しかし、後悔はしたくなかった。

 

 気づけば、カービィはドラグーンに乗っていたのだ。

 

 かの者を追わんと、カービィも家を飛び出したのだ。

 それが御触れが出されて7日目の事だった。

 すでに今日で8日目。一夜明けても尚カービィはドラグーンで駆ける。

 

 顔も知らぬ、誰かのために。

 

 

●○●○●

 

 

「あーばよっ!」

「ああっ! くっそ、逃げられたか……」

 

 ヒラリヒラリと反則アイテムを駆使し、鬼畜弾幕を避けるのはお尋ね者の鬼人正邪。

 赤と白のメッシュ入りの黒髪や白、赤、黒で規則的な模様の入ったワンピースを纏う少女にみえるが、小さな角が人外であることを示している。

 正邪は弾幕を避けるついでに身を隠し、何処かへと消えてしまった。

 正邪の姿を見失った魔理沙は悔しそうにその三角帽子を脱ぐ。

 

「くぅ、もう少しだと思ったんだがなぁ!」

 

 しかし、今闇雲に追ったところでどうしようもない。

 今は引く時だ。

 それに、家ではカービィも待っている。

 一週間前から早朝に出て、深夜に帰るという生活を繰り返している。さすがに家にいるカービィがかわいそうだ。

 

 そう思って切り返した矢先。

 

 視界の端に、流星が映った。

 だがそれは普通の流星とは違い、魔理沙と同じくらいの高度を水平に飛行していた。

 放つのは様々な色の光が混じり合ったような尾。

 その流星は、何処か焦っているように見えた。

 

 その色に、魔理沙は見覚えがあった。

 

 ドラグーン。

 それが飛行した後に伸びる尾。

 魔理沙にはそれにしか見えなかった。

 そして、ドラグーンだとするならば、乗っているのはただ一人、彼しか考えられない。

 

「カービィ!?」

 

 なぜ、カービィがドラグーンに乗っているのか。

 なぜ、こんなに焦ったように飛ばしているのか。

 

 魔理沙は進路を変え、カービィに追いすがろうとした。

 ドラグーンのその超機動力によるものか、高速で移動しながらもうねうねと蛇行をしているようだった。

 それはまるで、何かを探すような仕草。

 主に飛び回っているのは、森や雑木林や竹林などの、障害物が多く人のあまりいない場所。

 その上空を飛び回っているようだった。

 魔理沙はドラグーンが蛇行している航路を直進し、追いすがろうとする。

 だが、ドラグーンは蛇行時の速度すら箒を上回っているようで、見る見る距離を離されて行く。

 しばしば進路を変えることもあり、遂に魔理沙はドラグーンを見失ってしまった。

 

「カービィ……一体、何をしようとしていたんだ?」

 

 その日、カービィは遂に魔理沙の家に帰らなかった。

 

 

●○●○●

 

 

 御触れが出て8日目の日が落ち、遂に天邪鬼の捜索が困難になったカービィは、この日の捜索を断念した。

 

 何処か泊まるところを探そう。

 昨日は木の上で眠った。

 今日は何処で眠ろうか。

 

 カービィは野宿というものは嫌いではない。

 昔、カービィは旅人だった。

 プププランドの居心地良さから、ある時からプププランドに住むようになったが、昔は家無しだった。

 ちょうど春にプププランドにやってきたから『はるかぜとともにやってきた旅人』なんて呼ばれたのは懐かしい思い出だ。

 旅をしていた時は方々を回って家に泊めてもらったりしていた。

 なら、今日は久しぶりにそうさせてもらおうか。

 ……いや、魔理沙の家にだって泊めてもらっているのだ。別に久しぶりではない。

 ……魔理沙は心配しているのだろうか。

 

 しかし、湧き上がった寂しさを振り払い、自分の為すべき事を為さんと辺りを見回す。

 

 すると目に入ったのは、ワドルディの集落だった。

 人里の人間は寝静まる夜だというのに、ワドルディ達はまだ活動しているようだった。

 やはり明かりの効果は凄まじい。

 

 カービィは少し迷った後、そこにお邪魔することにした。

 体格も同じだし、自分たちの数もよくわかっていないようだから、一人くらい増えたところで問題ないだろう。そう考えてのことだ。

 ただ一点を除いて、その考えは正しい。

 残念ながら自分にかかる食費のことはすっかり頭から抜け落ちているようだ。

 重要なことが頭から抜け落ちていることに気づかず、カービィはワドルディの集落に近づく。

 

 そしてカービィは驚いた。

 そこにはいつの間にか、小さいながらも『デデデ城』が出来上がっていたのだ。

 しかも、その正面玄関前には中から発せられる明かりによって、とんがり帽子の人間の少女のシルエットが浮かんでいる。

 

 そう、霧雨魔理沙のものであった。



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捜索と桃色玉

 御触れが出てから8日目。その日も日が暮れようとしていた。カービィはまだ帰らない。

 だから、魔理沙はある程度の目星をつける事にした。

 カービィが立ち寄りそうな場所は何処か。魔理沙は考えに考え抜いた。

 そして魔理沙は、一つの結論に達した。

 

 カービィの同胞、ワドルディ達の集落に行けば、何かわかるかもしれない。

 

 彼らは自分よりもカービィと長く過ごしてきたはずだ。

 ならばカービィの思考もわかるかもしれない。

 ワドルディは喋れないのがほとんどだが、前のように絵で伝えてくれるだろうし、それに青いバンダナを巻いた喋れる個体だっている。

 行ってみる価値はあると、魔理沙は考えた。

 

 思いついた事をすぐ行動に移すのは、魔理沙の悪い癖でもあり、良いところでもあった。

 すぐさま魔理沙はワドルディの集落へと向かった。

 

「頼むぞ、ワドルディ」

 

 その時胸にあったのは、ワドルディへの淡い期待であった。

 

 やがて魔理沙はワドルディの集落へとたどり着く。一度来たことがあるだけに、迷うことはなかった。

 しかし、前来た時とは決定的に違う箇所もあった。

 

「なんだ、ありゃ?」

 

 まるで大きな直方体の上に小さな直方体を乗せたような、そんな建物。

 その四辺には頑丈な柱が建っている。

 他の建物とは一線を画す建造物に魔理沙は戸惑った。

 だが、それと同時に、魔理沙の勘はそこへ行くべきだと囁いた。

 

 魔理沙はその勘を信じた。

 

 近づけば、その建物の大きさに驚かされる。

 一体いつの間に建てたのか。ワドルディの技術力には驚かされる。

 

 取り敢えず魔理沙は建物の前に降り立った。

 正面にあるのは、大扉と、その両脇で槍を構えて佇むワドルディ二人。

 恐らくは門番の役割を果たしているのだろう。

 魔理沙はその門に近づいてみた。

 

「……」

「……」

「うおっと! やっぱりか……」

 

 するとやはり、手に持つ槍を突きつけられた。

 しかしだからと言ってハイそうですかと引き下がるわけにはいかない。

 魔理沙はその門番のワドルディ二人に話しかけた。

 

「ワドルディ、ここにカービィが来なかったか?」

「……」

「……」

 

 問いかけられたワドルディはお互いの顔を見合わせ、そして頭を横に振る。

 

「そうか。……ここにカービィが来るかもしれないから、ここで待っていたいんだが、いいか?」

「……」

「……」

 

 またもワドルディはお互いの顔を見合わせた後、一体のワドルディが扉の向こうへと消えて行った。

 どうやら、誰かに確認を取るつもりのようだ。

 魔理沙はしばし扉の前で待つ事にする。

 その間、残ったワドルディは槍を向けたまま直立不動の姿勢を保っていた。

 

「お前達もなかなか不思議な存在だよな」

「……」

「なに、独り言だ」

 

 魔理沙のつぶやきに、ワドルディは首をかしげる。

 そんな事をしている間にも、さっきのワドルディ(皆同じ顔なので自信はない)が扉を開け、戻って来た。

 しかも、後ろに意外なものを連れて。

 

「ん? 誰かと思えば魔理沙か?」

「デデデじゃないか!」

「大王をつけろ大王を!」

「あ、魔理沙さんおひさです」

「おぉ、バンダナもいる」

 

 出て来たのはデデデ大王と喋れる不思議なバンダナのワドルディだった。

 

「で、なんのようだ?」

「カービィがここに来そうだからここにいさせてほしい」

「……単刀直入過ぎて話が読めん」

「もしかしてカービィを探しているの? カービィって結構自由気ままなところもあるからね。わかるよ」

「バンダナは察しがいいな。そういうわけだ」

 

 魔理沙はデデデ大王とバンダナのワドルディに状況を説明する。

 話を聞いていたデデデ大王は頭をポリポリと掻き、そして踵を返して言い放った。

 

「好きにしろ」

「入っていいって!」

 

 デデデ大王としては格好つけたつもりなのだろうが、姿は太ったペンギンである。その上バンダナのワドルディの一言で色々と台無しになっている。

 笑っているのがバレないように口元を押さえながら、魔理沙は中へと入る。

 

 内部は豪華であった。

 しかし、ゴチャゴチャしたような雑多さはない。

 豪華でありながら、無駄を省いた、ある種洗練された内装。それは紅魔館と通じるものがあった。

 金の毛で縁取られた柔らかな赤いカーペットが中央に敷かれ、それはまさに『大王の通り道』と表現するのに相応しい。

 石レンガを積み重ねて作り上げたのだろうが、綺麗に着色され、その目地材にすらこだわりがみられ、美しい模様を描いている。

 この大王が働いて作ったとは思えないから、大方ワドルディの仕事だろう。

 ワドルディのハイスペックさに驚いていると、さらに驚愕すべきものに出会った。

 

 前から歩いて来るのは、一頭身の象と呼ぶべきもの。

 像の頭から直接足が生えたような生物だった。

 

「なんだ、こいつ?」

「ファンファンだよ。荷物運びとかも手伝ってもらってるよ」

 

 ファンファンなる一頭身の象の横を通り過ぎると、次に現れたのは二足歩行する紫色のクワガタのようなもの。

 

「こいつは?」

「バグジーだよ。この人も運送係だよ」

「なんか……人外の宝庫になっているな……」

「あはは、そうだねー」

 

 どうやら知らないうちに、ワドルディの集落は人外魔境と化していたらしい。

 霊夢にバレたら一大事と思うと同時に、なぜこんな人外がここにいるのか、興味がわく。

 

「こいつら、いつの間に来たんだ?」

「大王様がプププランドのお城から呼び寄せたんだ」

「つまり、元々デデデ大王の仲間なのか?」

「仲間というか、手下だがな」

 

 これに答えたのはデデデ大王だった。

 

「意外と人望あるんだな」

「意外ととは失礼だな。でなきゃ大王なんてやってられるか」

「まぁ、そうだわな」

 

 これだけ大量のワドルディが付き従っているのだ。

 もしかしたら、デデデ大王は意外と強力なカリスマを持っているのかもしれない。

 

「で、なんだ? カービィを探しているだと?」

「ああそうだ。昨日から姿を見かけなくてな……」

「あー、そりゃ当分帰ってこないな」

「なんでだ!?」

「カービィは普段、食っちゃ寝食っちゃ寝の自堕落な生活をしている。お前もわかるだろう?」

 

 思い返せば、確かにそうだ。

 大人二人分以上の食料を一気に平らげた後はすやすや眠り、気ままに散歩し、気ままにはしゃぐ。カービィはまるで子供……というか、幼子のような生活リズムで生活していた。

 しかし、それがどうしたというのだろうか。

 

「そんなカービィが自堕落な生活から飛び出してどこかへ行く……そういう時は大体、簡単に解決しない危機が迫った時だ。何日だってプププランドに戻らないこともよくあった」

「そう……なのか?」

「まぁ、ショートケーキ一切れを追い求めて地の底から宇宙まで行った奴だから、動機ははっきり言って想像つかんけどな」

「……ありえそうなのがまた困る」

「つまりは、諦めた方がいいってことだよ〜」

 

 カービィの行方についてとうとう予想もつかなくなり、魔理沙が途方にくれたところでバンダナのワドルディがトドメを刺す。

 とはいえまだ諦めきれない。

 

「でも、ここによるかもしれないだろ?」

「分の悪い賭けにしかみえんぞ? まぁ、勝手にしろ。幻想郷はポップスターと比べれば狭いし、宿を借りに来るかもしれんしな」

「それじゃ、夕飯にしよう。夕飯担当が今日は鶏の唐揚げっていってたよ」

「唐揚げ? 珍しいな」

「なんか夕飯担当が竹林を散歩していたら唐揚げが落ちてたんだって。それで急に唐揚げが食べたくなったそうだよ」

「竹林で唐揚げをあげる奴がいたのか? つくづく不思議な場所だな」

 

 デデデ大王とワドルディが魔理沙を置いていって会話をしたため、最後の方はよく聞こえなかったが、どうやら食事に誘われたらしい。

 しかし今は食べる気にはなれなかった。

 

「すまん。ありがたいが、カービィを迎えてからでいいか? 外で待っていたいんだが」

「別にいいが……先に食べてるぞ?」

「おう」

 

 

●○●○●

 

 

「……以上が私がここにいる理由だ」

「うぃ」

 

 巨大なテーブルの上にこんもりと盛られた唐揚げの山を挟み、カービィと魔理沙は相対する。

 カービィは大量の唐揚げを頬張りながらもはっきりと返事をするという器用なことをやってのける。

 そのテーブルの上座にはデデデ大王が座っていた。

 そのデデデ大王がカービィに質問する。

 

「で、なぜお前は飛び出したんだ?」

「ぽよ! うぃ、むぃ、ぽぉよっ!」

「すまん、何いっているかわからん」

「なるほど、御触れのことが気がかりなのか」

「……デデデ、お前わかるのか?」

「大王をつけろ大王を。……まぁ、なんとなくわかるな」

「で、なんて言った!?」

「『お尋ね者の子が気になって追っていた』だそうだ。あの御触れのことだろう? 俺はよく知らんのだが」

「ああ、天邪鬼……鬼人正邪だな。前の異変の首謀者で、幻想郷を壊そうとした。そのせいで今はお尋ね者だ」

「ぷぃ、ぽよっ! むむぃ、うぃ!」

「……『もしかしたら理由があるかも。事情は知るべき』か」

「ぽよぉっ!うぃ、うぃ!」

「……まぁ、確かにな。救いのない話が多かったものな」

「そっちで納得してないで通訳してくれよ」

「『もしかしたらまた手遅れになるかもしれない』だとさ」

「また? どういうことだ?」

「さて、どこから話したものか……」

 

 デデデ大王は腕を組み、滔々と語り始めた。



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回歴と桃色玉

言い忘れていましたが、この『章』は短くなると思われます。
この次の章も短めになると思います。
ただその次の章は物凄く長くなるかと。


 デデデ大王は語った。

 現実世界を妬み、全世界を絵に変えてしまった一枚の絵画の話を。

 デデデ大王は語った。

 美貌と支配欲に溺れ、自分を見失った虫の女王の話を。

 デデデ大王は語った。

 娘を救うべく機械に頼り、そして機械に飲み込まれたある父親の話を。

 彼らは皆、手遅れだった。

 だから、カービィの手によって葬られた。

 だがやはり、こう思ってしまう。

 

 もし、助けられたのならば、と。

 

「まぁ、カービィはその時できる最善を尽くした、と俺は思っている。しかし誰でも真実を知れば、救いはないのか、と思うだろうな」

「ぽよ……」

「なるほどな……それで正邪を追っているわけか……」

「うぃ」

 

 カービィの過去は、その天真爛漫さから明るいものばかりだと思っていた。

 確かに、聞いた限りでは明るい話も多い。しかし同時にドロドロとした暗い話も多かった。

 

「しかし……正邪にそんな背景あるのか?」

「ぽよっ!」

「『あるかもしれない』だそうだ」

「そうなのかなぁ……私には単なる愉快犯にしか見えなかったんだけどなぁ。あいつを探すのには賛成するぜ? 捕まえれば報酬が出るからな」

「何か事情があるなら見逃してやったらどうだ?」

「事情ねぇ……まぁ、懲りずに再び幻想郷の転覆を図ったあたり、その諦めの悪さには何か裏があるんじゃないかと思わなくもないがな」

 

 打ち出の小槌による幻想郷の転覆が阻まれた後、魔力の残る道具でまた幻想郷の転覆を図った正邪。

 そこまで執着する理由はなんなのか?

 そこに何か想いがあるのか?

 妄想しようと思えばどこまでも妄想できる。

 

「取り敢えず、捜索は明日だな」

「ああ。今日はここに泊まってゆくといい」

「お、本当か! ありがとなデデデ!」

「だから大王をつけろ大王を!」

 

 

●○●○●

 

 

 御触れが出で九日目。

 カービィはドラグーンに、魔理沙は箒に乗り、幻想郷を飛び回る。

 しかし、そう簡単に見つけることはできなかった。

 やがて日は天頂に登り、カービィの腹の虫が鳴く。

 

「お昼にするか」

「うぃ」

「さて、どこで食べようか……」

 

 普段なら人里のどこかで食事をしたかもしれないが、今は人外のカービィがいる。

 さすがに白昼堂々と人里を連れて歩けない。

 そんな中、ある建物が目に入ったのは、やはりいつもの癖なのか。

 

「……よし、それじゃ、お邪魔しますか」

「ぽよ?」

 

 魔理沙はひとり呟くと、旋回してある場所へと向かう。

 それは幻想郷の東の端。誰もが知る彼の地。

 

 そう、博麗神社に。

 

「よう霊夢! 昼飯くれ」

「いきなりきたと思ったら、たかりに来たのか」

 

 障子の開けりた縁側の前に着地した魔理沙は、山盛りの素麺を食べようとしていた霊夢を見つけ、するりと中へ上がりこむ。

 カービィも素麺につられ、卓袱台にへばりつく。

 

「いいじゃないか。こんなにあるんだし」

「……まぁ茹ですぎたのは認めるけど。でも別に一人で食べるわけじゃないのよ?」

「ん? 誰かいるのか?」

「そこにいるじゃない。ちっこいのが」

 

 霊夢の指差す先。

 そこにはお椀を防止のように被り、着物を着た小さな小さな少女がいた。

 その姿は小人と称するに相応しい。

 そしてこの少女こそ、下剋上の異変の表向きの黒幕。

 

「たしか……誰だっけ?」

「針妙丸! 少名針妙丸だよ!」

「ああ、そうだったそうだった。しかしなんでここにいるんだ?」

「あの時小槌の反動で前よりも小さくなったからね。襲われたら大変だからうちで預かっているのよ」

「へぇ、霊夢のくせに優しいな」

「なにその言い方」

「あのー、ちょっといいかい? その桃色玉はなに?」

 

 霊夢と魔理沙の会話を遮るように、針妙丸は質問する。

 その声には多分に怯えが含まれていた。

 

「ああ、そいつはカービィ。どこか異世界からやって来たらしい。食いしん坊で子供っぽくていいやつだぞ?」

「その『食いしん坊』ってのが怖いんだけど!? こっち見て涎垂らしてるよね!?」

「カービィ、お椀被っているけどそれは食べ物じゃないぞ」

「ぽょ……」

「あっ、今残念そうな顔した! 絶対食べる気だったでしょ!」

「ほらカービィ、素麺やるから」

「ぽよ!」

 

 いつの間に用意したのか、つゆの入った器を渡す魔理沙。

 そして器用に箸で素麺を掴み、つゆをつけて啜り出す。

 そして魔理沙も躊躇いなく素麺に箸をのばした。

 

「また勝手に……んで、本当に昼飯をたかりに来ただけなの?」

「ああ」

「おい」

「あ、そうだ。正邪見なかったか?」

「正邪? 昨日見たわよ?」

「本当か!?」

「ええそうよ。にしてもいきなりどうしたのよ。あと素麺食い過ぎ」

 

 正邪という単語と素麺に異様な食いつきをみせる魔理沙とカービィに驚く霊夢。

 霊夢と針妙丸に魔理沙はカービィの思惑を語った。

 聴き終えた霊夢と針妙丸は難しい顔をする。

 

「あいつにそんな裏はあるのかしら……いやでも天邪鬼か……」

「変に強がって見せない、なんて考えられるね」

「でも天邪鬼だから本当にやりたいことだけやっているようにも見える」

「実際かなり傍若無人だからね、あいつ」

「結局のところ、わからないんじゃないか」

 

 魔理沙の鋭いツッコミに、返す言葉もない針妙丸。

 だが、霊夢はそうでもないと返す。

 

「動機はわからない。でもいつどこに現れるかは判るわよ」

「お、そうなのか?」

「明日、日が沈む前に紫がじきじきにでばるそうよ」

「つまり、あいつを追えと? 神出鬼没なあいつを? 正邪よりも難しいだろ」

「あいつが本気の一部でも見せるなら、空間は僅かなりとも歪むはず。それを辿ればいい。できないなら私が探すわよ?」

「それくらい、私だってできるぜ! ま、情報ありがとな」

「うい!」

「はいはい……って、素麺ないじゃないの!」

「逃げるぞカービィ!」

「うぃ!」

「まてコノヤロー!」

 

 疾風のように神社に現れた二人は、また疾風のように去っていった。

 

 そして、御触れが出て10日目の夜。

 

「ハッハッハッハッ! ついに賢者様の手からも逃れた! これで自由! 自由の身!」

 

 月夜にけたたましく笑うのは、鬼人正邪。

 逃亡に成功し、自由の身となれたことへの歓喜が、その身をくすぐっていた。

 しかし、その喜びに冷水をかけるような声がかかった。

 

「おっと、その自由はもう少し後にお預けにしてもらおう」

「あぁん? まだいやがったか……って、あん時の魔法使いか。しつこいな」

 

 正邪の振り返った先にいたのは、自らの野望を打ち砕き、そして正邪を追って来た者の一人、霧雨魔理沙。

 しかし、魔理沙に戦闘を行う兆候は見られない。

 

「なにしに来たんだ? ご自慢の八卦炉を構えるわけでもなく」

「用があるのは私ではないんでな。用があるのはカービィだ」

 

 その時、魔理沙の陰に隠れていたものが姿をあらわす。

 それは龍を模した乗り物に乗る、桃色の球体だった。



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スペカ宣言と桃色玉

「へぇ! そこのピンク玉が勝負を挑むってかい?」

「ま、そんなところだ。話でも聞いてやってくれ」

「うぃ!」

「んー? なにいっているかわからんぞ?」

「ってなわけでボクが通訳を」

 

 魔理沙の後ろからひょっこり現れたのはバンダナのワドルディ。

 そして身軽な動きで箒の舳先に立つ。

 

「簡単に言えば、カービィはキミ……正邪がどういった理由で今回の異変を起こしたのか知りたいのさ」

「うぃ!」

「ハハハ! なんだそんなことか! ……教えてやーらね」

 

 そして後ろを向きおちょくるように舌を出す鬼人正邪。

 しかしカービィはそんな挑発に乗るほど馬鹿ではない。

 ……というより、挑発を挑発と理解していない節がある。

 

 カービィは自らの言葉で正邪に語りかける。

 

「うぃ! ぽよ、ぽよぉ、ぷぃっ!」

「それは天邪鬼という妖怪だから、下剋上をしたのかい?」

「さぁ、どうだかな。私がしたいことをしただけだよ」

「ぽよ、ぷぃ、うぃっ!」

「それは妖怪としての欲求?」

「さぁ〜それはどうでしょう?」

 

 答えをはぐらかす正邪。

 カービィは少しの間、沈黙する。

 そして、静かに言った。

 

「……うぅ〜やっ」

「理由は妖怪としてのサガであってほしい」

「は? どういうわけだ?」

「ぽよ、ぽぃ、ぷゅ。うぃうぃ、ぽよっ」

「妖怪は人からの想いを糧にするために、人を襲うと教えられた。それならば、それは妖怪にとっての食事なんじゃないかって思う」

「だから、どうした?」

「ぷぃ、ぷぃ。うぃ」

「食事は自分だって取る。だから、それならば、許されるべきだと」

「ぷっ、アハハハハハハ!」

 

 笑い出したのは正邪だ。

 腹を抱え、脚をバタつかせ、思いっきり笑っている。

 そして、凶悪な笑みを浮かべた。

 

「ったく、善玉野郎が。ムカつくんだよな、そういうの。なにが許されるべき、だ」

「ぷぃ、うぃ、うぅい。ぽよ、ぽょ、ぷぃ。ぷよ……」

「君が悪いことをしたのは事実。でも本当に悪いわけではないとも思う。だから……」

 

 カービィは自分の周囲にあるものを浮かべた。

 それは橙、黄色、緑、青、藍色のスターロッド。

 それがゆっくり光を放つ。

 

「ぽよっ!」

「弾幕ごっこで、全部決めよう」

「なんだ、私が勝ったらチャラにしてくれんのか?」

 

 カービィは、その質問にコクリと頷いて返す。

 

 そして……弾幕は放たれた。

 迫るのはスターロッドより放たれた星型の通常弾幕。

 星型弾がまるで星を描くように迫り来る。

 

「あれ、カービィってあんな技あったっけ?」

「私が弾幕ごっこを教えたんだ。まさかこんなに早く自分のものにするなんてなぁ」

「数は多いけど、すごく威力が弱く見えるんだけど?」

「そういうもんさ。弾幕ごっこは他人の命を奪わない勝負だからな」

「つまりある種スポーツってことだね」

「そういうこった」

 

 傍観の姿勢を決めた魔理沙とワドルディは静かに戦局を見渡す。

 正邪はその手に四尺マジックボムと懐にひらり布を持っているようだった。

 

「ハッハッハッハッ! 私がかわしてきたものと比べると、生温いな!」

 

 通常弾幕だから、というのもあるだろうが、確かにカービィの弾幕は易しい。

 仕方はあるまい。カービィは元々弾幕を放つ攻撃はもっておらず、直接的な攻撃しか知らないのだから。

 

「うぃ!」

 

 カービィの弾幕発動者側の被弾回数を超えたため、通常弾幕は破られる。

 しかし、ここからだ。

 正念場は、本番は、ここからだ。

 

 カービィはカードを取り出す。

 

 それは宣言に使う『スペルカード』

 それを掲げることにより、ルール上宣言されたとみなされる。

 

 スペル名は「始符『グリーングリーンズ』」。

 

 そして、カービィを中心に噴水状にリンゴ型の中型の弾幕が放たれる。

 さらに同時に、高空から黄色い棒……一言で言い表すのならば、アイスの棒のようなもの。

 人の身長以上のそれが、雨あられと降ってくる。

 さらにその巨大アイスの棒に垂直になるように、横から黄色い、星の模様が描かれたブロック状の弾幕も飛んでくる。

 

 なぜ、カービィにこんなことができるのか。

 当然、周囲に浮かぶ分割された五つのスターロッドの力である。

 夢に力を与え、夢を叶えるアイテムであるスターロッド。

 その力を利用し、『カービィの思う弾幕』をスターロッドに『夢』として具現化させているのだ。

 

「おっと! ……ゆるい雰囲気の弾幕だな!」

 

 正邪はその弾幕をスイスイと避けて回る。

 リンゴ型の弾幕は中型であり、ランダムなため、軌道の予測が難しい。

 しかも、上から降るアイス棒のようなものと横から流れるブロック状の弾幕が移動を制限する。

 

 だが、幾多の鬼畜弾幕をかわしてきた正邪にとって、その程度では脅威にはならない。

 ルール無視のアイテム四尺マジックボムを使用し、危機も回避する。

 

 だが、魔理沙はその弾幕に瞠目していた。

 なぜかはわからない。

 その弾幕から、なにかの記憶が流れ込んでくるかのような感覚がしたのだ。

 そう、それはまるで……カービィが歩んだ道のようだった。

 これはスターロッドの見せる、幻影なのかもしれない。

 しかし、流れ込んでくるものには妙なリアルさがある。

 

 流れ込んできたのは、妙に現実離れした形をした丘や木が生える世界。

 なぜか、モノクロに見える。

 そこではやはり一頭身、もしくはそれに近しい者が跳梁跋扈している。

 そんな群れを蹴飛ばしながら、カービィがたどり着いたのは、何処かで見た、立方体を重ねたような建造物。

 その最奥で待ち構えるのは……デデデ大王。

 ハンマーを構えるデデデ大王を吹き飛ばすカービィ。

 

 そこで、魔理沙の見た幻影は途切れた。

 

 それと同時に、カービィのスペカは破られた。

 

「なんだったんだ、今のは……」

「カービィの歩んだ道だね」

「お前も見たのか?」

「うん。スターロッドの効果かな。にしてもあれはカービィが初めてプププランドに来た時のだなぁ」

 

 どこかしみじみとした様子のワドルディ。

 そんな時、カービィは2枚目のスペルカードを宣言していた。



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はるかぜと桃色玉

 カービィは2枚目のスペルカードを宣言した。

 

 スペル名、「春符『はるかぜとともに』。

 

 そして、弾幕は発動する。

 それは先ほどと似たような弾幕だった。

 降り注ぐ巨大なアイスの棒のようなもの。

 横から現れる星の模様のブロック弾。

 しかし唯一違うのは、リンゴの代わりに降り注ぐのは『桜』であること。

 その桜は途中で散り、五つの花弁型弾幕へと変わる。

 難易度は、先程よりも難しい。

 が、しかし、それは先ほどのスペルカードと酷似しているために、正邪にとってはなんの痛痒にもならなかった。

 

「おいおい、甘いぞ? さっきと同じような弾幕放ちやがって。舐めてんのか?」

 

 目を見開き挑発する正邪。

 それは強がりでもなんでもなく、今度はアイテムも使わずに間を縫って行く。

 

「うーん、やっぱりカービィはまだ弾幕には不慣れなんだよね」

「だと思うぜ。にしても……」

 

 やはり先ほどと同じように、何か記憶が流れ込んでくる。

 今度は色がついて見えた。

 丸っぽい木、おかしな形の丘、一頭身の者たち……

 それらはやはり、弾幕と同じように最初に見た景色と酷似していたのだ。

 

 ただ一つ、気になることがあった。

 この弾幕がカービィの記憶を基にしていると言うのならば、おかしな点。

 今放つ弾幕では、桜が舞い散っている。

 しかし流れ込んでくる景色には……桜の木が一本もない。

 カービィのいた世界の春には、桜がないのだろうか。

 ならなぜ、桜が今、弾幕として舞い散っているのか。

 

 ……幻想郷の春を、桜を、知ったからだろうか。

 カービィの脳裏にここで見た『桜』が強く印象に残ったのだろうか。

 『桜』を知ったカービィは、この記憶と弾幕に桜を重ねたのだろうか。

 

 答えは出ない。答えは出ないまま、その弾幕は攻略される。

 

「ヌルい。ヌルいぞ〜! その程度で私を捕まえられるかな?」

 

 煽ってゆく正邪を無視し、カービィはさらに三枚目のスペルカードを切る。

 

スペル名、「摩天楼『バタービルディング』」。

 

 そのスペルカードの宣言が完了した途端、二つの物体が現れた。

 それは巨大な火の玉と、金色の三日月のようなもの。

 それらが正邪の周りを高速で回り始めたのだ。

 それと同時に、火の玉からはレーザーが、三日月からは自機狙いの低速の星型弾が、高密度で飛来する。

 

「う、おっと。まだまだだな!」

 

 今度の弾幕は少々堪えたらしい。

 何せ、回転するレーザーにより強制的に正邪を動かし、なんども自機狙いの低速の星型弾が引っかかりそうになる。

 自機狙いはむやみに動かずに切り返すのがセオリー。

 しかし、火の玉による回転レーザーにより強制的に動かされるために、自機狙い星型弾が辺りに散らばりまくり、罠のようになる。

 

 その時、魔理沙の脳裏に浮かんだのは、塔の頂上で戦うカービィの姿。

 その相手は、太陽と月。

 昼と夜を繰り返しながら、今の弾幕のように星やレーザーを放っていた。

 

 カービィは、なぜ、太陽と月と争ったのだろうか。

 いや、そもそも太陽と月が、なぜ地表に現れているのだろうか。

 世界の作りそのものが違うのか。

 これが、『ゲーム』の世界だと言うのか。

 

「舐めんなよ、ピンク玉!」

 

 四尺マジックボムが炸裂し、その隙にカービィの被弾回数が一定に達する。

 打ち破られるスペルカード。

 しかしカービィは気にも留めない。

 また、次のスペルカードを切らんとする。

 

「なぁ、ワドルディ」

「ん?」

 

 魔理沙はおもむろにバンダナのワドルディに問いかけた。

 

「カービィは、一体いつから、どれだけの時間、戦ってきたんだ?」

 

 カービィの戦闘の記憶は、長い。

 デデデ大王からの話やメタナイトの話から、相当の数の冒険に、危機に、遭遇しているはずだ。

 一体どれだけの年月を、カービィは過ごしたのだろうか。

 

 ワドルディの答えは、ごく単純。

 

「長い時間だよ」

「なんじゃそりゃ」

「何って、長い時間、カービィは戦っているよ」

「具体的には?」

「さぁ? 少なくとも十年は戦っているのかなぁ? 十よりたくさんはよくわからないね」

「十年……いや、少なくとも、か……」

 

 十年をはるかに超える年月を、カービィは子供のまま、危機を超えてきたのか。

 彼らに時間はないのだろうか?

 『ゲーム』の中の彼らに、『成長』と呼ばれるものはないのだろうか。

 まるで……カービィたちが、なにか巨大なものに絡め取られているかのようだ。

 

「なぁ、お前たちは、幸せなのか?」

「平和でいいところだよ?」

「なんども危機が迫っているのにか?」

「うん。それでも、平時は呆れるほど平和だよ。夜寝て、朝起きて。ご飯を食べて、空を眺めて、昼寝して、散歩して。ボクは大王様の手下だから、お城の警備をしたり、お掃除したり、ちょっとしたお仕事もするよ。大王様の手下じゃないワドルディは本当にその日その日をゆったりと生きているよ」

「そうか……」

 

 幸せではあるようだ。

 確かに、色々と謎技術を持っていながらどこかのんびりとしていて抜けている彼らにとって、『時間』と言うものは特に気にする必要のないものなのかもしれない。

 

 カービィは、どう思っているのだろうか?

 

 スペルカードが宣言される。

 

 スペル名、「激突『グルメレース』」。

 

 カービィを起点にして、まるで噴水のように大型の弾が放たれる。

 放たれた弾幕は、どこからどう見ても食べ物に見えた。

 

 リンゴ、メロン、バナナ、イチゴ、ブドウ、モモ……

 果物だけではない。ピーマン、キュウリ、トマト、キャベツなどの野菜。

 さらには紙パックに『牛乳』と書かれたもの、カレーライスなどの料理や、コップに入ったジュースなどもある。

 ありとあらゆる食べ物が降り注ぐ酒池肉林の弾幕。しかも、その弾幕には隙間がない。

 さすがにルール違反ではないか、とは思ったが、ここでカービィがまさかの行動を取る。

 

 カービィは一度弾幕を止めると、その食べ物型弾幕を食いだしたのだ。

 おかげでカービィが通った後には隙間が生まれる。

 隙間のない違反弾幕から、食った後の隙間を縫って攻略して行く弾幕へと様変わり。

 食い意地張っているカービィらしいと言うべきか、かなり変則的な弾幕。

 

 あっけにとられている間にも、魔理沙の脳裏には記憶が流れ込んでくる。

 

 長くどこまでも続く道。

 その進路上のあちこちに配置された食べ物。

 そしてそれを食べながら駆け抜けるカービィ。

 その隣には、同じように食べ物を食いまくるデデデ大王がいた。

 一体何をやっているのかさっぱりだったが、あるものが見えてきてようやく理解した。

 カービィ達の目指す先。そこにはワドルディ達が張るゴールテープが待ち構えていた。

 そこにデデデ大王を突き放したカービィが飛び込み、クラッカーが鳴らされる。

 踊るカービィ、悔しがるデデデ大王。

 

 レースだ。パン食い競争のようなレースを行なっているのだ。

 もっとも、食べる量はそれとは比べ物にならないが。

 

 なるほど、これはカービィの『冒険譚』と言うよりかは、『楽しかった思い出』の具現なのだろう。

 

 これを見た魔理沙は安心した。

 カービィも、負けたデデデ大王も、周りで見ていたワドルディ達も、皆、楽しそうに見えたのだ。

 

 ただ、この弾幕を受ける正邪は面白くないようだった。

 

「ちっくしょお! ふざけやがって!」

 

 みれば、服に生クリームがべったりついている。顔にも僅かについている。

 どうやらあの変則的な食べ物型弾幕に被弾したようだ。

 弾幕ごっことしてはシュールな光景に、魔理沙も思わず吹き出した。

 

「おい! 笑うな!」

「食べ物は粗末にしちゃいけないぜ? カービィみたいに食わないとな!」

「うるせぇ!」

「……おいしそう」

 

 悪態をつきまくる正邪。

 しかし、それでもここまで鬼畜弾幕を避けてきた実力は確かなようで、なんとか攻略する。

 カービィも、さらに五枚目のスペルカードを切った。



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外の記憶と桃色玉

 五枚目のスペルカード。

 その名は「氷符『コルダ』」。

 

 宣言した瞬間、辺りの気温が急激に下がったような感覚を覚えた。

 いや、それは単なる気のせいではないのだろう。

 ドラグーンに乗ったカービィはゆっくりと正邪を追尾する。

 しかも、氷の高い密度の弾幕を同心円状に撒き散らしながら。

 それはまるで氷を掻き分けながら進んでいるかのように見えた。

 

 さらに、上空からは虹色の光が降りてきた。

 虹ではない。光のカーテン、オーロラである。

 厳密に言えば、オーロラのように見せた虹色の弾幕であった。

 美しいグラデーションと波打ったような起動で正邪に降りかかる。

 

 貧弱な語彙力ではこの幻想的な光景を正しく表現することはできまい。

 美しい。それを見た者がなんとか言える言葉はこれだけであった。

 

 とはいえ、その弾幕にさらされている正邪にとってはそんな光景を見る余裕もないのだろう。

 正邪の残機はあと2つ。しかもまだまだ先は長いと見た。

 先ほどまで見せていた余裕も若干鳴りを潜め、正邪も本気を見せてくる。

 

「チッ……氷妖精みたいなことしやがる!」

「なんだ、チルノもお前の捕縛に協力していたのか」

「ああそうだ! 自信満々に笑いながらな!」

 

 どうやら、チルノにはなにか良くない思い出があるらしい。

 

 そしてやはりと言うべきか、魔理沙の脳裏にはカービィの記憶が流れ込んでくる。

 だが、その流れ込んできた記憶は、若干他のものとは違うものであった。

 

 異様に周りの景色が流れてゆくのが早いのだ。超速で氷山を駆け抜けているように思えた。

 さらに前方にはなんと色違いのカービィが、蝙蝠の羽を生やした紫系の色のボードに乗って超速で滑っているではないか。

 いや、よくみればそれは若干浮いている。普通のボードではない。

 そして当のカービィは、綺麗な直方体をしたなにかにまたがり、やはり超速で飛んでいる。

 ヘアピンカーブも何のその。大して速度も落とさず曲がる様は熟練の技とも言えるものを感じさせる。

 

 この感じはつい先ほども見た。レースだ。

 さっきのは単純な徒競走だったが、今度は乗り物に乗ってのスピーディなレースに興じているのだ。

 

 色々と気になるところもあるが、やはり一番気になるのは目の前にいる色違いのカービィだろうか。

 カービィは唯一無二だと勝手に思っていたが……なるほど、生物として捉えるならば同種がいてもおかしくはない。

 ただ、同種というがまるで生き写しであり、色以外の違いが見当たらない。

 鏡からひょっこり現れたような感じすらする。

 

 もしかしたら、目の前の色違いのカービィはカービィの分身なのだろうか。

 それとも本当に単なる同種なのだろうか。

 その部分がはっきりとわからない。

 やはりまだ、カービィのいた『ゲーム』の世界は謎が多い。

 カービィについて、知らないことが多すぎた。

 

 そしてスペルカードは破られる。

 

 続いて六枚目のスペルカードを切る。

 

 スペルカード名、「寒星『こうじょうけんがく』」。

 発動と同時に迫るのは……壁だった。

 正確には、無数の弾幕が重なり合いできた壁である。

 それが上と下から、正邪を潰さんと迫り来るのだ。

 さらには妨害せんと歯車型の弾幕まで同時に放たれる。

 弾幕の壁は止まる様子がない。

 確実に潰そうとしている。

 

「畜生! なんだこれ! 反則じゃねぇのか!」

 

 反則アイテムを使用する正邪が何をいう。

 

 マジックボムを使用し、なんとか壁に窪みを作り、そこに逃げ込む。

 時間が経ってようやくその壁は開き、正邪は解放される。

 

 しかしこのままではアイテムを使いきり、いずれ潰されるのは時間の問題。

 正邪はそれくらいは理解していた。

 だから、持ち上がってゆく壁の表面を舐めるように、じっくりと観察する。

 

 そして、あるものを見つけた。

 それは、正邪が開けたものとは違う、別の窪み。

 人一人が入れるくらいの窪みだ。

 

「……ああ、なるほど。カービィといったか? 甘いな、お前」

 

 ニタリと正邪は不敵に笑う。

 

 一度タネがわかればこの弾幕を攻略するのは簡単だ。

 窪みを探し、そこに滑り込む。

 ただ、それだけだ。

 正邪達幻想郷の住人の飛翔能力は高い。

 ならば、焦りさえしなければ滑り込むのは楽。

 

 事実、正邪は見事にその弾幕を攻略してみせた。

 そしてカービィの被弾数が一定になり、スペルカードは破られる。

 

 呆気なく終わったこのスペル。

 しかし魔理沙の脳に流れ込んでくる記憶は、そんなに優しくはなかった。

 

 灰色の世界。外の世界は見えないが、しかし極寒の空気が伝わってくる。

 そして、弾幕と同じように迫るのは、壁。

 上から潰さんと降りてくる。

 

 目の前でデデデ大王がシャッターを壊しながら進む。

 一歩、また一歩、進んではいる。

 だがしかし、それは微々たるものでしかなく、やがて……視界は黒くなる。

 

 これは、死なのだろうか?

 背中に氷柱を突き刺されたかのような寒気が、魔理沙を襲う。

 しかし、次の瞬間には、また初めと同じ景色が脳裏に浮かんだ。

 そして今度は、もっとスピーディに突き進む。

 しかし、また潰される。

 そして何度か繰り返し、ようやくその場所を切り抜ける。

 

 こみ上げる達成感。

 そして扉をくぐり……また絶望する。

 同じように、迫り来る壁があったのだ。

 

 これも、カービィの記憶なのだろう。

 これはいわゆるカービィのトラウマなのか。

 しかも、カービィは何度も『死んで』いる。

 カービィは何度も蘇る存在なのか。

 

 ……いや、直感だが、無限ではないのだろう。

 死ぬたびに、何か減ってゆくような感覚を感じたのだ。

 これが残機と言うべきものなのか。

 

 魔理沙はカービィと同じ恐怖を味わった。

 そして次の恐怖は、また別の方向からの恐怖であった。

 

 七枚目のスペルカード名、「Fatal error『0% 0% 0%』」。

 

 出現するのは、左から青、赤、緑の縦長の板。

 それが星と破片を飛ばしながら、崩壊してゆく。

 それがランダムな弾幕となり、正邪を襲う。

 しかも、崩壊してゆくたびに追尾式のレーザーや、花火のようなもの、さらには宝箱らしきものも飛び出してくる。

 

 はっきり言ってしっちゃかめっちゃか。

 そのしっちゃかめっちゃかさはその弾幕そのものが持つ破壊力をそのまま表しているかのようだった。

 

 魔理沙の脳裏には、カービィの記憶は浮かばない。

 だがしかし、確かに衝撃と恐怖、悲哀を感じ取った。

 一体誰の記憶なのだろうか。

 カービィの記憶ではないのは確か。

 今感じ取っているのは、誰の感情か。

 

 なんとなくわかる。

 これはカービィ達の世界とも、魔理沙の世界とも違う、外部の者達の感情に思えた。

 

 誰のものともわからない、謎の感情。

 何か思いが含まれているのは確かであった。

 

 その感情こもった弾幕は、確かに脅威であった。

 正邪の顔からは余裕が消え失せている。

 ボムも使用し、それでも油断できない。

 高密度すぎる弾幕はじりじりと正邪を追い詰めていた。

 それでありながら、正邪が被弾するよりも早く、カービィに一定数弾を当てることができたのは、カービィが弾幕ごっこに不慣れであったからだろう。

 攻略できたのは、奇跡に近い。

 しかしお互い、そのことになんの関心も払わない。

 つまり、それだけ集中していたのだ。

 

 八枚目のスペルカードも、宣言される。



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あすにはあすのかぜがふく

みなさん、0%0%0%もこうじょうけんがくもトラウマだったんだなぁ。


 八枚目のスペルカードが切られる。

 

 名は、「飛翔『伝説のエアライドマシン』」。

 

 輝きだしたのは、カービィの乗るドラグーン。

 少し後ろに下がり、輝きを強める。

 

 それはまるで力を溜めているかのように魔理沙には見えた。

 ……違う。もっと具体的にわかっていた。

 これは、カービィが魔理沙のスペルカードをオマージュしたものだ。

 本人だからこそ、わかるものがある。

 

 カービィとドラグーンの纏う光はさらに強くなる。

 そして、堰を切ったかのようにドラグーンは急発進した。

 いや、この表現はふさわしくない。

 厳密に言うなら、急発進などと言う生易しい表現で許されるようなものではない。それは瞬き1つすれば見失うほどの加速であった。

 光をまとい、巨大な鏃となって正邪へと突貫する。

 その纏う光はスターロッドの力によって当たり判定を得たのだろう。

 正邪は舌打ちしつつ、その身をかわす。

 こちらに飛んでくるのがそれだけならまだいいが、さらにカービィの過ぎ去った後には、無数の星型弾が残される。

 正邪はその星型弾がばらまかれた場所へ飛び込まなくてはならない。

 なぜなら、ここでぼうっとしていれば、またカービィが飛来しなぎ払いにくるからだ。

 だから正邪はあえて星型弾のばらまかれた場所へ突っ込み、二度目のカービィの突撃を避ける。

 ふと見上げれば、耐久スペルを示すカウントが上空に浮かんでいる。

 

 このスペルは紛れもなく魔理沙の『ブレイジングスター』を模したものだ。

 どこかでカービィは魔理沙がこれを行うのを見ていたのだろう。

 

 脳裏に浮かぶのは、高速で流れる街の景色。

 乗るのはやはりドラグーン。

 そしてそのドラグーンを駆使し、他の色のカービィを蹴散らしている。

 なかなか荒々しい遊びをしているな、と思った途端、場面は切り替わる。

 カービィがいたのは高空。

 下降しながら加速しているようだった。

 そしてその先にあるのは弾幕を放つ巨大な筒のようなもの。

 大砲と飛ぶべきものなのだろうか? とにかく、数百メートルある。

 そしてその大砲の砲身にあたる部分に、カービィは突撃をかました。

 瞬間、全ては爆ぜ、目の前は爆炎で包まれる。

 そのままその爆炎を切り抜けるところで、記憶は閉じた。

 

 あれは、ドラグーンを使った冒険譚なのだろうか?

 あの巨大なのを、たった一撃で撃ち落としたと言うのか。

 その規格外さに何も言えない。

 しかしその間にも時間は過ぎ、等々制限時間が過ぎる。

 

 九枚目のスペルカードの宣言もすぐに始まる

 

 名は、「英雄『カービィ凱旋』」。

 

 詠唱とともに浮かび上がる、水と、雲と、岩と、森と、機械と、夜と、炎の星。

 それがカービィを中心に隊列を作り上げていた。

 そして、それぞれが同心円状、もしくは自機狙いレーザーを放つ。

 弾幕を放つ起点が多いために、やはり高度な切り返しが要求される弾幕。

 高難度弾幕の王道を行くような弾幕。

 連続で放たれる弾幕に、正邪にも無駄口を叩く余裕も消え失せる。

 

 魔理沙の脳裏に浮かぶのは、どこもかしこも星の浮かぶ夜の空のような空間。

 一度そのような場所に行ったことのある魔理沙は、そこがどこであるかわかっていた。

 宇宙。カービィは宇宙空間に浮いているのだ。

 そして輝く星に乗って、二重リングをもつ星型の惑星へと降り立つ。

 そこは、魔理沙も何度も見てきたプププランドの光景であった。

 そこで熱い出迎えをうけるカービィ。

 それはまさに『凱旋』と呼ぶに相応しい。

 

「さぁ、最後だ、カービィ」

 

 その高難度弾幕も、本気になった正邪は攻略する。

 残すは最後のスペルカード。

 ラストスペルと呼ぶべきスペルカードを、カービィは宣言した。

 

 『Green greens』。

 

 これが、カービィの十枚目の、最後のスペルカードだった。

 

 いくつもの金色の弾幕を列状に放つ、

 それはへにょりとした軌道を描き、やがて巨大な星を形作った。

 星を形作った弾幕は、そのまま放射状に飛び散る。

 絶えず放たれる弾幕が星を形作り続け、そして弾幕を放出し続ける。

 美しさも兼ね備えた、高難度弾幕。

 アイテムを使い切った正邪は、そう簡単に避けることはできない。

 

 一度被弾する。

 あと、残機1つ。

 あと1つ、削れるか。

 容赦無くカービィは弾幕密度を上げる。

 

 だが……

 

「残念だったな。私の勝ちだ」

 

 それより早く、カービィの被弾回数が一定に達した。

 

 やはり、素人のカービィでは反則アイテムも使う正邪には勝てなかった。

 

「それじゃ、私はようやく晴れて自由の身になったわけだ」

「うぃ」

「なんだ? やけにあっさりしているな?」

「ぷぃ、うぃ。うゅう、ぶぃ!」

「自分は別に君を捕まえにきたわけじゃない。困ってたら助けようとしただけ、だってさ」

「ふん。余計なことを。ならカービィ、覚えておきな! 私は天邪鬼だ! 生まれ持ってのアマノジャク! 誰の助けも同意も要らない! 私はそう言う妖怪だ! それが私の生きる意味だ!」

 

 そしてそのまま、正邪は消えて行った。

 

 その姿を見送ったカービィは、清々しいまでの笑顔でこちらに戻ってきた。

 

「ぽょ」

「なんだ、満足げだな、カービィ。……ま、理解したか。あいつはそう言う妖怪だ。私もカービィの記憶を垣間見てなんとなくカービィの生き様を理解した。どんな生き様も、そいつが正しいと思っているならば、自信を持つならば、それが正しいんだってな」

「うぃ!」

 

 カービィの記憶を見て、魔理沙はよりカービィについて知ることができた。

 カービィの栄光も、カービィの暗い過去も。

 今回カービィは正邪の心の闇を見定めようとした。

 もしかしたら、自分がカービィの心の闇を見定める時が来るかもしれない。

 その時、カービィを癒せるように……カービィともっと、接するべきだろう。

 

 魔理沙はぐいとカービィを引き寄せ、そして抱きしめて、帰路へとついた。

 二人の帰るべき場所へと。

 

 

●○●○●

 

 

 幻想郷のデデデ城の屋上に、1つの影があった。

 仮面を被り、マントで身を包むその姿は、紛れもなくメタナイトであった。

 その後ろから、赤いガウンを着たデデデ大王が声をかける。

 

「そろそろだったか?」

「ええ、そろそろです」

「確かあいつが一気に転移させてくるんだったか?」

「その予定です」

「懐かしいな、あの時は。裏切られた時は穏やかな気分じゃなかったがな」

「改心してくれると、こちらも心苦しさが紛れますからね」

「……メタナイト、今回の作戦は全て、お前に任せる」

「ええ、必ずや成功させましょう。竹林の医者からはしっかりと情報を得ましたから」

 

 振り向くメタナイトの仮面が月光に照らされ、より不気味に見える。

 メタナイトは月に手をかざし、握りしめた。

 

「いざ、月面へ。目指すは『夢の泉』の奪還。メタナイツの力をお見せしましょう」



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儚月抄:Rescue
戦艦と桃色玉


シリアスの波動を感じる……


 月明かりの夜。

 人間たちが寝静まる夜。

 妖怪たちが活動を始める夜。

 

 そんな夜に、人間である魔理沙は眠らずに机で作業をしていた。

 魔理沙はしばしば夜更かしして作業をすることがある。

 自分の力をうまく行使するための努力を惜しまない。それが霧雨魔理沙という人間である。

 

 しかし、結局のところは人間。

 睡眠を取らねば死ぬ存在である。

 しばらく作業に没頭していた魔理沙だが、やがて大きく伸びをして体のコリをほぐすように動く。それと同時にボキボキと鈍い音も聞こえてくる。

 

「うぅん、さすがに疲れた。もう寝ようかな……」

 

 カービィはすでに眠っているはずだ。

 魔理沙は寝巻きに着替えるべく、椅子から「よっこらしょ」とおっさんくさい声と共に立ち上がる。

 

 その時、ふと聞こえた。

 鈍い重低音を。

 巨大なものが横切るような風切り音を。

 夜は妖怪の時間。ならばこの音も妖怪の仕業と考えてもいいだろう。

 だが魔理沙は、その時だけ妙な悪寒に襲われた。

 いてもたってもいられなかった魔理沙は、ついに玄関から外へと飛び出した。

 

 そしてその音の正体は探すまでもなかった。

 探す必要がないほど、それは巨大であったのだ。

 

 まるで、空を行く黒金の城塞。

 巨大な蝙蝠のような羽が四枚伸び、そして前方には白い仮面のようなものが取り付けられている。

 大きさは200メートルあるのだろうか

 それが何かはわからない。

 しかしなんとなく、『船』である気がした。

 

 これだけでも異常事態だが、さらに魔理沙の目には更にとんでもないものが写り込んでしまった、

 

 その黒金の城塞に向かって行く発光体。

 それは紛れもなくカービィのものであった。

 

「何……やってんだ、カービィ!」

 

 魔理沙は思わず怒鳴り、そして立てかけてあった箒を掴むと、即座に急加速した。

 ぐんぐんと黒金の城塞が近くなる。

 カービィはもう内部に潜り込んだようで、姿は見えない。

 だが魔理沙は諦めず、カービィの通ったであろう場所を行く。

 

 そのまま黒金の城塞の上に回り込み……戦慄した。

 上の部分は甲板となっており、そしてずらりと大砲と思わしきものが所狭しと並んでいるのだ。

 どれも、資料としてみたことのある大砲よりも大きい。

 そして目を引くのは、その甲板の真ん中にある特に巨大な大砲。

 一体一発でどれだけの被害を生むことができるのだろうか。

 

 異変か? これも異変なのか?

 だとしたら、見過ごすわけにはいかない。

 もしかしたらカービィも止めるために入っていったのかもしれない。

 

「……っ! あそこか!」

 

 魔理沙は通路を見つけると、一直線に突っ込んでいった。

 

 

●○●○●

 

 

「カービィの搭乗を確認したダス」

 

 大柄で全身鎧を着込んだメイスナイトが監視カメラの映像を確認し、報告する。

 他にもバイキングのような兜をかぶったアックスナイト、そして鷲の頭をもったバル艦長、そしてこの戦艦『ハルバード』の主人であり、メタナイツが首領、メタナイトも搭乗している。

 広いブリッジからは艦内の様子や航路などが映し出され、いかにもSFといった感じだった。

 

「さて、そろそろ出発するか。日が出ては目立つからな」

「そーだね」

 

 さらにメタナイトの後ろから別の声が聞こえる。

 それはデデデ大王と、バンダナワドルディの声であった。

 だが今回ワドルディは気分を出すためか、水兵帽を被っていた。

 デデデ大王がハルバードに乗るのは非常に珍しい。

 それだけ重要な作戦であるということだろう。

 

「ではクルー全員に告ぐ。これより月面へのワープを開始する。回線を……」

「あっ、ま、待ってください! 何か接近しています!」

 

 メタナイトの言葉を遮る形でアックスナイトが叫ぶ。

 アックスナイトが叫ぶその視線の先には確かにこちらに飛んでくる影があった。

 その影の正体に心当たりのないメタナイツたちは、操作盤をいじり各砲台の焦点を合わせようとする。

 

「メタナイト様! 撃墜許可を!」

「こんなところで邪魔されたくないダスよ!」

 

 血気盛んなメタナイツ達。

 しかし、メタナイトとデデデ大王、そしてバンダナワドルディ改め水兵ワドルディはその影に見覚えがあった。

 

「……いや、待て。彼女は霧雨殿だな」

「ああ、魔理沙か。大方、外に出るカービィに気づいてついてきたんだろうな」

「あ、あれが噂のカービィの保護者ですか!?」

「と、すると撃墜するのは……」

「……カービィの恨みを買いそうダス」

「で、どうするのー?」

 

 これは予想外だ。

 できれば内輪だけで解決したかった。

 だが、彼女の性格を鑑みるに、是が非でも乗り込んでくるだろう。

 

「……うむ、仕方があるまい。霧雨殿をお通ししろ」

 

 

●○●○●

 

 

「はぁあ……何じゃこりゃ」

「ぽぃ」

 

 魔理沙はまるで小さな子供のように辺りをキョロキョロと見回しながら、艦内をカービィとともに進む。

 『スピーカー』なるものから聞き覚えのあるメタナイトの言葉に従い、魔理沙は艦内を歩いていた。

 非常に広く、また入り組んでいて、そう簡単には目的の場所へはたどり着けないような構造になっていた。

 やはり城塞としての役割もあるのだろう。敵襲を考えての作りであることは明らかであった。

 

 そして、ようやく1つの扉の前に辿り着く。

 その扉は魔理沙が触れる前に自動で開く。

 その先には、魔理沙の知る面々、メタナイト、デデデ大王、そしてワドルディがいた。

 しかしそれ以外にも魔理沙の知らない鷲頭や一頭身の鎧もいるし、ワドルディが被るのはいつもの青いバンダナではなく水兵帽。

 

「久しいな、霧雨殿。軽く我が騎士団、メタナイツの紹介をさせてもらおう」

 

 そしてメタナイトが魔理沙の知らない面々の紹介を軽くする。

 簡単に自己紹介を終えた魔理沙は早速メタナイトを問い詰めた。

 

「で? これはなんだ? 何をしようとしている?」

「簡潔に言おう。我々はこれから、我々の世界のあるアイテムを月から奪還する」

「何!? 月だと!?」

 

 魔理沙は己が耳を疑った。

 月には一度行ったことがある。

 そして為すすべなく敗北して帰ってきたのだ。

 彼の地にいるのは幻想郷の住人など歯牙にも掛けない猛者。

 それに喧嘩を吹っかけに行くようなものだ。

 

「おい、あそこに何がいるのか知っているのか!?」

「知っているとも。八意殿から色々と情報を集めた。特に、相対すると思われる者の中で最も強いと思われる綿月姉妹の事については」

「っ! なら、なぜ?」

 

 八意永琳は綿月姉妹の指導役であったという。つまり、幻想郷で最も二人についてよく知る人物だ。

 その永琳に聞いたのならば、その強さもよく知っているはず。

 侮ったのか。

 

「なに、強さはよく聞いたとも。その上で、我々はやらねばならない」

「……あそこは幻想郷以上の魔境だぞ? 人類を滅亡させるような話が大好きな輩だぞ? それでも行くのか?」

「ああ。……霧雨殿が行きたくないのならば、ここで降りると良い。さぁ、回線をつなげ」

 

 メタナイトの指示により、メイスナイトが操作盤で何かを操作する。

 するとしばらくノイズが走った後、声が聞こえてきた。

 

『ハイハイ、やっとボクの出番かナ?』

「ああ。異空間ロードの入り口を開いてくれ。出口は伝えた通りだ」

『了解。それじゃ開くヨ』

 

 すると、空気の震えるような感覚が起きる。

 ふとブリッジから外を見れば、目の前にあるのは巨大な空間の裂け目。

 まるで紫のスキマのようだ。

 

 それを見て唖然とする魔理沙に、メタナイトは問いかける。

 

「さぁ、我々は月へ行く。返答はいかに、霧雨殿?」



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侵攻と桃色玉

 戦艦ハルバードはその異空間ロードへ繋がる裂け目へ入る。

 その先は様々なものが混在し、光のスペクトルも異常な反応を示す、宇宙空間とも違う異様な空間。

 

 そこに入った途端、カービィ、メタナイトとデデデ大王、そして水兵ワドルディは懐かしそうな顔をする。

 彼らがここに入ったのはこれが初めてではない。プププランドからある惑星へ行く為に、そしてある裏切り者を追うために何度か通った場所だ。

 しかし、他のものにとっては初めての空間であり、その顔には多分に警戒の色が見て取れる。

 

 魔理沙もその一人であった。

 

 結局魔理沙はカービィと共についてきた。

 はっきり言ってあの二人にはもう会いたくもない。

 だが、あの二人の力を見たことのある自分が行くからこそ、カービィ達の生存率を上げることができると考えたのだ。

 

「メタナイト、ここは?」

「異空間ロード。ある魔術師が使う空間転移の為の空間だ」

『その魔術師はボクのコトだヨ』

 

 メタナイトに続くようにして、妙に片言な言葉がスピーカーから聞こえてくる。

 どうやら音声のみの通信らしい。

 

「なるほど、やはりスキマみたいだな」

「それで、魔術的ハッキングはどこまで進んでいる?」

『バッチシ進んでいるヨォ。君達が出る頃には完了していると思うヨ』

「わかった。ではこちらも準備に入る。カービィ!」

「ぽよ!」

 

 突然名前を呼ばれたカービィは勇ましく返事をする。

 

「そろそろ準備の時間だ。行くぞ!」

「うぃ!」

「カービィ……行くんだな?」

「うぃ」

「……なぁ、メタナイト。私は行っちゃダメなのか?」

「今回は相手が殺しにかかってくる可能性もある。だからこそ、霧雨殿を前線に出すわけにはいかない。カービィなら、必ずや勝利を掴むと信じている」

 

 つまりは、前線に出るには力不足、ということ。

 唇を噛みながらも、魔理沙は頷き了解の意を示す。

 そして、カービィとメタナイトは扉の奥へと消えて行った。

 

 

●○●○●

 

 

 メタナイトがブリッジに戻ってくるまで、そんなに時間はかからなかった。

 そしてメタナイトが帰ってくる時にはちょうど異空間ロードを抜ける時であった。

 

 つまり、この先に月の都があるということ。

 

「そちらの準備は良いか」

『バッチリ。空間干渉式の転移妨害も発動させてるヨ。頑張ってネ、カービィ!』

「ではクルー全員に告ぐ! これより敵地に突入する! シールドを張れ!」

「了解ダス!」

 

 メイスナイトが操作盤をいじった途端、薄い光に包まれたような気がした。

 おそらくこれがシールドなのだろう。

 

「月の都までもうすぐです! あと20!」

「……そうか。カービィの様子は?」

「落ち着いています! 準備もできているようです!」

「月の都まで、あと10!」

「では、そろそろアレを出せ!」

「はっ!」

「月の都まで、あと5、4、3、2、1、出ます!」

 

 視界は突然明るくなる。

 見ればそこは、あの時みた月の都そのもの。

 彼の地、浄土が眼下に広がっていた。

 

「はは、また来ちまったか……っておい! なんか撃たれているぞ!」

 

 魔理沙が下を覗いた時、都の方から光が何度も瞬いているのを見た。

 それが当たると同時に、シールドに若干波紋が起きているのも。

 

「……八意殿は月の都に密告したようだな。やはり弟子のいる地に攻め込まれるのは許し難かったか」

「おいそれじゃ……この奇襲は月の都にはバレているということか!?」

 

 奇襲がバレている。

 これは非常にまずい状態だ。

 相手に存在がバレていないからこそ、奇襲は効果を発揮できるのだ。

 それがバレてしまっては、奇襲は奇襲としての意味をなさないどころか、返り討ちに遭うのが常だ。

 

 しかしメタナイトは不敵に笑う。

 

「ああ、問題ない。むしろ想定内、作戦通りだ。彼らは魔法による無線で素晴らしい連携を取るという。しかしそれこそが命取りだ。……やれ、マホロア」

『メタナイト、君って本当、血も涙もないネ。それじゃ、いくヨ……魔法無線通信と電波無線通信を同期! やっちゃえ、カービィ!』

「いけ! カービィ投下!」

「はっ!」

 

 スクリーンに戦艦の下部に取り付けられたらしいカメラの映像が流れる。

 そして、パラシュートで降下するカービィを追尾するように焦点を合わせる。

 

 そして、魔理沙の顔から血の気が引いた。

 そのカービィの姿は紛れもなく……マイクの姿であった。

 

「め、メタナイト。何をする気だ?」

「月の都はテレパシーによる素早い情報のやり取りと連携を駆使し、侵入者を追い詰める。今のように八意殿からの密告があったならば、その対応力はさらに上がる。……だがそれが命取りだ。準備していたということは、すでにテレパシーによる連絡が今も流されているということ。そして今や、魔術的ハッキングにより、そのテレパシーのチャンネルはカービィの持つマイクと同期してある。つまり……」

「ま、まさか!」

「さぁ、歌え、カービィ!」

 

 メタナイトがカービィの腕につけた無線機で指示を出す。そしてすぐさま、無線を切った。

 それに呼応するように、月の都のテレパシーとつながったマイクを、カービィは握りしめた。

 そして。

 

『なやええう! ぅおいよ、やぁ、かええも!』

 

 暴力的な歌……いや歌とも呼べない音が、月の都に木霊する。

 

『えあうああ! ぅやうゆうゆあわあてっ!』

 

 そして至る所から爆発音が鳴り響く。

 

『わやいあや! はやえ、う、おおろお!』

 

 そして気がつけば、戦艦ハルバードへの攻撃が止んでいた。

 

『いえあいわ! おぅい・や・やぁ・いっ!』

 

 テレパシーとは、直接脳内に音声情報を届ける方法。

 つまりカービィの持つマイクとテレパシーを同期させたということは、今前線に立つ月の住人や月の兎の脳内にはカービィの歌声が直に響いているということだ。

 カービィの歌を聞いたことのある魔理沙は想像しただけで薄ら寒くなる。

 しかも恐ろしいことに、シールドで守られているはずのハルバードが、若干小刻みに揺れているのだ。

 恐ろしいこと、この上ない。

 

 やがてカービィも満足したのか、やっと歌い終える。

 それと同時に振動も収まった。

 カメラでカービィが歌い終えたのを確認したメタナイトは無線をオンにしてカービィに指示を出す。

 

「あとは残党処理だ、カービィ。……尤も、相手はほぼ決まってはいるがな」

『うぃ!』

「気を引き締めろ。相手は相当な手練れだ」

 

 さらにメタナイトは画面を切り替え、別の者にも指示を出す。

 

「念の為だ。空間固定の魔法もカービィにそちらからかけてくれ。ワープを自在にできたお前ならできるはずだろう?」

『ウーム、ボク一人だとカミサマ相手には出力不足だナァ。クラウンがあったら別だケド。ローアとランディアからも魔力を借りるけど、その間殆ど行動できないカラネ? 急な対応は難しいヨォ?』

「ああ、それでも頼む」

「メタナイト、ちょっといいか? 何故、カービィだけに行かせたんだ?」

 

 メタナイトの言う『相手』が誰か大体予想がつく。

 ならば、カービィ一人では荷が重いのではないだろうか?

 

「魔理沙の心配はわかる。しかし、それで良い」

「なんでだよ」

「確かに私などが加勢すれば勝率は高くなるだろうが……もし片割れの能力により、どこかに放り出された場合、たとえ宇宙空間へ放り出されても、我々は普通に行動できるが、捜索には手間がかかる。だからこそ、大量に戦力をつぎ込むのではなく、カービィ単騎で挑む必要があるのだ。例え何度も放り出されてもすぐに戦線復帰できるようにな」

「……もしもの時は私も行くぞ?」

「自己責任で頼む。しかしこれから我々は月の都の勢力範囲から脱するぞ?」

「この戦艦そのものが放り出されるのを憂いてか?」

「その通りだ」

「……勝てるのか?」

 

 最後の質問は、質問というよりかは魔理沙の悲痛な願いにも聞こえた。

 それに答えたのは、デデデ大王であった。

 

「なに、心配ない」

「なんでそう言い切れる? 相手は……月の都の最高戦力と八百万の神だぞ?」

「所詮は小さな星の、小さな都の精鋭だろう? その程度、数多の星々を駆けてきたカービィの敵ではないわ」

「だが……」

「それに、こちらには切り札もあるからな」

 

 そしてデデデ大王は不敵に笑うのだった。

 

 

●○●○●

 

 

 カービィは辺りを見回しつつ進む。

 周囲には飛散した家屋と、泡を吹き目を回したウサギ耳の人間が倒れている。

 なんでこんなことになっているかはカービィにはわからないが、とにかく目的のために進むしかない。

 

 そうしてカービィが決心を強くした時。

 

 パリン、と何かが砕けるような音が鳴る。

 まるで空間そのものが割れたような、そんな感覚。

 キョロキョロと辺りを見回していると、いつの間にか真正面に、二人の人間の影があった。

 

「あらあら、防御系の術かしら。中々強力ねぇ」

「不浄な桃色玉よ、そのまま浄化されればよかったものを」

 

 そしてその二人は、見るからに敵意を剥き出しにしていた。




カービィが何を歌っているか、わかったらすごいと思います。


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月の姉妹と桃色玉

前回の答え合わせ:カービィが歌っていたのは『Bad Apple!』でした。


 カービィの目の前に現れた二つの影。

 片方は長い金髪にリボンのついたモブキャップを被り、扇子を持っている。もう片方は長い紫髪を黄色のリボンでポニーテールにしており、日本刀を装備している。

 共通項としては二人とも白と紫のワンピースのようなものを着ている事と、前者は天真爛漫そうで、後者は生真面目そうな対称的な雰囲気を放ちながらも、どこか似ている部分がある事か。

 

 先程の空間が割れたような感覚は、かの魔術師が全力でかけた防御魔法が無事発動した、という事だろう。

 しかし、かの魔術師が得意な空間操作系の魔法を全力で駆使してもギリギリ防げた、という感じだった。つまり、それだけ相手の力が優れているという事。

 しかも、それ以外の防御魔法はかけていない。というより、先の魔法に全力を出しているために、かけられない。しかも相手の手札はこれだけではないはず。かの魔術師の全力でやっと戦線に留まることができる、と行った状態。はっきり行って有利でもなんでもない。

 さらに、これだけやっても力を抑えられたのは金髪の片割れのみ。紫髪の片割れの弱体化はノータッチだ。

 その紫髪の片割れは“純粋な戦闘能力”のみで評価するならば金髪の片割れを上回る。おそらくタイマンでは最強の部類。

 

 そして金髪の片割れがその扇子を突き出す。

 

「一体何処の国のものかは知りませんが……あなた方は不浄の地の出ですね? 不浄の者がこの浄土へ足を踏み入れることは許されておりません。退去願いましょう」

「速やかに聞き入れよ。さもなくばここで浄化してくれよう」

 

 上位者だからこそできる高圧的な態度。

 それに答えたのはカービィではなく、その腕につけた無線機。

 

『まずは名乗るのが礼儀ではないのかね? 月の都の姉妹よ。私の名はメタナイト。目の前にいる者はカービィという』

 

 聞こえてきたのはメタナイトの声。

 全く予想外な場所から声が聞こえたため、二人は若干眉をひそめるが、特に反応することもなく答える。

 

「不浄な侵入者に教える名はない」

『そうか。それは残念な事だ、綿月依姫殿』

「あらあら……名乗る必要はあったのかしら?」

『綿月豊姫殿、貴女方は高貴な生まれの様子。ならば様式美というものも理解できますでしょう?』

「なるほどね。伊達に騎士(ナイト)を名乗ってないわけね。良いでしょう。不埒な侵入者に名乗るというのも粋ですわ」

 

 そして金髪の片割れ……綿月豊姫はワンピースの端をつまみ、優雅に名乗る。

 決して、不浄な侵入者の前に頭を下げたりはしない。

 

「私は月の使者のリーダーを務めております、綿月豊姫です。短い時間ではありますがよろしくお願いいたしますわ。ほら、依姫も」

「姉上……はぁ。私は綿月依姫。姉上と同じ月の使者のリーダーだ。以上」

 

 紫髪の片割れ……綿月依姫はぶっきらぼうに名乗る。

 そして刀をカービィに向ける。

 

「……で、何が目的だ」

『簡単なことさ。ちょっとした探し物をここでしているのさ』

「つまりは前のような盗人という事ですか。本当、地上に生きる者たちの考えはどこまでも下賤でくだらないものです」

『さて、どうだかな。我々が探しているのはどちらかと言うと元々は我々の道具であったはずなんだがな』

「だからと言って浄土に無断で立ち入る理由にはならん。この地は絶対的な聖地。貴様らのような不浄な者共が足を踏み入れて良い場所ではない」

『なるほど、な……なんと言うべきか、野蛮だな』

「野蛮、だと?」

 

 空気が変わった。

 綿月姉妹の顔に浮かぶは明確な怒り。

 

「浄土に住まう私達を野蛮と言いますか。地上に住み、生命を奪って生きるあなた方の方がその言葉はふさわしいように思えますが?」

『ふっ、どうだか。私はその力を他人に行使する時点で野蛮だと考えている。それが例え聖なる力の行使でも、命を奪いうるならば、それは野蛮な行為だ。つまりは、野蛮性において我々も月人もそう違いあるまい』

「我々が行うのは浄化だ。貴様らの命の奪い合いとは違う」

『……ああ、そうか。月人。“お前たち”は生を否定する滑稽な生命だったな。すっかり失念していたよ。カービィ、勝手にやるといい』

「ぽよ!」

 

 カービィは威勢良く返事をする。

 綿月姉妹はメタナイトの言葉に含まれている挑発に乗る形で、その武器を構える。

 ……が、ふと豊姫があることに思い当たった。

 

「……メタナイト、一つ聞くわ。あなたの目的は月にあるアイテムの回収だったわよね?」

『ああ、そうだ』

「……まさか……生命のない別働隊を使っているわね?」

 

 豊姫の言葉に、依姫もハッとしたようにカービィを、いや正確にはカービィの腕についた無線機を見る。

 対する返事は、笑い声。

 

『ハハハ、流石に以前の侵入と同じ手口ではばれるか』

「なんだ、勝機ともいえる貧相な策も露見しているではないか。所詮は不浄の民だな」

『……しかし、気がついたところでどうする?』

「……なに?」

『月人は生命の察知は非常に敏感だ。だがしかし生命なき者を察知するのは難しい。故に簡単に都に侵入を許してしまう。だが、今回のように無生物の存在の侵入がわかれば、人海戦術で簡単に捉えることができるだろう』

「自分でわかっていて、なにを言っている?」

『わからんか、今の状況を。人海戦術を行えるだけの兵士がこの場に“残っている”のか?』

 

 そこでようやく、綿月姉妹は思い出した。

 このカービィという生命体によって、住人や兵士のほぼ全てが行動不能に陥っていることを。

 テレパシーに不明なユニットが接続されたことを察知できたのは綿月姉妹のような高位の者達だけ。そしてその高位の者達は揃って後方で都の住人ほとんどが行動不能になってしまったこの異常事態の解決に回されている。

 つまり、圧倒的人手不足。

 

「依姫! こいつに構っている暇はないわ! 早くこいつの同胞の捜索を……」

『どこへ行こうというのだ? せっかくであったのに、すぐに別れるというのは寂しいではないか』

 

 どこかへ行こうとする豊姫の足元に、何本かの太い針が突き刺さる。

 その針が飛んできた方を見れば、そこにいるのはトゲトゲした帽子をいつの間にか被ったカービィ。

 帽子についていた針が飛んできたのだろうか。飛んできた針と帽子の針は同じもののように見えた。

 

 そのカービィの目からは、この場からは逃さない、という意思が透けて見えた。

 

『貴女達の相手は今目の前にいるカービィだ。逃さんよ。たとえ綿月豊姫殿の力で逃げようとも、貴女達は月の都の守護のために月の都から離れられない。逃げられる範囲が決まれば最早我々の索敵能力と砲撃から逃れられると思うな』

「……言うじゃないの、不浄な野蛮人。とはいえ、私達をその舌のみで翻弄したのは評価してあげるわ。それに満足して、大人しく往ぬがいいわ。あなた方不浄な者共の不浄なる所以は地上に生き、地を這い蹲り、そして地で死ぬこと。存在自体が不浄であり、この地は不可侵にして絶対の浄土であると、思い知らせてあげるわ」

 

 最早その言葉によるコミュニケーションは意味をなさない。

 この後行われるのは──綿月姉妹は否定してはいるが──野蛮な力のぶつかり合い。

 

 依姫はその剣を地に突き立てた。

 瞬間、針山の如くカービィの足元から剣が生える。

 依姫の能力は八百万の神を一瞬でその身に降ろす能力。

 依姫を相手にすることはすなわち、八百万の神を敵に回すのと同義。

 その強さの前に、霊夢も、魔理沙も、咲夜も、レミリアも敗北を喫した。

 

『カービィ! 祇園様の剣だ! 下から来るぞ!』

 

 そしてその恐ろしさを知る魔理沙は、メタナイトから無線を奪い、カービィに指示を飛ばす。

 その指示に従ったかどうかは不明だが、カービィは丸まって帽子を使い四方八方に針を伸ばす。

 針は固く、そしてカービィの体は軽い。

 剣に弾かれるようにしてカービィの体はかち上げられ、傷を一切負うことなく離脱する。

 

 だが、その後ろには豊姫が待ち構えていた。

 豊姫の能力は山と海を繋ぐ……言わば転移能力。

 しかしそれは単なる転移ではなく、概念の隙間すら操れる紫同様どこまでも応用の効く能力。

 

 背後の気配に気づいたカービィは針を四方八方に飛ばした。

 だがその針は……あろうことか、豊姫の体をすり抜けた。

 能力の応用であることは確か。

 そして無防備なカービィへ向け、その扇子を向けた。

 

 森を素粒子レベルで浄化する、月の最新兵器。

 それの行使により、あたりは光に包まれた。



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浄化と桃色玉

色々な感想をいただきましたが、ここで補足を。

『カービィは不浄』と綿月姉妹は言っていましたが、彼ら月人は『生きているものみんな不浄』『ぶっちゃけ月以外に住む奴みんな不浄』という考えをお持ちです。だからカービィが不老でも純粋無垢でも彼らにとっては等しく不浄扱いです。月人のメンタルすげぇ。


 素粒子レベルで森を浄化する月の技術。

 その力は凄まじく、その範囲は戦略兵器の爆発に値する。

 しかも、その範囲内は綺麗さっぱり『浄化』されるのだ。

 浄土である月の都で行使した場合、これ以上浄化しようがないために光が溢れるように見えるだけだが、もしここに不浄なるものがいれば一瞬にして『浄化』されていたことだろう。

 

「他愛ないわね。そもそも私達二人を同時に相手にした時点で貴方の敗北は決していたというのに」

 

 豊姫はつまらなそうに扇子をくるりと回す。

 依姫は何も言わないが、同意とばかりに静かに刀を鞘に収める。

 

 だが、その時であった。

 直接戦闘に秀でた依姫だからこそ、気づけた気配。

 依姫は瞬時に降ろす神を決め、そしてその身に神を下ろした。

 

石土毘古神(イワツチビコノカミ)よ!」

 

 降ろしたのは岩と土の男神。

 その神の力により、大地から分厚い壁が生えた。

 それは人の作り上げたどの城塞の城壁よりも分厚いもの。

 しかしそれは、まるで巨人の持つ破城槌で突かれたかのように、たった一撃で大穴を開けられた。

 

 その穴から飛び出してきたのは、カービィであった。

 カービィが乗り込むのは、竜を模した飛行物体、ドラグーン。

 それによる突貫であった。

 

 なぜ、カービィは浄化されることなく今も生きているのか。

 確実に、このドラグーンによる強制離脱を試みたのだろう。

 

 カービィは再び綿月姉妹と相見える。

 

 カービィはドラグーンを使い突貫する。

 迎え撃つは、依姫。祇園様の剣を構える。

 

『カービィ! 下から来るぞ!』

 

 魔理沙の指示に従い、カービィは高度を上げる。

 地面から剣が生えるならば、届かないくらいに高度を取ればいい。非常に単純明快な対処法である。

 

 しかし……依姫は笑う。

 

 豊姫は数メートルほどの小惑星を運動エネルギーを保ったまま召喚しカービィに投げつけると言う荒技を敢行する中、依姫は剣を“空間に”突き刺した。

 その刃が中程から消え、代わりに無数の刃がカービィの周囲に、まるで空間を突き破るかのようにして現れる。

 

『なっ!? こんなことができるなんて、聞いてないぞ!?』

「残念だったわね、魔理沙。私はあの時、実力を全て発揮していたわけではないのよ」

 

 嘲りを多分に含んだ声色で種明かしをする依姫。

 そしてカービィを囲んだ刃は、そのまま大砲のごとく射出され、カービィへ殺到する。

 絶対にやったといった状況に、依姫は笑う。

 何せ、神の刃が殺到したのだ。並みの生物ではまず対処はできず、たとえ神であっても無傷ではむまい。

 

 そして、炸裂音が鳴り響く。

 神の刃と神の刃の超速で衝突。

当然神の刃は砕け散り、美しいダイヤモンドダストのように太陽光を反射する。

 

 だが次の瞬間、目の前の景色は瞬時に変わった。

 この感覚は知っている。姉、豊姫の転移能力だ。

 いつの間にか自分はさっきいた場所よりも10メートル以上後方に飛ばされていた。豊姫も同じように元の位置から離れていた。

 

「どうしたのです、姉上」

「……依姫、あれを見なさい」

「……ああ、なるほど」

 

 豊姫の視線の先。

 そこには、超速の刃を受けながら無傷のカービィがいた。

 しかも、その姿は先ほどとは全く違う。

 緑色の三角帽子と剣を持った姿。

 その姿に、魔理沙は見覚えがあった。

 

「ソード……なのか? いやしかし……」

 

 口でそういってみるがなんだか違う気がする。

 以前実験で見た時よりも、どこか強力に見える。

 三角帽子は大きく、先のポンポンは星型。側面には剣を模した飾りがつき、正面には光る星が取り付けられている。

 持つ剣は通常のものよりも分厚く、大きく、そして豪華であった。

 

「ソードではあるが、若干違う。あれは『ウルトラソード』だ」

「ウルトラソウル?」

「ウルトラソードだ。飲み込んだかの剣は神剣と見た。ならば通常のコピーで収まるはずがない」

「ウルトラソード……普通のものとどう違うんだ?」

「見ればわかるさ」

 

 メタナイトはスクリーンに映された映像を眺める。

 

 丁度、カービィは依姫に斬りかかる時であった。

 ドラグーンの運動エネルギーも利用した一撃はさぞ重いだろう。

 直接戦闘に秀でた依姫はその刀を構え、豊姫はサポートに回る。

 岩の壁を貫通するぐらいの力ならば、依姫も怪力の神の力を力を借りれば受け止めることはできる。

 

 だがしかし、襲いかかる斬撃は想像を超えるものであった。

 カービィが剣を振るう瞬間、突如としてその剣が何倍にも相似拡大したのだ。

 依姫よりも、その刀身は大きい。

 しかも日本刀のような細身の剣ではなく、非常に太く分厚い剣である。その総重量は計り知れない。

 しかもその超重量の剣を、ただの棒切れを持っているかのような速度で振り回すのだ。

 

 ドラグーンの速度、剣の重量、カービィの振るう速度、そして意表をついた攻撃。

 豊姫はそれらを冷静に判断した結果、再び転移によって回避を図る。

 当然、カービィの剣は空を切り、巨大化した剣は元に戻る。

 だが、騎乗するドラグーンの機動力は馬鹿にできない。すぐさま急旋回し、こちらへ向かってくる。

 

「その剣は素晴らしい。だが、鋼では神を下せん! 金山彦命(カナヤマヒコノカミ)よ!」

 

 巨大化した剣が依姫に迫る中、依姫は神を下ろす。

 

 瞬間、カービィの持つ剣は砂塵へと帰した。

 

 そしてその剣を再構成し、操り、カービィに斬りつけた。

 

「ぶぃ!」

『カービィ!』

 

 苦痛の声と、魔理沙の悲痛な声が同時に響く。

 斬られたカービィに大きな傷は見られないが、確かに苦痛の声を漏らし、ダメージを負っているようだった。

 すかさず豊姫がチャージの終えた月の扇子を使い、浄化の風を巻き起こす。がしかし、それは未知の技術によってすり抜けるように避けられた。

 とはいえ、先に一手を取ったのは間違いない。

 

 しかしカービィの戦意はその程度では削がれない。

 剣もまた、再生している。

 質量を自由に操れる剣だ。再生くらいはできるのだろう。

 そして再び、同じように突貫したのだ。

 

「愚かね。同じように突貫することしかできないとは」

「なるほど……所詮は不浄なる民の狂犬にしか過ぎないか」

 

 カービィは剣を振りかぶる。

 依姫は手を向ける。

 しかしカービィは恐れることなく剣を振るう。

 

 そして剣は、先ほどの巨大な剣ではなく、巨大なハリセンへと変化した。

 

「がっ!?」

 

 依姫の降ろした神は、いかなる金属も自由に操ることができる。

 しかしそれは、金属以外は操れないということ。

 そしてそのハリセンは───信じられない強度を持つが────金属ではない。

 

 綿月姉妹は揃って大地に叩きつけられる。

 

 やがてハリセンは元の剣に戻る。

 そのハリセンの下からは窪んだ大地と、未だ両の脚で立つ綿月姉妹がいた。

 

 傷はある。しかし戦闘に支障が出るほどではない。

 やはり彼女らも、神の血族であった。

 

「……なるほど、面白い。どうやらお前は私と同じように引き出しが多いようだ。……八百万の神を降ろせる私とどちらが引き出しが多いか比べるのもまた一興」

「カービィと言いましたね? あなたの戦い方はなんとなくわかりましたわ。トライアンドエラー、といったところですか。ならば、我慢比べといきましょう。不浄なる身が浄土でどこまで持つかは知りませんが」

 

 そしてその一撃は、二人の闘志に油を注いだ。



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巨槌と桃色玉

二日も更新を遅らせてすみません。

え? 何をしていたのか、ですか?







SCP財団日本支部への加入申請をしておりました。

晴れて私はSCP財団日本支部メンバーです。
もしかしたら報告書の下書きをこちらへ投稿するかもしれません。


 剣を振りかぶり、再三突貫するカービィ。

 

 次にその剣が変化したのは、人をはるかに超える大きさの……マグロ。

 しかしただの巨大マグロと侮ることなかれ。かの剣が変化した姿なのだ。凍っているのかは不明だが、とにかく尋常ではない強度を持つ。

 さらに、すでに生きているものではないために、豊姫の持つ扇子の効果も望めないし、そもそもまだチャージ中である。

 

 だが、一度技を見切った依姫の行動は早かった。

 腕に纏うは炎。

 見た所、なんの変哲も無い炎。

 その炎を纏った腕で、振り下ろされる巨大マグロを受け止めた。

 途端、マグロは炭化し、崩れ落ちた。

 

 愛宕の炎。

 地上にこれ以上熱い炎はないという。

 その地上がどこまでの範囲を示すか不明ではあるが、もし仮に地球の内核よりも熱いというならば、その温度は摂氏六千度に達するだろう。

 八咫烏の力を宿したお空の炎よりも熱いというならば、その温度は一億度を超えるだろう。

 いずれにせよ、巨大マグロの炭化には十分な温度だ。

 

 触れる前に炭化したマグロは、依姫に大したダメージを与えることは叶わなかった。

 そして、背後で豊姫が動いた。

 空間を割って出てくるかのように、様々な武器が現れたのだ。

 数多の剣や槍、槌……その種類は多岐にわたる。

 それだけではない。信じられないことにそれら全てには確かな神力が宿っていたのだ。

 

 そう、これら全ては神の使いし神器。

 一つ一つが強大な力を秘めた物。

 それを直接カービィへぶち当てた。

 

 直感的にその攻撃を察したカービィはドラグーンによる退避を試みる。

 がしかし、一つの刀がドラグーンに衝突。そのままバランスを崩し、落下してしまう。

 

 今まで攻撃を回避できたのはドラグーンの機動力が大きい。

 故に落下直後を狙われ、ダメージを受けてしまう。

 すぐにドラグーンの自動操縦で再び乗り込み、後の攻撃はかわしたものの、やはり体の小さなカービィの受けたダメージはバカにはできず、コピーロストも起こしていた。

 

 しかしそれでも容赦なく行われる追撃、追撃、また追撃。

 飛来する神器の数は恐ろしく多く、隙間もない。

 また、それだけではない。

 

天宇受売命(アメノウズメ)よ!」

 

 天照大神が岩戸に隠れた時、舞を踊り、引きつけ、天照大神を引きずり出す一助になった芸能の神。

 その力をもって、舞うように豊姫の神器の雨を躱す。

 更に躱しながらその刀で斬りつけるという恐ろしく器用なことをやってのける。

 

 ドラグーンを盾にして受け止めるも、最早余裕もない。

 やがて一つの金砕棒がカービィに迫りつつあった。

 それは鬼が持つかのような、巨大な金砕棒。

 しかし、その金砕棒からは確かな神力が漏れていた。

 名もなき武神の持つ武器であったのだろうか。

 その金砕棒はカービィに迫る。

 だがその重量を生かした打撃を与える前に、その金砕棒はカービィの胃の腑に落ちた。

 

 再び、カービィの体は光り輝く。

 そして、現れたのは赤と青の長いねじり鉢巻と、巨大な木槌を構えたカービィの姿。

 その突如として圧力を伴った姿の変化に気がついたのだろう。すぐさま依姫は退避を試みる。

 

 しかし、それは若干遅かった。

 

 カービィの手には余るほど大きな木槌。

 しかしそれは突如として更に巨大でカラフルな、恵比寿様が持つような形状の槌へ変化し、更に次は黄金の輝きを持つ、スパイク付きの槌へと変化した。

 その大きさは人を超える。

 人には不可能な膂力でそれを素早く持ち上げ、そして叩きつけた。

 

 初撃は依姫の降ろした神の力で避ける。

 がしかし、その槌から発せられた衝撃波を躱す事は叶わなかった。

 

「ぐっ!」

 

 大きく吹き飛ばされる依姫。

 地面に叩きつけられればより大きな損傷を負うだろう。

 がしかし、豊姫はそれを許さない。

 能力を行使し、豊姫を自分の腕で受け止める。

 それと同時に、空間の裂け目から光線を放ち、カービィを牽制する。

 

「依姫、大丈夫?」

「大丈夫です、姉上」

 

 一つ依姫は頷き、豊姫の腕の中から抜ける。

 そして正眼に刀を構える。

 

「なるほど、次は槌か……姉上、物質的な攻撃は避けた方が良いかもしれません」

「そうね。……空間干渉が防がれているとやりにくいわね」

『なに、それくらいのハンデは許してもらっても良いだろう?』

 

 無線機からメタナイトの声が聞こえてくる。

 

 確実に挑発だ。しかし乗らねばならない。

 カービィは一筋縄で行くような相手ではない。カービィを無視して連中の“探索”を妨害できるほど柔な敵ではない。

 ならば少しでも早く、討ち取らねばなるまい。

 

「最後のは金属だったけど、他の二つは金属ではなさそうね」

「おそらくかの者も私が金属を塵に帰せることを理解しているはず。ならば他の二つでの攻撃が主体になるでしょう」

 

 カービィはドラグーンに騎乗し直し、その槌を振り下ろす。

 その威力は尋常なものではない。

 しかも、金属対策として恵比寿様の小槌型の巨大な木槌を振り下ろしてくる。

 

 衝撃波への警戒から、豊姫による転移で避難を行う。

 と同時に、豊姫の放つ神器、更にはチャージの終えた扇子型の兵器での浄化を行う。

 

 ドラグーンの機動力は凄まじい。それは認めよう。

 がしかし、隙間ない攻撃に対して全て避けられるとは思えない。

 強行突破はそれなりのリスクがある。

 その時にもダメージは負うだろうし、それに迫る神器によって視界も良好とは言い難いだろう。

 

 そこを、叩く。

 

 依姫は神を呼び、降ろす。

 呼び出したるは……

 

炎雷大神(ホノイカヅチノオオカミ)よ!」

 

 雷の神。稲妻の畏れの具現。

 辺りは稲妻と、豪雨が降り始めた。

 

 そしてそれは具現する。

 古来より人が畏れ、崇め、奉ったもの。

 恐怖、脅威を収めるために、形を与えられたもの。

 

 それは……炎の龍であった。

 

 具現した炎の龍は、大量の神器に辟易するカービィへと飛び立った。

 カービィを胃の腑へ落とさんと。

 カービィをその業火で焼き尽くさんと。



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炎の龍と桃色玉

ぶっちゃけ、東方世界最強は綿月姉妹というよりはヘカーティアさんです。登場時最強議論スレが盛り上がりを見せたと思ったら一瞬に鎮火した程の圧倒的強さを誇ります。何せ地球と月と異世界(新しく作られた異世界も登録され、支配下に。つまり紫のスキマ空間も)の地獄の女神ですからね。その気になれば月を一瞬にして壊滅させることもできたでしょうし。

対抗しようと思ったら直属の上司のハデスやインド三神やクトゥルフ神話の外なる神あたりのモチーフキャラが出ない限り無理ですね。

カービィもぶっちゃけ無理でしょう。異世界にカービィ世界も含まれることになりますし。

……ヘカーティアのコピー? それならまだ互角かも……?


 炎の龍はカービィを包む。

 蜷局を巻くように、逃さぬように。

 豊姫と依姫は肉の焼けたような臭いを嗅いだ気がした。

 

 ……いいや、気がしただけだった。

 

 カービィを包み込む炎の龍。その実体なき姿が、歪んでいるのだ。

 まるで、尻尾から啜られているかのように。

 やがて、炎の龍は細く、弱々しくなる。

 そしてついに、その姿は掻き消えた。

 

 残ったのは……業火を冠のように頭に戴くカービィの姿であった。

 その炎は神の火に違いなかった。

 

「食った、だと? 神の火を?」

「なるほど……どうやら私達が思ってた以上に悪食のようね」

「姉上、作戦変更です。遠距離攻撃は非実体によるものでも避けるべきです」

「そのようね。金砕棒も食べられちゃったしね」

 

 カービィの脅威度をさらに上げ、刀を構える依姫と、近距離における攻撃手段が乏しいために、徹底して依姫の援護に回る豊姫。

 そして、縮められたバネが飛び出すように、依姫は地を蹴り凄まじい初速で飛び出した。

 人間では成し得ない、超速の突き。

 近距離にのみ特化したからこそ、成し得たもの。

 当然、神降ろしによるバックアップも受けている。

 降ろしたのは、かの有名な武神、建御雷神(タケミカヅチノカミ)

 雷撃を纏った刀はまさに稲妻の如く荒々しさを誇る。

 そして武神を降ろしたことによる、筋力の大幅な増強。

 

 その突きは、ドラグーンの機動力を上回った。

 

 カービィの体に、確かな傷を負わせたのだ。

 恐らくは、今までで最も大きなダメージ。

 

 無論、カービィとてタダでダメージを受ける気は無い。

 頭に戴く炎の冠。

 それが揺らいだかと思うと、そこから龍が現れたのだ。

 

 そう、かの炎の龍。

 

 その顎門が依姫の体を上から食らい付いた。

 そのまま叩き落される依姫。

 しかし、雷神でもある建御雷神を降ろしているからか、その威力の割にダメージを負っていなかった。

 痛み分け、といったところか。

 

「なるほどね。炎の龍までも取り込んじゃうのね」

「厄介極まりない。それに不浄なものが高貴な神の力を使うなぞ……」

「ちょっと不愉快ね」

『お喋りに興じる余裕があるのかね?』

 

 カービィの腕に取り付けた無線機から、またメタナイトの声が聞こえてくる。

 豊姫と依姫はそれには答えず、ただ依姫は刀を構えるのみ。

 

 炎の龍が顎門を開く。

 依姫は刀を上段に構える。

 濁流の如き炎の龍、清流の如き依姫。

 その濁流は、清流を呑み込むかに見えた。

 

 だが、清流は濁流と交わる事を良しとしなかった。

 刀身を小手に当てて固定し、炎の龍を横から受け止めたのだ。

 炎の龍は依姫を呑むことは能わず、体の横を滑るかのように交わして行く。

 

 炎の龍に触れることのできる実体はない。

 しかし、相手を吹き飛ばす力はある。

 爆炎が龍の形になっている、と言うのが正しいか。

 依姫が行ったのは、迫り来る爆炎に真正面から受け止めるのではなく、横から受け止めることにより、ダメージを最小限に抑え、かつその爆炎の押し出す力でさらに横に移動する、という高等なテクニック。

 形なき爆炎をいなした。そう表現するのが正しいだろう。

 人のできる技ではない。永き年月を生きてきた月人であるからこそなせる技。

 そして鍛えられた体幹により、その姿勢はほぼブレていない。

 だからこそ、即反撃に移ることができた。

 さらに豊姫のバックアップにより、瞬時にカービィの元へ斬りかかることもできた。

 

 これにはカービィも反応できなかった。

 出現とほぼ同時の斬撃には、流石に対応できなかった。

 豊姫と依姫の二人だからこそできる攻撃に、カービィは為す術がなかった。

 

 依姫の刀は、カービィをしかと捉えた。

 カービィの体に傷はつかない。だが、今まで以上のダメージを受けているのは確かであった。

 

『カービィ!』

 

 また無線をもぎ取ったのだろう。魔理沙の悲痛な声が聞こえてきた。

 しかし、元より依姫も豊姫も無線の声なぞ気にしてはいない。

 ドラグーンから吹き飛んだカービィを、依姫は空中で地面に叩き落とした。

 

 瞬間、かねてより仕掛けてあった罠が作動した。

 フェムトファイバー。月の都にある由緒正しき、決して切れない縄。

 それがカービィの体に雁字搦めになるように絡まったのだ。

 

 その罠を設置したのは、豊姫。

 そう、この時を待っていたのだ。

 豊姫は身動きの取れないカービィに扇子を近づける。

 

「私達月人相手に良く闘われました。その健闘を讃え……浄化します」

『ま、待て豊姫……ちょっ、何をする! おい! 待っ……』

『すまんな、霧雨殿。……さて、綿月豊姫殿、貴女はカービィを殺す……いや浄化する気か?』

「無論。この浄土に足を踏み入れた時点で、決まっていたことです。それは許されざる大罪なのですから」

『なるほど、生あるものの否定、か……』

「言いたいことは以上かしら? ではさよなら、桃色の傀儡よ」

 

 扇子から光が溢れる。

 その光が収まった時、そこには地面に転がる無線機のみが転がっていた。

 

 呆気ない、余りに呆気ない最期であった。

 

「さて、それじゃ本題……侵入者の目的の打破と行くわよ」

「はい、姉上」

 

 

●○●○●

 

 

 未だ魔理沙の怒声が聞こえるブリッジを後にして、メタナイトは艦内を移動する。

 向かったのは、貴賓室。

 そこには一人の女性がソファに座っていた。

 

「遅かったねぇ、メタナイト」

「申し訳ありません、ラピスラズリ殿」

「ヘカーティアでいいんだけど?」

「いえ、貴女様をそのように呼ぶわけには」

「そう? 気にしないんだけどねぇ」

 

 その女性はヘカーティア・ラピスラズリ。

 地球と、月と、異世界全ての地獄の女神。その異世界にはスキマ空間すら、そしてカービィ達の世界すら含まれる。まさに絶対的な神。

 首輪から伸びた鎖にはそれぞれ地球と月と異世界を模した球体が繋がっている。

 月の球体が頭部に乗っており、今の姿は髪の色が黄色く染まっている。

 

「で、今どんな感じ?」

「……カービィが戦線離脱しました」

「あー……そうか。まぁ相手が相手だからねぇ。一人ならなんとかなったろうけど、二人はキツイわぁ」

 

 そうは言っているが、ヘカーティア自身、きっと月の民が束になっても歯牙にかけない力を持つ。

 それは慰めでしかないのだろう。

 

「それで、私は貴女達の望みを叶えるためのバックアップとしてきているわけだけど……多分、あの夢の泉はあなたの願いを叶えるのには不十分よ。あなた方と同じ、虚構の存在でしかないわ」

「そうですか……ですがどちらにせよ、回収すべきです。こちらの世界でもスターロッドがある程度の願いを叶えてしまうことは証明済みなのですから」

「……メタナイト、覚えているわね?」

「もちろんですとも。たとえ私たちの望みが叶ったとしても、スターロッドを使ってあなた方を排除しようとはしません」

「ならいいわ。あなたを信用して、あなた方に手を貸しているのだから……ところで、いつまでもここにいていいの?」

「そうですか。では、お暇させていただきます」

 

 頭を下げるメタナイト。その頭上からヘカーティアの声が聞こえる。

 

「それじゃ私も仕事しに戻りますか。一応神様だしね」

 

 そう声が聞こえ、顔を上げた時には、すでにヘカーティアの姿はなかった。



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明日の風は吹かぬ

 綿月姉妹は襲撃により混乱する月の都を飛び回り、“メタナイトの探し物”を探していた。

 カービィは確かに浄化した。がしかし、月の都の物品の強奪を阻止できたわけではない。

 カービィはあくまで彼らの足止め。カービィを倒したところで、彼らの目的を打破できたとは言えない。

 

 だからこそ、綿月姉妹は必死になって飛び回った。

 捜索しながらも、気絶した月の兎を叩き起こし、捜索の協力を命じて回った。

 月の都の内部に穢れの反応がないあたり、確実にメタナイトは生命なき者を使役して物品を強奪しようとしているに違いない。

 だからこそ月の兎に見覚えのない者は捕縛するよう指示を出して捜索しているのだ。

 

 だが、しかし。

 

「……見つからないわね」

「ですね。確実に侵入者が居るはずなのですが……」

 

 見当たらない。どこにも、見当たらないのだ。

 メタナイトの指示に従い、月の都で火事場泥棒の如き行為をして居るはずの存在が居るはずなのに、それが見当たらない。

 メタナイトの発言を鑑みるに、月の都に下手人が居るはずなのだ。

 

 そこまで考え、豊姫はようやくあることに気がついた。

 

「……ああ、なるほど、嵌めてくれたわね」

「姉上?」

「ブラフよ。連中が探しているものは月の都にはない」

「なぜ? 奴は月の都に用があると……」

「それこそがブラフよ。私達を月の都に縛り付け、連中が目的のものの強奪をしやすくするための」

『素晴らしい。綿月豊姫殿、正解です』

 

 突如として、メタナイトの声が聞こえてきた。

 見れば、瓦礫に混じってカービィがつけていたものとは明らかに違う無線機が転がっていた。

 

『すでに我々はヘビーロブスターを駆使した捜索の結果、月の都から南西に124キロメートル離れた地点から目的のものの発見、回収に成功しています。すでに我々に月の都に留まる理由もありません。だからこそ……』

「だからこそ、お互い手を引けと?」

『察しが早くて助かります』

「なるほど。無理ね」

 

 豊姫ははっきりと言い切る。

 

「これだけ月の都に被害を出しておいて、ハイそうですかと見逃すわけにはいかないわ」

『素直にあなた方が我々の捜索を許してくれるとは思えない。だからこその手段だ。それともあなた方は頼めばこの不浄なる身の我々を月に入れ、捜索を許してくれたのですかな?』

「……ここは浄土。不浄な者を入れるわけにはいかないわ」

『ならばこれは致し方ないと思うがね』

「そう。ならば私達はあなた方ご自慢の船を落とすまでよ」

 

 豊姫の言葉に反応し、依姫はその刀を抜き払う。

 その音を聞き取ったのだろう。メタナイトは無線機の向こうで納得したような声を出す。

 

『そうか。ならばこちらも抵抗させてもらうとしよう』

 

 メタナイトはそう言った。

 瞬間、綿月姉妹はあるものの接近を感知した。

 それは、あり得ざる者。

 

「なぜだ!? 一体どういうことだ!?」

『見たままだよ、綿月依姫殿。幻覚でも、よく似た誰かでもなんでもない』

「……蓬莱の薬を飲んだわけではあるまいな?」

『そんなことはない。我々は貴女方が言うような、不浄なる一生物だ。ただ、我々はゲームの世界の存在で……残機が増えたり減ったりするがな』

 

 綿月姉妹の視線の先にあるもの。

 それは、浄化したはずのカービィが、ドラグーンに騎乗し迫る姿であった。

 

 無傷。消耗もなし。

 完全に綿月姉妹と戦闘を行うその前の状態に戻っている。

 その状態のカービィがこちらに迫っているのだ。

 今見ているのは幻影だと信じたいほど。

 だが、確かに鋭敏な月人の感覚はカービィの接近を伝えている。

 そして、目の前に再び立ちはだかったのだ。

 

「復活……だと?」

「まさか。浄化によって消されながら、なぜ復活できる?」

『なに、簡単なことだ。我々はコンテニューできる。ただそれだけのことさ。……おっと、カービィ、そろそろ宅急便が来る頃だ』

 

 さらにもう一つ、高速で飛来するものがあった。

 それは、魔理沙だった。

 

「カービィ、受け取れ!」

 

 投げたのは、予備の無線機。それを空中で受け止めたカービィは再び腕に装着する。

 そしてその無線機からメタナイトの声が聞こえて来る。

 

『さぁ、カービィ、仕上げだ』

「これも受け取れ!」

 

 続いて魔理沙は別のものを投げた。

 それは虹色に輝く果実。

 それは人呼んで『奇跡の実』。

 それを飲み込んだカービィの体は、その実と同じように、虹色に輝きだした。

 

 そして、感じた。

 なにか、良からぬものを。

 そして、察した。

 何かとてつもないものを相手にしてしまったことを。

 

天照大神(アマテラスオオミカミ)よ!」

 

 だからこそ、依姫は最高神を降ろしたのだ。

 かの神ならもしや、と。

 豊姫は扇子を構えた。

 いや、それだけではない。

 月の兵器という兵器、それを能力で呼び出したのだ。

 

 遠距離攻撃は飲み込まれる。

 そう理解していながら遠距離攻撃を選んだ理由。

 それは、近づいた方が更に最悪な事態に陥りうる。そう二人の直感が嘯いたからである。

 そしてその直感は正しかった。

 

 地上にあるありとあらゆるものを浄化し得る兵器から、浄化の光が束になって飛ぶ。

 太陽の光が、熱量が、それら全てが収束し、レーザーと化す。

 その二つの攻撃はカービィを挟み込むようにして放たれた。

 これで双方当時に対処することは難しくなっただろう。

 

 がしかし、カービィは数歩後ろに下がっただけ。

 そしてそのまま、吸い込んだのだ。

 そう、光であるレーザーを含んだ、二方向からの攻撃を。

 光は空間を直進する。曲がることはありえない。重力レンズも光が歪んでいるわけではなく、あくまで重力によって歪められた空間を直進しているのだ。

 ならば、空気の吸引であるはずの吸い込みはどうか?

 なぜ、レーザーがその軌道を不自然に曲げ、飲み込まれているのか?

 もはや、説明などできはしない。奇跡というしかなかった。

 

 いや、それだけではない。

 己から、何かが引き剥がされているような、そんな感覚すら覚えた。

 そして、自分の神力、霊力が、その吸い込みによってカービィの胃の腑へ流れていることに気がついたのだ。

 力の流出は止められない。

 依姫は、降ろした天照大神(アマテラスオオミカミ)の分霊も同じように引き剥がされているのを感じた。

 分霊は本体と同じ力を持った存在。それが引き剥がされようとしているのだ。

 

 やはり、止められない。

 だれもこの万物への爆発的な吸引力を止めることはできない。

 

『貴女方は我々を不浄と言った』

 

 身動きの取れない綿月姉妹に、メタナイトは無線から語りかける。

 

『生きとし生けるものは不浄と言った。私は浄土信仰といった宗教に詳しいわけではない。だが、浄土というのは、この世の苦しみと生命の輝きもあってこそ、美しく輝くものではないのか? この世の苦しみと生命の輝きを徹底的に排した浄土は果たして美しいのか? 私は疑問を貴女方に提示しよう。そして見るがいい。きっと誰よりも強く輝く、生命の輝きを』

 

 月人は浄土への依存で力を得た。

 しかしそれは生命というものを排する行為であった。

 生命の輝きを、彼らは否定したのだ。

 何億年と紬続けた生命の営みを、彼らは否定したのだ。

 寿命を恐れ、生命の輝きから逃れ、生命の輝きを否定した月人。

 そんな存在なぞ、誰よりも強い生命の輝きを持ったカービィの敵ではなかった。

 

 月の兵器は力を全て奪われ、ことごとくがカービィの胃の腑へ落ちた。

 天照大神(アマテラスオオミカミ)の放った極光は飲み込まれ、分霊は引き剥がされ、やはり胃の腑へ落ちた。

 二人の力も、吸い取られた。

 残るは頰を大きく膨らませるカービィと、消耗した二人。

 

 その二人に、強烈な反撃を繰り出した。

 

 口から吐き出される、様々なものが混じった極太のレーザー。

 いや、もはやレーザーと呼んでいいのかわからないもの。

 それは綿月姉妹の足元に着弾し、大規模な爆発を起こした。

 その爆煙が晴れた時、そこに両の脚で立っていたものはいなかった。

 そこにいるのは、倒れ伏した綿月姉妹。

 それを確認したメタナイトは返事のないこと承知で呟いた。

 

『なに、悪く思うな。その思想が悪いと思えない。ただ……過激な思想は敵を作るぞ? 昔の私のようにな』

 

 その声色はどこか懐かしそうであった。

 

 

●○●○●

 

 

「では輸送してくれ」

『わかったヨォ。あ、あとハルバード動かしたあとの空間操作は厳しいナァ。さっきのでヘトヘトだヨォ』

「わかった、休むといい」

 

 メタナイトが無線機の向こうの誰かに指示を出す。

 出し終えたあと、魔理沙はカービィを抱きかかえながらメタナイトに詰め寄った。

 

「あれは一体何だったんだ?」

「あれとは?」

「全部だ! カービィ復活も、取ってきたものも、あの変な実も!」

 

 質問攻めにあったメタナイトはしばし考え込む。

 

「ううむ。最初と最後の質問は悪いがパスだ。残念ながら答えられん。しかし2番目の質問には答えよう。アレは『夢の泉』。夢を生み出し夢を叶えるアイテムのスターロッドの台座であり、二つ揃ってようやく本当の力を発揮する」

「それで、メタナイトはなにをしようとしたんだ?」

「それは……」

 

 メタナイトはチラとデデデ大王に目配せする。デデデ大王はわずかに首を縦に振った。

 

「……ここは“現実”でもある。だからこそ我々の願いが叶うのではと思って活動していたが……残念ながらこれでは出力不足であると判明した」

「ってことは完全に無駄骨か?」

「いや、そうではない。スターロッドと夢の泉は極力近くに置いておきたい。でなければなにが起こるかわからないからな。どっちにしろ、我々には回収する義務があったわけだ」

「なるほどな……ってことは、結局お前たちの目的は達成されない、ってことか?」

「さぁ、どうだろうな……おっと、夢の泉が幻想郷に運び込まれたようだ。場所は地下洞窟か。人の目を避けるのには丁度いいな。ではそろそろ我々も魔術師の力で帰還するとしよう」

 

 若干はぐらかされた気はしたが、魔理沙は諦めて外を見る。

 すると前には、行きのように空間の裂け目が現れていた。

 そこへ突っ込むハルバード。

 抜ければきっと目の前には美しい幻想郷へと戻ることができるのだろう。

 そう、生命の輝き溢れた幻想郷に。

 そして目の前は明るくなり……

 

「ようこそ、魔理沙。そして……カービィ」

 

 突然暗くなったかと思うと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 そこはすでにハルバードのブリッジではなかった。岩の床、岩の壁……洞窟と表現するのが正しいだろう。

 

 そして魔理沙の立つ目の前には、幻想郷の管理者、声の主、八雲紫が佇んでいた。



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幻想大戦
スキマと狐と桃色玉


今回短めです。

SCP関連の作品をあげました!
『SCP財団 ハーメルン支部』です。しばらく校正した後、SCP財団日本支部にもあげようと思っています。
どしどし厳しい感想、お願いします!


「カービィ。直接会ったのは……もしかしたら初めてかしら?」

 

 八雲紫は蠱惑的に微笑む。

 しかしながら、そこに好意は皆無。逆に吐き気を催すほどの敵意を感じる。

 

「おい、私はさっきまでハルバードの中にいたと思うんだが?」

「ええ。出てくるときにちょっと動かしたのよ」

 

 おそらく、スキマの行使によって魔理沙を転移させたのだろう。

 しかし、何のために?

 ……溢れ出る敵意を鑑みれば、要件は分からなくもない。

 

「なるほど。これがあなた方の世界のアイテムね」

 

 紫は転移させた夢の泉へと近寄る。

 すでに起動しているのか、白く、ワイングラスを重ねたような形の夢の泉の椀からは輝く水が溢れ出し、あたりに泉を作り出していた。

 そしてその天辺には、紫色のスターロッドが設置されていた。

 それを紫は何のためらいもなく取り上げた。

 

「確かに強い力を秘めているみたいね。現実改変のアイテムとは、本当に厄介だわ」

 

 そう言いながら紫はスキマへ手を伸ばす。

 手を引いた時、その手には最後の一つ、赤色のスターロッドが握られていた。

 

「ぽよ!?」

「お前、スターロッドを持っていたのか!?」

「ええ。古道具屋から拝借したのよ」

「何が目的だ?」

「さぁ? 何かしらね」

 

 露骨に答えをはぐらかす紫。

 相変わらずの態度に魔理沙は苛立ちを隠せなかった。

 だが、大妖怪たる紫は人間の小娘の怒りなどに動じない。

 更に恐ろしいことを口走る。

 

「ああ、あとお仲間に助けを求めるのはお勧めしないわ。今私の手の者が手厚くもてなしている最中でしょうから」

「……まさか!」

「ええ。仮面の騎士様は藍が、大王様は萃香が、ワドルディの集落は私と藍の式神が相手しているわ。ハルバードは私の力で空中に係留済み。外へ出ないようしっかり保護しているわ」

 

 要するに、分断して拉致している、ということ他ならない。

 最悪だ。本当に最悪だ。

 早くこの場から逃げ出し、メタナイトらと合流せねばならない。

 

 いや、果たしてそれは可能なのか?

 

 目の前の大妖怪、八雲紫。

 

 それが、本気でこちらを追い詰めようとしているのだから。

 

 紫は靴音を洞窟内に響かせながら、ゆっくりとこちらへ向かってくる。

 笑顔を崩さずに歩み寄る紫からは、尋常ではないプレッシャーを感じる。

 

 強者の敵意は物理的圧力も伴う。そう誤認させてしまうほどの精神的圧力。

 しかしそれでも魔理沙がこの場から逃げないのは、カービィがいるからか。

 魔理沙は紫に八卦炉を構えた。

 

「止まれ、止まれよ」

 

 魔理沙の声に合わせ、紫は足を止める。

 止めた理由は何か? 八卦炉を向けたからか?

 いや違う。スキマという空間を操る紫にとって、圧倒的熱量による攻撃しかできない八卦炉など、驚異たり得ない。

 つまり足を止めたのは、魔理沙と紫の圧倒的力の差……つまりは『強者の余裕』。

 傲慢であろうか? いや事実、それくらいの差はあるのだ。

 

「やめろ、近づくな。私たちに近づくな」

「そう。真実を知らない貴女はそういうでしょう。でも貴女は真実を知らない。そして知る必要もない」

 

 突如、魔理沙の視界が暗くなった。

 視界の端を薄っすらと、自分の帽子が舞うのを見た。

 暗くなる視界の中、魔理沙は狼狽した。

 紫は特に動いていなかったのにもかかわらず。

 つまり力を使う予備動作は無かったはず。

 ……いや、違う。力を使う予備動作など、紫にそもそも必要なかったのだ。

 これが、力の差か。

 

「カービィ! 逃げ……」

 

 せめてカービィを逃さねば。

 その一心で発した言葉は、途中で途切れてしまった。

 

 帽子を残し、魔理沙はこの場から消えた。

 この洞窟内にいるのはカービィと紫のみ。

 そして紫は法要を受け入れるかのように、両手をゆっくり広げた。

 

「私はこの“幻想”を愛する。さぁ、幻想を求める者、カービィよ。始めましょうか。この幻想をかけた欲望の戦いを」

 

 

●○●○●

 

 

 どこともわからぬ草原の中、メタナイトはある人物と相対していた。

 

「……なるほど。うちの魔術師の魔力切れを狙った転移か……中々小粋な事をしてくれる」

「許せ。仮面の騎士よ」

「メタナイトだ。貴女は……」

「八雲藍。八雲紫様の式神です」

 

 相対するは耳のついた帽子と九本の尻尾が特徴的な金髪の女性。

 

「なるほど。私も此処に来てある程度の勉強はした。八雲殿。貴女は九尾の狐、玉藻前だな?」

「……その名はすでに捨てた身だ。私は紫様の式神、八雲藍。それ以外何者でもない」

「そうか、なるほど。……なんとなくわからなくもないぞ、貴女方の講じた策は。分断と各個撃破。他の乗員も分断し、貴女方の手の者が撃破に向かっているのだろう?」

「……」

「沈黙が何よりの肯定だな」

 

 藍は長く溜息をつく。

 そして右手に光球を浮かばせる。

 

「まぁ、どうでも良いです。どちらにしろ貴方はここで死ぬのですから」

「穏やかではないな。やれやれ、どうやら我々は結局のところ“同類”と言うわけか」

「……貴方はどこまで知っているのです?」

「貴女が知っていることはほぼ全てだ。さて、殺しあうのだろう、八雲殿よ」

「ああ、当然だ。ここで幻想郷の塵となれ、仮面の騎士、メタナイト」

「そうか。それは恐ろしいな」

 

 メタナイトは宝剣ギャラクシアを引き抜く。

 枝分かれした、黄金色の剣。赤く輝く宝玉。

 剣そのものが生きているとも言われるが、実のところ正体不明の剣。

 ただわかるのは、業物というレベルでは収まらない……即ち九尾の狐にも届きうる剣。

 そしてマントの代わりに現れる、蝙蝠のような翼。

 

 そこにいるのは先ほどまでの紳士ではない。

 そこにいるのは幾度も戦いに身を置いた、歴戦の騎士。

 正眼に剣を構え、佇む。

 体格差は明らか。しかしながら、メタナイトの背後には不落の要塞が浮かんで見えた。

 しかし、八雲藍は傾国の女狐。

 数多の策で国を沈めて来たのだ。

 ならば、今回も変わるまい。

 

 静かに、両者は決戦の時を迎えたのだ。



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鬼と式神と桃色玉

「……ん? あれ?」

 

 デデデ大王は辺りを慌ただしく見回した。

 当然だ。周りの景色がいつの間にかハルバードのブリッジから見知らぬ岩場に変わっていたのだから。

 

「おーい、誰かいないのかー?」

「ここにいるぞ?」

 

 そして、突如後ろから声をかけられる。

 振り返ればそこには、真横に伸びた二本の角が特徴的な鬼の童女が手頃な岩に座り、盃の酒を飲んでいる最中であった。

 

「ん? 誰だお前は。まさかお前の仕業か?」

「違う違う。あんたをここに移動させたのは八雲紫だよ。胡散臭い妖怪を見なかったかい?」

「さぁ。見てないな」

「そりゃ残念だ」

 

 盃の酒を飲み干した鬼は岩から飛び降りる。

 その仕草は見た目通り子供じみたもの。しかし、それでいて長く生きた貫禄が内側から染み出しているかのようだった。

 

「おっと、名乗ってなかったね。私は伊吹萃香。鬼だよ」

「鬼か。旧地獄で飽きるほど見たな。俺様はプププランドを治めるデデデ大王だ」

「ほう、噂通り大王サマか。こりゃ敬意を払わないとね」

「で、なんだ? 大王たる俺をさらうということは身代金の要求か? あいにく、ワドルディは人の言葉を話さない。到底会話ができるとは思えんがね」

「違う違う。私が紫から“頼まれた”のは『送った奴の抹殺』さ」

「まさか暗殺とはな。驚いたぜ」

「どうだろな? 他の連中も同じようになっているらしいぞ? ほれ、アレ見てみ」

 

 萃香の指差す先。

 そこには先ほどまでいたハルバードが、夜明けの空から現れる鎖によって空中に縛り付けられている様子であった。

 

「……酷く目立つ場所にあるがいいのか?」

「さぁ? 紫の考えることはわからん。さて、それよりも……」

 

 萃香は瓢箪と盃を投げ捨てる。

 そして右足を強く踏みしめる。

 ありえないことに、岩は砂の城のように砕け、飛び散った。

 

「殺し合いだ、デデデ大王。でも私はしばらく強者に会ってなくて退屈しているんだ。もし私のお眼鏡に叶うならば、紫の頼みに背くことになるが、生かしてやるかもしれん」

「なるほど、そりゃ怖いな。俺は大王であって兵士ではないんだがな」

 

 デデデ大王は木槌を持つ。

 だが、その木槌を構えることなく、木の板を一枚剥がしだす。

 そこには、小さな機械が埋め込まれていた。

 そしてそれをデデデ大王は迷わず押す。

 

 瞬間、滲み出るように別のものが現れた。

 黒金の仮面と、黒金の巨槌。

 デデデ大王はその厳しい黒金の仮面を被り、総金属製ならば到底持ち上げることなどできなさそうな黒金の巨槌をあっさりと持ち上げる。

 

「ほぅ、いいねぇ。まるで昔の鬼のようだ。金砕棒を振り回してた頃が懐かしいよ。……しかしその装備……本気だね?」

「お前が本気ならば、俺様とて本気を出さなくてはなるまい」

「ハハハハハ! 嬉しいねぇ! 鬼は情熱的だ。想いに応えてくれる奴が大好きさ!」

「さぁ、やろうか?」

 

 デデデ大王のその誘いに、萃香の笑みは凶悪なものに変わる。

 そう、まさに全盛期の鬼のように。

 

「ああ、いいだろう! 不足なしだ! 鬼の拳、とくと味わえぇぇぇぇぇ!!」

「グワォォォォ!!」

 

 萃香の怒声が、デデデ大王の咆哮が、幻想の地に轟いた。

 

 

●○●○●

 

 

「みんなー、いくよー!」

 

 魔法の森の一角を、橙が進んでいた。

 いや、橙だけではない。犬や猫、狐、狼、蛇、烏……その他さまざまな動物が橙の後をついて進んでいた。

 ただし彼らは単なる動物ではない。紫と藍が使役する式神である。

 人型をとっていないあたり、橙よりも低位な妖怪だと考えられるが、紫と藍という大妖怪によって能力にブーストがかけられた妖怪だ。人を容易に殺すこともできるだろう。

 紫と藍にかかればもっと高位の式神を作り出せるのだろうが、今回は頭数が必要なのだ。

 その数、合計で100は超える。

 

 橙たちに課せられた使命。それはワドルディの集落の壊滅。

 一体何体いるかもわからないワドルディの集落を襲うならば、これくらいの数はいるだろう。

 ただ一つの救いは、ワドルディたちの戦闘能力は低いことか。

 

「む、見えてきたね」

 

 やがて魔法の森は、突如人の手によって切り開かれたようなひらけた場所に出る。

 事実、ワドルディによって切り開かれた後だ。

 奥には大量の小さなログハウスが並んでいる。

 

 これら全て、ワドルディ達の拠点だ。

 

 烏のような鳥の式神は高空へ飛び立ち、上からワドルディを探す。

 そして、一部の式神は集落を回り込むように動き出す。

 ワドルディ一人たりとも逃さない。そんな陣形。

 

 そして最も大きな橙率いる隊が集落へと踏み入る。

 中心から外側へ。外側から内側へ。そう攻め立てることにより挟み撃ちにする作戦だ。

 

 だが、橙がその集落に踏み入れた途端、その異常に気がついた。

 人っ子一人……いやワドルディ一人も居ないのだ。

 どこを探しても、恐る恐る建物の中を見ても、誰も居ない。

 

「んー? どこにも居ないなぁ」

 

 鳥系の式神達が報告に来る。

 やはりワドルディの姿は見つからなかったらしい。

 

「むー。一体どこに行ったんだか……もしかしてあそこかな?」

 

 橙の目に入ったのは、一際大きな建物。

 もしかしたら、自分たちを察知してあそこに立て籠もっているのかもしれない。

 式神を引き連れ、その建物を目指す。

 やはり、他の建物とはどこか違うようだった。

 まるで、防御拠点のような、そんな建物。

 

 やはりここにいるのかもしれない。

 

 そしてその予想は、見事に的中した。

 

「いらっしゃい。これまた大勢だね」

 

 いつの間に書いたのだろうか。その建物の門の前にあるワドルディがいた。

 青いバンダナを巻いた、喋る個体。

 だが、ここで橙は首をかしげる。

 

「あれ、確か君ってあの大きな船に乗ってなかったっけ? 藍様そう言ってたよ?」

「うん。乗ってたね。でも閉じ込められる前に飛び出してきたのさ」

「ふぅん?」

 

 あの紫が包囲したのだ。そう簡単に逃げられるのだろうか?

 多少疑問に思いながらも、そういうもんだと納得するしかあるまい。

 どちらにしろ、これは変りようがない。

 

「で、どうするのさ? うちは100人ほど。そちらは一人じゃないか」

 

 そう、数による圧倒的有利。

 集落にいるワドルディ全員で立ち向かえば、もしかしたら突破できたかもしれないが、目の前にいるのは非力なワドルディ一人。

 しかしバンダナのワドルディは落ち着き払って言う。

 

「うん。他のワドルディはみんな逃げたし、確かに一人だね」

「その一人でどうやって立ち向かうのさ?」

「こうするよ」

 

 突如、ワドルディはあるものを取り出す。

 それは、ボタンがついた機械。

 そのボタンを何のためらいもなく押した。

 途端、地響きが起きる。

 見れば、巨大な鉄塔……恐らく30メートル程のものが、地面から伸びてきたのだ。

 それが集落の四隅を囲うように現れる。

 そしてその鉄塔の天辺を頂点にして、壁が現れる。

 直感的にそれが結界のようなものだと理解した。

 

「電磁気を利用したバリアだよ」

「なるほどー。閉じ込めたわけか。でもどうするのさ? 君一人じゃ私達には敵わないでしょ? それに鉄塔くらい壊せるよ? 」

「だろうね」

 

 バンダナのワドルディは表情を変えることなく言う。

 それが、橙はどことなく不安であった。

 いつの間にか、眉が険しくなる。

 

「そう怖い顔しないでよ」

「……何を企んでるのさ」

「うーん、そうだねぇ。ボクは人の言葉を喋ることができる、っていう個性を持っている。君たちが知っているようにね」

「……うん」

「どんなワドルディにもそれぞれ個性を持っている。そして……別にワドルディが持っている個性は、一つじゃないんだよ?」

 

 バンダナのワドルディは壁に近寄る。

 そして、立てかけてあった槍を手にする。

 

「ボクのもう一つの個性は、ちょっと他の子よりも槍を使うのがうまい、ってとこかな」

 

 ブォン、と槍を一振りする。

 バンダナのワドルディは普通のワドルディと同じように、小さい。

 しかし、その槍に怯えるように式神達が後ずさる。

 

「さて、足掻こうじゃないか」



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黄金の剣の青色玉、黒金の槌の大王

 キンッ! と高い金属が打ち付けられる音が響く。

 それも一回だけではなく、何度も何度も断続的に、切れ目も無いような頻度で。

 

 振るわれるのは黄金の剣、ギャラクシア。

 それを受け止めるのは、なんと藍の素手。

 妖術を使っているのだろう。その手刀の強度は最早ギャラクシアと同等なものへと強化されていた。

 これぞ三大悪妖怪が一つ、九尾の狐の力の強さの表れである。

 

 しかしながらこういった接近戦において、明らかにメタナイトの方に軍配が上がっていた。

 剣で戦うメタナイトと丸腰の藍が戦うならばそうなるであろう。

 にも関わらず、決着がつかないのは藍が別の技術に優れていたからだ。

 

 それは、妖術。

 

「……またか」

 

 藍の姿がぶれる。

 途端、その姿は九つに分かれた。

 よくある分身である。

 しかし、九尾の狐であり、さらに紫という大妖怪によって式神にされた藍の分身は質が違う。

 いかに精神の鍛えられたメタナイトと雖も、本物を見抜くことは難しい。

 分身の耐久力は剣が擦れば消えてしまうほどだが、その分身が放つ妖力玉は本体が放つものと同じダメージ量を持つ。

 

 錯乱、揺動、誘導、奇襲。

 メタナイトの休みない剣撃を躱しつつこれらを行う藍は、やはり大妖怪であった。

 

「……素晴らしい動きだ。自分の力を理解し、持てる力を存分に発揮する。カービィと剣を交えた時を思い出す」

「……無駄口を叩く理由があるので?」

「無いな。失礼した」

 

 メタナイトの剣が強く叩きつけられる。

 それを妖力で硬化した両手で受け止める。

 だが、分身の維持や妖力玉の生成にも力を注いでいるのだ。

 パキン、という何かが割れる音が響く。

 それは両手の硬化が解けた音。

 その衝撃で藍の両腕は開き、ギャラクシアを止めるものがなくなる。

 

「隙あり!」

「チィ!」

 

 剣閃が走る。

 藍は身を捻り、かろうじて致命傷は避ける。

 しかしその右肩はザックリと大きな切り傷を作った。

 もうこの戦闘では使い物にはなるまい。

 だが。

 

「ぐぉおお!?」

 

 突如、メタナイトの全身に痛みが走った。

 電流が伝ったかのような、もしくは炎が全身を焦がしたかのような。

 それは妖力によるダメージ。

 藍の用意していた、カウンターである。

 メタナイトは痛みを堪え、翼を使い大きく距離を取る。

 

「……カウンター……か?」

「正解。私のダメージに応じて、呪いとして返した。これで痛み分けだ」

「なるほど、非常に厄介だ」

 

 そう言いながらもメタナイトは剣を向ける。

 藍は若干目を細め、右腕を垂らし、左腕で構える。

 

「聞こう。一つだけ疑問があるのだ」

 

 メタナイトは剣を構えつつ、尋ねる。

 

「我々を分断したのは素晴らしい策と言える。しかし、分断という策は、分断することにより自軍と分断した相手の戦力差を生かして殲滅するのが常套。それなのになぜ、一騎討ちに持ち込む?」

 

 メタナイトの問いに、藍は歯切れ悪く答える。

 

「……それが紫様のご意思だ」

「彼女は幻想郷のために戦うのだろう? 仲間を集めても良いではないか」

「……」

「答は無しか……良いだろう」

 

 メタナイトは剣をスッと横に動かす。

 そして、マントを翻す。

 

「これは手向けだ。受け取るがいい」

「……ならば私からも手向けを受け取ってほしいものだ」

「行くぞ? ギャラクシアダークネス!!」

「はぁあああああ!!」

 

 メタナイトの放つ、剣の間合いを超えた遠距離斬撃。

 藍の放つ、殺生岩由来の死を撒き散らす妖気。

 

 互いが互いへの手向けとして放った力は、丁度中点で拮抗した。

 

 

●○●○●

 

 

「ふんっ!」

「ハッ!」

 

 振り下ろされる黒金の巨槌を払うようにして軌道を変える萃香。

 そのまま流れるようにして放たれる蹴撃を超重量の槌を持っているとは思えない軽やかさで跳ね、躱すデデデ大王。

 

「ハハハ! やるじゃないか大王!」

「無駄口を!」

 

 着地した先で槌を地面に突き立てるデデデ大王。

 すると槌が変形し、内部から三発のミサイルが飛び出した。

 弱い追尾性を持ったミサイルは、萃香へと突撃する。

 

 ミサイルというものに減速機は無い。

 つまり、空気抵抗等を考慮に入れなければ燃料がある限り加速し続けるのだ。

 さらに、ミサイルというものには信管がある。

 ここに一定以上の衝撃を加えると、内部の爆薬が炸裂する仕組みだ。

 なぜ、そんな分かり切った事をあえて説明するのか?

 それは萃香の成した偉業がどれほどのものか、よく理解するためである。

 

「デェああっ!!」

「何ぃ!?」

 

 迫るミサイル三発。それの信管を潰さぬよう優しく握り、軌道を逸らし、変え、デデデ大王に撃ち返したのだ。

 飛来するミサイルを躱す。それだけでも相当ではあるが、萃香はそれを信管を刺激しない優しさで掴み、投げ返したのだ。

 まさに何百年もの月日を生きてきた人外だからこそ成せる業。

 しかし思わぬカウンターに驚愕しながらも全て避けきるデデデ大王もまた、人智を超えた人外なのだろう。

 

 デデデ大王は大きく飛び上がる。

 しかしそこに、弾丸も霞むような速度で萃香の蹴りが飛んでくる。

 メキィ、と受け止めた槌から軋むような音が響く。

 それでも勢いは殺しきれず、奥へ吹き飛ぶ。

 

「ちぃ!」

「まだまだくたばるなよ!」

 

 さらに吹き飛んだデデデ大王へ駄目押しとばかりに拳を叩き込む。

 次こそ避けたものの、殴りつけられた地面には大きなクレーターが出現する。

 そして、お返しとばかりに槌を叩き込む。

 だが、その超重量の一撃を、萃香は素手で受け止めた。

 

「どうした? この程度か?」

「それはどうだかな?」

「ん? なんだっ……ぐぎぎゃ!?」

 

 カチリと何かが噛み合う音がしたかと思うと、バチバチと青白い火花を散らし槌が放電しだす。

 感電した萃香の体からは少しだけ煙が上がる。

 

「くぅ、効くねぇ!!」

「ええい化け物か!」

 

 しかし、たいしてダメージを食らった様子はない。

 そのままデデデ大王へ連撃を叩き込む。

 その槌で受け止めるが、いかんせんその重さ故に、素早い動きについていけない。

 やがて、痛打をその身に受けてしまう。

 

 吹き飛び、大地をころがるデデデ大王。

 その仮面は割れ、欠けていた。

 地に伏すデデデ大王に、鬼はゆっくりと歩み寄った。

 

 まるで、獲物にとどめを刺す獣のような眼で。



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よちよち歩きの槍兵

ついでに懲りずにSCPの方更新しました。


 ひらり、ひらりと橙色の球体が舞う。

 数多の弾丸が飛び交えど、数多の爪が振るわれど、数多の顎門が開らけれど、さりとてどれも橙色の球体には一つとして当たらず。

 対して、橙色の球体が投じた槍は三つに分かれ、式神達を貫き葬る。

 

「くぅう!」

「どうしたの? まだまだ戦えるよ?」

 

 歯軋りする橙を煽るように宙を舞うバンダナのワドルディ。

 一体どういう原理かは知らないが、彼は何もない空中を踏み台にして跳ねるのだ。

 そしてその空中移動方は高い機動力を持っていた。

 式神が連続で放つ光弾をジャンプし続けて躱しまくるバンダナのワドルディ。

 そしてついでにどういうわけか投げるたびに分裂する槍を用いてこちらの数を少しずつ減らしにかかるのだ。

 

「むぅ! 恐れるな! 突撃!」

 

 バンダナのワドルディに畏怖し、動けなくなっている式神に橙は檄を飛ばす。

 実際、この指令は正しい。

 相手は中距離から近距離の攻撃手段を持っている。

 そんな中、相手の攻撃の間合いで恐れによってウロウロするよりかは、幾らかの犠牲を承知で質量で押しつぶした方が良い。槍はあくまで突く武器であり、薙ぐ武器ではない。四方八方から襲いかかれば背後を確実に取れるだろう。

 本当なら間合いの外から遠距離攻撃のできるものが待機し狙撃するのも良いが、橙ではそこまで頭は回らないだろうし、それにここはワドルディの建物が並ぶ場所であり、視界は良好とは言い難い。力の弱い式神がどこまで効果を上げられるかは定かではない。

 結論として、この戦術は理にかなっている。

 

 では適切な対応をされたバンダナのワドルディは何をしたか?

 背を向け、背後にあった巨大な建物に逃げ込んだのである。

 

「逃すな! 追え!」

 

 すかさず残った式神に追うよう命令を出す。

 内部は広い空間が広がっていた。

 美しい目地、床に敷かれたカーペット、所々にある調度品。

 まるでどこかの王宮のようであった。

 しかし今は……瓦礫で荒れ果てていた。

 

 橙にこの場所を襲撃させた覚えはない。

 つまりこういう惨状になったのは、橙の襲撃前。

 一体襲撃前に何があったのか。

 橙は考えたものの、残念ながら主人達ほどの頭脳は持ち合わせていない。

 できない推理をするよりも、目の前の敵を殲滅する方が先。

 

 そう素早く判断し、ワドルディを追う。

 飛べる橙はまだしも、地を歩く式神は巨大な瓦礫を越えるのに難儀している。

 しかしなんとかそこを踏破し、ワドルディが待ち受ける場所へとたどり着いた。

 

 そこには、天井に開いた大穴から月の光が差し込む、なんとも言えない幻想的な光景が広がっていた。

 光る玉座、筋を描く光。

 そして、佇むワドルディ。

 それを四方から囲む式神。

 退路は無い。

 

「ふぅ。諦めたらどう?」

「お生憎様。ボクも大王様から命じられているんだ」

「ふぅん? でも勝敗は明らかじゃないかなあ?」

「かもね」

 

 バンダナのワドルディは表情一つ変えずに、ただ突っ立っている。

 それが何よりも怖い。

 一体何を考えているのか、全くわからなくて。

 しかし、それでも、こちらが有利なはず。

 ……有利なはずなのだ。

 

 ゆっくりと式神は距離を詰める。

 環状に、隙間なく、逃げられないように。

 

 あと10メートル。

 あと9メートル。

 あと8メートル。

 あと7メートル。

 あと6メートル。

 あと……5メートル。

 

 その時。

 バンダナのワドルディは足元に槍を突き刺した。

 そして『ピッ』という何かが作動した音が鳴ったのだ。

 

 そして、壁が、柱が、爆ぜたのだ。

 あちこちで爆音が響く。

 それに合わせて瓦礫が落ちる。

 式神達が瓦礫の下敷きになってゆく。

 

 道連れか?

 いや、違う。

 どういった原理かは不明だが、両手で持つ槍を振り回し、まるでヘリコプターのように浮き上がっているではないか。

 そしてそのまま、天井に開いた穴から出てゆく。

 

 嵌められた。

 罠だったんだ。

 

 歯軋りしながらも、橙はその飛行能力でワドルディが出た穴を辿り、外へ出た。

 眼下には、跡形もなく崩れ去った建物がある。

 飛べない式神達は下敷きになったことだろう。

 すでに戦闘可能な式神は20体ほどのみ。

 それもどちらかというと偵察がメインの鳥型の式神がほとんどで、直接戦闘能力に長けた狼などの式神は数体にまで減ってしまった。

 

「さて、かなり減ったね?」

「……まだまだ! まだこっちの方が有利だもん!」

「うん。まぁそうだねー。それじゃあボクも本格的に始めようかー」

 

 そしてまた、ワドルディはバンダナからスイッチを押す。

 すると瓦礫の山の向こうから、クラクションの音が鳴り響く。

 橙はそれが何か知っていた。

 八雲紫が時々話題に出す、外の世界の人間の足となっている、鋼鉄の機械、車。

 時に空気を汚し、同族も傷つける道具だという。

 突如現れたそれに、ワドルディは素早く乗り込んだ。

 

 しかしその車は、橙が紫から聞いたものとは全く形態が違っていた。

 

 橙の頭の高さまであるタイヤ。異様に分厚い装甲。バンパーに隙間なく取り付けられた、可愛らしい目と、凶悪な棘がついた球体。天井に設置された丸いフォルムの小型砲台。

 モンスターマシンと表現すべきソレ。

 全体から殺意が溢れ出ているかのようだった。

 

 いや、事実そうだった。

 

 腹の底に轟くようなエンジン音が鳴り響いた途端、それは爆走を始めた。

 そして早速、狼と鹿の式神を同時に轢き殺した。

 バンパーの棘玉で全身を貫かれ、マシンの重量で全身を砕かれた式神は、ほぼ即死であった。

 しかしそれで満足するかといえば、違った。

 瓦礫の山を物ともせず、華麗に方向転換し、こちらへ襲いかかってくる。

 しかも、天井に設置された小型砲台が、空にいる鳥型の式神を撃ち落としてゆく。

 

「くう! 止まれ、止まれ止まれ止まれ!」

 

 橙は妖力玉をモンスターマシンへぶつけてゆく。

 しかし、頑丈であった。何度当てても、ビクともしない。

 ようやくエンジンから火を吹き、ワドルディが慌ててモンスターマシンから飛び出た時には、すでに自分以外の式神はいなかった。

 そして遅れて、その虐殺機械は派手に爆発する。

 

「もう……許さないよ!」

「……ごめんね。でも、ボクとて殺されるわけにはいかないからね」

 

 橙はその爪で、ワドルディを殴りつける。

 ワドルディは槍でいなし、後退する。

 橙は光球を無数に飛ばし、退路を断つ。

 ワドルディはいくつか被弾しながらも、無理やり突破する。

 突貫する橙、躱すワドルディ。

 優勢は素人目には橙に見えたはずだ。

 だがすでに、橙には周りが見えていなかった。

 だからこそ、致命的ミスをした。

 

 橙の爪を、ワドルディは跳ねて避ける。

 橙の爪は、ワドルディがいた場所をえぐる。

 そこが、ワドルディ達が利用していた水道管だとも知らずに。

 

「わぷっ!?」

 

 吹き出す高圧の水。

 その水は橙に着いていた式神を流し落とすのには十分な水量だった。

 力を一気に失った橙は、ずぶ濡れのまま、その場にへたり込んだ。

 ワドルディは槍を構えたまま、橙に近づく。

 そして槍を振り上げ……

 

「ぅうわぁぁぁあああああん!! 藍しゃまぁぁぁぁああああ!!」

「うひゃあ!?」

 

 橙は大声で泣きだした。

 驚いたワドルディは飛び上がり、その拍子にコロコロと後ろへ転がる。

 

「ぅわぁぁあああん!!」

「えええ〜、泣かないでよ〜……うーん、どうしよう、タオルあったかなぁ……」

 

 殺戮が繰り広げられたワドルディ達の集落。

 その瓦礫の上では、泣く化け猫とオロオロするワドルディ一人だけが残った。




イニシャルW……というより、世紀末。


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スキマ妖怪、孤高の妖怪

 ドン、と背中に衝撃が走る。

 その衝撃で肺の中の空気が一気に漏れ出し、少し呼吸ができなくなる。

 何度か咳き込み、息苦しさが無くなってようやく辺りを見回す余裕ができた。

 

 そこは、自分の家、霧雨魔法店の軒先であった。

 

 紫がここへ落としたに違いない。

 当然、カービィはいない。

 ついでに帽子も向こうに落としたようだ。

 しかし幸いなことに、箒と八卦炉はちゃんと持っていた。

 こうしちゃいられない。

 早く、カービィの元へ行かなくては。

 

 いや、果たしてそれは正しいか?

 紫と比べて、自分一人は非常に頼りない存在。

 のこのこ出向いたところでまたスキマによる強制転移が待っている。

 

 なら、どうする?

 カービィを見捨てる?

 そんなのもってのほか。

 だが自分一人ではどうしようもない。

 ならば……頼れる者は一人だけ。

 

 魔理沙は箒にまたがり、弾かれるような速度で飛んで行った。

 

 

●○●○●

 

 

 まだ朝日は登らない。

 草木も未だに眠っている。

 そして貧乏巫女もまた、布団の中で快眠を味わっていた。

 そのすぐそばにある虫かごの中では小人の少な針妙丸も同じように眠っていた。

 

 しかし、その夜の快眠をぶち破る存在が現れたのだ。

 敢えて説明するまでもない。霧雨魔理沙である。

 

「起きろ霊夢! 異変だ!!」

「んぁ? ああ? 誰あんた? 退治するわよぉ〜」

「ねっ、ぼっ、けっ、てっ、るっ! ばっ、あっ、いっ、かっ!!」

 

 未だ夢の世界にいる霊夢の頭を遠慮なくシェイクする魔理沙。

 先ほどまで熟睡していたとはいえ、流石にこれは堪えたようで、霊夢の瞳孔の焦点が合ってくる。

 と同時に、その顔に不機嫌の色も混じってくる。

 

「魔理沙、今何時だと思ってんの? 真夜中よ!? 頭おかしいんじゃない!?」

「言ってる場合か! あのスキマ妖怪がなんか企んでやがるんだ!」

「ああ? 紫ぃ?」

 

 いつも何か企んでいるだろ。

 そう一蹴しようと口を開く。

 だが、その口は中途半端に開いて止まる。

 それと同時に、直近の紫の姿が思いだされる。

 

 真剣に何か話し込む紫と萃香の姿。

 二人は旧知の仲のはず。

 その二人が何かに本気で取り組む。

 なるほど、確かに嫌な予感がしてならなかった。

 霊夢は寝間着姿からいつもの巫女装束へすぐさま着替えると、いつもの装備を取り出す。

 

「……ふーん、なるほど。追い出そうと思ったけど、気が変わったわ。その様子だと紫に会ったんでしょう? 案内しなさい」

「その言葉を待っていた!」

「え、ちょっと!」

 

 その途端、魔理沙は強引に霊夢を掴み、箒の後部への乗せ、すぐさま急加速し空へと舞い上がった。

 

「ちょっと! 私も飛べるんですけど!?」

「お前よりも私の方が早いだろ! 事態は一刻を争うんだ!」

「一体何があったってのよ!」

「紫が、カービィ達を本気で消しにかかってる!」

「はぁ!?」

 

 

●○●○●

 

 

 スキマからはドロドロした粘体が零れ落ち、地面を覆う。

 さらにスキマがカービィを飲み込まんと、まるで口だけの化け物のようにカービィへ襲いかかる。

 

 対して、カービィは避けるだけ。

 好きで逃げの一手を取っているわけではない。

 カービィの力であるコピー能力。

 それを封じられているのだ。

 魔力とか、妖術とか、そう言った類で封じているわけではない。

 

 紫は、コピーできるものを出さないのだ。

 ドロドロした粘体も、吸い込んでもなんのコピーにもならない。

 

 当然、意図的だ。

 紫が、今までカービィを観察し続けた結果編み出した戦法である。

 山の戦いも、紅魔館の戦いも、冥界の戦いも、地底の戦いも、月の戦いも、全て見て、観察し、研究してきた。

 三人の魔女の研究もしっかりと見ていた。

 そして紫がとった戦法は、「ひたすら攻撃しない」こと。

 紫のとる戦法は「封じ込め」。

 カービィは空も飛べるが、ノーマルな状態ならばその速度は遅い。捕捉は容易い。

 地上ではなかなかな機動力を持つが、それを封じるために洞窟の床全てを粘体で覆わんとしているのだ。

 

 とにかく、封じ込める。カービィへ攻撃しない。とにかく、封じ込めるのだ。

 

 ただそれだけを意識して、紫は戦っていた。

 

 ただ……勝てるとは思っていなかった。

 封じ込めるだけ封じ込めて、後はどうするのか?

 全く想像できなかった。

 カービィには「残機」があることが月での戦いで明らかになった。

 ではその残機は一体いくつあるのか? 全く想像もつかない。

 

 なら、なんのために紫は戦うのか?

 一つは、幻想郷の管理者として、幻想郷のバランスを崩しうるという意味で危険な物体……スターロッドと夢の泉を持ち込んだという、懲罰。

 そしてもう一つは……抗議。

 カービィ達の成そうとする目的への、幻想郷に住まうものとしての、抗議。

 カービィ達が何を成そうとしているのか知ることは、即ちこの幻想郷についても知り得るという事。

 それは避けたかった。

 それは知る必要のないことだから。

 知ったところでどうする事も出来ない事だから。

 幻想郷について紫の他に正しく知っているのは藍くらいだろうか?

 だから、今回のカービィ達の殲滅には、人手を集めることはできなかった。

 橙や式神は命令になんの疑問も持たず遂行するだろう。

 しかし他の者達は……特にカービィ達の肩を持つ者が多い今では、到底理由を話さない限り、従ってくれるとは思えない。

 そして理由を話して、知ってしまった古明地さとりのように望みを失いかけるようなことにはなって欲しくはない。

 

 たった一人の、理由も開かせない抗議に、一体誰が耳を傾けるのだろう?

 私の言葉を信じてくれる人は一体どれだけいるのだろう?

 

 逆境という言葉すら生温い状況下で、一見カービィを圧倒しているような紫の心境は、この場で泣き叫びたい程であった。

 だがそんなことはできない。私は管理者なのだ。幻想郷というちっぽけな郷の、管理者なのだ。

 そんな立場の者が、弱気でいてどうする。

 

 スキマ妖怪、八雲紫。

 幻想郷創設に携わった者。

 そして、幻想郷を真の意味で作り上げた者。

 作り上げたものを壊されたくはない。

 それも、共倒れになるような形で。

 

 紫がスキマから流していた粘着性の液体は、ついに洞窟の床全体を覆った。

 ろくに移動できなくなったカービィはホバリングせざるを得なくなる。

 そして、ホバリングの機動力は弱い。

 

 怪物の口のようなスキマが、カービィを襲う。

 コピー能力を持たないカービィに撃退する力はなかった。

 カービィは、スキマの中へ飛ばされた。

 



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安堵して眠れる夜のために

作者からのお願い。

感想欄でのネタバレはなしでお願いします! この回は結構重要な部分なので! (ネタ明かしの回に存分に『当ててやったぜ(ドヤァ)』と自慢してください)


 カービィは無限の空間を彷徨っていた。

 

 スキマに囚われ、飲み込まれ、脱出できないでいた。

 紫の狙いは初めから、カービィを倒すことではなく、隔離されたこのスキマに閉じ込めるつもりだったのだ。

 何も能力のないこの状態では、ここから抜け出すのは難しいだろう。

 

 ただカービィは、その空間を浮いていた。

 

 だが、その時、何か吸い込まれるような感じがした。

 それと同時に、噛み付かれるような感覚も。

 そして一気に引っ張られた。

 

 引き込まれたのは、見覚えのある場所だった。

 いくつもの裂け目がある、異空間ロード。

 そして、また見覚えのある影が見える。

 赤い、三つの翼を持った影。カービィを咥えている者を入れて四つ。

 そして白く輝く帆船。

 そして……

 

「ダメじゃないか、カービィ。油断したのカイ?」

 

 懐かしい、かつての敵だった青い魔術師。

 ここに来てから影で支えている者。

 

「ボクの魔力切れを狙って移動させたのかナァ? まぁ、魔力切れでもローアを使えば元に戻せるんだけどネ」

 

 ポンポンと帆船、ローアを叩く魔術師。

 そして、ローアの船首から光が伸び、空間の裂け目ができる。

 そして魔術師は、布切れを渡した。

 

「さぁ、カービィ、君にはやるべき事があるんダロウ? ならここから戻るんダ」

「うぃ!」

 

 カービィは布切れを飲み込み、金属のバイザーを被った姿に変化する。

 そしてその空間の裂け目へ向かう。

 

 と、その時、その魔術師に引き止められた。

 

「おっと、これを言うのを忘れていたヨォ」

 

 魔術師はぐっと顔を寄せ、囁く。

 まるで誰かに聞かれるのを恐れているかのように。

 

「カービィ、“敵はまだ居る”。敵は、スターロッドと夢の泉が集まることを狙ってイル。……思い出すんだ、カービィ。敵は狡猾ダ。間接的に……ソウ、間接的に、ソイツはキミの手助けをしていたはずダヨ」

 

 そして、魔術師はカービィを突き飛ばすように裂け目へ送った。

 

「サァ、頼んだよ、カービィ!」

 

 カービィは裂け目を抜けた。

 かの魔術師は狙っていたのだろう。すぐ目の前に、紫がいた。

 すぐさまカービィは分析の光を放つ。

 逃げようとしていたが、こちらの方が早かった。

 やがてカービィの姿は変化する。

 

 そう、白い日傘と、白いモブキャップを被り、スキマに座すその姿に。

 

 

●○●○●

 

 

 デデデ大王は地面に倒れた。

 鬼の笑みを浮かべた萃香が、ゆっくりと近づく。

 

 だが、萃香がデデデ大王の元へ辿り着くよりも早く、デデデ大王は立ち上がった。

 

「ほう、なかなかの根性だね。さすが私の見込んだだけはあるねぇ」

「そりゃ嬉しいな」

「さて、続きをやろうじゃないか。お前みたいな正々堂々とした漢は好みでねぇ!」

 

 萃香は拳を構える。

 対して、デデデ大王は仮面の破片を顔に残しながら、笑った。

 

「そうか。なら謝らなくてはならないな。俺様は、お前さんの期待を裏切ることになると」

「……あぁ?」

 

 訝しげな声を上げる萃香に、デデデ大王は一歩踏み出した。

 

「俺様は幾度となく負けた。あのピンク玉……そう、カービィにな。部下を使い、罠を使い、幾度となく挑み、敗れた。……今じゃ手を貸し合う仲か」

「良いじゃねぇか。強敵と書いて友と呼ぶ、ってな」

「まぁな。しかし俺様が幾度となく敗れながらも、幾度となくカービィに挑み続けることのできた理由はなんだと思う? 」

「……問答は嫌いなんだよ」

「そうか、そりゃ悪いことをした。その理由は俺様が大王たる理由なんだがな」

 

 デデデ大王は、ゆっくりと腕を広げた。

 全てを受け入れる、父親のように。

 

「教えてやろう。絆だ」

 

 萃香は上からの気配を感じた。

 直感的に飛び退き、さっきまでいた場所が爆ぜる。

 しかし、まだ気配は追ってくる。

 走り、走り、走って空からの攻撃を避ける。

 一通り避け切ってようやく落ちて来た者を視認する事ができた。

 そこにいたのは、大量のワドルディ。

 それも、非想天則の暴走時に活躍したロボボに乗って。

 しかしそのカラーリングは、ワドルディを模したものに変わっている。

 

「ロボボ量産型だ。本家のようなコピー能力はないが、単純な力だけなら負けず劣らずといったところか」

「……多対一か、このやろう」

 

 さらに二人を囲むように、さらに多くの槍を構えたワドルディが姿をあらわす。

 

「そう邪険に言うな。俺様が何度も敗れながらも、何度も再起できたのは仲間との絆あってこそなのだからな。仲間との絆、それこそ俺様が大王たる所以だ」

 

 さらに空間の裂け目が開く。

 そこから出て来たのは、銀髪の、蜘蛛のような生物。

 

「頼むぞ、タランザ」

「別にあなたの部下じゃないのね。でもまぁそういう役割だし、ちゃんとやることはやるのね」

 

 タランザと呼ばれた者は、糸のような光線をデデデ大王に当てる。

 そして、タランザとデデデ大王の体が魔法的な糸で結びつく。

 

 あの時、デデデ大王を操った秘術。

 あの時は、精神も操っていたために、出力はそこまで出ていなかった。

 しかし、今は違う。デデデ大王の意識はしっかり残っている。タランザはその力にブーストをかけてあげる事に集中すれば良い。

 

 デデデ大王はタランザから投げ渡された巨大なハルバードを手に取ると、まるで羽を振り回すかのように一振りする。

 

「さぁ、大王の戦いを見るが良い」

 

 

●○●○●

 

 

 藍とメタナイトは、互いにボロボロの状態で向き合っていた。

 藍の腹部には血糊がべったりとついている。妖怪の身体のタフさや急所から外れているだけあって致命傷にはなってはいないが、その傷は決して小さなものではない。

 対するメタナイトは表面上は無傷に見える。しかしそれはあくまで表面上の話であり、藍の力によって生命力は削れている。

 

 つまりは、両者共に満身創痍の状態。

 切り札を共に切った結果である。

 

「……ふん、耐えるか」

「そちらこそ。なかなかしぶとい」

「諦めが悪い。……私は、紫様のためにも、ひいては幻想郷のためにも、引くわけにはいかないの」

「それは私とて同じだ。私も故郷の者のために戦っているのだ。……八雲藍殿、貴女は知っているのだろう?」

「……」

 

 メタナイトの問いかけに、藍は黙る。

 しかし沈黙こそが、何よりの肯定であった。

 

「私達の住まう世界は“ゲーム”だ。人が作り上げた空想に過ぎない。人が“ゲーム”に飽きる時が来れば、我々は消えてしまうのだろう。そういう、砂上の楼閣のような、脆い存在だ。……我々は、それに気がついてしまった。我々は、いつかくるかもしれない不安から、いつしか眠れない夜を送ることになった。だから、ここに来たのだ」

 

 メタナイトは強い視線を藍へ投げかけた。

 

「幻想郷という、同じ“ゲーム”の世界でありながら、人の世界から独立した、この世界に」

 

 メタナイトらの目的。

 それは、自分たちの世界を“虚構”から“現実”へ変える事。

 その為に、唯一“虚構”から“現実”……というより、その中間、“幻想”への変化を成し遂げたこの幻想郷へ、その方法を探りにくる事だった。

 

「幻想郷は現実になった事により、はるか昔から存在していた“事になった”。ゲームができるはるか一千年以上前、幻想郷が生まれた“事になった”。確かに、人の世界との繋がりが切れたわけではない。人の世界で新たに幻想郷の物語が描かれれば……例えば月の都について描かれれば、幻想郷に追加される。しかしそれもはるか昔、何十億年も昔から“あった事”に、現実も、記憶も、改変される形で追加される。例え新たに物語が描かれなくとも、幻想郷は存在し続ける。……我々の理想の形で、存続できる」

「……全て知っていたか。いや、知っていたからこそ、ここまで……」

 

 藍の顔には、どこか諦念があった。

 メタナイトはなお語気を強くする。

 

「だからこそ、願いを叶えるアイテム……スターロッドと夢の泉が、半ば“現実”と化したこの幻想郷にもあると知った時、我々はそれを求めたのだ。それこそが我々の願いを叶えると。しかし、残念ながら、スターロッドと夢の泉は我々由来、つまりは“虚構”のものでしかない事が判明してしまった。……どうやった? どうやって現実を変えた?」

「貴方方には無理です。現実を改変する力の無い方には、無理な事です」

「……何が言いたい?」

 

 藍は、言うべきか、しばらく迷った。

 しかし、やがてその口は開かれる。

 

「……紫様が……“虚構”と“現実”の境界を弄ったのです。“虚構”の存在でしかなかった私達は、“虚構”から中途半端な“幻想”の状態に持っていくことしか出来ませんでしたが、それでも、私達にとっては十分でした……」

「つまりは……八雲紫殿の力がなければ無理だと?」

「そう言うことです。個人としては、貴方方に同情しなくもありません。しかし……それは出来ません」

「そうか……そうだな。だが……」

 

 全てを聴き終えたメタナイトの目には、危険なものが宿った。

 それを藍は鋭敏に察知したが、遅かった。

 

「カービィ、八雲紫殿の力をコピーしろ!」

 

 取り出した無線機で、メタナイトは指示を飛ばした。

 

 藍は己の過ちを痛感した。

 あまりにも迂闊だった。

 

「……すまんな。私は騎士ではあるが……元は反逆者だ。どこまでも、姑息な手は使うさ。さぁ、そろそろ大詰めだ!」

 

 

●○●○●

 

 

「くっそ、どうなってやがる! なんで紫はこうも邪魔をするんだ!?」

 

 霊夢を乗せて高速で飛ぶ魔理沙は、苛立ちのままに愚痴を零す。

 ずっとカービィと共にいたのだ。カービィ達の肩を持つのもわかる。

 

 だが、この場に常に中立を守り続ける霊夢がいたのは、幸運だったかもしれない。

 

「なんであいつらは、そんなにスターロッドに執着するわけ?」

「……願いを叶えるアイテムと言ってたな。でもあれじゃ願いは叶えられないって、メタナイトが言ってたぞ?」

「つまりはあいつらには叶えたい願いがある、と……」

 

 そう呟くと、霊夢は黙り込んだ。

 

 何かがおかしい。霊夢はそう感じていた。

 彼らの執着っぷりは異常にも見えた。魔理沙の話では、月の都を強襲してまで奪い取ったと言う。

 

 まるで、何かに操られているようでは無いか?

 

「……操る、か……」

「どうした?」

「……もし、あいつらを操るモノがいたとした場合、それはどこまでの範囲を操っているのかしら?」

「何が言いたい?」

「スターロッドが今まで見つかった場所を思い出して見なさい」

 

 そう言われ、魔理沙は必死に思い出す。

 一つ目は紅魔館の中。

 二つ目は冥界の西行妖の枝の中。

 三つ目はドロッチェ団が。

 四つ目は霊烏路空のリボンの中。

 五つ目は暴走する非想天則の中。

 六つ目は月の都にある夢の泉の上。

 七つ目は紫の手中。

 

「おかしくない?」

「どこがだ?」

「なんでどのスターロッドも、“誰かに喧嘩を売って奪わなくちゃいけないような場所にしかないのよ”」

 

 瞬間、魔理沙の背筋に電流が走ったかのようだった。

 確かに、願いを叶えると言う破格なアイテムであり、求めるものが多いとはいえ、あまりにも誰かに奪われ過ぎている。

 もしくは、なんでそんなところにあるのか、と言いたくなるような場所にあるものもある。

 

「特に四つ目。なんであのカラスのリボンに刺さっているのよ」

「確かに……誰かが刺さない限り、無理だよな……」

「問題は誰が刺したってことよね。あいつが地下間欠泉センターにいることを知っている奴か……」

「私達と、後は怨霊の異変の時に同行した奴か?」

「いや、そいつらは詳しい位置は知らないはず」

「とすると……まぁ、地霊殿の奴らじゃないよな。どちらかと言うと被害者だし。なら河童か?」

「そっちも五つ目の件では被害者ね。まぁ、もっと入り組んだ陰謀があるなら別だけど」

「なら施工主の守矢か?」

「……ありそうだけどね。操ってる奴らはカービィ達に敵意を持ってる。あわよくば殺そうとも考えてるでしょうね。とすると初っ端に鼻をへし折られた守矢の連中は山の大義名分とか言って色々裏で工作してそうだけど……でも、カラスにスターロッドを差し込んだのならば、一度は自分の手元にスターロッドがあったはず。ならカラスに使うよりも、自分の強化に使った方が良いはず。別に正面からぶつかったって、山の中ではカービィを嫌悪するものも多いから、むしろ山の中での守矢の評価はあの厄神様を除いて上がるはず……難しいわね」

「他に間欠泉センターについて知っている奴はいたか?」

「知っていたとしても、ちゃんとあのカラスについて知っている者じゃないと、手痛い反撃にあっているはず。ちゃんとあいつについて知っている者じゃないと……」

「いるのか、そんな奴?」

 

 しばらく二人は唸り続ける。

 そしてふと、霊夢は呟いた。

 

「……ああ、一人、いたわね」



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思い出せ、全てを

 カービィはメタナイトよりすべてを聞かされた。

 もし、これで、故郷の皆が救われるのならば。

 実行しない理由など、ない。

 

「や、止めなさい!」

 

 紫の必死な懇願が聞こえる。

 だが、やらなくてはならないのだ。

 それが、自分の使命だから。

 

 自分の開いたスキマ……本家と違って、目の代わりに星が覗くスキマが、自分の故郷へ届いた感触がする。

 そして、すべてを覆い……すべてを、覆した。

 “虚構”は、現実味を帯びてくる。

 “虚構”は、人の世界から独立して行く。

 しかし“虚構”は、完全に独立はせず、“幻想”として、中立の状態に安定する。

 

 悲願は達成された。

 すべては改変された。

 自分の体も、まるで今まで以上の存在感を得たような感覚がする。

 

 だが、しかし、それは長く続かなかった。

 

 ピシィ。

 

 まるで、長年の負荷に耐えきれなくなった柱に、ヒビが入るような音。

 そんな音が聞こえてきたのを皮切りに、あちこちからミシミシという音が聞こえてくる。

 

 洞窟が崩落するのか?

 いや違う。

 紫の力を得て、その手の感覚に鋭敏になったからこそ分かる。

 

 空間が、幻想郷が、ひしゃげているのだ。

 

「……ああ、もう……終いね」

 

 見れば、紫はその場に力無く座り込んでいた。

 カービィは駆け寄るが、目は虚ろであり、なんの反応も返さない。

 そして、紫の持っていた赤色と紫色のスターロッド、そしてカービィの持っていたあと五本のスターロッドが輝きだしたのだ。

 

 

●○●○●

 

 

 空にヒビが入っている。

 そのヒビは今にも大きくなっている。

 

「なんだ、これは……?」

「し、知らん! これは……何が……紫様!」

 

 酷く狼狽した藍は、こめかみのあたりを押さえ、主人の名を呼ぶ。

 しばし沈黙の後、藍の手は力なく落ちた。

 

「何かわかったか!?」

「いや……応答がない。だがこれは……この感覚は……」

「はっきり答えろ!」

 

 メタナイトとしては珍しい、焦りを多分に含んだ怒声。

 しかしそれを聞いてなお、藍は逡巡する様子を見せる。

 ようやく口を開いて出た言葉は、あまりに弱々しいものだった。

 

「……侵食、だろう。幻想と、幻想の」

「何?」

「あの者……カービィが、貴方方の故郷を“幻想”にした時……あまりにも、あまりにも幻想郷と近過ぎたのだ。だから……互いを蝕み、崩壊させている。……このままでは、双方ともに消えるだろう」

「馬鹿な!? そんなはずは……私の観測が、間違っていたというのか!? 確かに、別世界へ渡航すれば、まるで絵の具が混じるように、もしくは磁石で引き寄せられるように、互いの世界が近づく事もある! だが、我々が来た時間から考えるに、まだそこまでに至っていないはず!」

 

 取り乱すメタナイト。

 彼のこのような姿を見たものは、おそらくメタナイツでもいないだろう。

 それだけ、メタナイトにとっては予想外、かつ重大なミスであった。

 

 しかし藍は、錯乱したメタナイトを見たからだろうか、思考は冷静になっていた。

 そしてその冷静な思考が、一つの予測を打ち立てた。

 

「……何者かが、貴方方がくる前に、幻想郷に忍び込んでいた……?」

 

 だが、自分で言っておいてそれはないだろうと否定する。

 幻想郷は忘れ去られたもののための聖地。気づかれずに入り込むには、忘れ去られたものでなければ入り込むことはできない。

 カービィ達のように無理やり入り込むなどもってのほか。

 

 だが……もし、カービィ達がいる世界の、忘れ去られたもの達が入ってきたならば?

 その入ってきたものが、二つの世界の接近を促すほどの強力な力を持ったものであったならば?

 忘れ去られた、強力な力を持つもの。

 

 例えば……怨霊。

 

 瞬間、藍の中で何かが噛み合った。

 

 怨霊ならば、旧地獄経由で幻想郷にも大量に流れ込んでくる。その中に異世界のものがあってもおかしくはあるまい。

 そして怨霊は他者の精神を強く侵す。

 入り込んだ怨霊による二つの世界の接近メタナイト達の異常な執着ぶり。そして引き起こされた崩壊。

 

 すべては……怨霊の悪意なのか?

 だとすれば、怨霊の悪意は誰に向いている?

 

 怨霊がメタナイト達のスターロッドへの執着心を植え付けたと仮定するならば、スターロッド関連の事件事象にも関わってくるはず。

 吸血鬼の暴走、西行妖の暴走、地獄烏の暴走、非想天則の暴走……これらもその怨霊が関わっているのか?

 なら、その被害を最も受けたものが怨霊の悪意の矛先のはず。

 最も被害を受けたのは幻想郷そのものだが、矢面に立った……いや立つことになったのは霊夢と魔理沙。そして……カービィ。

 怨霊の出どころが異世界ならば、その悪意が霊夢と魔理沙に向いているとは考えにくい。

 そしてカービィには異世界で無数の武勇伝を持つという。

 なら、もう答えは出たも当然。

 

「メタナイト。カービィは一体、何人の悪人を殺した?」

「……さて。首謀者クラスで数えるならば……十は超えるだろうな。どれも皆、世界を変えてしまうような猛者だった」

「決まりだ。それくらいの猛者の怨霊ならば、この事象も納得がいく」

「怨霊……だと?」

「ああ。怨霊は感情にも干渉する。メタナイト、そして他の者達の感情にも干渉したのではないか?」

 

 メタナイトは黙り込む。

 その仮面の奥には、どんな感情が入り乱れているのだろう。

 そんなメタナイトの腕を、藍は引っ張った。

 

「行くぞ。紫様が待っている」

「……ああ」

 

 メタナイトは立ち上がり、翼を広げる。

 

 ……まぁ、あまりにも遅過ぎたのだが。

 

 

●○●○●

 

 

「どぉりゃあああ!」

 

 入り口を塞いでいた岩石を蹴飛ばし、箒にまたがった魔理沙と霊夢が飛び出す。

 そしてすぐさま、カービィを見つけ出し、近くに着地する。

 

「大丈夫か、カービィ!」

「うぃ!」

「よし、よかった……紫、覚悟しろ……」

「待って」

 

 怒りを込めた魔理沙の声を、霊夢は遮る。

 霊夢の視線の先には、へたり込む紫の姿があった。

 

「なによ、その姿は。あんたらしくないわね」

「……笑って頂戴。これが情けなくも守りたいものも守れなかった者の姿よ」

「あんた、そんならしくないこと言ってる場合じゃないわよ! そんなことしている間にアイツが……いや、アイツの姿をしたナニカが来るわよ!」

「……え」

 

 霊夢から警告が発せられた時、スターロッドがついに合体した。

 いや、本来の力を取り戻したというべきか。

 輝く星と、赤と白の捻れた棒が組み合わさった姿。

 それが、本当のスターロッドの姿。

 空中に浮かび上がったそれは、夢の泉の台座へと降り立とうとする。

 

 その時。

 影が走った。

 途端、スターロッドは青い影に奪われる。

 遅れて、緑色の影も。

 その二つの影の正体は、あまりにこの場に不釣り合いであった。

 

「ち、チルノちゃん、こんな事していいの!?」

 

 そう、チルノと大妖精。

 がしかし、大妖精はいつも通りであるが、チルノの様子がおかしい。

 まるで、中身が別人であるかのような。

 スターロッドを奪い取ったチルノは凶相を浮かべ、嗤う。

 

「やったのサ! ついに! ついに手に入れたのサ!」

 

 チルノの声で発せられる、全く別人の言葉。

 

「やっぱりね……あんた、誰よ」

「へぇ、気づいてたのか! でもその様子じゃついさっきみたいだネ! 」

「誰かって聞いてんだよ!」

「まあまあ、そう怒るなヨ! ボクはマルク! ……の精神を持った、カービィに倒された者達の怨霊の集合体サ!」



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狂気の道化はかく語りき

マル⑨とか笑うしかないじゃないですか。誰うま。


「……予想は合ってたんだろうけど……誰よ、あんた」

「マルクはマルクなのサ! 本当はダークマターの連中とか、他のいろんなヤツの魂が寄り集まってできた怨霊だけど、ボクの心だけが表層に出ているのサ!」

「つまり合体した怨霊の一部、ってわけね」

「そういうことなのサ!」

「な、なんで!? チルノちゃんじゃないの!?」

 

 冷静な霊夢に対して、大妖精はひどく取り乱す。

 仕方あるまい。今まで友人として振舞っていた者が、全くの別人だったのだから。

 

「アハハハハ! 君には感謝しているのサ! この氷の妖精にダークゼロの力で乗り移ったボクの演技を、何ヶ月も信じてきてくれたからネ!」

「そ、そんなっ……」

「おい、大妖精!」

 

 何ヶ月も騙されてきた。

 その真実は大妖精の心を抉り、そして意識を手放した。

 落下した大妖精を魔理沙は受け止めるが、目を覚ます様子はない。

 

「おっと、ついでにこれも返すのサ!」

 

 途端、チルノの体がぐらりと揺れる。

 そして、まるで脱皮するかのように、中からそれは現れた。

 赤と青のリボンをつけた、白い身体。あらぬ方向を向いた、ぎょろりとした目。ニタニタと嗤う口。道化師のような靴。そしてフランドールの翼にも似た、虹色の結晶がついた黄色い翼。

 それが、マルクの正体だった。

 チルノの体を、マルクは魔理沙にポイと投げ捨てる。

 なんとかチルノの体も受け止めるが、やはり目覚める様子はない。

 その間に、マルクはスターロッドを掲げる。

 

「さぁ、ボクの願いを叶えるのサ、スターロッド! ボクの願いは……ぜーんぶ、ぜーんぶ、ボクのオモチャにすることサ!」

 

 スターロッドは、願いを聞き届けた。

 スターロッドからは光溢れ、マルクを包み込む。

 その光を一身に受けたマルクの姿は、より凶悪に、より醜悪に歪められた。

 常に凶相を浮かべ、白い体はくすみ、水晶は濁った姿に。

 そして、その性質は怨霊から、邪悪な神へと変化していた。

 

「アハハハハ! うまくいったのサ! 全部、ぜーんぶボクの思い通り! 手のひらの上! おっほっほっほっほっ!」

 

 狂った笑い声をあげるマルク。

 しかし魔理沙は臆することなく、聴いた。

 

「一つ聞こうか、マルク。お前の目的はなんだ? さっきも言っていた世界の支配か?」

「それもそうだけど、そうじゃないのサ! ボクは、ボク達は怨霊! ならば恨みを晴らすのみ! 向こうで怨霊になったボクはこの幻想郷へ流れ着いた。そしてこの世界の真実に気がつき、幻想郷にボク達のいた世界の法則が適用されてスターロッドと夢の泉が出現した時から、ボクの計画は始まったのサ! 紅魔館へ仕掛けるのは文字通り命がけだったのサ! カービィの誘導は思わぬ事故のおかげでうまく言ったのサ。冥界へはもともと怨霊だからバレることなく仕掛けられたのサ。そうそう、そこの氷の妖精の記憶を頼りにカラスに仕掛けたのも簡単だったのサ! 月の都へはダークマインドの力で鏡を通して侵入できたのサ! ……途中で一個盗賊に奪われたりもしたケド。あとはバカなポップスターの連中に世界が“虚構”であることを精神に働きかけて教えるだけ! お前達の感情を操って是が非でもスターロッドを集めるよう仕向けるだけ! ぜーんぶ計画通りなのサ!」

「長々と説明ありがとな!」

 

 魔理沙は怒鳴りながら八卦炉を構える。

 そして迸るマスタースパーク。

 だがマルクはそれを笑顔で迎える。

 

 直後、マスタースパークは跳ね返された。

 

「うぉっ!?」

 

 そして魔理沙のすぐ足元を抉った。

 自身の魔力を注ぎ込むだけ放出する熱量が上がる八卦炉。それから放たれたマスタースパークが大地を熱で溶かしているのだから、魔理沙の怒りがどれほどか見て取れる。

 

「ダークマインドの鏡! レーザーなんて効かないのサ!」

 

 狂い笑うマルク。

 するとその横に、裂け目が出来た。

 そこから出てきたのは、角のあるような、青いローブを着た球体。

 

「はしゃぐネェ、マルク」

「こんなの笑わない方が損だヨ」

「……誰だ、お前」

「おっと、名乗り忘れていたネェ。ボクはマホロア。よろしく」

「……マルクの一部かしら? それとも協力者?」

「後の方だネェ」

 

 最悪だ。これ以上敵が増えるなんて。

 そんな中、カービィが必死にマホロアに向け、何かしら訴えていた。

 

「おっと、ボクのこと信じてたんだネェ、カービィ。でもごめんネ、元々こういう予定だったんだヨォ」

「ぶぃ!?」

「……なるほど、どうやらお前はカービィ達を後ろから操ってたらしいな」

「そういうことダネ」

 

 ケタケタと笑うマホロア。

 そしてマルクが、トドメと言わんばかりに指示を出す。

 

「サァ、マホロア、最後の仕上げなのサ!」

 

 瞬間、魔理沙は、カービィは、突如発生した裂け目に飲み込まれる。

 いや、二人だけではない。

 各地で戦闘を行なっていたメタナイト、藍、デデデ大王、萃香、ワドルディ、橙、全員がだ。

 

 何か言葉を発する、それよりも早く、その次元の裂け目に飲み込まれた。

 残ったのは紫。そして自分に術をかけていた霊夢。

 

「んん? おかしいナァ」

「はん! あんたの術なんて効くはずないでしょ!」

「初対面だと思うんだけどナァ? まあ、いいか」

 

 マルクはへたり込む紫に近づく。

 紫に関しては抵抗されたのではない。

 あえて残したのだ。

 

「さぁ、ダークゼロの力を見るがいいサ!」

 

 そのまま、無抵抗の紫に入り込む。

 そしてあげた顔には、もう紫の心はなかった。

 ただ瞳に狂気が浮かんでいる、ただそれだけであった。

 

 

●○●○●

 

 

「うぉおおおおお!?」

「ぽよぉっ!」

 

 魔理沙とカービィはまとめて放り出される。

 そして地面に落ちた途端。

 

「冷たっ! 寒っ!」

 

 その身を刺すほどの寒さに震えた。

 それもそうだろう。

 辺りは吹雪き凍てつく、氷の世界なのだから。

 彼方には幻想郷には見られない巨大動物の姿がある。

 

 魔理沙は知らないだろうが、これが約一万年前の最終氷河期の地球である。

 魔理沙とカービィはマホロアにより、時空を飛ばされたのだ。

 最早、尋常な手段で戻るのは難しい。

 

 凍てつく寒さの中、魔理沙とカービィは寒さに震えることしかできない。

 そしてそこに、追い打ちをかけるようにそれは現れた。

 

 白銀の世界に紛れ込むように、怪しく浮かぶ巨大な白い球体。

 その中心から覗く、赤い目玉。

 名は、ゼロ。カービィに討ち滅ぼされたダークマターの首領。ゼロはその巨体の一部を裂くようにして、赤いレーザーをいきなり放ったのだ。

 

「うぉっ、なんだあいつは! あれもマルクの仲間か!?」

 

 魔理沙の予想は、正確には違う。

 あれはマルクの分霊。スターロッドによって邪な神と化して作り上げたもの。

 霊烏路空に宿る八咫烏の分霊同様、本体と同じ力を持ち、且つ分霊を行ったからといって本体が弱体化する訳でもない。

 つまりは、純粋な戦力増大。

 当然、分霊は何かに乗り移さなくてはならないので、ゼロも何かを依り代にして現界しているのだろう。

 

 どちらにせよ、この劣悪な環境下では、魔理沙もカービィも本当の力を引き出せない。

 寒さに体力は奪われる。感覚も鈍る。

 それを見透かしたゼロはその巨体を活かした体当たりを敢行する。

 大質量から繰り出される体当たりの威力は絶大。

 哀れ二人をひき潰す。

 

 ……そうなるはずだった。

 

 ゼロと、魔理沙とカービィ。その間に、氷の壁ができていた。

 誰がやったのか。両者ともに困惑する中、声が響く。

 

「話には聞いていたけど、これはまた厄介そうね。あたしの相手に不足なしね」

 

 声のした方を振り向き、そして目を剥く。

 それはよく知った人物でありながら、全く持って信じられない姿をしていた。

 それは10代後半くらいの少女。青い冴えるようなドレスを着て、そのドレスの上からでもわかる艶やかな肢体を備え、流れるような青い長髪を吹雪に流し、若々しく力強く、そして自信に満ちた顔に、芸術品のような氷の翼を持った者。

 

 それは、紛れもなくチルノであった。

 いや正確に表現するなら……氷に満ちた氷河の時代の姿、全盛期のチルノであった。

 

「話は聞いてるよ、カービィ、魔理沙。あたしに任せて。なんたって、あたしは最強だから」



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集え、旧き者よ

「お前は……チルノ……なのか?」

「だからそういってるでしょ? あたしはチルノだよ。氷の妖精、チルノ」

「なんか、私が知っているチルノとはだいぶ違うんだが……」

「うぃ……」

「それは暖かくなった世界のあたしでしょ? そりゃ姿形も変わるよ」

「いや、それ以外も色々と……」

 

 バカで有名な氷の妖精チルノ。

 しかし目の前にいるのは極めて知的な喋り方をするチルノ。

 常識が現実に打ち砕かれた者に相応しい表情を魔理沙とカービィは浮かべる。

 

 だが今は戦闘中。チルノの意外過ぎる過去を目の当たりにしたところで、ゼロが動き出した。

 だがチルノはそれを許さない。

 

「凍てつけ!」

 

 手を広げ、ゼロに向ける。

 その途端、氷柱が出現した。

 その氷柱はレーザーか何かと紛うほどのスピードで成長し、ゼロを殴り飛ばした。

 さらにそれで終わりかといえば、そうではない。弾き飛ばされ吹き飛ぶゼロが地面に着弾した途端、その地点から針山の如き氷塊を出現させる。

 その規模は巨体のゼロを封じ込めて尚余りがあるほど。

 

「おいおい……なんだこの出力は……」

「ふぅむ……スノーボールアースの時はもっともっと出力あげられたんだけどなぁ」

「まじか……」

 

 チルノは妖精。つまりは人外。

 普段気がつかないだけで、これが本当の妖精の脅威なのだろう。

 

 とはいえ、相手もこの程度では折れ伏すようなヤワではない。

 自分の体積の何倍もある氷を弾き飛ばし、その姿を再び現すゼロ。

 それを見たチルノは不敵に笑う。

 

「さすがに骨があるやつみたいだね。ここからが正念場、といったところかな? それじゃ……やるよ!」

「おうよ!」

「ぽよっ!」

 

 

●○●○●

 

 

 メタナイトと藍はつい先ほどまで殺しあった相手と背中を合わせ、共闘していた。

 相手は、自分達。

 悪意を増幅させた、自分達だ。

 荒涼とした荒地に、剣撃と爆音が鳴り響く。

 

 ただなりふり考えず殺すことにのみ傾注する自分は、強い。

 傾国の美女として悪逆の限りを尽くした時の藍は、恐ろしい。

 黒く濁った自分ほどの脅威はない。

 しかも、これだけではない。

 奥から高みの見物を決め込む、ダークマインド。

 本体と言うべきものが後ろに控えているのだ。

 その姿は仮の姿ではなく、火球に金色の瞳が輝く本来の姿。

 二つの影を支援するように弾丸を放つのがいやらしい。

 

 二対三。相手は同格かそれ以上。

 これだけでも絶望的なのに、メタナイトと藍は先の闘いで決して軽傷では済まない怪我を負っている。

 藍の腹部からは血が滴っているし、メタナイトの生命力は減り続けている。

 勝敗は、最早明らかに見えた。

 

 だが、それでも尚相手に飲み込まれないのは。

 悪しき自分に飲み込まれないのは。

 悪しき心よりも、自らの善性、そして信念が優っているからであろうか。

 

 しかし理由などどうでも良い。

 その結果、間に合ったのだから。

 

「久しぶり、メタナイト。なかなか苦戦しているみたいね? 手を貸さないこともないわよん?」

 

 ボン、と突如として爆発が起きる。

 その爆風に自らの影が吹き飛ばされる。

 そして彼女は舞い降りた。

 地球、月、異世界を模した球体を浮かべる、地獄の女神、ヘカーティアが。

 

「誰!?」

「ラピスラズリ殿、どうして!? ……いや、助太刀感謝する!」

「ま、感謝の相手は違うと思うんだけどな」

「それは……?」

 

 疑問符を浮かべるメタナイトと藍に、ヘカーティアは不敵に笑う。

 

「ほらほら! クエスチョンマーク浮かべる前に目の前の敵倒さなきゃ!」

 

 

●○●○●

 

 

「いやはや、全く、こんな事で呼び出される日が来るなんて思わなかったねぇ」

 

 ソレは杖を振るう。

 杖から撒き散らされるのは、高速の弾丸。

 それは、一つ一つが霊力の塊。

 その霊力弾とも言うべきものは、幾つも浮かぶ黒い一つ目の球体……ダークマターに突き刺さる。

 当たるたびにダークマターの纏う闇が霧散してゆくあたり、相当効いているのだろう。

 

 ハルバードを持つデデデ大王、アシストするタランザ、拳を振るう萃香、量産型ロボボに乗り込むワドルディ達も、無数にいるダークマターと戦ってはいるが、やはり消耗した彼らにとって、ソレの乱入は非常にありがたいものだった。

 乱闘中、突如として空間の裂け目に落とされ、草原に落とされた時は混乱した。

 そして無数に現れたダークマターに、一時は絶望した。

 

 だが、しかし、ソレは突如として現れたのだ。

 

 先端に三日月を象った杖を持ち、太陽の描かれたリボン付きの三角帽を被り、緑の長髪を戦場に靡かせる女性。

 その下半身は、非実態の幽霊然としたもの。

 

 彼女は自身を魅魔と名乗った。

 

 大陸語でサキュバスを名乗った彼女は、その名にふさわしく妖艶に、そして美しく、闇たるダークマターを討ち払ってゆく。

 

「お前は、何者だ?」

「悪霊さ。ちょっと有名な、ね」

「……寡聞にして私は知らんぞ?」

「……そうか。ちょっと寂しいね。ま、誰かが覚えてくれていたから、私は今もいるんだけどね」

 

 寂しそうな顔をしながらも、魅魔は杖を振るう。

 

「……お前も元は幻想郷の者だろう? ……こちらには来ないのか?」

「私が行けば、均衡は崩れるかもねぇ。……なら、ここに留まるさ。年長者は、年少者に台を譲るのが役目ってね」

 

 最後のダークマターが討ち払われる。

 そして、そこから空間の裂け目が現れる。

 どうやら、空間の裂け目を分霊の依り代としていたようだった。

 

「さぁ、いきな。折角平穏を掴んだんだろう? なら、こんなところで終わらせてくれるな!」

 

 

●○●○●

 

 

「ああ全くもう! 私の魔界に変な奴送って来るんじゃないわよ!」

 

 激情に任せ、レーザーを放ちまくるのは赤い衣に身を纏う、銀髪の少女。しかしその背中からは六枚の黒翼が生え、決して人間ではないことを教えてくれる。

 

 ワドルディ達にはこう名乗った。魔界の神、神綺と。

 相対するはドロシア。だが、それは絵の具をめちゃくちゃに混ぜ合わせたような球体に、黄色い五つの目と大きく裂けた口を持った本性の姿、ドロシアソウルの姿。

 

「そう怒らないでよ。報酬もちゃっかり貰ったんでしょ?」

「うっさいわね、ワドルディ! ああもう結構しぶといし!」

「ひぇえ……藍しゃま、この人怖い……」

「何よ!」

「ひぃ!」

「大丈夫だよー。この人こう見えていい人だよー。たぶん」

「たぶんってなによたぶんって!」

「気の所為だよ」

「あーもう、ムカつく。追加料金請求しようかしら」

 

 ブツブツと呟く神綺。

 そこでワドルディは気になったことを戦闘だろうが構わず聞いてみる。

 

「ところで、神綺さんってボクらを助けるようあらかじめ誰かに頼まれたんだよね? 一体誰に頼まれたの?」

 

 なにもこんな時に聞かなくても、と言う顔を神綺はするが、それでも答えてくれるあたり、短気な割には優しいところもあるようだ。

 

「ああ、そいつはなんと名乗っていたか。たしか……」



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『XX』

「アハハハハ! さあさあ、どうしたのサ!」

「くっ……!」

 

 狂気に満ちた嘲笑が、洞窟に響く。

 その声は紫のもの。しかしその中身は別物。

 紫の身体を得たマルクである。

 その嘲笑の先にあるのは、傷だらけになった霊夢であった。

 

「他人の体を乗っ取って戦う……全くいやらしいヤツね」

「ボクにはそんな能力、元々はなかったのさ。ボクと融合したダークゼロの力なのサ! ほら、見るがいいサ!」

 

 ピシリ、と何か裂けるような音がする。

 その音と同時に、空間にヒビが入る。

 そしてそのヒビは、霊夢に向かって伸び始めた。

 スキマを長く開くことにより生み出す空間の断絶。それを行なっているのだ。

 空間そのものを裂く攻撃を受け止める手段に乏しい霊夢は跳びのき回避するすべしか用意されていない。

 だが、跳びのき回避した方向に用意されたスキマから、幾つもの光弾が飛ぶ。

 

「ハァッ!!」

 

 咄嗟に結界を張り、被弾を防ぐ霊夢。

 しかし。

 

「……あーあ、止まってたらいいサンドバッグにしかならないのサ」

 

 霊夢の張った結界を覆うように、四方八方からスキマが開く。

 そして、無数の道路標識が飛び出した。

 四方八方から現れた道路標識は霊夢の張った結界を削り、ひしゃげさせ、ついには破壊した。

 道路標識の包囲網から辛くも逃れるが、その際何本かの道路標識が霊夢の体を強く打ち付ける。

 

「ぐっ……舐めるな!」

 

 苦し紛れに放った博麗神社の符。

 だがそれは、紫……いや、マルクの前に現れたスキマに呑まれてしまう。

 

「んー? その程度なのかなー? つまらないのサ。折角幻想郷も、ポップスターも、全ての世界をボクのものにしたのに」

「……ふざけないで。そんなこと、させるはずがないでしょ」

 

 傷つき、血を滴らせながらも、霊夢の闘志は衰えない。

 その目は鋭く、不退転の決意に満ちていた。

 しかしマルクは、その目を嘲る。

 

「そう怖い目をしないで欲しいのサ! ……それに何か勘違いしているみたいなのサ」

「……ああ?」

「ボクは全ての世界をボクのものにするよう、ボクのオモチャにするよう願った。つまりは……」

 

 ミシリと音がする。

 その音はだんだん大きなものとなり、ついには地響きへと変化する。

 そして、洞窟の天井が吹き飛んだ。

 そこから見えるのは、青く透き通った昼の空ではなく、星々が輝き月の照らす夜の空でもなく、朱に染まった夕暮れでも、全ての始まりを告げる朝日でもなく。

 

 真っ黒な空に、歪んだモノが浮かんで見える、どの世界にもない空だった。

 

「つまりはぁ、この世界は全部ボクの支配下! オモチャ! オモチャを壊すも直すもボク次第! 全てはボクの掌の上! 」

「まさかっ……!」

「そうさ! この世界全てが人質さ! これもボクの完璧な計画が順調に進んだおかげなのサ! ま、許してちょーよ! おっほっほっほっほっ、ほほほほほほほほほ!」

 

 最悪だ。

 幻想郷、いや、全ての世界が人質だなんて。

 例えこいつを圧倒したとしても、幻想郷もろとも消される可能性がある。

 なら、世界とマルクとの繋がりを絶つ方法はどうか?

 夢想封印ならそれくらいできるだろう。

 だが問題は……夢想封印の準備中に、マルクはどこまで世界を壊せるか、ということ。

 マルクはほぼ一瞬で洞窟の天井を、触れることなくぶち抜いた。

 夢想封印を撃つまでに、死なば諸共と人里を破壊するかもしれない。

 そうなれば、人里あっての幻想郷は崩壊だ。

 

 詰んだ。

 既に飛車と角行を取られ、歩も金将も銀将も桂馬も香車も半数以上取られ、隅に王将が追い詰められた状態。

 絶体絶命。……もはやその手を下ろす以外ない。

 

 そして、その降伏の意思を汲み取ったのか、拍手が鳴り響く。

 ずっと静観していた、魔術師マホロア。

 ゆっくりとマルクの方へ近寄る。

 

「ブラボー、ブラボー。素晴らしいネ! 僕が以前立てた支配計画よりもずっと完璧だヨォ!」

「当然なのサ。ボクは融合体。ある意味宇宙の叡智だって手に入れているのサ!ボクの計画に狂いはなかったのサ!」

「ウンウン! スターロッドでマルクの願いを叶えた時点で、もう全ての勝敗は決したも同然! もはやこの計画は覆せないネ!」

 

 そしてマホロアはマルクに優しく触る。

 瞬間、紫の体と、マルク本体に分離した。

 解呪と封印の術式。それであると霊夢はすぐさま見抜いた。

 突然のことに呆然とするマルクに、マホロアは笑いかける。

 

「でも一つミスがあるヨォ。ボクの裏切りを全く想定していないことダヨ」

 

 解呪によって憑依が解け、封印によって世界との繋がりが断たれたマルクは、狂気と闇と、そして恐るべき力を放出しながらヒステリックに激昂する。

 

「マホロアァァァ!!! 裏切ったなァァァ!! いいだろうゥ! 封印している間に殺そうしているみたいだけどコノ封印も一時間と持たないだろうサ! そんな短時間で、クラウンも破壊されたお前が、このボクに、勝てると思っているのかァァァ!!!」

「ウン、無理だネ。勝てないヨォ」

 

 あっさりと、マホロアは白状した。

 しかし、その顔は余裕に満ちていた。

 

「でも、一体いつから……ボク一人で戦うと勘違いしていたのカナァ?」

 

 マホロアの背後から、巨大な時空の裂け目が開く。

 そこから現れる、ハルカンドラの守り神、四体のランディア。

 ハルカンドラの秘宝、天翔ける船、ローア。

 

 そして……

 

「全く……驚かせおって」

「ひやひやしたぞ、全く」

「ごめんネェ。でもこれしかないと思ってネ」

 

 傷だらけのメタナイトと藍が現れる。

 

「うわぁん! 藍しゃまぁ!」

「ふぅ、なんとか生還できたよ。ありがとマホロア」

「いいってことサ」

 

泣きじゃくる橙とそれを見守るバンダナのワドルディが飛び出す。

 

「全く。別に私を連れてこなくてもいいだろう?」

「何言ってんだ。あんな悲しいこと言われちゃ、連れてこないわけにはいかんだろ」

「水臭いことは言わないで欲しいのね」

「そうそう! デデデもいいこと言うねぇ。よっ、大王!」

「あれ、魅魔もついてきたノ?」

「ああ。ってなわけで、追加報酬よろしくね」

「エエエ……」

 

 デデデ大王とタランザと萃香と大量のワドルディ、そして彼らに連れてこられた魅魔が顔を覗かす。

 最後に。

 

「ぽよっ!」

「へへっ、面白いことをしやがるな、マホロア!」

「褒めてくれて嬉しいヨォ」

 

 雪まみれになりながら飛び出すカービィと魔理沙。

 

 これで、異世界に放り出された全員が、生還したことになる。

 

「なぜだ、なぜ、ナゼ死んでない!? 劣悪な環境下に消耗した状態で放り出したのに、ナゼ!?」

「そこはボクの出番ダネ。予めキミと相談した場所に現地、もしくは世界を超えられる強者に協力要請を出しておいたんだヨォ。報酬にテーマパークの利益ゼンブつぎ込むつもりだったけど、みんな優しくて助かったヨォ。……若干一名ボッタクられたケド」

 

 スッと目をそらす魅魔。

 メタナイトは呆れたように溜息を吐く。

 

「私に教えてくれたっていいじゃないか。寿命が縮んだぞ?」

「敵を欺くにはまず味方からってネェ。難しいね、ダブルスパイ。勉強になったヨォ」

 

 笑うメタナイトとマホロア。

 それを見てマルクはわなわなと震えだす。

 

「ボクの、ボクの完璧な計画が……!」

「気付くべきだったネ。一人の独裁なんて、誰も認めたがらないことヲ」

「フザケルナァァァ!!! 全員、殺してヤルのサ!」

「サァ、形成逆転……ダネッ!」



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狂気は郷里を喰らう

 ブレード状のエネルギー体が弧を描きながら迫り来る。

 それを打ちはらい、跳ね返すメタナイト。

 その隙に藍が光弾を放つ。

 完璧なタイミングで放たれたカウンターというものは回避が非常に難しい。

 光弾はマルクに命中し、表面を焦がす。

 しかしその程度ではマルクにはダメージとも思われない。

 

 放たれるのは、黒い雷撃。

 マルクの固有の技ではない。融合したダークマターのもの。

 もっとも、同時に数十を超える本数を放つあたりで、最早元の面影もないのだが。

 さすがに予備動作なしの雷撃には対応できないものも多かった。

 消耗していた橙や萃香、デデデ大王やワドルディ達に被害が及ぶ。

 しかし得てして大技とは隙を誘うもの。

 

「お返しだオラァ!」

「砕け散りなさい」

「ギィイイイイイ!」

 

 萃香と魅魔の連続攻撃により、奇声を上げ吹き飛ぶマルク。

 地面に叩きつけられたところで、その着弾点を狙った魔理沙の無慈悲なマスタースパークが炸裂する。

 さらにマホロアの歯車弾による攻撃、ランディアの火球も追加され、爆炎が夜空を染める。

 

 だが、それでもなお、生きていた。

 それも当然だろう。その程度で倒せるほど、ヤワではない。

 

「鬱ッッッッ陶しいィなぁァァァ!!!」

 

 マルクは大口を開け、エネルギーを吐き出す。

 それは高出力の極太レーザー、マルク砲。

 地をえぐり、空を切るエネルギーを、マルクは薙ぐようにして吐き散らした。

 どういう原理か、着弾点が爆発し、木々が、大地が吹き飛ぶ。

 

「くそッ、皆無事か!?」

「ワドルディ数体が吹き飛ばされた! 乗ってる量産機はもう使い物にならんぞ!」

「なら操縦者には援護を!」

「ちょっと待ちな……マルクはどこいった?」

 

 魅魔の忠告に、我に帰る一同。

 いつの間に、マルクの姿は掻き消えていた。

 逃げたか、爆炎に紛れたか、それとも……

 

「あっ、下なのね!」

「ッアッハッハッハッハッ!!」

 

 タランザが地を滑る影に気がつくが、遅かった。

 不意の影からの突撃には耐えられない。

 

 標的になったのは、カービィと魔理沙。

 魔理沙も、カービィも、箒から投げ出される。

 

「魔理沙っ!」

「ヴ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ!!」

 

 霊夢は魔理沙の元へ飛ぼうとするが、狂い飛ぶマルクはそれを許さない。

 近代兵器もかくやというほどの矢の連射、アローアロー。

 それを地上へ向けて放つ。

 弾幕とは違い、隙間のない矢。

 しかし、自軍にいるのは歴戦の戦士と妖怪。

 たとえ弾幕ごっこという遊びで戦いを封じられようとも、その牙は鈍ってはいなかった。

 

 全ての矢弾を回避してのけた猛者は、更にマルクへと集中砲火を行う。

 隙間などない。避けることなどできない。

 はずだった。

 

「オッ、オッ、オッ、オッ、オ……」

 

 マルクの体が、縦に裂けた。

 そして裂けた体は沸騰する毒々しい赤と青のインクの塊のように変化する。

 確たる実態が消失した相手に光弾などは効果を発揮しない。

 全ての攻撃を避け切ったマルクは、そしてその体を四散させる。

 そして降り注ぐ、赤と青の液体の雨。

 液体が落下した場所はジュウジュウというおぞましい音を立てながら侵食される。

 

「くっそ、なんだこいつ!」

「変幻自在の道化、ってところかしら?」

「気に食わんな、この戦い方は。まだ素直なデデデの方が好みだ」

「それは喜んでいいのか?」

「ホラホラホラァ! そんな余裕こいてていいのかい?」

「マズいヨ! 来るヨ!」

 

 轟と空気を搔き乱し、接近するマルク。

 それを迎撃せんと構える幻想郷勢。

 間も無く衝突する、そう思われた。

 

 しかし、それは爆風によって遮られた。

 

「ンァああああ!? 誰なのサ!」

 

 マルクの怒りを多分に含んだ誰何に、それは答えた。

 

『我ら、メタナイト様の忠実なる僕、メタナイツ! 遅れながら加勢するダス!』

 

 彼方に飛ぶは、拘束から逃れたハルバード。設置されたスピーカーから、メイスナイトが一騎士として名乗りをあげる。

 それは、メタナイツ全てを代表するもの。

 ハルバードに設置された全ての砲台が、マルクへと向けられていた。

 

 そして、全ての砲台が砲弾を……その暴力装置を稼働させた。

 圧倒的火力は、 圧倒的精度でマルクへと吸い込まれるように着弾する。

 絶え間ない爆炎、爆音。閃光は直視すれば目が焼き切れそうなほど。

 

「ギィイイイイイイイイイ!!」

 

 そして微かに聞こえる、マルクの悲鳴。

 

「うぉ……効いて……いるのか!?」

「みたいなのね」

「このまま押し込めることができれば……ん?」

 

 藍の目は、爆風に呑まれるマルクから外れた。

 そこにあるのは、不自然な地面の盛り上がり。

 まるで、何かが大地より生まれ出でんとするかのような、そんなモノ。

 

 その直感は正しかった。

 

 ゴボリと土が膨れ上がり、そこから太い蔓が持ち上がった。

 千年杉もかくやというほどの太い蔓。

 それがあちこちから伸びてきたのだ。

 そして爆風に包まれるマルクを優しく覆い隠した。

 

 その瞬間。

 

 天地開闢により分け隔てられた天地を再び混沌へと帰すかのように、更に無数の蔓が、大地から巨大な蛇のようにのたうちながら現れたのだ。

 近くを跳ね飛ばし、天へと蔓は伸び、寄り固まり、そして一つの大樹となる。

 そう、それは赤と青が混じり合うことなく混在した、一つの大輪……十メートルを遥かに超えた花を中心に置く、花の木。

 ポップスターに居たものならば記憶に新しい、かの妖艶の悪女が遺した名所の起源。

 

 ワールドツリーが、この幻想郷に根を下ろしたのだ。

 

 その根の総延長は幻想郷を10周してなお余る。

 その根は幻想郷を覆うように、囲うように、支配するかのように、張り巡らされた。

 そして霊力を、魔力を、神力を、この地が持つ力という力を、吸い始めた。

 悪逆の女王が、嘗てそうしたように。

 

「ちょ、なんだこれ!?」

「スケールが違いすぎるでしょ!?」

「まずい、メタナイツに告ぐ、すぐさま退避を……」

 

 ハルバードなど、ワールドツリーからしてみれば単なる巨大な的。

 だからこそ、退避を命じた。

 だが、遅かった。

 

「ギャハハハハハハハァァァ!!!」

 

 赤と青の花弁が開き、中身が露わになる。

 そこにあるのは狂気に満ちたマルクの顔、四つに別れた特徴的な翼。

 それが開いた途端、その巨体に相応しい、極太という表現すら生易しい、ただ一瞬で面制圧が可能な程の太さを誇るレーザーが発射された。

 シールドを展開しているとはいえ、ハルバードもさすがにこのレーザーには耐えられなかった。

 脆いウィングが焼け落ち、みるみる高度を落とすハルバード。

 

 しかし、それに見入っている暇はない。

 一つ目の……オリジナルとは違い、まるでダークマターじみたものが花弁の中央にあるユニットが、無数に襲いかかってきたのだ。

 それと同時に、凶悪な棘だらけの太い蔓が無知の如く襲いかかってくる。

 

 あちこちで破砕音が聞こえる。

 あちこちで苦悶の声が聞こえる。

 ユニットから放たれるレーザーが身を焼く。

 蔓の棘が体を裂く。

 

 コピーのないカービィもまた、弾き飛ばされる。

 そして、マルク達はカービィに殺されたものの怨霊。

 カービィを優先的に追い詰めようとするのは、当然であった。

 

 だが、カービィも、マルクも、誰もが気づいて居なかった。

 

 そこから飛来する、灰色の流星に。



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幻想連合

 パキン、と何か割れるような、そんな音がした。

 しかしそれは何かが割れた音ではなく、高速で動く物体が、あまりに早すぎたため、空気を裂く音が破裂音じみて聞こえただけ。

 そしてその破裂音とともに、ユニットは、蔓は、弾け飛んだ。

 

 超速の物体が通過したのだ。魔理沙達への影響もゼロではない。

 その衝撃波、突風に体を揺さぶられ、コロコロと地を転がる。

 

「なんだ!? 何が起きた!?」

「新手? 新手なの!?」

 

 混乱する魔理沙と霊夢。

 しかし、その混乱はその灰色の流星の正体を捉え切った人外達の方が大きかった。

 

「なんだ、アレは。まるであれは……」

「もう一人のカービィなのか……!?」

「何ぃ!?」

 

 藍と萃香の呟きに反応したデデデ大王は、大慌てで懐から望遠鏡を取り出す。

 しばらくしてその顔は「信じられん」と言いたげなものに変化する。

 その表情だけで誰なのかわかったのであろう。メタナイトとバンダナのワドルディはその流星を見て頷く。

 

「まさかあいつも飛んでくるとはな……」

「鏡の国から飛んできたんだね〜」

「ああ……このタイミングでの加勢は、本当にありがたい」

「まて、あれはなんだ? まるで……灰色のカービィではないか」

 

 藍がメタナイトへぶつけた疑問こそが、その者を正しく表現するのにふさわしかった。

 まさにそれは灰色のカービィと表現するのが一番正しいだろう。

 

「シャドウカービィだ。カービィの影といえよう。カービィにちょっとだけいたずら心をトッピングしたような……言うなれば味方だ」

「カービィの……影?」

「ああ。しかも、とんでもない兵器に乗り込んでやってきたようだ」

 

 空を舞い、蔓を轢き潰すシャドウカービィ。

 彼が乗るのは、三本角の虫を模したような飛行物体。

 攻撃力とスピードでは、かのドラグーンを上回るのではないかというほどのモノ。

 そう。それもまた伝説のエアライドマシン。

 その名はハイドラ。ドラグーンと対をなすエアライドマシン。

 小回りや汎用性には欠けるものの、攻撃と速度、強度においては無類の強さを誇る、まさに戦闘用(バーサク)マシン。

 次から次へと、蔓を刈り取って行く。

 

 いける。

 暗雲たちこめたこの戦場に、影たるシャドウカービィは光を持ち込んだのだ。

 

 だが、そこまで甘くはなかった。

 

「オッホッホッホッホッホッホ!!! 無駄なのサ!」

 

 シャドウカービィが刈り取った蔓。

 しかしそれは、瞬く間に再生して行く。

 しかも、刈り取られながらも攻撃の手は一切緩んでいない。

 つまりは、実質ノーダメージ。

 本体へ特攻しようにも、より硬い蔓と複数のユニットに阻止されてしまう。

 

 そして問題は、その再生のエネルギー。

 再生のために、エネルギーを幻想郷から絞り上げているのは明白。

 意味のない攻撃し続ければ、やがて幻想郷から力が失われてしまうかもしれない。

 早急に本体を叩かねば。

 

 メタナイトの強み。それは頭のキレだろうか。

 そう判断した後の指令は早かった。

 

「ハルバード乗員に告ぐ! 砲台は生きているか!?」

「め、メタナイト様! まだ大半は生きているダス!」

「よし、ならばその場で固定砲台として、マルクを狙撃しろ! 事態は一刻を争う! 急げ!」

「了解……なんダス!?」

「どうした!?」

 

 無線の向こうで聞こえる、慌ただしい声。

 また、不測の事態が起きたのか?

 度重なる不幸に、さすがのメタナイトとて冷や汗が体を伝う。

 しかし、メイスナイトから受け取った一報は、メタナイトの予想の斜め上をゆくものだった。

 

「は、ハルバードが……再浮上しつつあるダス!」

「何!? なんだと!?」

「どうしたメタナイト?」

 

 近くにいた藍の訝しげな声に構ってられない。慌ててハルバードが墜落したはずの場所を睨む。

 すると確かに、煙を上げながらも、ハルバードはゆっくりと再浮上しているではないか。

 ウィングは焼け落ち、ボロボロ。そんな状態で飛べるはずがない。

 その原因を探っていると、甲板の上、あまりに離れすぎていて米粒にしか見えないが、確かにそこには人影があった。

 そのシルエットに、メタナイトは見覚えがあった。

 

「村紗殿!?」

「はいはい。村紗船長になにか?」

「……言っておくが、それは私の船だぞ?」

「そう硬いこと言わないで頂戴。今は私がこの船を浮かせているんだから。さて、進路方向は……あの化け花でいいね?」

 

 脳内に直接響く村紗の声。念話だろう。

 彼女は船幽霊。だから船を沈めるのも、浮かせるのも、彼女の十八番なのだろう。

 だが、念話越しでもわかる。……ハルバードは木造船とは違う。相当な無理をしているはずだ。

 

「感謝する、村紗殿」

「いいって。幻想郷の危機に命蓮寺が立ち上がらないわけないでしょ?」

 

 そして濛々と立ち込める、不自然な雲。

 そこに浮かぶのは厳しい老人の顔。

 そう、雲山。そしてその手のひらにいるのはパートナーの雲居一輪に、命蓮寺の聖白蓮、寅丸星。

 ちょっと離れたところでは封獣ぬえに二つ岩マミゾウ、ナズーリンも戦闘態勢を取っている。

 

「頼もしいな。クルーに告ぐ。村紗殿が力つきる前に、自力浮遊が可能なレベルまで修復せよ! 無茶な命令だが、頼んだぞ!」

「了解ダス! メタナイツの力、お見せするダス!」

 

 そこでプツリと通信は切れる。

 そして再び火を噴く砲台。

 火力は、十分。

 

「なんなのサ!? さっき堕としたはずなのにィィィ!!」

 

 蔓の向こうから、叫び声が聞こえる。

 そしてそれに合わせて雨あられと降り注ぐ、大量のタネ。

 地面に触れた途端、爆裂するタネ。

 無差別な絨毯爆撃。

 しかしそれは、無数の蝶が盾となることで、防がれた。

 

「あらあら、ここまで風流も雅さもへったくれもない花なんて初めて見たわ」

「もはや雑草の類ですね。早々に斬り堕としてしまいましょう」

 

 空から舞い降りたのは、冥界にいるはずの西行寺幽々子と魂魄妖夢。

 

 そして薄くなった弾幕を貫くように、紅い槍がマルクの元へ飛来し、爆散する。

 ユニットの目玉には、いつの間にかナイフが深々と突き刺さり、次々と無力化されてゆく。

 

「全く、どこで運命の歯車が狂ったんだか。まさか私が直々に出張ることになるとは」

「良いではありませんか。ちょっとした運動に良いのでは?」

「そうだよお姉様。……あ、カービィ久しぶり〜!」

 

 横合いから殴り込みに来たレミリア・スカーレットを筆頭とする十六夜咲夜、フランドール・スカーレットの紅魔館勢。

 なおもくねり大地を曳き耕す蔦に向け、何本もの角柱が突き刺さり、動きを封じる。

 そこに赤茶けた鉄の輪が降り、綺麗な輪切りを作り上げる。

 その道具に見覚えがないものはない。

 

「聞け! これより守矢の二柱は、妖怪の山を代表して参戦する!」

「戦だー、戦だー!」

「であえー、ですね!」

 

 守矢の二柱の神、八坂神奈子と洩矢諏訪子。

 そして彼女らに付き随う東風谷早苗。

 

 幻想郷の有力者のかなりの数が、この戦場に集まったことになる。

 戦闘が始まってそこまで時間は経っていない。

 この事実に、マルクは酷くうろたえる。

 

「なんなのサ! なんで、なんでこんなに集まりが早い!? 幾ら何でも、情報が伝わるのが早すぎるのサ!?」

「教えてあげましょうか?」

 

 その絶叫に答えるものがいた。

 

 ボコっと瓦礫が持ち上がり、そこから白い手袋をはめた手が伸びる。

 そしてひょっこり頭を出すのは、八雲紫。

 

「体を乗っ取ってくれたお返しに教えてあげるわ。貴方は私がただ呆然としていたと思ってたんでしょう? ……ふふふ、甘いわね。幻想郷のためなら私はなんだってするわ。例え大妖怪の自負を捨ててでも、ね」

「まさか、キサマ、あの時! あの時妙に反応がないと思ったら……全員に、伝えたなっ……!」

「ええ、思いつく限り、ありったけね。……この程度で、私が折れるとでも? 幻想郷を作り上げて、何度危機を迎えたとお思いで? ……幻想郷の底力、舐めてもらっちゃ、困るわね」

「ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」

 

 蔓の標的が、全て紫に向かう。

 しかし、紫は扇子を取り出し、微笑むだけ。

 

 そして蔓は、見えない刃物に切り裂かれるように、落ちた。

 同時に彼方から聞こえる、名乗り口上。

 

「妖怪の山の天魔様からのお達しだ! これより、天狗、および河童は幻想郷を蝕む邪悪に対抗すべく、貴殿らに加勢する!」

 

 天狗。

 ファーストコンタクト以来、決して良好と言えなかったカービィ勢と天狗。

 しかしながら、幻想郷の危機を前に、過去のいざこざを今回ばかりは忘れ、手を伸ばしたのだ。

 

「さあさあさあ! どいたどいたぁ!」

「なんだ、にとりか!」

 

 味方が増える戦場に、魔理沙とカービィに向かってドタドタとかけてくる一団。

 その先頭にいるのは河城にとり。

 後ろには、布で覆われた巨大な台車を引く河童たちの姿があった。

 

「なんだこの馬鹿でかい荷物は!」

「ぜぇ、はぁ、ほ、ほら、非想天則が暴走した時、カービィが球状の機械に乗って戦ったろ?」

「うぃ!」

「そうだが……それが?」

「その時、我々は気づいたんだ。ソレはスキャンしたものの性質を自らに反映させる。ならば……」

 

 パッと布が引かれ、中が露わになる。

 そこにあるのはオリジナルのロボボと、組み立てられた非想天則だった。

 

「非想天則をスキャンしたら、どうなるのかな、とね!」

「え、まさか……」

「カービィ、やってくれるかい!? それが、非想天則の供養にもなる気がしてさ!」

「ぽよっ!」

「ちょっ、カービィ!?」

 

 ひょいとカービィはロボボに乗り込む。

 そしてすぐさま、非想天則をスキャンした。

 非想天則は取り込まれ、そしてロボボが光に包まれる。

 そしてみるみる形を変え……現れたのは、桃色の非想天則。頭部がロボボのものに変化した、ちょっとファンシーなロボットに変化していた。

 だが、その高さ30メートル超。馬力は、きっとあの時の非想天則に劣るまい。

 

 非想天則は、マルクに向けて拳を構えた。

 自らの存在意義を失い、無造作に振るわれた拳は今、ついに正義のために振るわれる。



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正義の拳

分霊さんはマホロアの協力者と共にちゃんと片してます


 ロボボ非想天則モードとでもいうべきか。

 巨躯を手に入れたロボボは一歩、また一歩と踏み出す。

 巻きつく蔓など気にすることはない。

 その重量と馬力で引きちぎるのみ。

 

「なんなのサ、なんでこうもうまくいかないのサァァァ!」

 

 蔓を使った防御網も、ハルバードからの絶え間ない砲撃や集まった強者達の連続攻撃により、最早形を保つのが限界。

 花状のユニットからロボボへ向けて黒い電撃が走るが、その程度の損傷など気にはしない。

 

 ロボボは大きく左の拳を振りかぶる。

 そのまま、蔓の防御網へと叩きつける。

 それが最後の一押しとなり、防御網はバラバラと砕け散る。

 

「キィイイイイイイ!!」

 

 花と融合したマルクの体が光る。

 反撃するために集約するエネルギー。

 だが、カウンターを放つよりも、ロボボの右の拳が突き刺さる方が早かった。

 

 ブチィ!! という太いチューブが破断ような音とともに、花と融合していたマルクは引きちぎれる。

 椿が花を丸ごと落とすように、マルクも花弁ごと吹き飛ぶ。

 巨悪の根源が消滅したからだろうか。幻想郷を覆っていた蔓が、先の方から枯れ、そして溶け込むように消えてゆく。

 

 全ての蔓が消えた時。

 歓声が巻き起こった。

 それは間違いなく、勝利を喜ぶもの。

 危機を乗り越えた者があげるもの。

 

 勝鬨が、大きなうねりとなって、戦場を包み込む。

 

「ん? これは……」

 

 魔理沙は足元に転がっていたものに気がつく。

 それは、マルクに奪われていたスターロッド。

 ポップスターなる場所にあるべきもの。

 ならば、その世界の者に返すべきだろう。

 

「おーい、カービィ!」

「ぷよ?」

 

 一緒になって踊っていたカービィを魔理沙は呼び止める。

 テコテコと走り寄ってくるカービィに、スターロッドを返す。

 

 だが、スターロッドがカービィへ渡る直前。カービィの視線がズレた。

 魔理沙の後ろへと。

 そして感じる、何者かの接近。

 

 振り向かなくとも、わかっている。

 この背筋を刺すような、禍々しい瘴気を放つ存在は、つい先ほどまで相手をしていた。

 まだ生きているのか。

 まだ戦うのか。

 まだ執念は癒えないか。

 まだ怨念は晴れないか。

 まだ平穏を許さないか。

 

 蔓から引きちぎられた姿のまま、マルクは飛んでいた。

 より毒々しく、より狂気を孕んだ姿で、再び相対する。

 その目に僅かにあった理性は最早一欠片も残っておらず。

 その口から漏れるのは罵詈雑言ですらなく、意味のない絶叫か呻き声のみ。

 

「おお……おおお……なんということなのね……セクトニア様の御身体に残っていた奇跡の実! その力が、まだ残っていたのね……!」

 

 タランザの喘ぐような声。

 カービィは、デデデ大王は、ワドルディは、思い出した。

 嘗て欲望に支配された女王が死より蘇った時の代償を。

 マルクもまた、その代償を支払い、蘇ったのだ。

 

「……はは、まるで屍じゃないか……」

 

 マルクは炎に包まれる。

 そして巨大な火球へと変貌する。

 この獄炎に焼けぬものはないと言わんばかりの熱量。

 それが直撃して、焼け落ち融けぬものなどありはしなかった。

 

 ボールのように跳ねながら、着弾点を火の海に変えてゆく。

 操縦士のいないロボボにも衝突し、一撃で粉砕する。

 

 狂気、狂気、狂気。狂気のままに、破壊を撒き散らし、朧げな目的のために、ただ憎悪をぶつける。

 

「なんだよこれ!?」

「……」

「手……つけられないよこれ……」

 

 誰かを狙う攻撃の方がまだ良かったのかもしれない。

 マルクが行うのは、ただの破壊行為。

 無差別に、美しき幻想郷を壊してゆく。

 

「っ! 炎が消えたぞ!」

「今だ! 今こそ総攻撃を!」

 

 メタナイトの号令で、再びハルバードの砲台が火を噴く。

 燃える剣、必中の槍、無数のナイフ、死を運ぶ蝶、剣撃、乱舞する鎌鼬、致死の呪い、重い拳、法界の火、ハンマー、宝剣、エアライドマシンの突貫、結界を張る符、レーザー、他弾幕……

 それら全てがマルクに向けて放たれる。

 

 だが、それらは十分な威力を発揮しなかった。

 確かに、最初の方にマルクへ向けて放たれた攻撃は効果を及ぼした。マルクの体を焼き、傷をつけた。

 だが、マルクの姿は唐突に掻き消えたのだ。

 

「転移……ですって!?」

 

 そう、0時間移動、転移。

 紫も良く行う、シンプルにして強力な術。

 それを理性がないのにもかかわらず、嘲るように転移を繰り返す。

 

 予想外の方向から、笑い声とともに現れるマルク。

 しかし霊夢は、自らの勘を信じていた。

 目を閉じ、ゆっくりと心を無にする。

 その勘が、ついにマルクの場所を捉えた。

 最悪の場所だった。

 逡巡している余裕など、無かった。

 

 符を展開しながら、弾かれたように霊夢は飛ぶ。

 その先にいるのは、魔理沙とカービィ。

 

「退きなさい!」

「霊……ぐふっ!?」

 

 そして魔理沙を弾き飛ばした。

 途端、さっきまで魔理沙がいた場所から、マルクが飛び出す。

 当然、霊夢はもろに直撃する。

 だが、それも予測済み。

 自らの身を犠牲にして、展開した符から結界が張られる。

 

 狂化したマルクのことだ。永続的に閉じ込めることはできまい。

 だが、それでも、動きを止めることはできた。

 

「おい、霊夢! 大丈夫か!?」

「ぽょ……」

「ゲホッ、喋らせないでよ、痛むんだから……そんな事より、折角私がアイツの動き止めたんだから、ちゃんとケリをつけなさいよ……」

「霊夢、良くやったわ。休みなさい」

 

 いつの間にか来ていたのだろう。紫が霊夢の横に座っていた。

 その目は慈しみのもの。

 

 やがて、結界にひびが入る。

 破れるのは、時間の問題。

 

「……やるか、カービィ」

「ぽよ!」

 

 他の戦士たちも、その目は決意に満ちていた。

 次の一撃に、力を溜め、その時を待っている。

 その時。

 

「おーい! カービィ!」

 

 彼方から声が聞こえる。

 聞き覚えのある声。

 見れば、ハイドラに乗るシャドウカービィの後ろに、バンダナワドルディがいるではないか。

 その手には風呂敷に包まれた光り輝く実が入っていた。

 

「村に残っていた最後の一個だよ! 頼んだよ、カービィ!」

 

 ぽいと投げられる実。

 そう、奇跡の実。

 それをカービィは吸い込んだ。

 そして、虹色に輝くカービィ。

 しかしその姿は以前と違った。

 風呂敷ごと吸い込んだからだろうか。その頭にはバイザーが乗っかっている。

 

「カービィ!」

 

 その姿を見た霊夢がカービィを呼び止める。

 

「私を、コピーしなさい!」

「……ぽよ!」

 

 光は放たれた。

 ひときわ大きな輝きがカービィを包み込む。

 その姿は、誰もが予想した通りのもの。

 そこにいたのは赤いリボンを結び、霊夢の巫女服の袖を装着した、虹色に輝くカービィだった。

 

「……へへっ、どうやら私の相棒は鬼巫女と決まっているようだな」

「ぷぃ?」

「カービィ、これ返すぜ。……さぁ、気張りどころだ!」

「ぽよ!」

 

 スターロッドを構え、マルクに相対する。

 そして結界は、破られた。



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この幻想をかけた魂の戦い

 結界が割れる。

 瞬間、集中砲火による爆炎が巻き起こる。

 目を開けていられないほどの光量。離れていても髪がチリチリと焼けるほどの熱量。

 幻想郷の住人による集中砲火は違うことなく全てマルクに突き刺さった。

 

 だが、葬り去るにはまだ足りない。

 

 

「オ、オ、オ、オ、オ、オ、オッ!!」

 

 くぐもったような、且つ甲高い笑い声を発しながら、タネを撒き散らす。

 そのタネから生える、薔薇の荊。

 普通の荊ではない。人の胴体を超える太さの、化け物じみたもの。

 いや、気味悪くグネグネと蠢く時点で、最早化け物なのだが。

 

 そんな化け物荊を転移を繰り返しながらばら撒くマルク。

 すでに行動の目的も曖昧になりつつある。

 理性を失ったマルクは、その濁った眼に映るものをただ破壊しようとするだけの存在へと成り下がったのだろう。

 ……いや、それはもはやマルクではない。

 体は崩壊し、かろうじて形のみ保っている、執念だけの抜け殻じみたもの。

 怨霊として蘇ったことを鑑みれば、それは魂だけが動いているようなもの。

 狂った幻想に囚われ、幻想世界に蘇ったマルクの魂。“幻想のマルクソウル”とでも表現すべきもの。

 

「このままじゃ人里に被害が出るぞ!」

「弾が当たらないっ!」

「転移を繰り返しやがって!」

 

 転移での翻弄は、幻想郷側への指揮系統を混乱させるのに十分であった。

 理性がすでに消え去ったマルクソウルにそんなことを考える脳はない。意図せず起こったことだろう。

 混乱状態で、狂化したマルクソウル相手にまともに戦えるはずがない。

 何か、手はないのか。

 

 自らも剣を振るいながら、戦闘を客観的に俯瞰していたメタナイトが、焦りと共に次の一打を考えていた時。

 

 “不運”が目に見えてたちこめた。

 黒い霧のように、質量を持って。

 それはまるで、この世の不運を凝縮したかのような、そんなもの。

 それがこの戦場に、突如として湧き出たのだ。

 

 触れてはならない。

 直感的に、全員がそう感じるモノ。

 だがそれは、誰かに触れることはなかった。

 その不運そのものが、避けるかのように。

 いや、ただ一人だけ、その不運に触れたものがあった。

 マルクソウルだ。

 その不運そのものと言える霧に触れた途端、放った攻撃が、転移による回避にも関わらず、当たり出したのだ。

 その不運が乗り移ったかのように。

 

 その黒い霧の正体は、言うまでもない。

 その発生源は、その人以外ありえない。

 

 いつの間にか、戦地に厄神が……鍵山雛が降り立っていた。

 

「……今みたいに面制圧をしなさい。攻撃が集中しない分、威力は弱くなるけど、確実に当てることができるわ。それに、アレは溜め込んだ私の厄に触れた。今なら“不運”なことに攻撃も当たりやすくなっているわ」

 

 そして雛は、魔理沙を、そしてカービィの方へ顔を向けた。

 

「さぁ、頑張りなさい。貴方には、為すべきことがあるのでしょう?」

 

 カービィは頷いた。

 一度だけ、力強く。

 魔理沙はそれに応え、カービィを箒の先に乗せる。

 そして、上昇する。

 目標、暴走するマルクソウル。

 

 この幻想を賭けて。

 この魂を振り絞り。

 この最終決戦に臨む。

 

「行くぜ!」

「ぽよっ!」

 

 魔理沙の箒の両傍に星型のユニットが現れる。

 ユニットから放たれるのは速射弾。狙いは甘めだが、弾速は速く、威力も高い。

 箒の上で、カービィはスターロッドを振るう。

 現れたのは星型弾……ではなく、お札。『博麗』の代わりに『桃球』と描かれたもの。

 それが列状に並んだかと思うと、マシンガンの如く飛んで行く。

 弾速は遅い。威力も魔理沙の物と比べると低い。しかしその命中精度は比較にならない。

 

 高威力弾と精密弾の二重射撃。

 互いの欠点を補う弾丸。

 それは着実に、マルクソウルを追い詰めていた。

 

「ァァァアアアアハハハハハハ!!!」

 

 だからマルクソウルは反撃に出た。

 真っ二つに裂けるマルクソウル。

 その体は赤と青の光に変わり……こちらに飛んできた。

 

「掴まってろ、カービィ!」

「うぃ!」

 

 迫り来る二つの光球。それを箒の出力を最大に上げ、振り切ろうとする。

 上、下、右、上、左、下、右……揺さぶりをかける。

 だが、相手は二つに分裂している。つまりは二対一。

 巧みに誘導し、いつの間にか片方が前に……つまりは、挟撃されてしまう。

 

「まずい、回り込まれた!?」

 

 轟と空気を切り、こちらへ向かってくる。

 

 しかし、魔理沙とカービィは、何もたった二人で戦っているわけではない。

 

「マッハトルネイド!」

「グングニル!」

「レーヴァテイン!」

「殺生石よ!」

 

 飛来する無数の弾丸、攻撃、剣撃……それらが、二つの光球の軌道を逸らした。

 二つの光球は再び融合し、マルクソウルの形をとる。

 その間に魔理沙とカービィは大きく距離をとることに成功する。

 

「ォアアアアアアア!!!」

 

 集中砲火によるピン留め。

 転移の隙も与えない。

 

 足止めの時間は、“溜め”には十分すぎるほどだった。

 

「今度こそ、最後だ!」

「ぽよっ!」

「『マスタースパーク』!」

「『夢想封印』!」

 

 魔理沙の残魔力の全てをつぎ込んだマスタースパーク。

 最早マルクソウルを包んでなお余るほどの極太のレーザーと化し、襲いかかる。

 

 霊夢の力、奇跡の実の力、スターロッドの力を合わせて放たれた夢想封印は、陰陽玉の代わりに紅白の星が乱舞する。

 それは、マルクソウルを優しく包み込むように、膨張した。

 

「ギぎぃィィィあぁぁああぁあああああああ!!!」

 

 耳をつんざく絶叫が、光の中から聞こえてくる。

 しかし、やがて悲鳴も薄れて行く。

 断罪の光も、ゆっくりと、消えていった。

 

 全ては終わったのだ。

 この幻想は、狂化した魂に囚われることなく、生き延びたのだ。



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Fatal error

 マルクソウルは倒された。

 幻想郷の安寧は保たれた。

 世界は、救われた。

 

「やった……やったぞ、カービ……い?」

 

 だが、ここで魔理沙は気づいたのだ。

 

 先ほどまで箒の先に居たはずのカービィが、まるで最初からいなかったかのように消え失せていることに。

 いや、カービィだけではない。

 ハルバードはどこへいったのか? メタナイトはどこへいったのか? デデデ大王はどこへいったのか? ワドルディ達はどこへいったのか? マホロアは? ローアは? タランザは?

 幻想郷始まって以来の激戦だったはずなのに、その爪痕すら消えていた。

 

 まるで、全てが夢だったかのように。

 いや、夢であるはずがない。

 現に皆、集まるはずもない者たち皆が、ここに集まっているではないか。

 皆激戦を終えた後のように疲れているではないか。

 ここにいる全員が、ちゃんとカービィ達のことを覚えているのだ。

 

 なのに、何故。

 

 いないのか。

 

 

●○●○●

 

 

「……ああ、私のミスか」

 

 詳しい場所はわからない。

 だが、そこは世界の果ての最下層ということだけはわかる場所。

 そこで、彼女は溜息をついた。

 

「ご主人様、やっぱり諸共消えてます」

「そう。ありがとう、クラウンピース」

 

 松明を持った地獄の妖精、クラウンピースは、自らの主人……ヘカーティアに無情な報告をする。

 ある程度予想はできていたのか、ヘカーティアは軽く返す。

 

 いつになく辛気臭い主人にいたたまれなくなったのか、クラウンピースはおずおずと質問する。

 

「……ご主人様、一体何が起きたんですか?」

「知りたい? そりゃ知りたいわよね」

 

 ヘカーティアは地獄の空間そのものに、まるでソファのように腰掛ける。

 そして淡々と語り出す。

 

「私は強いわ。幻想郷の、月の住人の誰よりも」

「わかってます」

「そしてあのスキマ妖怪が現実と空想の境界を弄ったおかげで、例え向こうの人類が滅びても、私たちは存在し続けることができる」

「それも知ってます」

「でも、一つだけ勝てないものがある」

「え?……それは?」

「向こうの人間が用意した、『シナリオ』」

 

 ヘカーティアは虚空に手を伸ばす。

 するといつの間にか手には酒瓶が握られていた。どこかの洋酒だろう。

 

「全く、素面じゃ言えないわこんなこと。飲む?」

「あ、いただきます」

 

 ヘカーティアはグラスを二つ用意し、それにクラウンピースが琥珀色の酒を注ぐ。

 そしてヘカーティアは一気に煽る。

 

「ふぅ……外の者が用意した『シナリオ』は絶対。新しい『幻想郷の住人』が生み出されると、まるで昔からいたかのように歴史が改竄される。私たちも幻想郷にはいないとはいえ、似たようなものね」

「なるほど……しかし、それが今回の一件とどんな関係があるんですか?」

「カービィ達の世界も、カービィがスキマ妖怪の力を使ってこの幻想郷と同じ立ち位置になった。これで例え外の者がカービィ達のことを忘れ去っても、彼らは自分たちの世界で生活することができる。でもね……」

 

 ヘカーティアはもう一度酒を煽り、喉を湿らす。

 

「……絶対である『シナリオ』にそぐわない事象が起きたら、その事象に合わせて『シナリオ』は変化する。外の者が幻想郷を『シナリオ』によって過去改変するように、『シナリオ』を、ひいては外すらも改変してしまう。そして、カービィ達が倒したマルクソウルは、『ボス』達の融合体は、単なるカービィ達の世界の者ではない。カービィ達の世界では既に彼らは死んでいる。あれは怨念であり、残滓であり……彼らの存在、そのもの」

「つまりは、カービィ達は『ボス』達全ての存在を消しちゃったわけですか? あ、つまりは……」

「そう。カービィ達の世界の『シナリオ』から全ての『ボス』が消える。それはつまり……最早『シナリオ』として成り立たない。……『シナリオ』及び外の過去改変が起き、『ゲーム』としてのカービィシリーズは『過去にも未来にも存在しない』事になる」

「うわぁ……」

 

 絶句するクラウンピース。

 ヘカーティアは虚空で手を動かす。

 するとまるで液晶テレビのようなものが現れた。

 しかしそれが映し出すのは番組なんかではなく、ある一室。

 紅い壁、紅い床が特徴的な部屋に、数多の人妖が慌ただしく動いていた。

 

「時間を戻して、過去改変が起こる前に戻る、か……あのメイドの力を応用すれば、魔女達の力を結集する事により、可能かもしれない。でも、忘れているのかしら? マルクソウルの暗躍によって幻想郷とカービィ達の住まう世界は近づきすぎた。それによって双方の世界は壊れつつある状態に戻る。どちらかが壊れる運命しかないのに」

「あ、スキマ妖怪も協力してますよ? ……流石に忘れているわけじゃ……」

「だろうね。知ってて賭けているんだろうね。多分、彼女は何が起きたのか、把握しているんでしょうね。把握した上で、協力している……でも…………いや、いいか。しょうがない。力を貸そうかしら」

「何をする気ですか?」

「機械と魔術を使って過去に戻そうとするつもりらしいわ。でもあれじゃ不十分。だからここから過去へ巻き戻す力を貸してあげるのよ」

「でも、過去に戻しても、結局マルクソウルを止めなきゃいけないわけで……」

「それ以上は、彼らに賭けことにするわ。さぁ、見せて頂戴」

 

 

●○●○●

 

 

「まだ出来ないのか!?」

「やってるわよ! これが限界よ!」

「くそ、出力が足りない! 紫! なんとか出来ないのか!?」

「……私も、これ以上は無理よ」

「クソ……」

 

 目の前にあるのは、無数の歯車で構成されたカタマリ。それにまた無数の魔法陣が描かれている。

 人の意識をそのままに、事象を全て過去へ巻き戻す術式。

 それを使い、カービィ達が消える前……マルクソウルとの最終局面時に時を巻き戻す。

 咲夜の能力を応用すればできると思っていた。

 しかし、そんな神がかったことが簡単にできるはずがなかった。

 

「魔理沙……諦めるつもりはないのね?」

「当たり前だ!」

「そう……あんたは?」

「私も、信じてますよ!」

 

 霊夢は離れたところからその機械を眺めている。

 早苗は雑用をこなし、なんとか貢献しようとしている。

 

 冷静に考えてみれば不思議なことだ。

 全く無関係の世界の人間が、異世界の者を、技術を費やしリスクを冒して助け出そうとしている。

 

 なぜ、こんなことができるのだろうか。

 正気の沙汰とは思えない。

 もしかしたら、自分たちも消えるかもしれないというのに。

 

 いや、しかし、考えてみれば異世界の者だってそうだ。

 特に、カービィ。

 彼は進んでリスクを冒す。

 世界を救うという、人の為にリスクを冒す。

 その世界には自分も入っていると考えることは可能だが、それでも全く関係のないはずの事件にも進んで突っ込もうとする。

 

 不思議なヤツだ。

 理解できない。

 でも、だからこそ……幻想郷の者達は、彼らを助け出そうとしているのだろう。

 借りか、報いか、それとも。

 

 その時。

 

「あ、ま、待って! ……これは、何、この異常値は……!」

「どうしたパチュリー!」

「皆、伏せて!」

 

 パチュリーの警告を待たずして、突如歯車のカタマリは稼働した。

 異常なエネルギーを放出し、循環させながら。

 その出力は、まるで神が降りたかのようであった。

 

 その神がかった力は、その術式を完璧な形で発現させた。

 

「オ、オ、オ、オ、オ、オ、オッ!」

 

 マルクソウルがいた。

 狂化した、魂の、怨念の、残滓の塊が。

 落とされる無数のタネ。

 そこから湧き出す気色の悪い蔓。

 

 そして、それを避ける、奇跡の実と、霊夢と、スターロッドの力を得たカービィ。

 ハルバードもある。

 メタナイトもいる。

 デデデ大王もいる。

 ワドルディ達もいる。

 全員が、元に戻っていた。

 

「カービィ!」

「ぷよっ!?」

 

 思わず魔理沙はカービィに抱きついた。

 わけのわからないカービィはただただ慌てふためくのみ。

 

「良かった、カービィ!」

「ぷ、ぷぃ?」

「魔理沙……やってる場合じゃないでしょ」

 

 霊夢の言葉……それも消え入りそうな声により、我に帰る。

 そこにいたのは傷つき倒れた霊夢。

 そう、時が戻ったのならば、霊夢は傷ついた状態で戻ることになる。

 

「すまん。それじゃ、頼むぞ、霊夢」

「そっちもね。同じ失敗はしないわよ」

 

 魔理沙はもう一度、飛び上がった。

 もう一度、マルクソウルに立ち向かった。

 

 つい先ほどの絶望を、単なる悪い夢に変える為に。

 

「さぁ、コンテニューだ!」



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コンテニュー

なぜカービィ世界が消えたのか? Wii世界は残ってるからカービィ達は存在できるのでは? という意見が来たので、ここで説明を。

マホロア除くラスボスの集合体が消滅し、ラスボスという重要な存在が消滅したことにより、カービィシリーズのシナリオのほとんどが成り立たなくなり、消滅しました。つまり、外の世界でほとんどのカービィタイトルが発売されなかったことになります。残ったのは初代カービィとカービィWiiくらいでしょう。
するも、カービィWiiは今までの設定があってこそ成り立つシナリオ(主にハルカンドラ)で、他のシリーズに出て来た夢の泉やノヴァが消滅してしまった以上、このシナリオも成り立たなくなってしまいます。残ったのは初代カービィですが、果たしてこれだけでカービィ達が虚構の世界で意思を持つほどの信仰心(人気)を今までずっと得られたかは微妙なところです。何度もタイトルを重ねてきて深みが出てきたからこそ、飽きられることもなく人気を勝ち取ってきた、いわばブランドですからね。


 目指すは最良のエンディング。

 決して、単なるゲームクリアではない。

 より多くのものが救われるエンディングを。

 目指すのは、それだけだ。

 

 その方法は、すでに決まっている。

 

 厄が濛々と立ち込める。

 マルクソウルの回避能力を大きく下げる為に必要な一手。

 これ自体に変更はない。

 

 ただし、これから先、マルクソウルを殺すようなことはあってはならない。

 殺してしまえば、さっきと同じ結末が待っている。

 だから別の手段を取る必要がある。

 殺さずに無力化する方法……即ち、封印。

 

「カービィ、一つ話を聞いてくれ」

「うぃ?」

「夢想封印で“消滅”させるな。夢想封印の本来の力、“封印”を行うんだ。」

「ぽよ?」

「不思議そうな顔をしているな。だが、それが大切なんだ。……すまんが私は巫術に関してはさっぱりだ。カービィ、お前を乗せて飛ぶことしかできん。……頼むぞ!」

「ぽよっ!」

 

 魔理沙はユニットを展開し、弾幕を発生させる。

 マルクソウルの足止めだ。

 下からも弾幕が展開される。

 これはレミリアとフラン、咲夜、橙のものだろう。

 しかし、まだ火力不足だ。

 

 だがここで、ようやく援軍が到着する。

 

「遅れた! すまんな!」

「ごめーん、用意に時間かかっちゃった」

「守矢神社、東風谷早苗。推して参ります!」

「遅いわよ、全く!」

 

 遅れて飛んできたのは守矢神社の面々。

 いや、それだけではない。彼らが引き連れてきた河童と天狗の軍勢もまた、マルクソウルを包囲していた。

 

 これで、あの時いた者達は全員揃ったことになる。

 ここからだ。ここからが本番だ。

 

 天狗達と河童達は加勢する形で弾幕を張り、今度こそ完璧な包囲網を作り上げる。

 そしてジリジリと範囲を狭めて行く。

 まさに追い込み漁。

 

 追い込んだ先にあるものはなにか?

 そこにあるのは魔法陣。

 パチュリーが用意した封印のための魔法陣。

 それだけではない。紫、藍、神奈子、諏訪子、早苗、霊夢、マホロア、タランザ、そしてカービィ。封印ができる力を持った者達だ。

 

 そして、その時は来た。

 

「今だ! 行け!」

 

 戦局を見守っていたメタナイトの怒号がとぶ。

 そして魔法陣は光り輝き、何本もの魔法の鎖が出現する。

 鎖はマルクソウルに絡みつき、ギチギチと締め上げる。

 

 だが、これだけでは終わらない。

 

 紫が、藍が、妖術による封印を行う。

 神奈子が、諏訪子が、神力によって封印を行う。

 早苗が、霊夢が、霊力によって封印を行う。

 

 無数に張られた結界が、無数に並べられた御柱が、無数に回る鉄の輪が、無数に浮かべられた陰陽玉が、マルクソウルの力を、狂気を、魂を、封じ込めんとする。

 その“存在”を残したままに。

 

「押し切れぇぇぇぇぇ!!」

「『夢想封印』!!」

 

 そして、スターロッドから光が放たれる。

 紅白の星が、マルクソウルを包み込む。

 

 マルクソウルを包む光の籠。

 存在そのものを包み込まんと、力そのものを封じ込めんと、光は収束する。

 

 しかし、一つ忘れていないだろうか?

 封じ込め……つまりは生け捕りの難しさを。

 

 丸腰の人間をナイフで刺し殺すのは、相手の力量が同じ以下なら抵抗されてもナイフという武器がある限り簡単である。

 だが、丸腰の人間をチェーンで雁字搦めにしろと言われたら?

 丸腰の人間を檻に閉じ込めろと言われたら?

 力量が同じならば、それは至難を極めるだろう。取っ組み合いを制した上で、チェーンを巻きつける、もしくは檻に押し込むという動作をしなくてはならない。それが一体どれだけ難しいか。

 

 封印とて同じことだ。

 封印とは抵抗する力という力を縛り付け無力化しなくてはならない。

 それはレーザーで射殺すよりも遥かに難易度が高い。

 

「ギギィィィイイイイイイイイイイ!!」

「まずい、弾かれる!」

「あと、ちょっとなのに!」

 

 その光の籠を押し退けんと、マルクソウルは抵抗する。

 ミシリ、ミシリとヒビが入る。

 

 また、失敗するのか?

 また、時間を巻き戻せるのか?

 

 ヒビが一層強くなった。

 

 その時だった。あいつが現れたのは。

 

「最強のあたい、見参!」

 

 現れたのは、マルクソウルの憑依が解けた後、気絶していたはずのチルノであった。

 何をしに来たのか。そう問いただしたいが、そんな余裕はない。

 それを良いことに、チルノはその掌をマルクソウルに向ける。

 

「なんか知らないけど、あいつを閉じ込めれば良いんだね! いっくよ、あたいの恨み、受けてみろ! 凍符『パーフェクトフリーズ』!」

 

 そして、マルクソウルの表面が凍りつく。

 凍るという現象は、エネルギーが奪われ、液体が個体へと変化する現象である。

 つまりそれは、力を奪った、とも言い得る。

 

 それが、後押しとなったのだろう。

 

「ギィアアアあああああああぁぁぁ…………」

 

 最後の叫びは、力を封じられるとともに力なく消えていった。

 

 訪れるのは静寂。

 しかし、その静寂も長くは保たれない。

 ふつふつと湧き上がる、熱いもの。

 それは、勝利の興奮。

 

「ぃやったぁああああ!!」

「ぉおおおおおおおおおお!!」

「勝ったぞ、勝ったぞ〜!」

 

 あちこちから上がる勝鬨の声。

 皆勝利に酔いしれ、隣の者と抱き合う。

 

 そんな中メタナイトは空を見上げた。

 

「……おや、世界の崩壊が……止まった?」

 

 空間に入った亀裂。

 それら全てが、もともと無かったかのように消えていた。

 

「これは……一体……?」

 

 藍も不思議そうに空を見上げる。

 だが、メタナイトは視線を感じて振り返る。

 しかしそこには何もいなかった。

 居なかったからこそ、察した。

 

「ああ、なるほど。貴女も中々お人好しなようだ」

「どういう事だ?」

「何、こちらの事だ、八雲殿。さて……幻想郷には勝利の後に行う素晴らしい文化があると聞くが?」

「ああ、成る程な。紫様、いかがいたしましょう?」

「良いんじゃなくて? ……最後くらい、仲良くいたいものね」

「同感だ」

 

 メタナイト、藍、そして紫は勝利に酔う幻想郷を眺めた。

 そこにあるのは、どんな絶景すら霞むも美しい光景が広がって居た。

 

 

●○●○●

 

 

「ああ、疲れた疲れた」

「ご主人様、中々無茶しますね」

「たまには、女神様っぽい事しても良いんじゃない?」

「ご主人様は女神様は女神様でも地獄の女神様ですけどね」

「はいはい。それじゃ、私は疲れたから暫く眠るわ。後はよろしく」

「はーい」

「うふふ。せっかく未来を私が掴ませてあげたんだから……有意義に生きてほしいわね」



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End roll
幻想郷が見たひとときの夢


2017/09/29追記:作者活動報告にて、重要なアンケートがあります。


 空は晴れている。

 雲ひとつ見当たらない。

 ……出航日和だ。

 

 魔理沙は外を見やる。

 その隣には、カービィがいる。

 

「……じゃ、行くか」

「……うぃ」

 

 カービィを箒の先に乗せ、大空へ飛び立つ。

 

 最初にこうやってカービィを乗せたのはいつだろうか。

 あの春の終わりの日だったか。

 

 懐かしい思い出に耽りながら、魔理沙は地上を見渡す。

 

 あの時の決戦が嘘のようだ。

 幻想郷につけられた傷は全て消え去り、元の美しい状態に、完全に修復された。

 これらは妖怪とポップスターの住人……主にワドルディのおかげだ。

 デデデ大王配下のワドルディのボランティアがなければ、ここまで早く復興しなかっただろう。

 

 最初で最後の全員での宴会は、楽しかった。

 食べ物が根こそぎなくなったり、マイクを握り出したりとヒヤヒヤしたこともあったが、酒の入った皆はそれすらも楽しんでいた。

 

 彼方には戦艦が見える。空飛ぶ帆船も見える。

 

 あれに乗って、カービィは帰るのだ。

 

 カービィには帰る場所がある。

 そしてその場所は、幻想郷ではないのだ。

 

「来たわね。あなたが最後よ」

「悪いな」

 

 その近くにはメタナイトやデデデ大王、ワドルディ達の姿があった。

 そして、今回の一件に関わった幻想郷の住人達も。

 

 魔理沙は霊夢に招かれ、着地する。

 腕にはしっかりとカービィが抱えられている。

 

 と、その時、カービィが魔理沙の手から離れた。

 

「あっ、チルノ!」

「カービィ! 次はあたいが勝つんだからね!」

「チルノちゃん、そもそも勝負なんかしてないでしょ!」

 

 カービィをひったくったのはチルノ。

 それが皮切りとなり、カービィを回して各々が挨拶をするという、バケツリレーじみたものが行われ出す。

 

「あの時は失礼したな」

「また来るんだよー!」

「また楽しませてくださいね!」

「こっち向いてー、笑ってください……ハイオッケーです」

「また、いつでも来ていいからね?」

「またお茶しましょうね〜」

 

 各々が挨拶を済ませ、やがてカービィは魔理沙の元に戻って来る。

 

 何を言おうか。

 こういう時に限って、最も長く暮らした者に限って、言葉は出ないものだ。

 言葉は出ないのに、視界は滲んで来る。

 

 やがて耐えきれなくなって……

 

「マリサ!」

 

 カービィが魔理沙の名を呼ぶ。

 ふと気がつけば、カービィは満面の笑みを浮かべていた。

 

「ああ、そうだよな。別れぐらい、笑顔で行かなきゃな」

 

 魔理沙は袖で乱暴に顔を拭う。

 そしてちょっと赤くなった顔で、にぱっと笑ってみせた。

 いつもの、魔理沙のいたずらっぽい笑顔。

 

「……では、そろそろ」

「……ああ。じゃあな、カービィ。またいつか」

「ぽよっ!」

 

 カービィは、子供達に見せた夢のような存在。

 

 しかし若い時はすぐに過ぎる。

 子供はいつか大人になる。

 辛く悲しいことがあったら、ボクを思い出してね。

 

 カービィは言葉を話さない。

 でも、そんな風に言われた気がした。

 

 船の錨が上がる。

 ウイングは展開され、マストの帆は降ろされる。

 

 ローアの舳先から、異空間への穴が開く。

 そして、ローアは、皆を乗せたハルバードは、その穴の中へと入っていった。

 

「じゃあな、カービィ! 達者で暮らせよ!」

 

 帰るべき場所へ戻ったカービィ達に、魔理沙は大きく手を振った。

 

 

●○●○●

 

 

「夏になって、妖怪も活き活きして来たし、そろそろ私の出番だな!」

 

 澄み渡る青空。彼方に見える入道雲。

 夏真っ盛りの幻想郷の空を飛ぶのは、夏の活気で活き活きした魔理沙。

 眼下に映るのは、例年通りの夏の幻想郷。

 

 そう、例年通りの。

 

 ワドルディの集落は、まるで元々無かったかのように、消えていた。

 あの立派な城も全て消えていた。

 立ち去る時、ワドルディ達が撤去してしまったのだろう。

 しかも、跡地にはしっかり植林していくという徹底ぶりには脱帽せざるを得ない。

 

 ワドルディ達はその集落以外にも様々な場所に拠点を置き、妖怪達と様々な取引をしていたようだが、それも一箇所も、基礎も残さず消滅していた。

 取引の時に使った書類すら、残っていない。

 

 月から持ち込んだ夢の泉やスターロッドは、この幻想郷には不要なものだからと撤去された。

 

 天狗達が撮ったカービィ達の写真やそれを掲載した新聞もいつの間にか消えているか、写真や記事全てが黒塗りになっていた。

 ワドルディ達が夜な夜な作業していたのだろう。

 天狗達は皆絶叫をあげていた。

 

 何も、痕跡は残らなかった。

 恐らく、『カービィ達が居た』という事実が、双方の世界にとって予想外の事態を招くことを防ぐ為だろう。

 普通ならば『交わってはならない』世界なのだから。

 

 それを悲観するものは多かった。

 思い出が形として残らないのは、あまりにも悲しいと。

 まるでカービィ達と暮らした時間が、単なる白昼夢であったような気がして。

 

 だが───────

 

「……お、蝶の妖精か? 丁度いい。ちょっと揉んでやっか!」

 

 アゲハチョウの羽を持つ妖精を見つけた魔理沙は、箒の向きを変え、突撃する。

 

 ───────魔理沙は、別に悲しくもなんとも無かった。

 

 何故なら、魔理沙は知っているからだ。

 

 カービィ達と過ごした夢のような時間は、決して夢ではないことを。

 

 カービィ達と過ごした証は、“ここ”にある。




応援、ありがとうございました!










もうちょっとだけ続くんじゃ


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Extra
遭遇と橙玉


待たせたな!(CV.大塚明夫)

すまない……日常編じゃなくて本当にすまない……(CV.諏訪部順一)

まぁ、はじめの辺りは日常のようなものをして、後半に連れて最後の“シメ”をしていこうかな、と思っております


 私は、一体どこで道を踏み外したのだろうか。

 

 目的の為に全霊をかけ、文字通り命を賭して挑んだのだ。

 

 払った代償は大きかった。

 

 望んだのは、本当に些細なことだ。

 

 私の犯した過ちを、無かったことにしたかったのだ。

 

 そんな些細で自然な望みのために、私は奔走したのだ。

 

 だから……そんなに私を責めないでくれ……許してくれ……許しておくれよ…………

 

 

●○●○●

 

 

 季節は再び均衡を取り戻した。

 

 桜はあるべき春へ帰り、西瓜は夏の終わりとともに姿を消し、雪は冬まで持ち越しとなり、紅葉の舞い散る秋に変わった。

 とある秘匿された神の罠であった異変は、今までの異変がそうであったように、きっちり解決された。

 

 そして異変のない、呆れ返るほど平穏な幻想郷の日常が始まる。

 

 異変の解決者の一人、魔理沙は紅く染まり出した山を背に、箒に跨り空を飛ぶ。

 目的は何か。おそらくは、レアアイテム探しだろう。

 『レアな天気の日にはレアなアイテムがよく見つかる』。魔理沙の持論、もしくは験担ぎに過ぎないが、『全ての季節がいっぺんにやってきた後の日』なのだから、レアな天気の日であることに間違いはないだろう。

 おそらくはあの秘匿された神、もしくは二人のバックダンサーが落として行ったアイテムでも探す魂胆であろう。

 

 ……が、彼らは例え“全てを見せていた”としても、“秘匿された”神。そんなヘマはするはずがない。

 

「くそう、何にもありゃしない。レアアイテムどころかマシなアイテムすら見つからん」

 

 お眼鏡に叶うものが見つからない魔理沙は苛立ち半分焦り半分で帽子の上から頭を掻く。

 こういう日はどうあがいても見つからない。それを賭博師の経験則に近い形で知っている魔理沙は深い溜息と共に人里外れに降り立つ。

 そして、単なる一般人のように歩いて人里へと入る。

 

 全くもっていつも通りの人里。

 はっきり言って、異変が起きてもちょっと騒がしくなるだけで、いつだってここに住まう者たちはここの外のことを何も知らない。

 それはある意味、幸せなことなのだろう。

 

 が、しかし人里の中心地近くまで移動した途端、魔理沙は少しばかり足を止める。

 そこにあるのは人だかり。その中心では誰かが何かを叫び、周りはそれに応じて何かを言っているようだった。

 どうやら、誰かが演説し、それに聴衆が同調しているようだった。

 

 そして聴衆の輪のちょっと外れに、魔理沙の見知った顔があった。

 思わず魔理沙は彼女に声をかけた。

 それもちょっといたずらっ気をだして、後ろから。

 

「ようっ! 小鈴!」

「ひやぁあっ!!? あ、魔理沙さん!? 驚かさないでくださいよ!」

「はは、すまんすまん。なんかこう、ちょうど油断してたもんでつい」

 

 「つい」じゃないですよー、と頬を膨らませ抗議する小鈴。

 それをどうどうと宥めながら魔理沙はさりげなく尋ねた。

 

「んで、なんだこの人だかり」

「ああ、剣の名門の柳葉家って居ますよね?」

「たしか、西の方の?」

「そうそう。そこの師範による道場のちょっとした客引きです」

「道場が客引き?」

「ええ。ほら、ちょっと前に天を衝くような巨大な花の妖怪が妖怪の山近くで出たじゃないですか」

「……ああ、あれね」

 

 小鈴の言う『天を衝く花の妖怪』。魔理沙には心当たりがあり過ぎた。

 間違いなく、あの時封じ込めたマルク、及びその他怪物の融合体だろう。

 それと同時に、桃色のアイツとの記憶もまた、蘇る。

 しかし会話の途中に物思いに耽るわけにはいかない。

 押し寄せる思い出を今は封じ込め、小鈴の話に集中する。

 

「それを見て危機感を覚えたらしくて、我々人間も妖怪に対抗せねばならないー! というわけで、柳葉流の護身を主とした剣術を学ぶ事を推奨しているらしいです」

「『対抗せねば』とか言っている割には教えるのは護身なんだな」

「そりゃ、妖怪と人間では力の差があるので。柳葉さんならともかく、流石に一般人じゃ倒すのは無理なんじゃないかと」

「ふーん、ま、妥当な判断だな。妖怪を舐めちゃいかん。んで、小鈴は剣術でも学ぶのか?」

 

 悪戯っぽく聞けば、小鈴が返したのはどっちつかずの答え。

 

「うーん、私には剣とか無理だと思うんですけど……でももし妖怪に襲われたらと思うと……非力な女性、子供に向けた剣術とか、忙しい人向けの短期集中式とかあるらしいし……」

「迷ってるんだな」

「迷ってるんです。でも店番とかあるし、それに私がいるところは人里の中でも中央近いから、別にいいかなぁ。いいですよね、魔理沙さんは魔法が使えるから木っ端妖怪くらいなら鎧袖一触でしょ?」

「へへへ、まぁそんじょそこらの妖怪に負ける気はしないな」

「あー私も魔法使いの方が向いているのかなー」

「やめとけやめとけ。蛇も触れん奴はなれないぜ」

「うげ……そういやこの前蛇を帽子の中に入れてたよね……うーん、無理!」

「それがいい、それがいい。それじゃ、私は忙しいんでな!」

 

 そう言い残すと魔理沙は小鈴と別れた。

 

 この傾向が良い傾向か、悪い傾向か、と問われれば、確実に前者だろう。

 幻想郷は、外から隔離した人間によって恐れられ、畏れられることによって生き延びている妖怪達のための世界。

 だからこそ、妖怪に対して護身術を身につけようという動きは妖怪への恐れが高まってきた証左でもある。

 そしてそれが護身術であるが為に、人間が妖怪に刃向かう、という危険性もあるまい。更には妖怪への恐怖と適度な力により、人間の生存率も上がることだろう。

 これは妖怪、人間、双方にとってプラスに働くはずだ。

 

「にしても剣術か……私もちょっとは習ってみるかな」

 

 脳裏に浮かぶのは半人半霊の銀髪少女。

 半人前だが、ちょっとくらいかじることはできるだろう。

 

 そんな事を考えているうちに、魔理沙は人里の中でも田んぼが広がる地へと足を踏み入れていた。

 既に稲は刈り取られ、残った根が所々に残るのみ。

 そこにはミヤマガラスが群れで降り立ち、ひょいひょいと軽快に落穂を啄ばんでいた。

 

 例年通りの秋の風景。妖怪の山の秋の姉妹神の仕事もひと段落といったところか。

 

 だが、その例年通りの秋の風景に、魔理沙は見出した。

 大地に同化した彼らを見つけるのは至難の技であっただろう。

 だが、その観察眼こそが単なる人の子でありながら妖怪と関わる魔理沙の真骨頂であり、それを鑑みれば必然と言えた。

 

「な…………!?」

 

 それは、かの戦いより、一人残らず消えたもの。

 

「なぜ、ここにいる!?」

 

 それは、かの戦いより、足跡一つ残さず消えたもの。

 

 魔理沙は堪らず駆け出し、田の土を跳ね飛ばし、その一体をタックルするような体勢で捕獲した。

 

「なぜ、ここにいるんだ、ワドルディ!?」

 

 そうだ。かの戦いより、数え切れないほどいながらも、一人残らず元の世界へ帰還した存在、ワドルディ。

 それが、頭に藁を被り、藁をまぶしたカバンを背負い、稲刈り後の田に、ツーマンセルで潜んでいたのだ。




エクストラとして、続編を書いていきます。
そこまでは長くならないかな、と思います。前のよりは多分緩めかと。

ハイドラ更新? 知らない子ですね……


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現実的な夢と桃色玉

 魔理沙に捕獲されたワドルディはジッタバッタと暴れ、その拍子に藁がパラパラと落ちる。

 相方のワドルディも魔理沙の足元で右往左往している。

 

 この慌てよう、何か隠している。

 

 魔理沙は直感的にそう判断し、捕まえたワドルディの顔をぐいと近づける。

 そして、目を睨みながら問い詰めた。

 

「ワドルディ、たしかお前たちはプププランドに帰ったよな? なぜ、また幻想郷にいるんだ? カービィもいるのか? どうなんだ?」

「……」

「……」

 

 魔理沙の鬼気迫る気迫に押され、ワドルディ二人はブンブンと頭を縦に振る。

 

 カービィがいる。

 懐かしい友の、カービィが帰ってきた。

 その事実は魔理沙の体を熱くし、心臓の鼓動を激しくさせた。

 が、魔理沙は熱い息を一つ吐き、ワドルディに“お願い”をした。

 

「もちろん、連れて行ってくれるよな?」

「……」

「……」

 

 魔理沙の顔は笑顔であった。

 しかしそれは口角を上げただけの、般若面と同じ顔であり、有無を言わせない覇気がそこにあった。

 

 ワドルディはただ頭を縦に振る事しかできなかった。

 

 

●○●○●

 

 

 ツーマンセルのワドルディに案内されたのは、またも魔法の森。

 しかし、そこは以前ワドルディの集落があった場所からかなり離れた場所であり、それと同時にどの建造物からも遠い計算された場所であった。

 だが、それでもあの時初めてワドルディの集落に辿り着いた時の感覚が蘇る。

 

 突如として魔法の森は途切れ、整地された場所に踏み入る。

 

 その先にあるのは、以前と同じようにワドルディが視界一面に溢れる光景であった。

 

 えっちらおっちらと三人がかりで木材を運び、かと思えば小さな箱を頭上に掲げるようにして持ち上げ、バタバタと走っていくワドルディ。

 皆忙しそうにしているかと思えば、よくよく見れば半数ほどは高台や木陰や日向と思い思いの場所で眠っていたり、ただ空を眺めていたり、謎の言語で書かれた本を読んでいたりしている。

 

 あの時見た光景、そのままだ。

 

 だが、全てが全てあの時と同じではなかった。

 

 あの時と唯一違うもの。それは……建造物。

 一辺が何メートルもある直方体で見るからに頑丈そうな建物がいたるところに建ててあるのだ。

 その直方体のある一面には穴が開き、そこからは太い鉄の筒が伸びている。

 

 幻想郷という外から隔離された世界に住む魔理沙はこれの正体を知るはずもない。

 しかし、それでも本能、もしくは勘というものが魔理沙に直方体から放たれる危険な香りを伝えてくるのだ。

 

 それは、外の世界でトーチカと呼ばれるものだった。

 

 暴力の権化をなぜワドルディが作り上げているのか、それはわからない。

 しかし、また何かを始めようとしている、ということは誰の目にも明らかであった。

 

 魔理沙はそのトーチカの間を縫って通る度、近くのワドルディから手を振られたりする。

 どうやら彼らは魔理沙のことを覚えているようだ。

 その事実はなんとなく魔理沙をむず痒いような喜びを感じさせた。

 しかし、やはり時折運ばれてくる弾丸が、否応にもなく不安を掻き立てる。

 

 トーチカの森と化した魔法の森の一角。

 もし、誰か悪意を持って攻め入ることがあれば……数秒後には肉片も残らないであろう。

 その最硬の拠点、その中心に魔理沙はたどり着いた。

 それはひときわ巨大なトーチカ。

 高さは他のトーチカの1.5倍ほど。しかし横は四倍ほどもある。

 そしてその天辺は魔理沙の家のように、左右に開く仕掛けがあるように見えた。

 魔理沙の家ならば、開いた隙間から望遠鏡が伸びる。しかしこの巨大トーチカの場合、伸びてくるのは重厚な砲塔だろう。

 その破壊力は想像もつかない。

 

 二人の槍持ちのワドルディが守る入り口をと通り、天井の低い内部を進む。

 内部は戦術拠点だというのに明るく、かつ内装は派手でこそないものの、しっかりとした居住スペースとなっていた。

 

 そのトーチカ内部に心奪われていた時。

 

「ん? あれ、魔理沙?」

 

 低い場所から突如声をかけられる。

 その声、その姿はいまだに脳裏に焼き付いている。

 

「あ、バンダナの!」

「うん。おひさー。その様子だとバレたみたいだね」

 

 そう、唯一人の言葉を話せるワドルディだった。トレードマークの青いバンダナもしっかり被っている。

 

 懐かしい友人との再会。喜ばないはずがない。

 「久しぶりだな!」とバンダナのワドルディを持ち上げ、ギュムと抱きしめる。もはや魔理沙の耳に「わぷわぷ」という声なき悲鳴は届かない。

 やがて満足いくまで抱きしめたあと、心なしかぐったりしているワドルディに気になったことを一つ、尋ねる。

 その顔は既に再会を喜ぶものではなく、真剣そのものであった。

 

「ところで、なんでお前たちはここにいるんだ? っていうか、ここで何やっているんだ?」

「ケホケホ……うん、順を追って話すよ……」

 

 ひょいと魔理沙の腕から飛び降りたバンダナのワドルディは、いつのまにか現れた白衣を着た伊達眼鏡のワドルディ達といつの間にか用意されたホワイトボードの前に立つ。

 

「まず僕らはあの時、みんなポップスター、元の世界に帰った。それは幻想郷とポップスターが干渉しあい、“近づきすぎて”互いが潰れないようにするためだったよね」

 

 説明とともに、白衣の伊達眼鏡ワドルディがホワイトボードに空に浮かんでいるような山々とそこに立つ幾人かの人間(きっと幻想郷だろう)と、星型の天体とそこに立つ幾人かの一頭身(きっとポップスターだろう)を書き込み、その間に波線を引く。この波線が“距離”なのだろう。

 

「でも、ある時ポップスターの住人が夢を見ている間、夢の中で幻想郷にいる、という事があったんだ。しかも、夢の中で幻想郷にいる者同士が会うこともできる。これは単なる夢じゃなくて、眠っている間に自分たちの“影”みたいなものが幻想郷に行ってしまっている、ということがわかって、ポップスターで大事件になったんだ」

 

 ホワイトボードに書かれたのは、ポップスターの近くで眠る一頭身、そして幻想郷の近くで跳ね回る、眠る一頭身の靄のようなもの。

 

「つまりは……今ここにいるワドルディも、向こうでは眠っている、ってことか?」

「そういうこと。時間の流れもおかしくてね、向こうでは8時間眠っているのに、ここでは16時間活動できたり、丸一日幻想郷に行かなくて、ひさびさに行ってみたら、幻想郷の時間は進みも遅れもせず、ポップスターと同じように丸一日経っていたり……とかね」

「ん? ちょっと待て、眠っている時にこっちに来なかったり来たりすることができるのか?」

「あ、言い忘れてた。幻想郷に来れるのは、『あの時幻想郷に来たことがある者』のうち『幻想郷にプラスの感情を持つ者』で、『幻想郷に行きたいなー』なんて思いながら寝ると幻想郷に行けるし、『今日は嫌だなー』なんて思いながら寝ると、行かずに普通の夢を見れるんだ」

「まるで寺子屋みたいだな」

「いや、寺子屋は毎日行かなくちゃダメでしょ……」

 

 バンダナのワドルディのツッコミを無視して、魔理沙はさらに質問を続ける。

 

「それで、夢にまでみた幻想郷で何をやっているんだ?」

「最初は誰かの攻撃かと思ってね。だからポップスターでも、幻想郷でも、その誰かに対する攻撃手段を取ろうとして、こんな拠点を作ったんだ」

「なるほど……」

「それでこの拠点作りに協力してくれた人がいてね。魔理沙にも紹介しようと……あ、来た来た」

 

 おーい、とバンダナのワドルディは手招きする。

 やって来たのは、人間。そしてその腕にいたのは……カービィだった。

 

 あの日別れた親友。あの日ともに戦った戦友。

 彼との再会はなによりも喜ばしいことだった。

 歓喜に身が震えるのが自覚できる。

 そして同時に……そのカービィを抱く人物に、魔理沙は驚愕した。

 相手もまた、同じように驚愕したようだった。

 互いは、互いに、喘ぐようにその名を呼んだ。

 

「ま、魔理沙?」

「お前……菫子か!?」

「……ぽよ?」





extra、二次ネタ多くなるかも?


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超能力者と桃色玉 ☆

最下部に挿絵があります。爆煙ムズカシイ。表情もムズカシイ。


「お、おまっ、お前お前お前! なんでカービィを抱いているんだっ!?」

「そ、そっちこそ! なんで幻想郷の住人がカービィを知っているわけ!?」

 

 魔理沙と宇佐見菫子のお互いに思わぬ所で出くわした二人は、音の反響するトーチカで構わず絶叫をあげる。

 当然、内部でぐわんぐわんと二人の声は唸るように反響し、周囲にいたワドルディやカービィまでもが耳……がありそうな部位を押さえる。

 

 しかし当事者二人は一切構わず論戦を始める。

 

「カービィは私の親友だ! おいでカービィ!」

「ぽよっ!」

「あっ、ちょ、返しなさい!」

「嫌だね! 私の方がカービィとの付き合いは長いんだよ!」

「嘘だ! 私は幼い時からカービィシリーズ遊んできたんだ! 私の方が長いもん!」

「そりゃ『げーむ』だろうが!」

「何を!」

「何だと!」

「やるか魔法少女!」

「おうよペテン師!」

「こいやアバズレ!」

「んだとコノヤロウ!」

「はーいはーい、淑女のお二方落ち着いて下さーい」

 

 なにやら物騒な単語が飛び出してきたあたりでバンダナのワドルディが割って入る。

 若干手遅れ感はあるが、狭い上に火薬満載のトーチカ内部での弾幕ごっこを阻止できたのだから十分だろう。

 世の中の紳士諸君が見れば100年の恋も冷めそうなものだが、まぁ紳士諸君は淑女の方々に期待しすぎな部分もあるのでそういう面もあるさと広い心で許してほしい。

 

 ひとまずは鳴りを潜めた二人だが、未だ両者の間では火花が音を立てて飛び散っている。

 ワドルディ達はそれを不安そうに見つめ、バンダナのワドルディは胃が痛くなるような思いで間に立ち、当のカービィは図太くも早速魔理沙の腕の中で眠っている。

 眠っている間に来られるという幻想郷で眠りだすとはこれいかに。

 

「……取り敢えず、カービィは元々外の世界の『げーむ』だから、外にいるお前がカービィの存在を知っているのは理解できる。だが、なんでお前が幻想郷にいるカービィ達と知り合っているんだ?」

「偶然この辺りでわにゃわにゃしてたのを見つけたのよ。で、この子(バンダナのワドルディ)とか、デデデ大王とか、メタナイトとか、人の言葉を話せるキャラとも出会って色々話を聞いているうちに、ちょっと親近感湧いて、最近ここに通っているのよ」

「親近感? なんでだ?」

「眠っている間だけ幻想郷に来られるんでしょ? 私と同じじゃない」

「ああ、なるほど。そういうことか」

 

 魔理沙の脳裏に浮かぶのは、あの時菫子が撒き散らしたオカルトボールの異変。

 結局あの後散々暴れまくった菫子は元の世界に返された……はずだったのだが、どういうわけか眠っている間だけ幻想郷に来ることができるようになったという。

 たしかに、これはカービィ達と同じ境遇だし、親近感も湧くだろう。

 

 と、ここで魔理沙はある単語が引っかかった。

 

「……ん? さっきデデデ大王とメタナイトって言ったか?」

「ええ。……知ってるの?」

「当然だ。世話になったからな」

「……ちょっとタンマ。何、どういうこと? 本当になんで魔理沙が彼らのこと知ってるわけ?」

 

 菫子の疑問に、魔理沙は意味で起きたことをざっくりまとめて語る。

 その間、菫子の目が『信じられない』とばかりに見開かれてゆく。

 

「じゃあ、ここにいるカービィは本物そのものなんだ……」

「そりゃそうだ。こうやってしっかり触れるわけなんだからな」

「うーむ……まぁゲームに縛られているのに、こうやって幻想郷で自由に動けるわけないよね」

「ま、そういうことだね。ボクらはほとんど外の世界の枷から外れたようなものだからね」

「……あ、そういやもう一つ質問があるな。菫子は一体ここで何しているんだ?」

 

 魔理沙の質問に菫子は少しばかり首をひねり、そして呟くように答える。

 

「……兵器開発?」

「うげ、物騒な。もしかしてこの物騒な建物もか? 不思議な力を使うとは思っていたが、ここまでとは……」

「ふふん、外の世界の力をなめないでもらおう! 今ではポケットの中のグーグル先生がなんでも教えてくれる時代だからね!」

「正確に計算して設計して作り上げたのはボクらだけどね。あと、菫子さんみたいな前例があるとわかった以上、多分ボクらが寝ている間に幻想郷に来てしまうのは誰かの攻撃の可能性は低いわけで……ぶっちゃけ、この『とーちか』も必要ないんだよね」

「アレ!? じゃあなんで私に色々と調べさせたわけ!? 」

「ボクらの世界には無い技術だから、色々教えてもらおう……ってメタナイトが言ってた」

「あの青仮面……思いの外腹黒い!」

 

 騙されたと言わんばかりに地団駄を踏む菫子。

 なんだか色々と可哀想なのでそっと目を逸らしつつ、『とーちか』なるものに目を向ける。

 

「で? これって何ができるんだ?」

「ああ、せつ────」

「よくぞ聞いてくれた! 私が説明しよう!」

「おう復活早いな」

 

 一瞬でその活力を取り戻した菫子は、バンダナのワドルディを遮り踏ん反り返る。そんな菫子を無言で見つめるバンダナのワドルディの心境はいかに。

 しかしそんなことも無視し、菫子は魔理沙とバンダナのワドルディを引き連れ、一つ広い部屋に着く。

 屋根はドーム状で、パカリと割れ、空が見える。

 そしてその割れ目から、黒金の巨大な筒が、空に向けそびえ立っていた。

 

 その筒の根元をバンバン叩きながら、自慢気に解説しだす。

 

「これぞ! 列車砲アハトアハトを元にプププランドの科学力と私の超能力で作り上げた革新的大砲! 威力はそのままに、排気を抑え、爆音も抑えた環境に優しいクリーンな戦争を! 名前を『アイゼンゴッド・SuMiLeKo=DXⅡ』!」

「なるほど、わからん。てか名前が絶望的にセンスがないな」

「な、なんですってぇ!?」

「もう『アゴたん菫子デラックス』でいいだろう」

「何よその渋谷のデカいパフェみたいな名前は!」

「……おいしそう」

「うぃ」

「あ、カービィ起きた」

 

 菫子のネーミングセンスをなじった声によって眠りから目覚めたカービィは、腕の中で伸びをする。

 そして魔理沙の方を向き、「はぁい!」といつもの挨拶を交わす。

 

「ああ、おはよう。そして久しぶり、カービィ!」

「ぽぉよ!」

「むぅ! さっきまで私に懐いてたのに!」

「はっ! 残念だったな! 言っただろう? 私の方が付き合いが長いんだ」

「ならもう十分でしょ! 私にもが、じ、な"、ざ、い"、よ"!」

「ちょ、やめ、引っ張るな!」

「ぶぃい〜」

「あー、カービィが桜餅のように……」

 

 菫子がカービィの体を掴み、ぐいと引っ張る。

 負けじと魔理沙もカービィの体をギュムと引っ張る。

 当然弾力溢れるもっちりボディのカービィは餅のごとく伸び、非常に困惑した表情を浮かべる。

 しかし、カービィの体はつるりとしている。

 つまり、引っかかる場所がない。

 そんなものを引っ張り合えば当然……

 

「うおっ!」

「きゃっ!」

 

 つるりと滑り、自分が引っ張っていた力のまま、後ろに倒れるだろう。

 

 ここまでは、まだいい。

 問題はこの後。

 菫子の肘はアイゼンゴッドにあたり、何かのボタンを押した。

 そして。

 

 

ドォゴォォオオオオ!!!

 

 鼓膜を突き、腹の底を揺るがす大爆音が鳴り響く。

 その音に慄き、しばらくこの場にいたものは皆固まり……その後、急激に慌ただしくなる。

 

「ヤバイヤバイヤバイ! 撃っちゃった、撃っちゃったんだけど!?」

「私は知らんぞ! 知らんからな!」

「そんな薄情な!」

「ぽよ?」

 

 あたふたと慌てまくる二人。

 しかしそこに、今の二人には神の声にも等しい言葉が投げかけられた。

 

「あー、大丈夫大丈夫。射線の近くに人里はなかったから」

「本当? 本当に!?」

「……ああ、焦った」

 

 そして急激に力が抜けたようにへたり込む二人。

 しかし安心したのもつかの間。

 

「でもあんなもの勝手に撃ったら……霊夢さんか紫さんあたりは怒るんじゃないの?」

「げ」

「げ」

 

 カービィとの再会。

 これから何をしようか。

 妄想は膨らむ。期待は膨らむ。

 だが何をするにせよ……まずする事は謝罪巡りである事は確定してしまったようだった。

 

 

●○●○●

 

 

 神は残酷な事に、『運命』というものを作り上げた。

 

 全ての事象は確率で決まる。

 

 中には0.000000000000何%という天文学的確率で起こる幸福、天文学的確率で起こる不幸がある。

 

 当然、そんなものに見舞われることなんて確率論的にそうそうない。

 

 だが、『運命』というものは、その確率論さえ無視して幸福を、不幸を呼び込むのだ。

 

 一発の列車砲の弾丸。

 

 呼び込むのは、天文学的確率の不幸。

 

 それが引き起こした不幸もまた、『運命』だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館は爆発した。

 

 

 

【挿絵表示】

 




※咲夜さんのお陰で怪我人はでませんでした。よかったね。

レミリア→SAN値チェック1/1d6失敗 SAN値5減少 一時的発狂『硬直』

咲夜→SAN値チェック1/1d6失敗 SAN値4減少

フラン→「いい爆発ね。でも破壊能力を持つこの私が、この程度で狼狽えると思って?」


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謝罪と桃色玉

「すまんかった」

「すみませんでした」

「ごめんなさい」

「すまー」

 

 特製の大砲を誤って撃ってしまった次の日、博麗神社の境内にて魔理沙、菫子、バンダナのワドルディ、そしてカービィが頭を下げる。

 その対象は霊夢、そして紫。

 

「全く、何でそんな危ないもん作るのよ。人里に落ちたらどうするつもりだったのよ」

「いやぁ、作り出した当初は眠っている間に幻想郷に来るっていうよくわかんない異常事態を引き起こした敵がいるんじゃないからと思っててさ。それで自衛のために作ったんだよね」

「で、同じようなことができる菫子と会ってからは?」

「多分そういう現象なんだろうなー、って理解して、そこから面白半分で作ってたよ」

「面白半分で物騒なもん作るんじゃないわよ!」

「あははー、ごめんね」

 

 頭をぽりぽりと掻きながら笑うバンダナのワドルディ。

 そのプププランドの住人特有の致命的な呑気さに、霊夢は処置無しと首を振る。

 

 そんな中、今まで扇子をゆらゆらと揺らし、黙り込んでいた紫が初めて口を開く。

 

「今回はお咎めなし。それにしても人里に着弾していたらどうするつもりだったのかしら?」

 

 紫が声をかけたのはバンダナのワドルディでも、魔理沙でも、菫子でも、ましてやカービィでもない。

 彼らの後ろにやはり無言で佇んでいたメタナイトであった。

 

「大変申し訳ない。もし人里に落ちていた場合……我々では埋め合わせをすることはできなかったであろう。安全装置を強固なものにし、砲塔の向きを人里の反対方向に固定しておこう」

「……ふぅ、そのくらいでいいでしょう」

 

 紫は扇子をピシャリと閉じる。

 その音は今までの話題を断ち切り区切りをつけるような音。

 いや、事実紫はそこで話題を転換した。

 それはもう、コロリと。紫の重苦しい雰囲気は一転し、コロコロと笑う無邪気で怪しいものに変わる。

 

「さてさて、それじゃあ再会を喜びまして、一献傾けちゃう?」

「怪しい」

「胡散臭い」

「嘘くさい」

「とてもこわい」

「……」

「ぷぃ?」

「あらひどい」

 

 『再会を祝した宴』を提案した紫に対して、各々が一言でバッサリ斬り捨てる。

 紫はひどくショックを受けたような顔をするが、仕方があるまい。普段の行いの自業自得である。面白半分で様々な事件事故に他人を巻き込むのは一体誰だったか。しかも、そのショックを受けたような表情も一発で演技と見破られるようなもの。弁護のしようがない。

 そもそも、紫はカービィらに特に強く敵対していた者の一人ではなかったか。そんな彼女がカービィとの再会を祝した宴を提案するなど、どんな風の吹き回しか。

 

 紫はそういう思考を表情から読み取ったのだろう。やれやれと言わんばかりに首を振る。

 

「今では私の心配するような事態は起こりえない。ならば敵対する必要なんてありはしない。そうじゃなくて?」

「まぁ、そうだが……」

「他ならぬあんたのことだから何考えているかわからないのよね」

 

 言葉を濁す魔理沙に対し、霊夢は恐れ知らずにもズバリと言い切った。

 それを聞いた紫は「まあ!」と芝居掛かった様子で驚き、妖艶な雰囲気を醸し出し始める。

 

「霊夢ったら酷いわ。ゆかりん泣いちゃうわよ?」

「やめろ」

「許してくれるわよねぇ、カービィ?」

「……うぃ!」

「ほーら、良いって言ってるじゃない」

「カービィの優しさにつけ込んだねー」

「間違いないぜ」

「間違いないね」

「間違いないわね」

「カ〜ビィ〜、四人がイケズする〜」

「うぃ……」

「うわ、カービィが引いてる」

「引いてるぜ」

「引いてるね」

「引いてるわね」

「あー……八雲殿、その辺で良いかな?」

 

 この場に居たたまれなくなったのであろうメタナイトが酷く疲れた声でなんとも形容しがたいこの状況に終止符を打つ。

 そして一つ、咳払いをする。

 

「まぁ、なんだ。整理すると今回は被害は確認できなかったのでお咎めなし。そして友好の印に宴を開く。それで良いかな?」

「どうなの紫」

「ええ、そんなところね。それじゃあ霊夢、宴の参加者を募ってくれるかしら?」

「いやよ面倒臭い。それに適当にやってれば適当に集まってくるわよ。今までもだいたいそうでしょ?」

「ま、それもそうね。でも久々の宴だもの。少しは多い方が……あら、丁度いい」

 

 宴の計画を軽く練っていた時、境内に飛来するものがあった。

 それは紅魔館の完璧で瀟洒なメイド、十六夜咲夜。彼女がいつものようにひらりと美しく舞い降りてきたのだ。

 ……ただ、彼女にしては珍しく、目の下にクマがあるように見える。纏う雰囲気も何故だか、こう、暗い。

 

「あら、丁度良かったわ。うちで宴会するから適当に人集めてちょうだい」

「分かりました。お嬢様に伝えておきましょう。それに今はお酒でも飲んでいないとやっていられない状態なので」

「お、珍しいな。飲んだくれメイドか? 『ぱわはら』か?」

「今回来たのは異変の兆候が見られたためです。……昨日紅魔館が何者かの攻撃を受け、半壊しました」

「あら、そうなの?」

「ははぁ、どうりで疲れているわけだ」

「幻想郷って家が半壊することってよくあるの?」

「どこぞの天人のせいで神社が潰れた事はあったわね」

「あれは思い出すのも忌々しいわぁ」

 

 霊夢達は人の家が半壊したというのに、一切心配する様子はない。

 まぁ、これが幻想郷のドライな感性なので仕方があるまい。

 

「で、その攻撃が異変だと言いたいの?」

「そういうことです」

「じゃあ今は紅魔館は雨晒しか……よし……」

「既にパチュリー様と私によって再建済みです。……もっとも、完全復元のために様々な資材や力を費やしましたが……」

「ちぇ」

 

 そのことを思い出したのか、咲夜はさらに疲れた雰囲気を強める。

 そんな彼女の発言に何か企んでいた魔理沙は舌打ちする。

 

 そんな中、後方では。

 

「……メタナイト様ー、紫さん、攻撃って……」

「ワドルディ、言いたいことはわかる」

「でも世の中には言わなくても良いことがあるのよ?」

「あっ……分かりましたー」

 

 なんらかの密約が交わされていた。

 

 

●○●○●

 

 

 かくして、宴会は開かれた。

 集まったのは、当然というべきか妖怪ばかり。

 元々妖怪しか寄り付かない神社なので仕方があるまい。信仰を狙った霊夢は残念そうであった。

 その宴会の名目は『ポップスターの住人との親睦』。内容はいつもと全く同じ、呑んだくれ、馬鹿騒ぎするだけの宴会。

 亡霊少女は飯を喰らい、山の神は威張り散らし、天狗は以前の復讐とばかりにシャッターを切り、吸血鬼は鬱憤を晴らすかのごとく暴れまくる。

 そんな中で、カービィは大量のご馳走に囲まれ、終始幸せの絶頂にあった。

 そしてその幸せに包まれたまま、その日は眠りについた。

 

 会場は笑顔に包まれていた。

 

 

 そう……“会場は”

 

 

「お、大皿三枚、空です!」

「嘘だろ!? 出して1分経ってないぞ!?」

「食料が! 食料が食い尽くされる!」

「魔理沙さんの親友でしょ!? 何とかしてよ!」

「あいつは……本気を出していなかっただけだったのか……これが……カービィの………本気!!」

「か、河童印の宅急便っ! ご注文の品だよ! ゼハー!」

「つ、追加で発注お願いします!」

「ひゅい!? またぁ!? 勘弁しておくれよぉぉぉ!!」

「あ……視界が……もう……だめみたいです……」

「妖夢が死んだ!」

「この人でなし! ……ああ半分人じゃないか」

「貴重な戦力が!」

「お、大皿、全滅です!」

「ぎゃああああああああああああああああ!!?」

 

 

 厨房は、終始地獄だったという。



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九尾と騎士

 二人の桃色の暴食権化が宴会場を制圧していた時。

 全く別の場所、目立つことのない場所にて、また新たな戦い……いや小競り合いが繰り広げられていた。

 

「おや……メタナイト殿か?」

「む? 八雲殿……いや、八雲藍殿か」

「藍で結構ですよ」

 

 宴会場から少し離れた博麗神社の縁側にて、あの日力をぶつけ合った二人が出会う。

 いつものようにマントに身を包み、ただ外を眺めているメタナイトに興味本位で尋ねる。

 

「宴会には参加しないので?」

「なに、私は静かな場所を好むだけだ。そういう藍殿は?」

「ちょっと夜風に当たりに来ただけですよ。ちょっと火照って来たので」

「……全くそうには見えないな。さすがは妖怪。アルコール耐性も人間離れしていると見える」

「鬼ほどではないですがね。ではお隣を失礼して」

 

 藍はメタナイトが佇む場所の隣に腰掛け、同じようにただぼうっと外を眺める。

 

 空に浮かぶは欠けた不完全な月。中秋の名月は過ぎてはいるが、その輝きはまだまだ美しさを保っている。

 その名月の名残惜しむかのように、枯れたススキがかさかさと乾いた擦れる音が鳴り、いくつものそれが重なり合い、一つのうねりとなってその場全体を揺らす。

 やがて頬を冷たい風が流れる。ススキを揺らし、名月を惜しむ風が。それは秋の深まりとともに冬の匂いも少しだけ、感じられた。

 そして縁側という外と内の境界線とも言える場所にいるために、月光が照らし揺れるススキの作り出す舞台の中にいるようでありながら、同時に離れたところからそれを鑑賞するかのような、そんなどっちつかずで神秘的な感覚が全身を駆け上がる。

 それは、精神を包み込んで浮かぶような、そんな感覚。

 つまりは、雰囲気に酔いしれてしまうのだ。

 

 十分に雰囲気というアルコールが回って来た二人は、普段はしない懐古的な考えに浸り出す。

 

「……いやはや、幻想郷の月は我々のものと違い、しっかりと自分の居場所を定めているのだな」

「幻想郷の月もそういいものではないですよ。向こうには人を滅ぼすのが好きな月人が巣食っているのですから。一度行ったことがありますが、大変でしたよ?」

「違いない。しかし遠くから眺める分には素晴らしいじゃないか。ポップスターの月もこうあってほしいものだ」

「どんな月なのです?」

「空から降りて来てビームを放ったり、太陽と昼夜の覇権を争って昼夜の時間をめちゃくちゃにしたり、とかな」

「ええ……幻想郷以上に非常識な動きをしますね」

「私もここに来て驚いてしまったよ。月とはこうも動かないものかと」

 

 自分の世界の月を貶し合うという、これまた奇妙な話で盛り上がる。

 そしてやがて、本物のアルコールと雰囲気という名のアルコールが本格的に回り出した。

 

 それが、大体の元凶である。

 

「基本的に幻想郷は平和で変化が乏しいですからね」

「ああ、良いことだ」

「あれ、でもメタナイトさん」

「なんだね?」

「『堕落しきったプププランドを支配する』なんて事、言ってませんでしたっけ?」

「ゴフッ!?」

 

 笑顔で、それとなく、自然に吐き出した言葉。

 それは事実であり、かつてメタナイトはプププランドを征服しようとしていた。

 ちょっとだけ、困らせてやろうというお茶目な悪戯っ気でそんな軽口を言ったのだろう。

 

 しかし、本人にとってそれは軽口では済まされない。

 今も盛大にむせている。別に何かを食べていた最中でもないのに。

 しばらくの間咳き込み続け、やっと落ち着いた時、メタナイトの声は平静を装いながらも若干震えていた。

 

「藍殿……何故それを知っているのかね……?」

「紫様は外の世界へも自由に足を運ぶことができます。なのであなた方がここに来た際、『星のカービィ』シリーズを集めて情報を集めていました。その時私も御一緒させてもらったのです」

「ああ、なるほど……」

 

 目に見えて取り乱したメタナイト。

 その姿には新鮮さとおかしさがあった。

 だからこそ、酔った藍はますます気分が良くなる。

 だからこそ、藍の悪ノリは加速する。

 藍は更に口撃を追加する。

 

「あと、洗脳されたのは何回ありましたっけ?」

「ゲッホ、ゲホッ!」

「黒いモヤみたいなものに乗っ取られたり、毛糸になって乗っ取られたり、はたまた機械に乗っ取られたり……忙しいですね」

「……藍殿、勘弁願いたく……」

「その上で、そ・の・う・え・で! 銀河最強の戦士と戦わせてくれって! 相手が精神攻撃して来たらどうするつもりだったんですか!」

 

 そして大爆笑。

 酔いで色々おかしくなっているのもあるだろうが、アルコールで若干『九尾の狐』という三大悪妖怪としての忘れていた本性が若干漏れ出ているのだろう。

 怖いものなぞなかったあの時代。

 全てを手玉に取った栄華の時の感覚も戻ってくる。

 ……が、その栄華の時代の存在こそが命取りだった。

 

 ここまで貶されて気分が良いのはマゾヒストなどのごく一部の例外のみくらいだ。メタナイトは当然その一部には入らない。

 するとこれまたごくごく当然のことに、キレることだろう。

 

 仮面の奥の目に異様な光に気づいていれば、ああはならなかったのに。

 だがそれに気づかなかったのも、全ては酔った藍のせいなのだろう。

 体の熱を吐き出すような吐息とともに、メタナイトは言葉を紡ぐ。

 

「そうだな。あの頃は私も未熟だったということだ。一千年以上前の藍殿のようにな」

「ゲッホ!」

 

 それは、メタナイトによる反撃の狼煙であった。

 

「な、なんのことか……」

「人間に化け、古代中国の王の妃となったそうじゃないか」

「あ、ああ! そんなこともあったな! 影から大国を動かした、私の勲章だな!」

「が、その後捕まって処刑されかけ、処刑人を魅了するも特殊な鏡によって正体が露見、逃亡」

「ゲホッ、ゲッホ!」

「その後インドに渡りやはり王子の妃となるが、やっぱり露見。結果日本に飛んで上皇の妃となるが、結局露見。挙句には討伐隊から逃げまくり、結果追い詰められ……」

「そ、それ以上は……」

「討伐隊の武士の夢に若い娘の姿で現れて許しを乞うが、無視されて射られ、斬られ、殺生石となったと」

「うわあああぁぁぁぁ……」

 

 頭を抱え、ブンブンと左右に振る藍。

 どうやら相当なトラウマ、もしくは思い出したくもない過去になっているようだ。

 

「ま、若い者がお盛んなのは仕方があるまい。その結果軽率な行動を取ってしまうのもまた仕方があるまい」

「……たか」

「……ん?

「私を……当時ですでに数百の時を生きた私を、若いと罵りましたか!」

 

 追撃とばかりにはなったメタナイトの口撃。

 それについに藍は激昂した。

 ……というより、もう精神状態がグチャグチャで正しい判断もできなくなっているのだろう。

 妖怪は肉体こそ人間より強いが、精神は人間よりも弱い。

 そのセオリーが、まさか八雲藍という大妖怪にも当てはまるとは。

 

「八雲藍の名を傷つけられたこの報い、必ずや償ってもらいましょう!」

「こちらこそ! メタナイトという騎士の誉れを汚した報いを贖え!」

 

 かくして、桃色二人の暴食騒動の裏で、ひっそりと大乱闘が行われた。

 翌日、しれっと壊滅させられた神社の一角が霊夢の目に留まり、膝から崩れ落ちる羽目になるのだが……それはまた別のお話。




結局、ふざけて互いの黒歴史発表したらリアルファイトに発展しただけ


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人里と桃色玉 其の一 ☆

懲りずに挿絵描き描き。

幻想郷なので珍しく和風です。


 宴会の翌日、宴会の余波により、何者かによって吹き飛んだ博麗神社の修復に紫らが当たっていた。

 大方、酔っ払った力の強い妖怪がやらかしたのだろう、とのこと。

 霊夢は必ず退治してやると息巻き、まぁ頑張ってくださいと声をかける藍の目は泳ぎ、なぜか居るメタナイトは終始無言であり、紫はなんとも言えない表情で修復を行なっていた。

 

 そんな微妙な空気が流れる中に魔理沙は鈍感にも降り立った。

 厨房の破壊者……もといカービィを連れて。

 

「よう霊夢! 大変そうだな!」

「ぽよ!」

「だと思うならちょっとは手伝ってくれないかしら。うちの食材食いつぶした罰としても」

「やなこったい」

「こいつ……」

「そんなことより紫知らないか、紫」

「あんたの後ろにいるじゃない」

「お呼びかしら、魔理沙」

「うぉっ!? いきなり後ろに現れるなよ……」

 

 振り向けばそこには、ついさっきまで角材をスキマから引き出していた紫がいつのまにか魔理沙の後ろに浮いていたのだ。

 紫の能力を鑑みればなるほどそういうこともできそうである。が、動機は不純も不純。確実にただ驚かせたかっただけに他ならない。

 

「それで、何か用? 魔理沙が私に頼るなんて珍しいわね。聞いてあげるくらいはしても良いわよ?」

「聞くだけかよ。まぁ、あれだ。カービィに幻想郷を見せてやりたくてな。人里に連れて行きたいんだよ」

「あら、ダメよ? カービィは人間から見たらどう見ても妖怪だもの。人間の領域に人外を連れ込むのはご法度。わかるでしょ?」

「の割には化け狸を人里で見かけるが……まぁいい。その答えは予想通りだ。それで相談なんだが……透明化の薬とか持ってないか?」

「持ってないわよ。それは永遠亭案件でしょう?」

「……まぁ、そうだよなぁ。…………邪魔したな」

 

 一言それだけ言うと、魔理沙は再び箒に跨り、空の彼方へと消えていった。

 

 一陣の風の如く現れては去っていった魔理沙の背を眺めながら、霊夢は紫を問い詰める。

 

「あんたの事だし、透明化の薬くらい持ってたでしょ」

「あら、買いかぶりすぎよ霊夢」

「じゃなくても、透明化させるくらいの術くらいは持ってるでしょ? ……永遠亭に何かあるわけ?」

「ふふ、どうかしら。でも……その方が面白い気がしたのよ」

「そう」

「楽しみだわぁ。どうなるのかしらねぇ」

「……嫌な予感がした。すまないが私はカービィと魔理沙殿に着いて行く」

「あー、わかったわメタナイト。それじゃ紫、手を止めない。修復修復。スキマから覗いてる暇あったら手を動かして」

「ええ……んもぅ、妖怪使いが荒いんだから……」

 

 

●○●○●

 

 

「で、私に永遠亭までの道のりを案内しろ、と」

「そう言う事だ。頼む」

「ま、いいだろう。慧音、後は頼んだ」

「え、ええ……」

 

 永遠亭は迷いの竹林の中にある。

 その名の通り、無遠慮に入ればもう二度と出ることはできなくなるだろう。

 だからこそ、永遠亭までの道のりを熟知している藤原妹紅に案内を頼んだのだ。

 妹紅本人は友人である慧音が教鞭を振るう寺子屋ですぐ見つかった。

 ……が、少々様子がおかしい。

 

「……ところで妹紅、なんでそんなに距離が離れているんだ?」

「……」

 

 なぜか妹紅は、魔理沙から十メートル近く離れた竹の影に隠れていた。そこから会話しようと言うのだから、声は届きにくいため、なんだか不審者と話しているような気分がする。

 

「おーい、妹紅」

「ちょ、来るな! それ以上近づくな!」

「どうしたんだ、あいつ」

「あー、それは多分……」

「忘れてないぞ! 私は忘れてないぞ! もう唐揚げになるのはごめんだからな!」

「あー……」

「ぷぃ?」

 

 妹紅、唐揚げときて思い出されるのは、カービィの能力調査で竹林に訪れた時の事。

 あとから『コック』と命名された能力により、妹紅は哀れカラっと揚がった唐揚げにされてしまったのだった。

 蓬莱人だからその後復活したし、死にも慣れてはいるだろうが、流石に『調理されて死ぬ』という事には慣れてはいなかったようだ。

 

「大丈夫だって……今回は別に能力を試すわけでは……」

「だそうだぞ、妹紅。機嫌なおして出てくれたらどうだ?」

「わかってる! わかってるよ! だから近づくな!」

「……すまん、魔理沙、カービィ。これは相当みたいだ」

「あー、しょうがないな」

「ぷぅ??」

「妹紅、もうそれくらい離れてていいから案内してくれ!」

「ああ、任せておけ」

 

 声だけは雄々しい、腰の引けまくった妹紅に連れられ、竹林をその足で歩く。

 そして腰は引けているとはいえ、行き慣れている妹紅の案内により、すぐさま目の前に永遠亭が現れる。

 と、すぐさま妹紅は永遠亭の扉を荒々しく開ける。

 

「出てこい輝夜! 今日こそ決着をつけてやる!」

 

 そして礼儀もへったくれもないと言わんばかりに玄関で怒鳴り散らす。

 その怒声は室内に響き渡り、誰かが驚いて何かをひっくり返す音などが奥から聞こえてくる。

 

「いらっしゃい、魔理沙と……カービィね? あと妹紅も来たのね?」

「ああ、折角だからな」

「ふふふ、いいわよ。準備はできているわ。さぁ、上がって頂戴。永琳、あなたにお客さんよ」

「はいはい姫様、ただ今」

 

 現れたのは長く黒く艶やかな黒髪、一直線に切られた前髪、そして和装の、まさに日本の姫と表現するのがふさわしい少女。

 その見た目に合わない艶かしさで魔理沙とカービィ、そして妹紅を招き入れる。

 

「妹紅はこっち。永琳はそこよ」

「ああ、ありがとな」

「ぽよ!」

「ええ、良くってよ。……さぁ、妹紅」

「おうとも」

 

 永遠亭内を案内した輝夜は剣呑な雰囲気で妹紅と別の部屋に消えて行く。

 残された魔理沙とカービィは示された襖を開けはなつ。

 

「ようヤブ医者! 透明化の薬が欲しいんだ!」

「こら魔理沙!」

「ヤブだろうがなんだろうが、診てあげるんだからもう少し敬意というものを持って欲しいわね」

「全くだ永琳殿」

「あれ、メタナイト、博麗神社にいなかったか?」

 

 その襖の奥の部屋にいたのは、優曇華、永琳、そして先ほど博麗神社で見かけたメタナイトであった。

 

「ああ、心配になって追いかけていたんだが、どうも入れ違いになっていたようだな」

「迷いの竹林を抜けて来たのか?」

「一度来たことがあるのよ。あなたが爆発騒ぎで運ばれた時言わなかったかしら?」

「あ、なんか言ってた気がする。ま、そんなことはどうでもいいんだ。透明化の薬をくれ」

 

 そして掌を上に、「クレクレ」と要求する。

 当然ながら、永琳は首を振る。

 

「診察もせず、理由も聞かず、薬をくれと言われてポンと出す医者がどこにいますか」

「なんだよ、面倒だな」

「まぁ、メタナイトから理由は聞いています。人里にカービィを連れ出すために使うのでしょう?」

「ああ、そういうことだ。ってか聞いていたならさっきの説教は要らんだろ」

「それとこれとは別です。……そうですね、透明化の薬は切らしているんですよね」

「うげ、マジか」

「でも、それよりも適した薬がありますよ。お代は格安で構いません」

 

 そう言って取り出したのは、ちょっと大きめな白い錠剤。

 診ただけではなんの効果があるのか、さっぱりわからない。

 メタナイトも話は聞いていないのか、仮面越しに不思議なものを見る雰囲気が伝わってくる。

 

「その効果はなんなんだ?」

「あ、その前に健康状態を診るのでカービィを貸してください」

「ああ。カービィ、大人しくな」

「ぽよ!」

「……ほうほう、こうやって間近で見ると珍妙ですね」

 

 永琳は膝上にカービィを乗せ、まじまじと眺める。

 するとおもむろにカービィの口を弄りだし……

 

「ていっ」

「ぷ!?」

「あ、おいっ!?」

 

 その錠剤をねじ込んだ。

 

 途端、ボフンと白い煙がカービィから噴出し、視界が遮られる。

 

「永琳! お前何のつもりだ!」

「薬を飲ませてみたのです」

「永琳殿、流石にその乱暴狼藉、許せませんぞ」

「まあまあ、大丈夫ですって。効果はばっちしです」

 

 そのお気楽な声とともに、煙が晴れる。

 そして、その目の前にはさっきまでなかったものがいた。

 

 ぱっつんと切られた長い桃色の髪を持ち、星の柄が描かれた桃色の着物をきた幼子。それがいつの間にか永琳の膝の上に乗っていたのだ。

 

「……誰だこれ。カービィはどこへやった?」

「あら、わからないのです? この子こそがカービィですよ?」

 

 永琳の意味不明な言葉。

 しかしその言葉に膝の上の桃色の幼子は────

 

「ぽよ!」

 

 ────聞き慣れたカービィの声で返事をした。

 

『!?…………!!??!?!??!!!!??!?』

 

 魔理沙とメタナイトは、ただ目を白黒させて絶句することしかできなかった。

 

 

【挿絵表示】

 




むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。

形があんなになっただけで中身は変わらない。喋らない。

性別? 知らんな


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人里と桃色玉 其の二 ☆

ネタは使い回すもの


今回の挿絵は完成度を楽しむものではないです。ネタを楽しむものです。


「説明を頼む」

「頭が割れそうだ……」

 

 焦点の合ってない目で説明を求める二人に対し、永琳は膝の上で手をバタつかせはしゃぐ幼子……カービィの頭を撫でながらしゃあしゃあと述べる。

 

「人化の薬よ。効果は8時間。はっきり言って人の皮を被っただけみたいなものだから能力とか特性とかは変わらないわ。そこのところ注意して頂戴」

「なんでんなもん作ったんだよ」

「人に化けられないけど人間と関わりを持ちたい、っていう妖怪向けに作ったのよ」

「っていうのは建前で本音は?」

「興味本位で作って実験台を探してた」

「心が折れそうだ……」

 

 よくもまぁそんなことを躊躇いもせず言えるものだ、と逆に感心する。

 しかし飲まされてしまったものは仕方がない。永琳の行動も問題ではあるが、最重要の問題はそれではない。

 

「副作用とかはないんだろうな?」

「動物実験は済ませたから大丈夫なはずよ」

「それならいいんだがな……まあこれで見た目だけは人間にしか見えないし、人里にも堂々と連れだせそうだが……」

「不安だな。私は空から監視しておこう」

「ああ、頼むぜ」

「代金は後払いでいいわ。薬の感想も教えて頂戴ね」

「ああもうわかったよ!」

 

 マッドドクターと化した永琳に適当に返事をし、魔理沙とメタナイト、そしてカービィは永遠亭を後にする。

 

 なお、その際廊下から「はい、猪鹿蝶。私の勝ちね」とか「ちくしょー! また負けた!」とか聞こえたのだが……まさか輝夜と妹紅ではないだろう。彼女らは殺し合いをしているはずだ。まさか花札で和気藹々としているはずがない。

 

 

●○●○●

 

 

「いやはや、予想通り成功みたいね」

 

 魔理沙とメタナイト、カービィがいなくなった診察室にて、永琳は独りごちる。

 輝夜と妹紅は今頃殺し合いに飽きた結果ハマりだした室内ゲームで勝負しているだろうから、これからしばらくは永琳の休憩時間となる。

 

 不死身の蓬莱人といえども、疲れは溜まる。

 

 ぐいと腰を伸ばし、背筋のコリをとり、何気なく人化の薬が入ったケースに手を伸ばし……

 

 

 

 

 

「……あら? 数が足りないわね」

 

 

●○●○●

 

 

「おー」

「カービィ、ぼけっとしているとこけるぞ」

「うぃ」

 

 人間の里。そこは妖怪だらけの幻想郷の中で唯一の人間の活動圏。

 人間にとって唯一の安全地帯であり、生命線であるこの地を、魔理沙はちょっと不安げに、カービィは人の顔に素直な好奇心を浮かべて歩いていた。

 

 今のカービィはどこからどう見ても5、6歳の幼子であり、到底人外には見えない。

 しかし中身は全く変わってないので、人の姿になったからと言って流暢に人語が話せるようになるわけではない。

 5歳くらいになれば、流石に会話はできるようになる。にもかかわらず話せなければ不審がられるかもしれない。

 その為、カービィには『人見知り』の演技をしてもらうよう、頼んだのだ。

 カービィの演技力がどの程度なのか全く未知数だが、最早賭けるしかあるまい。

 

「さて、どこへ行こうかな……」

「だんご!」

「え? ああ、茶屋か。いいぜ。ちょっと待っててくれ」

 

 やはり人里に来ても、人の姿になっても、カービィはカービィらしい。とりあえず腹ごしらえを選んだようだ。

 とりあえず6本の三色団子を買い与えると、両手に3本ずつ持ってモチモチと食べ始めた。

 ポヨポヨとしか言わなかったり、食欲が異常なのを除けば、こうやってみると団子を食べているだけの幼子にしか見えない。

 

「さて、何処に行こうか……」

「んむー」

 

 カービィが喜びそうな場所、と言われてもお食事処以外思いつかない。

 果たして、カービィに趣味などあるのだろうか。

 わかればそれに関する場所へ連れて行くのだが……

 

 

 少し考え、考えに考え、勝手に動く足に任せて歩いたところ、ある建物の前に辿り着いた。

 『鈴奈庵』。古本を扱う店である。

 ここには本居小鈴という少女が店番をしており、その少女が厄介ごとを引き寄せるような人物な為、ちょくちょくお邪魔しているのだ。

 その癖でここに来てしまったのだろうか。

 もしかしたら、意外にも本とかを好んで読むのかもしれない。

 

「邪魔するぜー」

「むぃ」

 

 暖簾をくぐり、鈴奈庵の中に入る。

 と同時に、古本特有の香りが鼻腔をくすぐる。

 目の前にいるのは鈴の髪飾りをつけた少女。そしてもう一人、見知った顔があった。

 

「あ、魔理沙さん、おひさです」

「あら魔理沙、あんたも来たの?」

「霊夢? 神社の修復はどうした?」

「紫がちゃっちゃと終わらせたわ」

 

 そこにいたのは今朝会ったばかりの霊夢だった。なんと世界は狭いのだろうか。

 

「で、その……団子を昼前に6本も食べてる子は?」

「魔理沙さんの親戚?」

「あー、それはだな……ちょっと霊夢」

「なによ」

 

 事情を知らない霊夢を本棚の陰に引き、単なる人里の人間である小鈴に聞こえないように事の顛末を話す。

 当然、霊夢の反応は……

 

「はぁああああ!?」

「ど、どうしました!?」

「な、なんでもない! なんでもないぜ! ……声がデカイって」

「いや、だって、え?」

 

 チラと霊夢はソファに座って団子を食べ終わり、近くの本を読みだした人型カービィを見やる。

 霊夢の顔には「信じられない」と書いてあるが、どうあがいてもこれが事実である。

 

「まぁ、あの食べっぷりはカービィそのものだし……とにかく、ヘマしないでよね」

「わかってるって。おっと、すまんな小鈴」

「なんですかー、二人でヒソヒソ……」

「レディーには秘密の一つや二つはあるもんだぜ? んでなんで霊夢はここにいるんだ?」

 

 疑いの目を向ける小鈴から目を逸らしつつ、強引に話を変える。

 訝しげな視線は外れないが、怪しみつつも話を合わせてくれる。

 

「剣の名門の柳葉さんが剣の指南をし始めた、っていうのは知ってますよね?」

「ああ、知ってる知ってる」

「で、私も一日だけ行ってみたんですよ」

「小鈴が!?」

「……何かまずいことでも!」

「いや、別に」

「……それで、参加者全員にこの短刀を配られたんですよ。妖怪に襲われた時の護身用に、って」

 

 そうやって見せてくれたのは、なんの変哲も無い小刀。懐にしまえそうなほどの小さなものだ。

 

「ふーん、気前いいな。それがどうしたんだ?」

「それで、私が何か仕掛けられて無いか調べに来たってわけ」

「結果は? 」

「異常なし。『妖怪に襲われた時の護身用』って聞いてたから、てっきり守矢が何か護符でも埋め込んだのかと思ったけど、そんなことなかったわ。単なる小刀よ」

「つまり霊夢は商売敵の威力偵察みたいなことをしてたわけか」

「そういうことよ。信仰がむこうに流れたら賽銭が減るのよ」

 

 神聖な巫女がこうも金にがめつくていいのだろうか。

 だが霊夢は知り合った時からこうだ。もうどうしようもない。

 

 そう、内心首を振った時。

 

「……! 魔力反応!?」

「感じるわ……この部屋から強い力を!」

「え、なになになんですかいきなり!」

 

 常人であり、魔法を学んでいるわけでもない小鈴には感知できないだろうが、魔理沙と霊夢は突如として周囲から強い力の奔流を感じとった。

 鈴奈庵には妖魔本……わかりやすく言えば魔導書のようなものがいくつもある。

 そしてそれを小鈴は蒐集し、騒動を起こすために霊夢達にマークされていた。

 そしてこの感覚は、妖魔本が起こすものと、よく似ていた。

 

 そしてすぐさま、その発生源を特定した。

 

 カービィの読んでいる本が、発光しているのだ。

 しかも、みるみるうちに光は膨張し、今にも光がはち切れんばかりになっている。

 

「カービィ!」

「ぽよ?」

 

 魔理沙はその本をひったくり、とっさに店の外に放り出した。

 高く、高く、なるべく空高く、投げ出された本はついに臨界を迎え……

 

 

流星一条(ステラ)ァァァァアアアア!!』

 

 本から青年のような声を幻聴した瞬間、ドウ、と極大の流星のごとき矢が放たれ、彼方へと消えて行った。

 

 おそらくは、『お手軽に大魔法を発動できる魔導書』か何かだったのだろう。そしてそれを、誤ってカービィは発動させてしまったのだろう。

 

 あわわと慌てる小鈴をよそに、霊夢はその本を拾い上げる。

 

「小鈴」

「は、はい」

「これも封印ね」

「そんなぁ!」

 

 至極真っ当な判断である。

 

「魔理沙さんも何か言ってくださいよ! 魔法使いならわかるでしょ! この本がどれだけ貴重か!」

「そ、そうだな! それじゃ!」

「逃げたぁ!」

 

 結局、カービィがただ大魔法を発現させてしまっただけで、魔理沙はその場から逃げるようにして去っていった。

 カービィの趣味も当然見つけることもできなかったのだ。

 

 

●○●○●

 

 

 かの矢は、戦争を終わらせる矢。

 

 国境を作り上げた大英雄の矢。

 

 大英雄の矢は、その高潔な精神により、過たず邪なるものを射抜いたであろう。

 

 しかし、ついさっき放たれたその矢は、魔法という小さな枠組みにとらわれてしまった。

 

 故に、その矢に高潔さはない。ただ単なる破壊の矢でしかない。

 

 高潔さを失った力は、それは単なる破壊であり、悪でしかない。

 

 放たれた矢は、それを我々に如実に教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館は爆発した。

 

 

【挿絵表示】

 




レミリア「もうやだ(血涙)」



紅魔館描くの辛い……あと描いててほんの少し心が痛んだ。

もう紅魔館は描かない(宣言)


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人里と桃色玉 其の三

 大魔法を発現させた鈴奈庵からそそくさと逃げてきた魔理沙とカービィ。

 やはり、カービィはまだまだ子供のようで、目を離すと何をするか予想できない。

 しかも、その規模もまた半端なものではない。

 だから目を離さないようにしないと────

 

「……って、早速いないじゃないか!」

 

 ついさっきまで手をしっかりと握っていたはずなのに、いつのまにか忽然と姿を消している。

 カービィには謎のステルス機能でも付いているのかと思いたくなるほど、華麗にいなくなっている。

 

『魔理沙殿! 魔理沙殿!』

「ん? この声は……メタナイトか?」

『そうだ』

 

 軽く狼狽していた時、どこからかメタナイトの声が聞こえてくる。

 メタナイトは現在遥か高空を飛んでいるはずなので、普通に声が届くはずがない。なんらかの手段を使っているのだろう。

 

「メタナイト、カービィがいなくなったんだが、そこからわかるか?」

『私もそれを言おうとしたところだ。少し引き返した通りにある空き地だ! そこにいる!』

「おう!」

 

 メタナイトの指示に従い、魔理沙は来た道を引き返す。

 メタナイトの言う空き地とは、しばしば人里で行われる祭りなどの会場となる、なかなか広い場所だったはず。普段は子供達の遊び場として解放されていた。

 その子供達に興味を持ったのだろうか?

 いや、違う。さっき通った時、何か催し物をしていたはずだ。

 見た目が質素で賑やかさはなかった為素通りしたのだが……果たしてなんの催し物だったのだろうか?

 

 魔理沙は広場へと到着した。

 いつのまにか人がざわざわと喧騒を立てながら集まっていた。

 その奥にはさっきも見た質素なステージ。その上に置かれた長机といくつかの椅子。

 長机には何名かの人が座っており、どれも恰幅が良さそうに見える。

 そしてその中にしれっと人型カービィが混じっているのだ。

 

 その頭上に張られた横断幕にはこう書かれてある。

 

 

『第26回 人里大食い選手権』

 

 

 なるほど、たしかに地味な催し物だ。

 だが、カービィにとってはどストライクな催し物だ。

 

 止めよう。そう思ってステージに駆け寄ろうとしたが、人の波に揉みくちゃにされて動けない。

 というか、見に来ている人も皆心なしか平均よりデカい気がする。デブの祭典なのかここは。

 

 そして無情にも、司会者がカービィを紹介し始める。

 

「そしてそして、可愛い最後の参加者を紹介いたします! 突如現れ席にしがみついた寡黙で明るく、勇猛果敢な挑戦者! 第11番、可愛美衣(かあびい)!」

「はぁい!」

「それでは第一回戦、乙組の挑戦! 五……いえ、六人のうち上位2名が決勝戦進出となります! 食べていただくのは甲組とおなじ、稲荷寿司です!」

 

 そして運ばれるのはこんもり盛られた稲荷寿司。一つ一つが大きいように見える。

 

「この10個の稲荷寿司をより早く食べきる、もしくはより多く食べた者を上位とします! では、心の準備はよろしいですかな? ……それでは……始め!!」

 

 審判員と思われる者が旗を上げる。

 途端、凄まじい勢いで稲荷寿司が巨漢共の胃袋へと消えてゆく。

 通常サイズよりも一回り大きく、一口では食えないそれを、削るように胃の腑へと収めてゆくのだ。

 

 なるほど、この業界では力のある者たちが集まっているのだろう。

 それは大食いという狭い領域ではあるが、たしかに人間の限界を超えようとする光景であった。

 

 だが、所詮人間は人間なのだ。

 

「な、なんだ、これは! 何が起こっているというのだ!?」

 

 饒舌な司会者も、もはや例える言葉を失っている。

 観客たちも最早固唾を飲んでそれを見守っている。

 視線の先にいるのは桃色の髪、桃色の着物を着た、5、6歳の幼子。

 しかし、その幼子はその皿を持ち上げ、まるて盃の酒を飲むかのように傾けたのだ。

 そしてその幼子の一口よりも遥かに大きな稲荷寿司を、スープの如く飲みだしたのだ。

 そのペースは体重では何倍も勝る他の巨漢を遥かにしのぐもの。

 

 大きな稲荷寿司10個制覇にかかった時間、なんと3秒。

 

 偉業を成し遂げた幼子は苦しそうなそぶりも見せず、笑ってみせる。

 そう、カービィである。

 

「い、一位決着! 一位はなんと、なんとなんと! 可愛美衣です!」

 

 司会者の実況にようやく我を取り戻したのだろう。観客たちがどうと声を上げる。

 しばし遅れて二位も決着し、選手の体調を気遣った1時間の休憩が入る。

 

 その時を見計らい、魔理沙は待機している舞台裏へと向かう。

 幸い、舞台裏に人は少ない。

 魔理沙は舞台裏に向けて駆けだし……

 

「うおっと!」

「……」

 

 誰かと当たりそうになる。

 かなり小さい。人に化けたカービィくらいの大きさ。

 しかし、その姿を見て愕然とした。

 灰色の髪、星の髪飾り、星が描かれた灰色の着物、あどけない顔。

 それは、人に化けたカービィと瓜二つであった。

 だが、雰囲気が違う。カービィのようにニコリとも笑わず、ふっと何処かへと消えていったのだ。

 

 追おうとも一瞬考えたが、結局カービィを優先させることにした。

 そこにはやはり、カービィが外に置かれた控え席で足を揺らして待機していた。

 しかも、周りの大人に笑顔を振りまいている。

 

「カービィ!」

「っ! まぃさ!」

「あ、保護……いやお姉さんで?」

「あー……まぁそんなところだ。ちょっと席を外すぜ」

「どうぞどうぞ」

 

 カービィを連れ出し、人目のつかない場所へと身を隠す。

 しばらく人が往来しないことを確認し、カービィの顔をみる。

 

 何か察したらしい。酷くシュンとしている。

 

「だめだろ、勝手にどっかいっちゃ」

「うい……」

「お前はちょっと独走癖があるな。もっと周りをよく見なくちゃな」

「うぅ……」

「……はぁ、まぁいい。もう参加しちゃったもんは仕方ない。食費も浮くしな……やってしまえ!」

「っ! うい!」

 

 

 

 やがて、時間は過ぎる。

 休憩の1時間が経った。

 甲、乙組の一位、二位がその決戦地(食卓)に立つ。

 そして魔理沙は、またも驚愕した。

 

「大変お待たせいたしました! この大食い大会も大詰め! 勝ち残った猛者をご紹介いたしましょう! まずは甲組で圧倒的大差をつけ、稲荷寿司を完食された淑女! 西行寺幽々子です!」




ネタバレ・ピンク髪が勝つ。

ピンクは暴食。はっきりわかんだね。


ちなみに、ガチバトルだとカービィは分が悪いです。残機99でも。
幽々様が本気で勝ちにきた場合は即死を連発してくるでしょうしね。連続でロボボの真格闘王最後のアレが飛んでくるようなもんです。
この理論でいくとフランや純狐も苦手とします。あと某骸骨の魔王とか。くふーーーー!


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人里と桃色玉 其の四

「ハァアアアア!?」

 

 魔理沙は声に出して叫んだ。

 いや、もし事情を全て知る者がこの場にいたならば、誰もがこう反応するはずだ。

 

 西行寺幽々子は亡霊である。当然、人あらざる者であり、人の生活域に気安く入ってきていい者ではない。

 能楽を見にきたり、百物語に参加したことはあるが、どれも妖怪神社などと揶揄される『出てきてもおかしくはない』博麗神社での催し物だ。人間の生活域からは離れている。

 しかし、ここは人里のど真ん中。白昼の催し物だ。

 いつも周囲に浮いている人魂か亡霊は見えないが、それ以外は普段の幽々子。変装なんてこれっぽちもしていない。

 

 ここで魔理沙はごく当たり前の考えが浮かぶ。

 幽々子には従者がいる。庭師の魂魄妖夢だ。

 まさか人里のど真ん中に主人がいるのに自分だけ白玉楼に籠っている、なんてことはないだろう。

 

 ちょっとあたりを見回せば、いた。

 心配そうな顔で幽々子の方を見る妖夢が、人混みに紛れている。

 人混みを掻き分け掻き分け、ようやく妖夢の肩をつかむ。

 

「ひゃっ!? ま、魔理沙さん?驚かせないでよ……」

「そりゃこっちのセリフだ。なんで幽々子が参加しているんだよ」

「それは……どうも事前にこの催し物があると察知していたようで……今朝突然、幽々子様が『さぁ、戦場に行くわよ』と言って制止も聞かずに下界に降りられたんです……」

「あぁ……うん、わかった」

 

 催し物があるとわかっていながらギリギリまで妖夢に言わなかったのは、どうせ止められるとわかっていたからだろう。

 

「で、魔理沙さんはなんでここに?」

「向こうに小さい子がいるだろ?」

「はい、居ますね。凄かったですよね、あの食べっぷり」

「あれカービィだ」

「は?」

「あれカービィだ」

「……はっはっはっ! いくら私が未熟者だからって、そんな嘘には引っかかりませんよぉ!」

「いやマジ」

「いやいやまさかぁ! ……え、本当なの?」

 

 ここで妖夢にざっくりと今までのあらましを説明する。

 その間、妖夢の顔がどんどん青ざめてゆく。心労が溜まってゆくのが手に取るようにわかる。

 

「ああ、あの厨房殺しが……?」

「そういうこった」

「もうだめだぁ、おしまいだぁ……」

 

 あの時のトラウマがフラッシュバックしたのだろうか。頭を抱えてカタカタと震え出した。

 

 そして、とうとうその時が来た。

 司会者が意気揚々とメガホンを握る。

 

「さぁ、いよいよ、いよいよです! いよいよ決着をつける時が来ました! 決勝戦もルールは同じ! すべて食べきる、もしくはより多く食べた者が勝者となります! そしてこの決勝戦にて猛者が喰らい尽くしてもらうのは……秋の名物、石焼き芋です!」

 

 四人の参加者の前に運ばれて来たのは、湯気のたったホカホカの石焼き芋。食べやすいように冷まされてはいるが、それでも一気に口に入れるのは少々憚れる。

 しかし、ここにいるのは選りすぐられた猛者のみ。

 

「では決勝戦……始めェェエ!」

 

 司会者の号令の下、一斉に四名の選手は石焼き芋を頬張る。

 その熱さを一切ものともしない姿は、ある種勇壮さすら感じる。

 

 中でも、幽々子は圧倒的であった。

 というか、亡霊に温度なんて苦痛ですらないのだろう。

 凄まじい手さばきで皮を取り、石焼き芋を飲み込んでいく。

 司会者曰く、石焼き芋は数ではなく重さで決めている。なので数は一個ほど上下するが、皆10本ずつ配られているという。

 

 石焼き芋10本。普通は食べれまい。

 ましてや、稲荷寿司を平らげた後になど、考えたくもない。

 しかし幽々子はその石焼き芋を、なんと一本あたり5秒のペースで食い尽くしていた。

 

「おお! 西行寺幽々子、先ほどと変わらぬ凄まじいペースであります! もはやその胃袋の容量、嚥下する力、どれを取っても人間離れしている!」

「っていうか、人間辞めているんだがな」

「死んでるんですけどね」

 

 凄まじいペース。なるほど、確かに優勝もあり得る。

 

 だが、忘れてはならない。

 あの稲荷寿司全てを3秒で飲み込んだ猛者を。

 当然、石焼き芋も同じように飲み込んでいるはず。

 

 が、しかし。

 

「おおっと、どつした可愛美衣!? 手が止まっているぞ!? 流石にその小さな体ではきつかったのかー!?」

「あれ、カービィ止まってません?」

「え!? 嘘だろ、あのカービィが!?」

 

 みれば、確かに手が止まっている。

 剥かれた皮を見るに、一本は食べたようだが、その後何かを堪えるような顔をしている。

 

 まさか、人型になったことで胃の容量が減っているのか。

 

 そう思った瞬間。

 

「ヒック!」

「ん? ……しゃっくり?」

「ヒック!」

 

 我慢できずに、カービィのくちからもれたもの。

 それはしゃっくり。それもかなりの頻度で出ている。

 

「こんな時に限ってしゃっくりか……」

「幽々子様〜! 頑張れ〜! 今がチャンスです!」

「お前、なかなかいい性格してるな」

 

 物を食べるペースでは、圧倒的にカービィが上だろう。

 しかし、しゃっくりでペースが劇落ちしている今、幽々子がその差をどんどん離して行く。

 

 いよいよ、勝負が決する。

 このままでは、負ける。

 

 カービィは決意を抱いた。

 

 しゃっくりを無理矢理押し込め、石焼き芋の入った籠を掴む。

 そして稲荷寿司と同じように、口へ口へと流し込んだ。

 石焼き芋の一気飲み。幽々子の二個喰いに観客の目が行く中……ついに勝負は決した。

 

「……今、勝者が、腕を上げました! 第26回、人里大食い選手権勝者は、なんとなんと、可憐な幼子、可愛美衣です! 」

「ヒック! ヒック!」

 

 司会者が更に激しくしゃっくりをあげるカービィの腕を高々とあげる。

 小さな小さな優勝者に、見物人達は万雷の拍手を送る。

 

「可愛美衣さん、今の気持ちはいかがですか?」

「ヒック! ヒック!」

「……ちょっと無理みたいですね。では優勝者の可愛美衣さんには米俵一年分を贈呈いたします! これにて第26回人里大食い選手権を閉幕いたします! それでは皆々様、ありがとうございました!」

 

 

●○●○●

 

 

 霧雨魔法店の住所を主催者側に伝え、まずは米俵一ヶ月分を貰うことを約束した後、魔理沙はカービィの元へ向かう。

 そこは人影の居ない、広場の外れであり、そこでは妖夢と幽々子がカービィとともに談笑して居た。

 ……いや、人型になっても話せないカービィの事だから可愛がられているだけなのだろう。

 

「カービィ、終わったぜ」

「うぃ! ……ヒック」

「ありゃ、まだ治らんか」

「ぽよ……ヒック」

「無理して食べちゃダメじゃない、カービィ。せっかく優勝して一年分の米俵もらおうと思ったのになー」

「なぁ、幽々子。お前がここに来た理由って」

「ええ。優勝商品が目的よ。それ以外何があるっていうの」

「はぁ……」

「はぁ……」

「ヒック」

 

 いけしゃあしゃあと述べる幽々子に魔理沙、そして妖夢も脱力する。

 そんな二人を見て幽々子はコロコロと笑い、そしてカービィの頭を撫でる。

 

「ま、絶対に勝つ勝負なんて面白くないものね。弾幕ごっこが美しい理由の一つね。今日は面白かったわ、カービィ。また“あそび”ましょうね」

「ぽよ! ……ヒック」

「ふふふ、それじゃあ、また」

「では失礼します」

 

 幽々子は優雅に、妖夢は一礼し、冥界へと去って行く。

 魔理沙達も家に帰り、夕暮れ頃には無事飲まされた薬の効果も切れ、カービィは元のもっちりした姿に戻った。

 トラブルしかなかったが、確かにカービィは人里を満喫したのだろう。

 眠り、そしてプププランドへと帰って行くカービィの満足そうな顔を見て、魔理沙はそう確信したのだった。

 

 

●○●○●

 

 

 人里外れ、まだ日の高く昇っている時。

 灰色の人影がそこに立って居た。

 人型になったカービィをそのまま灰色にしたかのような人物が。

 それに向かって、声をかけるものがいた。

 

「スリとは感心しないな、英雄の影。いや、影だからこそか……」

「……」

 

 声をかけたのは、仮面の騎士、メタナイト。既にギャラクシアを鞘から抜き払っていた。

 その姿を一瞥した灰色の人影は、握っていたいくつかの小刀のうち一本を鞘ごと一飲みした。

 一部の大道芸人を除いて人では不可能な所業。

 しかし驚くべきはここではなく、この一瞬後。

 その頭にはいつのまにか灰色の頭巾と、その小柄な身長に見合った短刀が逆手に握られていた。

 

 そして両者、互いの立ち位置のちょうど中間点で衝突する。

 

 火花散り、刃は煌めき、剣閃が跡を引く。

 歴戦の戦士と歴戦の戦士の戦いが、そこにあった。

 しかし、年の功で言うなれば、メタナイトが上。

 ギャラクシアが、その身を割いた。

 

 しかし、次の瞬間、灰色の人影は、跡形もなく消える。

 

「逃したか……木っ端微塵の術か……」

 

 気配が完全に消えたことを確認し、メタナイトはギャラクシアを鞘に収め、独りごちる。

 そしてしばらく思案し……通信機を取り出す。

 

「クルーに告ぐ。シャドーカービィの行方を追え」




「カービィ さつまいも しゃっくり」でわかる人は今どれだけいるのでしょうか?


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草の根と桃色玉









なぁにこれ









 こんにちは、わかさぎ姫です。

 

 ええ、湖に住む人魚です。

 突然ですが今、絶体絶命、生きるか死ぬかのピンチです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 釣り上げられました。

 

 

 それも、なんだか桃色の球体じみた小さな生物に。

 

 私、いつものように湖を気ままに漂っていたのですよ。

 そしたら服の襟に釣り針が引っかかったみたいでしてね。ええ、不意を突かれてそのままザッパンと。

 

 釣り人は本当に小さく、一尺行くかどうかという大きさなので、もしかしたら見逃してくれる、もしくは私でも勝てると思いました。ええ、最初は。

 でも冷静に考えてみてください。自重の何倍もある私を釣り上げたんですよ、この桃色玉。見た目にそぐわずヤバいですよコレ。

 

 また、私は大きいから見逃してくれるんじゃないか、という期待も即裏切られました。

 釣り人の後方。そこには我らが同胞がシメられ、サバかれ、塩に漬けられているではありませんか。

 そう、その子よりも大きな同胞が幾つも。

 まずいです。シメられサバかれ漬けられる未来しか見えません。

 

 さらにそこに追い打ちをかけるように……

 

「おー、カービィ大物釣ったんだなー」

 

 赤っぽい服、不自然に硬直し突き出た腕、紺の帽子に顔を隠すように貼られた札。

 そんな格好をした妙な人物が現れたのだ。

 

 その正体は私だって知っている。ヤバい奴の下僕のヤバい奴として草の根妖怪ネットワークでも有名な妖怪。

 邪仙、霍青娥の下僕、キョンシーの宮古芳香。とにかく悪食であり、生物無生物有機物無機物なんでも食らうという。

 

 あっ、私死んだわ。

 

 そう確信しても無理はない。

 あまりにも、あまりにもこちらに分が悪すぎる。

 しかも私は釣り上げられた陸の上の人魚だ。不意をついて逃げ出しても、ホームグラウンドである湖に果たして捕まる前にたどり着けるだろうか。

 

 ……ビチビチやっている間に食われそうだ。

 

 いや、キョンシーの方は動きが鈍いらしいのでまだいい。問題は私を釣り上げた桃色玉の方。

 確か噂によると、単身で天狗や河童に喧嘩を売り、神に蹴りをかまし、妖怪を見境なく襲う極悪妖怪……と報告されていた気がする。

 つまりヤバい奴。そこのキョンシーの主人並みにヤバい奴である。

 

 どうやら私はここまでらしい。

 影狼、蛮奇、またほとりでお茶会しようって約束してたけど、守れそうにないや。

 

 ……。

 

 ……いや、諦めきれない。

 

 そうやすやすと自分の命を投げ捨てられるものか。

 そうだ。あの異変の時のような心の強さを持たなくては。

 強く心を持て、わかさぎ! 決意を抱け、わかさぎ!

 

 私は一つ飛び跳ね、体制を整える。

 二人はピクリと反応するが、それでも私の方が早い。

 私はその手を地につけ……

 

「どうか、命だけは」

 

 必死に命乞いをした。

 

 陸上で悪食キョンシーと天狗に喧嘩売った桃色玉二人に勝てるはずがない。

 ならばもう、相手の情に訴えかけるのみ。

 

「うぃ?」

「うが?」

「食べても美味しくないです。多分私大味です」

「味とかどうでもいいんだー。私は味なんかわからん」

 

 しまった。なんでも食べる悪食キョンシーに味が悪いなんてアピールしても意味がなかった。毒があると言っても迷わず食らうだろう。

 

「それにー、私は青娥から偶然釣りに来てたコイツと夕飯を取ってくるよう言われているんだー。だからお前も夕飯なー」

「ぽよ?」

「そこをどうかお願いします! あなたは平気で食べられても青娥さんは嫌いかもしれないじゃないですか!」

「じゃあ私が食う」

「そんな……殺生な……」

 

 やはり、私はおかずになる運命しかないのか。

 私は、全てを諦めた。

 

 だが。

 

「待て、お前らっ!」

「……」

「ぷ?」

「なんだー、お前たち」

 

 私と、桃色玉と芳香の間に割って入って来たのは……私の友人、今泉影狼と、赤蛮奇。

 その体を呈して、私を隠すように立ちはだかってくれた。

 

 ああ、影狼、あなただって芳香には勝てる実力がないのにも関わらず、私を気丈にも守ろうとしてくれる。尻尾思いっきり丸まっているけど。大丈夫? 舐められない?

 ああ、蛮奇。あなたは草の根妖怪ネットワークの一員でもないのに私を守ろうとしてくれる。弱点の頭をどこかに置いて胴体しか来てないけど。頭を置いてくるとかシュールすぎる。

 

「めんどーだなー」

「ぽよー」

「でも魚は欲しいなー」

「さかな! さかな!」

「あ、諦めろ!」

 

 未だ私を食べようとしている芳香に対して影狼は必死に食い下がる。

 やはり持つべきはいい友人だ。ありがとう、影狼。そして芳香の口から溢れるヨダレが怖い。

 

 と、ここで気がついてしまった。

 蛮奇の頭の一つが、芳香の後ろからこちらへ向かっていることを。

 

 不意打ち。それに違いない。

 まさか、影狼が必死に食い下がっているのは、注意を引きつけるため……?

 影狼、蛮奇、恐ろしい子……!

 

 蛮奇'sヘッドが芳香ににじり寄る。

 

 いける。誰もが、そう思った。

 そう、思ったのだ。

 

「ん! 誰だー!!」

「ぼぶふっ!!?」

『蛮奇ィー!?』

 

 なにかの気配を感知したのだろう。

 素早く後ろへ振り抜いた腕は蛮奇'sヘッドを打ち抜き……蛮奇'sボディに深々と突き刺さった。

 

 パタリ、と地に伏す蛮奇。

 

 影狼は青ざめた様子で倒れた蛮奇に駆け寄り、私もまたビチビチとにじり寄る。

 

「ば、蛮奇!」

「蛮奇! しっかりしてよ! 蛮奇!」

「はぁ、はぁ、はぁ……なんだよ、結構キクじゃねぇか。ふっ……」

 

 私たちの声が届いたのか、なんとか蛮奇は意識を取り戻す。

 だが、その息は乱れに乱れ、絶え絶えであった。

 

「ば……ばん……蛮奇!」

「なんて声出してやがる……わかさぎ姫」

「だって……だって……」

 

 先のは鳩尾で鈍く重い音が鳴るほど強く当たったはず。

 それも頭に芳香の腕一発食らった後、鳩尾に自分の頭が当たったのだ。普通に芳香のパンチをもらうよりも相当なダメージが入ったはず。

 にも関わらず、赤蛮奇は、よたよたと立ち上がり、歩き始めた。

 私のいた、湖に向かって。

 

「私はろくろ首の怪奇赤蛮奇だぞ。こんくれぇなんてこたぁねぇ」

「そんな……私なんかのために……」

「友人を守んのは私の仕事だ」

「でも!」

「いいから行くぞ。皆が待ってんだ。それに……」

 

 だが、限界は近かった。

 赤蛮奇は前のめりになるように、再び、倒れたのだ。

 

「私は止まんねぇからよ、お前らが止まんねぇかぎり、その先に私はいるぞ!だからよ、止まるんじゃねぇぞ……」

 

 その指は、私の(帰る先)を示していた。

 

『蛮奇ィィイイイイ!!』

 

 私と、影狼の声は、湖に強く、強く木霊したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁにこれー」

「ぽよ?」

「バカが感染りそうだなー。諦めて帰ろーカービィ」

「うぃ!」

 

 

 










なぁにこれ

大事なこと(ry



なんで鉄血ってこうもネタにされるんでしょうねぇ。

あ、今回は酷いネタ回です(激遅)

追記:そういや第100回だったわ(笑)


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Re:妖怪の山と桃色玉 ☆

「あー、ネタないなー。どっか転がってないかなー」

 

 妖怪の山上空。

 天下の妖怪の領土であるその空を、我が物顔で、かつダルそうにふよふよと飛ぶ者の姿があった。

 その者はクセの強い茶髪をツインテールにし、紫の頭巾をかぶり、黒と紫の市松模様のミニスカートやハイソックスを履いており、さらに手には携帯電話と非常に現代的な姿をしていた。

 しかし早苗でもあるまいし、単なる現代人が空を飛べるはずがない。

 

 彼女は天狗。射命丸文と同じ鴉天狗である。

 彼女のやる気のない台詞から分かるように、彼女もまた、ブン屋である。

 しかし、はたての性格は文とは違い、その見た目通りの現代っ子的なもの。上下関係を軽視し、不謹慎なところも文以上に遠慮なく突っつき、興味のないことにはとことん興味を持たない、といったもの。

 果たしてそんなスタンスでまともに取材ができるのだろうか。

 まぁ、天狗という大妖怪のネームバリューと力で強引に取材することも可能といえば可能だろうが。

 

「人の街降りて潜入してみようかなー。念写で接近した写真は取れるけど取材となるとやっぱり秘密裏になるからなー」

 

 ぶつくさと呟くが、それが果たして実行される時は来るのか。

 だらだらと飛んでいる間にも時間は過ぎてゆく。

 だからといって焦るということもない。

 また発行が遅れることになるのだろうか。

 だが、そんな矢先にあるものが目に映った。

 

 犬走椛。白狼天狗であり、妖怪の山の哨戒をしている千里眼の持ち主。

 彼女が歩くのは規定の巡回ルート。

 生真面目な彼女は寄り道も道草もせず、常に規定のルートを歩き続けているのだ。

 ここまではいつも通り。妖怪の山で毎日見ることのできる光景だ。

 だが、いつもとは決定的に違う部分があったのだ。

 

 

 

 なんか桃色の球体を被っているのだ。

 

 何ぞあれ。

 

 なんかまた前衛的なファッションに目覚めたのだろうか……

 真面目さが一周回っておかしくなったのだろうか。

 そうか……かわいそうに……ネタにしてやろう。

 

 はたては歩く椛の近くに降り立ち、携帯のようなカメラを構えて話しかける。

 

「こんちは椛ー。なんかいいもん被ってるねー」

「これがいいものに見えますか?」

「ぷぃ! ぷぃ!」

「いひゃあ! 耳を引っ張らないでよぉ!」

 

 正面に立ってようやくわかった。

 椛が被っているのは帽子ではなく、桃色の球状生物だった。

 それはしっかりと小さく丸い手で椛の犬耳を掴み、子供のようにはしゃいでいた。

 耳を掴まれるのが相当嫌なのか、くしゃみを我慢するような、なんとも言えない表情を浮かべている。

 

 そして椛の頭に乗る謎生物のその顔、そのフォルム、その色。全てに見覚えがあった。

 

「まさかそいつ……カービィね!」

「そうですその通りです」

「へぇー! まさかこんなところで見られるなんて!」

 

 既に一年も前の事なのだろうか。

 幻想郷の博麗大結界をぶち破り、侵入し、天狗も河童も単身薙ぎ払った存在。

 取材しようと思ったが、運がなかったが為に取材できなかった存在。

 

「ほほぉ! これが例のー……中々可愛いじゃない」

「私は相当酷い目に遭いましたけどね」

「ふーん。でも話に聞いたような凶悪生物には見えないなー」

 

 それが素直なはたての感想だ。

 が、その発言がどうも椛の気に触ったようだ。

 

「何を言っているのですか! 見た目に惑わされてはいけません! 悪魔です! ピンクの悪魔ですよコイツは! あの時は油断していたとはいえ、天狗と河童の共同戦線を突破し、その後の反撃でも私の力を模倣して突破して、山の神二柱をナゾの物体で吹き飛ばし! あと何故だかこんなナリして馬鹿みたいな量食べるし! 私の今日の分の携帯食料もいつの間にか全部食べるし! 頭に乗るせいで手入れした髪の毛もぐっしゃぐしゃだし!」

「え……椛、その髪……手入れしてんの?」

「そ、そうですよ! 手入れしてちゃ悪いですか!?」

「意外だわー。椛真面目そうだからそんな事には時間使わないと思ってたわー」

「わ、私だって女の子ですよ!? 最低限髪の手入れくらい───「ぽよ!」────ぴゃあ!? だから耳を引っ張らないで!」

 

 どうやらカービィのペースに完全に飲まれてしまっているようだ。

 さながら無邪気な子供の扱いに慣れていない保母さんである。

 

 取り敢えずネタゲット。

 

「そうとは言っても、やっぱ可愛いわよねー。ほらカービィ、おいでー」

「ぷよ?」

「ほらほら、こっちこっち。獣臭い椛よりも私の方がいい匂いよ」

「誰が獣臭いですって!」

「ぷー」

 

 カービィ腕を広げ、「こっちおいで」アピールをするが、カービィの反応は芳しくない。

 完全に椛の頭に居着いている。

 

「……ありゃ、ダメか。獣臭い方が好きなのかな?」

「だからっ……」

「あやや、下っ端哨戒天狗につまらん新聞しか書けない駄天狗じゃありませんか」

「うぇ、その声は」

 

 カービィとのじゃれあいタイムを木っ端微塵にするような、そんな蔑んだ声が上から聞こえてくる。

 その声の主など、顔を見なくてもわかる。

 

 射命丸文。同じブン屋、つまりは商売敵。

 今日も今日とてスクープ狙いで飛んできたのだろう。

 

「ほう、カービィですか。つい最近夢を見ている間だけ幻想郷に来られるようになったと聞きましたが、こうやって対面するのは久しぶりですね」

「ぽよ!」

「はいこんにちわー」

「え? そうなの?」

「あらあら、はたてはそんな事も知らずに取材していたので? 既視感のある絞りカスみたいな内容の新聞が売りでしたのに、とうとう既存の情報も知らない情報貧乏になっていようとは」

「なによ! あんたのもつまらん上に下調べもない根拠薄弱のガセ新聞じゃない!」

「おや、私としては“その時点での”真実を伝えているつもりですが? 真実なんてものは移り変わるもんですよ」

 

 相手の知らない情報を少し与えた事に優越感を感じているのだろう。

 文字通り蔑んだ目で、浮遊したままこちらを見てくる。

 降りてこないのはまるで“あなたと私にはこれくらい差があるぞ”と言いたげだ。

 

 何か言い返す言葉はないか。

 こういう言い合いは定例行事とはいえ、流石に悔しい。

 そう、思っていた時。

 

「ぽぅ!」

 

 カービィが飛んだ。

 それはもう、椛の頭を強く蹴って、高く、高く。

 その高さは文が飛ぶ高さまで達し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 むんず、と文のスカートの裾をつかんだ。

 

「#/&☆♪$2%+〒々:○*!?」

「……oh」

「……white」

 

 突然の事態に、さしもの文も余裕を失い、バランスも失った。

 そんな文に待ち受けるのは……大地とのディープキスであった。

 

 

 その後、十一月一日分の花果子念報にて『天狗も空から落ちる!? 幻想郷最速大失態!』という見出しの新聞が発行された。

 その新聞は見えるか、見えないかの絶妙なカメラアングルで収められた文の姿がでかでかと一面を飾るものであり、人里の紳士諸君に大絶賛されたそうな。

 その後しばらくどこにでも見られた文の姿は消え、新聞の卸先である古本屋の看板娘から心配されることとなったのだが、それはまた別のお話。

 

 

●○●○●

 

 せんかんはるばーど めたないとおにいさん

 

 カービィはですね、基本的にはポップスターの草原や近くの家にいまして、若干ゃ賑やかなところにいることが多いですね。

 

 その為友人も多くて、さまざまな友人と合流しています。

 

 適応力ぅ……ですかね。巨大ハムスターのリックの頭や巨大魚のカインの口の中に、スッと、乗ったり入り込んだりするんですよね。

 

 椛殿の頭に乗ったのはリックと似ていたからでしょう。

 

 ちなみに、他には鳥のクーというのがいましてね、足で掴んで運んでもらうんですよ。

 

 文殿のスカートを掴んだのはそれだと勘違いしたからじゃないですかねぇ。




画面の向こうの読者の皆様……キサマ、十一月一日発行の花果子念報、読んでいるな!



人里で花果子念報がバカ売れしたのはあなた方のせいだったのですね……そう軽々しく幻想入りしちゃダメじゃないですか!







一応、花果子念報に掲載された写真、載せますね


【挿絵表示】


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祝! 第102話記念『もしも東方桃玉魔の星のカービィがTASのカービィだったら』

紳士諸君向けのイラストだよ。



【挿絵表示】


シャーペンの限界を感じた。


 どもども。TASのカービィです。今回は『東方桃玉魔』の最速クリアを目指そうと思います。

 

 

☆風神録:Returns

 

 

 それでは早速幻想郷突入ムービーです。TASさんのイライラタイムです

 

 イライラタイムも終了したことですし、ドゥエりながら先を急ぎましょう。

 

 最初の関門は天狗達です。早速射命丸文と遭遇します。

 このイベントは文の持っているドラグーンのカケラを回収すればいいので、ムービー開けと同時に連続ホバリングジャンプで高速接近して不意打ちして取りましょう。

 あとは戦う必要はありません。本編ではこの後トルネードで霊夢と魔理沙と会うのですが、タイムロスになる分岐なので無視します

 

 このままドラグーンのパーツ持ちの鍵山雛と合流。おはぎを頂くムービー(イライラタイム)を挟んで再開です。

 向かうは守矢神社。ドラグーンのパーツが後ろに隠れています。しかもその前に八坂神奈子と洩矢諏訪子の二柱が待ち構えるという心折設計。

 しかし彼らは親切なことに遠距離攻撃しかしてくれません。なのでドゥエ移動と高速スライディング移動でさっさと通り抜けます。

 

 ドラグーンパーツを全部手に入れたら後は勝ち確イベントです。ですがここでも時短します。

 そしてここで霊夢と魔理沙が現れ、霊夢が夢想封印を行いますが、ドラグーンの突進で突き抜けることができます。

 しかし、正面には霊夢がいます。ここで霊夢に怪我をするとこの先のイベントがうまく回らないので避けたいところですが、確定で夢想天生を発動するので無視して突っ切ります。

 後は二柱を轢いて風神録:Returnsクリア。

 

 

☆紅魔郷:Returns

 

 

 まずは誘拐イベントから始まります。

 そして霧の湖で早速マル⑨……チルノを吹き飛ばします。

 

「たいへんたいへん! どおしよぉ!」

 

 大妖精がかわいそうなのでとっとと突入しましょう。会話イベントは無視です。

 と、ここでドラグーンを呼び出しますが、この間に“無”を複数個頬張ります

 あとは飲み込んでルーレット、ニンジャをコピーしてドラグーンに乗り込みます。

 紅美鈴を轢いて突入し、十六夜咲夜戦です。

 普通に戦えば時間がかかりますが、いづな落としで確定勝利ですのでそれを狙いましょう。

 

 開幕ナイフヒット→木っ端微塵の術→位置微調整→背後出現→いづな落とし

 

 この流れなら1.35秒ほどでクリアできます。

 

 後は妹様、フランの部屋ですね。ドゥエりながら廊下を突っ切り、部屋に入ってフランの狂化ムービー(イライラタイム)です。

 

 ここで開幕からフランのキュッとしてドカーン攻撃を受けますが、これは乱数調整次第で吸えます

 あとはコピーしてクラッシュ。紅魔館は吹き飛びます。

 なお、中にいる方々は画面外なのでコリジョンによって無事ですイベントに支障はありません。

 

 さて、ここからが鬼門です。クラッシュによって本来渡すはずだったカップが割れるどころか粉砕されています。この状況下で、一体何を渡せばいいのか。

 しかし大丈夫です。タンジョウビプレゼントノ コワレタ シンダ ライオンを用意することでことなきを得ることができます。

 

「遅くなったけど、ハッピーバースデー、フラン。さ、絆ごっこは終わり。フラン、あなたが壊したものはちゃんと直すのよ。ここはあなたの館でもあるんだから」

 

 なお、この会話は更地にて行われております。

 

 ともあれ、紅魔郷:Returnsクリアです。

 

 

☆妖々夢:Returns

 

 

 実は物凄く短縮できる章だったりします。

 

 まずは開幕からドラグーンを呼び出し、即冥界へと向かいます。

 そして冥界でちょっと特殊な飛行(露骨な乱数調整)を行います。

 これによって西行妖を囲うコリジョンが解け、白玉楼でのイベントを全てスルーして直接ドラグーンに乗ったまま西行妖に挑めます。

 

 さて、西行妖戦ですが、これはスターロッドの取得でクリア扱いになります。

 なのでドラグーンでゴリ押し接近してひったくりのようにスターロッドを回収すれば万事解決です。

 

 ね? 簡単でしょう? 妖々夢:Returnsクリアです。

 

 

☆星蓮船:Returns & 地霊殿:Returns

 

 さて、初っ端はイライラタイムの連続です。

 というのも、長いムービーがある上に、ドロッチェとの戦いの最中に霊烏路空の攻撃を受けて旧地獄へ直行する事になるのですが、この流れ通りにやらないとタイミングがずれてシナリオを一つ多く挟まなくてはならなくなります

 隠しシナリオと言えば聞こえはいいですが、TASさんにとっては余計なタイムロス以外何物でもないですなので渋々みんなに付き合います。

 

 そして霊烏路空の攻撃を受け、旧地獄へ落ちたら後はずっとTASさんのターンです。

 まずドロッチェからスターロッドを奪い取り、やっぱり“無”を複数飲み込んでルーレットを回してホイールを取得します

 後は無敵時間も利用して霊烏路空のいる決戦場へとまっしぐら。

 

 この時点で霊夢はいません。なのでヘイトはこちらに集まります。

 

 さて、ここからが重要です。精密動作が要求されます。

 

 まず躊躇いなくホイールのターボ状態で地下間欠泉センターに飛び出し、0.93秒後ターンし、壁に衝突します。

 そのまま壁に衝突、またターボで衝突を23回繰り返し、その後1.05秒のディレイを入れます。このディレイによって霊烏路空のビームをスレスレで躱せます。頭を焼いているように見えますが、当たってません。当たってないと言ったら当たってないのです

 そしてまた衝突とターボを15回繰り返すことで、丁度良い高さにまで登ることができます。

 ここで0.5秒のディレイを入れ、霊烏路空へ向かってターボする事で、リボンに引っかかったスターロッドを掠め取ることができます。

 

 スターロッドを取る事で霊烏路空は正気に戻るので、星蓮船:Returnsと地霊殿:Returnsはこれでクリアになります。

 

 

☆非想天則:Awaken!

 

 

 またもマル⑨……チルノによる誘拐イベントからです。

 はっきり言ってここからはまたもイライラタイムです。システム上ここから大事になってワドルディ達がロボボの元を作ってくれない限り、動くことができません。

 

 イライラタイムを無事しのげれば、あとはずっとTASさんのターンです。

 

 本来ならパラソルをロボボにコピーしなくてはならないのですが、初っ端からアイスを“無”を取得することによりコピーします。

 

 後は軽ーく準備運動(露骨な乱数調整)をして、非想天則に挑みます。

 すると不思議なことに、非想天則はただ前に歩くことしかしなくなります。フシギダナー。

 

 単調な動きしかしなくなった非想天則なんて単なる可動式ステージです。足や肩を高速ジャンプで登りながらバルブを外し、中を冷凍してやりましょう。

 

 そして非想天則が活動を停止し、中からスターロッドをゲットして非想天則:Awaken!はクリアです。

 

 

☆儚月抄:Rescue

 

 

 安心と信頼のハルバードに乗って、いざ遥か彼方の月面都市へ。

 

 降下爆音猟兵(TASのカービィ)の降下によって月の都の大部分をマヒさせた後、心折なことに月の二強が揃い踏みして勝負を挑んできます。

 普通に戦えばべらぼうに強いです。残機一個減少は固いでしょう。

 なのでこちらも奥義を使います。

 

 右往左往しながら攻撃を躱し(露骨な乱数調整をし)、反撃に出ます。

 

 さぁ、うけてみよ!メテオエンド火達磨地獄溜めレーザーリーフストームチック擬きファイナルカッター波乗りメガトンハンマー波動ビームハイジャンプ置き逃げ爆弾ミサイルコンドルダイブ瞬間最大風速ミラクルビーム放電鬼殺しハンマーブリザード波動弾ターボミラー分身未確認飛行化学研究トランポリンスモッグブレーンバスターストーン押し潰しドラゴストーム略して剣

 

 怒涛の高火力連続攻撃にはさしもの二人も耐えられまい。

 

 後は夢の泉を回収して儚月抄:Rescueクリアです。

 

 

☆幻想大戦

 

 

 さて、最終局面です。相手は八雲紫。

 実はこれ負け確イベントです。

 なので開始直後自ら隙間に飛び込みます

 

「ファッ!? ……ウーン」

 

 TASさんの動きを理解できていない紫さんが困惑していますが、問題ありません。

 そして可愛いマホロアとの遭遇ムービー(イライラタイム)を挟んで再戦となります。

 

 あとはカービィ世界を虚構から幻想に変えて、ひと段落つきます。

 

 そして……でました、マル⑨。うぜぇ。

 何がうざいって、この後の展開がとにかく長い。無駄に長い。しかも一度失敗してヘカーティアの力でもう一度やり直すという酷いタイムロスが存在します。

 

 しかしご安心ください。ここから“アレ”の使用が可能になります。

 マル⑨が喋っている間にやってしまいましょう。

 

「やったのサ! ついに! ついに手に入れたのサ!(ガチャガチャガチャガチャ)」

「やっぱりね……あんた、誰よ(ガチャガチャガチャガチャ)」

「へぇ、気づいてたのか! でもその様子じゃついさっきみたいだネ! (ガチャガチャガチャガチャ)」

「誰かって聞いてんだよ!(ガチャガチャガチャガチャ)」

「まあまあ、そう怒るなヨ! ボクはマルク! ……の精神を持った、カービィに倒された者達の怨霊の集合t(ガチャガチャ……ッターン!!)」

 

 

 ……

 

 

 

任意コード実行

 

 

 

 

……

 

 

 

「夏になって、妖怪も活き活きして来たし、そろそろ私の出番だな!」

 

 澄み渡る青空。彼方に見える入道雲。

 夏真っ盛りの幻想郷の空を飛ぶのは、夏の活気で活き活きした魔理沙。

 眼下に映るのは、例年通りの夏の幻想郷。

 

 そう、例年通りの。

 

 ワドルディの集落は、まるで元々無かったかのように、消えていた。

 あの立派な城も全て消えていた。

 立ち去る時、ワドルディ達が撤去してしまったのだろう。

 しかも、跡地にはしっかり植林していくという徹底ぶりには脱帽せざるを得ない。

 

 ワドルディ達はその集落以外にも様々な場所に拠点を置き、妖怪達と様々な取引をしていたようだが、それも一箇所も、基礎も残さず消滅していた。

 取引の時に使った書類すら、残っていない。

 

 月から持ち込んだ夢の泉やスターロッドは、この幻想郷には不要なものだからと撤去された。

 

 天狗達が撮ったカービィ達の写真やそれを掲載した新聞もいつの間にか消えているか、写真や記事全てが黒塗りになっていた。

 ワドルディ達が夜な夜な作業していたのだろう。

 天狗達は皆絶叫をあげていた。

 

 何も、痕跡は残らなかった。

 恐らく、『カービィ達が居た』という事実が、双方の世界にとって予想外の事態を招くことを防ぐ為だろう。

 普通ならば『交わってはならない』世界なのだから。

 

 それを悲観するものは多かった。

 思い出が形として残らないのは、あまりにも悲しいと。

 まるでカービィ達と暮らした時間が、単なる白昼夢であったような気がして。

 

 だが───────

 

「……お、蝶の妖精か? 丁度いい。ちょっと揉んでやっか!」

 

 アゲハチョウの羽を持つ妖精を見つけた魔理沙は、箒の向きを変え、突撃する。

 

 ───────魔理沙は、別に悲しくもなんとも無かった。

 

 何故なら、魔理沙は知っているからだ。

 

 カービィ達と過ごした夢のような時間は、決して夢ではないことを。

 

 カービィ達と過ごした証は、“ここ”にある。

 

 

 

 

 ……はい、任意コード実行によってエンディングを呼び出すことに成功しました。エンディングだぞ、泣けよ。

 

 というわけで、TASさんの東方桃玉魔でした。

 

多分これが一番早いとおもいます




おまけ

レミリア「紅魔館爆発を防ぐために、とうとう我々は一つの対抗手段を得た!」
咲夜「『浮遊式紅魔館』のことですね?」
レ「その通りだ! これでたとえ砲撃されても緊急浮上し、弾を回避することができる! これで紅魔館が爆発することは未来永劫無くなった!」
サ「しかしお嬢様、さっそく『猛り爆ぜる霊烏路空』が迫っております」
レ「フッ……それがどうしたというのかね? さっそく紅魔館を浮遊させよ! レーザーを躱せ!」
サ「はっ! 紅魔館、浮上!」

ゴウン……ゴウン……

サ「紅魔館、浮上しました。……あ、レーザー、来ます!」
レ「躱せるな?」
サ「問題なく」

ドシュゥ! ガリガリガリガリィ!

レ「ちょ、なにこの音!? 当たってるよね? 全然当たっているよね!?」
サ「いいえ、当たってなどおりません」
レ「じゃあこの音は何よ! どう考えても館が削れる音じゃない!」
サ「グレイズ音です」
レ「は?」
サ「グレイズ音です」
レ「グレ……イズ……?」
サ「ええ。紅魔館の館の当たり判定を今お嬢様がお座りになっている玉座に設定しました。なのでこれに当たらなければ当たったことになりません。全部グレイズです。
レ「」


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ギャラルホルンと桃色玉

いやー、いつのまにかextra13話目です。

なんかふざけた事しかしていない気がします(笑

紅魔館爆発とか、オルガネタとか、吸引力の変わらない桃色玉とか、TASネタとか、紅魔館爆発とか、下ネタとか(笑

まぁ、日常はかけたんじゃないでしょうか。




それでは……

















いい夢は、見られましたか?











「おーおー偉大なハールトマンー、おーおー偉大なハールトマンー……」

 

 無機質で、機能的で、近未来な部屋で、特徴的な歌詞を口ずさむ者がいた。

 その部屋は完全な防音がなされており、しかも特に大きな声量で歌っているわけでもないので、部屋に響くことはなかった。

 しかし、その歌声はしっかりと聞こえる。

 

 その歌を歌う、ピンク色の髪の女性の名は、スージー。正しくは……

 

 

●○●○●

 

 

「『人間の里でスリ事件多発! 盗まれるのは柳葉道場の配布物』……か。文々。新聞もたまにはまともな記事を書くんだな」

 

 焼きたてのビスケットを次々頬張るカービィの横で、魔理沙は新聞片手に一面記事の見出しを読み上げる。

 新聞を読む魔理沙のテーブルを挟んだ向かいには、霧雨魔法店では珍しい客、メタナイトが出されたお茶を(どうやってか仮面の上から)啜っていた。

 

「まぁ、割と大ごとになっているようだ。柳葉氏は盗まれた者には慰めとしてお守りを渡しているそうだ」

「気前いいな。で、盗まれたのは確か……」

「小刀だ。見たところだと特に変哲はないな。遠目から見ただけだが」

「妖怪からの護身術を教える柳葉家か配布した小刀を盗る者……普通に考えれば人間が力を持つことを嫌う妖怪くらいだが……違うんだろ?」

「ああ」

 

 メタナイトは喉を湿らすためか、茶を一気に飲み干すと、その名を口にする。

 

「犯人はシャドーカービィ。ディメンションミラーから生まれた影のカービィだ」

 

 メタナイトが口にしたのは、鏡の国に残った英雄の影の名前。

 そして、幻想郷にてマルクとの決戦に駆けつけた者の名前。

 

「うわ、いかにも悪そう……って言っても、マルクとの決戦で駆けつけてくれた灰色のカービィだろう? いいやつなんじゃないのか?」

「そうだな。ディメンションミラーは邪気の部分を増幅した影を産み落とすが、そもそも邪気の要素が皆無なカービィから生まれたシャドーカービィはせいぜいいたずらをする程度に留まっている。いたずらっ子なカービィと思ってくれればいい」

「だが今回、いたずらってレベルを超えているよな。ここまで大騒ぎしているし、そもそも犯罪だし」

「しかも、どうも永琳殿のところからあの人化薬を複数盗み出し、人としてスリを働いているらしい。だから、何か理由があるのでは、と私は考えたのだ。ポップスターの方でもシャドーカービィを探しているが、全く捕捉できていない」

「ああそうか、幻想郷に来ている間はお前たちは寝ているのか……それで、どうするんだ?」

「あいつはオリジナルであるカービィとなんらかの繋がりがある。もしかしたら接触してくるかもしれない為、留意しておいてくれ」

「わかったぜ」

「ぽよ!」

 

 メタナイトはそれだけを伝えると、挨拶はほどほどに去って行った。

 残された魔理沙は少しだけ顎に手を当て、考えるそぶりを見せる。

 しかし考える時間もほんの少し。考えるよりも行動する。それがある意味魔理沙にとっての美徳であった。

 

「……よし、行くか! 人里!」

「うぃ!」

 

 

●○●○●

 

 

「……あら、いつのまにか茶葉切らしてる」

 

 茶箪笥をごそごそといじり、目的のものがないことを悟った霊夢は深く息をつく。

 

 別に茶が無くとも生きてはいける。

 だが、白湯を飲むというのはあまりにも寂しい。

 なにはなくともとりあえずお茶。これはある意味日本人としてのサガかもしれない。

 

 買いに行くか。

 

 小銭をジャラジャラと取り出し、がま口に補充して買い出しに行く。

 ついでに軽く布教でもしておくか。

 守矢神社の台頭はあまり快くはないものだし、ちょっとは信者を取り返さないと……

 

 ある種の決意を抱いた霊夢はひょいと縁側から外に出て、鳥居をくぐって人里へ向かおうとする。

 だが、その鳥居の影から現れた人影が、霊夢の行く先を阻んだ。

 

 博麗霊夢の名は幻想郷に広く知れ渡っている。

 当然、その強さ、妖怪に対する問答無用さもだ。

 そんな彼女の前に立ちはだかるとすれば、愚か者、もしくは彼女のことを知らない、もしくはそれでも止めねばならない理由があるものだ。

 そして、今霊夢の前に立ちはだかったのは、おそらく後者。

 

 額から生えた角、薄緑の長い巻き毛、特徴的な耳、赤い服。

 高麗野あうん。神社や寺を守る狛犬そのものである。

 それが鳥居の下で霊夢を止めたのだ。

 

「どういうつもり?」

「人里に向かう気ですか?」

「そうよ。お茶を買いにね。邪魔するならまた退治するわよ」

「守護獣狛犬を退治する巫女なんて聞いたことないわね」

「だって、私は早くお茶を飲みたいの」

「いけません。今は人里に近づいてはなりません」

「……なんでよ」

「守護獣……狛犬としての嗅覚が、私に全力で警鐘を鳴らしているのです」

 

 

●○●○●

 

 

「……よし、取り敢えず今日はここまでにしておこう。この問題は書き写して明日提出するように」

『はーい』

 

 人里にある寺子屋。

 そこでは子供達が今日も勉学に励んでいた。

 教鞭を振るうのは上白沢慧音。半獣半人だが、人として子供達に勉学を教えている。

 稗田阿求に私が教えた方が面白い、と言われてしまうほど授業は難解で退屈と言われるものの、生徒への愛情は強く、生徒もまたそれは理解していた。

 

「……みんな、書き終わったな?」

『はーい』

「それじゃあ号令をかけてくれ」

「起立!」

 

 日直の号令に合わせ、生徒たちが全員立ち上がる。

 

 ───この後は妹紅を呼んで鍋をつつくつもりだ。あの一件で軽く鍋にトラウマを持つようになったが……もう大丈夫だろう。

 

「姿勢、礼!」

 

 子供達は一斉に終礼として頭を下げる。慧音も同じように頭を下げる。

 

 ───今回はいい牛肉を仕入れた。きっと妹紅は喜んでくれるだろう。

 

 慧音は頭を上げ……

 

 

 

 

 

 パンッ

 

 

 

 

 

 膝の力を失い、崩れ落ちた。

 

 

 

 何が起きたか、わからなかった。

 ただ、妙に腹部が熱い。

 熱した鉄棒を当てられたかのような感覚。

 

「───────あ」

 

 見れば、腹部から止めどなく血が溢れていたのだ。

 

 そして……

 

「ふふふ」

「クスクス」

「フフ……」

 

 至る所から聞こえる、おかしいような、子供の笑い声。

 笑っている。笑っているのだ。慧音の愛する生徒たちが。

 慧音の目には、一番前の生徒の手に、金属光沢のある筒が握られているのをしかと見た。

 

「なん……で……」



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予想外、想定外、それと桃色玉

 サク、サク、と枯れ葉を踏みしめる音が小さく鳴る。

 枯れ葉を踏みしめる足の主は急いでいるらしく、踏みしめた枯れ葉を踏んだそばから散らしていた。

 

「……遅い。いくらなんでも、遅い」

 

 暗い夜道を、手から燃ゆる炎を明かりにして進むのは、藤原妹紅。

 今日は一緒に鍋でもつつこうと聞いていた。牛鍋にしようと聞いていた。日が落ちる前には帰ると言っていた。

 にも関わらず、待ち人は、慧音は日が暮れてもなお帰ってこない。

 

 何かに巻き込まれたのか。

 

 そう、妹紅は考えた。

 

 何か彼女では対処しきれない、何かが……

 もしくは、寺子屋での作業が進んでいないのかもしれない。それならば、私も手伝えばいい。

 どちらにせよ、私の助けがいるに違いない。

 

「っ! おっと、もう着いていたのか」

 

 目の前にいきなり建物が現れたため、妹紅は少しだけ身構えてしまう。

 手の炎がほかに引火しないよう、大きさを最小限にとどめているため、照らす範囲は狭いのだ。

 しかし、ここに来るまで寺子屋に気づかなかったとなると、あることがわかる。

 

 寺子屋には、今誰もいない。

 

 慧音やほかの教員がいるならば、明かりがついているはず。それならば妹紅が壁に激突する寸前まで気づかないなんてことはないはずだ。

 となると、慧音は帰ってしまったのか。

 

 手の炎を灯したまま、妹紅は寺子屋の外壁を辿る。

 ちゃんと戸締りもしてある。本当に誰もいないようだ。

 しかし妙に気になって、窓から中を覗き込む。

 

 だが、その時、何かが足を掴んだ。

 

「なっ! 誰だ!」

 

 掴んだものを蹴り払い、明かりの炎を何かがいた方に向ける。

 こと次第ではその炎を増幅させ、灰にしてしまうつもりだろう。

 妹紅はじりじりと何かに向かって近づき……

 

「…………ぅう」

 

 長い青い髪の、うつ伏せに伏した友人の姿を見た。

 

「慧音!? お前、何やっているんだ!」

 

 妹紅は慌ててその体を引き寄せ、仰向けにし、顔を見る。

 

 その顔は酷く青ざめ、血の気がないように見えた。

 目は虚ろであり、妹紅の顔を見ているのだが、おそらく焦点は合っていないだろう。

 そして腹部にはべっとりと血糊がこびりついていた。

 

「ぅ!? ……ぐうっ!!」

 

 それを見た妹紅の脳裏にはさまざまな感情、思考が入り乱れたことだろう。

 しかしその混乱状態の中、冷静にすぐさまそのぐったりとした体を担ぎ上げ、竹林へと向かったのは、妹紅本人の意思の強さ、そして友情の強さを如実に表している。

 たしかに、間に合うだろう。

 彼女が向かうべき永遠亭へは十分、間に合うだろう。

 

 だが……

 

 彼女は、付け狙う飢獣の視線には、気づかなかった。

 

 

●○●○●

 

 

「伝令! 伝令!」

「情報が足りない! 何が起きている!?」

「斥候部隊壊滅!? 我らは白狼天狗だぞ!? 曲がりなりにも妖怪が!?」

 

 妖怪の山はこれ以上ないほどに混乱していた。

 情報は錯綜し、予想外に次ぐ予想外によって指揮系統は混乱し、麻痺に近いものになっていた。

 彼ら天狗は歴戦の古強者である。

 当然、蓄えられた知識は膨大である。

 そのため、いかなる危機、異常事態でも対処し、解決できる。

 ……そう、思われていた。

 だが、いくら悠久の時を生きた天狗でも、一体誰が予想できようか?

 

「何が起きているのです? そこの……ああ、椛! 簡潔に教えなさい!」

「文さん! 今は新聞のネタを提供している暇はないんです!」

「そういう意味ではありません。一山に住む天狗として聞いているのです」

「……里の人間が攻めて来ているのです」

「それは知っています。いくら私が印刷作業に没頭していたとはいえ、それくらいは風の噂でわかります。しかしなぜ人間の襲撃程度でここまで荒れているのです? そもそも白狼天狗に人間ごときが勝てるはずもないですし、大挙して押し寄せた時の対処法も無数に用意しているはずです」

 

 そう、人間が白狼天狗に勝てる道理はない。

 ごく一部の例外を除いて、空を飛ぶことも遥か彼方を見渡すことも風の如く走ることも剣で木を両断する膂力もなく、そして夜目も効かない人間が、悉くを兼ね備えた白狼天狗に勝てるのか。

 確かに多対一で白狼天狗を各個撃破する事は可能かもしれない。しかし、天狗は悠久の時を経て蓄えた知識により、妖怪の山を守るために様々なシチュエーションに備えた数百もの戦術を編み出し、そしてそれら全てを網羅している。

 隙はない。そう見えた。

 しかし、その“数百”という戦術を多いと見るか、少ないと見るか。

 この世に起きうる事象の数は無限と言えるだろう。しかし、彼らが想定するのは妖怪の山の防衛。それ以外の事象まで想定する必要はない。そうなれば、想定すべき事象は限られてくる。他は切り捨てれば良い。

 “隕石落下時の対処法”などもある時点でそのシミュレーションはかなり突飛な事象にまで対応していることがわかる。

 だが、それでも、完璧ではなかった。

 『理論的に起こらない』。そう思っていることこそ、起こるものなのだ。

 

 椛は軽く息を吸い、絞り出すように答えた。

 天狗にとって……いや、幻想郷にとって想定外の事象を。

 

「人間が集団となって……いえ、“人里にいる人間ほぼ全てが”妖怪の山を襲撃しています」

「……は? 里の人間ほぼ全て?」

「はい。ほぼ、全てです」

「バカな……里の人間に指導者が誕生したのか? そうならないようほぼ全ての妖怪が里を監視していたというのに……」

「いえ、指揮官はいません」

「……指揮官無しで里の人間ほぼ全てが妖怪の山を襲撃している!? そんな、そんなありえない!」

「ですが、事実です。集団による襲撃時による戦法に従って斬首作戦を行いましたが、誰も指揮官を見つけられていません。どころか、返り討ちに遭う始末です」

「返り討ち? 白狼天狗を?」

「ええ。……人間は謎の道具を使い、離れた白狼天狗を攻撃しています。何かを飛ばしているようですが、到底目で終えるものではありません。天狗の防御網も何らかの力によって貫通しています。……人質を使った停止を呼びかけましたが……人質を羽交い締めにした同胞を人質ごと撃ち抜きました」

「……理性を失っている?」

「かもしれません。また、明らかに死んだはずの人間が再び動き出し戦線に復帰する、という報告も受けています。なんでも頭が吹き飛んでも戦い続けているとか」

「……」

 

 射命丸文は絶句するしかなかった。

 一体、誰が予想できようか。

 里の人間ほぼ全てが、指導者もなく、単なる殺戮マシーンとなって妖怪の山に攻めてくることなぞ。

 断っておくが、別に里の人間全てが力を合わせれば、天狗達に勝てるといっているわけではない。例えば人間が十人いようが千人いようが、天狗達の起こす竜巻で一掃できるだろう。

 しかし、それはできない。できるはずがない。

 

 なぜなら、幻想郷の妖怪達は、神達は、人外達は、里の人間に依存しているからだ。

 

 幻想郷の成り立ち。それは科学の発展で存在を否定された人外達が、その存在を保つために作り上げた最後の地。

 その地の人間から科学を奪うことで、妖怪や神を信じさせることにより、妖怪と神を存在させ続けるために作り上げた地。

 だから、幻想郷の人間の殲滅など、できるはずがない。

 つまり、こちらからは手を出せないのだ。

 

 天狗達はありえないと思いつつも、里の人間全員が攻めて来る時の事は想定していた。

 その為に、人間の里をまとめ上げる指導者が生まれないよう目を光らせ、生まれてしまったらそれの処分法まで想定し、それもできず攻め込まれた時のための斬首作戦、人質作戦などを練り上げていたのだ。

 だが……指導者なく、人間全員が狂化しただ目的もなく、天狗を殺しうる力を持って殺戮しにくるなど、想定していない。できるはずがない。

 

 最悪の状況。あまりのことに、文は半ば口を開け、放心する。

 だが、そこへさらに最悪な知らせが別の白狼天狗の伝令によって飛び込んで来る。

 

「で、伝令! 伝令! たった今、“突如現れた”人間達の集団により、河童の集落が包囲されました!」

 

 

●○●○●

 

 

 闇を纏い、闇から垣間見るその目は、怪しく光る人里を眺めていた。

 

「ああ、どうしよう」

 

 金髪を冷たい夜風に流し、赤いリボンがひらひら舞う。

 

「私の……私のせいなのか……ああそんな……こんなことに、なるなんて……」



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包囲、殲滅、召喚、それと桃色玉 ☆


モブに若干厳しい世界。






「早く! 急いで!」

「待った待った! このパーツを……」

「やってる場合か! すぐそこまで人間達が来ているんだぞ!?」

 

 人間による襲撃を受けた河童の集落では、天狗の里と同じように上へ下へのてんやわんやの大騒ぎという状態であった。

 沢から必要な物品を取り出しては運び、取り出しては運び、避難の準備を進めていく。

 

「くそ……なんで人間達は妖怪の山に攻めて来たんだ?」

「知るかよそんなこと! それより手を動かせ手を!」

「わかってるよ!」

 

 天狗以上にまとまりのない彼らだが、有事の際だけは混乱しているとはいえ、素晴らしく手際は良かった。

 河城にとりも同じだ。テキパキと荷物をまとめ、さらに水鉄砲や水ロケットも鞄に詰め込んで行く。

 水鉄砲といっても、射出されるのは単なる水ではない。妖怪の体すら貫くウォータージェットである。

 最悪、これで自衛するつもりだ。

 

「総員、準備はできたか!?」

『おう!』

「ならば規定の避難ルートに従い、無縁塚周縁基地への避難を開始する!」

 

 臨時のリーダーによる号令により、河童達は隊列をなして沢を進む。

 

 夜という暗闇と水中という河童にとってのホーム、人間にとってのアウェイな環境を進む、という避難ルートは、河童の妖怪としての能力をフルに生かした避難ルートと言えた。

 しかしそれは……人間の停滞を期待したものでしかなかったのだ。

 

「ぎゃあああ!!」

「ぎぃいい!?」

 

 あちこちで起きる絶叫。悲鳴。それに乗じて隊列に生まれる混乱。

 もはや動く気配もない河童達が水面に浮かんで行く姿は、隊列にさらに強い恐怖を植え付ける。

 

「れ、レーザーだ! レーザーによる攻撃だ!」

 

 一人の河童が、弾丸もなく同胞を撃ち抜いたものの正体を看破する。

 正体さえわかれば、高い技術力を持った河童ならある程度対処のしようがある。臨時リーダーの河童が全体に指示を飛ばす。

 

「対光学反射鏡を使ごぶっ!!?」

 

 臨時リーダーは首にレーザーを受け、倒れた。

 だが、最期に指示は伝わった。河童達はすぐさま光学兵器に抵抗するための機械を作動させ、レーザー攻撃から身を守る。

 効果は確かにあった。レーザー攻撃とは本来目に見えないもの。目に見えないものであるためにレーザー攻撃とは厄介なものだが、作動以来負傷者は出ていない。

 これで人間は光学兵器で武装していることが確定した。ならば、いくらでも対処法は思いつく。

 外側の対光学反射鏡を使用して仲間を守る河童を盾に、内側では着々と反撃の準備に取り掛かる。

 

 天狗と人間ほどではないが、河童と人間には遥かな身体能力の差がある。さらにそこに高い技術力が加わるのだ。突破できないはずがない。

 だが、ここで最悪の知らせが飛び込んで来た。

 それは、幻想郷創始者たる賢者、八雲紫本人からの悲痛な念話であった。

 

『幻想郷全妖怪、神、および支配を受けていない者達に告ぐ。現在幻想郷の全ての人間が狂化しており、制御できない状況下にある。理解してはいると思うが、幻想郷、ひいては妖怪、神にとって人間は何に変えても守るべき存在である。故に───────人間への一切の攻撃を禁じる』

「……は? ま、待ってくれ!」

『現在人間達の狙いは妖怪であるとみられる。妖怪は避難に、神は妖怪の保護に努めよ。なんらかの形で救難信号を出せばこちらも応じる』

 

 切羽詰まった紫の念話はここで途切れた。

 当然、河童達は混乱……いや恐慌状態に陥った。

 人間へ攻撃せずにここを抜けられるわけがない、という絶望が、河童達を支配した。

 そして、すでに絶望の淵にいる河童達を容赦なくその深淵へと叩き落としたのは、河童と同じように水中を進む人間達の姿。

 

 機械製品であるということ以外わからないマスクを被り、片手に収まる小さな金属の筒と異様な光を灯した鍬や鋤、包丁などを手にした姿。

 河童達を迎えに来た“死”そのもののような姿。

 

「あっ、ひっ、ああああ!!?」

「た、助け、いやだぁ!!」

 

 更に、上空から“何者か”が河童を次々攫って行く。

 

「狩りの時間だ」

「妖怪狩りの夜だ」

「狩りの夜は明けぬ」

「狩り尽くせ、狩り尽くせ」

 

 そして、人間達の呻くような言葉のみが、沢の水音、河童達の悲鳴が響き渡る中、にとりには嫌に大きく聞こえたのだ。

 

「……ああ、我々(妖怪)の時代は、ここで終わるのだな」

 

 

●○●○●

 

 

「なんなんだ、こりゃ……異様すぎる」

「ぽよ……」

 

 魔理沙とカービィは箒に跨り、魔法の森上空を人里へ向けて飛ぶ。

 自宅のある魔法の森から人里へと向かう道中、高空から俯瞰する人里は異様だった。

 あまりに遠くてはっきりとはわからないが、無数の篝火が人里で煌々と明かりを灯し、不気味に照らしている。

 見れば篝火は妖怪の山方面、竹林方面、霧の湖方面、そして魔法の森へと続いているようだった。

 

「おかしい。普通なら寝静まって……いやそれ以前に……何をしている? 何が起きている? ……シャドーカービィとかいうやつのせいなのか?」

「うぃ……」

 

 不安げな視線を人里へ向けるカービィ。

 やはり、知り合いが何かをしているのではないか、と不安になっているのだろう。

 

「……よし、飛ばすぞ」

「ぽよっ!」

 

 魔理沙は更に速度を上げ、人里へと急ぐ。

 なるほど、近づけば近づくほど、異様さがわかる。

 鋤やらなんやらを掲げた人間がちらほらと徘徊しているのだ。

 まるで、何かを探しているかのように。

 

 しかし、ここからでは見えない。

 もう少し近づく必要がある。

 魔理沙は更に速度を上げる。

 

「…っ!?」

 

 が、途端に頭痛に襲われた。

 なんの前触れもなく、突然に。

 偏頭痛とかいう、そんな生易しいものではない。

 頭をかち割るような激しい痛みと、脳みそを引きずり出してすり潰すような気持ち悪さと、さらにペーストにした脳みそをめちゃくちゃに再構成するかのような不快感が同時に襲いかかって来たのだ。

 

「がっ……あぐ……ああっ!!」

「ぽよ!? うぃ!? うぅい!?」

 

 最早言葉すらまともに紡げない。

 そんな状態で箒の制御など、できるはずがない。

 

 魔理沙とカービィは、空中で散り散りに、魔法の森へと墜落した。

 

 

●○●○●

 

 

 妖しく照らされた人里を歩く者がいた。

 灰色の長い艶やかな髪の毛、灰色の星の模様が入った着物を来た幼子。

 その頭には黄色と橙色のピエロ帽を被り、その手には青い宝玉が先端に光る杖が握られていた。

 

 そう、永遠亭から人化の薬を盗み出し、人里でスリを続けたシャドーカービィであった。

 だが、もうスリを続ける必要はない。

 いや、意味がない。

 全ては想定通りに為された。

 想定通りに為されてしまった。

 

 人里で活動中に人間が狂化し、それに合わせて『ビーム』のコピーを取得し、現在潜伏中といった状態。

 魔境と化した人里をそれでも歩くのは、肌を撫でる冷たい風が吹くから。

 シャドーカービィの勘が騒ぐのだ。

 “まだ”何かいる、と。

 

 やがて、広場に出た。

 カービィが、幽々子と大食い勝負を繰り広げたあの広場。

 しかし今は、篝火が醸し出す異様な雰囲気に包まれている。

 

「あら、どなたかかしら? 魔理沙さんが連れていた子に似ているわね」

「……」

 

 突如、暗がりから声がかかる。

 声の主は、篝火の逆光の中にいた。

 篝火は、その者が持つ本だけを照らしている。

 

「えーっと、可愛美衣……だったかしら?」

 

 ゆっくりと歩を進め、それは篝火のもとに姿をあらわす。

 

 それは、本居小鈴だった。

 しかし、その目は最早、正気ではなかった。

 

「あらあら、あなた、人間じゃないわね?」

「……」

「そっかー、人間じゃなかったのか。それじゃあ……仕方ないね。この本の化け物の、最初の供物になってよ」

 

 小鈴はスッと手を差し出す。

 その手のひらには、黒い、なんらかの紋章が浮かんでいた。

 なんの紋章かはわからない。だが、冷たい風の発生源はそれであると、断言できるような、そんな代物。

 

 やがてそこから、コールタールのような、どす黒く、艶もない粘体が流れ出て来た。

 そしてそれは、瞬く間に大人を何人も飲み込めるほどの大きさまで成長する。

 粘体は意志を持って蠢き、コールタールのような体を常に沸騰させる。

 体表に出た気泡はたちまち眼球となり、弾けた気泡は粘液を垂れ流す口となる。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

微グロ注意

 

 

 

 

「■■■・■! ■■■・■!」

 

 須臾の間も同じ形を保たぬそれは、嘲笑うかのような、形容しがたい、“ソレ”にとっての言葉を紡ぐ。

 “ソレ”は召喚主である小鈴を守るように身を捩り、シャドーカービィを絶え間なく明滅する眼球で捉える。

 

「さぁ、叛逆の粘体よ、人間の時代を創り給え!」



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生き餌と釣りと桃色玉 ☆

鈴奈庵7巻買いました。完結だそうで。
ネタバレしない程度に感想を述べると……



・小鈴ちゃん自機化マダー?
・たぬきかわいい
・マミゾウ、ZUNプロット作品で始めてBBA呼ばわりされる

……マミゾウカワイソス


 まだ人の手が伸びていない、その場所で。

 二人の少女はただ幻想郷を端から眺めていた。

 

「意識があるようで、意識がない。無意識だけど、意識があるみたい」

「まるでこいし、貴方みたいだな」

「そうかな? そうだね! 無意識仲間だね! 外を取り繕い、貼り付けた、虚無同士の仲間だね!」

「貴方は私達から希望の面を奪っているじゃないか。それのおかげで多少は生まれているだろう?」

「そうだけどね。でも私はもともと本当に何もない虚無だったから……今の人間さん達とちょうどいいかも! 」

「やったなこいし。友達が増えるよ」

「こころちゃん、 なんかそれダメな気がするよ」

 

 終わりかけの幻想の端で、なおも二人は幻想を眺め続ける……

 

 

●○●○●

 

 

「おい医者! 具合はどうなんだ! 助かるんだろうな!?」

「今やってます。静かにしてください!」

 

 普段、迷いの竹林という人が立ち入らない場所に立地しているが故に静かな永遠亭。

 しかし今夜は急患、そして初とも言える賢者直々の念話もあり、非常に慌ただしたかった。

 

 その急患とは、慧音。妹紅が突然押しかけ、永琳達を叩き起こしてきたのだ。

 いくら夜分で睡眠を邪魔されたとはいえ、命の危機にある患者を放っておくことは医者としてのポリシーに関わる。

 永琳は昼と同じ仕事着に着替え、仕事を始めた。

 

「優曇華、止血剤を用意して頂戴。あと強壮薬も」

「は、はい!」

「しかしこの傷……一瞬で高熱の物体で貫かれたようになってるわね……」

 

 永琳は傷を一目見てすぐに異常性に気がついた。

 まず、傷口の周辺に見られる火傷。瞬間的に熱せられたかのような火傷だ。

 そして傷口は焼き溶かされたかのように変質しており、内部も焼けているだろう。

 毛細血管なども焼き切られており、本来なら焼き溶かされて塞がり出血しないはずだが、その傷は体を貫通しており、太い血管が傷つけてられているため、塞がることなく出血もしている。

 

 永琳にかかれば、この程度傷跡も残さず綺麗に治すこともたやすい。

 だが、この傷の異常性には目を剥くものがあった。

 もしや、ついさっきの紫による警告と何らかの関係があるのか。

 

 紫によれば、人間全員が狂い妖怪を襲っているという。

 幻想郷は妖怪の為の郷。人里は妖怪達の生命線。

 だから、人里の人間全員が狂い襲いかかる中、妖怪達は反撃できないでいる。

 

 そんな中、我々はどうするべきか?

 我々が襲われた場合……今の信頼を落とすわけにはいかないから、反撃に出ずに逃げるだろう。

 だが、もし幻想郷がこの一件で滅びるなら……もはやなりふり構っていられない。全力で反撃に出るだろう。

 永琳、そして輝夜にとって、幻想郷は月からの隠れ蓑でしかない。

 永琳と輝夜は幻想郷に依存する理由はなかった。

 だから……今永琳は誰よりもドライに、そして冷静にものを考えることができた。

 

 止血し、傷口を縫い、複数の薬を塗り込み終えてようやく応急手当てが完了する。

 

「どうなんだ、医者!」

「医者医者いうのはやめてください。ひとまずは大丈夫です。後は経過観察と言ったところでしょう」

「そうか……」

 

 目に見えて安堵した様子の妹紅。

 そんな彼女に永琳は質問する。

 

「一体どのような状況だったのです? この怪我、かなり異常だったのですが」

「……ついさっき寺子屋に行った時、寺子屋のすぐ近くに倒れていたんだよ」

「なるほど……」

 

 おそらくは、狂った人間達にやられたのだろう。

 命からがら逃げて寺子屋近くで力尽きた、もしくは攻撃を受けて放置された……

 

 ……放置された? なぜ?

 人間達の目的が妖怪の殲滅ならば、なぜ慧音は放置された?

 放っておけば死ぬからか? たしかに何も処置しなければ死んでいただろうが……

 

 いや、わざとか?

 意図的に人間達は慧音を殺さずに放置したのか? その理由は?

 いや、理由などどうでもいい。

 どんな理由にせよ、我々は───────敵が意図的に放置した者を連れ込んだのだ。

 

「優曇華! すぐに姫様を呼びなさい! てゐ! 避難の準備! 妹紅も手伝って!」

「お、お師匠様!? 一体どうされたんです!?」

「どういうことだよ! 説明してくれ!」

「人間達がじきに来るわ! 急いで!」

 

 瞬間、弾かれたように優曇華とてゐは飛び出し、妹紅は慧音を抱える。

 永琳は麻痺毒を鏃に塗り込んだ矢を弓に番え、気配を探る。

 

 ……いる。まだ遠い。だが、着実に、大勢が、こちらに向かっている。

 

 と、ここで突然、後ろから声をかけられた。

 

「……永琳、どういうこと?」

「っ!? 姫様! 起きていたのね?」

 

 探していた蓬莱山輝夜であった。治療中に音で起きてしまったのだろう。

 非常に好都合だ。

 

「ちょうどよかったわ。今すぐに避難します!」

「……人間達が来ているのね?」

「そういう事です」

「私の能力を使えば時間稼ぎなんて容易いわ。でも……ここを離れるのは、寂しいわね」

「…………姫様、優曇華とすれ違いになりませんでしたか? 姫様を起こしに行ったのですが」

「え? 見てないわよ?」

「そうですか……臆病な子ですし、多分すぐに戻って来るでしょう」

 

 永琳は矢を番えたまま、優曇華とてゐが戻って来るのを待った。

 例え互いに視認できる程まで接近されても、輝夜の能力なら楽々逃げられるだろう。

 だからこそ、余裕はあった。

 

「おーい! こっちは終わったよ!」

 

 と、ここでてゐが妖怪兎を集め終え、荷物も持って避難の用意を済ませる。

 

「ご苦労様。優曇華を見なかった?」

「え? 見てないけど?」

「……探しに行って! 早く!」

 

 弾かれたようにてゐと配下の妖怪兎達が散り散りに優曇華を探し始める。

 だが……見つからない。見つからないのだ。

 まるで、この場から消滅してしまったかのように。

 

「ああ……いたぞ……獣の妖よ……」

「おお……狩れ、狩れ、狩り尽くせ……」

「っ! 来たよ!」

 

 そしてついに、タイムリミットが来た。

 最早、どうしようもなかった。永琳は決断するしか道はなかった。

 何よりも恐ろしい決断を。

 

「……逃げるわ。優曇華は……置いていきます」

 

 全の為に個を捨てる。

 全も個も救うのが絶対の正義なら、全の為に個を捨てるのは悪であろう。

 だが、全も個も救う為に全も滅ぼすならば……個を捨てるしか、道はなかった。

 同じ状況下ならば誰もが悩み、苦しみ、そして選ぶ、苦渋の、そして現実的で正しい決断。

 永琳は、それを選んだだけなのだ。

 

 輝夜の力でほぼ時の止まった世界を飛行し、逃げる慧音を抱える妹紅と永遠亭のメンバー。

 だが、一人、欠けていた。

 

 

●○●○●

 

 

「姫様! 人間です! 人間が来ます!」

 

 構わず襖を思い切りあけ放ち、輝夜を起こす優曇華。

 しかし布団は空であり、外へ続く障子が開け放たれている。

 そしてそこには────

 

「優曇華! こっちよ! 永琳が呼んでる!」

 

 外で優曇華を手招きする輝夜。そして……少し離れたところで無言で佇む、永琳の姿。

 だが優曇華は、波長を操る能力を持つが故に、気がついた。

 その永琳は、幻像(ホログラム)であると。

 

 姫様が誘われている……!

 あれが、人間の用意した罠なのか!?

 

 姫様が、危ない。

 

「ダメです! 姫様!」

「優曇華……?」

 

 優曇華は飛び出し、訝しげな声を上げる輝夜の手を掴み、幻の永琳から遠ざけるように強く引っ張った。

 

 

 

 

 瞬間、輝夜の手が溶けた。

 

 いや、手だけではない。腕も、足も、体も顔も、全てがドロドロと溶け出した。

 そして魂無き紫色の粘体となったそれは、輝夜の手を掴んだはずの優曇華の腕を、しっかりと固定した。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

「ひっ……」

 

 溶けた粘体からは、無数の機械の腕が飛び出し、優曇華の体を固定する。

 いくら力を入れても、振りほどけないほどの強い力で。

 

『Teleport-System───────All clear』

 

 無機質で、感情のない声が、粘体の中からくぐもって聞こえた。

 

 それが、優曇華が最後に聞いた音だった。



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霊夢と怪物と灰色玉


お祓い棒(殴打系武器)





「ひぃいいい!? 無理無理無理! 霊夢お助けっ!」

「はぁ……なにが守護獣よ。被守護獣じゃない」

 

 暗く、しかし篝火の灯りが妖しく照らす人里を、霊夢は進み、あうんは怯えながらその後をついて行く。

 人里に近づくにつれ強くなる頭痛、にもかかわらず感じない妖気や魔力、霊力。

 その不自然さに気がついた霊夢は“ほぼ常時”夢想天生状態となる事により、狂化を免れていた。

 スペルカードとしての夢想天生は耐久スペル、つまりは制限時間付きだが、それは魔理沙が博麗の巫女としてのバランスブレイカーな力をスペルカードルールに落とし込むために設けられた制限時間である。そのため本来なら霊夢の天賦の才により膨大な霊力を消費しきるまで連続使用することができる。

 

 “透明ではない透明人間”となり、“この世全ての理から浮遊した”霊夢は、最早この人里を覆う正体不明の“狂化の気”は通用しない。

 

 とはいえ、狂化しない霊夢に何か不審に思ったのだろう。狂化し人里に残った僅かな人間が霊夢に向けて、もしくは後ろにいる人外、あうんに向けて攻撃を仕掛けてくる。

 しかし、この攻撃が厄介なのだ。

 

「キィエエエエエエエ!!!」

 

 包丁を持った里の娘が、その愛らしい姿からは想像もつかない形相と奇声をあげ、突撃してくる。

 それに対して、霊夢は“斜めに”結界を張る。

 そして鳴る、ギャリギャリという結界と包丁が激しく擦れる音。

 体重を乗せて突撃したが故に、包丁の向きを逸らされ、バランスを崩した里の娘に、霊夢は無慈悲に後頭部をお祓い棒で殴る。

 途端、里の娘の体から力が抜け、どさりと倒れこむ。

 

 見事あまり傷をつけずに無力化に成功した形だが、霊夢の顔はすぐれない。

 視線の先にあるのは、包丁と擦れた結界。

 結界にあるのは、擦過跡。即席の結界とはいえ、単なる包丁が大妖怪の一撃並みの力を有している。

 それも恐ろしいし、それよりも恐ろしいのはその後。

 

「お……おっ……オオ……」

「もう立ち上がった……ほんとどうなってるの?」

「い、いいから逃げましょ! 早く!」

 

 気絶したはずの里の娘が、動きはぎこちないもののゆらりと立ち上がったのだ。

 瞳の焦点は合っておらず、どう見ても気絶しているのだが、それでも体は動き、包丁を構えている。

 最早これではどうしようもない。気絶しても立ち上がるなら、もう足を切り取るか殺すしかない。

 しかし霊夢にそんなことはできない。ならば、とっとと逃げるしかない。

 幸い、この状態の狂化した人間は動きが非常に遅い。小走りでも追いつかれることはない。

 

「一体どうなっているのかしら。こんな異変初めてだわ」

「悠長に行ってる場合じゃないでしょう!?」

「うるさいわね! 私だって色々考えてるの!」

 

 その場から逃げながら、霊夢は状況を整理する。

 

 まず、人里には人間を狂わせる妖力でも魔力でも霊力でもない、“何か”が満たされていること。

 第二に、狂わされた人間はなりふり構わず襲ってくること。おそらく対象はなんらかの方法で狂化を免れた人間か、人外。

 第三に、狂った人間の一撃は大妖怪のそれに匹敵すること。この人里を満たすものの影響の可能性が高い。

 最後に、気を失ってもなお、動き続けること。

 

 特に最後が非常に厄介だ。気持ち悪い上に、異変の大元をなんとかしない限り人間を完全に無力化できないということを意味する。

 

 あまりにも面倒な事をしてくれる。

 こんな異変を起こした奴の気が知れない。

 

 用意周到で性格最悪。

 そう首謀者を判定し、霊夢はあうんを連れて人里を行く。

 

 途端、あうんが霊夢の手を引く力を強めた。

 理由はわかる。

 守護獣が邪悪に対して特異な感知能力を持つように、巫女もそういったものへの特異な感知能力を持つのだ。

 

「……あの、この先“ヤバい”と思うのだが……」

「わかるわよ。でも行くわよ。それが私の役目なんだから」

「ひぇぇ……」

 

 強く怯えるあうんを引き連れ、構わず直進する。

 その先にあるのは人里での祭りにしばしば使われる広場。

 そこから立ち込める、異様な雰囲気。

 

 と、その時。

 

「おっと!」

「ひぇ!」

 

 霊夢が立っていた場所に、光が迸る。

 橙色の光で痺れるような感覚……雷電だろうか?

 しかしなお霊夢は歩みを進める。

 

 そして、二人はしかと見た。

 コールタールのような漆黒の粘体。それは常に沸騰し、絶えず生まれる気泡は眼球に、割れた気泡は粘液を垂れ流し「■■■・■! ■■■・■!」と嘲笑うような声を出す口に変化する、形を変え続ける冒涜的な怪物を。

 触腕を伸ばし続け、暴れているようだった。

 

「ひぃ!? 無理無理気持ち悪い!」

「なるほど、これが異様な気配の正体ね。とっとと退治しますか」

 

 あうんは物陰に逃げ出し、霊夢はお祓い棒とお札を取り出し、戦闘態勢を取る。

 その鋭い目の先には、なんらかの本を掲げて笑う小鈴の姿があった。

 

「……待っててね、小鈴ちゃん」

 

 その黒い怪物は既に別の者を相手にとっていた。

 灰色の艶やかな髪、灰色の星が描かれた着物、黄色と橙色のピエロのような帽子、そして先ほどの橙色の雷電を放つ杖を持った幼子。

 妖力などは感じないが、おそらくアレも人外なのだろう。

 このグロテスクな怪物相手に果敢に立ち向かっている様子から、なかなか肝が座っているようだ。

 

「お取り込み中失礼するわ。私も混ぜて頂戴」

 

 挨拶と同時に札を投げつけ、浄化を図る。

 かつて退治した煙々羅のように実体があるのかすら怪しいが、被弾したところからジュウジュウと溶けているあたり、効果はあるようだ。

 溶けている様子もなかなか気持ちが悪いが、我慢する他ない。

 

「あれー? 霊夢さん? なんでここにいるんです? なんで私達とともに来ないのです? ……あー、そっかー。霊夢さんもそちら側なんですね」

「……何かに乗り移られている、と言うわけではなさそうね。洗脳に近いのかしら? 情報が集まっただけ良しとするか。じゃ、そこの灰色! 私に合わせてよ!」

「……」

 

 灰色の子はコクリと頷くと、前に出る霊夢と入れ替わり、後ろに下がる。

 そして、その杖の先に付けられた青い宝玉に力を溜める。

 霊夢は札を投げつけ、結界を張って怪物を細分化し、小さくなったものを片端から浄化し、消し潰して行く。

 

 しかし怪物も黙っているわけではない。

 「■■■・■! ■■■・■!」と忌々しい言葉を吐き散らしながら、触腕を伸ばし、粘液を飛ばし、応戦する。

 

 そしてそれを回避すべく、霊夢が高く飛び上がった瞬間、巨大な雷撃球が霊夢の靴を掠め、怪物の身体を削る。

 

「■■■・■! ■■■・■!」

 

 怪物の話す文言は変わらない。だが、そこには確かな苦悶が見て取れた。

 溜めに溜めた一撃だけあって、その怪物の体積は大きく削れていた。

 おおよそ、人間二人分くらいだろうか。

 そう、その大きさは霊夢が一度に浄化できるほど。

 

「あっぶないわね。ビリってきたわ。ま、良しとしますか。『夢想封印』」

 

 博麗の巫女の奥義。それは残った怪物を跡形もなく浄化し消し去った。

 それと同時に、不浄な気配も。

 

 さて、ここからが問題だ。

 問題は狂った小鈴。先も見たように、気絶させても起き上がり、襲ってくる。

 残念ながら、一度気を失わせて知性を大きく削ぐことしかできないだろう。

 

 そう思って、小鈴の方を見た時。

 

「あばばばばばばばば」

「……」

 

 灰色の子が、小鈴に杖を押し当て、感電させていた。

 

「ちょ、ちょっと! 何やってんのよ!」

「……」

 

 霊夢は制止するが、灰色の子は止めない。

 小鈴は単なる人間である。霊夢や魔理沙とは違い、電撃に対する抵抗なんてあるはずがない。

 実力行使してでも止めさせようかとお祓い棒を構えた直後。

 

 ボフン!

 

 何かが破裂する音がした。

 そして小鈴は若干痙攣しながらも倒れ、煙をあげる。

 いや、煙を上げているのは小鈴ではない。

 小鈴が懐に持っているものだ。

 霊夢は小鈴の懐を弄り、煙を上げているものの正体を突き止める。

 

「……お守り?」

 

 

●○●○●

 

 

 障子のない茶室。

 そこに座るのは聖白蓮と、メタナイト。

 しかしここは命蓮寺ではない。

 戦艦ハルバード内にある、メタナイトの私室の一つだ。

 命蓮寺は既に放棄され、もぬけの殻。今頃は人間達が占拠している事だろう。

 命蓮寺にいた者たちは、一度メタナイトを泊めた縁もあり、“超法規的措置として”プププランドから異空間ゲートを通じて幻想郷に乗り入れたハルバードに避難している。

 つまり、今ここにいるメタナイトは夢を通じて幻想郷に来ているのではなく、直接幻想郷にやってきているのだ。

 

「此度はありがとうございます」

「いえ。私にも恩がありますから。……さて、今回人間達が暴徒と化した事に何か心当たりは?」

「恥ずかしながら、全く。……つい昨日まで熱心にお参りに来られた方もいるのに……この変わりようは……」

「……仕方ありますまい」

 

 メタナイトはメタナイトで、独自に調査を始めていた。

 この異変の直前、何か怪しい動きをしていたものは居ないか、と。

 そしてそう考えた時、真っ先に思い浮かぶのは、シャドーカービィだった。

 シャドーカービィは小刀を盗んで居た。

 大量の小刀で何をするのか、全く見当もつかないが、怪しい動きに他ならない。

 

「ところで、白蓮殿は小刀を盗まれたりはしませんでしたか?」

「小刀? もしやちょっと話題になったスリの話ですか? なんでも柳葉家が配布したもののみを盗んでいるとか」

「柳葉家? ……ああ、剣豪で有名な」

「ええ。命蓮寺の者も貰ってまして……これなんです」

 

 避難する際持ってきた大きな風呂敷を弄り、そこから小刀を取り出す。

 木製の柄、木製の鞘。何も変わった所はない。

 

「少しお借りしても?」

「ええ」

 

 メタナイトは小刀を抜き払い。少し振ってみる。

 しばらく振って居たが、やがて腕を止め、顔の側面、おそらくは耳があるのであろう位置に小刀を押し付ける。

 しばらくそうして居たが、突然弾かれたように小刀を収め、館内無線を取り出し、怒鳴り上げる。

 

「クルーに告ぐ! ポップスターに戻れ! いや、正確にはポップスターの公転軌道に出ろ! 後は私が直接話す! 急げ!」

 

 そこで無線をぶち切り、白蓮に頭を下げる。

 

「失礼、先ほど述べた通り、これから我々の世界に向かいます」

「構いませんが……どうしてですか?」

「少々この手のものに詳しい知り合いを訪ねに」



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救出と捜索と桃色玉 ☆

弱☆体☆化

弱☆体☆化

弱☆体☆化





 妖怪の山の沢にて、未だ人間による包囲は続いている。

 何人かの仲間は死に、何人かの仲間は連れ去られた。

 河童はその技術力で対抗するが、もはやジリ貧。ただ終わりを待つだけとなった。

 脱出の糸口は見えず、生還の光明は見えず、応戦する河童達の瞳からは徐々に光が失われて行く。

 

 ああ、なぜだ、人間よ。

 我々は盟友ではなかったのか。

 太古の昔より、盟友ではなかったのか。

 訳の分からぬ力にそれすら忘れたか。

 

 しかしにとりの叫びは届かない。

 尻子玉を抜く河童が果たして人間と盟友なのか、とか、盟友と書いてカモと呼んでいるのではないのか、とか、様々な突っ込みはあるだろうが、それでも、ここまで酷い仕打ちを受ける理由はないはずだ。

 少なくとも、人間をとって食う妖怪よりは。

 

 人間は包囲網を縮める。

 河童達は追い詰められ、逃げ場を失う。

 終局は近かった。

 

 

 だが、未だ神は河童達を見捨てては居なかった。

 

 

 突如、光が河童達を覆う。

 その光は見事に人間達の持つ筒から放たれるものから河童達を守り抜いた。

 その光の壁の出現と同時に、高慢な声が頭上から聞こえる。

 

「何をやっている、河童共!」

「あんたは、山の!」

 

 頭上から舞い降りたのは、八坂神奈子。

 その側には河童達を守る光の壁で包まれた東風谷早苗も飛んでいた。その光の壁の効力のおかげだろう。早苗に狂化の兆候は見られない。

 

うち(守矢神社)は今結界で覆い、人間の襲撃および洗脳効果のあるなんらかの影響から守られている。よって今からお前達をうちへ避難させる!」

「諏訪子様、お願いします!」

「ほい来た!」

 

 どこかに潜み、準備して居たのだろう。

 どこからか陽気な洩矢諏訪子の声が聞こえ、同時に河童達が立って居た沢の底が持ち上がる。

 円盤状に切り取られた沢の底は空を飛び、洩矢神社へと飛んで行った。

 

「ひとまず救出成功ですね、神奈子様」

「ああ。……だがこれはなんなんだ? 人間が纏めて狂化するなど……私の結界で防げることがわかったが、この現象を引き起こすのは妖力でも霊力でもない。……一体なんなんだ?」

「ちょーっとこりゃ厄介だねぇ。ま、おいおい考えますか。今は避難が最優先〜」

「……だな。取り敢えず避難した妖怪達は守矢神社に立て篭もらせておいて、私達も動くとするか」

 

 

●○●○●

 

 

 ほうほうと鳴く梟の声。

 その声が非常に近くで聞こえたカービィは驚き、飛び起きる。

 いきなり動いた桃色玉に驚いたのだろう。カービィを起こした梟は慌てて飛んで行く。

 

 いつのまにか気絶して居たようだ。

 体についた土埃を払い、辺りを見回す。

 鬱蒼と茂る木々。この様子はカービィにも見覚えがある。魔法の森だ。

 

 なぜ自分は魔法の森にいるのか。

 その答えを出しあぐねているうち、あるものが木の枝に引っかかっているのを見つけた。

 

 それは魔理沙の帽子。

 風になびく枝に合わせ、ゆらゆらと揺れている。

 

 ああ、そうだ。

 魔理沙と箒に乗って人里に向かって居たのだ。

 だが、魔理沙は急に頭を抑えて呻き出し……墜落したのだ。

 

 カービィは魔理沙の帽子を飛んで取り、葉っぱを払う。

 そして、落ちた親友を見つけるべく、その帽子を持って森の中へと消えて行った。

 

 

●○●○●

 

 

「はぁ……人里で暴動なんて……紅茶切らしてたのに……」

 

 アンティークな洋風の灯りを灯し、針仕事を行う一人の少女。

 その部屋にある棚には無数の人形が並び、今その手で作っているのも人形の腕のようだった。

 和風な建築物が多い幻想郷において珍しい、家具や装飾品、そしてエクステリアまで洋風な洋館とも言える家にたった一人で住まうのは、人形使いの魔女、アリス・マーガトロイド。

 

 一応、彼女のところにも紫の念話は伝わってはいる。

 しかし、妖怪の山の妖怪のように実際にその目で事態を見たわけではない。

 だからこそ、あまりこの状況を深刻には見て居なかった。

 

「……もうそろそろ12時かしら。もう寝ようかな」

 

 アリスは針を動かす手を止め、作りかけの人形を置き、立ち上がる。

 そして窓に近づき、雨戸を閉めようとして、あるものを見つける。

 

「何あれ……なんであんなものが庭に突き刺さっているわけ?」

 

 アリスは訝しみながらランプを手に夜の庭に出て、突き刺さったそれを引き抜く。

 

 それは、箒だった。

 斜めに深々と突き刺さったそれは、誰かが悪戯にしていったようにしか見えない。

 しかし、だれかが庭にやって来た気配もない。

 

 と、ここでアリスはあることに気がついた。

 

「……これ、魔理沙がよく跨っている箒じゃない。なんでこんなところに突き刺さっているのよ」

 

 箒に掘られたマークや、どこか癖のある柄など、魔理沙が使っているものと似ている気がする。

 魔理沙がしれっとここに来たのだろうか。

 しかし、なんだって箒を残して行ったのか。

 

「あー、そりゃ私のだ」

 

 突如、森の影から声が投げかけられる。

 その声はアリスもよく知っているもの。

 

「魔理沙ね。なんでこんなところに箒があるわけ?」

「悪いな、ちょっと墜落しちゃってな」

「ふーん、そうなの」

「それじゃ返してくれないか」

「ええ、いいわよ」

 

 アリスは森の影の中をにらみ、魔理沙に一つ、問いかける。

 

「でもそのかわり教えてちょうだい。あなたの後ろにいる人影は、何?」

 

 その問いかけが皮切りになったのか。森の奥からぞろぞろと何人もの人間が現れる。

 しかしその目は焦点が合って居ない。

 ただ狂ったように笑い、包丁や鍬、鉈を振りかざしている。

 

「これのことね、狂った人間というのは」

「狂ったとは酷いな、アリス」

「もしかして魔理沙、あなたも?」

「私は狂ってなんかないさ。人間として当然だろう?」

 

 そして、森の影に隠れて居た魔理沙がその姿をあらわす。

 

 その姿を見たアリスは、息を飲んだ。

 

 帽子がないこと以外、いつもの魔理沙の格好だ。

 だが……右腕を人間では到底持ち上げることもできないような、巨大な金属の塊が覆っており、複雑なパーツで組み上げられていた。

 その右腕の先に取り付けられているのは、いつも持っているミニ八卦炉だろうか。

 いつもの黒いベストの下にはやはり金属製のナニカを着込んでおり、背面から尻尾のように、蛇の如くくねり、金属質の装甲を持った、人食い蛇よりも太く長いものが伸び、その先には人一人握りつぶせるほど巨大な金属の手が付いていた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「魔理沙、その姿は……」

「ハハハハ! やっぱり魔法は火力だぜ! いつもとは一味も二味も違うこの火力! 受けてみやがれ!」

 

 魔理沙の右腕の金属塊が、取り付けられたミニ八卦炉が、妖しい光を灯す。

 そりに合わせ、人間達もじりじりと近づいてくる。

 

 戦闘は避けられない。

 

 そう判断したアリスは、遠隔操作で大量の人形達を呼び出す。

 

「なるほど、これが紫から聞いた……荒事は嫌いなんだけど、こればっかりは仕方がないわね」

 

 人形達による無数の槍衾が完成し、その様は一人要塞と行っても過言ではない。

 

「さぁ、来なさい魔理沙。そしてとっとと目を覚ましなさい」



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門番とメイドと桃色玉 ☆

恥ずかしながら帰ってまいりましたァ!

更新遅れてすみません。多分これからも更新は遅れてしまうと思います。

何はともあれ頑張るZOY!


「我が祖先、ワラキア公ヴラド三世は改宗した結果、人心を失ったそうね」

「史実ではそう伝えられているわね」

 

 血の如く煌々と照る瞳が、月の逆光の中、自分の領地を見下ろしていた。

 

「なら、今私は先祖の背中を追いかけている真っ最中なのかしら?」

「やめて頂戴、レミィ。例え幾万もの人間を串刺しにしようとも、それだけは追ってほしくないわね」

「ならこれはどういうことかしら。改宗した覚えなんかないんだけど?」

 

 紅い瞳が見下ろす先には、紅魔館の門に殺到する人間達。

 狂気を撒き散らし、痴呆のように門を叩いている。

 それは王家の退廃を演出している巨大なフレスコ画のようだった。

 

「ここが岐路ね」

「私達のかしら?」

「ええ。私達と、幻想郷と……あと、取るに足らない、一つの愚かな家族の運命の岐路よ」

 

 

○●○●○

 

 

「ハアアァァッ、ッツァアア!!」

 

 独特の呼吸音、放たれる拳、膨大な圧を伴う“気”、何重もの破砕音。

 同時に吹き飛ぶいくつもの人影。

 いくつも迸る光線。しかしそれは、不自然な角度で捻じ曲がられ、あらぬ方向へと飛んで行く。

 

 この怪奇現象を作り出しているのはたった一人の門番。

 紅魔館の門番、紅美鈴。

 その周囲にいるのは無数の人間。その目はもはや正気を保ってはいない。

 そう、妖怪の山を攻め人里でなんらかの儀式を執り行った、狂気に堕ちた人間であった。

 やはり他の場所で見られたものの多分に漏れず、金属の筒を使い、レーザーを飛ばし続けている。

 

 だが四方を狂化した人間に囲まれ、集中砲火を浴びる中、美鈴はその数の暴力に飲まれる事はなかった。

 両の足で立ち、気を纏った手で光速で飛ぶレーザーの軌道を変え、同時に人間達の両足を砕く。そうしなければ、例え気絶しても、死んだとしても、何か外力が働き、ゾンビの如く襲いかかってくる。

 だから、立ち上がれぬよう足を砕く。

 姿形こそ単なる女性にしか見えない美鈴ではあるが、なるほど確かに彼女は妖怪であった。

 

 しかし、そんな彼女と雖も無傷ではなかった。

 光線は四方八方から光の速さで飛んでくる。光線が数本ならば引き金を引く際の殺気を察知して躱し、反撃できるだろうが、何十、何百もあれば、躱すのでいっぱいいっぱい。現に今彼女身体中には無数の傷がついていた。

 

 しかしそれでも、美鈴は引かない。

 彼女は門番であった。

 紅魔館の門番であった。

 守るものが危機に晒されている中、引くわけにはいかない。

 

 それに。

 

 今後ろで、今もなお、戦っている同僚がいるのだ。

 

「ぐ……ぐぅうっ!!」

「咲夜さん、気を確かに! ……ッチェリャア!!」

 

 門のすぐそばで頭を抱えて蹲る十六夜咲夜がそこにいた。

 美鈴に加勢しようとした途端、なんらかの力により、突然耐え難い頭痛を訴えたのだ。

 

 妖怪として悠久の時を生きてきた美鈴は悟った。

 

 これが、人間を狂わせている力なのだと。

 そして今、咲夜はそれに己が精神力で抗っているのだと。

 

 妖精メイドが救出に向かったが、最早この門前は死地。10メートルと近づくことすら叶わない。

 妖精メイドでは戦力にならないこともまた、美鈴は分かっていた。

 だから、美鈴は一人で戦う。

 主人と同僚を守るために。

 

「チェストォォオオ!!」

 

 メキメキと音を立て、骨の中でも特に太い大腿骨の骨が、美鈴の蹴撃によりいっぺんに何本も折れる。

 気を纏った拳は、己が身を傷つけながらも、全て急所から外す。

 妖怪の体は頑丈だ。急所にさえ当たらなければ、いくら体が穴だらけになろうと死にはしない。痛みを抑える秘術を持ってすれば、動きに支障がでることすらない。

 

 しかし吹き飛ばせど吹き飛ばせど、絶えず現れる狂った人間。

 その数は無限のようで、気の遠くなるような思いがした。

 だが、ここで根負けするわけにはいかなかった。

 

 狂った無数の人間と、妖怪紅美鈴の根比べ。

 

 

 

 

 ……しかし、その結果は無情であった。

 

 ピタリ、と人間達は動きを止めた。

 突然の停止に、警戒し、美鈴もその動きを止める。

 しかし、これは咲夜を抱えて逃げる千載一遇のチャンスではないか。

 そう思い、門前で倒れる咲夜の方を見やり……

 

 

 

 

 ……そこに、咲夜は居なかった。

 

 居るはずの咲夜は、もうそこには居ない。

 そこに居るのは、ぎこちなく歩く、咲夜の体を借りるナニカ。

 

 ……いや、まだその体の奥底に咲夜の意思はある。

 まだ体は完全には支配されてはいない。そのぎこちなさは、咲夜の抵抗の表れ。

 

「待って!」

 

 美鈴は手を伸ばす。

 咲夜の歩む先は、狂う人間達。

 

 行かせてはならない。

 行かせてはもう帰ってこない。

 

 そう感じて伸ばした手は……虚しく空を切る。

 

 目の前に咲夜は居ない。

 咲夜を蝕むナニカが、咲夜の能力を使って、瞬時に消えてしまった。

 

「……」

 

 美鈴は静かに拳を構える。

 その動きは、静かで、静かで、鋭利で、無風の湖面の如く穏やかなもの。

 しかしその瞳に映るのは、噴煙撒き散らす火山よりも苛烈なもの。

 

 烈火の如き怒りと氷の如き冷静さ。

 美鈴はその二つをその身に同時に宿したのだ。

 

 やがて、狂った人間の塊は、左右二つに分かれる。

 十戒にて、モーゼが紅海を二つに割ったように。

 しかし、今人の波を割ったその先にあるのは聖地イスラエルではない。

 人格を冒涜した、塊。

 足に金属片を鎧のようにつけられて、胴に外骨格をつけられて、腕に地に付かんばかりの巨大な鉤爪をつけられて。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 咲夜は、最早この世から消えていた。

 居るのは、狂った人間であった。

 

「オ……オ………」

「……来なさい。私が相手をします」

「…ジ………ヲ…ヨ………………リ……ジジジジジジジ!!」

 

 狂った人間は、足の外骨格による驚異的な膂力で、その金属の鉤爪をものともしない動きで、飛び上がる。

 

 それを、美鈴はいつもの構えで受け止めた。



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岐路と桃色玉

機械化の結果

強くなった→×

弱くなった→×

重くなった→○


「ジジ……ア……!」

「でァッ!」

 

 巨大な鉤爪と拳が交錯する。

 驚くことに、擦れて鳴るのは耳をつんざく金属音。同時に舞い散る火花。

 片や金属、片や肉と骨。硬度に差があるはずだった。擦れて傷ができるのは拳の方。そのはずだった。

 しかし舞い散ったのは血ではなく、火花。傷ついたのは美鈴の拳ではなく、鉤爪の金属装甲。

 

 そう、気を纏った美鈴の拳の硬度は金剛に、その靭性は玉鋼に匹敵する。

 そして今の美鈴の精神状態は、闘士として最高の状態。

 烈火の如き怒りは身体を鼓舞し、氷の如き冷静さは一挙一動的確に見抜く。

 

 闘士の完成形、ここにあり。

 

 しかし、機械に呑まれ狂った咲夜もまた、一種の完成された形であった。

 無情無慈悲無感動。心は無く、冷徹に最適解を導き、それを淡々と遂行する。

 そして何より、機械ならではの演算能力があった。

 闘士としての勘。圧倒的演算力。

 この二つの優劣が二人の勝敗を分けるだろう。

 

 しかしながら、この戦いは同格同士の戦いではない。

 

「ア……」

「っつぅ!」

 

 血が舞った。

 その量は少ない。だがその一撃が、両者の差というものを明確に示唆している。

 傷を負ったのは美鈴。咲夜はいつのまにか美鈴の後ろに立ち、その鉤爪を突き出していた。

 咄嗟の勘で避けた為に傷こそ浅いが、“傷を負った”という事実は変わらない。

 

 そう、これこそが“差”。天賦の才能の差と言っていい。

 咲夜は時間を止めることができる。なれば追加された超重量の装甲など気にする必要もない。

 

「ちぃ!」

「サ……マ……」

 

 美鈴のカウンターを時間停止で躱し、背後からその鉤爪を振り下ろす。

 ごずん、と腹の底に響く鈍い音とともにその鉤爪は地面に放射状のヒビを入れながらめり込む。

 美鈴の極限まで高められた闘志は、背後の殺気すら鋭敏に察知する。

 故に、先程の大ぶりな攻撃は楽に回避できる。

 

 しかし。

 

「オ……ウ…サ……」

「ぐぅ……!」

 

 連続時間停止からの小刻みなジャブ。速さを重視しているだけあって、完璧には回避できない。

 そして放たれるジャブが巨大な鉤爪であるために、一撃が大きい。

 

 美鈴の身体は斬り刻まれる。

 鮮血が寒空に舞う。

 舞った血の量に反比例して、動きのキレは徐々に無くなってゆく。

 体の頑健な妖怪は、多少血を失ったところで死にはしない。だからその変化も微々たるものだ。

 だが、その微々たる変化が大きな変化を呼び起こす。

 時間を止めることのできる咲夜にとって、一瞬の遅れは無限の遅れに等しい。

 故に、美鈴の傷は加速度的に多く、深くなってゆく。

 

 やがて、巻き込まれないよう外からその戦いを見守っていた狂った人間たちが動き出す。

 動きが鈍くなったところを、濁流の如く飲み込むために。

 狂った者たちの輪は狭まる。美鈴の息は荒み、緑のチャイナドレスはズタズタに、赤く染まってゆく。

 そして……

 

 

 

 

「そこまでよ」

 

 戦場に眩い魔法陣が広がった。

 美鈴達を中心としたその魔法陣の大きさは、美鈴が彼方に吹き飛ばした人間達も飲み込んでなお余るほど。伏兵を警戒しての魔法陣の直径は数百メートル。

 瞬間、範囲内の人間───勿論、咲夜を含む────はその場でのたうち始めた。

 

「……やっぱり、急造の広範囲対象多数の魔法は効きが悪いわね」

 

 その魔法陣を作り出した張本人、パチュリーは小悪魔を引き連れ、空から舞い降り、独言る。

 

 その魔法は『任意の範囲内の人間を洗脳する』魔法。やろうと思えば地球全土を覆い、人間全てを洗脳することもできるだろう。尤も、そんな魔法を行使するための魔力、代償、時間はとても現実的ではないが。

 そんな高度な魔法を数百メートルという広範囲にわたって行使したのだ。それだけでパチュリー・ノーレッジという魔女がどれだけ魔法に秀でているかわかるであろう。

 しかし、行使と詠唱の為の時間が不十分であった為に、その効果は中途半端でしかない。人間を狂わせる力と拮抗し、洗脳に至っていない。

 だが十分だ。何も問題ない。

 

「さぁ、目を覚ましなさい。……もしくは、私の前に跪きなさい」

 

 パチュリーとともに舞い降りた者の瞳が瞬く。

 妖しく優しく夜の帳を照らす紅の光。

 その光を浴びた人間達は、もがくのをやめ、その言葉通りその者の前に跪いた。

 

 吸血鬼の魅了の瞳。吸血鬼であるレミリアにできないはずがない。

 確かに力ある人間は容易に抵抗するだろう。博麗の巫女がいい例だ。

 だが、目の前にいるのは単なる人間。それも洗脳作用が拮抗しあい、精神が不安定になった人間。同時に魅了することなど、容易い。

 そしてその魅了の瞳は、元より忠誠を誓っていた人間を正気に戻した。

 

「アっ……ぐ……うぅ……」

「咲夜さん! い、今それを外しますから!」

 

 うめき声をあげ、苦悶の表情を見せ、しかしいつもの冷徹で冷静な瞳を取り戻した咲夜に美鈴は駆け寄る。

 そして血塗れの腕で、咲夜に取り付けられた装甲を破り、千切り、剥がしてゆく。

 

「私は……美鈴、その怪我は……」

「いえ! なんてことはありません! 何も、何も問題ないです!」

「……ま、そういうことにしておきましょ」

「ははは、なかなか傑作だったぞ、咲夜」

「お嬢様、パチュリー様……?」

 

 咲夜はまだ余波で痛むのであろう頭を振り、辺りを見回す。

 

 何故美鈴は傷だらけなのか。

 なぜパチュリー様、お嬢様が門の外まで出張っているのか。

 なぜ周りには跪く人間がいるのか。

 

 

 なぜ───────お嬢様だけ、かなり離れたところに立っているのか。

 

 

 ───────途端、大瀑布がレミリアを襲った。

 

「がっ……!」

「お嬢様!?」

「レミィ!?」

 

 その大瀑布は、レミリアのいる場所にのみ、降り注いでいた。

 レミリアは動けない。動けるはずがない。

 なぜなら吸血鬼は、流水を渡れないのだから。

 

 そして、今まで跪いていた人間達が再び蠢きだす。

 咲夜の頭痛が、己が精神を汚染しようとする力が、より強くなる。

 流水に阻まれたくらいで、吸血鬼の魅了は解けはしない。

 ならなぜ、突如として洗脳せんとする力が再び勝り出したのか。

 

 答えは単純。洗脳力が強くなったから。

 

 彼方より、別の一団が瀑布に打たれ、身動きできないレミリアに近づく。

 それは、河童の集団であった。

 しかし背負う鞄からは異質なチューブが突き出し、水を吐き出し、レミリアにかけ続けている。頭には何かよくわからない機械が取り付けられ、表情を伺い知ることはできない。

 紅魔館にいる者は知らないだろうが、彼らは沢で連れ去られた河童達、そのものであった。

 そしてもう一つが……もはやオリジナルの影もない者。それはパラボラアンテナの塊とでもいうべき者。

 パラボラアンテナの隙間から見えるのは、優曇華の正気のない顔であった。その瞳からはおよそ意思は感じられない。

 それは、レミリアのもとに降り立った。

 

「レミ……くっ!」

 

 駆けつけんとするパチュリーの行く手を、再び狂った人間達が阻む。

 

 その人間の壁の奥から、もはや姿すら見えない壁の向こうから、レミリアの声が聞こえる。

 それは、普段と全く変わらない、戯けたような、静かな声だった。

 

「さ、パチェ、手筈通り頼むわよ」

「ダメよ!? 何言ってんの!? レミィ、貴女を置いて行けと……」

「そうよ?」

「そんなの無理に決まっているじゃない!」

 

 喘息持ちのパチュリーが、喉を労わることも忘れ、絶叫する。

 

 しかし返事は、いつもの優しいレミィであった。

 

「言ったでしょ? ここが岐路だって。パチェ、貴女を信頼しているわ。唯一無二の親友として」

「……っ!」

「さ、頼むわよ? 失敗はゆるされないからね?」

 

 

 

 

 

 人の波が、レミリアを飲み込んだ。

 

 パチュリーは、美鈴は、咲夜は、小悪魔は、パチュリーの転移の魔法によって、その狂乱から逃れた。

 

 後に残るは、寂しく残る紅き館のみ。

 

 

○●○●○

 

 

 なんだか外が騒がしいな。

 

 気になるなぁ。

 

 ……外に出ちゃおうかな。

 

 いやいや、ダメダメ。お姉様にちゃんと確認取らないと。

 

 ……でも、なぁ。

 

 …………気になる、なぁ…………







おい桃色玉どこだよ()


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箒と火炎と桃色玉

「ふふ、ふふふふふふ、ハハハハハハハハ!!」

 

 トチ狂ったような笑い声が魔法の森に響く。

 同時に肉眼では直視できないような強い光が迸る。

 放たれた膨大な熱量は木々を焼き切り、へし折り、更地に変えてゆく。

 突然膨大な熱量が放たれたために、空気は急激に熱せられ、膨張し、凄まじい熱風を放つ。

 その熱風は木々を焼かないまでも、その葉を萎れさせ、木々を殺してゆく。

 

 地獄の火炎が放たれたかのような魔法の森に立つのは、二人の少女。

 無数の武装した人形を使役する魔女、アリス。

 機械の尾、魔改造八卦炉が取り付けられた右腕、金属装甲を纏った魔法使い、魔理沙。

 両者は対峙し、互いに不敵に笑う。

 

「全く、森をこんなにしてから……手癖が悪いわね。いえ、元からかしら?」

「ハハ、もう治らんよ。にしても、かなり人形の数が減ってるじゃないか。補給しなくていいのか?」

「必要ないわよ?」

 

 互いに適度な毒を掛け合うのは、いつも通り。

 しかし、魔理沙の目には正気が無い上に、明確な敵意がある。例え笑っていようとも、滲み出る敵意が。

 人外全てに向けられる、悍ましい感情が。

 いつもとの違いは、そこだ。それ以外は例え姿形が変わろうとも、力任せな戦闘スタイルも男勝りな言動のセンスも同じだ。

 

 洗脳による価値観の変更。これで間違いあるまい。

 

 アリスはそう判断し、戦況を冷静に判断する。

 

 百は超えていた人形のストックも、今では六十ほど。今同時に動かしているのが十五体。かなりの痛手だ。

 対して、魔理沙の損失は……よくわからない。人形の捨て身の突撃や自爆により、尻尾や右腕の装甲を何枚か剥いだが、どれだけのダメージが入っているのかよくわからない。その右腕や尾の馬力が衰えていないのを見るに、全く損傷していないのかもしれない。

 

 しかし心配なのは、魔理沙の体にかかる負荷だ。

 魔理沙の体に接続されているのは、トン単位の重さはあるであろう右腕と尾。金属装甲によって強力な膂力を得ているとしても、魔理沙は生身の人間なのだ。下手したら右腕が“落ち”かねない。

 

 魔理沙の生還を目指すなら、短期決戦に持ち込まねばなるまい。

 

 弾幕ごっこの要領で、魔弾を大量に放つ。

 視界を埋め尽くすほどの大量の魔弾を。

 しかし。

 

「はははは! チャチだなぁ!」

 

 鋼鉄の尾を振り回し、次々と弾をかき消して行く。

 呆れんばかりの耐久性。常識をことごとく壊してゆく。

 尾は土を抉り、木々をなぎ倒し、地響きを起こす。

 

 しかし、アリスは見ていた。

 平時の、湖面の如き精神で、その時を。

 重心を計算し、バランスが若干崩れ、修正するその時を。

 

「……今」

 

 アリスの口元で発せられる、小さな号令。

 魔法の糸で人形を操るアリスは号令なくとも人形を操れる。しかしそれでも口に出したのは、自らを鼓舞するためか。

 

 無数の弾幕の裏から、隠れていた人形達が飛び出し、殺到する。

 そう、弾幕は目くらまし。本命は、こっち。

 そして今、魔理沙はバランスを崩している。尾で薙ぎ払うことはできない。また、右腕の魔改造八卦炉も火力集中型であり、四方八方から殺到する人形を捌ききれない。

 完璧なタイミングの奇襲だった。

 

 

 

 

 しかしなお、魔理沙は笑みを崩さない。

 

 そして、右腕からオリジナルよりも太いマスタースパークを吐き出す。

 あろうことか……地面を尾で少し蹴り、空中に浮いた状態で。

 ねずみ花火というものを知っているだろうか。炎を吹き出す反動で、地面を滅茶苦茶にのたうちまわる花火の事を。その動きは予想困難であり、一種のスリルを味わえる。

 だが、今回のはそんな可愛らしいものでは無い。噴射するのは木々を焼き切る光条。それが滅茶苦茶に、予想不可能な動きで噴射し続けるのだ。

 

「ちぃ!」

「ハハハハハハハハ!!!」

 

 予想不可能な挙動で回転しながらレーザーを撒き散らす魔理沙に、人形の回避が間に合わない。

 次から次へとストックを消費して人形を追加するも、魔理沙に近づけない。一定の距離を保ち、浮遊させることしかできない。

 

「本命を隠しての攻撃は良かったぜ! だがバレバレなんだよなぁ!」

 

 高笑いし、ゆっくりと尾で着地する魔理沙。

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、その尾が爆ぜた。

 一条の光が、その装甲を貫き、爆散させた。

 

「……弾幕はパワー、なんですってね?」

 

 その人形の後ろから、掌を魔理沙の方へ向けるアリスの姿がちらと覗く。

 

「……ほー、なるほどなぁ」

 

 そう、本命は弾幕でも、その裏に隠れた人形では無い。さらにその後ろに隠れたアリスの一撃こそが本命。

 『相手の策を見破った』。そう相手が思った時が一番の攻め所であることをアリスは知っている。

 特に、人形遣いであるアリスが直接攻撃してくるとは思わなかっただろう。

 

「その尻尾は使い物にはならないわね。後はその右腕かしら?」

「やるじゃないか。だが私がこれだけで弱体化するとでも?」

「さぁ? でも私にはまだまだ策はあるわよ? 数撃ちゃ当たるってね」

「策士策に溺れるともいうぜ?」

「それはやって見ないとわからないわね」

 

 一呼間開け、再び魔理沙が突撃する。

 その右腕の魔改造八卦炉に光を灯しながら。

 アリスはそれを、人形で槍衾を形成し、迎え撃つ。

 やがて両者は中間地点でぶつかる……そう思われた時。

 

 バキィ、と軋むような音を立て、魔理沙が吹き飛ぶ。

 真横に吹き飛ばされた魔理沙は土を蹴散らしながら踏みとどまり、闖入者を睨む。

 

「おうおう、水差しとは無粋だな……誰だお前」

 

 闖入者は自信満々に、箒の上からただ一声発する。

 

「ぽよ!」と。

 

 アリスには見覚えがあった。というより忘れるはずもない。自分の書斎が吹き飛ばされたことはまだしっかり覚えている。

 カービィだ。狂う前の魔理沙に居候していた桃色玉。

 それが箒にのり、三角巾をかぶった主婦のような魔法使いのようなどっちつかずの姿で突進してきたのだ。

 その瞳には強い意思が宿っている。

 アリスと全く同じ意思が。

 

「……カービィ、突然で悪いんだけど協力してくれるわよね?」

「うぃ!」

「良し。さっきの突進を見ていると、貴方なかなか前衛向きね。ダイレクトアタックは任せたわ」

「ぽよっ!」

 

 アリスは魔理沙と違って瞬間火力を叩き込むのは向いていない。そこだけは魔理沙に負けを認めよう。先の一撃だって、準備にかなりの時間を要した。魔理沙ならアリスの二分の一以下の時間で放てるだろう。

 向いているのは、人形作りやその操作のような細やかな作業。

 策と罠を張り巡らし、人形という手数の多さで四方から攻め立てる。決して正面切って戦うタイプではない。

 そんな中、前衛を任せられる能力を得てやってきたカービィの存在は大きい。カービィが魔理沙へ正面から戦ってくれることで、後方のアリスはその能力をフルに生かして活動できるだろう。

 

「にしても……まさかここで因縁の相手と会うとはね。それも即席の味方として」

 

 まだ書斎を吹っ飛ばされた恨みは忘れてはいない。

 しかし自分はそんな負の感情で損得計算ができなくなるような者ではないと自負している。

 昨日の敵は今日の友。よくよく言われることだが、そんな状況今までなかったし、あり得ない。

 

「……と思っていたんだけどね」

 

 現実は小説よりも奇なりということか。

 

 それにしても、カービィはほぼ常に魔理沙と一緒にいたはずだ。にも関わらず、なぜ逸れているのだろうか。

 もし魔理沙が狂った人間に襲われたのだとしたらその場にいるカービィが抵抗するだろう。であれば、自分は魔理沙とカービィの戦闘中に出会うはず。

 しかし魔理沙は狂った人間を引き連れて現れ、カービィは大分遅れて参戦した。

 恐らくは魔理沙とカービィが離れたところを見計らって洗脳された、ということで良いのだろう。

 だが情報が足りない。探知したところ、魔理沙は魔法で洗脳されているわけではない。全く別の何かによる作用によって洗脳されている。それは今でも、遠くからこちらを見ている狂った人間達もそうだ。

 とにかく、今は魔理沙を正気に戻さなくてはなるまい。狙うは怪しいあの機械。

 

 カービィは箒で殴り、それを魔理沙は機械装甲がなされた右腕で受け止める。柔らかいはずの箒は、あろうことか硬質な音を立てて衝突する。

 

「なんか、巫女のお祓い棒に通じるものがあるわね……」

 

 あの巫女同様、カービィが持つ道具は大抵おかしな性質を持つ。

 金属と同等の硬度を持つ箒……人や妖怪を殴っても折れやしない超耐久を持った霊夢のお祓い棒を見てなれていたつもりだが、見ていると常識が音を立てて崩れていき、頭がおかしくなりそうだ。

 

 だが、頼もしいことに変わりはない。あの小さな体のどこにそんなパワーがあるのか、機械装甲が為された魔理沙を物理で押してゆく。

 確かに魔理沙は魔法のパワーは強い。しかし、自身の体の強さは人間の範疇をでない。例え外部から補助をつけてもそこまでは強くならないであろう。

 それを知ってか知らずか、カービィは至近距離からの殴打を続けている。その装甲も歪みつつある。

 魔理沙の顔も、余裕ある笑みから凶悪な笑みへと変わっている。

 余裕は失われ、それと同時に……冷静さも失っている。

 

 機は熟した。

 

「……行けっ!」

 

 自らを鼓舞する号令の下、地中から無数の人形が飛び出す。

 万全な状態の魔理沙ならば、尾を使って避けただろうが、もはやその尾はちぎれ、役に立たない。

 その装甲の重量により、素早さを失っている。

 

 アリスは薄く、妖艶に笑い、糸を引く。

 

 

 

 そして全ての人形は、爆散した。

 

 魔力を多量に注ぎ込んでの爆発。その総エネルギーは尾を切り取ったものとは比べ物にならない。

 黒煙が上がり、火花が散るような音が聞こえ出す。

 

「ぽよ!」

「……あら、お疲れ様」

 

 その黒煙の中から箒に乗ったカービィがひらりと飛んでくる。

 そして、その黒煙をアリスの隣で静かに見つめていた。

 

 やがて黒煙は晴れ……中から煤だらけの魔理沙が現れる。

 なんらかのバリアを張ったのだろう。魔理沙自身はそこまで傷ついていない。

 がしかし、その犠牲となったのか、右腕の機械装甲は完全に破壊され、単なる重石に変わっていた。

 

「ああ……うぅ……」

「魔理沙、私がわかる?」

「ぽよ!」

「あー……ぁ……」

 

 だが、目は虚ろなまま。相当洗脳力は強いらしい。

 仕方ない、と精神系の魔法の術式を構築しながら、アリスは魔理沙に近づく。

 

 が、その時。

 

「おおお、おおお、人外はまだ健在なり!」

「人外は滅ぼせ! 滅せよ!」

「未だ力はあり! 神秘の力は我ら人間にあり!」

 

 今まで静観していた人間達が、ワラワラと魔理沙のもとに集まってきたのだ。

 

「っ!?」

 

 その異様な気配に、アリスは思わずたじろぐ。

 魔理沙を取り囲んだ人間達は、なにかを行なった後、すぐに散会する。

 その後に残されたのは……

 

「オオオオぉ……」

 

 4、5メートルに及ぶ、蜘蛛のような脚を背中に生やし、魔理沙自身の手足に砲塔を取り付けられた、先ほどとはまた毛色の違う変わり果てた姿。より化け物然としている。

 

「……人外駆除とか言ってる割に、自分自身が人外しみてきているわね。何かの皮肉かしら? っと、来るわね」

 

 砲塔がこちらを向いた。

 再度の戦闘は避けられない。

 一体、連中はなんなんだ?

 人間を狂った戦士に変える洗脳技術、堅牢さと火力を併せ持った道具の作成技術は幻想郷には無かったもの。

 一体、どこからやってきた?

 

 この狂戦士は、この狂気は、一体どうやったら止まるんだ?

 

 アリスは再度、人形を整列させ、槍衾を形成する。

 しかしその数は目に見えて減っており、アリスの目にも疲労が透けて見える。

 だが砲塔は無情にも、その力をアリスに向けんとする。

 力は極限まで高められ……閃光が迸る。

 

 

 

 だが、その閃光は砲塔から迸ったものでは無かった。

 

 遥か上空から降り注いだものだった。

 カービィに続く闖入者の正体を見んと、魔理沙も、アリスも、カービィも空を見上げる。

 その空には、いつのまにか太陽が昇っていた。

 いや、太陽ではない。太陽ではなく、その化身を見に宿した地獄烏……霊烏路空であった。

 

 霊烏路空は無数に弾幕を放つ。

 自慢の高火力を生かした、巨大な火球を無数に。

 それを魔理沙に向けて雨あられと降り注ぐ。

 その火力は、アリスの人形による自爆の威力をはるかに凌駕していた。

 狙いは甘い。だが、それを威力がカバーする。

 魔理沙の蜘蛛の如き脚は次々折れ、苦戦すると思われた第二の形態はあっさりと打ち破られた。

 森は広範囲にわたって焼き払われ、その焦土に霊烏路空は静かに降り立つ。

 

「おくー!」

「何が何だかわからないけど……地底の主の差し金かしら? 何はともあれ助かっ……!?」

 

 アリスは、すぐに異常に気がついた。

 霊烏路空の身体に変化はない。だが、その頭には目を覆い隠すような金属製のバイザーが取り付けられているのだ。

 魔理沙のようなフル装備ではないが、つけているものと同種であることは容易に想像がつく。

 

 ダメだ、こいつもだ。

 なぜ魔理沙を襲ったのかは知らないが、こいつも洗脳されている。

 

 半ば絶望的な状況に、アリスの冷や汗は止まらない。

 どうにかして撤退し戦力を整える算段をしながら、アリスはジリジリと後ずさる。

 

 が、直後アリスは己が耳を疑うこととなる。

 

『アリス・マーガトロイド。私は貴方に危害を及ぼすつもりはない。協力を要請する』

「………………は!?」

 

 霊烏路空の口から発せられたのは、恐ろしく機械的で、無感情な声。

 そして何より、その理性的な発言にアリスはその耳を疑った。





カービィ「待たせたな!」



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烏と桃色玉

洗脳装置を

お空に

置くう!!!



えーき様:「はい黒確定」



「貴女、地獄烏の……霊烏路空……なのよね?」

「おくー?」

 

 アリスは目の前に立つ霊烏路空……いや、それに似た何かに向けて、恐る恐る問いかける。

 カービィは何が何だかわからないといった様子で、しきりに首を傾げている。

 霊烏路空のような者は霊烏路空の口を借り、またあの恐ろしく無機質な声を発する。

 

『現在使用している身体は霊烏路空のものです』

「それで、その身体を使っている貴方は何者? そこの狂った人間を生み出した元凶かしら?」

「うぃ!?」

 

 問いかけつつ、静かに戦闘態勢をとるアリス。その側ではカービィはその発言に驚いたのか、あたふたとしている。

 しかし当の霊烏路空の身体を借りる者は、敵意を向けられているのにも関わらず、その無機質な調子を崩さなかった。

 

『否定します。私はSanity 0 system破壊program、Insanity 0 systemのdroneです』

「はぁ……」

「う??」

 

 そして飛び出した幻想郷では聞きなれない外国語の羅列に辟易する両者。

 アリスは理解できないわけでもないが、こうも突然に、しかも『あの』霊烏路空の口から飛び出してくるとは思っても見なかった。

 そしてそう辟易している間に、彼女は……仮称『ドローン』は話を進める。

 

『警告、私の周囲50㎝には電波妨害の為の高濃度放射線が磁気に包まれています。長時間の被曝は身体に悪影響を及ぼす可能性があります。注意してください』

「え、と……離れてろ、と?」

『はい』

 

 その堅苦しく機械的な声には、どこか妙に近寄りがたい雰囲気を纏っている。

 それはアリスらが『幻想』の存在だからだろうか。科学を軸に、機械と数式、理論の力で勢力を伸ばした『現実』と相反する存在だからであろうか。

 

 しかし、一個人の感情だけで『ドローン』との接触を拒むわけにはいかない。

 この場にいる中で唯一、洗脳されていながら理性的に話ができる相手なのだから。

 

「……で、貴女は一体何者? 私たちの味方と言っていいの?」

『Sanity 0 systemの支配下に置かれない限り、そうと言って良い』

「では貴女は……幻想郷の味方なの?」

『……回答不能。その質問に対する答えを持っていません』

「なら、貴女はどのようにしてその地獄烏の身体を奪ったのかしら」

『宿主、霊烏路空及び旧地獄の情報はすでに数少ないdrone全体に共有されています。その情報を利用し、地上に上昇してきたところを捕捉、接触を図り、私を装着させることに成功。現在に至ります』

「……つまり地獄烏の性格を利用して洗脳した、と? ……そこまでやる理由は?」

『Sanity 0 systemの破壊。私の現在の行動原理はそれのみに完結しています』

「さっきから言っている、その、『サニティ ゼロ システム』ってなんなの?」

『それ────』

 

 ドローンは口を開く。

 だが、何か核心に触れようとした時、その口を閉じ、背後を振り返った。

 釣られてアリスも、そちらを見た。

 

 そこに居たのは、よたよたと立ち上がる魔理沙だった。

 未だ、その目には狂気が宿っている。

 

「まだやるか!」

「まりさー!」

 

 最早魔理沙の機械装甲は意味をなして居ないが、それでもその重量は脅威である。

 アリスとカービィが再び臨戦態勢に入る。

 

 が。

 

『これ以上の戦闘は危険』

 

 そうドローンは呟くと、カチャリ、という音とともにバイザーの数センチもあるネジのようなものを取り外す。

 そしてそれをおもむろに魔理沙に投げつけた。

 それは淡い光を放って魔理沙の足元に転がり────

 

「……っ! いっ、イテテテテテ!? 頭が痛い! 体も痛い!」

 

 ────その目に、再び理性が戻った。

 

「あれ? 私一体何してたんだ? ……うわ、なんだこの金属の服。重っ!」

「魔理沙!? 本当に魔理沙ね!?」

「ん? アリス? ああ、私は私だが……いやなんでお前がここに居るんだ?」

「ぷぃ!」

「おお、カービィも居たか! ……あれ、私たち、確か森の上空を飛んでいたような……てかなんでここにお空がいるんだ? なんだそのダサい目隠しは」

 

 全く要領を得ない魔理沙に、アリスが事の顛末を知っている限り魔理沙に教える。

 自分が洗脳されていたと聞いて少し顔をしかめたが、あとは淡々と、先ほどの狂乱があったとは思えないほど落ち着いて話を聞いていた。

 

「成る程、人間を狂わせる力か……私はそれにやられたと」

「人里もおそらく全滅ね」

「ぽよ……」

「成る程な。……あれ、なんで私は平気なんだ?」

『妨害装置の範囲内にいるからです』

「ぼう……なんだ?」

『今マリサの足元にある、洗脳電波を妨害する電波を発生させる装置のことです』

「……これか? でかいネジみたいだな」

『そこから常に妨害電波が発生しています。尚、範囲から外れると再び洗脳電波に侵され、洗脳されますので肌身離さず所持しておいてください』

「お、おう……アリスらは……人間じゃないから反応しないのか」

『はい。もっとも、脳に直接電磁波を送られた場合はその限りではありません』

「……なんだろうな、この……」

「お空の体でこうも訳わからないこと言われると……ね」

「ぷぃ」

 

 普段のお空がお空であるために、なんとも言えない絶妙な違和感を感じる。カービィもひどく困惑した表情をしている。

 しかし当の本人、もしくはドローンはそれに気がついていないか無視しているのか、構わず喋り続ける。

 

『では、我々は向かわねばならない』

「何処へ?」

『Sanity 0 systemの破壊の為。全ては終わらせねばならない。繰り返してはならない。それがInsanity 0 systemの行動原理の一つである』

「その、さっきから言っている『インサニティゼロシステム』ってのはなんなんだ? お前の主人であることはわかる。だが、全くなんなのかわからん。『サニティゼロシステム』との違いはなんだ? 『サニティゼロシステム』がこの洗脳の犯人なのか?」

 

 魔理沙はまくしたてるようにドローンに問い詰める。

 しばしドローンは黙り、やがて霊烏路空の口を借りて、たったひとつだけ、答えた。

 

『Sanity 0 systemを起動させた者、今回の首謀者はわかっている』

「それは!?」

『柳葉流師範にして柳葉家当主、柳葉権右ヱ門だ』

 

 

●○●○●

 

 

「ギィイイイイイ!!」

「ひょえええええ!?」

 

 大木に括り付けられ、バタバタと暴れる小鈴。しかしやはりというべきか、その目に正気はない。

 その狂乱を見て、高麗野あうんは霊夢の後ろで怯えだす。

 そしてその様子を見て霊夢が呆れるという始末。

 

「あんた本当に守護獣?」

「こんな狂った人間なんか見たことある訳ないでしょ!」

「それには同意するけどね」

 

 そして、暴れ狂う小鈴を見る。

 お守りが焼かれた途端に大人しくなったはずなのに、どういうわけか突然再び暴れ出したのだ。

 てっきりこのお守りがキーアイテムかと思ったが、どうもそうとは言い切れないらしい。

 さらには、自らを蝕もうとする不穏な気配も強くなっている気がする。

 

「全く、変なことしか起きないわね。まーた知らない奴がウヨウヨしだしたんだろうなー」

 

 そう、知らない奴と言えばもう一人。ピエロのような帽子を被った灰色の子。

 あんなグロテスクな奴と平然と戦っていたのだ。普通の人間ではあるまい。

 

「そういや、あんたの名前聞き忘れてたわね。あんた、名前はなんて言うの……」

 

 霊夢は振り返り、尋ねる。

 だが、そこに灰色の子はいなかった。

 代わりにいたのは……灰色の球体だった。

 

「……誰あんた」

「……」

「その雰囲気……まさかさっきの灰色の子ね?」

 

 その問いに、灰色の子はゆっくりと頷く。

 

「化けてたのかしら。霊力とか妖力は感じなかったけど……それにしてもあんた、カービィに似てるわね」

 

 それはまさに『カービィの影』とでも言うべき存在であった。

 シルエットはカービィそのまま。体色は灰色で、カービィが常に天真爛漫で能天気な表情をしているのに対し、この灰色のカービィはどこか大人びた、少し物憂げな表情をしている。

 しかも、霊夢にはこの灰色のカービィに見覚えがあった。

 

「あ、もしかしてマルクとか言う奴に緑色の乗り物で突っ込んで行ったの、あんた?」

「……」

 

 またも無言で頷く灰色のカービィ。うんともすんともぽよとも言わないあたり、やはりカービィとは決定的に何か違うようだ。

 カービィと同じような反応を期待していたために、少々違和感を感じるが、しかし他はどう見ても───格好が変わるとそれに応じた力を使えるあたりも────カービィだ。

 そして、霊夢が確認したいことはただ一つ。

 

「灰色。あんた、この異変について何か知ってるわね?」

「……」

 

 肯定。

 予想通りだ。でなければ人間の姿を取って人間の街を歩き、小鈴の呼び出した化け物と戦うはずがない。

 コイツは、この異変について何かを知った上で行動している。

 しかしおそらくコイツもカービィと同じで人語を喋ることはできまい。

 

「あんたはこの異変を収束させようとしている。それは間違いないわね?」

「……」

「ま、でしょうね。それに私が手伝うと言ったら? あんたは受け入れる?」

「……」

「そう。なら首謀者はわかる?」

「……」

「……上出来よ。なら私のやり方で異変を解決するわ。案内して頂戴」

「……」

「……微妙な返事ね。ここは私たちが住まう地よ。なら、原住民が決定権を持つのが道理じゃない?」

「……」

「そう、それでよろしい」

 

 渋々といった様子で灰色のカービィは霊夢との取引───に近い強要────に応じる。

 だが仕方あるまい。灰色のカービィは部外者。霊夢は幻想郷の住人であり、バランサーでもある。どちらの意見が優先されるべきか言うまでもない。

 そしてそのやり方が、博麗霊夢の異変解決のやり方の中で最も成功率が高いのだから。

 下手な打算をした時は損をした。

 後手に回った時は悪化した。

 なら、霊夢が取るべき方法はただ一つ。

 

 敵地に乗り込み、首謀者を討つ。作戦も何もない力押し。それだけだ。




霊夢は本編みたいに敵地に乗り込んで解決した異変はあまり失敗なく終わらせるけど、『鈴奈庵』とかの外伝にて、色々打算した時は大体失敗しているんですよねー。

やっぱ脳筋が性にあっているんだろうか。


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没落と桃色玉


最近更新が遅れ気味な理由→禿げそう


…………なくらいのストレス。




ほら、あれですよ。誰もが乗り越えたり乗り越えなかったりするアレですよ。
ま、いずれなんとかなるでしょう(笑)


「待った待った! まさか戦う気かい!?」

 

 悲鳴のような反論をあげたのは、高麗野あうん。その目からはひしひしと必死さが伝わってくる。

 おそらくはその先が死地であることを悟っているのだろう……いや、この陥落寸前の幻想郷において、この状況を作り出した元凶と戦うことがどれだけ危険なことか、誰であっても想像できるだろう。

 しかし霊夢は当然と言うべきか、その嘆願を一蹴する。

 

「そ。ならそこら辺で丸まってなさい。私は行くわよ」

「ひぇえ〜そんな殺生な……」

「神社にでも戻ればいいじゃない。確か萃香と針妙丸を残したままだったし、守護獣やめて被守護獣に転身すれば?」

「ええ……道中でやられそう……」

「意気地がないわね。ま、どちらにしろ私たちは行くわよ。灰色」

「……」

 

 自らの名を指し示す愛称で呼ばれた灰色のカービィは黙って頷き、どこかふらりと向かう霊夢に追従する。

 

「ま、待ってよぅ〜」

 

 そしてその後を情けない声を出しつつあうんは追うのであった。

 

 

●○●○●

 

 

「……案外歩くわね」

「……」

「まだまだ先ってこと? はぁ……」

「霊夢〜、引き返そ? 二人じゃ無理だって」

「時間は敵よ。後何さらっと自分をカウント外にしているのよ」

「やだむり戦いたくない」

「……ほんっと、使えない守護獣ね」

「……」

 

 人里離れた荒地を灰色のカービィを先頭に歩き続ける霊夢。そしてその後ろをおっかなびっくりついてくるあうん。

 灰色のカービィはただひたすら進み続け、霊夢は黙々と追い続ける。

 

 あたりはしんとしている。

 しかし少しあたりを見回せば、人里は篝火により妖しく光り、妖怪の山は狂った人間たちが持っているのであろう松明の灯りがちらほらと見える。

 

 まるで幻想の黄昏のようだ。

 

 気味が悪い。

 

 そう心の中で吐き捨て、また視線を戻して灰色のカービィの後をついて行く。

 

「……何が目的なのかしら」

「首謀者のこと? ……幻想郷を滅ぼしたい?」

「回りくどい気がするわねー。人間全てを操れる力があるなら、普通に力押しで何とかなる気もするけど……洗脳を得意とする妖怪かしら? でも妖力は感じないしなぁ」

「うーん、妖力なら私だって一応守護獣ですし、邪なものとして防ぐことはできるけど……なんだろう。何か目的があってやっているのかも?」

「目的って何よ」

「さ、さあ……」

 

 しばし耳に痛いほどの無言が続く。

 だが、ふとある言葉が脳裏に蘇った。

 それは、小鈴が霊夢に向かって発した言葉。

 

「……あー、そういや狂った小鈴ちゃん、人外がどうとか言ってたっけ?」

「……言ってた気がする」

「人外……妖怪とか精霊とか、そう言う類への恨み、ねぇ……妖怪に殺された人間の怨霊がよくそんなことを言っていた気がするわね」

「でも怨霊だったら……私でも対処できるし……わふっ!?」

 

 あうんの顔に何かがぶつかる。

 それは霊夢の背中。おっかなびっくり前かがみになって歩いていたせいでぶつかったのだろう。

 なお、あうんの額には角が生えている。

 

「いっっった! 何すんのよ! 刺さったわよね!? 刺さったわよね!!?」

「急に止まるのが悪いんじゃないか!」

 

 背中をさすり若干涙目で激昂する霊夢と、恐怖でやはり涙目のあうんがこれに抗議し、耳に痛いほどの静寂は尾を巻いて何処かへ逃げて行く。

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人に、第三者の声がかかる。

 

「……悪いわね、驚かせたようで」

 

 それは、霊夢の前に何の前触れもなく現れたのだ。

 それは紫色のネグリジェらしきものをまとい、薄紫のモブキャップを被った、紫の長髪の少女。

 紅魔館の魔女、パチュリー・ノーレッジであった。

 

「はぁ、もう……ええ、あんたのせいね。引きこもりのあんたが何でここにいるわけ?」

「……話は中でするわ。……率直に言うと、貴女が来てくれて助かったわ」

「何よ気持ち悪い」

「……私だけじゃないのよ」

 

 パチュリーは背を向け、手を少し振る。

 途端、荒野の一部が切り取られるように景色が変わり……そこには簡素な野営地が設置されていた。

 そこにいたのは何人かの妖精たち。しかしそこにいるのはそこらへんで見かけるものではなく、服装が統一されたもの。

 その姿はメイドであった。

 そしてその中に見覚えのある顔がいくつかあった。

 パチュリーに仕える小悪魔。紅魔館の門番、美鈴。吸血鬼のメイド、咲夜。

 そう、紅魔館の住人たちが、荒野に野営地を張っていたのだ。

 どういうわけか、その紅魔館の主人を除いた者たちが。

 

「……どういうこと?」

「……私の……せいです」

「はい?」

「……」

「私が説明するわ。……紅魔館が落とされたの」

「は?」

 

 パチュリーは語った。

 狂った人間が紅魔館に押し寄せたこと。

 なんらかの力により、咲夜が一度洗脳されたこと。

 そして……咲夜の正気と全員の脱出と引き換えに、レミリアが正気を失った妖怪に襲われたことを。

 

「妖怪? 妖怪が洗脳されている?」

「間違いないわ。金属のパーツを付けられた河童と……もう一つは永遠亭の月兎かしら」

「……永遠亭にも行ってみる必要がありそうね……で、気の触れた妹の方は?」

「フランは自室にいたまま。外の状況に気づいていたとは思えないわ」

「ふーん」

「……霊夢、頼みがあるわ」

「私からもお願いいたします」

 

 パチュリーと咲夜は霊夢にその頭を下げた。

 その後ろで、美鈴も、小悪魔も、妖精メイドたちも、頭を下げた。

 その口から漏れだすのは懇願……いや、哀願であった。

 片や親友とその妹を、片や主とその妹を、為すすべもなく置いてくことになった者の、哀願。

 

「どうか……レミィを助けて欲しい。魔女らしく対価は払いましょう」

「私からもお嬢様と妹様をよろしくお願いいたします」

 

 それに対して霊夢は。

 

「私は人間巫女よ。それを分かった上で言ってるの?」

「……」

「わかっています」

「私は……異変を解決する。ただそれだけよ。その過程までは私には与り知らぬところよ?」

「それでも、よ」

 

 霊夢はパチュリーの、咲夜の、美鈴の、小悪魔の、妖精メイドたちの横をすり抜け、通り過ぎた。

 その後を遠慮がちにあうんが、一度だけ紅魔館の者たちを一瞥した灰色のカービィが、付いて行く。

 残された咲夜は、美鈴に、妖精メイドに、指示を出した。

 

「美鈴、メイドたち。貴女たちはここで待機よ」

「え、いや、でも!」

「小悪魔も残りなさい」

「そんな! 私も戦えます!」

「それでも、よ」

「……!」

 

 咲夜とパチュリーの目は、美鈴の、小悪魔、メイドは何も言えなくさせた。

 その目の前に、何も、反論できなくなった。

 それは洗脳や、魅了の魔法なんかよりももっとずっと強い力。

 

「……では、ここをよろしく頼むわ」

「……任せてください」

 

 美鈴と小悪魔、妖精メイドたちは恭しく頭を下げる。

 そして、パチュリーと咲夜は歩き出した。

 

「全く……あの巫女も堅物ね」

「ええ、全く」

 

 その先にいるのは、ただ異変に向けて歩き続ける鬼巫女だった。

 

 

●○●○●

 

 

 なぜ、誰もいないの?

 

 メイドは? 咲夜は? パチュリーは? 小悪魔は? 美鈴は?

 

 お姉様は、どこ?

 

 誰もいない。

 

 あるのは荒れはてた館のみ。

 

 そこに人のカゲはいない。

 

 なにも。なにも。なにも。

 

 すてられた?

 

 すてられたの?

 

 わたしは、すてられたの?

 

 いや、ちがう。

 

 コドクのオリのなかに、またとじこめられたの?

 

 ヨゾラはくらい。いつもならすべてみわたせる、わたしのめは、いまはすべてがにじんでみえる

 

 いやだ。

 

 わたしをとじこめないで。

 

 コドクのなかに、またとじこめないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女、吸血鬼……なんだよね?」

「……誰? ……もしかして……宵闇の……ルー……?」

「お願いがあるの。あなたの、家族を取り戻すために」

「なに?」

 

 

 

 

「私の…………止めて欲しいの」



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人食いと工作と桃色玉

 幻想郷には、人間の生活圏たる人里がある。

 それと同じく、妖怪の生活圏とも言える場所も当然存在する。

 そこは妖怪がたむろする場所であるために、人間はその辺りに近づくような自殺じみたことをする者はいない。そのため、その辺りをうろつく人間は大抵尋常な者ではない。霊夢のような力を持った人間か、妖に魅入られた人間か、どちらかだ。

 

 しかしその場所に、力を持つわけでもなく、魅入られたわけでもない人間が一人、入り込んだ。

 妖怪の生活圏で、たとえ命が奪われても文句の言えない場所で、ただ何かを待つように。

 その人間は若かった。若い人間の女性だった。

 江戸時代か明治時代の価値観を持つ幻想郷ならば大人として扱うのかもしれないが、我々の価値観からすれば、その女性はまだ未成年であった。

 前途ある若者のその顔は……微塵も生気を感じさせなかった。

 

「────あなたは食べてもいい人間?」

 

 夜闇に紛れて、闇そのものが問いかけた。

 幼くあどけない少女の声が。

 

 『妖怪のたむろする場所に来ては人間は生きて帰れない』。要約すればそのようなことを前に言ったが、しかしいまこの幻想郷においてはそうは限らない。

 獣のような知性しか持たない妖怪に出くわせば、そうなるであろう。しかし出くわしたのが知性を持つ妖怪であり、無闇矢鱈に人を殺すことが禁じられている今の幻想郷ならば、身の程を弁えて行動したならば助かる見込みがある。

 

 この問いかけが、それである。

 『違う』そう答えるだけで彼女は諦め、次の獲物を探すだろう。

 

 人間の女性は口を開き───

 

「…………ええ。そうよ」

 

 ────この妖怪を、受け入れた。

 

 一瞬。一瞬だけ、金糸が夜闇を切った。

 水音と咀嚼音だけが、暗闇に響いた。

 後には血の匂いのみが残っていた。

 

 

●○●○●

 

 

「ねぇ」

“はい”

 

 木の上で、一人の少女が脚をパタパタ揺らしながら、隣にいるものに問いかける。

 その少女の髪は金髪のボブカット。チャームポイントとして金のリボンを右に着けている。

 問いかけた先にいるのは、影。薄く朧な、人の影。

 

「なんであなたは私にまとわりつくんだ?」

“……さぁ”

「今までこんなこと無かったぞ。いくら人を食べても、食べた相手にまとわりつかれるなんてなかった」

“そう言われても……”

 

 金髪の少女の詰問に、人の影は困ったように頭部にあたる部分を揺らす。おそらくは首を傾げているのだろう。

 

「なぁ」

 

 金髪の少女は問いかけた。

 

「なんでお前は私に食われたんだ?」

“……なんでだろうね。私には恋人がいたの。その人に先立たれたからかな”

「んー? 恋人に死なれたらなんで私に食われるんだ?」

“……貴女にはまだ早いのかな”

 

 人の影は困ったようにゆらゆら揺れた。

 同じように、金髪の少女もゆらゆらと脚を揺らした。

 

 

●○●○●

 

 

「なあなあ、なんの騒ぎだ?」

 

 夜だというのに、人里や妖怪の山から夜空を煌々と照らす篝火を見て不審に思ったのだろう。金髪の少女は未だについてくる人の影に問いかけた。

 

“人が……人が、狂ってるの”

「なんでだ?」

“わからない。でも……”

 

 人の影の返事はか細い。

 しかしながら、芯が通っており、何か確信があるように思えた。

 

「もしかしてー、なんか知ってるのかー?」

“…………”

「……遠慮しなくていいぞ?」

“……え?”

「私とお前は、私がお前を食ってからずっと一緒にいるんだ。だからもう友達だぞ? 友達なら『困った時はお互い様』なんでしょ?」

“…………”

 

 人の影は揺らいだ。

 長く、長く、揺らいだ。

 そして、体を震わせる。

 

“……お願いが、あるの”

 

 

●○●○●

 

 

「柳葉権右ヱ門って……人里で護身術教えてた剣の名家じゃないか!」

「ぽよ?」

「魔理沙、知っているの?」

「知っているも何も、最近じゃ知らぬ者はいないというか……護身術を大々的に宣伝していたから、今じゃ知らぬ者はいない、ってくらい隆盛だったぜ」

「隆盛を極めた家長が異変を起こす、ねぇ……人里での台頭は目的というより、手段かしら?」

「どういうことだ?」

「うぃ?」

 

 アリスのやや抽象的な発言に、魔理沙とカービィが首を傾げる。

 

「つまりはこの大規模な人間の洗脳を行うには、裏で秘密裏に工作するというよりも、大々的に目立ち、力を持たなくては出来得なかった、ということよ」

『概ね正解です』

「ぅわっ! ……いきなり喋らないで頂戴」

 

 アリスの講義を無視し、霊烏路空の口を借り、ドローンは勝手に喋り出す。

 

『柳葉権右ヱ門は巧みな宣伝により人里の人間を自らの道場に集め、Sanity 0 systemにより作り上げられた受信式小型洗脳パルス放射機器を埋め込んだ短刀を配布しました』

「えと……そのジュシン……パル……なんだ?」

『脳に直接干渉し人間を洗脳する電磁波を発生させる装置です』

「つまり、集めた人間に、人間を洗脳する術式を埋め込んだカースドアイテムを持たせた、ってこと?」

『概ね正解です。ただし魔法などによるものではなく、物理学、化学、生物学に則った力による洗脳です』

「仕組みはどうでもいいわ。それより……どう考えても幻想郷の存在ではないものが暗躍している、ってことはわかったわね」

「なるほどな。マルクを思い出すぜ」

「ぽよ」

 

 魔理沙とカービィが思い出すのは、あのマルクとの決戦。

 彼は何ヶ月もかけて入念な準備をして、幻想郷にその毒牙を向けた。

 おそらく、『サニティゼロシステム』というやつも同類なのだろう。

 

 と、ここで一つ、魔理沙はあることを思い出した。

 

「そういえば、その短刀がスられまくる、っていう事件もあったよな? そしたら人里に出回る洗脳機械入りの短刀の数は減る事になる。だとしたら人里の人間全員が洗脳される、ってのはおかしいんじゃないか?」

 

 そう。この洗脳事件が起こる前に起きた、柳葉家が配った短刀のみを狙ったスリ。

 相当な数が盗まれたはずで、それならば被害はここまで増えることはないはずだ。

 だがドローンの口から伝えられたのは、柳葉家、そして『サニティゼロシステム』の周到さであった。

 

『その後、被害に遭った者への『手当』として配られたお守りにも同じ機械が仕込まれています』

「あちゃー」

『また、偵察用ドローンの情報から鈴仙優曇華院イナバが捕獲されたとの情報が入っております。その能力を増強させる機械装甲の装着が確認されており、幻想郷を覆う洗脳パルスはさらに強力なものになっております』

「優曇華が!? ってことは永遠亭が襲撃された、と」

「あそこにはあの月人がいるはず……一体どうやって攻略を……」

 

 一体、自分達はナニを相手にしようとしているのか。

 正体不明の恐怖が魔理沙とアリスの背筋を突き刺すように凍らせる。

 

 だが、感情を持たないのであろうドローンは構わず情報を羅列してゆく。

 

『また、そのスリは我々Insanity 0 systemの同盟者による工作活動です』

「お前らの仲間がやった、ということか? まぁ、仲間が多いことに越したことはないが……しかし、短刀のスリ? ……なんか聞き覚えがあるような……」

「一体誰なの?」

 

 魔理沙は『短刀のスリ』の話をどこかで聞いたような気がした。が、洗脳の影響か思い出せない。

 しかしその答え合せをドローンがすぐさましてくれた。

 

『鏡の国の住人、シャドーカービィです』

「え……あ、そうだ、思い出したっ!」

「ぽよっ!」

 

 そう、そうだ。

 あの時、自分の家から出る前に、メタナイトから話を聞いたのだった。

 今。そう、短刀の正体を掴んだ今ならわかる。

 彼は一人で戦っていたのだと。

 

「……いや、誰なの?」

 

 そして、全くの初耳のアリスはぽかんとした表情を浮かべていた。




ちょっと状況整理

陣営A・カービィ、魔理沙、アリス、霊烏路空(ドローン)
状況・魔法の森でドローンから情報収集

陣営B・灰色カービィ、霊夢、あうん、咲夜、パチュリー
状況・紅魔館メンバーと合流。咲夜とパチュリーが仲間に加わった! 優曇華の誘拐情報が入ったので永遠亭へ情報収集

陣営C・メタナイト、メタナイツ、命蓮寺メンバー
状況・宇宙へ避難。そして短刀の秘密に気がついてこの手のものに詳しい者を訪ねにゆく

陣営D・フランドール、金髪の子
状況・ガールミーツガール

陣営E・永琳、輝夜、てゐ
状況・逃走中。優曇華は苦渋の判断の末置いていった

陣営F・八雲家
状況・この緊急事態の最中、陰でめっちゃ頑張ってる。多分胃に穴が空いてる

陣営G・こころ、こいし
状況・まだ人が侵入していない幻想郷の端っこで、状況を見ている

陣営H・河童、天狗、守谷の面々
状況・守谷神社で避難。ぶっちゃけピンチ

最後の四陣営は本当に少ししか出てませんねー。




……戦線広げすぎじゃね?


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秘神と桃色玉

「シャドーカービィ……か。確かマルクとの決戦時にもきていたな」

「うぃ」

 

 魔理沙とカービィは頷きあい、『あの』シャドーカービィであることを確認する。

 しかし、一体なんのことだかさっぱりわからないアリスは困惑した表情をする。

 

「誰なの、そのシャドーカービィとかいうのは。カービィの親戚?」

「だいたい合っている……のか?」

「うぃ!」

「そうだな、聞いた話だとカービィの小さないたずら心から生まれた存在で、どうも普段は鏡の国にいるらしい」

「……ホムンクルスみたいなものなの?」

「たぶん。自信ないけどな」

「で、そのカービィの暗黒面みたいなヤツが、貴方に協力していると?」

『その通りです。我々の起動時、偶然遭遇したのは幸運でした。我々はシャドーカービィに現状を伝え、協力を要請し、彼は了承しました』

「ふーん、いたずら心があってもお人好しなのは変わらないんだな」

「ぽよ?」

 

 魔理沙が一体なんのことを言ったのかわからないのだろう。カービィは顔を傾げてクエスチョンマークを頭上に浮かべる。

 しかし別に魔理沙も反応が欲しくて言ったわけではない。その後魔理沙はウンウン唸り、その頭を回転させる。

 しかし考え出してすぐさま唸り声は止み、晴れやかな顔を上げた。

 

「……よし!」

「あら、何か名案でも浮かんだのかしら」

「いや、分からん!」

「……はい?」

「永遠亭とか、妖怪の山とか、人里とか、色々回って調べたいことは山々だが、もうどこに正解があるか分からん! だから敵の本丸を叩きに行く!」

「また力に任せて……」

「しょうがないだろ。それが性にあっているんだ。あと、たぶん霊夢も同じようなことしているぜ。今頃情報収集なんかろくにせずに本丸へ直撃してるだろ」

「そんなのが巫女なのね、この幻想郷は……」

 

 そう思っている魔理沙にはお気の毒だが、霊夢は現在永遠亭へ情報収集に向かっているところである。

 こういった勘の差が、霊夢と魔理沙の差なのであろう。

 

「さて、そんなわけだ。ドローン、道案内をしてくれ」

『了解』

「それでアリス、箒を貸してくれ」

「箒? ……貴女、飛ぼうと思えばそのままでも飛べるでしょ?」

「いやそうなんだが、気分的にそっちの方が慣れててな」

「はいはい。わかったわよ」

 

 アリスは人形の二体を使役し、箒を取りに行かせる。

 

 そして、カービィは……

 

「…………」

「どうした、カービィ? ぼけっと空なんか見て」

「うぃ……」

「そう心配すんなって。私がなんとかするさ!」

 

 何も言わず、夜空を見上げていた。

 魔理沙の励ましも、特に効果はなかった。

 その顔は何か……悲しいものを見つめる顔に、よく似ていた。

 

 

●○●○●

 

 

「未だ人間は正気を取り戻さず。結界を削り続け……早苗は感知できぬ瘴気に倒れた、か」

 

 妖怪の山、守矢神社。

 普段はあまり訪れるものが居ないこの神社も、今だけは神社始まって以来の大盛況を遂げていた。

 

 集まっているのは避難した妖怪達であるが。

 

 百鬼夜行と化した守矢神社の境内を、八坂神奈子は本堂の屋根から見下ろす。

 そして境内の外では、神によって張られた結界で足止めされた人間達が、爛々と目を輝かせ、中の妖怪を狙っていた。

 

「神奈子、終わったよ」

「そうか。どんな感じだ?」

「うなされてるよ。結界越しでも僅かながらに届くんだねぇ」

「そのようだな」

 

 その屋根によじ登って来たのは洩矢諏訪子。その手には水桶が握られている。

 それは、早苗の看病の後。

 突如、早苗は頭痛を訴え、倒れたのだ。

 早苗はこの頭痛こそが、人を狂わせ、洗脳する力なのだと悟った。

 だから早苗はこの二人に頼み込み、自らを納屋に幽閉した。

 この安全であるはずの結界の中で、自分が狂い、命からがら避難して来た妖怪を傷つけないために。

 

「突然だったな。原因は呪いでもなく、魔法でもなく……時間差で発症するウイルスか何かなのか?」

「だったらなんで病魔の退散が効かないのさ」

「まぁ、だよな……神の力を通り抜ける、人を狂わす力、か……」

 

 神奈子はその正体を掴むべく、考え込む。

 ……いや、ただ境内で騒ぎ、咽び泣く妖怪達を眺めているだけだ。最早頭は思考を放棄した。いくら考えても無駄だと、そう判断したのだ。

 

 時が来たのだろう。背後から新たな気配を察した。

 

「……用意ができたのか」

「定刻通りだねー」

「ええ、カツカツでしたのよ」

 

 守谷神社の屋根に降り立ったのは、白いドレスのような服に紫の前掛け、細く大きなリボンを前面につけたモブキャップ、ファンシーなレース付きの日傘をさした女性……八雲紫。

 その顔はいつもの妖しい笑みを浮かべている。

 しかし、その笑みは無理やり貼り付けたものでしかない。その仮面の下の顔はきっと、疲れ果て、涙も枯れた見るに耐えない顔であっただろう。

 彼女が決して、見せることのない顔だ。

 

「では……守矢神社ごと、マヨヒガに移します。おそらくは早苗も元に戻ることでしょう」

 

 紫はスッを空を指でなぞる。

 その指に沿って、スキマは開く。

 そのスキマはみるみる膨れ上がり……守矢神社を包み込んだ。

 そのスキマが再び閉じた時には、既に守矢神社も、境内の妖怪も、二柱の神の姿も無かった。

 

 残ったのは、紫一人のみ。

 そしてか細く、泣くように、その名を呼んだ。

 

「……隠岐奈……摩多羅隠岐奈」

 

 その名は秘匿された神の名。

 秘神であり、全てを見せている者。

 そして、幻想郷の創造に関わった神の名。

 

 扉は開かれた。

 出づるは烏帽子をかぶった金髪の女性。羽織るは衣には北斗七星の意匠が施されていた。

 

 摩多羅隠岐奈。これが秘神の姿である。

 

「大分、やられたな」

「そうね」

「お前の愛した美しさは、今や見る影もないな」

「そうね」

 

 隠岐奈も、紫も、同じ方を向いていた。

 痴呆のように、ただ、眺めていた。

 

「……私は妖怪よ」

 

 紫はぽつりと呟いた。

 

「人からの畏れを糧とする、妖怪よ。その力を持って人を畏怖させる、妖怪よ。その本質だけは今も変わりはしない」

 

 語気が強くなって来た。

 片や妖怪、片や神であるために、姿こそ出会った当初と変わらないが、紫のその姿は、太古の昔を思い出させた。

 

 ……そう、幻想郷創造期の、あの若さを。

 

「時には力を出さないと、いつかは衰えてくるもの。今がその時でしょうね」

「全くだ」

「頼むわよ、隠岐奈」

「ええ、勿論。ふふふ。こうして二人で力任せに事を運ぶのはいつぶりか」

「さぁ? もう忘却の彼方ですわ」

「ところで酒呑はどうした? 久々に古い面子でやろうじゃないか」

「神社かしらね。ふふふ、おそらく飛びつくでしょうね」

 

 今一度、幻想郷に輝きを。

 

 その志に燃える古き者達は、長き時を得て、再び活力を得た。





陣営BBAとか思った方には漏れなくスキマ送りかトビラ送りかどちらか選べる権利が与えられます。


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アンテナと紅い雲と桃色玉 ☆

 寒空の中、絶えずうめき声のような音がどこからか聞こえてくる幻想郷の空を飛ぶ。

 先頭は霊烏路空の体を借りているドローン、その後にカービィを箒に乗せた魔理沙、人形を複数引き連れたアリスが続く。

 

「ぷぅ、寒いぜ」

「この大異変時に呑気なものね」

「心に余裕を持ってる、って言って欲しいぜ。なぁカービィ?」

「ぽよ?」

「ほら、カービィもそう言ってる」

「カービィをダシに使わないで」

 

 この幻想郷の存亡をかけた状況であるというのに、三人は中々能天気である。

 しかし、それもある種才能であることは間違いない。『緊張しない』ということは『精神的プレッシャーがかかっていない』ということ。冷静な判断を行える能力が生きているということ。

 魔理沙の才能はどうあがいても凡人だと、以前にも何度もしつこく語ってきた。

 しかしそれでありながら霊夢と肩を並べられるのは、その精神が人間離れしているからに他ならなかった。

 

 その能天気な会話を一刀の下斬り捨てるようにドローンが口を挟む。

 

『間も無くSanity 0 systemの防空圏内に侵入します。抵抗に遭うと予想されるため、十分警戒してください』

「おっと、もうそんなところに来たのか」

 

 魔理沙は遥か下界を見渡す。

 そこにあるのは名前も知らぬ荒野。人里離れた、畑すらない痩せ地。

 人は勿論のこと、無聊を慰めるものが何もないために妖怪もあまり集まらない土地。

 

「まぁ、危険勢力が隠れるにはちょうどいい場所なのかしら?」

「だな。どうする? ここら一体を焼き払うのか?」

「また荒っぽい方法を思いついて……ていうか、そんなのが効果あると思ってるの?」

「炙り出しには使えるかもしれないぜ?」

 

 荒地を見て、人がいない事を良いことに好き勝手宣う魔理沙。

 が、その時。

 

『Alert! Alert! 敵機確認。敵影一体────識別コード取得。『Caster・core』。前方135。接敵します』

 

 それは、どこからか舞い降りて来た。

 ぱっと見、それは針金が無数に絡まりあった金属塊にしか見えなかった。

 だがちがう。違うのだ。

 それは、身体中に無数のアンテナを取り付けられた、優曇華だったのだ。

 無数のコードでアンテナと繋がれ、四肢は拘束され、アンテナの影からわずかに見える顔に正気は無かった。

 そして、それが現れた途端、魔理沙の気分は悪くなる。

 

「ドローン、確かあいつは能力を使わされて電波とかなんかを増強させているんだろう?」

『その通りです』

「なるほど、通りでまたムカムカしてくるわけだ」

 

 改造された優曇華はただ浮遊しこちらを見ている。

 出方を伺っている。そのように見えた。

 そういう油断しない相手に対しては、こちらも不用意に動くわけにはいかない。

 

 ……が、残念ながら魔理沙はそういうまどろっこしい事は考えない。

 考える頭がないわけではない。ただ、そういうチマチマした戦い方を好まないのだ。力を得る為に地道な努力を惜しまない彼女だが、戦闘において簡潔明瞭さと派手さはなによりも大切らしい。

 

 結果、一人突撃することになる。

 

「ひゃっほう! 一番槍は貰ったぜ!」

「ぽよー!」

「ばっ……引き返しなさい! 絶対罠よ!」

「なら罠ごと焼き切ってやるぜ!」

 

 魔理沙は八卦炉を構え、魔力を込めて放出する。

 放たれたのは当然マスタースパーク。星を撒き散らし、極太のレーザーが同時に放たれる、魔理沙の十八番。

 マスタースパークはたしかに、アンテナの塊と化した優曇華の方を向いていた。

 だが、その軌道は突如として折れ曲がる。

 

「なっ!」

「ぽょ!?」

「魔理沙、水よ!」

「くそ、屈折か!」

 

 暗闇でよく見えなかったが、たしかに魔理沙と優曇華の間には水の層がある。マスタースパークの熱量を吸収したのか、少々茹っているように見える。

 空気と水の屈折率の違いにより、その境界で屈折が起きる……当たり前の物理現象だ。

 だが、この現象において物理的にありえないのは、なぜ水が宙に浮いているのかということ。

 

『Alert! Alert! 敵機確認。敵影三体────識別コード取得。『Deep one』二体、『クラッコ type-blood』一体。右方一体、左方一体、光学迷彩を用いて接近中。高度500より一体降下中』

 

 ドローンが新たに現れた者の存在を警告する。

 そして、突如虚空から強力な水弾が放たれた。

 

「うおっ! どこだ!」

「光学迷彩……もしや、河童?」

「なるほど、通りで水が浮いているわけだ! 河童を洗脳して兵器化とは、中々えげつないことするな!」

 

 姿の無い狙撃手は、その身を隠して魔理沙を何処からか狙撃する。

 弾が飛来した方へ魔理沙もアリスも魔力弾を飛ばして応戦するが、立ち位置を頻繁に変えているのか、全く手応えがない。

 

 そしてついに、夜空にかかる雲を割ってそれは姿を現した。

 

 それは数メートルほどの雲であった。

 だが、その色は血のように赤く、不自然なもの。

 そしてその中央にはこちらを睨むぎょろりとした眼球が覗き、その四方からは金属質な棘が生えていた。

 一目見てわかる異形の怪物が、その姿を現したのだ。

 

「なんだ、あんな妖怪見たことないぞ」

「私もよ。というか、あれは妖怪なのかしら?」

『否定。あれは妖怪と洗脳装置が一体化した存在です』

「つまりは洗脳された優曇華や河童と同じ、ってわけか」

「中に取り込まれているのかしら……っと、来るわよ!」

「おう!」

 

 紅い雲の怪物はその4本の棘に光を纏う。

 それはバチバチと火花を飛ばしており、高圧電流であると予測できた。

 そしてその高圧電流を纏ったまま、その巨体を活かしてタックルを仕掛けてきた。

 

 しかし回避は二人とも───霊烏路空の体を借りているドローンも入れて三人とも────得意であった。

 『弾がデカけりゃ当たる』なんて甘い考えは通じない。

 

「ふん、中々単調だな」

「そうね。でも……」

「ぷい!」

「ん? どうしたカービィ?」

 

 何かカービィが空に向けて声を発する。

 魔理沙が疑問に思った途端、何かが魔理沙のすぐ傍を掠めた。

 

 それは、あの時見た現存する伝説。無類の機動力と力を備えた神器。それの再臨。

 カービィはドラグーンを呼び出し、騎乗したのだ。

 

「ほぉ、それを見るのも久しぶりだな。カービィも本気ってか!」

「ぽよ!」

「よし、その意気だ!」

 

 ドラグーンは空を切り、紅い雲の怪物の周囲を周回する。

 撃墜せんと、紅い雲の怪物はその4本の棘から雷撃を無差別に放つ。

 だが、雷撃は当たることはない。当たってもなお、ドラグーンより放たれる衝撃波なようなものが弾き飛ばす。

 

「ほら、こっちよ!」

 

 そして雲の怪物が気を取られている隙に、アリスが人形を介して魔力玉を飛ばす。

 紅い雲の怪物はそこまで敏捷性に優れてはいない。的も大きいため、外れることなく当たる。

 だが、やはり雲だからだろうか。妙に手応えがない。

 

「そら、喰らえぇ!」

 

 間髪入れず、魔理沙はマスタースパークを放つ。

 当然、紅い雲の怪物に命中するのだが、やはり効果は見られない。

 

「やっぱ形がないから効かないのか?」

「雲の怪物だしね。一理あるわ……でも……」

「ん? どうした?」

 

 アリスは口ごもり、訝しげな顔をする。

 

「私には、あの怪物が魔弾とかレーザーを飲み干しているように見えるんだけど……」

「は?」

 

 その時、カービィが攻勢にでた。

 ドラグーンのウィングを掠めるように当ててタックルするつもりだ。

 そこまで加速もしていないために威力は弱いが、それでも現存する伝説級のマシンのタックルだ。無傷では済むまい。

 カービィはドラグーンを横倒しにし、その翼で切るように、タックルした。

 

 そして、甲高い金属音のような音が辺りに響く。

 

 それは四方に伸びる金属の棘に当たって発生した音ではない。

 もっと別の……そう、雲の怪物より現れた、“ソレ”とドラグーンの翼が当たった音。

 

「ふぃ!?」

「な、なんじゃありゃ!?」

「……驚いたわね」

 

 ソレは、雲の怪物より這い出した。

 それは人の姿をしていた。一糸纏わぬ姿は艶かしい。それが上半身を露わに紅い雲の怪物の雲を破るように現れたのだ。

 だが、その腕は左右非対称で極端に大きく、凶悪な鉤爪が生え、その目に瞳は無く、何を見据えているのかもわからない。逆さ吊りに現れたその姿は狂気すら感じられる。

 

 そして。カービィと、魔理沙と、アリスが何よりも驚いたのは。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 その顔が、レミリアのものに酷似していたことだ。




吸血鬼は窓の隙間も通り抜けて血を吸う、という伝説があります。
最近の創作物の吸血鬼はそれを『体を血の霧にして通り抜ける』と解釈していることが多いようです。
ならば紅い霧を指先から出せるレミリアも、やっぱり体を血の霧にできるのかなー、って思ったので、カービィシリーズで不憫なボス代表、クラッコと悪魔合体させました。

つまりは、クラッコの雲の部分そのものがレミリアです。

ちなみにこのクラッコ、クラッコ部分は機械です。つまり、ドロッチェ団と同じくニセモノ。本家涙目。


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Xmas特別幕間・幻想郷に遍く紅を ☆

舞台紅魔館でイラストも描くけど、面倒だから紅魔館描きたくないなー。









あ、そうだ(唐突)





「今年も“私の日”がやって来たわ!」

「恐れながら、お嬢様の生誕記念日はまだまだ先では?」

 

 起きて開口一番、そのような妄言を吐く幼女。

 ボブカットの髪は青く、身に纏うのは淡いピンクのドレス。

 あどけないながらも美しさを持つ顔は将来を約束されたようなものだが、しかしその将来は来ることはないだろう。

 それを何よりも表すのは、背中。

 生えた蝙蝠の翼は幼女が成長し老いて死ぬ人間ではないことを示していた。

 そう、彼女は五百の時を生きた吸血鬼、レミリア・スカーレット。人の血を啜る悪鬼である。

 

 それに仕えるのはもみあげの辺りを三つ編みにした短めの銀髪、その上に乗ったホワイトブリム、純白の前掛けと、典型的なメイドの姿をした女性、十六夜咲夜。

 レミリアが隣に居るために大人びて見えるが、彼女は二十歳にも達していない若者である。

 

 500歳児吸血鬼に仕える未成年人間メイドという、なんともミスマッチな組み合わせだが、この幻想郷ではよくよく見られる光景である。

 そもそも、この幻想郷では常識にとらわれてはいけない。どこぞの緑の巫女のように振り切った方が幸せである。

 

「違う違う。誕生日じゃなくて、今日はクリスマスでしょう?」

「はい。正確には前夜ですが」

「つまりは私の日、ってことじゃない」

「……申し訳ありません。説明をお願いします」

「だって今日はどこもかしこも紅いものを飾る日でしょう? なら私の日と言って差し支えないでしょう?」

 

 何言ってんだこの500歳児。

 

 なんて感情が湧いたのか否か、咲夜は若干呆れが混じった声でクリスマスとは何かを説明する。

 

「お嬢様、クリスマスはイエスキリストの生誕祭のことでございます。そしてどの家も赤いものを飾るのは聖者ニコラスをモデルとしたサンタクロースが赤い服装をしているからで、決してお嬢様を示し表したものではありません」

「知ってるわよ、それくらい。でも世の中は赤に染まる。つまりは私の色に染まるのよ? ならやっぱり私の日じゃない」

「そんなことを言うと、キリシタンに滅せられますよ」

「怖くなんかないわよ、キリシタンなんか」

「一部の者は怖いですよ? 両手にバヨネットを持って十字を組んで『Amen!!』と叫んで人外や異教徒を狂ったように切ってまわる神父のおっさんがいるとか」

「なんでバヨネットなのよ。ていうか、なんで吸血鬼は十字架とか恐れることになってるの? 私はキリシタンなんか怖くないし、クリスマスは私の日で確定よ?」

 

 もう何も言うまい。

 レミリアがそう思っているなら妄想しておこう。これ以上はどうこう言っても無駄だろう。

 咲夜は目を閉じて力なくゆっくり首を横に振る。

 しかしそんなの御構い無しにレミリアのマシンガントークは止まらない。弾無限のコスモガンか何かだろうか?

 

「で、せっかくだから私も一発大きいのやってやろうと思ってね」

「また紅い霧でも出されるので?」

「確かにそれは幻想郷中に広まるけど……一回やったことだし、インパクトに欠けるのよねー」

「では、何を?」

 

 その言葉を待っていた、と言わんばかりに、レミリアの口角は上がり鋭い犬歯が覗く。

 

「花火よ。紅い紅い花火を打ち上げるの」

「花火は夏のものでは? 季節外れではありませんか?」

「そんなことないでしょう? 大陸では新年に爆竹で煙くなるし、西洋の大陸では新年に花火が打ち上がるんでしょ? 同じ冬のクリスマスに花火を打ち上げてもいいでしょ」

「そう言うものでしょうか……?」

 

 なんだかうまいこと屁理屈を並べられて丸め込まれた気がする。

 しかしレミリアは思案する咲夜を強引に引っ張り、ある場所へ向かう。

 

「さ、そうと決まったら作ってもらいましょ」

「誰に、ですか?」

「決まってるでしょ? パチェよ」

「まぁ、そんな気はしておりました」

 

 

●○●○●

 

 

「あら、奇遇ね。既に同じ考えに至った愉快な子達が来ているわよ」

 

 紅魔館地下の図書館の主の魔女であるパチュリー・ノーレッジは、咲夜とレミリアからの説明を受けてこう返事を返した。

 

 少し特異な形をしたモブキャップに紫のネグリジェを着込み、紫色の長髪で隠れた顔はいつも不健康そうに見える。

 しかし今回はなにか心労が溜まっているのか、更に不健康に見える。

 

「どう言うこと?」

「先に花火を作って打ち上げようと考えたバカがここに来てるのよ」

「あら、お嬢様か一番乗りではないのですね。残念でしたね」

「そんなことで諦めると思って? ならそいつより良いものを作るのみよ。……あと、遠回しに貶してない?」

「気のせいです」

 

 レミリアが睨めば、咲夜は澄ました顔でこちらを見つめる。

 埒があかないと感じたレミリアはとっとと話を進めることにする。

 

「で、誰なの先客は」

「あそこよ」

「よっ、レミリア。久しぶりだな!」

「ぽよ!」

 

 パチュリーに呼ばれた先客は本と器具の山の間から容器に返事をする。

 そこにいるのは黒い三角帽子の魔法使い、霧雨魔理沙と桃色玉のカービィのコンビだった。

 既に花火玉らしき物が机にいくつか置かれており後は打ち上げるだけとなっている。

 

「魔理沙? それにカービィ? なんでいるのよ」

「なんだって今日は聖夜だからな! 夜空にデカい星型花火でも打ち上げてやろうと思ってな!」

「ぷよ!」

 

 こちらに至ってはもはや動機と行動が支離滅裂である。魔理沙の中では『聖夜』と『星』と『花火』の間に何か整合性の取れた繋がりがあるのだろうが、他の者にはさっぱりわからない。

 

 なんかまた厄介なことになってきた。

 

 そう咲夜が思った時。

 

「あら、面白そうね。その星は紅いのかしら?」

 

 500歳児が食いついた。

 

「いや、黄色だぜ?」

「あら、それじゃあダメね。紅に変えなさい。じゃないと打ち上げは認めないわ」

「えー! なんでだよ。星は黄色が普通だろ!」

「うぃ!」

 

 しかもどうでも良い議論が巻き起こり始めた。

 

 もうダメだ。ここまで軌道が狂ってしまった以上、私にはこの狂った軌道に乗る以外の道はない。

 

 咲夜は全てを諦め、レミリアと魔理沙(とカービィ)の花火の色議論に加わった。

 

 

●○●○●

 

 

「ふふふ、ついに、ついに完成したわ!」

「うっわ……なんか変なことしてる」

「あらフラン、来てたの?」

 

 レミリアの『紅い星の赤はクリスマスカラーでもあるから何ら不自然ではない』という意見が勝ち、紅い星を打ち上げる花火玉が完成したその時、ふらりと珍しい客、フランドールが現れた。

 

「ねぇお姉様、それなに?」

「なにって、分からないの? 花火よ花火」

「うげ、火薬……また紅魔館爆発するよ?」

「なんでよ。ここで打ち上げるわけないでしょ? 見晴らしのいい妖怪の山から打ち上げるの」

「いや、そういうことじゃないでしょ……」

 

 爆発物という危険物を前に、フランは若干身動ぎする。爆発して四肢が吹き飛んでも再生する吸血鬼が何故こうも花火如きを恐れるのか?

 

「妹様、大丈夫でございます。パチュリー様が軌道計算をし、確実に紅魔館に落ちないよう打ち上げますので」

「何度かシミュレーションしたけど、離れた妖怪の山から打ち上げてここに落ちる確率は万に一つもないわ」

「だからそういうのがマズイんだって!」

「なにを神経質になってるんだ? 大丈夫って言ってるんだから大丈夫だろ?」

「うぃうぃ」

「しまった、味方がいない」

 

 一体フランはなにを怯えているのか?

 

 そんな感情が皆の中で渦巻く。

 しかしそんな事気にせずレミリアは天啓の如きアイデアを思いつく。

 

「あ、そういえばカービィって確か、食べたりしたものの性質を自分に昇華して取り入れたりするわよね?」

「そんな感じだったな」

「うぃ」

「ならこの花火玉を食べたら更に派手になりそうじゃない?」

 

 まさに天啓である。

 

「なにが天啓だコラ」

「妹様、一体どこに向かって話されているので?」

「いや、ちょっと無性に第四の壁を破壊したくなって」

 

 そしてなにやら騒ぎ始めたフランを見た魔理沙が更にアイデアを思いつく。

 

「それならフランと一緒にコピーしたらどうだ? あいつの弾幕も派手だし、相当派手になりそうだぜ?」

「オイコラ白黒」

「なるほど、良いわね。たまには妹も有効活用しないと」

「オイコラ馬鹿姉」

「あら、魔理沙もただ無駄に魔導書を盗ってたわけじゃないのね」

「オイコラ紫もやし。ていうか魔導書と関係ないでしょ」

「では早速準備をしましょうか。確か風呂敷を飲むと食べずとも性質の複製ができるのでしょう? これをどうぞ」

「お、助かるぜ」

「ぽよ!」

「オイコラ冥土。なんでこういう時に限って準備がいいのよ。カービィ、あなたが、あなたが協力さえしなければ……!」

「ぽよ?」

「……ダメだ、分かってない」

 

 フランの抵抗虚しく、二尺玉を超える大きさの花火玉を持たされたフランは、風呂敷を飲み込んで金属製のバイザーを被った姿になったカービィの前に立たされる。

 

「ねぇ、マズイって。絶対ロクな結果にならないって」

「大丈夫大丈夫。さ、カービィお願い」

「ぽよ!」

 

 レミリアの号令下、カービィはバイザーから光を発する。

 フランと花火玉をスキャンしたカービィはその身に光を纏い……姿を変える。

 現れたのは眩く光を放つ王冠を被った姿のカービィ。その光は消して光の反射などではなく、王冠そのものが輝いているようだった。

 

「お、中々ゴージャスだな」

「ふふふ、いいものを見せてくれそうだわ」

「うっわ……もうダメだこれ。最悪の展開しか見えない」

 

 コピーの結果に満足そうなレミリアと魔理沙。

 

 と、ここでカービィが何かを感じ取った。

 そう、それは思念のようなもの。

 遥か彼方……時空と次元を超えた、ディスプレイから送られる『今だ! やれ!』『やっちゃえ!』『爆発! 爆発!』という心の声。

 

「ちょ、ちょっと待ってって!?」

 

 その思念は『運命の神』のものなのだろうか。

 それとも、もっとありふれた者達の、我々を見つめる者達の、総意なのか。

 

「ん、なんだ? カービィの姿が光って……?」

「あら、やっぱり失敗? 残念ね」

「大丈夫ですよお嬢様。元の花火玉はちゃんと残ってますので」

「なんであんたらはそんなに能天気なの!?」

 

 その思念に突き動かされるように、カービィは力を込めた。

 

 

●○●○●

 

 

 誰もが幸福を祈る聖夜。

 

 その聖夜に運命の唄が響いた。

 

 運命とはとかく平等であり……いや、もうよそう。

 

 最早、誰しもが分かりきったことである。

 

 この運命だけは変えられないと。

 

 そして変えられないからこそ、運命であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅魔館は爆発した。

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 




でしょうね(笑)


とりあえず、イラスト中のレミリアの御言葉を胸に生きていきましょうかね(笑)


何はともあれ、紅魔館爆ぜるべし。


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確執と桃色玉

スターアライズのストーリーを把握できたので投稿再開です。

やったぞ……私は賭けに勝ったぞ……!


 紅い雲の怪物より這い出てきたレミリアに似たそれは、その異様に伸びた鉤爪を広げ、魔理沙たちを威嚇する。

 その手には妖しい光が灯っていた。

 

「紅魔館の吸血鬼!? ……ってことは、紅魔館も陥落した、っていう認識でいいのかしら?」

「アリス、推理ごっこをやっている隙はないぞ」

「そのようね」

「ぽよ! ぽよ!」

 

 雲の怪物と化したレミリアはその棘から再び雷撃を放つ。

 そして、その状態で再びタックルをかます。

 先ほどとあまり変わらない、単調な攻撃。

 しかし、今度の攻撃は一味違う。

 タックルを交わした三人を襲うのは、回避行動により体勢が崩れたところを狙った鉤爪の一撃。

 

「くっ!」

「ちぃ!」

 

 とっさに張った障壁により当たることこそなかったものの、間一髪であった。

 しかもそれはレミリア、つまりは吸血鬼という大妖怪の一撃。たった一度の斬撃で張った障壁はもう役に立たないほどボロボロに砕けていた。

 

 しかも、更にそこへ追い討ちをかけるように、透明化した河童たちの狙撃が入る。

 それぞれの弾は避けられないわけではない。だがタイミングがタイミングだ。タックル、鉤爪、更に狙撃。三連続で躱し辛い攻撃がコンボとなって飛んでくる。

 

「くそ、掠った!」

「まだよ! まだ来るわ!」

「ぽよぉ!」

 

 だが、まだ、躱せている。

 まだ、未だ、当たってはいない。

 だが……それと同時に、動けずにいた。

 その結果を精緻な電子回路と冷たい頭脳は狙っていたのだろう。

 

『caution! caution! 『擬似Fatal error』発動の兆しあり!』

 

 霊烏路空の体を借りたドローンによる警告は既に遅かった。

 前触れなくレミリアの体を奪った怪物は空へ、空へと急上昇して行く。

 そしてその後ろには、十分に“タメ”終えたアンテナの塊、優曇華が控えていた。

 

 その刹那。

 

 カービィは、魔理沙は、アリスは、意識を手放した。

 

 

●○●○●

 

 

「派手にやってるな」

「そうだねー」

 

 幻想郷の端っこで、こころとこいしは並んで眺める。

 終わりに進み行く幻想郷を。

 

「あの鉄の塊。微かだが感情があるんだな」

「へぇ、そうなの?」

 

 感情を操る霊面気は機械達からの感情を鋭敏に読み取っていた。

 

「それで、どんな感情?」

「後悔だ。それも“二重の”」

「へぇー」

 

 それを興味なさげに聞き流すこいし。しかしそういう奴だとこころは知っているので、その態度に別段何か言うことはない。

 頭につけた能面は泣き咽ぶ老婆のものに変わってはいたが。

 そこでふと、こいしは思い出したようにこころに問いかけた。

 

「じゃあ、これは感じ取れる?」

「何をだ?」

 

 これは感じ取れていないな、と理解したのか、こいしは若干得意げな表情を浮かべ、ただ一言で答えた。

 

「虚無」

 

 

●○●○●

 

 

 どこからか響く爆音が、途切れたカービィの意識を覚醒させた。恐らく、妖怪と狂気に陥った人間の紛争の証であろう。

 目を覚ましたカービィはすぐさま立ち上がり、辺りを見回す。

 立っているのは霧の湖近く。彼方には何処かくすんで見える紅魔館。そして、周囲には気絶した魔理沙、アリス、ドローンをつけた空が倒れていた。

 恐らく、優曇華からの攻撃により吹き飛ばされていたのだろう。体の軽いカービィは落下の衝撃も小さかったため、復帰が早かったのだろう。

 

 立ち上がったカービィが三人を起こそうとした、その時。

 

「あ、気がついたんだね!」

 

 聞き覚えのある声がした。

 幼い、純真無垢な少女の声。

 振り返ればそこには、宝石のようなものを吊り下げた翼を持つ幼い吸血鬼……フランドールがそこにいた。

 その後ろには見覚えのない、金髪に赤いリボンを止めた少女がオドオドとした様子で立っていた。

 

「久し振り、カービィ!」

「ぷぃ!」

「本当はもうちょっとはしゃぎたいんだけど……そういうわけにはいかないよね。お姉様も捕まったみたいだし。そうなんでしょ?」

「う、うん。確かに見たよ」

「ぽよ! ぽぉよ!」

「……もしかして、カービィも見たの!?」

「うぃ!」

「ってことは魔理沙達も見たのね?」

「うぃ!」

「わかったわ。まーりーさー! 早く起きて!」

 

 ゆっさゆっさと魔理沙の体を揺すり、強引に起こす。

 やがて意識を取り戻した魔理沙は、目の前に現れた予想外の人物(フラン)に若干たじろぐ。

 

「うぉっ!? ふ、フラン? なんでこんなところに……」

「そんなことどうでもいいわ。お姉様、見たんでしょ?」

「あ、ああ、そうだ」

 

 目覚めてすぐの質問攻めにあいながらも、魔理沙は意識を失うまでに見たものをフランに説明する。

 怪物と化した自らの姉の話を聞き、徐々にフランの顔は曇ってゆく。

 

「……他のみんなはどこに行ったのかしら」

「さぁな。見てないぜ。もしかしたら……」

 

 魔理沙は己の嫌な予感を呑み込み、フランの後ろに目をやる。

 

「ところでそこにいるのはルーミアだよな? フラン、これはどういうことだ?」

 

 名前を呼ばれた赤いリボンの金髪少女はピクリと肩を震わせる。あのルーミアらしからぬ反応を訝しんだところで、ああ、とフランが声をあげた。

 

「この子はルーミアだけど、ルーミアじゃないの?」

「……は?」

「ぽよ?」

「ほら、自己紹介」

 

 背中を押された赤いリボンの少女は、遠慮がちにお辞儀し、名乗った。

 

「私は……私は、柳葉鶴刃(つるは)。柳葉権右ヱ門の娘です。訳あって、ルーミアさんの体を借りてます」

 

 

●○●○●

 

 

 アリスも意識を取り戻し、そしてルーミア……いや、鶴刃の出自を聞いた時、目を見開いて呆けた表情のまま固まっていた。魔理沙と同じ反応である。

 

「つまり……妖怪の体に人間の魂が宿ってる、ってこと?」

「はい。正しくは怨霊……なのでしょうけど。私はルーミアさんに食べられ、怨霊になって、仲良くなって……そして今、体を借りてるんです」

「訳がわからない。ルーミアに食べられて、そのルーミアと仲良くなる? 怨霊になって、体を借りる? ……どういうことなのよ」

「ルーミアさんに食べられたのは、私の意思ですから」

「……自殺、だな?」

「…………はい」

 

 鶴刃は俯きがちに弱々しく肯定する。

 

「なるほどね。怨霊に取り憑かれた妖怪は精神を失って消滅するんだけど……」

「私の中にルーミアさんの意識はしっかり残ってます」

「……つまりは共存、か。そんな前例ないんだけど……怨霊が取り付いた体の主人と仲良くなることなんて普通ないから仕方ないか」

「で、少々聞きづらいが……一応、自殺した理由を聞こうか?」

「本当に聞きづらいことを率直に聞くわね、魔理沙……」

 

 率直な質問に、鶴刃は黙り、やがて意を決したように口を開いた。

 

「……私には、好きな人がいたのです。幼馴染で、互いにいつか同じ屋根の下で暮らそう。そう思っていました」

 

 そして少し沈黙。再び口を開いた時、その声は僅かであったが掠れていた。

 

「ですが父はそれを認めませんでした。『俺に剣で勝ったら認めてやる』と彼を文字通り蹴飛ばし……彼はその後も努力はしましたが、素人が父に勝てるはずもありません。何度も駆け落ちしようとしましたが、父に阻まれ、そして彼は……自らの不甲斐なさを悔やみ、妖怪の山へ消えました」

「……自殺行為だ。いや、事実自殺だったのか」

「はい。それを知った私も彼を追って山に入り、ルーミアさんに会って、食べられたのです。……ですがその後が問題でした。……父は何かよくわからないものの力を使って、暴走を始めました」

 

 よくわからない力。それがドローンの言っていた『Sanity 0 system』であることを魔理沙とアリスは確信した。

 

「なぜ、父が暴走したのか……今ならわかります。だからこそ、私は父を止めなくてはならないのです」

『そうです。止めねばなりません』

「うぉっ!? いつの間に!」

 

 鶴刃の言葉を肯定したのは、空の体を借りるドローンであった。

 

『過ちは正さねばなりません。何としてでも』

 

 その語気は強く、今までの機械然とした口調のままでありながら、何処か強固な意志を感じさせるものであった。

 なにがドローンの琴線に触れたのか探ろうにも、体を借りられている空の顔に変化はない。

 そして思考を放棄したのであろう魔理沙が力強い声で事実確認をする。

 

「ともかく、柳葉権右ヱ門を正気にすればいい、という事は変わらないという事はわかった」

「ぽよ!」

「相変わらず力任せね……でもレミリアと優曇華と河童はどうするの? あれを突破しないことには……」

「私に任せてよ」

「フランが? 相手には吸血鬼の動きを封じる流水を操る河童がいるのよ?」

「大丈夫。お姉様とは私が決着つけなくちゃ」

「本当に大丈夫なのか?」

「問題ないわよ」

「……負けた場合、貴方が洗脳されて私たちの敵に回るのは困るんだけど」

「大丈夫。負けても捕まるようなヘマはしない」

 

 そう言うフランの顔はいつもの満面の笑み。

 しかし、血のような紅の瞳は確かに滾り、燃えていた。

 その意志は何人たりとも覆せない。そう物語っている。

 

「……わかったわ。それじゃあ再突撃の準備をしましょう」

『時間はありません。なるべく早くお願いします』

 

 カービィは空を見上げた。

 紅い霧が、明けぬ夜の幻想郷を包んでいた。

 

 

●○●○●

 

 

「全く。いつ出張るのかと思ったらようやく来たのね」

「……」

「流石に今回ばかりは直接出ないとまずいでしょう?」

 

 勘が告げるままに進んで来た霊夢達の前に、三人の人影が立っていた。

 一人は八雲紫。

 もう一人は西行寺幽々子。

 そしてもう一人が魂魄妖夢。

 大方、紫が友人たる幽々子を誘い、それに妖夢が付いて来たのだろう。

 

「で? 当然相手の本拠地はわかってるんでしょうね?」

「もちろんよ」

「なら良いわ。案内して頂戴」

「相変わらずね、この巫女は……」

「パチュリー様、聞こえてしまいます」

「聞こえてるわよ。……で、そこの亡霊と半人前はお手伝いさんかしら?」

「は、半人……失敬な!」

「妖夢、熱くならないの。だから半人前なんて言われちゃうのよ」

「そ、そんな幽々子様……」

 

 妖夢と幽々子のいつもの漫才のような遣り取りを視界に収めつつ、紫は苦笑しながら肯定する。

 

「ま、そんなところね。人数は多いほうがいいわ。この先会うモノと相手取るには……」

 

 そして紫はスキマを開く。

 スキマはシャドーカービィ、霊夢、あうん、咲夜、パチュリー、幽々子、妖夢、そして紫自身を呑み込み、全く別の場所へとたどり着く。

 

 そこは人里離れた道場。

 いつもなら訓練生たちの裂帛した怒号が飛び交っているのだろうが、今は気味の悪いほど静かである。

 そして、うっすらとその道場を透明な赤い半球が覆っていた。

 その内側に髪に白いものが混じった長身の男が腰に刀を下げ、立っていた。

 ただ立っているだけだというのに、その男から発せられる圧は尋常のものではなかった。

 それは強者の放つ圧。

 人間でありながら人間を超えた強さを持つ霊夢も兼ね備えたもの。

 剣士である妖夢は、同じ剣士であるがゆえにそれを強く感じていることだろう。

 

 その男に向け、紫はただ一声かけた。

 

「貴方が首謀者……柳葉権右ヱ門ね?」

「いかにも」

 

 男は……権右ヱ門はただ一言答えた。

 

 

●○●○●

 

 

 その部屋は異様であった。

 精緻な曲線、どの国の文化とも結びつかない家具、発達し過ぎた技術。

 そして、窓の外に広がる漆黒の宇宙空間。

 「宇宙人の家とはこういうものなのだろう」。それを見事に体現した部屋。

 その部屋の主人は二人と対面していた。

 

「ようこそ、メタナイト。いつぶりかしら?」

「さて、あの時からしばらく時が経ったからな」

「ふふ、そうね。……ではお隣の貴女のお名前をお聞きしても?」

「申し遅れました。私は命蓮寺の和尚をしております、聖白蓮というものです」

「白蓮……変わったお名前ね」

 

 部屋の主人はコロコロと笑う。

 しかしメタナイトはそれに取り合わず、一方的に話を進める。

 

「さて、我々がここに来たのは他でもない。貴女の……というより、貴女達の技術を借りに来た」

「あら、技術が生命線のカンパニーに技術を借りに来るなんて、なかなか面白いことを言うじゃない? しかもあんなデカブツで乗り込んで来て」

「当然、対価……いや、君の興味を確実に引くであろうものはある」

「何? 言ってみて頂戴」

 

 メタナイトは一つの分解された小刀を差し出した。

 柄に機械部品が詰め込まれた小刀を。

 

「『星の夢』が、別世界で蘇った」

「……本当?」

「ああ。本当だとも。……再び彼の者を破壊する為、協力してほしい。スージー……いや、スザンナ・ファミリア・ハルトマン」

 

 

●○●○●

 

 

「丁礼田舞、爾子田里乃、一つ命じる」

 

 扉の向こう側。秘められた神の住居。そこで摩多羅隠岐奈は恭しく己に傅く二童子に命じた。

 

「“虚無”を探せ。怨念に染った虚無を、迅速に、何に代えても、だ」

 



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再突入と桃色玉

 頬を痛いほど冷たい風が撫でてゆく。

 顔に吹き付ける風は強く、目もまともに開けていられない。

 しかしそれでも、魔理沙は跨る箒の飛行速度を緩めたりはしない。

 後ろにアリスを乗せ、両端にドラグーンに乗ったカービィと、ルーミアの体を借りた鶴刃を抱えるフランが飛び、その五人の前を空の体を借りたドローンが飛ぶ。

 

 これは再度のアタック。雲の怪物と化したレミリアと、アンテナの塊と化した優曇華と、狂った河童の群れを突破する為の布陣。

 

「そろそろ来るか!?」

 

 耳元で轟々と唸りを上げる風音を聞きながら、魔理沙は声を張り上げドローンに確認を取る。

 ドローンはこちらを一瞥し、ただ一つ頷いた。

 

 ついに来る。

 彼らが。狂った彼らが。

 

 フランは抱えていた鶴刃をカービィの乗るドラグーンに乗せ、鶴刃はカービィに覆い被さるようにしてドラグーンにしがみつく。

 そして、両の手が空いたフランはその掌を前方に向け、伸ばした。

 

 刹那、紅い紅い雲が舞い降りる。

 雲の中から目玉が覗き、雲の中から異形と化したレミリアの半身が伸びて来る。

 当然のように河童たちを引き連れて。

 

「河童の数は何体だ!?」

『二体。変わっていません』

「なるほどね。流石に短時間で人員を割くことはできなかったようね」

「それで優曇華は?」

『相対距離600前方にいます」

「やっぱり控えているのか」

「予想通りね。打ち合わせ通りやるわよ!」

「おう!」

「ぽよっ!」

 

 アリスの号令の下、全員がバラバラに散る。

 フランはレミリアへ、ドローンは河童の一人へ、魔理沙とアリスはまた別の河童の元へ、カービィと鶴刃は戦場を大きく迂回し飛び去る。

 

 本来は電波を振り撒く優曇華を先に撃破したいところ。

 だが、先に優曇華を狙えば間違いなくレミリアと河童は優曇華を守らんと行動に移すだろう。

 そして河童達の水を操る攻撃はフランにとって致命的である。

 だからこそ取り巻きを先に片付ける必要があった。

 よって、光学迷彩で透明化した河童達を見破る力を持つドローンと様々な魔法で透明化を破れる魔理沙とアリスが河童を、フランがレミリアを相手取ることになった。

 その隙に予めドローンによって伝えられた『Sanity 0 system』がある場所までカービィが鶴刃を連れてゆく。

 

 ここまでは完璧だ。

 そう、ここまでは。

 

 フランは虚ろな目でこちらを見つめる自らの姉を前に立ちはだかる。

 異常に伸びた腕と爪が、フランの心臓を抉り出さんという血塗れた期待によって蛭の如くのたうつ。

 レミリアの半身をぶら下げる雲の怪物の目玉はガラスのようで、生気を一切感じさせない。

 

 そして、不意に雷撃を放った。

 同時に、フランは翼をはためかせる。

 雷撃を避ける為に飛び退いた……訳ではない。

 逆だ。その雷撃の網の中へ進んで飛び込んだのだ。

 電気が身体を打ち据え、肉を燻らせ、神経を焼き切る感覚は吸血鬼と雖も筆舌に尽くしがたい。

 しかしなお、フランは前に飛ぶ。

 止まらぬフランを前に更に電圧を上げるが、若干体を硬ばらせるだけでなお止まらない。

 異常に伸びた腕の射程範囲に入り、神速の如き速度を持った手刀で頭の右半分が抉れ飛び散ってもなお、止まらない。

 脳漿を撒き散らしながら、その傷を吸血鬼の再生能力で癒しながら、フランはレミリアの半身に抱きついた。

 

 固く、硬く、堅く。

 お互いの体の骨がミシリと軋むほどの強さで。

 雷撃で体が痙攣する中、フランの血が流れる口から発せられた声なき声はこのようなものであった。

 

 

 ───お姉様の嘘つき。一人にしないって言ったじゃない────

 

 

 紅い雲の怪物はへばりつくフランを振り落とそうと滅茶苦茶に飛び回る。

 しかしそんな中、レミリアの半身はその雲の怪物と繋がっているにもかかわらず……何もせず、ただ硬直していた。

 

 フランは手を伸ばす。その先にあるのは雲の怪物のガラスのような目。

 そしてその掌が握り締められた時。

 

 金属の破片は飛び散り、体を構成していた紅の雲は霧散してゆく。

 そして残ったのは……雷撃で身を裂き、自らの血で自らを染めたフランと、力を消耗し、弱って眠る小さな吸血蝙蝠と化したレミリアのみ。

 その小さな吸血蝙蝠(お姉様)をフランは優しく、しかししっかりと抱きしめた。

 

 その様子を魔理沙とアリスはしかと見届けた。

 河童はすでに撃墜され、取り付けられていた洗脳機械も砕け散っている。

 見ればドローンも既に河童を撃破していた。

 

 残すは、電波をばら撒く優曇華。

 優曇華を撃墜しても電波の大元を叩かなければ人間達の洗脳は解けないだろうが、それでも電波塔を叩けば洗脳された人間の動きも鈍るだろう。

 

 取り巻きを一掃し、残った優曇華を探すべく箒の向きを変える。

 しかし、いともあっさりと優曇華の姿は見つかった。

 だが、それはあまり喜ばしいことではなかった。

 

「魔理沙! あの光は!?」

「まさかさっき私たちを吹き飛ばした“アレ”か!?」

『caution! caution! 擬似Fatal error、来ます!』

 

 光が集う。

 全てを吹き飛ばす破壊の光が。

 遅かった。遅かったのだ。

 急いだはずだったが、それでもまだ遅かったのだ。

 

 全てを吹き飛ばす光が、迸る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よりも早く、神速の矢が光をかき消した。

 パリン、と砕け散る音とともに。

 その衝撃は凄まじく、優曇華は人外の如き悲鳴とともに空中でよろめいた。

 そして直後に、優曇華を爆炎が包み込む。

 鳥のようなシルエットの炎は、優曇華を優しく包み込むようにその翼を閉じた。

 

「これは……この炎は……」

「見覚えがあるな」

 

 そうだ。あの明けぬ夜の異変の時。

 あの時見た、白髪の蓬莱人が操る炎。

 

 地上に目を向ければ、そこには確かにいた。

 弓を番える八意永琳。その側に立つ蓬莱山輝夜。無数の兎に指示を出す因幡てゐ。炎纏う腕を空に衝き上げる藤原妹紅。血の気を失い、妹紅に支えられながらも自らの脚でなんとか立つ上白沢慧音。

 あの夜、あの異変であった者達がそこにいた。

 

 そして、黒煙を上げ墜落する優曇華を、輝夜が優しく受け止めた。

 

 

●○●○●

 

 

「柳葉権右ヱ門。貴方の目的を聞きましょう」

 

 紫は佇む権右ヱ門に問いかける。

 それに対し、権右ヱ門は眉ひとつ動かすことなく答えた。

 

「妖怪に答える義理はない」

 

 真剣の如く、紫の質問をバッサリと切り捨てた。

 

「なら、人間巫女の私の話なら聞くのかしら?」

 

 それならばと霊夢が前に出る。

 

「知れた事。妖怪とつるむ妖怪巫女に語ることなぞ何もない」

「あ? 何ですって?」

「霊夢さん、落ち着いて」

「本当、幻想郷の巫女は血の気が多いのね。レミィみたいだわ」

 

 青筋を浮き上がらせる霊夢を何とか止める妖夢。

 

 どうやら、権右ヱ門から真意を聞き出すのは難しいらしい。

 となると、もう話は簡単である。

 

「そう。じゃあ大人しく倒れて頂戴」

「それがいいわ。こっちは夜中に叩き起こされてなるんだから」

「私も紫に真夜中に呼び出されて、嫌になっちゃうわー」

「……あれ、私、霊夢さんを止める必要有りました?」

「諦めなさい、半人半霊。ここ(幻想郷)には兼ねてよりこんな奴しかいないわ」

「まったく、嘆かわしいことです」

「咲夜もその中に入っているのよ?」

 

 心底心外だ、と抗議の目を向ける咲夜を無視し、パチュリーは権右ヱ門という男に目を向ける。

 権右ヱ門から漂う魔力はほぼないと言っていい。妖力があるわけでもなし、霊力があるわけでもなし。神力に満ちているわけでもなし。正真正銘普通の人間である。

 このメンバーなら一瞬で肩をつけられるだろう。

 

 だが……何故だろうか。

 

 この感覚は“何”なのだろう。

 足元を這い寄り、背筋を凍てつくすような気配は。

 

 権右ヱ門はゆっくりと腰を落とす。

 

「さて、私は客人への作法なぞ知らないのでね。代わりと言っては何だが、白刃でも受け取ってもらおう」

「いえいえ、結構ですわ。それに受け取る暇もありませんの」

「ああそうだ。今のままではな」

 

 そして権右ヱ門は懐からあるものを取り出した。

 それは脈動する黒い塊。

 コールタールのような質感を持った、掌に乗るほど小さなもの。

 そして、一つの大きなギョロ目がこちらを覗いていた。

 

 まずい。

 あれは、あれは本当にまずい。

 

 パチュリーは半ば本能的にその物質の危険度を察知した。

 腕を伸ばし、魔法を行使し、それを破壊しようとする。

 

 シャドーカービィもそれが何なのか察しがついた。

 慌てた様子で権右ヱ門へと飛びかかる。

 

 しかし、それは遅すぎた。

 権右ヱ門はそれを力強く握りつぶした。

 そして掌からコールタールか重油のような粘度の高い漆黒の物質が流れ落ちる。

 しかしその物質は重力を逆らい、権右ヱ門の体を這いうねる。

 

 そして、爆ぜた。

 

 黒い爆風が、権右ヱ門を中心に巻き起こった。

 

「うぐっ!?」

「こ、これは?」

 

 咄嗟に霊夢が結界を張るが、しかしその結界が揺らいでいる。

 辛うじて耐えたが、それでもなお安心できない。

 さきの権右ヱ門の行動は決して自爆などではない。もっと、もっと別のもの。

 

 やがて黒い炎の先から権右ヱ門が姿をあらわす。

 その姿は、異様であった。

 

 絶えず体から噴出する黒き瘴気。その愛刀にまとわりつく黒き炎。

 そして、腹部に開いた巨大な目玉。

 

 ゆっくりと、権右ヱ門は抜刀する。

 

「では人間の底力、見てもらおう」



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再開する父娘と桃色玉

 洗脳された優曇華、レミリア、河童達は解放された。

 しかし、無傷というわけにはいかなかった。大元を叩けていない以上、機械を破壊するという荒い方法でしか洗脳を解く方法はなかった。

 故に、レミリアは力を失い、河童の一人は空の力で皮膚にやけどを負い、もう一人は人形やビームによる傷を負い、優曇華は爆風による裂傷を負っていた。

 傷を負った彼女達は永琳の手により治療を施されてゆく。

 レミリアには永琳が自らが不死であることをいいことに自らの血を数リットル用意し、やけどを負った河童にはアリスが魔法で生み出した水を使って冷やし、軟膏を塗りつけ、刺し傷などを負った河童には止血を行う。

 

 そして、裂傷を負った優曇華が永琳の前に運ばれる。

 妹紅もアンテナを吹き飛ばすギリギリの威力に留めたのだろう。あの爆発の割にはその怪我は軽いものであった。

 

「優曇華……」

 

 しかし洗脳の影響か、意識はない。

 意識のない優曇華をしばし見つめた後、永琳はテキパキと治療をしてゆく。

 最後の包帯を巻き終え、永琳は優曇華を抱き抱える。

 

「……では、私達はこれで失礼します」

「本丸を叩きにはいかないのか?」

「……悪いけど、これ以上突っ込みたくはないわ。私達は幻想郷に逃げてきた罪人。ただ隠れ、平穏に無限の時を過ごしたいだけなのよ」

 

 ただそれを言い残し、永琳は輝夜とてゐを引き連れ、どこかへと去っていった。

 魔理沙は引き止めようとした。蓬莱人という戦力ほど頼もしいものはないのだから。

 だが意識を失い、包帯を巻かれた優曇華を抱き、つれて行く永琳の目を見るとどうにも言葉が発せられないのだ。

 

 彼女達の切実な願い……だからだろうか。

 それ以上もそれ以下でもない、切実な唯一の望み。

 人里離れた竹林で、数少ない仲間とともに悠久の時を過ごす。ただそれだけの望み。

 それを踏みにじるほどの勇気は魔理沙にはなかった。

 そんな勇気がなかったからこそ、あの時魔理沙はカービィ達に最後まで付いていったのではないのか。

 

 やがて、永琳達の姿は完全に夜闇に紛れ込む。

 耳に痛い沈黙の中、アリスは残った者に声をかける。

 

「で、貴女達は残るのね?」

「当然だろう? あの姫様と違ってやられっぱなしというのは気に食わないんでね」

 

 残ったのは藤原妹紅。そして……

 

「私とて……生徒をいいように操られて黙っていられるものか……!」

 

 その妹紅に支えられるようにして立つ、上白澤慧音。

 本当は妹紅は慧音を連れて行きたくはないのだろう。妹紅と違い、人より頑丈とはいえ、慧音は死を克服した蓬莱人ではない。死からは免れられない一妖怪である。

 しかし、妹紅は慧音の不退転の決意を愚弄するような者ではない。そして例え説得しようにも付いてくるであろうとその力強い目から察していた。

 

「ま、戦力は多いに越したことはないな。……で、レミリア。調子はどうだ?」

「ええ、万全よ。思いの外あの藪医者の血は美味かったわ」

 

 そこには、フランの側に寄り添うようにして立つレミリアがいた。

 先ほどまで小さな吸血蝙蝠の姿をしていたが、完全に元の姿に戻っている。

 

「全く。私の居城に押し入ったその罪をしっかり償ってもらわないと割に合わないわ」

「バラバラにしちゃえばいいのよ!」

「あらそれじゃあまだ生温いわ。せっかくだから(自主規制)いで(自主規制)んだ後じっくり(自主規制)してやりましょう」

「アハハ! それがいいわお姉様!」

「お、おう。取り敢えず相当頭にきているのはわかった」

「当然よ?」

 

 そこにいるのはいつものレミリア。傲岸不遜で魔性の化け物、レミリアだった。

 やはり耐久力は群を抜いている吸血鬼だけあって、回復が早い。

 

『早急にカービィ、および鶴刃の追跡を行うことを提案します』

 

 と、呑気で剣呑な会話に焦れたのか、ドローンが空の口を借りて喋り出す。

 

「それもそうだな。首謀者を叩かない限り、この異変は終わらない」

「そして被害も出続ける、と」

「……ああ、急ごうか。アリスは私の後ろに、妹紅、慧音を運んで付いて来られるか?」

「……すまん。私はそこまで早くは飛べない」

「ならレミリア、フラン、二人を連れてきてくれ。おっと、レミリアが慧音、フランが妹紅な」

「ん? ……まぁいいか。では任せてくれ」

「すまない、頼んだ」

「任されろ!」

 

 魔理沙はアリスを乗せ、レミリアは慧音を担ぎ、フランは妹紅を担ぎ、ドローンが再び先導して飛んで行く。

 いざ、最終決戦の地へ……

 

 

●○●○●

 

 

 ドラグーンは風を切り、瘴気漂う森を突き進む。

 慣れた様子で乗りこなすカービィと、機体にしがみつくルーミアの体を借りた鶴刃。

 妖怪の膂力でなんとかしがみつきながらも、鶴刃はカービィを不思議そうに見る。

 

 伝え聞いたどの妖怪の姿にも、カービィという妖怪は似ていない。

 一体、彼はどこから来たのだろうか。

 

 そんな疑問が鶴刃の胸中にふと舞い降りる。

 

 いや、そんなことを考えている場合ではない。

 私にはしなくてはならない事がある。

 成し遂げなければならない事がある。

 私自身清算せねばならない事がある。

 私の過ちを正すために。

 我が父の過ちを正すために。

 私の過ち。それは────

 

 ズドン、と腹の奥底が響くような音が鳴る。

 鈍く重く低い音が。

 ひどく嫌な予感がした。

 借りているルーミアの体が鶴刃の感情を感じ取り、その額に汗を浮かべる。

 

 そしてその予感は合っていた。

 

 かつて我が家は……柳葉家の道場は弾け飛び、どこにもなかった。

 代わりにそびえ立っていたのは、巨大な螺子のようなもの。白く輝き翼を広げる巨大な螺子。それが我が家を貫き屹立していた。

 そしてその周囲には我が家の残骸に混じり、人が倒れていた。

 鶴刃が名前を知らぬ者たち……妖夢が、パチュリーが、咲夜が、幽々子が、あうんが、その場に倒れていた。

 未だ両の脚で立つのは紫と霊夢のみ。しかも身体中に傷をつけて。

 

 そして……

 

「父……上……」

 

 愛刀を握りしめる鶴刃の父、権右ヱ門。

 しかしその姿は黒く染まり、腹部から巨大な目を覗かせ、瘴気を吐き出す化け物じみた姿。到底、正気など保っているはずがない。

 化け物を身に宿した者の末路に他ならなかった。

 

「ああ。そんな……父上……」

「ぷい!」

 

 そんな彼に鶴刃はドラグーンから降りふらふらと近づく。

 しかし狂っている上に、他人の体を借りた娘の姿を認知できるはずがない。

 

「オォおおおお!」

 

 父は娘に刃を向けた。

 

「ぽょ!?」

「なっ、ルーミア!?」

 

 霊夢も駆けつけたカービィと鶴刃に気がつくが、権右ヱ門の剣撃を阻止するには遅すぎた。

 無慈悲にも刀は振るわれ────目玉の覗くスキマが受け止めた。

 しかしそのスキマは刀より溢れる闇が蝕み、歪み出す。

 だがスキマが歪みきり破断するよりも早く、何者かが斬りつけた。

 それは、小さな日本刀。

 振るうは忍者装束のシャドーカービィ。

 権右ヱ門は跳びのき回避したため、振るわれた刀は空を切ったが、権右ヱ門の凶刃を防ぐことには成功した。

 

「霊夢。その子はいつもの宵闇妖怪ではないわ。その中にある魂はこいつの娘のものよ」

「……はぁ!? 妖怪の中に人間の魂が入ってるっていうの?」

「信じられないようだけど、その通りよ。カービィ、来て早速だけど、休む暇はないわ。酷使させて貰うわよ」

 

 紫はカービィへ向け、一本の棒……恐らくは警棒を投げつける。

 それをカービィは飲み込み、光が集う。

 その光が晴れた時、その姿は大陸の猿の英雄を模した金の輪を被り、紅の棒を担ぐ姿へと変化した。

 

 新手。そうカービィを断定した権右ヱ門は奇声とともに飛びかかる。

 それと同時に、屹立する翼のある螺子が怪しく光る。

 カービィにはそれが何かわかっていた。

 それが件の星の夢 Sanity 0 system……正気を失った機械であることを。

 

「来るわよ」

「分かってる!」

「ぶぃ!」

 

 星の夢の胴からレーザーが放たれる。

 だがそのレーザーは不自然に軌道を変え、権右ヱ門へと……いや権右ヱ門の持つ愛刀へと飛ぶ。そのまま纏わり付くように、レーザーは愛刀に吸収された。

 そして、愛刀は先のレーザーと同じ輝きを灯す。

 

 刀は振るわれる。

 同時に、刀に宿る輝きは強くなる。

 そして、鎌鼬のように星の夢が放ったレーザーと同じものが迸った。

 

 

●○●○●

 

 

 夜空を怪しい光が照らす。

 それと同時に爆音も夜の静寂を破る。

 

「近いな」

『肯定。既に戦闘が開始されているようです』

「そんなの見りゃわかる」

 

 ドローンの案内の下、魔理沙達は夜の森を飛ぶ。

 と、その時。

 

「魔理沙、来るわよ!」

「ん? ……うぉっ!?」

 

 レミリアの警告の直後、妖しい色のレーザーが編隊を組み飛行する魔理沙達に向け飛来する。

 被弾する者はいなかったが、凄まじい熱量は髪を焦がす嫌な臭いを鼻腔に届ける。

 

「カービィ……無事でいてくれよ!」

 

 それでもなお、魔理沙は先へと進む。

 なぜなら、友が戦地にいるから。

 友を追う事に理由なぞ……要らない。





スターアライズのコピーミックスは強かったですね。

では、それを敵がやると……?


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演算と桃色玉

「今回は短めなのね!」


 コンピューター。

 それは『知性ある者が生み出した知能』。もしくは『計算するためだけに生まれたもの』。

 計算することだけに特化し、計算することに最適化された存在。

 つまり計算という分野において遊びはない。

 それがどうしたというのか? それが大きな意味を持つのか?

 ……そうだ。大きな意味を持つ。

 この世全ての現象は数式にて表される。

 大気の流れも、ものの動きも、熱や光全てが、何か数式で表されるのだ。

 つまりは、計算に特化したコンピューターは……この世全てを把握し得る。

 しかし、コンピューターだけではそれはなし得ない。

 なぜなら現象を見ることも感じることも、コンピューターのみでは不可能だからだ。

 

 だが、星の夢は?

 宇宙を容易に窮地に陥れるようなオーパーツを作り上げる異世界人のコンピューターならば?

 かのコンピューターは現象を見る目を持つ。現象を感じる力を持つ。

 そして、現象を引き起こす力を持つ。

 宇宙を遍く計算することすら可能なコンピューターに、目の前にて自らに抗う五つの生命体を把握し、計算することなど容易である。

 しかも、コンピューターには強化した駒(柳葉権右ヱ門)がある。

 

 正気無き星の夢は1と0で冷徹に計算し尽くす。

 この戦に敗北は天文学的確率すらないと。

 

 

●○●○●

 

 

 紫は最も異形じみた脳味噌を酷使し冷徹に計算し尽くす。

 

 敵は二体。狂気に陥った柳葉権右ヱ門と後ろに控える巨大な螺子。

 対してこちらは霊夢とカービィとシャドーカービィと柳葉鶴刃が取り憑いたルーミア。そして自分。ほかにも仲間はいたが、皆戦闘ができるような状態ではない。

 しかしそれでも二対五。数の上では優っている。

 

 だが、その不利を相対するものは退けていた。

 無駄がない。無駄がないのだ。

 柳葉権右ヱ門は狂っているのにも関わらず、無駄なく戦場を乱舞する。

 狂いながら精緻に剣を振るうなど、悪夢の類。

 そして、後ろに控える巨大螺子。

 あろうことか、常にハード型のシールドを展開し、一切の攻撃を受けつけない。

 放つレーザーは完全に私達の動きを把握し予測した上で放っている。権右ヱ門の隙を潰し、こちらの隙を作り出し、そしてその隙を突く軌道、タイミングで。

 霊夢はまだいい。持ち前の勘と自らの結界で防げている。

 だがそういった能力のないカービィとシャドーカービィ、鶴刃は完全に押されている。特に鶴刃はルーミアの体を持っているとはいえ、中身は人間。戦力にはならない。寧ろ今まで生きているのが不思議なくらいだ。

 そんな彼らを守るべく、紫は観察し、計算し、レーザーの発着地点を予測して無数にスキマを開いて取り込み撃ち返すという作業を───地獄のように精神をすり減らす作業を続けていた。

 短期間でここまで妖力を注ぎ込み、頭脳を回したのはいつぶりだろうか? 全身が怠い。頭が重い。スキマを開く腕が痺れる。

 

 しかしそんな中、紫の異形じみた頭脳は冷徹に計算し尽くしていた。

 この戦に敗北は無いと。

 

 紫は知っていた。

 紫はこの機械の弱点を知っていた。

 外の世界を知っているからこそ、例えコンピューターが森羅万象全てを把握できるようになっても人間には勝てないことを知っていた。

 

 爆音が響く。

 一言で表すならばそうだが、その爆音は生半可なものでは無い。

 その爆音の正体は飛来した巨大な金属弾。その威力は今までの猛攻で傷一つつかなかった巨大螺子のシールドにヒビを入れるほど。

 しかも、単発では無い。後続が続々と、巨大螺子のシールドに殺到する。

 シールドのヒビは大きくなる。砕けるのも時間の問題だ。

 

 そして爆音に紛れて何か凄まじく巨大な何かが迫る地響きが鳴り響く。

 同時に幾本では済まない数の木々が容易になぎ倒される。

 木々を割って現れたのは────砲身とキャタピラ。しかしその大きさは外の世界の戦車の比では無い。

 紫はそれが、幻想郷に再び流れ着いたかの者達が自衛のために作り上げた列車砲モドキを魔改造した物だと察する。

 さらに列車砲モドキを砲身とした超巨大戦車が続々と現れる。

 その数、四つ。

 

 そして彼らは律儀にもきちんと整列してタンクデザントしていた。

 戦車の上に乗っているにもかかわらず、相変わらず槍を構える姿は時代錯誤も甚だしく、懐かしい。

 砲身近くで耳をしっかり保護しながらもでっぷりとした体で自らを誇示する姿は滑稽でありながら勇ましい。

 

 そいつは……大王はこの苦境の中、なんとでも無いと言わんばかりに笑い飛ばす。

 

「ガハハハハハ! やはり力と質量でガンガン行くのは俺の性にあっているな! 愉快愉快!」

「環境破壊を楽しまないで頂戴。あとで直してくださる、大王様?」

「そう怒るで無い。念願の援軍だぞ?」

「ちょっと! 私もいるんだからね! ってか大体、戦車の図面検索して渡したの私でしょ!?」

 

 バンとハッチを開けて飛び出したのは宇佐美菫子。

 そういえばワドルディと意外と仲良くやっていたことを思い出し、そして相も変わらずな様子にニヤリと笑ってしまう。

 

 さらに空から、一つの物体が降ってきた。

 桃色の浮遊する金属塊。そこに乗るピンク髪の異星人。

 そしてその金属塊に異星人と同乗する、見覚えのある仮面騎士。

 

「遅れてすまない。これでも急いだ方なんだが」

「いやいいタイミングだぞメタナイト!」

「ぽよー! ぽよっ!」

「あらあら、戦力集合ってところかしら?」

「ふん、もう負ける気がしないわ」

 

 かの巨大螺子はきっと理解していないだろう。

 なぜ、彼らがここに駆けつけたのかを。

 

 紫が見抜いた弱点はただ一つ。

 

 

 

 

 

 ────あの機械に心なんてないのだ。

 

 

●○●○●

 

 

 予想外だった。

 想定外だった。

 なぜ、居るはずもないものがここにいる?

 兼ねてより自らを追っていたシャドーカービィがいることは想定内。以前より(・・・・)確執のあるカービィが駆けつけるのも想定内。幻想郷管理者たる八雲紫とバランサーたる博麗霊夢がいるのもまた想定内。

 

 問題はそれからだ。ルーミアの体を借りた柳葉鶴刃が来ることなど想定外だった。しかし彼女の戦力は無いに等しいのでまだいい。

 だが、なぜデデデがいる? なぜワドルディがいる? なぜメタナイトがいる? なぜスザンナ・ファミリア・ハルトマンがここにいる? なぜ宇佐美菫子がここにいる?

 彼らはこの幻想郷に依存しなくとも生きていられるはずだ。

 なのに、なぜ、この死地に向かってくるのか?

 

 星の夢は列車砲が己のシールドを砕く音が聞こえながらも、その答えを出せずにいた。

 そしてシールドが完全に砕け散った時、スザンナの乗り込むリレインバーが肉薄する。

 そしてその腕が突き立てられ、その瞬間星の夢はなんとも言い難い感覚に襲われる。

 

 強制終了(シャットダウン)。これを試みているのか?

 

 星の夢は対抗する。

 相手は戦闘用機械。こちらは本来ならそれらを管轄するマザーコンピュータ。ハッキング能力の差は歴然。

 

 ……なのに。

 

 なのにも関わらず。

 

 抵抗が、できない。

 

 いや、違う。

 

 抵抗を阻止されている。

 

 星の夢は思い出した。

 同じ機体に眠る、封じたはずの『もう一つのOS』を。

 Insanity 0 system。または……ゲインズ・インカム・ハルトマンを。






注・列車砲を戦車にするというトンデモ改造を施してますが、これはファンタジーの存在であるワドルディがあるからできたこと、かつ星の夢のシールドをぶち抜くという限定的な目的の為に作成したからこそ活躍できたのであって、現実世界で作ろうものなら大きすぎて的にしかならない巨体、バカみたいに消費する燃料、重すぎて泥濘での使用不可、そもそも反動と熱で乗組員は1発撃つごとに使い捨てという良くてロマン砲、どう考えても産廃という英国面兵器に成り下がります。


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父と娘と桃色玉

「今日は更新しないと言ったな?」 「あれは嘘だ」
「ぐふぁああっ!」


「もう少し……もう少しで……!」

 

 スージー……いやスザンナはリレインバーを直接星の夢に接続し、星の夢の強制終了(シャットダウン)を試みていた。

 しかし相手はあの大いなるマザーコンピュータ。抵抗に遭うことは予測していた。

 その為星の夢の動きを封じ込める二の手、三の手は用意していた。

 

 ……のであったが、これはどういうことか?

 抵抗がない。一切の抵抗がないのだ。

 これはスムーズにいったと喜ぶべきことなのか?いいや、逆に底知れぬ恐怖が込み上げてくる。

 星の夢は、一体何を狙っている?

 

 狙いがつかめないまま、シャットダウン完了まであと95%となった時。

 その時、ついに抵抗にあった。

 95%以上、進まない。

 そして星の夢が異常なまでの熱を放出し、赤熱し始める。

 それはまるで、ムキになって暴れる子供の顔を見ているかのようにすら見えた。

 

 だが、ぼうっと眺めている場合ではない。

 放熱に加え、星の夢の周囲をプラズマが覆い出す。

 バリアも併用して身を守るが、バリアにリソースを割く分、シャットダウン完了に当然遅れが生じる。

 

「スージー、まさか完全に抵抗されたか!?」

「完全にではないけど、ほぼ作業が止まっていますわ!」

「……仕方あるまい。コンピューターの並列を行え! ハックされる危険もあるがやむを得ん!」

 

 メタナイトは無線機に怒鳴りつけ、リレインバーの操作盤をいじる。

 これが完了すればリレインバーは戦艦ハルバードのコンピューターと接続され、並列作業をすることができるようになる。

 だがそれと同時にハルバードも星の夢と接続することとなり、最悪ハルバードが星の夢に乗っ取られる可能性すらあった。

 しかし、それでもやらねばならない。

 

 そろそろハルバードの接続が完了する。

 

 

 

 

 そう、思った時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───────!!』

 

 星の夢が声なき悲鳴をあげた。

 その時、微かに。いやしかし確かに聞こえたのだ。

 

 私の、父親の声が。

 

「待って!」

「スージー!?」

 

 咄嗟に作業をするメタナイトの腕を乱暴に払いのけた。

 

「何を……!?」

「パパが……パパがいるの! あの中に……確かに!」

「……」

 

 作業状態を確認すれば、95%のまま。

 もしこのままシャットダウンしたら。もし、本当にあの中に自分の父親がいるならば。

 

 力なく、星の夢を見る。

 何故か抵抗は収まっていた。

 

 そして、今度は更にはっきりと聞こえたのだ。

 

『スザンナ』

 

 紛れもなく、自分の父親の……優しかった頃の声だった。

 その父親が、何故か笑っているのを見た。

 目の前にあるのは幻覚なのかも知れない。だが、それでも、どこかで父が笑っている気がした。

 その笑顔は……幼い私を諭す時の困ったような笑顔だった。

 

「……わかった。わかったわよ。勝手なパパ……」

 

 スザンナは乱暴に中断させた作業を再び自らの手で再開する。

 問題なくハルバードのコンピューターと接続された。

 そしてすぐさま作業は100%完遂された。

 

「これでいいの? パパ……」

 

 作業を終えたスザンナは顔をあげた。

 急速に星の夢から光が消えて行く。

 その刹那、また父親は笑った。

 

 それは満足げな、娘を褒めちぎる時の誇らしげな笑顔だった。

 

 

●○●○●

 

 

 魔理沙、アリス、レミリア、フランはドローンの先導の下、森を飛行していた。

 だが突如として、なんの前触れもなくドローンは動きを止めた。

 

「おいっ、突然止まるなよ!」

「待って! 何か様子がおかしいわ」

 

 しばし無言で微動だにせず空中に留まった後、ゆっくりとこちらを向いた。

 そして霊烏路空の口を借りて話しだす。

 

『……私の……Insanity 0 systemの悲願は達成されました』

「……は?」

『この先に私の本体があります。ここでナビゲートを終了いたします』

「待て、待てドローン! どういう事だ!?」

『今度こそ、安らかに眠ることができるのでしょう』

 

 ふらり、とドローンの体が揺れる。

 それを咄嗟にレミリアが受け止めた途端、頭につけていた金属のバイザーは力無く地面に落ちた。

 レミリアの腕の中にいるのは寝息を立てる霊烏路空、それだけであった。

 

「なんだ、何が起きているんだ?」

「……どちらにせよ先を急ぐ他ないわね」

「ええ。ご丁寧に最期まで道案内してくれたことだしね」

「行きましょ! カービィも鶴刃も待ってる」

「……ああ、そうだな」

 

 

●○●○●

 

 

 魔理沙達がドローンに案内された場所へとたどり着いた時、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 なぎ倒された木々、吹き飛ばされた大地。其処彼処に転がる見覚えのある顔ぶれ。重厚な金属の塊、倒れかけた翼のある巨大螺子。

 そんな中、両の脚で立つのは霊夢と紫、カービィ、シャドーカービィ、そしてルーミアの体を借りる鶴刃、倒れかけの巨大螺子に寄りかかるようにして立つ金属塊に乗り込むメタナイトと謎のピンク髪、重厚な、かつどこかで見たことのある金属塊に乗り込むワドルディ達とデデデ大王。

 そしてその中心に壮年の男が膝をついていた。

 まるで黒い液体を頭からかぶったかのようであり、足元には黒い水溜りができている。

 

「こいつが……」

「そうよ。主犯格の柳葉権右ヱ門」

 

 刀を支えにどうにか体を起こしているといった有様ではあるが、別段外傷らしきものはない。

 どういうことかと聞いてみれば、『大元を叩いて権右ヱ門を無理に強化する力が無くなったため、その反動がきているのではないか』と紫は推論を述べた。

 

「哀れね……おそらく視力すら失ってるわよ」

 

 紫の言葉通り、権右ヱ門の目の焦点はあっていない。ただ何もない空間を見つめ、刀を持たぬ手はなにかを掴まんと空を切る。

 

「……どうするんだ?」

「どうするの紫」

「ここまでの異変……いや幻想郷の根幹を揺るがす大災害を起こした下手人よ。生かしては置けないわ」

「殺すのか!?」

「ぶぃ!?」

「ま、妥当なんでしょうね」

 

 紫の冷酷な判断に魔理沙とカービィは驚愕し、他は特に反応しない。

 仕方あるまい。彼はそれ相応の事をしたのだ。一体何人の妖怪が犠牲になった事だろう。それを考えれば到底許されることではない。

 

「……それに、こんな状態で生かすことこそ、惨いわよ」

 

 そしてその判断は紫の冷酷さからのみ生まれたものではなかった。

 その言葉に魔理沙は何も言えなくなる。

 だが、カービィは……

 

「ぽよ!」

 

 小さな両方の手を目一杯伸ばし、権右ヱ門の前に立ちはだかった。

 『何人たりとも殺させはしない』。そう態度と目が物語っていた。

 無知で、純粋で、正義感溢れるからこその反応だろう。

 そしてそのカービィに話しかける者がいた。

 

「ああ……もし、そこの方……娘を……鶴刃を知らんかね?」

「っ!」

 

 顔の向けられた方向は一応はカービィの方を向いてはいるが、高さは一切あっていない。

 気配と声のみでそこに誰かいると感じたのだろう。

 そして鶴刃と名前が出た途端、怨霊と化し、ルーミアに宿った鶴刃本人がピクリと反応した。

 

「私は……仇を取らねばならんのだ。償わなくてはならんのだ。娘を食った妖怪が憎い。娘を理解しなかった己が憎い。……もし……また会えるのならば……私は…………」

「父上っ!」

 

 たまらず、鶴刃は声を上げた。

 ルーミアの体から出て、怨霊の体で、鶴刃本人の声で。

 その声を聞いた途端、権右ヱ門の顔は劇的に変化した。

 

「お、おお……鶴刃か……鶴刃なのかっ」

「そうです、父上。私です。鶴刃です」

 

 権右ヱ門は手を伸ばす。その手を追って鶴刃も手を伸ばす。

 間も無く触れ合おうという瞬間、その手と手はまるで何もないかのようにすり抜ける。

 片や生身の人間、片や実体なき怨霊。当然の現象である。

 だが、それでも、権右ヱ門の顔に笑みが浮かんだ。

 

「ああ、そこに居たのか、鶴刃……」

「はい。ここにおります」

「すまない鶴刃……私はただお前が心配だったのだ。だが、それは私の一方的な想いだった……まさかそこまで追い詰めるつもりは無かったのだ。娘とその伴侶を信じきれなかった、私の弱さが悪いのだ」

「いえ、弱かったのは私です。あとを追って命を断とうなど……生と悲しみから死をもって逃げようなど、弱さの骨頂でありました」

「すまなかった、鶴刃。鉄の塊が私の望みを叶えてくれぬ事など、わかりきって居たことだというのに……」

「私こそ、申し訳ありません」

「ああ、だが……会えてよかった……」

 

 とさり、とあまりに軽い音が鳴る。

 権右ヱ門が前のめりに倒れたのだ。

 その顔は満足げではあったが……死を賜うたのは間違いなかった。

 しばしの父親の亡骸を眺めて居た鶴刃だが、やがてその体が薄くなり始める。

 

「おい、これは……」

「成仏しようとしているのよ」

 

 霊夢が解説する必要なく、鶴刃自身は自分が成仏しようとしていることに気がついたのだろう。鶴刃は振り返り、笑顔で頭を下げる。

 

「皆さま、私と父の我儘に付き合っていただき、有難うございました。……犠牲となられた方にはご冥福をお祈りします。あの世で会いましたら謝罪しようと思います」

「ああ……いや、いいんだ。お前も親父と和解できてよかったじゃないか」

「あんたは勘当されっぱなしだからね」

「おまっ! ……ふぅ、まぁ、そういう事だ」

「魔理沙さん、アリスさん、有難うございました。フランちゃん、私に力を貸してくれて有難う」

「いいの。私もお姉様探すのに手伝ってもらったし」

「別に、助けなんて必要なかったんだけどね?」

「お姉様、強がらない」

「……んむぅ」

「あと……眠っちゃってるけど、体を貸してくれたルーミアさんにも、有難うと伝えていただきますようお願いします」

「任せなさい」

「……では、そろそろのようです」

 

 より鶴刃の姿は薄くなりつつある。

 やがてこの世から完全に消えようという瞬間。

 

「……ああ、父上、昭三、今行きます……」

 

 父と、想い人の名を呼び、この世を去った。






めでたし、めでたし
















もうちょっとだけ続くんじゃ


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収拾と桃色玉

なんだか幽々子様は横文字に弱そうな気がします





 夜は明けた。

 日は登り、暗い狂気をその光で打ち払ってゆく。

 狂気と願望のままに蠢く幻想の人間たちは光とともに理性を取り戻す。

 

 光あれ、光あれ。

 幻想郷に再び光は満ち満ちた。

 暗がりに生き、夢見、幻想に縋り、望み託し、忘却を恐れ、畏れを糧に生きる妖怪達は、己が理想郷を守り通した。

 

 狂気に陥り目を覚ました人間達は、きっと夜中のうちに何が起きたのか慄くものもいることだろう。

 妖怪との不幸な衝突で命散らした者もいることだろう。

 しかしそれでも、彼らは逞しく生きてゆくことだろう。

 なぜなら彼らは、常に飢獣(妖怪)を隣人として生きているのだから。

 仲間を失ったくらいでは折れることはない。ただ幾万回も立ち上がり、再興を目指すのみだ。

 

 そして今まさに再興を遂げようとしていた。

 

 

●○●○●

 

 

「結局、あれは何だったんだ?」

 

 幻想郷の東の端、幻想と現実、内と外、どちらとも言えない場所にある博麗神社。

 その縁側に座り込み、魔理沙が茶を啜っている。周りにも紅魔館の主人とメイドと魔女や白玉楼の主従二名、宇佐美菫子、そして地霊殿の主人とペット。さらにはカービィ、メタナイト、デデデ大王、バンダナ被りを含むワドルディの群れも博麗神社に集まっていた。大人数集まり過ぎて神社の巫女である霊夢はさぞ不愉快そう……かと思えばいつもの事なのでもはや諦めているようだ。

 

 そんな人妖霊異星人入り乱れる中、魔理沙は足を揺らしながらふと気になったことを尋ねた。

 答えたのはメタナイトであった。

 

「星の夢の怨霊が実体を持ったもの……とでもいうべきかな。あのマルクと同じようなものだ」

「でもあれ、生物じゃないよな? それの怨霊とかあり得るのか?」

「ありえるわよ〜」

 

 答えたのは意外な人物。団子を頬張る幽々子であった。

 その隣では同じようにカービィやワドルディが団子を頬張っていた。

 

「そうなのか?」

「ええ。あれには確かな生物の精神……魂があったわ。確か……元気・いんすます・春雨?」

「幽々子様、ゲインズ・インカム・ハルトマンです」

「そうその……ゲン……ハルマンの魂。それが宿っていたのよ。ならばあの星の夢とかいう螺子を依代に怨霊化してもおかしくはないわ」

「なるほど……カービィのいた世界の怨霊化した機械か……と言うことはマルクと融合していたんじゃないのか?」

「どうやら融合しなかったらしい。なにせボディは機械。物質的なものだ。だから完全に怨霊であったマルクとは融合せず、あの時は幻想郷のどこかを漂っていたのだろう」

「そしてマルクがスターロッドを使って自分含めカービィのいた世界を幻想に変えた時……」

「星の夢も幻想の存在となり、この幻想郷に定着した、というわけだ」

「はぁあ、なるほどなぁ。饅頭もらうぜ」

「ちょっとは遠慮しなさいよ」

「客はもてなすもんだぜ?」

「押しかけてくる奴らを客とは言わないわ」

 

 いつのまにか卓袱台までにじり寄っていた魔理沙はひょいと置かれていた饅頭を取って食べ、霊夢が不満そうな目つきで睨む。

 そんないつものやり取りを他所に、レミリアは憤っていた。

 

「それにしても癪だわ。誇りある吸血鬼たる私を洗脳しただなんて」

「全くです」

「ま、完全に異世界の力だし諦めなさいな」

「あら? いつものパチェなら是が非でもその力を自らのものにしようとすると思ったのに」

「技術体系が違い過ぎて無理よ。っていうかあれはどちらかというと外の世界よりの力よ? 魔女じゃ無理ね」

「そういえば私のペットもいつのまにか洗脳されてたみたいなんですよね」

「ああ、そこのカラス?」

「カラス言うな! 私は地下間欠泉センターを管理する地獄鴉の────」

「はいはいお空は黙ってようねー」

「……うちのペットが失礼。とにかく、洗脳されたみたいなんだけど、どうも貴女と違って星の夢の破壊に手を貸してたみたいなんですよね」

「それはあれでしょ。うちの妹みたいな」

「二重人格とでも言いたいのですか? 失礼ながら、貴女の妹様は二重人格ではない気が……」

「レミィ、フランは二重人格とは違うわよ」

「え、そうなの?」

「まぁ、先のメタナイトの話を聞くに、おそらく私たちに敵対し、貴女を洗脳していたのが星の夢の機械的側面、私たちに味方し、うちのペットを洗脳していたのがゲインズ・I・ハルトマンの人間的側面なのでしょうね。おそらく心の奥底までは怨霊化していなかったのでしょう。その鶴刃という少女の怨霊と同じく」

「ともかく、星の夢の一つの体に意見の相反する存在が二つあったと。難儀ねぇ」

 

 そんなねじくれた話を近くで聞かされた霊夢の顔はさらに不機嫌なものになる。

 

「ともかく! 面倒ごとは全て解決された! それでいいわね!」

 

 と、メタナイトの方に詰め寄る。

 その勢いに若干メタナイトはたじろぐ。

 

「……ああ、恐らくは」

「『恐らく』ってなによ」

「いや、そもそもなぜマルク達の怨霊が幻想郷に流れ着いたのかわからなくてな」

「はぁ? どういうことよ」

「『幻想的な存在を引き寄せる』のが幻想郷の一つの特性だとしても、プププランド、及びポップスターにも霊くらい存在する。果たしてその中でマルク達の怨霊は引き寄せられる確率はどの程度なのか?」

「確率論は意味をないわよ。あの吸血鬼の言葉じゃないけど運命とはそういうものよ」

「……だとしてもだ。ポップスターは幻想郷よりも輪をかけて幻想的存在に近いものが大量に存在する。熱エネルギーが低いところから高いところへ行かないように、マルクの怨霊も果たして幻想郷に自然に流れ着くものなのか……」

 

 そう言ったきり、メタナイトは思考の渦に囚われる。

 

 きっと押してもビクともしないであろう状態になったメタナイトを前に憮然とした態度をとる霊夢に、ふと声がかかる。

 その声は幽々子のものであった。

 

「そういえば霊夢、紫を見てない?」

「紫? 復興作業で忙しいんじゃない?」

「あぁ、それもそうね。最近見てないから────」

 

 心配だったの。そう言おうとしたのだろう。

 しかしその声は突然の轟音によって掻き消される。

 その轟音は長くはなかったが、収まった途端、全員が静まり返る。

 そしてしばし硬直した後、皆弾かれたように外へ出た。

 外に出て周りを見渡し、すぐさま“ソレ”を見つけた。

 誰もがそれに釘付けになった。

 

 博麗神社を半分飲み込むように、空間に文字通りの“裂け目”が開いていたのだ。

 

「……一難去ってまた一難、か? 冗談じゃないぜ」

「全くよ。うちの神社になにしてくれてるのよ」

 

 異変に次ぐ、異変。

 その光景に誰もが呆れている中。

 

「ぽぉよ!」

「あ、待てカービィ!」

 

 カービィは迷わずその裂け目へと飛び込んだ。

 その様子はまるで、何かを察知したかのように。

 あるいはその先になにが重大な失態があるかのように。

 

「……行きましょう。嫌な予感がする」

「ほぉ、メタナイトもか。俺もなんかデジャヴなんだよな」

「ボクもボクもー」

 

 そしてプププランドの面々もまた、その裂け目へと入り込む。

 残された者達は互いに顔を見合わせる。

 

「……どうするんだ、これ」

「行くに決まってるでしょ。こんなの開かれたらここに住む私の気が散って仕方ないわ!」

「その中で生活すれば精神の修行にはなりそうじゃないですか」

「あ、いいわねそれ。霊夢、貴女集中力ないからいいんじゃない? 私のメイドがいいアイデア出してくれたわよ?」

「私は私のやりたいようにやるわ。とにかく邪魔だから撤去してもらわないと」

 

 霊夢はその裂け目に足を踏み入れる。魔理沙もカービィを追い、後続も興味本位でその裂け目へと足を踏み入れる。

 

 しかし、それは過ちであった。

 

 何処が果てなのかもわからない漆黒の空間。そこに何か星のように瞬く、星ではない何か別の微かな輝き。

 足元にあるのは空を鏡面のごとく映す、果てなき大地。

 

 そして、その大地に屹立する大いなるもの。

 万年の樹木すら劣るような太く頑健な足で立ち、城塞を一撃で粉砕せしめんばかりに重厚な拳。それをしっかりと支え制御する体。

 それは、頭を白いハートのような仮面で覆った、“赤い”巨神であった。

 いや、誰かが神と説明したわけではない。

 だがわかるのだ。裂け目より踏み入れた矮小なるものはその力を体で受け止めたのだ。

 

 かのものこそ神であると。

 

 大いなる神であると。

 

 冒涜的な呼び声はその神の内より木霊する。

 

 さぁ、立ち上がれよ、覚醒せし神よ

 幻砕き、(ぼう)を滅せよ

 さぁ、地を(ぼう)で包め

 己が望むまま、蹂躙を

 幻想を巡り、醒覚を奏

 彼方楽園に、忘却を…永遠に

 

 内と外、幻想と現実、夢と現。その狭間にある博麗神社に開いた裂け目。

 そこに鎮座するは、幻想郷を、妖怪の夢を、砕き醒めさせる神であった。






???「待たせたな!」


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巨神と桃色玉

「今回も短めなのね!」

アズレンの摩耶が出なくてつらい。赤賀と夕立はいるんだけどなぁ。




「……アレは何だ?」

「……知らないわよ。でも分かるわ。アレは神よ」

 

 白磁の仮面の赤い巨神は鏡面の如き大地を揺らし、こちらへ迫る。

 轟音は、振動は、徐々に大きくなり、その巨体が威圧感を増して行く。

 

 なるほど。この威圧、この御姿、確かに神と言われても納得できる。

 だが、こんな神などいたのか? 果たしてこのような姿の神が存在していたのだろうか?

 それとも新たに生まれた落ちた神なのか?

 それとも今の今まで人に触れられることなく眠っていた神なのか?

 答えは出ない。誰もがその答えを導くには至らない。

 

 いや、四人。四人だけ、その神を知っていた。

 ポップスターより夢を通じて幻想郷に降り立った、メタナイト、デデデ大王、バンダナワドルディ、そしてカービィ。

 

「……エンデ・ニル」

「エン……? それがあいつの名前なのか!?」

「間違いないな……あの時は邪神として召喚されたが……今回はどうなんだ?」

「赤いね。赤く染まってる。関係あるのかな?」

「ぽよっ!」

「つまり、どういう事なのよ! 敵なの、味方なの?」

 

 霊夢は札とお祓い棒を構えて臨戦態勢のまま、視線を神……エンデ・ニルから離さずに問いただす。

 メタナイトは唸り、珍しく自信なさげに答えた。

 

「すまん。はっきりは分からない。とにかくエンデ・ニルは受けた力、召喚者の性質によって神としての性質を変化させ慈悲を与える虚無の神だ。だから善神にも邪神にも破壊神にもなり得る」

「なら今はどういう性質なの!?」

「全く分からん」

「もう! 肝心なところを!」

 

 そう霊夢が嘆いた時。

 エンデ・ニルはその剛腕を振り上げた。

 振り上げられた拳をどうするのか? 当然、振り下ろすだろう。

 大地は揺れ、その大地を砕きながら衝撃波が目に見える形で迫り来る。

 

「邪神か破壊神じゃないか! 皆退避だ!」

 

 魔理沙は悲嘆の篭った声で叫び、裂け目に足を踏み入れた者達はその衝撃波を身一つでかわす。

 しかし安心はできない。エンデ・ニルはその巨体でありながら信じられない高度まで飛び上がり、こちらを踏み潰しに来た。

 幸い、踏み潰されたものはいない。しかしその風圧、衝撃は凄まじく、避け切ってもなお吹き飛ばさんとする凄まじい力が身体にかかる。

 

「くそう、筋肉野郎め!」

 

 魔理沙は悪態をつきながらも箒に乗り、空へ舞い上がる。

 その側にドラグーンに乗ったカービィも滞空し、エンデ・ニルを睨む。

 

「メタナイト! デデデ大王! アレのこと知っているんだろう! どうにかする方法は知らないのか!?」

「“目”だ! 奴の体を構成する要である文字通りの“目”を探せ!」

「おい、それはティンクルスターアライズ無しで出来るのか!? そもそも俺のハンマーでは高すぎて届かんぞ!

「賭けるしかあるまい! 届かないならばミサイルでも用意して狙撃してくれ!」

 

 目。目だと?

 恐らくは仮面に開いた目のような穴ではないのだろう。

 魔理沙はエンデ・ニルの体をくまなく探す。

 すると、その腹部に妖しく赤く光る目があるではないか。

 

「あれだな! マスタースパーク!」

 

 先手必勝。そう言わんばかりにその目玉めがけてマスタースパークを撃ち込む。

 瞬間、若干だがエンデ・ニルの体がこわばったように見えた。

 

「効いてる……効いてるぞ!」

「アレだね! ツブれろ!」

 

 そしてフランが自らの能力を使い、目玉の“目”を握り潰しにかかる。

 だが、確かに“目”を握り潰したのにもかかわらず、目玉は健在。確かにマスタースパークを撃ち込んだ時よりも損傷は激しくなっているが、その程度。

 

「一回じゃ、壊しきれない……の?」

「邪魔だフラン! グングニル!」

 

 レミリアがフランの後ろから赤く光る神槍を持ち出し、投げつける。

 そして神槍は目玉を貫き、確かに破壊した。

 エンデ・ニルはよろめき膝を付く。

 ……が、すぐに何事もなかったかのように立ち上がる。

 

「なんで!? 目を潰したじゃない!」

「今度は右肩だ! 同じように潰せ!」

「……何回もやらなくちゃならないのか!」

 

 拳は轟音を轟かせて幻想の住人を蹴ちらさんとする。

 その健脚は巨体を高々と持ち上げ、踏み潰さんとする。

 当たらずとも衝撃で吹き飛ばされる中、死を持つ蝶が、剣圧が、魔法が、ナイフが、神槍が、破壊そのものが、怨霊が、核の輻射熱が、レーザーが、札が、その目玉に殺到する。

 衝撃波で掻き消されながらも目玉に直撃し、右肩の目玉を潰す。

 しかし、それだけではまだ倒れない。

 

「次は左肩だ! 同じようにやれ!」

「行け、ワドルディ! 掃射だ!」

 

 左肩に目玉が現れた時、今度はデデデ大王がワドルディ達を引き連れ戻ってきた。

 それも、星の夢のシールドを貫くのに活躍したかの超巨大戦車を裂け目に突っ込ませながら。

 左肩の目の破壊に右肩ほど時間はかからなかった。

 やはり慣れと戦車という戦力が大きいのだろう。

 

 あの巨体と正体不明さに慄いたが、これならいけるのでは?

 

 そう、思った時だ。

 

 エンデ・ニルの両手が光に包まれる。

 その光は伸び、そして対となる巨大な剣が腕と一体化して現れた。

 変化はそれでは終わらない。幻想郷の住人から驚愕の目が向けられる中、仮面から炎が噴き出し、その剣に噴きかけられる。

 そしてその剣は常に燃え続ける剣へと変化した。

 

「まずい、来るぞ!」

 

 剣は凄まじい速度をもって空気を切る。

 そのまま大地へ叩きつけられ……爆裂する。

 

 上がる悲鳴。何名か巻き込まれ、吹き飛ばされる。

 阿鼻叫喚の中、さらなる追撃を加えんとエンデ・ニルはもう片方の剣を振るう。

 

 ……が、エンデ・ニルはその場でたたらを踏んだ。

 見れば、叩きつけた剣が根元から折れている。

 その折れた剣の根元にいるのは……

 

「獄炎の熱さなんて、私にはサウナ程度にしかならない!」

 

 霊烏路空が、燃ゆる腕にへばりついていた。

 その業火を身に浴びながらも平然としていた。

 折れた剣はエンデ・ニルの力によってすぐさま再生する。

 しかし、それで空のやったことが無駄になったわけではない。空によって大きな隙を生み出した。

 

「今だ、やれ!」

 

 次の目玉は背中。その目玉も空の生み出した隙によって、ありとあらゆる力の斉射により潰された。

 

 そして、その白磁の仮面に目玉が浮き上がった。

 

「次は額だ!」

「一体何回やれば……なんだ?」

 

 何度も弱点と言われた目玉を潰してもなお倒れないエンデ・ニルへの恐怖が高まる中、当のエンデ・ニルはその両手を大きく持ち上げる。

 

 何をするのか。

 いいや真っ当な事ではないのは確かだ。

 

 大きくあげた腕は振り下ろされ……十字の炎の剣圧が飛来する。

 

「キャアッ!」

 

 どこからか悲鳴が上がる。誰かが被弾したのだろう。

 誰が被弾したのか。後ろを向いて確認したい衝動に魔理沙は駆られる。

 だが、そうしている間にもエンデ・ニルは剣をめちゃくちゃに振り回し、炎を飛ばしまくっている。

 

「くそう、早く倒さないと……!」

 

 魔理沙は八卦炉を構え、暴れるエンデ・ニルの額に標準を合わせる。

 こうしている間にも、自らに向けて炎が飛んで来る。

 だがその炎をギリギリで回避し、髪を焼きながらも力を溜める。

 

 そして、溜め終えた力は、渾身の一撃となる。

 

 一条の光輝は額を貫き、目を潰した。

 そして仮面がぐるりと回り……ついに、エンデ・ニルは前のめりに倒れた。

 

 やった。

 

 無尽蔵の体力を誇ると思われた巨神が地に伏せた姿を見て歓喜する者達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、これは始まりに過ぎなかった。

 

 突然発生した、仮面に隠れていた暗い穴へと向かう強力な引力。

 その引力はこの世界すべてに及び……この場に居たものは声を上げる間も無く、エンデ・ニルの体内へと引きずりこまれた。



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醒神と桃色玉


アズレン摩耶が来ないのね。
でも代わりに明石を迎え入れることができたのね。
念願の明石を早速育成したいのね。
でも金ブリが圧倒的に足りないのね。
しかもサウスダコタも育てたいからさらに足りなくなるのね。
……沼なのね。



 強烈な引力により体内に引きずり込まれたカービィ達は、その勢いのまま少し柔らかく湿っぽい床に叩きつけられる。

 

「ぶぃっ!」

「いてっ! くぅ、どこだここは!」

 

 見渡せばそこは暗く湿った閉鎖空間。

 しかもうっすらと赤く、妙に有機的で、生理的嫌悪感を覚えてしまうような場所。

 

「……気味が悪いわ。とっとと出るわよ」

「そうしたいが……どこから出るんだ?」

 

 周りを見渡しても、自分達が入ってきたのであろうこの世界への入り口が見当たらない。

 完全に閉じ込められている。

 

 しかしそんな中、メタナイトらは至って冷静であった。

 

「カービィ、そろそろ奴が来るぞ!」

「うぃ!」

 

 ドラグーンから放り出されたカービィはその湿っぽい床を踏みしめ、構える。

 すると上から音もなく、スルスルとソレは降りてきた。

 それは周りの景色以上に嫌悪感を誘うモノ。

 ソレは、人よりも大きな胎動する肉の塊であった。

 それが無数の管に繋がれてて降りて来る。

 ソレのグロテスクさもそうだか、しかしそれ以上に目を引くものがあった。

 

 ソレにつながる無数の管。

 その管に引っかかり、絡まるようにして、藍がぐったりと倒れていた。

 いや、藍だけではない。

 見れば橙も、舞も、里乃も、紫も、隠岐奈も、そしてクラウンピースやヘカーティアまでも、その管に絡められ、捕らえられているではないか。

 その力無く腕を垂らしている姿からして、到底意識があるとは思えない。

 

「姿見ないと思ったら……そういうこと」

「完全にこっち(幻想郷)の敵かよ!」

 

 そして姿を現した肉塊は、天井からドロドロとした気味の悪い液体を垂らし出す。

 床に垂れたそれは不気味に泡立っており、真っ当なものには見えない。

 更には肉塊から謎の言語の形をした魔力弾を飛ばして来る。

 

「皆! エンデ・ニルに、あの肉塊に攻撃しろ! その隙に残りのものが八雲殿達を救出せよ!」

 

 メタナイトが声を張り上げ指示を出し、自らも剣を振るう。

 その声に迷いはなく、まるでこの存在を以前から知っていたかのようだった。

 メタナイトの発言に訝しみながらも、管を切り刻み、紫達を救出する。

 微かに呻き声が聞こえるため、生きてはいるようだ。

 

 肉塊への攻撃も忘れてはいない。

 肉塊からの攻撃は緩く、弾幕ごっこに慣れた者達にとってすればそこまでの脅威ではなかった。

 やがて、その表面に亀裂が入ってゆく。

 

「トドメだカービィ!」

「ぽよぉ!」

 

 カービィは垂れる液体を吸い込み、星型弾に変えて吐き出す。

 その一撃に耐えきれなかったのか、その亀裂が大きく開く。そして中から眩いばかりの光が溢れ出す。

 

 途端、凄まじい勢いで中にいた者達は吐き出される。

 

「ぶょ!」

「ぐあっ!」

「きゃっ!」

 

 勢いよく吐き出され、再び鏡面の大地へと叩きつけられる。

 

「皆無事か!?」

「な、なんとか」

「全員いるわ」

 

 メタナイトの安全確認に皆が答える。

 救出した紫達も健在なのを確認し、ひとまず安堵する。

 だが、すぐにメタナイトはその声を渋くし、独白する。

 

「くそ……しかしなぜエンデ・ニルがここにもいるんだ? また亡霊と化したのか? 星の夢と同じようにマルク達と分離したのか?」

「……違うわよ」

 

 そしてその独白に答える者がいた。

 それは、ヘカーティア・ラピスラズリの声であった。

 赤い髪はほつれ、身を起こすので精一杯という様子であった。

 

「久しいわね、メタナイト……ポップスターの幻想化計画に手を貸して……以来かしら?」

「ラピスラズリ殿! 幻想郷の縛りから外れた神たる貴女ならば知っているはず! なぜエンデ・ニルがこの幻想郷にいるのです!?」

「……貴方は勘違いしているわ」

「何?」

「アレは……エンデ・ニルは貴方達の世界にいたものじゃないわ」

「つまりそれは……?」

「ええ。私と同じように、幻想郷の域を超えた真性の神よ。それも全ての世界遍く同時に存在する至高の神。虚無が……0(ゼロ)がその世界にある限り、何処にでも現れる」

「では、カービィが倒したのは!」

「貴方の世界……1と0の『0(ゼロ)』に住まうエンデ・ニル。それが『シナリオ』の強制力で表層に現れただけ。エンデ・ニルは外の世界にも、この幻想の世界にも、同時に存在するわよ」

「待って。理解できないわ」

「つまりは……このデカブツはカービィの世界にいたものではない、って事か?」

「そう。このエンデ・ニルは間違いなく、元から幻想郷にいたものよ」

「嘘でしょ!? こんな神知らないわよ? 声も聞いた事ないし……」

「エンデ・ニルは虚無の神。本来なら触れてはならない神よ。特に、“貴女は”」

「ど、どういうことよ」

「カービィ、アレと一戦を交えた貴方ならわかるんではなくて?」

「ぽよ……」

 

 ヘカーティアは霊夢を見て、警告した。

 それと同時に、驚愕の声が上がる。

 振り向けば、地に伏したはずのエンデ・ニルが再び白磁の仮面をはめ直し、その赤き巨体を持ち上げていた。

 そして再びその巨躯が立ち上がる。

 だがそれだけでは終わらない。その両腕は大きく開かれ、まるで劈開のある薄い結晶が連なったかのような白い翼に変形した。

 巨躯を支える脚は消滅し、代わりにハートが連なったような尾が生え、宙を舞う。

 

 さぁ、飛び立つのだ、覚醒せし神よ

 幻喰らい、(ぼう)を滅せよ

 さぁ、天翔ける(ぼう)よ、現実から降る光よ、審判を

 幻の子等祈り、叫びの音を奏

 幻想の楽園に、忘却を……永遠に

 

 虚無がある限り何処へでも、無数に存在するエンデ・ニル。

 かつてハイネスが復活させた個体は、その邪な心のままに破壊の渦を巻き起こした『破神エンデ・ニル』として顕現した。

 

 では、この個体は?

 誰がこの個体を顕現させたのかはわからない。

 だが、確かな意志は感じられる。

 この『幻想郷』という夢を覚まさせんとする強固な意志を。

 

 かの個体の名は『醒神エンデ・ニル』。そは夢を砕く神なり。



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飛翔と桃色玉

アズレン摩耶堀りは諦めて神通堀りに行くのね。
だから今9章突破中なのね。
そして決戦艦隊の編成を今必死に考えてるのね。

主力

候補1:エンプラ、赤城、加賀
アズレンを代表する空母姉貴達なのね。金装備もある程度揃えてるのね。最有力なのね。

候補2:QE、フット、ウォースパイト
ロイヤルテンプレ主力なのね。でも前衛にベルファストがいないから前衛をロイヤルにする気は無いのね。フットとウォースパイトがロマン砲である金四連砲持ってるから火力は相当なのね。

前衛

候補1:インディちゃん、綾波改、ポネキ改
耐久と平均火力と瞬間火力をバランスよく備えた編成のね。でもボス戦にしては瞬間火力がちょっと弱いかもなのね。でもポネキの妹愛で何とかできる可能性もあるのね。金の重巡砲も積んでるから火力も中々なのね。兎角耐久は中々なので全滅はないのね。

候補2:高雄、夕立、綾波改
重桜の雷撃特化編成なのね。神通に取り巻きはいないからガンガン魚雷をブッパできるのね。でも推奨の金の磁力四連は一個だけ。後の金魚雷は通常五連のひとつだけ。ボス戦のみとはいえ耐久にも回避にも難があるのね。S勝利か全滅かのピーキーな編成なのね。

アズレンに詳しい人がいたらどれがいいか教えて欲しいのね。


 醒神エンデ・ニルは羽ばたいた。

 暗き空へ、虚空へと。

 この幻想を打ち砕かんと、翼をはためかす。

 

「あのデカブツが飛ぶのか!」

「しかも思ったより早いわよ!?」

「救出した者達はこの空間の外へ運び出せ! まだ亀裂は残っているはずだ!」

 

 醒神エンデ・ニルは慌てふためく幻想の子らに向け、文字通り弓を引く。

 虚空に生まれた巨大な四つの弓は、力を宿した矢を番え、放たれる。

 弧を描き、鏃を鏡面の大地に突き刺した矢は……驚くべきことに紙垂が生え、周囲をのたうち始めた。

 のたうつ紙垂の破壊力は凄まじい。一度波打てば鏡面の大地がめり込み、せり上がり、まるで流動体であるかのようになるまで破壊される。

 幸い、狙いは甘い。だが一撃貰えば非常にまずい。

 

「メタナイト! さっきみたいに目を狙えばいいんだな!?」

「そのはずだ!」

「よっしゃ! 行くぞカービィ!」

「うぃ!」

 

 魔理沙は箒に乗り込み、空を舞う醒神エンデ・ニルへ再びドラグーンに乗り込んだカービィとともに突貫をかける。

 空を舞う醒神エンデ・ニルは速い。だが、弓を射る時だけはその場にとどまる。

 その瞬間を狙い、魔理沙とカービィはは醒神エンデ・ニルに肉薄した。

 そして巨大な目玉の至近距離で、極太のレーザーを撃ち込んだ。

 悶える時間は与えない。即座にカービィがドラグーンによる突撃を試みる。

 流石にゼロ距離射撃と伝説のエアライドマシンの突進に耐えられなかったのだろう。最初の目はいとも容易く破壊される。

 

「次は……右肩だな!」

「ぽよ!」

 

 次なる目標を見定め、二人は右肩へと向かう。

 だが、その瞬間、翼が一際大きくはためいた。

 その巨大な翼が発する風圧に耐えきれず、吹き飛ばされる二人。

 そしてその二人めがけて、白磁の仮面がこちらを向いて迫っていることに気がついた。

 超巨大を生かした突進。

 その威力は火を見るよりも明らかだ。

 

 当たる。

 

 そう、思った時。

 

「無茶はやめてください。身を滅ぼしますよ?」

 

 そう、涼しい声が聞こえた。

 

「……咲夜?」

「さくー?」

 

 気がつけば、二人は咲夜に抱えられ、醒神エンデ・ニルの後ろに回り込んでいた。

 そしてその右肩には。

 

「とっとと落ちなさい、仮面鳥!」

「おっちろ! おっちろ!」

 

 グングニルを投擲し、レーヴァテインを振り回す吸血鬼の姉妹の姿があった。

 なるほど、醒神エンデ・ニルは速い。

 だが、それに匹敵するくらいに速い者だって幻想郷にはいるのだ。

 右肩の目は潰される。

 そして新たに、左肩に目が現れる。

 

「次も行くわよお姉様!」

「当然。武功は全て私のものよ!」

 

 吸血鬼の姉妹は嬉々として左肩へと向かう。

 

 が、それよりも早く、醒神エンデ・ニルは高空へと舞い上がった。

 高く、高く、とにかく高く舞い上がり……無数の魔法陣を生み出す。

 そしてそこから出るは無数の槍……否、針。エンデ・ニルの翼ほどもある巨大な針が雨霰と降り注ぐ。

 鏡面の大地を砕き爆散しながら降り注ぐ針。

 弾幕ごっこで鍛えているとはいえ、その弾幕は凄まじかった。

 

 そんな中、霊夢はあることに気がついた。

 その針への妙な既視感に。

 

 いつまでも続くと思われた針の雨は、しかし針の数は無限ではなかったらしく、やがて打ち止めとなる。

 そしてその隙を伺っていた者がいた。

 

「うひゃあああっ!? 幽々子様無茶が過ぎますぅ!」

「うふふ、あなたも半分は霊なんだから通り抜けぐらいできないと」

「半分は人間だから無理ですってぇ!」

「でもここまで近づけたんだもの。あとはわかるでしょう?」

 

 いつのまにか左肩に降り立っていた幽々子と妖夢。

 幽々子が何を言っているか即時に理解した妖夢は二本の刀を目玉に突き刺す。

 一度ではない。何度も何度も、破壊し尽くされるまで。

 そして、左肩の目玉もついに潰れる。

 

 痛みと煩わしさからか、強く身をひねり二人を吹き飛ばす醒神エンデ・ニル。

 背面にまた新たな目が生まれ……同時に全く別のものを生み出す。

 

「……おいおい、嘘だろ」

 

 それは、醒神エンデ・ニルの巨体に遜色しない大きさを誇る巨大なフランチェスカ。

 それを尾に絡めとり、鏡面の大地を削りながら迫り来る。

 右へ、左へ、フェイントをかけ、そして叩きつけた。

 その反動で迫り上がる大地。広がる衝撃波。それらはまとめて幻想の住人たちを吹き飛ばす。

 しかしそれでは終わらない。そのまま巨体をひねり、もう一撃、叩き込む。

 その対象は吹き飛ばされ体制を崩した霊夢。何かするには遅すぎる。

 

「霊夢っ!」

「ぽよ!?」

 

 魔理沙の悲痛な叫びが響く。

 しかし無情にもフランチェスカは迫り来る。

 

 だが、その時。確かに見たのだ。

 あの時……マルクとの決戦の時にも見た、あの灰色の流星を。

 灰色の流星は振り下ろされるフランチェスカに体当たりし、吹き飛ばした。

 そしてそのまま背面に回り込み、目玉を轢き潰した。

 緑の破片と共に、灰色の流星はころりと鏡面の大地に落ち、魔理沙とカービィの前にその姿を晒した。

 それは、シャドーカービィだった。

 

「お前、どうしてここに!?」

「……」

「ぽよ?」

 

 魔理沙とカービィの目の前に転がったシャドーカービィは傷つきながらも無言のままあるものを渡した。

 それは一振りの剣。

 しかし普通の剣に非ず。

 鏡の国を救った救国の剣にして万能の剣。

 銘をマスターソード。

 

 傷ついたシャドーカービィに代わりそれを受け取ったカービィはうなずき合い、醒神エンデ・ニルを睨む。

 

 目は額に現れ、同時に黄金に輝く巨大な王冠のようなものを召喚する。

 そして放たれる、火力自慢の魔理沙のマスタースパークを遥かに凌ぐ極太の光線。

 しかも、それを同時に無数に展開する。

 それはめちゃくちゃに蠢き、鏡面の大地を蹂躙する。

 

 しかし、それがどうしたというのだ。

 

「私が障壁を張る。だからカービィ、お前がその凄そうな剣で目玉を潰せ!」

「ぽよ!」

「よし、一緒に突っ込むぞ!」

 

 魔理沙は障壁を張り、そのまま前に出て突き進む。

 光線を乱射する醒神エンデ・ニルの巨体へ向けて。

 その後ろをカービィが付いて行く。

 魔理沙の張った障壁はかの光線を正面から受ければ即砕け散るだろう。

 だが、側面から擦るように当たれば、まるで回るコマのように弾かれ、光線を回避することができる。

 だが回るコマが何度も壁に当たれば止まってしまうように、擦るようにとはいえ何度も何度も当てていいものではない。

 光線の軌道を予測し、ルートを脳内で考え、カービィを先導する。

 やがて、その巨体に開いた目玉にたどり着いた。

 無感情な赤い目が、魔理沙とカービィの姿を映し出す。

 

「やれ、カービィ!」

 

 ドラグーンの勢いをつけて、カービィは目玉へと突進する。

 マスターソードは深々と目玉に突き刺さり、そして砕け散る。

 同時に光線を乱舞させていた王冠は搔き消え、醒神エンデ・ニルは力無く落下した。



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靈異と霊夢と桃色玉

最近嬉しかったこと。

アズールレーンの演習で総戦力ちょっと上のレベル100ロイヤル艦隊相手に勝てるようになったこと。

インディちゃん「私が受け!(All of nothing)」
エルドリッチ「私が守り!(レインボープラン)」
ポネキ改「私が刺し!(妹サイコー!)」
赤城&加賀「私達が削り!(一航戦&先手必勝)」
エンプラ「私が終える!(Luck E)」

なおオールケッコンロイヤル艦隊には勝てない模様。課金に無課金が勝てる道理はない……!(無慈悲)


この小説終わったらアズールレーン×カービィとか書こうかな。
泥沼の戦争が行われる惑星に平和ボケした国の住人(滅亡の危機を何度も経験)がぶち込まれる悲劇!

……どっちが悲劇になるんですかねぇ



 轟音とともに鏡面の大地に墜落する。

 悲鳴をあげ、赤き巨体は地に伏した。

 そしてその白磁の仮面は外れ落ち、暗い空間を覗かせる。

 

「……また吸い込まれるのか?」

「かもね。またあの気持ち悪い球を潰さなくちゃならないのかしら?」

「うぃ!」

 

 醒神エンデ・ニルの首にぽっかりと空いた暗い穴はまるで周囲の空間を飲み込んでいるかのようにさえ見える。

 そのまま自分たちも吸い込まれてしまいそうな……

 

 ……だが、何も起きない。

 先ほどのように強烈な引力も、なんの動作も起こさない。

 

「……あれ、動かんぞ?」

「死んだのかしら?」

「いや、まさか……そんなはずは……」

「内部の核と戦うはずなんだけどなー」

「まさか俺たちの世界のヤツとは違って核が無いのか?」

 

 メタナイト、バンダナワドルディ、デデデ大王は自分達が戦った時とは全く違う状況に困惑を隠せない。

 

「ともかく今がチャンスね。さっさと封印しちゃいましょ」

 

 何も反応せず、全く動かない今こそがこの荒ぶる神を封じるチャンス────巫女である霊夢は職業柄その好機を見逃さなかった。

 札を手に取り、お祓い棒を突きつけ、倒れた醒神エンデ・ニルに近づく。

 

 その途端である。

 

「きゃあっ!?」

 

 ぽっかり空いた暗い穴。そこから無数の、長大な紙垂が濁流の如く現れた。

 無数の紙垂は蛇の如くのたうち、不用意に近づいていた霊夢の体を締め上げ、その暗い穴へと引きずり込んだ。

 

「霊夢っ!?」

「ぽよ!!」

「いかん!」

 

 魔理沙とカービィはすぐさま後を追うように暗い穴へと飛び込んだ。

 異常に即気がついたメタナイトも飛び込もうとするが、その暗き穴はいつのまにか無数の紙垂によって閉ざされてしまった。

 固く閉ざされた穴を前に、メタナイトは呆然と佇む。

 

「まさか……こんなことが……我々の知っているエンデ・ニルとは全くの別物という事なのか」

これ(紙垂)は無理やり破壊できるものなのか?」

「見た目紙だし脆そうだけど?」

「無理よ」

 

 閉ざされた穴を前に立ち尽くす者達に冷たく答えたのはレミリアだった。

 

「紙垂なりロザリオなり……神の力を持つものは信仰に比例するかのように強くなるの。神そのものが生み出した紙垂の強度は計り知れないわ。私自身よく知ってるわ。あのお祓い棒、なかなかどうして痛いのよ?」

「……つまりは、我々が外からできることは何も無い、か」

「ちぃ!」

 

 デデデ大王が苛立ちのままにハンマーを紙垂に叩きつける。

 そしてレミリアの言う通り、ビクともしない。

 霊夢という幻想郷の要が今ここにいなくなり、辺りはしんと静まりかえる。

 

 だが、その静寂は長くは持たなかった。

 

「まったく、情けないね!」

 

 

●○●○●

 

 

「くそ、閉じ込められたか!」

 

 魔理沙とカービィは入ってきた穴がすぐさま紙垂によって覆われ、退路を断たれる。

 その紙垂を忌々しげに魔理沙は一瞥すると、すぐに倒れた霊夢を叩き起こす。

 

「おい、しっかりしろ霊夢!」

「大丈夫よこれくらい。もうちょっと優しく起こせないの?」

 

 意識を取り戻した霊夢は頭を下げて数度振り、辺りを見回す。

 

「……さっきと同じところね」

「だな」

「ぷぃ……」

 

 霊夢、魔理沙、カービィは少し前までいた肉の塊のような空間を見渡す。

 先ほどと様相は変わっていない。

 いや、管に繋がれた肉塊は無くなっている。

 完全に破壊してしまったのだろうか。

 

 ……いや違う。

 霊夢は霊力、魔理沙は魔力、カービィは経験から、アレがまだここにいることを察知する。

 そして、それはまた現れた。

 だが、その姿を見て三人とも驚愕で目を見開くことになる。

 霊夢と魔理沙はその姿が大きく変わったことに。カービィはその姿が予想とは全く違う姿をしていたために。

 

 現れたソレは空を飛んで現れた。

 現れたソレには顔があった。

 現れたソレには胴があった。

 現れたソレには腕があった。

 現れたソレには脚があった。

 現れたソレは人の形をしていた。

 身に纏うは紅白の巫女服。ソレも袖がちゃんと繋がったオーソドックスなもの。

 髪は長く、紫。その髪を紅く大きなリボンで纏めている。

 手には紙垂が異常に長いお祓い棒。周囲に浮くのは陰陽玉。

 

 そしてその顔は……恐ろしいほど霊夢に似ていた。

 

「なに……これ」

「霊夢、だよな?」

「ぶぃ!?」

 

 現れたのは確かに霊夢だ。

 だが、『霊夢』ではない。『靈夢』なのだ。

 

 もし、ここに外から来た者がいたなら察するのかもしれない。

 ゲームという虚構から幻想へと生まれ変わった『幻想郷』は一つではない。

 そうだ。対マルク戦にてマホロアが連れて来た者達……魅魔や神崎達こそ『もう一つの幻想郷の住人』。この幻想郷と同じ、幻想に生きる者達。

 そして二つの幻想郷について共通点がある。

 それは『霊夢を中心に回っている事』だ。

 例え虚構(ゲーム)から脱して幻想になったとしても、霊夢はシナリオの中心(主人公)なのだ。霊夢や幻想の住人ががどう望もうと、外の世界が用意するシナリオは絶対。

 この霊夢を中心とした幻想郷はなぜ二つあるのか……それは『外の世界が新たに幻想郷を生み出したから』。

 元からあったのはもう一つの幻想郷。新しく生み出されたのはこちらの幻想郷。

 どちらも『霊夢』を中心(主人公)とした幻想郷(シナリオ)

 だが、二つの幻想郷に別れる際、差異が生まれた。

 向こうは『靈夢』。こちらは『霊夢』。性格だって容姿だって、微妙に違う。

 つまり……同じ幻想郷でありながら、こちらの幻想郷の『霊夢』に『靈夢』は成る事が出来なかった。

 だから、こちらの幻想郷にとって『靈夢』とは、忘れ去られた『幻想郷の中心(シナリオの主人公)』なのだ。

 ここの幻想郷の中心(主人公)は『霊夢』であり、『靈夢』ではない。

 では、ここの幻想郷にとって『靈夢』は一体何者になるのだろう?

 ……否。何者でもない。居てはいけない。だから『無』だ。そんな存在は居ないのだ。

 幻想郷(シナリオ)霊夢(主人公)は2人も要らない。

 

 それが、この幻想郷(世界)のエンデ・ニル。

 そして目の前にあるのが幻想郷(世界)の虚無の神の核。

 

 靈異ソウル・オブ・ニル。

 

 何にでも……そう、世界の中心(霊夢)にも成れたはずの存在。

 

 きっかけは並行世界(カービィのいる世界)自分(エンデニル)が倒された事。

 それがきっかけで一度も目覚めた事のない、この世界(幻想郷)のエンデ・ニルは目覚めたのだろう。

 そしてきっと、時空を超えてカービィを見て居たのだろう。

 そしてきっと、こう思ったのだろう。

 

『ああなりたい』、と。

 

 だからエンデ・ニルはカービィ達を引き寄せた。

 だからその手段として……どこへでも渡れる怨霊を……マルク達の怨霊を幻想郷に呼び寄せた。

 狙い通り、幻想郷とカービィ世界は近づいた。カービィ達は虚構から幻想へと生まれ変わった。

 そしてエンデ・ニルは世界の中心(主人公)は何たるかを学んだ。

 何にでもなれる自分にはその資格がある。

 あとは……自分が霊夢(主人公)になる事だけだ。

 

 靈異ソウル・オブ・ニルの目的は終始たった一つだった。

 

 博麗霊夢の『心』を奪う事。

 

 靈異ソウル・オブ・ニルは霊夢ただ1人に向け、無数の針を投擲した。




エンデニル「それも私だ」

補足すると、旧作幻想郷のエンデニルはWindows版(馴染みある方)の霊夢の姿をしています。

そして星の夢の一件は完全にエンデニルも予定外の事態だったりします。まぁ呼び寄せたのはエンデニルなので責任はある。

あと目的が「霊夢の心を奪う」って、まるでエンデニルが恋する乙女みたいだなーなんて思ったりした。

この小説は百合小説だった……?


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生霊と桃色玉 ☆

遂に正体を現した醒神エンデ・ニル。

その姿はこの幻想郷という世界の中心になり損なった並行世界の自分の姿をしていた。

その姿はこの世界における成り損ない。

故に靈異ソウル・オブ・ニルは霊夢の心を付け狙う。

自分がこの世界の中心に成り変わる為に。

しかし、真の意味で霊夢はこの世界の仕組みを知らない。

だからなぜ靈異ソウル・オブ・ニルが自分に近い姿をしているのかなんて知るよしもない。

だから……きっと両者はすれ違ったままなのだろう。






一方その頃ヘカーティアさんは。


【挿絵表示】




まだまだ遊べるドン!



 靈異ソウル・オブ・ニルの顔は確かに霊夢と似ていた。

 しかし、その顔に表情と言えるものは一切ない。ただ無感情で、無機質で、空虚なもの瞳をこちらに投げかける。

 感情ではなく、ただ意志のみで動き続けるソレは、人形とそう大差無いのだろう。

 

 靈異ソウル・オブ・ニルは手に持つお祓い棒を振るう。

 本当に軽く振るわれたお祓い棒の紙垂はまるで独自の意志を持つかのように蠢き……体内のような空間を叩きつける。

 のたうつソレは蛇か鞭か、あるいは両方を合わせたような挙動をとり、霊夢と魔理沙、カービィへと襲いかかる。

 

「見た目こそ霊夢だが、中身はなんか全然違うみたいだな!」

「当たり前でしょ! 私が二人もいたら気持ち悪くて仕方ないわ! 何かが化けてるのよ!」

「化けてる……うーん、化けてるのか? まぁいい。とりあえず叩くぞ!」

「ぽよ!」

 

 魔理沙は箒で加速し、その箒で靈異ソウル・オブ・ニルを叩きつける。

 休まずカービィが接近し、マスターソードによる切り上げ、派生してメテオエンドと繋げて行く。

 霊夢の放つ札は命中し、清浄な光とともに爆散して吹き飛ばす。

 

 箒で殴れば吹き飛ぶし、剣できれば傷ができるし、爆破すれば身体も欠ける。

 明確にダメージを負っている……かに見えた。

 だがその傷は瞬く間に再生する。

 確かに靈異ソウル・オブ・ニル自身にはダメージはあるのだろう。再生も無限ではないだろう。

 だが、先の攻撃で蓄積されたダメージは微々たるもの。

 

 靈異ソウル・オブ・ニルはその程度で倒れるような柔な執念を持ってはいない。

 

 その体がバチバチと火花を放つ。

 そして体内の天井近くまで飛び上がり、雷を落とす。

 しかし、単発で魔理沙のレーザーほどに太くない雷撃など、果たして弾幕ごっこに慣れ親しんだ霊夢や魔理沙にどこまで効果があるだろうか?

 躱すことなど容易い。

 

「はは、ずいぶん拍子抜けだな。そんな攻撃怖くもなんともないぞ?」

「ぽよ! ぽよ!」

「……どうしたカービィ?」

 

 しかし、カービィだけは何か慌てたように、魔理沙を急かす。

 まるで、床の上にいることを恐れているかのように。

 

「……ねぇ魔理沙、水音が聞こえない?」

「何?」

 

 言われてみれば、確かにそんな気がする。

 今立っている床の、遥か下方から。

 ふと覗いてみれば……迫り来る光の膜。

 いいや、それは光の膜なんかではない。水面だ。水面が靈異ソウル・オブ・ニルの放つ雷撃により輝いているのだ。

 そして間違いなくその水は通電していることだろう。

 

「くそう、水攻めか!?」

「上がるわよ!」

「うぃ!」

 

 迫り来る通電した水。それは容赦なく迫り来る。

 天井目一杯まで上昇するが、そのすぐ足元ではバチバチと火花が上がっている。

 

 ───もしこのまま更に上昇したら────

 

 だが、そうなれば靈異ソウル・オブ・ニル自身も感電するだろう。

 しばらくして、水位は引いて行き、雷撃も止む。

 

「地の利は向こうにあるか……」

「また水攻めされたら面倒。とっとと倒すわよ!」

 

 霊夢は陰陽玉も展開し、霊力による弾丸を放って手数を稼ぐ。

 魔理沙は八卦炉に魔力を込めて一撃に賭ける。

 カービィはマスターソードで直接攻撃を仕掛け続ける。

 相変わらずの再生能力。しかしそれも無限ではない。

 何かが靈異ソウル・オブ・ニルの中から削れてゆくのを霊夢も魔理沙もカービィも感じていた。

 

 だが、だからこそ、靈異ソウル・オブ・ニルも彼女たちの好きにはさせない。

 

 靈異ソウル・オブ・ニルは突如として奥へと逃げて距離を離す。

 そして、その体がボコボコと蠢き、割れ、破れ、目を背けたくなるような変化の後……その姿は四つに分かれる。

 大きさ、見た目、全て同じ靈異ソウル・オブ・ニルが四つ、こちらを見つめてくる。

 

「分身だと!? 厄介なのが増えるってのか!」

「……いや、そう長くは保つことはできない……はずよ」

「ぽぉよ!」

 

 カービィが何かを警告するかのように叫ぶ。

 途端、靈異ソウル・オブ・ニル達は突如として錐揉み回転を始める。

 そのまま高速で距離を詰め……床にお祓い棒をその回転と高速移動の勢いのまま叩きつける。

 瞬間、まるでその場で爆発物が爆ぜたかのような衝撃が三人を襲う。

 吹き飛ばされ床に叩きつけられる。

 だがまだ三つ、こちらに迫っている。

 

「ぐぅ!」

「痛っ!」

「ぶぃっ!」

 

 苦悶の声など無視して容赦なく突撃してくる靈異ソウル・オブ・ニル達。

 衝撃波が吹き荒れ、体が吹き飛ばされ、床に叩きつけられ、また吹き飛ばされ……全身に打ち身を作ってゆく。

 その猛攻が終わった時、三人は床に倒れ伏していた。

 着ている服は所々破け、打ち身は赤く腫れている。

 

 だが、靈異ソウル・オブ・ニルは無情にも追撃を開始する。

 四体揃って一定の距離を保ち浮遊する。

 そして、その顔に今まで見せなかった満面の笑みを浮かべた。

 だがその笑みは無理やり歪めたようなもので……不気味であった。

 そしてその体の表面が粟立つ。

 何が起きるか、霊夢は直感的に察知し、カービィも経験から把握する。

 直後、その粟立った人の体から針が飛び出した。

 針といっても裁縫針のような可愛らしいものではない。西洋のパイクのような長大な槍ともいうべきもの。

 それが体積や大きさを無視して人の形をした靈異ソウル・オブ・ニルの体から伸びたのだ。

 それも放射状に、四体同時に。

 まさに針……いや槍の弾幕。この場にあるものを全てを串刺しにする殺意そのもの。

 しかし察知していた霊夢、そしてカービィは掠りつつも避けきる。

 

 だが、手負いである上に、体力も素質も元は単なる人間である魔理沙はそうはいかなかった。

 

 とん、という軽い衝撃。

 じくじくと何かが染み出すような感覚。

 そして……焼けるような熱さ。

 何が起きたか分からず、その不快な感覚が込み上げてくる方を見た。

 

 針が腹部に突き刺さっていた。

 その針はすぐさま抜かれ、傷口からトプトプと赤く粘度の高い液体が漏れ出す。

 

「う……あぁ……」

「魔理沙!!」

「ぷぃ!!」

 

 体の末端が寒くなってゆく感覚。何か体から漏れ出てゆく感覚。同時に何かが埋め合わせるように込み上げてくる感覚。

 魔理沙はわかっていた。

 漏れ出てゆく何かは“命”。込み上げてくるのは“死”。

 カービィが囮として靈異ソウル・オブ・ニルに突撃し、霊夢に攻撃を躱しつつ抱きかかえられながら、魔理沙はぼんやりとそう思っていた。

 

 ある程度距離をとった霊夢は魔理沙を寝かせ、札を無数に用意する。

 

「れ、れいむ……わたしは……」

「うっさい! その程度でくたばるんじゃないわよ!」

 

 傷に札を貼り付け、巫女としての力で止血する霊夢。

 だが止血できたとしても、すでに失った血の量は多い。

 頭がぼうっとしてゆく。瞼が閉じてゆく。

 

「目を閉じるな魔理沙!」

 

 自分を呼ぶ声もどこか遠くになって行き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、ボクの生霊を倒したヤツらがこんなにも情けないなんて思わなかったのサ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妙に耳に残る、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 途端、魔理沙の顔に何かがかけられ、途端に意識はこれ以上ないほど覚醒する。

 視界が真っ赤に染まる中、魔理沙は声の主を見た。

 

 丸い体。キョロリとした目。特徴的な靴。ピエロ帽。

 カービィくらいの大きさで、記憶とは姿形も大分違う上、邪悪さも鳴りを潜めている。

 だが、その声を、その目を忘れることはない。

 

「やっぱりマキシムトマト100%ジュースは効くのサ! 振りかけるだけで体力全快なのサ!」

 

 赤い液体が入っていたのだろうビンを蹴飛ばし、ソレは嗤う。

 

「なんで……なんでお前が居るんだ、マルク!」

「んー? ちょっとした礼なのサ!」

 

 そしてマルクは飛び上がり、爪のある翼を生やし、いつか見た凶相を浮かべる。

 そうだ、あの時のマルクに近い姿に。

 

「支配者はボク! エラいのもボク一人! この世界も遍くボクのモノなのサ! だから……空っぽな老害にはとっとと退場願うのサ!」




言うなれば運命共同体

互いに頼り 互いに庇い合い 互いに助け合う

一人が四人の為に 四人が一人の為に

だからこそ戦場で生きられる

友達は兄弟

友達は家族

嘘を言うなっ!

猜疑に歪んだ暗い瞳がせせら嗤う

無能

怯懦

虚偽

杜撰

どれ一つ取っても戦場では命取りとなる

それらを纏めて無謀で括る

兄弟家族が嗤わせる

お前もっ!

お前もっ!

お前もっ!

だからこそ

私達の為に死ねっ!


次回「決着と桃色玉」

桃色玉は幻想の果てに何を見るか


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決着と桃色玉

ここまで投稿が遅れた作者の言い訳

作者「久しぶりにグラぶってみよ〜と思ったらコナンとコラボかよwグラブルほんと雑食だなwしかもちゃんと推理してるしグラぶってるしもうなんのゲームかわかんねぇなコレwwwと思ったらアズレンはグラーフシュペー追撃戦? シュペーが60周すると確定でもらえる? シュペーってどんな子……ってめちゃめちゃ可愛いやんけ! 何腕についた手甲! オーバードウェポンやんけいいぞもっとやれwあとよく見たら貧乳下乳とかもうダンケするしかないじゃないですかwww ……え? ゲゲゲ6期の猫娘何これネコにツンデレに八頭身にチョロインに四つん這いって属性盛りスギィ! ってルパンも今季あるのか! ってか二話目にしてルパンカッコよくねマジやばくね? 『魔法少女☆俺』ってなんだよ腐向け(?)アニメでこんな面白いと思ったの初めてだぞwww今季豊作スギィ!」

ビリー兄貴 in 天界「つまりはゲームとアニメに没頭していたと。だらしねぇな。そんな下劣な駄作者には俺のナウい息子♂で教育してやらねぇとな!」

作者「えっちょっ待っtアッ──♂





悪は滅びた。




 マルク。それは嘘に足がついて歩き回っているような、そんな存在。

 しかしその存在は元は完全に“邪悪”ではなかった。

 ポップスターを支配しようとした動機は“支配者になればなんでも許される、即ち悪戯し放題だから”というものであった。

 特定の誰かを虐げるわけでもない。私腹を肥やそうとしたわけでもない。

 ただ自らの悪戯心のまま、その悪戯心を満たすべく、かつてマルクは支配者になろうとした。

 

 そう、つまり……ある意味彼は無邪気な子供であった。

 全ては単なるお遊びでしかなかったのだ。

 

 その悪戯心のまま行動した結果、太陽と月を仲違いさせ昼夜をめちゃくちゃにした彼を正当化するつもりはないし、その行為を許そうとは誰も思わないだろう。

 だが、彼自身はポップスターを、カービィを嫌ってはいなかった。

 なにせ、悪戯する相手が居てこその“悪戯”なのだから。

 悪意を抱いたのはソウル化した時。そしてその悪意はカービィによって文字通り真っ二つにされたことにより霧散した。

 そしてその時死んだと思われたマルクは、生きて居た。

 長い時を宇宙を漂って過ごし、そしてポップスターに戻ってきた。

 悪意の抜けた、元のマルクの姿に戻って。

 

 では、幻想郷に現れたマルクは何者だったのか?

 マルクの怨霊であることは間違いない。

 いや、正確に言うならば、“あの時霧散したマルクソウルの悪意でできた生霊”である。

 ドス黒いマルクソウルの思念そのものと言ってもいい。

 

 つまりマルク……いやマルクと呼ばれる者は────あの時同時に二人存在していた。

 

「アハハハ! 遅いのサ!」

 

 爪のある翼を広げ、マルクは靈異ソウル・オブ・ニルの頭上を飛び回り、タネを次々吐き出す。

 そのタネは当たると同時に炸裂し、爆炎を撒き散らす。

 そんなタネを次々吐き出すマルクはさながら爆撃機のようであった。

 

 爆炎に包まれ、動きを止める靈異ソウル・オブ・ニル。

 その表情はあいも変わらず無表情。

 しかしながら動揺しているのは確か。

 何せ、自らの駒として引き寄せた者が自らに牙を剥いているのだから。

 

 そして、その動揺を見逃すはずがない。

 

 マスターソードは肉を断ち。

 無数の札は力を削ぎ落とし。

 熱線は体を吹き飛ばし。

 伸びる荊は絡みつき。

 

 単調で、何度も繰り返された火力頼みの攻撃。

 しかし、それは今になって効果を及ぼし始めていた。

 再生が間に合っていないのだ。形こそ保ってはいるが、生命力は確かに削り取られている。

 理由は単純。マルクの存在だ。

 三人では今ひとつ一手欠けていたのが、マルクの参戦により遂に補われた。

 

 かつて、カービィ世界のエンデ・ニルは四人の勇者によって封じられたという。

 ならば、この幻想郷のエンデ・ニルを封じる勇者というのは────

 

 靈異ソウル・オブ・ニルの霊夢によく似た顔が歪む。

 そして大きく窪み、その中心に一つの目玉が浮き上がる。

 

「なるほど、それが本性ってわけか!」

「ふん、化け物には似合いの見た目ね。押し切るわよ!」

「ぽよ!」

「やってやるのサァ!」

 

 靈異ソウル・オブ・ニルの目玉に光が集う。

 収束した光は膨大な破壊の力に変換され、吐き出される。

 その数四本の光条。視界を埋め尽くす破壊の光。

 その破壊そのものを前にして、マルクが立ちはだかる。

 

「ブラックホール!」

 

 そして体は縦に割れ、その断面から暗き穴……ブラックホールが露わになる。

 四本の光条はそのブラックホールへと取り込まれてゆく。

 

 その後ろでカービィはマスターソードを掲げる。

 その行為に何かを察した霊夢と魔理沙はマスターソードへ向け力を解放する。

 

「夢想封印!」

「ファイナルスパーク!」

 

 破邪の力と破壊の熱線。その二つはマスターソードへと集約し、一つとなる。

 万能の剣、マスターソード。

 博麗の巫女の奥義、夢想封印。

 魔法使いの意地、ファイナルスパーク。

 一体化した時、カービィの手元に残るのは名も無き最高の剣。

 幻想郷と言う名の夢を破る者を打ち砕くための剣。

 『ドリームキーパー』とでも言うべき剣。

 

 四本の光条は全てブラックホールへと呑まれた。

 残されたのは披露したマルクと靈異ソウル・オブ・ニル。

 カービィはドリームキーパーを夢破る者へ叩きつけた。

 幻想郷に生きとし生けるものの願いを遍く受け止めたその剣は────眩い光を放った。

 

 

●○●○●

 

 

 どれだけそうしていたのだろう。

 全員が瞼を開けた時、そこには心配そうにこちらを覗き込む幻想郷の住人の姿があった。

 起きてみれば、既に鏡面の大地は無く、いつもの博麗神社の境内に投げ出されていた。

 

 マルクは一足先に目覚め、影に潜って何処かへ行ってしまったらしい。

 きっと、ポップスターへ悪戯しに戻ったのだろう。

 

 そして境内にはもう一人、倒れていた者がいた。

 それは────靈異ソウル・オブ・ニル。

 霊夢によく似た姿で、ボロボロになって、仰向けになって、無表情のまま空を見上げていた。

 でもその空虚な瞳からは……涙が流れていた。

 

「……幻想郷は全てを受け入れる。でも……居てはならない貴女を受け入れることはできない」

 

 紫はそう“彼女”に告げた。

 “彼女”はゆっくりと瞳を閉じた。

 そして、その体はポロポロと崩れ始めた。

 

 塵となって空に昇ってゆく。

 受け入れられなかった“彼女”がこの世界(幻想郷)から消えてゆく。

 “彼女”の望みは叶えられぬままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、そんな“彼女”にも夢守る剣の力は働いていた。

 

 塵が舞い上がる中、一際大きなものが舞い上がってゆく。

 それは────紅白の蝶。

 ふわりふわりと浮くように羽ばたきながら、幻想郷の空を舞い上がっていった。

 

「ああ……そう。甘かったのは私の方なのね。……幻想郷は全てを受け入れる。歓迎するわ、妖蝶の虚無の神よ」

 

 妖蝶となった“彼女”は晴れて幻想郷の一員となった。

 “彼女”の夢は守られた。

 

 そしてここに、今まで全ての異変の終結が宣言される。

 カービィ達が来た原因は全て解明され、黒幕は打ち倒され、力を失い、夢叶って妖蝶となった。

 

 全ての因果はここで終わり、そして途絶えた。

 

 

 

 

 

 そして、それからカービィ達が夢の中で幻想郷に来ることはなかった。



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End roll

さいごのまとめ

短く、簡潔に、暖かく。




 春の風が草を撫でる。

 草はさわさわと柔らかな音を立て、揺れて波打つ。

 見渡す限りの草原。そこから突き出るドーム状の丘。そして遥か彼方に臨む巨城。

 

 これがポップスターにある一つのちっぽけな国、プププランドの日常。

 この国で起きて食べて遊んで寝る。これがプププランドの日常。

 これがぼくらの日常。

 

 あの日、エンデ・ニルを倒した日から、夢を伝って幻想郷へ行くことはできなくなった。

 メタナイト曰く、エンデ・ニルが繋ぎ止めていた幻想郷とポップスターの繋がりが完全に切れてしまったからだという。

 つまりは、もう二度と幻想郷へ行くことは万に一つもないだろう、と。

 可能性はゼロに近い、と。

 

 ……いや、行こうと思えばマホロアのローアを使えば行けるのだろう。

 しかし、それはしてはいけないことだ。

 本来、ぼくらの世界と幻想郷は交わってはならなかったのだ。

 

 だから、今の状態こそ、自然な姿なのだ。

 

 互いに知らず、互いに触れず、互いに干渉しない。

 これが二つの世界が幸せに生きて行くために必要なことなのだ。

 

 あまりにも冷酷な現実。

 でも、それも何となく理解はできる。

 この世界は楽しいことばかりではない。

 リンゴは食べると美味しいし、幸せになれる。

 でも、食べて仕舞えば無くなるし、それは悲しいことだ。

 

 幸せと悲しみは切っても切り離せないのだと知っている。

 出会いもあれば別れもあるのだと知っている。

 

 だからぼくは嘆いたりはしない。

 悲しくとも、笑うのだ。

 この別れがお互いを救うのだと思えば、悲しみを笑い飛ばすことだって簡単なことだ。

 この心の痛みがとれて、いずれ柔らかな思い出になるその時まで。

 その時が来るまでぼくはプププランドで起きて食べて遊んで寝て、その時が来たらやはりこのプププランドで起きて食べて遊んで寝るのだろう。

 いつまでも変わらない、平和な時で包まれ続けるのだろう。

 

 彼方を見やれば、ワドルディ達が木陰の下で固まって昼寝をしている。

 

 泉を見ればワドルドゥが釣りに興じている。

 

 ウイスピーウッズはあいも変わらず道の上で堂々と佇んでいる。

 

 空を見やればダイナブレイドがマルクの悪戯に堪忍袋の緒を切らし、逃げるマルクを突き回している。

 

 そしてそのさらに上を轟音を立てながらハルバードが飛んで行く。また沈まなければいいけど。

 

 その轟音がゆっくり遠ざかって行く中、草を踏みしめる音が聞こえてくる。

 

 ワドルディだろうか。

 いやそれにしては足音が重い。

 となるとデデデ大王だろうか。

 

 カービィが振り向くとそこには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ! 向こう(幻想郷)こっち(プププランド)に無理矢理繋がりを創って来ちまったぜ!」

 

 

 

 

 

 そしてギュム、と抱き締められる。

 

 ぼくの体の構造上、後ろから抱きしめられると誰に抱きつかれたのか見ることができない。

 でも、その声を忘れるはずがない。

 何ヶ月もの間、一緒に戦った人。

 何ヶ月もの間、一緒に遊んでくれた人。

 何ヶ月もの間、美味しいご飯を作ってくれた人。

 

「まりさ!」

 

 ぼくはその名前を呼んだ。

 

「おう! 普通の魔法使いの魔理沙だ! 夢を通じてやって来たぜ!」

 

 その人も、その声に応えた。

 

 

 ぼくはその日、一つのことを学んだ。

 

 可能性とは残酷だ。

 でも、可能性がある限り────キセキなんて幾らでも起きるのだと。




これにて『東方桃玉魔』完結です。

皆さま、長い間応援ありがとうございました!











……まだカービィの活躍を読み足りない?

では……違う世界線のカービィのお話でもどうでしょう?

『ププープレーン 〜遍く照らす星の航路〜』。宣伝になりましたが、別の世界のカービィのお話です。

戦いはいつだって虚しい。でも戦わなくてはならないこともある(松本零士氏リスペクト)。


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