この素晴らしい世界に祝福を! ウィズの冒険 (よっしゅん)
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第1章
この素晴らしい異世界でクエストを!
清々しい朝だ、そう思いながらお気に入りの服にお気に入りのローブを羽織り、さらにお気に入りのピンクのエプロンをつける。自らが経営している店のドアを開けると、まだ早朝近いというのにそこそこの人が通りを行き来していた。中には楽しげに走り回る子供達もいた。
店の前に立てかけてあった箒を手に取り、店の前の掃除を始める。特に大きなゴミなどがあるわけではないが、掃除をしておかないとなんだかスッキリした気持ちになれないので日課となっている。
「あらウィズちゃん、おはよう。今日も顔色悪そうだけどちゃんと朝ごはん食べたの?」
「おはようございます。ちゃんと朝ごはん食べましたし、顔色が悪いのは元からなので大丈夫ですよ」
近くを通りかかった近所のお婆さんに挨拶をされ、挨拶で返す。ちなみにこのやりとりも日課だ。
「……いい天気」
ふと空を見上げると、そこには雲ひとつない青空が広がっていた。そういえばあの日……この
突然だが、気がついたら全く知らない場所にいた……なんて体験をしたことはあるだろうか?少なくとも自分は現在進行形で体験しているところだ。
真っ白な部屋の中に自分は椅子に座っている状態で、現状を確認しようとあたりを見回してみる。するとよく見たら目の前には小さな事務机と、自分と同じように椅子に座っている女性がいた。
水色の長い髪に、人間離れした美しさ……まるで女神のような女性がこちらをじっと見つめていた。目が合ったが、そのあまりの美しさに呆気を取られてしまい言葉が出てこなかった。そんな自分に向かって女性はこう言った。
「ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先ほど不幸にも亡くなってしまいました。短い人生でしたが、残念ながらあなたの生は終わってしまったのです……えーと……う、ウィズリー・リーンさん?……あれ、おかしいわね。ちゃんと日本人を連れてきたとおもったのだけれど」
いきなりこの女性は何を言い出すのだろうか、死後の世界とはどういうことなのだろうか。色々と突っ込みをいれたいが女性は途中までスラスラと言葉を出していたにも関わらず、事務机の上に置いてあった紙をチラッと見たあと自分の名前を言おうとしたところで詰まった様子だった。
「あ……えと、俺の父は日本人ではないんですけど母は日本人なんです。名前こそ日本人ではないですけど、生まれも育ちも日本でちゃんと日本人の血が流れてますよ」
よくわからないが、どうやら自分のことを日本人だと思っていたが名前が日本人っぽくなかったから少し慌てた様子だったので思わず補足をしてしまった。
「あぁ、ハーフってことね。なら問題ないわね!」
何が問題ないのだろうか、ていうかここは何処なのだろうか、この女性は誰なのだろうか。疑問が頭の中でぐるぐる回り始め、唐突にフラッシュバックのような現象が起きた。
確か学校の帰りにコンビニに寄って雑誌の立ち読みとかして時間を適当に潰したあと、家に帰ろうとコンビニ前の歩道で信号待ちをしていたところ急に走行していた車がこっちに突っ込んできて……
「そうか……俺は死んだのか」
「どうやら理解できたようね」
多分あのまま自分は死んだのだろう。そして先程この女性が死後の世界と言っていたので、おおかたここは天国とかなのかもしれない。
「そう、貴方は死んでしまった……徹夜でネットゲームをしていたせいで寝不足の状態で車を運転していた男性の車によって無残に轢き殺され、下半身は潰れ、内臓は飛び出し、吹っ飛んだ拍子に強くコンクリートに頭を叩きつけられ頭蓋骨がへこんでさらに」
「ちょ、ちょっと!やめて!やめてください聞きたくないです!それ以上聞きたくないです!」
何が悲しくて死んだ後の自分の状態なんて聞かなくてはならないのだろうか。というかこの人なんだかこちらをからかっていないか?……いや、きっと気のせいだろう。
「さて、からかうのもこのくらいにして本題に入りましょうか」
「……今からかうのもって言いました?やっぱりからかってたんですか?」
自分の問いかけには答えずに女性は話を続けた。
「改めましてウィズリー・リーンさん、私の名はアクア。日本において、若くして死んだ人間を導く水の女神よ。そして死んだ貴方には2つの選択肢があります」
なんだろうこの人、人の話を聞いてくれない。いや、今は落ち着こう……きっと今から女性……アクアと名乗ったこの人が大事なことを話してくれているのだから。
「1つはもう一度人間として生まれ変わり、新たな人生を歩むか。もう1つはなんちゃって天国でお爺ちゃんみたいな暮らしをするか」
なるほど、やはり生まれ変わり……つまり輪廻転生というものは実在していたようだ……というかなんちゃって天国?
「その、なんちゃって天国ってなんですか?ここが天国とかじゃないんですか?」
アクアは今度は自分の質問に答えてくれた。
「違うわよ、ここは死んだ人間がこの後どうするのかを決めるいわば魂の託児所みたいなものよ」
もっといい例えはなかったのだろうか、そう言いたかったが抑えた。
「実は天国ってね、あなた達人間が想像している様な素敵な場所ではないのよ。死んだら食べ物は必要ないから当然食べることはできないし、物も当然生まれない。作ろうにも何もないし、何よりテレビや漫画といった娯楽がまったくないのよ。やることと言ったら、すでに死んだ先人達と永遠に意味もない世間話をするくらいしかないわ」
なにそれこわい、どうやら天国というものの正体は地獄だったようだ。もちろんそんな場所に行く気はない……となると残る選択肢は生まれ変わりか。
「じゃあ生まれ変わりで……」
お願いします、と言おうとしたところで突然遮られてしまった。
「まぁまぁ、話は最後まで聞くものよ。実はもう1つ選択肢があってね?」
どうやら3個目の選択肢が存在していたようだ、というかなんで最初っから言わないのだろうか。
「貴方、ゲームは好きかしら?」
女神アクアの話をまとめるとこうだ。
自分が住んでいた世界とはまた違う世界……すなわち異世界が存在していて、そこでは魔法があったりモンスターがいたりする世界。つまりまるでゲームの世界のような場所があるらしい。その世界は今魔王が率いる魔王軍に侵攻されてきてとてもピンチな状態らしい。
何がピンチなのかというと、その世界で魔王軍によって殺された人たちがその世界で生まれ変わることを怖がって拒否しているらしい。このままだと、その世界で新しい命……つまり赤ん坊が生まれてこなくなり世界が滅んでしまう。そこでその解決策として天界が出した案とは、「じゃあ別の世界の人を転生させればよくない」という何とも移民政策だった。
「でね、どうせ送り込むなら若いうちに死んで未練がタラタラの人を送ってあげようってことになったの。記憶と肉体はそのままでね」
「なるほど……」
どうやら天界の方達も色々と大変なようだ。
「……でも若いうちに死んだ人ってことはだいたいが自分みたいな何の力も持たない一般人ってことですよね?それだと異世界に転生してもすぐモンスターやその魔王軍とやらに殺されてしまうのでは?」
「その辺も抜かりはないわ!異世界に転生する人にはもれなく好きな物を1つだけ持っていける権利をあげてるの。強力な武器や防具だったり、特別な能力だったりね」
つまりチートのようなアイテムや能力がもれなく貰えるということだろうか。確かにそれならばあっさり殺されることはないだろう。
「あなたが異世界に行けばあなたは第2の人生として引き続き生きることができる。そして異世界の人にとっては即戦力となる人がやってくる。どう?魅力的なお話しじゃないかしら?」
「異世界でお願いします」
もはや悩む必要はなかった。どうせ一旦無くなったような命だ、せっかくなら現実では味わえないようなことを味わってみたいし何より面白そうだ。
「わかったわ。じゃあここから好きな物を選んでねっ」
そう言って事務机の引き出しから何やらファイルのような物を取り出し、手渡してきた。多分このファイルの中に持っていける特典が書いてあるのだろう。最初のページを開くと何やらごつそうな剣の絵と説明のようなものが書かれた紙があった。『魔剣グラム』と書かれたそのページを飛ばし、適当にパラパラとめくって行く。
実はどういう特典にするかはもうだいたい検討をつけてある。女神様の話が正しければその異世界には魔法がある。そしてその異世界に行くことになったのなら当然魔法を使ってみたい。確かに強い剣とかで敵をバッタバッタとなぎ倒して行くのも悪くはないが、ここはやはり魔法系の特典を貰うべきだと自分は考えている。数秒間ページをめくり続けてようやく目的に近い特典を見つけることができた。
「これにします」
どこから取り出したのか、スナック菓子の袋を開けようと奮闘しているアクアにそのページを開いたままファイルを差し出す。
「ふーん……本当にこんな特典でいいの?もっとチートらしいのも選べるわよ。あ、これ開けてくれない?」
ファイルを受け取ったアクアはそう言ってスナック菓子の袋を渡してきた。というか女神様もお菓子とか食べるんだと思いながら両手で袋の上の部分を左右に引っ張って開けた。そしてすぐさま引ったくられ、何故か得意げな顔をしていた。
「光栄に思いなさい!この美しい女神であるアクア様の役に立てたことを!そしてこの話をあっちの世界の私の信者達に自慢するといいわ、きっと羨ましがられてモテモテになること間違いなしよ」
「はぁ……そうですか」
女神様が食べようとしていたお菓子の袋を開けてあげた、そんな事自慢してもしょうもない気がする。そして袋からお菓子を取り出してぽりぽりと食べながらアクアは床の方を指差してきた。
「じゃあ今から特典あげるから、そこらへんに立って」
「あ、はい」
大人しく指示に従って指定された場所に立つ。お菓子を食べていたアクアはお菓子を摘んでいた右手の親指と人差し指をぺろりと舐めながら椅子から立ち上がった……というか女神様ってもっと気品溢れるような感じかと思っていたのだがこの噂も嘘だったようだ。
アクアは両手をこちらの方に手のひらを向ける形で差し出すと、突如自分の足元に赤色の魔法陣のようなものが現れた……なんだろう、何故か不安がこみ上げてくる。
「あの、これ本当に大丈夫」
大丈夫なんですかと言おうとした矢先、なんだか体にへんな感触がありふっと自分の体を見てみた。するとそこには光の粒子っぽい何かにされて空中に溶かされている自分の体だった。
「うぇぇ!?ちょっと!これ何です……」
またもや最後までセリフを言えずに体どころか口まで動かなくなってしまった。きっと体全部が光の粒子っぽい何かになってしまったのだろう。というか体がないのに意識はある感覚に妙な気持ちになってきた。うへー吐きそう。
「ちょっと、あんまり暴れないでよ。手元が狂っちゃうわよ」
暴れないでよ、と言われても……もしかしてこんな感じに異世界に送り出すのだろうか。そうにしろやる前にちょっと説明してくれたらなとも思う。いきなりすぎて2度目の死を受け入れるところだった……
「そういえば説明してなかったわね。特典を渡すとき、神器級の武器や鎧だったり特別な道具を渡す場合は現物を今この場で渡してからあっちの世界に送ってついでにその時に肉体の再構成をするんだけどね、あなたみたいに特殊な能力だったり形がないものを特典にする場合は、あっちに送る前に今この場で肉体の再構成をして、同時にその魂に特典を刻み込むことになってるのよ」
つまり形なき特典を得るためにはその魂に刻まなきゃいけなくて、ついでだからその時に肉体の再構成も済ませてしまおうということだろうか。
「ちなみにもし肉体の再構成に失敗したら、頭から手が生えたり足が3本になったりしてなんちゃってキメラになったりするわ」
やめて、何でこのタイミングでそんなこと言うのこの女神様!?大丈夫だよね!?大丈夫なんだよねこれ!?
「……よし、無事に特典は刻めたわ。あとは肉体を……は、ふぁぁ」
突然顔をしかめはじめ、口をへの形にする女神様。そして鼻がヒクヒクと少し動いている……この動作は知っている、人が生きていくで誰しもが体験する現象だ。
「ふぇ、へっくち!」
そう、くしゃみだ。咄嗟に両手で鼻と口元を覆ってからくしゃみを出す女神様。鼻をすすりながら何やら愚痴り出す……
「もう、これだから花粉が多い季節は……あ」
そして何やらへんな声を出す。その目線の先は自分に向けられていて……
「ん?」
気がついたら体の感触が戻っていた、声も出せるようになっていた。どうやらいつの間にか肉体の再構成とやらは終わっていたようだ。しかしこの女神様はどうして「やっちまった」みたいな顔をしているのだろうか……もしかして本当になんちゃってキメラになってたりしているのだろうか。しかし感覚的に元の人の姿だと思うのだけど、そう思い自分の体を確認しようと視線を下に向けた。
そこにはお山が2つあった。
「……え」
正確には、自分の胸部から大きな塊のような物が2つ生えてきていた。その塊は服のシャツを大きく膨らませるほど大きなものだった。
おかしい、何かがおかしい。
「あの……」
「…………」
自分が何か言いたそうな顔をしながら女神アクアの方を見ると、露骨に目をそらして口笛を吹き出した……
「……鏡か何かありますか?」
そう聞くと無言でどこからともなく水色の縁の手鏡を渡してきた。何のためらいもなく鏡を覗くと、そこには茶色の髪と目をした美少女が……
「いやいやいや……」
一旦鏡から目を離し、記憶の中から自分の容姿を思い出していく。確か自分は母親譲りの茶髪に茶色の目の色をしていてる。そして鏡に写った美少女も同じ色だったがあんなにぱっちりとした目はしてなかったし髪もあんなに長くはなかったはずだ。そもそも顔つきが明らかに別人だ。きっと疲れて見間違いか何かしたのだろう……もう一度鏡を覗くとそこには先ほどの美少女が……
「……」
手鏡を無言で押し返すと、次に例の大きな塊を触ってみた……間違いない、本物だ。生きてた時に本物を触ったことはないが間違いないという謎の確信があった。
「……」
嫌な予感が止まらない、自分の脳がこれ以上現実を見ようするのはやめろと言ってる気がする。しかし、確認しなくてはいけないとも同時に言ってる気がする……やがて覚悟を決めて、右手をズボン越しに股間あたりに近づける。
「…………ない」
15年間ずっと付き合ってきた相棒がどこかに消え失せていた。いや、不思議なことの連続で縮こまっているだけだろうきっとそうだ。目の前に女性がいるにもかかわらず、ズボンのベルトを緩めて下着の中の相棒を確認する。案の定相棒はかけらも残さず消えていた。無言でベルトを締め直し、改めて女神様の方を見る。またもや露骨に目を逸らされた。
「すいません……何か女の子になってるんですけど」
「あら、貴女元から女の子だったじゃなかったかしら?」
「舐めんな」
思わず敬語も忘れてそう返した、ていうか明らかにあなたって言い方が何か違う気がした。
というか何故いきなり、世界が仰天ビックリするレベルの性転換を自分はしているのだろうか……いや、何となく原因は先ほどの肉体の再構成とやらに失敗したからだと思うがまさか性転換するとは夢にも思わなかった。
「はぁ……あの、怒らないんで正直に言ってください。失敗したからこうなったんですよね?」
「……ええ」
予想通り肉体の再構成の失敗が原因だったらしい。人生で経験する人がごく一部と言われている性転換という体験をまさか死んでから体験するとは思わなかったが、女の子になった自分はこんな感じなのかとある意味貴重な体験ができたのも事実だ。しかしこの姿のまま異世界に行く気はないので、女神様にもう一度再構成をしてもらうしかなさそうだ。
「まぁ失敗は誰にでもありますよ、とりあえずもう一度肉体の再構成をやってもらえませんか?流石にこの姿で行くのは……」
「できないわ……」
おや、今なんだか聞こえた気がするが気のせいだろうか。DEKINAIWAとは一体どこの国の言葉なのだろうか、そしてどんな意味があるのだろうか……
「すいません、日本語でもう一度言ってもらえませんか?」
「できないわ、さっき肉体の再構成をしたときに肉体を固定させてしまったから、女神であろうと何者であろうとあなたの肉体をいじることはもうできないの」
つまり自分はもう一生女の子の姿でいるしかないと……
「…………」
「そのっ……ごめんねっ!」
可愛らしい仕草で謝るその姿は、普通の男たちならイチコロだろう。しかし……
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
「わっ、ちょっとやめなさいよ!何よ怒らないからって言ったじゃない!それにちゃんと謝ったでしょ!」
溢れ出る感情を抑えられず目の前の女神様に掴みかかって、その肩を思いっきり揺さぶる。
「別にいいでしょ!?なんちゃってキメラになるよりマシでしょ!?それにあなたぐらいの男はみんな美少女に憧れるんでしょ?ならその美少女になれたんだから本望じゃない!安心しなさい、今のあなたは私には及ばないけどかなりの美少女よ。きっとモテモテになれること間違いなしよ、この女神アクアが保証するわ!」
「ちっがああああああああう!」
違うそうじゃない!確かになんちゃってキメラになるよりかはマシだ。確かに思春期の男は女の子に少なからず意識する年頃だ。しかしだからと言って女の子になりたいという意味ではない決してない。
「くしゃみしたからですよね!?絶対あのときくしゃみしたから失敗したんですよね!?ていうか何をどう間違えたら男から女に変えることができるんだよ!」
「そうよ!でもしちゃったもんはしょうがないでしょ!?それに私だって毎日お仕事頑張ってるんだから失敗しちゃうのは当たり前なの!女神だって大変なの!」
お互いの言い争いは熾烈を極めた。しかし永遠に続くと思われたこの戦いは突然終わりを告げた。突然足元に今後は青い魔法陣が浮かび上がったのだ。
「今度はなに……うわ!」
魔法陣から伸びる光の柱のようなものがはるか上空まであがると、今度は自分の体が宙を浮き始めた。なにこれちょっと楽しい。
自分が浮いたことで解放された女神アクアが服の乱れを直して、こほんと咳払いをした。
「ウィズリー・リーンさん。あなたをこれから、異世界に送ります。もしあなたが魔王を見事討伐した暁には神々からの贈り物として、どんな願いでもたった1つ叶えて差し上げましょう」
「今更女神様っぽいことしても遅いですよ……」
ん?待てよ……どんな願いでもということは。
「あのー!どんな願いでもってことは性別を元に戻してもらうこともできるんですかー?」
どんどん上に上昇して行くため、少し大きな声で下にいるアクアにそう聞いてみた。
「それならできるわよー!願いを叶えてくれるのは創造神様だから、肉体を固定させた女神の力なんて関係なく戻せるわ。それどころか、元の世界で人生をやり直したいとか続きをしたいとか願えば、死ぬ前の状態から人生をやり直せたりもするわー!」
なるほどそれならまだ希望はある。魔王を倒した後元の世界に戻りたければそう願えばいいし、異世界の方に残るとしても男に戻してと願えばいい。もしくは15歳の時の男の姿にしてくださいといえば、第2の人生どころか第3の人生を男として異世界で過ごせる。
「さぁ選ばれし勇者よ!願わくば、数多の勇者候補達の中からあなたが魔王を打ち倒す事を祈っています。……さぁ旅立ちなさい!」
祈りのポーズを取りながらアクアは祝福の言葉を送ってくれた。
「あ!女の子にしちゃったお詫びとして1ついい事教えてあげるわ!あっちの世界に着いたらまず冒険者ギルドを探してそこで冒険者になるといいわ!何処にあるかは知らないけど」
知らないのかい!ていうかその情報お詫び以前に普通に教えた方がいいのでは……それをいう前に明るい光に包まれ、視界が白で埋まる。
気がついたらレンガの家々が立ち並ぶ、中世の時のような街並みが目の前に広がっていた。辺りを見回すと道を行き交う人がたくさんいて、屋台のようなものも沢山並んでいた。
「……まさか本当に異世界に……」
今更これが夢だとかは思わない、しかし目の前の光景がとても現実とは思えないほどファンタジー感が溢れているのだ。一瞬疑ってしまうのは仕方のないことなはずだ。
「…………はぁ」
ちらっと自分の体を見てみる、やはりこれも夢ではなく男に戻っているなんてことはなかった。それに声も女声になっていることに今更気づいた。まぁこれも魔王を倒すまでの辛抱だ。
「ていうか、初期装備みたいのは貰えないんだ……」
自分の格好を見て気がついたが、学校指定のYシャツとズボンのままだった。武器もひのきの棒すら持っていないとはどういうことなのだろうか。おかげで先程から道を行き交う人々から物珍しさの視線を感じる、多分他の人の服装を見る限り自分の格好は浮いているのだろう。
だがこのままじっとしていても何も始まらない。女神アクアの助言を信じる事にして冒険者ギルドとやらを探すとしよう。
「ここは何処だ……」
しかしものの見事に数分で迷ってしまった。そもそも地図もなしに探すのは無茶振りが過ぎる。ここは恥を忍んで人に聞くしかなさそうだ。ちょうど自分の横を通り過ぎようとしたお婆さんに話しかけてみた。
「あの、すいません。冒険者ギルドの場所を探してるのですが」
「あら、冒険者ギルド?この町の冒険者ギルドの場所を知らないってことはどこか他所から来たのかい?」
どうやら冒険者ギルドはちゃんと存在していたらしい。
「えーと……はい。かなり遠くからやって来たのですが、このあたりの土地勘すらなくて……」
「そうなのー、はるばる遠くから大変だったでしょ?ギルドを探してるってことは冒険者になりに来たのかしら?」
「えぇ、冒険者になりに来ました」
お婆さんの話によれば、ここは駆け出し冒険者が集まる街でアクセルという名前らしい。
「ギルドの場所はこの通りをまっすぐ進んで突き当たりを左に曲がればあるわ……それにしても貴女荷物とか何も持ってないようだけどどうやってここまで来たのかしら?」
「えっ……」
確かに遠くからやってきたというのに、荷物どころか手ぶらなのはおかしいだろう。正直に異世界から女神様の力を借りて転移して来ましたって言った方がいいのだろうか?いや、ここは適当な言い訳をした方がいいのかもしれない。この世界の人たちが異世界からの転生者という存在を認知しているのかはわからないが、もし知らなかった場合どんな反応をされるかは想像ができる。きっと頭のおかしい人扱いされるだろう。
「えっと、じ、実はここに来る途中にある事情で荷物全て紛失してしまいまして……その、なけなしのお金を使ってここまで来まし……た?」
どうして最後疑問形なんだよと自身にツッコミをいれる。
「そうだったの……」
あれ、なんだかあっさりと信じてくれたようだ。
「その、ありがとうございました」
最後にわざわざ道を教えてくれたお婆さんにお礼を言って別れようとした。しかし背を向けて歩こうとした矢先にお婆さんに呼び止められた。
「ちょっと待ちなさいな、これ少ないけど持っていきなさい」
そう言って小さい小袋を手渡してきた。中身は……なんだか金属同士がぶつかるような音がする。
「ほんの2千エリスしかないけど……じゃあ頑張ってね」
「え、あの……行っちゃった」
2千エリスとはどういう意味なのだろうか……話の流れからしてお金の単位と考えられるが、なんだか騙して同情させた上でお金を貰ったような気がしてならない。一応小袋の中身を確認してみるといくつかの硬貨が中に入っていた。やっぱりこの世界のお金なのだろうか。
悩んでいても仕方ないのでひとまず教わった道を歩いていくと、目立つ看板が見えてきた。
「冒険者ギルド……ここか。って、あれ?」
何気なく看板の文字を読んでみたが、ふと違和感を感じた。この看板に書いてある文字、明らかに日本語ではない。見た事がないような文字だった。しかし何故か文字の意味がわかってしまった……これはいったいどういうことなのだろうか。もしかしてこの世界に転生したときかその前にこの世界の文字について頭にインプットでもされたのかもしれない……魂に能力を刻めるぐらいだ、それぐらい造作もないことなのだろう。そう勝手に納得しながらギルドの中に入っていく。
「いらっしゃーい!お食事でしたら空いてる席にどうぞー。お仕事案内なら奥のカウンターでーす」
やけにテンション高めのウェイトレスっぽい女の人が出迎えてくれた。どうやら飲食店も併設されている施設のようだ。そこら中にいかにも冒険者といった風貌の人達がたくさんいて、薄暗い店内がいい味を出している。まさにファンタジー世界の酒場のような雰囲気がしてくる。
「……見られてるなぁ」
ギルドの中に入った瞬間から視線は感じていたが、そんなに新参者が珍しいのだろうか。視線を浴びながらも奥のカウンターへ向かっていく。多分あそこで冒険者登録とかするのではないかと踏んでの行動だ。
カウンターの受付をする場所は4つあるが、その内の3つは少し人が並んでいたが、最後の1つは今誰も並んでいなかった。わざわざ空いている場所があるのに列に並ぶような真似はしない。その受付のところに向かう。受付の人は女性で、赤色の少しウェーブがかかった髪型をしていた。なんかとっても活発そうなイメージがある。
「はい、今日はどうされましたか?」
だが、その女性は見た目とは裏腹におっとりとした声色で喋った。とっても大人のお姉さんっていう感じがしてくる。
「えっと、冒険者になりに来たんですが遠い地から来たのでどうしたらいいのかわからなくて……」
「そうですか、冒険者の登録はここで行なっているので登録手数料さえあればすぐに登録できますがどうなさいますか?」
登録手数料?お金を払わなくてはいけないということか……しかし参った、お金なんて持っているわけが……
「あ」
そういえばさっき道を尋ねたお婆さんからお金らしきものを渡されたような……
「あの、登録手数料ってどのくらいなんでしょう?」
「はい、登録手数料は1人千エリスになります」
千エリス……さっき貰ったのが2千エリスって言ってたから、払えるはずである。
「じゃあ、これで……」
小袋ごと受付の人に渡す。
「……はい。確かに千エリス受け取りました。残りの千エリスはお返ししますね」
中から千エリス分だけ取り出したのか、残りは小袋に入れたまま返してくれた。今更だがお金の単位がよくわからない……近い内に勉強しておかなくてはまずいだろう。
「では最初に、冒険者について簡単な説明をさせてもらいます……まぁ冒険者になりに来たとのことなんである程度は理解されていると思いますが念のためですのでご了承を」
そんなことありません、ある程度どころか全くわかってないです。ほんと、助かりますお姉さん……と心の中でお礼をする。
「冒険者とは、例えば街の外に生息するモンスター……主に人に害を与えるモノなどを討伐を請け負う人の事を表します。他にも薬草採取だったり荷物運びだったりの依頼もあったりするので、何でも屋って言った方がはやいですけどね……要するに冒険者はそういった仕事を生業としているのです」
うんうん、まさに冒険者って感じがしてきた。
「あとは、冒険者には各職業があるのですが……とりあえずまずは冒険者カードを作ってみましょうか。詳しい説明はそれからしますね。」
受付の人が何やらカードみたいなのを持ってきて差し出した。大きさは免許証ぐらいだろうか……
「では冒険者カードについても簡単に説明します。ここにレベルという項目がありますね?ご存知かと思いますが、この世のあらゆるモノは魂を体の内に秘めています。それらを食べたり、殺したりなどをして、何かの生命活動にとどめを刺す事で、その存在の魂の記憶の一部を吸収します。これらは通称経験値と呼ばれていて、目で見たりすることは普通できません」
先ほど指していたレベルの項目から少しずれたところを今度は指した。
「しかし、このカードを持っていれば冒険者が吸収した経験値を表示させることができます。それに応じて、レベルというものも同じく表示されます。経験値を貯めていくと、あらゆる生物は急激に成長することができます。俗にいうレベルアップですね。要約するとレベルが上がると新スキルを覚えたりするためのポイントなど、様々な特典が与えられるので、経験値を貯めてレベルアップすればその分強くなれるということです。頑張ってレベル上げをしてくださいね」
なるほど、確かに女神様がゲームの世界みたいと言ったのが理解できる。
「それでは手続き等があるため、こちらの書類に性別、身長、体重、年齢、身体的特徴等の必要事項の記入をお願いします」
書類にインクペンのようなものを受け取り、書類に書き始める……これ性別に「女」って書かなきゃだめなのかな。身長とか体重は変わっている可能性が考えられたが、目線的にも男の時と大差はないと感じられたので、とりあえず男の時のを記入していく。年は15で、身体的特徴は茶髪に茶色目……と。書き終えた書類を受付の人に渡す。
「はい、結構です。ではこちらのカードに触れてみてください。それで貴女のステータスが分かりますので、その数値に応じてなれる職業もわかります。もし複数あったら自分がなりたい方を選択してください。経験を積むことで、選んだ職業によって様々な専用スキルを習得できるようになりますので、慎重に選んでください。他にもレベルやステータスなどが上がれば、その職業にちなんだ上級職に転職することもできますよ」
そこらへんもゲームみたいだな、と思いつつカードに触れた。
「はい、ありがとうございます、えっと……ウィズリー・リーンさん。ですね……ステータスの方は……」
触れただけで名前すらわかってしまうのか、これがもし自分がいた世界にあったら余裕で犯罪とかに使えちゃうなとかどうでもいいことを考えていると、突然受付の人の様子が激変した。
「えっ!?何これ!何この数値!魔力が尋常じゃないほどの数値なんですが!?紅魔族でもここまで高い数値はいませんよ!」
こーまぞくというのはよくわからないが、どうやら魔力というのがありえないほど高いらしい。それもそのはずだ……
「他にも知力が高いですね……幸運が普通より下回っている以外は、他のステータスは余裕で平均値超えてたりしてるし……貴女いったい何者なんですかっ!?」
何者と言われても、女神様からある能力をもらった転生者としか答えられない。受付の人が大声で驚きの声を上げたため、施設内がその内容にざわついている。
実はなぜ魔力とやらがそんなに高いのかにはタネがある。それは、女神様から貰った特殊能力のおかげだった。
自分が転生する前、女神様に1つ特典をあげると言われて選んだのが、『超お得、これであなたも大魔法使い!特典セット』という能力だった。その内容は……
・魔力大幅アップ!これでいつでもレッツパーリー!
・全魔法習得可!これで気になるあの子にいつでもチャームを!
以上の2つの能力が貰える特典だった。名前や説明欄の文はともかく、魔法を使いたいと思っていた自分にはぴったりの特典だった。間違いなくこの特典の恩恵だろう。
「私この仕事してて初めてですよ!貴女みたいな凄い人!この数値なら上級職の《クルセイダー》や《ソードマスター》にはギリギリ数値は届かないもの、同じ上級職の《アークウィザード》と《アークプリースト》のどちらかなら今すぐになれますよ!」
アークウィザードかアークプリーストか……名前からして前者が攻撃系、後者が回復魔法といった補助系を使う職業なんだろうけど……
どうしたものか。
「うーん……ではアークウィザードにします」
少し悩んで、アークウィザードにすることにした。どうせ使うなら強そうな攻撃魔法とか使ってみたいし。
「アークウィザードですね!それではアークウィザード……っと。冒険者ギルドへようこそウィズリーさん。スタッフ一同、貴女の活躍を期待しています!」
こうして、アークウィザードとしての異世界冒険が幕を開けた。
「うーん……さっぱりわからん」
無事に冒険者になることができ、今は酒場の空いている席に1人で座りながら自分の冒険者カードと睨めっこしている。受付の人にスキルやスキルポイントについても色々と教えてもらって、今はどのスキル……魔法を習得するべきか迷っているところだ。カードには現在習得可能なスキル、という欄があるが、肝心の習得可能なスキルが大量にありすぎてどれを取ればいいのかわからなくて悩んでいるところだ。スキル欄にはそのスキルの名前が書かれているが、そのスキルがどういうものかなのかの説明までは書いていない。だから限りある初期スキルポイントで、どの魔法を最初に習得するかを悩んでいるのだ。
「とりあえずは攻撃魔法を習得した方がいいよな……あれ?」
ふと、スキル欄をざっと見ていると気になる名前のスキルを見つけた。
「『ヒール』?……でもこれって」
『ヒール』の魔法、もう名前からして回復魔法だということがわかるが、自分の冒険者カードにそれがあるのはおかしいことだ。なぜなら、『ヒール』の魔法はプリーストが使うことができる魔法だ。プリースト以外で使えるとしたら、どんなスキルでも他の職業より多くのスキルポイントを使う事で覚えることができる冒険者という職業の人だけなはずだ……興味本位で職業とスキルの関係を受付の人に聞いてみたら1時間ほど延々と説明され、さっきようやく解放されたのだが、その話が本当ならアークウィザードの職業の自分は『ヒール』の魔法を習得できるはずがないのだが……しかし現に、習得可能なスキル欄に表示されている。
「……あ」
そしてふと、思い当たる節があることに気づいた。確か女神様から貰った特典……魔力大幅アップという欄の他に、全魔法習得可能というのもあった気がする……
え?全魔法習得可能って他の職業の魔法も習得できちゃうってこと?選んだ時はパッとしなくて、アークウィザードになったときはアークウィザードの魔法を全部覚えられるのかなって思っていたのだけど……
「なにそれチートじゃね」
魔法を覚えるにはスキルポイントがいる。だから全魔法を全て覚えるというのは無理かもしれないが、スキルの構成によっては攻撃と補助を両方できる魔法使いにもなれちゃうということだ。あの女神様は、こんなのでいいの?とか言ってたがこれ普通に強くないか……?
まぁ、何はともあれひとまずは何か1つ魔法を覚えてみることにしよう。はやく魔法使ってみたいしクエストも受けてみたい。ていうかクエストとか受けてお金とか稼がないと明日の生活すら不安だ。
「よし、これにしよう」
随分と長くかかってしまったが、一通り見たスキルの欄から気になっていた魔法を1つ習得してみた。名前からして攻撃魔法だとは思うが、もし違ったら恥を忍んで誰か他の魔法使いの人に教えて貰ってから改めてそれを習得すればいい。
無事に魔法を習得できたのを確認した後、再びカウンターへ向かう。
「あれ、ウィズリーさんどうされました?また何か聞きたいことでも?」
出会ってまだ数時間だというのに、やけにあっさりとフレンドリーになった受付の人……サンという名前の女性は自分を見るなりそう言ってきた。
「あ、サンさ……ん。サン……」
サンという名前だからその後ろに敬称を込めてさん付けしようとしたが、そこで気づいてしまった。サンさんって何かややこしい……
「あー私は呼び捨てで構いませんよ。昔からなので慣れてますし」
少しだけ恥ずかしそうにしながらそう言ってくるサンさ……サン。
「じゃあ、お……私のことはウィズでいいですよ」
ウィズ、それは自分の愛称でもある。たまにウィズリー・とリーンの2つを掛け合わせてウィズりんとか言ってくる人もいたが、流石にそれは勘弁してほしい。
「ウィズ……可愛い名前ね、羨ましいわ。ねぇウィズ、せっかくだからお互い敬語とか無しにしない?私もまだ18歳だから歳もまだ近いし」
他の職員さんに比べて若々しいとは思っていたが、まさか20代ですらないとは驚きだ……ていうかこの世界は未成年でも普通に仕事に就けることの方が驚きだが。まぁせっかくこうして誘ってくれてるのだ、断る理由はない。
「えっと、うんいいよ。よろしくサン」
というか歳が近いというが、3つも離れているのは近いというのだろうか……?
「それで、どうしたのウィズ?」
改めて聞かれて本来の目的を話す。
「えっ……もうクエスト受けるの?まぁウィズほどのアークウィザードなら簡単な討伐ならできそうか……」
ここ駆け出しの冒険者が集まるアクセルでは、冒険者になった初日にクエストを受ける人はあまりいないらしい。まずは基本となる装備などを揃えるため、バイトなどをして資金を集めたりした上でクエストに挑むのが普通らしい。お手伝いレベルの荷物運びなどの依頼も稀にあるらしいが、そんな簡単なクエストが毎回のようにあるわけではないとのこと。
「でも魔法使い職なら杖とかの触媒がなくても魔法自体は発動できるし、ちょうどお手頃なクエストがさっき受理されたから……やってみる?」
駆け出しの冒険者が集まるアクセルという街の外は広大な平原地帯が広がっていた。クエストを請け、ここにやってきたのだがこれはすごい。こんな景色は日本にはないだろう。生まれて初めてみる景色に感動を覚えながら、クエストを成功させるための目標を探す。
「……あれかな?」
自分がいるところから少し離れたところに、小さいのが何匹かいた。10歳にも満たない子供くらいの身長しかなく、頭には小さい突起がでてるそれは俗にいうゴブリンと呼ばれる存在。そんなゴブリンが5匹、草原のど真ん中でうろちょろしていた。
今回受けた依頼はゴブリンの討伐。昨日この草原に出没しているのが確認され、今日討伐対象としてクエストに出されたのだ。本来ならゴブリンは群れで行動するのだが、少数でこんな街の近くに来ることは滅多にないらしいが……まぁ理由はわからないが自分にとっては好都合だ。初めてのクエストにはちょうど良い難易度なのかもしれない。
さらに好都合なことに、ゴブリンたちはまだこちらに気づいていない様子。ならここから魔法を放ってみることにしようではないか、そう思い魔法を放つ準備をする。不思議と魔力の込め方などは普通にできた、これもスキルのお陰なのだろうか。
そして魔法が放てるようになったと理解した瞬間、高らかにさっき覚えたばかりの魔法の名前を唱えた。
「『エクスプロージョン』ッッッ!」
「おい!さっきのバカでかい爆音はなんだよ!」
「知らん!ひとまず女子供を安全な所へ避難させるぞ!」
サイレンのような音が鳴り響き、あたりが軽いパニックになって大人から子供までもが慌ただしくどこかへ走っている様子を見ながら自分は冒険者ギルドへと重くなったような気がする足で向かっていた。
「ママー!こわいよー!」
「大丈夫よ、何も心配はないわ。きっと冒険者の人たちがなんとかしてくれるわ」
ごめんなさい。
「おーい!今から外に出られる奴はこっちに集まってくれー!念のために武装して様子を見に行くんだ!」
ごめんなさい……ごめんなさい。
「まさかこんな何もないところまで魔王軍が攻めに来たのか!?」
本当に……ごめんなさい。
ギルドに向かいながらあたりで騒いでる人たちに心の中で謝る。街の人たちが騒いでる原因……それは先ほど街の外から聞こえてきた爆音が原因だった……まぁ、自分がその原因なんだけどね。
ゴブリンに魔法を放つことはできた、できたのだが問題が1つあった。その魔法の威力が高すぎたのだ……魔法を放った瞬間ゴブリン達の頭上にバカでかい魔法陣のようなものが出現したと思った矢先、気がついたら突然強烈な光に目が眩み、凄まじいほどの轟音と熱風が襲ってきた。ようやく爆煙が晴れると、そこには巨大なクレーターができていた……
なんだあの威力、頭おかしい。そう思いつつも自分の冒険者カードを見ると、しっかりと討伐記録にゴブリン5匹分が記録されていたからどうやら無事に倒せたようだ……明らかにオーバーキルな気がするが。ついでにレベルも1から2に上がっていた。ステータスの方も若干上がっているので、ほんとにゲームのレベルアップみたいだなと思い街に帰ろうと足を運んだのだが……
(なんかめっちゃ騒ぎになってる)
街に入った時点ですでにかなりの騒ぎになっていて、これ正直に話した方がいいのかなと悩みながら、クエストの報告のためにギルドへと向かっていた。
ギルドの扉を開ける、心なしか最初に入った時よりも重く感じた。施設の中は自分が出る前よりも人が少なくなっていて、あちこちで慌ただしく動いている人もいた。
「あ、おかえりウィズ。ごめんちょっと待っててね」
カウンターに近づくと、サンを含め何人かの職員が裏でバタバタと動いていた。
待つこと数分、サンが指定位置の受付窓口に座ったのを確認して再度カウンターに向かう。
「改めておかえりなさい。ていうかもう終わったの?」
「あぁ……うん」
そう言って冒険者カードをサンに渡す。
「わぁ、本当にゴブリン5匹倒したんだー。すごいねこんな短時間で」
「は、ははは……」
なんだろう、素直に喜べない。冒険者カードを確認し終えたサンは、クエストの達成報酬を渡してくれた。
「じゃあゴブリン5匹の討伐達成報酬として、5万エリスになりまーす。初クエスト達成おめでとう!」
「あ、ありがとう……」
報酬を受け取り、そそくさと立ち去ろうとしたが……
「そういえばさっきの爆音ウィズも聞いたでしょ?」
「え!?あ、うん……聞いたよ」
唐突にそう話を振られ、少し声が裏返った。
「情報によると、街の外の平原地帯に大きなクレーターができてるらしくて……まだ原因はわかってないんだってさ。そういえばウィズもさっきまで平原地帯にいたんだよね?何か心当たりになるような出来事とかあった?」
心当たりなんてそんな……めっちゃありますごめんなさい。どうしようやっぱり正直に話すべきか……
「えっと……じ、実はね」
「しかも例の爆音のせいで、まだ冬眠中だったジャイアントトードが目を覚ましたらしくて今平原地帯に大量発生したらしいんだよねー。おかげで今手の空いてる冒険者の人達に一斉駆除してもらってるとこなの。あ、ウィズは初クエストで疲れているから行かなくて大丈夫よ」
なんだろう……とってもまずいことをしてしまったような。
「もし犯人がいたらとっちめてあげないとね!」
「そうだね……」
笑顔で言うサンが怖くて結局言い出せなかった。
こうして初の異世界生活1日目はこんな感じだった。
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この駆け出しの街でパーティメンバーを!
「はいよ、サンマの塩焼き定食だ」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドの中、酒場の方のカウンター席で1人で座っていると注文した料理が店主の手により目の前に並べられていく。初クエストが終わり、自らが引き起こした騒動も落ち着きを取り戻したのか今では外に出ていた冒険者達が戻ってきており、それぞれの仲間と飲みあってる。
結局自分がやりましたと言い出せずにこうして、腹の減りを満たそうと料理を注文してみた。メニューにカエルの唐揚げとかスモークリザードのハンバーグとかよくわからないのが大半だったため、サンマの塩焼き定食という自分の世界にもあった名前の料理を選んだのだ。
「わぁ、美味しそう……」
目の前に並べられた料理をみて思わず口に出てしまった。お腹が空いていたためか、匂いだけで食欲がそそられる。
「そうだろう?今朝畑でとれたてのサンマ使ったからな!」
カウンターの向こう側に戻った店主らしき人が自慢げにそう言う。
「へぇ、それはわざわざありがとうございます……あれ、今なんて言いました?」
「え?今朝畑でとれたてのサンマ使ったからなって……」
うんうんなるほど……今朝畑でとれたてのサンマか。……畑?
「あの、畑って……」
「ああ!どこでとったのか気になるのかい?実はギルドの裏に調理用の食材を栽培する畑がついこの間できてな。これならわざわざ他から取り寄せることが少なくなって楽になったもんさ」
「そ、そうですか……」
きっと裏の畑とやらに池とかあるのだろう。そこでサンマを養成でもしてる感じなのだろう……池でサンマって育てられるのか?いやでも畑って……
うん、もういいや。食べよう……あ、普通に美味しい。後でおかわりでも頼もうかな……
「あー疲れた、まさか急にジャイアントトードを狩りに行く羽目になるなんて……今日はのんびりする予定だったのに」
「まぁでも臨時収入が入って良かったじゃないか。これで前言ってた装備買えるんじゃないか?」
ふと、後ろからそんな会話が聞こえてきた。しかもその会話はだんだんと近づいてきている。声からして男と女の会話だ。
「それはそうなんだけど……でもさブラッド。やっぱりあたし達2人じゃあいい加減きつくない?さっきだって危うくカエルに捕食されそうだったんだけどあたし」
「それはなロザリー、お前が勝手に前に突っ走ったからだろ?ボーナス報酬欲しさにあたしが多く倒すんだー……とかなんとかいって」
「……いやでもさ、それを差し置いても2人だけじゃこの先きついよ!せめて後1人パーティーメンバー欲しいよ……」
「うーん、確かにその通りなんだが……もう一回募集かけてみるか」
会話をしていた男女2人はやがて、自分の隣のカウンターの椅子に腰をかけてそれぞれ店主に注文を始めた。
ちらりと横目でその2人を観察してみると、男の人の方は腰に片手剣のようなものと背中に小さい盾を背負っているのをみると剣士系の冒険者だろうか。女の人は男の人と比べて軽装備で、腰のベルトに小さい杖……確かワンドと呼ばれるものをぶら下げていることから魔法職の印象を受ける。
そんな自分の視線を感じたのか、隣に座っていた女の人の方もこちらに視線を向け目と目があう。
「……あっ!確か今朝すごい魔力値叩き出してアークウィザードになった人でしょ!?」
しばらく見つめあった後、突然指をさされながらそう言われた。
「え、あ、はい……どうも……?」
女の人の隣にいた男の人もそれを聞いてこちらに視線を向けてくる。少し気恥ずかしさを感じていると突如女の人に手を両手で握られる。
「あの!あたし達のパーティーに入ってくれませんか!?」
「えっ」
ものすごい剣幕でそう言われ、正直軽く引いてしまった。ていうか、顔近い。
「おいやめろってロザリー。この人若干お前に引いてるぞ……すいませんうちの連れが」
両肩を掴まれ引き剥がされるロザリーと呼ばれた女の人は、納得いかなそうな顔をして男の人に言い放つ。
「だってブラッド!フリーのアークウィザードが目の前にいるんだよ!?誘わない方がおかしいって!」
「頼むから時と場合を考えてくれ、いきなりじゃ誰だって混乱するだろ?そもそも上級職のアークウィザードが、ソードマンとプリーストしかいない駆け出しのパーティーにいきなり入る方がおかしいからな」
「うっ……」
ブラッドという男の人にそう言われ押し黙ってしまったロザリー。まぁいきなりで少し驚いたが、よく考えたら他の冒険者とのコミュニケーションはこの人達が初めてだ。ここは後の事を考えると自己紹介ぐらいはした方がいい気がする。
「えっと、とりあえずお互い自己紹介しませんか?……私はウィズリー・リーンっていいます」
「俺はブラッド、それでこっちはロザリーだ。一応2人でパーティー組んでるんだ」
「その、さっきはごめんなさい……この街で最初から上級職になる人なんて滅多にいないらしいからつい……」
2人の話を聞く限り、2人はパーティーを組んでいるがもう少しメンバーが欲しいと思っていて、何回かメンバー募集をかけたが一向に新メンバーが増えないとのこと。
それにしてもパーティーか……確かに女神様から強い能力をもらってはいるが、1人では限界がある。さっきのゴブリン討伐のクエストだって、能力なしじゃ成し遂げることすらできなかっただろうしこの先1人で魔王を倒せるとは思っていない。近いうちに自分もパーティーを組むべきだろう。
……というかこの人たちのパーティーに入ってもいいんじゃないか?自分はパーティーが欲しい、あちらも新しいメンバーを欲しがってる。お互い得をする状況だ。
「あの、じゃあ私をパーティーに入れてくれませんか?」
「えっ!?ほんと!?」
バッと伏せていた顔を上げ、こちらに飛びついてくるロザリー。
「え、えぇ。私も1人じゃ無理なことありますし……あの、顔近いです」
「やったぁ!ほらブラッド、言ってみるもんでしょ!?」
ロザリーがブラッドに自慢気に言う。しかし、対してブラッドはロザリーのように喜ぶそぶりをしておらず、目をつむったまま何か考え混んでいるようなそぶりだった。
「……ブラッド?」
「1つお聞きしてもいいですか?……ウィズリーさん、貴女はなんで冒険者になったんですか?」
「「え?」」
唐突にそう話を振られて自分だけでなくロザリーも同じ反応を示す。
冒険者になった理由か……普通に考えれば、あっちの世界で死んでしまったから女神様に転生させてもらって、その女神様の助言でなったわけだが……正直に言っても頭のおかしい人扱いされるのはごめんなので違う訳を話した方がいいだろう。
「……魔王を倒すためです」
嘘は言っていない、女神様に転生させられて魔王を倒してくれた直接言われたわけではないが、わりと本気で魔王を倒すことを自分は考えていた。願いの件もあるが、こうして特別な力をもらったのだ。この力はこの世界の人の役に立てようと思う。
「そうですか……なら貴女をパーティーに入れることはできません」
「…………」
「はぁ!?ちょっと何言ってんの……?」
まさか断られるとは思いもしなかった。しかし確かによく考えれば、パーティーメンバーが欲しいと言った直後にじゃあ自分入るよ。なんて言っても同情で入ってもらったみたいにとられる可能性がある。
この世界は自分から見たらゲームのような世界だ。しかし似ているというだけで、まぎれもない現実だ。モンスターと戦うことは、いってしまえば命のやり取りをしているのとなんら変わりはないのだ。そしてその命のやり取りの中で唯一信頼できるのが仲間……いわゆるパーティーメンバーだ。お互いがお互いのことを知ることで互いの命を守りあう、それがパーティーというものだ。同情でできたようなパーティーはパーティーとは呼べない……きっと彼はこう言いたいのだろう。
「え、あっいえ違います。そんな理由ではなく……まぁそれもあるかもしれませんが俺が言いたいのは別のことでして……」
自分なりに考察した内容を話してみたが、どうやら違うらしい。
……なにこれ恥ずかしい。1人で深読みして確信していた自分が恥ずかしい。
「えっと、俺たちは見ての通りソードマンとプリーストだけのパーティーです。そんな弱小パーティーに貴女みたいなアークウィザードが加わってくれれば俺としても大変嬉しいんです……けどだからこそ、こんな弱小パーティーに貴女が無理に入ることはないんです」
なるほど……と何となくだが彼の言いたいことがわかってきた。
「アークウィザードならこんな駆け出しの街ではなく、王都でも多少のレベルと経験があれば十分に活躍できます。もちろん俺たちも最終的な目標は魔王討伐ですが、貴女が魔王討伐を目指す以上、俺たちのパーティーに入るよりもっと格上のパーティーに入った方がより魔王討伐への近道になるはずです」
つまり彼が言いたいのは、自分達のパーティーに入ってしまえばそれは宝の持ち腐れになるだろうから、もっと強い人とパーティー組んだ方がいいよ。ということだろう。
「…………」
そんなことはない。そう言いたかったが彼の言ってることも間違ってはいない正論だ。強い人と強い人同士が力を合わせれば、それは魔王討伐への近道となる。この世界がゲームではない以上、のんびりと魔王軍に殺されるのを待っているわけにはいかない。ここはそんな世界なのだ。
「その、そういうわけですからうちのパーティーに入るのはやめといた方がいいと思います」
ブラッドの言葉にロザリーも納得したのか、今では拗ねているように見える。
「……確かに、そうですね」
「……あ!そういえば明日の昼ごろ、王都に拠点を移す冒険者パーティーがこの街を出発するそうです。確か後衛職が少ないパーティーなので、アークウィザードが入りたいって言えば受け入れてもらえるはずですよ」
お互い少し暗い雰囲気になったところ、ブラッドが雰囲気を変えようとそんな話を持ち出してきた。
「多分その辺でお世話になった人に挨拶して回ってるか、街の方で準備してるはずなので今から行けばまだ間に合いますよ。最悪明日、昼前に馬車屋のところにいけば会えるはずです。特徴は目立つ鎧を引き連れている女性の方なのですぐわかりますよ」
王都というのはどんな場所なのかは知らないが、話の流れからして強い冒険者が集まるところでもあるようだ。確かに強いところで強いモンスターを倒していけばそのぶんはやく強くなれる。もしその王都とやらでパーティーを組めるのなら、より効率的に魔王へとたどり着けることだろう。
「なるほど、色々とありがとうございます」
気がついたら定食は食べ終えてしまったので、店主にそのぶんの代金を払って席を立つ。ちなみにお金の通貨はサンに教えてもらったのでもうバッチリだ。
2人の冒険者にお礼と別れを告げてから、冒険者ギルドを出る。すでに太陽が真上より少し下にずれているため、おそらく昼と夕方の中間らへんの時間帯なのだろう。このままでは日が暮れてしまう、それまでにある目的を果たさなくてはならないため、少し早歩きをする。
サンに書いてもらった手書きの地図を頼りに街を歩いていくと、ちょうど曲がり角を曲がろうとして、突然何かにぶつかった。
「いたっ!」
さらにその何かとはどうやら硬いものでできていたようで、思わずそんな声を出してしまい、痛みを訴えている額を手で押さえる。軽く涙目になりつつも自分がぶつかったモノの正体を暴くため前を見上げる。
そこには大きな大きな鎧が立っていました。
《おい、いってぇじゃねぇか。いったいどこに目ん玉つけてんだよ!俺の格好良いスーパーボディに傷がつく……じゃねえ……か。ってなんだ、よく見ればかわい子ちゃんじゃねぇか。すまないな、怪我してねぇか?何なら俺の中に入れてやるから癒してやろうか?》
「え……えぇ?」
目の前の鎧にあっけをとられてると、男の声が頭の中で響く。多分この目の前の鎧が喋っているのだろうが、声の伝わり方がおかしい。耳に入ってくるのではなく、頭に響いてくるのだ。
その鎧は銀色の金属でできているのか、太陽が反射して輝いている。さらに所々に金色の装飾が施されておりより一層豪華に見える。さらに左手の方には鎧と同じく、銀と金で装飾された盾のようなものを持っていた。鎧の繋ぎ目なんて1つも見当たらず、まるで博物館に飾ってあるような芸術品のような鎧だった。
《……ふむ、なかなかいいじゃないか。顔も美人というよりあどけなさがあって可愛らしいし、胸もなかなか、それにその頭のてっぺんにあるアホ毛が良い感じにチャームポイントとして働いている……ただちょっと若々しすぎるのがなぁ……」
鎧が自分の全身をまるで品定めするかのように見ながらそんな声が頭に響いてきた。こちらもジロジロと見て観察していたから人のことは言えないが、なんだか気持ちが悪いのでやめてほしい。
「おいアイギス、勝手に前に進みすぎるなと何度言えば……」
この鎧への対応に困っていると、鎧が来たであろう道から今度は女性が現れた。
20歳くらいだろうか、高身長に整った顔立ちをしていて目つきが鋭いその女性は凛々しい印象がある。長いであろう黒髪もポニーテールと呼ばれる髪型にしていてより美しさを引き立てていた。
そんな女性が鎧に何かを言ってから、こちらに気づいたのか視線を向けてくる。
「…………」
先ほどの鎧と同じようにこちらの全身を見てくる。しかし鎧のようないやらしい視線ではなく、何かを確認するかのような視線だった。
「あの……なにか?」
「……あ、いやすまない。この辺ではみない私の故郷にあったような服装だったのでな。つい懐かしさのあまりジロジロと見てしまった」
服装って、この学生服のことだろうか。
「申し遅れたな、私は美国鈴菜というものだ。冒険者でソードマスターの職についてる。それでこっちの鎧はアイギスだ」
《正しくは聖鎧アイギスだけどな。愛称はアイギスさんでよろしく!あ、でもどうしてもっていうならアイギスくんとかでも……ゴフォ!》
突然アイギスと呼ばれる鎧の人が女性に蹴られて地面に沈んだ。
というか……みくにすずな?
この世界に来てまだ半日ほどだが、名前はほとんど自分の世界でいう外国の人の名前に近い人ばかりだった。しかしこの人は明らかに日本人のような名前だ……よくみてみれば、顔立ちも日本人のようだし、もしかしたらこの人も日本から転生して来た人なのかもしれない。女神様の話からすると転生して来た人は自分以外にも居そうな口ぶりだったしありえない話ではない。
「えっと、ウィズリー・リーンです。今日冒険者になったばかりの駆け出しアークウィザードです」
《ならウィズりんって呼んでいい?ウィズりんかわいいよウィズりん……いたたたたたた!ご主人痛い、痛いって!鎧だって生きてる!虐待は許されない行為だと思います!ぼ、暴力はんたーい!!》
地面に倒れたまま、美国に踏まれるアイギスは痛がってる割にはどこか嬉しそうにしているのは気のせいだろうか。
「すまないな私の連れが……もしかしてこいつに何か不快なことでもされたりしたか?」
不快なことというと、いやらしい目つきで見られた事だろうか。まぁ別にそれほど被害があったわけではないので、曲がり角でぶつかっただけですと答える。
「そうか、怪我をさせてなくてよかった……ところで君はアークウィザードなのか?」
「あ、はい。まだ駆け出しですけど」
冒険者カードの職業の欄を見せると、納得したかのような顔をする美国さん。
「……今日冒険者になったばかりと言っていたな、ならパーティーはまだ決まってないんだろ?良かったら私のパーティーに入ってくれないか?」
ここで初のパーティー勧誘というイベントが起きてしまった。というか目立つ鎧を引き連れた女性……もしかしなくても、この人がブラッドの言っていた冒険者なのかもしれない。
「私のパーティーは明日からより高レベルの相手を求めて王都に向かうことになってる。ただ、パーティーメンバーがこの鎧と私を合わせて4人しかいないうえに、後衛職が少ない。そこでアークウィザードの君が入ってくれたらとても心強いんだが……」
冒険者生活初日にして、おそらく腕が立つであろうパーティーからの勧誘。断る理由なんてどこにもないとは思うが……
「お誘いは嬉しいんですけど……まだレベル2ですし、冒険者としての経験なんてまったくないんで足を引っ張ってしまうかもしれませんよ」
「構わないさ、流石に素人を危険なところへ連れ回すような真似はしない。王都に着いてからもしばらくは難易度の低いクエストを受けるつもりだし、君が私たちと同じレベルと経験を積むまではちゃんとみんなでカバーはするつもりだ」
うーん……それならいいかなと思うのも確かだが、同時に不安もあるのも確か。いくら女神様から大量の魔力をもらったと言っても、いってしまえばそれだけだ。例えば背後からモンスターに奇襲なんてされたら今の自分では対応するのは無理だと思う。カバーはするというこの人を疑っているわけではないが、絶対に安全とは言い切れないはずだ。
……となると、いきなり高レベルの場所に行くよりは、低レベルの場所で地道に経験を積んで行く方が安全なのかもしれない。けれどもせっかくの高レベルパーティーからのお誘いだしなぁ……
「……まぁ今すぐに答えを出せというのも無茶というものだな。なら、もし君が私たちのパーティーに入る気があるなら、明日の昼前までに街の入り口付近に停めてある馬車まで来てくれ。そうしたらそのまま共に王都に向かう。入りたくなかったら来なくても構わない……これでどうだ?」
頭をひねって考えていると、そう提案された。考える時間をくれるというのだ、もちろん承諾した。
「そうか、なら明日もう一度会えることを願うよ。では、失礼する」
《あ、ちょっとご主人置いてかないで。今まで空気になってたからって置いてかないで!》
美国さんの後をドタドタと追いかけるアイギス。
……もしパーティーに入ったらあの鎧もいるのかと思うと少し入らない方がいいのかなとも思えてくる。
「こ、こんにちはー」
街の片隅にある小さな建物、そこに訪れた自分は挨拶と共にドアを開ける。ドアの上に鈴か何かをつけているのか、カランカランと音を出したドアをくぐるとそこには、沢山とまではいかないが、そこそこの量の衣服が壁に飾られてたりテーブルの上に置かれていた。いわゆるここは服屋というやつだ。
現在自分が持っている衣服類はこの学生服だけだ。これでは明日の服がなくて困るので、サンにおすすめの服屋の場所をギルドから出る前に教えてもらいここに訪れたというわけだ。
……しかし本当にこの店営業しているのだろうか。入った時には店内に店員どころかお客も人っ子一人いないし、しばらく待ってみても一向に店員さんが現れない。
「あら、いらっしゃい」
「うぇひぃ!?」
仕方なく店内の売り物を見ていると、突如後ろから声をかけられた。驚きながらも後ろを振り向くと、そこにはおばあさんがニコニコした笑顔で立っていた。
ていうかめっちゃ心臓痛い、バクバクなりまくってる。
「おや?何処かで見た顔かと思ったら、今朝の子じゃないか」
自分もそういうおばあさんの顔に見覚えがあった、確か冒険者ギルドの場所を教えてくれてお金まで恵んでくれた優しいおばあさんだ。
にしてもいつの間に背後にいたのだろうか……気配どころか足音すらしなかったのだが。
「あぁごめんなさいね、ついつい昔のクセで人に近づくときは気配消しちゃうのよね」
いや、どんなクセだよ。昔は人を暗殺する仕事でもしていたのだろうかこのおばあさん……うん、まさかそんなはずはないよね。
「それで、冒険者にはちゃんとなれたのかい?」
「え、えぇ。お陰様で」
もしあそこでこのおばあさんに道を尋ねなかったら、登録手数料を払えずにバイトか何かをしていたことだろう。
「おっと、こんな年寄りと長話しにきたわけじゃないのよね。服を買いに来たんだろう?」
「あ、はい。3日分くらいの着替えを……その、下着も含めて」
「そうかいそうかい、何か気に入ったのはあったかい?」
おばあさんに背後を取られるまで店内をぐるっと見回してみたが、やはりというべきか、自分がいた世界のような服はあまりなかった。デザイン性がもはや別物という感じがする……適当に上と下の服を買ってもいいのだが、せっかく買うならしっかりとした身なりにしたい。街中を歩いていて、いきなり「あの人の格好ダサくね?」とは言われたくないのだ。
しかしここは異世界の服屋、先ほども言ったように自分がいた世界とは違う別物しかない。よってこの世界の服装のファッションというものをまだ知らないのだ。となると考えられる手は1つ……
「……実はどれも素晴らしいデザインなんでどれを買うか迷ってまして。このまま悩んでいても仕方がないので、良ければおすすめをいくつか見繕ってくれませんか?」
他人任せという言葉があるのを知っているだろうか?その名の通り他人に物事を任せることだ。それを今こそ使う時が来たのだ。
「ふふ、そういうことなら任せときな。あまり繁盛はしとらんけど、最近の流行には遅れてはいないはずだよ」
そう言っておばあさんは、店の奥へと消えていった。てっきりこの中から選んでくれると思ったのだが、店の奥におすすめのがあるのかな?
またぐるぐると店内を見回って10分ほどだろうか、おばあさんがそこそこ大きい袋を持って現れた。
……また背後を取られるのではないかと内心ビクビクしていたのは内緒である。
「ほら、下着も含めて3日分の着替えだよ」
「ありがとうございます」
袋を受け取り、お金を払おうとポケットに手を入れたところ、おばあさんになぜか止められる。
「いいよいいよ、今回は全部タダで」
「え」
この世界の服の相場がどのくらいなのかは知らない。しかし3日分の服となればそこそこの値段になるはずだ。それをこの人は今タダでいいと言った……
「あのー……流石に全部タダっていうのは」
「いいのよ、その代わり今度からこの店をご贔屓にしてくれると助かるんだけどねぇ」
なるほどそういうことか、ここで一度しかこないかもしれないお客にサービスすることで、常連にさせる。すると結果的にそっちの方が儲かるというわけか。見かけによらずなかなか図太いのかもしれないこの人。
もし将来自分が店を経営することになったとしたら、このおばあさんを見習って初見のお客には何かサービスをしていった方がいいかもしれないな。
……もし魔王を自分が倒して、無事に男に戻れた時にはこの世界で店を構えてのんびり過ごす……そんな未来もありなのかもしれない。
「そういうことでしたら……ではまた来ますね」
「はいよ、気をつけていきな」
袋を受け取り、おばあさんに一礼してから店を出た。
外に出ると空は既に夕暮れ色に染まりつつあった。
今自分は、人生で1番躊躇をしている場面に陥っていた。
おばあさんの店で服を買った……というよりもらった後、他の店でも雑貨類といった小物を買い漁り、この街の宿の一室を借りた。駆け出しの冒険者はいきなり宿に泊まることはないらしく、より値段の安い馬小屋で寝泊りをするらしいが、初日から幾らかのお金を手に入れた自分は惜しみなく1泊分の値段を払い宿に泊まることにした。これもおばあさんが無料にしてくれたおかげで、浮いたお金ができたからだ。これからはおばあさんのお店に足を向けて寝れないことだろう。
そんなこんなで宿に荷物を置いて、自分が向かったのは街の一角にある風呂屋だった。日本でいうと銭湯という施設のことだ。自分が泊まった宿には風呂なんてものは備え付けられてないらしく、宿屋の店主に聞いたところこの場所を教えてくれたのだが……
「……どうするべきか」
ここに何をしに来たのかというと、もちろん風呂に入りに来たのだ。しかしここで問題が1つあった……
今の自分の体は、どこかのうっかり女神様のせいで女になってる。つまりこのまま風呂に入るということは服を脱いで、その体を直視してしまうことになる。思春期真っ只中の自分にとってそれはうれし……とても困ることなのだ。いくら自分の体だからといっても、女体をまじまじと見ることなんて許されるはずが……
「…………」
ふと自らの胸部を見てみる。そこには見事な山が2つ……
ゴクリと、唾を飲む音が聞こえた。
結局欲望に負け……いや負けたわけじゃないし、どうせいつかは通らなければならない道なのだ。これは仕方のないことだ。
お金を払いさっそく女湯の方に行くと、迷わず脱衣所に入った。大丈夫、俺は今女の子。これで中に他の女性がいたとしても変態扱いされることはない。そう自分に暗示をして、ドキドキが5割、期待が5割の状態で服を脱ぎ捨て、脱衣所から湯船のある部屋への扉をゆっくりと開ける……するとそこには。
「……誰もいない」
脱衣所で服を脱いだ時に、他の人の服がないことから既に察しはしていたが、見事に誰もいなかった……別に期待とかしてないから、期待とかしてなかったから。
まぁいないならいないで好都合というものだ……
「こ、これは確認……確認作業だから仕方のないこと」
誰もいないのに独り言で自分に言い聞かせる自分が少し情けないなと思いつつ、自らの胸部を触ってみる。
「や、やわらかい……」
初めての感触に素直な感想を述べる。なるほど、男はみんな胸が好きという誰かの言葉は案外的を得ているのやもしれない。この弾力は癖になりそうだ。
しばらく一心不乱で感触を堪能していると、なんだかだんだん頭が熱くなって、体が火照っているような感じがした。まだ湯に浸かってすらいないというのにどうしたことか……
そしてふと視界の端にあった、壁に備え付けられている鏡をみてみる……そこには顔を真っ赤にしながら自らの胸を揉みしだいている自分の姿が……
「あああああああ!」
誰かがそのまま忘れていたであろう、壁の端にあった水が張った桶を両手で掴み、そのまま中身を頭の上からかぶる。とっても冷たかった。
「はぁ……はぁ……何してんだろ俺……」
頭どころか体も冷えてようやく冷静になってきた。
本当に誰もいなくてよかった……うん。
軽い自己嫌悪になりつつも、体と髪を洗ってから湯船に入る。程よい温度が程よく疲れた体に染み渡ってとても心地が良かった。こう見えても自分は結構入浴という行為は好きで、あっちの世界にいた時は親に頼んで各地の有名な温泉のために旅行に連れてってもらったりしていたのだ。その時のことを思い出しながら浴槽の縁に顎を乗せゆったりしていると、それは突然起こった。
誰か入ってきたようだ。カラカラという音と共に脱衣所と浴槽があるここを隔てる扉が開かれていく。ここは街の人が共同で使える風呂なので、他の人が入ってくるのは別に不思議ではないのだが、入ってきた人になんだか見覚えがあるような気がしてついついその人物を凝視してしまい、あちらの方もその視線に気づいたのかこちらを見てきた。
肩口くらいに揃えられた銀髪の女性は、ブラッドと一緒のパーティーのロザリーだった。
まさかこんな所で再会するとは思わなかった……あ、というかなんかこっちに近づいてきてないか?や、まってください、さっきようやく落ち着いたばかりなのにまた意識しちゃう!
そう思って頭では見てはいけないと考えているのに、体は正直なのか近づいてくるロザリーに目が釘付けになってしまい動けない。
やがてお互い顔をはっきりと認識できるくらいの距離になり、やはりというべきか、男の本能には逆らえずにロザリーの胸部を……
そこには真っ平らな壁しかなかった。
「あーやっぱりウィズリーさんじゃないですか、こんな所で奇遇ですね……って、あの……なんで期待はずれだったみたいな顔してるんですか?」
「ふーん、じゃああの後例の鎧引き連れた女性冒険者に会えたんだ」
自分と同じように体を洗い終えたロザリーが自分の横に陣取る様に浴槽に入ってきた。しばらく世辞話を含めた話をして、今ではお互い敬語なんていらないほど仲を深めていた。
というかてっきり同い年くらいかと思っていたが、ロザリーもサンと同じく18歳らしい。ロザリーの方も年下だとは思っていなかったらしく、自分の年齢を知ると突然自分の胸と自らの胸を見比べながら深いため息をつかれた。どうやら気にしている様だ。
「それで?その人のパーティーに入るの?」
「うーん……実はまだ迷ってて」
「どうして迷うのさ?絶対そのパーティー入った方が良いとあたしは思うんだけど」
確かにその通りかもしれないが……それでも安全性を考えるとやはりこの街で冒険者としての経験を積んでからでも遅くないとは思う。
「まぁ後悔しない方を選びなよ、あたしはちゃんと後悔しないようにこうして冒険者の道を選んだんだから」
「ん?何かあったの?」
そんな言い方をするということは過去に何か大きな決断をして冒険者になったということなのだろうか。
「あー……まぁそれほど大した理由ではないんだけどね。なんだと思う?あたしが冒険者になったきっかけ」
ふむ、無難な答えだと、お金が欲しい、魔王を倒すとかだろうけど……胸を大きくしたかったからとか?
ふと目線の先にロザリーの胸部を捉えたため、そんな変なことを考えてしまう。
「ねぇ、今なんであたしの胸みたの……?」
「みてないですよ」
「みたでしょ?」
「…………」
「せめてこっち向きなさいよ」
大丈夫、胸の大きさだけが女性の全てではないし、一部の人には人気があるよ。なんてこと言ったらこのまま浴槽で溺死させられそうなのでやめておく。
「……あたしの家系はね、昔からエリス教を信仰してる家系でね。結構有名な教会で神官とかの仕事を代々受け継いでるのよ……」
エリス教……?多分この世界の神様を崇めるための組織のようなものだとは思うが、無宗教な自分にはよくわからない。
「でね、本来ならあたしが父の仕事を受け継ぐ予定だったんだけど……弟に丸投げしてきちゃったの」
少し悲しい顔をして続けるロザリー。
「別にエリス教徒であることや神官が嫌ってわけじゃないの、むしろあたしだって熱心なエリス教徒の1人なんだから……でもね、ある日幼馴染が冒険者になるって聞いて、なんでか知らないけどそいつのことが心配になってきちゃってね、色々あって結局そいつの後を追うようにあたしも冒険者になったの。もちろん両親には最初猛烈に反対されたけどね」
そこも色々あって両親も最終的には折れてくれたからこうして冒険者になれたんだけどね。そう付け足すロザリーは先ほどの悲しい顔ではなく、笑いながらそう言った。
「でも今この瞬間後悔なんてあたしはしてない。冒険者になったことに後悔はしてない。だからウィズリー、貴女も後悔しない道を選べば良いと思うわ」
「……そうですね」
後悔しない道か……王都に行くかこの街に残るか、どちらの方がメリットがありデメリットがないかを天秤にかけているだけなので、そんな大袈裟なことではないんだけど……まぁいいか。
そろそろのぼせてしまいそうなので、ロザリーにお礼と別れ告げ外に出ると、既に日は暮れていた。
「……女物しかないんだけど」
宿で一晩休み、次の日の朝。服屋のおばあさんから貰った袋の中身を広げてそんなことを呟く。部屋に備え付けられてるベッドの上には、明らかに女物の服が3着分……うん、まぁ男物くださいとは言ってなかったし当然といえば当然の結果なんだろうが。ちなみに下着の方も当然女物だった。
ていうかこの世界にもブラジャーってあるんだ……てっきりサラシとかそういうものしかないと思ってたけど。
しかしどうするべきか……いや、着るしか選択肢ないんだけどね。洗ってないシャツを着る趣味はないし。
「お、おぉ……!」
とりあえず下着を着用してみたのだが、これは素晴らしい。実は昨日から胸の重みなのか少し肩などが痛かったのだが、ブラをつけるだけでかなり楽になった。なにこれすごい……
着替え終わった後、宿屋から外に出る。昨日寝る前までこの街に残るか否がをかなり悩んだ結果、ようやく答えが出せたため、外に出たのだ。正直な話、女装して街中を歩いている気分なのでめっちゃくちゃ恥ずかしい。
やがて目的地に着くと、そこには昨日会った黒髪の女性と、派手な鎧、それに男の人が2人馬車の前で荷物を積んでいたりの作業をしていた。
「おや……また会えて嬉しいよ」
こちらに気づくや否や、声をかけてくる女性……美国さん。
「ここに来てくれたということは答えは出たようだね」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「来ないね」
「……来ないな」
同じパーティーメンバーであり、腐れ縁のロザリーがジュースの入ったコップを両手で包みながらそう呟く。
なにが来ないのかというと、新しいパーティーメンバーだ。昨日の午後からパーティー募集の張り紙をしたのだが、一向に志願者が現れない。まぁ当然といえば当然なのかもしれない……何せここ最近新人の冒険者があまり現れないのだ。駆け出しの街とは言うが、毎月ごとに100人新しい冒険者が増えると言うわけではない。せいぜい多くて10人程度がいいところだ。そんな新人不足の中、わざわざパーティーを変えたいという冒険者もいるわけがなく、こうしてたった2人のパーティーの俺たちは、暇を持て余しながら来るかもしれないという淡い期待を持って待ち続けているのだ。
「ねぇやっぱりさー、ウィズリーを入れてあげたほうが良かったんじゃない?調子に乗って格好つけちゃってさ……何が、『君はこのパーティーに入らないほうがいい』よ。」
「う、うるさいな……それがあの人のためでもあるのは事実じゃないか」
実は昨日、俺たちのパーティーに入りたいと言ってくれた人がいた。だけどその人は、初めからアークウィザードになれるほど優秀な冒険者だった。だからこんな弱小パーティーに入ることはないと断ってしまったのだが……少し後悔している。
ロザリーから聞いた話だと、あの後すぐに彼女は例の王都行きの冒険者パーティーに勧誘されたらしい。きっと今頃はあの人達と一緒に王都行きの馬車に乗っているころだろう。
あまりにも暇なので、簡単なクエストでも受けようかと思い席を立とうとした……それと同時に後ろから声を掛けられた。
「パーティー募集の張り紙を見たんですけど、今お時間はよろしいですか?」
「ッッッ!?あ、はい!大丈夫ですよ!」
一瞬何を言われたのか理解できなくて、理解できた瞬間喜びの感情が出てきた。まさか本当に来てくれるとは思わず、声が裏返ってしまった。ロザリーの方も目を丸くして、信じられないような顔をしている。どこかで聞いたことあるようなその声の人物を視界に入れようと後ろを振り向く……そこには。
「……え?ウ、ウィズリーさん……?」
そこには昨日会ったばかりのアークウィザードの彼女が笑顔で立っていた。
「ど、どうして?王都の方に行ったんじゃ……」
「あぁ、それなら断ってきちゃいました」
まるで問題なんて何もない、そんな風に答える彼女。
なぜ彼女は凄腕の冒険者パーティーの勧誘を断ってまでここにいるのだろうか……そんな自分の心中を悟ったかのように彼女は言葉を続けた。
「単純な理由ですよ。冒険者をしている限り、必ず危険なリスクというものはつきものです。それならこの街で経験を積んでから、その危険なリスクとやらに突っ込んだほうがまだ安全ですからね」
私は安全な方を選んだだけです。そう言う彼女に嘘を言っている様子は感じられなかった。
「……それでは、改めてお聞きします。私をパーティーに入れてくれませんか?」
「え!あ、えとその……」
ロザリーの方をチラッと見てみると、笑いながらゴーサインを出してきた。
……まぁ彼女がそう言う以上、これ以上自分がとやかく言うつもりはない。それならばここは自分の心に正直に従うべきだ。
「もちろんです。俺たちのパーティーにようこそウィズリーさん!……そしてありがとうございます」
そう言って右手を彼女に向けて差し出すと、彼女も右手で握り返してくれた。
「よろしくお願いします」
「!!……こ、こちらこそ……よ、よろしくお願いします……」
笑顔で微笑む彼女の顔が目に入った途端なぜか胸が締め付けられるような、なんというか恥ずかしくなってきた。
握手を解いてからも、その右手に残った彼女の手の感触がとても暖かく感じられた。
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この魔道具でモンスターパーティを!
親愛なるお父さん、それとお母さん。お元気でしょうか?
まずは最初に、事故とはいえ親よりも先に逝ってしまったことを深く謝罪します。どうかこの不甲斐ない親不孝者の息子を許してください。そしてもう1つ、お2人に謝らなければならないことがあります。
色々あって私は異世界で魔王討伐を目指すことになりましたが、その過程で私はあなた達の息子ではなくなってしまいました。ごめんなさい……あ、別に縁を切ったとかではありません。
ただ、息子のムスコがなくなってしまい、息子から娘にジョブチェンジしてしまっただけなので安心してください。これも事故のようなものでしたが、幸いにも息子に戻る手段はまだ残されています。
そして可能なら……こんな両親に迷惑をかけっぱなしの元息子、現娘ですが、可能なら私を助けてはくれないでしょうか?虫がいい話だとは思いますが、せめてどうか今のこの状況を乗り越えられるよう祈ってはくれないでしょうか?
「いやぁぁぁぁぁぁ!く、食われる!」
「ロザリー!しっかりしろー!踏ん張れ、踏ん張るんだ!今こそ、脳筋プリーストの通り名に相応しい実力をそのカエル共に見せつけるんだ!」
そう……この状況。
「ちょっっっとぉぉぉ!その通り名考えた奴と広めた奴あとで教えなさい!あたしがその通り名に本当に相応しいかどうかを、そいつらにも味わってもらって確かめてもらうから!」
何十体といる異世界のカエルの大群から無事に生きて帰れるように……
「おりゃああああああ!」
「おぉすごい!カエルの口をこじ開けた!いいぞその調子だ!流石昔から鍛えてるだけあって筋肉女だな!よし、可能ならそのままの状態を維持しといてくれ。後で助けるから」
「は、はやくね!?流石にあたしもきついからね!?ていうかあんた今あたしのことなんて呼んだ!?」
どうか祈ってください、お願いします。
「それじゃあ改めて自己紹介しますか!あたしはロザリー、エリス様をこよなく信仰しているプリーストよ」
「俺はブラッド、一応パーティーのリーダーをしてるソードマンです」
4人用のテーブルの向かい側の長椅子にロザリーとブラッドが座り、改めて自己紹介をしてくれた。
「ウィズリー・リーンです。駆け出しのアークウィザードをやってます」
この世界の人は名前1つしかないのが基本なのだろうか。ファミリーネームを含めた自分の名前を聞いて特に気にしているような素振りをしてないところをみると、複数の名前を持っていることは珍しくはないと推測できるが……まぁ今は関係なことだし考えないでおこう。
「よろしくねウィズリー!ていうかウィズリーもブラッドも固いって。もっとお互い砕けた感じで良いと思うわよ」
確かにそれは一理あるかもしれない……これからはお互いの命を預け合う関係になるのだ。敬語で話すより、親しい友人のような関係に近い方が信頼も厚くなるというもの。
「そ、それもそうだな……えっと、よろしく……う、ウィズリー」
「……よろしく、ブラッドにロザリー。それと私のことはウィズって呼んでくれてもいいよ」
個人的には年上の方達に敬語なしというのは変な感じがするのだが……あちらが良いと言ってるのだ、それを無下にするのもどうかと思うので、ここは遠慮なくいかせてもらおう。まずは親しみやすいように愛称を2人に教えておく。
「そうか、じゃあ……ウィズ……」
少しだけ恥ずかしそうにするブラッド。きっと人の愛称だとか、あだ名とかで呼んだことないのだろう。
「ちょっとブラッド。何顔赤くして鼻の下伸ばしてんの?もしかしてウィズの胸でもみて興奮したの?明日までに『年下の女の子の胸をみて興奮するソードマン』って街中に広めておいてあげようか?」
「や、やめろ!だいたい興奮なんかしてないからな!?」
「はっ……!?ま、まさかあんた……いつもあたしの胸をいやらしい目つきで見てたんじゃ……」
ロザリーが自らの胸部を隠すように両腕で覆う。それをみたブラッドは……
「……ふっ」
「あっ!!」
鼻で笑い、そんなブラッドに襲い掛かるロザリー。周りの人が気にも留めないところをみると、この2人のやりとりは日常茶飯事のようなことなのかもしれない。
「おうおう、また騒いでるのかお前らは……ん?嬢ちゃんみねぇ顔だな」
止めるべきか迷っていると、いつの間にか近くまで来ていた若い男がいた。背中にやけにでかい大剣を持っているということは彼も冒険者なのだろう。
そんな彼が、自分を見るなりそう聞いてきた。
「えっと、初めまして。昨日冒険者になりました、ウィズリーです」
いちいちファミリーネームを言わなくてもいい気がしてきたので、これからは名前だけでいいだろう、そう思いながら目の前の男に挨拶をする。
「そうかそうか、俺はトーンっていうんだ。あっちで座ってる3人のやつらとパーティーを組んでる冒険者だ」
トーンが指差した方を見ると確かに男2人と女1人が同じテーブルで飲み食いしていた。
「まぁよろしくな……ところでよ、もしかしてこの2人とパーティーでも組んだのか?」
この2人とは、床の上で寝技をかけてるロザリーと、かけられてるブラッドのことだろうか。
「えぇ、ちょうどさっき組ませてもらいました」
「ほぉ……そりゃめでたいな。あいつらなかなかパーティーメンバー増えなくて、ここ最近は元気なかったみたいだからな……俺からも感謝しとくぜ。これからもあいつらをよろしくな」
なんだこの人めっちゃ良い人だ。正直冒険者っていうのは荒くれ者がほとんどの集団というイメージがあったが、どうやら違ったようだ。
というかこの異世界にきてからまだ1日しか経っていないというのに、出会った人たちはみんな自分に良くしてくれる良識のある人達ばっかりで本当に助か……いや、
「ところでよ、嬢ちゃんは何の職業なんだ?」
「アークウィザードです……」
不意にそう聞かれ素直に答えようとするが……
「アークウィザード!?……よし嬢ちゃん、あの乳くりあってる連中のパーティーより俺のパーティーに入らないか?入って欲しいな、いや入ってください」
「……けど……?」
最後まで言い切る前に早口で言われてしまい少し戸惑う。
あれ、この人さっきまで祝福してくれてたような気がしたんだけど……
「そこの将来ハゲそうな顔してるトーン!何いきなり手のひら返しで人様のパーティーメンバー引き抜こうとしてるのよ!ウィズも相手にしなくていいから!」
「あだだだだ!ロ、ロザリー!折れる、折れるから!ギブギブ!」
「別に折れても平気よ、何のためにあたしがプリーストで回復魔法使えると思ってんのよ?仲間の傷を癒すためでしょ?」
「確かにそうだけど!確かにそうだけど違う!仲間から傷つけられた傷を癒すって意味ではないと思うぞ!」
うつ伏せになった状態でロザリーに馬乗りされ、腕と頭を床に押さえつけられているブラッド……おかしいな、記憶違いでなければブラッドはソードマン、ロザリーはプリースト。明らかに戦士職のブラッドの方が有利だと思うんだが……
「は、ハゲ……いや、まだ……まだ大丈夫なはずだ……」
隣ではロザリーの言葉にショックでも受けたのか、少し震えて俯いてるトーンがいた。
「その、流石に加入してすぐに脱退するなんてことはできないので……ごめんなさい」
「あ、あぁ……そうだよな。すまんな、1人で舞い上がってて」
それじゃあな、そう言って離れていくトーンの背中は少しだけ悲壮感が漂っていた……そんなにショックだったのだろうか。
「……とりあえず2人とも一旦落ち着かない?」
ありとあらゆる挌闘技でブラッドを痛めつけるロザリーは、正直言ってプリーストには見えない。
流石にこのまま眺めているわけにもいかないので、2人に……というよりロザリーに対して制止をかける。
「あぁ、そういえばこんなことしてる場合じゃなかったわね」
立ち上がったロザリーは小声で何かを呟くと、ブラッドの体が微かな光に包まれた。多分回復魔法を唱えたのだろう。
しかしいくら魔法で癒せるからといって、一方的に痛めつけるのは人としてどうかと思うが、彼女はそのあたりどう考えているのだろうか。
「いってぇ……お前ほんと昔から暴力的だよな。それでも聖職者なのか?」
「当たり前じゃない、私は立派な聖職者よ。さっきのは人の胸を『まるでアクセルの外の平原の様だ』ってバカにするから天罰を与えてやったのよ」
「……俺何も言ってないよな?」
どうやらロザリーに胸の話をしてはいけなさそうだ……分けれたら自分のを分けてあげたいくらいだ、と言ってあげたいが、まぁそう言ったら言ったで胸をもぎ取られそうなので絶対に言わないでおこう。
「さてと……じゃあまずは親睦会を開きたい所なんだけど、せっかくなら何かクエスト受けて、資金調達といきましょうか」
ブラッドの言い分を完全に無視して話を進めるロザリー。
確かにパーティーでクエストというのは何だかワクワクしてくる。ブラッドの方も慣れっこなのか、ロザリーに対しては何も言わずに一緒にギルドの端の大きなボードへと歩みを進める。
その大きなボードにはたくさんの紙が貼ってあった。言わずもがな、この紙にクエストの内容が書いてあって、このボードはそれを張り出すためのものだろう。
「うーん……何かいい感じの」
ブラッドとロザリーもボードに目を集中させている。自分も張り出されている紙に順に目を通してみる。
「……アリゲイターの討伐、トビウオの捕獲、新しいポーションの実験体求む」
こうしてみると本当に色々なクエストがある。グリフォン同士の縄張り争いを止めてくれ、なんて物騒なクエストもある。
しかしどのクエストがいいのかさっぱりわからない……自分が最初に受けたゴブリン退治のクエストは難易度的には優しいものだとは思うが、こうしてみてみると聞いたことがあるような名前のモンスターから全く知らない名前もある。どのモンスターがどの程度危険なのかわからないのだ。
何も討伐系を受けなくてはならないというわけではないが、報酬が書かれた欄をみてみると、やはり討伐系が良い金額をしている。今後のことを考えると資金はたくさんあった方が良いとは思うが……
「……機動要塞デストロイヤー?」
その中で、他のクエストよりもズバ抜けて報酬金が高い張り紙を見つけた。
機動要塞デストロイヤーを落とし穴にはめるための作戦を手伝ってくれる方募集……要約するとそんなことが書かれていた。
「ねぇ、機動要塞デストロイヤーって?」
どうしてこのデストロイヤーとやらの依頼だけ報酬が高いのだろうか、そう気になったため2人に問いかけてみる。
「え?デストロイヤーはデストロイヤーよ」
「あーそういえば新しい作戦が出来たとか言ってたな……でもあのデストロイヤーのことだから、落とし穴に落ちてもジャンプとかしそうだけどな」
「確かに、あの八本脚でならやりかねないわね」
どうやらデストロイヤーはこの世界では一般常識に部類するらしい。八本脚のモンスターか何かなのだろうか……
「まぁ今からじゃ作戦開始にまで間に合わないし、そもそもやりたくないけどね」
「同感だな、例えリザレクションが使えるプリーストがいたとしてもごめんだなあれは」
そんなに危険な存在なのか機動要塞デストロイヤー。名前からして確かにデストロイな感じはするが。
しばらく3人でどのクエストが良いのか話し合っていると、ギルドの職員らしき人がやってきて、ボードに新しいクエストの紙を張り出した。
「……お?ねぇ2人とも!これなんてよくない?」
張りたてホヤホヤの紙を引っぺがして、自分とブラッドに見せてくるロザリー。
「ジャイアントトード10匹の討伐……報酬は20万エリスか。確かに美味しいクエストかもな」
ジャイアントトード。確か昨日自分の魔法により、予定より早く冬眠から目が覚めてしまったモンスターの名前だったはずだ。
「ジャイアントトードってどんなモンスターなんです?」
そう聞くと2人は少し驚いた顔をした。
「ジャイアントトードを知らない……デストロイヤーも知らないような口ぶりだったし、もしかしてどっか遠い田舎から来たの?ウィズって」
どちらかというと割と都会の方に住んでいたので、田舎ではないと思うが遠い所から来たというのは合っている。
「ジャイアントトードは……まぁ簡単に表すならデカいカエルだな」
「そいつらは繁殖の時期になると体力をつけるために、エサの多い人里近くまで現れることもあってね、よく農家の人や家畜が行方不明になったりするわ」
なるほど、要するに肉食のカエルか。めちゃくちゃ怖いんですけど……
「あとは打撃系の攻撃が効きにくかったりするけど、何よりそいつはね……」
「「食べると美味しい」」
なるほど、美味しいのか。めちゃくちゃ食べたくないんですけど……
ていうか酒場のメニューにあったカエルの唐揚げってもしや……
「まぁ大丈夫よ。しっかりと距離を保ちつつ1匹ずつ仕留めていけば捕食されることはないし、もし捕食されてもその間は動かないから、他の人に助けてもらえばいいだけの話よ」
「しかも結構経験値も貰えるから、このクエストは結構美味しいな……しかし昨日大量に狩ったはずなのにまだいるのか?」
まぁいつかは通らなければいけない道だし、3人もいればどうとでもなるだろうとと考え、そのクエストを受けることにした。
パーティーを組んでの初の依頼、少し不安もあるが楽しみでもある。
「あ、ウィズ。もしかしてパーティー組んだの?」
クエストを受けるために3人で受付の窓口へ行くと、サンがいた。
「まあね……それでこれ受けたいんだけど」
「ジャイアントトード10匹ね……一応期限は5日あるから、焦らず慎重にやるのよ?そっちの2人も昨日みたいに突っ走って食べられないようにね」
「わ、わかってますよ」
「ちょっとまて、俺は突っ走ったりしてないぞ!昨日はロザリーが1人で……」
「あたしに『あいつを倒せば良い装備が買えるぞ』って煽ったのあんたじゃない」
「…………」
後ろの方で微妙な空気が流れるなか、サンは話を続けた。
「今年はどうやらジャイアントトードが大繁殖してるらしくてね、昨日謎の爆音によって冬眠から覚めたジャイアントトードはまだまだいるみたいなのよね……まぁ駆け出し冒険者しかいないとはいえ、そんなに手強い相手じゃないし、冒険者の人にとっては美味しい獲物になるからむしろ喜ぶべきなのかしら?」
「つまりあたし達が今この美味しいクエストを受けられるのは、昨日の謎の爆音のおかげってわけね」
謎の爆音により、冬眠から覚めた大量のジャイアントトード。そんな冒険者からしたら2つの意味で美味しい獲物のクエストを、こんな早い段階で受けられるのは例の爆音のおかげ……
あれ?これってマッチポンプっていうやつなんじゃ……
「それじゃあ、気をつけて行ってらっしゃい」
少し後ろめたい気持ちを持ちながら、サンに見送られてギルドを出た。
「じゃああたしはあそこの防具屋で頼んだもの取ってくるから、お互い終わったら街の入り口で集合ってことで」
「わかった……じゃあ俺たちも行くか」
店らしき建物の中へと入って行くロザリーをブラッドと2人で見送ってから、目的の場所へと2人で向かいはじめる。
ブラッドとロザリーは昨日の臨時収入のお金で新しい装備を購入したそうだ。ロザリーは新しい防具、ブラッドは新しい武器を。
せっかく買うならいい質のをと、2人は思い切って奮発してオーダーメイド製の装備を店で頼んだらしい。それらが今日の昼には完成予定されていたため、こうして依頼を遂行する前に受け取りに行くことになったのだ。
そして自分はブラッドと共に武器屋に行き、自分用の武器を買うことした。魔法使いの武器といえば杖なので、杖を買うつもりだ。
別に杖がなくとも魔法は発動できる……が、杖があった方が魔法の威力も上がるし、ないよりかはあった方がいい。
そんなわけでブラッドと一緒に街を歩くこと数分、どうやら目的の場所へ着いたようだ。
「いらっしゃい……おう、お前さんか。ちょっと待ってな」
店に入るなり、店主らしき人がブラッドにそう言ってカウンターの奥に消えていった。時間にして数十秒後、鞘に収まった状態の直剣らしきものを手に持って現れた。
「ほらよ、時間と金がもう少しあればもっと良いのが作れたんだがな」
「いえ、今の俺にはこれくらいが丁度いいですよ」
受け取った剣を鞘から半分だすような形で眺めるブラッド。
「……そっちの奴は新しい仲間か何かか?」
横で2人のやり取りを眺めていると、店主らしき人がこちらに視線を向けブラッドにそう聞いた。
「えぇ、今朝仲間に……それで実は彼女の武器も買いたいんですけど、魔法使い用の武器は扱ってますか?」
「あー……あるにはあると思うが、魔法使い御用達の専門店じゃないからそんな良い代物は置いてないぞ」
どの道そんなにお金は持ってないので、今はとりあえず安物でもいいからと店主に告げると、またカウンターの奥に消えていった。今度は時間にして数分、木製の棒らしき物体を片手に現れた。
「あるのは店の奥で埃かぶってたこれくらいしかないな……」
店主の言う通り、先端に小さい水晶玉のようなものが取り付けてあるその棒はどこか埃っぽかった。
「どうせ他に誰も買わんだろうし、千エリスで売ってやるよ」
「えっ」
いくらくらいになるのか予想ができなかったため、いざとなったらブラッドから少し借りる手筈だったのだが、まさかの千エリス。これは安すぎる。
「遠慮しなくていいぜ。むしろ置き場所に困るし、かといって処分するのも勿体無いからな」
「あ、ありがとうございます」
財布から千エリスを取り出し店主に渡す。そして店主からは棒……埃かぶった杖を受け取った。
しかし服屋のおばあさんしかり、なんだかサービスされっぱなしなような気がするのは気のせいだろうか。いや嬉しいのは確かだが……
「またのお越しをー」
少し気が抜けたような店主の声を背中に受けながら店を出る。
そして歩きながら70センチ程度のその杖の埃を落とすように、軽く片手で振り回してみたりする。案外重量があるのか、安定して振り回すことができた。もちろん周りに、特にブラッドに被害が及ばないよう少し距離をとってから振り回している。
「……器用なんだなウィズは」
棒状の物を振り回すしてるうちに、昔近所の友達と棒切れでチャンバラごっこをよくしていた頃を思い出し、自分が会得している棒術の一端をブラッドの横で披露していると、賞賛の声がブラッドから聞こえた。そんなに凄いものではないので、マジマジと見られると少し恥ずかしいのだが。
「いやいや、普通に棒術芸としても食っていけるレベルなんじゃないか?素人の俺でも凄いと思えるんだぞ、それに周りの人もほら……」
そう言われ辺りを見回してみると、確かにみなが自分に視線を向けている。それもその顔は驚きと感心のような表情をしている。
ふむ……そんなに凄いのかな自分の棒遊びは。
それを確かめるため、手だけでなく足も使った棒回しなどを披露してみると、周りからさらに驚愕と感嘆の声が上がった。
……悪い気はしないかもしれない。
「ウ、ウィズ?もう充分だからな……早く行かないとロザリーのやつが……って凄!?どうやってるんだその手足の動き!?」
うん、悪い気はしない。
結局10分ほどその場で棒術を披露してしまい、しまいには見物人の人達からおひねりが飛んでくるようになったくらいの時にブラッドに「もう行くぞ!」と言われ、そのまま手を掴まれてしまった。
「あ、あのブラッド?私が悪かったからそろそろ離してくれない……?」
「え?……あ、あぁすまない!」
ぶっちゃけ今の
詫びと共に手を解放され、再びブラッドの横を歩く形で歩みを始めた。
「……?顔赤いけど大丈夫?」
ふと横のブラッドを見てみると、先ほどまで自分の手を掴んでいた己の手を凝視しながら顔を紅葉並みに染めていた。
「だ、大丈夫だ!ちょっと陽射しが暑くてな……」
確かに風が程よく吹いていて涼しくはあるが、太陽の方も負けないとばかりに輝いている。この世界に季節の概念があるとするならば、今は春くらいの季節なのだろう。
やがて大きな街道に出て、道の端には出店のようなものがいくつも並んでいた。おそらく商店街的な場所なのだろう。
「よっ!そこのお2人!冒険者の方とお見受けしますが、これから街の外でクエストに行かれますのかな?でしたらぜひぜひウチの店に寄っていってください、きっと役に立てますよ!」
様々な店の人から呼び込みを受けながら歩いていると、自分とブラッドに向けて呼び込みをする声が聞こえたため、反射的に声の方向を向く。
「へぇ魔道具屋か、こんな駆け出しの街で魔道具の出店なんて珍しいな」
木製のテーブルの上には、本のようなものだったり、小さい瓶に液体が入っているようなものがいくつか置いてあった。
「いつもは別の街で商売をさせてもらってるんですが、そろそろ営業場所を増やそうかと思いましてね。ならばライバルが少なそうな街でやらせてもらおうと今日から開店したというわけなんですよ」
魔道具……つまりゲームでいうと特殊な効果を持ったアイテムのようなものだと思う。言い換えるならマジックアイテムだろうか。
「そちらの方は魔法使いの方でしょうか?それならこれなんてどうでしょうか?」
まだこちらは何も言ってないのに商売を始めるあたりプロなのかもしれない。
魔道具屋の人はテーブルに置かれた、多少の厚みがある本を一冊手に持った。
「これは……?」
「こちらの本にはなんとですね、この世界の魔法に関して示されてる辞書のようなものでしてね。『魔法辞典』というものです」
魔道具屋の人が魔法辞典とやらの1ページ目をめくると、そこには『初級魔法 ティンダー』と見出しがあり、その下にはその魔法の説明らしきものが書いてあった。
さらにめくっていくと、色々な魔法の名前と説明が書かれているページが続いていた。
「この街は駆け出しの冒険者の方が多いでしょう?右も左もわからない魔法使いの方は、『一体どの魔法から覚えたらいいの?』と悩みを抱えることでしょう。しかしそこでその悩みを解決するのがこの魔法辞典!この一冊さえあればどの魔法がどう役に立つのかがすぐにわかっちゃう優れもの!」
「おぉ……!」
何それ欲しい……店の人の言う通り、右も左もわからない自分は取り敢えず
しかもよくよく考えれば今爆裂魔法しか習得していない。これから討伐しにいくジャイアントトードに向けてその魔法を放てばどう言う結果が待っているのかは目に見えている。つまり爆裂魔法以外にも、しっかりとしたまともな魔法を習得しなくてはならないということだ。
「さらにこの辞典の1番後ろのページのこの光ってる部分を押すことで、ウィザード系の魔法だけでなくプリースト系や他の職業の魔法も知る事ができちゃうんです!ほら、本の中身が変わったでしょう?」
光る部分を押した瞬間、辞典が一瞬光って本の中身がさっきとは変わっていた。
「今ならなんとこの辞典専用のブックホルダーと、収納魔法がかけられているこのポーチをつけてお値段たったの1万エリス!さぁ買い……」
「買います」
「ます……か。……え、あぁ!お買い上げありがとうございます!」
これは買うしかない。買う以外の選択肢なんてあるのだろうか?いや、ない。
すぐさまお金を渡し、商品を受け取る。
腰に小さい革製のポーチと、ポーチのベルト部分には十字の形でホルダーに取り付けた辞典がぶら下がっている。さらには大き過ぎず小さ過ぎずの杖……見てくれは完璧に魔法使いなのではないだろうか今の自分は。
「に、似合ってるぞ」
ブラッドに感想を求めてみたらそう返事が帰ってきた。その内トンガリ帽子やローブとかも手に入れた方がいいかもしれないと心に刻んでおく。
「……?店主さん、この魔道具だけやけに安いですけどどうしたんですか?」
テーブルの上に置かれている品のうちの1つだけ、百エリスと他のものに比べてやけに値段が安いものがあった。それは六角形の形をした掌ほどの箱のような物だった。
「ああそれは確か……かなり前に紅魔族の魔道具職人と名乗る若い男が来ましてね。お試しとして自分の作った魔道具を置いてくれた頼まれまして……結局断りきれなかったので商品としては出してはみたのですが誰も買わなくて……」
「どんな魔道具なんですか?」
売れないということは、その魔道具に何らかの問題があるとかだろうか。
「この魔道具は魔力を込めると、一定範囲内のモンスターを誘き寄せることができる魔道具らしいです」
「誘き寄せる……ですか」
「えぇ、作った本人曰く、例え姿を消すモンスターや土の中に隠れているモンスターだろうと誘き寄せる最高の魔道具と……」
聞く限り便利そうな感じはするのだが、なぜ売れないのだろうか。
「ただ、私の普段商売している街の冒険者は誰も彼も高レベルの方が多いので、そもそもモンスターを誘き寄せるという行為自体をあまり必要とされていないようで……しかも魔道具を起動させるのに結構な量の魔力を必要とするので、下手したら使えない可能性もあり誰も買おうとしないのです」
なるほど……それでこの値段というわけか。
しかしここは駆け出しの街アクセル、たくさんの駆け出し冒険者が集まる街。そしてそれは自分も例外ではない。
つまりこの魔道具が役に立つ日が来るのかもしれない。となるとここはやはり……
「ちょっと、遅すぎない?一体どれだけ待ったと思ってんの?」
街の外へと繋がっている外壁の入り口に着くと、外壁の壁にもたれかかっていたロザリーが愚痴を漏らす。確かに少し待たせ過ぎたのかもしれない……反省しなくては。
「すまんすまん……ちょっと色々あってな」
「ふーん……ウィズにセクハラしてたとか?」
「……してないからな」
「え?何その間、本当に何もしてないんでしょうね?……おい、こっちを見なさい」
ブラッドをからかうロザリーの格好は、ギルドで見た茶色のローブ姿ではなく、白を基本としたローブになっていた。
「ふふふ、どうよ?」
自分の視線に気づいたのか、その場でくるりと一回転をするロザリー……うむ、ローブの下のスカートがふわっとなる感じがとても素晴らしかった。点数をつけるなら90点ぐらいだろう。ただ強いていうなら……
「もう少しお前に色気があったらなぁ、具体的には胸とか……ごふぉ!」
ブラッドの鳩尾に強烈な一撃を加えたロザリーの顔は無表情だった……こわい。
と、ちょっとした戯れあいも交えながら3人で街の外へと向かう。
「おーいるいる、本当に今年は大量発生してるのね」
平原のあちこちには、でかいカエルが数匹飛び跳ねていたり、頬袋を膨らませながらその場に鎮座していたりもしている。あれがジャイアントトードか……本当にジャイアントなカエルだなと思いつつ、3人で近くの1匹だけで行動しているカエルに近づいていく。
「それでどうする?いつも通りの方法でやっちゃう?」
「いや、今回は……というより今回からは俺たちにも遠距離攻撃を行えるパーティーメンバーがいる。なら……」
ブラッドがこちらを見る。それに頷きながら2人の前に立ち、前方に鎮座しているカエルと向き合う。
そして魔法の詠唱を始める。
「そっか!魔法なら遠距離から一方的に攻撃できるじゃん!」
魔法を発動する前には、詠唱をすると魔法自体が安定して威力が出しやすいと辞典に書いてあった。
そして今詠唱している魔法はあの爆裂魔法……ではなく、上級魔法と呼ばれる魔法の内の1つだ。実はロザリーと合流する前に辞典を少し読んだのだ。そして爆裂魔法という同じ過ちを繰り返さぬよう、今度はまともな魔法をいくつか習得しといたのだ。
暗記したての魔法の詠唱が終え、いよいよ魔法を放てるようになった。手に持った杖の先端をカエルに向け、魔法を放つ。
「『カースド・ライトニング』!」
すると杖の先端の水晶部分から、闇色の電撃のようなものが発射され、瞬く間もなくジャイアントトードの胴体を貫いた。そしてあたりにドスンという音が鳴り響いた……ジャイアントトードが地面に倒れた音だ。
……良かったちゃんとまともな魔法で。
「す、すごい……これが上級魔法……」
「俺たちが数分掛けて倒すモンスターを一瞬でか……流石アークウィザードってとこか」
これなら問題なさそうだ。2人の賞賛の声に素直に喜び、ようやく魔法で敵を倒す感覚を味わうことができてさらに内心喜んだ。
え?爆裂魔法?あれはちょっと魔法の域を超えてると思うからノーカンで。ていうかあんな魔法近くでぶっ放したら絶対巻き添えくらうよね、自分も味方も。
「よし!俺たちも負けてられないな。ロザリー、支援魔法くれ」
「はいよ」
それからは支援魔法を受けたブラッドが単独でジャイアントトードを倒したり、こちらの近くまで囮としてジャイアントトードを連れてきてもらって魔法を打ち込んだりの作業だった。
お互い初めての共同クエストだというのに、チームワークバッチリなのではないだろうか。そんなことを思いつつカエル退治は順調に進んでいった。
「かなり順調じゃない?まだ1時間も経ってないのにもう6匹も倒せちゃったし。いやーもう全部ウィズ1人に任せちゃってもいいんじゃないの?」
「それでいいのかお前は……?」
飛び跳ねて移動するという単調な動きしかできないジャイアントトードには魔法攻撃は効果的だった。ロザリーの言う通りやろうと思えば自分だけで10匹討伐は達成できるだろう。しかしそういうわけにもいかない。
モンスターから経験値を得るためには、そのモンスターを倒すしかない。つまりプリーストであるロザリーは、浄化魔法でアンデッドや悪魔といったモンスターにとどめを刺すことで主な経験値を得ることができる。逆にいってしまえば、それ以外のモンスターから経験値を得るのは難しいということだ。誰かにモンスターを弱らせてもらって、動けなくなったところをとどめを刺すといった手段なら出来なくもないだろうが、よほど余裕な状況でない限りそれはできない。
こういった理由があるのでプリーストは他の職業に比べてレベルが上がりにくいらしい。要するにこのままブラッドや自分がジャイアントトードを倒し続けてもロザリーだけがレベルが上がらないといった事態に陥るのだ。
「まぁいざとなればダンジョンに何日か篭ってアンデッドや下級悪魔狩りっていう手段があるから平気よへーき」
「ダンジョンか……確かにキールのダンジョンくらいならそろそろいけるか……?」
どうやらこの世界にはダンジョンなんてものもあるらしい。この世界はどこまで自分の心をたぎらせてくれるというのだろうか。
ダンジョンといえば最深部には大昔に封印された強大なモンスターとか、伝説の武器や防具とかが眠っていてもおかしくないのではないか?想像するだけで夢が膨らむ。
「それにしても……見当たらなくなったわね」
ロザリーの呟きに反応して、あたりを見回してみる。ジャイアントトードは既に1匹も見当たらない。
「もっといるかと思ったんだけどな……地中に潜っちまったかな?」
「じゃあ今日はここまでにしとく?」
期限は5日もある。明日になっても期限は4日、その間にジャイアントトードをあと4匹倒せばいいだけなのだ。
「えー、どうせなら今日中に終わらせたいんだけど……あと4匹ぐらいなら、少し粘ってればまた出てくるって」
ここでロザリーが抗議の声をあげた。
「そうはいってもな……地中に潜ったジャイアントトードを引きずり出すにはせめて昨日の爆音みたいに大きな刺激が……あ」
「え、なに?何か良い手があるの?」
どうやらブラッドは気づいたようだ。
そう……その引きずり出す手段とやらをつい先程手に入れたことを。
「それは?」
買ったばかりのポーチから、買ったばかりの魔道具を取り出す。
「ロザリーと合流する前に魔道具屋で買ってきたやつ。百エリスでお買い得だったから」
「百エリスって……ねぇその魔道具本当に大丈夫なの?絶対何か訳ありでしょそれ」
訳ありというか売れ残りというか……まぁともかくこの魔道具の効能をロザリーに説明する。
「ふーん、モンスターを誘き寄せるねぇ……確かに今この状況では役に立ちそうだけど」
問題はこの魔道具を使えるかどうかだ……起動するには大量の魔力が必要と言っていたが、まぁ自分の
魔道具の側面にあるスイッチを押して起動させると、それは起こった。
「あひゅ……!」
「「ウィズ!?」」
急な倦怠感が身体中を駆け巡り、足に力が入らなかったせいでその場に倒れこんでしまった。
「ちょっと急にどうしたの!?」
「いや、なんか急に力が抜けちゃっ……て?」
なんだか揺れてる。自分がではなく、地面がだ……まるで地震のように揺れてるのだ。ブラッドとロザリーも異変に気が付いたのかあたりを警戒している。
「あ、なんかジャイアントトードが地面から……って、ええええええええ!?」
ロザリーが叫ぶ。慌てて少し重い体を起こして自分もあたりを見回してみると……
「…………」
次々と地面から飛び出してくるジャイアントトード達がこちらに向かって飛んできている光景が映った。しかも確実に10匹以上はいる。
「ち、ちょっと何よこれ!多すぎよ多すぎ!しかもかなり遠くの方の森からもゴブリンっぽいやつもこっちに向かってきてるんだけど!?」
どうやらロザリーの視力はかなり良いらしい。羨ましいな、俺なんて視力強すぎてモンスターの大群がこっちに向かってきてる幻覚が見えちゃってるよ。見ちゃいけないものまで見えちゃってるよ。
「おいおい……もうこれ逃げ道ないぞ……」
ブラッドが引きつった顔でそう呟く。
「う、嘘よね?夢よねこれ?きっと悪い夢……ひゃっ!?」
「あぁ!ロザリーがカエルに食われた!」
「あ、おかえりー。成果の方はどんな感じ……って、どうしたの3人とも!?」
ギルドの扉を開けると、サンが箒片手に出迎えてくれた。しかし疲れはてた我々3人はその場に倒れこむ。
「はいこれ……」
「え?冒険者カード……?えぇ!?ちょっと何これ、ジャイアントトードの討伐数が24匹ってどういうこと!?10匹だけでいいのに、しかもゴブリンとか関係ないモンスターまで倒したみたいだけど何があったの……?」
サンに説明する。魔道具を使ったらモンスターの大群に襲われたこと、何とかそれらを退けた事。
「そ、それは災難だったわね……でもよく無事だったわね3人とも」
正直自分も生きていることに驚きだ。
モンスターの大群に囲まれ、ロザリーが食われかけたりもしたが、何とかロザリーを救出して魔法で強引に突破口を開いてそのまま3人で仲良く街に全力疾走したのだ。具体的には『カースド・ライトニング』の魔法を撃ちまくった。その過程でジャイアントトードを10匹どころか20匹以上倒したのだが、流石に全部倒す事はできずに逃げてきたのだ。
それでも一応依頼は達成はできたので結果オーライ……というわけにはいかないか。下手したら3人とも仲良く死んでたし。
「あぁ……あんなに全力疾走したのいつぶりだろうか」
「し、死ぬかと思った……エリス様、無事を感謝します……」
「ウィズー、はやくそのクソ魔道具渡してよ。ぶっ壊すから」
「な、何も壊さなくても……」
「そんな広範囲にわたってモンスターを誘き寄せる魔道具なんて使い道ないわよ。なら壊すのが一番だと思うの、2度と同じ悲劇を繰り返さぬようにね」
「い、いつかこの魔道具が上手く役に立つ日がくる……かもしれないから、壊すのはやめて!やめてー!」
「ええい、予想外の抵抗を……!ていうかその抱え方やめてよ、胸で魔道具を覆うとか嫌味なの?あたしへの当てつけなの?」
「おいロザリーやめてやれよ、ウィズの言う通り壊さなくてもいいだろ?今後使わなきゃいい話なんだから」
両手で魔道具を抱え、そのまま胸に圧迫させて取られないように抵抗する自分から魔道具を盗ろうとするロザリー。やがて無駄だとわかったのか、ギルドのテーブル席に座りなおした。
「はぁ……わかったわよ。そもそもあたしがあんな事言いださなきゃ悲劇は起きなかったわけだからね」
「まぁ全員無事で良かったじゃないか、それよりさっさと食べようぜ」
あの後は、追加討伐で増えたクエスト報酬を3人で山分けし、3人で今日の疲れと汚れを落とすために銭湯へ行った。そして予め予定していた親睦会とやらを開くためにギルドの酒場に戻ってきたのだ。
そして目の前のテーブルの上にはたくさんの料理が並べてあった。どれも美味しそうだ。
「こほん……それでは、新しいパーティーメンバーとクエストの達成を祝って……」
「「「かんぱーい!」」」
ちなみに、この時出てたカエルの唐揚げはとても美味しかった。
『モンスターを誘き寄せる魔道具』
姿を隠そうが何だろうが、問答無用で周囲のモンスターを誘き寄せることができる魔道具。ただし、莫大な魔力を必要とする上に、効果範囲が広すぎるので、あたりのモンスターほとんどを誘き寄せるためとても危険。
製作者は紅魔族の若い魔道具職人。
『魔法辞典』
その名の通り魔法の辞典。
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この素晴らしい魔法で収穫を!
つまり今回は短めです
「……これでよしっと」
冒険者ギルドの酒場に設置されてるテーブル席の一角に座りながら、開いていた魔法辞典を閉じ、自らの冒険者カードを懐にしまう。
「なになに? また新しい魔法習得したの?」
向かい側の椅子に座ってるロザリーが、ネロイドと呼ばれるものを飲みながらそう聞いてくる。
「うん、初級魔法と上級魔法をいくつかね」
「初級魔法……? 上級魔法ならわかるけど初級魔法なんて使わないでしょ」
ロザリーの言う通り初級魔法はその名の通り初級の魔法だ。
初級魔法は攻撃力なんて皆無に等しく、戦闘には向かない魔法らしい。
しかし戦闘以外ではそうでもないと自分は思う。
例えば初級魔法の内の1つに、『ティンダー』という魔法がある。
この魔法は要するに着火魔法で、指定した場所に小さい火を発生させることができる。
この魔法さえあれば外で野営などをする時などに使う焚き火などで活躍できるだろう。
『クリエイト・ウォーター』という魔法もあるが、これは綺麗な水を出すだけである。
しかしいつでも魔力さえあれば水が出せるというのは魅力的ではないだろうか。
人間水さえあれば1週間は生きられると聞いたこともあるし。
とまぁ、使いようによってはとても役に立つと思われる初級魔法。
どうせスキルポイントも1しか使わないし習得して損はないだろう。
「うーん、そう言われてみれば確かに使えそうな……ていうかウィズさ、あんたどんだけスキルポイントあるの? 上級魔法なんてそうやすやすと習得できるようなものじゃないと思うんだけど」
「スキルポイント? まだまだ余ってるけど」
「まだまだ余ってる……? ごめん、ちょっと冒険者カード見せてくれない?」
素直に懐から冒険者カードを取り出しロザリーに手渡す。
「どれ……相変わらず魔力の量がおかしいわね。……あ?」
途端にロザリーの顔つきがおかしくなった。
「……ねぇウィズ」
「どうかした?」
「あたしの目にはあんたのスキルポイントが3桁も残ってるように見えるんだけど……」
「その通りだけど……」
しばらくの沈黙。
「え、じゃあ何? あんたのレベルまだ7だからレベルアップで得たスキルポイントってわけじゃないわよね? もしかしてこれ……初期スキルポイント……?」
「そうだけど……」
初期スキルポイント。
それは冒険者になった時に与えられるスキルポイントの量のことである。
その職業への適性や才能が高いほど初期スキルポイントは多いという。
故に人によっては多かったり、逆に少なかったりするらしい。
多分自分の初期スキルポイントも特典によるものの影響かと思うが、どうやら自分は多い方らしい。
おかげさまで好きな魔法を今のところ習得し放題だ。
チート万歳である。
「ま、まぁウィズが規格外なのは今に始まったことじゃないか……この前のカエル討伐の時も上級魔法を何回か使った後例の魔道具を使い、それでも上級魔法を使い続けても魔力切れしない……凄いを通り越しておかしいとしか言えないわね」
言われてみれば今のところ魔力切れとやらを起こした事はない。
しかし無限というわけではなさそうだから限界はあるとは思うが……
今度暇な時に魔力がなくなるまで魔法を唱え続けて確かめても良いかもしれない。
「うーん、ウィズって実は紅魔族だったりは……しないか。黒髪でも赤い目もしてないし変な名前でもないし」
「……前から気になってたんだけど、その紅魔族って何なの?」
冒険者登録した時と、魔道具を買った時の2回。
紅魔族という単語を聞いた覚えがあるが、紅魔族とは一体なんなのだろうか。
「あー紅魔族ってのはね……一言で言うなら変な種族かな」
「変な……?」
「見た目は黒髪で真っ赤な瞳をしている人達なんだけど、紅魔族は誰も彼もが生れながら高い魔力と知力を持っていてね。子供の時点で既にアークウィザードになれるほどの実力を持っているらしいわ」
一体その人達のどこが変だと言うのか……普通に魔法使いのエリート集団の様な気がするが。
「ただ、他の人とは少し……いや、かなりずれた思考をしてるのか、変にカッコつけたがるのよ。自己紹介の時も『我が名は!』とか言うし、戦闘の時も特に意味のない、本人達曰くかっこいいセリフとやらを叫んだり……」
なんだろう、何か自分がいた世界でも似た様な症状がある病気が……
「あと名前が変ね、思わず本名なのか疑うくらい」
「そんなに変なの……?」
「あたしが昔知り合った紅魔族の人の名前は確か……『ゆった』さん」
「…………」
ゆった。
……いや、まぁうん。
名前はその本人が大事にさえしていればそれは掛け替えのないものになるだろう。
例え他の人から変だと思われようが……きっとそうに違いない。
「まぁそんな紅魔族よりも魔力値がバケモノ級のウィズはほんとすごいと思うわよ?これは確実に歴史に名を残せるわねウィズ」
「その時は、魔王を討伐した勇敢なアークウィザードとその仲間達の名前も残さないとね」
「そうね……! エリス教徒のプリーストが魔王を討伐したパーティーに参加していたとなったら、あの憎きアクシズ教団もぐうの音もでないでしょう! その時があんたらの最後の日よ邪教徒共!」
何やら一人盛り上がるロザリーを見ながら、宗教争いでも起こす気なのだろうかと思う。
そういえばあの女神様、こっちの世界についたら私の信者がどうのこうの言っていた気がするが、この世界では割と信仰されている神様なのだろうか。
まぁ水の女神と言ってたし、きっととても偉い神様なのだろう。水は人には欠かせないものだし。
「ただ性別を強制的に変えられるとはなぁ……」
この世界に来てから一週間。
あんなに苦労したトイレも今では慣れてしまった。
どんどん女の体に慣れていっているが、これ仮に魔王を倒して男に戻れたとしても、逆に苦労しそうな気がしてならない。
そもそも魔王は本当に倒せるのだろうか?
よくよく考えてみれば、あの美国さんのように、自分以外にも日本からの転生者は過去にも何人かいたはずだ。
もちろんチートを貰って……
それにもかかわらず、今もなお魔王が健在しているとなると、チートを持っていても魔王を倒すのは難しいということだ……
となると下手したら一生女の子として過ごすしかないのか、そしてそのうち男の人に恋慕の情が湧いたりするのだろうか……
うわぁやだなぁ。
「おーい二人とも、良い感じのクエストがあったぞ……ってどうしたんだ?」
椅子の上に片足を乗っけて一人で盛り上がってるロザリー、それと顔を伏せぶつぶつと呟いてる自分をみたブラッドは困惑するしかなかったらしい。
「エギルの木?」
「あぁ、繁殖スピードが速くなってきて森の外まで広がりそうだから伐採して欲しいとの依頼だ」
木というからには植物の木だろうか。
そしてその木が森の外まで広がるのを阻止して欲しい……
つまりそのエギルの木とやらは、雑草のように他の植物から栄養を強奪してしまうといった害があるということか。
なるほど、放っておくと自然が崩壊しそうだ。
「森の入り口周辺だけでいいそうだ。報酬は十五万エリス」
「ほーん、なかなか気前が良い報酬ね。今から受けてもお昼過ぎくらいに終われそうだし、あたしは文句ないわよ」
「同じく」
「よし、決まりだな! じゃあ早速受理しにいくか」
街の外の平原を抜け、しばらく歩くと大小様々な木々が立ち並んだ森のようなものが見えてきた。
あそこが今回の目的地らしい。
「ところで、エギルの木ってどんな見た目してるの?」
あいにく植物には詳しくない。
それも異世界の植物となったらお手上げだ。
見た目どころか名前すら知らないのだから。
「エギルの木はねぇ……あ、あれあれ。あの枯れ木みたいのがそうよ」
ロザリーが指差した先には、花や実どころか葉っぱすらないまるで枯れてしまった木があった。
よく見ると周りにもいくつか同じような木がある。
「さーて、じゃあ始めましょうか」
ロザリーがギルドから借りてきた木こり用の斧を両手で握り締め、エギルの木の前に立つと、力一杯斧を木の幹目掛けて横薙ぎの振りをする。
スコン。という音とともに見事斧は幹に深く突き刺さって……
「ギャピィ!」
「ん?」
気のせいだろうか、今木から変な奇声にも似た鳴き声のようなものが聞こえた気がした。
「どうしたのウィズ?」
「いや……今なんか」
しかしそれ以降ロザリーが何度も斧を木の幹に叩きつけても、先ほどのような変な声は聞こえてこなかった。
どうやら気のせいだったようだ。
少し離れたところでブラッドも既に作業に取り掛かっていたため、ロザリーになんでもない、と言い近くの手頃な木を探す。
やがて他と比べて幹がほっそりしているエギルの木を見つけると、早速斧を一振り。
あまり力はないし、木こりなんてしたことないのでたいした深さではないが、一応木の幹にはそれなりに斧が突き刺さった。
「ピギャ!」
「え……? うわぁ!」
突然先ほどと同じような奇声が目の前の木から聞こえた瞬間、木の根元部分の土が盛り上がり、根っこのようなものが現れたかと思いきや、それを足のように前後に動かしながらエギルの木は森の奥へと走り去っていった……
突然の出来事に驚き、仰け反って尻餅をついてしまい、お尻が少し痛む。
「ちょっと大丈夫? エギルの木は一発でトドメ刺さないと逃げられちゃうから気をつけたほうがいいわよ。コツは根元と真ん中の幹の間くらいに斧を叩き込むことよ」
「え、いやあの……木って動くの?」
「そりゃ人に限らず木だって殺されそうなったら逃げるでしょ」
何を言ってるんだお前、みたいな顔で言われてしまった。
なんだろう……自分がおかしいのか、この世界の常識がおかしいのか自分にはわからない。
そんな異世界の理不尽な常識に振り回されながらも、エギルの木を伐採しようと奮闘を続けるが……
「…………」
「いや、まぁ誰にだって得意不得意はあるわよ」
「そうそう、ロザリーはプリーストなのに脳筋だから難なく伐採してるけど、ウィズは魔法職なんだし、力仕事は向いてないってだけだよ」
あれから何度か挑戦したが、結果は全て惨敗。結局一本も木を伐採できずに逃げられてしまった。
つまり俺……役に立ってない。
しかもわざわざロザリーに筋力増加の支援魔法をかけてもらったにも関わらず……
「ふっ……どうせ俺なんて魔法しか能がないんだ……」
「いやいや、ウィズの魔法があるからこの前も助かったわけだし、充分だと思うわよ? それと口調おかしいわよ」
二人にフォローされるが、目の前で難なくエギルの木を伐採している様子を見せつけられると、たかが木一本伐採できない自分が情けなく思えてきてしまう。
だいたい向こうの世界で鍛えていたわけでもなく、さらには女になってしまったせいでさらに華奢になってしまったのだ。
そんな自分に斧をうまく振るうことができるだろうか?
いやできるわけがない。
できることと言えば魔法を使うことしか……いや待てよ。
「そうだよ……魔法があるじゃない!」
自分はなんて間抜けだったのだろうか。
女神様から授かったこの力さえあれば、たかが木の一本や二本どうとでもなるではないか。
「えーと、盛り上がってるところ悪いんだけど、燃やしたりするのは無しよ? 周りの無害の木とかに燃え移ったりするから」
むろんそんなことは百も承知だ。
この前習得した電撃魔法もその可能性があるため使ってはいけないということも……
しかし丁度今朝に新しい魔法をいくつか習得したのだが、その中で今の状況にうってつけの魔法があることに気づいたのだ。
まだ残っているエギルの木を発見すると、魔法の詠唱を始める。すると手首から指先あたりに光が灯りだした。
やがて詠唱が終わり、エギルの木目掛けて思い切り腕を振り下ろす!
「『ライト・オブ・セイバー』!」
この魔法は光魔法の一種で、術者の魔力次第でより強力に、大抵のものは切り裂いてしまう光の剣のようなものを出すことができる。
近接攻撃もできるようになったほうが良いかと思い習得したのだが、早速役に立った。
光の剣はあっさりとエギルの木を真っ二つにすると、役目を終えたかのように空中に溶けて消えていく。
「「おおおお……!」」
二人からも感嘆の声が上がる。
「今の魔法って紅魔族がよく好んで使うやつだよな? 凄いな……これじゃあ剣士なんていらなくなっちまうんじゃないか」
「あたしも昔一度見た事あるけど、その魔法、必殺魔法って言えちゃうほど強力だから相当なスキルポイント使うはずなんだけどなぁ……まぁウィズだからしょうがないか」
それから三人で手分けして森の入り口周辺のエギルの木を伐採しまくった。
あらかた伐採し尽くすと、三人で街への帰路につく。その道中気になったことがあったので二人に尋ねてみる。
「そういえばさ、エギルの木って結局どんな害悪があるの?」
てっきり雑草のように周りの無害の植物などを枯らしてしまうとかそういう感じかと思っていたのだが、実際はそんな様子は確認できなかった。
「ん? あぁ別にこれといって脅威なことはないわよ。強いていうなら単に繁殖スピードが速いから、定期的に伐採しないとこの周辺やアクセルの街がエギルの木で埋め尽くされるってだけのことよ」
「それって充分脅威になるんじゃ……」
「大丈夫だって、実際に被害にあったのは何百年も前も昔に大きな国がエギルの木に滅ぼされたってやつだけだし、こうして木こり職人や俺たち冒険者が定期的に伐採してればいいだけの話だならな」
え、国滅んだことあるの? 本当に大丈夫なのそれ?
そんなことを心で叫びながら、三人で雑談をしつつ街へと向かっていると、ロザリーが急に立ち止まった。
「ねぇ、二人ともあれ見て……何かいない?」
言われるままにロザリーの指差した方を見てみると、確かに何かが蠢いている影がいくつか見えた。
「あれは……ゴブリンだな。六体ほどいる」
ブラッドが双眼鏡のようなものを取り出し、確認する。どうやら正体はゴブリンらしい。
「ゴブリン? こんな街の近くに珍しいわね。しかもこんなカエルくらいしかいない平原近くで」
「どうする? 見た感じ辺りをうろうろしてるだけっぽいけど、一応討伐しとくか?」
ゴブリンとはいえ人を襲うモンスター、こんなところで何をしているのかはわからないが、ここで倒しておいたほうが良いだろう。
ロザリーも同じ考えをしていたらしく、二人でブラッドの提案を受け入れる。
「よし、じゃあ気づかれないギリギリの距離まで近づいて一気に奇襲するか。ロザリーは俺に支援魔法を、ウィズはいつでも魔法を撃てる用意を……」
「『カースド・ライトニング』」
ブラッドが何か言っていたような気がするが、気にせず魔法を放つ。
闇色の電撃が凄まじい勢いで空中を走り抜けると、ゴブリン達のいる場所へ着弾すると同時にその周辺に噴煙が捲き起こる。
これぞ先手必勝、狙い撃ちだ。
肉眼では結果がどうなったかわからないので、冒険者カードの討伐欄を見てみると、しっかりとゴブリン達が追加されていたので問題なく倒せたようだ。
「ねぇブラッド、これってもうあたし達要らないんじゃ……」
「いうな……」
「美味しい美味しい」
無事に依頼を済ませ、三人でギルドの酒場で少し遅めのお昼ご飯をいただいている。
以前カエルの唐揚げを食べたときは、その美味しさにビックリした。
それ以来名前だけで判断せず、色んな料理を注文してみては食べるといったことを繰り返しているのだが、結果どの料理も美味しいということに気がついた。
ビバ、異世界料理。
「ほんと美味しそうに食べるわね、ウィズ」
「うん、私の住んでた故郷にはないようなものばっかだから、なんだか新鮮な感じがするというか……」
主に素材が斬新だ。
この世界ではモンスターの肉などを利用した料理が多く、そのどれもが豚肉や牛肉とは違った味わいがするのだ。
強いて不安をあげるとするなら、好物の麺料理がないということだろうか。
ちなみにこの酒場のメニューにないということではない、麺料理という存在自体がどうやらこの世界にはないようだ。
実に残念である。
しかし材料さえあれば作れなくもないので、そのうちやってみようかと思っている。
「ふーん……ウィズの故郷って何処なの?」
「え」
突然ロザリーに聞かれる。
「えっと……日本ってところだよ」
異世界から来たとは言わない。
変に可哀想な人を見るような目を向けられたくないからだ。
「ニホン……? 聞いたことないわね、ブラッドは?」
「いや、俺も聞いたことないな」
まぁ知らなくて当たり前だろう。
何せ世界が違うのだから。
「まぁ、ここからかなり遠いところにあるところだよ」
「へー、そんな遠くからウィズはわざわざ冒険者になりに来たの? すごいやる気ね」
やる気というか、もう輪廻転生するかこっちに来るかの選択肢しかなかったからなのだが……
「ちなみにあたしとブラッドも故郷はここじゃないのよね。とは言ってもここから馬車で1日ほどで行けちゃう距離なんだけどね」
つまり二人は同じ故郷出身というわけか。
となるとロザリーがこの前言ってた冒険者になった幼馴染とはもしや……
と、その時……
『緊急、緊急クエスト! 緊急クエストです! 今現在街の中にいる冒険者の方々は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します、今現在街の中にいる冒険者の方々は、至急冒険者ギルドに集まってください!』
突然大音量のアナウンスがギルド内に響いた。
いや、おそらくギルドだけでなく街中に響いているのだろう。
しかも声色からして、サンの声だ。
魔法か魔道具で声を街中に拡散しているのだろうか。
「え、何事……? 緊急クエストって、何かやばいことが起きてるの?」
突然の出来事に驚き、心臓をバクバク言わせながら二人に訊ねる。
しかしロザリーとブラッドの二人は、焦ったような素振りはせずに、むしろその表情は歓喜に満ち溢れている様子だった。
「多分キャベツのことでしょ。そろそろ収穫時期だし」
ロザリーが言う。
……キャベツ?
「キャベツって、あの野菜の……?」
「当たり前でしょ、他に何のキャベツがあるっていうのよ」
おっしゃる通りです。
しかし解せないのが、そのキャベツがなぜ緊急クエストとやらなのかだ。
考えられることといえば、キャベツを狙って畑にモンスターが大量に押し推せてしたとか……?
けど、キャベツを狙うモンスターなんているのだろうか?
「おーい、二人ともはやくしろよー」
気がつけばさっきまでのんびりしていた冒険者達が、次々とギルドから出て行く。
ブラッドもなぜかやる気満々の様子でこちらに呼びかけてくる。
いまいち状況が読み込めないまま、ブラッドや他の冒険者達の背中を追いかける。
やがて街の入り口辺りにたどり着くと、そこにはこの街の冒険者達が各々やる気に満ち溢れ、集合していた。
「冒険者の皆さん、本日は突然の呼び出しに応じてくれてありがとうございます! もう既に察しがついている方もいるとは思いますが、念のため説明いたします! キャベツです! 今年もキャベツの収穫時期がやって参りましたよ皆さん! 既に街の一般人の方々は避難してもらっているので、冒険者の皆さんで収穫しましょう!」
そこではサンが大声でそんなことを言ってた。
それと同時に冒険者達も大声で喝采をあげる。
「さらに情報によると今年のキャベツは大変出来が良いらしいので、一玉五千エリスから一万エリスの報酬が出ますよ! これを機にできるだけ多くのキャベツを収穫し、お金を稼いでください! 捕まえたキャベツはこちらのゲージに納めてくださいね! それではくれぐれもキャベツに怪我をさせられないように気をつけて収穫してください!」
サンはそれだけ言うと、小走りで街の中へと引っ込んでいった。
ていうかキャベツを収穫とかどうとか言ってたが、結局緊急クエストとはキャベツの収穫のお手伝いなのだろうか。
それにしては畑なんてこの辺には見当たらないが……
と、その瞬間街の向こう側の空に、緑色の物体がたくさん飛んでいるのに気づいた。
「お、今年は大量のようだな!」
「よーし、一稼ぎするとしますか!」
周りの冒険者達が騒ぎ始める。
そしてだんだんと近づいてくる緑色の物体。
体感で数十秒ほど、ようやく肉眼ではっきりとその正体を見る事ができるようになった。
「……キャベツだ」
そう、キャベツだ。
何故か自分のよく知るキャベツの大群が、空を飛んでいたのが見えた。
……キャベツが、空を飛んでる。
「いやいやいや! なんで!? なんでキャベツが飛んでるの!?」
「え? そりゃキャベツだから飛ぶに決まってるでしょ」
ロザリーにまたもや何言ってるの? みたいな顔された。
これ自分がおかしいのだろうか。
というか動く木に飛ぶキャベツ……もはやなんでもありなのではないかこの世界。
「うお! 今年のキャベツは生きがいいな!」
気がつけば周りの冒険者達は、飛んでいるキャベツ相手に飛びかかったり、武器で攻撃したり魔法で撃ち落としたりしている。
「ちょっとブラッド、あんまりキャベツ傷付けないでよ! 価値が下がるでしょ!」
「仕方ないだろ! こうも飛び回ってちゃ無傷で捕らえるなんて相当難しいんだから!」
ブラッドとロザリーもお互いに言い争いながらも、協力してキャベツを捕まえている。
ていうかさっきからキャベツ共が冒険者達に体当たりを仕掛けているのは目の錯覚だろうか。
しかも見た感じかなりの威力がありそうだ。
当たりどころが悪かったら普通に骨なんか折られてしまいそうなくらい。
「うぇひぃ!?」
そんなことを考えていると、ついにキャベツの魔の手が自分にも迫ってきた。
変な声を出しつつも、顔面に突っ込んでくるキャベツを避ける事に成功はしたが、バランスを崩してしまい尻餅をついてしまう。
「ウィズ!」
と、そこでブラッドが駆け付けてくれた。
ブラッドは自分の目の前に立つと、飛来してくるキャベツから自分を守り始めた。
やだ、超イケメン。
「ブラッドさんブラッドさん! ウィズを守るのはえらい事だとは思うけどさ、あたしをほっぽり出すのはどうかと思うの! いやー! キャベツに撲殺される!」
そこでは、ブラッドという壁役がいなくなったことにより、後ろでサポートしていたロザリーが無防備になりキャベツに群がられていた。
「すまん! なんとか耐えてくれ! ていうかぶっちゃけお前ならキャベツの攻撃なんて耐えられるだろう?」
「確かにそうだけど! か弱い乙女を放っておくのはおかしいと思うわ!」
「か弱い? お前がか? ……ふっ」
「あんた後で覚えておきなさいよ!」
そんな二人のコントを見つつ立ち上がると、魔法の準備を始める。
もうキャベツが飛んでようが飛んでまいが関係ない。
これ以上キャベツなんかに翻弄されては、それは単なる恥だ。
いずれ魔王を倒す者として、たかがキャベツなんぞに手こずってはあの女神様に笑われてしまう。
「ロザリー! そこから逃げて!」
ロザリーにその場から離れるよう伝え、魔法をキャベツの集団に放つ。
「『カースド・クリスタルプリズン』!」
冒険者達が騒ぐギルドの中、そこではちょっとした宴会のようなものが開催されていた。
「あー、すいませーん! キャベツの炒め物とロールキャベツ追加でお願いしまーす!」
そんな騒がしい中、ロザリーは酒場のウェイトレスに声を張り上げて注文をしている。
「おい、あまり調子に乗って注文してると金なくなるぞ」
「大丈夫大丈夫、あの量なら結構な額になるでしょ」
ロザリーがいうあの量とは、キャベツの収穫量を指している。
新たに習得した魔法の一つ、氷結魔法が思いの外キャベツの捕獲に役に立ち、自分達のチームは他の冒険者達よりも多くキャベツを捕まえられたのだ。
氷結魔法は簡単に言えば対象を氷漬けにして動けなくするといった魔法だ。
つまり、あちこち飛び回ってるキャベツに、片っ端から氷結魔法を当ててやれば、あっという間に冷凍キャベツの出来上がりというわけだ。
「ほらほら、ウィズも遠慮しないでたくさん食べなって。今日……というかここ最近活躍してるのウィズなんだしさ」
そうして次々とテーブルの上にキャベツ料理が増えていく。
遠慮せずにとはいうが、もう既に結構な量を自分は食べているのだが……
まぁ美味しいのでいくらでも食べられるけど。
「さぁ! 今日は飲むわよ!」
ロザリーの掛け声と供に、周りの冒険者達もジョッキを片手に祝祭の声を上げ始める。
どうやらこの世界では、未成年でもお酒は飲めるらしい。
ただし自己責任らしいが……
「ね、ねぇ……ちょっと私も飲んでみたいなーなんて」
「ん? あぁいいわよ。はい」
やはり飲めるなら飲んでみたいし、興味もある。
ロザリーからお酒の入った小さいコップを受け取り、少しドキドキしながらそれを一気に飲んでみる。
そこから記憶がなく、気がついたらいつもの宿屋のベッドの上だった……
今回から文章の書き方少し変えてみました。
そのうち過去に投稿した、他の3話も同じ様な文章になるように修正を加えます。
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この迷宮でお宝を!
なので、話の流れがハイスピードで進んでいくかもしれないのでご注意です。
キャベツ騒動の翌日、なぜか少しだけ痛む頭と嫌悪感を感じながらもこの街の大浴場へと足を運ぶ。
歩きながらも、昨日の出来事を思い出そうとするが、お酒を飲んだあたりからどうにも記憶が抜けている。
気がついたら既に朝で、いつも借りている宿屋の一室のベッドで寝ていたのだ。
しかも寝間着にも着替えておらず、そのままの服装で寝たようなのでとても汗臭い。
なので、朝風呂をしようというわけだ。
そうして歩くこと数分、大浴場にたどり着いた。
自分が泊まってる宿屋の最大の利点といえば、大浴場から近いというところだろう。
番台さんにお金を払い、脱衣所に入って服を脱ぐ。
最初は自分の身体を見ることに変な罪悪感を感じていたが、今はそうでもない。
この無駄にでかい胸も単なる脂肪の塊にしか見えないのだ。
慣れって怖い。
手早く髪と体を洗い始め、ふと取り付けられている鏡に目が向いた。
「……やっぱり似てるよなぁ」
最近気がついたのだが、今の自分の姿、若い頃の母親にそっくりなのだ。
何度かアルバムで見させてもらったので間違いない。
息子は母親に似るとよくいうが、その息子がそのまま女になった場合ここまで似るものなのだろうか。
しかし仮にそうだとしたら、この絶妙にウェーブがかかった茶髪の髪の毛や、やたら大きい胸にも説明がつく。
母親もそうだったし。
つまりこの前、自分は自分の若い頃の母親の身体に興奮していたということに……
うん、これ以上考えるのはやめよう。
朝の入浴が終わり、大浴場からギルドへと移動を終えると、ブラッドとロザリーの二人は既にテーブルに座っていた。
どうやら今日は自分が一番遅かったようだ。
「おはよう二人とも」
「あ……その、お、おはよう……」
「お、おう。おはよう……」
何気なく挨拶をすると、何故かぎこちなく返された。
「……顔に何かついてる?」
視線を合わせようとすると、そらされる。
自分の顔に何かついてるのかと思い聞いてみる。
しかし大浴場でしっかりと顔も洗ったし、何かついてるとは思えないのだが……
「い、いや。何もついてないわよ……その、調子はどう? 気分が悪いとか……」
「うん? 頭がちょっと痛むくらいだけど?」
「そう……よ、良かったわ」
……明らかに二人の様子がおかしい。
一体どうしたというのだろうか。
もしかして知らないうちに二人に何かしてしまったのだろうか?
しかしそんな覚えはない。
「あ、そういえば昨日……お酒飲んだあたりから記憶がないんだけど、あの後どうなったの?」
「え!? あーえっと……そ、そう! ウィズってばあの後すぐに酔いつぶれて寝ちゃったのよ! それであたしとブラッドがウィズの部屋に運んであげたのよ。ね、ねぇブラッド?」
「あ、あぁ! その通りだよ!」
ふむ……どうやら自分はあの後寝てしまったらしい。
となると自分はお酒にあまり強くないのだろうか?
「そ、そんなことよりさ。昨日のキャベツの報酬受け取りにいかない? もう受け取れるみたいだしさ」
「別にいいけど……」
やっぱり今日の二人はどこか変だ。
「ひーふーみー……三人合わせて百二十万エリスほどね」
「なかなかの稼ぎだな」
今回のキャベツクエストの報酬は百万を超えた。
たかがキャベツ……といっても危険ではあるが、キャベツを捕まえるだけで百万近く。
ボロ儲けである。
「じゃあ一人四十万エリスで山分けってことか」
基本的に自分達のチームは、報酬はみんなで山分けってことにしている。
なのでテーブルの上に置かれたお金の山から自分のぶんを取ろうとしたのだが、何故かブラッドに止められた。
「待ってくれ、今回はお前が一番活躍したんだから、ウィズの取り分は多めでいいぞ」
「え、でも……」
それでは山分けではなくなるのではないか。
ちらりとロザリーの方を向いてみると……
「別にあたしは構わないし、遠慮しなくていいわよ。それにあたし達今はそんなにお金が要るってわけでもないからね」
「そ、そう……?」
そういうことならば遠慮なく貰っておこう。
結果、ブラッドとロザリーが三十万エリス。
自分が六十万エリスの取り分となった。
「まぁ、実は言うと他にも理由があるんだけどね。ウィズの取り分多くしたの」
「え? そうなの?」
一気に肥えた自分の財布に満足感を感じていると、ロザリーに言われた。
「あぁ、実は昨日……ウィズが酔いつぶれてる時にロザリーと二人で明日どうするかを話し合ったんだけどな。今日はダンジョンに行くことにした」
「ダンジョン?」
ダンジョンというと、モンスターが蔓延る中を延々と階段で降りていき、途中の宝箱を開けたら実はミミックだったり、経験値が高そうなレアモンスターがいたりするあのダンジョンだろうか。
「そうそう、キールのダンジョンって言って、割と最近になって発見されたダンジョンなのよ。ここから歩いて半日ほどで行ける距離だし、レベル的にもあたし達なら大丈夫そうだからってことでね」
キールのダンジョン。
確かこの前のカエル事件の時に聞いたような名前だ。
「……それで、それとこれと、私の取り分とどう関係があるの?」
「単純な理由よ、ウィズ。あんたそろそろ戦闘用の装備買いなさいよってことよ」
……銭湯用?
「お風呂行く時にはちゃんと自前の石鹸とか用意してあるけど……」
「違うわよおバカ。戦闘よ戦闘、戦う方のね」
あぁ、なんだそっちの戦闘か。
「あんた未だにそのボロ杖使ってるんでしょ? お金あるならもっとマシなやつ買えってことよ。あと服装、いつも私服じゃない」
……確かに言われてみればそうだ。
今の自分には、ブラッドのように胸当てや籠手もなければ、ロザリーのような立派なローブもない。
なので、ここいらで魔法使いの一張羅というのを用意しておくべきではないだろうか。
あと杖も新調した方がいいだろう。
流石にこれから先このボロボロの杖を使い続けるわけにもいかないし。
「……確かにそうだね。わかった、このお金で新しい装備買うよ」
「ふふ、ならあたしのオススメのお店紹介してあげるわ。ちょっと値段が張るけど、その分特別な効果がかかった装備から、良い素材でできた可愛らしいものまでなんでもあるのよ。ウィズなら基本なんでも似合いそうだから楽しみね」
「えっと、別にデザインとかはあんまり気にしないんだけど……」
よっぽど変でなければ見た目なんて気にしないのが自分だ。
「そうと決まれば善は急げってね! ほら、はやく行くわよ」
「ち、ちょっと引っ張らないでロザリー……ていうかなんでそんなに力強いの?」
プリーストより、ブラッドのような前衛をやった方が強いのではないだろうか、彼女は。
そんなこんなで、ロザリーに引っ張られながらも歩くこと十分程度。
街の大通りにある商店街の一角にある、ロザリーオススメのお店とやらの前にたどり着いた。
「じゃああたしとブラッドはギルドでやる事やってるから、終わったらまたギルドに来てね」
「わかった」
どうやらダンジョン探索には、罠発見や、敵感知などが行える盗賊職の冒険者が必須らしい。
そして自分達のパーティーには盗賊職はいない。
なので、他のチームやフリーで活動している盗賊職の人を誘って、一時的にパーティーに入ってもらわなくてはならない。
そのためにロザリーとブラッドはギルドで盗賊職の募集を今からするというわけだ。
「あ、そうだウィズ。ついでに街の魔道具店でダンジョン探索に必要な魔道具買って来てくれないか? 装備を買った後でいいから。まぁ俺たちが今から買いに行ってもいいんだが、この街の冒険者で盗賊職はあまりいないからな。できればはやめに確保しに行きたいんだ」
盗賊職は敵の感知や、潜伏して隠れたりなど、なかなかトリッキーなスキルに特化をしている職業なのだが、実際それらは結構地味に思われているらしい。
そういった理由で盗賊の職業になる冒険者はあまりいなく、この街では数えるほどの人数しかいないらしい。
「良いけど……どういうの買ってくればいいの?」
やはり緊急脱出用の転移できるロープとかだろうか。
「そうだな……明かりの切り替えがすぐできるランタンとか、臭いに反応するモンスター対策の、消臭ポーションとかだな。後はウィズが使えそうな物だなと思ったものを買ってきてくれ」
「うん、わかった」
正直魔道具という物は好きだ。
ゲームでも強い装備などよりも、レアなアイテムなどを使う方が好みだった。
あの自分の力ではないけれど、特別な力を発揮できるという感覚が好きでたまらないのだ。
特に一見何に使うんだとか、あまり役に立たなそうなものなどの使い道を探すのが好きでたまらない。
ブラッドの頼みを頭に入れておいて、目の前の店の扉を押し開ける。
「お、帰ってきた……へー、似合ってるじゃない」
「そ、そう……?」
買い物が終わり、ギルドに着くと入り口で二人が待っていた。
ファッションセンスには自信がないので、店員さんにお任せした結果、装飾が所々にある白のブラウスに、紫色のスカート。
それに合わせてスカートと同じ色合いのローブ、膝上くらいまである革製のロングブーツという格好になり、両腕には金属製の小手がある。
まさに戦う魔法使いという感じがしてなかなか気に入っている。
……しかし最近女物の服を着るのに抵抗がなくなってるいる気がするのは気のせいだろうか。
「あれ、杖は新調しなかったの?」
「え、あぁうん。なんか今在庫がないんだって」
はやくても三日経たないと新しい商品は仕入れられないとのことだったので、仕方なく杖は諦めたのだ。
他の店で買うことも考えたが、杖を扱っている店が他にどこにあるか知らない上に、探していては時間が掛かってしまう。
あまり二人を待たせては悪いと思っての考えだ。
「あれ、そういえば二人だけ? 盗賊職の人は?」
店の前で別れてからそこそこの時間が経っている。
予定ではギルドで盗賊職の人を加えた上ですぐに出発となっていたのだが、肝心の盗賊職の冒険者が見当たらない。
「あー……それがね、今みんな出払ってるらしいのよ」
ロザリーが指で頬を掻きながら申し訳なさそうにいう。
「実は一緒にダンジョンに入ってくれそうな盗賊職の仲が良い子が一人いたんだけど、その子も今さっきクエストに出ちゃったみたい。しかも少し遠くまで行くらしいから今日中に帰ってこれるか分からないのよ」
なるほど、少しタイミングが遅かったようだ。
「どうする? 日を改めるか?」
ブラッドの言う通り、出直した方が良い気はするが……
正直ダンジョン探索を楽しみにしていた身としては、ここで引き下がるのも……
「……ねぇ、要するにダンジョン内で敵の感知と、トラップの感知ができれば良いわけなんだよね?」
「え? あ、あぁ……まぁそうだけど」
それならば解決策はある。
「それなら、私が『エネミー・サーチ』と『トラップ・サーチ』の感知魔法覚えるよ」
記憶違いでなければ、そんな魔法があったはずだ。
この二つの魔法は名前の通り、こちらに敵対心を持っている生物の感知と、罠の存在を感知する魔法だ。
要するに魔法使い用の敵感知と罠感知のスキルということだ。
「それは……助かるけど、貴重なスキルポイントを無駄に使わせるわけには」
「あー別に良いじゃん? 本人が良いって言ってるんだから。じゃあウィズ、お願いね」
「ロザリー!?」
ブラッドは知らないだろうが、ロザリーは知っているからこその言動だろう。
何を言いだすんだと言わんばかりのブラッドに、ロザリーが耳打ちをする。
ちなみに感知魔法は一つ3ポイントで習得できる。
それが二つだから6ポイント、スキルポイントを消費するということになるが、それだけなら、スキルポイントが
「……習得っと」
カードを操作するだけで特殊な能力が使えるようになるって本当不思議だな。
なんてことを思いながら冒険者カードを懐にしまう。
それと、感知魔法のついでに、そろそろ補助系の魔法も覚えておきたいと思い、付与魔法という魔法もいくつか習得しといた。
「じゃあ行こっか」
「あ、あぁ……」
ロザリーに耳打ちで何か言われてから、ブラッドの自分を見る目がなぜか驚愕に満ちていた。
キールのダンジョン。
それはその昔、歴史上稀代の天才とうたわれたアークウィザードのキールという名の男が魔法の力により、自らの手で作り上げたダンジョンの名らしい。
キールという男は、ある日たまたま街の散歩をしていた貴族の令嬢に一目惚れをした。
何故か?
どうして一目惚れをしたのか?
どうして彼女を見るだけで胸が締め付けられるように感じるのか。
生まれてからずっと魔法のことにしか興味がなかったキールは、自分でさえも令嬢に対しての恋慕の情を完全に理解する事はできなかったが、できたとしてもその恋は実るはずがないということは理解できた。
そんなキールは、生まれて初めて芽生えた恋慕の情を忘れるかのように、さらに魔法の研究や修行に没頭した。
しかし心のどこかでは、彼女を諦めることができないまま月日は流れた。
やがてキールは、この国最高にして随一のアークウィザードと呼ばれるようになった。
国家に使える魔術師として、キールは国に惜しみなく自分の力を貢献し続けた。
当然そんなキールには、多くの民や、果ては王までもが称えた。
ある日キールのための宴が王城で開かれた。
そして王はキールの功績に報酬を与えたいと、どんなものでも望みを一つ叶えてやろうと言った。
キールは王に言う。
この世にたった一つだけ、どうしても叶わなかった望みがあります。
「それで、その時キールっていうアークウィザードが王に何を望んだのかは知られてないの。知られているのは、その後キールが貴族の令嬢を一人王城から攫って、自分の作ったダンジョンに立て籠もったって話だけなのよ」
「へー」
キールのダンジョンに行く道すがら、ロザリーから昔話を一つ聞かせてもらっていた。
「だからキールのダンジョンが発見された時は一時期大騒ぎになったのよ。伝承が伝わってる以上、実在はするはずだと言われたキールのダンジョンが、まさかこんな駆け出しの街の近くにあるだなんてね」
「話が伝わっているなら、場所とかはわかんなかったの?」
「場所に関してはまったく言い伝えがされてなかったからな。多分その時代の王が意図的に隠したんじゃないかって言われてる。令嬢を攫ったアークウィザードの捕縛を命じられた、王城に使える精鋭達がことごとく返り討ちにされたらしいからな。それ以上関わるのはやめたんだろうよ」
「それにダンジョンの入り口も土砂崩れで塞がってたから、長いこと誰も気づかなかったのよ」
ふーむ……ダンジョンって魔王とかが勇者を倒すために用意したものというのが、ゲームの定番なのだが。
どうやらキールのダンジョンは違うようだ。
昔話の所々にロマンを感じる。
「まぁ実際にダンジョンには低レベルのモンスターしかいないみたいで、キールの財宝目当ての冒険者達も、いつまで探しても見つからないから、ようやく諦めたのか最近では初心者冒険者用の練習場みたいな扱いになってるんだけどね」
「ふーん……あれ、じゃあなんでキールのダンジョンってわかったの?」
そのキールの財宝とやらが見つかっていないのなら、そこがキールのダンジョンだという証拠もないものだとは思うのだが。
「あー、それね。ダンジョンの入り口にご丁寧に『キールのダンジョンはこちらです。御用の方は、死ぬのを覚悟でお進みください』って彫り込まれてたのよ」
「……えー」
そんなんでいいのか。
そんなんで信じるのかキールのダンジョンって。
まぁわざわざキールのダンジョンはここです。って偽る必要性もないような気はするが、なんだか納得できない。
「いやいや、もちろんそれだけじゃないからな? 調べによると、ダンジョン作成に使われた建材などから、いつの時代に作られたものかはわかったらしい。んで、ちょうどキールというアークウィザードが活躍していた時期とほぼ同時期らしい」
ブラッドが補足する。
なるほど、それならば納得がいく。
「ふー……」
一般的に獣道と呼ばれる道を三人で進みながらも、ここ最近ずっと感じている肩の強烈な違和感を解消すべく、ぐるぐると回してみたり、手で肩を揉みほぐしたりする。
「どうした? 疲れたなら少し休憩するか?」
こちらの様子に気づいたブラッドが心配そうに聞いてくる。
「あ、別に平気だよ……ただ肩がちょっとね……」
そう、肩が最近やけに重たく感じるのだ。
別に病気だとかそういうのではないことはわかってる。
単に胸を支えている筋が、肩の筋までに影響しているだけだろう。
どうやら、胸が大きいと肩がこるというのは本当のことだったらしい……
家事の合間によく肩をほぐしてくれと、肩叩きを要求してくる母親の気持ちが少しわかった気がした。
「肩がどうかしたか? 何か怪我でもしてるならロザリーに回復魔法を……って、どうしたお前? そんなに目つき尖らせて」
あまり自分の状況を察していないブラッドが、今度はロザリーの様子に気づいた。
まるで獲物をこれから仕留めるような獣のごとく、こちらを睨んでいた……そして何故か感じる寒気。
「……あたしだってまだ成長期だし」
「え、えっと……その」
どうしよう、掛ける言葉が思いつかない。
下手に慰めようにも、余計に刺激しかねない気しかしないのは何故だろうか。
「ロザリー」
するとブラッドがロザリーの肩にポンと自分の手を置きながら言った。
その顔つきからするに、どうやら事態の把握はできたらしい。
「こればっかりは遺伝の問題だ。潔く諦めた方が」
「全身の骨バッキバキに折ってその辺の道端に捨てるわよあんた」
ファイティングポーズをとり、威嚇を始めるロザリー。
「え、えっと! そういえば、なんでダンジョンに行こうって思ったの? まだ理由教えてもらってないよ!」
このままここで二人に……というかロザリーに暴れられては、いつまで経ってもダンジョンにたどり着かないだろう。
ひとまず話題を変える作戦を実行してみる。
「ん? あぁ、単にあたしのレベル上げよレベル上げ。ダンジョンにはアンデッドや下級悪魔が沸くから浄化魔法で浄化しまくるのよ」
「あとは、あわよくば宝を見つけて一儲けしようって魂胆だよ」
なるほど、尤もな理由だ。
そうこうしているうちに、目的地にたどり着いた。
一見すると単なる岩肌が立ち並んでいるだけにみえるが、よくみると一箇所だけぽっかりと大きな穴が口を開けて待っていた。
ちらりと穴の奥を覗き込むと、綺麗に整備されている階段が下へと続いていた。
どうやらここがダンジョンの入り口らしい。
「よし、じゃあ入る前に荷物の確認だけしようか」
てきぱきとブラッドが荷物の中身をひっくり返して確認していく。
あまり危険度は低めのキールのダンジョンだが、油断は禁物ということだろう。
荷物の中には何日分かの非常食まで用意してあった。
そういえば魔法の中には転移魔法なる、テレポートという魔法があるが、今後のために習得しておくべきだっただろうか。
いざとなったらダンジョンから緊急脱出する手段として。
「それで、ちゃんと魔道具買ってこれた? ウィズ」
「え? あぁ、うん」
あわよくば買えなかった魔法使い用の杖が置いてあればついでに購入しようと、三軒くらい魔道具店を回ったのだが、魔道具は無事にいくつか買えたものの、杖はどこも取り扱っていなかった。
まぁ本来の目的は達したことには変わりはない。
さっそく買ってきた魔道具のうちの一つを取りだす。
「お? それマジックスクロール?」
取りだしのは、羊皮紙のようなものの表面に魔法文字とやらが刻まれているスクロール。
マジックスクロールは、基本的に消耗品の魔道具だが、誰でもスクロールに刻まれた魔法を発動することができるといった代物だ。
しかも刻める魔法は、組み合わせ次第で普通の魔法とは違う効果を発揮することができる。
なんともまぁ、魔法心を刺激させられる一品だというのだろうか。
「うん、効果は、『モンスターからは認知できない灯りを発することができる』なんだって」
「ほー、そいつは便利だな」
ダンジョンの中は暗い。
それゆえ、アーチャーの職業などが習得できる千里眼スキルなどがない限り、ランタンなどの灯りを頼りにしなくてはならなくなる。
しかし灯りをつけている以上、モンスター達に自分たちの居場所を教えてしまっているようなものだ。
そこでこのマジックスクロール、これを使えば自分たちは暗闇を照らす手段を得ながらも、モンスター達には灯りで気付かれることはなくなるということだ。
つまりこのマジックスクロールは、そんな冒険者の悩みを解決してしまう優れものだということだ。
値段は少々高かったが、いい買い物をしたと思う。
「あれ、なんか落ちたわよ」
するりと、スクロールの間に挟まっていたのか、一枚の紙切れがヒラヒラと地面に落ち、それをロザリーが拾い上げる。
「なになに……『このスクロールは、モンスターには感知できない灯りを発する魔法が封じられています』」
ロザリーが拾い上げた紙に書かれた内容を口に出して読み始める。
どうやらこのスクロールの説明書のようなものだろうか。
しかし魔法ってつくづく便利だよな、と感心しながらロザリーの言葉を聞いていると……
「『ただし、注意事項として、このスクロールから発せられる灯りは、モンスターからは認知できないが、人の視点からするとまるで太陽を直視しているほどの眩しさを感じます。使用の際は、目隠しか何かをお使いすることをお勧めします』……」
……ん?
「…………」
「…………」
「…………」
妙な沈黙がこの場を支配する。
「……ねぇウィズ」
「……なんでしょうか?」
ロザリーから冷たい視線を感じる。
「ちゃんと説明書読んで買った?」
「……読んで……ないです」
「…………」
「…………」
またもや沈黙。
「……なんていうか、うん。買ってきちゃうウィズもそうだけど、こんな代物作るやつの頭もどうかしてると思うわあたし」
「……同感だな」
頭がどうかしているとは失礼な。
それにまだこのマジックスクロールが使えないと決まったわけではないはずだ。
「で、でも……説明書にも書いてあるように、眩しくないように目隠しでもすれば」
「目隠ししてちゃ結局何も見えないでしょうが」
「うっ……」
おっしゃる通りでございます。
「じ、じゃあサングラスとかかければ……」
「さんぐらす? 何よそれ?」
ちくしょう!
この世界にはサングラスは存在していないようだ。
まぁ存在していたところで、直ぐにこの場で用意することは結局不可能なのだが。
「ちなみにいくらしたのこれ?」
「……五万エリス」
余裕で1ヶ月間くらいの食費にはなるお値段だ。
そして三度目の沈黙。
いや、まだ終わりではない。
「あ、あと! マジックポーションも買ってきたんだよ! このポーションはね、なんとモンスター達から匂いを消せるどころか、むしろ寄せ付けないポーションなんだって」
「ふーん……ちょっとそれ貸して」
大人しく手渡すと、ロザリーはポーションについているラベルを凝視する。
「『このポーションはモンスターを寄せ付けないほど、強烈な臭いを出すポーションです。あまりの強烈さに気分が悪くなる可能性もあるのでご注意ください』……ね」
「…………」
何故かニコニコとしているロザリーが怖くて仕方ないのは何故だろう。
「言ってなかったこっちもあれだけど、あたしのレベル上げがメインなんだからモンスター遠ざけちゃ意味ないと思うのあたし。それに空気が篭ってるダンジョン内で刺激臭がするものだしたら大惨事になると思わない? ねぇウィズ」
「お、おっしゃる通りです……」
それから、買ってきた魔道具を出してはロザリーにダメ出しをされるということを数度繰り返していく。
結局買ってきた魔道具は全て使うことを却下されてしまった。
「なんていうかあれね、よくもまぁここまでガラクタ集めて来られたわね。呆れを通り越して感動すら覚えるわ」
「うっ……で、でも今回は使い所が悪かったというか……きっとこれらが役に立つ場面が……そ、そうだよねブラッドさん?」
ロザリーの鋭い視線から逃れるついでに、ブラッドに同意を求めてみる。
「えっ……えーと、そのだな……」
視線を泳がせるブラッド。
一生懸命言葉を探して言おうとしている様子が読み取れるが、もう既にその反応で俺の心は傷ついてますよブラッドさん。
「ほら、いつまで落ち込んでんのよ。別に怒ってはいないからそろそろ立ち直りなさいな」
「……うん」
薄暗いダンジョンの中を、ブラッドが持ってきたランタンの灯りを頼りに三人で進む。
ロザリーは怒ってはいないとはいうが、こっちとしては散々ダメ出しされたのだ。
気分が落ち込むのも仕方がないことのはずだ。
「あんまり気にすんなよウィズ。ロザリーはな、胸のサイズがお前に負けてるからってちょっとイラついてただけ……ちょっ! 何をする!? こんな狭い通路で暴れるなって!」
「あんたこそそんな大きな声出さないでよ、モンスター達が一気にきちゃうでしょ!」
「ロザリーも大きい声出してるよ……」
仲が本当に良いんだなぁ、とか思いながら二人のキャットファイトを歩きながら傍観していると、それは起きた。
ピチャ……ピチャ……
という水が滴っているような音が通路に響く。
雨漏りでもしているのだろうか。
しかしダンジョンに入る前の空は、雲ひとつない快晴だったはずだ。
なんだか嫌な予感がしたので、感知魔法を発動させる。
「『エネミー・サーチ』……二人とも、反応が三つ。前からこっちに近づいてきてるよ」
案の定というべきか、こちらに対して敵意を持っている存在が三つ、こちらに近づいてきていた。
お互いの髪や頬を引っ張りあってたブラッドとロザリーは、即座に取っ組み合いをやめ、警戒心を露わにして武器を抜く。
その二人の姿は息がピッタリと合っていて、短い付き合いの自分でもその絆の深さは察することができた。
やがて暗がりから水音のような音を出していた正体が姿を現した。
「げ……スライムか。しかもウォータースライム」
「初ダンジョンでの、初戦闘がスライムね……運が良いのか悪いのかわかんないわね」
暗がりから現れたのは、プルプルとゼリーのように揺れながら動く、ゲル状の物体だった。
スライム。
それは自分がいた世界でも割と一般認識されている名前だ。
何せ殆どのゲームに、最初の方に出てくる雑魚敵として出てくるモンスターの名前だからだ。
他にも子供用のおもちゃとして発売されたり、大人の本のとあるジャンル物で人気だったりと色々だ。
そんなスライムが、ゆっくりと、確実にこちらに迫ってきている。
「? どうしたの二人とも……ジリジリと後ろに下がって」
何故かブラッドとロザリーは、スライム達を凝視して警戒しながら後ろへと距離を取っていた。
こんな踏み潰せば倒せそうな相手に何をそんなに警戒しているのだろうか。
「ちょっとウィズ、はやく離れないと危ないわよ」
……一体何が危ないというのだろうか?
「たかがスライムでしょ? スライムってそんなに強くはないんじゃ……」
二人の反応からして、もしかしたらなんて思い始めてきた。
いやでもこんなプルプルするくらいしかできなさそうな奴がまさか……
「はぁ? もしかしてウィズの故郷ではスライムって居ないの? スライムは物理攻撃が殆ど効きにくい上に、魔法に対しての抵抗力も強い。しかもモンスターの中でもかなりの悪食で、自分より大きい相手にも恐れずに向かってくるのよ」
「もしスライムに張り付かれたりしたら、いくら小さいやつとはいえ剥がすのは至難の技だ。張り付かれたら、消化液で皮膚を溶かされるか、口や鼻を塞がれて窒息死するぞ。しかもそいつウォータースライムだから、獲物の穴という穴から体内に侵入して、最終的には体内でで大量の水を噴出して溺死させてくるやつだ。その後に死骸を内側から消化して食うんだ」
「ひぃぃぃぃぃ!」
怖っ! 怖すぎるって!
思わず変な声を出しながら、思いっきり後ずさってブラッドの背中に隠れる。
「ウ、ウィズさん? なんか柔らかいのが……」
「ちょっと、乳くり合ってる場合じゃないわよ」
い、いけないけない……
思わず背が高いブラッドの背中に隠れてしまったが、これでも魔王を絶対に倒すと誓った者。
いかに強力なスライムだからといって、逃げていてはどうしようもないというもの。
「それで、スライムってどうやって倒せばいいの?」
話を聞く限り、スライムは物理攻撃も魔法攻撃も効きにくいらしい。
しかし倒す手段は必ずあるだろう。
なかったら今頃この世界は、スライムに支配されているだろうし。
「あー、多分魔法を何発か撃ち込めばそのうち倒せるわよ。もしくはブラッドの剣で細切れにするまで斬り続けるとか」
「え、でも物理攻撃も魔法攻撃も効きにくいんじゃ……」
「効きにくいだけよ。変異したスライムならいざ知らず、このくらいの小さいスライムなら少なからずダメージは入るわよ」
な、なるほど……ようはゴリ押しというわけか。
それならちょうど試してみたいことがある。
「『ライトニング・エンチャント』」
ここで感知魔法と一緒に習得した付与魔法をブラッドの剣に付与をする。
ウォータースライムという名前だから雷属性に弱そうという安直な理由で雷属性の付与魔法にしたのだが、効果があることを祈る。
「え、これ付与魔法か……? ウィズがやったの……か?」
ブラッドがバチバチと音を立てて火花を散らしている自分の剣を驚愕の表情で見ていた。
ロザリーも信じられない、といった表情で自分とブラッドの剣を交互に見てる。
「ふ、付与魔法って、確かルーンナイトの魔法じゃなかったのか? ロザリー?」
「そうだと思うけど……」
ちなみに二人の言っていることは合っている。
付与魔法はルーンナイトという職業でしか習得できない魔法だ。
決してアークウィザードの自分が習得出来るはずはない……普通なら。
そう、自分には膨大な魔力の他に、魔法というカテゴリのスキルなら、職業関係なく習得できる
これさえあればアークウィザードでいながら、ルーンナイトの魔法を習得するのは簡単なことだ。
「さぁ今がチャンスだよブラッド!」
多少の知性はあるのか、電撃を帯びたブラッドの剣を見るなり警戒するようにスライム達の動きが鈍くなっていた。
初の補助魔法に若干テンションが上がってるなと自覚しながらもブラッドに言う。
お、おう……と若干引き気味に答えながらも、三体のうち一番近いスライムに剣を振り下ろすブラッド。
そのまま数回斬りつけるだけで、スライムはやがてただの水溜りのようになって動かなくなってしまった。
思ったよりも呆気なかったが、無事に倒せたようで何よりだ。
「あ、逃げてく」
さっきまでの鈍重な動きはなんだったのか。
残った二体のスライムが仲間のやられた様子を見るなり、凄まじい勢いでダンジョンの奥の暗闇へと消えていった。
悪食で恐れなしとのことだったが、力関係は上手く把握できるモンスターなようだ。
「お? 消えた……」
それと同時に、ブラッドの剣に掛けられていた付与魔法が解除されてしまった。
「あ、あれ? もう効果切れ? 目論見ではもう数分効果があるはずなんだけど……」
それなりに魔力を込めたはずなので、効果切れするにはまだ早いはずなのだが……
「あー、ウィズ? どうやってウィズが付与魔法使ったのかは知らないけど、多分職業補正の問題じゃない?」
「職業……補正?」
ロザリーが言うには、冒険者のスキルには補正というものがあるらしい。
「わかりやすい例で言うとね、冒険者って職業あるでしょ? 冒険者の職業は全ての職業のスキルを習得できるけど、そのぶん他の職業に比べて大量のスキルポイントを使わなきゃ習得できないし、スキルの完成度も劣っちゃうのよ。要するに冒険者が中級魔法を覚えたとしても、同じ魔法だろうが、本職の魔法使いが使う魔法には威力や効果は遠く及ばないってことよ」
つまり、アークウィザードがルーンナイトの魔法を使っても、中途半端な効果になるということか……
「そ、そんな……」
万能の
そんなこんなで、初のダンジョンモンスター、ウォータースライムの撃退に成功したのであった。
「ねぇってば、どうやって付与魔法習得したのよ? 何か魔道具とか……はないか、ウィズだし」
ダンジョン内を歩き続けること、体感で一時間ほどだろうか。
スライムを撃退した後、ずっとロザリーにこんな感じで絡まれている。
というか俺だと魔道具はありえないとはどういう意味なのだろうか。
「うーん、強いて言えば女神様からの贈り物……かな?」
「何よそれ、もしかしてエリス様から? エリス様の贈り物だったりする?」
「ち、違うかな……」
確かアクアという名前の女神様だったはずだ。
ちょっと想像していた女神様像とはかけ離れてはいるが。
「ロザリー、人にはあまり知られたくないことがあるんだから、しつこくするのはよくないぞ」
「はいはーい、そうよね。例えばブラッドさんなんかは、夜中こっそりと宿を出ていかがわしいお店とかに行ってること知られたくないもんねー」
何それ気になる。
いかがわしいお店とは、女の子とキャッキャウフフできちゃう系の奴だろうか。
それなら是非自分も……あ、自分自体が女の子になってるんだった。
はははは……はは。
……はぁ、虚しい。
「あっははは、そういうロザリーさんこそ、小さい頃から必死に豊胸しようと、筋トレ紛いのことをし続けてるけど、結局ついたのは胸じゃなくて筋肉で、未だに諦めきれずに筋トレ続行中なこと知られたくないもんなー」
なるほど、ロザリーの謎の筋力に納得がいった気がする。
思い返せば、お風呂で一緒になった時も、女の人にしてはやけにがっしりしてる体つきだった。
もしかして腹筋割れてたり……
「…………」
「…………」
前を先行していたブラッドがぴたっと止まり、後ろにいるロザリーを笑顔で見つめる。
ロザリーも笑顔でブラッドを見つめ返す。
「「上等だおらぁ! 土の味を味合わせてやる!!」」
事前に打ち合わせでもしたのではないかと疑ってしまうほど、息ぴったりに、同じ台詞をはきながらお互い取っ組み合いを始める。
仲が良いのは大変よろしいのだが、せめて時と場合を考えて欲しいものだ。
「おいおい、聞き覚えがある声で騒いでると思ったらお前らかよ」
すると前方から四人組の人影が現れた。
こちらも聞き覚えがある声だと思い、目線をそちらに向ける。
結果として、この四人組は知り合いだった。
「トーンさん、奇遇ですね」
「おう、元気か嬢ちゃん? 確かにこんな所で会うのは奇遇だな」
愛想の良い顔で、ランサーのトーンが言う。
トーンの後ろには、彼の冒険者仲間の三人が居たので、同じく挨拶を交わす。
「ミラーさん、エイヤさん、リリィさんこんにちは」
挨拶というのは大事だ。
人と人がコミュニケーションを取るのに必要な行為であるからだ。
盗賊のミラー、アーチャーのエイヤ、それからプリーストのリリィ。
ランサー、アーチャー、プリーストに盗賊。
前衛職が少なく感じるが、なかなかバランスが取れていて良いチームだと思う。
「トーンさん達もレベル上げですか?」
「ん、まぁそんな感じかな。色々と試したい戦術とかあったからその練習も兼ねてだが……というかそっちの二人はどうなんだ? ダンジョンにまで来て喧嘩しに来たのか?」
「いやぁ……一応ロザリーのレベル上げを……」
お互い武器を使ってるわけでも、激しく殴り合っているわけでもないので、本気ではないのだろう。
しかしそろそろやめて欲しい、なんだか知り合いに知り合い達の醜態を見られているとこっちまで恥ずかしくなってくる。
「ま、まぁ頑張れよ。俺たちはもう帰るけど、この先に特に危険な罠とかはなかったぜ。けどモンスターもあまり残ってないだろうから、レベル上げたきゃさらに下層に行ってもらわなきゃならんが……」
「いえ、ありがとうございます」
情報共有って冒険者っぽくていい感じだなと思いつつトーン達と別れ、床を転げ回っている二人の喧嘩を止めることにした。
途中何回かモンスターに襲われたが、大きな怪我もなく無事にダンジョンを進んでいると、少し開けた空間に出た。
劣化してボロボロの状態になっているが、机や椅子、タンスのようなものが置かれているところを見ると、この部屋は誰かが生活用として使っていたのだろうか。
「ちっ、やっぱりロクなもんすら残ってないか」
タンスや机の引き出しを開けながら、残念そうに舌打ちするロザリー。
はたから見れば完全に強盗のようだ。
「せいぜいあるとしたらこのボロボロの本の山か……」
部屋の一角にある、本棚らしきものの前でブラッドが呟く。
ブラッドの言う通り、本棚に敷き詰められているほとんどの本は、虫食いやらなんやらで読めそうにもないほどボロボロのしかない。
「せめて保存状態が良ければ、年代物として売れるんだけどね……と、なんだ、一冊良さそうなのあるじゃない」
ロザリーが本棚の中央らへんにある、背表紙に魔法陣のようなものが描かれた本を見つけた。
確かに他の本に比べて、保存状態は良さそう……というより、埃を被ってるくらいで、劣化という劣化はなさそうに見える。
何か特殊なコーティングとかされた本だろうか。
ロザリーがその本を本棚から抜き出そうと、本を掴んだ。
「……あ、あれ?」
しかし掴んだままロザリーは固まってしまった。
「どうした?」
「い、いや……この本取れな……んん!」
ついには両手で本を掴み、身体の重心を後ろにかけるが、それでも本が本棚から離れる様子はない。
「はぁ? たかが本一冊お前の怪力で取れないはずか……あれ!? ほんとだ取れない……!」
ブラッドも参戦し、二人掛かりで本を引っ張る。
しかし接着剤で固定されているかのように本は全く動かない。
「はぁ……はぁ……ど、どうなってんのよ」
ついに諦めた二人は、本から手を離す。
これはどうしたことか、他の本は普通に手に取れるというのに……そう思いながら、自分もその本を引っ張ってみようと本に触れた。
「うわぁ! な、何事!?」
しかし、本に触れた瞬間本が謎の発光を始めた。
突然の出来事に、慌てて本から手を離し後ろに飛び退く。
ブラッドとロザリーも警戒をし始める。
もしや何かの罠だったのか。
だが、この部屋に入る前に念入りに感知魔法を掛けて安全を確認したはず……
本は時間にして数秒ほど、発行をし続けた。
やがて本はその輝きを収め、それと同時に本棚が横へとスライドを始めた。
そして本棚がなくなったことで露わになった後ろの壁には、細長い通路のようなものが現れた。
これはもしかしなくても……
「「「か、隠し通路!!!」」」
まさかの隠し通路発見である。
あの本がスイッチのような役割だったのかは知らないが、とにかく隠し通路発見だ。
思わずテンションが上がる。
「ち、ちょっと……これもしかして発見したのあたし達だけじゃない?」
「た、多分な……」
「まだ誰も入ったことがない通路……ということはこの先に」
ロザリーがダンジョンに入る前に言っていた。
曰くキールの財宝はまだ見つかってないと。
ごくりと、誰かが……もしくはこの場にいる全員が唾を飲む音がした。
「よ、よし! ちょっと入ってみないか? いや、別にロザリーのレベル上げも大事だけど、冒険者としてお宝を見つけるのも大事だと思うんだ俺は」
「そ、そうよね! 確かにレベル上げも大事だけど、お宝も大事よね」
ちょっと意味が不明な理由でお互いを納得させ合う二人。
出現した隠し通路に近づいてみると、思っていたよりも細長い通路だった。
人が一人、横向きの状態でカニ歩きをしてなんとか進めるぐらいの細さだ。
「よっと……ギリギリかな」
仕方なく大きい荷物は部屋に置き、最低限の荷物を手で持つことで、ブラッドは窮屈ながらも通路に入れた。
「なんだってこんな狭く設計されたのかしらね……っと」
対するロザリーは、いともたやすく通路に入る。
さて、最後は自分の番だ。
身体を横向きにして、通路に身体を滑り込ませようと……
「あ、あれ……?」
ムニュ、ムニュ。
音で表すならこんな感じだろうか。
予想外……いや、なんとなく察しはしていたのだが……
「む、胸が……邪魔!」
ここで巨大な
なんとかできないかと、何度か挑戦するがやはり入れない。
「どしたのウィズ?」
通路の先でロザリーが聞いてくる。
「いや……その、通れなくて……」
「……あぁ、そういうことね」
そう言うと、ロザリーは引き返してきて、自分を通路の入り口に立たせると、自分の身体を押し始めた。
「ちょ、痛い! 痛いですロザリーさん! あだだだだ!」
「ほら、あたしが無理矢理にでも詰め込んであげるから大人しくしてなさい」
ぎゅうぎゅうと、主に自分の胸部部分を思いっきり潰そうとしているため、とても痛い。
「む、胸! 胸が潰れちゃいます! もしくはもげちゃう!」
「もげればいいのに」
今確実に本音っぽいのが聞こえたがする。
まずい、このままではロザリーにヤられる。
「わ、私待ってます! ここで待ってるのでブラッドさんと二人で先行ってください!」
「何言ってるのよ、あんたがいなきゃ罠があるかどうかわからなくなるじゃない」
ぐっ……こんなことなら感知魔法なんて習得せずに日を改めるべきだったか。
「そ、そんなこと言われても……あ、だめぇ! 絶対に入らない、入らないですから!」
「やってみなきゃわかんないわよ? ほら、力抜いて……その内痛みなんて感じなくなるわよ」
「うぅ……せめてもう少し優しく……」
「優しくやってたらいつまで経っても入らないじゃない。大丈夫よ、その内気持ちよく……」
「君たちさっきから何やってるの!?」
狭い通路でブラッドの声が響いた。
「うっ……痛いよぉ」
ロザリーの手助けもあり、なんとか通路を抜けることができたが、その代償として痛みを伴うことになった。
主に胸が。
しかもこちらが身動き取れないのをいいことに、ロザリーがやけに胸を弄ってきたのも原因の一つだろう。
「いやーごめんね、思ったよりも感触が良くてついつい触りすぎちゃったわ」
あはは、と笑い飛ばす彼女には反省の色は見られない。
間違いなく確信犯だろう。
「そ、それよりあれ見てみろ二人とも。多分次の仕掛けだ」
ブラッドが指差す先には、壁しかない。
いわゆる行き止まりというやつだ。
しかしよくよく見ると、見覚えのあるものが壁にはあった。
「これって……あの変な本にあった魔法陣と同じやつ?」
あの光る本に刻まれていた魔法陣と同じものが、その壁にも刻まれていた。
となるとこれは、あの本と同じ仕掛けの可能性が高い。
「じゃあこの魔法陣を起動させれば、また隠し通路が開くってことかしらね」
「まぁそういうことだろうな。どれ……」
ブラッドが魔法陣に手を触れる。
しかし何も起きない。
「うーん、一体どういう仕組みなのかしら……」
続けてロザリーが触るが、魔法陣はうんともすんとも言わない。
「さっきの本も、この壁のやつも、俺たちが触っても何も起きない……けどウィズが触ったら本の魔法陣は反応した」
「となると起動させるには……」
ブラッドとロザリーが同時にこちらを見つめてくる。
この魔法陣の仕組みはわからないが、多分自分が触れることで作動する可能性があるからだろう。
二人の視線に頷きで答えると、壁に近寄りその魔法陣へと手を差し出す……
ひんやりとする壁の感触を感じたと同時に、魔法陣は光を放ち始めた。
どうやらこの魔法陣は自分が触れることで作動するのは間違いないようだ。
徐々に光を強くする魔法陣を見つめながら行く末を待っていると、ふいに視界が一瞬真っ白になった気がした。
「うっ……一体なにが」
思わず閉じてしまった瞼を徐々に開けると、その視界は暗闇で覆われていた……
「ブラッド? ロザリー?」
仲間たちの名前を呼ぶが、さっきまで近くにいたはずの二人からは返事が来なかった。
というか、暗くて正確にはわからないが、明らかにさっきいた場所とは違うところにいる。
なにが起きたかはわからかいが、ひとまず灯りが欲しいところだ。
「えっと……何か灯り……」
とは言ったものの、ランタンはブラッドが持っていた。
自分が持っているといったら、散々ダメ出しされた魔道具くらいなのだが……
「良かったらこれを使うと良い」
そんな声が聞こえてきた。
声のする方を見ると、暗くてよく見えないが、誰かが立っていた。
しかもその手にはランタンらしき物体を持ってこっちに差し出していた。
「あ、これはどうもありがとうございます」
誰だか知らないが助かった。
ランタンを受け取り、ティンダーの魔法で灯りを灯す。
範囲は狭いが、光を浴びた暗闇は消え去り、その周囲を明るく照らし始めた。
自分達と同じダンジョンに来ていた冒険者だろうか?
まぁ誰であろうと改めてお礼をするべく、視線を相手に向けるとそこには……
「やぁこんにちは……もしくはこんばんはかな? こんな所に客なんていつ以来だろうか……ともかくゆっくりしていくと良い」
そこには、ローブで身体全体を覆い、ローブの隙間からは、干からびてカラカラになった皮膚を貼り付けている骸骨がいた。
「ひ、ひゃあああああ!」
驚きのあまり尻餅をつく。
びっくりした! めっちゃくちゃびっくりした!
気がついたら目の前に動いて喋る骸骨がいたら、誰だってびっくりするはずだ。
一体どんなホラー番組だというのだろうか。
「あぁすまない、驚かせてしまったかな? 心配せずとも、君に危害は加えないよ」
見た目とは裏腹に、やんわりとした優しい声だった。
その声に敵意はなく、感知魔法を使っても敵意は感じられない……となると嘘ではないようだ。
「す、すいません。ちょっといきなりだったのでつい……」
「いいさいいさ、こんな格好じゃ無理もない」
カラカラと骨を鳴らしながら笑う。
「おっと、自己紹介が遅れたね。私はキール、このダンジョンの主人で、貴族の令嬢をさらって行った悪い悪い魔法使いさ」
キール……キール?
「えっ……じゃああなたが?」
「いかにも、かつて国に貢献をし、最後はその国に反逆をしたアークウィザードは私のことさ」
大魔法使いキールは、ある日王に言った。
この世にたった一つ、どうしても叶わなかった望みがあります。
それは、虐げられている愛する人が、幸せになってくれること……
「とまぁそんなこんなで、私は貴族の令嬢を攫ったというわけさ。それで思い切ってその攫った娘にプロポーズしたら二つ返事でオッケーして貰ってなぁ。王国軍の追っ手達と派手にパーティーしながらも、愛の逃避行をしていたんだ」
「うっ……いい話ですね」
思わずホロリときてしまった。
どうやらお伽話の続きは、本人達からしたらハッピーエンドだった模様だ。
まぁ王国側からしたらそうはいかないだろうが。
目の前のキールと名乗る骸骨さんの話からすると、惚れたご令嬢は親のご機嫌とりだけのために王様の妾として差し出されたが、肝心の王様にはまったく可愛がられず、正室や他の妾とも関係は上手くいかず虐げられていたそうだ。
そこでキールは、要らないなら俺にくれと言ってご令嬢を攫っていったらしい。
「いやぁ、なかなか楽しかったよあの時は。おっと、ちなみにその攫ったお嬢様はそこのベッドの上で寝ているお方だよ。どうだい? 雪のように真っ白な上腕骨だろ?」
キールが指差す方を見ると、確かに白骨化した骨が綺麗に整えられて横たわっていた。
どうやらこちらのお方はキールとは違い動かないようだ。
「……というか、キールさんはどうして生きて……はないですね。動いてられるんですか?」
おそらくだが、アンデッドとして動いているのだろう。
しかし、ここに来るまでに何回かゾンビやらゴーストやらのアンデッドモンスターと出会っているが、キールは彼らとは全く違うように感じられる。
普通のアンデッドは生者に対して容赦無く襲い掛かる。
しかしキールにその様子は全くみられない。
何より知性が残っているのが証拠の一つだろう。
自分の質問にキールは、あぁ、と言いながら答えた。
「それは私が、ノーライフキングと呼ばれるアンデッドの王……リッチーだからさ」
「リッチー……?」
リッチーというと、アンデッドの頂点というイメージがあったが……
「なんか、イメージしてたのと違いますね。全く怖くないです」
「ははは、そうかい? 君もお嬢様と同じ事を言ってくれるとは嬉しいね……」
どこか懐かしむような目で遠くを見つめるキール。
キール曰く、毎日のようにお嬢様を王国軍から守っていたのだが、流石に多勢に無勢、ある日重傷を負ってしまったらしい。
キールはそれでも彼女を守るために、人の身を捨てリッチーになったらしい。
これまた良い話じゃないか。
「それより此方からも質問いいかな? えっと……」
「あ、ウィズリーです。ウィズリー・リーンと申します」
そういえばこちらの自己紹介がまだであった。
「そうか、良い名前だな……ウィズリーくん、君はどうやって此処に来たか覚えているかい?」
「え」
……そういえばそうだった。
気がついたら此処にいたのだが、その経緯がまったく思い出せない……というか検討もつかない。
本当に気がついたら此処にいたのだ。
「えっと……ある部屋の本棚にあった本を触ったら、隠し通路が現れて……それでその奥にあった壁の魔法陣に手を触れて、気がついたら此処に……」
自分の曖昧な説明にキールはなるほど、と呟いた。
「いやぁすまなかったね、その魔法陣は私が緊急避難用に用意していた転移魔法の一種なんだ。触れた者を指定した場所に転移するというものでね」
ふむ、なるほどそういう事だったのか。
自分だけが触れたから、ブラッドとロザリーは転移されずに、自分だけ転移先のこの場所に飛ばされたということらしい。
「しかしあの魔法陣は、私以外使えないように、膨大な魔力を持つ者にしか反応しないように細工を施していたのだが……ちょっと失礼」
すーっと、骨の手が伸びてきて、自分の額に触れた。
あ、冷たい。
「……これは驚いた。君はなかなか良い素質を持ったウィザードのようだね」
触っただけで相手の魔力やらなんやらを感じ取れるのか、キールは感心したように頷く。
「魔力自体もかなりの量、魔力回路も全身に張り巡らせられるほどの複雑さ……いやはや、もし生前の私が君と出会っていたら弟子にしたくなっていただろう」
「いやぁ、それほどでもないです……」
そんなにもベタ褒めされると照れてしまう。
まぁこの才能、貰い物のようなものなんだが……
「これからも魔導を磨いていくと良い。君なら間違いなく、私以上の大物になれるだろうさ。それと、髪をそのまま伸ばし続ける事をお勧めするよ」
「え、どうしてですか?」
今の話に髪の毛の何がどう関係しているというのか。
「君の魔力回路は稀に見る珍しいものでね。普通の人が持つ魔力回路は、神経やら血管のように、身体の一部分に張り巡らせているような形で存在しているものなんだ。けれど君のは普通のとは少し違う」
え、そうなの?
というか魔力回路? という存在自体初耳なのだが……
「君の場合、それこそ神経や血管のように魔力回路が、身体の一部分どころか全身に張り巡らされている。それだけでも充分珍しいが、さらに驚くべきことに、普通なら魔力回路が存在しないはずの爪や髪の毛にもあるんだ」
「……つまり、爪や髪の毛を伸ばせば伸ばすほど、魔力回路も増えて強くなれる……ということですか?」
「その通り、魔力回路は多ければ多いほど、長ければ長いほど、複雑であればあるほど魔法の質はより良くなる」
な、なるほど。
通りで魔法を唱える時に魔力を込めると、髪の毛あたりがぞわぞわーってするのか。
ロザリーが言うには髪の毛がウネウネと逆立ってるらしい、まぁ自分からではよく見えないのだが。
「爪を伸ばすのはいささか不衛生だろ? なら髪を伸ばせば良いというわけさ。幸いにも君は長い髪の毛が似合いそうだ」
うーん……正直髪の毛を伸ばすのは女の子っぽくて抵抗があるのだが……しかし強くなれるなら髪を伸ばすくらい良いのではないだろうか。
「…………あ」
強さと男らしさを天秤に掛けていると、ふと思い出した。
ブラッドとロザリーのことすっかり忘れてた。
キールとの話に夢中で、どれくらいたったかはわからないが、一時間は経っているであろう確実に。
「おや、どうかしたかい?」
「え、えと……そろそろ仲間たちと合流しないと行けないと思って」
このままでは心配をかけ過ぎてしまう。
「そうかそうか、いや度々すまないねぇ。長話させてしまって……お詫びにダンジョンの入り口まで転移で送ってあげよう。ダンジョンの外には何人かの生命反応が感じられるから、おそらく君の仲間達だろう」
「え、本当ですか?」
それは助かる。
何せ帰り道が全くわからない。
「あぁ、構わないよ……おっとそうだ、せっかくだし君に一つ贈り物をしておこう」
キールはそう言うと、お嬢様が横たわっているベッドの下から、棒状のものを取り出した。
「私が使っていた杖だ。良かったら君が今後使ってやってくれ」
その杖は見事だった。
杖の先端にはひし形の紅い宝石のようなものがはめ込まれ、その上には突起状の飾りが付いている。
さらにそれらをドーム状に覆っている金属は、その先端に鋭い刃物を形成していた。
その杖は、杖というよりかは、槍のような感じがする。
「……いいんですか?」
素人目だが、よほどの一級品と感じられる。
もちろんくれるというなら、その好意を無下にはしたくないが、これほど見事なものだと多少受け取りにくさもある。
「私にはもう必要のないものだからね……遠慮なんかしなくていいさ」
むぅ……そこまで言われては仕方ない。
お礼を言いつつその杖を受け取る。
「その、今日はお世話になりまし……た?」
このダンジョンは彼からしたら家みたいなものだろう多分。
お世話になったかどうかは微妙なところだが、別れの挨拶としては充分だろう。
「なに、私も久しぶりに人と……それも将来有望な子と話せて嬉しかったよ。それじゃあ気を付けて帰るといい」
キールが魔法を唱える。
するとまたもや視界が白で埋め尽くされていく……
「…………」
キールに転移させてもらい、気がついたらダンジョンの入り口に立っていた。
そして明確になっていく視界には、見慣れた人達が……
「……? あ、いつの間に!?」
いち早くこちらに気づいたのはロザリーだった。
その周りにはブラッドや、トーン達も居た。
「このおバカ!」
「痛い!?」
そして急に頬をビンタされた。
普通に痛い。
「どこいってたのよ、こっちは散々探したんだからね! 急にウィズが消えちゃうから慌ててトーン達を引き止めて一緒に探してもらったんだからね」
「えっと、ごめんなさい……あの魔法陣のせいで別の場所に転移させられちゃったみたいで」
ロザリーが口をしぼめる。
「……まぁ触らせたのはブラッドだし、ウィズにも怪我はないみたいだから万事オッケーよね……」
「さりげなく俺に全部の責任押し付けるのやめてくれないか? まぁ、本当に怪我が無くて良かったよ。あとすまないな、危険な目に遭わせちまった」
大丈夫だよ、と伝える。
まぁ別に危険な目には逢ってないし、むしろ
「あれ、何その杖? もしかしてお宝? それお宝?」
興味津々なロザリーを連れ、みんなで帰路につく。
……そうだ、帰り道に、ある魔法使いの恋の物語の続きを教えてあげよう。
『
よく説明を見ずに買い漁った結果がこれだよ!
『キールの杖』
この仮面の悪魔に相談を! の最終話にある押絵で、ウィズが持ってたやつです。
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この駆け出しの街でデートを!
太陽の光が、真上から降り注ぐお昼時。
特にこれといった目的もなく、アクセルの街をぶらぶらと散歩をする。
時が流れるのは速いもので、この異世界に来てから既に1ヶ月ほど。
春という季節が終わり、夏という季節が始まったのか、太陽は日に日にその輝きを増しているような気がする。
とはいっても、日本の夏に比べたら全然暑くはないし、むしろ快適さを感じる風が頬を撫でる。
こんな日は散歩をするのに限る。
ちなみに今日自分達のチームは、冒険者稼業がお休みとなっているので一日中暇ということになる。
朝起きてからは、宿屋の部屋で読書に勤しんでいたが、一日中そればっかりはどうかと思ったので外出する事にしたというわけだ。
「……お腹すいてきたなぁ」
くぅ、とお腹の虫が音を鳴らす。
朝ごはんはしっかりと食べたが、たくさん食べたというわけではないので、そろそろお腹もすいてくる頃合いでもあった。
基本的に食事はギルドの酒場か、宿で簡単な軽食を主としているが、たまには自炊したものを食したい気持ちもある。
残念ながら自分で調理できる場所がないのだが。
わざわざギルドの酒場に行くのも面倒くさいので、そうなると必然的にこの辺のお店か屋台でお昼を済ませなくてはならない。
どこか手頃な場所はないかと辺りを見回していると、ふと見覚えのある人影が四人分目に入った。
間違いない、あの火が燃えるような真っ赤な髪の毛は同じチームのブラッドだ。
それと以前にダンジョンで出会った、トーンとその仲間のミラーとエイヤだ。
リリィを除くトーンのチームと、ロザリーがそばに居ないブラッド。
男一色の団体は足並びを揃えて歩いていることから、一緒に行動していることがわかる。
時間も時間だし、もしかして自分のようにこれからお昼を食べに行くのだろうか。
そう考え、もしそうなら一緒に仲間に入れてもらう事にしよう。
「おーい、ブラッドー」
小走りで駆け寄りながら声をかける。
声をかけられた本人と、その仲間達は一瞬何かに驚いたようにビクッと震え、ゆっくりとこちらの方に振り向いて行く。
なぜか少し驚いたというか、驚愕の表情で。
「お、おうウィズか。何か用か……?」
まるでイタズラを親に見つかったような子供のような、そんな顔をしているブラッドに首を傾げながらも用件を伝える。
「用というか、見かけたから声をかけたんだけど……これからみんなでお昼?」
「え……あ、あぁ! そ、そんな感じだ」
なぜか少しうわずった声で答えるブラッド。
隣にいるトーン達も、どこか落ち着きがない様子だ。
「私もちょうどお昼食べようかなって思ってたんだけど、一緒について行っていい?」
「え」
今日のブラッドは表情がよく変わる。
さっきよりもより一層困惑した表情を浮かべる。
……もしかして自分とはお昼は食いたくないということだろうか。
「……そ、そのだなウィズ。実は俺たちは……うぉっ!」
そうしてブラッドは何かを言う前にトーンに首根っこを掴まれて、男四人で何やらヒソヒソし始めた。
「いいかブラッド、よく聞けよ?」
「な、なんだよ」
「お前の今夜のお楽しみは俺たちで注文しといてやる。だからお前はウィズリーの嬢ちゃんと遠慮なく楽しんでこい」
「! い、いいのか……?」
「ああ勿論だ、お前にもようやくあの
「それを愛でる機会くらいあってもバチは当たらんさ……それにこっちに聞こえるほど腹を鳴らしてる女の子を放って置くわけにはいかんだろ?」
「トーン……ミラーにエイヤ……お前ら……!」
「なーに気にするな、俺らの仲じゃないか」
ふむ……何を言ってるかはまったくわからないけど、なんとなく男の友情を感じるのはなぜだろうか。
「あの……都合が悪いなら別に」
「いや! そんなことはないぞウィズ! さぁ行こう、何処へでもご一緒しようじゃないか! なんなら奢ってやるぞ!」
「そ、そう? あれ、トーンさん達は?」
「あぁ、あいつらは用事ができたんだとさ。だから気にせず気にせず」
やけにテンションが高いブラッドに背中を押され、流されるまま足を動かす。
ふと後ろを振り返ると、ニヤニヤしながらこちらを見守るような目で見ているトーン達がチラッと視界に入った。
「お待たせしました、リザードランナーの肉焼き定食になります」
「ありがとうございます」
ブラッドと共に近くの定食屋に入り、注文をしてから10分ほどだろうか。
二人分の料理がテーブルの上に並べられていく。
「おぉ……カエルのお肉もそうだけど、このリザードランナーっていうお肉も硬過ぎず柔らか過ぎずの弾力さ……ところでリザードランナーってどんなモンスターなの?」
少しマナーが悪いとは思うが、フォークでお肉を突いてみると、これまた食べ応えのありそうな弾力。
ブラッドのオススメは何かと聞いたところ、リザードランナーの肉と答えたので注文したのだが、どんなモンスターなのかは知らないため好奇心で聞いてみた。
「リザードランナーか? そうだな……簡単に言うと、草食性で、二足歩行で走り回るやつらかな。足の筋肉が発達してるから、腿肉が美味いんだなこれが。他にも走り鷹鳶っていうやつもいるが、こいつの肉ともいい勝負でな……」
「……走り高跳び?」
なんだろう、話の流れ的にそいつもモンスターの名前だと思うが……
うん、まぁいいや。
折角の出来立て料理が勿体無いので、速めにいただくとしよう。
「……んぐっ。うん、なかなか美味しい」
日本では豚や牛のお肉をよく食したものだが、この世界の肉料理に比べたら霞んでしまうだろう。
しかしますます麺料理が知られてないのが惜しいところ。
この世界のお肉をラーメンにでも乗っけて食べたいものだ……
「……なぁ、それどうやってるんだ?」
「え? 何が?」
ブラッドがふと呟いたので、手と口を一旦止めて聞く姿勢に入る。
「いや……その頭のクセ毛がなんか左右に揺れて……」
「???」
クセ毛……確かに自分の頭には寝癖のように見えて、アンテナのように突き出ている髪の毛の束が一つある。
どんなに水に濡らしたりしても直らないので、もう直すのは諦めているのだが、そのクセ毛が左右に動いているとは一体どういうことなのだろうか。
ここは店の中、外からの風が吹き抜けから来ているというわけでもなく、頭を揺らしてるわけでもない。
しかし髪の毛が一人でに動いたりするわけが……まぁ魔力を込めたら自分の髪は動くかもしれないが、今は当然魔力を込めてるわけでもない。
となると導き出される結論はただ一つ。
「気のせいじゃない?」
「え、でも……いや、なんでもない」
お互い食事を再開する。
「……それにしてもウィズは肉を食べるのに抵抗はないのか?」
「え、どうして?」
今度は疑問の声がブラッドからあがる。
「ほら、女の子って自分から進んで肉とか食べるのあまりしないんじゃないのかって思ってな……脂肪がつくとかなんとかで」
あーなるほど。
確かに年頃の女性は自分の体型を気にするだろう。
とはいえ世界中の女の人がそれを理由に肉を避けるということは無いとは思うが……そもそも自分は男だ。
身体は女だが、心まで女になるつもりはない。
「まぁそれは人それぞれだと思うよ。私は別に気にしない方だし、どちらかと言うとお肉好きな方だし……」
食への好みは完全に父親譲りなのかは定かではないが、自分はどっしりとした食べ物の方が好みだ。
小さい頃はよくハンバーガーを食べに父親と一緒に朝から店に行ったものだ。
「まぁそうだよな……悪いな変なこと聞いて。ロザリーなんかは積極的に肉は食べようとしないから気になってな」
言われてみればロザリーはあまり肉料理を食べない。
エリス教にはあまり肉を食べるな、なんて教えがあるのか、ブラッドの言ったように太るのを気にしているのかはわからないが。
「まったく、そんなんだからいつまで経っても成長しないんだぞあいつ……」
ブラッドはロザリーのどの部分を想像しながら言ってるのだろうか。
「ふふ、本人には言っちゃだめだよ?」
まぁなんとなく察しはできる。
多分身長とかではなく、もっと別の部分のことだろう。
「いや、もう昔に言った。そしたら無言で往復ビンタされたな……結構強めで」
「…………」
二人の付き合いがどれくらいかは知らないが、ブラッドは昔からそんな調子なのだろうか。
だとするとよく今日まで生きてこられたものだ。
「さて、この後は何か予定あるのか? なんなら付き合うぞ」
気が付けばお互い既に食べ終えたようだ。
ブラッドが席から立ち上がり、筋肉や骨のコリをほぐそうと伸びをしながら聞いてきた。
「予定というか、街を適当にぶらぶらしようかなって……」
あとは適当に買い物だろうか。
「それなら商店街の方に行かないか? 今日は街の外から来た商人が結構来てるらしく、賑わってるみたいだぞ」
「へぇ、じゃあそうしようか」
「ねぇ、あれも美味しそうじゃない?」
「そ、そうだな……それにしても食べ過ぎじゃないかウィズ? さっき昼食べたばっかじゃなかったか……?」
「何言ってるのブラッド、美味しいものは別腹っていうでしょ? ブラッドこそ男ならもっとたくさん食べなよ」
「む……そ、そうかな? 甘いものは別腹とは聞いたことあるけど……というか、美味しいものになったらそれほとんどが当てはまるのでは……?」
ブラッドの言う通り、今日の街の商店街はいつもより賑わっていた。
いつも見かける店を始め、初めてみる店もちらほらと。
そんな商店街の中をブラッドと供に食べ歩きをしながら進んでいく。
実に休日らしくて良いではないか。
「それにしても人が多いな……あそこなんて人集りができてるし」
ブラッドが呟く。
商店街のとある一角、そこには数十人単位の人が集まり、何やら盛り上がっている様子だった。
「さぁさぁ、挑戦者はもういませんかな? 魔力に自信のある方なら、冒険者だろうが何者であろうが構いません! もしこの挑戦に成功したら、見事賞金が送られますよ!」
近づいてみると、そんな張り上げた声が聞こえてきた。
その人集りの奥には、何やら台の上に乗った石らしきものと、その側で大声で客呼びをする人と、小さいハンマーを持ったガタイの良い男の人が立っていた。
「やり方は簡単、この特殊な石に魔力を込めるだけ! この石は込められた魔力の量や質によって強度を変えるといった性質を持っているもので、挑戦者の方は石に全力で魔力を注いでください。そうしたら、後ろの彼がその石をハンマーで思いっきり叩きます! 石が破れたり砕けたりしてしまったら残念、挑戦失敗となります。しかし見事ハンマーの衝撃に耐えきることができたら、賞金50万エリスです! さぁ挑戦してみませんか!」
なるほど、どうやらそういった類の出し物らしい。
普段のアクセルの街の商店街ではあまり見かけない類なので、物珍しさで人集りができているということだろう。
「せっかくならやってみたらどうだ、ウィズ?」
「む」
ブラッドは特に意味もなく、何気なくのつもりで言ったのだろう。
しかしそうだとわかっていても、そう言われてしまってはアークウィザードを生業としている自分はその挑戦を受けなくてはならない……否、成功させなければならない。
「ふふん、よかろう。ブラッド殿に某の腕前を披露してしんぜよう」
「……急に口調が意味不明になってないか? まぁ、やる気があるなら応援してるぞ」
どうやらブラッドには日本の男同士のノリ合いは理解できないらしい、実に残念だ。
挑戦したいと伝えると、どうやら挑戦料が必要らしい。
財布から500エリス渡すと、さぁどうぞ、と台の前に立たされる。
「…………」
というか今更なのだが、物体に魔力を込めるってどうやるのだろうか?
いつも魔法を使う時の感覚で良いのか、それとももっと違うやり方があるのだろうか。
……まぁこのまま悩んでいても仕方ない。
後ろではブラッドだけでなく、他の観客も見ているのだ。
恥だけはかきたくないので、とりあえず石に手を触れて、いつもの魔法を使う時の感覚で魔力を……
「……!? あっつい!!」
そのまま数秒間、急に触れていた石が熱を帯び始め、しまいには火傷しそうなほど熱くなった。
条件反射で慌てて手を離す。
幸い皮膚が少し赤くなった程度で、火傷はしていなかった。
しかし石の方はみるみる紅色に染まっていき、しまいには煙すら出している。
ざわざわと周りが騒がしくなるなか、自分は何故か嫌な予感とやらが止まらないのは何故だろうか……
遂には発光をする石、そして……
「……まさか爆発するとはな」
「わ、わざとじゃないからね……」
あの後何が起きたかというと、魔力を込めすぎたせいで過剰反応を起こした石が、魔力に耐えきれず爆発を起こした……らしい。
爆発といっても街を包み込むほどではなく、石を乗せてた台が吹き飛んだ程度だった。
おかげで近くにいた自分や周りの人には怪我はなかったが、代わりに駆けつけた街の衛兵さん達に小一時間ほど説教されてしまった。
事情が事情なので、逮捕されることは免れたが、店の方への補償金やらなんやらでお財布がかなり軽くなってしまった。
もちろん賞金もなしである。
「まぁなんだ……不幸な事故のようなものだし気にするなよ」
「う、うん……」
しかし、そんなに魔力を注いだつもりではなかったのだが……
「しっかし本当に凄いんだな、ウィズって。いや、まぁあの場面で凄いとかいうのは失礼かもしれんが」
「……? 何が凄いの?」
隣を歩くブラッドが続け様に言う。
「何って、ウィズが魔力を使う時って、身体中からこう……ぶわーって魔力が溢れ出るだろ? 普通なら身体から魔力が溢れるなんてことあまりないらしいぞ?」
「そ、そうなの?」
まてよ……ということは。
「も、もしかして、さっきも魔力出てた……?」
「あぁ」
……なんてこった。
当然さっきは、石に魔力を注ごうと手の方にだけ魔力集中させた。
しかしブラッドの話が本当なら、無意識的に魔力を別の場所から放出していたということになる……
「あー……そりゃ爆発もするわけか」
話に聞くとあの石、マナタイトという魔力を溜め込むことができる鉱石の原石らしい。
その性質として、その原石に合った適切な魔力を溜め込むと、マナタイトという魔法を使う際、その魔力を補うことができる便利な鉱石となるが、もし容量を超えるほどの魔力を吸収したらボンッとなるという変わった性質を持っている。
つまり自分が無意識的に放出してしまった魔力も吸収してしまい、容量値が限界まで達してしまったのだろう。
うーん、この体質……なのかはわからないが、無意識的に魔力を放出するのをどうにかしないと、これから先今日みたいな出来事が起きてしまうかもしれない。
その内魔力に関して詳しい人に、話しなりなんなりしてくるとしよう。
「お、そこのカップルさん。今ちょうど面白い出し物出してるんだけど、やってかないかい?」
商店街の端っこ、そろそろ商店街を出ようとブラッドと歩いていると、声をかけられた。
声のした方に振り向くと、腕を組んで椅子に座ってる中年の男の人が営業スマイルとは思えないほどの笑顔でこちらを見ていた。
「あー、別に俺たちは付き合ってるってわけじゃないですよ?」
「ん? そうなのかい? まぁ別に付き合ってようがそうでないかは関係ないんだがな」
ガッハッハと豪快に笑う男。
そうかー、側から見れば自分たちはカップル同士に見えるのかー。
通りでさっきから道ゆく人々に、生暖かい視線や殺気混じりの視線を感じるわけだ。
ちなみに、何故か殺気混じりの視線は主にブラッドに向けられていた。
「はぁ……それで出し物ってなんですか?」
「あぁ、この魔道具を使ってやる遊びみたいなもんだが……」
男が取り出したのは、小さなベル。
「初めてみるかこの魔道具は? この魔道具は裁判所とかでよく使われる、嘘を看破する魔道具だ。周囲にいる者が何か嘘を吐いたら、ベルが鳴って知らせてくれるんだ」
「なるほど……」
確かに裁判所などで重宝される代物だ。
これさえあれば、より明確に真相を知ることができるであろう。
「まぁ物は試しだな。まずは適当に嘘をついてみてくれ」
そう言って男からベルを渡される。
「えっと……今日の天気は雨です」
チーン。
ベルが音を鳴らす。
もちろん今日は快晴、雨なんて降ってない。
「じゃあ、今日は晴れです」
今度はベルが鳴らなかった。
どうやら本当に嘘に反応するらしい。
しかしこれを使う遊びとは一体どんなのだろうか。
「これをどう使うのかわからないって顔してるな? なぁに、いたってシンプルさ」
男は説明を続けた。
「まずは俺がお題を出す、そのお題に対して制限時間内に正直に答えられたらそっちの勝ちだ。ただしベルが鳴っちまったら負けっていう遊びさ……あと、答えるのは一人だけだぞ」
ふむ、確かにシンプルだが、人間何でも正直に話せる人は少ない。
難易度的には結構難しいと思う。
例えば、人生で一番恥ずかしかったことを言え、なんて言われて正直に答える人は果たしているだろうか?
まぁ遊びということはゲームということになる。
ゲームってことは、こちらにも等しく勝ち目があるようにそういう類のお題は出さないとは思うが……
「ちなみに勝ったら、そこから好きな商品を一つだけ無料でやるぜ。さぁどうする?」
男の後ろの台には、祭りの景品のように並べられた品々の数が。
そしてせっかくなら、ということでこのゲームを受けることにした。
「んじゃあ、俺がやってみるけどいいか?」
ブラッドがそう言うので、もちろんいいよと答えた。
自分がやっても、さっきのような事件は起こらないとは思うが、まぁ念のためというか何というか……
「お、そっちのにいちゃんが受けるのか? よしよし、それじゃあな……」
お題を考えてるのか、視線を泳がす男。
「そっちのねえちゃんの良いところを3つ言ってくれ、制限時間は1分! はいスタート!」
「っ……!」
これはキツイお題がきたものだ。
お互い出会ってまだ1ヶ月ちょっと。
そんな相手の良いところを1分間で3つ考えるのはかなり難しい筈だ。
ブラッドも慌てた顔つきで、こちらをみながら一生懸命考えてる様子。
「……ウィズは強くて、頼りになるアークウィザードだ!」
ベルは鳴らない。
つまりこれはブラッドがちゃんと本心で思っていることだということだ。
「あと、いつも酒場で酔いつぶれて寝たやつに毛布をかけたりと、気配りができて優しい!」
み、見られてたのか。
というかこれ、聞いてる方が恥ずかしいんだが……
「残り10秒」
「え、えっと……」
残り1つというところで、男が残り時間を知らせる。
まだ考えついていないのか、ブラッドは目を閉じ頭を捻らす。
9、8、7……とカウントダウンが進んでいく。
「あーっ……そうだ! 胸が大きくて良いよな!」
男が0と言い終える前に、ブラッドは叫んだ……
「…………」
「…………」
なんとも言えない沈黙がこの場を支配する。
ちなみにこれもベルが鳴らないということは、ブラッドが本気で自分の良い所と思っているということになる。
「……あ、いや違うぞ! じ、女性らしさが出て良いというかだな……決してやましい意味ではないからなうん」
まぁ死ぬまでは自分も同じ男だったのだ。
ブラッドのことは分からなくはないが、女性の良いところは? と聞かれて、胸が大きいところ……と答えるのは正直どうかと思う。
「ま、まぁ何はともあれ時間内に3つ言えたしな。そこから好きなの1つ選びな」
どもりながらも、持ち直す男。
何はともあれ挑戦は成功した、後は何を貰うかなのだが……
「ブラッドが選びなよ」
「え……あ、そうか? じゃあ」
ブラッドが商品の山を見回すこと数分、やがて決意を固めたのか、十字架を模した髪飾りを手に取った。
「それ、ロザリーにあげるの?」
ブラッドが髪飾りを付けるとは思えない、となると知り合いの誰かしらにあげるのが妥当な線だ。
「……いや、お前にやるよ」
「え」
まさか自分宛とは思わなんだ……
「まぁ、さっきは失礼なこと言ったよな俺……その詫びだと思ってくれ」
一応失礼だという自覚はあったらしい。
いやまぁ別に怒ってるわけでもないのでそんなに気にしなくてはいいのだけど……
「あ、ありがとう……」
正直喜んでいいのかそうでもないのかわからないプレゼントだ。
……まぁ人の好意は無下にはできないし、髪留めとして使わせてもらおう。
右の前髪が癖っ毛なので、よく目にかかりそうなのだ。
「……よしっと」
右の前髪をかき上げ、垂れないように髪飾りで止める。
思っていたよりも右側の視界がスッキリした、これならもっと早く髪留めを買っておくべきだったか。
「おう、よく似合ってるぞ」
「は、はは……」
産まれた時から性別が女だったら、今の言葉は素直に喜べたかもしれない。
「さて……寝ますか」
座っていたため、固まってた筋肉をほぐそうと立って伸びをする。
今日は夕方までブラッドと街をブラブラ、夜は宿でのんびりとくつろぐ。
特に大きな事件もなく、今日は平和な1日だった。
読みかけの本に栞を挟み、窓を閉めようと足を動かす。
いくら季節が夏でも、夜は冷え込む。
そして窓に手をかけた瞬間、微かな月明かりと星の明かりに照らされた物体が、黒い影のように空を飛んでいるのが見えた。
「あれは……?」
単なる見間違いだろうか、しかし眠気があるとはいえ寝惚けているわけではないはずだ。
それに黒い影には翼のようなものが見えた……あれに実体があるとしたら、明らかに人間業ではない。
万が一ということもある、仮にあれが街に侵入してきたモンスターだとしたら速めに対処せねばならない。
宿屋を飛び出して、黒い影の飛んでいった方角へと走る。
「……いた!」
間違いない、確かに何かが街の上空を飛んでいる。
ここで魔法を使って撃ち落とすべきか……いや、目的や正体が不明のままではまずいかもしれない。
幸いまだあちらは、すぐ真下にいる自分に気がついていないようだ。
このまま街の上を通り過ぎればそれでよし、そうでなければ目的と正体を突き止めた後どうするか決めよう。
そう決めた矢先に、黒い影はある建物の窓から中へと侵入していった。
「あの宿屋って……」
黒い影が侵入したのは街の数ある宿屋の一つだった。
それもブラッドとロザリーが借りている部屋がある宿屋だ。
どうして宿屋に入ったかはわからない、しかし考えている時間なんてない。
宿屋の扉を少し乱暴に開け、二階へと続く階段を駆け上がる。
確か右端から三番目の窓に入ったので、三番目の扉を開ければいるはずだ。
「御用だ御用だ!」
「……!?」
一度言ってみたかったセリフを吐きながら、ドアを押しあける。
するとそこには……
「怪しい奴め! おとなしくしな……さい」
そこには、大事な所しか書かせていないやけに扇情的な服……いやもう服というより下着姿といった方が当てはまるだろう。
そんな格好をした、まさに男のロマンが全て詰まっているような魅惑の体をした女性が、ベットの上で寝ている誰かに手をかざした状態で固まっていた。
「…………」
思わずゴクリと喉を鳴らす。
自分の中の男としての本能というか煩悩が刺激されるのがわかった。
もう1ヶ月のも間女性の体と供にしてきて、なおかつ大浴場で毎日のように女体を拝んでいるので、もう慣れたかと思っていた。
しかし、どうやらまだ男としての心は失われていなかったようだ……実に喜ばしいことである。
もし息子がまだあったら、自己主張が止まらなかったろう。
「あ、あの……」
「……はっ!」
目の前の怪しい女性に声をかけられてようやく我にかえった。
「そ、その人から離れろ! さもなくば魔法を使う!」
「!? ひ、ひぇぇぇ!」
少し脅しただけなのだが、普通にビビってくれたようだ。
慌てて窓から身を乗り出そうとしている。
しかし今ここで不審者を逃すわけにもいかないので、素早く魔力を練り上げる。
「『カースド・クリスタルプリズン』!」
「ひゃあ! あ、足が……」
とはいえ全力で魔法を放てばこの辺りを吹き飛ばしかねない。
なので相手の動きだけを封じるため、氷結魔法の威力を最低限にして放った。
魔法は女性の足にあたり、その周辺の床ごと凍っていく。
もし相手が人間だったのなら、もう少し手加減はしただろう。
しかし背中に翼のようなものと、頭からも小さい羽のようなものが生えているのを人間だとは思えないので、少々手荒な真似を取らせてもらった。
「さぁ、あなたは何者か、何をしていたのか洗いざらい……」
明らかにモンスターの一種だと思われる女性の正体と目的を知るため、訊問を始める。
しかし突然、ベットの上で横たわっていた人影がむくりと起き上がったのだ。
「うーん……」
「あ、あれ? ブラッド?」
暗がりでわからなかったが、よくみたらベットの上にいたのはブラッドだった。
起き上がったブラッドは瞼を半分ほど閉じて、どこかフラついている。
寝起きで寝惚けているような状態だった。
「ぶ、ブラッド? だいじょ……うわっ!?」
もしかしてこの怪しい女性に何かされたのだろうか、そう思いブラッドに声を掛けた瞬間床に押し倒された。
「ち、ちょっと! ブラッド! どこ触って……ブラッドさん!?」
自分の上に馬乗りになったブラッドは、突然胸を揉みしだいてきた。
なにこれめっちゃくすぐったい。
「ま、待って、待ってください! 洒落になってないですから!」
悲しきかな、どんなに抵抗してもブラッドを止めることはできない。
うーん、やっぱり大きいのは最高だな……なんて寝言を言っているブラッド。
このまま自分は男としてではなく、女としての大人の階段を登らされる羽目になるのだろうか……?
うん、それだけは勘弁である。
「ごめんなさい!」
このままでは拉致があかない、なので最終手段を取ることにした。
先に謝ったのは、これからブラッドに降り注ぐ災いがどれほどのものかを自分は知っていて、それを自分が行うからだ。
勢いよく足の上に持ち上げて、膝でブラッドのある部分を狙うと見事にヒットした。
「ふぐぉ……!」
そう、最終手段とは男の最大の急所である大事な部分に思いっきり衝撃を加えることだ。
ブラッドは変な声を出しつつ横向きに倒れて、しばらく痙攣したあと眠るように動かなくなった。
「うぅ……本当にごめんなさい」
今の自分には無いはずなのに、何故かこちらまで辛くなってきた……
念のためブラッドのあそこに触って確認してみる……良かった、潰れてはいないようだ。
「あ、あの……大丈夫でしたか?」
おずおずと怪しい女性が心配そうに声を掛けてきた。
「は、はい。なんとか……それであなたは」
先ほどの出来事もあり、少し頭が冷えたおかげで冷静になれた。
改めて事態の確認をしようとした瞬間、さらなる嵐がやってきた。
「ちょっとブラッド? 騒がしいんだけどどうかしたの?」
「ロ、ロザリー……!?」
扉の向こう側からロザリーのそんな声が聞こえてきた。
しまった、そういえばロザリーもこの宿にいるんだった。
ふと部屋を見渡す。
窓際には下半身だけが凍りづけになったエロい女性が、床にはだらしない格好で気絶しているブラッド。
そしてブラッドのせいで、はだけた寝巻き姿の自分……
まずい、この状況は面白すぎる……!
「入るわよ……って、何よこの状況?」
結局隠れる暇などなく、ノックもせずに扉を開けたロザリーにあっさりと見つかってしまった。
「ふーん、それでブラッドは床で無様にのびてるわけね」
事の顛末をロザリーに話すと、やけにあっさりと納得してくれた。
「あんたが意味もなく嘘をつくような奴じゃないってのはこの1ヶ月で理解できたわよ。あぁ、ちなみにウィズの心配しているようなことにはならないから安心しなさい。このモンスターは無闇に人を襲ったりしないから」
「え、知り合いなのロザリー?」
氷結魔法を解除し、自由になった怪しい女性はちょこんと床に正座しながらこちらのやり取りを黙って見ている。
「知り合いというか……まぁそんな感じね」
ロザリーの話を聞く限り、この怪しい女性の正体はサキュバスらしい。
実はこの街アクセルには、風俗店のような店は一軒もない代わりに、サキュバスたちが密かに経営しているお店があるらしい。
とはいっても、本来の風俗店のように女の子とイチャイチャするのではなく、男性に夢を見させてその間に精気を貰うといったシステムらしい。
サキュバスたちは男の精気がなければ生きていけない、男たちは発散しようにもできないムラムラが溜まる一方。
しかしそこで男たちはサキュバスたちに良い夢を見させてもらい、日常生活に支障がでない程度に精気を提供するだけで、日頃の溜まってくるものを発散できる。
こうした利害の一致から、この街に住む男たちとサキュバスたちは共存共栄の関係を築いているらしい……もちろん女性たちには秘密だ。
「あれ、じゃあなんでロザリーはサキュバスさん達のことを……?」
女性達には秘密なら、ロザリーが知ってるというのはおかしくないだろうか?
「あぁそれね、あたし一度お店に殴り込みに行ったことあるのよ」
「え」
殴り込みというと、あの殴り込みだろうか。
正座しているサキュバスに確認の目線を送ると、案の定その通りだという答えを頂いた。
「偶然男冒険者共がサキュバスのお店のこと話してたの聞いちゃってね、殴っ……お話しして色々と聞き出した後、全員経験値の足しにしてやろうと思ってね。ほら、エリス教の教えには、『例えどんな事情があろうと、アンデッドと悪魔は滅すべし』ってのがあるから」
「怖い! その教え怖いよ!」
それって善良なアンデッドや悪魔がいたとしても、問答無用ということだろうか。
「それでいざ退治しようとしたら、店の中にいた男共に全力で抵抗されてね。仕方なく話くらいは聞いてあげようってことにしたの」
「いや、抵抗される以前に話くらいは聞いてあげなよ……」
ロザリーは悪い人ではないのだが、時々というか結構アグレッシブな性格をしているのは痛いほど理解した。
「まぁ話し合った結果、本当に悪さをしてないかあたしが何日か見張ることになってね。で、特に人に危害を加えている様子は本当にないようだから見逃すことにしたのよ……ただし一人でも被害にあったって話があったら全員滅するけどね」
「ひぃ……」
ロザリーの言葉に小さく怯えるサキュバスのお姉さん。
これじゃあどっちが悪魔なのかさっぱりだ。
「えっと……事情はわかりました。さっきはいきなり氷漬けにしてごめんなさい」
「い、いえ……誤解が解けたようで何よりです」
ひとまず謝罪を入れておく。
しかしどんな夢でも見させてくれるサキュバスサービスか……
「あの、その夢って誰にでも見せることが出来るんですか? 例えば男性だけでなく女性相手にも」
「え、えぇ……可能ですが」
なるほど、つまり今の自分でもサキュバスサービスを利用できるということか。
「夢の内容って自由に決められるんでしたよね。夢の中の自分の性別とかも変えられるってことですか?」
「は、はい。中には女性側で体験してみたいという方もいらっしゃいますし……」
ほうほう。
つまりは夢の中なら元の姿に戻れて、女の子とイチャイチャできるということだ。
「ウィズ? 何か変なこと考えてない?」
「そ、そんなことないよ! 私はそろそろ帰るねおやすみなさい!」
これ以上ここにいる必要はない。
ロザリーに悟られないうちに宿に帰って寝るとしよう……
次の日の朝、ブラッドが華麗な土下座を決めたことは言うまでもなかった。
次で一章は終了です。
四章くらいで完結させたいので、大体20話くらいで完結させるかもです。
『十字架の髪飾り』
この仮面の悪魔に相談を!の冒険者時代の押し絵にあったあれ。
右の前髪らへんにつけてたみたいなので、垂れ下がる髪を溜めてたのではないかという作者の妄想。
それにしても、おへそ丸出しとかウィズはエロ可愛い。
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この馬鹿でかいカエルに引導を!
その日朝は、突然外から鳴り響くサイレンのような音で目を覚ました。
『緊急! 緊急! 避難警報発令! 現在この街に百年ガエルが接近中です! 街の住人の皆様は直ちに避難してください! そして冒険者の皆様は至急、装備を整えて冒険者ギルドに来てください!』
そんなサイレンが何度も鳴り響いている。
窓を開けて外を確認すると、道は人で埋め尽くされており、全員慌てながらも街の出口の方に向かっていた。
横や上からもドタバタと誰かがせわしなく動き回っている音が聞こえる。
「これはいったい……」
これではまるで、爆撃から逃げる戦争中の街だ。
ひとまず冒険者である自分は、アナウンスに従って装備の準備を始める。
「……百年ガエル?」
アナウンスの内容を聞く限り、百年ガエルとやらがこの街に近づいているから早く避難しろと言っている。
つまりその百年ガエルは強力なモンスターか何かなのだろうか。
宿を飛び出し、人ごみを掻き分けながら冒険者ギルドに向かっていると、目前には同じ冒険者の人がちらほらと走っていた。
おそらく自分のように冒険者ギルドに向かっているのだろう。
「あの、百年ガエルってなんですか?」
その中の一人に並走してからそう訪ねた。
「え、あんた百年ガエル知らないのか!? あの機動要塞デストロイヤーに並ぶ大物賞金首だよ」
そう言われてもその機動要塞デストロイヤーとやらも自分は知らないのだが……
そうこうしているうちにギルドに到着した。
ギルドの扉を開けると、中にはたくさんの冒険者達がそれぞれの最大限であろう重装備をしながらギルドの職員の人達と何かを話し合っている。
「あっ、ウィズ遅いじゃない!」
その中にはブラッドとロザリーもいた。
ブラッドはいつもの軽装ではなく、鎖帷子などを含んだ関節部分以外を覆う全身鎧だ。
ロザリーも格好はいつもと変わらないが、よく見るとたくさんの魔道具らしきものを身につけてる。
「お集まりの冒険者の皆さん、まずはこの街を守るために集まっていただきありがとうございます!」
ギルド内がざわめく中、サンが声を張り上げた。
「これより、対百年ガエル討伐の緊急クエストを行います。職業もレベルも関係なく全員参加のクエストです! もし防衛が失敗した場合でも、街を捨てて全員で協力しながら逃げますので一致団結していきましょう!」
防衛が失敗したら街を捨てる……どれだけ厄介なのだろうかその百年ガエルとやらは。
「それでは皆さん、只今より対策会議を行うので各自好きな席に着いてください!」
普段は酒場になっているスペースの中央にテーブルを集め、その周りには円形に椅子が並んでいる。
ブラッドとロザリーと共に、テーブル近くの椅子に座る。
「さて、では現状の説明をする前に……百年ガエルの説明が必要な方はいますか?」
すっと手を挙げる……あれ、もしかして自分だけ?
自分以外に手を挙げている冒険者はいない。
「えっと、まぁ知っている方も改めて聞いた方が良いでしょう。百年ガエルは、ジャイアントトードの変異種が永い年月を経て成長したモンスターと言われています。姿形は普通のジャイアントトードと大差はないものの、その大きさは小さな城くらいの大きさを有しています」
……つまりあのカエルのさらにデカイ奴ということか。
「さらに普通のジャイアントトードと違って、特殊な能力も有しています。百年ガエルは冬眠すると百年間を地中で過ごしますが、その間に自らの生殖器を使い体内でジャイアントトードの卵を作り出し、そのまま体内で育てることができます。育ちきったジャイアントトードは母体となった百年ガエルの体内を飛び出します」
自らで子供を生み出し、それを世の中に解き放っていると……あっちからしたら種の存続のためだろうが、こっちからしたら厄介過ぎではないかその能力。
「なるほど、だからここ最近ジャイアントトードが大量発生してたのね。この辺の近くで冬眠から目が覚めそうな百年ガエルがいたから……」
「えぇ、おそらくはそうかと……」
ロザリーが推測を口にする。
「えっと……結局のところその百年ガエルを倒すことは可能ですか?」
百年ガエルの生態は理解できたが、問題なのはそいつを倒せるかどうかだ。
「……難しいでしょうね、戦闘能力事態は普通のジャイアントトードと大差はありませんが、やはり厄介なのは大きさです。その分厚い皮膚は物理攻撃をほとんど無効にし、魔法攻撃も全くとは言いませんが、効果は期待できません。それに不用意に近づけば、ぺしゃんこにされてしまうし、遠くから遠距離攻撃をし続けても致命傷を与えることはできません」
…………
「さらには百年ガエルは古代種として扱われています、その歴史は千年以上も前からあり、いくつもの都市や街が犠牲になってます。もし倒すことができていたのなら、古代種になんてなりません」
うーん、なんか倒せるのか本当に不安だ……
「じ、じゃあ進行方向をどうにか変えることは? どうにかして街から離すことができたら被害を出さずに済むのでは……」
「それも無理でしょうね、百年ガエルは呑み込んだ物の大抵は栄養に変えてしまうので、なんでも呑み込みます。普通のジャイアントトードはエサとして牛や山羊などを好みますが、百年ガエルは何故か石や金属といった硬いものを好むようで……」
「つまり石材やレンガ、金属をふんだんに使った建造物を好むと……そしてそんな建造物の密集地帯である街や都市を餌場に選ぶということですか?」
「えぇ、その通りです」
いやまぁ、人肉を好むとかよりはマシかもしれないが、なんとはた迷惑な好みをしているのだろうか。
好き嫌いはよくないと思います。
「百年ガエルの説明は以上です。次は具体的な解決策を皆さんで考えましょう」
それからしばらく、皆んなで意見を出し続けたが未だに良い案が出てこなかった。
「他に……何か意見がある方は?」
サンの言葉に誰一人答えることはもうできなくなっていた。
「……あの、魔法攻撃は効きにくいってさっき言ってましたよね? けど少なくとも効果はあるなら単純に魔法攻撃で攻撃し続けるっていうのはだめですか?」
塵も積もれば山となるなんてことわざがあるくらいだ。
案外ゴリ押しでいけるのではないだろうか。
「あのねウィズ、あんたは上級魔法をいくつも使えるから良いけど、ここは駆け出しの街よ? 他の魔法使いはせいぜい中級魔法くらいしか使えないわよ。当然中級魔法のゴリ押しで倒せるならとっくに倒せているはずよ。上級魔法が使えるのがウィズだけしかいないのなら、焼け石に水ってもんよ」
「むぅ……」
ロザリーの言う通りだ。
圧倒的に火力が足りないのなら、ゴリ押しなんてしても無意味である。
しかし困った、完全に手詰まりだ。
時間も無限にあるわけでもないし、なんとか打開策を……いや、待てよ。
そういえば火力だけがやけに強くて、使い所に困っていて封印していた魔法があった。
「……火力ならなんとかなるかもしれません」
自分の言葉に全員ががこちらを注目する。
「私が爆裂魔法を使います」
そう、爆裂魔法があった。
「は? ば、爆裂魔法ってあの爆裂魔法か?」
「あのネタ魔法扱いされてるあの爆裂魔法か!?」
爆裂魔法、それは爆発系の最上級クラスの魔法で、その特徴は威力だ。
並大抵のモンスターなら一瞬で塵にするどころか、おまけで周りの地形すら変形させるほどの高火力魔法。
人類が持つ中で、最高最大の攻撃魔法だ。
難点を挙げるとすれば、消費する魔力が尋常ではないのと手加減することができないところだが、使い所さえ間違わなければ間違いなく最強の攻撃魔法である。
「いやちょっとまって、ウィズ爆裂魔法なんて習得してるの!?」
「う、うん。一応……」
なにせ初めて習得したのが爆裂魔法だ。
あの日の出来事は多分一生忘れない。
「本当にデタラメなのねウィズって……」
あれ、そこ呆れられるところだろうか。
「ですが爆裂魔法ならいけるかもしれません……けど」
「どうやって正確に当てるかだよな」
そう、爆裂魔法に限らず攻撃魔法は当てなければ意味がない。
確かに爆裂魔法ほどの範囲攻撃なら、多少狙ったところからズレても当たりはするだろう。
しかし今回の相手である百年ガエルはそうはいかない。
普通のとジャイアントトードと比べて百年ガエルの皮膚は相当硬くなっているらしい。
なので比較的皮膚が柔らかいお腹の部分か、頭の部分を狙った方が効果的だ。
しかしそうなると、巨体とはいえ普通のカエルのように飛び跳ねて移動をしている相手のある部位に正確に当てるというのは至難の技だ。
流石に爆裂魔法は消費魔力が凄まじく高いので連発できる魔法ではない。
撃ててせいぜい数発が限度であろう。
つまりできる限り一発で当てなければならない。
「あの、動きを止める方法も思いついたんで、とりあえずこの場にクリエイターの職業の人が何人いるか教えてくれませんか?」
自分の言葉に数十人ほどの手が上がる。
よしよし、思ったよりも人数がいて助かった。
「それ本当かウィズ、どうやって動き止めるんだ?」
「いたってシンプルだよ、獲物を捉えるには上質なエサがなくちゃね」
「ねぇウィズ、あんたってニホンジンってやつなの?」
「え、急にどうしたのロザリー?」
まさかロザリーの口から日本人なんて単語を聞くとは思わなかったため、素直に驚いた。
「いや、もしかしたら今日があたし達の命日かもしれないじゃない? 聞きたいことは今のうちに聞いておくべきかなって」
「ちょっとやめてよ、縁起でもないこと。大丈夫、命日になんてさせないし、私ができる範囲でなら絶対にみんなを守ってみせる」
「そう……ありがとう」
あれ、今の台詞ちょっとフラグではないだろうか。
「それでそれで、ニホンジンなの?」
「あー……まぁそうだけど。なんでそう思ったの?」
確か前に日本出身とは言ったが、それだろうか。
「ほら、王都には紅魔族とはまた違う変わった名前を持つ冒険者が結構いるらしくてね、その人達はニホンジンって呼ばれてるの。ニホンジンは誰も彼も特殊な装備や能力を持っているらしくて、この前ウィズが出身はニホンって言ってたの思い出してね、もしかしたらーって思ったのよ。ウィズも規格外な魔力持ってるし」
なるほど、やはり美国さんのように王都で活躍している日本人は多いみたいだ。
「あれ、でもウィズは特に変わった名前じゃないわね……」
まぁ自分の名前は日本人のものではないし、どちらかというとこっちの世界に近い方だろう。
「その話はまた別の機会にね。ほら、おいでなすったみたい」
今自分とロザリーは街の城壁の上にいるが、そこからでも地響きは伝わってきた。
次第に地響きが大きくなっていき、やがて丘の向こうからそれは現れた。
「うわ、想像以上にデケェな! デストロイヤーと同じくらいじゃねぇかありゃ!?」
城壁の下の平原で待機している冒険者の一人がそう叫ぶ。
気持ちはわかる、自分だってあんなにでかいとは半信半疑だった。
『皆さん落ち着いて、防衛班は地響きで驚いて地中から出てきた普通のジャイアントトードを相手にしてください! 絶対に他の班と街に被害が及ばないようにお願いします! 支援班は防衛班に支援魔法を! クリエイター班は私の指示を待っててください!』
ギルドから借りた拡声器の魔道具を使い、指示を出す。
作戦のほとんどが自分の提案なので、こうして指示を出すのは自分が適任だと任せられてしまったときは不安だったが、案外やってみるもんだ。
「と、じゃああたしも支援班の援助に行くわ……汝に女神エリスの加護があらんことを、『ブレッシング』!」
ロザリーに去り際に幸運を上げる魔法を掛けられた。
幸運値が平均より低い自分には最適の魔法かもしれない。
「そろそろかな……」
標的が魔法の射程範囲内に入った。
拡声器の魔道具を口に添えると声を張り上げた。
『クリエイター班! 今です!』
「「『クリエイト・アイアンゴーレム』!」」
待機していたクリエイターの冒険者達が一斉にゴーレムを作り出す。
街中の金属をかき集め、それを素材として使ったアイアンゴーレムは、百年ガエルにとっては極上のエサになるだろう。
生み出されたゴーレム達は、百年ガエルの進行方向を遮る形で整列をした。
すると、ゴーレム達に気づいた百年ガエルが飛び跳ねるのを止めて、その大きな口でゴーレムを呑み込み始めた。
「おぉ! 本当に動きが止まったな!」
冒険者の一人が歓喜の声を上げる。
百年ガエルはジャイアントトードの変異種、ならば根本はジャイアントトードと変わりがないのではないだろうか。
その仮説が真実だとすれば、百年ガエルもエサを食べている間は動きが止まるのではないかと……
そう思いこの作戦を実行したが、どうやら正解だったようだ。
「よーし! 派手にやっちまえウィズ!」
遠くでそんなブラッドの声が聞こえた。
杖を掲げ、魔力を練り上げる。
狙いは百年ガエルの頭、外すわけにはいかない……!
大気が震え、辺りには火花が飛び散っている。
やがて詠唱が終わり、魔法を解き放つ!
「『エクスプロージョン』!」
瞬間、爆音が鳴り響き平原は砂埃で包まれた。
「おおすっげなぁ! これが爆裂魔法か」
「生で見るの初めてだよ、流石にこんなの食らったなら古代種だろうが大悪魔だろうが木っ端微塵だな」
「今日は派手に祝杯だな!」
各々が歓声の声を上げる。
しかしフラグにしか聞こえない台詞は少し止めていただきたいのだが……
そして土煙が晴れていくと、それは起こった。
「……!! みんなまだ油断しないで!」
そこには百年ガエルが、何事も無かったかのように鎮座していた。
「はぁ!? あんなの食らってまだ生きてんのかよあいつ!」
「というか、あいつの頭……なんかおかしくない?」
その言葉に百年ガエルの頭を見てみると、そこには緑色の皮膚が剥がれ、様々な輝きを放つ物体があらわになっていた。
「あれってまさか……」
そう、明らかにあれは金属や鉱石の塊だ。
まさか百年ガエルは取り込んだ金属や鉱石で体を覆っているのだろうか。
「嘘だろ……あんなの反則じゃねぇか」
そう、反則だ。
あれでは物理攻撃どころか、爆裂魔法ですら砕ききるのは難しいだろう。
「おい! 動き始めたぞ! 全員やつの正面に立つなぁぁぁ!」
そしてまた飛び跳ねてまっすぐ街に向かい始める百年ガエル。
また爆裂魔法を撃つ? いや、結局またあの塊に塞がれるだけだし、今魔法を使っても周りにいる他の冒険者達を巻き込んでしまうだけだ。
まさに万事休すというやつだろう
ならば諦めて逃げる?
やれることはやった、ならば逃げる事は恥ではないのかもしれない。
街だって時間は掛かるがいつかは元に戻せる。
だから逃げても良いのではないか……?
「……けれど」
そんなのお断りだ!
「みんなそこから離れて!」
自分が目指す目標は魔王討伐、たかがカエル如きに引けを取るわけにはいかない!
「ウィズ!? あんた何する気!?」
「『カースド・クリスタルプリズン』!!」
氷結魔法を放つ、しかしやつの脚を一部凍らせただけで動きは止まらない。
ならば……!
「『カースド・クリスタルプリズン』っ!!!」
もう一度同じ魔法を放つ。
さっきの要領ではダメだ。
もっと神経を研ぎ澄ませ、魔力をたくさん練り上げろ。
全身から有り余る魔力を捻り出し、限界を超えろ!
「おおおお!? 百年ガエルが標本みてぇに凍ったぞ!?」
「寒! 急に真冬みたいな寒さになってない!?」
辺りには冷気が充満し、息を吐けば白い吐息となって出てくる。
急な魔力の喪失に息を切らしながらも、百年ガエルを見ると見事に氷漬けになっていて動く気配はない。
しかしまだ生きている、故にこのまま放置というわけにもいかない。
「『ライト・オブ……」
残ったありったけの魔力を魔法に集中させる。
杖を両手で掴み、空へと掲げる。
光が杖の先端に集まっていき、それらは空へと真っ直ぐに伸びていく。
まるで剣の刃のように。
やがて体の中から魔力が完全に空になったと感じたと同時に魔法を解き放った。
「『セイバァァァァァァァ』!!」
『百年ガエル』
ジャイアントトードの変異種である鉱石ガエルと呼ばれる種が永い年月で成長しきった結果誕生した。
名前の通り、鉱石類などを主なエサとし、皮膚の下には様々な鉱石などでできた鱗で覆われている。
っていう作者の妄想したモンスターでした。
デストロイヤーとどっちが強いのだろうか……
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エピローグ
「……ここは?」
ふっと意識が回復し、目を開けると見覚えのない天井が視界に入った。
そのまま数十秒ボーッとしていると、ようやく意識が鮮明になってきた。
確か自分は百年ガエルに向かって魔法を……それからどうしたんだっけ。
どうにも記憶が曖昧だ。
「あら、やっと起きた?」
「……ロザリー」
とりあえず体を起こそうとしたら、扉が開いてロザリーが入ってきた。
「気分はどう? どっかおかしい所ない?」
「と、特には……」
気だるさが少しあるが、どうってことはない。
「えっと、ここは?」
「ここはギルドの中の救護室よ。あんた百年ガエルに魔法当てた後、魔力切れで城壁の上でぶっ倒れてたのよ」
気を失っていたわけか……道理で記憶が。
「あ、百年ガエルは!? あれからどうなったの?」
「ん、ちゃんとウィズの魔法が当たって粉々に砕けたわよ。外に行けば残骸が回収しきれてないから残ってるはずよ」
「そ、そう……」
どうやら緊急クエストは無事に達成できたようだ。
よく耳を澄ませば、いつも以上に冒険者達が騒ぐ声が聞こてくる。
みんなもクエスト達成のお祝いか何かをしているのだろう。
「……そういえば私どれくらい寝てたの?」
ふと窓の外を見ると太陽が真上くらいの位置にあった。
しかし百年ガエルを相手にしていたときは既に昼過ぎで、夕方近くまで差し掛かっていたはずだ。
しかし外の様子を見る限り夕方どころか夜にすらなっていないのが不思議に思った。
「あぁ、丸一日よ」
「え?」
「だから、丸一日だってば。もうあれから1日経ってるのよ」
なんと……そんなに経っているとは思わなかった。
……まてよ、ということは……
「じゃあ特に体の調子が悪いわけじゃないなら、今から祝杯あげにいきましょ。みんなあんたを待ってるんだから」
「……いや、それはできないよロザリー」
「は?」
丸一日寝てた……ということは1日に一回以上は行うあの行為をしていないということだ……!
「な、なに? やっぱり体調が優れないの? それなら回復魔法かけてあげるわよ」
「違うよロザリー、私が言いたいのはね……」
「い、言いたいのは?」
そう、毎日の楽しみである……
「私昨日お風呂に入ってない!」
「…………」
これは極めて重大な事態だ。
至急に対処せねばならない。
「……う、うん。まぁそうよね……不衛生だもんね。待ってるから遠慮せずに済ませてきていいわよ」
「うん、行ってきます!」
まずはお風呂セットを部屋に取りに行くため、ダッシュでギルドを飛び出す。
入浴を済ませ、身支度を整えて再びギルドにやってきたのだが、扉を開けた瞬間いつも以上に濃い刺激臭が鼻腔を刺激してきた。
多分お酒の匂いだろう。
先ほどギルドを出たときは裏口を使ったので気付かなかったが、酒場の方は思っていたよりも大宴会になっているようだ。
緊急クエストに参加した冒険者達が、いつも以上に楽しそうに騒いだりしている様子を見ると、街を守れて本当に良かったと感じられる。
「おっ、ちゃんと目が覚めたようだな」
「お帰りー、本当は待ってたかったんだけど、みんなもう我慢出来ないみたいだったから始めちゃったわよ」
ギルドの中へと入ると、少し顔色が火照ってるブラッドとロザリーが声を掛けてきた。
この二人も既にお酒に手を出したようだ。
「それは別に構わないけど……あ、私もお酒飲みたいんだけど」
冒険者同士でお酒を飲み交わし、共に騒ぐ。
やはり冒険者になったからには、そういうのにちょっと憧れてたりする。
以前一度飲んでみたときは、すぐに酔い潰れてしまったらしいが、多分今回は大丈夫であろう。
前回は初めての体験にビックリしてしまっただけかもしれないし。
「やめとけウィズ、というかやめてくれ」
「ダメよ、あんたにお酒はまだ早いわ」
「え……え?」
何故か二人に即否定されてしまった。
おかしい、前は軽くこちらの要望を承諾してくれたというのに……
「それより報酬受け取りに行こうぜ、まだ受け取ってないの俺たちだけだしな」
「そうね、早く行きましょう」
「あ、あの二人とも……?」
そのまま二人に手をグイグイと引っ張られ、ギルドのカウンターへと連れていかれた。
そしてカウンターにはこちらを見るなりニコニコした顔をするサンがいた。
「あら! 目が覚めたのねウィズ。倒れたって聞いたときは心配したのよ……? あ、報酬の件よね」
そう言ってサンは、カウンターの奥から小さな袋を二つ持ってきた。
「はい、まずはそっちの二人の分がこれです」
ブラッドとロザリーに袋が手渡される。
早速中身を確認する様子を見る限り、結構な額が入っていたようだ。
たまには贅沢をしてみたいし、自分も報酬を受け取ったらいつもより豪華な美味しいものでも食べようかなと、報酬の使い道を考えているうちにサンが再びカウンターの奥から戻ってきた。
やけに大きな袋を持って……
「……その大きな袋は何?」
「何って、ウィズの分よ。ウィズには特別報酬として四億エリスの報酬が与えられるのよ」
「……よん……おく?」
四億というと、四の後にゼロが八個並ぶやつだろうか。
「ま、待って! なんで私だけ……?」
あまりにも現実離れした桁に疑問を持つと、今までこちらを静寂して見守っていた冒険者達が代わりに答えた。
「おいおいアークウィザードの嬢ちゃん! あんたがいなければこの街は今頃跡形も無くなってたんだぜ!」
「その通りだぜウィズリーの嬢ちゃん、時にそれの使い道がまだ決まってないならパーっとここで少し使っていかないか? 夜中まで付き合うぜ!」
次々と称賛の声が冒険者達からあげられる。
なにこれめっちゃ恥ずかしい。
「ねぇウィズ、全く関係のない話なんだけどエリス教に入信しないかしら? そしてこの街のエリス教会にちょこっとだけ寄付とかするつもりない? いや別にウィズが大金手に入れたからとかじゃないわよ断じて、ただこの街にも立派なエリス様像とかあったら良いなって」
「いや、本音ダダ漏れだよ。台無しだよロザリー」
彼女なりの信仰心なのだろうけど、いきなり勧誘するのはどうかと思う。
「そうだぞロザリー、大体ウィズがエリス教に入るのは向いてないんじゃないか?」
「? なんでよ」
「ほら、エリス教の女性は貧乳が多いって噂があるし、ウィズは場違いな感じするだろ?」
「ちょっと、誰よそんな出鱈目な噂流したの!?」
「トーン達」
「よし、後であんたも含めて制裁してあげるから遺言考えといてね」
「え、俺も!?」
あーこの流れはいつもの流れに入ったようだ。
「口に出した時点であんたも同罪よ、どうせ胸が大きい娘が好みだからそんな噂鵜呑みにするんでしょあんた!?」
「え、まぁ確かに大きいのも良いかもしれないけど、別にお前みたいな貧乳な娘でも俺は好きだぞ?」
おっとブラッドさん、どうやら言ってはいけないことを言ってしまったようだ。
ロザリーにそういう類の話をしたらいつも殴り掛かられるというのに……もしくは殴られると分かっていてからかっているのだろうか。
どちらにせよこの後はいつものキャットファイトが始まるだけなのだが……
「は、ちょ……! な、なにバカなこと言ってんのよ!」
しかし今回は違った。
なんとあのロザリーが頬を朱色に染めてなんだが恥ずかしそうにしているではないか。
もしかしてロザリーって案外押しに弱いのだろうか?
もしくは単にお酒が入っているからいつもとは違う様子なのか。
ともかくいつもの展開とは違って新鮮味を感じるのか、気が付けば自分だけでなく、さっきまで騒いでいた冒険者や、カウンターの奥から見守るように覗いている職員達が静かに二人を注目していた。
「バカとは失礼だな、俺は正直な気持ちを述べただけだぞ? ……ん? どうした顔真っ赤にして、飲み過ぎたのぐはぁ!?」
あー結局手を出しちゃったか。
恥ずかしさに堪えきれなかったのか、ロザリーの見事な右ストレートがブラッドの腹を鋭く捉えた。
その後はいつものキャットファイトが開催されたので、他のみんなも期待外れだと言わんばかりに再び騒ぎ始めた。
さて、自分も二人の取っ組み合いが終わるまで他の所で騒ぐとしよう。
「なぁ悪かったって……ほら、俺の唐揚げやるから機嫌なおしてくれよ」
「……ふん」
口では不満気な声を出しながらも、体は正直なのか差し出された唐揚げを受け取りもくもくとリスのように食べるロザリー。
二人とも酔いが少しは醒めたのか、いつもの調子に戻っていた。
「まぁなんだ、そんなに怒るとは思わなかったんだ。考えてみれば自分の宗教についてバカにされたら誰だって怒るよな……悪かった」
と、素直な謝罪をするブラッドにロザリーはより一層不満気に言葉をこぼした。
「……そっちのことじゃないっての」
「ん? 何か言ったか?」
「言ってないわよバカ、それより本当に悪いって思ってるなら今日は全部あんたの奢りにしなさいよ」
「はいはい……」
うーん、なんか見てるだけで甘酸っぱさが伝わってくる。
ロザリーも意外と乙女なんだなと思っていると、ギルドの職員の人がやってきた。
「あの……ロザリーさん。お手紙が届いてますよ」
すると手に持っていた便箋らしきものをロザリーに手渡した。
基本的に宿暮らしなどの自分の家を持っていない冒険者宛の手紙はギルドに送られるらしい。
それなら確実に渡すことができるからであろう。
「手紙? 一体誰から……あぁ」
手紙を受け取ったロザリーは、封を開けて中身を一目しただけで納得したような様子だった。
知り合いとかからだろうか。
「何の手紙だったの?」
聞くのは野暮かもしれないとは思ったが、何となく気になって仕方がなかったので聞いてしまった。
しかしロザリーは特に気にした様子もなく、普通に答えてくれた。
「両親からよ、そろそろあたしの誕生日が近いから一旦帰ってきてお祝いパーティーでもしないかって」
「へぇ、誕生日近いんだ」
これはプレゼントを用意しなくては、ちょうど大きい収入があったので多少奮発してもいいかもしれない。
「まぁわざわざ祝ってもらって無邪気に喜べるような歳じゃないんだけど……」
「そういうなって、せっかくなら今年もやろうじゃないか。俺も久々に家族に会いたしな」
家族……家族かぁ。
母と父は元気にしているだろうか……
「……そうよね、じゃあ近々そっちに行くって連絡の手紙あんたも家族宛に用意しときなさいよ。一緒に郵便屋に出せば料金安く済むし」
「はいよ、明日には用意しとくよ」
こうしてみると普通に仲の良さそうな男女なのだが……いや、いつもの取っ組み合いも単なる戯れ合いで、あれが二人にとっての友情というやつなのだろう。
「そういえばウィズは手紙とか出さないの? なんならこの機会に故郷に向けて書いてもいいんじゃないかしら。どうせ出すならまとめて出した方が安いし楽だし」
先ほどから会話に入れていない自分に話題を向けてくれるロザリー。
しかし手紙か……出して届くものならとっくに出しているのだが。
「……いや、私はいいよ。手紙書いても届ける相手がこの世界には居ないし」
少しナイーブになっているのか、つい正直に思ったことを口に出してしまった。
「えっ……あ、あーその……ご、ごめん」
しかし吐いた言葉はそう簡単には戻せない。
多分何か勘違いしているロザリーに訂正を加えたいが、どう訂正すればいいか思いつかない。
まさかさっきのは全部嘘です、なんて言うわけにもいかないし……
「お、おい……やばいんじゃないか? 何か嫌なこと思い出させたんじゃないかお前」
「し、仕方ないでしょ……知らなかったんだから」
と、何やら小声で話をし始める二人。
会話の内容は聞き取れないが、何を言っているかはだいたい予想できる。
「えっと、別に気にしないで! 私も気にしてないから……」
「そ、そう? ならいいけど……」
いかんいかん、せっかくの宴会なのだからこんな空気にしては申し訳がない。
なのでここは派手に騒いで空気を変えることにしよう。
「すいませーん! 追加の注文お願いします!」
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第2章
この迷宮の主に相談を!
5、6話で終わらせる予定です。
ふと閉じている瞼の上に光が当たり、意識が覚醒し始めた。
ゆっくりと目を開けて確認すると、どうやらカーテンの隙間から日光が差し込んでいたようだ。
耳を澄ませば小鳥のさえずりが聞こえるので、間違いなく朝だということがわかる。
まだ覚醒しきっていないぼんやりとした意識の中、ベットから体を起こし洗面台のある部屋へと足を運ぶ。
この世界には水道なんて便利なものは存在しない。
基本的に水は街の井戸から汲んだりして手に入れるのだ。
しかしこの世界には魔法というものがある。
初級魔法の一つである魔法を使うと、手から水が流れ出し、あっという間にその下に置かれていた桶が水でいっぱいになった。
やっぱり魔法って便利、そう思いながら両手で水を掬い、顔を洗い始める。
その後は寝癖を直したり、着替えをしたりと身支度を整えていく。
「さて……朝ごはんはどうしようかな」
百年ガエルを討伐して一週間ほどが経ったが、生活に関して大きく変わったことがある。
実はこの度、自分の家を購入したのだ。
購入とは言っても貸家ではあるが、間違いなく自分自身のマイホームを手に入れたのだ。
宿屋暮らしというのも悪くはないのだが、やはりプライベートな空間は欲しいというもの。
他にも理由はあるが、百年ガエルのありあまる討伐報酬の使い道を有効的に使うには家を買うというのはまさにうってつけだった。
まさか十五歳という年齢でマイホームを手に入れられるとは思いもしなかったが……
そして自分の家を持つことで、一番良いと思えるのが自炊できるところだ。
別にお店やギルドの酒場の料理がまずいとか、飽きたとかではない。
やはり自分で調理した方が楽しいし、自由に好みを合わせることができるからだ。
もちろんガスコンロだとかそういう便利なものはないが、これも着火魔法さえあれば思いの外楽にできる。
まぁ、ときたま食材が動いたり脱走しようとするというアクシデントもあったりするが、なんとかやっていけてる。
「よし、今日は和食でいこう」
朝は和食か洋食か、なんて特にこだわりはない。
なので気分的に今日は和食にすることに決めた。
だんだんとこの世界の調理器具の扱いに慣れてきたため、そんなに時間は掛からずに作れた朝ごはんを口に運びながら、今日の予定を頭の中で確認していく。
今日は……というかここ最近は冒険者稼業はお休みになっている。
理由としては、同じチームの二人がしばらくはゆっくりしてたいとのことだ。
確かに百年ガエルという大物を相手にした後なので、報酬金で懐は潤っているし、達成感というのもあるからだろう。
大きなことを成し遂げた後、人間は強い満足感を得るというし。
満足感が残っている間はわざわざクエストに行くのもないということだ。
要するにここ最近暇をしていたのだが、今日はある目的を果たすために、ある場所へと向かうことにしていたので、久しぶりに暇を潰せそうだ。
「……ということがあったんですよ、キールさん!」
「ほぉ……あの百年ガエルを」
今自分はかつて訪れたことのあるダンジョンのある部屋に足を運んでいた。
その部屋にはアンデッドの王、リッチーのキールという男が椅子に座りながらこちらの話を静かに聞いてくれていた。
「生前実物を見た事はなかったが、私の生きていた時代でもその名は恐れられていたよ。いやはや、まさか爆裂魔法を放った後に上級魔法の連撃とは……若いのに大したものだよ」
キールはカラカラと笑いながら、自分を褒める。
自慢話に聞こえてしまったのではないかと心配もしたが、彼の様子からは素直な称賛が伝わってきたことに少し驚きながらも、ありがとございますと礼を述べておく。
「それにしても、わざわざそれを私に報告するためにこんな所に来たのかい?」
「あっ、実は用件は別にあるんですけど、いきなり本題に入るのは失礼かなと思って少々世間話でもと……えと、ご迷惑でしたか?」
アポなしで突然押しかけてきたようなものだし、結構迷惑を掛けてしまっていたのかもしれない。
「ん? いやいやそんなことはないさ……こうしてやる事もなくただ朽ち果てるのを待つ身としては、君のような話し相手がいてくれるだけで楽しいさ」
キールの枯れた声では、うまく感情を読み取ることはできないが、確かにこちらが話しているときはどこか嬉しそうな様子で聞き手に回っていたことを思い出すと、今のは本心なのかもしれないのがなんとくわかる。
「……未練とかはないんですか?」
わかりきっているのに、ふと口に出して質問をしてしまった。
さっきの朽ち果てるのを待っている、なんて言葉を聞けばキールが既にこの世を去りたいということはわかるはずなのに。
「そうだね……強いていうなら最愛の人と共に逝けなかったことかな。もちろん自分の選択に後悔なんてないよ? けれどこうして長い間一人でいるのはちょっと辛いなと思うときはあるね……」
キールはそう言いながら、ベッドの上に横たわるお嬢様の頭の骨を優しく撫でた。
「一応私の仲間に腕の立つプリーストがいるんですけど……ここに呼んできますか?」
あのロザリーのことだ、きっとリッチーなんて大物のアンデッドを見た瞬間目の色を変えて進んで浄化しようとするだろう。
「ふむ、君の仲間というと以前一緒に来ていた娘かな? 確かに彼女は普通のプリーストよりは腕が立ちそうだ。けれど私を浄化できるほどの力は感じられなかったかな……」
「そう……ですか」
曲がりなりにもキールはアンデッドの王リッチー。
そう簡単に浄化なんてできないということだ。
「君が落ち込むことはない、リッチーを浄化できる人間なんてそうそういるもんじゃないからね。簡単に浄化できるのは神の力を持つ者くらいだろうし……まぁ、自ら神に背き、自然の理から外れた愚かなリッチーをわざわざ浄化しにくる神なんているはずがないか」
ケタケタと、どこか悲しそうに笑うキール。
「……そんなことはないです、きっといつかは……またお嬢様と一緒になれるときがきますよ」
そんな彼の姿がとても寂しそうに見えてしまい、つい励ましの言葉を口にする。
そんな自分に彼を一瞬呆気を取られたような顔をした後、優しく笑みをこぼして笑った。
「いやすまない、あまりにも良い笑顔をしてくれたものだからつい……そうだな、君のいう通りそのうちひょっこりと私を浄化してくれる者が現れるかもしれないな」
気長に待つとしよう、と言って彼は椅子から立ち上がった。
「さて、世辞話はこのくらいにしておこうか。私に何か用があって来たんだろう?」
「あ、はい。実は……」
キールに会いに来た目的、それは自分の魔力についてだ。
キールに以前ブラッドと共に商店街で歩いたとき、マナタイトの原石に魔力を込めすぎてしまったときのことを話した。
「なるほど……魔力を自然と放出してしまうと」
今のところあの事件以外にこれといって不便なことなどは起こっていないが、危険な芽は早めに引っこ抜いておきたいものだ。
なので魔力とか魔法とかに詳しそうなキールに聞きにきたのだ。
「ふむ……まず一つ言っておきたいのだが、魔力の自然放出は誰にだって起きる現象だということかな」
「え」
まさかの真実。
「魔力とは基本は多かろうが少なかろうが、生物ならば誰しもが持っているものだ。そして魔力の自然放出というのは、魔導に関わっていないものにも起きる。例えば、感情が昂ぶったりしたときだね」
もちろん魔導に関わっているものでも、感情の起伏があったり、魔力を込めたりする時にも起きるものだ。
と付け足すキール。
「君の話を聞く限り、君の問題はおそらくその魔力の自然放出が多すぎるってことだね」
多すぎる……つまり普通の人よりもたくさん魔力を放出しているということだろう。
「そうだな……わかりやすく説明すると、ここに水の入ったコップがあるだろう?」
そういうキールの手には、確かに水が入ったコップが握られていた。
いつの間に用意したのだろうか……
「水が魔力、コップがその魔力の持ち主だと仮定してみよう。そしてそのコップの上に私の掌を乗っける……私の掌はそうだね、魔力を抑える蓋のようなものだと思ってくれ」
キールはそのままコップを左右に振り始めた。
「そしてこの状態が魔力の自然放出が起きている状態だ……ほら、魔力はあまり溢れないだろう?」
キールの掌が蓋となり、水は隙間から微かに溢れる程度に収まっている。
「これが普通の魔力の自然放出だ。そして君の場合は……」
キールの掌がコップから離れる。
そして先程のように左右に振るが、掌という蓋を失ったコップは、中に入った水を大量にこぼしてしまう。
「……このように蓋がなく、魔力を普通より多く放出してしまっているのだと思う。まぁ単に膨大すぎる魔力ゆえに、多少溢れてしまうだけかもしれないが」
なるほど、わかりやすい。
しかしそうなると……
「それを直すってことはできないんですか?」
「ふむ……魔力の自然放出自体は身体に魔力を溜めすぎないための、いわば生理現象と同じようなものだから、それを無くすことはできない……だが、抑えるくらいはコツを掴めば誰でもできる。だから私がそのコツを教えても良いんだが……」
キールは手を顎に当て、こちらを見ながら何かを考え込む素振りをみせた。
いったい何を考えているのか、不思議に思いながらお互い見つめ合うこと数十秒。
キールが口を開いた。
「……このさいだ、ウィズリー君。君さえ良ければ、私の弟子にならないかね?」
「で、弟子ですか……?」
急に突拍子のないことを言われ、少し困惑してしまう。
「私はお嬢様に出逢うまで、人生の全てを魔導の研究に注ぎ込んできた。だから魔導の知識に関しては、誰にも負けないと自負するくらいの自信はある。しかし私は生前弟子というものがいたことはない……とる必要性を感じなかったからね」
キールはどこか遠い目をしながら語る。
きっと過去を振り返っているのだろう。
「そしてお嬢様を連れ去った運命の日、どこの馬の骨もわからない連中に私の研究の成果を勝手に使われたくはなかった。だから全ての研究結果を持ち出して私はお嬢様と逃げた……それゆえに、今のこの世に私の研究成果を知るものはいないだろう」
確かに、弟子というキール自身が研究成果を託しても良いと認めた者がいなければ、キールの研究を知る者は本人を除いていないだろう。
「だから持ち出した研究成果も、このまま私と一緒にここで朽ち果てさせるつもりだった……けれど、ウィズリー君。君になら私の全てを託しても良いと思っている」
なるほど、だから弟子にならないかと……
「えっと……そう思っていただけるのは嬉しいんですけど。なんで私を……?」
そこが疑問だ。
キールとこうして話すのもまだ2回目だし、彼が自分を認めてくれるような出来事があったとは思えない。
「……なに、君ならこれを正しく使えるだろうという魔法使いの……勘かな」
「か、勘ですか……」
思っていたよりも理由になってないと思うのは口に出さない方が良いのだろうか……
「まぁ正直な話、研究成果は私の人生の全てを注ぎ込んだ結晶だ。それを可能なら後世に残しておきたいというのが本音かな……さっきは勘といったが訂正しよう。君ならこれを正しく使ってくれる確信がある……だからどうかね?」
もちろん断っても良いというキール。
……そんなの答えは決まっているではないか。
「私で良ければ……お願いします」
彼はリッチー。
きっと自分よりも魔法の腕は上で、そんな彼から知識や技術を学べるというのなら願ったり叶ったりだ。
「……そうか、君にはお礼を言わなくちゃだね」
「それは私の方ですよ」
キールと一緒に小さい笑いをこぼす。
「よし、それじゃあこの後の予定がないのなら早速始めてみないか?」
「えぇ、お願いしますねキールさん」
どこか嬉しそうに部屋の隅のタンスから何かが書かれた紙束を持ってくる彼をみていると……
なぜかは知らないが、こちらも嬉しくなってくる。
「……さて、今日はこんなものかな。随分と長い時間引き止めてしまって悪かったね……もし続きをやりたくなったら、いつでも来るといい」
「はい、必ずまた来ますね!」
ダンジョンの中では外の様子がわからないが、彼女がここに来た時は昼前くらいだと言っていたので、もしかしたら外はもう夕方か夜かもしれない。
初めての弟子が出来た嬉しさと、ようやく自らの研究を引き継いでくれる後継者……それもこの数時間で優秀な子だとわかるくらい優秀な弟子だったので、つい長い時間付き合わせてしまった。
しかし彼女は途中、嫌な顔一つもせずにこちらの教えを真剣に学んでいた……
自分には勿体無いくらいの弟子かもしれない。
せめて入り口までは送ろうと、彼女に転移の魔法をかける。
それではまた、という声を残して彼女の姿が消えるのを見届け、椅子にどかりと座り込んだ。
「……ふふ、まさかアンデッドになってから弟子ができるとは……しかも下手したら私より優れた魔法使いになりそうだよ、アレッタ。」
ベッドの上に横たわる最愛の人の亡骸へと声をかける。
当然声は返ってこないが、この嬉しさを口に出しておきたかったため続けた。
「……君のように純粋で眩しい笑顔を見せるとても良い子だよ。もし君と私に子供ができていたのなら、彼女のような子が欲しかったよ」
そしてふと、彼女が自分を励まそうとした時の笑顔を思い浮かべる……
……そんなことはないです、きっといつかは……またお嬢様と一緒になれるときがきますよ。
『……そんなことはないわ、きっといつかは……またあなたに会える日がくるはずよ、キール……』
そして、かつて彼女が寿命で逝きかけた時に、もう私たちは会えないのだろうか。
と、自分が言った言葉にそう返してくれたアレッタの姿が彼女と重なる。
もうすぐで死んでしまうというのに、その時のアレッタの笑顔は晴れやかだった。
「……さて、また彼女が来るまで眠るとしようか」
そうしてキールは、瞼を閉じた。
「ふんふふーん……よし、できたかな」
キールのダンジョンから無事に自宅に戻った後、早速夕飯の支度に取り掛かった。
今日の夕飯には、昨日試行錯誤を繰り返してようやく完成した品を使う。
「盛り付けて……ミートソースの完成!」
テンションが上がっているためか、独り言に熱が入る。
そう、完成した品とは麺のことだ。
この世界には米やパンはあるというのに、なぜか麺がなかった。
なので麺を使った料理が好物な者として、自分で作る事にしたのだ。
とはいえ麺を一から作るレシピはうろ覚えで、手間取ったがなんとか昨日完成した。
今日の夕飯はそれを使ったミートソース……この調子で麺料理を再現していくことを決意して、早速出来立ての夕飯を頂こうとしたその時、家のドアがノックされた。
こんな時間に誰だろうと、ドアを開けるとそこには見知った人物が二人いた。
「ブラッドにロザリー? どうしたのこんな時間に?」
「なに、家を買ったっていうから見に来たのとその祝いってやつかな。ほら」
ブラッドに何かが入った袋を渡される。
中身を見ると、綺麗に包装された箱とかすかな甘い匂いがする。
お菓子か何かだろう。
「それとちょっと話がしたくて……あら、何か良い匂いがするけどもしかしてこれから夕飯なの?」
ロザリーが鼻をすんすんとならしながら聞いてくる。
そんなロザリーにそうだよ、と答える。
「……二人とも夕飯まだなら食べてく?」
「え、良いの?」
明らかにロザリーの表情が変わった。
そんなにお腹すいてたのだろうか。
まぁお代わり用に多めに作っといたので、二人分くらいは普通に出せるだろうし問題はないだろう。
それに麺料理というものをこの二人に是非味わって欲しい。
遠慮なく上り込むロザリーと、少し遠慮がちというか変に緊張しているブラッドを食卓に案内して二人分のミートソースを盛り付け始める。
「へー、なかなか良い家じゃない……ん? ねぇーウィズ、この大きな袋はなに?」
椅子に座りながら辺りを見回してたロザリーが、部屋の片隅の置かれた革袋を指差しながら聞いてきた。
「ん? あぁそれはね、マナタイトだよ」
「マナタイト?……うわ本当だ、しかもこれどれも最高品質のやつじゃない!? こんなにたくさんどうしたの……?」
ロザリーが革袋の口を開けて驚愕する。
「実はね、この前商店街歩いてたらある商人の方が特別に安くしますよって言われて、まとめ買いしたの。百年ガエルの討伐報酬の残りほとんど使っちゃったけど、良い買い物したと思わない?」
これだけ最高品質のマナタイトがあれば、また百年ガエルのような大物が来てもきっと大丈夫だろう。
備えあれば憂いなしというし。
「「…………」」
「え……なんで二人ともそんな『うわぁやっちゃったなこいつ』みたいな顔してるの……?」
「……あれね、やっぱりウィズに大金持たせちゃまずいわ。前から怪しいとは思ってたけど、センスがずれてるどころか別の次元にいってるわね」
「あぁ、買い物もちょっと一人で任せられないなこれは」
うん……?
何か二人は自分に対して不満があるのだろうか……?
全く身に覚えがないのだが。
「そ、それよりほら。冷めないうちに食べよ?」
三人分のミートソースと、サイドメニューとしてサラダの盛り合わせを食卓に並べる。
麺料理というのを知らない二人は、物珍しそうにミートソースを眺めている。
「なんか見たことない食べ物だけど……なにこれ?」
「ミートソースっていう私の故郷にある麺料理の一つだよ」
「メン……? この細長いやつがメンってやつなの?」
「そう、小麦粉を固めてから薄く延ばして作るんだよ」
実際にはもっと作るのに苦労するのだが、まぁざっくり言ってしまえばそんな感じだ。
「へー……どれさっそく」
フォークでミートソースを口に運ぶ。
うん、思っていたよりも普通に再現できている。
二人の反応も見る限り悪くないので、この世界の人の口でも麺は合うようだ。
よし、絶対に蕎麦やラーメンとかも再現するぞ。
「あれ、そういえば何か話があるって言ってたけど……」
ふとロザリーの言葉を思い出す。
「あぁそうだったわね。ほら、この前あたしの誕生日が近いから一旦家に帰るって話あったじゃない?」
「あ、うん」
その話は憶えているが、それがどうしたというのだろうか。
もしかしてもうプレゼントをねだりに来たとか……?
一応もう用意はしてあるけど、誕生日前に渡しては味がないと思うのだが……
「いや、多分あんたが思ってるのは見当違いだから。単にウィズも一緒に来ないかって誘いに来ただけよ」
「一緒にって……ロザリー達の故郷に?」
「そうよ」
まさかお誘いの要件だったとは。
しかし家族水入らずで祝った方が良いと思うし、ブラッドはついでに家族に会いに一緒に行くみたいだからおかしくはないが、赤の他人の自分が行ってもいいものだろうか。
「別に遠慮なんかしなくていいわよ、あたし達仲間なんだから。それにもう手紙にウィズを連れて行くって書いて出しちゃったし」
「待って、仲間だって思ってくれるのは嬉しいけどいったん待って。本人の意思を確かめないままことを進めるのはおかしいと思うの」
報告、連絡、相談のホウレンソウはどこの世界でも大切だと思うが、ロザリーさんはそこの所わかっておられるのだろうか。
……けどまぁ、せっかくの仲間からのお誘いを断るのも無粋だ。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな……」
『買い占めたマナタイト』
例え魔力がなくなって、マナタイトで肩代わりするのなら、普通のより少し品質が良いやつ一個で上級魔法は一回は使える。
つまり、わざわざ一つ数千万もする最高品質のマナタイトを大量に買い占めるより、普通のを買い占めた方が断然安いしお得だ。
要するに、完全な無駄遣いである。
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この素晴らしい旅に冒険を!
小鳥がさえずり、暖かい光が太陽から差し込む穏やかな午前。
いつもより少し多いくらいの荷物を持って商店街の中を歩いて行く。
ここ駆け出しの街アクセルは、魔王の城からかなり離れた位置にあり、駆け出しの冒険者が集まっているというだけの普通の街だからなのか、特に魔王軍とかから攻撃を受けたりしないためかなり平和な街だ。
人口もそこそこの数で、基本的に毎日のように街は賑わっている。
歩きながらでも耳を澄ませば、お店の人の呼び込みがあちこちから聞こえてくる。
「お、そこの杖持った……いや槍か……? まぁいいや、姉ちゃん冒険者だろ? どうだい、少し見ていかないかい?」
おそらく自分の事を指しているのだろう。
声を掛けられてそのままスルーするのは流石にあれなので、歩みを止めて声がした方へと方向転換する。
そして商人らしき男が営業スマイル満点で出迎えてくれた。
「いらっしゃい! うちは冒険者向けの商品をたくさん仕入れているからきっとがっかりはさせないぜ」
「そうなんですか、どんなのがあるんですか?」
一見しただけでは、どれがどんなものかは全くわからない。
「そうだな……例えばこのマジックスクロール、これには支援魔法が込められていて、いつどんな時でもすぐに使うことができる代物だ。これは筋力増加の支援魔法が込められているが、他にも素早さをあげたり、防御力を高めたりするのもある。そしてこれらのマジックスクロール、セットで買うと今なら千エリスも安くなるんだ! さぁどうだい?」
ふむふむ……確かに便利そうではある。
支援魔法はロザリーが一通り使えるが、もし彼女が不在の時とかにきっと役立つだろう。
「それ買います!」
「毎度! 良かったら他にも買っていかないかい? 気前の良いお客さんには特別価格でお相手いたしますよ!」
「え、本当ですか? ……あ、実はこれから街を出て遠出をするんですけど、何かそういう時に役立つのとかないですか?」
店主は商品を眺めて考え込む素振りをみせる。
そして何か閃いたようにハッと顔をあげた。
「そういえばこの前紅魔族の男が自作した魔道具を店で売ってくれないかと持ち込んできましてね……確かお客さんの要望に合うようなやつだった気が……お、あったあった」
背後にあった大きなバックから店主は何かを取り出し、それの説明を始めた。
商店街での買い物を終えて向かった先は、この街のとある場所にある馬車の待合所。
そこでは商人らしき人間や冒険者、普通に街に住んでいるだけの一般市民の方に、たくさんの荷台の先に繋がれた馬がいた。
そう、今日はブラッドとロザリーの故郷へちょっとした旅行に行く日なのだ。
まだこの世界に来てからはアクセルの街とその周辺くらいにしか行ったことがないので、他の街に行くというのが楽しみでしょうがない。
そしてこの世界にも馬はいるんだな、なんて思いながらさらに辺りを見回す。
そして目的の人物、ブラッドとロザリーを発見した。
二人とも広場に備え付けられたベンチの上で座っていた。
早速声をかけようとベンチに近づく……が、途中で足を止める。
「な、なにしてるんだろ……あれ」
否、足を止めざるを得なかったのだ。
なぜなら、ベンチで隣並んで座っている二人の顔は近かったのだ。
もう、キスができるんじゃないかっていうくらいの近さだ。
下半身は真っ直ぐ前を向いていて、上半身だけを捻ってお互い向き合っている状態……まさにテレビでやっている恋愛ドラマのラストシーンのような状況が目と鼻の先で起こっているのだ。
しかもどちらも知人というおまけ付きで。
思わず木の幹に身体を潜め、二人の様子を観察を始めてしまう。
前々から怪しいとは思っていたが、やはり二人はそういう仲なのだろうか?
もしそうだとしたら、自分というお邪魔虫がパーティーに入ってきたせいで二人の時間を奪ってしまい、こうして自分がいない時にひっそりと愛情を深め合っていたのかもしれない。
だとすると二人には悪い事をしてしまったのではないか……?
思えばパーティーに入りたいって言った時に一度断られたのは、実はそういうことだったかもしれない。
「…………」
なぜか見ているこっちが恥ずかしくなってきた……あと覗き見をしてしまっている罪悪感的な何か。
もし二人がこのまま熱い熱い接吻の一つでもしたのなら、このままこの場を立ち去るべきだろうか迷い始めたころ、それに気づいた。
「…………?」
「……………!」
いつまで経っても二人はキスなんかせずに、よく見たら互いに小さく口が動いているだけだ。
一体どうしたのだろうか、あれでは単に内緒話をしているように見える。
もうしばらく様子を見るが、一向に変化が起きない……というか今更だがこの構図、恋愛ゲームの主人公がヒロインとデートをしている時に、もう一人のヒロインがその場を目撃してしまったみたいな感じがする。
その場合、ブラッドが主人公でロザリーがヒロイン、自分がもう一人のヒロインになってしまうが。
ともかく、このままでは埒があかないので、声をかけることにした。
「……いい? 絶対に気づかれちゃだめよ、あくまで自然に元気付けるのよ」
「……なぁ、思ったんだけど、やっぱりそれ逆効果になるんじゃないか? 下手に刺激すると余計に思い出させちまうんじゃ……」
「何言ってんのよ、だから自然にこう……それとなく元気付けるのよ」
「お前の言ってることが全くわからんぞ……」
近づいていくにつれ二人の様子がよくわかってきた。
どうやら本当に内緒話をしていただけのようだ。
会話の内容は聞き取れないが……これから帰る故郷の話に花を咲かせているとかだろうか。
「……お、おはよう二人とも」
とりあえず挨拶をする。
「え、あ!? お、おはようウィズ! 今日もいい天気ね!」
明らかに動揺をするロザリー。
ふむ……自分には聞かれたくない話だったのかな?
「えっと、二人で話していたいならどっか行ってようか?」
「そんなことないわよ、さぁもう馬車は来てるしはやく乗りましょ!」
明らかに様子がちょっと変なロザリーから視線を外し、ブラッドに向ける。
気にしないでくれ、と視線で答えてきたブラッドと共にロザリーの後を追う。
馬車で別の街に行くのに、何も乗客は観光客だけではないらしい。
行商人や商人、その護衛として雇われた冒険者など、馬車を利用する人は様々だ。
そして冒険者である自分たちは、護衛として雇われることができるので、料金を払わずに馬車に乗ることができるらしい。
その代わり命懸けで馬車を守らなくてはならないが、それこそ冒険者冥利に尽きるというもの。
そういうことで、馬車の護衛として乗車してから数分後、ガタゴトと車輪が回って地面と接触する音を鳴らしながら馬車は街を出た。
気が付けば景色は既に見慣れない風景になっており、アクセルの街は見えなくなっていた。
馬車の横手にある窓から顔だけを出し、辺りを見回す……見事に一面荒野だ。
アクセルの街の近くには平原とか森くらいしかないと思っていたが、どうやら違ったようだ。
こうして初めての景色を目の当たりにすると、改めてここは異世界なんだなと感心を覚える。
「ちょっとウィズ、さっきからブラッドがスカートの中覗こうとしてるからその体制辞めた方が良いわよ」
「は!? そ、そんなことしてねぇよ!」
向かい側に座っているロザリーからそんな言葉が聞こえてきた。
今の体制は膝立ちしている状態なので、確かにちょっと下から除けば中身が見えてしまうだろう。
因みにロザリーの言う通り今の自分はスカートを履いている。
少し前の自分だったら抵抗があっただろうけど、自分は気づいてしまったのだ。
スカートって凄い動きやすいってことに。
スボンと違い、肌にピッタリとしていないためか、関節の可動にムラがないのだ。
冒険者という常に危険が潜む職業、日々のモンスターとの戦いでは動きやすさがなにより重視される。
そこでスカートや短パンといったものを着用することで、それが少しでもスムーズに行えるようになるのだ。
ゲーム風に表すと、素早さが少しアップした。
とはいえそろそろ冬が近いらしいので、何かしらの防寒着は必要になってくるだろうが……まぁそのとき考えれば良いだろう。
ともかく、そういった理由もあって最近はスカートや短パンといった服装が多くなっている。
別にもう恥ずかしく感じたりはしない、むしろ何故か最近はしっくりというかそんな感じがしてしたくらいだ。
それと昔だってスカートみたいな鎧を着ていた帝国軍だとか何とかいただろうし、男性にだってスカートを履く権利はあるだろう。
……それに下手に男性用の格好していると、逆に注目を集めてしまうのだ。
確かに自分も男性の格好した女性が視界に入ったら多少は注目してしまうし、わからなくもないのだが……流石にそんな視線に耐えきれずはずもなく、しまいにはロザリーに似合ってないとハッキリと言われてしまったので、今は大人しく女性の格好をしている。
実に悲しい。
「違うぞウィズ、俺はただロングブーツとスカートの間にある太ももをちょっと見てただけだ」
「同じことよこの変態!」
どうやらブラッドは自分の絶対領域を見ていたらしい。
「えっと、別に気にしてないから……だから狭い馬車の中で暴れないでよ二人とも」
この二人は街中だろうが街の外だろうがダンジョンの中だろうが所構わず戯れ合う。
最近この二人の関係が本当によくわからない……むしろ付き合っている同士だというのならまだ納得するのに、二人に聞いてもただの腐れ縁と答えるのだ。
「そ、そういえば二人の故郷ってどんなところなの? 名前すら聞いてないから何も知らないんだけど……」
互いの頬を引っ張り合う二人に質問を投げつける。
喧嘩を止める目的もあるが、質問自体もちゃんと答えを知るためでもある。
何とも間抜けな話ではあるが、今向かっている二人の故郷とやらについて自分は何も知らないのだ。
単に聞くタイミングを逃していただけだが。
「ん? そういえば言ってなかったけ……あたし達の故郷の名前はラーグリスってとこよ」
ラーグリス……名前だけではどんな所かは全く想像がつかない。
「そうね、どんなところかって言うと……」
ロザリーは何か言おうとして、何故か途中で口を止めた。
「……いえ、着いてからのお楽しみってことにしときましょ」
「え、えぇ……」
言いたいことはわかるが、ここでお預けというのは……
——そして突如馬車が急停止した。
「冒険者の方達! モンスターです!」
自分達が乗っていた馬車の手綱を引いていた男が慌てた様子でこちらに言ってきた。
念の為感知魔法を使うと確かに反応が……
「え、多過ぎない?」
十やそこらの数ではない。
一瞬感じただけでも、間違いなく三十以上の反応が感知できた。
まだ馬車からは距離があるが、確実にこちらに向かってきている。
「モンスターの襲撃だ! 護衛の冒険者達はすぐに武装して襲撃に備えろ!」
馬車の外で誰かが叫ぶ。
それを引き金に、慌てて馬車を降りると既に武装し終えた何人かの冒険者達が戦闘の準備をしていた。
「なぁ、どんなモンスターが近づいてきてるんだ?」
ブラッドが近くにいた戦士風の冒険者に訊ねる。
「あぁそれがだな、俺の仲間の盗賊職のやつが敵感知スキルで感知しただけだからまだどんなやつかはわかんねぇんだよ」
「しかもかなりの数らしいぞ、となるとリザードランナーか走り鷹鳶の群れか?」
冒険者達が騒つくなか、荒野の向こう側から砂煙が現れ始めた。
あれがそうなのだろうか。
「……いや、リザードランナーでも走り鷹鳶でもないぞ! マジックイーターだ!」
弓を背負った冒険者が叫ぶ。
どうやらモンスターの正体はマジックイーターとか言う奴らしい。
そしてそれと同時に冒険者達がざわつき始める。
「ねぇ、マジックイーターって?」
一体冒険者達は何に驚いているのだろうか。
隣にいたロザリーに訊ねてみる。
「マジックイーターはその名の通り魔力を糧にして生きてるモンスターよ。性格はかなり温厚で、基本的に人に害を及ぼす事のないモンスターなんだけど……」
……なるほど、そんな普段は温厚なモンスターが敵意を持ってこちらに近づいてきているのは確かに異常かもしれない。
「……実はマジックイーターって、普段は自然の中にある魔力を吸収してるんだけど、高密度の魔力を感じると興奮して何が何でもその魔力を吸収しようと躍起になるっていう特性もあるみたいなのよ……だから多分商人とかの荷物から、魔道具とかの魔力を感じてこっちに近づいてきてるんだと思う」
ふむ、一見温厚な性格だが、その正体は魔力暴食モンスターということか。
どうやら奴らは、馬車から何かしらの高密度の魔力を感じて、ただいま興奮中らしい。
「見えてきたぞぉ! マジックイーターの群れだ!」
気が付けばかなりの距離を縮めてられていたようだ。
——それは一言で表すとしたら……巨大な口を持ったミミズだった。
「うわぁ、ちょっと生理的に無理かも……」
大きさはジャイアントトードほどだろうか。
巨大なミミズが砂煙を巻き上げながら地上を這って近づいてきている……それも何匹もだ。
正直言ってかなり気味が悪い光景である。
しかしそんな理由で引き下がるわけにもいかないので、いつでも魔法を放てるように魔力を込み上げる。
動きはそれほど速くはないマジックイーターは、真っ直ぐと幾つもある馬車に向かって突進してきている。
それに対して盾を持った冒険者達が並行に並んで壁を作り、その後ろでアーチャーやウィザードといった後衛職が攻撃の準備を始める。
流石冒険者だけあって、こういう時各々の役割を把握している。
しかしここで予想外の出来事が起きた。
なんとそのまま真っ直ぐ馬車に突っ込んでいきそうな勢いだったマジックイーターの群れが突然方向転換したのだ。
具体的には、馬車の左側にいる自分達に向かって……
「え、えぇ!? ち、ちょっとなんでこっちに……!」
驚きのあまり集中が切れ魔力を散らしてしまった。
ともかく奴らの突進を避けなければ……!
「……って、なんで追いかけてくるの!?」
なんと奴ら、馬車や他の冒険者に目もくれず、一匹残らず自分の後ろを凄い勢いで追いかけてきたのだ。
ひとまず走り続けるが、奴らも動きを止めずに一心不乱になって自分を追いかけてくる……
チラリと視界に入った他の冒険者達も、驚きの表情を浮かべていた。
おかしい、こいつらは商人の荷物に混じってる魔道具とかを狙いにきたのでは……
「くっ……『インフェルノ』!」
ひとまず応戦すべく、炎の上級魔法を放ったが……
「うそ! 効いてないの!?」
多少皮膚らしきものに火傷の跡がついたが、奴らはピンピンしてた。
「ウィズー! そいつらアホみたいに魔法抵抗力高いから上級魔法でもダメージはあまり入らなわよー!」
少し遠くでロザリーがそう言った。
考えてみればそうか、魔力を餌としているなら魔力を使った魔法攻撃はむしろ奴らに餌を与えているようなものだ。
というか……
「み、見てないで助けてよー!」
ロザリーだけでなく、他の冒険者達にも向けてそう叫ぶ。
「そうしたいのは山々なんだけどー、マジックイーターって物理攻撃が有効なんだけど、あんな動き回ってちゃ近づくことすらできないのよー。というかなんで追っかけられてるのか心当たりとかないわけー?」
そ、そう言われても心当たりなんて……いや、待てよ。
もしかして自分の持ち物の何かにマジックイーター達は反応しているのかもしれない。
キールから貰った杖……は杖自体には魔力を増幅させる鉱石くらいしかないので違う。
着ている服……特に魔力が込められている物でもないし違う。
あとはポーチに入っている今朝商店街で買った魔道具……これも高密度の魔力が込められているわけでもないし……
そしてポーチの中を弄っていた手に、石を触っているかのような感触が伝わってきた。
これは確か……
「も、もしかしてこれが原因……?」
引っ張り出したのは以前買い占めたうちの一つの最高品質のマナタイト。
いざという時のために一つ携帯していたのだが……
おそらくこのマナタイトに込められた魔力にマジックイーターは興奮しているのだろう。
「それよそれー! はやく捨てなさい!」
ロザリーからマナタイトを捨てるように言われた。
ぐっ……捨てるなんて勿体無い気がするが、今の状況ではそれしか手段がない。
そろそろ走る足に限界がきてるし、このままでは追いつかれて奴らの下敷きになってしまう。
覚悟を決め、最高品質のマナタイトを投げ捨てる……うっ、許してくれマナタイト。
今頃家にいる君の家族達は君のようにモンスターの餌になんかせずにちゃんと使うから……
ともかくマナタイトという犠牲を払ったことで、奴らの注意も地面に転がっているマナタイトに向くだろう。
そう思って、走るのをやめて改めて後ろを振り向く……そこにはあいも変わらず自分を追いかけてくる巨大なミミズが何匹もいた。
「な、なんでぇ!?」
確かにマナタイトの方にも何匹かが群がって、口から触手なようなものを出してマナタイトをなめるようにしていた。
多分あの触手でマナタイトの魔力を食っているのだろう。
しかし残りの奴らは今だにしつこく追いかけてきている。
「ちょっとー! まだマナタイト持ってるんじゃないの!?」
「も、もう持ってきてないよ!」
これは本当のことだ。
持ってきていたのは投げ捨てた一個だけだし、念のためポーチの中をもう一度探るが、マナタイトはもう入っていない。
では何故奴らはまだ自分を追いかけてきてるのだろう。
「……あ、わかったわ!」
「な、何が!?」
突然ロザリーが閃いたように叫ぶ。
「多分そいつら、ウィズ自身の魔力に興奮してるのよ!」
…………
把握したくはなかったが、ロザリーの言葉で完全に把握してしまった。
女神様から貰った膨大で莫大な魔力。
確かに奴らからしたら、それを持っている自分は極上の餌に見えるのだろう。
なんてこった……
「というわけでウィズ、そのまま大人しく奴らの餌になりなさい。魔力を吸い取ってる間は動きが止まるだろうから、その間に全員で奴らを叩くから」
「えぇ!?」
餌になれと申すかこのプリースト様は。
ほら、他の冒険者達もロザリーの提案に引いてる様子ですよ。
「大丈夫よ、あんたの魔力量なら全部吸い取られる前に満腹になって大人しくなるだろうし、死にはしないわよ」
「そういう問題じゃないからね!?」
何が悲しくて自らモンスターの餌になりにいく冒険者がいるのだろうか。
「はぁ……はぁ……」
まずい、本格的に息があがってきた。
足も既に限界に近いし……なにより、さっきから走っているため胸が大きく揺れてかなり痛い。
胸が大きい人が走ると、胸に激痛が伴うという母の言葉は正しかったことを身を以て思い知らされた。
あと何故な遠巻きに見ている男冒険者達から変な視線を感じる……
こ、こうなったらやられる前にやるしかない。
いくら魔法抵抗力が高かろうが、爆裂魔法を数発当てれば……うんだめだ、いま爆裂魔法なんて使ったら間違いなく自分もお陀仏だ。
「!? 痛っ……!」
突然足首に何かが巻きついてきて引っ張られた。
その反動で思いっきりこけてしまう。
一体何が足首に……と目線を自分の足に向ける。
……そこには見覚えのある触手のようなものが巻きついていた。
「ひゃああああ!?」
そして次々と身体中に巻きついていく触手。
このおぞましい数の触手は間違いなく何十匹もいるマジックイーターのものだろう。
そしてそれと同時に身体から何かがなくなっていく感覚がする……それは魔法を使った後の感覚に似ていることから、おそらく魔力が吸い取られているのではないかと感じた。
「ちょ、まって! ていうか凄くヌメヌメしてるしこれ!? だ、誰かー! 助けむぐっ……!」
手や足にも触手が巻きつき、しまいには口を塞がれる。
完全に拘束されてしまい、魔力を吸われ続けている状態のままでは集中が出来ず魔法の一つも使うことができない。
……完全に終わった、詰みである。
今の自分にできることといえば、はやく助けが来るのを祈る事だけだった。
「……ヌメヌメ、ミミズ……こわい」
「あー……大丈夫……ではないわよね」
「どうすんだよ、完全にトラウマになってんじゃねぇか」
あの後無事にマジックイーターの魔の手から救出してもらったが、心には大きな傷が残ってしまった……
最近意識が薄かったが、ここは異世界。
モンスターが当たり前のようにいる世界だ。
モンスターの中にはそれはもうグロテスクだったり見るに耐えない外見をしている奴もいるだろうとは覚悟はしていた。
していたが、まさかマジックイーターの口の中があんな風になっているなんて……あぁだめだ、思い出しただけで震えが止まらない。
「いやぁまさか丸呑みにされるとは思わなかったわね、そんなにウィズの魔力が美味しかったのかしらね?」
「おい、話題そらすにしてももっとマシなのあるだろバカ」
ブラッドがロザリーを小突く。
「わ、わかってるわよ……えっと……あ、そういえばさ! ウィズってもしかしてランサーの槍スキル持ってたりするの?」
「……? いや、持ってないけど……どうして?」
自分の職業はアークウィザードだ。
冒険者の職業ならいざ知らず、アークウィザードがランサーのスキルを習得出来るわけがない。
「だってウィズってたまにその杖を槍みたいに使うときあるじゃない? その時のウィズの槍捌きはまるでランサーなんじゃないかって思うくらい凄いし、この前のダンジョンで使ったルーンナイトの魔法しかり、もしかして冒険者の職業みたいに他の職業のスキル習得できる特殊な能力でも持ってるのかなーって思って」
ロザリーの言う通り、状況に応じて自分も接近攻撃をしなくてはならない時があるので、キールの杖を槍の代わりに扱う時もある。
ちょうど先端に刃がついてるし。
しかしランサーの槍スキルを習得してるわけではない、女神様から貰った特典はあくまで魔法限定で他の職業のスキルを習得できるというものだ。
習得したくても魔法以外のスキルは習得できない。
「えっと、私のその……能力は他の職業の魔法も習得できるってだけで、ランサーの槍スキルは習得できないよ」
自分で言ってて確かに不思議に感じた。
昔から棒遊びはよくしていたから槍の扱いもそこそこできるのではないか……と勝手に納得していたが、冷静に考えるとちょっとおかしく感じる。
たかが子供の遊びで槍の技術なんて身につくはずがない……けれど、自分で言うのもなんだが確かに槍術は本職に劣らないくらい扱えている。
もしかして最初っから槍の才能があったとか……?
「そうなの? じゃあ冒険者になる前に槍の訓練でもしてたとか? スキルで身につけた技術じゃなければアークウィザードのウィズでも槍が使えてもおかしくないし」
「冒険者になる……前?」
冒険者になる前、自分は日本で家族とごく普通の日常を送って……
『ねぇ、お礼を言わせて——』
『……お礼を言われるようなことはしてないさ。むしろ私の我儘で君を危険な目に……』
『ううん、そんなことはないわ。だってあなたは私を救ってくれた……だからお礼を言いたいの、——』
あれ、なんだろうこの光景……知らないことなのに知っている?
自分の記憶じゃないのに記憶がある?
じゃあ誰の記憶、一体誰の……
「ち、ちょっと……? 大丈夫ウィズ? ぼーっとしてるけど」
「え、あ……うん? 大丈夫……だよ?」
一瞬意識が飛んだような感じがしたが……あまりの恐怖に疲れ切っていたのだろうか?
——とここでまたもや馬車が止まった。
「冒険者の方々、今日はここいらで休憩にするみたいです」
馬車の引き手がそう言って馬車から降りる。
二人の故郷のラーグリスまでは、馬車でも1日以上はかかってしまうのと、モンスターが活発になる夜をそのまま進み続けるのは危険という理由から、一旦馬車を止めて朝になるまで野宿をするらしい。
その間護衛の冒険者達は交代で見張りをし、馬車を守るのが鉄則みたいだ。
——そして冒険者同士で見張りの順番を決めた結果、自分達のチームが一番最初の見張役になった。
またあの巨大ミミズが来たらどうしようと内心ビクビクしながら、円形状に並べてバリケードがわりになっている馬車の周りをぐるぐると周りながら周囲を警戒する。
ちょうど一周した辺りで、馬車を背もたれにして座り込んでるロザリーとブラッドがいた。
二人して何してるのだろうか。
「あーウィズ? 別にそんなに真剣にしなくていいのよ、いくら夜だからって冒険者が密集してるとこに無闇に襲撃するモンスターなんてそうそういないわよ。それに何か起きる前にウィズの魔法とか休んでる盗賊の人とかが気づくでしょ。ほら、もっと肩の力を抜いて」
「そうはいうけど……」
確かに一定間隔で使用している感知魔法には先程から何も反応がない。
魔力をいつもより込めているので、広い範囲で感知魔法を使っているにも関わらずだ。
しかしだからと言って安全とは言い切れないし、油断は禁物だと思うのだが……
「いいからっ、あんたも座って上を見てみなさいって」
しばらく躊躇したが、結局こちらが折れてしまい、ロザリーの言葉に従って座り込む。
そして上……空を見上げる。
——そこには満天の星空が広がっていた。
正直その光景に呆気を取られ、しばらく言葉が出なかった。
別にこの世界の夜空を見上げるのは初めてではない。
けれど自分のいた世界の夜空より遙かに美しく感じた星空が、何故だかこの時だけさらに美しく感じた。
人工物が何もない荒野だからだろうか、それとも冬が近づいて星が見えやすくなったのか。
「……まぁどっちでもいいか」
過程がどうあれ、この美しいという結果は変わらない。
それなら、折角なのでこの光景を一秒でも多く楽しまなくては損というものだ。
「……ぶえくしゅ! あぁ、流石に夜は冷えるな……」
三人で景色を楽しんでいると、突如ブラッドが盛大なくしゃみをした。
まぁ確かにここ最近の夜は冷える。
バリケードの真ん中では焚き火をしているからそちらは暖かいだろうが、外で見回りをしている自分達にはその暖かさは届かない。
「……あ、そうだ」
一つ思いついた事があり、二人に断ってから馬車の中にある自分の荷物からある物をいくつかを持ち出す。
それらを両手で抱えながら、二人の座っている場所まで戻り、早速準備に取り掛かる。
小さいシートを地面の上に広げ、その上にある道具をいくつか乗せていく。
一体何を始めるのか興味津々な二人の視線を受けながら、アルコールランプに似た道具に魔法で火をつけ、透明な瓶の容器に水を入れてからそれをランプの上に置く。
やがて水は沸騰をし始め、お湯へと変わっていく。
そこまでの動作で二人は自分が何をしようとしているのか理解した様な表情を見せた。
「……まさかそれいつも持ち歩いてるの?」
「いつもじゃないけど……長旅になるなら必要かなって思って」
数分の時間を使って作業を進め、やがてそれは完成した。
完成したのは色が付いた液体……それを容器に入れて二人にわける。
「はい、淹れたての温かい紅茶だよ」
そう、持ってきたのは紅茶セットだ。
やはり寒い日に外にいるときは、温かい飲み物と相場が決まっている。
本当はあらかじめ作っといたのを持ってきたかったのだが、あいにく保温する方法が見つからなかったので断念した。
「外で淹れたての紅茶飲むなんて初めての経験だわ……あ、美味しい」
「……確かに美味いな。紅茶なんて誰が淹れても同じだと思ってたよ俺」
二人の反応からして好評そうでなによりだ。
自分も淹れたての紅茶を一口飲み、さっきまで考えていた事を口に出した。
「ねぇ二人とも、もしかして私のこと気に掛けてくれてる?」
そう言うと二人は動きを止める。
顔には悪戯を親に見抜かれた子供の様な印象があった。
「あー……流石にバレちゃった?」
「うん、だってロザリーがいつも以上に心配してくるし、この前のことも合わせるとそれしかないかなって」
この二人はこの前の百年ガエルの討伐記念の宴会での出来事を未だに気にしていた様だ。
だから今回の旅行に自分を誘って元気付けようとしていたのだ。
おそらく責任でも感じているのだろう。
「まったく……気にしてないって言ったでしょ」
「……まぁあんたならそう言うと思ってたし本心からそう思ってるのはわかってたわよ。けどねウィズ、これはあたしなりのけじめなの。誰かを傷つけたままそのまま放置なんてしたくないのよ」
「え、けどお前よく俺を殴ってそのまま放置してる時結構あるよな……ぁ!? ほら今まさに……!」
殴られた箇所を痛そうに手で押さえてるブラッドを無視して話を進めるロザリー。
「……それにあの時のウィズ、本当に悲しそうな顔してたのよ? あんな表情されたらほっとけないじゃない」
「ロザリー……」
良いこと言ってるけど、その前に割と本気で痛がってるブラッドに回復魔法掛けてあげたらどうだろうか。
「……ロザリー、確かに家族に会えないのは寂しいよ? けれど少なくとも今私は、私のことを心配してくれてる人がいるってだけで幸せなの……だから本当に気にしなくていいから」
これは本心だ。
多分仲間という存在がいなければ、今頃自分は負の感情に押し潰されていたかもしれない。
見知らぬ世界でたった一人……想像もしたくない光景だ。
「そう……よね。余計なお世話だったかしら……」
「うん、だから今からいつも通りにしよう。きっといつも通りの私たちでも楽しい旅行になるから」
もう一度上を見上げる。
そこには変わらず美しく星空がどこまでも広がっていた。
『マジックイーター』
魔力を糧にしているモンスターで、見た目は巨大なミミズ。
魔法抵抗力が高く、物理攻撃が有効。
高濃度の魔力を感じると、それを食べるためにどんな相手であれ襲い掛かってくる。
普段は大気中の魔力を長い舌を使って食べている。
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この目新しい街で観光を!
前回の投稿が十月……そして今が四月。
正直なところ、本当に申し訳なかったです。
ここまで放置するつもりではなかったのですが……
とりあえず生存報告も含めて、短いですが投下します。
それと後書きにお知らせがあるので、目を通して頂けると嬉しいです。
何事もなく夜が明け、ラーグリスへと向かう馬車は朝方に予定通り出発した。
この後も特にトラブルがなければ昼前には到着できるらしい。
「あーでもこの辺にも生息してるらしいのよね……マジックイーター」
「ひっ……!」
「怖がらせるようなこと言うなよお前……」
暇を持て余したであろうロザリーがそんなことを言ってからかってくる……冗談に聞こえないあたりが怖くて仕方ない。
「大丈夫よ、もしまた奴等が来てウィズを食べてもちゃんと助けてあげるから」
「あれ、私が食べられるの前提なの? できれば食べられる前にどうにかして欲しいんだけど……」
また口の中に放り込まれるのは勘弁してほしいのだが。
しかし本当にまた奴等がきたらどうしようか……魔法は効きにくいとなると攻撃するより足止め系の魔法で支援に回った方が良いのだろうか。
けどまた大群で来られたら対処しきれないだろうしどうしたものか。
何か他に良い手がないものかと頭を捻る。
一番良い手として、接近される前に爆裂魔法で一掃するというのがあるが、爆裂魔法は魔力の燃費がよろしくないので、使えても数発が限度な上、その場を仮に爆裂魔法でしのいだとしても、その後何かがあった時に魔力切れで動けないなんて洒落にならないのでこれは最終手段だ。
「……あ、そういえば」
さらに頭をひねっていると、あることを思い出した。
「……なにそれ?」
ポーチから取り出した物体……昨日商店街で買った魔道具を見るなり、何故か二人の顔はしかめっ面になった。
「なんでそんな顔してるの……? えっとこれはね、モンスターを追い払うことができる魔道具なんだって!」
何故こんな便利なものを今の今まで忘れていたのだろうか。
この魔道具を昨日のマジックイーター相手に使っていたらあんな事にはならずに済んだかもしれないというのに。
「ふーん……一応聞くけどど、具体的にはどうやって追い払うの?」
「えっとたしか……ケイブバッドっていうモンスターの鳴き声を再現した音声を流すらしいんだけど」
「なんだやっぱりガラクタじゃない、捨てましょう」
ロザリーは自分の手から魔道具をひったくると、それを馬車の窓の外へ……
「ちょ、ちょっと!? なんで捨てようとしてるの!?」
一体この魔道具の何が不満だと言うのか。
というかそれ結構高かったので捨てるのだけはやめてほしいまじで。
「あのね、確かにケイブバッドの鳴き声は外敵から身を守る為のものよ。けれどその鳴き声ってのが、まるで金属を爪で引っ掻いたような鳴き声なのよ。しかも鼓膜が破れるんじゃないかっていうくらいの大音量でね……」
……あれ、つまりこれって。
「もしこの魔道具を使って効果が本物なら確かにモンスターを追い払えるでしょうね、その代わりその場にいる全員が地獄のような苦しみを味わう事になるわ……そういうわけだからこのガラクタは捨てた方が世のためよ」
「ま、待って! 確かに使い所は……あまりないかもだけど、いつか! いつかきっと役に立つ日がくるから捨てないで!」
「ええい何よその根拠のない自信は!? 大体前から思ってたし、この際だから言っとくけど、あんた魔道具に関してのセンスがおかしいどころかどっか大切なものが抜けてるわよ」
「ひ、酷い!?」
まぁ確かに個性が強すぎる魔道具ばかり買っている気はするが、どれも正しい使い方をすればきっと役に立つ物ばかりなはずだ。
決してガラクタなどではないはず。
「……もしかしてウィズ、そのポーチにまだ何か入ってるなんてことないわよね?」
「うっ」
しまった。
無意識的に自らのポーチに注意を向けてしまっていたようで、ロザリーに勘付かれてしまった。
「ね、ねぇロザリー……なんでそんな両手を構えてにじり寄ってくるの……? い、いやぁ! やめてー!」
「お、おい二人とも! こんな狭いとこで暴れるなって!」
馬車が止まった。
そして結局出発前に買った品々は、自分のポーチから一つ残らず消え失せた。
「ねぇブラッド、心なしかウィズのくせ毛がさっきより垂れ下がってるように見えるんだけど」
「奇遇だな、俺もそう思う。あと原因は間違いなくお前が馬車の窓から魔道具を投げ捨てたからだぞ」
「あれは正しい判断よ、言っとくけどあたしはゴメンだからね、死因が仲間の買った魔道具の誤爆だなんて」
「……確かにそうだな、洒落にならんなそれ」
「二人とも聞こえてるからね!?」
流石に誤爆で死ぬかもだなんて言い過ぎではないだろうか。
……確かに何回か危険な目に合わせてしまったこともあるかもだが。
そしてそこまで考えると、ふっとある疑問が湧いてきた。
「ね、ねぇ……私の買った魔道具が役に立った時も……あるよね?」
「……街に入ったら少しぶらついてみないか? 荷物もそんなないし問題はないだろう」
「そうね、久しぶりの故郷だものね。家に帰る前にそこら辺観光しても良いわよね」
「む、無視しないで答えてよぉ!」
馬車を降りて、目前に見える街の入り口らしきところへさっさと歩いていく二人を慌てて追いかけながら講義の声をあげる。
しかし自分の声が届くことはなく、気が付けば既に街の中へと入ってしまった。
「おぉ……」
そして無意識に、小さな感嘆をこぼした。
街の入り口となる門をくぐれば、そこには美しい街並みが視界いっぱいに入ってきたのだ。
アクセルの街も綺麗なところではあるが、ここの街も負けていないとばかりに芸術性かつ機能性に優れていそうな建物が綺麗に建ち並び、そこらを行き交う人々の活気も凄まじく溢れているのが遠目でも良くわかった。
さらに極め付けと言わんばかりに、街の中心部らしき所には、とても大きな女性の姿を模った銅像がここからでもよく見える。
その奥には……教会だろうか、それらしきものも見えた。
遠目からでもあんなにはっきり見えるということは、どちらもかなりの大きさなのだろう。
「……もしかしてさ、ウィズのあのくせ毛って神経通ってるとか?」
「あー、確かに。なんかみょんみょん動いてるからね、明らかに」
そんな二人の言葉を背に、街の舗装された道を歩き出す。
それにしても何を言ってるのだろうか、髪の毛に神経が通っているわけないし、風が吹いたりしない限り勝手に動き出す事なんてあるわけない。
「……そういえば、ここって結局どんな街なの?」
「んー、見てわからない? あの大きな像を見れば一目瞭然なんだけど」
と、街の中心部にある大きな像を指差すロザリー。
……どっかで見たような見てないような。
「あっと、そういえばウィズって世間知らずだったわね。あれはエリス様の像よ」
「エリス様?」
エリス様というと、ロザリーが信仰しているエリス教の女神様の名前だったはずだ。
その女神様を象った像があんなにも目立つ所にあるということは……
「そう、ここはエリス教団が集い、エリス教の発祥地でもある聖地。ラーグリスよ!」
ほうほう……エリス教の発祥地とな。
「じゃあここって、エリス教団にとって大事な場所なんだね」
きっとロザリーがあそこまで熱烈にエリス教なのは、エリス教団の聖地であるこの場所で育ったからなのだろう。
「あれ、そういえばブラッドもここの出身なんだよね? エリス教じゃないのは何か理由があるの?」
「あぁ、別にここで生まれ育ったからと言って、全員が全員エリス教ってわけじゃないんだよ。とは言っても、街の住人の八割近くが当てはまるんだがな」
成る程、別にこの街で住むためにはエリス教に入らなければならない……というわけではないらしい。
よく宗教国家とか耳にするけど、この世界ではそんなものはないのだろうか。
「そんな強制するような悪どいことは、エリス教は絶対にしないわよ」
エリス教『は』か……ということは、そういう事をしているところもあるのだろうか。
「そうだな……アクシズ教辺りだと、ちょいと周りとは違う感じはするな」
「アクシズ教?」
以前ロザリーがポツリとこぼしていたような気がする名前だ。
「その……アクシズ教って、エリス教と仲が悪かったりするの?」
「そうね……けど仲が悪いというより、あっちから一方的に絡んでくるのよ。一応エリス様の先輩にあたる女神様が元締の教団だから、本来は手を取り合っても良いと思うんだけどね……」
ロザリーは少し悲しそうに、どこか呆れたように言う。
確かに、先輩と後輩という関係の女神様同士なら、仲が良い感じはするのだが……それとも女神様は関係なく、単に教団の人の性格とかが関係しているのかもしれないが。
「ちなみに、アクシズ教の本拠地であるアルカンレティアっていう場所もあるぞ。ここから正反対の位置にあるが……」
「アルカンレティア……そこはどんな街?」
「そうだな……水と温泉の都って言われてるくらいだから、綺麗な湖とか、温泉とかが有名だな」
「温泉……!?」
なにそれ凄く行ってみたい。
異世界の温泉がどんなのか物凄く興味がある。
「ねぇ、この街出たら、アルカンレティアに直行しない?」
「いやよ」
「えぇ!?」
まさかの即答からの拒否である。
「ぶ、ブラッドは……? 私と温泉入りにいかない……?」
「え、それ混浴ってこと……い、いや! 俺も正直行く気はしないな。できるならアクシズ教とは関わりたくないし」
なんでだ、そんなに酷いものなのだろうかアクシズ教とやらは。
こうなったら時間を見つけて一人で行くのも手かもしれない……しかし未知の恐怖が少し躊躇わせる。
「何しょげた顔してんのよ、この街だってアルカンレティアに負けないくらい良い街なんだから。ほら、夕方になるまで名所巡りするわよ」
何やら少しムキになっているロザリーに手を引かれ、三人で街を練り歩いて行く……
あぁ、何でだろうか。
この光景を夢にまで見ていた気がするのは。
何不自由なく、大切な友人と何気ない毎日を過ごすこの光景。
とても心地の良いものだ。
しかし、どこか物足りなさというべきか……何か大事な事が抜けている気がする。
……嗚呼、でも今は精一杯今を楽しもう。
それが『私』の夢だったと思うから。
ちょっとお知らせがあります。
本来この小説は、20〜30くらいの話数で完結させるつもりだったのですが、予定を変更して20話くらいで完結させます。
なので話がさらにハイスペースで進むので、ご注意です。
具体的に言うと、予定してた1章分を丸々カットします。
誠に勝手ですが、ご了承して頂けると幸いです。
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エピローグ
人生とは驚きの連続だ。
別にそれが悪い事とは言わないし、むしろ成長に繋がる可能性もなきにしもあらずというやつだ。
しかし、何事にも限度というやつがある。
余りにも度がすぎると、それは既にタチの悪い悪戯と同じだ。
「どうしたのよウィズ、ボーっとして」
「……あの、ロザリー。いや、ロザリーさん……『あれ』があなた様のご自宅で?」
「なんで敬語なのよ……もちろんそうよ、嘘なんてついても意味ないじゃない」
少し時を遡ろう。
まず街の観光を一通り楽しんだ後、ブラッドとは一度家族の元へ顔を出しに行くらしく、一先ず別れた。
そして自分も、夕食の時間に行う予定のロザリーの誕生日パーティーなるものに参加する前に、今夜の宿を探そうとしたのだが。
『別に私の家に泊まっていいわよ? そっちの方が何かと楽でしょ?』
と、ロザリーが提案してくれたので、悩んだ末に甘えることにした。
余裕がある時でも、お金というのは大事だし、節約出来るのならしておきたい。
そしてロザリーの跡をついて行くとそこには……
「で、でもこれどう見ても……とても大きくて立派な教会にしか」
「だから、この教会が私の家なのよ。それに大きいといっても礼拝所とかのスペースが大きいだけで、居住区は結構普通の大きさよ」
街に入った時にも見えた、あの大きな教会だった。
「えー……」
しかし、それでもこんな立派で、いかにも街のシンボルの一つみたいな教会に住むだなんて、普通ではあり得ないのではないだろうか。
もしかしてロザリーの家系は何か凄いところなのか、もしくはこの世界ではあまり珍しくもないことなのだろうか……
「何してんのよ、はやくこっちに来なさいな」
「あ、うん……」
教会の正門をくぐり、真正面にそびえ立つ扉……ではなく、くぐった先を右にそれて進んで行くと、裏口っぽい小さな扉の前に辿り着く。
おそらくだが、先ほどの真正面の扉は礼拝堂とかに直接繋がっていて、此方の小さな扉はロザリーの言う居住区の方に繋がっているのだろう。
「ただいまー!」
特にノックなどはせずに、扉を開けて元気が良い大きな声を出しながら中へと入ってくロザリーの後ろで、小さくお邪魔しますといって自分も中へと入る。
すると通路の奥から女性が一人。
「あら、お帰りなさい……ローザマリア」
「うん、ただいま……お母さん」
その女性はロザリーのような銀髪で、顔立ちがロザリーそっくりだった。
違うところといえば、髪の長さぐらいなのではないかと思うほどに。
成る程、この人がロザリーの母親か……あれ、でも何か違ったような。
「お母さん、紹介するわ。私達の新しいパーティーメンバーのウィズよ」
「まぁ、あなたが……いつも娘がお世話になってます」
「あ、いえ……は、初めまして、ウィズリーと申します」
なんだろう、顔立ちがロザリーに似ているのに、深々と綺麗なお辞儀をするものだから、性格が大人しめのロザリーって感じがして変な感じだ。
どうやらロザリーは母親から、性格までは引き継がなかったようだ。
「何か言った?」
「言ってない……よ?」
平然と心を読まないでほしい、こわいから。
「お父さんと弟は今用事で出払ってるから、帰り次第パーティーを始める事にしたのはいいんだけど……どうするウィズ、この暇な時間」
「どうするって言われても……」
ブラッドもまだ来ていないようだし、ロザリーの母親はパーティーの支度をしている。
手伝いも不要と言われたので、必然的に時間になるまで何もする事がなくなってしまった。
こんな事なら、街の観光を後にしても良かったかもしれない。
「じゃあこのまま適当に駄弁ってましょうか、しばらくしたらあいつも来るだろうし……そしたら三人でカードゲームでもすれば良いわよね」
成る程、と言うことはロザリーと二人っきりでガールズトークというわけか。
それなら聞きたいこともあったし、丁度良い。
「ねぇ、さっきロザリーって、『ローザマリア』……って呼ばれてなかった?」
「んー? 言ってなかったけ、私の本名はロザリーじゃないわよ。ロザリーってのはあんたと同じ愛称みたいなもんよ、ウィズ」
そ、そうだったのか……しかしそれならそうと普通に教えてくれてもよかったのではないか。
「私の本名は、ローザマリア・エレスティアっていうのよ。流石に田舎者のウィズでも、エレスティアっていう名前は聞いた事ないかしら?」
首を横に振る。
「……まぁ良いわ。エレスティア家は代々エリス教の総司祭を務めてる家系なのよ」
「そうしさい……つまり?」
「つまり一番トップってことよ」
「へぇ、エリス教のトップ……ええええぇぇぇ!?」
国境として崇拝されているエリス教、国の通貨の名前としても使われているエリス教。
そんなエリス教の総司祭をロザリーの家系がやっている!?
「じ、じゃあロザリー……ローザマリアさんは実はとっても凄い人だったり……?」
「肩書きはまだお父さんのものだけどね、まぁ近い将来私か弟が継ぐ事になってるけど……後いつも通りロザリーでいいから」
確かにロザリーは優秀なプリーストだ。
しかも、聞けば既にアークプリーストになれるくらいの実力があると以前聞いたし、その実力は確かなものだろう。
しかしそうなると、疑問が湧き出て来る。
「えっと……じゃあなんで冒険者なんて危険な事やってるの?」
プリーストとして優秀で、家柄の関係で既に将来が確定されたようなものだというのに、ロザリーは何故かいつ死んでもおかしくない冒険者なんてものをしている。
それは一体どういう事なのだろうか。
「それは……まぁあれよ」
突然歯切れが悪くなるロザリー。
「あぁ、そういえば初めて会った日に言ってっけ。幼馴染のためだって……ねぇ、それもしかしなくても、ブラッドのことでしょ?」
「……なんでそんなどうでも良いこと覚えてるのよ、あんたは」
あの時のロザリーはおそらく話の話題が欲しくて、自分にその話をしたのだろう。
しかし、後になってその話をしてしまったのが恥ずかしくなったと言わんばかりの様子のロザリーさん。
「この際だから教えてよ、二人の関係」
「……そんなに面白いものじゃないわよ?」
何、以前からブラッドとロザリーの関係は知りたいと思っていたのだ。
それがどんなものであろうと、きっと自分にとっては有意義な話になるだろう。
ほんの少しだけ、人生が退屈だと思った。
私はエレスティア家の長女として産まれ、その才能は歴代最高とも言われた。
私の少し後に産まれた弟も、中々の才能を持っていたが、私と比べると少しだけ私の方が優っていた。
だからきっとお前は、素晴らしい司祭になれると周りから称賛された。
正直、煩わしさを感じた。
別にエリス教に不満があるわけでもないし、総司祭の跡取りとして過ごしていくのは誇りに思えた。
両親のことも尊敬してるし、その道はきっと誇れるものなんだと幼いながらも確信できていた。
しかし、同時に退屈を感じていた。
既に決められた道を進むだけというのは、とても退屈だ。
将来が約束されている……それだけが私にとって唯一の不満だった。
もしかしたら、私はどれだけ辛くても、苦しくても、悩んで悩んだ末に自分の道というのを決めたかったのかもしれない。
そんな思いを胸に秘めたある日、偶々散歩でそれを見つけた。
川沿いの土手で、赤い髪をした同い年くらいの男の子が、木製の剣を振り回しているのを。
ーー不思議と私はその男の子をその場で見続けた。
何をしているのか、何の意味があるのか……そんな事はどうでもよかった。
只々、息を切らし、汗を垂らしながらも一生懸命に素振りをしている男の子に、私は釘付けになっていたのだ。
「何か用か?」
するといつからか気付いていたのか、土手の上に立っていた私に男の子は突然話しかけてきた。
「別に、ただ見てただけよ」
「ふーん……まぁ邪魔しなければそのまま見てても良いぞ。面白くもなんともないと思うがな」
と、本人の承諾がでたため、遠慮なくそのまま見続ける事にした。
その日は夕刻の鐘の音が街に響いたと同時に、男の子は帰ってしまったため、仕方なく私も帰った。
そして次の日、昨日と同じ道を散歩してみると、見覚えのある男の子が同じ場所で同じような事をしていた。
「……またお前か、やっぱり俺に何か用でも?」
「昨日言った通り、ただ見てるだけよ」
あっそ、と男の子は私から目線を外すと、また素振りを始めた。
私はそれを見続ける。
その次の日、そのまた次の日もずっと。
晴れでも、雨でも、風が強い日でも、雪が降る日でも、私と男の子は毎日同じ事を繰り返した。
「ねぇ、あなた名前は?」
「あー……? ブラッドだよ」
ある日何となく名前を訊ねてみた。
すると男の子はブラッドという名前という事が分かった。
「お前は?」
「え?」
「だから名前、他人に聞いといて自分は教えないつもりなのか?」
その言葉に私は少なからず驚いた。
自意識過剰かもしれないが、割と私はこの街では有名だからてっきりこの男の子……ブラッドも知っているのかと思い込んでいた。
「……ローザマリア・エレスティア」
「長えよ、略してロザリーとかで良いだろ」
「ロザリー……? ……うん、ロザリーで良いわ」
一瞬で私はロザリーという愛称を気に入った。
理由は分からなかったが、嫌な気分ではなかった。
「ねぇブラッド、あなた毎日ここで何をしてるの?」
「は? 今更それ聞くのか……? 見ての通り特訓だよ」
「特訓?」
「そう特訓、大人になったら俺は冒険者になるんだ。だからその特訓」
冒険者、それは私でも知っている言葉だった。
常に危険が隣り合わせの、一種の職業だ。
「何で? 親に言われたから冒険者になるの?」
「違うよ、俺が冒険者になりたいって思ってるからなるんだよ」
「どうして? 死ぬかもしれないんだよ?」
「その時はその時だ、大抵の男ってのは街で平和に暮らすより、多少の危険を承知の上で人生を生きた方が良いなって思う生き物なんだよ……まぁ女のお前には分からないかもしれないが」
「うん、分からないわ」
分からないけど、何となく羨ましいと思った。
ブラッドは誰に言われるでもなく、自分で冒険者という道を選んでいる。
それが私にとって、とても眩しく見えたのだ。
結果として、私も冒険者になった。
理由は……語るまでもないだろう。
「何よ、そのにやけた顔は」
「ふふっ、別に」
「嘘おっしゃい、絶対内心笑ってるでしょあんた! この、このっ」
「いたたた! やめて、ちぎれる! ちぎれちゃうから!」
結局、ブラッドが部屋を訪ねてくるまでロザリーに延々と攻撃され続けた。
「あぁ、そんな事もあったなぁ」
懐かしい思い出の数々にについつい顔が緩んでしまう。
今思えば、この街アクセルで冒険者をやっていた頃が一番楽しかったのかもしれない。
あの時から既に『十年以上』……時の流れというのは早いものだ。
「……あの二人は元気にしてるかな」
ふと思い出にも登場したかつての仲間の二人の事が脳裏に浮かんだ。
訳あってあの二人とは暫く会っていない。
というより、お互いに会いにくいというのが理由かもしれないが。
「……あ、もうこんな時間」
思い出を掘り返すのに夢中になっていたせいか、いつもより長い時間掃き掃除をしてしまったようだ。
道具を片付け、店内へ入る。
私が経営しているお店は魔道具メインの魔道具店だ。
当然のように店内の棚には魔道具が陳列されている。
……何故か繁盛はしていないが。
「えっと……衝撃を加えると爆発するポーション、フタを開けると爆発、水に触れると爆発、温めると爆発するポーション……うん、全部入荷できてる」
間違いない、この新商品達はきっと売れるだろう。
その想いを胸に、新商品達を棚に並べていく。
そしてやる事が無くなったので、カウンターの内側の椅子に座り込み、ぽーっとしてみる。
……暇だ。
相変わらずお客さんが来る気配がないので、折角だしもう少し思い出に浸るとしよう。
二章終了です。
いよいよ本番というか、伏線も回収しつつ完結に向かっていきたいです。
『ラーグリス』
アクシズ教の総本山があるならエリス教の総本山的な所があっても良いんじゃない? という作者の安直な妄想からできた街。
多分もう出番はない。
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第3章
この素晴らしい思い出たちに祝福を!①
個人的にはブラッドとロザリーの容姿が気になりますね……
「おらぁ! よし、そっち行ったぞ!」
「ウィズ、チャンスよ!」
二人の大声が響く。
そしてこちらに向かってくる蜘蛛のモンスターに対して、魔法を放つ。
「『ライト・オブ・セイバー』!」
すると光の魔法があっさりとモンスターの胴体を引き裂いた。
「ふぅ……これで全部?」
「あぁ、情報通りなら三匹だけなはずだ」
先程倒したので三匹目、そして魔法による探知でも反応がないという事は……
「じゃあ依頼達成ね、はやく帰りましょう。暑いし汗だくだからはやいところ水浴びしたいわ」
ロザリーがそう言う。
確かに今日の陽射しはかなりのものだ。
「よし、じゃあ『王都』に帰りましょうか」
この世界に来て早数年、もうすぐで私は二十歳になる。
今では拠点をアクセルの街から王都へ移し、それなりの成果を上げているため、私達のパーティーは他の冒険者や魔王軍にも一目置かれている……
名が売れる、それ自体は悪い事ではないのだが……
「……いつになったら魔王の所に行けるようになるのよ!」
「どうどう、落ち着きなさいよウィズ。そんな事言っても、今すぐ魔王城の結界が消えるわけじゃないわよ? ほら、あんたの好きなジュース」
「……ねぇロザリー、私もうすぐで二十歳になるんだけど、なんで未だにお酒飲ませてくれないの?」
「あんたには……まだ早いのよ」
何故目をそらすのだロザリーさん。
「大体なんで魔王軍の幹部って何人もいるのよ、普通四人でしょ、四天王なはずでしょ……」
「その、してんのうっていう基準は解らないけど、確かに多いわよねぇ。けど焦っても仕方ないし、地道にいきましょ地道に」
地道か……確かにその通りだが、一刻も早く私は魔王軍の幹部達を倒して結界を解き、魔王を倒さなくてはならない。
だって『私』は……
「なに難しい顔してるのよ、お腹でも壊した? きっとそんなお腹丸出しのエロい格好してるからね」
「す、好きでしてるわけじゃ……!」
今着ている服というか防具類は普通のものではなく、色々と便利な魔法のエンチャントがされてる特注品だ。
ただ、デザインの方は全て任せてしまったため、中々奇抜なデザインになってしまったが、返品もできないしそこそこの値段がしたから捨てるに捨てれないというか。
「そんなウィズに朗報だぞ」
と、ここで受付に依頼の件を報告しに行っていたブラッドが戻ってきた。
「朗報? ついにカレンとユキノリが結婚するとか?」
成る程、確かにそれは朗報だ。
カレンとユキノリは王都に来てから新しくパーティーに加わった仲間なのだが、周りから見てすぐわかるくらいにあの二人は両想いなのだ。
ちなみにその二人とは今別行動しているため、他の街にいる。
「違えよ、幹部だよ幹部。魔王軍の幹部の目撃情報が入ったんだ」
「え、うそ!?」
話をすればなんとやら、まさかこうも都合よく話が進むとは思わなかった。
「おう、しかも二つもあるんだ。一つは丁度ユキノリ達がいる街の近く、もう一つは最近見つかったダンジョンでだ」
「ダンジョン? もしかして王都の近くで見つかったあの新しいダンジョンのこと?」
「あぁ、今のところ目撃情報しかないから、完全に信用できるわけじゃないが……どうする?」
どうするも何もない、やる事は決まっている。
「行きましょう、魔王軍幹部を倒しに!」
話し合いの結果、私達のパーティーは王都近くのダンジョンの方へ行く事にした。
カレンとユキノリも実力は備わっているし、その街の冒険者達もいるだろうから今すぐに向かわなくても大丈夫だろうという判断のもと、まずはダンジョンの方の幹部を倒し、それから応援に行くという計画にした。
しかし誤算だったのが……
「……というか、一体どれだけ深いのよこのダンジョン、もう一週間くらいははダンジョンの中なんじゃない?」
「あぁ、いい加減太陽の光が恋しいな」
ダンジョンが深すぎる、という事だった。
未知のダンジョンゆえ、それなりの覚悟はしていたが、まさかこれ程までに奥があるダンジョンとは思わなかった。
「二人とも頑張って、いざとなったら魔法ですぐに帰還できるから、もうちょっと進んでみよう」
そう二人に励ましの言葉を送るが、かくいう私も少しこたえてる。
あぁ、あったかいお風呂が恋しい……
「てか、本当に魔王軍幹部がこんな所にいるの? いなかったら全くの無駄骨なんだけど」
「さぁな、だったら潔くレベル上げのためだったって割り切るしかないな」
食料類ももう少しもつため、このまま先へ進むことに。
途中に立ち塞がるモンスター達も、幸い王都近くのモンスターの強さと同じぐらいなため、難なく進むことができている。
「……まって、敵感知に反応がある。すぐ近くよ」
「んー、あの物陰から? 一体どんなやつ……げ、オーガゾンビじゃない!」
オーガゾンビ、ゾンビ系のモンスターの中でも耐久力がずば抜けているモンスターだ。
「ブラッドはオーガゾンビを惹きつけて! その間に私とロザリーが魔法で叩いていくから!」
「「了解!」」
流石にこの二人とは長年の付き合いだ、今更オーガゾンビなんかに引けをとる筈がない。
ソードマスターとなったブラッドが敵の注意をひき、アークプリーストのロザリーが浄化魔法、そしてアークウィザードの私が灼熱魔法で焼き払う。
単純だが、効果的な策だった。
やがてオーガゾンビ達を退けた私達の目の前には、一つの宝箱があった。
「大丈夫、罠は無いしミミックでもないわ」
「おぉ、それじゃあ早速開けようぜ! これだけ深い階層にある宝箱だ、きっと良い物入ってるぞ!」
「ちょっとブラッド、あたしが先に確認してあげるからあんたはそこで休んでなさいよ!」
魔法で宝箱に何も問題が無いことを伝えると、二人が後ろで争いを始めた。
やはり冒険者という手前、こういった宝箱はいくつになってもドキドキするものだ。
二人が争っているのを横目に、私は苦笑しながら箱に手を伸ばす。
すると宝箱は自動的に開き、その蓋を勢いよく跳ね除けた。
「ドカーン!!」
「きゃあああああっ!?」
ーー宝箱にはお宝など入っておらず、代わりに入っていたのは仮面を付けた大柄な男だった。
宝箱から飛び出したこの仮面の男はどうやら、私達が探していた魔王軍の幹部の一人らしい。
しかも地獄の公爵と呼ばれる大悪魔で、名は『バニル』
その実力はロザリーの渾身の封印魔法をアッサリと破ってしまうほどだった……
そんな地獄の公爵バニルを中心に、今私達は取り囲むように座ってバニルの話を聞いている。
「つまりあんたは、魔王軍の幹部ではあるものの結界の維持を頼まれただけで、人に危害を加えるつもりはないと」
そしてバニルの話をブラッドが一纏めにして口に出す。
「そんな事信じられないわ! だってコイツは悪魔なのよ!? 一部を除くけど、基本悪魔といえば卑怯で鬼畜で人に害を与える事しか考えていない連中なのよ!? 悪魔は滅ぼすべきだわ!」
とここでロザリーが大反発、まぁ当然といえば当然なのだが。
「そうは言うが、女神という連中も日頃何もしてくれないくせに信じれば救われると嘯き、寄付をすれば天国に行けると言って金を毟り、人に害を与える事しかしない連中ではないか」
「神の敵め、滅ぼしてやる!」
バニルの言葉にロザリーが大激怒し、それをブラッドが抑える中、私は深く息を吐きながら言った。
「あなたの事情は分かりました。でも私達は王国から魔王軍幹部討伐の依頼を請けてここに来てるの。それに個人的にも、幹部を逃すわけには……あの、何か?」
此方の事情もあるため、このまま逃すわけにはいかないと伝えようとすると、何故かバニルは私の顔をジッと見つめている。
「ふむ、我輩の見通す力が通じない……汝、人間にしては中々の腕前を持っているようだな。それと実に不可解な魂の形をしているな……これはまさか」
と、何やら意味不明な事を呟くバニルに、私は困惑するしかなかった。
「ウィズ、いいからソイツやっちゃって! あたしのメイス貸すから脳天カチ割っちゃって!」
「落ち着けってロザリー、せっかく相手が戦いたくないって言ってるんだし、一旦ここは落ち着こうぜ!」
「うむ、そろそろ冒険者を引退して、嫁でも貰ってのんびり暮らしたいと思っているが、長年一緒にいた女と、一目惚れした女どっちを嫁に貰えば良いか割と真剣に悩んでいるその男の言う通りだ」
「おいあんた何言ってんだ! さっきからちょこちょこ変な事言わないでくれ!」
バニルのその一言で、ロザリーとブラッドが言い争いを始め、それをバニルが面白そうに見ている。
何とも混沌とした空気だ。
……まてよ、もしかして今チャンスなのではないだろうか。
このバニルは今二人のやり取りに夢中だ、もしやるなら……今しかない。
良いんだ、たとえ害が無いと主張しても、魔王軍幹部ならば私にとって打ち倒さなければならない敵だ。
そして私はこっそりと魔法を唱え、光魔法を放った。
「……不意打ちとはいえ、まさかこの我輩を倒すとは……見事だ、冒険者よ……」
バニルは突如体に奔った光魔法の斬撃跡を驚愕の表情で見た跡、そう言ってその体を土くれのように崩していく。
……あれ、もしかして本当に倒したのだろうか。
戦う気がない相手を倒してしまった罪悪感を感じながらも、二人の気遣う言葉を受け取り、地上に戻るための転移魔法を唱え始める。
「『テレポート』!」
魔法が発動した、その瞬間それは起こった。
「フハハハハハハ! 我輩を倒せたかと思ったか? 残念、またダンジョン入り口からやり直すがいい! 待っておるぞ冒険者よ!」
倒したはずのバニルが、笑いながらそう言ったーー
「……いつ思い出しても、あの時の『バニルさん』は酷かったなぁ」
結局あれから私達は何度も何度もあのダンジョンに出向いた。
そしてバニルさんはロザリーの体を乗っ取ってブラッドをからかったり、私の姿を模してブラッドをからかったり……あれ、思い返せばブラッドばかりが酷い目に遭っている気がする。
「でも、今思えばとても大切な思い出になったかな」
当時はバニルさんの嫌がらせにうんざりしていたが、今では良い思い出だ。
「……そして『俺』が『私』になったきっかけでもある。ふふっ、人生何があるかわからないものね、本当に……」
ーーもう少しだけ、思い出に浸るとしよう。
『カレンとユキノリ』
ハッキリと出すべきか迷いましたが、今更新キャラとして出すのもどうかと思ったので、名前だけの登場となります。
というか、原作だと他の仲間がブラッドとロザリー以外に三人いるような発言がありましたが、ウィズ達のパーティーは全員で六人だったのだろうか……?
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この素晴らしい思い出たちに祝福を!②
後悔という言葉がある。
人間誰しも、過去に後悔をした事があると言えるほど、それは誰にでも起こる現象だ。
そして私もーーもし人生の中で一番後悔をした日はいつか、そう訊ねられたとしたら、私は迷う事なくあの日の事を口に出すだろう。
そう、あの日は酷い雨だったーー
「おい、あの幹部……『ベルディア』だったけか!? 配下のアンデッドナイトを盾に逃げようとしてるぞ!」
「絶対に逃すな! 奴は手負いのはずだ、必ず倒せ!」
冒険者達の怒号が響く。
降り頻る雨の音をかき消すほどの勢いだ。
ーー魔王軍幹部の目撃情報はどちらも正しかった。
最近発見されたダンジョンにはバニルという名の悪魔が、そしてある街の近くではベルディアという名のデュラハンが発見された。
前者は私達のパーティーが強力な魔道具を使って一ヶ月ほど封印しているので、後者の方へと応援に向かったのだが、流石は手練れの冒険者達、私達のパーティーが到着した頃にはそこそこの打撃を与え撤退させるまでの状況に持ち込んでいた。
「『インフェルノ』! ……もう、キリがない!」
そして今まさに、ベルディアを倒せる絶好の機会だった。
しかし腐っても魔王軍の幹部、守りに徹したベルディアの防衛網は簡単には崩さずにいた。
「ウィズー! あたし達はベルディアを追うから、ウィズはそのままアンデッドナイト達の殲滅を手伝ってあげてねー!」
少し離れた場所から、そんなロザリーの言葉が聞こえた。
どうやら逃げたベルディアを追うくらいの道はできたようだ。
「待って、私もすぐ……!」
「ダメだウィズ、お前が今その場を抜けちまったら、アンデッドナイト達を処理しきれずに街の中に入っちまうぞ! 俺達は大丈夫だから、殲滅しきってからこっちに来てくれ!」
「でも……!」
口では不満の声を漏らすが、実際ブラッドの言っている事は正しい。
街の中の住人を危険に晒してまで、幹部を倒しに行くわけにはいかない。
「……わかった、気をつけてねみんな!」
ベルディアの後を追う冒険者達にエールを私は送る。
そして私は後悔をする……あの時、みんなを、ブラッドやロザリー達を引き止めるべきだったと。
「みんな! 大丈夫!?」
しばらくして、ベルディアを追った冒険者達と合流をした。
辺りの地面は所々えぐれ、冒険者達も疲弊しているところを見るに、ベルディアと交戦をしたのだろう。
「……あぁウィズ、ごめんね……あいつ逃しちゃった」
そして私に気付いたロザリーがそう言った。
「……そう、残念ね。けどみんな無事で良かった……?」
そう言いかけて、異変に私は気付いた。
「どうしたの? 何か様子が変だけど……」
冒険者達はみな、大きな怪我などはしていなかった……が、誰しもその顔から生気が抜けていた。
疲れているだけ……にしては異常な様子だ。
「…………呪われたの」
「え?」
そんな私の疑問に答えるかのように、ロザリーは弱々しい声で言った。
「あいつ……ベルディアは逃げる寸前、私達全員に呪いを掛けたのよ。一ヶ月後に死ぬ『死の宣告』をね……」
「死の……宣告」
聞いた事はあった、時間はかかるが、確実に殺せる呪いがこの世界にはあると……
そして私がその事実を認識すると、嫌な汗が背中を流れ始めた。
「そんな……あ、でもロザリーなら呪いの解呪くらい……」
「もう試したわよ、けど無理だった……私でも、死の宣告を解く事はできなかった」
ーーそんなバカな、と叫びたかった。
ロザリーは高レベルで、才能がかなりあるアークプリーストだ。
現在この世界において、最強のアークプリーストといっても過言ではないほどの。
そのロザリーが、解けない呪いだと言った。
ーー心臓の鼓動が早くなる。
「ふふ、きっとこの呪いを解けるのはエリス様のような女神様くらいね……私達人間じゃどうしようもないものなのよ」
「っ……! 何諦めてるの!? まだ何か手が……!」
考える、考える、思考を全て呪いの解呪にまわす。
私がプリーストの解呪魔法を覚える?
否、どれだけ魔力を込めようが、アークウィザードの私では本職の魔法には及ばないだろう。
つまり私の魔法では呪いは解けない。
蘇生魔法を覚えてロザリー達を蘇生させる?
否、呪いで死ぬのは病死と同じ扱いになるらしく、怪我や事故などで死んでしまった魂しか蘇生できない蘇生魔法は役に立たないだろう。
今からベルディアを追いかけて倒す?
否、確かにベルディアを倒せば呪いは解けるかもしれないが、今更追いかけても間に合わないだろう。
ベルディアが逃げた方角には魔王の城がある、結界が張ってある城に逃げこまれたら最後、手出しはできない。
魔法の師匠でもある、キールさんを頼る?
否、いくらリッチーの彼でも、呪いに関しては専門外なはずだ。
……それに、これ以上彼に苦労をさせるわけにはいかない……理由は分からないが、私の心がそう言っている気がした。
違う違う違う! どれもこれも役に立たない案だ!
もっと考えろ、きっと何かあるはずだ……
「何か、あるはず……!」
「……なに泣いてんのよ、らしくない」
ーーロザリーにそう言われて、ようやく涙を流している事に気が付いた。
「何をそんなに焦っているのか知らないけどさ、最近ウィズってば刺々しいわよ? もっと昔みたいに、無邪気に笑いなって……だから氷の魔女とか変な通り名付けられるのよ?」
「今は関係ないでしょ……!」
視界がボヤけていく中、ロザリーの手が頬に触れる。
「聞いてウィズ、あんたは呪いを受けてない……だから、あたし達の事はもう忘れて」
「な、何を言って……!」
「忘れたの? あたし達は冒険者、いつ死んでもおかしくない仕事をしてるのよ。あんただって、それは覚悟の上だったはずよ」
「それは……」
確かにそうだ、今まで危険な目には何度かあったが、どれも乗り越えてきた故に、いつのまにかそれを懸念する事を忘れていったのかもしれない。
「……けど、私は絶対に諦めない。必ず……必ず私が呪いを解いてみせるから!」
それから私は、ロクに休まずに行動し続けた。
思いついてはそれを試し、結果に絶望してまた別のやり方を探す日々。
期限はたったの一ヶ月、時間はいくらあっても足りない。
仲間達からはもうやめろと言われた、しかしそれはできない話だ。
自分でも思っていた以上に、仲間達は私の中で大きな存在となっていたようだ。
掛け替えのない仲間を失う……それがこんなにも辛く、悲しいものとは思わなかった。
……それに、元はと言えば仲間達が呪われた原因は私にあるのかもしれない。
ーー私は気付いていた、ブラッドとロザリーの二人の気持ちに。
ブラッド達も最初は魔王を倒す為冒険者をしていた……しかし、何年も一緒に冒険をしているうちに、本人達は決して口にしなかったが、私は気付いたのだ。
二人はもう、冒険者を辞めたがってると……
しかしそれに気付いていながら、私は二人を付き合わせ続けた……続けさせてしまったのだ。
それも世界の平和の為だとかそんな理由ではなく、自分のエゴで。
もしかしたら、仲間を……親愛なる友たちの気持ちを汲み取り、素直に二人を冒険者から解放する事ができた私がいたのかもしれない。
そうすれば、今頃あの二人は呪いに苦しむ事なく、幸せな日々を送れていたはずだ……
だから私は、あの二人を必ず助けなくてはいけない。
「もう残り時間は少ない……一体どうすればいいのよ……」
一か八か、魔王軍の城に突入してみようか。
しかしあの城の結界がやはりというべきか、大きな障害となる。
万一ベルディアが結界の外に出てきたとしても、一人で倒せるとは思えないし、追い込めたとしても以前のように城の中へ逃げこまれるだけだ。
幹部達をどうにかしない限り、どの道無謀な……
「……幹部?」
その言葉が頭の中で駆け巡り、私はある事を思い出した。
「…………そうよ、まだ手はあるじゃない。例え『悪魔」に魂を売る事になっても、私はみんなを救う」
『ベルディアの呪い」
原作だとウィズも呪われていたようですが、この小説では多少展開を変えております。
そんなベルディアさんの呪いをアッサリ解いちゃうアクア様はまるで女神様のようだなぁ。
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この素晴らしい思い出たちに祝福を!③
ダンジョンの中というのは、思いのほか冷たい空気が流れている。
肌に直接触れる冷気が、まるで私の内側から迸る決意の焔を抑えているように思えた。
それがとても心地よい。
「――魔王軍幹部、バニル。……今日は本気で戦ってもらうわ」
やがてダンジョンの最深部、床に倒れ伏している人影を発見するなり私はそう言い放った。
一見すると深手を負った冒険者……に見えるが、流石にあの悪魔とはそこそこの付き合いだ。
どうせ何か嫌がらせをしようと企んでいて、死にかけの冒険者に扮しているのだろう。
「今日はいつになくやる気ではないか氷の魔女よ。どうした? 金欠を拗らせて、とうとうなりふり構っていられなくなったのか?」
むくりと身を起こした人影は、一瞬で私のよく知る悪魔の姿になった。
そしてそれに応えるように、私はバニルに氷結魔法を放った。
バニルは咄嗟にその場を飛び退くが、避けきれなかった右足はみるみると凍っていく……しかしあの程度、バニルにとっては何の痛手にもならない。
「また唐突なご挨拶だな、ぼっち魔道士よ。今日は仲間はおらぬのか?」
バニルの何気ない言葉が、心に突き刺さる――
「残念だけど、今日は遊んでいられないの……私は、本気で、あなたを」
――倒す!
「『インフェルノ』!!」
灼熱の魔法が、バニルに襲い掛かる。
そしてバニルは平然とそれを避ける。
「氷の次は炎か、汝は我輩を氷漬けにしたいのか、それとも灰にしたいのか? どちらにせよ悪魔族に売ればかなりの高額になるぞ金欠魔道士よ。何ならお勧めの店を紹介するが?」
「減らず口を!」
普通に攻撃してもやはり意味はない……ならば!
「『カースド・ライトニング』! 『インフェルノ』!」
二つの魔法を同時に詠唱、目の前の悪魔に容赦なく撃ち放つ。
タイミングは完璧、いくらあの悪魔でもこのタイミングなら直撃なはず……!
予想通り、魔法はバニルを飲み込んだ。
そして同時に、魔法による爆煙の中から、白と黒の物体がこちらに向かって飛んできた。
「せいっ!」
それは見覚えがあった。
あのバニルの特徴的な仮面だ。
それを私は持っていた杖で勢いよくはたき落した。
すると床に落ちた仮面の下から、土くれが集まっていき、やがて人型になった。
「ほう、魔法の同時詠唱という荒業だけでなく、飛来する我輩の仮面をそんな棒きれで叩き落とすとは。なかなかやるではないか」
「ふん、どうせロザリーにやったように、私の体を乗っ取ろうとしたんでしょ。あいにく、そんな趣味の悪い仮面なんか死んでも付けたくないわ」
「フハハハハハハ! 我輩のこの仮面を侮辱するか武道派魔道士よ! 汝が初めてだ、人間の分際で我輩の悪口を堂々と言ったのは!」
何が面白いのか、バニルは笑う。
「しばらくあなたと戦ってみて気付いたわ、あなたの本体はその仮面なのね」
「うむ、こちらの世界に我輩という存在を持ってくるには形のあるものが必要だからな」
「なら……粉々にしてダンジョンの壁の一部にしてあげるわ!」
出し惜しみはしない、有り金全てはたいて買ったマナタイトをいくつか持ってきた。
例え魔力が無くなっても、多少の余裕はある。
そうして暫くの間、決死の攻防が行われた。
流石のバニルも、今までにないほどの私の気迫を感じたのか、初めて抵抗らしい抵抗をしてきた。
「いつになく強気だな金欠魔道士よ、しかしその調子だと、下手をすればこのダンジョンが崩壊するかもしれんぞ?」
「別に構わないわよ、あなたを倒す為ならダンジョンの一つや二つ壊してやるわ……よ!」
「フハハハハハハ! 成る程成る程、
当たり前だ、その為に私は……
「それともう一つ、『見通す悪魔バニル』……あなたの強さはその過去未来を見透かす力によるものなのね。そしてあなたは私と最初に会った時こう言った」
『我輩の見通す力が通じない』……と。
「理由は知らないけど、どうやら私の事を見通す事は出来ないようね。そして何時も簡単にあしらわれていたのは、ブラッドとロザリーに対して見通す力を使って、私達の攻撃を先読みしていたから……その二人は今ここにはいない、これがどういう事なのか見通せるかしら?」
思えばバニルは、ブラッドとロザリーの攻撃は簡単に躱すというのに、私の攻撃だけは避けきれない時があった。
つまり、そういう事だったということだ。
「……どちらかというと、我輩が汝らをあしらっていたのではなく、ポンコツ魔道士の持ち込んだ面白魔道具による自爆が多かった気がしたが?」
「う、うるさい!」
それはまぁ確かにやらかした事も一回くらい……あった気がしたが。
「しかしなんだ、我輩を見通す悪魔だと確信をもって言ったな。どうやら熱心に我輩の事を勉強してきたとみえる」
「そうね……貴重な時間を殆ど悪魔について調べるのに費やしたんだもの」
その上で私は気付き、決断した。
みんなを救うには、この
「ふむ、その心意気は結構だが、我輩の残機を減らしたいのなら爆裂魔法でも覚えてくることだな」
「……爆裂魔法? 今爆裂魔法って言った?」
「どうした難聴魔道士、もしや老化現象がもう始まっているのか?」
「違うわよ!」
どうやら聞き間違いではなさそうだ。
そうか、爆裂魔法か……
「……なんだその笑みは、頭の方までボケて…………いやまて、まさかとは思うが」
「その……まさかよ!」
そうして私は、渾身の爆裂魔法を放つーー
「けほっ、けほっ! だ、脱出は成功したみたいね……」
爆裂魔法を放つと同時に、転移魔法で予め登録しておいたダンジョンの入り口前へと転移したが、どうやら上手くいったようだ。
案の定、ダンジョンは爆裂魔法の一撃で崩壊を始めているが、私以外の冒険者は居ないことは確認済みだ。
流石のバニルも、ダンジョンごと崩壊しては脱出は困難なはず……加えて爆裂魔法の爆心地の中心にいたのだ、これで倒せないはずが……
「フハハハハハハハハハ! 流石のバニルもここまでしたのだから倒せたはず! とでも思っていたか狂人魔道士よ! 残念、我輩でした!」
「ゔぇ!?」
やばい変な声出た。
しかし仕方のないことだ、何故なら生き埋めになっているはずのバニルの声が私の背後からしたのだから。
「な、ななななんで! どうやって……!」
「驚き過ぎだ爆裂魔道士よ、どうせなら我輩好みの悪感情を期待するぞ! ちなみに何故我輩が無傷なのかというと、転移する直前の汝に我輩の仮面を投げつけたからだ。転移魔法は術者と触れている生物や物体を一緒に連れていく性質があるからな。いやはや惜しかったな、もう少しで我輩の残機を削ることができたというのに……おっと、ようやく美味な悪感情が出てきたな! フハハハハハハ!」
ぐぅ……まさかあのタイミングでそんな事をしてくるとは予想していなかった。
そして流石に、魔力もすっからかんだ……
「……けど、まだ終わりじゃない!」
私にはまだマナタイトがある。
全部一気に使えば爆裂魔法くらい一発は……!
「……あれ」
自身の身体を弄る。
しかし、マナタイトを入れていたはずの袋が何処にもなかった。
「何を探しているかは知らんが、我輩に必死に魔法を撃ち込んでいた時、懐から何かが落ちていたぞ。今頃、崩れたダンジョンの下敷きになっているだろうな」
と、バニルがそう言った。
…………落とした?
「……うそぉ」
泣きたくなった、自分の情けなさに。
「ふむ……どうやら魔力切れのようだな。それでもまだ我輩に立ち向かうか?」
「……そうしたいのは山々なんだけどね、残念ながらもう立ち上がれないわ」
ここが潮時かもしれない……
そう思い、私は懐から紙切れを取り出した。
「……悪魔との契約書だと? これは一体何のつもりだ?」
「そうね……一言で言うなら自己犠牲ってやつかしら。それなりに実力を示せたと思うんだけど、契約するにはまだ力不足?」
悪魔と契約するには、まず悪魔に認められ、その上で悪魔が望む対価を払わなければ成立しない。
だから力という実力でそれを示そうと、私はバニルを本気で倒そうとしたのだ。
「正直なところ、人間にしてはやるではないかというのが本音だ……しかし契約内容がよく分からんな、汝の魂と引き替えに呪いを解けだと?」
バニルは仰向けで倒れている私の顔に、しゃがむ形でその仮面を付けた顔を近づけた。
「…………ふむ、初めてだ」
「え?」
「ただの人間に対して、ここまで興味が湧いてきたのは初めてだと言ったのだ……どれ、特別に汝には『本気の我輩』を少しだけ見せてやろうではないか」
バニルは私の頬に手を触れたかと思うと、その体をいびつに変化させ始めた。
僅か数秒で、人型の形をしていたバニルは消え去り、異形の姿をした
そして冒涜的な、不気味な真っ赤な瞳のようなもので、私を見つめた。
「……何してるの?」
私がそう訊ねた瞬間、
「なに、我輩が少し本気を出せば見通せないものはない。本来ならば地上でその力を使う事はしないようにしていたのだが……今回は特別だ、少しばかり本気を出して、汝を見通させてもらっただけだ」
あぁ成る程、さっきの姿がバニルの本当の姿だったというわけか。
「くく、それにしても思っていた以上に汝の過去は傑作だったぞ面白魔道士……いや、異世界からきた人間よ」
「……そう、そこまで分かっちゃうのね」
何故かは知らないが、そこまで驚きはしなかった。
「しかし災難だったな、残念で頭が足りてない女神の些細なミスで性別を変えられ、そのせいで年を重ねていくにつれ、自分が男なのか女なのか曖昧になってしまうとは……成る程、だから早い所魔王を倒して自身の性別をはっきりさせたかったのか」
「…………」
バニルの言った事は正しかった。
最初の頃は自分がれっきとした男だという認識はあった……しかし、次第にそれは薄れていき、気が付けば自分は『もしかしたら本当は女だったのかもしれない』と考えるようになってしまった。
そんなわけないと思う自分と、今の現実を受け止めろという自分が常に心の中で対立を続け、私の精神はもう限界を迎えようとしていた。
だから私は魔王を倒し、その対価の願いで自分が何なのかはっきりさせたい気持ちでいっぱいになった。
だから私は……あの二人の気持ちを見て見ぬ振りをしてしまった……
「ふむ、悲観の気持ちに浸っている所悪いのだがな、一つ我輩から忠告をしてやろう」
「忠告……?」
「うむ、このままだと汝は『死ぬ』ぞ」
…………しぬ?
「どういう……ことよ」
「正確には『心の死』だな、実は汝のその悩みは汝が思っているよりも複雑な原因があるのだ。その原因を取り除かなければ、遅かれ早かれ汝の心は壊れ、廃人になるだろう」
複雑な原因?
「何よ複雑な原因って……」
「なに、単純なことだ。汝の『自分は女だったかもしれない』という考えは、汝の『前世』が深く関わっているだけの話だ」
「ぜん……せ?」
前世、その言葉くらいは聞いた事がある言葉だった。
しかしバニルの言いたいことがよくわからない。
「人間の魂というのは神達の手によってリサイクルされるものだ、死んだ人間の魂を次の生命として転生させる際、普通はそれまでその魂に蓄積された経験、知識は全てリセットされ、新しい魂へと変わっていくのが魂のリサイクルだ……しかしだ、稀に前世の魂の自我が強すぎると、前世の記憶だとか経験などが残ってしまう事もある」
バニルは話を続ける。
「汝の悩みの原因はまさにそれだ、しかも偶然という名の不幸な事に、汝の前世は『かつてこの世界で生きていたある女』なのだ」
「……嘘でしょ?」
つまり私の前世は……この世界で生を受け、死んだ後その魂が神達の手によって私、ウィズリー・リーンとして向こうの世界に転生したということなのか。
「女神によって女に変えられ、前世の魂と縁が深いこの世界にやってきたことで、残っていた前世の魂の残り香が強まってしまったのだろう。心当たりはあるだろう? 身に覚えのない技術を身につけていたり、変な記憶を度々見てしまったり」
……あぁそうか、そういう事だったのか。
「故にこのままだと、汝は前世の汝に押し潰されるか、前世の汝と今の汝の自我がぶつかり合いを続けいずれ心が壊れてしまうだろう」
……不思議だ、バニルの言葉で今までのつっかえが全て取れたような感覚を感じた。
良かった、それなら私に未練はなく、安心して『死ねる』。
「ふふふ……私にすら分からなかった事を見通すなんて、本当に出鱈目な悪魔ね」
「当たり前だ、そこら辺の下級悪魔と一緒にするでない。我輩は地獄の公爵、全てを見通す悪魔バニルだぞ」
「……なら今の私の望みも見通せたのでしょう? 私の魂をあげるから、みんなを救って」
それが今の私の……本当の望みだ。
「うむ、断る」
「はぁ!?」
思わずまた変な声をあげてしまった。
「な、なんでよ! 私の魂じゃダメなの!?」
「いや、前世というなの不純物が混ざってはいるが、汝の魂なら充分契約するのに値するだろう」
「じ、じゃあなんで……」
バニルは大きく笑い声をあげながら言い放った。
「フハハハハハハ! 我輩は仮にも大悪魔、ゆえに契約の代償は魂などという安っぽいものではなく、さらにキツイものを要求するが道理だ! そしてその手段さえも真っ当なものではないぞ。汝……ウィズリー・リーンよ、それでも我輩に縋るのならばーー!」
『ウィズの前世』
話が進むにつれウィズの一人称が変わったり、女っぽくなっていったのにはちゃんと理由がありました。
そしてウィズの前世とは……察しの良い方はもうお気付きかもしれませんね。
『バニルさん』
バニルさんの言葉使いとか凄く難しいです、バニルさんらしさを少しでも出せていれば良いのですが……
あとバニルさんの本当の姿とかも作者の妄想ですはい。
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この素晴らしい思い出たちに祝福を!④
「……本当にこんな簡単な事でいいのかしら」
王都にある自宅で、私は手に持っている黒いナイフを弄りながらそう呟いた。
そして私の足元には、一つの魔法陣がある。
「これで何も起こらなかったら、あの悪魔絶対に許さないんだから……」
バニルとの契約は成立した。
しかしバニルは私の願いを叶えようとはせず、代わりに『私が呪いを解くための手段』を教えてもらった。
そしてその対価も、実に馬鹿らしいというかなんというか。
「……まぁ良いか、私は私のやる事をするまで。けど……この事がもしキールさんにバレたら怒られるだろうなぁ」
そして私は、ナイフを持ち上げ、ゆっくりと……自身の胸に突き刺した。
あぁ、とても痛い。
最初はじくりと、やがてそれは激しさを増していく。
自分の血がナイフの下から溢れ、魔法陣を汚していく。
痛い、痛い、痛い。
苦痛と同時に湧き上がるソレは、さらに私のカラダを蝕んでいく。
バニルに教えてもらった手段とは実に単純なものだ。
私が、魔王城に単身で乗り込めるほどの力を身に付け、ベルディアを倒せば良い。
バニルはそう言った。
そしてその力を得る為に、ある秘術を教わった……
そう、『リッチー』になるための秘術を。
「あれ、ここは……」
気が付けば、見知らぬ空間にいた。
いや、空間というより瞼を閉じた時のあの感覚に近かった。
意識ははっきりしているようで、朦朧としているような曖昧な感覚。
それが心地よいものなのか、そうではないのかすらわからない。
そして気がつく、自分の目の前に誰かいる事に。
『初めまして、やっとこうして顔をあわせられました』
それは女性だった。
しかし女性だという事はわかるのに、顔がよく見えない、靄が掛かっているように見える。
女性の声色は実に落ち着いていて、どこか気品を感じた。
『先ずはお詫びします、私という存在のせいで、あなたを長い間苦しめてしまった事を』
女性は申し訳なそうに言う。
「……あぁ、あなただったんですね。俺の前世は……」
その言葉で理解できた、この女性が件の自分の前世の人という事に。
『私は既に終えたモノ、ここにいる私もかつての私の残り香のような存在……本来であれば、目覚める事はなかった筈だというのに……どうしてでしょうかね……」
「それはきっと、この世界……いや、ある人に対する貴女の想いが本物だったということですよ」
時々夢のように、見憶えのない記憶をみる事があった。
今にして思えば、あれは全てこの女性の記憶だったのだろう。
そしてその記憶には、毎回決まってある人物が登場するのだ。
その人物に、この女性はきっとある想いを抱いていたのだろう。
それは死んだ後も、こうして自分の魂の中に残ってしまうほど、強い想いを……
『……そうね、きっとそうなのよね。嗚呼『XXX』、やっぱり私はあなたのことを忘れられないのね』
女性は俯いていた顔を上げた。
『……約束したんです、彼と……お互い生まれ変わったらまた会おう、また愛し合おうって』
「…………」
『けれど、私の我儘であなたを苦しめてしまうのなら……私は消えた方が良い。誰かの人生を踏み台にして手に入れる幸せなんて、私は求めてない』
女性は腕を広げ、自分に言い放った。
『今なら私を完全に消せます、あなたの意思で私を拒絶してください……そうすれば私はあなたの中から居なくなりますから』
……たしかに今なら出来そうな感じがした。
バニルの言葉で、この女性をはっきりと知覚したからだろうか……自分が拒絶すれば、この女性は消え、この体、魂は完全に『ウィズリー・リーン』のものになるだろう。
「……お断りします」
『え?』
まぁ、だから何だという話だが。
『何を言ってるんですか……? このままではあなたは』
「いえ、それについてはもう大丈夫です。俺が苦しんでいたのは、何も貴女の責任だけじゃない……俺も、貴女という存在から目を背け、否定し続けたからでしょう」
確かに、自分という存在に前世は必要の無いものかもしれない。
しかし、それは考え方の一つに過ぎない。
それならば自分は、この女性の気持ちを汲み取って生きていくという考え方をとっても良いのではないだろうか。
それは単なる偽善かもしれない、自己満足なのかもしれない。
けれども、自分は……死んでも想い人の事を想い続ける彼女を、無駄にはしたくなかった。
「たとえ前世だろうと何だろうと、貴女も俺です。俺も貴女なんです……だから、貴女を消したりなんてしたくない」
『……優しいんですね、
そして自分は彼女に手を差し伸べた。
彼女はその手をそっと掴み……
『よろしく、
「よろしく、
「うぅん……」
目が覚めた、何だか変な夢を見ていた気がする……
「……いや、夢じゃないか」
すっと立ち上がって、体の具合を確認していく。
ナイフで刺した傷は綺麗さっぱり塞がっていた。
そして部屋の片隅に置かれた姿見を覗くと、その肌は雪のように真っ白な、血色を失ったかのような色になっていた。
加えて心臓、脈すらも動いておらず、代わりと言わんばかりに身体中から魔力が溢れ、力に満ちていた。
「……成功かな?」
どうやら晴れて
「……ふふ、どうせなら『彼』と同じように骸骨になっても良かったんだけど……」
何故かは知らないが、リッチーになっても肉体は腐ったりはしなかった。
これは好都合と捉えても果たして良いのだろうか?
まぁ良いか、時は一刻も争う。
とりあえず血塗れの服を脱いで着替えないと……
「? 何これ?」
着替えをしようとすると、ようやく部屋の片隅に置かれた大きめな箱の存在に気付いた。
これに今の今まで気が付かなかったとは、余程切羽詰まっていたのだろうか。
特に警戒はせずに、ゆっくりと箱を開封していくと、そこには……
「わぁ……」
紫色のロングドレスと、それに合わせた黒色のローブが入っていた。
サイズを見ると、私のサイズとがぴったりだった。
贈り主の名前などはなかったが、これは私に対する誰かからの贈り物だろう……
「まぁ、誰かは察しがつくけど」
そう言って苦笑をする。
全く、いくら死ぬのが確定してるからといってこんな高価な贈り物をしてくるとは……
「待っててねみんな、もう少しで助けるから」
次回最終回となります。
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最終回
力に酔う、そんな言葉を実際に実感できる日がくるとは思いもしなかった。
「あぁ、魔力が抑えきれない……」
リッチーになった私の魔力は、もはや人間のそれを超えている。
歩くだけで地面は凍りつき、道中のモンスター達は襲ってこようとはせずむしろ逃げていく一方だ。
「これなら……いける」
目の前には『かつて』目指していた魔王城があり、当然のように結界によって中への侵入はできないようになっている。
前の私だったら、結界をどうする事もできずにおめおめと帰るしかなかったが……今の私なら。
「よいしょ……わぁ、豆腐みたいに切れた」
もはや魔法を使うのに詠唱どころか、『詠唱破棄』も必要ない。
ただこの魔法を使いたいと思うだけで、それは形となる。
現に、ライト・オブ・セイバーの魔法を使おうと思っただけで、あれだけ脅威だった結界が豆腐を包丁で切れるかのようにあっさり破った。
「さて、ベルディア……さんを探さなきゃ」
ベルディアが魔王城を出たという情報はない。
つまりまだ城の中にいるはずだ。
溢れ出る魔力の影響で少しテンションが変なのか、自然と鼻唄を歌いながら軽いスキップをして城の中へと入ってくる。
「一体なんだ! まさか結界が壊されたのか!?」
「冗談だろ!? あの結界を破るやつが人間にいるはずが……!」
「おい、あそこに誰かいるぞ! 侵入者だ!」
すると色んな種族のモンスター達がゾロゾロと出てきた。
多分城の警備兵とかそんなところだろう。
「おい、なんだお前は!? 一体何者だ!」
そして私を取り囲み、そう言ってきた。
「あのー、私ベルディアさんっていう幹部の人……アンデッド? に用があるんですけど、今いますか?」
「べ、ベルディア様だと? ベルディア様は今養生中だ、面会はできない。それよりお前は……」
「お、おい、こいつ確か懸賞金をかけられた凄腕冒険者パーティーのリーダーだぞ!」
おや、どうやら魔王軍にも私達のパーティーは名が知れているようだ。
「相手は一人だ、全員でやっちまえ!」
「え、えぇー。あの、私別に殴り込みに来たとかそういうわけじゃなくて、あくまでベルディアさんだけに用が……あぁもう、しょうがないですね」
話を聞かないのなら仕方がない、実力行使というやつだ。
「な、なんだあの女! 全く詠唱せずに魔法を使ってるぞ!」
「ヤバイぞ! こっちにくる……がっ!!」
一瞬で力の差を感じ取ったのか、兵士達は氷漬けになった仲間たちを置いて散り散りに逃げていく。
魔王の城を守る兵士として、それは如何なものか。
「もらったぞ女!」
すると背中の方から槍を持った兵士が、私の背中目掛けて槍を突き刺そうとしてきた。
確実に致命傷だろう……以前の私だったら。
「……は? え、なんで槍の方が折れて……?」
「すいません、ベルディアさんがどこにいるか知りませんか?」
くるっと振り返り、笑顔でその兵士にそう聞いてみた。
何故か兵士は、信じられないものを見たような表情で私を見ている。
「あ、あぁ……ば、バケモノォォォォ!!」
……酷い言われようだ。
というか、逃げる前に場所くらい教えてくれても良いのではないだろうか。
……仕方ない、地味に探そう。
「よくここまで来たな冒険者よ、まずはその勇気と無謀さに称賛をしてやろう……」
「あ、ありがとうございます。それで、ベルディアさんがどこにいるか知ってますか?」
「は、話は最後まで聞け! しれっと興味なさそうに質問をするな! あと褒めてるわけじゃないからな!」
城の中へと入り、大広間にらしか場所にたどり着くと、少し大柄な男が一人出てきた。
「はぁ、そうなんですか……じゃあベルディアさんの場所を教えてください」
「言い方の問題でもないわぁ! 先ずはお前は何者だ、だとか聞くところだろう!?」
何をそんなに怒っているのだろうかこの人は……
「はぁ、はぁ……まぁいい、俺は魔王軍幹部が一人、デッドリーポイズンスライムの変異種、名はハン……っ!?」
何だか面倒くさそうなので、とりあえず氷漬けにしておくことにした。
ごめんなさい、デッドリーポイズンスライムのハン……ハンさん? 私急いでるので。
「すいません、ベルディアさんの居場所……教えてくれませんか?」
「あ、あああっちだ! そこの角を曲がった突き当たりの部屋だ!」
「まぁ、ありがとうございます!」
やっとだ、やっと親切な方から貴重な情報を教えてもらった。
あの後も押し寄せてくる兵士や、シル何とかさんを撃退し、意識がある者に何度も何度もベルディアの居場所を訊ねたが、大体が逃げるか恐怖で気絶するばかりで、聞けずじまいだった。
しかし諦めずに訊ね続けた甲斐があった。
軽い足取りで、通路を歩いていくと確かに突き当たりに部屋に通じるであろう扉があった。
しかもご丁寧に『ベルディア、養生中』と掛札があるではないか。
先ずは礼儀正しく、扉をノックしてから……
「あ」
いけない、ノックしようとしたら誤って魔法を放ってしまった。
扉は大きく吹き飛び、部屋の中から男の悲鳴が一瞬聞こえた。
「な、ななななんだなんの騒ぎだ! こちとら今は養生中だ! 静かにできんのかぁ!」
すると部屋の奥から黒い鎧を着て、頭と胴体が分かれているデュラハンが怒りながら出てきた。
「ごめんなさい……ノックしようとしたんですけど、なにせまだ魔力のコントロールができてなくて……扉壊しちゃいました」
「いやいや、もう扉壊しちゃいました……ってレベルじゃないぞこれ! 部屋が半壊してるじゃない……か? だ、誰だお前は?」
おや、どうやらベルディアは私のことを覚えていないようだ。
一応、以前あなたと死闘を繰り広げた冒険者なのだが……
「ほら、一ヶ月くらい前に戦ったじゃないですか。まぁ私は殆ど後方支援してたのでちゃんと顔を合わせるのは初めてですが……」
「一ヶ月前……もしや俺を待ち伏せして襲ってきた冒険者達の一人か? いやしかし、結界をただの人間が破れるはずが……はっ、さてはお前バニルだな!? そうやってまた俺好みの女に化けて、良いところで『フハハハハ! 残念我輩でした!』とか言って俺から悪感情を戴くつもりだろ!?」
……何してるんだろうあの悪魔は。
てっきり人間だけに嫌がらせをしてるのかと思えば、そうでもないようだ。
「バニルさんじゃないですよ、私は……」
名前を言おうとして、ふっと思った。
もはや今の私は、『ウィズリー・リーン』ではないのかもしれない。
つまりかつての私は、もう死んだのだ。
「……私は『ウィズ』って言います。あなたに死の宣告をかけられた冒険者達の仲間です」
なら、今の私にピッタリな名前はこれしかないだろう。
「死の宣告…………ああ思い出したぞ! お前懸賞金がかけられているある冒険者チームのリーダーだな! まさか俺に深手を負わせた冒険者達のチームリーダーが一人で乗り込んで来るとはな……まさか仲間の呪いを解くために俺を倒しに来たのか?」
「えっと……まぁそんなところですね」
別にもう倒すつもりはないので、呪いだけ解いてもらえればそれで良いのだが……
「ハハハハハ! こいつは傑作だ、どうやって結界をこえたか知らんが、一人でやってくるとは良い度胸だ……それなら、貴様にも仲間達と同じ目に合わせてやろう!」
そう言ってベルディアは、私を指差しながら死の宣告を唱えた。
「…………あれ」
しかしリッチーである私にそんなものは効かない。
「うーん、どうやら呪いを解く気はないようですね……仕方ありません、本当はしたくないんですけど、実力行使でいきますね」
「は、えちょ、まって! 俺今養生中だからあまり動けないから戦闘はちょっと無理というかなんというか……や、やめろ! こっちに来るなぁ!」
ベルディアは急に怯えはじめた。
頼みの綱である死の宣告が効かなくて、焦っているのだろうか。
「わ、分かった! よーし落ち着け、呪いだな!? お前がここにやって来たのは俺が貴様の仲間にかけた死の宣告を解くためなんだろう!? この魔王城の奥深くまで単身乗り込んできた度胸を讃え、仲間の呪いを解いてやろう! だから、今日のところは引き分けという事で……あ、や、やめろ、その不気味な笑顔でこっちに来るな! 来るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あれ、バニルさんじゃないですか。わざわざ見にきたんですか?」
「……また随分とスッキリした顔をしているな面白魔道士よ」
気が付けば、部屋の外にはバニルさんがいた。
「面白魔道士はやめてくれません? 人を辞めた今となっては、私はもう冒険者じゃありませんしね」
「ならここは、初めましてと言った方が良いか?」
成る程、確かにその通りかもしれない……
「そうですね……初めましてバニルさん。駆け出しリッチーのウィズです……あなたとの約束を果たしに来ました」
「……いけない、もう夜……」
少し思い出に没頭し過ぎたようだ。
気が付けば日は傾き、もうすぐで夜になりそうだった。
「……今日もお客さん全然来なかったなぁ」
悪魔バニルとの契約は、バニルが望むダンジョンの作成を手伝うといった内容なため、それには莫大な資金がまず重要になる。
冒険者を辞めた私がお金を稼ぐには、商売をやるのが手っ取り早いという結論に至ったため、こうしてアクセルの街でお店を構えているのだが、どういうわけか売れ行きは良くない。
「まぁ良いか、のんびりやりましょう」
何せ私はリッチー、寿命はないため慌てる必要はない。
……それに、彼がこの世から解放され、生まれ変わるまでまだ時間はあるだろうし。
「ふふ、『お互い』生まれ変わったらまた会う約束だものね……『キール』」
本当は今すぐにでも会いに行きたいが、今の私に彼と会う資格はない。
あぁ、でもこんな事なら、まだ何も知らなかった頃にもっと沢山会いにいけば良かった。
「さて……そろそろ店仕舞いかな」
願わくば、明日はお店がお客さんでいっぱいになりますように……
『ウィズの冒険』
最初は普通にウィズの幼少期から、どうして冒険者になったのか……みたいな話を妄想して小説にしたかったのですが、ちょっと設定とか考えるのが難しく、今の形となりました。
あとキールさんにもちょっとスポットライトを当てたかったので、主人公の設定が凄い事になってしまいましたが……
完結するのに一年以上かかってしまいましたが、皆さんの暖かい応援のお陰で最後までやりきる事ができました、本当にありがとうございます。
もしかしたら番外編をするかもしれないので、その時はまたよろしくお願いします。
それでは、また何処かで……
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この仮面の悪魔に相談を!
相談屋はじめました
「ち、ちょっと待ってください『バニルさん』! わざとじゃないんです! 確かにバニルさんに黙って仕入れたのは謝りますけど、私だってやればできるって事をバニルさんに知ってもらいたくてですね……あ、お仕置き光線の構えでジリジリとにじり寄って来ないでください! それ地味に痛い……ひゃああああ!?」
全身に冬場の静電気が流れたかのような、そんな痛みが一瞬走った。
「この我輩とあろう者が抜かったわ! この妙に頑丈で少し焦げただけの腹ただしい店主の特殊能力を舐めておった! まさかあれだけの大金を一瞬で使い切るとは……!」
「わ、私としては良かれと思って……品質に間違いはありません、売れるんです! きっと売れるんです!」
目の前で苛立ちを隠せないでいる悪魔の友人に、必死の弁解をする。
「こんな高価な石ころが売れてたまるか! 万年金欠の駆け出し冒険者しかいないこの街で、一体誰がこんな物を!」
バニルさんは、足元に積まれた、私がつい先日取り寄せた大量のマナタイトをまるで親の仇のような形相で見ながら言い放つ。
「マナタイト自体は売れ筋商品だが、なにゆえ最高品質のマナタイトなどを買い占めたのか理解出来ぬわ! 一つ数千万もするマナタイトなど誰が買うか! そんな物を買うくらいなら、同じ使い捨てアイテムであり誰にでも簡単に使える、魔法が封じられたマジックスクロールを大量に買うわ!」
「し、品は最高品質なんです、大事にとっておけば、いつか通りすがりの大魔法使いが、これは良い物だと買い占めてくれたり……」
「そんな奇特な大馬鹿者がいてたまるか! ああ、なんて事だ……あの金を元手にこの街にカジノを造り、あぶく銭を手に入れるはずが……このポンコツ店主め! なぜだ!? なぜ汝は働けば働くほどに赤字を生むのだ! その忌まわしい呪いはどうにか解呪出来ないのか!?」
「わ、私は特に呪われているわけでは……」
そういえば昔、仲間たちにも似たような事を言われたような気がする……別に呪いとかかかってないのに。
「……くっ、なぜ我輩はこのような世にも奇妙な店主の下で金を稼がねばならぬのだ……人間だった頃の汝はもっとこう、誰もが注視し自ずと従う、そんなカリスマを持つ優秀な人間だったはずなのに……!」
「えっと……冒険者時代は色々と訳がありましてですね、特にバニルさんと出会った頃は何というか……常に気を張り詰めてないと自分が何なのかわからなくなりそうだったので……どちらかというと今の私が素というかですね……その、ごめんなさい」
「つまり本来の汝は脳内が常にフワフワしている天然店主であったか……『ウィズ』、小遣いをやるから十年ほど旅をしてこい。その間に我輩が、この店をアクセル一の魔道具店に……」
「嫌ですよ、私だけ仲間外れにしないでください!」
そもそも十年分の小遣いがあるのなら、お店の為に使うのが道理ではないのだろか。
「なに、少しだけ長い休暇と思えば良い、赤字だらけとはいえ我輩がこの店に来るまでは一人で頑張っておったのだろう? ならば十年くらい休んでも良いのではないか? その気になれば、この世界中の温泉という温泉を堪能できるやもしれんぞ」
「お、温泉……」
その言葉にぐらりと心が揺さぶられた。
正直に言おう、私は温泉というかお風呂が好きだ。
この前も知り合いのある人達と一緒に『アルカンレティア』に行ったのだが、あそこの温泉は実に最高だった。
「うっ……そ、その手にはのりませんよ! というか、ずるいですよバニルさん、そうやって私の好きなもので釣ろうだなんて……あなた悪魔ですか!?」
「うむ、紛れも無い悪魔なのだが……」
しかし私は屈しない。
悪魔の囁きなんなに負けない!
「と、とにかく大丈夫ですよバニルさん。なにせ私達には寿命がないじゃないですか……地道にコツコツと稼いで、いつかはアクセル一……いえ、世界一の大商会を目指して頑張りましょう!」
「……我輩が店主をやれば、それも不可能ではないのだがな」
と、何やら小声で言うバニルさん。
残念ながら内容は聞き取れなかった。
「その暁には、あの時交わした契約通り、手に入れた莫大な資金と私の魔法でバニルさんに世界一のダンジョンをプレゼントしますから!」
そう、それが私とバニルさんの契約なのだ。
「私は一人でお店を盛り上げたいんじゃないんです、大切な仲間や友人と一緒に盛り上げたいんです。私も新商品を考えてみたりと、頑張りますから! ……というわけで、まずはこのカタログにある商品を見てくださいバニルさん! ほら、これです! 売れると思って見本を取り寄せておいたんですが、早速一緒に試してみましょう!」
「また汝は勝手な事を……それで、その子供が喜びそうなバネのおもちゃはどんな
どこか呆れたような様子を見せながらも、ちゃんと聞く姿勢をするバニルさん。
これは名誉挽回のチャンスだ。
「これはですね、『カエル殺し』って呼ばれる魔道具なんです。ジャイアントトードっていうモンスターがこの街の近くに沢山いるじゃないですか? そこでこれをジャイアントトードの近くに置くと、餌と勘違いして食べちゃうらしいんですよ。するとこの魔道具に封じられていた炸裂魔法がジャイアントトードを木っ端微塵にするというとても素晴らしいものなんですよ!」
「ふむ……ちなみにそれは一ついくらなのだ?」
「はい! 二十万エリスです!」
「よし、ガラクタだ。もし見本のみならず大量発注しているのならすぐに取り消せ」
「えぇ!? なんでですか!?」
何故だ、一体何がダメだったというのだろうか。
バニルさんに詰め寄り訊ねてみるものの、答えてはくれず。
遂には紙とペンを持ち出し何かを考えながら書き始める始末だった。
無視され続けるほど辛いものは無いので、何とかバニルさんの機嫌を取り戻そうと奮闘していると、店の来店を知らせるベルが小さく鳴った。
「おじゃまー! この美しい女神『アクア様」が今日も遊びに来たわよー!」
……あぁ、お茶の用意をしなくては。
一瞬お客さんかと期待したが、彼女はお客さんと呼ぶべきなのか怪しいところだ。
「ねぇウィズ、このぴょんぴょこ動くバネのおもちゃは何? ちょっと興味深いんですけど」
「あっ、さすがはアクア様、お目が高いです! それはですね……」
未だに無視を決め込むバニルさんに機嫌を直してもらおうと奮闘していると、先程来店した彼女……女神アクア様がそう聞いてきた。
なので先程バニルさんにしたような説明をアクア様にもすると、感嘆の声をもらした。
「凄いわ! あの憎たらしいカエルもこれさえあれば怖くないわね!」
「そうでしょう!? この魔道具のお値段は二十万エリスです! これでカエルの繁殖期だって怖くありません!」
商品に興味を示したアクア様に、ここぞとばかりに売り込もうとする。
「あの強敵が屠れるのなら、これは買いかもしれないわね。私は『ゼル帝』を買ったおかげで手持ちがないから、『カズマさん』におねだりしてみようかしら」
「ぜひお願いしますアクア様! きっとカズマさんも、この魔道具の素晴らしさを分かってくれるはずですから!」
やはりこの魔道具はガラクタなどではなかった。
だってこんなにも興味を示してくれるお客さんがいるのだから!
「用もないのにちょくちょく茶を飲みに来るタカリ女神よ、ウチの欠陥店主が勘違いするので、調子に乗らせる言動は謹んでもらおう……というか貴様は一体何なのだ? 毎日毎日そんなに暇を持て余しているのなら、あの貧弱な小僧に構ってもらうがいい」
すると黙り込んでいたバニルさんがようやく顔を上げ、アクア様にそう言った。
というか欠陥店主は酷くないだろうか。
「なによ、最近はこのお店に迷惑かけてないはずよ? こないだまでは混んでたこのお店も、今は見ての通り客なんて来ないしいいじゃない。それにカズマさんたら、暑いから外に出たくないって言って部屋中にフリーズの魔法をかけて引きこもってるのよ? 涼しくなる夕方頃じゃないと起きてこないから、それまでの間暇なのよ」
成る程、道理でここ最近毎日のように遊びに来ていたわけか。
確かにこの時期の外の気温はだいぶ高くなるし、カズマさんの気持ちもわからないでもない。
「で、あんたはさっきから何してんの?」
「新たな儲け話を考えているのだ。なにせ、そこの茶飲み店主の手により我が成り上がり計画がパーになったからな……実は、このままでは今月の家賃すら危うい状態でな。最悪、我輩がよその店でバイトをする必要すらあるのだ。貴様も神を自称するのなら、日々散財店主に悩まされている迷える我輩に道を示してくれてはどうか?」
さ、散財……わざとじゃないんです、良かれと思って……
「神を自称だとか、あんた私に喧嘩売ってんの? 神の叡智をタダで授けてもらおうだなんて虫が良すぎるんじゃないかしら……そうね、確実に儲かる素晴らしい案があるけど、教えてくださいってお願いするのなら考えてあげてもいいわ」
「そんな案があるんですか!? ぜひ教えてくださいアクア様!」
これこそがまさに神の導きというやつだろう。
「ふふ、まあ聞きなさないな。女神であるこの私が降臨したからには、いずれ魔王は倒されるでしょう。すると平和になった人類は人口も増加の一途をたどり、数百年もすれば人の住める土地も足りなくなるわ。そこで、土地転がしよ! 土地転がしをするの! 今の内に土地をたくさん買っておくのよ! これは不死であるあんた達にだけ可能な手よ!」
「凄いですアクア様、それなら確実に儲かります! バニルさん土地です! 土地を買いましょう!」
なんと、まさかそんな手があるとは盲点だった。
「落ち着きなさいなウィズ、私は確実に儲かる案が一つだけとは……」
「やったわねウィズ、これで資金は調達できたわ!」
「えぇ、そうですね。あとはこれを使って土地を買えるだけ買っちゃいましょう!」
いくつかの素晴らしい案をアクア様に出してもらったが、確実性を重視して最初の土地転がしの案を実行することにした。
その為の資金もあちこちからお金を借りた。
利子もバカにはならないが、これも未来の投資のためだ。
「さすがは私ね、こんな素晴らしい案を考えるなんて! これでカズマさんも私の事を見直して『アクア、いえアクア様、今まで貴女様を馬鹿にしてすみませんでした』とか言ってくれるに違いないわ!」
と、やけに上機嫌なアクア様は、あまりの気分の良さにダーッと走り出す勢いで私のお店へと向かう。
その段々と遠ざかっていくアクア様の後ろ姿を見送りながら、私は自分のペースでのんびりと歩く。
「……あれ、そこの人、もしかしてウィズ?」
「え?」
すると突然すれ違った赤い髪の女の人に、私の名前が呼ばれた。
「えっと……」
「あ、もしかして忘れちゃった? 昔はギルドの受付越しによく会ってたじゃない」
昔ギルドで……?
ギルド……受付……赤い髪。
「……あ、もしかしてサン!?」
「思い出してくれた? 久しぶり、あなたが王都に行くためにこの街を出て行ったときぶりね」
そうやって笑顔を見せてくれる彼女の顔は、確かに昔よりは老けていたものの、面影が残っていた。
「わぁ久しぶり、元気にしてた?」
「まぁね、実は私もウィズが居なくなったあと他の街に移動したのよ。そこで結婚して、娘も一人授かったわ」
なんと、それはそれはめでたい事だ。
「じゃあアクセルには住んでなかったの?」
「えぇ、私もこの街に戻ってきたのはつい昨日なのよ。実は娘がこの街の冒険者ギルドで働いててね、その様子を少し見に来たってわけ」
成る程、私はこの街に戻ってきてからそこそこの時間が経つが、通りで今の今までサンに会うことがなかったわけだ。
「そういうウィズは? 風の噂だと単身で魔王城に乗り込んで命を落としたとかそんな噂があったから心配してたんだけど……」
「あ、あはは……死んではないけど、冒険者はもう引退したよ。今はこの街でお店を構えてるの」
嘘です、実はもう死んでいるようなものです。
魔王城に乗り込んだのも強ち間違いではないです。
「そうなの……まあ元気そうで何より……何か昔と比べて色白というか、顔色悪くなってない?」
「き、気の所為だよ……」
「そう? ……というかウィズって今いくつ?」
「え? 今年で三十歳だけど……」
リッチーになったのが二十歳のとき、それから十年経っているので三十歳だ。
「そうよね……私が今年三十三歳だからそうなるわよね……なんか見た目が物凄く若く見えるんだけど、何か特別なケアとかしてるの? あったら教えて欲しいんだけど」
「え、特にはしてないよ……?」
そりゃリッチー化により肉体的な老化は止まっている為、私の肉体は常に二十歳のそれなのだから当然のことだろう。
「ぬぅ、何もしてないのにその若々しさとか……この世は理不尽ね」
「そ、そうかな……?」
強いて言うならアンデッド化だが、当然そんなものをサンに進めるわけにはいかない。
「おっと、ごめん娘を待たせてるんだった。今度会う時はゆっくり食事でもしながら昔話でもしましょう」
「うん、またね」
手をひらひらと振ってサンを見送る。
予想外の展開に心を躍らせる。
「……昔か」
ふとかつての仲間たちのことが頭に浮かんだ。
あの時以来一度も会ってないから、少し寂しくなった。
「ああでも、私がリッチーになってるだなんて知ったら怒るだろうなぁ」
例えばアークプリーストの仲間、アクア様のように出会い頭に浄化魔法を放ってきそうだ。
まぁそのアクア様も、ここ最近は私に浄化魔法を放ってくることが無くなってきたのだが、その代わりバニルさんに矛先が向いている気がする。
「……あ、アクア様を追いかけなきゃ」
もしかしたらはしゃぎ過ぎて、道の真ん中で転んで大泣きしているかもしれない。
ほんの少し歩くペースを早め、帰路に戻った。
店の前に着くと、何やら中から声がした。
一瞬いつのまにか出掛けていたバニルさんが戻ってきたのかと思ったが、バニルさんの声ではなかった。
「この馬鹿が! どうしてお前はいつもいつも余計なことばかりするんだよ!?」
「うえええええ! だ、だって知らなかったんだもの! しょうがないでしょ!? むしろ褒めてよ! 私はウィズの為を思って提案しただけなの! 褒めてよ、アクア様偉いって褒めてよ!」
「褒められるかぁ! お前下手したらこの店が破綻するかもしれないんだぞ! いいのかウィズが路頭に迷っても!?」
と、何やら物騒な会話がする。
この声は先に帰ってたアクア様と……
「カズマさん、来てたんですね。今お茶淹れますから」
彼女の冒険者仲間、いや保護者と言った方が良いだろうか。
名を佐藤和馬、通称『カズマ』と呼ばれる少年がいた。
おそらくアクア様の帰りを気にして迎えに来たのだろう。
「いや毎回言ってるけど、客に茶を出す魔道具店なんて無いからな。というかウィズもちょっとこっちに来い」
「え、な、なんですかカズマさん……?」
……そうして泣き噦るアクア様と一緒に、コンコンと土地についての説明を受け、ようやく私達の間違いに気が付いたのであった。
「本当にうちの馬鹿が迷惑をかけた……すまんウィズ」
「い、いえ……気付かなかった私にも落ち度はありますし、アクア様も私の為を思っての事でやったわけですから……」
「そうよ! わざとじゃないもの! 私は悪く……いたぁい! 二度も、二度もぶったわね!」
「うるさぁぁぁい! 殴って何が悪い!? くだらない事ウィズに吹き込んだせいで、借りてきた金の利子がとんでもないことになったのは何処の誰のせいなんだ!?」
そう、カズマさんの説教を受けた後、すぐに今日借りてきたお金は全て返してきたが、借りた額が額な為今日一日分の利子だけでもかなりのものになってしまった……そしてその利子を払えるだけのお金は今のお店の経済上的に払えるわけがない。
そしてカズマさんはアクア様を引きずって帰っていった。
帰る前に、この埋め合わせは必ずこのアホ女神にさせるから……といっていたが、一体何をさせるつもりなのだろうか。
「帰ったぞ留守番店主よ。汝に、悪魔に友人認定されたというのに微妙に喜ぶ奇特な娘を紹介しよう!」
程なくして、バニルさんが帰ってきた……見覚えのある女の子を引き連れて。
「全く汝という生き物は……その行動力の良さは褒めてやれるが、その結果が悲惨な事になるとなぜ予測できない? やはり呪いか? 解呪できないとなると、我輩でもお手上げだ。やはり汝は二十年ほど旅に出るのが吉だ」
「十年増えてるじゃないですか!」
さすがに嫌だ、ウィズ魔道具店が二十年後にはバニル魔道具店という名前になっているのが。
「……はぁ、まぁ良い。あの憎たらしい女神の保護者が埋め合わせをすると言っておったのだろう? あの小僧が考える事だ、多少の負債くらいはカバーできるのは間違いないだろう。それよりポンコツ店主よ、そろそろこの店の看板に『女神出禁』と付け足すべきではないのか?」
「それじゃあアクア様が可哀想ですよ、せっかく来てくださっているんですから」
私がそう言うと、バニルさんはふむ、と声を漏らしてから言った。
「前から疑問に思っていたのだが、汝はあの女神が憎くはないのか?」
「はい? アクア様を……ですか?」
何故そんな事を聞くのだろうか。
「あの女神だろう? 汝をこの世界に転生させたのは。奴のせいで汝の人生は狂った……ともいえるのではないか? 中途半端な転生のせいで汝は己について苦しみ続け、結果としてリッチーとなって未だこの世界に囚われている。全ての大元の原因は、あの女神にあり、汝はそれを憎むべき権利を持っているではないか」
……確かに、その通りかもしれない。
「そうですね……時々ふと思うときはあります。もし普通にこの世界に転生してたら、もっと違う人生を歩んでいたのではないか、今よりも幸せな人生を過ごせていたのではないか……って」
しかし、それはもしもの話。
起こり得なかったイフの物語だ。
「でもきっと、私の人生……『
それに彼女はどうやら私の事は全く覚えていない様子だ。
覚えていない相手にとやかく言っても仕方がないだろう。
「……そうか、ならば我輩から言うことはもう何もない。早い所契約を完了させ、汝もこの世からとっとと解放されるが吉……想い人が待ちくたびれてしまうぞ?」
「ふふ、私も結構待たされてましたから、次は彼の番です。少しくらいなら彼も待ってくれますよ……」
それにやるからには楽しくやらなければ損だ。
「というわけでバニルさん、今月の赤字を打開すべく、新しい商品をいくつかマークしておきましたので一緒に見ていきましょう!」
『原作』
基本的に今回の話に至るまでのお話は、原作と大体同じ通りに進んでいます。
なので番外編は、この仮面の悪魔に相談を! をウィズ視点で進めていくものとしてお考えしてくださると読みやすいかなと思います。
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従者はじめました
「いいのよウィズ、これは私なりのケジメなの。それにあの後カズマに目一杯叱られて、このお店に与えた損害分は働いて返してこいって言われたしね……さぁ、遠慮なくやって!」
「アクア様……! 私には出来ません、だってアクア様はこの店のために良かれと思って行動してくれたんです! それなのに……!」
それなのに、この仕打ちはあまりにも酷いではないか!
「ねぇウィズ、これは自らに対する戒めなの。今回私は反省したわ、たとえ良かれと思ってやった事だとしても、迷惑を掛けたなら償いをする。これは当然のケジメなのよ……さぁ、遠慮する事はないわ!」
「いいえアクア様、そのお気持ちだけで十分です! こんなに反省しているのですから、きっとバニルさんだって許してくれるはずですよ! だっていつも私が出している赤字に比べたら微々たるものでしたもの!」
あれ、おかしいな。
自分で言っといて悲しくなってきた。
「……いいからやるならとっととやれ。先ほどから同情を誘おうと下手な小芝居をする大根女神よ、貴様は水の女神なのだから、今更水を被ったところでどうという事もないだろうに」
そう言って悪魔バニルはわざとらしい溜息をついた。
「バニルさん酷いです! アクア様はこんなにも反省してるんですよ!? それなのに、こんな酷いことをさせるだなんて……カズマさんもカズマさんです、いくら水を被っても平気だからといって、アクア様は女の子なんですよ!? それなのに、こんな……!」
「ウィズ、庇ってくれてありがとう。その気持ちだけで十分よ……その優しい心をいつまでも大事にね? 水浸しになった私が風邪でもひいてしばらくお店に来れなくなっても、どうか私の事を忘れないで……」
「アクア様っ!」
そんなやり取りをしていると、突然バニルさんが立ち上がり、床に置いてあった水桶を持ち上げ、中身をアクア様にぶちまけた。
「……ちょっと何すんのよ鬼畜悪魔、あんたに良心ってもんはないわけ? いたいけな女神がこれだけ悲壮感漂わせてるんだから、今回の赤字の件は忘れます、私が悪かったですアクア様って言って、泣いて許してくれるとこでしょう?」
「アクア様のおっしゃる通りですよバニルさん。バニルさんは私達にもっと優しくしてくれてもいいんじゃないですか? お店だって濡れちゃったじゃないですか」
そう反論するが、バニルさんは意に返さなかった。
「……いいから、とっととノルマ分の品を作って帰ってくれ……最近、貴様と一緒にいる時間が多くなったせいか、負債店主の赤字生産能力に磨きが掛かってきた。貴様のところの小僧が発案した女神のだし汁が売れてくれなければ、今月ももれなく赤字なのだ」
「ちょっと、私が作る聖水にそんな美味しそうな名前を付けるのはやめて頂戴。アクア様の神聖水とかそんな名前にして売り出してよね」
だし汁……そういえば最後にお鍋を食べたのはいつだったか。
あぁだめだ、考えると余計にお腹がひもじく感じる。
肉体を持っているせいか、リッチーになってもお腹は普通にすく。
しかし食べなくても平気なので、食費に回せるお金が中々できないため、私のお腹は常に鳴っている。
「あっ、アクア様、水加減はいかがですか? 寒かったら言ってくださいね、お湯を足しますので」
「今日は暑いしもっと冷たくてもいいわよ。ウィズ、水を足して頂戴。出来れば汲みたての井戸水がいいわね、冷たくても気持ちいいから。頭からバシャーってやって」
「分かりました、すぐに新しいお水を汲んで来ますね!」
空になった水桶を持って、外にある井戸へ向かう。
「店の方は任せたぞ。我輩はいつもの所に行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいバニルさん」
冒険者ギルドへと出稼ぎに行ったバニルさんを見送って、井戸から水を汲み上げる。
そして店の中で、たらい中で膝を抱えて座っているアクア様に頭から思いっきり水を被せる。
本人が良いと言ったのだ、何も問題はないだろう。
そしてその作業を何度か繰り返すと……
「……あ、そろそろ聖水になるわね」
「そうですか、じゃあこの瓶に詰めるの手伝ってくれますか?」
「えぇ、こんなの朝飯前よ!」
アクア様は水の女神、それ故に触れた水を浄化し、聖水に変えることができる体質らしい。
この前の負債を返済するために、アクア様の作った聖水を売る事をカズマさんが提案してきたため、今の状況になっている。
「なんか意外と楽しいわね、ほら見てウィズ、瓶を水の中に入れると泡が出るのよ。ブクブクーって」
「えぇ、本当ですね」
失礼かもしれないが、こうして見るとアクア様はまるで子どものようだ。
そう思いつつも、せっせと瓶に聖水を詰めていく。
「ウィズ、あんた平気なの?」
「はい? 何がですか?」
するとアクア様が突然そう聞いてきた。
「何って、ウィズはアンデットでしょ? 私の聖水に触って平気なのかなって。私アンデットは嫌いだけど、ウィズはもう別よ。ここでフワーって浄化されるのは嫌なんですけど」
「まぁ、心配してくれるんですね、ありがとうございます。けど大丈夫ですよ、ちょっとピリピリするだけです」
「む、それはそれで少しショックかもなんですけど」
仮にもアンデットの王リッチー、いくら女神様特製の聖水だろうと、そう簡単に浄化はされないし、するつもりもない。
「さて、あとは値段札を貼り付けて陳列……と」
カズマさん曰く、最初に大きい値段を書いておいて、それを斜線で一度消す。
そしてその横に、消した値段より少しだけ安い値段を再び書けば、どういうわけか売れ筋が伸びるという。
折角なので試してみよう。
「あ、アクア様……流石に一億エリスは高すぎますよ」
「何言ってるの、何たって私が作った聖水よ? それくらいの価値はある筈よ!」
どうしてそこまで自信満々なのだろうか。
バニルさんによく、金の価値が分からない散財店主とか言われるが、流石に聖水一つに一億エリスは高すぎると感じる。
……仕方ない、アクア様が貼り付けた値段札は後でコッソリ剥がしておこう。
「……売れた」
正直、負債を返せるだけ売れれば良いと思っていたが、まさか作った聖水全部売れるとは……
「うぅ、売り切れて嬉しいような、悲しいような……」
しかしこの商品はあくまでカズマさんが考案したもの。
つまり完売できたのはカズマさんの力があってこそだ。
……別に悔しくないもん、年下の少年に商売で負けて悔しくなんかないもん。
「やったわねウィズ! 全部売り切れたわよ!」
しかし私の心境は知らんとばかりに、大喜びするアクア様。
まぁ、今は彼女のように素直に喜んでおこう。
なにせ負債を返しても余裕でお釣りが来るほどの収入なのだ。
きっとバニルさんもこれで許してくれるだろう。
「えぇ、これで私も身体を売らずに済みました……」
安堵したせいか、つい口からそんな言葉をこぼした。
「えっ、身体を売るって……まさかウィズ」
「え? あ、あぁ違いますよ、身体を売るっていうのはそういう事ではなくてですね! もし負債を返せなかったら、私の髪の毛とか爪を切って売り払うってバニルさんがですね」
「……うわー、まじひくんですけど。あの悪魔そんな趣味があるの? というか髪の毛とか爪ってそんなに需要あるの?」
「い、いえ、そういう意味でもなくてですね……リッチーの髪の毛や爪って魔力が沢山溜まっているので、魔道具の作成や武具の製作に役立つらしいんですよ!」
だから最終手段として、そうバニルさんが提案したのだ。
ちなみにバニルさんも自分の抜け殻や腕を売り払うと言っていたが、そんなもの一体誰が買うというのだろうか。
「……私の髪の毛とかも売ればお金になるのかしら」
「や、やめといた方が良いですよきっと……」
なんだかロクな目にならない、そんな予感がした。
「それよりどうです、今日はもうお店を閉めてお茶会でもしませんか? 良い茶葉が手に入ったんですよ」
こんな時はパーっと祝わなくては。
「何言ってるのよウィズ、ここまで来たのだから、あのクソ悪魔やカズマを見返すチャンスじゃない!」
「へ?」
しかしアクア様は、自分の誘いを断る。
「もっと聖水を作って沢山売るの! それで更に儲けを出したら、きっとカズマの奴も私の事を『流石ですアクア様』って褒めてくれるに違いないわ!」
さらに……儲けを?
たしかに、あれだけの聖水が全部売れたのだ。
追加で売り出せば、さらに売れる事は間違いではない事だが……
少し想像をしてみる。
ここで追加の聖水がまた売れたとする。
ノルマ以上の売り上げを出した暁には、きっとバニルさんも私の事を…………
『なんと……まさか汝がこんなにも商売センスがあるとは。いやはや、見直したぞ。どれ、特別に今夜は我輩の奢りで美味なるご馳走を用意してやろう!』
「…………そうですね、やりましょう!」
私だって、やればできる事を彼に教えるチャンスだ。
「では倉庫にしまってある、何故か全く売れないポーションを使いましょうか。そのままアクア様が瓶に指でも入れて貰えば、詰め替えの必要なく聖水にできますし」
「流石ねウィズ! カズマさんもそんな事思いつかなかった筈よ!」
「えぇ、そうでしょう! ではアクア様は倉庫にしまってあるポーションを片っ端から開封して聖水に変えてください。私は売る準備をしてますので」
わかったわ、と元気な声で返事をして、彼女は店の奥へと消えていった。
さて、私は早いところ準備を……
「ねぇーウィズー! この棚の一番下の箱に入ってるポーションから聖水にしちゃっていいのー?」
そして、アクア様のそんな声が奥から聞こえてきた。
「ええー! お願いします!」
流石アクア様だ。
様々な売れ残りが安置されてる倉庫から、ポーション系をすぐに見つけ出すとは。
しかも一番下にあるポーションはかなり前に取り寄せたものなので、そろそろ効力が弱まってきているものだから、聖水に変えるには好都合……
「……あれ、一番下って確か…………っ!?」
そして、気付いた。
自らの過ちに。
棚の一番下の箱……そこに入っているポーションは確か……!
「あ、アクア様! そのポーション開けるの少し待っ……!?」
しかし遅かった。
私が慌てて店の奥に滑り込んで、倉庫にいるアクア様にそう告げようとした瞬間、既にアクア様の手には開封したポーションが……
「アクア様っっっ!!」
そして私は、手を伸ばす。
「……どうしようこれ」
今、私の目の前にはかつて倉庫だった部屋の残骸がある。
アクア様が開けたポーションは、空気に触れると爆発するポーションだった。
当然、密閉されていたポーションの蓋を開封すれば爆発する代物だ。
何とか魔法が間に合って、アクア様は無傷に救出出来たが、倉庫自体は間に合わず、無残に木っ端微塵になってしまった。
因みにアクア様は恐怖のあまりか泣き出してしまったため、カズマさんに迎えに来てもらい帰ってもらった。
不幸中の幸いというべきか、効力が弱まってなければこの店丸ごと吹っ飛んでいただろう。
とりあえず被害が倉庫だけでよかった……けど、本当にどうしよう。
「う、うぅ……バニルさんに怒られる。というか近所の皆さんにも迷惑かけたし、大家さんにもお詫びしなきゃ……」
今私にできるのは、出来るだけこの瓦礫を片付ける事だ。
……もしかしたらバニルさんが帰って来る前に、証拠隠滅をすれば何とか…………
「あ」
「…………」
しかし神はそんな悪事を許さない。
気が付けばバニルさんが、店の外から中の残状を見て固まっていた。
「ち、違うんですバニルさん」
「何が違うのか分からないが、今度は一体何をした。あまり聞きたくもないが、一応言いわけを聞こうではないか」
――――そして私は彼に洗いざらい白状をした。
「……そうか、では今まで世話になったな。我輩は転職をする事にした」
「え、えぇ!? て、転職ってどこにですか!? ち、ちょっと待ってくださいバニルさん! 一人にしないでください!」
「えぇい放せ、我輩は気付いたのだ。汝の店で働くより、イリスに雇ってもらった方が良いとな」
「い、イリスって誰ですか? 本当に待ってくださいバニルさん! は、話を聞いてください!」
そうして、彼を説得するには一時間ばかり掛かったのであった。
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