とことん真面目に知波単学園 (玉ねぎ島)
しおりを挟む

1.後悔(前隊長の苦悩)

8月15日。

 

多くの日本人にとっては鎮魂・慰霊の日であり、1年のうちでも特別な日とされている。

それはとある学園艦においても同じ。

いや、チハ乗りの彼女達にすれば、より一層重みを持つ日であることは間違いないだろう。

 

正午。

 

「英霊に感謝と哀悼の意を捧げる。一同黙祷」

 

西隊長の言葉を合図として鎮魂のラッパが吹奏され、整然と並んだ隊員たちが皆首を垂れる。

 

「なおれ」

 

続いて玉田が英霊に謝辞を奉じる。

 

「先の大戦において、祖国の平和と発展、家族安泰を念じながら、戦場に散り、戦火に倒れ、あるいは戦後、異郷の地において還らぬ人となられたご英霊のご無念、苦しみを思うとき、尽きることのない悲痛な思いが胸にこみ上げてまいります」

 

「戦後、わが国は国民の皆さんの叡智とたゆまぬ努力により、荒廃の中から立ち上がり、平和で豊かな社会を築き上げて参りました。 しかし、現在私たちが享受しております平和と繁栄は、戦争によって図らずも命を落とされた方々の尊い犠牲に築かれていることを忘れてはなりません」

 

「ここに、新たに、過去の悲惨な戦争から学んだ教訓と平和の尊さを次の世代にしっかり伝え、この悲しい歴史を二度と繰り返さないことをお誓い申し上げます」

 

最後に細見が献花をし、知波単学園の追悼式は終了した。

 

毎年8月15日に知波単学園で行われている戦没者追悼式。

戦車道に関わる者としては大きな意味を持つ儀式であるが、第63回戦車道全国高校生大会の終了後に新たに隊長に就任した西絹代にとっては、殊今回の追悼式はいつもとは違う意味合いも持っていた。

 

~~~~~~~~

 

時は少し前にさかのぼる。

 

学園で行われた隊長交代式。

その数日前に、知波単学園は第63回戦車道全国高校生大会の1回戦で黒森峰女学園を相手に、惨敗という言葉も眩むような目の当てられない大敗を喫していた。

 

「なんとかの一つ覚えというか・・・」

 

「何も考えずに突撃とかバカなんじゃないの」

 

「無能ここに極まれみだよね」

 

数々の侮蔑の陰口がささやかれていた。

そうした言葉は知波単の隊員にも自然と耳に入る。当然気に障るものではあったが、かといってそれはいわば美意識の違いのようなもので、ほとんどの知波単の隊員にとってはそれほど心をかき乱すほどのものではなかった。

 

「辻隊長! 1年に渡る隊長のお務め、誠におつかれさまでございました!」

式後の歓談の席で、隊長に就任した西が前隊長である辻に声をかけていた。

 

「西もこれから大変だろうが宜しく頼む」

 

「はい!知波単伝統の突撃魂をより一層磨いていく所存であります!」

 

「・・・」

 

「突撃か・・・」

 

「はい!」

 

「・・・」

 

「・・・?」

 

「なあ、西・・・」

少しの沈黙の後、辻が言葉を繋ぐ。

 

「私はお前達に何を残せたのだろう・・・」

 

「はい!私は隊長が勇猛に突撃し散りゆく様を心に刻んでおります!」

西が即答する。

 

「それは隊長として正しい姿なのか?」

 

「???」

 

「私も隊長として知波単の伝統を継承する、磨いていくことが一番大事なことだと考えていた。他校から”つじーんの無能さ、無責任さにも程がある”と陰口をたたかれながらもな」

 

「そして知波単が突撃しないといけない理由も、背負っているものも理解しているつもりだ」

 

「しかし、黒森峰に惨敗を喫したあの戦いは私の・・・知波単が求める戦車道だったのか?」

 

「隊長は勇猛果敢に突撃し、立派に散っていったではありませんか!」

思わず西が大きな声をあげる。

その声に一旦座は静まるが、辻と西が沈黙を保っているうちに、またにぎやかな声が戻り始めた。

 

「貴様にも聞こえていただろう。あの戦いの後、我らの突撃を揶揄する言葉が飛び交っていたことを。戦車道の解説者もしたり顔で ”今の時代で突撃なんか時代錯誤も甚だしい。もっともそれが知波単名物の芸でもあるんですけどね” とか言ってたしな」

 

「Googleで”知波単”を検索すると、”無能” とか ”バカ” とか関連キーワードで出てくるくらいだ」

 

「グーグー?・・・というのはよく分かりませんが、しかし我々のやっている突撃はそんな軽いものではないというのが隊長の教えであったではありませんか。勝ったや負けたで語れるものではないはずです」

西の声がまた少し大きくなる。

 

「少し席を外そう」

辻は西を連れ立って外に出た。

 

「私自身への批判や誹りはいくらでも受けよう。しかし、結果的に私がやってきたことは知波単の名前を貶めるだけであった気がしてならない・・・」

 

その言葉の重さに西は言葉を継げないでいた。

 

「そして、それを後に続く貴様らに背負わせてしまった・・・」

 

「もちろん私は信念と誇りを持って自らの戦車道を邁進し、知波単の名を高めるべく努力してきたつもりだ。その思いは今以て一片の曇りもない。しかし、今現実で起きていることを考えたならば・・・」

 

「正直私には分からない・・・自分の歩んできた道が正しかったのか・・・」

 

それを聞いた西が、困惑の表情を大いに浮かべながら答えた。

 

「私は知波単魂とは勇猛果敢に突撃し立派に散っていくことだと教えられ、理解し、実践してきました。今になってその道が正しいのか分からないと言われても・・・私にはどうしてよいか分かりません」

 

「それはそうだな」

辻も自嘲気味に答える。

 

「ただ、貴様が隊長の任を引き継ぐ時に、私のように”何も後に残せなかったのではないか?”と後悔するようなことにはなってほしくないんだ」

 

「隊長がどう言われようと、私の中では辻隊長は尊敬すべき立派な隊長であることには変わりありません!」

 

「ありがとう・・・ おかげで少し救われた気がするよ」

 

「そろそろ席に戻ろう。皆が心配してもいけない」

辻が屋内に入ろうと歩き始める。

 

西は動けないでいた。

 

副隊長として辻を支えられなかったことを、その苦悩を分かろうとしなかったことを。

そして後悔と自責の念にかられたまま、辻の高校戦車道の道を終わらせてしまったことを。

正直なところ、西にとっては ”戦車に乗っておれば楽しい” という戦車道であった。

しかし、これから隊長としての任務を務めるにあたり、もちろんある程度の予想と覚悟はしていたが、これから来るであろう苦悩に恐れを感じた。

 

「隊長・・・申し訳ございません・・・」

西は嗚咽を止めることが出来なかった。

 

その後ろ姿を、執拗な後輩イジリに耐えかねて外に出てきた福田が見ていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.欠如(突撃の精神)

時を戻して8月15日の戦没者追悼式。

 

英霊への感謝と追悼の意を捧げながら、西は先日の辻との会話を思い出していた。

辻の無念を晴らすためには私が頑張るしかない・・・

 

しかし、どうすればいいかの答えは当然ながらすぐには出てこない。

一方で、また別の思いを西は持っていた。

 

「戦時中は当然戦車道も中断していた。今こうやって戦車道に打ち込めることって本当に幸せなんだな・・・」

 

時をさらに進める。

 

~~~~~~~~

 

「福ちゃん、かわいすぎ!」

 

大洗女子学園の校庭で、福田はバレー部チームの4人とバレーボールをしている。

いつもは凛々しい顔で ”根性だ!” が口癖の大洗女子学園バレー部キャプテン・磯辺が、珍しくウルウル顔で福田に声をかけた。

 

他のバレー部員も ”昭和の古き良き女子って感じね” とか ”ブルマって福ちゃんのためにあるようなもんね” と囃し立てる。

 

「もー、ブルマは知波単学園では立派な制服なんです!」

ふくれながら福田が答える。

もっとも福田が入学する直前まではちょうちんブルマだったらしいが・・・

 

とにかく小柄でおさげの福田が体操着+ブルマな姿は、見る人が見たら欲情を隠すのが難しいだろう。

 

しかし、バレーの技術はなかなかのもので、河西の鋭角に決まるアタックを拾うのはさすがに難しいが、近藤のサーブはなんとか食らいついて拾おうとしている。

 

「しぶといねー、福ちゃん」

福田が拾ったレシーブを磯辺がトスをしながら声をかける。

 

「うちの小学校、中学校は男は野球、女はバレーみたいな田舎の学校でした。私の身長じゃアタックを打たせてもらえないから、ひたすらレシーブの練習をしていたであります」

 

「よーし、ここらで一旦休憩しようか!」

磯辺が皆に声をかけた。

 

「いい汗かいたであります。アヒル殿とのバレーボールは楽しかったであります」

皆がスポーツドリンクを飲む中、福田はミネラル麦茶を飲んでいる。

 

「一緒に戦車で戦うのも楽しかったけど、コートでバレーボールを追いかけるのはまた違う楽しみがあるよね」

 

「ブロックをかいくぐりながらアタックを打つのは久々の快感だったな」

 

「四人だと相手サーブ→レシーブ→トス→アタックで終わりだもんね」

 

福田と同じ1年生とは思えない近藤、河西、佐々木も汗を拭いている。

 

「でもどうしたの?相談したいことがあるって。まあアタシらは福ちゃんと一緒にバレーが出来て楽しいんだけどね」

磯辺が本題にふれようとした。

 

大洗女子学園と大学選抜との一戦の後、知波単の面々はアヒルさんチームとの交流も深めていたのだが、3日前に福田から磯辺に「相談したいことがある」と少し思い詰めた声で電話があったのだった。

 

「戦車道についてであります」

 

「今後どうやって戦っていけばいいかってこと?」

 

「さようであります」

磯辺の質問に福田が答える。

 

「うーん・・・でも突撃も立派な戦術の1つだと思うけどね・・・」

 

磯辺は突撃を否定することもなかった。

親善試合、大学選抜との試合と2試合共に戦う中で思うところはあったのだろうが、知波単の敢闘精神は認めるところがあったのかもしれない。

同じように近藤、河西も続けた。

 

「私達も ”戦車なんかバーッと動かしてダーッと操作してドーンと撃てばいいんだから” から始まったしね」

 

「実際知波単の人達の練度はかなり高いと思うし」

 

「確かに知波単で戦車をやる以上、突撃は切っては離せないものではあります。でもやっぱり突撃だけじゃダメなんだとアヒル殿と一緒に戦って思い知らされたのであります」

何かしらの光明を見出せないかと福田も必死である。

 

「突撃以外の作戦って・・・正直私らも根性しかないもんなー」

 

「だいたいの作戦や指示とかは西住隊長がやってくれるしね。まあ殺人レシーブ作戦とか自分らで考えてやったことはあるけど」

 

「まあでも八九式だと正面からぶつかっても勝てっこないから、いろいろ考えないといけないというのはあるよね」

 

「西隊長は何か考えとかはないの?」

改めて磯辺が福田に質問する。

 

「西隊長は・・・」

 

福田が口ごもる。

そもそも隊長交代式の日に福田が見た西の嗚咽する姿が、今日ここに来ることになった理由なのだが、それは他校の選手に話す必要があるものではないだろう。

 

「いろいろお考え下さっているとは思いますが、まだ具体的には・・・」

 

「そうか・・・でもアタシらも突撃以外の作戦を何かと言われてもなかなかスッとは出てこないしね」

 

「作戦というよりかは、もしかしたらマインドのところかもしれないわね」

近藤が腕組みをした腕にその大きな胸を載せながら答える。

 

「マインド・・・精神のことですか?」

 

「ええ。もう少し具体的に言うと、突撃を敢行するためにも共通の意思統一が必要ということ」

 

「確かに名物の総突撃といいながら、個々の戦車が気に逸って結局バラバラに突撃していたようには見えたな」

 

「あと突撃の効果が何を狙ってのものかも必要よね。相手の弱いところを突くとか、側面をついて分断するとか」

 

「親善試合でカチューシャさんがⅣ号の盾になってる間にダージリンさんにやられた。あれも突撃みたいなもんだしね」

 

脳筋と称されることの多いバレー部チームらしからぬ意見が次々と出てくる。

痛いところをつかれた、又思うところがあったのか福田は沈黙せざるを得ない。

 

「同じ突撃をするにも心を一つに合わせて、誰かがやられても別の人が突破する。あとは根性ってことだな!」

うまくまとまっているような、まとまっていないような形で磯辺が締めた。

 

「突撃の精神すら私達は欠けてたのですね・・・」

 

「そんなに沈むことじゃないよ!知波単のみんなならきっとうまくいくよ!」

磯辺が力強い言葉をかける。

 

「そうです。バレーも2セット先取されても諦めなければ逆転できることもあります。初めから全てうまくいくわけじゃないですよ」

佐々木も明るい声で福田を励ます。

 

「じゃあ再開するよ、バレーボール!」

 

5人がコートを後にしたのは夕陽が沈む間際のことだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.伝統(知波単が背負ったもの)

「再来週の日曜に大洗女子学園と練習試合を行うことになった。ついては、どういった作戦で臨むべきか、皆の意見を聞きたい」

 

知波単の戦車道受講者は少なくない・・・というより多い。

よって全体教練は講堂で行っているのだが、それでも西の声はよく通る。

 

「どんな・・・といっても・・・」

 

「突撃しかないんじゃ・・・」

 

「それしか教わってないし・・・」

 

「それ以外やると怒られるし・・・」

 

作戦そのものの立案について全体教練で話題にすることは滅多にない・・・というより学年の上下関係が確立している知波単・・・いや、突撃以外の作戦立案が必要がなかった知波単としてはその機会はなかっただろう。

それだけに、西としては意図を説明し議論をリードする必要もあったのだろうが、彼女はそれが出来るほど器用ではなく、またそうした教育も受けてはこなかった。

 

「・・・」

 

戸惑う隊員が多い中、細見が挙手した。

 

「先の大洗での親善試合、そして大学選抜との一戦では非常に大きな戦果を挙げることが出来ました。突撃だけではない我が校の新境地とは思うのですが・・・ただあれを我が校だけで行うというのは・・・全く想像が出来ません」

 

西がようやく我が意を得たとばかりに言葉を繋ぐ。

 

「そうだ。先の2戦では突撃だけでは得ることが出来なかった戦果を挙げることが出来た! 私は隊長としてあの成果を、たまらなく高揚した気持ちを皆にも味わわせたい! だからそのために何が必要かを聞きたいのだ」

 

「・・・」

 

玉田が挙手し、恐る恐る尋ねる。

 

「突撃を捨てる・・・ということですか?」

 

「いや、捨てるわけではない!ただ、これまでやってきた突撃ではダメなんじゃないかということだ」

 

「突撃に・・・同じも違うもあるのでしょうか!!」

思わず玉田の声も大きくなる。

 

「そういう話ではない。大学選抜での玉田の戦果は素晴らしかったではないか。あれと同じことをやるためにどうすればよいかということだ」

 

「しかし私達は”必勝の信念堅く、規則至厳にして攻撃精神充溢せる戦車隊は、よく物質的威力を凌駕する”と教えられました。私共のチハで他校を上回るにはそうした信念がなければ成し得られないのではないですか!」

 

「・・・」

西も返す言葉に詰まり沈黙が流れる・・・

 

「(そうだよ、結局そうなんじゃないの?)」

 

「(今まで私達がやってきたのは何だったの?ということでもあるし・・・)」

 

重い空気が講堂に流れる。

 

「恐れながら申し上げます!」

福田が挙手し発言の許可を求めた。

 

「許可する」

 

「西隊長が仰るのは、戦果を挙げるためには突撃をするにも準備が必要ということではないでしょうか?」

 

「そして同じ突撃をやるにしてもやり方があります。1つは突撃の目的を明確に定めなければなりません。2つ目はその目的を達するためにより効果的な用兵・方法を選択する必要があります。3つ目は選択した方法を実行する上で、個々が血気に逸らず、意思を統一して一気に押し進む必要があります」

 

先のバレー部との話で得たことを福田は発した。

 

・・・しかし結果的にはこれは完全に逆効果だった。

 

「うるさい!福田!貴様立場をわきまえろ!」

 

「そんなことは貴様に言われずとも分かっておるわ!」

 

「そんなに言うなら貴様の言う突撃で黒森峰に勝ってみろ!」

 

知波単の隊員たちは”物質面での圧倒的な不利を無限の精神力で克服する”と叩き込まれ、それを実現すべく訓練に励んできた。

福田の発言はそれを否定するように聞こえてしまったのだろう。

また福田のいう3つのことなど当然理解している(実践出来ていたかはともかく)との思いもあったのかもしれない。

 

「・・・申し訳ございません、申し訳ございません・・・」

一気にヒートアップしてしまった空気の中で福田は首を垂れて謝罪するほかなかった。

 

ようやく加熱したものがおさまりを見せた頃、玉田が発言の許可を求めた。

 

「隊長も我が校が突撃しないといけない理由は分かっているはずです」

 

「・・・」

玉田が言おうとすることが西にも想像が出来るため、沈黙せざるを得ない。

 

「私達は、先の戦争で他国の圧倒的な戦力に対してチハで立ち向かわざるを得なかった戦車隊の無念を忘れぬよう、少しでも無念を晴らすよう、攻撃・防御・機動いずれも圧倒的に劣るチハで戦ってきました」

 

「そして彼らは国民の一縷の望みを背負って出撃致しました。敵うはずもない敵戦車を相手にしてです。国民の希望を背負っている以上、降伏することも逃げることも許されない。またそんなことをすれば帝国軍人の名を貶めることになる」

 

「攻撃・防御とも圧倒的に上回っている敵に正面きって砲撃戦を行うわけにもいかず、かといって砲弾も他の物資も不足している以上いつまでも持久戦が出来るわけでもない。となれば、突撃するしかなかった・・・」

 

「諸先輩方はそうした先人の思いを背負って突撃をしたのです。それを否定することは伝統を築いて下さった先輩方の思いも蔑ろにしてしまいます。それでは苦心と血と汗と涙を積み重ね卒業された先輩方に申し訳が立ちません」

 

「確かに先の大学選抜との戦いで、私は過分ともいえる戦果を挙げることが出来ました。しかし、だからといってこれまで先輩方が築いて下さった伝統を否定することは出来ません」

 

「・・・」

 

そこまで言われては西にも返す言葉はなかった・・・

さらに沈黙が流れる。

 

「分かった・・・では次の大洗との一戦では、不用意な突撃は慎むが、機を見て全軍で突撃を行うことにする」

 

「「「は!!」」」

 

非常に中途半端な、具体性のない結論で会議は終了せざるを得なかった。

 

講堂に西と福田が取り残された・・・

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.失意(混迷のチハ)

迎えた大洗女子学園との練習試合。

場所は大洗市内。大洗女子学園8輌に対し、知波単学園は15輌で挑む。

 

戦車の数だけでは倍近く有利であったが・・・ ”機を見て全軍で突撃を行う” という具体性のない作戦では勝機をつかめるはずもない。結果はやる前から見えていた。

知波単学園は大洗女子学園の1輌の戦車も撃破することが出来ず、一方知波単学園の戦車は1輌残らず撃破された。文字通り完膚なきまでに叩きのめされた。

 

「いつにも増して楽な試合だったね」

 

「まあ相手の作戦分かり切っているし」

 

「というか、突撃自体もなんか中途半端だったよね」

 

決して聞こえてきたわけではないが、西にはそうした声が突き刺さっているように感じた。

 

「西さん!」

 

「西住隊長!」

 

「今日はありがとうございました」

 

「こちらこそ、不甲斐ない戦いをしてしまい申し訳ありませんでした」

 

「・・・」

西の苦悩が分かるだけに、みほとしてもなかなかかける言葉が見つからない。

 

「いろいろと大変かと思いますが、これからも頑張って下さい」

 

「いろいろと変えないといけない、やらないといけないとは思ってはいるのですが・・・なかなかうまくいきません」

 

西が自嘲気味に、かといって困惑しているのを隠しきれない様子で返答する。

 

「西さん・・・」

 

「あの・・・うまく言えませんが、私も戦車道に行き詰まり、一度は戦車道から離れた人間です。それでも大洗に来て、私は仲間に出会い、そして私なりの戦車道を見つけることが出来ました。今は大変でしょうが、西さんにもそんな日が来ることを信じています」

 

「ありがとうございます」

西には自信なげに返すしかなかった。

 

「隊長の迷いが全体に感染してしまっていたな」

 

「麻子さん?」

 

いつのまにか冷泉麻子が2人の近くに来ていた。

 

「冷泉殿、本日は有難うございました」

 

「そんなお礼はどうでもいい。それより今日は突撃にもいつもの勢いがなかった。いろいろと考えないといけない状況、立場なのは分かるが、それでも周りを不安にさせない、迷いを生じさせないのが隊長の役目ではないのか?」

 

「迷いのある突撃ほど相手にしたら楽なことはない」

 

「面目次第もありません・・・」

西はうなだれるしかなかった。

 

「それよりも知波単も信念があってチハに乗っているんだろ?それに口を挟む権利は私にはないが、それでも今日の戦いじゃチハもかわいそうだ」

 

「・・・!!!」

 

「信念を持ってチハに乗っているにも関わらず、その信念が揺らいでいる。チハにしたら支えであったものが揺らぎ、低いスペックだけをさらけ出してしまったようなものだ・・・」

 

「同じ戦車乗りとして・・・戦車が泣いているのは見ててツライ」

 

「チハが・・・泣いていたでありますか・・・」

 

西の目にも涙が浮かんでいた。

 

「戦績ほどうち(大洗)も楽な戦いはしていない。それは戦車に乗ってる中の人間も同じだ。お互い平坦な道は歩んではいない。縁あって二度も同じチームで戦った間柄だ。次会う時には苦難を乗り越えているのを期待している」

 

「ありがとう・・・ございます・・・」

 

とうとう西の目から涙がこぼれ落ちた。

 

麻子の横でみほも大きく頷いている。

口下手なみほは直接伝えることが出来なかったのだが、麻子が伝えたことと同じ思いだったのだろう。

 

「ねえ! この後はどうするの?」

一緒にそばにいた武部沙織が明るい声で話しかけてきた。

 

「この後は・・・訓練を兼ねて大洗の海岸で野営するつもりです」

 

「そっか。よかったらみんなで一緒に食事でもしながら話をしようと思ったけど、じゃあまた今度だね!」

 

「お気遣い、有難うございます」

西はその明るい声になんとか自分を立て直すことができたことを感謝した。

 

「でも、その前にみんなで潮騒の湯ですね」

五十鈴華が口を挟む。

 

「あっ、そうか」

 

「親善試合の後のあの湯は心地よかったであります」

 

「やっと笑顔が戻ったね! じゃあ後で温泉でね」

あんこうチームの面々はそれぞれ西に挨拶をし、歩いて向こうに行き始めた。

西は沙織の明るさに改めて感謝するとともに、こうした一人一人の個性が大洗の強さを支えているのかもしれないなと思った。

 

「麻子があんなに話をするなんて珍しいね!」

歩きながら沙織が声をかけた。

 

「ああいう真っ直ぐな人は面倒な面もあるが・・・嫌いじゃない」

 

「そういえば風紀一筋のそど子さんとも仲がいいですしね」

 

「あれはまた別だ・・・」

 

~~潮騒の湯~~

 

知波単の面々は表情が一様に重かった。

前回はサウナを見るや絶好の鍛錬の場と意気込みサウナを占領していたが、今回はそうした余裕もなく湯に浸かるのが精一杯という感じだった。

 

中でも福田と玉田の落ち込みようは尋常ではなかった。

福田にしてみれば、先の全体教練からの忸怩たる思いはあっただろうし、それ以上に今回も隊長の西を助けられなかったとの思いが強かっただろう。

玉田にしてみても、突撃することを進言したものの結果は惨敗。というより、目指す突撃が出来なかったこと、福田と同じく西を支えられなかった思いが強かったに違いない。

 

「福ちゃん、大丈夫かな・・・」

 

福田の落ち込みようは、先日一緒にバレーをし、戦車道の話をしたバレー部の面々も声を掛けるのが憚られるほどだった。

 

「ちょっと、いいかな?」

西の近くにカエサルが寄ってきた。

 

「あなたは三突の・・・」

 

「カエサルだ」

 

「かえ???」

 

「この後はどうするんだ?」

 

「訓練も兼ねて、大洗の海岸で野営するつもりです」

 

「そっか・・・よかったら野営地に行ってもいいか?うちのチームはみんな歴史好きなんだ。あなたがたも戦史研究はしてるんだろ?こういう機会もなかなかないから、みんなも連れてじっくり話がしてみたい」

 

「はい!私も大洗の方と話が出来るものならしてみたいと思っていました」

 

先ほど麻子や沙織との話の中で、改めて大洗の面々に興味を持った西からすれば、来てもらえるなら断る理由はなかった。

なお、歴女チームは4人で一緒に住んでいるから、一晩くらい皆で家を空けるのは問題なかった。

それもあって、カエサルはバレー部の面々から様子を見てきてもらえないかと頼まれていたのだが・・・

 

「4人で来たよー」

 

陽もすっかり落ちて辺りが暗くなったころ、歴女チームが野営地にやってきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.発見(思いをともに)

惨敗後の知波単の野営陣地は重たい空気に包まれていたが、4人の来訪者が少しその淀みを流してくれた。

 

「カエサルだ。改めてよろしく」

 

「エルヴィンだ。車長と通信手をしている」

 

「私は砲手をしている左衛門佐だ」

 

「おりょうぜよ」

 

カエサルは長袖Tシャツにオーバーオール、エルヴィンは七分丈のデニムにミリタリージャケット、左衛門佐はスウェットにパーカー、おりょうは作務衣の上にカーディガンを羽織ってと、戦車道をしている時とはまた違う4人のリラックスした服装が、さらに空気を軽くしてくれた。

 

「お越し頂き有難うございます!隊長を務めております西であります。改めて宜しくお願い致します!」

 

「新チハの車長をしている玉田であります!本日は有難うございました」

 

「旧チハの車長をしている細見であります!」

 

「同じく旧チハの車長をしている池田であります!」

 

「九五式車長の福田であります!」

 

知波単のメンバーも挨拶を返す。

 

「ちょうど鍋が煮えたところであります。よろしければお召し上がり下さい」

 

西が4人に鍋をすすめる。

普段は白菜、大根、人参、長葱、舞茸、水菜といった野菜鍋がほとんどなのだが、少し前にプラウダ高校から鱈が届いたため遠征先に持ってきており、知波単にしては珍しく見栄えのする中身になっていた。

 

「うん、頂くとしよう」

カエサルが答え、ちょうど歴女チームと知波単の面々が向き合うような形で席についた。

 

「みんな、本日はおつかれだった。非常に残念な結果ではあったが、それでも我々は前を向いていくしかない! ささやかではあるが英気を養ってくれ。なおこの鱈は先日プラウダ高校から頂いたものだ。心して食すように!」

 

「では合掌! いただきます!」

 

「いただきます!」

 

西の言葉の後、玉田の掛け声で夕食が始まった。

普段は野菜が大半の献立だが、久々に魚が加わったことで惨敗の後であったが自然と明るい声があがっている。

 

「なかなかいい味だ。体に染み込んでいく感じがいい」

エルヴィンがその美味さに素直に感心する。

 

「大学選抜との試合の後、他の高校とも交流があるんだな」

 

「ええ。他校にも認められたような感じで非常にうれしいのですが、それだけに本日の試合は不甲斐ないものでした。大洗の皆さんには申し訳なかったです」

 

「何も謝るようなことじゃないよ。それに知波単のみんなは大洗女子学園の廃校の危機を救ってくれた恩人だ。こちらとしては感謝こそすれ、謝罪されるいわれは何もないよ」

 

「うむ」

 

「その通りだ」

 

「ぜよ」

 

カエサルの言葉に同意を連ねた歴女チームの反応は、西はじめ知波単の面々には思いもよらぬことだった。

 

「ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます!」

 

「・・・!」

 

それまで突撃して美しく散ることが全て・・・いわば自己で完結していた知波単の戦車隊にとっては、他校にこのような形で感謝の意を表されることはほとんどなかったであろう。

 

「正直、私達にとってもあの試合は夢のようで・・・なぜあのようなことが出来たのかが今以て分からないのであります」

 

そう答えた玉田以外の知波単の面々も同じ思いであった。チハで3輌を撃破した大学選抜との試合。それが知波単に備わっていたものであれば、今回の練習試合で1輌も撃破出来ずに全滅したということはなかっただろう。なんであのように撃破出来たのかが分からない故に今日の憂き目である。

 

しかし、カエサルはそれを否定するかのようにあっさりと言った。

 

「腕と技術と胆力がなきゃ何も成し得ていないよ。それだけの実力があったということだ」

 

「努力の前に成功が来るのは、辞書の中だけである」

 

「戦車道にまぐれなし!あるのは実力のみ!ぜよ」

 

「「「それだ!」」」

 

歴女チームの言葉に、知波単の面々は高揚を隠せない。

これまでの自己完結型の戦車道では決して味わえなかった、そして自分達が弱いことを自嘲していたものの忸怩たる思いがあったが、そうではなく実力を認められた感動を、皆噛みしめているようだった。

 

「ありがとうございます!今日、大洗の方たちとお話をして確信しました!隊員全員がそれぞれ個性を発揮し、そして他の隊員のことを思えるからこそ強いのだと!」

 

そう答えた西以外の知波単の面々も同じ気持ちなのだろう。皆力強く頷いていた。

 

「まあ隊長殿がそういう人だからな」

 

「みんなで勝つのが西住さんの西住流だから」

 

「うむ」

 

「突撃しかなかった我が校の批判は聞こえてきていましたし、皆さんと一緒に戦ったことで、突撃だけではダメなのではないかと迷っていました。しかし、我々の突撃はまだまだ革新の余地があると確信しています!」

 

すべきことが何か具体的に定まったわけではないのだろうが、西の表情や言葉はそれまでとは明らかに違っていた。

カエサルはバレー部チームから福田の様子を見てくるよう頼まれていたが、福田もその表情には活気が戻っている。どうやら悪い報告をせずに済みそうである。

 

「革新を確信しているか・・・いいことだ」

 

「龍馬も ”世の人は我を何とも言わば言え、我が成すべきことは我のみぞ知る” と言っているぜよ」

 

「次の試合が楽しみだな・・・ところで・・・」

 

「偶然なんだろうが(偶然です!)、そちらのチームには帝国陸軍の戦車隊の歴戦の勇者達が揃っているな」

 

「確かにそうだな・・・」

 

エルヴィンが変えた話題にカエサルが乗った。

 

「西隊長殿は日本人で唯一の馬術金メダリスト、西竹一大佐」

 

「池田殿は占守島の防衛戦で活躍した池田末男大佐」

 

「細見殿は軍神・西住小次郎の上官だった細見惟雄中将」

 

「玉田殿は世界史上初の戦車部隊による夜撃を決行した玉田美郎中将」

 

「福田殿・・・は特にないか・・・」

 

「たわけ!福田殿は『竜馬がゆく』の生みの親、司馬遼太郎先生であるぞ!」

おりょうとしては、ここはツッコミを入れないわけにはいかない。

 

「よし、ここからは伝説となった先人の話で盛り上がろうじゃないか!」

 

「こっからが本題だな!」

 

左衛門佐も乗ってきた。

 

夕食の鍋も一段落し、知波単の隊員は各々のテントに入る者も多くなってきたが、9人が座るテーブルは話が終わるのはまだまだ先になりそうである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.先人(民族の防波堤たらん)

「まずは西大佐だな。なんといっても硫黄島の戦い・・・」

 

「想像しただけでも涙が出るぜよ」

 

「生きて再び祖国の地を踏むことなきものと覚悟せよ!」

 

「日本が戦に敗れたりと言えど、いつの日か国民が、諸君等の勲功を称え、諸君等の霊に涙し黙祷を捧げる日が必ずや来るであろう!安んじて国に殉ずるべし!」

 

エルヴィンと左衛門佐が映画の台詞を口にする。

玉田と池田も続く。

 

「我々の子供らが日本で一日でも長く安泰に暮らせるなら、我々がこの島を守る一日には意味があるのです!」

 

「予は常に諸子の先頭に在り!」

 

「東京の南約1,080㎞、グアムの北約1,130㎞に位置する太平洋の孤島で、援軍も頼めない戦い・・・十中八九戦死するしかない状況で1ヶ月以上に渡る防衛戦・・・それを支えた精神とはいかなるものであったか・・・とても想像が及びません」

 

「結果として守備隊の95%以上が戦死したわけですからね・・・日ごと戦友が戦死し明日は我が身かと考える夜は・・・布団の中で安心して明日を迎えられる幸せを感じるであります」

 

西と福田も感想を述べた。

 

「山岡荘八が ”海軍が砲撃を我慢してたらもっと損害を与えられていたのに” とえらく悔しがっていたな」

 

「詳しいんだな。左衛門佐」

 

「『小説・太平洋戦争』は中学1年の時に読んだからな。印象が強い」

福田も続く。

 

「『小説・太平洋戦争』は私も中学の時に読みました。”天皇は国民統治の象徴、でもってバリバリ自由主義寄りの条文なのに、なんで社会主義をかかげる政党が憲法守れとか言ってるんだ?”みたいなことを言ってたのを覚えています」

 

「(・・・バリバリとか使うんだ、福ちゃん)」

 

「(多分民〇党は嫌いなんだろうな、福ちゃん)」

 

「でも結局硫黄島ではチハは戦車としての活用はなく砲台として使われていたんだろ?馬術の金メダリストとしては、騎兵隊とはいわずとも縦横に駆け巡る戦車隊を率いてもらいたかったなというのはあるな・・・」

 

「それらも含めて西大佐、そしてチハの運命だったということでしょう。そして我々はそうした先人の思いを忘れぬことがなきよう、チハと一緒に戦っています」

 

エルヴィンの話を受けて、玉田がその顔には似つかわしくない?運命論者のような話を返した。

 

「「「「ああ・・・やはりそういうことか・・・」」」」

 

歴女チームの4人は、当然「先人の思い」ということについては他の人よりも格段に感度が高い。彼女らに ”なんでもっといい戦車を導入しないのか?” というのは無粋以外のなにものでもないんだろうなと4人とも即座に理解した。

 

「一方、占守島ではチハは戦車として大活躍をしているな」

 

「何年か前に占守島で”今にも動きそうなチハ”が見つかって話題になっていた」

 

「 ”戦車隊の神様” 池田末男大佐が率いる陸軍戦車第11連隊だな。その精神は今も、北海道に駐屯する第11戦車大隊に受け継がれている」

 

「陸軍戦車学校時代の教え子に司馬遼太郎先生がいたようだな。Wikipediaによると ”司馬は池田から大いに薫陶を受けた” らしいぜよ」

 

「うちの池田は・・・福田にとってはそんな存在ではないな!」

 

「そんなことはありません!池田先輩は立派な先輩であります!」

 

「そういう空気を読まない煽りを入れるもんじゃない、細見」

 

細見の軽口を、空気を読めないことに定評がある西がたしなめる。

 

「池田大佐といえば出撃前に言った ”諸氏はいま赤穂浪士となり、恥を忍んでも将来に仇を報ぜんとするか?あるいは白虎隊となり、玉砕もって民族の防波堤となり後世の歴史に問わんとするか?赤穂浪士たらんとする者は、一歩前に出よ!白虎隊たらんとする者は手を挙げよ!” だな。白虎隊というのがいかにも深い」

 

「はい、左衛門佐殿。白虎隊は敗れた会津藩の部隊です。一方赤穂浪士は結果として仇討ちには成功しております。本来なら敗戦した部隊たろうとするのはおかしな話です。

そして時の大日本帝国は既に無条件降伏をしていました。仮に彼らが戦勝したとしても、戦局に影響を与えることはありません。

しかも、彼らは一先ずの安穏な生活を半ば手に入れた状態でした。であれば”生きてこそ国に奉じ得る”と考えて当然です。しかしそれでも・・・」

 

「白虎隊となり、民族の防波堤になり得んとした・・・その精神に感嘆するしかないな」

 

左衛門佐と西は、会話を交わしながら「自分なら同じ状況で白虎隊となり得ただろうか?(いやそうではあるまい)」との反語をかみしめていたであろう。

 

そして実際の占守島の戦いは、日本側の死傷者が数百、ソ連側の死傷者が2~3千と日本が半ば勝利したものの、西の言う”戦勝したとしても、戦局に影響を与えることはない”との言葉通り、勝った側が降伏し武装解除される憂き目に遭い、そして不当にシベリアへ抑留されるというものである。

 

「白虎隊といえば少し話は違うが・・・」

おりょうが続ける。

 

「靖国神社には時の明治政府の敵、いわば賊軍であった会津藩を含めた幕府軍は祀られていない。実際に靖国神社にも行ったが反乱者のような扱いだった。

池田大佐は愛知県の豊橋出身で幕末時には佐幕色が強い地域ではあったが、それでも戊辰戦争後80年足らずの後に、民族の防波堤の象徴として白虎隊を挙げ、皆がそうあろうと奮い立ったのは感慨深いものがあるぜよ」

 

「なんにせよ、白虎隊たろうとした彼らの存在がなければ、北海道もやられていたかもしれないな」

 

「チハ乗りとして以前に・・・日本人として!感謝と哀悼を表さざるを得ません!」

 

カエサルの言葉に、それまで聞き役がほとんどであった池田が力強く答えた。

歴女チームから先人の話を聞いたからだろうか。明らかに池田の表情にも変化が表れている。

 

そして話は続く・・・



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.慟哭(後悔と原点)

※今回は特に著者の思想のようなものが一部濃く出ていますがご了承下さい。


「しかし・・・一応は女子高生である自分らがする話でもないんだろうが・・・誰もが戦争なんかしたくないと思っているのにそれは起きてしまう・・・

で、一旦事が起きればどちらかが敗戦国となり奪われる。もちろん戦勝国も無傷で勝てるわけじゃない・・・難しいものだな・・・」

 

自らが言うように女子高生らしからぬセリフをエルヴィンは口にした。

 

「カエサルが ”賽は投げられた” とルビコン川を渡ったのが紀元前49年だ。死者数などの記録が残る歴史上最古の戦いであるメギドの戦いが紀元前15世紀。

直接的には関係ないが、哲学の祖であるソクラテスが ”無知の知” を説いたのが紀元前400年代、釈迦が仏教を開いたのも紀元前5世紀頃と言われている。イエスが教えを説いたのが約2000年前、ムハンマドがアッラーフの啓示を受けたというのが西暦610年頃の話だ。

有史は正に戦争の歴史と言えるかもしれない」

 

カエサルがこれまた女子高生らしからぬ知識を披露する。

おりょうも続く。

 

「江戸幕府第15代将軍徳川慶喜が政権返上を明治天皇に奏上したのが1867年。それから30年を待たず1894年に日清戦争が勃発、そして日露戦争が1904年。列強の野心が蠢く中よく耐えたもんぜよ」

 

そして西も続けた。

 

「21世紀になっても軍事的野心を隠そうともしないアメリカ、ロシア、中国の3ヶ国に挟まれた日本が、おりょう殿の言うように、列強の時代に戦争に巻き込まれたとしてもやむを得なかったのかもしれません」

 

「西隊長が仰るように先の戦争に突入した日本は非常に難しい立場にあったと思います。日本への最後通牒とされるハル・ノートを仮に当時の大日本帝国が受け入れたとしても、列強はさらに日本の力を削ぐべく、というより日本を戦争に巻き込むべく挑発を続けたのではないでしょうか。列強の意のままに従っていたとしても噛み殺されていたと思います」

 

「そして日本自身も非常に難しい状況でした。列強に挟まれて軍事費が突出、高橋財政の頃には既にロンドン市場で日本国債はジャンク債扱いでした。1944年度末において国の債務残高は国内所得の260%を超えており、敗戦を待つまでもなく日本経済は破綻していたとも言えるでしょう」

 

「1945年に無条件降伏するに至ったわけですが、いつ降伏するかも非常に難しかったと思います。戦局が絶望的となった1944年に仮に降伏していたとしても、先の玉田の話の通り、連合国は日本の国力を削ぐべく多大な賠償金を要求し、さらには国体も護持出来ていなかったやもしれません。かといってあれ以上戦争を継続していたら米露にさらに蝕まれていたでしょう。」

 

「「「「凄いな・・・この子ら・・・」」」」

 

「「「「ただの突撃脳じゃなかったんだ・・・」」」」

 

玉田、細見、池田の見識に4人は驚くばかりだった。

 

「本当に・・・無念だったと思うんです・・・国民の一縷の望みを背負いながら・・・普通に考えたらとても勝てそうにない相手と戦うというのは」

西がしみじみと言った。

 

「1938年に国家総動員法が成立、1944年には女子挺身勤労令発令が施行、既に戦車道は行われていない状況でしたが、これで完全に道は途絶えました。それまで自らの戦車道を進むため戦車を整備していた女性の手は、国家のために敵兵を駆逐・撃退するための兵器を造る、整備するための手となりました」

 

「しかし1944年には戦局は絶望的な状況となりつつありました。6月にマリアナ沖海戦に敗れ、7月にはサイパン島陥落、10月には神風特別攻撃隊が編成されます。11月にはマリアナ諸島からのB29によって東京が空襲を受けています」

 

「また太平洋戦争において日本商船隊は文字通り壊滅しました。損耗率は43%にのぼり、これは軍人の倍以上の割合です。6万余人の戦没船員のうち6割が30歳未満でした。これは船員の犠牲をカバーするため、短期で大量の船員養成が行われたことなどによります。」

 

さらに西は続ける。

 

「そして1944年以降は軍人の損失も膨大であったため、若年で、訓練もそれほど受けていない兵ばかりが投入されていきます。訓練もさほど受けられず未熟なまま、兵力・物量とも圧倒的な差のある敵と対峙しなければならない・・・」

 

「それでも彼らは国の命運を背負った兵達です。国を、家族を守るために何が出来るか・・・相手との戦力差を考えれば、まともに戦ったところでとても倒せる相手じゃない。軍の命令はあったにせよ、突撃・特攻という手段に至ったのは仕方がないことかもしれません」

 

「・・・というより戦局が悪化した後は、どこの戦場も ”一人十殺” が合言葉となりますが・・・まともな武器もないのにこんなの作戦でもなんでもないですよね・・・でもそれを掲げざるを得なかった・・・」

 

「国民の希望を背負っている以上、降伏することも、逃げ出すことも出来ないわけですし、それをしてしまっては国や故郷、家族を守れる者はどこにもない・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

西自身は比較的淡々と話をしていたが、それを聞いている玉田、細見、池田、福田の目は涙が溢れんばかりだった。

歴女チームの4人も、いつもの感じで口を挟める状況ではない。

 

「そして1945年になると、日本全国の都市が大規模な空襲に見舞われます。昨日工場で働いていたあの娘は、今日にはもうこの世からいなくなっていたかもしれない・・・」

 

「我々のチハも、お国のために戦車道を諦めたあの娘が・・・あの娘が工場で造った砲弾や部品が戦場に・・・ということがあったのかも・・・そしてそんなあの娘もチハの砲弾を造った日の翌日には・・・」

 

「・・・」

 

「・・・いなく・・・なって??・・・」

 

「・・・!!!」

 

西の動きが止まった。

そしてワナワナと震え始める・・・

 

「に、西殿・・・?」

 

「隊長・・・」

 

「西隊長・・・」

 

福田は以前にも似たような西の姿を見た記憶があった。

そう、副隊長として隊長の辻を支えられなかった悔恨で嗚咽した、隊長交代式の夜のこと。

しかし、その時の記憶と今の西の姿は、似ているようで全く違うように思えた。

 

西以外の8人も動きが止まってしまっている。

 

「わ、私は・・・」

 

「・・・」

 

「・・・踏みにじっていたのだ・・・」

 

西が声を絞り出す。

 

「踏みにじっていたのだ!! 突撃をした兵のことも!! 勝利を信じて我慢を重ねた人のことも!! 戦車道を諦めたあの娘のことも!!」

 

「しかもそれが私達と同じ年、いや私達より年下の子も多かったんだぞ!! これがどういうことか分かるか!?」

 

「その子らは ”美しく散ってくれ” と兵を送り、武器を作っていたのか!? 兵達は ”美しく散ろう” と突撃したのか!? 違うだろ!!」

 

「無事と武運を祈り、国の勝利を信じ、一縷の望みを託していたはずだ!! そして国や家族をなんとか守ろう、最後の最後まで戦おうとしていたはずだ!!」

 

「それなのに!・・・それなのに!・・・私のやっていたことといえば・・・」

 

「・・・こんなことが・・・許されて・・・」

 

「・・・」

 

「うおおぉぉぉぉーーーーー!!!」

 

西は耐えきれずに慟哭した。

 

「・・・」

 

「西隊長・・・」

 

西に声を掛けようとした福田をカエサルが手で制した。

幸いにも知波単の多くの隊員がテントに入り思い思いに話をしていたせいか、様子をうかがいにテントから出てきた者もほとんどいなかった。

 

「・・・クッ・・・クッ・・・」

西はまだ嗚咽を止められないでいる。

 

「・・・」

 

「西殿・・・」

頃合いを見てカエサルが声を掛ける。

 

「申し訳ございません。取り乱してしまいまして・・・」

ようやく西も落ち着きを取り戻しつつある。

 

「隊長を務める以上、苦悩からは逃れられない」

 

「はい」

 

「西殿が優秀な戦車乗りなのは我々が保証する。そして西殿には信頼できる仲間・部下がいる」

 

「はい」

 

「迷いはあるだろうが、自分や仲間を信じれなくなったら終わりだ」

 

「はい」

 

「人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もあるぜよ」

おりょうが龍馬の言葉を持ち出した。

 

「人の一生は、重荷を負うて遠き道をゆくがごとし。急ぐべからず」

 

「それは戦車道にとって必要なことだ」

 

「「「それだ!」」」

 

知波単の面々も皆立ち上がっていた。

 

「西隊長!不肖細見も精一杯支援いたします!」

 

「玉田も同じであります!」

 

「池田もです!」

 

「微力ながら福田も精一杯お支え申し上げます!」

 

「みんな!有難う!正直私に何が出来るか分からない・・・ただこれだけは言える! 私達は託されたものを投げ出しちゃいけない!! 最後の最後まで胸に刻んで前進しないといけないのだ!!」

 

「「「「はい!」」」」

 

「カエサルさん、エルヴィンさん、左衛門佐さん、おりょうさん、今日は本当に有難うございました!」

 

「礼には及ばないよ」

 

「ぜよ」

 

「何人か出てきちゃったな。少し歩こうか・・・」

エルヴィンが声を掛ける。

 

「かしこまりました」

 

「私らはここを片付けておきます」

玉田が西に先に行くように促した。

 

「福田、お前は西隊長と一緒に行ってこい」

 

「え?でも・・・」

 

「私らは3人で話したいのだ。だから行ってこい」

玉田が福田にも行くよう命じた。

 

「承知しました。ではお願い致します」

 

~~~~~~~~

 

「左衛門佐殿、幸村は夏の陣をどのような思いで戦ったのでしょうか?」

西が歩きながら尋ねた。

 

「そうだな。状況が状況だから ”勝てる” とは思っていなかっただろうけど、最後の最後まで ”勝とう” とはしていたはずだ」

 

「やはりそういうことですよね・・・少し見えてきた気がします」

 

「変えることには批判もあるかもしれない。また周りの人からしたら ”ほとんど変わっていない” とか ”最初からやっとけよ” というのもあるかもしれない。でも周りから見えているものと、西殿がつかんだものとはまるで違うはずだ」

 

「有難うございます、エルヴィン殿」

 

「福ちゃん、バレー部の子らが心配してたから、明日にでも磯辺さんに連絡しておいてあげて」

 

「かしこまりました、カエサル殿」

 

バレー部から託っていたもののなかなかタイミングがなかったが、カエサルもようやくそれを伝えることが出来た。

 

「しかし、玉田殿や細見殿や池田殿もあれだけ高い見識を持っているとは正直思わなかった。かみ合えばもの凄い力になりそうだね」

カエサルが素直に感嘆したことを西に伝える。

 

「はい。福田もそうですが彼女らは情報を収集することに長けています。逆にそこは私の特に弱いところです。もっとも私は弱いとこだらけですが・・・」

 

「タイプは全く違うが、劉邦のように周りが何かしてあげたくなる人なのかもしれないな、西殿は。私も真っ直ぐな西殿を見てたらそう思うし、その真っ直ぐさが羨ましいぜよ」

 

「真っ直ぐかは分かりませんが、突撃を売りでやってます!」

 

「「「「www」」」」

 

「西殿、ありがとう。今日は我々にとっても非常に意義のある日だった。またゆっくり話をしよう」

 

カエサルが足を止めて別れの言葉を言った。

 

「はい! こちらこそお礼を言わせて頂きたいです! 皆さん今日は本当に有難うございました」

 

「有難うございました! 皆様おやすみなさいませ!」

 

「福ちゃん、お腹冷やして寝るなよ!」

 

「心配ご無用であります!」

 

4人が見えなくなるまで西と福田は手を振ってお別れした。

 

「明日からだな・・・福田」

 

「はい! 頑張りましょう!」

 

「福田、寝る時には腹を冷やすなよ」

 

「・・・」

 

福田に軽口を叩きながら、西は学園に戻ったら真っ先に話をしないといけないであろう相手のことを思っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.決意(消えた迷い)

大洗女子学園との練習試合の2日後、西は学園艦内の内線電話を取っていた。

 

「分かった。では13時に局長室でいいか?」

 

「かしこまりました。お忙しいところ恐れ入りますが、宜しくお願いします」

 

西は総務局長室の内線に連絡をし、前隊長である辻に面談の約束を取り付けたのだった。

 

余談ではあるが、知波単の学園運営は一般的な生徒会を軸とした運営形態はとっておらず、学園長の直轄組織として、人事局、総務局、経理局、医務局、教育局、調度局、船務曲、艦政局といった局が連なる形が取られ、運営の意思決定は各局長の局長会議を以て行われている。

 

その中で総務局は戦車隊の代表者が局長を務めるのが伝統となっており、隊長の座からは退いたものの依然前隊長である辻が局長の任に就いていた。

 

総務局の所掌事務は「庶務・制規」が主で、他戦車道に関わるところの大半を担っていたのだが、学園艦の運航や整備等を担う艦政局、学園艦内の規律や庶務を担う船務局のいわゆる「海局」とそれ以外の「陸局」との対立はもはや伝統の域に達しており、特に総務局と船務局との確執は溝を埋めようがない状態であった。

 

さらに言えば、特に辻は独断で進めることが多いため各局からはかなり嫌われており、独断で新型戦車を投入しようとしたものの、経理局や調度局などの他局から猛反発を食らい断念せざるを得なかったということもあった。

そして辻自身も戦車隊の隊長よりかは総務局長として辣腕を振るう方が性に合っているようで、明らかに隊長職よりも総務局長としての任務に重きを置いていた感があった。

もっとも、これは辻の代に限った話ではなく、隊長は必ず総務局長を兼任する決まりがあるわけではないのだが、総務局長が実質戦車道の運営の主体者である以上、隊長は総務局長を兼ねるべきとの暗黙の了解があった。

 

実際問題として、戦車隊の隊長が総務局長を兼ねることはかなり無理があって、西が知波単の戦車道の変革を進めるつもりなら、こういったあたりの見直しも必要となる可能性が高いが、それはまだ西の考えが及ぶところではない。

 

~~~~~~~~

 

「局長、西であります!」

 

「入れ」

 

西が12時59分30秒に局長室のドアをノックした。

 

「失礼します」

 

辻が西に席を促し、西も着席した。

 

「大洗との試合は大変だったようだな」

 

「はい。目を覆わんばかりの惨敗でしたが・・・非常に得るものも多くございました」

 

「練習試合の報告だけなら報告書を出しておけばよいものを」

 

「いえ、直接お話したいことがあってお時間を頂きました」

 

辻は、西の生真面目さがそのようにしたと思っていたが、西は報告とは違う決意を秘めていた。

 

「さっそく聞こう」

 

「はい。私は・・・今の知波単の突撃を変えようと思っています・・・」

言葉の切り出しに少し迷いはあったが西は一気に言い切った。

 

「うむ。そのことには異論はないが、何をどうするかは定まっているのか?」

 

「はい・・・そのためには・・・これまでの突撃を否定するところから始めないといけません」

 

「・・・!!!」

 

「否定とは穏やかではないな・・・どういうことだ?」

一瞬たじろいだが、辻は務めて冷静を装って言った。

 

「はい・・・これまでの突撃には・・・何も背負ったものがございませんでした。言うなれば自己満足のために行っていたようなものです」

 

知波単の伝統を、先人の思いを背負った自負のあった辻にとっては、さすがにこの言葉は聞き捨て出来ないものであった。

 

「貴様!・・・立場を分かっているのか!? 確かに貴様自身が後悔することのないようにとは言った。しかし、私を・・・伝統を蔑むような発言は許せんぞ!!」

 

辻の怒りは当然西も予想したものだった。

前もって用意していた質問を辻にぶつける。

 

「では・・・辻隊長はどのような思いで突撃されていたのでしょうか?」

 

「知れたこと。”必勝の信念堅く、規則至厳にして攻撃精神充溢せる戦車隊は、よく物質的威力を凌駕する”ということだ。物質面での圧倒的な不利を克服するのは無限の精神力しかない。そして、そうすることが先人への手向けであり、伝統を守るということだ」

 

「これのどこに・・・否定の余地がある!!」

 

「では・・・先人はどのような思いで突撃をしていたのでしょうか?」

 

「大和民族として・・・国民の一縷の望みを背負っている以上、相手が誰であろうと逃げることは許されない!! せめて・・・名を貶めぬよう潔く突撃し散華するということではないのか!!」

 

「本当にそう思っていたのでしょうか?」

 

「なんだと!!」

 

「兵達は国や家族をなんとか守ろう、防波堤たらんとして最後の最後まで諦めずに戦おうとしていたはずです。そして、銃後は無事と武運を祈り、国の勝利を信じ、一縷の望みを託していたはずです。散華することは誰も望んでいなかったことではないでしょうか」

 

「・・・!!!」

 

辻も聡明な人物ではある。西が何を言わんとしているかは、なんとなくでも理解は出来たものの、しかし自身が否定されて燃え上がった怒りをそれで沈められるほど大人ではなかった。

 

「ええい! うるさい!! 貴様、大学選抜との試合で戦果が挙がったからといっていい気になるなよ!!」

 

「いい気になぞなってはいません! むしろあの一戦で私の苦悩は深まるばかりでした。指揮官が違うだけであれだけ戦果が異なるわけですから・・・」

 

「・・・」

 

確かに西の言う通りである。隊長としてその差を見せつけられた思いは如何ほどであったか・・・辻もようやく怒りを納めることが出来た。

 

「もうよい、貴様に話すことはもうない」

 

「かしこまりました」

 

「いや、あと一つ。来月にはあじさい会(あじさいは習志野のシンボルの花で知波単のOG会のこと)との会合があるが、その場でも同じことを言うのか?」

 

「教練を見に来るわけでもない先輩方に一々言う必要もないことでしょう。私自身突撃を捨てるつもりはないですし」

 

「では、なぜ私には言ってきたのだ?」

 

「・・・言うなれば私自身の決意表明なんでしょうが・・・ただ辻隊長にはお伝えしないといけないと思っていました。そして・・・私自身辻隊長が苦しんでおられるのを副隊長として支えられなかった後悔があります。先ほど否定すると言いましたが、私が辻隊長の薫陶を受けてここまで来られたことには変わりありません」

 

「私自身が為すべきことを達成できた時、辻隊長の教えが間違っていなかったことを証明出来るものだとも思っています」

 

西は真っ直ぐに辻を見ながら言った。

 

「・・・」

 

「もうよい、下がってよい」

 

「かしこまりました。失礼します」

 

~~~~~~~~

 

「ふーー・・・」

 

西が出ていき1人となった局長室で、辻は大きなため息をついた。

 

「(あんな物言いをする奴だったか? 生真面目だがおどおどしてなかなか自分の考えを言えなかった奴が・・・一方で必要ないと切って捨てることもいとわない・・・)」

 

「(試合に勝つとは・・・それほど人を変えるものなのか・・・)」

 

辻は西の苦悩を思うとともに、羨ましくも思った。

 

同じころ西も歩きながら大きなため息をついていた。

 

「(これで後は前に進むのみだ。あとは・・・)」

 

本日の戦車道の教練は16時からであったが、昨日学園艦への帰途で玉田らから少し思い詰めた感じで”学園艦に戻ったらお話ししたいことがあります”と言われていた。

その約束は15時からを予定している。

 

「(悪い話じゃなければいいのだが・・・)」

そう思いつつ、西は教練の準備を再開した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.想像(これから歩む未来)

14時59分30秒、玉田は隊長室のドアをノックした。

 

「入れ」

先ほどとは逆に、今度は西が玉田を部屋に招き入れ、着席を促した。

 

「失礼します」

 

「・・・」

 

玉田はいつもと変わらずこちらに視線を真っ直ぐに向けている。

その表情からはいつもと違うものを感じ取ることは出来ない。

 

「先日の大洗との練習試合ではいろいろとご苦労であったな」

 

「いえ、こちらこそ隊長のお話には感銘致しました」

玉田の返答に多少のぎこちなさはあるものの、あの日の夜のことについては悪い印象は持っていなさそうだ。

 

「ところで話というのはなんだ?」

 

「・・・実は・・・しばらくお暇を頂きたいと思っております」

 

「・・・」

不意の申出に西の動きも止まるが、なんとか平静を装って尋ねた。

 

「なんだ?? 藪から棒に・・・認容出来るものではないが、一先ず訳を聞こうか」

 

「はい・・・私自身もこれまでやってきた戦車道に全く自信が持てない状況であります・・・このまま知波単で戦車道をしていていいものかと・・・」

 

「大学選抜との試合で2両パーシングを撃破した人間が言う台詞とは思えないな」

 

「確かに大学選抜との試合では2両を撃破することが出来ましたが、あくまで福田の策と、大洗チームの策によるものです。その場面がたまたま私にめぐってきただけで、私自身の実力ではありません」

 

「その証拠に、先の大洗との試合では為すすべもなく撃破されてしまいました・・・そして先の親善試合と大学選抜との試合で、私は何度も隊長の指示に従わない行動をとってしまっています」

 

「・・・」

西にもその時の様子が浮かんだのだろう。別にそれを咎めるつもりもなかったのだが、問題がある行動であったのは間違いない。

 

「私も・・・西隊長を支えたい気持ちは人一倍ありますが・・・ただそれは福田とかもっと適任者がいるように思えまして・・・私自身がやってきたことが、これから先の知波単で生きるとは思えないのです・・・」

 

「・・・」

 

「細見や池田には相談したのか?」

沈黙を置いてなんとか西が尋ねた。

 

「はい、あの後隊長と福田が大洗の方と歩いている時に話をしました」

 

「なんと?」

 

「言い出した時には少しびっくりしていた感じですが、話をするうちに”お前がそう思うならひとまず隊長に言ってみたらどうだ?”という話になりました」

 

「なんだ、友達甲斐のない奴らだな!」

 

このあたりを躊躇なくずけずけと言うのは西の性格による。

わがままとは違うが、自分が思ったことをそのまま隠さず言ってしまうところが西にはあった。

 

「で、言いたいことはそれだけか?」

 

「・・・」

 

玉田の話をまるで聞いていないような感じで西は返した。

玉田も予想外の反応に戸惑い沈黙する。

 

「それなら答えは ”否” だ。到底認めるわけにはいかない。だいたいあの夜、お前は私を支えてくれると言ってくれただろ? 私はそれを聞いてどれだけ嬉しかったか・・・」

 

「大洗の連中を見てお前も思っただろ? 我々が勝つには全員の力が必要だ」

 

「しかし、隊長・・・」

 

「しかしもへちまもない! お前なしで知波単の戦車道が変わることはないんだ! 私はお前を必要としている。それ以外の理由が何か必要か?」

 

「隊長・・・」

 

「もっとも、お前をそこまで追い込んでしまったのは私の責任でもある。本当に申し訳ない」

西はスッと立ち上がり頭を下げた。

 

「隊長、頭をお上げ下さい!」

 

「いや! お前が ”分かりました。私は知波単のために全力を尽くします!” と言うまで頭を上げない!」

 

「・・・分かりました・・・及ばずながら今後の知波単のために、不肖玉田全力を尽くす所存です・・・」

 

「聞こえないな!」

 

「不肖玉田! 全力を以て西隊長を支える所存であります!」

 

「そっか!良かった!」

先ほどの深刻さが嘘のような笑顔を浮かべ、西は頭を上げた。

 

「お前の見識の高さには、大洗の連中も感嘆していた。そんなお前を私が手放すはずないだろ! これから知波単の戦車道は変わらないといけないんだ!西住さんも言っていた。これから私達の歩む道が、そのまま私達の戦車道なんだと」

 

「一緒に、知波単の戦車道を作ろうではないか!」

 

「・・・分かりました! もう迷いません!」

 

玉田も力強く答えた。

 

「今日の全体教練は知波単の歴史を変える、歴史上に残るものになるかもしれないぞ!」

心底楽しみなように西は言った。

 

 ”西隊長は変わった・・・” 辻と同じく玉田もそう思わざるを得なかった。これほど強い、意志が伝わる言葉を発する人だったか?

あの大洗との一戦、あの日の夜の出来事が西を大きく変えたのは間違いないだろうが、いったい何がどう変わったのか・・・

 

今後西がどう変わり、知波単の戦車道がどう変わるか・・・玉田もそれを見たいと素直に思った。

そして、知波単の戦車道が変わった時、当然玉田自身も変わっているはずだと。

知波単が変わる・・・もちろん良い方向にだが、その流れに自分が関わることが出来るならこんなに嬉しいことはない。

 

不謹慎な話だが・・・と玉田自身も自嘲しつつ、”これは今までやってきた突撃よりも全然楽しいんじゃないか?” との気持ちが沸々と湧き上がってきた。

 

そんな玉田を、迷いが消え決意がみなぎるような様子を満足気に見ていた西だが、ちょっとそれをからかいたく・・・というよりさらに玉田の気分を高揚させたくなった。

 

「玉田。もう一つお前に言っておくことがある」

 

「はい」

 

「私は・・・突撃を捨てるつもり・・・は一切ない!」

 

「はい!!」

 

玉田も満面の笑みになった。それを見た西も

 

「あはは!」

声を挙げて笑わずにはいられなかった。

 

「よし、全体教練だ!いくぞ玉田!」

 

「はい!」

 

~~~~~~~~

 

人は明るい未来を実現することは難しいが、明るい未来を思い描くことは出来る。

まさに西は知波単の明るい未来を思い描こうとしていた。

そして、とある人がおればこの格言を持ち出していたことだろう。

 

”That people imagine, it is sure people can be realized.

(人間が想像できることは、人間が必ず実現できる)” -ジュール・ヴェルヌ

 

西の言う ”知波単の歴史を変える、歴史上に残る全体教練” が始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.決起(ONE FOR ALL,ALL FOR ONE)

◇◇10~12話に関するおことわり◇◇

知波単内の教練・会議において「」のセリフが続く展開となっております。
話のテンポと読みやすさ、意見が活発な様子を出したかったので、場面によってはあえてセリフの人物を出さないように(誰の発言かを重視していない)したのですが、分かりづらいなどご意見ございましたらお願い致します。


16時から講堂で始まった知波単戦車隊の全体教練。

 

先日の大洗女子学園との練習試合における惨敗、そしてその後の野営陣地で起きたこと。

否応なしに隊全体に広まることは避けられ得ず、今日の教練が毎週1回行われるそれとはまるで違うものになるであろうことを、隊員達は皆感じていた。

 

なお全体教練は毎週月曜日に行われる学校の全体朝礼のようなもので、隊長の訓示やその週の訓練内容、目標の設定、連絡事項の伝達などが主であり、通常なら20分もあれば終わる。

そのため基本的には昔小学校で習った ”休め” の形で、つまり立ったまま行われるのだが、今日に限っては人数分の椅子が事前に並べられている。

これだけでもいつもと違うものになるであろう雰囲気を醸し出していた。

 

~~~~~~~~

 

「それではこれから全体教練を始める!一同起立!」

 

「礼!」

 

「お願いします!」

 

「着席!」

 

玉田の号令で教練が始まった。

 

「それでは西隊長より訓示をお願い致します!」

西が前に用意された壇上に向かう。

 

「皆も感じている通り、今知波単の戦車道は大きな転換期を迎えている!」

これが西の第一声であった。

 

「今までは突撃することが唯一の教義であり、作戦であったようなものだが、我々はこれを変える必要がある!!」

 

皆が予想していた内容とはいえ、自然とざわつきが各所で起こる。

 

「静粛に!」

玉田の注意の後、西はさらに続ける。

 

「我々は今まで何のために突撃を行ってきたか?それは先人への思いであり、そしてそれを継承してきた知波単の伝統であったためだ。そのことは今後も変わりはしない」

 

「しかし、先人が行っていたものと我々が行っていたものでは大きな違いがある。それは何か!」

 

「一言で言えば、 ”背負っているものの違い” だ!」

 

「先人は国を想い、故郷を想い、家族を想い、それを守るべく最後の最後まで防波堤となるべく、戦果を最大限挙げるために突撃をしてきた。しかし、私達が行ってきたものはそうではない!」

 

「言葉悪く言えば、 ”伝統を守る” という建前で、ただ自らの欲求を満たすためだけに行われてきただけだ」

 

激しい言葉であったが、皆沈黙して聞いている。

さらに西は続ける。

 

「そして我々の乗っている戦車は、先人が守ろうとしていたものの象徴のようなものだ。我々がそれに乗る限り、そうした先人の思いを踏みにじることは許されない!」

 

「また我々自身も自らの戦車道とは何か?を追い求め、苦心し実践してきた。それを一瞬で無にしてしまうような突撃をしてはならない!」

 

「いずれにせよ、これから我々が歩む道は、誰かに用意されたものではなく、自ら切り開いていかなければならない。困難な道であるのは自明だ」

 

「しかし・・・それだけにこれから我々が歩む道は、その一歩一歩が知波単の新しい戦車道の歴史であり、伝統となるものだ!」

 

「私は皆の力を必要としている!そして一緒に新しい歴史を作ろうではないか!!」

 

「・・・」

 

普通なら闘志が漲った隊員達がここで鬨の声でも上げるのかもしれないが、”新しい歴史を作る”という西の言葉がいまいち腑に落ちなかったようである。それよりなにより、これまでとは全く違う、気迫に漲った西の姿に圧倒され、声が出なかったというのが実際のところだろう。

 

「隊長!」

細見が発言の許可を求めた。

 

「突撃を変える・・・というのは具体的にはどういうことでしょうか?」

皆の思いを代弁するように細見は質問した。

 

「考えていることはいくつかあるが・・・具体的に何をどうするというところには至っていない。それよりもこれは私一人が考えて指示を出して作っていくものではない。皆で考えて、いろいろ試しながら作り出していくものだと思っている」

 

「どう変わればよいか・・・という想像が今ひとつ沸かないのですが、端的に言えば、突撃を捨てて伏兵に徹するということでしょうか?」

池田が続いて質問をした。

 

「池田はそれで勝てると思っているのか?」

 

「・・・」

思いも寄らぬ答えを西が即答したため、池田も沈黙する。

 

「確かに伏兵し相手の不意をつく形で攻撃することは有効な作戦の1つだ。

しかし試合会場の視察は開始72時間前に限られる。全ての地形条件を把握出来るものではないし、その間相手も同じように視察を行う。当然伏兵に適した地点も調査して警戒してくるだろう。また試合が始まってからも相手と遭遇するまでの時間は限られている。その間にブルドーザーやショベルカーを使えるわけじゃないから、陣地構築も限られる」

 

さらに西が続ける。

 

「なにより伏兵というのは一撃必殺の火力があってこそ威力を最大限発揮出来るというもの。我々のチハにはその火力はない。相手がほいほいと近づいてくるわけもないし、どこかで相手に肉薄せざるを得ない」

 

「もちろん市街地など伏兵に適した戦場もある。いかにそうした我々の有利な戦場に引き込めるかが作戦の肝ではあるのだが、必ずそれが成功するわけでもない」

 

「・・・」

 

同意と困惑が講堂の空気を支配する。

おそらく伏兵を主とする作戦については、西自身も何通りもシュミレーションしたのだろう。

結果導かれた答えについて、知波単の隊員も納得せざるを得ない。

 

「では落とし穴など罠を張りめぐらせるとか・・・」

 

「いや、それはないな」

出てきた質問について、西は即座に明確に否定した。

 

「もちろん地形的に相手が不利な条件となる地点に誘い込むというのはある。ただ落とし穴や罠を作れるほどの時間もなければ物資を投入できるわけでもない。ましてや、仮に最初の1回は成功したとしても、毎回毎回それに嵌まってくれるほど相手も馬鹿じゃない」

 

「それに・・・忘れるな!我々がやっているのは戦車道だ!ただ勝てばいいという戦いをするわけではない。さっきは変える必要があるとは言ったが、それは伝統を捨てるということではないし、何よりこれから我々が作る道は、後を歩む後輩も自信を持って精進できる戦車道でなければならないのだ!」

 

「・・・」

 

「ではいったいどうすれば・・・」

 

「結局今までと同じということ?」

 

西の思うところが何なのか・・・想像が及ばない隊員達は困惑を隠せない。

 

「フッフッフ・・・」

西が意味ありげに笑う。

 

「お前達、今まで私達がやってきたことは何だ?」

 

「敵陣深くに斬り込み、一撃必殺で相手を仕留めることだろ、違うか!?」

 

これまでの知波単を見る限り、必ずしもそうとは言い切れないのだが、突撃を突き詰めると同じことだろう。

そして、今の西には有無を言わせない力強さと説得力があった。

 

「言ってみたら今までとやることは同じだ!ただ忘れてはいけないことがある」

 

「我々は託されているのだ! 先人から・・・諸先輩方から・・・そしてこの知波単で共に戦う隊員達から・・・」

 

「 ”後は頼む” と託された人間が、それを一瞬で失うようなことが出来るか!? 出来るはずがないだろ!」

 

「・・・」

同意なのか、困惑なのか、隊員達が沈黙する。

 

「ONE FOR ALL,ALL FOR ONE・・・」

 

「!!?? !!?? !!??」

 

唐突に西の口から想像もし得ない言葉が飛び出し、一同が驚愕する。

 

「日本語では ”一人はみんなのために、みんなは一人のために” が一般的だが、 ”みんなは勝利のために” との捉え方をする人もいるらしい」

 

「なんにせよ、我々はここにいる者が誰一人欠けることなく、そして全員の思いを一つにしないといけないということだ! それでこそ勝機が生まれる!!」

 

「私には・・・知波単の隊長として果たさなければならない使命がある! そして・・・今はまだ見えぬが目指す場所へ・・・ここにいる全員を連れていくつもりだ!!」

 

「!!!」

 

「厳しい道なのは分かっている・・・そう簡単にいくわけもないし、外から見て嘲り笑う奴らもいるだろう・・・」

 

「しかし我々はやらないといけない! 先人の思い・・・諸先輩方が受け継いできたことが・・・そして我々が今までやってきたことが間違いではなかったことを証明しないといけない! そして・・・これからの知波単の新しい道を・・・新しい戦車道を! ここにいる全員で作ろう!!」

 

「うおおぉぉぉぉーーーーー!!!」

 

西の言葉が終わるとともに全員の声があがった。

感激と興奮で涙を浮かべている者も何人かいる。

 

「やってやる! やってやるとも!」

 

「今まで散々馬鹿にしてきた奴らに知波単魂を見せつけてやる!」

 

「真の突撃を見せてやる!」

 

知波単の隊員にとって自らの道が正しいと信じることに疑念はなかったが、それでも周囲の嘲りの声は耳に入る。そして嘲りをはね返すだけの戦績を残せていないことの悔しさ、不甲斐なさ、鬱屈した思いもあっただろう。

 

しかし、今は違う。

これだけ力強い、頼れる隊長が目の前にいる。

その隊長が今までやってきたことが正しいことを証明しようと言っている。

これから新しい戦車道を自分も含めて全員で作ろうと言ってくれている。

 

そうした思いが、決意が爆発したような声が、まだ続いていた。

 

「よし、これから各車の車長は会議室に集合。残りの者は戦車の整備にあたれ。会議は少し長くなる予定だ。整備の後は自己鍛錬をするなり、休養に充てるなり各自に任せる。それでは解散」

 

「「「は!」」」

 

西の指示に全員が力強く返事し、車長以外の隊員は駆け足で散っていった。

 

~~~~~~~~

 

その少し前。

誰も気づいていなかったが、窓から様子を覗いていた者がいた。

 

そして、全体教練が終わる少し前に、涙を拭ってその場を去っていた。

 

「西・・・貴様に私の戦車道を託す・・・頼んだぞ!」

 

前隊長の辻であった。

同時に辻は”そのためには私ももう一頑張りしないといけないな”と決意を固めていた。

 

~~~~~~~~

 

「みんな、集まっているな」

 

燃え上がった決意を作戦に落とし込むべく、作戦会議が始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.立案・前編(仮想敵)

今回からオリジナルキャラが出てきますが、あまり大勢に影響はしないはずです。
なお某野球漫画から名前を取っております。

◇◇10~12話に関するおことわり◇◇

知波単内の教練・会議において「」のセリフが続く展開となっております。
話のテンポと読みやすさ、意見が活発な様子を出したかったので、場面によってはあえてセリフの人物を出さないように(誰の発言かを重視していない)したのですが、分かりづらいなどご意見ございましたらお願い致します。



「隊長の訓示、誠に感泣至極でございました!」

 

「今日ほど知波単で戦車道をやっていてよかったと思った日はありません!」

 

車長が口々に西の訓示を褒め称えた。

 

「ありがとう! しかし大変なのはこれからだ!」

西がそれに答え、一同が頷く。

 

「しかし隊長・・・あれで良かったのでしょうか?」

「これからの知波単は変わらなければいけません。しかし”今までのままでよい”と誤解した隊員も多いのではないでしょうか?」

 

玉田が疑問をなげかけた。

 

「そうだな・・・」

 

「ただ我々に必要なのは、1つは”変わろうとする意識”、2つ目は”やるべきことを明確にすること”、3つ目は”自信を持つこと”だ。まだ我々自身がどのようにすればよいかも定まっていない。その時点で下手に迷わせることをしなくてもいいかとは思った」

 

「なにより私自身、これまでやってきたことの自信を失っていたからな。玉田もそうだろ?」

2人に教練前のことが思い出される。

 

「確固たる自分がなければ、これから変わることもできない。大丈夫! さっきのあいつらを見たら大丈夫だ!」

 

「はい!」

玉田もそれで納得したようだ。

 

「それでは本題に入るぞ!」

 

~~~~~~~~

 

「我々が戦うのに必要なのは・・・いかに相手に肉薄するかということだ。それは先の黒森峰との闘い、大洗との親善試合や大学選抜との試合、大洗との練習試合でも明らかだ」

 

「そのためにはどうすればよいか・・・まずはそれを考えてほしい」

西自身は意識はしていないだろうが、議論をリードする術も自然と身に付いたようである。

 

「1つは伏兵・・・」

 

「それは当然だな」

大学選抜との試合を経験している細見の発言に西が同意した。

 

「あとは相手の砲塔がこちらを向く前に接近して砲撃する必要があります」

福田がそれに続いた。

 

「うむ」

西が納得したように頷く。

 

「隊長、各校・各戦車でそれぞれ特徴があります。仮想敵があった方が想像がしやすいです」

 

「そうだな・・・」

 

「であれば、憎っくき黒森峰!」

 

「・・・は戦車の性能差がありすぎる。となれば・・・」

 

「やはり大洗女子学園だな」

西が設定した仮想敵を、一同が ”敵に不足なし!” とばかりに同意した。

 

「それならⅢ突やヘッツァーを抱える大洗には、先ほどの福田の策は当然だな」

 

「アヒル殿への恩義はありますが・・・装甲の薄い八九式は存在がうるさくなる前に叩いたほうがいいかもしれません」

 

「それには相手戦車1をこちらが複数で攻撃する必要があります」

 

「その通りだ!」

議論に納得したように西が答える。

 

「いかに相手を分断するか・・・これにかかっていると思う」

 

「そして私が考えるのは・・・敵車1輌に対してこちらが3輌で攻撃することだ。まず2輌が二手に分かれ、敵車の砲塔が向いた戦車の反対側に残りの1輌も行く」

 

「赤穂浪士が吉良屋敷を襲撃したような感じですね」

池田が西の言葉を補足?した。

 

「なるほど」

赤穂浪士の話に納得したかは分からないが、西の言わんとするところは皆に伝わったようだ。

 

「飛行機の戦法で、また2輌での話でありますが、互いにクロスするようにS字の旋回を繰り返す”サッチウィーブ戦法”もありますね」

 

「ほー、詳しいな、谷口(注オリキャラ・2年/新チハ車長)」

 

「ええまあ。戦車の性能で劣る分、なんとか戦法や特訓で補おうとは思っていましたので・・・」

さらに谷口が持論を披露する。

 

「いずれにせよ、肉薄はするが一撃離脱が必須だと考えます。ただそうなると・・・」

 

「うむ。注意しないとこちらが分断され、各個撃破されることになるな・・・」

 

「はい、その通りです」

西も谷口も戦法のイメージはあるが、同じ懸念を持っているようである。

 

「ただチハの利点でもある射撃の微調整が可能なところと、装填の速さ、搭載砲弾数の多さを活かして、早く動いて早く撃つ、そして連携を保ちながら。ここに勝機を見出すしかないと思います!」

 

「うむ、その通りだ!」

谷口の意見に西も同意した。

 

「願わくは攪乱した上で、火力を持つ戦車に誘導出来ればいいのですが・・・恐れながら申し上げますが、西隊長はチハ以外の車両の導入というのは検討しておられるのでしょうか?」

 

「大洗の者からも”なぜせめて一式や三式を導入しようとしないのか?”と嘲笑気味に言われたことがあります」

谷口の質問に池田が続けた。

 

「チハへの矜持を持ち得ない連中の戯言を相手にする必要はない。新しい戦車の導入については・・・全く考えてないわけでもないが、ただ導入の見込みがない車輌のことを考えても仕方がないとは今は思っている。ひとまずは現有戦力で出来ることを検討しよう!」

 

隊長としては戦力差をみすみす放置するわけにもいかないが、さりとて導入の見込みのない戦車をあてにするのは愚策であり、仮に新しい戦車を導入したとしてもそれだけで勝てるわけでもない・・・西の苦悩は他の隊員にも伝わった。

 

「素早い集散を図るためには、それを指示する者が必要となります。誰が適任でありましょうか・・・」

 

作戦を遂行するにあたり必要不可欠、そしてその任を誰が負うか。

誰もが聞きたい内容を名倉が質問する。

 

「それについては、私なりには決めている」

 

「福田!やってくれるか!?」

 

間髪入れずに西は答えたのだが、いわば隊の頭脳であり、作戦の成否を決める役割ともいえる任務に1年生の福田が指名されたことに少なからず驚きの声が挙がった。

しかし、そんな声を気にすることなく西が続ける。

 

「福田の戦況を見る目は確かだ。それは大学選抜との試合でも証明されている。加えて目に見える情報を言葉にして伝達する能力にも長けている。また福田の乗る九五式は、速度は速いが砲は37mmで装甲も薄いという事情もある。試合が始まってなるべく早く観測地点に向かい戦況を見るには最適だ」

 

「そして、仮想敵である大洗女子学園との関係も我々の中では一番近い。つまり相手の作戦や行動を予想出来るやもしれぬということだ。私は福田が適任と考えているが異論はあるか?」

 

「異議なし!」

 

「福田で良いと思います!」

 

理路整然とここまで言われると、隊員にも意義はなかったし、隊の中にも”西隊長が決めたことなら・・・”という空気も出来つつある。

 

「ありがとう! 明日から福田の指示で動くことになるが、福田の言葉は隊長である私の言葉であると思ってくれ!」

 

「どうだ福田! やってくれるな!」

 

西がさらにその任務に重みを持たせる。

ここまで言われると福田にも断る理由はない。

 

「恐れ多きことでございます!微力ではありますが、精一杯任務を果たすべく努力してまいる所存です!」

福田も力強く宣言した。

 

「そもそも戦車道の試合では、どこまでの行為が認められているのでしょうか・・・」

これまでの知波単の作戦会議ではそこまで及ぶことがなかったであろう内容を名倉が口にした。

 

会議はまだまだ続く・・・



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.立案・後編(息吹の芽生え)

ルールに関してはいろいろとググってみましたが、正直よく分かりません・・・
ですので、独自解釈で進めていきます。

もし、お読み頂いた方でルール(出典が明確なもの)をご存知の方は教えて頂ければ幸いです

<以下、独自解釈>

※硫黄島で発見されたというチハドーザーはOK
※競技場の地雷設置、トラップは競技開始前・開始後ともNG
 (砲撃等で地形を変える、戦車が十分行動出来る程度の勾配や空堀はOK)
※特甲弾は認可済み
※暗視スコープは使用不可

◇◇10~12話に関するおことわり◇◇

知波単内の教練・会議において「」のセリフが続く展開となっております。
話のテンポと読みやすさ、意見が活発な様子を出したかったので、場面によってはあえてセリフの人物を出さないように(誰の発言かを重視していない)したのですが、分かりづらいなどご意見ございましたらお願い致します。

2017.5.15 小ネタですが丸井の設定を若干弄りました


戦車道試合規則(抜粋)

 

2-03競技場

連盟が定めた競技場並びに認めた競技区域にて行う。競技場は、試合前72時間までに

規定の書式の地図(競技区域)、緯度、経度、気象状況が、競技者双方に提示される。

参加者は、提示後は競技場の状況を確認するあらゆる手段が許可されるが、競技場は

提示の72時間前から提示までは完全封鎖され、その間は一切の調査を禁ずる。

競技場に異議がある場合は、提示後24時間以内に既定の文書を、連盟に提出する。

連盟はその異議を24時間以内に審議し、異議が妥当と認めた場合は速やかに修正を

行うこととする。

 

3-01 参加車輌

参加可能なのは、1945年8月15日までに設計が完了し、試作に着手していた車輌と、

同時期にそれらに搭載される予定だった部材のみを使用した車輌のみとする。

それを満たしていれば、実際には存在しなかった部材同士の組合せは認められる。

計画段階車輌に関しては、個別で連盟と協議を行うこととする。但し、部品等が

調達不能等の理由により再現が困難な場合は、連盟が認める範囲において改造する

ことが認められる。

 

3-03使用砲弾

砲弾は連盟公認の実弾を使用し、弾頭や装薬の加工は認められない。

 

5禁止行為

イ)定められた以外の用具・部材を使用すること

ロ)指定された競技区域より自発的に離脱すること

ハ)直接人間に向けて発砲すること

ニ)競技続行不能車輌への攻撃

ホ)審判員、競技者に対する非礼な原動

ヘ)無気力試合と判断される行為

 

~~~~~~~~

 

「これを見る限り、チハにドーザーブレード(排土板)を付けるのは問題なさそうだな。これなら陣地構築が一気に加速するぞ!」

 

「特甲弾も公認されておれば導入可だな」

 

「もっとも2つとも入手出来るかも分かりませんけどね・・・」

 

「試合前の敵情視察は秋山殿も言っていたが問題ないようだな」

 

「砲弾で土砂を崩すのは可だが、事前に罠や地雷を仕掛けるのは不可か・・・当然放火もダメだな」

 

「煙幕や照明弾は可だな」

 

「要は競技場での事前工作は不可、その他、その行為により直接的に乗員の人命に関わるところも不可ということだな」

西が想定されるところを纏める。

 

「とりあえずブレードと特甲弾については確認を急ぐようにします」

 

「うむ、頼む」

細見の申出に対して西はそのまま依頼し、さらに続けた。

 

「この機会に我らがチハの性能も洗い出してみよう」

 

~~~~~~~~

 

◆チハ

 

全長:5.55m、車体長:5.52m、全幅:2.33m、全高:2.23m、

重量:15t(新砲塔15.8t)

 

速度:38km/h

主砲:九七式18.4口径57mm戦車砲(主砲弾114発)

   一式48口径47mm戦車砲(主砲弾100発)

副武装:7.7mm九七式車載重機関銃×2

最大装甲:20~25mm(砲塔全周囲及び車体前面・側面・後面)/防盾50mm(一部のみ)

乗員:4名

 

◆九五式軽戦車

 

全長:4.30m、車体長:4.30m、全幅:2.07m、全高:2.28m、

重量:7.4t

速度:40km/h

主砲:九八式37口径37mm戦車砲(主砲弾120発)

副武装:九七式7.7mm車載重機関銃×2

最大装甲:6~12mm(砲塔全周囲及び車体前面・側面・後面)

乗員:3名

 

「ついでにⅣ号も見てみよう」

 

◆Ⅳ号戦車H型(D型改)

 

全長:7.02m、車体長:5.92m、全幅:2.88m、全高:2.68m、

重量:25t

速度:38km/h

主砲:48口径75mmKwK40(主砲弾87発)

副武装:7.92mmMG34×2

最大装甲:25~80mm(砲塔全周囲及び車体前面・側面・後面)

乗員:5名

 

~~~~~~~~

 

「・・・」

 

「ティーガーは・・・止めとこう・・・」

西はその性能差に改めて愕然とした。

 

「九五式は、紙だな、紙! こりゃ偵察や観測しか無理だわ・・・」

 

「・・・」

 

細見の軽口に思わず膨れる福田だが、比較されるとさすがに声も出ない。

とは言うものの、細見の旧チハも他校の中・重戦車からしたらさほど変わらないのだが・・・

 

「こりゃ、まともに撃ち合ったらどうしようもないな・・・」

 

「履帯を狙うしかないね、これは」

 

「つまりさっきの隊長の作戦でいくと、1輌目が相手を引き付け、2輌目が履帯を破壊し、3輌目で撃破か・・・」

 

「だいぶ難易度が高いな・・・」

 

「かといって伏兵も相手が気付かずに撃破可能な距離まで近づいてくれることが条件になるからな・・・敵車輌全部が引っ掛かるはずもないし、どこかで打って出ないといけないだろ・・・」

 

「試合会場ごとに迷彩を塗り分けるぐらいのことはしないといけないな」

 

「アンツィオや大洗がやったマカロニ作戦も取り入れる必要があるね」

 

「ある意味視察可能な開始前72時間が勝負だね」

 

「煙幕張って赤外線スコープを使うのはさすがにダメか・・・」

 

「おそらくね」

 

「トラップはダメでも、人工的に勾配を作って相手が腹を見せたところを撃つのは許されるだろ」

 

「ドーザーが使えるなら有効だな、それは」

 

「新砲塔は俯角がマイナス15度と他よりも大きいし、稜線射撃には向いてるね」

 

かつての知波単では考えられないような活発な議論に、西も満足していた。

 

「今のところ考えられるのはそのあたりだな。あとは明日以降教練の中で練っていこう!」

 

「「「はい!」」」

 

他の車長達も表情には会議に満足した様子が窺える。

 

「よし!今日のところはこれで解散する」

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

西の号令で会議は終了した。

 

皆の様子を見る限り、見通しは厳しいながらこれから新たな知波単の戦車道を作ることの楽しみが勝っているようだ。

明日の教練までに、各車長はそれぞれの隊員にこの会議の話をするだろう。

壁にぶつかるかもしれないが、その時はまたその時・・・西自身も決意を新たにした。

 

「ああ、福田、寺本、ついでに玉田、細見、池田、名倉もいいか?」

西が不意に呼びかける。

 

「ついでに・・・というのがよく分かりませんが・・・」

玉田が当然の疑問を発するが、西はおかまいなしに続ける。

 

「せっかくだ!今日は寮の食堂も休みだしうちに来ないか!たまにはみんなで飯でも食おうじゃないか」

 

「おお!それは楽しみですね!」

 

「肉が食べたいであります!」

細見と福田が思わぬ言葉に喜びを口にする。

 

「それでだ・・・福田と寺本にお願いがあるのだが・・・」

 

「実はだな・・・円盤を見る機械を買ったのいいのだが、見ることが出来ないんだ。有り体に言うと使い方が全く分からん!」

 

「それで・・・私の部屋でも円盤を見れるようにしてほしいのだ・・・あと福田にお願いなのだが、以前にお前の家で見た全国大会の円盤と、スクールウォーズの円盤を貸してほしいのだ」

 

「「「(”ONE FOR ALL,ALL FOR ONE”の元はそこか!)」」」

一同が思わぬところで納得した。

 

「なるほど・・・それで ”ついでに” ということなんですね」

 

「そう言うな、玉田。これも作戦だ」

 

「(いや・・・どこかで聞いた台詞ですが、今そのフォローは間違っているかと・・・)」

相変わらずの西の返しに、玉田も苦笑せざるを得なかった。

 

「かしこまりました。では私はDVDを取って来るであります」

 

「では我々は食材を買いに行きましょう」

 

「うんうん、楽しみだ!」

 

「(このあたりは前と変わらないのね・・・)」

教練でのこれまでとは見違える西の姿に驚きを隠せないでいたが、教練を離れてしまうといつもと同じなんだなと、妙なところで納得・・・だが少し嬉しい気持ちを玉田は感じていた。

 

~~~~~~~~

 

「谷口さん、おつかれさまでした!」

丸井(注オリキャラ・1年/新チハ操縦手)がいつもの元気な声を谷口にかけた。

 

「で、どうだったですか? 上の人達の反応は・・・」

五十嵐(注オリキャラ・1年/新チハ砲手)もいつもの冷静な口調で問いかける。

 

なお谷口は今年の3月まではサンダース大付属の生徒で戦車道も履修していたのだが、そこでは二軍の補欠だった。

そして家庭事情により東京都墨田区に転居するにあたり、知波単学園に今年4月に編入。

当初は戦車の扱いもおぼつかないところがあったが、持ち前の根性で一気に上達し、その技量と努力を知る西に抜擢され車長となった。もっとも既にその技量と精神力は他の知波単の隊員を圧倒しているとも言える状況である。

 

丸井は学年は1年だが年齢は谷口と同じ・・・つまりやらかして2回目の1年生なのだが、それもあってか後から知波単に来た谷口を編入当初から陰に日向にフォローしていた。

そうするうちに、不器用だが実直でひたすら努力を重ねて己を高めんとする谷口の魅力に魅かれ、そして共に特訓する過程でメキメキと操縦技術を向上させていた。

なお年齢は一つ上のため、同じ一年生からも敬語で接しられている。

 

五十嵐は中学時代も戦車道で名の知れた人物で、サンダースや聖グロからのスカウトもあったが、その校風にどうしても合うとは思えず、地元でもあり、また将来プロになるために技術だけは磨いておこうと知波単に入学してきたのだった。

砲手としての技量は確かで、最初はどの車長も五十嵐を欲しがったのだが、ずけずけと意見を言う物言いが知波単では受け入れられず、谷口が引き取ったような状況であった。

 

この3人と五十嵐と同じチームで中学戦車道で名を売った久保(注オリキャラ・1年/新チハ通信手or装填手)の4人が新チハに乗っているのだが、練習量の多い知波単の中でも特にこの4人のそれは凄まじく、いつも最後まで残っていた。

 

「いい方向に向かっていると思うよ」

谷口は五十嵐の問いに淡々と答えた。

 

「少なくとも”勝つためにどうすればよいか?”に意識が向いてきたのは確かだ」

 

「ようやくですね」

 

久保が字面では淡々としているが、心の奥底から絞り出すように答えた。

普段はそれほど感情を表に出す方ではない久保であったが、中学時代は名門チームの副長として五十嵐を支えた人物である。五十嵐と共に憤懣やるせない思いがあったのは間違いなかろう。

 

「明日からが楽しみだな!おい!」

丸井の元気な声が響く。知波単の新しい息吹が各所で芽生えつつあった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.余談(寮事情とすき焼き)

そういやドラマCDでは、知波単は寮というか兵営住まいだった・・・
食堂と酒保の運営業者が休みだったということで・・・
てなわけで、12話も少しこそっと変えてます。

で、余談で終わってしまった・・・


「7人だと鍋とコンロが2つ要りますね」

 

「そうだな。では名倉、いつものように持ってきてくれ」

 

「かしこまりました」

 

すき焼き前提で名倉が西に聞いたのだが、当然と言わんばかりに西もなんの躊躇もなく話を進めた。

 

名倉は鍋とカセットコンロと鍋を自分の部屋に取りに行き、西はDVDプレーヤーの設定をすべく寺本を連れて寮の部屋に戻る。

同じ頃、玉田と細見、池田はカートを押しながら買い物を進めていた。

 

「肉と野菜はこれで大丈夫だな。卵もOK。うどんも少し買っておくか。必要なければ私がもらえばいいし」

 

「飲み物はMAXコーヒーだけでいいかな? お茶は隊長の部屋で沸かすだろ」

 

細見の言うMAXコーヒーだが、全国にある学園艦の中でも売っているのは知波単学園と、あっても大洗女子学園くらいだろう。

ソウルドリンクと言えば大げさだが、ちばらき民としては外せない。

 

「DVDを見るならお菓子も必要じゃね?」

 

「かといって、隊長の手前ポテチ買うわけにもいかないでしょ」

基本揚げ物は天ぷらぐらいしか食べないであろう西を慮って、玉田が答えた。

 

「じゃあ、羊羹にでもしようか」

 

「OK! でもよく考えたら黒森峰戦の前以来か、隊長のところに集まるの」

 

「そうだね。なんか色々あったといえばあったからね」

 

玉田と細見が少しばかり感慨にふけっていた頃、西も来客の準備をしながら同じことを思っていた。

 

「(前回は黒森峰との戦いの前だったな・・・あの時も楽しかったけど・・・今は隊長部屋で部屋もきれいになった。でも今の私も、あの時よりも少し大きくなった気はする)」

 

~~~~~~~~

 

余談だが知波単の戦車道履修者が居住する寮事情について。

 

戦車道を履修する者は兵営とも言うべき寮住まいである。

10年ほど前までは2段ベットの4人部屋に全生徒が住む全寮制であったらしいが、さすがにこのご時世それでは生徒の確保が難しいということで、一般生徒は1Kのマンション、戦車道履修者にも個室が与えられるようになった。

もっとも与えられた個室は、以前の4人部屋をそのまま1人用としたため部屋の広さは12畳と一人暮らしには無駄に広く、またコンクリートがむき出しのかなり殺風景な部屋ではあった。

一方、隊長部屋は改造されて6畳+4.5畳と間取りは狭くなっているものの、きちんと壁紙が貼られ、自室にトイレも設置されており、快適度はだいぶ高くなっている。

 

他、艦政局(学園艦の運航や整備を担う)の者も、棟は別だが戦車道履修者と同じ寮住まいであり、戦車隊の隊長と同じく艦長、一等航海士、機関長といった役職の者は別室が与えられている。

 

通常平日は食堂と酒保(売店)を運営する業者が朝・夕食を作るのだが、知波単においては野営訓練がしばしばあり、それほど高くない運営委託費も相まって業者としても利益がほぼ上がらない状況である。

そのため業者都合で急に食堂が休みになることは珍しくはなく、事情を知っているだけにそれに対して苦情を訴える者もなかった。

 

~~~~~~~~

 

「・・・隊長・・・いつの間に薄型テレビを??」

 

驚いた寺本が西に尋ねる。

 

なお、大学選抜との試合以降、西はあの試合を経験したものをなるべく車長に据えようとしており、通信手であった寺本も車長になっていた。

親善試合においては九七式携帯写真機(軍用リリー)を使用していたが、あれはあくまで戦車道における記録用であり、新しいAV機器にも詳しい寺本がこうして西に呼び出されて家電機器の設定をすることはこれまでにも何度かあった。

 

寺本の声に感慨から引き戻された西が答える。

 

「引退された3年生が寮から出る時にもらったのだ。そうなると以前のビデオでは物足りなくなってな。円盤見る機械も欲しくなったというわけだ」

 

「前みたいに一緒に変なものは買わされてないですよね?」

4.5畳の部屋に据えられた1人暮らしの部屋にふさわしくない大容量の冷蔵庫が、その”変なもの”である。

 

「大丈夫だ!最近大きい買い物をする時は誰か一緒に連れて行くようにしている。福田と一緒にケーズデンキで買ってきたものだ」

 

「(・・・大丈夫なような、大丈夫じゃないような・・・)」

今後もずっと一緒に行く人がいるとは限らないのだが。まあ美人だし卒業したら良い彼氏でもつかまえてもらった方がいいのかもしれないと寺本は思った。

 

「終わりましたよ。これで見れます」

コードを繋いだ寺本が西に声を掛けた。

 

「早いな!さすが寺本!」

いや・・・コード繋ぐだけですので、とは寺本も答えなかった。

 

同じ頃、名倉が鍋とコンロを持って西の部屋にやってきた。

 

「よし、割り下を作るぞ!」

西が意気込んだが、”まだ野菜も肉も到着してませんので”と名倉と寺本が止めた。

 

~~~~~~~~

 

「いい感じに煮えてきたな!」

 

すき焼きに関しては、西は少しうるさい。割り下を最初に入れて煮込むのが西流のようだ。

せっかく牛肉を食べるのに、下手に手出しをして噛みつかれるのもなんなので、他の者は味付けも煮え加減も全て西にお任せしている。

そのくせ生卵はすすって食べてるんじゃないかというくらい、西のは減るのが早い。

知波単入学後に初めてマヨネーズを知り、以降しばらくの間マヨラーになったらしい西の味覚がどうかはともかく、何か果物を隠し味で入れているらしい割り下は評判が良く、以前は月に一度すき焼きパーティーをするのが定番だった。

 

「よし、頂こう!」

 

「「「頂きます!」」」

 

最初からみんな遠慮なく牛肉から食べていく。

好きなものは後に残して・・・というのは突撃精神旺盛な知波単では通用しないようだ。

 

「久しぶりに隊長のすき焼きを頂きますが、相変わらず美味しいです!」

 

「牛肉の旨味がたまらんであります!」

 

「まろやかな割り下がいいですな!」

 

皆、口々に西の作ったすき焼きを褒めつつ、久々の牛肉を堪能している。

 

「そうか、そうか!」

まだ始まったばかりなのに西は2つ目の卵を器に入れつつ嬉しそうに答えた。

 

「こうやって頂くのも久々ですしね」

玉田が感慨深げに言う。

 

「ああ。あの時はただ戦車に乗っていれば楽しいという時期だった。今は・・・苦しいことの方が多いけど・・・でも私は今の方が楽しいと思っている!」

先ほど抱いた感慨を締め括るように、西は力強く言った。

 

「私もです!」

 

「同じであります!」

 

細見と池田も続く。

 

「何より西隊長が変わりました! 西隊長の下で戦車道をやれることが私は・・・」

 

玉田がそう言いかけたところ、西は最後の数枚の牛肉を残らず箸で一気に手繰り寄せ、器に入れた。

以前と変わらぬ西の遠慮のなさを見て、玉田は言葉を継ぐのを止めた。

 

鍋の具が残り1/4ぐらいになった頃、西が冷や飯を入れておじやにすることを提案する。

もちろんそれに反対する者もいない。

肉と野菜の旨味がプラスされたまろやかな割り下で作るおじやは最高である。

 

「いやー! 満腹です!」

 

「やはりこれからも定期的に開催しましょう!」

 

「こら! だらしがないぞ!」

両手を床について足を伸ばしてくつろぐ細見と福田を見て玉田は叱るが、玉田も女子高生らしくなく板についた胡坐で座っているのであまり説得力はなかった。

 

「よし! それでは合掌」

 

「「「ごちそうさまでした!」」」

 

池田と名倉と福田がテキパキと洗い物を始めた。

寺本はDVDプレーヤーの使用方法について説明をしている。

玉田と細見はお湯を沸かし、食後のデザートである羊羹を袋から出して切り始めた。

言われずともこのあたりの手際の良さはさすがである。

 

「なんでDVDと言うんだ?」

 

「さあ??」

西に尋ねられた寺本だが、さすがにそこまでは知らない。

 

「まあいいや。よし、一段落したようだしこれから決勝戦のDVDを見よう!」

 

「「「「はい!」」」

 

なお第63回戦車道全国大会のDVD自体はまだ発売はされていない。

地上波を録画したものは寺本が持っていたが、先に福田がバレー部チームを訪問した際に秋山優花里が衛星放送を録画したものを持っているのを聞き及び、磯辺を通じてDVDに焼いてもらったのだった。

 

「まずは敵を知ることだ」

 

西の部屋で鑑賞会、いや作戦会議が改めて始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.克服・前編(勝利への渇望)

画面には黒森峰女学院の決勝戦に至るまでのダイジェストが流れている。

1回戦の相手は言うまでもなく・・・

 

「20秒で全滅した・・・」

 

「実際の試合時間も20分もかからなかったかな・・・」

 

「突撃すら出来なかったね・・・」

 

ため息まじりに細見、寺本、名倉が言葉を漏らす。

大洗での親善試合や大学選抜との試合で知波単の隊員がどのようであったかを見れば、黒森峰との試合は決して知波単の意識を変えるきっかけになったわけではない。

ただし、黒森峰への畏怖は確実に植え付けられた。

抽選会場で黒森峰との対戦が決まった時、知波単の面々は大いに喜んだのだが、終わってみれば″あそことは戦いたくない”との恐怖が支配したのは確かだろう。

近づくことすら許されず、容赦なく相手の思うがままに捻り潰される感覚・・・

これまで知波単と黒森峰との試合がどのようであったかは分からないが、少なくとも西達が経験してきた戦車道とは全く異質のものだった。

”潔く散るを良し”とする知波単学園内においても、しばらく「黒森峰」の名は禁句だった。

それほどまでに ”何も為さぬ” 前に撃破された。近づくことも砲弾を撃つことすらもほとんど出来ぬまま・・・

 

「辻隊長はどのようなお気持ちだったのでしょうか・・・」

隊長になってからの西の苦悩を知る玉田がふと口にした。

 

「無念ではあったろうな・・・」

そう答えた西はさらに続ける。

 

「実は隊長交代式の日に、辻隊長とそのあたりの話になった。私達に何も残せなかったと仰っていた。自らの戦車道が正しかったのかも分からないとも・・・だからお前はそうなるなと言われた」

 

「もっとも私自身も、辻隊長がそこまでお考えであることをまるで理解出来ていなかった。そして私は思い知らされた。隊長として隊を背負うというのがどれほど苦しい道なのかを・・・」

 

「私自身は辻隊長を助けることが出来なかった。それは今でも大変申し訳なく思っている。だからこそこれから先私の歩む戦車道が正しいことを証明して、辻隊長に報いなければならないと思っている」

 

「そして・・・あの時辻隊長は1人だったが、今私達にはお前達がいる。これがどれほど心強いものか・・・」

 

西の言葉を聞いて、皆無言ではあるが力強く頷いた。

 ”私に任せて下さい” など大それたことは言えないが、この先西が歩む道を、共にする覚悟があると。

 

~~~~~~~~

 

画面は変わって大洗女子学園のダイジェスト、1回戦のサンダース戦で大洗が序盤にシャーマンに囲まれたシーンを映していた。

 

「こうして見ると結構ギリギリの戦いをしてるんですね。大洗も」

 

「まあ我々が言える立場ではないが、乗っている戦車が戦車だからな・・・シャーマンとまともに対峙できるのはⅣ号とⅢ突ぐらいだろ。しかも全部で5輌とかだしな」

 

「凄いな・・・敵戦車2輌に正面から突っ込んだぞ!」

寺本、池田の言葉を聞いていた西が、正面の2輌を突破した大洗の策に驚きの声をあげる。

戦力差があればどうしても相手は包囲殲滅しようとする。それを突き破る手を考えないといけないなと西は思った。

 

画面ではサンダースのフラッグ車を大洗の戦車が、大洗の戦車をサンダースの戦車が追いかけている。

 

「サンダースは4輌だけで追いかけたんですね」

 

「ああ、聞いたところだとフェアプレーであえてそうしたらしい。いかにもケイ隊長らしい大きな考えだ。サンダースは3軍まであるらしいからな。その中から選ばれた者にとっては勝たねばならぬ使命は我々の想像以上に大きいはずだ。それを捨ててまで・・・フェアプレーは大事と言いつつも、普通はそこまで出来るもんじゃない・・・

しかし・・・大学選抜との試合ではそんなケイ隊長と同じ隊に配されながら、何の役にも立てなかったな・・・」

 

「サンダースにも恩返ししないといけないですね」

少し沈んだ西に玉田が元気づけるよう声を掛ける。

 

画面では大洗のⅣ号がサンダースのフラッグ車を仕留めていた。

 

「「「(やっぱり欲しいな。あの火力・・・)」」」

 

画面は2回戦のアンツィオ戦を映している。

1回戦のサンダース戦もそうだが、相手の立てた策のさらにその上をいく大洗の作戦・戦況を把握する能力に皆驚愕していた。

正直どんな策を立てたところで、それを読まれて撃破されるのでは・・・と不安にさせられる。

しかし、知波単のやるべきことは一つ。相手に策を読まれてもなお、相手にダメージを与え得る作戦内容とそれを実現する練度、たとえこちらが相応のダメージを負う、走行不能になろうとも完遂するということ。

その覚悟は既に皆出来ているようだった。

 

さらに準決勝のプラウダ戦。

 

「しかしプラウダの戦略は見事だな。火力の無いうちが同じことを出来るわけじゃないが、あの引きながらの待ち伏せは、うちと同等以下の火力の高校と対戦する場合は有効かもしれん」

 

「IS-2や隊長車をフラッグ車にしなかったのも囮にするため・・・というのもありますが、夜間で他にも多く投入されているT-34だと、フラッグ車を判別するのが難しいであります。うちのチハでも使える手やもしれません」

 

西、福田とも、各校が様々な意図を以て作戦を立案していることを改めて痛感した。

知波単の面々がこれまで勝てない理由を戦車の性能に求めたことも正直あったかもしれない。

しかし、各校とも決してただ物量任せに押し進めているわけではない。

確固たる撃破する意思を以て、作戦を立案し遂行しているのだ。

 

そして包囲網を突破するシーン。

 

「これぞ突撃ですな!」

細見が歓声にも似た声をあげる。

 

「38tが正面の敵を攪乱しつつ、主力は転回しフラッグ車狙いか」

 

「ああ・・・でもやられていく」

 

「ア、アヒル殿、頑張れ!」

 

画面にはノンナが乗るIS-2が大洗の戦車を仕留めていく様子が映されている。

知波単と同じく性能に劣る戦車で立ち向かう大洗に対して、知らぬうちに感情移入しているようだった。

 

「しかし、この暗さでIS-2は行進間射撃で撃破しているのか・・・凄いな・・・」

 

「なんの!夜戦なら我々も負けていません!」

西の言葉に玉田が力強く答えた。

 

確かに戦車道で夜戦を取り入れているのは知波単ぐらいなものであろう。

しかしレーダー射撃が行われない戦車道の試合においては、安全面並びに無駄に砲弾を消費する点から、そもそも夜戦の設定自体がごく稀である。

 

余談ながら、知波単が全国大会の準決勝に進出した際、2回戦は大洗VSプラウダ戦と同じような夜の雪原だった。

(夜戦が行われるには、安全面から下が柔らかく障害物の少ない雪原か砂漠しかない)

対戦校は装甲・火力とも知波単を上回っていたものの、寒冷地、さらには夜間の戦いにはまるで慣れておらず、夜戦に慣れた知波単の戦車隊が、闇をついて全軍突撃して撃破したのだった。

この試合の教訓が ”全軍突撃による成果” ではなく、”自身が得意な闇の中での戦いで、相手に気付かれず肉薄して戦った成果” とされておれば、その後の知波単の戦車道も変わっていたかもしれない。

 

さらに余談だが、史上初めて戦車による夜襲を実行したのが、ノモンハン事件における玉田美郎大佐率いる戦車第四連隊とされている。

 

Ⅲ突がプラウダフラッグ車を撃破して大洗が勝利するシーンを見て西が言った。

 

「プラウダ側の油断も当然あったのだが・・・ただあれだけの包囲網を敷いておれば、夜でもあるしフラッグ車を隔離して隠すのは作戦としては当然だろうな。あと1分でもプラウダのフラッグ車が逃げ通しておれば、勝敗は逆になっていただろう」

 

「KV-2とIS-2の装填の遅さに救われた部分もありますね。ここらは我々も参考にしないといけないところだと思います」

 

「(西隊長はもちろんですが・・・玉田殿も変わりました)」

玉田の言葉を聞いた福田はそう思わざるを得なかった。

確かに大学選抜との試合において我慢しきれずむやみに動き、風船を割ってしまった人物と同じとは思えない。

 

そして、福田自身も自らが変わりつつあるのを実感している。

「(大洗での親善試合において、九五式でマチルダを撃破出来たのが私の中でのきっかけだった。もしかしたら玉田殿も大学選抜との試合でパーシング2輌を撃破したことに何かきっかけがあったのかもしれない)」

 

福田が知波単に入学して以来、知波単単独チームでの勝利は経験していない。

一つ上の学年は練習試合で勝利したことはあるようだが。

それだけに福田が勝利を渇望するのは集まったメンバーの中でも随一かもしれない。

 

黒森峰との一戦後、その願いは途絶えるかとも思えた。

しかし、今は福田自身も、西・玉田をはじめ上級生も変わろうとしている。いや、明らかに変わった。これならいけるかもしれない。いや、勝てる!

 

これだけの先輩と一緒に戦えるのだ。なんとしても私は勝ちたい・・・

画面を見る福田の眼にさらに力が宿った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.克服・後編(譲れぬ道)

今回さらにオリキャラが登場します。
例によって某漫画家の某野球漫画からの登場です。後話で同じ漫画からもう一人出す予定です。


画面は大洗女子学園と黒森峰女学院との決勝戦になった。

 

「速いな、黒森峰・・・」

 

「決して戦車の性能だけに頼ってるわけじゃないってことね」

 

「うちもあの迅速さを実現しないといけないな」

 

西の言葉に皆頷く。

平地でのスピードはチハも決して他校の戦車には劣っていないが、登坂能力に大きな差がある。それを埋めるのは事前の調査と、地図を読み解き最も効率的なルートを見つける能力。そして実現する操縦練度。

 

「あの煙幕も・・・大いに活用しないといけません」

大洗の煙幕作戦に驚きつつ玉田が言った。

 

「そうだな・・・連盟公認の煙幕装置があるとは聞いたことがある」

「福田、アヒル殿への恩義はあるだろうが、あの煙幕作戦の内容を大洗から可能な限り聞き出してもらえないか?」

 

「かしこまりました!」

西の依頼を福田は即座に快諾する。

そう・・・勝利への渇望を満たすには、あの大洗に勝たねばならないのだ。

福田は改めて自分に言い聞かせた。

 

画面では、大洗が高地に陣地を形成、それを黒森峰が包囲し、ヤークトティーガーを正面に押し出して包囲網を縮めようとしている。

 

「こうして見ると、いかにチハドーザーを使ったとしても、最終攻防戦を戦う陣地を形成するのは難しそうだな」

 

火力に圧倒されている大洗を見つつ西が言った。これが火力の乏しい知波単なら尚更だろう。

知波単が大洗に勝つには、徹底的に隠れて相手が撃つ前にをこちらが撃破するか、終始機動しつつ混戦に導き、その隙をついて撃破するしかないのかもしれない。

 

「となると、チハドーザーはあくまで野戦陣地の形成のために使用するということになりますね」

 

「うむ」

池田の発言に西が同意する。

もっとも導入可能かも現時点では定かでないチハドーザーでもあり、仮に何台か導入出来たとしても構築できる陣地には限度があるだろう。

 

そうするうちに、画面ではおちょくり作戦の後、大洗が黒森峰の包囲を突破しようとしていた。

 

「・・・だいぶ無理があるよね、この作戦・・・」

 

「というか38tもそうだけど、大洗って突撃好きだよね・・・うちらに ”何で突撃しかしないの?” とか言う割には・・・」

 

「 ”隙を見て突撃する” のと、”何も考えずに突撃する” の違いじゃないの?」

 

「「「(今、それを言っちゃいけない・・・)」」」

名倉の軽口に細見が悪気無く返しただけなのだが、その発言に西以外の隊員が心の中で突っ込みを入れる。

 

「うう・・・細見の言う通りだな・・・」

 

「「「(ほら・・・西隊長が落ち込んじゃったじゃない!)」」」

 

「し、しかしこの38tの陽動は凄いであります!」

福田が立て直すように言う。

 

「う、うちであれをやるのは誰が適当かな?」

玉田も福田の発言に乗っかろうととりあえず言ってみたのだが、よくよく考えると今後の作戦展開を考える時には非常に大事な役目だった。

 

「うーん・・・1台は谷口車、もう1台は中山車かな?」

気を取り直したように西が答えた。

 

「中山(注オリキャラ・2年/旧チハ車長)・・・ですか??」

池田が驚いたように声をあげる。

 

「谷口車はともかく、中山車の面子はお調子者が揃ってますし、そもそもあいつらは謹慎が解けたばかりですよ」

名倉もそれに続く。

 

中山車は中山を車長とし、山本(注オリキャラ・2年/旧チハ通信手)、山口(注オリキャラ・2年/旧チハ砲手兼装填手)、太田(注オリキャラ・2年/旧チハ操縦手)という面々であった。

決して不真面目ではなく、技量も低くはない(むしろ知波単の中でも高い部類)のだが、名倉の言うようにかなりお調子者というか、羽目を外すところがあり、4月には練習中に焚き火で焼き芋を作る、7月にも同じく練習中にザリガニ捕りを行い、都度2回の謹慎を受けていたのだった。

なお谷口はこの4人とは同学年ながら、途中編入者のため4人に対して敬語を使っているというのを添えておく。

 

「確かにあいつらの行動には問題があるところが多いが、言えば素直なところもある。そして最近は謹慎中の空白(ブランク)を取り戻そうと、谷口達の特訓に付き合っており、聞いたところでは技量は更に上がっているとのことだ」

 

「ついでに言えば、中山は繊細なところがあるし車長向きじゃない。集中力はある方だから、土壇場でも落ち着きがある山口と役割を変えようと思っている」

 

「確かに太田の操縦技術は元々かなり高いですし、盛り上げ役として山本もいる。陽動を行うには適任かもしれません」

西の意見に玉田が同意した。

 

「2輌が煙幕を使いながら攪乱し、そこに我々が連携しつつ突撃するという算段だ。うまくいくかは明日以降の教練次第だが、やってみる価値はあると思う」

 

「分かりました。やってみましょう!」

西の作戦に池田が同意し、他の隊員も頷いた。

 

そうして西達が話をまとめているうちに、画面は西住みほの八艘飛びを映していた。

 

「窮地に陥ろうとも仲間を救おうとする。こうした西住隊長の姿勢があるからこそ、隊員がついてくるのだろうな」

みほの姿を見て西がつぶやいたのだが、知波単の隊員の反応は意外なものだった。

 

「確かに同じ戦車道を志す者として、西住殿の姿には敬服致します。しかし、それはあくまで大洗女子学園の隊長としての話です。我々知波単が同じ状況に陥った場合は、迷わず前に進んで下さい!」

 

「玉田の言う通りです! 犠牲なくして我々は勝利を勝ち取ることは出来ません! 隊長が言った ”ONE FOR ALL,ALL FOR ONE” です。我々は皆の勝利があれば、たとえ自分は力尽きようともそれは報われるのです!」

 

玉田も池田も迷いもなく言い切った。

 

「お前ら・・・私にそんな重圧をかけるんじゃない!」

言葉だけ見ればただ発言者をたしなめる文言だが、西は嬉しそうに笑顔で言った。

確かに玉田と池田の言葉は ”自分達は途中で力尽きようとも、最後に残る西は必ず勝て!” と言っているようなものだ。

しかし、隊員がここまで言ってくれるのは隊長冥利に尽きるというもの。西はその感慨を噛みしめていた。

 

「大洗とて同じであります。マウスを撃破するために下敷きになった38t、ヤークトを用水路に屠るためにギリギリまで戦ったM3リー、敵戦車の侵入を防がんと防波堤となったポルシェティーガー・・・大洗に出来て我々に出来ぬはずがありません!」

福田も力強く宣言した。

 

そして画面はクライマックスを向かえようとしている。

 

「しかし、味方を待てばより有利になるところをあえて一騎討ちを仕掛けるとは・・・西住まほ殿も武人だな」

 

「西住流の後継者としての信念・矜持なのかもしれないですね」

西も玉田もその姿に感動を覚えている。

 

Ⅳ号が履帯を切りながらのドリフトを決め、ティーガーⅠもなんとかそれに応じるが、最後はⅣ号が黒森峰フラッグ車を撃破、西住姉妹の対決は妹のみほに軍配が上がった。

 

”本当にこれを相手にするのか・・・” 一騎討ちに堂々と応じて、戦車とは思えない動きで敵を仕留める。その姿を見ている知波単の隊員は背中に寒いものが流れざるを得ない。

 

かつての大学選抜との試合で、知波単4台とバレー部チーム1台が一瞬にしてセンチュリオンに撃破されたことがあったが、あの時はまだ ”敵ながらあっぱれ” と褒め称える余裕はあった。

戦車の動き自体はあの時のセンチュリオンの方が凄かったかもしれない。しかし画面の中のⅣ号には ”なにがなんでも、なにがどうなろうとも勝つ!” という執念・・・を超えた恐怖のような凄味がある。もちろんⅣ号の車長の西住みほは ”手段を選ばず勝つ” という精神の持ち主ではなかろう。しかし知波単が何の容赦もなく捻り潰された黒森峰の隊長車を相手に、それをさらに上回る凄味で敵車を屠ったのである。 ”負ければ廃校” という背負ったもの以上の何かをⅣ号に感じざるを得ない。

 

「「「(たとえ他の車両を撃破出来ても、このⅣ号は・・・)」」」

Ⅳ号1輌に全て葬り去られる、防ぎようのない銃口を目の前に突きつけられたような恐怖を、画面の前の面々は覚えた。

 

「「「(しかし、これを撃破せねば我々の道は開けない)))」

知波単にも譲れぬ道はある。そう。先人のように、画面の中の大洗のように・・・たとえ我が身は朽ちようと、今度は我々が守るべきもののために防波堤にならないといけない。

知波単の面々が決意を新たにするにはそれほど時間はかからなかった。

 

「見ての通りだ。戦力の劣る我々が勝つには、大洗がやったように ”いかに敵隊長車を孤立させるか” にかかっている。しかし、我々の敵である大洗の隊長車は西住殿が乗るⅣ号・・・だが我々も屈するわけにはいかない! 我々にも譲れぬ道はあるのだ!!」

 

「「「おお!!」」」

西の言葉に残りの面々が拳をあげて応えた。

 

「よし!! 大まかな作戦は今日話に出た通りだ! 明日から頼むぞ、みんな!!」

 

「「「はい!」」」

 

「・・・いや・・・このまま解散するのはもったいないから、スクールウォーズを1話だけでも見よう・・・」

 

「「「(・・・)」」」

 

結局、その夜はスクールウォーズを3話見て解散となった。

ちなみにイソップが行方不明になった11話から、イソップが亡くなった13話までである。

このくだりが後のこの小説において、とあるきっかけになることは・・・おそらくない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.下知(すき焼き作戦)

オリキャラの整理です

◇谷口車(新チハ)
・車長:谷口/2年(2年時に編入) ・操縦手:丸井/1年(2回目の1年生)
・砲手:五十嵐/1年 ・通信手or装填手:久保/1年

◇山口車(旧チハ)
・車長:山口/2年 ・操縦手:太田/2年
・砲手:中山/2年 ・通信手:山本/2年

それぞれちばあきおのキャプテン、プレーボールからです。



「あわわわ・・・」

 

「こら、福田! 指示を出せ!」

 

「も、申し訳ありません! しかし・・・」

 

敵・味方に分かれての模擬戦を行っているのだが、高速で目まぐるしく動き回る戦車を前に、福田の判断・指示はまるで追いつけなかった。

 

~~~~~~~~

 

前日の全体教練・車長会議を踏まえ、知波単が今回編み出した戦術は

 

①2輌が速度を活かして敵部隊を攪乱

②攪乱する車輌の援護射撃を行うとともに敵車輌の分断につとめる

③孤立した敵車輌を、2or3輌で、なるべく背後(死角)から接近する

④1輌が敵砲塔を引き付け、残りの1or2輌が反対側に回り攻撃する

⑤決して深追いせず、一撃離脱を基本とする

⑥一撃での撃破が難しいため、まず履帯損傷を狙う

⑦二手に分かれた小隊は、別の二手に分かれた小隊と新たに小隊を組み、再度攻撃を行う

 

というものである。

⑦をもう少し説明すると、ABCとDEFがそれぞれ小隊を編成し、それぞれの小隊がAとBC、DとEFに分かれ、分かれた先でAとEF、BCとDとで新たに小隊を編成し直して別の攻撃をしかけるというものである。

①~⑥までは行えたとしても、想定はしていたが、やはり⑦の実行が極めて困難であった。

 

1回目の演習でその困難さに直面した福田は、2回目の演習において西の立会いを依頼した。

 

「これは・・・さすがに無理だな・・・」

西も縦横無尽に走り回るチハを戦場で新たに再編成するという困難さを目の当たりにした。

しかも砲煙と走行の砂埃で視界そのものもよろしくない。

さらに言えば、同じ隊での模擬戦となるため敵も味方も同じチハというのがさらに困難を極めた。

 

その後、稜線射撃、行進間射撃の演習を行い、本日の教練は終了。

教練後に改めて車長が集まり、本日の内容を踏まえて作戦会議が行われることになった。

 

~~~~~~~~

 

「大役を仰せつかりながら、その役目を果たせず誠に申し訳ございません! しかし実際にこの作戦を実行するにあたっては・・・」

 

「福田が気にすることはない。我々も2回の演習で、敵味方入り乱れての混戦の中で、新たに隊を編成するのがどれだけ困難かを痛感している」

 

会議の冒頭で福田が指示を満足に行えなかったことを詫びた。

その後歯切れの悪いところはあったが、玉田がすかさずフォローを入れた。その後特に福田を詰る声が挙がらなかったことからも皆同じように思っていたと見える。

2回目の演習で福田に立ち会った西は、その困難であることを認識し、状況によっては福田を守らないといけないと考えていたがその必要はなさそうである。

こうしたことからも西は皆の変化・成長を感じ取っていた。

 

「しかし、そうなると臨機応変にその場で隊を編成するというのは無理そうですね」

細見が切り出し、その後に池田が続いた。

 

「となると、小隊を固定して行うことになるが、3輌で小隊を編成して分離攻撃するというのもなかなか難しいぞ。他2輌の動きや状況を把握するのは難しいし、かえってこちらが分断されることになりかねん」

 

「となると、2輌小隊か・・・」

 

「出来れば数の優位さは3対1で保ちたかったがな・・・」

自らの案にこだわっているわけではないが、なんとか数的優位さを保てないかと西も思案する。

 

「2輌なら十分連携は取れると思います」

西の苦心を打開するかのように谷口が答えた。

 

「今日はじめて山口さんのチハと小隊を組みましたが、2輌ですとまだ双方の状況把握はなんとか可能です。逆に言えば、敵車輌の位置や状況を把握して瞬時に次の攻撃に移るには2輌が限界かもしれません。山口さんは今日自分と組んでみてどうでしたか?」

 

「まあ谷口のフォローがあったしな。2輌で組むにしても、片方がリードし、もう片方が従うという編成は必要だと思う」

初めて車長会議に参加したとは思えない落ち着きで山口が答えた。

 

なお今日の教練の前に、西が以前の中山車の役割変更を伝えた。中山は車長→砲手兼装填手、山口が砲手兼装填手→車長となったのだが、中山自身窮地で弱気になる自分の性格を認識していたのか、車長の座を降りることには特に抵抗はなかった様子ではあったのだが・・・

 

「そうか・・・ところで今日から車長が山口になったが、中山は大丈夫か? くさってなどいなかったか?」

西が今日一日気に掛けていた質問を山口にぶつけた。

 

「まあ最初は ”別に何も落ち度はなかったのに・・・” とぶつくさ言ってましたが、あの通りの気分屋ですからね。あとの射撃訓練では ”こっちの方が向いてるわ” と呑気に言ってましたよ。うちらも少し気を使ってたのに、取り越し苦労でしたわ」

 

「こちらも谷口となら小隊組むのも安心だし、そうなるとそれぞれの役割分担も明確になるだろうし、それほど心配しなくても大丈夫だと思いますよ」

 

西の望むおそらくベストの回答を山口はした。

西もそれを聞いて安心し ”よろしく頼む” と伝える。

 

「それよりか今ふっと思ったんですけど、うちと谷口は序盤の攪乱が作戦の主ですよね。それなら役目が一段落したところで、他の小隊のフォローにそれぞれ回るってのはどうですかね?」

 

「なるほど! 2輌小隊を基本として、そこに私と山口さんのチハが臨機応変に対応して3対1の局面を作るということですね。小隊長車がもう1輌をフォローし、我々2輌が局面に応じてそれぞれ小隊の攻撃に参加する。ここまで役割分担が明確になれば出来るのではないでしょうか!」

 

「うむ! 妙案だ!」

山口と谷口が考えた3対1の数的優位を可能な限り作り得る作戦に、西も満足した。

 

「ほか何か今日の教練で気付いたことはないか?」

西がさらなる意見を求める。

 

「福田の指示が長くなると、こちらも聞き取りづらいし、理解が追いつきません。判別のしやすい部隊名は必要かと・・・」

玉田が西に部隊名の下知を求めた。

 

「なるほど・・・確かに大学選抜との試合でも ”あさがお”、”たんぽぽ”、”ひまわり”と命名されていたしな」

 

「であれば・・・すき焼きの具はどうだ? 牛肉、豆腐、長葱、しいたけみたいに。これが本当の ”すき焼き作戦” だ!」

 

「「「(・・・いや、隊長・・・さすがにそれは・・・)」」」

西の提案に多くの車長はそのように考えたのだが、細見の一言がその思案を引き裂いた。

 

「じゃあ私は牛肉!」

 

「ずるいぞ細見!じゃあ私は卵だ!」

 

細見の言葉に寺本ものってしまった。

その後は、 ”私は豆腐だ” という具の選択にとどまらず、”豆腐は焼き豆腐なのか?” 、とか ”すき焼きに入れるのはしらたきじゃなくて糸こんにゃくだろ!” といったまるで部隊名とは関係ない話まで飛び交う始末。

結果、西の裁定を待つしかなかった。

 

「では細見車は牛肉!」

 

「やったぁ!」

 

「ちょっと待って下さい! 牛肉は隊長車じゃないんですか?」

 

「いや、別に隊長車は ”隊長車” のままでいいだろ」

玉田の質問に、西はそれが正しいのか正しくないのかよく分からないような回答をする。

 

「まあ、隊長がそう決めたのならいいんですけど・・・」

そう呟いたのは玉田だったが、多くの者が牛肉に未練があるようだった。

 

結果、玉田車=割り下、細見車=牛肉、池田車=豆腐、名倉車=長葱、寺本車=卵となった。

基本この5台が小隊長車となり、僚車をフォローすることになる。

 

「別動隊の谷口と山口、福田は別の部隊名をつけよう。何がいい?」

西が尋ねた。

 

「自分のところは谷口にまかせるよ」

なんでもいいよ、という感じで山口が答える。

 

「じゃあ・・・自分は野球好きなので言いやすい野球用語で・・・自分がバント、山口さんが牽制でいいですか?」

 

「「「(また地味なところを・・・)」」」

ホームランとか、三塁打とか威勢のよさそうな言葉が出てこないのが谷口らしいといえばそうなのだが。

 

「ああ、それでいいよ」

変わらず山口が無頓着に答えた。

 

「では福田は ”みかん” でお願いします」

 

「おお! 確かにみかんは福田にピッタリだな!」

西がそれはいいとばかりに同意する。福田に似合う果物といえば林檎か蜜柑。しかし福田はどちらかといえば寒冷地よりも温暖な地の方が合っている気がする。林檎といえばKV2の装填手(ニーナ)がピッタリだから、それだとやはり福田は蜜柑だなと、西は勝手に想像を膨らませていた。

 

「よし! それでは明日から ”すき焼き作戦” 開始だ! パンツァーフォー!」

 

「「「(・・・)」」」

 

 ”こんな影響されやすい人だったっけ??” と思わざるを得なかったのだが、それはそれとして、まだまだ知波単の変革は始まったばかりである。

ゆっくりではあるが、歩みの一歩が確かな前進であることを皆感じ取っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.冥利(再戦決定)

前回で決定した小隊名です

◇小隊名
玉田車=割り下、細見車=牛肉、池田車=豆腐、名倉車=長葱、寺本車=卵

◇別働車
谷口車=バント、山口車=牽制、福田車=みかん、西車=隊長車


「バント! 虎へ! 割り下を支援!」

 

「牽制! 蛇に反転! 敵の頭を抑えて下さい!」

 

「長葱! 猿へ! 卵を支援!」

 

「豆腐ご飯! 接地するぐらいに低く射撃して下さい!」

 

訓練の成果として、谷口車・山口車が小隊の支援に回るだけでなく、1つの小隊が別の小隊の支援に回るところまで及ぶようになった。また提案により、判別しやすいように方向は十二支で指示、小隊の僚車は小隊名+ご飯で呼ぶようにした。もっともこれには名倉が ”長葱ご飯ですか・・・” と小さな反抗を示したのだが。

 

さらには、もとより接近して履帯狙いが主のため俯角をほぼ取る必要がなく、加えて肩当により主砲の微調整が可能なため、最悪跳弾を利用するイメージでとにかく低く射撃することが徹底された。

 

最大速度に近いところで機動するため、当然自車が命中させるのも難しいが、それ以上に敵側が高速でいろんな方向から接近離脱するチハに命中させるのは難しいだろう。

さらにはチハは肩当で微調整しつつ砲撃でき、搭載砲弾数も旧チハが114発、新チハが100発である。それに対し、機動しながら砲撃する機会はそうないとはいえ、ヘッツァーは搭載砲弾数が36発、Ⅲ突も44発しかない。他の大洗の戦車(八九式を除く)も70~80発程度である。装填速度においても、鍛えられた知波単の面々が大洗よりも小さい砲弾を扱うわけで、その早さは大洗の戦車の比ではない。

 

 ”速く動いて早く撃つ” という点だけ見れば、豆戦車を除けば、高校戦車道において知波単に肩を並べる高校があるとは到底思えず、敵味方が入り乱れる状況になれば相手を攪乱するところまでは十分いけるであろう手応えを皆感じていた。

 

あとは、いかに射撃の精度を高めるか。そしていかに相手に接近するかである。

 

~~~~~~~~

 

会議室では、すき焼き作戦が決定後初めての、週1度の車長会議が行われている。

 

「西隊長! チハドーザーですが、さすがに現物は残ってないものの、建機課の方でメーカーに同様のものが作成が可能か問合せたところ、ブレード2つならすぐに作ってもらえるとのことです!」

 

「西隊長! 特甲弾は認可済みです。但し入手するとなると少し費用がかかります!」

 

「西隊長! 連盟公認の煙幕装置の確認が取れました! 各校10輌までは導入可能なようです。購入の起案は既に提出しておりますが、一先ず大洗から2つ貸してもらうことが出来ました!」

 

細見、池田、福田がそれぞれの調査について回答を行った。

 

「よし・・・それでは頃合いだな」

答えを聞いて西が決意を込めて言った。

 

「みんな! 昨日に大洗女子学園に連絡し、再来週の日曜日に再戦することが決まった! 試合会場は1週間後には決まるだろう」

 

「先日は完膚なきまでに叩きのめされた相手だ。その差がすぐに埋まるとは思えない。しかし我々も以前の我々ではない! 最後の最後まで諦めずに戦おう!」

 

「「「おお!!!」」」

皆が一斉に声をあげた。

 

とあるプロレスラーが言った ”1+1は2じゃないぞ。オレたちは1+1で200だ。10倍だぞ10倍” とまではさすがにいかないが、2輌小隊で襲いかかる新知波単戦法は、単純に ”1+1=2” ではない手応えを皆感じていた。

これにチハドーザーで効果的に野戦陣地を構築する、煙幕を利用して接近戦に持ち込む、地形を活かしてキルゾーンに誘き寄せる。

これらがうまく重なればあるいは・・・との思いがあった。

 

他、擬装工作をどのように行うか、誰が担当するか、隊長車をどのように活用するか等を議論し、会議は終了した。

 

~~~~~~~~

 

会議の翌日以降、教練は文字通り月月火水木金金となった。

そして会議の3日後にはチハドーザー用のブレードが2つ到着。ひとまず池田と名倉にチハドーザーをあてがい、それぞれの小隊が陣地構築担当となった。

また、西と寺本が擬装工作を担当、玉田と細見の小隊が本体の護衛を主として、陣地構築と擬装工作を手助けすることとなった。

 

谷口車と山口車はひたすら一対一での模擬戦を繰り返していた。

この2輌は相手を一通り攪乱した上で、別の小隊の攻撃をフォローすることになるのだが、数的優位の場面を作った上での攻撃となるため、この2輌がいかに敵の攻撃を回避し、一方でいかに敵車輌を撃破、少なくとも足止めできるかに作成の成否がかかっている。

 

「丸井! スピードに変化をつけることをもっと意識しろ!」

 

「五十嵐! 一発で仕留めようとしすぎるな!」

 

「中山さん! 集中力を切らさないで下さい! この作戦は相手より先に音を上げたら負けです!」

 

「太田さん! 中山さんと射撃するタイミングをもう少し合わせて下さい! いくらなんでも最高速で走りながら動く敵に命中させるのは無理です!」

 

谷口の指示もより一層厳しくなった。

体力もさることながら、集中力を持続する気持ちの方がかなり疲弊していた。

しかし口数は明らかに少なくなったが、2輌の乗員とも研ぎ澄まされたような感覚を維持しており、他の知波単の隊員も近づき難い雰囲気を醸し出していた。

 

「最近のお前らには鬼気迫るものがあるな」

 

「隊長殿! おつかれさまです!」

教練を終え雑談をしながら整備中の山口車であったが、西の存在に気づき、乗員がキビキビと礼を返す。

 

「チハの能力を最大限に発揮している感じだな。谷口のもそうだったけど、エンジン回りがほれぼれするいい色に焼けている。まだ私らのは煤けていたりするからな。戦車乗りとしても裏野巣に乗っている者としても嫉妬したくなる色だ」

 

「ありがとうございます。まあただ谷口があんなドSだと思いませんでしたわ」

 

「どえ・・・?」

 

「ああ、サディスティックということです。正直私らからしたら、この教練が終わるなら早く試合が来いという感じですね・・・」

山口が疲れ切ったような感じで西に答えた。

 

「・・・まああいつはサンダースの連中を見てきてるしな。それに負けないようにというのはあるんだろうな」

 

「サンダースの奴らって、うちら以上に練習してるんですか?」

軍手を外しながら一旦小休止という感じの山本が西に尋ねた。

 

「いや、単純な練習量でお前らに勝てるところがあるとは思えん。ただあそこは三軍まで入れて履修者が500人もいるところだ。その中で生存競争を勝ち抜くのは並大抵のことじゃないだろう」

 

知波単においても30輌ほどの戦車を有し、当然1回戦の10輌に選ばれるには競争がある。それが50輌とか100輌とかになると・・・その競争の激しさは知波単の隊員からしたら想像し得ないところであった。

 

「なるほど。サンダースにいた時は二軍の補欠だった谷口からしたら、今は試合に勝つことに邁進できる環境にあるということですね。まあ今の谷口がサンダースのレギュラーに劣るとも思えないですけど。なんにせよ試合に出れる我々はまだ幸せということなんですね」

 

「試合に出れなければ不幸せというわけでもないがな。ただ選ばれなければ試合に出れないし、選ばれるために厳しい練習を積んでいる。サンダースの連中は選ばれるための基盤がそれだけ強大で堅固だということだろう」

 

あくまで第三者的な感じで西は言ったが、西自身が隊長として出場選手を選ぶ立場にある。今まではそれほど感じなかったが、これだけ戦車道に邁進している連中をいずれは篩にかけないといけないのかと、話をしながらもその責任を感じていた。

 

「まあ私にとってもお前らのような者を従えて戦えるというのは隊長冥利に尽きる。そして作戦の成否は正にお前らにかかっている。苦しいとは思うがなんとか頑張ってくれ!」

 

「ありがとうございます! もとよりその所存です!」

一瞬西によぎった不安を打ち消すように、4人はきりっと敬礼をした。

そうだ。これだけの面々をさらに選りすぐられた精鋭にするというのも隊長冥利の1つではないか。西は心を奮い立たせた。

 

~~~~~~~~

 

会議から1週間後、試合会場の斡旋並びに練習試合の運営を依頼していた戦車道連盟から、試合会場決定の通知が来た。

 

会場は草地の丘陵地帯を林が囲んでおり、イメージとしては大洗女子学園がサンダース大付属と戦ったものに近い。戦車道の試合が行われる会場としてはオーソドックスな感じだが、一つ特徴的なのは、真ん中あたりで細くくびれ、そのくびれを角に直角に曲がっている。イメージとしてはドッグレッグした巨大なゴルフコースという感じだが、そのくびれた部分が戦いの要地になることは容易に想像できた。

 

「本隊は前日に試合会場に向かう。残念ながら車長クラスはそうせざるを得ん。玉田、陣地構築部隊と擬装部隊の隊員を主に先遣隊を構成してくれ!」

 

「かしこまりました!」

 

「(まずったな・・・やはり・・・)」

玉田の返事を聞きながら、西は改めて後悔していた。

そう。練習試合の前々日の夜に、知波単戦車隊のOG会である ”あじさい会” との会合があるのをすっかり失念して練習試合の日程を決定してしまったのである。

隊長である西はもちろん、各車長もそちらに参加せざるを得ない。

 

しかも、西自身意に介するものではないと思っていたが、OGの面々が改革を遂げようとしている直近の知波単戦車道に対して、怒りを露わにしているとの不穏な情報もあった。

 

「(まあ私自身より、隊員が不安にならないようしないとな・・・)」

出来れば辻と前もって打ち合わせもしたかったが、お互いにその時間もない。

OGとの折衝も隊長冥利の1つ・・・とはさすがにならない。

 

そして、その日の夜がやってきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.対峙(OG会の糾弾)

◇作者オリジナル設定 ※8話参照

学園長の直轄組織として、人事局、総務局、経理局、医務局、教育局、調度局、船務曲、艦政局といった局が連なる形が取られており、運営の意思決定は各局長の局長会議を以て行われます。

その中で総務局は伝統的に戦車隊の代表者が局長を務めており、辻が局長の任に就いています。
総務局の所掌事務は「庶務・制規」が主で、他戦車道に関わるところの大半を担っています。


あじさい会。伝統ある知波単戦車隊のOG会である。

 

比較的資金面では恵まれていると言われる知波単戦車隊だが、学園自体はご多分に漏れず少子化のあおりを受け、学生数は年々減少しつつある。そのため費用の負担の大きい戦車隊は、学園内においてもかつてのような優遇されたものではなくなっている。加えて近年の成績不振がそれに拍車をかけていた。

 

既に学園内で戦車道履修者は ”特権階級” ではなくなっているのだが、以前の特権意識のままにOGが在校生に口を出すという、あまり良くない流れにはなっていた。

それでも辻はOGに取り入るのが上手く、関係を持ち直したところはあったが、隊長が西になって以降、その繋がりはほぼ無くなり、西自身あじさい会に対しては新隊長就任の挨拶状を出したのみである。

 

そして、あじさい会と在校生との会合はだいたい季節に一度、3ヶ月に1回のペースで行われていたが、会合の内容としては在校生による簡単な活動報告と形だけの決意表明、その後はOGの面々による ”私らの頃は・・・” とか ”今の学生は恵まれすぎて精神力が足りない” といった懐古話や聞きたくもないお小言を散々聞かされるというものだった。

 

なんにせよ、言うなれば錆び付いた伝統と特権意識を持ったままのOGからすれば、伝統を覆そうとする、そして礼を失する西の振舞いに対して好印象を持つはずはなく、会合はのっけから不穏な空気となっていた。

 

~~~~~~~~

 

「以上が活動報告であります!」

式次第に従って西が報告を行ったが、OG達は終始興味無さそうに聞いていた。

 

「ところで西殿。貴様は ”これから新しい知波単戦車道を切り開く” と言っていたが、それはどういう考えがあってのものなんだ?」

 

言葉は質問の体であったが、その端々に ”そんなことが許されると思っているのか?” との否定が滲み出ていた。

質問をしたのは、会の副会長を務める牟田口である。

 

「我々は決してこれまでの先輩方が築いてこられた伝統を蔑ろにするつもりはありません。先人や諸先輩方から受け継いだものを活かしつつ、さらなる高みを・・・」

 

「そんなことを聞いているのではないわ!!」

牟田口の怒鳴り声が西の言葉をぶった切った。

 

「だいたい貴様は新隊長に就任してからはがき一枚寄こしてそれきりだ! それで何が伝統を受け継いでだ! 馬鹿にするのもたいがいにしろ!!」

 

「・・・礼を欠いていたことは誠に申し訳ございません。以降、失礼のないよう・・・」

 

「そんな上辺の言葉は聞きたくないわ! そんなたるんだ精神だから黒森峰や大洗に捻り潰されるんだ!」

 

なんとか返そうとした西の言葉を、再度牟田口の怒りが遮る。

そして、牟田口の言葉に自然と西の視線も鋭いものとなった。

 

「なんだ?その眼は! 事実を言ったまでだろうが! 聞いているぞ。なんでも煙幕やチハドーザーを使って攪乱しようとしてるらしいじゃないか。そんな腑抜けたことを考えてるから敵を突破出来んのだ。恥をしれ、恥を!!」

 

「・・・」

 

さすがに西も言葉を返すことが出来ない。

正座をしながら聞いている他の車長も、憤りと悔しさを隠すように膝の上の手をグッと握りしめながら下を向いていた。

 

「西殿。なんでも一式中戦車や、さらには四式中戦車まで導入しようとしているらしいじゃないか。貴様は我々が築いてきたチハの戦車道を蔑ろにするつもりなのか?」

 

「・・・いえ??・・・そのような計画はないのですが・・・」

 

尋ねたのはあじさい会の会長である寺内であったが、思いもよらぬ質問に西はうろたえるばかりであった。

 

「ええい! 我々が何も知らないとでも思っているのか? ちゃんと情報は来ているんだ。突撃を捨てるだけじゃなく、チハの魂までも亡きものにしようとするとは不忠にもほどがある! 貴様が隊長をやる資格なぞないわ! さっさと辞表を提出しろ!」

 

「・・・いえ・・・決してそのようなことは・・・」

牟田口に怒号を浴びせられたことよりも、聞いたこともない導入計画と的外れの言いがかりのような罵りに対して、西は困惑を隠せないでいた。

 

「待って下さい!」

声をあげて立ち上がったのは谷口であった。

 

「新チハの車長を務めている谷口であります!」

 

「貴様の発言など求めてないわ!」

 

牟田口がすかさず悪態をついたが、会の理事を務める宮崎と今村が ”在校生の勇気ある発言に耳を貸さないとは貴様こそ立場をわきまえるべきでないか” とたしなめ、谷口の発言が許可された。

 

「私はこの4月に知波単学園に編入してきました。それまではサンダース大付属で戦車道をやっておりました。サンダースでは二軍の補欠だった私にとっては、戦車は乗るものというよりかは整備するものでした。乗員に託すことしか出来ない。しかし、だからこそ戦車への愛着は強いものとなりました」

 

「戦車に乗って戦っている隊員よりもその戦車の活躍を願う気持ちは強かったかもしれません。それだけに戦車がトラブルで動けなくなったり、為す術なく撃破された時は悔しい気持ちで一杯になりました」

 

「そして知波単にやってきて幸いにも私は試合に出ることが出来るようになりました。しかし全国大会で黒森峰にまるで為す術なく敗退しました。その時私はチハを汚しまったように思いました」

 

「そんな時に西隊長は仰いました。 ”チハは受け継がれてきたものの象徴のようなものだ。それを踏みにじることは許されない” と。この言葉を聞いた時に私は何があっても西隊長についていくことを決心しました」

 

「谷口だけではありません!!」

立ち上がったのは玉田だった。

 

「私は隊長と1年半以上一緒にいます。隊長がチハの魂を蔑ろにしていた時など一度もありません!!」

 

「あなた方が何と言おうと、我々の隊長は西隊長以外に有り得ません!!」

細見もそれに続いた。

 

そして、細見の言葉をきっかけに各車長が皆立ち上がって声をあげた。 ”何があっても西隊長についていく”、”西殿が隊長を辞めるなら私も戦車道を辞める” と。

 

「ええい、うるさい!! 貴様ら全員クビだ!!」

 

「いいかげんにして頂けませんか、牟田口殿!」

牟田口をたしなめたのは、それまで言葉を発していなかった辻であった。

 

「先の全国大会で、そして大学選抜がどのような戦車を使用したか、あなたはご存知ですか? パンターやティーガーにとどまらず、ヤークトやエレファント、マウスまで登場しているのです。大学選抜はセンチュリオンまで投入しています。スチュアートやⅢ号Ⅳ号と戦っていたあなた方の時とはまるで違うのです」

 

「西は私に ”チハは防波堤たらんと最後まで諦めずに戦っていた” と言いました。銃後が勝利を信じ、一縷の望みを託していたとも。そんな西に、戦車に向かって竹槍で立ち向かうような絶望的な戦いをさせるわけにはいきません」

 

「一式中戦車2輌と四式中戦車1輌は、私が総務局長の権限で導入を決定したものです。あなた方に迷惑はかけていませんし、そして誰にも導入に関して口を挟ませるつもりはありません!」

 

「ぐぐぐ・・・」

辻の思いがたぎった発言に、牟田口も返す言葉がないようである。

そして、そのタイミングを見計らって、今村が会長の寺内に進言した。

 

「寺内会長。あくまで戦車道は学生である彼女らのものです。そして彼女らのチハを思う気持ちに嘘偽りはありません。彼女達を信じてあげて下さい!」

 

「・・・ううむ・・・分かった」

元よりプライドだけは高いが優柔不断な寺内である。その場の空気で簡単になびいた。

 

その後は微妙な沈黙が会合を支配した。

OG達もいつものように話をするわけにもいかず、そのまま流れ解散のようになった。牟田口だけが思い立ったようにプリプリ文句を言っていたようだが。

 

~~~~~~~~

 

「「「隊長!!」」」

各車長が西を取り囲んだ。

 

「私は・・・やはりまだまだだな・・・隊長としての無力さを思い知るばかりだ」

 

「そんなことはない」

否定したのはそばにいた今村だった。

 

「牟田口のあなた方への非礼、誠に申し訳ない。OGを代表してお詫び申し上げる」

 

「もったいないお言葉です。頭をお上げ下さい!」

 

「本当にすまなかった・・・しかし良い仲間をお持ちだな。窮地に立たされた時に頼れるのは伝統ではなく、一緒に戦う仲間だ。その仲間に恵まれたあなたが悪い隊長であるはずがない。あなた方の作る知波単の新しい戦車道。楽しみにしています」

 

「「「有難うございます!!」」」

今村が絶妙のタイミングで進言してくれていなければ、会合はさらに紛糾していたかもしれない。

一同が深々と頭を下げた。

 

「西、ご苦労だったな」

 

「辻隊長・・・」

西の目に一気に涙が滲んだ。

 

「なんと申し上げてよいか・・・私には言葉が見つかりません」

 

「本当の敵は、強い相手ではなく無能な身内だ。私はただ無能な身内にはなりたくないだけだ」

 

「導入は1ヶ月程先になる。本当は一式と四式をいきなり見せてびっくりさせたかったんだがな。まあ3輌を導入するにあたってはだいぶ力技を使ったからな。それを苦々しく思っていた、おそらく船務局とかを通じてOG達に情報が流れたんだろ。予想外のところで責められることになって申し訳なかったな」

 

「辻隊長・・・ありがとうございます・・・」

 

他の局の局長が軒並み代替わりする中で、3年生の辻がそのまま局長に残っているのは、変革期の戦車隊のメンバーに負担を掛けたくなかったのが1つ。そして、この3輌を導入するために、さらに言えば他の局長が2年生に代替わりし、辣腕を振るい易い状況になる時期まで待ってというのもあったのだろう。様々な批判や悪口を浴びるのはどうせ卒業までのこと。置き土産とばかりに新戦車導入のために悪役になってくれた辻のことを思うと、西は涙を止めることが出来なかった。

 

「礼を言うのはまだ早い」

 

「私はお前に託したのだ! 私の戦車道を。私はもう引退したが、お前が為すべきことを成し遂げた時に私の戦車道も成就する。その日が来るのを待っているぞ!」

 

「はい!」

辻が差し出した右手を、西は両手で力強く握りしめた。

 

「さあ! 明後日は大洗との試合です。みんなで声をあげましょう!」

 

「「「えい、えい、おー!!!」」」

細見の言葉の後にみんなが・・・辻も一緒になって続いた。

 

いい試合をするのではない。勝つのだ! 我々の、知波単の新しい戦車道で!

他の高校からしたら世迷い事を言っているようにしか見えないかもしれない。しかし、この声をあげている瞬間、西には勝つ確信があるように思えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19.前夜(望みを持つ者)

試合前日。あじさい会との会合のため出発が遅れていた本隊も会場を視察していた。

 

改めて会場を見ると、L字型の草原を林が取り囲んでおり、L字に挟まれた内側の林は少し進むと崖になっており、ショートカットさせるのは難しそうである。

そしてL字の直角に曲がる手前で窄まり、曲がってからまた広がる形状。アルファベットの「L」の縦棒の上から大洗が進み、横棒の端から知波単が進む形となる。L字の角には知波単の方が近く、車体が隠れるほどの草原の起伏もあり、知波単にとってはかなり恵まれた戦場ともいえた。

 

策を弄するまでもなく、L字の角の前後でどのように敵を迎え撃つかがカギになる。

 

~~~~~~~~

 

「先遣隊が見た感じはどうだ?」

一通りの視察を終えた後で西が尋ねた。

 

「言うまでもなく、L字の角をめぐる攻防になると思います。自然と接近戦に持ち込めるこの地を活かさないのは愚策でしょう」

半田(注オリキャラ/2年)が明確に言い切った。

 

なお ”半ちゃん” と皆に呼ばれているこの隊員は池田車の通信手を務めているが、高校から本格的に戦車道を始めた高校デビュー組である。知波単では決して珍しいことではないのだが、同学年の中でもかなり要領が悪く、また気弱な性格でもあり、隊の中では目立たない存在であった。

その半田が明確に愚策と言い切ったことに、他の隊員は多少の驚きを感じていた。

 

「大洗は何輌で?」

 

「3年生が乗車しているヘッツァーとポルシェティーガーは出てこないそうだ。こちらは12輌で戦うと伝えている」

玉田の質問に西が答えた。なお前回の大洗との練習試合においては、大洗8輌に対して知波単は15輌で臨み、1輌も撃破できずに壊滅の憂き目にあったのだが。

 

「大洗も6輌なら、まとまってこちらに一団で向かってくるとは考えづらいのでは?」

 

「うむ。外側の林は八九式でも走行は問題ない勾配だ。八九式他何輌かが外側の林を抜けて、こちらの背後を突こうとするのは間違いないだろう」

 

「なら、林の中で待ち伏せしますか?」

 

「いや、こちらは火力に劣っているしⅣ号が林の方に回って来たら各個撃破される危険性がある。出来れば数的優位を保てるところで戦いたい。せめてフラッグ車がどれで、Ⅳ号がどちらに回るか分かればいいんだがな・・・」

 

連携が取れる場所での戦いを優先したのだろう。玉田が提案した待ち伏せ策を西は否定した。

 

「ならいっそ・・・前で仕掛けますか! 相手は6輌ですし、どの戦車がどっちにいるかは分かるでしょう。6輌に簡単に殲滅されるほど、うちもやわじゃありませんし」

 

「そうだな。私もそれを考えていた」

細見がいわばノリで提案したのだが、西はそれに乗っかった。

 

「もちろんあくまで目的は強行偵察だ。半田、福田が敵情確認に使えそうな高台はあったか?」

 

「いや、L字の角より敵側にはありませんね。角のところには木を4、5本倒せば見通せそうな場所はあります。電ノコ使えばいけるかと」

 

「分かった。L字角曲がってからの傾斜は?」

 

「平坦という感じですが、陣地を作っても上から狙われる危険性はありません。遮蔽やダミーに使えそうな起伏もありますし、チハドーザー使えばそれなりに精巧な陣地は作れると思います」

 

「林からとで十字砲火は出来そうか?」

 

「適した場所はあります。ただ大洗の人達も同じように偵察していたので、こちらの想定通りに嵌まってくれるかはやってみないと分かりませんが・・・撮った写真をプロジェクターに映します」

 

試合会場の確認が重要と先の会議で気付き、急ぎ無理を言ってノートパソコンとデジカメとプロジェクターを購入してもらったのだった。

壁にはこれまで半田が説明した地点の写真が投影されている。他に撮った写真も全て映し出され、西や他の隊員の質問を受けながら、半田は簡潔に明瞭に、かといって主観をまじえることなく説明を続けた。大洗のバレー部チームのメンバーと記念撮影をした写真も一緒に映し出されたのは想定外だったが・・・

 

「これだけ状況が分かれば助かる。素晴らしい仕事だな、半田! 見直したぞ」

西が半田の丁寧な仕事ぶりを称えた。

 

「いえ・・・お役に立てたのなら幸いです」

いつもの素の姿に戻ったように、はにかみながらも半田は嬉しさを露わにした。

 

「それでは今回の作戦の概要だが・・・谷口と山口、あと細見の小隊が強行偵察部隊として相手を攪乱する。池田と名倉の小隊が野戦陣地を構築し角を曲がったところで迎え撃つ。私と玉田と寺本が林に潜んで十字砲火に備える。強行偵察を行った小隊が後詰めとなる。大筋はこれでいく」

 

「煙幕は今回使われますか? おおよその感じは使ってみて把握は出来ていますが」

攪乱部隊の主を担うことになる谷口が西に尋ねた。

 

「いや、今回は使うつもりはない。我々が大洗に勝ったと言えるのは、ヘッツァーやポルシェティーガーも含め全車輌が揃った大洗に勝った時だ。それに練習試合といえど、その内容は他校にも知れ渡ることになる。今の段階であまりこちらの手の内を見せたくはない。それに福田が大洗から煙幕装置を借りてきている以上、向こうもこちらが煙幕を使うことは想定しているだろうからな」

 

西がそう言ったのは本音でもあり、建て前でもあった。

ヘッツァーやポルシェティーガーがいる大洗に勝ってこそという気持ちはもちろんあったが、それよりも負けるつもりは当然ないものの、この1戦で大洗に勝てるとも思っていなかった。ましてや、近い内に一式中戦車や四式中戦車の導入も決まっている。手の内を見せたくないのは、他校というよりもむしろ大洗に対しての気持ちが強かった。もちろんそうした本音を全て隊員に話す必要もない。

 

「立場をわきまえろという話だが、今回大洗には我々知波単が新たな戦車道を歩む上で試し斬りの相手になってもらうつもりだ」

 

「承知しました」

西の言葉に出さない本音もおそらく感じ取ったのだろう。谷口もそれ以上の追及は行わなかった。

 

「明日が知波単戦車道の新たな歴史が生まれる日としよう! ではおのおの方、抜かりなく」

 

「「「はい!(・・・今度は真田丸? いや、前から言ってたかな?)」」」

 

~~~~~~~~

 

同じ頃、大洗女子学園でも作戦会議が行われていた。

 

「明日は我々6輌に対して、相手が12輌となります。相手がどのような作戦を取ってくるか分かりませんので、Ⅳ号がフラッグ車となります。また今回ツチヤさんには、BⅠbisの車長となってもらいます。園さんは今回通信手としての役割をお願いします」

 

「分かったわ」

 

「了解しました」

 

今回の試合は、園みどり子以外の3年生は参加しない。そのためポルシティーガーは不参加となったが、今後のために2年生のツチヤを元々乗員数の足りていないBⅠbisの車長に据えて経験値を高めようというものだった。

 

「知波単は煙幕装置を導入したと聞いています。作戦で煙幕を使ってくる可能性があります」

本当は磯辺が独断で知波単に貸し出しをしたのだが、あえて伏せて磯辺がそれを伝えた。

 

「知波単の作戦としては、L字型の角を出たところで待っているのが定石ぞなもし。今回ばかりは待ち伏せしてくるやも・・・煙幕まで使ってくるとなりゃ読めないだにゃ」

 

「まあチハで来られる限りは問題ないと思いますけどね」

 

「戦車の性能だけで相手を判断してしまうのは危険だ。同じ戦車でも乗員の質が上がればパフォーマンスも大きく跳ね上がるのは我々が証明していることでもある。ましてや、知波単の連中はこの前あれだけ手ひどくやられてるのに再戦を持ちかけてきた。それだけ何かが変わったとみるべきで、これまでの知波単と思わない方がいい」

 

秋山優花里が戦車の性能から相手を下に見るような発言をしたところ、油断大敵とばかりに冷泉麻子がそれを窘める。

 

「麻子さんの言う通りです。戦車道に絶対はありません。くれぐれも油断しないようにして下さい。6輌で正面から突っ込むのは危険ですので、アヒルさんチーム、ウサギさんチーム、カバさんチームで林を迂回して相手の背後を突くようにします。おそらく相手はこちらを狭小地に誘い込んでの挟み撃ちを狙っていると思います。その前にこちらが挟み撃ちにしてしまいましょう」

 

作戦は奇しくも双方が挟み撃ちを狙う形となった。

 

戦車の数では知波単が、質では大洗が上回るが、どちらが先に主導権を握るか・・・

しかし、それ以上に気になるのは・・・

なんでも左衛門佐によれば、 ”我々はみなそれぞれ望みを持っている。だからこそ我等は強い。真田丸で幸村がそう言ってましたよね。私達も同じなのです” と西は言っていたらしい。あの前回の練習試合の夜、悲嘆にくれた西がなぜこの短期間でそこまでの自信を持ち得るようになったのか・・・カエサルは非常に不気味なものを感じていた。

 

そして、その不安はカエサルのものだけではなかった。磯辺も西住みほも冷泉麻子も・・・追われる者の宿命である怖さを感じつつ、当日の朝を迎えることとなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20.煙幕(大洗戦開戦)

小説内における時系列を。

7月中旬:隊長が辻→西に交代
8月中旬:この小説の始まり&大洗での親善試合
8月下旬:大洗女子学園と大学選抜との試合
9月下旬:大洗女子学園との練習試合
11月初旬:大洗女子学園との再戦 ←←今ここ

※後書きにオリキャラや設定を記載しました


迎えた大洗女子学園との再戦の日の朝。快晴とは言えないが降雨の心配はない様子である。

2ヶ月少しで知波単と大洗女子学園とは3度接しており、各車が整備を終えた頃にはそれぞれの学校の隊員の間で自然と交流が生まれていた。

 

「西住殿! 本日は練習試合を受けて頂き誠に有難うございました!」

 

「いえ、こちらこそ宜しくお願い致します。でも正直・・・これまで経験したことがない不安を感じています。今までは私たちがチャレンジャーとして戦ってきましたので、こうして受けて立つ戦いに慣れていないというか・・・」

 

「ハッハッハ! 諦めの悪さは私共の武器でもあります! 一つお手柔らかにお願い致します!」

 

西住みほの不安を逆撫でするかのように、西はいつものよく通る声で返す。

また違う場所では、福田が磯辺を見つけて話かけていた。

 

「アヒル殿! 先日は誠に有難うございました!」

 

「しっ!」

 

「福ちゃん、今日は知波単は煙幕を使うの?」

福田を制した磯辺が小声で尋ねた。

 

「いえ・・・今回は使わないと言ってました」

磯辺の話を聞かれたくない雰囲気を感じとった福田も小声で返す。というより、そもそも知波単の作戦を大洗に伝えることがよろしくないことなのだが。

 

「そっか、なら良かった。今日はお互い頑張ろう!」

 

「はい! 宜しくお願い致します!」

 

そして午前10時。戦いの火蓋は切って落とされた。

アルファベットのL字の縦棒の上から大洗が、横棒の右から知波単がそれぞれ進軍する。

 

~~~~~~~~

 

「アヒルさん、カバさん、ウサギさん。敵は林の中に身を隠している可能性が高いです。十分に注意しながら進んで下さい。もし敵と遭遇した場合は回避することを優先して下さい。まずは相手の動きの把握に務めて下さい」

 

「了解!」

 

「心得た」

 

「分かりました!」

 

3車それぞれに返答する。知波単が大洗の作戦を読めないのと同様に、大洗も知波単がどのように戦うのか読めないでいる。以前であれば出てきたところを叩くだけでよかったのだが・・・

 

一方の知波単は、谷口、山口、細見小隊の先遣隊がL字の角を曲がり、縦棒を下から見て右側、つまり大洗の別動隊とは反対側の林を進んでいた。

L字の角の所ではチハドーザーを使用して、カタカナの「コ」の字型の掩体壕を構築している。L字の角を曲がった敵を迎撃するため、林から出てきた敵を攻撃するため、敵が大きく迂回して自軍の背後からの攻撃に備えるための3方向に対応するためのものであった。陣取るのは池田小隊と名倉小隊の4輌だが、西車、玉田車、寺本車の支援部隊が状況によって壕に入るため、またダミーの意味合いもあり計10の掩体壕の構築を急いでいた。木を覆い被せてカモフラージュしてしまえば、どの壕に戦車が潜んでいるかはほとんど分からなくなる。

 

「先遣隊へ! 敵部隊が近づいています。おそらく3台ほど」

見下ろせる高地の木を4本ほど電気ノコギリで切り、観測していた福田が先遣隊に伝えた。

 

「よし。残り1000まで近づいたら曲射で相手を砲撃。自分と山口さんが相手の前に出て陽動しますので、頃合いを見て横から牛肉小隊(注:細見小隊のこと)が襲撃して下さい。但しあくまで目的は強行偵察と陽動ですので深追いはしないで下さい」

 

「谷口、今は別に牛肉小隊じゃなくて、細見小隊でいいんじゃないか?」

 

「いや、ちょっと自分も ”牛肉” と言ってみたかったので・・・」

 

「・・・おかげですき焼きが食べたくなったじゃないか・・・」

 

「「「・・・」」」

 

全体無線を通じての西と谷口の会話に微妙な空気が流れたが、戦い自体は知波単の想定した通りにほぼ進んでいる。

 

「よし、曲射はじめ!」

谷口の号令で先遣隊の4輌と支援隊の3輌が高弾道で大洗に向けて砲撃を開始した。もちろんこれは命中させることが目的ではない。なるべく遠い距離から砲撃をして相手を惑わすため、あわよくば回避行動を行わせることで敵を分断し、その間に先遣隊が突撃するためのものであった。

 

「左の林から砲撃音! 数かなりです!」

 

「左から? この距離で?」

 

知波単の砲撃の開始は大洗も同時に認識したが、想定していなかった方向・距離から、それもかなりの数の弾着があることにみほも驚きを隠せない。とはいうものの、曲射弾道ゆえ命中することはないとそのまま前進するが、無視するわけにもいかない数の砲弾が近くに落下するようになった。福田のいる観測地点からでは正確な観測射撃は出来ないが、弾着点と敵戦車のおおよその位置は把握出来るため、その誤差の修正を指示しているためであった。

 

「各車、命中しないようジグザグに回避して下さい」

わずか3輌の戦車でここで失うわけにはいかず、みほも回避行動を命令せざるを得ない。

 

「まさか・・・この地点で全軍突撃? まあこれまでの知波単ならそうなんですけど」

 

「いや12輌で攻撃してる砲撃音じゃないし、それはないと思うけど・・・」

 

「敵戦車2輌、全速でこちらに突っ込んできます!」

 

秋山とみほの会話を切り裂くように、臨時でB1bisの車長を務めるツチヤの声が届く。

砲弾に紛れて、谷口車と山口車が突撃してきたのだった。

 

「敵戦車確認出来ました! こちらにいるのはⅣ号が隊長車、残りは三式とB1です!」

 

「よくやった、谷口! 我々は離脱して陣地に戻る。決して無理をしないよう頼むが、先遣隊で1輌でも撃破してくれると助かる!」

 

「福田! そろそろ別働隊がそちらを通過するやもしれん。観測は一旦中止して高地を降りて擬装。敵の通過に備えよ」

 

「お任せ下さい!」

 

「了解しました!」

 

西の指示にそれぞれ元気よく答えた。相手の状況が把握出来た以上、あとはどのように撃破していくか。今のところは知波単の想定通りに戦いは進んでいるが、一番難しい作業が残っている。

 

谷口車と山口車は全速で大洗の戦車に接近、また離脱しながらの砲撃を行っている。大洗の戦車もそれを迎撃しようとしているが、お互い高速で移動しているため砲撃が当たる感じはしない。

 

「全速で動いているからさすがにこっちも当たらんが、向こうも本気で当てる気はなさそうだな」

冷泉麻子が ”なんならこのまま突っ切るぞ” と言わんばかりに、みほに今後の対応の判断を求めた。

 

「はい。ただこの2輌はあくまで陽動でしょうから、別の戦車が攻撃してくる可能性があります」

果たしてみほの言葉通り、すぐに細見の小隊が大洗の左後方から突撃してきた。

 

「細見さん、絶好のタイミングだ。三式から仕留めるぞ。丸井、三式の注意をこちらに引き付けろ!」

 

「了解!」

 

「山口さん、Ⅳ号の動きを警戒して下さい。こちらがⅣ号に狙われているようであれば、Ⅳ号を砲撃してそれをさせないようにして下さい。その間にこちらが三式を引き付けます」

 

「了解! 任せろ」

 

谷口車はアリクイさんチームの三式中戦車に対し、いわばより接近し、より短い距離を離脱しながらのヒットアンドアウェイを行ったのだが、こうなると三式は谷口車の攻撃の回避と迎撃に集中せざるを得ない。その間に山口車はⅣ号を射点につかせないよう、全速で回避しながらもⅣ号に砲撃を集中させていた。想定通り、撃破を考えずに ”速く動いて、早く撃つ” ということでは、砲弾も軽く肩当式で照準を微調整できる知波単に分があった。

 

「よし、三式が食いついた」

谷口がそう呟いたところ、突如谷口車の後部から白い煙が上がり、スピードが落ちていく。

 

「これは・・・チャンスだにゃ!」

谷口車にエンジントラブルでもあったのか。それまで攻撃に晒されていた三式は、チャンス到来とばかりに狙いを定めるべく停止した。

 

” バン! ”

 

三式が停止した時間はほんのわずかであったが、その間に山口車が後方から砲撃したのだった。三式中戦車の車体の後部装甲は20mm。チハ旧砲塔でも抜ける厚さである。砲撃を受けたと同時に三式は白旗をあげた。

 

もっとも三式を攻撃するために山口車も一旦停止している。その時間も一瞬と言えるほどであったが・・・それを見逃してくれるⅣ号ではなかった。三式を撃破した直後に、山口車からも白旗があがった。

 

「山口さん、損な役回りですいません」

 

「気にするな谷口。プチ煙幕作戦では双方の戦車がスピードを落とす。今回は谷口じゃなくて自分が標的になったということだ。作戦が使えることが分かっただけでも収穫があった」

 

「B1は細見たちがなんとかするだろ。お前はⅣ号を仕留めろ」

 

「さすがにチハ1輌でⅣ号は難しいですが・・・」

撃破された山口車との交信はそこで途絶えた。

 

”プチ煙幕作戦” と呼ばれたそれは、発煙量を絞った発煙筒を谷口が車両後部に置き、併せて速度を落としてエンジントラブルがあったように欺瞞することであった。

追いかけっこをしていて、こちらが止まれば相手も止まろうとする。谷口と山口が繰り返し行った模擬戦でも同じように発生した。エンジントラブルを欺瞞することでさらにその習性を確実に行わせ、残りの1輌が停止した敵を攻撃するというものだった。

 

同じ頃、細見の小隊は2輌でB1を攻撃していたが、その装甲の厚さに苦労していた。死角である後方や側面からの砲撃を繰り返していたため撃破される心配はそれほどなかったが、履帯を狙おうにも足回りにも装甲が覆われており、活路を見出せないでいる。

 

「くっそー! 体当たりしようにも弾き飛ばされるだけだしな」

 

「細見さん、Ⅳ号はこちらで引きつけます! その間にB1を!」

 

「分かってる! 谷口、どこか弱点はないのか!?」

 

「後部を丹念に狙って、履帯か排気口に当たるのを待つしかありません」

 

「分かった! なんとかやってみる!」

細見は改めてB1bisの図面を見た。

 

「狙いは砲塔後ろのアンテナだ! その真下が排気口、左下が履帯だ! うまくいけばターレットリングに当たるかもしんない! 」

 

目標が定まったことで命中弾が確実に増えた。あわよくばⅣ号と合流してと考えていたツチヤだったが、速度に劣るB1が次々と死角から迫るするチハに囲まれてはそれも叶わず、覚悟を決めて迎撃する道を選んだ。

 

しかし、迎撃しようとスピードを緩めたその刹那、細見小隊の僚車がB1の右後ろから体当たりを敢行、その衝撃により思わぬ形でB1は細見車の前に左側面をさらけ出すことになった。

 

「今だ! 起動輪を狙え!」

臨機応変に細見車は装甲に覆われていない起動輪に砲撃目標を変えた。砲弾は見事に起動輪に命中。動けなくなったB1だが砲塔を回転させ副砲を発射。細見車を撃破した。しかしその直後、B1の背後には体当たりをしたチハが体勢を立て直し、ゼロ距離で接近していた。

 

細見僚車は的確に排気口を打ち抜き、B1から白旗をあげさせた。

 

「牛肉ご飯(注:細見小隊僚車のこと)、B1を撃破しました!」

 

「「「おおー!!」」」

 

知波単に歓喜の声が広がった。

山口車と細見車を失ったが、知波単も三式中戦車とB1bisを撃破。数的には10対4。Ⅳ号が健在とはいえ、挟み撃ちを目論んでいた大洗にとっては大打撃であった。

 

「これは・・・勝てる!」

西だけでなく知波単の隊員全員がそう思ったのだが、最大の脅威であるⅣ号が思わぬ行動に出た。

 

「モクモク用意!」

 

ちょうど谷口車がⅣ号との距離をとっていたところ、突如Ⅳ号が煙幕装置を発動。煙の中にⅣ号戦車は消えたのだった。




●●オリキャラ(OG除く)●●

◇谷口車(新チハ) ~11話で登場~
・車長:谷口/2年(2年時に編入) ・操縦手:丸井/1年(2回目の1年生)
・砲手:五十嵐/1年 ・通信手or装填手:久保/1年

◇山口車(旧チハ) ~15話で登場~
・車長:山口/2年 ・操縦手:太田/2年
・砲手:中山/2年 ・通信手:山本/2年

・半田(池田車・装填手)/2年 ~19話で登場~

それぞれちばあきおのキャプテン、プレーボールからです。


●●16話で決定した小隊名●●

◇小隊名
玉田車=割り下、細見車=牛肉、池田車=豆腐、名倉車=長葱、寺本車=卵
※小隊僚車は小隊名に「ご飯」がつく(ex.玉田小隊僚車=割り下ご飯)

◇別働車
谷口車=バント、山口車=牽制、福田車=みかん、西車=隊長車


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21.崖道(大洗戦決着)

大洗女子学園との戦いにおける双方の状況(20話)

1.山口車が三式中戦車を撃破(知波単残12、大洗残5)
2.Ⅳ号が山口車を撃破(知波単残11、大洗残5)
3.B1bisが細見車を撃破(知波単残10、大洗残5)
4.細見僚車がB1bisを撃破(知波単残10、大洗残4)

※後書きにオリキャラや設定を記載しました



「まさか大洗がうち相手に煙幕を使ってくるとはな・・・」

 

全国大会優勝校でもある大洗が知波単を強敵とみなしたようでもあり、西はうれしくもあったのだが、いつまでもそうも言っておられない。なにせ煙の中に消えた戦車は高校戦車道の中でも最強、いや、大学選抜のセンチュリオンからも白旗をあげさせたあのⅣ号なのだから。

 

「福田! 大洗の別動隊は通過したか!?」

 

「申し訳ありません、確認出来ていません! かなりゆっくり、もしくは遠回りしている可能性があります」

 

「・・・しょうがない・・・福田! 再度観測地点に戻って状況を確認してくれ。谷口! 先遣隊の残り2輌はⅣ号に注意しつつ林の中の索敵にあたってくれ。Ⅳ号はともかく別動隊の動きは出来れば把握したい! 防衛線の各車輌は敵戦車を発見次第の発砲を許可する。通信している間の時間が命取りになりかねん!」

 

「「「了解しました!」」」

 

いつ、どこから攻撃してくるのか・・・見えない敵というのはこれほどまでに怖いものなのか。大洗の作戦とその遂行能力に驚嘆しつつ、これまでの知波単は、敵からしたらなんと分かりやすい、怖さを与えない戦いをしてきたのか・・・西は苦い思いをかみしめてもいた。

 

一方、6輌のうち2輌が撃破された大洗も態勢を立て直さざるを得ない。

 

「アヒルさん、カバさん、ウサギさん。こちらはあと3分ほどで目標地点に到達します。現在地を教えて下さい」

 

「こちらアヒルさん。あと2分ほどで285地点です。相手の後ろに回り込みます」

 

「分かりました。目標地点に到達したら攻撃に移って下さい。おそらく相手は塹壕を掘って潜んでいると思います。履帯をやられないよう注意して下さい」

 

「「「了解!」」」

 

「こちら福田! 煙幕晴れました。ただ・・・Ⅳ号は見当たりません」

観測地点に戻った福田が無念さを隠せず報告する。

そして、福田の報告を受けた直後、大洗の別動隊の3輌が知波単部隊の後方に姿を現した。

 

「大洗の3輌、後方から接近! 迎撃します!」

 

先ほど間接射撃を行った西、玉田、寺本のチハもⅣ号の動きが読めない以上、一旦掩体壕に身を隠していた。壕に車体をハルダウンさせたチハが一斉に砲撃を開始する。チハの装填は速く、しかも玉田の小隊は隙を見てダミーとして構築していた別の壕に移るという芸当をこなしており、実際に砲撃を行っている7輌よりも多い戦車が迎撃しているように大洗には思えた。

 

「相手の砲撃が激しいです。近寄れません!」

 

磯辺が動揺を隠せない様子で報告をする。

知波単の戦車は掩体壕に車体を隠しており致命傷を与えるのが難しい上、数多くの、そして低い砲弾が飛んでくる。この一戦に備え、旧砲塔チハも俯角15度に改良されており、壕の傾斜がどれだけであればハルダウンさせ、且つ地面すれすれを狙えるか。陣地構築を担っていた池田と名倉小隊の研究の成果であった。運が悪ければ車体下部、最悪の場合は車体底部に被弾する可能性もあり、うかうかと近づけない。

 

そうこうするうちに、実際にウサギさんチームのM3リーが履帯に被弾し動けなくなった。

 

「(鍛錬の成果が出ている。これはいける!)」

Ⅳ号の状況は依然つかめていないが、ほぼ狙い通りに戦況が進行していることに西は手応えを感じていた。

しかし、それを切り裂いたのは・・・

 

「よ、Ⅳ号が後ろから!」

福田が悲痛な叫び声をあげて報告したのだが、西も含め誰もその状況をすぐに理解出来なかった。

 

「Ⅳ号が崖から出てきました! 後ろ! 後ろです!」

 

~~~~~~~~

 

煙幕で身を隠した後、Ⅳ号はL字の角の内側の崖に向かっていた。

 

「どこへでも行ってやる。以前にそう言ったが撤回する。今後下見もなしでこんな道を通るのは御免だ」

 

冷泉麻子がそう言い切るほど、Ⅳ号は戦車が通常進む道ではないところを進んでいた。

L字の角の内側の林、一番狭いところは戦車1輌なら通れるが少し外れれば崖・・・ちょうど大洗の学園艦内にある、かつてⅣ号が落ちそうになった吊り橋を少し狭めたくらいの幅、そして少し高いくらいの高さの崖道を通っていた。しかも道は平坦ではなくかなりの勾配がある。また、もし道が行き止まりにでもなっていれば後退で戻れるかはかなり厳しい・・・そういう道なのだが、戦車道の試合会場に選ばれるくらいならおそらく奥の手でこの道を使う選択肢が残されている・・・みほ独特の勘と経験則を頼りに、麻子の操縦技術を駆使して、Ⅳ号はひたすら崖道を進んだのだった。

 

~~~~~~~~

 

そうしてL字の内側の崖道をショートカットしてきたⅣ号が、福田は後ろからと言ったが、厳密に言えば知波単の防衛戦の右側に突如出現したのである。

 

「が、崖を超えてきたのか!?」

 

西はまだ完全に状況を把握し切れていない。チハが立てこもる掩体壕は、Ⅳ号が侵入してきた方向からは唯一身を隠せない構造になっている。Ⅳ号はあっという間に迫り、近くにいた池田小隊の2輌を撃破した。

 

「全車! 壕から脱出し丑(戦車の向きで2時方向)へ向かえ!」

 

西に考えるゆとりはなかった。

立てこもっていた壕を捨て、防衛戦から見て前方にあるL字角の狭路を目指した。いつもの知波単なら簡単に撃破されるほどの操縦練度ではないのだが、突如現れたⅣ号とそれに伴う戦況の変化についていけなかったのであろう。どうしても回避行動が単調になってしまい、名倉車とその僚車、そして西車の盾になるような形で玉田の新チハが撃破された。

 

「た、玉田!」

 

「ご武運を! まだ戦いは終わっておりません! 諦めたら負けです!」

 

玉田の言葉にようやく西は冷静さを取り戻した。

しかし味方の車両は西の他は寺本、谷口、福田、細見僚車のみ。数の上でも一気に5対4まで削られ、しかも谷口、福田、細見僚車はまだ戦場に到達出来ていない。

 

「くそ! 今度はこっちか」

谷口と細見僚車はⅣ号を見失って以後、林の中で索敵していたところ敵戦車が知波単防衛ラインの後方に出現。その援護をしようと林を抜けたところ、今度は防衛ラインの弱点である右方向からⅣ号が侵入、西車はL字の角に逃げ込んだ。知波単の戦車が一気に5輌喪失した間、2輌は完全に戦場の蚊帳の外に追いやられていた。

 

「私は隊長の援護に向かう! Ⅲ突と八九を隊長車に近づけないようにしてくれ!」

M3リーはまだ履帯修理を行っている。谷口は福田と細見僚車に残りの2輌を引き付け、Ⅳ号から引き離すよう指示した。

 

西と寺本はなんとかⅣ号の砲撃から逃げ回っている。

 

「西隊長! 今そちらに向かっています。Ⅳ号を撃破するには2輌を囮にして、残りの1輌が仕留めるしかありません」

 

「分かった! 私が引き付けるから谷口はその間に体当たりでもして止めてくれ! その間に西隊長は撃破を!」

谷口の意を汲み取ったように寺本は瞬時にその作戦を伝えた。

 

Ⅳ号の後方から2輌が進み左右に分かれ、1輌が相手の砲を引き付けている間に残りの1輌が死角から攻撃する。仮想敵として大洗女子学園が設定され、その攻略法として何度もやってきた動き。小隊は違えどいずれも隊長車である。その動きにはまるで無駄がない。

 

しかしⅣ号は一瞬のうちに停止。 ”0.5秒でも停止射撃の時間をくれれば確実に撃破してみせる” との五十鈴華の言葉通りに、即座に寺本車を撃破した。想定よりも寺本車が早くに撃破されてしまったため谷口車の攻撃が間に合わない。それでも迷わず谷口は砲撃しながらⅣ号に突進する。

 

1発は谷口車の砲撃がⅣ号に命中しただろう。しかしそれは致命傷ではなく、そしてその間に・・・Ⅳ号はフラッグ車である西車を撃破していた。

 

~~~~~~~~

 

試合が終わり、両校の生徒が交歓会も兼ねた遅めの昼食をとっている。

 

「いやあー。まさか大洗さんがうち相手に煙幕を使ってくるとは。負けたのは悔しいですがちょっと嬉しいですよ!」

西がいつもの通る声で西住みほと話していた。

 

「西さん。今日の戦いはお見事でした。うちの課題も多いですし、正直勝った気がしません」

 

「いつまでも現有戦力のままでは・・・ということですな」

 

「はい。会長さんやレオポンさんチームのメンバーが抜けたら・・・考えてないわけじゃなかったのですが、急がないといけないと思い知らされました。今日は有難うございました」

 

「いえいえこちらこそ! また相手して下さい! なんせ諦めが悪いですから、うちは」

 

大洗女子学園としても8輌が6輌になっては来年の戦いも覚束ないだろう。快進撃を支えた大きな要因でもある自動車部チームが抜けることのダメージも大きい。みほとしても当然考えないといけないことではあるが、それはこの小説の書くところではないだろう。

 

「まさかチハドーザーを使っているとは! あれだけの陣地が短時間で作れたのも納得です」

秋山優花里が嬉しそうに、ただ少し申し訳なさそうに西に言った。

 

「私達はあなたがた大洗の戦い方を研究しました。その結論の一つが、地形と戦車の特性を最大限利用するということでした。チハドーザーを我々の戦いに使えるのは先人のおかげでもあります」

 

「正直私はチハばかりで戦うのを理解出来ないでいました。ただ今日こうして戦って・・・知波単の皆さんがチハに拘る理由が少し分かったような気がします。申し訳ございませんでした!」

 

戦車好きが高じて、戦車そのもので相手を見てしまうところが秋山にはあったのだろう。必然チハに拘る知波単を少し見下すところがあったとしても不思議ではないが・・・ただ今日の一糸乱れぬ知波単の戦いぶりを見て思うところがあったのだろう。それまで抱いていた思いについて、秋山は素直に西に詫びた。そしてチハドーザーをバックに知波単の面々と共に写真に納まっていた。

 

「厳しい戦いになるのは想像はしていたが・・・よく短期間でここまで立て直したものだ」

 

「いえ、前回の練習試合の後の冷泉殿の言葉があったからこそです。チハを最大限生かすというのが我々に与えられた使命であると。それに気付かせてくれたのが全ての始まりでした」

 

「うちも戦力を拡充するというテーマはあるが・・・それ以上に今後他校がうちを倒すことを明確な目標として、研究されて戦うことになる。前の全国大会のような戦いは出来ないのは分かっていたが、想像以上に厳しいものだと思い知らされた。礼を言う」

 

「こちらこそ。また宜しくお願い致します」

 

冷泉麻子の言うように、大洗の隊員は短期間でここまで知波単を立て直した西に興味津々だったのだろう。自然と西の周りに人だかりが出来ていた。

同じように知波単の隊員の周りにも・・・しかしその熱気とは裏腹に、知波単の隊員にはどこか冷めたところがあるようであった。試合に負けた悔しさなのか、ベストを尽くしても勝てなかった絶望感なのか・・・

 

~~~~~~~~

 

交歓会が終わり、各校とも帰りの準備を急いでいる。

西もその指揮を執っていたのだが・・・不意に姿を隠したのを玉田は見逃していなかった。

 

「玉田か・・・どうした?」

 

「西隊長・・・今日は今日として、また明日から戦いが始まります」

 

「なんだ、そんなことを言いにわざわざ来たのか」

 

「西隊長。私は1年半以上、おそらく知波単の誰よりもあなたの近くにいます。隊長としての苦しみを除くことは出来ませんが、あなたが今どう思っているか・・・せめてあなたの思いを共有させて下さい」

 

玉田の言うこと、言いたいことが理解出来たのだろう。西は玉田のところに近寄り、そして腰の辺りに崩れ落ちた。

 

 ”試し斬りなどと思い上がったことを・・・だから私は負けたのだ。隊員はあれだけ頑張ってくれたのに・・・西の馬鹿野郎! 大馬鹿野郎!” 

玉田の腰元にすがりつきながら、西は自分を責め続けた。

 

「西隊長、悔しさはその場で爆発させないとその痛みに慣れてしまいます。慣れてしまうと次の戦いに踏み出せません。私も共に踏み出していきます。だから今は・・・」

西の悔しさが乗り移ったかのように、玉田も腰元でうなだれる西の肩に手を置きながらも涙をこらえることが出来なかった。

 

あの日も・・・前回の大洗との練習試合の日も私は泣き崩れていた。玉田の言うように、悔しさを爆発させたからこその前進だったのかもしれない。しかし歩みを進めるごとにその傾斜は険しくなる。明日からの戦い、傾斜はさらに厳しいものになるが・・・ただもう二度と隊員にこんな悔しい思いはさせたくない。そして私自身も・・・

 

明日からの苦しみに対峙するためのエネルギーを備えるかのように、西は泣き続けた。

 




●●オリキャラ(OG除く)●●

◇谷口車(新チハ) ~11話で登場~
・車長:谷口/2年(2年時に編入) ・操縦手:丸井/1年(2回目の1年生)
・砲手:五十嵐/1年 ・通信手or装填手:久保/1年

◇山口車(旧チハ) ~15話で登場~
・車長:山口/2年 ・操縦手:太田/2年
・砲手:中山/2年 ・通信手:山本/2年

・半田(池田車・通信手)/2年 ~19話で登場~

それぞれちばあきおのキャプテン、プレーボールからです。


●●16話で決定した小隊名●●

◇小隊名
玉田車=割り下、細見車=牛肉、池田車=豆腐、名倉車=長葱、寺本車=卵
※小隊僚車は小隊名に「ご飯」がつく(ex.玉田小隊僚車=割り下ご飯)

◇別働車
谷口車=バント、山口車=牽制、福田車=みかん、西車=隊長車


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22.難問(新たな枢軸)

◇作者オリジナル設定 ※8話参照

学園長の直轄組織として、人事局、総務局、経理局、医務局、教育局、調度局、船務曲、艦政局といった局が連なる形が取られており、運営の意思決定は各局長の局長会議を以て行われます。

その中で総務局は伝統的に戦車隊の代表者が局長を務めており、辻が局長の任に就いています。
総務局の所掌事務は「庶務・制規」が主で、他戦車道に関わるところの大半を担っています。


先の大洗女子学園との練習試合は、肉薄する場面もあったものの、結果としては知波単の撃破が2に対して、大洗の撃破は9。12対6と数の上では倍の戦車で臨んだことを見れば惨敗といえる結果であった。

 

しかし、周囲はそうは取らなかった。

 

 ”あの知波単が突撃を捨てた!”

 

戦車道新聞の取材において、知波単との練習試合の感想を聞かれた西住みほは ”突撃だけではない新たに知波単の作戦に非常に苦しめられました” と答えたのだが、その言葉は読んだ者の想像を飛躍させるに十分だった。

 

実際にサンダース大付属のケイ、アンツィオ高校の安斎千代美からは ”エキサイティング! 絹代はやっぱり出来る子ね!” とか ”すごいじゃないか! いったいどうやって戦ったんだ?” といった称賛や作戦に興味津津という内容の連絡が西のところに来ていた。

 

もっとも当の知波単の隊員からすれば、前回からはマシになったが・・・という程度の話であり、なにより ”今やっていることを続けて大洗に勝てるのか?” との不安が頭をもたげていた。

 

そして、そんな知波単戦車隊の内外の思惑に関係なく難問も降りかかる。

 

~~~~~~~~

 

「いつまでも辻隊長にやって頂くわけにもいかないしな・・・」

 

「辻殿は何も仰りませんが・・・引継ぎもありますし、後任決定のタイムリミットは11月いっぱいだと思います」

 

学園艦の運営の一端を担う総務局。艦内の庶務・制規、並びに戦車道に関わるところの大半を担っているこの局は、戦車隊の代表者が局長を務めるのが伝統となっているが、西に負担を掛けまいと、未だに前隊長の辻がその任に就いている。

辻はその思いから決して口には出さないが・・・しかし、タイムリミットは確実に近づいており、局長を誰にするかを西と玉田は決めかねている。

 

「かといって、海千山千の強者揃いの局長の中でも、超人とも妖怪とも称された辻殿の後任です。下手な人間を送り込むと他局の圧力を受けて戦車道の運営に支障をきたす危険性もあります」

 

「最悪私がするしかないか・・・」

 

「いえ・・・お言葉ですが・・・裏表を演じることが出来ず、感情がそのまま言動に表れる西隊長には辻殿の後任は務まりますまい」

 

「・・・やはり次の全体教練の場で推薦や立候補者がいないか諮るしかないな・・・」

 

~~~~~~~~

 

西と玉田の話し合いから3日後の、大洗との再戦後初めてとなる全体教練。

これまで隊長の訓示がほとんであったため立ったまま行われることが多かった全体教練だが、西が隊長になって以降、より細かい周知の徹底、ならびに議論が活発化することが多くなり、自然と時間が長くなることが常態化した。そのため着席して行われる機会が増え、本日の教練も同様なのだが、西の表情がいつもよりもこわばっていることを多くの隊員が気付いていた。

 

「皆も知っている通り、総務局長となるべき人間を我が戦車隊から出さねばならぬのだが・・・残念ながら自分で言うのも何だが、私は戦車隊の中でも一番局長の任を負うにふさわしくない人間やも知れぬ。そこで、皆から推薦もしくは立候補者を募りたい」

 

当然隊員達も、総務局長を戦車隊の者から選出する必要があることを、そして同じように隊長が局長を兼任することが伝統ではあるが、西がその適任者ではないことを認識していた。とは言うものの、現在局長の任に就いている辻がどういう人物で、その後を引き継ぐことがどれほど難しいかも理解しており、簡単に西の呼びかけに対応する声が挙がる状況ではない。

 

隊員達が続く沈黙に苦痛を感じ始めた頃、1人の隊員が声をあげた。

 

「私でいいならやりますよ」

 

「いや! お前が抜けたらうちの戦車は・・・」

立候補の声に、思わず寺本が声をあげた。

 

寺本が思わず引き留めようと声をあげた立候補者の名は倉橋豊子(注オリキャラ・2年)。実は入学時に3日ほど戦車隊に所属していたのだが、当時の精神論に終始した教練と、その割には真剣に戦車道に取り組もうとはしていない上級生、物申すにも何も言うことを許されない厳しい上下関係に嫌気が差し、除隊していたのだった。

 

しかし、2年になった時に同じクラスにはサンダース大付属から編入してきた谷口がいた。中学時代は家業を手伝わざるを得なかったために戦車道を行えなかった谷口にとっては、中学時代に戦車道で名が売れていた倉橋は羨望の存在であった。知波単の現状を理解はしている谷口も無理に倉橋を戦車道に引き込むことはしなかったが、戦術面などで倉橋の意見を聞くことも多く、そうこうするうちに、倉橋自身も戦車道への思いが強くなった。また飛躍的に技術が上がり充実一途なのが傍目にも明らかな谷口を羨ましく思っていたのだが、そうした思いを抱えつつ観戦したのが、あの大洗女子学園対大学選抜の試合だった。これまでの知波単とは明らかに違う戦いぶりを目の当たりにした倉橋は、入学時の非礼を詫び、戦車道に復帰したのであった。

 

元々砲手として名を売っていた倉橋がその実力を認められるようになるにはさほど時間はかからず、大学選抜との試合以降、新たに車長となった寺本を支える存在となっていた。

 

そうした倉橋が、苦労ばかりの、そしておそらく戦車道にも支障が出るであろう総務局長の任務に名乗りを挙げたのである。

 

「大丈夫なのか?・・・倉橋・・・」

復帰までの一連の流れを知り、そして復帰以降一層戦車道に精進する姿を見ていた西も心配して声を掛ける。しかし、覚悟を決めたかのような倉橋に迷いはなかった。

 

「一度身勝手に隊を抜けた私は、本来ここには居れぬ人間です。それが皆さんのおかげでこうして改めて戦車道を歩めるようになりました。それだけで私は十分です。そして局長の任務を請けることが皆さんの少しでも役に立てるのなら喜んでやりますよ」

 

「心配ありません。超人や妖怪と言われた辻殿の後任は、私のような図太い人間しか務まりません。西隊長もあじさい会(知波単戦車隊のOG会)とはまだ疎遠なままなんでしょ?そっちもちゃんとうまくやりますよ。まあそうなると砲手としてやっていくのは難しいですが、装填手のトレーニングなら空き時間でも出来ます。今後は装填手として精進していきますんで」

 

確かに独特の威圧感があり、一方で論も立ち、劣勢でも動揺せずたじろぐことがない倉橋のような人物は、折衝の仕事にはもってこいともいえる。思いを決して戦車道の道に復帰した倉橋を、またその道から外そうとする決定には西にも抵抗はあったのだが、戦車隊のために覚悟を決めてくれた倉橋の気持ちが嬉しくもあった。

 

「そこまで言ってくれるなら、倉橋に任せたい。ただ元はと言えば、私自身の不甲斐なさから出たものだ。倉橋の身は私が責任を持って預かる。今後は私の戦車の装填手として頑張ってくれ。そして局長の任務を行う上で私に出来ることがあるなら、遠慮なく言ってくれ! 全力で支援する」

 

「ご配慮有難うございます。学園艦の運営のために、そして知波単の戦車道のために、精一杯任務を果たす所存であります!」

倉橋も力強く答えた。

 

「局との連携は今後密にしていかないといけない。倉橋が総務局長になったら、車長会議にも参加してくれ。もちろん局での決定事項の報告に限らず、作戦面でも自由に進言してもらってかまわん」

 

「そこまでのご配慮を・・・」

倉橋本人としても除隊→復帰の経緯から隊の運営に関する積極的な関与は、意欲はあっても諦めてはいたのだが・・・経緯を顧みずにその機会を与えてくれた西の配慮に感極まったようであった。

 

「いや、たとえば新しい戦車がほしいとなった時に、そこに倉橋がいなければお願いしづらいじゃないか」

 

西は口ではそういったが、実のところは車長会議に参加させることで局長の任務で困ったことがないかを把握し、必要であれば支援するためであった。また単純に経験豊富な倉橋の意見を聞きたいという思惑もあった。

 

「これまでの決定事項について、みんなも異存はないな!?」

 

「「「異議なし!」」」

多くの者が異存はなしとするところ、倉橋を引き抜かれることになる寺本が質問する。

 

「うちの戦車の砲手は誰になるんでしょうか?」

 

「そうだな・・・それもそうだしこの機会に報告しておくことがある。皆も薄々聞こえているとは思うが、辻前隊長のご尽力で我が知波単にも新しい戦車が導入されることになった。一式中戦車2輌と四式中戦車1輌だ! これらの戦車をどの小隊に振り分けるかも含めて今後隊を再編成することになる」

 

「「「おおー!!」」」

 

「「「四式まで来るのか!!」」」

 

先のあじさい会との会合において辻が明かし、以降噂としては聞いていたが、改めて西の口から導入の話を聞くに至り、場の空気は一気に盛り上がった。

 

「倉橋の後任の砲手を誰にするかは、また明日にでも伝える。いずれにせよ我々には立ち止まっている暇はない。倉橋という新たな枢軸が加わったが、ここにいる全員で進んでいくことには変わりはない。新戦車導入という新たな希望もある。先の敗戦は残念ではあるが、また一歩一歩積み重ねていこう!」

 

「「「おおー!!」」」

 

西も含め、敗戦後頭をもたげていた不安を打ち消そうとせんばかりに、皆が声をあげた。

西の言うように一歩一歩積み重ねていくしかないのである。

 

そして、隊員が決意を新たにした翌日。学園艦に紛れ込んだとある乱入者により事件は起きた。




●●オリキャラ(OG除く)●●

◇谷口車(新チハ) ~11話で登場~
・車長:谷口/2年(2年時に編入) ・操縦手:丸井/1年(2回目の1年生)
・砲手:五十嵐/1年 ・通信手or装填手:久保/1年

◇山口車(旧チハ) ~15話で登場~
・車長:山口/2年 ・操縦手:太田/2年
・砲手:中山/2年 ・通信手:山本/2年

・半田(池田車・通信手)/2年 ~19話で登場~

・倉橋(寺本車・砲手→西車・装填手)/2年 ~22話で登場~

それぞれちばあきおのキャプテン、プレーボールからです。


●●16話で決定した小隊名●●

◇小隊名
玉田車=割り下、細見車=牛肉、池田車=豆腐、名倉車=長葱、寺本車=卵
※小隊僚車は小隊名に「ご飯」がつく(ex.玉田小隊僚車=割り下ご飯)

◇別働車
谷口車=バント、山口車=牽制、福田車=みかん、西車=隊長車


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23.事件(道場破り)

「失礼する。西殿はいるか?」

 

「誰だ? 貴様は?」

 

「会わせてもらえればそれで済む話だ」

 

~~~~~~~~

 

突然の見知らぬ乱入者の処置に困惑した対応者は、近くにいた玉田を呼んだ。

もっとも困惑したのは、乱入者の存在だけでなく、その者が並外れた闘気を漂わせていることにもあった。一目でただ者ではない雰囲気が伝わってくる。

 

「知波単学園戦車隊・副隊長の玉田だ。西隊長に何用だ?」

 

「最近知波単が、おバカな突撃一辺倒を脱却して、あの大洗女子学園に善戦したと聞いた。是非とも手合わせを願いたいと思ってな。もっとも戦車をここには持ってこれないから、仕合いは後日になる。ただ果し状を持ってくるだけなのもつまらんので、直接西殿に渡せればと思ってな」

 

知波単をストレートに詰る言葉に、玉田は ”なんだとー!!” と頭に血が上る思いであったが、なんとか抑えて、そして興奮が表に出てこないようつとめてゆっくりと静かに乱入者に尋ねた。

 

「・・・貴様の名は?」

 

「貴様は道場破りをする人間にわざわざ名を聞くのか?」

 

「!!!」

 

相手を侮蔑する表情、口調を聞くまでもなく、言葉だけでその乱入者の意図は伝わった。

玉田でなくとも、それを聞いて平然とおれるわけはない。

 

「貴様・・・生きて帰れると思うなよ・・・」

 

「フン! 児戯にも等しい戦車道の人間がそれを言うか。その言葉を言ったことを後悔するだけの話だがな」

 

今にも相手に飛びかかりたい気持ちなんとか抑え、玉田は近くにいた者に西の所在を尋ねた。ここまで正面切って挑発してきた以上、そのまま帰すわけにもいかない。

 

「西隊長は道場にいるようです」

 

「分かった。貴様は西隊長にこの状況を伝えて指示を受けてきてくれ。私はこいつから目を離すわけにはいかぬ」

 

「承知しました」

玉田の言葉を受けて、その者は道場へ駆けていった。

 

玉田は睨み続けているが、当の乱入者は、ときたま侮蔑するような薄ら笑いを玉田に向けるものの、だいたいは品定めをするように周囲を見渡している。

 

5分後。使いに行っていた者が帰ってきた。

「道場に来いとのことです」

 

~~~~~~~~

 

使いの者が西に急変を告げにいった時、西は道場で竹刀を振っていた。

世間的には、西は突撃しか頭のない、人の話もロクに聞かない残念な人物として評価されることが多いが、実のところは戦車に乗る以外にも、合気道・剣道・書道の有段者であり、馬術どころかバイクも乗り込なすスーパー高校生である。外来語も日常的に使用することがないため知らぬ言葉が多いだけで、語学の成績そのものは優秀であった。

 

しばらくして、道着と袴に身を包んだ西のところに、闘気を滾らせた乱入者は姿を現した。

 

~~~~~~~~

 

「大まかな話は聞いたが、残念ながら私どもにはあなたと戦う理由がない。お引き取り頂くわけにはいかぬのか?」

 

「タンカスロン(強襲戦車競技)。あなたがたも耳にしたことはあるだろう。そして知波単にも九五式軽戦車がある。いわばこれは国盗り合戦だ。私の戦車で知波単も黒く塗り潰させてもらう」

 

さすがに玉田に向けたような侮蔑こそないものの、その乱入者は攻撃的野心をまるで隠すこともなく西に伝えた。

 

「私どもと戦いたいのであれば、戦車道の大会に出場すればよいではないか。それであれば戦う場面もあるだろうし、そこで優勝した方が貴様の名も高まるのではないのか?」

 

「フン! ガチの戦闘じゃない戦車道なんぞお遊戯でしかないわ! 戦車道のスポーツのようなもんじゃない、なんでもありのタンカスロンこそ本物の戦車戦だ。しかも戦車道はより強力な戦車を持ち、より保有台数が多い高校が圧倒的に有利になる仕組みだ。つまらん! 同じような戦車で、性能差が無ければ我々こそが最強なのだ!」

 

それを聞いた西が少しの間沈黙する。

 

「フフフ・・・そうか。貴様は戦車道大会でブザマに白旗を上げるのが嫌で、怖くてここに流れ着いたというわけか」

 

「なに・・・!?」

それまで余裕を見せていた乱入者が思わず表情をこわばらせたその時。

 

「ふざけるな!!!」

西の怒号が2人の成り行きを見守っていた静寂を切り裂いた。

 

「貴様の国の戦争では、攻め込んできた敵に ”性能に差がある兵器では本当の戦いではない。同じ性能の兵器で戦え” とでも言うのか? 随分と生ぬるい戦争をやってるんだな・・・笑わせるな!!」

 

「我々のやっている戦いは、相手がどれほど性能が上回る強大な敵であろうとも、守るべきもののために全てを振り絞って戦うというものだ。それがどれだけ怖くても、無謀であっても、そして結果としてどれほどブザマに散ろうともな。背負っているものがない、ただ子どもが自分の強さを示したいだけの戦いとはわけがちがうのだ!」

 

普段はめったに怒気を発することのない西だが、とても同じ人間のものとは思えないその迫力に、誰もが言葉も出ず、身動き出来ないでいる。

 

「フン・・・なんでもありの戦いか。それなら話が早い」

西はそう言って踵を返した。

 

「抜け!!」

 

西は床の間に飾ってある2本の日本刀を取り、そのうちの1本を乱入者の足下に置いたのである。

 

「一対一で日本刀を持っての決闘。これこそ貴様の言う、なんでもありで自らの強さを示す戦いじゃないか」

そう言いながら、西は刀を鞘から抜き、中段の構えをとった。

 

「どうした? お前が抜かずとも私はいくぞ!」

 

「お、お前・・・自分がやっていることを分かっているのか?」

乱入者はいつの間にか尻餅をついている。

 

それを見た西は構えを解き、づかづかと乱入者に歩み寄り、その首の近くに刀を近づけた。

さっきまでの威勢や余裕は全て吹き飛び、乱入者はガタガタと震えている。

 

「貴様がやっていることに文句をつけるつもりはないが、先ほども言ったように我々には貴様と戦う理由はないのだ。コンビニ船にでも紛れてこの学園艦に来たんだろうが、ふかの餌にされたくなければとっとと帰れ」

 

「あと今回の件、貴様の好きなように口外すればよいが・・・ただその内容によっては貴様を生かしておくわけにはいかぬ! 私は人間一人なら殺すのに一秒とかからない。

世間に我が校がどのように伝わり、貴様がどのように思っているかは知らんが、我が戦車隊の隊員はそのような教育も受けているのだ。相手を見誤って、なめた態度を取っていると命を落とすことになるぞ」

西はそう言うと刀を鞘に納めた。

 

まもなく乱入者は、腰が抜けたようになりながらも慌てふためいて道場から去っていった。

 

~~~~~~~~

 

「まったく・・・ ”人1人なら殺すのに1秒とかからない” とか漫画ジパングの如月中尉じゃあるまいし・・・」

事が終わった後の道場で、玉田が呆れ気味に西に言った。

 

「まあ16や17で犯罪者になるわけにはいかないしな・・・」

やれやれといった感じで西も返すが、その堂々とした姿は隊長になったばかりの西とはまるでかけ離れている。

 

「しかし、戦車の1対1の戦いなら受けてもよかったんじゃないですか?」

 

「戦車道の試合であればな。私は誰かに勝ちたいから戦車に乗っているんじゃない。戦車道で相手と戦うのが好きだから、みんなと頑張るのが好きだから戦車に乗っている。勝つために何をしてもよいというのは好きじゃないんだ」

 

「あいつらの言う ”なんでもあり” の加減が分からないしな。本当に何でもいいなら、試合前の相手の食事に毒でも入れて、戦車でわざわざ戦わずに勝つわ。それじゃ何のための試合かも分からん。だからあいつらの言うルールだと多分私は勝てない。ただそのルールで勝とうとも思わないから負けたところで何の悔しさもない。戦う理由がないというのはそういうことでもあるんだ」

 

確かに試合前に毒を盛られて戦えなくなるのでは、何のための試合・・・というより、競技そのものの存在価値もない。

飛躍しすぎのような西の論理を聞きつつも、玉田は西が戦車道に拘る理由が分かる気がした。そして、そんな西が好きで玉田自身も戦車道をやっていることを改めて実感した。

 

「では、あやつに ”戦車道の試合ならいつでもお受けする” とでも言っておきますか。まだ艦内にいるでしょうし、あの様子ならタンカスロンで名前も売れてる人間でしょう。仮に今つかまらなくてもうちの特務機関ならすぐに身元も判明するでしょうし」

 

「でも、さっきあれだけ啖呵切ったのに敗けたら恥ずかしいしな・・・その時は谷口にでも相手にしてもらうわ」

 

「・・・」

 

先ほどの何者も寄せ付けぬような迫力のあった姿とは同じ人物とは思えぬ西を見て、玉田は提案を実行しないことに決めた。

 

「それよりも玉田。サンダース大付属に連絡を取って、いつ頃なら練習試合が出来そうか聞いてもらえないか? 大洗もそうだけど、ケイさんが卒業する前にサンダースには恩は返しておかないといけない」

 

先の大学選抜との試合で、サンダースと同じあさがお中隊に配されながら、まるで何の役にも立てずに突破された申し訳なさが西にはあった。

 

「かしこまりました。時期は新たに一式と四式が来てからの頃合いでよろしいですか?」

 

「そうだな。そのテストもしないといけないしな。なんにせよ大洗もサンダースも、3年生が抜けるまでにと考えたら、それほど残された時間もない」

 

大量のシャーマンを擁し、優勢火力ドクトリンを信条とするサンダース大付属は、知波単にとっては大洗以上に相性の悪い相手といえるが、西には明確に戦わないといけない理由があった。

それは西個人の思いだけでなく、今後のチームの運営にとっても必要なことであった。




●●オリキャラ(OG除く)●●

◇谷口車(新チハ) ~11話で登場~
・車長:谷口/2年(2年時に編入) ・操縦手:丸井/1年(2回目の1年生)
・砲手:五十嵐/1年 ・通信手or装填手:久保/1年

◇山口車(旧チハ) ~15話で登場~
・車長:山口/2年 ・操縦手:太田/2年
・砲手:中山/2年 ・通信手:山本/2年

・半田(池田車・通信手)/2年 ~19話で登場~

・倉橋(寺本車・砲手→西車・装填手)/2年 ~22話で登場~

それぞれちばあきおのキャプテン、プレーボールからです。


●●16話で決定した小隊名●●

◇小隊名
玉田車=割り下、細見車=牛肉、池田車=豆腐、名倉車=長葱、寺本車=卵
※小隊僚車は小隊名に「ご飯」がつく(ex.玉田小隊僚車=割り下ご飯)

◇別働車
谷口車=バント、山口車=牽制、福田車=みかん、西車=隊長車


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24.再編(新戦車導入)

なんか今回は、著者の設定まとめ・確認みたいな感じ・・・いつも以上に中身がない


「まさかお前が来るとはな・・・」

 

総務局長室の椅子に座っている辻が、後任で来た倉橋を見て思わず口にした。

 

「ええ。私もまさかこういう展開は予想しておらず・・・」

 

当の倉橋も、そもそも戦車隊に復帰するつもりもなかったのに、復帰して2ヶ月少しでこの状況である。隊長である西が局長の後任には適任でないというのを抜きにしても、辻や倉橋も含め、誰も予想出来ていなかったことであろう。

 

しかも倉橋が3日で除隊することになったのは当時の隊の運営方針や根付く古い伝統等を批判してのものであったが、当時実質的に隊を仕切っていたのが副隊長の辻である。倉橋が除隊した時点で、この2人が再び交わる可能性はほぼゼロであったはずだ。

 

それが今こうして2人は、何か運命的な引合せのように局長室の中にいる。

 

「こちらとしても当時のことを一々蒸し返すつもりはないが、お前自身は大丈夫なのか? しかも戦車隊の教練の参加にも支障は出るぞ」

 

辻当人の個人的な感情は抜きにして、後任者がよくない感情を持ち続けているのであれば円滑な引継ぎが進まないし、戦車道で名を売って自信家でもある倉橋が、戦車道を半ば捨ててまで後任に就くことには不安な面も当然大きい。

 

「大丈夫ですよ。逆に今の知波単の戦車隊に私以上の適任がいなかったということですし。私自身も西隊長や知波単のためを思って後任に名乗り出たのであって、辻殿のためではありません。なんとでもやっていきますよ」

 

「ヘン! 相変わらず口の減らない奴だ」

もっとも辻も当時のことを全て許したわけでもないし、このくらいの関係の方がむしろ上手くいくのかもしれない。

 

「まあいい。ところで貴様の初仕事は新しい戦車の受入手続きだ。お前には立会いと現物確認、支払関係の処理をやってもらう。こちらに来るのは11/23だ。祝日だが宜しく頼む」

 

「承知しました。宜しくお願いします」

 

併せて辻は、必要書類、検収期限、支払金額・方法、減価償却に関する説明などを行った。

 

「いやー、一度は他の局の反対にあって頓挫した話だったんだけどな。粘り強くやっててきた私の作戦勝ちだ! これでお前らの戦力にも多少厚みが出るだろ」

 

おそらく倉橋自身は初めて見るであろう、辻の満面の笑顔であった。

 

「(先ほどはああ言いましたが、辻殿が当時のままなら私も後任を受けてはいませんよ)」

 

新型戦車の受入れの件も、おそらく後任として局長の任に就く自分のためを思ってその時期を合わせてくれたのだろう。辻の配慮に感謝しつつ、倉橋は知波単のために身を粉にしてはたらく決意を新たにした。確かに戦車乗りとしての活躍の場面は減るかもしれないが、それ以上に知波単の今後を背負うことになるであろうことは、倉橋にとっても悪い気持ちではなかった。

 

~~~~~~~~

 

新戦車の導入日が決まっての車長会議。取り決め通り車長ではない倉橋も会議に参加し、受入日を報告していた。

 

「ついては、隊からも検収に立ち会う人間を選出頂きたいと思います」

なんといっても知波単どころか、全国の戦車道チームを見ても一式中戦車、四式中戦車を導入しているチームはほぼないだろう。その性能確認は入念に行う必要がある。

 

「承知した。ついでにこの機会にそれぞれの戦車の性能を確認しておこう」

そう答えた西は、倉橋の立会い依頼に ”頼まれずとも私は行くぞ” という空気を出している。

 

~~~~~~~~

 

◆一式中戦車

 

全長:5.73m、全幅:2.33m、全高:2.38m、

重量:17.2t

速度:44km/h

主砲:一式48口径47mm戦車砲(主砲弾121発)

副武装:7.7mm九七式車載重機関銃×2

最大装甲:20~50mm(砲塔全周囲及び車体前面・側面・後面)

乗員:5名

 

◆四式中戦車

 

全長:6.34m、全幅:2.86m、全高:2.77m、

重量:30.0t

速度:45km/h

主砲:五式56口径75mm戦車砲(主砲弾65発)

副武装:九七式7.7mm車載重機関銃×2

最大装甲:35~75mm(砲塔全周囲及び車体前面・側面・後面)

乗員:5名

 

◆チハ

 

全長:5.55m、全幅:2.33m、全高:2.23m、

重量:15t(新砲塔15.8t)

速度:38km/h

主砲:旧砲塔=九七式18.4口径57mm戦車砲(主砲弾114発)

   新砲塔=一式48口径47mm戦車砲(主砲弾100発)

副武装:7.7mm九七式車載重機関銃×2

最大装甲:20~25mm(砲塔全周囲及び車体前面・側面・後面)/防盾50mm(一部のみ)

乗員:4名

 

◆Ⅳ号戦車H型(D型改)

 

全長:7.02m、車体長:5.92m、全幅:2.88m、全高:2.68m、

重量:25t

速度:38km/h

主砲:48口径75mmKwK40(主砲弾87発)

副武装:7.92mmMG34×2

最大装甲:25~80mm(砲塔全周囲及び車体前面・側面・後面)

乗員:5名

 

~~~~~~~~

 

「一式中戦車は新砲塔チハの強化版と考えればよいか?」

 

「そうですね。溶接構造になって防御力が若干と、あと機動力が強化されてますね。ただ搭載している主砲は同じです」

 

「四式中戦車でも、他国の戦車とそこそこ戦えるという状況で、大きく上回るという感じではないのだな」

 

「まあそれに関しては致し方ないですね。ただ知波単の戦車の中では火力は突出していますので、用法が重要になるかと。あとチハドーザー用のドーザーブレードも同じ日に1つ入ってくる予定です」

 

西の質問に倉橋が端的に答えていく。そして倉橋の言うように、1輌だけ突出しているということは、それだけ相手にも標的にされやすくなるということでもある。西自身が四式中戦車を隊長車、並びにフラッグ車としたい気持ちは大いにあったが、それだけでは片付かない課題が横たわっていた。もっともどう活用するかを議論するための今回の車長会議ではある。

 

「まず一式中戦車をどう割り振りするかだな。普通に考えれば敵の撹乱を担う谷口と山口にあてがうのが適当だと思うが、2人はどうだ?」

 

「一式の平地機動力は魅力ですが、チハに乗りなれてますし、肩当照準の方が使い勝手がいい感じはしていますね」

 

西の質問に谷口がそう答えたのだが、谷口が一式中戦車を使用しないとみるや否や、横から細見が口を挟んできた。

 

「じゃあ一式はうちがもらっていいですよね!?」

 

「ちょっと待て、細見。決めるのは一通り聞いてからだ。山口はどうだ?」

 

「うちもチハの方がいいですね。正直前回の練習試合の前に嫌になるほどチハで練習して、もうそれに慣れ切ってしまいましたんで。ただうちも谷口と同じ新砲塔にしてくれればというのと、専用の装填手が欲しいところですね。うちらの役目からしたら装填速度を可能な限り早くしたいところです」

 

「それは私も同感ですね」

谷口も山口の意見に同意した。

 

「分かった。それでは谷口と山口はそれぞれ新砲塔チハにするとしよう。一式の1輌は細見にあてがうとする」

 

「やったー!!」

西の決定に細見は万歳して喜んだ。もっとも大学選抜との試合や先の練習試合においても細見の活躍は際立っており、戦車を一式中戦車とすることで更なるパフォーマンスの向上は見込める。

 

「1輌は細見で決まりですね。もう1輌はどうしましょう?」

玉田が西に尋ねた。

 

「そうだな・・・実はもう1輌は私がもらおうかと思っている」

 

「隊長は四式じゃないのですか!? 倉橋を装填手にという話もありましたし、てっきりそうかと・・・」

誰もが思っていたことを代表するかのように、玉田が西に聞き返した。

 

「私も四式中戦車を是非とも使いたいところだが・・・ただそうなると敵から目一杯標的にされるのは明らかだ。四式の火力を最大限活かすには、隊長車として逃げ回るようなことがあってはいけない」

 

「それであれば、四式は誰が・・・」

 

「それは・・・玉田、お前に託そうかと思っている」

 

「えええ!!??」

玉田はどっからそんな声が出るのかというほど驚いたのだが、西は構わず続けた。

 

「なんといっても玉田は大学選抜との試合でパーシング2輌を撃破し、我が隊屈指の戦果を誇っている。それと先日の乱入者の一件。以前の玉田なら血気に逸って飛びかかっていっただろうが、グッと抑えて私のところまで連れてきた。四式を運用する上では、そうやって我慢が必要な場面も必ずある。そして副隊長として就任以降、陰に日向に隊長として到らぬ私を本当によく支えてくれている。四式を誰かに託すとなれば・・・私の中ではまずお前だ」

 

「西隊長・・・」

玉田は感極まったような、それでいて困惑しているようななんともいえない表情のまま固まっている。

 

「くっそー、うらやましいぞ玉田!」

 

「いや、細見、そういう問題では・・・」

玉田はなおも戸惑いを隠せない。

 

「玉田が嫌なら、他の者に頼むようにするんだけどなー」

 

時たま顔をのぞかせる人をからかうような西の物言いを見て、玉田はその言葉とは裏腹に、西はどうしても自分に四式に乗ってもらいたいのであろう気持ちを読み取った。そうとあれば、副隊長として戦車乗りとして断るわけにはいかない。

 

「承知しました! 全身全霊をかけて責任を果たします」

 

「うん! 宜しく頼むぞ」

西の決定に他の車長も異存はない。それぞれに玉田に励ましの声をかけた。

 

「それでは隊の編成はおおよそ以下の通りとする」

 

~~~~~~~~

 

◇西車(隊長車/フラッグ車)・・・一式中戦車

 ⇒車長:西、装填手:倉橋(オリ)、通信手:半田(オリ)、操縦手:戸室(オリ)

 

 ※(オリ)は作者のオリジナル設定。以下同じ。

 

◇玉田車(割り下小隊)・・・四式中戦車

 ⇒車長:玉田、砲手:松川(オリ)

 

◇玉田僚車(割り下ご飯)・・・新チハ

 ⇒車長:浜田

 

◇寺本車(たまご小隊)・・・新チハ

◇寺本僚車(たまごご飯)・・・旧チハ

 

◇池田車(陣地構築隊/豆腐小隊)・・・チハドーザー

◇池田僚車(陣地構築隊/豆腐ご飯)・・・チハドーザー

 

◇名倉車(陣地構築隊/長葱小隊)・・・チハドーザー

◇名倉僚車(陣地構築隊/長葱ご飯)・・・旧チハ

 

◇谷口車(突撃隊/バント)・・・新チハ

 ⇒車長:谷口、操縦手:丸井、砲手:五十嵐、装填手:久保、通信手:小室

  ※全て(オリ)

 

◇山口車(突撃隊/牽制)・・・新チハ

 ⇒車長:山口、操縦手:太田、砲手:中山、装填手:山本、通信手:鈴木

  ※全て(オリ)

 

◇細見車(突撃隊/牛肉小隊)・・・一式中戦車

 ⇒車長:細見、操縦手:加藤(オリ)、砲手:島田(オリ)

 

◇細見僚車(突撃隊/牛肉ご飯)・・・旧チハ

 ⇒車長:横井(オリ)

 

◇福田車(偵察隊/みかん)・・・九五式軽戦車

 

~~~~~~~~

 

あとは参加車輌数や試合会場によって編成は変えていくことになるだろう。

 

なお知られざるところだが、先の大洗女子学園と大学選抜との試合において、知波単は22輌のチハで駆けつけたのだが、知波単の戦車隊として制定された車輌は全国大会決勝の参加車輌数でもある20輌である。その中には整備中の車輌もいくつかあった。つまり予備車輌も含め22輌を大至急で整備し、それに必要な砲弾、燃料を四方八方からかき集めたのだった。また22輌を動かすとなれば、隊員においても対外試合にも出たことがない、いわば予備兵のような隊員も含めて全ての予定をキャンセルし、総動員で駆けつけている。

 

ダージリンを切れさせた場面として有名なあのシーンの裏には、結果的には西の完全な勘違いであり、また成果として得られたものはそれほど多くなかったものの、こうした知波単の隊員の侠気が隠れていたのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25.交信(ケイという人物)

あとがきに編成とオリキャラをまとめました


引き続き車長会議の話し合いが行われている。

 

「サンダース大付属に練習試合について打診したのですが・・・日程としては12月10日頃で、サンダースの学園艦内であれば可能とのことです。なんでもクリスマスシーズンは南の島に行くか、逆にアラスカ周辺でホワイトクリスマスを楽しむのが定番らしく、今年は北に行く順番らしくて・・・」

 

「ホワイトクリスマスとか知ってるんだな」

 

「いちいちうるさいわ、細見」

 

ちゃちゃを入れてきた細見との応酬はともかく、玉田の報告を聞く限り、この時期を逃せばケイがいる間にサンダース大付属と練習試合をするは難しそうである。

 

「分かった。こちらとしてはなんとかその線で調整しよう。他の条件は特にあったか?」

 

「いえ、参加車輌もフラッグ戦か殲滅戦にするかも、こちらに任せて頂けるとのことでした」

 

「まあ余裕だな・・・おそらくこれが今年最後の試合だ。私としては20輌対20輌の殲滅戦で華々しくやろうかと思っているが、どうだ?」

 

新戦車が導入され、隊が再編されての初戦である。西の提案通り、総力戦とすることに皆異存はなかった。

 

「詳しいところはお礼を兼ねて私からケイ殿に連絡して確認しておくようにしよう。何か要望事項はあるか?」

 

「試合会場となる場所の地図や写真があればうれしいですが・・・」

突撃隊の中心であり、相手に最初の一撃をくらわすことになるであろう谷口としては当然の要望ではある。

 

「というより、お前はサンダースにいたんだからその辺は分かるんじゃないのか? 今でも連絡取り合ってる奴の1人もいるだろうに」

 

「いえ、サンダースは演習場がいくつかある上に、たまに改造もしています。今の状況がどうなのかは分かりません。連絡取ってる人間の話についてはなんとも・・・」

細見の問いかけに対して、谷口はなんとも答えづらそうな感じで返した。

 

「まあ話はしてみるが、立場的にお願いしづらいところもある。あまり期待はしないでくれ」

 

確かに年の暮れの慌ただしい時期に無理を言って練習試合の相手をしてもらうというのはあるが、フェアプレーが信条であるケイであればおそらく話をすれば聞いてもらえる内容だろう。しかし西にはそれとは別にどうしてもお願いしたいことがあった。

 

その後、会議は新しい戦車の検収に立ち会う者、検収方法、またどういう使い方をするのが効果的かという話をして終了した。

 

~~~~~~~~

 

「ケイ殿、この度は年の瀬の慌ただしい時期に練習試合を受けて頂き、誠に有難うございます」

 

「ノープロブレムよ、絹代。それよりあなたたちも試合の後はアラスカに来ない? オーロラを見ながらのクリスマスは超ファンタスティックよ!」

 

「いえ、残念ながらうちのような旧型で小さい学園艦では、これからの時期の北の海は自信がありませんで。また私どもの年末の過ごし方もございますので」

 ”なんでそこはveryじゃなくて超なんだろう・・・” と思いつつも、西はケイの申出をやんわりと断った。

 

「OK、ちょっと言ってみただけよ。12月10日はちょうど銚子沖を航行してるから、そこで試合をしましょ! あなたがたのチハは・・・おっと、今は新型戦車もあるんだっけ? うちのスーパーギャラクシーで送り迎えするわよ!」

 

さすがにサンダースの情報網にかかれば、新型戦車の導入は筒抜けのようだ。同じく諜報機関を持っている黒森峰、プラウダ、聖グロリアーナにも既に伝わっていることだろう。もっとも練習試合をすればその内容はすぐ知れ渡るわけで、そのことは特に重要ではない。

 

「さすがに情報が早いですね。いろいろと中ではありましたが、とある方の努力の結晶です。もちろん試合でも使用するつもりです。戦車の輸送に関してはお手数をおかけ致しますが宜しくお願い致します」

 

「了解したわ。着艦する場所の地図と写真をあとで送ってちょうだい! ところで参加車輌は何輌にする?」

 

「ご承知済みのとおり、うちも新型戦車を導入して隊を再編したばかりです。空輸の手間もおかけ致しますのに恐縮ですが、総力戦の20輌対20輌による殲滅戦でお願い出来ないかと・・・」

 

「20対20? イーブンで?」

 

「はい。それで実はもう一つお願いがございまして・・・貴校の参加車輌の半数は、二軍などの控えの選手でお願いしたいのです」

 

「ふーん・・・なるほどね・・・」

申出を聞いたケイも少しばかり沈黙する。

 

「分かったわ。絹代らしい粋なクリスマスプレゼントね。感謝するわ!」

いろいろと含みを持った感じであったが、ケイは西の申出を了解した。

 

「有難うございます。ただ実際のところはクリスマスプレゼントというようなものではなく、そうしてもらわないと普通に20対20で戦っても結果は見えてますので・・・実はうちの戦車隊に貴校の二軍にいた者がいるのですが、その者は今我が隊一の戦車乗りであります。そう考えると、戦車の差以上に基盤となる隊員の質がそもそも違うように感じておりまして・・・」

 

「タカコ(谷口)のことね」

 

「ご存知なんですか!?」

 

「500人の名前と顔と特徴がすぐに一致しないようなら、ここで隊長は務まりはしないわ。あなたも ”海賊とよばれた男” は観たでしょう? ああでなければ大きな組織はまとまらないわ。もっともアリサは未だに ”なんなのよ、もー!” って苦しんでるけどね。まああの子は今まで自分のことで必死だっただろうから」

 

女子高生ならかなりハードルが高いであろうことを、事もなげにケイは言ってのけた。ケイの言う ”海賊とよばれた男” のくだりは、劇中で常務が記憶を辿りながら空白の社員名簿の項目を次々と埋めてゆき、それを見た店主が ”これが私の財産目録か” と言った内容を指しているのだろう。

 

「もっとも当時のサンダースはあまりいい雰囲気じゃなかったからね・・・それに対してタカコは真面目すぎた・・・頑固で一途なところがあるから、知波単の水がフィットしたのかもしれないわね」

 

「ところで20対20というのは、隊を再編したばかりだから・・・というわけでもないのでしょ?」

 

「そこまでお見通しですか・・・」

西は改めてケイの洞察力に驚嘆した。

 

「我が知波単が20対20で試合をすることはまずありません。予備車輌を含めても30輌ないですし、公式戦では全国大会の決勝までいかないとその機会はないですから。となると、必然隊員を選りすぐって戦うことになるのですが、我々にとって目下のところ差し迫った決戦は大洗女子学園との一戦。次が三戦目となりますので私の中ではこれで終わりとするつもりです。悔いを残さぬ上でも厳選した精鋭で戦いたいと考えています。しかしながら、私を慕い、信頼してくれて、そして技量も決して低くはない隊員の中から選ばないといけないというのは、私にとっては想像以上に苦しい、辛い作業でして・・・500人の隊員を抱えるケイ殿からすれば小さい悩みでしょうが・・・」

 

「そんなことないわ。多かろうが少なかろうがやることは一緒よ。実を言うとね・・・私がフェアプレーを重視するのは決して ”正々堂々と戦う” というだけの話じゃないの。フェアに物事を処理しなければ、さっきの話じゃないけど大きな組織は維持できないのよ。公正に選ばれたからこそ、セレクトされた人間は自信を持って戦い、選考からもれた人間も素直に送り出すことが出来る。そしたら当然試合でアンフェアなことなんて出来ないでしょ?」

 

「でも、以前のサンダースは実はそうじゃなかった・・・その時の私に何かが出来たわけじゃないけど、タカコには今でも申し訳ないと思ってる・・・」

 

「ケイ殿・・・」

 

当たり前の話だが、苦しいのは西だけではない。常に明るくポジティブで、悩みなんて何もなさそうなケイも、苦しんだ経験と苦い思いを噛みしめつつ今があるのだ。

 

「機会があれば、そのあたりの話もゆっくりとしてあげるわ!」

 

「はい、是非お願いします!」

 

「でも試合では手加減は一切しないわよ! 知波単との試合は12月の一大イベントで、大型モニターでいろんなところで見れるようにするからね。オーディエンスの期待を裏切らないような、熱い試合を期待してるわよ!」

 

「はい、こちらも正々堂々と勝ちに行きます!」

 

内容は分からないが、あのサンダースが一大イベントと言い切るのである。規模も内容も知波単の隊員が想像出来るようなものではないだろう。

 

「ところで絹代はメールアドレスはないの? 電話じゃ出来ないような話もいろいろしてみたいし、今回の試合会場の地図と写真を送りたいのだけど・・・」

 

「私はその方面はとんと疎くて・・・申し訳ありませぬ」

 

「まあいいわ。2、3日でうちのホームページに試合のことを載せるつもりだし、そこに地図と写真も貼っておくわ。念のため、いつもの寺本ちゃんにURLを送っておくからそこで確認してちょうだい」

 

「お気遣い、本当に有難うございます」

 

西には内容はよく分からなかったが、欲しかった会場の地図と写真もなんとかなりそうである。

そして・・・西の想像以上にケイは大きな人物だった。一朝一夕であの人物が形成されたわけではないのだ。決して苦労を周りに見せず、500人の隊員に目配りをし、鼓舞し、常にポジティブな姿勢で隊長としてチームを引っ張っていく。西には一生かかっても到達できない領域のように思えた。

 

「(結局あの時のお詫びとお礼、言いそびれちゃったな・・・)」

 

大学選抜との試合で、知波単の不甲斐なさがあさがお中隊の崩壊の要因となったことについて、西は一言ケイに言っておきたかったのだが、おそらくケイは笑い飛ばして済ませたことだろう。

 

 ”戦車道には人生の大切な全てのことが詰まっている” 

 

誰かが言ったセリフを、西はケイとの会話の中で改めて噛みしめていた。




◆西車(隊長車/フラッグ車)・・・一式中戦車
 ⇒車長:西、装填手:倉橋/2年(オリ)、通信手:半田/2年(オリ)、
  操縦手:戸室/2年(オリ)

 ※(オリ)は作者のオリジナル設定。以下同じ。
  オリキャラはちばあきお氏の漫画、キャプテン、プレーボールから名前を頂いてます

◆玉田車(割り下小隊)・・・四式中戦車
 ⇒車長:玉田、砲手:松川/2年(オリ)

◇玉田僚車(割り下ご飯)・・・新チハ
 ⇒車長:浜田

◆寺本車(たまご小隊)・・・新チハ
◇寺本僚車(たまごご飯)・・・旧チハ

◆池田車(陣地構築隊/豆腐小隊)・・・チハドーザー
◇池田僚車(陣地構築隊/豆腐ご飯)・・・チハドーザー

◆名倉車(陣地構築隊/長葱小隊)・・・チハドーザー
◇名倉僚車(陣地構築隊/長葱ご飯)・・・旧チハ

◆谷口車(突撃隊/バント)・・・新チハ
 ⇒車長:谷口/2年、操縦手:丸井/1年(留年)、砲手:五十嵐/1年、
  装填手:久保/1年、通信手:小室/1年
  ※全てオリキャラ
  ※谷口は2年時にサンダース大付属から編入

◆山口車(突撃隊/牽制)・・・新チハ
 ⇒車長:山口/2年、操縦手:太田/2年、砲手:中山/2年、
  装填手:山本/2年、通信手:鈴木/2年
  ※全てオリキャラ

◆細見車(突撃隊/牛肉小隊)・・・一式中戦車
 ⇒車長:細見、操縦手:加藤/2年(オリ)、砲手:島田/2年(オリ)

◇細見僚車(突撃隊/牛肉ご飯)・・・旧チハ
 ⇒車長:横井/2年(オリ)

◆福田車(偵察隊/みかん)・・・九五式軽戦車


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26.祭典(サンダース戦前夜祭)

短い文章なのだけれども・・・多分、英語表現は間違ってる・・・

小説内における時系列を。

7月中旬:隊長が辻→西に交代
8月中旬:この小説の始まり&大洗での親善試合
8月下旬:大洗女子学園と大学選抜との試合
9月下旬:大洗女子学園との練習試合
11月初旬:大洗女子学園との再戦 
11月下旬:新戦車導入
12月上旬:サンダースとの練習試合 ←←今ここ


「これは・・・どえらいことになりそうですね・・・」

 

サンダース大付属のケイから寺本宛にメールが届いた翌日、臨時の車長会議が開催されることになったのだが、サンダース大付属の戦車道チームのホームページを見て、誰もが度肝を抜かれていた。

 

どこの大企業のホームページかと思うような洗練された作り・ページ数に驚き、そして試合当日に関する情報もでかでかとトップページに掲載されている。そのリンク先をクリックすると・・・

 

まず凛々しくテキパキと作戦指示を与えるケイの表情がアップで映り、やがてそれは新隊長のアリサのそれに変わった。その後サンダース大付属の練習風景や試合の映像が少し流れ、やがて先の大洗女子学園と大学選抜との試合の映像のシーンに変わる。ナオミがパーシングを撃破したシーン、そして玉田や細見が同じくパーシングを撃破した貴重なシーンもしっかり納められ、思わず歓声が上がる。その後、知波単とサンダースの面々が共に勝利を喜び、写真に納まる画像が流れたのだが、そこには笑顔で敬礼する西や、変顔をする玉田、お色気シーンのつもりかスカートの裾をまくる細見の姿もあった。

 

「わわわ!?」

 

「お前ら・・・こんなことしてたのか・・・」

 

びっくりしたような、そしてからかうような感じの西だったが、その直後に画面に現れたケイと西が胸を寄せてだっちゅーのをする写真がそれをぶち壊した。

 

「なっ!?」

 

「隊長も同じじゃないですか!」

 

「くっ・・・気分が高揚してたとしかいいようがないな・・・」

 

やがて画面は 

<Our Soul Friends ”Chihatans” are coming soon , Desember-11> 

と表示され、紹介動画は終わった。

 

「なんというか・・・圧倒されたな・・・」

 

「なんでもサンダースの学園艦で映画も作られていると聞きました。このくらいの動画はいとも簡単に作れてしまうのかもしれません」

各校との連絡窓口になっている寺本が、ケイから聞いたであろう情報を伝えた。

 

「特設大型スクリーンを10か所設置とか書いてますよ!」

 

「アンツィオの屋台も出るみたいですね。クリスマス特別ピッツァって書いてます!」

 

これまたアンツィオの特別ページが設けられ、ドヤ顔のアンチョビと調理帽子を被ったぺパロニが ”定番の鉄板ナポリタンの他に特別ピッツァを用意した” とあり、その横でカルパッチョが美味しさの秘密を丁寧に解説している。

 

「ゲストも凄いです! 大洗女子学園からは西住みほ殿他あんこうチーム、プラウダ高校からはカチューシャ殿とノンナ殿、聖グロリアーナ女学院からはダージリン殿とオレンジペコ殿が来られるとのこと」

 

「というより、実況:秋山優花里、解説:西住みほってあるぞ!!」

 

「こりゃ下手な戦いは出来んな・・・これだけの催しであっけなく負けたら大恥ものだぞ・・・」

そう言った西も含め、皆気が引き締まるというよりも、まだ呆気に取られているような状況である。

 

「試合会場の情報が右下にあるであります!」

福田の声に皆一旦我に返ったようだったのだが・・・

 

「演習場Cってなんだよ!? 演習場がAからCまであるのか!?」

 

「というより・・・演習場のこの作りは・・・」

 

「先の大学選抜との試合とほぼ同じじゃないか!?」

 

驚いたことに、縮尺は多少小さくはなっているものの、あさがお中隊が蹴散らされた森林、たんぽぽ中隊が釘付けにされた湿原、そしてひまわり中隊がカールの巨大砲に襲われた高地までほぼ再現している。さすがに決着の場となった遊園地まではなかったが。

 

「・・・なんだよ・・・この人達は本当に高校生なのか?・・・」

 

「そういや聞き流していたが、谷口が演習場がいくつかあって、改造もしているとか言ってたな・・・それにしても・・・」

 

一同、驚きすぎて声も出ない感じである。

 

「谷口、サンダースはだいたいいつもこうなのか?」

ようやく気を取り直した西が、サンダース大付属の出身である谷口に尋ねた。

 

「たしかにクリスマスのイベントは盛んでしたし、戦車道の練習試合の規模も大きかったですが、これほどまでは・・・ここまで艦を巻き込んでのイベントになったというのは、おそらくケイさんが隊長になって1年以上経ったというのが大きいのではないかと。自分が居た頃はまだこれほどのものではありませんでした」

 

ケイの人柄は、サンダースの艦内においても絶大な信頼が置かれていることがうかがえる。

 

「で、この試合会場で我々はどちら側から行くことになるのですか?」

ようやく落ち着きを取り戻した雰囲気の中で、玉田が尋ねた。

 

「ケイ殿はどちら側でも構わないとメッセージをくれています」

寺本が報告するや否や、西がそれに反応した。

 

「ならば・・・言うまでもない。我々は森林側から行くことにする!」

 

「了解!!!」

 

知波単の隊員にとっても、大学選抜との試合での無念は忘れたわけではない。屈辱を晴らすには大学選抜が進軍してきた草原側という選択肢はなかった。

 

~~~~~~~~

 

時は進んで、12月10日。

 

サンダース大付属との練習試合を翌日に控え、前夜祭に参加すべく知波単の隊員はサンダースの学園艦上に揃っていた。既に午前のうちに試合に使用する戦車はスーパーギャラクシーにて搬送されており、午後には試合会場の視察、並びに戦車の点検・試運転を行っている。

 

そして、知波単の隊員以外のゲスト・・・大洗やプラウダ、聖グロリアーナの面々も既に到着している。

 

「あら、絹代じゃない」

ノンナに肩車されたカチューシャが西を見掛けて声をかけた。

 

「西さん、ご無沙汰しております。先日はたいそうな品物を送って頂き有難うございました」

続けてノンナが、数日前に知波単から届いたお歳暮について礼を言った。

 

「いえ。いろんなものをバラバラと入れてしまい、かえって迷惑でなければよかったですが」

 

「そんなことありません。プラウダにとってはチンゲン菜やレモンは貴重なビタミン源になります。またレシピを頂いたさつまいもきんとんはさっそく試してみました。とても美味しかったですよね? カチューシャ?」

 

「そうね。なかなかいけたわよ・・・それよりあなたがたの新しい戦車はどうなの?」

 

ソビエト戦車と旧日本軍の戦車は縁が深いから・・・というわけではないのだろうが、カチューシャも知波単が新しく導入した戦車のことは気になるのだろう。隠すことなくストレートに質問をぶつけた。

 

「そうですね。火力のある戦車が加わったことで作戦に幅が出たことがなにより大きいですね。明日はその成果をカチューシャ殿にお見せできるよう頑張ります!」

 

「突撃一辺倒だったあなた達が ”作戦の幅が出た” とか、変われば変わるもんね。ところで四式中戦車がフラッグ車になるの? もっとも明日は殲滅戦のようだけど」

 

「いえ。今のところ標的となりやすい四式中戦車を隊長車とすることは考えておりません」

 

「そうね。それが賢明だわ。その様子だと明日の試合は少しは楽しめそうね。カチューシャをがっかりさせないでよ」

 

「はい! 良い戦いが出来るよう精一杯努力してまいります!!」

 

「これだけ大掛かりな試合だとプレッシャーもあるでしょうが、気負わずに頑張って下さい」

 

「はい! 有難うございます、ノンナ殿!」

 

「じゃあねー、ピロシキー」

 

「ダスヴィダーニャ」

 

そしてカチューシャ、ノンナと入れ替わるように、大洗のあんこうチームの面々が西のところに近づいてきた。

 

「西さん、こんばんわ。明日は宜しくお願いします」

 

「西住殿、こちらこそ宜しくお願いします。西住殿が解説されるとなれば下手な戦いは出来ません。というより、正直重圧を感じています」

 

西住みほも ”そりゃそうですよね” という感じで、独特のハハハという表情を浮かべている。

 

「西殿、明日は一式中戦車や四式中戦車も出るんですよね! 前回うちとの練習試合で、縦横無尽に駆け回ったチハに新しい戦車が加わるなんて、もう楽しみで仕方ありません! もう頑張って実況しちゃいますよ!」

 

「私も解説だなんておこがましいですが、どういう試合になるか楽しみにしています。頑張って下さい!」

 

「お二方とも、有難うございます。なにせ相手はシャーマン20輌ですのでどういう戦いが出来るか自信はありませんが、期待に応えられるよう頑張ります!」

 

そうこうするうちに、サンダースの案内役が来て、前夜祭が始まるので所定の位置に戻るよう指示があった。

 

「言葉とは裏腹に、西さん、いやに落ち着いていたな」

 

「明日の試合に向けて何か秘策があるのかもしれませんね」

 

西とみほ達のやりとりを見ていた冷泉麻子と五十鈴華が互いの感想を言い合った。

大洗女子学園にとっても、来年には全国大会連覇を目指す戦いがある。なんといっても2人とも戦車道を歩むようになってまだ半年少ししか経っていない。今年はいわば怖いものしらずの勢いのまま突っ切ったが、こうして次々と新しいライバル校が出現し、これまでの強豪校も含め、大洗女子学園を目標とする他校を迎え撃たねばならない。

西の落ち着いた態度は、改めて戦車道の奥の深さを痛感し、そして連覇への道が厳しく困難であることを2人に認識させるには充分であった。

 

~~~~~~~~

 

「Ladys and gentleman! Welcome to Saunders University High School!

Let’s get started!」

 

 ”ほとんどジェントルマンいないじゃない!” という武部沙織のボヤキをよそに、盛大な前夜祭が始まった。 

 




◆西車(隊長車/フラッグ車)・・・一式中戦車
 ⇒車長:西、装填手:倉橋/2年(オリ)、通信手:半田/2年(オリ)、
  操縦手:戸室/2年(オリ)

 ※(オリ)は作者のオリジナル設定。以下同じ。
  オリキャラはちばあきお氏の漫画、キャプテン、プレーボールから名前を頂いてます

◆玉田車(割り下小隊)・・・四式中戦車
 ⇒車長:玉田、砲手:松川/2年(オリ)

◇玉田僚車(割り下ご飯)・・・新チハ
 ⇒車長:浜田

◆寺本車(たまご小隊)・・・新チハ
◇寺本僚車(たまごご飯)・・・旧チハ

◆池田車(陣地構築隊/豆腐小隊)・・・チハドーザー
◇池田僚車(陣地構築隊/豆腐ご飯)・・・チハドーザー

◆名倉車(陣地構築隊/長葱小隊)・・・チハドーザー
◇名倉僚車(陣地構築隊/長葱ご飯)・・・旧チハ

◆谷口車(突撃隊/バント)・・・新チハ
 ⇒車長:谷口/2年、操縦手:丸井/1年(留年)、砲手:五十嵐/1年、
  装填手:久保/1年、通信手:小室/1年
  ※全てオリキャラ
  ※谷口は2年時にサンダース大付属から編入

◆山口車(突撃隊/牽制)・・・新チハ
 ⇒車長:山口/2年、操縦手:太田/2年、砲手:中山/2年、
  装填手:山本/2年、通信手:鈴木/2年
  ※全てオリキャラ

◆細見車(突撃隊/牛肉小隊)・・・一式中戦車
 ⇒車長:細見、操縦手:加藤/2年(オリ)、砲手:島田/2年(オリ)

◇細見僚車(突撃隊/牛肉ご飯)・・・旧チハ
 ⇒車長:横井/2年(オリ)

◆福田車(偵察隊/みかん)・・・九五式軽戦車


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27.変貌(3ヶ月後の姿)

登場人物が多くなった場合のセリフ回しをどうするか・・・
私も自分の無知を認識せねばなるまい。。。

小説内における時系列を。

7月中旬:隊長が辻→西に交代
8月中旬:この小説の始まり&大洗での親善試合
8月下旬:大洗女子学園と大学選抜との試合
9月下旬:大洗女子学園との練習試合
11月初旬:大洗女子学園との再戦 
11月下旬:新戦車導入
12月上旬:サンダースとの練習試合 ←←今ここ

あとがきに編成とオリキャラをまとめました


「じゃあ、ゲストの紹介をするわね! まずはプラウダ高校より、地吹雪のカチューシャ&ブリザードのノンナー!」

 

ケイの紹介アナウンスが終わると、盛大な拍手と耳を劈くばかりの指笛が鳴りだす。

”当然私が一番先に紹介されるべきでしょ!” と言うであろうカチューシャを見越して、いの一番にカチューシャを紹介したのだが、当のカチューシャは観客の多さと雰囲気にびっくりしているのか、さかんに辺りをきょろきょろと見回している。

 

「せっかくだからカチューシャ、なんか一言喋ってよ!」

係員がステージの中央にカチューシャを誘導したが、マイクスタンドの高さはちゃんとカチューシャの高さに合わせている。このあたりの配慮も抜かりはない。

 

「わ、私がカチューシャよ。きょ、今日はこんなパーティーに招待してくれて感謝してるわ。明日も頑張ってね。じゃ、じゃあね」

 

挨拶が終わるといそいそとカチューシャは元の席に戻った。

 

「意外と普通の挨拶でしたね」

 

「そりゃ、いきなりあそこに立たされて、これだけの聴衆を前にいきなり ”粛清してやる!” とは言えんだろ・・・」

 

”意外と普通” と言った五十鈴華はともかく、冷泉麻子も ”いきなりあんなところで喋らされるのは御免だな” と思っていたに違いない。

 

「サンキュー! 次はいかなる時も優雅、聖グロリアーナからダージリン&オレンジペコ!」

 

紹介されたダージリンは、さすがに堂々とした感じでマイクスタンドの前に立った。しかし自己紹介もなくいきなり出てきた言葉は・・・

 

「All you’ve got to do is own up to your ignorance honestly, and you’ll find people who are eager to fill your head with information.」

 

「「「・・・」」」

あれだけ騒がしかった観客も一瞬固まってしまう。

 

「ダージリンさん、こんなとこでもやっちゃうのね・・・」

 

「まさに ”こぼれた宝石を誰も拾ってない” 状況だな・・・」

 

「どういう内容の言葉だったのですか?」

 

華が問いかえるのと同時くらいで、ケイの合図で係員は着席しているオレンジペコのところにマイクを持っていった。

 

「オレンジペコさんが解説してくれそうだ・・・」

 

「聖グロリアーナのオレンジペコです。今のはウォルト・ディズニーの言葉ですね。・・・謙虚であれば、誰かが必ず教えてくれるということですね」

 

「西さん、なんとか変わろうとするあなたのこと、みんな応援してるわ」

オレンジペコのフォローを得たダージリンは満足そうに西に伝え、自分の席に戻った。

 

「元のダージリンさんの言葉は ”無知を自覚せよ” という内容だ。ペコさん、事を荒立てないように上手くフォローしたな」

 

(先の格言の訳:正直に自分の無知を認めることが大切だ。そうすれば、必ず熱心に教えてくれる人が現れる)

 

「でも、ダージリンさんもいろいろとやらかしちゃうことはあっても、こういう場でもまず第一に西さんのことを思う言葉が出るなんて偉い人だよね」

 

なんだかんだと麻子も武部沙織も、サラッと相手の意図を汲み取る、フォローするような言葉が出てくるのはさすがである。

 

「OK! では次は・・・戦車道に彗星のように現れたニューヒロイン達! 大洗女子学園の沙織&華&優花里&麻子・・・そして戦車道のスーパーヒロイン! みほよ!」

 

サンダース内でもその名は知れていたのであろう。先ほどよりもさらに大きな声援が大洗女子学園に向けられた。そして、ガチガチの状態でみほが舞台中央のマイクに向かった。

 

「み、みなさんこんばんわ! 大洗女子学園の西住みほです。こんなにぎやかな雰囲気の中で試合が出来るケイさんや西さんがうらやましいです! あ、明日は私も精一杯解説しますので、宜しくお願いします!」

 

これまでのみほの戦いは、勝って当然、もしくは絶対に勝たないといけない戦いばかりだった。もちろんみほとしてもその過程で自分なりの戦車道を見出すことが出来たし、そしてケイや西にとっては、明日の試合も当然勝たねばならない試合であるのは間違いないのだが、それでもこの楽しい雰囲気の中で、思う存分に戦車を動かしまくって、撃ちまくって、知恵も絞って・・・そういう試合をしてみたいとみほは素直に感じたのかもしれない。

 

その後、アンツィオ高校の面々が紹介され、いよいよこのイベントのメインゲストともいうべき知波単学園の西が紹介される順番になった。

 

「それでは最後に・・・ジャパーニーズ淑女、大和撫子、吶喊少女・・・ミス絹代!」

明日の対戦相手ということもあり、大洗女子学園へのものに負けないくらいの声援があがった。

 

「みなさんこんばんわ! 知波単学園の西絹代であります! この度はこのような盛大な会を催して頂き、本当に有難うございます! 思えば我々の戦いは・・・ここにいる他校の方、プラウダ高校、聖グロリアーナ女学院、大洗女子学園、アンツィオ高校、そしてサンダース大付属の戦車乗りの方の足を引っ張ってしまうところから始まりました・・・」

 

歓声が収まるのを待ってから、さらに西は続ける。

 

「そして、その悔しさ、苦しさを経て、まず我々は自らの無知を認識するところから始まったのであります」

 

そう言った西は、ダージリンの方に視線を向けて軽くうなづいた。先ほどダージリンが言った ”ignorance” を踏まえてのものであったのだろうが、かといってそこに怒りや困惑が混ざっている様子はなく、そして西に視線を向けられたダージリンもそれを理解しているかのようにうなづき返したのであった。

 

「まだまだ我々は未熟者です。明日皆さまを楽しませるような試合は出来ないかもしれません。しかし明日の試合は私どもにとっては・・・足を引っ張ってしまった方々への恩返しでもあると考えています。ご覧下さる皆さまにも何かが伝わる、何かが残る戦いが出来るよう、最善を尽くして頑張ります!」

 

西の堂々とした様子は、戦車道を知らない多くの観客にも伝わるものがあったようで、さらに一段と大きな声が飛んだ。西はそれに丁寧にお辞儀を返している。

 

そしてその姿は・・・オレンジペコにとっては、知波単の戦車隊はバンカーの相手に無謀に突っ込んでくる、増援の要請の数を勘違いする、円形広場の階段をブザマに転げ落ちるようなイメージでしかなかった。それがために知波単のことを少なからず冷ややかな目で見ていたのだが・・・今、目の当たりにする姿はオレンジペコが知っているそれとは全く違うものであり、ただただ驚きでしかなかった。

 

「以前の西さんとはまるで・・・3ヶ月やそこらでここまで変わるものなのでしょうか・・・」

 

「何かを理解し、何かを変えたから今があるのでしょうね。でも、理解することから苦悩が始まるとも・・・おそらくこの3ヶ月、彼女にとっては苦悩の連続だったのでしょうね」

 

さすがにダージリンには苦悩を慮るだけの思慮はある。

 

「明日の試合はどうなるのでしょうか・・・」

 

「普通に考えれば、シャーマン20輌が相手では勝負にならないとは思うけど・・・カチューシャはどう思って?」

ダージリンはノンナを挟んで横に座っているカチューシャに質問を投げた。

 

「さっき絹代と話したけど・・・ペコと一緒ね。自分が知ってる絹代とは変わりすぎていて・・・正直想像がつかないわ」

 

「いずれにせよ・・・ ”ダービーは常に強い馬が勝つ。でも一番強い馬が勝つとは限らない” もしかしたら知波単には既に勝つ資格があるのかもしれないわね」

 

ダージリンらしくきれいにまとめた頃、ようやく歓声は収まって、西はダージリン達とは反対側の舞台袖の席に戻っていった。

 

「OK! 絹代のいるチハタンズは確かに強敵だけど・・・でも私達も負けないよ! でもその前に・・・今夜は目一杯enjoyするよ! Are you ready?」

 

「「「yeahhh!!!」」」

 

歓声を合図に、盛大な前夜祭のパーティーが始まった。

 

ステージでは、サンダースのバンドが演奏したり、コントを演じたりしている。その中でも、ケイがボーカル、ナオミがベース、アリサがキーボードをつとめる戦車隊のバンドは一際華やかで、大きな声援を浴びていた。タンクジャケット着用の姿しかほとんど見たことがない者にとっては、華やかに演じるその姿は驚きであり、羨望でもあった。

 

「うわー、カッコイイ! ミポリン、今度うちもやろうよ!」

 

「そうですね、私達もそろそろあんこう踊りから卒業しないと・・・」

 

「ふぇぇ~!? でも私、縦笛しか出来ないよ!」

 

なおあんこうチームには、ケイから ”ぜひあんこう踊りをやってよ!” というオファーをなんとか断ったという経緯があったのだが・・・

 

「お、今度は西殿達が演奏するみたいですね!」

 

ステージには和太鼓が4つセットされている。

 

「ハッ!」

はっぴを着た西の掛け声で、西、玉田、細見、池田が見事な演舞を始めた。和太鼓などは見たことがないであろう、そして一糸乱れぬ演舞を見て、サンダースの聴衆から大きな歓声があがる。

 

「白褌じゃないのですね。残念・・・」

 

「華は何に期待してるのよ!」

 

2曲で演舞は終わり、西はケイとがっちり握手をし、そして特等席にいる他校のゲストのところに歩み寄ってきた。

 

「ケイさーん、ホントもうカッコよかったです!」

 

「サンキュー、沙織! ホントはあなた達にもあんこう踊りやってほしかったんだけどねー」

 

ケイにそういたずらっぽく言われ、ブーと膨れる沙織の横では、ダージリンが西に声を掛けていた。

 

「西さん、見事な演奏で心が洗われるようでしたわ。何から何まで大学選抜との試合の時とは違う姿を見て、正直驚いておりますの。まさに ”3日会わざれば括目して見よ” ですわね」

 

「有難うございます、ダージリンさん。仰るように全ては自分の無知を知るところからの始まりでした」

 

「でも、自分を無知と認識するのは非常に辛いこと。そしてそれを克服するのも大変ではありませんで?」

 

「正直、いろいろと思い悩むことは多かったですが・・・ただ私一人で何かが出来たわけではありません。陰でいろいろと動いて下さった先輩、自らを押し殺してまで知波単のために役職に就いてくれた者、そして苦しい鍛錬を一緒に乗り越え、私に付いてきてくれた隊員達・・・そうしたいろんな人の支えがあっての今であります。苦しいとかどうすればいいのかというのはありましたが、辛いというのはほとんどありませんでした」

 

そういう西には何の迷いもブレも見られなかった。

 

「なるほど・・・1本の矢では折れてしまうが、3本の矢では折れないということね。これはまた大変なライバルが出てきてしまいましたわね、ペコ」

 

「はい・・・」

聖グロリアーナが知波単をライバルを認めた瞬間であったが、それを聞いても西には浮つくところがまるでなかった。

 

「しかし・・・進歩のスピードが早すぎます。何より気迫がずば抜けています。これだけ迷いがなく気迫が漲っているのは・・・同じ戦車乗りとして嫉妬を感じてしまうほどです。タイプは違うでしょうが、これだけ迫力のある戦車乗りというのは、他には西住まほさんくらいではないでしょうか・・・」

 

「まったく・・・プラウダにとって余計な高校がまた出てきちゃったものね!」

 

地吹雪やブリザードと称されるカチューシャやノンナも、西の変貌ぶりを認めざるを得ない。

もっとも強豪校と知波単との間には、依然歴然とした戦車の性能差が横たわっており、力関係は実際にはそれほど大きくは変わっていないだろう。ただ戦車を動かすのは中に乗っている人であり、その人が以前とは大きく変わっている。そして戦車道の試合においては、戦車の性能だけが勝敗を決めるものではないことを、先に大洗女子学園が証明している。

 

今感じている脅威が本当のものなのか、幻想のようなものなのか・・・明日の試合である程度分かることになるだろう。

そうこうするうちに、2時間のパーティーはあっという間に終わった。

 

そして、パーティーの終了から1時間後。

明日の試合会場となる草原で、2つのヘッドライトが交錯しようとしていた。




◆西車(隊長車/フラッグ車)・・・一式中戦車
 ⇒車長:西、装填手:倉橋/2年(オリ)、通信手:半田/2年(オリ)、
  操縦手:戸室/2年(オリ)

 ※(オリ)は作者のオリジナル設定。以下同じ。
  オリキャラはちばあきお氏の漫画、キャプテン、プレーボールから名前を頂いてます

◆玉田車(割り下小隊)・・・四式中戦車
 ⇒車長:玉田、砲手:松川/2年(オリ)

◇玉田僚車(割り下ご飯)・・・新チハ
 ⇒車長:浜田

◆寺本車(たまご小隊)・・・新チハ
◇寺本僚車(たまごご飯)・・・旧チハ

◆池田車(陣地構築隊/豆腐小隊)・・・チハドーザー
◇池田僚車(陣地構築隊/豆腐ご飯)・・・チハドーザー

◆名倉車(陣地構築隊/長葱小隊)・・・チハドーザー
◇名倉僚車(陣地構築隊/長葱ご飯)・・・旧チハ

◆谷口車(突撃隊/バント)・・・新チハ
 ⇒車長:谷口/2年、操縦手:丸井/1年(留年)、砲手:五十嵐/1年、
  装填手:久保/1年、通信手:小室/1年
  ※全てオリキャラ
  ※谷口は2年時にサンダース大付属から編入

◆山口車(突撃隊/牽制)・・・新チハ
 ⇒車長:山口/2年、操縦手:太田/2年、砲手:中山/2年、
  装填手:山本/2年、通信手:鈴木/2年
  ※全てオリキャラ

◆細見車(突撃隊/牛肉小隊)・・・一式中戦車
 ⇒車長:細見、操縦手:加藤/2年(オリ)、砲手:島田/2年(オリ)

◇細見僚車(突撃隊/牛肉ご飯)・・・旧チハ
 ⇒車長:横井/2年(オリ)

◆福田車(偵察隊/みかん)・・・九五式軽戦車


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28.追憶(サンダースでの出来事)

「タカ子?」

 

「アリサか・・・」

 

「うちじゃ二軍の補欠だったアンタが、今じゃ知波単の特攻隊長だもんね。こんな時間に試合会場の視察とか、偉くなると大変ね」

 

「お前こそ隊長なんだから、会場視察とかそれこそかつての私のような二軍の補欠にさせておけばいいんじゃないのか? そもそもここはサンダースの演習場なんだし、こんな時間に視察するようなとこでもないだろ。アリサこそ地に足がついてないんじゃないのか?」

 

「うっ、うるさいわね! 隊長になるといろいろとやることも多いのよ!」

谷口に皮肉を言ったつもりが、真っ当な正論を返されて思わずアリサの声も大きくなった。

 

「・・・また、戦車に乗れるようになって良かったね・・・」

 

「ああ」

 

「隣いい?」

 

「ああ、ちょうど一息入れたかったし」

 

草の上に2人は並んで座った。

1年の時から将来を嘱望されていたアリサと二軍の補欠だった谷口とでは同学年といえど立場の違いはあったのだが、接点はそれなりにあった。もっともその接点が無くなろうとしていた状況の時に谷口は知波単に編入したのだが。そうした経緯もあり、久しぶりに会ってすぐに話がはずむという状況ではなく、並んで座ったもののなんとなく気まずい雰囲気が流れていた。

 

「そういえば隊長就任のお祝いをちゃんと言ってなかったな。改めて隊長就任おめでとう、アリサ」

 

「ありがと・・・というより、アンタあたしらに黙って知波単に行ったんだから、そっちが先じゃないの!?」

 

「それはそうだな・・・」

 

「・・・」

 

「みんな・・・心配してたんだから・・・」

 

~~~~~~~~

 

中学時代に戦車に乗っていなかった谷口にとっては、履修者が500人というサンダースにおいては当然試合に出るレベルの話ではなく、二軍でたまに戦車に乗るという状況であった。しかし、誰も手が及ばないような部品の手入れや整備、弾薬やメンテナンス管理、細やかな試合会場の視察と適切な分析、そういった姿勢を評価した当時の副隊長・・・この人物こそケイなのだが、身の回りの世話役のような形で一軍に帯同させた。一軍メンバーの中でもそうした谷口の仕事ぶりの評価は高く、そしてその時既にアリサも一軍メンバーに名を連ねていた。所属としては二軍であったが常に一軍に帯同しているという状況が8ヶ月程続いていたのだが、ある事件をきっかけに谷口はその任を解かれることになった。

 

その時にはケイは既に隊長に就任していたのだが、ちょうどサンダース内の変革を行っていた最中であり、当然それへの抵抗勢力も根強かった。またケイ自身の超ポジティブともいうべき性格を冷ややかに見ている、面白くなく思っている者も多かった。さらに言えば ”評価はフェアに。能力のある者を抜擢する、一芸に秀でた者を重用する” というのがケイの変革の柱でもあったのだが、一軍・二軍の垣根を超えたような谷口の存在はその象徴のようなものでもあったとも言えた。そのため、一軍・二軍問わずその存在を疎ましく思う者は少なくなく、そしてそうした状況において、とある練習試合でケイの判断ミスをきっかけに試合に敗れるということがあった。

 

もっともその時の戦況を見るにケイの判断は必ずしも間違っていたというものではなかったのだが、ケイと周りの人間がその判断について口論になった際に、近くにいた谷口が思わず ”状況を考えればケイがそのような判断をしたのにも理由がある” と言ってしまった。それがきっかけで ”そもそも二軍にいるはずの谷口がここにいるのはおかしい” という話になり、自らの判断ミスで試合に負けたという負い目もあってケイもそれに強く応じるわけにいかず、結果、一軍への帯同禁止、二軍で1ヶ月間戦車への乗車は禁止との処分が下された。

 

そして、処分期間だが休みの日に戦車に乗ることは問題ないだろうと、いわば自主練のような形で何人かと戦車に乗って練習していたのだが、それが問題として取り上げられ、結果その処分は無期限のものとして追加されることになった。それからひと月ほどで谷口は知波単に編入するのだが、ケイもアリサも二軍内でそうした処分が下されたことも、そして谷口がサンダースがいなくなったことを知ったのもその後の話であった。

 

~~~~~~~~

 

「うちの隊長・・・そりゃ尋常じゃない落ち込みようだったよ。私のせいだってね・・・」

 

「うん・・・」

 

「私だって、本当に心配したんだから!」

 

「うん・・・」

 

「やっぱり、戦車に乗れなくなったことが原因?」

 

「いや、そういうわけでも・・・」

 

「とにかく、うちの隊長には一言言っておいてほしいのよ。あの性格だけど、だいぶ引きずっていたみたいだし」

 

「いや・・・実は処分云々は全く関係ない話なんだ・・・」

 

「はぁー!?」

 

「ほら・・・話したこともあると思うけど、うちの家は父親が昔ながらの大工で貧乏だったから・・・だから私も中学の時は手伝いをしないといけなかったんだけど。それで私が高校に行った後はいよいよ仕事も無くなって、逆に借金が増えてという感じになって・・・恥ずかしい話だけど、夜逃げ同然で佐世保から出ていったというのがホントのところなんだ」

 

「なんなのよー! それ!?」

 

「私の実力・経験じゃ一軍はおろか、二軍でもそんなに試合に出れるとは思ってなかった。だから、戦車に乗れなくなったのは確かにショックだったけど、私は戦車の試合を見てる、いろんなアシストが出来るだけでいいとも思ってたんだ」

 

「だから、サンダースの人らのせいとかでも、ましてやケイさんやアリサのせいとかじゃ全くなくて・・・もし私が黙って出て行ったことが重荷になっていたのなら・・・本当に申し訳ない」

 

「ゴメンで済む話じゃないよ! まったく!」

 

「その通りだな・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「じゃあ、サンダースが嫌いになったわけじゃない・・・ということでいいんだね」

 

「もちろん。今知波単でこうして戦車に乗れてるのも、ケイさんやアリサ、サンダースの人達の練習や試合を見てきたからこそだ。空き時間で戦車や作戦のこととかもいろいろ教えてもらったし」

 

「よかった・・・」

 

「アリサ・・・」

 

「本当に良かったわね!」

 

「人に歴史あり、だな」

 

「!!!???」

 

「ケイさん、西隊長・・・」

いつの間にか、2人の後ろにはヘッドライトを消したケイと西が立っていた。

 

「いつからここにいらしたんですか?」

 

「そうね。アリサが大きな声で ”はぁー!?” と言った頃かしらね」

 

「結構始めからじゃないですかー!」

あまり人には見られたくない姿を見られた気恥ずかしさを紛らわすためか、アリサは思わず声をあげた。

 

「でもよく聞こえなかったから、もう一度初めからリピートしてちょうだい!」

 

「なんなんですかー! それ!?」

 

「冗談よ。でも・・・」

 

「・・・本当によかった・・・」

当時のことを思い出したのか、ケイも涙ぐんでいた。

 

「ケイさん、アリサ。黙ってサンダースを出ていってしまい、またその後も連絡せずに本当に申し訳ございませんでした!」

立ち上がった谷口は、そう言って90度に頭を下げた。

 

「ノープロブレムよ! 私の方こそ何も力になれなくて・・・本当に申し訳ないと思ってる」

 

「いえ、そんな。ケイさんは何も悪くありません。むしろ私のような者を一軍に帯同させてもらっただけで感謝してます」

 

「そうよね。だからあの試合の後も、私のために噛みついてくれたんだもんね・・・」

ケイは笑顔こそ浮かべているが、時折手で目元を拭っている。

 

「それにもう一つ謝らないといけないことがある。正直私は、タカ子は二軍でもなかなか試合に出れない選手だろうから、良かれと思ってサポートスタッフとして一軍に帯同させたんだけど・・・でも今はこうしてチハタンズの特攻隊長をしている。そういう点でも私の目は曇っていたということね」

 

「ケイさん・・・」

申し訳ないやらなんやらで、谷口も困惑を隠せないでいる。

 

「というより、なんでお2人がこんなところにいるんですか?」

 

確かにアリサの言うように、試合会場の視察というわけでもないのに西とケイがここに現れたのは不自然と言えばそうである。

 

「まあ絹代といろいろ話がしてみたかったしね。それに・・・明日は私にとって高校生活で最後の試合になる可能性が高いわ・・・少しはセンチメンタルにもなるってもんじゃない」

 

パーティーが終わった後、西はケイと2人で話をしており、その時に谷口のいきさつも聞いていた。他ケイがサンダースでしてきたこと、苦労してきたこと、いろんな話を聞かされたのだが、ケイも話をするうちに3年間のことがよみがえってきたのかもしれない。少し歩こうかと西を誘って試合会場を歩いていたところ、先に会場を歩いていた2人を発見し、そして2人が話し込んでいるのを見て、気付かれないようにライトを消して近づいてきたのであった。

 

なお、西はケイとの話の中で、大学選抜との試合で同じあさがお隊に配されながら何の力にもなれなかったことを詫びていたのだが、予想通りにケイは ”そんなのノープロブレムよ” と全く意に介さない様子であった。

 

「ケイさんの最後の試合になるかもしれない相手を務めさせて頂くのは誠に光栄なことであります!」

 

「そうね。最後に私を育ててくれたサンダースの艦上で高校戦車道を締め括るということ、そして・・・タカ子の気持ちも知ることが出来たというのはシナリオとしてはいいものかもしれないわね」

 

「ケイさん、アリサ。サンダースでいろいろとお世話になったこと、本当に感謝しております。しかし、今は私は知波単の戦車乗りです。そして西隊長は私に再び戦車に乗る機会を与えてくれた恩人でもあります。明日の試合はこちらも負けるわけにはいきません。精一杯戦いますので宜しくお願いします!」

 

「望むところだわ! 黙って出て行ったことを後悔させてやる!」

 

「言いすぎよ、アリサ。まあこちらもこれだけのビッグイベントにしたんだから簡単に負けるわけにはいかないわ。私の最後の試合、黒星で終わるわけにはいかないしね。他校のギャラリーもいるし、サンダースの底力を見せてあげるわよ!」

 

「望むところです! こちらも出し惜しみすることなく精一杯戦います!」

 

「とにかく明日はエキサイティングな試合にしましょ! じゃあねー、Good night!」

 

「はい、おやすみなさい」

 

時計はもう22時になろうとしている。明日の戦いに備え、4人はそれぞれのチームに分かれた。

 

「西隊長」

 

「なんだ?」

 

「本当に有難うございました。・・・再び戦車に乗れる道を作って頂いたこと、本当に感謝しています」

 

「礼を言うのはまだまだ先の話だ。私達はまだまだ道半ば、というより始まったばかり・・・だろ?」

 

「そうですね。明日は頑張りましょう!」

 

西は変わった。ダージリンやケイも含めいろんな人から今日言われたことだが、正直なところ、西自身変わったことは本当に自覚していなかった。ただ今は戦車に乗っているのがこれまで以上に楽しい。知波単の戦車道を変える、新しく作る。そう考え始めた頃は伝統や背負ったものとかを意識したりもしたが、今はただ戦車に乗るのが楽しい、試合に勝つために全力を注ぐことにやりがいを感じていた。変わったかは分からないが、当初とは違うところに自分はいるのかもしれない。ケイという人物に触れるうちにそう考えるようにはなった。

 

そうはいっても明日は双方譲れない試合である。ケイにとっては最後の試合であり、そしてアリサにとっても名門サンダース大付属の隊長として譲れない道があるはずだ。

 

(その船を漕いでゆけ、お前の手で漕いでゆけ、お前が消えて喜ぶ者にお前のオールをまかせるな)

 

西は明日への試合のエネルギーを蓄えるかのように、宙船の歌詞を思い浮かべながら宿舎へ歩いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29.邂逅(終わりとはじまり)

「あー、テステス。只今マイクのテスト中!」

マイクテストの段階で、試合の実況を務める秋山優花里は既に高ぶりを隠せない。

 

「西住殿! やはり戦車の性能で見るとサンダースが有利なのは間違いないと思うんですが。この試合、どこがポイントになるんでしょうね!」

 

「秋山さん・・・ちょっとまだその話は早いんじゃないかな・・・」

 

解説を務める西住みほが窘めたが、一方の観客席の雰囲気は、試合開始までまだ1時間ほどあるというのに、この日設けられた巨大な観覧スペースの既に7割は埋まっており、戦車道の試合らしからぬ異様な雰囲気になっている。

 

その雰囲気に煽られたわけではないだろうが、サンダースの準備エリアではアリサがいつも以上に気負っているのを隠せないでいた。

 

「一軍も二軍も関係ないからね! アタシらはここで負けるわけにはいかないんだから!」

 

この試合は20輌対20輌の殲滅戦。ケイは西の提案を受入れ、ケイやアリサ、ナオミなどの主力メンバーは揃っているものの、残りの10輌については二軍をはじめとするリザーブメンバーで編成されている。もっとも二軍といえど元は中学戦車道でならしたメンバーが大半で、決して技量が大きくレギュラーメンバーに劣るというわけでもないのだが、今回メンバーからは外れた一軍の選手、そしてメンバーに選ばれなかった二軍の選手は複雑な感情を持たざるを得ない。そして選ばれた当の二軍の選手も、ここで活躍すれば一軍昇格のチャンス、逆にしくじれば当分浮上の目はない。

 

そうしたやっかみやひがみ、気負いや不安が綯交ぜになって混沌とした空気になっており、どうにも一体感を欠いているというのがアリサの苛立ちをさらに大きなものにしている。

 

「まずいな、どうにも・・・まさか西さんはここまで見越して提案してきたのか?」

これまで遠すぎず近すぎずでアリサを見守ってきたナオミも不安を隠せない。

 

「絹代がそこまで小細工をする人間だとは思わないけどね。単純にタカ子が今知波単の特攻隊長としてバリバリ活躍してるように、うちのリザーブメンバーにもそうした活躍の場を与えてくれようとしただけだと思う。もっともアリサにとっても隊長をやっている限りこうした状況からは逃れられないから。今さらあの子が、そして私らがジタバタしたところで仕方がないことよ」

 

大洗のような経験者は西住みほしかいないという学校ではなく、ここは選手の大半が中学戦車道でならしてきたメンバーであり、500人の隊員を抱えるサンダースである。ケイにしてみれば、試合の勝敗は始まる前にほぼ決まるという信念があった。

 

「(さて、一方の絹代はどうしてるかね・・・)」

 

~~~~~~~~

 

「いいな! 練習通りやればいい。この試合は時間制限のない殲滅戦だ。焦った方が負けだ。臆病なくらいでちょうどいい。相手はシャーマンだ。1対1で戦おうとするな。常に味方との距離を把握しろ」

 

リザーブメンバーが出場するのは知波単も同じである。不慣れなメンバーに対し、西はまず周囲と連携し突出しないことを厳命した。

 

「しかしすごい盛り上がりだね」

 

「心臓がバクバクするであります」

 

「大丈夫だ福田。この雰囲気だ、緊張しない方がおかしい。つまり今お前は平静を保てているということだ」

そういう西であったが、傍目に見て西自身が緊張している様子はほとんど窺えない。

 

「隊長はこの雰囲気でも大丈夫なのですか?」

四式中戦車に乗っての初めての試合ということで緊張を隠せない玉田が、不思議に思い西に質問をした。

 

「いや、もちろん緊張してるさ。ただな、我々がやれることは練習通りのことを行うということしかないんだ。と言っても今日の会場の雰囲気は普通じゃない。だから緊張して当然なんだが、いつもと変わらないのは知波単の皆がいるということだ。つまり緊張しているのは自分だけじゃないと考えたら、実はこの状況もいつもとあまり変わらないんじゃないかということだ」

 

「赤信号もみんなで渡れば怖くない、ということだ」

 

「なるほど! そういう考え方がありましたか」

 

赤信号の例えは必ずしも適切ではないだろうが、西の言わんとするところは、自分1人の気持ちだけで考えると追い込まれてしまうが、周りの人間も同じと考えればそれほど不安も怖さも感じることはないということだろう。

 

~~~~~~~~

 

一方、サンダースの準備エリアではいよいよあとは戦車に乗るだけという状況、各隊員が集合し、アリサがその前で話をしている。異様に緊張が高まり、ピリピリし、しかしどこか心あらずの者がいる様子は、いつもの明るいポジティブなサンダースのイメージとはかけ離れていた。

 

「(さすがにちょっと言っておいた方がいいかもね・・・)」

 

「アリサ、一言言ってもいいかしら!?」

アリサの話が終わる頃を見計らってケイが声をかける。ケイは皆の前に出て話をし始めた。

 

「みんな、スマイルスマイル! しかめっ面してても良いパフォーマンスは出来ないよ! フレッシュ、ファイト、フォア・ザ・チーム! いつだってWeはチャレンジャーよ! ちっぽけなプライドこそ、その人の成長を妨げるの。勝敗は試合が始まる前に既に決まっているのよ。この期に及んで心がくすぶっている子がもしいたら、これまでやってきたことに自信がないのを自ら証明しているようなものよ。試合に出る出ない関係なくね。そんな子はサンダースには必要ないわ! 今すぐ出て行きなさい!」

 

ケイの思わぬ強い口調に空気が一瞬にして締まる。当然出て行く者は誰一人としていない。そして観客席に映し出されているモニターには、音声こそないものの二元放送のような形で観客席にも、特別席に座っている他校の生徒、実況席に座っている優花里やみほにも伝わっている。自然その空気は見ている者にも伝わった。

 

「凄い・・・」

 

「部隊をまとめる隊長ということでは、お姉ちゃん以上かもしれない。ケイさん・・・だけじゃないんだろうけど、単純に戦力としてじゃなくて、本当の意味でこの人達がいなければ私達は大学選抜に勝つことは出来なかったと思う」

 

「そんな人達が集まったのも、ケイさんを中隊長に指名したのも西住殿が優れた戦車乗りだからですよ!」

 

大洗女子学園においても、当然大学選抜との試合の振り返りは行っている。そして見れば見るほどその勝利は奇跡的なものとしか思えず、30輌対30輌で残存車両が1輌のみというスコアが示しているように、誰かが抜けていればおそらくこの結果にはならなかったであろうとしか感じ得なかった。

 

それは、二元放送で繋がっているもう一つの先においても。

 

「ケイさんは言っていた。試合の勝敗は戦う前にほぼ決まっていると。これまでの皆がどうであったか、私が一番知っているつもりだ。多くは言わん。これまでやってきたこと、今日この日のために準備してきたことを徹底的にやろう。それで負ければ隊長である私の責任だ」

 

当然知波単の面々も ”そんなことになってたまるものか!” との気概に満ちている。

 

「西さん・・・達もですよね」

 

「うん。でも西さんはあの時とはまるで別人になってる。練習試合で2回戦った時ともまた違う。揺るぎないというか。なんかお姉ちゃんに近い感じ。」

 

「隊長達は双方互角。となると、勝敗を決するのは・・・」

 

「うん。戦車の性能・・・というより、それぞれの乗員がどれだけ作戦を遂行するために戦車を活かした戦いが出来るかだと思う。西さんもそこに勝機を見出していると思う」

 

「つまり・・・我々大洗がやってきたことと同じですね!」

 

「そうだね・・・全国大会でも、大学選抜との試合でも・・・みんながいなければ私達は勝つことが出来なかった」

 

「ホント、皆さんには感謝感謝ですね!」

 

 ”あのー、間違って音声入っちゃってるんですけど、いい話っぽかったのでそのまま流しました。そのまま続けちゃって下さい” とサンダースの運営スタッフから声がかかり、みほも優花里も顔を真っ赤にしながら髪をワシャワシャしたのはその後の話である。

 

「ちゃんと感謝はしてくれてるようね。安心したわ」

 

「礼状とお礼の品も届いたじゃないですか」

機嫌が良くなったのかツンデレなのかよく分からないカチューシャをノンナが宥める。

 

「でも実況の子が言うように、みほさんがいなければ私達はあの時も、そして今日もこうして集まってなかったかもしれないわね。You can tell more about a person by what he says about others than you can by what others say about him.(人の評価は、他の人たちの意見よりも、その人が他の人たちについてどのように言っているのかでより分かるものである)」

 

「オードリ・ヘップバーンの言葉ですね」

 

「そしてそれはカチューシャ、あなたもそうだし私も、そして画面に映っている2人もそう。他の人を信頼することなしに自らが信頼を得ることはないわ」

 

「戦車でも同じね。隊員を信頼しないでいい戦いは出来ないわ。どういう戦いになるか楽しみね」

 

小さな暴君と称されるカチューシャだが、その小さい体に隊長としてのプレッシャーも責任も、そして隊員達の思いも受け止めている。暴君の面だけでは隊員を指示通りには動かせないことは十二分に承知している。

 

「でもおそらく勝つのは・・・」

 

先ほどいつものようにダージリンの格言を拾ったオレンジペコが、自分の持っている答えが当たっているかを確認したいかのように切り出した。

 

「普通にやればサンダースだわ。ただ、あの新しい隊長・・・アリサだっけ? 彼女も先を見てると思うわ。もしここで相手がチハだからとシャーマンをゴリ押しするような戦い方をしてくるなら、申し訳ないけど我がプラウダの敵じゃない。ただそうは言っても隊長としての経験値が絶対的に不足してるわ。ましてやこの雰囲気、サンダースとしては絶対に負けるわけにはいかない。慣れない環境で、慣れない隊長が、慣れない戦い方をするならそこに突け入る隙はあると思うわ。そして絹代は間違いなくそこを突いてくる」

 

「ペコ、あなたの答えは合っていたかしら?」

 

「いえ・・・私にも経験値が足りないようです」

 

「フフフ。気にすることはないわ。あなたにはまだまだこれから成長する余地があるということ。そしてもう一つこの試合について付け足すなら・・・ドーザー3輌、そしてあの迷彩・・・西さんは間違いなく持久戦を取ってくるわね。アリサさん、自分のところで精一杯で、気付いてないということがなければいいけど」

 

「もう! 私が言おうと思っていたのに!」

あとで的中した予想を自慢しようと思っていたのか、カチューシャが残念そうに言った。

 

「フフフ。私も聖グロリアーナの隊長をしていた人間よ。なんにしてもこの戦いは、私達の高校での戦車道の1つの帰着点ね。そしてサンダースや知波単、ペコにとっては新しい何かが生まれるであろう一戦かもしれないわね」

 

「心して観ておきます・・・」

 

3年生であるダージリン、カチューシャ、ノンナにとっては高校戦車道は終着点を迎えようとしている。ただその末期、大洗女子学園の登場でそれぞれの戦車道の歩みは、それまでの延長線上にあるものとは大きく違うものとなった。そして大洗が撒いた種が萌芽となり、その萌え出たものの象徴が今目の前で戦おうとしているサンダースと知波単でもある。

ただの一練習試合ではない、それ以上の意義があるものとして、皆この試合を捉えていた。




◆西車(隊長車/フラッグ車)・・・一式中戦車
 ⇒車長:西、装填手:倉橋/2年(オリ)、通信手:半田/2年(オリ)、
  操縦手:戸室/2年(オリ)

 ※(オリ)は作者のオリジナル設定。以下同じ。
  オリキャラはちばあきお氏の漫画、キャプテン、プレーボールから名前を頂いてます

◆玉田車(割り下小隊)・・・四式中戦車
 ⇒車長:玉田、砲手:松川/2年(オリ)

◇玉田僚車(割り下ご飯)・・・新チハ
 ⇒車長:浜田

◆寺本車(たまご小隊)・・・新チハ
◇寺本僚車(たまごご飯)・・・旧チハ

◆池田車(陣地構築隊/豆腐小隊)・・・チハドーザー
◇池田僚車(陣地構築隊/豆腐ご飯)・・・チハドーザー

◆名倉車(陣地構築隊/長葱小隊)・・・チハドーザー
◇名倉僚車(陣地構築隊/長葱ご飯)・・・旧チハ

◆谷口車(突撃隊/バント)・・・新チハ
 ⇒車長:谷口/2年、操縦手:丸井/1年(留年)、砲手:五十嵐/1年、
  装填手:久保/1年、通信手:小室/1年
  ※全てオリキャラ
  ※谷口は2年時にサンダース大付属から編入

◆山口車(突撃隊/牽制)・・・新チハ
 ⇒車長:山口/2年、操縦手:太田/2年、砲手:中山/2年、
  装填手:山本/2年、通信手:鈴木/2年
  ※全てオリキャラ

◆細見車(突撃隊/牛肉小隊)・・・一式中戦車
 ⇒車長:細見、操縦手:加藤/2年(オリ)、砲手:島田/2年(オリ)

◇細見僚車(突撃隊/牛肉ご飯)・・・旧チハ
 ⇒車長:横井/2年(オリ)

◆福田車(偵察隊/みかん)・・・九五式軽戦車


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30.混戦(サンダース戦開戦)

12月11日午前10時。

おそらくここにいる誰もが経験していないであろう大観衆の中、試合は始まろうとしている。

 

しかし両チームの隊長が試合の挨拶をし、これから皆が戦車に乗り込もうとする段においても、アリサの顔からは強張りが消えない。

もちろん隊長がアリサになってからも練習試合は何度か行っている。しかしアリサの選手生活においてもこれだけの大観衆の中での試合は異次元であり、そして相手は弱小戦車のチハが大半とはいえ、失うものは何もない捨て身の知波単。正直どんな戦法を取ってくるかも分からない。ホームの大声援がそのままプレッシャーとなってアリサにのしかかっていた。

 

「アリサ!」

 

「・・・」

 

ケイに声をかけられても、アリサはすっと反応することが出来ない。

 

「アリサ、あなたは誰かに見てもらうために戦車に乗っているのかしら?」

 

「いえ・・・試合に勝ちたいからです」

 

「それだけ?」

 

「あとは・・・戦車が好きだから・・・」

 

「他は?」

 

「サンダースのみんなが好きだからです」

 

「OK! それで大丈夫。今日こんな会場にしたのは私よ。そして隊長にあなたを指名したのも私。何かあっても私の責任だから気にせずガンガンいっちゃいなさい!」

 

ケイのいつもと変わらぬ明るい声は、本当にどんなことがあってもケイが責任を取ってくれるような安心感をアリサに与えた。

 

「イエス、マム!」

アリサの強張りも少しずつ取れてきたようである。

 

「アリサ、確かに今日の試合にはみほも、ダージリンも、カチューシャもみんな来ている。でもね。シャーマンに乗ったサンダースの子たちを指揮するのに私とアリサ以上の人はいないわ。試合の勝敗も大事だけど、あなたが忘れちゃいけないのは隊長としてサンダースの子たちをきちんと導いてあげること。それを忘れないでね」

 

そうだ。私はサンダース大付属の戦車道の隊長なのだ。隊長として見せないといけないものがある。返事はいらない。うなずくだけで十分だった。それを見たケイもいつもの笑顔を見せて戦車に乗り込む。

 

「いくよみんな! Go Ahead!」

 

花火が上がり、いよいよ試合が始まった。

 

~~~~~~~~

 

「(チハならあの高地を登るのは相当時間がかかるはず。おそらく先に頂上は取れる。先に高地をこちらがとれば断然有利。あとは隠れているのを引きずり出して上から叩けばよい)」

 

相手がチハ、そして味方にはファイアフライがいるサンダースとしては当然の作戦だろう。ナオミが9輌を率いて高地へ、アリサがケイ他の9輌を率いて知波単が拠点とするであろう、進行方向から見て高地右の林の方向へ、大学選抜との試合でサンダースと知波単が苦汁を味わされたその林を模した地点へ向かう。

 

「さすがにサンダースの隊長も、ドーザー3輌、そして林の色に合わせた迷彩の意味は分かっているようね」

 

「そのようね!」

 

ダージリンに先に予想を言われて、その通りに事が進んでいることにむくれるようにカチューシャが言った。

大学選抜との試合会場を模した今回の試合会場。林の多くは広葉樹であり、季節柄、そして海を航行する学園艦というのもあるだろう。そのほとんどが葉を落としている。車体をいくらか隠すであろう緑の葉はないものの、逆に木と地面が同じ色になっており、同じような色に1色で塗られたチハがダックインしてしまうとなかなか見つけ出すのは骨が折れそうである。しかも知波単が地面すれすれで砲撃してくることは先の大洗との練習試合で明らかになっており、さらに今回は車体が高いゆえどれだけ隠れられるかは分からないが、75mm砲を備えた四式中戦車もいる。不用意に近づくのは危険であるのは間違いない。

 

そうした敵を打ち負かすのに最適な方法は、上から強力な砲で叩くこと。アリサはまさにそれをやろうとしている。

 

「でも1つ気になるのは・・・知波単の戦車、規定一杯の10輌が煙幕装置積んでるわよ。ただ単に隠れるだけで済みそうにないわ」

 

「本当ね。良くそこまで見えたわね、カチューシャ」

 

「カチューシャの視力は5.0ですから」

 

「それじゃドカベンの岩鬼じゃない! 適当なこと言わないでよ、ノンナ!」

 

「失礼致しました。本当は2.0です」

 

「私と同じか」

 

「あら、起きてたの? マコーシャ」

 

「この試合は・・・見ないといけない。さっきダージリンさんも言ってたろ。何かが生まれるかもしれないと。私達はこのサンダースや知波単と戦わないといけないのだから」

 

~~~~~~~~

 

迷彩を塗り替え、煙幕装置を10輌に搭載した知波単の戦車。20輌は全速で進んでいる。

 

「いい風だ。これは天も味方している」

 

知波単側が風上であり、煙幕を使えばそのまま進行方向のサンダースの方に煙は流れる。反対側から進軍してくるサンダースからこちら側が見えるようになるには10分ほどか。煙幕を張るとはいえ、作戦を考えれば万全を期して相手に見られるまでにこちらの姿を隠したい。

 

「よし、いくぞ! 伏兵的前進! 煙幕装置作動。各車は周囲の発光信号に注意しろ」

 

「煙幕装置作動!」

 

「煙幕開始!」

 

煙幕が広範囲に広がるよう、平地機動に優れた一式中戦車2輌が煙幕を張りながら蛇行、残りの8輌も一斉に煙幕装置を作動させたため、辺りは一気に真っ白になり戦車が見えなくなった。

 

「西隊長! ご武運を!」

 

「そっちもな!」

 

林に隠れる組とそのまま進軍する組が分かれたが、その様子は観客からも、もちろんサンダースからも分からない。

サンダースの偵察車両が煙に包まれた知波単の戦車を確認したのはその1分後だった。

 

「こちら先遣隊。敵戦車は・・・相手は煙幕を使っています。詳細は不明です」

 

「使うかもしれないとは思ったけどね・・・どうする? アリサ」

 

「相手もそれほど多くの戦車を割くことは出来ないでしょう。煙幕を張る時間にも限度があります。各車へ。あせることはない。配置はこのまま! ナオミ、相手は高地左のふもとを抜ける可能性が高いわ。偵察車両をそっちに回してちょうだい」

 

「了解!」

 

~~~~~~~~

 

「おお! やはり今回は煙幕を使ってきましたね! これはどうなるかますます分からなくなってきました!」

実況を務める秋山優花里のテンションもMAXに近づいている。

 

「うん。ただ、煙幕がさっきから一段と濃くなった。これは・・・単に姿を隠すという以上の何かを意図しているのかもしれない」

 

「おお! 西住殿ならではの目のつけどころ、直感ですね! いったい何なんでしょう!?」

 

「それが何かは分からないけど・・・でも気になるのは四式中戦車がどこにいるのかってこと。それが大きく戦況に関わってくると思う」

 

その実況と解説を聞いた観衆から大きなどよめきが起こる。

決して思わせぶりに話すのでもなければ、煽るつもりもない。ただ西住みほは、相手の心を動かす天性の言葉の感覚を持っている。いかにも天才を思わせる状況判断と分析は、多くの観衆の心をつかむには十分だった。戦車でドンパチ撃ち合うのが戦車道の戦いと思っていた向きには、今の戦車が煙幕に包まれた状況は不可解かもしれないが、ほとんどの観衆は今から何が起こるのかという期待感と興奮に包まれている。もちろん実況を務める優花里のテンションがそのまま伝わったというのもあるだろう。

 

だからというわけではないのだろうが、いつも気だるそうな冷泉麻子にもその雰囲気は全くない。

 

「正直、戦車道の作戦というのはよく分からんのだが・・・ダージリンさんやカチューシャさんなら、四式はやはり隠すか?」

 

「もちろん。唯一敵を一撃で倒せる戦車を、最初から晒す必要はないんじゃなくて?」

 

「マコーシャが言いたいのは、逆に囮に使ってくるんじゃないか?・・・ってこと?」

 

「ああ」

 

「相手の出方によるわね。サンダースも偵察車両を1輌回しただけで布陣は変えてない。サンダースはシャーマンだし、戦車も均等に分けてるから今の段階でジタバタする必要はないわ。あのサンダースのそばかす隊長・・・それなりの場数も踏んでいるようね」

 

サンダースは優勢火力ドクトリン。ましてや相手は大半がチハである。相手の出方も分からないうちにバラバラになるリスクを冒すのは愚策ということだろう。導入部分をしっかり説明した上でいよいよ結論・・・というところで、いつもの人がカットインする。

 

「つまり四式の価値が生きるのは・・・相手が乱れて混戦になった時ということね」

 

「・・・もう! いつもいつも私が言おうとしてる先を言わないでよ!」

 

他校の来賓席は、前にカチューシャ、ノンナ、ダージリン、オレンジペコが並び、その後ろに麻子、沙織、華が並んでいる。ダージリンがいつもこの調子でやっているなら、カチューシャじゃなくても大変だろうなと沙織と華は顔を見合わせた。そして ”いつもこんな感じなので・・・すいません” と言いたげにオレンジペコが振り向いて2人に会釈する。またノンナも・・・ ”聡明なカチューシャも素晴らしいのですが、こうして不機嫌になるカチューシャもまた可愛いのですよ” と言いたげに振り向いて微笑みを浮かべながら2人に頷いた。

 

「(なんなのよ・・・この空気を読む達人たちは・・・)」

気を取り直したい一心で沙織は、戦いが始まってから初めて声をあげた。

 

「み、みぽりんは、ただ姿を隠すだけじゃないかもと言ってたけど、そしたら西さんはすごく隠そうとしてるのかもしれないね」

 

「すごく隠す・・・フフフ。その発想はなかったわね」

微笑みを浮かべながらであったが、言い終わった後、すぐにダージリンは隊長としての鋭い表情に変わった。

 

~~~~~~~~

 

当の知波単においても、四式中戦車をこの戦いでどのように活かすかは最大の懸案であった。

 

一撃必中を狙うべき場面で活用する。それは分かっている。しかし、それがどういう場面なのか? そして果たしてその場面に持ち込むことが出来るのか?

一先ず今回は、1年生だが、知波単の砲手の中でも一番の技量と大舞台での経験を踏んでいるであろう五十嵐を谷口車から抜いて、四式の砲手に置いた。

 

結果、どのように活用するに至ったかの記述は先に譲るとして、いずれにせよ、知波単の戦車は未だ煙幕の中に身を隠している。見た感じの煙の濃さだけでなく、発光信号の光の具合も見ながら煙幕の濃さを調整してきたが、後の作戦を考えてもこのままずっと煙幕を使うわけにはいかない。

 

「(風向きのおかげで、なんとかふもと近くまでは来れた。ここから先は仕方あるまい)」

 

「各車煙幕止め! 伏兵的前進は第二段階とする!」

 

先行していたチハ3輌が、車輌に搭載している発煙筒を車体に置いて蛇行や加速減速を繰り返す。ただ当然その煙は全ての戦車を覆えるわけではない。発煙筒の煙、そして各車蛇行と加速減速を繰り返してなんとか捕捉されないようにしようと苦心はしているが、サンダースの偵察車輌からもようやく知波単の戦車を確認出来るようになった。

 

「こちら偵察車。知波単の車輌は・・・10輌以上はいます」

 

「了解! 四式はいる?」

 

「おそらくチハだけです」

 

「(想定よりも多いな・・・)」

 

アリサとしても、知波単が戦車を分け高地にいるサンダースの戦車を牽制しようとすることは想定していた。しかし数としては多くて6、7輌を考えていた。これでは林に伏兵しているであろう戦車よりも多いではないか。おそらく勾配の緩い側へ回り込むつもりなのだろうが、これは先に高地にいる隊から攻撃しようということで間違いなかろう。

 

「(ならば・・・こちらも先にそちらを片付けるまで!)」

 

「ナオミ! 報告の通りよ。知波単はさきにそっちからやろうとしている。望み通り迎撃してやりなさい!」

 

「とっくに照準はつけている・・・」

 

轟音と共にファイアフライの砲弾が放たれ、発煙筒の煙が消えかけた旧チハを一撃で撃破した。

それを合図に高地から砲弾が降り注ぐ。当たれば一撃で白旗が上がるチハである。知波単の戦車隊に一気に緊張が走った。

 

「みんな! 回り込むまでの辛抱だ! そうしたらまた煙幕を張れる。単調になるな! なんとかここを凌げ!」

 

西の叱咤激励も及ばず、新たに2輌が白旗を上げた。これ以上はなんとか・・・願うような西の気持ちが届いたか、林の方で動きがあった。

 

「こちらドッグ! 知波単の戦車が突撃してきます!」

一番前線に近い小隊から報告が上がる。

 

「何輌? 戦車は?」

 

「おそらくチハですが、動きがおそろしく速いです! うわ! もう来た!」

 

「(タカ子の突撃隊か・・・こしゃくな)」

 

「履帯破損! あ・・・」

 

シャーマンから白旗が上がる。林の色と一体化した新チハが木々を縫うように、そして互いが交差しながら縦横無尽に走り回る。しかも無駄弾を発射している思えるように砲撃・・・これは数を多く見せつつ、エンジン音をかき消す狙いもあったのだが・・・とにかく、実際には谷口車と山口車の2輌しかいなかったのだが、サンダースにはそれ以上の戦車が突撃しているようにしか思えなかった。

 

「ケイ!」

 

「もう向かってるよ、アリサ。・・・と思ったら撤退したよ敵さん」

 

「ケイ、敵の突撃隊は何輌ぐらいですか?」

 

「たぶん5輌もいないよ。2、3輌ってとこじゃないかな?」

 

「(2、3輌だけ来て深追いはしてこない?・・・となれば、四式はその奥に隠れているか・・・ならやるべきことは)」

 

「ナオミ、林の方は捨てていいわ。そっちのふもとの方が主力だから全力でそれを叩いて!」

 

「4つは仕留めたが、もうすぐ回り込まれるぞ。そしたらまた煙幕を使ってくるかもしれんぞ」

 

「4輌やってくれたなら十分。知波単も煙幕の中で戦えるわけじゃない。向こうも混戦に持ち込みたいのだろうけど、数も質もこちらが上。このまま捻り潰してやる! 全軍、このままふもとにいる知波単を叩くわよ! Go Ahead!」

 

偵察の1輌を残して、アリサが率いる隊も高地のふもとへ向かう。このままだと高地ふもとの西の隊は上からと正面からと挟み撃ちされる形になる。

 

「西隊長、アリサの隊がそちらに向かったようです」

 

「了解した」

 

「(16対19で、高地に上がる前に来られたか・・・想定していた中で最悪だな。まあ敢えて混戦に潜り込んでくれるのならこちらも望むところ・・・)」

 

「敵の主力がこちらに来ている。目標を変更してこのまま正面の敵主力を突っ切るぞ。煙幕も使うがいつまでもつかも分からん。各自攻撃よりも回避に専念せよ! 車長は防煙眼鏡を装着。煙幕装置作動!」

 

各車長は再度防煙ゴーグルを装着、2輌ずつ煙幕を作動させていく。

 

「(混戦で何輌か潰せば、四式が何輌か叩いてくれれば勝機はある。煙幕を張れるのは3分ほどか。その後こちらがどれだけ持ち堪えられるか・・・)」

 

「玉田、いよいよ四式の出番だ。ぜいたくは言わん。ファイアフライだけを確実に仕留めろ!」

 

「了解であります!」

 

戦いは新たな局面を向かえつつある。




◆西車(隊長車/フラッグ車)・・・一式中戦車
 ⇒車長:西、装填手:倉橋/2年(オリ)、通信手:半田/2年(オリ)、
  操縦手:戸室/2年(オリ)

 ※(オリ)は作者のオリジナル設定。以下同じ。
  オリキャラはちばあきお氏の漫画、キャプテン、プレーボールから名前を頂いてます

◆玉田車(割り下小隊)・・・四式中戦車
 ⇒車長:玉田、砲手:松川/2年(オリ)

◇玉田僚車(割り下ご飯)・・・新チハ
 ⇒車長:浜田

◆寺本車(たまご小隊)・・・新チハ
◇寺本僚車(たまごご飯)・・・旧チハ

◆池田車(陣地構築隊/豆腐小隊)・・・チハドーザー
◇池田僚車(陣地構築隊/豆腐ご飯)・・・チハドーザー

◆名倉車(陣地構築隊/長葱小隊)・・・チハドーザー
◇名倉僚車(陣地構築隊/長葱ご飯)・・・旧チハ

◆谷口車(突撃隊/バント)・・・新チハ
 ⇒車長:谷口/2年、操縦手:丸井/1年(留年)、砲手:五十嵐/1年、
  装填手:久保/1年、通信手:小室/1年
  ※全てオリキャラ
  ※谷口は2年時にサンダース大付属から編入

◆山口車(突撃隊/牽制)・・・新チハ
 ⇒車長:山口/2年、操縦手:太田/2年、砲手:中山/2年、
  装填手:山本/2年、通信手:鈴木/2年
  ※全てオリキャラ

◆細見車(突撃隊/牛肉小隊)・・・一式中戦車
 ⇒車長:細見、操縦手:加藤/2年(オリ)、砲手:島田/2年(オリ)

◇細見僚車(突撃隊/牛肉ご飯)・・・旧チハ
 ⇒車長:横井/2年(オリ)

◆福田車(偵察隊/みかん)・・・九五式軽戦車


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31.伏兵(神仏照覧)

以下、自分でも分からなくなったので・・・

◆サンダース戦の試合経過

サ)高地に10輌、林に10輌が向かう
知)高地裏に13輌、高地中腹に5輌、林に2輌が向かう

サ)高地の隊が、高地脇を抜けようとする知波単本隊の4輌を撃破(知:残16輌)
知)突撃隊が1輌撃破(サ:残19輌)



玉田が乗る四式中戦車はちょうど高地の半ばあたりに隠れていた。

 

知波単が煙幕を濃くしたのは、四式を敵に気付かれぬよう、且つなるべく敵近くに隠そうとしたからにほかならない。地点としては高地まで5分というところか。チハと比べれば馬力も大幅に向上しているとはいえ、四式の重量は30tある。高地を登るのは・・・というより、初めてなのでどのくらいの登坂能力があるかは全く分からない。

 

「さて・・・了解とはいったものの、あの偵察車両をなんとかしないとな」

 

以前の ”もはや我慢の限界” と風船を割った玉田はどこにもいない。

知波単の隊員に関しても以前のリスクと協調を無視した突撃至上主義は脱してはいる。しかし、それでも以前の玉田を知る者からしたら、本隊が激戦のさなかである一方でのこの落ち着きには驚かざるを得ない。四式中戦車を使っての初めての試合、かつ知波単にとっては切り札の戦車である。他の乗員がいきり立っているような状況において、玉田の落ち着きようは異質である。

 

「高地にいるあの戦車は一撃で仕留められますよ」

 

今回、中学時代の全国優勝の経験と砲手としての腕を買われて四式中戦車に乗り込んでいる五十嵐も気負いを隠せない。

高地頂上付近には相変わらず1輌のシャーマンが偵察のため居座っている。四式の75mm砲なら五十嵐の言うように撃破することは可能だろう。もちろんそれは玉田も分かっている。ただそれが出来たとしても、高地付近の敵戦車がこちらを狙い撃ちしてくるのは目に見えている。

 

「このままだと戦機そのものを失ってしまいます。危険ですが、バントと牽制は高地偵察車両を引きつけつつ、本隊の支援に向かって下さい」

 

「簡単に言ってくれるなよな! 完全におとりじゃねえか」

 

「丸井さんと太田さんなら大丈夫です。こうしているうちにも本隊は高地と正面の敵を相手にしているのです。あえて盾となった味方のことを考えたらここで動かないわけにはいきません!」

 

この試合は、知波単も20輌を駆り出しての戦いだが、当然試合慣れしていないメンバーが多く含まれている。彼女らは ”不慣れな自分達はとてもシャーマンを倒せません。私達の役目は皆さんの盾になることです” と西に進言したのだった。そして実際に本隊が麓を過ぎると、味方戦車の盾となるべく動き、自らは撃破されながらも味方を守ったのである。

 

「・・・というわけだ、丸井。山口さんも宜しくお願いします」

命令を受けた谷口が、丸井と同じく突撃隊の車長である山口を促した。

 

「まあチハがほとんどの20輌とシャーマン20輌の戦いだ。どっかで無茶はしないといけないさ」

山口もいつもと同じように淡々と命令を受けとめる。

 

「よし! いくぞ」

 

林から飛び出た2輌の戦車が、麓にまっすぐ進んでくる。

 

「こちら高地偵察車両。チハ・・・に似た戦車が突っ込んできます。迎撃しますよ」

 

高地偵察車輌はサンダースの二軍の戦車が務めていた。チハに新砲塔と旧砲塔があるのを知らなかったのだろうが、戦果を挙げたくてうずうずしていたところに獲物のように敵戦車2輌が突っ込んできたため、命令を受ける前に移動して砲撃しようとする。

 

「(林の中にいたと思ったら、今度はこっちか・・・面倒な奴だ)」

 

サンダースが流れを掴もうとするタイミングで、不意に知波単の突撃隊が出没することにアリサは苛立ったが、そうはいっても突撃隊は2輌のみ。あくまで主戦場は間もなく煙幕が晴れようとするこちらの本隊である。こちらの指示を待たずに勝手に迎撃しようと動いた偵察車両に苛立ちを感じながらも、まあ彼女らの立場を考えれば戦果が欲しいのもやむを得ないかと思い、そのまま攻撃指示を出した。

 

「ナオミ、ちょこまかしてる突撃隊も始末できるのならお願いするわ」

 

「分かった。こちらも敵味方が混戦のところに打ち込むのはなかなか難しいからな。プラス3輌ほどそちらに回す」

 

サンダースとしても、双方の本隊同士が入り乱れての混戦の中で知波単の戦車だけを狙い撃つのはかなり難しい。ましてや、高地にいる10輌の大半はリザーブメンバーである。上からの狙撃が難しいなら、誤射の可能性がない相手を狙わせた方が得策である。ナオミは既に迎撃しようとしている偵察車両に加え、技量がやや落ちると思われる戦車を3輌向けることにした。

 

~~~~~~~~

 

「おかしい・・・」

 

「西住殿、どうかなさいましたか?」

 

「知波単の、あの2輌が動くタイミングが良すぎる。西さんは今日は四式中戦車には乗らないと言ってたし、実際に途中でオンボードカメラの映像で一式中戦車に乗っているのが見えた。でも一式は今は敵味方紛れての混戦状態。とてもそんな指示を出せる状態じゃない」

 

「となると・・・誰か他の人が知波単の指揮を執っていると・・・」

 

「うん、おそらく」

 

なお、実況と解説をしている秋山優花里と西住みほにとっては、四式中戦車と思われる車輌が高地中腹に潜んでいるのもモニターを通じて把握している。伏兵しているであろうということで実況としては伝えてはいないが。

 

そして、このタイミングで知波単の突撃車両が陽動とも取れる動きをしたということは・・・

 

~~~~~~~~

 

同じ頃、四式中戦車は想像よりも快調に高地を登っていた。その前を福田が乗る九五式軽戦車が先導している。

 

「玉田殿、高地まではあと2分ほどです」

 

「了解した。福田、本隊の情報は何か入っているか?」

 

「いえ、2分ほど前に、 ”まもなく煙幕が晴れる” との連絡があって、それきりです」

 

「(まだ、撃破されたとの報告は入っていないが・・・最初の何分かは全力で動き回れてもそう長くは続かない。急がないといけないな)」

 

なお、みほの推測通り、この試合の作戦立案並びに全体指揮は福田が行っている。というより、西は作戦立案能力並びに全体把握という点では、他校の隊長よりかは劣ると言わざるを得ない。もっともつい最近までの知波単は全軍突撃のみが教条であり、その能力に関しては必ずしもそれは西自身の資質のせいにするわけにもいかないのだが。一方で西は、目の前の敵と戦っている状況においては、咄嗟の判断力と機転ははたらく。そのことを自覚して、前線指揮官として機能することを西は選択したのである。

 

「高地頂上に達しました! 敵戦車こちらに気づいている様子はありません!」

興奮で福田の声も上ずる。なお、ここに来るまでに、知波単の本隊は1輌のシャーマンを撃破、3輌の履対破損を認めるものの、寺本車をはじめ4輌が撃破されている。

 

「よし! ファイアフライを狙えるところまで誘導してくれ」

 

~~~~~~~~

 

そして同じ頃知波単本隊。

 

煙幕が晴れた後も、機動力と死に物狂いで培った行進間射撃で善戦はしているが、アリサはそれを無理に追いかけず、2輌がくっつくように停止し、なるべく死角が出来ないようにした。また砲撃においても停止射撃により、そして無理に撃破を狙わず、いわば知波単の戦車を足止めするような射撃に専念している。撃破するチャンスがあればそれでよし、こちらで出来なくてもナオミのファイアフライなら上から撃破してくれる。態勢が整うまでに何輌かはやられたが、それが整ってからは知波単も手をこまねいている・・・というより手出しが出来ない状況に陥っていた。

 

「(数の上でも18対12。このまま削っていけば、知波単が何を企んでいようとおそれることはない)」

アリサも戦局が自分に有利にいることの手応えを感じている。

 

「知波単の突撃隊はどうなったの?」

 

「すいません! 狙ってはいるのですが相手もなかなか速くて。もう少しでそちらに合流するかもしれません」

 

「(もう少しとか・・・ ”報告はちゃんと状況が分かるように具体的に” といつも言っているのに・・・まあいいわ。この状況ならタカ子達が来たところで大勢に影響はないでしょ)」

はなから、高地から撃破することは期待していなかっただけに、アリサは落胆したわけではなかった・・・のだが。

 

「(・・・って、それなら四式はどこにいるの? まさか・・・)」

 

「ナオミ! 周りに四式はいない!?」

 

「え?」

 

「神仏照覧・・・撃て!!」

 

知波単の思いを込めた、四式中戦車の75mm砲の砲弾は、ナオミの乗るファイアフライに向かって飛び・・・そして白旗を上げさせた。

 

「割り下! ファイアフライを撃破しました!」

 

「「「 おお!!! 」」」

上からの砲撃にさんざん苦しめられていた知波単にとっては、これほど嬉しい報告はない。

 

「喜んでいる暇はないわ! 五十嵐、さっきの偵察車輌を!」

 

「もう狙っていますよ。よし、発射」

 

これも的確に先ほどまで四式中戦車を見張っていた偵察車輌を撃破した。高地隊を指揮していた、ナオミのファイアフライと偵察車輌を失ったサンダース高地隊はたちまち混乱に陥り、高地にいる全車輌が統率もなくこちらを砲撃してくる。

 

「西隊長! 高地の戦車はこちらに引きつけました。今のうちに突破して下さい」

 

「へっへー、突撃隊も合流だよ!」

 

13輌から5輌まで削られ、正面のサンダース本隊に封じ込められていた知波単の本隊だったが、上からの脅威が除去され、さらに突撃隊が合流。数の上でも7輌と7輌の五分となり、一気に気勢が上がった。

 

「よし! 敵正面から突撃隊のいる方向に進路を変えるぞ。卵豆腐、そっちはどうだ!?」

 

「こっちもあらかた完成です。隊の名前がなんか別の名前になってますけど・・・」

 

高地車輌の混乱が本隊にも伝播したのか、また突撃隊が攪乱したのもあって、サンダースは進路を変更した知波単の隊に対応しきれず、知波単本隊はなんとか窮地を脱した。

 

数の上では、サンダースが本隊が7輌(うち3輌は履帯破損中)、森の中の偵察車輌が1輌、高地にいるのが8輌の計16輌に対して、知波単が本隊5輌、谷口/山口の突撃隊が2輌、高地にいる四式と九五式、森の中で陣地を構築していた3輌のチハドーザーの計12輌。

 

そして、チハドーザーは20程の掩体壕を造り上げ、うち3つは四式中戦車も隠せるくらいに掘り、既にドーザーブレードも外している。また本隊を逃がそうとすべく攪乱していた突撃隊も本隊に合流、知波単の車輌はなんとか掩体壕のあるところまで辿り着いた。特に本隊は試合開始早々から全速で走りっぱなし、途中からは撃ちっぱなしで、中の乗員の体力・集中力も限界を超えている。サンダース側は一旦は態勢の立て直しにつとめているようで、しばらくはこちらに来ることもないだろう。ようやく一息つけることに西達は安堵した。

 

「西隊長、よくぞご無事で!」

 

「正直限界だった・・・途中盾になってもらった連中には申し訳ないことをした。池田達も戦闘に加わりたかったところを、高地や林の陣地造りに専念してもらったこと感謝している」

 

「なんの! あいつらも自分達の役目を果たしただけです。前にも言いましたが我々は誰かの犠牲を遠ざけていては強い敵を倒せません。そして・・・我々の真価が発揮されるのは陣地を造ったこれからですよ!」

 

「いやー、うちらも限界っス。人1人増えて装填は格段に早くなりましたけど、チハに5人乗るのは拷問ですわ。大の大人の男5人が本当に乗っていたんですかね?新チハに」

 

「突撃隊の連中もご苦労だったな。もう少し来てくれるのが遅かったら、こっちは全滅していたかもしれん」

 

「いえ、褒めるなら果敢に命令を下した福田を褒めてやって下さい。あいつの命令がなかったら我々も動けませんでした。そして、見事にファイアフライを撃破した玉田も・・・」

 

「そうだな・・・ここまでの頑張りを活かすためになんとか勝とう!」

 

既に知波単の戦車10輌が壕の中に身を隠した。高地の敵を引きつけていた四式と九五式もこちらに向かっているとの報告が入っている。

 

一方、サンダースは偵察車の ”あっ、あいつら壕を造って入ってます” という少々間抜けな報告でこれより少し前に知ることになった。

 

「偵察車は何をやっていたの!? なんで森の中で壕が作られていたのを報告しない!」

 

「いや、特に動くような指示もなかったので・・・」

 

「そんなの言われなくても考えたら何をすべきか分かるでしょうが!!」

 

「止めなさい、アリサ。20輌対20輌の戦いで、高地のも含めて偵察車輌に経験豊富な者を配置しなかったあなたのミスよ。情報収集には力を入れるあなたらしくもなかったわね」

 

確かにそうだ。知波単が何をしてくるか分からないなら、なおさら偵察には念を入れておかなければならなかったのに・・・アリサは作戦立案の時点から舞い上がっていたことを認めざるを得なかった。

 

「でもdon't worry! 結局うちも4輌しかやられてない。それに、突撃隊の2輌は私が引き受けるわ!」

 

「お願いします! ケイ」

気を取り直したアリサはケイに迎撃を依頼、そして改めて自軍に指示を出した。

 

「高地にいる子達も降りてきなさい。ファイアフライをやられ、相手を壕に潜り込ませてしまったのは私の責任。でもおそらく知波単もこれが最後の策。そして私達にはまだ16輌の仲間がいる。この試合は殲滅戦。高地に1輌でも残しておけば私達は勝つだろうけど、私はそんな道は選びはしない! 知波単に敬意を表し、正々堂々と倒してみせる!」

 

「「「Yeah!! 」」」

 

「でも、相手は潜り込んだ戦車。決して侮っちゃいけないし、焦ってもダメ。さっきと同じように小隊は死角を作らないように、相手が突っ込んできても惑わされないように。それで相手の居場所が分かったらそこに火力を集中。隊の連携も私達の方が上だというのを見せてやるわよ!」

 

結果は神のみぞ知る。でも、神様も私達を見ていたなら勝利の女神はこちらに微笑むに違いない。アリサは決意を新たにした。




◆西車(隊長車/フラッグ車)・・・一式中戦車
 ⇒車長:西、装填手:倉橋/2年(オリ)、通信手:半田/2年(オリ)、
  操縦手:戸室/2年(オリ)

 ※(オリ)は作者のオリジナル設定。以下同じ。
  オリキャラはちばあきお氏の漫画、キャプテン、プレーボールから名前を頂いてます

◆玉田車(割り下小隊)・・・四式中戦車
 ⇒車長:玉田、砲手:松川/2年(オリ)

◇玉田僚車(割り下ご飯)・・・新チハ
 ⇒車長:浜田

◆寺本車(たまご小隊)・・・新チハ
◇寺本僚車(たまごご飯)・・・旧チハ

◆池田車(陣地構築隊/豆腐小隊)・・・チハドーザー
◇池田僚車(陣地構築隊/豆腐ご飯)・・・チハドーザー

◆名倉車(陣地構築隊/長葱小隊)・・・チハドーザー
◇名倉僚車(陣地構築隊/長葱ご飯)・・・旧チハ

◆谷口車(突撃隊/バント)・・・新チハ
 ⇒車長:谷口/2年、操縦手:丸井/1年(留年)、砲手:五十嵐/1年、
  装填手:久保/1年、通信手:小室/1年
  ※全てオリキャラ
  ※谷口は2年時にサンダース大付属から編入

◆山口車(突撃隊/牽制)・・・新チハ
 ⇒車長:山口/2年、操縦手:太田/2年、砲手:中山/2年、
  装填手:山本/2年、通信手:鈴木/2年
  ※全てオリキャラ

◆細見車(突撃隊/牛肉小隊)・・・一式中戦車
 ⇒車長:細見、操縦手:加藤/2年(オリ)、砲手:島田/2年(オリ)

◇細見僚車(突撃隊/牛肉ご飯)・・・旧チハ
 ⇒車長:横井/2年(オリ)

◆福田車(偵察隊/みかん)・・・九五式軽戦車


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32.敬愛(アリサの決意)

以下、自分でも分からなくなったので・・・

◆サンダース戦の試合経過

サ)高地に10輌、林に10輌が向かう
知)高地裏に13輌、高地中腹に5輌、林に2輌が向かう

サ)高地の隊が、高地脇を抜けようとする知波単本隊の4輌を撃破(知:残16輌)
知)突撃隊が1輌撃破(サ:残19輌)

知)サンダース本隊と接敵、1輌撃破(サ:残18輌)
サ)知波単本隊の4輌を撃破(知:残12輌)
知)突撃隊2輌が本隊と合流

知)高地中腹に潜んでいた四式がファイアフライ他計2輌を撃破(サ:残16輌)
  チハドーザー3輌は高地中腹の掩体壕を構築した後、林に向かい陣地を構築


「ダージリンさん、1つ聞いてもいいですか?」

 

「何かしら?」

 

他校の来賓席には前列にカチューシャ、ノンナ、ダージリン、オレンジペコ、後列に麻子、沙織、華の並びで座っている。声を掛けたのは沙織だった。

 

「知波単の子達はいろいろ考えてやってたけど、結局壕に隠れて、で、それまでの間に8輌もやられちゃったわけじゃないですか。それならなんで最初から20輌で隠れなかったのかなーと思って」

 

「そうね・・・蛍は上空を飛んでいても見えないですわね・・・」

 

「・・・」

 

「(え・・・それだけ?)」

 

一連の流れをさすがに不憫に思ったのであろうオレンジペコが、フォローの質問を重ねる。

 

「つまり、ファイアフライを叩く、上から引きずり下ろす必要があったと・・・」

 

「ご明察ですわ。隠れる知波単からしたら、上にいるファイアフライとその隊は邪魔でしかない。スペック通りの性能を発揮出来ないといわれるファイアフライも、砲手の腕があって、他の戦車が着弾地点を観察出来れば問題ないわ。知波単も発射音や発煙を隠すことは出来ないですしね」

 

「それに、この試合は殲滅戦。高地に1輌でも残っていたら知波単の負け。でも余力戦力で高地のシャーマンを叩けるほどの力は知波単にはございませんわ」

 

「(この人・・・私の質問にはまともに答えないのに、オレンジペコちゃんの質問には答えるのね・・・)」

沙織はそのことにほんの少しイラッとしながらも、ダージリンの明快な考察には驚嘆せざるを得ない。

 

「さらに言うと・・・カチューシャ、お願い出来て?」

 

「仕方ないわね」

 

「(もう説明するのに飽きたのね・・・)」

 

「おそらく絹代の本隊は、ファイアフライも含めて高地にいる隊をまず全力で追い落としたかったんだと思う。でも、上からの砲撃で想定以上にダメージを受けて、且つサンダースの本隊の対応も早かった。だからファイアフライの撃破のみに絞ったと。絹代の隊と四式中戦車で高地の隊を叩ければ、もう少しサンダースの数も削れたんだろうけどね」

 

「あとは高地と本隊が戦って時間を稼いでいるうちに、より強固な陣地を造りたかったんだと思うわ。サンダースが来るまでの間で、チハドーザー3輌で20輌分の掩体壕は造れないしね。まあ知波単の作戦は複雑すぎてリスクも高かったのは否めないわね。もっともそうじゃなきゃシャーマン20輌は相手に出来ないというのもあるんだけど」

 

ノンナの横で、ダージリンも納得するように頷いている。沙織、麻子、華のあんこうチームの面々は、ダージリンとカチューシャの戦略眼の確かさに驚嘆するとともに、全国大会で対戦するチームがこれほどの敵であることを改めて認識した。

 

「凄い! 凄いです! ダージリンさんもカチューシャさんも。私達よく皆さんを相手に勝てたなと思います。なんでそんなところまで全部分かるんですか?」

沙織が興奮気味に質問をする。

 

「あら? 聖グロリアーナは大洗女子学園には一度も負けてはおりませんわよ、フフフ。それはともかく、全国大会の上位に進出するような高校の隊長なら、このくらいの解説はわけなくてよ。あなた方も負ければ廃校になるという十字架を背負っていたから、いろいろと土壇場での勘が冴え渡り、思わぬ力を発揮出来たのではなくて?」

 

「偉大なるカチューシャ戦術は教本としてプラウダに残していくからね。来年の全国大会は覚悟しておくことね」

 

大洗女子学園も含め、窮地に直面すれば自然と脱するために思考を張りめぐらし、結果いわゆる火事場の馬鹿力を発揮するということだろう。そして、各校の隊長はそうした土壇場をいくつも乗り越えてきているということ。大洗の面々は、改めて来年の全国大会で対峙する敵の大きさを知った。

 

~~~~~~~~

 

アリサはタブレット画面の地図を見ながら、知波単が潜んでいるであろう目ぼしいポイントをチェックしている。

 

知波単の残存車輌が12輌に対して、サンダースのそれは16輌、うち履帯を修理していた3輌も合流しつつある。質・量ともに劣る知波単が取るであろう道は、キルゾーンに誘い込んでの十字砲火。となれば注意すべき地点は交差点、視界が開け遮蔽物がないところなど。そして知波単戦車の履帯の走行跡。もっともこれはウサギの「止め足」よろしく、あえて騙すために付けている可能性もある。

 

質・量に勝る者の定石通り、アリサは隊を2つに分け挟み撃ちをする作戦を採用することにした。隠れている者を襲うには、一方に注意を引き付けながら、その隙に背後から襲うのは得策だろう。アリサは自らの隊とケイの隊の2つに分け、キルゾーンと思われるポイントが集中しているエリアを挟み込むことにした。

 

「アリサより各車へ。おそらく知波単はエリア70~90の地点に戦力を集中させていると思われる。知波単の履帯跡が想定するキルゾーンに続いているなら、その先に知波単が隠れている可能性が高い。風下の隊は私が、風上の隊はケイが先頭を務めるわ。先頭並びにしんがりは、突撃隊の襲撃に注意して。さっきと同じようになるべく死角を作らぬよう、そして連携を密にしてちょうだい」

 

「「「イエス、マム!」」」

 

最後の詰めの作業を実行すべく、サンダースの隊は進軍を開始した。

 

~~~~~~~~

 

知波単においても、おそらく最後と思われる作戦の確認を行っている。

 

「凄いな、福田・・・これは相手もびっくりするぞ」

 

「成功するかどうかは分かりません。ただサンダースは、隊を2つに分けてくるのは間違いないと思います。おそらく風上側の隊が主力でしょう。ですので先に戦力が薄い風下の隊から片付けます。主力を攪乱、迎え撃つ突撃隊にはまた無理を言って申し訳ないですが・・・」

 

突撃隊の4輌が風上の主力と思われるサンダースの隊を抑え込み、その間に戦力の薄い別働隊を潰そうという算段である。

 

「無理は承知の上です。期待していて下さい!」

 

「こういう時のための一式中戦車だからね。また撃破して見せるわよ!」

 

谷口に続き、先の混戦の中、敵シャーマン一輌を撃破した細見も力強く答える。

 

~~~~~~~~

 

西の一式中戦車は街道の脇に掘られた壕に潜んでいる。西の背中には冷たいものが流れていた。今まで何度も突撃をしてきたが、これまではそんなことはなかった。それはそうだろう。今までの突撃は前進して散ることが前提だったのだから。しかし今回は違う。今回は相手を仕留めるためのもの。自分がやらねば相手にやられる。そして自らが散ることは知波単戦車隊の敗北を表すものである。

 

「敵は?」

 

「一列で進んでいます。まもなく目標地点です」

 

「よし、撃て!」

 

車体を潜めた西の一式中戦車が47mm主砲を発射、その砲は的確に先頭をゆくアリサ車の右の履帯を破損させた。

 

「砲声?」

 

アリサが呟いた瞬間、戦車に衝撃が伝わる。自車の履帯が破損され動けなくなったのを知った瞬間、アリサは知波単が突撃することを察知した。

 

「全車、知波単の突撃に警戒!」

 

しかしアリサの指示よりも前に、西が砲撃した反対側、アリサからすれば左側から、ドーザーブレードを外し同じく街道脇に潜んでいた池田のチハが飛び出す。履帯が破損し動けないアリサ車に進路を塞がれた2輌目のシャーマンをチハは的確に行動不能にした。

 

それを合図にしたかのように、壕に潜んでいたかと思われた知波単の戦車が一斉にエンジン音を轟かせ、アリサの隊に襲い掛かる。アリサの隊は知波単の注意を引き付ける、いわば囮のようなものであったため6輌しか配されていない。うち2輌が動けなくなったのだからアリサは一気に窮地に立たされた。

 

「(まさか・・・壕を掘って潜むことすらダミーだったの!?)」

 

知波単にまんまとしてやられる形となったアリサは驚きと腹立たしさを隠せなかったが、それよりなにより隊長として必要な指示を出さねばならない。

 

「各車へ! 道の上だと不利だわ。私に構わず2輌ずつ分かれて下に降りなさい。相手はうるさいといってもチハが大半。側面と後面を晒さないようにすれば大丈夫!」

 

「ケイ! こっちは敵の突撃を受けているわ。私のは履帯がやられて動けないから、もしこのままやられちゃったらその後の指揮はお願いします!」

 

「OK! こっちもうるさいのが4輌ほど来たけどね。まあすぐ片付けてそっちにいくから安心しなさい」

 

「(タカ子達はケイの方に行ったか・・・まあいくらあいつ等がうるさいとはいえ、ケイの率いる10輌の敵じゃない)」

 

あとは四式中戦車の位置が気にはなるが、この状況だと四式がこちらに来たところでそれほど大差はあるまい。仮に自分の戦車が白旗を上げたとしても今回は殲滅戦。ケイが負けるはずがない。アリサはようやく心の平静を取り戻すことが出来た。

 

~~~~~~~~

 

「まさか掩体壕に戦車を隠しての砲撃ではなく、突撃を選んでくるとは! 先頭車両の履帯を壊しておいて後続車輌を撃破する。このあたりは大学選抜の試合の時に知波単が行ったのと同じ戦法ですね!」

 

「うん、でもサンダースの対応も早い」

 

解説するみほの言う通り、突出してシャーマンを撃破した池田のチハは、既にその後別のシャーマンの砲撃を食らい白旗を上げている。窮地に追い込まれたアリサの隊もなんとか態勢を立て直し、知波単が肉薄するも、それをサンダースが凌ぐという攻防が続いている。

 

「玉田! 出番だ!」

 

「了解であります!」

 

知波単の捨て身の突撃を、アリサ達は孤立しないよう、また死角を作らぬように動きを最小限にとどめて応戦しているが、それは玉田の乗る四式中戦車にとっては格好の標的となった。アリサの隊が知波単の攻撃を凌いでほっとしたところを四式は的確に攻撃、新たに2輌のシャーマンが白旗を上げる。

 

「もともと我々は知波単の注意を向けるための隊だ! 四式がこちらに来ているということは、それだけケイの本隊への攻撃は薄くなっている。ケイ達が来るまでなんとか凌げ!」

 

アリサとしてもやるべきことはやっている。あとはもう気合で凌ぐしかない。そして、その心意気はケイにも伝わっている。

 

~~~~~~~~

 

「さーて。かわいい後輩が頑張ってくれてるんだし、本気を出しますかね!」

 

知波単の精鋭でもある突撃隊4輌の攻撃を受け、態勢を整えるまでに1輌を失ったが、その間に知波単も山口車が撃破されている。知波単としては、敵車輌を孤立させて挟み撃ちにするのが狙いなのだが、ケイの洞察力はことごとく知波単の上を行っている状況で、逆に知波単の戦車が孤立する場面が増えてきている。

 

それでも細見の乗る一式中戦車とその僚車の旧チハは、なんとかケイの乗るシャーマンと2対1の場面を作ることが出来た。

 

「このチャンスを逃すな! なんとか引き離されないよう食らいつけ!」

 

なぜか追撃されているシャーマンの方が余裕があるような動きだったが、なんとか離されまいと2輌が食らいつく。するとシャーマンは急停止。それに釣られて追撃していた2輌も急停止する。そして停止した瞬間、シャーマンの砲撃を受けた一式中戦車は白旗を上げていた。

 

「くっ・・・! 普段あれだけ練習してたことを、逆にこっちがやられるなんて」

 

自車が急停止して、それにつられて停止しようとする敵車輌を撃破する。知波単の突撃隊が得意とする戦法の一つだが、ケイは事も無げにそれをやってのけた。さらに退避しようとする旧チハをも撃破する。突撃隊は3輌がやられ、残るは谷口車の1輌となった。

 

「あとはタカ子だけね。セレナ(注:オリキャラ)、せっかくだから練習してたあれ、やるわよ!」

 

「マジで?・・・フフフ・・・あとで私にアンツィオの鉄板ナポリタンと特製ピザのご馳走決定ね!」

 

ケイは同じ3年生が操るチャーリー小隊の1輌に声をかけた。そして谷口車とその1輌が正面衝突するかのように向き合って突進する。無論谷口にはその後ろにいるケイのシャーマンも見えている。

 

「(前の戦車が囮でケイさんのが本命か。こちらも残り1輌だし、一騎討ちなら望むところ!)」

谷口は、前の戦車が横に外れ、ケイの戦車が飛び出してくるのを待っていたがその予想は裏切られた。セレナのシャーマンから砲が放たれ、それは回避したものの、砲撃の直後にケイ車から空砲が放たれていたことは知る由もなかった。

 

思いがけずセレナのシャーマンが突進してくる。回避する間もなく谷口の新チハは弾き飛ばされクルクルと回転する。弾き飛ばした側のセレナのシャーマンも勢い余って横転したため白旗を上げることになったが、激突されたショックから立て直せないでいるチハを悠々と後続のケイが撃破し、知波単の突撃隊は全滅した。

 

「あ、あれは・・・!? 西住殿が島田愛里寿殿にやったのと同じ!!」

 

「うん・・・多分ケイさん、わざわざ練習したんだと思う。あの試合のあと、何度もどうやったのか聞かれたし」

 

好奇心旺盛なケイの性格はみほも知っているだけに、しつこく聞いてきた状況からしてもしかしたらマネするつもりなのかも・・・との考えは当時よぎってはいたが・・・まさかこの短期間で実戦に使ってくるとは想像だにしていなかった。

 

「ごめんね、セレナ。勢い余っちゃったね」

 

「いや・・・今までアンタは私らのことを第一に思ってやってきてくれたんだけど・・・最後の最後、こうしてアンタがやりたいようにやってくれて・・・私はなんか嬉しいよ!」

 

「セレナ・・・」

 

「さあ、早くかわいい後輩のところに行ってやんな!」

 

「了解奉り!」

 

最後、妙な日本語を話しながらではあったが、ケイの隊は2輌のシャーマンを失ったものの知波単の誇る4輌の突撃隊を軽々と撃破し、揚々とアリサの隊に合流しようとしている。

 

「アリサ、こっちは全部片付いたよ! 思わぬ突撃を受けたけどよく頑張ったわね。もうすぐ着くから安心しなさい。あと、あの作戦。大成功だわよ!」

 

この時点で、ケイの隊の残存車輌は8輌、アリサの隊はその後もう1輌が四式にやられ、履帯を直せないでいるアリサのシャーマンも含め2輌。一方の知波単は突撃隊が全滅、アリサの隊を突撃した隊は3輌が撃破され、残り5輌。西の乗る一式中戦車、玉田の乗る四式中戦車は健在とはいえ、既に大勢は決していた。先々を読まれ、それに対して的確に動くサンダースのシャーマンを相手に、知波単の戦車は搦め捕られるように次々に撃破されていく。

 

~~~~~~~~

 

「(西住の姉妹がやったあの作戦、本当にやったのね。しかもそれを成功させるなんて・・・知波単もよく頑張ったし、正直ヒヤリとすることも多かったけど、まあ相手が悪かったわね・・・)」

 

「(あのコミュ力、記憶力の化け物が、底無し沼のような好奇心を持って、ブルドーザーのような突進力で、超絶ポジティブ思考で戦車道をやってるんだから、そりゃ他の人間に負けるわけがない。いろんな人の話を聞いて、いろんな本やDVDも見て、得たものを実践して自らの血肉にする。数百の作戦や局面が瞬時に処理されるのだから・・・敵が何を考えているかを見抜くなってわけないわよね・・・)」

 

「(実際、サンダースでの模擬戦でケイに勝てる人は、年上の先輩の中にもほとんどいなかった。でも本番の試合では・・・敵が何をしてくるか分かり切ってるのに、囮の餌でも撒いておけばダボハゼのように食い付いた敵を一網打尽に出来るのに・・・そういう作戦は一切とらなかった。真正面からガツガツやるってのがほとんど・・・いや、ガツガツやるならまだマシ。前の全国大会じゃ・・・まあ無線傍受してた私が悪いんだけど、わざわざ4輌だけで追いかけるなんて馬鹿げてるわよね!)」

 

「(いつもいつも・・・ ”相手も一生懸命戦車道に取り組んで今日の試合に臨んでいるんだし” とか ”囮になる子達のこと考えたらそんな作戦とれないでしょ” とか・・・で、答えに窮したら ”That's 戦車道!” とか ”戦車が泣く” とか・・・私はケイと居る時間が長かったし、そういうケイが好きだったからまだよかったけど・・・)」

 

「(実際、あの全国大会の後、準決・決勝で出場するのを狙っていた選手の中には荒れた子も多かったし、学園の上の方の人や、OGや保護者からの批難もかなりあったらしいし・・・)」

 

「(試合に勝つだけならもっと上に行けたはずなのに・・・でも私達のことを第一に考えてくれて、そればかりか相手校のことまで考えて・・・自分のことは押し殺して、私達が頑張ったことを褒めてくれた。前の全国大会で、西住の八艘飛びが話題になったけど、ケイなら何の躊躇もなく、同じことをやってたかもしれないわね。私はそんなケイが大好きだったけど・・・いや、大好きだったからこそ、黒森峰やプラウダや聖グロ、ポッと出の大洗なんかの下に見られるのが本当に悔しかった! ケイが自分の力をフルに発揮したらそんなことはないのに!)」

 

「(私はケイのようにはなれないけど・・・でも大好きだったケイのために、ケイが誰にも負けない素晴らしい隊長だったことを証明するために・・・私はケイを超えてみせる!)」

 

既に知波単の残りの戦車は西の一式中戦車と、福田の乗る九五式軽戦車のみになっている。残り2輌になりながら、それでも1輌でも多く撃破しようとなんとかサンダースの攻撃をかわしながら突撃を繰り返す。一方のアリサの隊も、履帯を直せないでいるアリサ車が唯一の生き残りとなっていた。そして今、西の乗る一式中戦車は、アリサのシャーマンに向かって突進してきている。この状況下においても、1輌でも撃破すべく可能性が高い選択肢を選んでいるのだろう。見上げた敢闘精神というほかない。

 

「(最後の最後まで諦めないその精神。西さん、本当にあなたのことを尊敬するわ。でもね・・・私も負けるわけにはいかないの!)」

 

程なくして両車から白旗が上がった。相手を道連れにしたのはそれぞれの意地だろう。

その後間もなく、九五式軽戦車からも白旗が上がった。

あれだけ騒がしかった砲撃音・エンジン音が止み、辺りを静寂が包む。

 

「絹代、念のための確認だけど、もうそちらに戦車は残ってないわよね?」

 

「はい・・・全滅です」

 

「うちは残存車輌7輌ね。ミホ、最後のアナウンスをお願い」

 

「あっ・・・は、はい。秋山さん、勝敗の結果を」

 

「は、はい・・・知波単学園残存車輌なし、サンダース大付属残存車輌7。よって、サンダース大学付属高校の勝利!」




◆西車(隊長車/フラッグ車)・・・一式中戦車
 ⇒車長:西、装填手:倉橋/2年(オリ)、通信手:半田/2年(オリ)、
  操縦手:戸室/2年(オリ)

 ※(オリ)は作者のオリジナル設定。以下同じ。
  オリキャラはちばあきお氏の漫画、キャプテン、プレーボールから名前を頂いてます

◆玉田車(割り下小隊)・・・四式中戦車
 ⇒車長:玉田、砲手:松川/2年(オリ)

◇玉田僚車(割り下ご飯)・・・新チハ
 ⇒車長:浜田

◆寺本車(たまご小隊)・・・新チハ
◇寺本僚車(たまごご飯)・・・旧チハ

◆池田車(陣地構築隊/豆腐小隊)・・・チハドーザー
◇池田僚車(陣地構築隊/豆腐ご飯)・・・チハドーザー

◆名倉車(陣地構築隊/長葱小隊)・・・チハドーザー
◇名倉僚車(陣地構築隊/長葱ご飯)・・・旧チハ

◆谷口車(突撃隊/バント)・・・新チハ
 ⇒車長:谷口/2年、操縦手:丸井/1年(留年)、砲手:五十嵐/1年、
  装填手:久保/1年、通信手:小室/1年
  ※全てオリキャラ
  ※谷口は2年時にサンダース大付属から編入

◆山口車(突撃隊/牽制)・・・新チハ
 ⇒車長:山口/2年、操縦手:太田/2年、砲手:中山/2年、
  装填手:山本/2年、通信手:鈴木/2年
  ※全てオリキャラ

◆細見車(突撃隊/牛肉小隊)・・・一式中戦車
 ⇒車長:細見、操縦手:加藤/2年(オリ)、砲手:島田/2年(オリ)

◇細見僚車(突撃隊/牛肉ご飯)・・・旧チハ
 ⇒車長:横井/2年(オリ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33.理由(玉田の変化)

以下、自分でも分からなくなったので・・・

◆サンダース戦の試合経過

サ)高地に10輌、林に10輌が向かう
知)高地裏に13輌、高地中腹に5輌、林に2輌が向かう

サ)高地の隊が、高地脇を抜けようとする知波単本隊の4輌を撃破(知:残16輌)
知)突撃隊が1輌撃破(サ:残19輌)

知)サンダース本隊と接敵、1輌撃破(サ:残18輌)
サ)知波単本隊の4輌を撃破(知:残12輌)
知)突撃隊2輌が本隊と合流

知)高地中腹に潜んでいた四式がファイアフライ他計2輌を撃破(サ:残16輌)
  チハドーザー3輌は高地中腹の掩体壕を構築した後、林に向かい陣地を構築

--------------------------

サ)ケイが率いる本隊10輌とアリサが率いる別動隊6輌に分ける
知)突撃隊4輌がサンダース本隊を抑え、知波単本隊8輌がサンダース別動隊を叩く態勢をとる

知)池田車が1輌、四式が3輌撃破(サ:残12輌)
サ)池田車他3輌を撃破(知:残9輌)

知)突撃隊が1輌撃破(サ:残11輌)
サ)ケイが知波単の突撃隊を全滅させる(知:残5輌)
  セレナ車が「西住作戦」のため横転し行動不能(サ:残10輌)

--------------------------

知波単本隊と、サンダース別動隊に合流した本隊が交戦

知)2輌を撃破(サ:残8輌)
サ)四式他3輌を撃破(知:残2輌)

知)、サ)西とアリサが相討ち(サ:残7輌、知:残1輌)
サ)福田車を撃破し知波単が全滅(サ:残7輌、知:残0輌)


「申し訳ございません! 申し訳ございません!」

 

「泣くな、福田! お前が悪いんじゃない」

 

試合は終わった。今回の作戦を立案した福田は、試合後の礼の後、地面に頭を付け、ワンワン泣きながら謝罪を続けている。それを玉田や細見は止めさせようとするが、当の2人も、いや、知波単の大半の者が膝から崩れ落ち、涙を止められずにいた。

 

もちろん知波単の隊員もサンダースに勝てるとは思ってはいなかった。しかし、勝利を掴むために、根本的に考え方を改め、血の滲むような鍛錬を積み重ね、そして待望の新型戦車も導入できた。仮に前年の最下位チームであっても、今年のシーズンが始まるまではスタートラインは同じである。もしかしたら今シーズンは優勝、日本一になれるかもしれない。どのチームの選手も、そして応援するファンも始まる前はそうした淡い期待に満ち溢れている。

 

しかし現実は残酷である。刻々と劣勢の度合いが増し、それでも最後の最後まで希望を繋いでいたが・・・結局のところは残0:残7という完敗であった。使用している戦車の性能が違う、中学までの戦車道経験者の数が違う、日々練習を行う環境が違う・・・いろんな要素はあるだろうが、それでも克服したい、克服できると願い、信じ日々を送ってきた。しかし突きつけられたものは ”知波単は弱い” という現実である。そうした絶望感を隊員は受け入れられず、ただただ涙するしかなかった。

 

そんな知波単の隊の様子を、西は涙を流すことなく、ただ呆然と立ち尽くしながら見ている。

 

「(これは・・・今日のこの負けは・・・隊長としての大きさの差だ・・・)」

 

試合前からケイという人物に触れ、その人物の大きさに圧倒された。それでも西なりに勝つための工夫を重ね、努力もし、皆もよく付いてきてくれたという自負があった。しかし、実際に試合が始まってからにおいても・・・作戦を立案する力、状況を理解し次の行動に移す理解力と判断力、隊を指揮する能力・・・全てにおいて西の遥か上にケイがいた。

 

隊長としての器の違いを見せつけられた今回、これまでのように試合後に涙を流すのは容易だ。実際、今にも崩れ落ちて泣けるように思う。

しかし西は、今ここで涙を流すことは、これまで自分に付いてきてくれた、支えてくれた隊員達を冒涜するように思えた。もしこの状況におかれているのが私ではなくケイであったならどうするだろうか?・・・ 決して涙を流すことはないはずだ。隊長として皆を奮い立たせ、次の道を示すことだろう。

そう思い直し、ようやく西は言葉を口にすることが出来た。

 

「みんな! 今日は本当によくやってくれた! 玉田も、細見も、谷口も、山口も、福田もみんなみんな・・・そして勝利のためにあえて味方の盾となってくれた者、今日の試合に出れなかった者も・・・みんなみんな・・・本当によく頑張ってくれた。皆は私の誇りだ! それでも試合に勝つことが出来なかった・・・ これはもう、試合前にも言ったが、隊長である私の責任だ!」

 

知波単の隊員は皆 ”そんなことはない” と否定するが、西はそれを制して続けた。

 

「私は・・・今日の悔しさは心に刻み込んだ。今、この瞬間から前を向いて歩いてゆく。そして・・・私にはこれからも皆の力が必要だ! 私は今日この場に集まっているケイさんや、西住さんや、カチューシャさん、ダージリンさん、アンチョビさんのような立派な隊長じゃない。でも、皆と一緒に勝ちたい気持ちは誰にも負けていない! 勝手なことを言っているかもしれないが、これからも皆の力を貸してくれ!」

 

「もちろんです!」

 

「いつの日か、勝利を掴みましょうぞ!」

 

これまで下を向き続けていた隊員も、ようやく前を向けるようになった。

そのタイミングを見計らったように、ケイとナオミ、アリサが西のところに近寄ってくる。

 

「ケイさん・・・」

 

ケイの姿を見た西の動きがまた止まってしまう。もちろんケイとナオミ、アリサは敗者である知波単を詰りにきたわけではない。むしろ逆だろう。しかし・・・西にとっては、サンダースの面々は格の違いを見せつけられた、そして圧倒的勝者の存在でしかなかった。

 

ケイは真っ直ぐ西を見ている。西はその視線に向き合うことが出来ず、思わず顔を背ける。視線を逸らしたことによりなお、悔しさ、惨めさが募ってきた。泣いてはいけない・・・先ほどそう誓ったはずなのに・・・しかし想いとは裏腹に西の目にみるみる涙が滲む。

 

小さく震える西の肩を、ケイはそっと抱き寄せた。

 

「絹代、あなたはあなたらしくチームを引っ張っていけばいい。後ろを見てみなさい。チハタンズのみんなは絹代が隊長であることが誇りであるようよ」

 

そう言われた西は後ろを振り向く。そこには涙をこらえつつもグッと前を見据えた知波単の隊員の姿があった。西は嬉しいような、申し訳ないような、悔しいような、何ともいえない表情を浮かべる。それを見たケイは改めて西の肩を抱き寄せた。

 

「大和魂は・・・私達のご先祖様は、最後まで諦めずに戦ってきたのでしょ?どんなに苦しくても、どんなに辛くても・・・私はそう習ったわ。隊長が諦めた瞬間、その隊は崩壊する。絹代、あなたも日本人なら、戦車に乗るなら、そしてチハに乗るなら、そのことを忘れちゃダメ」

 

「はい!」

 

”諦めたら終わり” 使い古された言葉だが、様々な困難をポジティブに乗り切ってきたケイが言うと重みが違う。そして西が歩むのと同じように、ケイがこれから進む道も多くの困難が立ち塞がるのだろうが、そうやってこの先も乗り越えていくのだろう。ようやく西は吹っ切れたような表情になった。

 

「ケイさん、ナオミさん、アリサさん、本当に今日は有難うございました!」

 

西は3人と握手をしていく。そして最後のアリサのところで、アリサは痛いぐらいに西の手を握り返した。

 

「西さん、あなたと私の勝負は今日は相討ち。私は決してこの試合に勝ったとは思っていないわ。次はグウの音も出ないほど、こてんぱんにやっつけるから覚悟なさい!」

 

「はい、私も負けずに頑張ります!」

 

「本当のことを言うとね・・・前の全国大会じゃ、私のせいで大洗に負けた。組合せ的にはプラウダには苦戦するとは思ったけど、決勝には十分行けると思ってた。でも私のせいで・・・あんな形でケイや他の3年生の高校戦車道を終わらせてしまった・・・」

 

「アリサ殿・・・」

 

西も同じ思いを前隊長の辻に対して持っていただけに、アリサの気持ちは手に取るように理解出来る。

 

「そして次期隊長に私が選ばれた。あのケイの後によ。ただでさえあの試合のことで私のことを良く思っていない隊員は多いわ。練習やミーティングでも ”ケイならそんなことしないのに” という声もしょっちゅう聞いたわ。そんな中でひと癖もふた癖もある、大勢の隊員を率いることがどれだけ難しいか・・・」

 

「アリサさんほどではないですが、私も同じように難しさを感じています」

 

「フン! 西さんを相手にする話じゃなかったわね。なんにせよ、苦しいのはあなただけじゃない。私も・・・、いや、苦しいとかじゃないわね。私はサンダースの隊長なんだから。私はサンダースの隊長であることを誇りに思っている」

 

「それは私も同じであります」

 

「今日あなたと会えて良かったわ。次も負けないからね!」

 

「はい。私も・・・次は相討ちじゃ済ませませんので!」

 

「チッ」

思わずアリサも舌打ちするが、悪くは思っていないようである。

 

「さて・・・この後は打ち上げパーティーだな」

一連の会話を見守っていたナオミが風船ガムを膨らませながら言った。

 

「またパーティーでありますか!?」

 

「当たり前でしょ。打ち上げをしないでどうするの? ましてやここは週4でホームパーティー、サンダースの艦上よ」

 

その言葉が終わると同時に、ケイの ”何してるの? 早く来ないと遅れるわよ” との声が聞こえる。

 

「ほら・・・もう待ちきれない人が呼んでるし」

 

「アハハ! 郷にいては郷に従えですな。承知致しました」

 

「それじゃ試合の片付けもあるから14時に前夜祭やった時の集合場所に来て。他校のゲストも来るからいろいろ聞かれるとも思うけど、適当にあしらってちょうだい」

 

「有難うございます、ナオミさん」

 

~~~~~~~~

 

試合後の打ち上げのパーティー会場。

 

前夜祭は野外ステージで行われたが、今回は屋内での立食パーティーで、一般の観衆はおらず戦車道の関係者だけが集まっている。アンツィオの屋台もこのパーティーでは無料で料理がふるまわれており(もっともサンダース側が報酬を支払っているのだが)、これまで以上に大忙しとなっていた。試合の緊張感から解放されたせいか、勝ったサンダースはもとより、知波単の面々も明るさを取り戻している。前夜祭では自重していたが、普段の知波単の学園艦では食べられないアメリカナイズされたファストフードや、アンツィオのイタリア料理に興味津々で、驚きの表情を見せながらも女子高生らしく次から次へと食事を皿に取っては食べてを繰り返していた。

 

「ダージリンさん、おつかれさまでした。皆様に喜んで頂ける試合が出来たかは分かりませんが・・・」

 

ダージリンとオレンジペコのためだけに用意されたような紅茶専用ブースに居座るダージリンに西が声をかけた。

 

「いえ。こちらこそ非常に興味深く拝見しておりましたわ。勝敗は時の運。わずか3ヶ月ほどでこれほどの変貌を遂げたあなた方なら、次は別の結果となるのも期待できるでしょう」

 

「はあ・・・まあ試合内容そのものは、0対7の残存車輌以上に完敗だったのですが・・・」

 

「勇気がなければ他のすべての資質は意味をなさない」

 

「チャーチルの言葉ですね」

 

「勇気という点では、あなた方は目を見張るものがありますわ。戦う姿勢においても、これまで信じてきたものを捨てるということにおいても。ところであなたは・・・」

 

ダージリンは西の隣にいる玉田に声を掛けた。

 

「は! 知波単の副隊長をしております玉田であります」

 

「玉田さんね。変わったのは西さんだけではない。よろしければ何があなた方を変えたのか聞かせてもらえないかしら」

 

「はあ・・・あまり変えたという意識はないのですが」

 

「いえ。試合に負けて涙を流す・・・それだけをとっても3ヶ月前のあなた方しか知らない私にとっては大きな変化ですわ」

 

「確かに言われてみれば・・・これでも私は中学の時も戦車に乗っていましたが、その時には確かに負けたら悔しくて泣いていました。そうしたことも知波単では失われていたのかもしれませんね」

 

周りから見ればこのことはかなり大きな変化ではあるのだろうが、玉田の様子は ”そんなこともありましたっけ” というようなあっさりした感じであった。

 

「ではなぜこの3ヶ月でそうなったと?」

 

「1つ確実に言えるのは、私は西隊長のことが好きですし、知波単のみんなことも大好きです。そんな仲間と一緒にいい思いをしたい。戦車に乗っていたい。この思いは確実に強くなったと思います。知波単の一員として、それまでは突撃して散ることが唯一の目的であったのかもしれないのですが、そのことに私も疑問を持っていませんでしたし、むしろ誇りを持っていました。ただ、もしかしたら ”知波単だからこうあるべきだ” というのに捉われてしまっていたのかもしれません」

 

「もっと自然に・・・仲間を、戦車を大事にしたいという感じですかね、今は」

 

「あとこれは・・・西隊長を前にして言うのはおこがましいですし、隊員の皆の手前言うのは控えていたのですが・・・あの試合でパーシングを撃破した時の手応え、みんなの喜ぶ声、大洗女子学園の一員として勝ち名乗りを受けた、あのゾクッとした感触・・・あれは忘れられない。戦車に乗っていてあれほど高揚したことはありませんでした。今は私は知波単の副隊長です。出来れば皆にもあの感触を味わってほしいですし、そしてなにより、知波単の皆で大きな敵に勝てたならば・・・その時の喜びは想像もつきません!」

 

聖グロから見れば、大洗での親善試合、大学選抜との試合における知波単は、勇敢というより虚勢を張っているように見えた。しかし目の前にいる玉田の自信に溢れた姿はどう表現すればよいのか・・・

 

「1つの撃破、1つの勝利があなた方を変えたということね」

 

「うーん・・・よく分かりませんがそうなのかもしれません」

 

「でもそれならもう一つ聞いてみたいわ。なぜあなた方は日本の戦車に、それもチハにこだわっているわけ? 試合に勝つのが目的なら強力な戦車を導入すればよいということにはならなくて?」

 

「それはもう知波単で戦車に乗っているからということに尽きます。中学時代は私は九五式軽戦車に乗っていましたので、チハで突撃する知波単の姿は憧れでした。そして知波単に入学して実際にチハに乗って、それで知波単がチハに拘る理由を知り・・・もう一度でもチハを好きになってしまうとダメですね。恋人のようなものです。チャーチルに乗って黒森峰やプラウダと戦っていらっしゃるダージリン殿なら分かって頂けると思うのですが・・・あのパーシングを撃破した時の感触。同じことをたとえばセンチュリオンに乗ってやったとしても、あれほどの興奮は得られなかったと思います」

 

「分かりますわ。丸っこい砲塔にくるっと巻いてある鉢巻アンテナ。そこにちょこんと突き出た短い主砲。あの可愛いのがパーシングを撃破したならそれはもう・・・」

 

「「「はい???」」」

 

オレンジペコ、西、玉田で突っ込むことになったのはともかく・・・打ち上げのリラックスした空気は、皆の口も滑らかにしているようだった。そして同じ頃、カチューシャを前にした福田は直立不動で起立していた。




◆西車(隊長車/フラッグ車)・・・一式中戦車
 ⇒車長:西、装填手:倉橋/2年(オリ)、通信手:半田/2年(オリ)、
  操縦手:戸室/2年(オリ)

 ※(オリ)は作者のオリジナル設定。以下同じ。
  オリキャラはちばあきお氏の漫画、キャプテン、プレーボールから名前を頂いてます

◆玉田車(割り下小隊)・・・四式中戦車
 ⇒車長:玉田、砲手:松川/2年(オリ)

◇玉田僚車(割り下ご飯)・・・新チハ
 ⇒車長:浜田

◆寺本車(たまご小隊)・・・新チハ
◇寺本僚車(たまごご飯)・・・旧チハ

◆池田車(陣地構築隊/豆腐小隊)・・・チハドーザー
◇池田僚車(陣地構築隊/豆腐ご飯)・・・チハドーザー

◆名倉車(陣地構築隊/長葱小隊)・・・チハドーザー
◇名倉僚車(陣地構築隊/長葱ご飯)・・・旧チハ

◆谷口車(突撃隊/バント)・・・新チハ
 ⇒車長:谷口/2年、操縦手:丸井/1年(留年)、砲手:五十嵐/1年、
  装填手:久保/1年、通信手:小室/1年
  ※全てオリキャラ
  ※谷口は2年時にサンダース大付属から編入

◆山口車(突撃隊/牽制)・・・新チハ
 ⇒車長:山口/2年、操縦手:太田/2年、砲手:中山/2年、
  装填手:山本/2年、通信手:鈴木/2年
  ※全てオリキャラ

◆細見車(突撃隊/牛肉小隊)・・・一式中戦車
 ⇒車長:細見、操縦手:加藤/2年(オリ)、砲手:島田/2年(オリ)

◇細見僚車(突撃隊/牛肉ご飯)・・・旧チハ
 ⇒車長:横井/2年(オリ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34.帰途(それぞれのこれから)

「あなたが今回の作戦の立案者?」

 

カチューシャが知波単の隊員を捕まえ ”今回の作戦の立案者は絹代じゃないわよね? 誰なの? 呼んできなさい!” と理由も分からぬまま呼び出されたのが、今カチューシャの目の前で直立している福田である。「地吹雪のカチューシャ」の通り名は知波単の中でも当然知られており、隊員が皆 ”お前やばいんじゃないか?” と心配をする・・・というより逆に不安を上乗せしているようなやり取りを経て、今ここにいる。

 

”ああ、たぶんダメ出しされるんだろうな・・・粛清とかもされるのかな? でもカチューシャ殿は知波単の生徒ではないからその権限はないはず。でもこうやって呼ばれたということは・・・前の大洗の時みたいに短期転校でカチューシャ殿が知波単に来られるとか・・・でもカチューシャ殿はもうすぐ卒業のはず・・・” 福田は考えも状況把握もままならぬまま、目の前の存在に対して恐怖を隠せぬまま起立している。カチューシャの傍に座っているノンナの穏やかな表情を見て、一瞬救われたような気もしたが、ノンナはカチューシャに対して絶対的な忠誠を尽くす存在だ。カチューシャが喜ぶことなら全力で支援するだろう。そう考えると、福田は粛清されるのが前提のようにしか思えなくなった。

 

「は、はい! 福田であります! カチューシャ殿は短期転校手続きにより知波単に来られるのでしょうか?」

 

「はあ? 何言ってんの? 私が知波単なんかに行く理由がないじゃない。このカチューシャが直々にあなたに戦術を教授してあげるって話よ」

 

「そういうことです、福田さん。ですからそんなに怯えなくても大丈夫ですよ」

 

2人の言葉を聞いて、ようやく福田は安堵の表情を浮かべたのだが、不安を打ち消す間もなく直後にカチューシャの口から出てきたのは福田に対するダメ出しであった。

 

「だいたいね、作戦が複雑すぎるのよ。ただでさえアンタ達の戦車はチハがメインじゃない。そんなの予想外のアクシデントやダメージを受けて当然じゃない。で、結局やぶれかぶれの突撃に頼る。そんなことで勝てるはずないじゃない」

 

「煙幕の使い方も下手くそ! 煙幕って行方をくらますために使うものよ。なのにアンタ達はただ単に煙幕を使ってる間に煙に身を隠しただけ。どこに進んでるのかまる分かりなんだから、相手からしたら煙幕が晴れてから攻撃すればいいだけの話じゃない」

 

「そもそもなんでわざわざ不利な方から攻めようとしたわけ? シャーマンに高地を取られたら勝てるはずないじゃない!」

 

「それは、前の大学選抜との試合の無念を晴らそうと・・・」

 

「それが間違っているというのよ!」

カチューシャは福田の声を遮り、さらに叱責する。

 

「あなたは作戦参謀でしょ! あなたが決めた作戦で兵の生き死にが決まるのよ! 隊長が誤った作戦を選択しようとしてたらそれを止めるのがあなたの役目じゃない」

 

「それが、あなたも一緒に浮ついた気持ちになってノリで作戦を決めようとする。そんなんじゃ作戦を立てる資格なんかないわね。そもそも勝つ気がないんじゃないの? アンタ達は」

 

「も・・・も、もうじわげあでぃましぇん~!」

 

叱責を受けた福田は、試合直後の時のように、突っ伏して床に頭をつけながら泣き出してしまった。それを見たカチューシャが逆に大いに困惑してしまう。大泣きする福田を見て、当然周りの者は何事かと注目し、その目の前にいるカチューシャを見て ”ああ、またチビッ子隊長が悪さをしたんだな” という風に見る。その視線を向けている方向にノンナが睨みを効かしているので、表立ってそれを非難するようなふうにはなっていないが、福田はまだ泣き止まず自責の言葉を続けている。

 

「わ、わたぢはダメな奴なんですう! 作戦を立てる資格なんかないんですう!」

 

見かねたノンナが福田の脇の下に手を通して立たせ、横の椅子に座らせたことでようやく福田はヒクヒクいっているものの、泣き声をあげるのを止めた。

 

「カチューシャも他校の隊員に対して、少し言葉が過ぎましたね」

 

「な、なによ! 私はただ・・・」

 

言い訳をしたいカチューシャだが、福田を泣かせてしまったのは明らかに自分のせいであり、それを否定できないのは自覚している。

 

「わ、悪かったわね。ちょっと言い過ぎちゃったわ。ごめんなさい」

 

「いえ・・・いいんです。今回も私は西隊長を勝たせることが出来なかったのですし・・・」

 

「福田さんでしたか、私からも一言いいですか? 人もチームもそんなにすぐ結果が出るわけではありません。ここにいるカチューシャも大変な苦労をして、それこそ何度も失敗をして、ようやく今があるのです」

 

「そ、そうよ。カチューシャもノンナやクラーラや、ニーナやアリーナやみんながいるから隊長としていられるのよ。今日の試合に勝てなかったからといって、絹代があなたを必要としないわけがないじゃない」

 

「と言うよりね、あなたも私と一緒。作戦を立てることでしかチームの役に立てない人間じゃない。それをいつまでもメソメソと・・・」

 

「カチューシャ!」

 

ついまた言葉がきつくなったカチューシャをノンナが窘める。

 

「と、とにかく、あなたを見てると私もほっとけないのよ。いいこと? これから知波単が進むべき道を2つ教えてあげる。1つはこれまでの道を突き詰めること。あなたたちが持ってるものをシンプルに活かしなさい。そしてもう1つは勝ちに拘ること。さっきも言ったけど、アンタ達はあえて自分が不利な状況になってる暇なんかないのよ。試合なんだから勝たないと意味がない。さっきの試合見てたけど、味方のために自分が犠牲になる心意気はあるんでしょ? だったらその子達のためにも絶対に勝たないとダメ」

 

「もちろん戦車道ですから勝ち負けが全てではありません。でも勝つことでしか得られないものが多いのも事実です。そして私は、カチューシャが勝利を与えてくれる魅力的な存在だからこそついていけるのです」

 

「そうよ。隊長が下を向いてたら勝てるはずがないじゃない。あなたは絹代から立案と指揮を託されてるのでしょ? だったらその責任を全うして、絹代を助けてあげなさい」

 

託されている・・・知波単改革の流れにおいて何度か西からも聞いた言葉である。福田は改めて自分の立ち位置を認識し、落ち着きを取り戻した。

 

「ほら・・・」

椅子から降りて立ったカチューシャが右手を差し出す。

 

「右手を出したら握手に決まってるじゃない」

 

「あ、有難うございます!」

 

ようやくホッとしたような笑顔を浮かべ、福田はカチューシャの右手を両手で握り返した。

 

「なんかホッとしたみたいな感じだけど、うちの子達はこんなのは日常茶飯事よ。ニーナもアリーナもみんな乗り越えてきてる。勝ちたいのならあなたには泣く暇なんてないわよ。覚悟しなさい」

 

「はい! 我が知波単も鍛錬の厳しさでは負けてはおりません!」

 

それを聞いたカチューシャとノンナは満足したように顔を合わせ、福田を解放した。

 

「あえて厳しい言葉を言って相手の奮起を促す。簡単なようで誰にでも出来ることではありません。カチューシャ、やはりあなたは素晴らしい隊長です」

 

「当たり前でしょ。私はあの子のことを思って言ったんだから」

 

「はい。でも叱責を受けて大泣きする福田さんを見て困惑するカチューシャを、もう少し見ていようかとも思ったのですけどね。プラウダでは見れない光景ですし」

 

「う、うるさいわね。会もそろそろ終わりのようだし、帰りの準備をするわよ」

 

~~~~~~~~

 

「おお、ホンダジェットまであるんですね!」

 

大洗の面々は、サンダースの学園艦へはプラウダのアントノフ26に便乗してきたのだが、プラウダも聖グロもクリスマスに備え早めに帰りたいとの希望があったため、ケイがホンダジェットの使用を提案。ホンダジェットは1名でも操縦が出来、最新鋭機で居住性も操作性も高いため、サンダースでも使用頻度が高まっているらしい。提案を受け興味津々の冷泉麻子が ”コックピットに座る!” と大乗り気であったため、サンダースの厚意に預かったのだった。

 

操縦士の横の席で、マニュアルと操縦の様子をじっくりと見ている麻子とは別に、後ろのキャビンではあんこうチームの残りの4人がくつろいで座っている。サンダース学園艦での前夜祭、そして試合についてと話題は尽きない。

 

「でも、知波単の子達、みんな大泣きしてたよね」

 

「それだけ勝つ自信があったのかもしれませんね・・・」

武部沙織も秋山優花里もしみじみと振り返る。

 

思えば大洗女子学園にとっては、敗戦したのは訳も分からず練習試合をした聖グロ戦と、知波単との連合で戦った親善試合しかない。目の前の試合、そして廃校を乗り越えるための戦いに目一杯で、勝った後に泣くことはあっても、負けて悔し涙を流すことはなかった。全国大会や大学選抜との試合では、勝つことに必死で、試合に負けた相手のことを考える余裕もなかったが・・・もしかしたら大洗が下した対戦校も、みんなこうして試合後に悔し涙を流していたのかもしれない。そう考えると、沙織も優花里も華も、なんともいえない不安や恐怖に捉われていた。次の試合、大洗が勝てる保証はない。明日は我が身なのか、と。

 

「み、みぽりん! 次の試合も私達勝てるよね!?」

 

「分からない・・・でも今日知波単の人達が泣いているのを見て、私も嫌なものを思い出しちゃった・・・黒森峰の時も試合に負けるなんてことはなかったから・・・」

 

件のプラウダとの決勝戦を思い出しているのであろうと想像するに難くない。それを思うと、4人の口はさらに重くなった。

 

「そういえばエルヴィン殿も、知波単との最初の練習試合の夜に西殿が今までのことを後悔するかのように号泣していたと言っていました。その後、西殿も知波単の人達もホントみんな頑張ってきたと思うんです。でも結果は私達との練習試合に負けて、今日もサンダースに負けて・・・西殿の気持ちを思うと、私も・・・」

 

以前は少なからず知波単のことを冷ややかに見ていた優花里だが、練習試合を通して知波単に共感し逆に思い入れが強くなっている。それだけに、西の心情を慮るにやるせない気持ちになってしまい、涙がこぼれそうになった。

 

「でも・・・勝利は時の運。私達は私達に出来ることを精一杯しましょう。あの方たちも心が萎れることはありません。そして私達も」

 

思えば、親善試合の後に文科省の役人から廃校を告げられた夜、一番早くに立ち直ったのも華だった。そして今回も。

 

「そうだよね・・・それしかないよね。華さんも沙織さんも秋山さんも・・・みんな生徒会の仕事が大変だと思うけど、その分私も頑張るから!」

 

「みぽりん1人で頑張る必要はないんだよ」

 

「うん」

 

~~~~~~~~

 

「(結局のところ・・・私はいつも泣いているんだな・・・)」

 

冬の船上は厚手のコートを着ていても風が身を切るようである。知波単の学園艦が寄港している銚子港からの連絡船の船上で、西は寒さも忘れたかのようにデッキの後ろで航跡を眺めていた。

 

「(ケイさんには逆立ちしたって、どう足掻いたって勝てそうにない。私も身の丈にあったことをしないといけないということか・・・)」

 

泣いてはいけないと思いながら、ケイを見た瞬間にそれを止められなかった自分の小ささを思いつつ、それでも今の自分に他に何が出来ただろうとの思いが交錯し、西は茫然と立ちつくしている。

 

「そんなところに長くいると風邪を引きますよ」

 

「玉田か」

 

缶入りの甘酒を2つ持ってきた玉田は、その1つを西に渡し、お互いに缶を開けた。

 

「福田もようやく眠りましたよ」

 

カチューシャとのやり取りを終えた後の福田は、テンションが上がったり下がったりを繰り返し、その度に隊員が励ましていた。今は満足したかのように眠りについている。

 

「普段はしっかりしている福田だけど、ああいうところはまだ子供なんだな」

 

「まあ作戦の立案、全体指揮という重圧もあったでしょうから」

 

「あとは・・・あいつはまだ知波単での勝利を経験していません。でも隊の勝敗を左右する役割を担っている。自分自身は勝った経験がないのに、隊を勝たせないといけない。その板挟みに苦しんでいるのかもしれません」

 

「勝つための術なんか私も分からないぞ」

 

「それでも私達には練習試合でも一度は勝ったという事実があります。可能性を実現したことが一度でもある。今日ダージリン殿と話をして、その1つの勝ちの差が非常に大きいのかもしれないと思いました。隊としても勝てない苦しい状況が続いています。もしかしたら大きな敵に対するだけでなく、勝てそうな相手を選んで試合をするということも必要・・・」

 

「言うな!!」

 

「大きな目標を掲げておいて、それが実現出来そうにないからといってより下げた目標を設定する。よしんばそれで試合に勝ったとしても、それにどれだけの価値があるというのだ!!」

 

「・・・そうですね。私もそう思います」

 

「いや・・・実は私も身の丈に合わせないといけないのかと思っていた。ただ、私は弱い人間だ。一旦目標を下げたら、もう戻せない気がする。というより、下げた目標すら達成出来なかったとしたら、さらにその下を目標にしないといけない。そしたら元の目標との差がどんどん開いてしまう。それが怖いんだ」

 

「頑張っているのは我々だけではない。大洗もサンダースも、プラウダもみんな同じだ。今日サンダースと戦って、改めてそう思った。それなのに我々だけが低い目標で満足していたら、それこそ勝てる日なんて永久に来ないだろう」

 

「仰ることはよく分かります。言われると私もたしかにそう思います。失礼致しました」

 

「まあ口で言うのは簡単だけどな。でもお前も今日ダージリンさんに ”チハでパーシングを撃破したからこそ快感があった” と言ってたじゃないか。やはり私はそこを目指したい」

 

「そうですね! でも今回・・・いろんなところで西隊長は変わったとの声を他校から聞きましたけど、やっぱり変わりましたよね。以前はこうしたこともなかなか言葉にしてくれないもどかしさがあったのに」

 

「それを言うなら、お前も ”もはや我慢の限界” と風船を割っていた面影が全くないぞ」

 

「それは言わないで下さい・・・」

 

西と玉田はそれぞれお互いが、そして自らが変わったことを自覚した。結果としては3連敗だが、それでも得たものはゼロではない。最初の大洗との練習試合では1輌も撃破出来ぬまま敗戦した。それが2度目の対戦では2輌撃破、今回のサンダース戦では相手が横転したものも含めると13輌を撃破しており、数の上でもその変化は現れている。

確かにダージリンに言われるまでは気付かなかったが、知波単の面々が試合に負けて悔し泣きするという場面はこれまでなかったのかもしれない。変わったのは我々2人だけではない。他のみんなも以前と同じではない・・・

 

このまま皆と一緒に進んでゆければいけるかも・・・いや、切り開いてみせる。西は高い壁を乗り越えんとする決意を新たにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35.年末年始(コラボイベント)

最終章の内容は考慮しておりませんのでご了承下さい。


12月下旬。

 

知波単の学園艦は房総半島の沖に停泊している。戦車隊の隊員は寄港先と学園艦を行き来しながら年末年始を過ごすのは毎年と変わらないものの、今年は少し趣きが異なっていた。

 

「大洗の奇跡」

 

世間で知られるそれは、廃校を突き付けられたとある学園艦において、それを阻止するために生徒会が立ち上がり20年ぶりに戦車道を復活させる、そして1人の女生徒が軍神の如く活躍し、初心者ばかりのチームが次々と強豪校を倒し、奇跡の全国優勝を果たしたというもの。そして新たな廃校危機においては、かつて敵であった他校が今度は廃校を阻止するために立ち上がって味方となり、大学選抜チームをも倒し、負ければ廃校というピンチを乗り越えたという物語である。

 

しかし、奇跡はそれだけにとどまらなかった。

 

大洗女子学園の活躍は、東日本大震災で大きなダメージを受けた大洗町をも救った。あんこうチーム他戦車道履修者の面々は、大洗で営業する商店の文字通り「看板娘」として集客に貢献し、また戦車が戦った大洗市街は聖地巡礼スポットとして、全国の観光客が訪れることになり、かつて以上の賑わいを取り戻したのである。

 

この戦車道の人気に目を付けたのが、千葉県においても人口減少率が一番高いとされる銚子市である。かつて漁港の町、観光の町として賑わった銚子市も、都心から離れた立地、他諸々の要因から地盤沈下が著しく、駅前から港へ向かうメインストリートも閑散としている。また銚子と犬吠を結ぶ銚子電鉄も廃線こそ免れているものの、依然赤字に苦しんでおり、観光資源として期待される犬吠埼も特に震災によるイメージダウンや、いわれなき放射能汚染の風評被害もあり、周辺施設も経営に喘ぐ状況が続いている。

 

そんな中、知波単学園は寄港地として銚子市と良好な関係を続けていたが、先の大洗女子学園と大学選抜との試合に知波単学園も加勢し勝利に貢献したことで、否が応でも「おらが町の学園」という空気が高まった。実際 ”知波単の学園艦はいつ銚子に入港するのですか?” という問い合わせも増えているという。

 

そんなこんながあって、銚子市は知波単学園の戦車隊に対し、年末年始のイベントへの協力を要請、寄港地としてお世話になっている同市の要請を知波単としても断る理由はなく、見学用にチハ3輌を上陸させ、隊員も総動員で駅前や犬吠埼のマリンパークにて観光客や地元客の対応に忙しく働いていた。

 

~~~~~~~~

 

「わ、私なんかの看板まであるのですか!?」

 

銚子市の職員からは ”大洗のように看板作りましたので” とは聞いていたが、作られるのはてっきり隊長である西だけだろうと思っていた。ところが、出来上がっている看板は3体。見事に美人に作られた自らの看板を見て、玉田と細見はびっくりするやら、恥ずかしいやら、嬉しいやらで困惑しつつ職員に尋ねた。

 

「ええ。この後、福田さん、池田さん、名倉さんのも出来る予定ですよ」

 

「「「わ、私らもですかー!!!」」」

 

福田はともかく、池田、名倉は先の大学選抜との試合において、開始早々に撃破されている。その時の悔しさ、気恥ずかしさが甦り、2人はみるみるうちに真っ赤になった。

 

「はっはっはー! みんな諦めるんだな!」

 

作り込まれた自らの看板を見て満足な様子が溢れていた西が5人を冷やかす。5人は西とはそれなりに長い間親密に接しているはずだが、未だに西の喜ぶポイントが掴みきれていない。

 

「おお、なかなかいい出来じゃないか!」

 

「私達も看板欲しいですね、ドゥーチェ」

 

「な、なんであなたたちがここに!?」

 

「人が集まるところにアンツィオ有り。当然じゃん!」

 

調理服を着たぺパロニが得意げに答える。ぺパロニの横には、先のサンダースとの練習試合の時と同じように、いつもの制服を着たアンチョビ、鮮やかな赤いエプロンを付けたカルパッチョが立っていた。

 

「なんか、久しぶりという感じでもありませんね。実際に2週間ほど前にお会いしていますが」

 

「へへーん、西さんもそろそろアンツィオの味が恋しくなってきたんじゃないですか? 聞いてますよ、知波単に入ってマヨラーになったという話。そのうちにうちのトマトソースとオリーブオイルとアンチョビとチーズの味が忘れられなくなるッスよ!」

 

「確かにあのピッツァ・・・ですか? 普段知波単では食べられませんのでクセになるやもしれませんな。しかしぺパロニさん、許可は取ってるんですか?」

 

「そんなのうちの高校には必要ないッス!」

 

すると、銚子市の職員がアンツィオの面々を発見し近づいてきた。元々人を集めるのが市の目的である。アンツィオが飛び入りして参加することに異議はなく、保健所の方はちゃんと処理しときますんで、の一言でアンツィオの出店が決まった。

 

「ね! 大丈夫なんッスよ、うちは」

 

突撃というのは・・・うちじゃなくてむしろアンツィオの方がふさわしいのかもしれないなと西は思った。後日改めてそれを痛感することになるのだが、それは後の機会に書くことになるだろう。

 

~~~~~~~~

 

こうして12月23日から銚子市において知波単とアンツィオのコラボによるイベントが始まった。

 

先の大学選抜との試合で名を売った西や玉田、細見、福田はもちろんのこと、看板の出来上がった池田、名倉、それ以外の者も含め、知波単の隊員は多くの人に取り囲まれることになった。それぞれ看板とチハを従えて、西と福田は銚子駅前に、玉田と池田は犬吠駅前に、細見と名倉は犬吠マリンパークにて来客の相手をし、チハとも一緒に記念撮影をしていた。アンツィオの屋台も当初は銚子駅前の一店舗のみであったが、日を追うごとに一店舗、また一店舗と店舗数が増えている。

 

「どうも銚子に来られた方が、SNSで知波単とアンツィオが銚子で店出してるぞと拡散して、それでお客さんが増えているようです」

 

ホクホク顔の銚子市職員が嬉しそうに西に話す。知波単の面々も当初は甘酒をふるまったりしていたが、予定していた量があっという間になくなり、今は売れるものは何でも売ってしまえというふうに、地元の農家や漁師からいろんなものをかき集めて販売しているような状況である。アンツィオの屋台も、足らなくなったものは銚子市などの地元民から材料を融通してもらったりで凌いでいたが、それでも屋台で調理・販売している者の疲労もあり、15時までに閉店する、逆にランチと夕食時のみの営業とするなどの対応をせざるを得なくなっていた。

 

「私達はずっと全国大会でも一回戦で負けているのに・・・こんなに集まって頂いて、なにやら恥ずかしいです」

 

「何も恥じることはありません。強い敵に堂々と立ち向かっていく。知波単学園は我々銚子市民の誇りなのです。ましてやこの銚子は、かつて陸軍飛行場において女子挺身隊が活躍していたという歴史があります。当時、若い女性は自らの青春を投げ捨て、お国のためにと兵器に囲まれていたのですが・・・今あなた方は、この平和な時代にかつて兵器であった戦車で青春を謳歌している。それだけで私達は嬉しいのです」

 

そうである。知波単が背負っているのは、決して知波単学園の伝統だけではない。そうした先人の思いも・・・市職員の言葉は、改めて西の胸に染みた。

 

~~~~~~~~

 

1月1日元旦。

 

知波単学園の戦車隊にとっても新しい1年が始まった。

初日の出を見る時間帯。この時間に限っては、隊員も皆犬吠崎に集結している。

幸いにも天気は雲一つない晴天。溢れるような観光客と一緒に、知波単の隊員は太陽が上がるのを今か今かと待ち構えている。

 

群青の空に赤みが増える。やがて強烈な光を放つ小さなオレンジが顔をのぞかせる。その光はだんだんと大きくなり、その中心は円となり八方に光を放ち始めた。足下では朱に染まった波が岩を叩いている。観光客が知波単のために一番良い眺望ポイントを空けてくれたのであった。西はかつてこれほどまでに美しい日の出を見たことがない。また知波単の面々だけでなく、他の多くの観光客もそうだったのだろう。太陽が上がり、至る所で歓声が上がった。

 

「西殿、そろそろ・・・」

すっかり知波単の隊員と仲良くなった市職員が西に声をかける。

 

「承知しました」

そう言って西は右手を上げた。

 

ドン!! ドン!! ドン!!

 

砲声と共に歓声も湧き上がる。

上陸させた3輌のチハが祝砲を放ったのだった。犬吠駅に停車している銚子電鉄の電車も汽笛を鳴らす。知波単と地元の銚子市の楽団が音楽を演奏する。太陽が上がるまで厳かな雰囲気だった犬吠埼は、一気に活気に満ち華やいだ空気となった。

 

「西隊長、今年こそは・・・」

 

「ああ」

 

決意を新たにするにこれほどまでにふさわしいシチュエーションはない。知波単がこの1年で超えないといけない壁は低くはないが、しかし西には多くの観光客に後押しされているような感覚もあった。

 

実際にこの年末年始の間に、何度も何度も ”応援しています”、”頑張って下さい” と声を掛けられた。 ”大学選抜との試合、凄かったです。感動しました” とも。その度に西は ”あまりカッコいいところを見せられませんで・・・” と答えたのだが、声を掛けた者は皆その西の言葉を否定した。彼らが言うには ”知波単がいなければ、大洗は敗北し廃校になっていた” ということである。結果的には双方の残存車輌数がそれを証明しているのだが、それとは別で、大洗の危機に知波単の22輌が勇み駆けつけたのが見た人の感動を呼んだらしい。損得関係なしに仲間のピンチに駆けつける。これこそが大和撫子の、高校戦車道のあるべき姿だと。

 

”勝って恩返しをする” スポーツ界ではよく使われる言葉だが、この年末年始の10日ほどで、西は改めてその言葉が意味するところを噛みしめていた。

 

~~~~~~~~

 

1月3日夜。

 

知波単とアンツィオの銚子市でのコラボは大盛況で幕を閉じた。知波単の隊員は交替で1日だけだが休みをとっての参加だったが、アンツィオの面々は、12/23から1/3まで休みなしで、それこそ知波単の隊員が犬吠埼で初日の出を見ていた瞬間も、当日の開店準備をしていたという。驚くべき商売人根性、料理人根性である。

 

「いやー、この10日間ほど大盛り上がりだったな。さすがに疲れたわ」

 

「アンチョビさん、休みなしでの参加、本当におつかれさまでした」

 

「ちょっと待って下さいよ!」

ぺパロニの言葉が、アンチョビと西の動きを止める。

 

「実は・・・本番はこれからなんすよ! 西さん、明日でも明後日でもいいんで、私達と戦って下さい! それでアンチョビ姐さん・・・あなたはP40に乗って下さい!」

 

「ぺパロニさん?・・・」

西はまだ状況がよく飲み込めていない。

 

「そういうことです。ドゥーチェ」

 

「そういうことって・・・わけが分からないぞ、カルパッチョ!」

 

「姐さん・・・姐さんはまだP40に乗り足りてないでしょ!? このイベント、今年の戦車道の活動資金にするっていうのが建前だったけど、ホントは姐さんにP40でもう一度戦ってもらおうと思って参加したんだ。大学選抜との試合、うちらはナビ役でそれはそれで楽しかったし大洗の役に立ったと思うけど、やっぱ私は姐さんにもう一度P40で思う存分戦ってほしいッス!」

 

「なんだよ・・・そういうのは前もって言え・・・」

 

アンチョビ自身も出来の悪い後輩が用意したサプライズに嬉しいのは間違いないのだろうが、いまいちまだ状況を認識出来ていないようで、反応に戸惑っている。

 

「西さん、私達はいつでも構いません。今日戦車も持ってきました。もっともイベントに参加しつつでしたし、P40を出さないといけないので、あとはセモヴェンテ1輌と、CV33が4輌だけですけど」

 

「分かりました! それでは私達は四式中戦車と、一式中戦車、あとはチハ1輌と、九五式1輌を出すようにします」

 

西は改めてカルパッチョの申出を受け入れた。

 

「それならうちの小見川河川敷を使ってくれ。どうせ大半は刈り取った後の田んぼだ。さすがに明日の試合は間に合わないけど、明日中に調整しておく。耕すつもりでガンガンやってくれ」

 

「砲弾と履帯で耕すもないですが・・・」

 

イベントの見学に来ていた佐倉市の市長の申出に、西はそう答えたものの、状況からしてアンツィオも小細工なしのガンガン走って、ガンガン撃っての戦いがしたいようである。それであるならば、平坦で遮蔽物もほぼない河川敷はもってこいだろう。試合は1月5日の13時からと決まった。

 

「西さん、ものはついでの頼みなんだけど、当日チハドーザーを1輌貸してもらえないかな? うちらがやる戦いでどうしても試してみたいことがあるんだ。もちろんレギュレーションの範囲内で使用するし、壊したら申し訳ないから戦車戦には使わない。使うところで使ったらどっかに隠しておくから」

 

どうやら陣地の構築で使うつもりなのは間違いない。

 

「分かりました。では操縦方法の説明もありますので、10時にお引渡しするようにしましょう」

 

「グラッツィエ! へへーん、でも後悔することになるかもよ。うちらがやろうとしてることは、戦車道の常識を覆す、そしてアンツィオにしか出来ない戦い方だ。度肝を抜くことになるよ! きっと」

 

~~~~~~~~

 

そして、試合当日。

西はぺパロニの言うように、度肝を抜かれ、そしてそのまま撃破された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36.突撃(四次元殺法)

小説内における時系列を。
最終章の内容は考慮しておりませんのでご了承下さい。

7月中旬:隊長が辻→西に交代
8月中旬:この小説の始まり&大洗での親善試合
8月下旬:大洗女子学園と大学選抜との試合
9月下旬:大洗女子学園との練習試合(4話)
11月初旬:大洗女子学園との再戦(20、21話)
11月下旬:新戦車導入(24話)
12月上旬:サンダースとの練習試合(30~32話)
年末年始:銚子でアンツィオとコラボイベント(35話)
1月上旬:アンツィオとの練習試合 ←←今ここ

あとがきに編成とオリキャラをまとめました


「あ、ありのまま今起こってる事を話すよ! 戦車がすごいスピードで走ってると思ったら、引っくり返るんだ。そしたら戦車がバンバン飛んできて・・・何を言っているのか分からないと思うけど、私も最初何が起きてるのか分からなかった。こんなの試合でいきなり見たら、頭がどうにかなりそうだよ。機動力だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃ断じてない。戦車でこんな戦いが出来るのかと・・・」

 

観覧用のチハに乗った、たかちゃんことカエサルが、エルヴィンにLINEを送っている。

 

知波単とアンツィオの戦いにおいて決定から1日空いたため、カルパッチョがカエサルを試合を観に来るよう誘ったのだ。大洗から試合会場である佐倉市はそう遠くはない。電車で小見川駅まできたカエサルは、知波単が用意した観覧用のチハに乗車し、来賓の銚子市長、佐倉市長と共に試合を見ている。全国大会、大学選抜との試合と、大洗もかなり奇抜な作戦を実行してきたが、今目の前で起きている常識外れな戦いはどう表現したらいいのか・・・カエサルも言葉に窮している。

 

~~~~~~~~

 

1月4日。

 

前日の夜に知波単とアンツィオの練習試合が決定、知波単は急ぎ編成と対策を立てることとなった。

そして、西はある思惑の下、受話器を取る。

 

「辻殿、急な話ですが、明日にアンツィオと練習試合を行うことになりました。それで・・・辻殿には是非四式中戦車に乗って頂きたいのです」

 

それを聞いて、通話口の向こうにいる辻が、かけている丸眼鏡をクイと動かす。

 

「西・・・分かっていると思うが、私はその手の冗談は全力で信じる人間だ。今さら二言があるとは言わせんぞ」

 

「もちろんそのつもりです。玉田には装填手として辻殿のサポートをさせます」

 

「編成はどうする?」

 

「辻殿の四式中戦車、私の一式中戦車、谷口の新チハ、福田の九五式で臨むつもりです。アンツィオはP40にセモヴェンテ1輌、CV33が4輌の予定です。試合としては殲滅戦ですが、彼我の戦力を考えるに、実質的にこちらは四式、アンツィオはP40がフラッグ車になるようなものでしょう」

 

「しかし、大洗やサンダースほどではないとはいえ、安斎のいるアンツィオは決して楽な相手ではないぞ。ましてやP40がいるというのでは。本当にそれでいいのか?」

 

「アンツィオは・・・アンチョビ殿にもう一度P40に乗ってもらいたいということで練習試合を申し込んできました。であるならば、私としては・・・やはり新型戦車導入に尽力下さった辻殿に乗ってもらわねばなりません」

 

「分かった。そこまで言うなら厚意に預かるとしよう。何時に講堂に行けばいい?」

 

「13時から講堂で会議、その後戦車の点検と輸送準備。試合は明日の午後になりますので、輸送は明日朝に行う予定です」

 

「委細承知した」

 

知波単の作戦としては、4輌がひし形を組む隊形、前の頂点を谷口の新チハ、右の頂点を西の一式中戦車、左の頂点を福田の九五式、後ろの頂点を辻の四式中戦車とし、4輌が常に連携を取れる態勢としつつ、後方の四式が敵戦車を撃破するものとした。CV33の8mm機関銃では、一番装甲の薄い九五式でもよほど運が悪くなければ撃破されることはないだろうが、相手は巧妙なデコイと共に、今回は貸与するチハドーザーで戦車を隠すことも予想される。不用意に近づくと命取りになるのは明らかである。

 

~~~~~~~~

 

1月5日午前10時。

 

チハドーザーの使い手である池田が、アンツィオに引渡すため、操縦方法・ドーザーの操作方法を教えている。そこでふと池田は、CV33の1輌が妙なそりのようなものを前方に付けているのを発見した。このあたりを自然と発見できるようになったのも、知波単改革の成果といえるのかもしれない。

 

「ぺパロニ殿、あのCV33に付いているのは?」

 

「あー、見つかっちゃったか! あれこそ今日お披露目する秘密兵器さ。大丈夫、ちゃんと戦車道連盟に使用が問題ないことは確認済みだから」

 

「ホントはカルロヴェローチェに槍とか付けたかったんだけど、それはさすがにダメだろって話になって・・・あ、あれも別に戦車を刺そうとかするわけじゃないから安心して!」

 

「そ、そうですか・・・」

 

「で、これをこうしたらドーザーが持ち上がるってわけね。おっし、これで大丈夫っす! うちもタンケッテドーザー欲しいなー。この試合に勝ったらチハドーザー1台分けてくんないスか?」

 

「そんな継続高校みたいなことを言わないで下さい・・・では、健闘をお祈りしています」

 

「そっちもね!」

 

チハドーザーの引渡を終えた池田は、CV33に付いているそりのこと、そして数多くのデコイが搭載されようとしていたことを西に報告した。やはり一筋縄ではいかない。そして、主力がカルロヴェローチェであっても、その相手側、今は知波単の立場だが、これだけ脅威を感じるものなのかと。チハだからこそ出来る戦いがある、勝敗をチハのせいにしてはいけない。改めて西は思った。

 

~~~~~~~~

 

「各車、警戒を厳にして下さい」

 

今回隊の指揮は全面的に福田が行うことになった。知波単の4輌の戦車は、ひし形の隊形で進んでいる。元々の地面が刈り取られた後の水田ということで走行にも支障があるのではと心配していたが、どうも佐倉市側がローラーをかけてくれているようで交戦が想定される区域までは順調に走行できそうである。

 

「こちら谷口、CV33・・・のおそらくデコイを発見。発砲して確認します」

 

新チハの7.7mm重機関銃がデコイをなぎ倒す。

 

「もうここまでデコイを置いてるのか・・・」

 

「デコイを多く置いて、逆に本物をそれにくらます作戦に出たようだな・・・これはかなり厄介だ」

 

「まあ敵さんの8mmじゃこちらもそんなに心配はしなくていい。油断はいけないが考えすぎても相手の思うつぼだ。とにかく慎重に進もう」

 

その後、いくつかのデコイを砲撃で倒す。本物はまだ来ないのか・・・知波単の各員は焦れつつあったが、不意にデコイの辺りからエンジン音らしきものが聞こえた。 ”すわっ! 本物か!?” 知波単に緊張が走るが、その次の瞬間、西が見た光景は想像だにしないものであった。

 

CV33が文字通り飛んできたのである。それも2輌も。

 

~~~~~~~~

 

今回知波単はチハドーザーを試合に投入しないため、池田は、カエサルらと同様に観覧用に用意されたチハに乗って戦況を見ていた。デコイの陰から本物のCV33が飛んできたことに驚愕した後、周りをよく見たらジャンプ台らしきものがいくつも作られていることに気付いた。

 

「(まさか、チハドーザーをジャンプ台を作るために使うなんて・・・)」

 

いつの間にか戦場にはアンツィオが投入したCV33が4輌全部、前にそりがついたものも含めて走り回り、飛び回っている。しかし、驚愕はそれだけにとどまらなかった。

 

全速で走行するCV33が横滑りしながら急停止し、勢い余って横転し履帯を空に向けた。何が起きたのかを瞬時に理解出来なかったが、引っくり返って履帯を上に向けているCV33目がけて、別のCV33が全速で走るのを見て、池田はこれから起きることを予測した。いや、予測という確度の高いものではなく、疑念に近かったかもしれない。

 

しかし間もなく、池田の予測の通りに全速力で走行するCV33は、引っくり返っているCV33をジャンプ台にしてロングジャンプを行った。そう。大学選抜との試合でヘッツァーがカール自走臼砲を撃破した時のように・・・

 

致命傷とはならなかったが、西の乗る一式中戦車にそのロングジャンプをしたCV33の期間銃弾は何発か命中したようである。知波単の戦車はまだ1輌も撃破されてはいないが、傍目に見ても明らかに混乱しており、逆にアンツィオの戦車を1輌の撃破も出来ていない。

 

明確な混戦状態。となれば次に来るものは・・・池田にもそれは容易に推測出来る。

 

「(セモヴェンテとP40はどこにいる?・・・)」

 

ほどなく、それまでの機関銃音とは明らかに違う砲声が響くようになった。CV33が機動力で作りだした混戦の隙をついて、セモヴェンテとP40をもって撃破しようということだろう。

 

「(これはさすがにまずい・・・)」

 

実際に自分が戦っていなければ、これほど戦況が見えるものなのか・・・池田は新鮮な発見をした思いでいたが、戦況は明らかにアンツィオが主導権を握っている。それにしても飛んでいるCV33の数が多い。いかにドーザーでジャンプ台を作り、CV33自身がジャンプ台になっているにしても。引っくり返ったCV33は確かに大学選抜との試合においても白旗判定は上がっていなかったが、1度引っくり返ってそんなすぐに立て直せるものなのか?

 

池田の疑問は、目の前の不思議な光景が解決した。

 

あの「そりのついたCV33」が、そのそりを引っくり返ったCV33の下に潜らせ、お好み焼きを小手でひっくり返すようにくるっと回転させて起こしているのである。

車は急停止すると車体前部が下に沈み、それを元に戻そうとする力がはたらく。その時の作用でそりを潜らせ、くるっと起こしているのだろうが、そりを潜らせる位置もここでないと回転しないというのがあるのだろう。的確に停止しないとそれこそそりで戦車を突き刺すことになりかねない。なんにしても誰にでも出来る芸当ではない。

 

~~~~~~~~

 

知波単の混乱はまだ続いている。

 

「福田、私が囮になろう」

四式中戦車に乗った辻が、全体無線で福田に呼びかけた。

 

「心苦しいですが、現状を打開するには相手の攻撃を集中させる必要があります。誠に申し訳ございません。福田より各車へ。四式を狙ってくる敵を撃破するようにして下さい!」

 

「「了解!」」

 

「なに、こっちもせっかく四式に乗ってるんだ。簡単にやられるわけにはいかんよ」

 

知波単の思惑通り、アンツィオの攻撃は四式中戦車に集中した。おかげで知波単にとっても攻撃目標を集中させることが出来、2輌のCV33の撃破に成功した。しかしその後飛んできた戦車は・・・

 

「セ、セモヴェンテ!?」

 

確かに大学選抜との試合でCV33が飛ばしたヘッツァーは幅2.63m、重量15.75t。幅2.28m、重量13.51tのセモヴェンテを飛ばしても不思議でないがそれにしても・・・そしてカルパッチョの乗ったセモヴェンテは西の乗る一式中戦車を撃破した。

 

「(突撃という言葉は、アンツィオにこそふさわしい・・・)」

西は先のイベントで感じたことを、改めて思い知らされることとなった。




◆西車(隊長車/フラッグ車)・・・一式中戦車
 ⇒車長:西、装填手:倉橋/2年(オリ)、通信手:半田/2年(オリ)、
  操縦手:戸室/2年(オリ)

 ※(オリ)は作者のオリジナル設定。以下同じ。
  オリキャラはちばあきお氏の漫画、キャプテン、プレーボールから名前を頂いてます

◆玉田車(割り下小隊)・・・四式中戦車
 ⇒車長:玉田、砲手:松川/2年(オリ)

◇玉田僚車(割り下ご飯)・・・新チハ
 ⇒車長:浜田

◆寺本車(たまご小隊)・・・新チハ
◇寺本僚車(たまごご飯)・・・旧チハ

◆池田車(陣地構築隊/豆腐小隊)・・・チハドーザー
◇池田僚車(陣地構築隊/豆腐ご飯)・・・チハドーザー

◆名倉車(陣地構築隊/長葱小隊)・・・チハドーザー
◇名倉僚車(陣地構築隊/長葱ご飯)・・・旧チハ

◆谷口車(突撃隊/バント)・・・新チハ
 ⇒車長:谷口/2年、操縦手:丸井/1年(留年)、砲手:五十嵐/1年、
  装填手:久保/1年、通信手:小室/1年
  ※全てオリキャラ
  ※谷口は2年時にサンダース大付属から編入

◆山口車(突撃隊/牽制)・・・新チハ
 ⇒車長:山口/2年、操縦手:太田/2年、砲手:中山/2年、
  装填手:山本/2年、通信手:鈴木/2年
  ※全てオリキャラ

◆細見車(突撃隊/牛肉小隊)・・・一式中戦車
 ⇒車長:細見、操縦手:加藤/2年(オリ)、砲手:島田/2年(オリ)

◇細見僚車(突撃隊/牛肉ご飯)・・・旧チハ
 ⇒車長:横井/2年(オリ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37.引退(3年生)

ドラマCDも含め、最終章の内容は考慮しておりませんのでご了承下さい。
(なんでも3年アンチョビ1人、2年カルとペパのみ、後は1年らしいが、それであの戦いぶりは西住さんもびっくりじゃないか?)

小説内における時系列を。

7月中旬:隊長が辻→西に交代
8月中旬:この小説の始まり&大洗での親善試合
8月下旬:大洗女子学園と大学選抜との試合
9月下旬:大洗女子学園との練習試合(4話)
11月初旬:大洗女子学園との再戦(20、21話)
11月下旬:新戦車導入(24話)
12月上旬:サンダースとの練習試合(30~32話)
年末年始:銚子でアンツィオとコラボイベント(35話)
1月上旬:アンツィオとの練習試合 ←←今ここ


飛んできたセモヴェンテは西の乗る一式中戦車を撃破したものの、その後に辻の乗る四式中戦車の砲撃を受け、白旗を挙げることになった。本来の目標は四式中戦車であったが、セモヴェンテの操縦手がそれほどジャンプに慣れておらず、四式のところまで届かなかったというのもあるのだろう。アンツィオにとっては既にCV33が2輌撃破されていることもあり、セモヴェンテがやられたことのダメージは小さくない。

 

「ドゥーチェ、申し訳ありません。本当はTipo4を撃ちたかったのですが・・・」

 

「そんなことはいい。それよりも誰も怪我してないか?」

 

「はい、みんな大丈夫です」

 

「それなら良かった。ぺパロニ、援護するから最終防衛戦まで下がれ」

 

「Va bene。しかしもう一輌は倒したかったな。やっぱCVに槍付けたいな~」

 

「だからそれは反則だ!」

 

~~~~~~~~

 

ぺパロニの乗るそり付きのCV33は、セモヴェンテのジャンプ台となるため仰向けになっていたCV33を、そのそりでクルっと引っくり返して元に起こし、2輌で揚々と去っていった。P40が援護の砲撃をする間にみるみる遠ざかっていく。

 

「類を見ない突撃の後、鮮やかな撤退。敵ながら見事なもんだな・・・」

 

未だ白旗をあげた一式中戦車にいる西は、キューポラからその様子を見て素直に感嘆した。

 

「はい、しかしうちもセモヴェンテ含め3輌を撃破しています。数的には互角。しかも相手はそのうち2輌がCV33ですから、こちらが有利なのは変わりありません」

 

「まだ何かしらの奇策が残ってるかもしれんがな」

 

「(福田・・・落ち着いてやれよ。香取神宮の・・・いや諸々の神様、福田と辻殿を何卒ご加護下さい)」

 

黒星続きの知波単に、そして入学後勝利を知らない福田になんとか勝ち星をつけたい。自らの離脱を悔いつつ、西は勝利を祈念した。

 

~~~~~~~~

 

知波単の隊は、谷口の新チハ、福田の九五式が前進しそれぞれ左右を監視している。その辺を底辺とした三角形の頂点に位置する後方側に辻の四式がいた。

 

「こちら福田。右に2輌のCV33を確認・・・いや、うち1輌が前進してきます」

 

「こちら谷口。左もCV33が2輌・・・で、こっちも1輌が出てきました。P40の居場所は確認出来てませんが、とにかく出てきたのを迎撃します」

 

谷口の新チハとぺパロニのCV33が交戦する。しかし双方それぞれ両校を代表する操縦手が操っているため、なかなか決定機を掴めない。膠着状態を見て取った辻は、先に福田が対峙しているCV33から撃破しようと援護射撃を行う。CV33の進路を見越して砲撃を指示、足止めした隙に九五式が見事に撃破した。

 

「でかしたぞ! 福田」

 

「はい、残るはP40ですが・・・あっ!?」

 

次の瞬間、谷口の新チハが白旗をあげた。CV33のデコイの陰に隠れていたP40が砲撃したのである。CV33は残存車輌の2輌が出てきているため、残りは全てダミー。当然陰に隠れている可能性は考えられたが、ぺパロニとの膠着状態がその思考を遮ってしまった。

 

「不覚・・・あとは頼みます!」

 

「これで2対2の互角か」

 

「辻殿! P40で気になることがあります。攻撃を仕掛けつつも、回避に専念して下さい」

 

「承知した」

 

辻はサンダース戦、並びにその後の状況を西から報告を受けている。福田になんとか勝ち星を付けてあげたい。その思いは辻も同じであり、素直に福田の指示に従った。

 

「しゃらくせえ! 姐さん、Tipo4に突撃しますんでその後はお願いします!」

 

「分かった。こっちもそんなに時間はないからな」

 

P40の援護を受けつつ、ぺパロニのCV33が突進する。福田の九五式がそれを阻止しようとするが、さすがに機動力ではCV33の敵ではない。

 

「おっしゃあ! あそこの起伏で一気にジャンプするぞ!」

 

フルスピードで天然のジャンプ台を利用して飛び出したCV33は、四式に一気に肉薄。後方の死角に回り込もうとする。これは辻も予測しておりなんとか対応、機銃を被弾しつつもなんとかこれを撃破した。しかしぺパロニのCV33はそもそも囮。CV33に引き付けられた四式は、P40の砲撃を受け白旗をあげることとなった。

 

「よし、あとはTipo95だけ。これなら勝ったも同然ッス!」

 

「これまでか・・・」

 

虎の子の四式中戦車を失ったことで、西は敗戦を覚悟する。

 

~~~~~~~~

 

「ドゥーチェ・・・」

 

P40に乗った3年生の隊員が、アンチョビに声を掛ける。

 

「分かっている・・・」

 

「相手はTipo95。お前が向こうならどうする?」

 

「こちらに砲撃させつつ、かわしながら履帯を狙う。動けなくなったところを攻撃するってとこかな」

 

「そうだな・・・」

 

アンチョビは沈黙する。

 

「ドゥーチェ・・・私は悔いはないよ」

 

「うん・・・分かった・・・」

 

「・・・」

 

アンチョビは少しの沈黙の後、ボタンを押す。P40は自ら白旗をあげた。

 

「姐さん!! なんで!!??」

 

「ドゥーチェ・・・」

 

九五式軽戦車ならP40の敵ではない。それがP40自ら白旗をあげた。周りの大半の者はまだ状況を理解出来ていない。しかし、カルパッチョと福田はなんとなくでも理解したようである。

 

「おそらく弾切れ・・・もしくはそれに近い状況・・・」

 

~~~~~~~~

 

ぺパロニや辻達を乗せた車が待機所に到着する。やがて、白旗をあげたままのP40と九五式が帰ってきた。

 

「姐さん、なんで!?」

 

「ぺパロニ、抑えて」

 

ぺパロニが戦車に乗り込まんとするばかりに詰め寄るのをカルパッチョが制する。やがて戦車の中からアンチョビが姿を現し、地面に飛び降りた。

 

「ぺパロニ、カルパッチョ、みんな・・・本当に有難う。私はもう十分だ・・・」

 

アンチョビの目には涙が浮かんでいる。

 

「なんでですか!? 姐さんと一緒に勝つつもりだったのに!」

 

「もう弾は2発しか残っていない。うちら1輌だけじゃとてもTipo95は倒せない。もし奇跡が起きて撃破出来たとしても、その時は履帯をやられ、他のところも壊れているかもしれないしな」

 

「そんなのは私も、他の3年生も望んじゃいない。このP40はアンツィオの希望だ。壊してお前らに引渡すなんて出来ないよ」

 

「ドゥーチェ・・・そこまで・・・」

カルパッチョの目にも涙が浮かんでいる。

 

「カルパッチョ、お前は分かっていたのか!?」

 

「うん・・・準備したの私だし。砲弾も25発しか用意出来なかったから・・・」

 

「そんな・・・うちらの稼ぎが足りなかったっていうのか?」

 

「ぺパロニ・・・そういう話じゃないんだ。私はこのP40にアンツィオの希望を託したい。残された砲弾は、私じゃなくてお前らが撃つべきものなんだ」

 

「私が何のためにアンツィオに来たのか・・・お前も知っているだろ? 私のアンツィオでの戦車道はまだ終わっちゃいない。お前たちに、そしてその後に受け継がれて続くものなんだ・・・」

 

アンチョビの決意を込めた言葉に、辺りが沈黙する。

 

「絹代」

アンチョビは様子を見ていた西に声をかけた。

 

「おめでとう。お前達の勝ちだ。いい試合だった。有難う」

 

「礼を言うのはこちらの方です。突撃とはこうあるべきだというのを見せてもらった気がします。そして己を捨てて後輩に後を託す・・・私にはとても出来ることではありません」

 

「うちの後輩はこんなだけど・・・でも私にとっちゃこんな頼もしい奴らもいない。来年の・・・じゃなかった、今年の全国大会は・・・いや、対戦するかも分からないけど、とにかく覚悟しなよ!」

 

「はい! 宜しくお願いします!」

 

「ほら、ぺパロニも・・・なんだカルパッチョまで・・・お前達が泣くのは今日じゃない! 私が出来なかった3回戦進出・・・じゃなかった、優勝を成し遂げた時だ!」

 

「「「Sì, Signore!!」」」

 

まさに大団円という光景・・・であったが、ぺパロニがおもむろにP40に向かって歩き出した。そしてそのままP40に乗り込む。

 

「「「???」」」

 

ぺパロニの行動を誰も予測出来ないでいたが、間もなく・・・

 

「ドゥオン!」

 

一発の砲声が轟いた。P40がその主砲を発射したのである。

 

「「「え???」」」

 

「「「なんで???」」」

 

想像していなかった光景にキョトンとしている周囲を嘲笑うかのように、いやダメを押すかのようにというべきか・・・キューポラから顔を出したぺパロニは、何の悪びれる様子もなく言った。

 

「くぅ~~! やっぱ75mm砲は腹に響きますね! アンチョビ姐さんの気持ち、確かに受け取りました。すんげー気持ちいいッス!」

 

「残り一発。早い者勝ちだぞ!」

 

ぺパロニの言葉に応じるアンツィオの隊員はもちろんいない。

アンチョビは地面にへたりこんでいる。

 

「こ、この・・・」

 

「あほーーーーーー!!!!!」

 

~~~~~~~~

 

試合が終わればアンツィオのいつもの光景である。

普段質素な食生活の知波単にとっては、20日ほどぶりの・・・いや数人は先のイベントの時にこそっと屋台で買って食べてたのだが・・・なんにせよ心置きなく食べられる久々のド派手なイタリアン。しかも今回は、形はどうあれ試合に勝つことが出来た。その心地よさがさらに食欲を増進していた。

 

「ぺパロニ殿、これぞ至高の味であります!」

 

「違う! これは究極の味と言うべきであります!」

 

「究極VS至高とか、そんなどこぞの漫画のようなのはどうでもいいんだって! 美味しいものは美味しい。それで食べる人間も作る人間も大満足さ!」

 

「さすが潔しや! ぺパロニ殿! そういえば、さすがといえばあの空を飛んでくる戦車。あれにはびっくりしたであります!」

 

「そうだろそうだろ!」

 

自らが考案した作戦を褒められ、ぺパロニもご満悦である。

 

「知波単とは大洗と一緒になって戦ったじゃん。その時に知波単は3輌撃破してる。そりゃ羨ましかったさ・・・」

 

「いえ、あの試合はアンツィオのアシストで、迷路で2輌、ジェットコースターで2輌、池で1輌、そしてカールを撃破されておられます」

 

自身の撃破は1輌もないが、その結果を見るに、アンツィオのCV33が大洗勝利の最大の立役者であったかもしれないことを福田は讃えた。

 

「福ちゃんだっけ? そう言ってくれるのはうれしいけどさ。やっぱ自分らが撃って倒したいってのもあるじゃん」

 

「あの試合のビデオは・・・そりゃウチらも必死になって見たさ。で、あの試合を見て一番最初に思ったのが、” 戦車って飛ぶんだ” ってことなんだ。ウチらが飛ばしたヘッツァーや、聖グロのなんとかという戦車とかさ。ウチらもT型定規作戦成功したし」

 

「仰向けで引っくり返っても白旗のあがらない戦車なんて、CV33くらいだしね。もっともあれを元に戻すにはだいぶコツがいるんだけどね。ホントは私も飛びたいんだけど、もし私がやられちゃったら起こす人がいなくなっちゃうからね」

 

「あ、この前のサンダースとの試合も屋台をしながら見てたよ。最後やられちゃったけど、あの塹壕に隠れると思わせておいて、実は突撃するって凄いなと思って見てたんだ。デコイを数置いてその中に本物を混ぜようってのも・・・まあこれは私が前に試合で間違えたってのもあるんだけど、あの森の中での戦いを見てやろうって話になったんだ」

 

「あの試合で知波単がホント変わっててスゲーなと思ったよ。でも変わったのは知波単だけじゃない。ウチらももっと強くなりたいと思ってる。姐さんはこの春でいなくなっちゃうけど・・・」

 

「さっきは ”あんな花火みたいに撃つ奴があるか!” って姐さんにスゲー怒られたけど。でも姐さんに ”ウチらに受け継ぐ” とか言われちゃさ・・・やっぱこのままじゃダメだと思うじゃん」

 

「そうですね。それは我が知波単も同じです」

いつの間にか、西も話に加わっている。

 

「だろ!? そしたらやっぱ ”大洗に勝ちたい” って思うじゃん。あっ、それより先に知波単にリベンジしないといけないな・・・というか、まずはP40に砲弾満載できるように頑張らないといけないな。ま、とにかく! お互い打倒大洗で頑張ろう! 西さんも大洗には借りがあるんだろ?」

 

「ええ。目標が高くてくじけそうになりますが、頑張ります」

 

「たまにはくじけてもいいんだよ。Chi va piano va sano e va lontano. 急がば回れだ。突っ走るのもその時はいいけど、あとが大変じゃん。ウチらも気も遠くなる昔から貯金してやっとP40を買えたりしたけど、中には ”せめてセモヴェンテを” と思ったりした先輩もいたと思うんだよね。でもそこはP40のためにグッと抑える。そういうのが代々引き継がれてきたってのは凄いと思うんだ。毎日少しずつでも確実に残していく。そういうのってカッコいいじゃん」

 

「フフフ・・・」

 

「どうしたの?」

 

「いや、アンツィオが強い理由が分かりました。あと・・・戦車道ってやっぱり楽しいなと!」

 

「まあ楽しくないと続かないしね。私も高校から始めたけど・・・まさかこんなにハマるとは思ってなかったよ。あっ、それは料理もだけどね」

 

「今後とも宜しくお願い致します。お互い打倒大洗で頑張りましょう!」

 

「Certo!」

 

~~~~~~~~

 

宴は終わり、アンツィオと知波単が一緒に撤収作業を行っている。のめり込みがちな知波単の気質は、アンツィオとの相性がいいのかもしれない。アンツィオの気質が知波単に合っていることはないだろうが・・・

 

「おーい、つつじ」

 

「安斎か」

 

「アンチョビだ!」

 

愛知県出身のアンチョビと石川県出身の辻は、それぞれ中学時代に戦車道を行っていたこともあり、知らない仲ではない。

 

「今日はいろいろありがとな! まさかお前が四式に乗って出てくるとは思わなかったけどな」

 

「西に是非にと頼まれたのでな。断る理由はない」

 

「ふふーん、嬉しそうに乗ってたくせに」

 

「まあそれは当然だろ。しかしお前もいい後輩に恵まれたな。試合が終わった後のあれは私もうるっと来たぞ。バカが主砲ぶっ放して台無しにしたけどな」

 

「バカと言ってくれるな。あいつがいなきゃアンツィオもここまでこれなかったしな。でも・・・ホント悔いはないよ」

 

「それは本心じゃないな・・・私は・・・今日改めて西達と戦車に乗ってこんなに楽しいとは思わなかったぞ。せめてあともう一年・・・こうして一緒にやりたかったなと素直に思う・・・いや、やはりそれは言っちゃいけないな」

 

そう言って辻は少し物憂げな表情を浮かべる。

 

”The longest day must have an end” どんなに長い日にも必ず終わりがある。永遠とは言わずとも、しばらくはこの日がずっと続く・・・毎日続くそれに少し退屈する時もありつつも終わってみればあっという間だ。ああすれば良かった、なんでこれをしなかったのか・・・気付くのはいつも終わる寸前、終わってからだ。特に辻の場合は、大惨敗で終わりの日を向かえた。そして、以後の西等後輩達の変化・充実ぶり。思うところがあって当然だろう。

 

「独断専横、傍若無人が服を着たようなお前でも、そんな顔をするんだな」

 

「フン! 貴様こそまさか ”ドゥーチェ” とか呼ばれてチャラチャラしてる奴になってるとは思わなかったわ! てっきり西住の亜流みたいな隊を作ると思っていたのに・・・」

 

「そうか? 私は型にはまった戦車道はしたくないと思って栃木に来ただけだぞ。そこから後は適材適所、臨機応変。こうしたら上手くいくんじゃないか? というのがハマった時の嬉しさはもう言葉に出来ないぞ」

 

「じゃあ新しく出来たばかりの社会人チームに入るというのもそれか?」

 

「ああ。大学のキャンパス生活にも憧れはあるけど・・・でも請われていくのはやりがいがあるし、地元に帰れるというのもあるしな」

 

「あとは・・・社会人になったらあいつらにも、少しばかり仕送りが出来る・・・」

 

「フン、後は託すとか言いながら、子離れが出来ない母親みたいだな」

 

「もう少し言いようってのがあるだろうが。そういうお前はどうなんだ?」

 

「私か・・・私には日本は狭すぎる。東南アジアにでも行くつもりだ」

 

「行ってどうするんだ?」

 

「そんなのは行ってから決めればいいことだろ」

 

「クックック」

 

「なんだ?」

 

「いや、知波単が1回戦で負けたのも分かった気がしてな」

 

「貴様こそ言葉を慎め」

 

「しかし・・・西達を見てても思うけど、何かを変えるというのは本当に難しい。結果が出なければ非難されるだけだからな。それでもあいつらはしっかり前を見てやっている。こっから先は私がいても邪魔なだけだ。まあお前は小姑のように絡んでおればよい」

 

「ヘン、小姑になりたいのに、なる意気地もない奴が強がり言ってるようにしか見えないけどな」

 

「うるさい! まあしかし、今日の戦いは見事だった。西達にもいい経験になっただろう。改めて礼を言う」

 

辻は立ち上がってアンチョビに向かって頭を下げた。

 

「こっちもな。つつじ・・・どうするかはお前の勝手だけど、戦車道の借りは戦車道でしか返せないぞ。出来ることなら続けてほしい」

 

「ああ。心には留めておく」

 

2人は握手をして別れた。

形は違えど、後を任せたいと思える存在に託すことが出来るのは2人にとっても幸せなことだろう。今の辻には、黒森峰との大惨敗後におぼえた ”知波単の名を貶めただけではないか” との不安もなくなっていることだろう。

 

そして、西は西で、来たるべき大洗との最後の戦いが待っている。

勝利を得たという以上の手応えを西は感じていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38.連合(連合軍結成)

小説内における時系列を。

7月中旬:隊長が辻→西に交代
8月中旬:この小説の始まり&大洗での親善試合
8月下旬:大洗女子学園と大学選抜との試合
9月下旬:大洗女子学園との練習試合(4話)
11月初旬:大洗女子学園との再戦(20、21話)
11月下旬:新戦車導入(24話)
12月上旬:サンダースとの練習試合(30~32話)
年末年始:銚子でアンツィオとコラボイベント(35話)
1月上旬:アンツィオとの練習試合(36~37話)
1月中旬 ←←今ここ


1月15日。

 

この時期の高校は、3年生は間近に控えた大学受験、1・2年生は期末試験に備え慌ただしく緊張感が張り詰めた雰囲気になっていることが多いが、この日の知波単学園の寮・・・戦車道履修者にとっては兵営というべき宿舎の食堂の空気は、別の興奮で包まれていた。

 

「月刊戦車道・新年号」

 

本日空輸されてきたその雑誌において、知波単学園の戦車道についての記事があったのである。

以下、その記事を要約すると、

 

~~~~~~~~

 

・知波単はかつての突撃一辺倒の攻撃からは完全に脱した

・12月のサンダース戦は、今後の知波単の飛躍を大きく感じさせるものであった

・新型戦車の導入、並びに新戦術の活用には学園が一体となったことを感じさせる

・変わることが決して正しいことではないが、この変化には期待せざるを得ない

・それでいて根底にある勇敢さや純真さは損なわれておらず、1ファンとして応援せざるを得ない

 

~~~~~~~~

 

と、12月からのサンダース戦、年末年始イベント、アンツィオ戦について、非常に好意的に書かれたものであった。評価に飢えていた女子高生にとっては、自らがこのように記事となったものを見ると興奮を隠せなくて当然だろう。

 

「なんだ? 騒がしいな」

遅れて食堂に来た西が、隊員達がひとかたまりになって歓声を上げているのを見て言った。

 

「これは西隊長。いや、隊長もこの記事を見ては興奮せずにはおれんでしょう」

寺本が西に記事を読むように勧める。

 

記事を読み始めた西にも当然嬉しさが込み上げてきたのだが、読むうちにあることに気が付いた。

 

「(この記事は・・・やはり・・・)」

 

西は記事の最後にある記者の名前に目を留めた。山岡荘八・・・やはりあの記者さんか。

かつてバカだ、頭が堅すぎる、戦車に乗る価値なしと散々に言われる中で、彼だけは知波単に横たわる敢闘精神を理解し、苦言を呈すことはあっても決して蔑むことはなかったことを西は鮮明に覚えていた。

 

「(見守ってくれていた人は・・・学園の外にも居たんだな)」

 

西は改めてそのことを非常に嬉しく思い、そして少しでも恩返しが出来たかもしれないことに満足した。

 

「どうです? 西隊長。これを読んでは気持ちが高ぶらずにはおれますまい」

 

「そうだな・・・」

 

さぞ大喜びするであろう西の姿を想像していた寺本は、思いのほか冷めた反応が返ってきたことに少し驚いたのだが、一方で西は玉田と福田がその場にいないことに気付いた。

 

「あいつらは?」

 

「2人は最近はずっと視聴覚室ですよ。多分これまでの映像を見てるんでしょうけど」

 

「(やはりな・・・)」

 

「ちょうどいい機会だ。みんなに言っておくことがある。ここにある記事は既に過去のことだ。我々が倒さないといけない相手はどこだ?・・・そう、大洗だ。誰が何と言おうと私はそこを目指す」

 

「「「 はい!!! 」」」

 

西は言葉を続けるつもりだったが・・・既に隊員達は理解し、そしてそれまでの弛緩した空気は一瞬にして締まったものとなった。言われずとも分かっていますよ・・・そう言うかのような隊員の反応は西を十分満足させるものであった。

 

「よし・・・試験勉強で大変だろうけど引き続き頑張ろう!」

 

「「「 はい!!! 」」」

 

先ほどの雰囲気とはうって変わって、各人は自身がやるべきことを理解しているかのように引き締まった顔になり解散していった。それを見た西は玉田と福田のいる視聴覚室に向かう。

 

「2人とも・・・精が出るな」

 

「西隊長、おつかれさまです」

 

「いや、そのままでいい・・・どうだ、何か参考になるものはあったか?」

 

アンツィオ戦以降、2人はこれまでの試合を視聴覚室で見るのが日課になっていた。知波単も充実しつつあるとはいえ、彼我の力関係は大きく変わるものではない。なんとかそれを打開するため・・・2人は目を凝らしてビデオを見ているが、それでも妙案がパッと閃くのは漫画や小説の世界である。そう思いつつも西は懸命に何かを見つけようとする2人を見るとそう声を掛けざるを得なかった。

 

「いや・・・簡単にはいきませんね・・・」

 

「大洗の強さは・・・もちろん西住隊長の卓越した指揮能力と作戦の着想力、それを活かすⅣ号戦車の乗員の技術もあるのですが・・・それ以上に各車輌が西住隊長の意思を確実に理解している、理解した上で場面に応じた判断を臨機応変に出来るというのが凄いであります」

 

玉田の言葉を受けた福田が大洗の強さを改めて説明する。1輌1輌がまるで無駄になっていない。各車輌が100%の力を発揮している。逆に対戦相手には100%の力を出させぬまま、最後はⅣ号が締める。大洗女子学園が勝利を得た試合は全てそうであると言えるだろう。逆に言えば、大洗が敗戦したうちの一戦である大洗・知波単連合軍VS聖グロ・プラウダ連合軍の戦いにおいては、大洗側の連合軍である知波単が、その力をほとんど出すことなく撃破されたということでもあるのだが・・・

 

「まともに戦って勝てる相手ではないか・・・」

 

「かといって奇策が通じる相手とも思えません」

 

「八方塞がりだな・・・」

当然西が何かを思いつくような状況ではない。

 

「そうは言っても、大洗の中心はⅣ号であるのは間違いない。Ⅳ号をどう撃破するかという観点で構想してほしい」

 

「「 は! かしこまりました!! 」」

 

今は2人に任せきりだが、そうも言っておられまい。抜本的な作戦面の検討を期末試験が終われば皆でせねばなるまいな・・・と思っていたところ、視聴覚室の内線電話が鳴った。

 

「隊長室におられなかったので、やはりこちらでしたか。サンダース大付属のアリサ様より入電です」

 

「分かった。繋いでくれ」

そう言って西は受話器を取った。

 

「お待たせ致しました。知波単学園の西でございます」

 

「ハロー! 相変わらず堅いわね。そういや新年の挨拶がまだだったわね。Happy New Year! 今年もよろしく! 月刊戦車道見たわよ。なかなかの書かれっぷりじゃない!」

 

「いやー、お恥ずかしいというかあの記者さんは常々我々のことを応援してくれていましたからね。叱咤激励と受け止めております」

 

「ふーん・・・嬉しいときは素直に喜べばいいと思うけど。ところで・・・大洗とまた試合をするんでしょ?・・・そういう話には・・・私も混ぜなさいよ!」

 

「はあ?」

 

「はあ? じゃないわよ! だいたい大洗と戦って勝てる見込みでもあるの? このままだと夏の全国大会で対戦したとしてもこっぴどくやられるでしょうね。それこそ何度同じ夏を繰り返しても・・・15000回以上のエンドレスサマーを繰り返したとしてもね!」

 

「仰ることはなんとなく分かりますが・・・しかし・・・」

対大洗との作戦が行き詰っていたとはいえ、西としても簡単に消化できる話ではない。

 

「もちろんあなたの立場も考えも理解してるわ。でもね・・・大洗は普通にやって勝てる相手じゃないのは、あなたもあの子達と2度一緒に戦って理解してるでしょ? 決して西住だけのチームじゃない。ベースボールで言えば、4割40本を打つ四番打者がいて、3割30盗塁できる選手がスタメンに名を連ねてるようなもんだわ」

 

「なるほど・・・その比喩は言い得て妙ですね」

 

「変なとこで感心してるんじゃないわよ! ただそんな大洗の唯一の弱点とも言えるのが、選手層の薄さ。スタメンは充実して無敵だったとしても、長丁場を戦えるだけの選手層がない。あの子達も100%の力をフルに発揮し続けていたら当然どこかでバテる、集中力が切れる時が来る。あの子達を倒すのはその瞬間を待って少しずつ削っていくしかない」

 

「もしくは作戦としてのハードルは高いけど・・・Ⅳ号を全力で潰しにかかるか、分断してそれぞれ追い込むか・・・ただこれをやるには相当の火力がいるわ。知波単のニュータンクだけじゃとても足りないわ」

 

「・・・仰る通りです・・・」

 

「だからうちが火力と機動力のところを担ってあげると言うのよ。そして取るべきは持久戦・・・大洗に勝つにはこれしかないと思うわ」

 

「アリサ殿・・・1つお聞きしてもいいですか?」

 

「なに?」

 

「なぜアリサ殿はこの話を私にしてきたのですか? それこそサンダースなら仰る作戦で大洗に対抗することも出来ますでしょうに・・・」

 

「はあ? 大洗はサンダースにとって倒すべき敵よ! それが出来るチャンスがあるなら早い方がいいに決まってるじゃない!」

 

「あとはね・・・これを言うのは恥ずかしいけど・・・ケイは大洗に負けて引退したの。ケイはそんなことは絶対に言わないからあなた達は知らないだろうけど、もう批判のされ方が凄かったのよ・・・A級戦犯だの、胸がデカいだけの能無しだの、ゴリ押ししかしないサンダースの隊長なんて誰でも出来るだの・・・普通の人なら薬に手を出すか、下手したら自殺しかねないような言われよう、叩かれようだったわ・・・

ケイはいちいち気にしてないかもしれないけど、私はそんな声が許せない! 大洗に勝って、少しでもそうした声を黙らせたいのよ。ケイが卒業するまでと考えたら、そのチャンスは今回しかなかった・・・」

 

「それと・・・恥ずかしいついでにもう一つ言うと・・・あなた達とは大学選抜との試合で一緒の中隊になり、この前は練習試合もしたでしょ? なんだかんだで、あなた達のことが気になるのよ! まあタカ子の縁もあるし・・・」

 

アリサの話を聞きながら、西は “この人もやはり隊長になって変わった・・・” と感じていた。隊長になって以降、西は事あるごとに変わったと言われたが・・・やはりそうした立場が人を変えると思わざるを得ない。

 

「アリサ殿・・・ 委細承知致しました。連合軍のお申出、知波単としては快諾致します。作戦としても仰る内容でよろしいでしょう」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!? そんな簡単にOKでいいわけ? チームとしてもそれでいいの?」

 

知波単としては「打倒大洗!」が悲願であるはずだ。それなのに、こんなに即答でOKが返ってきたことに逆にアリサは困惑した。

 

「はい。確かに打倒大洗は知波単の悲願でありますが、私達はそれだけのために戦車道をやっているわけではありません。隊長として私がやることは、知波単の名を高めること、隊員に満足して戦車道をやってもらうこと、彼女らにまだ見ぬ世界を見せてやることです。9月の会議で、私は皆にそのことを約束しました。大洗に勝つことが第一義ではありません」

 

「サンダースとの連合軍で戦うことで見えること、そしてそれが大洗に勝つことに繋がったなら・・・それは確実に私達の見える世界を変えてくれることでしょう。折りしも先日の蹴球の全世界大会において、日本が取った作戦を批難する声が多く上がりましたが、あの決断において得た結果があってこそ、日本は決勝大会においてこれまで経験したことのない戦いをすることが出来たのです。 “潔く負けた方がよかった” では、あの経験は出来ていなかったのです」

 

「凄いね・・・西さん・・・」

 

「私が西さんの立場なら、簡単にそうは思えなかったかもしれない。知波単にこの話をして良かった・・・素直にそう思うわ」

 

「アリサ殿にお褒めの言葉を頂けるとは、恐悦至極でございます」

 

「ちょっと・・・それ、褒めてるのか貶してるのか分からないから! とにかく連合軍結成ということでいいわね。詳しい作戦の詰めは・・・直接会っていろいろ話し合って決めたいわね。試合の日は決まったの?」

 

「2月下旬の卒業式の前とは聞いていますが、具体的にはまだ聞いてはおりません」

 

「そう。何にしても急がないといけないわね。うちと知波単が連合軍で挑む以上、大洗にも連合軍を組んでもらう必要があるだろうし」

 

「では、大洗と黒森峰の連合軍との対戦になるということも・・・」

 

「大洗がそれを選んだなら仕方ないわね。どうする? あなたから大洗に言いにくいなら、私から言おうか?」

 

「いえ・・・そこは私の仕事だと思っています。万が一にも断ることはないと思いますが。フフフ・・・しかし・・・」

 

「なに?」

 

「いや・・・楽しみですな。私自身もこうなることは全く予想してませんでしたし、大洗も当然そうでしょう。大洗の方々が面食らう様子が目に浮かびます。

こういうとまた怒られるかもしれませんが、アリサ殿という策士であり、作戦遂行者を味方にした我々は心強い限りですな」

 

「なんか褒められてるように思えないのは気のせいだと思いたいけど・・・とにかく大洗が組む連合軍の高校次第ではより一層ハードルが上がるから、呑気なことは言ってられないわよ」

 

「そうですね。とにかくこの後大洗に連絡をして、また結果は報告致します」

 

「よろしく頼んだわね、じゃあ」

 

「失礼致します」

 

隊員達に一切の話をせずに大事なことを決めてしまったことに少しの申し訳なさはあったが・・・

しかし、同じ視聴覚室にいた玉田と福田の反応を見るに、その心配も杞憂で終わりそうである。

作戦に行き詰っていたからというわけではないが、作戦に幅が出来る、勝つ可能性が高まるというのは、2人にとっても悪い話ではない。西に隊長が代わって以降、西の言う「まだ見ぬ世界」のたとえ端っこにでも触れている実感を持つ2人にとっては、西がアリサに言ったことは十分理解が出来ることである。また、自分達を通さずに話を決めたことで揺らぐほど、西への信頼は軟弱ではなかった。

 

しかし、大洗女子学園から返ってきた連合軍の相手は、まるで想像をしていなかった・・・そして、まだ見ぬ世界どころか、また奈落に落とされるのではないかと思わせるものであった。




●●オリキャラ(OG除く)●●

◇谷口車(新チハ) ~11話で登場~
・車長:谷口/2年(2年時にサンダースから編入) ・操縦手:丸井/1年(留年)
・砲手:五十嵐/1年 ・通信手or装填手:久保/1年

◇山口車(旧チハ) ~15話で登場~
・車長:山口/2年 ・操縦手:太田/2年
・砲手:中山/2年 ・通信手:山本/2年

・半田(池田車・装填手)/2年 ~19話で登場~

それぞれちばあきおのキャプテン、プレーボールからです。


●●16話で決定した小隊名●●

◇小隊名
玉田車=割り下、細見車=牛肉、池田車=豆腐、名倉車=長葱、寺本車=卵
※小隊僚車は小隊名に「ご飯」がつく(ex.玉田小隊僚車=割り下ご飯)

◇別働車
谷口車=バント、山口車=牽制、福田車=みかん、西車=隊長車


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39.波紋(与えた影響)

小説内における時系列を。

7月中旬:隊長が辻→西に交代
8月中旬:この小説の始まり&大洗での親善試合
8月下旬:大洗女子学園と大学選抜との試合
9月下旬:大洗女子学園との練習試合(4話)
11月初旬:大洗女子学園との再戦(20、21話)
11月下旬:新戦車導入(24話)
12月上旬:サンダースとの練習試合(30~32話)
年末年始:銚子でアンツィオとコラボイベント(35話)
1月上旬:アンツィオとの練習試合(36~37話)
1月中旬 ←←今ここ


「え?・・・今なんと?」

 

「ん~~、だから、他の高校に今回の話持ちかけたら、プラウダ、アンツィオ、聖グロ、黒森峰ともみんな乗り気なんだよねぃ。継続ちゃんは ”今は冬。戦車を動かす時期じゃない” って言ってたけど。言ってみたら、ひまわり中隊&たんぽぽ中隊vsあさがお中隊ってとこかな。あんた達も大変だねぃ」

 

西の電話の相手は、大洗女子学園の角谷杏。知波単学園&サンダース大付属vs大洗女子学園&(X)高校の話をして2日後の返答がこれである。アリサもかなりの策士だと思っていたが、文科省と渡り合った角谷と比べれば立っている土俵が違うということかもしれない。

 

「は~~・・・ それは絶望でしかないですね・・・」

 

さすがの西もこれを聞かされた後では言葉が出ない。

しかし、しばらくの沈黙の後に続いた角谷の言葉が状況を変える。

 

「いやー、プラウダ達が参加したいってのはホントだけど、ひまわり&たんぽぽvsあさがおってのはちょっと違うかな。アタシも大学選抜との試合に来てくれたみんなには何かを残したいと思ってたから。お礼とかとは別にね。そしたら西さんがサンダースを連れて試合をしたいと言ってきた。だったらこの機会を利用させてもらってみんな呼ぼうかと思ってね。みんな集まってガヤガヤ言いながら試合して、その後温泉入って、美味しいもの食べられたら楽しいだろうなと」

 

「あたしにとっては知波単も廃校を救ってくれた恩人だから・・・出来れば傷つけたくない・・・」

 

「・・・」

 

「ほほう・・・」

角谷の言葉が癇に障ったのか、西は挑戦的な口調で答える。

 

「つまり、優勝校である大洗と負け続けの弱小知波単と試合をしても結果は見えている。実際にここ2試合の練習試合ではこてんぱんにやっつけている。これ以上傷つけるのはかわいそうだから、それなら敵味方関係なくワイワイガヤガヤと試合をした方がいいということですな」

 

「いや、そういうつもりじゃなくて・・・」

 

「フフフ・・・ あなた方は本来なら今年の3月、いや昨年の8月末で廃校の予定のはずだった。それもやったことのない戦車道をいきなり始めて、 ”優勝して学校を存続させるぞ!” とかいうドンキホーテを演じた上でね。しかし奇跡的に優勝して、さらにその後の8対30とかいう絶望的な戦いにおいても、他校が味方に駆けつけてこれまた奇跡的に勝利した。我が知波単もささやかながらその奇跡の演出に貢献したつもりだったのですがね。本来なら今頃は廃校となって消えていたあなた方にそのような憐れみを受けるとは思いもよらなかったですな」

 

「ごめん・・・決してそんなつもりじゃなかったけど・・・そういうふうに取られても仕方ない言い方してたよね・・・」

 

「いいえ、それが角谷殿の本心ではないことは私も分かっておりますが、ちょっと言いたくなっただけです。こちらこそ言葉が過ぎてしまい誠に申し訳ございませんでした」

 

「うん・・・でも知波単が我々の恩人だと心から思っているのは分かってほしいんだ」

 

「角谷殿。我々はあなた方大洗のような奇跡を起こせるほどの力はないですし、そういう運命でもないでしょう。しかしあなた自身が廃校の危機にも諦めずに立ち向かったように・・・我々もこれから先の困難に精一杯抗っていこうと思っています。戦った結果、たとえ完膚なきまで負かされようとも、その方が我々の道は先へと繋がるのです。我々への配慮はそれはそれで嬉しいのですが、そうした我々の気持ちも汲み取って下さい」

 

「分かった。そしたら真剣勝負だからこそ、お互いの戦力の均衡を図りたい。知波単&サンダースは何輌で来るつもり?」

 

「そうですね。大洗さんがどこと連合を組むかで変わってくるとは思っていたのですが、知波単10輌+サンダース5~10輌だとは想定していました」

 

「そうだね。うちは8輌だから他校も足して15輌をメドに編成しようかと思う。編成の結果はまた連絡するから任せてもらっていいかな? あと生徒会ももう2年生に引き継いでるんだ。編成は私がやるにしても、返答も含めて今後の窓口は会長やってる五十鈴さん、Ⅳ号の砲手の子にやってもらうから」

 

「はい! 着物の似合いそうなあのお方ですな」

 

「うん。ところで・・・真剣勝負といえば、やはり負けたチームは罰ゲームだよね! 何にするかも五十鈴ちゃんに任せるけど・・・ 知らないよぉ~。あの子たまに突拍子もなく斜め上のこと言い出すから。白褌で踊ってもらうぐらいのことは覚悟しといた方がいいかもねぃ」

 

「・・・」

 

どうやら角谷もいつもの様子に戻ったようである。編成の結果は3日後をメドに五十鈴華から連絡するとのことで、西-角谷の話し合いは終了した。

 

~~~~~~~~

 

「・・・ということがありまして」

 

西はさっそく角谷との話についてアリサに報告をしていた。

 

「ふーん・・・ 大洗がそう来るなら、うちはカールを3台くらい引っ張ってこようかと思っていたけど・・・」

 

策士としての土俵が違うという西の感想はある意味で正解だったようである。

 

「それより・・・ 白褌で踊るって何よ!? アタシはそんなの絶対嫌だからね!! う~~・・・あの反省会の時の苦い記憶がよみがえる・・・」

 

電話越しでも身震いして震えるようなアリサのおそれが西にも伝わったが・・・ただ、それであればなおのことアリサに何が起きたのかを聞きたくなる。

 

「うちも反省会では上級生の命令は絶対ですので、いろいろと恥ずかしい思いはしましたが・・・ アリサ殿はちなみにどういう目に遭われたので?」

 

「忘れもしないわ、あの大洗に負けた時の反省会。ミーティングの後、私はあんな格好で・・・って何言わせるのよ!!」

 

「ハッハー! まあ勝てるようにお互い頑張りましょう! アリサ殿のふんどし姿を見たい気持ちもありますが」

 

「アンタ、ホントに言うようになったわね・・・で、知波単の編成はどうするつもり?」

 

「大洗は15輌をメドにと言っていましたので、突撃隊の4輌と私の一式、あとは四式、九十五式、チハドーザー2輌、あとはチハ新砲塔を1輌の計10輌で考えています。残り5輌ほどをサンダースにお任せしたいと」

 

「そうね。それでいいと思うわ。うちはアタシとナオミと・・・あとケイも参加するって! 大洗がどう来るかは分からないけど、これで勝つ確率はだいぶ上がったわよ!」

 

「これは心強い! まさに日米安保条約ですな」

 

「その喩えよく分からないし、で、うちは別にアメリカじゃないし! まあ大洗側の編成が分かれば教えてちょうだい。ひとまずうちはファイアフライと残りはシャーマン4輌で考えとく」

 

「かしこまりました。宜しくお願いします」

 

「あと・・・詳細が決まればうちとアンタ達とで合宿しない? 大洗戦に備えてやるべきことはやっておきたいと思ってる」

 

「願ってもない話です。時間と場所をどうするかはありますが、我々としては断る理由はありません」

 

おそらく大洗は戦車道の猛者が集まるにしても混合チーム。知波単-サンダース連合軍も混合チームといえど、ここのところの繋がりは密で組むべくして組んだという流れのようなものもある。つけ込むとすれば相手の足並みが揃わないところを、もしくは迷いが生じたところを一枚岩で一気に突き崩すことではないかとの思いが、西にもアリサにもあった。

 

~~~~~~~~

 

「・・・ということがあってだねぃ・・・」

 

話を終えた角谷も、西と同じように隊長の西住みほ、生徒会長の五十鈴華はじめあんこうチームの面々に報告を行っていた。

 

「なんか西さんにスパッと切りこまれた感じだね・・・以前の知波単ではないというのはいろんなところから聞こえてはいたけど、ちょっとびっくりしたよ」

 

角谷の ”やれやれ・・・まいったね・・・” という様子は、もしかしたら西にやり込まれたというだけの原因ではないかもしれない。

 

角谷にとっては、戦車道は廃校を阻止するために他の選択肢が思い浮かばずに止む無く始めた・・・それゆえに負ければ廃校の刃を常に突き付けられた、そしてその重圧を西住みほをはじめ他の履修者にも背負わせた負い目がある。奇跡的に全国大会、その後の大学選抜との試合にも勝利出来たものの、敗戦していたならば大洗女子学園が廃校になっていただけではなく、深い傷と重たい十字架を大洗の戦車道履修者、そして駆け付けた他校の戦車乗りにも負わせていたはずである。そうしたリスクを背負いながら駆けつけてくれた知波単を傷つけたくないという角谷の言葉は間違いなく本心だろう。

 

角谷自身にとっても戦車道は・・・大洗女子学園に入学するまでの関わりは知り得ないが、少なくとも過去に1度は自身を裏切った存在でもある。

優勝により廃校を回避した・・・はずであった後に大洗で行われた親善試合。その後に告げられた廃校宣告の絶望感と喪失感・・・それを戦車道履修者に伝えた時の無力感と堪えられない申し訳なさ・・・あの時ほど自分の運命を呪ったことはない。そこに大きく関わった戦車道。

 

ただ、結果的に角谷を救ったのも戦車道であっただろう。勝利により直接的に廃校を回避できたという他にも・・・大学選抜との試合の前夜にみほが自分に言った言葉。 ”みんながいますから・・・” これがどれだけ角谷の心を救ったか。戦車道で得た仲間が角谷の心の拠り所であり、支えるものであろうことは間違いない。

 

「いやー! もうこれだけの高校が集まって試合が出来るなんて楽しみで仕方がないです!」

 

そんな角谷の様子を知ってか知らずか、秋山優香里の無邪気な声で場の雰囲気は一気に明るくなった。

 

「それで、それで! 他の高校はどんな戦車が来るんですか!?」

 

「なるべく相手さんと戦力を均衡させたいとは思ってるからね。というより、うちじゃなくて知波単に加わりたいという人も出てきた」

 

「おお! それではまさにオールスター戦ではありませんか! くぅ~~、楽しみですね、西住殿!」

 

「うん・・・会長、黒森峰はどうなんですか?」

 

「向こうに行きたいとは聞いてないから、うちだと思うんだけどね。でも意外だったね。逸見ちゃんだっけ? 西住ちゃんとは浅からぬ縁がありそうだし、これまでの感じからしたら乗ってこないかなと思ってたけど、即答だったよ。まほしゃんに確認しなくていいの?って聞いたら ”確認するまでもありません” と言ってきた。あの子なりに危機感を感じてるのかもしれないね」

 

それを聞いた西住みほが嬉しいような安堵したような、それでいて困惑したような微妙な表情を浮かべる。

 

「向こうにつくと言ってるのは、まずアンツィオ。チョビ子が ”お前らには借りがあるからな。どっちにつくと言われたら知波単だ” と言ってた。あとはプラウダのKV2。ノンナさんはサンダースのファイアフライと戦いたいからってこっちにつくけど、KV2のメンバーにいろいろ経験させたいからあの子達だけで知波単につかせるって。戦力の均衡という点でも配慮してくれた感じ」

 

「逆に是非うちでと言ってるのが聖グロ。 ”ペコにはいろいろ勉強をしてもらわないといけないの” って言ってた」

 

「それだけいろんな高校の思惑があって均衡化というのも・・・なかなか大変ですね」

 

生徒会長になったからには、これまでのように自分のペースを守っておればよいというわけにも、また言いたくないことも言わないといけない場面が出てくるというのも覚悟はしているが・・・改めてまとめ役・折衝役としての難しさを五十鈴華は実感したようである。

 

「まあ考えないといけないことは多いけど、お互いさまというところも多いからね。意外となんとかなったりしたりするから、そんなに気にしなくても五十鈴ちゃんなら大丈夫だと思うよ」

 

「それよりもさっきも言ったけど・・・黒森峰もこれまでとはちょっと違う感じだね。戦力の均衡を図るなら黒森峰にお願いするしかないと思ったけど・・・それを言ったら ”分かりました。我々はⅢ号戦車3輌でお願いします” とこれも即答だった。全国大会でうちに負けてだいぶ非難も受けたみたいだし、その上西住ちゃんのお姉ちゃんも抜けたから・・・なんにせよ、ただ参加するってだけの感じじゃないみたいだよ、あの子達も。それこそ ”撃てば必中、守りは堅く・・・” で押し進む西住流とは違う、いいものは何でも取り入れる、手段は問わず何をしてでも勝つ、みたいながむしゃらさを感じた」

 

「エリカさん・・・」

 

常勝無敗の黒森峰で2年連続で全国制覇を逃す、しかも質・量とも圧倒していたはずの大洗に敗退して・・・それがどういうことかは当然みほは知っている。姉の西住まほは何の言い訳もせず執拗な批判を一身に浴び続けたであろう。それをそばで見ているエリカも辛かったであろうし、良いも悪いも一身に受け、大黒柱であり象徴であった西住まほが抜けた後の黒森峰を自分が引き継ぐ・・・本来ならばそれはみほの役割であったが、自分が大洗に来たことでエリカが引き継ぐことに・・・どうしようもないことは理解しつつも、自分の思い一つで大洗に来た結果、まほやエリカが苦しみ、そしてエリカの力になれないどころか敵としてはだかることについて、みほは心苦しさを感じずにはいられなかった。

 

「まあ・・・いろんなことがお互いさまだよ」

 

そんな様子を気付いてか、角谷は立ち上がってみほのところに近づき、肩を叩きながら言った。

 

「改めてメンバーを整理しておくと・・・アンツィオとKV2が加わることは西さんも反対はしないと思うけど・・・ だいたいこんな感じかな?」

 

~~~~~~~~

 

<大洗女子学園>

 

Ⅳ号(D型改)75mm 38km/h

ヘッツァー 75mm 42km/h

ポルシェティーガー 88mm 35km/h

B1bis   75mm 27.6km/h

Ⅲ突    75mm 40km/h

三式中戦車 75mm 38.8km/h

M3リー   75mm 42km/h

八九式   57mm 25km/h

 

(黒森峰)

 

Ⅲ号(J)  50mm 40km/h

×3(逸見、赤星、直下)

 

(聖グロ)

 

チャーチル 75mm 20.12km/h (ダージリン)

マチルダⅡ 2ポンド 24.1km/h (ルクリリ)

クルセイダー 6ポンド 44.26km/h (ローズヒップ)

 

(プラウダ)

 

T34/85 85mm 55km/h (ノンナ)

 

 

<知波単学園>

 

四式  75mm 45km/h

一式  47mm 44km/h

×2

チハ新 47mm 38km/h

×4

チハドーザー 57mm 38km/h

×2

九五式 37mm 40km/h

 

(サンダース)

 

ファイアフライ 17ポンド 42km/h (ナオミ)

M4シャーマン  76mm 39km/h  (アリサ)

M4シャーマン  75mm 39km/h

×3(ケイ他)

 

(アンツィオ)

 

CV33   8mm 42km/h

×2(アンチョビ、ぺパロニ)

セモヴェンテ 75mm 35km/h (カルパッチョ)

 

(プラウダ)

 

KV2    152mm 34km/h (ニーナ) 

 

~~~~~~~~

 

「戦力的にはうちが有利なんでしょうが・・・ただ相手はいかにも多士済々という感じですね」

 

「そだね。西住ちゃん的には、相手チームの方が作戦の立てがいがあるんじゃない?」

 

「いえ、私にはみんながいますし、どこにいても私は私ですから」

 

みほには先ほどのような心の動揺はうかがえず、逆に多士済々なメンバーを相手にすることに戦車乗りとして火がついたようでもある。

 

「突撃どころか単独チームでの勝利を捨ててまでうちに挑んでくる知波単、そんな知波単に連合を仕掛けてうちと戦おうとするサンダース、これまでの西住流と違う戦い方を模索している黒森峰、他プラウダや聖グロも後に何かを残そうと必死になってる。どの高校もうちが知っているそれじゃないのは覚悟しておいた方がいい」

 

「冷泉ちゃんの言う通りだね。でも大洗も以前とは違うし、また他校が変わったのにいちいち反応して受け止める必要もない。大洗はあくまで大洗だ。うちがやれることをやってくしかないよ」

 

角谷はそう言いながらも、大洗が投じた波紋の大きさを感じずにはいられなかった。

 

先に書いたように、角谷にとっての戦車道は必ずしも心躍る楽しいものではない。確かに何もしなければそのまま廃校・・・ではあったが、廃校宣告までに自分が出来たこと、宣告後にそれを回避するために出来たことは戦車道で優勝するという以外にもあったかもしれない。

 

しかし、結果としてその責任を戦車道履修者に負わせてしまった。一度ならず二度までも。そして他校の生徒にまで・・・戦車道で勝利の道を選択したことで結果的に廃校は回避出来たものの、その結果一つで角谷の罪の意識が消えるものでもない。

また優勝への過程においても、軍神と称される西住みほをいわばジョーカーのように引き当て、それを前面に押し出しての勝利。他校からすれば反則技のようでもあり、それまで他校も含め脈々と戦車道で受け継がれたものを自分達の都合で傷つけたのではないかとの思いも角谷にはあった。

 

ただ大洗が優勝したことで、大洗女子学園の存続だけでなく、他校の戦車道にも影響を与えることになったのは間違いない。いわば他校が変わろうと必死にもがく姿は、数ヶ月前まで廃校の重圧を背負わされながらも挑み続けた角谷の姿だ。酷評され続ける知波単を変えようとする西のことも、大黒柱なき黒森峰を支えんとするエリカのことも、今一度名門としての存在感を取り戻さんとするアリサのことも手に取るように分かる。また次代にこれまで培ったもの、逆に変革の芽を残さんとするダージリンやアンチョビやノンナのことも。

 

そう考えれば・・・ ”手心を加えてくれるな” と怒りを示した西の気持ちもよく分かる。自分も廃校宣告を受けた後に ”せめて思い出作りにこれをあげますよ” と言われても叩きつけて返したところであろう。

角谷は心の中で改めて西に謝るとともに、他校が変わろうとするきっかけになったのなら・・・自分が戦車道を選択して、結果幸運にも優勝出来たことは、決して悪いことだけではなかったんだろうなと思い直した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40.畏敬(信念とそれに響くもの)

小説内における時系列を。

7月中旬:隊長が辻→西に交代
8月中旬:この小説の始まり&大洗での親善試合
8月下旬:大洗女子学園と大学選抜との試合
9月下旬:大洗女子学園との練習試合(4話)
11月初旬:大洗女子学園との再戦(20、21話)
11月下旬:新戦車導入(24話)
12月上旬:サンダースとの練習試合(30~32話)
年末年始:銚子でアンツィオとコラボイベント(35話)
1月上旬:アンツィオとの練習試合(36~37話)
1月中旬 ←←今ここ

なお、今回ネタに出てきたY談は自分の周りにいる某じいさんの言葉です^^


「遅いわよ! 集散はもっと早く!」

 

「回避は出来るだけ最低限で! 次の行動をもっと意識しないとダメ!」

 

「OK! Good Job!」

 

来たるべき大洗連合との試合に備え、知波単・サンダース・アンツィオ・プラウダ(KV2)連合は、2泊3日の合宿を行っている。

知波単の隊員も練習量ではどこにも負けない自信はあったが、今日のサンダース等を交えた練習でその認識は一掃された。なによりケイの指示が矢継ぎ早に飛び、まったく息つく暇がない。

 

「ほらほら、アップルちゃん。次の試合ではあなた達のはたらきがカギなんだからね。大変だけど装填もっと急いで!」

 

アップルちゃんと呼ばれたのは、プラウダのKV2の面々。

練習前に各車の呼称をつけようとなったのだが、ニーナを見た瞬間にケイが「こんなのアップル以外に有り得ないじゃない!」とほぼ独断で決定したのだった。もっとも青森弁を喋る可憐で色白で赤いほっぺの少女。誰もが「りんごで異議なし!」状態だったのだが。

 

試合会場の通知はまだのため、最終的な作戦は決定していないものの、大筋の作戦としては、KV2が遠距離から大口径の榴弾を打ち込み、それに乗じて知波単とアンツィオの面々が敵を攪乱、その隙に中距離でナオミのファイアフライと玉田の四式中戦車が狙いすまして撃破する。そのままシャーマンの潜むキルゾーンに誘導するもよし、もしくはタイミングを計ってシャーマンが一斉攻撃に転じるというもの。その作戦は「203高地奪取」と名付けられた。どこかで聞いたことのある、そして決して縁起がいいとは思えない作戦名であったが、二十八糎榴弾砲で活路を開いた史実からしてこれまた「203高地奪取で異議なし!」状態であった。

 

~~~~~~~~

 

サンダースが手配した合宿地。

朝9時過ぎに到着すると、荷物の整理もそこそこに基礎トレーニングが始まる。

参加している面々のほとんどが「合同練習」の認識で参加していたが、その量と密度は想像を超えていた。基礎トレーニングの段階でアンツィオの面々はほぼ脱落している。練習量には自信のある知波単の隊員も青色吐息という状況だ。

 

なにより想像とは違っていたのが、少しでも油断すればとぶケイの叱咤。今まで見ていた、笑顔で何をしても許されそうな感じの彼女はどこにもなかった。

その様子は午後からの練習も変わらない。前半は、地味な行進練習と射撃練習。サンダースが用意した合宿場所だけに、広々と使用し心おきなく砲弾も使用できる環境は満足できるものではあるが、これだけ延々と繰り返すとさすがに嫌気が差してくる。しかしそんな中でもケイの叱咤は油断を許してくれない。

 

そして、後半は203高地奪取作戦を延々と演習形式で行う。もっとも相手はサンダースのシャーマンであり、模擬弾を使用しているものの演習というより試合そのものだ。午前から続く基礎練習で体力・精神とも削られた面々は、次々と相手役のシャーマンに撃破されていく。

 

「ケイも・・・いくらなんでもやり過ぎじゃない? 普段うちもこれだけの練習はしないでしょ?」

 

さすがに疲れを隠せないアリサが、ぼやくように無線の相手であるナオミに言った。

 

「ホント・・・お前は何も分かっていないんだな」

 

決して同意を求めたわけではなかったが、予想もしていなかったナオミの返答にアリサもたじろぐ。

 

「多分ケイは・・・ここまで厳しくしないと大洗には勝てないというのを分かってほしい思ってるんだろ。で、それはアリサに見せようとしているものでもあると思うぞ」

 

「あとは・・・たぶんケイ自身が本当にこの試合に勝ちたいんだろうな。アリサや、そして西さんの気持ちも分かっているだけに・・・もちろんケイにとっても大洗は負かされた相手だ。期するものがあって当然だろ」

 

「ふーん・・・ そういうものかね!」

 

言葉はぶっきらぼうだが、アリサもその意図が理解できたようであり、そして ”その程度の理解も出来なかったのか” との自嘲が、思わぬ大きな声となって表れた。

 

~~~~~~~~

 

西もケイから直接 ”今回の試合・・・私は本気で大洗に勝ちたいから・・・だからこの合宿は私が指揮させてもらうわ。お互い気を遣いながらとかいう暇はないんだし。もちろん当日の試合の指揮や作戦は、絹代が決めることだけど” とは聞いていた。今回のことが、今後の西のとっても必ずプラスになるからとも。だから西は、当初こそ ”ケイの言葉や振舞いを参考にしよう” と何かを盗むべく観察していたのだが、すぐにそんな余裕もなく、自身が遅れぬよう考え動くことで必死にならざるを得なくなった。

 

それ以上に、知波単の面々が練習についていけない。

体力的についていけないわけでも、操縦・射撃の精度において差があるわけでもない。いや、厳密に言えば知波単の車輌単体でのそれは他校に勝るとも劣らない。しかし他校と混ざっての合同となるとまるでダメ。他校の戦車との連携がまるでとれない。基礎トレーニングで脱落していたアンツィオの面々が、合同練習では水を得た魚のように伸び伸びと駆け回るのとは対象的に、知波単の戦車はまごまごしつつ右往左往しているのが目立った。

もっともかつての知波単であれば、他校の作戦や思慮とは無関係に猪突猛進で突撃していたのかもしれないが・・・なんにせよ、考えれば考えるほど判断が遅れる、こうじゃないかと思って行動すると逆の目が出る・・・そんな状態が続いた。

 

精彩を欠く知波単の戦車を見るに、西のフラストレーションも高まる一方だが、かくいう西自身も他校の動きにまるでついていけない。まごつき隙を見せると、すかさず敵役であるサンダースのシャーマンに撃破される。先の練習試合で少しはサンダースのレベルに近づけたとの思いはあったが、その自負は即座に吹き飛ばされ、レベルの差を認識させられることになった。

 

~~~~~~~~

 

1日の練習を終えての夕食。

帯同しているサンダースの食事サポートチームに加え、助っ人でアンツィオの面々が加わり、その食事は高校生が作ったものとは思えない、豪華で華やかなものとなった。

しかし、知波単の面々は練習の疲れとそこでの不甲斐なさから、豪勢な食事を目の前にしてもなかなか箸が進まず、活力が戻らない。そんな状況を見かねたように・・・一人の金髪の少女が西に声を掛けた。

 

「ハーイ! 絹代」

 

「あなたは・・・サンダースの?・・・」

 

パンツァージャケットを見ればサンダースの生徒と分かるが、その顔には記憶がない。

 

「私はサンダースのセレナ(注:オリキャラ)。3年でもう卒業だけど、ケイが出るというんで私も参加させてもらったわ。実は前の練習試合でも私はあなた達と対戦してるのよ」

 

「そうでありましたか・・・本日はおつかれさまでした」

 

「おつかれさま・・・が社交辞令じゃないくらい疲れてる感じね。まあ今日みたいなのは慣れが必要だからね。あまり気にしなくてもいいと思うわよ」

 

「・・・セレナさん。一つお聞きしてもよろしいですか?」

 

「なに?」

 

「サンダースはいつもこれだけの練習をしているのですか?」

 

「さすがにこれだけの練習をすることは滅多にないわね。というより、うちは1軍だけでも150人いるからね。基本は中隊単位で練習しているし、そのメニューも中隊長に任されてる部分も多い。試合に出るためには1軍にいるというのはもちろんだけど、自分が所属する中隊が選ばれないといけない。だから試合では中隊の一人のミスが他の中隊のメンバーにも大きなマイナスになる。そういう意味ではうちの生存競争というか、試合でのプレッシャーというのは他の高校にはないかもしれないわね」

 

サンダース大付属の戦車道チームは、1軍150人、2軍250人、3軍100人を基本としている。2軍の人員が厚いのはそれだけ1軍への道の生存競争が厳しい現れだ。だから2軍の中隊は他校と積極的に練習試合を組む。どこそこに勝った、何連勝しているというのは1軍への切符の大きな分かりやすいアピールになる。2軍における生存競争についてセレナの話が及んだとき、そういえば以前にサンダースの2軍から練習試合の申込があったのを西は思い出した。もっともサンダースにとっての知波単は ”シャーマンでチハを倒したところで何の箔も付かない” というのがセレナの ”申し訳ないけど・・・” ということわりの上での説明であったが・・・

 

ただ、先の練習試合以降は、サンダースの知波単を見る目も少しずつは変わってきている。それ故、今日の合宿においても敵役であったサンダースの戦車は容赦無くこちらを襲ってきた。知波単にとっては合同練習における単なる敵役の戦車であったが、サンダースにおいてはそれは生存競争における明日を賭けた戦いだったのだ。それを思うと、今日の知波単の不甲斐なさを西はますます恥じ入る思いで一杯になった。

 

「セレナさん、もう一つお聞きしたいのですが・・・ これは以前から不思議だったのですが、なぜ皆さんはそこまでの生存競争をしてまでサンダースで戦車道をしているのでしょうか? 知波単も含め、他校に行けばいくらでも試合に出れる方々のはずなのに・・・」

 

「それはもう打算だわね」

 

「打算!!??」

 

想像もしていない言葉が即座に返ってきたことに西はたじろぐ。

 

「サンダース大付属の戦車隊に所属する。それだけで大きな目的の一つが達成されたということ」

 

「日本中・・・いや世界中でサンダースの卒業生が重要な役職に就き、大企業に所属し、いわば世界を動かしている。卒業後の進路やその先を考えれば、サンダースで戦車道をしていたというのはそれだけで大きな役に立つの。ましてや1軍で試合に出ていた、そしてサンダース大でも戦車道をしていたというなら尚更。1軍昇格への生存競争や、1軍におけるそれも、同じ理由。そりゃ試合をする以上、当然他の高校には勝ちたいけど、目的はそれだけじゃない。大げさに言うと、他校は眼中にないということかもね」

 

「考えてもごらんなさい。街を壊し、これだけお金がかかる戦車道が、なぜ今もって盛んなのか。それはそれだけのお金がかかっても戦車道をやる必要がある。きたない言い方をすれば、戦車道に関わることで利権を得られる人間が多いということよ。そしてそういう人間の界隈にサンダースの卒業生が跋扈している」

 

純粋な疑問ゆえ発したことが、想像の及ばない世界の回答となって返ってきたことに西は言葉も出ない。

 

「でも・・・だからこそ、ケイはあなた達を好きなのかもしれない。もっとも直接聞いたわけじゃないから、想像の話でしかないけど」

 

「は?」

 

「ケイとは中学の時からの付き合いだからね。さっき言ったみたいな、いわばサンダースの悪しき伝統を嫌ってるのはひしひしと伝わってくる。立場上ケイはそのことを決して口には出さないけど。そして必要悪としてのそういう伝統についても理解している」

 

「でも、やっぱりあの子は戦車道が好きなのよ。勝ち負けや優劣を抜きにしてね。黒森峰に突撃をした知波単を見て、他の子達は ”黒森峰の偵察に来たのに何の役にも立たん” とか ”もうバカを通り越してるだろ” とか言ってたけど、あの子だけは ”いやー、あんなクレイジーな戦いしてみたいわ!” って言ってたからね」

 

決して褒められたわけではない言葉を聞いて、西としては自嘲せざるを得ない。

 

「そんなあなた達が、純粋に今を変えたい、勝ちたいと、もがき苦しみ正面から乗り越えようとしている。そりゃケイとしては応援もしたくなるわね。あとケイが変えて少しはマシになったけど、それまでのサンダースは他の中隊への嫌がらせ、メンバーの引き抜き、裏切り・・・ホント酷かった。そんな打算まみれの、情欲まみれのサンダースの中で生きて来たら、純粋に戦車道に向き合っている、そしてチーム一丸となって戦ってるあなた達や、あと全国大会で戦った大洗とかを見たら、 ”私の本当にやりたい戦車道はこれなんだ” とあの子が思っても不思議じゃない。実際、大洗と一緒に大学選抜と戦った前後は、あの子本当に嬉しそうだったからね」

 

「ついでにアリサの話をしておくと・・・あの子もサンダースにはそんなにいないタイプではあるね。あの子も純粋に戦車道が好きだし、それ以上にケイのことが好きって感じかな。正直ケイに比べたら隊長としての能力は一枚は落ちるけど、それでも苦しい時でも前を向ける、叩かれてもへこたれない芯の強さがある。実際のところ、サンダースで隊長をやるってのは面倒なことが多いのよね。さっき言ったみたいなチームの中でのごちゃごちゃが凄いし。戦車乗りとしての資質や、洞察力・判断力とかはナオミの方があるんだろうけど、清濁一切を飲み込んでチームのために汗をかける人間ってのはそうはいない。ましてやサンダースにおいては」

 

セレナの話を聞いている西の心は、さらに沈んだようでもある。

 

「それに比べて私達の不甲斐なさと言ったら・・・」

 

「そういうことは言ってほしくないな!」

 

ふと漏らした西の弱音に、思わぬ強い言葉が返ってきたことに西はびっくりする。

 

「かくいう私もね。もう知波単のファンなのよ。そりゃこの前の練習試合で、あれだけの中身の濃い試合をして何も感じないようならおかしい。ファンが頑張ってほしいと思ってるのに、当の本人がそんな弱気になってると、こっちも悲しくなる」

 

「申し訳ありません。ただ・・・私も日々頑張ってはいるつもりなのですが、大洗という大きな敵を前にしてしまうと何をしていいか分からなくなってしまうのです・・・」

 

「そりゃ当り前。相手は軍神とか言われている人よ」

 

「そうですよね・・・でも本当にどうしたらいいのか・・・サンダースもアンツィオもプラウダも、なぜあんなに伸び伸び動けるのか分からないのです」

 

「倒れるときは前のめり」

 

「坂本龍馬の言葉・・・ですか?」

 

「なにどっかの紅茶の学校みたいなことしてるのよ!」

 

西は後ろからの衝撃と共に、ケイが真後ろに来たのを知った。両腕でセレナと西を抱え込むような形でケイは立っている。

 

「ホントいつもいきなり出てくんのねアンタは。おまけに近い。おっぱいが当たってんのよ」

 

「あら? セレナ、アンタ前に言ってたじゃない。男と女の相性なんて、乳首同士が触れ合わないと分からないって」

 

「わーわー」

 

いきなりケイの口から飛び出したY談を、セレナは慌てて打ち消そうとする。一方の西は何が起きたのかまるで分からないという状況できょとんとしている。

 

「まあ何事もある程度まで進まないと、というか、終わり間際でないと正しいとか間違ってるとか分かんないのよ。やる前に何が正しいとか考えてても仕方がない。やりながら、 ”これひょっとして間違えたかな・・・” と思っても正しくなるように修正していく。アンツィオの子達見てたら分かるでしょ」

 

確かに今日の練習においてもアンツィオの戦車は、突出し過ぎると思ったらすぐに引っ込み、出てないと思ったらすぐに飛び出てきた。初めから、こうではないかと考えている動きではない。

 

「今日の朝の基礎連なんかでもアンツィオの子らは、少しは悪びれろよと思うくらい堂々とサボってたからね。でも、自分が活躍出来るターンになったら十二分にそれを発揮する。片や知波単は ”基礎練習についていけなくて申し訳ございません” とそのまま固まってしまうような感じね。もっともその生真面目さは知波単の武器でもあるんだけど・・・ただ、大洗のような大きな敵に対峙する時には、いい意味でいい加減にやらないと自分自身が潰れちゃうのよ。そして、そんな相手に自分の構想通りに事が運ぶことなんてまあない。場面場面で修正・変更しながらやっていくしかない。今回絹代に言いたかったのはそこかな。」

 

「成功する確率が1/100しかなかった作戦だったとしても、それが成功して勝利したならば正しい選択だったことになる。勝ち方、戦い方に拘る必要はない。もちろん手段を選ばずとは違うけど、何をしても最終的に勝てばいいのよ。ただそれを実現するには常に考えて、行動してないとダメ。でないと、判断すべき時にそれが出来ない」

 

おそらくセレナが言った ”倒れるときは前のめり” も同じようなことを言おうとしていたのだろう。ケイの言葉に納得するようにセレナも頷いている。

 

「で、あとは何を話してたの?」

 

「ケイは知波単のことを好きなんだろうなって話」

 

「何今さら分かりきったこと言ってんのよ」

 

憧れとも尊敬とも違う、いわば畏敬ともいうような感情をケイに対して持っている西にとって、そのケイが即座に自分達を肯定する言葉を発したことは、西にとってはある意味信じられず、嬉しさを隠すことが出来ず、そして自分がやってきたことが間違いではないことを信じるに、遮る疑念を吹き飛ばすものであった。

 

そもそも西は ”このままでいいのだろうか・・・いや良くない・・・いやいい!” というような優柔不断な人間である。今日の合同練習も含め、不甲斐なさに打ちひしがれ、悔し泣きし、迷路にはまり込みながらやってきた。自問しながら浮き沈みする姿は、去年夏の大洗での親善試合の時から基本的には変わっていない。しかし、そんな自分自身を、自分が畏れ敬うような人物が好きだと即答してくれる。これほど自分の信念に響くことはない。

 

そして、ケイが言う ”何をしても最終的に勝てばいい” は、来たるべき大洗戦における作戦について、大きなヒントに繋がることになる。それが勝てる作戦かどうかは当然知る由もないが。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41.ボコ(戦うココロ)

小説内における時系列を。

7月中旬:隊長が辻→西に交代
8月中旬:この小説の始まり&大洗での親善試合
8月下旬:大洗女子学園と大学選抜との試合
9月下旬:大洗女子学園との練習試合(4話)
11月初旬:大洗女子学園との再戦(20、21話)
11月下旬:新戦車導入(24話)
12月上旬:サンダースとの練習試合(30~32話)
年末年始:銚子でアンツィオとコラボイベント(35話)
1月上旬:アンツィオとの練習試合(36~37話)
2月初旬:サンダースとの合宿(40話)


2月某日。来たる大洗戦の試合会場の通知が戦車道連盟から西の元に届いた。

 

会場は通称玉ねぎ島。瀬戸内に浮かぶそこそこ大きな島で、近年戦車道の誘致に熱心らしい。西自身は実際に行ったことはないが、その島にまつわる国生み神話の話から、島の存在自体は知っていた。

 

程なくして隊長室の電話が鳴った。サンダース大付属のアリサからである。

 

「ハロー! ごきげんはいかが!?」

 

この言葉から始まる電話に西もだいぶ馴染んできたようである。

 

「会場、玉ねぎ島だってね! ちょっと厄介・・・というか、未知の部分が多いわね」

 

どういうことかとアリサに聞いたところ、近年玉ねぎ島が戦車道の誘致に熱心なのは理由があるらしい。

 

大阪や神戸にもほど近い立地ではあるものの、ご多分にもれず過疎化の波にのまれている状況。観光に力を入れ、それなりに活況は示しているものの人口の流出が進み地盤沈下は否めない。加えてバブル時の無計画な開発が今は重石となり、それが遺構のように負の遺産として存する状況でもある。

さらにはこの島にはもう一つ特別な事情がある。そう、前世紀末に阪神を襲った大地震。その震源となったこの島も大きな被害に見舞われ、その後の過疎化を決定づけることにもなった。

 

そんな状況において、島の市長が目を付けたのが戦車道。

古くは瓦の有数の生産地であったらしいが、今はそれが発展してカーボン材の生産が盛んになってきたらしい。

 

戦車道には必須である特殊カーボン。島をあげてその製造に着手し、それを使用して建材なども開発、かつて住宅の倒壊に見舞われた震災からの復興の一つの象徴として注目されるようになった。また戦車道の試合においては、バブル時に開発されたものの頓挫したまま放置されている遺構の有効活用もできる。一方、戦車道連盟にとっても、国から莫大な補償が得られるものの、試合の度に街が破壊されるというのは費用対効果の面で問題になりつつある。

 

「つまり戦車に使われるカーボンを使用して、建物とかの障害物を作って、そこで試合をするというわけ。これがうまくいくなら、実際の街で試合をする時も予め外壁としてそのカーボンを設置するというのも出来る。そしたらこれまでみたいに壊れることは少ないから補償の支出も抑えられる。逆にカーボンを売る側としては ”これだけ安全なんだ” というのを証明して建築や土木に活用していきたい。いろんな面で国としても注目してるわけよ」

 

「ただ、その会場を使用しての試合が今回が初めて。つまり実際に試合をする側としては、その障害物にどれだけの耐久性があるか分からない。それをどう判断するかで戦略も大きく変わってくる」

 

確かに見ようによっては最強の盾に守られることになる。もちろんそれは相手側も同じであるが。

 

「ただ、先の大洗での親善試合では、KV2の榴弾砲はホテルを粉砕していました。それでも破壊できないということがあるのでしょうか?」

 

「でも、大学選抜との試合ではカールの大型砲を食らっても戦車は壊れなかったからね。まあ一説にはランダムに壊れる仕様になってるという話もあるけど・・・」

 

なんにせよ、実際に会場を視察してみないと作戦の立案は出来そうにない。

 

「貴重な情報を有難うございました! 戦車道連盟からの通知では ”戦車に使用される特殊カーボンを実験的に使用した会場での試合となります” の一文しかなかったですから。もちろん安全性には問題ないとのことでしたが・・・」

 

「まあセレナさんがそういう話をあなたにしたとも聞いてるけど・・・うちのOGはそういうところにも巣食っているからね。でも、私はそうした情報網を使用することは悪いこととは思わない。大人だけじゃなく学生や子供においても、完全に平等な競争なんて有り得ないからね。それならば利用できる環境にあるのなら、利用しないとかえって不誠実だと思う。利用したことが勝ち負けの値打ちを下げるとも思わないしね」

 

「はい! 仰る通りです。我が知波単もこの試合は何をしてでも勝つとの気概でおります」

 

「ふーん・・・ 変われば変わるものね」

 

「試合においては生き残って勝利を目指して、最後まで戦うことこそが正義だと知ったからです。我々の先人はそれを知りながらも、絶望的な戦況に対し死と引き換えに戦うことしか出来なかった。しかし圧倒的な戦力差は、そんな死を賭した思いですらも、いわば戦いの舞台に立つことすら許さずにズタズタに引き裂いたわけです。現代に残された私達が同じことをしていては先人への手向けになりません。そう思うのです」

 

「あなたも背負っているものがあるというわけね・・・」

 

「そんな大げさなものではないですが、使命だと思っています」

 

「使命だとかいう方がよっぽど大げさだと思うけど・・・まあ、いい話が聞けたわ。大洗戦、私達の全てを出し尽くすわよ!」

 

「はい! 宜しくお願い致します!」

 

西とアリサは決意を新たにして電話を終えた。

 

一方の大洗女子学園においても・・・今回の試合会場をめぐる特別な事情は既に知り得ていた。もちろんそれは、OGの人脈を駆使したサンダース大付属とは別の方法によるが。

 

先の大学選抜との試合後、戦車道の運営を管轄する文科省への風当たりは非常に強いものとなった。そのため、その最前線の当事者ともいえる辻は責任を取る形で左遷することになったのだが・・・ノーサイドの精神に則り全て水に流そうとする角谷の嘆願によって回避されることになった。当然角谷としては単に嘆願して回避させて終わりではない。不正にならない範囲で、情報の供与等の便宜を図るよう見返りとして辻に要求したのである。

 

そして、大洗女子学園においても、実際に会場を視察してみないと作戦の立てようがないとの判断がなされることになった。

 

~~~~~~~~

 

試合の通知があった1週間後。試合を3日後に控えた知波単と大洗は、それぞれ試合会場で視察を行っていた。両校の申し合わせにより、それぞれの連合軍を組む他校の視察は試合前日から行うことになっており、この日は両校の主要メンバーだけが顔を揃えている。

 

「西さん、久しぶりです」

 

「西住さん、こちらこそお世話になります」

 

前回に西住みほを見たのは12月のサンダースとの練習試合。それから2ヶ月ほどしか経っていないが、久しぶりに見たみほの姿は以前とは違い、かなり大人びた印象を西は持った。

もっともみほの立場は、前年度優勝校、そして島田流の後継者が率いる大学選抜をも倒したスーパースター集団を束ねる高校の隊長である。一般の女子高生とは違う濃密な時間が彼女の中を過ぎていても何ら不思議ではない。

 

「前回お会いしたのは年末でしたが・・・それほど経っていないのに、西住さんにはさらに風格のようなものが出てきたように思います」

 

「そうですか・・・自分ではよく分からないですけどね。ただ私は以前と同じ西さんを見てホッとしたような感覚です」

 

「まあ、相変わらずの調子でやっていますが・・・」

 

「いえ、そうではありません」

 

自嘲の台詞を言おうとした西の言葉を、即座にみほが遮る。

 

「前回会ったのが12月の知波単とサンダースの試合の時。私達はあの試合の帰りに、試合に負けた知波単のことを考えました。負けて悔し泣きをする西さん達を見て、負けるとはこういうことなのかと・・・生意気に聞こえるかもしれませんが、私達は戦車道の試合ではほとんど負けたことがありません。だから、負けるということがこれほど怖いことなのか・・・ここからどうやって立ち上がればいいんだろう・・・そういうことを考えてしまったんです。西さんはじめ、知波単のみんなはあれだけ頑張ったのに・・・この先大丈夫なんだろうかと心配した人もいました」

 

「でも、知波単の人達はこんなに早く立ち上がった。年末年始の千葉でのイベントや、年明け早々のアンツィオとの試合についても記事を読みました。試合に負けて1ヶ月も経たない間にホント凄いなと思ったんです。そして今回の試合。知波単だけじゃなくて、サンダースやアンツィオやプラウダ、黒森峰や聖グロまで巻き込んでの試合になった。それだけ知波単の勢いが凄いということだと思うんです」

 

ものすごく褒められているのだろうが、西はいまいちピンと来ていない。

 

「西さん、ボコられグマのボコって知ってますか?」

 

「はい。あの大学選抜の試合の後に、大洗のボコの博物館が新しくなったとは聞いています」

 

「ボコがどんなかは知らないんですね・・・まあそれはいいんですけど、知波単の人を見てると、ボコみたいだと思えるんです。決して逃げたりしないところが。”戦わない知波単は知波単じゃねえだろ!?” って」

 

”ボコを知らないんですね” と言った後のみほが少し沈んだように思えたが、ピンと来ていない上によく知らないボコまで出てきて、西はますますわけが分からないようである。しかし、そんな西の様子を置き去りにするように、みほの話は熱を帯びてきた。

 

「負けても卑屈にならない。堂々としている。戦うココロをなくさない! 絶対逃げない!」

 

さらにみほは続ける。

 

「私は負けたらどうしよう・・・逃げ出したい・・・戦うのが怖いと思ってしまう弱い人間です」

 

西住流を受け継ぐ者に生まれたが故の苦悩はあるのだろうが、軍神と称される高校生が ”私は弱い” と言われても西には納得ができない。

 

「いや、西住さんは無茶苦茶強いですし、西住さんが弱いなら私なん・・・」

 

「だからそういう話じゃないんです!!」

 

みほが強い口調で西の言葉を遮る。

 

「私はずっと西住の名前で戦車道をしてきました。負けることは許されない。勝って当然という世界です」

 

「でも、大洗に来てそれは変わった。勝ち負けだけじゃない。戦車に乗ることは、戦車道は楽しいんだと改めて感じたんです。そして大洗に来て思ったのはそれだけじゃない。黒森峰で、西住の名前で戦車道をすることが、どれだけ恵まれていたことかってことを痛感したんです。よその高校はこれだけ厳しい環境で、制約がある中で戦車道をしてきたんだなって・・・」

 

「それでも決して戦うココロをなくさない・・・もうホント、ボコなんです」

 

相変わらずボコのことは分からないが、みほの言いたいことが西にも理解出来てきた。戦うココロをなくさないということでは、突撃一辺倒だった時も含めて知波単には一片の陰りもなかったとの自負はある。

 

「意志あるところに道は開ける」

 

「リンカーンの言葉・・・ですか?」

 

西の言葉にみほが答える。

 

「はい。何が正しいかなんてのは私には分かりません。だから今やっていることが正しいかなんて分からないですし、もしかしたら今どこに向かっているのかすら分かっていないのかもしれません。でも、それでも等しく今日が来て、明日が来る。だから私達に出来るのはその日その日を精一杯生きること。これまで知波単をなじる、侮蔑する声は私達にも聞こえていました。しかし、それで心を乱されることはなかった。なぜならその日その日を知波単の人間は精一杯生きてきたからです」

 

「なじる人間が私達の代わりに戦ってくれるわけではない。そんな人間のいう言葉に耳を貸す必要はない。以前も今も、私はそう思っています。ただ、今は決して私達だけの力で戦っているわけではない。そう思うようになりました。知波単の中にも外にも、私達のことを応援してくれる人はいる。それを知ったのです」

 

「チハで戦車道の試合を戦う。これがどれほど困難なことかは承知しているつもりです。今でもこれは自信を持って言えますが、以前の私達もその困難に立ち向かうということでは決して逃げていたつもりはありません。ただ、敢闘精神や伝統ということに寄り掛かりすぎていたように思います。この先知波単が続く限り、我々は如何様な過去も、困難な現実も受け入れなければなりません。どこかの政治家も言っていましたが、損だから、困難だからとか言って、冷や飯を食う覚悟もない人間が知波単の舵取りをする、未来を語ってはいけないんです。どんなに無様であろうと、どんなに希望がない状況であったとしても、我々はそこから逃げることは出来ないんです。それをしてしまうと、応援してくれる人も、自分自身も否定することになってしまう・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「やっぱり・・・ボコじゃないですか~!!」

 

西の言葉を聞いたみほは、実際に家でそうしているかは分からないが・・・ まるでボコのぬいぐるみを抱きしめるように、西を抱き締めた。パニックになっている西は何も出来ずに固まってしまっている。

 

「試合、頑張りましょうね!」

 

抱擁を解いたみほは、そう言いつつ一方的に西の両手を握り締め、先ほどの風格のある姿とは別人のようになって大洗の人の輪に戻っていった。戻ってきたみほの様子を見た秋山優花里が ”西住殿! 西殿はいかがでしたか?” と問いかけたところ、”うん!ボコだった!” と即答で満面の笑顔で答えたことに、みなは???ともなったが。

 

一方で固まりが解けた西も ”少しカッコイイことを言い過ぎたかな・・・” と自嘲しつつも、 ”いや、その思いに嘘、偽りはない” と思い直し、来たるべき試合に向けて闘志を新たにした。

 

なお、ボコがどんなものかが気になり、DVDをTATSUYAで借りて観たのはいいものの、”西さんはボコなんです” というみほの言葉が、褒められているのか馬鹿にされているのか分からなくなったのはその夜のことである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。