気づいたら童実野町に居たよハルトォォォ! (ロライゼン)
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最強のライバル決戦!(半ギレ)

あらすじ

 遊馬たちがドン・サウザンドを倒したのを見届けた天城カイトはこの世を去った。
 だが彼は、気づけば見知らぬ街にいた。
 童実野町。そこはかつて、多くの名立たるデュエリストたちが一堂に集い、バトルシティが開催された聖地である。
 カイトはそこで伝説のデュエリスト、海馬瀬人との邂逅を果たした。
 二人のデュエリストが出逢ったならば、執り行われることはただ一つ。
 誇りと魂のぶつかり合い。
 即ち、デュエルである。

 これはアストラルがヌメロン・コードを使う前にカイトの身に起きた、不思議で奇妙な物語。


 

 

「──以上が、デュエルアカデミアの鮫島校長から報告の上がってきた、ダークネス事件の顛末となります」

 

 海馬コーポレーション本社の社長室である。

 チェアに腰かける海馬瀬人は眼を閉じて、側近である磯野の言葉に耳を傾けていた。

 

「……ふぅん、ダークネスとやらには、むしろ感謝するべきなのかもしれないな」

 

 海馬なりの一種の冗句だった。磯野は無表情に、しかし露骨なまでに反応に困っている。

 ダークネス事件では、海馬コーポレーションにもその被害が及んでいた。

 爆破されたのだ。あろうことか会社のビルそのものを。

 もっとも爆破されたのは、取り壊しが決定していた()()()のビルである。

 元々海馬コーポレーションは軍需産業企業であり、戦時中から存在していたそれなりの古さを持つ会社である。つまるところこれまで使っていたビルは、それなりに老朽化が進んでいたというわけだ。

 海馬瀬人が社長となり、会社の方針をゲーム産業に切り替えてから、会社は巨大化の一途を辿ってきた。

 何せ財界、政界と並ぶほどにカードゲーム界は世界に浸透しており、デュエルモンスターズはその中で最も幅を利かせている。

 そのデュエルモンスターズに欠かせぬソリッドヴィジョンシステムは海馬瀬人が開発し、特許を持っているのだ。

 海馬コーポレーションはいまや、デュエルモンスターズを販売するインダストリアルイリュージョン社と並び、世界に君臨している大企業に他ならない。

 社員の総数は年々増加している。旧本社のビルでは些か狭く不便という判断もあり、新たに高層ビルを建築した次第である。

 要するにビルを爆破されたことは不幸中の幸いだったのだ。何せ解体する手間が省けたのだから。

 

「……デュエルアカデミアか。近々、視察にでも赴くか」

 

 閉じていた眼を開き、海馬はふと呟いた。

 たまにはオーナーとして、アカデミアのデュエリストの腕前を直に見ておく義務があるだろう。ダークネス事件と一緒にアカデミアの話を聞いているうちに、そう思い至ったのだ。

 

()()カード群のテストプレイを俺の方でも、とペガサスには頼まれていたからな。アカデミアの生徒は、試金石に丁度よかろう」

 

「は、ですがいまご報告しました通り、遊城十代の世代はこの度アカデミアを卒業しております」

 

「構わん。むしろ、だからこそだ」

 

「と、仰いますと?」

 

「ペガサス曰く、エド・フェニックスやヨハン・アンデルセンは、世界で五指に入るデュエリストらしい。それと同等のデュエリストである遊城十代や万丈目準を試す必要はない」

 

 というより、実は遊城十代とは一度矛を交えている。それは磯野の与り知らぬところだろうが。

 無論、デュエリストとして彼らのいまの実力に興味がないと言えば嘘になる。だが、戦う機会はいずれ来よう。いずれ。

 遊城十代も万丈目準も、その他彼らの世代のデュエリストも、新しく道を踏み出したのだ。果てしなく続く戦いのロードを。

 いずれそのロードが、海馬の進むロードと交差する時もあるだろう。

 

「それよりも、懸念すべきは遊城十代たちの次の世代だ」

 

 次の世代が劣悪というわけでは断じてない。だが遊城十代たちの世代に劣る印象は否めない。それだけ遊城十代の世代が群を抜いている、ということでもあるのだが。

 

「この辺りで、俺自らアカデミアの生徒たちの気を引き締めてやらねばな。俺と戦う生徒はあちらに決めさせておけ」

 

「ではスケジュールを調整します」

 

 磯野の言葉に海馬は無言で頷いた。

 それから、ふと天井を見上げる。

 

「……何やら頭上が騒がしいな」

 

 窓越しに、先程から何度も叫び声が聞こえてくるのだ。いい加減耳障りなほどだった。

 頭上と言えば、社長室の上にあるのはせいぜい屋上くらいのものである。海馬コーポレーションの社員が、まさか海馬の頭上で騒ぎを起こすとは考えにくい。しかも夜に。

 となれば、不審者と判断するのが妥当だろう。

 

 ──セキリュティーは万全のはずだがな。

 

「……様子を見てくるとしよう」

 

 そんなことは警備員に任せれば済む話だ。詮無きこと、と普段ならば眼もくれなかっただろう。

 だが不思議と海馬は、その気まぐれを良しとした。

 あるいは予感があったのだ。運命的な何かがあると。

 ゆえに海馬は社長室を出る時──

 自然と、デュエルディスクを携えていた。

 

 

   ◇

 

 

「ハルトォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

 

 特に意味はないが、とりあえず何回か叫んでカイトは落ち着いた。

 叫んでみて、実感として判ったことも一応ある。どういうわけか、自分は生きているという感覚だ。霊体であるアストラルのような、エコーがかったような声ではない。カイトの耳が正常なら、自分の声は確かな肉声に聞こえていたのだ。

 胸に手を当てれば、心臓の鼓動が確かにあった。地に足もついている。手足も透けてなどない。コンクリートの地面に手を触れてみれば、固く冷たい感触が返ってきた。

 顎に指を添え、カイトはしばし考え込んだ。

 

 ──確か俺は、月で死んだはずだが……?

 

 月面でのミザエルとのデュエルには辛勝したものの、酸欠や肉体へのダメージが重なって力尽きたのだ。その後は霊体となってヌメロン・ドラゴンのカードに引っ付くことで、バリアン世界での決戦を見届けた。

 遊馬と凌牙(ナッシュ)がドン・サウンザンドに勝った後、安堵とともにカイトはこの世を去ったつもりだったのだが──

 ぐるりと、カイトは周囲を見渡した。

 

「ここは、俺たちの世界か?」

 

 少なくともバリアン世界ではない。だが、見たところハートランドでもないだろう。

 ハートランドの中心には、ハートのモニュメントをその頂に飾り付けた、一際高い塔がある。

 だが、そんなものは何処にもない。周囲を見渡しても、眼に映るのは四方を囲む金網のフェンスと、その一角にあるエレベーターのみ。あとは夜空が広がるばかりだ。

 風がいくらか強いことを考えれば、それなりに高度がある場所の屋上なのかもしれない。

 カイトはフェンスの方へと歩みを進めた。思った通り、眼下には夜景の街並みが広がっている。ここはやはり、どこぞの高層ビルの屋上だ。

 カイトの眼下には知らない街並みが広がっている。改めて、ハートランドではないという確信を得た。

 

「……む?」

 

 カイトは振り向いた。不意に唸るような音を立てて、四方の角にあったエレベーターの扉がおもむろに開いたのだ。

 中からサングラスをかけた黒服の男が五人ほど現れる。

 

「いたぞっ!」

 

 ことの成り行きをじっと見守るカイトの方に、黒服の一人がその声を張り上げた。緊張感に満ちた声は、カイトへの警戒心が感じられた。

 男たちがカイトの方へと駆け寄ってくる。

 

「……」

 

 無言かつ無表情のカイトだが、その実この状況にはそれなりに困惑していた。そもそも、現状の把握もままならないのだ。そんな理由もあって、黒服の男たちに囲まれるという結果を見す見す許した。

 

「なんだ、貴様らは」

 

 カイトの第一声に、男たちがむっとした。

 

「貴様こそ、ここを何処だと思ってる!?」

 

「知らん、そんなことは俺の管轄外だ」

 

「海馬コーポレーションの屋上だぞ、屋上! 貴様、いったいどうやって侵入した?」

 

「侵入も何もない。俺は気がつくとここにいただけだ」

 

「……もういい、不審者の言葉に耳を貸すな。取り押さえるぞ!」

 

 カイトの応答に埒が明かないと感じたのか、黒服の一人が仲間に呼びかける。

 

「俺が不審者だと? 少しばかり決めつけが過ぎるな」

 

「突然屋上の監視カメラに映ったかと思えばいきなり叫び出す。これが不審者でなくてなくてなんだという!?」

 

「馬鹿な、そんなはずがあるか。俺はよく故郷で弟の名前を声の限りに叫んでいたが、別段不審がられるようなことはなかったぞ。“あぁ、あの……”と誰もが納得していた」

 

「それ明らかにお前が叫び過ぎてお馴染みになってるだけじゃねぇか!」

 

 そんなもっともなツッコミとともに、一斉に黒服の男たちが襲いかかってくる。

 カイトは身を沈め、即座に勢いよく地を蹴った。

 二人の黒服の間を馳せ違う。その瞬間に右手を振るった。手刀は片方の男の首の付け根に過たず命中し、その意識を刈り取った。もう片方の男は、脇腹に掌底を加えて瞬時に昏倒へと陥れる。

 カイトは軽々と男たちの包囲を抜け出した。

 

「貴様、抵抗するかっ!」

 

 残る三人のうちの一人が憤然と拳を振り被る。避けながらその手首を掴み取り、カイトは自分の方へと引っ張った。そのままベルトに手を引っ掛け空中に浮き上がらせ回転させる。

 

「ぐっ……」

 

 背中から地面に叩きつけられた男が、ぐぐもった声を上げてぐったりとした。

 残る二人が、カイトに近づくのを躊躇っている。

 

「コイツ、小柄の癖に……っ」

 

「小柄か。確かにそれは否定できんな」

 

 だがカイトはナンバーズハンターになるべく、地獄のような訓練で己の身体を苛め抜いてきた。何より一流のデュエリストたるもの、それ相応の筋力は備えている。

 細身なれど、カイトの肉体は常人を遥かに凌駕するほどに鍛えられていた。ゆえにたかが数人に囲まれたところで苦ではない。

 

「少し落ち着け。ひとまず話し合いをするべきだ。俺は月でデュエルをしていて死んだ後、バリアン世界という異世界に霊体で赴き──」

 

「何から何まで意味不明じゃねぇか!」

 

「支離滅裂すぎるぞ!」

 

「……事実なのだがな」

 

 とはいえ、彼らが信じられないのももっともだろう。カイトもそれを自覚して、困ったように眉を寄せた。

 

「──なんの騒ぎだ、貴様ら」

 

 と、いつの間にか黒服たちの後ろに、銀のコートを翻す長身の男が佇んでいた。

 

「しゃ、社長!」

 

「海馬様!」

 

 黒服たちが弾かれたように慌てて振り向く。

 

「頭上でドタドタと騒々しいわ。ネズミ一匹に捕えるのに、どれほどの時間を無駄にしている」

 

 男の苛立たしげなその言葉に、闇の中でも判るほどに黒服たちの顔が蒼褪めた。

 

「まぁいい」

 

 鼻を鳴らして告げられたその言葉に、黒服たちが露骨に胸を撫で下ろす。

 歩み寄ってくる海馬という男。眼前で立ち止まると、冷然とカイトを見下ろしていた。

 

「貴様が、不法侵入の不審者か」

 

「故意の侵入ではない。気づけばここにいただけだ。出ていけというのなら、出ていく」

 

「どうでもいい。御託はポリスどもが聴いてくれるだろう」

 

 言外に警察に突き出すという宣言だった。

 

 ──まぁ、悪いのは俺だろうな。

 

 と、その自覚を懐いたカイトはしかし、

 

「俺にはやることがある。警察の厄介になるわけにはいかないな」

 

 拘置されてしまえば、現状の把握がままならなくなる。

 果たして、ドン・サウザンドは本当に倒せたのか。

 カイトたちの世界を含め、バリアン世界やアストラル世界はどうなったのか。

 遊馬はあの後、凌牙(ナッシュ)とどう向き合ったのか。

 そもそもなぜ自分は生きているのか。

 知らなくてはならないことは山ほどある。些末なことに時間を取られるわけにはいかないのだ。

 

「ふぅん、ならばデュエルだ」

 

「なに?」

 

「貴様がこの俺に勝てば見逃してやる。だが貴様が負ければ、大人しく拘束を受け入れろ」

 

「いいだろう。そのデュエル受けて立つ」

 

 即答したカイトに、黒服の男たちが信じられないモノを見るような眼で凝視していた。

 

「何がおかしい?」

 

「こちらにおわす方が海馬瀬人様であるということくらい、如何に非常識な貴様とてデュエリストの端くれなら判っていよう。勝てると思っているのか?」

 

「海馬瀬人……? 悪いが知らんな」

 

 もっともこの男がただならぬデュエリストであることくらい、カイトとて一目見ただけですぐに判った。その身に秘められたフィールが違うのだ。間違いなく強い。

 

 ──あるいは、俺がいままで戦ってきたデュエリストの誰よりも。

 

 だがそんなことは関係ない。デュエリストならば、挑まれたデュエルから逃げはしない。

 

「海馬瀬人、と言ったな。貴様がどれほどのデュエリストかは知らん。だが勝つのは俺だ。そして約定通り、デュエルで俺が勝ったなら見逃してもらう」

 

 不遜とも取れるであろうカイトの言葉。それに気を悪くするでもなく、海馬はむしろ笑みを浮かべた。

 

「些かの躊躇いもなく、俺のデュエルを受けたデュエリストは久方ぶりだ。せいぜい足掻くがいい」

 

 海馬が背を翻して距離を取る。カイトも同じように、デュエルに適当な距離で改めて海馬と向かい合った。

 

「このデュエルのルールは、海馬スペシャル・ルール2とする! ライフポイントは8000。メインデッキは40枚から60枚。エクストラデッキは15枚。先攻ドローは有りとし、リミットレギュレーションに関しては、己のデュエリストとしてのプライドに問い、セルフジャッジとする!」

 

 その他の詳細に対しても異論はなかった。了承の意としてカイトは無言で頷き返す。

 禁止・制限に関してはあまりにも適当だが、それは恐らく海馬がカイトの振る舞いを見て、それでいいと判断したがゆえだろう。

 つまるところ海馬は、カイトが卑劣な真似はしないと認識しているのだ。

 

 ──あるいは禁止カードを使われたところで、俺を捻じ伏せる自信があるのだろうな。

 

 そしてカイトとて判る。眼前の男は誇り高いと。恐らくゲームが崩壊するようなパワーカードの使用は(ちょっとくらいで)控えよう。それはカイトも同じだった。

 普段と較べ、ライフポイントは二倍である。それを考慮して、カイトはデッキから数枚のカードを入れ替えた。

 手を加えたのはエクストラデッキの方もだ。当然と言えばそうなのだろうが、“No.”はカイトのエクストラデッキから消えていた。その分、予備のエクシーズモンスターをエクストラデッキに忍ばせたのだ。

 

 ──プライムなしでこの男に勝つのは、至難かもしれん。

 

 そんな思いを懐きながらも、カイトは不敵に笑んでみせる。

 元より所持していなかったカードである。戦力の消失が痛くないと言えば嘘になるが、その程度で臆するなどあり得ない。

 

「準備はいいな?」

 

 海馬の言葉にカイトは頷く。

 そして、風が吹き荒ぶ闇夜の中で、海馬が左手を前へと突き出した。

 デュエルディスクが変形する。二枚の鉄のプレートは前へとスライドしてドッキング。そのまま九十度回転して手から肘にかかるように、それは(ブレード)のように展開された。

 カイトもまた構えを取り──

 

「デュエルモード・フォトンチェンジッ! はぁあああああああ!」

 

 カイトの纏うコートが光を放つ。闇に溶け込んでいたコートは光子を帯び、縁の先から純白へと染め上げられた。

 オービタル7がいないので、D・パッドに手動でデュエルディスクをセットする。それもまた、鋭利な刀を思わせる形状だ。

 最後に、凶悪に笑うカイトの左眼に青い紋様が浮かび上がった。

 デュエルディスクにセットしたカイトのデッキが自動でシャッフルされる。

 海馬もまた、手動でシャッフルしたデッキをデュエルディスクにセットした。

 そして、互いへ闘志をぶつけるが如く──

 

「デュエルッ!」

「デュエルッ!」

 

 まったく同時に、両者が気迫とともに怒号のような声を張り上げた。

 

「俺の先攻!」

 

 白いコートを風で翻しながら、カイトはデッキからカードを引き抜いた。

 そのカードに視線を向けたのは一瞬のみ。カイトは間髪入れず、ドローしたモンスターを流れるような動作でデュエルディスクへと叩きつける。

 

「モンスターをセット。さらにリバースカードを二枚セットする」

 

 まずは様子見。守勢を固め、相手の出方を窺う。

 些か慎重とも言えるだろう。だがカイトのデュエリストとしての直感が告げているのだ。

 海馬を相手に一瞬でも隙を晒せば、そのままゲームエンドに持ち込まれると。

 怯懦(きょうだ)に駆られたわけではない。だが迂闊な真似は危険だと判断したのだ。

 それはそれとして、何やらおかしいことにカイトは気づいた。

 そう、左眼ではなく、()()()()A()R()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは即ちARではなく、ソリッドヴィジョンとして現実に実体化しているということだ。

 

 ──俺のデュエルディスクに何が起きた……?

 

 疑問が脳裏を過ぎるが、カイトはすぐにそれを頭の隅へと追いやった。

 海馬という男を前にして、そんな些末なことに思考を割いていれば呆気なく敗北を喫しよう。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

「ふぅん、無難な一手目だと言っておこう。だがこの俺を相手にして、それはあまりに脆弱な布陣だと思い知るがいい!」

 

 底冷えするような笑みを口元に刻んで声高に告げ、海馬が豪快に風を切りながらドローする。

 そして先程のカイトと同様に、ドローしたカードを即座に魔法・罠ゾーンのスロットへと差し込んだ。

 

「手札一枚をコストとし、速攻魔法《ツインツイスター》を発動ッ! これにより、フィールド上の魔法・罠カードを二枚まで選択して破壊する!」

 

 海馬のセメタリーへと一枚のモンスターカードが捨てられる。それが効果発動の引き金となり、二筋の荒々しい竜巻がカイトのフィールドへと襲いかかった。

 モンスターを展開する前に伏せカードを割る。当たり前に堅実な戦い方だ。そしてこれをただで通せば、やはりワンターンキルの条件が成立してしまうことだろう。

 

「ツインツイスターにチェーンし、俺もリバースカードを発動する!」

 

 右手を水平に走らせる。カイトのその挙措が命令となり、一枚の速攻魔法が面を上げた。

 

「《フォトン・リード》は手札からレベル4以下の光属性モンスター一体を、攻撃表示で特殊召喚するカード! 来い、《ギャラクシー・ドラグーン》!」

 

 もう一枚の、発動条件を満たしていなかった方の罠カードが竜巻に巻き込まれて砕け散る。だがその間にも暗雲を引き裂き、天空より一体の人型の竜が光とともに現れた。

 フィールドに姿を晒した新たなモンスターを、海馬が凝視する。

 

「“ギャラクシー”……俺の知らぬカテゴリーのモンスターがいるとはな。攻撃力2000とは中々に優秀なモンスターだ」

 

「そうでもない。こいつはドラゴン族以外には攻撃できないからな。……だがドラゴン族との戦闘に限り、攻撃力を1000ポイントアップし、さらに戦闘する相手のドラゴン族モンスターの効果をバトルの間無効にできる」

 

「ほう。俺のデッキに刺さるカードを用意していたというわけか。──だが、その程度でこの俺を抑えられると思っているのならば片腹痛いわ!」

 

 言いながら、海馬はデュエルディスクからデッキを引き抜く。

 

「ツインツイスターのコストとして墓地へ捨てた、《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》の効果発動だ。このカードが墓地へ送られたことにより、デッキから《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》一体を手札に加える」 

 

「な……ブルーアイズだと……!?」

 

 驚愕するカイトへと誇るように、海馬がデッキよりサーチした一枚のカードを見せびらかす。

 レベル8、ドラゴン族通常モンスター。宝石さながらの青い双眸を備えし白き龍。見紛うことなき伝説とされるレアカードだった。

 

「ふぅん。恐ろしいか、このカードが。そうだろうな。だがこのカードもいまはコストとして墓地へ送ることになる」

 

 シャッフルし直したデッキをデュエルディスクにセットし、海馬は微笑を(たた)えてなおも告げる。

 

「もっともそれは、ブルーアイズを更なる姿へ進化させる為の布石だがな」

 

「なに……?」

 

「まずは見せてやろう。ブルーアイズのもう一つの姿をな! 俺は手札の《青眼の白龍》を相手に見せることで、このカードを手札から特殊召喚! 出でよ、《青眼(ブルーアイズ・)の亜(オルタナティブ・)白龍(ホワイト・ドラゴン)》!」

 

 カイトの肌を打つほどの圧力すら伴って、白き龍が実体化する。己自身の威容を誇示するかのように、猛々しい咆哮が闇夜に響いた。

 だがそれだけでは終わらない。

 海馬は次に《トレード・イン》を発動し、その発動コストであるレベル8モンスター──即ち、いま見せたばかりの青眼の白龍を捨ててカードを二枚ドローする。

 そして手札から一枚の魔法カードを選び抜くと、流麗とさえ言える指先の動きでそれをデュエルディスクへと差し込んだ。

 

「儀式魔法《カオス・フォーム》を発動! 墓地の《青眼の白龍》をゲームから除外し、“カオス”儀式モンスターを儀式召喚! ブルーアイズを飛躍の為の礎とし、いまここに降臨するがいい! 《ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン》──ッ!!」

 

 虚空に現れる鋼鉄の扉。五角形(ペンタゴン)に開いたそれは、宇宙へ繋がるディメンション・ゲートに他ならない。

 (きら)びやかに星彩咲き誇る銀河の奥より、二体目の白き龍がその巨体を露わにした。

 どこか機械的ですらある龍の威容は、あるいは澄んだ宝石を全身に散りばめた結晶(クリスタル)そのものか。

 畳んでいた翼を雄々しく広げ、地上へ混沌の名を冠した暴竜が風を巻き起こしながら降臨した。

 カイトはその機械的な姿にタキオン・ドラゴンを想起しながらも、表示されたステータスの高さに息を呑む。

 

「攻撃力4000……!」

 

「まだだ、俺は魔法カード《一騎加勢》を発動する。これによりターン終了まで、カオス・MAX・ドラゴンの攻撃力は1500ポイントアップ! よって、その攻撃力は5500!」

 

 海馬が掲げた魔法カードから光が(はし)り、それはカオス・MAX・ドラゴンの巨体を覆った。

 その光を纏ったことによって膨れ上がる筋骨は僅かであり、だがそれゆえに、充溢せんばかりのパワーを如実に物語っていた。

 漲る力をカイトへ見せつけるが如く、カオス・MAX・ドラゴンの力強い咆哮が闇夜に轟く。

 海馬が悠然と右手を前へと指し示した。それが合図となり、二体の龍が翼を翻して飛翔する。

 

「オルタナティブの第二の効果発動。このカードの戦闘を放棄する代わりに、相手モンスター一体を破壊する!」

 

 青眼の亜白龍の口腔に灯る眩き閃光。撃ち出された白銀の光線は、射線上に佇むギャラクシー・ドラグーンを木端(こっぱ)同然に粉砕した。

 衝撃の余波がカイトの総身に襲いかかる。たたらを踏むも辛うじて耐えた。

 だがカイトの表情は苦しげだ。大型モンスターを二体も展開されたこの状況、たった一つのアドバンテージの損失ですら致命傷になりかねない。

 一ターン目からカイトを追い詰めた海馬の表情は嬉々としている。嗜虐的な笑みを口元に刻み、彼はすかさず続ける。

 

「バトルフェイズに入る。カオス・MAX・ドラゴンでセットモンスターを攻撃。混沌のマキシマム・バーストォッ!」

 

 白き龍の全身に散りばめられた青い宝石から放たれる幾条もの閃光。その名の如くフィールドに混沌をもたらすほどに圧倒的な制圧攻撃。そして口腔から(ほとばし)る極大の光。それら全てが、カイトの場の裏守備表示モンスターへと殺到する。

 ──カオス・MAX・ドラゴンでギャラクシー・ドラグーンを攻撃対象にしていれば、2500もの戦闘ダメージをカイトに与えることができたはずだ。だというにも拘らず、海馬は敢えてカオス・MAX・ドラゴンでセットモンスターを攻撃してきた。

 プレイングミス。そんなはずがない。カイトは一瞬浮かんだ愚かしい考えを即座に捨てた。

 

「カオス・MAX・ドラゴンが守備モンスターを攻撃する時、二倍の貫通ダメージを与える!」

 

「やはり貫通持ち……!」

 

 だが二倍はカイトをして想定外だった。セットモンスターの守備力は僅か800だ。超過ダメージは4700を倍にして9400。つまるところ、このままではワンターンキルが成立する。

 だが、こうもあっさり敗北する天城カイトなどあり得ない──!

 

「俺はライフを2000支払い、手札から《クリフォトン》を墓地へ送って効果発動! このターン受ける全てのダメージを0にする!」

 

「む……!?」

 

『クリクリ~!』

 

 実体を得たクリフォトンが風船ロケットさながらに宙を舞う。リバースし、姿を露わにした天使が光の刃によって切り裂かれようとしたその刹那、身を挺してその正面へと躍り出る。

 激しく明滅するほどに爆ぜ広がる白い光と衝撃波。リバースしたモンスターはクリフォトン諸共に呆気なく戦闘破壊されてしまったが、カイトはライフを2000失っただけでこの窮地を乗り切った。

 そして、

 

「《シャインエンジェル》の効果発動! 戦闘で破壊され墓地へ送られたことにより、デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター一体を、攻撃表示で特殊召喚できる!」

 

 カイトのデッキが独りでにシャッフルされる。僅かに飛び出るデッキトップのカード。それを引き抜き、フィールドへと呼び寄せる。

 

「来い、《フォトン・リザード》!」

 

 光子の尻尾を揺らめかせながら姿を現す翼無き竜。矮小な体躯でありながら、それは勇ましくも二体のブルーアイズを睨みつける。

 その背後に佇むカイトは海馬に向かって不敵に笑った。

 早々にクリフォトンを使わされたのは予定外だが、同時にワンターンキルを(かわ)して海馬の目論見も挫くことができたのだ。

 依然、不利な状況に変わりはないが、勝負はまだ判らない。いや、この劣勢はすぐにでも覆してみせると、カイトは静かに燃える闘志を懐きながら決意した。そしてその為の布石もいま打った。

 

「耐えるか。そうでなければな。……だがクリフォトンと来たか。フンッ、忌々しいモンスターを思い出させてくれるわ」

 

 苛立たしさを感じさせる眼差しでカイトを睨みつけながら、海馬が残る手札をここに切る。

 

「このエンドフェイズ、俺は速攻魔法《超再生能力》を発動する。俺がこのターン手札から捨てたドラゴン、または生け贄に捧げたドラゴン一体につき一枚のカードをドローする。俺がこのターン手札から捨てたドラゴンは二体。よってカードを二枚ドローだ。これで俺はターン終了だ」

 

 エンド宣言をしながらも、海馬がおもむろに口を開く。

 

「二つ教えておいてやろう。カオス・MAX・ドラゴンは相手カードの対象にならず、相手カードの効果では破壊されん。さぁ、我がブルーアイズを攻略できるものならやってみろ」

 

 挑発的なその言葉に、彼を知る多くの者が首を振ろう。武藤遊戯と双璧を為す彼は、それほどに冠絶したデュエリストであり、掛け値なしの覇者である。

 それでもカイトは、やはり当然の如く口元に笑みを刻んでみせた。

 

「──いいだろう。狩らせてもらおう、伝説の龍のその首級」

 

 海馬のフィールドに伏せカードは一枚もなく、二体の“ブルーアイズ”モンスターが君臨するのみである。先程のカイト同様に、手札誘発を握っている可能性もあるだろうが、ここは臆さず攻める場面に他ならない。

 

「俺のターン!」

 

 意気揚々とカイトはドローし、引き当てた魔法カードを確認して笑みを浮かべた。

 

「フォトン・リザードの効果発動。このカードをリリースすることで、デッキからレベル4以下の“フォトン”モンスター一体を手札に加える。俺はこの効果で、《フォトン・スラッシャー》を選択する。さらに──」

 

 言葉を紡ぎながらサーチを終え、カイトは一枚のカードを海馬へと掲げて見せる。

 

「魔法カード、《逆境の宝札》を発動! 相手の場に特殊召喚されたモンスターが存在し、自分の場にモンスターがいない時、カードを二枚ドローする!」

 

「モンスターを生け贄にして場を空けたのは、この為でもあったか」

 

 呟く海馬の眼前で閃光が鋭利に弧を描く。カイトのドローの勢いによって発せられた風が、海馬の前髪とコートを揺らめかせた。

 カイトは新たに手札に加わった二枚のカードから、この状況を優勢に塗り替える方程式を瞬時に組み上げた。

 二体のブルーアイズの同時攻略は、可能。

 ゆえにカイトは迷わない。

 

「自分の場にモンスターが存在しない時、フォトン・スラッシャーは手札から特殊召喚できる!」

 

 投影されたカードが瞬時に無数に切り刻まれる。自らの手でバラバラにしたカードから躍り出たのは光子の剣士だ。己が得物である片刃の剣を下段に構え、彼はブルーアイズたちと向かい合う。

 

「続けて俺は、《フォトン・サテライト》を通常召喚」

 

 闇の中に浮かぶように現れたのは小型の人工衛星だ。だがそのステータスは攻守ともに0であり、よりにもよってブルーアイズの前に立てるには無謀が過ぎよう。

 無論、このままエンド宣言をすればの話である。

 

「フォトン・サテライトの効果発動! このモンスターと、フォトン・スラッシャーのレベルを、二体のモンスターのレベルを合計した数値に変更する! フォトン・サテライトのレベルは1、フォトン・スラッシャーのレベルは4、よってそのレベルは5となる! これで俺の場にレベル5のモンスターが二体揃った!」

 

「だからなんだと言う? レベルの合計は10だが、貴様も儀式召喚でもするつもりか?」

 

「俺はレベル5のフォトン・サテライトとフォトン・スラッシャーでオーバーレイ!」

 

 頭上へ勢いよく右手を振り上げた主に従い、二体のモンスターが黄金の光へと姿を転じる。

 同時に突如フィールドの中央に出現する、赤く輝く螺旋の奔流。激しく流動するそれは二つの光を吸い込むと、次の瞬間膨れ上がった。

 

「なんだ、これは……!」

 

 未知の光景に瞠目する海馬を余所に、カイトはなおも声を張り上げる。

 

「二体の光属性モンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 爆音が轟く。赤い光が夜の闇を塗り潰す。

 そうして赤い光の中から姿を現したのは、黄金に縁どられた白い甲冑をその身に纏いし星の戦士だ。フルフェイスの兜の奥から二体のブルーアイズを悠然と見据えるそれは、エクシーズモンスターに他ならない。

 その名を、カイトは高らかに謳う。

 

「現れろ、《セイクリッド・プレアデス》ッ!」

 

「エクシーズ召喚だと……!?」

 

 今度こそ海馬が愕然とした。デュエルモンスターズに精通する彼をして、眼前の光景は見たことも聞いたことがない事実だったがゆえに。

 

「さらに俺はセイクリッド・プレアデスに《レインボー・ヴェール》を装備! バトルフェイズに入る! プレアデスでブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴンを攻撃ッ!」

 

「攻撃力2500でカオス・MAX・ドラゴンに攻撃だと……!」

 

「カオス・MAX・ドラゴンを攻撃対象にしたこの瞬間、レインボー・ヴェールの効果が適応される。バトルフェイズの間、装備モンスターと戦闘を行うモンスターの効果は無効となる!」

 

 つまりこれで、カオス・MAX・ドラゴンを効果の対象にできるようになったのだ。

 そしてセイクリッド・プレアデスが持つ効果は誘発即時。バトル中での使用が可能である。

 

「プレアデスの効果発動ッ! 一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ使い、フィールドのカード一枚を持ち主の手札に戻す!」

 

「ッ……その為に、カオス・MAX・ドラゴンの効果を無効化したか……!」

 

「対象にならないのは、所詮モンスター効果。ならばそれを無効にすれば対象に取れる……!」

 

 自身の周囲を旋回する光を握り潰し、それによって力を得たプレアデスが右手を翳す。

 掌から放たれた波動をその身に浴び、カオス・MAX・ドラゴンがフィールドから姿を消した。

 舌打ちとともに、海馬がデュエルディスクから自身のモンスターを手札へ戻す。

 

「……ふぅん、その場しのぎとはいえ、カオス・MAX・ドラゴンを除去したのは誉めてやろう。だがそのモンスターではオルタナティブを破壊することは敵わんぞ」

 

 もっとも海馬のフィールドのモンスターの数が変動したことにより、“巻き戻し”が発生する。カイトは亜白龍を攻撃する必要はないのだが──

 

「そちらを倒す目処もついている。俺はこのままプレアデスで青眼の亜白龍を攻撃!」

 

「また、攻撃力の低いモンスターで攻撃だと……!」

 

「墓地の《スキル・サクセサー》の効果発動!」

 

 そのカードは前のターン、海馬がツインツイスターで破壊したカードである。

 

「このカードをゲームから除外することで、ターン終了時までプレアデスの攻撃力を800ポイントアップする!」

 

「攻撃力3300……!」

 

「これでオルタナティブの攻撃力3000を凌駕した。行け、プレアデス!」

 

 プレアデスの両手から放たれる無数の光球。それは眼前の白き龍を蜂の巣にせんとして海馬のフィールドへ殺到する。

 だが海馬がニヤリと笑みを零した。手札のモンスターカードを一枚、墓地へと送りながら。

 

「手札から《オネスト》を捨てることでその効果を発動する! 戦闘を行う相手モンスターの攻撃力分、光属性であるオルタナティブの攻撃力をアップする!」

 

 オルタナティブの双翼が天使の翼へと変質し、虹色の輝きを帯びていく。同時に、その攻撃力が6300へと跳ね上がった。

 

「返り討ちにしろ、青眼の亜白龍。滅びのバーンストリームッ!」

 

 口腔より撃ち放たれた光の奔流。迫りくる光球の全てを飲み干しながら、それはプレアデスへと襲いかかった。

 迫りくる閃光に対し、プレアデスが防御の姿勢を取る。直撃。視界が眩むほどの爆炎がフィールドへと撒き散らされた。

 

「セイクリッド・プレアデス、粉砕ッ!」

 

「──それはどうかな?」

 

 破壊を確信して声を張り上げた海馬へと、カイトが不敵に声を被せた。

 

「なに?」

 

「貴様のデッキが光属性モンスターに偏っていることなど先刻承知だ。オネストを握っているのは想定の範囲内だ」

 

 爆炎が晴れる。いや、爆炎が突如として巻き起こった突風によって根こそぎ薙ぎ払われたのだ。

 そう、プレアデスの背中に生えた虹の光を帯びた翼の羽ばたきによって。

 閃光を直撃してなおプレアデスは健在だった。

 

「オネストの効果処理が終わったその直後、俺もオネストの効果を発動していた。戦闘を行う相手モンスターの攻撃力分、光属性モンスターであるプレアデスの攻撃力をアップする! よってその攻撃力は9600!」

 

「……ほう」

 

「バトル続行! プレアデスよ、青眼の亜白龍を破壊しろッ!」

 

 疾駆する星の戦士。跳躍とともに翼を羽ばたき、上空へ一息の間すらなく翔け上がる。

 その身を反転させた。彗星さながらの勢いでプレアデスが降下する。

 突っ込んできたプレアデスを迎撃すべく、オルタナティブ・ドラゴンが閃光を撃ち放った。だがそれは、振り被られた剣の一撃で真正面から切り裂かれる。

 

『はぁぁああああああッ!』

 

 裂帛の気合いとともにプレアデスが振り下ろした純白の剣が、ついに白き龍の総体を一刀両断にしてみせた。

 

「青眼の亜白龍、撃破ッ!」

 

 海馬のライフから戦闘ダメージ分、3300がマイナスされる。

 これで両者のライフは4700と6000だ。

 

「俺はこれでターンエンドだ。この瞬間、プレアデスの攻撃力は元に戻る」

 

「……ク、」

 

 俯く海馬の口許が僅かに歪む。だがそれは屈辱による呻きなどではなく、喜悦の笑みが零れ出たがゆえだった。

 フィールドをがら空きにされたにも拘らず、海馬は肩を揺らすほどに笑っていた。

 不審がるカイトに気づき、一通り笑い終えた海馬がふぅと吐息を吐く。

 

「……遊戯と凡骨以外に、俺のライフに傷をつけた奴は久しぶりだぞ」

 

 微笑を浮かべて海馬は言った。

 

「面白い。貴様の名を聞いてやる」

 

「天城カイトだ、海馬瀬人」

 

「ではカイト、ここからは俺の全力を見せてやる。ゆえに貴様も全力で──いや、全力を凌駕してかかってこい。それがこの俺の血液を沸騰させた貴様の責務と知れ」

 

 その言葉に、不意に心臓の鼓動が大きくなった。カイトの指先は不思議と震えている。

 恐れ? いや違う。これは歓喜だ。はっきりと、カイトはこのデュエルが楽しいと感じていた。

 いまカイトが逆転したように、海馬も次のターン、間違いなく逆転してくるだろう。

 そしてカードの応酬を繰り返す。手に汗握る戦いを、眼の前の男と演じることができるのだ。

 これほどの相手を前にして、デュエリストならば血が騒がないわけがない。

 

「……いいだろう。俺も貴様との……いや、貴方とのデュエルに魂が震えている。ここからはいま俺の持ち得る全てを賭してデュエルに臨もう」

 

「行くぞ、ここからが本当の戦いだ。刹那でも気を緩めれば、一撃で沈むと弁えろ」

 

 頷き返すカイトに視線を向けたまま、おもむろに海馬がデッキトップに指を添えた。

 

「──俺のターンッ!!」

 

 迸る気迫。電光石火さながらのドロー。生じた突風はカイトの肌を強かに打つほどだ。

 

「俺はレベル8のカオス・MAX・ドラゴンをコストに二枚目のトレード・インを発動し、カードを二枚ドローする」

 

 新たに引き寄せたカードをちらりと見て、海馬が微かに笑みを零した。

 

「まずはブルーアイズを破壊した不届き者に、その報いを受けてもらおうか。速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動! これによりプレアデスの攻撃力を400ポイントアップする代わりに、ターン終了時までその効果を封印する!」

 

「ッ……チェーンしてプレアデスの効果発動! レインボー・ヴェールを手札に戻す!」

 

 残るオーバーレイユニットを握り潰し、プレアデスが自身の背後のカードへと右手を翳す。

 これによってレインボー・ヴェールはバウンスされ、禁じられた聖杯は実質的なディスアドバンテージを海馬にもたらした。

 だがカイトとてプレアデスの効果を使わされたのだ。これで海馬は、気兼ねなく自由に動くことができるだろう。

 

「ふぅん、これでプレアデスは効果を発動できまい。もっともエクシーズモンスターは召喚の素材となったカードをコストにして効果を起動するのだろう? どちらにせよ打ち止めか」

 

 例外はあれど概ねその通りである。カイトは海馬の推察に舌を巻いた。

 先程の反応から鑑みるに、海馬はエクシーズモンスターを知らなかったはずだ。にも拘らず、既にエクシーズモンスターの特性をおよそ看破している。

 

「いや、だが残念だ。貴様にも六枚のドローを許してやろうと思っていたのだがな」

 

「なに……?」

 

 (いぶか)るカイトを余所に、海馬がリバースカードを一枚セットして己の手札を空にした。そして、

 

「魔法カード《天よりの宝札》を発動! その効果により、互いのプレイヤーは手札が六枚になるようにカードを引く!」

 

 そういうことか、とカイトは内心で舌を打つ。レインボー・ヴェールを戻していなければ、もう一枚カイトはドローすることができたのだ。

 とはいえ、それは結果論だ。カイトは思考を切り替えた。

 カイトは五枚、海馬が六枚のカードをドローする。

 

「邪魔者は沈黙し、そして動くだけの札も揃えた。──攻めさせてもらう。俺は《青き眼の乙女》を召喚!」

 

 海馬のフィールドに現れる銀髪の少女。ブルーアイズを連想させる青い双眸は神秘的ですらあるだろう。

 攻守ともに0であるが、ゆえにこそ強力な効果を内蔵しているに違いない。恐らくブルーアイズに関する効果。カイトはそう思考して、海馬の一挙手一投足を見逃すまいと警戒を高めた。

 

「青き眼の乙女に装備魔法《進化する人類》を装備! その攻撃力は2400となる。そしてこの瞬間、青き眼の乙女の効果発動。カード効果の対象になったことにより、デッキより《青眼の白龍》を特殊召喚ッ!」

 

 委細は違えど三度姿を現した白き龍。いくら倒そうと、毎ターン当然の如くフィールドに出てくるのは脅威以外の何物でもなかった。

 だが本気を出すと宣言した海馬が、この程度の展開で妥協するなどありえない。

 

「さらに《死者蘇生》を発動し、墓地の青眼の亜白龍を特殊召喚する!」

 

「くっ……」

 

 錚々(そうそう)たるドラゴンたちを前にして、カイトの表情は苦々しい。

 これで海馬のフィールドには攻撃力3000のモンスターが二体と、攻撃力2400となったモンスターが一体だ。

 

「カイト、驚くのはまだ早いぞ」

 

「なんだと?」

 

「俺は墓地の闇属性《ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン》と、墓地の光属性《オネスト》をゲームから除外し、このモンスターを手札から特殊召喚する!」

 

「この特殊な召喚条件は──ッ!」

 

 慄然(りつぜん)と息を呑んだカイトの眼前で、光と闇の魂が異空間へと吸い込まれる。

 奈落のような混沌の奥底に灯るは紫炎の輝き。

 やがてその奥より、炎のような(たてがみ)を揺らしながら一体の龍がその姿を現した。

 禍々しいまでの爪牙を備えし、鈍色の鎧を纏うが如き深緑の龍。その名は、

 

「終わりを告げろ、《混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)-終焉の使者-》ッ!」

 

 高らかに、かつて最強を(ほしいまま)にした暴君がその咆哮を轟かせた。

 

「これで、攻撃力3000が三体か……!」

 

 カイトは顎の先に汗を滴らせながらも笑みを浮かべる。

 

「……ふぅん、貴様には五枚ものドローを特に許したのだ。当然、手札誘発の一枚や二枚は引き寄せているのだろうな?」

 

「さぁ、どうだろうな?」

 

「貴様のデッキは俺のデッキ以上に光属性に偏っている。となれば、光属性との戦闘は避けられるなら避けるべきか」

 

 言いながら海馬は、自陣の一体の龍へと右手を向けた。同時にオルタナティブの口腔に漏れ出んばかりの光が灯る。

 

「オルタナティブの効果発動! 攻撃を放棄し、プレアデスを破壊する!」

 

 それは先程の意趣返し、報復の意味も込められていたのだろう。自らの仇を自らの手で取る為に、青眼の亜白龍が放った閃光は呆気なくプレアデスを藻屑にした。

 これでカイトの場は文字通りがら空きだ。モンスターどころか伏せカードさえありはしない。

 

「青き眼の乙女でダイレクトアタック!」

 

 海馬は当然、攻撃力が低い順番から戦闘に入った。進化する人類の“自分のライフが相手より少ない場合、装備モンスターの攻撃力が1000になる”という特性も然ることながら、彼はゴーズへの警戒が身体にも脳にも染みついているがゆえに。

 青き眼の乙女が祈るように両手を合わせる。彼女の身体から立ち昇る聖なる魔力が、虚空にもう一体の白き龍を投影した。

 生み出された精霊(カー)がブルーアイズと同じように、滅びの威光を撃ち放つ。

 濁流めいた勢いの光がカイトを飲み込もうとしたその刹那、彼の前に忽然と青い鎧の武者が出現した。

 

「ダイレクトアタックを受けるこの瞬間、手札の《護封剣の剣士》の効果を発動! このカードを守備表示で特殊召喚するッ!」

 

 両手に携えた二本の光の剣を以ってして、護封剣の剣士は受けとめた閃光を精霊(カー)である白き龍へと弾き返した。

 返ってきた自身の攻撃をその身に浴び、白き龍が姿を消す。けれど銀髪の乙女を破壊するには至らない。

 攻撃してきた相手モンスターの攻撃力を、護封剣の剣士の守備力が上回っていれば効果破壊することができたのだ。

 だが彼我の攻撃力と守備力は互角だった。ゆえに護封剣の剣士が破壊されることはなかったが、逆に青き眼の乙女を破壊することもできなかったのだ。

 

「ふぅん、やはり手札誘発を引き込んでいたか」

 

「五枚も引ければ当然だ」

 

「違いない。でなければ拍子抜けも甚だしいわ。だが、そのモンスターの守備力はたかが2400。我が(しもべ)の前では紙同然の装甲よ。混沌帝龍で護封剣の剣士を攻撃!」

 

 迫りくる劫火に対し、カイトができることは何もない。護封剣の剣士が瞬時にその身を熔解させた。

 混沌帝龍の攻撃によって燃え広がっていた爆炎が晴れたのも束の間だ。

 攻撃権を残していた最後の龍が上空へと飛翔する。

 

「青眼の白龍の攻撃ィッ! 滅びの……バーストストリィィィィィムッ!!」

 

「かはっ……ッ!?」

 

 青く白く、清廉なる光がカイトへと殺到した。ダイレクトダメージ3000をその身に受け、後方へと盛大に弾き飛ばされる。

 

「くっ……ッ!」

 

 音を立てて地面を滑りながらも体勢を直したカイトへと、バトルフェイズを終えた海馬は笑みを浮かべながら告げる。

 

「以前ならば、これでこのデュエルは終わっていたな」

 

「あぁ、そうだな。俺の残りライフは3000。そして互いのフィールドと手札のカードの合計枚数は十二枚。エラッタ前の混沌帝龍ならば、このターンでさらに俺のライフを3600ポイント削ることができた」

 

「だがいまの混沌帝龍は、他のカードの効果を使うターンは己の効果を発動できん。命拾いしたな、天城カイト」

 

「フッ、倒し損ねたことを次のターンで後悔してもらおうか」

 

「ふぅん、それは楽しみだ。……だがその前に貴様には見せておくものがある」

 

「見せておくものだと……?」

 

「カイト、貴様が未知なる召喚法を操るならば、俺もまた新たな召喚法を貴様に見せよう。本来であれば、まだ試作段階のカード群ではあるのだがな」

 

「なに──?」

 

 海馬がエクストラデッキから一枚のカードを取り出した。

 そのモンスターカードの枠は純白である。

 

「俺はレベル8の青眼の白龍に、レベル1の青き眼の乙女をチューニング!」

 

 主である海馬のその言葉に従って、ブルーアイズが飛翔する。

 そして青き眼の乙女は、一輪の円環へと姿を転じた。

 円環が宙を舞う。空を翔けるブルーアイズに追いつくと、輪の中へと招き入れた。

 

「これは──!?」

 

 愕然と見上げるカイトの前で、その光景はなおも続く。

 白き龍が八つの星へとその姿を変え、次の瞬間、円環の中を眩いほどの光が奔った。

 そうして姿を現したのは、蒼き双眸を備えた清廉なまでの白銀の龍。

 これこそが進化の証たるシンクロモンスター。即ち、

 

「シンクロ召喚! 闇を薙ぎ払え、《蒼眼の銀龍》ッ!」

 

「シンクロ召喚、だと……!?」

 

「そしてこのモンスターが特殊召喚に成功したことにより、俺の場のドラゴン族モンスターは次のターンが終わるまでカード効果の対象にならず、カード効果でも破壊できん」

 

 驚き止まぬ様子のカイトに満足げな笑みを向けながら、海馬は効果説明と同時にリバースカードを二枚伏せた。

 

「俺はターン終了だ。さぁ見せてみろカイト。次なるエクシーズ召喚を。貴様の更なる真価をな」

 

 既にフィールドは制圧されているといってもいい。大型モンスターは三体。攻撃力3000が二体と守備力3000が一体だ。その背後のリバースカードも盤石である。

 それでもカイトは怯まない。臆さず攻め続ける。元より海馬の攻勢は、それ上回る攻勢を以って塗り潰さなければ太刀打ちできまい。

 

 ──そろそろお前の出番だ。準備はいいな?

 

 自身のデッキを見つめながら、カイトは心の中で問いかけた。

 返事はなく、返事を求めるまでもない。相棒(エース)の意志を、闘争心を、カイトは確かに感じていた。

 カイトは先程の海馬と同じように、ゆっくりとデッキに指を添え、

 

「俺のターン、ドロー……ッ!!」

 

 轟然と、デッキトップのカードを引き抜いた。

 引いたカードを手札へと加える。代わりにカイトは一枚の魔法カードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「速攻魔法、《皆既日蝕の書》を発動! これにより、フィールド上の全てのモンスターを裏守備表示に変更する!」

 

「ぬ、耐性をリセットしてきたか……!」

 

 不承不承と海馬が自身のモンスターを寝かせていく。

 

「さらに魔法カード《戦士の生還》を発動し、墓地の戦士族、フォトン・スラッシャーを手札に戻す。そして特殊召喚! 続けて《フォトン・クラッシャー》を通常召喚!」

 

 光子の剣士に続いて連鎖するように姿を現す光子の戦士。重々しいハンマーを軽々と振り回しながら、フォトン・クラッシャーはフォトン・スラッシャーの隣に並び立った。

 

「これでレベル4のモンスターが二体、来るか……!」

 

「俺はレベル4のフォトン・クラッシャーとフォトン・スラッシャーでオーバーレイ!」

 

 二体の戦士が光へと姿を転じる。

 唸りを上げながら、再びフィールドの中央に現れる紅蓮の螺旋。

 二つの光が渦の中へと吸い込まれ、赤い輝きが爆音とともに膨れ上がる。

 

「二体の“フォトン”モンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! 来い、《輝皇帝ギャラクシオン》!」

 

 白いウィングから光を放射して空を飛び、カイトのフィールドに二振りの光の剣を携えた戦士が降り立った。

 すかさずカイトはギャラクシオンへと右手を翳す。

 

「ギャラクシオンのモンスター効果発動ッ! オーバーレイユニットを二つ使い、デッキからあるモンスターを特殊召喚する!」

 

「あるモンスターだと……?」

 

 カイトの右手に光が集う。それは赤い輝きとなり、真紅の十字架を象った。

 それを、カイトは渾身を以って虚空へと(なげう)つ。

 真紅の十字架から光が漏れる。銀雪めいた美しさを伴う光子の粒は、やがて一体の竜を形作る。

 その竜の瞳は銀河の如く。

 その竜の身体は光の如く。

 

「闇に輝く銀河よ! 希望の光となりて、我が僕に宿れ! 光の化身、此処に降臨ッ!」

 

 カイトは高らかに己がエースの名を謳う。

 

「現れろ、《銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)》……ッ!!」

 

 光を帯びながらも透き通るような美しい翼を悠然と広げ、光子の竜がその咆哮を響かせた。

 

「ギャラクシーアイズ、だと……! なるほど、そのドラゴンが貴様のエースというわけか」

 

「続けて俺は、魔法カード《エクシーズの宝札》を発動! ランク4以下のエクシーズモンスターが自分フィールドに存在する時、そのモンスターのランクの数だけドローするッ!」

 

 ギャラクシオンのランクは4。よってカイトはデッキからカードを四枚ドローした。

 

 ──来た……!

 

 眼を見開く。敵のフィールドを一掃する活路が見えた。カイトは手札からさらに魔法カードを選び抜いた。

 

「レベル8のギャラクシーアイズがフィールドに存在することにより、《銀河(ギャラクシー・)遠征(エクスペディション)》を発動できる! その効果により、俺はデッキからレベル8の《銀河騎士(ギャラクシー・ナイト)》を特殊召喚する!」

 

 上空より降り注ぐ一条の星。ビルの屋上へと着地したそれは、白銀の鎧を纏う一人の騎士だ。

 

「レベル8のモンスターが二体……よもや、連続で──!」

 

「俺はレベル8の銀河眼の光子竜と銀河騎士でオーバーレイ!」

 

 三度フィールドの中央に吹き荒れる紅蓮の螺旋。二つの光を吸い込み、光が溢れた。

 

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 光の中から姿を現す白き霊獣。深緑の鬣を雄々しく揺らし、大鈴を鳴らして地へと降り立つ森の守護獣。

 

「現れろ、《森羅の守神 アルセイ》!」

 

 これで条件はクリアした。カイトはその魔法カードを海馬へと晒す。

 

「俺は手札から《エクシーズ・バースト》を発動! ランク6以上のエクシーズモンスターが自分フィールドに存在する時、相手フィールド上のセットされたカードを全て破壊する!」

 

「セットカードを全てだと……!」

 

 発動された魔法カードから眩いほどの雷光が迸る。

 海馬のフィールドのカードはモンスターを含め、全てセットされた状態だ。これが通れば、彼のフィールドは文字通り焼け野原と化すだろう。

 

「よもや破壊耐性をリセットし、このような手段で殲滅を狙ってくるとはな。見事だと言いたいが──甘いぞカイトッ! リバースカードオープン、《身代わりの闇》! デッキからレベル3以下の闇属性モンスターを墓地へ送り、モンスターを破壊する効果を持つ魔法・罠カードの効果を無効にする!」

 

 発動された罠カードより漏れ出る暗黒の瘴気。フィールドへと溢れたそれは、迫る雷光の全てを遮った。

 

「そしてこの瞬間、墓地へ送った《絶対王バック・ジャック》の効果発動。デッキの上からカードを三枚確認し、任意の順番に並び替える」

 

「防がれたか……っ、ならばアルセイの効果を発動! カード名を宣言し、俺もデッキの一番上のカードを確認する。それが宣言したカードならば手札に加え、違う場合は墓地へ送る。俺が宣言するのは、《限界竜シュヴァルツシルト》!」

 

 デッキトップを確認する。当然宣言したカードではないので墓地へ送る。そも宣言したカードはカイトのデッキに入っていない。元より外すことこそが狙いである。

 

「この瞬間、アルセイの更なる効果発動! 自分のデッキのカードが墓地へ送られたことにより、オーバーレイユニットを一つ使って、フィールドのカード一枚を持ち主のデッキの一番上か下へ戻す! 俺が選択するのは、裏守備表示となっている蒼眼の銀龍!」

 

 アルセイが自身の周囲を旋回するオーバーレイユニットを一つ食んだ。それによって力を得たアルセイが咆哮を放つ。

 巻き起こる烈風が裏守備表示の蒼眼の銀龍へと殺到する。

 だが海馬は読んでいたかのように、即応してリバースカードに右手を向けた。

 

「蒼眼の銀龍を生け贄に捧げ、罠カード《光霊術-「聖」》を発動する! 敵味方問わず、除外されているモンスター一体を特殊召喚する。だがこの効果は、貴様が手札の罠カードを見せることで無効化できる」

 

「……ッ、罠カードは、見せない」

 

「ふぅん。そうか、ないか。ならば遠慮なく効果を使わせてもらうぞ。俺が呼び出すモンスターは当然このカード! 帰還せよ、青眼の白龍ッ!」

 

 烈風をその身に受けかけた寸前で、銀龍の姿が忽然と掻き消える。

 即ち、サクリファイスエスケープ。代わりに異空間より白き龍が躍り出た。

 カイトが仕掛けた奇襲はその悉くが躱された。だがまだまだ攻勢を緩める気は欠片もない。

 

「魔法カード《復活の福音》を発動! 自分の墓地からレベル7、または8のドラゴン族モンスターを特殊召喚する! 俺が甦らせるのは、オーバーレイユニットとしてさっき墓地へ送った銀河眼の光子竜だ!」

 

 地面に描かれた魔法陣より光子の竜が地上へと舞い戻る。

 直後、開かれた(あぎと)に眩いほどの光が灯る。バトルフェイズでないにも拘らず、光子の竜は既に攻撃態勢を取っていた。

 

「速攻魔法《破滅のフォトン・ストリーム》を発動したッ! “ギャラクシーアイズ”が存在する時、フィールドのカード一枚を除外する! 俺が選択するのはセット状態の混沌帝龍ッ!」

 

「くっ……」

 

 ようやく海馬がその表情を苦くした。

 閃光を浴びた混沌帝龍が、独り異次元へと追放される。

 やっと一体だ。カイトとて、自分の仕掛けた手の全てが嵌まるなどと、そんな甘い目算を立てていたわけではない。

 

 ──だがあともう一体は、このフィールドから引き摺り下ろす……!

 

「ギャラクシーアイズ、次撃用意! バトルに入る! セット状態の青眼の亜白龍を攻撃ッ! 破滅のフォトン・ストリィィィィィィムッ!!」

 

 再度放たれる光子の奔流。銀河眼の光子竜の攻撃力は3000だ。亜白龍の守備力2500では耐えきれない。

 ゆえに海馬は、残る一枚のリバースカードを表にした。

 

「罠カード《次元幽閉》は、攻撃してきたモンスターをゲームから取り除く!」

 

「……っ、ギャラクシーアイズの効果を発動! このカードと、このカードと戦闘を行う相手モンスターをバトルフェイズの間除外する!」

 

 オルタナティブが光子の奔流をその身に受けようとしたその刹那。

 ギャラクシーアイズが迫る次元の歪みに囚われようとしたその刹那。

 二体のモンスターが忽然とフィールドから掻き消えた。

 荒々しいまでの激動があった反動か、不意にこの場を静寂が支配していた。涼やかに風が吹き荒び、両者のコートを揺らめかせる。

 無言のままカイトと海馬は視線を交わす。

 ほとんどの攻撃を凌ぎきった海馬は、不敵な笑みを口元に刻んでいる。

 対するカイトの面持ちは芳しくない。海馬のバックを全て剥がすことはできてはいたが、厄介なモンスターを結局フィールドに残す破目になったのだ。

 カイトは渋々バトルフェイズを終了した。同時に彼我のモンスターがフィールドへと帰還する。

 

「俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ……っ」

 

「このエンドフェイズ、貴様の皆既日蝕の書の効果により、俺の場の裏守備表示モンスターは全て表側表示となり、その数だけ俺はドローできる」

 

 青眼の亜白龍が表になり、海馬がデッキからカードを一枚ドローした。

 

「さらに墓地のバック・ジャックを除外して効果発動!」

 

「なにッ!?」

 

「デッキの一番上のカードをめくり、それが通常罠ならフィールドにセットし、その場で発動できる!」

 

「──っ! デッキトップは操作されている。ということは……!」

 

「俺はセットした罠カード、《戦線復帰》を発動する。これにより、墓地の蒼眼の銀龍を守備表示で特殊召喚!」

 

 そして蒼眼の銀龍がフィールドに特殊召喚されたことにより、次の海馬のターンが終了するまで再び海馬のフィールドのドラゴンは破壊耐性と対象耐性を手に入れた。

 

「俺のターンッ!」

 

 防御に成功し、デュエルの流れを掴んだ海馬がその勢いのままにドローする。

 

「このスタンバイフェイズ、蒼眼の銀龍の更なる効果発動! 墓地より通常モンスター一体を特殊召喚する!」

 

「通常モンスターだと……!」

 

「俺が甦らせるのは当然このカード!」

 

 銀龍の轟咆が響き渡る。それが呼び水となり、墓地より青眼の白龍がその姿を現した。

 これでまたしても四体だ。美しくも強靭なる龍たちが、海馬のフィールドからカイトを見下ろしている。

 

「オルタナティブの効果発動。攻撃を放棄し、アルセイを破壊する!」

 

 放たれた閃光がアルセイへと迫る。だがそれは触れる寸前で、見えない膜に阻まれるかのように四散した。

 

「む……!」

 

「速攻魔法《禁じられた聖衣》を発動していた! これによりアルセイは、このターンの終わりまでカード効果では破壊されず、カード効果の対象にならない!」

 

「貴様も耐性を付与してきたか。加え、アルセイは守備力3200ものモンスター……なるほど除去するのは至難だな。──だが、この俺に不可能などないわ!」

 

 海馬が勢いよく右手を伸ばした。その先には二体の白き龍の姿がある。

 

「俺はフィールドの青眼の白龍と、そして《青眼の白龍》として扱う青眼の亜白龍を一つにする!」 

 

「な──《融合》のカードなしで融合するというのか……!?」

 

 二体のブルーアイズが混ざり合う。そうして誕生したのは、稲妻を伴って猛る双頭の白き龍だ。

 

「これぞ、《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》ッ!」

 

 誇るように、海馬が高らかにその名を告げた。

 攻撃力3000と、打点自体に変化はない。だがカイトは直感した。このドラゴンは二回攻撃できると。そして恐らくそれだけでは収まらないと。

 

「ツイン・バーストは戦闘では破壊されず、モンスターへの二回攻撃が可能であり、さらにこのモンスターが戦闘破壊できなかったモンスターはダメージステップ終了時に除外される」

 

 つまり、アルセイでは海馬の攻勢を凌げない。そして後続の連撃でカイトのライフは底をつく。

 海馬の視線を感じ取り、蒼眼の銀龍が守備態勢から攻撃態勢へと転じた。

 

「存外に呆気なかったがこれで終わりだ」

 

 海馬が前方へと右手を掲げた。三体のドラゴン、合わせ四つの口腔に光が灯る。

 

「ツインバースト、銀龍、ブルーアイズの攻撃!」

 

 閃光が立て続けに放たれる。カイトの場の全てのモンスターへと殺到した四つの光は──しかしまたしても触れる寸前で弾かれた。

 

「なに──いや、そうか。貴様が先程のターン、アルセイで墓地へ送っていたカードは」

 

「墓地の《超電磁タートル》をゲームから除外し、バトルフェイズを強制終了した!」

 

「ふぅん、姑息な手で延命するか。だが、次のターンではそうもいくまい。俺はカードを一枚伏せターンエンドだ」

 

 耐えた。カイトと海馬のライフは依然として3000と4700だ。ライフの差はそこまであるわけではない。

 だが既に3000などというライフはデッドラインに等しい、とカイトは感じていた。

 逆に4700のライフを海馬から削るのは困難を極めるだろう。

 極限の緊張感は余分に体力を奪っていく。ふらついたカイトは、知らないうちに片膝を地面へとつけていた。

 顎の先を滴る雫を拭いつつ、カイトは気息を整えようとした。

 眼前のフィールドには強力極まるドラゴンが三体だ。そしてそれを従える海馬は腕を組み、傲然とカイトを見下ろしている。

 ともすればそれは、不遜極まる佇まいであり視線だろう。

 けれど、その視線に籠められた真の意味は、別のところにあるとカイトは感じた。

 

 ──この程度で立ち止まるのならば、貴様はただの負け犬に過ぎん。

 

 聞こえぬはずの海馬の声が、視線を通してカイトの耳へと届いていた。

 それは酷く傲慢な物言いで、酷く冷然としていて、けれど。

 

 ──だが敗色濃くとも、それでもなお立ち向かってくるのならば、それは誇り高きデュエリストに他ならん。

 

 なんてことはない。それは対峙するカイトへの、海馬なりの叱咤激励なのだろう。

 体力の消耗は著しい。だが不思議と、その疲労感が心地よくもあった。

 この劣勢を覆すのは容易ではない。けれど、だからこそ逆転できたのならば、どれほどに気持ちがいいだろうか。どれほどに痛快であるだろうか。

 それを思えば自然と口元に笑みが浮かんだ。()()少年のように言えば、これこそが“ドキドキ”というべきモノだろう。

 だからこそ、全力で相手へと向かっていくことに迷いはない。

 カイトは立ち上がった。デッキトップへと指を添える。

 そう、怯みはしない。己を信じ、己のデッキを信じ、己の勝利を信じる。ゆえにこそ──

 

「俺のターン、ドロー……ッ!」

 

 ゆえにこそ、カードは応える。カイトを勝たせるべく、それは当然のように、カイトが引くのを待っていた。

 

「魔法カード《エクシーズ・トレジャー》を発動! 互いの場のエクシーズモンスターの数だけ、俺はデッキからカードをドローできる!」

 

 場に存在するエクシーズモンスターはギャラクシオンとアルセイだ。よってカイトは新たに二枚のカードをドローした。

 

「さらにアルセイの効果発動! 《半月竜ラディウス》を宣言!」

 

「バウンスまではさせん。フィールドのモンスターの効果が発動したこの瞬間、手札から《幽鬼(ゆき)うさぎ》を墓地へ送り効果発動! アルセイを破壊する!」

 

「なにっ」

 

 苦しげに顔をしかめながらアルセイが砕け散る。

 慮外の手札誘発にカイトは一瞬動揺した。セメタリーへと送られるそのカードに眼を(すが)めて注視すれば、チューナーの記述がテキストに見られた。なるほどカイトが知らぬカードのはずだ。

 

「……だが破壊はしても、効果を無効にするカードではないらしいな。ならばデッキはめくらせてもらう」

 

 そしてラディウスもまた、カイトのデッキには入っていない。よってめくったカードは当然墓地へ送る。

 これで警戒すべきカードは、残るリバースカード一枚のみ。

 カイトはエクシーズ・トレジャーでドローした魔法カードを刹那見つめた。

 いまのモンスター効果の応酬で、偶然にも発動条件を満たしたそのカード。

 

 ──これは危険な賭けだ。途中で妨害されれば、このターンで俺は敗北する。

 

 それほどのリスクを伴うカードだ。だが、敗北への恐怖で臆してはならない。諦めないことこそ勝利への活路に他ならないのだから。

 

 ──あぁ、いいだろう。このカードに全てを賭ける……!

 

 カイトは意を決し、

 

「魔法カード《未来への思い》を発動! レベルが異なる三体のモンスターを自分の墓地から特殊召喚する!」

 

「一気に三体だと……!」

 

「ただし、この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力は0となり、効果も無効化される。そしてこのターン、エクシーズ召喚を行わない場合、俺はエンドフェイズに4000のライフを失う」

 

「なるほど、乾坤一擲というわけか」

 

 その意気や良し、と微笑を湛えて呟くものの、海馬はリバースカードを表にする素振りは見せなかった。

 ならば、とカイトは効果処理を続ける。この綱渡り同然の死路を踏破する……!

 

「俺は墓地からレベル3のフォトン・リザード、レベル4のギャラクシー・ドラグーン、そしてレベル8の護封剣の剣士を特殊召喚する!」

 

 カイトのフィールドに三つの魔方陣が描かれる。三体のモンスターがそれぞれの魔法陣よりモンスターゾーンへと躍り出た。そして、

 

「俺はレベル8のギャラクシーアイズと護封剣の剣士でオーバーレイッ!」

 

 二体のモンスターがその姿を光に転じる。フィールドに紅蓮の螺旋が描かれた。奔流が脈動とともに唸りを上げる。

 

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 膨れ上がる輝きの中から、灼熱の神龍がその姿を露わにした。黄金の鎧を纏うが如き神々しさとその威容。燃えるような赤い翼を雄々しく広げ、彼の龍はカイトのフィールドへと降り立った。

 

「君臨せよ、《聖刻神龍-エネアード》ッ!!」

 

 すかさずカイトは自身のモンスターへと右手を向ける。

 

「エネアードのモンスター効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、自分フィールド、または手札のモンスターを任意の数だけリリースし、その分フィールドのカードを破壊する!」

 

「対象を取らぬ効果か……ッ! ならばリバースカードオープン《アヌビスの呪い》! 相手の場の全ての効果モンスターの守備力をエンドフェイズまで0にし、さらにその表示形式を守備表示に変更する!」

 

 罠カードより溢れ出した瘴気に当てられて、カイトの場の全てのモンスターが膝をつく。

 だがカイトは構わず続けた。

 

「フィールドのギャラクシオン、フォトン・リザード、ギャラクシー・ドラグーンをリリースし、その三体のドラゴンは破壊させてもらう!」

 

 エネアードの口から撃ち出された灼熱の火球が、ついに海馬のモンスターを一掃した。

 

「おのれ……っ、だがアヌビスの呪いを受けたエネアードは攻撃できまい!」

 

「追撃は不可能、ということだな。俺はこのままエンドフェイズに入り、速攻魔法、超再生能力を発動する。これによりこのターンリリースしたギャラクシー・ドラグーンとフォトン・リザードの二体分、カードをドローする。俺はこれでターンエンドだ」

 

 ともあれ、これで海馬の場と手札は空になった。形勢は逆転したと言ってもいいだろう。

 ──されど侮ることなかれ。その男は生きる伝説だ。世界のデュエリストの、およそ誰もが畏敬の眼差しで仰ぎ見るべき王者の一人だ。

 カイトが当然のようにドローソースを引き寄せたのなら、海馬もまた当然のようにドローソースを引き寄せよう。

 最強デュエリストのデュエルは、その全てが必然なのだから。

 

「俺のターンッ!」

 

 海馬が気迫を籠めてドローする。その威圧感は、カイトの肌を粟立たせるほどのものだった。

 

「魔法カード《命削りの宝札》を発動! 俺は手札が五枚になるようにカードをドローし、そして五ターン後、全ての手札を墓地へ捨てる!」

 

 彼我のアドバンテージの差などそれで帳消しだった。潤沢になった手札を、海馬はさらに使い潰す。

 

「続けて俺は速攻魔法《銀龍の轟咆》を発動し、墓地のドラゴン族通常モンスター、青眼の白龍を特殊召喚する! さらに《融合徴兵》の魔法カードを発動し、エクストラデッキの青眼の双爆裂龍を相手に見せることで、その融合素材である青眼の白龍一体を墓地より回収!」

 

 怒濤の勢いは、なおも止まらない。

 

「まだ終わらんぞ! 手札から《沼地の魔神王》を捨てることで、デッキから《融合》を手札に加える! そして、融合を発動ッ! 手札と場の三体のブルーアイズを融合ッ!」

 

「ブルーアイズ、三体融合だと……!?」

 

 眼を見開き、固唾を呑むカイト。

 海馬は三枚のカードを、天へと捧げるように掲げて叫びを上げた。

 

「三体のブルーアイズよ、いまこそ真なる究極のドラゴンとして生まれ変われぇッ!」

 

 三体の白き龍が混ざり合う。荒れ狂う稲妻と爆ぜ広がるほどの衝撃波を付き従え、此処に究極にして華麗なる三つ首の竜が誕生する──!

 

「融合召喚、《真青眼の(ネオ・ブルーアイズ・)究極竜(アルティメットドラゴン)》……ッ!!」

 

 その掛け値なしの威容に、そのあまりの威光に、カイトは苦笑する他なかった。

 

「攻撃力4500……! ここに来て、まだこれほどの大型モンスターが出てくるか……っ!」

 

 またも一転して窮地のはずだった。それでもカイトは胸の内にある歓喜を鎮めることなどできなかった。

 

 ──面白い。この男とのデュエルは堪らない……!

 

「バトルだ。ネオアルティメットの攻撃! アルティメット・バーストォッ!!」

 

 裂帛の気合いが込められた攻撃宣言。三つの口腔から放たれた三つの光。それは一条の光に収束され、極大の閃光となってエネアードへと迸る。

 エネアードが燃える翼を閉じて、己の身体を包み込んだ。

 翼が防壁となって光を防ぐ。燃え広がる爆炎。2400程度の守備力ではどう足掻いても耐えきれまい。

 だがその身を焼き焦がしながらもエネアードは健在だ。

 

「護封剣の剣士を素材としてエクシーズ召喚したエネアードは、一ターンに一度戦闘では破壊されない!」

 

 カイトのその言葉に、だが海馬は構わず右手を翻す。

 同時にネオアルティメットが更なる攻撃態勢を取っていた。その三つの口腔に、再び溢れんばかりの光が満ちた。

 

「この瞬間、ネオアルティメットの効果発動! 自分フィールドの表側表示カードがこのカードのみの場合、エクストラデッキから“ブルーアイズ”融合モンスターを墓地へ送り、ネオアルティメットは追加攻撃できる!」

 

 エクストラデッキから真青眼の究極竜が墓地へと送られる。そして再度放たれる極大の閃光。その身に殺到する光の奔流を受け止めて、それでもエネアードは辛うじて耐えていた。

 

「墓地の復活の福音を除外し、ドラゴン族であるエネアードを破壊から一度だけ守る!」

 

「追加攻撃は、一ターンに二度まで行えるッ! ネオアルティメットで再度エネアードを攻撃! アルティメット・バーストォッ!!」

 

 エクストラデッキからさらに真青眼の究極竜が墓地へと送られた。

 三度目の攻撃に晒されて、ついにエネアードが光に呑まれた。その身が藻屑の如く砕け散る。

 

「エネアード、粉砕! 俺はこれでターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー……ッ!」

 

 カイトはドローカードと、そして自分の手札に眼を落とした。

 いま現在、海馬のフィールドに伏せカードはない。攻めるならばいましかないという状況だ。

 だがカイトの手札は四枚もありながら、その実、攻めれる駒に不足していた。

 

「俺はトレード・インを発動し、手札の《フォトン・カイザー》を墓地へ捨て、デッキからカードを二枚ドローする!」

 

 新たにドローしたカードをちらりと見て、だがカイトの表情は芳しくない。このターンでネオアルティメットを処理できるカードを呼び込めなかったのだ。

 デュエルの流れは海馬に傾いている。あるいはカイトの運命力を、海馬の運命力が抑え込んでいるのかもしれない。

 

「モンスターをセット。カードを一枚伏せ、ターンエンドだ……っ」

 

 守りを固めてターンを渡す。それは海馬を相手にして、致命的とも言える苦渋の選択に他ならない。

 それでも、カイトはそれを選んだ。細道なれど諦めず、その先にある勝利を目指す為に。

 

「俺のターン!」

 

 海馬はドローして早々、間髪入れずバトルフェイズに突入した。

 

「ネオアルティメットでセットモンスターを攻撃! アルティメット・バーストォッ!」

 

 迫る極大の光を前にして、裏守備モンスターが表となる。

 姿を晒したのは、鏡を携えた青い衣の魔導師だ。その守備力は800しかない。当然ネオアルティメットの攻撃によって戦闘破壊が確定する。

 だが、

 

「《銀河(ギャラクシー・)魔鏡士(ミラー・セイジ)》のリバース効果発動! 墓地の“ギャラクシー”モンスターの数×500のライフを回復する!」

 

 墓地に存在する“ギャラクシー”モンスターはギャラクシー・ドラグーン、銀河騎士、銀河眼の光子竜の三体だ。よってカイトはライフを1500回復した。これでそのライフは4500。

 

「さらにリバースしたこのカードが破壊され墓地へ送られたことにより、デッキから《銀河魔鏡士》を裏守備表示で特殊召喚する!」

 

「ふぅん、壁を用意してきたか」

 

「ただしこの効果で特殊召喚したモンスターは、フィールドから離れる時、除外される」

 

「三体目は呼べぬ、ということか。ならばネオアルティメットの効果発動! エクストラデッキの“ブルーアイズ”融合モンスターを墓地へ送り、追加攻撃!」

 

 今度は《青眼の(ブルーアイズ・)究極竜(アルティメットドラゴン)》が墓地へ送られ、それよってネオアルティメットが三つの口腔より光を放つ。銀河魔導師が耐えられる道理はやはりなく、ただの一瞬で粉砕された。

 

「銀河魔鏡士のリバース効果により、ライフをさらに2000回復! これで俺のライフは6500だ!」

 

「ならば三度目のバトルだ。二枚目の青眼の究極竜を墓地へ送り、ネオアルティメットの攻撃! アルティメット・バーストォッ!」

 

 今度こそ真究極竜の閃光がカイトへと襲いかかった。

 だが簡単に戦闘ダメージを受ける気などカイトにはない。

 

「罠発動《ガード・ブロック》! 俺への戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドローする!」

 

 そのしぶとさに海馬が苦笑を零した。

 

「よくよく耐える奴め。だがいよいよ貴様も追い詰められてきた頃合いだろう。俺はカードを一枚伏せターンエンドだ」

 

「俺の、ターン……!」

 

 肩で息をしながらも、カイトは気勢を絶やさずデッキからカードをドローした。

 

「……! 魔法カード《貪欲な壺》を発動ッ!」

 

「ふぅん、よもやこの期に及んでなおもドローソースを呼び込めるか。随分と諦めの悪いデッキとデュエリストだ」

 

「絶対に諦めない──ということを、ある奴から教わっていてな。どうやらいつの間にか、俺にもその在り方が染み込んでいたらしい」

 

 彼は、少年は、カイトを目標と言ってくれた。

 なればこそカイトもまた、絶対にデュエルを諦めない。

 それこそが自分を目標と定めてくれた少年に対する礼儀であり、責務であり──

 

 ──俺自身の意地であり、信念だ……ッ!

 

「墓地のカード五枚をデッキに戻しシャッフル。そして、カードを二枚ドローする……ッ!」

 

 墓地からプレアデス、アルセイ、ギャラクシオン、オネスト、クリフォトンをそれぞれエクストラデッキとメインデッキに戻す。

 メインデッキがデュエルディスクによって、小気味よい音を立てながら自動でシャッフルされた。デッキトップに、いま一度カイトは指を添える。

 居合い抜きめいた勢いで、カイトはデッキから二枚のカードを引き抜いた。

 視線でのみ、ドローしたカードを鋭く見据える。

 そうして、カイトの口許に薄く笑みが浮かんだ。

 

「──来たか」

 

 その言葉に、海馬が警戒心を露わにして構えを取る。

 

「俺はデッキトップを墓地へ送り、魔法カード《アームズ・ホール》を発動する! その効果により、デッキから装備魔法《銀河零式(ギャラクシー・ゼロ)》を手札に加える! そしてこれを発動! 墓地よりギャラクシーアイズを特殊召喚し、このカードを装備する!」

 

 フィールドに魔法陣が刻まれる。光子の竜が魔法陣の奥底から浮遊してその姿を現した。

 

「ただし、このカードを装備したモンスターは攻撃できず、モンスター効果も発動できない」

 

 そしてカイトはこのデュエル中、ずっと手札で腐っていたそのカードを海馬へと晒した。

 

「さらに俺はギャラクシーアイズに、レインボー・ヴェールを装備!」

 

「なに……? 攻撃のできぬモンスターにそのカードを装備して、いったいなんの意味があるという?」

 

 レインボー・ヴェールは戦闘を行わなければ意味がない。さらに言えば、自分のターンのバトル中にネオアルティメットの効果を無効化したところで意味などあるまい。

 よってカイトのその行動は、いたずらにギャラクシーアイズに装備カードをつけ加えたことにしかならないだろう。

 辛うじて意味があるとすれば、それは次の海馬のターンで、攻撃してきたネオアルティメットの追加攻撃を封じるくらいもの。

 だがここにきてなおも守勢に回るようでは、カイトは自身の勝機を放棄するも同然だ。

 ──だが、それでよかったのだ。装備しただけで意味はある。カイトは不敵に笑ってみせた。

 

「これで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。よって()()()()()()()のエクシーズ召喚の条件が整った……!」

 

「なに──!?」

 

「俺は銀河零式とレインボー・ヴェールで()()()()()()ッ!」

 

「装備カードでオーバーレイだと……!?」

 

 咆哮を上げて光子の竜が上空へと飛翔した。装備されていた二枚のカードが光へと転じてそれを追う。

 上空に出現した黄金の螺旋。激しく流動するそれは幾ばくもなくして黒く染まり、時折白く明滅した。

 それはまるで、銀河の胎動そのものだ。

 

「銀河の光導くところ、新たな世界が拓かれる! 天孫降臨! アーマーエクシーズ召喚ッ!!」

 

 宇宙の中心へと光子の竜が飛び込んだ。二つの光が稲妻めいた軌道で追随する。

 そしてビッグバンさながらに、虹色の輝きが溢れるように爆ぜ広がった。

 光の中から姿を現すは、漆黒の鎧を全身に纏うが如き光子の竜。いま此処に、銀河眼の光子竜は新生した。

 

「これこそ、いまだかつて誰にも見せたことのない俺のもう一つの切り札だ! 現れろ、新たなる光の化身、《ギャラクシーアイズ・FA・(フルアーマー)フォトン・ドラゴン》……ッ!!」

 

 だがその攻撃力は4000であり、攻撃力4500のネオアルティメットには少しばかり届かない。

 ゆえにカイトは、アルセイで墓地へ送っていたカードをここで切る。

 

「墓地の《オーバーレイ・スナイパー》を除外して効果を発動! 自分フィールドのオーバーレイユニットの数×500ポイント、ネオアルティメットの攻撃力を下げる!」

 

 墓地より三つ首の竜へと狙いを定め、狙撃手が銃弾を発射する。

 銀河眼の光子竜はFA・フォトン・ドラゴンのエクシーズ素材として扱わない。よってカイトの場のエクシーズ素材は二つである。だがそれで充分。1000ポイント下げれば二体のドラゴンの攻撃力は逆転する。

 究極竜へと暗然と襲いかかった凶弾は──だが触れる寸前で弾かれた。

 

「俺は墓地のネオアルティメットをゲームから除外して効果発動! “ブルーアイズ”モンスターを対象として発動した効果を無効にし、破壊する!」

 

「ならば俺は装備魔法《ドラゴン・シールド》を発動!」

 

 FA・フォトン・ドラゴンがさらにその体躯に鎧を纏う。

 

「そしてFA・フォトン・ドラゴンの効果発動! 自分フィールドにこのカード以外のモンスターが存在しない時、オーバーレイユニットを一つ使い、相手モンスター一体を破壊する! ギャラクシー・サイドワインダーッ!!」

 

 光子の竜の翼に備えついた二門の砲身から光が放たれる。

 ネオアルティメットへと迫ったそれは、だがやはり、またしても触れる寸前で弾かれた。

 

「無駄だ! 墓地よりもう一体のネオアルティメットをゲームから取り除き、FA・フォトンの効果を無効にし破壊する!」

 

「だがドラゴン・シールドを装備したFA・フォトンは、戦闘及びカード効果では破壊されない!」

 

「なに──ッ!」

 

「そしてこれで、墓地にネオアルティメットはいなくなった! もう一度FA・フォトンの効果発動ッ! オーバーレイユニットを一つ使い、ネオアルティメットを破壊するッ!」

 

「くっ、一ターンに一度の縛りはないというわけか……ッ!」

 

「ギャラクシー……サイドワインダーッ!!」

 

 カイトの渾身の号令に従って、二門の砲身から再度光が放たれた。無敵にして強靭を誇った究極竜が、ついにその身体を貫かれる。フィールドに爆炎と閃光が盛大なまでに舞い散った。

 

「真青眼の究極竜、撃破ッ!」

 

 海馬の切り札を降したカイトは笑みも隠さず快哉を叫んだ。

 

「よもや……遊戯以外に、ネオアルティメットを倒されるとは……っ」

 

 呟く海馬の面持ちには悔しさが滲み出ている。屈辱が露わになっている。怒りがその口元を歪めている。

 ──されど。

 

「だが俺はこれで、究極のドラゴンを呼べる……!」

 

 されど次に海馬の口許に刻まれたのは、紛れもない歓喜の笑みだった。

 

「なん、だと……!?」

 

 海馬の言葉に愕然とするカイトを余所に、一枚のカードが高々と頭上へ掲げられた。

 そのカードより、眩いほどの光が溢れる。

“ブルーアイズ”の破壊が効果発動のトリガーとなり、召喚される龍が存在した。

 

「──無窮の時、その始原に秘められし白い力よ。鳴り交わす魂の響きに震う羽を広げ、蒼の深淵より出でよ……ッ!」

 

 どこまでも厳かに、どこまでも凛然と、海馬が深愛なるドラゴンへ向けてその讃歌を寿(ことほ)いだ。

 夜の闇のいっさいを薙ぎ払い、空が純白に染め上げられる。天を仰ぎ見れば、虚空の果てより、清廉なる輝きを帯びてそれは飛来してきた。

 そうして、その白き龍は、ついにその玉体を地上へと顕現せしめた。

 

「これ、は────」

 

 茫然とさえしながらカイトは呟く。見上げた龍の、そのあまりの美しさに、ごく自然に忘我へと陥っていたのだ。

 細身の肢体は艶めかしいほどに流麗であり、最早女性的な美しささえ備わっているだろう。

 背中に背負う白銀の円環。その輪より生える五枚の羽根は悠然と広げられ、眼下のカイトにその威光を鮮烈なまでに見せつけていた。

 美しさと清らかさ。その極致を戴く至高の芸術品。そう評するしかあるまいとカイトは思った。

 そうして、白き龍のその御名を。

 全身全霊の愛を以って。

 己の誇りの全てを以って。

 

「現れろ、《ディープアイズ・ホワイト・ドラゴン》……ッ!!」

 

 海馬瀬人が、魂を籠めて高らかに謳った。

 そして、

 

「ディープアイズの効果発動! 特殊召喚時、自分の墓地のドラゴン一種類につき600のダメージを相手に与える! 俺の墓地のドラゴン族は六種類。よって3600のダメージだ! 天城カイト、墓地のドラゴンの怒りをその身に受けろッ!」

 

 はっとしたのも束の間だった。自身の身体へと殺到する光の奔流に、カイトは宙を舞うほどに弾き飛ばされた。

 

「がっ……!?」

 

 残りライフが2900となる。同時に背中から地面へと叩きつけられた。震えながらも起き上がったカイトに、海馬がさらに告げる。

 

「ディープアイズは墓地のドラゴンの力を受け継ぐ! アルティメットの力を得よ……ッ!!」

 

 ディープアイズの玲瓏(れいろう)たる咆哮が天を衝いた。その身に究極竜の力が宿り、纏う気炎がより一層に燃え上がる。

 

「攻撃力、4500……ッ!」

 

 たとえどんなに攻撃力が高かろうと、効果破壊してしまえば関係はない。

 もっとも、いまのカイトにはその手段もありはしなかった。FA・フォトン・ドラゴンはオーバーレイユニットを既に使い尽くしているのだ。

 確かにFA・フォトン・ドラゴンには、自身に装備されているカードをオーバーレイユニットに変換できる能力が備わっている。だがそれはモンスター破壊効果を使用し、FA・フォトン・ドラゴンが攻撃宣言を行ったターンのエンドフェイズに発動できる効果である。

 残念ながらカイトはその条件を満たしてなどいなかった。攻撃力の劣るFA・フォトン・ドラゴンでディープアイズに戦闘を仕掛けるわけにもいかない。

 それにそもそもディープアイズを効果破壊してはいけない。カイトのデュエリストとしての直感がそう告げていた。

 どうする。手札を見つめながらカイトは自問した。

 勝てるのか。過ぎった疑問を、だが即座に握り潰した。

 

 ──諦めるのは早計だ。あいつなら、遊馬なら絶対に諦めない。ならば俺も劣勢など、絶体絶命のピンチなど、いくらでも覆す……! 

 

「俺はカードを二枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

「俺のターンッ!!」

 

 ドローしたカードに眼を向けて、海馬が思わずというように微笑する。

 

「俺もこの魔法カード、貪欲な壺を発動させてもらおう。墓地の二体の青眼の白龍、青き眼の乙女、伝説の白石、蒼眼の銀龍をデッキに戻しシャッフル、カードドロー!」

 

 ドローしたカードに視線を向けて、海馬がさらに笑みを深めた。

 

「速攻魔法《サイクロン》を発動し、ドラゴン・シールドを破壊する!」

 

 吹き荒れる一条の竜巻がFA・フォトン・ドラゴンへと襲いかかる。光子の竜には傷一つないが、纏っていたドラゴン・シールドは砕け散った。

 

「これで破壊耐性は消え去ったな。ディープアイズでFA・フォトン・ドラゴンを攻撃ッ!」

 

 円環の中心に光が灯る。ただの一瞬で光は臨界へと到達し、放たれた閃光がFA・フォトン・ドラゴンの身体を消し飛ばした。

 余波がカイトを後ろへ押しやる。同時にライフがマイナスされた。これでカイトの残りライフは2400。

 そう、伏せカードを発動するだけのライフコストも残っている──!

 

「俺はカードを一枚伏せターンエンドだ」

 

 海馬がその言葉を言い終わると同時に、カイトは勢いよく右手を翳した。

 

「このエンドフェイズッ! 罠カード、《バースト・リバース》を発動ッ! 俺のライフを2000支払い、墓地のフォトン・カイザーを裏守備表示で特殊召喚する!」

 

 青いマントをたなびかせ、地面に描かれた魔法陣から姿を現したのは威光を備えし光子の帝王。黄金の兜の奥からディープアイズを鋭く見据え、大剣と大楯を油断なく構える。

 これでカイトの残りライフは僅か400。退路は断たれた。あとはただ前へと進むのみ。

 

「ぬぅ……ッ」

 

 海馬が唸った。次のターン、間違いなくエクシーズが来るという予感を恐らく懐いて。

 

「俺のターンッ!」

 

 黒服の男たちが固唾を呑んでデュエルの行く末を見守る中で、カイトは轟然とドローした。

 

 ──来た……! まだ勝ちの目はある……!

 

「俺はフォトン・カイザーを反転召喚し、その効果を発動ッ! このカードの反転召喚に成功したことにより、デッキからもう一体のフォトン・カイザーを特殊召喚する!」

 

「これでレベル8のモンスターが二体……!」

 

 並び立つ光子の帝王を、海馬が緊迫の面持ちで睨んでいた。

 

「まだだ、俺は《銀河眼の雲篭(ギャラクシーアイズ・クラウドラゴン)》を召喚し、モンスター効果発動! このカードをリリースすることで、墓地の銀河眼の光子竜を特殊召喚するッ!」

 

 フィールドに現れた幼体のギャラクシーアイズを雲霞が覆う。それは螺旋となり、次の瞬間雲篭の総体を膨れ上がらせた。

 二体のフォトン・カイザーを侍らせるかのように、その中央にいま再び銀河眼の光子竜がフィールドへと舞い戻った。

 

「レベル8が三体、まさか……!」

 

「俺はレベル8のフォトン・カイザー二体と、銀河眼の光子竜でオーバーレイッ!」

 

 三体のモンスターが黄金の粒子へと転じる。頭上へと現出した銀河の渦へと、稲妻めいた不規則な軌道で翔け上がる。

 

「三体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚ッ! うぅおおおおおおおおおォォ────ッ!!」

 

 肚の底から叫ぶカイトの全身が燃えるように紅く輝く。その右手に具象化される二又の槍。

 カイトはそれを、天上の銀河の渦へと全身全霊の力で(なげう)った。

 

「逆巻く銀河よッ! いまこそ怒濤の光となりて、その姿を現すがいい! 降臨せよ! 我が魂ッ! 《超銀河眼の(ネオ・ギャラクシーアイズ・)光子龍(フォトン・ドラゴン)》──ッ!!」

 

 湧き上がる超新星。その身に紅蓮を纏いて、三つ首の光子の龍がいま此処に降臨した──!

 

「ネオフォトンのモンスター効果発動! 銀河眼の光子竜をエクシーズ素材として特殊召喚に成功した時、フィールドのこのカード以外の表側表示カード全ての効果を無効にするッ! フォトン・ハウリングッ!」

 

 轟く咆哮とともに発せられる衝撃波に、ディープアイズがその身を沈めるように膝をついた。

 

「クッ、ディープアイズの攻撃力が0だと……!」

 

「さらに俺は、墓地の銀河眼の雲篭と《オーバーレイ・ブースター》の効果発動!」

 

「オーバーレイ・ブースター。アームズ・ホールで墓地へ送られていたカードか……!」

 

「雲篭はデュエル中、一度だけ墓地から“ギャラクシーアイズ”エクシーズモンスターのオーバーレイユニットにすることができる! そしてオーバーレイ・ブースターの効果により、ネオフォトンの攻撃力をそのオーバーレイユニットの数×500ポイントアップする!」

 

 雲篭を含め、ネオフォトンのエクシーズ素材は四つ。よってその攻撃力は2000アップする。

 

「攻撃力6500……!」

 

「ネオフォトンの攻撃ッ! アルティメット・フォトン・ストリィィィィィィムッ!!」

 

 三つの口腔に灯る紅蓮の輝き。撃ち出された紅の閃光は一つへと収束され、螺旋を描いて突き進んだ。

 海馬の残りライフは4700。これが通ればこの一撃のみでカイトの勝ちだ。

 だが無論、海馬が呆気なく敗北を受け入れることなどあり得ない──!

 

「罠発動《ハイ・アンド・ロー》! デッキトップをめくり墓地へ送る! それがモンスターカードなら、攻撃対象となったモンスターの攻撃力を、墓地へ送ったモンスターの攻撃力分アップする! そしてこの効果は三回まで使えるが、対象モンスターの攻撃力が攻撃してきた相手モンスターの攻撃力を上回った場合、対象モンスターは破壊される!」

 

 躊躇いも恐れも迷いもなく、海馬が即座にデッキをめくる。

 

「一枚目──モンスターカード《クリスタル・ドラゴン》ッ! よってディープアイズの攻撃力を2500ポイントアップ!」

 

 力を僅かに取り戻したディープアイズが立ち上がる。紅蓮の螺旋を迎撃すべく、円環より極大の閃光を放射した。

 赤い輝きと白い輝きが衝突する。轟音とともに周囲へと撒き散らされる衝撃波。黒服の男たちが堪らず尻餅をついていた。

 カイトと海馬だけ立ったまま持ち堪え、互いと互いのドラゴンに鋭い視線をぶつけ合う。

 

「二枚目──罠カード……っ、攻撃力は上げられん」

 

 二つの光は拮抗していた。だがそれはほんの僅かの間だけだった。彼我の攻撃力は、依然としてネオフォトンが上である。ゆえにディープアイズが放った光は、徐々に押し戻されていた。

 海馬が、額から一筋の汗を落とした。

 カイトは、自身の激しすぎる鼓動を静めんとして胸を押さえた。

 そして、海馬が最後のカードを決然とめくり──

 

「三枚目──モンスターカード、ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン! よってディープアイズの攻撃力を4000ポイントアップするッ!!」

 

「攻撃力が並んだだと……!?」

 

 一気に勢いを増すディープアイズが放った光。両者の光がその瞬間、互いへと弾き返された。

 二体の龍が相討ちとなり、フィールドにビルが揺れるほどの爆炎が燃え広がった。

 

「クッ……だが、まだ俺の闘志は燃え尽きてはいないッ!」

 

 右手を翳したカイトに従い、そのリバースカードは面を上げた。

 

「これが俺に残された最後の切り札、速攻魔法《エクシーズ・ダブル・バック》を発動ッ! このターン破壊されたエクシーズモンスターと、そのモンスターの攻撃力以下のモンスター一体を自分の墓地から特殊召喚する! 甦れ、銀河眼の光子竜ッ! 超銀河眼の光子龍ッ!」

 

 描かれた魔法陣より浮上して、二体の光子の竜が並び立つ。

 

「バトル続行! ネオフォトンでダイレクトアタックッ! これで今度こそ……!」

 

 再度、ネオフォトンの三つの口腔から放たれた紅蓮の光。螺旋を描いて突き進んだそれは──

 

「魂は砕けんッ! リバースカードオープン《カウンター・ゲート》ッ!」

 

 それは、突如として出現した銀河への扉によって阻まれた。

 

「その、カードは……!?」

 

「相手モンスターのダイレクトアタックを無効にし、カードを一枚ドローする。それがモンスターカードなら、そのモンスターを攻撃表示で通常召喚できる!」

 

 ネオフォトンの攻撃は防がれた。そして銀河眼の光子竜の攻撃権は残っている。

 よって低級モンスターを召喚したところで破壊は容易。

 ──否。破壊などされない。攻撃力など関係ない。海馬がドローを狙っているカードはそれ一点のみ。

 

「ドォォロォォオオオオオオオオッ!!」

 

 全身全霊を込めて海馬がデッキトップを引き抜いた。その壮絶なまでの気迫に世界が揺れた。

 

「──俺が引いたカードは、モンスターカード、青き眼の乙女ッ!!」

 

「なんだと……ッ!?」

 

 ここで攻撃無効効果を備えたモンスターの出現に、カイトは戦慄とともに驚愕した。

 

「くッ……だがバトルだ! ギャラクシーアイズで攻撃! 破滅のフォトン・ストリームッ!」

 

 放たれた光子の奔流は、しかし銀髪の少女に受けとめられた。

 

「青き眼の乙女の効果発動! 攻撃を無効にしこのカードを守備表示に変更する! そしてデッキよりブルーアイズを特殊召喚する!」

 

「させんッ! ギャラクシーアイズの効果発動! このカードと相手モンスターをバトルフェイズの間除外するッ!」

 

 フィールドから二体のモンスターが掻き消えた。ギャラクシーアイズの攻撃は通らなかったが、除外したことにより乙女も攻撃を無効にすることはできなかった。よってブルーアイズの特殊召喚は阻害された。

 バトルフェイズ終了とともに二体のモンスターはフィールドへ戻り、そして一度フィールドを離れたことで銀河眼の光子竜はエクシーズ・ダブル・バックの自壊効果から切り離された。

 とはいえ、

 

「俺は……俺は、これで、ターンエンドだ。このエンドフェイズ、エクシーズ・ダブル・バックの効果でネオフォトンは破壊される……」

 

 カイトは余力の全てを使い果たした。手札はなく、伏せカードもなく、墓地で発動できるカードもない。唯一フィールドに生き残ったのは、銀河眼の光子竜のみ。

 たとえその攻撃力を上回るモンスターを召喚されても、ギャラクシーアイズの除外効果なら耐えられる。

 そう、本来ならば。

 

「これがラストターンだ、天城カイト……!」

 

 ドローとともに告げられたその宣言に、だがカイトは異を唱えなかった。

 予感がある。確信がある。彼のその言葉の通り、このデュエルはこのターンで決着がつくと。

 

「俺は手札から魔法カード《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》を発動ッ! 自分フィールド、または墓地から融合素材モンスターをゲームから除外し、ドラゴン族の融合モンスターを特殊召喚する!」

 

 歯を噛み締める。悔しさが胸の内側で蠢いていた。けれど、だからこそカイトは、海馬から一瞬たりとも眼を逸らさなかった。

 自分より強いデュエリストなどそうはいない。そんな自負がカイトの中には僅かなりともあっただろう。

 そんなことはないのかもしれない。この世界には、まだ見ぬ強敵たちが満ちている。

 

 ──そんな彼らと競り合えば、きっと俺はもっと強くなれる。

 

 それは、果てしなく続く戦いのロードだ。

 遊馬やミザエルとのデュエル。あの時のような昂揚感を、カイトはもっともっと感じることができるのだ。それを思えば、もう既に昂揚感が湧き立っていた。

 

「墓地より青眼の究極竜と沼地の魔神王をゲームから除外し、究極融合召喚ッ!! 降臨せよォッ! 《究極竜騎士(マスター・オブ・ドラゴンナイト)》──ッ!!」

 

 現れた青眼の究極竜の背中へと、蒼い鎧を纏いし伝説の戦士(カオス・ソルジャー)が降り立った。

 その鮮烈なまでの力強さに、その熾烈(しれつ)なまでの気高さに、カイトは悔しさと同時に嬉しさを懐いた。

 このモンスターの召喚に、自分に対する海馬からの敬意が感じられたのだ。

 海馬は本当に、全身全霊でカイトへと向かってきている。

 それはきっと、この上なく名誉なことだろう。

 

「行くぞッ、天城カイト!」

 

「来いッ、海馬瀬人!」

 

「究極竜騎士で銀河眼の光子竜を攻撃ッ!」

 

 アルティメットの三つの口腔に光が灯る。水平に構えた己が剣を、カオス・ソルジャーが頭上へと振り上げた。

 

「ギャラクシーアイズの効果発動ッ! このカードと相手モンスターをゲームから除外する!」

 

「墓地から罠カード、《ブレイクスルー・スキル》を発動! これにより、ギャラクシーアイズの効果は無効となる!」

 

 除外効果を発動しようとした光子の竜が痺れたかのように苦しんだ。虚脱したように膝をつく。

 ──ブレイクスルー・スキル。海馬が前のターン、ハイ・アンド・ローによって墓地へ落とした罠カードだ。

 そして、これが決着の瞬間だ。

 攻撃力は5000と3000。銀河眼の光子竜の破壊は確定している。カイトの敗北は決定している。

 それでも、カイトは毅然と右手を振り上げた。

 倒れるのならば前のめり。真のデュエリストならば、誇りを以って最後の瞬間まで抗うべきだ。

 

「立て、ギャラクシーアイズッ!」

 

 カイトは己の相棒を叱咤した。真のデュエリストのエースモンスターならば、同じように最後の瞬間まで抗うべきだ。

 

「──────ッ!!」

 

 夜天に轟く気高いまでのその咆哮。震えながらも立ち上がった銀河眼の光子竜の口腔に、眩いほどの光が灯った。

 

「究極竜騎士を迎撃ッ! 破滅のフォトン──ストリィィィィィィィィムッ!!」

 

 魂を籠めたカイトの叫びに応えるように、死力を尽くして銀河眼の光子竜が閃光を撃ち出した。

 そしてそれを、海馬瀬人が、究極竜騎士が、真正面から叩き潰す。

 

「銀河を滅せよ──ギャラクシィィィィ・クラッシャアアアアアアアアッ!!」

 

 振り下ろされた剣と三つの口腔から放たれた光。それは一つへと混ざり合い、螺旋となって虚空を奔る。

 激しく鬩ぎ合う二つの光。あるいは最後の意地だったのか、破滅のフォトン・ストリームはほんの一瞬だけギャラクシー・クラッシャーを押し返し──

 次の瞬間、圧倒的な熱量を以って光子の奔流は呑み尽くされた。

 銀河眼の光子竜が粉砕され、カイトのライフポイントが0になる。

 

 ──勝者、海馬瀬人。

 

 

   ◇

 

 

 銀河眼の光子竜諸共にギャラクシー・クラッシャーをその身に受けて、カイトはいっそ気持ちがいいほどに吹き飛ばされた。

 地に叩きつけられた痛みは感じなかった。あまりにも豪快な攻撃を食らったせいか、どこか爽快ですらあったのだ。

 悔しさでカイトの口許は歪んでいた。けれど、その後に浮かんだのは涼やかな笑みである。

 

 ──負け、か。だが、これほどに気持ちのいい敗北は初めてかもしれん。

 

「立ち上がれるか?」

 

 仰向けに倒れるカイトを見下ろしながら海馬が言った。

 

「立ち上がれぬのならそれまでだ。だが」

 

「愚問だな。立ち上がれるに決まっている」

 

 身を起こして、カイトは海馬と向かい合った。

 

「……俺の負けだ。海馬瀬人」

 

「ふぅん、俺に勝つにはあと十年早かったな」

 

 遠慮なく、勝ち誇るような笑みを海馬が浮かべた。

 

「だが悪くないデュエルだったと言っておこう。貴様の最後のターン、確かに貴様はこの俺を追いこんでいた」

 

「この敗北は、次の勝利の為の糧にさせてもらう。次に貴方と戦う時は、今度こそ俺が勝利をもぎ取ってやる」

 

 もっとも、次の機会があるかは微妙だとカイトは思った。

 なぜならカイトは、このデュエルで負けてしまったのだから。

 

「……約束だ。俺の身柄は好きにしてくれ。警察に突き出すなり、貴方の自由だ」

 

「ふぅん、そんな取り決めで始めたデュエルだったな」

 

 忘れていた。そう言わんばかりに海馬が苦笑を零す。

 

「……ブタ箱に押し込むには惜しい。貴様はこの海馬コーポレーションで飼ってくれる」

 

 あまりにも唐突な発言に、カイトはしばし面食らっていた。

 

「……それはつまり、どういうことだ?」

 

「警察などには引き渡さん。貴様は今日から我が社の社員ということだ」

 

「随分と横暴だな」

 

「この俺こそが世界の秩序だと弁えておけ」

 

 傲慢すぎるその物言いも、海馬ならば不思議と不遜とは感じられなかった。その暴君ぶりが、あまりにも自然と板についているからだろう。

 

「いいだろう。謹んで、貴方の会社に入社しよう」

 

 と、その前にカイトは海馬に言っておくことがあった。

 

「……信じられないような話かもしれないが、俺は多分、この世界の人間ではない」

 

 あるいは、時間軸が違うのだろう。シンクロモンスターをカイトは知らなかった。そして海馬はエクシーズモンスターを知らなかった。

 互いにデュエルモンスターズに精通していながらのこの齟齬は、異様としか表現できまい。

 

「異世界か。数年前の俺ならば、非ィ科学的だと一笑に付しただろう。だがドーマとの戦い、そして千年アイテムなどというオカルトグッズ、それを巡る戦いを経験しているいまの俺は、そちらの方面にもある程度は寛容だ」

 

 器が大きいと言うべきか。カイトは知らず苦笑していた。

 

「貴様が元の世界に戻る算段は考えてやる。それまで、我が社の為に馬車馬のように働くがいい」

 

「フッ、了解だ社長。よろしく頼む」

 

 ──これで、この一夜は終わりである。

 けれどこれは始まりなのだ。

 この世界にはまだ見ぬ強敵たちが溢れている。後にカイトは、彼らと必然のように出逢うだろう。

 デュエルモンスターズの創始者に。

 真紅の瞳の龍を駆る二人の男に。

 機械竜を操る勝利の求道者に。

 雷の異名を持つ黒衣の男に。

 赤い服のHERO使いに。

 そして、キングオブデュエリストに。

 

 カイトの新たな物語が、いま始まる──

 

 

 

 




 今回の短編は劇場版のBRとZEXALのセレクション見たら我慢できず書いてしまったのよ。
 本物のカイトはかっけぇわ……。
 ところで隠さず言うと現役デュエリストじゃないのでデュエル構成が変かもしれません。もしもおかしかったらすみません。非力な私を許してくれ……。
 それでは、読んでいただきありがとうございました。

 実験的な意味も込めて、よかれと思って試したあとがきのカード情報へのリンク機能が思ったより不評だったので、あとがきのカード情報及びターン状況の詳細を全部削りました。それに合わせて本文も若干の加筆、修正をいたしました。ふぅすっきりしたぜ。なお何十枚ものカード情報にリンク張った作業が全部徒労に……。気にしないビングだぜ俺!
 なおデュエル内容に変化はありませんので読み返さずとも問題ありません。


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