私だけ前世の記憶が戻らない (淵深 真夜)
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何が何だかわかりません


なんか急にパッと思い浮かんで勢いで初めてみたオリジナル連載です。
楽しんで読んでもらえたら幸いです。


 目があった。

 

 私と同じ高校の男子制服を着た、私と同じ一年生の男子。

 名前は確か、草薙(くさなぎ) 白夜(びゃくや)

 

 別のクラスだけど入学して早々に他クラスの噂になるくらい、そしてこの漫画のキャラかって思うくらい顔面偏差値が高くないとキツい、煌びやかな名前が何の違和感もなく似合ってるくらいイケメンの男子だ。

 

 っていうか実際、漫画のキャラかっていうくらいにモテる。

 ただ外見は名前のイメージ通り女に興味のないクール系イケメンだけど、どちらかというと彼はコミュ力も高くていつもニコニコしてる典型的なリア充らしい。

 モテるけど女の子をとっかえひっかえはしない、パリピってほどいつでも大勢とバカ騒ぎするような奴じゃない、普通に良い奴だからこそ周りに人が集まって好かれる、妬むのもバカらしいまさに人生勝ち組な男子というのが、周りから見聞きして私が持った彼への印象。

 

 つまりは、友達はいるけど多くなくてそれを全く気にしない、むしろ人付き合いをちょっと煩わしいと思ってるマイペース人間、彼氏いない歴=年齢を爆走中、っていうか3次元に興味ないです2次元でいいですなオタク喪女の私こと、羽曳野(はびきの) (すばる)とは、生きる世界が違うとまでは言わないけど、まぁ普通にしてたらお互いほとんど関わらない、関わってもクラスメイトとか同僚とかそういう事務的なものでしかないはずの相手である。

 

 そんな相手と私は何故か、もう生徒もほとんどいない放課後の校舎の廊下でしばし見つめ合っている。

 

 ……私は、草薙君のクラスの誰かの置き傘であろう、日本刀風の傘を使って居合抜きの構えのまま、無言で彼と見詰め合った。

 

 …………誰でもいいから今すぐ私を殺してくれないかなぁ。

 

 * * *

 

 居合抜きの構えは、完全に若気の至りというやつ。もしくは、黒歴史。

 

 友達が10年以上前に完結したけど未だに人気が根強くて、最近になって新シリーズで連載再開が決定した漫画を布教のために学校に持って来て、それを借りたのはいいけどさすがに完全版全22巻は重くて家に持って帰りたくなかったから、何冊か学校で読んで読んだ分はとりあえず自分のロッカーに入れて帰ろうと思ったのが、きっと間違いの始まり。

 

 そりゃ10年以上たって実写映画化したり、新シリーズが再開するくらいなんだから面白いに決まってる。

 私はすっかり時間を忘れて、よっぽど熱心な部活動してる人たち以外がいなくなるまで教室で一人読みふけってしまった。

 数冊だけのつもりが全巻読破しちゃった。しかも読み終わってからもう一度初めから読み直したくて、結局全部持って帰ろうという結論に達したし。

 

 この時点で私がアホであることが嫌になるほどわかるけど、今、私がタイムリープできるなら間違いなく5分ほど前の私を助走つけて殴る。

 

 友達が持って来て私が読みふけった漫画は、明治時代を舞台にした少年漫画だった。

 ファンタジー要素は基本的になくて、少年漫画らしい「出来るかこんなの」という技はもちろん出てくるけど、実写映画で主人公の戦闘シーンがCGじゃなくて、ワイヤーアクションもほとんど使わない殺陣で何とかできるぐらいだから、「かっこいいなー。……私でも出来るかな?」とかバカなことをちょっと思ってしまったところに、目に入ったのは教室前の傘立てに置かれたままの誰かの置き傘。

 

 それが普通の傘なら私はそのままスルーしたけど、よりにもよって日本刀型というネタ系の傘だったことで、私の中の中学二年生がちょっと抑えきれなかった。

 学校内で残っている生徒は部活動してる生徒ぐらい、体育館やグラウンド、美術室とかそういう特殊教室じゃなくて、普通の授業をする教室しかないこのフロアには私以外誰もいないと思い込んでた。

 

 なので、私は自分の中の中学二年生が求めるままに実行してしまった。

 

 

 

「飛天御剣流! 天翔龍閃!!」

 

 

 

 漫画の中の主人公の奥義である居合抜きを、まぁ出来る訳ないんだけどポーズを決めて技名を独り言にしてはやや大きい声で言ってみたら、帰る途中か家に帰ってから忘れもんに気付いて取りに来てたのか、とりあえず私にとっては殺してほしいくらい最悪のタイミングで教室から出て来た草薙 白夜と目があって現在に至る。

 

 まだたぶん1分もたっていないけど、私からしたらあまりに長すぎる気まずい空気をどうしたらいいかわからず、未だに居合抜きのポーズのまま草薙君と向き合ってる。

 

 ……ねぇ、マジで何とか言ってよ。

 そんな信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開いて固まらないでよ。痛いものを見たって目で引かれた方がまだマシだよ。

 

 そんな風に、私は思ってた。

 オタクの奇行はリア充にはそこまで理解できないものだと思われたと解釈していたけど、草薙君のフリーズの理由であり原因は私の想像の斜め上を突きぬけていた。

 

 もう私は何を言ったらいいのか、どうしたらいいのか全然わかんなくてこのまま消滅したい気持ちで一杯だったけど、さすがに居合抜きの中腰の体勢に限界が来て、もう「今のは忘れて!」と言い逃げしようかなと思ったタイミングで、草薙君のフリーズは解凍された。

 

「――(あるじ)……」

「は?」

 

 相変わらず目をまん丸く見開きながら、草薙君がぽつりと呟いた言葉に思わず声が出た。

 え? なんかの聞き間違いだよね? なんかこの状況で何をどうやったら出てくんのか不明な単語が聞こえた気がしたけど、気のせいだよね?

 

 そんな自己回答をすでに頭の中で出してたから、訊き返したつもりもなかった。

 そして草薙君も、私の困惑の声なんか聞こえてなかったみたい。

 

 草薙君の呟きで「忘れて!」と言い逃げするタイミングを逃して、まだ彼と見つめ合いを続行していたら、彼は自分の呟きから数秒後、無言で大粒の涙をボロボロと一気に零れ落とした。

 

「は!? え、ちょっ!? な、何なにどうしたの!?」

 

 いきなりイケメンが静かに泣き出したことで私がパニックを起こして、狼狽えながらとりあえず傘を傘立てに直してハンカチを差し出すけど、草薙君は私が差しだしたハンカチを私の手ごと自分の両手で包んで握りしめる。というか、たぶんハンカチの存在に気付いてない。

 

 両手で私の手を包み込んで握ってその場に膝をつき、私の手を自分の額に押し当てるようにして彼は泣きながらに言い続ける。

 

「主……主……、我が主……」

 

 なんかの聞き間違いだと私が結論付けたはずの単語を、草薙君は私の手に、私に縋り付いて言い続け、ようやく少しは落ち着いたかと思ったら泣きながらも顔を上げて、この上なく嬉しそうに、幸せそうに笑って言った。

 

 

 

 

 

「主! 主も記憶を持っていたんだな!!」

「ごめん何の事!?」

 

 

 

 

 

 ものすごくいい笑顔で謎しかない結論を出されて、思わず私は素で突っ込む。

 

「…………え?」

 

 その途端、いい笑顔が一転直下で絶望に変化して私の良心にも大ダメージを与えてきた。

 え? 何? 私が悪いの? 私の何が悪いの? 抑えきれなかった中学生が悪いの?

 

 こうして私と草薙君は、またしても二人してロマンチックどころか気まずさしか生まれない見つめ合いをしばし続行。

 

 

 

 いやさ……、マジでどうしてこうなった?



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とりあえず話を聞くことにしました

「あ、お母さん? 急で悪いけど今日は晩御飯いらない。今から、友達と食べて帰る」

 

 母親に晩御飯が要らない事と遅くなることを電話で伝えると、本当に急な話だったのに全然怒られずあっさり許可を出された。むしろ、なんか嬉しそうだった。

 まぁ、私は小・中学校で少し苛められてた時期があったから、私自身は当時もさほど気にせずスルーしてたのに親の方がどうもトラウマ気味みたいだから、「友達と遊んで外でご飯食べて帰る」っていう普通の青春を過ごせるようになったことに感激してるみたい。

 ……私がそういうことを普段しないのは、苛めとか関係なくただ単に引きこもり気質でインドア趣味なだけなんだけどなー。

 

 親にオタク喪女でごめんなさいと心の中で謝りながら、そう遅くはならないことを告げて通話を切って、そして向き直る。

 ファミレスの向かいの席で、真っ青な顔色で死刑宣告でも待つように黙って俯いてる草薙君に。

 

「えっと……草薙君?」

 私が呼びかけると、草薙君は親に叱られる子供のように大きく肩を震わせた。

 

 ……マジで怯えられてる。

 いや、怯えてるというより恐れてるって感じかな?

 

 たぶん草薙君は、私に引かれて頭がおかしいと思われていること、そして二度と近づくなとやんわり拒絶されると思って、それを恐れてるんだと思う。

 それも当然か。普通に考えたら草薙君のリアクションの理由は、そういう反応をされて当たり前の話だったんだから。

 

『……あ、る……じ……。覚えて……思い出せてないのか?

 それとも……俺がわからないだけか? 名前に……ビャクヤという名前に覚えはないのか? ステラは? 他の奴らは? アリスにレイにオリヴィア……、ペルソナでもいい! 誰か、この中の誰かに一人でも覚えはあるか?』

 

 私が「何の事?」と訊けば、跪いたまま絶望顔でフリーズしてた草薙君が、私の手をさらに強く握りしめて、矢継ぎ早に縋るようにさらに尋ね返してきた。

 その顔がもう完全に藁にも縋るというような痛々しい顔で、嘘でも「うん、知ってる知ってる。覚えてる」とでも言ってあげたくなる顔だったんだけど、そんな嘘をついた方が余計に傷つくのはわかりきってるので、私は正直に「……誰?」と答えておいた。

 

 名前に聞き覚えがないことはないけど、それは全員3次元の住人の名前じゃない。何かしら、ゲームや漫画や小説の登場人物でしか覚えのない名前だった。

 そもそも、ビャクヤとレイって名前はともかく、後の名前は日本人ならド直球でいわゆるDQNネームだ。本人のためにも、実在してほしくないわそんな名前の奴。

 

 あと可能性があるとしたらハンドルネームとかペンネームの類だけど、私はSNSはラインくらいしか使ってない。フェイスブックやツイッターの類は面倒だからしてないし、ネトゲやソシャゲもはまると廃人になるのが目に見えてるからやってない。だから、ネット上の付き合いのハンドルネームの可能性は皆無。

 同人活動してるオタ友達のペンネームはもっと心の中学生が大暴れしてる感じだったはずだし、お気に入りの作家さんのペンネームも違うし、コミケとかでたまたま見かけて買ってみた一見の作家さんならもう覚えてるわけがない。

 

 うん、少なくともはっきり「知り合い」と言える相手の中で、草薙君が上げた名前を彷彿する人がいない事は間違いない。

 ……間違いないはずなのに、草薙君はもう一度絶望したような顔になり、私の良心をタコ殴りにしてきた。

 

 いやはや……イケメンってすごいね。私の実の兄と弟が私と同じ親の遺伝子で生まれたの? ってくらい美形な部類だから3次元のイケメンには耐性があるつもりだったけど、草薙君の絶望顔はまさしく「捨てられた子犬」だった。

 これを放っておける女はたぶん男を滅殺したいレベルの男嫌いかレズか、はたまた次元を超えて恋をしている方だけだろう。

 

 私は3次元どころか実は2次元に対しても恋愛方面に興味が薄い干物系なので、残念ながら草薙君の魅了Aクラス級の上目使いにすらきゅんとはしなかったけど、さすがに面倒くささや訳の分からなさより人としての良心が勝って放ってはおけなかった。

 っていうか、上にも下にも男兄弟がいるから異性慣れはしてるけど、どっちも良くも悪くも私に弱いところを見せるような可愛げのある兄弟じゃないから、こういう場合はどうしたらいいのか全く分からず、下心さえもわく余裕もなくパニックに陥っただけだったりする。

 

『え、えっと、ご、ごめんねなんか!

 き、聞き覚えが全くないわけじゃないから、ちょっと詳しいこと話してくれないかな? そしたら、思い出せるかもしれないし!』

 

 だから私は、もはや掴んでるというより引っかかってるぐらいの力加減で、それでも悪あがきのように私の手を握り続けた草薙君の両手を空いてた左手を重ねて、何とかフォローの言葉を掛けた。

 今思うと、別に何のフォローにもなってない。

 

 ただ、私の言葉は2度目の絶望中の草薙君に、もう一度小さくてかすかな希望の灯りを燈す言葉だったらしい。

 ……私がこんなことを言わなければ、草薙君は3度目の絶望なんか味わうこともなく、今現在のように怯えなくても済んだのになーと思うと、また良心が痛む。

 何というか、本当にごめんなさい。

 

 草薙君は、しばらく間をおいてから青い顔色で、前の質問の時と同じように、それ以上に今にも死にそうなぐらい悲痛な顔をして、それでも諦めきれずに私が「思い出す」ことを期待して、囁くような声音で言った。

 

 

 

 

 

『……ステラは……主の前の名前で……他の奴らは……ペルソナ以外は主の仲間だ。

 主は……、前世でこことは違う別の世界で俺たちと出会い、そして世界を救ってくれた英雄だ』

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いて、思わず反射で出てきた言葉はよりにもよって、「どこのラノベ?」だったことが本当に申し訳ない。

 草薙君がきっと決死の覚悟で答えてくれた言葉を、あまりにもあんまりな感想で返してしまい、彼に3度目の絶望を与えてしまった。

 

 それがあまりにも申し訳がなくて、何とかフォローしようと思ったけどさすがに暗くなり始めた校内に部活動でもないのにまだ居座るわけにもいかず、私は草薙君に場所を移動して話すことを提案すると、意外にも彼は大人しくついてきた。

 まぁ、その間中顔色は最悪で空気はお通夜状態だったけど。

 

 で、こうやってとりあえずファミレスにやって来た訳なんだけど……

 

 うーん、何を話せばいいんだろう?

 

 * * *

 

 呼びかけておいて話す内容を決めていなかったから、私も黙り込んでしまうと草薙君はそれを悪い方向に受け取ったのか、体を小刻みに震わせながら呟いた。

 

「……ごめん」

「え?」

 

 何故かいきなり謝れて、また私は困惑する。

 いや、どっちかっていうと謝らないといけないのたぶん私の方じゃない?

 そう言いかえす前に、草薙君は俯いたまま私に謝り続ける。

 

「ごめん、ごめん。いきなり変なこと言って、気持ち悪いこと言ってごめん。

 忘れてくれ。俺の言ったことなんか、いや、俺の存在そのものを忘れてもいい。俺なんか忘れてもいい。忘れていいから、思い出せなくていいから、俺のことなんか知らないままでいいから……だから……だからごめん。図々しいけど、わがままだけど……言わないでくれ。

 主が望むのなら、俺は絶対に関わらないから、主の生活を脅かしなんかしないから、俺は関わらないから……だから、お願いだ。

 

 ……どうか、嫌わないでくれ。……無関心で、知らないままで、忘れたままでいてくれ。……主からしたら、頭がおかしくて気持ち悪い妄想野郎だろうけど、どうか俺のことを……、俺は主に嫌われたら生きては――」

「ちょっ! ちょっと待ったストップ! 落ち着いて! 大丈夫嫌ってない! 嫌ってるんなら、場所変えて話をしようなんて提案しないから!!」

 

 なんか怒涛の勢いで私に対しての謝罪と、嫌わないでほしいという懇願をされてパニクリつつもなんとか私の発言をねじ込んだ。

 ねじ込んだ私の言葉はちゃんと草薙君の耳にも正しく届いたらしく、俯いていた顔を上げる。

 

 教室から出て来て私の奇行を目の当たりにした時と同じような、信じられないものを見るような真ん丸い目をしたきょとん顔でまた彼は、しばし私を見つめてからオウム返しで問い返す。

 

「……嫌って……ない? 話を……聞いてくれるのか?」

「うん」

 

 その問いに即答で頷けば、何故か草薙君は絶句した。

 私としてはこう答えたら少しは落ち着いてくれるかなと思っていたから、その反応が予想外すぎてまた脳内でパニっくった。

 ……何で? え? 草薙君にとってお望みの展開じゃないのこれ? 私はどう答えたら良かったの?

 

「……俺の上げた名前に、覚えがないんだろ? 俺がさっき学校で話したことは、『どこのラノベ?』としか思えなかったんだろ?

 ……なら、どうしてまださらに話を聞こうとするんだ? 何で、嫌わないんだよ? 引かないんだよ? 逃げないんだよ?

 主にとって……俺なんか痛い妄想を押し付けてる危ない奴じゃねーか! むしろ少しは警戒しろよ!」

 

 私が脳内で半ば逆ギレのパニックを起こしていたら、草薙君の方は私に対して言いたいことがまとまったのか、初めは躊躇いがちだけどなんか段々と勢いついて、最終的にはこちらも逆ギレ気味に私を叱る。

 いや、まぁそう言いたくなる気持ちはわかるけど、自分で言う?

 

 というか、私が草薙君を嫌わないし引かない理由は今ほとんど、草薙君が言ったことにあるんだよね。

 

「んー……、草薙君がそうやって私の心配して叱ってくれるような人だからかなぁ? 嫌わない理由は」

 

 私はとりあえず注文して自分で汲んできたドリンクバーのジュースを飲みながら、まず初めに彼を嫌っていない理由を語ると、またしても草薙君は絶句してフリーズ。

 フリーズ中に私の話が脳内にちゃんと届くかどうかは怪しかったけど、またフリーズが解凍してすぐに矢継ぎ早に叱られるのも嫌だから、この間に私の思ったことや言いたいことを全部言わせてもらうことにする。

 

「私さ、忘れて欲しいけど草薙君が見た私の奇行とかでわかるようにオタクなの。漫画とかアニメとかが大好きなの。で、私の友達も類友でさ、同じようにオタクばっかりなんだけど……、オタクに限らず思春期ってやたらと自意識過剰になって黒歴史製造する人間は珍しくないでしょ?

 特に2次元に傾倒してるオタクって、変な妄想をこじらせて自分が漫画の主人公みたいな特別な力があるとか、草薙君が言ったような前世がどうのこうのとかいう妄想を、マジで語ってくる奴が結構いるんだよねー。

 ……だから、わかるんだよ。嫌な経験則だけど草薙君はそういう、現在進行形で黒歴史製造中の痛い妄想を押し付ける危ない奴とは全然違うってことが。

 

 そういう奴はね、自分から一方的に勝手に妄想を語り続けるし、それは妄想だって指摘したり痛いって言えばめっちゃキレるよ。草薙君みたいに、自分で危ない奴だなんて認めないし、相手に引かれるかもしれないとか不安がったりなんかしない。

 そういう奴はいつも皆、『自分』しか見てなかった。空想のすごい自分が世界の中心で、他の人間はその『自分』をちやほやする信者か、引き立てる為の舞台装置くらいにしか思ってなかった。

 だから……、私に嫌われないか引かれないかって不安がったり、引かない私のことを逆に心配する、ちゃんと私を一個人として見て対応してる草薙君は危ない奴だとは思わないし、そんな草薙君がする話だから、それもただのどっかのラノベ丸パクリな痛い妄想だとも思えないんだよね」

「……え? え、ちょっ、待て待て待て! ちょっと待て!!」

 

 私が彼に対して、どうして引かないでとりあえず話を聞こうという対応をしている理由や根拠を話してみたら、草薙君のフリーズは解凍されたけど、納得したから解凍したというより理解できない情報が一気に流し込まれたから、それを整理するために再起動したって感じで、彼は手で制して私の話に割って入った。

 

「いや、俺のことを信頼してくれるのはめちゃくちゃうれしいけど、ちょっと待て! いいのかそれで!? それじゃあ主は、俺の話を信じてることになるけど、マジでいいの!? あと、そういう話をマジで主の意思関係なく押し付けてくる奴とは縁を切れ!」

 

 またしても最後は何故か怒られたけど、まぁそういう反応をするのも仕方がない。

 相手の反応が妄想を押し付けてるようには見えないからって、草薙君の話が現実的なものではないことに変わりもないのだから。

 けど、私からしたら草薙君の話を妄想と切って捨てるのも乱暴な結論だと思う。

 

「うん、信じてると言えば信じてるかな? でもそれ、私からしたら幽霊や宇宙人、天国や地獄の存在と同じくらいの信憑性だよ。だから、正確に言えば『確実に存在しない根拠がないから否定しない』程度。

 少なくとも、現段階では別に草薙君の話は私を驚かせはしても迷惑はかけてないから、事実であれ妄想であれ頭ごなしに否定する権利なんか私にはないし、草薙君が否定してほしくないって思うんなら私はそれを尊重してとりあえず程度だけど信じるよ」

「主にとって今現在は、迷惑じゃねぇのかよ……。昔もそうだけど、本当に器が広いなあんた」

 

 ストローでグラスの中のジュースを掻きまわしながら草薙君の疑問兼ツッコミに答えると、さすがにもうフリーズはしなかったけど草薙君は大きくため息をついて俯き、呆れたような口調で言った。

 おかしいな。発言自体は褒め言葉なのに、どう考えても褒められていない。

 あと地味に気になるのは、草薙君は私を「(あるじ)」と呼ぶわりには、敬語をほとんど使わないな。

 さっきなんて最後、あんたって言ったし。主をあんたって呼んでいいの?

 

 実は草薙君の話を聞いてみようって思ったのは、この私を敬ってんのか親しみ程度なのかよくわかんない口調の所為で、前世の私と草薙君の関係があまり具体的に想像できなくて、好奇心が抑えきれなかったからだったりする。

 なんか本当に草薙君の話が痛い妄想であっても、下手なそこらのラノベより面白そうな内容な気がする。少なくとも、私に対する呼び名と口調の矛盾という時点でオリジナリティが割とあるのは確かだ。

 

「……っていうか、主。俺が言うのもなんだけど本当に危機感を持ってくれよ。主が言うような、若気の至りな黒歴史で前世がどうのこうのって言う奴はクソうざいけど、そういう奴らはなんだかんだでごっこ遊びの延長でしかないんだからまだましだけどさ、本当に病気の奴ならそれこそ何が地雷かわかんなくていきなり暴れ出したり、ストーカーになったりするかもしれないんだしさ。

 …………つーか、俺自身だって実は自分が病気じゃないっていう自信も、俺の記憶がただの妄想じゃない保証なんかもないんだから、……主の言葉は嬉しいけど主のためにもあんまり信用しないでくれよ」

 

 そんな危機感が欠片もない理由はさすがに口に出さないでいたら、草薙君はもう一度深いため息をついてから、私の心でも読んだのかと言わんばかりに私の危機感に関してお説教が始まった。

 うん、確かに私に危機感はないに等しいことをやってるね。でも本当に、自分でも言ってるけどあなたが言う?

 

 そもそも、妄想とかそういう精神的なガチの病気について私は当然詳しくないけど、そういう病気の人は自分が病気であることを自覚してないからこそ厄介であることくらいは知ってる。

 だから、「前世の記憶」に関して自分で自信を持ってない、自分の頭がおかしくなったという発想が先に来る草薙君だからこそ、幽霊や宇宙人の存在より信憑性があるかもなーと私は思ってる。

 

 それに、仮に草薙君が病気だったとしても……

 

「さすがに草薙君の話を全面的に信じるのは、危険だしバカな行動だってことはちゃんと自覚してるよ。

 でもさ、どこまで信じるか信じないかの線引きと、あなたを嫌いになるとか引くとか全然別の話だよ。仮に草薙君がガチで病気な人だったら、素人の私じゃ『病院に行け』としか言いようがないけど、それでも『病気であること』はあなたを嫌いになったり引く理由にはならないよ。

 

 病気なら、それこそ私だって同じ病気にならない保証なんてないんだから、そんな理由で他人を嫌って遠ざけるなんてしないよ。そんなの、自分が病気であることを言い訳にして、治療もしないで好き勝手する奴と同じだし。

 他人を嫌ったり自分の言動で人を傷つけることに、病気とか生まれ持ったものとか努力でどうしようも出来ない事を大義名分にするのは一番卑怯なことだから、絶対にしないよ」

 

 この話は私としては、人としての当り前の道徳のつもりだった。

 特に親や学校の先生から教えられたわけじゃないけど、普通に「自分がされて嫌なことをしてはいけません」という道徳の基本中の基本の一部でしかなかった。

 

 だから、ジュースを飲みながら何気なく、これ以上草薙君が変な罪悪感と不安を抱え込まなければいいのに程度の気持ちで伝えた言葉だった。

 

 なのに、草薙君の反応はやっぱり私の想像の斜め上に突き抜ける。

 

「――あーーっ!!」

「!?」

 

 私の言葉を、私が草薙君の話をとりあえず信じてると言った時と同じようにきょとんとした顔で聞いていたのが一転して、いきなり叫んで草薙君はテーブルを頭突きで割らんばかりの勢いで突っ伏した。

 突然の奇行と奇声に、当然私だけじゃなくて周囲のお客さんや店員さんもビビって注目を浴びるけど、本人は注目を浴びてることに気付いていないのか、突っ伏したまま頭をグチャグチャに掻き毟ってぶつぶつと呟いていた。

 

「あー、もうマジで何なんだよ。記憶戻ってないってウソだろ? 何でここまでまんまなんだよ?

 あんたはマジで何? 器がでかいなんてもんじゃねーよ。主の器って海なの? それとも文字通り底が抜けてダダ漏れなだけ?」

 

 うーん……、器が広いって褒め言葉のはずなのに、まったく褒められてる気がしない事を言われてるなぁ。

 というか、草薙君にとっての前世の私って、今の私まんまなのか。それなら、何でこんな反応取ってるの?

 喜ばれてもなんだかなぁって感じだけど、この嘆かれてるのか呆れられてるのかよくわからない反応はもっとなんだかなぁ……って感じで、こっちが反応に困る。

 とりあえず、謝ればいいのかな?

 

 そんなことを考えながら、本当にとりあえず意味もない謝罪を口にする前に、草薙君の方は自分で何とか私の発言やらなんやらに整理をつけたのか、突っ伏したのと同じくらい唐突に髪をぐしゃぐしゃにかき乱していたのをやめる。

 

 けど顔は上げないでテーブルに相変わらず突っ伏したまま、脱力したようにだらんと手をテーブルから下ろしたから、こっちはまた別の意味でビビる。

 何? 私の返答は、脱力するレベルだったの? と一瞬変な不安がよぎったけど、その不安は杞憂にもほどがあるものだったことを告げるように、草薙君は突っ伏したまま語り出す。

 

 

 

 

 

「………………俺は、魔物だったんだ」

 

 前世の話を、語り始めた。



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前世の話が始まりました

「……主や俺が前世でいた世界は、何ていうか異世界ファンタジーの典型というか、リアルドラクエ世界というか……まぁ、そんな感じの世界だったんだよ。で、俺はそんな世界の人間じゃなくて魔物。モンスターの一種だったんだ。

 

 その世界にとって魔物は完全に人間の敵、百害あって一利なしな存在だって思われてて、……だから俺の家族も仲間も人間に殺された。まだ子供だった俺だけが、大怪我は負ったけど何とか逃げて生き延びて……でもガキで弱くてしかも大怪我してるから、すぐに行き倒れて死にかけて……、そこで子供の主と出会ったんだ。

 主が、俺を助けてくれたんだ」

 

 突っ伏して脱力したまま、草薙君は「前世」の話を淡々と続ける。

 

「主」という呼び方からして主従関係だったことは普通に予想してたけど、前世が「魔物」というパターンは珍しい。でも出会いの経緯は王道だなーと、私はラノベか漫画の編集者みたいなことを考えながら、彼の話を聞く。

 たぶん、初めは「同胞を殺した憎い人間め!」とか思って施しは受けないと拒絶するか、回復したら殺すつもりだったのがどんどんほだされて、いつしか私を「主」と認めた展開なんだろうなーとか考えてた。

 

「まぁ、そこからの展開はベタ中のベタだよ。ありきたりすぎて漫画とかなら少しはひねれって怒られそうなくらいな。

 初めの内の俺は主に威嚇しまくりだし、手当てしようとした主の方が俺の所為で逆に怪我するのが毎回だったのに、それでも主は俺を手当てしてくれて、かくまってくれて……、助けてくれたことにどんどんほだされていったんだ。家族も仲間も全滅して、寂しくて独りは嫌で、差し伸べてくれた手が本当は初めから嬉しかったんだ。

 

 ……そんな感じで俺の方はマジありきたりなド直球の王道なんだけど、主の方は微妙にずれてたのがこの話の笑いどころだな。

 主はそもそも俺が魔物だって気付いてなかったんだよ。主の養父に俺をかくまってることがばれた時、俺が魔物だって知って『え? マジ?』って言い放って、俺もマジギレしてた養父も思わずフリーズしてたなぁ」

 

 私の頭の中を読んだかのように私と同じ感想を草薙君が口にすると同時に、少し笑って私の前世の妙なボケを暴露する。

 ちょっ、おい、前世の私! 何そのボケは! ちょっとはひねれとは思ったけど、その斬新さはいらない! 異種族との交流の感動どころが台無しじゃん!!

 

 前世の私に脳内で突っ込む私は、何とも言えない気まずそうな顔をしてたんだろうね。

 まだ机に突っ伏したままだけど、うつ伏せから顔を横向きにして私の様子を窺った草薙君は少しだけ、悪戯が成功した子供みたいに笑った。

 

「ははっ! 今までの交流が台無しになる事実だろ? ……でも、台無しになんかならなかったよ。むしろ、俺の存在が養父にばれたことが、俺が主を『主』と定めて、俺の全てをささげようと思ったきっかけだ」

 

 笑みの種類が変わる。

 悪戯を成功させた子供の笑顔から、遠い思い出を懐かしむ老人のような笑みを浮かべ、草薙君は自分の「主」について誇らしげに語り続ける。

 

「主の養父は俺をかくまってたことをめちゃくちゃ怒って、俺を殺そうとしたんだ。まぁ、当然だよ。その時の俺はまだ怪我が治りきってないし子供だったけど、それでも子供の主ならいつだって殺せる魔物なんだから、今のうちに駆逐すべきがあの世界では常識で当然の考え方だったんだけど……。

 

 主はさ……、言ったんだ。さっき、俺に言ったみたいなことを、自分の養父にさ。

 

『魔物というだけで、この子を殺すなんてことしたくない。

 私を傷つけたのも信用できないのも、この子を魔物だからというだけで殺そうとした人間の所為であって、この子が魔物だからじゃない。人間なら酌量の余地ありって判断されそうな事情なのに、魔物だからこの子を、私しか傷つけてないのに、私はいいって言ってるのに、なのに、問答無用で殺すの?』ってな……。

 

 そう言われたら、あの人はもう何も言えなかったんだろうなー。主の養父はハーフエルフで、迫害されて森の奥に隠れ住んでたから」

 

 なるほど。そりゃ何も言えなくなるよね。

 自分のしようとしたことが、自分がされてきたことだって指摘されたようなもんなんだから。

 というか、養父って何? 実の親はどこ行った? しかも迫害されてるハーフエルフって、前世の私の家庭事情はどうなってんの?

 

 何か色々と気になる前世の私の情報がサラッと出されて気になるけど、まぁそれはとりあえず横に置いて、今は草薙君と私の話に集中しよう。

 でも、前提がボケてた割には結局は王道な話だよね。

 そう思った私に、ようやく突っ伏すのをやめて起き上がった草薙君は、今度は頬杖をついてまた悪戯を企むように笑って見てた。

 

「……この辺も王道なんだけどさ、また主が何故か微妙にずれてんだよ。

 主のセリフ、俺を庇いながら泣きながら怒りながら養父に熱弁したらまさしく漫画の見せ場だけど、主は俺にさっき言ったみたいに淡々と何気なく、『今日はいい天気だね』くらいのノリで言い放ってからな」

 

 うぉい、前世の私。どうしてそのまま真面目に王道を貫かない。

 いっそ全然違う方向に向かった方が笑いが取れるのに、どうして本当に微妙にずれてるの? ただ単に反応に困るだけじゃない。

 

 私にとってはマジで困惑するだけで、草薙君が言うには養父もやっぱり困惑してたらしい。

 でも、草薙君にとっては、魔物だった頃の彼にとっては違ったらしい。

 

「主の養父は、色んな意味で『なんて言い返せばいいのかわからない』って顔してたけど、……けどさ、俺はそれが嬉しかった。

 主が言ってくれた内容自体ももちろん嬉しいよ。むしろそれが大前提だけどさ……、俺にとっては泣きながら熱弁よりも、淡々と当たり前のように……、魔物の俺を『殺したくない』って思うことが主にとっては熱弁して主張しなくちゃいけない事じゃない、当たり前の考えだってことが……俺にとっては何よりも、嬉しかった」

「……何で?」

 

 素で訊いた。

 私にとっては覚えてないしそもそも事実かどうかの保証がないとはいえ、昔の自分ながら反応に困る対応すんなとしか言いようがないから、どうしてそんな私の微妙にボケた言動が、草薙君が生まれ変わっても忘れないくらい、泣いて再会を喜んで、覚えていないのならもう関わられなくてもいいから嫌わないでほしいほどの大切な「主」になったのかが全然わからない。

 

 なのに、草薙君は笑う。

 今の私も、その理由がわからないことが嬉しいと言うように彼は微笑んで答えた。

 

「人間にとって俺たち魔物は問答無用で駆除して駆逐すべき敵であるように、魔物にとっても人間は理屈なんかなく相容れない敵だった。

 だから、人間に助けられた時点で、人間である主に『生きてていいよ』って言ってもらえたことは、俺にとって奇跡だったんだ。主が俺のために、自分が傷ついても俺を助けようとしてくれて、かくまってくれた日々はまさしく夢のような奇跡そのものだった。

 

 ……だからこそ、いつか絶対に失うものだって思ってた。奇跡も夢も、長くなんか続かない、永遠なんかじゃないからこそ、そう呼ばれることくらいわかってたから。

 本当は主に即堕ちしてたも同然なのに、ずっと威嚇してデレなかったのも、どうせ失うんならこれ以上主のことを好きになりたくなかったからだ。

 なのにさぁ……、主は俺のこと魔物だって気付いてなかったわ、気付いても『常識でしょ?』って言わんばかりにこれからも俺と一緒にいてくれるって言うわさ……、そりゃ初めは色々と脱力したけど……嬉しかったよ。

 

 主はバカだったとか鈍かったとかじゃなくて、本当に魔物であるかそうでないかなんてどうでも良かったから、違和感の塊のはずの俺を魔物だって気付かなかったし、知ってもそれは変わんない。俺が側にいること、俺が生きることを『当たり前』だって言ってくれた。

 ……泣きながらの熱弁だったら、結局それぐらいしないと受け入れてもらえない、俺は主にとって『非日常』な存在で、主の『日常』には溶け込めないし寄り添えない存在だってことを痛感させられたと思うんだ。

 だから、なんか妙にずれてボケてたけど、主の反応が、言葉が、……俺を主の当り前な『日常』に組み込んでくれたことが俺にとっては一番嬉しくて、あの瞬間、主は俺の神様で全てで世界そのものになったんだ」

 

 * * *

 

 嬉しそうに、誇らしげに、草薙君はそう締めくくった。

 

 その笑顔はまさしく輝いてると言わんばかりだったから、さすがの干物系の私もうっかり一瞬ときめいた。

 なのでクールダウンさせようと、もうほとんど飲んじゃって氷が解けた水で薄まってまずいだけのジュースを飲み干してから、ちょっと彼には悪いけど水を差すような発言をする。

 

「……草薙君が『主』さんのことを大好きなのは理解したけど、私に同じものは求めないでね。

 あなたの話はやっぱり結局、否定する根拠もないから『とりあえず』信じる程度でしかないし、真実だとしても私は何も覚えていないから、前世がそんな人だったからって今もそんな風に言える自信なんかないもん」

 

 これは照れ隠しだけじゃなくて、実は初めから言いたかったことでもある。

 草薙君の話が全部事実であっても、私は何も覚えていないし心当たりもない、今の話を聞いても思い出したことだって何もないのも事実だから、「昔の主はこうだった」とか「主はそんなこと言わない」みたいに、私の知らない、とっくの昔に亡くなっている人の面影を押し付けられるのは、はっきり言って苦痛でしかない。

 

 だから初めから、これだけは草薙君がどんなに傷ついても、逆ギレされても絶対に念押しして釘を刺しておこうと思って言ったけど、草薙君の反応は幸いというべきが私が予想したどちらでもなかった。

 

 彼は一瞬きょとんとしてから、申し訳なさそうに苦笑した。

 

「あぁ、うん。わかってる。『主』なんて呼び方してる時点で説得力がないけど、それは一番しちゃいけないことだってことはわかってるよ。

 

 ……でも、面影を見るなってのは、本当に悪いけど多分無理だ。主、マジで前世とそのまんまだから。顔立ちはそっくりそのまんまって訳じゃないけど、何というか表情というか雰囲気がそっくりなんだ。そのおかげで俺は入学式で主を見かけた瞬間、『この人が主の生まれ変わりだ!!』って確信したくらいだし」

 

 あ、そんな前から私の存在に気付いてはいたんだ。

 っていうか、マジか。私の「常に半分寝てるみたいな、覇気と愛想が全くない顔と雰囲気」は前世からなの?

 何なの、私の無愛想っぷりと雰囲気は魂に刻まれたデフォルト設定なの?

 

 まぁそれは置いといて、私は申し訳なさそうな草薙君に一応フォローをしておく。

 

「私に昔の主はこうだったからこうしろああしろっていう強制をしないのなら、面影くらいなら別にいくらでも見ていいよ。そこは個人の自由で、逆に私が過干渉するのは間違いだし」

 

 面影の押しつけが迷惑なのであって、私を誰かに似てるなーと思うこと自体は別に迷惑でもなんでもない。

 それまで制限することは惨いし他人の権利や自由の侵害でしかないから、だから少し思いつめ気味な草薙君にそのことを伝えたら、草薙君はお冷を口にしてちょっと呆れたように言う。

 

「……主、マジで記憶ないって嘘じゃねぇの?

 よくそれで、『前世がそんな人だったからって今もそんな風に言える自信なんかない』って言えるな。間違いなくあんたは、同じ状況に陥ったら同じことを言うって確信したぞ。

 

 ……けど、ありがとな。そう言ってもらえたら助かるし、ついでに俺は主が懸念してることもしないで済むって確信した。

 

 ――する必要ねぇよ。

 俺はまだこの世界の主を、あんたを良く知らない。でも、俺が『これだけは』って思ったところだけは、今の主も昔の主も変わってない。大切な何かを絶対に忘れないで、手放さないで、ついでに押し付けがましくもなく、『当たり前』だって思って大切にして貫くところがそっくりだ。そこは生まれ変わっても変わらない、魂が持ち合わせたものだったんだな」

 

 呆れたように言いながらも、最後は心の底から嬉しそうに笑って、また私のクールダウンさせたはずのわずかな、自分でもあったんだ! って驚愕するほどささやかな乙女心をきゅんと鳴らす。

 ただでさえイケメンってだけで反則なのに、この好感度MAXの笑顔はヤバい。

 今までの好意は私じゃなくて前世の「主」に向けられたものだから、困惑するだけで別にどうとも思わなかったけど、今のは現在の私も含めた好意だったから、マジでヤバかった。

 

 幸いながら私の表情筋は兄と弟曰く、「死んでるっていうより寝てる」と言われるほど基本的に無表情というか眠そうとしか思えない顔がデフォなので、珍しく私の乙女心が仕事したことに草薙君は気付いた様子はなく、小首を傾げて「どうした?」と尋ねる。

 

「なんでもない」

 そう私は答えて、テーブルの端に立てかけたままのメニューに手を伸ばす。

 そしてそれを開いて、訊いた。

 

「何食べる?」

「え?」

 

 私の問いに草薙君はきょとんとした顔で聞き返し、私もきょとんとする。たぶん、表情は変わってないんだろうけど。

 

「……晩御飯、食べて帰るって家に言ったから、話も一区切りがとりあえずついたし、そろそろ私はご飯食ようと思ってるんだけど、草薙君は食べないの? あ、それともこの後、用事あったりした?」

 

 何で訊き返されたのかがわからず、自分がご飯を食べる理由をとりあえず話してから、そもそも自分が強引にゆっくり話が出来る場所として呆然自失状態だった彼をファミレスまで連れ出したことを思い出した。

 あ、そうだ。草薙君は家に連絡とか何もしてないし、この後予定があったのかもしれないことを完全に考えてなかった。

 

「え? いや、予定なんか何もないし、俺は独り暮らししてるから別に連絡を入れる必要もないけど……」

 

 私が図々しく草薙君の予定の邪魔をしちゃったのかと思って謝る前に、彼は戸惑いながらも私の不安は見当違いであることを説明した。

 ん? それならなおさら何で訊き返した?

 単純に私とご飯食べるの嫌だった? まぁ、普段はリア充の見本のようなDKだから、そりゃ彼女でもない私と一緒にご飯なんて、友達とかに見られたらいやに決まってるか。

 

 そんな感じで思ったことをそのまんま口に出せば、「主と一緒にいる所が恥ずかしいわけあるか!!」と割とマジギレされた。

 

「……俺は主と一緒にいることを、喜びこそしても恥ずかしいわけねぇよ。むしろ、めちゃくちゃ嬉しいよ。

 逆に、主の方が迷惑じゃねーの? 主と俺は確かにこんな事情がなければ互いに関わることが無いタイプだから、今更だけど俺と一緒にファミレスにいたなんて周りに知られたら迷惑だろ?」

 

 あぁ、なるほど。気を遣ってくれてたのか。

 まぁ、確かに面倒なことは起こるだろう。私の友達は類友だから、私と草薙君がファミレスでご飯食べてたってこと知っても、純粋にどんな接点があったんだろう? って部分くらいしか気にしないだろうからいいけど、私とはあまり関係ないはずのリア充女子が怖いな。

 

 間違いなく、「草薙君を紹介して!」と群がられるのはいい方、「何であんなキモイオタク女が草薙君と馴れ馴れしいのよ」と思われて、嫌がらせされる可能性はめっちゃ高い。

 けど、その程度の嫌がらせは実は慣れっこだったりする。無駄に美形な兄の所為で。

 

「気にしないよ」

 兄の所為で鍛えられたスルースキルのことを話すと、草薙君は「結局迷惑かけてるじゃねーか! 気にしろよ!!」とキレそうだから、私は一言で終わらせる。

 一言で終わらせても、やっぱり前世の忠義心の所為か素で彼の人が好いからか、「いや、気にしろ」と突っ込まれたけど、それでも私は草薙君が嫌じゃないのなら、退く気はなかった。

 

「私はそんなことよりも、草薙君の話が気になる」

 

 お説教が開始される前に、自分の意見をブチ込んだ。

 私に何かを、自分とこれ以上一緒にいることのデメリットを語ろうとしてた草薙君は、私のセリフで完全に出端がくじかれて、代わりに出てきた言葉は「……聞いてくれるのか?」だった。

 

「うん。なんか色々と、前世の私何者? って感じの情報が小出しされて、気になるし。

 それにさ、今までの話を聞いて草薙君の反応を見て、やっぱりあなたの頭がおかしいとは思えないし、病気だったとしてもいい人だと思うから嫌いになれない。むしろ結構好きだから、せっかくの機会だし仲良くなれるんならなりたいと思った。

 

 今の草薙君も草薙君の前世も私は知らないから出来れば教えて欲しいし、それから草薙君も『今』の私を、『主』じゃなくて『羽曳野(はびきの) (すばる)』を知って欲しいから、だから晩御飯食べるついでにもう少しお付き合いお願いします」

 

 私はそう答えて、半分寝てると言われてる表情筋を動かして笑ってみた。

 ちゃんと笑えているのかどうかは自分のことながら全く自信がなかったけど、それでも草薙君は一瞬ポカンとしてから、ちょっとだけ頬を赤らめて赤べこみたいに何度も頷いた。

 

「う、うん! お、俺の方からも、よろしくお願いします!!」

 

 迷惑なら自分と関わらなくていい、むしろ関わっちゃダメだ的なことを何度も言ってたけど、本心ではやっぱり前世の全てだった「主」である私と関わりたかったんだろうね。

 何度も頷きながらへにゃりと、至福のあまりにとろけるように笑った草薙君にまたきゅんときたけど、今度は乙女心というよりあれだ、ペットショップとかで子犬や子猫の超可愛い瞬間を見た時と同じ胸のときめきだった。

 

 本人には言えないけど、草薙君ってすっごく犬っぽいなと思った瞬間だった。

 

 * * *

 

 とりあえず、私と草薙君が店員さんに注文を取ってもらってから、やたらとキラキラした目で草薙君は「で? 主は何が、何から聞きたい?」と尋ねてくる。

 

 覚えてないし、完全に信じられてる訳でもなくても、引かれないし嫌われないとわかったのなら、話したくて仕方がないらしい。

 大好きな主の話なら、まぁそりゃ自慢もかねて話したくて仕方ないのも無理はないか。他の誰かに話せる内容でもないしね。

 

 ただ、私が真っ先に聞きたい話はたぶん、草薙君が話したい内容ではないだろうなーと思っているので、ちょっと申し訳ない。

 申し訳ないと思いつつも、私はまずこの疑問をぶつけるけどね。

 正直言って、彼の話を聞こうと決めた一番の理由はこれだもん。

 

「えーと……出来れば忘れて欲しいことだけど、何で草薙君は私が学校の廊下でアホなことしてたのを見て、私に前世の記憶があるって思ったの?」

 

 その質問に、草薙君は若干気まずそうに目をそらしてから答えてくれた。

 

 

 

 

 

「…………主、前世で全く同じ技名を叫んで魔物退治をよくしてたから……」

「何で!?」

 

 

 

 

 

 ちょっと待って! 前世の私は何者!? 幕末の人切りなの!? リアルドラクエ世界って言ってたよね!?

 

 ……どうやら思った以上に、私の前世はややこしいようです。



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前世にツッコミどころが満載です

 草薙君がリアルドラクエ世界とか言ってたから、中世ヨーロッパみたいな世界観を想像してたのに、何故か私の前世は飛天御剣流の使い手だったらしい。

 何を言ってるかがわからない? 私だってわかってないわ。

 

「……私は幕末の人斬りだったの? それとも人切りから足を洗った流浪人だったの?」

「うん、主。落ち着いて。俺が悪かったから落ち着いて。違うから。両方違うし、その師匠でもないから落ち着いて」

 

 草薙君の訳の分からない回答にパニクって、思わず割と本気で尋ねたら実に申し訳なさそうに落ち着けと連呼されてしまった。

 私も落ち着きたいよ。でも、なんか斬新どころじゃない斜め上な回答だったんだもん。

 

 え? マジで前世の私は何者だったの?

 

「つーか、主は飛天御剣流の使い手ですらないから。当時の俺じゃ何のことかわかってなかったけど、あれは多分勝手に言ってるだけだったから。高速の抜刀術なんか出来てなかったから。ただその辺の棒切れで、技名叫びながら魔物をぶっ叩いてただけだし」

「余計になんなの、私の前世は!?」

 

 フォローのつもりで入れたのかもしれないけど、草薙君の説明は前世の私も痛かったということ以外何もわからない。

 というか、私は草薙君の前世は助けても他の魔物は退治してたんかい。なんか事情があるのかもしれないけど、本当に何してんの私は。

 

「……っていうかそもそも何で、異世界で私は飛天御剣流を使おうとチャレンジしてるの?」

 

 もうこの時点で突っ込みどころは満載すぎるけど、その中でも一番の突っ込みどころを指摘してみる。

 うん、そうだ。そもそも何で、私の前世は飛天御剣流という漫画の中の架空の剣術を異世界で知ってるの?

 その異世界の言葉を日本語に訳したらたまたまそうなるだけで、そっちの世界ではマジである剣術の流派なの?

 

「あー……そのあたりの事情もまたややこしいんだよなぁ。

 えーと……主、『神様転生』ってやつ知ってる?」

 

 知ってる。たぶんあなたより知ってる。オタク舐めんな。

 ついでに言うとその一言でなんかだいたい察した私は、思わずゲンドウのポーズになった。

 

「神様転生」っていうのは、最近というかここ数年前からラノベやネット小説で流行ってるジャンルのうちの一つ。

 神様の気まぐれや手違いで本来まだまだ寿命が残っているはずの主人公が死んで、生き返らせることは神様でも出来ない、もしくはしてはいけないルールがあるから、お詫びということで別の世界に何でも好きな能力なりなんなりの「特典」を与えて転生して、そこで「俺TUEEEE!!」な展開をやらかすのが基本の流れかな?

 

 いわゆる昔からある「異世界トリップ物」の亜種。

 異世界トリップとは違って、一回死んでその世界の住人として生まれ変わって、だいたい物語開始時、低くて物心がつく辺りで前世の記憶を取り戻すって展開だから、「何でいきなり異世界にやってきて、主人公は異世界になじんでるんだよ? そもそもこいつは何語で話してるんだよ?」的な無粋な突っ込みは入れられずに済むし、ごくごく平凡だった主人公が特殊能力を持ってる理由も初めからついてるし、特殊能力がなくても前世である現代日本の知識が文明レベルの低い世界ではチートだったりするから、とにかく平凡だった主人公が無双できるってのがメリット。

 

 デメリットは、主人公の扱いが難しいんだよね。平凡な主人公が特別な力を得て無双するって展開は誰もが憧れる王道だけど、平凡と特別は=で結ばれないからこそ上手く扱わないと、主人公がすごく鼻につく存在に感じるのが最大の欠点。

 

 商業化されてるラノベとかは当たり前だけどその辺のデメリットを良く理解して、主人公の性格を魅力的かつ、もらった特典もチート過ぎないようにセーブしてるけど、素人が書いたネット小説は「ぼくがかんがえたさいきょうのしゅじんこう」的な……多分3年後に作者本人が読んだら「殺してくれー!!」って叫んで悶えそうなものが多い気がする。

 

 話が少しそれたけど、とにかく「神様転生」というのは基本的に神様によって意図的に特殊能力とかも持たせてもらったり、前世の記憶や知識がチートレベルのメリットになる異世界に転生する展開の事。

 で、この流れからこの単語が出てきたってことは……。

 

「……私の前世はいわゆる『転生者』って事?」

「…………うん」

 

 私のポーズですでに私が察したことを理解していたのか、草薙君は実に沈痛な面持ちで肯定した。

 その肯定を聞いた瞬間、今度は私がテーブルに突っ伏す。

 

「私、前前世もオタクなの!?」

 

 どうやら私は、魂からしてオタク気質だったという事実が判明した。知りたくなかったよ。

 

 * * *

 

「……主、ウーロン茶入れてきたけど飲む?」

「……ありがとう」

 

 さすがに自分が前世からどころか前前世からオタクという事実はショックでしばらく何も言う気になれず突っ伏し続けてたら、草薙君が気を利かせてドリンクバーで飲み物を入れて来てくれた。

 

 それを受け取る為に起き上がると、草薙君はまた捨てられた子犬みたいな顔してた。

 

「ごめん、主。余計なこと言って……」

「いや、あなたは何も悪くないから。むしろ謝らないで。私の方がいたたまれない」

 

 本気で申し訳なさそうな草薙君に、素で私は頼み込んだ。

 うん、落ち着け。クールダウンしろ私。そもそも、草薙君の話はとりあえず信じることにしてるだけで、事実の保証はないんだから、そんな人知らんということにしてしまえばいい。

 

 ……ただ、我ながら自分が王道ファンタジー世界にトリップとかしたら、ノリノリで黒歴史を製造しそうなんだよなぁ。

 たぶん今の私がトリップなり異世界転生なりしたら間違いなく、剣持って「エクス! カリバーッ!!」って叫ぶと思う。もしくは「卍! 解!!」かな。

 うん、前世から成長してないな、私!!

 

 もうこのことは本当に、横に置いておこう。っていうか、見たくない。

 覚えておくのは、私にとって一番の謎だった部分が解けたということだけで十分。

 でも、解けたら解けたでまた別の謎が発生するんだよね。

 

「……前世の私が異世界人のはずなのにこっちの漫画のネタを使ってる理由はわかったけど、前世の私ってそっちの世界でどういう立場の人間だったの?

 っていうか、『英雄』とか言ってたけど、何したの?」

 

 私は学校での草薙君の話を思い出して、ウーロン茶を飲みながら尋ねると、少しだけ草薙君の顔が険しくなった。

 自分でも気づいたのか、「ごめん。主の所為じゃないよ」と断りを入れて、眉間に寄った皺を揉んでほぐす。

 

「……これも割とベタな話だよ。ベタすぎて最近じゃ使われていないくらい、王道な話だ。

 主はRPGの主人公みたいに、『魔王』を倒して世界を救った。まさしく『英雄』で『救世主』だよ」

 

 ……なんか、本当にベタ中のベタだった。

「魔王」なんて単語、本当に久しぶりに聞いたなぁ。最近聞くとしたら、RPGやシリアスファンタジーじゃなくてコメディ系でしか聞かないからなぁ。

 

 私は何故か懐かしさすらその単語に覚えてたけど、草薙君にとってはリアルな存在だったからか、実に忌々しそうに話を続ける。

 

「そもそも、主は『神』の手違いや気まぐれで死んで、侘びとして異世界に特典持って転生じゃなくて、その『魔王』を倒すために選ばれて……と言えば聞こえがいいけど、要は何の関係もなかったのに『神』に目をつけられて殺されて、異世界に転生させられたんだ。

 

 ……そうしないと俺と主は出会えないってわかってるけど、『神』には感謝どころか恨みしかねーよ。

 転生させる理由があったとはいえ、主が選ばれたのはまさしく気まぐれのテキトーだし、そもそもあのクソ神は数うちゃ当たる戦法で、こっちの世界の人間を手当たり次第転生させて向こうに送り込んでたしな」

 

 私が何か地雷を踏んだのかと思ったら、踏んだっちゃ踏んでたけど私のために怒ってくれてたみたい。

 っていうか、ムカついてたのは「魔王」じゃなくて「神」の方だったんだ。

 

 そして確かに、それはムカつく。

 神の不注意による手違いで死んだって展開の方が、まだお詫びの気持ちで特典とかをつけてくれることに誠意を感じるけど、この場合の特典はその「魔王」とやらを倒すための標準装備としてでしょ?

 そっちの都合で殺しといてそれって、特典でも何でもないでしょ。何様なの? って話だよね。あ、神様か。上手くもないわ。

 

 というか、何でその神は自分でその「魔王」とやらを倒さないの?

 自分で倒せない理由があったとしても、何でわざわざ別の世界の人間を転生させて「魔王」を倒そうとしてるの? そっちの元の世界の住人じゃなくちゃダメなの?

 

 私の次々と思い浮かんだ疑問は、浮かんで当然だと予想してたのか草薙君がやっぱり不機嫌なまま私が尋ねる前に答えてくれた。

 

「ここからは俺もあんまり詳しくは覚えてないというか、初めからよく知らないんだけど……、そもそも元凶である『魔王』が『初めの転生者』だったらしいんだ。

 しかも、こいつはマジで神の気まぐれで『こいつを別の世界に転生させたら面白そう』くらいのノリで殺されて転生させられたから、神を恨んで八つ当たりで自分が転生させられた異世界も神も滅ぼそうとしたのが、そいつが『魔王』になった理由」

「神の自業自得じゃん」

 

 思わず心の底からの感想が声に出た。

 いやマジで、神の自業自得じゃんこれ。八つ当たりされたその世界の人達が一番の被害者だけど、魔王も被害者だよ。正直言って気持ちはわかるよ。すっごく魔王に同情するよ。

 

「そ、自業自得。だから自分で何とかすりゃいいのに、神は魔王に何でも好きな能力を転生特典して与えたんだけど、魔王が望んだのは『自分に干渉するな』だったんだ。これも転生の経緯がアレだから、そりゃそう願いたくもなるわな。

 つまり神は、自分で与えた力の所為で魔王が何をしようが手出しは出来なくなったんだ。で、これだけなら魔王にとっても実はメリットないんだよ。むしろ、デメリットしかない。

『神から絶対的な不干渉』てことは、神の祝福も得られないってことだから幸運からも見放されてるんだけど……この魔王は神に『面白そう』で目がつけられるだけあって、なんつーか万能の天才だったらしいな。

 

 運に見放されてたのに、エルフさえも超えた世界最高峰の魔法使いに10代で成り上がったんだよ。神からもらった特典が『神が自分に干渉できない」っていうのを利用して、その世界の神や精霊を一方的に虐殺もしくは、自分の中に取り込んだっていうのもでかいけど、そんな手段が取れるって時点で天才だったな。あいつは。

 

 で、完璧に神は自分のしたことが全部裏目に出て、自分の部下である下位の神がどんどん取り込まれていくのを見てこのまま順調に力をつけていったら、最高神である自分でさえも取り込まれてヤバいって気付いたけど、特典の所為でどうしようもなかった時、神が魔王に与えた特典は『自分とその世界の神々は魔王に干渉できない』であって、別世界の神の力なら有効だってことにも気づいた。

 でも、別世界の神をこちらの世界に連れてきたらそれこそ力のバランスが崩れて二つの世界どころか他にも並行して存在する世界すべてが壊れる可能性があったから、あのアホ神が出した結論は、ある意味『振出しに戻る』だよ。

 

『別の世界の神の力を宿した人間を、こちらの世界に転生させて魔王を倒してもらおう』っていう、神のバカな尻ぬぐいの為に、主は殺されて生まれ変わって、でも前世の記憶と神からの特典の所為で実の親から見捨てられて、やらなくていい面倒事に巻き込まれて、何度も傷ついて辛い思いもした挙句、たった18歳でまた死ぬ羽目になったんだ」

 

 そこまで本気で忌々しそうに吐き捨てるように言ってから、草薙君ははっとした顔になって、私の顔見て顔面蒼白でオロオロしだした。

 うん、私の前世が実の親に捨てられたとか、18歳で死んじゃったとか、あまりいい気分にならない情報出しちゃったもんね。

 

 どうも話してる途中から私を異世界に転生させた神への恨みやらなんやらが爆発して、私に話してるってことを忘れてバッドトリップ気味にうっかり全部吐き出しちゃったみたい。

 愚痴りたくても愚痴れる話じゃなかったから、しょうがないか。

 

「別に気にしてないよ。前世の話なんだから、私が死んだことが前提の話だし。

 それに私は記憶ないし真剣に信じてる訳じゃないから、割と他人事として聞いてる」

 

 本心から思ってることを言ってフォローしてみたけど、草薙君は自爆で私の前世である「主」の死を鮮明に思い出してしまったのか、顔色が優れない。

 私としては、世界を救ったのに早世したのは「魔王」と相打ちだったのか、それとも戦いの後遺症かなんかがあったのかとかが普通に気になったから訊きたいところだけど、どう見ても訊ける空気じゃないよね、これは。

 

 だから、話を変えるつもりで別の気になる所を訊いてみた。

 

「あー……、そういえば私の転生特典って何だったの?」

 

 なんか「魔王」は特典自体は本来ならデメリットにしかならないはずのものを、上手いこと逆手にとって完全にチート化してるみたいだから、私の転生特典も普通に気になった。

 私も相当チートな能力じゃないと勝てないよね? 何だろう?

 

 飛天御剣流は勝手に技名を叫んでただけって言ってたから、違うよね?

 今の私なら何をもらうかな? チート能力と言われて初めに思い浮かぶのは、最古のジャイアニストな金ぴか王様の乖離剣だけど、これ使った方が世界が滅びそう。というか、前世の私はさすがに知らんか、このネタは。

 

 ん? というか、前世の私が18歳で死んで、今の私が今年で16歳ってことは、「神」に選ばれて殺された前前世は最低でも34年前ってことだよね?

 あれ? その頃はまだ前世で勝手に叫んでたらしい飛天御剣流が元ネタの漫画、連載始まってないはず。というか、作者も漫画家どころか多分まだ学生なんじゃないかな?

 

 計算合わなくない? それとも、転生先の異世界とこっちって時間の流れが全然違うのかな?

 ……ま、そのあたりはどうでもいいか。

 それよりも……、何で草薙君はまたしてもすごく気まずそうな顔して私から目をそらしてるんだろう?

 私の空気入れ替えのつもりの質問は成功したっちゃしたけど、たぶんなんで私の記憶が戻ってると思った理由並に私にとって聞かない方が良い答えらしいことを、もうその顔で悟ってしまった。

 

「……草薙君、下手に気を遣われた方が辛いからひと思いに言っていいよ。

 もういいよ。どんなに痛々しい、中学二年生が大暴れしてる感じの能力でも私は遠い目で受け入れるよ」

「いや、違う! 大丈夫!! 主の特典は厨二病末期なダークフレイムなんとかとか、エターナルブリザート的なやつでも、幻想をぶち壊すものでもないから! むしろすっごい実用的だったから!!」

 

 なんかもう悟りの境地で私が言ってみたら、草薙君が手を振って慌てて否定する。

 その否定にホッとしつつ、けどじゃあ何で言い渋ってるのかわからないからもう一度、私の転生特典を訊き返す。

 というか、実用的?

 

 もう一度訊かれて草薙君はまた私から目をそらすけど、観念したのか小さな声で呟くように答えてくれた。

 

 

 

「あ、……主の転生特典は…………超回復と……怪力……」

 

 

 

 ……超回復と……怪力ですか。

 そうですか。あぁ、うん。確かに下手な能力よりも、シンプルで使い勝手良さそうだね。うん、実用的だよ。

 でも、それだけが私が「魔王」を倒すためにもらった能力だとしたら、私が魔王を倒した方法って……。

 

「……まさかの『レベルを上げて物理で殴れ』?」

「…………実行してた」

 

 とあるクソゲーを言い表すフレーズを思わず口にしてみたら、何とも言えない沈痛な顔の草薙君が重々しく頷いた。

 

 なんか……本当に草薙君の話は面白いけど、自分の前世だってことは否定したい!

 何でわざわざそれを選んだし、私!!

 前世が男だったのなら別に気にしないんだけど、私の前世の名前は「ステラ」なんだよね? 同じ星関連なのに、現世の私より女らしい名前じゃねぇか! 

 こんなかわいい名前でこの能力って、これギャップ萌えしないよ! ギャップ萎えしかしねぇよ!!

 

 ……でも、これまた否定どころか草薙君の話に信憑性を与える要素が私にはあったりする。

 そのことを草薙君も予想ついてたのか、ものすごく気まずそうに、それでも彼も気になったんだろうね。気まずそうに、申し訳なさそうに、まずは自分のことを話し始めた。

 

「……あのさ、主。俺、医学上も生物学上も間違いなく人間なんだけど……、前世が魔物だったのが関係してるのか、俺って妙に運動神経とか動体視力だけじゃなくて、視力もどこの原住民だよ? ってレベルで良いし、コウモリか梟かよってくらいに夜目が効くし、犬ほどではないけど人間の域越えてるくらいに鼻もいいんだよ……」

 

 そのやや唐突なカミングアウトに、私はまたゲンドウポーズを取って答えた。

 

「…………私も全治1か月の骨折が1週間で完治するし、全然鍛えてなんかないインドア人間なのに、米10㎏袋を片手で持ち上げられるよ……」

 

 何か、地味に昔から「私、おかしくない?」と思ってた謎が解けました。前世特典の後遺症だったようです。

 女として超回復はまだしも、怪力は嬉しくない……。

 

 そう思ってマジ凹む私に、草薙君は前世からの忠臣っぷりを発揮して慰めようとしてくれたけど、「大丈夫だよ、主!! 前世の主は10㎏どころか大の大人の男も片手で余裕だったから、今の主なんて普通の女の子だよ!!」は、フォローになってない。

 むしろ、トドメ。

 

 * * *

 

「主、本当に家まで送らなくて大丈夫? もうだいぶ暗いけど、主の家まで人通りある?」

 

 晩御飯も食べて、そろそろ家に帰らないと制服姿だと補導されそうな時間帯だったので、今日のところはもう帰ろうと言う私の意見に関しては草薙君は同意してくれたけど、普通に私一人で帰るという要望は納得してくれなかった。

 初めて電車に乗る子供の親かってくらいに過保護に心配する彼に、私は何度も「大丈夫」と説得する。もうぶっちゃけ、面倒くさい。

 

 面倒くさいけど無下にできないのは、彼が本当に私を……「主」を大切に思ってることを前世の話で嫌になるほど理解したから。

 

 何か私が自分の前世の特典で持った能力のあまり脳筋っぷりにマジ凹みしたことと、あと私がいくつで死んじゃったかをぽろっと話しちゃった自爆の所為で、草薙君はそれ以降あんまり詳しくは前世の話をしなかったけど、それでも彼が「主」を、前世の私である「ステラ」が好きで好きで仕方がないのが良くわかった。

 っていうか、そもそも詳しく話をしなくなった理由は私が凹んだから気を遣ってなのだから、本当に「主」が大好きだよね、この人。

 

 それも、たぶん恋愛感情じゃなくて本当に主従関係だったんだなーと思わせる好きっぷり。

 だって草薙君の話だと名前を聞いてなかったら、もしくは今現在の私みたいに性別がよくわからない名前だったら、確実に男だったと勘違いしてしまいそうなほど、彼の話には「主」の性別に関しての話題が出てこない。

 これは人間と魔物という種族の違いや、前世の私が全然女らしくなかったせいかもしれないけど、どちらにせよ草薙君にとって「ステラ」は、異性であることを意識しないくらいに「主」でしかなかったんだろう。

 

 だから心配してくれるのは嬉しいし、もう断るのも面倒だから送ってもらってもいいんだけど、送ってもらってそれを家族に見られた場合の方が、断るよりも面倒くさいことになるのはわかりきってるので、心苦しいけど私は断り続ける。

 こんなリア充なイケメンに送ってもらったって知ったら、弟はともかくそれ以外の家族が全員うるさい。

 お母さんは絶対に目を輝かせて質問攻めするだろうし、お父さんは興味なさそうなフリして絶対に動揺するし、何よりもあの自称シスコンな兄が何をやらかすかわからない。

 我が兄ながら、本当に何をしでかすかがわからないのが嫌だわ、あいつ。

 

「本当に大丈夫だから、心配しないで。というか、草薙君。これ以上はさすがに迷惑」

「うっ! …………わかった」

 

 ちょっときついと思いつつ本音を出して断れば、さすがに草薙君も渋々引き下がる。

 その様子にまた、しっぽや耳を下げて凹む犬の幻視をしてしまい、後味が悪くなったので改札を通る前に私は草薙君に言葉を掛ける。

 

「……今日は楽しかったよ。だから、また話してね」

 

 フォローであり、これも本音。色々と衝撃的な話の連続だったけど、彼の話が迷惑だったわけじゃない。楽しかったのは本当だと伝えたら、凹んで俯いていた頭を勢いよく上げて、頬を朱に染めて彼は嬉しそうにまた何度も頷いた。

 単純な人だなと思いながら、この反応を嬉しく思う私も人のことが言えない。

 

「うん! 俺も、また主と話したい!!」

 そう嬉しそうに言ってもらえるのは私も嬉しいけど、それでもやっぱり気になる所があるから、フォローのつもりで言ったくせに、私は草薙君のテンションに水を差す。

 

「うん。でも、今度はもう『主』をやめてほしい。ちゃんと、私の今の名前で呼んでほしい」

「……え?」

 

 そのとっさに出たひと言が、嫌そうだったりショックを受けてたり、もしくは「何を言ってるかわからない」って顔ならある程度予想してたけど、草薙君は先ほどよりもさらに色濃く頬を朱色に染めて言ったから、こっちが面食らう。

 いつも眠そうと言われてる私が珍しく目を見開いたからか、草薙君はワタワタしながら「ご、ごめん!!」と謝ってきた。

 

「ごめん! あ、あの、俺の呼び方が失礼なのはわかってんだよ! 主の今の名前を知らない訳でもないよ! 知ってるよ! いい名前だよ!!

 でも……あの……なんか俺……主のことをやっと『主』って呼べるだけでも幸せなのに、俺なんかが……主を名前で呼んでもいいのかな? って思って…………」

「……いや、普通にいくらでもフレンドリーに呼んでよ。今は、草薙君には悪いかもしれないけど、主従じゃなくて友達なんだし」

 

 真っ赤な顔で私の名前を呼ばなかった、私に対する呼称に「主」を使ってた理由を話す草薙君に、まだ私はポカンとしたまま素で言っちゃう。

 あのさ、草薙君。マジで私とあなたは具体的にどういう関係だったの?

 

 主って呼べるだけで幸せとか言っちゃうくらいの忠誠心なのに、何であなたは敬語をほとんど使わないの?

 使ってほしいわけじゃないけど、もう訳が分からん。

 

 そんなことを思いながら、草薙君の返答を待ってたんだけどなかなか返ってこないなーと思って彼をよく見てみたら、赤い顔でフリーズしてた。何で?

 

「草薙君?」

「……友……達? 俺と……主が?」

 

 呼びかけて見たら、やや片言で訊き返す。

「いやだった?」と私が質問返しをすれば、彼は勢いよく首を横に振る。

 本当に、単純すぎでしょ。犬か、あなたは。

 

「いやじゃない! めちゃくちゃうれしいよ! 人間に生まれ変わった甲斐がこれだけでおつりがくるぐらいにあるよ!!」

「草薙君、めちゃくちゃ痛い発言してるから声のトーン抑えて」

 

 感極まったと言わんばかりに、紅潮しながら興奮して大声で色んな意味で恥ずかしい発言をしでかす草薙君を宥めて、やっと少し落ち着く。

 今度は嬉しさとかによる高揚じゃなくて、羞恥で顔を赤くしてその顔を両手で覆い隠して「……ごめん」と彼は謝った。

 

「……ごめん。恥ずかしい思いさせて……。

 それから、もう一つごめん。……まだ少し、もう少しだけ『主』って呼ばせて欲しい」

 

 私よりも乙女チックな動作で顔を隠す両手の隙間から私を窺い見て、涙目で言われたら「イケメン爆発しろ」としか言いようがない。言わないけど。

 

「……別にいいよ。私と『主』は私がうんざりするくらいに変わってないのなら、そう簡単に別人の名前で呼べっていうのは抵抗があるよね」

「いや、それも多大にあるけど……、一番の理由は脳内の時点で俺は主の名前を下の名前はもちろん、苗字でも噛みまくりだから……」

「……さよか」

 

 草薙君の猶予を求める言葉に応えたら、思ったより既にちゃんと「主じゃない私」に向き合ってくれてたのは嬉しいけど、なんとも前途多難な答えが返された。

 ……うん、まぁ……頑張って。

 

 それだけ言って、とりあえず今日はもう帰ろうと思って、「じゃあね、また……」と言いかけて改札に向かおうとした時、私の手を草薙君が掴んで引き止めた。

 

 やっぱり忠誠心という過保護が抑えきれなかったのかと思って振り返ると、草薙君は俯いて私にまた「ごめん」と謝った。

 

「…………ごめん、主。主も……今じゃなくていいから、俺がちゃんと主の名前を呼べるようになってからでいいから、図々しいけど呼んでほしいんだ。

 ……『白夜』って、名前で呼んで欲しいんだ」

「は?」

 

 単純だけど唐突な頼みごとが理解できなくて私が小首をかしげると、俯いてる草薙君の口元が少し苦笑する。

 

「……俺の名前、偶然だけど前世と同じなんだよ。前世は主が名前を付けてくれたから、俺だけ世界観にあってない和名なんだ」

 

 あぁ、そういえば初めに「ビャクヤって名前に聞き覚えはないか?」って言ってたね。

 そっか、前世と同じ名前ならそりゃ記憶を持ってたら前世は魔物で外見が全然違ったとしても、関連付けて気が付いたかもしれないなということに、今更になって気付く。

 

 私の方はその程度にのんきに考えてたけど、草薙君の方は何故か思いつめてしまったように、かすかに私の手を掴む自分の手を震わせて言葉を続ける。

 

「……ごめん。バカで図々しい頼みだってことはわかってる。主に名前で呼んでもらったら、なおさら俺は主に前世の面影を重ねて、主をちゃんと前世の主とは別人だってことを受け入れられないのはわかってるんだ。

 でも……でも……、同じ……名前なのに……主に、主がくれた名前を呼んでもらえないのは、俺は……俺は――」

「いいよ」

 

 彼の言葉を途中で割り込んで、私はあっさりと答える。

 そして、まん丸くした目で顔を上げる彼を呼んでみた。

 

 

 

 

「白夜」

 

 

 

 

 

 彼がどんな思いで、私に「名前を呼んでほしい」と願ったのかは私にはわからない。

 彼の言う通り、名前で呼ばない方がたぶん「私」と「主」は別人だと思い知らせるにはいいのもわかってる。

 

 わかってるけど、別にいいやって思っちゃった。

 だって、記憶がない私でも話を聞いてそれは間違いなく「私」だって思っちゃったくらいだもん。

 草薙君が……白夜が、前世の自分と今の自分の区別がイマイチついていないのも、私を「主」だと思ってしまうのも仕方がないと思ってしまった。

 

 ……会いたくてたまらなかった、死に別れた人と再会しちゃったんだもんね。

 名前くらいは、呼んでほしいよね。

 

 別人の名前なら、きっと私は呼ばなかった。

 けど、「白夜」という名前は別の世界で過去に生きた魔物の名前じゃなくて、確かにこの時代のこの世界で生きる彼の名前だからこそ、私は呼んでもいいやと思った。

 

 例えどんなに鮮明な記憶が残っていたとしても、もうその前世には帰れないのだから、私たちは「ステラ」と「ビャクヤ」じゃなくて、「羽曳野 昴」と「草薙 白夜」としてしか生きてはいけないのだから、いつかきっと前を向いて歩いて生きていけば、「前世」に関する記憶やしがらみなんか決別できると思ったから。

 

 それでも、少しくらい古傷を舐める程度の慰めがあってもいいじゃないと思ったから、呼んだ。

 私が「いいよ」と言ったのは、ただその程度だった。

 

 ……やっぱり記憶がない私と、記憶が鮮明な彼とは温度差が激しかったことを、この直後に痛感させられたけど。

 

 私が「白夜」と呼んでみたら、彼は、白夜はクシャリと顔を歪ませた。

 せっかくのイケメンがくしゃくしゃの、泣き笑いの顔になる。

 綺麗だとか、カッコイイなんて言えるような顔じゃない。本当にもう、色んな感情が感極まってるのがよくわかる、くしゃくしゃな顔だったけど、私にはその顔が好ましかった。

 

 ……が、感極まりすぎてまさか抱きしめられるとは思わなかった。

 

「わふっ!?」

 

 唐突に私の手を掴む掌の力が増して私を引き寄せて、ハグじゃなくてまさしく抱擁って言葉がぴったりな勢いで自分の胸に私の頭を押さえ込み、腕の中に抱きしめる。

 ちょっ! 草薙君! 白夜!! 感激したのはわかったから離して! 傍から見たら私ら、この上なく爆発させたいバカップルに見えるから! ここ、学校の最寄り駅だからクラスメイトとかに見られたら、ありとあらゆる意味で面倒くさい!!

 

 ……事情が事情とはいえ、イケメンに抱き寄せられてもこんなことしか思えない私は、本当に干物だなぁと思ったけど、さすがにこの後に草薙君……じゃなくていいや。

 

 白夜のバカがやらかしたことに関しては、さすがの私も動揺した。

 

「んっ! ありがとう!!

 主! 俺さ、昔の主も大好きで、世界で一番、自分の命よりも大事だったけど、今の主もめちゃくちゃ好きだよ!!

 だから、ちゃんと『主』じゃなくて名前で呼べるように頑張るから、これからもよろしく!!」

 

 そう言って、実に嬉しそうに楽しそうに、素晴らしく輝く笑顔で爽やかに言い放って、軽やかな足取りで去って行ったよ。あのバカは。

 

 え? 急に白夜に対しての口調が変わった?

 変わりもするわ。

 

「……な……なっ…………!?」

 

 爽やかに去って行った白夜の背中を私は茫然と見送りながら、無意識に自分の唇に触れる。

 

 ……あいつ、流れるような自然な動作で何をした?

 

 私をバカップルにしか見えない抱擁から、腕の力が緩んだから解放してくれるのかと思ったら、白夜は、あのバカは感極まって感激してる勢いに乗ったのか、とんでもないことをしでかして、ただでさえ派手に集めてた周囲の注目をさらに集めやがった。

 

「…………あんたにとって、『主』って本当に何なの?」

 

 それは本気で聞きたい質問だったけど、聞く勇気がない。

 少なくとも、しばらくまともに彼の顔は見れないし、ぶっちゃけ会いたくない。

 

 

 

 

 ……いきなり何の躊躇もなく口にキスして、唇舐めるって、それが異世界での別れの挨拶かなんかなの!?

 それとも、白夜がただ単にリア充すぎるだけ?

 

 ああああぁぁぁっっ!! 何が「これからもよろしく!!」だっ!!

 もう本当にどんな顔で明日学校に行けっていうんだ、バカーッッ!!




とりあえず、キリがいい所まで投稿しました。
タイトルとあらすじ、タグでおわかりのようにこれから昴の周りに前世の関係者が色々出てくる予定ですが、今日はここまで。
気まぐれに更新していくつもりなので、暇なときにたまに見に来る程度のお付き合いをしていただけたら幸いです。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


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