歴代最強大魔王は平和を望んでいる (個人情報の流出)
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プロローグ
人魔大戦、その一幕


このお話は、次話である大魔王軍、入隊よりも後に投稿された物です。この回を読まなくても物語に支障はありません。
なんかよく分からないなぁ、と思ったら読み飛ばして下さい。


 新魔界暦5274000年に始まった、魔界と人界の戦い。

 それは今までに無いほどに激しい戦いとなった。

 人が死んでいく。魔物が死んでいく。土地が死んでいく。

 

 戦いは序盤から総力戦の様相を呈し、序盤から中盤、中盤から終盤へと移り変わるのに、そう時間はかからなかった。

 

 これは、終戦間際のある時の話である。

 

 

 

 

 

 家が燃えている。

 魔物が燃えている。

 

 まるで世界が丸ごと炎に包まれたかのように燃え盛る村を見回しながら、俺は歩いている。

 

「……赤いな」

 

 そんな感想しか浮かばなかった。燃える村なんて、もう何度も見てきている。

 炎は綺麗だ。そこにあるものを穢れとして、その全てを浄化してくれる。罪も、証も、そこにかざせば等しく灰になる。

 そのあり方が、俺は好きだ。

 

 この村に住む魔物の悲鳴が、あちこちから聞こえる。俺はその悲鳴を無理矢理意識から閉め出した。耳障りなだけだから。

 

「シリウス!」

 

 道の向こうから1人の男がこちらへ向かってくる。それは俺の仲間である、ベガだ。

 俺が人界に戻る際に、俺と共に魔界と戦う『勇者付き』に選ばれた、戦士の男。紺色の髪を逆立てて、赤い鎧を身に纏う、国で1番の槍の使い手。

 少々頭に血が上りやすいところが欠点であると俺は思う。

 

「ベガか。火の眷属はいたか?」

 

「居なかった。あいつら、ガセネタ掴ませやがって……!」

 

「落ち着けよ。俺たちの襲撃を察知して逃げたのかも知れない」

 

 俺は燃え盛る村を、その出口に向けて歩き始める。

 情報は間違いだった。目的である火の眷属が居ないんじゃ、ここにいる理由がない。

 

「帰るぞベガ。もうここにいる意味もないからな」

 

「シリウス……! ……ああ。わかった」

 

 背後から、ベガの気まずそうな声が聞こえる。最近、彼はいつもそうだ。俺が何か言う度に、彼もなにかを言おうとして、何も言わず。そして俺に従うのだ。

 たしか、アニタにアルタイルが殺された辺りからこんな感じだったろうか。どうしたというのだろう?

 

 かつて家だったものの残骸を、かつて魔物だった物の残骸を、俺は踏みつぶしながら進んでいく。燃える家も、燃える魔物も知ったことじゃない。だってこれは戦争だ。火の眷属を匿ってるなんて疑惑が立つ方が悪い。

 

「っ……シリウス!」

 

 ようやく村の出口が見えてきた頃、俺の向かう先、まさしくその出口から、若い女の声が聞こえた。

 その声には憎しみと、ほんの少しの悲しみが混ざっているように聞こえた。

 

「……アニタ」

 

 魔王アニタ。現魔王にして、魔王軍を率いて人間と戦う、魔界トップクラスの実力を持つ魔物。

 その彼女が、部隊も、側近も引き連れずここにいる。珍しい。確か彼女にはいつも眷属の魔物がついていたはずだが。

 ……ああ、忘れていた。確か火の眷属以外、皆死んだんだったか。俺が殺した。ならば納得だ。

 

「いったい何をしに来たんだ、アニタ。君がこんな所にいる理由はないだろ?」

 

 吐き捨てるようにそう言うと、彼女は俺を強く睨みつけた。

 怖いな。アニタのそんな表情、俺は初めて見る。

 

「こんな所にいる理由はない? それはあなたが決めることじゃない。私が決めることです。人が……勇者が魔物の村を焼く現場に、魔王が駆けつけないわけがないでしょう!」

 

彼女からは凄まじい『プレッシャー』が放たれている。5割って所か。相当に怒っているようだな。

 

「そうか。君がそう言うならそうなんだろうな。それで? 駆けつけて何をするんだ? ……俺たちと、戦うのか?」

 

俺はその言葉と共に剣を抜く。それを見たベガも槍を構え、アニタのプレッシャーもその濃さを増した。

アニタのプレッシャーに充てられたベガは尋常じゃないほどに汗を掻き、心なしか体も震えているようだった。

 

それも当たり前だろう。アニタは全力ではないにしろ、いつになく本気だ。死ぬ。この戦いが始まれば、きっと誰かが死ぬ。これはそういう戦いだ。

 

「1つ、聞いてもいいですか?」

 

「何?」

 

「シリウス。なぜあなたはそんなにも、平気そうな顔をしている。……あなたは、そう言う人間じゃなかったはずだ」

 

「……さあ。何でだろうね?」

 

 その問いに対する答えを僕は持っていない。ああ、強いて言うならば、そうだな……。

 ──もう、止まれないからだ。例えば、覆水が盆に返らないように。賽が投げられた今、もうそれが元に戻ることはない。先に進むしかない。

 だから俺は止まらない。止まれない。だから……

 

「俺は。もうあの時の俺じゃない」

 

 空気は張りつめ、殺気とプレッシャーは高まっていくばかり。戦いの火蓋は、切っておとされるその時を今か今かと待っていた。

 しかし、その戦いが始まることはなかった。俺の後ろでバタリ、と何かが倒れる音がしたのだ。

 振り返ればそれは、魔物の子供。見ればまだ息があるようだった。

 俺はそれを見て、剣を納めた。

 

「そこの魔物、まだ息がある。助けてあげたら? 心優しい魔王様」

 

 アニタは即座にプレッシャーを消して、その子供に駆け寄った。俺はそれを見届けて、阻む物の居なくなった出口へと向かう。

 唐突に、自分の腕が引っ張られる感じがした。振り返って見ると、ベガが居た。彼は眉間に皺を寄せ、俺の腕を引っ張っていた。

 

「なんだよ。ベガ」

 

「……シリウス! お前、このまま帰るのかよ!? あいつ、今隙だらけだ。アルタイルの仇を討つチャンスだぞ!」

 

「……あれが隙だらけに見えるなら、まだまだだな」

 

 俺はベガを振りほどき、さっさと村から出た。途中でベガの気配を感じなくなったので後ろを振り向くと、直後、凄まじい火柱が上がる。

 それが村の火が起こした火柱なのか、アニタが起こした火柱なのかはわからなかった。

 その時を境に、ベガの姿を見ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん。ごめんね……」

 

 私はすすで真っ黒に汚れた少年の手を取る。

 

「こんなはずじゃなかった……」

 

 水魔法を使い、煙を吸い込んだことによって低下した身体機能を回復させる。

 

「……痛い。痛いの。人の悲鳴も、魔物の悲鳴も」

 

 若草色の髪を持つその少年を、私は抱き上げる。

 

「もう、私……戦いたくないよ……」

 

 その子をぎゅっと抱き締め、私は燃え盛る村を出る。

 

 

 私にこの子は救えない。

 私はこの子を連れて行くことは出来ない。

 

 ならばなるべく、死の危険を減らして。

 誰か心優しい物に救われることを願おう。

 

 

 ……ごめんなさい。ごめんなさい。

 彼を村から遠い草むらへと横たえ、私が持っていた剣と、幾ばくかの食料をその近くに置いた。

 

 彼がこの過酷な世界を、生き抜けることを祈って。

 

 

 しばらくして。人と魔物の過去最大の戦いは終わった。

 

 結果は引き分け。人も、魔物も、得るものなどなかった。

私たちの戦いは無意味だった。

 その、事実だけが。私の胸に重くのしかかった。

 

 

 

 

 終戦より10000年後。若草色の髪を持つ青年が、大魔王城を訪れる。

 その青年が胸に抱く思いとは、一体何なのか。その青年が大魔王城に訪れることで、魔界は何か変わるのだろうか?

 それは、誰にもわからない。

 物語は、これより始まる。

 

 

 

『歴代最強大魔王様は平和を望んでいる』




次話からスタートです。最強魔王、お楽しみください!


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歴代最強大魔王は平和を望んでいる
大魔王軍、入隊。


 新魔界暦5274000年。

 人界と魔界の戦争は記録されている中でも最大のものとなった。

 人界の数々の土地は焦土となった。

 魔物達のほとんどは虐殺された。

 

 人界と魔界にはそれぞれリーダーが立ち、時には将として戦い、時には兵として争った。

 

 人界軍のリーダーは、当時の勇者。魔界から受け継いだ闇の力と、人界から受け継いだ光の力を駆使して戦う、歴代最強の勇者だった。

 

 魔界軍のリーダーは、当時の魔王。5大元素含む7つの属性の魔法を使いこなし、また、5大元素に連なる5匹の眷属を以って人界を蹂躙した。

 彼女もまた、当時の大魔王をはるかに凌ぐ力を持つ、歴代最強の魔王だった。

 

 戦いは熾烈を極め、徐々に両軍は疲弊していった。

 

 そして、魔界暦5274060年。

 人界と魔界の間に停戦条約が結ばれ、戦争は終わった。

 

 人界の領土はその大半が侵略され、条約締結後に返還されたものの、その土地は100年は人間の住める環境にならなかったらしい。

 

 数多の魔物達が敗れ去り、死に絶えた。

 最強を誇る魔王の眷属達は、その全てが魔王の許へ帰らなかったらしい。

 

 勝者など無かった。その戦いに意味など無かった。

 人間の死も、魔物の死も。

 等しく、意味など無かった。

 

 

 

 時は、新魔界暦5284060年。

 

 戦争の終わりから、10000年が経過した。

 

 当時の魔王は大魔王となり、この魔界を治めている。

 大魔王は魔界中の強者を集め、大魔王軍を編成している。

 その大魔王軍に入ることが出来れば……それはこの上ない名誉と言えるだろう。

 

 これが僕の知る、人魔大戦と、大魔王城の情報の全て。

 

 僕、アランは、魔界中枢都市ギーグの大魔王城にやってきた。

 それはなぜか? もう分かるだろう。名誉ある大魔王軍への入隊が決まったから、である。

 

「本日付で大魔王軍に入隊する、アラン・アレクサンドルです」

 

 そびえ立つ城壁。来る物全てを拒むような漆黒の門。

 そこに立つ厳ついオークの番兵に、僕は自分の名前を伝え、指輪型の入城許可証を見せる。

 番兵は手に持ったバインダーを確認し、許可証を確認してから、

 

「入れ」

 

 と、ひび割れた声で告げた。次の瞬間、閉じていた門は開かれた。僕は番兵に軽く会釈をし、城の中に入る。

 

「広い……」

 

 玄関ホールに立った僕は、まずその広さに驚いた。

 外から見たときもずいぶん大きな城だと思ったが、まさか玄関ホールからここまで広いとは思わなかった。

 わかりやすく広さを言うと、一般的な玉座の間の1.5倍くらいの大きさだろうか。

 

「お待たせいたしました、アラン殿。ご案内いたします」

 

 玄関の広さに呆然としていると、突然後ろからしわがれた声が聞こえた。振り返ると、そこには小柄な、老いたゴブリンの執事が立っている。

 

「えっと、この城の執事ですか?」

 

「さようです。私はキースと申します。この城の使用人をまとめる、執事長をやっています。以後、お見知りおきを。ささ、玉座の間へと、案内しましょう」

 

「あ、はい。お願いします」

 

 執事に先導されて、玉座の間へと向かう。

 それにしても豪華な城である。僕が魔王軍にいたときに、魔王城にはよく入っていたのだが、あのとき豪華だと思った城が玩具に見えるほどだ。

 

 壁には気品を感じる壁紙がはってあり、窓はそれ自体が存在しないように見えるほど綺麗だ。

 大理石の床はピカピカに磨き上げられており、ホコリなど一つも見当たらない。

 

「このお城の豪華さに、見とれておるのですかな?」

 

 ゴブリンの執事が問いかける。

 

「ああ、はい。その……あまりにも、魔王城と違うもので」

 

「そうでしょうそうでしょう。私もこの大魔王城に初めて来たときには大層驚いたもんです。こんなにも豪奢な城がこの世にあるものなのか、と」

 

 執事はそう言って静かに笑う。

 

「ええ。想像を絶するほど。……本当に、大魔王軍に入れたんですね」

 

「ええ。そうですとも。18000歳の若さで大魔王軍に入られたのは、貴方が初めてです。これは、誇っても良いことなのですよ」

 

「ええ。ありがとうございます」

 

 執事との話は続き、やがて目の前にはこれまた大きな扉が現れた。

 

「ここが玉座の間でございます。大魔王様がお待ちですよ」

 

 その言葉を聞いて、僕は気合いを入れ直す。

 

「失礼します」

 

 扉を開け、その中に入る。

 その先に待っていたのは、広い部屋にぽつんと置かれた玉座。

 そして、そこに座る圧倒的なオーラを放つ女性と、隣に立つ二人の側近だった。

 

「問いましょう。あなたが、アラン。今日から大魔王軍に所属する、アラン・アレクサンドルで間違いはありませんね?」

 

 玉座の間の中央まで進むと、玉座の女性が重く冷たい声で問いかける。彼女から発せられるプレッシャー。上級の魔物のみが使える、力の差を相手に自覚させるための重圧が、僕を押し潰そうとする。それに必死に耐えながら、僕は彼女の問いに答える。

 

「はい。私が、アラン・アレクサンドルです」

 

 震える声で何とかそこまで言うと、女性は口角を上げ、にやりとした笑みを作った。

 そして、次の瞬間玉座の間に響き渡った声は。

 

「まあまあ、ようこそおいで下さいました! 私が現大魔王たるアニタと言います。よろしくお願いいたしますね!」

 

 先ほどとは打って変わって、ひたすらに明るく、場の空気を和ませるような声だった。

 大魔王様は玉座から立ち上がり、かなりの距離があるにもかかわらず一瞬で僕の目の前まで来て手を握った。大魔王様が。僕の手を。

 

「え、ええと、大魔王様?」

 

「はい。大魔王です。アニタと呼んでくださっても構わないのですよ? んんー、それにしても嬉しいですね。またこの城の仲間が増えました!」

 

 そう言って、僕の手をぶんぶんと振る大魔王様。

 その無邪気な振る舞いは、まるで平和な国の王女様だ。

 

 困り果ててまだ玉座の、隣にいる側近二人に目をやると、どうやらあちらも気が気でない様子。

 

「す、すみません、ちょっと離して……」

 

「……あ、あら嫌だ私ったら……」

 

 少し勇気を出してお願いすると、大魔王様は案外あっさり離してくれた。

 そこまで来て、僕はようやく大魔王たる彼女の姿をまじまじと見る。

 

 ダーククリムゾンの艶かな長い髪と、同じくダーククリムゾンの目。冷静さと気品を感じさせるクールビューティーな顔。頭には強大な魔力の象徴たる大きな角が、なんと二本も生えている。漆黒のロングスカートのドレスに身を包み、抜群のスタイルを誇る彼女は、見た目を見れば立派な大魔王。である。

が。

 

「?」

 

 目の前で柔らかく笑うその顔は、大魔王の威厳など少しも感じさせないのだった。

 

「これが歴代最強の大魔王……?」

 

「そうですよ? 前の大戦では大暴れしたものです」

 

 しまった。思わず口に出ていた。

 

「信じられませんか? なら、少しだけ『プレッシャー』なんかかけてみましょうか!」

 

 そう言った彼女は、目を大きく見開いて……。

 一瞬、意識が飛んだ。

 

「アニタ様!」

 

 玉座から飛ぶ声で意識を取り戻す。すると、大魔王様はびくりと背筋を伸ばし、出しかけていたプレッシャーを引っ込めた。

 

「玉座でプレッシャーを出すのはおやめください。私と貴方以外、誰も立っていられなくなる。……ほら、イグナシオも倒れてますから」

 

「うぅ……ごめんなさい……つい……」

 

 今。今、何が起こった。僕はプレッシャーで気絶しかけたのか? そこまで強いプレッシャーなど、僕は受けたことがない。

 

「ごめんなさい。大丈夫でしたか?」

 

「え? うわっ!?」

 

 ちょっと顔を上げると大魔王様の顔が目の前に。

 綺麗とか言う前にちょっと怖い。

 

「大丈夫、大丈夫ですから」

 

 そう言いながら、大きく後ろに下がって大魔王様から逃げる。

 かなり後ろに下がっても部屋から出られないくらい広いというのは、便利なのか不便なのか……

 少し遠くに見える大魔王様は、キョトンとしていたが、すぐに気を取り直して話し始める。

 

「そうですか? それならよかったです。私のプレッシャー、強すぎてちょっと出しただけでも皆気絶しちゃうの忘れてましたぁ」

 

「……え? もしかして、今までプレッシャーを出していなかったんですか!?」

 

「え? はい。もちろんですけど」

 

 あり得ない。今まで感じていた重圧ですら、魔王様を上回っていたのに……それで、プレッシャーを出していなかった?

 あげく、少し出したら皆気絶する?

 

 この魔物は……どこまで、強いんだ……?

 

「あー、そうです。アラン・アレクサンドル。何か私に聞きたいことはありますか?」

 

「へ? 聞きたいこと?」

 

「ええ。次の話に移りたいのですが、ここから長い話になります。その前に、何か質問はありますか? と言うことです」

 

 ああ、なるほど。そう言うことか。

 ……いや、ちょっと待て。この人、これまで何も話してなくないか。それなのに質問って……

 

 ある。一つ。

 

「アニタ大魔王」

 

「はい! アニタです! なんですなんです?」

 

 それは、僕が大魔王軍を目指していた理由。

 

「人界侵略は、いつ頃行われるのですか?」

 

 人を、この手で滅ぼすことだ。

 

「人界侵略……」

 

 大魔王様の一言で、場の空気が一気に重くなる。ぴりぴりとした雰囲気の中、大魔王様が口を開く。

 しかし。

 

「しませんよ。人界侵略なんて」

 

 その返事は、あまりにも予想外で想定外なものだった。

 

「ちょっと待ってください! 今、あなたはなんて……?」

 

「だーかーら、人界侵略なんてしません。何事も平和が一番だからです!」

 

 大魔王が。

 歴代最強の大魔王たるアニタ様が。

 

 人界侵略を、しない?



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復讐鬼と吸血鬼

これ、コメディタグ付けてもいいんですかね?


 人界と魔界は、古くから対立し合っている。

 旧魔界暦の頃から、人界を侵略しては取り戻され、侵略しかけては阻止され、と小競り合いを続けている。

 

 どんな優しい大魔王であろうと、どれほど人界側に戦う気が無かろうと。

 人界側に『勇者』が生まれ

 魔界側に『大魔王』が存在していれば

 

 必ず、侵略と戦争は起こっていたのである。

 by、魔界史の教科書『魔界と人界の歴史』より。

 

 故に。故に理解できない。

 僕は、大魔王様の考えが、全くこれっぽっちも理解できない!

 

「なんで……!? 魔界が人界に攻め込むのは当たり前でしょう!? どうして人界侵略しないだなんて!」

 

「んー? なんで、人界侵略するのが当たり前なんです?」

 

 大魔王様は僕を真っ直ぐに見つめて、そう言った。

 

「なんでって……古くから、魔界と人界は争っているからでしょう」

 

「うふふ、理由になってないです」

 

 大魔王様はニッコリと笑う。

 

「なんども戦争をしているからって、また戦争を始めなければならない、なんて決まりはないはずです」

 

「それは、そうですけど……ありえない。僕がここまで来たのは、人と戦争するためなのに!」

 

 人と戦うために強くなった。

 人を殺すために強くなった。

 そうでなければ、僕はここまで来なかった。

 

「ここに来れば、人との戦いで最前線に居られると思ったから来たんです。それなのに、戦争をしない!? なら、あなたはどうして大魔王になったんです!」

 

 僕は感情のままに叫ぶ。特に何も考えず、頭の中に浮かんだ質問をぶつける。

 

「私がこの魔界で1番強いからです」

 

 大魔王様は、さらっとその質問に答えた。

 その声音は、先ほどまで楽しそうに、感情たっぷりに話していたのが嘘のように無感情だった。

 

 少しの沈黙。静かに凍った空気を溶かしたのは、大魔王様の大きな咳払いだった。

 

「では、質問を変えましょうか!」

 

 彼女の声は、さっきと変わらない楽しそうな声だった。

 

「あなたが、人と戦いたい理由。それを教えて下さい」

 

「僕の、理由ですか?」

 

「ええ。あなたの理由」

 

 僕の、人界侵略がしたい理由。それは。

 

 人と戦いたいから。

 人を殺したいから。

 人を、人が、人が……

 

「人が。人界が、憎いから」

 

 人が憎い。人界が憎い。

 それが僕の原動力。それが僕を構成する全て。

 そう言っても良いくらい、人が憎くて仕方が無い。

 

 だから滅ぼしたい。だから、人界を侵略したいのだ。

 

「なるほど。復讐鬼」

 

 大魔王様は納得したように目を伏せ、続いて俺を指さした。

 

「断言しましょう! 復讐は何も産みません!」

 

「……は?」

 

「考えてみてくださいよ。貴方が人界に復讐をしたとして、人界の人々が貴方に恨みを持って、魔界を滅ぼしにやって来る……。そんなシナリオ、考え付きません? だって貴方がそうなんだから。だから、復讐心を持つのは止めましょ?」

 

 復讐は、何も産まない? 復讐心を持つのは止めろ?

 

「あなたも、そんなことを言うのか」

 

 そんなの、聞き飽きた。

 魔王様に通わせて貰っていた学校でも、魔王軍でも言われたこと。

 でも、それでも僕には復讐する理由がある。収めることなんてできない、深い深い憎しみが……。

 

「あなたには、大切な物が無いんでしょうね」

 

 気づいたら、そんな言葉が口から出ていた。

 大魔王様は目を丸くしてこちらを見ている。……つい、思ったことが口に出た。魔界のトップに、なんて口を利いているんだ僕は……。

 いたたまれなくなって、逃げ出した。玉座の間を抜けて、適当に走りだす。

 

「ああ、ちょっと待って!」

 

 待てと言われても、待てない。

 城の構造もわからないため、どこに行く宛も無かったが。

 今の僕はどうしても、玉座の間に居続けられなかった。

 

 

 

「あなたには、大切な物が無いんでしょうね」

 

 その声は、随分と闇を感じさせる声だった。

 アラン・アレクサンドル。わずか18000歳にして大魔王軍に入ることを許された、大天才……。

 

 でも、あんなに精神が不安定じゃあせっかくの技量が勿体ない。

 そんな若さで我らの仲間入りを果たすなど、並みの技量では無いはずなのだ。

 

 そんな考えを張り巡らせていると、アランは玉座の間を出て行ってしまった。まったく、なんという……

 

「ああ、ちょっと待って!」

 

 アニタ様の制止も聞かず、彼はここから立ち去ってしまった。

 

「ああ、どうしましょう。私、まだ彼に何一つ説明していないのに!」

 

 ……確かに、彼の仕事も、彼の部屋も、アニタ様は何一つ

説明していなかった。

 これは久々の問題児かな、と思うと、不思議と多少ワクワクしてくる。

 

「カミラ! 追いかけていって、説明してきて!」

 

「はい。アニタ様」

 

 大魔王の命を受け、私……カミラ・ヴァンプは自らの姿を多数のコウモリへと変える。

 

 ……さて、大魔王軍教育係の腕の見せ所だな。

 

 

 

 城を彷徨い数分。

 既にしっかりと迷った。どこだ、ここは。なんだここは広すぎる。

 あのとき勢いに任せて玉座の間を出たことと、勢いに任せてとんでもないことを言ったこと。

 

 そして、話を聞かずにここまで来たことを、深く後悔している。

 

「どうした、青年。迷ったか?」

 

 突如聞こえる凜とした声。

 振り返るとそこには、あのときの玉座にいた大魔王様の側近の一人。

 大魔王様のプレッシャーに耐えた方の魔物が立っていた。

 

「……迷ってません。連れ戻しに来たって戻りませんよ。というか、どうして僕がここに居るってわかったんですか?」

 

 そう問うと、側近の女性はサラサラした長い銀髪を払い、綺麗な青い目でこちらを見据えた。

 

「君、結構生意気だよなぁ。魔王軍では許されていたのか? その態度」

 

「う……」

 

 態度のことを言われると何も反論できなくなってしまう。

 僕も決してこんな態度を取りたいわけじゃなくて、なんというか、あの大魔王様の雰囲気が素の僕を引き出すというか……。

 

「ふ……大方、アニタ様の雰囲気に当てられて素が出ている、というところかな。まあ、気持ちは分からんでもない。あの人はそういうお方だ」

 

 女性は少し頬を緩ませ、そう言った。

 

「おっと、つい脱線してしまったな。質問に答えようか。私は君を連れ戻しに来たわけじゃない。君が聞かなかった話を、代わりに伝えに来た。それと、何故君を見つけられたか、と言うのはだな」

 

 そのとき、チチチッ、と言う鳴き声が聞こえた。声の方を振り向くと、小さな黒いコウモリが一匹飛んできて、女性の指にとまった。

 

「この子達のおかげだ。では、自己紹介をしよう。私はカミラ・ヴァンプ。ヴァンパイア族の生き残りさ」

 

 ヴァンパイア族。旧魔界歴において再凶の種族として名を轟かせた、凶悪な種族。

 生き物の血を飲むことで寿命を延ばし、殺されない限り半永久的に生き続ける生命力。

 魔力の高い人型の魔物ですら凌駕する魔力を持ち、身体能力も高い。

 また、自らの体をコウモリへと変えることが出来、索敵能力も高いと言う。

 

 だが、旧魔界暦の終わりの頃。その力を危険視した当時の魔王と大魔王が結託し、殲滅。ヴァンパイア族は絶滅したと言われている。

 

「ヴァンパイア族に、生き残りが……?」

 

「ああ。といっても、もう私だけだがね。子を成すつもりも無いし、正真正銘最後の生き残り、というわけだな」

 

 指にとまったコウモリは、カミラの指に溶け込んで消えた。それは紛れもなく、彼女がヴァンパイアであることの証明だった。

 新魔界暦にはヴァンパイアは存在しないと言われていたため、驚きを隠せない僕が居る。

 

「驚くのも無理は無い。大魔王城の情報は外部にはほとんど伝わらないし、私自身この城に来るまで自分の存在を必死に隠していたからな」

 

「……なるほど。確かに、ヴァンパイア族がまだ生きているなんて情報が魔界に広まったら、すぐに処刑されそうですしね。あの魔王ならやりかねません」

 

「そうだな。だが私は見つかってもただでは処刑されんぞ? 現魔王を道連れにして死ぬくらいはできるさ」

 

 末恐ろしい。魔王様と差し違えるとか堂々と言えるなんて。

 現魔王様はかなり好戦的な人だ。賢く、強く、隙が無い。

 歴代魔王の中でも間違いなく上位に入るほどの実力を備え、現大魔王が居なければ間違いなく大魔王になっていただろう存在である。

 

「さて、ではさっそく仕事の話だが……」

 

 カミラさんが切り出す。大魔王軍に入って初めて、僕に与えられる仕事とはなんだろう。生唾をゴクリと飲み込んで次の言葉に備える。

 

「二日間無い」

 

 無いのか

 嘘だろ

 

「どういうことですか!? 仕事が無いって!」

 

「と言うのもなぁ。ここ、大魔王城は広い。都市一つ分くらいは広い。だから、初めに中を一通り案内しておかないと、今の君みたいに迷うヤツが出る」

 

 今の君みたいには余計だが、図星なので黙っておく。

 

「だから、二日間は城見学。それと、軍の皆と城内の執事達の紹介だな」

 

「……なるほど。わかりました」

 

 まあ、仕方ないと言えば仕方ないだろう。道がわからなければ仕事のしようも無いわけだし。

 

「ところで、僕が寝泊まりする場所はあるんですか? 住み込みとは聞きましたけど」

 

「ああ。もちろん。今から案内しよう」

 

 

 

 

「ここが……」

 

 カミラさんに案内され、たどり着いたのはそこそこ大きめの部屋。

 案内されるとき、背の高い窓だらけの建物に入った。

 デザインは見たことが無いが、見た感じ複数の部屋が集まってできた貸し屋、みたいな物だろうか?

 ……建物の中に建物が入ってて、その建物に入るとか意味がわからない。

 

「一室まるまる君の物。トイレも風呂も完備。下には購買がある。有事の際は使えなくなるけどな」

 

「なんでこんな良さげなところを?」

 

 質問をすると、カミラさんは僕の部屋のベッドにドスンと座り、ふふんと鼻を鳴らした。

 

「大魔王軍の特権というヤツだよ? 青年。これと同じような建物が何棟かあって、大魔王軍は全員そこで暮らしてる。大魔王様はこの建物を、あぱーと、とか言ってただろうか。君もそう呼ぶと良い」

 

 あぱーと。不思議な響きだ。そして随分と画期的だ。

 これが魔界に広まれば、魔界の土地問題は一気に解決するだろう。

 ……広まるのかな、これ。

 

「さて、今日はこんなところかな。……アニタ様に言われたこと、よく考えておけ。必ず、君の運命を左右するものだからな」

 

 そう言って、カミラさんはベッドから降りて部屋の出口へ歩いていった。

 体が崩れ、崩れたところから無数のコウモリが飛び立っていく中、カミラさんは

 

「また明日だ。青年」

 

 とだけ言って、部屋から去っていった。

 

「また明日、か」

 

 とんでもない職場に来てしまったものだ、と思う。正直、第一印象は想像とも理想ともかけ離れたものだった。

 

「戦争する気のない大魔王と、生き残ったヴァンパイアが居る職場、か」

 

 これから、大変そうだ。




作中の二日間は、明日、明後日の二日間、と言うことです。
わかりづらくて申し訳ないです。


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城案内と農作業

 深い深い穴の底。そこは記憶の溜まり場。記憶を繋いで夢を見る。

 火が。火が見える。

 火事だ。僕の、僕の家が火事だ!

 赤い。熱い。苦しい。……死ぬ?このままじゃ………

 僕は急いで外へ出て、助けを求めようとして。

 

 なのに

 赤い。熱い。燃えてる。燃えてる?何が?

 

 村が。村が燃えてる。僕の家だけじゃない、村が……

 

「村が!」

 

 そこで、目を覚ます。体はじっとりと汗をかき、息は荒い。

 また、あの時の夢。毎日欠かさず見る悪夢。

 

「いや、でも、ここまでハッキリと見たのは久々だな……」

 

 ここしばらくはぼんやりとした夢だったのだが、今日はやけにハッキリしていた。まるで、あの時に戻ったようだった。

 

「……そういや、ここどこだ?」

 

 冷静になると、状況が見えてくる。とりあえずここは昨日までの部屋じゃ無くて……。

 

「ああ、そっか。大魔王軍の……あぱーと」

 

 辺りを見渡して、思い出した。大魔王軍に入ったんだった、僕。

 

「おはよう青年。気持ちの良い朝だが、何か悪い夢でも見たのかな?」

 

「……ええ。昔の夢です。あの時から、毎日見て……ちょっと待って、カミラさん!?」

 

 普通に会話をしかけて、気づく。

 カミラさんが部屋の中に居る! なんで!

 

「ははは、私はこの棟の管理人もやっていてな。マスターキーを持っているのだ」

 

「まだ何も聞いてませんよ!」

 

「何で部屋に居るのか、と顔に書いてあったぞ? ……ずず……」

 

「ちょっと待って、何! 何飲んでるんですか僕の部屋で!」

 

「ちょっとばかし紅茶をな?」

 

 そう言って、カップを回して見せる。中に入っていたのは、非常に見覚えのある赤色をした液体。

 ……僕のお気に入りの紅茶によく似てる。

 ガバッと起き上がり、荷物を漁る。持ってきた紅茶の茶葉……茶葉……無い。

 

「お探しの物はこれかな?」

 

 カミラさんの方を見ると、彼女は赤色の丸い缶を持っていた。それはまさしく僕の茶葉。

 

「ちょっと! それ僕が持ってきたお気に入りの茶葉のヤツですよね! 勝手に使ったんですか!? ああ、もう!」

 

 発狂する僕を横目に、優雅に紅茶をすするカミラさん。

 なんか、起き抜けから凄く疲れた。

 

 

 

 

 

「で。何の用ですカミラさん」

 

 僕の分の紅茶も入れて貰って、話に入る。なぜカミラさんがここに来たのか、なぜ勝手に部屋に入ってきているのか、なぜ僕の荷物を勝手に漁ったのか、などなど。

 ちなみに朝食はカミラさんが作ってくれていた。いただいた。おいしかった。くやしい。

 

「いやなに、城案内だよ。早速出掛けよう、と誘いに来たのだが、君は寝ていた」

 

「……ちなみに、何時に来たんですか?」

 

「5時半」

 

「早いですよ! まだ起きてない!」

 

 現在時刻は8時である。僕が起きたのは7時半であるから、このヴァンパイアは2時間も僕の部屋で待っていたことになる。

 

「で、5時半の訪問は良いとして、なんで僕の部屋で待っていたんです?」

 

「いやあ、男性の部屋に長居、というのはモラル的にいけないことだとは思ったよ? だけどせっかく来たのに何も無しで帰るのもあれだから、な。上がらせて貰った」

 

「……なんで紅茶を?」

 

「喉が渇いたから」

 

「だからって僕の荷物を漁らなくてもいいでしょう!」

 

「だって、血が足りなかったんだよぅ。仕方が無かった! それで、君の荷物に飲む用の血がないか探していたら、紅茶の茶葉を見つけてな? 淹れてみたら色が赤かったからそれで我慢しようと」

 

「どこの世界に飲むための血を持ち歩く魔物が居るんですかもう……」

 

 なんか、もう、めちゃくちゃだ。昨日の印象では常識人っぽい格好いい女性だと思ったのに、騙された。現実は残酷だ。

 ……叫びすぎで喉が渇いた。ちょっと紅茶飲もう。

 ……僕が淹れたヤツよりおいしい。

 

「美味しいだろう? 年季が違うんだ」

 

「なんか、凄く納得いかないです」

 

 

 

 

 紅茶を飲み終わり、時刻は8時半。

 もうそろそろ出た方が良いだろう。都市一つ分の広さとか、2日でもまわりきれるかわからない。

 

「準備いいかい青年?」

 

 カミラさんが僕に声をかけてくる。

 

「はい。……軽装で問題ないですよね?」

 

「ああ。それで充分だ。行こうか」

 

 カミラさんに先導されて、あぱーとの外へ。

 そこから左に曲がって、真っ直ぐ進んでいく。

 

「まず、ここの城がなぜこんなに大きいのか、の説明をしておこうか」

 

「はい。お願いします」

 

 で。そこからの会話は案の定脱線しまくってぐだぐだだったため、僕が噛み砕いて説明しよう。

 

 簡単に言うと、この城はシェルターである。大魔王城を除いた魔界全土が焦土と化しても、強力な魔法コーティングによって崩れない。と言うわけだ。

 この城は立て籠もるために基本自給自足で動いている。購買の商品などは他の土地から仕入れるが、それが無くてもこの城に住む全員が飢えないだけの食料を、ここで生産できるらしい。

 

「で、これから行くのはその食料を生産する畑だな」

 

「脱線しまくりの説明どうもありがとうございました」

 

 随分長く話していたため、もうかなり景色が変わっている。

 目の前には広大な地平線(城の中である)が……

 ん? 広大な地平線?

 

「着いたぞ青年。ここだ。ここから先全部」

 

「え、ちょっと待ってください、全部!?」

 

 冗談じゃない、冗談じゃないぞ。

 ここだけで、一般的な都市の半分はありそうな景色。それほどに巨大。それほど広大な畑が、ここにある。

 

「こんな馬鹿みたいな……っていうか、ここの管理は誰がやってるんですか? こんな広大な畑、維持するだけでも結構な人数が……」

 

「ここを管理しているのは一匹だよ? 耕し、植え付け、その他もろもろ全部一匹」

 

「え、は? 一匹!?」

 

 そんなこと出来る魔物なんて居るわけが……

 

「水の元素指定。解放!」

 

 居た。一匹いた。

 

 目の前の畑に水元素の魔法によって作物に水をやる、大魔王様の姿がそこにあった。

 

「あ、カミラ! アラン・アレクサンドル! おはようございます!」

 

 畑に響くのほほんとした声、その後ろで、恐らく畑全土に雨を降らせている大魔王様の魔法。

 ……力の無駄遣いとは、こういうことなのか?

 

「アニタ様、おはようございます」

 

 大魔王様に挨拶するカミラさんの声が若干明るい。

 心なしか表情も明るく見える。

 ……仲、いいんだろうな。

 

「どうした? 青年。アニタ様に挨拶しないのか?」

 

「……いえ、その」

 

 昨日、あんな事言った手前、簡単に挨拶なんかできない。

 気まずいな、と思ってうつむいて黙っていると、大魔王様は僕の前までやってきた。

 

「昨日のことは気にしてませんよ、アラン」

 

 顔を上げると、大魔王様の顔が目に映る。

 彼女は、優しく微笑んでいた。昨日と何も変わらない、ほんわかした笑顔。

 それを見て、自分にも微笑みが伝染して……

 

「昨日は、すみませんでした。大魔王様」

 

 少し、素直になれた気がした。

 

「はい。ふふ、気にしてないけど、許しちゃいます。それと、アラン? 私のことは、アニタ、と呼んで下さいな!」

 

「う……いえ、それはまだちょっと。ハードル高いです」

 

「うふふー、うふふー、可愛いですねぇ……!」

 

 褒められてるのか貶されてるのかわからないが、目の前でそう言うことは言わないで欲しい。

 

「……でも」

 

「ん? なんです?」

 

「復讐に関しては、譲りません。まだ、心を変えるつもりはありませんから」

 

 それを聞くと、大魔王様は少し真面目な顔になって、

 

「はい。肝に銘じておきますね」

 

 と、言った。

 大魔王様のことが少しだけわかった気がする。普段はほんわかしているけど、真面目なときは真面目な人だ。きっと。

 

「あ、魔法維持しすぎた! お野菜枯れちゃいます-!」

 

 ……きっと。




複数人での会話を書くの苦手です。結局1対1の会話にしちゃう……


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城案内と訓練場

「そういえば、カミラ。今アランに城案内をしているのよね?」

 

 畑への水やりを終え、こちらに戻ってきた大魔王様は、カミラに訪ねる。

 

「ええ。その通りです」

 

「うん。じゃあ、私もついて行っちゃいます」

 

「なるほど、良い考えですアニタ様!」

 

「え」

 

 大魔王様が恐らく一番下っ端だろう部下の城案内に着いてくるとか何事だ。どんだけ緩いんだこのお城。

 

「アニタ様はお前のことを気に入られているのだ。青年。うらやましいことに」

 

 うーむ、想像できたとは言え、やっぱり気に入られてたのか。僕。

 ……なにか悪いことでもしたかなぁ。

 

「そうときまれば早速出発です! 次は、どこへ行く予定だったんです?」

 

「ちょっと待って大魔王様! この後お仕事とか無いんですか?」

 

 どんな時でも魔物の上に立つ者は多忙なはずだ。それを無視して僕たちに着いてくるなんて……

 

「ああ、お仕事ですか。無いです」

 

 無いのか

 どうなってるんだこの城は

 

「大魔王って、想像されるよりずーっとやることないんですよ? 政は魔王の管轄ですし、私は戦争なんて望みません。ですから、畑仕事くらいしかやることないんです」

 

「なんかもう色々とあれですね。諦めました」

 

 

 

 

 

「気を取り直して。次の目的地はずばり、訓練場だ」

 

 道をあぱーと方面へ戻りながら、カミラさんが言う。

 次は訓練場。恐らく、大魔王軍の物だろう。僕も使うことになりそうだ。

 

「訓練場かぁ。イグナシオは居るんですかね?」

 

「あいつなら、この時間はそこに居ると思いますよ。」

 

「イグナシオ?」

 

 なにやら聞き慣れない名前が出てきて、聞き返す。大魔王軍の人のようだけど……

 

「ああ、イグナシオは私の側近をやっている男ですよ。あのー、気絶した方の」

 

「なるほど。分かり易いです」

 

「彼はオーガだ。黒い肌に黄色い一本角。角が示すように魔力が非常に高く、オーガ種としては異常の一言だ」

 

「え!? あの魔物、オーガだったんですか!?」

 

 オーガ種は、元々持っている魔力の量が少ない代わりに圧倒的な力を持つ種族だ。オークなんかの上位種と言って良いだろう。基本的には赤、青、黒などの体色をしている。体色には意味があり、赤、青、黒の順で魔力が高くなる。

 オーガの保有魔力は、黒の体色だとしてもせいぜい下級の魔法を少し使える程度。故に、角付きのオーガなど珍しいどころの話では無く、強靱な肉体に強力な魔法が合わさってしまえば、手など付けられまい。……大魔王様のプレッシャーでぶっ倒れていたが。

 

「まあ、私と言いアニタ様と言いイグナシオと言い、大魔王軍というのは異常の極の集まりだ。これからも、色々と驚かされると思うぞ?」

 

「ええ。なんというか、話を聞いているだけで僕って平凡なんだなぁって思えてきました」

 

「私から言わせれば、アランも充分異常ですけどね? 18000年でここに来るとか、私の同期でもまだ魔王軍にすら入れない子も居るのに」

 

 大魔王様はそう言ってくれたが、僕の実力なんてここでは下の下だろう、と思った。ここに、ヴァンパイアとか角付きオーガレベルの魔物達がわんさか集っていると思うと、流石に腰が引けてくる。

 

「……25000年で歴代最強の魔王と呼ばれてた大魔王様に言われても実感湧かないです」

 

「そう言うな青年。まずここでは人型であるだけで非凡なのだぞ?」

 

「だとしても……」

 

 角も生えていない。人型であるが故に、肉体の強さは劣る。基本戦闘スタイルは剣術……。なんというか、色々な面で敵う気がしないのだ。

 

「そろそろ着きますよ、アラン」

 

 そう言われて前を向くと、見えてきたのは大きなドーム状の建物。コロッセオみたいな建物を予想していたのだが、違ったようだ。……それにしても。

 

「なんか、パイシチューみたいな形してますね」

 

 そうボソッと呟くと、カミラさんが吹き出した。

 

「ぶっ……パイシチュー、パイシチュー!? っは、ははははははははは!」

 

 カミラさんがお腹を押さえて大笑いする横で、大魔王様は何とも言えない微妙な顔をしている。

 

「パイシチューじゃないですぅ。この形は時代の最先端を行く大魔王アニタ様の素敵ドームですぅー! っていうかアラン! ドームなんてそこら中の城にわんさか立ってるじゃ無いですか! 貴方は他のドームにもパイシチューだなんて言ってるんですか!」

 

「いや、言いませんよ? でもこの建物の天井、なんかひしゃげてません?だからパイシチューに見えるって……」

 

「ひしゃげっ、はははははは! いいね青年! 最高! あっはははははははは!」

 

「カミラ! 笑いすぎ-!」

 

 天井の吹き抜けから見える赤黒い空。ああ、今日も晴天。

 吸血鬼の笑い声と大魔王の怒鳴り声が城に響き渡る、そんな昼下がりである。

 

 

 

「はー、はー、いや、笑った! 笑わせて貰った! と言うわけで入ろうか!」

 

 数分後、やっとカミラさんの笑いが収まり、パイシチュー……もとい、訓練場の中に入ることになった。笑うカミラさんに怒っていた大魔王様はというと。

 

「カミラは許しません。支給する血の量減らしちゃうんですから」

 

 見事に拗ねている。

 

「大魔王様、そんなに拗ねなくても……」

 

「拗ねてませんー! 歴代最強たる私は常に平常心を崩さないんですー!」

 

 重ねて言おう、見事に拗ねている。

 

「そもそも! アランが私の素敵ドームをパイシチューなんて言うから!」

 

「アニタ様、それ以上続けるとパイ……訓練場に入る前に日が暮れちゃいますから」

 

 カミラさんはそれだけ言うと、すたすたと訓練場の中へと歩いていった。平常心のようだが、僕は見逃さない。彼女はまた笑いをこらえていた。肩震えてたし。

 

「あ! こらカミラ! 今パイシチューって言いかけましたね!」

 

 それを追って訓練場へ入る大魔王様。かくして、僕を案内する2人は僕をおいて先に行ってしまったのだった。

 

「……これ、案内って言うのかなぁ。」

 

 

 

 

 2人を追って訓練場へ入ると、まず最初に軽い風圧が僕を襲った。

 

「うわ!? 何ですかこの風」

 

 先に来ていた2人に聞くと、カミラさんが答える。

 

「イグナシオが訓練中だったみたいだな。ほら、中央を見ろ」

 

 言われるがままに中央を見ると、そこには巨体のオーガと、それを囲んで向かい合うオーク3匹が居た。

 

 オーク達はさぞ練習したであろう素晴らしい連携で1匹のオーガに攻撃を仕掛ける。が、オーガは難なくそれを捌く。そして、攻撃を捌いた棍棒は、そのままの勢いでオーク達に叩き込まれる。

 オーク達は辛うじて避けるものの、風圧で大きく体勢を崩す。その隙を見逃さず、オーガは3匹を一息に蹴り飛ばして見せた。

 

「すごい……」

 

 凄まじい技量だ。あのオーク達は、魔王軍の精鋭兵クラスの実力を持っていただろう。しかし、あのオーガはたった一匹でそれを捌いた。体には傷一つ無く、汗も全くかいていないように見える。

 

「だろう? あれがイグナシオ。我が大魔王軍のトップエースだよ」

 

 イグナシオとオーク達は訓練を終えたようで、一礼をしてこちらへ向かってきた。

 

「おう! ご主人とカミラじゃねえか! どうした! こんな時間に!」

 

 巨体に合う豪快で大きな声が訓練場に響く。

 

「いつもの新入りの城案内だよ、イグナシオ。ほら、昨日の」

 

 カミラさんの言葉を聞いて、イグナシオがこちらを向く。強面の顔はにかっと豪快な笑顔を作り、

 

「おう、昨日の! 復讐の新入りかぁ!」

 

 と、遠くに居る者に話し掛けるような声で話しかけてくる。

 

「復讐の新入りって……どんな覚え方ですか、それ」

 

「ああ、すまん! 俺は魔物の名前を覚えるのが苦手でな! ついつい印象に残った呼び方をしちまうのだ!」

 

「それに、復讐の新入り、というのは間違いじゃないだろう? 青年」

 

「……まあ、そうですけど」

 

 イグナシオはがっはっは、と豪快に笑う。さっきから豪快としか言っていないが、そうとしか表現できないような豪快さの塊なのだ。決して僕の語彙が少ないわけではない。決して。

 

「……あー、そうです!」

 

 大魔王様が唐突に声を出す。

 

「イグナシオ、アラン、お時間ありますよね?」

 

「え、はい。案内に支障がない範囲なら……」

 

「俺は全く問題ないぞ」

 

「そうですよね、そうですよね! じゃあ、一つ提案です!」

 

 大魔王様はぱんっ、と手を叩き、

 

「アランとイグナシオの模擬戦闘、やっちゃいましょう!」

 

 なんだか物凄いことを口走った。




可愛い大魔王様ですが、彼女の年齢は35000歳(人間で言うと35歳)です。


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城案内と模擬戦闘

「僕が、イグナシオさんと戦う……!?」

 

 正直、ここへ来て僕の自信は粉々に打ち砕かれている。

 魔王軍にいたときは、僕はトップエースだった。

 数々の歴戦の勇士よりも強く、いずれは魔王になるだろうと、よく噂されていた。魔王様とも何度も手合わせをし、勝てたことはないけれど、一矢報いたことは何度もある。

 

 そんな僕だから、いずれは魔王様を超えられると思っていたし、大魔王様だって超えられるだろうと、そう思っていたのだ。

 

 しかし。歴代最強の大魔王は格が違った。

 プレッシャーが、保有魔力が、全然違う。大角2本とか冗談じゃない。従者はヴァンパイアだし、目の前の彼……角付きオーガだし。

 特に、イグナシオさん。彼の実力を目の前で見せられて、正直怖いの一言だ。

 

「無理……! 無理ですよ! 僕じゃ戦いにもならない!」

 

 3匹のオークのコンビネーション。あんなの、僕1匹じゃ捌けない。それを捌いた相手に1対1なんて、とてもじゃないが無理だ。

 

「なあにビビってる新入り! 模擬戦闘、だ。なにも殺し合うわけじゃねえし、俺に負けたからって追放されるわけでもねぇ。胸を借りるつもりで来い。な?」

 

「……わかりました。行きます」

 

 そうだ。模擬戦闘、これはただの模擬戦闘なんだ。……心配する必要はない。大丈夫、大丈夫……。そうやって、自分を落ち着かせる。

 

「大丈夫。アランはきっと、自分が思ってるより弱くないですよ? 自信を失わないで、頑張って!」

 

「……はい。頑張ります」

 

 

 

 

 

 数分後。僕は愛用の剣と共に訓練場に立っている。服装は軽装。皮で出来た防具に身を包む。金属防具は着けない。その理由は僕の戦闘スタイルと、僕の使える魔法にあるが、それは後に説明しよう。

 剣は、所々に軽量化が施された両刃の片手用直剣だ。この剣も、僕の戦闘スタイルに直結している。

 

 目の前には、黄色い1本角を持つ、黒い肌のオーガ。イグナシオさんだ。

 なるほど、オーガらしく大きな棍棒を持ち、上半身は裸。下半身には皮の腰巻きをしている。オーガの民族的戦闘衣装だ。

 両者、殺傷力のある武器を持っているのはイグナシオさんの提案だ。曰く、俺は武器を持っても殺さずに戦う自信があるし、剣なんかじゃ殺されない自信がある。緊張感を持つために、良い演出だろう? とのこと。正直言って狂ってる。模擬戦闘はどこへ行った。これじゃあ普通の殺し合いじゃないか。

 

「まあ、全力でやっちゃって下さい。どのような怪我でも、私が完璧に治しますからね!」

 

 と、大魔王様も言っているから、まあ、安心と言えば安心かも知れない……

 

「さあ、全力で来いや!」

 

「……行きます!」

 

 先手必勝。小細工も何もせず、一気にイグナシオさんの元へ駆け抜けていく。イグナシオさんは様子見とばかりに動かない。

 

「風の元素、解放……!」

 

 魔法を、使う。

 

 魔族は、基本的に5大元素である地水火風空と、2大魔素である光闇の中から一人一つ、自分の魔法属性を持つ。

 僕の魔法は風。速度制御の魔法に長けた、風属性。

 風の元素を解放し、大きく加速する。

 一瞬でイグナシオさんの目の前まで来た僕は、そのまま斬りかかる。しかし、流石の反応速度。イグナシオさんはわかっていたかのように僕の剣筋に棍棒を合わせる。

 飛び散る火花とせめぎ合う金属音。だが、僕の戦闘スタイル的にパワータイプであろうイグナシオさんとのつばぜり合いは分が悪い。

 棍棒を流し、再び魔法で加速。後ろへ、左へ、前、右、上、右、上、左、前、後ろ……

不規則に移動しては斬りつける。が、イグナシオさんはその全てに対応して見せた。まるで僕が次に現れる場所がわかっているみたいに……

 

「軽い。軽いぞ新入りぃ! もっと気合いの入った攻撃は出来ねぇのか!」

 

 何回目かの攻防の後、イグナシオさんの怒号が響く。

 

「言いましたね? 後悔しても遅いですよ!」

 

 僕はまたも加速。今度は真っ向正面。イグナシオさんの胸へ叩き込むように、剣を振る。

 

「解放」

 

 瞬間、剣が加速。イグナシオさんは目を剥き、少し後ろに下がって棍棒で受ける。受けたイグナシオさんは、僕の剣の重さに少し後ろに押しこまれたものの、ダメージは通らなかったようだ。

 

「剣に風魔法をかけて加速なんて……熟練の風魔法剣士だって難しいことを随分と簡単にやってのけるんだな、青年は」

 

「流石、と言ったところですかね? ここに来るだけのことはあるでしょう?」

 

 速度制御魔法はかなり扱いが難しい。体が風の速度に負けてバランスを崩せば、それは加速にはならない。だから、バランスと速度の絶妙な調整が必要なのだ。そして、武器の加速についてもそれは言える。風で剣を振るフォームが崩れれば、普通に振るよりも威力は落ちる。

 故に、速度制御魔法はかなりの練度が必要であり、それを戦闘で維持しながら戦うなど出来る魔物は数匹しか居ないのではないだろうか。

 

「なるほど。天才、ねぇ」

 

 カミラさんが楽しそうに微笑む。その先でまだ、戦闘は続いている。

 

 僕のスピード重視の戦い方を、簡単に捌くイグナシオさん。さっき当てた剣で後退させた以外は、彼は一歩も動いていなかった。

 まるで大きな岩を叩いているようだ。だんだん、自分のスタミナの限界も見え始めてきた。

 

「どうしたどうしたぁ! これで終わりか新入りぃ!」

 

 これ以上加速戦法を続けるのはまずいと判断し、イグナシオさんから大きく距離を開けて1度止まる。肩で息をする僕を見て、イグナシオさんはニヤリと笑った。

 

「それじゃあ、次は俺の番だなぁ!」

 

 瞬間、地面が揺れる。まるで壁が迫ってくるように、巨体が凄まじい速度でこちらに襲いかかる。

 

「くっ……!」

 

 襲い来る棍棒を加速と合わせてかわす。だが、次第に目がかすんでくる。

 

「魔力の限界が……!」

 

 一瞬、ふらついたところを棍棒が捉えた。何とか剣で受けるが、僕の体は大きく飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 

「がっ……!」

 

 たまらず倒れる。完全で無いとは言え、防御をしてもこの痛みだ。頭ががんがんして、吐き気が……。

 

「チェックメイト……だな? 新入りよ。これでお前、死んだぞ」

 

 ドスン、ドスン、と、イグナシオさんの足音が聞こえる。

 一撃で、勝敗が決した。僕の剣は彼に通らず、彼の棍棒は僕を殺したのだ。このまま、彼が僕に棍棒を突きつけて、終わり……。

 

「解放」

 

 解放。僕はそう呟く。僕の体は加速する。たった今まで倒れていた魔物は、既にそこには居なかった。

 

「何!?」

 

 イグナシオさんは驚きの声をあげ、一瞬だけ固まる。無防備な彼の胸に、深く剣を斬りつける。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……一矢……報いる……!」

 

 が。しかし。

 

「なるほどなるほど。なかなかのガッツだ。新入り。だがなぁ……」

 

 僕が与えたはずの『傷』は

 

「それではダメージすら、与えられていないのだ。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え……!?なんで……!」

 

 イグナシオさんが僕に棍棒を突きつける。それで決着。この模擬戦闘の勝者は、結局イグナシオさんだった。

 

 

 

 

 

 

「なんですかこれ……こんな上等な回復魔法なんて受けたことありませんよ……」

 

 傷も、吐き気も、なにもかもすっきりして、僕は今訓練場のベンチに座っている。

 普通の回復魔法っていうと、傷は塞がっても痛みは少し残ったり、多少の吐き気があったり、なにかしら辛さが残るものなのだ、が。

 大魔王様がかけた回復魔法は、そんな不快感すらも完全に消し去ってくれたのだ。

 

「まあ、アニタ様だからな。そこいらの治癒師なんかと比べちゃいけない。なんたって、歴代最強だぞ? 青年」

 

「歴代最強なのはわかってますけど、こうも規格外だとは思ってませんでしたよ。」

 

 もうその言葉に尽きる。とにかくめちゃくちゃだ。

 

「これ……私、褒められてます?」

 

「褒められてるって事で良いんじゃないですか? ご主人」

 

 大魔王様の言葉にイグナシオさんが答える。

 

「ていうか、最後のあれ、何だったんですか? イグナシオさん」

 

「あー、あれなぁ。魔法だよ。俺の魔法は水元素。まあ、水なら何でも使えるんだが、とりわけ自己回復に特化した物だ」

 

 自己回復。

 他物への回復は、生命に関する魔法に特化した水属性にしか行えないことだ。回復魔法はかなり難しい物であり、魔力消費も大きいのだが、それが自分の回復となると、さらに難易度が跳ね上がる。

 他物への回復も、集中して、目一杯精度を高めても傷を塞いで痛みを若干減らすくらいしか普通は出来ない。そして、自己回復になると、傷の程度にもよるがまず痛みによって回復のための集中すら出来ないのだ。

 だからこそ傷口の治りは不完全で不格好になりやすく、回復中は動きも止まる。戦闘中の自己回復など殺して下さいと言っているような物だが。

 さっきのイグナシオさんの回復は、特に集中してるような感じもなく、そしてほぼ完璧に傷が塞がっていた。

 

「なんでそんなことが出来るんですかもう……」

 

「まあ、出来るようになっちまったもんはしょうがないよなぁ。俺も、やろうと思って出来るようになったわけじゃないしな」

 

「ああ、それと、彼の場合自己回復に使う魔力が極端に少ないみたいですよ?イグナシオが自己回復しかしない場合、彼の魔力量は私に匹敵するくらい多くなりますから」

 

 なんとまぁ。とんでもない化け物だ。

 

「やっぱりここ、化け物しかいない……」

 

「私に言わせれば、青年も相当の化け物だがな?」

 

 と、ここで話し始めたのはカミラさん。

 

「なんでですか?」

 

「いや、君ほど風魔法の速度制御が上手いやつを私は見たことが無い。私ももう1000万年生きているが、あれほどまでの加速を見たのは初めてだ」

 

 カミラさんは真剣な眼差しで語る。イグナシオさんは、それにうんうんと頷いた。

 

「あの加速はびっくりだ! 正直危なかった。受けきれないかと思ったな。それに加えて武器の加速とか、そこまでの手練れは見たことねぇわ!」

 

「そう……ですかね。でも、やっぱり僕とイグナシオさんとじゃあ戦いにならなかった」

 

 僕はイグナシオさんに指を指して、叫ぶ。

 

「まずは貴方を超えます! そこから僕は強くなりますからね。覚悟して下さい、イグナシオさん!」

 

 僕の宣言を受けたイグナシオさんは、またも豪快に笑う。

 

「おうよ! いつでも受けて立つぞ、アラン!」

 

 そして、握手。ここに、2人の男の友情が生まれた。

 ……きっと。

 

 

 

 

 

「もう昼も過ぎたか。ここらへんでお昼でも食べておこうか」

 

「お! 飯か! 飯だな! 肉だな! よっしゃあ、いくぞアラン!」

 

「あーあー、ちょっと引っ張らないで下さいイグナシオさん!」

 

 皆の声に、大魔王様の笑い声の重なる昼下がり。

 これから始まる昼食も、なんだか慌ただしくなりそうな……気がする。



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城案内とお昼ご飯

 模擬戦闘を終え、ほどよくお腹がすいてきたころ。

 もうそろそろお昼なので、僕たちはお昼ご飯をとろうとしたのだ。

 お昼ご飯を、とろうとしたのだ。

 なのに、なぜ?なぜ僕の目の前には……

 

「腕によりをかけました。どうぞ、お召し上がり下さい」

 

 フルコースの料理が並んでいるのか。

 

 

 

 

 時は約1時間半前まで戻る。お昼を食べようとした僕たちは、大魔王様の提案により、使用物の作った大魔王用の料理を食べよう、と言うことになった。

 なんでも、期待の新人には美味しい物を食べて貰わなくてはいけません。いけません! ……とのことで、城中枢にある調理場と食堂まで向かうことになった。

 ちなみに、ここの食堂は大魔王軍なら自由に利用できるらしい。様々なメニューから、自分の好きな物を頼んで食べて言いそうだ。なんとも便利である。

 

 で、1時間ほどで到着。大魔王様が使用人に話を通すと、どうやら使用人にもこの展開は予想できていたらしい。3匹分の用意がございます、とうやうやしく言って、厨房へと戻っていった。

 

 そこでふと気づく。3匹分の用意って、1匹分足りなくないか?

 そのことを聞くと、カミラさんは笑いながら

 

「イグナシオは肉しか食べんのだ」

 

 と言った。なんか納得した。

 

 

 

 

 

 長いテーブルに座ってしばらく待っていると、料理が運び込まれてきた。

 大量に。それこそ大量に。パン、スープ、肉……様々な料理がテーブルに並べられていき、気づいたら目の前にはフルコースが存在していたのだった! ……割と洒落にならない。

 

「これ、お昼ですか!? 夕飯じゃなくて!?」

 

「ええ。そうですけど?」

 

 僕の問いに、大魔王様は不思議そうに答えた。まるでこれが当たり前のように。……いや、実際当たり前なのだろうが、それにしてもぶっ飛んでいると思う。

 

「さてさて、頂きましょうか!」

 

 笑顔で手を合わせる大魔王様。

 すぐ後に手を合わせるカミラさん。

 すでに肉を食べているイグナシオさん。

 その三人を唖然と見る僕。

 僕が手を合わせていないのを見て不思議そうな顔をする大魔王様。

 僕に気絶するギリギリのプレッシャーをかけてくるカミラさん。

 気絶したイグナシオさん。

 

 ……部屋に帰ってご飯食べたいなぁと、この惨状を見て思ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジューシーな肉、ふかふかのパン。上質な味付け……。渋々手を合わせて、『いただきます』して食べてみれば、その味は美味しいでは表しきれないほどの物であった。

 魔王様に連れて行って貰った高級料理店の料理よりも美味しいとは、これいかに。大魔王様はいつもこんなものを食べているのか……。

 

 ふと気づいた。静かだ。美味しい食事に集中していて気づかなかったが、やけに静かだ。大魔王様も、カミラさんも喋っていない?

 ふっと顔を上げる。未だ倒れているイグナシオさん。上品に料理を口に運ぶカミラさん。

 そして。積み上がった大量の皿で姿の隠れた大魔王様。

 

「……大魔王様!? 量! 量!」

 

 僕がそう言った瞬間。とてつもないプレッシャーが発揮され、僕の意識は飛んだ。

意識が薄れていく中、

 

「食事中は、静かにするのが礼儀だ」

 

 と言う、凜とした声だけが聞こえた。

 

 

 

 

 食事中は記憶があまりない。料理は美味しかった気がするが、特に覚えていない。何か忘れたいことでもあったのだろうか?

 ……僕は覚えていないぞ。僕たちの三倍、いや、それ以上の量、大魔王様が軽く平らげていたことなんて覚えていない。

 

 

 気がつくと僕は食後のワインを飲んでいて、カミラさんと大魔王様は仲良く話していて、イグナシオさんはちゃんと起きていた。

 

「新入りよぉ。少し、話があるんだが」

 

 イグナシオさんが立ち上がり、僕の横まで来て、2人には聞こえない声で言った。

 

「何ですか? 急に」 

 

「俺はお開きになったら訓練に戻るからな。その前に、言っときたいことがあるんだ。だが、まあ、ご主人やカミラの前で話すことでもねぇしな。ちょっと外で話そうや」

 

「……? わかりました」

 

そうして、席を立つ僕とイグナシオさん。大魔王様に理由を聞かれたとき、男同士の連れションだ! と理由を説明して笑っていたが、正直ちょっと辞めて欲しかった。




大事な話の内容は、次話を待て。と言うことで。
お願いします。


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ブレイクタイム:復讐する鬼の話

「それで、話って言うのはだなぁ。復讐ってのはあまりよろしくねぇって話よ。」

 

 外へ出て、イグナシオさんは早速話を切り出してきた。その話は、結局いつもの話。

 

「……あなたもそれですか?」

 

「まあまあ待て。お前がそれを言われ飽きてる事はわかる。わかるから、今回話すのは昔話だ」

 

 敵意をむき出しにする僕を、イグナシオさんは大げさに止める。そして、妙なことを言いだした。

 昔話。昔話と言った。イグナシオさんの過去の話だろうか。

 

「おお、聞く気になったな? 何のことは無い。俺の昔の話だよ。俺も、復讐とやらをしたことがある。……そうさなぁ、これは、ざっと1万と1千年前の話。復讐する鬼の話よ」

 

 俺は、忌み子だった。オーガの中でも珍しい、黒い肌で産まれた。

 それだけでも珍しいのに、なんとまぁご立派な角まで生えていた。笑っちまうよな?肉体の強靱さが売りのオーガが、魔法まで扱えちまう。当然皆からは疎まれ、距離を置かれた。嫌がらせも往々にしてあった。子供のイタズラのような物だったから、気にすることも無かったわけだが。

 

 さて、そんな忌み子の俺にも友は居た。つくづく変なヤツだと思うよ。こんな俺に付き合ってくれたヤツなんてな。

 だが、大切なヤツだった。俺は別に孤独でも構わなかったのだが、まあ、友というのは良い物よなぁ。

 

 その名は、ユグと言う。女性のオーガ。世話焼きの幼なじみだった。

俺は1匹、集落の外れに住んでいたが、ユグはよく俺の家にやって来ては家事を手伝ってくれた。

 

 なぜわざわざ手伝いに来る?と聞くと、それが楽しいから。と答えた。彼女は本当に楽しそうで、それを見て俺も楽しくなったもんだ。

 

 だがなぁ。忌み子に構う女なぞ、集落の者にとっては邪魔でしかなかったんだ。

 

 ある日。本当に唐突なある日。ユグは、何物かに殺された。

 いやいや、何物かなんてわかりきったことだ。集落のオーガだよ。

 オーガってのはな、他種族が思うよりすごく臆病だ。他の種族から見れば文句なく強力な種族だが、その実魔法が使えないハンデに負い目を感じてる。だから俺を淘汰したし、魔法の使える俺に接触するユグを、許す道理は無かったのだ。

 

 俺は……そうさな。激怒した。そう形容するしかないくらい激怒していた。気づいたのはその時だ。俺はユグの事を大切に思っていた。すごく。ものすごくな。

 ……俺は我を忘れていたよ。復讐しか頭に無くてなぁ。集落へ向かって、目についたオーガを全て殺した。

 

 女も、子供も。……自分を捨てた、両親さえも。

 

 殴って、潰して、殴られて、潰されて……。

 

 そこで起きたのは凄惨な殺し合いだ。気づけば辺りは血の海。死体の山。

 そこで気づいた。俺は何度も殴られた。俺は何度も潰された。なのに、この身体には傷一つ付いていなかった……。

 

 

 

 

 

「うん。俺が自己回復が得意になったのはこの時だな。図らずも、俺の戦法を決める魔法の習得が出来ちまったわけだ」

 

 ……さらっとここまで語って貰ったが、凄まじい話だ。何も、言葉をかけることなんて出来ない。でも。

 

「イグナシオさん。復讐が終わったとき、あなたはどんな気持ちでしたか?」

 

 これだけは聞きたかった。聞かざるを得なかった。

 僕がたどる道の先。僕の目指す終着点は、どんな景色なのか。それが知りたかった。イグナシオさんは僕に目線を向け、そして目を閉じた。

 

「何も」

 

 それだけ。寂しそうに、ただそれだけを言った。

 

「何も……って、何も!? 何も思わなかったんですか!?」

 

「ああ。そうだよ。達成感もない。心のもやも晴れない。ただ、ユグを失った喪失感と、全てをこの手で壊してしまった虚しさが残っただけだ」

 

 喪失感と、虚しさ。それだけで、何も、残る物は無かった……?

 

「だから、俺は復讐は辞めろと言う。何も残らない。気持ちも晴れない。そんな物を目標にして、それが終わったときに何をする?……まあ、死にたくなって終わりさなぁ」

 

 僕は何も言えなくなった。僕の進む道の先には何も無い。先人が、それを告げていったのだ。……でも。

 

「じゃあ、僕はこの気持ちをどこにぶつければ良いんですか」

 

 今度はイグナシオさんが黙る番だった。

 憎い。

 悲しい。

 この気持ちを晴らしたい。

 

 イグナシオさんは何も無いと言ったけど、それは嘘だ。少し。ほんの少しくらいは気持ちが晴れているはずなのだ。

 だって、憎しみは収まった。

 だって、自己満足は完結した。

 

「イグナシオさんは、その感情を集落の物にぶつけられたわけでしょう? ……なら良いじゃないですか。あなたは、僕にこの感情を精算せずに諦めろと言ってる。それは酷ですよ」

 

 僕は自己満足できるならそれで良いのだ。この怒りのやり場を、見つけたいだけなのだ。

 

「復讐の先に何も無いとしても。僕は復讐しますよ。イグナシオさん」

 

 ……ああ、僕は。ただ単純に、人を殺せれば良いだけなのかも知れない。

 

 イグナシオさんは、無言で僕を見る。目線が合う。睨み合いは1分と続かず。イグナシオさんは何かを諦めたように目線を外した。

 

「そうか。ならしゃあねぇな。ご主人の所に戻ろうか。城案内、まだ終わってないんだろう?」

 

「……はい」

 

 少し気まずいが、これくらい気にしない。僕の気持ちは本物だから。この胸に宿る憎しみは、復讐心は、時間の流れで風化するような物じゃないから。

 

 誰に何を言われたって、この目的(復讐)だけは譲るつもりはない。




アラン君は復讐の事になると人が変わります。
あるいはこの彼なら、イグナシオを倒せたかも知れませんね。


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城案内と門番

 イグナシオさんと僕が大魔王様の元へ戻ると、大魔王様はカミラさんとの話を中断してこちらを出迎えた。

 

「お帰りなさい! ……随分と長い連れションでしたね?」

 

 大魔王様が全てを見透かしたような笑みをしていた。僕たちが何をしてきたのかバレているのかも知れない。

 

「まあ、なんだ。なかなか出なかったのよ。でだなご主人。すまんが俺ぁこれで訓練に戻らして貰うわ」

 

「あら、そうですか? 残念ですが……まあ、イグナシオですもんね。訓練、頑張って下さいね!」

 

 大魔王様がバイバイとばかりに手を振ると、イグナシオさんはさっと手を上げて答えた。

 どすどすと音を立てて去るイグナシオさんが、不意に僕の方へ振り返る。僕を捉えるその目は、少し寂しそうに見えた。

 

「さて、次の目的地はどこですか? カミラ」

 

「今日は正門を案内して、それで終わりにしようかと」

 

「……正門?」

 

 正門なら僕がここへ来るときに1度見ている。改めて案内されるような場所では無いと思うのだが……

 

「まあ、黙って付いてこい青年。説明しなきゃならないこともあるからな」

 

と言うカミラさん。……まあ、とりあえず付いていこう。

 

 

 

 食堂から正門まではかなり距離が近かった。と言うのも、食堂からいわゆる『城エリア』であり、あぱーとや訓練場などがある、『居住エリア』とでも呼ぶべきであるあの広大な土地より、比較的狭いからである。

 まあ、比較的狭いだけであり、もちろん広いと言えば広いのだが。

 

「で。昨日も見た正門な訳ですが」

 

 昨日と何ら変わりない。そびえ立つ漆黒の城門がそこにあった。

 

「んー……本当に変わりないかな? ほら、門番、とか」

 

「門番……?」

 

 カミラさんに言われて、門番を見る。これも昨日と変わりなく、オー……

 

「ゴブリンだ……」

 

クではなかった。そこには、昨日僕を玉座の間へと案内してくれたゴブリンの老執事。キースさんがそこに居た。

 

「おや、大魔王様とカミラ様。それに、アラン殿ではありませんか。お出かけですか?」

 

 にこやかに言うキースさん。

 

「いいえ。アランへの城案内です、翁」

 

「そうでしたか。ここの門番の制度の説明に?」

 

「ええ。丁度今日はキース殿が番をする日なので、青年を驚かせてやろうと」

 

 僕をおいてどんどんと話が進む。……それにしても、カミラさんも、大魔王様も、彼に敬意を払って話しているように見える。……ただの執事ではないのか?

 

「カミラさん、彼、何者なんです? ただの執事じゃないんですか?」

 

「彼はな、前々回の人界との戦いで、大魔王の側近として戦い、ゴブリンでありながら当時の勇者を五体満足で葬った伝説中の伝説のお方だ」

 

「……え!?」

 

 勇者を五体満足で……? それはとんでもないことではないか? 大魔王の側近でありながら、もしかして当時の魔王よりも強いのでは……。

 

「そんなに大袈裟なことではありませんよ。そうですね……ただ、ちょっと運が良かっただけでしょう」

 

と、あくまでにこやかに言うキースさん。何というか、この姿を見ているとそんなに凄みは感じない。

 

「って、そういえばカミラさん。ここで説明したかった事って? 後、昨日の門番はオークの人だったのに、なんで今日はキースさんなんです?」

 

「ああ、説明しよう。ここの門番、交代制なんだ」

 

「……わざわざここまで来た意味、ありますか?」

 

「……ないな」

 

 ええ……無いのか……。

 

 

 

 

 

「そういえば。キースさんって、執事なんですよね?」

 

「ええ。執事長をやらせていただいています」

 

 せっかくここまで来たのだからと、キースさんとお話しすることにした僕である。

しかし彼の落ち着いた立ち振る舞いは見事な物で、立ち方一つとってもぴしっとしている。

 故に門番には見えない。

 

「……執事長の仕事は、門番の時は無いんですか?」

 

 わかりきった質問。この城のことだし、門番しつつ他の仕事とか、大魔王様じゃなきゃ出来ないだろう。

 

「執事長の仕事もありますよ?」

 

 あるのかよ

 なんなんだこの城は

 

「まあ、私ほどになりますと他の使用人の教育もしっかりしておりますから。ある程度指示をすればそこの埋め合わせはしてくれますよ。皆、頼りになる使用人達です」

 

 しみじみと言うキース殿。

 

「まあ私含め皆仕事は適当にやっておりますが」

 

 とんでもないことをさらっと言うキース殿。

 

「ええっ……ちょ、ちょっと待ってください、適当!? 適当ですか!?」

 

「ええ。適当です」

 

「城内の掃除も?」

 

「適当です」

 

「あんなに美味しかった料理も?」

 

「もちろん適当です」

 

「大魔王様のスケジュール管理とか……」

 

「大魔王様は畑仕事か散歩くらいしかすることがありませんので、そもそもスケジュールなど……」

 

「……この、門番も?」

 

「ええ。それはもう適当に」

 

 なんかもう駄目だこの城。今までの僕たちをあざ笑っているようにしか思えない。

 

 

 

 

「さて、もうそろそろ日も落ちてきましたね」

 

 空を見上げながら大魔王様が言う。赤黒かった空はもうほぼ真っ黒に染まり、月も見えかけている。

 

「帰りましょうか。アラン、カミラ」

 

「これから何時間歩いてあぱーとまでかえるんですか……?」

 

「青年。考えてはいけない」

 

 城門のキースさんと別れ、元来た道を戻り出す僕たち。

 今日は色々と衝撃の1日だった、と纏めて見ようとしても、衝撃的すぎてさっぱり纏まらない。簡単な言葉じゃ表現できそうもないのだ。しかし、この城のぶっ飛び具合は、印象にだけは、非常にに強く残ったのだった。

 

 故に、僕は。

 大魔王様を心から信用することが出来ない。



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復讐鬼と吸血鬼 2

 城エリアに寝室のある大魔王様と途中で別れ、あぱーとに戻る。

 広い城内を歩いているうちに、辺りはすっかり夜になった。空にきらめく星と月は、意外にも綺麗に見える。

 

「今宵は良い月だな。満月は良い。力があふれてくる」

 

 カミラさんはしみじみと言う。カミラさんの言うことは本当らしく、カミラさんの纏う魔力は昼間よりも増しているようだった。

 

「カミラさん、この後、僕の部屋に来て貰えますか?」

 

 カミラさんに聞きたいことがあった。聞きたいことがあった。カミラさんになら答えて貰えるかな、と言う不確かな思いだが。

 

「ふむ……君の部屋に、か」

 

 カミラさんは少し考えるようなそぶりを見せた後、ふっ、と笑った

 

「残念ながら青年。私はもう子作りをするつもりは無いのでな……」

 

「ちょっと待って下さいカミラさんあなたは何を言っているんですかちょっと!」

 

 身体をもじもじさせながら、色っぽい声でのカミラさんの爆弾発言である。

 

「こんな夜……男性が女性を部屋に招くとか、そう言うことだと思ったんだが……違うのか?」

 

「違いますよ! ちょっと聞きたいことがあって、それだけです!」

 

「でもぉ……招かれたとは言え夜、男性の部屋に二人きりなど……」

 

「今日の朝勝手に僕の部屋に入って二人きりだったでしょうが!ふざけないで下さいよもう!」

 

 ……なんというか、相談を持ちかける相手を間違った気がする。

 

 

 

 

 

 

「で、だ青年。私に紅茶の一つでも振る舞いたまえ?」

 

 僕の部屋について早々椅子に座り、足を組んで茶を催促するカミラさん。

 

「なんかもう……色々と諦めましたよ」

 

 溜息をついて、僕はさっと紅茶を淹れる。

 

「本当は血を振る舞って貰いたいのだがなぁ。ほら、君飲む用の血を持ってないから」

 

「だから、飲む用の血を持ってる魔物なんてどこにも居ないですって……」

 

 これじゃあ朝と何も変わらないな、と。そう思ってしまう。だけど今は朝とは違う。用事があるのは僕で、彼女を招いているのだ。

 

「じゃあ、話を始めても良いですか?」

 

 紅茶をカミラさんに出して僕も椅子に座る。

 

「ふむ。良いだろう。聞かせたまえ?」

 

 差し出された紅茶を1口飲んで、カミラさんはそう言った。

 

「僕は、大魔王様が嫌いです」

 

「ほう、それはまたどうして?」

 

「……大魔王様は平和が一番と言いました。その通り、ここは平和なんでしょう。ここは」

 

 僕の話を聞いていて、カミラさんは微笑みを崩さない。まるで僕がこれから言うことを全て見透かしているかのようだ。

 

「でも、外は……ここ以外の魔界は違う。1万年前から、それより前から……決して変わってません」

 

 争いはどこにでもある。仲間割れも、略奪も、どこにでもあるのだ。

 新魔界歴になって、魔族に人の血が混じり、大魔王が人との戦いを管理するようになって、魔王が政を行い、地方に領主が出来ても。どれだけ理性的な人に近づいても、結局魔物は魔物なのだ。

 争いは止まらない。平和にはならなかった。

 

「ここの皆さん、適当ですよね。キースさんなんて自分で適当って言ってましたし。……それが気に食わない。大魔王様も遊んでるだけ。僕は、僕たちは苦労して生きてきているのに……ここだけ、ふざけた平和を謳歌している」

 

「……そうだな。私たちは適当だ。かなりな。だけど、ここまで来るのに、私達が何年かけたか……君は知らないだろう?」

 

「何年、かけたか?」

 

 確かに、それは知らない。確か、魔王アニタが大魔王になったのが4000年前……。

 

「まあざっと3900年。土地を開拓し、城を改築し、ルールを敷き、人を集めた。物資をためこみ、店を建て、畑を作り、住居も作った……。この城は、もちろん新魔界暦始まって以来シェルターとして作られていたが、元々ここで作られる物資は、大魔王が生き長らえていられる分だけだった。それを彼女は変えたのだ。大魔王に仕える物を全て養えるようにな」

 

「……だからと言って今休んで良いという事にはならないのでは?」

 

 僕の言葉を聞いて、カミラさんはふむと頷く。

 

「……ではこれならどうだ?アニタ様は、近々現魔王と会って、話をするつもりらしい。100年前にこの制度を完成させた。そして、説得力を持たせるため……この制度で100年を過ごした。まあ、たったの100年だがな。不和の陰りもなく、ここは平和だ。この制度を魔界に浸透させる。これが、アニタ様のやろうとしていること」

 

「……」

 

「それに、今日だって何も遊んでたわけではないぞ? アニタ様自身は仕事はないと言っていたが、この城の見回りだって立派な仕事だ。彼女は自分の作った城を、自分の目で見ているのさ」

 

 何も言えなくなった。何も。無言になってうつむく僕に、カミラさんは少し大袈裟に溜息をつきながら言った。

 

「君は視野が狭い。そして、真面目だ。もちろん真面目なのは良いことだし、アニタ様のあの態度じゃ、シェルターの中で身内だけで平和を謳歌する軟弱物にしか見えないのもわかる」

 

 そう言って、カミラさんは紅茶を飲み干す。

 

「君は皆から話を聞くべきだ。イグナシオからも話を聞いたのだろう?皆の話を聞いて、それから君がどうするか考えると良いだろう。君の主義に反するならここを出て行くも良い。ここに居て、もっとアニタ様を見ていくのも良いだろう……私も、君に話をしよう私と彼女が出会ったときの話をな」

 

 そこで言葉を切り、カミラさんはカップを僕に差し出す。

 

「青年。とりあえず、おかわりを所望する」



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ブレイクタイム:月夜に笑う吸血鬼の話

 2杯目の紅茶を口に付け、カミラさんはまたふっと笑う。

 

「そうだな。あれは……いつだったか。忘れてしまったが、戦争が終わって、あまり時は経っていなかったな」

 

目線は遠くを向き、まるで遙か昔のことであるかのように、懐かしそうに彼女は語り始める。

 

 

 

 

 私は、何年も、何千年も、何万年も……何百万年も。この世界で生きてきた。ヴァンパイアは、血を吸うことにより寿命を延ばせると言うことは知っているな?

 ……私は、自分のことがあまり噂にならないように魔物の血を吸い、生き長らえてきたのだ。生きることに執着して、意地汚く生きてきた。

 まあ、魔物を襲うわけだからやり過ぎてしまえば噂になる。戦争が終わってすぐ、私はすごく気が立っていてな。目撃証言がなければ噂にもなるまい、と集落一つを潰したりしていた。まあ派手に動いていたさ。

 そのせいで、一時期『ヴァンパイアが蘇った』とか言う噂が出てきてしまってな?

まあその時は私を止められるヤツなんていないと思っていたし、すぐにここを離れれば良いか、なんて考えでいたのだが。

 

 

 アニタ様と出会ったのはそんなある日だ。

 

 丁度今日のように、満月の綺麗な夜だった。

 ヴァンパイアは月に恩恵を受ける。月光を浴びれば魔力も上がるし肉体のスペックも向上する。そうなった私を止められる魔物はそう居まい。

 今夜は警戒の必要もないと、私はいつもより深い眠りに落ちようとしていた。しかし。私を、身体を叩く物凄いプレッシャーで起こした物が居た。

 月の光を浴びて鈍く光を放つダーククリムゾンの長い髪。それを彩るように生える二本の角が膨大な魔力を象徴している。髪と同じくダーククリムゾンの目には鋭い眼光が宿り、私をたたき起こした程のプレッシャーは、驚くべき事にまだ余裕があるように感じた。

 動きづらそうな黒のドレスを着ていたが、そんな物は関係なさそうだった。そこには一撃で私を刈り取る気迫が宿っている。これはやばいと私もプレッシャーを放つ。

 

「失礼ながら、私に何か用か? 人型」

 

「ええ、あなたを探していました。ヴァンパイア」

 

 驚くべき事に、彼女は私のことをヴァンパイアと呼んだのだ。

 

「何のことやら? 私はただの身寄りがない人型さ。勘違いだし、私を襲うのは辞めて欲しい物だがね」 

 

「魔力。いくら人型だからと言って、角もないのに大きすぎるでしょう」

 

 その時私は月によって増大した魔力を隠していなかった。正確に魔力を感じ取れる魔物などこの辺に居るまいという、油断だな。

 

「……それを言うならお前もだ、人型。凄まじい魔力をお持ちのようで。二本角とか正気じゃない。もしかして、有名な歴代最強の魔王様……とか?」

 

「ええ。私は現魔王、アニタ・アウジェニオ・シルヴァ」

 

 冗談で魔王かと聞いたら、彼女は自信満々に魔王と宣言してきた。

 

「……おいおい、時期大魔王候補様がどうしてこんな所にいる? 何のつもりだ?」

 

「ヴァンパイア。あなたの名前を聞かせなさい」

 

 あくまでこちらに主導権を握らせないように話し続ける魔王。正直ごまかし続けるのは無理だろう、と悟った。そして戦いたくも無かった。全属性持ちとか死ぬ。普通に死ぬ。

 私は生きなければならなかった。生にしがみついていた。今はそこまで生に執着してはいないのだが、あの時はすさまじかった。私は生きるために神経を張りつめて、プレッシャーも最大まで振り絞った。

 

「……カミラ。カミラ・ヴァンプ」

 

「そう。カミラ。あなたの名前、聞き届けました」

 

だが、その時。なにか、もうどうでも良くなってしまった。生きる事への執着も、目の前の相手に気骨を張ることも。

 ギリギリまでプレッシャーを出しても私の数倍は強いプレッシャーに、正直気絶寸前だったし。心が折れた。

 

「……私を殺すのでしょう? なら、早く殺して。……もう、どうでもいい」

 

私は投げやりになってそう言った。ところが、だ。なぜかいきなり、相手のプレッシャーが引っ込んだ。

 

「殺しませんよ。私は、あなたをスカウトしに来たんですから」

 

「……は?」

 

 何を言っているのかわからなかった。スカウト、と言うと、魔王軍か? だが、わざわざこんなところに来てまで、なぜ私を?

 

「私はこの魔界を平和なところにしたい。そのための第一歩として……あなたの力を借りたいのです」

 

「……正気か?」

 

本当に頭を疑った。私の常識では、魔界に平和を、なんてそれほどに無理な話だった。そんなことを考える魔物すら見たことが無かった。ましてや、そんな夢物語を堂々と口にするなど、ふざけているとしか思えなかった。

 

「ええ。正気です。私は、正気で、本気で、この魔界を平和にしたいと考えています」

 

だが、呆れたことにこの魔王様は、自分は正気で、本気で平和を目指していると、そう言い切ったのだ。

 

「協力していただけるなら、私はあなたを魔王城の一室に匿いましょう。カミラ・ヴァンプ。どうやらあなたは自分のことがうわさにならないよう、隠れて暮らしているようですから。そのかわり自由は無くなりますが、食事はきちんと出しましょう。……もちろん、血液も」

 

 そして条件が魅力的だった。この魔王は、私の求めることを正確に貫いてきたのだ。しかし、だ。その条件では、私が彼女に協力するにはちと足りなかった。

 

「……女子だ」

 

「はい?」

 

「支給される血がうら若き女子の物であれば、その条件を飲む」

 

「あの……正気ですか?」

 

 今度は彼女が、私の正気を疑う番だった。

 

 

 

「ふ、ふふ。ふははははは! なんだその大層な計画は!」

 

 それからいくらか時間が経って。

 2匹で体育座りをしながら、私はアニタから魔界平和化計画の一端を聞いた。城の増築やら、城の中で統制の取れた生活を送るとか……夢物語のような物。

 

「……やはり、私はおかしいのでしょうか?」

 

 自信なさげに私に問う彼女。その姿は、さっきまでのすさまじいプレッシャーが嘘みたいにか弱かった。

 

「おかしくないさ。ただ、ぶっ飛びすぎていて笑ってしまう」

 

 そして私は立ち上がる。

 

「決めた。私はあなたに協力しよう。くだらない私の余生も、少しは面白くなりそうだ。……よろしく。アニタ」

 

 私が彼女にそう告げたときの顔を、しっかりと覚えている。

 まるで自分が、ようやく世界から認められたかのような、安堵。そして、感動。そんな物がぐちゃぐちゃに入り交じって、泣いていた。

 

 その姿に、私は苦笑いする。泣きたいのは私の方なのに、そんなに泣かれてしまっては泣けないな……。

 

 

 

 

「まあ、それから紆余曲折ありここへ至ると言うわけだ。あえて名付けるなら……そうだな。『月夜に笑う吸血鬼の話』だな」

 

 成る程、仲が良いわけだと納得する。昔から一緒に居るならば、これは当然だろう。

……だが、話に聞く2人は、今の2人とは大きく違うように思えた。

 でも、きっと。2人は良い方向に変わったんだろうなぁと、そう思った。

 

「というかカミラさん、なんかさっきとんでも発言があった気がしたんですが」

 

「青年……女の子、っていいよな!」

 

「なんかもうそれで全部台無しですよ……」

 

 こうして、大魔王城で過ごす2回目の夜は更けていく。

 話を聞いて、少しは大魔王様、という人のことを知った。でも、僕はまだ彼女を認められていない。……僕にもいつか、大魔王様に賛同できる日が来るのだろうか。



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デイブレイク:大魔王アニタの平穏な朝

 玉座の間。ここで私は彼らの帰りを待っている。

 はて、どこからの、なにからの帰りを待っているのか。それがどうしようもなく思い出せない。

 ふと傍らを見ると、金髪の、ケットシーの女の子がそこに居た。

 

「また、帰ってこないのかにゃあ?」

 

 その言葉に、なぜか悲しくなった。泣きたくて、泣きたくて、しかたなくなった。

 涙を必死にこらえていると、ケットシーがおもむろに立ち上がり、私の目元を舐めてきた。ざらざらとした舌の感触を感じながら、私はやっと、自分が泣いているのだと言うことを自覚した。

 なんだ、こらえられてないじゃないですか。

 涙を舐めとってくれるなんて、犬みたいですね? なんて言おうとしましたが、声が出ない。

 私は確かにここに居るのに、体は私のものではないみたい。

 

「……大丈夫。アタシはどこへもいかないにゃん。アタシじゃあいつらの代わりにはなれないかもしれないけど……アタシは、あんたと一緒に居るにゃん」

 

 そう言って彼女は笑う。よく見ると、彼女の目にも泣いた跡が付いている。それを見て、私は。いっそう悲しい気持ちになるのです……。

 

 

 

 

 はっと目を覚ましました。首だけを横に向けて時計を見ると、針は5時を指していました。

 

 私はのろのろと起き上がり、朝の支度をします。その途中、ごく自然に目元を手でぬぐって、自分が涙を流していたことに気づきました。

 そういえば、なにかとても悲しい夢を見ていた気がします。でも、思い出そうとしてみても、もうほとんど思い出せません。覚えていないなら、気にする必要もないでしょう。

 

 だけど、悲しい夢って何だろう?ニコトエ達の夢は最近見なくなったけど、それ以外に何かあるのかな……。

 と。夢のことを考えてしまってました。気にする必要がないと切り捨てたばかりなのに。

 

「んー……今朝はぼーっとしてるなぁ」

 

 いけないいけない。こんなんじゃ、皆の前でいつも通りに振る舞えない。頬をパチンと叩き、気合いを入れ直します。

 皆の前では、明るく笑う昔みたいなアニタじゃないと。

 

 

 

 

 

 

「おはようございます。アニタ様」

 

 食堂に行くと、翁がにこやかに迎えてくれました。

 

「おはようございます、翁。今日も早起きですね」

 

「アニタ様こそ」

 

 余談ですが、私は彼、キースを翁と呼んでいます。

 この大魔王城での一番の古株。2代前の大魔王の頃からここに仕えているとあっては、親しみをこめて翁と呼びたくなるというものでしょう。

 翁の方は、2匹でいるときだけ、私をアニタ様と呼んでくれます。

 他の方が居るときもアニタと呼んでいいのに。と以前彼にいったけど、『他の物に示しが付きませんから』と言って断られました。

 

 よういされた席に着きます。私はいつも朝早くにここに来るのに、翁はいつもそれより早くいて、文句の一つも言わずに朝食を作ってくれます。

 流石大魔王軍の執事長! と言いたいところですが、私が起きてくる時間はばらばら。早いときもあれば遅いときもあるのに、いつも私より先にここにいるのは流石におかしいです。彼、いつも何時に起きているんでしょう? ちょっとだけ心配。

 

「さて、今日の朝食に何か注文はございますか?」

 

「んー、そうですね。今日はなかなか目が覚めないので、濃いコーヒーを淹れていただけると助かります」

 

「承りました」

 

 綺麗なお辞儀をして、翁は去っていきました。

 あれでお仕事が適当とか、言ってますけど、嘘ばっかり。ほんとは人一倍城のために働いてくれているの、私は知ってます。

 

 

 

 

 

 

 

「アニタ様。朝食が出来上がりました」

 

 体を揺すられて、私はゆっくりとまぶたを開きます。

 

「ん……翁……?」

 

 目の前にはいつも通りに笑う翁がいました。どうやらいつのまにか眠ってしまったみたいです。

 

「ごめんなさい! 私寝ちゃった……」

 

「いえ。いいんですよ。大魔王様もお疲れでしょう。こちら、コーヒーです」

 

 ……翁だって疲れてるでしょうに、翁は本当に優しいです。私は翁に差し出されたカップを、ありがとうと言って受けとりました。1口飲んで強烈な苦みとカフェインで無理矢理頭のギアを上げます。

 

「うん。おいしい。流石翁です」

 

「ありがたき幸せ」

 

翁は柔らかい笑みを浮かべて、朝食を運んで来てくれました。とりあえず、朝食を平らげちゃいましょう。

 

 

 

 

 

 翁にお礼を言って食堂を後にしました。私はあぱーとに向かいながら、魔法を使います。

 

「水の元素、指定。位置演算……指定。範囲演算……指定」

 

 今からやろうとしているのは、離れた位置からの位置指定による魔法発動、というものです。

 これは、できる魔物が非常に少ないものです。演算が必要になるのが難しさの要員であって、そもそも基本的に対面の戦闘でしか魔法を行使しない私達魔物にとっては使用する必要もないものでもあります。

 でも、使えたら使えたで便利だと、私は思います。いつもは畑まで行って水魔法を使うのだけど、こうすることで時間が短縮できますし。

 ああ、いつか魔法のことを教える学校も作ろう、と私は密かに思いました。

 

 

 

 

 

 今日は最初からアランの城案内についていこうと思っています。今日は商店を回るだけだろうけど、それでも少しは見回りの足しになるでしょう。

 それと、アランは見ていて本当に危なっかしいんです。じつは彼、まだちゃんと魔法を使いこなせていないのです。それが、精神の不安定さに表れている感じでしょうか。

ちゃんと見ておかなきゃですね。

 

「でも、私は嫌われてるっぽいなぁ」

 

 と苦笑い。まあ、自分の目的である復讐を止められて、戦争なんてしないよ、なんて言われたら……私が彼だったらこの城を出て行きますね。嫌われて当然。

 

 だけど、誰を恨んで憎んだところで起きたことは変えられないのだから、そこからどう未来を変えるかが1番大事だと、私はそう思ってしまうのです。

 

 

 

 

 数時間後。ようやくあぱーとへとたどり着きました。よくよく考えてみれば、風魔法で移動速度を上げればもう少し早く着けたのでは?……速度制御はあまり得意ではないのだけど、次は試してみようかしら。

 

 階段を上がり、アランにあてがった部屋に入ります。そして、そこで見たのは衝撃映像。

 

「青年……」

 

「カミラ、さん……」

 

 アラン が カミラ を おしたおして いる

 

「な……何をやっているの!2匹共ぉー!」

 

 これは……大事件の、予感です。



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デイブレイク:アランの騒がしい朝

お気に入り登録をして下さった方が10人になって、私は夜なのに奇声を上げました。
ありがとうございます!もっともっと精進させていただきます


 家が焼けていた。

 魔物が焼けていた。

 毎日見ていた村の風景は、燃えて、焼けて、焦げていった。

 

 どうして?と、僕は思った。

 死ぬのかな?と、僕は思った。

 

 誰がこんなことを?と、僕は思った。

 死にたくない。と、僕は思った。

 

 やがて僕は倒れた。意識は朦朧として、目の前すら霞んで見えない。

 

 もう一つも命が残っていないはずの炎の中に、一つだけ黒い影が見えた。

 

 その影は剣を携えて、金属のものであろう防具を身に纏っていた。

 

 人だ。と直感的に思った。

 人間だ。と、僕は決めつけた。

 

 やがて薄れていく意識の中で、なぜかその人間の、哀れむような顔だけが、はっきりと見えていた。

 

 深い深い穴の底。ここは記憶の溜まり場。

 記憶を繋いで、夢を見た。

 

 

 

 ぼんやりと目を開ける。ふわふわした視界の中で、黒い影を視界に収めた。人型。そして、こちらを見ている……。

 

「お前……!」

 

 僕の敵だ。村を焼いた、敵が目の前に居る!そう思った僕はベッドから飛び起き、その黒い影を押し倒した。

 

「青年……」

 

 目の前の影はそう呟いた。僕のことを青年と呼んだそいつを、僕は……ん?青年と?

 もう一度目をこらして、僕はその影をよく見る。

 

「カミラ、さん……」

 

 ロングストレートの銀髪。青い目に、美しい顔。どこからどうみてもカミラさんだ。疑う余地もない。

 

 ……やばい。やってしまった。

 そして、不運は重なる。真横から唐突に、

 

「な……何をやっているの!2匹共ぉー!」

 

と。大魔王様の絶叫が聞こえたのだ。

 

 

 

「つまり。アランはカミラを、夢で見た自分の村の仇と勘違いして押し倒した、と言う訳なのね?」

 

「はい……その通りでございます」

 

 僕は今、自分の部屋で正座し、美女2匹から尋問を受けている。

 シチュエーションだけで見ると、世の男性の魔物達は1度は直面してみたいと思うのかも知れないが、僕はそんなことはないので地獄でしかない。

 カミラさんは、

 

「正直驚きで声も出なかった。青年にこんな力があるとは、見くびってもいられないな」

 

 などと感心したようなことを言っているが、抑えきれないプレッシャーがちろちろと漏れ出している。……多分、怒っていらっしゃる。

 

「あのー、カミラさん? 怒ってらっしゃいます?」

 

 おそるおそる訪ねる。怒ってなければ良いなー、と、叶うはずもない望みを込めて……。

 

「ん? 怒ってない。私は全くこれっぽっちも怒っていないぞ青年」

 

 カミラさんはにっこりと笑いながら言う。だが、その言葉と共に漏れ出すオーラが少しだけ増した。怒ってないとか絶対嘘だ。

 

「さて……どんなお仕置きをしようか?」

 

 ほらーやっぱりー。

 

「水責めとかどうでしょう?」

 

 大魔王様がお昼のメニューを提案するかのような軽さでエグいお仕置きを提案してくる。

 

「ちょっと待ってください、僕死ぬ、それ死にます!」

 

「じゃあ高重力で押しつぶすか?」

 

「それも駄目です! 死にますから!」

 

「あ! 昔人界で行われていたとかいう、魔女狩りの再現は?」

 

「いいですねアニタ様! それに賛成だ!」

 

「あの! 僕! 魔王軍に戻ります!」

 

 死ぬくらいなら、嫌いな主を捨てて恩のある主の許へと戻りたい。あの頃はまだ平和だったと、僕は魔王軍に居た頃に想いを馳せた。……よくよく考えてみると、そんなへいわでもないな。魔王軍での生活

 

 

 

 

 

 

「すまない、ほんの出来心だったんだ! 君の反応が面白すぎてつい!」

 

「そうですよ!ほら、いじりがいがあるといじってしまいたくなるというか、つっこんで貰えるとボケたくなるというか……」

 

 事態は一転、僕の魔王軍に帰る宣言で、今度は美女2匹が僕に平謝りする番になった。だがしかし、こういうのはしっかりやり返さないと気が済まない。

 さて、どんな無理難題を押しつけて……。

 

「なあ青年? 何か企むのも良いが、私達に反撃をするとどうなるかわかってるだろうな?」

 

「……あなた達は遠い異国の魔物であるサトリかなんかですか? 魔物の心を読める能力とか備わってるんですか!?」

 

 強さと権力を使って反撃を抑え込むとか、かなりずるい気がする。

 

 

 

 

 

「まあ、あれだ。そろそろ城案内をはじめようか」

 

「……といっても、もう主要な施設はほぼ紹介したんですけどね」

 

 結局話は落ち着いて、今日の城案内に向かうことになった。しかし、主要施設はほぼ紹介したとは。今日はどこにいくつもりなんだろうか。

 

「まあ商店なんかを回るだけかな。店なんかも、簡易的な食品が売っているだけに過ぎないし特に紹介する必要もないんだが」

 

「でも、どこにどのお店があるのとか把握するのは大切ですからね。時間の短縮にもなりますし」

 

 というか。1つ疑問がある。

 大魔王様は、たびたびカミラさんに『次はどこへ行くんです?』と訪ねている。それはつまり、僕たちがどこに行くのか把握していないということだ。

 

「この城案内の回り順って、大魔王様が考えたものじゃないんですか?」

 

 僕がそう訪ねると、大魔王様はあっさりと頷いた。

 

「はい。そういうのは、カミラに一任しています」

 

「一応アニタ様の側近であり、新入りの教育係でもあるからな。私は」

 

 ということは、大魔王様が城案内についてくるのも今回が初めてってことか。……どれだけ気に入られてるんだ?僕。

 ちらりと大魔王様の方を見ると、大魔王様は僕を見てニッコリと笑った。



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歴代最強大魔王は平和を望んでいる

 2日目の案内は、驚くほどに早く終わった。

 外から仕入れてくる簡単な加工食品の店とか、調味料だけが専門で売られている店とか、結構色々なお店があった。

 だが、商店地区に存在した店の、その全てが『食料』に関係するお店だったのだ。娯楽なんかはどうするんですか? と聞いたところ、

 

「ギーグの魔王街まで行ってください!」

 

と笑顔で言われた。正直面倒くさい。

 だが、良い茶葉を売っている紅茶の専門店があったのは正直嬉しかった。

 

 お店巡りは昼前に終わり、僕は昼食をとってから訓練をすることにした。僕はカミラさんと大魔王様と別れ、訓練場へと向かった。

 

 訓練場ではオークが3匹訓練をしていた。

 初めて訓練場に来たときにイグナシオさんと訓練していた3体である。その3体は『オーク3連星』と呼ばれていて、3匹1組で大魔王軍に入団したらしい。連携したときの強さはそこら辺の魔物を大きく凌ぐものがあると言っていた。せっかくだから、と訓練に付き合ってもらったが、その強さは相当なものだった。

 

 まず連携。僕は速度強化で立ち回ったが、そんなの関係ない、とばかりに敵の攻撃に引っかかる。

 回避を誘導することで自分達の攻撃を当てていく。まさに連携。それ故にどうしても崩せなかった。

 

 そしてタイマン。

 3匹1組で連携前提の戦い方をするならば、1対1ではさほどでもないだろうと侮っていたが、相当に苦戦させられた。

 訓練用の槍は鋭くひらめき、的確に僕の急所を狙ってくる。速度強化で無理矢理勝ったものの、戦闘の技術では惨敗だった。

 やはり大魔王軍には、計り知れない強さを持つ物が多く居る。そのことを知ることができて、とても有意義な訓練だった。

 

 

 時刻は夜の8時。自分の夕食と、紅茶専門店で買った新しい茶葉を持って自分の部屋に帰る。

 鍵を開けようとすると、鍵はかかっていなかった。またカミラさんが上がり込んでいるのかなと思ったが、そこに居たのは大魔王様だった。

 

「お疲れ様です、アラン。訓練はどうでしたか?」

 

「大魔王様、どうしてここに?」

 

 紅茶淹れますね、と言って、キッチンに入る。大魔王様はキッチンに居る僕に向かって話をする。

 

「ちょっと、お話があって」

 

「話、ですか?」

 

「ええ。人間界侵攻についての話」

 

「え?」

 

 驚いた。大魔王様からそんな話をしてくるなんて。

 

「人間界との戦争はしないんじゃなかったんですか?」

 

 大魔王様に紅茶を出しながら、僕は言う。

 

「ありがとうございます。……ええ、しませんよ。戦争」

 

 大魔王様は紅茶を受けとり、1口飲んでから話を続ける。

 

「一昨日、あなたが『なぜ戦争をしないのですか』と聞いたとき、私はずるい返事をしました。あなたはどうして戦争したいんですか?と。私がなぜ戦争をしたくないのか、それを話していなかった……。だから話しましょう。私の話。私が平和を望む理由を」

 

 

 

 

 

 私の耳には、人や魔物の悲鳴が染みついている。

 私は若い頃から暴動の鎮圧をしたり、罪を犯した魔物を裁いたりと、生きている物を殺す経験はしていました。

 

 殺すことには慣れたつもりでいました。来るべき人との戦争に備えて、魔王として人を殺すのも問題ないと、そう思っていました。

 

 私は魔王となり、人との戦争が始まりました。

 負ける気なんてしなかった。だって私は歴代最強。私に叶う人間なんて、1匹も居るはずはありませんでした。

 

 ええ、その通り。この世界に私の敵などありません。

 

 人の兵士を焼き殺しました。エルフの魔道師を切り刻みました。敵将を押しつぶしました。

 

 

 それでも敵は止まりません。

 

 

 人の城を破壊しました。人の村を沈めました。

 

 悲鳴が、断末魔の悲鳴が耳に焼き付きます。

 

 

 魔物も死にました。助けを求める声が聞こえました。

 

 

 悲鳴は鳴り止まなくなりました。やがて勇者がやって来ました。

 

 嫌だ。私は、もう戦いたくない。私は、私は……。

 

 体が動かない。悲鳴がやまない。

 

 罪の無い人を殺すことが、こんなに辛いだなんて知らなかった。罪の無い物を、私の大切な友達を殺されることが……こんなに、辛いだなんて。

 

 

 

 

 

「あんまり覚えていないんです。戦争の時のこと」

 

 そう言って大魔王様は笑った。

 

「私は、私が思うより心が弱かった。ニコトエも、イグニールも、メロウも、アトラスも、ガルグイユも……皆、死んでしまった」

 

 大魔王様は寂しげに言う。ニコトエ、イグニール、メロウ、アトラス、ガルグイユ……

魔王5属性の眷属。10000年前の戦争で死んだ、魔王の最強の手下だ。

 大魔王様は大切な友達と言った。かつての大魔王様の眷属達は、大魔王様の友だったのか。

 

「……私にだって、大切な物はあったんですよ。昔の大切な物は、もう失ってしまったけれど。……今は、また大切な物が居るんです」

 

 カミラ。イグナシオ。翁。大魔王様は1匹ずつ、この大魔王城の住人達をあげていく。

 

「……そして、アラン。あなたもです」

 

 いつの間にか空になっていたティーカップを、大魔王様が片付けてしまう。「僕がやりますから」と言ったが、「いいんですよ」と断られてしまった。

 

 そして僕の前まで戻ってきた大魔王様は、話を続ける。

 

「私は、もう嫌なんです。大切な物を失ってしまうのが、怖くて怖くて仕方がない。大切な物を失うのが嫌だから、平和を作ろうとしているんです。ここだけじゃない。いずれ魔界の全てを平和にして……誰も、悲しむ必要のない世界を作りたい。理不尽な死に怯えなくても、悲しまなくてもいい世界を。私が作るんです」

 

 その、願いは。僕には理解できなかった。どうして? 悔しさはないのか? 憎しみはないのか、と。 

 今更なんだ、と思った。もう魔物は死んでいる。今更平和にしたところで、戦争で散った命が無駄になるだけなのではないかと。

 

 でも。大魔王様の願いに、思いに、なぜか僕は口出しできなかったんだ。どうしてだろう。僕は、その心の叫びを聞いたことがある気がした。そのせいだろうか。

 

「私は最強なんかじゃない。とっても、とっても弱いから。あなたの力も、貸して欲しいな」

 

 僕は目を瞑り考える。この2日間のこと。模擬戦闘や訓練、イグナシオさんの話、

 

「僕は。今はあなたに従います。ここに居て、僕は自分の力不足を思い知りました。……こんなんじゃ、とても人間に復讐なんて出来やしない。だから、もう少しここに居たい。訓練して、強くなるまでここに居たい。……でも、ただでここに居るのも、それは違うでしょう。ここに居る限り、僕はあなたに従うし……あなたの力にもなりますよ」

 

 感化されたわけじゃない。僕の復讐心は変わらない。僕はいつか、必ず人に復讐するけれど……。

今の主は、大魔王様だ。確かに勧誘はされたけど、最後には僕が選んだ。大魔王様は、僕が選んだ主なんだ。

 歴代最強大魔王は、平和を望んでいる。

 

 なら。少しくらいは、その夢物語を一緒に見てやってもいいかな、と。そう思っただけである。

 

 

 ここは魔界中枢都市、ギーグの果てにある大魔王城。

 僕たちの物語は、ここから始まる。




次回からは新章のスタートです。


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魔王街暴行事件
暴行事件勃発


「はぁ、はっ、はっ、あっ……」

 

 息を必死に整える。路地から路地へ、曲がり角を利用して相手をまく。

 

「はぁっはっ……にゃ!?」

 

 足がもつれて、ずっこける。後ろの方で、ばたばたと足音が聞こえてくる。

 

「うぅ……にゃあ!」 

 

 起き上がっている時間はない。四足歩行で全力ダッシュする。大丈夫。アタシはケモノ。全開で走れば、追いつかれない。ケモノの全開で走れば……。

 

 塀を駆け上がり、角を何度も曲がり、息の切れるのも構わずに走り続ける。

 

 夜の世界になびく金髪は光を放ち、その姿は魔界には存在しない精霊のようだった。

 

 

 

 

 

 大魔王城、訓練場。

 

 結構な朝早くであるが、木と木のせめぎ合う鈍い音が訓練場に響いている。

 

「踏み込み甘い! そんなんじゃ、一振りの威力が足りないよ!」

 

 そう言って、僕をはじき飛ばすのはオーガの女性。名をキスカと言う。

 肌の色は赤。オーガの女性の中でもかなり小さい体躯を持つが、しなやかなでいて強靱な筋肉とそれに伴ったパワーは、オーガと呼ぶにふさわしいものだ。

 

 オーガの女性は、男性に比べて体が小さい物が多い。だが、それでも他の種族の男の魔物くらいの身長は持っているはずなのだ。なのだが、キスカさんはやけに小さい。僕と同じくらいの身長ではあるが、僕だって背は高くない。

 キスカさんもそれを気にしているらしいが、彼女にとっては体を鍛える原動力にしかならないらしい。それって気にしてるって言うのだろうか?

 

「動きが甘いよ!」

 

 どっ、と鈍い音がして、僕は軽く吹き飛ばされる。余計なことを考えているうちにやられてしまっていたようだ。

 

「いってて……」

 

「訓練中に考え事するとか、言語道断! あんまりウチをなめたら怪我するからね!」

 

 元気いっぱいなその姿はどうしても少女のようにしか見えないのだが、彼女は23000歳。れっきとした大人だ。

 

「もう怪我してますよ。身にしみました」

 

 木剣を支えにして起き上がる。しかし案の定痛くない。あんなに吹き飛ばされたら普通どこか痛めるものなのだが。

 

「馬鹿、あの程度で怪我させるわけないだろ。それこそウチをなめてるってもんよ。ほら、体動くんならもう一回いくよ!」

 

「……流石キスカさんですね」

 

「当たり前よ! ウチのこと誰だと思ってんの? ほら構えて!」

 

 キスカさんは力の調節や狙いの付け方が上手い。どうすれば大きなダメージを与えられるのか。逆に、どうすればなるべく相手にダメージを与えずに戦えるのかを熟知している。

 だからこそ、彼女は最高の訓練相手と言える。武器の扱いが大魔王軍で一番上手いこともあって、この大魔王軍で武器を使う近接戦が得意な物は、誰しもが1度は彼女に訓練を付けてもらって、心を折られるという。

 心を折られるのも当然だろう。キスカさんはその魔物が1番得意な武器と同じ物を使って、圧倒して勝てしまうというのだから。

 そのうわさを聞き付けた僕は、キスカさんらしき魔物を見つけるとすぐに訓練を申し込んだ。そのうわさが本当なのか、確かめたかったのだ。結果は惨敗。めっためたにされてしまった。キスカさんの評価としては、『筋はいいけど、まだまだウチが認めてやれるレベルじゃないな。出直してきな』だそうだ。

 ほとんどの魔物は、そのあと実力の近い魔物との訓練を優先してしまって、キスカさんとの訓練を続ける魔物は数匹もいないらしい。その数匹もいつかは完全に心が折れて、キスカさんから離れてしまうそうだ。

 だが、僕は彼女に訓練を付けてもらうことにした。この魔物に訓練を付けてもらえば、間違いなく強くなれるという確証があったから。

 大魔王城を出て、単身人界に突っ込み復讐を成すために。僕は、なるべく早く強くならなければいけないのだ。

 

 訓練が再開し、また鈍い木の音が響き合う。

 誰にも水を差されなければ、こうやってこのまま何時間も訓練が続く。ぶっちゃけお昼を忘れるくらいは没頭する。のだが……

 

「やあやあ、やっているかい青年、そしてキスカたん!」

 

 ここに吸血鬼が現れた。僕とキスカさんの訓練を邪魔する1番の邪魔物であり、1番面倒くさい障害物だ。やめてほしい。

 

「な!?ま、また来たのカミラ! というか、たんって付けるのやめろ! 気色悪い!」

 

「そう言うなよキスカたん! 私は、今朝の癒やしを求めて君を探していただけなんだ!」

 

 そう言って、カミラさんはなりふり構わずキスカさんに抱きつきにいく。その素早い動きは、まるでゴキブリのよう。……本当にゴキブリのようだからどん引きだ。

 

「やめろ!離せ!離し……ひぃやぁぁ!?ちょ、どこ触ってんだこのセクハラヴァンパイア!」

 

「君の弱点は熟知している。さあ、君を快楽の世界へ誘おう……」

 

「や、やめろ!やめてくれ!いやぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 説明無しで会話だけ聞いていると完全に18禁の世界だが、説明してしまうとそうでもない。単に、脇腹をくすぐっているだけである。

 

 カミラさんの登場により笑いと恥じらいの声が木霊するここは、訓練場ではなく閉ざされた百合空間になってしまった。

 ひい、ときゃあ、とうひひ、で構成される世界。……どっちがどの言葉を発しているかはご想像にお任せする。

 

「ていうか! そこの人型! 助けろ、ウチを助けろよ! たす、ひゃあ! 無理! そこ駄目! あっはははははは!」 

 

「ああ、やはりうら若き乙女の柔肌は良いな青年! そう思わないか? 君も、そう思わないか!?」

 

「話を振らないでください。あと帰っていいですか?」

 

クールビューティーがまだ若い女子の服の中に手を入れて脇を執拗にくすぐって、イメージをぶち壊している光景など、僕はもう見たくなかった。

 

 

 

 

 

「っで! 何の用らよカミラ! ましゃか、何のりゆーも無しにウチと人型の訓練を邪魔しに来たわけじゃないんらろ!」

 

 くすぐりから解放されたばかりで、呂律の回っていないキスカさんである。

 

「あー、えーと、うん。ヨージハ、アル!」

 

 無さそう。ただキスカさんに会いに来ただけっぽい。あからさまに目が泳いでいるし、すごい棒読みだ。

 

「えー、あー……あれだ! 昨日の夜、ギーグの魔王街で暴行事件が起こったらしいのだ」

 

 ギーグ。魔界の中枢都市。

 南側の門からのみ入ることが出来る街。中心には魔王城があり、魔王城を北側に抜け、拒絶の森を突破すれば……魔界最後の砦。大魔王城がそびえ立つ。

 

 そして、魔王街とは。魔王城を中心として、南側。魔王が直接治める街だ。

 

「魔王街での暴行や殺害は禁止……でも、魔王軍ならそんな輩、簡単に捕まえられるでしょう?」

 

「曲がりなりにも魔王街の統制を行っている軍だ。暴行犯くらい止められなきゃ何のためにいるんだって話だが」

 

 僕とキスカさんがそう言うと、カミラさんは難しい顔をした。

 

「それが……暴行を受けたのは、その魔王軍の兵士でな」

 

「ちょっと待ってください、嘘でしょう!?彼らが……?」

 

 魔王軍はそこらの魔物では太刀打ちできないほど強いはず。その魔王軍の兵士がやられた……?

 

「カミラ。そいつ、捕まったの?」

 

「いや。逃げられたらしい。すばしっこくて、見失ってしまったそうだ」

 

「あー……なぁにやってんだよぅ魔王軍は……」

 

 キスカさんが呆れたようにつぶやく。

 

「この件、大魔王軍も協力することになった。捜索隊に選ばれるかも知れないから、そのつもりで」

 

「なぁんで魔王軍の仕事を手伝わなきゃならないんだか。ウチは選ばれても断るからなー」

 

 キスカさんはそういうと、しっしっとカミラさんを手で払いのけた。

 

「ああうん。キスカはそうだと思ったよ。一応伝えに来ただけだ。訓練の邪魔してすまない。私はもう行くよ」

 

 それではな。と言って、カミラさんは訓練場を出て行く。と、同時に。そとからどさっと音がした。

 

「なんだなんだぁ? なぁにやってんだよぅカミラー!」

 

 キスカさんが外に向かって話しかける。すると、外から

 

「キスカ! 青年! 来てくれ!」

 

と声が上がる。

 

「……侵入者だ。」

 

と。カミラさんは、あり得ないことを口にした。



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侵入者は金髪碧眼

 カミラさんの声を聞き、訓練場の外へ出ると、そこにはカミラさんと倒れている女の子がいた。

 

「カミラさん、侵入者って……」

 

「この子だ」

 

 目の前の女の子を見て、カミラさんは言った。

 すうすうと寝息を立てるその子は傷だらけだ。それに風呂にも入っていないのか汚れている。ネコ耳としっぽがあることから、種族はケットシーだろう。さらりとした柔らかそうな金髪が陽の光を浴びて光っていて、その姿はまるで妖精のようだった。

 

「綺麗な子……んで? この子どーすんのカミラ」

 

「もちろんアニタ様の所へ連れて行く。青年、キスカ。手伝え」

 

「了解です」

 

僕は玉座の間に連行するべく、ケットシーの子を背負おうとする。が、いきなりキスカさんに殴られた。

 

「いった!? 何するんですかキスカさん!」

 

 僕がそう言うと、キスカさんは呆れたようにため息をついた。

 

「男が女の子を運ぼうとするとか言語道断! ウチが担いでいく。ひょろひょろした男の手伝いとか、逆に足手まといだ」

 

 と言って、キスカさんはケットシーの子をひょいと担いだ。実に軽そうに、ひょいっと。

 

「まあ気にするな青年。オーガと筋力勝負なんてするだけ無駄だからな」

 

「……僕、何も言ってないです」

 

 

 

 

 

 

「アニタ様。城内にて侵入者を発見しました。ここに連れてきていますが、意識がありません」

 

 場所は変わって、玉座の間。先にカミラさんが入って、大魔王様に報告をしている。

 

「わかりました。その物を入れなさい」

 

 大魔王様は厳かに告げる。その声を聞いて、ケットシーの子を担いだキスカさんと僕が玉座の間に入った。

 

「このケットシーが、今回の侵入者です」

 

 カミラさんの報告を受けて、大魔王様はキスカさんの肩に担がれる少女に目を向ける。その瞬間。ほんの一瞬だけ、大魔王様は驚いたように目を見張った。

 だが、すぐに調子を取り戻し、カミラさんにこの子の『処理』を告げる。

 

「とりあえず、目が覚めるまでは安静に。私のベッドで寝かせましょう。怪我をしているようなので、水魔法による回復も施しておきます。……あとの処理は私が行うのであなた方がいる必要はありませんが……」

 

 僕は正直ここから離れたくない。というのも、関わってしまったから何も知らずに処理が行われるとか、嫌なのだ。

 横の2人を見ると、2人も離れたくない様子。

 

「離れる気はなさそうですね。まあ良いです。事情聴取に付き合ってもらいましょう」

 

僕たちの様子を見た大魔王様は、あきらめたようにため息をついてそう言った。

 

「ありがとうございます」

 

と冷静に僕。

 

「りょーかい。ありがとねアニタ様」

 

と軽くキスカさん。

 

「アニタ様ナイスです。うら若き乙女の看病は私にお任せを」

 

と興奮を隠しきれない様子でカミラさん。

 

 酷い。1人だけ酷すぎる。

 

「カミラ。あなたには看病は任せません私がやります。今からまた瓶詰めの血をあげますからそれで我慢していなさい」

 

「そんな殺生な! 私が受けとるのは誰の血ですか!」

 

「キスカのです」

 

「いやっほおおおおおう!」

 

「いつの間にそんなことを!? アニタ様ぜってー許さねぇからな! 渡すなよ!? この変態にウチの血を渡すなよお!?」

 

 酷い。皆酷すぎる。帰りたい。とにかく、この場から離れたい……

 

 

 

 

 

 

それから数時間。結局キスカさんの血はカミラさんに渡り、カミラさんは狂喜乱舞しながらその血を飲み干し、キスカさんは「横暴だ! 権力の不当行使だ! パワハラだぁ!」と大暴れした……と言うのはどうでもよくて。

 

 大魔王様の寝室。いつも大魔王様が寝ているベッドに、今はケットシーの少女が寝ている。

大魔王様の寝室は綺麗に片付いていて、豪華な装飾と、ところどころに少女らしさの残る小物が大魔王様らしさを醸し出させている。

 件のケットシーはまだ目を覚まさない。ちなみに寝ている間に耳やしっぽを引っ張ったりして確認したところ、ちゃんとケットシーだということは判明した。

 風呂に入れていないため汚れは落ちていないが、大魔王様の魔法のおかげで傷は完全に治っている。

 

「目。覚ましませんね」

 

「よっぽど疲れてたんでしょう。傷だらけでしたからね。……何かから、逃げてたのかな」

 

 大魔王様は、ケットシーを悲しそうに見つめる。……どうして大魔王様は悲しそうなんだろうか。さっぱりわからない。

 

「……どうやって、ここに入ったのだろうな。この子。正直、大魔王城へ誰にも気づかれずに侵入するなんてあり得ない」

 

「そもそもー、この子が侵入したのっていつだろうね?やっぱり夜かな。昨日の夜門番してたのって誰?」

 

 キスカさんが軽く聞くと、僕の隣からすっと白い手が伸びた。

 

「……私です」

 

 大魔王様だった。

 

「なんでこの城のトップが門番やってるんですか……」

 

「なぁにやってんだよぅアニタ様ぁ……うーん、でもまぁアニタ様が気づかなかったんじゃ誰も気づけないね-。……こんなに目立つのにね」

 

 と言って、キスカさんはケットシーの金色の髪を撫でた。

 

 すると。ケットシーの子が目を開けた。焦点の合わない碧い目が、キョロキョロと辺りを見回す。

 

「ん……ここぁ……?」

 

 寝起きで舌の回らない声で、少女は尋ねる。

 

「ここは大魔王城です。そして、私が大魔王。」

 

「……大魔王……?」

 

 少女は意味がわからないというように声を上げる。寝起きで頭が回っていないのだろう。

 

「……大魔王……大魔王?大魔王!?」

 

 ぼそぼそとつぶやいて、必死に考えていた少女は次第に青ざめた顔になっていき。

 

「にゃぁぁあぁぁぁぁぁぁ!?」

 

と。大魔王様の寝室に、絶叫が響き渡った。



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キャットとオーガのバスタイム

女子2人の風呂シーンを書くことに定評のある作者。
最初はアラン視点。途中からキトン視点です。


「あなたの名前は?」

 

「キトン」

 

「傷だらけだったけど、何があったの?」

 

「黙秘」

 

「どうやって、ここに入ってきたんです?」

 

「答えにゃい」

 

 ケットシーの少女。キトンと名乗った彼女の、事情聴取が始まった。

 最初の絶叫から数分。キトンは思ったよりも立ち直りが早く、また物怖じしない性格のようだった。大魔王様を睨みつけながら質問にまったく答えない。……初対面の大魔王様を相手にこの態度なんて、そうそうとれるものではない。

 

「ふむ……困りましたね。あなたは何一つ、答えてくれないと」

 

 一応、真面目モードで話していた大魔王様は、自分のこめかみをぐりぐりしながら唸った。そうしてしばらく考えた後、

 

「じゃあ、キトン。お風呂に入ってきなさい。何も言いたくないなら聞かない。落ち着くまでここにいていいので、しばらく休んでください。カミラ。キトンのお部屋を用意して。キスカはキトンをお風呂に案内してください」

 

と2匹に指示を出した。

 

「了解しました」

 

「はーい。じゃあ行こっか、キトンちゃん?」

 

 キスカさんがキトンを連れて寝室から出て行く。キトンは戸惑いながらも、覚悟を決めた様子で着いていった。カミラさんは、寝室の出入り口である扉の方を向きながら動かない。……しかし、キトンを案内できるチャンスがふいになったのに、カミラさんはよくも素直に応じたものだ。いつもだったら、『なぜ!私に!お風呂を任せてくれないのか!』とか言い出しそうなものなのだが。

 あんまりにも動かないので、カミラさんの顔をのぞき込むと。

 

「うわっ!?カミラさん!?」

 

 カミラさんは、血の涙を流していた……。

 

 

 

 

 

 

 アタシはキトン。ケットシーにゃん。

 目が覚めたら大魔王城にいた。にゃにをいっているのかわからねーと思うが、アタシにもわからねー。

 

 目が覚めてすぐ、大魔王に質問攻めにされたんだけど、めっちゃ怖かった。にゃんだあのプレッシャー。半端じゃにゃいにゃん。……だけど、にゃにも答えにゃかった。答えたら、にゃにされるかわからにゃいから。ここで殺されるのも怖いけど、ここに来てしまったのが運の尽き。だから、答えて死ぬくらいなら答えずに死のうって。そう思ったんだけど……。

 

「なぁにやってんだよぅ。キトンも早く脱ぎなよ。ウチ体洗ってあげるよ?」

 

 にゃぜかアタシは風呂場にいる。

 

「脱がないのー? あ、ウチが脱がせてあげよっか?」

 

「だ、大丈夫! 大丈夫……自分で脱ぐにゃん」

 

 というか、あの大魔王が言ってたのは『風呂に案内しろ』にゃのに、にゃんでこいつは一緒に入ろうとしてるんだろうか。……恥ずかしい。こう、にゃんとか、どうにかいろいろと隠しつつ服を脱いだはいいものの。これ、体洗うんだから結局こいつに全部見られるんだよにゃ……

 アタシは観念して、恥ずかしさをこらえながら隠すのをやめた。

 

 

 

 

 

「や、やめ……触るでにゃい!わ、ちょっと!どこ触って……」

 

 ハロー。アタシはキトン。ケットシーにゃん。

 観念してお風呂に入ったら、案内してきた魔物に体を洗われていた。しかしこいつ。さっきから妙におっぱいばかり揉んでくる。アタシのこと洗ってにゃい。どっちかっていうとおっぱい揉んでる。

 

「すっごい。柔らかい。ずっしりくる。」

 

「か、感想を言うにゃ!触るのをやめろー!」

 

 こいつの揉む手は止まらない。ばたばたと暴れても、絶妙にゃ力加減で痛くにゃるほど揉んでるわけじゃにゃいのに振りほどけにゃい。……結局、観念してこいつが満足するまで待つことにした。……うう、恥ずかしい。

 

「ううううう、にゃんでアタシのおっぱい揉むんだよぅ、あんただって女にゃのに……」

 

「いやー、ウチおっぱいちっちゃいからさ。おっきいのってどんな感じがするのか気になっちゃってね?でもカミラには手を出せないからさぁ……手を出したら確実にあの世行きだよ。社会的に」

 

 説明ににゃってにゃい。ていうかカミラって最初の部屋に居たあの銀髪の魔物だよにゃ? ……あいつ、どんな魔物なんだにゃん。もしかしてサキュバス?

 

「ってにゃあ! ちょ、ちょっと、もう無理!やめてー!」

 

 おっぱいを揉む手はさらに激しさを増す。アタシは、質問に答えて殺されていたらこんにゃことににゃらにゃかったのかも知れないと思って、何も答えなかったことを少しだけ後悔した。

 

 

 

 

 

「汚された。もうお嫁に行けにゃいにゃん」

 

 湯船につかりにゃがら、アタシはつぶやいた。それ位酷いことされた。殺すにゃら早く殺して欲しいにゃん。

 

「たははー、ごめんごめんちょっとやり過ぎたよ。やー、なんとなーくカミラの言ってたことがわかる気がするなぁ」

 

カミラと同類!? やだ! なんて騒ぎながら、セクハラ犯は私の横に来た。

 

「……どうせ、情報を聞き出して殺すにゃら、こんにゃ茶番、無駄にゃ」

 

 ぼそっと。それだけ口からこぼれてしまった。しまった、と思って横のセクハラ犯を見ると、驚いたように目を丸くしていた。だけど、セクハラ犯はすぐに優しい笑顔になった。

 

「あー、殺さない、殺さない。アニタはそんなことするやつじゃないって」

 

「……信じられにゃいにゃん」

 

「まあ、噂があんなんだからね。ウチも最初は警戒してたけど……。あいつ、ただのゆるふわだから」

 

「え」

 

 ゆるふわ……? ゆるふわした性格ってこと? にゃにそれ興味出てきたにゃん。

 

「アニタの話、聞く?あいつ本当に面白いやつでさー」

 

 そうして、セクハラ犯から大魔王との思い出話を聞く。色んにゃ話を聞いているうちに、最初にあった大魔王城への警戒は少しだけ薄れていた。



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魔王、謁見

「拒絶の森……この程度か」

 

 大魔王城が侵入者を拒む壁。拒絶の森。それは深い森。自然で出来た迷路。力を持つだけでは足りない。知識も持たねば、大魔王城まではたどり着けない。

 その知識。要求される知識を、私は満たしている。簡単なパズルを解くようなものだ。

 

「ここが、大魔王城。歴代最強の根城か」

 

 立派なものだ、と、俺は嘆息する。外観だけでも、我が魔王城がおもちゃのように見えてしまう。目の前に立つのは漆黒の城門。そして、門の前には黒肌で……なんとまあ珍しい、角付きのオーガ。

 

「やあやあ、せっかく拒絶の森を越えてきたところご苦労だが、この先は大魔王城だ。許可なき物は通れない決まりなのだが……あなたは……」

 

 オーガは何かに気づいたかのように言葉を止める。ほう、さすが大魔王の配下だ。聡明である。

 

「ああ。私は魔王ユージーン。大魔王陛下に、謁見を求めたい」

 

 

 

 

 

 キスカさんとキトンの帰りを待っていると、今日の門番をやっているはずのイグナシオさんが玉座の間へとやって来た。

 

「イグナシオ? どうしました?」

 

 不思議そうな顔でそう聞く大魔王様に、イグナシオさんはとんでもない返事をした。

 

「魔王が、謁見を求めて参りました」

 

「魔王様がここに!?」

 

 僕は驚いて、つい叫んでしまった。まさか、彼がここに来るなんて……。暴行事件のことはすでに伝わっているから、その報告と言うことは無いだろう。そもそも、そんな報告にわざわざ魔王がやってくるなんてことはあり得ない。……いったい、何があったんだろうか。

 

「おう。なんでも、ご主人に話があるそうで」

 

 その言葉に、大魔王様はうつむいて、少しだけ悩むような仕草を見せる。

しかし、すぐに顔を上げ、

 

「わかりました。通しなさい」

 

と言った。

 

「イグナシオが門から離れている間の門番は、誰かに頼んでいますか?」

 

「ステラにやってもらっています」

 

「わかりました。イグナシオには謁見に同席してもらいます。アラン、あなたも一時的に私の側近として同席しなさい」

 

 大魔王様の指示が飛ぶ。僕の心情を察したのか、僕もこの場に留まることが許された。……久しぶりに魔王様に会える。何の用事でやって来たのかはわからないが、少しだけでも何か話せたらと、そう思った。

 

「入りなさい」

 

 大魔王様の声と共に、扉が開かれる。その瞬間。圧倒的なプレッシャーが、扉の向こうから放たれた。

 びりびりと来るプレッシャー。魔王軍所属当時は凄まじいものだったのだが、今は少々迫力に欠けると感じてしまう。

 そして、プレッシャーと共にその姿が現れる。

 漆黒の鎧。深紅のマント。紫の短髪と金色の眼。まさしく魔王。旧魔界暦より変わらない『スタンダードな魔王』の姿がそこにあった。

 

「お久しぶりです。大魔王」

 

「ええ。お久しぶりですね。私が大魔王になり、あなたが魔王となったあの日以来ですか」

 

 凄まじい緊張感が玉座の間を包む。魔王と大魔王。そのどちらにも、一切の油断もないように見える。

 

「さて……早速本題に入ってもらいましょう。今回は、どんなご用でこちらにいらっしゃったのですか?」

 

「なに、大した用ではありませんよ。昨夜、暴行事件があったのはご存じですね?」

 

 暴行犯。数時間前、カミラさんに聞いた話を思い出す。魔王軍兵士に暴行し、怪我をさせた魔物がいるということ。

 

「ええ。知っています」

 

「話が早い。我が軍の兵士達は昨夜、その暴行犯を追っていました。結局は見失ってしまったらしいのですが……暴行犯の向かった場所は魔王城の方向だった。そして、魔王城にも侵入の跡……我が城を通り抜けた跡が、残っていたのです」

 

「となると、その暴行犯が向かう先は魔王城を抜けた先にある建物……」

 

「ええ。大魔王城しかあり得ない」

 

 そもそも、こちらの方面に来た時点で逃走としては詰みである。進めば大魔王城、戻れば魔王城。大魔王城から先に進むことは叶わず、1度通り抜けた魔王城は笑顔で戻ってくるのを待っているだろう。

 拒絶の森に潜伏したところで、いずれ餓死するのみ。ならば犯人は、大魔王城にいる。と言うこと。

 

「故に。私たちは、あなたが暴行犯を匿っているのではないかと……そう結論づけたわけです」

 

「ちょっと……待ってください」

 

 そこで、僕は2匹の話を止める。少し、引っかかりを覚えたのだ。

 

「お前……アラン」

 

 僕がいることに気づいた魔王様は一瞬顔を緩めたが、すぐに緊迫した顔に戻った。

 

「久しぶりだな、アラン。しかし、何故私達の話を止める。なにか、理由があるのだろうな?」

 

「はい。理由……というか、疑問が。」

 

 ここまでの緊張感の中で魔王様と話すのは久しぶりだ。焦らず、噛まないように……僕は、慎重に疑問を口にする。

 

「暴行犯がここにいる可能性が高い、と言うのはわかります。ですが、大魔王様が匿っていると言うのは飛躍しすぎなのではないでしょうか。何を持って、その結論に至ったのですか?」

 

 僕の言葉を聞いて、魔王様は少しだけ黙った。数秒間の沈黙の後、魔王様はしっかりと僕の目を見て話し始めた。

 

「今のお前に、言う必要のないことだ。だが、俺はお前のことを想っている」

 

 これは、誤魔化しだ。後ろめたいことがあったり、まだ僕に言えないことがあったり……そんな時に僕に言う言葉。

 

「……相変わらず、ですね」

 

 それで僕は引きさがる。魔王様に何か考えがあるのは確かなのだ。僕は、それでが分かっただけで十分だった。

 

「いいんですか? アラン」

 

「いつものことですよ。話を中断させてすみませんでした。続けてください」

 

 僕の言葉に頷いて、大魔王様は話を続ける。

 

「それで。私達がその暴行犯を匿っていたとして、魔王はどうしたいのです?」

 

「速やかに身柄を引き渡していただきたい。今回の事件は私の管理する街で起こった事件。それ相応の処罰というものがあるものですから」

 

「……なるほど。残念ながら、今日この城に侵入物がいたという報告は届いていません。見つかり次第連絡の物を送りますので、今回はここまでと言うことでお願いできませんか?」

 

 嘘だ。侵入物は居た。金髪碧眼のケットシーであるキトンがその暴行犯かも知れない、というところまで、大魔王様は考えているはずだ。ならば、なぜ嘘をつくのか。……魔王様を信用していないからだろう。

 キトンの事情聴取は終わっていない。だが、魔王様はその状態での引き渡しを求めるだろう。大魔王様はそれを断ることが出来ない。魔王様も言ったとおり、これは魔王街で起きた事件である。キトンが暴行犯である可能性が高いならば、身柄の引き渡しを断る理由がないのだ。

 そして、魔王様にキトンを渡した場合、キトンがどうなるのかわからない。魔王様は冷酷な魔物だ。喋らなければ拷問をするし、最悪殺しもするだろう。

 

 そんなことはさせたくない、と言うことだろう。大魔王様はつくづく甘いと思う。

 

「……なるほど。まあいいでしょう。今回はこの辺りで失礼しましょう。……報告、お待ちしております」

 

 魔王様は一礼の後、玉座の魔を後にする。魔王様としてもここは引き下がるしかないため、妥当な判断だと言える。だが、魔王様の背中に異様な雰囲気を感じた僕は、彼を追いかけることにした。

 

「すみません、大魔王様。少し、魔王様とお話をしてきます」

 

「……わかりました。なるべく早めに済ませてください」

 

 大魔王様にお礼を言って、僕は魔王様を追いかける。魔王様はゆっくりと歩いていたので、以外と早く追いつくことが出来た。

 

「ユージーン!」

 

 僕は魔王様を呼ぶ。2匹の時だけ、魔王様のことを『ユージーン』と呼ぶことを許されている。

 

「アランか。どうした?」

 

 ユージーンが僕を見つけると、前と変わらない父のような笑顔で話しかけてきた。

 

「いや、大した用じゃないんだ。ただ、少し話しておこうと思って……。ユージーン。今日、あなたは明らかに雰囲気が違った。……何か起こそうとしているの?」

 

 僕の言葉を聞くと、ユージーンは真面目な顔に戻った。いつもよりもしっかりとした眼差しで僕を見つめる。

 

「……これも、言えない。すまない。お前に隠し事ばかりして。……だが、1つだけ。アラン。お前は今、大魔王軍の兵士だ。俺の部下じゃない。それだけは忘れるなよ」

 

と。そう言って、彼は門の方へと歩き出す。

 

「俺は、お前を想っている」

 

 曲がり角にさしかかったとき、ユージーンはそう言った。やれやれ、困った人だ、と思う。

 

 この問題はきっと、身柄の引き渡しだけでは終わらない。何が起きてもいいようにと、僕は今日、さらに訓練を重ねることに決めた。

 

 今の僕は、大魔王軍の兵士だから。



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魔王と影

 大魔王との謁見が終わった。はぐらかされてしまったが、暴行犯は確実に大魔王城にいると思われる。なぜ、何のために暴行犯を隠しているのかはわからないが……今は引き下がるとしよう。この話の決着は次だ。

 大魔王城を出て、再び拒絶の森へと入る。ある程度進んだところで、背後から俺を呼ぶ声がした。

 

「魔王様」

 

 落ち着いた女性の声。アランを失った今、俺がもっとも信頼を置く側近。しかし、俺は彼女を見つけることが出来ない。自ら姿を現さない彼女を見つけることは、俺には不可能だ。

 

「オンブラか。なんだ?」

 

 彼女は俺の影だ。目に見えることはない。だが、どこにでも存在する。俺の影に潜んでいるかのように、俺を護る。

 だから影。我が軍の物達の中でも、彼女の存在を知るものは少ない。アランが彼女の存在にすぐに気づいたときには驚いたものだが。

 

「本当に、大魔王相手に内戦を仕掛けるのですか?」

 

 その言葉には若干の恐怖が見受けられた。珍しいものだ。普段は感情を殺し、淡々と喋るのに。

 

 

「……ああ。次に大魔王城へ赴くときには軍を率いて行くだろう。……今の大魔王は、何をやっているかがわからなすぎる。もう充分戦争も出来る頃合いだというのに、一向に戦争を始める気配もない。……魔界はもう限界だ。魔物が争いを渇望している。このままでは大規模な反乱が起きるだろう」

 

 俺は振り向き、うっそうと茂る木の葉の向こう、先程までいた大魔王城をにらむ。

 

「次の謁見で彼女の意思を確認する。場合によっては……あの城を、攻め落とす」

 

 先程の謁見で感じたプレッシャー。それをみるに、彼女の実力は俺とさほど変わらない。ならば出来るはずだ。あの城を、落とすことが出来る。

 

「まあ、場合によっては、だ。そう心配することではない。……あの大戦時、歴代最強と呼ばれた彼女に、戦争の意志がないはずはないだろう」

 

 殺された5眷属のためにも。彼女は戦争を起こすはずなのだ。

 

「まったく、あなたは本当にアランのことが好きなんですね」

 

 オンブラはため息交じりに呟く。

 

「待て、なぜそうなる! 俺は、魔界のためを思ってだな……」

 

「はいはい。魔界のため魔界のため。それでは私も魔界のために、あなたの守護に戻りましょう。あなたに死なれては大事ですからね」

 

 それだけ言って、かろうじて感じられていた彼女の気配が消えた。

 

「言い逃げか……まったく」

 

 俺の部下というのはどいつもこいつも失礼なやつだ。

 

「だが、堅苦しすぎるよりはよほどいいか」

 

 そう呟くと、木々の隙間からふふっと笑い声が聞こえた気がした。

 

 右、右、真っ直ぐ、後ろへ、右、左、左、真っ直ぐ。

 

 来たときと逆の道順で進み、森を抜ける。そのまましばらく行くと馴染み深い、我が魔王城の裏口へと辿り着く。

 ふと気になって周りを見渡す。隠れられそうな場所はないが、相変わらずオンブラを見つけることは出来なかった。まったく、ふざけたステルス能力だ。

 

「なんですか魔王様、キョロキョロして。私を見つけられるとでも?」

 

「なんだ、今日はやけに饒舌じゃないか?オンブラ」

 

 オンブラは普段はあまり喋らないのだが、今日はやけに話しかけてくる。どうしたというのだろう。

 

「……なぜでしょう。少し、あなたと話したい気分なんです」

 

 姿は見せませんけどね。と、彼女は笑う。

 

「……そうか。ならば俺の部屋に行こう。そこならきっと、お前の存在もバレずにすむだろう」

 

「変なことはしませんよ? 夜の相手は、あなたを好く他の魔物に頼んでください」

 

「したくても出来ないさ。自分の部屋だって、お前を見つけることは出来ないだろうしな」

 

 たわいない話をしながら、魔王城の中へと足を運ぶ。こんなに賑やかに自分の城へと帰るのは、随分と久しぶりだった。

 



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暴行犯、判明

「まったく、アランったら……」

 

 魔王と話をしてくる、と言って玉座の間を出て行ったアランは、思ったよりもすぐに戻ってきました。だけど、戻ってくるなり真剣な眼差しで

 

「訓練してきます」

 

って言って、返事も待たずにまた飛び出していったのです。まったく、普段は落ち着いてるくせに、変なところで落ち着きがない子なんですから。

 

「……魔王に何言われたんだろ」

 

 短い会話でもわかる、あの2人の絆とか、信頼感。アランにとって、魔王は大切な人なんだろうなぁ……

 

「……ところでご主人よぉ。そろそろ、門番に戻ってもいいかい?」

 

 ぼーっとしていると、横から急に声をかけられました。イグナシオです。完全に忘れていました。

 

「え? ああ、はい、どうぞ! 頑張って!」

 

 ……びっくりして、声が裏返っちゃいました。恥ずかしい。

 

「あいよ。ご主人も頑張れよぉ」

 

 そう言って、手を振りながらイグナシオは玉座の間を去って行きます。姿が見えなくなってもしばらく、どすどすと足音が響き続けていました。

 

「……1匹になっちゃった」

 

 気づけば玉座の間には私以外の魔物が一匹もいません。アランは訓練しに行きましたし、イグナシオは門番に戻って、お風呂に行ったキトンとキスカも、キトンの部屋を用意しに行ったカミラも戻ってきていません。

 

「……別に、寂しくなんてないですからね。私は孤高の大魔王なんですぅー」

 

「アニタ様1匹で何言ってんの?」

 

「うわぁっ!? キスカ!」

 

 いつの間にかキスカとキトンが帰ってきてる! 気づかなかった! 聞かれた? 私の恥ずかしい一人言聞かれた!?

 

「なぁんにも! なぁんにも言ってません! 寂しいとかぼやいてないし! 孤高とかかっこつけてないですぅ-!」

 

 ボロ出しまくりだ……終わった。私終わった。ほら、キスカは全てを悟ったような目で私を見ているし、キスカの斜め後ろで立っているキトンは変な物を見る目で私を見ていますし……。

 

「いやぁ? アニタ様の見た目なら可愛い魔物だなぁで済むことだからさ。ウチはあんまり気にしないよ?」

 

「ううううううううー……」

 

 キスカの慰めが私の心の傷をえぐってきます。

 

「まあ、35000歳って言う事実に目をつぶればだけど、さ?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 そして、今、キスカの憐れみが明確に私にとどめを刺しました。

 

「うるさい! うるさい! 私はまだ若いですよ! まだいけますよ! いけるんですからね! うわーん!」

 

「まだ若いとか言ってる時点でさぁ……」

 

「すぐです! すぐですよ! キスカが私のこと言えなくなるのなんてすぐですからね! 若いなんて余裕ぶっていられるのは今のうち……女の子は! すぐにおばさんになるんだからぁっ!」

 

 取り乱して叫ぶ私。余裕ぶって笑うキスカ。大魔王城メンバーにしてみればいつもの光景。大魔王を最強の存在として畏怖していたであろうキトンにしてみれば……異常の極みなんだろうなぁ……。

 

 

 

 

 

 

「ごほん! これから、まじめな話を、しますからね!」

 

 かなり広い玉座の間に響き渡るほどの大声で『真面目な話宣言』をする私。このまま話を続ければ、いつまでたっても魔王がここへ来た話が出来なさそうだから。仕方ないですね。

 

「ちぇー。アニタ様いじるの楽しいのになぁ」

 

 心底残念そうに、キスカは呟きました。むっとしたけど、これにいちいち反応してたら話は進まないので無視です。無視無視。

 

「……先程。この城に魔王が来ました」

 

 その一言で緩んでいたムードが一気に引き締まります。特にキトンの顔には恐怖が浮かんでいました。

 

「彼がここへ来た理由は、私が先日の暴行犯を匿っていないか、と言う件。それに、私は……」

 

 そこで言葉を切って、私はキトンを見ました。怯える彼女に、私は笑顔を作って次の言葉を言います。

 

「侵入者は見つかっていない、と。そう答えました」

 

「にゃあっ!?」

 

 予想外だったのか、キトンは素っ頓狂な声を上げました。キスカは私がそう言ったであろうと予想していたようで、静かに笑みを浮かべていました。

 

「私はあなたに何も聞いていない。あなたが暴行犯なのかもわからない。たとえ暴行犯だとして、あなたがなぜ魔王軍兵士に暴行を働いたのか、それもわからない。……魔王にあなたのことを伝えれば、必ず連行され、処罰されていたでしょう」

 

 彼の政治には、恐怖政治的なところがあります。魔物達に対しては確実で、有効な政策ではあるのですが……その政治には、いわゆる『みせしめ』と言う物が必要になります。そして、法を犯した際の処罰をみせしめてしまえば、以後も同じ罪には同じ処罰をするしかないのです。

 

 暴行物は牢へ入れられる。それが街の規律を守る魔王軍の兵士へのものならば……投獄は無期限のものとなる。これが、彼が課した暴行に対するルール。

 

「彼の設ける罪に情状酌量は無い。あなたのことを見ていると、どうしても、理由があっての暴行としか思えないんです。まあ、あなたが暴行犯ならですけど」

 

 私は彼女の顔をしっかりと見据えて、問いました。

 

「私を信じて、話してください。あなたは暴行犯ですか?そして暴行犯なら……その罪を犯した理由を、話してください」

 

 そして、玉座の間を沈黙が支配しました。私はキトンから目を離しません。キトンも、私から目を離しませんでした。そして、しばらくのにらめっこの後。

 

「はぁ……」

 

 最初に口を開いたのは、キトンでした。

 

「あんたには負けたにゃん。……わかった。話す。」

 

 キトンは寂しそうな笑みを浮かべて、告白します。

 

「アタシが、件の暴行犯にゃん。弱っちい魔王軍の兵士に怪我させたのは、アタシ。んで、アタシがやった理由なんだけどにゃ?」

 

 

 

 

 アタシには親友がいる。同じケットシーの女の子にゃんだけどにゃ?つい最近、一緒に住んでいた集落を抜けてギーグにやって来たにゃん。

 

 そこそこ普通に暮らせるようににゃって、やっと一息つけたのが、1週間くらい前。やっとゆっくり出来るーって言って、平和にゃ生活を謳歌してたんだけど……。その、親友がにゃ? 魔王軍にゆすられてたのを知ったんにゃ。

 アタシ達の秘密を、知られたみたい。結構前からゆすられてたらしいんだけど、アタシは気づかなかった。

 

 にゃんでゆすりを知ったかって言うと、現場を目撃したから。うん。怒ったにゃん。ぶち切れて殺す勢いで魔法ぶつけちゃった。我に返ったアタシは勢いよく逃げ出して、必死に必死に逃げて、いつの間にかここにいたって感じ。

 

 

「こんにゃところにゃん。面白くもにゃいでしょう?」

 

「話の途中にあった、あなたたちの秘密については、話せますか?」

 

「……それについては、勘弁してほしいにゃん……」

 

「……なるほど。あなたの事情はわかりました。そのお友達は、今どうなっているかわかりますか?」

 

「わからにゃい。当然にゃ」

 

 まぁ、当然ですね。しかし、なんなんですかこれは。これが本当だとしたら、完全に魔王側の落ち度じゃないですか……。

 

「キトン。私はあなたの罪を、出来る限り軽くしたいと思います。それでも、罰は受けるでしょうが……」

 

「……わかったにゃん。アタシにしてみれば、これ以上ない幸運だからにゃ」

 

 その時、玉座の間の扉が開かれました。

 

「いま戻った。……なにか、真面目な話をしていたようだな?」

 

 カミラが、部屋の用意から戻ってきたようです。

 

 

 

 

 

 

 さて。カミラにも事情の説明が終わりました。この後の方針を決めねばなりません。確かにキトンは罪を犯しました。ですが、その理由の一端は魔王軍にある可能性が出てきました。そのために、私は魔王ともう一度話さねばなりません。魔王に報せを送らなければ。……いや。

 

「明日、私が直々に魔王の元へ赴きます」

 

「はぁ!? 何言ってんのアニタ!」

 

 驚きのあまり、キスカは素で私のことを呼びました。……やっぱり、プライベートでも様付けを徹底すべきでしょうか……? っと、今はそんなことを考えてる場合じゃなかった。

 

「今は様を付けなさい。……理由は2つ。1つは、キトンの受け渡しが容易だということ」

 

 キスカに軽く注意をして、話を続けます。どのみち、キトンは魔王へと受け渡すことになります。そう言う約束ですからね。それなら、相手の城の方が手っ取り早いです。

ついでに、魔界を平和にする計画のことも話してしまいましょうか。せっかく魔王と話せるのだから、これも話しておきたいですね。

 

「……そして、もう1つ。大魔王軍の戦力をなるべく見せないようにするため、です」

 

「……アニタ様は、魔王様と戦闘になると言うのですか?」

 

「ええ。その通り。流石キスカですね」

 

 あの一言だけでそこまで察してくれるとは、さすがとしか言いようがありません。しかも疑問として質問してくれましたから、他のみんなへの説明も楽になります。カミラ、100点です。 

 

「彼は、私が暴行犯を匿っているのではないかと疑っていました。その疑い、もとから私を疑っていなければ出てこないものです」

 

 彼は私に対して何か不信感を持っているはずです。何に対して不信感を抱いているのかは知りませんけれど、好戦的で、典型的な魔物の思考を持つ彼のこと。戦闘を仕掛けてきても不思議ではありません。

 

「彼が、私に対して何か不信感を持っているのは確かです。だからこの機会に、必ず私に戦闘を仕掛けるはず」

 

「だからこそ、見せる戦力はなるべく少なく……ですか」

 

「ええ。といっても護衛がいなければ格好がつきませんから、アランとキスカに同行して貰おうと思いますが」

 

「え? ウチ?」

 

 キスカは魔王との戦いにおいて、勝てる可能性のある魔物の中で最も『戦闘を見られても支障の無い』魔物です。キスカの戦い方は、ある一点を覗けば普通の剣士スタイル。その一点においても、ばれたところで特に問題があるようなものでもないですし。

 アランは魔王軍出身ですから、魔王ならその力を熟知しているでしょう。逆に魔王のこともよく知ってますから、戦力としては抜群です。

 

「キスカ、戦闘は任せます。あなたならあの魔王にも負けないから」

 

「むぅ……アニタ様が何考えてるのかわかんないけど、ウチはりょーかい」

 

「アランには、私が伝えておきます」

 

「はい。お願いしますね。出立は明日の午前10時とします。キスカ、キトンはその時間に玉座の間に来るように。これもアランに伝えておいてください。……では、解散」

 

 その一言で、今日の話は終了。3匹は玉座の間から出て行きました。

 

 

 

 

 

 

 しばらく時間がたって。私は1匹、玉座の間にいました。ちっちゃな侵入者事件が大きな話になってきたなぁ、とため息をつきます。

 

「ため息とは感心しないな。まあこの状況じゃ仕方ないかとも思うが」

 

 いつの間にか、隣にカミラがいました。

 

「あー……ごめんなさい、カミラ。いるの気づかなくって」

 

「いや、話すきっかけを作りたかっただけだから、謝ることはない。……しかし、アニタはキトンにやけに肩入れするのだな」

 

 2匹だけなので、いつもの『大魔王とその部下』という体裁をとりのぞいて話します。実は、カミラは大魔王軍の中でも唯一気兼ねをせずに話ができる魔物だったりします。

 

「うん。実はね、あの子を、夢で見たことがあるの」

 

「夢で?」

 

 あの子と似た子を、夢で見た。私がキトンを助けたい理由は、ただそれだけなんです。

 

「うん。よくは覚えていないんだけれど、あの子とそっくりだった。単純に、魔王の方針が気に入らないっていうのもあるけれどね」

 

「……まあ、な。厳罰主義の恐怖政治。私にとっては馴染みある制度だが、それはアニタの目指すところではないからな」

 

「うん。いつか、平和な魔界を築く。魔王にもわかってもらわなきゃね?」

 

 誰も戦いによって血を流さない。誰も戦いによって死ぬことのない、そんな世界を作る。そのためだけに、私は行動するのです。



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いざ、魔王城へ

 夜が明けて、午前8時。

 昨日、カミラさんから大魔王様が魔王城へ向かうので、お前は武装してそれについていけ、との伝言を受けて、しっかりと武装して玉座の間へと向かっている。

 武装して、とのことなので戦闘が発生する可能性があるのだろう。魔王軍で僕が戦って相手になるのは、ユージーンと彼女くらい……。もし戦闘が発生したとして、その2匹との戦いになる。

 

「大魔王様なら、2匹同時でもやれそうだけどな」

 

 正直、僕を連れて行く理由がわからない。大魔王様は戦わないつもりなのだろうか?

 

「おーっす人型ぁ! 浮かない顔してんなぁ!」

 

 後ろから思いきりどつかれて、僕は大きく体勢を崩す。この声と馬鹿力。相手はキスカさんしかいない。

 

「何するんですかキスカさん! オーガの筋力だと軽く叩いても僕には重いんですからもう少し手加減してくださいよ!」

 

 抗議と共に振り返ると、そこには思った通りキスカさんがいた。

 

「て、うわっ……どれだけ重武装してるんですかそれ」

 

 キスカさんの武装は凄まじかった。防具はほぼ無い。露出の高いオーガの民族衣装を着ている。重武装といえるのは武器だ。キスカさんは3本の剣を、その小さい体に背負っていたのだ。

 背中にクロスするように装着された2本の剣の、うち1本は濃い水色をした、一見棍棒と見紛うような装飾の施されたごつい剣。もう1本は刀身が盾のような広さを持つ剣。そして、腰の辺りには流麗なサーベル。……これはカタナという剣だろうか? ともかく、そんなものを装備していた。

 彼女は実戦でどういう戦いをするのだろうと、疑問を持たずにいられない装備だった。

 

「それ、全部使うんですか?」

 

 僕が背中の剣をさしていうと、キスカさんは首を振った。

 

「うんにゃ、1本ずつだよ。状況に合わせて使い分ける。今回持ってきたのは1番対応範囲の広い組み合わせだし、お前の出番は無いかもな?」

 

「状況に合わせて使い分ける……?」

 

 それならば2本でもいいのでは。たしかにカタナは素早い敵を相手にするのに良さそうだが、重い剣を2つ背負った状況では動きづらいし速度も落ちてしまう。棍棒のような剣は守備の硬い相手を倒すのに使えそうだが……盾のような剣と棍棒のような剣は使い方が大体同じような気がする。なんだか矛盾しているような……。

 

「まあ、もし戦いになったら見せてやるよ。ウチの本気のをちょっとだけ、な?」

 

と、キスカさんは自慢げに言って、さっさと先へ行ってしまう。

 

「ああ、待ってくださいよ、キスカさん!……速いな、あんなに剣を背負ってるのに」

 

 ゴテゴテとした装備を物ともせずに、キスカさんは普段と変わらないスピードで走る。さすがはオーガの筋力と体力、なのだろうか?

 

「……あれ?っていうかキスカさんも呼ばれてたのか」

 

 僕は保険的なものなのだったのかな、なんて思うと、ちょっとむかっときた。

 

 

 

 

 

 キスカさんに遅れること数十分。ようやく玉座の間へやってくると、僕を除いてもう全員が揃っているようだった。

 

「遅いぞ人型ー、アニタ様を待たせるとかいけないなぁー!」

 

 玉座の間に着くなり煽ってくるキスカさん。

 

「そんなに言うんだったら僕を抱えていってくれても良かったじゃないですか。キスカさんなら余裕でしょう?」

 

「言ってて恥ずかしくならないのか? 男なら、ウチを抱えて走れるくらいの体力つけろよ」

 

「女の子に無闇に触るなって言って抱えさせてくれないくせに」

 

 キスカさんと軽口をたたき合う。キスカさんとは魔王軍にいた時みたいな絡みが出来て、少し気が楽だ。

 

「……しっかし、キトにゃんも速いなぁ。この子、ウチよりも速く来てたんだよ」

 

「アタシはケモノだからにゃ。走るのは得意にゃよ?」

 

 いつの間にか仲良くなっている2匹である。キスカさんの方は妙なあだ名付けてるし。

 

「って、ちょっと待ってくださいキスカさん、あなた人をあだ名か名前で呼ぶのは認めたやつだけって言ってませんでした!?」

 

「おうともさ。キトにゃんはウチが認めたケットシーだからなー」

 

「にゃんか知らねーけどアタシ達は認め合った仲らしいにゃん。やったにゃーん!」

 

 2匹はハイタッチ。いつの間にこんなに仲良くなっているのか。女子とは怖いものだ。

 

「えー、と。そろそろ出発してもいいですか……?」

 

 ちょうど静かになったときに玉座の間に響く、酷く落ち込んだような声。全員がそちらへ振り向くと、そこには涙目の大魔王様。

 

 

 いたんだ。

 

 

 とは思ったが、それを言ったら泣き出してしまいそうなので口には出さない。

 

「あー、アニタ様いたんだ?」

 

 このオーガ容赦ない。僕が踏みとどまった言葉を言いやがった。

 

「いーまーしーたー! 最初からいましたー! 一番乗りでしたー! そもそも寝室がこの近くだから絶対に一番乗りですぅー!」

 

 取り乱して叫ぶ大魔王様。なんだろう、なんというか、あれだ。この魔物、面倒くさい。

 まあ1番面倒くさいのはこの状況を予想できていたはずなのにいじりだしたキスカさんなのだが。本当に面倒くさいから、軽率にいじるのはやめていただきたい。

 

「大魔王様。進まないんで落ち着いてください」

 

「はっ!? そうでしたそうでした!」

 

 大魔王様は大げさに咳払いをして仕切り直す。

 

「これから、私達は魔王城へ行きます。そこで行うことは2つ。キトンの引き渡し。その際キトンの罪が軽くなるよう交渉します。そして、魔王に今後の政治の方向性……魔界を平和にすること、その話をします」

 

「……にゃ?」

 

 キトンから疑問の声が上がり、そこで話が中断された。

 

「魔界を平和って、にゃに?どゆこと?」

 

 ……どうやら、キトンは大魔王様が何を言ってるのかさっぱりわかっていない様子。

 

「大魔王様。もしかして、説明してないんですか?」

 

「……そういえば、言うの忘れてました」

 

 何をやってるんだこの魔物は……。

 

 

 

 

 

 

「にゃんだそれ……頭おかしいにゃん……」

 

 大魔王様の魔界平和計画を聞いたキトンの第一声がこれである。まあ、普通の反応だろうな、と。

 

「大魔王が戦争をしにゃいとか、職務放棄にも程があるんじゃにゃいか?」

 

「うーん……それを言われると弱いんですけどねぇ。でも、目指しちゃったものは仕方ないですよね?」

 

「仕方にゃいとかじゃにゃい気がするんだけどにゃあ……」

 

 キトンがあきれたように呟く。事実その通り。大魔王の1番大きな仕事は『人界との戦争を始める』こと。それをしないとか、職務放棄以外の何物でもない。

 

「……でも。このままじゃどちらかが滅びるまで争いは続く。それはいけないと思うんです。私」

 

「ふーん。よくわかんねーけど、わかったにゃん。よーするに、ニコも悲しまにゃくなるってことで良いのかにゃ? ……ま、それにゃらいいにゃん」

 

 そう言ってキトンは笑う。その笑顔を見て一瞬きょとんとした大魔王様だったが、すぐにそれは笑顔に変わった。

 

「話は終わったー? そろそろ魔王城に行こうよ。ずっとこれ背負って待ってるのも辛いからさ?」

 

 話が一段落付いたところで、キスカさんが言う。大魔王様はその言葉にうなづき、改めて宣言する。

 

「では。これより私達は魔王城へと向かいます。と、いうことでしゅっぱーつ!」

 

 酷く緩いが、これで良いのかな? これが、この大魔王城の空気なのかも知れない。皆でしゅっぱーつ! と唱えて、大魔王城を出る。

 

目指す場所はそう遠くない。かつて僕がいた場所……魔王城、だ。




第1回!用語解説コーナー!


アニタ「どうも、私です。大魔王のアニタです!」

アラン「いきなり何が始まったんです?大魔王様」

アニタ「それを説明する前にまず、ここはメタ空間だと言うことを理解してください、アラン」

アラン「ああ、はい、了解です」

アニタ「よろしい。では、何が始まったか?それは……用語解説コーナー!です!」

アラン「人気作品の作者様がやるようなことをどうしてまたこんな底辺作者が……」

アニタ「その人気作品の作者様の真似がしたかったらしいですよ?これやればお気に入り登録伸びるかもとか思ってるらしいです」

アラン「うわ、救えないですねそれ」

アニタ「実際よくわかんないこと多いと思いますしね?主に作者の描写不足で」

アラン「まあ、確かに?」

アニタ「ということで、今回からやっていきますこのコーナー、第1回のお題は!?」

大魔王、魔王とは何か!

アニタ「です!」

アラン「さっきからカギ括弧のついてない天の声みたいな声は誰の声です?」

アニタ「細かいことは気にしない!早速用語解説に行きますよ!まず、大魔王とは何かを話しましょう!」

アラン「ややこしいですよね。魔王もいるし大魔王もいるって」

アニタ「まあすっごく簡単に言うと、皆様の世界で言う天皇様みたいなものですかね?細かくは違いますが」

アラン「そうですね。大魔王の役割は、人界との戦争を始めること。戦争開始を宣言できるのは、魔界の大魔王だけです」

アニタ「あとは人界の勇者を待ち構え、辿り着いた勇者とラスボスとして戦う役割も持ってますね。」

アラン「まさしく某国民的RPGの大魔王、といった感じですか」

アニタ「それに対して魔王とは、魔界全体の政を行う役職ですね。皆様の世界で言う総理大臣さんのようなものです」

アラン「魔王が決めたことを地方領主に伝え、魔界全体のある程度の統制を取る、と」

アニタ「そういうことです。これが、魔王と大魔王。そして、魔王と大魔王には力がないとなれません」

アラン「それはどうしてですか?」

アニタ「それに関しては次回、『魔物とは何か!』で合わせて解説しましょう!」

アラン「あ、そういうスタイルでやっていくんですね」

アニタ「それでは今回はこの辺で!お相手は、大魔王アニタと?」

アラン「大魔王軍兵士、アランでした」

アニタ「また次回!ばいばーい!」


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信じるということ

サブタイが思いつかないと言う罠。
センスのある人間になりたい


「魔王城、か」

 

 懐かしい昔の家を想い、ため息をつく。

 ここは拒絶の森。その隠し通路となる一本道だ。大魔王城から魔王城やギーグに行くときに、いちいち拒絶の森を突破するのは面倒くさい!と言うことで、大魔王様が無理やり作ったらしい。迷路のような迷いの森に直通の通路を作ってしまうとか、控えめに言ってやばいと思う。

 

 ちなみに、この通路は外からも見えないようになっているし、大魔王城の物以外は知らない通路である。

 

「なに? 人型。お前大魔王城に移ってからそんなに長くないけど、そんなに感傷に浸るほど懐かしいもんなの?」

 

 僕のため息を聞いて、キスカさんが訓練以外で珍しく真面目に話しかけてくる。

 

「まあ、長く住んでましたからね。ちょっと離れただけでも懐かしいものです」

 

「ふーん。ウチは懐かしむほど長く住んだ家なんて無かったからなぁ……もし大魔王城を離れたら、ウチもそうなるのかな?」

 

「あれ?キスカ、城を出ていったりなんかするんですか?」

 

 ちょっとイタズラっぽく、大魔王様が言う。それに対してキスカさんは笑って返す。

 

「んーん。多分、ずっと大魔王城にいるよ。ウチは出てくつもりは無い。最期の時まで、ずっと……アニタ様のために戦うよ」

 

「……信じてますからね」

 

「うん。信じてー」

 

「……あ、見えてきましたよ。魔王城」

 

 森の木々の切れた先に、そびえ立つ魔王城が見える。魔王城から大魔王城にやって来たときはかなり時間がかかったものだが、直通通路だとこんなにも早く着くとは。

 

「よーっし! じゃあ気合い入れていきますか!」

 

 そう言いながら、キスカさんは肩をぐるぐると回す。小さい背中に密集している剣同士がぶつかり、派手な金属音を立てている。

 

「まだ戦闘が始まるって決まったわけじゃないんですから、そんな気合い入れなくても……ほら、剣同士がぶつかってますし……」

 

「うっさいなー、どうしようとウチの勝手だろー?」

 

「それはそうなんですけど……」

 

 僕としては、剣が痛みそうで怖いのだ。それに音も結構不快だ。ほら、キトンなんて耳を覆っているし。

 

「ほっといてあげてください。キスカ、戦闘前は必ずあれやるんです。気合いが入るんだーって言って」

 

 まあかなりうるさいですけどね。と、大魔王様は言う。そして、ぐーっと伸びをしているキスカさんを見て、ふっと微笑んだ。

 

「さあ、行きましょう! 魔王に謁見です!」

 

 

 

 

 

 魔王城、玉座の間。

 僕たちは魔王城の裏門に到着した後、そこの門番に手続きを取ってもらって謁見を申し入れた。それは許可され、ここにいる。

 

 目の前には玉座に座るユージーン。そして、武装した魔王軍の兵士達がいる。

 

「しかし、わざわざこの城まで来ていただけるとは。連絡をいただければ、こちらから大魔王城へ伺ったというのに」

 

「いえ、2回も来ていただくのは流石に申し訳ないと。侵入者を発見できなかったこちら側の落ち度ですし、昨日の今日でまたお呼び立てするのも忍びない。それに、暴行犯の受け渡しに関しましても、私達が出向けばあなたに余計な手間を取らせない。拒絶の森の往復は手間でしょうし、我々がこの城へ伺おうということになりました」

 

 相変わらずこの2人から感じるピリピリした空気とプレッシャーが凄まじい。どちらかが少しでもおかしな言動、おかしな行動を取った瞬間に、容赦なく戦いが始まりそうな……一触即発の空気。

 

「して、そちらのケットシーが暴行犯、と言うことでよろしいか」

 

「ええ。彼女の名はキトン。我が大魔王城への侵入者であり、彼女が件の暴行犯である、と言う証言を取ることが出来ました」

 

 キトンは慌てる様子もなく前へ出て、ユージーンに対して深々と頭を下げる。

 

「して、魔王。私から1つ、あなたに言っておかねばならないことがあります」

 

「……それは、どのような?」

 

「キトンが罪を犯したその理由です」

 

 キトンが罪を犯した理由。カミラさんには、彼女は訳あって魔王兵に暴行をした、と言うことしか聞いていないので、僕も知らない。いったいどんな理由があるのだろうか。

 

「彼女の友人が魔王兵に脅され、金をとられていたようです」

 

「え? ちょっと待ってください! 魔王軍の誰かが、キトンを強請ってたって言うんですか!?」

 

 そんな、馬鹿な。魔王軍にそんな物が居るはずがない……! 僕が居た頃の魔王軍は、喧嘩っ早かったり、見た目が怖かったりしたけど……皆、良い魔物だったはずなのに!

 

「ええ。その通りです。その友人を助けるために、衝動的に手を出してしまった、と。これは問題でしょう。原因の一端は、魔王。あなたにもあります。どうか、キトンの罪を軽くしてあげられないでしょうか」

 

 ユージーンは眉をひそめ、目を閉じた。少しの間、玉座の間を静寂が支配する。

 

 何分たっただろうか。ユージーンが目を開けた。

 

「……なるほど。確かにそれは我々の落ち度だ。法を守るべき我ら魔王軍の犯した罪が原因で罪を犯したのならば、その罰も軽くなるだろう。……だが」

 

 ユージーンの纏うプレッシャーがさらに強さを増す。対して大魔王様のプレッシャーには変化がない。

 この玉座の間を、ユージーンが支配した。

 

「それは、その情報が本当ならばの話だ」

 

「というと?」

 

「そこのケットシーが嘘をついていると言うことですよ。まったくばかばかしい。私の部下が、強請などするわけがない」

 

 ユージーンは言い切った。私の部下が強請などするわけがないと。それは部下に絶対の信頼を置いている証。魔王ユージーンとしての、1番強いところだ。

 だが。

 

「……随分と自信がおありのようですね。自分の部下に対して、調査はしないと?」

 

「ええ。その通りです。私は部下に全幅の信頼を置いている。彼らはやらない。断言できます」

 

「ちょっと、待ってください」

 

 今、それは違うと、僕は言える。僕は大魔王様の斜め後ろから一歩踏みだし、2匹の会話を遮った。

 

「……アラン」

 

 ユージーンは突然の僕の発言に驚いている。だが、そんなことは構わない。 

 

「魔王様。あなたが部下に信頼を置いているというなら、尚更調査した方が良いのでは?」

 

 信じる、ということ。その一言の重さが、違った。

 

 今の僕には何が違うのかわからない。だけど、信じるというその一言は、大魔王様の方が重くて、本当だと感じたのだ。

 

「……なぜだ、アラン。私と大魔王の会話に口を挟んだのだから、当然理由を説明できるだろう?」

 

「……それは」

 

 言葉につまる。駄目だ。僕には説明できない。どうしてそう思ったのかわからないから。

 だけど。だけど、これだけは絶対に譲ってはいけない気がするのだ。

 その時。後ろから僕の肩に、誰かの手が置かれた。振り返ると、それはキスカさんだった。キスカさんは僕の顔を見て頷くと、僕を庇うように前へ出た。

 

「失礼ながら、ウチ……いや、私が。彼の言葉を代弁します」

 

 ユージーンは片眉を上げてキスカさんを見る。

 

「……ほう。名を聞きこう。大魔王の護衛殿」

 

「私はキスカ。性はありません。赤肌のオーガ族です」

 

「ふむ。では、キスカ殿。なぜあなたがアランの言葉を代弁するのか」

 

「ウチ……いや、私も、彼と同じ考えだからです。あなたがあなたの兵を信頼するならば、あなたはしっかりと調査をするべきです」

 

「……理由を」

 

「魔王様。あなたは自らの定めた法の下に公平な魔王であるはずだ」

 

「ああ。その通りだ」

 

「だからです。だからあなたはあなたの兵が潔白だと言うことを私たちに証明しなければならない。あなたは自ら定めた法を遵守する。そうしてキトにゃんに罰を与える。魔王兵暴行による重い罰を。それは正しい。あなたの言うとおり、強請の事実が嘘なのだとしたら。でも、強請が本当にあったら?あなたは不当に重い罰をキトにゃん下し、ギーグの民を脅迫し金を奪い取った罪人に……魔王兵だからと言う理由で罰を与えないことになってしまう。それでは公平でもなんでもない。あなたの『部下を信じる』は、上司であることの責任を放棄しているだけだ。そういうの、私は……ウチは!大っ嫌いだ!」

 

 ユージーンは口を開かない。ただキスカさんをじっと見て、何かを考えているようだ。

 

「……アタシは嘘ついてにゃい。アタシは嘘ついてにゃい!ニコが泣いてたから!アタシは、アタシの、友達は……ニコ、だけだから……だから!ほっとけるわけにゃかったにゃん!……アタシが、悪くにゃいとは言わにゃい。でも、でも……!」

 

 キスカさんに触発されたようにキトンが叫ぶ。しかし、感情と怒りにまかせて発言したためか続く言葉が出てこない。

 

「でも。嘘と決めつけるのはやめてあげてください、魔王。少なくとも、私はキトンが嘘をついているようには見えないのです」

 

 それを大魔王様が優しく、的確にフォローする。それに心を動かされたのだろうか。ユージーンはゆっくりと口を開いた。

 

「了解した。その件はこちらで調べよう。事実ならば、ケットシーの罪は軽くなる。そして、その兵士が今まで奪った金を返却しよう」

 

 その言葉に。

 大魔王様は安堵の声を漏らし。

 キトンはへたり込んで泣き出し。

 キスカさんは静かに微笑んだ。

 

「ケットシーの最終的な処理が決まったら、大魔王城へとお知らせしましょう。今回はそれで許していただきたい。流石に、これの事実確認は時間がかかるでしょう」

 

「はい。わかりました。それでお願いします」

 

「ケットシーを連行しろ。まだ罪状は保留だ。傷を付けたりするなよ?」

 

「「はっ!」」

 

 ユージーンの命令で2人の兵士が動き出し、キトンをどこかへ連れて行く。きっと留置場だろう。ユージーンのことだから、そこそこ良いところに入れるに違いない。

 

 これでキトンの件は終了、と言って良いのだろうか。まだ安心は出来ないが、大魔王様や僕たちに出来ることはもう無い。少しでも罪が軽くなることを祈るとしよう。

 

「魔王。私は今日、もう一つあなたに伝えたいことがあります」

 

「ほう。それは?」

 

「私が行おうとしていること。それによる、今後の魔界の方針、です」

 

 大魔王様が切り出した。魔界平和化のこと。夢物語を実現しようという話。

 

「……大魔王が政に口を出すと?」

 

 ユージーンは眉をひそめてそう言った。その声には、明確ないらだちが混ざっていた。

 

「出さねばならないのです。私がやりたいことは、魔王である内には実現できなかった。でも、どうしてもそれを実現したいのです。私は、魔界を平和にしたい」

 

「……魔界を、平和に?」

 

 ユージーンの眉間にいっそうしわが寄る。無理もない。大魔王様が言い出したことは、常識ではあり得ないことなのだから。

 

「ええ。人との争いをやめ、種族間の争いをやめ、同種の殺しあいをやめる。今よりももっと、理性的で知性的な生活を送ることで……誰かが大切な物を不条理に失う世界を、無くしたい」

 

「……人との争いをやめる?それは本気で言っているのですか?あなたは、亡くなられた5眷属の……我が兄、イグニールの仇をとらぬと言うのか!」

 

 その瞬間、今までも凄まじかったプレッシャーがさらに増した。周りの魔王兵がばたばたと倒れていく、僕も立っているのがやっとの程の重圧。その中でも大魔王様は平然と立って、話を続ける。

 

「とらない。私はもう、憎しみを連鎖させるようなことをしたくない。人との争いがあるからイグニールは死んだ。ニコトエも、メロウも、アトラスも、ガルグイユもそう。だから憎みあう必要の無い世界を作るんです。私たちが

私たちの手で!」

 

「そんな世界など出来るわけがない! 憎しみは続くのだ。人のある限り。人界のある限り! あなたは、人との争いをやめると言った、人を殲滅するのではなく、戦いをやめると言ったのだ!人が生きたまま、憎むのをやめると!」

 

 ユージーンの姿が、段々と人型から竜の姿へと変わっていく。黒い鎧はそのままに。肌は硬質な鱗へと変わり、手からは鋭い爪が生え、長いしっぽが現れる。

 

 リザードマン。

 その体を竜へと変えることの出来る、旧魔界暦から存在する古種族。火属性を得意とするドラゴンの血筋。

 

「ならば、貴様も仇だ。大魔王、俺は貴様を殺して大魔王になる。そして人との戦争を始めるのだ。憎しみを持つ物による、復讐の戦争を!」

 

 最後に殻を破るようにして現れた翼を羽ばたかせ、ユージーンは瞬時に大魔王様の目の前へと移動する。大魔王様を狙い、鋭い回し蹴りを放つ。

 

 だが。

 

 ガギン、と耳障りな音が響く。ユージーンの足と大魔王様の間には、盾のようにそびえる剣とキスカさんの姿があった。

 

「やぁっとウチの本来の出番かぁ。今回は戦闘ないのかと思って頭使っちゃったから、あんま激しい戦闘はしたくないんだけど……なぁっ!」

 

 キスカさんは剣を前に押し出すようにしてユージーンを弾き飛ばし、盾のような剣を肩に担ぐように構えた。色のなかった線のような装飾が、微かな魔力を放ちながら橙色に光る。

 

「かかってきなよ魔王様。アニタ様が出張るまでもねぇ」

 

 ゆっくりと体勢を立て直すユージーンを見ながら、キスカさんは不敵に笑う。

 

「あんたはウチで十分だ」




第2回!用語解説コーナー!

アニタ「こんにちは!今回もやって来ましたこのコーナー、今回も私大魔王アニタと?」

アラン「対魔王軍兵士、アランでやっていきます」

アニタ「ではでは、さっそく今回のお題を出しましょう!今回のお題は-?」

魔物とは何か!

アニタ「です!」

アラン「魔物とは何か、って、魔物は魔物ですよ。これをどう解説するんですか」

アニタ「我々魔物達の一般常識と、画面の向こうの人間達の一般常識は違うものです。そんな認識のズレをお伝えすることによって、今までよくわからなかった描写がわかってくるかなー?って」

アラン「完全に解説のタイミング間違ってますよね。2話くらいでやるべきでしたよねこれ」

アニタ「それは言わないお約束。と言うわけで、早速解説していきますよ!」

アラン「お願いします」

アニタ「まずは、旧魔界暦の魔界の話から。旧魔界暦の頃、魔界は戦闘力至上主義でした。力の強い方が偉い。と。ガチで強いものが魔王、大魔王になって、かなーり本気で人間と戦ってた頃ですね」

アラン「今はなんだか人界との戦争が当たり前になって、やる気が無くなったら戦争やめたりしてますもんね。納得いかないけど」

アニタ「この時に、魔物の遺伝子に『強い魔物には従う』と言う本能が刻み込まれているのでしょう。どれだけ反抗的な魔物でも、ちょっと力の差を見せつけたらすぐに言うこと聞いたりします」

アラン「逆に弱い物の言うことは誰も聞かない。それが魔物、ですね」

アニタ「その『強い物には従う』という本能が、魔王、大魔王には強い物しかなれない、ということに関わってきます」

アラン「なるほど。どれだけ素晴らしい政を行おうと弱ければ魔物は付いてこない。だからこそ、魔王や大魔王には強さも必要なわけなんですね」

アニタ「そういうことです」

アラン「魔物は力の強さで優劣を決め、強いと思ったら徹底的に従い、弱い物は見下す。そんな生き物ってことですね」

アニタ「なんか物騒な言い方してますけど、まあ、そうですね。間違ってないです。でも、最近の、新魔界暦の魔物はちょっと違うんですよ」

アラン「というと?」

アニタ「新魔界暦になって、人間と交わって産まれた魔物も多くなってきました。それにより、『強い魔物に従う』本能が少しずつ薄れてきてるんですよ」

アラン「ある程度理性的な生活を行えるようになったのも、それの影響ですか?」

アニタ「その通り。魔物は少しだけ、人間らしい考え方も手に入れました。特に人型の魔物は人間思考によっていて、魔界の常識ではあり得ない言動や行動をしたりするんですよ?」

アラン「……そーですね。本当に、あり得ない行動とりますよね」

アニタ「そうですね。そう言うところが可愛いんですけどね?」

アラン「え?」

アニタ「え?」

……少しの沈黙……

アニタ「あ!放送事故放送事故!……ごほん、え、ええと……魔物のこと、少し理解していただけたでしょうか?質問等は受けつけているので、どんどん感想お願いします!」

アラン「……オキニイリトウロクモヨロシクオネガイシマス」

アニタ「もっと感情込めて!カンペ読んでるってバレちゃうから!」

アラン「ちょっと待ってください大魔王様ストップ!口に出てる!」

アニタ「え?あ!うわぁ!なんでも無い、なんでも無いんですよ皆さん!カンペなんて読んでないです!存在しないんですからね!」

アラン「あーもう駄目だこれ!また次回!さようなら!」

次回、第3回に続く。


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エンチャントウエポンマスター

戦闘シーンってやっぱり書く難しいですね……。
精進しなくては!

あ、UA2000達成です!皆様ありがとうございます!
この調子でお気に入り登録者様も増えてくれれば……!

……すみません、調子乗りました



 ユージーンと大魔王様の間に立ちふさがり、キスカさんは盾のような剣を肩に担ぐように構える。朝見たときは色のなかった線のような装飾が、だんだんと橙色に染まっていく。

 

「邪魔をするな。俺は大魔王に用があるのだ」

 

「あー、そう? 知らないなぁ。ウチ、ここから退く気無いから」

 

 キスカさんは挑発的な態度をとる。怒り狂うユージーンは、ターゲットをキスカさんに定めたようだ。一瞬で距離を詰め、凶悪な爪を振るう。

 

「グルルァ!」

 

 リザードマンは竜型と人型、その二つの姿を持つ種族だ。

 竜型は強靱な肉体を持ち、高い筋力と、硬質な鱗による防御力で近接戦闘では無類の強さを誇る。

 魔法の威力も高く、並大抵の魔導系の魔物では太刀打ちできないほどだ。さらにワイバーンタイプともなれば、生える翼で空まで飛べるおまけ付き。基本的にリザードマンの竜型は、全てのスペックが人型を凌駕している。

 

 

 ギギギギギと、耳障りな音を響かせ、爪と刀身が激突する。攻撃を受ける形になったキスカさんは大きくのけぞり、続く回し蹴りによって真横に大きく吹き飛ばされてしまった。

 リザードマンは強い。いくらオーガだとはいえ、通常よりも小柄なキスカさんでは筋力勝負ですら負けてしまう……!

 

「邪魔者は居なくなった。さあ、戦おう。大魔王」

 

 邪魔をするキスカさんを退かしたユージーンは、ゆっくりと、大魔王様に向かって歩き出す。もう彼の歩を止めるものはいない。このままでは、ここで魔王対大魔王の戦いが始まってしまう。

 が、その時。ユージーンの真横。ちょうどキスカさんが吹き飛ばされ激突した場所から、矢のようなスピードで何かがユージーンへと突っ込んでいった。

 

「……キスカさん!」

 

 その矢は、先ほどの盾のような剣ではなく、カタナを両手で握ったキスカさんだった。キスカさんはユージーンを自分の間合いへと入れると、鎧のない左腕を目がけてカタナを閃かせる。

 ガッと鈍い音がする。カタナは鱗に阻まれ、ユージーンに傷を付けることは出来なかった。

 

「やっぱり無理か!」

 

 攻撃を防がれたキスカさんはすぐには動けない。そして、それは隙に繋がる。ユージーンは右拳を握り込み、目の前のキスカさん目がけてぶっ放す。

 

 だが。ユージーンの拳はキスカさんには当たらない。拳が振り抜かれるとき、そこにキスカさんは居なかった。

 

 まるで、風の速度魔法を使用したかのようなスピードで、彼女はユージーンの間合いから離脱していたのだ。

 

 いや、違う。使用したかのような、ではない。使用していた。確実に。僕にはわかる。あの動きは……。

 

「大魔王様。キスカさん、今、風の速度魔法を使ってましたよね?」

 

「気づきましたか? ええ。その通り。キスカは今、風の魔法を使っています」

 

 やっぱり。思ったとおりだ。さっきの矢のような突進もそれだろう。

 だが。それには1つ問題があるのだ。彼女は赤肌。魔力がほとんど無いオーガだ。簡単な魔法行使が出来ないほど魔力が少ないはず。

 

「キスカさんの魔力保有量で2回も風魔法を使えるんですか?」

 

「……ふふ。確かにキスカは今風魔法を使っています。ですが、キスカが使っているわけではないんです。それに、キスカの属性は空ですしね」

 

「……? じゃあ、どうして風魔法を……?」

 

「まあ、見ていればわかりますよ。彼女が何をしているのか。彼女が、どういう戦い方をするのか」

 

 大魔王様はそれっきり口を閉ざしてしまった。仕方ない。キスカさんの戦いを見て、自分で気づくしかない。今キスカさんが何をしているのか。

 

 僕たちが話している間にも、2匹の戦いは続いていた。キスカさんは速度魔法を操り、攻撃をしては離脱をくり返している。だが、ユージーンには傷一つ付いていない。

 

「キスカとやら。それで俺に勝つつもりとは、笑わせる。素早いだけの、軽い攻撃をいくらしようが! 俺の鱗を砕くことは出来ない!」

 

 そうだ。このままでは、いつかキスカさんのスタミナが尽きてやられるだけ。彼女はいったい、ここからどうするつもりなんだ?

 

「まあ、そうだろうね。この風切りじゃああんたを倒せない。……でも。その鱗も、鎧も!砕いてしまえば何の役にも立たない!」

 

 キスカさんはそう言うと、カタナを鞘にしまい、背中に吊ってある棍棒のような剣を抜く。

 

「剣を重くしたところで変わらん。剣では鎧は砕けないのだ」

 

「どうかな?案外簡単に砕けちゃうかもよ?……空砕(そらくだ)き、起動」

 

 キスカさんはそう言うと、ほんの少しだけ、自分の剣に魔力を通した。

 

 刀身の中心にある一本線が、空色に染まっていく。色は違えど、さっきの盾のような剣と同じように。

 キスカさんは重そうな剣を軽々と振り回し、ユージーンに近づいていく。ユージーンは動かない。それは余裕の表れだろう。彼女では自分を倒せないという自信。

 

「へえ? 動かないんだ? じゃあ遠慮無く……」

 

 キスカさんは剣を大きく振りかぶり、ユージーンの胴。漆黒の鎧に叩きつける。

 

「砕けろ」

 

 その瞬間、ユージーンの鎧は粉々に砕け散った。

 

「なに……!?」

 

 ユージーンは鎧が砕けたことに驚き、慌てて後ろに下がる。が、キスカさんはそれを読んでいた。ユージーンのバックステップに追随し、容赦なく攻撃を叩き込む。

 ユージーンはそれを左腕で受ける。しかし触れただけで腕の鱗は剥がれ、刃が腕を切り裂く。竜型の恩恵である肉質の硬化によって辛うじて切断は逃れたものの、彼の左腕はもうこの戦いでは使い物にならないだろう深手を負った。

 

「なんだその剣は……まるで空魔法のような……」

 

 左手をだらりとぶら下げながら、ユージーンは呟く。そうだ。硬い鎧や鱗が軽々と破壊されていく様は、まるで『物を破壊すること』に特化した空属性の魔法を行使しているかのようだった。

 

「へえ。まだ気づかないんだ。ま、無理もないか。魔法武器(エンチャントウェポン)なんて見たことあるやつの方が少ないもんね」

 

魔法武器(エンチャントウェポン)……!?」

 

 キスカさんの一言に、僕は心底驚いた。

 魔法武器(エンチャントウェポン)。新魔界暦の始めの頃、5大元素が発見された頃に生み出されたオーパーツ。それはその名の通り、魔法効果の付与された武器だ。ほんの少しの魔力を通すだけで、武器をしまうまで持ち主や武器自体に魔法効果を付与するという、反則もいいところな武器。

 

「ええ。彼女は全属性の魔法武器を操り、『魔法が苦手』という赤オーガの弱点を補った剣士。『魔法武器使い(エンチャントウェポンマスター)』のキスカ!」

 

 いまだ動けないでいるユージーンに、キスカさんは空砕きを突きつけた。

 

「ま、そういうこと。ウチの空砕きの前じゃ、鎧や鱗なんて意味がない」

 

 キスカさんは空砕きをゆっくりと振りかぶり。

 

「じゃあね。砕けな!」

 

 無慈悲に。ユージーンへと振り下ろした。

 

「残念だが、砕けるのは貴様だ」

 

 その言葉とともに、ユージーンは体をひねって空砕きの一撃を躱す。そのままキスカさんの懐へ一歩踏み込み、一発。掌底を打ち込んだ。

 

「カハッ……!」

 

 次の瞬間、キスカさんは大きく後ろに吹き飛び、壁にたたきつけられた。掌底を撃ったまま静止しているユージーンは、ふうー……と鋭く息を吐き、

 

「掌底空破」

 

と一言だけ呟いた。予想外の一撃を喰らったキスカさんは、まだ立ち上がれないでいる。

 

「ごほっ……ごほ……はぁ、はぁ……はぁーっ」

 

 口からは血を吐き、まさに満身創痍と言ったところだ。ユージーンと比べても、まともに戦える状態じゃない。

 だが、空砕きを支えにして、ゆっくりと立ち上がる。

 

「……俺の掌底空破を腹に受けて立ち上がるか」

 

 掌底空破。空魔法を掌底にまとわせて相手に撃ちこみ、敵の内臓を破壊する技。

 

「どうりで。やけに痛いと思ったら、内臓が破裂してたからか。っあー! 即死しなくてよかった!」

 

 キスカさんはぶるぶると震え、尋常じゃない汗をかいていた。今のキスカさんは、立ち上がるので精一杯。

 だが。そんな状況でも、キスカさんは笑っていた。

 

「キスカさん、下がってください! そんな状態じゃ戦えない!」

 

「なぁに言ってんだよぅ人型ぁ! 楽しい戦いは、これからだろ!」

 

 キスカさんは俺に向かってそう言い、ユージーンに向き直った。

 

「いいのか? 貴様、死ぬぞ」

 

「この程度で死ぬんだったら、ウチはもう100回は死んでんよ。むしろこっからでも負ける気がしないなあ!」

 

 ……止められない。僕ではキスカさんを止められない。

 僕は大魔王様の方を見る。だが、大魔王様にキスカさんを心配するようなそぶりは見られなかった。

 

「アラン。本当の戦いでは、内臓破裂くらいで戦闘不能になっちゃダメなんです。信じて、見ていなさい。ここからが大魔王軍の戦いですから」

 

「……なんですかそれ」

 

 ああ、もう、やっぱり大魔王様はおかしい!

 でも、僕が介入しても足手まといになる、だけだ。結局僕は見ていることしかできないのだ。キスカさんと、ユージーンの戦いを。




第3回!用語解説コーナー!

アニタ「さあ、今回もやってきましたよ!用語解説!」

アラン「大魔王様、なんか楽しそうですね」

アニタ「当たり前ですよ!これのおかげで出番が増えてるんですから!」

アラン「あ、はい。ソウデスネ」

アニタ「じゃあ、今回のお題に行きましょう!今回のお題はー?」

魔法属性について!

アニタ「です!」

アラン「そういえば、魔法属性に関しては一切説明してませんでしたね」

アニタ「そうなんですよ!だから、今回はややこしい魔法属性のことを皆さんに知ってもらおうと思ったって、作者が」

アラン「ま、作中じゃ説明しづらいですもんね」

アニタ「ではでは説明と行きましょう。ちょっと説明することが多いので、今回の2大魔素編と次回の5大元素編に分けてお送りしたいと思います」

アラン「わかりました」

アニタ「さて、2大魔素とは。闇と光の二つの属性のことです。この二つの属性は、旧魔界暦のころからある魔法の原型となった属性ですね」

アラン「浸食の特性を持つ闇と、浄化の特性を持つ光。これは限られた上位の魔物しか使えず、その時代は魔法を使えるというだけでやばかったんですよね?」

アニタ「はい。今でこそみんな魔法を使えますが、当時は魔法を見る=死ぬみたいな感じだったらしいですよ」

アラン「大変だったんですね……」

アニタ「新魔界暦となった今でも、2大魔素を持って産まれる魔物は少ないです。2大魔素の魔物が必ず強いというわけではありませんが、あまり見ない魔法なので注意するに越したことはないですよ?アラン」

アラン「はい。肝に銘じておきます」

アニタ「というわけで今回はこの辺で。この解説は次回、5大魔素編に続きます!」

アラン「それでは、また次回に会いましょう」

アニタ「さようならー!」


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決着

お詫びと訂正

前回、キスカの属性を火と書きましたが、間違いでした。
キスカの属性は空です。既に前回の文章は訂正しました。このまま火に設定変更しても良いとも考えましたが、キスカの属性を火とすると今後の展開やキスカの戦闘において致命的な欠陥が生じるために修正した所存です。

皆様に深くお詫びします。


 口元の血を手で拭い、キスカさんはユージーンにうち掛かる。

 

「……は」

 

 まるで狂戦士のように次々と叩き込まれる斬擊。ユージーンは防御してはいけない。それは自分の守りを剥がされることを意味する。下手に受ければ四肢切断。だからといって、避けに回れば一撃でも喰らった時点で死ぬ。

 

「……っははは」

 

 キスカさんの攻撃はやまない。普通はここまで攻撃を続けていれば必ずどこかで隙が生まれるものだが、その隙すら生まれない。

 

「あっ……はははははははははは!」

 

 キスカさんは笑っている。獰猛に笑っている。内臓が破裂しているはずなのに。相当な痛みを感じているはずなのに。

 まさしく楽しそうに、笑って武器を振っているのだ。

 

 キスカさんの嵐のような攻撃はひたすら回避に専念しているユージーンを壁際へと追い込み、ついにユージーンには退路がなくなった。

 

「っはぁ!」

 

 キスカさんは、壁を背にするユージーンに向かって凄まじい速さでバツ印の軌道を描くように剣を振る。

 たった一撃でも命を奪う攻撃なのに、それを2回。だが。

 

「……ふっ!」

 

 ユージーンは攻撃と攻撃の隙間を縫うように、右斜め前に回避する。受け身をとって立ち上がるが、背の片翼が切り落とされ、勢いよく血が噴き出す。

 

「っはぁー、楽しいなぁ! な? 魔王様? ウチはこんなに楽しいの久々だよ……魔界中で魔物を斬りまくってた時以来だ」

 

 キスカさんはゼェハァと荒い息ながら、まだまだ戦えるとアピールするように声を張る。

 今の戦闘に、僕は戦慄していた。怪我をしていないときと動きが明らかに違う。今の方が強い。攻撃の一つ一つが、速く、鋭く、隙がない。内臓破裂なんて大怪我をしているのに、動きが鈍るどころか速くなっている。

 

「アランは、自分と同格、もしくは自分より強い相手と、本気で殺し合いをしたことはありますか?」

 

 大魔王様は唐突に僕に話しかけてきた。考え事をしていたので少々反応が遅れたが、質問に答えるために少し考える。

 

「……ないです。魔王様となら何度も試合をしましたが、あくまで試合。イグナシオさんとやったのも試合ですし、魔王軍所属の頃はほとんど格下しか居ませんでしたから……」

 

 大魔王様は、うん、と相づちを打った。

 

「アランは今、キスカが怪我をしていないときよりも、怪我をした後の方が動きが鋭いことに疑問を持っていますね?」

 

「……え!?」

 

 僕が驚きの声を上げると、大魔王様は得意げな顔になった。しかしすぐに真面目な顔に戻って言葉を続ける。

 

「人には『意識して出せる全力』と、『追いつめられることによって引き出される本気』があります。キスカは特にその本気が強い。死にかけて、追いつめられて、退路を失った時こそ、彼女は強くなる」

 

 大魔王様はキスカさんとユージーンの戦いに目を戻す。

 

「キスカは以前、丸一日戦い続けてある街の自警団500匹を殺し尽くしたこともありますからね」

 

「……はぁ!?」

 

 途轍もないことを言われて、僕はまた驚きの声を上げる。丸一日戦い続けて500匹殺したとか、尋常じゃない。

 

「知りませんか?北西都市シトロンの自警団を潰した鬼の噂。私はあれを聞いてキスカを大魔王城に誘ったんです」

 

 

「……あれ、キスカさんだったんだ……」

 

 詳細はよくわからないが、たった1匹の魔物がシトロンの自警団を潰して、そのまま行方をくらましたと言う話が、3500年ほど前にあった。その時は、500匹居て1匹を仕留められないなんて情けないと思っていたが、その500匹を壊滅させたその魔物の、本気を見てしまうと……とても、勝てる気がしない。

 

 専門ではないが、並大抵の魔物なら上回る程の格闘術を持つユージーンが手も足も出ない。

 縦に振り下ろされる空砕きを左に躱したユージーンは、剣の軌道をずらすべく空砕きの横っ腹を右拳で思い切り叩いた。ガァンという音と共に空砕きが大きく弾かれ、キスカさんの体が空砕きに持っていかれ、大きく体勢が崩れる。

 ユージーンはその隙を逃さない。もう1発、今度はキスカさんの左胸を狙って掌底空破を叩き込もうとする。

 が、キスカさんは空砕きの吹き飛ぶ勢いに合わせて右足で地面を蹴った。その勢いのまま左足でユージーンの顔を蹴り、大きく距離をとり、にらみ合う。

 

「……なかなかやる。俺が近接戦闘で手も足も出ないとはな」

 

「お褒めいただき光栄の至り……で、いい? 正直この熱が冷める前に戦いを終わらせたいんだ。つまらないインターバルはいらないよ?」

 

「ふふ、まあ待て、すぐ終わる」

 

 そう言うと、ユージーンのプレッシャーの質が変わった。今までとは違う、本当の殺意を感じるほどに高まったプレッシャー。

 僕は彼がここまでのプレッシャーを放つところを見たことがなかった。

 

「火の元素指定。解放」

 

 ユージーンの手から不意打ち気味に凄まじい火球が放たれる。しかし、キスカさんはそれをなんなく回避。

 対象を失った火球は謁見の間の壁に当たり、壁が大きく炎上する。

 

「水の元素指定、解放」

 

 大魔王様がすぐさま水属性魔法を使用する。炎上した壁の上に小さな雨雲が出現し、壁の炎を消した。

 壁には穴が開いていた。直接的な破壊力の高さを物語っている。

 ユージーンが放った魔法は恐らく火元素中級魔法、『フレイムボール』だろう。だが、普通のフレイムボールとは威力が違う。魔王城謁見の間の、かなり硬く作られているであろう壁に穴を開け、炎上させる。ここまでの威力はフレイムボールにはないはずだ。

 彼は普通の魔物であれば詠唱が必要となる魔法を、無詠唱で、通常より高火力にして撃ちだしたのだ。

 

 本来魔法には詠唱は必要ない。魔法に必要なものは自分の作り出す魔法のイメージだ。

 

 火属性ならば、指先に火を灯すのをイメージをして解放と唱えればその通りに魔法が発動する。だが、一般の魔物はそのほとんどが詠唱をして魔法を使う。それはなぜか。

ほとんどの魔物は自分が使う魔法を明確にイメージできないから、である。

 

 先程例にあげた灯火程度なら簡単に出来るのだが、放つ魔法が強力な物になるほどそのイメージにはボロが出る。イメージが不十分だと魔法は弱くなってしまう。だからこそ、イメージの補強のために詠唱をするのだ。

 例えばフレイムボールなら、一般の魔物は『魔力は炎に、我が炎は火球となり、我らの敵を焼き尽くす』などという詠唱を挟む。上記の詠唱によってイメージは補強され、強力な火球が生み出されるというわけだ。

 

 強力な魔法を無詠唱で使うにはその魔法を何度も使用し、イメージを鍛えなければならない。上級の魔物は下級魔法から最上級にいたるまでほとんどが無詠唱で発動できる。無詠唱のメリットはいくつかある。即座に魔法を発動できること、放たれる魔法がどれかわからないこと。そして、魔法の工夫が出来ることだ。

 

 例えばユージーンのように火力を上げること。大魔王様のように雨雲を作ること。魔法はイメージの力。イメージしたことは何でも出来る。強いイメージを持てばそれだけ魔法は自由になる。

 

 上級魔法にも匹敵する威力を発揮するフレイムボールを放てるユージーンは間違いなく魔王の器。僕はユージーンが遠距離魔法を使って戦ったところを見たことが無いが、彼の本領は魔法攻撃である。

 

「……すごい魔法使うんだ。どうして今まで撃たなかったのさ? ウチに対して手抜きとか、舐めてる?」

 

「舐めてはいないさ。撃たなかった理由は二つある。一つは玉座の間への被害を抑制するため。軽い魔法でも躱されればこの部屋は滅茶苦茶だろうからな。もう一つはお前の激しい攻撃で撃つ暇がなかった」

 

 もっともだ。いくら無詠唱だろうと、あの速度で攻撃されては解放すら唱えられない。

 

「うーん、正直あの魔法連発されたらウチがキツいから……」

 

 キスカさんは瞬時にユージーンとの距離を詰める。

 

「解放」

 

 それを予想していたのか、ユージーンは即座に魔法を発動させる。巨大な炎の壁がキスカさんとユージーンの間に現れ、キスカさんの接近を遮る。

 この魔法は『ファイアウォール』だ。初級の魔法ではあるが、炎の壁系魔法の中では魔力消費と効果のバランスが一番良く、そもそも炎の壁系魔法があまり使われないこともあって大体はこの魔法が使われる。

 

 だがこれもユージーンが使うとすさまじい物になる。見る限りは上級の『フレアウォール』なみの壁だ。無闇に突っ込むと黒焦げになる。キスカさんにもそれがわかったのか、ファイアウォールに突っ込む直前でストップした。

 

「……解放」

 

 ユージーンの勢いは止まらない。炎の壁の向こうから、大量のファイアボールが突き抜けてきた。迫り来る面の攻撃をキスカさんは回避することが出来ない。キスカさんは真正面から何発も炎の弾を浴びてしまった。

 

「……散弾!?」

 

 それを見て僕は思わず叫んでしまった。あれは散弾だ。1発が拡散し、細かい炎が広範囲に飛び散る。近くで当たれば致命傷を与え、遠ければ広範囲の殲滅が出来る。昔、5大元素が発見された当初に編み出され、その魔法を発動させる難易度の高さから忘れ去られた古代魔法の一つ。ユージーンは、それを再現しているのだ。

 

「何驚いてるんですか、アラン。あれくらいなら私にも出来ます」

 

 隣の女性は本当の規格外なので置いておくにしても、ユージーンがそんな魔法を使えたなんて驚きだ。剣術だけで彼に一矢報いて、これは彼を越える日も近いな何て思っていた昔の僕が恥ずかしい。

 ユージーンは、本気になったら僕なんて相手にすらならないほどの実力を持っていたのだ。

 

 炎の散弾を喰らったキスカさんは動かない。しかしよく見ると、持っている武器が違う。よく見れば、キスカさんの武器はいつの間にか空砕きではなく、一番最初に使っていた盾のような剣に変わっていた。

 

「あの武器は、地壁。魔法武器の一つで、効果は魔法耐性と防御力の上昇です」

 

 大魔王様が解説してくれる。キスカさんを見ると、炎の散弾による被害は軽いやけど程度で済んでいるようだ。しかしいつの間に武器を切り替えたのだろうと目をこらすと、近くの床に空砕きが刺さっていた。

 

「なるほど、とっさに武器を床に突き刺して地壁を抜いたのか……」

 

 キスカさんの驚異の判断能力に唖然とする。ファイアウォールとファイアボールの間にそんなことをするなんて、僕には不可能だ。

 

 ファイアウォールが切れる。その時には既に、キスカさんは空砕きに持ち替えていた。

 

「せぁっ!」

 

 キスカさんの横なぎを、ユージーンは軽々回避。

 

「風元素指定、解放」

 

 ユージーンの放つ突風によりキスカさんは大きく吹き飛ばされる。

 

「火の元素、指定……!」

 

 そしてユージーンは即座に属性を切り替える。これでユージーンの使う属性は、火に戻った。

 

「魔力は火炎に」

 

 玉座の間にユージーンの、詠唱の序説が響き渡る。ほぼ全ての魔法を無詠唱で出せるであろうユージーンが、魔法を詠唱している。……悪寒が、全身を走り抜けた。

 

「火炎は我が手を離れ地獄の業火となりて大地を灼く」

 

 やばい。何が起こっているかを把握するより先に、そんな言葉が出てきた。凄まじい魔力の鼓動を感じる。これは、この城ごと燃やし尽くしてしまうくらいの……『最上級魔法』、なのか?

 

「風切り起動」

 

 だが。キスカさんは既にユージーンの目の前に居た。

 

 右手に握られているのは相変わらず空砕き。そして、左手にはカタナが握られていた。魔法武器のカタナ、風切りの能力によって速度魔法をかけ、一瞬でユージーンの目の前に移動したのだ。

 

「……!」

 

 ユージーンは悲鳴にならない悲鳴を上げる。回避を試みるが、もう遅い。

 

 空砕きが胸部の鱗を破壊し。

 風切りが鱗の無い無防備な肉を切り裂いた。

 

 ユージーンはたまらずダウンする。倒れたユージーンの喉元に、空砕きが突きつけられた。

 

「チェック。ウチの勝ちだ」

 

 キスカさんが勝利を宣言する。対するユージーンは、空砕きを喉元に突きつけられたまま何も言わない。ただキスカを睨みつけている。

 

「なんか言いなよ魔王。このままだと首が落ちるよ」

 

 キスカさんのドスの効いた声が玉座の間に響く。だが、それでもユージーンは無言のままだ。

 

 キスカさんは相当に苦しそうだ。内臓が破裂したままであれだけの戦闘を行ったのだから無理もない。だが、ユージーンが負けを認めなければ、動こうにも動けない。

 

「……おい! 早く負けを認めて……!」

 

 その時。

 キスカさんの後ろに『影』が現れた。姿も、気配も、匂いも、存在さえもなかった物が、今そこに現れたのだ。

 

 オンブラ。魔王ユージーンの側近。だがその存在は魔界には知られていない。知る術がないのだ。

 彼女のその隠密性能は、主である魔王ユージーンであってもその姿を発見できないほどなのだから。

 

「失礼」

 

 オンブラは逆手に構えたナイフをキスカさんの首を狙って振り下ろす。それはあまりにも急なことだった。内臓の損傷していたこともあって、キスカさんは反応が遅れた。

 

どっ、と、鈍い音がした。




第4回!用語解説コーナー!

アニタ「皆様こんにちは!大魔王のアニタです!」

アラン「大魔王軍のアランです」

アニタ「さてさて。今回は5大元素についての解説でしたね?」

アラン「はい。ささっといきましょう」

アニタ「5大元素とは。新魔界暦で見つかった地水火風空の5属性のことを言います。5大元素が見つかったとき、全ての魔物が5大元素のうち最低でもどれか一つの属性を持っていることがわかりました」

アラン「最低でも、ということは、二つ以上持っている魔物も居るんですよね?」

アニタ「ええ。例えば、今本編で必死に戦っている魔王ユージーン。彼は、火風空の3属性持ちです」

アラン「3属性は相当珍しいと聞きますが……」

アニタ「はい。非常に珍しい存在です。珍しさの度合いを表にしてみましょうか」

珍 5大元素コンプリート
  5大元素から3属性、2大魔素から1属性の合計4属性
  5大元素から4属性
  5大元素から2属性、2大魔素から1属性の合計3属性
  5大元素から1属性、2大魔素から1属性の合計2属性
  5大元素から3属性
  5大元素から2属性
  2大魔素から1属性 
普 5大元素から1属性


アニタ「5大元素コンプリートから上はそもそも現れる可能性が0に近いので省きますね」

アラン「……大魔王様の属性ってなんでしたっけ?」

アニタ「5大元素、2大魔素コンプリートですけど?」

アラン「(絶句)」

アニタ「あら……アランが固まっちゃいました。まあいいや、次行きましょう!次は各属性の特徴を表にしてみましたー!」

地 防御力特化。壁を出現させたりする防御魔法と守備力関連の強化魔法が得意。攻撃はやや苦手

水 生命力特化。唯一回復魔法を持つ。回復が得意。攻撃が苦手。

火 攻撃力特化。火力攻撃魔法と筋力関連の強化魔法が得意。壁等の防御魔法が苦手

風 機動力特化。速度制御魔法が得意。結界等の防御魔法も使える。攻撃がやや苦手。

空 破壊力特化。爆発や粉砕等の攻撃魔法が得意。防御魔法が存在しない。


アニタ「といった感じですね。あとは魔法の詳しい説明……は、本編でアランがしてくれてますね。では、これで属性のお話は終わりになります。今回のお相手は、大魔王アニタと?」

アラン「……」

アニタ「……アラン?」

アラン「……はっ!あ、アランでお送りしました!」

アニタ「バイバーイ!」



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ユージーンの本心

シャドウバース、新弾出ましたね。ヴァンプ使いの私としては、昏き底より出でるものを使った昆布が楽しくて仕方ありません。ナーフされるかも知れないけど、ナーフされるまで楽しもう……


訂正とお詫び

前回の話で、キスカさんはシトロンの自警団100人を殲滅した、と書きましたが、500人の間違いでした。すでに訂正済みです。
申し訳ありません。


 どっ、と鈍い音がした。しかし、血は流れない。彼女のナイフは何も切り裂いていない。

 

 強い衝撃を受けてオンブラさんは吹き飛び、そのまま玉座の間の壁にぶつかった。

 

「かはっ……!?」

 

 オンブラさんは何が起こったのかわかっていないようで、荒い息を整えながら唖然とした顔をしている。

 たった今の鈍い音は、僕が速度強化魔法を使い、瞬時にオンブラさんに接近。そのまま速度の乗った蹴りを叩き込んだ音。彼女の襲撃は失敗に終わったのだ。

 

「僕があなたの居場所がわかるの、忘れてました?オンブラさん」

 

 なぜだろうか。僕には彼女のいる場所がわかる。彼女の姿を見ることが出来る。そのため、僕にはオンブラさんが奇襲をかけようとしていたことに気づいていた。そのため、彼女が一番油断するとき、姿を現した瞬間に攻撃をしかけた。結果は大成功。奇襲は防がれた。

 オンブラさんはただ黙って僕を睨みつける。

 

「……これで、終わりだ。魔王様。ウチと人型の勝ち」

 

 その言葉を聞いて、ユージーンは目を閉じて両手を上げた。だんだんとその姿が人型へと戻っていく。降参だろう。

 キスカさんは安心したように空砕きをユージーンの喉元から離して鞘に戻す。

 

 ユージーンが負けた。魔界第2位たる魔王が、強靱な種族たるリザードマンが、赤肌のオーガに負けたのだ。

 

「っとと……」

 

 キスカさんがふらりと倒れる。僕は慌てて両手で彼女の体を支える。

 

「キスカさん、大丈夫ですか?」

 

 僕はキスカさんの顔をのぞき見る。見るからに辛そうだ。戦闘が終わったことで、今までの疲労やダメージが一気にきたのだろう。息は荒いし、体温は高い。きっと熱がある。

 

「……あー? 人型かぁ。……あれ、ウチ倒れてる? ごめんごめん、すぐ立つから……」

 

 そう言ってすぐに立とうとするが、力が入らないのかすぐに倒れてしまう。キスカさんはこほこほと咳をすると、口から血を吐いた。

 

「無理しないでくださいよ! そもそも、あなたは今動ける状況じゃないんです」

 

「大丈夫、大丈夫……全盛期のウチは、このくらいのダメージなら……あっ! アニタぁっ!」

 

 キスカさんが唐突に大魔王様の名前を叫ぶ。無理しないでと言ったばかりなのに……! キスカさんに強く注意しようと口を開きかけたとき、ユージーンの声が玉座の間に響き渡った。

 

「解放」

 

 ただその一言。一瞬僕は何が起こるかわからなかった。だけど、すぐに気づくことになる。

 

 ユージーンの手から凄まじい熱量を持つ火球が繰り出され、大魔王様へと迫る。これは……ファイアボールじゃない、フレイムボールも違う。上級のフレアボールだろうとあんな熱量は持たないはずだ。……なら、この魔法は。

 

「ヘルフレア」

 

 最上級魔法。一時的に冥界の炎を魔界に呼び出す大魔法。そこで僕は思い出す。ユージーンが詠唱を妨害されてから、一言も喋らなかったこと。まだ、解放の呪文を唱えていなかったことを。

 

 彼は詠唱を待機にして、この時を待っていたのだ。大魔王様に最上級魔法を叩き込むこの時を。

 

 だが。

 

「解放。アクアプリズン」

 

 大魔王様は同様もせず、躱す素振りも見せず、ただ解放とだけ呟いた。一瞬、凄まじいプレッシャーを感じた気がした。

 次の瞬間。ユージーンの火球を水の膜が包み込む。水の膜はヘルフレアを完全に包むと、収縮し、破裂した。

 

 もうそこには何もなかった。ユージーンの最高威力であろう魔法は、大魔王様のちっぽけな水で消え去ったのだ。

 

「何……!?」

 

 大魔王様が使った魔法はアクアプリズン。相手を水の膜で包み込み、水を満たすことで窒息死させる結界防御魔法。中級魔法である。到底最上級魔法を押さえ込めるような代物ではない。

 

「うー……ん。魔王、不意打ちは良いんですが、流石にここまで露骨だと誰だって魔法待機中だと気づきますよ?アサシンとの二段構えの奇襲で魔法へと意識が向かないようにする作戦は悪くはないんですが、30点くらいですかね?」

 

 大魔王様はまるで先生か師のように、ユージーンの作戦を評価した。

 

「なんだ……!? なんだお前は! 俺の、最大の魔法をアクアプリズンで消しただと……?」

 

「なるほど……あれで最大ですか。残念ながらそれじゃ私にはダメージすら与えられません。そもそもあれくらいなら一割のプレッシャーで吹き飛ばせます」

 

「大魔王……もしかして、今までプレッシャーを使用していなかったとでも言うつもりか?」

 

 ユージーンの声が震える。無理もない。いくら歴代最強と呼ばれていようと、ここまで規格外だとは思わない。

 

「はい。当然使っていません。1割も出せばここにいる全員の意識が飛ぶでしょうから」

 

 ユージーンは目を見開いた。僕も少しだけ驚いている。大魔王様は今とんでもないことを言った。1割のプレッシャーでここにいる全員が気絶すると言うことは、実質魔界2位の魔王ですら1割の実力で上回ると宣言したようなものなのだ。

 

「……なぜだ」

 

 ユージーンはしばらく絶句していたが、やがて絞り出すように声を出した。

 

「なぜそれだけの力を持ちながら、人と戦わないなどと言うのだ、大魔王。それだけの力があれば、人間を……皆殺しにだって出来るだろうに!」

 

 ユージーンは叫ぶ。その言葉には悔しさがにじむ。自分の実力が大魔王様に到底及ばないという現実。そして、このままでは兄の敵討ちを果たすことが出来ないという思いが混ざっているのだろう。

 

「魔界はもう限界だ。各地で争いが起こっている。血気盛んな魔物達が戦いに飢えているのだ。このまま人と戦わないなら、魔界は内側から崩壊する! 俺が人に攻め込まねばならないと思う理由は私的なものだけでは決してない! 魔界は! 争いを求めているのだ!」

 

「だからこそ変えるのです。魔界内ですら争いはある。憎しみもある。同族殺しや派閥争いでの小競り合いがたくさん生まれている。それを誤魔化すために人と戦うのでは魔界は何も進歩しないでしょう! このままではどっちみちいつか魔物は滅びます。人間と違い本能を優先し、争いを望む物が多いままでは、きっと長くは保たない。魔王、あなたの配下はあなたに従い、あなたの街には法を守る民が大勢いる。……中枢都市は平和です。中枢都市が平和であるならば、魔界全土を中枢都市と同じにすることも出来るはずなのです。……私は、そう信じています」

 

 2匹の主張がぶつかり合う。きっと、どっちの言っていることも正しいのだと思う。

 

 正直、僕には大魔王様の考えが理解できない。

 魔物同士の殺し合いは深刻な問題だと思う。一向に人との戦いが始まらないことに苛立ちを覚えている魔物が多いのだろう。それこそ、戦争を始めなければ弱い物はどんどん虐げられていき、結局本人の求める平和など手に入らないのに。戦争を始めるだけで、これらの問題が片付くのに、なぜそれをしないのか、と。

 魔王5眷属という大切な物たちを奪われているのに、なぜ怒り、復讐をしようとしないのか、と。

そう思ってしまう。

 

 だが、なぜだろう。大魔王様の話には不思議な説得力があるのだ。

 

 ユージーンは何も言い返さず、ただ黙って何かを考えていた。大魔王様はその間に、キスカさんの治療を始める。「解放」と呟くと、キスカさんの傷は癒え、辛そうだった顔が心なしか楽になったようだ。

 

「……大魔王」

 

 ちょうど治療が終わったとき、ユージーンは口を開いた。

 

「俺には、憎しみを断ち切るなんていう考えが理解できない。その願いは、人に恨みを持つ全ての魔物を否定しているようなものだと、理解できているのか?」

 

「わかっています。この考えが魔界の皆に受け入れられるものではないことくらい。でも、これから10000年、100000年経ったとき……皆が笑っていられるような世界を作れたら、それは幸せで、とても素敵なことだなって、思ったんです」

 

 その言葉に、ユージーンは吹き出した。豪快に笑う姿に、大魔王様は顔むっとさせる。

 

「なんですか! 何がおかしいんですか!」

 

「いや、すがすがしいまでの夢物語だなと思っただけだ。……大魔王」

 

「……なんです?」

 

 僕はその光景に目を疑った。実質的に魔界を束ね、政を司る魔界の王の1匹。魔王の名を冠するユージーンが。大魔王様に、傅いたのだ。

 

「私は敗北した。あなたの配下に負け、自身の最強の魔法も簡単に止められたのではあなたに勝つことなど到底不可能だろう。私は、あなたよりも弱い」

 

 顔を上げ、言葉を丁寧にしてユージーンは言う。彼は魔王として、自分の負けを認めたのだ。

 ユージーンはそのまま言葉を続ける。

 

「敗者は勝者に従うもの。私はしばらくあなたに従い、魔界の平和化に協力しよう。……だが、これ以上は無理だ、魔界を平和にすることなどできないと思ったら、私はあなたに提案する。『人と戦おう』と。その時は、人との戦争を起こして欲しい。負けた身で条件を付けるのは非常識だが、これだけは譲ることが出来ない。条件を呑めないのなら、今ここで私を殺すがいい」

 

「わかりました。つまり、行動で示せ、と。そう言うことでしょう?望むところです。いいでしょう、あなたの提案を受けます。あなたの知識を貸していただけるなら、出来ないことなどないのですから」

 

 そう言って大魔王様は微笑む。そのままユージーンの許へ行くと、「解放」と呟く。ユージーンの傷が癒えていく。大魔王様はユージーンの治療をしたのだ。

 

「……これは、回復魔法か……?」

 

「これは、あなたを信用すると言う証です。私の回復魔法はどうですか?」

 

「……上質だ。ここまで気分の良い回復魔法など初めてだよ」

 

 大魔王様はユージーンに手を差し出す。ユージーンはその手をしっかりと握る。

 

「とりあえず、あなたの考えを全て話してもらおう。何をどうしたいのかがわからなければ政策も立てられんからな」

 

「はい! はい! 今からお話しします!」

 

 大魔王様は握った手をぶんぶんと振る。今までと態度ががらっと変わったことにユージーンは戸惑っているようだ。

 今この瞬間から彼らは協力者となった。魔界の政を司る魔王が味方になったことで、これから魔界は平和化へと向けて急速に動いていくだろう。

 

 

 

 

 大魔王様とユージーンは、ボロボロになった謁見の間で今後の打ち合わせを始めた。僕は少し離れた場所で、キスカさんのことを見ていた。

 キスカさんは今は眠っている。大魔王様の回復魔法は凄まじい。外傷は完全になくなっていて、破裂した内臓も修復されているのだろう。今は体力がないために寝ているだけで、しばらくしたら目を覚ますはずだ。

 

「さっきは随分とやってくれましたね、アラン・アレクサンドル」

 

 唐突に天井から声が聞こえる。今玉座の間にいる魔物の中で、天井に張り付く物なんて1匹しかいない。

 

「なんの用ですか? オンブラさん」

 

 ユージーンの側近、オンブラさんだ。

 

「別に。せっかく久しぶりに会ったんですし、挨拶に来ただけです」

 

 オンブラさんは、僕の問いにそっけなく答えた。

 彼女は結構変なところに居る。天井に張り付いていたり、ユージーンの真後ろに居たり。一番驚いたのは、絨毯に張り付いていたときだろうか。僕の姿を見たオンブラさんは『絶対に喋るな』っていうオーラを出していた。面白いからユージーンに話したのだが、ユージーンもその時謁見の間に居た魔王軍の皆も信じてくれなかった。その後、僕の部屋にオトギリソウの花束が置いてあった。花言葉は恨みらしい。

 

「しかし相変わらず、加速しか能が無いんですね。アラン・アレクサンドル。それで本当に人間なんか殺せるんでしょうか?」

 

「隠密しか能が無いくせに簡単に見破られて攻撃を食らってしまうような側近さんには言われたくないですね。それで本当にユージーンを護れるんですか?」

 

「うるさいですよ。なんですか人型のくせに人間が憎いって。自分の血を否定しているようなものじゃないですか、矛盾してません?」

 

「好きで人型に生まれたわけじゃありません。僕だってもうちょっと筋力のある種族に産まれたかったですよ」

 

「ハッ、脳筋バカが」

 

「脳筋で何が悪いんですか? 隠れてないとまともに戦えないよりはマシだと思いますけど?」

 

「私がまともに戦えない? 何を戯れ言ほざいてるんでしょうこのバカは?」

 

「戦えないからこそこそ隠れているんでしょう隠密バカが」

 

「なんですか? このバカ」

 

「うるさい黙ってろバカ」

 

 悪口。そして、長い沈黙。

 僕とオンブラさんは仲が悪い。初めの方はそうでもなかった気がするのだが、いつの間にか険悪になっていた。口を開けばこのように、悪口合戦である。

 

「はぁ……あなたと話すときはいつもこうですね。今回は悪口合戦するためにあなたに話しかけたわけじゃないんです」

 

 あれ、珍しい。オンブラさんがちゃんとした目的を持って僕に話しかけてくるなんて。いつも悪口言ってくるだけなのに。

 

「なんだ、用事あったんじゃないですか。何が挨拶だけですか」

 

「うるさいです、そこに突っ込むんじゃありませんよ。また悪口合戦になるでしょう」

 

 どうやら本気で真面目な話があるみたいだ。そんな時までケンカするほど、僕も子供ではない。

 

「わかりました。では、改めて……なんの用です?オンブラさん」

 

 僕が聞くと、オンブラさんは僕の頭の上で大袈裟な咳払いをしてから答えた。

 

「魔王様の本心を伝えに、やってきました」

 

「ユージーンの本心?」

 

 って、なんだろう。さっきからずっと、ユージーンは本心で話していたように思えたんだけど……。

 

「今までの魔王様の話、本心に思えていたならまだまだですね。まあ私の方が魔王様と長く一緒に過ごしているから当然ですけど」

 

 オンブラさんは得意げな顔になって言う。

 オンブラさんは、まだユージーンが魔王ではなかった頃からユージーンと共に居るそうだ。僕が彼に拾われたのもまだ魔王ではなかった頃の話だから、オンブラさんとは地味に長いつきあいになるんだなぁ……としみじみと思う。でも、こうやってユージーンとの関係の長さをいちいち自慢されるのはウザい。

 

「あーはいはい、早く話を続けてください」

 

 オンブラさんの自慢を軽く流しつつ、話を急がせる。オンブラさんの得意げな顔がしかめっ面になる。

 

「……わかりました。ごほん。魔王様は、兄君であるイグニール様の仇討ち、そして、魔界全体の殺意の限界を感じたことから大魔王様に反発しましたね?」

 

「はい。そう言ってましたね」

 

「あれ、嘘です」

 

「はい!?」

 

 オンブラさんから衝撃発言が飛び出した。ユージーンはあの時、かなり本気で怒っていたように思える。あんなに怒る姿なんて見たことほどに怒っていたのに、その理由が嘘? そんなわけないでしょう。

 

「ふむ、嘘というのは言いすぎましたね。確かにそれらも魔王様が反発した理由ではありますが、一番の理由は違います」

 

「……なるほど。その、一番の理由って言うのは?」

 

「大魔王様が人と戦争をしないと、あなたが人に復讐できないからでしょう」

 

「はい!?」

 

 再び衝撃発言が飛び出した。僕のため、だって?

 

「まさか、そんな……それだけのために大魔王様と戦おうとしたんですかあの人は!」

 

「それだけのため、とか軽々しく言わないで。あの人はあなたを拾ったときから、ずっとあなたを一番に考えていたのだから」

 

「僕を、一番に……?」

 

 それを聞いたとき、僕はユージーンの口癖を思い出した。

 

『アラン、俺はいつもお前を想っている』

 

 僕に言えないことを誤魔化す時に使っていた言葉。そういえば、今回も言っていたっけ。

 

「思い出しました? 魔王様の口癖。俺はいつもお前を想っている……でしたっけ? あれを言ったときの彼は、いつもあなたのことを一番に考えて行動していました。親バカなんですよ。あの方は」

 

「……そうか。僕のため、だったのか」

 

「ええ。まあ、あなたが大魔王様に味方したのを見て、考えを変えたみたいですけどね。しかし、復讐バカのあなたが、どうして魔界平和化なんてのに付き合うことにしたんですか?」

 

 オンブラさんは何気なくそれを聞いてきた。今、その事についてはあまり触れられたくないのだが……。

 

「……別に。付き合ってる気はありませんよ。僕は大魔王城で、自分の力不足を思い知ったんです。今は大魔王城の物たちに学んで、充分に力を付けたら1匹で人界に突っ込もうと思ってました。それまでは大魔王様に協力するって話です。今回あなたを蹴飛ばしたのも、今の僕は大魔王軍の兵士だからっていう、それだけです」

 

「……なるほど」

 

 そう言って、オンブラさんは天井から降りてきた。この魔物が僕が見てる前で戦闘でもないのに動くなんて珍しい。

 オンブラさんは黙って僕の顔を正面から見つめていた。眼光は鋭く、何か怒っているのか、気に食わないようだ。

 しばらくにらめっこを続けていると、オンブラさんはため息をついて目線を外した。

 

「あなたの考えはわかりました。アラン・アレクサンドル。まあ復讐バカのあなたらしい。まったく、無駄な時間を使いました。私は魔王様の護衛に戻ります」

 

 オンブラさんはそう言うと、ユージーンの許へと歩いていく。

 

「ユージーンを裏切るような真似はしないことね。足りない頭でよく考えなさい、復讐バカ」

 

「え?」

 

 僕の横を通り過ぎる時、彼女は耳元でそうささやいた。その後何事もなかったかのようにユージーンの許にたどり着き、また天井に張り付く。

 

 ……ユージーンを裏切る、か。どういうことなんだろう。

 オンブラさんは、僕が魔界平和化に協力すると思ったからユージーンもそれに協力した。だから彼を裏切るな……と、言っているのだろうか? でも、僕には今ユージーンが考えていることはわからない。ユージーンが本当にその理由で大魔王様の味方になったのかも、わからない。

 

 僕はまだ、人に復讐したい。でも、どうなんだろう? 

 それはユージーンを裏切ることになるのだろうか? 今の僕には、どれだけ考えても答えを出すことができなかった。




用語解説コーナー!

アニタ「やってきました用語解説、今回もお相手は、大魔王のアニタと?」

カミラ「大魔王が側近、カミラだ」

アニタ「……あの、なんでカミラが居るんです?聞いてないんですけど」

カミラ「アランは、そのー、あれだ。えっと、風邪引いたって、言ってたよ?うん」

アニタ(カミラが嘘ついてるのはわかりやすいんですよね……あとでアランに問いたださねば)

カミラ「えっと、アニタ様。今回解説する用語はなんなのです、?」

アニタ「ああ、えっと、今日は人型の魔物について解説しようと思ってます」

カミラ「なるほど。ところで、天の声を待たなくても良かったのか?」

アニタ「あ!忘れてた!ごめんなさーいナレーターさん、合図出すので仕切り直しでお願いしますー!」

了解しました

カミラ「いよいよ世界観が壊れてきたな……天の声と喋るとか……ダダ滑りだと思うぞこれ……」

アニタ「では気をとり直していきましょう!今回はこちら!」

人型の魔物について!

カミラ「人型とは。基本スペックがほぼ純粋な人間でありながら、僅かに筋力の高い種族のこと、だな」

アニタ「その通りです。形だけは人だったり、人のような姿になることも出来る種族も居ますが、それらは一様にスペックが高いですし、特殊な能力を持ってたりもします。。やけに高い魔力を誇っていたり、竜に変身できたり。でも、人型は違います。人間とは魔力が高く、筋力が低めの種族です。人型魔物は人間の血が混ざっている種族であり、魔力がなかなか高く、魔物の血のおかげで筋力もオーク並みにある。アランは自分の人型という種族が気に入らないみたいですけど魔界で確実に上位に入る強さの種族です」

カミラ「アニタ様も人型ですよね?」

アニタ「ええ。といっても私は正確には人型変異種ですけれど」

カミラ「変異種……。初めて出てくる単語ですが、読者の皆様はわからないのでは?」

アニタ「はい!なので、次回の解説は、『突然変異種について!』です」

カミラ「随分と段取りが良いのだな……」

アニタ「ではでは、今回はここまで。バイバーイ!」

カミラ「皆さん、また会おう。さらばだ」


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後日談:魔界平和化とキトンの処分について

学校の方が忙しくて、なかなかやる時間がとれないのとやる気が出ないので遅くなりました。

時間が無い中で書いていると、自分の文章力の無さが浮き彫りになってきますね。

誰か文章力をください


 キトンをユージーンに引き渡してから、1週間が経った。

 あの後大魔王様とユージーンの話はまとまったみたいだ。ユージーンはキトンの処分を決めた後、魔界平和化に向けての準備を進めるらしい。

 政に関して大魔王様に出来ることはない。全ての権限はユージーンにあるため、僕たちは今待つしかない状況になっていた。

 今僕は、大魔王様に報告があって謁見の間に向かっている。まあいつものくだらない報告だ。キスカさんとイグナシオさんがケンカして、訓練場の壁をぶち破った、というだけ。ほんの些細なことだ。……訓練場の壁をぶち破るっていうのを些細なことに感じてしまうというのは、もしかして僕、この城に慣れてきてしまっているのだろうか。魔王城に居たときは、壁が崩れるっていうのは大事だったような……?

 いやいや、僕はこの規格外の城に慣れてなんかいない。まだ僕は普通の魔物だ。

 

 そんなことを考えているうちに、玉座の間にたどり着いた。バカでかくて重い扉を開けて中に入る。

 

「大魔王様、報告があります!」

 

 かなり遠い玉座に届くよう、声を張って言う。すると、すぐに大魔王様から返事がきた。

 

「アラン! ちょっとちょっと、早くこちらへ来てくださいな!」

 

 かなりテンションの高い声だ。いや、大魔王様はいつもテンションが高いのだが、今回はいつもよりテンションが高い。

 

「はい! わかりました!」

 

 そう言うと、僕は移動のために風魔法を使用する。

 ここまでは普通に歩いてきたのだが、流石に玉座までゆったり歩くのは面倒くさい。解放と唱えて魔法を使うと、一気に体が軽くなった。一歩、二歩と進むだけで遠かった玉座が目の前に。必然玉座の近くに居る魔物も目の前に。

 

「え、ユージ……魔王様!?」

 

 そこに居たのは大魔王様だけではなかった。ユージーンも居たのだ。

 

「ああ、1週間ぶりだな。アラン」

 

 紫色の短髪は相変わらず。鎧はキスカさんとの戦いの際に壊されてしまったため、今着ている物はユージーンのお気に入りだったらしい黒の鎧ではない。素材は恐らく銀。金色の装飾が施してあり、相当に高い物であることがうかがえる。性能も高そうだ。だが、あの漆黒の鎧と比較するとやや見劣りするか。

 

「謁見の途中でしたか? すみません、退室します」

 

「いや、いいんだ。まだ報告を始めてなかったからな」

 

「はい! アランもキトンがどうなったか気になるでしょうし、ついでにと思って」

 

「……わかりました」

 

 魔界のトップツーからそう言われては仕方ない。僕も一緒にユージーンの話を聞くことにしよう。

 

「では、魔王。報告をお願いします」

 

「ああ、いやその前に。私の報告は長いので、短いのであればまずはアランの報告から聞いた方が良いのでは?」

 

「そうですか? むぅ、せっかくわざわざ来て頂いているのに、なんだか申し訳ないですね」

 

 最初の時は大魔王として話していた大魔王様だが、いつの間にかなんだか砕けた口調になっている。

 ほとんど敬語で話している大魔王様だが、その中でも砕けた敬語と真面目な敬語の二つがある。まあ、聞き分けるのは簡単だ。話す前に『ああ』とか、『むぅ』とかついていれば砕けている。

 

「どうだ、アラン。お前の方は長くなるか?」

 

「いえ、一言で終わります」

 

「だ、そうだ。先に聞いてしまった方が良かろう。いいぞアラン。話せ」

 

 ユージーンに促されてしまったので、厚意に甘えて先に報告してしまうことにしよう。

 

「キスカさんとイグナシオさんが本気でやり合って、訓練場の壁をぶち抜きました」

 

「ああ、またですか。それじゃあ後で直しておきますね」

 

 僕がこともなげにそう言うと、大魔王様もこともなげに返してくる。まあいつも通りのやり取りだが、ユージーンは絶句していた。

 

 

 

 

「では、魔王。今度こそ報告をお願いします」

 

 気を取り直して、ユージーンの話を聞くことにする。ユージーンは大魔王様に促され、報告を始めた。

 

「まず、暴行を犯したキトンの処分について」

 

 大魔王様の生唾を飲み込む音が聞こえる。ほどよい緊張感の漂う中、ユージーンはしっかりと口を開いた。

 

「彼女の証言である、『魔王軍メンバーに友が強請られていた』という件。裏が取れた。恥ずかしながら、どうやら本当だったらしい。本当に申し訳ない」

 

 ユージーンが頭を下げると、大魔王様はほっとしたのか大きいため息をついた。

 

「それによって罪は軽くなる。彼女に科される刑は、10年の懲役になった。今回はこちらにも責任がある故、服役中もかなり優遇されることになるだろう。もちろん態度次第では扱いは悪くなるがな」

 

 なんと、異例も異例の懲役10年である。軽すぎて、暴行ではまず科されない刑だ。良かったと言うべきだろう。魔王軍の魔物が強請なんてしていたのは悲しいが……強請られていたキトンの友達も、キトンも、きっと報われる。

 

「よかった……本当によかった……! ありがとうございます。魔王」

 

「そもそも我が兵が強請などを行わなければ起こらなかった件だ。……罪を軽くするのは、当たり前だよ」

 

 ユージーンは苦しそうに言う。この件は強請がなければ起こらなかった。だから、そもそも刑を科すということ自体が、本当は間違っているのだ。

 しかし実際に暴行は起きている。起きてしまった。

 

 ユージーンは前に言っていた。

 

 どんな状況だろうと、罪は罪。情状酌量の余地があろうと、罰は受けるべきだ。と

 

 彼はルールを守る男だ。そして、厳罰主義でもある。個人的には無罪にしたいところを抑えてキトンに罰を与えたのだろう。

 

「……さて。ここからは魔界平和化の話だな。今回の政策は大がかりになる。何しろ魔界全土を全く同じ方針にするわけだからな。流石に我々も、ここにいながら政策を徹底することは出来ないだろう。前代未聞の魔界平和化。地方領主たちが黙って従うとも思えんしな」

 

「ええ。今の魔界の状況を見ても明らかです」

 

 魔王は魔界の政を取り仕切る。だが魔界は広い。流石に魔王一匹では全てを見ることなど出来はしない。

 

 だからこそ魔界には地方領主がいる。魔界を北西、北東、南西、南東の4ブロックに分け、それぞれに配置された都市に一匹ずつ領主が居るのだ。

 領主は魔王の政策を受けとり、それに沿った形でそれぞれの領地を治める。

 魔王が弱肉強食の世界を目指せば殺し合いの世界になる。

 魔王が理性ある統治を望めば、善と悪が区別され、悪の裁かれる世界になる。

 

 ならば魔界を平和にするのは簡単だ。魔王がこう言えば良い。

 

『これより内戦や種族間争いを全面禁止。誰かを傷つけたり、何かを壊したり盗んだりした物は罪に問われる。これは権力者も例外では無い』

 

 と。

 だがそうはいかないのが魔界である。

 

 基本、地方領主は魔王に従わないのだ。特に理性的な政策に関しては、まったくといっていいほど従わない。

 

 今ユージーンが設けている政策は、理性ある統治である。暴力や略奪を罪とし、善悪をはっきりと区別する。

 しかし、法が機能しているのは中枢都市くらいのもの。他の都市では法律に違反し、罰を与えられた例はほとんど聞かない。

 

 魔王の作った法を適用してはいても、それを守っているわけではないのである。

 

「地方領主たちに、新たな法を守ることを強制させる。そのために4つの都市に出向き契約を結ぶことにしようと思うのだが、どうだろうか?」

 

「……彼らと契約を結ぶ? ……そんなことが出来るのでしょうか?」

 

 大魔王様は渋い顔をする。だが、それも仕方の無いことだ。今の地方領主たちは、長い魔界暦で見ても間違いなく最悪のメンバーなのだから。

 

 権力を愛し、自らの権力を守ることのみを優先する領主がいる。

 

 領内の村から根こそぎ食料や資材を奪い取り、贅の限りを尽くす強欲な領主がいる。

 

 語り継がれる神を妄信し、全ての選択を神にまかせるような無責任な領主がいる。

 

 何をするのも面倒くさがり、領地が完全なる無法地帯になっている、怠惰な領主がいる。

 

 地方領主は最近新しくなったばかりだが、治安は前回の戦争から悪くなる一方だ。魔界を平和にするための契約など結べるような奴らでは無い。

 

「やらねばなるまい。俺と大魔王だけで魔界全土を統治するなど不可能だ。確実に彼らの協力は必要となる」

 

「……そう、ですね。我が大魔王軍から4大都市へ使いを送り、契約を結ばせましょう。メンバーの選定はこちらでやります」

 

「都市に使いを送るなら魔王軍からも1匹ずつ同行させてやれないだろうか? 彼らにも場数を踏ませたいからな」

 

「わかりました。では、大魔王軍から2匹、魔王軍から1匹の3匹で小隊を組みましょう。魔王軍からは4匹選んで連れてきてください」

 

「了解した」

 

 僕の目の前で話はずんずんと進んでいく。そろそろ、僕がいても意味が無いところまで進んできたところで、大魔王様が僕の方を見た。

 

「あ、アラン、ここからは私と魔王で話しあうことなので、あなたは下がっていいですよ。時間かかると思いますし、大体の話の流れはわかったでしょう?」

 

「あ、はい。わかりました。失礼します」

 

 一礼をして、玉座の間の出口へと歩き出す。

 部屋の真ん中辺りを過ぎてもなにやら話し込む声が聞こえるので、相当熱心に話を進めている様子だ。

 

「……本当に、魔界平和化が動き出したんだな」

 

 僕の願いが叶わないかも知れない。人に復讐できないかも知れない。そんな状況の中で、少しの焦りと、少しの諦めと。

 

『なら、僕はどうしてここにいるんだろう?』

 

 なんていう、自分への疑問が頭の中を支配していた。




アニタ「お詫び!お詫びです!」

アラン「なんのお詫びかを言わないと皆さんわかりませんよ」

アニタ「作者に本当に時間と気力が無くて、今回の用語解説はお休みさせていただきます。そうしないとモチベが死ぬとか何とか言ってました!」

アラン「1度始めたことはちゃんとやり遂げなきゃ駄目ですよもう……」

アニタ「皆さん、本当に、ほんっとうに申し訳ありません!以上、アニタ・アウジェニオ・シルヴァと?」

アラン「アラン・アレクサンドルでした!」


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4大都市遠征 準備編
4大都市遠征開始


お待たせいたしました。やっと舞台が終わり、一つの山を越えましたので、急ピッチで書きました。
まあこの後すぐに朗読会の練習があって、また忙しくなるのですが……。

ペースを早められるよう、精進していきます。


 時刻は午後2時。相変わらず美しく整備された城内を、僕とキスカさんは走っている。キスカさんは僕のはるか前を行き、僕はそれを追いかけている。

 

「もっと走れ人型! ウチらが最後とか嫌だからな! 全員の目線がウチらに集中するとかアウトだからな!」

 

 そう言いながら、キスカさんは綺麗なフォームで走る。足音も軽やかで、オーガとは思えない。普通の魔物を基準にすれば相当速く走っている、のだが。

 

「いや、走ることに関しては間違いなく僕の方が速いんですけど……」

 

 風、しかも速度制御の魔法を扱う僕からしてみれば、それはお世辞にも速いとは言えない速度だった。

 

「そりゃ速度制御魔法なんて使ったら誰だって猛スピードで走れるわ! そんなの反則だからな! ウチを置いていかないくらいの絶妙なスピードで走れ!」

 

 風魔法を使うと確実にキスカさんを置いて行ってしまうので、普通に走っているわけなのだが、そうすると今度は僕がキスカさんに追いつけない。で、追いつけなければ追いつけないで文句を言われる。

 どんな理不尽なんだ、これ。

 

「じゃあ僕はどうすればいいんですか……?」

 

「知らん。ウチに速度合わせりゃ良いんじゃないの? 『速度制御』の魔法なんだから調節も出来るんでしょ?」

 

「あー……いや、疲れるからあまりやりたくないんですけど……」

 

 いつもは加速全開で解放しているのでさほど疲れはないのだが、速度を調整するとなると大分制御に気を遣わなくてはならない。速度調整というのはすごく疲れるものなのだが……仕方ない、やってみるか。

 

「解放」

 

 キスカさんと同じくらいの速度をイメージして、魔力を解放する。体が一気に軽くなり、あっという間にキスカさんと横並びになった。

 

「おお、やればできるじゃん! 流石天才!」

 

「あなたに言われると嫌味に聞こえるんでやめてください」

 

 軽口を叩きながら、僕たちは大魔王城の廊下を走る。

 朝の話合いから数時間。僕たちは大魔王様の呼び出しを受け、玉座の間へと向かっていた。

 

 呼び出されたのは8匹らしい。僕と、キスカさんと、他6匹。

 8匹呼ばれたということは、それが朝言っていた4大都市に出向くメンバー、ということだろうか。

 

「おーい人型! どこまで行ってんだ! もう着いたぞー!」

 

 キスカさんに言われて顔を上げると、いつの間にか玉座の間を通り過ぎていた。いつの間にか考え込んでしまっていたようだ。

 

「すいません、すぐ戻ります!」

 

 僕は風魔法を最高速まで引き上げて、一気にキスカさんの許に戻る。魔法を解除すると、体がずっしりと重くなる感覚がした。ふぅーっ、と息を吐いて、重い体に感覚が慣れるまで待つ。

 

「まったく、走りながら考え事なんかしてるからだ。入るぞ、人型」

 

 キスカさんは失礼しまぁーすと大声で言いながら、まるで学校の教員室に入るような気軽さで玉座の間に入っていく。

 僕がキスカさんを追いかけるような形で部屋の中に入ると、中央に5匹の魔物が居た。

1匹はカミラさんだ。それと、この大魔王城でまだ見たことの無いデーモンの女性が2匹。魔法使い然としたローブを着込み、フードを目深に被った魔物が1匹。石のように固まった状態のガーゴイルが1匹だ。

 

「うわぁ、ウチらが最後かよ……人型が遅いからぁ!」

 

「キスカさんちゃんと数えてください。ここに呼ばれてるのは8匹。今居るのは僕たち含めて7匹です」

 

 そう。今ここにいるのは7匹だ。

 玉座には大魔王様が座っていて、その左側、いつもはカミラさんが立っている所にはユージーンが居た。右側にはイグナシオさんがいつも通りに立っているが、流石に居心地が悪そうだ。大魔王様とユージーンは流石に除くとして、イグナシオさんが8匹目と考えることも出来るけどそれはきっと違うだろう。イグナシオさんが呼び出された魔物なら、カミラさんもいつもの位置に居るはずだ。なのにカミラさんだけ中央にいて、イグナシオさんはいつもの位置。これはちょっとおかしいと思う。

 だから、きっと8匹目はイグナシオさんではない。まだ遅れてくる1匹が居るはずなのだ。

 

「……ふむ。なるほどね。確かに7匹しか居ないわ」

 

 キスカさんも僕と同じ結論に至ったようで、説明する前に自分で納得した様子だった。キスカさん、脳筋に見えて結構頭いいよなぁと思う。

 

「おい人型? 今何か失礼なこと考えなかった?」

 

「えっ!? ……な、なにも。何でですか?」

 

「女の勘だよ」

 

「……なんですかそのあてにならない根拠は。別に、あなたに失礼なことなんて考えてないですよ」

 

「へーぇ、そうなんだー? ……ま、今回はそういうことにしとくわ」

 

 なんとか誤魔化せたみたいだが、しかし図星である。やけに鋭いな。女の勘とやらには気をつけた方が良いかもしれない。

 

「やあ、青年、キスカたん。遅かったな」

 

 そんな話をしていると、いつの間にかカミラさんが僕たちの近くまで来ていた。

 

「げ、カミラ……今ウチのことたん付けで呼んだよな? 面倒くさいモードって事だよな? ……ウチ、帰りたいんだけど」

 

「そんなつれないことを言うなよキスカたん! 私はちょびっとだけでも君の血を飲めれば十分なのだ!」

 

「配給の血で我慢しろー! わざわざ女の子の血だけを集めてもらってんだろ? それでいいじゃん、別に!」

 

「配給の物は色んなうら若き乙女の血が混ざってしまって、雑味が多くてあまり美味しくないものが多いのだ。本当に美味い血という物はな、恥じらいある乙女のうなじに噛みつき味わう生き血なのだ。配給の物でも美味いものはあるが……やはり、生き血を啜る喜びには代えがたい! ヴァンパイアの本能が叫ぶのだ……目の前の女を喰らえと!」

 

「あんた最低だよこの変態ヴァンパイア!」

 

 目の前で繰り広げられていくいつもの光景。この2匹が揃うとその場所は格別にうるさくなる。僕の部屋でこれをやられて、静かに本を読むことが出来なくてブチ切れた記憶もある。

 

「なぜだ! なぜキスカたんは私に血を吸わせてくれないのだ! 先っちょだけ! 先っちょだけで良いからぁ!」

 

「なんの先っちょだよいい加減にしろ! 大体女の子ならこの場にウチ以外にも居るだろ! セシルとセシリアのところに行って来いよ!」

 

 そう言ってキスカさんは2匹のデーモンを指さした。

 2匹の内右のデーモンは、紫ベースに赤の装飾が入ったブラウスを着て、ブラウスと同じ紫色のフレアスカートをはいている。髪は赤のショートヘア。左側頭部にはねじくれた黄色い角が一本生えている。

 左のデーモンも、殆ど同じ服装をしている。違うのはブラウスの色だ。ベースは変わらず紫で、装飾が緑色になっている。髪は赤のストレートロング。こちらは右側頭部にねじくれた黄色い角が一本生えている。

 

「ああ、彼女たちか。2匹ともかわいいよな。やはりあの2匹もうら若き乙女故、1度は血を吸いたいのだがな。何度迫っても許してくれんのだ」

 

「ちょっと待てお前! ウチ以外の子にもそんなことしてたのかよ!」

 

 カミラさんの惨状を見れば被害者がキスカさんだけでないことなど予想がつくと思うけど……。キスカさんもカミラさんも大魔王軍の初期メンバーなのだから、相当長く一緒に居るはずなのに、キスカさんは気づいていなかったんだろうか?

 

「何を言っているのだキスカ! 我が大魔王軍にうら若き乙女が入ってくれば、『ちょっとそこのお嬢さん、私に血を吸わせていただけないかな?』と声をかけるのは当たり前だろう!」

 

「それが当たり前なのはあんただけだよ!」

 

 鋭いツッコミが部屋に響き渡る。流石に騒がしくなってきたな。2匹共、ここは玉座の間だと言うことを忘れてるんじゃないだろうか。そろそろ止めないとと思い、口を開きかけたその時、僕たちの真横から誰かが話しかけてきた。

 

「先輩方、ちょっと騒がしいです! いつものコントは2匹だけの時にしてください!」

 

「それに、私たちの居ないところで勝手に私たちの話するとか、ちょっと失礼じゃないかしら?」

 

 声の方を見ると、そこにいたのは先程の2匹のデーモン。セシルとセシリアと呼ばれた魔物だった。

 

「セシルたんとセシリアたんじゃないか! 君たちから話しかけてくるなんて珍しい!そうだ、ちょうど喉が渇いていてな?」

 

「吸わせません。私、ヴァンパイアになるのなんて嫌です」

 

 2匹が近くにいるのを認識した瞬間に血をねだりにいったカミラさんだったが言い切る前に拒否された。流石に素早いな。慣れているんだろうか?

 

「私も嫌ね。カミラ姉さんみたいにはなりたくないわ」

 

「失礼な! たとえヴァンパイアになったとしても私みたいな残念な女にはならんぞ!」

 

 ええ……自分で残念って言っちゃうんですかカミラさん……。

 

「それに、寿命を延ばし魔力を増やす吸血と、対象を同族に変える吸血は違うのだ!……私はもう2度と、ヴァンパイアを増やしたりはしない」

 

「はいはい、わかったから黙ってなってカミラ。ごめんね、セシリア。それとセシル。流石にうるさすぎた」

 

「本当ですよキスカ先輩。ここ、玉座の間なんですからね。あんまりうるさすぎると、大魔王様怒っちゃいますよ? ねー、大魔王様!」

 

 そこでみんな、一斉に大魔王様の方を見る。当の大魔王様はにこやかな笑顔でこちらを見ている様子だったが、話を振られたのを認識するとわたわたと慌てだし、頭を抱えてうんうんうなって、何かを思い出したかのように晴れやかな顔になった。

 そして、大魔王としての顔になった大魔王様は、

 

「ええ。カミラ、キスカ。あなたたちは少し、場所をわきまえるということを覚えた方が良いですね。流石に私も怒らざるを得ません!」

 

 なんて、ドヤ顔で言うのだった。

 

「……大魔王様。今の間の長さだと説得力皆無ですよ」

 

 僕のその言葉に、セシルさんとセシリアさんを含む全員が頷く。大魔王様はあからさまにしょんぼりした様子になって、玉座の上で膝を抱えてしまった。

 

「……大魔王様は放っておくとして、「酷いですよアラン!」放っておくとして! あなた方に、自己紹介がまだでしたね」

 

 セシルさんとセシリアさんとは、僕は初対面だ。もちろん今の会話でもどっちがどっちかわかっていない。相手の名前を聞くときは、まず自分から。僕が今1番下っ端なんだし、挨拶はきちんとした方が良いだろう。

 

「アランです。つい1ヶ月ほど前、大魔王軍に入隊して、この城にやって来ました。よろしくお願いします」

 

 僕が自分の名を名乗ると、ショートヘアの方が優しく微笑んだ。

 

「ご丁寧にどうも。私はセシルです。横の妙に大人びていて、目上にも敬語を使わない失礼な子が妹のセシリア」

 

「セシリアよ。あなたが魔王軍で名を馳せていた天才魔法剣士君ね。風属性使い同士、よろしくね」

 

 2匹のデーモンはそれぞれに名を名乗る。ショートヘアのデーモンはセシルと名乗り、ストレートロングのデーモンはセシリアと名乗った。2匹は姉妹らしい。

 

「2匹共ただのデーモンじゃない。アークデーモンなんだ。魔法の威力は凄まじいぞ?ウチなんか相性悪いから、2匹と模擬戦すると苦戦するんだー」

 

「それでも私達が勝てたことは一度も無いじゃない。2人掛かりで行っても辛勝が精一杯って、キスカ姉さんどれだけ強いのよ」

 

 デーモン。悪魔。古種族の一つ。膨大な魔力を持ち、肉体も弱くないという優秀な種族。角付きが産まれやすいことでも有名だ。魔力と筋力のどちらかに特化したような個体が多く、基本的には、魔力特化の個体、肉体特化個体、そしてその二つのバランスが取れている個体の3種類がいる。しかし、稀に魔力と筋力が共に平均を超えた特殊な個体が産まれることがあり、それを魔界ではアークデーモンと呼ぶ。

 姉妹揃ってアークデーモン。信じられないが、溢れ出る底の知れない魔力や、強靱な肉体がその事実をありありと示している。

 

 しかし、アークデーモン2人掛かりでやっと勝てるキスカさんって、本当にどれだけ強いんだろうか……。

 

「すっいませーん! 遅くなりましたー!」

 

 突如玉座の間に響き渡る声。快活な女性の声だ。声の主は猛ダッシュで中央までやって来て、急ブレーキをかけて停止。すぐに大袈裟な動きで大魔王様に敬礼をすると、大声で話し始めた。

 

「大魔王軍所属、人型魔物のルーシア! 招集に応じ参上しました! 遅くなってしまい、大変申し訳ありません!」

 

 その少女はルーシアと名乗った。桃色のショートヘア。前髪を青い髪留めで止めている。革製の鎧を身につけ、背中にはオーガが使うような大ぶりのバトルアックスが吊られていた。

 招集に応じ参上したと言っていたので、彼女が最後の1匹なのだろう。いつの間にか立ち直ってルーシアの到着を確認した大魔王様は、わざとらしく咳払いをした。

 

「呼び出した物は全員来たようなので、始めましょう。今日、皆さんをここに呼び出したのは他でもありません。以前よりの私の目的である、魔界平和化の件がいよいよ進もうとしています。ここにいる魔王ユージーンは私の考えに賛同し、協力してくれることになりました。魔王、挨拶を」

 

 いつになく真面目なトーンで大魔王様は言った。話を振られたユージーンは軽く頷き、話し始める。

 

「魔王ユージーンだ。魔界全土の平和化。これは今までになされたことのない、新しい取り組みである。今代の大魔王が描く理想の世界とやらを、私も見てみたくなった。私は、我々魔王軍はここに、魔界平和化計画に全面的に協力することを誓おう」

 

玉座の間がざわつく。いや、ざわつくと言うよりは、1匹だけやけに喚いている。

 

「ついに! ついに我らの悲願が達成される日が近づいているんですね……! 感! 激! です! うっひょー!」

 

 ルーシアさんである。うるさい。

 

「ルーシア、少し静かに。話はまだ終わっていません」

 

「はい! 失礼しました!」

 

 大魔王様に怒られて、口を閉じるルーシアさん。その顔がみるみる真っ赤に染まっていき、次第にプルプル震えだして、ぷはーっ!と口から息を吐く。

 

 ……もしかして、息も止めてたのだろうか。騒がしい。

 

「……話を、続けましょう。私たちの魔界平和化計画、その次なる一歩は、地方領主との協力を結ぶことです。即ち、新たなルールを作り、それを徹底させる」

 

「新たな法はこちらで作ってある。これを地方領主たちに伝え、守らせるように契約を結ぶのだ」

 

「これはなるべく迅速である方が良い。なので、4つの都市に赴き、直接これを伝える方法をとりたいと考えました。あなたたち8匹は、これから4つのチームに別れ、北東、北西、南東、南西にあるそれぞれの都市に遠征に行っていただきたい」

 

 大魔王様はそこで言葉を切り、大きく息を吸った。

 

「4大都市遠征。その開始を今、ここに宣言します」




アニタ「お久しぶりです皆様!用語解説、始まりますよー!」

用語解説コーナー!

アニタ「今回も私、大魔王アニタと?」

カミラ「カミラ・ヴァンプでお送りする」

アニタ「さて、今回は『突然変異種』について説明するんでしたよね?」

カミラ「そうですね。そんなような話で終わっていたはず」

アニタ「ではでは、突然変異種とは。通常その種ではあり得ないような筋力や魔力量を持った魔物の事です。近場で言えば、人型を遙かに超える魔力量と肉体の強力さを持つ私だとか、オーガなのに角付きであるイグナシオとかですね」

カミラ「アークデーモンも突然変異種に入りますね。セシルやセシリアがそうだ」

アニタ「ええ。魔界全体としては珍しい変異種ですが、強い魔物を片っ端から集めてきてる大魔王城ではよく見る物ですね」

カミラ「ふむ。もう説明することは終わりかな?」

アニタ「そうですね。最近ここの文字数が少ないですが、ピンポイントな所を解説しているからと言うのが理由です。手抜きではないんですよ?」

カミラ「読者の皆様の中に、『ここの設定気になるけどわからない。教えて底辺作者!』と言う方がいたら遠慮無く質問して欲しい。採用して、ここのコーナーで扱うかも知れないぞ」

アニタ「感想欄に質問を寄せてもいいのでしょうか……?怖いので、一応私たちはメッセージで質問することをお勧めします。もちろん、感想欄に書いてもらっても構いませんよ!」

カミラ「それでは今回はこのへんで。さらばだ!」

アニタ「バイバーイ!」






アニタ「……ここでこんな事言ってもどうせ質問なんて来ませんよねぇ。完全に感想が欲しいだけじゃないですかこの底辺作者」

カミラ「本当に。見苦しいものだな」

アニタ「……ん?あら?……あぁ!カメラ回ってますよカミラ」

カミラ「おっと失礼。あなた方読者は何も見なかった。いいね?」

アニタ「ば、バイバーイ!」


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チーム分け

難しい話を書くのは苦手です。
後で見返したら会話になってないところとかありそう


 4大都市遠征。北西、北東、南西、南東の4つのブロックにそれぞれ存在する都市に出向き、新たな法を伝え、それを守ると確約させる。

 その開始を、大魔王様は高らかに宣言した。

 

「早速チーム分けですが、チームはもう決まっています。今から発表しますね」

 

 玉座の間に緊張が走る。4大都市に向かうとなれば、行って戻ってくるまでに最低でも1週間はかかるだろう。そこまでの旅の行程では連携や信頼関係が重要になってくる。皆が思っていることは一緒だ。

 

 つまり、自分と仲のいい魔物とチームになれますように。ということ。

 

 これはなかなかの緊張感だと思う。そう思う。さて……僕が行くのはどの都市で、誰と行くことになるのだろうか……。

 

「まずは、北西都市シトロンに向かうチーム。アラン、カミラ。この二匹でいってください」

 

いきなり呼ばれた! 僕が向かうのはシトロンで、いっしょにいくのは……。

 

「ふむ。青年と一緒か。ふむ。…………ふむ。」

 

 どこか残念そうなカミラさんである。

 

「……今、『うら若き乙女と一緒に行動したかった』とか思ってません? カミラさん」 

 

「え!? あ、いや……オモッテイナイヨ、ソンナコト」

 

 図星だな。目が泳いでいるし、物凄い棒読みだ。本当にカミラさんの嘘はわかりやすい。

 

「続いて、北東都市リルムに向かうチーム。キスカ、ジェイド。この二匹で行ってください」

 

 北東都市に向かうチームに選ばれたのは、キスカさんと……ジェイドさん?

 

 当のキスカさんは後ろを振り向くと、カチコチに固まった石状態のガーゴイルの許へ向かい、それを思い切り蹴飛ばした。

 

「おい、ジェイド。呼ばれたぞ。起きなよ」

 

 あのガーゴイルがジェイドさんなのか。ジェイドさんはしばらく反応がなかったが、やがて目が赤く光り、パキパキと音を立てて動き出す。

 

「蹴らなくともいい……聞いていた。キスカ殿、よろしく頼む……」

 

 ジェイドさんはそう言うと、まだ動きのぎこちない手をキスカさんに差し出した。

 

「……ああ、よろしく」

 

 キスカさんはその手を取り、がっちりと握手を交わす。

 

 ガーゴイルは鳥の姿をした石の魔物である。鳥と言ってもそのまんま鳥というわけではなく、人型の体に鳥の頭と鳥の翼がくっついているような形だ。その肉体は限りなく石に近い物であり、非常に防御力が高い。また、石像に擬態する休眠モードがあり、休眠モード中は体が完全に石に変わる。

 あまりにも他の魔物と違いすぎるうえ、どこからどう産まれるのかもわかっていない、謎の多い種族である。

 

 ジェイドさんと握手をするキスカさんはどこか不満そうだ。休眠モード中のジェイドさんを蹴ったことといい、ジェイドさんのことが嫌いなのだろうか?

 

「次、南西都市オラクルに向かうチーム。ルーシア、リンド。この2人で行ってください」

 

「りょーっかいです! リンドさん、リンドさんはどなたですか!?」

 

 指名されたルーシアさんは、リンドさんを探して喚き出す。

 

「リンドさん!? リーンードーさーん!!」

 

 しかし一向にリンドさんは名乗り出ない。僕はリンドさんが誰なのかわかっているわけだが、ルーシアさんはわからないのだろう。

 

 ここに居る魔物は8匹。この中で今名前がわかっているのは7匹だ。

 

 僕、カミラさん、キスカさんはもちろんとして、ガーゴイルのジェイドさん、アークデーモンのセシルさんとセシリアさん、そして、今喚いている人型のルーシアさん。

 

 残るのは、フードを深く被った、性別も種族もわからない1匹だけである。

 

「あれー? おかしいなー? リンドさーん! いないんですかー!」

 

 しかし、リンドさんはまだ名乗り出ない。次第にルーシアさん以外の視線がフードの魔物1匹に注がれる。

 

「リーンドさー「あの」……ん?」

 

 ルーシアさんの言葉の最中に聞こえた、小さいがよく通る、少年の響きを持つ声。

それは確かにフードの魔物、リンドさんから聞こえたものだ。

 

「おお! リンドさん! あなたがリンドさんなんですね! よろしくお願いします! 私ルーシアと……あれ?」

 

 ようやくリンドさんを見つけたルーシアさんは、はしゃぎながらリンドさんに近づいていった。が、リンドさんはそれを無視し、すれ違った。

 

「ちょっとリンドさーん! 無視しないでくださいよー!」

 

 リンドさんはこれも無視。何も言わずに、玉座の前まで歩いていって、止まる。大魔王様と向き合う形だ。

 

「どうして、僕とルーシアさんを一緒のチームにしたんですか? 僕、嫌です」

 

「リンドさー……え?」

 

 リンドさんはルーシアさんをいきなり、明確に拒絶した。ルーシアさんから驚きの声が漏れる。僕も驚いた。

 

「な、なんでですか? 私、リンドさんに何かしました……?」

 

「騒がしい人は嫌いなんです。変えてください」

 

 リンドさんはルーシアさんをあくまでも無視し、大魔王様に話しかける。

 

「残念ですがリンド、これは決定です。変更することは出来ません」

 

「どうしてですか。……僕はあんなうるさい魔物と協力なんか出来ません」

 

「だからです。リンド、あなたには致命的に足りないものがある。わかっていないことがあるんです。それを見つけるためのチーム分けだと思いなさい。……南西都市オラクルに向かうのは、ルーシアと、リンドです。では、最後のチームを発表します……」

 

 話は終わりとばかりに、大魔王様は次のチームの発表にとりかかった。リンドさんはしばらくじっと大魔王様を睨んでいたが、やがて諦めたのか、静かに後ろに下がった。

 南東都市アリアに向かうのは、残った2匹。セシルさんとセシリアさんの姉妹だ。

 

「チーム分けは以上です」

 

「当日は各チームに一匹ずつ、魔王軍の魔物が着いていくことになる。皆新入り共で、実戦経験を積ませたくてな。彼らに、色々と教えてやって欲しい」

 

「出発は2日後の朝7時。それまでの時間は準備にあててください。当日は一度ここ、玉座の間に集合し、全員揃っているかの確認を行います。その後出発です。では、今日はこれで解散!」

 

 大魔王様の解散の号令を受けて、この場に集まった魔物たちは各々玉座の間を出て行く。

 

「あ、あの!」

 

  不機嫌そうにさっさと出て行こうとするリンドさんを、ルーシアさんは呼び止めた。

 

「その……ごめんなさい! 私、昔っからうるさくって……不快、ですよね。私、あんまりうるさくしないように頑張りますから……」

 

 先ほどまでの元気が嘘のように、しょんぼりとした様子で話すルーシアさん。変わらず声は大きいが。

 ルーシアさんをじっと見ていたリンドさんは、ふぅ、とため息をついた。

 

「僕と一緒に戦うなら、一言も喋らないでよ。……正直、耳障りだ」

 

 それだけ言って、リンドさんは玉座の間から出て行った。取り残されたルーシアさんはしばらくそこに立ち尽くしていたが、ぐす、と鼻を鳴らして逃げるように玉座の間から立ち去った。

 

「あの2匹、大丈夫でしょうか?」

 

「まー、なるようにしかならないでしょう。アニタ様のことだからなんか考えてるはずだしー? ウチらはさっさと戻って準備準備」

 

 大魔王様だから心配なんだけど……なんだろう、僕の頭の中では、大魔王様って考えが甘いって言うイメージしかない。

 まあ、キスカさんが大丈夫というなら大丈夫だろうと、玉座の間から出ようとする。今日もカミラさんは僕の部屋で晩ご飯を食べるのかな、と思って、それを聞こうとしたのだが。一緒に帰ると思っていたカミラさんは、まだ中央にいた。

 

「カミラさーん! 帰らないんですか-?」

 

「放っとけよカミラなんて。また血を吸わせろ何て話するの、ウチ嫌なんだけど」

 

 中央のカミラさんに呼びかける。キスカさんが文句を言うのは気にしない。すると、中央から数匹のコウモリがパタパタと飛んできて、一つに纏まった。そこから徐々に魔物の形になっていき、先程まで何もいなかったところに、幼い姿のカミラさんが構築された。

 金髪のショートヘアで、目は変わらず青い。綺麗な白いワンピースを身に纏っていた。髪の色が変わっているのに、なぜだか違和感なくカミラさんだとわかる。面影があるからだろうか?

 

「私はアニタ様に少し話があるのでな。ここに残るから、アランとキスカは先に帰っていてくれ」

 

 いつもより幼く、少しだけ舌足らずな声でカミラさんはそう言った。

 

「か、カミラさん、なんですかその姿?」

 

 僕がそう言うと、カミラさんは不思議そうな顔をして自分の姿を見回した。

 

「あー……これはだな、私の幼い頃の姿だ。可愛かろう?」

 

「いや、そうじゃなくて! カミラさんの幼い頃の姿って言うのはわかるんですけど、なんでその姿に……」

 

「……ヴァンパイアはな。分身出来るのだ」

 

 カミラさんはニヤリと笑った。

 

「この姿は、そうさな。10分の1の私、と言ったところか。私の体をコウモリに変え、そのコウモリが別の私を形作る。その分本体も力は落ちるが、質より量が必要なときもあろう?」

 

「は、はあ、なるほど。よくわからないけどわかりました」

 

 カミラさんは本当に説明が下手だなぁと、そう思う。ただ、これに関しては僕にもわかりやすい説明が出来そうにないけど。ヴァンパイアが分身する仕組みなんてわからないし。

 

「とりあえず、お前は先に帰っていろ。また後でな」

 

「わかりました、それじゃあ僕たちは行きますね」

 

「ああ。しっかりと準備しろよ? 君の準備不足で私が苦労することのないようにな」

 

「了解です」

 

 幼いカミラさんにそう言って、僕たちは玉座の間を出て行く。

 

 北西都市まで行くのには、歩いて4日程かかる。準備は相応にしなければならない。道中どこかの村に寄れるかもしれないが、万一のことに備えて食糧と水は多く持っていかなければいけない。あと、他に必要なものは……。

 

 

 

 

 

「では、カミラ先輩、私達はこれで失礼します」

 

「カミラ姉さん頑張って。私も頑張るわ」

 

「ああ。次会うときには血を吸わせてくれよ?」

 

「「嫌よ(です)」」

 

「それは残念。それではな」

 

 セシルとセシリアとの雑談も終わり、彼女たちが玉座の間から出て行く。

ジェイドもいつの間にか帰っていたようで、これでここにいるのは私と、イグナシオと、アニタ様と魔王ユージーンだけだ。

 

「驚いたな。まだ、ヴァンパイアが存在していたとは」

 

 魔王ユージーンが、心の底から驚いた様子で話しかけてくる。まあ、そうだろう。ヴァンパイアは旧魔界暦に全滅した。それが魔界の認識だ。

 

「旧魔界暦のヴァンパイア掃討作戦の際、しぶとくも生き延びた、と言うわけだよ。アレを指揮していたのは魔王だったから、正直魔王には良い感情を持っていない」

 

「まあ、そうだろうな。同胞を皆殺しにされたわけだ。呪いもするし恨みもするか」

 

 そうだな。彼の言うとおりだ。私は恨んでいる。

 

「どうしようもない、私自身のことをな」

 

「ん? 何か言ったか、ヴァンパイア」

 

 ぼそりとした私の呟きが、ユージーンには届いたようだ。相当小さな声で言ったのだがな。さすがはリザードマンと言ったところか。

 

「いや、何も。くだらない独り言だよ。魔王ユージーン」

 

「……そうか。しかし、解せんなヴァンパイア」

 

「何が?」

 

「俺の前で、お前がヴァンパイアであることを示す会話をしたこと、だ。大魔王がお前を匿っていたんじゃないのか?」

 

「……ああ、そのことか」

 

 確かにそれは疑問だろう。大魔王城に住み、身を隠していたヴァンパイアが、部外物の前で堂々と自分がヴァンパイアであると話す……矛盾しているな。普通に考えれば。

 

「魔王ユージーン。あなたはこれからアニタ様と協力するのだろう?ならばその内知ることになる。どうせ知るなら今知られても構わない。そう言うことだ。それに……アニタ様は、私を外に出すつもりみたいだからな」

 

 そう言って私はじろりとアニタ様の方を見る。

 

「どういうことですかアニタ様。このような任務で私を……ヴァンパイアを、この城から外へ出すなんて」

 

 自分で言うのもなんだが、私はこの大魔王城における最重要機密のはずだ。私の存在を外部に漏らしてはならない。魔王や地方領主に私の存在がバレれば、反乱や暴動が起きかねないのだ。それは今の魔界の体制が崩れることに繋がる。アニタ様にとって、もっとも避けねばならないことのはずだ。

 

「言葉、崩して良いですよ。カミラ」

 

「そうか、では遠慮なく。どういうことなんだ、アニタ」

 

 言葉を崩したところで聞く内容は変わらない。ここには優秀な魔物が沢山いるのだ。この任務に就くのは私じゃなくてもいいだろう。

 

「カミラ。わかっているとは思いますが、私達が目指すのは平和です」

 

「ああ、承知している」

 

「私の目指す平和というのは、種族の関係ないものです。ヴァンパイアも例外ではなく。ならば、その世界を築く過程からあなたを隠すべきじゃない」

 

「それは理想論だ。私はかつて、魔界を脅かしたヴァンパイアの生き残りだ。……受け入れられるわけがない。今私がここから出れば、魔界平和化は叶わない!」

 

 私たちを受け入れるものなどいない。ああ、それがわかってるから私たちは隠れ住んでいたのだ。なるべく穏便に。騒ぎを起こさないように。

 だが。たった一度の過ち。それだけで、私たちは。

 

「……お前だけだよ。ヴァンパイアたる私を、もう何もなかった私を信用したのなんて。お前だけだ。ヴァンパイア族の生き残りを信用するのなんて」

 

 大魔王城に来た魔物たちが私を受け入れるのは、大魔王たるアニタの側近だからだ。アニタが信頼されているから、私も信頼される。大魔王の味方だから、これから大魔王に与するものが信頼するのだ。

 

 じゃあ、大魔王の敵だったら?

 

 大魔王が危険な種族であるヴァンパイアを飼っているとバレたら?

 

「甘いよ、アニタ。タイミングを間違えている」

 

 私を外に出すべきではない。今は、その時ではないのだ。

 

「……私が間違えているかどうかは、後でわかりますよ。とりあえず行きなさい。カミラ。北西都市まで」

 

「アニタ!」

 

「話は終わりです。準備に取りかかりなさい」

 

 アニタから、弱めにだがプレッシャーが放たれた。ああ、ちょっとイラついているな。まったく、感情の高ぶりでちょっとだけ漏れたプレッシャーが、私が意図的に出した1割と同じってどういうことだ。

 

「……わかった。まったく、お前は普段はゆるふわな癖に、こういうところだけ頑固なんだから」

 

「だ、誰がゆるふわですか! もう、早く下がりなさい!」

 

 左手を挙げて返事をし、玉座の間を後にする。

 正直納得したわけではない。だが、アニタは言いだしたら聞かないのだ。仕方がない。今回は言うとおりにするしかないみたいだ。

 

「なにか、悪いことが起きなければいいがな」

 

 私はそれだけを、祈るのみだ。




大魔王軍の雑談コーナー!

アニタ「さて、今回も始まりました。大魔王軍の雑談コーナー!」

アラン「ちょっと待ってください、用語解説コーナーですよね?何がどうしてこうなっているんですか!」

アニタ「底辺作者のネタ切れです(はぁと)」

アラン「アッハイ、そうですか。じゃなくて、えぇ!?こんな早くに!?完全に企画倒れじゃないですか!」

アニタ「静かにしてくださいアラン!言わなきゃバレません!」

アラン「もう、思い切り、言ってますが?」

アニタ「あ」

アラン「……」

アニタ「……」



大魔王軍の雑談コーナー!

アニタ「さて、今回も始まりました。大魔王軍の雑談コーナー!」

アラン「仕切り直した!?ちょっと待ってくださいありなんですかそれ!?」

アニタ「ほら、アランも自己紹介自己紹介!」

アラン「あ、はい。戻って参りましたアランです。じゃなくて!」

アニタ「どうしたんですか?アラン?何か問題でも?」

アラン「いや、だから用語解説」

アニタ「アラン?」

アラン「……サア、ヤッテマイリマシタネザツダンコーナー」

アニタ「よろしい。さて、今回はどんな話をしましょうか?」

アラン「あ、アニタ様、そろそろ時間ですよ!」

アニタ「え?あら本当。じゃあ、皆さん今日はこの辺で。バイバーイ!」

アラン「次までには、解説する用語を出しておきますので。それではまた!」


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「星屑姫」を探して

筆が乗ったのでもう1話。
この話、2ヶ月前くらいには思いついていて書きたくて書きたくてたまらなかったのです。

というわけで、この話からしばらくは、遠征メンバーたちの準備期間の一日を書いていきたいと思います。

なお、さっきの今なので用語解説のネタは思いついていません。ごめんなさい。


「……そうだ、本を持っていこう」

 

 唐突ではあるが、僕は本を持っていくことに決めた。

 遠征の準備の話である。北西都市までは4日かかる。4日だ。その間、ずっと歩きっぱなしというわけでもないだろう。休憩も取る、睡眠も取る。装備の点検やら周りの警戒やらやることはいっぱいあるだろうが……。それでも、時間は空くだろう。

 

 ならば僕は本を読みたい。静かに本を読む時間というのは、至高のものだと僕は思う。

 

 しかし、今僕が持っている本は、全て読み尽くしてしまっている。どうしよう。これは困ったなぁ。

 

「行くか。久々に。書店に!」

 

 僕ははやる気持ちを抑えつつ、出掛ける準備をする。

 遠征の準備を長々としていたため、今日はもう遅い。書店に行くのは明日だ。待ちきれない明日なんてずいぶんと久しぶりだなぁ。大魔王城に来てからは、どちらかというと来て欲しくない明日の方が多かった……。

 

 色々なことに想いをはせるこの時の僕は、考えてもいなかった。よりにもよって、色々とやっかいなあの書店に行くことになろうとは……。

 

 

 

 

 翌日。

 書店の開店と共に突撃すべく、7時頃に部屋を出る。今朝も澄み渡る赤黒い空が僕の出発を祝福してくれている。何て素晴らしい日なんだ! これでキスカさんやカミラさんに鉢合わせたりしなければ……。

 

「あれ? おーい! 人型ー!」

 

 終わった。僕の素晴らしい日が終わった。

 

「……なんですか。キスカさん」

 

 僕を見つけ、目を輝かせてこっちへ来るキスカさん。うん。背丈の低さもあって可愛らしくはあるんだけど、今の僕には悪魔に見える。

 

「いやー、随分と早く部屋出るんだなぁと思ってさ? いつもは訓練に出てくるの8時頃じゃんかアラン。今日はやる気、あるんだな!」

 

「あ……訓練……」

 

 しまった。忘れていた。きれいさっぱり忘れていた。というより、今日は準備期間だからやらないと思っていた。

 ああ……やってしまった……なぜ連絡を怠った僕のバカ……。

 でも、「書店に行くので、明日の訓練休みます!」とかキスカさんにはどのみち言えないような気がした。

 

「んー? 何落ち込んでんだよぅアラン。あれ、もしかして訓練に早く出てきたわけじゃないの?」

 

「う゛。相変わらず鋭いですねキスカさん。……そうです。書店に行こうと思ってたんです」

 

 隠す必要もないので素直に話す。どのみち訓練に行くのだから変わらないさ。さよなら僕の素晴らしい日よ。

 

「ほう? 書店にねぇ?」

 

 じとーっとした目で睨みつけてくるキスカさん。さぁて、これから何言われるんだろうなぁ……?

 

「人型、もしかして、珍しい本とか古い本売ってる書店とか知ってる?」

 

「え? ……知ってますけど」

 

「……そか」

 

 そう言うと、キスカさんはもじもじと体を動かし始めた。

 

 おかしい。これはおかしい。いつもなら、

 

「書店行くとか女々しい奴だなぁもう! 男ならもっと男らしい趣味を持てよ!ほーら、訓練行くぞー!」

 

とか

 

「強くなりたいなら、1日も訓練を休むべきではない。休息も大事だけど続けることも大事、だぞ! ほーら、訓練行くぞー!」

 

とか言いそうなものなのだが。

 

 今目の前に居るキスカさんは、女の子らしく体をもじもじさせるだけ。大変失礼だが、変な物でも食べたのだろうか?

 

「あ、あのさ!」

 

「うわぁ!?」

 

 びっくりした。心臓に悪いから急に大声を出さないでいただきたい。特にキスカさんの大声は本当に心臓に悪い。

 

「その……昔から探してる本があるんだ。ずーっと探してるんだけど、なかなか見つかんなくて……」

 

「探してる本、ですか?」

 

 僕がそう言うと、キスカさんはこくりと頷いた。なんとまあ。キスカさんも本を読むのか。いつも筋トレか訓練か武器の手入れをしている姿しか見ないので、かなり意外だ。

 

「どんな本を探しているんですか?」

 

 そう聞くと、キスカさんはびくりと体を震わせる。顔は真っ赤。これはいよいよ本当にキスカさんらしくない。相当に恥ずかしそうなのだが、いったい何を探しているんだ?

 官能小説……いや、ヤツじゃないんだし、あり得ないか。

 

「その、その……絵本、なんだ」

 

「絵本」

 

 目をぱちくりさせて言う。絵本、か。

 

「絵本を探していることがそんなに恥ずかしいことなのか?」

 

「はっ、恥ずかしいわバカ! この歳になって絵本とか……!」

 

 うー、と唸って地面にしゃがみ込むキスカさん。しまった。考えていたことが口に出ていたみたいだ。気を付けよう。

 

「いや、そんな恥ずかしい事でもないと思いますよ。幼い頃、親が居たときの思い出を懐かしんで絵本を買う魔物って、結構いますしね」

 

「本当?」

 

 顔を上げて僕を見るキスカさん。うお、涙目だ。本当に恥ずかしいんだな……。

 

「本当です。で、本の題名はなんでしょう? ずっと探してて見つからないって事は、わからないとか?」

 

「……いや、覚えてるよ。『星屑姫』。ウチが探してる本の名前」

 

 星屑姫……星屑姫、か。

 どうしよう、知らない。僕も結構書店に入り浸る魔物だが、まったくと言って良いほど見たことがない。

 

「……ごめんなさい。僕、その本は知りませんし見たこともないです」

 

「……そっか」

 

「でも、ありそうな場所なら知ってますよ」

 

「……え?」

 

 今度はキスカさんが目をぱちくりさせる番だった。

 

「すごく、気は進まないんですけど……。本の品揃えが尋常じゃない書店が、一つだけあるんです。そこなら売ってるかも」

 

「本当!?」

 

 途端にキスカさんが目を輝かせる。なんだか今日のキスカさんは、表情がころころと変わるな。

 

「行きますか? 一緒に」

 

「うん! 頼んだぞ、人型!」

 

 こうして、僕とキスカさんは一緒に書店に行くことになったのだ。

 

 僕の知りうる限り、最もやっかいな書店に。

 

 

 

 

 中枢都市ギーグ、魔王街の裏路地。

 街の喧騒すら届かない奥深くに、その書店はある。

 

「リリィズブックショップ……ここに星屑姫があるのか?」

 

 キスカさんは怪訝な顔で言う。それもそうだろう。ボロボロの壁にはツタが張っていて、いかにもオンボロな雰囲気を醸し出している。品揃えが多いどころか、まともな店ではなさそうな感じだ。

 

 だが、それは見た目だけの話である。

 

「本当にあるかはわかりませんが、可能性は高いですよ。入りましょう」

 

「えぇー……わかった」

 

 とりあえず相応の覚悟をして、店内へ2人で入る。

 

 扉を開け、その中に入ると一転。そこは落ち着いた雰囲気を感じるダークオークの店内が僕たちを出迎えた。

 

「うわ、すご……」

 

 キスカさんの言うとおり、すごい変わりようである。オンボロコンクリートからダークオークのお洒落なお店へ大変身。それに外観からは想像も出来ない広さがあり、並び立つ本棚にはぎっしりと本が詰め込まれている。

 

「……いらっしゃい。リリィズブックショップへようこそ」

 

 奥のカウンターから、女性の声がする。少し低めの落ち着いた声。

 カウンターを除くと、居る。この店の主であるリリィが。黒髪のロングストレート。目はエメラルドのような緑色。眼鏡をかけ、セーターとロングスカートを身につけている。手には読みかけの本を持つ、まさしく清楚な文学少女。

 

「……あら?もしかして」

 

 そう。見た目は清楚な文学少女なのだ。見た目だけなら。

 

「アラン君?」

 

 そう言って、リリィは舌なめずりをする。リリィはゆっくりと僕に近づき……

 

「……えい」

 

僕に思いっきり飛びついてきた。

 

「おっと!」

 

 僕は間一髪でそれを避ける。リリィはどべしゃっと豪快な音を立てて床に叩きつけられた。その拍子に持っていた本が床に落ちる。

 

 題名。『ドキッ!団地妻との危ないヒメゴト……(はぁと)』

 

「……アラン、この、1番おっきい棚……官能小説ばっかりなんだけど!」

 

 キスカさんも気づいたようだ。この書店員の危なさに。

 

「もう……せっかく久しぶりに会えたのに、受け入れてくれないの?」

 

 リリィはゆっくりと立ち上がる。僕のことをしっかりと見据えたまま。

 

「アラン君、久しぶりに私に、精をちょーだい?」

 

 そう。何をかくそう、リリィはサキュバスなのだ。




おやすみです!

アニタ「はい、おやすみです!」

アラン「開き直ったよこの魔物……」

アニタ「だいたい、こんなスピードで更新する底辺作者が悪いんですよ!ネタもないって言うのに!」

アラン「次の投稿まで10日空けるときもあればその日に2つ投稿するときもあるって、さすがに不安定すぎるでしょう。この労力があったなら、もうちょっと期間短くして安定して投稿しろって話ですよ」

アニタ「まあ、作者への文句はこの辺にして、皆様本当に申し訳ありません。用語解説はこの次まで待っていてください!」

アラン「そもそもこのコーナーを真面目に見てくれてる方って居るんですかね?」

アニタ「いーまーすー!絶対に!ずっとシリアスだった本編のオアシス的な感じだったはずです!」

アラン「まあ、本当に見てくれてる方が居れば嬉しいですね。それでは今回はこの辺りで!」

アニタ「バイバーイ!」


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「星屑姫」を探して 2

スランプでした!めっさスランプでした!お待たせしましたすいません!


「久しぶりにワタシに、精をちょーだい?」

 

 サキュバスであるリリィは、儚げな笑みを浮かべながらそう言った。

 

「相変わらずですねあなたは。僕はあなたに一滴たりとも精を与えた覚えはありませんが」

 

 そう言いながら僕はリリィに近づき、おもむろにデコピンをする。デコピンの衝撃で軽く後ろに仰け反ったリリィは、赤くなった額をさすりながら

 

「……アラン君のいぢわる」

 

と言った。

 

「……人型、お前はウチをどういう店に連れてきたんだ? 1番大きい棚には官能小説がぎっしりだし、この店員さんは……?」

 

 持っていた本を落としていたことに気づき、それを拾い上げてパタパタとホコリを払っているリリィを、ポカンと口を開けて見ながらキスカさんが言った。

 

 まあ、初めてこの店と、リリィを見ればそういう反応になるだろう。特にリリィはサキュバスのトレードマークである大きい翼と尻尾を隠しているし、体つきが貧相(当のリリィがそう言っている)なため、一目でサキュバスと判断するのは難しい。

 

「まあ、色々と説明が難しいんですが……ここはただの書店ですよ。店員、と言うか店主の趣味全開の書店」

 

「店主の趣味全開って……どんなスケベ親父なんだよここの店主は……」

 

「……スケベ親父じゃ、ないよ?」

 

「え?」

 

 僕とキスカさんの会話に割り込んできたリリィは、くるりと回ってポーズを決めた。

 

「ワタシがここの店主、です!」

 

 再び口をポカンと開けて、固まるキスカさん。

 

「ワタシが、店主。サキュバスのリリィ、だよ?」

 

「……サキュバス? 本当に?」

 

「うん。翼と尻尾は邪魔だから、隠しているけれど。ワタシはちゃんとサキュバスだよ」

 

 すると次の瞬間、リリィが自分のセーターの裾に手をかける。

 ゆっくり、ゆっくりとセーターの裾をまくり、白くなめらかなお腹を露出していく。その姿は妙に妖艶だ。この服を脱ぐ動作だけでも、リリィがサキュバスだとはっきりわかるくらいに。

 

「す、ストップ!ストーップ!も、もういい!わかったから、わかったから脱ぐのやめ!」

 

 いよいよ胸を露出する!という一歩手前でキスカさんのストップが入る。キスカさんの制止を受けて、リリィはどこか残念そうに脱ぐのをやめた。僕ももうそろそろリリィを止めるつもりだったので、ちょうど良かった。

 

「あのー、リリィ、さん? なんでいきなり服を脱ごうと……?」

 

「え?……ワタシがサキュバスだって、あなた、信じてなさそうだったから。翼を見れば、納得するかなぁ……って」

 

「いや、だからと言って男が居る前で脱がなくても……」

 

「男のお客さんにも同じことするよ?」

 

「な、なんで!? ダメじゃん! 男に、そんな簡単に裸見せちゃったら!」

 

「男に見せなくて、誰に見せるの? ワタシたちサキュバスの身体は、男に味わってもらうためにあるのに」

 

 そう言ってまた、リリィは儚げな笑みを浮かべるのだ。

 

「あ、味わ……」

 

「やっぱり……サキュバス以外の女の子ってよくわからないなぁ。人に裸を見せる事をやけに恥ずかしがって。そういう事を積極的にしないって言うのはわかってるけど、やっぱり勿体ないよ。みーんな、素敵な身体をしているのに」

 

 そう言いながらリリィはおもむろにキスカさんのことを抱き寄せ、その唇を奪った。

 

「ん!? んむー!?」

 

 唐突に唇を奪われたキスカさんはもがくものの、次第に力が抜けていき、リリィに身をゆだねていく……。

 

 流石に、やりすぎ。

 

 行き過ぎたリリィの暴走を阻止すべく、僕はリリィにちょっと強めのチョップを叩き込んだ。

 

「んむぅっ! いったぁ……何するのぉ、アラン君!」

 

 リリィの唇が離れた途端、キスカさんはその場にへたり込む。

 

「リリィ、流石にキスはやりすぎ。キスカさんへたり込んじゃったじゃないですか。なんで今日はそんなにテンション高いんですか」

 

 僕がそう聞くと、リリィはばつが悪そうに黙ってしまった。

 

「……リリィ?」

 

 もう一度、少しだけ強くリリィに聞いた。

 

「……久しぶり、だから」

 

「何が?」

 

「お客さんが来るのが……久しぶりだから」

 

 ふむ。予想通り。僕は大袈裟にため息をついて、心底あきれた、といったジェスチャーをする。

 

「だからと言って女性に、それも初めて来た客に無理矢理キスするとか完全にアウトでしょう」

 

「うぅ……そうだけど……」

 

 リリィは不満そうに口を尖らせる。

 

「他のお客さんにもやってるし、良いじゃん別に……」

 

「アウトでしょう! 何やってるんですかあなたは、本当に!」

 

「……てへ?」

 

「てへ? じゃないですよまったくもう……」

 

 本当に。本当にやっかいだ。リリィの所に来るとやはり話が進まない。

 

「……人型」

 

「あ、キスカさん! 大丈夫でしたか!?」

 

「……大丈夫だけど」

 

 へたりこんだままのキスカさんは顔を真っ赤にして、僕と目を合わせようとしない。本当に大丈夫なんだろうか、これ。

 

「……これでもし星屑姫が見つからなかったら、ぶっ飛ばすからな。人型」

 

「え、なんで僕なんですか!?」

 

 理不尽極まりない。これはなんとしてでも星屑姫を売ってもらわねばなるまい。

 

「……星屑姫?」

 

 キスカさんの言葉にリリィが反応する。リリィは性格はあれだが本のことに関しては真面目なヤツなので、心当たりがあるのかも知れない。

 

「そう。今日ここに来たのは、その星屑姫を探すためなんですよ。売ってます?星屑姫」

 

 リリィはむぅ……と唸って、俯いて何事か考え始めた。すぐに顔を上げ、

 

「ちょっと待ってて」

 

と言って店の裏へと引っ込んでいく。

 

「……雰囲気、変わったな。リリィさん」

 

 いつの間にか立ち上がっていたキスカさんが、僕の隣に立つ。

 

「リリィは本のことになると真面目なんです。官能小説が大好きで、こんなに広いお店を持ってるのに棚にある本の5割が官能小説で、そのせいで他の本を置く場所がないなんて喚いていても、本に対する愛情は本物なヤツなんです」

 

「半端ないなあの子! ……人型、リリィさんとは長い付き合いなの?」

 

「まあ。そうですね、僕が魔王街に来てすぐに知り合った感じですから、もう相当長い付き合いになりますね」

 

「……ふぅん。そう」

 

 それからしばらく、僕もキスカさんも何も喋らなかった。気まずいとかそう言うことはないんだけど、ただ、話すネタが無かっただけ。キスカさんもそうなのだろう。

 他に客の居ない書店。響く音は振り子時計の針の音だけ。心地の良い静寂が、リリィズブックショップを包んでいた。

 

「……星屑姫。あると良いですね」

 

 静寂を破ったのは僕だ。ただ純粋に、思ったことを口にした。ここは書店だ。本のことを話すのだったら、この心地よい静寂を破ることも許されるだろう。

 

「無かったらお前がぶっ飛ばされるからな」

 

「だからそれ何でですか!?」

 

「ウチが辱めにあったのはお前がここに連れてきたからだろ? それで収穫もなかったら、ウチが無駄に辱め受けただけって事だろ? 責任を要求するだろ」

 

「そんな理不尽な!」

 

「理不尽な辱めにあったのはウチだっつーの!」

 

 本の話から脱線した口喧嘩が静寂を塗りつぶしていく。その時だった。リリィがようやく戻ってきたのは。

 

「あ! リリィさん!」

 

 キスカさんは大急ぎでリリィの許へ行く。待っていればこちらへ来ただろうが、待ちきれなかったのだろう。一瞬反応が遅れた僕は、慌ててキスカさんの後を着いていく。

 

「わかったよ。星屑姫のこと」

 

 リリィはその手にそれなりに大きく、分厚いファイルを持っていた。

 

「リリィ、そのファイルは?」

 

「ああ、これ? これはここに置いてある本を管理するためのファイル。こうやって管理していないと、どこに何があるか、どの本を取り扱っているかが、分からなくなってしまうから」

 

 そう言ってリリィはバラバラとファイルをめくる。やがてファイルをめくる手を止めると、その見開きのページを僕たちに見せてきた。

 

「1文字目がほ、2文字目がしの題名の本のページ。……残念ながら、星屑姫という題名の本は、ここでは取り扱っていない」

 

「……嘘」

 

 キスカさんはリリィからファイルをひったくり、その見開きのページを穴が開くほど見つめた。彼女の顔がだんだんと青く染まっていく。やがて彼女はゆっくりと目を閉じ、ファイルをリリィに返した。

 

「無かった。本当に」

 

 キスカさんはそう呟いた。その声はいつも通りの明るさだったが、どこか寂しさを感じさせた。

 

「星屑姫。オーガの伝承。昔話。」

 

 キスカさんははっとしたような顔になって、リリィを見た。僕も驚いた。リリィは星屑姫を知っているのか?

 

「……夜空の星から生まれた美しい女が、オーガと恋に落ちて、結婚した。その女は星屑姫と呼ばれた」

 

 

 星屑姫は、美しく、また気立ての良い娘だった。曲がったことが嫌いな娘でもあった。

 その時のオーガ達は、よく仲間割れをしていた。オーガ達の仲間割れが怒る度に星屑姫は、

 

『仲間割れはやめなさい!』

 

と言って、大人のオーガすら敵わない、不思議な力で仲間割れを止めてしまった。

 星屑姫は、その力を決して間違ったことには使わなかった。

やがて、オーガ達の仲間割れは減っていった。これ以上彼女に迷惑をかけるのはいけないと、そう思ったのだ。

 仲間割れをやめ、助け合って平和に生きていく事を決めたオーガ達だったが、それを良く思わない物も居た。

 そのオーガを、ガンボという。ガンボは力だけが自慢だった。多くの仲間を殺して、皆から恐れられた。ガンボは皆から食べ物を奪って生活していたが、星屑姫が来てから何度もそれを邪魔されて、さらには他のオーガからものけ者にされた。

 

『星屑姫め、許せない』

 

 ガンボは怒っていた。そして、星屑姫が寝ている間に、頭をグシャリ、と潰して、星屑姫を殺してしまったのだ。

 このことに、オーガ達は怒った。仲間達全員でガンボを襲い、殺してしまった。

 星屑姫の仇を討ったのだ。

 そして全てが終わった後、オーガ達は泣いた。

 星屑姫が死んでしまったこと。そして、仇討ちとはいえ、星屑姫が望まないであろう仲間割れをしてしまったことを悲しんで、泣いた。

 それから、オーガ達は力を合わせるようになった。星屑姫に、もう自分達は大丈夫だと伝えるかのように。

 

 

「こんな感じ、だったかな?」

 

 リリィが昔話を語り終えると、キスカさんは涙を流してい

た。

 

「それ……星屑姫の……なんで……?」

 

「昔話や伝承のお話は、全て覚えていて当然。本好きとしては、ね」

 

「ちょっと待ってください、リリィが星屑姫の内容を知ってるって事は、もしかして持ってる……?」

 

「うん。持ってる。どこにしまったか忘れちゃったから、出来れば取り扱っていたらいいなと思ったんだけど……結局、取り扱っては無かった」

 

 リリィは微笑みながらそう言った。

 

「キスカ、さん? もし良かったら、私が持っている星屑姫、あなたに差し上げます。いつ見つかるかは分からないけど、必ず」

 

「え……いいん、ですか?」

 

「うん。私は覚えているし、本はそれを必要としている人の許にあるべきだから」

 

 それを聞いて、キスカさんの顔がぱっと明るくなる。

 

「ありがとうございます、リリィさん!」

 

 いつになるかは分からないが、キスカさんは星屑姫を、手に入れられることになった。やっかいだったけど、ここに来て良かったと、僕は心の底から思った。

 

 

 

 

 

 

 夕方。日も落ちかけて、空が次第に黒一色になっていく、その途中。

 

 僕とキスカさんは大魔王城までの帰り道を、横に並んで歩いていた。

 あの後、僕は目当てだった新しい本を何冊か買い、店を後にした。帰るとき、リリィが寂しそうな顔をしていたから、遠征が終わった後にまた顔を出してやるかと、密かに思った。

 しかし、どれだけ客が来ないんだろう。あの書店。

 

「そういえば、さ」

 

 店を出てからずっと無言だったのだが、ようやくキスカさんが口を開いた。

 

「こんな時間まで魔王街にいたけど、アランはもう準備終わってるのか? 遠征の」

 

「はい。昨日のうちに済ませてます」

 

 僕は準備は早めにすませるタイプの魔物なのだ。

 

「ま、そりゃそうか」

 

「キスカさんは」

 

「終わらせてるに決まってるだろ。ウチを誰だと思ってんだっ!」

 

「痛い!?」

 

 キスカさんは僕の頭にチョップを落とした。それが思いの外威力が高くて、思わず叫び声を上げてしまった。周りの魔物たちの視線が痛い。

 

「なんだよ大袈裟だな」

 

「大袈裟じゃないですよ……もうちょっと威力調節してください……」

 

「えぇー?」

 

 キスカさんは文句を言いながら、しきりに自分の腕をチョップしだした。威力の確認をしているんだろうか?

 キスカさん、僕より体も丈夫だから自分の体で確認しても意味が無い気がするんだけど。

 ……なんだか、自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「そんな痛くないぞ?」

 

「オーガにとっては痛くなくても人型の僕にとっては痛いんですよ!」

 

 軽口を叩きながらも歩を進めていると、僕たちはいつの間にか魔王城まで来ていた。

 

「あ、もう魔王城ですね」

 

「ホントだ。早いなぁ」

 

 魔王城の門番に軽く挨拶をし、魔王城の敷地内へ。敷地を通り抜けて、裏門から出る。

 

 その先は拒絶の森。ここを抜ければ、もう大魔王城だ。

 

「人型」

 

 大魔王城に真っ直ぐ繋がる通路に入ろうとしたところ、キスカさんに急に話しかけられた。

 

「なんですか?」

 

「今日はありがとうな」

 

 僕にお礼を言うキスカさんの声は、今までに聞いたことが無いくらい穏やかだった。

 

「まあ、ついででしたし。お役に立てて何よりです」

 

「……星屑姫は、さ。ウチの、数少ないママとの思い出なんだ」

 

「お母さんとの?」

 

「うん。ウチ、事情があって子供の頃はまともに親と会えなくてさ。そのー、親に会えなくなる前? その時に、よく読んでもらってた」

 

「……へぇ」

 

 親との思い出、か。なんだ、それで絵本がほしいなんて、全然恥ずかしいことじゃないじゃないか。

 

「……ママは、ウチが殺したけど」

 

「え?」

 

 キスカさんの声が小さくて、よく聞き取れなかった。聞き返したが、キスカさんは何も答えずに、先に直通路に入ってしまった。

 

「人型! 行くぞ! 明日早いんだから早く寝ないと!」

 

「あ、はい!」

 

 急いでキスカさんの背中を追いかける。日はもう落ちて、空はもう漆黒に染まっていた。

 ついに明日。4大都市遠征が始まる。




今回はショートコントは無しです。一ヶ月以上更新が止まったこと、深くお詫びします。すみませんでした。後で活動報告にもスランプのことを乗せておきます。

一ヶ月もあったので、用語解説のネタは流石に浮かんでます。次回のショートコントはそちらの用語解説になります。

次回もよろしくお願いします。


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ジェイドの珍しい休日

今回のお話は、アラン君とキスカが本屋でわちゃわちゃしてた間リンドとジェイドが何をしていたのか、と言う物です。

新キャラ2匹の誰得回、始まります。


 体の外側でパキパキと乾いた音がする。固く閉ざされていた意識に光が差し込む。どうやら……今回も、ワタシは無事に起動されたようだ。

 ワタシの石のような無骨な肌が、ひび割れ、剥がれ落ちていく。中から出てくるのは紫色の悪魔。

 

「おはようジェイド。遅れてごめん」

 

 ワタシの有効化された耳に入ってくるのは、敬愛する友の声。

 遅れて有効化されたまぶたを開けると、ワタシの目はその敬愛する友、リンドの姿を捉えた。

 

「気にすることはない。我が友よ……ワタシがここに訪れたのはついさっきだ……」

 

 ひび割れた声を発すると共に、ワタシが纏っていた石の肌は全て剥がれ落ちた。完全に休眠モードから覚醒したと言えよう。

 

「……ジェイド、ここに来たのは何時?」

 

「10時頃だと記憶している……」

 

「今は午後1時だよ。やっぱり待たせてたんじゃないか。僕」

 

 リンドから現在の時刻を聞き、ワタシは驚いた。

 ここに来てから3時間も経っていたとは。ワタシの感覚ではせいぜい1時間程度だと思っていたのだが。

 

「ふむ……そんなにも時間が経っていたとは……正直、驚いている……」

 

 ワタシは驚いた、と言う気持ちを素直に口に出す。

 ワタシは自らの気持ちをなるべく口に出すようにしている。

 というのも、昔からよく言われるのだ。『お前は何を考えているのか分からない』と。ワタシは常に無表情で、声にも感情が表れないから不気味だというのだ。

 お前は感情がないのかと言われたこともある。

 ワタシも魔物故、それなりの感情は持っている。驚きもするし、喜びもする。実際、声の調子なんかも変わっていると思うのだが、他の物にしてみれば何も変わらないらしい。

 

 それ故、ワタシは感情を口に出すようにしている。ワタシは驚いた。ワタシは嬉しい。ワタシは怒っている。言葉にすることで、相手にワタシの感じているものを伝えるようにしているのだ。

 

 初対面の物には嘘をつくなと言われることも多いが。まったくもって理解できない。

 

「休眠モード中は時間の感じ方が違うんだっけ? ここに来てから僕が来るまでの時間、何分くらいに感じてたの?」

 

「1時間と言ったところだ……さほど待っていないだろう……?」

 

「1時間って……それ、だいぶ待ってる方だと思うよ」

 

 リンドの言葉に、ワタシはゆっくりと首をかしげる。そうだろうか。1時間程度ならそう待った方でもない。

 

 ここまでの会話でも分かるだろう。ワタシたちガーゴイルと他の魔物には、明確な意識の違いがある。これが、ガーゴイルが他の魔物と比べて『得体の知れない』理由だろう。

 まあ、ワタシにとってはそんなことはどうでも良いのだが。

 

「相変わらずだね。ジェイドは」

 

 リンドは僅かに笑い、ワタシの隣に腰掛ける。

 

「今日は何をするのだ……?」

 

「ジェイドの隣で本を読む。軽い雑談なんかしながらさ」

 

 彼はワタシの隣で本を読むのが好きらしい。それも雑談をしながら。休日はこうして大魔王城の中庭で彼と会い、話をするのだが、彼はよくワタシの隣で他愛のない話をしながら本を読むのだ。

 

「毎度の事だが……ワタシと話をしながら本を読めるのか? 集中力が途切れるだろう……?」

 

「それこそ毎度のことさ。言ってるだろ? 君の静かな声は聞いていて心地良いんだ。君の声なら、本を読む邪魔にはならない」

 

 そう言って彼は自らの世界に閉じこもる。と言っても完全に閉じこもるわけではないが。かなり集中しているように見えて、彼はワタシの話すことをよく聞いている。不思議な男だ。

 

「遠征の準備は済んだのか……?」

 

 彼は基本、本を読み出すと会話がなくなるので、話を振るのはワタシの役割だ。雑談でもしながら、と言ったのは彼なのだが。まったく仕方のない奴だ。

 

 ちなみにワタシは話を振るのは得意ではなかったのだが、彼のおかげでだいぶ鍛えられた。

 

「……済ませたよ。癪だけど」

 

 彼の返答を聞いて思い出す。彼のペアは、あのやかましい人型の女だったな。ルーシアと言っただろうか。

 

「大丈夫なのか、リンド。君はうるさい物は嫌いだったはずだが……」

 

「大丈夫じゃないよ……今から頭痛い。まったく、大魔王様はなんであんなのと組ませるんだよ……」

 

 リンドは相当腹を立てているようだ。それはそうだろう。彼はうるさい魔物が一番嫌いなのだから。

 

「まあ、彼女のことだ。何か考えがあるのだろう……」

 

「考えがあっても理解できなきゃ意味ないじゃないか。それに説明すらしないであなたには足りないものがあるーなんて……僕には、考え無しにしか思えないな」

 

 リンドは愚痴をこぼしながらも、手に持つ本を食い入るように見つめている。

 

「ふむ……そうだろうか……?」

 

「そうだよ。そうに決まってる」

 

 やはり、ワタシには何か考えがあるようにしか思えぬのだが……まあ、ワタシにも大魔王の狙いはわからない。ここは、黙っておくことにしよう。

 

 しばらく無言が続く。正直、ネタ切れである。鍛えられたと言っても苦手な物は苦手だ。

 

 

ふと空を見上げると、頭の上をチチチ……と鳴きながら、数匹のコウモリが飛んでいった。

 

「む……カミラ殿か」

 

 この大魔王城を飛ぶコウモリは、十中八九カミラ殿と言って良いだろう。カミラ殿はよく、城内の情報収集や人探しなどでコウモリを飛ばしている。

 

「そう言えば。ここに来る前カミラさんに会ったんだ。キスカさんを探してたけど、いなかったって言ってた」

 

「む? キスカ殿を?」

 

「まあカミラさんのことだから、どうせまた血を吸わせてくれって言いに行きたかったんだと思うけど」

 

 カミラ殿はよくその用件でキスカ殿に絡みに行っている。故に、その予想は理にかなっている。

 もし彼女が真面目な用件でキスカ殿を探していたとしたら、まともな予想を立てられないカミラ殿は、正直哀れである。

 

「そうだ。ジェイド、お腹空いてない?」

 

「……そうだな。ワタシは今腹を空かせいる……」

 

 嘘だ。腹は減っていない。ガーゴイルも生きるために栄養を必要とするが、栄養を欲して体が何かサインを出すということはないのだ。

 我々ガーゴイルは休眠モードに入ることにより、エネルギー消費を抑える。活動する必要がないときは極力休眠することによって、食事を取らずに長時間稼働しつづけることが出来る。

 食事は覚醒したとき、少し取るだけで十分だ。今朝軽い食事を取ったので、ワタシは後3日ほど何も食べなくても問題ない。

 

 が、我が友が『お腹が空いているか』と問うた時は、いつも『腹を空かせている』と答える。

 

 この質問をするときは彼が腹を空かせているときだからだ。どうやら素直に腹が空いていると言うのが気恥ずかしいらしい。まったくもって理解できない。自分の素直な気持ちは正直に言葉にしないと伝わらないと思うのだが。

 

「そっか。じゃあ、魔王街まで行こう」

 

「ふむ。いつも通りに……む?」

 

「行こう。魔王街。良いお店見つけたんだ」

 

 なんと。彼から魔王街に行こうなどと言われるとは。正直、非常に驚いた。……今日は、珍しい一日になりそうだ。

 

 

 

 

 時は変わり、時刻は14時48分である。

 ワタシとリンドは珍しく、2匹で魔王街を歩いていた。正確には歩いているのはリンドだけだ。ワタシは飛んでいる。

 

「……しかし、珍しいな。インドアで、基本部屋に閉じこもって本ばかり読んでいて、中庭に出てくるにも面倒くさがって数十分はぐだぐだと時間を過ごしている君が、ワタシに魔王街まで行こうなどと持ちかけるとは……。正直、ワタシは驚いている」

 

「君は普段僕をどういう目で見ているんだよ……」

 

 言ったとおりの見方である。リンドはどうしようもないものぐさな男だ。こと魔法と本に関しては素晴らしい行動力を示すのだが、それ以外がダメダメすぎる。

 

 食料を買うのが面倒くさいから買ってきてくれと言われたことは、1回や2回では済まない。それが魔王街まで出てきて、飯屋に行こうなどとは。

 正直、感動している。

 

「生暖かい目で僕を見るのはやめろ。普段はそんなに表情変わらないくせに、なんでこういう時だけ分かりやすくなるんだよ」

 

「む。そんなに分かりやすく表情が変わっていたか?」

 

 正直実感はない。いつもと変わらぬように思う。

 

「それはもう。ジェイドはいつもそうだよ」

 

「ふむ……」

 

 そうなのか。表情などの情報は客観的に見た物が全てだ。特に、ワタシと最も長く一緒に居るリンドの言うことだから、本当にそうなのだろう。こういった外見の情報を提供してくれる存在というのは、正直ありがたい。

 

「着いた。ここだよ」

 

 他愛の無い話をしているうちに、目的の店へ着いたらしい。店の看板を見上げると、そこにはグルトン飯屋とでかでかと書かれていた。

 というか、木の看板に直接掘られていた。掘りが雑なせいで解読するのに数十秒の時間を要した。

 

「何固まってるの? 入ろう、ジェイド」

 

「……うむ」

 

 本当に良い店なのだろうか。食事を頻繁に取る必要が無いといえど、味覚はある。ただ栄養を摂取するだけの行為でも、美味くない食事では多少の抵抗感を持ってしまう。

正直、不安である。

 

「いらっしゃい! 何名様で?」

 

「2匹です」

 

「2名様ご案内でぇす!」

 

 店主の威勢の良い声が店内にこだまする。狭い店なのだから、そんなにも大きな声を出すのは無駄だと思うのだが。

 正直、理解できない。

 

 ワタシとリンドは店中央ど真ん中の席に案内され、メニュー表が出された。メニュー表に載っているのは魔王街ではメジャーな料理たちである。甘味類が豊富なのが多少目を引くくらいだ。

 

「ここは料理も美味しいけど、甘味も美味しいんだ。ジェイドも好きな物頼みなよ」

 

 リンドはもう注文を決めたようで、ワタシが決めるのを待っているようだ。待たせるのもよくない。ワタシはメニューを見た中で、目に付いた料理2つを注文することにした。

 

「ワタシは決定した。リンドも決めたのだろう?」

 

「うん。じゃあ店員さんを呼ぼうか」

 

 リンドが店員を呼び、料理を注文する。

 彼はホワイトラビットシチューと黒パン。ギーグオレンジの砂糖漬けにブドウ酒を。ワタシはソフトミートビーフの入ったパイシチューと、木イチゴの砂糖漬けを注文した。

 

 店員が下がると、ワタシは軽く店内を見渡した。

 店は繁盛しているようで、ほとんどの席が埋まっている。ふむ。最初は不安だったが、ここは人気のある店のようだ。ならば飯が不味いということはないだろう。

 

 安堵して椅子に深く座り直す。少し視線を後ろに向けると、見慣れたダーククリムゾンの髪の毛が見えた。

 

「ジェイドとリンドじゃないですか。奇遇ですね!」

 

 視線の先には、満面の笑みでこちらに手を振る大魔王と、少々眉間に皺の寄った魔王があった。

 

 先程の言葉を訂正しよう。今日は珍しい日だ。きっとワタシの一生に2度もないくらいの、非常に珍しい日だ。

 

 




用語解説コーナー!

アニタ「はーい!今回のお話の最後にちょっとだけ出た大魔王のアニタですよ!」

アラン「お久しぶりです。アランです」

アニタ「まあ、色々とありましたが……ついに、用語解説に戻ってきましたよ!やったね!」

アラン「企画倒れ寸前でしたけどね?もはや完全に企画倒れしていたと言っても過言じゃないと思いますよ?」

アニタ「まあまあそれは置いときましょうよ。今ネタがあるって事が重要なんです」

アラン「それで、今回解説する用語とはいったい?」

アニタ「はい!満を持して、この用語を解説しまっす!」

プレッシャーとは何か!

アニタ「です!」

アラン「おおっと……これは……」

アニタ「まあ1話に多少の解説は入ってましたけど、プレッシャーが何なのかという細かい説明は入れてませんでしたしねー」

アラン「皆さんニュアンスで受け入れていただいて、ありがとうございました。今回で正体が分かりますよ」

アニタ「さて、解説しましょう。プレッシャーとは、何か。じつはこれ、よく分かってません!」

アラン「は?」

アニタ「アランが怖い!?わ、わかりましたよちゃんと説明しますって!え、ええとですね。本当に分かってないんですけど……その魔物の技量、魔力、筋力などなどを総合した『強さ』がオーラになった物、ですかね?」

アラン「ちゃんと説明できるじゃないですか……」

アニタ「そのオーラが強ければそれは物理攻撃にもなり得ます。私の1割オーラがそんな感じですね。皆気絶しちゃいます」

アラン「魔法も無効化するって言ってましたよね。正直それ、普通におかしいんですよ?」

アニタ「自覚はありますのでスルーで。で、実はこのプレッシャー、どんな魔物でも発してるんです。それを制御できなかったり、微弱なために感じ取れなかったりして」

アラン「僕が知っている中で感じ取れるほどのプレッシャーを出せるのは大魔王様とユージーン、カミラさんだけですけど……?」

アニタ「まあそうですね。私たちは相手を威圧するためにある程度コントロール出来るようにしてますし。あ、身近なところで感じとれるプレッシャーを出せる他の魔物は、キースとかですかね?」

アラン「勇者殺しを成した伝説……まあ、出せますよね」

アニタ「まあそんなわけで、これがプレッシャーという物です。恐らく今後強烈なプレッシャーを放ってくる魔物は殆どいないんじゃないかな?と思います」

アラン「居たとしても、それは隠れた相当の手練れ……と言うわけですね?」

アニタ「はい。でも、もしそんなのが出てきたら、是非この大魔王城に勧誘をお願いしますね、アラン!」

アラン「……善処します」

アニタ「それでは今回はこの辺で!バイバーイ!」

アラン「また次回!」


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リンドの不運な休日

ネタが切れ気味で早く4大都市遠征本編に行きたい今日この頃。私に日常回を書く才能などなかった。


 僕は自分のことを、とても不運な魔物だと思っている。

 

 まず魔界に生まれたこと自体が不運だ。命の危険がそこら中に転がってる世界に生まれるなんて不運以外の何物でもない。

 そんな中で死なないように魔法の訓練に明け暮れ、余程の事が無い限り死なないくらいに強くなったというのに。

 

 次に、その強さを買われて大魔王軍にスカウトされる、と言う不運が僕を襲った。

 

 強くなりすぎた。強くなりすぎて、やばい軍にスカウトされてしまった。

 

 考えよう。大魔王軍は魔界最後の防衛ラインにして、最強の兵力。確かに、確かに滅多に駆り出されることのない兵力。見方によっては最も安全な場所かも知れない。

 だけどね? そんな大魔王軍がもし駆り出されるとしたらね? それは魔界の最大勢力が出ざるを得ない凄まじい戦場と言うことで……。

 つまりは、死刑宣告。

 断ろうにも大魔王様怖いし。断ったらそれこそ死にそうだし。

 

 結局、大魔王軍に所属してしまったわけで……。

 

 不運だ。すっごく不運だ。

 

 

 まあここまで長々と語ってきて、僕が何を言いたいかというと。

 

 

 ついに大魔王軍として最初の任務を言い渡され、僕の一生はここで終わりを迎える、ということだ。

 

 魔王街ギーグ、大衆向けの飯屋であるグルトン飯屋。今日僕はここに最後の晩餐……もとい、最後の昼餐をいただきに来ている。

 ここは魔王街で話題になる程美味しい飯屋。僕も一度いただきに来たことがある。うん。すごく美味しいお店だ。特に甘味が気に入った。

 

 と、いうことで。僕は最後の昼餐を共にいただく物として、唯一無二の友であるジェイドを連れてきた。

 ああ、彼はこのくらいの任務で死ぬような奴じゃ無いんだろうな。僕がいなくなってからも頑張って欲しい。うん。

 

 注文を終え、料理が来るのを待つのみになったその時。聞こえたのだ、背後から。非常に嫌な声が。

 

「ジェイドとリンドじゃないですか。奇遇ですね!」

 

 ほんの少しの冷たさと気品を感じさせる女性の声。それでいて、近くに立っているだけで額に脂汗がにじむほどに放たれた圧力。

 

 大魔王様だ。大魔王城に居るときとまったく変わらないドレスを身に纏った大魔王様がそこに居た。ついでに銀色の鎧姿の魔王様も一緒に居た。

 

「魔王、せっかくですし、お席一緒させていただきましょ! あ、店員さん、こちらの2匹、知り合いなので席ここで大丈夫です!」

 

 そして大魔王様は流れるようにジェイドの隣に座った。魔王様も僕の隣に。めっちゃ怖い。席を案内していた店員は、緊張感漂う面持ちで厨房に下がっていく。

  

 なぜ、どうして魔界のトップである2匹がこんな庶民の飯屋に来てるんだ!? さっきまで冗談めかして最後の昼餐とか言ってたけど、もしかしてそれを真実にしに来たのか!?

 ちらりと大魔王様の様子を見る。それに気づいたのか、大魔王様は僕にニッコリと笑いかけた。

 うん。不運だ。本当に不運だな、僕は。

 

「随分と、居心地が悪そうだな」

 

 威厳ある低音の声が僕に向けられる。魔王様の声だ。しまった、露骨にしすぎたかも知れない、魔王様怒ってる……?取り、繕わ、なきゃ。

 

「……別に。そうでもないですよ」

 

 素っ気ない返事をしてしまった。完全に逆効果だ。死んだ。僕死んだ。

 

「無理しなくてもいい。美味い飯屋でくつろいでいたところに、急に私と大魔王が訪れたんだ。そりゃあビビるさ。……すまんな」

 

「え……? あ、はい」

 

 あれ。もしかして怒ってない?

 

「あの……失礼ですけど、お二方はどうしてこの飯屋に?」

 

「あ、それはですね!」

 

 僕の声に鋭く反応し、大魔王様が元気よく声を上げる。

 

「大魔王が昼は魔王街のオススメの店に案内しろと言って聞かなかったんだ」

 

 が、即座に割り込んだ魔王様によって、大魔王様のセリフが完全に奪われることになった。

 

「ちょっと魔王! 私のセリフ取らないでくださいよ! それに、それじゃ私が無理矢理お願いしたみたいじゃないですか!」

 

「みたいじゃない。正真正銘、無理矢理頼まれたんだよ」

 

 魔王様はやれやれとばかりに息を吐く。単純に、仲がいいんだな、と思った。

 4大都市遠征の開始を宣言したあの場では、話し合いの結果、利害が一致したただの協力関係みたいなイメージを持っていたのに。

 

 大魔王様は生き生きとしているし、鉄の男みたいなイメージのあった魔王様は、今は……そう。大魔王様の兄みたいな、そんな風に見える。

 

 ちょっと怖がりすぎてたのかな。大魔王様のこと。魔王様のことも。

 

「もう、2匹の前で私の悪評を流すのはやめてくださいよ! 私そんなにゆるふわじゃないんですからね! 本当に!」

 

「あー、はいはいわかった。とりあえず、天下の大魔王様が魔王街でそんなに見苦しい態度を取っていたら周りの魔物に示しが付かんからやめろ」

 

「む! 見苦しいとはなんですか見苦しいとは! 私そんな見苦しい態度を取った覚えありません! あと、たとえ今の私が見苦しいとしても、私基本的に皆さんの前に顔出さないんで私が大魔王だってバレることはないと思うんですけど!」

 

「俺があなたのことを大魔王と呼んでいるし、あなたも自分のことを大魔王と言ってるじゃないか」

 

「あ。あー! 図りましたね! 魔王!」

 

「図ってない。あと、あなたの今の態度は見苦しくないんじゃなかったのか?」

 

「あ! そ、そうでした! 見苦しくないんでした! あは、あはははは……」

 

 ……なんか、騒がしくなってきたな。魔界のトップ2匹にバレないように、僕はこっそりと耳を塞いだ。

 

 うるさいのは嫌いだ。嫌なことを思い出す。

 

 飯屋の喧噪くらいならなんとか我慢できるけど、こんな近くで騒がしくされると……。

 

「……うるさい、な」

 

 うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。

 

 僕は、ただ、静かに………………!

 

「リンド?」

 

 耳を塞いでいるはずなのに、その声はごく自然に耳の奥に浸透した。目を開けると、目の前には心配そうな顔をした大魔王様。

 ありゃ。何時の間にか目も瞑っていたらしい。

 

「ごめんなさい。軽率でした」

 

 あれ?な んで大魔王様が謝ってるんだ? 何に、謝ってるんだ?

 

「……いえ。こちらこそ」

 

 そうぼそりと呟くと、大魔王様は優しい笑顔になった。

 

「料理、来てますよ。食べましょ」

 

 ありゃ。全然気づかなかった。

 

「その……僕、どれくらい耳を塞いでました?」

 

「すまんがそれはわからない。気づいたのはついさっきだからな」

 

 僕の問いには魔王様が答えた。魔王様はわからないと言ってるけど、テーブルに何もない状態から皆の料理が並んでる状態に至るまで、ということは、かなりの時間縮こまってたみたいだ。

 

「……ご迷惑、おかけしました」

 

 それだけ、また呟くように言って、僕は料理に手を付ける。なぜだかあんまり美味しくなかった。なんでだろう。

 

 最後の昼餐が、コレ。……ああ、本当に不運、だな。僕は。

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終えて、大魔王軍のリンド、ジェイドを含む俺たち4匹は、グルトン飯屋を出た。リンドとジェイドは大魔王城に帰るそうだ。食事中ずっと話さなかったジェイドの

 

『それではな』

 

 という言葉は無機質だったが、何かしらの思いを孕んでいたのだと思う。そんな声だった。

 

「さて、せっかく魔王街まで来たことですし、もう少し街を見てまわりましょー!」

 

「大魔王」

 

 気合いを入れて娯楽街の方に足を向ける大魔王を呼び止める。

 

「なんです? 行きましょーよ、娯楽街!」

 

「リンド。彼の様子を見るためにここまで来たのだろう?」

 

 沈黙。

 

「何のことですか? 私はただお腹が空いていただけですよー」

 

「……そうか」

 

「そうなんです!」

 

 彼女がそう言うならそうなのだろう。よく考えれば大魔王は、いざと言う時でなければそういう細かい計算をするような物じゃなかったな。今回はいざと言う時ではなかった、と。そういうことにしておこう。

 

「見ましたよね。リンドのあの反応。彼、あれを乗り越えなければ死にます。ほんのくだらないことで、簡単に」

 

「そうならない魔界を、あなたが作るんじゃないのか?」

 

「ふふ、そうでしたね」

 

 なんだ。やっぱり色々考えてるんじゃないか。食えない奴。

 

「お話は終わりましたね? 今日は遊び倒しますよ! 魔王!」

 

 シリアスムードから一転、いつものゆるふわに戻った大魔王は、娯楽街へ向けて元気に走って行った。

 

「……仕事もしっかりしてくれよ? 大魔王」

 

 俺は一つ大きなため息をついて、大魔王のあとを追った。




時間が無いので今回の用語解説は後ほど載せたいと思います。


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セシルとセシリアの騒がしい休日

どうも。お久しぶりの投稿です。
ポケモン小説にかまけてたり、1番始めに投稿していたモノクロ。のほうを完結させるためにペースを上げていたりであんまり手を付けていませんでした。
今後はなるべくお待たせしないようにせねばとは思うのですが……結構遅れていくと思います。気長に待っていただけると嬉しいです。


「セシリア、荷造り終わった?」

 

「あら、セシル」

 

 ちょうど荷物を纏め終わったとき。姉であるセシルが私の部屋に尋ねてきた。どうせまた、私のことが心配できたんでしょうね。

 セシルは過保護なものだから、よく私の部屋に訪問に来るの。ちゃんとご飯食べてるの? とか、訓練してる? とか。セシルに言われなくてもちゃんと出来てるというのに、ね。まったく嫌になっちゃう。

 

「心配しなくても終わってるわ。もう子供じゃないんだから、いちいち来なくてもいいわよ」

 

「ああ、違うの。今回は心配で来たんじゃなくて」

 

 あら? 心配で来たんじゃないの? セシルが私のことを心配しないなんて珍しい。

 

「なら、なんの用事?」

 

「うん。セシリアが荷造り終わっているなら、お買い物にでも行こうと思って」

 

「お買い物! セシルも気の利いた提案できるじゃない!」

 

「……セシリアは私のことをなんだと思ってたの?」

 

 おっと、口がすべった。反省反省。セシルったら美人なのに服とか無頓着だから。いつもいつも私が買った物の色違いばっかり着て。少しは自分に似合う服装って物を探してもいいと思うのだけど。

 まあ、私の服の色違いでも着こなしてるから問題は無いのだけどね。

 

「細かいことは気にしない! 今日はどこへ行くの、セシル?」

 

「む……何か誤魔化されている気がする……まあいっか。魔王街の方まで行こうと思って」

 

「珍しい! いつもは食べ物はあるからここの商店地区でいいって言うのに!」

 

「だから! セシリアは私のことをなんだと思ってるの!」

 

「うーん……食いしん坊?」

 

「ちょっとセシリア!」

 

 思ったことをそのまんま言ったら、セシルが真っ赤になって怒り出しちゃった。

 でも、セシルったら食べ物ばっかりなんだもの。焼いた芋とか、揚げ肉とか、露店で売られてたらすぐ買ってぱくぱく食べちゃうし。香辛料とか見て回って、何が楽しいんでしょうね? 女の子としてどうかと思わない? 私は思う。

 それなのにスレンダーなのがなんだかずるいのよね。本当に。

 

「はいはいわかりました。私が悪かったわ。じゃあ行きましょうセシル。お仕事前の楽しい休日を楽しみに!」

 

「あ、ちょっとセシリア! まだ話は終わってなーい!」

 

 いつもの通り姉妹喧嘩をしながら、私とセシルは部屋を出る。

 うんうん! 仕事前の、楽しい休日になりそうね!

 

 

 

 

 

 時間はお昼ちょっと過ぎ。私とセシルが喧嘩をしながらあぱーとから出た時のこと。

 

「おや? セシルとセシリアじゃないか」

 

「あれ、カミラ先輩?」

 

「カミラ姉さん! 奇遇ね」

 

 あぱーとの前で偶然、カミラ姉さんと出会った。

 ……あら?カミラ姉さん、なんだかいつもより身長が低い? ……気のせいかしら?

 

「セシルとセシリアは、もう遠征の準備終わったのか?」

 

「はい。終わりました」

 

「私たち、今からお買い物に行くところなのよ」

 

「そうか。それはいい。しばらくここには戻ってこられないだろうから、楽しんでくるといい」

 

 カミラ姉さんは美しく微笑みながら言った。

 カミラ姉さん、本当に綺麗なんだけどなぁ。女の子とみれば見境無く血を吸いに行くあの行動さえなければ。

 残念な美女って、カミラ姉さんみたいな物のことを言うのかしら?

 

「先輩は何をしているんですか?」

 

「私か? 私は……そうだな。散歩、と言ったところかな」

 

「散歩?」

 

「そう。情報収集が終わるのを待つまでの散歩」

 

 そう言ったカミラ姉さんの許に、1匹の小さいコウモリが飛んできた。

 カミラ姉さんはすっと人差し指を空にかざした。コウモリはその指に止まって、そのままカミラ姉さんに溶け込んでいった。

 

「カミラ姉さん、何かいつもより小さいと思ったら、コウモリをたくさん放ってたのね」

 

 カミラ姉さんはヴァンパイア。自分の体をコウモリに変えて、広範囲の索敵や探索が出来るっていう、すごく羨ましい能力を持っている。

 ただ、自分の体をたくさんのコウモリに変えると、サイズが小さくなっていくらしい。完全な状態のカミラ姉さんも綺麗だけど、小さいカミラ姉さんもすごく可愛い。

 

「ああ。10分の1ほどな。これから行くシトロンまでのルートを確認したり、危険に繋がる情報を先んじて集めておこうと思ったのだ」

 

「新しく入ってきた、アラン君って子のためですか?」

 

「ああ。青年も魔王城での経験があるとは言え、大魔王城での仕事は初めてだ。気を付けて困ることもないだろう?」

 

「……アラン君、かぁ」

 

 アラン君、私と同じ風元素の、加速魔法使いなのよね。それも制御の天才とか。その実力たるや、カミラ姉さんを唸らせたほどだとか。

 ……正直、まだ18000年しか生きていない子がそこまでやるなんて、信じられないし本当なら悔しい。一度模擬戦してみたいな、なんて私は密かに思っている。

 

「何々セシリア。もしかして、アラン君と模擬戦したいとか思ってる?」

 

「うぇ!? な、何を言うのよセシル! 私そんな事考えてないわ!」

 

「青年と模擬戦か。うむ。いいんじゃないか? 同じ風元素の加速魔法使い同士。セシリアの加速中の武器捌きは青年にとっていい勉強になるし、青年の加速制御もセシリアにとっていい勉強になるだろう」

 

「ええ、カミラ姉さんまで……。私、そんなに顔に出てたかしら?」

 

「出てたよ」

 

「出てたな」

 

「えぇー……?」

 

 うーん、これから表情には気を付けようかなぁ。私だって女の子だし、キスカ姉さんみたいな戦闘狂だとは思われたくないものね。

 

「さて。私はそろそろ別の場所へ行くとしよう。そうだ、今度会ったときは血を吸わせてくれないかな?」

 

「絶対いやです」

 

「絶対に嫌よ」

 

「それは残念」

 

 カミラ姉さんは肩をすくめてふっと笑うと、そのまま畑の方向へ向かって、軽く手を振りながら歩いていった。

 いつもこんな風に普通に話してくれれば、いい先輩なのにね。カミラ姉さんって本当に残念。

 

「む、セシリア、今カミラ先輩に失礼なこと考えてない?」

 

「え、えぇ? か、考えてないわよ、そんなこと」

 

「ええー? 本当かなぁ?」

 

「本当よ! さあ、早く魔王街に行きましょ!」

 

「はいはい。わかりました」

 

 私はセシルをお姫様だっこで抱えて、風魔法を使って素早く魔王街へと向かう。

 ……はぁ。本当に私の考えてることが顔に出る癖、直さなきゃダメかも……。

 

 

 

 

 

 所変わって、魔王街。私、セシルと、妹のセシリアは今。魔王街にお買い物に来ています。

 

「絶対絶対ぜっっったいに! お洋服を見にいくのが1番よ!」

 

「いいえ、お肉屋さんに行って食べ物を買うのが1番!」

 

 ……そして。ただいま絶賛姉妹喧嘩中なのです。

 仕事前に2匹でお買い物を楽しもうとしていたのにどうしてこんなことに……。でもでも、久しぶりの魔王街、やっぱり美味しい食べ物を食べ歩きしてこそお買い物じゃないですか!?

 何着も持ってる服をまた見にいくとか、時間の無駄だと思うんです、私!

 それなのにセシリアったら服にアクセサリーに、お洒落のことばーっかり! 体型ばっかり気にして少ししかご飯食べないし。もうちょっと美味しいものを食べる喜びを知ってもいいと思うんだけどなぁ。お姉ちゃん心配です。

 

「食べ物食べ物って! セシルはぶくぶく太りたいの!?」

 

「食べてもその分運動してるから太りません太ってませんー! セシリアは買い物のたびに見るだけじゃない、買わないと買い物じゃないってば!」

 

「私のお買い物はウィンドウショッピングって言うの! お買い物に行くたびにお金使ってたらすぐお金無くなっちゃうじゃない!」

 

「……ウィンドウショッピング? 何それ、窓を買うの?」

 

「……セシルって馬鹿?」

 

「う、うううるさい! とにかくお肉!」

 

「服!」

 

「お肉!」

 

「服!」

 

「おーにーくー!」

 

「ふーくー!」

 

 ……うん。不毛。不毛ですね。わかってるんだけどやめられません。女には負けられない戦いってものがあるんです! ……でも見苦しいよね、これ……。

 そんな見苦しい姉妹喧嘩は、ある魔物の介入によって終止符が打たれるのです。

 

「……何やってるんですか先輩方」

 

「またあったな2匹とも。ちょっと血を吸わせてくれないか?」

 

 いつもよりちょっと静かなルーシアちゃんと、再び出会ったカミラ先輩の介入によって。

 

 

 

 

「昨日の一件でルーシアがだいぶへこんでいたみたいでな。気分転換にいいだろうと思って連れてきたのだ」

 

「……」

 

 いつもの元気がないルーシアちゃんを心配そうに見つめながら、カミラ先輩はそう言った。

 まあ、初対面であれだけ言われちゃったらねぇ。そりゃへこむと思う。リンド君の言ったこと、なんだか地雷っぽかったし。いつもはその場ではしょげても次の日には元気が戻っているから、今回は本当に重症みたいです。

 まったく、大魔王様もよりにもよってリンド君とルーシアちゃんを組ませるとか、何を考えているのでしょう。

 

「で、その……ルーシアちゃんが飲んでいるのは、何?」

 

「……うぇ?」

 

 そう。さっきからルーシアちゃん、何か飲んでるの。どこのかしら? なんの飲み物なのかしら? 美味しいのかしら?

 

「ちょっと、お姉さんに教えて貰えないかなぁ……?」

 

「え? ええ、ええと……だ、第2商店街にある喫茶店の、ミックスジュース、ですけど……」

 

「あーりーがーとー!」

 

 うん。ルーシアちゃん大好き! 抱き締めちゃうくらい!

 

「わわっ!? ち、ちょっとセシルさん、苦しいですー!」

 

「ち、ちょっとセシル! 力加減しないと! ルーシアちゃん折れちゃうわよ!」

 

「え? あ、ごめん!」

 

 私がルーシアちゃんをぱっと離すと、ルーシアちゃんはへなへなと地面にへたり込んだ。……そうだった。人型とアークデーモンじゃ結構な筋力差があるの忘れてた。

 

「もう、セシルはすぐ周りが見えなくなる! そう言うところ直さなきゃダメよ?」

 

「む! セシリアだって……」

 

「はいはいこれ以上はストップだ。ここは魔王街のど真ん中だぞ? もう少し恥を持て。2匹とも、すぐに周りが見えなくなるからな」

 

「「……はい、すみません」」

 

「うむ。よろしい。わかったなら血を吸わせてくれ」

 

「それは嫌です」

 

「それは嫌よ」

 

「なぜだ! どうして!」

 

 そんなカミラ先輩の様子に、笑いがおこる。いつの間にかルーシアちゃんも楽しそうに笑ってて……。よかった、これで立ち直れそうかな。

 ともあれ私たちの休日は、騒がしくも楽しいものとなりました。また皆と、こんな日を過ごせたら嬉しいな、と。私は思うのでした。

 

 そして、日は暮れて……私たちは、大魔王城のアパートに戻ってきました。

 

「それじゃあね、セシリア。また明日、頑張ろう!」

 

「ええ、セシル。ヘマしたら許さないわよ」

 

「そっちこそ。突っ込みすぎて死んだりしないでよ?」

 

「ふふ。大丈夫よ」

 

 私たちはセシリアの部屋の前で、拳を突き合わせる。デーモン族が戦いに赴く前に、その相棒と共に行うちょっとした儀式です。

 私たちは任務や戦闘の前、必ずこれをやって、別れます。

 願わくば、両方無事に戻ってこれますように。

 私たちは偉大なる祖のデーモンに、そう祈るのです。




アニタ「用語解説、始まりますよ! 拍手拍手ー!」

セシル「わ、わー! ぱちぱちぱちー!」

セシリア「何くだらないことしてるのよ大魔王様」

アニタ「え、ええ!? くだらないって酷くないですか!?」

セシル「セシリア馬鹿! 大魔王様に失礼じゃない!」

セシリア「セシル……時にははっきりと言ってあげることも、優しさなのよ……」

セシル「そういうことじゃないでしょー!」

アニタ「そうですか……くだらないんですね、私……今までずっと、アランもそう思ってたんですかね……」

セシル「あーあー大魔王様! くだらなくない! くだらなくないですから話を進めてください!」

アニタ「はっ! そうでした! 用語解説しなきゃ! え、ええと、今回の用語解説はこちらです!」

 デーモン、アークデーモンについて!

アニタ「今回はこちらの解説をしますので、アークデーモンであるセシルとセシリアをゲストにお呼びしました!」

セシル「皆さんこんにちは。アークデーモンのセシルです。火元素と闇魔素の2属性持ちで、得意分野は攻撃魔法。得物は長刀です。よろしくお願いします!」

セシリア「え、そういう自己紹介するの? 私も?」

セシル「もちろん! 頑張ってセシリア!」

セシリア「うーん……わかったわよ……。えー、皆さんどうも。アークデーモンで、セシルの妹のセシリアよ。風元素と闇魔素の2属性持ち。得意分野は風属性の加速魔法。得物は長槍ね。よろしくお願いするわ」

アニタ「はい! 自己紹介ありがとうございます! さてさて、早速解説に入っていきましょう!」

セシル「デーモンは、旧魔界暦より存在する古種族。悪魔の中でも絶対的上位の存在です」

セシリア「旧魔界暦では魔法を使えた数少ない種族の1つね。だからこそ、私たちデーモンは皆、闇魔素を持って生まれるのよ」

アニタ「2匹とも、ありがとうございます! では次に、デーモンとアークデーモンの違いについて!」

セシリア「デーモン生まれ持った得意分野によって、2つに分けられるの。1つは、武器を使った近距離戦闘が得意なデーモン。このデーモンは筋力が高くて、魔力がちょっと少なめね」

セシル「もう1つは、魔法を使った中、遠距離戦闘が得意なデーモンです。こちらは魔力が高くて、筋力は控えめです」

アニタ「そして。極まれに、その2つのデーモンとは違うデーモンが生まれるんですよね?」

セシル「はい。筋力も魔力も高いデーモン。これを魔界はアークデーモンと呼びます。アークデーモンは、我らが偉大なる祖のデーモンに最も近い存在とされています」 

セシリア「アークデーモンが生まれるのはかなり珍しいのよ。もちろん、姉妹揃ってアークデーモンなんて滅多にないの。私たちはとても珍しいケースなのよ」

アニタ「はい! ありがとうございました! これから種族の解説をするときは、こうやってその種族の魔物をお呼びすることになると思います。皆さん、温かい目で見守ってくださいね! お前がサボりたいだけだろとか言わないでくださいね!」

セシリア「ねえねえセシル。大魔王様また自爆してるわよ」

セシル「セシリア馬鹿! 大魔王様に失礼だってば! ほーらー涙目なってる!」

アニタ「そ……それでは、この辺りで……また次回! お会いしましょう! バイバイ!」

セシル「皆さん今回はありがとうございました!」

セシリア「またお会いできたら嬉しいわ」

セシル・セシリア「またいつか!」


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出発の日

ついに開始しますよ。4大都市遠征。


タイトルダブってるのにようやく気づいたので変えました。作者は阿呆。


 時刻は午前4時。魔界に朝がやって来た。今日、僕は大魔王城にやって来てから初めての……遠征に、出る。

 この遠征がどれほど危険なのか。それはわからない。少数による遠征だから、危険と言えば危険だ。だけど、魔王軍時代からほぼ負け無しだった僕に、カミラさんまで着いてきてくれるなら、それ程危険ではないようにも思える。

 特に僕は1対多が得意な戦法を取るから、相手が余程の格上でない限りは不利にならないのだ。……戦闘面での心配は、ほぼ無いだろうか。

 懸念事項と言えば、魔王軍から着いてくる新入りってやつだ。死なれても困るからしっかり守らないとな。

 とは言え、これは最悪の事態に関しての心配であって、僕たちの仕事は話し合い。新たに決められた法を伝え、それを管理区域に定着させろと伝えることだ。

 いくら魔物が血気盛んと言えども、表立って大魔王に逆らうほどではないだろう。故に、戦闘とかにはならないと思う。

 まあ、用心するに越したことはないけれど。

 朝食を済ませた僕は、用意しておいた荷物を持ち、部屋を出る。時刻は4時半。出発は7時で、ここから玉座の間までは2時間程だから。時間の余裕は十分ある。階段を下ってあぱーとから出ると、キスカさんに出会った。

 

「おう、人型。おはよう」

 

「おはようございます。キスカさん」

 

 今日も気合いを入れているのか、オーガの民族衣装を身に纏っている。身につけている武器は3本。これは、魔王城へ行ったときと変わらず。風切り、空砕き、地壁の3本だ。

 キスカさんに訓練をつけて貰い始めてから、僕の起床時刻は大分早くなった。ここに来た頃は朝5時に僕の部屋にやって来たカミラさんに早いなんて言っていたけど、今や毎朝5時起きだ。

 そのせいで、朝はキスカさんとばったり会うことが多い。キスカさんにあぱーとの前で会うと、訓練場までダッシュ! 風魔法は禁止! とか言われるからあんまり会いたくはないんだけど。

 まあ、どうせ訓練場まで走ったところで大したことはないし、今回みたいな遠征などの仕事の時はそれくらいの時間に起きなければならないから、助かってはいるんだけどね。

 

「今日は玉座の間までダッシュとか、しないんですか?」

 

「あー、それも良いけど、たまにはゆっくり歩いていくのもいいだろ。時間に余裕はあるわけだしな」

 

「へぇ、珍しいですね。キスカさんがそんなこと言うなんて」

 

「ウチだって、たまにはのんびり歩きたいときもあるのさ」

 

 そんなこんなで、僕とキスカさんはいつも通り、2匹で玉座の間に向かうことになった。

 

 

 

 時刻、午前6時半。

 玉座の間にたどり着いた僕たちは、その重い扉を開けた。

 中には既に僕たち以外の6匹が居た。玉座には変わらず大魔王様が座り、その隣には、ユージーンが魔王軍支給の鎧を着た2匹と、ローブを着た2匹の、合計4匹の魔物を連れて立っていた。

 

「皆さん揃いましたね。これからあなたたちには、それぞれ指定された4大都市に赴いて貰います」

 

 僕とキスカさんがやって来たのを見て、大魔王様が口を開く。今日は真面目な仕事と言うこともあって、しっかり大魔王モードだ。

 

「危険もあるでしょう。予想外の事態が起きるかもしれません。ですが、あなたたちは私が招いた強物、大魔王軍の兵士です。無事に、帰ってくることを信じています」

 

 いつになく真剣な大魔王様の姿を見て、僕はゴクリと生唾を飲み込んだ。この緊迫感。普段はゆるふわだが、やはり大魔王様は大魔王様なのだと改めて思う。

 

「それでは今回、遠征に着いていく魔王軍のメンバーを紹介しよう。キーファ、前に出ろ」

 

「はっ! 魔王軍第2部隊所属、キーファであります! よろしくお願いします!」

 

 前に出たのは、正面から見て1番左側に立っていた魔物。魔王軍支給の鎧を着込み、腰には片手用の直剣をぶら下げている、オークの男だ。

 

「キーファは北東都市リルムへ向かうチームに着いていってもらう」

 

「はっ!」

 

 キーファがそのまま前に進み出ると、僕の隣に居たキスカさんがゆっくりとキーファの許へと向かった。

 

「ウチはキスカ。リルムに向かうのはウチと、そこで休眠モードになって固まってるジェイドだよ。よろしく」

 

 キスカさんはにこやかに笑い、握手をすべく手を差し出した。

 

「は、はい。よろしくお願いします」

 

キーファは恐る恐るキスカさんの手を握る。キスカさんの威圧感に圧されているのだろう。尋常じゃなく汗を掻いているように見えた。

 

「次。カレンデュラ、前に出ろ」

 

「はい! 魔王軍第4部隊所属、カレンデュラです! よろしくお願いします!」

 

 続いて前に出たのは、先程左から2番目に居たローブを着たデーモンの女の子。第4部隊と言うことは、拘束部隊か。デーモンにしては珍しいのではないだろうか。

 

「カレンデュラは、北西都市シトロンへ向かうチームに着いていってもらう」

 

「はい!」

 

 キーファと同じように前に進み出たカレンデュラを、今度はカミラさんが迎える。

 しかし、カミラさんの許に女の子が来るってまずいんじゃないだろうか。この真剣な場で『可愛いお嬢さん、血を吸わせていただけないかな?』なんて言ったら何もかもが台無しだ。

 

「ようこそ。可愛いお嬢さん」

 

 ちょっと待ってくださいカミラさん。本当にそれやるんですか。思いとどまってくれませんか? それ今やったらまずいですって。

 

「私がシトロンに向かうチームの物だ。名をカミラという。よろしくお願いする」

 

「あ、はい……よろしくお願い、します……」

 

 しかし、カミラさんの対応は僕の想像とは全く違い、実に紳士的な物だった。いや、カミラさんは女性だから淑女的? なのか? ……よくわからなくなってきた。

 流れるような綺麗な動作で差し出されたカミラさんの手を取ったカレンデュラは、顔を赤くし、目をうっとりとさせていた。……まあ、確かにカミラさん、こういう時は格好いいからなぁ。しかし、女の子同士でも惚れたりするのだろうか?

 

「次。キシリア、前に出ろ」

 

「は!」

 

 百合のように可憐ながら、凜として強い意志を感じる声を発して、鎧姿の女の子が前に出る。

 

「魔王軍第2部隊所属! キシリア! よろしくお願いします!」

 

種族は……オーガ。黒肌か。背中には大剣を吊っている。しかし、彼女はオーラが違う。経験を積めば、いずれは第1部隊所属にまで出世するだろう。……大剣持ちの、オーガ。なんだか少し羨ましいな。

 

「キシリアは、南東都市アリアに向かうチームに着いていってもらう」

 

「は!」

 

前の2匹と同じように前に進み出たキシリアを、セシルさんとセシリアさんが2匹で迎えた。

 

「私たちがアリアに向かうチームです。キシリアさん、歓迎します!」

 

「あんまり堅くならないでね。私たちもそうだから、あなたも自然体で居てくれると嬉しいわ」

 

「あ……はい! よろしくお願いします!」

 

 2匹のアークデーモンに囲まれて、緊張からか多少体を堅くしたように見えたキシリアだったが、セシルさんとセシリアさんが優しく話しかけたことによって多少は緊張がほぐれたようだった。

 

「次。カイム、前に出ろ」

 

「……はい」

 

 最後に前に出たのはローブの男。彼は……なんの種族だ?

 辛うじて種族を判断できそうなのは、背中に揺れる2本の尻尾のみ。あれはおそらく狐の物のように見えるが、狐の魔物なんてこの魔界には存在しない。

 

「魔王軍第3部隊所属、カイム。よろしくお願いする」

 

 カイムのその言葉の響きに、僕はそこはかとない不気味さを感じて少し身震いした。

 

「カイムは、南西都市オラクルに行くチームに着いていってもらう」

 

「……はい」

 

「妖狐」

 

 急に近くで聞こえた声にびっくりしてヒダリヲムクト、

 リンドさんがカイムを迎えに行っているのをぼーっと見ていたら、いつの間にか、カレンデュラを引き連れてカミラさんが隣に来ていたようだ。

 

「カミラさん……。なんです? ヨウコ、ですか?」

 

「ああ。あのカイムという少年。あれは妖狐だ。極東の、我々が妖界と呼ぶ場所の魔物だな。ここにいるのは随分と珍しいが……まあ、そんなことを気にしても仕方ないだろう」

 

「……なるほど」

 

 妖界の魔物、ヨウコ……か。狐の魔物なんて、居るんだな。

 ちなみに昔僕はサトリの話持ち出していたが、極東の魔物はそれしか知らなかったりする。昔ユージーンが話してくれたから覚えていただけだ。実は妖界なんてのも初めて聞いた。

 

「以上をもって、魔王軍からの物は最後だ。ウチの新入り達をしっかりと育ててやってくれ」

 

「はい。と言うことで、これをもって全ての準備が終わりました。では……4大都市遠征。これより、開始!」

 

 大魔王様の声が玉座の間に響く。ついに。ついに始まる。

 4大都市遠征が。




 用語解説のコーナー!

アニタ「ということで、今回も始まりました用語解説! 大魔王のアニタです!」

アラン「お久しぶりです。アランです」

アニタ「今回解説するのは、こちら」

 魔界の構造について!

アニタ「です!」

アラン「次回から遠征編も本格開始しますし、今のうちに魔界がどうなっているのかを話すわけですね」

アニタ「その通り。では、解説始めていきますね。現在、魔界は5つのブロックに別れています」

アラン「南西、北西、北東、南東と、僕たちの居る大魔王城と、魔王城、魔王街のある中央ですね」

アニタ「その通り。そして、例えば、人界の人間が魔界に攻め入るとき、魔王城、大魔王城には、真っ直ぐに向かうことが出来なくなっています」

アラン「その理由は?」

アニタ「高い崖や、各都市にそびえる高い壁などで徹底的に区画が区切られているからです」

アラン「崖と壁、ですか」

アニタ「はい。人に簡単に中枢まで攻め入られないための工夫ですね。人界と魔界は『リバースポイント』と言う物で区切られていまして、人が魔界にやって来るためのポイントは1つしかありません。そのため、単純に中枢への道のりを遠くするだけでもかなり効果的なんです」

アラン「ふむ。では、その『リバースポイント』から中央区画に行くためには、どうすればいいんですか?」

アニタ「南東、北東、北西、南西の順番で区画を突破する必要があります。もちろんそれぞれの地域には領主が居ますし、兵力もあります。並大抵の実力では、中央までたどり着くことも出来ない。まあ、そこを突破してくるのが勇者って訳なんですけどね。……本当に」

アラン「なるほど。勉強になりました」

アニタ「と、こんな所で、今回の用語解説はおしまいです。ではまた次回お会いしましょう! 大魔王のアニタと!」

アラン「大魔王軍兵士のアランでした」

アニタ「ばいばい!」


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4大都市遠征 権力:北西都市シトロン 前編
ギーグを抜けるまで。:チームシトロン


よくよく考えてみたら中枢都市ギーグを抜けるまでの道がクッソ長かった件について。
まだまだ準備編は終わりそうにないですね……。集合魔王城にしておけば良かった。


 大魔王様が4大都市遠征開始を宣言し、各都市に向かう12匹の魔物たちは、固まって玉座の間を出た。

 固まって、と言っても、各チームごとに分かれてはいる。長い道程を行くチームであるし、大魔王軍メンバーは顔見知りが多くても、魔王軍の物ははじめましてだ。早めに親睦を深めておくに越したことはない。

 

 尚、今回は拒絶の森は普通に抜ける。直通の抜け道を知らされるのは大魔王軍の物だけであり、ユージーンにも教えていないらしい。ユージーンはこの城に出入りする度にこの面倒な森を真っ正面から抜けているわけだ。ちょっと同情する。

 今回の遠征は魔王軍のメンバーも居るため、抜け道を使うのはダメ。らしい。

 

「では、改めて自己紹介をしておこうか。うーん、まずは、カレンデュラから始めてくれ」

 

「は、はい!」

 

 カミラさんが切り出した。どうやらカレンデュラから自己紹介をさせるみたいだ。カミラさんからのご氏名に、カレンデュラは返事をするが、ちょっと声が裏返っている。……緊張しているのだろうか。

 

「私、カレンデュラと言います。魔王軍の先輩方は、親しみを持ってカレンと呼んでくれます。お二方もそう呼んでください。種族はデーモン。属性は闇、地です。得意魔法は結界系。よろしくお願いします!」

 

 緊張している割にはしっかりした自己紹介が終わった。僕たちが聞きたい内容は全て詰まっていたので、なかなか良い自己紹介だったと言えるだろう。属性と魔法まで言ってくれたのは、流石ユージーン直轄の魔王軍と言ったところか。

 

「ああ。よろしく、カレン。では……私の自己紹介と行こうか。私はカミラ。属性は闇。得意魔法は精神系。そして、種族は……ヴァンパイア」

 

「へぇー! ヴァンパイアなんですか! ……えぇ!? ヴァンパイアなんですかぁ!?」

 

 カレンの驚きの声に、周りの、特に魔王軍メンバーの目がシトロンチームに集まる。

 ヴァンパイア、という言葉に反応したのだろう。セシルさんやキスカさんが、混乱する魔王軍メンバーに説明をしているのが見える。

 冷静に説明してはいるが、僕もそこそこ驚いている。だって、カミラさんは大魔王軍で身を隠しているのだ。それなのに、自分がヴァンパイアだって、同じチームとは言え部外者なカレンに話すなんて……。

 

「カミラさん、良いんですかそんなこと言って! これで外にヴァンパイアが生き残ってるって知られたら……」

 

「ああ。問題ない。魔界平和化を達成すれば、私が種族を隠す必要も無くなる。もちろん私が魔界に反旗を翻せば処刑されるだろうが、そうしない限り手出しはしない、という法が、新しい法にはある。ならば、今私の種族を明かそうが問題はない」

 

「……それは、そうですけど……」

 

 慌てて質問をした僕に、カミラさんはさらりと答えた。まるで、そんなことは問題ではないかのように。

 確かにカミラさんの言っていることは正しいけど、それは問題なく遠征が成功した場合であって、失敗してしまったときが考慮されていない。

 失敗したときはまた大魔王様が匿うのだろうけど、魔界平和化が失敗したことで大魔王様の信用はある程度落ちるはず。それにヴァンパイアを匿っていることまで広まってしまえば、魔界内で暴動が起きる可能性もある。

 ……悪いことを考えても仕方ないのはわかるけど、僕としては今回のカミラさんの行動は、納得がいかない。

 

 他3匹の魔王軍メンバーは、なんとかなだめられたようだ。キスカさんとセシルさんが何か言いたそうな目でカミラさんを見ている。その視線を感じたのか、カミラさんは1つため息をつくと、そこそこ大量のコウモリを後ろに向けて飛ばした。

 キスカさんたちの許へ飛んでいったコウモリは、一昨日見た小さいカミラさんを形作る。説明のために分身を飛ばしたのだろうか。

 

「……本当に、ヴァンパイアなんですね。カミラ様……」

 

 それを見て、未だ信じられなさそうな目を向けていたカレンもようやく信じるに至ったようだ。

 顔を紅潮させ、うっとりとした目でカミラ様、と……

 ちょっと待て。何かがおかしい。

 

「……ふむ、カレン。後で時間のあるとき、血を吸わせて貰えないか? 私はうら若き乙女の血が大好きでな」

 

「え? ……カミラ様のお願いでしたらなるべくお聞きしたいんですけど……私、ヴァンパイアになるのは、ちょっと……」

 

「心配はない。所謂食事の吸血と、眷属を作る吸血は別物なのだ。私はもうヴァンパイアを増やすつもりはないんだ。純粋に、食事をさせていただけると嬉しいかな」

 

「それでしたら、はい! 喜んで! 私なんかの血でよろしいのでしたら、いくらでも!」

 

「ああ……ありがとう……!」

 

 おかしい。絶対におかしい! そんな、嘘だ、まさか……カミラさんのナンパが成功するなんて……!?

 というかカミラさん。声は紳士的……淑女的? の格好いい声なのに、顔がすごくだらしなくニヤニヤしてるのをやめてくださいよ。見てられないです。本当に。

 一応、口には出さないが、僕はカミラさんへの軽蔑の意味を込めて、ひたすらじとーっとカミラさんを睨むことにした。この駄目ヴァンパイア、これから調子に乗らないかが心配である。

 

「青年」

 

 と、ここまでだらしない顔だったカミラさんが急に真面目な顔になって、僕にウィスパーで話しかけてきた。

 

「……なんです?」

 

 カレンは真っ赤になって身悶えていて、周りが見えていなさそうだ。しっかりと内緒話は成功しそうなので、僕もウィスパーで返事をする。

 

「……私も、自分からヴァンパイアであると積極的に言おうとしたわけではない。……アニタ様が、な。そういう方針というだけだ。あいつが頑固になったら私では逆らえん。楽観的ではあるが、アニタ様なりに考えていることもあるのだろうよ。そういうことだ」

 

「……なるほど」

 

 まあ、つまり大魔王様が原因って事ですね。……やっぱり、僕はあの魔物を信用できないな。

 

 と、ふと気づくと、何時の間にかもう大魔王城の門までやって来ていた。

 ここを抜けて、いよいよ拒絶の森に入った。鬱蒼とした森を、規定のルートを歩くことによって突破していく。

 

「さて。なんだかんだ色々な説明も済んだところだ。次は、青年の番だぞ。自己紹介」

 

「ん? あ、ああ、はい。わかりました」

 

 一連のごたごたで、すっかり自己紹介の事を忘れていた。僕は軽く咳払いをして、喋ることを考える。

 

「僕はアラン。種族は……人型。で、属性は風。得意魔法は速度制御。……ああ、あと、得物も言っておいた方が良いか。得物は片手直剣だ。よろしく、カレン」

 

「はい! アランさん、よろしくお願い……あ、アラン、さん? って……元魔王様の側近で天才剣士のアランさんですかぁっ!?」

 

 カレン、2度目の絶叫。彼女の常識からしてみれば、とんでもないことの連続なのだろう。心中、お察しします。僕も大魔王城に来た始めの頃はそんな感じでした。

 

「うん。そのアランであってる」

 

「うわ、うわ、うわぁぁぁぁ……! 私、もしかしてとんでもないチームに入っちゃったのかもぉ……」

 

 うん。これからきっと、もっと驚くことの連続だと思う。その時まで彼女の心臓が持つか心配である。

 そして、魔王軍メンバー。僕を見るんじゃない。ものすごい射貫くような視線を喰らって鬱陶しい。特に……確か、キシリアとか言うやつ。なんか羨望の眼差しで僕を見てる。やめてほしい。

 

 そんなことをしているうちに、何時の間にか拒絶の森を抜けてしまっていた。

 ここからは魔王城を通り抜けて、魔王街の門を出て……。南西都市への関所を突破、南西組と分かれて、北西都市への関所まで行って……って、結構長いな。

 でも、まあ。なんだかんだカレンも悪い子じゃなさそうだし、このチームなら楽しい遠征になるだろう。朝の時のような不安は、多少は解消できた。

 

 1番先頭を歩く僕たちシトロンチームは、魔王城の裏門を開く。少し強くなってきた日差しに、僕は額に流れる汗をぬぐった。




用語解説コーナー!

アニタ「皆さんどうも。これから4大都市遠征編が終わるまで出番のない大魔王です」

ユージーン「同じく。出番のない魔王だ」

アラン「ちょっと、2匹とも! どういう始め方してるんですか! 大魔王様はテンション上げて! ユージーンは乗らないで! ああ、もう! アランです!」

アニタ「だってぇ……出番ないんですもん……」

ユージーン「俺はそこまで悲観するほど、ここまで出番があったわけじゃないがな。なんとなくだ」

オンブラ「魔王様。あなたがゆる……大魔王様にに影響されると私たちが困ります。しゃっきりしてください。さもないと……バラしますよ」

ユージーン「さて、真面目にやっていこうか」

アニタ「ええーと……な、名前知らないけどあなた! 今私のことゆるふわって言おうとしました!? ていうか私が呼んだのは魔王とアランだけで、あなたは呼んでないんですけど!」

オンブラ「オンブラです。言おうとしていません。そして、私は魔王様の側近です。魔王様について行くのは当然でしょう」

アニタ「む……それは、そうですけど……」

アラン「あー、もう良いから始めましょう。時間無くなりますよ」

アニタ「あ、はい。今回解説する用語はこちらです!」

 魔王軍のシステムについて!

アニタ「ということなので、今回は元魔王軍のアランに加えて、現魔王であるユージーンにも来て頂きました!」

ユージーン「改めて、現魔王ユージーンだ。今日はよろしく頼む」

オンブラ「現魔王側近、オンブラです。以後お見知りおきを」

アニタ「まあ、呼んでないのが若干1名いらっしゃいますが、早速始めていきましょう!」

アラン「あ、ちょっと待ってください。魔王軍なら、大魔王様も率いていたことがありましたよね? 元魔王ですし。わざわざユージーンを呼ばなくても良かったのでは?」

アニタ「あー、それはですね。おそらく、私が魔王だった頃の魔王軍、前魔王軍と、現魔王の魔王軍ではシステムに若干の違いがあるからです。その辺りは私も説明できますけど、やっぱり今まさに軍を率いている魔王にお話を聞くのが1番だと思いまして」

ユージーン「俺もそれに了承したわけだ」

アラン「……なるほど」

アニタ「もう質問オッケーですか? それじゃあ参りましょう、用語解説、その1!」

 魔王軍にはどうやって入るのか!?

アニタ「これを魔王にお聞きしたいと思います!」

ユージーン「ふむ。皆、魔王街に学校があるのは知っているな? 基礎の読み書きや戦い方を教える学校だ」

アニタ「はい。知ってます」

ユージーン「まず条件1は、そこの卒業生であること。今現在、魔界は無法地帯であり、生き残るには戦わなければならない魔物が多い中であるが、やはり我流で戦う物と戦い方を知るものでは差が大きい。学校を卒業できるくらいでなければ話にならんな」

アラン「あー、懐かしいですね、学校。皆弱いくせに僕に喧嘩売ってきて鬱陶しかったですよ」

オンブラ「アラン・アレクサンドル。地味なエリートアピールはやめなさい。魔王様の意向で学校に入れたというのに、問題ばかり起こして。成績は良かったですが、それだけじゃいけないんですからね。何度私が……もとい、魔王様が頭を悩ませたことか……」

アラン「なんですオンブラさん。妬ましいんですか?」

オンブラ「だぁれがぁ、あなたのことを妬みますか。私は少なくともアラン・アレクサンドルよりは強いので。妬む要素が1つもないので」

アラン「負け惜しみかよ」

オンブラ「舐めんじゃねえぞクソガキが」

アラン「なんですか?」

オンブラ「なんですか?」

アニタ「あーもう! 何で喧嘩になってるんですか2匹とも! 話が進まないんで喧嘩をやめてください!」

アラン「チッ」

オンブラ「チッ」

アニタ「はい、はい! もう終わり! 魔王、次の条件話してください」

ユージーン「ああ。2つ目の条件だな。2つ目は俺に実力を認められること、だ」

アニタ「へ? 魔王に認められるって、どうすればみとめられるんです?」

ユージーン「俺と戦ってある程度の基準を満たしたと俺が思えば合格にしている」

アニタ「へ、へぇ……すごいことするんですねぇ……」

ユージーン「大魔王が率いていたときはどんな条件だったんだ?」

アニタ「へ? ああ、私の時ですか? 私の時は、その前の魔王からの引継ぎと、私が強いと思った魔物のかき集めです」

アラン「大魔王軍と大して変わらないじゃないですか」

アニタ「まあ私、それくらいしか出来ませんしね」

オンブラ「何でこの方が魔王を務められたのか謎ですね」

ユージーン「まあとりあえず、魔王軍の入隊の仕方はこれで以上だ」

アニタ「あ、はい。ありがとうございました。続いては、こちらですね」

 部隊について!

アニタ「これについては、そうですね……アランに聞きましょうか」

アラン「はい。わかりました。じゃあ、まずは部隊名称からですかね。ええと、魔王軍は基本的に4つの部隊に分かれます。第1部隊である精鋭部隊。第2部隊である突撃部隊。第3部隊である魔擊部隊。第4部隊である拘束部隊の4つですね」

ユージーン「部隊で役割をわけることによって訓練の効率化と、連携の取りやすさを重視している」

アラン「第2~第4は言葉の通り、それぞれ物理攻撃、魔法攻撃、拘束魔法が得意な物で組まれた部隊ですね。そして、第1部隊。精鋭部隊ですが、これは魔王に認められた、一握りの強物が集められた部隊です。基本的に、遠征や危険任務に就くのはこの部隊ですね。僕も精鋭出身です」

オンブラ「加速馬鹿のくせにまともな解説が出来たんですね。大魔王様のお守りしか出来ないと思ってました」

アラン「お褒めいただきどうも」

アニタ「だぁから! 喧嘩を始めないでくださいよ! ていうか流れ弾で私のこと馬鹿にするのやめません!?」

ユージーン「大魔王。他には解説することはないのか?」

アニタ「あ、そうでした。まだあと1つ、あります」

 魔王軍はどういうお仕事をしているの?

アニタ「です!」

オンブラ「それでは……これは私が説明をしましょうか。魔王軍が行っている仕事は、魔王城の警備、魔王街の警備、他、4大都市付近で起きたトラブルの解決などですね。主に治安維持が目的にされています」

アニタ「なるほどなるほど。わかりやすいですね!」

オンブラ「当然です。魔王様の側近ですから」

アラン「隠密しか能が無いくせに勝ち誇った顔をするのはやめてください。馬鹿みたいですよ」

オンブラ「なんです?」

アラン「なんですか?」

アニタ「ああ、もうまた始まる! とりあえず、今回はここまでで! それでは皆さんまた次回、お相手は、大魔王アニタと!」

ユージーン「魔王ユージーンと」

オンブラ「黙りなさいこの加速馬鹿!」

アラン「うるさいですよこの隠密馬鹿!」

アニタ「ああええと! 大魔王軍のアランと、魔王側近のオンブラでした! バイバイ! ……もう2匹とも! いい加減にしなさーい」

ユージーン「……騒がしくてすまんな」


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カレンデュラ・ビリーブハート

どうも、個人情報の流出です。お待たせいたしました。

週刊オリジナルランキングに載ったことが理由なのかはわかりませんが、お気に入り登録者様が一気に増えました。皆様に最大級の感謝を。ありがとうございます!

これからも精進していくのでよろしくお願いいたします。


ちなみに今回の投稿が遅れたのは私生活が忙しかったのとドラゴンクエストライバルズにハマっていたからです。この馬鹿野郎と罵ってくれても良いのですよ?


「そうだ、カレン」

 

 僕たちは、魔王街を真っ直ぐ抜けて、中枢都市の外へ出た。

 たわいない会話をしながら南西の関所に向かっている途中、カミラさんがぽつりと呟いたのだ。

 

「君はどうして魔王軍に入ろうと思ったんだ?」

 

 そこまで突っ込んだことを聞くか、と。そう思った。カレンとはまだ出会って数時間。とてもそんな話をする間柄では無いと僕は思う。

 しかし、カミラさんの質問を受けたカレンは、しばらく考え込んだ後に、

 

「……私には、姓があるんです」

 

 と。話を始めたのだ。

 

 この魔界での、姓というものの話をしよう。

 僕たち魔物には、基本的に姓はない。だが、姓を持つ魔物も居る。

 旧魔界暦の体制に、貴族というものが存在した。位の高い魔物。その種族の上に立つべき魔物。そして……その中から、魔王が、大魔王が選ばれるという、魔界にとって重要な魔物たち。

 旧魔界暦にも姓を持つ魔物は少なかった。数少ない優秀な魔物である、貴族のみが姓を名乗ることを許されたのだ。

 そして、今現在新魔界暦における姓とは、旧魔界暦の貴族の血筋の名残である。すなわち、貴族の末裔のみが持つことの出来る名前だ。

 物事には当然例外も存在する。例えば僕、アラン・アレクサンドルのような、貴族の血を持たない物も姓を持つことがある。

 そういった魔物は、姓を持つ物の養子になった魔物である。僕の場合はユージーンの養子扱いであるため、ユージーンと同じ『アレクサンドル』という姓を持っているわけだ。

 つまり、姓を持つというカレンは、貴族の末裔か、その養子か、どちらかであると言える。

 

「姓、か。珍しいな」

 

「はい。『ビリーブハート』って言うんですけど。デーモンの中では、結構位の高い姓でした」

 

「ビリーブハートの血筋か!」

 

 カレンが自らの姓を名乗ると、カミラさんは驚いた様子でそう言った。

 

「知ってるんですか?」

 

「知っている。ブレイブハートと共にデーモンを纏め上げた、デーモンの中でもトップクラスの魔物たちだった。確か魔力の高い個体の多い血筋で、1度魔王にもなったことがあるはずだ」

 

 なんと。そんなにすごい血筋なのか。そうだとすれば、魔王軍に居るのも納得だ。入るだけの能力は充分にあるだろうし、もしかすれば、このまま大魔王軍にやってくることもあるかもしれない。

 

「カミラ様はご存じだったんですね。はい。そのビリーブハートです。父様がよく言っていました。『私たちの血筋は尊いものだ。旧魔界暦の時分には魔王にも選ばれたことのある、素晴らしいものだ。私たちはこの血を未来へと継いでいかなければならぬ』って」

 

 カレンは楽しそうにそう言った。父が好きなのだろう。それに、自分の血筋も愛しているのだろう。それがひしと感じられる声音だった。

 

「ビリーブハートはいつになっても変わらないのだな。私と関わりのあったビリーブハートもそんなやつだった。父君は元気にしているのか?」

 

 カミラさんがそう問うと、カレンは表情を暗くして、手をぐっと、固く握った。

 その様子を見て、カミラさんは心配そうにカレンの顔をのぞき込んだ。

 

「……カレン、君の父君は……」

 

「亡くなりました」

 

 カレンは、何かの覚悟を固めたように、はっきりとそう言った。

 

「私だけを除いて、ビリーブハートは全滅しました。10000年前の、人魔大戦の時に」

 

「……そう、か」

 

「父様も、母様も、兄様も……皆居なくなって。それでも必死に生き延びて……私は、1匹になりました」

 

 カレンは、おもむろに赤黒い空を見上げた。

 ……珍しくも無い話だ。特に、大戦の終盤は勇者が魔界で暴れ回っていた。あの大魔王様と拮抗する力を持っていたという勇者と出会ってしまえば、いくら強いと言えどもデーモンでは相手にならないだろう。

 ……本当に、考えるだけでも虫酸が走る。やっぱり人を許すことなど出来はしない。

 

「私、泣きました。泣いて、泣いて……それで、私も死のうかとも思いました。でも、そのうち思い出したんです。父様が言っていた、血を未来へと継がねばならぬって言葉を。だとしたら、私は死ぬわけにはいかない。死んじゃいけないなら、強くならなきゃいけない」

 

「だから、魔王軍を目指した、と。そう言うことか」

 

 はい、とカレンは返事をした。きっと彼女は、大変な苦労をしたことだろう。僕と違ってツテも無かった。自分だけで力を付けて、自力で中枢都市までたどり着いて、魔王軍の付属学校に入った。

 それに、どれほどの努力が必要かなんて僕にはわからない。だけど、彼女は途方も無い努力の末にここに立っているのだ。

 

「……なんだか、聞いてはいけないことを聞いてしまった気がするな。すまない、カレン」

 

「え? あぁあ、い、いいんですよそんな! 確かに質問をしたのはカミラ様ですけど、重い話をしだしたのは私なんですから!」

 

 わたわたと慌てながらそう言ったカレンに、カミラさんが少し笑った。うん。微笑ましいんだろう、きっと。経験の浅い僕でもわかる。カレンは真っ直ぐで、良い魔物だ。

 

「あれ!? 何で笑ってるんですかカミラ様!」

 

「いや、すまない。……ふふ、ふ……ふぅ。カレン」

 

「……? はい」

 

「カレンデュラ・ビリーブハート」

 

「は、はい!」

 

「君はいずれ、大魔王軍に来るだろう。それまで精進することだ」

 

「え、えぇー!? 私が、大魔王軍にぃ!?」

 

 今日何度目かのカレンの絶叫が辺りに響く。さっきと同じように、また他のチームの視線が集まってきて、カレンは慌てて口を塞いだ。よく驚く子だなぁと、そう思った。

 

 カレンは真っ直ぐだ。彼女が進む道には未来があるだろう。彼女は強くなって、生き残って、ビリーブハートの血を継いでいく。

 

 ……じゃあ。僕は? 僕の進む道には、未来があるのか?

 

 ──復讐が終われば、何も無い──

 

 僕は頭をぶんぶんと振った。最近はこんな、弱気な思考が多くなってる気がする。……影響、されているんだろうか。大魔王様に。

 

「……大丈夫ですか? アランさん」

 

「え? ……あぁ、大丈夫。なんでも無いよ」

 

 どうやら心配されてしまっていたみたいだ。大丈夫だと言うと、それなら良かった、と彼女は笑った。

 気づけば、もう南西の関所に着いていた。オラクルに向かうルーシアさん、リンドさん、カイムの3匹は、南西都市方面へと向かって行った。

 僕たちは、そのまま北西の関所へと向かう。今日のうちに北西地区へたどり着けるかどうか、と言ったところだろうか。

 太陽は、もう既に傾きかけていた。

 

「カミラさん、今日はどこで眠りましょうか」

 

今のうちに野宿の相談を。こういうのは先に決めておいたほうが良い。

 

「もう決めるのか? ……うーむ、そうだなぁ。北西の関所に着くころにはもうすっかり暗いだろう。さっきの南西の関所にあったように、北西の関所にも小さい小屋がある。そこで寝ることにしようか」

 

「あれ、小屋なんてありましたっけ?」

 

 記憶をほじくり返したが、ついさっきの事なのに全然思い出せない。そう言えば、考え事をしていてろくに南西の関所なんて見てなかったかもしれない。

 

「青年……本当に大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ですよ。ちょっと考え事してただけですから。小屋ですよね、思い出しました」

 

 そう言って僕は少しだけ歩く足を速くした。考えない。考えないことにしよう。

 今は、この仕事を終わらせることだけを考えるんだ。




今回は用語解説お休みです。ごめんなさい。


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大山賊様の登場なのです!

皆様お待たせいたしました。今回は大山賊様が登場します。


 魔界に朝が来た。昨日、日が完全に落ちる前に北西の関所にたどり着いた僕たちは、そこの小屋で一夜を過ごすことになった。

 もちろん、他のチームの魔物たちも一緒に。暗くなった後に移動するなんて馬鹿のすることだ。

 

 簡単な朝食を済ませ、関所に勤めている魔王軍の魔物にお礼を言って、僕たちは北西地区へと進む。別の地区に進む魔物たちとはここでお別れだ。

 

「さて……2匹は、北西地区のことは知っているか?」

 

 カミラさんの問いに、僕とカレンが頷く。

 

「山岳や草原が広がる、比較的涼しい土地ですよね。ただし、北に向かうほど寒くなる。で、シトロンは中央より少し南寄りにある、と」

 

「その通りだ。この辺りは山が多く、山間に作られた村も多い。魔界の中で一番山賊の多い土地でもある」

 

「少し前から、コボルトをリーダーとするとても大きい山賊団が一帯を荒らし回っているみたいですね。シトロンの自警団も手を焼いているとか。魔王様が頭を抱えていました」

 

 関所からシトロンに向かう際、必ず通らなければならない山。通称、門番の山に足を踏み入れながら、僕たちは話を進めた。最近この山は山賊行為が多いらしく、そこそこの警戒をしながら歩を進める。

 基本的に、自分の住む地方から他地方に向かう魔物は多くない。いたとしても、それは魔王軍に入るためとか、もしくは大魔王軍に入るためとか、そういった特殊な状況の強い魔物だ。それか、単純に何物かに襲われて魔王軍の兵士に助けを求めに来た弱い魔物とかだろう。

 だから、門番の山は道が整備されていない。正真正銘、獣道だ。

 まさしく、ここを越えて他地方へ行く資格があるかどうかを試す門番である。

 

「たしか、この門番の山に張っている山賊も居るらしいですよ?」

 

「なに? 本当か?」

 

 なんと。こんな収穫の少なそうな山で山賊をやっている魔物が居るというのか。

 さっきも言ったとおり、この山を通る物は少ない。通ってもそれは強い魔物であり、それを襲うのは至難の業だろう。そんなことをしても意味が無いと思うのだが……。

 

「ふむ……ここに張る魔物、か。余程の強者か、少人数のベテラン、と言う可能性はありそうかな?」

 

「えぇ? それはあり得ないでしょう。ベテランだったらこんなに不味いところ襲わないですって」

 

 それだけは絶対に無いと思う。僕が山賊だったら流石にここは襲わない。その大きい山賊団とやらがどれ位の規模なのか知らないが、かち合っても数人なら倒せるわけだし。

 

「いや。ベテランの山賊なら敢えてここを狙うことも充分あり得る。そもそも、山賊というのはあまり派手に目立つわけにはいかない。集団でもないかぎり、派手に動けば確実に魔王軍にやられるからな。だからこそ、大きい山賊団と揉め事を起こすのはNGだ。目立ってしまうし、山賊団と勘違いされて捕まったら元も子もないからな」

 

「……ふむ」

 

「ここには滅多に魔物が来ない。もちろん稼ぎが少なくなるが、それは裏を返せば被害も少なくなるということだ。ほら、目立たない」 

 

「うー……む。……悔しいけど、納得です」

 

 まあ、うん。確かに、被害が少なければわざわざ討伐しに行く必要も無いわけだし。そう考えれば、ここで山賊行為をするのも無いわけじゃない……のか。

 

「でもカミラさん、やけに詳しいですね。山賊のこと」

 

「昔は目立たぬように人の血を吸って命を永らえていたからな。山賊とかち合いになることも少なくなかったし、自然とそう言うのも覚えたのだ」

 

「……納得です」

 

 そう言えば、この魔物は大魔王様に見つかる前は誰にも見つかっていなかったんだったか。そりゃ、山賊染みた知識も手に入れるか。

 

「へぇー……! カミラ様、すごいです!」

 

 ……カレンはぶれないな。本当に。

 

「……でも、カミラ様が言ったとおりだとしたら、ここにいる山賊って強いんですよね? 私たち、山賊に襲われないでシトロンまでたどり着けますかね……? 私、ちょっと心配です」

 

「心配するほどのことでも無いでしょ。僕も居るしカミラさんも居る。山賊程度には負けないさ。むしろ治安維持のために倒せてラッキーくらいに考えればいいと思う」

 

「そんなものですか……」

 

 カレンが妙な心配をしているが、正直その心配は必要ないと思う。僕とカミラさんが居る時点で、いくらベテランだろうと少人数じゃ恐るるに足りない。……それに。

 さっきから感じる、明らかにこちらを見ている何かの気配。……正直、これが気配を隠せていないだけ、というのならば、この山賊は大したことがないと言わざるを得ない。

 僕はカミラさんの方をチラリと見て、周りに聞こえない声で話しかけた。

 

「……このバレバレの気配。本当に、ベテランの山賊なんですか?」

 

「……ここに来るのはほとんどが強い魔物だ。敢えて気配を隠さずに、その気配に気づくかどうかでその魔物がどれだけ強いか確かめている、と言うこともあり得る」

 

「……なるほど」

 

 うん。それは一理ある。とすると、やはりここの山賊はベテランの強い山賊なのか?

 

「ひゃっはー! 大山賊様の登場なのです!」

 

「み、身ぐるみ全部置いてけですぅ!」

 

 ガサリ、と草を揺らす音と共に、2匹の幼いコボルトが僕たちの目の前に現れた。短剣を構えて、僕たちを脅すように立っている。……めちゃくちゃ目立ってる。

 

「カミラさん。ここにいる山賊はベテランで、目立つのを避けるためにここで山賊をやっているのでは?」

 

「明らかに子供で、すっごく目立ってますよ、カミラ様」

 

「……これは、だな」

 

「「これは?」」

 

「私が、間違っていた。すまない」

 

 えー……? ここまで来てそれですか……? 

 今、僕とカレンは内心で全く同じ事を思っただろう。これだけは自信がある。僕とカレンはどちらともなく拳を作り、コツンと合わせた。ほら、全く同じ事を考えてた。

 

「ル、ルカ、この魔物たち、動かないですよ!」

 

「きっとアタシらにビビってるんですよリカ! これは久しぶりの獲物ゲットです!」

 

「や、やったぁ! 久しぶりのお肉ですぅ!」

 

 動かない僕たちを見て、勝手に勝ちを確信する2匹。……これ、倒してもいいんだろうか?

 カミラさんの方を見ると、カミラさんは静かに頷いた。

 

「解放」

 

 カミラさんの了承を得たことだし、遠慮無く速度制御魔法を発動させる。

 

「ル、ル、ルカぁ! 無詠唱! 無詠唱魔法ですぅ! やばいですよぉ!」

 

「あ、あわ、慌てるんじゃ無いですよリカ! アタシらは大山賊のルカとリカなんです! こんなくそやろー共に後れなんてとらねーですよ!」

 

 僕の無詠唱魔法を見て、2匹のコボルトは急に慌て出した。無詠唱魔法は見たことが無かったんだろう。完全にパニックになっている

 

「な、な、何が飛んでくるんですぅ!? 火球? 風? それとも土の塊ですかぁ!?」

 

「焼かれたくも飛ばされたくも潰されたくもねーですよぉ! 殺らなきゃ! 殺らなきゃ殺られるです! でも怖いですー!」 

 

……なんというか、その、騒がしいなこいつら。これでよく生きてこられたもんだ。他の強い魔物とかに見つからなかったのだろうか。

 ……この騒がしさで、子供の身で山賊をやっている。実はこの2匹、そこそこ強いのかもしれない。

 

「あ、あれ? ルカ、一向に魔法が飛んでこないですよ?」

 

「あ! ホントです! ……って事は、無詠唱魔法は脅しだったって事ですよ! まったくぅ、ふてぇ野郎です!」

 

 ……何でこの隙に攻撃してこないんだ、こいつらは。

 様子見のつもりでしばらく動かないで居たけど、やめだ。そんなの意味ない。大げさなため息をつきながら、僕はとりあえず2匹の後ろに移動した。

 

「「えぇ!? どこに行ったんですぅ!?」」

 

 僕が後ろにいることには気づいていない様子。本当に、よくここまで生きて来れたもんだ。

 さて、こいつらを気絶させるのにはチョップで充分だろうか? 僕はちょうどいい威力になるように調整しつつ、手に加速魔法をかけて軽いチョップを叩き込んだ。

 

「「痛いですぅ!?」」

 

 と、見事に揃った悲鳴を上げて、2匹は地面に倒れ込む。山賊、ここに討ち取ったり。

 ちなみに、それを見ていたカレンは困惑した表情をしていて、カミラさんは1匹で大笑いしていた。

 

 

 

 

「縄を解けですこの卑怯物! アタシらをどうするつもりですか! てめーら、ただじゃおかねぇですよ!」

 

「や、焼かれて食べられるのは嫌ですぅ! 解放して欲しいのですぅー!」

 

 捕らえた山賊をシトロンまで連行するため、縄で縛った。のはいいのだが。

 目を覚ました2匹は自分の状況を把握するやいなや、大暴れを始めたのだった。

 もちろん2匹は拘束されているため、派手に暴れて僕たちを傷つける、なんてことはない。ないが、うるさい。ただただ騒がしい。

 

「焼いて食べる!? アタシら、焼かれて食べられちゃうんです!? なんて野蛮な奴らですか! そんなのはごめんです! こ、後悔しますよてめーら! はーなーすーでーすー!」

 

「は、離すですぅ!」

 

 このように。警戒心全開で、自分達を解放しろと騒ぐのである。騒いだところで解放するつもりなどさらさら無いのだが。

 

「食べたりなどしないさ。君たちをシトロンまで連行して、引き渡す。それだけだよ」

 

「「それはそれで嫌ですぅ!」」

 

「はは、まぁ、そうだろうな。うん」

 

 この2匹の騒がしさに、カミラさんも珍しく困っている様子。僕も子供の相手は得意では無い。

 うーむ。どうしたものか。

 

「ねえ、2匹は、大山賊なの?」

 

 2匹に話しかけたのはカレンだった。その声音は優しく、2匹の警戒が少し緩んだ気がした。

 

「そうですよ! アタシらはすごい山賊なのです! アタシらをもーっと恐れるがいいのですよ!」

 

「い、いっぱいいっぱい魔物も倒したんですぅ。私たち、強いんですよ!」

 

「へぇー! そうなんだ、すごいねぇ。あ、そうだ。2匹のお名前を聞かせて貰えないかな?」

 

「名前ですか? まったく、仕方ないですねぇ。アタシはルカです!」

 

「私はリカですぅ」

 

「アタシらは双子なんです。双子の山賊なんですよ」

 

「そうなんだ。教えてくれてありがとう。ルカちゃんと、リカちゃん」

 

「「どういたしまして! ですぅ!」」

 

 2匹と話をするカレンは、心から楽しそうだった。2匹と話すカレンはまるで姉のようで、さっきまでただ騒がしかっただけの2匹も、今は警戒心を解いて楽しそうにカレンと話している。

 カレンが子供と話すのが得意なんて、ちょっとびっくりだ。

 

「あ、カミラ様、アランさん。この2匹の縄、解いてもいいですか? 2匹とも、抵抗はしないそうですよ」

 

「暴れねーですよ!」

 

「暴れないですぅ」

 

「あ、ああ、そうか。構わないよ」

 

「やった! ね、ルカちゃん、リカちゃん!」

 

「やったです!」

 

「よ、よかったですぅー……」

 

 カレンがルカとリカを縛る縄を解く。束縛から抜けて自由になったルカとリカは、大喜びでカレンとハイタッチした。

 

「では、改めて。北西都市シトロンに向けて、出発しましょー!」

 

「「おー!ですぅ!」」

 

「お、おー?」

 

「……はぁ。おー」

 

 ……結局、カレンが2匹を手なずけたのはいいけど、騒がしいのは変わらない。この遠征は大丈夫なのだろうかと、昨日の朝とは違う種類の心配をしてしまうのも、きっと仕方のないことだ。




用語解説コーナー

アニタ「どうも、こんにちは皆さん。アニタです!」

カミラ「皆、久しぶりだな。全てのうら若き乙女の味方。カミラだ」

アラン「なにをとち狂ったこと言ってるんですかカミラさん。どうも、アランです」

アニタ「今日は随分と冷静ですね、アラン。いつもは叫んで突っ込んでるのに」

アラン「なんか、カミラさんの『いつものこと』に体力使うのが勿体ないと思いまして。さぁ、先に進めてください」

アニタ「あ、ああ、はい。えーと、では! 今回解説するのはこちらです!」

ヴァンパイアについて!

アニタ「です!」

アラン「あれ? 解説してなかったんですか? ヴァンパイアのこと」

アニタ「確か無かったはずです。作中でカミラがちょっとずつ情報を出していましたが、まとめてしっかり解説するのは今回が初めてかと」

アラン「なるほど……。それで今回はカミラさんが居るんですね」

カミラ「ああ。早速解説していくぞ。ヴァンパイアとは、旧魔界暦に栄えた古種族であり、旧魔界暦で最強であった種族でもある。強靱な肉体、膨大な魔力。分身が出来る能力、コウモリとなって散ることによる異常なまでの耐久力に、月による強化。吸血による寿命の上昇と、魔力の増加、と。まさにチート級、といった感じだな」

アニタ「ぼくのかんがえたさいきょうのまものですね!」

カミラ「これを1つずつ解説していくか。まずは強靱な肉体からかな。私たちヴァンパイアは、第一線級の筋力を持っている。あのオーガをも凌ぐ、と言えばわかりやすいかな? だから、私たちは力比べでは滅多に負けない」

アラン「まずその時点からえげつないですね。もう」

カミラ「私もそう思う。次、膨大な魔力。これは説明などいらないだろう。旧魔界暦最大の暴力、魔法を最高火力でぶち込める」

アニタ「恐ろしいですよね、本当。あ、ちなみにヴァンパイアは、どれだけ魔力が高くても角が無いそうですよ。見た目から戦力が把握しづらいですね!」

カミラ「補足説明ありがとうございます、アニタ様。次、分身能力と、耐久力。これはいっぺんに解説してしまおうか。私たちの体は無数のコウモリが集まって出来ているのに近い。よって、私たちは体の一部をコウモリに変えることが出来る」

アラン「確か、コウモリを飛ばすことで索敵をすることも出来るんですよね」

カミラ「その通り。そして、ある程度体をコウモリに変えて、それを再構成させることで……」

幼カミラ「こういう風に、分身出来るというわけだ」

アニタ「……今ここで分身する意味は?」

カミラ・幼カミラ「無いな」

アニタ「あ、そうですか」

カミラ「続きだ。そして、この体をコウモリに変える、と言うのは防御にも変換できる」

幼カミラ「せぇ……のぉ!」

アラン「分身のカミラさんが本体のカミラさんをぶん殴った!?」

カミラ「……このように。殴られた部分をコウモリに変え、それを元の場所に戻すことで。無傷で攻撃をやり過ごすことが出来る」

アニタ「末恐ろしいですね本当に」

カミラ「アニタ様には言われたくない。次、月による強化。私達は月の見える夜、月によってその筋力と魔力を大幅に上げることができる。月の恩恵はその月が満月に近いほど強く、それが満月である場合その力は5倍にもなる」

アラン「5倍」

カミラ「次──」

アニタ「カミラ、続きは次にしましょう。私は疲れました」

カミラ「そうか? ではそうしようか。それではまた次回。お相手は、カミラと」

アラン「アランと」

アニタ「アニタでした! それではまた次回お会いしましょう。バイバイ!」


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自分が情けなくなって、少し寂しくなりました。

過去の栄光(高評価とランキング入り)にあぐらをかいていたら、評価がた落ちしてへこみました。
ダガ ワタシハ テイヒョウカニハ クッシナイ


「そーいえば。カレンちゃんたちはどうしてシトロンに行こうとしてるんです?」

 

「何かのご用事ですぅ?」

 

 落ち葉をサクサクと踏みしめながらシトロンに向かう僕たちに、ルカとリカから質問が飛んできた。

 そう言えば、僕たちが大魔王軍の魔物だとか、どんな目的があってシトロンまで行くのかとかを2匹には話してなかったな、と今更ながら気づく。仕方ない。会話がないのも退屈だし、一応、これからシトロンに着くまでの数日間を共にする魔物だ。説明してやるか。

 

「僕たちは大魔王……」

 

「草っ葉頭には聞いてねーですよ! カレンちゃんに聞いてるんです!」

 

「……おい、ちょっと待て、草っ葉頭って誰のことだよ」

 

 僕が説明しようと口を開くと、ええと……そう、ルカの方が僕の言葉を遮って悪口を言ってきやがった。なんだその態度は。なんだ草っ葉頭って。初めて言われたぞそんな悪口。

 

「お前以外に誰が居るんですか草っ葉頭! レディに暴力を振るって気絶させて、その後に縄で縛るような野蛮なやろーの話なんて聞いてやらねーですよーだ!」

 

 ……おいおい、中々に自分を棚に上げた発言だな、それ。野蛮な野郎とか、山賊行為をしていた奴らのセリフじゃないぞ。

 

「ちょっと待て、先に暴力を振るおうとした奴のセリフじゃないぞそれは。私達は山賊だ、身包み全部置いていけって言ったのは誰だったっけ? どう考えたってそっちの方が野蛮じゃないか」

 

「うっ……それは……」

 

 論破して追いつめてやろうと、話のおかしい部分を指摘すると、ルカはあからさまに動揺し出した。こっちの話を聞かずに騒いでこないから、もしかしてルカは普通に良い子なのかもしれない。

 

「あ、あのぉ……」

 

 必死に打開策を考えるルカをニヤニヤしながら見ていると、僕たちの横からリカの方がちょっぴり涙目で割り込んできた。

 

「身包み全部置いてけって言ったのは私ですけどぉ……」

 

 それを聞いた途端、ルカの顔がぱっと輝いた。あからさまに打開策思いつきました! って顔だ。いや、打開策が降ってきました、が正しいかもしれない。

 

「そーですよ! アタシは大山賊様のお出ましですって言っただけでした! じゃあ、全然野蛮じゃねーですね!」

 

「いや、山賊って時点で充分野蛮だから」

 

「「そーなんですか!?」」

 

 2匹は心の底から驚いたような表情で、見事にハモった悲鳴を上げた。……この2匹、『暴力は野蛮な行為』としながらも、『山賊行為は野蛮』と言う考えがないのか。

 

「ルカちゃん、リカちゃん。その……2匹は、いつから山賊をやっているの?」

 

 カレンは大変聞きづらそうに、2匹に言った。

 

「お母さんとお父さんがどっか行っちゃった時からですから……2000年くらい前からです。そーですよね、リカ?」

 

「う、うん。それくらいのときからだったと思うですぅ」

 

 2匹は少し考えた後、あっさりとそう答えた。2匹の見た目は7000歳くらいだから、2000年前というと5000歳。そんなに幼い頃から2000年も山賊として生き続けているのか。その時の僕は、親に剣を教えて貰っていたとはいえど、その腕は未熟。そのまま親を失い、悪意のある魔物が渦巻く外に放り出されていたら、1000年も生きることは出来なかっただろう。

 それを考えれば、この2匹は凄まじいと言えるだろう。多少馬鹿にしていたが、実力の方は認めざるを得ないかな。まだ戦うところを見てないから何とも言えないけど。

 

「2000年も……そうなんだ。……凄いんだね」

 

「そーです! アタシらはすげーんですよ! ねーリカ!」

 

「う、うん。私達はすごいんです。すごいのは良いんですけど、ルカ。カレンさんたちが何でシトロンに行こうとしてるのか聞かなくて良いんですぅ?」

 

「あー! 草っ葉頭のせいで忘れてましたー! カレンさんカレンさん、教えて欲しいのです!」

 

「教えて欲しいのですぅ!」

 

 騒がしい2匹に纏わり付かれるカレンの顔は、どことなく寂しそうだった。しかしそれもすぐに笑顔に変わり、2匹に僕たちの旅の目的を伝える。

 でも。たった一瞬だけ見せた寂しそうな顔が、僕は気になって仕方がなかった。

 

 

 

 時間は経って、魔界の太陽は沈みかけていた。僕たちは門番の山を抜け、だだっ広い平原を歩いている。

 

「さて、そろそろ暗くなってきたことだし、ここらで休むことにしようか」

 

 カミラさんはそう言って、カンテラを取り出した。これが夜の灯りになる。と言っても、そんなに長い間は点けないけれど。敵に位置を知らせるようなものだ。

 

「えー!? 野宿ですかぁ!?」

 

 カミラさんの言葉を聞いたルカが騒ぎ出した。どうやら野宿がお気に召さないらしい。

 

「仕方ないだろ? ここまでに村がなかったんだから」

 

 ちなみに、こういう時に、昔立ち寄ったことのある村をあてにして行動してはならない。たとえたったの数年前だろうと、その村が今も存在しているとは限らないからだ。滅ぼされているかもしれない。何かに襲撃されるのを嫌って、場所を変えているかもしれない。ある程度栄えていて防衛もしっかりしている街ならともかく、村や集落という物はあまり信用ならないのだ。

 カミラさんが北西地区に居たのは数千年前だと言うが、やはりというか、彼女が知っている村のほとんどはその場になくなっていたらしい。翌日は村にたどり着けるが、今日は野宿するしかないと、魔王街を歩いているときに言っていた。

 

「君たちはいつも野宿ではないのか?」

 

「そんなわけねーじゃねーですか! アタシらは大山賊ですから、立派な秘密基地があるんです!」

 

「2匹で木を組み合わせて、さっきの山にちっちゃなお家を作ってるんですよ。そんなに立派な物じゃないですけど」

 

「立派! あれは立派な秘密基地だって言えって言ったじゃないですかリカ!」

 

「あー、そうでしたっけ。私達の秘密基地は立派なんですぅ」

 

「あ、ああ、そうか」

 

 この2匹はあそこに家まで建ててたのか。いつも2匹で居るって事を考えても、すごいものだ。本当にたくましいんだなこの2匹は。

 

 文句を言うルカをなんとかなだめ、僕たちはテントを張った。ご飯はカミラさんとカレンが用意してくれるというので、それに甘えて僕たちは休むことにした。

 もちろん僕も手伝おうとした。したのだが、カレンから真剣な顔でカミラ様と2匹きりになりたいんですと言われれば、断ることは出来なかった。

 

「あーあー、本当だったら今頃アタシらは立派な秘密基地で温かい食事にありついてたはずなんだけどなー。どうしてくれるんですか? おめーら」

 

 こうやって、ルカが騒ぎ出すのにももう慣れてしまった。まだこの2匹と会ってから1日も経っていないのに、なんだかずっとこいつらと居るような気分になってくる。それくらい、今日1日は長く感じられたということだ。

 主にこいつらがうるさいせいなんだけどな。

 

「お前らが僕たちを襲わなければちゃんと家にも帰れてたわけで、自業自得だけどな」

 

 あとご飯は温かいと思う。

 

「うっせーですよこの草っ葉頭!」

 

「ルカ、本当のことを言われて怒るのはやめるですよ」

 

「うっせーですよリカ!」

 

「3匹とも、カミラ様がご飯用意してくれましたよ……?」

 

あーあー、また騒がしくなってきたなと思っていると、カミラさんとカレンがご飯を用意している奥のテントからカレンが出て来ていた。

 

「「いただきますですぅ!」」

 

 2匹はご飯と聞いて、我先にとカミラさんの方へ走っていった。現金な奴らだな、まったく。

 

「あの2匹と一緒にして欲しくなかったな、僕は」

 

 僕はカレンに話しかけた。なんとなく、2匹で話をしたくなったのだ。

 出発からずっとカミラさんと3匹でいたし、途中からはうるさい2匹組も加わって、カレンと2匹きりになるタイミングなんて、思えば1度もなかったかも知れない。

 

「えぇ? どうしてですか? あんなに2匹と仲良いじゃないですか。特にルカちゃんと」

 

「は?」

 

 ルカと仲が良い? 僕が?

 

「何かの間違いじゃないのか? 僕とルカが仲良いなんて」

 

 騒がしいし、口を開けば喧嘩になるし。到底仲が良いようには思えない。勘違いじゃないだろうか。

 

「なんの間違いでもないですよ。ルカちゃん、あなたと居ると楽しそうですよ。なんだかんだずーっとアランさんの所に居ましたし」

 

「そうかぁ……?」

 

 そう考えてみれば、今日はルカとずっと憎まれ口を叩き合っていた気がする。

 

「それに、アランさんのこと好きじゃなきゃ、アランさんと待ってて、なんて嫌がりますよ。ルカちゃんもリカちゃんも、アランさんのこと大好きですよ。ちょっと羨ましいくらい」

 

「それはないだろ」

 

「ありますって」

 

「草っ葉頭! カレンちゃん! 早くご飯食べに来いって、おねーさん怒ってましたよ!」

 

「早く来るですぅ!」

 

 奥のテントで、2匹が声を張り上げた。どうやら僕たちを呼んでいるようだ。少々話しすぎたか。

 

「呼ばれちゃいましたね。さ、行きましょうか」

 

「カレン」

 

 奥のテントに行こうとするカレンを、僕は引き留めた。ふと思いだしたのだ。さっきの、カレンの寂しそうな顔を。それが気になって、つい呼び止めてしまった。

 カレンは不思議そうな顔で振り返った。呼び止めてしまった以上、聞かなければならないだろう。何でもないで済ますのは失礼だ。

 

「朝。ルカとリカの2匹に山賊をいつからやってるのか聞いたとき、寂しそうな顔してたよね? どうしてあんな顔してたんだ?」

 

 カレンはそれを聞いて、はっとした顔になった。

 

「見られちゃい、ましたか」

 

 カレンは薄く笑った。無理をしているようだった。無理矢理に上げたであろう口角が、少し引きつっていたからだ。

 

「私、知ってるつもりでした。どんな魔物でも、いつ死ぬかはわからない。幼くして死ぬ魔物も、幼くして親を亡くす魔物も居るんだって。わかってる、つもりでした」

 

 それは強者ならではの思考だろう。デーモンは強い魔物だ。4大都市を除いた弱肉強食の魔界の中で、狩る物と狩られる物を分けるとしたら、そのほとんどが狩る物に属するような、そんな魔物だ。そんなデーモンが、幼くして親を亡くすことが、どれほどあるだろうか? 親が死んで、子だけが取り残される事なんて、どれほどあるだろうか。

 知っているつもりで、わかっていなかった。それは僕も同じかもしれない。

 

「だから、信じられませんでした。あんな小さい子が、山賊なんてして生きていることが。たった2匹で2000年も、ああして生きていたって事が。私、あの子たちくらいの歳で2000年も生きるの、無理です。心が折れて、きっとどこかで死んじゃいます。たった2000年でも、きっと無理だ」

 

 そうだ。僕にだって、きっと出来ない。

 

「それで、自分が情けなくなって……少し寂しくなりました。あんな小さい子が、それが当たり前のように魔物から略奪して。それが当たり前のように、自分の力だけで身を守って、生きている。あの子たちにとってそれが当たり前なのが、寂しかった」

 

 それを聞いたとき、僕は自分の中の言葉に出来ない感情に、名前を付けられた気がした。今まですごいとか、たくましいとかしか言えなかった、彼女たちに対する感情に。

 僕たちは強い魔物だった。だからこそゆっくりと力を付け、たとえ1匹になっても生きていくことが出来た。

 そして、僕たちに狩られて死んでいく魔物を。誰かに狩られて死んでいく魔物を見て、弱肉強食を知ったつもりになっていた。

 ルカとリカはたくましい。他の魔物から略奪し、家を建て、たった2匹で2000年も生き続けた。僕たちが1匹になったときより、ずっと幼いのにだ。

 これは。この感情は、尊敬だ。あの2匹は、僕よりもずっと弱い。だけど、ずっと強いのだ。僕よりも、カレンよりも。ずっと強い。

 

 でも、何故だろう。尊敬こそすれ、僕は……それを情けないとも、寂しいとも思えなかった。

 

「ねえ、アランさん。私達がシトロンへ着いて、新しい法を徹底できたら、その時は……きっと、ルカちゃんとリカちゃんのような子は居なくなりますよね?」

 

「ああ。多分、そうだと思う」

 

「私、頑張ります。だから早く……平和、に、なると良いですね」

 

 僕はそれに答えなかった。カレンは僕を残して、奥のテントに入っていった。

 

「平和になると良い、か」

 

 その言葉に、僕はどこか引っかかりを感じていた。だけど、そのもやもやの答えは、今の僕には出せなかった。




用語解説のコーナー!

カミラ「早速始めていこう。今回は前回の続きだな」

アニタ「そうですねぇ。今回もヴァンパイアの話を聞きましょうか」

アラン「ヴァンパイアの自慢の間違いでしょう、これ」

カミラ「解説だよ。私は事実をありのままに伝えているだけだ」

アラン「本当にずるいですよねぇ……」

カミラ「……まあ、いい。話を進めていこう」

アニタ「残っている話は、確か吸血の話でしたね」

カミラ「そうでしたね。話をしていきましょう。まず私達の吸血には2つの種類がある。1つは、血を私達の力にする吸血。そしてもう1つは、眷属を作り出す吸血だ」

アニタ「カミラは眷属を作る方の吸血はしないんでしたっけ?」

カミラ「はい。眷属を作り出す吸血は、噛み砕いて言えば仲間を増やす吸血です。血を吸った対象をヴァンパイアにする。問答無用に種族を作り替える。その力たるや、人間でさえ魔物にしてしまうほど」

アニタ「え? そんなに凄いんですか?」

カミラ「ああ。そんなに凄いのが眷属を作り出す吸血です。私はあまり好きでは無いからやらない。目立つし」

アラン「血を力にする方はどんな吸血なんです?」

カミラ「主に自らの寿命を延ばす吸血だな。少量の血を吸うことで、私たちは寿命を延ばす。これによって永遠に生き続けることが出来ると言うわけだ。そして、多量の血。魔物が死に至るほどの血を吸うと……その魔物の魔力を私の物に出来る」

アラン「それが魔力を増やすってことですか」

カミラ「その通り。これも私はやらない。寿命を延ばすだけだ。目立つから。と、これでヴァンパイアについては解説しきったな」

アラン「本当に気持ち悪いくらい強いですねヴァンパイアって。学校でもさらりと触れられただけですし、初耳でした」

カミラ「……青年、なんか今日私への風当たりが強くないか?」

アラン「そんなこと無いですよ、カミラさん」

カミラ「ふむ……なら良いのだが」

アニタ「と言うわけで、今回はここまで。今回のお相手も、アニタと」

アラン「アランと」

カミラ「カミラだった」

アニタ「それではまた次回! バイバーイ!」



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ルカとリカの姉妹喧嘩

今回は結構長いです。でも、毎回このくらいの長さの方が良いんですかね?
どうなんでしょう。


 魔界に朝がやって来ました。カミラ様とアランさんが手早くテントを片付けて、軽い朝食をとった後、見える範囲いっぱいに広がる平原をてくてくと歩き出しました。

 

 ルカちゃんは昨日と一緒で、アランさんに絡みにいっています。アランさんは否定していましたけど、やっぱりあの2匹は仲がいいと思います。

 カミラ様はコウモリを放って辺りの偵察をしています。カミラ様、流石です!

 それで、リカちゃんはと言いますと……。

 

「リカちゃん?」

 

「なんですぅ?」

 

「ルカちゃんと一緒に居なくて良いの?」

 

 私にべったりなのです。昨日はずっとルカちゃんと一緒にいたはずなのだけど、どうしたんだろう?

 

「あのですね、カレンちゃん。私たちは確かに双子ですけど、いつも一緒というわけでは無いのですぅ。双子だって、喧嘩くらいするんですよ?」

 

「っていうことは、ルカちゃんと喧嘩したの?」

 

「そうなんですぅ」

 

 そう言われてみれば、朝テントから出て来た時から、2匹は1回も会話をしてなかった。そっかー。喧嘩しちゃったのか-。

 

「何があったか聞いても良いかな?」

 

「カレンちゃんなら良いですよ。今日朝起きたときなんですけどね?」

 

 それから、ルカちゃんとリカちゃんが喧嘩した経緯を聞いた。と言うのも、いつもは朝、リカちゃんのほうが先に起きて、寝ぼすけのルカちゃんを起こすらしいんです。でも、今日はたまたまルカちゃんの方が先に起きたんだとか。それで、得意げにリカちゃんを起こしたルカちゃんは……

 

『リカは寝ぼすけですね! まったく、やっぱりリカはアタシが居ねーと駄目なんですから!』

 

 なんて言ったそうなんです。その言い草に、リカちゃんは大激怒。一通りの口論の後に、今日はお互い無視を決め込むことにしたんだとか。

 なんだか微笑ましいなぁって思って笑っちゃったら、リカちゃんに怒られました。

 

「まったくもう、ルカはいつもいつもそうなんですぅ。たまたま自分の方が私より上になったら、絶対に、『リカはアタシが居ねーと駄目なんですから』って言うんですよ? いつもは私がいないとルカの方が何にも出来ないのに! 家を建てたのもほとんど私ですし、洗濯も食事の準備も私がやってますし! ルカこそ、私がいなきゃ何も出来ない駄目な子なんですぅ!」

 

 ぷりぷり可愛く怒りながら、ルカちゃんへの文句を言うリカちゃん。彼女はその後も、たくさんルカちゃんとの思い出を語ってくれました。

 そのほとんどが、ルカはここが駄目で、これも駄目で、あれも駄目。と言った話ばかりだったけれど。1つだけ、ルカちゃんの格好いいところを語ってくれました。

 

「……ルカは駄目な子ですぅ。ですけど、1回だけ私を助けてくれたことがあったんですぅ」

 

「ルカちゃんが、リカちゃんを助けたこと?」

 

「はい。その時の私はすっごく弱くて、どうして剣の訓練をしなくちゃならないのかもよくわかってなかったですぅ。だから、剣の訓練から逃げてました。疲れるし、痛いし、今もあんまり戦うのは好きじゃ無いですぅ。それで、集落の男の子から虐められたことがあったんですぅ」

 

 よくあること、なのかな? 私はビリーブハートの子供だったこともあって、虐められるって事は無かったけれど。確かに、まともに魔法が使えない子とか、剣を振るのが苦手な子が虐められるっていうのは聞いたことがある。どんな魔物も、そう言うところは変わらないんですね。

 

「その時、ルカが助けに来てくれて。『木剣を構えて! リカと2匹なら、こんな奴らには絶対に負けねーですから!』って、言ってくれたんですぅ。それで勇気を出して、いじめっ子たちを2匹で倒して……。やっつけたとき、泣いている私を撫でながら、ルカは言ったんですぅ」

 

『まったく、リカはアタシがいねーと駄目なんですから!』

 

「って。……あっ!」

 

 そこまでを話して、リカちゃんははっとした顔をして黙り込んだ。『リカはアタシがいねーと駄目なんですから』って、その時の言葉だったんだ。

 

「ルカちゃんのこと、大好きなんだよね?」

 

 恥ずかしそうに私から目をそらすリカちゃんに、私は問いかけた。リカちゃんはこっちを見なかったけれど、確かに1つ頷いた。

 

「仲直りしないの?」

 

「……それとこれとは話が別ですぅ。今日のことはルカが悪いんですから、ルカが謝るまで仲直りしてあげないんですぅ」

 

「……そっか」

 

 私はリカちゃんの頭を撫でました。柔らかな体毛の手触りが心地よくて、つい夢中になって撫でていると、顔を真っ赤にしたリカちゃんに怒られました。

 

「むぅ! 子供扱いしないで欲しいのですぅ!」

 

「ふふ、ごめんね、リカちゃん」

 

 その背伸びが、可愛くて、愛おしくて……

 

「リカちゃん。私達が中枢都市へ帰ったあとも、友達でいてくれる?」

 

 つい、そんなことを言ってしまいました。

 魔王城では、あんまり友達と呼べる魔物が居なかったんです。仲の良い魔物はどちらかというと同僚という感じで。思えば、魔王軍に入ることを目指してから友達なんて1匹も居なかった。

 

「ふぇ? ……もちろんなのですよ。カレンちゃん!」

 

 だから、そう言って貰えた時、私はすごく嬉しかった。それと一緒に、どこか安心しました。

 

「……ありがとう。リカちゃん」

 

「? どういたしましてですぅ」

 

 私はリカちゃんの手を握りました。わ。肉球がプニプニで気持ちいい。リカちゃんはそれに少し戸惑ったけれど、すぐにぎゅっと握り返してくれました。

 それから私たちはしばらく、2匹で手を繋いで平原を歩いていました。

 

 

 

 その村に着いたのは、日が傾きかけたその時でした。まだ休むには早い時間ですが、カミラ様が言うには、この先日が沈むまで歩いても村は無いとのこと。だから無闇に歩くよりも、ここで休んだ方が良いだろうって言っていました。

 

「やあ、村長。久しいな」

 

「あなたは、カミラ殿ではありませんか! あぁ、お久しぶりです」

 

 カミラ様と、この村の村長らしきオークの老人がぐっと握手を交わしました。なんとも親しげなご様子。2匹は、面識があるのでしょうか?

 

「カミラさん、お知り合いですか?」

 

「ああ。15000年ほど前に滞在していた村だよ、ここは。特に村長とは仲良くさせて貰っていて、匿って貰う代わりにそこそこ実践的な拠点防衛の術を教えたりしていた」

 

「その節は、大変お世話になりました。カミラ殿」

 

「わ。すごいですね。それだけで、15000年もこの場所に村が残ったって事ですか?」

 

 私がそう言うと、村長さんはニッコリと笑いました。

 

「この村には手練れの物が多いのです。村自体はもうずっと昔から存在していました。ここに移ってきたのは、そうですね。30000年は前になりますか。それだけの歴史を持つ村ではありますが、カミラ殿の防衛術が無ければ人魔大戦時に滅んでいたでしょうなぁ。本当に、カミラ殿には感謝してもしきれませぬ」

 

「私は少し知識を与えただけさ。それを物にして、ここまで生き残ってきたのはこの村と、村長の実力だ」

 

 運が悪ければたった数年単位で集落が滅びてしまうような人魔大戦期も乗り越えて村が存続しているなんて、本当にすごいことだと思います。特にこの北西地区は、現在進行形で山賊の蔓延る治安の悪い地区なのに。

 

「それとな? 実は、村長は大魔王軍の物以外で私がヴァンパイアであることを知っている唯一の魔物だったりする」

 

「ちょっと待ってください、僕たち以外にも知ってる魔物居たんですか!?」

 

「まあ、村長だけだがな」

 

 カミラ様はお茶目にウインクをして答えました。そんなカミラ様も素敵ですね!

 

「カレンちゃん、さっきから銀髪のおねーさんを見てお顔が輝いていますけど、どうしたんですぅ?」

 

「え? あぁ、えと、なんでも無い、なんでも無いのよリカちゃん!」

 

 顔に出てたみたいで、リカちゃんに指摘されちゃいました。……何故でしょう。やっぱり、カミラ様を見ると頬が熱くなって、鼓動が早くなります。……私って、同性愛物なんでしょうか? この感情はおかしいのかなぁ……?

 

「それで、カミラ殿。今回はどのような用事でこちらに?」

 

「私達は今、シトロンへ向かっているのだ」

 

「ほう、シトロン。というと、あと1日はかかりますな」

 

「そう。だから、今日はこの村で休ませて貰いたいのだ。私含めて5匹なのだが、いいかな?」

 

「もちろんですとも。カミラ殿の頼み、断るわけにはいけませぬ。すぐに部屋を用意させましょう」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

 スムーズに話が進んでいって、びっくりです。だって、魔王軍での行軍中に村に立ち寄るときなんか、すごく嫌な顔されるんですもの。まあ、それもそのはずで、軍の物を村に泊めるなんて厄介ごとを呼び込むような物ですし、仕方ないんでしょうけど。やっぱりカミラ様ってすごいんですね!

 

 

 この村はオークの村でした。村というのは基本的に1つの種族のみで形成されるコミュニティなので、村長さんがオークである時点でここがオークの村だと言うことは確定していたんですけどね。

 日もとっぷりと落ちた頃、私達の部屋に食事が運ばれてきました。運んできたのは、村長さんと、その奥様らしきお婆さまです。大きな鍋を私達の前にさし出しました。

 鍋の中にはいくらかの野菜と穀物。それに、鍋の半分を占めるお肉。ただのお鍋とは思えません。中枢都市では見たことの無いお料理ですが、これはどんなお料理なのでしょうか?

 私が気になっていると、私達5匹に小さい器を配り終えたお婆さまが、料理の説明を始めました。

 

「これは我々オーク族に古くから伝わる料理である、『獣鍋』でございます。大切なお客様のおもてなしや、祭事の時などに作られた料理です」

 

「我らオークは、獣狩りを生業とする種族です。その皮を、肉を糧として生きてきました。しかし、獣が狩れることなどほとんど無く、狩った獣のほとんどは干し肉にしなければなりませんでした。このように獣の肉を豪勢に食べられたのは、珍しく大猟となったときだけでした。オーク族の最大の贅沢。それは、今ここにある獣鍋に他なりません」

 

「我々の1番の贅沢で、皆様に1番のおもてなしを。これがオークのおもてなしでございます。皆様、どうかお召し上がりください」

 

 

 オーク族の、伝統料理……。こうやって背景を伝えられると、やっぱりこのお料理はオークにとって大切な物なんだなと、改めて感じます。それに伴う、私たちをもてなしたいという気持ちも。

 私が経験した行軍は2回だけですが、こうして食べ物を、それもその種族の伝統料理をいただけたことなど1度もありませんでした。

 オークの村長夫婦に、心の中で感謝をして。お玉で自分のぶんを器にとって、まずはごろごろと大きく切られたお肉から一口。

 

「おいしい……!」

 

 驚きなのは、しっかりとした歯ごたえなのに筋張っていなくて食べやすいことと、特有の臭みが全くないこと。獣の肉は筋が多く、臭みが強くて食べにくいのに。

 

「おいしいだろう? 獣鍋は、昔私がこの村を出る前日に出して貰った物なんだ。あの味が忘れられなくてな。これをアランやカレンにも食べて貰いたかった。……私がシトロン行きになって。そして、この村が今に至るまで残っていて本当によかった」

 

 私の右隣に座るカミラ様が、上品にお肉を食べながら言いました。……そっか。カミラ様が居なかったら、こんなに美味しいお鍋を食べることも出来なかったんですね。

 

「そうですね、カミラ様。本当に、ありがとうございます。私、シトロンチームに入れてよかったです!」

 

 最初は緊張していましたし、ヴァンパイアのカミラ様や、私よりも年下なのに大魔王軍に入隊した、天才剣士のアランさんと同じチームでちょっぴり怖かったけれど。カミラ様もアランさんも優しい魔物だったし、ルカちゃんとリカちゃんにも出会えた。……私、このチームに入れて本当によかった、と。そう思います。

 心のままを伝えると、カミラ様は一瞬目を丸くしましたが、その顔はすぐに優しい笑顔に変わりました。

 

「そうか。それはよかった。ああ、私への感謝もいいが、村長と奥さんにもお礼を言っておけよ」

 

「はい! 村長様、奥様も、ありがとうございます!」

 

 左を見れば、アランさんが驚きの表情でお肉を見ています。ルカちゃんとリカちゃんは恐る恐ると言った様子で食べ始めましたが、このお肉のおいしさに気づくと、がっつくように食べ始めました。そう、器に口を直接付けて、貪るように……

 

「って、ルカちゃんリカちゃん! その食べ方駄目! みっともないですよ!」

 

「えー? こんな美味しい物、がっつかなきゃ損ですよ?」

 

「コボルトなりの、素晴らしく美味しいご飯に敬意を示す食べ方なのですぅ」

 

「うっ……そ、そうなの?」

 

 種族の違いのことを持ち出されると、ちょっと苦しい。デーモンの中ではみっともないことでも、コボルトにとっては尊敬を表す行動なら仕方ないのかもしれない。

 

「……でも、カレンちゃんが駄目って言うならやめるですぅ」

 

 でもリカちゃんはそう言うと、器から口を離しました。

 

「そんちょーさん! 何かお口拭く物くださいですぅ!」

 

 村長さんはニッコリと笑って、家の奥に何かを取りに行きました。

 そして、私が注意した後もがつがつと器に口を付けて直接ご飯を食べるルカちゃんをじろりと睨んで、リカちゃんが言いました。

 

「やめなさいって言われても辞めないなんて、聞き分けの無い子なんですねぇルカは」

 

 すると、ルカちゃんが器から口を離して、むっとしたような口調で反論します。

 

「リカこそなんですか。いくらカレンちゃんの言うことでも、敬意を示す食べ方を辞めちゃうなんて! それでもコボルトですか? コボルトの作法を辞めちゃうなんて、リカは駄目な子なんですね!」

 

 ルカちゃんとリカちゃんは、互いに歯を剥き出しにして、グルルルル、とうなり出します。どうやら威嚇し合ってるみたいです。

 これはまずいかも。喧嘩になる前に止めないと。

 

「リカちゃん、辞めなさい。食事中に喧嘩は駄目!」

 

「ルカもそこまでにしておけよ。喧嘩の続きはまた後でも出来るでしょう」

 

 私がリカちゃんを諫めると、アランさんもルカちゃんに注意してくれました。ルカちゃんとリカちゃんは威嚇を辞めて、お互いに睨み合った後に、

 

「「ふん!」」

 

と、顔を背けてしまいました。ルカちゃんはそのまま再び器に口を付けて食べ始め、リカちゃんは村長さんに持ってきて頂いた布巾で丁寧に口を拭った後、食器を使って獣鍋を食べ始めました。

 結局、2匹はこの食事中に会話をすることは、もうありませんでした。……なんとか仲直り出来れば良いなぁ、とは思うのですが、それも難しそうです。

 

 食事も終わり、私達は眠ることになりました。私達女性4匹と、男性であるアランさんは別の部屋です。それは当たり前なんですけど、アランさんだけ一室まるまる使って良いというのは、ちょっぴりずるい気もします。

 寝床に布団を敷いて寝ることになったのですが、昨日は一緒に眠っていたルカちゃんとリカちゃんは、今日はめいっぱい布団を離していました。リカちゃんは私の隣に。ルカちゃんはそれを恨めしそうに見ながら、カミラ様とも離れた端っこの方。入り口の近くに布団を敷きました。……一緒に寝たいなら、意地を張っていないでこっちに来れば良いのに……。

 

「ねぇ、リカちゃん。ルカちゃんと仲直りしないの?」

 

 見るに見かねて、私はリカちゃんに小声で話しかけます。結局今日はあの夕食での一件以外で話しているのを見ていないし、ちょっぴり心配です。

 

「さっきも言ったとおり、ルカから謝ってこないと許してあげないのですぅ」

 

「……そっか」

 

 リカちゃんはそう言うと、そのままルカちゃんに背を向けて眠ってしまいました。私は、その背中におやすみなさいと声をかけます。

 ……ルカちゃんとリカちゃん、どうにか仲直りできればいいんですけど。これ以上は2匹の問題で、あんまり踏み込んでしまうのもどうかと思ってしまいます。

 

「あんまり心配しすぎるなよ、カレン」

 

「え?」

 

 もう眠ってしまっていたかと思っていたカミラ様が、むくりと起き上がって話しかけてきました。今の私とリカちゃんの会話、聞かれちゃってたみたいです。

 

「2匹は双子なわけだし、今までもこのくらいの喧嘩はあっただろう。何、明日になれば自然と仲直りしているさ」

 

「そういうものなんですかね……?」

 

「そういうものさ。私も昔……大昔はよく妹と喧嘩したものだ」

 

 カミラ様って、妹さん居たんだ。

 

「妹さん……妹さんも、旧魔界暦のヴァンパイア殲滅の時に?」

 

「いや。多分……それよりもっと昔に死んでいる。死ぬ前に、一目くらいは会いたかったものだがな……。それも叶わなかった」

 

 カミラ様は笑いました。その笑顔はどことなく寂しそうで、私は次にかける言葉を見つけることができませんでした。

 

「カレンはしたこと無いのか? 兄妹喧嘩。確か、お兄さんが居たと話していたよな?」

 

 私が返答に困っていると、カミラ様が空気を察したのか話題を変えてくれました。少し、申し訳ない気分です。

 

「はい。兄様とは……喧嘩なんて、1度も。兄様はいつも優しかったですし、私の憧れでしたから。喧嘩なんて出来るはずないです」

 

「そうか。良いお兄さんだったんだな」

 

「はい! すさまじい炎を操る、私の自慢の兄でした!」

 

 私はちょっとだけ、本当にちょっとだけ兄を思い出して、そう言いました。……思い出しすぎると、泣いてしまうから。

 

「でも、兄妹喧嘩をしたことがないならわからないかなぁ。案外喧嘩なんて、一晩明ければ忘れていたりするものさ。だからそんなに心配はいらないよ。明日も喧嘩が続くようなら、叱りつけて無理矢理謝らせれば良い」

 

「そっか。そうですね」

 

 カミラ様のおかげで、ちょっとだけ心配がなくなりました。この遠征に参加してから、カミラ様には頼りっぱなしです。

 

「じゃあそろそろ寝ようか。明日も早いからな」

 

「はい。そうしましょう。おやすみなさい、カミラ様」

 

「おやすみ、カレン」

 

 うん。心配しなくて良い。きっと大丈夫だ。私は布団に横になりました。

 ……この、ちりちりと肌を焼くような嫌な予感だって、きっと気のせいだから。だから、大丈夫だと、自分に言い聞かせて。私は眠りにつきました。




用語解説のコーナー

アニタ「さあ! 今回もやってまいりましたこのコーナー! 最近本編がちょっとしんみり気味だからテンション高めで行きますよ! 大魔王のアニタです!」

アラン「それはそれで面倒くさいので落ち着いてください。アランです」

ルカ「ついに用語解説に出張ですよー! 大山賊のルカです!」

リカ「皆さんいつもお世話になっておりますですぅ。ルカの妹のリカですぅ!」

アニタ「と言うわけで、今回はこのメンバーでお送りしますよー! いえーい!」

ルカ「いえーい!」

アラン「……本編で出会ってない魔物同士がここで出会うって良いんですか?」

アニタ「アラン、この休みがちな用語解説コーナーが最初に始まった頃、私は言ったはずですよ? ここはメタ空間であると! 本編で出会っていようがいまいが、この空間にいればTOMODATI! なのです!」

ルカ「TOMODATI!」

アラン「ああ、はい、ならもうそれでいいです」

リカ「アランさんアランさん、大魔王様ってずっとあんな感じなんですぅ?」

アラン「ん? あー、まあ、ほとんどあんな感じだけど」

リカ「大魔王のイメージに対する冒涜ですぅ」

アラン「リカ、お前よくそんな言葉知ってるな」

リカ「私はルカと違って賢いんですぅ」

アラン「納得だよ。うん」

アニタ「さて、ではそろそろ始めて行きましょうか! 今回解説するのは、こちら!」

コボルトとは?

アニタ「です!」

アラン「まあ、ルカとリカがここにいる時点で薄々察しては居ましたよ」

ルカ「アタシも張り切って解説するですよー!」

リカ「ルカに解説なんて出来るんですぅ?」

ルカ「当たり前です! なんてったってルカは大山賊なんですからね!」

アニタ「期待していますよー! では、簡単な解説から。コボルトは、犬型の魔物です。体毛は赤。もふもふとした毛は大変触り心地がよろしいです」

ルカ「毛並みを保つためのケアは欠かせないのです!」

リカ「ルカは面倒くさがるからいつも私がやってるんですけどね」

ルカ「うるさいですよリカ!」

リカ「私たちは色んなものを食べますけど、皆お肉が大好物ですぅ。お野菜や木の実が苦手なコボルトはいっぱいいますけど、お肉が嫌いなコボルトは1匹も見たこと無いですぅ」

アニタ「私もお肉が嫌いなコボルトは見たこと無いですね。ポニもお肉が大好きでした」

アラン「ポニ? 誰ですそれ?」

アニタ「大魔王軍にいるコボルトの子です。そのうち会えると思いますよ」

アラン「なるほど。それで……他に解説するところは?」

ルカ「……」

リカ「……」

アニタ「……」

アラン「無いのかよ……」

アニタ「はい! と言うわけで、今回の用語解説はここまで! お相手は、アニタと?」

アラン「アランと」

ルカ・リカ「ルカとリカでした!」

アニタ「バイバーイ!」


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僕たちは、時が止まったようにその場から動けなかった。

今回視点がかなりややこしいです。

三人称視点→カレン視点→アラン視点と移り変わります。



 むくり、と。起き上がったのはリカだった。リカは極めて真剣な顔で鼻をひくひくと動かす。匂いをかいでいるのだ。

 コボルトは鼻が良い。それは、コボルトが獣である犬、狼に近い魔物であるからだ。コボルトは下級の魔物であるが、他の下級の魔物。例えば、ゴブリンなんかとは、明確に違う部分がある。それは生存本能の強さだ。

 コボルトは獣である。それ故か、皆が皆一様に生に固執する。神経を研ぎ澄まし、危険を察知し、生き残るために行動する。

 リカはそんなコボルトの中でも、とりわけ臆病な魔物だった。ずっと安全な場所で、親に守られて過ごしたかった。出来るならば剣をとりたくなかった。出来るならば戦いたくなかった。双子の姉と2匹で、明日命があるかもわからない山賊の生活を送ることなど、したくなかった。

 しかし、魔界はそれを許さなかった。だからこそ臆病なリカは、他のコボルトよりも余計に神経を尖らせた。その結果、リカは、ルカよりも強い嗅覚能力を手に入れた。

 

 その鼻がリカに教えたのだ。村中に蔓延する、油の匂いを。

 

 この村は何物かに襲撃されている。それに気づいたリカは、たった1匹で部屋から出ることを決意した。ルカとは喧嘩しているため、起こすつもりは無かった。

 リカには自負があった。私は強いという自負が。リカは魔法を使えない。魔力量その物は悪くないのだが、如何せん使い方を習ったことが無い。魔法を使おうと練習することもしなかった。

 だが、短剣術には自信があった。物陰に潜み、鋭く急所を狙うのがリカの得意技だった。いつもはルカと2匹でのコンビネーションで戦っているが、物陰からの奇襲に徹すれば1匹でも戦えると、そう思っていた。

 カレンやカミラを起こすと言う考えは、頭の片隅にも浮かばなかった。それはきっと、いつも2匹だけで居たからだろう。ルカを起こさない選択をした時点で、リカは1匹で戦うことしか考えていなかったのだ。

 出入り口の近くで寝ていたルカを起こさぬよう、そっと部屋を出て、外に走る。村中油の匂いだらけで、敵の匂いを感じ取ることは出来ない。だが、敵はきっと、油の匂いが強いところに居る。そう信じて、リカは油の匂いを辿っていった。

 

 

 

「ん……」

 

 自分の近くを通る何物かの気配で、ルカは目を覚ました。リカに対してルカは少し鈍い。加えて寝起きも悪いため、咄嗟の状況判断が遅れることが多々あった。ともすれば二度寝してしまうこともあった。

 しかしこの時は。この時だけは、ルカは二度寝することは無かった。非常に遅ればせながらではあるが、ルカもその鼻で油の匂いを感じ取ったのだ。そして、感じたのは油の匂いだけでは無かった。自分の近くを通り、この部屋から、家から出て行った物の匂い。

 

「リカ……?」

 

 リカの匂いだった。

 そして、何かまずいことが起きている、とルカがはっきりと感じ取ったその時に。村で大爆発が起こった。

 

 

 

 

 爆風と炎の熱に肌が焼かれる感覚を不快に思いつつ、リカは村を駆け抜ける。

 爆発と炎で、数々の家が壊滅していた。家で休んでいるはずの他のオークの戦士が見当たらない。彼らは焼ける家に巻き込まれて、死んだか身動きが取れなくなったのだろう。

 リカの頭は驚くほどに冷えていた。その思考は自分が生き残ることのみに向けられており、そのための最短ルートは外敵を殺すことだと本能が告げていた。

 村は地獄のようだった。次第にあちこちから悲鳴が聞こえてくるようになった。断末魔のようなものも聞こえた。

 リカは一心不乱に村を駆けた。次第に、オークとは違う匂い。ゴブリンや自分達以外のコボルトの匂いを感じ取った。リカは顔をしかめた。敵にコボルトが居ると言うことは、自分も匂いで感づかれると言うことだ。これで奇襲をすることが出来なくなった。

 変に意地を張らずにルカを起こしてくればよかったかもしれない、と、リカは少し後悔をした。しかし、すぐにその思考を振り払った。

 私は1匹でも大丈夫。私は1匹でも大丈夫。私は1匹でも大丈夫……。もう後戻りなんて出来ない。これ以上被害を広げられない。ルカを起こして連れて来る暇なんて無い。

 

「私は、1匹でも大丈夫」

 

 最後に一言呟いて、リカは自分を鼓舞した。そして、自らが愛用する短剣を鞘から抜き、ぎゅっと握りしめる。

 その時、リカは自分の不安をどう無くすかで精一杯だった。近づいた敵の匂いの強さが、巻き上がる炎の温度が、たった1匹という心細さが。その全てがリカの頭を不安で満たして、それを払拭するのに精一杯だった。

 

 だから、感じ取るのが後れた。

 

 左後方、極力聞こえないように細工のされた、鋭い足音。嗅ぎ慣れていて、忘れかけていた同胞の強い匂い。

 

 感じ取るのが後れた。

 

 リカは慌てて振り返る。いつの間に。いつの間に回り込まれていた? まだ敵は前方に居たはずで、私はしっかりとそれを確認していて、後ろに敵が居る訳なんて無くて……。

 

 そして、次の行動が後れた。

 

 リカは身動きが取れなかった。後ろに敵が迫っていたことに対する驚きと、恐怖。そして、身動きしない子供(ガキ)に攻撃をすることなど、襲撃物にとって実に簡単なことだった。

 

「うっ……!?」

 

 蹴り飛ばされた。まるでボールのように、道ばたの石ころのように。蹴って、飛ばされた。リカは腹の中の空気を全て吐き出し、ぼろ切れのように地面に転がった。

 

「がっ、ゴホッ、ゴホゴホッ……!」

 

 激しく咳き込みながら、リカは敵の方を見る。そこには、自分に向けて剣を振りかぶるコボルトの姿があった。リカには、それが振り下ろされるのをただ見ていることしか出来なかった。 

 ずしゃり、と。肉を引き裂く音がした。

 

 

 

「おねーさん! カレンちゃん! 起きるです! 村が! 村が燃えてるです!」

 

 ルカちゃんの大声で、私は目を覚ましました。次に見たのは、家の隙間から覗くオレンジ色の光。そして、蒸すような熱さと、ぱちぱちと何かが焼ける音を感じました。

 カミラ様を見ると、既に無数のコウモリを飛ばして索敵を始めていました。その顔は真っ青でした。

 

「リカちゃん、大丈夫!?」

 

 次に心配したのはリカちゃんのこと。私の隣で寝ていた彼女を起こそうとして……私は目を疑いました。

 

「リカちゃん……!?」

 

 リカちゃんの布団は既にもぬけの殻でした。その瞬間、私の頭には最悪の考えが浮かびました。

 

「リカが……! リカが、1匹で外に行っちゃったんです!」

 

 その時の私は、多分、酷い顔をしていたと思います。頭の中は焦りと心配でぐちゃぐちゃで、咄嗟に何をすれば良いかすら考えられませんでした。

 

「カミラ……様。カミラ様! はやく、早くリカちゃんを助けに行かないと! リカちゃんどこですか!? ねぇ、コウモリで見てるんでしょ、どこなんですか!? ねえ!」

 

 私はみっともなくカミラ様にすがりました。カミラ様に掴みかかって、体を揺らして、リカちゃんの居場所を問いました。

 

「カレン」

 

「ねえ、ねえはやく! リカちゃんは!?」

 

「カレン」

 

「早く教えてよ! ねえ! 早く!」

 

「カレン!」

 

 その、絶叫と言っても良いほどのカミラ様の叫び声に、私はびくりと肩を揺らしました。

 

「落ち着けカレン。焦ってちゃ、焦ってちゃ何も出来ないんだ。落ち着け。落ち着いてくれ……」

 

 それはまるで、自分に言い聞かせているかのようでした。それも当たり前で、ここはカミラ様と昔から交流のある村。それも、15000年もの間滅ぼされることの無かった、極めて優秀な村のはず。それが、襲撃を受けている。自分の恩物すら殺されているかもしれない。

 そんな状況で、落ち着いていられるわけ無いですよね。

 

「……はい。ごめんなさい、カミラ様」

 

 ほんの少し冷静になった私は、大きく深呼吸をしました。少しでも落ち着けるように。

 

「カミラさん! 僕は何をすれば良いですか!?」

 

 私たちの部屋に、アランさんが飛び込んできました。口調こそ焦っているようでしたが表情からは、焦りよりも怒りの方を感じとれました。

 なにより私は、今のアランさんを見て怖くなりました。あれだけアランさんに懐いていたルカちゃんも、今のアランさんを見るなり怯えて後ろに下がっていました。

 なぜなら、今のアランさんからは、殺意のような何かがひしと伝わってきたからです。ともすればそれは、プレッシャーにも近い何かだと、私は思いました。

 

「2方向から襲撃されている。アランとカレンとルカは、村の奥側に向かってくれ。恐らくそこが敵の本隊。数が多い」

 

「……わかりました。カレン、ルカ。行くぞ」

 

 私とルカちゃんは黙ってそれに頷きました。

 

 

 

 僕がルカとカレンを連れて家を出るその直前、カミラさんが言った。

 

「私は分身して、避難誘導と出入り口の敵と戦闘中の見張りに加勢してくる。……アラン。必ずリカを救ってこい。いいな?」

 

 僕はその言葉に目を丸くした。カミラさんはいつも僕のことを『青年』と呼んで、アランと名前で呼ぶことはなかったから。

 それほどこの状況は切迫していて、僕は頼られている。そう言うことなのだろうか?

 確かにルカは怯えているし、カレンは焦っている。2匹とも、冷静な判断が出来るような状態ではなさそうだ。ここで2匹を率いることが出来るのは、カミラさんの次に経験を積んでいる僕だけ……。

 その僕も、この状況を冷静に見れているとは言えないのだけれど。

 僕たちは燃え盛る村を駆ける。ルカがリカの匂いを感じ取る。僕は2匹と手を繋いで、軽い加速をかけて走り続ける。

 吐き気がする。目眩がする。怒りで前が見えなくなりそうだ。燃える村を見るのは1度目じゃない。僕は村を燃やした襲撃物を許せない。

 自分の村が燃えている光景のフラッシュバックを必死に耐える。今はそんな物で動揺している場合じゃない。僕は先走ったあのバカ(リカ)を助けなければならない。

 たった。たった数日の付き合いだろうと、ルカも、リカも、僕たちの仲間だった。たとえシトロンに着けば自警団に引き渡されるとしても、確かに僕たちの仲間だったのだ。

 見捨てられるか。見捨てられるかよ。うるさくても、煩わしくても、僕はもう少し2匹と共に居たいのだ。

 ……やっぱり、大魔王様に影響されているのかな。

 

「草っ葉頭! リカの匂いが近いです!」

 

「……2匹とも、もう少しの加速に耐えられるか?」

 

「私は大丈夫です」

 

「アタシも気合い入れるです!」

 

「……よし!」

 

 僕は力を込めて1歩を踏み込んだ。暴力的な加速で僕たちは『飛ぶ』。2歩、3歩、そして4歩目に……。僕たちは、リカの姿を肉眼で捕らえた。

 襲撃物に蹴り飛ばされ、無様に転がるリカの姿を。

 

「っ! リカぁっ!」

 

 瞬間、ルカが僕の手を離れ、すさまじい速度でリカの許へと駆けだした。僕の加速の勢いを借りて、その速度はきっと、僕の最大加速に近い速度だったろう。

 ルカは勘がよかった。止まることをしっかり計算して、リカにたどり着く大幅に手前でブレーキをかけた。

 そして、ルカは滑り込む。今まさにリカの命を奪わんとするコボルトの剣と、地面に転がるリカの間に。

 

 ずしゃり、と音がした。

 

 夜だというのにはっきりとわかるような、赤い赤い鮮血をまき散らして。ルカは、その場に崩れ落ちた。

 

「あっ……あ……! ルカァァァァァァァァァッ!」

 

 そんなリカの絶叫が村中にこだました。僕たちは、時が止まったようにその場から動けなかった。




今回は空気を読んで用語解説はお休みです。また次回をお楽しみに。


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ルカとリカとの、旅の終わり。アランにも、カレンにも、心に何かを残していく、シトロン編最初の山場の終わり。


「ルカ、ルカ、ルカ! ルカァ! ルカァッ!」

 

 リカはボロボロと涙を流しながらルカに縋りついた。ルカは血を流し続けていた。今のルカは膝立ちで、なんとか倒れるのを我慢していたようだけど、そのまま倒れてしまうのも時間の問題だと、僕は思った。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! ごめんなさい! 私が、私が意地を張ってなきゃ、私が、私のせいで、あ、ぁあ……っ」

 

 リカはルカを抱き締めていた。抱き締めながら、許しを請うていた。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 ルカはそれに答えなかった。そんな余裕すらも無いのだろう。だって、今の彼女は。

 その命を、失おうとしているのだから。

 

「まっ、たく」

 

 弱々しい声が空気を揺らした。それは紛れもない、ルカの声だ。

 

「泣いてるんじゃ、ねーですよ、もう……」

 

 その小さな体は、確実に力を失いつつあった。彼女は自らを抱き締めるリカに、徐々にその体重を預けていった。

 

「ほん、とに。リカは、アタシがいねーと駄目、なんですから」

 

 僕たちには、その時のルカの顔は見えなかった。だから、どうしてリカの顔がより一層歪んだのかはわからなかった。

 僕があの状況なら、ルカにどんな顔をされたら辛いのだろうか。

 ああ。きっと、そうだ。その時ルカは、リカに微笑みかけたのだろう。

 

 ルカが完全にリカに体重を預けた。もう、そんなに時間は残されていなかった。

 

 僕も、カレンも、ルカを斬りつけたコボルトも、黙ってそれを見ていた。今のルカとリカを邪魔する事なんて出来なかった。

 

「リカ……リカ。どこ? どこですか?」

 

 ルカはもう目が見えていないようだった。無い力を振り絞って、うろうろと手を宙に彷徨わせていた。リカは、その手をぎゅっと握った。

 

「ルカ、ルカ。私はここですぅ! ここにいますぅ! ずっと、ここにいますからぁ! 私を……私を、置いていかないで! ルカァ! ……っ! げほ、げほっ、ごほっ!」

 

 リカが咽せたように咳き込んだ。思えばさっきから、リカは叫びっぱなしだ。だから、それは仕方がないのかも知れない。

 

「リカ……風邪、ひいてるんですか? あったかくして寝ないと駄目ですよ……ほら、お母さんが、心配してるです」

 

 ルカはクスクスと笑った。夢を見ているのかもしれない。

 

「……リカ」

 

 ルカの手を握りしめて、俯いて泣いていたリカははっと顔を上げた。ルカのその声はさっきまでとは違って、はっきりとした、声だった。

 

「ごめんなさい。リカ」

 

 ルカの手が、リカの手からするりと抜け落ちた。

 それで、終わり。ルカの体は、それきりもう動くことは無かった。

 

「あ……あぁ……あ……あぁぁぁあぁぁあああああ!」

 

 リカの絶叫が、一瞬だけ村を塗りつぶした。未だ僕は動くことが出来なかった。カレンも立ち尽くしたままだった。

 

「やぁっと終わったかよ。感動のお別れはよぉ」

 

 泣き声は終わった。無粋な、その汚らしい声にかき消された。

 

「いやぁ、泣きそうだったわ。ご馳走様クソガキ共。お別れ会は済んだよなぁ?」

 

 その男はどこまでも無粋に、刃こぼれだらけの剣を振り上げた。

 リカの漏らす声が、悲しみから恐怖に変わった。

 

「んじゃぁゲームオーバーだぁ!」

 

 馬鹿が。させるかよ。

 

 刹那、コボルトの脇腹に鋭い蹴りが突き刺さった。最大加速、最大威力のその蹴りで、僕はコボルトを殺さぬ程度に吹き飛ばした。

 

「……リカ」

 

 僕はまだ呆然としているリカに話しかける。これだけは言わなきゃならないと、そう思ったから。

 

「剣を取れ」

 

「……え?」

 

「剣を取って、あいつを殺せ」

 

 ルカの命を奪ったあのコボルトは、リカが何もしなければ僕とカレンが殺してしまうだろう。

 だから、今しか無い。今しか無いんだ。

 

「無理、ですぅ。……ルカの言うとおりなんですぅ。私……ルカが、ルカが居なきゃ駄目なんですぅ……。私、もう、動けな……」

 

「剣を取れ!」

 

 僕は怒鳴った。リカの肩がびくりと揺れた。でも、今はそんな感傷に構ってやれる状況じゃ無かった。

 

「お前は、今剣を取らなかったら後悔する。お前が、ルカの仇を取れるのは。ルカを殺した奴に復讐できるのは今しか無いんだよ!」

 

 リカには僕と同じ後悔を抱いて欲しくなかった。自分の大切な魔物が殺されて、目の前に仇が居るのに、復讐が出来ないで終わって欲しくなかった。

 

「……僕は、剣を取れなくて後悔した。でも、お前は、剣を取ることが出来るだろ。復讐、できるだろう。ならやらなきゃ。ルカを殺した奴を……お前が殺すんだよ」

 

「っ! あああああああああぁあ!」

 

 リカは、再び絶叫した。地面に転がっていた短剣を手に取り、一心不乱に奴が飛ばされた方へと駆けだした。

 

「カレン!」

 

「っ!? は、はい!」

 

「露払いをするぞ。詠唱しておけ」

 

「……はい」

 

 リカの復讐が、始まった。次々となぎ倒されていく魔物たちの悲鳴は、敵が居なくなるまで止まなかった。

 

 

 

 

 

 その戦いが終わった時、辺りは血の海だった。目が焼けるような赤の中に1匹、全身を血に染めたリカだけが立っていた。僕もカレンも協力したが、結局リカは、ほとんど1匹で全ての敵を倒してしまった。素早く敵に飛びつき、的確に急所を潰して、その返り血を全身に浴びるその姿は、まるで狂戦士のようだった。

 リカはただ、そこに立ち尽くしていた。身じろぎもしなかった。

 

 ぽつり、と、一粒の水滴が僕の頬を伝った。雨が降ってきたのだ。ぽつり、ぽつりと降ってきた雨は、次第に土砂降りになった。

 雨は、村を焼く炎を消した。村に蔓延した血を洗い流した。

 リカは綺麗になったルカの遺体の側によって、そこに跪いた。

 

 雨が洗い流していく。この村が襲撃されたその跡を。リカの戦いの痕跡を。……この村が存在していたという、その痕跡も、きっと消える。

 

 僕たちは、リカに声をかけられずに居た。少なくとも僕には、なんと声をかけて良いかわからなかった。

 カレンが、意を決したようにリカの許に歩いていった。僕たちとリカの距離はそう遠くない。カレンがリカと話せる距離に行くまで、そう時間はかからなかった。

 

「……あの、リカ「カレンちゃん」……ちゃん」

 

 リカがカレンの言葉を遮った。リカはすっと立ち上がって、何事もなかったようにカレンに微笑みかけた。

 

「私、産まれてからずっとルカと一緒でした。何をするのも一緒でした。遊ぶのも、学ぶのも……お母さんとお父さんを置いて、逃げるのも一緒でした。山賊として生きていくのも、2匹で一緒でした。……何を、怒っていたんでしょう。ルカの言うとおりですぅ。私は……ルカが居なきゃ駄目なんですぅ」

 

「……うん」

 

「カレンちゃんに、お願いがあるんですぅ」

 

「……なに、かな?」

 

「私を、殺して欲しいですぅ」

 

 リカはどこまでも笑顔だった。その笑顔には陰りも無かった。だからこそ、その綺麗な声に。どうしようもなく怖気が走った。

 

「どう、して?」

 

「もう、私には魔界(ここ)に居る意味がないから。でも、自分で死ぬのはちょっと怖くて。……私は、誰かに殺されるならカレンちゃんに殺してもらいたいですぅ」

 

 後ろ姿のカレンは、静かに頷いた。リカは、カレンに運命を預けるように、そっと、目を閉じた。

 

「魔力は岩に」

 

 カレンはその手のひらを、リカの胸の辺りにかざした。

 

「岩は鋭く尖り……岩は……我が、友を、穿つ」

 

 その詠唱は躊躇うように途切れ途切れだった。だけど、カレンはそれでもしっかりと、最後まで詠唱を終えた。

 

「解放」

 

 どっ、と。音がした。カレンの手から現れた土塊は、しっかりとリカの胸を貫いた。次いで、どちゃりと音がする。

 

 雨脚が強くなった。バケツをひっくり返すような雨の中、こちらに走ってくる足音を聞いた。

 

「アラン! カレン、ルカ!」

 

 カミラさんだった。恐らく、戦闘と避難を終えたのだろう。そうして、こちらに合流すべくやってきた。

 

「リカはどうなっ……た……」

 

 ゆっくりと足音が止まった。この光景を目にしてしまったら、無理もないだろう。

 

「……アラン。これは、どういうことなんだ?」

 

「……」

 

 相変わらず、言葉は出てこなかった。ただ、そこに立ち尽くすカレンと、息をしなくなったリカを見ていることしか出来なかった。

 

「カミラ様。アランさん」

 

 周りの音が聞こえないほどの雨音が支配する中で、カレンの声だけがやけにはっきりと聞こえた。その声は、震えていた。まるで泣き出す寸前だった。

 

「私、泣いちゃいけないって、そう思ってました。リカちゃんのほうがよっぽど辛くて、だから、私、泣いちゃいけないって……リカちゃんを、殺すときだって、笑顔で……居たんです」

 

 僕たちは魔物だ。特に、カレンは少し前まで治安の悪い地方に居たのだ。仲の良い友に殺して欲しいと言われたとして。友をその手にかけられないほど、心は弱くなかった。

 

「でも……涙、止まらなくて、私……。ねえ、カミラ様、アランさん。今だけは、泣いて良いですか? 泣いても……ルカちゃんとリカちゃんは許してくれますか……?」

 

 だけど。それに対して涙を堪えられるほど、心が強いわけでもなかったのだ。

 振り返ったカレンは泣いていた。嗚咽を漏らし、子供のように泣きじゃくっていた。

 僕たちは、静かに頷いた。友を手にかけて、泣くのを許されないわけなど、ないのだから。

 

 ルカの思いも、リカの思いも……カレンの、悲しみも。雨は平等に、洗い流していった。僕たちの旅は、まだ終わらない。

 

 魔界に、朝が訪れた。




この作品で初めて、味方の魔物が死にました。ルカとリカ。この2匹は、いわゆる『物語の犠牲』となったキャラです。

大魔王様と大魔王軍、魔王と魔王軍が治める中枢都市は、平和なものでした。ですが、それ以外の場所がそうかというと、そうではない。
オークの村も含め、『外の魔界はどういう世界なのか』を知って頂くための、犠牲になって貰いました。

ルカとリカには、ただそれだけのために辛い過去を与えてしまいました。身寄りのない、幼い子。2匹だけで略奪をして暮らす、双子……。ですが、ルカとリカに謝罪はしません。それよりも、物語の大切な役割を担ってくれた2匹に、ありがとうと伝えたいと思います。

身勝手にも私が殺した2匹に、最大の感謝と、哀悼を。
確かに私の世界で生きた2匹が、安らかに眠れますように。

これをもって、今回の後書きを終わりたいと思います。今回も読んでいただきありがとうございました


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強がらないで、泣いても良いんじゃない? って、僕は思うよ。

デッドバイデイライト楽しいです。この冬休みはゲーム生活を満喫しています。
……投稿遅れたのはそっちの理由ではないですよ?


 村はその半分が焼けてしまった。焼けた家に取り残されたオークは、例外なく命を落としていた。

 また、村の入り口から侵入してきた敵に殺された物も居たらしい。カミラさんが入り口にたどり着いたときにはもう見張りは殺されていて、敵は中に入っていた。カミラさんは複数匹に分身して対応していたらしいが、それでも多くのオークが命を落としたと言っていた。

 今回の襲撃で、30匹ほど居たと思われる村の住民は、僅か9匹にまで減ってしまった。

 

「今回襲撃してきた魔物たち……やはり、最近北西を騒がせている山賊団でしょうな。コボルトとゴブリンの混成でしたから」

 

「……そうか。彼らが、山賊団」

 

 山賊団。北西地区を荒らし回る、強者の集団。

 鮮やかな手腕だった、と、僕も思う。入り口に陽動で魔物を仕向けて、その間に村の奥から侵入。そして、油をしき、村に火を付けた。

 彼らの目的がなんだったのかは分からない。おそらくは物資だろうけど、僕たちが全滅させてしまったからその目的は達成できなかったろう。

 

「村長たちは、どうするんだ? ……ここに、留まるわけにもいかないだろう」

 

「そうですなぁ……生き残った全員で別の場所に移動して、またそこで暮らそうと思います」

 

 幸いにも、村長とその奥さんは生き残った。この村のオーク達はまだ指導者を失ってはいない。男手も生き残っているし、子供も生き残っている。別の場所に移れば、まだ生きていけるのだろう。最も、新しい住処は村という規模ではなく、集落という規模になると思うけど。

 

「カミラ殿と、そのお友達の方々。もし、新たな住処が決まりましたら、また訪問してください。それでは」

 

 9匹のオーク達は皆一様に礼をすると、村長を先頭としてこの場を去ろうとした。

 

「村長!」

 

 その背中を。カミラさんが呼び止めた。村長はゆっくりと振り返る。その顔には多少疑問の色が浮かんでいたが、昨日と変わらない笑顔だった。

 

「シトロンには、向かえないのか? シトロンに向かって、そこで過ごすことは……出来ないのか?」

 

 カミラさんがとんでもないことを言い出した。今の地方領主が新しい住民を受け入れるとは思えないのだが……。

 僕の予想が当たっていたのか、村長さんは静かに首を横に振る。

 

「今シトロンに入れるのは、正式な訪問物と元から住んでいた魔物だけです。私たちが行ったところで、門前払いされて終わりでしょう」

 

「私たちは大魔王様の命で、魔界全土を平和にするために動いているんだ! 私たちは今、新しい法を北西に徹底するためにシトロンを目指している。私たちは正式な訪問物だから、村長たちも私たちと共にシトロンに入れるだろう。そして、領主に法を徹底させれば、そのままシトロンに住むことだって出来るはずだ!」

 

 カミラさんがそんなことを言った。村長たちは目を丸くしていた。そりゃそうだ。急にそんなことを言われて、驚かない魔物は居ないと思う。

 魔界平和化は、この村に訪れたときには言わなかったことだ。ここに来てすぐに言わなかったということは、ここに来たその時には言わない方が良い、または言わなくて良いと判断したと言うことだ。それを言ってまで、カミラさんは村長たちをシトロンに招こうとしている。……一体、どうしたんだろうか?

 

「……魔界を、平和に」

 

 村長は何も言えないようだったが、しばらくするとようやくその一言を絞り出した。それと同時に、後ろのオーク達も騒がしくなる。

 村長は、ざわざわと話し始めたオーク達を目で止めた。そして、いつも通りの笑顔を作った。

 

「それが本当なら、きっと、面白いことになるのでしょうなぁ」

 

「……あぁ。だから!」

 

「だが……それでも私たちは、シトロンには行きません」

 

「……どうして?」

 

「私たちの起源は、獣狩りをして生きていた旧暦のオーク達です。その直接の血が、私たちには流れている。私たちは祖先と同じように、獣を狩って生きてきました。それが生きがいであり、それ以外の生き方を、私たちは知りませぬ。……故に。北西都市で安全に暮らすなど、性に合わんのです」

 

 村長がそう言うと、後ろのオーク達もそれに同意した。驚いたことに、まだ幼い子供でさえも頷いた。

 ……この村の魔物たちは、骨の髄までオークなんだ。それを素晴らしいと言えば良いのか、古い考えに固執した頭の固い魔物たちと言えば良いのか。僕には分からない。分からないけど、きっと彼らにとってはそうやって生きていくのが正しいんだ。

 強いな、と思った。こんな理不尽な目に遭っても、彼らは今までの生活を捨てない。仲間たちの死も割り切って、獣を狩って生きていこうとしている。

 僕には、彼らをシトロンで生活させるのは無理に思えた。

 

「……そう、か。それなら、仕方がないな。呼び止めて悪かった。また会おう、村長」

 

 カミラさんは笑顔でそう言った。村長もそれに笑顔で答えた。

 遠くなっていく彼らの背中を見送りながら、僕たちはまた、シトロンに向けて歩き出した。

 

 

 

「だだっ広い平原を行くっていうのも、良いですね! 私が中枢都市にやって来るときはあまり景色を見てませんでしたから、結構新鮮ですねー!」

 

 カレンの元気な声が平原に響く。再びシトロンに向かう道を歩き始めてから、カレンはやたらと饒舌だ。

 

「空ってこんなに綺麗に見えるんですねぇ……故郷で見た空に引けを取らないです。私が元いたところも、けっこう空が綺麗に見れたんですよ! ……あ、そういえば! カミラ様って、シトロンに行ったこととかあるんですか? もしあるんだったら、シトロンの美味しい食べ物とか知ってますか?」

 

 こんな風に。僕やカミラさんが何も返さなくても、とにかく話が途切れない。ほんの少しの間からするに、途切れないように新しい話題を考えながら話しているようだ。

 カミラさんは、カレンの質問に何も答えようとしない。ただずっと青い顔をして、少し俯き気味なだけ。

 不味いな、と思う。僕だってあまり精神面で余裕は無いのだが、カミラさんとカレンがボロボロだ。

 

「えと……それで……」

 

 カレンが言いよどみ始めた。もう考え付く話題を全て出してしまったのだろう。律儀なことに、カレンは同じ話題を2回と出していなかったように思う。……そろそろ、いいか。

 

「カレン」

 

「え? はい!」

 

 断言しよう。2匹が今のままの精神状態だと、今回の遠征は絶対に失敗する。2匹に比べてまだマシな僕がこれをどうにかしなければならない。だから僕はカレンに話しかけた。

 カミラさんがどうして思い詰めているのかはなんとなくわかる。この中では一番上の立場で、責任がある彼女は村のこと、そして……死んでしまった、ルカとリカのことに責任を感じているんじゃないだろうか? カミラさんがあそこまで沈んでいるのを見るのは初めてだから絶対そうだとは言い切れないが、多分そうだと思う。

 そして、カレン。彼女は単純に、ルカとリカが、死んでしまったことにダメージを受けているのだろう。特にリカは、カレンが直接……殺した、のだから。

 カレンは目を丸くして僕を見た。彼女としても、話しかけられるのは予想外だったらしい。まあ、ここまで1度も彼女の話に返事しなかったし、それは当たり前なのだが。

 僕はすっと息を吸った。少し、緊張している。今から僕がやろうとしてることで、カレンが楽になるかはわからない。むしろ、さらに精神を壊してしまう可能性だってある。

 でも、やらなきゃ。

 

「もう、強がるのやめなよ」

 

「……え?」

 

 カレンの顔が一瞬で白くなる。次いで僕から目線をそらした。

 

「私、別に……強がってなんか、ないですよ。いつも通り! いつも通りの私ですから!」

 

「じゃあ、お前はルカとリカが死んだ後も、いつも通りでいられてるってことだな?」

 

「っ……それ、は」

 

「……強がるの、やめなよ」

 

 僕はこれ見よがしにため息をついた。カレンは、僕のことを睨みつけた。

 

「だって。そうでもしなきゃ、やってられないじゃないですか! だって、このまま私が落ち込んでたら、この遠征が失敗しちゃうかもしれない! まだ、遠征は終わってないんです! こんな、この、ままじゃ、私! ……カミラ様と、アランさんの足を、引っ張っちゃう、から……だから! 私は……」

 

 カレンの言い分はもっともだった。だけど、どのみちこのままじゃ駄目だ。落ち込んでいるのから目をそらして、強がってるだけじゃ、ただ普通に落ち込んでるのと変わらない。

 

「そうして強がってたって同じだよ。一番大切なときに集中できなくて、やられるだけだ。僕たちの足を引っ張るだけなんだ」

 

「じゃあどうすれば良いんですか! さっきから平気な顔してるアランさんみたいに、私は割り切れません! だって、ルカちゃんとリカちゃんは大切なお友達だったし……リカちゃんは、私が、私が!」

 

「それ以上。言わなくて良いよ」

 

 僕はカレンの言葉を遮った。そんなことはわかってるし、今カレンがそれを口に出すのは駄目だ。

 カレンはぎっと歯を食いしばった。その姿は、どこか涙を堪えているようにも見えた。

 

「……カレンはさ、今、僕が割り切ってるって言ったよな? 村のことと、それと……ルカと、リカのこと」

 

 カレンは答えなかった。先程と同じように、歯を食いしばっているだけだ。

 

「割り切ってなんかないよ。僕は」

 

「……え?」

 

「割り切ってない。ただ、実感がわかないだけだ。ルカとリカが死んだ。って実感が、さ」

 

 実を言うと、僕の村が焼けたその惨事から、自分と親しい仲の魔物が死んだことは無かった。1匹で生きていた時には親しい魔物なんて居なかったし、ユージーンに拾われてからはずっと中枢都市だ。安全だし、周りの魔物は飛び抜けて強いから、誰かが死ぬなんて事はなかった。だから……友達が死ぬなんて、本当に、久しぶりで。

 

「僕はさ、魔王軍で何度も遠征に出てる。でも、僕が一緒に参加した戦いで死物が出たことは無いんだ。だから、本当に久々なんだよ。親しい魔物の死を目の前で見るのはさ。だから、実感わかない。僕だってこんななんだ。初めての遠征のカレンは。……あんな、辛いことをしたカレンは、ボロボロだろ?」

 

 カレンは静かに頷いた。その瞳には涙が溜まっていて、今にも結界寸前のところをあとちょっとで抑えているようだった。

 

「ユージーンが……魔王様が、言っていたんだ。もし、お前と親しい魔物が死んだ時。それが、作戦や遠征中だったときは、割り切らなければいけない。どんなに辛くてもな。だけど、割り切るのは簡単じゃない。俺も苦労した。だから、割り切れないときはな。泣くか、叫べ。って」

 

「……泣くか、叫ぶ?」

 

「泣いたり、大声を出したりすると、不思議と気分がすっきりするんだってさ。魔王様は、未熟なときはいつもそうやって、やり場の無い気持ちを治めてたらしい。だからさ。……強がらないで、泣いても良いんじゃない? って、僕は思うよ。泣き足りないんだろ?」

 

 一筋の涙がカレンの左頬を伝った。

 

「……いいん、ですか?」

 

 もう一筋、右頬を伝った。

 

「これ、我慢、しなくていいん、ですか?」

 

 もう一筋。もう一筋。……もう、一筋。

 

「我慢しなくていいんじゃないかな? ……意外とすっきりするもんだからさ」

 

「う、うあ、ああ……! あああああああ!」

 

 平原に、カレンの泣き声が響き渡る。カレンは大粒の涙を流しながら、大声で泣いた。……さぞかし、すっきりするだろう。

 

「……アラン」

 

 カミラさんが僕の名を呼んだ。いつもは青年と呼ぶのに、僕の名前を。

 

「……なんですか? カミラさん」

 

「……すまない。私がやるべき仕事だったはずなのに」

 

「大丈夫ですよ、これくらい。……カミラさんは良いんですか? 泣かなくて。案外すっきするものですよ?」

 

 少し、気を遣ってそう聞いてみる。失礼かもしれないけど、カミラさんなら許してくれるだろう。

 

「……ふふ、お見通し、か。正直、私は君がそんなにすごいやつだとは思っていなかったよ」

 

「……どういう意味ですか、それ」

 

「……私は、大丈夫だ。私が弱音を吐いているわけにもいかないからな」

 

「そうですか。失礼しました」

 

「いや、いいさ」

 

 しばらくして。カレンが泣き止んで、前よりもすっきりした様子で僕たちに微笑みかけるまで、僕たちは先に進まなかった。

 残りの道程は何事もなく進み、太陽が草原に沈みかける頃……。僕たちは、ようやくたどり着いた。

 

「やっと着きましたね」

 

 僕はため息交じりにそう言った。ここまでの4日間を思い出して、改めて。長かったな、と。そう思った。

 

「……ああ。アラン、カレン。ここが、北西都市。シトロンだ」

 

 目の前にそびえる大仰な鋼鉄の扉を睨みながら、カミラさんはそう宣言した。




今回も用語解説お休みにさせていただきます。申し訳ありません。


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『城塞都市』シトロン

長らくお待たせいたしました。リアルの事情や、他の作品の優先により、こちらの方に中々手を付けられずにいました。
他の作品のペースも上げていこうと思っているので、最強魔王のペースも上げていけたらなぁ、と。思っています。(思っているだけ)


 視界を埋め尽くす白銀の壁。これは恐らく、都市をまるまる取り囲むように建てられている。中の様子をのぞき見ることは出来ない。見た目のイメージとしては、大魔王城の城門の真逆と言ったところだろうか。大魔王城の城門は、ここまで大きくは無いけれど。

 中に入るべく門に近づくと、両端に立つオークの番兵が、手に持つ槍をバッテンに交差させた。

 

「「ここは城塞都市シトロンである。シトロンの住民、領主の許可を得た貿易商、領主への正式な客以外通す事が出来ぬ。ここを通るというならば、身分を証明せよ」」

 

 2匹のオークはぴたりと揃った声でそう言った。嫌な感じだ。完全に僕たちを見下しているのが、言葉の端から伝わってくる。

 

「私たちは大魔王城からやってきた物だ。北西領主たるジェイク・ウェイズリーに会いたい。話は通っているはずだが?」

 

 カミラさんがオークの前に立ち、微弱なプレッシャーを放ってそう言った。プレッシャーを受けたオーク2匹はぴくりと背筋を伸ばし、そして互いに顔を見合わせた。顔を正面に戻すと、再びぴたりと揃った声で、

 

「「貴様らが大魔王城の物であるという証明を」」

 

 と、そう言った。カミラさんはふぅ、と1つため息をついて、オーク2匹に右手を掲げて見せた。指に光るのは自らが大魔王軍の魔物であることを証明する銀の指輪。それを見たオーク2匹はもう一度顔を見合わせて、お互いにうなずき合った。そして大きな門が音を立てて開き、右のオークがシトロンの中に入っていった。 

 しかし、門が開いていたのはそこまでだった。門は右のオークが入っていったと同時にまた閉まってしまった

 

「確認した。しばしここで待て」

 

 残った左のオークがそう言った。まだ中に入れては貰えないようだ。

 

「まだ中に入っちゃ駄目なんですか、これ。いくら何でも厳重すぎません? 都市の入り口ですよね?」

 

「ああ。流石にな。まるで城の入り口のようだ。少し前はここまで厳重ではなかった。まったく、城塞都市なんてよく言ったものだよ。……一体、今代の領主は何を考えているのか」

 

 僕は改めて、都市を囲む壁を見上げた。高い。とても高い壁だ。よじ登る事なんて到底出来そうもないし、高すぎて空を飛べる種族でも侵入なんて出来ないだろう。……なんのためにこんなに大きな壁を作ったのだろう。防衛が目的にしても、ここまですることはないだろうに……。

 

「この鉄壁を作るのに、一体どれだけの材料を使ったんでしょうか? ……こんなもの、材料の無駄ですよ」

 

「そうだな。無駄の極みだ。こんな壁を建てる前に、することがあるだろうにな」

 

 門が開いた。中から出て来たのは、さっき入っていった右のオーク。またさっきのように門が閉まるのかと思ったが、今度は閉まらなかった。

 再び2匹揃ったオークの番兵は、また先程のように1度顔を見合わせて、揃った声で言った。

 

「「客物よ、入るが良い。中で領主がお待ちだ」」

 

「……ああ。感謝する」

 

 カミラさんが適当な返事をして中に入るのに続いて、僕とカレンも中に入った。

 門の中に広がっていた街は、中枢都市に引けを取らないほど立派で、綺麗な物だった。しっかりと舗装された道の先に立っていたのは、黒髪をオールバックに整えた紳士。種族は人型だろう。男は僕たちを見ると恭しく礼をして、にこりと微笑みかけた。

 

「ようこそおいでくださいました、大魔王軍ご一行様。ワタクシが北西地区の領主、ジェイク・ウェイズリーでございます」

 

 こいつが。この男が、北西領主なのか。その洗練された動作から執事か、執事上がりの側近だと思っていたのだが……。いまいち信じられない。

 

「……ご丁寧にどうも。私は大魔王軍所属、大魔王アニタの側近をしている、カミラ・ヴァンプという物だ」

 

「同じく大魔王軍所属のアラン・アレクサンドルです」

 

「魔王軍第4部隊所属、カレンデュラ・ビリーブハートです」

 

「ではこちらへどうぞ。なにやらお話があるそうですが、今日はもう日暮れです。皆様の宿は取ってあるので、そちらへご案内いたします」

 

 そう言うと、彼は石畳の上をカツカツと足音を立てて進み始める。僕たちは黙って、彼の後をついていくことにした。

 

 宿へと向かう道中、何匹かの魔物とすれ違った。一般物と思われる魔物や、統一された鎧を着たコボルドやオーク達も居た。彼らが噂に聞くシトロンの自警団なのだろう。ほとんどの魔物は僕たちを珍しい物でも見るような目で見ていたが、それは当たり前だ。普段この領主がどんな行動をしているかはわからないけど、領主自らが客を案内するなんていうのは、普通だったら考えられない。

 大魔王城からやってきた大魔王軍である僕たちの案内を部下に任せるのは失礼だと思っているのだろうか? ……それにしたって、腕利きの側近くらいはいると思うから、そいつに頼めばいいと思うのだが……。

 それと、もう1つ気になったことがある。すれ違った魔物皆に、何らかの違和感を感じたのだ。よく、言葉で表すことは出来ないけれど……無理矢理表すなら、『何か嘘をついている』といったところだろうか。そんなものを、どの魔物からも感じた。

 

 案内された宿は、これもまた綺麗な物だった。1階建ての建物で、北西地区らしく木製だ。まだ元の木の香りが建物から漂っているところを考えると、出来てからそんなに時間は経っていないのだろう。

 

「皆様に泊まっていただく宿はこちらです。ここは我が城塞都市1番の宿なのですよ。と言っても、ここに観光に来る魔物などいませんので、宿はお客様に使っていただくこちらしかないのですがね」

 

 その言葉を聞いた途端、今までも険しかったカミラさんの顔が、より一層険しくなった。ほんの少しプレッシャーも漏れていたいる。が、結局カミラさんはそれについてなにか言うことはなかった。

 

「皆様がここに滞在する限り、何日ここを利用していただいても構いません。宿代も全てこちらが持ちます。皆様以外のお客様はおりませんので、部屋も自由に選んでください。では、私は仕事があるので失礼します。他にわからないことがありましたら、そこにいる管理物に聞いてください。それでは、ごゆっくり」

 

 淡々とした説明を終え、深々と礼をすると、ジェイク領主は去って行った。宿の管理物に話を聞くと、部屋の鍵は全て開いていて、ジェイク領主の言うとおりどこを使っても良い。鍵は部屋の中にあるため、施錠は自由ということを教えてくれた。そして、宿内の地図を渡された。僕たちはとりあえず、入り口から左側の廊下を進んだ奥の部屋に入ることにした。

 

「カミラさんとカレンはこの部屋で寝るんですか?」

 

「ああ。そうしようと思っている。カレンも良いな?」

 

「はい。問題ないです」

 

「じゃあ、僕は隣の部屋で寝ることにします。1度、荷物を置いてきて良いですか?」

 

「ああ。荷物を置いたらまたここに来てくれ。少し話をするからな」

 

「はい。では」

 

 僕はカミラさんとカレンの部屋を出て、隣の部屋に入り、荷物を下ろした。ふぅ、とため息をつく。

 

「なんなんだろうな。この違和感」

 

 シトロンには秩序がある。物資や正式な客以外の部外物は決して中に入れず、中では自警団が見回りをしていた。閉鎖的ではあるが、魔王街に近いほどの統制が取れているだろう。だが、どうにもここに住む魔物は浮かない顔をしているのだ。何かに怯えるかのように。何か嘘をついているかのように。

 あの領主は、ここをどんな風に治めているんだろうか。彼のあの不気味なほどに丁寧な物腰は、彼の本当の姿なのか……。

 

「……考えてても仕方ないか」

 

 とりあえず、カミラさん達と明日のことを話さなければ。僕たちの遠征はまだ終わりじゃ無いんだから。

 僕は愛用の武器と、最低限の荷物だけを持ってカミラさん達の居る部屋に向かった。




用語解説コーナー!

アニタ「皆様どうもこんにちは! やっと帰って参りましたよ! 大魔王のアニタです!」

アラン「このコーナーを待っていた方っているんでしょうか? アランです」

アニタ「底辺作者は最近他の作品にお熱ですけど、そんなことは気にしません! 底辺作者が私たちだけを描くようにするために、ここいらで私たちがどかんと人気をとるのです!」

アラン「この作者の作品で1番お気に入り登録者様が多いのこれなんですけどね」

アニタ「さて、そんなメタメタな事は置いておいて、今回の用語解説はこちらです!」

 シトロン自警団について!

アニタ「シトロン自警団は、旧魔界暦において、当時の魔王率いる魔物たちに匹敵するほどの実力を誇った魔物たち、『北西連合』の名残で作られた部隊です」

アラン「北西連合は当時かなり強かったみたいですね。魔王と敵対していた魔物たちの中で、ヴァンパイア一族の次点に驚異とされていたんですよね?」

アニタ「そうですね。では少し、北西連合のお話をしましょうか。北西連合は、当時北西の頂点に君臨していた魔物、オーガのギルゴアが、その圧倒的なカリスマによって北西の強力な魔物を集め、指揮し、結成した部隊です。ギルゴアの、当時としては奇抜な作戦と、北西連合に所属する魔物たちの連携力、地上のオークやコボルド達、空中からは、有翼種の谷に住むハーピィやリザードマン達による、強力な2方面からの攻撃を得意としていました」

アラン「今の自警団には、有翼種の谷に住む魔物たちはいないんですよね?」

アニタ「ええ。ギルゴアの死後、草原に住む魔物たちと谷に住む魔物たちは次第に仲違いをし、新魔界暦になる頃には完全に決別。魔界のシステムが4つの地方と中央で統治を分ける形になっても、北西都市は決して有翼種の谷に関わろうとすることは無くなりました。それにより、今のシトロン自警団は、草原の魔物のみで構成されるようになりましたね。しかし、ギルゴアの遺した訓練法や作戦によって、依然として自警団は強力です。空中戦の利が無くなっても、彼ら自警団を崩すのは簡単にはいかないでしょう」

アラン「なるほど……」

アニタ「そんな自警団も、最近1度壊滅しています。赤肌のオーガによる自警団の皆殺し事件ですね」

アラン「ああ、キスカさんがシトロン自警団を500匹全滅させたって言うあの……」

アニタ「はい。それまで中央に次ぐ秩序を保ち、地区のほとんどを統制下に置いていた北西都市は、それにより規模を縮小せざるを得なくなってしまいました。それと同時に領主が交代。現在の北西領主ジェイク・ウェイズリーへと代わったと言うわけですね」

アラン「今回の用語解説、自警団の解説と言うよりは北西地区の解説みたいになっちゃいましたね」

アニタ「そうですねぇ、色んな所に話を飛ばしていたらそんな感じになっちゃいましたね。まあ自警団は過去の北西地区の話もしないと語れませんから、仕方ないことなんですけどね」

アラン「いつもいつも、こんな真面目な解説をしてくれると僕も助かるんですけどね」

アニタ「何を言ってるんですかアラン! 私は、いつでも真面目ですよ! 真面目も真面目、大真面目です!」

アラン「……それ、本気で言ってるんですか?」

アニタ「ほーんーきーでーすー! 私はいつでも真面目で素敵な大魔王なんですー!」

アラン「あぁ、はいはい、そうですね」

アニタ「その対応は酷くないですか!?」

アラン「そんなことより大魔王様、そろそろ時間ですよ」

アニタ「え? あ、ほんとだ! ではでは皆さん、今回はこの辺りで失礼いたします。お相手は、真面目で素敵な大魔王の、アニタと!」

アラン「アランでした」

アニタ「ばいばーい!」


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少女と少女? の夜

MH:Wが楽しすぎて色々なことに手がつかぬ私でございます。
卒業生の皆様、卒業おめでとうございます。私も今年高校卒業でございます。まだ卒業式前なので卒業してないどころか卒業認定通ってるかもわからないけど。酷いね!

新しい場所でも皆様がご活躍になれることを祈っております。なんちゃって。


 再び2匹の部屋に入ると、2匹とも装備を外してかなりリラックスしていた。まるで、ある程度の警戒心を持って剣を持ってきた僕が馬鹿みたいだ。

 

「ああ、来たか、アラン。まあ座れ」

 

「……2匹とも、武装しなくて大丈夫なんですか? 一応、警戒心は持っておいたほうが……」

 

「宿の入り口に私が立っている。分身だよ。何かあれば魔法で対処できるようにしてある。それに、カレンも魔法型だ。地元素だから咄嗟の防御は出来るだろう。なあ、カレン?」

 

「はい。一応」

 

「……なるほど」

 

 ……魔法中心で戦える魔物って便利だなぁ。僕は剣を手放すと逃げるくらいしか出来ないからなんかずるいとさえ思ってしまう。いや、まぁ。速度の乗った蹴りとかそこそこの威力は出るけど。

 

「じゃあ、始めましょうか。明日からどうするかの話し合い」

 

 まあ、話し合いと言ってもほとんど話すことはないのだけど。誰が中心に話を進めるのか、その間僕たちはどうするのか、とか。そんな感じ。カミラさんが話をして、僕が警戒をして、カレンが詠唱を待機しておく。カレンは有事の際に壁を貼って中と外を隔離したり、僕たちの身を守ったりする。そんな感じでまとまった。話し合いは滞りなく済んだけど、1つ、問題点を挙げるとするなら。

 

「ま、こんな感じですか。無難だけど安全だしこれで良いですよね?」

 

「ん? ああ、そうだな。それでいいと思う」

 

 カミラさんがずっと上の空だったと言うことだ。話し合いの最中ずーっとぼーっとしていて、頷くだけ。何か深刻に考え事をしているようだけど……まあ、十中八九あの、オークの村の襲撃に関することだろう。そんなに引きずるならあの時に話してくれればよかったのに。……ここまで引きずって、領主と話す場でポカをされたら堪らない。

 まぁ、この場が失敗すれば必然的に魔界平和化が失敗に近づくって事で、可能性は低いけど人界侵攻の方に話が行くこともあるから僕にとっては悪いことばかりでもないんだけど。

 とりあえず、明日もこんなネガティブモードだったら何か言うとして、今はそっとしておこう。カミラさんには悩み事は僕には話さないと言われてしまっているわけで、ここで話題にするのも違う気がする。カレンがどうにかしてくれることにちょっと期待して、この場は退散するとしよう。

 

 

「……ふぅ」

 

 じゃあ、僕は寝ますね、と。そう言って部屋から出て行ったアランを見送り、私はため息をつく。

 ……色々なことがあった。本当に、色々なことが。そのせいで、アラン、カレンを交えての明日に向けての話し合いにも身が入らなかった。

 ──もし、私が。あの夜、きちんと見回りをしていれば。きっとあんな事には……

 

「カミラ様」

 

「っ! ……あぁ、カレンか」

 

 不意に、後ろから声をかけられた。当たり前だが、カレンだ。……あぁ、駄目だ駄目だ。落ち着いたせいか、思考が後ろを向いてしまってる。今、私が弱みを見せるわけには行かない。1度深呼吸をして、カレンに向き直る。

 

「なんだ、カレ……ン?」

 

 カレンはお盆を持っていた。お盆の上には、湯気の立つカップが置かれている。あれは……紅茶、か?

 

「この部屋、キッチンまでありますからびっくりです。なので、ちょっと……お茶を淹れてみました。飲みましょう、カミラ様」

 

「……ああ」

 

 私はカップを受け取り、まず中身を見た。少し濁った、灰色のお茶。これは、確か……デーモンの伝統の物だったか。カップに口をつけ、1口飲む。想像したよりも甘く、それでいて味が引き締まっていて、しつこくない。これはレモンが入っているのだろう。……ここまでの疲れが溶けていくようだった。

 

「気を遣わせてしまったな」

 

「え? い、いえ、そう言うわけじゃ! その、たまたまこの部屋にキッチンがあったので、ふと思い立ってお茶を淹れただけで……」

 

「これ、デーモン伝統のお茶だろう? 疲労回復と、リラックス効果のある物だ。それに、レモンも入っているな。こんなものを出しておいて、気を遣ったわけじゃないなんて言うわけじゃないだろうな?」

 

「あぅ……流石、カミラ様です。全部お見通しなんですね」

 

「紅茶にはうるさいんだ、私は」

 

「……お味の程は?」

 

「美味い。文句なしだ」

 

「そうですか! よかった……」

 

 1口、もう1口と、紅茶を口に含む。涙が出そうになるのを堪え、紅茶も飲まずに私を見つめるカレンに笑いかける。

 

「カミラ様」

 

「どうした、カレン。お前も早く飲まないと冷めるぞ?」

 

「……何か、思い詰めてること。ありますよね?」

 

「……」

 

「よかったら、話してくれませんか?」

 

「……できない」

 

「どうして?」

 

「私は、このパーティを纏める物だ。私が、弱音を吐くわけにはいかない」

 

 私が不安定じゃ示しがつかないんだ。私のミスで村の襲撃を止められなかった。そのせいでルカとリカが死んだ。そして、カレンを支える役目をアランにさせてしまった。駄目だ。だめだめだ、私は。だからせめて、せめて弱音を吐くわけには……

 

「カミラ様」

 

「っ! あ、すまない。少し、考え事を」

 

「酷い顔してます、カミラ様。そんなお顔で明日、ジェイク領主との交渉をするつもりですか?」

 

「……」

 

「話してください。私、カミラ様の助けになりたいんです。カミラ様にも、アランさんにも助けて貰いっぱなしで……。私も何か、皆さんの役に立ちたいんです」

 

「……長くなるぞ」

 

「はい」 

 

「聞くに堪えないことだぞ」

 

「そんなことありません」

 

「……本当に、いいんだな?」

 

「はい」

 

「……ありがとう」

 

 それから、私は全てを話した。村が襲撃された夜、私が見回りを怠ったことを、後悔していること。そのせいで、ルカとリカが死んでしまったと、そう思っていること。

 

「……私が気を付けていれば、村の被害も最小限に抑えられただろう。そうすれば、きっと彼女たちも……」

 

「カミラ様」

 

 カレンが私の言葉を遮った。

 

「それは、多分、駄目です」

 

 とても悲しそうな顔をしてそう言った。

 

「……それは、どういう?」

 

「そんなの、違います。カミラ様だけのせいなんかじゃありません。私が気づくのがもう少し早ければよかったとか、無理にでも仲直りさせていればとか……後悔や、自分のせいだと思うことだってたくさん、あります。きっと、アランさんにも。だから駄目です。全部自分のせいにするのは……ずるい、です」

 

 ……全部自分のせいにするのは、ずるい。自分1人で罪悪感を背負うのは、ずるいことなのか。……確かにそうだ。私だけが悔しいわけじゃないし、私だけが罪悪感を抱いていたわけじゃないだろう。目の前で2匹の死を目の当たりにしたアランや、実際にリカを介錯したカレンは、きっと……私よりも、もっと、もっと辛かったはずだ。そんなことにも、私は気づかなかった。

 

「……はは。最低だ、私は」

 

 手の届かなかったことを全部自分のせいにして、誰にも打ち明けず無理をして。結局私は、自分が悪いと思っています、私は無理をして頑張っていますと、アランやカレンにアピールしたかっただけなのではないか? ……そんなの、1匹よがりで、最低だ。

 

「……やっぱり、私はここに来るべきじゃ無かったのかも……」

 

「ああ、もう! どうしてカミラ様はそうやって考えを後ろ向きに持っていくんですか!」

 

「それは、その」

 

「皆後悔してます皆悪かったですでいいじゃないですか! ……ここに滞在する以上、また山賊団とかかわることがあるかも知れません。その時に八つ当たりするとかで良いじゃないですか! ……前を向かなきゃ、先に進む事なんて出来ないんですから!」

 

「……それ、は」

 

 その言葉には重みがあった。先に進んでいる物の、重みが。

 カレンはきっと、その通りに生きている。何があっても、最終的には前を向いて、先に進んできたのだろう。なら、私は?

 進んでいない。1歩すら進んでいない。あの時に囚われたまま、あの後悔に縛られたまま、私は進んでいないのだ。だから、私は……。

 

「カレン」

 

「はい」

 

「君の言うとおりだ。私はずっと後ろを向いて生きていて、1歩も前に進んでいなかった。なにがあっても自分の、自分1匹のせいにして、言い訳をして、同じ所に留まり続けていた」

 

「……はい」

 

「正直、私はわからない。どうすれば先に進めるのか。どうすれば、前を向けるのか。きっと、今すぐには進めないと思う」

 

 それは、過去に私の罪があるから。私の残してきた、1番大きな後悔があるからだ。この罪を濯がないかぎり、私は永遠に前を向くことが出来ないままだ。

 

「だから。いつか前に進むために、カレンに打ち明けさせてくれ。私の1番の罪、1番の後悔を」

 

「わかりました。それで、カミラ様が楽になるのなら、私聞きます」

 

「……ありがとう」

 

 ……ああ。この話を誰かにするのは初めてだ。1番に親しいと思っているアニタにも、この話はしなかったから。震える手を握りしめ、震える声をなんとか抑えて……私は、語り始める。

 

「この話は、旧魔界暦。人の暦では、暗雲の時代と呼ばれている頃。人間だった私が、ヴァンパイアと出会ったところから始まる話だ」




時間が無いので用語解説は後日記載します。


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昔語り:カミラと永遠を生きる吸血鬼
美しき娘(カーミュア)


春休みに入り、怠惰を極めております。このままではいけない……。

無事、卒業認定をいただきました。4月から専門学生です。どうでもいいネ!


 あの頃の私は、ただの村娘だった。

 魔物との戦いからしばしの時が過ぎ、人がようやく平和という言葉を思い出した頃だ。その頃に、私は人間として生を受けた。勿論、人間同士での争いもあるから完全に平和というわけではなかったが、それでも魔物と戦っていた頃よりは遙かに平和だと、皆口を揃えて言っていた。

 

 私はあの時代の魔物との戦いが終わった後に生まれたから、魔物の驚異、恐怖や、魔物との戦いの苦しさは知らなかった。ただ細々と、村娘として日々を過ごしていた。

 その日々は、しかし私にとっては楽しいものではなかった。なぜなら、私は美しかったのだ。こう言うと自分で言うなといわれるかも知れないが、事実客観視しても私は美しいと思う。少なくとも当時の村の中では、1番の美人だったのだ。絹のようにサラサラとした、美しい金髪。村では珍しい青い目。まさしく理想の美女であると、男たちは言った。それ故に……私は狙われた。

 私は、当時の村の言葉で『最も美しい』と言う意味の、カーミュアと言う名をつけられていた。そして、村の男たちの慰み者にされていた。当時の村の男たちは強く、女性は逆らえなかった。癇癪持ちも多く、1度暴れ出すと手が付けられない程だった。故に私を求めた男たちに私たち女は逆らえなかったし、私が慰み者になっていれば、少なくともその前後は男たちの機嫌がよかったのだ。だから、私を助けてくれる人などいなかった。辛かったよ。屈辱的だった。だんだんと汚れていくのが、とても……とても嫌だった事を覚えている。

 

 だから、『その時』は驚くことも、喚くこともしなかったと思う。その時、とは何か? それは私にもわからない。何が原因なのか、どういう現象だったのか。説明できることと言えば1つだけ。いつの間にか、私は人界ではなく魔界にいた。それだけだ。

 そう。魔界にいた。ただいつもの通り起きて、ただいつもの通り家事をして、ただいつもの通り……仕事をしようとしていたその時に。私はいつのまにか赤い空の下、広大な草原にぽつんと立ち尽くしていた。そして、当然のごとくゴブリンに捕まった。私にはその時は魔物の知識などなかったから、その魔物がどんな名前なのかはわからなかったけれど。

 

 私はゴブリンの村まで連れて行かれ、拘束されて地面に放置された。耳に入るのは、ギィギィという、甲高い下卑た笑い声と残酷な話し声。どうやら、私はこいつらの餌になるらしかった。

 だが、そんなことはどうでも良い。どうせ、死んだように生きていたのだ。本当に死ぬのなんて、どうってことない。その頃には、母や友達だった女の子たちにも距離を置かれていたから、心残りもなかった。ただ漠然と、これで終わるんだな、と思った。ただ、漠然と。やっと終わるんだな、と思った。

 そして、夜になった。私は人生で最後の夜空を眺めていた。空には満月が浮かび、キラキラと星が輝いていた。昼間の魔界の空はべったりと絵の具を塗ったように赤黒くて、あまり綺麗だなとは思わなかったが、夜の星空だけは、人界と変わらず綺麗なんだなと思った。

 うとうとと眠くなってきた。出来るなら、このまま眠ってしまって、寝ている間に殺されないかな、と思った。やっぱり痛いのは嫌だし、死ぬのは良くても殺されるのが怖いことに変わりはなかった。だから、せめて、命の終わりはこの最後の眠りのうちに。私の意識が消える前に考えていたのは、それだけだった。

 

 ふっと、目が覚めた。視界に写ったのは、眠る前と変わらない村の地面だった。固い地面で全く同じ体勢で寝ていたからか、体が痛かった。残念なことに、私はまだ生きていた。

 どれだけ時間が経ったかはわからない。少なくとも、辺りはまだ夜のとばりに包まれていた。

 

 そして、村に悲鳴が響いた。

 

 醜い悲鳴だ。耳をつんざくような、甲高い悲鳴だ。この悲鳴が、私をさらったゴブリンたちのものであることは疑いようがなかった。

 悲鳴は次々とあがった。私には、何が起こっているのかさっぱりわからなかった。縛られて、地面に転がされているのだから当然だ。地面を見るか空を見るかしか出来なかったからな。

 

 何分ほどそうしていただろうか。悲鳴は止み、村に静寂が訪れた。あの悲鳴がゴブリンたちのものだとすれば、この村のゴブリンは全滅してしまったのだろう。

 考えていたのは、私はこれからどうなるのだろうか、と言うこと。人界に帰ることは出来ないだろう。そもそもどうしてここ(魔界)に来たのかもわからないのだ。戻る方法など分かるはずもなかった。それに、私は拘束されている。このままじゃ動くことも出来やしない。

 このまま餓死するか、この村を襲ったであろう何者かに殺されるか。私の末路は、きっとその2つのどちらかだった。

 

 チチチッ、と。何かが鳴く音が聞こえた。それと同時に、私の目の前に大量のコウモリが飛んできた。コウモリは集まり、固まり、見る見るうちに人の形を作り上げ……そして、人になった。性別は男に見える。銀色の短髪は月の光を受けて輝き、闇に溶けるような黒い装束を纏っていた。裏地の赤いマントが風にはためいている。

 その人は、赤色に光る眼でこちらを見下していた。とても冷たい瞳だった。

 

「……お前、人間か?」

 

 その人は低いが、よく通る声でそう言った。私は頷いた。すると、その人は何か考え込むような仕草を取り、そして。唐突に私を縛る縄が切れた。

 何が起きたのかわからぬままに、その人は私の手を取り立ち上がらせた。そして、なんと驚いたことに、私はその人に抱きしめられた。

 

 私の頭は混乱の極地だった。この男も、私も何もしていないのに、なぜ私を縛る縄が切れたのか。仮にこの人が縄を切ったとして、なぜわざわざそんなことをしたのか。なぜ急に抱きしめられたのか。……なぜ男に抱きしめられているのに、妙な安心感を抱いているのか。頭がぐちゃぐちゃで、自分が何を考えているのかわからなくて、何を考えなきゃならないのかわからなくて……そして、そのうちに。

 

 ずくり、と首筋に鈍い痛みを感じた。見ると、彼は私の首筋に噛みつき、血を啜っていた。

 

 前身から力が抜け、目の前がボーッとして、立っていられなくなった。意識が遠のいて、何も考えられなくて、それで……そのまま意識を失った。

 

 真っ暗になった視界の中で、すまない、と言う声が、耳に届いたような気がした。

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、私は見慣れない天井のついたベッドに寝ていた。後で知ったのだが、ベッドについていた天井は天蓋と言うらしい。村娘だった私には縁のない代物だった。

 起きた直後はボーッとしていたが、次第に意識が鮮明になっていくと、だんだんと眠る前のことを思い出してきた。

 唐突に魔界にやってきたこと。醜い魔物に捕まったこと。急に人間らしき男が現れ、私を抱きしめ、噛みつき、そして……私の血を、啜ったこと。

 そこまで思い出したとき、私は反射的に、あの時噛みつかれた首筋に手を当てていた。そして、気づいた。

 

 傷痕がない。

 

 確かに噛みつかれたはずだった。感覚的に、血も吸われていた。あの感触は、リアルさは、夢なんかではなかったはずだ。

 だが、傷はない。痛みもない。考えられるのは、この傷が癒えるほどの時間私が眠っていたこと。あの時は5大元素もなかったから、何か超常的な力で傷が癒えた、何てことは考えられなかった。だから、可能性としては時間だけ。でも、そんなことあり得るのだろうか? 時間が経った割には、お腹も空いていなかったから。ますます訳がわからなくて……だから、私は一旦そのことを考えるのをやめた。

 次に気づいたのは髪の色だ。たまたま目に映った髪の色は今までの金ではなく、銀色だった。慌てて髪の毛を目の前に持ってこられるだけ持ってきたが、確認できる範囲は全て銀色だ。

 そして最後に、お腹の底が妙に熱いことに気がついた。それに気がついたら、いきなり体中が燃え上がるように熱くなった。何か物凄い力が、下腹部から体中を駆け巡っているようで苦しかった。

 

 突然の体の熱さに苦しんでいると、部屋の扉がノックされた。入ってきたのは、あの時の男。私を抱きしめ、噛みつき、血を啜ったあの男だ。

 彼は私の姿を見ると、一瞬目を丸くした。しかし、すぐにあの時と同じ冷たい視線に戻った。

 

「起きたのか。よく眠れたか?」

 

「……まあ、それなりに」

 

 男は私に優しく問いかけてきた。私は体の熱の苦しみで頭がボーッとしていたから、特に何かを考えることもなく、ボソボソとそう言った。

 

「……そう怯えなくていい。私はお前に何もしない。と言っても、信じては貰えないだろうがな。……魔力が大きく向上している。流れも正常だ。やれやれ、どうやら成功したらしいな」

 

「成功したって、何が? この、体の熱さと、関係あるの?」

 

「ああ、関係あるだろう。お前の体を巡る大きな魔力に、銀色に染まった髪の毛。あぁ、俺が噛みついた首筋の傷も治癒しているだろう。お前の体に起きた変化は全て、お前の存在を揺るがす1つの変化に起因する。……どうか、落ち着いて聞いて欲しい。お前はもう人間ではない」

 

 それを彼から告げられたとき、私が何を考えていたのかは……正直、覚えていない。

 

「ようこそ魔界へ。お前は、魔物になった」

 

 ただ確実に言えることは。この時は、これから先、自分が途方もなく永い時を生きることなど、全く考えてもいなかったと言うことだけだ。




用語解説のコーナー!

アニタ「どうもみなさんこんにちは! 最近、作者の友人にJK魔王って言われたアニタです!」

アラン「……JKって何ですか? アランです」

アニタ「私もわかりません。っていうか! 私は魔王じゃなくて大魔王です! そこを間違えないでいただきたい!」

アラン「まあ、大きな違いですしね。そこ」

アニタ「それでですね、今回の用語解説なんですけどね」

アラン「はい。今回は何を解説するんですか?」

アニタ「……ついに。またやってきてしまいました」

アラン「……はい。また、とは」

アニタ「ネタ切れです」

アラン「またかー……」

アニタ「本当に申し訳ありません! ちゃんと考えて、なんとかネタを出しますのでお待ちください!」

アラン「それでは、今回はこの辺りで」

アニタ「ばいばーい!」






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男ってもっと酷いやつだったし、魔物ってもっと怖いものだと聞いていた。

 男は椅子を持ってきて、私の横になるベッドのそばに座った。そして、語り始めた。私がどうして魔物になったのか、と言うことを。

 ヴァンパイアの特性に、眷族作りというものがある。吸血を行うことによって、吸血を受けた物を同族に作り替えてしまう。それはどうやら魔物に限らず、人間にも効果があったらしい。ヴァンパイアは綺麗な銀髪を持つ種族だ。そして、膨大な魔力量を持つ魔物だ。体を渦巻く熱さも、髪の毛が銀に染まったのも全て、それが原因だと説明された。

 

「……それで。あなたはどうして私を……ヴァン、パイア? なんかにしたの?」

 

 ヴァンパイアの体に徐々に慣れてきたのだろうか。少し体が楽になった私は、ベッドの上で上体を起こした。そして、1つ男に質問をした。非常に純粋な疑問だった。どうして私だったのか? 誰でも良かったのだろうか? それならなぜわざわざ私を選んだのだろうか? そんな色々が詰まった質問を、私はその男に投げつけた。

 

「それはだな。……その、なんだ。……ええと」

 

 男が言葉に詰まった。何か怪しい。ここで言葉に詰まると言うことは、適当に選んだというわけではないというのと。それが言えないとなると……怪しい。私に何をさせるつもりなのだろうか?

 

「言えない事情でも、あるの?」

 

 とりあえず、冷静に問いかける。と言うのも、男が続きを話す素振りを全く見せないからだ。何か考え込んだまま、気まずそうにちらちらとこちらを見ているだけ。これは流石に助け船を出してやらねばなるまい、と悟った。既に終わった私の人としての生で、場の空気の読み方は覚えていた。

 

「いや、そう言うわけでは……ないんだ。その、なんだ。……君の、名を呼びたかった」

 

 はぁ。名を呼びたかったと。はぁ? 名を呼びたかった?

 

「……それだけ?」

 

「ああ。そういえばまだ互いに名乗っていなかったと思ってな。これから共に暮らすのだ。名を知らぬのは不便であろう」

 

 ……聞き捨てならない一言が聞こえた。今、この男は何て言った?

 

「これから共に暮らす……って、どういうこと? 私は、これからここであなたと共に生活すると?」

 

「ああ、そうだ。他に行くところもなかろう? お前はまだ、魔物になりたてだ。ありあまる力や、魔力の使い方がわかっていない。見たところ人であった時のお前は肌が白く、戦いに使用する筋肉のない体だ。魔力も少なかった。戦いの経験はないのだろう? それに、どういう経緯で人間であったお前がこの魔界にやってきたのかは知らないが、ゴブリンに捕まっていたところを見るとここに知り合いもいないのだろう。そんな体たらくで外へ出ても、野垂れ死ぬだけだ。お前はあの夜、あのままではいずれ死んでいたし、今ここを出てもいずれ死ぬ。ならば、共にここで暮らすしか選択肢はなかろう」

 

 ……なんというか、なんだろう。すごく、すごく……。

 

「……怖気が走りました。ハッキリ言って気持ち悪いです。ドン引きです」

 

「な、なぜだ!?」

 

 私は自分の体を抱き、男から少し距離をとった。だって、私の体をマジマジと見て、色々なことを知ったと告白したのだ。この男は。私の体をマジマジと見て。私の体をマジマジと見て。散々男に汚されて、プライドも何もなくなった私だったが、それでも私はうら若き乙女だった。目の前で体つきをガン見してましたなんて言われたら嫌悪感も湧く。今までタメ口をきいていたのが敬語にもなる。

 

「本人の前で、仮にも女の体をマジマジと見ていたことを告白されたら嫌悪感も湧きます。近寄らないでください。汚らわしい」

 

 ……ああ、その時の私は、こうも思っていたっけな。

 

「あなたも、他の男と同じ。私を、欲望の対象としか見ていないんだ」

 

 今思えばばかばかしいことだ。彼は状況を判断し、彼の基準で正しい行動をとっただけだというのに、そうしたと言うことを私に告げただけなのに、なぜそう言う考えに至るのか。彼の言葉選びが微妙だったと言うこともあるが、まあ、それだけ男性不信だったのだ。あの時の私は。

 ……さて。その時頭で考えていたことを、そのまま口に出してしまった私だが。それに対して彼はなんと返事をしたのだったか。

 

「む? すまない、気分を害したか。今まであまり他の魔物との会話をしてこなかったものでな。特に女性とはさっぱりだった。失礼な言動をしたなら許して欲しい。ああ、それと君に危害を加えるつもりは毛頭ないよ。安心してくれていい」

 

 確か、こんなようなことを言っていたか。なんとまあ、至極冷静なことだ。

 

「……信用できません」

 

「まあ、だろうな。信用できないならすぐに信用しなくて良い。無理に信用しろとは言わないよ」

 

 彼はそう言って、にわかに立ち上がった。

 

「茶を淹れてこよう。待っていてくれ」

 

 そして、本当にそのまま部屋を出て行った。私はその後ろ姿を睨み続け、彼が扉を閉めた後、ふぅー、と息を吐き出した。いつの間にか相当緊張していたらしい。じっとりと汗もかいていた。

 

「……よく、わからない」

 

 そう、独り言をこぼした。私がそれまで見てきた男と、さっきまで話していた彼は全然違ったように思えた。冷静で、物腰も話し方も、堅いが丁寧だ。紳士的、と言えるだろうか。その時の私はそんな言葉知りもしなかったが。私の知っている男と言えば、粗暴で、言葉遣いも悪い奴らばかりだったから。私に対して、村の女性でもしないような、優しい接し方をしてくる彼のことが、全くよくわからなかった。それに。

 

「あいつらと同じ、男のはずなのに。なんで最初の内は、嫌悪感とかなかったんだろ……」

 

 最初の内、嫌悪感も警戒心も無く接することが出来ていた自分にも気づいて、ますますよくわからなくなった。

 これから私はどうなるんだろうか。そんな不安が、心の中に急に現れた。

 

「待たせたな」

 

 しばらくすると、彼はトレイに2つのカップを乗せて部屋に帰ってきた。私はまた少し身構えながら、彼を睨みつけた。

 

「……やれやれ、すっかり警戒されてしまったな」

 

 そう言いながら、彼は私にカップを1つ手渡した。私の許へ伸びる手に私は身を引いて避けるが、さらにぐぐっと私に近づけてくるものだから、とうとう逃げ場がなくなってしまった。

 

「警戒するのはいいが、私が作ったものを何もかも食べない飲まないとするつもりか? 魔物の体だろうと食事をしなければ死んでしまうぞ? まあ、死にたいならばいいがな」

 

 そのまま、ほら、と言って無理矢理カップを私の手に握らせる。私は、そのゆらゆらと湯気の立つ、綺麗な青色をした飲み物をマジマジと見つめた。見たことのない色をしたそのお茶を、あまり美味しそうだとは思わなかった。でも、確かに。このまま何も飲み食いせずに死ぬほど滑稽なこともない。例えば、このお茶に媚薬や睡眠薬、あるいは両方が仕込まれていたとしても別に良い。『今まで死んだように生きていた』。ここで目覚める前も、死んでも構わないとさえ思っていた。なら。

 

「……!」

 

 ぐいっと。一気にカップをあおる。それと同時に、果実のような、花のような香りが鼻を抜けた。それでいて暖かくて、それで……熱い。

 

「……!! んー! んー!」

 

 淹れたての湯気の立つお茶を一気に飲めばそれはそうなる。ただ吐き出すわけにもいかないから、必死にそれを飲み下す。

 

「……大丈夫か?」

 

「……口中が痛い」

 

「だろうな。まあ心配することはないさ。火傷くらいならすぐに治る。ところで、味の感想は?」

 

「あ、その……美味しかった、です」

 

 後半熱さに全てが持っていかれたが、あんな飲み物は飲んだことがない。華やかで、暖かい。そんな味だった。味のない水ばかりで、味の付いた飲み物は特別な時にしか飲めなかったから尚更だ。その気持ちを素直に伝えると、彼はちょっぴり得意げな顔になって、

 

「だろう? 年季が違うんだ」

 

 と。そう言った。私はその顔を睨みながら、ちびり、ちびりと、熱さを確かめるようにお茶を飲む。暖かさが体中に染み渡って、いつの間にか涙がこぼれた。

 

 ここまでの不安とか、恐怖とか、色々なものが溶けて、ほぐれていく気がして。涙を堪える事なんて出来なかった。

 

「落ち着くだろう? 俺も好きなんだ。このお茶」

 

 恐らく私に笑いかけているだろう彼の顔も見えないくらいに目には涙が溜まって、思わず顔を背けてしまった。

 

「さて、もう昼だ。お腹も空いてるだろう? 食事を作ってこよう。出来たら呼ぶから、立てるなら体を慣らしておけ」

 

 泣き続ける私を1人にして、彼は再び部屋を出て行った。……なんだか、優しいやつだ。男ってもっと酷いやつだったし、魔物ってもっと怖いものだと聞いていた。そんな男のイメージとも、魔物のイメージとも、全く違う。

 さっきまでのこれからどうなるんだろうという不安は、紅茶の香りと共にいつの間にかほぐれて、これからどうなるんだろうという疑問と、ちょっとばかりの期待に変わっていた。我ながらチョロいもんだな、うん。

 

「……あれ。結局名前、教えてない」

 

 それに彼の名前も聞いていない。まあ、食事が出来たら呼ぶと言っていたし、その時にでも教えてやれば良いだろう。




アニタ「用語解説は今回も休載です。次回もまた読んでくださいね! ばいばーい!」

アラン「……それ、わざわざ後書き欄に出て来てまで大魔王様が言わなくても、作者が本日もお休みですって言えば良いだけの話では?」

アニタ「投稿ペース的に1年以上私の出番無いかも知れないという作者の温情により休載報告も担当することになりました。作者は絶対に許しません」

アラン「あー……その、頑張ってくださいね?」

アニタ「同情的な目で見るのは辞めてくださいー! というか、ダラダラ雑談してるのもあれなのでさっさと締めますよ! ばいばーい!」

アラン「また次回!」


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新しい私(カミラ)

 彼が私を呼びに来たのはすぐだった。彼は食事が出来たとだけ言って、部屋の外から私を手招きした。今考えてみればその前までの私の反応から近づくのを遠慮していたのだろうが、何かあるかもしれない、と警戒心バリバリで身構えて着いていったのを覚えている。

 その時の私はというと、適当に体を動かしていたところだった。魔物に変わったばかりの体は違和感の塊で、今まで通りに体を動かすのに多少苦労していた。

 具体的に言うと、人間だった頃より体が軽いのだ。身体能力がヴァンパイアのそれになった事による影響である。体に今までの重さを全く感じない故に、今までと同じ動作で立ち上がろうとしたり、座ろうとしたりすると、びっくりするくらいの速度で体が動く。ベッドから立ち上がるときに転んだくらい。ちなみに、舌の火傷はもう治っていた。

 

「苦労しているようだな、中々」

 

 彼と共に食堂へと向かう道すがら、1歩1歩を慎重に歩く私に彼は声をかけた。私はその声に一瞬びくりと体を縮めたが、すぐになんでも無いように背筋を正す。

 

「……前よりも、体が軽いから。どうにも歩きづらくて仕方がないの」

 

「そうか。そうだろうな。脆弱な人からヴァンパイアになったのだ。体も軽いだろう」

 

 それきり彼は無言になって、ただ食堂への道を歩き続けた。私はなんとなく、廊下を見回した。

 床には暗い赤色のカーペットが敷き詰められ、壁紙はやや黄色がかった白。等間隔で壁に掛けられた燭台のろうそくが暗い廊下を照らし、どことなく暗く、怪しい雰囲気を作り出していた。あれで照明さえ違えば、雰囲気も明るくなったと思うのだが。粗末な木造の家で暮らしていた私は、おとぎ話でしか出てこないような装飾の様子に心が躍っていた。顔は無表情だったがな。

 

「着いたぞ。食堂だ」

 

 たどり着いたその扉は、まだ廊下の中程にあった。彼が大きな扉を難なく開くと、そこに広がっていたのは広い広い食堂だ。大きな部屋の中央に途轍もなく長いテーブルがあり、天井に吊ってあるシャンデリアと言い、テーブルに置かれた燭台と言い、当時の私はみたことも無いものばかりだった。大魔王城のものと比べたら半分程度の大きさではあるが、大魔王城の食道は30匹ほどが同時に食事を取れるもの。その半分の大きさなのだから、広すぎると言っても良いくらい広かった。なぜなら。

 

「広い……」

 

「そうだろう。1匹だけで使うには広すぎるくらいだ」

 

 今までこの食堂を利用していたのは、たった1匹だけだったからだ。

 

「1匹……? 1匹って、他にここに住んでいる人は、いないの?」

 

「人じゃなくて魔物だ。ああ。いない。物心ついた頃からずっと、ここで、1匹で暮らしていた。言っただろう? 俺は他の魔物とほとんど話したことが無い。この世界に恐らく、俺以外のヴァンパイアはいないし、他の魔物はすべからく餌だからだ」

 

「魔物が、餌?」

 

「……そのことは後で説明しよう。それよりも食事だ。冷める前に食べないとな」

 

 そうして彼に促され、長いテーブルの両端に向かい合って席に着く。席に用意されていたのはパンと、赤いどろっとしたスープ。

 

「この、スープは?」

 

 テーブルの端から端まで届かせるにはやや小さすぎる声だったが、魔物が2匹しか居ない広い部屋には十分に響いた。

 

「む? これはシチューだ。ミノス牛のシチュー。人界に、シチューはないのか?」

 

「……わからない。私は、見たこと無い」

 

 そもそも、スープなんてものも滅多に食べることが出来なかった私は、所謂ビーフシチューなんてものを知ってすらいなかった。故に、恐る恐る。スプーンでシチューをすくい、口に運ぶ。

 

「……美味しい」

 

 濃厚で、肉の旨みがたっぷりと詰まったシチューは、とんでもなく美味しかった。1口、また1口と、夢中になってシチューを口に運ぶ。食べ方のマナーがなっていないのは、まあ仕方のないことだったろう。

 シチューを一滴残らず飲みきると、今度はパンに目が行った。1口かじると不思議なことに、柔らかくてふわふわしている。そして、ほんのりと甘い。私が今まで食べていたパンは堅くて、ボソボソとしていたものだったから、こんなに美味しいパンがあるのか! と驚いたものだ。

 

「随分とがっつくものだな。余程腹が減っていたと見える。着替えさせる前の服装も汚いものだったし、君は地位の低い村娘だったりしたのだろうか?」

 

「……!」

 

 図星だった。なんでそんなことまで分かるのか、この男は。と当時は思っていたが、まあ、誰から見ても明らかだったな、あれは。特に彼の洞察力が優れていたわけでもないだろう。当時の人など、魔物と大差ないようなものだったしな。

 というか。この時の私はようやく、とんでもないことに気づいた。そう。この男は今、着替えさせる前、と言ったのだ。私は慌てて自分の姿を見下ろした。私が来ていた麻のワンピースは、絹で出来た純白のワンピースへと変わっていた。

 まあ、つまり、そういうことだ。私は彼にガッツリと下着姿をみられた、と。

 私は再び両腕で自分の体を抱いて、彼を睨みつけた。顔がすごく熱くて、ちょっと涙目になっていたことを覚えている。ちなみに、私は着替えさせられただけでそれ以外は何もされていなかった。

 彼は、何故私が自分を睨みつけているかわからない、と言った様子で、黙々と食事を摂っていた。その様子に、なんだか腹が立った。無性に腹が立った。

 

「……ああ、そう言えば」

 

 そんな中、彼は何かを思い出したかのようにそう呟いた。そして食事を中断し、私の方をしっかりと見た。

 

「まだ、互いに名乗っていなかった。君の名を聞きたいと言ったが、結局、うやむやになってしまったからな」

 

 ああ、そうだった。私も忘れていた、そんなこと。

 

「さて、さっきは一方的に名前を聞いたが、魔物に名を聞くときは自分から名乗るのが礼儀だ、とどこかで聞いたことがある。故に、俺から名乗ろう」

 

 うん。ここまで長かった。これでようやく、『彼』ではなくて名前を出して話すことが出来る。

 

「俺の名は、ヴラド・ドラキュラだ」

 

 ヴラド・ドラキュラ。それが、旧魔界暦において最も危険と呼ばれた魔物、ヴァンパイアの1匹にてその頂点に立つ男の名であった。

 

「ヴラド・ドラキュラ……」

 

 私は、彼の告げたその名を反芻する。なんとなく、ああ、彼に合っているなぁと、そう思った。何故そう思ったのかは、残念ながら今もわからないけどな。なんだろう、身に纏うオーラとか、そういうものとマッチしていたんだろうか。

 

「さぁ、君の名も教えてくれないか」

 

「……私は、カー……」

 

 ヴラドが私の名を問い、私は1つ頷いて答えようとした。だが、その先が出てこなかった。さっきまでは簡単に教えてやれば良い、なんて考えていたのに、口が言葉を紡がない。自分の名前(カーミュア)を口にするのが怖かった。その名で呼ばれるのが嫌だった。この名前を教えて……彼がずっと私をカーミュアと呼び続けることを想像すると、とても……耐えられる気がしなかった。

 

「私は。私、は……」

 

 私は、自分で思っていたよりも、ずっと、カーミュアという名前にトラウマを持っていたのだ。だから、告げられない。名乗れない。でも、名乗ることからも逃げることも出来ないだろう。咄嗟に偽名なども出てこなかったし、偽名を使うことなんて頭の片隅にすら無かった。だから、意を決して。だから、正直に。声の通り道を塞ごうとする喉に、必死に、必死に空気を通して、そして、やっと。

 

「カー、ミュア」

 

 小さい声で、自分の名前を絞り出した。食堂はしんと静まり返っていた。そんな小さい声でさえ、それなりに響いて。普通だったなら絶対に届くことの無い声だが、彼には確実に聞こえただろうと、そう思った。

 沈黙がいたい。彼の次の言葉は、一向に紡がれない。彼の次の言葉は、私の名前だろう。カーミュアというのか、と。そう言うはずだ。私は、またカーミュアと呼ばれるのが怖くて、いつの間にか目を瞑っていた。

 しかし。

 

「……カミラ、と言うんだな?」

 

 返ってきたのは、私の名と似てはいるが大きく違う、カミラという名だった。

 

 私に、訂正する気は起きなかった。

 

「……む? 違ったか? すまない、あまり良く聞き取れなかったのだ。もし違ったなら、もう1度君の名を……」

 

「いえ」

 

 体は魔物になった。身体能力が高くなった。体を駆け巡る魔力が、なんとなくわかるようになった。髪の色も変わった。変わらないのは、声と顔くらい。こんなにも変わってしまったなら。なら、いっそ。私が大嫌いなこの名前(カーミュア)も捨て去って、それで。新しい私(カミラ)になってしまっても、良いのかもしれない。

 

「私は、カミラ。あなたの聞き間違いなんかじゃない」

 

 こうして。私は、カーミュアでは無く。ヴラドの聞き間違いによって生まれた、カミラという名前を選んだのだ。




アニタ「今回も私の出番ですね! ではでは、今回の──」

アラン「今回の用語解説もお休みです。楽しみにされていた方いらっしゃいましたら、申し訳ありません」

アニタ「ちょっっっっっとぉぉぉぉぉ! 私の! 出番を! 取らないでくださいよぉ!」

アラン「うわ、いきなり大きい声出さないでくださいよ。耳に響くじゃないですか」

アニタ「私の! 私の数少ない出番なんです! ここから先4大都市遠征でほぼ出番のないメインヒロインであるところの大魔王アニタ様の数少ない出番なんです! それを取るなんていくらアランでも許しませんよ! 許しませんからね!」

アラン「うわ、見事に言ってることが矛盾してますね大魔王様。ていうかメインヒロインだったんですか大魔王様」

アニタ「そこに突っ込まないでくださいよぉ! この作品の題名! 私のことです! 平和を望む大魔王アニタ様とは私のことです! だから私はメインヒロインなんです! メインヒロインなんです!」

アラン「題名になってるのに主人公じゃなくてメインヒロインって所に突っ込みは無いんですか……?」

アニタ「ていうか! 今回は本当になんで私の出番を持っていったんですか!? アランがそんな嫌がらせをするとは私思えないんですけど!」

アラン「作者が今回の休載報告は大魔王様を遮るようにして僕が言うようにするって言ってましたよ」

アニタ「……なんで、ですか?」

アラン「その方が面白そうだからって言ってました」

アニタ「……こんのぉ……! 底!辺!作者がぁぁぁぁぁぁぁっ!」

アラン「あっ……大魔王様が見たことも無いほどの大きさの火球を持って出ていった……。作者、死んだなこれ。あ、それではまた次回!」



※この後作者はなんとか生き延びました


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ヴァンパイアとしての私

 私がカミラと名を改めてから、何万年が過ぎ去ったろうか。ゆっくりと過ぎていく時を最初は長いと思ったが、次第にそうは思わなくなっていた。感覚が人から魔物へ、それもヴァンパイアのものへと切り替わったのだと気づいたとき、私は嬉しくて涙してしまった。

 

 ヴラドとの関係はと言えば、そう悪い物では無かった。むしろ良い方だ。この男には、私に手を出すつもりなど微塵も無いのだと悟ったのだ。あれから何年も手を出されなければ、男性不信まで行っていたであろう私でも流石に気づく。

 それから私は、ヴラドの使用人のような物になった。料理を、掃除を、洗濯を。必要な物は全て教えて貰えた。勿論、魔界に来る前にもある程度やっていたことだから、覚えは早かった。

 

 朝起きて食事を作り、洗濯をして、掃除をして……。人だった頃とあまり変わらない生活だが、人だった頃よりも余裕はある。畑仕事などが無いからだ。茶を淹れ、休む時間があるというのは素晴らしい。人のうらやむ優雅な生活というのはこういうものなのかと、そう思った。

 

 そして。人だった頃と根本的に違うものが1つある。

 

「カミラ、準備をしておけ。今夜狩りに出る」

 

「かしこまりました、ヴラド様」

 

 狩りだ。つまり、他の魔物を襲い殺すこと。私たちは狩りに出て、魔物の血を得る必要があった。

 

 ヴラドからは、魔物の血を、命を、糧とすること。その理由と、方法も教えて貰った。

 魔物の生死は問わず。その首筋に噛みつき、血を啜ること。それが魔物を糧とする方法だ。血液はまず私たちの寿命を延ばし、次いで魔力を増やす。魔物の血液さえ飲めば、私たちは永遠に生き、永遠に力を増すことが出来る。そうして私たちは長い時を重ね、時を重ねるごとに強さを増していった。

 

 魔物から血を得る過程で、戦闘に関しても教わった。身体をコウモリに変える技術。ヴァンパイアになったことにより手に入れた、闇魔素の魔法技術。上がった身体能力を使った格闘術。ヴラドの持つ知識や技、その全てを、隅々まで叩き込まれた。

 

「……ビンを4本、ホルダーを2丁。後は……今回はいいか」

 

 満月の夜。狩りに出るのは決まってその時だ。ヴァンパイアは月に恩恵を得る。何故かはヴラドも知らないらしいが、そういう物らしい。例えば強大な敵と打ち合ったとしても、当時の魔界の魔物では、満月の下に立つヴァンパイアには傷1つ付けることは出来ない。別に満月で無くても私たちが死ぬことなどあり得ないのだが、満月で無いときに狩りに出たことは最後まで無かったか。

 

 用意したビンは保存用。なんらかの理由によって狩りに出られなくなることも考慮し、血を蓄えておこうという私の提案で持っていくことにしたものだ。血は鮮度が落ちすぎれば私たちに利益をもたらさなくなるのだが、それでも血を保存しておくことは重要だと私は思ったのだ。

 

 

 軽く体をほぐし、体に魔力を循環させ、調子を確かめる。当然だが、すこぶる健康だ。狩りに影響など出まい。

 

「準備が済みました」

 

 ヴラドの許へ行き、準備完了を知らせると共に、ビンが2本刺さったホルダーを手渡す。彼がそれを装着し、私ももう1つのホルダーを身につける。

 

「うむ。では行こうか。今夜の狩りに」

 

「……はい」

 

 そうして、狩りは始まる。

 

 

 近隣に住み着き、集落を築いたゴブリンを、闇魔法による影からの浸食で拘束する。一様に影に縫い付けられたかのように動けない様を無様に思いながら、私はそっと1匹のゴブリンに近づき、首筋に口づけをする。コクン、コクンと飲み下せば、広がるのは脂っこいギトギトとした味。

 

 1体のゴブリンから血を抜ききった私は、口の中に残る、それだけでは寿命すら増えない程度の量の血をペッと吐き出す。

 

「……不味い」

 

 男の血は不味い。単純に臭いのだ、女の血に比べて。だから、私はあまり男の血は好まない。それに、ゴブリンという種族。脂っこいドロドロの血は喉に張り付いて来るから嫌いだ。

 

 まあ、でも。手を出してしまったものは仕方がない。集落のゴブリンを殺し尽くし、血を絞り尽くす。ある程度の血は残しておいて、ビンに入れて保管する。それを繰り返して30分。狩りは終わった。

 

「終わりだな。帰ろう」

 

「はい。口直しに食事でもいかがです? 手早く出来る物を用意します」

 

「頼む」

 

 あくまで彼の使用人として。家事をして、狩りをして、そうして生きていく。これが、ヴァンパイアになった私。ヴァンパイアとしての、日常だ。

 

 

 

 

 私たちが魔物の1匹も居なくなった集落を立ち去ろうとしていたその時。背後から、『圧』を感じた。振り返ると、そこには、1本角を持つ年若い1匹のデーモンが立っていた。

 姿は、筋力タイプのデーモンの平均よりも体の引き締まったそれ。しかし、体から放たれる魔力とも違うそれは、相手が私よりも明らかに格上だと言うことを告げていた。

 

「……デーモン、か」

 

「ヴラド様。この、圧は……?」

 

 これが私の初めて受けたプレッシャー。そして、そのデーモンの男は。

 

 後に、バーミリオン・グレイブハートと名乗る男。魔界に大魔王制度を確立し、最初の大魔王になる男だった。

 

「……お前たちは何だ? 人のような姿をしているが、人とは違う。魔力、筋力、そして……魔物の血を吸っていた。魔界各地を歩いたが、そんな魔物ついぞ見たことが無い。お前たちは、何だ?」

 

 デーモンの男はそう問うた。私はちらりとヴラドを見る。いつになく険しい顔をした彼が、私を庇うようにして前に出た。

 

「私たちは……ヴァンパイア」

 

 ヴラドは彼の問いにそう答えた。そして、あのデーモンの放っているものと同じ(プレッシャー)を放つ。

 

 プレッシャーとプレッシャーがぶつかり合う。情けないことにまだ弱かった私はよろめき、立っていることすらままならなかった。彼らが放ったのは、それ程の重圧だった。

 

 2匹は睨み合ったまま動かなかった。時が止まったような睨み合いは数分続き……そして、先に動いたのはヴラドだった。

 

 ヴラドが自らを構成する体の一部をコウモリに変える。そして、傍目には間抜けとしか思えない無策の突進をデーモンに仕掛ける。

 デーモンはつまらなそうにため息をついて、一言。

 

「開放」

 

 そう呟いた。作り出されたのは高濃度の闇の弾丸。それがデーモンの前方を壁のように覆う。しかし……それは発射される前に、消えた。

 

 デーモンが攻撃を受けたのは背後から。攻撃を加えたのは、あの時ヴラドから飛び立ったコウモリたちが形づくるヴラドの分身だ。唐突に背後から攻撃されたデーモンは目を剥き、突進の勢いそのままに放たれたヴラドの蹴りをもろに受けた。

 

「……流石に堅い」

 

 ヴラドの蹴りを食らったデーモンは大きく吹き飛ばされたが、空中で体制を整え、何事も無かったかのように着地して見せた。

 

「……あなた方を、侮っていたことを謝罪しよう。魔界各地を歩く中で、俺に攻撃を当てた物はついぞ居なかった。魔界を知るためにここまで歩いてきたというのにこれでは、歩いた意味が無いというものだよ」

 

 次の瞬間、デーモンの姿がかき消えた。私にはそのように見えただけで、ヴラドはその姿をしっかり補足していたようだが。

 

 デーモンの拳がヴラドの腹へと叩き込まれる。しかし、拳があたる頃にはそこはコウモリの塊となっていて、ダメージなど通らない。デーモンは隙を晒すだけだ。その隙を見逃さず、ヴラドはデーモンの顔に拳を叩き込む。

 

 そこから、凄まじい殴り合いが始まった。有利なのはヴラドだが、デーモンも負けてはいなかった。反撃を貰う位置を調整し、ヴラドのカウンターを最小限のダメージに抑えたのだ。そして、反撃をする。しかし、デーモンの攻撃は通じない。その繰り返しだ。

 凄まじい戦いだった。見えない。一挙手一投足その全てが見えない。かろうじて『何をしているか』がわかるのみで、それ以外は何もわからない。どう動いているのだろう。何故そんな動きが出来るのだろう。初めて見る高度な戦いに、じっとりと冷や汗をかく。

 

 そして、ヴラドとデーモンが一定の距離をとった。戦闘の小休止に、再びデーモンが口を開く。

 

「……危険、だ」

 

 デーモンのヴラドと私を見る目は敵意に満ちあふれていた。しかし、動かない。先程まで迸っていた殺気も、プレッシャーも、彼からは放たれていなかった。まるで、これ以上戦いを続ける意志はないというように。

 

「その力は、この魔界を滅ぼしかねない程危険な力だ。いつの日か、俺が、あなた方を滅ぼす。魔界のために」

 

 それだけを言って、デーモンは踵を返した。こちらに背を向け、去っていくデーモンを、しかしヴラドは追わなかった。

 

「……ヴラド様、追わなくて良いのですか?」

 

「良い。追ったところで、彼を仕留めるのは骨が折れそうだ」

 

 そうして。デーモンを見逃す形で私たちも住処に帰る。思えば、この時ヴラドを無理矢理にでも説得して彼を倒していれば、あるいは。あれも、起こらなかったのだろう。

 

 やっぱり。これも、私のせいだったのだろう。

 




アニタ「今回は、作者への愚痴と文句を言っていきたいと思います。どうもみなさん、大魔王アニタです」

アラン「後書き使って何をやろうとしてるんですかあなたは。お久しぶりです、アランです」

アニタ「そう! お久しぶりなんですよ! 何やってたんですか底辺作者は!」

アラン「なんでも学校企画のミュージカルの練習やら高校時代とは比べものにならない程のハードスケジュールな時間割やらで疲れまくってて書く気力が出なかったらしいですよ」

アニタ「学校がどれだけ厳しいかわかりませんけどね、1度始めたものは最後までやれって言う話ですよ! この話、あとどれだけ残ってると思ってるんですか!」

アラン「あ、それだけじゃないらしくて」

アニタ「はい? 他はどんなことで忙しいんですか?」

アラン「モンハンXXにドハマリしてるらしいです」

アニタ「……はいぃ?」

アラン「本当に忙しいんですかね作者は……」

アニタ「ゲームにかまけてないで私達の話の続きを書け! 待っていてくれる方に失礼だと思わないんですかクソ作者ぁ! 早く話進めて本編に私の出番をよこせコラァ!」

アラン「結局あなたは本編に出たいだけなんですね……」

アニタ「あぁ、もう、イライラが止まらない! 私ちょっと畑見にいってきます! アラン、締めといてください!」

アラン「え、あ、ちょっと! ……本当に言っちゃったよ……。あー、みなさん、大魔王様の愚痴という名の作者の言い訳に付き合っていただきありがとうございました。次はなるべく早く更新するらしいので期待せずに待ってやって下さい。それでは、アランでした。また次回!」


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人肌の恋しさを感じた時、私は

今回は、少し短いお話です。

このカミラの過去話、かなり時間がすっ飛んでいますが、実はすっ飛ばした時間の中には考えていたエピソードが何個かあったりします。カミラとヴラドが距離を縮めた経緯とか、カミラが初めて血を吸ったときの話とか、多少のネタバレになりますが、バーミリオンとの再戦とか。カットした理由はカミラの過去編が長くなりすぎるからですが、もし機会があれば、別の話として書こうと思っています。ですので、時間ガン飛ばしの件はお許しを……。

では今回のお話をどうぞ!


 またも時代は飛び、魔界には大魔王が生まれた。と言っても、新魔界暦ほど統率の取れた物では無い。カレンなら知っているだろうが、この時は今で言う魔王が大魔王、領主が魔王であって、各地で小競り合いを続けていたのだ。

 世代すらも移り変わり、3代目の大魔王が初代大魔王バーミリオンの意志を継ぎ、魔界の統一を目指していた頃のことだ。

 目を覚ましたのは真夜中のことだった。夢を見たのだ。久々に、人間だった頃の夢を。もう、人間の頃の記憶など、霞がかって朧気だったというのに。

 妹の夢を見た。ただ1人私の理解者だった、妹の夢を。確か、あの時は妹だけを頼りに日々を過ごしていたように思う。私がいなくなって、妹はどうしていたのだろうか。妹も私同様に美しかったから、居なくなった私の代わりに蹂躙されてしまったかもしれない。人間の頃は捨てたはずなのに、私は涙を流していた。顔も覚えていない、妹のために。

 きっと、妹に会いたかったのだろう。万の単位で昔の時に、既に死んでしまっているはずの妹に。

 

 私は、足音を立てず、息を殺してヴラドの寝室へと向かった。私が魔界に来てからこんなことなんて無かったものだから、自分でも自分の行動が不思議だった。

 

 ぎぃ、と、音を立てて重い扉が開く。真ん中にて存在感を放つベッドの中で、ヴラドは規則正しい寝息を立てて眠っている。

 

「……何をやってるんだろ、私は……」

 

 ベッドの横に立って、ヴラドの寝顔をのぞき込んだ私は、独り言を呟いた。そもそもヴラドの部屋に来て何があるのか。私は何を期待しているのか。馬鹿馬鹿しい、帰ろうと思い、踵を返したその時だった。

 

「カミラ」

 

 唐突なヴラドの声に、びくりと背筋を伸ばす。恐る恐る振り向くと、今まさにゆっくりとまぶたを開いたヴラドと目が合った。

 

「ここで、何をしている」

 

 やばい、何か、言い訳をしなくては。私はそんな焦りに支配されていた。そもそも、自分が何をしたくてここに来たのかもわかっていない。何か、何かちょうど良い言い訳はないだろうか。必死に頭を回転させて、なんとか言葉を紡ぎ出す。

 

「あ、その、夢を、見ました」

 

「夢?」

 

「えっと、もう、既に死んでいるはずの妹の夢で」

 

「ふむ」

 

「その、それで、なんだか私1人で眠るのが寂しくなってしまって!」

 

「む?」

 

「ヴラド様の顔を見られただけでも満足ではあるのですが、出来れば横で一緒に眠らせていただければと!」

 

「……ふむ」

 

 完全に、焦りに支配されていた私は。自分でも自覚していなかった心の底を、ヴラドに打ち明けていた。

 

 で。その後、私はヴラドと一緒のベッドで、俗に言う添い寝というものをしていた。

 

「緊張するな。と、言っても無理だろうが……まあ、なるべく体の緊張を解け。眠れないぞ」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

 ……どうして、こんなことになったのだろう。自分の出したボロが全ての原因ではあるのだが、そう思わずにはいられなかった。吐息が近い。体温が近い。何かもう全てが近い。自分が生娘に戻ったような、そんな感覚だった。まあ、自分が初めて抱かれた時とは安心感が段違いだが。

 

「……ヴラド様」

 

「どうした? 怖いのなら、いつでも出て行って良いぞ」

 

「いえ、そうでは無いのですけど! その、どうして私と添い寝なんか……?」

 

「ふむ……お前に自覚はないのだろうが、先程お前は『1人で眠るのが寂しい』と言ったのだ。人間の頃など忘れたかのように魔物らしく振る舞うようになったお前が、1人と、そう言ったのだ」

 

「あ……」

 

 こうして、ヴラドに言われるまで気がつかなかった。嫌だった人間時代を忘れるように、意識して自分のことを1匹と言い、意識しなくても自分のことを1匹と言うようになってかなり経つというのに。まだ1人なんて言葉が出るとは思ってもみなかった。

 

「かなり弱っているだろう? 肉体ではない、精神的にだ。男嫌いだったお前が俺の隣で寝たいというのだから相当だ。だから傍らで寝てやろうと、そう思った」

 

「……別に、もう男嫌いではありません。そんなこと、とうの昔に忘れました」

 

「そんなに体を震わせているのにか?」

 

「わ、忘れたと言ったら忘れたんです! あなたは、私を何歳だと思ってるんですか!」

 

「数えていないさ。永すぎてな。それに、お前からは歳も教えて貰っていない。お前から聞いたのはその名と、お前の家族のことだけだからな」

 

「そ、そうでしたっけ……?」

 

 ヴラドが小さく笑い声をこぼした。それになんだか腹が立って、ヴラドのその堅い胸板に全力の拳を叩き込んだ。ヴラドはコウモリ化もせずに拳受け止め、ニヤリと笑った。

 

「かなり、力を上げたなカミラ。久しく訓練もしていなかったから、驚いたぞ」

 

「私の拳を微動だもせずに受け止めながら言われても、信じられません」

 

「力を上げたさ。今の拳は、それなりに痛かった」

 

「へぇ、そうですか。それは良かったですね」

 

「お前、何か怒っているのか?」

 

「怒っていません」

 

「いや。でも」

 

「怒っていませんったら!」

 

 私はベッドの中で体勢を変え、ヴラドに背を向ける形になった。不思議なことだが、いつの間にか私を包んでいた震えは収まっていた。

 

「……ヴラド様」

 

「どうした?」

 

「抱きしめて、くれませんか? ぎゅっと、ぎゅうっと、私を。肉体を壊してしまうほどに強く」

 

「……いいのか? お前は……」

 

「いいんです、ほら。震えは、止まっていますから」

 

「……ふぅ。あまり俺に願いを言わないお前の、貴重な願いだ。俺もお前にお世話になっていることだから、わかった。お前を抱きしめよう」

 

 背中から、前に。ゆっくりと手が回された。久々に男の体に包まれて、私は嫌悪感の1つもない。やっぱり、この男は他の男とは違うんだと、私は強く思った。

 

「ヴラド様」

 

「む、どうした?」

 

「……こういう時は、黙って抱きしめるものですよ」

 

「……ふむ、そうなのか。覚えておこう。お前をいつかまた抱きしめるときは、黙って抱きしめるとしよう」

 

「そういうこと言わなくて良いですから、もう! ……黙って、このまま、寝かせてください」

 

「ああ、わかった。おやすみ、カミラ」

 

「お休みなさい、ヴラド様」

 

 人肌の温もりを背中に感じながら、私は。過去のどんな時よりも安らかに眠りについて、過去のどんな時よりもぐっすりと睡眠を取った。

 

 

 

 

「ヴラド様、朝食が出来上がりました」

 

 翌朝。いつもの通りヴラドよりも先に起きた私は、朝食の用意をしてヴラドを起こす。いつもの通り、ゆっくりとその瞼を開いたヴラドは、私を見るなり微笑んだ。

 

「……なにかおかしな所がありますでしょうか?」

 

「いや、いつも通りだ。驚くほどにな。だが……お前、雰囲気が変わったよ」

 

「雰囲気、ですか?」

 

「ああ、雰囲気だ。なんだか棘が抜けて、柔らかくなったように感じる。いい顔だ」

 

「……そう、ですか」

 

 そう言って貰えて、なぜだか少し嬉しかった。この頃から私たちは、なし崩し的に1つのベッドで眠るようになった。そして……また、数え切れない時が過ぎる頃には。私たちは、番いとなって生活していた。

 




復活! 用語解説のコーナー!

アニタ「はーい、皆さんどうもです! すっごくすっごく久々の、用語解説コーナーですよー! ただいまテンションマックスの、大魔王アニタです!」

アラン「このままこのコーナーを投げっぱなしにして自然消滅にならなくてよかったと安心しているアランです」

アニタ「まぁ、復活といっても次回もまた用語解説を行えるかどうかはわからないみたいですけどね。今回は新キャラ登場に伴って解説する事が出来た! と言うことらしいので」

アラン「と、言うことは今回の用語解説は……」

アニタ「アランの察する通り。今回の解説は!」

 バーミリオン・グレイブハートについて!

アニタ「です!」

アラン「まあ、ヴラド・ドラキュラの解説をするんだったらもっと前にしてるでしょうし、そうですよね」

アニタ「ちなみにヴラド・ドラキュラに関しては、ヴァンパイア一族の長と言うこと以外私たちの時代には伝わっていないので、私たちが解説するよりも本編の方が詳しいために解説しないとのことです。まあ、そう言う設定なんだなーと流してくださいね」

アラン「じゃあ早速、バーミリオン・グレイブハートの説明をお願いします」

アニタ「バーミリオン・グレイブハートは魔界において最初に大魔王という位を築き上げた物であり、最古にして最高のアークデーモンと呼ばれる魔物です。彼が生まれたときの魔界は秩序など全くなく、無計画に人界に侵攻しては人を攫ったり、別種族を理由もなく積極的に殺したりなど、酷い有様でした。人間から手痛い反撃を貰うこともあり、酷い有様だったようです。そんな魔界を見て、このままでは魔界が滅びると感じ。魔界を纏めるために立ち上がりました」

アラン「当時の魔界、相当酷かったらしいですね。人間と魔物がまだ積極的に争っていなかった時代だったから良かったものの、当時の人間がもう少し強ければ魔界は滅びていた、とか聞きました」

アニタ「そうですね。当時は戦える人間の数が極端に少なかったらしいですし、魔法が一部の魔物、人間のみに与えられた特権でしたから。ゴブリン相手でも相当に苦戦したらしいですし、デーモン辺りの魔法を扱える魔物を相手に出来るのは相当鍛え上げられた一握りの騎士のみだったと言います。そんな戦力差だったから魔界は生き延びてこられた、というのも多分にしてあると思います」

アニタ「さて、この後の台詞も長いですので一旦台詞を区切りますね。もう既に読みにくくはありますが、読みやすさって大事ですから!」

アラン「なんだか、このコーナーのメタさ加減が上がったような気がしますね……」

アニタ「そんなこと気にしなくていいんです。続き行きますよ! まず、バーミリオンは魔界を廻りました。魔物は自らより強い物に従う。魔界を纏めたいと願うなら、自分が魔界で最強でなければならない。彼は自分の強さを確かめ、伸ばすために各地の魔物と戦ったのです」

アラン「すごいことしますね、本当……それで生き延びて魔界を纏めるのだから、凄まじいです」

アニタ「実際、彼以前にアークデーモンが居たという話は伝わっていません。魔法が扱える数少ない種族であり、魔力と筋力両方に優れる。間違いなく、当時の魔物では太刀打ちできなかったでしょう。その点を除いても、彼は相当に強い魔物だったそうです」

アラン「大魔王様と比べるとどっちが強いんでしょうね?」

アニタ「むむ? アラン、忘れたんですか? 私は、歴代最強の大魔王。いくら偉大なる初代と言えども比べる価値もないほどに力はかけ離れているでしょう。たかがちょっと強いアークデーモンくらいなら、私の敵ではないですし」

アラン「比べる手段もないのに、あっさりと言ってのけますね……」

アニタ「そんな彼はその後、本当に魔界の頂点に立ち、中央区に居城を構え、大魔王と名乗って魔界を纏め始めます。彼が上に立っていた頃には反抗する物が居ないほど彼の力は圧倒的で、それを皆がよく知っていました。彼は魔界を纏めるための案をいくつも考え、そしてそれを書物に纏めましたが……ほとんどの案を実行することなく死に、他の魔物へと大魔王の座を譲ることになりました。2代目以降、大魔王に反発する魔物たちが各地に現れ始め小競り合いになったのですが……それはまた別の話、ですね」

アラン「バーミリオンはかなり早死にをしたらしいですが、何が原因だったんですか? その辺、教わっていないんですが」

アニタ「詳しくは伝わってないんですけど、私はヴァンパイアとの接触による物だと考えています。実は、彼とヴァンパイアにはかなりの因縁があったらしいのです。彼が大魔王の座に着く直前に戦ったとか言われてますし、その後も1度交戦したとか聞きますし。彼が遺した言葉の中に、南西に住まう吸血の魔物を必ず滅ぼせ、なんて物もあったくらいですから」

アラン「ヴァンパイアとの、接触。……カミラさんは、バーミリオンに会ったことがあるんでしょうか? その時には、既に生まれていたのかな」

アニタ「どうでしょうね。カミラは昔のこと、あまり話したがりませんから。私もそんな話は聞いていません。でも、会っていたのだとしたら……初代の話、少し聞いてみたい気もしますね。さて、ではではこんな所で今回の用語解説をお開きにしたいと思います! お相手は、歴代最強の大魔王、アニタとー?」

アラン「大魔王軍所属、アランでした」

アニタ「バイバーイ!」




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女としての渇望

怒濤の連続投稿であーる……この投稿ペースの気紛れさはきっと、永遠に治りませぬな……


 ある時、どうしてヴァンパイアを増やさないのかと、ヴラドに問うたことがある。何年も、何万年も、何十万年も、私たちは2匹で暮らしてきた。私が来る前は、ずっと1匹で。ヴァンパイアには吸血による仲間作りがあるのに、どうして2匹きりで生活を続けるのか、なんとなく気になったのだ。それに対して、ヴラドは静かに、たった一言だけを告げた。

 

 力に溺れるからだ、と。

 

 

 

 

 どうしても、退きたくないと思った。ヴラドと番いになって、日々がさらに楽しくなってから、時を刻むごとに大きくなっていった欲求があった。

 

「どうしても、私は。あなたの子を産みたいのです、ヴラド」

 

 それは、女としての渇望。想い人の子を孕みたいという欲求だった。

 私とて、乙女であった。男共に蹂躙されても尚、届かないとわかっていても尚、素敵な恋と、夫と子供との生活は憧れだったのだ。そんな気持ちも蹂躙され続けるうちに薄れ、魔物となってからはほとんど忘れ去っていたが……ヴラドと番いになってから、むくむくとその気持ちが蘇ってきたのだ。

 

「何度も言っているように、無闇にヴァンパイアを増やすのは得策とは思えない。俺と、お前は、奇跡のような物だと思うのだ。魔界の中でも最高位に位置するであろう力を持って、それに驕らず、自分達が平穏に生きるだけを願っているというのは。俺自身、魔物としては異常な思考であると思うし、お前は元々人間だったから平穏を求めてもおかしくはない。だが、俺とお前から生まれる子は、魔物だ。純粋ではないにしろ、魔物の若者なのだ」

 

 しかし、当のヴラドはこのように否定的である。だが、やめろと言われてやめる程、軽い気持ちでもない。私は感情の赴くままに、論理的ではない反論で切り返す。

 

「それは、教育次第でどうにでもなります。私と、あなたの子ですから、きっと穏やかに生きてくれるはず。そのはずなのです。そう教育すれば良いのです!」

 

「必ずそうなるとは言えない。俺たちの力は、確実に今の魔界をひっくり返せる力なのだ。慎重に、ならなければいけない」

 

「……そうですか。わかりました。ええ、わかりましたとも。それでは私、眠ります。お休みなさい」

 

 そう言って、過去最高に聞き分けがなくなった私は2匹の寝室のベッドから降り、部屋の扉へと向かって歩き始めた。

 

「待て、どこへ行くのだ? 眠るなら、ここで……」

 

「私の部屋で眠ります。久しぶりに昔の気分に浸るのも良いでしょう。では、お休みなさい」

 

 思いきり力を込めて扉を開け、バタンと閉める。ここに来てから傷1つ付かぬよう手入れをしてきた綺麗な装飾の扉が傷つくことなど気にも留めずに。

 

 怒っていた、私は。自分でも信じられないほど苛烈に。

 

 

 翌日から私の反抗は始まった。まず、彼を起こさない。食事を作らない。狩りにも1匹で勝手に出掛けるし、ストックしておいた血液も余さず飲み干してやった。掃除もしない。食器も片付けない。床も共にしない。私が彼のためにしてきた全てを放り出して、自由気ままに過ごしてやった。

 最初こそヴラドは私に何事かと問うてきたが、その内何も言わなくなった。そんな彼の姿を見て流石に心が揺らいだが、彼の子を見るためなのだと心を持ち直し、徹底的に反抗してやった。

 

 だが、まあ、そんな反抗は長い事続かないものである。段々ただ黙々と家のことを済ませるヴラドを見るのが辛くなってきたし、ヴラドと話さないことが、ヴラドと共に床につかないことが、どうしようもなく寂しくて仕方がなくなってしまったのだ。これが惚れた弱みというやつなのだろう。思うよりも弱すぎた自分の意志というものに、私はがっくりと肩を落とした。

 

 

 ちらり、と、食堂の扉の影から自らの食事を用意するヴラドの姿を見る。その姿が目に入ると同時に、話したい、と言う欲求が膨れあがってくるが、それをぐっと抑える。

 

 ヴラド、怒っているだろうか、寂しそうだな、謝ろうかな、と言う心の声も無視する。

 

 やがて、食事の用意を終えたヴラドが並べた皿は、2匹分だった。いつも私は自分の分は自分で用意しているし、ヴラドも自分の分しか作っていない。つまり、2匹分用意されていると言うことは。

 

「話したいことがあるならこちらへ来ると良い。出来たての食事が待っているぞ」

 

 普通に。監視しているのがバレていた。私がバレないようにと注意しながらヴラドを見張っていて、それが彼にバレなかったことなど1度としてなかった事を思い出して、途轍もなくやるせない気持ちになった。

 

 とりあえず、彼の言うとおりに席に着く。用意されていたのは、私が初めてここに来たときに振る舞われたミノス牛のシチューと、パンだった。

 

「これ……」

 

「懐かしいだろう? ふと思い立って、作ってみたんだ。ほら、食べると良い」

 

 スプーンを手にとって、シチューを掬い、口に運ぶ。もう遠い遠い昔の記憶が、鮮明に蘇る気がした。うん、とても懐かしい味だなと、そう強く感じた。

 

「カミラ、子供の件なんだがな」

 

「……私、退きませんからね。こんな懐かしい食事で言うことを聞くと思ったら大間違いですから」

 

 子供の話になって急にスイッチが入る私である。もう自分自身が限界ギリギリのくせに、こうして意地を張ってしまうのは何だったのだろう。今思い出してみても不思議な感覚だ。

 そして、警戒心全開で気を張った私に、思いも寄らぬ答えが返ってきた。

 

「ああ、いや、そうじゃなくてだな。その……作っても、良いのではないかと思う。子供」

 

 カシャン、と、スプーンを落とした。何を言っているのかしばらく理解できなかった。

 

「その、カミラ? どうした、固まっているぞ? ……俺はまた、カミラに余計なことを言っただろうか……」

 

 そして、理解して、涙が溢れた。嬉しくて嬉しくて堪らなかった。もはや椅子が倒れるのもヴラドが倒れるのも気にせずに、ありったけの力を込めてヴラドに飛びついた。

 

「なっ!? その、カミラ、泣かないでほし……うぉぅ!?」

 

 バシャーン、と音を立てて、床に付いた私たちの体がコウモリに変わる。そして、コウモリが私たちを形作るときは、まだ絡み合ったままの状態だった。

 

「私、ヴラドに出会ってから嬉しいこと、楽しいこと、色々ありましたけど……これ以上に、嬉しいことはありません、ヴラド!」

 

 ぎゅーっと、強くヴラドの体を抱きしめる。ヴラドから小さなうめき声が聞こえてきたが、それは敢えて気にしなかった。むしろ私が全力で抱きしめればヴラドをうめかせることくらいは出来るのだと嬉しいくらいだった。

 

「た、ただし、条件がある。産むのは1匹だけだ。その子を厳しくしつけ、育てる。自らの力に驕り高ぶらないように、な。それで良いだろう」

 

「ええ、ええ、勿論ですとも!」

 

 

 

 そうして。その晩、私たちは初めて交わった。経験の無いヴラドをリードするのは楽しく、そして彼を可愛く思えた……と言うのは、流石に生々しいかな。すまない、カレン。顔を赤くしないでほしい。

 

 

 授かった子は、男の子だった。私たちは彼に、『アーカード』と名を付けた。アーカードは腕白だったが素直で、言われたことをしっかりと考える賢い子だった。私たちはアーカードを厳しく育てたが、それと同じくらいに深く、深く愛情を注いで育てた。ヴラドと、アーカードと、私。この3匹で過ごした日々は、掛け値無く。私の永い生の中で、1番幸せな時間だったと言える。

 

 

 時は、流れ、流れ、流れた。子供だったアーカードも立派な青年になり、また魔界自体も、ある程度の安定を見せ始めていた。長かった指導者のいない魔界を旧魔界暦と呼ぶと大魔王が発表し、そして、もうしばらくで新魔界暦と暦を改め、1から魔界の歴史を刻んでいくと宣言した。

 

 旧魔界暦と新魔界暦。その移り変わりの時期が、訪れようとしていた。

 




用語解説のコーナー!

アニタ「作者よ作者、出番を与えてくれるのは嬉しいのですが、せめて1日程度でも良いから休ませて。連続投稿時は酷使される大魔王アニタです」

アラン「大魔王の威厳とはどこへ……? アランです」

アニタ「ハァイ! 作者がお風呂に入りながらなんとか用語解説のネタをひねり出したので今回も用語解説やっていきますよー! なんと、今回は久しぶりのゲストをお呼びしております! ではでは出て来てくださいなー!」

ユージーン「この作品を見てくれている画面の向こうの皆、久しいな。現魔王ユージーンだ」

アラン「ユージーンがゲストですか? って事は今回の解説は種族回?」

アニタ「そのっ通りィ! 今回はリザードマンの解説です! 拍手ー!」

ユージーン「アラン、今回の大魔王は何故あんなにテンションが高いんだ……?」

アラン「なんか、テンション上げないとやってられないんですよもー! とか言ってましたよ」

オンブラ「ハッ。元魔王でありながらこのくらいの仕事量で泣き言とは、大魔王も程度がしれますね」

アニタ「なっ、なにおう!? って言うかあなたまた来たんですね!? 呼んでるのは魔王だけなのに、なんで毎回着いてくるんですか!」

オンブラ「前回にも言ったと思いますが、魔王の側近として魔王様をお守りすることは当然のことです。どこぞのゆるふわ大魔王が何かやらかすかもしれませんし、監視の目は必要でしょう?」

アニタ「あのですねぇ……前の時も思ったんですけど、あなた私への辺り強すぎません? 私仮にも魔界のトップですよ? いくらなんでも許すからと言っても限度ってありますよね? 泣きますよ?」

オンブラ「それだから威厳が無いというのです。それに、私も相手は選びますので。誰にでも当たりが強いわけではありません」

アニタ「うわーん! もうこの魔物たち酷い! 酷いですよー!」

アラン「オンブラさん? 用語解説が進まないので口を謹んでいただけますか、出来れば永遠に」

オンブラ「嫌です。なんでこの程度のコーナーのために私が永遠に口を閉じなければならないんですか? 魔王様が直々に来てくださっているのです。多少進行が遅れるくらい、むしろご褒美というものでしょう」

アラン「虎の威を借る隠密馬鹿は公私混同が得意なようで羨ましいですね」

オンブラ「あ?」

アラン「やりますか? 相手になりますけど」

ユージーン「アランが進行を止めてどうするんだ、もう収拾が付かなくなるぞ……。大魔王、泣いてないで進めてくれ。埒があかん」

アニタ「グスッ……わかりました。今回の用語解説はこちらっ!」

 リザードマンについて!

アニタ「です!」

アラン「大体あなたは出しゃばりすぎなんですよ。何のためにその隠密があるんですか? 隠密しか出来ないくせに出しゃばるってもう存在価値が無いでしょう」

オンブラ「突進して斬る以上に色々なことが出来ますから。応用性はあなたの加速(笑)以上ですから。加速しか無く気配すら消せない、消せるほどのプレッシャーも持ってないあなたに言われたくはありません」

ユージーン「リザードマンとは、有翼種の谷や、火山に住まう竜と人型、2つの姿を持つ魔物だ」

アニタ「堅い鱗で攻撃を防ぎ、鋭い爪と凄まじい力で相手をねじ伏せるインファイトに強力な魔法、と。かなり強力な種族ですね」

アラン「そもそもですね。魔王の側近ってだけで偉ぶるのが間違いなんですよ? 魔王の側近と言えども魔界での位にしてみればその程度。大魔王軍の魔物よりはランクが1歩以上劣る……魔物は自分より強い魔物に従うんですよね? そう考えてみると、自分が生意気だと思いませんか? オンブラさん」

オンブラ「何かと思えば位で勝負? それに強い魔物に従うって……新魔界暦から見られるようになった人型の癖に思考回路は旧魔界暦ですか? 随分古めかしい頭をお持ちなんですねぇ? ね、ア・ラ・ン・さん?」

ユージーン「人型状態と竜状態の2つの形態があるリザードマンには、竜状態にも区別がある。すなわちワイバーンタイプとヒューマンタイプだ。ワイバーンタイプは竜状態時に背に翼が生える。飛行も可能だ。ヒューマンタイプは翼が無い代わりに鱗がワイバーンタイプよりも堅く、力も強いが……正直、ヒューマンタイプは劣等種という認識でいい。翼が無い時点で有翼種の谷に住まう資格も無いわけで、生まれてすぐに追い出される。可哀想だが、リザードマンはそう言う生き物だ」

アニタ「ふむふむ、なるほど……」

オンブラ「そもそも、あんな威厳も何も無いJKとか言われるくらいゆるふわなのが大魔王な時点で尊敬も何も出来ないんですが? 何か反論おありですか、加速馬鹿さん?」

アラン「……それについては、なにも反論できません……クソ……」 

アニタ「ってちょっとぉ! アラン! 否定して! 反論してくださいよぉー!」

ユージーン「……やれやれ、収拾が付かなくなってきたな、本当に。まだ解説事項も残ってはいるが……ここでお開きにしておこうか。これ以上続けても意味はなさそうだから、な。それでは、皆さん。今回の用語解説は現魔王ユージーンがお相手した。また、次回を楽しみにすると良い」


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我らこそが魔界を統べるべきなのだと

 ある時、ヴラドが夢を語った。幼いアーカードと私を椅子に座らせ、穏やかな顔で、どこか楽しそうに語った。

 

「いつからか、世界の終わりを見たいと思ったのだ」

 

「世界の終わりを?」

 

「ああ。魔界の終わりを、と言った方が正しいだろうか。世界が1つ終わるときはきっと、醜くて、儚くて、美しいのだろう」

 

 その夢は、私たちにとって、唯一すぐに叶わないものだった。私たちは永遠に近い時を生きる魔物だ。どんなに魔界が移り変わろうと、きっと、生きてそれを見届け続けるのだ。

 

「だからこそ、魔界の終わるその様を俺は見たいと思う。それまで生きて、生きて、生き続けて……永遠の時の終わりを、魔界と共に迎えたい。カミラと、アーカードと、3匹でな」

 

 いつか魔界の終わるとき。それと同時に私たちは滅びようと。それも良いなと、私たちは笑いあった。アーカードは首をかしげていたが、いつかわかる時が来る、と、私は彼の髪を撫でながらそう言った。

 

 

 

 

 

「父上! 何故私たちはこんな魔界の辺境に閉じこもり、ただ何もせず無為な日々を過ごしているのですか! ヴァンパイアの力があれば、我らは魔界を統べることが出来る! むしろ力の弱い大魔王なんぞよりも、我らこそが魔界を統べるべきだと! そうは思わないのですか!」

 

 叫び立てるのはまだ年若いヴァンパイアにして、私の愛しい息子であるアーカード。私たちが厳しく教育をし、立派な青年となった彼は、今。私たちのあり方に、強く疑問を持っていた。

 

「俺たちが魔界を統べたところで滅ぶのが目に見えているからだ、アーカード。何の能力も持たぬ、ただ異質な力を持つだけの我々に、どうして魔界を纏めることが出来るのだ? 例えば我らが魔界を統べるとしてお前は、どう魔界を纏めるというのだ?」

 

「我らには眷族作りの吸血があります。魔界全ての魔物をヴァンパイアにしてしまえば、それでいい! それで、魔界は我らの物です!」

 

「……話にならないな。そんなことをしても何の意味も無い。そも、魔界を統べたところで何になる? もう少し冷静になって考えるのだ、アーカード。私たちは、このままでいい」

 

「でも! 力の強い物が魔界の長であるならば、我々が魔界を!」

 

「下がれ。アーカード、頭を冷やすと良い」

 

「……わかり、ました」

 

 アーカードが部屋から出て行くのを見届けると、ヴラドは大きなため息をついた。この頃のアーカードはいつもこんな感じで、魔界は我らが統べるべきだと言って聞かなかった。それが自分たちの、ひいては魔界の滅びに繋がると、賢い彼には理解できるはずなのだが、な。

 

「アーカード、考えを改めてくれれば良いのですが」

 

「1度言い出すと頑固で聞かないのはお前譲りだな、カミラ。あいつがああなったときの対応はいつも疲れるのだ」

 

「それは、アーカードがああなったのは私がいけないと言いたいのですか?」

 

「そうではない。が、まあ。お前に似ていることを考えると、どうもこのままで終わるとは思えないのだ。子がほしいと言い出したときにあんな事をしでかしたおまえの子だ。何かやらかさなければ良いがな」

 

「やっぱり、私がいけないと言っているのではありませんか! ちゃんと諭すこともせずに突き帰すヴラドもヴラドだと、私は思いますけどね」

 

「……とにかく、アーカードのケアを頼む、カミラ。あいつは俺の話を聞かないからな」

 

「また私に押しつける……まあ、いいですけれど。私も、あの子が暴走するのは困りますからね」

 

 私は姿をコウモリに変え、部屋を出たアーカードを探しに出る。と言っても、アーカードがこういう時に行く場所など大体決まっている。屋敷の中庭にそびえる大きな木の下。そこを覗いてみると案の定。子供の頃と変わらず体育座りでそこに居た。

 

「アーカード」

 

「……母上」

 

 元気が無さそうなその声に、少し笑ってしまう。さっきまではあんなに気を張っていたのに。いや、だからと言うべきなのだろうな。

 

「あまり気を落とさなくてもいいのよ。……でも、ヴァンパイアが魔界を統べるって言うのは、考えない方が良いわ。それは絶対に叶わないことで、それは私たちにとって必要の無いものだから」

 

「母上まで父上と同じ事を仰るのですか! ……必要だとか、必要でないとかの話ではないのです。ただ、僕は……ヴァンパイアがここにいるのだと、この魔界で最も強い種族なのだと! 矮小な強さで長を気取る大魔王に、その大魔王を許容する魔界に、知らしめたいだけなのです!」

 

「その必要が無い、と。私は言っているの。私たちは魔界に波風を立てなくて良い。ただ、その歴史を見届けるだけでいいの」

 

「……母上も、父上も……臆病だ」

 

「その言葉。ヴラドの前では決して言わないように。賢いあなたなら、わかっていることでしょうけれど」

 

「……少し、眠ります」

 

「わかった。夕食の前には起きるのよ」

 

「はい。おやすみなさい、母上」

 

「おやすみなさい、アーカード」

 

 アーカードがコウモリとなって飛び去っていくのを見届けながら、今度は私がため息をつく。なぜ、アーカードは私たちが魔界を統べることに拘るのだろうか。私には、それがわからなかった。そのどこか焦っているようなアーカードを心配しながら、私は夕食の準備をするべく食堂へと向かった。

 

 

 

 

 夕食の時間、ヴラドに遅れて、アーカードは暗い面持ちで食堂に現れた。

 

「アーカード、遅い。もうヴラドが席に着いていますよ」

 

家族の決まりとなっていたのが、私とアーカードが先に食堂に訪れ、ヴラドを待つ、と言うこと。このルールを決めてからアーカードが食事に遅れたことはなかったのだが。何か、嫌な予感がした。

 

「父上。やはり……私は納得がいきません」

 

 彼は開口一番そう言った。嫌な予感が、現実の物になってしまう気がした。

 

「……何度も言っている通り、我らが魔界を統べる必要は……」

 

「父上は! 何にそんなに怯えているのです!?」

 

「……なんだと?」

 

 この件に関していつも冷静に話していたヴラドの額に、青筋が立った。それは、私にもう後戻りは出来ないのだと、はっきりと伝えてきたようだった。

 

「俺が、怯えていると言ったのか? お前は」

 

「ええ、そうです。父上は怯えている。母上もだ! 世界を見届けるためだけの一生に何の意味がありますか!? 我らは永遠に世界を見届けながら、停滞し続けるだけの一生など、何の意味も無い! 我らは、こんなにも強いというのに! 魔界に名も知られず、爪痕も遺さぬままで滅びの時を待つなど、僕には出来ない! そんなこと! 僕はしたくない!」

 

「アーカード! それは愚かな考えだ!」

 

「何が愚かなのです!? 父上も、母上も、その理由も説明できずただ愚かだ愚かだと言うだけではないですか! 僕には僕の考えが愚かだなんて到底思えない、僕は! この名前を、ヴァンパイアという存在を! この魔界に知らしめたい!」

 

「……アーカード。覚えているでしょう? ヴラドが語ってくれた、私の、私たちの、夢を。生きて、生きて、生きて……この魔界の終わりを見ると。見たいと。その夢を、語ったことを」

 

「覚えていたから何だというのです? そんな夢、魔界を統べた後でも叶えられる」 

 

「そんな、夢……?」

 

 アーカードが、否定した。私たちが数万、数十万の時を超えて持ち続けた夢を、そんな夢と否定した。それが、私は悲しくて……仕方がなかった。言葉を失って、足の感覚を失って、その場にへたり込んでしまった。

 

「臆病物の父上と母上に証明しますよ。ヴァンパイアは世界を統べることが出来るということを。僕の考えが、愚かではないということを」

 

「アーカード!」

 

 アーカードだった物は既に無数のコウモリに姿を変えた。つい1秒前に見えたその姿は、もう、この食堂に存在していなかった。

 

 

 屋敷の中にはどこにも居なかった。屋敷の周囲を探すも、見つかったのは内側から破裂したと思わしき魔物の死体と、荒らされた集落の跡、濃厚な血の匂いだけだった。

 

 

 次の朝。既に、南西地区の魔物たちは、そのほぼ全てがヴァンパイアに変わっていた。




用語解説のコーナー!

アニタ「どうも皆様! カミラの過去編もついにクライマックスな雰囲気の中、その空気をぶっ壊す! 大魔王のアニタです」

アラン「せめて本編外では面白おかしくやらなきゃ気が滅入ってしまいますからね。アランです」

アニタ「さてさて、最近の作者は筆が乗るからと調子に乗って話を書き、そう言えば用語解説あるんだったと後で苦しんでいるそうですが、そんな彼が引っ張り出した解説する今回の用語はー?」

 サキュバスについて!

アニタ「です!」

アラン「思い出したかのような連続種族紹介……ネタが全然ないのがモロバレですね」

アニタ「と、言うことなので、実は今回もゲストが来ていらっしゃるんですよー。どうぞ、お入りくださいなー」

アラン「げ。あなたは……!」

リリィ「どうも。皆さん、お久しぶり、です。リリィズブックショップ店長の、リリィです」

アニタ「よろしくお願いしまーす! さてさてリリィさん、ここに来る際、オススメの本を持っていきますとのことでしたが、どんな本を持ってきてくださったのですか?」

アラン「うわぁ……やっちゃいましたね大魔王様……」

アニタ「え、何がですかアラン? 何も不味い事なんてないですよね?」

アラン「リリィの顔が輝いてる……。僕は、もう知りませんからね」

リリィ「今回オススメする本は、あいすくりぃむ、です」

アニタ「あいすくりぃむ……。なんだかとっても可愛い名前ですね。どんな内容なんですか?」

リリィ「魔物の女の子が、おクスリを使った○○○をして、どんどんと壊されていくというお話です!」

アニタ「え? ○○○っ、て……そ、それ! か、官能小説じゃないですかぁ! 女の子がなんて物を持ってるんですか! というか○○○なんて物前で言っちゃいけないでしょ! いけないですよね!? だって○○○ですよ!? 私間違ってますか!?」

アラン「あの、大魔王様? さっきからリリィよりもその……○○○、連呼してますけど?」

アニタ「……っは!? あ、しょの、えっと……ん、んもぅ! だ、だから私はサキュバスがあんまり好きじゃないんですよ! あ、アラン! 解説頼みましたからね!」

アラン「えぇ!? ま、丸投げですか……? はぁ。仕方ない。サキュバスは有翼種であり、デーモン系の魔物です」

リリィ「その中でも、特に、精を司っている、魔物が、私たち。私たちは、女しかいない。どんな種族と○○○しても、私たちが孕む子は、みんなサキュバス。私たちは、男性の精を、主に好んで、栄養にしている。食事で補うことも、できるけれど、精が恋しくなっちゃうから、あんまりやらない。でも、私は、魔王街では、ちゃんとご飯食べて生活してる」

アラン「リリィがほとんど説明してくれましたね。まあ、そんな感じの魔物がサキュバスです。サキュバスも勿論主に有翼種の谷に住んでいますが、リザードマンとはかなりいざこざがあるみたいですね。と、今回はこの辺でお開きにしますか」

リリィ「ん。久々に、アラン君に会えて、楽しかった。大魔王様にも、ありがとって、言っといて。リリィでした。バイバイ」

アラン「そう言うところはやけに律儀ですよねリリィ……。アランでした」

アニタ「最後の挨拶だけでも羞恥心を押し殺します! 大魔王アニタでした! バイバーイ! ……あぁ、もう、恥ずかしいもう! もー!」





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ヴァンパイアの終わり

カミラの過去編は今回で終了です。次回からようやく、4大都市遠征編へと帰ってきます。


 私とヴラドは、アーカードをこのままにしてはおけないと、必死の捜索を開始した。力が落ちるのも気にせず、それなりの量のコウモリを飛ばし、魔界中をしらみ潰しに見て回った。

 

 そうして。最初にアーカードの情報をつかんだのはヴラドだった。その情報とは、狭い砦に仲間のヴァンパイアと共に立てこもり、魔王軍の攻撃により劣勢に立たされている、ということ。

 無論すぐさまヴラドはアーカードを助け出した。その途中、アーカードにヴァンパイアに作り替えられた魔物たちは、魔王軍によって全滅した。

 

 アーカードはそれに対し、怒り狂った。なぜ、仮にも同種になった物たちを助けず、私だけを助けるのですか!? それが望んだ仲間ではないとしても、確かに私たちと同じヴァンパイアなのに! と。そして、私とヴラドの制止を振り切ってもう一度、家から出ていった。

 

 次にアーカードが見つかったとき、彼はすでに瀕死だった。当時の魔王に腹を貫かれていた。彼は信じられないものを見る目で自分の体を眺めていた。最後の血からを振り絞って体をコウモリに変えた彼はどこかへと飛んでいき、そして、私たちは2度と彼を見つけることはなかった。あんな状態では、コウモリとなって逃げたところで生き延びることはないだろう。私は、息子を失ったのだ。

 

 私はそのとき、何を考えていたのだろうか。真っ白な思考の中、ぐちゃぐちゃとなにかを考えようとしては、なにも考えられず消沈していた気がする。

 ヴラドの言葉も耳に入らぬくらいに真っ白だった私は、そのあとのことはあまり、覚えていない。不甲斐ないことだが、はっきりと思い出せるのは、あとワンシーン。私たちの、終わりのシーンだけだ。

 

 私たちは住み処の場所を特定され、追い詰められていた。住み処の外には大量の魔物。新魔界暦の始まりを告げるように大魔王によって統制された、魔物たちの軍隊。彼らからは滅ぼそう、という意思を感じた。私たちは滅ぼされるのだ、とはっきりわかった。私たちは、明確な終わりの時を生きていた。

 

「……ヴラド、私……これ、は。私のせい、ですね。私が、私があなたの子を産もうなどと言わなければ。そうすれば、きっとこんなことにはならずに……私たちは、夢を叶えることが、出来たのに」

 

 私は、後悔の波に飲み込まれていた。どうして、どうして、どうして。それだけを考えていた。それだけしか考えられなかった。……自分の命が惜しかったのではない。ヴラドがあんなに楽しそうに語った夢を……叶える前に、終わりが来てしまったのが、終わりを呼び込んでしまったのが悔しくて、悔しくてしかたがなかった。

 

「カミラ」

 

 やがて、ヴラドが私の名を呟いた。もう終わりが近いとは思えぬほどの、穏やかな声だった。

 

「お前は、ヴァンパイアになったことを後悔しているか? 人から魔物になり、ヴァンパイアとして永い時を生きたことはお前にとって……幸せではなかったのだろうか?」

 

「……何を。何を、何を、何を、何を! 何をぉっ! 何を言っているのですか! ヴラド・ドラキュラァッ! そんな訳……そんな訳ないじゃないですか! 私は、私はあなたと過ごして、アーカードと過ごして! この上無いほどに幸せでした! あなたがいなければ私は! 人生を呪い、生きていることを呪い、いつまでも不幸な自分を嗤いながら死んでいた! 私に幸せを与えてくれたのは、貴方なんだ! なんで、なんでそんなことを言うんですか!」

 

 私は叫んだ。喉を絞り、力の限り叫んだ。この男が下らないことを言っているのが許せなかった。私は、この男がいたから幸せだったのに。しかし、私の糾弾を受けたヴラドは穏やかに笑っていた。

 

「……そうか。なら、こうなったのはお前のせいではないさ。俺のせいでも、アーカードのせいでもない。こうなることは運命で、俺がここで死ぬことはきっと、運命だった」

 

「……そんな、寂しいことを言わないでください、ヴラド。その言い方では、あなただけが死ぬようではありませんか。私も、一緒ですから。2匹で死んで、それで、向こうでアーカードに会うんです。ただ、私はあなたの夢を叶えられなかったのが気がかりで……」

 

「いいや。死ぬのは、俺だけだ」

 

「え……」

 

「カミラ。俺はお前と出会えてよかったよ。お前は空虚な俺の生に、何回も新たな世界を見せてくれた。退屈を消し飛ばして、彩りを俺に与えてくれた。俺が魔界の最後を見たいという夢を持てたのも、お前とアーカードがいてくれたからこそだ。だから。だからな、カミラ。俺は……お前に死んでほしくないんだ」

 

 何を。何をいっているんだろうか、この男は。ヴラドがこれまで口に出していなかった私たちへの感謝を口にした、という事実しか私にはわからなかった。ただ、それだけだないなにかが、この言葉にはこもっていると、薄々、そう感じた。

 

「カミラ。今だけ俺はお前の夫ではなく、主人として話をしよう。命令だ。俺をおいてここから逃げろ」

 

 ……そんな。そんな、そんなそんな、そんな、そんな、そんなの、そんなの。

 

「ずるい、ですよ。ヴラド」

 

「嫌だというのならば決闘といこう。お前が俺に勝てればお前はここに留まり俺と共に死ぬことを許す。そうでなければ……」

 

「無理です、そんなの。私がヴラドに勝てるはずもなければ、ヴラドを傷つけることなんてできるはずもありません」

 

「ではカミラ。生きろ。生きろ。生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて……永遠の時を生きた先で、世界の終わりを見てほしい。これが俺のお前への最後の命令で、お前への最期の願いだ」

 

 ヴラドの顔は真剣だった。悲しみなんて欠片も見えなかった。ただ自分が死ぬことを受け入れて、私が生きることを願っている。そんな顔だった。その、顔が、深く深く、私の心に突き刺さった。そんな顔をされたら、私は。彼の願いを断ることなんて出来なかった。私は流れる涙を彼に見せないように、静かにうなずいた。そしてこの体をコウモリに変えて逃げ出した。結果、私は殺されず。自分の夫を、家族を置き去りにして。その後も、のうのうと生きている。彼の夢を叶えるために。彼の命令を果たすためだけに。きっとこれは、罰なのだ。永遠の余生という、私への罰。そう思わないと、私は生きていられなかった。

 

 ドラキュラの姓を名乗るのは苦しかったから、ヴァンプという姓を名乗ることにした。

 

 私が私としてここにいるのは苦しかったから、ヴラドの口調を真似た。

 

 私が誰かと関わるときは、もう同じ間違いを犯さないと誓った。

 

 そうしてここにいるのが私なのだ。

 

 ヴァンパイアの生き残り。カミラ・ヴァンプなのだ。

 

 

 




アニタ「こんかいの用語解説はお休みです。それではまた次回お会いいたしましょう! バイバーイ!」


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4大都市遠征 権力:北西都市シトロン 後編
分断


「まあ、こんなところ、だな。私の過去、私の罪、私の罰。大分はしょってはいるが」

 

 私は。カミラ様の過去を聞きました。壮大で、微笑ましくて、だからこそ悲劇的だと、そう思いました。私はカミラ様になにも言えなかった。生きてきた年数が違いすぎて。訪れた出来事が重すぎて。それを語るカミラ様の顔が、楽しそうで、悲しそうで、寂しそうで、辛そうで……。なにか言わなきゃ、と思っても、なにも言葉が出てこなくて。自分はなんて無力なんだろうと、思わずにはいられませんでした。

 

 沈黙が続くなか、カミラ様はふっと笑いました。

 

「すまない。空気を重くしてしまったな。そう重く捉えなくてもよかったのだがな、私の過去なんて」

 

 そう言うと、カミラ様は残っていた紅茶を飲み干して、キッチンへと持っていきました。私はそれを、ただ黙ってみているだけでした。

 

「まあ、そうだな。話してみれば、少し気分が晴れたかもしれない。ありがとう、カレン。さて、もう夜も更けた。明日も早いのだから、もう寝てしまおうか」

 

「あ、その、カミラ様!」

 

 駄目だ。このままなにも言わないまま、眠ってしまっては駄目だ。このままなにも言わないまま、明日を迎えちゃ駄目だ。根拠もなにもなくそう思って、私はなんとかカミラ様に声をかけました。でも、やっぱり、言葉なんて出てくるはずもなくて。

 

「おやすみ、カレン」

 

 そんな私の様子を見ていたカミラ様は、そのまま横になってしまいました。

 

「……はぁ。私、やっぱり駄目だ」

 

 こんなことになるなら、話を聞くなんて言わなきゃよかったかな……。

 

 

 

 

 

 夜は明け、魔界に朝がやって来る。今日はこの遠征の本番。地方領主を交えての話し合いだ。

 

 僕は準備を終え、自分の部屋の前で2匹を待っていた。昨日の夜はあまり眠れなかった。なんとなく嫌な予感がして、常に気を張っていたのだ。カミラさんが見張りをしているのだから大丈夫だとはわかっていたのだが、なぜそうしたかは自分でもわかっていない。結局昨日はなにも起こらずに、そんな警戒は無駄に終わったけど。

 

「ふぁ……ふぅ」

 

 うん。寝不足だ。疲れもあんまりとれてない。これはちゃんと寝るべきだった。もし昨日に戻れるのなら、昨日の僕に向かってなにも起こらないから寝ろ! と怒鳴り付けたいくらいだ。これ、大丈夫だろうか。警戒中に居眠りでもしたら洒落にならない。

 

 そんなことを考えていると、隣の部屋の扉が勢いよく開いた。何事かと思ってそちらを見ると、真っ青な顔をしたカレンがそこにいた。

 

「あ、アランさん! カミラ様が……カミラ様がいないんです!」

 

「カミラさんが、いない?」

 

「えぇ、昨日までは部屋にいて、この部屋で眠ったはずなのに、朝起きたらもぬけの殻で! わ、私、またなにかしてしまったんでしょうか!?」

 

「落ち着け、カレン。カミラさんが僕たちをおいて1匹でどこかに行くって考えたら、行き先はひとつしかないだろ?」

 

「ひとつって……ジェイク領主のところ、ですか?」

 

「ああ、多分。なんで1匹で向かったのかはわからないけど」

 

「カミラ様……」

 

「とりあえず、僕たちも早く向かおう。カミラさんなら大丈夫だとは思うけど、なにかあったらまずいから」

 

「は、はい!」

 

 話はまとまり、僕たちは急ぎ地方領主のいる建物を目指すことになった。とりあえず、僕はひょいとカレンを抱き上げる。

 

「って、あれ? え? アランさん!?」

 

 時間がもったいないので、カレンを抱きかかえたまま、加速で突っ走っていこうと思うのだ。その方が絶対に早い。

 

「一瞬でも早くついた方がいいから我慢してくれ、カレン」

 

「ま、待ってください! 私、アランさんが何をするつもりなのかわかりました! ヤバイです、それ絶対ヤバイです! ちょ、ほんと、怖いので勘弁してくださ……」

 

「解放」

 

「あああぁああああああぁぁぁぁぁぁあああああ!」

 

 加速度最大。カレンのすさまじい悲鳴を宿に残しつつ、僕は全速力で領主の許へと向かうのだった。

 

 

 

 

 何分経っただろうか。10分もしない位の時間で、僕たちは領主の建物へとたどり着いた。抱き抱えていたカレンをゆっくり降ろすと、カレンはへなへなと地面に座り込んでしまった。

 

「い、生きてる。私、生きてる……?」

 

「お疲れ、カレン。死にそうだけど大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃないですよ! 死ぬかと思いましたよもう! いくら急いでるからってあんなにスピード出す必要ないじゃないですか! ……もう、叫びすぎて喉カラカラ……」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 僕は笑いながらカレンに水を差し出す。カレンはこっちを睨みながら律儀にお礼を言うと、受け取った水を一気に飲み干した。

 

「……さて。じゃあ、入ろうか」

 

 領主の建物は非常に分かりやすかった。単純に言うと、城。魔王城と比べても規模は小さいが、確かな城がそびえ立っている。

 僕たちが城門に近づくと、街に入るときと同じように城門の見張りが槍をバッテン印に突きだした。またこんなやり取りがあるのか、面倒くさいな……。

 

「あの……僕たちは」

 

「槍を下ろしなさい。私が通ります」

 

 僕が自分達の身分を証明しようと口を開くとほぼ同時に、女の魔物の声が城門の向こうから聞こえた。その声を聞いた門番は、ただ黙って槍を下げた。

 

 奥から現れたのは、ハーピィの女性だった。その魔物の印象を一言で語るなら、『妖艶』だ。

 確かにこのハーピィは美しい。しかし、言い方は悪いが美しいだけだ。ハーピィにしては肌を出している、というわけではない。背に流れるややくすんだ銀髪も、美しい白い肌も、突出して他のハーピィと違う、というほどでもないと僕は思う。

 それでも僕は、彼女から妖艶な印象を受けた。その理由はきっと、雰囲気が違うことだろう。そこまで多くのハーピィを見たことがあるわけではないが、他のハーピィとは違う、見た目から感じる色っぽさなんて軽く凌駕した、『そこに居るだけで溶かされるような感覚』を、そのハーピィからは感じた。僕も、カレンも、その魔物から目を離せなかった。

 

「ようこそお二方。我が北西領主、ジェイク・ウェイズリーの城へ。予想よりもずいぶんとお早い到着で、私とても驚いておりますわ」

 

 甘い、声だ。脳みそを溶かすような、麻薬のような癖になる声。ここまで来ると何らかの魔法を疑いたいものだが、そんな魔法は聞いたことがない。それに、詠唱どころか解放すら聞こえなかった。魔法ではないということだ。

 

 つまり、この周りの物を溶かすような雰囲気は全て、この女が生まれ持ったもの……と、いうことだろうか。

 

「……大魔王軍所属、アラン・アレクサンドルです。あなたは?」

 

「えぇ、えぇ。自己紹介は大切ですものね。私はマチルダ。見ての通り、ハーピィの女です。そして……我が北西領主、ジェイク・ウェイズリーの恋物ですわ」

 

「領主の、恋物?」

 

「えぇ、えぇ。私はジェイク様に、燃えるような恋をしておりますの」

 

 恍惚とした表情でそう言うマチルダに、僕はなんとなく胡散臭さを感じた。この魔物は本気で恋なんて言っているんだろうか?

 

「その疑いの目、怖ぁいですわ。私の恋はいつも本物だというのに、そんな目を向けられてしまったら私……傷ついてしまいます」

 

 考えを読まれた!? ……やっぱりこの魔物、底が知れない。警戒するに越したことは

 

「解放」

 

「……え?」

 

 油断していた。僕が警戒しようとした瞬間に、魔法の解放が唱えられた。唱えたのはもちろんマチルダだ。それを認識する前に、僕の周りを囲むように円筒状の風の壁が現れる。恐らくこれは、外からは中に物を通し、中から外に出ようとする物を切り刻むように作られたもの。風属性中級壁魔法の応用だろう。

 

「カレン! ここから一旦離れろ! カレンまで捕まったらマズイ!」

 

「っ!? は、はい!」

 

 精一杯声を絞りだして、壁の外のカレンに指示をする。カレンはしっかりそれに反応してくれた。僕を捕らえた、と言うことは、マチルダはきっとカレンも捉えようとするだろう。魔法は1度の解放でひとつしかだせないから、今既にカレンが捕まっている、ということはないだろうと考えた。

 あのマチルダの纏う雰囲気にもしカレンが飲まれていた場合、カレンも一緒に捕まってしまう可能性があった。それ故の『大声』だ。僕は声を張り上げることで、カレンが気づいてくれる可能性に賭けたのだ。どうやら、今回は賭けに勝ったようだけど。

 

「あなた……アラン様、と言いましたかしら。なかなか頭が回るようですね。まだお若いのに中々ですわ」

 

「それはこっちのセリフですよ、マチルダさん。それより、あなたどういうつもりですか? 大魔王軍に喧嘩を売るつもりですか? したっぱとは言え僕も大魔王軍の魔物です。何の理由も無しに拘束なんてしたら、大魔王が黙っていませんよ。あなたの愛する領主を失脚させるおつもりで?」

 

「いいえ。大魔王はここを攻めになんて来ませんよ。来られません、絶対に」

 

「……どういうことですか?」

 

「いえ、別に。それに、私たちがあなたを拘束する理由はきっちりとありますわ。えぇ、えぇ、きっちりと。だって、あなた方……本当は大魔王軍なんかじゃないんですから、ねぇ?」

 

「……はい? あなた、何を言ってるんです? 僕たちには、身分を証明する銀の指輪が」

 

「先にいらっしゃられたあなた方のお仲間様……カミラ様、と言いましたか。彼女の指輪、どうやら偽物みたいですよ? 大魔王軍と身分を偽り、正式な客物ではないのにシトロンに踏み込んだ不届き物。これは拘束するしかないではありませんか」

 

 そう言うとマチルダは、クスクスと笑い声を漏らした。大分、厄介な状況になっているらしい。何が起きたかはわからないが、カミラさんは恐らく、何らかの罠にはまった。

 背中に冷や汗が流れる。これはまずい。どうにかしなければいけないと思うが、既に拘束された僕にはどうにもできない。

 

「アラン・アレクサンドル様。あなたを北西領主代行権限を以て拘束。地下牢へと連行します。……あまり、抵抗しないでいただけると助かりますわ」

 

「カミラさん、カレン……」

 

 僕にはもう、2匹が状況を打開してくれることを祈るしかなかった。

 

 




大魔王軍の雑談コーナー!

アニタ「ハーイ! 皆さんお疲れさまです! 歴代最強大魔王のアニタ様ですよ!」

イグナシオ「そして、俺が側近のイグナシオだ! よろしくなぁ!」

アニタ「今回は珍しく、この2匹でやっていきたいと思いますよ! よろしくお願いします!」

イグナシオ「しかしアニタ様、今回はなんだってこの組み合わせなんですか? アニタ様がいったとおり、ほんとうにめずらしいじゃないですか」

アニタ「それについては、作者から選出理由を書いた紙を渡されていますので読みますねー。 ……ええと、①イグナシオの出番がマジで少ないことに気がついたから。②アニタ様とイグナシオはどちらも大魔王城に残っている魔物だから。……③どっちも出番少ないから出番少ない同盟結成ぃ!? な、なななななんですかその理由はぁ!? あの人、もう1回殺されたいんですかぁ!?」

イグナシオ「なぁんだって作者はいちいちアニタ様の神経逆撫ですること毎回するんだかなぁ。まあ、アニタ様を雑に扱うのは面白いから仕方ねぇけどさぁ」

アニタ「イグナシオ! 今、あなた、なにか言いました?」

イグナシオ「いいえなんにも」

アニタ「……ならいいです。それにしてもイグナシオ、あなた本当に久しぶりの出番ですね。前の出番とか、覚えてます?」

イグナシオ「あー、確かあの時ですよ、4大都市遠征のチーム分け。あれ以来俺ぁ出番なしです」

アニタ「しかもあの時ってセリフ一個もなかったですよね? ……ああ、なんてひどい扱い!」

イグナシオ「大体一年ぶりの出番っすねぇ……。ま、俺は別にいいんですがね」

アニタ「イグナシオは本来はメインキャラだったらしいです。最初の方とか割とアランとフラグ立てていたのにどうしてこうなったのでしょう」

イグナシオ「全部あのチビ……キスカのせいっすわ。あいつに俺の出番全部持ってかれました。暴行事件のときに魔王と戦うのも俺の予定だったはずなんすけどねぇ」

アニタ「恨むべくは作者ですよ! なんで最初にオーガ出したのにまたすぐにオーガを出すんですか! バカなんですかね?」

イグナシオ「初期から出てるのに未だにキャラ固まってなくて書くのが辛いらしいですよ、俺のセリフ」

アニタ「それ、作者の自業自得ですよ」

イグナシオ「さて、そんな話はさておいて。今回雑談コーナーにしたのは、単なる解説のネタ切れっつーだけの理由じゃないんですよね? アニタ様」

アニタ「はい! 何を隠そう、この度この作品、『歴代最強大魔王は平和を望んでいる』のUA数が10000に到達しそうなのです! そんなわけで私たち、番外編! やります!」

イグナシオ「この回が投稿されたあと、活動報告でアンケートをとる。そこにどんな話が見たいかを書き込んでもらって、一番多かった話とか、作者が気になった話を書くってわけだな」

アニタ「アンケートの期間はどかんと1ヶ月! 来月8月3日までとします!」

イグナシオ「詳細は活動報告でも記載する。くれぐれも、感想欄にアンケートのコメントを書かないようにな」

アニタ「それでは、今回は番外編の告知と言うわけでした! お相手は大魔王アニタと?」

イグナシオ「側近のイグナシオがお送りしたぞ!」

アニタ「バイバーイ!」


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交渉の結果は

「本当に。アランとカレンは無事に中央に帰すのだろうな?」

 

 ……厄介なことになった。非常に、厄介なことに。

 

「えぇ、勿論ですとも。カミラ・ヴァンプ。あなたが余計な動きをしなければ。また、彼らが愚かでなければ、無事に中央にたどり着くでしょう」

 

 残念なことだが、交渉は失敗した。この北西都市シトロンにアニタ様の定める新たな法が徹底されることはない。……全く、いつ嗅ぎ付けられたのだろうか。彼らに私をヴァンパイアだと知られただけで、私は彼らに逆らうことができなくなった。

 アニタ様の描く平和とは、こんなにも脆いものだったのだろうか。いや、やはり。私がここに来るべきでは無かったのかもしれない。

 

 事の起こりは早朝まで遡る。嫌な夢を見て寝付けなかった私は、分身を解除して、何をするでもなく宿屋の入り口にボーッと立っていた。大魔王軍に入る前、私が精神的にどうしようもなくなったときによくしていた事だった。

 

 そこに、領主は現れた。

 

「お迎えに上がりました。大魔王軍御一行様」

 

 それがさも当然のように、昨日と同じ笑みを投げ掛けながら彼はそう言った。

 

「……随分と、早いのだな。この時間はどう考えても非常識だと思うが?」

 

「そうですか? それは申し訳ありません。ワタクシ、毎日この時間に仕事に向かうので、他の物も同じだと思っておりました」

 

「……そうか」

 

 それはなんとまあ、やる気に満ち溢れていることで。

 

「しかし、ということは他のお二方はまだ起きていらっしゃらないのですか?」

 

「ああ。2匹は寝ている。私は、寝付けなくてここにいるだけだ」

 

「なるほど。……ですが、それならあなたは何をしていたのです? ワタクシの迎えを待っていたのでもなく、ただ寝付けなかっただけならば散歩でもしていたのかと予想もできましょうが、どうもそういう様子でない。ワタクシには、ただそこに立ち尽くしているだけのように見えました。まるで、幽鬼のように」

 

「……言い得て妙だな。その通り、私はここに立っていただけだ。何をするでもなく、立ち尽くしていた。どうも無償にそうしたくなるときがあるのだ」

 

「……はぁ。あなたは随分と、不思議な方のようで」

 

「そうだな。多少、変わっているかもしれない」

 

「さて、ワタクシはどういたしましょうか。時間が早いと言うのなら、また改めて迎えに伺う形にしますか? 長旅お疲れでしょうから、お二方を早く起こしてしまうのも酷でしょう」

 

「……いや、いい」

 

 彼の提案に、私は異を唱えた。本来ならば、この男の言う通りにまた後で来てもらい、3匹で交渉に望むべきなのだろう。だが、私は。

 

「と、言いますと?」

 

「私1匹で行くよ。案内してくれないか」

 

 今、どうしてもカレンとアランに会いたくなかったのだ。そんな、下らない理由で。私はたった1匹で、交渉の席に着くことにしたのだった。

 

 

 

 

「では、どうぞお入りください。カミラ・ヴァンプ様」

 

 この男の仕事場は、そう遠くない場所にあった。恐らく、都市の真ん中。大魔王城と比べれば、圧倒的にスケールの劣る城のような建物が、この男の仕事場だった。少なくとも、前領主が治めていた頃にはこんな建物は無かったと断言できる。なんとも、まあ、贅沢の限りを尽くしているものだ。

 

 城の中、案内された部屋の扉を開くと、そこには鎧を着込んだ4匹の魔物と、小綺麗な格好をした1匹のハーピィがいた。

 

「ジェイク様! 待ちわびておりましたわ。さぁ、さぁ、早くこちらにいらして?」

 

 ハーピィは領主の姿を確認するやいなや、花が咲いたような笑顔になって、領主を手招きする。そのハーピィの声や、仕草のひとつひとつが妙に妖艶で、油断すると取り込まれてしまいそうな魅力を感じた。この女に隙を見せてはいけない、と、何となく思った。

 

「マチルダ、客が来ているんだ。控えてくれ」

 

「まあ、申し訳ありませんでした、ジェイク様」

 

「では、カミラ様、お掛けください」

 

 私は言われた通りにソファーに腰かける。長テーブルを挟んで反対側に、領主とマチルダと呼ばれたハーピィが座った。

 

「では、改めて自己紹介を。ワタクシ、現城塞都市シトロン領主、ジェイク・ウェイズリーです」

 

「大魔王軍所属、大魔王アニタ・アウジェニオ・シルヴァの側近である、カミラ・ヴァンプだ」

 

「私、城塞都市の秘書を務めております、マチルダです。姓の無い身分ではありますが、何卒よろしくお願い致しますわ」

 

「では、本題に入らせていただきたい。今回私がここを訪れた理由は、中央で作られた新たな法を地方都市に知らせ、定着させるためだ」

 

「新たな法、と言いますと?」

 

「ここに書類がある。確認していただきたい」

 

 私は2匹分の書類を取りだし、それを受け渡した。

 

「この法は、中央に敷かれていた法を強化し、全ての地域で運用できるようにしたもの。一定以上の秩序を守るための法だ。まあ、平たく言えば……この北西地域が平和になるように治めて貰いたい、ということだな」

 

 私はそれきり口を閉じ、彼らが確認を終えるまで待つ。やがて確認を終えた2匹が顔をあげると、私は彼らに問う。

 

「この法を、徹底していただけるだろうか?」

 

 果たして彼らの答えはどちらなのか。一瞬の沈黙に、額を汗が伝う。2匹は顔を見合わせ、ひとつ頷いた。もう、答えは決まっているようだった。

 

「お断り、させていただきます」

 

 NOと、返ってきた。

 

「それは、なぜ?」

 

「北西地域全土の守護と治安の維持など、ワタクシ共には到底出来やしないからです」

 

「自警団がいるだろう。立派な鎧を来た、統率のとれた優秀な兵士たちが」

 

「カミラ様もご存じでしょう。シトロンの自警団はその数を減らし、大幅に戦力を落としているのです。謎の赤オーガによってね。現在北西地域を荒らし回っている山賊団の存在をご存じでしょう? ワタクシどもはそれらから都市を守るので精一杯。損失を考えると攻めに出るのもリスクが高く、こんな状態では都市以外の場所の守護など不可能です。ワタクシどもが全域を守護する前提の法を敷けるほど、ワタクシどもに余裕はないのです」

 

「力が足りないのならば魔王軍の派遣だってあるだろう。北西地方はあまり魔王軍に支援を要請することはないようだが、いつでも貸与すると言われている力をなぜ使わない? それは領主として、怠慢なのではないか? こんな城や、都市を囲む巨大な壁を作れるほどの金と資材があるのだ。まさか、金が足りずに呼べない、何て言い訳はするまいな?」

 

「……ふむ……」

 

 領主が言葉に詰まる。私は事実を話しているだけだ。勝手に追い詰められているのは領主自身の自業自得。これで魔王軍を派遣し山賊団を潰せば、目下の脅威が無くなった北西地方の統治は容易くなるだろう。時間はかかるだろうが、法の徹底は出来るはずだ。

 

 やれやれ、今回の任務は無事達成か。この重要な局面で、何かやらかさなくてよかった、と。そう安堵した時だった。

 

「解放」

 

 と、聞こえた。紛れもない、女の声で。次の瞬間、左胸に衝撃を感じる。それと同時に、攻撃を受けた左胸がコウモリへと変わり、部屋に飛び散った。はす向かいにいる、妖艶な雰囲気をまとう(ハーピィ)が、ニヤリと笑った。

 

 ダメージはない。当たり前だ。だってそれがヴァンパイアなのだから。攻撃を受けた箇所がコウモリに変わり、散ることでダメージを無効にするのがヴァンパイアの特徴だ。

 

 つまり、攻撃を受けた今、私はこの場にいる魔物たちに自分がヴァンパイアだと語ったのと同じというわけで。

 

「まぁ、まぁ、ごめんなさい。私、少々口が滑ってしまいまして。しかしあなた。今、私の魔法を受けた胸が、コウモリになりませんでした? これはおかしいですわ。だって、それは……」

 

 旧魔界歴の折りに滅ぼされた、ヴァンパイアと同じではありませんか!

 

 さも驚いたかのようにそう語るマチルダは畳み掛けるかのように私に問いかける。

 

「お尋ねいたしますわ、カミラ・ヴァンプ様。あなた様は、ヴァンパイアですか? ……大魔王様は、ヴァンパイアの生き残りを殺すこともせず、自分の城に匿っていた、と。そういうことでよろしいのでしょうか?」

 

 ……ああ、クソ。だから私を外に出すのはいけないと言ったのに。

 

「……ああ。マチルダ、あなたの言う通りだ」

 

 確信をもって放たれたマチルダの質問に、絶対的な証拠を見せつけてしまった私は、ただ肯定することしかできなかった。

 




用語解説のコーナー!

アニタ「どうも皆様おはようございます! 大魔王のアニタですよ!」

アラン「大魔王軍のアランです」

キスカ「同じく大魔王軍のキスカだ」

アニタ「さあ、作者が散々サボってきたこのコーナー、久しぶりに復活です!」

アラン「最近面倒くさくなってきてるとか言ってましたね。これだから底辺だと……」

アニタ「ま、面倒くさいとか自業自得なんですけどね。さてさて、今回解説するのはこちらです!」

 オーガについて!

キスカ「で、ウチが呼び出されたんだな、これ。つってもさぁ、割りと解説することなくねぇ? 本編で結構色んな事はなしてると思うんだけど。そこんとこどうなのさ、大魔王様」

アニタ「まあ、うちから既に2匹いますからね、オーガ。まあ、その辺は作者に考えがあるのでしょう! 私たちを喋らせているのは作者! 私たちはなにも考えなくても、作者が必要なことを言わせてくれますよ!」

アラン「このコーナー始まって以来の1番ひどいメタ発言ですね今の……」

キスカ「んじゃ喋るか。ええと、何話しゃいいんだ? あー、色分けの細かい話しでもするか?」

アニタ「是非是非!」

キスカ「あいよー。そもそもウチらオーガは、赤、青、黒の3つの肌色がある。それによって、魔力の保有量がわかるんだけどさぁ。それ以上に、肌色ってのはウチらの一生に大きな影響を与えるんだよ」

アニタ「と、言いますと?」

キスカ「ハブられるのさ。ある一色だけな。えーと、じゃあ、人型。何色がハブられると思う? 言ってみな?」

アラン「ええと、赤ですか?」

キスカ「ぶぶー、ハズレー。正解は逆。黒がハブられるんだ」

アラン「えぇ? オーガは、黒の方が優秀なんですよね?」

キスカ「ま、その通りなんだけどさ。人型は黒のオーガと赤のオーガ、どっちをよく見る?」

アラン「ええと……赤ですね。そりゃ赤の方が数も多いみたいですし」

キスカ「だからだよ。赤の方が数が多い。そして、数が少ない黒のオーガは優秀だ。ウチら赤を、脅かす可能性がある」

アニタ「そもそも、赤と青のオーガは魔法を行使出来る回数に大差はないと聞きます。一方、黒は確実に数回、魔法を行使出来る。例えばその一族のオーガが赤だったとして、黒と戦えば大体黒が勝つでしょう。だから黒がハブられるってことですね」

キスカ「重要なところ全部言いやがるな大魔王様め……。ま、そんなところ。大体追放されたり、そうでなくても一緒のところには住ませない。ウチとしてはそんなことしたら、復讐で逆にやられるかもしれないって思うんだけどなぁ。オーガってほんと頭弱いよね」

アニタ「まあ、赤と青の方が数では勝ってるわけですし、黒単独ではやられるだけでしょうからねぇ……。そんな反乱が起こることも稀ですよ、きっと。そんなことが起きていないからこそ、未だ黒オーガは希少な存在な訳ですからね」

キスカ「ま、いくらオーガだろうとオーガ1匹倒すのは苦戦するもんだしな。相当技量がある奴じゃないと厳しいだろ。その点、ウチは技量特化だから? オーガだっていともあっさり殺せるんだけどなー」

アラン「そのわりには、いつもイグナシオさんに負けてますけどね」

キスカ「うっせー! やんのか人型ぁ!」

アラン「えぇやりますよ! 今度こそ1発くらいは攻撃を当ててやりますとも!」

キスカ「よく言った! 訓練場にいくぞ! ぶっとばしてやるからなぁ!」

アニタ「え、ちょ、待ってくださ……行っちゃった。ふぅ、2匹が行っちゃったことですし、今日はこの辺で終わりにしておきましょうか。お相手は、大魔王アニタと、大魔王軍のアランとキスカでした。バイバーイ!」


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