双つのラピス (ホタテの貝柱)
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設定

話の傾向的に、腐向けと取られる要素も沢山出て来ます。

後々話が進んで来ると、同性間のR-18までは行かないもののぬるーい濡れ場も出てくるのでボーイズラブとR-15のタグを付けてますので悪しからず。聖杯戦争本編より、日常的なやり取りが多め。

 

セイバールートの話だけど、セイバーの攻略ルートに入らない様な仕様。

 

あとダブル主人公とタグ付けしましたが、オリ主の設定上トリプル主人公にもなり得るかもしれない。

 

以下、主人公ズの設定とその他補足。

 

言峰 リヒト

 

スペル:Licht Kotomine

誕生日:??? / 血液型:AB型

身長:181cm / 体重:75kg

イメージカラー:ラピスラズリ

特技:バイクの運転、利き酒

好きな物: ジェラート/ 嫌いな物:香辛料理

天敵:間桐慎二

 

主人公①で色々あって、某愉悦神父に引き取られた。愉悦神父と血は繋がってない。

神父の息子なのに信仰心が薄く、洗礼詠唱が出来ない体質。その割に聖書の暗唱は一応出来て、他人の為なら祈りを捧げる事もある。十年前、何故か自分そっくりなサーヴァントと契約を交わす羽目になり、それから十年間そのサーヴァントを現界させ続けてる。養父が魔術の心得があるのと同じく、魔術を行使可能。成り行きの侭、遠坂時臣に弟子入りしたが、魔術師としても充分やっていけるだけの力量を持つ。しかし、魔術師として非情になりきれないでいる。

 

聖杯戦争が始まり、愉悦神父のサポート役として聖杯戦争に関わる事になる。間も無く、同居人だった赤いあの子に連れられて衛宮邸に居候する事となり話が始まる。

 

士郎の昔馴染みで、遠坂姉妹とは義理の姉妹と弟の様な間柄。人から優しいと言われるが、悪く言えばどっち付かずのずるい奴。懐に入れた相手はとことん甘やかすが、敵認定したら辛辣な態度を取る極端な性格。

 

 

真名:???

身長:184cm / 体重:78kg

出典:ギルガメシュ叙事詩

属性:中立・善 / カテゴリ:天

性別:男性

イメージカラー:ラピスラズリ

特技: 啓示

好きなもの:麦酒 / 苦手なもの:香辛料理

天敵:遠坂凛

 

オリ主②。名も無き英霊。仮初の名前として、キャスターを名乗る。生前は魔術師兼神官をしていた。慢心に定評のある義理兄が一人いる。

生前、アラヤと契約して神々に反逆した過去を持つ。罰として存在を消されかけ、魂もアラヤに取り込まれかけるが、とある神の温情により魂の半分は輪廻を外されることを回避したため半守護者化。冬木の第四次聖杯戦争に思いがけず義理兄の“仕業”により、喚び出されて自分そっくりな子供との出会いを果たす。数千年ぶりに義理兄とも再会する羽目になる。

 

十年間、自分そっくりなその子の身体を依り代にして半受肉状態で現世に留まることに成功。

第五次聖杯戦争にて赤い弓兵との邂逅を経て、一目見て気に入り、何処かズレたモーションをかけつつ彼を翻弄する。時折、口調と一人称が変わり、二重人格と誤解される。

 

性格は食えない性格だが、基本的に呑気。しかし時折、義理兄の様な冷酷性も見え隠れするので善良とは言えないものの気まぐれに優しさを見せては周囲を困惑させる。

 

 

補足

 

オリ主②の別人格について

 

話の序盤から登場する、赤い弓兵が見覚えのある誰かさん。とある目的からオリ主②を仲介して、アラヤと契約した誰かの未来の可能性。契約後はオリ主②と同化して、オリ主②のかけられた呪いの影響でかつて存在していた世界から名前と存在が消失してる。

サーヴァントとしてのクラスはバーサーカーだが、対話も普通に可能。僕という一人称で喋ってれば大体キャスターの人格が引っ込んで、誰かさんが喋ってる。

 

 

 



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プロローグ

一昔前、代行者の任務の折に不本意にも人を助けてしまったことがある。

 

それも、放っておけばすぐ死んでしまうような矮小な存在だ。

排斥対象を狩り、彼らが違法に所持する聖遺物を回収してしまえば、それで終わるはずの仕事だった。

 

 

足元に転がる人だったものたちのすぐそばで、それは私を静かに見上げた。

 

 

「ーーー···?」

 

 

言葉を知らぬのだろうか幼子は私を見るなり、言葉を成していない声を上げ、誰だと首を傾げたようだ。

 

 

こちらを警戒する素振りも無く、その青い瞳で無邪気に私を見上げてくる。下手をすれば、自分の置かれた状況すらも理解っていなかったのではなかろうか。

 

目前に広がる死屍累々の光景を見て恐怖し泣き叫ぶ訳でもない。

 

 

その部屋の大部分を占めるのは、巨大な魔方陣。一体、何を喚ぼうとしていたのやら。

 

 

推測するに、この幼子は贄としてその命を終える予定だったらしい。

贄としてその命、終わることができればむしろ幸せであったろうに。

 

 

いっそのこと、ここでこの幼子を殺してしまおうか?そうも考えた。しかし、それではあまりにも…いや、無益な殺生は主も望まない。

 

 

「おまえ、名は?」

 

「ーーー?」

 

 

気まぐれに名前を尋ねれば、幼子は首を傾げたまま一向に自分の名前を答えようとしない。口が利けないから言えないのか、もしくは名前自体が無いのか?生まれてから、洗礼すら受けてはいないのだろう。

 

 

「まあいい、名前の一つくらい…後で適当にくれてやる。どうやら洗礼すら受けていないようだからな。」

 

 

来いと言えば、意外にも幼子はすんなりと付いてきた。

歩調を合わてやるのは面倒だ。近くまで付いてきたところで抱き上げる。最低限の食事は与えられていたらしく、まあそれなりに重い。

 

 

幼子は私が抱き上げた時、驚かせてしまった様で抱き上げた途端、ひしとしがみついて来た。あぁ、なんと小さい手か。見れば、戸惑っている様子でその時初めて幼子の表情に機微を見た気がする。

 

子供を余り抱いたことが無いから、扱い方がよく分からない。

サポーターから目的の聖遺物は既に回収済みだと先ほど、連絡を受けた。さて、この幼子のことは何と報告しよう。

 

 

口が利けないのだ、聴取をしたところで大した情報が取れるとは思えない。

聖堂教会の管轄下にある孤児院なら幾らか空きはあるだろう、一度父上に相談してみようと思う。

 

 

いつの間にか、幼子は私の腕の中ですうすうと寝息を立てて眠ってしまった。自分の置かれていた状況も知らず、呑気なものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らない大人がぼくを見下ろしている。はて、誰だろう?気がつけば、ぼくは血だまりの中にいた。

 

ああ、動かなくなったあの人たちは死んでしまったのか。多分、この人が殺した。ぼくも殺されるのだろうか、なら早くして欲しい。死ぬ為に生まれたのだから、大差無い。

 

 

 

「おまえ、名は?」

 

 

これから殺す相手に名前を聞くだろうか?変な人。しかし生憎、ぼくは告げる名前を持ち合わせていない。死ぬまでの必要最低限の衣食はあの人たちから与えられたが、名前は終ぞ与えられなかった。

 

 

まぁ道具に名前をつける人は居ないし、当然と言えば当然だ。

 

 

「まあいい、名前の一つくらい。後で適当にくれてやる。」

 

 

来いと、知らない大人は急に歩き出す。ここに残ったところで多分みんな死んでるし、この人はぼくを殺す気は無いようだ。さて、困った。

 

 

ついて行くしか、今は無さそうだ。知らない大人は歩くのが早い。

小さい足では追いつくのも一苦労だ。やっとの思いで、追いついたと思ったら体がぶわっと宙に浮いた。

 

 

知らない大人がぼくを抱き上げたのだ。

 

 

強面の顔が近くに迫り、ほんの少し怖い。誰かにこうして、腕に抱かれたことは無い。反射的に、知らない大人の服裾を掴んでしまう。

 

 

 

粗雑な扱いだが、知らない大人はぼくの扱い方に困りかね、どこかその手つきはぎこちないようにも感じられた。ひどく扱ってくれても別によいのだけれど。

 

 

知らない大人の身体はどこもかしこも堅くてごつごつしてたけど、人肌ってあったかいのかとこの時初めて実感した。

 

 

 

その後、ぼくはキレイから洗礼を受けると共に名前を貰った。適当に名前をくれてやると言った割には、お祖父様の文字から一文字取って、リヒトなんてぼくには随分と勿体無い名前を。



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ちょっと気になるあの子、気になるあいつ
第一話 いつもの朝


ジリリリリリリリ!!!!!!!!!

 

 

朝、騒々しい目覚まし時計のアラームで目を覚ます。見れば、ぼくがセットした目覚ましの時間より1時間早く目覚ましのアラームが鳴り響いている。

 

 

しかも目覚ましの音は数部屋先の姉さんの部屋から響いてくる。うるさくて目が覚めてしまったし、二度寝も難しい。

 

 

 

渋々、ベットから降りた。アラームはまだ鳴り響いている。起きると冬の朝の冷たい寒さが肌を刺すようだ。床に放り出したパーカーを拾い上げ、羽織ることにより寒さを和らげる。

 

 

姉さんってば、昨日完徹してたみたいだし。ぼくが寝た時間にはまだ地下室にこもってたと思う。

 

 

姉さんのおうちに一部屋、家賃3万で間借りさせてもらってからもう少しで2年になる。元々、キレイが姉さんのお父さんに弟子入りしてた時分の3年間をぼくもこのうちで居候させて貰ってたから勝手知ったるなんとやらだ。

 

 

姉さんを起こすべく、部屋を出る。ついでに彼女の部屋にある目覚まし時計のアラームも止めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さん、目覚ましの音うるさい。」

 

 

不意にうるさい目覚ましのアラーム音が止まり、頭上から聞こえてきた耳障りのいいテノールボイス。うっすら目を覚ますと、心臓に悪い端正な顔立ちの幼なじみが私の顔を覗き込んでいた。

 

 

「ちょ!?リヒト!何勝手に人の部屋…ってキャアア!!!服!服着なさいよ!!!!露出狂!」

 

「一応、パーカー着てるよ。」

 

 

 

上半身半裸にパーカー一枚だけで女子の部屋に入るなんて、最低よ!無駄に色気をふりまく幼なじみに対し、目のやり場に困って朝から腹立たしささえ覚えてくる。

 

 

こっちはそれ相応に異性として意識せざる得ないのにリヒトはいまだに私のことを幼なじみか一緒に育ったきょうだい的なもの以上には捉えていないらしい。

 

だからこそ、この不純極まりない同居生活が成り立っているのだけれど。

 

 

 

「昨日、完徹だったのにこんな朝早く起きて平気?」

 

「朝、遅刻ギリギリに来る貴方と違って、私は早起きなの!ほっといてくれる?」

 

「わかったよ。ご飯作ってくる。ベーコンエッグでいい?」

 

「ベーコンは硬めに焼いて。」

 

「オーケー眠りの美女。」

 

 

朝から不機嫌な私をものともせず、リヒトは軽口を叩きながら下の階へと降りていく。

 

 

コトミネ リヒト、私の後見人の息子で無駄に顔面偏差値が高い以外はいけ好かない奴だ。今は破格の家賃3万で私が遠坂邸に住まわせている家主と下宿人みたいな関係になってる。

 

 

昔、綺礼が来日したときに連れてきたのがリヒトだった。綺礼が父さんに弟子入りしていた三年間を一緒に育ち、同じ屋根の下で寝食を共にしてきたから血の繋がらない弟が出来たような感じだった。

 

 

 

そんなこともあり、リヒトはいまだに私を姉さんと呼んでる。年齢は一応、私と同じくらい…らしい。らしいというのはリヒトが実年齢に関して、あまり関知していないからだ。

 

 

そもそもリヒトと綺礼自体、実の親子じゃない。私もそこら辺の込み入った事情には詳しくないけど。

 

 

 

そもそもリヒトがうちに転がり込んできた理由すら遅れてやってきた反抗期か何かで綺礼とリヒトが仲違いして、うちに来た程度にしか分からない。唯一分かるのは綺礼のことをリヒトが余り好いてないってことくらいだ。

 

 

私が支度をして階下に降りていくと、私より先に食事を済ませたリヒトがきっちりした制服姿で食後のコーヒーを飲んでいた。私の定位置の卓には私の分の食事にラップがかけてある。

 

 

リヒトが暖房をいれてくれたらしく、部屋は暖かい。こういうとき、誰かと一緒に暮らせるっていいなと思う。

 

 

 

「また二度寝するのかと思った。」

 

「もう起きちゃったし、ぼくも今日は一緒に家出るよ。」

 

「いいわよ、出るのは別々で。」

 

 

あんまり、リヒトと一緒に登校するのは憚られる。私もだけど、リヒトは学校でもかなり目立つ。一緒に登校するのを誰かに見られて、変に騒がれても迷惑だ。

 

 

一緒に暮らしてる事自体、ご近所さん以外には内緒にしてあるし。そんな私の内心を察してか、リヒトはあっさりとした様子で

 

 

「わかったよ。ぼくはもう少し、ゆっくりしてから出る。」

 

 

 

リヒトは昔から聞き分けがよく、察しがいい。父親にそう教育されたのか、生まれつきの性分なのか。私の主張は大体汲んでくれる。

 

 

「最近、父さんから催促の電話がうるさいんだ。姉さんに早く、サーヴァントと契約の儀を行わせろって。」

 

「あんたと綺礼、連絡取ってたんだ。没交渉かと思ってた。」

 

「ぼくからは必要最低限の連絡しかしないよ。向こうから一方的な連絡が多いってだけで。」

 

 

 

リヒトの口から父親の名前が出たと思えばこれだ。リヒトが深々と溜め息を吐く。あの神父は一方的に反抗期の息子を構いたがる性質らしい。

 

 

「あと残ってるのはアーチャーとセイバーの2騎だけだって。時臣さんはアーチャーを召還したし、姉さんも来るとしたらアーチャーかな。」

 

「私はセイバーを召還するの!儀式は今夜やるわよ!あのエセ神父にはそう連絡しといて。」

 

「やだよ、めんどくさい。」

 

リヒトは形のよい眉をひそめ、拒否の意を示す。リヒトは前の聖杯戦争のことも知っているらしく、父さんの召還の儀式にも幼いながら立ち会ったらしい。

 

 

 

「アーチャーはあんたが召還すればいいじゃない。」

 

「それは無理な話だなぁ。ぼくは令呪なん出てないし。」

 

 

リヒトはそう言って、何も無い自分の手の甲を私に見せる。

 

 

「まあ、その方があんたにとっては幸せかもね。じゃあ私、先に行ってるわ。」

 

 

果たして、その方が幸せだったのはどちらなのか。もしリヒトがマスターだったら、多分私はリヒトを殺せる気がしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コトミネ君じゃあダメなの?聞いた話だと、あんた達…ほんとの姉弟じゃないんでしょ?」

 

「はぁ!?」

 

 

目覚まし時計を30分早くセットしていたことに気が付かず、かなり早い時間に着いてしまった私は偶然出くわした友人の綾子に弓道部の道場でお茶をご馳走になっていた。

 

 

その時、綾子と昔交わした卒業までに彼氏をつくるって無茶な約束の話になり、彼氏候補としてリヒトの名前を出されお茶を吹き出しそうになる。

 

 

「いやよ!あんな顔だけのいけ好かない男。」

 

「あの、遠坂さん?コトミネ君が顔だけのいけ好かない男って…どんだけ望みが高いんだよ。こりゃあこの勝負、私の勝ちかもね。」

 

 

 

お茶を飲んでいた綾子が不適な笑みを浮かべる。確かに、綾子の言う通りリヒトは私が気にかける数少ない男子の一人ではあるが絶対なにかを誤解してる。

 

 

絶対に言えない、リヒトと一つ屋根の下で暮らしてますなんて。遠坂凛は高校卒表までは完璧優等生で通したい。それが男と一つ屋根の下で暮らしてますなんてバレたら、私の評判は地に堕ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マキリ目当てで姉さんが弓道部の練習風景見てたとか…頭の悪い妄想はそこまでにしとけよ。」

 

 

道場前で、間桐慎二に絡まれて身を寄せられた直後に誰かが私と間桐君の間に割り込んできた。

 

 

 

リヒトの姿を見た途端、間桐君はひどく気分を害した様子で苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

リヒトは至って涼しい顔をして、辛辣な言葉を投げかける。リヒトは間桐くんを読み方のまま、マキリと呼ぶ。

 

 

 

「コトミネ、お前とは話してない。僕は遠坂と話してるんだ。」

 

「あれ?そうだったんだ。楽しい会話に割り込んで、ごめんねマキリ。でもなんか、すッごく姉さんが迷惑そうな顔してたからさ。」

 

 

多分、リヒトは間桐君が嫌いだ。同じく、間桐君もリヒトのことをそれ以上に嫌いだ。

 

 

「珍しいな、コトミネ。いつも遅刻ギリギリに来るお前が今日は妙に早起きじゃないか。」

 

「誰かさんが目覚ましを早くかけすぎたせいで、早く起きちゃったんだよ。で、今来たの。副主将さん、早く朝練行けよ。こんなところで油売ってないでさ。」

 

「うるさいなぁ!今ちょうど行こうとしてたんだよ!!」

 

 

 

リヒトの言う誰かさんとは確実に私だ。なんと言うか、リヒトが今来てくれて助かった。間桐君に絡まれると色々面倒くさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁもう!!マジでムカつくんだよ!あのシスコン男!!!」

 

 

今日も朝から不機嫌マックスの慎二が元気だ。またコトミネリヒトと一悶着あったらしい。

 

 

慎二はこうして、天敵のコトミネリヒトと何かしらのトラブルが起きる度に何故か俺の所に来て、コトミネの愚痴を散々吐き散らしていく。

 

 

コトミネリヒト、俺たちの通う学校で慎二と一成と女子の人気を三分してる奴だ。言葉を交わしたことは殆ど無いから、中学高校と一緒だったものの俺の方があいつを一方的に知っているだけなのだけれど。

 

何故かコトミネは遠坂を姉さんと呼ぶので、校内では遠坂姉弟コンビなんて呼ばれているが、苗字も違うし、本当の姉弟ではないらしい。慎二が彼をよくシスコン野郎と罵っている。

 

 

今日、珍しく朝から一緒にいるコトミネと遠坂を見かけた。たまたまコトミネと目が合ってしまい、あの鋭い瑠璃色の目に気まずさを覚え、俺の方からサッと目を逸らしてしまった。

 

 

コトミネは校内でもかなりの有名人だ。成績優秀な遠坂と並んで、定期テストではいつも上位成績者の常連であり部活には入っていないものの運動神経も抜群、何よりあの異国風の整った甘い顔立ちである。

 

 

 

聞いた話によれば、中学まで親の仕事の都合で海外と日本を行き来していた為、帰国子女で語学も堪能とのことだ。益々、俺とは縁遠い存在だし、慎二は勝手に一方的な対抗心を燃やしてる。

 

 

「おい、衛宮!おまえもコトミネのことムカつくって思ってるだろう?そうだよなあ!?あいつ、僕とキャラ被りまくりなんだよ!」

 

 

 

いや…あいつはおまえみたいにワカメヘアじゃないし、キャラも被ってない。今日は遠坂との朝のやり取りを横から邪魔されたんだそうな。多分、慎二に絡まれていた遠坂を見兼ねてコトミネが制止に入ったのが凡その結末だろう。

 

 

慎二は遠坂がお気に入りで、何かとお近づきになれる機会を伺っているものの強固な弟のガードに阻まれ、歯痒い思いをしてきたのだろう。遠坂を狙う男子は全員、コトミネの存在には辛酸を舐めさられているとか。あれで付き合ってないんだから、驚きである。

 

 

「マキリいる?」

 

 

 

その時、噂をすれば影。慎二の肩がビクリと大袈裟に揺れた。俺たちのクラスに何故か別クラスのコトミネがマキリはいるかと尋ねて来たのだ。コトミネは何故か、慎二のことをマキリと呼ぶ。

 

 

「あぁいたいた。廊下からお前の喧しい声が聞こえて来たからさ。姉離れの出来てないシスコン男で悪かったな。」

 

 

慎二の奴、コトミネにバッチリと悪口を聞かれていたらしい。いつの間にやら慎二はじっとりと脂汗を掻いており、その肩が俄かに震えている。慎二は叩く口だけは大きいが、いざとなるとこの通りである。

 

 

「ほら学生証、こんな大事なもの落とすなよマキリ。」

 

「えっ!?あ、いつの間に…返せよ!」

 

 

慎二は朝の一悶着で学生証をいつの間にやら落としていたようだ。一瞬慌てて学生服の懐を探り、コトミネの手から学生証をひったくるように受け取った。

 

 

 

「ふ、ふん!ありがとうだなんて言わないからな!!」

 

「あぁ、そうかい。いっそゴミ箱にでも捨てときゃよかったな。届けに来て後悔した。」

 

 

俺の苦手な鋭い瑠璃色の目がすっかり冷めた色を宿し、慎二に辛辣な言葉を吐き捨てる。こいつも容赦無い…ふと、今度は一緒に居た俺にコトミネの視線が注がれる。俺まで驚いて、ビクリと大袈裟に肩を揺らしてしまう。俺に対しては心底、哀れみのこもった目だ。

 

 

「今日はやたらよく会うよね。お前も朝からこんな奴に付き合わされて大変だな、エミヤ。」

 

 

 

……俺の苗字、こいつ知ってたのか。エミヤと呼ばれて一瞬、とても驚いた。

 

 

「おいコトミネ!どういう意味だよそれ!」

 

「言葉のまま。」

 

 

 

そう言って、コトミネはさっさと教室を出て行った。同時に、慎二が「あの野郎!」と地団駄を踏む。



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赤い弓兵と名無しのキャスター
第二話 未知との遭遇


赤弓ともう一人のオリ主登場



「寒空の下、一人屋上でお昼ごはん?ぼくもまぜてよ。」

 

「げ、リヒト…」

 

 

ちょっと疲れたなーとか思いながら購買で買ったトマトサンドに口をつけようとしたとき、とーっても聞き覚えのある声がした。見れば、リヒトがにっこり笑ってヒラヒラと私に手を振る。疲れが三割増した。

 

 

 

「げ、はないでしょう?姉さん。折角の学園一の優等生の顔が台無しだよ。」

 

「あんた、いつも一緒に食べてる友達はどうしたのよ。」

 

 

私の反応を気にもせず、リヒトは私の隣に腰掛ける。表向き、必要最低限の人付き合いしかしない私と違って、リヒトにはそれなりにつるむ友達がいる。いつもはお昼もその子達と食べてる筈だ。

 

 

 

「今日、ぼく弁当あるから。表向き父子家庭の…普段あんまり料理しない奴が見慣れない弁当箱なんか持ってたら、色々誤解されるだろ。」

 

 

リヒトがこっそり持ってた手提げ袋から取り出したのは、見慣れぬお弁当箱だった。明らかにリヒトの私物ではない。

 

 

 

「うっわ…だからあんたみたいな無駄に顔だけはいい男って嫌なの!本当にいけ好かないわね。どこのクラスの女よ?」

 

「姉さんヤキモチ?違うよ、桜に貰ったんだ。お弁当用のおかず作り過ぎちゃったからって渡された。もし知らない子からだったら悪いけど、流石に手作り系は怖くて受け取れないし。」

 

 

 

リヒトが持ってた弁当箱は桜手製のお弁当だったようだ。桜は私の妹…いや、元妹だ。今は間桐の家へ養子に出されて、私たちは赤の他人ということになっている。魔術師の世界にも色々あるのだ。リヒトは間桐に隠れて、影でこそこそ桜ともわりと仲良くやってる。

 

 

「エミヤと結構仲良くやってるみたいだよ。」

 

 

リヒトの言う、エミヤというのは私たちと同学年の衛宮士郎のことだ。リヒトはやたら衛宮君について詳しいが、本人たちが話してるところを私はついぞ見たことがない。

 

 

 

リヒトが桜を通じて、衛宮君に関して一方的にやたらと詳しくなってしまったのだ。そもそも、どうやら衛宮君がリヒトを苦手にしているらしく、リヒト曰く避けられてる気がするという。

 

 

「桜が昔みたいに明るくなってくれた分には、ぼくもエミヤに感謝はしてるんだよ?」

 

「逆にあなたは嫌われてるみたいだけど?衛宮君に。」

 

「あーなんかね。今日、マキリが弓道部の部室前で学生証落としたの見つけたくなかったんだけど、見つけちゃってさーわざわざ届けに行ったらマキリと一緒に居たエミヤを驚かせちゃった。」

 

 

 

多分、間桐君相手にリヒトがいつも容赦無い態度だからだろう。リヒトは桜のこともあり、間桐をひどく嫌っている。

 

 

「もう二年も終わりだし、さすがに今からエミヤと仲良くなるには難しいかなー残念だけど。」

 

「そう言えばあんた、進路どうするの?」

 

 

 

時期に1月も終わる。春になれば、私たちは三年生だ。リヒトは憂鬱そうな溜息を吐く。

 

 

「今悩んでる。キレイは神学校への推薦ならいつでも出してやるって言ってたけど…」

 

「あんた、洗礼詠唱できないんじゃなかったっけ?それ、いつもの綺礼の嫌がらせじゃない。」

 

「そうだよ、それに…」

 

 

 

リヒトが突然言い淀む。何よ言いなさいよと促せば、リヒトの口からトンデモナイ爆弾発言を聞く羽目になる。

 

 

「姉さん知らないの?仮に神学校を卒業して正式な神父になったら結婚できないんだよ。」

 

「なッ…!?あれはお父様が勝手に決めたことでしょ!今時、許嫁なんて「姉さん?ぼく、あくまで神父になったら結婚出来ないから軽はずみには決められないよって言うだけのつもりだったんだけど。」

 

 

 

リヒトが少し困ったような顔をして、頬を赤らめるものだから、完全に私は墓穴を掘った。思わずこのバカリヒト!紛らわしいのよ!と大きな声が出てしまう。

 

 

実を言うとコトミネリヒトはお父様が勝手に決めた私の許嫁候補でもある。あくまでも候補だ。正式な許嫁ではない。今時、政略結婚とか古過ぎる。それは私もリヒトも重々承知してる筈だ。

 

 

 

「…あんただったら、魔術師としても充分やっていけるんじゃないの?」

 

「一応ぼく、聖堂協会の在籍だからさ。色々としがらみがあるんだよ。」

 

 

許嫁云々の話は一先ず置いといて、リヒトは多分魔術師としても充分にやっていける。昔、お父様に弟子入りした綺礼が数年かかった魔術師としての修行をリヒトはほんの一年足らずで修了させて、お父様をひどく驚かせたことがある。

 

 

 

元々、お父様は綺礼の修行を見る片手間にリヒトに基礎的な魔術を教えるだけのつもりだったのに。

 

 

「姉さんは?」

 

「さあね?私もまだこれと言った進路は決めてないわ。」

 

「ふーん?そう。」

 

 

 

そう言って、リヒトは桜手製の弁当の最後の一口を頬張る。リヒトの所為で三割疲れが増したと思ったけど、このやり取りのせいでどっと疲れた。もう帰りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッハハハハ!!イナンナの娘、まさか空からサーヴァントを降らせるとは可笑しくて仕方ない!」

 

 

民家の天井をぶち破り、無理な召喚を果たした私が最初に見たのは腹を抱えながら笑う、妙な男だった。

 

 

 

「……まさか、君が私のマスターか?」

 

「ああ、失礼。つい…くく、残念ながら本官は貴殿の召喚者ではないよ。」

 

 

腹を抱え、笑っていた男が顔を上げる。鋭い、神秘めいた金色の瞳を目にした途端、私のこめかみを一瞬の頭痛のような痛みが襲う。

 

 

 

妙に見覚えのある、端正な異国風の顔立ちをした男だ。何故だ、私はこの男を知っている。ふと、男も不思議そうな顔をして私を見る。

 

 

「貴殿は…あぁ、こんなことも有り得るのか。イナンナの娘、触媒も持たずに如何にしてサーヴァントを喚び出すのかと思えば向こうから来てくれるとはな。縁とは実に面白い。」

 

 

この男、一体何だ?先程から男が口にしている、イナンナの娘と言うのが私のマスターのようだ。

 

 

 

その時、地下からドタバタと慌ただしく下から上へと駆け上がる足音が聞こえたかと思えば、私がこの家の天井をぶち抜いた際に半壊したドアのノブがガチャガチャと鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さん、これ何!?目が覚めたら居間はめちゃくちゃだし、真っ赤なサーヴァントが天井から降って来るし!」

 

 

「リヒト、あんたまだ居間にいたの!?早く部屋で寝なさいよ!怪我は無さそうだからよかったわ。」

 

 

 

男の言っていたイナンナの娘というのが、これまた随分と気の強い少女だった。貴重な令呪を使って私に言うことを聞かせようとして、無茶な制約を掛けようとするなど滅茶苦茶ではあるが腕は確かな魔術師のようで安心した。

 

 

それよりも気になるのはあの二重人格な男である。

少女が居間に来た途端、男の言動がガラリと変わった。

 

 

 

妙な言葉遣いはなりを潜め、少女を姉と呼び、ひどく困惑した顔つきには先ほどまでの剣先のような鋭さは無い。

 

 

「君たち、姉弟にしては似てないな。」

 

「あ、そうだった…紹介が遅れてごめんなさい、アーチャー。こいつ、コトミネリヒト。訳あって、うちで居候してるの。」

 

 

 

あぁ、まただ。頭痛めいた痛みがこめかみを走る。少女が無理な召喚をしたせいで、どうやら私の記憶回路に多少の異常が生じているらしい。だが、この2人を見ているとなんだかとても懐かしい感じがした。

 

 

「はじめまして、アーチャー。」

 

 

 

透明感のある瑠璃色の瞳が私に向けられる。先ほどまで、この男の目は金色ではなかったか?瞳の色と言動の変化、ますますこの男妙だ。

 

 

「あぁ、はじめまして。君のことはリヒトと呼べばいいかね?」

 

「それでいいよ。」

 

「しかしマスター、一介の一般人を魔術師の家に住まわせるなど少々無用心過ぎないか?」

 

「アーチャー何言ってんの、聖杯戦争の参加者じゃないけどリヒトも魔術師みたいなもんよ。ムカつくけど、私のお父様から今までの弟子の中で一番呑み込みが早いって言われてたんだから。」

 

 

 

面白くなさそうに少女は言う。この男は正式な魔術師ではないが、魔術の心得があるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イナンナの娘もサーヴァント使いが荒いな。」

 

 

マスターは私にチリトリとホウキを渡すなり、今日はもう遅いし眠いからと寝室に行ってしまった。召喚された最初の仕事が部屋の掃除とはどういうことだ!?

 

 

まぁ、居間を滅茶苦茶にしてしまったのは私にも責任はあるが。すると、まだ居間に残っていたリヒトがまたあの妙な言葉遣いに戻り、クスクスと笑い出す。あぁ、瞳の色が金色に戻っている。

 

 

「君…マスターの前と私の前だと人格レベルで性格が違い過ぎないか?」

 

「本官の半身も流石に眠気には勝てないからな。意識上ではとうに眠っているよ。たまにこうして、夜に身体を借りているんだ。」

 

 

 

半身?身体を借りてる?なんの話だ?私が反応に困っていることを察したらしいリヒトが言葉を続ける。

 

 

「最初に出くわしたのにも関わらず、名乗るのが遅れて申し訳ない。適当にキャスターと呼んで欲しい。とは言え、聖杯の七騎の頭数には入っていない仮初めのキャスターだがな。」

 

 

 

「君は…サーヴァントなのか…?」

 

「似たようなものかな?普段、極力魔力は抑えている。気が付かないのも無理は無い。不用意な魔力消費は避けているんだ。」

 

 

私のマスターは別のマスターと一つ屋根の下、暮らしているのか?マスター同士は協力関係に無い限りは基本敵だ。

 

 

 

「最初に言っておくが、本官は貴殿の敵では無いよ。そもそも聖杯戦争に参加してない。見ての通り、令呪が無いだろう?」

 

「馬鹿な、令呪も無しにマスターに従うサーヴァントがいるものか。」

 

「本官とマスターは少し特殊なんだよ。」

 

 

聖杯に喚ばれた訳ではない?馬鹿な、聖杯も無しに人がサーヴァントを喚ぶのは不可能に近い。それをこの男は自分とマスターは特殊なのだと言う。

 

 

 

「アラヤにこき使われる同士、仲良くしようじゃないか同輩。」

 

「!?」

 

 

こいつ、今なんと言った?アラヤだと?リヒト、いや、キャスターは極自然な動作で私に手を差し伸べた。

 

 

 

「きみは…守護者、なのか?」

 

「これでも古参に入るんだが、貴殿はまだ若い守護者か?見慣れぬ顔だから、そうなんだろうな。」

 

 

思わず、こちらも条件反射で手を差し伸べてしまった。私としたことが、なんたる失態だ。キャスターの口元が弧を描く。

 

 

 

「キャスターだが、キャスターではないとは紛らわしいな。あなたのことは先輩と呼んだ方がいいかね?」

 

「好きに呼ぶといいさ。」

 

 

あぁ、何故だろう。やはり私はこの男を知っている。だが、思い出せない。恐らくは、長い付き合いであった筈なのに。

 

 

 

キャスター、もとい先輩は自らを私と同じ守護者であると語った。古参の部類に入ると聞いたが、遠い昔に抑止力と契約したのか?

 

 

「掃除を手伝おう、アーチャー。」

 

「あぁ、すまない。」

 

 

 

気付けば、すっかり先輩のペースに呑まれてしまっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………姉さんは?」

 

 

朝、黒のスエットに半裸の上からパーカーだけ羽織った状態で居間に続く階段を降りてきた先輩…いや、目が青いからあれはリヒトだ。

 

 

 

「だらしが無いぞ、リヒト。」

 

「ちゃんとパーカー羽織ってるだろ。あ、もしかして姉さん寝坊?流石の姉さんでもサーヴァントを召喚すれば魔力消費がしんどいか。」

 

 

 

リヒトは眠そうに欠伸を一つ、顔を洗ってくると洗面台がある方へと消えていく。この家にはマスターとリヒトの二人しかいないらしい。

 

 

年頃の男女が二人暮らしとは健全とは言えないが、暮らしが成り立っているのだからあの二人は気心の知れた長い付き合いなのだろう。

 

 

 

「すごいね、あんなにひどかった部屋の惨状が一晩で元通りだなんて。」

 

 

支度を済ませ、学生服姿のリヒトが妙に感心した様子で居間のあちこちを見回す。

 

 

 

「君が手伝ってくれたんだろ。」

 

「あ、もしかしてキャスターが手伝ったの?」

 

「覚えてないのか?」

 

「だってぼく、寝てたし。」

 

 

あっけらかんとリヒトは答える。サーヴァントに一晩、体を易々と明け渡すなんて恐ろしいことが私には理解できない。

 

 

 

「君と彼は一体なんなのだね?」

 

「ぼくはキャスターで、キャスターはぼくだから。」

 

 

ますますリヒトが分からない。聖杯に喚ばれていないサーヴァントを令呪も持たずして身に宿し、自分はサーヴァントでサーヴァントも自分だとよく分からないことを言う。

 

 

 

「あ、あとキャスターのこと姉さんには内緒ね。」

 

「マスターは知らないのか?」

 

「ずっと知らない。言うタイミングを逃してるっていうか、言うのがこわい。ぼくの中にキャスターがいるのを知ってるのもほんの一握りだから。君は彼と同じみたいだから、彼も君の前には出てきたのかもね。」

 

「君は守護者のことを知っているのかね?」

 

「人類の総意の集合体、だっけ?アラヤとか、抑止力とか色々な呼び名があるなんだかよく分からないけど神様みたいなやつに都合良く使われる守護者とは名ばかりの凶悪な兵器だってキャスターは言ってた。」

 

 

 

あながち間違いではない。我らは善人、悪人の線引き無く害とみなした者は全て抹殺し、制圧する。

 

 

「キャスターは何故守護者に?」

 

「さあ?ただ、昔どうしても許せない理不尽なことがあったんだって。けど、昔のキャスターはそれに仕返しをするだけの力を持ってなかったって。そこをアラヤに付け込まれたけど、今は後悔してないってさ。」

 

 

 

リヒトは私の質問に淡々と答える。生身の人間では成せることの限界が知れてる。キャスターこと、先輩は人間を辞めざる得ない理不尽な何かを経験し、アラヤとの契約に至ったようだった。

 

 

「生前のキャスターは優れた魔術師だったんだな。まるで何事も無かったかのように、この空間をものの数秒で元に戻してしまったよ。」

 

「キャスターなら、アラヤと契約なんてしなければ何れは魔法使いにもなれたんじゃない?」

 

 

 

……今この男、さらりとすごいことを言わなかったか。

 

 

「あと質問をもう一つ、君は魔術師じゃないのか?」

 

「ぼくの養父が正式ではないけど、司祭でね。ぼくも一身上は神に仕える信徒ってことになってる。信徒は魔術師とは名乗らないし、あくまでも魔術は神秘そのものだから。」

 

 

 

リヒトの取り巻く環境がますます分からなくなってきた。養父が司祭?それがリヒトが魔術師を名乗らない理由らしい。

 

 

「でも皮肉なことにキャスターが神様大っ嫌いでさ。ぼくも聖書を諳んじることは出来るけど、洗礼詠唱を使えなくて信徒として致命的なんだよね。数年前、とうとう飽きれたらしい養父から信仰心のない奴は教会にはいらないって言われてさ。」

 

 

 

一瞬、リヒトの表情に陰りが見えた。それが、リヒトがここに転がり込んできた経緯であることは明白なようだ。

 

 

「多分、ぼくが洗礼詠唱を使えないのはぼくの中にいるキャスターの影響なんだ。まぁ使えなくても困りはしないから、別にいいんだけど。」

 

 

 

あの男が神嫌いとは思いもせぬ一面だった。生前、一体何があったのやら。

 

 

「あ、もうこんな時間。じゃあ、ぼくは学校行くから。姉さんのことよろしくね?アーチャー。」

 

 

 

人懐こい笑みを浮かべ、リヒトは行ってきます私に手を振り、身を翻す。すっかり懐かれてしまったなと思った。



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第三話 からかいも程々に

AUO×オリ主で多少のBL表現を含みます。苦手な人はご注意。


「言峰、遠坂は休みか?」

 

「え?あ、はい。」

 

 

HR終わり、葛木先生が姉さんは休みかとぼくに聞いて来た。姉さん、まだ寝てるのかな。

 

 

「体調不良で休むと言ってました。」

 

「そうか、次からは自分で連絡するように遠坂に伝えておけ。自分のことなのだからな。」

 

「分かりました、伝えておきます。」

 

 

 

ぼくと姉さんが一緒に住んでることは葛木先生にも言ってないが、姉さんのことはぼくに聞けば大抵分かると先生も察しは付いてるらしい。

 

 

「……先生、香水つけてます?」

 

「なんだ、急に。」

 

 

ふと、先生のスーツから甘い匂いがした。先生は訝し気な顔をする。はて?女っ気が無いことで有名だった先生が急に香水なんて付けるだろうか。

 

 

 

「えと…いい人出来ました?なんちゃって。」

 

「内申点を最低まで下げられたいか?言峰。」

 

 

先生の無機質な目が不意に、氷点下まで下がったかのような色合いを帯びる。不味い!それは困る!!

 

 

 

「嘘です!すいません!ぼくの気のせいです!」

 

「言峰、おまえには放課後の私の教材作成の手伝いを命ずる。」

 

 

どうしてそうなるの!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……助かったぞ、言峰。」

 

 

本当にこの人はそう思っているんだろうか。放課後、ぼくは止む無く先生の教材作成を手伝う羽目になった。今日、バイト無くてよかった。

気が付けば、時刻はすでに8時を過ぎてる。

 

 

「駄賃だ、持ってけ。」

 

 

 

先ほど、購買の自販機で先生が買って来たらしいまだあたたかいコーヒー缶を渡された。見れば、味は無糖。ぼく的には微糖が好きだ。何と無く、先生らしい。

 

 

帰り支度を済ませ、学校を出る直後には8時半を過ぎていた。姉さんたち、もう帰って来てるかな。

 

 

 

帰ろうと下駄箱に向かう途中、すでに真っ暗な廊下の奥で誰かの気配。ふと見れば、あれは…

 

 

「……マキリ?」

 

 

マキリの後ろ姿がちらりと見えた、何でこんな時間にマキリが?どうやら屋上に通ずる階段からマキリは一人、降りて来たらしい。こんな時間に?

 

 

 

妙だなと思ったが、首を突っ込むことでもない。さっさと出よう。

 

 

姉さんは今日、結局学校には来なかった。恐らく、アーチャーに町案内でもしてきたんだろう。

 

 

 

聖杯戦争の開始は刻一刻と迫って来てる。また、だれかが死ぬんだろうか。僕のよく知る人たちはそうしていなくなった。ぼくの祖父、姉さんの両親。祖父に至っては、ぼくの目の前で無残に殺された。

 

 

とある交差点、後ろから聞き慣れた声がした。

 

 

 

「リヒト兄さん?」

 

「桜!?びっくりしたー」

 

 

桜だった。多分、エミヤの家からの帰りだろう。不思議そうな顔をして、桜がぼくを見る。

 

 

 

「リヒト兄さん、こんな時間までどうしたの?学校の門限、とっくに過ぎてるのに。」

 

「葛木先生に放課後、教材作成の手伝いさせられてたらこんな時間に…あはは。」

 

 

珍しいと桜がころころ笑う。桜に聞けば、これから帰るところだと言う。

 

 

 

「早く帰ってあげないと、遠坂先輩が心配しますよ。」

 

「いつもバイト帰りはもっと遅いし、この位の時間ならまだ大丈夫だよ。それより桜、途中まで送るよ。マキリの家までは行かないから大丈夫。」

 

 

こんな時間に女の子一人の夜道は心配だ。途中まで送るよと言えば、桜はありがとうリヒト兄さんと穏やかに笑った。

 

 

 

「さっき、学校でマキリを見かけたんだけどこんな時間まで用事でもあったのか?」

 

「え、兄さんが?もう帰ったと思うけど…見間違えじゃなくて?」

 

 

桜はマキリはもう帰ったはずだと言う。見間違い、だったのか?

 

 

 

「まぁ、いっか。それより桜、昨日はお弁当ありがとう。美味しかった。」

 

「たまたま、作り過ぎちゃっただけだから。リヒト兄さんなら食べてくれるかなって。先輩に誰に渡すんだって聞かれて、恥ずかしいからお世話になった人にって言うのが精一杯で。」

 

 

桜は頬を赤らめ、そっぽを向いてしまう。

多分、桜はエミヤが好きなんだと思う。けど、エミヤが鈍いのか一向に仲が進展したって話は聞かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、おまえも一緒だったのか?リヒト。」

 

「……え?兄さん、お知り合いですか?」

 

 

…王様?今日はやたらと知ってる人に会う。前方を見慣れた顔が歩いてくるなと思い、ぴたりと足を止めた。桜も同じく足を止める。

 

 

 

「桜、ごめんね?先に帰ってて。この人とちょっと話してくる。」

 

「え、兄さん?は、はい…分かりました。ここまでありがとうございます。」

 

 

王様を桜と一緒にさせるのが不味い気がした。何と無くだけど、勘めいたものが王様を桜から遠ざけろと告げている。

すると、王様が桜の方を向いた。

 

 

 

「少し待て、リヒト。今日はあちらの娘にも用がある。」

 

 

王様は何故かぼくを制し、少し歩きかけた桜の方へ足を向けた。そして、桜に近付いていき何かを耳打ちする。この距離では、何を言っているのかまでは聞き取れない。桜はその後、ゆっくり踵を返す。

 

 

 

「桜と何話してたの?」

 

「気になるか?」

 

「そりゃあ……」

 

「忠告だ。まぁ、お前が居る限りはその可能性も低いがな。」

 

 

王様が妙なことを言う。忠告?何を?すると、王様は何故か哀れむような目でぼくを見る。

 

 

 

「おまえは何故いつも、面倒を抱えた女ばかり惹きつけるんだろうな。」

 

「はぁ!?」

 

「おまえには我がいるではないか。他者に要らぬ情を向けて、また痛い目に遭うぞ。あまり余計なことをするな。まったく…とんだ愚弟だ。」

 

 

王様こと、英雄王ギルガメッシュ。ぼくの中にいるキャスターの義理の兄…らしい。ぼくもよく知らないけど、キャスターが兄上と呼んでるからそうなんだろう。

 

 

しかも、王様は未だに弟離れが出来てない。それに関してはキャスターもテキトーにあしらってる。でも、王様が現界しなければキャスターがぼくの目の前に現れることもなかったから、王様には感謝してる。

 

 

 

王様が現界したとき、キャスターはぼくの子守はともかく、兄のお守りをするつもりはなかったとボソボソ言ってたけど。

 

 

「王様、ここ外…ちょっ、」

 

 

王様の顔が急に近くなり、頰に柔らかい感触。この兄弟、色々と距離感がおかしい。

 

 

 

「言峰からの伝言だ。聖杯戦争が始まったら、監督役補佐の役割は果たして貰うぞとな。一度、教会に顔を出せとのことだ。」

 

「それは分かったけど……何で外で、こういうことするのさ。」

 

「当てつけだ。何やら良からぬ視線を感じた。」

 

 

王様はニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、実に愉しげだった。良からぬ視線って、誰かに見られた?辺りを見渡せど、誰もいない。

 

 

「時臣の娘によろしくな。」

 

 

 

王様はそう言って、坂を下って行く。ぼくが教会を出て行ったとき、王様は何も言わなかった。

 

 

きっと大いに嫌がって、出て行くな許さないとか言うと思ってたのに。これ幸いと、ぼくは少ない荷物をまとめて出て行った。

 

 

 

けど王様は時折、ぼくのバイト先などに現れてはぼくがバイトを上がるまで入り浸るからすっかりバイト先ではぼく目当ての常連と化している。金払いはいいから、お得意様だし。この後、ぼくは王様が言っていた言葉を理解することになる。

 

 

「リヒト、あの外国人どこの誰よ!?」

 

 

 

しゅ、修羅場だ。帰って来ると、姉さんが仁王立ちになりながらぼくを待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛の町案内も終わり、私と凛は二人して家路を急いでいた。その時、見えたのだ。リヒトと女子生徒が一人、そして金髪の外国人を。

 

 

凛は外国人のことをこの辺りは洋館が多いから、外から遊びに来ているのだろうと言う。最初、外国人は女子生徒に言い寄っていたようだが

意外にもあっさりと女子生徒から離れた。女子生徒はリヒトと凛の知り合いらしい。

 

 

 

外国人は残されたリヒトとしばらく何やら話していたようだが、何を話しているかまでは流石に聞き取れない。その内、リヒトと外国人の距離が異様に近くなったかと思えば…

 

 

口にしたのか、頰にしたのかまでは分からない。だが確実に、リヒトは外国人から口付けを受けたに違いない。

 

 

 

そして、外国人がこちらに向けてフッと笑ったような気がした。あくまでも、笑ったような気がしただけだ。途端、凛から殺気めいたものを感じて身震いした。

 

 

「…凛、彼はモテるんだろうな。」

 

「えぇ、そうね。昔から魔術の才能とルックスだけはあいつの長所だから。」

 

 

 

凛の目が据わってる。聞けば、凛とリヒトは本当の姉弟では無く元々は許嫁候補だったようだ。凛の父親が早くに亡くなって、リヒトの養父が余り許嫁の件に関して乗り気ではなかったので許嫁の話は有耶無耶になった。

 

 

そしてお互いに今の時代、政略結婚など古過ぎるという共通認識を持ち、お互いの恋愛には口出ししない暗黙の了解を立てたらしい、らしいが…

 

 

 

「凛、君は何処の馬の骨とも知らない相手にあの子を取られたくない訳か。」

 

「あいつ、最近はたまに朝帰りもするのよ。その時は今日帰らないからって、律儀に連絡まで寄越して来てね。あいつが気付いてない箇所にキスマーク付けて帰って来た時は後ろからぶん殴りたかったけど、なんとか抑えたわ。」

 

 

彼から異性の気配がする度、彼女は腹わたが煮え繰り返るような思いをしているようだ。それでも彼女は彼との奇妙な共同生活を続けてる。

 

 

 

「凛、これは私の見解だが…君がもう少し、素直になれば彼はあっさり君に靡くだろうな。」

 

「それ、どういう意味よ!?」

 

「そのままの意味として捉えて貰って構わないが?」

 

 

 

反論するかと思ったが、凛は口をへの字に曲げて黙り込んでしまった。女心は私にはやはりよく分からない。

 

 

リヒトの言い訳は外国人はバイト先の店の常連で、ばったり出くわして挨拶がてらにを頰へキスをされただけだという。そして私のアドバイスが内心、気に食わなかったのか凛の怒号が近所迷惑も考えず、炸裂した。

 

 

 

とうとう耐え切れなくなったらしいリヒトが「アーチャー、助けて!姉さんが怖い!」と私に泣きついて来た時はほとほと困り果てた。

 

 

「召喚されて早々、面倒事に付き合わせてしまって済まないね。」

 

「……まったくだ。」

 

 

 

二人のやり取りを何処からか見ていたのだろう先輩の顔付きは、何処か楽しげで私に申し訳ないという気持ちは絶対無いに違いない。

 

 

「結局のところ、リヒトは好き合ってる相手が別にいるのか?」

 

「さあね?イナンナの娘が心変わりを起こさなければ、元鞘に収まる気はするよ。しかし、恐ろしい保護者がいるからなぁ。」

 

「保護者?」

 

「気にするな、こちらの話だ。」

 

 

 

時刻は深夜。まだ召喚されて2日しか経っていないが、先輩との語らいは退屈しないと思い始めている自分がいることに驚いている。

 

 

「昨日から気になっていたのだが、何故凛をイナンナの娘と呼ぶんだ?」

 

「イナンナは本官の生まれ故郷の女神の別名だよ。またの名をイシュタル、異国ではアフロディーテなどと呼ばれていたかな。」

 

 

 

アフロディーテはギリシアの美の女神だ。イシュタルは確か…今の中東辺りの古代文明の女神の名だったか。この男、そんな古い時代の守護者なのか?

 

 

「イナンナの娘は驚くほど、イシュタルに似ていてな。だが似ているのは姿形だけで性格はむしろ好ましい。」

「だからイナンナの娘と?まるで、本物を見たかのような口振りだな。」

 

「見たともさ。昔は人間と神々の境界はひどく曖昧だったからな。」

 

 

 

この男、今何と言った?本物の女神を見たと?

 

 

「先輩…あなたは一体、何時の時代の英霊なんだ。」

 

「紀元前、古代バビロニアまで遡る。遠い遠い昔だよ。その昔、神官をしていたものだから神々と接する機会は多かったのさ。」

 

 

 

先輩から身の上話を聞かされ、ふと違和感がよぎる。この男、神嫌いではなかったか?リヒトはそう言っていた。

 

 

「待ってくれ、あなたは神嫌いだとリヒトから聞いた。」

 

「あぁ、半身が貴殿にそんなことを…確かに、今の本官は大の神嫌いだ。しかし、生前は愚直なまでに神は絶対的だと信じていた。神々からの小煩い啓示も素直に受け入れていたよ。」

 

 

 

先輩は生前の自分が如何に愚直な人間であったかを語る。毎日祈りを捧げ、神々からのあれこれの要求や指示に啓示というかたちでいつも彼は耳を傾けていたという。

 

 

信仰心を持つこと自体は別に、悪いことではないと私は考えている。何が彼を神嫌いにさせたのか。生前の彼は優れた神官であったに違いないのに。

 

 

 

「何故…神職の身にありながら神嫌いになど…」

 

「裏切りだよ。」

 

 

途端、不意に彼を取り巻く気配が変わった。見る見る内に、彼の姿が変わっていく。

 

 

 

リヒトの身体を借りた先輩ならば知っていたが、そう言えば私は先輩そのものをまだ直接目にしていなかった。

 

 

「この姿では初めましてだな?アーチャー。」

 

 

 

その姿は、格好以外はリヒトそっくりだった。露出した白磁の肌に浮かび上がるように刻まれた見事な青き刺青は恐らく、魔術刻印の類だ。

 

 

杖を片手に携え、楔形文字の紋様があしらわれた黒い腰衣一枚の姿で先輩は私の前に現れた。

 

 

 

途端に感じたのは、底知れぬ畏怖だった。心臓が痛いほど、ドクドクと波打ち、息苦しくなる。古の守護者を前にして、私など赤子に等しい。

 

 

「愚直なまでに神を信じていた本官はある時、神に一方的な裏切りを受けた。しかし、神にとってそれは裏切りでも何でもなく単なる決定に過ぎなかった。しかし、本官にとってその決定は裏切り以上の耐え難い何物でもなかった訳さ。」

 

「それで……アラヤと契約を?」

 

「生身の人間では神に太刀打ち出来ない、丁度本官には人ならざる者の声を聞くのに丁度良い耳があった。あれは悪魔の囁きのような声だったな。」

 

生身の人間では神に太刀打ちできない?恐ろしいことを聞いた気がした。恐らく、先輩は神に反逆したのだ。裏切りには報復を。

 

 

 

聖なる書物に認められた、神に最も愛された身の上でありながら慢心により神に反逆したとある天使の話を思い出した。それに、何故ここまで彼とリヒトはそっくりなんだ?

 

 

「あぁ、本官の顔が半身そっくりだから驚いているのか?本官も彼も同じ顔だよ。彼が君に言っただろう?彼は本官であり、本官は彼だと。」

 

 

 

ますます意味がわからない。先輩、あなたは一体何者だと口を開きかけた時だ。先輩の姿は元のリヒトの姿に戻る。

 

 

「貴殿と話をしていると、つい色々と喋り過ぎてしまうな。まるで、長年の友人と再会したような気分になる。」

 

「……私とあなたは、まだ会ってから2日しか経ってない筈だ。」

 

あぁ、でも私はあなたを知っているんだ。それも随分前から。

 

 

「本当にそうかね?アーチャー。きっと貴殿も本官と同じ心持ちのような気がするのだが。それともこれは、本官の一方的な勘違いか?」

 

 

駄目だ、先輩を前にすると本調子じゃなくなる。思わず、その神秘めいた黄金色の目から逃げるように目線を逸らす。あぁ、まただ。私はどうにも彼の目が苦手だ。

 

 

 

「イナンナの娘とは随分と打ち解けあったのに、本官にはまだ苦手意識があると?」

 

 

拗ねた子供のような顔をして、先輩が私と距離を詰めてくる。吐息が近い、苦手な瞳がすぐそこにある。

 

 

 

「ッ…先輩!俺を揶揄って楽しいか。」

 

「揶揄ってなどいないさ、貴殿はすぐそうやって本官から目を逸らす。この瞳が苦手か?」

 

「見透かされているような心持ちがして、苦手だ…」

 

 

 

恐る恐る、先輩の方を見る。ジッと、金の双眸が私を見ていた。心臓がドクドクとうるさい。ほんの数秒が、随分と長く感じられた。

 

 

「それでいい、今後は目線を逸らさぬよう努めるようにして貰えると嬉しい。」

 

 

 

満足気に先輩は笑い、私から離れた。なんだこれは?一気に疲労感がたまる。

 

 

「アーチャー、本官は貴殿を気に入っているんだよ。何も、取って食おうとは思ってないさ。」

 

 

 

妙な英霊に気に入られてしまったものだ。だが、私も満更ではないから尚更タチが悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、随分リヒトと仲よさ気じゃない。いつの間にそんな仲良くなったの?」

 

「私があの二重人格者と何だって?」

 

 

早朝、私が淹れた紅茶を飲みながら凛が妙なことを言い出す。

 

 

 

「リヒトが二重人格?そんな訳ないでしょ。昨日、夜中に起きたら居間からあんたとリヒトの声が聞こえてきたからよ。」

 

 

リヒトはまだ起きて来ない。いつも朝は遅刻ギリギリまで寝てるようだ。

 

 

 

「あいつの目がどうも苦手だ。」

 

「あー確かに、ちょっと目付き悪いところはあるけどね。」

 

 

そういうことを言ってるんじゃない!凛はまるで分かっていない。

 

 

 

「でもあんた、リヒトからは大分懐かれてると思うけど?あの子、初対面の相手には人見知りし易いのに。」

 

 

あれが人見知りし易い?嘘だろう。自分から私とぐいぐい距離を詰めてきた相手が人見知りし易いとはとても思えない。

 

 

 

「まぁ仲良くしてやってよ、悪い奴じゃないのは私がよく知ってるから。」

 

 

「き、君がそう言うのなら…」

 

 

 

今度はちゃんと、あの目を見て話せるようにならねばなるまい。またあのようなことをされたらたまったものではないからな。



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第四話 英雄王の夜のお供

軽くR-12のAUO×オリ主のBL表現がある為、苦手な方はブラウザバック推奨。


「…誰?こんな趣味の悪い結界魔術かけたの。」

 

 

土曜日の朝、いつも通り朝ギリギリの時間帯に校門をくぐるなり嫌な感じがした。

 

 

 

学校の敷地内、幾つか魔術を施した気配がする。まだ聖杯戦争も始まっていないのに、フライングにも程がある。とんだド素人がやりそうなことだ。

 

 

ふと、昨日マキリが夜中の屋上に続く階段を降りて来た姿を思い出す。まさかマキリが?でもあいつ、確か魔術は使えない筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか体調が悪そうね?コトミネ君。」

 

 

朝、姉さんがわざとらしく教室でぼくに声をかけてくる。ぼくは机に突っ伏していた顔をおもむろに上げた。

 

 

 

「昨日の姉さんのズル休み菌が移っちゃたかな?ぼくも今日、早退しよっかなー」

 

「なっ!あれはれっきとした体調不良よ。葛木に体調不良の連絡くらい自分で入れろって朝から嫌味言われたんだからね!」

 

姉さんがムスッとした顔をして、ぼくの頭を小突く。姉さんも多分、あの結界魔術に感づいている筈だ。先ほどまで書いてたメモ書きを姉さんにそっと渡す。

 

 

 

「何これ?見取り図…?」

 

「数は全部で7つ、どうするかは姉さんに任せる。これ、キレイには内緒ね。」

 

 

簡単な学校の見取り図を書いて、点在する7つの結界魔術の元を大まかな見取り図にしたためた。これ以上の干渉はぼくも出来ない。だからあとは姉さんに任せることにした。

 

 

 

「これ、実行されたら後始末が面倒だし。」

 

「あんたなら、誰が仕組んだかまで分かったんじゃないの?」

 

「流石にそこまではぼくも分かんないよ。ただ、仕組んだのはずぶのど素人だ。他に協力者がいるのかな?ずぶのど素人が仕組んだにしては高度な技術だし。」

 

「あんたにしては上出来。流石は私の自慢の弟ね。お姉ちゃん、鼻が高いわ。」

 

 

これまたわざとらしく姉さんが綺麗に笑う。普段はぼくのこと、弟扱いしない癖に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒトから何を受け取ったんだ?」

 

 

お昼休み、そばにいたアーチャーが私の見てた紙切れを覗き込む。

 

 

 

「この学校の簡単な見取り図よ。あいつ、朝のうちに結界魔術を張り巡らせた場所まで把握したのね。ほんと、憎らしいったらありゃしないんだから。」

 

 

あいつの魔術に対する感知能力は私なんかより遥かに上だ。悔しいけど、そこは信頼してる。

 

 

 

「ほぉ?そこまで分かっておきながら、何故リヒトは自分で結界を消さないんだ?」

 

「あいつの父親が聖杯戦争の監督役なのよ。今回の聖杯戦争、あいつは参加者じゃないけどサポート役として関わってるから。」

 

 

私が次の聖杯戦争のマスターになる為に育てられたのと同じく、リヒトも今回の聖杯戦争で監督役の補佐として立ち回れるよう綺礼に育てられた。

 

 

 

「ぶっちゃけ、監督役なんて聖杯戦争に必要無いんだけど現代は昔と違って好き勝手に何処でも

聖杯戦争の戦いの場には出来ないのよ。だから色々と、隠蔽工作が出来るサポート役が必要な訳。」

 

 

アーチャーは成る程?と腕を組む仕草をする。リヒト位の魔術の腕前なら隠蔽工作も容易い。だけどサポート役故、あいつは聖杯戦争に過干渉は出来ないのだ。

 

 

「監督役はあくまでも中立の立場、補佐役も一緒よ。だからあいつは私に任せるって言ったの。」

 

 

 

動くとしたら今日の夜しかない。

 

 

「姉さん、今日に限っていつものうっかり発動させないでね。」

 

 

お昼休み前、リヒトに妙なことを言われた。いつものうっかりって何よ!?

 

 

「今日、遅くなるんでしょ?」

 

「あんたこそ、バイトは?」

 

「今日は休み。」

 

「遊びに行くにしても夜遊びは程々にしなさいよ。」

 

「分かった。」

 

 

 

リヒトの言う、いつものうっかりがやや気になったがいつだって私に抜かりは無いっての!あんたこそ、夜遊びのし過ぎで変な女引っ掛けんじゃ無いわよと返しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり、リヒト。久しく見ない間にまた背が伸びたか?」

 

「ただいま、父さん。」

 

 

自分から追い出しておいて、よくおかえりなんて言うものだ。ぼくもわざとらしく、父さんと呼ぶ。ぼくが父さんと呼ぶと、キレイは嫌がるから。

 

 

 

久々に帰って来た言峰教会は相変わらず、閑散としている。

 

 

「2日前、姉さんがアーチャーを召喚したのを見届けた。あとはセイバーだけだ。」

 

 

 

「見届けご苦労。お前には監督役補佐の役割を果たしてもらうぞ。聖杯戦争が終われば後は聖堂教会を脱会するなり、何なり好きにしろ。」

 

 

これはキレイとの取り決めでもある。ぼくが監督役補佐の役割を全うした後は、ぼくの好きにさせて欲しいと。

 

 

 

「言われなくとも、そうさせて貰うよ。」

 

 

はっきり言おう、ぼくはキレイが嫌いだ。というより、ほとほと愛想が尽きたと言っても良い。自分を育ててくれた養父ではあれど、ここまで人格の破綻した養父の相手をするのは正直疲れる。

 

 

 

いっそ、ぼくも比較的マトモじゃなければキレイともうまく付き合っていけたのかもしれない。

 

 

「もう帰るのか?今日位、夕食でも食べて行きなさい。」

 

「ぼくが辛いの苦手なの、父さん知ってるよね?匂ってくる香辛料で夕飯の献立がバレバレなんだけど。」

 

 

 

教会の奥、居住スペースの方からむせ返るような香辛料の匂いがする。神の家に相応しくない匂いだし、ぼくはきつい香辛料の匂いがトラウマである。

 

 

「チッ…ばれたら仕方ない。お前のような勘のいい息子はつまらん。」

 

 

 

キレイはつまらなそうな顔をして、舌打ちをする。ああもう、さっさと帰ろう。

 

 

「なんだ、もう帰るのか?リヒト。」

 

 

 

教会を出た直後、背後から王様に声をかけられる。振り向くと、夜遊び用の派手な格好をした王様が教会の扉を背に寄りかかっていた。

 

 

「言峰が昨日から仕込んでいた夕飯が無駄になるな。」

 

「そう思うなら王様が食べてあげなよ。」

 

「ふん!あんなおぞましき物、王の食す物ではない!狗にでも食わせるさ。」

 

「狗?」

 

「新入りだ。お前の代わりにはならないが、暇つぶし程度には退屈しない狗だ。」

 

 

 

ぼくが居なくなった後、誰だか知らないが此処に新入りが加わったらしい。かわいそうに、キレイと王様の都合のいいオモチャにされてるに違いない。

 

 

「新入りさんによろしく。じゃあぼく、帰るから…」

 

「まぁ待て、我が弟よ。」

 

 

 

逃がさないとばかりに、ガッシリと王様に肩を掴まれる。うわ、嫌な予感。

 

 

「おまえ、今日は暇なんだろう?」

 

「姉さんが早く帰って来いって言ったし….」

 

「見え透いた嘘を吐くな。我に付き合え、出かけるぞ。」

 

 

 

ぼくのバレバレな嘘は一発で王様に看破された。あぁ、明日は朝帰り確実だ。

 

 

扉の奥から、ギルガメッシュ、そいつをあまり遅くまで連れ回すなよとキレイの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さん、ごめん。今日帰らないから…夕飯は作り置きしてあるから、適当にチンして食べて。」

 

 

公衆電話から、姉さんに今日は帰らないからと留守電を残す。大体、ぼくが朝帰りになるのは王様の所為だ。行きずりの女性でも何でもない。

 

 

最近、ぼくに夜遊びの仕方を教えた王様は時々休みの日、夜の新都へぼくを夜な夜な連れ回すようになった。

公衆電話のボックスから出てきたぼくを、王様は面白く無さげな目でジッと見る。

 

 

 

「なに?」

 

「養父に対しては一つも義理立てしない癖に、何故時臣の娘にはそう律儀なんだおまえは。」

 

「さあ?何でかな。」

 

 

適当にはぐらかせば、王様はますます面白く無さげだ。

着てきた厚手の上着のフードを目深に被る。この時間帯、学校の生活指導の教師が見回りに来てることがあるから見つかったら困る。

 

 

「何故隠す?見られて困るものでもあるまいに。」

 

「王様みたいに堂々とできないの!未成年には夜の街は色々と制約が多いんだよ!」

 

「おまえもすっかり、俗っぽくなってしまったなぁ。おまえを稀代の聖人と呼んだウルクの民が皆泣くぞ。」

 

 

 

王様が言ってるのは生前のキャスターのことだ。彼が生前、如何に優れた聖人だろうが今のぼくとは関係無いし、ぼくに悪い遊びを教えたのは王様だ。君の今の姿こそ、民が泣くんじゃないのか。

 

 

「ぼくに悪い遊びを教えたのはどこの誰?」

 

「紛れも無い我だ。」

 

 

 

王様が人の悪い笑みを浮かべる。存外、この人はぼくに悪い遊びを教えるのが愉しくて仕方無いらしい。

 

 

「おまえを我好みに堕落させるのがつい愉しくてな。」

 

「……とても趣味がお宜しいようで、それで?今宵はどちらまで?王様。」

 

「その意気だ、愚弟よ。」

 

 

 

あぁ、ぼくも大概どうかしてる。キレイよりは自分のことを比較的マトモだと思ってるけど、王様といる時はどうにも自分がマトモな類の人間とは思えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は言うまでもない。ぼくはしこたま王様に高いお酒やら何やら飲まされ、散々連れ回され…気が付けば、どっかの高そうなホテルのキングサイズのベッドで寝てた。

 

 

やばい、記憶が飛んでる。今何時かと、起き上がろうとした時だ。不意に、伸びて来た手に腕を掴まれ、ベッドに引き戻された。

 

 

 

「ッわあ!?」

 

「……ん、うるさいぞ…リヒト。」

 

耳元、至近距離でひどく眠そうな、王様の無防備な掠れ声が聞こえた。何これ?どういう状況?

 

 

素肌越しにヒヤリとしたシーツの感覚、背後には密着する人肌のあたたかさがある。ん?んん??下は…よかった、履いてる。何がよかったのかは余り考えないでおく。辛うじて見える窓はまだ暗闇に包まれてる。

 

 

 

「肌寒い…もっと、近く寄れ。」

 

 

あぁ、そりゃあお互い上半身半裸だから寒いでしょうね!腰元に、するりと王様の手が離さないと言わんばかりに巻き付かれ、よりお互い素肌を密着する羽目になる。やっぱりこの人、ぼくに対する距離感が絶対におかしい!

 

 

こういう時に限って、キャスターはだんまりを決め込んでぼくの中から出て来ない。というより、気配が無いから多分ここにはもう居ない。逃げたなキャスター…

 

 

そして、夜は更けていく。



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第五話 魔力供給の真似事

タイトル通り、軽めの魔力供給(意味深)。オリ主②×赤弓の表現有。


「ぼくも助けられたんだ。シロと同じだね。」

 

「おまえも?」

 

 

黒服の子供は言う。顔は見えない、名前を知っていたはずなのに、今は何故か思い出せない。首から提げられた金の十字架がキラリと光る。

 

 

 

「うーん、でもぼくは助けられて生き残ったというよりも助けられて生かされちゃったからなぁ。」

 

 

子供の癖にいつも小難しいことを話す奴だった。そしていつも死にたがりだった。

 

 

 

「いっそ、死なせてくれれば良かったのに。彼は気まぐれにぼくを生かして、ぼくに名前を与えたから。」

 

「死にたかったのか?」

 

「ぼくはね、シロ。最初から死ぬために生まれてきたんだよ。生きるために生まれて来たわけじゃないんだ。」

 

 

黒服の子供は気まぐれに生かされて、気まぐれに名前を与えられたのだといつも不満気だった。

 

 

 

「おまえが死んじゃったら、誰かが悲しむだろう。」

 

「何人かは泣いて悲しんでくれるかもしれないけど、彼はきっと泣かないよ。自分で気まぐれに生かしておきながら、最後はあっさりぼくを忘れていくんだ。」

 

「俺も泣くから、そういうことあんまり言うな。」

 

「本当?シロは優しいなぁ。」

 

 

シロ、黒服の子供はいつも俺をそう呼んだ。少し舌ったらずで、あぁ、俺はこの子を何と呼んでいたっけ。そういえば、爺さんが死んでからぱったり来なくなったな。あれは誰だったっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、遠坂…教会には昔からよく行くのか?」

 

 

二度死にかけて不本意にもセイバーと契約し、マスターになった日。そこへ突然現れた遠坂に訳も分からぬまま、真夜中に言峰教会へと案内される道中でのことであった。

 

 

 

その時ふと、爺さんが帰って来た時にだけひょっこり現れる首からロザリオを提げた黒服の不思議な子供のことを思い出したから。

 

 

「まぁ、それなりの頻度では行ってるわね。」

 

「言峰教会に黒服のさ、首からロザリオ提げてた子供知らないか?昔のちょっとした知り合いなんだけど、いかんせん名前が思い出せなくて。もしかしたら、言峰教会の関係者かなと。」

 

 

 

俺が憶えてる限りの黒服少年のことを遠坂に教える。

 

 

「あーそういえばあいつ、昔は黒い服ばっかり着せられてたわね。でも衛宮くん、あいつのこと苦手じゃなかった?知り合いだなんて、初耳なんだけど。」

 

「心当たりあるのか?」

 

「コトミネリヒトよ。これから行く言峰教会の神父の息子で衛宮君も知ってるでしょ?私の知る限りだと、あいつ位しか心当たり無いんだけど。」

 

「あいつが!?そんな筈ないない!」

 

 

 

あれ?でも俺があいつのこと知ったのいつからだ?中学の確か…えっと、あいつが転入してきたのが二年生の夏位だったような。

 

 

「リヒトの奴、四歳のときに日本にやって来て七歳まではこっちにいたけど、その後は父親と一緒に海外あちこち行ってたから日本に帰って来たのが14の時よ。」

 

「そうだ、丁度俺がコトミネのこと知ったのもその位の時だ。」

 

 

 

中学二年の夏休み明け、クラスの女子が外国人の転入生が来たと色めき立っていて慎二がやたらと不機嫌だったからよく憶えてる。

 

コトミネが転入して来てから間も無く、慎二がコトミネ相手に早速やらかしたらしくその頃から既にコトミネVS慎二の図式が出来上がっていた。慎二の奴も何度かコトミネに手酷く〆られてるのに懲りる気配が無い。

 

 

 

「リヒト言ってたわよ、衛宮君に嫌われてるみたいだから声掛け辛いって。」

 

「いや、そういう訳じゃ…というか、あいつも慎二相手に容赦無いんだよ。」

 

「間桐君がもっと真っ当な性格だったら、リヒトもあそこまで当たりが強くなることも無かったと思うけど無理な話よね。」

 

 

 

コトミネが慎二相手に容赦無いのは、慎二のあの性格も災いしてるらしい。あと、コトミネが思ったより俺を気にしてくれていたらしいことが意外だった。

 

 

「弟がいつもごめんね、衛宮君。あいつが怖いのは間桐君限定だから誤解しないであげて。」

 

 

 

俺の昔の知り合いがコトミネだったらしい可能性がどんどん高くなる。コトミネ?はいつも不在がちな俺の親父が帰って来るのを見計らったかのようにひょっこりと衛宮邸に現れては親父と少し話をして、俺と遊んだりしてくれた。

 

 

「凛には弟がいるのですか?」

 

 

 

今まで、黙って俺と遠坂の話を聞いていたセイバーがおもむろに口を開く。

 

 

「そうよ、手のかかる弟みたいな奴が一人。」

 

「そういえば遠坂、コトミネも魔術師なのか?ってことは、あいつもマスターだったり…」

 

「そんな訳ないでしょ、あいつがマスターだったら私に勝ち目なんて無いに等しいわよ。あいつは監督役補佐。」

 

 

 

監督役補佐というのは文字通り、聖杯戦争の監督役を補佐する役割の中立者らしい。マスターでは無いにせよ、あいつも聖杯戦争に関わっているようだ。

 

 

「遠坂でもそういうこと言うんだな。なんか意外だ。」

 

「…ムカつくけど、あいつの魔術の才能は一級品よ。司祭の息子にしておくのは勿体無い位。あいつ、一応聖堂教会の所属だから表向きは魔術師を名乗っていないの。」

 

 

 

こんな近くに魔術師が二人もいたなんて驚きだ。一人は魔術師を名乗ってないにせよ、世間は意外と狭い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怪我の具合はどうだい?」

 

 

ぼんやりとした意識の中、ふわりと頭を撫でられる。ゆっくり見上げれば、微笑む口元が見えた。あなたもそんな風に笑うんだな。

 

 

 

「……先輩、帰ってたのか。リヒトは?」

 

「半身は多分、朝まで帰れないだろうな。本官は野暮用を済ませた帰りだよ。まったく派手にやられたな、アーチャー。」

 

 

息つく暇もなく、セイバーに一閃。その後の記憶が無い。凛が令呪を使って、私を強制退去させたのだ。そして、彼女が私を喚び出した魔方陣の中で私は傷を癒してる最中だ。

 

 

 

「この太刀筋…あぁ、彼女が舞い戻ったか。」

 

 

胸部の太刀筋をなぞられる様に触られ、じくりと痛む。先輩の声がにわかに高揚する。

 

 

 

「他者の傷に触れて、あなたは興奮する性質かね。」

 

「む、その様な変態趣味はないよ。つい見覚えのある太刀傷でね…貴殿を斬ったのは美しい少女の容貌をした麗しき騎士だったか?」

 

 

確かに、セイバーはか弱い少女の如き麗しい騎士だった。しかしその強さは鬼神の如く、か弱いなんてものではなかったが。

 

 

 

「セイバーを見たのか?」

 

「昔、セイバーとそのマスターに半身が世話になった。ちょっとした顔馴染みだよ。」

 

 

先輩の言う昔とはいつの事なのだろう。益々、先輩に対しての謎が深まる。

 

 

 

「先輩、あなたは本当に一体……」

 

「話は変わるが、アーチャーよ。君は髪を下ろしていると幾分か幼く見えるな。」

 

 

なんだか話を逸らされたような気がする。私はあまり、髪を下ろすのが好きじゃ無い。しかし今、髪をセットしているような余裕は無い。

 

 

 

「髪を上げた貴殿もいいが、本官は髪を下ろした貴殿の方が好きだな。」

 

「昔から童顔を気にしているんだ、ほっといてくれないか。」

 

「そう拗ねるなよ、本官は自然体の貴殿が好きだと言ってるんだ。素直に喜べばいい。」

 

 

この英霊タラシをどうにかして欲しい。この男、たまに人の心をこれでもかとかき乱してくる。

 

 

 

「先輩、俺を揶揄うのはやめてくれと言っただろう。傷の治りが遅くなったらどうしてくれるんだ。」

 

 

この発言により、私は墓穴を掘ることになる。この発言を聞き、先輩がふむと顎に手をやったとき、嫌な予感がした。

 

 

 

「では、魔力供給の真似事でもしてみるか?」

 

「……は?」

 

「サーヴァント同士だと効果の程は分からないが、貴殿は早く傷を癒したいのだろう?明け方頃には治ると思うが、本官の所為で貴殿の傷の治りが遅くなるのも悪いからな。試す価値はある。」

 

「待ってくれ、先輩…何を、」

 

「なに、本官からのちょっとした施しだ。」

 

 

先輩は至って真面目な顔でそう言うと、仰向けになっていた私の顎を上に向かせ、人工呼吸をするかの様に口唇を重ねてきた。あまりのことに驚き、私は硬直する。

 

 

 

「んむっ!?ッ、…はぁ、ん…」

 

「…アーチャー、口を開けなさい。そう、いい子だ。呼吸の仕方は分かるな?」

 

 

ぴちゃり、先輩の舌が私の上唇を食む。口を開けろと促され、素直に開けてしまう私も私だ。

 

 

差し出す様に口唇を開けば、先輩はより口付けを深くさせ、私の無防備な舌に先輩の舌が絡み合う。微弱ながら、先輩の魔力が私の中にゆっくり流れ込んで来て、微睡みの様な心地良さを感じてしまう辺り、もう私は重症だった。

 

 

 

魔力供給は互いの粘膜同士が接触すれば、割と何でもありなので血や唾液の摂取だけでも事足りるのだ。

 

 

「…あぁ、すっかり外傷は消えたな。」

 

 

 

不意に太刀傷があった肌をなぞられ、反射的に筋肉が強張る。すっかり息を乱され、私は恨めしげに先輩を睨むことしかできない。当の先輩は何処吹く風と、涼しい顔をしているから本当に憎らしい。

 

 

「そう怖い顔で睨むな、アーチャー。多少、荒療治だったかもしれないが許して欲しい。」

 

 

 

見れば、傷はすっかり綺麗に無くなっていた。流石は神代の魔術師、その魔力も微弱な量とはいえ極上だ。本調子ではないが、大分身体は楽になった。

 

 

「あなたは…俺相手に好き放題し過ぎだ。」

 

「現界してほんの数日で貴殿が消えてしまっても嫌だからな。折角出来た話し相手がすぐにいなくなってしまうのは寂しい。」

 

 

 

そう言って、先輩がにこりと笑うものだからもう何も言えなくなってしまった。この数日間、彼と話していて分かったことは彼は無意識な内に他者をたらし込むことに長けているということだ。

 

 

「…先輩、頼むから私以外の英霊に二度とこのようなことはしないでくれないか。あなたは私の為にやってくれたのだろうが、あなたの常識が著しく疑われるぞ。」

 

 

 

兎も角、私以外の英霊にこんなことをさせてはいけない。先輩はあくまで私のことを心配して、彼なりの善意でやってくれたのだろうが、いかんせん刺激が強すぎる。

 

 

「アーチャー、貴殿は天然か?」

 

 

 

すると、先輩が妙なことを言い出す。私が天然?私はただ、忠告しだけだ。

 

 

「……分かった、君以外にこういうことはしないようにしよう。」

 

 

 

先輩は少し思案した後、分かってくれたらしいことを口にしたが私以外とはしないというのは何やら語弊を感じてしまう言い方だ。

 

 

「先輩、その言い方は多少語弊含ませる言い方ではないか?」

 

「操を立てるという意味合いではないのか?この国ではこれが好まれると聞いている。生前妻を持たなかったからよく分からないのだが、貴殿以外に余りこういうことはしないだろうし貴殿が望むのならと…」

 

 

 

違う!違う!違う!断じて、そう言う意味で!言ったのではない!それでは私が独占欲丸出しの男のようではないか!?

 

 

「貴殿の唇は存外柔らかいな、アーチャー。貴殿の全身はまるで鍛え抜かれた剣のように剛健なイメージなのだが、まんざら悪くない。」

 

 

 

不意に先輩の手が私の方へ伸ばされ、先輩の指先が私の口唇をゆっくり辿るようになぞる。瞬間、私の顔は沸騰したように熱くなる。

 

「私はそういう意味で言ったのでは…!」

 

「なんだ、違うのかい?」

 

 

 

アラヤに酷使され、摩耗しきった心には先輩の一挙一動は刺激がやはり強すぎる。先輩はさも残念そうに言うから、尚のことタチが悪い。

 

 

「私にはあなたの一言一言の刺激が強いんだ。」

 

「義理の兄にもおまえの言葉は時折、毒のようだと言われたことがある。」

 

「……そんなことを言われたのか。義理というからには血が繋がっていないのか?」

 

「血が繋がっていないというか、何というか…まぁ、義理の兄だよ。あの人が本官を見いださなければ、今の本官はいなかった。」

 

 

 

先輩には義理の兄がいたらしい。また一つ、知らなかった先輩の一面を知って、意外に思う。

 

 

「アーチャー、貴殿が救いを求めるのならば本官が導こう。迷える人に道を指し示すのも本官の努めだ。」

 

 

 

その言葉が、遠い私の記憶の中の片鱗に触れる。あぁ、以前にも私はこの男によく似た誰かに同じようなことを言われなかったか。

 

 

「君はいつ救われる?君が請うのであれば、ぼくはいつだって、君に救いの手を伸ばすのに。」

 

 

 

あの頭痛がこめかみを襲う。まただ、先輩の私を見る目はらしくもなく、どこか優し気で数日もしない内にこの男は私の懐にいとも容易く入り込んできた。

 

 

「元神官の君が容易く、救いなどという言葉を使うものではない。」

 

「それもそうだな、元がつく本官に導師の真似事は出来ぬか。」

 

 

 

私は皮肉を言うのが精一杯だ。すると、先輩はあっさりと退いた。

 

 

「直に夜明けだ、本官はもう一仕事行ってくるとしよう。」

 

「また何処かへいくのか?」

 

「半身が訳あって、夜明けまで帰れないのでな。本来、本官の仕事ではないが致し方無い。」

 

 

 

 

そう言えば、リヒトは朝まで帰れないと先輩は言っていた。今日の先輩はやけに忙しそうだ。

 

 

「そう物寂しそうな顔をするな、朝には戻る。」

 

「そんな顔をした覚えは…!」

 

 

 

そうやって、また私を揶揄う。先輩は行ってくると私の頭を一撫でし、砂金の如く粒子を帯びて、その姿はいつの間にか消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわあ…思ったより、酷いことになってたな。」

 

 

夜明けの薄闇に紛れるようにして、現れたのは黒衣の司祭服を纏ったリヒトだった。そこには残された私とセイバーと…血だまりの中で胸から下の臓物をぶちまけながらも辛うじて生きてる衛宮君。

 

 

 

「リヒト…!?」

 

「僕は死体処理をしにきたつもりじゃあ無いんだけどな。君、今夜だけで何回死ねば気が済むんだい?シロ。」

 

 

リヒトの奴、衛宮君を呼ぶときはエミヤと呼び捨てにしているはずだ。それが何故か、下の名前で呼んでる。あぁ、衛宮君の言ってた黒服の妙な子供はやっぱりリヒトだったらしい。

 

 

 

「メイガス!?何で、あなたが…」

 

「ご機嫌麗しゅう、きし…じゃなかった。セイバー、誰と間違えているんだい?君は。僕はコトミネリヒトだよ。十年ぶりだけど、覚えてくれてて嬉しいな。君もひどい怪我じゃないか。」

 

 

セイバーはリヒトのことを明らかに知っているらしい反応だ。そう言えば、リヒトも以前の聖杯戦争を前監督役だった祖父と一緒に…そして、リヒトの目の前で前監督役だったその人は死んだと聞いた。

 

 

 

「仕方なかったんだよ、ぼくが生き残っちゃったのは悪運の強さかな。」

 

「それ、私の前で二度と言わないで。あんたが死んだら悲しむ人間がいることも承知しておきなさい。」

 

「……わかった。」

 

 

そのやり取りは何年前の話だったか。私より先に死んだら許さないわよと言ったら、リヒトは苦笑した。

 

 

 

「アインツベルンの娘も容赦無いなあ。しかし、もう少し考えて物を壊してくれないものか。これだからバーサーカーのクラスはキライなんだ。」

 

 

リヒトは深々と溜め息を吐き、周りの修復にかかる。ほんの数秒で全壊しかけだった交差点に公道とその周りは元通りだ。

 

 

 

「シロのこと…僕に助けは求めないでね、姉さん。」

 

 

リヒトから放たれた冷酷な言葉は中立者のそれだった。そんなの分かってる、今のリヒトは私たちに干渉できない。

 

 

 

「でもまぁ…これなら何もしなくとも平気そうだね。うわ、もう内臓が元に戻り始めてる。シロってアンデットだったの?」

 

 

気色悪いものでも見たかのようにリヒトは思いっきり眉をひそめた。見れば、衛宮君の身体が徐々に元へ戻り始めている。何これ…

 

 

 

「君のおかげかな?セイバー。」

 

 

何故か、リヒトはセイバーを見る。セイバーはまだ、リヒトに戸惑っているようで言葉がぎこちない。

 

 

 

「メイガス、あなたは…何をしにきたのです。」

 

「僕はちょっとしたお掃除しに来ただけだよ。まさか、こんなスプラッターなことになってたとは思わなかったけど。」

 

 

わざとらしく口元を押さえて、リヒトはすっかり元の五体満足な身体に戻った衛宮君を見る。

 

 

 

「なにこれ魔法?君の力はやっぱりすごいね、セイバー。」

 

「……私には何が何だか、それより、シロウは目覚めるのですか。」

 

「日が高く昇る前には目も覚める…とは思うけど。まさか、シロは君を庇ったのかい?うわあ、僕も大概だけどシロほどイかれてないよ。ほんと、シロは優しいなあ。」

 

 

こいつ、本当にリヒトなの?ふと、このリヒトに感じた違和感が徐々に大きくなる。いつもの私が見慣れたコトミネリヒトではないことは何と無く察しがついた。アーチャーが何故か、リヒトのことを二重人格者と言っていたような。

 

 

 

「……あんた、本当にリヒトなの?」

 

「可笑しなことを言うね?姉さんは。君の大事な弟のリヒトだよ。それ以外の誰だって言うのさ。」

 

 

黒衣を見に纏った仮初めの信徒はそう言って、いつものように私へ微笑みかける顔までも大事な弟そのものになりきっていた。とても腹立たしい思いがして、内心舌打ちする。その顔をしていいのは本物のリヒトだけだ。

 

 

 

「後片付けが済んだら、早くどっか行って!衛宮君は私たちが運ぶから!!」

 

「おや、大の男を二人で平気かい?衛宮邸はかなり距離があるよ。」

 

「今の私は機嫌が悪いのよ!さっさとどっか行ってって言ったのが聞こえなかったの!?」

 

 

自分でも驚くほど刺々しい言葉が口を吐いて出る。今の偽リヒトには拒絶しかない。さっさと私の視界から消えて欲しかった。

 

 

 

「なら、シロのことは君らに任せよう。あとはよろしく。」

 

 

何が可笑しいのか、偽リヒトはクスクス笑いながら立ち上がり、踵を返す。やっぱりこいつ、リヒトじゃない。その後、衛宮君を家まで運ぶのが正直しんどかったのは内緒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバー、誰と間違えているんだい?君は。」

 

 

間違えるも何もメイガス、あなたはあなただろうに。久々に会い見えたメイガスは何故か導師の真似事をしていた。何故、彼が此処に?あれから幾ら時が回り巡ってきたのかは知れないが、メイガスは何一つ変わっていない。

 

 

 

メイガス、聖杯に喚ばれていないはぐれサーヴァントと私が初めて会ったのはつい昨日のことのようだ。あの時、メイガスが連れていたメイガスそっくりの幼いあの子はどうしたのだろう。

 

 

メイガスの口にした名はあの子の名前だった筈。メイガスが何故、あの子のフリをしているのかは知らないが、今問い質すほどの気力は無い。

 

 

 

メイガスはちょっとした掃除をしに来たと言う。メイガスが聞き慣れぬ遠い異国の言葉に魔力を乗せて唱えれば、破壊され尽くしたその場所は何事も無かったかのように元通りになる。

 

 

凛はメイガスと知り合いのようだが、何故かひどく苛立っているようだった。らしくない、と言えばいいのか。

 

 

 

「後片付けが済んだら、早くどっか行って!衛宮君は私たちが運ぶから!!」

 

 

メイガスは凛の拒絶の言葉を聞き、何故か口元に笑みを浮かべた。まるで、何かを愉しんでいるかのように。その笑い方は、どこかあの忌まわしい金色を見に纏った魔性の男の笑い方に似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、セイバー。ぼくのこと、憶えてる?」

 

 

衛宮邸の道場にて、憶えてるも何もその顔を見たのは今日で二度目だ。メイガス…いや、あの子は見違えるようにメイガスと瓜二つの姿に成長していた。

 

 

 

道場に現れたのはあの子だ。憶えてるかと聞かれ、頷けばあの子は嬉しそうに破顔した。

 

 

「リヒト、あれから何年経ったのですか?」

 

「十年だ、君は相変わらずだなあ。」

 

 

 

私の隣に腰掛け、リヒトはあれから十年の歳月が経ったと語る。聞けば、リヒトは久々に此処を訪れたのだという。

 

 

「此処には五年、六年ぶりに来たんだけど君がいたから驚いたよ。」

 

「メイガスから聞いてないのですか?」

 

「キャスターともう会ったの?あ、そっか…キャスターがぼくの仕事代わりにやってくれたんだった。」

 

 

 

仕事?リヒトは今度の聖杯戦争の監督役補佐を請け負っており、此処にはシロウへの軽い挨拶に来たらしい。

 

 

「それじゃあ、ぼく行くから。エミヤに挨拶行ってくる。またね、セイバー。」

 

 

 

メイガスとリヒト、同じ顔で同じ魂なのに、こうも違うと妙な気分だ。リヒトに手を振られ、反射的に私もまたと手を振ってしまい少し恥ずかしい。



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番外編 ランサーとの初邂逅

番外編


不本意にもマスターとサーヴァントの契約に至った神父から宛てがわれた部屋は、以前誰かが使っていたらしい痕跡が残っていた。

 

 

「この部屋、前は誰が使ってたんだ?」

 

 

 

興味本位で聞けば、神父はニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、気になるのかとわざとらしく聞いてくる。

 

 

「答えたくねぇなら、別に…」

 

「以前、使っていたのは私の息子だ。もう戻ってくることは無いだろうから適当に使え。」

 

 

 

この神父に息子が居たことにも驚いたが、もう戻ってくることは無いだろうという神父の発言が気になった。

 

 

「気になるという顔だな。なに、死んだりはしてないさ。数年前に家を出たきり、戻らないだけだ。」

 

「あんたに嫌気が差して家を出たのかもな。」

 

 

 

嫌味を込めてそう言った積もりなのだが、神父からは乾いた笑いが漏れた。その反応からして案外、的はずれではなかったようだ。

 

 

「司祭の息子でありながら信仰心の欠如した不肖の息子だ。信仰心の無い奴は教会にいらないと言ったら、まさか本当に出て行くとは思わなかった。」

 

「信仰心ねえ…」

 

 

 

こんな神父に育てられたら、芽生える筈の信仰心も芽生えてこないように思える。神父の息子が此処を出たのは正解だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故、貴様がここにいる。」

 

「俺がいちゃ悪いかよ。神父がここ使えって言ったんだよ。」

 

 

金ピカが明らかに不機嫌そうな顔つきで俺を見る。いちゃ悪いかと返せば悪いと言う始末。

 

 

 

「お前にも部屋あんだろ。なんでここに来るんだよ。」

 

「言峰め、リヒトの使った部屋を犬に宛てがうとは。」

 

「犬って言うな!リヒトって、神父の息子か?」

 

 

リヒト、それが神父の息子の名前らしい。

 

 

「もうリヒトが戻ることもないとお前に部屋を明け渡したか。」

 

 

フンと鼻を鳴らし、金ピカはどかりとベッドに腰掛ける。そこ、今

は俺が使ってるんだっつの。

 

 

 

「まったく、リヒトもリヒトだ。信仰心が無い奴は出て行けと言われただけで、此処を出て女の家に転がり込むとは。気に食わぬが、此処よりも存外居心地がよいのだろうな、一向に戻る気配が無い。」

 

 

らしくもなく、金ピカは一人でぷりぷりしてごちる。神父の息子、家を出て女のところに転がり込むとは甲斐性の無ぇ奴だな。

 

 

 

金ピカの言葉から察するに、神父の息子は遠くへ行ったという訳でもなくわりと此処から離れていない場所にいるらしい。

 

 

ふと、興味が湧いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前がリヒトか?」

 

「きみ、誰?」

 

 

神父の息子は神父とは似ても似つかない優男だった。信仰心が無いって割には、身に纏う黒衣の司祭服は案外よく似合っている。

 

 

 

「あぁ、きみか。ランサーのサーヴァントは。」

 

「その通り、ランサーのサーヴァントだ。修復作業、ごくろうさん。お前もこき使われて、大変だなぁ?」

 

 

「そういうきみは何故僕にわざわざ声をかけたんだい?殺すならさっさと殺せばいいのに。」

 

 

 

リヒトはわざとらしく肩を竦め、俺を挑発する。

撤回だ。こいつ、やっぱりあの神父の息子だ。いっそここで殺しちまうか。

 

 

「…お前、やっぱりあの神父の息子だな。」

 

「キレイを知ってるのきみ?あ…もしかして教会の新入りってきみのことか。キレイが昨日から仕込んでた夕飯食べてくれてありがとね。」

 

 

 

その一言で、今日の悪夢が蘇る。今日の夕飯で神父が出したのは地獄の釜の中で煮立った血の様に真っ赤な色をした麻婆豆腐だった。激辛なんてレベルのもんじゃねえ、舌がものっそ焼けるように熱くなり舌の感覚が未だに戻っていない。

 

「何でそれを…人に嫌なこと思い出させるんじゃねえ!辛いってレベルじゃなかったんだからな!!」

 

 

 

「ごめんごめんって。でもキレイってば王様と契約済みの筈なのに、何でまた新しいサーヴァントと契約なんか…人に聖杯戦争で贔屓するな、過干渉も絶対にするなって言っときながら何やってんのかな。」

 

 

こいつ、俺のマスターが神父であることを察したらしく、あの金ピカと神父がサーヴァントとマスターの関係であることもとうに知ってるらしい。

 

 

 

「サーヴァントはマスターを選べないからなぁ、君には悪いね本当。」

 

 

何で俺は初対面の相手に同情されなきゃいけないんだっつの!殺す気だったのが一気に脱力してしまい、興醒めだ。

 

 

「僕のこと殺すんじゃなかったの?」

 

「てめえの所為で興醒めだ!ア〝ーヤメヤメ!!俺は帰る!連戦続きで体もだりぃんだよ!」

 

「ランサー、今度暇かい?」

 

「は?」

 

 

何だよこいつ?何で俺の予定聞くんだ。思わず素っ頓狂な声が出る。

 

 

 

「なんか美味しいもの奢るよ、今日の夕飯のお詫びだ。さて、僕も一旦戻らないと。」

 

 

呆気にとられる俺を傍目に、司祭服を翻しリヒトはいつの間にか姿を消していた。




番外編、オリ主①のフリをしたオリ主②がランサーと初邂逅の話。監督役補佐の仕事中はゼロ峰が来てた司祭服をそのままお下がりで着てる設定。


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お邪魔します衛宮邸
第六話 昔のことは水に流そう


「私を人間と見ない方が楽よ、衛宮く「ピンポーン」

 

 

空気が張り詰めていた衛宮邸に、気の抜けた来客を知らせるベルの音。誰だ?侵入者なら直ぐ分かるし、桜は兎も角、藤ねえならベルを鳴らさない。けど、今日は二人とも来ないはずだ。

 

 

 

「……朝から誰だ?俺が出るから、遠坂は待っててくれ。」

 

「ちょ!?待ちなさいよ!敵かもしれないし、また衛宮君に死なれても困るから私も行くわ!」

 

 

待ってればいいのに、遠坂は自分も行くと玄関まで付いてきた。まぁ俺も、出来ることなら四度目の死は迎えたく無い。玄関先の引き戸に嵌められた磨りガラスには、長身の男性っぽい背格好の人影が見えた。本当に誰だ?

 

 

 

「はい、どちらさ…ッ!?」

 

 

見覚えのある、鋭い瑠璃色の目を見た途端に体がいつも通り硬直した。そこに居たのは、私服姿のコトミネだった。無言で、こちらをジッと見据えている。やっぱりこいつこわい。

 

 

 

「……おはよう、エミヤ。」

 

「お、おはよう…コトミネ…」

 

 

コトミネがおはようと口を開く、条件反射で俺も挨拶で返してしまった。

 

 

 

「姉さんいる?家に居ないから、ここかなって迎えに来た。」

 

「リヒト!?あんた、何で…」

 

 

俺に付いて来た遠坂もコトミネの登場は意外なことだったようで玄関先でぽかんとしてる。

 

 

 

「あぁ、やっぱりいた。聖杯戦争開戦初っ端から死にかけたみたいで大変だったね。姉さんが生きてて何よりだよ。エミヤは3回くらい本当の意味で死にかけたみたいだけど。」

 

 

何でこいつ、俺が3回死にかけたこと知ってるんだろう?監督役補佐ってやつは情報把握がえらく早い。

 

 

 

「セイバーとのマスター契約、おめでとうエミヤ。今日は監督役補佐としてぼくの方から、君に簡単な挨拶をしに来たんだ。」

 

「お、おぅ…そうか。よろしく。」

 

「ここには数年ぶりに来たけど…ねぇエミヤ、切嗣さんのお仏壇ってあるの?」

 

 

あぁ、やっぱりこいつがあの時の顔と名前が思い出せなかったあの子だ。こいつの口から唐突に親父の名前が出たことに驚きもしたが、合点がいった。ほんと、何で忘れてたんだろう。

 

 

 

「仏壇は屋敷の奥にある。線香上げてくれたら、親父も喜ぶから上がってくれ。」

 

「ありがと、お邪魔します。」

 

 

勝手知ったるなんとやら、コトミネはまだ屋敷の間取りをそれなりに覚えていたらしく、こちらが特に案内せずとも親父の仏壇が置いてある部屋に辿り着いてしまった。

 

 

 

「…お久しぶりです、切嗣さん。本当はお葬式とか来れればよかったんだけど、こんなに時間が経っちゃって御免なさい。」

 

 

久々に線香の匂いが香る。俺自身、あんまり親父の仏壇に手を合わせないから申し訳なく思う。

 

 

 

「エミヤ、切嗣さんが亡くなったのっていつぐらい?」

 

 

手を合わせ終わり、コトミネがくるりとこちらを向き直る。親父が亡くなったのはもう数年前だ。まるで眠るように、親父は静かに亡くなった。

 

 

 

「そっか…せめて死に際が穏やかなもので安心した。中二の時、ようやくまともに日本で暮らせるようになって君に声を掛けようとしたらなんか君、まるでぼくのことすっかり忘れてるみたいであからさまにぼくを避けるからこんなに時間がかかっちゃったよ。」

 

 

これは…コトミネからの恨み言のようにも聞こえる。睨みつける、まではいかないまでもコトミネの顔はどこか不服そうだった。

 

 

 

「リヒト、衛宮君ったら今の今まであなたが自分の昔馴染みだってこと自体、すっぽり忘れてたそうよ。」

 

 

「おい、遠坂…!悪い、コトミネ。本当に忘れてたんだ、わざとじゃないから許してくれこの通り!」

 

 

 

遠坂が横から余計なことを口に挟む。コトミネの不服そうだった顔が今度こそ不服な顔になる。あ、これはコトミネが怒ってる。

 

 

「まぁ、ぼくも頻繁にここへ来てた訳じゃないし、エミヤが忘れてもしょうがないか。」

 

「ゆ、許してくれるのか?」

 

「その代わり、そのコトミネって呼び方やめて。昔みたいにリヒトって呼んでよ、ぼくもシロって呼ぶから。」

 

 

 

拍子抜け、だった。そんなことでいいのか?コトミネからの意外なお許しの提案に呆気に取られる。

 

 

「そんなことで…いいのか…リヒト?」

 

「やっと下の名前で呼んでくれた、ありがとうシロ。」

 

 

 

この時、コトミネ…いや、リヒトが小さい花が咲いたように口元を綻ばせて綺麗に笑うから俺はこの時、久々にリヒトの笑顔を見た気がする。お前、そんな風に笑ってたんだな。

 

 

「シロ?どうしたの?」

 

「いや…お前も笑うんだなと。」

 

「姉さん、さっきからシロのぼくに対する扱いひどくない!?」

 

 

 

笑ったリヒトの顔がまたムスッとした顔に戻ってしまう。まずい、そんなつもりはないんだ。

 

 

「さっきは間桐君に対するあなたの態度が怖くて、近寄れなかったって言ってたわよ。」

 

「だから遠坂!余計なことを…」

 

「あぁ、それでぼくのこと避けてたのか。全部マキリの所為だよ。あいつ、ほんと嫌い。」

 

 

 

リヒトの顔がいつもの怖い顔になる。どんだけ慎二はリヒトに嫌われてるんだよ。

 

 

「シロを顎で使うし、元々昨日の夜だってマキリがシロに弓道部の後片付け押し付けたからシロが3回も死にかける羽目になったんだろう?マキリが片付けサボったの、藤村先生に言いつけとこ。」

 

 

 

藤ねえはリヒトがお気に入りである。英語の発音が良くて、いつも真っ先に英語訳リピートの手本として、授業のときリヒトを指名しても嫌な顔一つせず読んでくれるからだと言ってた。そんなリヒトが藤ねえに告げ口したら、慎二もひとたまり無かろう。

 

 

「お前、何でそのこと…見てたのか?」

 

「たまたま帰ろうとしたとき、マキリが女子複数人連れ立ってベラベラと大きな声で話してるの聞いちゃったんだよ。」

 

 

 

深々とため息を吐いて、リヒトは言う。馬鹿馬鹿しいから、咎めるのはやめたと付け加えて

 

 

「シロもシロだよ!頼まれごとはホイホイ何でも引き受けちゃうんだから!頼まれごとを頼まれる事自体、対価にしてない?君が損ばかりするのは見てられないよ。」

 

「う、それは……」

 

 

 

こいつ、俺のこと案外気にかけてくれてたんだ。全然知らなかった。

 

 

「あーもう帰る!数年分の君に対する不満とか、此処で延々と愚痴りそうだから。」

 

「あ、ありがとな…」

 

「それじゃあ衛宮君、私も一旦帰るわ。」

 

 

 

ああ、そういえば…リヒトは遠坂を迎えに来たと言っていたっけ。その時、俺は見てしまった。遠坂が自然な動作でリヒトの腕に腕組みするのを。それをさも当然の事のように、リヒトも顔色一つ変えないから一人で声を上げてしまった俺がアホみたいじゃないか。

 

 

「エッ…」

 

「どうしたの?衛宮君。」・「シロ?」

 

「おまえら、う、腕…」

 

 

 

俺がわなわなと指差すと、遠坂は一人、「あ、そういうこと?」と納得した様子でニヤリとあの悪そうな笑みを浮かべ

 

 

「リヒトとはこれ位、普通よ?衛宮君みたいにウブじゃないのこいつ。」

 

「桜と腕組んだりしないの?」

 

 

 

リヒトも驚いたように言うものだから、「童貞臭くて悪かったな!」としか俺も反論出来なかった。リヒトのまるで可哀想なものを見るかのような目が大変居た堪れない。

 

 

「…シロ、自分からそういうこと余り言うもんじゃないよ。」

 

 

 

しまった、自分から墓穴を掘ってしまった。玄関先までは二人を見送る精神を保てた俺を誰か褒めて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの趣味の悪い使い魔は何?リヒト。」

 

「ぼくの代わりに仕事を引き受けてもらったんだけど、何かお気に召さなかった?」

 

 

帰り途、姉さんにキャスターのことをあの趣味の悪い使い魔は何だと言われてしまった。ただの使い魔だと思ってくれる分には有り難い。

 

 

 

「何もかも、あなたそっくりそのものだったのよ!気分が悪いったら無かったわ。」

 

「ぼくの寸分違わぬ、完全な複製の使い魔だからね。ちょっと捻くれたところはあるけど、仕事はきちんとこなしてくれるし。」

 

「私のところにはあまりよこして欲しくないわ、あの使い魔。見ててすごく嫌な感じがした。」

 

「あの子もぼくだよ。」

 

「リヒトは私にとって、あんた一人だけよ。変なこと言わないで。」

 

 

まさか、姉さんからそんなことを言われるとは思わなかった。あれも本当にぼくなんだけどなぁ、どうにも姉さんはお気に召さなかったらしい。

 

 

 

「リヒト?どうしたの?」

 

「いや、なんでもない…ところで、姉さん。」

 

「なに?」

 

「監督役補佐になったらぼく、遠坂邸を出るつもりだったんだ。」

 

「はあ!?何勝手に決めてんのよ!」

 

 

 

言われると思った。元々、ぼくは聖杯戦争が始まったら遠坂邸を出るつもり…だったのだが。

 

 

「戻ってこなくていい。」

 

 

あっさりと、受話器越しでキレイはぼくに戻ってこなくていいと告げた。なんだ、戻らなくていいのか。

 

 

 

「中立者が聖杯戦争に参加中の魔術師の家に滞在してるのもどうかと思うけど?」

 

「戻らなくていいと言っているんだ。生憎、お前の部屋だった場所を新入りに明け渡してしまってな。戻ってきたところでお前の居住スペースは無いぞ。」

 

 

床で寝るなら別だが?と言われ、それは嫌だと反論する。キレイもぼくの遠坂邸への下宿は引き続き、目を瞑るということらしい。

 

 

 

「しかしくれぐれも、贔屓はするなよ。過干渉も絶対だ。」

 

 

それをあなたが言うのか。昨日引き継いだキャスターの記憶から、綺礼が何故かランサーのサーヴァントと契約しているらしいことを知った。

 

 

 

「あの青いランサーが新入り?」

 

「なんだあいつめ、お前に接触を図ってたのか。くれぐれも、中立者なのだがらあいつのマスターが誰であるかバラしてくれるなよ。」

 

 

お前のことは目を瞑ってやるから、お前も目を瞑れと言うのか、キレイは。まったく、うまいこと利用されてしまったな。

 

 

 

「何考えてるの?キレイ。王様との契約はまだ残ってるはずだし、あなたは今監督役だ。監督役が「お前は首を突っ込むな。役割だけを全うすればいい。」

 

 

そこで、電話が切れた。まったく、自分に都合が悪いことにはぼくに首を突っ込むなと一方的に押さえ付けようとするのはキレイの悪い癖だ。

 

 

 

「キレイに戻ってこなくていいって言われちゃったんだ?」

 

「だから引き続き、家賃三万でお世話になります。」

 

「それでいいわよ。キレイが目を瞑ると言うなら、今まで通りでいいの…と、言いたいところなんだけど。」

 

「ま、まさか姉さんまで出てけとか言うんじゃ…」

 

「そんなこと言わないわよ!ところでリヒト、衛宮君の昔馴染みなのよね?なら話が早いわ。」

 

 

あ、姉さんのこの顔は絶対何かよくないこと考えてる顔だ。衛宮が何だって?

 

 

 

「実はねリヒト、衛宮君と私…」

 

 

ぼくの知らない間に姉さんとシロに何があったのさ?姉さんはなんだか悪い顔してるし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーチャー、ただいまぁ。怪我の具合はど…」

 

 

帰って来ると、台所からなんだかとても良い匂いがする。多分、アーチャーの仕業だ。姉さんが先に洗面所へ行ってる間にひっそり、こっそり台所に向かい、ひょいと覗き込む。

 

 

 

「ッ!?おかえり、リヒト。」

 

「やぁ、おかえり。アーチャーの作ったかぼちゃの煮付けが美味しいんだ。」

 

 

アーチャーとキャスターが台所に立っていた。キャスターの口元がもごもご動いて、嚥下する仕草。キャスターがもう一個欲しいと口を開き、アーチャーにねだる。

 

 

 

「これを食べたら早く消えるんだぞ、先輩。凛が不審がる。」

 

「ん、分かったさ。」

 

 

アーチャーが菜箸で鍋の中からもう一つ、かぼちゃの煮付けをつまむとキャスターの口の中へ放り込む。アーチャーがいつの間にか、キャスターを先輩と呼ぶようになり、数日と経たない内に二人の距離がやたら近くなった気がする。

 

 

「君たち、やたら仲良くなったよね?朝から何イチャついてるんだか。」

 

「先輩にかぼちゃの味付けを見てもらってただけだ。」

 

「この通り、仲良くやってる。」

 

「だからあなたはそうやって…!」

 

 

 

昨日、アーチャーはセイバーの一斬りで戦闘不能になり、休養中だった筈だが…料理が出来る程度には回復したらしい。多分、キャスターが何かしたのだろう。勝手なことはするなと言っても、キャスターはわりと勝手なことばかりするからもう諦めてる。

 

 

姉さんの気配を察したらしい、キャスターがごちそうさまと言って台所から姿を消す。姉さんの前では基本、キャスターは姿を現さない。昨日がイレギュラーだったのだ。

 

 

 

「アーチャー、もう動けるの?」

 

「凛!心配をかけた、体は本調子ではないが家のことは一通り出来る程度には回復した。」

 

「今日いっぱい、動けないかと思ってたんだけど回復力が早いのねあなた。」

 

「ま、まあな。」

 

 

凛とのやり取りでアーチャーが一瞬、言葉を言い淀む。昨日の夜明け前、ほんの一瞬キャスターが微弱な魔力放出を行う感覚がしたからキャスターはアーチャーに魔力の一部譲渡を行ったのだろうと思う。

 

 

 

「私、眠いから少し仮眠取るわね。朝食はあとで取るから私の分、とっといて。」

 

「了解した。」

 

 

姉さんは小さくあくびを一つ。少し仮眠を取ると二階の自室へと行ってしまう。

ぼくとアーチャー、二人だけ台所に残される。

 

 

 

「手伝うよ、アーチャー。先にごはんにしよう。」

 

「あ、あぁ…そうだな。」

 

「キャスターと、何かあった?」

 

 

なんだか、ぼくに対するアーチャーの挙動が不自然だ。これは絶対、キャスターと何かあった。

 

 

 

「ッ…君からも先輩に言ってくれ!」

 

「何を?」

 

「そ、それは…」

 

「君、今日いっぱいは動けないんじゃないかとぼくも思ってたんだけどわりと平気そうだよね。親切なサーヴァントさんが魔力を分けてくれたんだねきっと。」

 

「あんな魔力供給の仕方があるか!あぁ、いや…何でもないんだ。」

 

 

アーチャーの顔はもう真っ赤だった。なんかこの顔、すっごく誰かに似てるんだよね。

 

 

 

「キャスターがごめん。君の矜持を傷つけてしまったなら謝るよ。キャスターの価値観自体、数千年前レベルだからさ…かなり現代的じゃないけど、多分君のことを心配してやったのは間違い無いから。犬に噛まれたと思って、忘れて?」

 

 

キャスター、アーチャーに何やってくれたんだ。これを知ったら、多分姉さんが激怒する。

 

 

「…あぁ、そうする。」

 

 

 

アーチャーはまだ赤い顔で口元を気にしながら、朝食の準備を再開する。キャスターがアーチャーに何やったのか分かっちゃったかも。

 

 

「アーチャー、君ってまさかロマンチストかい?」

 

「な、何の話だ…?」

 

「キスは好き合った者同士じゃないと駄目な人?」

 

「朝食の品を一品減らされたいかね?」

 

「いやだよ!」

 

 

 

あ、この英霊は見かけによらずロマンチストなのか。かなり意外。これはますます姉さんにキャスターのことを言えなくなった。

 

 




この後、衛宮邸お引越し計画にアーチャーがごねて食卓が騒がしくなる。


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第七話 親子のかたち

「大丈夫よ、リヒトも一緒だから。」

 

「なんでさ!?」

 

 

昨日の今日で一緒に住むことにしたと突然、大きな荷物を持ってきた遠坂がリヒトも一緒だとニッコリ笑う。

 

 

 

学校のアイドルと一つ屋根の下なんて、やっぱり制約が付いてくるに決まって…あ、リヒトは制約ではないけど。って、あいつも一緒なのか!?

 

 

「リヒトの都合も考えず、勝手に決めるなよ!あとあいつ、監督役の補佐してるんだろ!?中立の立場がそんな…」

 

 

 

「それに関しては保護者から了承取り付け済みだから。あいつ、訳あって帰る家が無いのよ。実家は追い出されちゃったもんだし…一人で遠坂邸に置いてくのも気が引けるから連れてきちゃった。」

 

 

見れば、玄関先で相当申し訳無さそうな顔をしたリヒトが少ない荷物を抱え、ぽつんと立っていた。

 

 

 

「シロ、姉さんがごめん…ほんといつも勝手に色々決めてきちゃうから。」

 

「お前が謝ることないだろ?え、でも…ってことは、お前ら今まで一緒に暮らしてたのか!?」

 

 

此処に来て、トンデモナイ事実が発覚した。遠坂とリヒトが二人暮らしをしてたという、余り知りたくない事実を。

 

 

 

「私とリヒトが一緒に暮らしてたって話…学校のみんなには内緒だからね。言ったらどうなるか分かってるわよね?士郎。」

 

 

神に誓って言いません。俺はまだ、親父の傍には行きたくない。あと遠坂、いつの間にか俺のこと下の名前で呼んでる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒト、お前は部屋どうするんだ?」

 

 

遠坂が張り切って他人の家の客間を改装中、リヒトは借りて来た猫の如くうちの居間の隅っこに座り込んでいた。お前は部屋どうする?と聞けば、珍しくリヒトは戸惑っている。

 

 

 

「リヒトは昔、泊まったときに使ってた客間をそのまま使っていいし。」

 

「…いいの?なんかぼく、無理やり姉さんに連れて来られた感じなんだけど。」

 

 

 

聞けば、リヒトは家賃三万という破格の下宿費で遠坂の家に今まで居候していたらしい。

 

 

「お前、実家を追い出されたって遠坂から聞いたけど…あの神父と何があったんだよ?」

 

「追い出されたって言うか、ぼくが進んで家出したんだ。まあ色々とね。」

 

 

 

リヒトが言葉を濁す。自分から家を出た?リヒトがそんな素行不良な奴だとは思えない。学校でだって、こいつは優等生そのものだ。

 

 

「学校でのコトミネリヒトは学校での姉さんと同じ、猫被りだよ。まぁ、姉さんほど何重にも猫被ってる訳じゃないけど。」

 

 

 

俺は今まで、リヒトの何を見てたんだろう。昔馴染みだったこともすっかり忘れて、完全に遠い存在だと眺めてばかりだった。まるで、今のリヒトの発言は俺の感想を見透かされたような感じだ。

 

 

「なんか…お前も苦労してるんだな。」

 

「シロほど波乱万丈じゃないけどね。」

 

リヒトも俺の半生をそれなりに知ってる。俺が元孤児だってことと、親父に拾われたことも。

 

 

 

「リヒト、部屋は決めたのですか?」

 

「あ、セイバー。シロが昔、ぼくが泊まりで使ってた部屋をそのまま使っていいってさ。」

 

 

あと、これも素朴な疑問なんだけれどセイバーとリヒトは明らかに初対面じゃない。居間にやってきたセイバーがリヒトに気兼ねなく、部屋は決まったのかと話しかける。

 

 

 

リヒトと話す時のセイバーの表情はいつもより柔らかいし、リヒトもセイバーにはよく話す。

 

 

「なぁ、セイバーとリヒトって知り合いなのか?初対面じゃあなさそうだし。」

 

 

 

これはヤキモチでも何でもないぞ、俺を差し置いて二人がちょっと仲良さげに話してるなーとか思ってないんだからな。

 

 

「セイバーはぼくの命の恩人だから。」

 

「命の…恩人?」

 

やっぱり、俺はリヒトのことをまるで知らない。

 

 

 

「シロウ、あまりこの話は…リヒトには酷な話です。何れ機会があれば、私から話します。」

 

「いや、もう大丈夫だよ?セイバー。流石に…「駄目です。」

 

 

リヒトはもう大丈夫だと言いかけたが、セイバーに駄目だと押し切られた。リヒト相手だとセイバーはなんだか過保護だ。でも、本人にとって酷な話なら俺も聞かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひどく不機嫌そうだな。」

 

 

屋敷の外、屋根の上で見張り中に来るかと思えば、やはり来た。不機嫌な私とは違って、先輩はとても楽しそうだ。

 

 

 

「イナンナの娘、他のマスターと協力関係になるのは勝手だがあまり半身を巻き込まないで貰いたいものだ。」

 

「それは心からの言葉か?」

 

「あぁ、そうともさ。」

 

 

どうにもそうは聞こえない。凛は突然、セイバーのマスターと協力関係になったから遠坂邸をしばらく離れると言い出した。リヒトまで無理やり連れ出し、此処に転がり込んだのだ。

 

 

 

「しかし、新しい居候先がまさか此処とはなぁ…あの傭兵、今ごろ彼岸の向こう岸でほくそ笑んでいるやもしれない。」

 

 

先輩にはこの場所は何か、所以があるらしく思うところがあるようだ。傭兵とは誰のことだろうか。

 

 

 

「君たち、此処に以前来たことがあるのか?」

 

「昔、半身の顔馴染みが居てな。元傭兵の魔術師だった。以前の聖杯戦争で不本意ながら、半身がそいつに命を救われて…それ以来、半身が傭兵にすっかり懐いてしまったからな。それから養父に内緒で、たまに来ていたんだ。」

 

 

あなたと言うものがありながらリヒトは命の危険に晒されたのか?そう聞けば、先輩は珍しく苦々しい顔をした。

 

 

 

「あの子の祖父が…あの子の目の前で殺された話は君にしたか?その時さ。殺したのは当時の聖杯戦争に参加していた魔術師だった。本官の気配を察したのか、下手に動くとお前も殺すと幼いあの子を脅して拐かしたのさ。運悪くその日、あの子が教会にいたばかりに起きてしまった。」

 

 

聖杯戦争に参加していたマスターが監督役を殺した?しかし元々、監督役を殺してはならないなどのルールは無かったはずだからありえない話ではない。

 

 

 

「その魔術師を殺したのが傭兵だ。またしてもあの子の目の前で惨たらしく殺してくれたよ。あの子の情操教育に著しく支障を来すから、本官はお手柔らかにして欲しかったんだがね。」

 

 

そうは言いながらも、先輩は如何にも清々したという顔で口元には笑みすら浮かんでいたのは本人も無意識なのか。

 

 

 

「…先輩、顔が笑ってるぞ。」

 

「おっと失礼。それであの子は養父の元に無事、帰された訳なんだが…養父は開口一番に何とあの子に言ったと思う?」

 

 

ここで、先輩が妙な問い掛けをする。親ならば、いなくなった子供が生きていれば普通ならこう言うのではないのか?

 

 

 

「生きてて良かったじゃないのか?」

 

「そんな親として当たり前なこと、あの養父が言う訳ないだろう?あの神父はこう言った。」

 

 

一句違わず、先輩は当時リヒトが養父相手に言われたことを私相手にに復唱する。

 

 

 

「生きていたのか、悪運の強い奴め。はぐれサーヴァントを飼い慣らせるだけの魔力は余らせてるお前のことだ。父を殺した魔術師のサーヴァントのていのいい魔力供給源にされたとばかり思っていたぞとな。神父、言峰綺礼はそういう男だ。」

 

 

小さい子供に対し、親が言うべき言葉ではない。感じたのは言い知れぬ怒りであった。

 

 

 

「普通の子供なら親にそんなことを言われれば人間不信になるだろうが、そもそもあの子は最初からあれに親としての期待をしていないからな。」

 

 

結論から言うと、リヒトと神父の親子関係はどうにも歪んでる。

 

 

 

「アーチャー、親子のかたちは色々あるのだよ。君にも親はいただろう?」

 

「もう殆ど忘れてしまった…」

 

「そうか。まぁ、君を見るからに親から充分な愛情は注がれていたようだな。あの神父も愛情が無い訳では無いんだろうが、もう手遅れだ。」

 

 

 

先輩が匙を投げるレベルなら、あの神父とリヒトの関係はもう修復不可能なところまで溝が広がってしまっているのか。

 

 

「話が横道に逸れてしまったな。ところでアーチャー、一杯どうだね?」

 

 

 

見れば、いつの間にか先輩の手にはビール缶とグラスが二つ。この男は他人の家で何をしてるんだ!?

 

 

「立派な窃盗だぞ!?今すぐ、そのビール缶とグラスを元の場所に戻して来い!」

 

「もう開けてしまった。」

 

 

 

プルタブの子気味良い音が聞こえてしまい、頭を抱える。仕方なく、先輩からグラスを一つ受け取った。

 

 

「冷蔵庫の中に何本かストックされていたのを一つ失敬してきた。飲まなきゃ君もやってられないだろう。」

 

「家主にばれたらどうするんだ?」

 

「一本くらい大丈夫さ。」

 

 

 

凛からは夜の見張りを頼まれていたのだが…まぁビール缶半分くらいなら大丈夫か。先輩もいるし、何かあれば真っ先にこの人が気がつく。

 

 

「酌をしよう。」

 

「あぁ…」

 

トクトクトク…グラスの中にビールが注がれる。先輩と私で半分ずつ注いで分け合う。

 

 

「プハーッ!久々の麦酒は美味いなぁ。本官としては瓶の方が好きなのだが、贅沢は言えないからな。」

 

 

 

鼻の下に白い泡を付け、いつにも増してテンションの高い先輩はどうやらビールがお好みらしい。私も飲めなくは無いが、酒はそんなに自分からは飲まない。

 

 

「あなたが酒を嗜むのは意外だな。」

 

 

 

「ん?本官の時代には既に、麦酒も葡萄酒もあったぞ。本官の場合は祝い事の席でしかこっそり飲めなかったからなぁ。今の時代が羨ましい。」

 

 

彼の場合、いつも好きな時に酒が飲めるわけでは無かったらしい。今の時代が羨ましいと言う先輩の姿が意外だった。

 

 

 

「存外、あなたも人間くさいところがあって安心した。」

 

 

自然と、笑みがこぼれた。誰かと飲む酒は久々で、まんざら悪く無い。

 

 

 

「アーチャー、貴殿は不機嫌な顔よりも笑った顔の方がいいぞ。初めて本官の前で笑ってくれたな。」

 

「なっ…私は笑ってなど、」

 

「あまりかわいい顔をするな、虐めたくなる。」

 

「ビール缶半分で酔いが回ったのかね?」

 

「酔ってはいないさ。まだ飲める。だが、今日は半分で我慢だな。」

 

 

先輩は珍しく上機嫌で笑いながら、グラスに残っていたビールを飲み干した。

 

 

 

「君は飲み過ぎると手に負えなくなる。我慢して正解だ。」

 

「アーチャー、よく知ってるな。本官が飲み過ぎると手に負えなくなると。」

 

「あ、いや…リヒトに聞いた。」

 

 

生前、彼によく似た誰かと酒を飲み交わしたら大体最終的には私が介抱する羽目になったような気がして、ついその誰かに言うかのような口調になってしまい、慌てて誤魔化した。彼は一瞬目を丸くしたが、直ぐにクスリと笑う。

 

 

 

「…そうか、半身に聞いたか。しかし、人前で酒を飲み過ぎるなと兄上にもしつこく窘められていたからな。君の前ではこれ以上飲まないさ。」

 

 

今、私の前ではと言わなかったか?まだ飲むつもりか。先輩の義理の兄というのも、中々世話焼きなのかもしれない。

 

 

 

「アーチャー、本官は出かけてくる。朝には戻るよ。」

 

「まさか…何処かで飲み直してくる気じゃあ「留守を頼んだぞ。」

 

 

この人は…!私の前では飲まないとはそういう意味か!!慌てて止めようとしたら、その時には先輩の姿は既に無かった。

 

 

 



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番外編 酒は呑んでもなんとやら

英雄王とオリ主②が酒飲んでだべってるだけのオリ主②の過去がちょっと。


「おまえ、また住処を変えたな。」

「さて、何の話でしょうか?」

あまり好きでもないが、嫌いでもない葡萄酒を仰ぎ飲む。兄上のところには葡萄酒しかストックがないので致し方ない。しかも度数が高いものばかりだ。

 

 

「ふん、まあいい。ところで何処で半端に酒をあおってきた?おまえは一度飲んだら潰れるまで歯止めが利かなくなるからな、控えろと言った筈だぞ。」

 

「小煩い兄上殿だ。晩酌に付き合って差し上げてるのですから、大目に見てくださいまし。」

 

 

 

アーチャーと酒を飲んだ後、どうにも飲み足りないからふらりと兄上の元を訪れたら丁度晩酌中だった。これ幸いと、兄上の晩酌に付き合うことにしたのだ。

 

 

「時臣の娘、セイバーのマスターと手を組むとはな。しかもリヒトまで無理やり連れ出したようではないか。」

 

 

 

兄上には全てお見通しだ。本当の意味で、この人はこの場に居ても何処で何が起きているのか制限さえ掛けなければ手に取るように分かる。

 

 

「リヒトが一度、こちらへ戻ろうとしたのを言峰の奴めが余計なことをしおってからに!まったく気に食わぬ!!」

 

 

 

気に食わないのであれば、無理やりにでもあの子を連れ戻せばよいのに。兄上はそれをなさらぬから、半身には存外甘いのだ。

 

 

「おまえもおまえだぞ!セイバーと一つ屋根の下とはけしからん!我が弟ながらセイバーは絶対やらぬぞ!」

 

 

 

……この人、まだ騎士王を諦めてなかったのか。しかもこの人の場合、騎士王を既に自分のものだと思ってる節がある。

 

 

「相変わらず、騎士王はお美しい。見ていて大変、目の保養になります。」

 

「この愚弟め!半端に酒を煽って、減らず口を叩き折ってからに…!王の財宝で亡き者にしてやろうか「うるせえ!夜ぐらい静かにしやがれ!!」

 

 

 

するとそこへ、兄上がやかましいから青のランサーがうるさいと抗議のため兄上の部屋に怒鳴り込んで来た。そして本官の姿を見て、はぁ!?と素っ頓狂な声を上げる。

 

 

「お邪魔してます、青のランサー殿。昨日の夜以来ですね。」

 

 

 

ひらりと手を振れば、青のランサー殿はますます変な顔つきになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜中、金ピカがギャアギャアうるさいから金ピカの部屋まで抗議に行ったら先客がいた。

 

 

白磁の肌の上から浮かび上がるように刻まれた見事な青の刺青、身につけているものは腰衣一枚だ。辺りには無造作に杖とラピスラズリのあしらわれた装飾具が放られている。

 

 

 

神父の息子?だよな?ほんのりと赤く染まった頰を緩ませ、こちらにひらりと手を振る様に思わず呆気にとられた。こちらを見る金色の目は蜂蜜のように甘ったるくとろりとしていて、完全に酔ってる。あれ?あいつの目は確か青い筈だ。

 

 

「お邪魔してます、青のランサー殿。昨日の夜以来ですね。」

 

「無防備な顔で駄犬に要らぬ愛想を振りまくな、見ていて不愉快だ。」

 

 

 

金ピカがムッとした顔で神父の息子?の手を取り、自分の方へと抱き寄せた。神父の息子?は上機嫌で金ピカにしなだれかかる。無駄に顔の整った野郎が二人、共にいるだけで何と無く背徳な雰囲気が流れ、場違いなところに来てしまった気がする。こいつらの距離感がなんかおかしい。

 

 

「そいつ…神父の息子だろ?なに未成年に酒なんか飲ませてやがる!」

 

「たわけ、こっちは我の弟だ。齢でいうなら数千歳は優に超えてる。」

 

 

 

は?弟??神父の息子が金ピカの弟?この金ピカ、頭にまでアルコールが回ってやがるらしい。

 

 

「なに阿呆なこと言ってやがる。神父の息子がどうやったらお前の弟になるんだよ。顔とか全然似てねえじゃねぇか。」

 

 

 

「川で拾ったから似てないのは当たり前だ。太陽神に無理を言って、あいつの血を数滴ばかりこいつに与えたからこいつは我の弟だ。血縁上、我の父に当たる男は太陽神の系譜だからな。そういえば、お前の父親も太陽神だったな?光の御子。」

 

 

金ピカが何を言ってるんだと言いたげな顔で俺を見るものだから、俺が変なこと言ってるみたいな雰囲気になる。え?まじでそいつ金ピカの弟なの?光の御子は俺の別名だ。こいつは滅多にその名前で俺を呼ばない。

 

 

 

「何を勘違いしているのかは知らぬが、リヒトと此奴は同じだが違うぞ。早く往ね、我も寝る。」

 

 

ますます意味がわからないが、金ピカの機嫌を損ねると面倒だからさっさと退散しよう。

 

 

 

「意味わかんねぇけど、そうかよ。兄弟水入らずのところ邪魔したな。」

 

 

は???神父の奴、息子が教会に戻らなくなって大分経つと言っていたが、普通に来てんじゃねえか。何なんだよ、一体。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騒がしい犬がいなくなった後、見れば愚弟は満足したのか我にしなだれかかったまま寝ていた。

 

 

「ーー、満足したか?」

あぁ、やはり名前は声に出しても音を成さない。何か、妙な力によって掻き消されてしまう。神々の力が弱まった今でも尚、この忌々しき呪いは続いているのか。

 

 

 

大昔に愚弟がとんでもない馬鹿をやり、正史上から名前と存在を消されて幾千年。それがほんの十年前、とんだ阿呆面を晒してこいつは再び我の前に現れた。瓜二つの片割れを依り代にして。

 

 

「再三言い聞かせているが、我の前以外で酒を飲むなよ。この様な醜態、我の前以外で晒すのは万死に値するぞ。理解っているのか、とんだ痴れ者め。」

 

 

 

徒らにその相変わらずまろやかな頰を撫でれば、うっそりと、酔って随分と甘ったるくなった蜜色の目が開かれた。

 

 

「……このような醜態、数千年経とうとあなた以外の誰にも見せられませんよ。」

 

「当然だ。」

 

 

 

しばらく、こいつに飲酒は控えさせよう。酒宴の席で何度言い含めても懲りずにこっそりと麦酒を盗み飲みして、潰れたこいつを寝室まで手ずから運んだ遠い記憶が懐かしい。

 

 

 



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第八話 今更そんなこと言えない

「あれ…リヒトはまだ起きて来ないのか?」

 

 

遠坂とリヒトがうちに転がり込んで来て2日目。朝から寝起きの機嫌が悪い遠坂にまだ起きて来ないリヒトの様子を聞く。遠坂は虚ろな目で俺を見るなり

 

 

 

「あぁ、リヒト?あいつ、いつも朝ギリギリまで寝てるから…当分は起きて来ないわよ。」

 

「あー…あいつ、いつも遅刻ギリギリに来てるからな。後で起こしに行くか。」

 

 

学校では優等生で通ってるリヒトだが、朝だけは遅刻ギリギリに登校してくるのが玉に瑕だった。遠坂とリヒト、二人とも朝弱いんだな。この二人、そういう変なところは似てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…遠坂先輩が来てるってことは、言峰先輩もいるんですよね?」

 

「え…桜、リヒトと知り合いだったっけ?」

 

 

俺の不注意で、朝から遠坂と桜が鉢合わせしてしまう事件が起きた。遠坂は最初、桜を追い返そうとしたようだが、桜は意外にも食い下がる態度を見せた。あのいつもはニコニコ穏やかな桜の感情の起伏に驚いていると、桜の口から意外な人物の名前が出た。

 

 

 

「あの人、いつも朝弱いからまだ寝てますよねきっと。先輩、お台所借りる前に言峰先輩は何処にいますか?」

 

「そこの角曲がって、左側の客間でまだ寝てる。」

 

 

ありがとうございます、そう言って桜はにこりと笑うとリヒトがまだ寝てる客間の方へと行ってしまった。え?桜さん?

 

 

 

「遠坂、桜ってリヒトと知り合いだったっけ?」

 

「弁当渡す程度には仲良いわよ。あいつ、知らない子から食べ物とか手作り系のものは一切受け取らないから。」

 

 

またしてもあまり知りたくないことを知ってしまった。そういえば、桜がたまに弁当のおかずを作り過ぎたとき、何故か一つ余分に弁当を詰めていたのを思い出す。

 

 

 

慎二にでもあげてるのかと特に気にしていなかったが、リヒトに渡していたものだったらしい。一回だけ、いつもたまに余ったおかずを詰めた弁当箱を誰に渡してるんだと聞いたことがある。

 

 

「昔、お世話になった人に。あんまり自分から料理しない人なんで、たまに渡してるんです。…あ!誤解しないでくださいね!?先輩!お世話になった人なんで!少しでも恩返し出来たらとか、そういう意味です!」

 

 

桜が頬を赤らめながら慌ててそう言うものだから、あ、そっか…あいつ、モテるもんな。桜は健気だなぁ。

 

 

 

「士郎、あんたなんか勘違いしてない?桜がリヒトに弁当渡してるの、あいつがあんまり料理しないから桜が栄養面を心配してたまに渡してる程度よ。」

 

「勘違いなんかしてないぞ!?」

 

「……あんたって、ほんと鈍チンね。」

 

 

遠坂は何故か、俺に哀れむような視線を向けてくる。リヒトと言い、遠坂と言い、非モテの俺に対する扱いがやや酷い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さん、リヒト兄さん?」

 

 

…あれ?何故か桜の声がする。桜は間桐に行ってしまったから、昔みたいにぼくを起こしに来ることなんて無い筈だ。

 

 

 

小さい頃、まだ姉さんや桜と暮らしてたときは朝弱いぼくを桜が起こしに来てくれた。キレイは起きたらさっさと朝の鍛錬に行ってしまうから、ぼくのこと放ったらかしだったし。

 

 

あぁ、夢だ。まだ眠い。寝たい。柔らかい手に揺すられて、すっごく眠気を誘われる。姉さんならこんな風に優しく起こしてくれないし。ん?あれ?

 

 

「……桜?」

 

「やっと起きた。リヒト兄さん、相変わらず朝弱いんだから。」

 

 

 

うっすら目を覚ますと、おぉ絶景なり。何が絶景とは言わないけど、言ったら多分姉さん辺りに張り手打ちされる。

 

 

「遠坂先輩が居たから、朝からびっくりしちゃいました。先輩に聞いたら、リヒト兄さんまだ寝てるって言うから起こしに来たんです。」

 

「昨日からね、色々あって…シロの家でお世話になることに…したんだ。桜、わざわざ起こしに来てくれたの?ありがと。」

 

 

 

桜に起こされ、まだ眠いけど、とりあえず体を起こす。すると、桜が小さく悲鳴を上げた。見れば、桜の頰がにわかに赤い。

 

 

「?」

 

「リヒト兄さん、上!ちゃんと着てください!風邪引いちゃいますよ!」

 

 

 

……あ、いつもの癖で半裸のまんまだった。ごめん、着ます、ちゃんと上着ますから。

 

 

「兄さん、遠坂先輩の家でもそんな感じなの?」

 

「誠にすいません、姉さんにもたまにだらしないって怒られる。」

 

 

 

慌てて近くにあったパーカーを羽織る。今度からはちゃんと上も着ようと心に誓う。

 

 

「兄さんも起きたことだし、朝ごはん作ってきますね。兄さん早く支度して下さいね。」

 

 

 

桜はそう言って、客間を後にした。ほぼ毎朝、桜はシロの家に朝ごはんを作りに来てるらしい。たまに朝寝坊したシロのこと起こしたりしてんのかなー…ちょっとシロが羨ましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言峰先輩、味付けの方どうですか?」

 

「丁度いいよ。桜が作る料理はみんな美味しいから。」

 

「そう言って貰えると作り甲斐があります。遠坂先輩もいかがですか?」

 

「……ん。じゃ、お言葉に甘えて。」

 

 

玄関先で少し険悪な雰囲気が流れていた遠坂と桜だったが、リヒトが緩和剤になってくれているのか今は落ち着いてる。リヒトに至っては、綺麗な箸づかいで朝食を平らげていく。

 

 

 

「シロはいいなーいつもこんな美味しい朝ごはん食べれて。」

 

「それ、朝料理しない私への嫌味?あんた、たまにしか朝ごはん作らないし。」

 

「そんなことないよ?姉さん、朝はぼくがごはん作らなければ基本食べないじゃないか。」

 

 

朝食の席では遠坂とリヒトの会話しか聞こえて来ない。基本、朝は俺と桜は静かにごはんを食べるタイプだ。

 

 

 

「そういえばシロ、」

 

「ん、なんだ?リヒト。」

 

「藤村先生、今日は来ないの?桜から聞いた話だと、いつも朝食はシロと桜と藤村先生で取ってるって。」

 

 

……あ、藤ねえのこと忘れてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、言峰君はボディガードです。私と衛宮君に万が一の間違いが無いよう、無理言って一緒に来て貰ったんです。そうよね?言峰君。」

 

 

朝っぱらから遠坂の下宿は反対だと怒り狂う藤ねえに遠坂は涼しい笑顔でリヒトにもボディガードで来て貰ったんだと答える。

 

 

 

「本当なの!?言峰君!」

 

 

藤ねえの咆哮がリヒトにも波及する。リヒトは藤ねえの怒り狂いぶりにおっかなびっくりになりながらもこくこくと何度も頷く。

 

 

 

「彼と私、幼馴染なんです。それと言峰君は衛宮君とも…昔馴染みなのよね?」

 

 

遠坂とリヒトが幼馴染だということを今更知った。あぁ、だから仲良いのか。すると、藤ねえが俺とリヒトが昔馴染みだってことを知り、驚いて俺に向き直る。

 

 

 

「え!?そうだったの?士郎!お姉ちゃん知らなかったんだけど!」

 

「藤ねえ、覚えてないか?たまにリヒト、うちに来てただろ。親父が帰って来てたとき、何度か会ったことあると思うけど…」

 

 

藤ねえもリヒトと面識はあるはずだ。親父が帰って来れば、藤ねえもうちにはほぼ必ず来ていたし、確か…藤ねえはリヒトをあれ?何て呼んでたっけ?藤ねえはまじまじとリヒトを見つめるなり、急に何かを思い出したように大きな声を上げる。

 

 

 

「うそ!?言峰君、まさかあのリッちゃん!!?」

 

 

リッちゃん?あ…そうだ、思い出した。藤ねえはリヒトをリッちゃんと呼んでた。

 

 

 

「先生、その呼び方やめて下さ…」

 

「えー!?ほんとにリッちゃんなの!?やだ私!全然気付かなかったよー!そっかーリッちゃん、言峰君だったんだー!」

 

「ふーん?リヒト、昔はリッちゃんって呼ばれてたんだ。かわいいあだ名じゃない?リッちゃん。」

 

「姉さん、その呼び方ほんとやめて!?恥ずかしいから!」

 

 

リヒトはその呼び方で呼ばれるのがあまり好きではないらしい。遠坂にリッちゃんと呼ばれて、拒否反応を示すとは意外だ。

 

 

 

その後、どさくさに紛れて藤ねえになんとか遠坂とリヒトの下宿を認めてもらうことに成功した。残るはセイバーのことだけど、どうするかな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺と桜と…遠坂、リヒトの四人の組み合わせはかなり目立つ。

奇異の目に晒されるのを校門を潜るまでなんとか耐えつつ、やっと一息つけると思ったら俺の隣にいたリヒトの顔があからさまに不機嫌になった。

 

あ、いつもの怖いリヒトだ。ってことは…桜が校門を抜けた先で待っていたそいつを見て、一瞬表情を強張らせた。

 

 

 

「に、兄さん…」

 

「おい、桜!って…げ、コトミネ…?遠坂まで、」

 

「やっほー、マキリ?朝からなんか機嫌悪そうだね。ぼくも同じく、朝から会いたくない奴来て機嫌最悪なんだ。」

 

 

来てしまった、慎二の奴が。多分、桜が朝練に来なかったから機嫌を損ねて俺たちを待ち伏せしていたらしい。しかし、今日は天敵のリヒトがいるから相当分が悪い。どんどん、慎二の怒気がしぼんでいく。

 

 

 

「なんでお前が桜といるんだよ!」

 

「いちゃ駄目?たまたま来た道が一緒だったんだ。」

 

「おい、リヒト…朝から慎二とドンパチはよせって。」

 

「え、衛宮…!?また衛宮の家に行ってたのか、桜!衛宮の家にはあれだけ行くなって「そんなの桜の勝手だろ、マキリ。」

 

 

ドスの効いた声に思わず身震いする。あの、慎二相手だと本当に容赦無いんですけど、この人…

 

 

「お前、前にぼくのことシスコン野郎とか言ってたよね?妹離れ出来てないのはどっちだよ。」

 

「リヒト、そこまでにしときなさいよ。あんまり言うと図星過ぎて、間桐君が可哀想でしょ?」

 

 

遠坂、お前も火に油を注ぐなよ!

 

 

 

「うるさい!遠坂まで、何で桜や衛宮と一緒にいるんだよ!?」

 

「何でって…今日は四人で一緒に登校して来たの。何かおかしい?あと、確か弓道部の自主練って自由参加よね?綾子や藤村先生から強制参加だなんて聞いてないわ。」

 

 

遠坂がわざとらしく目を丸くした。慎二はもう何も言えなくなってしまったのか、じりじりと後退する。いつも桜に対する慎二の横暴は俺が止めるんだが、今日は特に出番は無さそうだ。

 

 

 

「ッ…おい、衛宮!お前、コトミネのこと苦手だっただろ!?」

 

「あ、いや…えっと、苦手にしてたと言うか…」

 

「シロはぼくのこと大好きだよね?苦手な訳ないじゃん!何言ってんだよマキリ。それはお前の話だろ?」

 

 

 

見れば、リヒトは満面の笑みを浮かべ俺の肩をがっしりと組んでくる。あのリヒトさん?大好きはちょっと飛躍し過ぎじゃないですか!?

 

 

「衛宮お前、裏切ったな…!?もうお前なんか嫌いだ!!桜!今日のところは許してやるけど、今度何かあったら次はないからな!」

 

 

 

慎二はギャアギャア言いながら走って校舎の方へ行ってしまった。な、何だったんだ…

 

 

「あの、先輩….言峰先輩のこと苦手だったんですか?」

 

「え!?そんな訳ないだろ?ほらこの通り、俺もリヒトのこと大好きだぞ!」

 

 

ええいままよと俺もリヒトの肩に腕を組み返す。大分苦手意識は薄れたし、桜の前でリヒトが今まで苦手だったとは言い辛い。それを見て桜は安心したように笑顔になる。

 

 

 

「そうですよね、よかった。二人が仲良しだと私も嬉しいです。兄さんのこと、すいません。遠坂先輩にもご迷惑をかけてしまって…明日の朝練にはちゃんと行くようにしますので。」

 

「いいのよ、あれ位。リヒトに乗っかっただけだから。」

 

 

珍しく遠坂が照れ臭そうだ。

 

 

 

「あの、先輩?兄さん、さっき先輩のこと嫌いだって言ってましたけど本心ではないと思うんです。兄さん、先輩しか友達いないから。言峰先輩のことも口ではああ言ってますけど、ほんとうは仲良くしたいんだと思います。」

 

「マキリが?絶対そんなことないよ。」

 

 

 

リヒト、お前は本当に慎二相手には容赦無いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「衛宮、言峰といつの間に仲良くなったんだ?」

 

「え?あー…あいつ、昔馴染みなんだ。最近、また話すようになってさ。」

 

 

教室にて、先ほど朝の廊下で俺と遠坂とリヒトが一緒にいたのを不審がっていた一成がそわそわしながら話しかけてきた。

 

 

 

「そうだったのか。あいつは元々、中学の時は生徒会のメンバーでな。高校でも是非生徒会にと声をかけたのだが、断られてしまったよ。」

 

 

 

一成は残念そうに語る。そういえばリヒト、中学は生徒会で書記をやってたな。

 

 

「あいつも遠坂と何年もよく付き合ってられるなと感心するよ。宗教は違えど、信心深い奴なのかあいつには遠坂の毒が移っていないようだしな。」

 

 

 

そういえば一成は坊主の息子で、リヒトは司祭の息子だった。一成は遠坂を苦手にしてるけど、リヒトのことはそれなりに一目置いてるらしい。

 

 

 

 




なんだかんだ言って、士郎は男女問わずモテる子だと思う。


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名無しのキャスター頑張る
第九話 七割の冗談と三割の本気


「リヒトー!今日、暇?バイト無いならどっか寄り道してかね?」

 

「えーどうしよ。」

 

 

学校終わり、帰り支度をしていたら同クラスの友人に遊びに誘われた。今日はバイトも無いし、行ってもいいんだけど迷う。

 

 

 

今日は私が夕飯作るから、絶対真っ直ぐ帰って来なさいよ?と姉さんに言われてる。夕飯までに帰ればセーフだとは思うけど。

 

 

「わかった、けど夕飯の時間までには帰るよ。」

 

「やりぃ!わかったよ。じゃあゲーセン行こうぜ?新台が今週入ったんだって。」

 

 

 

友達と連れ立って教室を出ようとしたとき、廊下にて背後からとっても聞き覚えのある声がした。

 

 

「言峰君?」

 

「!?」

 

 

 

あれ?姉さん、先に帰ってなかった?先に教室を出たのは確認済みだ。恐る恐る振り返れば、姉さんが桜を連れて腕を組みながら仁王立ちでぼくを待ち構えていた。

 

 

「え、遠坂と、一年の間桐…?」

 

「ね、姉さん…桜も…どうしたの?」

 

 

 

友達は二人の意外な組み合わせに呆気に取られる。ぼくも姉さんの約束を破って、寄り道しようとしたことがバレて声が我ながら震えてる。

 

 

「言峰君は私たちと先約があるの。折角誘ってくれたのにごめんなさいね?また今度、誘ってあげて。」

 

 

 

姉さんはいつもの猫被りモードでぼくと先約があるなんてありもしないことを言い出す。先約なんて無い無い!

 

 

「何だそうだったのかよ。遠坂と先約あるなら先に言えっての!また今度なー。」

 

「ごめん、今度埋め合わせする。」

 

 

 

姉さん相手には友達もさっさとぼくを引き渡した方がいいと判断したらしい、あっさりぼくとの遊びの約束はまた今度と先に行ってしまう。

 

 

「遠坂先輩、言峰先輩にも付き合いが…」

 

「今日は真っ直ぐ帰って来なさいって私が先に言ったんだから、先約は取り付け済みよ?桜が気にすること無いわ。」

 

 

 

姉さん、それ先約に入るの?桜がぼくに対して、とても申し訳無さそうだ。ぼくも言いつけすっぽかして、遊びに行こうとしたのは悪かったけどさ。

 

 

「リヒト、夕飯の買い出しに行くわよ。今日は私が腕によりをかけて、夕飯作るって言ったでしょ?」

 

 

 

どうやら、姉さんは夕飯の買い出しの荷物持ちをさせる為にぼくを待ち構えていたらしい。桜も一緒のようだ。

 

 

 

「今日の献立は中華だから「ぼく、麻婆豆腐は無理だからね!?」

 

 

姉さんが献立の内容を口にしかけ、中華と聞いて麻婆豆腐は無理だと思わず大きな声が出てしまう。駄目だ、中華と聞くと反応してしまうからよくない。

 

 

 

「言峰先輩、中華苦手なんですか?遠坂先輩、やっぱり献立の内容、洋食に変更しませんか…?今なら間に合います。」

 

「びっくりした〜!急に大きな声出さないでよね。大丈夫よ、桜。リヒトが苦手なのは麻婆豆腐限定だから。他の中華は食べれるから、麻婆豆腐は作らないから杞憂よ。リヒトの分は香辛料も控えめにしといてあげる。」

 

 

 

ぼくは麻婆豆腐だけはどうしても苦手だ。大方の原因はキレイにあるんだけど…他の中華は食べれる。でも麻婆豆腐だけはどうしても駄目だ。

 

 

「言峰先輩は香辛料が強い料理と麻婆豆腐が苦手なんですね。ちゃんと覚えておきますから安心してください。」

 

「あ、ありがと桜…麻婆豆腐だけは本当苦手なんだ。あと香辛料きつめの料理も正直きつい。」

 

「じゃ、行きましょうか?」

 

「はい。」

 

 

 

今気付いたんだけど、三人で出かけるのって下手したら十年振り以上じゃないか?姉さん、ぼくが居なくても別に桜と二人っきりで話せないって訳ではないんだろうけど、わざわざぼくに声をかける為に待っててくれたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さん、余計なものまで買い過ぎないでよ?」

 

「必要な物しか買わないわよ!」

 

 

スーパーに入るなり、姉さんは中華系の食材売り場に足早に向かって行く。その様子を桜が楽しそうに見送りながら

 

 

 

「遠坂先輩、すっかり張り切ってますね。」

 

「ああいうとき、要らんものまで買い込んで結局使い切れずに捨てちゃうから心配でさ。」

 

「神父さんと兄さんが一緒に住んでた時、神父さんがよく姉さんの作った中華料理の味見してましたよね。」

 

「キレイなら大抵の辛い料理は美味しいって好んで食べるからね。懐かしい。」

 

 

桜からふと、昔の話が出る。キレイが辛いの好きだから、姉さんがたまに自分の作る中華料理を毒味…いや、味見させてたのは懐かしい。

 

 

 

「桜、姉さんの前でも兄さんって…呼んでいいんだよ?」

 

 

桜はぼくと二人の時だけ、ぼくのことを昔の様に兄さん呼びする。二人以上の時は言峰先輩で統一してるから、少し違和感がある。

 

 

 

「ごめんなさい、もう癖になっちゃってて…私はもう間桐の人間だから。これは私なりのケジメなんです。」

 

 

桜がマキリの家に養子入りする前夜、ぼくは遠坂家のことなのに絶対に嫌だと何度も泣き叫んで嫌がり、桜を離さなかった。その時、痺れを切らしたキレイが最初で最後にぼくに手を上げたからよく覚えてる。

 

 

 

「部外者のお前が首を突っ込むな。これは遠坂家の問題だ。」

 

「こんなのオカシイよ!!なんで桜がよそのお家の子にならなきゃいけないの!?」

 

「聞き分けなさいリヒト!これは時臣師が決めたことだ!」

 

 

終にはキレイに手を上げられ、ショックを受けて放心状態のぼくに対し、最後に時臣さんがぼくを説得するかたちでぼくはようやく桜を離したのだ。

 

 

その朝、桜はマキリの家に引き取られて行った。今思えば実姉である姉さんだって、桜のことを素直に送り出したのに部外者のぼくがおかしな話だ。

 

 

 

「リヒト兄さん?」

 

「……あ、ごめん。なに?桜。」

 

 

昔を思い出し、桜に声をかけられるまでボウっとしてた。あれ以来、聞き分けの出来ない悪い子のコトミネリヒトはいなくなった。桜が心配そうにぼくの顔を覗き込む。

 

 

 

「やっぱり、お友達と遊びに行きたかったですよね?遠坂先輩はリヒト兄さんに甘え過ぎです!先輩が優しいからって…」

 

「埋め合わせはするって友達にも言ったから、大丈夫だよ。元々、ぼくが姉さんに言われたことすっぽかそうとしたのが悪いんだし。」

 

 

 

にっこり笑えば、桜もホッとした様子で笑ってくれる。ああ、今日ばかりは姉さんに感謝だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食の時間、リヒトが急に席を立つ。どこに向かうのかと思えば、何故か台所からお盆と小分け用の皿を持って来た。

 

 

「言峰先輩?」

 

「リヒト?どうしたんだよ、急に。」

 

「ごめん、シロ。今日は客間で食べる。お盆とお皿借りるね。」

 

「リッちゃん、どうしたの?折角だし、みんなで食べましょうよ。」

 

 

 

藤ねえのリヒトに対する呼び方がすっかり、リッちゃんで定着してしまった。それにはリヒトも完全に諦めたらしく、藤ねえには申し訳無さそうな顔ですいませんと言うだけだった。

 

 

リヒトは盆に自分の分を載せ、それとは別にもう一人前を小分け用の皿に取り分け始める。ん?これじゃあ二人分だぞ。

 

 

 

「ちょっとリヒト!あんたの分、香辛料控えめにしたんだけど…やっぱりキツかった?」

 

 

突然のリヒトの行動に、遠坂が心配気に尋ねる。

 

 

 

「ぼくでも食べ易いし美味しいから、それは大丈夫だよ。今日は客間で食べたいだけだから。」

 

 

そう言って、リヒトは二人分の食事を手に居間を後にした。リヒトの突然の退席に一同は戸惑うばかりである。急にどうしたんだよ?リヒトの奴。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバー?」・「騎士王?」

 

 

同時に同じ声が二つして、何事かと目を覚ます。同じ顔が二人、私を覗き込んでいた。リヒトとメイガスだ。

 

 

 

「…どうしたのです?二人共。」

 

 

起き上がれば、何やらいい匂いがした。見れば、何処からか持って来た収納タイプの机の上に食事が用意されてる。

 

 

 

「セイバー、お昼から何も食べてないでしょ?夕食、まだ作りたてだからあったかいよ。」

 

 

リヒトが笑う。どうやら、リヒトがここまで食事を運んで来てくれたようだ。

 

 

 

「ぼくもここで食べるよ。客間で食べるってシロ達には言ってあるから。」

 

 

そう言って、リヒトは私の向かいに座る。

 

 

 

「半身よ、本官の分は?」

 

「君はぼくが食べれば、食事しなくてもいいでしょう?…わかったよ、半分あげる。」

 

 

メイガスが恨めし気にリヒトを見れば、リヒトは折れたように半分あげると言い直した。メイガスは食事を必要としないのに、案外食い意地が張ってる。

 

 

 

「騎士王、相変わらず貴殿も大変だな。霊体化が出来ないというのも。」

 

 

同じ顔二人と食卓を囲むのは、とても変な感じがした。メイガスは私のことを騎士王と呼ぶから、見分けだけはつく。

 

 

 

「霊体化というのは死んだ英霊だからこそ出来る芸当です。」

 

「そう言えば、なんでセイバーって霊体化できないの?ずっと気になってたんだ。」

 

「半身よ、セイバーはまだ死んでない。彼女が契約を交わしたとき、彼女はアラヤに或る契約の条件を提示した。その条件のせいで、彼女はまだ死んではいないのさ。」

 

 

メイガスは私が何故聖杯を求めるのか知っていることもあり、私が霊体化できない理由も何と無く察しているらしい。

 

 

 

「ふぅん、キャスターの言う事はよく分からないけど大変なのは分かった。霊体化できないと、一般の人の目にも触れ易いから困るよね。」

 

「だからシロウは、凛とリヒト以外の人間がいる時は此処にいろと言ったのではないですか。」

 

「……だからって、セイバーも一人で食事するのは寂しいでしょ?シロも気にしてたみたいだからさ。みんなで食事してる時、セイバーを一人にさせるの。」

 

「シロウが?しかし、私はサーヴァントです。別に一人で食事位、どうってことありません。」

 

 

 

シロウは何故か、私をやたらと人間扱いしたがるから意味がわからない。私はサーヴァントだ。

 

 

「でも、食事は一人で食べるより二人以上の方が美味しく感じるよ。ぼくもそうだもん。」

 

 

 

まぁ…一人で取る食事より、この方が賑やかでそれなりには悪くない。リヒトもシロウ程ではないが、どこか私を人間扱いしている節がある。

 

 

「メイガスからもリヒトに言ってください、私たちを余り人間扱いしないで欲しいと。」

 

「半身よ、余りサーヴァント相手に入れ込み過ぎるとロクなことにならないぞ。本官のことも道具程度に思ってくれて構わないといつも言ってる筈だ。」

 

 

 

メイガスの場合、本当に心からそう思っているのか怪しいが。

その時、不意に廊下から慌ただしい足音が聞こえて来た。メイガスが何かを察したのか、スッと姿を消す。

 

 

「リヒト!やっぱりセイバーの所にいたのか。客間にいないから、最初どこか行っちまったのかと思った。」

 

「シロ、セイバーとごはん頂いてる。」

 

「セイバーにごはん運んでくれて、一緒に食べてくれてたのか…悪い、ありがとな。セイバー、やっぱりおまえを藤ねえと桜にも紹介するから来てくれないか?」

 

「え?シロウ?」

 

 

 

食事中にも関わらず、シロウは私の手を取るなりそのまま居間へ…去り際、リヒトがよかったねセイバーと笑うのが見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、セイバーとごはん食べてたの?」

 

 

洗い物をしながら、リヒトはうんと頷く。士郎が士郎なら、リヒトもリヒトだ。桜と藤村先生は帰ったし、士郎とセイバーは今頃部屋にいる。

 

 

 

「私はてっきり、あんたが補佐役のこと気にして私たちと距離置こうとしてるのかと思った。」

 

「シロの家にいる間、ぼくはいつものコトミネリヒトだよ。けど、君らに他のマスターやサーヴァントのことについて話さないし、手助けと捉えられるようなことは一切しない。日常と聖杯戦争は別で分ける、それでいいでしょ?」

 

「それ、詭弁じゃない。」

 

「ぼくを無理言って連れ出したのは何処の誰?ご不満ならぼくはいつでも此処を出て、キレイのところに戻るよ。」

 

「それは駄目!」

 

 

 

気が付けば、リヒトの腕を強く掴んでいた。リヒトがきょとんとした顔で私を見る。あぁ、多分教会に戻れば……リヒトは二度と戻って来ない。

 

 

「綺礼に戻らなくていいって言われたなら、無理して戻らなくていいじゃない!前も言ったでしょう。」

 

「姉さんさ、やたらとぼくを教会に行かせたがらないよね。何で?一応、あそこがぼくの実家なんだけど。」

 

 

 

う、言葉に詰まる。リヒトはあの教会が実家だと言うけど、私はそうは思ってない。

 

 

「あんた、教会より遠坂の家にいた期間の方が長いでしょ!?」

 

「姉さん、それ理由になってない…」

 

 

 

もう教会にリヒトの居場所は無い。居場所の無い場所に弟をわざわざ戻らせるほど、私だって馬鹿じゃないもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず、君は努力家だなぁシロ。」

 

 

土蔵に気配も無く現れたリヒトに、びっくりして肩を硬ばらせる。土蔵に僅かながら射し込む月光の所為か、リヒトの瑠璃色の目が一瞬金色の光を瞬かせた。

 

 

 

「どうしたの?」

 

「いや、おまえが急に来るからびっくりして…悪いか、もうこの鍛錬も8年は続けてる。」

 

「8年も?これでは自殺の練習だよ。自身を苛む苛烈な修練の向き不向きは人それぞれだが、いずれ下手を打てば君は死ぬぞ。」

 

 

 

またこいつは小難しいことを言ってる。あまつさえ俺の鍛錬方法を自殺の練習だとまで言い放って溜息を吐く始末だ。

 

 

「魔術の第一歩は死を容認することだろ?そういうリヒトだって、最初は魔術回路つくるときしんどかったんじゃないのか。」

 

「つくる?いや、あぁ…まぁ多少はね…けど、物心つかないような小さい頃に無理矢理開かれたから、痛みとかそういう感覚ではなかったな。」

 

 

 

無理矢理開かれた?一瞬、リヒトが何を言っているのか理解できなかった。だって、魔術回路は修行とかで自らつくるものじゃないのか?

 

 

「魔術回路のつくりかたにも色々あるんだよ、シロ。ぼくは早く馴染ませるためにも、人為的に回路を開かれたからさ。」

 

「馴染ませる?人為的にって…言峰神父がそれを「キレイじゃないよ、別の人たちさ。」

 

 

 

別の人たち?リヒトが何を言っているのか、やはり分からなかった。けど、聞いてはいけないような気がして、躊躇われた。

 

 

「君が気になるなら…と思ったが、やめておこう。頼むから、ここで変死体にはならないでくれよ。鍛錬、がんばってね。おやすみ。」

 

 

 

今のはリヒトなりの励ましの言葉と捉えていいんだろうか?リヒトは

ひらりと俺に手を振り、土蔵を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは一々、白々しいな。」

 

「何の話だい?」

 

 

屋根の上へと難無く登って来て、先輩はリヒトの姿から元の姿へと戻る。衛宮士郎のことだと言えば、先輩はわざとらしく首をかしげる。

 

 

 

「あの子が傭兵に無理を言ったんだ、傭兵はあの子に魔術の教えを手解きする気は無かったと言うのに。」

 

 

先輩が土蔵から出てくるのが遠目がちに見えた。差し詰め、衛宮士郎に冷やかしにでも行っていたのだろう。わざわざリヒトの姿をしてだ。

 

 

 

「リヒトが教えてやればよかったのではないか?」

 

「半身も傭兵から、あの子に魔術の類は一切教えるなと事前に言い含められていたからな。あの子はそれを今でも破ってない。」

 

 

リヒトがその気になれば、衛宮士郎に魔術の一つや二つ、教えることは造作も無いだろう。

 

 

 

「それであの男はあんなことをずっと続けているのか?」

 

「8年もだぞ?自殺の練習じゃないかと言ったら、魔術の第一歩は死を容認することだろと至極当たり前なことを言われてしまったよ。」

 

 

先輩は呆れた様子で肩を竦めた。どうにも衛宮士郎は気に食わない。何れ、直接顔を合わせる日が来るのだろうが。

 

 

 

「アーチャーよ、」

 

「…なんだね?」

 

「この家に来てからの貴殿を見るからに、どうにもあの子が好かないようだな。」

 

 

 

またしても先輩は白々しい質問をしてくる。その顔は、またやけに愉しそうだ。

 

 

「貴殿と彼は“初対面”だろう?まるで、親の仇のようにあの子を見るから気になっていたんだ。」

 

「衛宮士郎が私の親の仇だと?妙な事を言わないでくれ。ただ、ああいう奴は気に食わないだけだ。」

 

 

 

先輩は何を察しているのか、私を見る目は何処か含みがある。あれが親の仇か、喩えはあながち間違っていないかもしれないが…違う。

 

 

「あの子は傭兵のようになりたいと思っていた節があるからなぁ、半身とは正反対だ。半身は神父を反面教師にして育ってくれたからよかったよ。」

 

 

 

衛宮士郎とリヒトを対比的に喩えながら、先輩はさも良かったと言わんばかりに溜息を吐く。

 

 

先輩がリヒトを見る目には、たまに父性のような温かみを感じるから不思議だ。

 

 

 

「神父のような男は二人もいらない。」

 

「守護者が父親の真似事かね?あなたとあの子にどのような関係があるのかは知らないが。」

 

「父親か、そうだな。本官の実父は神からの神託にあっさりと生まれたての我が子を差し出すような男だったから、父親がどういうものか本官にもよく分からないんだ。」

 

 

つい、いつもの先輩に対する仕返しの積もりで言った皮肉が……予想外に返されてしまった。神に差し出された?

 

 

 

「以前、生前は妻を持たなかったと貴殿に言っただろう?だから、結局我が子もこの手に抱いたことはついぞ無かった。」

 

「す、すまなかった…あなたを傷付ける積もりで言った訳では…」

 

 

 

先輩からの予想だにしない返しに、しまったと思い慌てて謝罪した。自分の手のひらを見つめながら話す、先輩の顔がどこか物寂しそうで、いつものように皮肉で返してくれればそれで良かったのに。

 

 

「……ならばアーチャー、貴殿が本官を貰ってくれ。」

 

「は?」

 

 

 

待て、どうしてそういう話になる。

 

 

「貴殿のように料理上手で、気配りも出来ていれば配偶者には申し分無い。少々皮肉屋なところがたまに傷だが、完璧でない方が本官も「待て!あなたも私も男だ!!」

 

「それがどうした?本官の兄上も唯一の友とそういう意味ではスレスレだったぞ。なに、本官は魔術師だ。弊害も取り除こうと思えば容易い。」

 

「人の話を聞け!先輩!!」

 

 

 

この人のことだから、あながち何とかなってしまうかもと思うと恐怖した。それがどうした?と真顔で言うから、こちらが動揺してしまう。

 

 

「聖杯戦争が終わったら婚儀を上げるか?アラヤも社内恋愛ならうるさいことは言わないさ。」

 

「それを人は死亡フラグと言うんだ!社内恋愛とは何だ!?意味がわからな「ぷ、くっく…」

 

 

先輩の肩を掴み、強く揺すりそうになったところで先輩がにわかに肩を震わせる。あぁ、やっといつもの先輩だ。先輩は笑いを押し殺しながら、私の耳元で恐ろしいことを囁く。

 

 

 

「…安心しろ、アーチャー。七割は冗談で三割は本気だ。」

 

 

その三割が洒落にならないんだと、内心身震いした。

 

 

 

 

 




ギルガメッシュ叙事詩も読み様によっては萌えの塊らしい。見方によっては最古の同人誌。


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第十話 悪役にも正義の味方にもなれない半端者

「シロ、今日さ…ぼく、バイトあるから遅くなる。ごはんいらないや。」

 

 

朝方、リヒトがバイトがあるから今日のごはんはいらないと言う。そっか、こいつもバイトしてるんだった。

 

 

 

「わかった。そう言えばリヒト、何のバイトしてるんだ?」

 

「ん?夜のお仕事。」

 

 

含みのあるリヒトの言い方に、一瞬硬直する。夜のお仕事って、まさかホストとかか!?おまえ、まだ未成年だろ!そりゃあリヒト位の容姿ならご指名もわんさかと…

 

 

「冗談だよ、バーでホールのバイト。ホストでも想像した?」

 

 

 

言い逃れ出来ない。でも、こいつがバーでバイトしてるのは意外だ。バーの仕事服は似合いそうだけど。

 

 

「ちょっと…想像した。」

 

「稼げるって点ではホストも魅力的だけど、流石に未成年だから無理だしリスク高いんだよ?今のバイトも一年半くらいは経つけど、慣れるの大変だったし。」

 

「結構、長いこと続けてるんだな。そうだ、夜遅くなるならちょっと待ってろ。」

 

 

 

確か、鍵のスペアキーが俺の部屋に…リヒトとの共同生活がいつまで続くか分からないけど、鍵くらいは渡しとこう。リヒトに一言言って、自室にスペアキーを取りに行く。

 

 

「これ、鍵?」

 

「うちの鍵だ。帰り遅くなるなら渡さなくちゃと思って…失くすなよ。」

 

「…でも、いいの?」

 

 

 

リヒトが少し困ったように言うから、何がだよと返せば、リヒトふっと瑠璃色の目を細める。

 

 

「ぼくのこと、信用し過ぎじゃない?」

 

 

 

「昔馴染みだろ。それに、リヒトなら遠坂に比べれば悪いことはしないだろうし。」

 

「そーいう意味で言ったんじゃないんだけどなあ。シロにそう言われると、なんか調子狂う。」

 

 

何故か、リヒトにため息を吐かれた。信用するもしないも、リヒトは昔馴染みだし、この家にだって何回も来てるだろうに。

 

 

 

「まぁいいや、鍵ありがとう。失くさないよ。」

 

 

遠慮がちにリヒトは礼を言って、鍵を大事そうに懐へ仕舞い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

的に命中した矢が気持ちのよい音を立てる。早起きは三文の徳と日本ではいうらしいけど、確かに悪くない。矢を射るときの、精神を集中させる彼女の横顔はとても綺麗だ。

 

 

「あんたが弓道場に来るって初めてじゃない?」

 

「美綴さん、お邪魔してます。」

 

 

 

弓道部主将こと、美綴さんが物珍しそうに声をかけてくる。姉さんの友人で、ぼくも何かと話をする機会が多い。

 

 

「言峰君が早起きとは、今日は槍の雨が降るかもね。」

 

「あはは、槍の雨は物騒だなぁ。たまたまね、早く来過ぎてやること無かったから。弓道場は部員じゃなくても見学出来るって姉さんに聞いてね。」

 

 

昨日に引き続き、今日も桜はぼくを起こしに来た。流石に起きないわけにいかず、桜が朝練に行くというからぼくも彼女と衛宮邸を一足先に出た。いつもの登校時間より一時間近く早い。

 

 

 

姉さんたちは今ごろ、学校に結界を仕掛けた犯人捜しの作戦会議でもしてるのだろうか。

 

 

「見学は大歓迎だよ。なんなら言峰君もうちに入部する?うちの副主将も張り合いが出るんじゃない。ねぇー!慎二?」

 

 

 

わざとぼくからやたら離れた場所で、わりと真面目に稽古をしていたマキリが美綴さんに呼ばれてムッとこちらを不機嫌そうに振り返る。

 

 

昨日の今日で、桜に何かしてみろという意味も込めてマキリを睨む。

 

 

 

「気が散るから、声掛けるなよ!」

 

「あらら…ごめんね、あいつ弓道場の片付けサボったのが藤村先生にバレて、昨日は夜遅くまで片付けさせられたから機嫌悪いみたい。」

 

「毎日自分たちが使ってる弓道場なんだから、片付けサボっちゃだめだよね。」

 

 

 

ざまあみろ、マキリの奴。シロに片付けを押し付けた罰だ。こんなのじゃあ全然足りないけど。

 

 

「…ねぇ、あいつも君が入部すれば結構大人しくなると思うんだけど、本気で入部考えてみない?」

 

 

弓道部でのマキリは大会での成績こそ良いが、かなりの問題児だと聞く。最近もその横暴さで部員を一人辞めさせたとか。美綴さんにとってもマキリのことは悩みの種なんだろう。

 

 

 

「いやー流石に今からは遅いよ。もうぼくら、2年の終わりでしょ?今から入っても夏には引退だ。」

 

「ちぇー残念。慎二のケツ叩きには丁度いいと思ったんだけどなあ。君、運動神経いいから呑み込みも早いと思うのに。」

 

「ごめんね、美綴さん。」

 

 

さも残念そうに美綴さんは言う。弓自体は昔、シロに弓を触らせてもらって構え程度なら教えて貰ったことがあるけど実際に射ったことは無いしなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前…!昨日の今日で何で、弓道場に来てるんだよ!!」

 

「いいだろ、別に。暇だから来ただけだし。」

 

 

弓道部の朝練に来てみれば、何故かコトミネが居て見学なんかしてるものだから朝から気分は最悪だった。朝練が終わり、教室に行こうとしていたコトミネを捕まえてどういうことかと問い質せば白々しい返答が返って来る。

 

 

 

「藤村先生に僕のこと言い付けたのもお前だろ!?昨日、夜遅くまで片付けさせられて散々だったんだからな!」

 

「なんのこと?自分たちが毎日使う弓道場なんだから、清掃活動は当然の義務だろ。八つ当たりも大概にしろよマキリ。」

 

 

あくまでもこいつはシラを切る積もりらしいが、絶対こいつが藤村先生に言い付けた気がしてならない。

 

 

 

「このッ…おい、お前が今日弓道場に来たのって僕に対する牽制?僕が桜に何かしでかさないかって、心配で見に来たんだろ。」

 

「……だったら?」

 

 

こいつと遠坂の関係は僕もそれなりに知ってる。

それと、桜とこいつの関係も。こいつのスカした顔を崩すには、桜を引き合いに出せば簡単に崩せる。一瞬、コトミネの顔が物騒な顔つきになる。

 

 

 

「もう桜とお前は無関係の他人同士だろ。兄貴面も大概にしろよ?迷惑だ。」

 

「それは飽く迄、お前の“主観”だろ。」

 

「ふん!桜は強く拒否ができないからな、元兄貴のお節介に嫌だって言えないだけだろ。」

 

「そうやって、ぼくを煽り倒そうって訳?あほらし。」

 

 

 

しかし、直ぐにコトミネは冷めた顔つきで僕から距離を取る。当てが外れて、僕の空振りになってしまった。

 

 

「桜から本気で嫌だって言われれば、ぼくだって干渉はしないよ。意外とあの子、嫌なことはハッキリ嫌だって言うし。君が思うほど、意志の弱い子じゃない。」

 

 

 

あのスカしたツラで、コトミネがにやりと笑う。

気に入らない!気に入らない!気に入らない!!

 

 

「うわ、もうこんな時間。じゃあな、マキリ。」

 

 

 

僕なんかに構ってる時間は無いと言わんばかりに、コトミネは足早に自分のクラスへと駆けて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、リヒト…今日、慎二とまた何かあったのか。」

 

 

昼休み、いつも昼食を共にする友達が購買部で昼食を買うのを待ってる間にシロがぼくのクラスまでやって来た。今日の朝のことをいってるらしい。最近、シロは普通にぼくと話をしに隣のクラスまで来るようになった。

 

 

 

「あーぼくが朝から弓道場の朝練、見学してたから機嫌悪かったんでしょ。」

 

「お前、弓道場行ってたのか!?」

 

「桜のこと、心配でさ。昨日の今日だしね。」

 

 

シロはぼくが弓道場に行ってたのがさも意外だという顔をする。けど、ぼくが桜の名前を出せば納得した様子だ。

 

 

 

「お前…桜には妙に優しいというか、なんか桜の兄貴みたいだな。」

 

「ロクでもない奴が兄貴だと心配にもなるでしょ?ぼくも姉さんも、大概桜には甘いよ。」

 

 

姉さんから、シロにはぼくらと桜の関係は言わないようにと口止めされてる。別に、隠すほどのものでもないと思うんだけど。

 

 

 

「…そっか。じゃあ俺、ちょっと野暮用があるから。」

 

「うん、じゃあね。」

 

 

シロに犯人の手掛かり見つけに行くの?なんて、野暮なことは聞かない。枝を隠すなら森に隠せなんてことわざがあるけど、あれは少し意味が違うかな。

 

 

昼休みは殆ど人気が無い弓道場、窓辺から目を凝らせば……シロとマキリっぽい姿がうっすら確認できる。

 

 

キャスター、声を立てず口元だけを動かせば彼は直ぐにぼくの傍へ来てくれる。

 

 

 

「あの二人、よろしく。」

 

 

またマキリの奴、ロクでもないこと考えてるんだろうな。シロが巻き添えになるのは癪だから、キャスターに見張りを頼む。

 

 

 

ぼくが頼んだのは飽く迄も見張りだけだ。キャスターが勝手なことをする分には、ぼくも与り知らないし責任は取れないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

珍しく、半身がサーヴァントに対する命令らしい命令を本官に命じた。あの子を監視しろということらしい。一度霊体になってしまえば、監視自体は容易い。

 

 

「そう警戒するなよ衛宮。僕と君の仲だろ?お互い、隠し事は無しにしようじゃないか。君が何を連れているのかは知らないけど…」

 

 

 

今、騎士王はいない。何故か騎士王とあの子の間に魔力パスが繋がらず、騎士王は魔力供給が出来ずに自らの体内に残存する魔力のみで限界することになってしまったのだ。魔力を温存するため、彼女は衛宮邸にて非常時以外は睡眠を取ることに専念し、自宅待機となっている。

 

 

あっさりと、このマキリ少年は自分が聖杯戦争に参加するマスターの一人であるとあの子に明かしてしまった。しかし魔力回路も無いのにこの少年、どうやってマスターになったのやら。

 

 

 

マキリ少年は名のある魔術師一族の御曹司だが、彼の代で一族の魔力回路は完全に途絶えたようだ。だから半身の大事にしていたイナンナの次女はその一族に養子として迎えられたとか。

 

 

「お互いマスター同士って分かったんだから、少し話をしないか?ま、こんな所で話をするのもなんだろうから、場所を変えよう。そうだ、僕の家がいい。」

 

 

 

場所を変えたところで、本官がいるから余り意味も無いんだがな。要は密談をしに自宅へあの子をマキリ少年は招き入れようとしているのだ。

 

 

差し詰め、協力関係の打診か。

 

 

 

「そんな訳に行くか。授業を抜け出したら…」

 

「ほんと融通が利かないよね、衛宮は。それとも僕がサーヴァントをけしかけるんじゃ無いかって警戒してるの?そっちだってサーヴァントを連れてるんだろ?そんな危ない相手に喧嘩なんか仕掛けないよ。」

 

 

本官がいるから、連れてない訳ではないが…どうもマキリ少年はあの子が騎士王を連れていると勘違いしてるらしいのが不幸中の幸いか。霊体になったサーヴァントは見えないから無理も無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「衛宮、こっちだ。」

 

 

マキリ少年の家には初めて来たが、陰気臭いことこの上ない屋敷だった。衛宮邸のようなあたたかさはまるで無い。どこもかしこも薄暗くて、カーテンは閉め切られ日の光が殆ど入って来ない造りをしている。

 

 

 

あの子は居間に通され、そこにマキリ少年のサーヴァントの姿があった。目隠しをした、長身で露出の多い黒い出で立ちの不気味な女サーヴァント。

 

 

「紹介しよう、僕のサーヴァント、ライダーだ。」

 

 

 

ライダーと紹介されたそのサーヴァントは、最初は微動だにせず其処にいるだけだったが、本官の姿を見るなり一瞬身動ぎした。ほんの少しだけ驚いたようにも見える。霊体とは言え、サーヴァント同士には霊体のサーヴァントでも視認出来る。

 

 

駄目元で静かにという意思表示も兼ねて口元に人差し指を立てると、意外にもライダーはその後無反応だった。こちらから何もしなければ、仕掛けてはこないらしい。

 

 

 

そもそも、このライダーは常にマキリ少年と行動を共にしていたのなら何度か半身を見ているに違いない。半身そっくりの本官を見れば、どのような反応を示すか興味があったのだが……ライダーはジッとこちらを目隠し越しに見ているばかりで、彫像のようにずっと無反応だ。つまらない。

 

 

その間にもマキリ少年はあの子に協力関係を持ちかけ、イナンナの娘と半身のことを引き合いに出して来た。

 

 

 

「なんか僕、あの姉弟には目の仇にされてるみたいだし。」

 

「それ、遠坂とリヒトのこと言ってるのか?」

 

「そんなの決まってるじゃないか。それにしても衛宮、いつの間にあいつのこと名前で呼ぶようになったの?随分、短期間で仲良くなったんだね。」

 

「それは…あいつ、昔馴染みなんだ。」

 

「君があいつと?へぇ、昔馴染みって割には君、あいつのこと何も知らないだろ。あいつが遠坂とどういう関係かもさ。」

 

「……幼馴染、じゃないのか?」

 

「それだけじゃない。あいつ、元は遠坂の許嫁らしくてさ。今どき、政略結婚なんて古いけど魔術師の家じゃあ有り得る話だ。」

 

「慎二、おまえ……何が言いたいんだ?」

 

 

 

まったく、マキリ少年は何処からその話を仕入れて来たのか。出所は恐らく、あの間桐を牛耳る妖翁に間違い無いだろうが。

 

 

「衛宮、お前あいつに騙されてるって考えたことないの?あいつらがグルって可能性も無くはないだろう。あいつも神父の補佐役なんだってね。監督役と同じく、監督役補佐は中立だって言うけど、何処まで本当か信用出来ない。」

 

 

 

あの子が今、どんな表情をしているのか後ろからでは確認出来ない。ここであの子がマキリ少年の話を鵜呑みにして、イナンナの娘を裏切る分には別に構わない。それも一つの結果だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつが君にもう一度近付いたのは、物好きな遠坂が君に気を許してるからだろ。気を付けた方がいいぜ?衛宮。騙されて痛い目見る前に、目を覚ませよ。」

 

 

久々に慎二の家を訪れて、まさか慎二にリヒトが俺を騙そうとしてるなんて話をされるとは思わなかった。

 

 

 

『ぼくのこと、信用し過ぎじゃない?』

 

 

あぁ、リヒトが言っていたのはこういうことだったのか。今更、そんなことに気付く俺は鈍いにも程がある。

 

 

 

でも、リヒトが俺を騙すだなんて考えたこともなかった。あいつと過ごして来た時間自体はまだとても短いけど、とても人を騙せるような奴にも思えない。こんなこと言ったら、またリヒトにシロのお人好しなどと言われてしまいそうだけど。

 

 

「そうか?俺はそうは思わないけどな。」

 

「なっ…衛宮は僕よりも、あいつを信用する訳?」

 

「信用するとか、そうじゃなくて…俺、今の今までリヒトが昔馴染みだってことすっかり忘れてたんだ。けどあいつは俺がすっかり忘れてたのに、昔から俺のこと何かと気にかけてくれてたみたいでさ。そんな奴が今更俺を騙すか?慎二、あんまりリヒトのこと悪く言うなよ。幾らお前でも、ちょっとむかつく。」

 

 

慎二に睨まれてしまった。でも、俺だって昔馴染みを悪く言われたらむかつく。幾ら相手が慎二でもだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、マキリ少年は何事も無くあの子をあっさりと解放した。ライダーの事と言い、更につまらない。

 

 

「……精々、今日から夜道には気を付けた方がいいかと。」

 

「え?」

 

「あなたではありません。そちらの方に言っているのです。」

 

 

 

マキリ少年は冬木の郊外にある柳洞寺にマスターが居るという情報まであの子に話し、最後はライダーにあの子を玄関まで見送るように申し付ける待遇ぶりだ。

 

 

何だかんだ言って、マキリ少年はあの子を数少ない友人だとは思っているらしい。それも今日で最後、決別になるかもしれないが。

 

 

 

あの子はイナンナの娘を裏切れないと、マキリ少年からの協力関係の打診を断ったのだ。半身的には一安心なのだろうが、本官の本音ではつまらない、実につまらない。

 

 

「よく分からないけど、じゃあ…な。慎二によろしく。」

 

 

 

ライダーは最後、意外にも柳洞寺のマスターとサーヴァントには気を付けろとあの子に忠告してくれる。これはマキリ少年の命令ではないだろう。

 

 

ずっと喋らないから無口なのかと思えば、少し意外な印象を受けた。聞いた声はすずやかに凛としていて、悪くない。元より、彼女には本官と似た様な不遇さを感じるから気は合いそうなのだが。

 

 

 

いかんせん、マスターがあの少年だからお近付きにはなり辛い。推測するに、元は何処ぞの神に仕えた巫女か、はたまた零落した女神か…彼女には不気味ながら、そんな出自を感じさせる高貴な美しさがある。いやぁ、本官は神嫌いではあるが実に惜しい。

 

 

しかし、アーチャーにこのことを語ろうものならいつもの二割り増しの皮肉を言いながら拗ねてしまいそうなので、胸の内に留めておこう。

 

 

 

恐らくは今日以降、マキリ少年の報復が面倒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マキリとの大事なお話は終わった?シロ。」

 

「リヒトお前!?いつからむグッ。」

 

 

慎二の家から少し歩いた曲がり角、リヒトが涼やかな顔をして気配も無く俺の前に現れた。驚いて声を上げかけ、俺の口はリヒトの手に塞がれる。

 

 

「しーっ、まだマキリの家からそんなに離れてないから…静かに。弓道場で君らを見かけてね、授業が終わってから来てみたんだ。」

 

 

 

気付けば、もう二時間以上は時間が過ぎていた。リヒトが先に歩き出すのを、遠慮がちに付いて行く。聞けば、リヒトは弓道場で話す俺と慎二を見かけたらしく、気になって学校が終わってから来たのだという。

 

 

「あのマキリがマスターの真似事なんかして、無理しちゃってさ。信頼出来るお仲間を欲しがってたみたいだけど、シロはどうするの?」

 

 

 

リヒトは慎二がマスターであることを知っていたかのような口ぶりだ。いや、こいつは聖杯戦争を管理する側にいる。知ってて当たり前のはずだ。

 

 

「どうするって?」

 

「姉さんとの同盟を破棄する分には、止めないよって意味。まぁ、そうなったらぼくはもうシロと一緒にいれないけどね。この鍵も…シロに返すよ。」

 

 

 

今朝、渡した鍵をおれにチラつかせリヒトは静かに笑う。そうだ、慎二と組むってことはリヒトがまた遠い存在になるって意味だ。

 

 

「……慎二とは組めない。」

 

「勘には触るけど、マキリはシロにとって大事な友達じゃないの?」

 

 

 

友達同士は助け合わないと、そうリヒトは付け加え小首を傾げる仕草を見せた。

 

 

「それはまぁ…慎二は友達だけど、聖杯戦争とは別だ。慎二の言ってることは、なんか違うなって思って断った。それに、俺は今遠坂と組んでるし。」

 

「だから姉さんを裏切れないって?ほんと、シロは優しいなぁ。」

 

 

 

リヒトはたまに、俺のことを優しいと言う。わざわざあんなところまで来て、俺なんかを待ってるお前と、どっちが優しいんだよ。

 

 

 

「慎二に言われたんだ。お前が俺を騙すかも知れないとか考えたことないのかって。」

 

「…マキリがそんなこと言ったの?マキリなら兎も角、シロは正直が過ぎるから騙しても面白味が無いよ。」

 

 

それは、俺を騙すつもりは無いというリヒトなりの意思表示なのか。やや、言い回しが気に食わないが。

 

 

「シロ、ぼくは君を裏切らないけど味方にもなれないんだ。悪役にもなれないけど、正義の味方にもなれない中途半端でごめんね。」

 

 

リヒト、お前に悪役は無理だ。そもそも似合わない。正義の味方はお前の柄じゃないし、お前はお前の侭でいいよ。無理するな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、お前が遠坂の許嫁だって慎二から「それ、ぼくも姉さんも黒歴史だから姉さんの前では絶対に言わないでね。姉さんのお父さんが勝手に決めた話だから。」

 

 

慎二から知らされた、また余り知りたくなかった事実を口にしかけてリヒトから口止めされてしまう。道理で、遠坂がリヒトとの二人暮らしを隠したがる訳だ。

 

 

 

「今時、ガッチガチの血統主義な魔術師一家でもない限り許嫁って古いよ。ぼくの場合、名の知れた魔術師の家系でも何でもないし…ぼくにとって、姉さんは姉さんだからさ。」

 

 

リヒトにとって、遠坂は大切な姉であり、遠坂にとってはリヒトは大切な弟以上の何者でもない。

 

 

 

「それで、慎二がリヒトと遠坂がグルなんじゃないかって言い出してさ…」

 

「そういうこともあり得るから、キレイが余り良い顔しなかったんだよ。癒着があるんじゃないかって、次の聖杯戦争参加者に疑われるのはまずいし。姉さんのお父さんが亡くなった後、キレイもその話は有耶無耶にしたからね。あんまりこういう話、シロにはしたくないからやめよう?」

 

 

そこで、リヒトはその話を切り上げた。交差点に出る場所で、リヒトはじゃあバイトがあるからと一人新都の方へ歩き出す。

 

 

 

 



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第十一話 二人で地獄落ちも悪くない

「よォ、」

 

 

バイト先に現れた珍客に思わず目を疑う。真っ青な髪を後ろ手に一房結わえ、耳元には特徴的な銀の耳飾りがキラリと揺れる。

 

 

 

ランサーはぼくを認め、知り合いに気安く挨拶するように手を上げた。

ランサー、シロを一度殺した男。キャスターは一度会っているようだが、ぼくは完全に初対面だ。

シロのこともあり、ぶっちゃけあんまりいい印象は無い。

 

 

「いらっしゃいませ。」

 

 

 

普段の営業スマイルでその場を取り繕う。何しに来たんだろう、今すぐぼくを殺しに来た訳ではなさそうだけど。

 

 

キャスターがぼくのフリをしてランサーと会ったとき、ランサーはぼくにも一度殺意を向けた。

 

 

あれは歴戦をくぐり抜けて来た生粋の戦士だ。オマケに古代魔術の心得もあるようだから、気を付けるに越した事はない。キャスターはぼくにそう忠告した。

 

 

「へぇ、司祭服も似合ってたがその仕事服も中々悪くないな。似合ってるぜ?」

 

 

 

ニヤリと笑う、ランサーのぼくを見る目に何と無く…セクハラめいたものを感じるのは気のせいか。何と無く居た堪れない。って言うかこの人、何でぼくのバイト先知ってるんだ。

 

 

「お友達かい?リヒト君。」

 

 

 

バーのマスターがランサーをぼくの友達かい?なんて聞いてくるから、いいえ初対面ですと言いたかったがそういう訳にもいかない。

 

 

「ギルさんの知り合いなんです。ギルさんに聞いて、店来てくれたみたいで。」

 

 

 

王様ごめん、ちょっと名前借りるよ。

 

 

「なんだそうだったのかい。いらっしゃいませ、どうぞこちらへ。」

 

 

 

王様はこの店ではギルさんの呼び名で通ってる。流石に人前で王様とは呼べないからね。ランサーはカウンターで構わないと言い、カウンター席に座る。

 

 

「…これ、マスターからの奢り。というか、君お金持ってるの?」

 

「足りなかったら金ピカにツケといてくれ。此処の常連なんだろ?あいつ。」

 

「あーもう!足りなかったらぼくが立て替えるから、王様にツケはやめてくれる?」

 

 

 

マスターからの奢りでナッツとビールを出す。お金は持ってるのかと聞けば、足りなければ王様にツケでなんてとんでも無いこと言い出すし。

 

 

「何しに来たの?ぼく、君に此処で働いてるって言った覚え無いけど。それともキレイから何か用事でも頼まれた?」

 

「金ピカの部屋掃除してた時に此処の領収書が何枚も出て来た。随分熱心に通ってるから、余程キレイなねーちゃんでもいるのかと思って来てみたらお前さんかよ。」

 

「………ここ、女の子をそういう意味で働かせてないから。趣向が違うし、店変えたら?」

 

 

 

ランサーは出されたビールをグイグイ飲みながらさも残念そうに言うから腹立たしい。完全に私用で来たらしい。

 

 

「そう警戒すんなって。なんかお前、初対面の時と2日くらい前に会った時と随分印象違くねえか?前はもっと気さくな感じしたけどな。」

 

 

 

2日くらい前?それは知らない。あ、でもキャスターが数日前に夜遅く何処かへ出かけて行ったのを思い出す。アーチャーが止めようとしたら逃げられたと報告しに来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、家主のビールを一本、先輩が失敬してしまった。」

 

「キャスターにお酒飲ませたの!?あいつ、お酒飲むと潰れるまで飲み出すから…それにキャスターの奴…藤村先生のストックしてたやつ飲んじゃったのか。バレないといいけど。で、キャスターは何処行ったの?」

 

「止めようと思った時には逃げられた。探しに行こうか?」

 

 

アーチャー自分の失態だと、ぼくに申し訳無さそうに謝って来た。こういう所、律儀だよね君。

 

 

 

「いや、いいよ。朝には戻って来ると思うし。人様には迷惑かけないと思うから、ほっといて大丈夫。」

 

「しかし、一回飲みだすと潰れるまで飲もうとするんだろ?それはよくない。」

 

「君は心配性だな。キャスターなら大丈夫だよ。」

 

 

一応、保護者がいるし。あれを保護者と言っていいのか怪しいけど、キャスターが無茶をするのは王様の前だけだ。多分、王様の所へ飲み直しに行ったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、いつぞやの夕飯のお詫びになんか他に美味いもん奢ってくれねえの?お前が言ったんだろ。あとビールおかわり。二杯目以降の酒代は自分で払うからよ。小腹減ってるんだ。」

 

 

キャスターの奴、何勝手にランサーと約束取り付けてるんだ…!このランサーも中々イイ性格をしている。まぁでも、キレイ手製のトラウマ級麻婆豆腐を僕の代わりに食べてくれたのだし貸し借りを作るのはあまり好きじゃ無い。

 

 

 

「…サンドイッチ位しか出せないけどいい?」

 

「おぅ。」

 

 

ああもう、キャスターの奴。今度から軽はずみにこういうことは言わせないようにしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の顔を見たとき、神父の息子はあからさまに一瞬眉を顰めた。なんでお前が来たんだと言わんばかりに。

 

 

金ピカの汚部屋を嫌々掃除してたとき、部屋は散々な散らかりようなのにとある店の領収書だけはきっちり取ってあったので妙だなと思ったのだ。店は所謂、夜の大人の店というやつだろう。

 

 

 

金ピカのお眼鏡に叶う美人でもいるのかとふと興味本位で来てみれば、神父の息子がいたから驚いた。美人さんは美人さんでも、そういうことかよ。

 

 

神父服も似合っていたが、この店の仕事服も神父の息子にはよく似合っていた。美人さんって奴は基本、なんでも似合う。母親似なのか、神父の息子は全くと言っていいほど男臭い神父とは似ても似つかない顔立ちをしている。

 

 

 

よくない、悪い虫も当然寄って来るだろうから、金ピカも気が気じゃ無いんだろう。

 

 

「なんかお前、初対面の時と2日くらい前に会った時と随分印象違くねえか?」

 

「そう?そんなことないよ。」

 

 

 

店のマスターからの奢りだと神父の息子がビールとナッツを出してくれた。正直な印象の違いを指摘すると、神父の息子はあっさり否定したがやたら俺に対する扱いがツンケンしてて警戒も混じってるから妙な気がした。まるで、初対面の相手に対する態度だ。

 

 

金ピカがこいつのことを弟だと言っていたのも当然気になる。齢は悠に数千歳を超えてるとかとんでも無いこと言ってたが、こいつを見てると未成年らしくあどけない所もある。

 

 

数千歳とか言ったら、不老不死の魔術師か魔法使いレベルだぞ。そんな奴がこんな所で働いてるかよ。

 

 

 

前の晩、俺が見たのは本当にこいつか?

 

 

『リヒトとこいつは同じだが、違うぞ。』

 

 

 

金ピカの言っていた、同じだが違うという妙な言葉。

 

 

「ランサー?出来たけど。」

 

 

 

ぼうっと考え事をしていた俺の目の前に美味そうなローストサンドの載った皿が置かれる。食べてみれば、美味い…大して期待してなかったが、料理出来んのかよこいつ。

 

 

「あとこれ、王様に渡して。中に君の食べてるやつと同じの入ってるから。途中で絶対食べないでね。」

 

「…俺は犬かよ。他人のまで食わねえっつの。」

 

 

 

神父の息子から金ピカに渡せと、紙袋を渡された。中を見れば、テイクアウト用のローストサンドが入ってる。神父の息子に途中で食べるなよと釘を刺され、俺は犬かよ。

 

 

「金ピカの奴、俺が飯当番のときは文句言って俺が作った飯殆ど残しやがるから気に入らねえ。」

 

「あー王様は偏食だからね。今は君とキレイでローテーション回してるの?大変そう。」

 

 

 

神父の息子は俺に対して、あからさまな憐れみの目を向ける。聞けば、神父の息子がいた時は食事は殆ど神父の息子が作っていたらしい。

 

 

「お前、ほんと何で出て行ったんだよ…今のうちの食事、マジで悲惨だぞ?戻って来いって。」

 

「いやあ、キレイに戻って来なくていいって言われてるし。」

 

「聞いたぞ。女の家に転がり込んで、よろしくやってるんだって?金ピカがむくれてたぞ。」

 

「な、違ッ…!」

 

 

 

途端、神父の息子が動揺する。聖職者の息子が何やってんだよ。

 

 

「やることやってんだろ?何をそんな動揺するんだよ。」

 

「…姉さんとはそんなんじゃない。怒るよ?」

 

 

 

この時、初めて神父の息子の表情が物騒なものに変わる。瑠璃色の瞳が一際鋭利な鋭さを帯び、声に怒気がこもるのを隠そうともしない。

 

 

「姉さん?」

 

「君も会ったことあるだろ?アーチャーのマスターだ。彼女とは君の言う様な不埒な関係になった覚えは無い。」

 

「悪かったって、んな怒るなよ。」

 

 

 

不本意にも神父の息子を怒らせてしまった。こいつ、兄貴とはあんなに距離感おかしいのにあの嬢ちゃんに対しては潔癖過ぎる。変な奴。

 

 

「ランサー、直にぼくも上がるからそれ持って早く帰ったら?今日は来てくれてありがとう。」

 

 

 

まだ怒ってるっぽかったが、神父の息子は律儀に俺に対して礼など言って自分も直ぐに上がるから早く帰れと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「付いて来なくていいよ。」

 

 

バイト上がり、何故かランサーはぼくを送ると言い出して結局今に至る。どうやって撒こう。

 

 

 

「遠慮すんなって。」

 

 

仕方なく、騒がしい繁華街をランサーと抜ける。途中、キャッチの顔見知りの方々に捕まり、適当に世間話しながらあしらう。

 

 

 

「リヒト君、今日は随分とイケメンなお兄さん連れてるね。いつもの外国人さんは一緒じゃないの?浮気は怒られるよ。」

 

「この人、あの人の知り合いだよ。今日はたまたま。」

 

「二件目ならうちどう?リヒト君の知り合いなら安くしとくけど。」

 

「えー今日はやめとく。」

 

 

この辺り一帯で、王様はちょっとした有名人だ。派手だし、あの容姿だから一際目立つ。

 

 

 

「お前、こんなゴミゴミした所よく歩けるな。俺ならちょっと苦手だ。」

 

「この辺り、ぼったくりのキャッチもいるから気を付けてね。捕まったら財布スッカラカンにされるよ。」

 

「こっわ。」

 

 

ランサーが途端、顔を真っ青にさせる。ランサーみたいなのは格好のカモだ。途中、ランサーがぼったくり店にうっかり捕まって身ぐるみ剥がされてポイされても面倒だし、繁華街を抜けるところまでは同行しよう。それに、さっきから誰かに付けられてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな時間に夜襲かい?マキリ。」

 

 

わざと人気の無い大通りに出て、後ろを振り返る。そこに、ライダーのサーヴァントを連れたマキリが嫌な笑みを浮かべながら現れる。

 

 

 

「やぁ、コトミネ。奇遇だね。」

 

「おい、リヒト…あいつ、ライダーのマスターだろ。」

 

 

ランサーがぼくに耳打ちする。あぁ、ぼくを付けていたのはマキリだったのか。マキリはぼくと一緒にいたランサーを指差して

 

 

 

「やっぱり、お前もマスターだったんじゃないか。そいつ、ランサーだろ?ライダーも一回、そいつと戦ったことがあるんだ。」

 

「偵察の一環でよ、サーヴァント一体ずつと交戦して自ら撤退しろって嫌な令呪かけられたんだよ。だから、あのライダーは知ってる。」

 

 

 

ランサーがぼくに言う。面倒な奴にランサーと一緒にいるのを見られちゃったかも。

 

 

「マキリ、言っとくけどぼくはマスターじゃないよ。ほら、両手ともぼくに令呪なんて宿っちゃいない。さっきからこのランサーがぼくに付き纏って来て、迷惑してるんだ。」

 

「なっ…リヒト、お前それはひどくねぇか!?お前がこいつに付けられてたから付いて来てやったんだろ!?」

 

「え?そうだったの?」

 

「お前なぁ…で、結局あいつは何しに来たんだよ。」

 

「気に入らないことがあったから、ぼくに大人気なく八つ当たりに来たんだろ。」

 

 

 

マキリにわざわざ両手を見せて、令呪が無いことを証明するも、マキリは全然信じてくれない。むしろ目に見えて態度が悪化してる。

 

 

「何見え透いた嘘吐いてんだよ!お前なら令呪くらい隠して誤魔化せるだろ?衛宮と違って、僕は騙されないからな!!」

 

「何でわざわざ、令呪を隠す必要があるんだよ…マキリさぁ、そんな七面倒なことぼくがやると思うのかい?」

 

 

 

そもそも聖杯戦争を管理する側がサーヴァントと契約なんかしたらルール違反だ。まぁ、キレイのサーヴァント契約を見逃してる時点でぼくも同罪なんだけどね。

 

 

「うるさい!ライダー!!さっさとこいつをへぶぅっ!?「バカマキリ、一回頭冷やせ。」

 

 

 

マキリがライダーに指示を出す直前、一気にマキリとの間合いを詰めて、マキリの腹部にグーパン一発。思いの外、マキリの口からマヌケな声が出た。

 

 

そのまま、マキリはどさりと地面に崩れ落ちて動かなくなる。弱い、弱過ぎる…ライダーも何で止めないんだ。こうも簡単に倒れてくれるとは思わなかった。倒れたマキリを無言で見つめるライダーに恐る恐る、声をかける。

 

 

 

「あの、ライダー?君、マキリのサーヴァントなんだ…よね?」

 

「…えぇ、一応。しかし、私が止めるよりもあなたの一撃が早かっただけです。」

 

 

何故だろう、ライダー自身にはぼくに対する戦意が無い。そう言えば、キャスターをマキリ宅に行かせた時もキャスターが何もしないことを悟ると、ライダーの方はずっとキャスターに対して無反応だったらしい。キャスターがつまらなそうに語ってた。

 

 

 

「おい、テメエのマスターがこんな状態なのに無反応かよ。」

 

 

ランサーがぼくに続き、ライダーに声をかけるもライダーは倒れたまま動かないマキリを見下ろすばかりで反応が薄い。

 

 

 

「私に指示を出すマスターがこんな状態では戦えません。貴方に戦意があるなら別ですが、どうしますか?」

 

「ランサー、今の彼女に戦意は無いから引き上げよう。ライダー、君のマスターの記憶を少しいじるけど構わないかい?」

 

「…わざわざ私に、許可を取るまでも無いかと。私はあなたがそこのランサーのマスターだと、誰かに話すこともありませんから。」

 

 

何て言うか、マキリに対してのライダーの忠実度はゼロに近い。ライダーが…ぼくのことを誰かに話すことも無いと言うところを察するにだ。キャスター談によると、マキリはライダーを従わせるのに相当苦労したとか。

 

 

 

なら、ライダーが内心マキリのことを快く思っていないのかもしれない。とりあえず、マキリの記憶だけちょっといじっておく。マキリの頭に手を置いて、催眠術をかけるのと同じ感じで伸びてるマキリに言い聞かせる様に詠唱する。

 

 

「肯定ってことで、いい?なら勝手にさせて貰うよ。マキリ、君は僕に会ったところまでは覚えてるけど、ランサーの姿は見てないし、ぼくに返り討ちにされましたってことで。ハイ!改ざん完了。」

 

 

 

マキリの記憶いじりが完了すると、ライダーがしぶしぶ仕方なくといった様子でマキリを軽々と肩に担ぎ上げた。

 

 

「…慎二は連れて帰ります。これでも私のマスターですから。リヒト、あなたそっくりのサーヴァントによろしくお伝えください。」

 

 

 

ん?このライダー、何でぼくの名前知ってるんだ??マキリはぼくをコトミネと呼ぶし、一体どうして…?

 

 

ライダーはマキリを担いで、夜の暗がりへと身を紛れ込ませた。まぁいっか、ぼくも帰ろう。

 

 

 

「おい…ライダーの言ってた、お前そっくりのサーヴァントってどういうことだ?」

 

 

……あ、ランサーのことをすっかり忘れてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と同じ半神様が何で、高校生のフリなんかしてるんだよ。お前、神父の本当の息子じゃないだろ?神父の奴、俺や金ピカだけでなくお前とも契約してたなんてな。」

 

 

真夜中の人気が全くない、大通りに面した壁際へとランサーに追い詰められ、なんて答えればよいか困ってしまう。

 

 

 

「道理で変だと思ったんだ。金ピカはお前のこと、弟だとか訳わかんねえこと言い出すし。」

 

「……王様から何処まで聞いたの?」

 

「何処までっつーか…お前を金ピカが川で拾って、太陽神に血を分けて貰ってお前を自分の弟にしたってところまでは聞いた。」

 

 

……キャスターの出自、あの王様殆どランサーに喋っちゃったのか。ランサーの言う通り、キャスターは王様に川辺で拾われ、そのまま王様の義弟になった。血縁が無いままだと周りがうるさいからと、王様が太陽神の血をキャスターへ分け与えたとはぼくも聞いてる。

 

 

 

当人のキャスター曰く、彼はとある一組の夫婦の未子として生まれた。彼が生まれて間もなく、天上神が彼の父親に未子を天の楔に捧げよとの神託をし、父親は神に言われるがまま棗椰子で丈夫に編んだ籠へ生まれたてのキャスターを入れ、彼の母が泣く泣く幼い彼を川に流したと。

 

 

キャスターの実父は昔、天上神に夫婦共々、命を救われて以来、天上神には頭が上がらなかったとか。

 

 

 

ぼくが幼い頃、キャスターが寝物語に自分の出自をぼくに聞かせてくれたからよく覚えてる。

 

 

「しかし、妙なんだよなあ…俺は既に、全てのサーヴァントと戦いを終えてる。お前、あの金ピカと同じく前の聖杯戦争の生き残りか?金ピカ同様、受肉してるみてぇだが。」

 

 

 

ランサーがぼくの顎を掴み、しげしげとぼくの顔を覗き込む。ランサーはぼくがキレイの契約してる三体目のサーヴァントであると勘違いしてるようだ。

 

 

「クラスは何だ?魔術を使うところからして、キャスターか?クラス最弱と言われるキャスターがよく、前の聖杯戦争を生き残れたな。」

 

 

 

それ、キャスターが聞いたら怒るんじゃなくて笑いそうだ。クラス最弱のキャスターでもあのキャスターなら多分、聖杯戦争に参加してたら聖杯獲得直前まで行けたかもしれない。絶対、ロクなことを願わなそうだけど。

 

 

「益々妙だな、お前。半神様が高校生のフリしながら、聖杯戦争の監督役補佐なんぞやって…何が目的だ?」

 

「……目的も何も、ぼくは早くこの血生臭い儀式を終わらせたいだけだ。終わった後は好きにしろってキレイから言われてる。」

 

「血生臭いか、サーヴァントが平和主義者にでもなったつもりかよ?」

 

「君のような生粋の戦士にとってはなまぬるい言葉だろうね。」

 

「そもそも、俺は強者との戦いを望んで召喚に応じたからな。」

 

 

 

うわぁこの人、本物の戦士様だ。何処の戦神の息子だろう。ランサーは自らを半神と言っていたから、何処ぞの名のある大英雄には違いない。

 

 

「リヒトって名前は仮初めの名だろう。お前、本当の名前はなんだ?同じマスターと契約したよしみだ。俺の真名も教えてやる。我が名はクーフーリン。ケルトの偉大なる太陽神、ルーの息子だ。」

 

 

 

クーフーリン…あー聞いたことはある。ケルトと言えば、アイルランドか。一度、王様を伴いキレイの仕事でその国に行ったことがあるけど、料理がジャガイモばかりで飽きると王様が文句を言ってた。

 

 

「俺が名乗ったんだ、当然お前も名乗るよな?」

 

「申し訳ないのですが、青のランサー殿?本官に名乗る名前はございませんので、仮初めではありますが、キャスターとお呼びください。あと、早く半身をお離しくださいませ。」

 

 

 

その時の、ランサーの顔の面白いことといったら。ランサーは途端にぼくを離し、後ろへと飛び退いた。

 

 

「な、何で!何で同じ顔が二つ!?お前ら、ドッペルゲンガーかよ!!?」

 

「貴殿はライダーより面白い反応をしますね。あと、本官があの神父と契約だなんておぞましい勘違いはよしてください。」

 

 

 

キャスターは心底嫌そうな顔をして、ランサーの誤解を取り除く。キャスターはキレイをひどく嫌っており、最近は滅多にキレイの前にも姿を現さない。

 

 

「じゃあ、ライダーの言ってたサーヴァントって…」

 

「本官のことです。」

 

ランサーは益々、意味が分からないといった顔だ。彼はひどく混乱している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、神父の息子が二人に分裂した。分裂したもう一人は俺の驚いた反応を見て、やたら愉しそうにクスクス笑い出す。その笑い方が何となく、あの金ピカに似てやがるから腹立つ。

 

 

あぁ、初対面の時と数日前に会ったのはこいつだと確信した。しかし、何もかもこいつらは瓜二つなのだ。多少の内面の違いはあれど、あれは間違い無く元は一つだったものだ。

 

 

 

「…その笑い方、金ピカを思い出すからやめろ。腹が立つ。」

 

「これは失礼。笑い方だけは兄上と似てるとよく言われるんですよ。他は全然似てないんですが。」

 

 

まだ可笑しそうに口元を歪め、偽キャスターは言う。腹の立つ笑い方以外は全く、あの金ピカと似ても似つかない。

 

 

 

「金ピカの言ってた、お前さんが神父の息子と同じだが違うって意味がやっとわかったぜ。魂まで全くの同一存在とはな。あと、その加護と呪いのプラマイゼロは何だ。」

 

 

偽キャスターとリヒトを見ていて、妙なことに気が付いた。こいつら、手厚い加護と強力な呪いが同時に掛けられてやがる。リヒトには加護が、偽キャスターには呪いが。

 

 

 

「流石、半神殿。見れば立ち所にそんなことまで分かるんですね。」

 

 

偽キャスターは素直に感心した様子だ。こいつ、生前に何をやらかした?こいつにかけられた呪いは、人が人にかけたような生ぬるい呪いの類ではない。所謂、神罰の類だ。

 

 

 

「昔の若気の至りで犯した罰です。もう大分、呪いも弱まってはいるんですけどね。」

 

「キャスター、ランサーにそんなことまで喋っていいの?」

 

 

怪訝な顔をして、神父の息子が偽キャスターと俺の前に割って入る。

 

 

 

「隠し立てしたところで無駄ですからね。青のランサー殿、半身に施された加護は本官を罰するのに唯一、反対した方より頂いた恩赦です。」

 

 

手厚い加護を施したそいつに、偽キャスターは余程大事にされていたらしい。

 

 

 

「本官には名乗る名前が無いと言ったでしょう?この呪いにより我が名は剥奪され、存在すら無き者同然にされた。名無しの英霊もどきだ。貴方のように由緒正しい半神の身ではありませんが、元はその端くれでしたよ。短い間ではありますが半身共々、以後よろしく。」

 

「…ぼくはあんまりよろしくしたくない。」

 

「あの子のこと、余程根に持ってますね。しかし、あれは青のランサー殿も本意でやったことではないでしょう?恨むなら神父を恨みなさい。」

 

 

偽キャスターは俺に手を差し伸べたが、神父の息子はあからさまに眉をひそめた。偽キャスターの言うあの子とは、何時ぞやの夜に俺が心臓を刺し貫いたあいつを言ってるらしい。

 

 

 

呪われた名無しの偽キャスターと、そいつに顔がそっくりな強い加護を持ちながらも信仰心を欠いた神父の息子。妙な奴らに関わっちまったと思ったが、既に遅い。仕方なく、偽キャスターの手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衛宮邸へ帰宅する頃には日付が変わりかけていた。なんか今日は濃い一日だった気がする。脱いだ靴を揃えて、一先ず居間にそっと向かう。

 

 

居間の電気を点けると、炊き込みご飯をおにぎりにした物が四つ、お皿に載ってラップがかけられていた。傍らにメモ書きをあり、シロの字でリヒトへと書かれていた。

 

 

 

ラップを取り、おにぎりに一つ口に含めば優しい味がする。シロも料理上手だよね。しみじみと味を噛みしめていると、横から物欲しげな視線を感じる。

 

 

「……欲しいの?」

 

「欲しいな。」

 

 

 

キャスターが横から、物欲しげな視線を隠そうとしないでぼくを見る。見た目によらず、キャスターは食い意地が張ってる。

 

 

ぼくの魔力だけで事足りるし、キャスター自身も魔力生成が出来るから食事は必要としないのに。サーヴァントが食べたものって何処に行くんだといつも不思議だ。

 

 

 

「ほんとに君ってやつは…二つは君にあげるよ。」

 

 

二つ分、皿にかけてあったラップで包んでやりキャスターに分けてやる。

 

 

 

「ありがとう半身。恩に着るよ。」

 

 

そのまま霊体化して、キャスターは何処かへ行ってしまう。恐らくはアーチャーの所か。あの二人、夜遅くまでいつもなんか喋ってる。

 

 

 

最近、アーチャーはもっぱら、夜は見張りで衛宮邸の屋根の上にいるからキャスターも夜はそこにいる。くれぐれも、聖杯戦争絡みのことは絶対軽はずみに口にするなとは言ってあるけど。キャスターとしてはぼくや王様以外に話し相手が出来たから嬉しいのだと思う。

 

 

さて、ぼくも早くお風呂頂いて寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、アーチャー。今戻った。」

 

 

後ろを振り返れば、先輩がおにぎりを一つ頬張っていた。立ち食いとは行儀が悪いぞと注意し、隣に先輩を座らせる。そろそろ、私の隣が先輩の定位置になりつつあるから困った。

 

 

 

「…今日も冷えるな。実体化するとサーヴァントでも寒い。」

 

 

先輩はわざとやっているのか、無意識にやっているのか知らないが、さも当然の様に私へピッタリと密着して来る。最近、やたら先輩のボディタッチが増えた気がするのは気のせいだと思いたい。

 

 

 

先輩はいつだったか、私を気に入っていると自分から言っていたがどうにも最近、その気に入っているが別のベクトルに向けられてる気がしてならないのだ。私がジッと見ていたことに気付いたらしい先輩が顔を上げる。

 

 

「君も食べるか?あの子が半身に作ったものを分けて貰った。」

 

「いや、私は結構…むぐっ!」

 

 

 

先輩はもう一つのおにぎりを半分に割るなり、私がいらないと言ったにも関わらず私の口に無理やりおにぎりを押し込んできた。

 

 

「….む、味付けが薄い!たけのこのあく抜きが全然足りん!!」

 

 

 

食べてみたらなんだこれは!!炊き込みご飯だが、醤油の割合に対してみりんの割合が少な過ぎるし、たけのこのあく抜きが足りてない!!

 

 

「……そうか?本官は好きな味付けだがな。」

 

「あなたが良くても、オレがよくない!オレならもっと美味く…あ、いや、コホン!失礼した。」

 

 

 

ハッと我に返り、咳払いをしたがわざとらしくなってしまった。先輩がクスクス笑い出したから居た堪れない。

 

 

「アーチャー、貴殿は本当に愉快だな。そうかそうか、貴殿ならもっと美味く作れるか。なら本官に美味い味噌汁を毎日作って欲しいところだ。」

 

「……先輩、その言葉の意味をわかって言っているのか?」

 

「あぁ、この国でいうところの娶りたい相手に対して使う言葉だと。本で見た。」

 

 

 

この人は一体何の本を読んだんだ。そういえばたまに、先輩は私の隣で本を読んでいることがある。中身が見えないようにカバーをいつもかけているので、何を読んでいるのかは知らなかったが。

 

 

「先輩、昨日の夜から貴方はおかしいぞ。一体どうしたと言うんだ?」

 

「別に、貴殿と初めて会った時から何もおかしい事はないさ。」

 

 

 

そうだった…先輩がおかしいのは今に始まった事ではなかった。あの魔力供給の一件といい、昨日のことといい、やはりこの人は何かがズレてる。

 

 

「ただ…そろそろ、時間がな。」

 

「……時間とは?」

 

 

 

ふと、先輩が妙なことを言い出す。しばしの沈黙の後、先輩が徐ろに口を開いた。

 

 

「最近、アラヤがそろそろ戻れと口煩くてなあ。」

 

 

 

そこで何故、アラヤが出て来る。というより、あいつは口煩いものなのか?あれは人類総意の意識的集合体であって、一守護者に口煩くするような自我があるのかすら私には分からない。

 

 

「あんまりにも口煩いから、条件を突き付けたら割とあっさり許可されてしまったよ。」

 

「何を条件として提示したんだ…?」

 

 

 

先輩がアラヤに提示した条件というのに、またしても嫌な予感がした。絶対、ロクな条件でないことには違いない。

 

 

「ん?君を貰い受けることが出来るなら、戻らなくはないぞと言ったら…守護者一人分で済むなら好きにしろと言われた。」

 

「貴方は馬鹿か!!?それも大馬鹿だ!!」

 

 

 

思わず、大きな声が出た。先輩がびっくりした様子で大きく目を見開くが、構うものか。この男はとんだ阿呆だ。

 

 

「急に大きな声を出すなよ、アーチャー。驚いてしまったじゃないか。」

 

「戻れと言われて、私を条件として提示する奴がどこにいる!!アラヤも何をあっさり許可してるんだ!私の意思は無視か!!?」

 

「本官も貴殿も、既にアラヤの中へ組み込まれているからな。自分の管轄内であればアラヤも守護者同士で何をしようが、割と構わないらしい。喜べ、アーチャー。上司からのゴーサインは出たぞ。」

 

 

 

私の与り知らないところで成立してしまったらしい取引に物凄く腹が立った。先輩も何が喜べだ!このたわけ!!

 

 

「リヒトはどうなる!?貴方はあの子を一人にするつもりか!」

 

 

 

口をついて出た言葉は意外にも、あの子の名前だった。この人はリヒトの数少ない理解者だ。この人がいなくなったら、あの子はどうなるんだ。

 

 

「なんだ、半身のことか。今のあの子なら別に、本官がいなくなっても大丈夫さ。貴殿は自分の身よりも他人の心配か。本当に相変わらず優しいなぁ、貴殿は。」

 

 

 

まただ、先輩の顔がよく似た誰かの面影と重なる。ひどく頭が痛い。思わず、こめかみを抑える。

 

 

「…アーチャー、大丈夫か?」

 

 

 

先輩が心配そうに私を覗き込む。一時の症状だ。じきに収まるだろう。先輩といる時が、特にこの症状がよく起きる。

 

 

「ッ……問題無い、たまに起きる記憶障害の後遺症だ。」

 

「そうだった、君は一部の記憶が欠落してるんだったな。まぁ、あまり興奮し過ぎるな。君に黙ってアラヤと取引したのは謝ろう。だがな、何れにせよ本官も遅かれ早かれ戻らねばならないんだ。ずっと、あの子の傍にはいてやれない。分かってくれ。」

 

 

 

謝って済む問題か。しかし、先輩とて何れは座に帰らなくてはならないらしい。それは仕方のないことだと思ってる。

 

 

「聖杯戦争が終われば、私も座に帰る!しかしだな!?君は「…アーチャー、一つ確認したいのだが。」

 

 

 

突然、先輩が私の言葉を制した。何だと強い口調で返せば、先輩は思いの外、真面目な顔つきでまたしても爆弾を落としてくれる。

 

 

「半身のことが無ければ、本官が貰い受けても構わないのか?貴殿のことを。」

 

「あぁ、そうだな!貴方が居なくとも、あの子が大丈夫だと言うなら私の身一つ好きにしろ!!」

 

「なら今聞いてくればいい。ちょうど寝支度の最中でまだ起きてるだろう。」

 

「そんなに言うなら、聞いてきてやる!其処で待ってろ!!」

 

 

 

売り言葉に買い言葉で、そのままリヒトの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?何急に…まぁ、キャスターがいなくなったらいなくなったで受け入れるよ。」

 

 

歯を磨いていたらしい最中のリヒトからの返答はあっさりしたものだった。

 

 

 

「先輩は君の片割れのようなものなんだろう?それがいなくなってもいいのか。」

 

「そうなんだけどさ。キャスターとぼくが一緒にいること自体、奇跡みたいなもんだし。いついなくなっても覚悟はしてる。」

 

 

もう流石に大丈夫だよ、ぼくも。と、リヒトが笑って言うものだから寂しくないのかとらしくなく食い下がってしまう。

 

 

 

「どうしたの?アーチャー急に来て、キャスターがいなくなっても大丈夫なのかってさ。寂しいかもしれないけど、姉さんや桜や…今はシロもいるし。藤村先生も居てくれたら賑やかだし。」

 

 

あぁ、私は勘違いをしていたらしい。そう語るリヒトの顔は何処と無く、大人びていた。いつも、彼は存外子供っぽいから私が一方的に心配していただけだったようだ。

 

 

 

「…ならいいんだ。変なことを聞いて済まなかった。おやすみ。」

 

「うん、おやすみなさい。あとアーチャー、口元にごはん粒付いてるよ。シロの炊き込みご飯、美味しかった?」

 

「…醤油とみりんの割合の目誤りと、たけのこのあく抜きの甘さで及第点だ。」

 

「流石、家事の鬼は手厳しいね。なんかアーチャー、お姑さんみたい。」

 

「家事の鬼と言うな、我ながら不本意極まりない。」

 

 

….…さて、冷静になってみて非常に困ったことになった。先ほど、自分の言った言葉を忘れるほど私も馬鹿ではないからどうしたものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「半身はなんと言ってた?」

 

「…貴方が居なくなっても、覚悟はしてあると言われてしまった。」

 

「そら見たことか。貴殿は半身の元に行く前、本官に何と言ったかな?」

 

 

意地の悪い顔でわざとらしく先輩が聞いてくるものだから、私にはもう逃げ場が無い。困った、非常に、困った。

 

 

 

「…ッ!この身一つ好きにしろと、言った。」

 

「本当に良いのか?アーチャー。貴殿の同意無くしては意味が無い。断るなら今だぞ。」

 

 

幾ら鈍い私でも分かる。昨晩のたった三割の本気が七割増した。もう、冗談所の話でない。

 

 

 

「い、いつからだ…私に執着などしなくとも、貴方なら幾らでも…」

 

 

今晩は一段と冷えるが、私の心臓は早鐘を打ち、頰は熱過ぎるくらいだ。らしくない。

 

 

 

「いつからと言えばよいのか、ふむ…この場合、出会ったときからと言った方がよいか?本官はすっかり、貴殿に胃袋を掴まれてしまってるからなあ。」

 

 

人が動揺していると言うのに、この先輩はこの期に及んでそんなことを言い出すから全く腹立たしい。

 

 

 

「食い物目当てで私を貰い受けると言ったのか!!ならばこの話は無…「こら。そう子供っぽく拗ねるな、アーチャーよ。」

 

 

むにっと、先輩に両頬を掴まれる。いつの間にやら苦手では無くなった、神秘めいた色を持つ瞳がすぐ間近にある。今は別の意味で目を逸らしたいが、逸らせない。私の両頬を掴む先輩の手はすっかり冷え切っていたが、私の両頬は未だに熱い。

 

 

 

「君がすぐそうやって、拗ねる顔は相変わらず子供っぽいね。しかし、その子供っぽさがたまに、たまらなく愛しいから困る。君が自分から救いを求めないなら、もう勝手に僕が貰い受けるよ。これで君が救われるかは分からないけど、永遠に一人よりは遥かにマシだろ?」

 

 

あの頭痛はもう、気にならなくなっていた。しかしやはり、私は彼を知ってる筈なのにまだ思い出せない。

 

 

 

「……先輩、貴方は誰だ?私は貴方をずっと前から知ってる筈なのに、まだ思い出せないんだ。」

 

「ほんと…君は何度、僕を忘れれば気が済むのかな?姉さんのことは翌日に思い出したのにさぁ。君は罪作りな男だよね、××。」

 

 

先輩が私の名前を呼ぶ声だけが何故か、聞き取れない。どうやら、私は何度も先輩のことを忘れているらしい。なに、また思い出せばいいことだ。焦ることはない。私たちには時間など有り余るくらいだ。

 

 

 

「…ところでアーチャーよ、本官はまだ貴殿から返事を聞いていないのだが?」

 

 

先輩の口調が元に戻る。そういえば動揺しきっていて、すっかり返事を忘れていた。

 

 

 

「どうやら、私も最初から貴方のことはあながち…嫌いではなかったらしい。」

 

「そうか、なら安心した。」

 

 

精一杯の皮肉で返せば、先輩は満足そうに微笑んだ。

 

 

 

 

 




オリ主②は元神官ということもあり、啓示スキルが振り切ってるのとアラヤとは長過ぎる付き合い故に会話をするように意思疎通が取れるという裏設定。


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第十二話 長い長い夜

時刻は少し前に遡る。

 

 

「こんな時間に、一人で何処へ行く騎士王?」

 

 

 

いきり立ち、半身の元へと向かったアーチャーを待っている時、騎士王があの子を連れずに一人で何処かへ行こうとするのを見かけた。声をかければ、騎士王は険しい顔で此方を振り向く。

 

 

「メイガス、どうか止めないでください。」

 

「貴殿を引き留めるために、声をかけた訳ではないよ。忠誠心に厚い貴殿が単独行動とは意外だなと思っただけさ。」

 

「……少し、出かけます。私のことはどうかご内密に。」

 

「さては大将首を取りに行くつもりか?まことに勇ましいなあ、貴殿は。しかし、あそこは本調子ではない貴殿に攻略は難しいと思うが。あの場所は既に霊地ではない、最早魔窟と化している。」

 

「らしくもない。貴方が私に忠告ですか?」

 

「どう捉えて貰っても構わないよ。」

 

 

 

らしくもない、か。本官は本心から心配して、騎士王に忠告して差し上げていると言うのに、彼女は耳を貸してくれようともしない。困った騎士王だ。

 

 

「私の主は戦わないと言うのです、ならば私が戦うより他に無い。さもなければ、彼は殺されてしまう。」

 

 

 

彼女はそう言って屋敷の塀を越え、外へと飛び出していった。

 

 

「見上げた忠義心だ。しかし、少々独断が過ぎるな。」

 

 

 

騎士王に向かった場所は柳洞寺だろう。仮初めのキャスターである本官とは違う、本物のキャスターがいる場所だ。

 

あのライダー、忠告半分と罠半分といったところか。あのキャスターには本官と近しい縁を感じるので、一度挨拶に行くのも悪くないかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に聞こえた咳払いの音に、口から心臓が飛び出そうになる。先輩が目線だけを咳払いの主に寄越す。

 

 

「…半身よ、ただいま取り込み中だ。後には出来ないか?」

 

「結構急ぎなんだけどな。てか…君ら、そういう仲だったの?アーチャーもキャスターはやめときなよ、趣味悪いよ。」

 

 

 

私も目線だけを向ければ、ひどく白けた顔をしたリヒトが立っていた。慌てて、先輩と距離を取るも既に遅い。

 

 

「リヒト!?こ、これは違…というより、いつから?!」

 

「んー?君がキャスターのこと嫌いじゃないって言った辺りから。いーよ、否定しなくて。それより、姉さんにバレた時の言い訳考える方がぼくもだるい。」

 

 

 

聞かれてしまったことに穴があれば入りたくなる。盛大なため息を吐かれ、どうしたものか困ってしまった。それに急ぎとは何だ?リヒトは黒い司祭服を身に纏っており、これから何処かへ行こうとしているようだ。

 

 

「セイバーがいなくなった。多分、真キャスターのところ。宝具使われる可能性もあるから、一応ね。彼女の宝具は一度使われると後被害が尋常じゃないからさ。ぼく眠いんだけど。」

 

 

 

頭をガシガシと掻き、リヒトはあくびを噛み殺ししつつ私たちにセイバーが屋敷を抜け出したことを告げる。

 

 

「セイバーが?いつだ!?」

 

「君が口にご飯粒つけて、ぼくのところに来たあたりかな。」

 

 

 

あの時か…!目の前のことに夢中で、セイバーが抜け出したことに気づけなかったのが恨めしいが後悔しても遅い。

 

 

「…付いて来て、キャスター。アーチャー、ちょっとキャスター借りるよ?」

 

「…君は先輩のマスターだろ?わざわざ私にそんなことを聞かなくていい。」

 

「半身なりに本官たちへ気を遣ってるんだ。」

 

「だから貴方はそうやって…!」

 

「はいはい、痴話喧嘩はやめてね?それより、アーチャーが嫌いじゃないなんて言葉使うの珍しいね。君、好きって言葉は絶対使わないだろうけど、嫌いじゃないは滅多に使わな「地獄に落とされたいか!?」

 

 

 

たまにリヒトは妙に勘が鋭い時があるから忌々しい。それ以上妙なことを言われたらたまったものではないので、早く行けと二人を追い立てた。

 

 

リヒトは私と先輩の間に何があったのかを直ぐ察した様子で、すんなり受け入れてるものだから彼の順応性の高さには恐れ入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーチャーとはいつから?ぼくも全然気付かなかった。」

 

 

屋根を降りた半身は直ぐに現場へ行くわけでもなく、真っ直ぐ土蔵の方へ向かう。その間にアーチャーとはいつからだと聞かれた。

 

 

 

「ついさっきだ。意思確認はお互い完了し合った。」

 

「アーチャーもなんで君なのさ…今思えば、何と無く兆候はあった気がするけど。」

 

「本官は生前の彼の知り合いにそっくりらしくてな、彼はその知り合いと何かあったのではないか?」

 

「うわあ〜絶対アーチャー、その知り合いにいい様に言い包めらて絆されちゃったんでしょ。君みたいな奴、早々いないし。」

 

 

あながち間違ってはいないと思うが、それを君が言うか?思わず笑ってしまい、半身がムッと眉をひそめた。

 

 

 

「キャスター、その笑いはどういう意味?」

 

「っくく…いや、何でもない。」

 

「…君、王様みたいな苛烈なのか幸薄な美人が好みなのは知ってるけどさ、アーチャーみたいなガッチガチの武人タイプも範囲内なの?」

 

「好みに関して否定はしないがな…武人はハッキリ言って、対象外なんだが。あれはあれでかわいいところもあるんだぞ?兄上には言うなよ。」

 

「かわいいって…あの皮肉屋のアーチャーが?あー王様ね、いまだに弟離れ出来てないもんね。」

 

 

兄上に彼のことを言うつもりは無い。知られたら面倒なことになり兼ねないからだ。

 

 

 

生前、兄上は本官への縁談を相手が気に入らないとことごとく全て握り潰した。挙句、その気で本官に近付いた女性すら本意でも無いのに手を出して手篭めにしてしまうから結局面倒だと感じ、終ぞ妻は迎えなかったのだ。

 

 

今思えば、本官は政治的にも利用されやすい格好の立場にいたものだから寄り付く女性は誰かしらの権力者の息がかかった者達ばかりだった気がする。

 

 

 

「お前は面倒な女ばかり惹きつけて、ロクなことにならないからな。いっそのこと、この先も妻は迎えず我の側に居ろ。」

 

 

義理とは言え、弟相手にこの人は何を言い出すんだと思えば兄上の唯一の友であり、本官にとっても唯一兄上以外に心を開けた“彼”は本官と兄上の間に割って入ってくれる。

 

 

 

「ギル!幾ら弟を誰にも取られたくないからって、あんまり彼を困らせるのはやめなよ。」

 

「うるさいぞエルキドゥ!」

 

兄上が無茶を言えば、大概は“彼”がたしなめてくれた。兄上にとっても、本官にとっても、“彼”は無くてはならない存在だったのに。

 

 

「…言わないよ、面倒だし。サーヴァントは性別なんてあってない様なものだとは思ってたけど、君がねえ〜ふーん?なんか意外。」

 

「……本官にも、人並みの欲はあるさ。」

 

 

 

本官があまり色恋沙汰に興味の無さそうな人間だと、言わんばかりの目を隠しもせず向けてくる半身にそう返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロ、ねぇ、シロってば!」

 

 

土蔵にて、効率悪い魔術の修行途中でいつも通りガス欠を起こし、疲れきって死んだ様に眠るシロを揺さぶっても起きる気配が無い。

 

 

 

「起きないな…どうする?先に行くか。」

 

「シロ、いつもこの修行で最後には一時的な魔力切れ状態になって寝ちゃうのが常だから中々起きないんだよ。昔は慣れない魔術修行で魔力切れから来る過呼吸よく起こしてたから、それよりはマシになったけど。」

 

「…あぁ、そんなこともあったな。君が昔みたく魔力を彼に吹き込んでやれば、早く目も覚めるんじゃないか?」

 

 

キャスターが何気無く“昔の様に”してやれば、シロが目を覚ますのも早くなるんじゃないかと妙なことを言い出す。

 

 

 

キャスターが言いたいのは昔、体の魔力切れから来る過呼吸でシロが苦しそうにしてた時、ぼくが咄嗟にやって以来、何度かシロにしてあげたことだ。

 

 

「……キャスター、小さい頃ならまぁ許されるかもしれないけど、今ちょっとそれは「ものは試しだろう?」

 

 

 

ぼくの言葉を遮り、キャスターが愉しそうにぼくを見る。待って、あれを本当に今のシロにやれと?ぼくが?

 

 

「いいのか?モタモタしてる間に、騎士王がどうなっても知らないぞ?まぁ中立者の本官と半身には与り知らないことだがなぁ。」

 

「わかったよ!やるよ!恥ずかしいから、あんまこっち見ないで!!」

 

「分かったさ、見ない間に手早く済ませてくれ。」

 

 

 

キャスターが後ろを向いてる間に、やることやってしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苦しい、助けて。

 

 

「シロ!?大丈夫?聞こえるシロ!ねぇ!」

 

 

 

リヒト?苦しいんだ、息が出来ない。息を吸おうとするも、肺が満足に動いてくれなくてひどく苦しい。咳き込みたくてもうまく出来なくて、結局苦しいままだ。リヒトが俺を呼ぶ声が徐々に遠くなる。

 

 

「…シロ、口開けて!」

 

 

 

え?珍しく慌てた様子のリヒトが口を開けろと言うから、やっとの思いで口をこじ開ける。すると、何か柔らかいものに口を優しく塞がれ、途端に苦しさが和ぐ。

 

 

「シロ?ぼくのことわかる?息、出来てる?」

 

 

 

リヒトの声が今度はしっかりと聞こえる。あぁ、聞こえる。なんか、からだがぽかぽかする。ひなたでお日様に当たってるみたいにあったかい。

 

 

「…よかった。シロが死んじゃうかと思った。」

 

 

 

ゆっくり目を開けると、幼いリヒトが今にも泣きそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…シロ?」

 

 

一瞬、口唇に触れるだけの柔らかい感触がして、ぼんやり意識が覚醒する。顔面すれすれに、リヒトの瑠璃色の綺麗な瞳と目が合った。近い。

 

 

 

「リヒト!?ちょッ近「やっと起きた!詳しく説明してる時間が惜しい。行きながら話すから、とにかく来て。」

 

 

そのままリヒトに腕を引かれ、無理やり立たされる。修行の後、そのまま眠ってしまうといつも体が鉛の様に重いのに、今日はやけに体が軽い。

 

 

 

「リヒト、俺に何かしたか?」

 

「……また忘れたの?君、昔切嗣さんに弟子入りしたばかりの頃、慣れない修行で魔力切れから来る過呼吸たまに起こしてただろ。」

 

 

昔?あ…親父に弟子入りしたばかりの頃、リヒトがうちに来てたときも俺はリヒトに何度か彼に修行を見てもらったことがある。

 

 

 

リヒトは魔術の事に関する知識は親父に言い含められていたのか、殆んど教えてはくれなかったが修行は見てくれてた。

 

 

その時、度々俺は不甲斐ながらも魔力切れを起こして過呼吸になることがあり、リヒトに何度か…思い出しかけ、頰が一気に熱くなる。おい、ちょっと待てリヒト。

 

 

 

「……君が中々、目を覚まさないのが悪いんだよ。」

 

「おまっ!?おい…まさか、遠坂にもああいうことしてたのか?」

 

「はぁ!?姉さんはシロみたくへなちょこじゃないから、あんなことしないよ!君、昔よりは多少マシになったみたいだけどあのまま目を覚ますのが遅れたら、セイバーがどうなってたかわからないだろ!」

 

 

リヒトに俺はへなちょこだと真っ向から言われ、否定出来ず胸が痛い。リヒトもやや恥ずかしそうな顔をしてて、こいつなりに俺を早く起そうとした気遣いなのは何と無く察せられる。

 

 

 

昔、俺が何度かリヒトにして貰ったあれが魔力供給の一環であると知ったのはいつだったか。お互い何も知らなかった子供とは言え、黒歴史だ。

 

 

「もういい…色々言いたいことは山ほどあるんだが、セイバーがどうしたって?」

 

 

 

セイバーが居なくなったと聞いたのは、それから直ぐのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいこれ!」

 

 

渡されたのはバイクのヘルメットだった。何でバイクのヘルメット?うちにバイクなんか無いぞ??リヒトに腕を引かれるがまま、ついて来た先はうちの納屋だった。

 

 

 

「藤村先生には許可取ってたんだけど、真っ先に君へお伺いを立てるべきだったのは謝る。」

 

「何のことだ?自転車があるから、それで柳洞寺へ…」

 

「自転車だと40分はかかるでしょう?あそこまで。それより、もっと速い足がある。」

 

 

リヒトが納屋の電気を点けると、そこに電気の明かりに反射し、黒光りするシックなデザインの中型バイクが一台。

 

 

 

「お前…いつのまにこんなの持ち込んだんだ。しかも中型免許、持ってるのかよ。俺だってまだなのに。」

 

「監督役補佐って、色々と動き回らなくちゃいけないからね。車はまだ運転できないし、足が必要なんだよ。昔からの知り合いに色々、収集癖のある人が居てさ…バイクも何台か持ってるんだけど、本人が飽きたから一台お前にやるってくれた。」

 

 

バイク一台、丸々くれる知り合いってどんな金持ちだよ。いつかはバイト代を貯めて、免許とバイクの一台は欲しいなと俺も思ってたけど。

 

 

 

「維持費とか高校生には馬鹿にならないだろうに。」

 

「前に言ってた、バーのバイトとは別に教会でブライダルの手伝いのバイト掛け持ちしてるから。我が身内ながら、金払いは悪くないし。」

 

「教会って…言峰教会のか?」

 

「あそこの結婚式、実は評判いいんだよ?シロもいつかご用命の時はいつでもどうぞ。友達価格で多少は安くするよ。」

 

「……その格好でバイトしてるのか?」

 

「まあね。たまに誓いの言葉とか、ぼくがやる時もあるし。汝、病める時も〜ってあれ。」

 

 

リヒトの意外すぎる一面を知って、呆気に取られる。最初、司祭服着たリヒトを見た時は驚いたが、リヒト曰く正式な仕事着だからコスプレではないと釘を刺さされた。

 

 

 

「ヘルメットのあご紐、しっかり締めた?」

 

 

エンジン音が鳴り響く中、リヒトにヘルメットのあご紐を締めたかと前から声を掛けられる。確認したら、問題無さそうだ。

 

 

 

「お、おう。」

 

「オーケー、じゃあしっかり捕まって。」

 

 

しっかりって…やや気恥ずかしいが、振り落とされる危険性もあるのでバイクの二人乗りは同乗者もしっかり、運転者に捕まってないと危ない。

 

 

 

「お腹の辺り…そう、しっかり腕回して。」

 

 

耳元でリヒトの耳障りが良いテノールボイスが心臓に悪い。リヒトの腹部に手を回すと、均整の取れた筋肉の質感が服越しに分かるからこいつもしっかり鍛えてるんだなと思う。今度、鍛錬方法聞いてみよう。

 

 

 

「リヒト…」

 

「ん?」

 

「何でお前、俺にここまでしてくれるんだよ。お前、監督役補佐だろ?」

 

「たまたま、今回は向かう先が一緒だからついでってことにしといて。シロのそんな顔見てたら、放って置けないよ。」

 

「俺…どんな顔してるんだ。」

 

「…セイバーのこと、すごく心配してる顔。」

 

 

 

リヒトの腹部に回す力にぎゅっと手を込める。出発間際、ぼそりとリヒトに呟いた。

 

 

「…リヒト、何でお前そんなにかっこいいのさ。」

 

「惚れそう?」

 

「馬鹿、早く行け。」

 

 

 

リヒトから返って来た軽口に馬鹿と返すのが精一杯だった。シロならいいよと言ったリヒトの言葉は、バイクの発信音で聞かなかったことにする。

 

 

 

 

 




バイクの元持ち主はAUOです。カニファンでバイク乗り回してたしね、何台か宝物庫にコレクションしてるんだろうね。HFで神父がバイクに士郎と2ケツする没展開があったと聞いて、何で没になったんや燃えるのに何でだと。HFの映画に期待。


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第十三話 二人のキャスター

殆んど車通りも無い深夜の静かな山道を、一台のバイクが駆け抜ける。不意に、無言で運転していたリヒトがおもむろに口を開いた。

 

 

「キャスターのマスターって、誰なんだろうね?」

 

「なんだよ急に?お前なら知ってるんじゃないのか。」

 

「知ってるというか…心当たりがある程度かな。」

 

「そうかよ。柳洞寺のキャスターが冬木中の人達から魔力を集めてるのも、お前知ってたんだよな?」

 

 

 

リヒトはその事に関し、把握はしていたと曖昧に答える。

 

 

「事態が秘匿できないと判断されることになればキレイも黙ってないだろうし、ぼくもキャスターを潰す口実が出来るから直接手を下しやすいけど…キャスターもそれを警戒してるっぽくてね。」

 

 

 

今、何やら物騒な発言を聞いた気がした。恐らく最悪の事態が起こらなければ、リヒトも直接はキャスター討伐に動くことはないらしい。

 

 

「リヒト、サーヴァント相手だと幾らお前でも…」

 

「そうだね、ぼくだけだとサーヴァント相手には勝ち目は無いかも。けど、彼ならキャスター相手にも互角の力で渡り合えるはずだ。」

 

「彼?」

 

「あぁ、こっちの話気にしないで…って、うわ勘弁してよ。」

 

 

 

突然、リヒトが舌打ちする。何事かと前方を見れば、道を塞ぐ様に武器を携えた無数の骸骨が行く手を阻む。

 

 

「リヒト、あれ…やばくないか!?」

 

「こっちは飽く迄、様子見だって言うのに。あっちのキャスターは臆病だね。スパルトイとか初めて見た!通さないって言うなら、強行突破だよ。シロ、振り落とされないように掴まってて…ね!!」

 

 

 

次の瞬間、リヒトは容赦無くアクセルを開き、行く手を阻む骸骨戦士相手に特攻する。物凄いスピードによる遠心力でこっちも振り落とされないようにリヒトに掴まるので精一杯だ。

 

 

「うああぁぁ!リヒト、死ぬ!!死ぬからスピード少し弱めろ!!!」

 

「無理!!」

 

 

 

リヒトに一言一蹴され、リヒトと俺の乗るバイクが骸骨戦士の群れに真っ向から突っ込む。

 

 

死ぬと思い、咄嗟に目を瞑る。途端、硬い何かが次々と嫌な音を立てて砕け散る音が何度も聞こえる。恐る恐る目を開け、後ろを振り返ると…無残にもバイクに轢き殺された骸骨戦士の残骸が遠くなる。

 

 

 

「リヒトさん?あの…ちょっと無茶し過ぎな気が…」

 

「この位、普通だよ。」

 

 

リヒトの奴、いつもこんな危ないことしてるのか!?

 

 

 

「14の時まで、キレイの代行者としての仕事の手伝いとかもして来たし。クリーチャーはそれなりに見慣れてる。」

 

 

一体、リヒトは今までどんな人生歩んで来てるんだ。クリーチャーってああいう骸骨戦士みたいな奴か?

 

 

 

「キレイがぼく位の年齢の時にはもう代行者として、立派にやってたよ。絶対なりたくはないけど、キレイのようにはなれなかったな。」

 

 

背中越しに、リヒトが乾いた笑いを漏らす。

 

 

 

「お前と言峰神父は違うだろ。」

 

「まぁ、代行者やる位の人間って狂信者レベルじゃないと務まらないから。ぶっちゃけると、神様はいると思うよ?こんなぼくでも生かしてくれてるし。」

 

「…リヒト、まだその悪い性格直ってないのか。」

 

 

リヒトは昔から生への執着が薄い。小さい頃、俺に対して自分は死ぬために生まれてきたからなんて言うようなとんでもない奴だったが、未だにその悪い性格は直っていないようだ。

 

 

 

「あ…ごめん。こういうこと言ったら、シロが泣いちゃうから言わない約束だったね。」

 

 

誰が泣くかと言いかけ、言葉を噤む。 リヒトは自分の死に対して無頓着過ぎる。監督役補佐の仕事だって、いつサーヴァント同士の戦いに巻き込まれて、死んでしまうかも分からないのに。

 

 

 

お前が死んだら悲しむ人間がいるんだってこと、もっとリヒトは自覚すべきだ。

 

 

着いたよと、いつの間にか柳洞寺の山門に通ずる入り口付近に到着しており、リヒトがバイクのエンジンを静かに切った。

 

 

 

「先に行ってて。」

 

 

バイクから降りると、リヒトが先に行っててと妙なことを言う。

 

 

 

「え?でも…」

 

「スパルトイはもう出ないよ。それより、早くセイバーのところ行ってあげて。あと…セイバーのこと、怒らないであげてね?君を思っての単独行動だと思うから。」

 

「…わかった。なるべく怒らないようにする。」

 

 

リヒトに促され、柳洞寺へと一足先に向かう。セイバーのこと怒らないであげてねとリヒトに言われたが、多分怒ってしまうかもしれない。

 

 

 

リヒトとは一旦、そこで別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「監督役…にしては若過ぎるわね。」

 

 

シロを行かせた後、何処からか妙齢の女性の声がした。緊張感が高まる。ここは彼女の陣地だ。

 

 

「はじめまして?キャスター。ぼくはその監督役の補佐だ。」

 

「監督役補佐がこんなところまでわざわざ何のつもり?あら…近くで見ると、かわいい顔してるじゃない。」

 

 

 

現れたのは、全身に黒衣を身に纏った妖しげな女性だった。素顔はローブに隠れてしまい、見えない。

 

 

「気になることがあったから、ご挨拶に来たよ。あのスパルトイはきみの回し者かい?」

 

「セイバーを追って、妙な魔力反応があったから向かわせただけよ。あなた、中立の立場がマスターに手を貸していいのかしら?」

 

「彼とはたまたま目的地が一緒だっただけだよ。君だってズルしてるじゃないか。あの山門に配置した出来損ないのサーヴァントは一体何だい?」

 

 

 

柳洞寺に通ずる入り口の奥、強力な魔力同士がぶつかり合う気配がする。サーヴァントに近しい気配はするが、毛色が異なるらしい。

 

 

「残りの呼び出せる枠がアサシンしか無かったのよ。」

 

「ぼくの見立てだと、あの人に魔術回路は無いはずだ。かと言って、一般人と言い切れるか怪しいけど…やっぱり君の仕業か。冬木で正規のマスターがアサシンを召喚すれば、ハサンしか呼べない筈だし。あれはアサシンだけど、アサシンじゃない。」

 

「…あなた、宗一郎の知り合い?」

 

 

 

姉さんがアーチャーを召喚した翌日、葛木先生と話をしたときに先生から僅かながら甘いかおりがした。その時のかおりと同じものをキャスターが纏っている。恐らくは薬草の類だろう。

 

 

「先生の教え子とだけ。」

 

「何の因果かしらね?あの人の教え子が監督役補佐だなんて。でも、殺すよりあなたなら私の傀儡にすれば、利用価値がありそうだわ。」

 

 

 

キャスターがゆらりとぼくに迫る。シロを先に行かせて正解だった。 キャスターの指先がぼくの頰に触れようとした間際

 

 

「幾ら王女とは言え、気安く半身に触れないで貰えるか。」

 

 

 

ぱしり、ぼくのキャスターが触るなと言わんばかりに持っていた杖で彼女の手を払い除けた。彼女は驚き、ぼくと距離を取る。

 

 

「サーヴァントですって…!?」

 

「王女自らご歓待頂けるとは、光栄の至りに御座います。太陽神ヘリオスの後裔、コルキスの女王メディアよ。」

 

 

 

キャスターはいきなり真名で彼女を呼ぶ。彼女ことメディアはぼくがサーヴァントを連れていたとは思わなかったらしい。

 

 

「ご挨拶が遅れました。しかし生憎、名乗る名前が御座いませんのでややこしいのですが…本官のことはキャスターとお呼びください。生前の貴女よりも古い時代にヘリオスとは違う、別の太陽神にお仕えしていた身故、貴女には多少の縁を感じます。」

 

 

 

コルキスの女王メディア、スパルトイを呼び出していたからギリシャの魔女の誰かとまではアタリをつけていたけどぼくのキャスターは真名まで把握していたようだ。

 

 

キャスター曰く、彼女はヘリオスという太陽神の後裔らしいが生憎、ぼくは神話にあまり詳しくない。

 

 

 

ぼくのキャスターは昔、古代バビロニアの太陽神に仕えていたから多少の縁を感じて彼女にそれなりの敬意を払っているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャスターですって…!?クラス被りの召喚はありえない筈よ!」

 

 

監督役補佐を名乗るその子に伸ばしかけた手を、杖で払い除けられた。見れば、全く瓜二つの顔。いつから?気配はしなかったのに。

 

 

 

異様な男だった。顔はその子と瓜二つなのに、纏う気配が全く違う。

 

 

「現界したとき呼び名に困りまして、聖杯戦争の魔術師のクラスに肖り、キャスターと名乗ることに致しました。生前は神官をしていたので、魔術師と似たようなものかと。」

 

 

 

キャスターと名乗った男は、私と同じキャスタークラスの適正らしい。でも、クラス被りでの現界はありえない。

 

 

何より、同じ顔が二つ…特定の姿形を持たず、マスターの身姿を模倣する英霊もいると聞くけど。そしてキャスターを名乗る男が纏う、隠しようがない厄介な呪いの気配。

 

 

 

「あなた…生前に神官をしていたと言っていたけど、何か神を怒らせるようなことでもしたのかしら?その厄介な呪い、隠せていないわよ。」

 

「反逆を起こした際、呪いを受けまして。その時、名前と神格を剥奪されたのですよ。」

 

 

名無しの英霊なんて強さもたかが知れていると思ったけれど、この男余程、マスターとの相性がいいのか魔力が満ち満ちている。

 

 

 

「半身よ、身体を少し借りるぞ。」

 

 

男が突然姿を消した。途端、そばに居た監督役補佐を名乗るその子の纏う気配があの男のそれになる。見開かれた金色の瞳は愉しそうな色を浮かべ、男は口元を歪ませた。

 

 

 

「試すか?」

 

 

男のその一言が合図となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真下を見遣れば、気が遠くなりそうな高さだ。

 

 

メディアから放たれた無数の魔弾がぼくに憑依したキャスターを襲う。キャスターが短い詠唱を呟けば、障壁を生じさせ、メディアの放った魔弾は障壁の中へと尽く吸い込まれてしまう。

 

 

 

「…すごいな、これだけの魔力量を弾に変えて撃ち出すとは。さて、お返しだ。」

 

 

キャスターの生じさせた障壁が一瞬、もやのように揺らいだかと思えば先ほど障壁が吸収したメディアの放った魔弾をそっくりそのままメディアに向けて容赦無く放出する。

 

 

 

メディアが持っていた杖を一振りすれば、弾き返された魔弾は山へ着弾し大きな爆発音がこだまする。

 

 

キャスター!!君が周辺に被害出してどうするのさ!?キャスターとメディアの追いかけっこが始まってから、まだ30分は経ってない筈だけど、周辺は散々たる光景になりつつあり頭が痛い。

 

 

 

「あなた、一体何処の英霊よ?名無しの英霊と聞いて、強さも大したことないと思っていたのに。」

 

「あなたの時代より多少古い程度ですよ。正確な年代は本官も把握しきれないのですが。まぁ、本官のような無名の英霊もどきの話は一先ず置いておきましょう。」

 

 

そう言ってキャスターはメディアから逃げるように、物凄い速さで空中を飛翔する。それを、纏うローブを翼の様に変化させたメディアが追う。

 

 

 

「待ちなさい!さっきからちょこまかと鬱陶しいわね…!」

 

「本官はそもそも、貴殿と戦いに来たのではありませんからね。それよりも女王メディア?余り出過ぎた真似はなさらない方がよろしいかと。」

 

 

ふと、キャスターが逃げるのをやめた。

 

 

 

「…監督役側の指図なんて従う必要は無い筈よ。」

 

「束の間の平穏を少しでも長く享受したくば、大人しくしていた方が賢明ですよ。」

 

「…お黙り。あなたに私の何が分かるというの?」

 

 

キャスターが何を言っているのかぼくも分からないが、これは恐らく彼なりの忠告だろう。束の間の平穏?メディアを見るからに、彼女は余り平穏とは似つかわしくない。彼女も何か思うところがあったのだろうが、結局キャスターの言葉を一蹴した。

 

 

 

「……やはり、聞き入れては貰えませんか。全く、何故皆して本官の忠告に耳を傾けてくれないのですか?もう帰ります。あちらもそろそろ逃げ果せた頃合いでしょう。」

 

「待ちなさい!逃さな…「さようなら、女王メディア。」

 

 

キャスターが指先で何もない空間を一線描くと、空間に一筋の切れ目が走る。メディアが放った魔弾を難無くかわし、キャスターはその空間の切れ目にその身を滑り込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャスター、きみ…まさか時間稼ぎのつもりでメディアと「何の話ですか?」

 

 

キャスターから返って来たのは、白々しい返答だった。シロはセイバーを連れて、一足先に柳洞寺を後にしたらしい。

 

 

 

「この辺り一帯、柳洞寺の領地だ。明日の朝にはちょっとした山火事程度のニュースが流れるだけだから安心したまえよ。」

 

 

……あれでちょっとした山火事程度?

 

 

 

「ところで半身よ、教会へ行くのか?」

 

「一応…今日の一件は綺礼に報告する。」

 

「そうか。なら身代わりは引き受けよう。あの乗り物も回収しておくから、転移で教会まで送ろう。」

 

 

ぼくは今日中に教会まで綺礼に報告を入れねばならない。もう眠気が限界の中、バイクの運転は危険だ。

 

 

 

 

 

 




オリ主②の性格はとても白々しい。仕えていた神兼義父に似たのか性格は基本善良。FGOにシャマシュ実装来ればネタは広がる。


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番外編 偽物であり本物

オリ主②×アーチャー×オリ主②のリバ有りのR-12が最後の辺りにあるので注意。英霊の座に関する捏造解釈もあります。


「シロー!」

 

「リヒト!?何やってたんだよお前!」

 

「やー大変だったよ。」

 

 

後ろからリヒトの声がして、振り返ればバイクを押しながら呑気な顔をしてリヒトが現れた。大変だったよなんて言う割に、全然平気そうじゃないかお前。

 

 

「置いてくなんてひどいじゃないか。」

 

「この状況でひどいも何もないだろ!?セイバーは気を失っちまったし。」

 

 

気を失ったセイバー抱え直す。リヒトは気を失ったセイバーを見、何やら愉しそうな笑みを浮かべて嫌な予感がする。

 

 

「宝具を解放仕掛けて、反動で気をやってしまったんだね。そうだ…先ほど、君にしたことと同じことをやれば直ぐに目も覚めると思うが、どうする?」

 

「ばっ…!お前なぁ!セイバーにあんなことさせられる訳「冗談だ。」

 

 

 

リヒトがニヤリと笑う。思い出してしまって、恥ずかしい。冗談にせよ、タチの悪い冗談だ。

 

 

「それに、一応は操を立てているからな。君以外にはしない。」

 

「み、操って…!!意味が違うだろ!?」

 

「君でも操を立てる意味は分かるんだな。」

 

「遠坂みたいに、お前まで俺をいじるのはやめろよ本当に!」

 

「ごめんごめん、シロは面白いからつい。」

 

 

 

リヒトの奴、こんなに俺をいじるキャラだったか?ただでさえ背負ったセイバーの女の子特有の体の柔らかさと、首筋に感じるセイバーの微かな吐息を直に感じて、こっちも気が気じゃ無いと言うのに。

 

 

「慣れないなら代わろうか?シロ。君がバイクを押してくれれば、僕がセイバーを背負えるけど。」

 

リヒトは俺の心中を察してか、未だ愉しそうな顔をしてセイバーを背負うのを代わろうかと言ってくる。何故か、セイバーをリヒトに任せてはいけない気がした。

 

 

 

「ど、童貞臭くて悪かったな!セイバーは大丈夫だから、ほっといてくれ!」

 

「…シロ、そういうことは人それぞれだからな。」

 

 

気にするな、リヒトがそう続けて俺の肩をポンと叩いた。居た堪れない、非常に居た堪れない。

 

 

 

「……お前、なんかやたらさっきから俺のこといじってくるけど置いてったこと怒ってるのか?」

 

「いや?単に君をからかうのが愉しいだけだよ。」

 

 

しれっとリヒトが言うものだから、先程の緊張感は何処へやら。もう早く帰って寝たい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何であんたが居るのよッ!?本物のリヒトは何処!!」

 

 

玄関先で、近所迷惑を考えずに遠坂の怒号が響く。遠坂が俺のそばに居たリヒトを指差して、わなわな震えてる。え?本物??じゃあ此処にいるリヒトは誰なんだ?

 

 

 

帰って来るなり、遠坂と鉢合わせしてリヒトを見るなり遠坂が急に怒り出したのだ。

 

 

「なんだ、まだ起きて居たのか…イナンナの娘。うるさいぞ、大事な弟がちょっといなくなったくらいでピーピー騒ぐな。」

 

 

 

如何にも面倒臭さそうにリヒト?が眉をひそめる。明らかに、普段のリヒトと口調が違う。

 

 

「ピーピーって…私は鳥じゃないわよ!!士郎、離れて!!そいつリヒトじゃない!」

 

「は??」

 

「こいつ!リヒトが自分そっくりそのままにつくった自分の使い魔なのよ!!いけ好かないから、私の所には寄越さないでって言ったのに!」

 

 

 

へ??リヒトが自分そっくりそのままにつくった使い魔?リヒトそっくりの使い魔らしいそいつは呆れた様に深々と溜息を吐いた。

 

 

「使い魔か、間違っちゃあいないが…まぁいいさ。半身は教会に行った。今回の一件を神父に報告する為にな。」

 

「何であいつを教会に行かせたの!」

 

「貴殿が心配する様なことは何一つ、起こらないさ。半身はちゃんと此処に帰って来る。」

 

 

 

本物のリヒトは教会まで今回の一件を言峰神父へ報告に行ったらしい。遠坂がこんなに怒るなんて珍しい。なんか、遠坂らしくない。

 

 

「あ〝あ〝ーッ!!もー!!!ほんと、腹の立つ使い魔ね!セイバーと士郎がいなくなって、リヒトまでいないから予想はしてたけど!」

 

 

 

遠坂が地団駄を踏みながら、リヒトの使い魔をキツく睨み付ける。にしてもすごいなリヒトの奴…自分そっくりの使い魔つくれるなんて。

 

 

「えーっと…遠坂、悪いけどセイバーを俺の部屋まで運んでくれないか?」

 

「シロは恥ずかしいから、セイバーを部屋まで運び辛いらしい。本官が運んでもよいのだがな?」

 

「なっ!違…「あんたにセイバーを任せたら何されるか分かったもんじゃないから、私が運ぶわよ!!士郎、代わりにお茶淹れて!詳しく話が聞きたいから!」

 

 

 

遠坂は毛を逆立てて威嚇する猫の様に依然、リヒトの使い魔を見る目線は怖い。それとは対照的に、リヒトの使い魔は涼しい顔だ。遠坂は機嫌最悪な顔でセイバーを俺の部屋に運ぶ。

 

 

「シロ、本官は日本茶がいい。麦酒は飲むなと言われているから飲めないしな。」

 

 

 

「お前、酒飲むのかよ!?未成年だろ?」

 

 

遠坂に便乗して、リヒトの使い魔も俺に日本茶をねだる。最初はビールがいいなんて言うから、驚いた。

 

 

 

「使い魔に年齢は関係無い。」

 

「なんて使い魔だよ…ビールは藤ねえのだから、駄目だぞ。代わりに日本茶淹れてやるから、我慢しろ。」

 

「…仕方ない、我慢しよう。」

 

 

明らかに不満そうな顔だが、リヒトの使い魔は素直に我慢してくれた。ビールの飲める使い魔って、なんだかおかしな話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何であんたまで呑気にお茶飲んで、くつろいでる訳!?早く消えなさいよ使い魔の癖に!」

 

「君は一々、本官を目の敵にするな…そんなに半身そっくりの本官が気に食わないか?困ったものだな。それにしてもシロ、貴殿の淹れてくれた日本茶は美味い。」

 

「あ…ありがとうございます。」

 

 

 

俺の隣で、リヒトの使い魔が呑気にお茶を飲んでくつろいでる。先ほど、目覚めたばかりのセイバーがその様子を見て、呆気に取られた顔をしてるのがちょっと面白い。

 

 

「…メイガス、リヒトはどうしたのですか?それに、あなたはてっきり二人の前には姿を現さないものとばかり思っていました。」

 

「半身は教会に行った。本官のことは気にするな、きしお…じゃなかったな、セイバーよ。本官はこの二人にとって、半身そっくりの半身お手製の高度な使い魔ということになってるから話を合わせてくれ。」

 

 

 

驚いたことに、リヒトの使い魔はセイバーと顔見知りらしい。セイバーは何故か、リヒトの使い魔のことをメイガスと呼んでいた。

 

 

「凛、落ち着いて下さい。メイガスはこの様な性格をしていますが、決して私たちに害なすものではありません。私が保障します。」

 

 

 

セイバーが遠坂をなだめる。それなりにリヒトの使い魔とセイバーはお互いを知った仲らしい。あとセイバー、それはフォローになってないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まどろっこしいなあ!君は!素直にセイバーが大切だと言えばいいではないか。」

 

「「「はぁっ!?」」」

 

 

俺とセイバーが今日の一件で一時、言い合いになり遠坂がそれをなだめていた所、お茶を飲みながら黙って聞いていた筈のリヒトの使い魔がとんでもない爆弾を落とす。

 

 

 

「さっきから話を聞いていれば何だ?女の子に戦わせたくない?それは騎士である彼女に対する侮辱の言葉だぞ。」

 

 

何故か、俺がリヒトの使い魔に睨まれてしまった。リヒトそっくりな顔に睨まれると、何と無くリヒトが苦手だった少し前のことを思い出して肩が強張ってしまう。

 

 

 

「素直に言え!それで全て済むだろうに。何故話をややこしくする。本官はお茶のおかわりを入れてくる!」

 

 

そう言って、リヒトの使い魔は一人席を立ち台所までお茶のおかわりを汲みに行く。

 

 

 

「俺は別に、セイバーが大切なんて言ってな「意外とまともなこと言うじゃないあいつ。」

 

「遠坂までなんだよ!」

 

「あなたは言葉が足りないのよ士郎。そうでも無ければ、自分で戦うなんて言えないわ。サーヴァントに敵わないって分かってるのに、それでも自分で戦うって言うのはセイバーの方が大事ってことじゃない。」

 

「シロウ、あなたは…」

 

 

話をややこしくしてるのは何処のどいつだよ!リヒトの使い魔は飽く迄も使い魔の筈なのに、何処となく人間臭い。セイバーが少し驚いた様子で俺を見るから、なんだか気恥ずかしかった。

 

 

その後…話がややこしくなった結果、セイバーが俺に剣の稽古を、遠坂が俺に魔術の知識を教えてくれることになり、この話は仕舞いになった。

 

 

 

遠坂は眠いから寝ると別棟に戻り、セイバーも休むと先に部屋へ行ってしまった。後には、俺とリヒトの使い魔だけが残った。

 

 

「先程は睨んですまなかったな、シロ。」

 

「あ、いやえっと…気にしてない。」

 

 

何でこいつ、ただの使い魔なのに申し訳無さそうに謝るんだよ。ほんとリヒトの魔術はすごいな。

 

 

「貴殿は本官に睨まれるのが苦手か?あれも本官の目が一時期、苦手だと言っていたな。」

 

「その…ほんの少し前まで、リヒトの睨む目が怖かったんだ。」

 

「半身の目は感情を露わにすれば、その色を鮮やかに映す。特に、怒りや憎しみといった類は強く映りやすい。」

 

 

 

リヒトの使い魔はリヒトみたいに小難しいことを言う。

 

 

「目は口よりものを言う。まぁ、もう慣れたろ?本官も色々あって疲れた。今日は半身の使ってる客間を借りるぞ。」

 

 

 

リヒトの使い魔は小さく欠伸をし、俺の肩をポンと叩いて居間を後にした。ただの使い魔も睡眠取るのか?ほんと、サーヴァントみたいによく出来た使い魔だなあいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは何故、あそこまで凛に嫌われてるんだ。」

 

 

客間へ入るなり、アーチャーが半身の使ってるベッドに座り、呆れた顔をして本官を見ていた。

 

 

 

「やぁ、アーチャー。今帰った。」

 

「おかえりと言うべきか?先輩。凛があれ程、感情を強く露わにするのも珍しい。」

 

「単に、自分の大事な弟そっくりの偽物が気に食わないだけだろ。姿形までそっくりなんだからな。」

 

 

 

あの娘にとって、本物は半身だけだ。コトミネリヒトは一人しかいない。

 

 

「……あなたが偽物だと?」

 

「本官はあの子の過去で、あの子は本官の現在であり未来だ。」

 

「…たまに、あなたの言うことが小難しく聞こえる。」

 

 

 

アーチャーが首を傾げる。そんなに本官の言ってることは小難しいか?なるべく簡単に言っている積もりだ。

 

 

「貴殿はよく、本官が何者だと言うではないか。今のは答え合わせの積もりで言ったんだがな。」

 

「分からなければ、答え合わせも意味が無い!

だが…オレにとって、あなたは決して偽物ではない。」

 

 

 

最近、アーチャーは本官の前で自らのことをオレと呼ぶことが多くなった。恐らく、普段私という一人称は彼の地ではないんだろう。

 

 

「リヒトはリヒトだろう?その…なんだ、オレにとってのあなたは、あなたしかいない。だから、そういうことは言わないで欲しい。」

 

 

 

今のは現代の言葉で言うところのデレの類らしいと自覚した時、どうにもムラっときた。このかわいい奴は本当にアーチャーか?

 

 

気が付けば、半身が普段使っている寝具の上にアーチャーを押し倒していた。この男は無用心にも程がある。アーチャーの灰色の瞳が驚きで、大きく見開かれる様が愉快で仕方ない。

 

 

 

「聞いてくれ、アーチャー。本官は自分でも禁欲的な性格だと思っていたんだが…」

 

 

驚きでアーチャーが事態をうまく呑み込めないのをいいことに、アーチャーの武装を解く。所詮は神の血が入ったとは言え、私も人の子か。可笑しい、実に可笑しい。

 

 

 

「貴殿が余りにかわいいことを言ってくれたものだから、今理性が焼き切れそうになってる。どうしてくれるんだ?」

 

「…ま、待て!先輩!!」

 

 

ようやくアーチャーが我に返り、ジタジタと暴れ始めた。脱がせたアーチャーの赤い外套はベッド脇に放り投げる。アーチャーの穿き物に手をかけ、試しに質問を投げかけてみた。

 

 

 

「アーチャー、同性との経験は?」

 

「はあっ!?何を…」

 

「聞いているんだ、経験は?」

 

 

生前、本官の時代は実に性に対して大らかだった。イシュタルの存在が大きかったのもあるが。

 

 

 

本官の明け透けな質問に生娘でもあるまいに、アーチャーの顔が真っ赤になる。彼の褐色の肌は少しの赤面なら分かりづらいが、こうも赤くなると分かりやすいな。

 

 

「…わ、忘れた。」

 

「ということは、無い訳ではないと判断していいな?それならやり易い。」

 

「待て!ここはリヒトの…」

 

「貴殿が黙ってくれれば万事済む。念のため、結界魔術で人払いはしておくさ。」

 

 

 

半身との魔力パスは一時的に切っておくか。あれには刺激が強すぎるからな。出入り口に簡単な人払いを施しておく。多少の声はこれで聞き漏れまい。

 

 

「貴殿とて、いつサーヴァント同士の戦いで消滅してしまうとも分からない。本官とて何があるか分からないからな。後悔するよりは据え膳は食わねば何とやらだ。」

 

「まるで意味が分からないぞ先輩!このたわけ!神官ともあろうものが肉欲に負けてどうする!」

 

「許せ、アーチャー。神に仕えていたのは大昔の話であって、本官にも人並みの欲はある。」

 

 

 

アーチャーの存外柔らかい唇にやわく口付けを落とせば、ぴたりとアーチャーが暴れるのをやめた。ますます、アーチャーの頰に赤みが増す。不意打ちでその様な幼い表情を見せられると、どうにもやり辛い。

 

 

戸惑うアーチャーを宥めすかし、自らの昔話を語る。冒さなくてもよい罪を犯し、呪いを受けた愚かな男の話を。

 

 

 

「貴殿には言っていなかったが、本官にはな。名乗る名前が無いのだよ。だから貴殿にも、適当にキャスターと呼べと言ったんだ。仮初めなんだよ、この呼び名はな。」

 

「…名前が無い、とは?」

 

「正確には神への反逆の折、呪いを受けて名前と存在を消された。我が主にして義父の恩赦により、なんとか内半分は消されずに記憶を失くした状態で、全くの別人として輪廻から外されることは無かったのが幸いか。」

 

 

アーチャーはようやく、何かに気が付いた様子で本官を見上げる。

 

 

 

「何故、そうまでして…」

 

「以前、本官には兄がいると言っただろう?兄は一際苛烈な性格で、一国の王でありながら暴君で誰にも手がつけられなかった。本官でさえ、頭を痛めていたところ…唯一、兄に友が出来た。本官もまた、兄以外に唯一心を開けた相手だった。多分、あの頃が一番楽しい一時だったかもしれないな。」

 

 

アーチャーは、黙って本官の話を聞いている。

 

 

 

「ある日、兄はとある女神からの求婚を断った。女神はそれにひどくお怒りになってな、兄の治める国に大きな災いを仕向けた。」

 

 

今思えば、あれ以来全てが狂い始めた。

 

 

 

「兄は友と一緒にそれを退けたが…女神の怒りは尚収まらなかった。そして、友は死ぬことになった。身勝手な女神の怒りでな。そもそもは神々の話し合いによる決定でもあったのだが。その時、兄から唯一の友を奪ったことと、理不尽な神々の決定が本官はついぞ許せなくなったんだ。」

 

 

 

あふれた水が器から流れ出せば、もう二度と元には戻らない。そして、本官はあの声を聞いたのだ。

 

 

「まぁ…神々に反逆したのは、それから大分後の話なんだが。これを丸々話すと、夜が明けてしまう。」

 

「……あなたの話は丸々一冊、叙事詩が出来てしまいそうだな。」

 

「もう出来てる。以前読んだことがあるが、読み物としては中々悪く無かったよ。だがやはり、本官は出て来なかったがね。」

 

「それは是非、私も一読してみたいものだ。叙事詩の名は?」

 

 

 

アーチャーが皮肉げに笑う。しかし、そのまま叙事詩の名前を教えてしまうのもつまらない。

 

 

「本官が教えなくとも手当たり次第に探せば、見付かるさ。自分で探してみたまえよ。」

 

「そうする。あと…あなたの正体も、何と無く分かった。記憶はまだおぼろげだが。」

 

「では答え合わせの意味も分かったか?」

 

 

 

アーチャーはゆっくり頷き、グッと体を起こす。目線が合わさる、もう彼は前ほど、本官の目を苦手にしなくなった。むしろ、自分から目を合わせてくれるようになったから嬉しい。

 

 

「座に帰ってしまったら、今の意識は消失するからな。オレも後悔はしたくない。」

 

 

噛み付くような口付けだった。呼吸すらも奪い取られるように、舌を強く絡み取られて多少息苦しいが、悪くない。口付け一つで顔を赤くしていた男とは信じられないなと思いながら、彼の首に両腕を回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーチャー、本官の座に貴殿の席を用意しよう。」

 

「そんなことが出来るのか?」

 

「説明が面倒臭いのだが…貴殿の本体そのものを本官の眷属として迎えいれる。簡単に言えば、サーヴァント同士で契約関係を結ぶと言えばいいのか。」

 

「???」

 

「……よくわからないと言いたげな顔だな。同じ部屋に住む同居人が増えるとでも考えたまえ。」

 

アーチャーに座へ戻って以降についての話をするが、アーチャーはいまいち話の内容を掴みきれていないらしい。要は同居人が増えると説明すればいいのか。

 

 

 

アラヤとのやり取りと、たまの“来客”以外は何も無い場所だ。アーチャーが来てくれたら退屈は紛れるだろう。

 

 

 

「…あなたは本当に、何でもありだな。」

 

 

アーチャーは本官を膝に乗せ、本官の身に着けている衣服を丁重に取り払っていく。脱がせた服すら綺麗に畳んで、枕元に置いて行くのは生前の性格故か。先程、本官が放り投げた彼の外套も綺麗に畳まれている。

 

 

「…ムードが無いぞ、アーチャー。」

 

「服がシワになるのが嫌なだけだ。あなたこそ、先程までの積極性はどうした?あぁ…間近であなたの刺青をまともに見たのは初めてだが、やはり美しいな。これは魔術刻印か?」

 

 

 

またこの男は天然なことを無意識に言うから、タチが悪い。アーチャーの無骨で大きな手がなぞる様に本官の肌に刻まれた刺青に触れて肩が強張る。

 

 

「兄が巨大な宝物庫を持っていたんだ。これはそのスペアキーのようなものかな。魔術具を仕舞うのに、一部スペースを借りてる程度にしか使うこともないが。何でも仕舞えて便利なものの、流石に生ものは怖くて仕舞えない。」

 

「また兄か。あなたは余程、その兄が大切らしいな。」

 

 

 

アーチャーの目に、わずかながら嫉妬の色が浮かぶ。貴殿も嫉妬をするんだな。

 

 

「妬くな、アーチャー。」

 

「…妬いてない。あなたがやたらと兄と連呼するからだろう。それこそムードが無いぞ。」

 

「それは無粋なことをしたな。睦言の一つでも囁けばお気に召すか?…愛してるよ××。これからは地獄の果てまでずっと一緒だ。」

 

 

そう囁けば、アーチャーは皮肉の一つでも言うかと思ったが無言で本官を強く抱き竦めるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 




赤いあの子は当初からの思い込みでオリ主②をサーヴァントみたいな精巧な使い魔だと勘違いしてる。士郎も同じく勘違いしてる。アーチャーと将来のオリ主に何があったのかは「長い長い夜」でのオリ主にとある台詞そのままのことがあった模様。あくまでも一つのifということで


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仲良きことは美しきかな
第十四話 何処で育て方を間違えたのやら


教会組と!


「……報告ご苦労。キャスターと戦闘になり、ほぼ無傷とは…精々、お前の片割れに感謝することだな。」

 

 

深夜、ぼくが報告を終えるなりキレイは息をするように自然と毒を吐く。確かにキャスターが居なかったら、正直ぼくもどうなってたか分からない。

 

 

 

「今後はどうするの?キャスターの行いは明らかにルール違反だけど、聖杯戦争に大した影響が無ければ貴方は黙認するんだろうね。」

 

「そのつもりだが?」

 

「……言うと思った。聞いたぼくが馬鹿だったよ。引き続き、柳洞寺のキャスターに関しては監視を続ける。」

 

 

キレイは聖杯戦争の進行に影響が無ければ、キャスターの行いは黙認すると言った。まぁぼくらなんて、飽く迄も第三者的立場でしかないから直接的な聖杯戦争への介入は責任事項にはない。

 

 

 

「思いの外、お前が監督役補佐の仕事に対して誠実に取り組んでいることには私も驚いてる。多少の公私混同は見受けられるがな。」

 

「…急に何?」

 

「その誠実さ、多少は主への献身と奉仕に傾けたらどうだ?さすれば主も「やめてよ。ぼくが真面目にやってるのはその後は好きにしろって、貴方が言ったからだ。」

 

 

その話はうんざりだ。ぼくはどうせ、キレイやお祖父様みたいにはなれない。

 

 

 

「そうだったな。監督役補佐の仕事を全うしたら、辛うじて繋がってる私との親子の縁も切るか?」

 

 

キレイの顔が愉悦に歪む。マキリの単純な煽りと違って、キレイがぼくを煽る言葉はいつも本当にタチが悪い。

 

 

 

「それならせめて、高校は出てからにして欲しいものだな。高校中退の息子を勘当同然に追い出したなどと周りに思われては、私も体裁が悪い。」

 

 

体裁を気にするなんて、キレイが絶対思ってもいない言葉を使うのが可笑しくさえ思える。キレイなんか嫌いだ、大ッ嫌いだ。面と向かって言ったら、キレイが悦ぶだけだから絶対に言わないけど。

 

 

 

「……仮眠取る。聖堂のベンチと毛布借りるよ。」

 

 

募った苛立ちでキレイの私室のドアを乱暴に閉めそうになったのをなんとか抑える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひどい顔だな。」

 

 

聖堂に向かおうとしたら、今までのやり取りを見ていたらしい王様が現れて声をかけられた。

 

 

 

「おいリヒト、何処へ行く?」

 

「……寝る場所が無いから、聖堂スペースのベンチで仮眠取る。」

 

「あの様な粗末な場所でお前を寝かせられるか。いいから来い。」

 

 

強く腕を引かれ、王様について行かざる得ない。辿り着いた先は王様の自室兼寝室。

 

 

 

「言峰にまた毒を吐かれたのか。何を言われた?この兄に申してみよ。」

 

 

何処かで聞いてた癖に、王様はなんだか妙に優しい声でぼくの耳元でキレイに何を言われたのかと問う。

 

 

 

「聖堂教会を抜けたら、親子の縁も切るかって。キレイなんか大嫌いだ。」

 

「その言葉、直接言峰の前で言ってやれ。」

 

 

意地の悪い顔をして、王様がぼくに囁きかける。王様はそう言うけど、キレイの前でぼくが絶対そんなこと言わないって分かってる筈だ。

 

 

 

「いやだ…キレイが悦ぶだけだから、絶対言わない。」

 

「よく分かっておるではないか。お前が憎しみや拒絶の言葉を向ければ、それは言峰の愉悦になる。」

 

 

キレイは人が人らしく在ろうとする中で、わざと逆に在ろうとする。いや、最初から逆にしかなれないんだ。それにいつから気付いたんだろう。あぁ、この人に父親としてのまともな役割を期待するのはやめようと。

 

 

 

「義理とは言え、親と子の縁とは厄介だな。愚弟とその実父さえそこまで拗れてなかったぞ。」

 

 

王様は小さい子供にするみたいに、ぼくの頭を一際は優しく撫でるから子ども扱いはやめて欲しい。何故か、今日の王様は機嫌がいい。

 

 

 

「不満そうだな。幼子のように愛でられるのは嫌か?今、我はお前のことをとんと甘やかしてやりたくてたまらない。」

 

「…そういうのやめてよ。」

 

 

王様は調子に乗って、ぼくをぎゅっと抱き竦め、軽く頬ずりまでしてくるから酔ってるのかと思ったら、素面のようだし面倒臭い。

 

 

 

「愚弟も余り、我に甘えることは無かったな。」

 

「キャスターは生まれて直ぐ…君に差し出された時点で色々スレちゃったみたいだよ。」

 

「天上神め、最初は我の元へ赤子など押し付けおって何の真似かと思ったが、終ぞ彼奴の思惑通りになならなかった。」

 

 

王様は愉快そうに笑う。元々、キャスターが王様に差し出されたのは訳ありらしいがぼくには神様の考えることなんて分からない。

 

 

 

「ところでリヒトよ、狗がお前の仕事先に来たようだな。」

 

 

王様の腕の中でうとうとしてた時、不意にランサーの話題が出た。そういえばランサー、王様にあれ渡してくれたのかな。

 

 

 

「差し詰め、お前にちょっかいでもかけに行ったのだろう?今回はお前からの献上品で手打ちにしたが、次は無いぞ。」

 

「献上って…お口に合った?」

 

「うむ。」

 

「…そっか。それは、よかった。」

 

 

多分、手土産無しだとランサーが王様に最悪殺され兼ねないから持たせて正解だった。もう眠い。

 

 

 

「今日はもう寝ろ。」

 

「…そうする。」

 

 

不意打ちで額に王様の形の良い唇が寄せられ、くすぐったい。ひどく眠気を誘われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見た。

 

 

気が遠くなるような大昔のある日、とある場所の遥か遠く果てにある河口の川べりに女がいた。

 

 

女は手に、大きな籠を抱えている。中身は何だ?子供だ、まだ小さな、生まれて間もない赤ん坊は母の乳を飲み終えたばかりで満足気に眠る赤ん坊。

 

 

 

女は抱えていた籠を川の流れに乗せ、その手から離した。籠は赤ん坊を載せて、下流へとゆっくり流されていく。籠が流されて見えなくなる前に、女はひどく泣きながら早々にその場を離れた。

 

 

赤ん坊を載せた籠は暫く川を下り、とある川辺のふもとに流れ着く。

 

 

 

目が覚めた赤ん坊は既にいない母を求め、泣きじゃくっている。すると其処へ

 

 

「泣き声がすると思えば、まだほんの赤ん坊じゃあないですか。」

 

 

 

美しく愛らしい、高貴な出で立ちをした幼い子供が、流れ着いた籠の中の赤ん坊を覗き込む。子供は大勢の従者を伴い、水浴びに訪れていたらしい。

 

 

「王よ、恐らく上流から…誰かがその子を籠に入れ、流したのでしょう。どうしますか?」

 

「可哀想に、捨てられたんですね。運が悪ければ、川の流れに呑まれていたかも知れないのに。ひどい親だ。」

 

 

 

子供が泣きじゃくる赤ん坊にそっと手を伸ばす。子供が赤ん坊の小さな頭を優しく撫でてやれば

しばらく赤ん坊は泣きじゃくっていたが、次第に泣き声は小さくなる。

 

 

そしてまた、穏やかな寝息を立てて眠ってしまう。すると、子供はそばに居た従者に何かを耳打ちした。途端に、従者はひどく動揺する。

 

 

 

「…し、しかし王よ!」

 

「もう決めました。乳母の手配をお願いしますね。」

 

 

くすくすと笑いながら、子供は籠の中から赤ん坊をそっと抱き上げる。そして、眠る赤ん坊のまろやかな頬に頬ずりをして

 

 

 

「ふふっ、初めまして?ボクの名前はギルガメッシュ。君の名前はどうしましょうか。」

 

 

遠い遠い昔の夢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝台の上でぴったりとくっついて寝る、金ピカと神父の息子を見た時ピシリと固まった。何でこいつがここに居るんだ。

 

 

私が朝のミサを執り行う間に、ギルガメッシュを起こして来いと神父が言うものだから渋々起こしに来たらこれだ。

 

 

 

金ピカの自室兼寝室は、朝っぱらから何とも淫靡な雰囲気に満たされていた。神父は息子を信仰心が欠如した不肖の息子だと言っていたが、この金ピカが堕落させたんじゃねぇの?

 

 

聖職者の息子を誑し込んで自分好みに仕上げるなんて背徳的なこと、本当に趣味が悪くて如何にも金ピカが好みそうだ。

 

 

 

「…ん、」

 

 

その時、神父の息子が身じろぎした。ゆっくりと、透明感のある瑠璃色の瞳が気怠げな光を映して開かれる。俺の姿を見、起きぬけで掠れて出たテノールの声が妙に色っぽい。

 

 

 

「らんさぁ?おはよ、」

 

「おぅ、朝っぱらから風紀が乱れまくってるじゃねぇか。」

 

「王様、いつも寝るときは裸だし…朝はいつもこんな感じだよ。ちょっとスキンシップの仕方が妙なだけで。」

 

 

嬢ちゃんの時のようにあからさまな否定はせず、神父の息子がゆっくりと身を起こす。神父の息子の白い肌には、キャスターの肌に刻まれた美しく青い刺青は無い。すると、神父の息子の起きる気配に、金ピカも目を覚ましたらしい。

 

 

 

「……王の寝室に無断で入るとは不敬であるぞ。」

 

 

金ピカが起きぬけで至極機嫌悪そうに、こちらを睨み付ける。

 

 

 

「直に食事の時間だからお前を起こせって、神父に言われたんだよ。」

 

「リヒト、我はお前がつくる朝食を所望する。一宿一飯の恩義をとくと果たせ。」

 

「え〝ー!……らんさぁ、今冷蔵庫の中って何がある?」

 

 

面倒臭そうに声をあげるものの、神父の息子は金ピカに甘いのか俺に現在の冷蔵庫の中身を聞いてくる。

 

 

 

「今日の朝食当番は君?」

 

「あぁ。」

 

「……じゃあ君がつくった王様の分、代わりにぼくに頂戴?王様の分はぼくがつくるよ。これで一宿一飯だ。」

 

 

とりあえず、今日は金ピカ用の食事がむなしく廃棄されることはなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼくはキレイやお祖父様のようには絶対なれないから。あの堕落っぷりを見るからに、そう思うだろ?君も。」

 

「……だろうな。」

 

 

冷蔵庫の中を物色しながら、神父の息子は自嘲気味に笑う。神父は朝のミサ中で、まだ戻らない。

 

 

 

「特に、亡くなったお祖父様はお嘆きになってるだろうね。ぼくがキレイの跡を継いだとしても、生臭神父になる予感しかないから将来的に神父は考えてない。」

 

「その方が賢明だぜ。魔術師にでもなるか?」

 

 

生臭神父とは…自分で言うか?普通。しかしこいつの場合、多分聖職者よりも魔術師の方が遥かに適性がある。

 

 

 

「魔術師と言えば、魔術協会だけど…一応、コネが無い訳じゃないけど、あそこは未だに血統主義が主流だから面倒臭いんだよね。ぼくみたいな無名の魔術使いには生き辛いかも。」

 

 

コネあるのかよ。わりとしたたかな神父の息子の一面を意外に思う。魔術師ってやつは血統が命だと聞く。

 

 

 

「まぁ、なんとかなるよ。聖杯戦争が終わるまでぼくが生きていれば、の…話だけど。」

 

 

手慣れた手つきで割った卵の中身をボールの中に落としながら、神父の息子はしれっと物騒なことを言う。

 

 

 

「お前、ちょっとやそっとじゃあ死なねえぞ?その加護、相当強いしな。」

 

「キャスターの仕えてた太陽神が過保護過ぎるんだ。王様にも相当、甘かったって話だし。」

 

 

何故か神父の息子は迷惑気だ。偽キャスターからすれば、その太陽神とやらは仕える主神であり義理の父親ということになる。なんだかややこしいな。神父の息子は話を続けつつ、フライパンをガス台の上に置き、火をかける。

 

 

 

「本当の我が子でもないのに、自分を大事にしてくれたからその太陽神だけは嫌いになれないってキャスター言ってた。キャスター、神様大嫌いなんだ。」

 

 

何と無く、神父の息子が信仰心の薄い理由が分かった。にしてもあの偽キャスター、元は神官してたとか言ってなかったか?

 

 

 

「元神官だった癖に神様嫌いなのかよ?」

 

「キャスターの場合、気まぐれで身勝手な神様たちに対する長年の鬱憤が溜まりに溜まって溢れ出して反逆起こしたからね。神様たちもまさかキャスターが裏切るって思わなかったから、相当な痛手食らったみたい。」

 

 

あの偽キャスター、一体何やらかしてんだよ。そりゃあ神罰を食らう訳だ。

 

 

 

「……あいつ、神性高い癖に何でこっち側じゃないのかと思ったらそういうことかよ。」

 

「ガイア寄りかアラヤ寄りかって話?キャスターも反逆さえしなければ、そっち寄りになれたろうにね。」

 

 

こいつ、抑止力や英霊の種類に関しても何と無く分かってるらしい。あの偽キャスター、太陽神から血を分け与えられたとなれば神性もそれなりに高いだろうに“こっち寄り”の英霊ではなさそうだったから、妙だと思ったんだ。

 

 

 

「本来、アラヤ寄りの奴らは霊格が低い奴らがなるもんだ。」

 

「その方が使役し易いから?キャスターがアラヤは偶にしか仕事を回さないから座は暇過ぎるって。」

 

 

「……飼い殺しだな、そりゃあ。」

 

 

 

霊格の低い奴らならアラヤもこき使えるんだろうが、下手に霊格が高い英霊だと、やはり扱いに困るのだろう。

 

 

「ブラック上司も付き合いが長過ぎると、それなりに情が湧いちゃうから割と気にならなくなるってキャスター言ってた。」

 

「そういうの社畜って言うんだぞ。」

 

 

 

あの偽キャスターが今の俺が置かれた立場に似てるから、少し同情してしまう。あーあ…俺のマスターがあの糞神父じゃなくて、こいつだったらわりかしマシだったろうに。太陽神の加護を得ているし、相性も結構良さそうだ。

 

 

「なぁ、リヒト。いっそ、お前が俺のマスターにならないか?」

 

「は?何、急に…ちょ、火止めないでよ。」

 

 

 

ガスの火を止め、キッチン台の縁に手をかけてリヒトに顔を近づける。リヒトは動じる様子も無く、綺麗な瑠璃色の目を真っ直ぐこちらに向けてくる。

 

 

「それ、キレイから君を奪えって言ってるの?」

 

「そうさな、あいつよりお前の方が相性は絶対いい筈だ。お前には太陽神の加護がついてる。それに俺の二つ名知ってるか?光の御子だぜ。」

 

「そういえば、聖杯戦争が始まる少し前…監督役補佐かマスターか、どっちか選べってキレイに言われたんだ。マスターになるならそれなりにお前とも相性が良さそうなサーヴァントを別に用意してあるってキレイに言われた。そっか、君のことを言ってたのかキレイは。」

 

 

 

やっと納得が行ったという顔でリヒトは俺を見る。うわっ、本当に何でこいつマスターにならなかったんだよ。

 

 

「今からでも遅くないと思うんだがな、どうする?それに、お前の魔力の方があいつより美味そうだ。」

 

「ぼくのこと口説いてる?君も中々、悪食だなあ。なら、味見でもしてみればいいよ。」

 

 

 

そう言って、神父の息子は自分の指先を口元に持って行き、おもむろに口を開け犬歯で指先を噛み切った。そして、血が滲む形のよい指先を俺の口元に近付ける。ごくりと、喉が鳴った。

 

 

「いいよ、ランサー。」

 

 

 

俺は犬かよ、内心悪態をつきながらもその指先を迷い無く口に含んだ俺も相当堪え性が無い。やはり、太陽神の加護付きの魔力は実に上質で俺の霊器によく馴染んだ。

 

 

血液に含まれた魔力は、ほろほろと柔らかく溶けるように喉奥へと消えていく。足りないと含んだ指先をカプリと甘噛みすれば、神父の息子の頰が薄紅色に染まる。あ、これはやばいと思いかけた瞬間だ。

 

 

 

「…お前まで我が息子を誑かす気か?クーフーリン。さぞ私のより、息子の魔力は美味かったろうな。」

 

 

背後に、ぬらりと黒い影が差す。あ、やべ…振り返れば、薄っすら侮蔑の表情を浮かべた神父の顔がそこにあった。

 

 

 

「父さん、サーヴァントの躾くらいしっかりしてよ。」

 

「こいつは待てが効かなくてな。まったく、堪え性のない飼い犬だ。」

 

 

神父の息子は俺を見、さも呆れた様な物言いをするからその時初めて自分がハメられたことに気付いたがもう遅い。あれ全部、演技だったのかよテメェ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝のミサを終え、食卓へ向かうとランサーが息子を誑かしている最中だった。息子を誑かすのはギルガメッシュだけで充分だ。

 

 

あいつのお陰で、リヒトの信仰心はますます遠のく結果となった。

 

 

 

やたらと息子は人外的存在に好かれ易い。元々、あれの片割れが超常的存在に近い立ち位置にいた所為なのかは知らないが。

 

 

差し詰め、マスター権の移行をリヒトに持ちかけていたに違いない。一度はランサーのマスター権をリヒトに譲渡して、事を進めるのも悪くないかと考えたが、リヒトは結局監督役補佐の方を選んだからつまらない。

 

 

 

我が手の内で、望まぬ殺し合いに身を投じて苦しむ息子の姿を見るのも一興かと思ったが当てが外れた。

 

 

「何をしている?」

 

「見て分からない?王様の食事の準備。」

 

 

 

何食わぬ顔をして息子は手を洗い、朝食の準備を再開する。聖堂に姿が見えなかったから、とうに今の居住先へと戻ったとばかり思っていた。

 

 

出て行く前は、偏食気味なギルガメッシュの食事は大抵息子がつくっていた。息子が出て行って以来、ギルガメッシュは私の出す食事は出されれば黙って平らげるようになった。

 

 

 

ランサーのつくったものは文句を言って殆ど残してしまうため、いつも廃棄せざる得ないのだが。

 

 

聖堂に息子の姿が見えなかったのも、恐らくはギルガメッシュが帰って来た息子を自室に連れ込んだのだろう。

 

 

 

「父さん、味見て。」

 

「どれ。」

 

 

ギルガメッシュ用の食事をつくり終え、何気無く息子が私に味見を求めてくる。何ら代わり映えのしない、普通の父と息子のやり取りは実につまらないし滑稽だ。しかし、味の悪くない料理に罪は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒト、我に何か隠し立てをしてないか?」

 

「……何の話?」

 

 

キレイが病院訪問に出かけるらしく、王様の自室で準備をしていると妙に機嫌の悪そうな王様がぼくに突っかかって来た。

 

 

 

「愚弟のことだ。生前、女の趣味はとことん我と合わなかったが、まさか男の趣味まで最悪とはな。」

 

 

キャスター、王様にものの一日でバレたよ?アーチャーのこと。キャスターもバレるのを承知で、ぼくに黙っとけって言ったのか。

 

 

 

「王様に知れたら面倒だから、黙っとけってキャスターが。」

 

「愚弟め、あの様な者に執着して酔狂にも程があるぞ。」

 

「王様、会ったことあるっけ?」

 

「凡夫から英霊へと成り上がったことには及第点を与えるが、後は全て気に食わぬ。会わぬとも分かりきったことではないか。」

 

 

準備をしていたぼくを無理やりソファーに座らせ、王様も隣にどっかりと腰を下ろす。結局、全部気に食わないんじゃないか。

 

 

けれど凡夫から英霊に成り上がったってことは、生前のアーチャーって極々普通の一般人だったってこと?それは確かにすごいけど。

 

 

 

「……王様、生前のキャスターに恋人っていなかったの?」

 

「彼奴に情人だと?フハハハハ!!色恋のいの字も知らぬ様な堅物で、神々に求められた通りの聖人君子ぶりを演じていた男であったからな。彼奴に取り入ろうと、近付いてきた良からぬ女は我が片っ端から食い尽くしてやったさ。」

 

 

最後の辺り、とんでもないことを聞いてしまったかもしれない。王様はさもあり得ないと言いたげに、高らかに笑った。とりあえず生前のキャスターはやっぱり絵に描いたような聖人君子ぶりで、恋人はいなかったようだ。

 

 

 

「何故その様なことを聞く?」

 

「いや、王様の話聞いてるとますますキャスターのキャラが分からなくなったと言うか…」

 

「ふん…まぁよい。精々、短い蜜月を享受すればいいさ。」

 

 

でもやっぱり王様は、面白く無さそうだ。聖杯戦争が終わればアーチャーは座に帰るだろうし、キャスターはどうするつもりなんだろう。

 

 

 

「好きとか愛してるって感情は、ぼくにはまだちょっと分からないなぁ。」

 

「何処の誰とも知れぬ女に、お前が愛を囁く様など想像するだけで今にもその相手を八つ裂きにしたくなる。その様な感情、お前はまだ知らなくてよい。」

 

 

 

王様はぼくの肩口に頭をグリグリと押し付けてきて、物騒過ぎる言葉を吐く。この人の愛情は少々…いや、かなり過激過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう言う風の吹き回しだ?お前が私の職務に同行するなどと。学校はどうした。」

 

 

とある病院の廊下内を、私と共に司祭服姿の息子が

肩を並べて歩く姿はなんとも奇妙な光景だ。

 

 

 

「気が変わった。今日一日、貴方の言う主への献身と奉仕ってやつに費やすことにしたよ。午前中に学校には欠席連絡入れといたし。一日くらい休んでも平気だよ。」

 

 

これは私に対する息子の“嫌がらせ”だと理解した。

 

 

 

病院訪問に出かける前、ランサーに中庭の草むしりと花への水やりを頼んだら、作業着用のツナギを着て息子もそれを手伝っていたのはそういう訳か。そして、職務の一環で私が病院訪問へと向かおうしたら、いつの間にか支度を済ませた息子が仕事用の車の前で待っていたのだ。

 

 

「一日と言わず、これからずっとその心掛けを貫いたらどうだ?」

 

「やだよ。」

 

「ふん、敬虔な信徒の皮を被った不心得者め。」

 

 

 

気まぐれに拾い、適当に名前をくれてやった幼子は私の望まぬ成長を遂げた。何処までも私の思い通りにはならず、いずれは育てた恩すら忘れて私に牙を剥くかもしれない。まったく、何処で育て方を間違えたのか。

 

 

「おや、言峰神父ではありませんか。今日は息子さんもご一緒ですか?」

 

 

 

途中、廊下で病院の院長と出くわした。普段は軽い挨拶程度で終わるのだが、今日は息子も居たからなのか院長は足を止める。

 

 

「こんにちは、院長先生。今日は父と一緒に参りました。」

 

 

 

無駄に外面だけはいい息子は人好きのする笑顔を院長に向け、挨拶をする

からなんともおぞましさすら覚える。

 

 

時折、教会で執り行う冠婚葬祭の手伝いとしてバイト代をダシに息子を駆り出すのだが、そちらでも息子は無駄な外面の良さを全面的に押し出しすものだから信徒からの息子の評価は悪いものではない。なんとも不本意だ。

 

 

 

こいつには決定的に、信仰心が欠けているのだ。後は申し分無いというのに、天に召された父はさぞお嘆きになっていることだろう。

 

 

「今日はどうしても私の職務に同行したいと息子が無理を言いまして…学業を怠るなと叱ったのですが。」

 

「おやおや、そうでしたか。しかし、若い内からお父様の仕事の手伝いをするとは立派な息子さんではないですか。言峰神父もさぞ鼻が高いでしょう。」

 

「院長先生、ぼくも父を深く尊敬しています。こうして欠かさず、こちらの病院に入院されてる信徒の方への定期訪問も行なっている真摯な姿はぼくの手本です。」

 

 

 

こいつは…思ってもいない言葉をつらつらと人前で口にしてからに忌々しい。したくもないが、息子の頭に手を置き、院長には心にも無い言葉を私まで言う羽目になる。

 

 

「愚息ではありますが、本当に将来が楽しみですよ。」

 

 

 

院長と別れた後、息子が白けた視線を私に向けたままぼそりと口にした言葉と、私の不意に漏れ出た言葉が重なった。

 

 

「「よくも心にも無い言葉を」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギルガメッシュから聞いたぞ。お前が今は衛宮切嗣の邸宅だった屋敷に居座ってると。」

 

 

病院訪問も終わり、キレイは仕事用の車に乗り込み今更そんな事を言う。姉さんから聞いてないの?とぼくは聞き返す。

 

 

 

「凛め、お前を匿っていることを黙認してやったらこれだ…」

 

 

ぼくが教会を出た後、キレイは幾らでもぼくを連れ戻すことが出来たのに結局それをしなかった。そもそも、関心が無いのだと思っていたのだけれど。黙認していたとはまた白々しい。

 

 

 

「あそこに居た方が被害予測の規模も予想が立てられて、効率がいいんだ。マスターが二人もいるからね。」

 

 

苦しい言い訳だと思うが、意外と事実だ。姉さんとシロが居るから、戦いの場が何処でどの程度の被害予測があるか見込みがつくし、此方も最小限の被害で抑えきれるように先んじての対策を立てやすい。

 

 

 

「お前は監督役補佐よりも、マスターとしての方が適正もあると言うのに。お前は敢えて、マスターよりも補佐役を選んだ。」

 

「ぼくがマスターになればよかったって?そもそも、監督役の息子がマスターだなんて不公平だよ。あなたという前例はあったけど。」

 

 

ぼくを助手席に乗せ、キレイは車のエンジンをかける。ぼくはキレイみたいに器用に立ち回れるとは思えない。

 

 

 

「私と同じ轍は踏みたくないと?」

 

「キャスターもぼくも聖杯なんていらない。聖杯にかけるような、願いもぼくらには無いから。」

 

 

昔、王様の召喚に引きずられてキャスターが不本意な事故で喚び出された際、聖杯は最初、彼をキャスタークラスとして喚んだサーヴァントの頭数に入れようとした。

 

 

 

けれどぼくがそれを拒み、キャスターも願いなど無いと一蹴して、彼ははぐれサーヴァントとなり、聖杯に喚び出されたサーヴァントからあぶれてしまったのだ。

 

 

「お前の片割れは知らないが、お前は人の子だ。叶えたい願いの一つや二つあるだろう?間桐へ養子に出された間桐桜を解放することだって出来るし、片割れの呪いとて解けるやもしれない。」

 

 

 

キレイがぼくに問いかける声は実に愉しそうだ。キャスターの呪いは解くにしても、人工物の聖杯では不可能だ。でも、桜のことなら出来なくはないだろう。けれど…

 

 

「それ、誰かを殺したり陥れてまで叶える願いじゃないよ。だったら、自分で方法を考える。キャスターの呪いに関しては、人工物の聖杯で解ける程度はたかが知れてるし。」

 

「………つまらん奴め。」

 

 

 

キレイが舌打ちするのが微かに聞こえた。ぼくはどうせ、つまらない息子だよ。桜だって、誰かの犠牲の上で自分が間桐から解放されたなんて聞いたら、絶対悲しむ。キャスターは…ぼくはただの人間だから、彼の呪いは解いてやれない。

 

 

「残念だったね、父さん。ぼくはあなたの望む聖杯戦争の演出には役不足だよ。」

 

「……新都の駅前までは送ってやる。」

 

「え?でも、まだ仕事残ってるんじゃ…「お前の嫌がらせはもう結構だ。」

 

 

 

そう言われてしまっては仕方無い。ぼくのキレイに対する嫌がらせは午前中で終了してしまった。

 




仲が悪い訳じゃなくて、ただ反りが合わないだけ。そんな感じ。教会組好きだよ。私が最初に見たfate関連の動画がそもそもゼロの愉悦組関連だったからどうしようもない。


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第十五話 とある朝の話

「最後に縋った神が君とはおかしな話だね。僕にとっての身近な神様は君か、王様くらいしかいなかったから。」

 

 

これは誰の夢だ?先輩に縋り、静かに落涙する彼は終ぞオレの前で泣いたことがあったか。

 

 

 

「がむしゃらに人の為に生きて、人の為に全て犠牲にして、死んでも報われないなんて、そんなひどい話ある?」

 

「……彼は悔やんでいたか?それは君の独りよがりかもしれないぞ。」

 

 

せめて、彼が幸せな末路を迎えてくれればあとは未練など無かった。置いて逝くことを、どうか許してくれと最期の最期に懺悔したのに。

 

 

 

「構わない、お願いだ。僕を助けてくれ。」

 

「アラヤの様な真似はしたくなかったんだがな。いいのか?この軸に在る君の存在は消えるかもしれないんだぞ。」

 

「少なくとも、他の僕はこんなことにはならないよ。それに、後悔ならしない。元々僕等は一つじゃないか。」

 

 

それもそうだな、そう言って微笑った先輩は慈愛を湛えた聖者の様であり、死に行く愚者を嗤う死神の様にも見えた。

 

 

 

「義父の恩赦すら蔑ろにするか。我ながら、つくづく君は親不孝で人間的だな。悦べ、死にたがりの不心得者。君の願いはようやく叶うんだ。」

 

 

涙まじりに力無く笑う顔はもう何もかも、棄てるつもりの顔だ。嗚呼、オレが君をそうさせたのか。

 

 

 

「彼はきっと、君を忘れているぞ?記憶を保った兄上とは違って、彼は普通の人の子だ。」

 

「忘れられるのはもう慣れっこだ。いっそ、また初めましてから始めるさ。」

 

 

先輩は自らに縋る彼の背に、ゆっくりと腕を回す。こっちに来てはいけないと言っても、彼は構わずまたオレなんかを追ってこちら側に来るのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前髪を誰かに弄られてる気配がする。柔らかい指先が額の上を徒らに往復しては、くしゃりと前髪を掻き混ぜられるの無意味な繰り返し。しかし、決して嫌な感触ではない。意識はまだ緩やかな微睡みの中にいたいと、覚醒をやんわり拒否している。

 

 

「アーチャー、起きているのだろう?」

 

「先輩、オレの髪は…おもちゃじゃないぞ。」

 

 

 

本来の目的さえ、この人の所為で大分遠のいてしまった。恐らく、彼はオレにあいつを殺させはしないだろう。何と無くではあるが、この人はきっとオレの正体を知ってる。

 

 

オレも何となく、この人いや、この男の正体を思い出しつつある。オレに会いに来たと、生前は東の果てまで追いかけてくるような男だった。まさか、地獄の底まで共に落ちてこようとは思わなかったが。

 

 

 

「それは済まなかったな、貴殿の髪が柔らかいからつい堪能してしまったよ。」

 

「魔力焼けした髪をいじって、何が楽しいのだね?あぁ、すっかり髪が乱れてしまった。」

 

手櫛で髪を適当に整えて横目で先輩をちらりと見る。冬木の聖杯戦争に召喚され、オレがマスターよりも先に出逢った奇妙なサーヴァントが彼だった。

 

 

 

マスターとそっくり同じ顔を持ち、名乗る名前が無いからとクラス名のキャスターを仮初めの名とする古の守護者。紛らわしいから、先輩と呼び始めたらこれが意外と定着してしまった。

 

「おはよう、アーチャー。」

 

 

 

不意打ちの穏やかな微笑は目の毒だ。柔らかく笑いかけられ、無意識に赤くなる頰が恨めしい。図らずもこの男によって植えつけられたその感情は、サーヴァントとしても守護者としても、不要なものだ。

 

 

昨日、見事に嵌められて私はこの男にこの身を差し出す羽目になった。神が供物を人へ要求する様に、この男は勝手にオレをアラヤとの交渉材料に使い、あっさりと許可されて恐らくは聖杯戦争が終わればなんらかのかたちで現世に留まっていた彼も座には還るだろう。

 

 

 

推測するに、ある程度の勝手が許される位にはアラヤと彼の間には相互関係が出来上がっているらしい。

 

 

『アラヤから座に戻る条件に、お前が末端の英霊を欲しがる酔狂な物好きでよかったと言われてしまったよ。ひどい話だろ?』

 

『アラヤからも貴方は相当な物好きに見えたんだろ。だから、何故オレなんだ…』

 

『ずっと会いたかった。』

 

 

不意に耳元で囁かれた切実さの込められた言葉に、ひどく心を揺さぶられた。切なげに細められた金色の瞳が一瞬だけ瑠璃色に瞬いた。

 

 

 

『こちらへ喚び出される以前より、座にて君の気配は薄っすらと把握していた。多少の無理をすれば、会いに行くことも出来たろうけど…君は僕をすっかり忘れているだろうし。突然知らない奴から会いに来たと言われても怖いだろう?僕は君に、拒絶されたくない。』

 

 

英霊が怖いなどで思うものか。しかし、この男はオレに拒絶されることを何より恐れていたらしい。たわけ、拒絶などするものか。

 

 

 

いつもはズカズカと人のパーソナルスペースへ平気で踏み込んでくる癖に、変なところで臆病なんだ。

 

 

『ならば何故、あのとき初対面のフリをした?』

 

『ごめんね、僕が白々しい性格で。まぁそれよりも…まさか君が屋根から落ちて来るとは思わなくて。』

 

 

 

クスクスと可笑しそうに笑う、先輩の額を軽く小突く。まったくこの男は。どうにもオレは、彼を随分と待たせてしまったらしい。自覚が無いだけに、大変申し訳無かった。

 

 

「アーチャー?」

 

 

 

気がつくと、きょとんした顔で先輩がオレを見ていた。口調と共に、瞳の色は元に戻っている。その顔は何処と無く幼さがあり、あの子と被る。

 

 

「なんでも…ない。」

 

「そうか、またいつもの偏頭痛かと思ったが大丈夫か?熱は無さそうだな。」

 

「サーヴァントが熱など出すものか。」

 

 

 

ひたりと、不意に額を付き合わされた。どうしてこういうことを…この男は無意識にやってるのか、わざとやってるのか。

 

 

「アーチャー、なんだか急に額が熱くなったぞ。」

 

「…誰の所為だ。」

 

 

 

見つめ合うこと数分、どちらとも無く互いの口唇を重ね合うこと数秒。今日は気分がいいから、朝の洗濯位はしてやろうと先輩が言う。まだ誰も起きていないのか、朝焼けの屋敷の中はとても静かで心地がよい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハタハタと、白いシーツが風にはためく。メイガスが洗濯物を物干し竿にかけている姿は物珍しかった。早朝、喉が渇いて井戸まで水を汲みに行ったところにメイガスと出くわしたのだ。

 

 

「どうしたセイバー?そんなに本官が洗濯物を干す姿が珍しいか。」

 

「いえ…メイガスが家事をしているのが新鮮で。」

 

 

 

近くにアーチャーがいるからか、メイガスは私をセイバーと呼ぶ。アーチャーはメイガスの近くで、慣れた様子で洗濯物を干していく。この二人の組み合わせもなんだか不思議だ。

 

 

「セイバー、君は彼をメイガスと呼んでいるのか?」

 

 

 

この屋敷に凛が来た折、アーチャーとは簡単な自己紹介は済ませていた。

 

 

「彼は名前が無いと聞いたので、私はそう呼んでいます。性格はこんなですが、彼程の魔術師であれば賢者(メイガス)と呼んでも差し支えは無いかと。」

 

「…セイバー?それは少々聞き捨てならないぞ。」

 

 

 

メイガスは昔、私の祖国にて相談役をしていた宮廷魔術師を彷彿とさせるような性格をしているため善人とは言い難い。そんな私の考えを察したのか、メイガスは小さく溜息を吐く。

 

 

「本官があの魔術師に似ていると?勘弁して欲しいな、本官はあそこまで脳内花畑に成り下がった覚えは無いぞ。」

 

「多少、マシな程度でしょう。そう言えば、あなたはあれと顔見知りでしたね。」

 

 

 

何故か、メイガスはあの男と顔見知りのようであれと自分を一緒にしないでくれと眉をひそめた。脳内花畑…あながち間違ってはいない。あれもれっきとした魔術師の筈なのだけれど。

 

 

「セイバー、何もそこまで先輩に辛辣になることはないだろ。」

 

 

見兼ねたアーチャーが洗濯物を干し終え、私とメイガスの間に割って入る。

 

 

「気にするな、アーチャーよ。本官とセイバーは以前からこんな感じだぞ?本官がセイバーの知ってる魔術師に多少、似ているからさ。あれとセイバーの関係は正に微妙な関係なんだよ。」

 

「私の知らない話をされても困る。」

 

 

 

むすっとアーチャーが拗ねたような表情を僅かに見せる。いつもは彼に冷たい印象を受けるのだけれど、メイガスの前では彼の表情はいつもより豊かだ。

 

 

メイガスの言う通り、私とメイガスは前からこんな感じだし、アーチャーが見兼ねて割って入る程でもない。

 

 

 

「そういう貴方こそアーチャー、メイガスと一緒にいるのは珍しいですね。」

 

「た、たまたまだ!」

 

 

あからさまにメイガスと距離を取るアーチャーは熱でもあるのか頰が赤い。何故だか分からないけれど、メイガスの前では彼の印象が随分と違う。

 

 

 

「アーチャー、熱でもあるのですか?やはりまだ体が本調子では…」

 

「体はもう大丈夫だ問題無い!私は先に戻っているぞ!」

 

 

 

そう言うと、アーチャーはさっさと洗濯かごを手に母屋へとずんずん足を進めていき、行ってしまう。後には、私とメイガスだけが残された。

 

 

「メイガス、アーチャーはどうしたのですか?」

 

「見目麗しい貴殿を前にして、照れ臭かったんだろう?あれは美人に滅法弱い。」

 

 

 

たまにメイガスは軽薄な言動をする。以前、戦いの場で私に求婚してきた場違いなサーヴァントがいたけれどあれよりは多少マシだ。

 

 

「貴方はまたそうやって…容姿など、私にとってはあまり関係無い。しかし随分と、アーチャーと仲が良いのですね?少し意外です。」

 

「イナンナの娘が彼を召喚して以来の仲だ。」

 

 

 

イナンナの娘とは凛のことだ。彼の言い回しは少し変わってる。すると、メイガスがフッと笑った。

 

 

「メイガス?」

 

「そうだな、貴殿の言う通り昔馴染みの様に馬が合うから不思議だ。」

 

 

 

メイガスはたまに、何を考えているのか分からない。そもそも、生前のメイガスは人寄りと言うよりは神寄りの生を送っていた為なのか何処か浮世離れしていて、掴み所が無いのだ。

 

 

「しかしアーチャーは真に手際が良いな、洗濯が直ぐ終わってしまった。」

 

 

 

ぴしっと真っ直ぐ整えられ、干された洗濯物たちを見てメイガスは素直に感心しているらしい。この者自体はとても人間臭いのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「半身ならまだ帰って来ていないぞ?」

 

リヒトが帰ってきていないかと、あいつの使ってる客間に向かうと、リヒトの部屋の前で部屋着姿のいけ好かない使い魔が戻らぬ主人の留守を告げてきた。

 

 

 

「リヒトが帰って来るまで、あんたはリヒトのフリをする訳?」

 

「そういうことだな?姉さん。」

 

 

わざとらしく、リヒトの口調を真似して使い魔が姉さんと呼ぶものだから面白くない。

 

 

 

「…先輩、あまり凛をからかうな。」

 

「アーチャー?」

 

 

霊体化していたアーチャーが私と使い魔の間に割って入り、使い魔を諌める。先輩って何よ?あんた達、話したことあったっけ?普段、リヒトの使い魔が何をしているかなんて知らない。けど、こいつには自我があるようで昨晩は呑気にお茶なんて飲んでた。

 

 

 

「貴殿のマスターは本官が弟のフリをするのはお気に召さないらしいぞ?アーチャー。」

 

「貴方も人が悪いな。」

 

 

私を庇い立てする様に、アーチャーが私を自らの後ろに隠した。それを使い魔が愉しそうに覗き込む。

 

 

 

「頼り甲斐のあるサーヴァントが居て良かったな?」

 

 

それは紛う事なき皮肉の言葉だ。本当にこの使い魔は口が減らない。顔は一緒なのに、リヒトとは似ても似つかないから腹が立つ。

 

 

 

「あんたとアーチャー、話したことあるのね。知らなかったわ。」

 

「アーチャーは毎夜、本官の語らいに嫌な顔一つせず付き合ってくれているよ。彼自身も一人で夜の見張りをするのは退屈だからな。」

 

 

その時、私は見てしまった。リヒトの使い魔がさり気なくアーチャーの肩を掴み、自分の方へ引き寄せるなり、一瞬私に挑発的な視線を向けたのを。

 

 

 

「おい先輩、凛の前でなにを…!」

 

「君によくして貰ってると、彼女に伝えたかっただけだが?他意はないよ。」

 

 

そう言って、リヒトの使い魔はパッとアーチャーから手を離し、先程とは打って変わり愉しげな目線をアーチャーに向けた。アーチャーはちょっと肩を触られた位で、珍しく動揺してる。

 

 

 

その後、リヒトの使い魔は何事も無かったようにリヒトの部屋へと戻っていく。

 

 

「……良かったわね、アーチャー?仲良くしてくれるお友達が出来て。」

 

「な、何の話だね…?」

 

「もしかして、此処に来る前からあんたが夜な夜な話してたのってリヒトじゃなくてアイツ?声も一緒だから気付かなかったわ。」

 

 

 

時折、アーチャーはリヒトと夜な夜な話してたのは覚えてる。けど、あれがもしリヒトじゃなくてアイツなら?友達と言うには、変な感じもするけど。

 

 

「黙っているようで、悪かった…その通りだ。」

 

「それに、随分な気に入られようじゃない。今さっき、あいつに牽制されたんだけど?」

 

「彼が君に?」

 

 

 

アーチャーがそんな筈は無いと言いたげに目を見開く。何故だか知らないけど、私はあのいけ好かない使い魔に牽制されたようだった。あの使い魔、随分とアーチャーにご執心らしい。

 

 

私の知らないところで、あの使い魔とアーチャーは随分と仲良くなった様で…面白くない。何故だか知らないけど、物凄く面白くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーチャーとキャスターのこと?仲良いよねーあの二人。アーチャーが召喚されて2日後には二人して仲良く台所に立ってたよ。」

 

 

受話器の向こうから、呑気にあの二人仲良いよねなどと語る弟の声。どうにも腹が立ち、気が付けばリヒトの持ってる携帯の番号に電話をかけていた。

 

 

 

「今日はセイバーが朝から二人して、仲良さそうに洗濯物干してたの見たって言ってたわよ。っていうか、あいつのことキャスターなんて呼んでるの?」

 

「珍しい、キャスターが自分から家事やってくれるなんて。あーうん、名前が無いと不便だからさ。聖杯戦争のクラスに肖って、キャスターってぼくは呼んでる。」

 

 

あいつ、キャスターという紛らわしい名前らしい。さっき、セイバーが朝から洗った洗濯物を干してるアーチャーとキャスターを見たと言っていた。

 

 

 

「自分の使い魔の躾位、きちんとしておきなさいよ!あいつ、何故だか知らないけどアーチャーのことやたら気に入ってるみたいで私、牽制されたんだからね!?」

 

「えー無理。キャスターも姉さん相手に牽制なんて、怖いもの知らずだなあ。よっぽどアーチャーのこと気に入ったんだね。キャスターと姉さんが険悪な時、変にアーチャーが姉さんの肩入れでもしたんじゃない?キャスターがヤキモチ焼いたんだよ。」

 

 

あながち間違いではないから、そんなこと無いでしょと否定出来なかった。ただの使い魔がヤキモチ?

 

 

 

「あんた、ただの使い魔に感情まで持たせたの?どういう仕組みしてんのよ。あんたの高性能過ぎる使い魔。」

 

「知らないよ、キャスターってば何かに執着心見せるようなタイプじゃなかったからぼくも驚いてる。」

 

 

リヒトが嘘を言っているようにも思えない。アーチャーもあながち満更ではなさそうだから、余計私も面白くないのだ。

 

 

 

「で!あんたはいつ帰って来るのよ?まさか今日、学校サボるつもり?」

 

「仮眠取ったら帰るつもりだったんだけどさ、気が変わった。今日一日、キレイに嫌がらせしてくる。学校には欠席の連絡入れとくから。」

 

「そんなことしなくていいから、早く帰って来なさいよ!」

 

「ごめん、姉さん。夕方位には帰るから。あと、キャスターに寝たふりしとけって言っといて。桜が起こしに来ると思うから。」

 

 

そして、電話が切れた。バカリヒト、私が早く帰れって言ってるんだから早く帰って来いっての!

 

 

 

「ならば本官は半身の言う通り、寝たふりをしておこう。彼女の最近の楽しみを奪うのは可哀想だからな。」

 

「いつからそこに居たのよアンタ!?」

 

 

気配も無く、キャスターが私の後ろに立っていた。アンタさっき、リヒトの部屋に行ったんじゃないの?

 

 

 

「ずっといたぞ?朝から君の愚痴を聞かされる半身が哀れでならないよ。」

 

 

ふっとキャスターが金色の目を細め、いかにも哀れみのこもった声で言うものだから本当に腹が立つ。

 

 

 

「アンタねぇ…!リヒトの奴、今日学校休むなんて言い出したのよ?キレイに嫌がらせするとか訳の分からないこと言って!」

 

「そっとしておけ。もしかしたら最後になるかもしれないからな、今日は気の済むまで半身の好きなようにさせておけばいい。」

 

 

キャスターの言う、最後になるかもしれないという言葉が引っかかる。どういう意味よと聞き返せば、キャスターは淡々とした様子で

 

 

 

「言葉の侭だ。前の聖杯戦争の折、半身は身近な誰かの死を何度か目の当たりにして来たからな。今度こそは自分かもしれないとも言っていた。」

 

 

「あんたそれ!リヒトが今回の聖杯戦争で死ぬって言いたい訳!?」

 

 

 

あるまじきその言葉に、気が付けばキャスターの着ている服の胸ぐらの裾を掴んでいた。私よりも先に死ぬなと、リヒトには何度も言ってきたつもりだ。

 

 

「……なにも、半身が死ぬとは言ってないだろ?もしかしたらそれは君かもしれないし、あの神父かもしれない。死は平等に誰にでも訪れる。さて、次は誰になることやら…それが君や、あの子でないことを祈るばかりだ。」

 

「私だって今回の聖杯戦争で簡単に死ぬつもりはないし、衛宮君だって死なせるつもりは無いわよ!」

 

 

 

無性にキャスターの言い方にムカついた。私だって、易々と死ぬつもりは全く無いし衛宮君をむざむざと死なせる気も毛頭無い。すると、キャスターは急に強い眼差しを私に向けてきた。

 

 

「言ったな?ならば何が何でも生き残れ。もし本官がいなくなったら、半身を任せられるのは君かあの子か君の妹位しか心当たりが無くてなぁ。」

 

「あんたに任せられなくとも、リヒトのことは私が面倒見るわ!」

 

 

 

自分でもとんでも無いことを言ってるつもりはあったし、勢いに任せて言ってしまった感が否めない。

 

 

「その言葉、努々忘れるなよ。あの子か半身か、どちらか決めろとは言わないからもう少し素直になった方がいいぞ君は。」

 

「アーチャーと全く同じこと言わないでくれる?本当ッ、腹の立つ使い魔ね!」

 

 

キャスターが妙なことを口走っていた気がするけど、聞かなかったことにする。まさか、アーチャーと全く同じことを言われるとは思わなかったし、きっと動揺してたのだ。

 

 

「…全く、どうしてこうも君はイシュタルに似ているんだろうな?まさか本当にイシュタルの転生体ではあるまいな。やめてくれよ、それだけは。」

 

 

 

半ば独り言の様にブツブツとキャスターは呟く。イシュタルとか、転生体とか何のことよ?本当に意味の分かんない使い魔ね。

 

 

 




いつもフレンド枠でマなんとかさんにはお世話になってます。


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第十六話 並ぶ後ろ姿

「暫く此処に来るなって…どうしてですか!?」

 

 

朝、イナンナの娘から切り出された話に次女は明らかに不服な顔だ。急に暫く此処に来るなと言われたら、当然の反応だが。すると、イナンナの娘は次女を納得させる為、一つの提案を出す。

 

 

 

「暫くって言っても、今日から一週間よ。一週間経てば、私たちは此処から出てくし。」

 

「私たちって、言峰先輩も…ですか?」

 

 

次女よ、何故そこで本官に視線を寄越す。面倒そうだから、イナンナの娘に汚れ役は丸投げするつもりであったのに。

 

 

 

次女は何処と無く、半身も一週間後には此処を出て行くということに残念そうな顔だ。

 

 

「姉さん、それ僕も強制的?桜やシロの料理は美味しいし、最近やっと桜のおかげで規則正しく起きれる様になったのにまた元に戻っちゃうよ。このまま僕、シロの家の子になりたい。」

 

「アンタねぇ…!ふざけたこと言ってないで、一週間後にはあんたも帰るの!!」

 

 

 

テーブルの下で、イナンナの娘に思いっきり指で足をつねられた。痛い、サーヴァントでも地味に痛い。ひどいぞ、イナンナの娘。

 

 

「…桜、ごめん。僕が一週間後に帰るかは別として、一週間だけ此処に来るの遠慮して貰える…かな?最近、マキリが目に見えて苛立ってヒドイから君が継続的に此処へ来てるのが知れたら君にあいつが何するか分かんないし。僕も桜が心配なんだ。」

 

 

 

イナンナの娘め、リヒトのフリをした本官がこう言えば次女も言うことを聞くと踏んでたな。全く、小賢しい。少し上目遣いに次女を見れば、効果はてき面だ。

 

 

「最近兄さん…何かにすごく苛立ってて、怖いです…でも、そうですね。兄さんの冷却期間だと思うことにします。」

 

 

 

渋々、といった様子ではあるが次女は納得したらしい。聖杯戦争中で次女に危険を及ぼさない為とは言え、実に気まずい。

 

 

「桜。」

 

「リヒト兄さん?」

 

 

 

あの後、まだ部活の時間まで余裕があるにも関わらず次女は衛宮邸を出て行った。このまま気まずさを引きずるのも嫌で、つい玄関先まで次女を追ってしまった自身が恨めしい。

 

 

名を呼べば、次女がこちらをゆっくり振り返る。

 

 

 

「姉さんがごめん。突き放す様な言い方したけど、あれでも君のこと心配してるんだ。」

 

 

「知ってます。それに、遠坂先輩のことは気にしてません。それより、明日からリヒト兄さんのこと起こしてあげられないのが残念です。私がいなくても寝坊しちゃだめですよ?」

 

 

 

その笑顔は本官では無く、半身に向けてやれ。しかし健気でいじらしい次女だ。間桐なんかに彼女を養子へ出したあの男を恨むぞ。

 

 

そもそも、会った当初から気に食わなかったし、前の聖杯戦争中にあれが呆気なく死んでくれてよかったとすら本官は思ってる。半身はどうだか知らないがな。

 

 

 

「…桜、おいで。」

 

 

そっと腕を広げてやれば、彼女は優しい兄のフリをした僕にその身を預けてくれる。恐る恐る腰に回された華奢な腕が、なんと愛しいことか。

 

 

 

「リヒト兄さんはずるいですよ。」

 

「ごめんね、ずるい兄さんで。けどやっぱり帰りたくないなぁ、シロの家は居心地がいいから。」

 

「……なら、ずっと居て欲しいです。先輩も兄さんと暮らし始めてから、いつも楽しそうですから。毎日とは行きませんけど、私が兄さんのこと起こしに行きますよ。」

 

 

それはあまり何かを自ら欲しがらない彼女の、ささやかな願いであることは何と無く気付いてた。

 

 

 

「でも、そしたら姉さんがあのおうちで一人になっちゃうからやっぱりだめです。いまは、あの人たちはもう居ないから。」

 

 

次女は、生みの両親のことをあの人たちと今は言う。あの男は聖杯戦争中に呆気なく、あの母親は聖杯戦争の争いに巻き込まれて、廃人同然となり数年後に衰弱死した。今、あのだだっ広いだけの屋敷にはイナンナの娘と2年前に半身が転がり込んで来て二人だけだ。

 

 

 

「たまに泊まりに来るよ。そしたら、桜が僕を起こしに来て。」

 

 

次女の頭をぽんぽんと撫でると、次女は恥ずかしそうに頰を薄紅色に染め上げた。あまり、子供扱いして欲しくないのか。この位の年頃は扱いが難しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…桜に手なんか出したら殺すわよ。」

 

「……君には本官がそんなに軽薄そうな男に見えるのか?まぁ、その顔からして見えるんだろうな。いやはや、心外だ。」

 

 

次女と別れ、玄関へ入るなり物騒な顔をしたイナンナの娘に壁際へ追い詰められた。どうやら、先ほどのやり取りを見られていたらしい。

 

 

 

「穏便且つ円満に済ませてやったのだ、多少の戯れは許せ。」

 

「よくもまぁツラツラと言い訳を思い付くわよねアンタも。」

 

 

イナンナの娘より、本官に向けられる視線は尚キツイ。勘弁してくれ、半身の大事にしている娘に手を付ける気は毛頭無い。

 

 

 

「本官は君に全て、丸投げにするつもりだったんだがな?次女にあんな顔で見られては致し方ないだろ。」

 

「それは…!べ、別に…あんたが帰りたくないなら此処にずっといればいいじゃない!!士郎だってあんたなら追い出したりしないでしょうし!」

 

 

何故、本官にそんなことを言う?イナンナの娘は本官が言ったことを半身が言ったことだとすり替えてしまっている。

 

 

まぁ、半身でも同じことを最初は言うだろうな。しかし、半身は半身でイナンナの娘との暮らしを悪く思ったことは一度もないのだが。イナンナの娘は何故か怒っている。

 

 

 

「イナンナの娘よ、あれはあくまで本官が言ったことだぞ?リヒトが言ったことではないのに、あたかも本人が言った様にすり替えるな。」

 

「あんたがあんなこと言うからでしょ!?」

 

「…あれはあの場のノリだ。真に受けるな。半身は君との暮らしを悪く言ったことは一度も無いぞ?むしろ、もう君がそばにいることが自然体になって「バカ使い魔!それ以上変なこと言わないでよ!!」

 

 

思いっきり、イナンナの娘に口を両手で塞がれた。見れば、イナンナの娘の顔は真っ赤だ。また本官は、余計なことを言ってしまったのか。

 

 

 

「私とあいつはただの下宿人と大家の関係なだけなの!たまたま部屋が余ってたから、有効利用させてるだけよ。」

 

 

嘘を吐け。あの日、半身が泣きそうな顔で玄関先に立っていたのを何も聞かずに自宅へ招き入れ、

昔半身が神父と使っていた部屋を好きに使えと明け渡したのは何処の誰だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーじゃあ暫く、桜ちゃん来ないんだ。りっちゃん、明日から自分で起きなきゃいけなくなっちゃったわね。遅刻しないようにね?」

 

「はい、そうなんですよ。遅刻しないよう、僕も気を付けます。」

 

 

リヒトはまだ戻って来てない。リヒトの使い魔がリヒトのフリをして、今は何食わぬ顔をして俺たちと朝食を共にしてる。藤ねえと何気ない会話を交わす姿もリヒトそのものだ。

 

 

 

「藤ねえ、明日からリヒトは俺が起こすから心配するな。」

 

「頼んだわよ、士郎。」

 

「姉さんは僕のこと絶対起こしてくれないから、助かるよシロ。」

 

 

 

遠坂がムッと睨むのを敢えて気にせず、リヒトの使い魔は涼しい顔をしてお味噌汁を飲む。

 

 

ほんとこいつ等、仲悪いな…何故か、遠坂はやたらとリヒトの使い魔を目の敵にしてる。と言っても、遠坂が一方的にリヒトの使い魔を敵視してるだけなのだが。

 

 

 

「りっちゃん、桜ちゃんが居ない間はうちのこと任せたからね?私も勿論、しっかりするけど。士郎だって男の子だもん。万が一があったら、私が懲戒免職になっちゃうし。」

 

 

「任せてください、藤村先生。僕、姉さんのボディガードで此処に来てますから。」

 

 

 

ニッコリと白々しい笑顔でリヒトの使い魔が笑うが、藤ねえにはさぞかし頼もしく映ったらしい。なんか、リヒトと藤ねえの間には既に妙な信頼関係が出来上がってる。

 

 

「藤ねえ、んなことないって!というより、リヒトだって男だろ!?」

 

「士郎も品行方正なりっちゃんを見習いなさい。」

 

 

 

藤ねえ、リヒトの使い魔は何と言うか…品行方正な皮を被った胡散臭さ満点の奴だから騙されちゃいけない。何故だか分からないが、そんな気がする。リヒトと違って、リヒトの使い魔は食えない奴なんだ。

 

 

「大丈夫ですよ、藤村先生。衛宮君は信用出来ますから。」

 

 

 

そこの奴と違ってと、リヒトの使い魔に視線で無言の圧力を掛ける遠坂が怖い。リヒトの使い魔は気圧された様子も無く、ごはんを平らげるなり「シロ、おかわりしていい?」と俺に聞いてくる始末だ。

 

 

「りっちゃん、今日はよく食べるわねー。いつもはごはん一杯でご馳走様しちゃうのに。」

 

「そうですか?今日は一層、シロのつくるごはんが美味しいからですよ。」

 

 

 

にしてもこいつ、リヒトよりもよく食べる。俺が食事の準備をしている間に、何度かつまみ食いされたし。遠坂に怒られても何処吹く風で、厚かましいのか器がでかいのか。セイバーに関しては呆れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんでお前まで此処に残るんだよ!?サボらずに学校行けって!」

 

「今日は半身が事前に学校を休むと連絡してある。一日、教会の仕事の手伝いをするそうだ。」

 

 

てっきり遠坂たちと学校に行ったと思ったリヒトの使い魔が家に残っていた時には驚いた。どうやら、リヒトも今日は学校を休むらしい。

 

 

 

「セイバーに剣の稽古をつけて貰うんだろ?彼女に稽古をつけて貰えば多少はマシになるさ。」

 

「どういう意味だよ?それ…」

 

「貴殿は実戦経験が無いに等しいのだ。セイバーは戦いのプロだし、師としては頼もしいじゃないか。本官も稽古を見学しても構わないだろ?本でも読んで、大人しくしてるさ。」

 

 

カバーをした文庫本を二、三冊手にしてリヒトの使い魔がにこりと笑う。こいつ、使い魔なのに本なんて読むのか…ますます変な奴だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……また失神したのか?シロは。」

 

 

私の一撃をモロに食らい、シロウは伸びてしまってピクリと動かない。本を静かに読んでいたメイガスが徐に顔を上げた。

 

 

 

「向かってくる気迫は悪くないのですが…」

 

「まぁ、最初はこんなものだろう。」

 

 

いつ持って来たのか、メイガスは水を浸した桶に入れていた濡れタオルを絞り、私の一撃を食らい腫れてしまったシロウの額の上にタオルを乗せる。

 

 

 

「てっきり、凛や大河と一緒に貴方も学校へ行くのかと思っていました。リヒトもまだ戻って来ていませんし。」

 

「今日位、イナンナの娘に学校のことは任せても大丈夫だろう。昨日の一件で本官も疲れた。いやー神代の魔術師を相手にするのは疲れるな。」

 

 

今日のテレビで、柳洞寺の所有する山林で小規模な山火事があったというニュースを流していた。アサシンとの一戦の最中、山間の上空で強力な魔力反応が二つあったのだが、まさかメイガスが…?

 

 

 

「メイガス、まさか柳洞寺のキャスターと戦ったのですか?」

 

「柳洞寺のキャスターの元へご挨拶に伺っただけだよ。そしたら、随分と手荒な歓迎をされてしまってなぁ。」

 

 

疲れたという割に、メイガスはいつもと変わらず涼しい顔をしている。柳洞寺のキャスターは神代の魔術師らしいが、それならば貴方とて引けを取らないであろうに。

 

 

 

メイガスがいつの時代の英霊であるかは知らないが、彼の生きた時代は私よりも遥かに古い。それも神と人との境界線が更に曖昧だった時代だと思われる。

 

 

「…たまに、貴方という人が恐ろしい。」

 

「貴殿が無事で何よりだよ、騎士王。今の貴殿があのキャスターに見つかっては格好の獲物だからな。本官とキャスターが追走劇をしている間に、君らが逃げ果せてくれてよかった。」

 

 

 

まるで、メイガスの今の発言は私とシロウの身を案じていたかのようなものだった。あの食わせ者なメイガスが?有り得ない。やはり、私には彼の考えていることがよく分からなかった。

 

 

「シロが目覚めたらまた再開すればいい。本官は読書に戻るとしよう。しかし、現代の書物は真に軽いな。本官の時代、書物は全て粘土で出来ていて、片手では絶対読めなかった。おまけにやたらと場所を取るから、図書館は増設に増設を重ねたよ。国の予算を私的に割き過ぎだと兄上にとうとう怒られてしまったが、本官のお陰で我が国の図書館は近隣諸国内では最大規模を誇っていたんだぞ?」

 

 

 

時折、メイガスから自国の話を聞かされるのだがその中で兄上という言葉がよく出る。メイガスには兄が居たらしいが、話を聞くと一国の王であったようで、メイガスはその片腕として宰相のような役割を果たしていたらしい。

 

 

「とても立派な図書館だったのでしょうね。出来ることなら、私も直接見てみたかった。」

 

「まぁ、本官が居なくなり兄上が死ぬと、後世の王たちは図書館と蔵書の管理を面倒くさがり、時代と共に蔵書は散逸してしまい図書館自体も老朽化を理由に取り壊されてしまったようだ。悲しいことだが、致し方あるまい。」

 

 

 

メイガスはどこか悲しげに、自分のつくりあげたものの末路を語る。それもまた、時代の流れという訳か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ?シロ!」

 

「リヒト!?こんな所で何やってんだよ。」

 

「何って、昼食の買い物。」

 

 

お昼時のスーパーにて、ばったりと本物のリヒトに出くわした。冷凍食品の売り場にて、物凄く見覚えのある長身の後ろ姿を見つけて声をかけたら、やっぱりだ。

 

 

 

「お前、夕方まで帰らないんじゃ…」

 

「キレイに午前中だけで仕事の手伝いは充分だって言われちゃった。丁度お昼時だしさ、お昼ごはんの調達にね。」

 

 

こんな時間にこんな場所で、一日ぶりにリヒトと会うのは変な気がした。こいつ、昼食は冷凍食品で済ませてしまおうとしていたらしい。小さい頃、たまにうちに来ていたリヒトは親父と一緒になってジャンクフードを食べていたほど自分の食事に対してはあまり気を遣わない。

 

 

 

「俺がちゃんとお前の分もつくるから、冷凍食品はやめとけ。」

 

「えーこういう時しか冷スパ食べられないんだもん。ぼく、冷スパのミートソース食べたい。」

 

 

冷凍食品のミートソーススパゲッティを手に取り、リヒトは明らかに不満そうな面持ちで俺を見る。リヒトとしては今日はミートソーススパゲッティの気分らしい。

 

 

 

「なら俺がお昼にミートソーススパゲッティつくれば解決するだろ!?相変わらず、自分の食事には本当気を遣わないよなお前。昔は親父と一緒になってジャンクフード食べてたし!」

 

「わかったよ、シロがミートソーススパゲッティつくってくれるなら我慢する。」

 

 

これにより、昼の献立はミートソーススパゲッティに決定した。あとは明日の朝食用の食パンとジャムなんだが…

 

 

 

「はぁ!?そんな高いイチゴジャム買うの?」

 

「な、なんだよ…悪いかよ。明日からうちの朝食は遠坂とセイバーの打診で主食がパンになったんだ。遠坂がイチゴジャムも置けってうるさくてさ。あいつ、安いやつだと文句言いそうだろ?だから、それなりに値段張るやつ買った方が無難かなと。」

 

 

ジャムの売り場で一番高いイチゴジャムを買おうとした時、リヒトから制止された。

 

 

 

「それならつくった方が安いよ。シロ、ジャムの作り方知ってる?」

 

「いや…流石に俺もジャムの作り方は知らない。」

 

「ならぼくがつくるよ。ジャムの材料費は出すから。」

 

 

……え?こいつ、たまにしか料理しないんじゃないのか??桜からもリヒトは自分からはそんなに料理はしないからと聞いていて、こいつがジャムを作れるとは正直意外だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイリス…フィール…?」

 

 

リヒトと買い物を終え、さて帰るかという時に俺は後ろから誰かに服の裾を引っ張られた。最初にリヒトが俺の服の裾を引っ張った“誰か”を見た時、その顔色が驚愕の色に染まり、瑠璃色の瞳が大きく見開かれる。

 

 

 

アイ…何だって?リヒトは誰かの名前らしい単語を口にした。

 

 

「私は母様じゃないわ。そっくりだからって間違えないでよリヒト。まさか二人で一緒にいるなんて思わなかったな。でもよかった。生きてたんだね、お兄ちゃん。」

 

 

 

あの夜、俺の腰から下の下半身を真っ二つにしたバーサーカーの主がそこに居た。こんな白昼にこんな場所で、出くわすとは思わなかったからどうすればいいか混乱してしまう。白い少女は場違いに、ニッコリと愛らしく笑った。

 

 

「まさか、ここで「はじめまして、アインツベルンの新しいホムンクルスさん。こうして直接会うのは初めてだね。」

 

 

 

リヒトが自然な動作で俺と白い少女の間に割って入り、努めて冷静な声で言う。アインツベルンの新しいホムンクルス?

 

 

「アインツベルンの新しいホムンクルスじゃなくて、私にはイリヤって名前があるの!イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。長いから、イリヤでいいよ。それで、そっちのお兄ちゃんは何て名前?」

 

 

 

どうやらイリヤは俺に名前を聞いているらしい。恐る恐る名前を告げると、イリヤは俺の名前を復唱して孤高な感じがするから合格と意味深なことを言う。

 

 

「リヒトは落ち着いてるのに、シロウがそんなに警戒してたら話辛いよ。今日はバーサーカーを置いて来たの。お兄ちゃん達だって、セイバーとあのキャスターを連れてないからおあいこ。」

 

 

 

あのキャスターって、リヒトの使い魔のことか?キャスターとは紛らわしい呼び方してるんだなリヒトの奴。

 

 

「おあいこって、お前…」

 

「ね、お話しよ?」

 

 

 

話したいことがいっぱいあったと、イリヤは屈託無く俺たちに微笑む。そして、俺とリヒトの両腕をそれぞれ手に取ってきた。思わず驚きと戸惑いで振り払いそうになったが、リヒトはその誘いに応じる様子でイリヤと歩き出す。

 

 

「おい、リヒト…!」

 

 

 

彼女に合わせて。大丈夫、死にはしないから。彼女になるべく、敵意を見せちゃだめだよ。

 

 

耳元でというより、頭の中で直接リヒトの声が響く。リヒトを見れば、リヒトの表情は桜と一緒にいる時のように柔らかい顔つきになっていた。

 

 

 

「むうっ、二人で何の秘密のお話してるの?ずるいわ、イリヤもまぜて!」

 

「ごめんね、イリヤスフィール。シロは急に君と会ったからまだ混乱してるみたいでさ。大丈夫だよって言っただけだから。」

 

 

こいつの尋常じゃない適応力がたまに怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……どうしてこうなった。

 

 

俺とリヒトの間に、イリヤがちょこんと座ってリヒトと普通にお話をしている。今日は一人でここまで来たのかとか、そういう当たり障りの無いながらも普通のお話をイリヤは楽しそうに話している。

 

 

 

リヒトはそっかそっかと相槌を打ちながら、時折イリヤの頭を撫でてやるとイリヤはエヘヘと嬉しそうに笑う。

 

 

「ねぇ、シロウも何かお話して!」

 

「え、俺?」

 

「シロ、レディを退屈させないのが紳士の嗜みだよ。」

 

「レ、レディを退屈させないって…」

 

 

 

イリヤに乗じて、リヒトがそんなことを急に言うから余計に混乱する。一生懸命に話題を探し、俺からもなんとか会話を試みる。

 

 

すると、だんだんイリヤのことが分かってきた。イリヤは寒いのが苦手なこと、でも雪は好きなこと、そしてイリヤの雪のように美しい白い髪は母親譲りだってこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初、幼いアイリスフィールがぼくの前に現れたんじゃないかとひどく驚いた。

 

 

「私にもね、貴方くらいの年頃の娘がいるの。今は遠くにいるから、会えなくてとても寂しいわ。」

 

 

 

そう語る、寂しそうな彼女の美しい横顔を今でもよく憶えている。ほんの数日しか一緒に居なかったけれど、お母さんってこういう存在なんだろうなと思うほど、彼女はぼくなんかにも優しくしてくれた。

 

 

「ねぇ、切嗣。リヒトをアインツベルンのお城に連れ帰るのは駄目かしら?」

 

 

 

切嗣さんに命を救われ、緊急時で彼らの元へ一時的に身を寄せていたことがあった。その時、アイリスフィールは何故かぼくなんかのことをいたく気に入ってくれてアインツベルンの城へぼくを連れ帰れないかと切嗣さんに無理を言ったことがある。

 

 

 

「……アイリ、僕もそうしたいのは山々だけどそれは出来ないよ。彼にも親がいる。」

 

「やっぱりそうよね…ごめんなさい、困らせるようなことを言って。リヒトも、ごめんなさいね。」

 

 

幼いぼくの顔を覗き込み、アイリスフィールはそう言って弱々しく微笑んだ。その身に脱落したサーヴァントの魂を既に数体宿し、アイリスフィールが人としての機能を存続させるのはその時やっとの状態だったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう帰らなくちゃ、そう言うなりイリヤは別れの挨拶も無しに行ってしまった。途端、リヒトは緊張の糸が切れた様に脱力する。

 

 

「キャスターがいないから、どうしようかと思った…よかったー彼女がバーサーカー連れてなくて。」

 

 

 

見れば、いつも通りのリヒトだ。先程までのリヒトはいつものリヒトとまるで別人だった。

 

 

「イリヤ、俺の名前は知らなかったのにお前の名前は知ってたぞ。あと、キャスターってお前そっくりのあの使い魔か?紛らわしい呼び方してるんだな。」

 

「あぁ、イリヤスフィールは昔の知り合いの娘さん。そっくり過ぎて、びっくりした。その人からぼくの名前聞いてたんでしょ?それとキャスターは彼のことだよ。対サーヴァント用の使い魔で、普段は連れ歩く様にはしてるんだけどさ。呼び名が思い付かなくて、キャスタークラスに肖ってキャスターって呼んでる。」

 

 

 

リヒト曰く、イリヤはリヒトの古い知り合いの娘さんらしい。あと、やっぱりキャスターとはあの使い魔のことだった。というか、対サーヴァント用って…あの使い魔、そんなに戦闘力があるのかと身震いした。もう完全にサーヴァントと一緒じゃないか。

 

 

「あれ…?キャスターにはぼくのフリして、今日一日過ごせって言ってあったんだけど、何でシロはキャスターが使い魔だって知ってるの?あぁ、姉さんか。」

 

「遠坂の奴、朝からあのキャスターと険悪過ぎて藤ねえからリヒトと遠坂が喧嘩でもしたのかって心配されたんだからな。」

 

 

 

「あっははは!姉さん、キャスターのこと何故か大嫌いなんだよね。いけ好かないってさ。姿形はキャスターもぼくなのに、ひどいと思わない?」

 

 

リヒトは笑い出し、あれも姿形は自分なのにと妙なことを言う。キャスターは俺たちをやたらいじりたがり、どうにもリヒトと同じ様には思えない。リヒトみたく、たまに小難しいことを言うのは一緒だが。

 

 

 

「あいつとお前は違うだろ。まぁ、悪い奴ではないんだろうけど…どうも、食わせ者な印象があると言うか。」

 

「姉さんとキャスターは根本的に似た者同士だから、同族嫌悪の類で姉さんはあんまり好きじゃないみたい。」

 

 

あれが遠坂と似た者同士…?ぼくの半身だから、仲良くして欲しいんだけどねとリヒトはぼやく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロ、スパゲッティ茹で終わったよ。」

 

「待ってろ、あと数分煮込んだらミートソースも出来るから。おまえ、意外と料理の手際いいんだな。」

 

「教会に居たときは料理全般、11の時からぼくがやってるから。」

 

 

思ったより、リヒトの帰りは早かった。今日の昼食は私とシロウとリヒトにメイガスの四人という珍しいメンバーだ。

 

 

 

二人並んで台所に立つ後ろ姿は何故か、今朝のメイガスとアーチャーを彷彿とさせる。あの二人は同じくらいの背丈だが、シロウとリヒトの身長差には凹凸がありリヒトの方が明らかに背丈は高い。

 

 

「どうした?騎士王。」

 

「いえ…あの二人の並んだ後ろ姿が今朝の貴方と、アーチャーみたいだなと思っただけです。」

 

 

 

文庫本片手にメイガスがどうかしたかと聞いてくるので、思った通りのことを口にするとメイガスが珍しく目を丸くした。

 

 

「貴殿もあながち目聡いな。」

 

「何のことですか?」

 

 

 

はて?メイガスが目聡いと言うので、意味を分かりかね首を傾げる。あの二人はいつも仲が良い。メイガスとアーチャーの様に意外な印象は受けず、自然なことだ。

 

 

「いや…何でもない。」

 

「変なメイガスですね。」

 

 

 

メイガスは丸くしていた瞳を薄っすらと細め、視線を文庫本に戻す。その口元は穏やかに弧を描いていた。

 

 

 

 

 

 



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番外編 姉の心、弟知らず

「イリヤスフィールのこと、姉さんやセイバーに言うの?」

 

 

帰り道、リヒトがイリヤのことを二人に話すのかと聞いてきたので首を横に降る。

 

 

 

「なんか…言い辛い。昼間のあいつ、マスターじゃなかった。」

 

「ぱっと見、年相応の幼い女の子だよね。君、あの子に殺されかけた割には妙に懐かれてたし。」

 

 

本当は二人にも話すべきだが、彼女のことを二人に報告するのが躊躇われた。

 

 

 

「君が言わないなら、ぼくも黙ってる。イリヤスフィールのこと、今日は敵だって思いたくないんだろ?シロのお人好し。でも、彼女がバーサーカーのマスターだってこと忘れちゃ駄目だよ。」

 

 

リヒトに俺の心中はすっかり見抜かれていた。お人好しと言われ、返す言葉が無い。

 

 

 

「俺はお前の適応力がこわい…とりあえず、お前が居てくれて本当に助かった。ありがとな?」

 

「今日の彼女には敵意が無かったようだし、最善の行動を取っただけだよ。」

 

 

礼を言われるまでもないと、リヒトはすたすた歩き出す。

 

 

 

「…にしても、お前って子供の扱い慣れてるよな。なんか意外だ。」

 

「日曜のミサの日とか、結構小さい子も来るからね。扱いには自然と慣れた。」

 

 

仕事柄ってやつか。リヒトが小さい子と接する場面をあまり見たことがなかったから、リヒトの意外な一面が見れて嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、リヒト…一週間後には帰るんだよな。」

 

 

帰宅後、キャスターが干した洗濯物を取り込み、シロもセイバーとの鍛錬に行く前に手伝うと一緒になって洗濯物を畳んでいるとシロがぼそりとそんなことを言う。

 

 

 

キャスターは読書は飽きたと呑気に昼寝、セイバーは体を慣らして来ると、先に道場へ向かった。

 

 

「姉さんも桜との交換条件とは言え、急に決めちゃうからさ…まぁ、あんまり長居するとシロ達にも迷惑かけるしぼくも帰るよ。」

 

「俺は迷惑じゃないし…もうちょっと、居てもいいんだぞ?あと一週間って言わないで。」

 

 

 

急にどうしたのか、ちらっとシロはぼくを見て、まだ居てもいいなんて言ってくれる。

 

 

「どうしたの?シロ。急にぼくが帰ることになって…寂しくなっちゃった?」

 

「ばっ、違う!そ、そういう…意味じゃなくて、だな。」

 

 

 

まさかなと思い、寂しくなっちゃった?とシロに軽いいたずら心で聞いたつもりが…割と本当にシロは寂しいらしい。

 

 

洗濯物を畳んでいた手が止まり、シロの顔が恥ずかしそうにじんわり赤くなる。もう少しイジワルしたくなり、シロの近くに身を寄せた。

 

 

 

「相変わらず、シロは寂しがり屋だなぁ。そんな顔しないでよ。一週間後に戻り辛くなる。」

 

 

シロの両頬に手を伸ばすと、むにっと柔い感触がする。近くで見れば、シロは童顔で実年齢より余計幼く見えた。

 

 

 

彼はこの童顔を気にしているようだけど、ぼくは好きだ。何事かと、シロが肩をわななかせ戸惑う様が面白い。でも、嫌がる様子は無いからシロの額に自分の額をくっ付ける。シロの額はすっかり熱くなっていた。

 

 

「ちょ、リヒトッ…ちか、近い!俺がどんな顔してたんだよ!」

 

「行かないでって、子犬みたいな顔。君、昔からぼくが帰るって時になるといつもそんな顔するんだもの。」

 

 

 

昔、ぼくが帰るときシロはぼくの着てる服の裾を掴んで離さなかった。おまけに毎度、そんな捨てられた子犬みたいな顔されたら帰り辛くて仕方無かったし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、リヒトの俺に対するデレが凄まじい。

 

 

数年間、俺に避けられて腹を立てたリヒトは俺に対する態度も当初はツンツンしてて刺々しかった。それがこの数日で見る見る内に軟化して、この有り様だ。真っ直ぐな好意を向けられている感じで悪い気はしないけど、こっちが恥ずかしくなる。

 

 

 

「お前、本当にリヒトか?キャスターと入れ替わって、俺のことからかってるんじゃあ…!」

 

「そんな事ないよ。」

 

 

困ったような笑みを浮かべ、リヒトはさも愛おしげに俺の額へ自分の額をすり寄せる。

 

 

 

大型犬が飼い主に大好きだと、全力で愛情表現をする様に似ているのは気の所為か。リヒトの睫毛の長さまで確認出来る程、リヒトの顔が近過ぎて何が何だか分からなくなる。

 

 

「シロ、ぼく嬉しいんだ。こうやってまたシロと話せるようになって。前はあからさまに君がぼくのこと避けてたから、すごく悲しかった。」

 

「それはお前が慎二に対して、容赦無いからだろ…!俺がすっかりお前のこと忘れてたのは悪かったけどさ。」

 

「編入早々、マキリがぼくにケンカ吹っ掛けて来たのがいけないんだよ。ぼくは悪くない。」

 

 

 

俺の知らぬ間に、そんなことがあったのか。何やってんだよ慎二の奴。それよりも、程良く彫りの深い甘やかな顔立ちは近過ぎる距離で見ると目の毒だ。

 

 

最近、桜が徐々に女性らしく色っぽくなってきたことにドキドキしていた俺だがリヒトはリヒトで小さい頃はあんな可愛らしかったのに、今でも中身は昔とさして変わらないが見た目は完全に大人の男だ。

 

 

 

それも、妙な色気があって同性の俺すらたまにドキリとしてしまう。遠坂はこいつと二年、何事も無く一つ屋根の下で暮らせていたのが或る意味すごい。

 

 

「…リヒト、せっ、洗濯物!早く畳むぞ!!俺もこれ終わったら、鍛錬戻るから!」

 

「そうだね、早く終わらせようか。にしても…」

 

「な、なんだよ!近いって…!」

 

 

 

まくし立てる様に早口で洗濯物を早く畳んでしまおうと言うと、リヒトは俺の両頬を両手で挟み込んで、尚離さない。ジッと俺の顔を覗き込んで今度こそ俺の心臓が保たないからもう勘弁してくれ。

 

 

「シロの照れ顔、誰かに似てるんだよね…あ、アーチャーに似てるんだ!そっかそっか、やっとスッキリした〜!」

 

「アーチャーって、遠坂のサーヴァントの…?そもそも俺、遠目でちらっとしか見てないし。」

 

「見てくれは君と似ても似つかないよ。でも、何でかな?初めて会った気がしないんだ。不思議だよねー。」

 

 

 

何で遠坂のサーヴァントの話が出てくるんだ?リヒトは一人で納得して、何と無く腑に落ちない。一人納得して満足したらしいリヒトは俺をあっさり解放し、洗濯物を畳む作業を再開する。俺は腑に落ちないし、まだ心臓がドクドクとうるさいから早く収まって欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一番風呂はやはり最ッ高だなあ。はあ〜よきかなよきかな。」

 

 

夜、バイトがあるから先にお風呂を使わせて貰う許可を家主のシロに頂き、お風呂に入ろうとしたところで自分も入るとキャスターが乱入して来て現在に至る。

 

 

 

ちゃっかり、キャスターは一番風呂を堪能して上機嫌だ。全身浴槽に満たされたお湯に浸かり、キャスターの白い肌がほんのり赤くなってる。

 

 

「遠坂邸ではいつも、イナンナの娘に先に入られてしまうのだ。一番風呂を堪能出来るこんな機会、またと無いからな。」

 

 

 

そういえば、お風呂沸かす当番は交代制だけど一番風呂は姉さんの特権だった。キャスターはずっとそれが不満だったらしい。別にぼくは一番だろうが、二番だろうが、あんまり気にしないのに。

 

 

キャスターはお風呂大好きで、ぼくが入るときはキャスターも一緒に入るのが常だ。教会にいた頃はキャスターと王様でどっちが先に入るかしょうもない言い争いが日常茶飯事だった。

 

 

 

「……ところで、白雪の姫に会ったのだろう?」

 

「イリヤスフィールのこと?うん、まぁ。」

 

「白き聖女に瓜二つで驚いたか?アインツベルンの乙女たちは皆、一つの鋳型から造られる。だから皆、同じなのだ。丁度、君と本官の様にな。」

 

 

キャスターは何故か、遠坂やマキリ、アインツベルンの事情にやたら詳しい。それ、ぼくも知らない話なんだけど。同じ鋳型ってつまり…彼女たちには大本のオリジナルが居て、そのオリジナルと同じ遺伝子情報から造られてるということか。

 

 

 

「ユスティーツァ・フォン・アインツベルン。始まりの御三家の、聖杯戦争の基礎を作ったアインツベルン家当時の当主で白き聖女と白雪の姫のオリジナルだ。さぞかし美女だったんだろうに、一度はお目にかかりたかった。」

 

 

残念だとこぼし、キャスターは湯船に深く身を沈める。恐らく、そのユスティーツァって人はキャスターの好みど真ん中だったんだろうが、呆れ果ててしまう。

 

 

 

「…アーチャーに言付けちゃおうかな。」

 

「それはやめてくれ。」

 

 

アーチャーも何でこんな奴に引っかかっちゃったんだろう。生前は聖人君子だったらしいけど、今のキャスターは俗っぽくて軽薄だし、はっちゃけ過ぎだ。

 

 

 

「それはさておき、君はシロが白雪の姫のことをあの二人に報告しないと言ったら黙ってると言ったな。まぁ、君があの二人に白雪の姫のことを話すのもおかしな話だ。姫がシロの義理姉だということも本人には黙ってるつもりか?」

 

「それ言ったら、多分シロはイリヤスフィールと絶対戦えないとか言いだすよ。今でもただでさえ彼女に情が移りかけてるのに。っていうかあの子、シロにとって妹じゃないの?」

 

 

浴槽の縁に手をかけ、キャスターはにやりと愉しげな笑みを浮かべている。イリヤスフィールはアイリスフィールと切嗣さんの娘だ。その事実を、ぼくはシロに言い辛い。

 

 

 

「白雪の姫は此度の聖杯戦争に備え、生まれる前から様々な“調整”を受けて居た様だからな。その影響で、既に彼女の成長は止まっているのさ。もうあれ以上、彼女が成長することは無いし老いることも無い。」

 

「彼女もその内、アイリスフィールの様になってしまうの?」

 

「だろうな。ホムンクルスに要らん情は向けるなよ。彼女らは元々、生きる為に生まれて来た者達ではないのだからな。」

 

 

キャスターに釘を刺されて、何も言えなくなってしまう。無言で体と髪を洗い、ぼくも湯船に浸かる。シロの家の浴槽は広いから、ぼくとキャスターの二人でも浴槽には余裕で収まる。体の芯から温まるようで、気持ちが良い。

 

 

 

「……そういう意味では、ぼくと同じだよね。」

 

「半身よ、悪い癖が出ているぞ。」

 

「今日ね、教会でランサーに言われたんだ。お前はその加護の所為で、簡単には死なないぞって。君の義理のお父さん、なんて余計なことしてくれたんだ。」

 

「そう言うな。親の心、子知らずとはこの事だなぁ全く。親とは子供の幸せを願うものだ。」

 

 

キャスターに頭をグリグリ撫でられた。そういうものなの?と聞けば、そういうものだと返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰宅すると、浴室の方からドライヤーの音と小さい子供がはしゃぐ様に楽しげな声が聞こえてくる。恐らく、キャスターとリヒトの声だ。私より一足先にリヒトは戻って来たらしい。

 

 

「リヒト?先に帰って来…ッ!?あんた達、なんて格好して髪乾かしてんのよ!!」

 

「姉さん!?お、お帰り…!ごめん!キャスターもすぐ上、着替えさせるから!」

 

「なんだ、帰ってたのか?イナンナの娘。ただいまの一つ位、言いたまえ。」

 

 

 

リヒトとキャスターが浴室にて、ドライヤーで髪を乾かしながらふざけ合っていた。リヒトは辛うじて下着の上からシャツを着ていたからまだいい。

 

 

しかし、キャスターはスエットの上から半裸姿で何かの術式が刻まれた鮮やかな青いタトゥーが目に入る。強い魔力反応があり、不思議な模様のタトゥーだった。

 

 

 

「凛の前で、なんて格好してるんだ?先輩…そこの服は貴方用か?」

 

「ん、本官用だ。ただいまの一つも無く、急に現れたのはイナンナの娘の方だろう?それとおかえり、アーチャー。」

 

「…ただいま。」

 

 

霊体化していたアーチャーが呆れた様子で現れ、近くに置いてある着替えを手に取るなりキャスターに無理やり着せ始めた。

 

 

 

しかし、意外なことにキャスターは抵抗する事も無く、されるがままにアーチャーに服を着させられる。キャスターがおかえりと言えば、あの捻くれ者のアーチャーが素直にただいまと言う様は変な感じがした。

 

 

「アーチャー、ありがとう…キャスター、自分の服くらい自分で着なよ。君いくつ?」

 

「人をまるで子供の様に…先ほどまで、本官と一緒にふざけていたのは何処の誰だ?君も早く、下を履け。」

 

「わかったよ。」

 

「まったく、君たちは…子供じゃあるまいし。」

 

 

 

まるで子供の言い合いだ。そう言えば、こうして二人が揃っているところを見たのは初めてな気がする。

 

 

リヒトとキャスターは見れば見る程に同じ顔で、生き別れの双子の様によく似ていた。多少の違いがあるとしたら、瞳の色とキャスターの方が少し背が高い位か。

 

 

 

「あんた達…二人でお風呂入ってたの?」

 

「ずっと前から二人で入ってるぞ?」

 

 

あっけらかんとキャスターが言うものだから、返答に困ってしまう。キャスターの言う、ずっと前からとはいつのことなのか分からないけどリヒトとキャスターは相当仲が良いようだ。二人でお風呂に入る程度には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さん、ぼく今日もバイトだから遅くなる。夕飯、帰ったら食べるからぼくの分取っといて。」

 

 

外行きの服に着替えを済ませ、玄関先で靴を履きながらリヒトはこれからバイトに行くという。すると、リヒトが不意に間桐君の名前を出してきた。

 

 

 

「そういえばさ、今日マキリ見かけた?」

 

「え?何で、間桐君が出てくるのよ。やたら何かに苛立ってる感じで、ブツブツ独り言言ってたわ。」

 

「あー…それ、相当キてるね。昨日、マキリに夜襲かけられてさ。」

 

「はぁ!?何でもっと早く、そういうこと言わないのよ!」

 

 

 

昨日、リヒトはバイト帰りに間桐君に襲われかけたらしい。何でもっと早く言わないのかと怒ると、リヒトは淡々と言葉を続ける。

 

 

「返り討ちにしたよ。マキリもさぁ、ぼく相手だったからよかったけど他相手だったら確実に殺されてたよ。そういうところ、ほんと短慮だよねアイツ。」

 

 

 

リヒトは間桐君をひどく嫌ってこそいるが、今の発言は何処となく間桐君を気にかけているようにも聞こえた。

 

 

「……あんたどうしたのよ?さっきの言い方、間桐君のこと心配してるみたいに聞こえたんだけど。」

 

「このまま行くと、下手したらあいつ死ぬよ?正規の魔術師でもないあいつが…そもそも聖杯戦争に参加すること自体が自殺行為なんだ。あんな奴でも、死ねば桜が悲しむ。」

 

 

 

リヒトは間桐君を心配しているのではなく、間桐君が下手を打って死んでしまえば桜が悲しむと危惧しているのだ。リヒトの行動理念の根底には、桜の影が見え隠れしてる。

 

 

「話は変わるけど、私に合わせて、一週間後に帰らなくてもいいわよ。士郎も桜も…あんたも連れてくって言ったら、残念そうな顔してたから。」

 

 

一瞬、リヒトは何を言われているのか分からないと言った顔できょとんとした。

 

 

 

「キャスターが帰りたくないって言ったのよ!いっそのこと、士郎の家の子になりたいとか言い出して…」

 

「キャスターがそんなこと言ったの?あいつ、姉さんを困らせたくて言ったんだよ。そういう奴だから。あんまり、真に受けない方がいい。」

 

 

……何で私はこんなに、一人で気を荒げているんだろう?リヒトは私なんかと違って比較的人当たりもいいし、あの二人にはいたく好かれてる。

 

 

 

「だから、あんただって帰りたくないなら無理して帰らなくてもいいわよ。」

 

「姉さん、そういうの要らん気遣いって言うんだよ。」

 

「はぁ!?アンタねぇ…人が折角「ぼくも帰るって言ってるの。」

 

 

リヒトは少しだけ気分を害した様子で、形のいい眉を顰めて私を見た。

 

 

 

「姉さん、なんか面倒臭いこと考えてるでしょう?」

 

 

リヒトが眉を顰めたのは一瞬の事で、今度は何処となく心配気に私の顔を覗き込む。リヒトの青い瞳に何もかも見透かされているようで、やや気恥ずかしい。フイと、視線を反らす。

 

 

今朝の、キャスターと桜の玄関先でのやり取りがちらついて、ヤケになる。リヒトは絶対、自分から私にあんな事しないし。

 

 

 

「姉さん?何かあった?」

 

「うるさい。」

 

 

 

抱きしめると言うより、しがみつく様になってしまった。腕を回したリヒトの背中は、思ったより筋肉がついてるものの、腰はほっそりしている。

 

 

リヒトの着てるよそ行きの服からは、ほんのり高そうな香水の匂いがして、この匂いは絶対リヒトの趣味ではないことを薄々感じる。誰から貰った香水付けてんのよ、本当にいけ好かなくて大事な弟。

 




UBWの遠坂嬢の攻略主人公ぶりを見るからに、ヒロインは士郎で。姉弟愛なのか違うのかは遠坂嬢のみぞ知る。


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それぞれの変化
第十七話 贈答品に得意分野は避けるべし


「メイガス、こんな時間にまたどこへ?」

 

 

夕刻。鍛錬も終わり、居間へと向かう途中で玄関先にてメイガスを見かけた。ちゃっかり、リヒトの私服と靴を借り、これからまた何処かへ出かけるようだ。確か、昼間も何処かへ出かけていた筈だ。

 

 

 

「やぁ、騎士王。ちょっと買い物に行ってくる。」

 

「……貴方、お金は持っているのですか?」

 

「半身から月一万円でやり繰りしろと、小遣いは渡されてるさ。」

 

 

マスターから小遣いを貰うサーヴァントなど、聞いたことが無い。首から提げた青いガマ口財布を私に見せ、メイガスは何処か得意気だ。

 

 

 

リヒトはやはり、シロウの様に私たちを人間扱いしてる節がある。それは決して、嫌なものではないが。メイガスはメイガスで、現代の暮らしにすっかり適用してしまっている。

 

 

「メイガス、貴方には英霊としての自覚があるのか甚だ疑わしい。」

 

「貴殿にそう言われてしまうと手痛いな。我ながら、現代の生活にすっかり馴染んでしまったことは反省している。しかし、この世はこの世で中々に愉快だぞ?騎士王よ。」

 

 

メイガスは苦笑しながらも、この世は愉快だと言う。サーヴァントには属性なるものが存在するが、彼は恐らく中立属性だ。基本的に目立った悪さはしないので、善属性が更に付与されると思われる。

 

 

 

「貴殿は第二の生に興味は無いのか?」

 

「私は第二の生に興味はありません。私が望むものは別にある。」

 

「貴殿は相変わらずだな。まだ悔いているのか?」

 

 

メイガスは小さく溜め息を吐き、まだ悔いているのかと言う。メイガスは、聖杯に賭ける私の望みを知っている。

 

 

 

しかし、敢えて願うことをやめろとは言わない。以前、私にそんな願いは捨ててしまえと諭してきたサーヴァントが居たが、私の何が分かると言うのかと、ひどく腹立たしく感じるだけだった。

 

 

「貴方とて、生前に後悔の一つや二つあるでしょう?」

 

「あると言えばあるが、今更どうしようもないからな。それに、後悔したことをもし無かったことにしてしまったら…半身がいなくなってしまう。」

 

 

 

メイガスの言う半身とは、リヒトのことだ。後悔したことを無かったことにしてしまうと、リヒトがいなくなる?それは私も嫌だ。

 

 

「それは本官としても本意ではない。だから、後悔を後悔とは思っていないよ。」

 

「……貴方は相変わらず、割り切りが良いのですね。」

 

 

 

メイガスは意外と、さっぱりした性格をしている。これでもう少し、食わせ者なところがなりを潜めれば好人物なのだけれど。

 

 

「割り切りの良さだけが本官の長所だからな。ではな騎士王、土産に貴殿好みの茶菓子でも買って来よう。」

 

 

 

そう言って、メイガスは鼻歌交じりに靴を履き、玄関を出た。今日のメイガスは随分、機嫌が良さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目当ての本を本屋にて無事手に入れ、セイバー用の手土産も買い、何の気なしに商店街を歩いていた時だ。

 

 

ふと、商店街に軒を構える花屋の前で足を止める。季節は冬だというのに、色とりどりの花々が並ぶ様は不思議だ。

 

 

 

赤い花を見ると、アーチャーを彷彿とさせる。イナンナの娘も赤いが、あれは花というより宝石の赤いルビーの方が連想させるイメージは強い。

 

 

他者に花を贈ったことは殆ど無いのだが、気まぐれを起こして花を買いたくなった。アーチャーは料理用品の方が喜ぶのかもしれないが、人に物を贈る際にはその人の得意分野は避けた方がよい。

 

 

 

半身には余り無駄遣いをするなと言われているが、貯金が出来る程度にはいつも余るから大丈夫だろう。

 

 

「よォ、そこのお兄さん。花をお求めかい?色々揃ってるぜって…なんだ、あんたかよ。」

 

 

 

昨日ぶりに聞き慣れた声がして、顔を上げると青のランサー殿が居た。何でランサー殿が此処に?それは向こうも全く同じことを思ったに違いない。

 

 

「これはこれは、青のランサー殿。昨晩振りじゃないか。こんな所で何を?」

 

「もう上がるが、バイト中だ。あんたこそ、マスターほっぽり出して何呑気に買い物してんだよ。」

 

 

 

バイトするサーヴァントなんて聞いたことが無い。まぁ差し詰め、ケチ臭いあの神父が自分の生活費は自分で稼げとランサー殿に言ったのだろう。

 

 

「半身に呼ばれれば、いつでも行けるようにはしてある。今日は私用だ。」

 

「おぉ、そうかい。で、花買うのか?買わないのか?俺も早く帰りてぇんだよ。」

 

「買う積もりで見てたんだよ。二月の旬の花は何だ?あまり花には詳しくないから、オススメがあれば是非教えて欲しいな。」

 

 

 

ランサー殿は本官が花を買うのがそんなに珍しかったのか一瞬、目を丸くするも直ぐにニヤリと笑う。

 

 

「へぇ〜あんたが花を買うとはねぇ。案外、見かけに寄らず隅に置けないな?あんたも。店内にも色々種類があるから、じっくり見てけよ。」

 

「早く帰りたいのではなかったのか?」

 

「面白そうだから、ほんの少しサビ残してやるよ。」

 

 

 

ランサー殿こそ、案外気の良い人だ。聖杯戦争とは関係の無い、別の機会に出逢っていれば…もう少し違う接し方が出来たかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そろそろシフト交代の時間が近づいて来て、さて帰り支度でもするかと思いかけた時だ。花屋の店先で、ディスプレイ用の花を熱心に見つめる長身のフード姿の男。

 

 

声をかけると、男がゆっくり顔を上げた。フードの中から、エキゾチックな顔立ちと神秘めいた色合いの蜜色の双眸が現れる。

 

 

 

「…なんだ、あんたかよ。」

 

 

偽キャスターだった。サーヴァントが呑気に買い物とは驚いた。見れば、商店街の書店の袋と誰かへの手土産だろうか?洋菓子屋の菓子折りを抱えている。

 

 

 

「これはこれは、青のランサー殿。」

 

 

聞けば、偽キャスターは花を買いに来たと言う。金ピカみたく黙ってれば、大層お綺麗な顔してるんだ。花なんて贈って気を引かずとも、この男なら女の方が放っておかない筈だ。

 

 

 

偽キャスターは素直にオススメの花があれば教えて欲しいと言うので、気分良く接客出来る。これがあの捻くれた気に食わねえ赤い弓兵だったら、そうはいかないだろう。

 

 

「この時期ならチューリップなんてどうだ?二月の誕生花なんだぜ。」

 

「チューリップは春に咲くのではないのか?」

 

「まぁ、そうなんだけどよ。結婚式のブーケなんかではこの時期に使うのがぴったりなんだよ。」

 

 

 

偽キャスターにチューリップの花を勧めてやれば、どうやらお気に召したらしい。ジッと、店内の何色かあるチューリップの花々を品定めしてる。

 

 

「どの色にする?黄色や黒は意味がよくないから、切り花としては置いてないんだが…他はどれも贈る花としては意味合い的にも悪くないぜ。」

 

「花言葉というやつか?女性が好きそうだな。余り、そういう類には疎くてなあ…よし、赤色をくれないか。」

 

 

 

思わず口笛を吹いてしまった。この男、見かけに寄らずかなり情熱的だ。一体、誰に贈るのかは知らないが。

 

 

「あんた、見かけに寄らず情熱的だな。そういうとこ、嫌いじゃないぜ。」

 

「……赤色はどういう意味なんだ?」

 

「あっさり言っちまうと面白くねえから、教えてやんね。」

 

「意地が悪いなぁ、貴殿は。悪い意味ではないんだろう?なら別に、教えて貰わなくとも結構だ。これを贈る用に包んで欲しい。」

 

「へいへい、畏まりました。つまんねぇな。」

 

 

 

偽キャスターが誰に花を贈るのか教えてくれるなら、教えてやろうかと思っていたら肩透かしを食らった。意外とこの男、サッパリした性格をしている。花を包むべく、赤いチューリップの花とアクセントに使用する小花をサービス用に取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな時間まで、どこをほっつき歩いていた?」

 

見慣れた長身の人影が衛宮邸の正門をくぐるのが見えて、屋根から降りる。声をかければ、先輩はオレの方をゆっくり振り返った。

 

 

 

「商店街まで行ってきた。ただいま、アーチャー。」

 

「あぁ、おかえり。今は聖杯戦争中だというのに、あなたは呑気なものだな。」

 

「半身は放任主義なんだ。人様に迷惑をかけぬ程度に、あとは好きにしろと言われてる。呼ばれれば、直ぐに駆け付けるがな。」

 

 

見れば、先輩は書店の袋と洋菓子屋の菓子折り、赤いチューリップの花束を持っている。

 

 

 

「……随分と、統一感の無い買い物をしてきたな。」

 

「この花束は貴殿にだ。いつも本官の無駄話に夜な夜な付き合ってくれて感謝してる。いつもありがとうな?アーチャー。」

 

 

そう言って、先輩は赤いチューリップの花束をオレに差し出す。女性に花を贈るなら兎も角、何故オレに買ってきた!?

 

 

 

「普通に礼を言えば、済む話だろ!?何故、オレの様な男に花を買ってきた!…渡されても、どうしたらよいか困るだろ!」

 

「イナンナの娘の部屋にでも飾って貰え。本官が気まぐれを起こして買ってきたものだから、扱いに困るとでも言ってな。さすればイナンナの娘なら、花瓶に生けてくれるさ。」

 

 

先輩の言った通りに言えば、凛ならしょうがないと言って花瓶に生けてくれるだろうことは察しが付く。先輩は妙なところで、凛の扱い方をよく分かっている。

 

 

 

「最初から凛に渡せばいいじゃないか。」

 

「イナンナの娘は花というより、磨けば光る美しいルビーの原石だ。」

 

 

先輩はオレに花束を一方的に押し付けると、荷物を置いたらまた来るとスタスタと玄関先の方へと歩いて行ってしまうから渡された花束の扱いに困る結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたのよ?その花束。」

 

「…先輩が気まぐれに買ってきたものを押し付けられて、扱いに困った。」

 

 

珍しく、アーチャーが困り顔で私の部屋を尋ねて来た。アーチャー曰く、キャスターが気まぐれに買ってきた花束を無理やり押し付けられたらしい。

 

 

 

「赤いチューリップ?また季節外れな花を買ってきたわね…あいつも。」

 

 

気まぐれに買ってきた割には、花束は綺麗に包装されていた。どうやら、キャスターは何故かアーチャーに渡すつもりでその花束を買ってきたと思われる。

 

 

 

「このままでも花が可哀想だから、君の部屋に飾ってくれないか。」

 

「何で、他人が貰った花を私の部屋に飾らなきゃいけないのよ?…まぁいいわ、仕方ないから飾ってあげる。士郎に花瓶が何処にあるか、聞かないとね。」

 

 

アーチャーはほっとしたような顔を見せた。アーチャーから花束を受け取り、ふっと気がついたことがある。

 

 

 

「にしても…あいつ、赤いチューリップの花言葉知っててあんたに渡したのかしらね?」

 

「花言葉?」

 

 

魔術では触媒に花を用いることもあるから、花の種類を勉強する内に、私も花言葉の意味もそれなりに覚えたつもりだ。アーチャーがきょとんとした顔を見せる。

 

 

 

「その顔からして知らなそうね…赤いチューリップの花言葉はね。」

 

 

アーチャーに赤いチューリップの花言葉を教えてあげると、途端にアーチャーの顔が真っ赤になった。ちょっと、何であんたが顔赤くすんのよ。

 

 

 

「あの男は…!凛、誤解しないでくれ!!あれは本当に気まぐれで買った花を、私に押し付けただけなんだ!」

 

「そんなの知ってるわよ。あんた、一杯食わされた訳でしょう?あのキャスターに…そんな風に、あんたが顔を真っ赤にすることないじゃない。」

 

「そ、それもそうだな!私は見張りに戻らせて貰う!」

 

 

アーチャーは妙に挙動不振な態度のまま、見張りへと戻っていく。私の手の中には、アーチャーから受け取った花束がぽつんと残された。

 

 

 

やっぱりあのキャスター、本当いけ好かない使い魔。けど、花に罪は無いから早く生けてあげないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、お前なんかと似てないんだからな!」

 

「…なんだと?」

 

 

夜、突然現れたアーチャーに難癖付けられてカッとなる。ふと昼間のリヒトとのやり取りを思い出し、俺はお前なんかと似てないと強く言い返す。

 

 

 

すると、アーチャーの顔付きが急に変わった。呆気に取られた様な…そんな顔だ。

 

 

「リヒトが…言ってたんだ。お前に、俺が似てるとか変なこと言って。」

 

「リヒトが?フン!似てる訳がな「そうか?本官は似てると思うがなぁ。」

 

「「キャスター!?・先輩!?」」

 

 

 

当人こそがそっくり、いや瓜二つの闖入者が気配も無しに現れるから驚いた俺たちの声が見事なタイミングでハモった。キャスターが吹き出して、笑い出す。

 

 

「アッハハハハ!!声を上げるタイミングまで被ったぞ?君たちはとても息が合うな。」

 

「妙な茶々を入れないでくれないか!?先輩!私とこいつの何処が似てて、息が合うと言うのだ!忌々しい!!」

 

「そっくりそのまま同じ台詞を返してやるよ!キャスター!!妙なこと言って、引っ掻き回すのはやめてくれ!」

 

 

 

キャスターは他人の争い事に好き好んで首を突っ込み、火に油を注ぐきらいがある。

 

 

「貴殿たちは本当に…くくっ、愉快だなあ。実に愉快だ。アーチャー、あまりシロをいじめるな。彼に助言をする積もりならならば、もう少し手柔らかにしてやれ。誤解されるぞ?」

 

「助言…?」

 

 

 

こいつが俺に助言?一体何で?そんな事をされる義理は無い。すると、アーチャーは急に取り乱した様子でいきなりキャスターの腕を掴む。

 

 

「これ以上、余計なことを言わないでくれ!衛宮士郎!この口数が減らない男の言動は全て、聞かなかったことにしろ!!」

 

 

 

アーチャーはそう言って、キャスターを引きずりながら闇に溶ける様に消えた。あいつ等、結構仲良いんだな。意外だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼むから!!余計なことは今後一切、衛宮士郎の前で喋らないでくれ!」

 

 

オレ達以外は誰も居ない屋根の上、先輩は未だに愉しそうな顔をしてオレの隣に腰掛けている。

 

 

 

「とうとう煮え切らなくなって、貴殿がシロに助言を与えようとするとは驚いたよ。やっぱり、君は優しいなぁ?アーチャー。」

 

「……衛宮士郎がまさか、あんなことを言うとは思わなかった。リヒトの奴、何を妙なことを言い出すんだ。」

 

 

気が付かれるのも時間の問題か。いや、先輩はとうの昔に気が付いているのだろうが。彼も、昔からやたら勘が鋭くて隠し事が出来なかった。

 

 

 

「似てるも何も、君たちはムゴッ「もう貴方は黙ってくれ。」

 

「…わかった、余計なことは言うまいよ。」

 

 

先輩はため息まじりに余計なことは言わないと了承する。やはり、この人に俺の正体は完全にバレてる。

 

 

 

「……先輩、リヒトの事は好きか?」

 

「…ん?好きだぞ?大事な半身だ。」

 

「あなたたちの関係は良好的過ぎる程だな。」

 

 

先輩はリヒトのことを好きだと言う。俺と先輩は似ている様で、決定的に違う部分がある。先輩はあの子を肯定しているが、オレはどうだ?

 

 

 

「そういう君はあの子が嫌いなんだろ。君は過去を全部、無かったことにしたいのかい?僕とのことも?」

 

「なっ…!?そんな訳があるか!」

 

 

不意にらしくもなく先輩が…いや、彼が不安気な表情をする。そんな訳が無いと、慌てて否定する。

 

 

 

全部、無かったことにしたいとは思わない。ただ、今に至るまでの過程で、自分の存在が忌々しいのだ。いっそ、自分の存在を消したいとすら思っていた…以前までは。本当に、先輩と君の所為だ。凛が衛宮士郎と同盟を組んだ辺りから、狂い始めたと言ってもいいが。

 

 

「そんな…訳があるか。ッ、全部…君らの所為で、何もかも予定が狂ってしまった。」

 

「それはよかった。最悪の可能性だと、君はあの子と殺し合う場合だってあった。まぁ、そうなったらそうなったで…僕がそんなこと絶対させないけど。」

 

 

 

不安気だった表情を一変させ、彼がそれはよかったと綺麗に笑う。折角、冬木の聖杯戦争に召喚されたと言うのに、とんだ邪魔者が居た訳だ。

 

 

「君は今も昔も働き過ぎなんだ。生前の記憶が磨耗するくらい、頑張り過ぎて…それが全部裏目に出ちゃって、すっかり捻くれちゃってさ。」

 

 

 

気付けば、彼に抱き締められていた。まるで幼い子供が親に縋る様にぎゅっと、彼はオレを抱き竦める。

 

 

「キャスターみたく、何千年と守護者やってると割り切れちゃうらしいけどね。」

 

「……先輩とオレを一緒にするな。経験も何もかも違い過ぎる。」

 

「そうだね…ごめん。けど、何でこうなっちゃったのかなぁ?僕は姉さんみたいに完璧真人間ではなかったから、君を矯正させるつもりは無かったよ。桜みたく、君の全部を受け入れるような深い寛容性があった訳じゃないし。セイバーみたいなに真っ直ぐ君と向き合うひたむきさがあった訳でもない。かと言って、藤村先生みたいに器が大きい訳じゃないし。君の共犯者になること位しか、僕には出来なかったんだ。」

 

 

 

そういう君こそ、オレなんかを何処までも追いかけて来た執念深さがあるじゃないか。

 

 

「……あの子も、何れは君の様になってしまうのか?」

 

「それは無いと思うよ?君が心配し過ぎなんだ。ほんっと、何でぼくに対しては過保護なのさ君。」

 

 

 

そんなつもりは無い、筈だ。しかし、何処かでオレはあの子に幸せになって欲しいと願っている。

 

 

「ぼくに対して、勝手に申し訳ないとか思ってる訳?僕がこうなったのは、自分の所為だとか自惚れないでよ。これは僕の意思だ。」

 

 

 

時折、あの子に対して申し訳ない気持ちになっていたことはとうにバレていたらしい。おもむろに彼を見れば、珍しく彼がムクれた表情だ。

 

 

「君のそういう面倒臭いところ、好きだけど嫌い。僕は自分から望んで、キャスターを介してこうなっただけだ。汚れ仕事は昔からやってきたし…従軍時代も精神衛生上、非常によろしくないものはいっぱい見てきた。」

 

 

 

彼はオレの様に、昔からどこか壊れていた。それは生前、彼と再会して行動を共にする様になってから…より顕著になっていた様な気がする。

 

 

彼はオレと再会する前まで、紛争地域にて従軍神父なる職に就いていたことをぼんやりながら思い出す。あれだけ神父は考えてないと散々言っておきながら、結局養父と同じ仕事に就いた彼は皮肉としか言い様が無い。

 

 

 

「諦めなよ、××。昨日、君に言っただろ?これからは地獄の果てまでずっと一緒だって。」

 

 

生前、彼がオレに言った言葉をふと思い出す。どこまで堕ちてでも、付いていくと。それは不幸に満ち足りた末路を約束し合う、ロクでもないプロポーズの様な言葉にも聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「覗き見は感心しないぞ?アーチャー。」

 

「何の話だね…?」

 

「白々しくとぼけるな。それは本官の専売特許だぞ。今朝の話だ。何を見た?」

 

 

先輩が何かを察した様子で、オレにそう尋ねてくる。マスターとサーヴァント同士は時折、繋がったパスを介して記憶を共有するが、サーヴァント同士も出来るとは知らなかった。それも、よりによってあんなものを見させられたオレの身にもなって欲しい。

 

 

 

「今朝…あれは夢と言うか、貴方と“君”の過去の記憶が見えた。」

 

「はて?君とは誰のことだ。」

 

「それこそ白々しいことを言うな、貴方の中にいるもう一人だ。」

 

「まるで本官を二重人格者の様に言うじゃあないか。」

 

 

その通りだろう。どういう訳か、先輩の中にはもう一人いる。それが、俺の知ってる彼であることは間違い無い。

 

 

 

「貴方に、君が助けてくれと縋る記憶を見た。あれは…」

 

「彼は最期に、最初で最後の神頼みをしたのさ。その末路はまるで本官と同じことの繰り返しになってしまったのが皮肉なことだが。必ず、願いは叶えてやろうと思っただけだ。本官も元は、その端くれだからな。」

 

 

意外にも、先輩は彼についてあっさりと白状した。神頼み?願いを叶える?ここに来て、分かりかけていた先輩の正体がまた分からなくなる。

 

 

 

「先輩…あなたはやはり何者なんだ。」

 

「兄上が相当な無理を言って、とある神に血を分け与えて貰い、本官を半神の成り上がりにしたんだ。万能の願望器程ではないが、他者の願いを叶えてやる力は本官にも多少はある。その分、代償は高く付くがな?」

 

 

たまに先輩は、さらりとすごいことを言う。先輩の兄というのは本当に何者なんだ。いや、先輩の今までの話を聞いていると何と無く誰だか把握は出来るのだが…

 

 

 

「…彼は何を、貴方に願ったんだ?」

 

「それを本官の口から言わせるな。」

 

 

貴殿なら分かってるはずだと、先輩は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 

 

「アーチャー、貴殿は記憶喪失だと言っておきながら今は殆どの記憶を思い出しているではないか?」

 

「誰かさんがいつの間にか勝手に、オレとパスを繋げた所為だろ。忘れていたものが溢れ出て来る様に鮮明になっていくから、頭が痛い位だ。」

 

 

昨晩のことを思い出してしまい、頰がじんわり熱い。しかし先輩は昨日の今日で、何事も無かったかの様に平然としているから腹立たしい。

 

 

 

「ならいっそのこと、もっと早く貴殿をモノにしてしまっても良かったな。貴殿がひどい怪我を負ったとき、一瞬このまま手を出してしまおうかとも考えだが…手負いの者に無理を強いるのは酷だなとやめておいたんだ。」

 

 

この男は何を言い出すんだ!?先輩を言っているのは、オレが先輩に魔力供給の真似事めいたことを受けた時のことだろう。

 

 

 

「ッ…このケダモノ!!神職者にあるまじき発言だぞ!」

 

 

ジェネレーションギャップ所の話ではない。時折、先輩は色事に関して明け透け過ぎるのだ。聞いてるこっちが恥ずかしくなる。昨晩だって…いや、これはやめておく。

 

 

 

「昔の神職者は貴殿が思ってるほど、極端に禁欲的ではなかったぞ?むしろ、神との交わりを積極的に求める淫蕩さがあった方が好まれていた程だ。本官とて「それ以上言うな!」

 

 

残念な何とやらという言葉があるが、先輩もまた…正にそのタイプだ。凛は先輩のこの性格を察しているのか、先輩を苦手としている。

 

 

 

「アーチャー、貴殿は奥ゆかしいな。貴殿のそういうところが実に本官は好ましい。」

 

「……先輩、あの赤いチューリップの花も意味を分かっててオレに渡したのか?」

 

 

この英霊たらしめ。しれっとそんなことを軽々しく口にする先輩は、腹立たしくも憎めない。土産だと渡された花の意味も、分かってオレに渡したのかと聞けば、先輩は小首を傾げた。

 

 

 

「ん?花屋で旬の花は何だと聞いたら、おすすめはチューリップだと言われたんだ。丁度赤色が貴殿の様だったから、赤にしただけだよ。そしたら花屋の店員に情熱的だなと囃されてなぁ、どういう意味があるのか貴殿は知ってるのか?アーチャー。」

 

 

先輩は素直に分からないから教えてくれとオレに赤いチューリップの花の意味を聞いてくるからタチが悪い。その花屋の店員を呪ってやりたいとすら思う。

 

 

 

「オレとて花の意味など知らなかったさ。凛に言われて、初めて知った位だ。」

 

「イナンナの娘も乙女だなあ。花言葉の意味は知っているのか。して、意味は何だ?貴殿も勿体ぶらないで教えてくれ。」

 

 

その意味をオレに言えと?先輩はやたら真摯な目でオレを見つめてくる。そんな目でオレを見ないで欲しい。しかし、言わないと多分先輩はオレを解放してくれないだろう。

 

 

 

「…だ。」

 

「ん?アーチャー、今何と?」

 

「あ、愛の告白だ!このたわけ!!もう二度と言わんからな!」

 

「……無知とは恐ろしいな。」

 

 

先輩はプッと、小さく笑って吹き出した。どうしてオレがこんな恥ずかしい思いをしなくてはならないんだ!!もう何度、先輩の前で赤面したか数知れない。

 

 

 

「や〜…花など人に贈ったことが無かったから、気まぐれに不慣れなことはするものではないな。愛の告白か、そうか。我ながら、らしくもないことをしてしまった。」

 

「凛に何と、言い訳したらいいか困ったオレの身にもなってくれ!」

 

「アーチャーよ、本官と今の貴殿の関係は言葉で言い表すとすれば何と言えばよいのだろうな?」

 

 

先輩がまたしても意地の悪い顔をして、オレに妙なことを聞いてくる。全く、この男は…!

 

 

 

「恋仲と言うには、まだ貴殿と本官は出会って日が浅い。生前の彼と貴殿は…彼が表向き、信仰していた者の手前、彼も実に曖昧な態度だったろうから、貴殿も散々煮え切らない想いをしてきたのだろう?」

 

 

否定は、出来ない。彼は結局、最後の最後までオレに随分と煮え切らない想いをさせてくれた。

 

 

「友達からでは、その、だめ…か?」

 

「もう貴殿と本官は友人だろう?」

 

「そういう意味じゃない!こ、これは…断り文句の場合もあるが、前向きな意味での使い方にも適用される!これ以上、言わせるな!」

 

 

これはオレなりの最大の譲歩だ。それを先輩はもう自分達は友人の筈だと恥ずかし気もなく口にする。だからどうしてオレがこんな恥ずかしい想いを何度もしなくてはならないんだ!!

 

 

 

「……そうか。」

 

 

返ってきた先輩の反応は案外あっさりとしたものだったが、心なしか先輩の頰は赤い。まさか、あの先輩が照れるだと?先輩の照れる基準がまるで分からない。

 

 

 

「先輩、照れてるのか…?」

 

「…その様だ。赤面したのは何千年ぶりだろうなぁ?いやはや困った、中々に恥ずかしいぞ。」

 

 

先輩曰く、何千年ぶりかの赤面らしい。先輩に一矢報いることが出来たらしいが、妙に実感が湧かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒト、メイガスは何か悪いものでも食べたのでしょうか?」

 

「はい?」

 

 

バイトから帰宅すると、シロが居間で紅茶を淹れ、セイバーが洋菓子屋の菓子折りを目の前にまだですかシロウ!とそれを待ち兼ねていた。

 

 

 

聞けば、キャスターがセイバーの為に手土産を買ってきたのだという。あのキャスターが?中身はカスタードたっぷりのバニラビーンズがよく効いたシュークリームで、シロの淹れた紅茶とよく合って美味しい。ぼくもついでに頂く。

 

 

セイバーがシュークリームを堪能しながら、キャスターは何か悪いものでも食べたのかと妙なことを聞いて来る。

 

 

 

「今朝もキャスターはごはんをよく食べていました。きっとその時、悪いものを食べたに違いありません。」

 

「セイバー、今日の飯当番は俺の筈だったんだが…悪いものを作った覚えは無いぞ?」

 

「シロウのごはんが悪いとは言っていません!メイガスの様子がここ最近おかしいんです!!昔のメイガスはあんな風に笑うことは、まずありませんでしたよ!」

 

 

セイバーはここ最近のキャスターの変化に、ただならぬ違和感を覚えているようだ。恋は人を変えると言うけど、ぼくの前ではキャスターはわりといつも通りだ。

 

 

 

「セイバーの言う昔って、いつなんだよ?リヒト。」

 

「えー?彼此…10年くらい?」

 

「10年!?」

 

 

シロがぶちゅりと、持っていたシュークリームの中身のカスタードを卓の上へと、無残に飛ばす。慌てて、シロはティッシュでそれをふき始めた。

 

 

 

「昔のメイガスは、リヒトの前では分かりませんが…私たちの前では笑顔を見せた記憶は皆無です。」

 

「キャスターの奴…随分前から使い魔やってるんだな。」

 

「まぁね。10年も一緒に居れば、大して変化なんて気にしないけど。」

 

「リヒトには…メイガスの様子は変わり無く映りますか?」

 

「アーチャーが仲良くしてくれてるからね。最近は楽しいんじゃない?」

 

「リヒト、さっきアーチャーと会ってきた。いきなり難癖付けられて、散々だったんだからな。」

 

 

シロがむっとした顔でアーチャーとのやり取りを話し出す。シロはアーチャーに、自分たちは似てないとハッキリ言ったらしい。

 

 

 

「アーチャーがシロウに似ていると?」

 

「似てる訳ないだろ?セイバー。リヒトが変なこと言うのが悪いんだからな!」

 

「ぼくの所為?ひどいなぁ。」

 

 

シュークリームを食べ終わり、ティーカップを手に流し目でちらりとシロを見遣ればまだ腹を立てているらしい。

 

 

 

「…そうだね、君たちはまるで似てないよ。変なこと言ってごめん。」

 

「まったくだ!カスタードで手がベタベタになったから、手洗って来る。」

 

 

シロはぷりぷりしながら台所の流し台へ手を洗いに行った。居間にはセイバーとぼくだけが残される。

 

 

 

「リヒト…シロウはああ言ってますが、私もあなたたちとアーチャーとメイガスは似てると思いました。」

 

「ん?何でそこにキャスターが出て来るの?」

 

「今日のお昼頃、あなたたちが昼食の準備をして並んで台所に立っていた後ろ姿が…早朝、メイガスとアーチャーが一緒に洗濯物を干す後ろ姿に似ていたんです。それをメイガスに言うと、私を目敏いなと言って…彼は笑いました。」

 

 

セイバーは不思議そうな顔をする。もしかしたら、キャスターはアーチャーの真名も既に把握しているのかもしれない。会ったことさえ無かった真キャスターの正体さえ知ってた位だ。

 

 

 

「ぼくたち二人とあの二人が似てる?ぼくとキャスターは兎も角、アーチャーとシロは別人だよ。セイバーまでおかしなこと言わないで。」

 

「……それもそうですね。」

セイバーはまだ、何か言いたげだったがシュークリームを平らげるのに専念することにした様で黙々と食べ始めた。

 

キャスターにアーチャーのことを問い詰めても、多分のらりくらりと躱されるだけだ。キャスターがアーチャーに執着を見せる理由もアーチャーの正体に関わりがありそうな気はするけど、無粋な真似はしたくないしそっとしておいてやりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロにわざわざ起こしに来て貰うのも悪いから、ぼくもここで寝るよ。いいかな?セイバー。」

 

「待て!何で俺じゃなくて、セイバーに許可を取るんだ!?」

 

「私は構いませんよ?」

 

「だってさ、シロ。」

 

「うぐっ。」

 

 

真夜中、リヒトが布団一式を手に、俺の部屋に来たときは驚いた。自分もここで寝ると言い出したのだ。

 

 

 

「ありがと、セイバー。シロに許可取るよりセイバーに取るべきかなって思ったから、よかったよ。じゃあおやすみ。」

 

 

リヒトはそう言って、さっさと布団を敷くなり寝てしまった。こいつは布団に入り、横になるとすぐに熟睡する特技でもあるんだろうか。

 

 

 

小さい頃、リヒトが泊まりに来るとリヒトの使ってた客間で一緒に寝たのだが、リヒトはすぐに寝てしまい、俺としては非常につまらなかった思い出がある。

 

 

「リヒトはおやすみ3秒ですね。シロウ、私たちも今日はもう寝ましょう。」

 

 

 

セイバーは熟睡するリヒトを見て、和やかに微笑む。笑うとセイバーって、年相応の女の子なんだよなぁ…本当。リヒトはずるい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………さむっ。」

 

 

深夜、底冷えする部屋の寒さで目が覚めてしまった。今何時だと枕元に置いた携帯を手探りで取り、見れば夜中の2時を過ぎてる。ふと、隣で寝ているシロを見る…と、どうやら夢見が悪い様だ。

 

 

 

夜目に慣れて来ると、シロがうなされて、苦しそうにしてるのがうっすら見えた。

 

 

ほっとく訳にも行かず、起き上がりシロの額にかかった髪をよけてやれば、部屋は寒いのにシロはじっとり汗を掻いてる。

 

 

 

シロの部屋のタンス、タオルあったっけ?一度電気を点け、シロの部屋のタンスの小さい引き出しを開けると…ハンドタオルがあった。

 

 

タオルを見つけたら、豆粒電球だけ残してあとの電球の灯りを消す。

 

 

 

「…シロ、大丈夫?」

 

 

額に掻いた汗をそっとタオルで拭ってやる。すると、ぼくの声に反応し、シロの目がうっすらと開いた気がした。暗いからちょっと見えづらい。

 

 

 

「リヒ…ト?」

 

「うん、ぼくだよ。怖い夢見た?」

 

「う…火事の夢、見た。」

 

 

シロが言っているのは、冬木の大火災のことだろう。あれはひどい火事だった。

 

 

 

ぼくも、遠目がちに轟々と激しく燃え盛る一面の地獄を、キャスターに縋りながら、恐ろしい思いで眺めることしか出来なかった。

 

 

シロはあの火事で、士郎って名前以外は全部失くしてしまったんだ。まだ、あの頃のことはシロの記憶の奥深くに、痛々しく刻み付けられている。

 

 

 

「お水飲む?待ってて、今…「行かないでくれ。」

 

 

一旦部屋を出ようとして、不意に伸ばされたシロの手に寝間着の裾をくいっと掴まれた。シロは寝ぼけているのか、妙に口調が幼い。

 

 

 

「…わかったよ、行かない。今夜は君のそばにいる。」

 

「ん、リヒト…そっち、行っても…いいか?」

 

 

甘えるように、シロがぼくの方へ行っていいかなんて聞いてきたときには目眩がした。シロってば、相当寝ぼけてる。いつものシロならこんなこと、絶対に言わない。

 

 

 

「…ダメか?」

 

「……ほんと、君って奴は。」

 

 

不安な様子で、シロがもう一度聞き返す。ぼくがダメって言わないの分かってて、聞いてるの?そんな顔されたら困るよ本当。布団に入り直し、一人分スペースを確保する。

 

 

 

「ほら…来ていいよ、シロ。」

 

 

シロは小柄だから、一緒に寝る分には多少狭いけど問題無い。問題無い、が…ぼくらはもう高校生だ。同じ布団で寝るのはちょっと、しかしシロにいいよと言ってしまった手前、もういいやと諦めた。

 

 

 

シロはもそもそとぼくの布団に入って来るなり、ぴったりと寄り添って来る。あの、シロさん?

 

 

「やっぱり、リヒトはくっついてると…あったかいな。お日さまみたいで、安心する。」

 

 

 

…ぼくは昔から、基礎体温が人より少し高いらしい。姉さんからは夏場、暑苦しいと嫌がられるのだけど。

 

 

利き腕でシロの背中にゆるく腕を回し、背中をとんとんと叩いてやる。ぼくの夢見が悪かったとき、キャスターによくしてもらったことだ。

 

 

 

この後、キャスターは自国の言葉でまじないを刻み、ぼくの瞼にキスをしてくれた。これがよく効くもので、朝までぐっすり眠れる。

 

 

拙いながら、キャスターの言葉を思い出して復唱し、シロの瞼に軽くキスをする。シロがくすぐったいと小さく笑った。

 

 

 




黄色いチューリップの花言葉は実らぬ恋。
黒いチューリップは私を忘れて。かなりよろしくない。
ランサーのバイトはきっと日払い制


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第十八話 衛宮少年の受難と懐かしき回想

「…………ん、あ…れ?」

 

 

おかしい、いつもなら朝冷えの肌寒さで目を覚ますはずなのに…からだがぬくい。

 

 

 

ゆらゆらと意識が浮上し始めると、背中にやんわりと回されたぬくもりに気が付いた。へ??ぱちりと目を覚ますと、目の前に昔馴染みの寝顔が間近にあり、眠気が一気に吹き飛ぶ。ガバッと起き上がり、思わず声を上げてしまった。

 

 

「な、なんでさ!?」

 

 

 

待て、どういう状況だよこれ!?思考回路が今の状況を整理できず、ショート寸前に陥っている。

 

 

…そうだ、昨日リヒトがわざわざ起こしに来て貰うのも悪いから俺の部屋で寝ると言い出して、俺の部屋に来た所までは思い出せた。セイバーが私は構いませんよと言って、俺の部屋でリヒトが寝ることになったんだ。ちゃんと布団は分けた!

 

 

 

「ん〜〜……シロぉ、朝から耳元でうるさい…」

 

 

俺の声で起きてしまったらしいリヒトが瞼をこすり、不満を漏らしながらむくりと身を起こす。

 

 

 

「わ、悪い!っていうか、何で同じ布団で寝「…よく寝れた?」

 

「お、おかげさまで…」

 

 

起き抜けの幼げな顔つきで、リヒトがこてんと首を傾げ、寝心地はどうだったかと聞いてくる。おかげさまで、寝起きは大変良好だ。

 

 

 

「そ、よかった。キャスター直伝のまじないが効いたかな?君の顔色も良さそうだし。」

 

 

ふにゃりと気の抜けた笑顔を見せ、リヒトは片手を伸ばして俺の目元を指先でさすりと撫ぜた。

 

 

 

「まじない…?」

 

「ん?キャスターを真似してみたんだ。かなり古い、簡単な魔除けだと思う。君の夢見が悪かったみたいだからさ。」

 

「…なんか、世話かけさせたみたいで悪い。」

 

「シロがぼくを頼ってくれるのは嬉しいし、別にぼくは構わないよ。今日から朝ごはんはパン主食だっけ?パンに合いそうな軽いもの、なんか作るよ。いつも君や姉さんにつくらせてばっかりだと悪いから。早く起きたなら、時間は有効活用しないとね。」

 

 

リヒトは笑ってそう言うと、大きく伸びをする。まだ頭が混乱して、呆けている俺を傍目に布団を畳み、部屋を出て行った。

 

 

 

自分の布団を畳もうとしたら出した覚えの無いハンドタオルが枕元にあった。これは…?しかも何で俺、リヒトの布団で寝てたんだ?起き抜けの頭をぐるぐるさせて唸っていると、セイバーも起きて来た。

 

 

「おはようございます、シロウ。朝から元気ですね。」

 

「お、おはよう?セイバー。悪い、朝から大きな声出して…リヒトなら飯作りに行った。」

 

「珍しい、リヒトが早起きだなんて。」

 

 

 

セイバーが意外げな顔をする。リヒトの奴、いつも桜が起こしに行かなければ登校ギリギリまで寝てるつもりだったに違いない。

 

 

「ところでシロウ、昨日はまたうなされていたようですが大丈夫ですか?」

 

「ん?あぁ…うなされてた記憶はあるんだが、わりと目覚めはスッキリしてるから大丈夫だ。」

 

「昨晩、シロウがうなされているらしい感じがして起きようかと思ったのですが…リヒトが先に起きて、シロウの世話を焼いてくれたみたいなので。」

 

 

 

昨晩、何があったのかとセイバーに詳しく話を聞いて、俺は頭を抱えることになる。

 

 

「リヒトがシロウの為に水を持って来ようとしたら、貴方が行くなとリヒトを引き留めたんじゃないですか。覚えてないんですか?」

 

 

 

隣の部屋に寝ていたセイバーからは、昨晩の俺たちのやり取りが筒抜けだったらしい。あまつさえ、俺はリヒトにそっちに行っていいかと駄々をこね、そのままリヒトの布団で一緒に寝たというから、寝ぼけて俺は何をやっているんだと恥ずかしさで顔が熱い。

 

 

「シロウ、リヒトが優しいからとあまりワガママを言って、彼を困らせては駄目ですよ。」

 

「…はい、気を付けます。」

 

 

 

そして何故か、俺がセイバーに軽く怒られる羽目になる。寝ぼけると、俺は随分リヒト相手に甘ったれになるらしい。一週間前までは考えられなかった様なことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよ、姉さん。」

 

「あんたがこんな早い時間に起きてるだなんて、どうしたのよ!?朝食の準備なんかしちゃって。」

 

 

朝、台所から美味しそうな匂いが漂って来る。見ると珍しくリヒトが朝食の準備中で鍋の火加減を見ながらコンソメスープを温めていた。

 

 

「シロに起こして貰ったら、いつもより時間あったから。朝ごはん作りの手伝いしてる。」

 

昨日、リヒトは衛宮君にわざわざ自分を起こさせに来るのは悪いからと、彼の部屋で寝たらしい。

 

 

 

「あんた、最近士郎に対して遠慮無くなって来たわよね。」

 

「そう?昔からこんな感じだよ。」

 

 

聞けば、リヒトは幼い頃から綺礼の目を盗んでこの家にちょくちょく出入りをしていたらしい。私の知らないところで、案外こいつの交友関係は広いのだ。時計塔のとある講師とも交友があるらしく、たまにリヒト宛てに英文字のエアメールが届く。

 

 

「姉さん、ぼくをこの家に連れてくことキレイに話してなかったの?」

 

「言う必要だってないでしょ?昨日、綺礼になんか言われたの。」

 

「キレイがあまりいい顔しなかったからさ。」

 

「綺礼なんかほっとけばいいのよ。」

 

 

 

昨日の夕方、私の滅多に鳴らないケータイに綺礼から連絡があったことはリヒトには言ってない。あのエセ神父、いつも通りグチグチと私がリヒトを無理やり衛宮君家に連れて来たことへの嫌味を言った後でぼそりと。

 

 

『あまりリヒトをお前の都合で巻き込むな。あいつがお前に弱いことを承知の上で、連れ出したのか。いっそのこと、連れ戻すぞ。』

 

『そっちこそ。普段、リヒトに対してあんまり関知しない癖に、思い出したように父親ヅラするのやめなさいよ。』

 

 

 

ケータイ越しに、綺礼が乾いた声で一瞬笑った様な気がした。あいつの考えてることがいつも分からない。綺礼が連れ戻そうとした所で、リヒトが素直に戻るとは思えないけど。

 

 

「…姉さんこそ、綺礼になんか言われた?」

 

「別に!何にもないわよ。」

 

 

 

鍋の火加減を確認しつつ、リヒトが何かを察した様子でこちらをジッと見つめる。敢えて強めにはぐらかすと、リヒトはそれ以上の詮索はしてこなかった。

 

 

「そう朝からカリカリするな、イナンナの娘よ。」

 

「いつも能天気なあんたとは違うのよ!」

 

 

 

こいつはこいつで、何処からともなく現れるなり、能天気過ぎて本当に腹立たしい。キャスターは一足先に、苺ジャムを塗ったトーストを頬張っている。

 

 

「リヒト、使い魔を無駄に甘やかすのやめなさいよ!食べなくても、術者の魔力さえあれば消えやしないんだから!!」

 

「腹が減っては戦ならぬ、聖杯戦争もできないぞ?半身の魔力で事欠かぬのだが、食事も摂らねばどうにも物足りなくてなぁ。」

 

 

 

リヒトの魔力で事足りると言いながら、キャスターは「半身よ、パンをもう一枚焼いていいか?」等とのたまう。

 

 

実体を伴った、それも意思疎通を図れる程度に知能の高い使い魔を使役するだけで、かなりの魔力を消費する。

 

 

それをリヒトは造作も無く、キャスターを使役しているから、リヒトが体内に貯蔵する魔力量は相当なものだ。

 

 

 

もしかしたら、リヒトもルーツを辿れば名門に通ずる魔術師の血が流れているのかもしれない。

 

 

元々、綺礼が何処からリヒトを引き取って来たのかは知らないけど。もう10年以上の付き合いなのに、未だに私はリヒトのことについて知らないことも多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タバコ臭いと思ったら、おまえかキャスター!」

 

「…やぁ、シロ。」

 

 

鍛錬中、ふとトイレに行きたくなり…行ったその帰りの廊下。不意にタバコ臭いなと思えば、軒先でキャスターがタバコを吸いながら読書中だった。何処から持ち出して来たのか、生前の親父が使っていた灰皿を出して。

 

 

 

俺に気が付き、キャスターがニコリと笑いかける表情はリヒトと瓜二つだから調子が狂う。

 

 

キャスターの主人であるリヒトは真面目に学校に行ったと言うのに、キャスターは今日もサボりだ。使い魔としての仕事を放棄し、右に本の束、左に灰皿を置いて呑気なものだ。使い魔の癖に、タバコなんて吸ってるし。

 

 

 

「使い魔には年齢なんて関係無いぞ。」

 

 

今、言おうとしたことを先にキャスターに言われてしまった。なんか、リヒトが喫煙してるみたいでイメージが余り宜しくない。

 

 

 

「なんか…リヒトがタバコ吸ってるみたいで嫌だ。あいつ、そういう悪ぶったイメージないし。」

 

「半身も夜はかなり遊んでいるぞ?朝帰りすることもあるしな。」

 

「朝帰りって…あいつが!?」

 

 

朝帰りって、つまり…口に出すのは憚られて、俺は黙り込む。キャスターが愉しそうに二マニマ笑う。

 

 

 

「イナンナの娘も、余り良い顔はしないがなぁ。」

 

「あ、当たり前だろ!?」

 

「たまの休日、半身を新都の盛り場に夜な夜な連れ出す人がいるんだ。半身の朝帰りは大抵、その人の所為だよ。悪い遊びばかり覚えさせて、本官も困ってるんだ。」

 

 

キャスターは苦笑しながらそんなことを語る。にしても、キャスターが吸ってるタバコのにおいに嗅ぎ覚えがあるなと思ったら、キャスターが吸ってるタバコの銘柄…昔、親父が吸ってたのと多分一緒だ。

 

 

 

「…あぁ、女性ではないよ。れっきとした男さ。その人があちこち半身を連れ回すから、半身もすっかり夜の街に馴染んでしまってなぁ。その伝手でバーのバイトも紹介されて働き出したんだ。」

 

歳上のさぞかし綺麗なお姉さんにでも連れ回されているのかと思えば、男だと言うじゃないか。

 

 

 

「悪い友達に付き合わされてるというより、あれでは悪い保護者に付き合わされていると表現した方がしっくり来る。」

 

「なんだよそれ。」

 

「まぁ、君が期待している様な、やましい事は何一つ無いさ。残念だったな。」

 

「なッ!?俺は別にやましいことなんて…!」

 

 

キャスターはニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、俺の顔を覗き込む。やましい事なんて考えてない!キャスターの人をからかい、愉しむ様子は遠坂そっくりだ。遠坂はキャスターを毛嫌いしてるけど、何と無くこいつら似てるし。

 

 

 

キャスターは一通り俺をからかい、愉しんだ後、指先に小さな青い炎をポッと灯し、新しいタバコに火を点ける。まるで魔法みたいだ。次に考えていた反論の言葉より先に、すごいなと言葉が漏れた。

 

 

「すごいな…それ、どうやってやるんだ。」

 

 

 

俺の反応に対し、キャスターが黄金色の目をきょとりと見開く。なんだよ、俺なんか変なこと言ったか?

 

 

「……血は繋がっていないのに、反応はまるで一緒だな君らは。変なところで養父と似ている。君の養父にも魔術師なら誰でも出来るだろと言ったら、火を専門に扱う魔術師じゃないと無理だと言われてしまったか。」

 

 

 

まさか、キャスターの口から親父のことが出てくるとは思わなかった。こいつ、セイバーだけでなく親父とも以前から面識があったらしい。

 

 

「現代の魔術師でも、何でも出来る訳ではないんだな。」

 

「ちょっと待て!おまえ、親父のこと知ってたのか!?」

 

「そりゃあ知ってるさ。幼い頃の半身と一緒に、本官も此処に来ていたのだからな。たまに…君らが庭先で遊ぶ様を君の養父は微笑ましそうに、この軒先で煙草をふかしながら見ていたじゃないか。」

 

 

 

キャスターの言葉に、ふと懐かしい情景が頭の内に蘇る。 親父が帰って来ると、リヒトが来て、俺が遊ぼうとリヒトにせがむ。二人で服が汚れるのも構わず、屋敷の庭先で遊び回り、それを親父が煙草をふかしながら軒先に腰掛け見ていた様子を。

 

 

「おまえの吸ってる、そのタバコも…親父が昔、吸ってた銘柄だし。」

 

「他の銘柄はよく分からなくてな?君の養父に時折分けてもらい、吸っていたこれが一番口に馴染むんだ。においは人の記憶にのこりやすい。」

 

 

 

一瞬、タバコをふかすキャスターと生前の親父の姿が重なる。こいつ、ただの使い魔じゃない。

 

 

「おまえ、いったい…?」

 

「本官はただの、ちょっと普通の使い魔に比べれば高性能かもしれない使い魔だ。」

 

 

 

あ、今なんかはぐらかされた気がする。もう10年、リヒトと一緒に居て、セイバーや親父とも知り合いで、飯はよく食うし、主人は未成年なのに酒が好きで、煙草も吸う。こんな奴、絶対ただの使い魔じゃない。

 

 

「…キャスター、もう一つ聞いていいか?」

 

「なんだ?シロ。」

 

「何で親父が死んでから、リヒトはここに来なくなったんだ?」

 

 

 

ずっと前から、気になってた。親父が死んで、葬式の段取りに…となった時、俺はリヒトに親父が死んだことを報せるべきだった。けど、俺はそれをしなかった。

 

 

親父が死んで、リヒトがいつの間にかウチに来なくなって、俺はリヒトのことをすっかり忘れ去ってしまったのだ。藤ねえも気を遣ってか、俺の前でリヒトの話をしなくなったから余計。

 

 

 

「君から報されなくとも、半身は君の養父が死んだことを知ってたよ。葬式にも、行こうと思えば神父の目を盗んで行けたにも関わらず…行かなかったのさ。」

 

 

俺が連絡しなかったからと、そう思っていたのにキャスターから思ってもみないことを聞いた。リヒトは俺が連絡しなくとも、親父が死んだことを知ってたって?

 

 

 

「思うに…半身も君と同じく、心の何処かで君の養父の死を認めたくないのだろう。だから一度も墓参りに行きたがらない。君も、あれの墓参りに一回も行ったことが無いんだろ?親不孝者め。」

 

 

こいつ…何で俺が一回も親父の墓参りに行ってないこと、知ってるんだ。こいつにまで親不孝と言われてしまうと、ぐうの音も出ない。嗚呼、俺はどうせ親不孝だ。こいつ、まるで俺の内心を見透かした様に話すから苦手に感じることがある。

 

 

 

「半身は君の養父が死んだと知ってから、此処にめっきり近寄らなくなった。半身にとって、君の養父がいるからという理由であの家に来ていた様な節がある。彼が死ぬと、あの家に行く理由が実質無くなってしまったから行き辛くなったのやもしれない。」

 

 

まぁ、神父の目もあったから余り頻繁には行けなかったのが実情なんだがなとキャスターが漏らす。コトミネの奴、リヒトに対して厳しい育て方でもしてたのかよ?

 

 

 

「神父の奴め、リヒトが此処に出入りしてたと知れば顔を顰めて、出入りを禁じた可能性もあり得るからな。あの人も知ってはいたが、敢えて神父に告げ口しなかったからよかったものを。」

 

「なぁ、コトミネと親父って知り合いなのか?遠坂に初めてコトミネと引き合わされた時、あいつ俺のこと前から知ってたみたいな口ぶりだったし。」

 

「知り合いと言えば知り合いだが、あまりいい意味での知り合いではなかった気がするよ。本官もよくは知らないんだ。」

 

 

こいつ、絶対なんか知ってる。コトミネの奴、俺とリヒトが親父経由で仲良くしていたことを…余り快く思っていないらしい節があるのは気のせいか。

 

 

 

「…急に来なくなって、心配したんだからな。」

 

「そういう君こそ、それならば何故…逆に会いに来なかった?薄々、半身が何処の誰か心当たりはあった筈だぞ。」

 

 

こいつは何処まで、人の心を覗き見た様な話し方をするんだ。確かに、心当たりはあった。というか、リヒトとは親父経由で知り合った訳じゃない。それよりも、ずっと前に……

 

 

『…こんにちは、はじめまして。具合はどう?』

 

 

 

白い病室で、目を覚まして最初に見たものは、俺を心配気に瑠璃色の目で覗き込む、黒服を着た外国人の子供だった。

 

 

『ここ、は…?』

 

『病院だよ。君、ずっと眠りっぱなしだったんだ。他の子はもう大丈夫そうだけど、君だけずっとそんな感じだったから…でも、よかった。』

 

 

 

黒服の子供は何処か安心した様子で、瑠璃色の目をやんわりと細めた。周囲を見回すと、俺と同じくらいの…何人かの子供達が一つの部屋に集められているらしい。

 

 

『みんな、退院したらぼくのきょうだいになるんだって。』

 

『きょうだい?』

 

『うん、みんな退院したら教会に…『リヒト』

 

 

 

リヒト、それが子供の名前らしい。病室の出入り口近くに、大柄な大人の人影が見えた。黒服の子供が座っていた椅子からぴょんと飛び降りる。

 

 

『なにキレイ?今行く!じゃあね、また来るから…きみ、名前は?』

 

 

不意に名前を聞かれ、士郎と名乗れば黒服の子供はにぱっと笑い、『じゃあねシロ。』と、ぱたぱた駆けていく。

 

 

「自分だけ、先に引き取り手が決まって他の子供らへの負い目でもあったか?」

 

「……おまえ、その話し方やめろ。なんか、俺の内心、覗き見されてるみたいで嫌だ。」

 

「それはすまないな。だが、君の場合は顔に出やすいから悪いんだ。覗き見るまでも無い。」

 

 

 

くすくすと、小さい子供の様にキャスターが笑う。俺の方からリヒトに会いに行かなかった理由は、キャスターに指摘された通りでほぼ間違い無い。

 

 

「聖杯戦争が終わったら、二人で養父の墓参りにでも一度行って来い。」

 

「何でそうなるんだよ!?」

 

「いいから行って来い。いいな?さて、本官もちょっと出かけてくる。」

 

 

 

そう言って、キャスターは灰皿と本の束を手に姿を消した。キャスターの奴、勝手なことばかり言って…!その時、背後に人の気配。

 

 

「シロウ…こんな所で鍛錬をサボって、何をしているのですか?」

 

「セイバー!?いや、サボってた訳じゃ…」

 

「言い訳は見苦しい。ホラ!早く戻りますよ。」

 

 

 

セイバーだ。やばい、鍛錬のことすっかり忘れてた。俺はセイバーにズルズル引きずられるかたちで、再び鍛錬に戻りセイバーにこってり絞られる羽目になった。全部キャスターの所為だ!

 



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番外編 羊の皮を被った狼

オリ主②が子ギルとわちゃわちゃして、神父と冷戦状態な話。


「またタバコ吸ったでしょう?そのニオイ、僕嫌いです!」

 

 

公園のベンチにて、本官の膝上に座り愛らしい眉を顰めて小さな兄上は鼻をつまむ。ややご機嫌は斜めといったところか。会いに来たかと思えば、兄上は何故か小さい兄上になって現れた。

 

 

 

「小さな兄上殿はご機嫌斜めですか?なら、先ほど公園前のクレープ屋で買ってきたこのクレープはいらないですよね。本官が二つとも「いらないとは一言も言ってません!」

 

 

本官が買ってきたクレープを受け取り、小さな兄上はぷりぷりと怒りながらも、ストロベリー生クリームのクレープにかぶり付く。こうして見ると、年相応の幼い子供だ。どちらが兄か分からない。

 

 

 

「……で、またどうして今更子供の姿に?」

 

「大きい方のあの人、君に好きな人が出来てよっぽど堪えたみたいですよ?今日いっぱいは出てきそうにありません。まったく、我ながら困った人ですよね。」

 

 

まるで他人事の様に、生クリームを口元に付けながら小さな兄上は大きい兄上に対して、呆れ果てている様子だ。まぁ、この人にとっては大きい兄上は同一人物だが、他人に近い。

 

 

 

「今更、君が恋人をつくるだなんて僕も驚いているのは事実なんですけどね。」

 

「……今更過ぎますか。」

 

「随分と長い間、あの人や友の呼び掛けにも君が一切応じずに、あの人がとうとうヤケを起こして君を座から引きずり出したから…当て付けに恋人つくったんですか?」

 

 

あながち間違いでもない様な、そうじゃない様な。本官が今、この場にいるのは大きい兄上が引き起こした傍迷惑な事故の所為だ。

 

 

 

「ほっとけばよかったんです、本官の事なんて。」

 

 

ため息まじりに買ったクレープを一口、シュガートーストの素朴な味付けがじんわり口内に広がって美味しい。すると、小さい兄上がこちらを振り向くなり

 

 

 

「愚かで愛しい弟ほどかわいいんですよ。君は僕の唯一の肉親であり、血を分けた弟だ。」

 

「…口元に生クリーム付けながら、小っ恥ずかしい台詞を言わないでくださいまし。」

 

 

取り出したハンカチで小さな兄上の口元を拭いてやる。はたから見れば、親子と間違われてもおかしくないが、本来は本官の方が弟だ。

 

 

 

「生前の君は神々に求められるがまま、忠実に責務を果たそうとしてましたよね。僕らがとんだハズレだったから、君が勝手に責任を感じて頑張り過ぎるからあんなことになるんです。」

 

「……そんなこともありましたね。」

 

 

元々、本官は本来生まれるべき命ではなかった。人為的ならぬ、神為的な意思により兄上と友のスペアとして生を受け、本官なりに責務を全うしようとしたが結果はあの様だ。

 

 

 

「優等生な真面目君ほど、吹っ切れると何をしでかすか分からないのに。あの方々もとんだお馬鹿さんですよね。」

 

 

仮にも我等が創造主たちに、なんたる口の利き方だ。今頃、義父上殿がお嘆きになられているに違いない。

 

 

 

「話を元に戻しましょう。君の恋人君、どちらかと言えばあの子と深い因縁めいたものを感じます。その感情、君が迎え入れたあの子に引きずられて芽生えたものですか?」

 

「今では、よく分からないんですよ。結局は本官も彼が好きで、あの子も彼が好きだ。座は過去も今も未来もごっちゃになってますからね。いつからとは言い難い。ただ、こっちに来るまで無性に会いたかったのは本当です。先に、元々の彼とは会いましたけど、やっぱり違うなと。」

 

 

 

「しれっと惚気無いでくださいよ。こっちが砂を吐きそうだ。あの人のやけっぱちも、全部予測通りだったとか言わないでくださいね。」

 

 

小さい兄上曰く、大きい兄上のやけっぱちによるこの10年間は長かった様な短かった様な。だがそろそろ、それも終わりが近い。

 

 

 

「この世は退屈しませんけど、やっぱり嫌いです。けど、こうして君と過ごすぬるま湯に浸かってる様な時間も結構…嫌いじゃないんですよ?僕。」

 

 

小さい兄上がぽすんと本官に寄りかかる。大きい兄上より、小さい兄上の方が幾分か素直だ。大きい兄上は人に嫌われることばかりするから、本当に困ったものだ。

 

 

 

「愛しい弟よ、教会まで送ってくださいな。今日くらいは傷心の兄の言うことも、聞いてくれたっていいでしょう?」

 

「送って差し上げますから、食べるなら早く食べてください。」

 

「そう急かさないでくださいよ。」

 

 

女性相手ならイチコロだろう、大変愛らしい表情で小さな兄上が教会まで自分を送れと本官にせがむ。全く、兄上には敵わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中庭の奥詰まった暗がり、いない筈の息子の後ろ姿が見えた。何故おまえが其処に居る?其処には行くなと、あれだけ強く言い付けた筈だ。

 

 

向かう足が無意識な内に足早になる。やめろ、見るな。おまえにはまだ早い。

 

 

 

「其処で何をしている?リ…」

 

 

その細い肩を掴み、無理やり此方を向かせると黄金色の鋭い瞳と目が合った。嗚呼、こいつは私の息子ではない。

 

 

 

「……我が子とサーヴァントの区別位、きちんとしてよ?父さん。」

 

「キャスター…おまえが此処で何をしている。」

 

 

クスクスと、息子の片割れは嘲笑うかの様に笑う。その笑い方だけはギルガメッシュそっくりだ。キャスターは割と頻繁に、此処へ戻って来ていた様だが、気配のみで私の前には最近姿を表すこと自体めっきり少なくなっていた。

 

 

 

「声が耳障りだから、大人しく静かになさいと注意に来ただけだ。時折、半身も聞こえてしまうのか夜分に夢見が悪いと幼い頃は泣きじゃくることもあったな。」

 

 

妙なことを言って、キャスターは私の手をすり抜け中庭の廊下を歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十年前、私のかつての師が英霊を召喚した折にあの男は現れた。

一回の召喚儀式で召喚出来る英霊は一体だけだ。英霊二体の同時召喚など聞いたことが無い。

 

 

『サーヴァント……はて、名前は…どうしましょうか?困った事に、召喚されたはいいんですけど、貴殿達に名乗る名前が無いのですよ。』

 

 

 

イレギュラーな出来事に呆気に取られる私らを傍目に、この男は名乗る名前を持ち合わせていないと困った顔を浮かべた。すると、召喚儀式に居合わせた息子がゆっくりと男に歩み寄る。

 

 

『…君、キャスターでしょ?』

 

『確かに、本官のクラスはキャスターですが…まさか、クラス名を仮の名にしろと?我が主人ながら、名付けが安直過ぎやしませんか。まぁ良いでしょう。今宵より、我が名は仮初めのキャスターと名乗りましょう。』

 

 

 

我が主人、息子を抱き上げながらこの男は息子をそう呼んだ。私らの間に衝撃が走る。まさか、聖杯は幼い子供すらも関係無くマスターとして選定するのかと。

 

 

息子の手に薄っすらと、浮かびかけた紅い聖痕。息子が意思を見せれば、聖杯は直ぐにでも令呪を授けようとしている。

 

 

 

『我が主人よ、聖杯に賭ける望みは?貴殿が望むなら、我が兄との殺し合いも厭いはしませんよ。』

 

『やだ、ぼくはいらない。キャスターも、駄目だよ。きょうだいは仲良くでしょ?』

 

『おい、愚弟にそっくりな小僧。お前にも願いはある筈だ。我とて殺し合いも厭いはしないぞ?元より、日常的にお互いを殺すつもりで戦いを仕掛けたことすらあるのだからな。』

 

 

師が召喚した英雄王が息子に問い掛ける。あの男は英雄王を兄と、英雄王はあの男を愚弟と、確かにそう呼んだ。

 

 

 

文献を調べる限りでは、英雄王に両親以外のきょうだいはいなかった筈だ。我が師は英雄王と共に、一体何を召喚した?

 

 

『やだ!王様もだめだよ!きょうだいは仲良くしなきゃ駄目だって、お祖父様言ってたもん。ケンカはダメ!』

 

 

 

息子は頑なに、聖杯戦争に参加しようとする意志は見せないばかりか、英雄王に対して臆する事無くものを言うものだから、そろそろ父上の顔色が青くなり過ぎて大変なことになっていた。

 

 

『フハハハハハハ!おい、愚弟よ…此奴、お前に瓜二つなばかりか強情な所までお前そっくりだぞ。願いはあるようだが、我らに殺し合いをさせてまで叶える願いではないらしい。どうする?』

 

 

 

英雄王は高笑いし、あの男にどうする?と問う。男はと言えば、怪訝な顔付きで英雄王を見るなりため息を吐く。

 

 

『……生憎、本官も聖杯に賭ける願いは持ち合わせておりません。全く、あなたの強運なんて言葉じゃあ表現しきれない奇跡並みの運が恐ろしい。何故、我らを引き合わせた。』

 

『我はただ、お前を座から引きずり降ろしただけだ。棄権するか?まぁ、此処に丁度良過ぎる依代がいるのだ。はぐれ者として、此度の聖杯戦争を静観するのもお前としては悪くなかろう。』

 

『ならば…こんなもの、この子には必要無いですね。』

 

 

 

男が息子の令呪が浮かびかけた手の甲を一撫ですると、令呪は跡形も無く息子の手から消えていた。この出来事は、監督役である父上と我が師と私のみの秘密となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小さな兄上が教会まで送って欲しいと、せがんで来たんだ。」

 

 

ギルガメッシュの奴、今日は何故か若返りの薬を飲んで出かけてくると昼間から外出していた。成る程、こいつに会いに行っていた訳か。

 

 

 

「ランサー殿も今日は留守か。気配が無い所からして。」

 

 

自室にて、淹れてやったコーヒーをキャスターに出してやる。怪訝な顔をして、キャスターが目の前のコーヒーカップに満たされたコーヒーを見つめる。

 

 

 

「…安心しろ、毒など入っていない。」

 

「あぁ、ただの苦いコーヒーだな。」

 

 

一口、キャスターはコーヒーを口に含むなり苦いと赤い舌を出す。

 

 

 

「久しぶりだな?キャスター。お前が私の前に姿を表すのは、ひどく久々な気がする。」

 

「そうだろうな?何せ、貴殿が半身を追い出してから本官は貴殿の前に久しく姿を見せていなかったのだから。」

 

「おいおい…追い出したとは心外だな。」

 

「どうとでも言え。」

 

 

キャスターの鋭い眼差しが私を射抜く様に見る。この男、何のつもりで私の前に姿を現したのやら。早く、息子の元へと戻ればよかったものを。

 

 

 

「仕事はいいのか?」

 

「ひと段落して、小休止をしようとしていた所だ。監督役としての仕事も、ここ二日ばかりは何も無く落ち着いている。」

 

「そうか?火種は燻っている様だが。」

 

 

息子と瓜二つのその顔で、キャスターは愉しげな笑みを浮かべる。何を企んでいるのやら、この男。

 

 

 

「イナンナの娘に、今更半身を無理やり連れ出したことを説教したそうだな?」

 

「…お前には関係無い。」

 

 

何故、この男がそんなことを知っているのか。まさか、衛宮切嗣の元邸宅に息子が入り浸っていたとは私も思わなかったからだ。

 

 

 

「もう興味が無いというフリをしておきながら、傭兵の義理息子をどうしようと言うんだ?」

 

「それは、衛宮士郎のことを言っているのか。」

 

「それ以外に誰がいる?傭兵の義理息子も傭兵と同じく、騎士王を召喚した。一体、何の因果だろうな。」

 

 

キャスターは更に笑みを深くする。この男、私の思惑を見透かした様に話すから実に不愉快だ。

 

 

 

「面白くないだろうなぁ?神父よ。自分の息子がかつての敵である男の義理息子と、同じ屋根の下で暮らしているというのは。あぁ、本官は実に愉しいぞ。」

 

「…我が息子と同じ顔で、その笑い方をするなキャスター。不愉快だ。」

 

「神父よ、貴殿が何を成そうとしているのか本官は欠片程の興味も無いが、半身の身を危うくさせようとするならば容赦はしないぞ。」

 

 

ギルガメッシュといい、この男といい、何処までも息子の悪影響にしかならない。

 

 

 

「今回ばかりは兄上との殺し合いも辞さないつもりだ。精々、愉しみにしておけ?神父よ。」

 

 

これは戦線布告と捉えるべきか。キャスターは淹れてやったコーヒーも飲みかけに自室の席を早々に立つ。

 

 

 

「あぁ、そうだ…偽預言者には気を付ける様、半身にも言い聞かせねばな。彼らは羊のフリをしてやってくるが、中身は貪欲な狼だと言うじゃないか。」

 

「異教徒が聖句を口にするな。」

 

 

言葉を発したその時には、キャスターの姿は何処にもなかった。飲みかけのコーヒーが、まだ湯気をくゆらせている。

 




羊の皮を被った狼はマタイの福音書の一節が元ネタだって、ばっちゃが言ってた。


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第十九話 心残りであり救いだった

「なんか…こっちの道から帰るの久々。」

 

 

放課後、姉さんと一緒に遠坂邸へ向かう。最近はシロの家に直帰だったから、なんだか不思議な感じだ。

 

 

 

「ついて来なくて良かったのに。アーチャーいるし。」

 

「何と無く、やーな感じしてさ。」

 

「…あんたの嫌な予感、当たるからやめてよ。」

 

 

先を歩く姉さんが嫌そうに眉をひそめる。今日、学校に行くとマキリはかなり苛立ち気味ではあったけど学校には来ていた。真っ先にぼくに対して、一昨日のことを突っかかって来るかと思ったけど来なかったし。つまんないの。

 

 

 

「先輩を家に置いて来てよかったのか?リヒト。」

 

 

霊体化していたアーチャーが姿を現し、キャスターのことを聞いてきた。昼間は出かけていた様だけど、キャスターも今はシロの家に戻ってる。

 

 

 

「何かあったら、直ぐ来させる様にはしてあるから。大丈夫だよ。」

 

「それならいいのだが…リヒト?」

 

 

あと少しで遠坂邸に着くという距離で、あいつの気配がして、つい何時もの癖で顔を顰めてしまう。家の周りウロウロして、何やってるんだあいつ。

 

 

 

「…リヒト、まさかうちの近くに慎二来てるの?その顔。」

 

「君は間桐慎二限定の探査機か何かかね。」

 

「多分、何か用事があって姉さんに会いに来たんじゃないの?ぼくがいるとあいつ、まともにお話で出来なさそうだし、事態が悪化しそうだから離れたところで見とくよ。」

 

 

その場で一旦、姉さんとは別れた。シロの時はセイバーがいなかったからキャスターを張らせたけど、姉さんなら大丈夫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょうど、遠坂邸の正門前でマキリは姉さんを待ち伏せしていた。覗き込めばギリギリ正門前が見える距離でぼくはその様子を見守る。

 

 

「慎二の為に、わざわざ隠れることもないでしょうに。」

 

「…ライダー。マキリの為じゃないよ。」

 

 

 

蛇が忍び寄る様に、じわりじわりと何者かがぼくに近付く気配がして、気が付けばライダーがぼくの直ぐそばまで来ていた。けどやっぱり妙なことに、彼女からは相変わらずぼくに対して敵意を感じられない。

 

 

「今日は…ランサーも、あなたそっくりのあのサーヴァントも連れてないのですか?」

 

「ランサーはそもそも、ぼくのサーヴァントじゃないし。キャスターは直ぐにでも喚べる様にしてある。」

 

「…そうですか。まぁ、この方が話し易いのでいいんですけど。」

 

「話し易い?」

 

「…こちらの話です。」

 

 

 

ライダーはわざわざ、ぼくに話しかけに来たらしい。何で?

 

 

「……慎二もめげませんね。昨日の今日で。」

 

 

 

予想通り、マキリは姉さんにシロなんかと組まないで自分と組もうと姉さんに話している様だった。けど、姉さんのひどい白け顔が後の結果を物語っていることにマキリは気付いてない。

 

 

「昨日の今日?」

 

「貴方がいないのを見計らって、わざわざ自分がマスターであることを彼女に明かしたところ一蹴されたと言うのに。」

 

「……マキリの奴、何やってるのさ。」

 

 

 

「差し詰め、彼女の気を引きたくてたまらないのでしょう?結果は目に見えているのに、懲りないマスターです。」

 

 

面倒臭さそうに、ライダーはマキリを眺める。あんまり、彼女が饒舌に話すイメージは無かったのだけどマキリに関する彼女の話題は愚痴めいていて聞いてるこっちが同情しそうだ。

 

 

 

「ライダー、君…なんでマキリのサーヴァントなんかやってるの?マスターとサーヴァントは惹かれ合う縁があってこそ召喚される。本来ならもっと…あんまり想像したくないけど、マキリそっくりな英霊が来そうなのに。君とマキリはまるで真逆だ。」

 

「マスターもサーヴァントを選べませんが、サーヴァントもマスターを選べませんから。」

 

 

ぼそりと、ライダーがそんなことを口にする。

 

 

 

「…ねぇ、まさか君を召喚したのってマキリじゃなくて。」

 

「桜は乗り気では無かった。それだけです。」

 

 

ライダーはあっさりと、自分の本来のマスターが桜であるとぼくに告げてきた。道理で、魔術回路も持たないマキリがサーヴァントを召喚するなんて本来は不可能に近い。

 

 

 

「あまり驚かないのですね。」

 

「あの怪老が考えそうなことだ。ライダー、ぼくからも教えてあげる。元々、ぼくもマスターか監督役補佐かどっちか選べって言われてたんだ。ぼくがマスターになれば、あのご老人は嬉々として桜を君の本来のマスターに据えて差し向けて来ただろうね。」

 

 

あのご老人、魔術師はもう引退して隠居の身だって聞いたけど鼻持ちならない。キャスターもあれはもう人間じゃないと言うくらいだし。

 

 

 

「……マキリがマスターやりたいとか言い出したんでしょう?事の顛末は大体分かった。」

 

「理解が早くて助かります。」

 

「お互い、苦労するね?ライダー。君には心底、同情する。」

 

「…私の様な反英霊に同情の念を向けないでください。私はマスターの命令であれば基本拒みはしないし、人の命とて簡単に奪います。」

 

 

何処か線引きをする様に、ライダーは言う。キャスターがライダーのことを零落した神か、非業の死を遂げた巫女の類だろうと熱く語っていたが、あながち間違いではないかも。

 

 

 

「ごめんね、僕の悪い癖だ。昔からサーヴァントと接する機会が多くてさ。つい彼らに対して、一人の人間みたいに接しちゃうからキャスターにもよく怒られるんだよ。サーヴァントを人間扱いするなって。」

 

「…桜の言う通り、貴方はずるい人ですね。」

 

「桜、普段ぼくのこと君に何て話してるの?ずるいって心外だよ。」

 

「……秘密です。」

 

 

ライダーがフイと視線を逸らした気がする。目隠しをしてるから、ライダーの表情はよく分からないけど。

 

 

 

「お喋りが過ぎました…先ほどから痛い位の殺気を感じるので、そろそろお暇します。」

 

「殺気?」

 

「次会えば敵同士なことを、どうかお忘れ無く。」

 

 

そう言い残し、ライダーは姿を消した。ライダーが姿を消して間も無く、ひどく険しい顔をしたアーチャーが現れる。

 

 

 

「君は何を呑気に、敵サーヴァントとお喋りをしているのかね?」

 

 

敵サーヴァントって、君だって本来は中立な立場のぼくにとって、似た様なものなんだけど。

 

 

 

「アーチャー、そう殺気立たないでよ。いや、ちょっとね…積もる話もあったから。」

 

「先輩みたく話をはぐらかすな。何を話していた?あの蛇の様な女のことだ、君を誑かそうとしていたのではないかね。君は何かと誘惑を受けやすいからな。」

 

 

アーチャーはまるでライダーのことをよく知っているかの様に話す。君、ライダーと交戦経験あったっけ?ぼくの見立てだと、姉さんとアーチャーの実戦は今の所ランサーのみだ。

 

 

 

「誘惑を受けやすいって…何そ「釣り合う訳が無いんだ!」

 

 

不意に、マキリの声がこだまする。適当に姉さんにあしらわれ、とうとうマキリが声を荒げた。

 

 

 

「衛宮も、あの得体の知れない魔術師くずれの言峰も、遠坂に釣り合う訳が無いんだよ!!」

 

 

瞬間、姉さんの拳がわざとマキリの顔を狙って撃ち込まれた。思わず、目を背けてしまう。まさか顔を殴られると思わなかったのだろう、のけぞったマキリが呆然と姉さんを見る。

 

 

 

「…三秒待ってあげる。その間に、私の前から早く消えて頂戴。悪いけど私、今は衛宮くん家で暮らしてるから。あんたと協力する気は無いわ。」

 

「なっ!?何で、衛宮ん家になんて…」

 

「いーち、にー…三秒経つわよ?間桐君。」

 

 

マキリが慌てて、ライダーに助けを求めながら姉さんの前からいなくなる。あーあ、姉さんってばシロの家に今いることマキリにバラしていいの?流石に、ぼくもいるとは言わなかったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さん、やり過ぎ…」

 

 

リヒトが顔を引きつらせ、私に声をかけてくる。

 

 

 

「いいのよ、あの位のお灸を据えてやらないと懲りないんだから。ああいうタイプは。」

 

「むしろ、火に油注いでる気がするんだけど。」

 

 

顔を手で覆い、リヒトが大きな溜息を吐く。あんた、得体の知れない魔術師くずれって言われておきながら何で平気な訳?衛宮君の事を悪く言われたのは勿論、頭に来たけど。何よりも私の前で弟のことを悪く言った、慎二に百パーセントの非がある。

 

 

 

「リヒトの言う通りだぞ?凛、君と言う奴は…」

 

 

アーチャーまで何で、呆れ顔なのよ!腹立たしいわね!!

 

 

 

「姉さん、人差し指大丈夫?少し腫れてる。」

 

 

不意に、リヒトに手を取られ自分の人差し指が腫れていることに気が付いた。慎二を殴ったとき、顎骨にでも当たったのかもしれない。

 

 

 

「大丈夫よ、この位…」

 

「ぼくがよくない。一旦、家の中入ろう?簡単な手当てするから。」

 

 

リヒトが珍しくムッと顔をしかめ、私の怪我をしてない方の手を取り直し、懐から遠坂邸の鍵を取り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人共、紅茶を淹れたから後で飲むといい。」

 

「ありがとう、アーチャー。」

 

「いつもながら気が効くわね、ありがとアーチャー。」

 

「む、いつも気を利かせているつもりだぞ?私は。台所の片付けをしてくる。」

 

 

アーチャーが少し照れた様にそっぽを向き、台所に行ってしまう。あのいけ好かないキャスターのおかげか、最近のアーチャーは表情がほんの少し柔らかくなった。私とアーチャーを繋ぐパスを通じて、あの二人が一緒の時には何処と無く穏やかな空気が流れているのが分かる。

 

 

 

リヒトは器用な手付きで、救急箱から取り出した包帯を私の手にクルクルと綺麗に巻き付ける。そして用意した氷のうを私に渡して来るなり

 

 

「これで少し冷やして。骨折はしてないと思うから。」

 

「あんた、怒ってないの?慎二にあんなこと言われて。」

 

 

 

あんまりにもリヒトが平然としているから、怒ってないのかて聞けばリヒトがふっと目を細めた。

 

 

「得体の知れない魔術師くずれは…あながち間違いじゃないよ。元々、何処の誰かもわからない得体の知れないぼくなんか、姉さんと釣り合わないのは当然だし。」

 

 

 

リヒトの自嘲気味なその言葉に対して、無性に腹が立ったけどグッと抑えた。あんたが私に釣り合う、釣り合わないなんて私が決めることなのに。

 

 

「そう言えば、あんた…綺礼に引き取られる前、元の両親のこととか覚えてないの?」

 

「さぁ?多分、父親はあの人たちの誰かで…母親も魔術の素養が高い女性だったとは思うけど、よく覚えてないな。」

 

 

 

一瞬、リヒトが何を言っているのか分からなかった。どういうことかと続きを促せば、リヒトは淡々と言葉を続けた。

 

 

「ぼくはね姉さん…昔、封印指定を受けた魔術師の工房で、黒魔術の生贄にされかけた子供なんだ。」

 

 

 

そんな話、聞いたことがなかった。いや、聞いてはいけなかった気がする。

 

 

「よくある話で、封印指定を受けた魔術師が弟子たちと一緒に、人体実験めいた儀式を繰り返していた。儀式用の魔術道具として、聖遺物を何個か違法に所持していたから、其処を聖堂教会に目を付けられてね。大きな儀式を敢行する直前、教会がキレイを刺客として送り込んだんだよ。」

 

「…確かに、よくある話ね。」

 

「其処で、キレイはたまたま生きてたぼくを見付けたんだ。それでキレイは気まぐれに、ぼくを拾ったって訳。」

 

 

 

アーチャーが淹れてくれた紅茶に砂糖を入れ、リヒトはティーカップを手に取り口をつける。

 

 

「元は儀式用の生贄なんて出自、得体が知れないのは当然だ。」

 

 

 

ふとリヒトが昔、お父様の下で魔術師としての修行を受けていたとき、黒魔術だけは異様に嫌がっていたことを思い出す。お父様もリヒトの様子を見て、無理には修めさせようとしなかった。その為、大抵の魔術には精通しているリヒトも黒魔術だけ疎い。

 

 

「…あんた、昔お父様に受けていた魔術師修行で黒魔術だけは異様に嫌がってたわよね。そういう理由?」

 

「よく覚えてるね。うん、まぁ…思い出しちゃうから、嫌だったんだろうね。」

 

 

 

視線を泳がせ、リヒトはとうとう下を向いてしまう。自分から話した手前、それ以上の会話が手持ち無沙汰になってしまったらしい。

 

 

「別に、あんたの生まれなんてどうでも良いわよ。それに私と釣り合う、釣り合わないもあんたが決めることじゃないし。」

 

「姉さん?」

 

「あんた…私との許嫁の件、お互いの恋愛には口出ししないとか言ってたわよね。もしかして、そういう変な負い目もあったから?」

 

「なッ…何言って!?」

 

 

 

珍しく、リヒトが顔を薄っすら赤くしてたじろいだ。嘘、案外当たり?隣に座っていたリヒトと、何と無く距離を詰めてみる。此方も手持ち無沙汰になっていたリヒトの手に、先ほど彼が手当てをしてくれた自分の手を重ねる。リヒトの瑠璃色の目が困惑でゆらりと揺れた。

 

 

「姉さん、なに….?」

 

「あんたが私に釣り合う、釣り合わないとか私が決めることよ。あんたでも慎二でもない。」

 

 

 

リヒトは一瞬、呆気に取られた様に私を見た後で今にも泣き出しそうな顔をして笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間桐慎二の言葉を鵜呑みにするな。」

 

 

アーチャーが隣に腰掛け、珍しくぼくに慰めの言葉をかけてくれる。

あの後、姉さんは自分からあんなこと言っといて急に恥ずかしくなったのか…部屋から荷物取ってくるわね!とか言いながら赤い顔してバタバタと二階へ上がって行ったきりまだ戻って来ない。

 

 

 

「鵜呑みにした訳じゃないけど、自覚あるから少し凹んでる。」

 

「……君も案外、ナイーブな所があるんだな。」

 

「ぼくだって傷付く時は傷付くよ。キャスターみたくいつも能天気じゃないし。」

 

 

ちょっとカチンときてアーチャーを睨むと、アーチャーがまたもや珍しくクスリと笑って、ぼくの頭をわしゃりと撫でる。アーチャー…笑うと結構幼い顔になるんだなとその時初めて気付いた。

 

 

 

「アーチャーって、意外と童顔?」

 

「なんだね、急に。」

 

「んー…誰かさんに似てるなって。」

 

「君が誰を思い浮かべたか分かったぞ。あいつに余計なことを言っただろう?私とあいつが似てる訳が無いだろう全く。」

 

 

アーチャーは気分を害した様子で顔を顰めた。アーチャー本人はそうやって否定するけど、やっぱり似てる。

 

 

 

「アーチャーはシロが嫌いなの?前から思ってたけど。」

 

「何れ殺す筈の相手を好きになる馬鹿がどこにいる?ああいうタイプは一番嫌いだ。今は凛が同盟を組んでるから、仕方無く静観しているが。」

 

「……シロを殺すとか物騒なこと言わないでよ。」

 

「飽く迄も仮定の話だ。そう怖い顔をするな。君とて、中立の立場が衛宮士郎を特別扱いするのはどうかと思うぞ?昔馴染みとは聞いたが、何故そこまであいつに執着する。」

 

 

アーチャーがチラリと此方を見る。執着してるつもりは…無いと思う。多分。

 

 

「シロはね、引き取り手が決まらなかったらぼくのきょうだいになってたかもしれないから。なんかほっとけなくてさ。彼、元は災害孤児なんだ。他にも何人か生存者がいたんだけど、退院前に引き取り手が全員決まったからって教会での引き取りはナシになったから。」

 

 

 

何処か遠方への引き取りが決まったのか、ある時を境に他の生存者の子供たちをぱったり見かけなくなった。キレイはそれ以降、ぼくの前で子供たちに関しての話題に触れたことは無い。

 

 

「随分とすんなり、孤児たちの貰い手が決まったんだな。」

 

「……便りが無いのは元気な証拠って言うけどね。」

 

 

 

アーチャーは何かを訝しむ様に言う。多分、みんな元気に暮らしてるとは思うけど。

 

 

「その衛宮士郎に対する執着は捨てろ。何れずるずると、後を引くことになるぞ。私は君に似た様な人間を知ってる。」

 

「それ…前にキャスターから聞いた。君、キャスターそっくりの知り合いがいたんだって?彼とそっくりな奴なんて、君もロクな目に合わなかったんじゃないの?」

 

 

 

一瞬、何故かアーチャーはたじろいだ。嗚呼、生前の彼はキャスターのそっくりさんから散々な目に遭わされたに違いない。

 

 

「あれのしつこさは人一倍だった。私の様な人間をわざわざ追いかけて、危険な紛争地域で人助けをしていた様な奴だ。私以外には聖人の様な人間に見えたらしいが、私にはそうはとても見えなくてね。」

 

 

 

生前は周りから聖人扱い、まるで本当にキャスターの様だ。中身はてんであれだけど。アーチャーもその本性を知ってたからか、苦虫を噛み潰した様な顔をした。

 

 

「だが…私が何度か死に掛けたとき、彼は絶対私を見捨てなかった。それで何度か、死の淵から助けられたよ。どれだけ裏切られても、彼だけはそのしつこさで私のそばを決して離れなかった。全く、とんだ物好きだ。」

 

 

 

生前の彼に何があったのかは知らない。けど、アーチャーにとってキャスターのそっくりさんとの日々は決して悪いものではなかった様だ。

 

 

「彼の所為で、生前は唯一の心残りが出来てしまった位だ。本当に忌々しい。」

 

 

 

忌々しいと言いながらも、過去を語るアーチャーの声からは真逆の感情が汲み取れる。

 

 

「もう二度と、あんな思いはしたくない。」

 

「アーチャー、君にとってその人は心残りだったけど、救いでもあった訳だ。」

 

 

 

話がすっかり横に逸れてしまったけど、アーチャーにとってその人が如何に大事な人だったのかはよく分かる。

 

 

「そういうことに…なるのだろうか。」

 

「なるよ。一途なアーチャーを弄んで、あれも何やってんだか。」

 

 

 

彼、といっていたからキャスターのそっくりさんは確実に男性だろうけど。アーチャーはその人とも複雑な関係だったんだろう多分。あまり深くは詮索しないでおこう。

 

 

「なんで、そうな…「二人で随分、楽しそうにお話してるわね?」

 

 

 

いつの間に階段を降りてきたのか、姉さんがぼくとアーチャーの間に割って入る様に、ソファーの背もたれにずいっと身を乗り出す。

 

 

「凛!違うんだ、これは…」

 

「アーチャーに恋人がいたって話じゃないの?あんた、記憶が曖昧って割にそういうことは覚えてるんじゃない。面白そうだから聞かせなさいよ。」

 

 

 

この後、アーチャーはなんとか姉さんからその話題への興味を反らせようと必死だった。その所為で帰りが遅くなってしまったけど、面白かったからまぁいっか。

 

 

 

 




オリ主①は順調に成長すると、まんまオリ主②の様な性格になる予定。今はまだ子供っぽさの方が色濃い。ホロゥとHFやるとライダーの性格というか、印象がガラリと変わると思うんですよ皆。SNの2ルートがすぐ退場しちゃうから本当に惜しい。


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第二十話 青い悪魔は愉快に嗤う。

衛宮邸へと帰って来ると、シロやセイバーの他に珍しい気配がした。あれは…会長か。半身が会長と呼ぶので、本官も彼のことは会長と呼んでる。

 

 

会長と半身は中学の時からの生徒会やらの付き合いで、まぁまぁ長い。顔を合わせれば挨拶ついでに、気安い会話をする程度には仲も良い。イナンナの娘は会長と顔を合わせる度、嫌味の応酬を繰り返しているがよく飽きないなと思う。

 

 

 

居間からシロと会長の談笑の声が聞こえて来たので、そのまま本官も居間へと向かう。

 

 

「あれー?会長、来てたんだ。」

 

「言峰!?何故お前が此処に…?」

 

「きゃす…リヒト!せめてただいまって言えって!」

 

「おかえりなさい。シロウの言う通り、帰って来たならただいまと声を出して下さい。」

 

 

 

会長は本官の顔を見るなり面食らい、何故お前が此処にいるんだと驚いてる様だ。シロとセイバーがあからさまに、会長に対して本官のことを何と言い訳しようかという顔をしているから愉しくて仕方ない。

 

 

「ただいま、はい言ったよ?二人共。会長はシロのお見舞い?」

 

「あぁ、そうだが…」

 

 

 

見れば、シロの傍らには大量のリンゴが入った紙袋。会長はシロを心配して、見舞いに訪れたらしい。

 

 

「会長、なんで僕が此処にいるんだって顔だね。シロに念の為のセイバーの通訳頼まれてさ?彼女、日本語にはそんなに苦労してないんだけど一応ね。彼女が帰国するまでの間、此処で僕も寝泊まりしてるんだ。」

 

「な、成る程…そういう訳か。お前が普通に帰って来たから多少面食らってしまった。衛宮、言峰に頼み事をする程度には打ち解けたんだな。間桐もさぞ面白くないだろうよ。」

 

 

 

会長は本官の適当なでっちあげに納得した様子で不意にマキリ少年の話題を出す。

 

 

「あいつめ、何故か此処最近はかなりイラついている様だ。見ていて何をしでかすやら、危なっかしくてな。」

 

「リヒト、今日は慎二とケンカなんかしてないよな?」

 

「やめてよ、シロ。自分から、今にも爆発しそうな爆弾をつつきに行く様な真似はしないよ。マキリがそろそろ、問題起こす前に〆た方がいいなら別だけど?」

 

 

 

シロがいつもの調子で本官にマキリ少年とケンカはしてないかと釘を刺す。半身も薮から棒にマキリ少年を刺激する様なことはしないだろう。

 

 

「言峰!間桐限定の、その血の気の多さはお前の悪い癖だぞ!大事な時期なのだから問題は起こすなよ!?」

 

「…とりあえずお前も座れよ、リヒト。」

 

「会長、僕のお母さんじゃないんだからそんなに口煩く言わないでよ。分かってるって。」

 

 

 

シロが助け船を出してくれたので、一先ず本官も腰を下ろす。半身もそろそろ、進路とやらの大事な時期らしい。

 

 

担任からお前の今の成績なら、進路選択の幅は広いし推薦も受けられるぞと言われているのを前に聞いた。神父は息子の進学に対して、口煩く言うつもりは無いらしいが決めるなら早くしろと急かしている感じはする。

 

 

 

「お前…進路はどうするんだ?俺は卒業後は頭を丸めるつもりだが、お前も神父になるのか。」

 

 

会長は寺の息子らしく、卒業後は頭を丸めて本格的に仏門へ入ると言う。半身は…さて、自分の身の振り方をどう考えているのやら。交友のあるとある時計塔講師からも、その気があるなら自分の教室に迎え入れる準備があると打診が来ているのを…半身はイナンナの娘にも話していない。

 

 

 

「少なくとも、父さんの後を継ぐつもりは無いよ。会長からすれば親不孝にも見えるかもしれないけどね。進路はまだ考え中。」

 

 

適当に話をはぐらかす。半身のことをとやかく言うつもりは無いが、半身が神父の後を継がないのは確実だ。

 

 

 

「お前は人の話をそうやって…「会長、このりんご少し貰っていい?」

 

 

それよりも今は無性に、アップルパイが食べたくなった。アーチャーならきっと、さぞかし美味なものをつくってくれるだろう。今は恐らく、遠坂邸にまだいる筈だ。

 

 

 

「む?衛宮の為に持って来たものだが、なにぶん多く買い過ぎた。構わないか?衛宮。」

 

「あ、あぁ…俺はいいけど。」

 

「6個ほど貰うよ。じゃ、ちょっとまた出かけて来る。」

 

「おい、言峰!まだ話は終わってないぞ!!」

 

 

りんごを抱え、さっと居間を抜け出す。短気な会長が追いかけて来たが、精々玄関までだろう。口煩い会長の説法を聞いてる時間は惜しい。悪いな、会長。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャスターは帰って来るなり、一成の口煩さをいなしてりんごを何個か抱え、そそくさと部屋を出て行った。滞在時間は30分も無かったと思う。

 

 

熱くなった一成がキャスターを玄関まで追いかけて行き、セイバーと二人で居間に残されてしまった。セイバーはすっかり呆れ顔だ。

 

 

 

「シロウ、メイガスは今すぐにでもりんごが食べたかったのでしょうか。」

 

「…その可能性は否定出来ない。あからさまに食い意地張ってるからな?あいつ…ったく、キャスターの奴。」

 

 

キャスターの視線はずっと、りんごの紙袋に注がれていた。恐らく、どうやって食べようかと考えていた節がある。夕飯前には帰って来るだろうから、心配はいらないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段は滅多に鳴る事が無い、来客のベルが鳴る。誰?こんな時間に。マキリが戻って来たってことは無いだろうし…思いかけ、まさかと玄関へ向かおうとすれば、姉さんに引き留められた。

 

 

「ちょっと、リヒト!?どうせ訪問販売よ。居留守使いなさい。」

 

「姉さん、キャスターだよ。わざわざチャイムなんか鳴らさないで、使い魔なんだから霊体化して入ってくればいいのに。」

 

「なんでキャスターが来る訳?今日はずっと衛宮くん家にいる筈でしょ。」

 

 

 

姉さんにキャスターが来たと言えば、今日はずっとシロの家にいる筈だと返って来る。キャスターの奴、休みの日などは何処かに出掛ける割合の方が高いから家にずっと居る方が考え辛い。

 

 

「半身、居るなら居るで早く鍵を開けてくれたまえよ。」

 

 

 

ぶすぅっとムクれた顔をして、噂のキャスターがひょいと顔を出す。

 

 

「あんた、何処から入って来たのよ!?」

 

「普通にドアからだ。君たちが中々鍵を開けてくれないから、勝手に入った。アーチャー!いるかー?」

 

 

 

見れば、キャスターはスーパーで買い物をして来たらしい。リンゴが幾つか入った袋と、薄っすらビニール袋から透けて見えたのは冷凍のパイ生地だ。

 

 

「なんだ騒がしい…先輩?どうしてあなたが此処に「アーチャー、アップルパイをつくってくれるだろうか。会長がシロの見舞いに持って来たリンゴを幾つか分けて貰ってな。」

 

 

 

キャスターが台所から出て来たアーチャーにズズイッと距離を詰める。目的はそれか。つまり、キャスターはアーチャーにおやつをつくって欲しいとわざわざねだりに来たらしい。

 

 

「…八つ時は疾うに過ぎたぞ?先輩。」

 

「アーチャー、材料はこうして買って来た。本官は貴殿のつくったものが食べたいんだ。アーチャー、頼む!この通りだ。」

 

「二人の前であまり引っ付くんじゃない!貴方は幾つだ!?」

 

 

 

まるで子供が駄々を捏ねる様に、キャスターはアーチャーにガッシリと抱き着くなりアーチャーお手製の焼き菓子をねだる。

 

 

180cm超えの大の男がこれまた、180cm以上はあるアーチャーに駄々を捏ねる様子は異様な光景だった。アーチャーもぼくらの手前、恥ずかしいやら何やらで赤面しながらキャスターを引き剥がそうと必死だ。

 

 

 

「…アーチャー、色々見てられないから作ってあげれば?夕飯前に間に合えば大丈夫だし。たまにリヒトが使う程度だったけど、うちに古いオーブンあるし。」

 

「凛がそう言うのなら…」

 

 

渋々と言った様子でアーチャーはキャスターのおねだりを聞く気になったらしい。キャスターにとっては鶴の一声だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ、本当アーチャーにベッタリよね。アーチャーも何で拒否らないんだか。」

 

 

台所から甘くて香ばしい匂いがただよってくる。アーチャーがキャスターの用意した即席の材料でアップルパイを焼いてる最中、姉さんはジト目で台所を見遣りながらぼくに話しかけて来た。

 

 

 

「普段、夜とかアーチャーのことほったらかしだし。あの捻くれ屋を構ってくれる分には有難いんだけどね。」

 

「キャスター、アーチャー大好きだから。アーチャーもすっかり絆されちゃったみたいだし。」

 

 

姉さんの手前、あの二人の関係を言うに言えない。

 

 

「昨日ね、キャスターがアーチャーに花なんか寄越して来たのよ。」

 

「花?」

 

 

何でキャスターってば、アーチャーに花なんか…姉さんが更に話を続ける。キャスターは昨日、ただ花を買ってきたのではなく、明らかに誰かへ贈る為の花を買って来たと。

 

 

 

「あいつ、使い魔の癖に知能は高いし、おまけにあんたが感情機能も付与してるみたいだし?顔はあんただけど、性別は無いようなものだしね。」

 

「あの、姉さん…それはどういう意味ですか?」

 

 

姉さんの顔をまともに見れない。シリマセン、ボクハ、ナニモシリマセンヨ。

 

 

 

「あいつ、アーチャーのこと「姉さん、キャスターからアーチャーのこと遠ざけないで。」

 

 

キャスターは自分から、何かを望んだことは無い。滅多に、何かに執着を見せたことも無い。彼はいつも、あっさりと何もかも手放すのだ。

 

 

 

そんなキャスターが現世に残った理由は、義理兄が横暴なことをしない様にってストッパーとしての役割と、ぼくをキレイと義理兄に任せたら、ロクでも無いことになるからという理由の二つだった。

 

 

「姉さんがキャスターのこと嫌いなのは知ってるけど、お願いだよ。キャスターも、道ならぬ感情だって自覚はあると思う。」

 

「ちょっ、リヒト…!?何であんたがそんな必死になるのよ!」

 

 

 

自分でも無意識な内に、本気でキャスターからアーチャーを引き離さないで欲しいと姉さんに頼んでいた。はたと我に返り、慌てて姉さんと距離を取る。

 

 

「……あのキャスターにすっかり絆されてるのはどっちよ。」

 

 

姉さんに呆れられ、頰が熱い。あぁ、キャスターが大好きなのはぼくの方だった。彼には幸せになって欲しいと思う程度には、ぼくもキャスターのことは好きだ。

 

 

「あー…ごめん、忘れて?何でも、無い。」

 

「弟にそんな顔されて頼まれちゃったら、私だってあの二人にとやかく言う気は無いわよ。」

 

 

 

姉さんに深いため息を吐かれてしまった。面目無い。

 

 

「アーチャーがいずれは座に還るってこと、キャスターは理解してるのよね?」

 

「…キャスターも、サーヴァントが何たるかは知ってるよ。」

 

 

 

そもそも、キャスターも同じサーヴァントなんだけど。というか、あの二人の場合は元締めが一緒だから二人して還る可能性もある。聖杯戦争が終わったらキャスターはどうするのか、聞くのが怖くてまだ聞けていない。

 

 

『君は、先輩がもしいなくなったらどうするんだ?』

 

 

 

とある日、不意にアーチャーに言われた言葉。あの時、覚悟は出来てると言ったが、実際にキャスターがいなくなったらぼくはどうなるんだろう。

別に、特別何かが変わる訳ではない。キャスターがいなくなっても、ぼくは死ぬ訳でもないし。

 

 

けど、キャスターと一緒に居るのが当たり前過ぎて、彼がずっと一緒に居てくれるとすら思っていた節がある。

 

 

 

「私が聖杯を手に入れれば、アーチャーを受肉させることも可能かもね。サーヴァントが聖杯戦争に参加するのって、専ら聖杯の力を借りて受肉して第二の生を得る為なんじゃないの?まぁ、あいつは第二の生とか興味無さそうだけど。」

 

「アーチャーの願い、姉さんは知らないの?」

 

「あいつ、もし願うとしたら恒久的な世界平和とか言ったのよ?正義の味方じゃあるまいし。」

 

その願いを、ぼくは以前にも願った誰かを知っている。あの人だけじゃないんだ、そんな途方も無いこと願う人って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それは無理な願いだよ、切嗣さん。父さんが言ってた、人は原罪を生まれながらに背負っているから争いは絶えないって。』

 

 

切嗣さんから聖杯に賭ける願いを聞いたとき、それは無理だよと子供ながらに口をついて出た。

 

 

 

『リヒトはもう聖書が読めるのかい?そうだね、聖書にはそう書いてある。』

 

 

切嗣さんがぼくの頭を撫でる。あれは確か、ぼくの身柄が聖堂教会に引き渡される日の前日だったか。

 

 

 

『……切嗣さん、世界平和より…アイリススフィールや娘さんはいいの?聖杯戦争が終わったら、一緒に暮らしたいとか、そういう願いじゃなくていいの?』

 

 

時折、切嗣さんはひどく苦しそうな表情をする。切嗣さんが大事なアイリスフィールを犠牲にしてまで、叶えたい願いに救いはあるの?

 

 

 

『リヒト、これはね…僕とアイリの間で何度も話し合ってきたんだ。アイリは僕の願いを理解してくれているし、彼女とはもう…共にアインツベルンの城へ帰ることは出来ない。』

 

 

切嗣さんは悪どい人なのか、いい人なのかよく分からなかった。でも、魔術師をやってる時点で善人とは程遠いし、ぼくの目の前でお祖父様を殺したあの人を更に凄惨な殺し方で部下の人に殺させた。時臣さんが言ってた、魔術師としての誇りもへったくれもありゃしない。

 

 

 

『リヒト、君にだって叶えたい願いはあったんじゃないのかい?聖杯は一度、君をマスターに選ぼうとした。』

 

 

あるにはある。けど、子供心に僕の身勝手な願いで後先どうなるかって考えたら、気安くはそんなこと願えなかった。

 

 

 

『切嗣さん、魔術師にとって聖杯は至高の品なんでしょう?ぼくは子供だから、そんな大変なものどうやって使えばいいか分かんないよ。』

 

『君って子は…君をあの神父の元に置いておくのはよくないな。いっそ、僕の手元に置けたら一番良いんだけどね。』

 

 

切嗣さんは冗談交じりに、僕とアイリの息子にならないか?なんて、ぼくに聞いてきた。父さんがいるから、駄目だよと言えばそうだねと切嗣さんは苦笑したのが懐かしい。割と本心で言ってたみたいだから、冗談じゃなかったのかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急になんなんだ、全く。オレの焼いたアップルパイが食べたいだなんて。」

 

 

ぴったりとオレのそばから離れず、先輩は興味津々でオレがアップルパイをつくる様子をしげしげ観察している。こうもくっ付かれると、やりにくい。

 

 

 

「焼きリンゴでもよかったんだがな、本官としてはアップルパイの方が好きだ。」

 

「あなたの好みを聞いているのではない。」

 

「半身がマキリ少年に心無いことを言われて、傷心中の様だったからな甘いものでも食べれば気も紛れるだろうと思った。丁度、気を利かせた会長が大量にリンゴをシロの元へ差し入れてきたからな。」

 

 

恐らく、この人は千里眼スキルでもあるんじゃないかと思われる。それも、未来の可能性すら見えるレベルの。

 

 

 

この人はオレが衛宮士郎と殺し合いを行う可能性を言い当て、その可能性は自分が潰すと、よりにもよって俺自身に脅迫めいたことを言ってきたのだから。たまったものではない。最高位の座に位置する魔術師は優れた千里眼を持つという話だが、まさかな。

 

 

「そろそろ、マキリ少年には一度痛い目に遭ってもらうとするか。さて、どうしてくれようかな。」

 

「目が怖いし、口が笑ってるぞ先輩!リヒトじゃなくて、君が腹を立ててどうする!?」

 

「誰が魔術師くずれだって?これでも始まりの御三家の直弟子ってブランドは持ってるんだけど。魔術回路すら持たない一般人風情にとやかく言われる筋合いは無いよ。本当、今も昔も中身全く変わらないよねマキリって。」

 

 

 

吐き捨てる様に彼は舌打ちした。あぁ、これが周囲からすればまるで聖人扱いの元神父か?あり得ないだろ普通に。凛みたく、何重にも猫被り…いや、あれは猫なんてかわいいものじゃない。赤い悪魔と並んで、オレの中では密かに青い悪魔と呼んでいた。

 

 

「…君も最近、地が出て来たな。」

 

「いつもこんなだったろ?キャスターがあの子に甘過ぎるんだ。僕の時はそんなに過保護じゃなかった癖に。マキリもさぁ、姉さんへの邪さも混じった思慕なのか、魔術師に対する羨望に限り無く近い憎悪なのか、どっちかにして欲しいよね。」

 

 

 

いつまで経っても、彼と間桐慎二…いや、慎二が分かり合えることは無かった。彼は慎二が一番望むものを持っていて、慎二は彼が一番望むものを持っていた。だからこそ、お互いがお互いをひどく嫌っていた。

 

 

「……半身が傷心中なら、彼は怒り心頭の様だな。」

 

「もう直、パイも焼ける。糖分摂取するなりして気を沈めたまえ。即席だからあまり期待はするなよ?先輩。」

 

 

アップルパイ自体、冷凍のパイ生地を解凍させる時間とオーブンを余熱であたためる時間さえ確保出来れば、然程調理時間はかからない。パイ生地から作るとなれば、もう少し時間はかかるが。

 

 

 

「貴殿のつくったものなら何でも美味い。期待するな等と、言ってくれるな。」

 

「……このたわけ。」

 

 

先輩はあっけらかんとそんなことを伝えて来るから、多少気恥ずかしい。この人の真っ直ぐ、偽りない言葉は毒の様にオレの中へとじんわり染み込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、キャスターにそういう意味でモーションかけられてるの?」

 

 

アップルパイの消費は先輩に任せ、後片付けをしていると背後から赤い方の悪魔の声がした。 背中にぶわっと嫌な汗を掻く。

 

 

 

「…な、何の話だね?」

 

「とぼけないでよ。使い魔が思慕の情だなんて、俄かに信じ難いけど…一連のキャスターの言動自体がそもそも隠す気なさ過ぎなの。」

 

 

やはり…あの花束事件辺りで凛にはバレていたに違い無い。女の勘は恐ろしい。

 

 

 

「性別は無いにせよ、リヒトとおんなじ顔で黙ってれば選り取り見取りでしょうに。キャスターもよりにもよって、何であんたなのかしら。」

 

「私も全く同じことを言ったよ。それでも、先輩がしつこくてな。」

 

 

見れば、凛は面白く無さそうな顔をしてる。さて、何と言えばよいのやら。

 

 

 

「自覚してるわよね?あんたも。自分がどういう存在か。まぁ、あの使い魔も人間じゃないから報われ無さは多少マシになるだろうけど。」

 

 

思慕の情など、サーヴァントには不要だ。そして、いずれ私は受肉でもしない限り聖杯戦争が終われば消える。元より、受肉する気など最初から無いが。

 

 

 

「……先輩も私も“同じ”だ。だから、結局最期は同じ末路を辿ることになるさ。」

 

「それ、どういう意味よ?」

 

「共に、疾うに腹は決めたという意味だ。」

 

「…重ッ。」

 

 

凛からは一言、重いと言われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロー?」

 

 

夜。いつまでもシロが外へ出たっきり戻って来ないから、土蔵まで様子を見に行けば案の定だ。

 

 

 

「うわ、やっぱり…こんな寒い場所でよく寝れるよね?君。」

 

 

シロの奴、寒々しい土蔵の中で部屋着一枚で寝ていた。土蔵でボーッとしてる間に、寝てしまったらしい。

 

 

「シロ、起きてよ…風邪引く。」

 

 

軽く揺さぶってみたが、シロは中々起きてくれない。もういいや、ぼくがシロの自室まで運ぼう。

 

 

起きないシロを仰向けに転がし、脇の下に手をやってシロを起こすとそのまま抱き上げる。

 

 

「よっこいせと…おも。」

 

 

 

シロは無防備な顔でくぅくぅ寝てる。シロを抱き上げ、土蔵を出ようとしたその時。入り口近くにひどく懐かしいものを見つけた。

 

 

「これ…あぁ、まだ残ってたんだ。」

 

 

 

土蔵の入り口近くに刻まれた、一つの魔方陣。昔、アイリスフィールが刻んだものだ。まだ、残ってたんだこれ。

 

 

ふと、セイバーの魔力の気配が…ほんの僅かに魔方陣から感じられる。まさか、シロってば此処でセイバー喚んだの?

 

 

 

「聖杯が数合わせ面倒臭くて、たまたま君をマスターにしたのか。それとも、これも運命ってやつなのかな?まさかね。」

 

 

腕の中で、眠りこけるシロに聞いても返事は無い。シロがマスターにならなければ、誰かしらマスターになってたとは思うけど。

 

 

 

「……んーっ…」

 

「あ、シロってば…やっと起きた。」

 

 

すると、シロが身じろぎして小さく唸り声を上げる。どうやら起きたらしいけど、まだ寝ぼけてるらしい。ぽやーっとした目でシロがぼくを見るなり、首にぎゅうっとシロの腕が回された。

 

 

 

「…シロ?ちょっ、苦しいから腕緩め「やだ。」

 

 

やだって、君も小さい子供じゃあるまいし。困ったな。シロってば、急にどうしたのさ。

 

 

 

「何が嫌?ぼくにも分かるように教えてくれないと、わかんないよ。」

 

 

シロの耳元で、ぼくにも分かるように教えてと気持ち優しめに耳打ちする。すると、シロはぼそりと呟く。

 

 

「…また急に、来なくなったら…やだからな。」

 

 

 

それ、またぼくが此処に来なくなったらいやだってこと?それは無い。あの頃は父さんがぼくをあちこち海外に連れ回して、何のつもりか自分の仕事をぼくに手伝わせ始めたからやたら忙しかった。

 

 

「ごめん、急に来なくなったことは謝る。」

 

「……遅いんだよ、ばか。」

 

 

 

シロがぼくの肩口にぽすりと顔を埋める。今夜のシロは一回りくらい、精神年齢が幼くなっている気がする。

 

 

「少し前まで、ずっと君に嫌われたかと思ってた。ぼくが切嗣さんのお葬式に行かなかったから、シロ怒ったんだって。」

 

「嫌うわけ、無いだろ…」

 

「なら良かった。けど、ぼくは行かなかったから…切嗣さんが死んだって自覚したくなかったんだ。キャスターはこっそり、お葬式行ったみたいだけど。」

 

「昔、親父の葬式で…知らない、神父が来てたんだ。言峰じゃ、なかったと思う。」

 

 

 

何やら思い当たる節があったのか、シロは切嗣さんのお葬式で、見知らぬ神父を見かけたという。仏教形式の葬式に神父は目立ったに違いない。

 

 

「それ、多分キャスターだよ。喪服が無かったから、キレイの服を無断で拝借して行ったのぼく見たもの。」

 

 

 

君が行かないなら自分が行くと、キャスターはわざわざ切嗣さんのお葬式に神父服を着て行ったのには驚いた。後で綺礼からお叱りを受けてたけど、のらりくらりとかわしてたし。

 

 

「キャスター、意外に親父と…仲良かったのか?」

 

「悪くは無かったと思うよ。あの二人も不思議な関係だったから。」

 

「今日、あいつから…色々と親父のこと聞いた。あと、聖杯戦争が終わったら、リヒトと二人で…親父の墓参り行けって。」

 

 

 

シロの声は何処か不満気だ。キャスターが今日、色々とシロにお節介を焼いたらしい。

 

 

「そういえば、一回も行ってないんだ…ぼくも。一緒に行く?」

 

「お前が一緒なら…いく。」

 

 

 

シロの額にこつりと自分の額を重ねる。今日、姉さんから魔術回路を開きっ放しにする為に特別製の魔力が込められた宝石を飲まされたらしいが額から伝わる体温は微熱程度だ。

 

 

酷い熱なら、キャスター手製の下熱剤でもあげようかと思ったけど大丈夫そうかな。それに約束したなら、聖杯戦争が終わっても、彼が無事であります様にとつい祈りたくなる。

 

 

 

「私は貴方方の為に立てた計画をよく心に留めている、そう主は言われた。それは平和の計画であり、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものだ。君のこれからに、幸多からんことを。」

 

 

自分でも無意識に、十字を切って彼に対する祈りの言葉を口にしていた。

 

 

 

「今の…なんだ?」

 

「聖書の一節。どんな辛い過去があっても、それは将来の希望へと繋がってるって意味…ほら、もうお休み。」

 

 

気付けば、シロはぼくの首に縋り付いたまますっかり寝ていた。シロが落ちない様に抱え直し、土蔵から出たところでアーチャーに出くわした。

 

 

 

「アーチャー!?いつから…」

 

「信仰心が無いと言う割に、他人の為なら祈りの言葉を口にするのだな君は。」

 

 

皮肉げにアーチャーが口元を歪ませる。あぁ、この顔は全部見てた顔だ。

 

 

 

「また、シロに対する執着は捨てろって?キャスターが君に執着してるのと多分同じ理由で、ぼくもシロを放って置くことは出来ないよ。」

 

「君たちはどうしてそう……同じなんだろうな。」

 

 

アーチャーが何か言いた気に、こめかみを抑える。頭でも痛いの?と聞けば、アーチャーに溜息を吐かれた。

 

 

 

「アーチャー、キャスターはね…前は何かを自分から望んだりしなかったんだよ。キャスターはいつも、何もかもあっさり手放しちゃうから。自分の事に関して、興味関心が薄いんだ。」

 

「先輩が?」

 

「多分、君はキャスターの兄さんと友人以来の特別枠にカテゴリ付けされたんだと思うよ。だから、キャスターのことよろしくね。」

 

「…私に、あの男の面倒を押し付けるな。」

 

 

だって君、誰かの世話焼くの嫌いじゃないだろ?そう返せば、アーチャーから全くの不本意だと返されてしまった。

 

 

 

「君は、それでいいのか。」

 

「え?」

 

「先輩をあっさり、私などに明け渡していいのかと聞いてる。」

 

「ぼく、ナルシストじゃないし。そろそろシロが風邪引いちゃうから、戻るね。あとはお二人でごゆっくり。あ、あとセイバーがアップルパイ美味しかったって。」

 

「あれを私のつくったものだとセイバーに言ったのか!?」

 

 

 

アーチャーが明らかに動揺する。君、何故かセイバー絡みになるとムキになり易いよね。

 

 

「ダメだった?余ったのお土産にしたら、みんな美味しいって完食してくれたよ。」

 

「もういい!」

 

 

 

アーチャーはフンとそっぽを向くが、その顔は満更ではなさそうだ。

 

 

「じゃあ、おやすみ。おっきなシロ?」

 

 

最後にほんの冗談で、アーチャーをおっきなシロと呼んだ。だって、色々そっくりなんだもん。今日、姉さんからアーチャーの聖杯に賭ける願いを聞いて、尚更そう感じた。

 

 

アーチャーはおっきなシロみたいだ。シロがあんな捻くれ屋になるのは、ちょっと嫌だけど。

 

 

 

その時、更に動揺して大変な事になっていたアーチャーにぼくは気付きもせず、さっさと屋敷の中に入ってしまったから残念で仕方無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ気が動転している中、いつもの定位置に戻ると、先輩は無心でシャクシャクとリンゴを齧っている。

 

 

「…バレた?あーあれはちょっとした冗談だ。半身は君とシロがよく似ていれど、所詮は他人だと思っている。なに、気にするな。」

 

「冗談にしても、心臓に悪い!」

 

 

 

先輩は人の悪い笑みをニヤリと浮かべ、貴殿も食べるか?ともう一つ、赤いリンゴをオレに差し出してくる。気を紛らわせる為、それを受け取り、ヤケになって噛み付いた。

 

 

「イナンナの娘に本官たちのことがバレたら、接見禁止令でも出されるんじゃないかとヒヤヒヤしたんだ。半身が親身に頼み込んでくれて、よかった。」

 

「あなたとオレを遠ざけないでくれと、あんな頼まれ方をされたら困ると凛が言っていた。」

 

 

 

予想外にも、凛から公認の許可が降りた。聖杯戦争に私事を持ち出さないのを条件にだが。凛も甘いが、リヒトはとことん先輩に甘い。

 

 

「何れ、リヒトはその甘さが命取りになるぞ。」

 

「あと数年もすれば、プライベートと仕事はきっちり分ける程度に甘さを捨てられるさ。青い悪魔の誕生にはもう少しかかるな。」

 

 

ギクリと、肩が強張る。オレの中での密かな呼び名さえ、すっかり先輩には知れていた。

 

 

「君、僕のことそんな風に呼んでたんだ。姉さんは兎も角、仮にも元神父を悪魔呼ばわりはひどくない?」

 

 

 

「君に散々な目に遭わされたことを忘れたとは言わせないぞ!?」

 

「君が致死率100%の地雷原に自ら飛び込んでく様なこと何度もしたんだから、容赦無いとこっちが死んでたよ。僕がピンチになっても、君は絶対僕を切り捨てて他を助けただろうし。」

 

 

青い目が呆れの色を宿して、オレを見る。お互い様だと言われてしまい、返す言葉が無い。

 

 

 

「君が僕を切り捨てるなら、悦んで僕は君に殺されるよ。それこそ僕の本望だ。」

 

「言ってることが矛盾してるぞ?死にたがりめ。」

 

「それだけ君のことが「言わなくていい」

 

 

彼からは重苦しい程の好意がひしひしと伝わって来るから、一々言葉にしなくていい。

 

 

 

「…先輩のことをよろしくとも、リヒトに言われてしまった。」

 

「なら、僕のこともよろしくってことだよね。」

 

 

青い悪魔が口端をニィッと吊り上げ、笑みを深くする。オレはとんでもない奴をリヒトから押し付けられてしまったのではと思ったが、既に遅い。

 




アーチャーさんの焼いたアップルパイは皆さんで美味しく頂きました。


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歯車は軋みをあげて回り出す
第二十一話 口は災いの元


「リヒト、魔術師になるつもりなら、その優しさは捨てなさい。魔術師には不要なものだ。」

 

 

時臣さんは言う、魔術師になるにはぼくは優し過ぎると。

 

 

 

「君には充分過ぎる程の才覚がある。君は私の弟子の中でも、一番呑み込みは早かった。」

 

 

……別に、好き好んで魔術を習い始めた訳じゃない。キレイが時臣さんと初めて会った時、ぼくもその場に居合わせた。

 

 

 

失礼が無い様にとお祖父様が言うから、キレイの隣で大人しくしてた。そしたら時臣さんはぼくを見て、何を思ったのか懐から二つ、宝石を取り出して一つをぼくに渡し、これに魔力を込めてみなさいと。

 

 

時臣さんの見よう見まねでやってみただけだ。お祖父様から習った洗礼詠唱の基礎よりは難しくない。あれは駄目だ、ぼくには全然出来なくて、とうとう泣き出してしまったらお祖父様に慰められた。

 

 

 

「君が綺礼や璃正氏の様に、聖職者を志すなら話は別だが…あぁ、すまない。幼い君にはまだ分かりにくい話だったか。」

 

「優しいままは、だめなの?」

 

「魔術師にとって、優しさは甘さだ。リヒト、それは君にとって何れ命取りになる。だから、今の内に捨ててしまいなさい。」

 

 

まだ六つにも満たなかったぼくには余り、よく分からない話だった。良くも悪くも、時臣さんは魔術師然としていたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロ、おーきーてー。」

 

 

微睡みの中、リヒトに頬をぺちぺちと叩かれて目を覚ます。

 

 

 

「やっとお目覚め?coccolone。」

 

 

リヒトの声は穏やかな甘みを帯びて、耳元がくすぐったい。更にやんわりと優しく微笑まれたら、ふわふわした心地にな…ん?

 

 

 

気が付けば、俺はリヒトの首に腕を回したまま寝ていた。その事実にようやく気付き、今日も飛び起きる羽目になる。見れば、布団は1組しか敷かれていな…昨日より悪化してないか!?

 

 

「リ、リヒトさん…?昨日は俺……何をやらかしたんだ…?」

 

 

 

震える声で昨日の俺は今度は何をやらかしたのかとリヒトに聞けば、リヒトは呑気にあくびをして昨晩の顛末を語る。

 

 

「シロってば、昨日土蔵で寝落ちしてたでしょう?起こしに行ったら、やだとか言って急にぼくの首に腕を回したまま離さなくなっちゃうし。」

 

 

 

昨日、リヒトと土蔵で話をした記憶は薄っすらある。その後の記憶が曖昧だ。要するに、俺はリヒトにお姫様抱っこされて部屋まで連れて来られたことになるのでは。

 

 

「…お前も嫌がれよ!お、男に引っ付かれたら暑苦しいだけだろ!?」

 

 

 

苦し紛れにそう聞けば、朝っぱらからとんでもない爆弾発言を聞く羽目になる。

 

 

「なんで?シロならいいよ。」

 

「お前さぁ〜〜…!」

 

 

 

きょとんとした顔で、リヒトがそんなことを言い出すからこっちが恥ずかしくなる。まるで、俺だから特別だみたいなことを言われてる様でこっちが勘違いしそうだ。

 

 

普段のリヒトは神父の息子という少々特殊な生い立ちもあってか、馴染みの無い者には近づき難さを抱かせる。実際、少し前までの俺もそうだった。遠坂と一緒にいる時など、特にそれが顕著だったのに。うちにいる時のリヒトは存外、子供っぽくて人懐こい。

 

 

 

「……おはようございます、ふたりとも。」

 

 

すっかり朝の支度を整え、セイバーが起きて来た。リヒトはセイバーを見るなり、おはようセイバーと呑気な笑顔を浮かべて挨拶する。俺の気も知らないで…!

 

 

 

「おはようございます、リヒト。昨日は眠りこけたシロウを土蔵から連れて来て貰った様で、ありがとうございます。」

 

「シロが寝過ごして、朝ごはんのランクが下がったらキャスターがうるさそうだからさ。」

 

 

 

……そうだった。最近、キャスターが自分の分の朝食も要求し始めたのだ。俺が寝過ごしでもして準備する朝食のランクが下がろうものなら、藤ねえと一緒になって文句を言いかねない。

 

 

「…成る程、そういうことでしたか。では、私は少し剣の鍛錬をして来ます。」

 

「いってらっしゃい。朝食の支度が出来たら、呼びに行くよ。」

 

 

 

リヒトと何気無い朝の会話を済ませると、セイバーは剣の鍛錬をして来ると部屋を後にした。

 

 

「シロ、体調は平気?今日はぼくも朝食作るの手伝うよ。昨日からまだ、微熱が続いてるでしょう?」

 

 

 

確かに、少し体がだるい。けど、昨日程じゃないから大丈夫そうだ。

 

 

「……コッコローネ?って、どういう意味なんだ。」

 

 

 

さっき、リヒトに起き抜け様に妙なことを言われた気がする。すると、リヒトがくすりと笑って、爆弾発言第二弾を投下した。

 

 

「イタリア語で、甘えん坊さんって意味。」

 

「なッ…!?」

 

 

 

そういうことは女の子に言えよ!俺に言ってどうする!!更に追撃で、不意打ちにて耳元に顔を寄せられ、囁かれた。

 

 

「…シロ、ぼく以外に寝ぼけてあんなことしちゃダメだよ?会長とかさ。」

 

「ッ、ちが…!?一成にあんなことするか!リヒトだけだ!」

 

 

 

万が一、寝ぼけてたとしてもリヒト以外にあんなことしな…ちょっと待て?俺、今何て言った??

 

 

「それ聞いて、安心した。」

 

 

 

最近、昔馴染みのデレが凄まじくてあらぬ方向へと向かいつつあるのをどうにかしたいが、多分どうにも出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ほら、弁当。」

 

「またぼくの分も作ってくれたの?購買で済ませるから、いらないよって言ったのに。」

 

 

今日、遠坂は学校を休むらしいがリヒトは通常通り学校に行く。

 

 

 

リヒトが此処に遠坂と一緒に転がり込んで来た当初は、桜が甲斐甲斐しくリヒトの弁当を作ってたけど。遠坂との“取引”で桜が一時的に此処へ来なくなって、昨日から俺がリヒトの分も作ってやることにした。リヒトが学校へ行く間際、作った弁当を渡してやる。

 

 

「もう作っちゃったから、受け取っとけ。お前も購買のパンとかおにぎりだけじゃあ栄養偏るぞ。」

 

「キヲツケマス。ありがとね、大事に食べるよ。」

 

 

 

……こいつ、絶対食生活を改める気無いだろ。

 

 

「リッちゃん、最近は早起きになったわねー!感心感心!桜ちゃんと士郎の教育の賜物かしら。」

 

 

 

原付用のヘルメットを手に、藤ねえが最近リヒトが早起きになったことを褒める。

 

 

「お前、帰ったら遅刻魔に逆戻りするなよ。」

 

「リッちゃん、あとちょっとしたら帰っちゃうんだっけ?いっその事、このままこの家の子になっちゃえばいいのに。切嗣さんもリッちゃんのこと、うちの息子にしたかったーって昔よく言ってたし。」

 

 

 

そんなこともあった様な。親父の奴、リヒトの事も我が子の様に可愛がっていた。すると、玄関先に遠坂も現れる。

 

 

「藤村先生、言峰君には無理言って付いて来てもらったので…あまり長居するのは衛宮君の負担になりますし。」

 

「遠坂さん、リッちゃんは置いてっても大丈夫よ。リッちゃんが早起きして、士郎と桜ちゃんのごはん作り手伝ってくれたらごはんのランクも上がって私も大満足だし。そうよねー?士郎。」

 

 

 

藤ねえ、結局それが目的か…!今日の朝食はリヒトが手伝ってくれた事もあってか、少し豪華な朝食となり藤ねえは味を占めたらしい。

 

 

「藤村先生、言峰君は私と一緒に帰るので。此処にリヒト一人、残してくつもりは更々ありませんから。ね?衛宮君。」

 

「……俺に同意を求めないでくれ頼むから。」

 

 

 

双方からまさかの同意を求められ、俺が困る羽目になるじゃないか!当のリヒトはきょとんとして、バチバチと目線同士で火花を鳴らす藤ねえと遠坂を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前……三日連続で主人を放ったらかしにしていいのかよ。」

 

 

呑気にバリバリと煎餅を齧るキャスターを傍目に、疲れた体に鞭を打って昼食の準備に取り掛かる。

 

 

 

「…呼ばれれば行くさ。呼ばれればな。イナンナの娘とて、今日は学校をサボったじゃないか。」

 

「私はいいのよ!」

 

 

遠坂がギロリとキャスターを睨むが、キャスターは動じた様子も無く「シロ、今日の昼食は何だ?」と昼食の献立を俺に聞いてくる始末だ。

 

 

 

「凛、メイガスに一々突っかかっていてはキリがありませんよ。」

 

 

セイバーが遠坂をいさめる。すっかりセイバーもキャスターの扱いを心得ているらしい。まぁ、付き合いは俺らより比較的長い様だし…当然か。

 

 

 

キャスターが手伝うでも無く、俺の昼食の準備を見ている間、遠坂とセイバーは会話に花を咲かせていた。やれ、セイバーはすっごい美人だの何だの…俺から見れば、セイバーも遠坂もすっごく美人なんだけどな。

 

 

横にいる奴も、黙ってれば同性から見ても綺麗な顔して…いつの間にやら、横にキャスターの姿が無い。自分の事を一度も女性だと思った事はないとセイバーが告げた時、キャスターが口を開いた。

 

 

 

「セイバー…貴殿は本官から見れば、さぞかし美しい女性だぞ。」

 

「また貴方はその様なことを…」

 

「ちょっとキャスター!あんた、私のアーチャーにちょっかい出しといて、なにセイバーのことも口説こうとしてんのよ!!」

 

 

遠坂が怒り出して、セイバーをキャスターから守る様に両者の間に割り込む。今、なんか妙なことを聞いた気がする。キャスターがあのアーチャーにちょっかいを出した…?

 

 

 

「イナンナの娘、本官はセイバーを素直に褒めてるだけだ。美しい女性に美しいと言って、何が悪い。セイバー…今、貴殿にその資質を求める者達は此処にはいない。もう少し、肩の力を抜いてもいいんじゃないか?」

 

 

セイバーは頑なに、自分のことを俺に話したがらない。けど、キャスターはセイバーの事について俺よりは詳しそうな口ぶりだった。

 

 

 

「メイガス…らしくないお節介はやめて下さい。」

 

「貴殿は本官を何だと思ってるんだ?それなりに、貴殿との付き合いも長いんだ。お節介を焼きたくなる時もあるさ。」

 

 

キャスターは深々と溜め息を吐き、ガシガシと頭を掻く。セイバーは腑に落ちない顔だ。遠坂がちらりとこちらを見る。

 

 

 

「気を付けなさいよ?士郎。こいつ、手が早いから気付いたらセイバーを取られてましたとか有り得るわよ。」

 

「な、何の話だよ…?」

 

 

キャスターがセイバーを取る?意味が分からず、遠坂に聞き返そうとして、何やら殺気めいた気配を感じた。遠坂の隣辺りから、尋常じゃない殺気の気配が。

 

 

 

「あと…キャスター?あんまりアーチャーの前でそういうこと言わない方がいいわよ。今、アーチャーすっごい顔してるし。」

 

 

どうやら、アーチャーが霊体化して遠坂の隣辺りにいるらしい。俺からは見えないから、どういう顔をしているのか知らないが。

 

 

 

「…アーチャー、そう怖い顔をするな。」

 

「痴話喧嘩始めるなら他所でやってよ。あんたが悪いんだからね。」

 

 

遠坂の隣辺りを見て、キャスターがアーチャー?に怖い顔をするなと渋い顔をする。何やら不穏な空気で居心地が悪い。痴話喧嘩とか何々だ?

 

 

 

「シロ、本官の分の昼食は確保しておいてくれ。少し席を外す。」

 

 

キャスターがやれやれと肩を竦め、一人で居間から出て行った。キャスターが居間からいなくなると、殺気めいた気配も消える。

 

 

 

「凛、キャスターとアーチャーは暫く戻って来なさそうですね。」

 

「あいつ、案外嫉妬深そうだから…セイバーも気を付けなさいよ。」

 

 

俺をそっちのけにして、セイバーと遠坂が居間の外を見やりながらあれこれ再び話し出す。だから!何の話だよ!?

 

 

 

「おい遠坂…キャスターとアーチャーがどうしたって?」

 

「士郎は知らなくていいわよ。」

 

 

なんか、俺だけ除け者にされた気がする。セイバーの言う通り、暫くキャスターは戻って来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危うく昼食を食べ損ねるところだった。」

 

「…何があったんだよ。」

 

「まぁ、色々とな。口は災いの元だ。」

 

 

昼食を食べ終え、遠坂からの課題でランプに強化の魔術を施していたところ、キャスターが遠坂の部屋に入ってきた。遠坂は用があるからと、部屋を出て行ったきりまだ戻って来ていない。

 

 

 

「お前、実はあのアーチャーと仲悪いのか?この前は仲良さそうに見えたけど。」

 

「……君が思っているよりは良好さ。それより、これは強化の魔術か?薄いガラスに強化を施すのは気を使うからなぁ。」

 

「あ、おいコラ!遊びじゃないんだぞ!?」

 

 

キャスターがランプに興味を示し、まだ俺が強化の魔術を施していないランプを一つ手に取る。

 

 

 

キャスターが徐にランプへ手を翳すと、キャスターの手の平が青白い光を帯びた。ふっと光が消え、キャスターが試しにランプのガラスをやや強めに叩けば、鉄を叩いた様な硬い音がする。

 

 

「ざっとこんな感じだ。」

 

「…こんな感じだって言われて、すぐ出来れば俺も苦労はしないっつの。」

 

 

 

キャスターだって出来るのに、何でこう上手くいかないのやら…自分の不出来さ加減に頭が痛くなりそうだ。

 

 

「なら少し、息抜きに話でもしようか。」

 

「なんだよ、話って。」

 

「セイバーのことをどう思う?」

 

 

 

唐突直球にそんなことを聞かれ、何て言えばいいか分からない。息抜きでする話題じゃないだろ。

 

 

「どうって…頼りにはしてる。」

 

「そういう話をしてるんじゃない。彼女が一度も自分を女性だと思ったことはないと言った時、君も苛立ちを覚えたろう?」

 

 

 

珍しく、キャスターは真面目な顔をして先程のセイバーのことを口にする。そりゃあ、少し腹は立ったけど。自分のことを何だと思ってるんだって。

 

 

「彼女の気持ちも分からなくはない。自分の意思とは関係無く、周囲が望む在るべき姿を強く押し付けられて受け入れざる得ないとなれば…苦しいものだ。」

 

 

 

ふっと、キャスターが何か思う所があってか目を細める。その表情は、いつもの能天気なキャスターらしくない。

 

 

「お前、なんかセイバーに同情的だよな。」

 

「本官も似た様な立場に在ったからなぁ。」

 

「…リヒトがお前に、何か強制したのか?」

 

 

 

「半身はそんはことしないさ。気まぐれで身勝手な者達に昔、それで散々振り回されて理不尽な思いをした事がある。」

 

 

キャスターの言う、気まぐれで身勝手は者達とは誰の事なんだろうか。リヒトじゃないことは間違い無いけど。

 

 

 

「セイバーはよくやりきったと思うよ。」

 

「キャスター…お前、セイバーのこと結構知ってるのか?俺がセイバーに色々聞いても、結局はぐらかされるし。」

 

「彼女の真名も知ってるし、彼女がどうして聖杯を求めるかも知ってるさ。だが、半身から君らにあれこれ喋るなと口止めされてるんだ。」

 

 

やっぱり、こいつ全部知ってる。けど、リヒトから口止めを受けてるらしく、俺が何だかんだ聞いても話してくれる可能性はゼロだ。

 

 

 

「悪いな、シロ。こればかりはどうしようもない。」

 

「別に、気にして無い。」

 

「……シロ、僕はセイバーに以前の様な結末を辿って欲しくないんだ。君ならセイバーと分かり合える、そう信じてるから。」

 

 

一瞬、キャスターの口調が変わった。まるで、リヒトのフリをしている時の様な…いや、今のはリヒトそのものだ。

 

 

「リヒト…?一応、聞くけど…お前、キャスターだよな?リヒトと入れ替わってるとか無しだぞ。」

 

「半身ならそう言うと思ったから、言ってみただけだよ。」

 

 

 

キャスターがにやりと笑う。あぁ、やっぱりいつものキャスターでホッとした。その時、居間の電話が鳴り始める。

 

 

「む、電話か。出なくていいのか?シロ。」

 

 

 

キャスターが電話に出ろと促すので、居留守を決め込みたかったが出ざる得なくなる。こんな時間に誰だ?

 

 

「はい、衛宮ですが。」

 

 

 

居間にある電話の受話器を取ると、一瞬の間を置いて聞き覚えのある笑い声がする。慎二の声だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前が学校に来ないって言うなら、コトミネがどうなってもいいんだな。」

 

 

受話器越し、慎二の口からリヒトの名前が出て来て背筋に冷たいものが走る。慎二は俺に話したい事があると、何が何でも学校へ来させるつもりらしい。

 

 

 

「ちょっと待て!?何でそこで、リヒトが出て来る!」

 

「幾らコトミネでも、サーヴァント相手にしたらひとたまりも無いだろ?コトミネをどうにかしちゃえば、遠坂にも思い知らせることが出来る。」

 

 

最悪、慎二はリヒトを殺す気だ。そんな気がする。隣にいたキャスターの顔が険しいものになった。とうとう、慎二が狂った様に笑い出す。

 

 

 

「ほらほら、どうするんだよ?衛宮ぁ!モタモタしてたら、うっかり僕のライダーがコトミネ殺しちゃうかもしれないぜ?」

 

「行くから待ってろ!」

 

「そうこなくちゃ。遠坂には内緒で来いよ?衛宮。」

 

 

そこで、電話が切れた。険しい顔付きのまま、キャスターが俺を見るなり「行くのか?」と今更なことを聞いて来る。

 

 

 

「本官が行く。君は大人しく待っていたまえ。のこのこと学校に行けば、マキリ少年の思う壺だぞ。」

 

「大人しくなんて出来るか!俺も行く!」

 

「止めても君は行くんだろうな…先に行ってる。」

 

 

溜め息を一つ、キャスターが何らかの呪文らしい言葉を一言呟けば、たちまちキャスターの姿は掻き消えた。




セイバーのスルースキルはEX。


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第二十二話 メイガスの意外な一面

教会関係者との連絡用に使っている携帯が鳴った。この着信音は珍しく、息子からだ。最近の携帯は便利なもので、あらかじめ登録した特定の番号に対して、専用の着信音を指定することが出来る。

 

 

「…どうした、リヒト。お前から私に連絡を寄越すとは珍しい。」

 

「もしもし…父さん?わざと出ないかと思った。」

 

 

 

息子は私を何だと思ってるんだ。もしもわざと、私が息子からの着信を無視して、万が一にもそれが非常事態だったとすれば、責任を真っ先に問われるのは私自身だ。

 

 

「手短に要件を言え。何があった?」

 

「…ライダーのマスターが学校でやらかした。今、学校中が地獄絵図になってる。」

 

 

 

聖杯戦争が始まって間も無く、ライダーのマスターが穂群原学園に結界魔術を施した形跡があるとの報告は受けていたが、まさか本当に実行するとは。後始末が面倒そうだ。

 

 

「事態の収拾に務めるから、監督役としての指示を仰ぎたい。」

 

 

 

息子には私が行くまでの間に結界魔術をなんとかする様にとだけ伝える。後は息子に任せれば、あの片割れを使うなりして上手く対処するだろう。

 

 

「報告は後ほど、泰山で聞こう。」

 

 

 

すぐに息子から嫌だと拒否の返事が返ってくる。

 

 

「久々に親子水入らずで食事をしたいと思った父親からの誘いを無碍に断るか。」

 

「今、そういう悪ふざけしてる事態じゃなッー!?」

 

 

 

途端、大きな破壊音がして通話がブツリと切れた。どうやら、本当に悪ふざけをしている事態ではなかったらしい。恐らく、息子に持たせた連絡用携帯の番号に今からリダイヤルしても使えない状態になっているだろう。骨位は拾ってやろうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見れば、携帯電話が血まみれの無残な状態になっていた。避けた寸手、こめかみの辺りをざっくりとやられたらしい。

 

 

異変は突然で放課後間近、それは起きた。気が付けば、ぼく以外に机に座る者は誰も居ない。

 

 

 

外を見れば空は真っ赤で、此処が既に結界の中であることに気付き、廊下に出てキレイに即連絡を入れたら電波は入る様で助かった。そしてキレイとの通話中、何者かの襲撃を受けた訳だ。

 

 

「うまく避けられましたね。」

 

「ライダー…!」

 

「言ったでしょう?次に会ったときは敵同士だと。慎二から、あなたを見つけ次第殺す様にと言われてます。余程、あなたが邪魔な様ですね。」

 

 

 

ライダーから伝わる、明確な殺意。今迄、彼女から敵意らしきものを感じなかったから逆に油断していた。ライダーは本気でぼくを殺しに来てる。

 

 

「桜を悲しませたくないのは山々ですが、今の私のマスターは慎二ですから。殺せと言われればやむを得ない。」

 

「見上げた忠誠心だね。ぼくのキャスターは自分勝手が過ぎるから、君の爪の垢を煎じて、飲ませてあげたいよ。」

 

 

 

キャスターを喚ぼうにも、追われているこの状況じゃあ分が悪い。走り出せば、ライダーは容赦無く追って来た。

 

 

兎に角、結界の起点へ向かわないと。キャスターもぼくの非常事態には気付いて、此方へ向かってる…と、信じたい。

 

 

 

キレイもいつになれば、此方へ来るのやら。あの結界魔術、姉さんにもやっぱり解くことは出来なかったみたいでマキリがトチ狂って、発動しない様にってあいつの最後の良心を信じたかったけど、やっぱり駄目だったらしい。

 

 

「サーヴァント相手に、逃げ果せるとでも?」

 

 

 

目前に立ちはだかる様に、ライダーがぼくに迫る。彼女は機動力があり、急所めがけて、彼女の得物が振り下ろされたのを避けるしか出来ない。

 

 

「……古めかしい、神秘の匂いがします。」

 

「え?」

 

 

 

先程、ぼくのこめかみをざっくり切り裂いた短剣に付着した血をライダーが赤い舌で舐め上げる様は、何処か蠱惑的だ。

 

 

「あなたの血から、いいえ…あなたの血に含まれた魔力からです。恐らくは、私のいた時代よりもっと古い神代の。言峰リヒト、あなたは何ですか?以前から気になっていたので、あなたとあなたそっくりのサーヴァントについて。」

 

「ぼくはキャスターで、キャスターはぼくだからとしか説明出来ないよ。」

 

 

 

それ以上、説明出来る言葉をぼくは持ち合わせていない。実際、ぼく自身もあんまり理解できていないんだから。

 

 

「あくまでも、言うつもりは無いと?それならば、私はただあなたをマスターの命令通りに殺すだけ。」

 

 

 

ライダーの凶撃が再び、ぼくへ向かわんとした時にぼくとキャスターの間へ立ち塞ぐ様にして渦状のひずみが刹那現れる。

 

 

「……来るのが遅いよ、キャスター。」

 

「それはすまなかった。」

 

 

 

全然済まなそうな顔してないよね?君。キャスターは何食わぬ顔をして、ぼくとライダーの前に現れた。

 

 

「本当に、瓜二つですね。あなた達は。」

 

「これはこれは、ライダー…いや、メドゥーサ殿とお呼びした方がよいか。道理で大変美しい訳だ。何せ、その美しさ故に女神から嫉妬を買ってしまう位なのだから。」

 

 

 

場違いにも感嘆の息を漏らし、キャスターがそんなことを言う。メドゥーサって、髪が蛇の怪物のイメージなんだけど…彼女が?

 

 

「私を美しいなどと、随分な物好きですね。あなたのサーヴァントは。」

 

「キャスター、この状況で他のサーヴァント口説くのやめなよ本当。」

 

「美しいものを美しいと言って、何が悪いのだ?半身よ。」

 

 

開き直るキャスターに呆れて、物も言えない。その時、ライダーが両目を覆っていた目隠しを外した。ライダーの瞳を見た瞬間、全身の血液が凝結する様な感覚を覚える。

 

 

 

「半身、あまりあの目を見ない方がいいぞ。魔眼の類だ、それも最高位のな。本官も初めて見たぞ。」

 

 

あんまり見るなと言う割に、キャスターはまじまじとライダーを興味深く見つめる。魔眼で最高位って、石化の魔眼じゃ…そうだ、メドゥーサには見るものを石に変える呪いの眼を持ってると聞いたことがあるけど、あれが?

 

 

 

「あなたのサーヴァントは、どうやら高い対魔力をお持ちの様で…あまりこの眼も、効果は無さそうですね。」

 

「クラス最弱のキャスターだが、無駄に対魔力だけは高い様でな…お陰様で貴殿の瞳をとくと満足行くまで鑑賞出来る。」

 

 

キャスターのテンションが異様に高い。声には高揚さすら感じられる。キャスターの悪い癖だ、キャスターは自分が美しいと感じたものには目が無い。出会った当初のセイバーにもこんな感じで、当時の彼女からは若干引かれてた。

 

 

 

「先に結界の起点へ向かえ、メドゥーサ殿の相手は本官が引き受ける。シロも学校には着いてる筈だ。来るなと言っても、あれは絶対来るからなぁ。」

 

「なら任せた。」

 

 

シロも来ているらしい。差し詰め、マキリにおびき出されたんだろう。マキリの奴、シロを来させてから結界を発動したのか。なら尚の事、タチが悪い。ライダーのことはキャスターに任せて、今はこの結界を解除することを考えた方が賢明だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鋭い金色の光を放つ双眸、白い肌に映える美しくも青い装飾めいた刺青。恐らくモチーフは古代文字の類であろう、紋様のあしらわれた黒い腰衣を身に付け、大振りの杖を携えたその姿は古い書物に描かれた神官を彷彿とさせる。

 

 

その顔立ちは私の本来のマスターである、彼女が憂いを帯びた瞳で見つめる先にいつもいた少年と瓜二つであるのに纏う雰囲気は全く違う。

言峰リヒトを逃すまいとした刹那、何かひどく粘ついたものに強く足を掴み取られた。

 

 

 

「貴殿の相手は本官だと言った筈だ。クラス相性的には最悪だが、別段何ら問題は無い。」

 

 

キャスターが口元を大きく吊り上げる。足元を見れば、ぬかるんだ床から泥を帯びた手が私の足を掴んでいた。

 

 

 

得物の短剣で一閃、床から伸びたその手を切断し後方に飛び退く。いつの間にやら、床一面がぬかるみに変じ、無数の泥の腕が床から伸びて来る。その様は埋葬された場所より今にも蘇らんとする死者だ。

 

 

「本来のキャスターがスパルトイの使役を得意としていたが、本官には泥人形が精々だ。まぁ、貴殿の足止め程度の役割は果たしてくれるだろうさ。」

 

 

 

一体、また一体と泥にまみれた人型のそれがぬかるみの中からずるずる這いずり出て来た。まるで、泥の兵士。

 

 

「本官の故郷では神々の手により、人は泥より生じたという寓話がある。椰子と泥だけは沢山あった土地だ。その様な寓話が生まれたとしても、何ら不思議は無い。」

 

 

 

次々と襲いかかってくる泥の兵士は、切り伏せても切り伏せても形を崩してはたちまちに再生する為、きりが無い。こちらは魔力ばかりを消耗する。まるでキャスターに近付けない。そればかりか、泥の兵士たちには多少の知恵が付加されているらしく統率が取れていて隙が無い。

 

 

「全く、忌々しい…魔眼が効かないばかりか、泥の雑兵でこちらの魔力を一方的に消耗させる。姑息なキャスターに相応しい戦い方ですね。」

 

「何せ、キャスターを引いたらハズレくじだとさえ揶揄されるからな。多少、姑息でなくては戦えまい。それより、マキリ少年に本来のマスターに危害を加えられたくなければあの子を殺せと脅されたか?元々、貴殿はあの子を自ら殺す気は更々無いだろうに。」

 

「……あなたには関係ない話だ。」

 

「マスターの身を案じるのはサーヴァントとして、当然だ。まぁ、中にはマスターの事などお構い無しに勝手し放題の困ったサーヴァントもいるという話だ。」

 

 

 

心当たりがあるのか、キャスターはクスクスと愉しそうに笑う。

 

 

「つまり、あなたは後者ですか?」

 

「ひどいなぁ、本官は前者のつもりだぞ。あの子は目を離すと、たちまち道を踏み外そうとする。全く、危なっかしいマスターさ。」

 

 

 

直感的に、このキャスターは私と同じ様な理由で現界したのではと感じた。あの子も彼女も、行き着く先は違えど…似た様な末路を辿るのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャスターにライダーのことを任せ、結界の起点へ向かう途中…どうしても気になることがあり、一年のクラスがある階へ足を向けた。

 

 

桜の教室へ行けば案の定、クラスの生徒は授業中だった教師含め、全員床へ倒れ伏している。その中に桜の姿を見つけ、駆け寄った。

 

 

 

「桜!」

 

 

強く揺さぶらない様に注意して、彼女に呼びかける。あんのバカマキリ…自分の妹まで巻き込んで、どういうつもりだ。

 

 

 

「……………にい、さ…ん?血が…」

 

 

桜が本当に薄っすらと、息も絶え絶えに目を開ける。桜はぼくの頭から出血していることに気付き、震える手でぼくへと手を伸ばそうとしてきたのを止めた。

 

 

 

「桜の手が汚れるからだめだよ。大丈夫だから。」

 

 

優しい子、自分の身体の方が辛い筈なのに。直ぐなんとかするから、もう少しだけ待っててと彼女の頭を撫でる。流石に桜も辛いのか、また直ぐに意識を失ってしまった。急がないと、桜も全校生徒も大変なことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リヒトの在籍するクラスの前で、真っ赤な血にまみれ、壊されたリヒトの携帯を見付けた時には血の気が引いた。手が血で汚れるのも構わず、拾い上げて辺りを見回すと…階段の方向へ血が点々と続いてる。

 

 

「あぁ、それコトミネのだろう?血まみれだし、今頃はどっかでのたれ死んでるかもなぁ。」

 

 

 

現れた慎二は俺が手に持っていたリヒトの携帯に気付き、尚も笑ってる。キャスターが間に合わなかった?腹の底から沸々と言い知れぬ怒りが湧き上がる。

 

 

「監督役もその補佐も、殺しちゃいけないみたいなルールはないんだろ?聞いた話だと、前の監督役も聖杯戦争に参加した魔術師に殺されたらしいじゃん。確か、コトミネの祖父さんだとか聞いたぜ。」

 

「慎二、おまえ…」

 

「なんだよ、その顔。へぇ、衛宮でもそんな顔出来るんだ?僕のこと、今にも殺したくてたまらないって顔。」

 

 

 

自分でも、こんな感情が湧き上がるなど夢にも思わなかった。リヒトの生死が分からない以上、まだ抑えろ。

 

 

「慎二、そんなにリヒトのこと嫌いだったのかよ。」

 

「あぁ、いっそ死んで欲しい位にはね。魔術師くずれの癖に、いつも遠坂の一番隣は自分だって顔してさぁ?桜の事だって…兎に角!ムカつくんだよあんな奴!!」

 

 

 

忌々しげに慎二は吐き捨てる。リヒトに対して、慎二が溜め込んでいた負の感情は相当根深いらしい。

 

 

「……慎二、そんな理由でリヒトを殺そうとしたのか。」

 

「そんな理由?魔術師にとって人殺しなんて造作も無いだろ。邪魔だったから殺す、大した理由なんて必要ないさ。」

 

 

慎二の狂気めいた言い分に寒気がした。慎二にとって、リヒトは殺したい位の憎悪の対象で聖杯戦争という格好の理由の元、殺そうとした。それは、許されることじゃ無い。なんとか怒りを抑え、慎二に結界を止めろと言ったら慎二は憮然とした態度を露わにする。

 

 

 

「全く、藤村といいお前といい…自分の置かれた立場が分かって無いな。」

 

 

何故、そこで藤ねえの名前が出てくるのか。自分でも怖いくらい冷え切った声で、藤ねえがとうしたのかと慎二に問いただす。

 

 

 

慎二は笑いながら、救急車を呼ぶよう自分に縋り付いてきた満身創痍の藤ねえに暴力を振るったことをあっさり白状する。その時、俺の中でぷっつりと何かが切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロ、平気…じゃないね?うっわぁ、ひどい怪我。」

 

「リヒト…!?お前こそ!頭から血が出てるじゃないか!!」

 

 

先に慎二とライダーの元に向かったセイバーを見送り、自分も急ごうとした瞬間に思わぬ人物の声がした。リヒトだ。しかし見れば、こめかみの辺りからどくどくと血が滴り落ちている。リヒトの着ている制服まで真っ赤に染まっていた。

 

 

 

「これ?派手にざっくりやられたけど、大した怪我じゃな…ってわっ!?」

 

 

気が付けば、リヒトを強く抱きしめていた。ライダーに切り刻まれ、傷だらけの自分の腕がひどい痛みに悲鳴をあげるのも構わずに。

 

 

 

「よかった…お前が、死んじゃったかと思った。」

 

「勝手に殺さないでよ?あれ位で死ぬ程、ヤワじゃない。君だって、3階から落ちたのに平気そうじゃないか。」

 

「正直……滅茶滅茶痛い。腕なんか、もげそうだ。」

 

「自分の体よりぼくの心配?ほんと、シロは優しいなぁ。」

 

「うるさい、ばかやろう。」

 

 

でも、お前が無事なら良かった。気が付くと、両目からボロボロと涙が出て、おまけに鼻水まで少し出てる始末だった。

 

 

 

「…シロ、きたない。ほら、ハンカチで拭いて。」

 

 

リヒトからきたないとあんまりなことを言われ、無理やり顔をリヒトのハンカチで拭かれた。

 

 

 

「結界の起点が弓道場にあってね。今、解除のための仕掛け施してきたところ…後はキャスターが術を重ねがけしてくれればこの厄介な結界も解ける。」

 

「あの結界、そんな簡単に解けるのか?」

 

「ライダーの宝具の一つだよ。解くには宝具に匹敵する強力な魔術で相殺しなきゃならないし。」

 

「キャスターはただの使い魔だろ?そんな強力な魔術…「いつまでキャスターのこと、ただの使い魔だと思ってるのさ。」

 

 

ん?今なんか、リヒトがとんでもないことを言った様な…?

 

 

 

「キャスターもサーヴァントだよ。ただの使い魔じゃない。」

 

「あいつがサーヴァント!?じゃあ、お前は…」

 

「元マスター、というか…マスターにならなかったというか…」

 

 

リヒトが言いかけた時、弓道場の方から強大な魔力反応があった。地面がぐらりと一瞬、地響きにも似た音を立てる。途端、あれだけ真っ赤だった空が嘘の様に晴れていく。

 

 

 

「…キャスターも、間に合ったみたい。」

 

 

リヒトに元マスターってどういうことだと、聞くタイミングを逃してしまった。俺が声をかけるよりも早くに、リヒトは校舎の方へと急ぎ足で駆け出したので俺も慌ててもつれる足で後を追う。遠くの方で、無数の救急車のサイレンが聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てっきり、死んだものとばかり思ったから骨を拾ってやるつもりで来たのだがな?」

 

「父さんまで、ぼくのこと勝手に殺さないでくれる?」

 

 

頭に血の滲んだ包帯を巻きながら、息子はげんなりした様子で私を見る。こいつの悪運の強さも相当だ。

 

 

 

「ライダーと、そのマスターはどうした。」

 

「ごめん、取り逃がした。思わぬ奥の手隠しててさ、三階のフロア見て来なよ?ひっどいから。」

 

 

息子はライダーとそのマスターを取り逃がしたと、素直に自分の非を認める。後ほど、息子に言われた通り学校の三階フロアへ行ってみればヒドい有り様だった。壁は一直線に鋭く切り裂かれた様に破壊され、鉄骨が剥き出しになっていた位だ。

 

 

 

「呼べるだけの救急車呼んでくれてありがとう。流石は監督役権限。」

 

「……こうも事態が大きくなっては致し方無い。お前も念のため、病院で診てもらうなり好きにしろ。」

 

「いいよ、ぼくは。傷自体は大した事無いし。」

 

「ならば後始末が済んだ後、久々に親子水入らずで食事でも行こうじゃないか。」

 

「だから泰山は嫌だって…「誰が監督役権限で、呼べるだけの救急車の手配をしてやった?」

 

 

息子が悔しさを滲ませ、私を忌々しげに睨み付ける顔にたまらなく愉悦を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はシロウのことを…いえ、我がマスターに手を貸して頂いた様で、ありがとうございます。シロウに代わり、礼を言いたい。」

 

「……まさか、貴殿から礼を言われるとは思わなかったよ。」

 

 

意識を失ったシロウを背負い、メイガスが私を見て目を丸くする。シロウが一人で敵の誘いに乗って、単身向かったのかと思えば…どうやらメイガスが手を貸したらしい。シロウを背負ったメイガスと二人で、家路に着くのは変な感じだ。

 

 

 

「本官は半身の身を真っ先に案じただけだ。」

 

「どちらにせよ、それでシロウも大事には至らなかった。それより、リヒトをあの神父と二人にして大丈夫なのですか。」

 

 

リヒトとあの神父が二人で、何かを話していたのを遠巻きに見かけた。あれがリヒトの父親だというのがやはり信じられない。

 

 

 

「報告にかこつけて、神父の奴め…半身を泰山に連れてくつもりだ。あそこは特に店内も香辛料の匂いがキツイから、半身が苦手にしていると言うのに。」

 

「泰山とは?」

 

「商店街にある激辛料理が名物の中華料理屋だ。神父の行きつけの店でな。」

 

 

確か、リヒトは香辛料の匂いがキツイ料理は苦手な筈だ。何故その様な場所へリヒトを行かせたのかとメイガスを咎めると、メイガスは深々と溜め息を吐く。

 

 

 

「神父も不器用な奴だ、なにかと理由をつけないと息子とのコミニケーションも儘ならない……本当、昔から何考えてるんだか分かんない。」

 

「メイガス?」

 

 

一瞬、メイガスの口調がリヒトの口調に聞こえた気がする。メイガスの纏う雰囲気もほんの一瞬だけ、リヒトになりきっている時のそれに変化した様な…?

 

 

 

「あなたは意外と優しいのですね。」

 

「本官はいつでも優しいぞ?」

 

「メイガス……前から思っていたのですが、今のあなたは10年前のあなたよりも穏やかになった気がします。昔よりも、よく笑うあなたを見ているとまるで別人の様だ。」

 

「フハハハハハハ!急に何を言い出すのかと思えば、騎士王!貴殿はそんなことを考えていたのか?」

 

 

急に、メイガスが道のど真ん中で高笑いし出すから驚いた。時折だが、どうもメイガスがあの忌々しい黄金のサーヴァントとダブる時があるのだが気の所為だと思いたい。

 

 

 

「可笑しいなぁ、全く。あの時はそれどころではなかったろう?半身は目の前で祖父を殺され、祖父を殺した魔術師も目の前で傭兵に殺された。不安定な半身のケアで本官は手一杯だったからな。」

 

「……それが理由ですか?」

 

「まぁ他にも幾つか理由はあるが…貴殿こそ、前よりはマスターとの仲も良好で安心した。何かと心配してたんだぞ?貴殿と傭兵のことは。」

 

 

まさか、メイガスにまで心配をかけていたとは思わなかった。あれは切嗣が悪い。アイリスフィールが通訳を買って出てくれなければ、意思疎通すら危うかった。一方的に無視されるのは、流石に私も堪える。

 

 

 

「切嗣とシロウが義理とは言え、親子だというのが信じられません。あの神父とリヒトも親子だとは信じられませんが。」

 

「神父にリヒトの養育を任せっきりにしたら、リヒトの性格も確実に歪んでたから苦労した。まぁ、傭兵に関してはあれから嘘の様に丸くなったんだ。」

 

 

聞けば、メイガスはあの聖杯戦争以降もリヒトを通じて、切嗣との奇妙な交友関係が続いていたらしい。

 

 

 

「偶に、傭兵の墓へ行きリヒトに関する報告もしていた。最近は柳洞寺にキャスターがいるから、行けていないんだが。」

 

「あなたは義理堅い性格をしているのですね、本当に意外です。」

 

「君の物言いは本当に嘘偽りなく、ズケズケしているな。」

 

 

いつの間にやら、衛宮邸の門前まで来ていた。門をくぐると、何故かふて腐れた…様にも見えるアーチャーが私たちを待ち構えていた。

 

 

 

「随分と遅いお帰りだな?君たち。後ろの衛宮士郎はどうした。リヒトの姿も無い。」

 

 

何故か、メイガスが冷や汗を掻いている。今日のメイガスとアーチャーは変だ。メイガスが昼時、私を美しいと妙なことを言ったらアーチャーが怖い目つきでメイガスを睨む場面があった。

 

 

 

凛が痴話喧嘩は他所でやってと言うと、二人して暫く戻ってこなかったのだ。しかし、痴話喧嘩とは何だろう。

 

 

「た、ただいまアーチャー…今帰った。」

 

「おかえり、先輩。それにセイバーも。凛が居間で待ってる。早く何があったか説明することだな。先輩の言い訳はその後で聞こうじゃないか。」

 

「……わ、分かった。」

 

 

 

メイガスは俄かに青い顔でシロウを背負い、そそくさと玄関へ向かう。

 

 

「アーチャー、メイガスとケンカでもしたのですか?」

 

「先輩にまた妙なことを言われなかったか?セイバー。」

 

「いえ、別に…」

 

「それならいいんだ。」

 

 

 

そう言うと、アーチャーは赤い外套を翻して霊体化し、姿が見えなくなった。私も早く、居間に向かおう。




すっかり尻に敷かれてる。


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第二十三話 雨降って地固まる(後書きに閑話あり)

「何で、何度携帯にかけても出ないのよ!!士郎もキャスターの奴も急にいなくなるし!」

 

 

公衆電話から、姉さんの携帯に電話をかけたら開口一番に怒られてしまった。姉さんは機械音痴だけど、携帯電話の使い方はぼくとの電話でのやり取りでとりあえず使える。メールの使い方はもうちょっと時間が必要な様だけど。

 

 

 

「心配かけて、ごめん。斯く斯く然々、色々あったんだよ。携帯壊れちゃってさ。」

 

「携帯が壊れたって…あんた、怪我なんかしてないわよね!?」

 

「ライダーにこめかみをちょっとざっくり「キャスターは何やってんの!」

 

 

いや、キャスターのおかげでこの程度の負傷で済んだのに。すっかり熱くなっている姉さんを落ち着かせるにはどうしたらよいのか。

 

 

 

「姉さん、ぼくよりシロの方がひどいよ。ライダーに腕とか体も滅多刺しに切り付けられて、終いには3階から落とされたんだ。今さっき、キャスターがシロをおぶって、そっちに向かった。セイバーも一緒。」

 

「……何であんたは一緒じゃないの?綺礼に報告も済ませたんでしょう。なら一緒に帰って来なさいよ。」

 

「悪いな、凛。リヒトはこれから私と外食だ。」

 

背後からキレイの声がして、公衆電話の受話器を取られてしまう。いつの間に後ろに居たんだろう。さっきまで、駆け付けた教会スタッフと話をしていたのに。

 

 

 

「おまえもいい加減に弟離れしろ。」

 

ぼくの代わりに姉さんと話すキレイの口元は、実に愉しそうに歪んでる。なんか、キャスターが面白そうなことを察知して、笑ってる時と顔が一緒だ。

 

 

 

ああ、あの時電話をかけるなら姉さんにしておけば良かった。けど、非常事態に勝手な行動をして万が一にも、キレイの責任になっても面倒だ。

 

 

「後の詳しい話は、あいつの片割れにでも聞けばいい。あいつめ、おまえの前にも姿を現わす様になっていたとはな。私やリヒトの前以外でおいそれと姿を見せるなと言い含めた筈だが。」

 

 

 

キャスター、キレイからそんなことを言われていたのか。だから姉さんの前にも、遠坂邸に居た時など姿を見せなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰宅するなり、凛が凄い形相で玄関にて仁王立ちしていた。メイガスがあからさまに一瞬渋い顔をするが、いつもの調子で凛に声を掛けるから怖いもの知らずだと思う。

 

 

「どうした?イナンナの娘。折角の美人が台無しだぞ。」

 

「あんたねぇ…!士郎は大丈夫なの!?」

 

 

 

メイガス相手に凛が怒るも、メイガスは物怖じせず話を続ける。

 

 

「…大方の手当ては済ませた。居間にシロを寝かせてくる。」

 

 

 

そう言って、メイガスはシロウを抱え直し居間へ。恐る恐る、凛に話しかけた。

 

 

「…凛、ただいま戻りました。」

 

「セイバー!さっき、リヒトと綺礼から学校の一件で連絡があったわ。あなたもケガはない?」

 

「私は大丈夫です。それより、シロウが…」

 

「あいつ、傷の治りはやたら早いから後は目を覚ますのを待ちましょう?」

 

 

 

私が平気だと言うと、凛は少し安堵した様子で微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……十字路まででいいって言ったじゃん。なんで、エミヤの家まで行こうとするのさ。」

 

 

泰山自体は決して悪い店ではない、あそこの飲茶セットはぼくも好きだ。けど、香辛料のにおいで満たされた泰山に長時間滞在するのはやはり体調がきつい。それと、何故かキレイがシロの家まで行く気満々みたいで、何を企んでいるんだろう。

 

 

 

後部座席には、高価そうな菓子折りが一つ…いつの間に買ったんだ。

 

 

「息子が一時的ながら世話になっているんだ。衛宮士郎に礼の一つでも言わねばな?」

 

「そういうのいらないよ、今日の今日でエミヤにも迷惑だ。」

 

 

 

押し問答をしている間に、車がシロの家の前に着いてしまった。キレイってば、何故かシロの家の場所を知ってたらしく…仕方無く車を降りる。来てしまったものは仕方無い。

 

 

「長居するつもりは無い。」

 

 

 

菓子折りを手に、キレイは白々しくそんなことを言う。いつもの様に鍵を取り出して玄関扉を開ける気分になれず、チャイムを押した。

 

 

「…貴方が何をしに来たのですか。早く、リヒトのそばから離れてください。」

 

 

 

意外にも、玄関扉を開けたのはセイバーだった。キレイを見た途端、セイバーは今にも斬り殺さんとする様な殺伐とした目で睨み付ける。普段の穏やかなセイバーからは考えられない。

 

 

「セイバー…?どうしたの?」

 

「おまえが世話になっているからと、一度改めて衛宮士郎に礼を言わねばと思ったのだが…どうやら、そちらのサーヴァントに私は歓迎されていない様だな。こいつは私の息子だ。離れろとは随分な言い方ではないか?」

 

 

 

 

どうにも、セイバーの様子がおかしい。やたらとキレイを敵視している様に見える。セイバーは依然、キレイを睨み付けた侭、ぼくの腕をしっかりと掴む。

 

 

「シロウはまだ、とても人に会える様な状態ではない。そもそも、貴方は何故まだ生きている?私の記憶では、貴方は切嗣に撃ち殺されて死んだ筈だ。」

 

 

 

今、セイバーから聞き捨てならないことを言った。キレイが撃ち殺されて死んだ?

 

 

「確かに私は衛宮切嗣に撃たれた。だが、これでも私とてこいつの父親だ。それはあいつも知っていた。衛宮切嗣が致命傷を避けて、私を見逃した可能性もある。私が死ねば、我が息子は天涯孤独になってしまうからな。」

 

 

 

キレイが心にも思っていない事をセイバーに次々言うものだから、横で聞いていて違和感がすごい。

 

 

「切嗣に、その様な甘さがあったとは到底思えない。むしろ、貴方がリヒトの父親だと知って本気で貴方を殺そうとしていた節がありますが?リヒトを貴方のそばに置いておくのはよくないと、メイガスに忠告さえしていた位だ。」

 

「…衛宮切嗣がキャスターに、そんな忠告をしていたとはな。私が死ななくて、あの男もさぞかし残念だったろうに。」

 

 

 

今日のキレイはやけに饒舌だ。切嗣さん絡みになると、やたらキレイは言葉数が多くなる。

 

 

「セイバー?何そんな怖い顔して……何で、綺礼がいるのよ。」

 

 

居間に居たらしい姉さんがひょいと顔を出す。そして、ぼくの隣にいたキレイを見るなり、あからさまに不機嫌さを露わにした。

 

 

「何しに来たか知らないけど…それとも何?今更リヒトのこと、連れ戻しに来た訳?」

 

 

姉さんもセイバーに加担し、ぼくを置いてさっさと帰れと言わんばかりの表情でキレイを見る。数秒のこう着状態が続いた時、居間の方からなんとも呑気な声が聞こえてきた。

 

 

 

「セイバー?イナンナの娘?どうし……なんだ神父、来てたのか。」

 

 

一番首を突っ込んで欲しく無い、キャスターが来てしまった。キャスターはわざとらしく目を丸くして、玄関先までのこのこやって来る。

 

 

 

「なんだなんだ?物騒な雰囲気だな。神父、また随分と高価そうな菓子折りを買って来てからに。余計に嫌味ったらしく感じるから、挨拶に来るなら普通お値段の菓子折りでよかったのだぞ?」

 

 

キレイの持っていた菓子折りを見、キャスターがあれこれ批評する姿に拍子抜けしてしまう。

 

 

 

「キャスター…おまえも教会にいた頃よりは居心地が良さそうだな。」

 

「あぁ、少なくともあの教会よりは居心地がいいし、空気も悪くない。半身、そんな所でぼさっと突っ立ってないで早く上がれ。それとも…神父と一緒に帰るか?本官はしばらく、戻るつもりは無いぞ。」

 

 

キャスターがかなり意地の悪い言葉を言ってくれる。今更、キレイと一緒に帰る気は無い。

 

 

 

「父さん、明日からぼくもマキリの捜索に当たる。結果報告は新しい携帯からするよ。もう報告は泰山でとかやめてね。」

 

「…衛宮士郎の目が覚めたら渡しておけ。邪魔したな。」

 

 

結局、菓子折りをぼくに預け、キレイはつまらなそうに帰って行った。本当、キレイは一体何しに来たんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺礼の奴、何しに来た訳?セイバーはなんか怒ってるし。」

 

「しらなーい。」

 

 

ぱくりと、姉さんがアーチャーのつくった鮭の塩焼きを口にしながら綺礼は何をしに来たのかとぼくに聞いてくる。ぼくが知る訳無い。

 

 

 

ぼくも飲茶セットしか食べてなかったからお腹減ってたし、アーチャーお手製の卵雑炊を頂いてる最中だ。今日はシロが食事当番だったけど、それ所じゃないし。アーチャーが姉さん達を気遣い、夕食をつくってくれたから助かる。

 

 

シロはまだ、目を覚まさない。マキリとライダーの一件の後、あの結界の中で体力を酷使したからか、シロは間も無く崩れ落ちる様に気を失った。

 

 

 

「リヒト、先程は申し訳ありません。見苦しいところを見せてしまいました。」

 

「大丈夫だよ。ぼくがキレイに意地悪されてないかって心配してくれたんでしょう?ちょっと泰山の麻婆豆腐食べさせられかけたけど、平気。」

 

 

セイバーがまさかあそこまで、キレイを敵視するとは。セイバーとしては、ぼくらに余り見られたくない所を見られたと思ったのかもしれない。

 

 

 

「セイバーって、なんかリヒトに対して過保護よね。士郎とはちょっと、ベクトルが違うというか。」

 

「リヒトやメイガスと初めて会ったのが…リヒトがまだ小さかった頃ですから。何と無く、その時の感覚が抜けないのかも知れません。」

 

「セイバー、ぼくだってもう17だよ?」

 

「ねぇ…ずっと疑問だったんだけど、あんたのキャスターっていつから使い魔やってるの?」

 

 

姉さんがジッと、ぼくを見る。その瞳は、何かを言いたげだ。

 

 

「大体、十年前くらい?何でそんなこと聞「ねぇ、キャスターって…まさかサーヴァントじゃないわよね?」

 

 

 

茶碗の中に落としてしまったレンゲがカチャンと、大きな音を立てる。ぼくに向けられる姉さんの視線が痛い。

 

 

「…リヒト、そろそろメイガスをただの使い魔と言うには苦しいかと思いますよ。」

 

 

 

キレイが置いていった高価そうな菓子折りの中身は、これまた高価そうなお菓子の詰め合わせだった。ケチ臭いキレイにしては、本当どういう風の吹き回しだったのか。セイバーがそれを一足先に、食後のおやつとして食べながらそんなことを言うから…

 

 

「半身よ、ライダーに殺されかけた君が無事でいられるのは一体誰のおかげだ?」

 

「話がややこしくなるから、あんたは黙ってて!」

 

 

 

隣にいたキャスターさえ、ぼくを追い詰める。姉さんがキャスターを黙らせると、嵐の気配を察知したキャスターはそそくさと居間を出て行く。姉さんをちらりと見れば、恐いくらい真顔だ。そして、次の瞬間。

 

 

「何で十年も黙ってたのよ!?あとサーヴァントを十年も現界させ続けるって、やっぱりどういう化け物染みた体してんのあんた!」

 

 

 

姉さんからの怒号が部屋中に響き渡る。台所にて、後片付けをしていたアーチャーのため息が聞こえた気がする。

 

 

「……色々な手違いがあってさ、十年前にキャスターはサーヴァントとして現界したけど、小さかったぼくはマスターになることを拒んだ。キャスターも聖杯戦争への参加を拒んだら、ぼくらは正式なマスターとサーヴァントから聖杯に弾かれちゃってね。このままキャスターが消えちゃうのも嫌だったから、契約して現世に留められる様にしたら…いつの間にか、十年経っちゃった。」

 

 

10歳にも満たない子供に、人殺しも当たり前の血生臭い儀式に参加しろってのが無理な話だ。冬木の聖杯は御三家の血縁者に対し、優先的に令呪を与えるとは聞いていたけど…御三家の関係者もその選定範囲内らしい。キレイが良い例だ。

 

 

 

「黙ってて、ごめん。けど、普通じゃないって自分でも分かってたから…姉さんにも言うのが怖かった。」

 

 

嘘は言ってない。まぁ、大元の原因は時臣さんのうっかりと王様の所為なんだけど。

 

 

 

「…やっと話してくれたわね。ちゃんとあんたの口から聞きたかったのよ。士郎の目が覚めたら、詳しく聞かせなさい。」

 

「…わかった。」

 

 

不意に、姉さんが大きな溜息を吐く。見れば、姉さんはもう怒っている様子は無い。どうやらとっくの昔に、姉さんにはぼくの隠していた事もお見通しだったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「××機嫌直してよ。キャスターも反省してるから。何で僕が君らの執り成しをしなくちゃいけないのさ。」

 

「人が心配して帰りを待っていたら、何だあれは!?呑気にセイバーと談笑しながら、帰宅して…一方的に心配したオレが馬鹿みたいじゃないか!」

 

 

すっかり××がへそを曲げてしまったみたいで、どうしていいのか困り果てる。こうなると××は面倒臭い。

 

 

 

「……先輩の移り気とも取られる、あの言動には目を瞑る。オレ達は一度死んでいるのだから、今から改めろと言っても到底無理だ。」

 

「あ、それは許してくれるんだ。」

 

 

××はむすうっとした顔で、ちらりと僕の方を見る。キャスターは生前、数多の男を狂わせたイシュタル女神宜しく女性トラブルが割と尽きなかった。ほぼ、あの言動の所為だ。

 

 

 

「ここだけの話だけど、キャスターの義理のお父さん、双子の妹に愛と美の女神が居てさー…だからまぁ、あれはしょうがないよ。叔母譲りと言うか。」

 

「……だから凛と君も本当の姉弟ではないが、何と無く似ているのか?先輩が言ってた、凛はその女神にそっくりだと。」

 

 

キャスターにとって、その女神は義理のお父さんと同じく嫌いになりきれないらしい。口では嫌いだって言ってるけど、生前のキャスターとその女神との仲は王様とその親友の一件があるまでは然程悪いものじゃなかったと思う。

 

 

 

「キャスターが姉さんを最初に見た時、あんまりにそっくり過ぎて生まれ変わりじゃないのかって僕に何度も確認してきたもの。それが可笑しくてさ。」

 

「オレがまだ生きていた頃、先輩は姿こそ見えなかったと思うが…君のそばに居たのか?」

 

「居たには居たよ?殆ど引きこもってたけど。」

 

 

そうかと素っ気無く言って、××はまたそっぽを向いてしまう。

 

 

 

「オレはあの時、君が元マスターとは知らなかったと思う。やたらと君がマスターやサーヴァントについて詳しかったのは、補佐役として当然だろうとしか思っていなかったからな。」

 

「キャスターが過保護じゃなかった分、自分の身は自分で守ったよ。おかげで、聖杯戦争中は生傷が絶えなくてうっかり人前で肌は見せられなかったし。君にバレた時、自分のこと棚に上げて体は大切にしろとか説教されて殴り合い一歩手前のケンカになったのも忘れた?」

 

 

××はそんなことあったか?なんて、すっかり忘れた様な口を利くけど…あれは絶対覚えてる。

 

 

 

「うろ覚えだが、君とは若いころケンカばかりしていた様な気がする。」

 

 

お互いがお互いのことを大事だと思いながら、肝心な自分のことは大事に思ってなかったけど。

 

 

 

「君が自分のことは大切にしない癖に、僕にあれこれ言ってくるからだろ。」

 

「オレは君が大事だったから…!いや、何でも、ない。」

 

「…やっぱり××は優しいなぁ。」

 

 

 

××はほんのりと目元を赤く染め、僕を睨み付けてくる。ついかわいいと呟いてしまい、そのまま彼を引き寄せてその頰に口付けを落とす。××はすっかり茹で上がった様に、褐色の頰に赤みを濃くさせた。

 

 

「筋肉ばかりの大の男に対して、何がかわいいだ!眼科に行って一度見て貰え!!」

 

「キャスターがセイバーに対して美しいって言ったみたいに、君も似たようなこと言われたかったんじゃないの?」

 

「確かにセイバーは美しい!だが、オレは別にかわいいとも言われたかった訳ではない!」

 

「なんだ、違うの?」

 

 

 

クスクス笑っていると、××は言い返すのも億劫になったのか溜め息を吐く。

 

 

「…君はどうしてそう、オレを翻弄させるんだ…」

 

「それは僕じゃなくて、キャスターだよ。僕はそこまで君を困らせたつもりは無いし。」

 

「どの口が言うか、この聖職者の皮を被った悪魔。」

 

 

 

最近、××は僕に対して容赦が無くなってきた気がする。悪魔とはひどい。

 

 

「……貴殿と再会した頃にはあの子は退役済みで神父の職も辞していたから、正確には元聖職者だな。」

 

「都合が悪くなって、引っ込んだかあいつめ…」

 

「アーチャー、顔が怖いぞ。」

 

 

 

アーチャーの頰を指先でムニッと掴み、表情筋を揉みほぐしてやる。アーチャーが額にビキビキと青筋を立てたのは見なかったフリをしたい。

 

 

「君がお望みなら夜明けまで、君を寝所にて徹底的に古代式の口説き文句で口説き落とすのもやぶさかではないが。」

 

「さらっと恐ろしいことを言うのはやめろ…」

 

「そうか?残念だ。」

 

 

 

アーチャーが本気で身震いしていたので、それはやめておこう。すっかり拗ねてしまったアーチャーをぎゅうーっと抱き締めてやる。頭を撫でたい所だが、更に怒らせては駄目だから我慢だ。

 

 

「心配をかけたな。何せ、本官は最弱クラスのキャスターだ。君からすれば心配だったろう?」

 

「貴方が急にいなくなったから、心配したんだ…貴方が弱いとは思っていない。」

 

「…そうか、なら良かった。これからは黙っていなくならぬ様、出来るだけ努める。」

 

 

 

アーチャーの腕が本官の背中に回されたので、ほっと一安心だ。

 




イシュタルがシャマシュの双子の妹でシャマシュがオリ主②に血を分け与えた時、イシュタルの因子が微弱ながら入ってしまった裏設定。

一度アップしたはいいけど、今後の展開に矛盾が出るなと思ったらちょくちょく加筆修正してます。

↓以下に閑話でオリ主②の別人格と神父の短い話。

「父さん。」


背後から呼びかけられ、振り向きはせずに声だけで「なんだ」と返答する。私とて、息子とその片割れの区別位は着く。



「もっと早く連れ戻すべきだったね?けど、もう遅いよ。」

「サーヴァント風情が息子の声で私を呼ぶな…忌々しい。セイバーすら手懐けたか。」

「おんなじ声なんだから、仕方無いじゃないか。王様に怒られちゃうかな?我のセイバーにちょっかい出すなって。王様によろしく。」


息子と全く同じ声で、さもクスクスと片割れは笑う。不愉快だ、何が息子の片割れだ。息子の正体などさして興味関心も無いが、息子と瓜二つのこの男を見ているとどうも胸が好かない。



それは、私にとって息子は唯一人であり、精巧な偽物など不要だからだ。


「ほんっと、可笑しい。何が気に入らないの?父さん。」

「…やめろ、その姿で、その口で、その声で、私を父と呼ぶな。偽物め。」

「まだ、そんな顔出来たんだね。」



振り返れば、息子とよく似たそいつは悪魔の様に忌まわしき笑みを浮かべ私を見ていた。こいつは何だ?体はキャスターだが、恐らくいつもの様にキャスターが息子のふりをしている訳では無さそうだ。直感がそう告げている。


「…あ、洗礼詠唱とか唱えても意味無いからね。悪魔殺しのやり方は通用しないから。」



何かを察した様子で、息子でもなくキャスターでもない男は私に待ったをかけた。舌打ちすれば、男は肩を竦めた。


「やめてよ、人を悪魔みたいに見るの。」

「それ以外の何だと言うのだ?お前はキャスターよりも不愉快だ。」

「父さん、僕は貴方が生み出した一つの可能性であり、貴方への墓標だ。」



一瞬、男の言っていることの意味が分からなかった。だが、小難しいことを言う一面はキャスターそのものだ。


「聖職者相手に十字架や神の御言葉を向けても祈りはすれど、吸血鬼の如く苦しみだしはしないぞ?神父。」



気が付けば、男はいつものキャスターの口調に戻っていた。


「わざわざ見送りに来てやったんだ?清々、安全運転を心掛ける様にな。」



一瞬でも僅かながら動揺した自分は、まだまだ司祭として未熟だ。一つ言える事は、あれは息子だが私の息子ではない。


帰宅後、ギルガメッシュにあれは何だと問い詰めれば正体こそ知っている様だった。



「理由はともかく…愚弟など頼らず、我を求めれば同じところへ召し上げてやったのに。大馬鹿をやらかさなければ、神々の序列に加わることも出来たあいつと同じ様なことをしたのはその業故か。」


ギルガメッシュはさも残念気にこぼし、座っていたソファーから行儀悪く足を投げ出す。



「思い通りにならない所は一緒か。だが、それだからこそ愛い。あれも我の弟には代わらないからな。」



だいたいあのキャスターの所為だということはよく分かった。にしても、ギルガメッシュも大概悪趣味だ。




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番外編 弓兵の無自覚による災難

オリ主①がアーチャーに無自覚なセクハラを受ける話なので注意。


「あー…口の中が砂っぽい。ジャリジャリする。」

 

「荒野のど真ん中だからな。ならば口を閉じて、運転に集中しろ。物資を届けたら寄り道せずにキャンプへ帰るぞ。」

 

 

どこもかしこも砂、砂、砂の荒野。しかし、もう少し車を転がせば河口が見えてくる。

 

 

 

「もう少し行けば河口が見えてくるよ。」

 

「…この辺りの地理に詳しいんだな、前にも来たことがあるのか?」

 

 

僕が慣れた様子で運転していたからか、彼が土地勘があるんだなと意外そうな反応をする。

 

 

 

「小さい頃にね、父さんの仕事でこの近くに来たことがある。懐かしいなぁ、父さんと僕に付いて来た人に近くの遺跡に連れてって貰ったんだ。その人が結構、土地勘のある人でさ。」

 

「遺跡?」

 

「神殿跡だよ、結構大きめのね。この辺り土着の太陽神を祀った立派な神殿だったって話。もう数千年以上前の古いものだ。寄ってく?」

 

 

助手席にて、彼があからさまに顔をしかめた。寄り道せずに帰ると、今言ったばかりじゃないかと。

 

 

 

「観光で来た訳じゃないんだぞ。」

 

「僕にとっては実家に寄る様なもんだよ、付き合ってってば。」

 

窓から景色を眺めていた彼が此方を見やる。まぁでも、本当の意味で実家に寄る様な感じなんだけど。

 

 

 

「何故に遺跡が君の実家になるんだ?」

 

「それだけ、君にも見せたいって意味…駄目?」

 

「……5分だけだぞ。」

 

 

お伺いを立てる様にして、彼に再度誘いの言葉をかける。彼が観念した表情をすれば、それが折れた合図だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………喉、渇いた。」

 

 

なんか、妙な夢を見た気がする。あれは多分ぼくで、隣にいたのは…誰だろう?なんか、見覚えがある様な無い様な。

 

 

 

でも、車の運転免許なんて持ってないしあんな荒野のど真ん中なんて昔キレイの仕事で中東方面に行ったきりだ。

 

 

丁度、キャスターと王様の故郷が近かったらしく王様が実家参りだとか言って、小さなぼくの体力が許す限りあちこち連れ回されたなぁ。

 

 

 

隣で寝ているシロを起こさない様にして、そっと部屋を抜け出す。荒野の夢なんて見たから、喉が渇いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

台所にて、コップを拝借し水道の蛇口を捻る。シロの家の水道水は地下水から直接汲み上げてるらしく、カルキ臭くないから飲み易い。

 

 

コップに満たした水を一気に喉へ流し込む。渇きは潤され、眠気が和らいだ。あー…なんか目が覚めちゃったな。

 

 

 

「リヒト?」

 

「うあっ!?びっくりしたぁ…急に出て来ないでよアーチャー。キャスターは?」

 

「疲れたから寝ると言って、先ほど君が使ってる客間へ行った。」

 

「あぁ、そういうこと…」

 

 

霊体化していたらしい、アーチャーが背後から現れてびっくりする。生身の人間の気配なら分かるけど、流石に霊体化したサーヴァントの気配は分かり辛い。

 

 

 

「すまない、驚かせた…その格好は?」

 

 

ぼくの格好を見て、アーチャーが珍しく目を丸くする。最近は家にずっといるシロが時間があるからと、張り切って家の掃除をした際に仕舞い込んでいた切嗣さんの寝巻き用の浴衣が出て来た。

 

 

 

殆ど着てなかったものらしく、自分が着るにしても丈が余るからぼくなら丁度いいだろうって借りたんだ。

 

「切嗣さん…シロのお父さんの浴衣借りた。殆ど着てないみたいでさ、シロが勿体無いからって。変かな?」

 

「少し着付けが緩い…着付けたのは衛宮士郎か?」

 

 

アーチャーがジッとぼくを見るなり、着付けが緩いと指摘する。着付けたのはシロかって聞くから素直に頷く。

 

 

 

「着付けがなってない。全く…一度解くぞ。」

 

「えっ!?ちょっ、アーチャー…!」

 

 

耳元で、アーチャーのロートーンな掠れた声がして腰にゾワリと何かキた。普段は別段何とも思わなかったけど、アーチャーの声は危うい。

 

 

 

ものの数秒で帯を解かれ、浴衣の前を一瞬大きく開かれた。これ、人に見られたら明らかに誤解される。

 

 

「筋肉はあるが、野菜は食べているか?料理は出来るが君は自分の食生活を気にしなさ過ぎる。」

 

「アーチャー!?どこ触ッ…!前よりはちゃんと食べてるよ!」

 

 

 

アーチャーはただ浴衣の着付けだけすれば済む話なのに、いつもの世話好きが妙な方向に発揮されて無遠慮にペタペタと無防備な腹筋のあたりを触ってくるからたまったもんじゃない。頭の中がパニックになってる間に、いつの間にやら着付けは終わっていた。

 

 

「ほら、終わったぞって…リヒト!?」

 

 

 

ちょっと涙目になりながらアーチャーを睨み付けるぼくに対し、無自覚な当人は何事かとひどくうろたえるばかりでタチが悪いにも程がある。

 

 

アーチャーのばかぁっ!キャスターこの無自覚、何とかしてよと泣きたくなったら後ろから底冷えする様に恐ろしく低い声がした。

 

 

 

「……アーチャー?何やってるんだ。」

 

 

キャスターだ。すっごく眠そうだが、キャスターの目はすっかり据わっていた。壁から半分だけ顔を出して怒ったキャスターはさながら幽鬼の様だ。

 

 

 

「世話焼きも度を越すと何とやらだぞ。それとも…貴殿は顔が一緒なら、どちらでも良いのか?」

 

「何の話だ!?私は顔が一緒ならどちらでもいいという訳では…!あ、」

 

キレたキャスターを見て、やっと自分が何をやったのか薄っすら自覚したらしいアーチャーがダラダラと冷や汗を掻く。

 

 

 

「…無自覚なのが余計、タチが悪いなぁ?半身、君は早く寝るといい。くれぐれもシロにはこんな風になるなよと伝えておけ。」

 

 

何でシロ?と思ったけど、なんか一気にどっと疲れたから後はキャスターに任せて、シロの部屋に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロ?」

 

 

まだ眠たい意識の中で、頭上からリヒトの声がする。リヒトの声は、何処か俺を気遣う様にいつもより優しめだ。

 

 

 

「まだ、眠…ン、」

 

「…ちょっと、熱っぽいね。今日は安静にした方がいいんじゃない?」

 

 

こつりと、基礎体温の高そうな人肌の感触。お前、俺と額合わせるの好きだよなぁ。

 

 

 

「駄目だ…慎二、見付けないと……」

 

「昨日、普通なら死んでた筈の怪我したのにもうマキリを探す気?君も相変わらず、自分のこと大事にしないよね。」

 

「……るさい、お前も…似た様なもん、だろ。」

 

 

君程じゃないよと、リヒトが小さく溜息を吐く気配がした。頬を心地良く撫でられ、指先の感触が気持ち良くて無意識な内に頬擦りしてしまう。

 

 

 

すると、リップ音と共に瞼へ柔らかい感触が一瞬だけ触れる。おいリヒト、いつもながらちょっとスキンシップが過剰じゃないか?もう、慣れたけど。

 

 

「…シロ、死んだらやだよ。」

 

「約束…したろ?親父の墓参り、一緒に……行く、って。」

 

「その約束、憶えてるなら大丈夫か。先に行ってる。もう少し寝てなよ。」

 

「……そうする。」

 

 

 

隣から、リヒトの気配が離れてく。ちょっと名残惜しいと思ったけど、口に出すのは恥ずかしいから眠気で誤魔化すことにした。

 

 

昨日、目が覚めたらリヒトが元マスターでキャスターがサーヴァントでしたって怒涛の出来事が待っていたものの日常的にはいつもとあんまり変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、姉さん。」

 

「おはよ…いつもながら、早いじゃない。」

 

 

眠気で朦朧とする意識を引きずり、洗面台に向かうと一足先に弟が浴衣姿で歯を磨いていた。最近、弟は士郎と桜のおかげか朝寝坊をしなくなった。今日なんか士郎より早く起きてきたらしい。

 

 

 

昨日、弟が元マスターであることを知らされたのに弟本人はいつも通りだ。いや、少し前から何と無くそうなんじゃないかと思っていたら本当にそうだった。

 

 

『魔術協会にバレたら、半身は格好のモルモットだぞ?サーヴァント召喚の触媒になり得る人間のサンプルなど中々無いからな。』

 

 

 

昨日、弟が元マスターである事が知れてキャスターがあの嫌な笑みを浮かべながら私にそんなことを言ってきたのを忘れられない。

 

 

『半身は自らを触媒に本官を現界させた。本官の触媒は今の時代、マトモに残っているものは無いからなぁ…半身を除いてだが。』

 

 

 

生きた人間を触媒にサーヴァントを顕現させたなんて話、聞いた事が無い。何でリヒトが触媒なのよと問い質したら、とんでもない答えが返ってきた。

 

 

『正確には、触媒は半身の魂だ。本官と半身は、元は一つだった。』

 

 

 

英霊として召し上げられた魂は死後、輪廻を外れて英霊の座なる場所に記録されるとお父様から聞いた事がある。キャスターだって、死んだ後は魂を輪廻から外された筈だ。

 

 

『本官は死後、名前と正史上からの存在を消される筈だった。しかし、それでは余りにも哀れだと…とある方の恩赦で我が魂の半分は全くの別人として輪廻を外されるのを免れたのさ。』

 

 

 

じゃあ、リヒトは一体何なのよ。っていうか、アンタ何しでかした訳?名前と存在を正史上から消されたって只事じゃない。

 

 

『神への反逆など、神話の中ではさして珍しくない話だろ?いつだって、神への反逆者は神々より厳しい罰を与えられてきたじゃないか。』

 

 

 

神様への反逆って何様のつもりよこいつ。やたら、態度のでかい奴だとは思ってたけど。

 

 

『半身は元を辿れば本官であり、本官はあの子だ。この意味が分かるか?イナンナの娘。』

 

 

 

さっぱり意味が分からなかった。私にとって、リヒトは私の弟みたいな奴であんたとは違うのよ。あと前から言おうと思ってたんだけど、そのイナンナの娘って何よ!?私には遠坂凛って名前があるのに!

 

 

『…あぁ、これも君に言うのは初めてなんだが君は本官の叔母上に顔だけは本当にそっくりなんだ。叔母上の名はイシュタル、別名イナンナ。我が義父の双子の妹君だった。叔母上は大嫌いなんだが、君はむしろ好ましく思っているんだぞ?これは嘘じゃない。』

 

 

 

私はあんたの叔母さんじゃないっつの!キャスターはその叔母さんのことを相当嫌っていたらしく、だから私に対する態度も意地の悪いものだったのねと余計に腹が立ったのだ。

 

 

キャスターが言っていたイシュなんとかだかイナンナとかいう呼び名に、何故か私は聞き覚えがあった。ずっと昔に…けど、何処で?

 

 

 

「凛、早いな。」

 

 

歯を磨くリヒトの傍ら、半身半裸で呑気にキャスターも歯を磨いていた。青いタトゥーが嫌でも目立つ。いつの間にか洗面台の歯ブラシが一本増えてるなと思ったら、キャスターのものだったらしい。

 

 

 

「キャスター!服着なさいよ!!寒くない訳!?」

 

「多少、朝は冷えるがもう慣れた。凛は朝から元気だな本当に。」

 

 

私がイナンナの娘って呼び方はやめてと言ったら、キャスターは馴れ馴れしく昨日から私を凛と呼び始めた。弟と全く一緒の声で凛と呼ばれると、調子が狂うけどあのままイナンナの娘と呼ばれ続けるのも癪に触る。

 

 

 

「…姉さん、ストップ。」

 

 

呆れた眼差しのリヒトからストップがかかり、仕方無くキャスターとは休戦する。キャスターが先に口をすすぎ、洗った歯ブラシの水気を切って元の場所に戻す様子はサーヴァントらしからない。

 

 

 

「リヒト、今日の朝食どうする?士郎の奴、いつも通り自分がつくるとか言い出しそうだから私たちで早めに準備しちゃいましょう。」

 

「…….朝食なら今頃、アーチャーが準備してる筈だ。先につくっておけばシロも大人しくなるだろ。」

 

 

まさか、アーチャーが朝食の準備を始めてるとは思わなかった。士郎はあの怪我だし、私とリヒトでつくろうとしていたのに。

 

 

 

「昨晩、色々あってな。なぁ?半身。」

 

「……アーチャーだって悪気は無かったんだから、おかげで着崩れてないし。」

 

「浴衣の着付けも出来るとはアーチャーも器用な事だ。」

 

 

どうやら、リヒトの浴衣の着付けはアーチャーがやったらしい。寝起きにしてはリヒトの浴衣はきっちりと着付けられている。私のサーヴァント、もしかして日本人なのかしら?おおよそ日本人らしからぬ様相だし、真名は覚えてないとか言ってたけど。

 

 

 

「…半身、服を借りるぞ。」

 

「はーい、どーぞ?」

 

 

姿を現してから、本当にあのいけ好かないサーヴァントったら士郎の家でも遠慮が無くなった気がする。現代生活に馴染み過ぎと言うか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

居間に着くなり、なんかいつもよりハイグレードな朝食が既に並んでいる。遠坂やリヒトにしては手が込んでるし、誰が…?

 

 

「メイガス、今日の食事は誰が?」

 

「本官がアーチャーに頼んだ。食材に関しては心配するな。昨日、事前にアーチャーがスーパーで調達してきたものだ。」

 

 

 

遠坂、リヒト、キャスターは一足先に食卓に着いていた。これ全部、アーチャーがつくったのか!?あいつの思わぬ意外な一面にリアクションが付いていけない。

 

 

「士郎、セイバーも…冷めない内に頂いちゃいなさい。美味しいわよ?あと、アーチャーが台所借りたわ。」

 

「あ、あぁ…それは別にいいんだけど。あいつ、料理出来たんだな。」

 

 

 

聞けば、昨日のごはんもあいつのお手製だったらしい。俺は食欲所じゃなかったから、食べてないんだが。見れば、当のアーチャーはエプロン姿で台所で後片付けをしていた。エプロンが妙に似合ってて、普段とギャップがある。

 

 

「あ、アーチャー…ごはん、ありがとな。」

 

「貴様の為ではない。冷めない内に早く食べろ。」

 

 

 

うっわ、素直じゃない。アーチャーはキッと此方を睨み付けながら、洗った調理器具を拭いている。ほんとこいつ、俺のこと嫌いだよな。

 

 

「アーチャー、昨日の今日でごめんね?つくらせてばっかりで。」

 

「君らこそ、昨日から大変だっただろ?私に出来る事をしたまでだ。」

 

 

 

さっきまで俺を睨み付けていたアーチャーは何処へやら、リヒトに対しては優しげな顔をして気遣う様な態度すら見せているからなんか面白くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日、リヒトも慎二を探すって言うから別行動だが出る時間は一緒になった。すると、アーチャーが何やら紙袋を持って玄関先へ現れた。

 

 

「先輩、リヒト、弁当だ。持ってけ。」

 

「はぁ!?」

 

「なんだ?衛宮士郎。先程、セイバーに弁当はいるかと聞いたら外で済ませるからと言われた。だからお前たちの分は無いぞ。」

 

「すみません、シロウ。流石にそこまでアーチャーに気を遣わせるのは申し訳無いと思い…」

 

 

 

セイバーに謝られてしまった。いや、別に俺は弁当が欲しかった訳じゃない。アーチャーがシレッと、リヒト達に弁当を渡そうとしているから…!

 

 

「…何でお前がリヒト達の弁当、シレッと用意してるんだよ。」

 

「今のお前の体で、無理はするなとセイバーに厳しく言われたのだろう?私とて、先輩に頼まれなければこんな事は絶対しない。」

 

 

 

今日だって俺が朝食つくれたら、俺とセイバーの分ついでにリヒトとキャスターの弁当もつくろうかなと思ってたのにこいつは…!

 

 

「衛宮士郎、食事メニューにもう少し野菜を増やせ。あれではリヒトの栄養バランスが余計に偏る。昨晩、浴衣の着付けを直すついでにリヒトの体を「アーチャー、ストップ!!」

 

 

 

玄関先で靴を履きかけていたリヒトが突然、アーチャーの言葉を制する。見れば、にわかにリヒトの頰が赤い。

 

 

「シロ、何でもないから!!早く行こう?」

 

「この件に関して、シロは気にするな。」

 

 

 

浴衣の着付けって…親父の浴衣が出てきたから、リヒトに着るか?って聞いたら着ると言ったので着付けを少しだけ手伝ったのだ。この件に関して気にするなと言った、キャスターの顔に怖いものを感じたので触れなかったことにする。

 

 

「あー…ごほん!すまない、失言だった。捨て弁にしてあるから、荷物にはならないだろう。量が多目のやつが先輩用だ。」

 

 

 

なんか、アーチャーがやけにキャスターに対して甲斐甲斐しいのは気の所為か。今日の朝食だってキャスターに頼まれて、あまつさえ見送りついでに弁当まで用意するなんてまるで…俺の思ったことをセイバーが代弁してくれる。

 

 

「新婚のような甲斐甲斐しさですね。」

 

「ばっ…セイバー!君は急に、何を言いだすんだ!?」

 

「昨日、凛に聞いてやっとあなた達の関係が理解できました。気付かなかったとは言え、申し訳ありません。シロウ、リヒト、私たちは先に外へ出て待ってましょうか。」

 

 

は?新婚??セイバーに促されるがまま玄関を出た。リヒトも何を察してかなるべく早くしてね、キャスターとキャスターに言い置いて玄関を出る。俺も色々察したく無かったが、察してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバーに知れたことがそんなにショックか?」

 

 

ニヤニヤと、先輩は非常に愉しそうな笑みを浮かべてまさかセイバーに気を遣われるなんてと地味にショックを受けているオレに更なる追い打ちをかける。

 

 

 

「彼女は君にとってマドンナの様な存在だからなぁ?気を遣われたのはそれはショックだろう。」

 

「誰の所為で…!」

 

「貴殿が弁当をこさえてくれて、見送りまでしてくれるなんて初々しい新妻の様で本官も悪い気はしないぞ。いや、この場合は新婿か?」

 

 

そんなつもりはまるで無かった。先輩が新妻なんて言葉を発するものだから、一気に頰が燃えるように熱くなり、心拍数まで上がった気がする。昨晩の事もあったから、侘びを兼ねたつもりがとんでもない誤解だ。

 

 

 

「見送りの何とやらはしてくれないのか?アーチャー。」

 

 

凛は居間に居るだろうし、あの三人は戸を隔てた玄関前で先輩を待っている。あぁ、どうせ聖杯戦争が終わればこんなままごと染みたことも出来なくなるのだ。

 

 

 

見送りの何とやらは、速攻で済ませた。今日は災難が過ぎる。

 




寝ぼけた士郎に泣きついてセイバーに慰められて当のアーチャーは次の日の朝、遠坂嬢に代わって台所に立つまでが一連の流れ。


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第二十四話 お互いに気付かないフリ

「……慎二のこと、どうする気なんだ。」

 

「どうするって?」

 

 

シロに、マキリをどうする気なんだと聞かれた。 ぼくは監督役補佐である手前、建て前としてシロ達への協力は出来ないから別行動だ。

 

 

 

「先ずは身柄の確保かな?あいつ、あんな事やらかしちゃったし…聖堂教会としても野放しには出来ない。前にも連続殺人犯がマスターだった時があってさ、聖杯戦争期間中も犯行重ねまくってとうとう当時の監督役から各マスターへ犯人の討伐令が出たこともあるんだ。最悪、あいつもそんな風になったらぼくも庇い立て出来なくなる。」

 

「当時の監督役って確か…「シロウ、その話は!」

 

 

やっぱり、セイバーが止めに入ってきた。シロも優しいけど、セイバーもやっぱり優しい。

 

 

 

「もう大丈夫だよ、セイバー…ありがとう。マキリから聞いたんだって?そうだよ、ぼくのお祖父様。ぼくの目の前で殺されて死んだ。」

 

 

ぼくからその話を聞いた途端、シロが息を呑んだのが分かる。お祖父様が殺された理由も、実に下らなかった。

 

 

 

犯人討伐の暁には監督役から各マスターへ令呪の追加報酬が与えられることになってた。自分が不利にならぬ様、犯人の魔術師はその追加令呪が他のマスターへ渡らぬ様、お祖父様を殺したのだ。

 

 

「逃げるって選択肢が…ぼくもすぐには出て来なかったなぁ。呆気無く犯人に見付かって、そのまま拉致監禁のお決まりコースだよ。」

 

「その後…どうなったんだ。」

 

「正義の味方がぼくを助けてくれたんだ。犯人も正義の味方がやっつけてくれた。それでぼくは無事に聖堂教会側へ身柄を引き渡されたって話。」

 

 

 

シロに今、切嗣さんの名前を直接出すのは憚られた。だから、正義の味方とぼやかす。

 

 

「セイバーは正義の味方さんの元サーヴァントだったから、ぼくにとっては命の恩人なんだ。そうだよね?セイバー。」

 

 

 

セイバーがおずおずと頷く。シロも何と無く、セイバーが以前の聖杯戦争の参加サーヴァントだって気付いてると思うし。

 

 

「…シロ、半身は身内を殺されたトラウマで当時の記憶が曖昧でな?だから、自分を助けてくれたそのマスターが自分にとっては正義の味方だったとしか覚えてないのさ。本官も余り当時のことは思い出したく無い。」

 

 

 

キャスターの嘘吐き。ぼくも大概、嘘吐きなんだけど。セイバーもシロが以前のマスターが誰かと聞いても、今は絶対言わないだろうし。セイバーの知ってる切嗣さんと、シロの知ってる切嗣さんにはあまりにギャップがあり過ぎる。

 

 

「リヒト、もう無理をして喋らないで下さい。」

 

「うん…分かった。ぼくが覚えてるのはここまでだし。」

 

 

 

セイバーに再度止められ、これ以上は彼女にも悪いから話は終わりにしよう。シロの表情は何処か暗い。

 

 

「シロ、場合によってはマキリを殺すのも致し方無いとか思ってるでしょう?」

 

 

 

シロの表情が強張る。シロのそういう切り替えが早い所、危ういんだよなぁ。

 

 

「マキリなんかの所為で、君の手を血で汚したくない。だから、ぼくに任せて君には安静にしてて欲しいんだけどな…本当はさ。」

 

「……それは出来ないって、お前も分かって言ってるだろ。リヒトお前、優し過ぎなんだよ。慎二はお前を殺そうとしたんだぞ?」

 

「確かにそうだね。マキリの自己中で危うくぼくも殺されかけた。けど、あんな奴でも死んだら悲しむ子はちゃんといるんだよ?ぼくはその子の悲しむ姿は見たくないからさ。」

 

 

 

綺麗事だって、分かってる。けど、可能性がまだあるならぼくも無益な殺生は避けたい。

 

 

「そういえばシロ、桜や藤村先生のお見舞い…本当に行かないの?」

 

「……行けない。」

 

「シロが行かないならぼくが行くよ。」

 

 

 

桜はシロがお見舞いに来てくれたら、絶対喜ぶのにさ。マキリと戦うから最悪の事態になった場合、桜に合わせる顔が無いとかつまんない事考えてるんだろうな。

 

 

「…藤ねぇと桜によろしく言っといてくれ。」

 

「分かった、伝えとく。」

 

 

 

じゃあねと手を振り、シロ達とは反対方向の道へ向かう。

 

 

「表立って、君らに協力出来ないからさ。君らの安全を祈る事しか出来なくてごめんね。君らに神のご加護があらんことを…真昼間に幾ら探しても、芳しい成果は出ないと思うよ。日が暮れるのを待ってみたら?」

 

 

 

マキリも真昼間から悪目立ちする様なことはしないだろうし、あれだけの大きな結界を仕掛けるとなると隠すのも容易ではない。探すとしたら、新都のビル群辺りを夕方頃に当たってみよう。

 

 

「リヒト。」

 

「なに?シロ。」

 

「おまえ…人、殺した事あるのか。魔術師は殺人も辞さないって、遠坂から聞いた。」

 

「元は人だったものなら何度かあるよ。死徒って呼ばれてる、所謂に吸血鬼。」

 

 

 

生身の人間はまだだ。でも、死徒は死徒で元は人であるからして後味が悪い。最初に死徒を殺した時、数日ほどごはんが食べられなかった位には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学校も立入禁止かー…」

 

 

見れば、学校の門には臨時休校の張り紙がしてあり、教育関係者以外立入禁止と付け加えられている。表向き、学校施設内のガス管の破裂事故による生徒大量昏倒事件なんて滅茶苦茶な理由で臨時休業になってる訳だけど。教職員の内、何人か症状の軽い人たちが今日も出勤してるらしい。

 

 

 

「あと数分、結界解除が遅れたら一生体に傷が残る者も居ただろうな。」

 

「……君の宝具で治せたんじゃないの?」

 

「あれは確かに効果てきめんだが、なにぶん目立つ。力を行使して、本官の存在が明るみになったら困るのは君だろ。」

 

 

姉さんやシロの前では、さらさら姿を隠す気も無い癖によく言うよ。すると、構内の校舎から教職員だろうか誰かが出て来た。途端、キャスターを霊体化して姿を消す。

 

 

 

「其処で何をしている?言峰。」

 

「あれ?葛木先生、おはようございます。」

 

 

葛木先生だった。校舎窓からぼくが見えたからか、わざわざ出て来た様だ。

 

 

 

「臨時休業の学校前でお前の様な奴がうろつけば、嫌でも目立つ。その格好、親御さんの仕事の手伝いか?」

 

 

葛木先生は司祭服を着たぼくを見て、親の仕事の手伝いかなんて聞いてくる。半分は当たりだ。

 

 

 

「父の仕事の手伝い途中で、ちょっと学校の様子が気になって…先生も休校なのにお仕事大変ですね。」

 

「……この通り、学校は臨時休業だが教職員は何かとやる事がある。お前こそ、怪我は大丈夫なのか?」

 

「怪我、ですか?」

 

 

葛木先生が自分のこめかみを指差す。あぁ、先生に見られてたのか。

 

 

 

「廊下で、負傷しながら何処かへ向かうお前を見かけた。何をしてたのかは知らないが、怪我はもう平気そうだな。」

 

 

先生、やっぱりあの結界の中で動けてたのか。鉢合わせしなくて良かったと思う。

 

 

 

「それと…先日、キャスターが世話になった。」

 

「その節はどうも。キャスターの口から先生の名前が出て、ぼくも驚きました。」

 

「真夜中に柳洞寺にいたのも、父親の仕事とやらの手伝いか?」

 

 

先生の口からキャスターという単語が出て来ても、大した驚きは無かった。やっぱりと言うか…どうやって契約したのかは知らないけど。

 

 

 

「…そんな所です。」

 

「キャスターがお前も同じキャスターのサーヴァントを連れていたと驚いていた。同じクラス被りは有り得ないと…まさか、お前もマスターだったとはな。何の因果か知らないが。」

 

 

先生は感情の読み取れない目で、ジッとぼくを見る。

 

 

 

「お言葉ですが先生、ぼくはマスターではありません。ぼくのキャスターはちょっと特殊でして。彼はぼくの父の仕事を手伝ってくれる、アシスタントみたいなものですよ。」

 

 

先生は納得したのか、してないのか。相変わらず、キャスターは街中の人から生気を吸い上げてる。

 

 

 

「先生も教職の身でありながら、中々悪どいですよね。自分のサーヴァントがやってることを止めないんですから。」

 

「あれも回りくどいことをする。いっそのこと、根こそぎ奪ってしまえばよいものを。」

 

「…無関心も貴方位までくると、感心さえしますよ。」

 

 

一応この人、社会科教師で倫理も教えてる筈なんだけど…先生の倫理観自体、既に破綻している。本当、どんな人生送って来たらこうなっちゃうのか。

 

 

 

「悪いな、言峰。私はお前の様に、真っ当な倫理観は持ち合わせていない。本来であれば、教師失格だな。」

 

 

先生はぼくを真っ当な倫理観を持った人間と言うが、ぼくも大して先生と変わらないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…相変わらず、陰気臭い家。」

 

 

間桐邸の敷地内に直接足を踏み入れるのはいつぶりか。あのご老人は留守の様でよかった。間桐の屋敷は遠坂邸より大きいけれど、閑散としていてぽつんと植えられた桜の木もなんだか寂しそうだ。

 

 

 

「この桜の木、花付けたの見た事ないんだよなぁー…枯れ木って訳じゃなさそうだけど、勿体無い。」

 

 

玄関のチャイムを鳴らす。あの後、桜が救急車で病院に運ばれるところまでは見送ったものの…キャスター曰く、体調不良で済んだからその日の内に自宅へ帰った様だった。

 

 

 

ガチャリと、古い玄関扉の鍵が外されて扉が重々しい軋みを立てる。

 

 

「兄さん…?」

 

 

 

現れた桜はぼくを見るなり、少し驚いた様子で、目を見開いた。ぼくが見舞いに来るとは、思わなかったらしい。連絡すればよかったんだろうけど。

 

 

「…おはよう?桜。今日は一人?マキリは?」

 

「慎二兄さん、昨日から帰って来てなくて…いつもなら遅くても朝には帰って来るのに。お祖父様は丁度、出掛けてます。」

 

 

 

どうやら、桜はあの時のことを忘れているのか敢えて避けているのか。ぼくの怪我については聞いて来なかった。

 

 

「桜、体の調子は…?昨日の今日で心配だったから、様子見に来たんだ。これ、栄養ドリンク…最近って、女性用とかあるんだね。」

 

「…ありがとう、兄さん。昨日、お医者様からは軽い貧血だからゆっくり休めば大丈夫だって。」

 

 

 

桜はぼくから栄養ドリンクの入った袋を受け取り、自分は大丈夫だとうっすら笑顔を見せてくれる。

 

 

「…そっか。」

 

「兄さん、これから神父さんのお仕事の手伝いですか?」

 

「うん、そんなとこ。キレイも人使い荒くてさ。」

 

「兄さんが神父さんの服着てると、なんだかいつもの兄さんじゃないみたい。」

 

「キレイに仕事の時は着ろって。しかもこれ、キレイのお下がりだし。」

 

 

 

ある意味、この仕事服でオンオフの切り替えをしている。桜にいつものぼくじゃないみたいと言われ、ふとそう思った。

 

 

「あんまり無理…しないで下さいね?」

 

「気をつけるよ、桜もお大事に。」

 

 

 

桜はぼくの仕事の手伝いの内容を薄っすら、把握してるとは思う。ライダーの本来のマスターだし。あまり長居するのも悪いから、桜と暖かくなったらみんなでお花見行こうって他愛も無い約束を取り付け間桐邸を後にした。

 

 

「次女なら、マキリ少年の居場所を知っていたやもしれないぞ。」

 

「直に聞けって?君のお兄さんが大量殺人しかけた犯人だから、探してるなんてさ。」

 

 

 

キャスターが現れ、桜にマキリの居場所を聞かなくてよかったのかなんて聞いて来るから白々しい。

 

 

「まぁ、新都のビル群に潜伏してるんじゃないかとは思う。あいつも大人しくしてるタイプじゃないしさ。どっかで絶対ボロ出すよ。其処を叩く。」

 

 

 

「我が主人は穏やかじゃないなぁ。そろそろ昼時だ。タイガ殿の見舞いへ行く前に、新都の公園で昼休憩としないか?」

 

 

キャスターの腹時計は実に正確だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな曇り空の下、男二人でピクニックだなんて虚しくないんですか?」

 

 

冬木中央公園のベンチにて、アーチャーから持たされたお弁当を広げていたその時、聞き覚えのある子供特有の高い声がした。

 

 

 

「王様!?」

 

「弁当のにおいにつられて、来たんですか?兄上。」

 

「食い意地の張った君と、一緒にしないでください。ご一緒してもいいですか?リヒト。」

 

 

ニコニコ笑いながら、小さな王様がぼくにお伺いを立ててくる。断る理由も無いし、いいよと言えば小さな王様はぼくの膝にちゃっかりと座る。

 

 

 

「…兄上、本官の膝空いてますよ。」

 

「今日はリヒトのお膝に座りたい気分なんです。リヒトもいいと言ってくれましたし。」

 

「いや、あれは違う意味で…王様、食べにくいから「例の恋人君の手作りですか?愛妻弁当なんて妬けちゃうな〜大きいあの人が知ったら、怒り狂いますよ。どこまで我に嫌がらせすれば気が済むんだって。あの人、一夜限りの相手は兎も角として恋人なんて出来ないですよきっと。あの性格ですし。」

 

 

小さな王様こと、少年王ギルガメッシュ。王様が時折、若返りの薬を飲んで姿を変じさせた姿だ。最近、王様は殆ど大人の姿だったけどこの10年間はこっちの姿を取る方が多かった。小さな王様は散々、将来の自分をこき下ろして溜息を吐く。

 

 

 

「相変わらず、将来の自分のこと嫌いだよね。」

 

「本当、何を間違ったらあんな風になるんですか?神々が念には念をと、最高の賢者と呼ばれた男を元に弟をつくって、目付役として寄越したにも関わらずですよ?」

 

「あなたやエルが自由奔放過ぎたからです。」

 

「…エルって呼び名、久々に聞きました。」

 

 

キャスターは王様の友達のことを、エルと呼んでいたらしい。最高の賢者…神話に詳しくないぼくでも、王様の叙事詩は子供向けの絵本で読んだから知ってる。

 

 

 

最高の賢者こと、ウトナピシュテム。王様やキャスターが生きてた時代よりも遙か昔に起きた大洪水を生き延びた古代人。キャスターのオリジナルがその人ってこと?絵本は時臣さんが昔、これで少し勉強しなさいとぼくにくれた。今でも遠坂邸の、ぼくが借りてる部屋の本棚に仕舞ってある。

 

 

「キャスターをつくったって…?」

 

「今で言う、クローン技術をもっとオーバーテクノロジーにした感じですよ。昔は今よりも神秘で満ち溢れていましたから、よくわからない不思議な技術もいっぱいあったんです。現に、僕や友だって同じ様なものですし。」

 

 

 

すごいよ、古代技術様々。そしてぼくにはサッパリだ。空腹状態だと、頭がうまく働かない。

 

 

「リヒト、そのお弁当少し分けてくださいな?今日は言峰が麻婆カレーをつくっていたので、早々に逃げてきたんです。」

 

 

 

麻婆カレー…想像しただけで、舌が焼けそうだ。ランサーがまた犠牲になってそう。

 

 

王様がアーチャーお手製のお弁当を分けてくれとぼくにねだる。まぁ、麻婆カレーよりこっちの方が絶対いいよね?分かるよ。王様の口にタコさんウインナーを放り込む。キャスターも食べ始めて、三人での奇妙な昼食となった。

 




オリ主②の正体自体、遺伝子ベースはウトナピシュテムのシャマシュの血と一割弱のイシュタルの因子が入った半神の複合体みたいな感じ。オリ主①のシャマシュの加護は太陽光に弱い、一般的な死徒レベルなら倒せる程度の作用を持つ。それに気付いた神父からは雑魚一掃用として代行者の手伝いをさせられていたこともある。


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番外編 タイガーさんと昔のあれこれ

「切嗣さん、その子は?」

 

「あぁ、ちょうど君が来る少し前に来てね…」

 

 

士郎が切嗣さんに引き取られる少し前のことだ。衛宮邸の軒先に腰掛ける切嗣さんの膝上にちょこんと座る、黒服の見知らぬ子。詰襟の洋服を着て、短パンからは白い素足がのぞく。

 

 

 

ハーフなのか、異国風の顔立ちに綺麗な瑠璃色のくりくりした瞳が印象的だった。

 

 

「……切嗣さん、お子さんいたんですか…?」

 

「息子だったら、どんなによかったか…ちょっとした縁があった子でね。この通り、すっかり懐かれてしまったよ。リヒト、藤村のお姉さんにご挨拶は?」

 

 

切嗣さんは苦笑しながらも優しい眼差しで、その子の頭を愛おしげに撫でる。リヒト君というらしいその子は、切嗣さんに頭を撫でられて気持ちよさそうに目を細めた。切嗣さん曰く、随分な懐き様だ。その子は私に対し、ぺこりと礼儀正しく頭を下げた。

 

 

「…はじめまして、藤村のお姉さん。」

 

 

 

それが一応、私とリッちゃんの初対面ということになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、切嗣さんが帰って来たと聞いて家を訪ねると…軒先にて、切嗣さん、士郎、リッちゃんの三人でハンバーガーを食べていた。士郎はむすうっとした表情で口をもぐもぐ動かしている。

 

 

「藤ねえからも何か言ってくれよ!リヒトの奴、やっと来たと思ったら来る度にジャンクフードばっかり買って来るんだ。」

 

 

 

リッちゃんの来訪は不定期だ。法則性があるとしたら、切嗣さんが行き先不明の旅から帰って来るとリッちゃんもひょっこり顔を出す。まるで、切嗣さんの帰って来る日をあらかじめ知っていたみたいに。

 

 

そんなこともあってか、私の中でリッちゃんは不思議な子という印象があった。当時は何処から来てるのかとか、リッちゃんの苗字すら知らなかったし。

 

 

 

「まぁまぁ、士郎。たまのジャンクフードも悪くないだろ?」

 

「じいさんはそうやってリヒトを甘やかす!」

 

「シーロ、口元に食べカスついてる。食べ終わってから話そうよ?行儀悪いから。」

 

「俺と年変わんないんだから、リヒトはお兄ちゃんぶるなよ!」

 

 

士郎とリッちゃんは年が近いらしく、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。リッちゃんは妹か弟でもいるのか、時折お兄ちゃんの顔をする。リッちゃんが取り出したハンカチで士郎の口元を拭いてあげると、士郎は恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

 

 

「きょうだいができてよかったな?士郎。」

 

「じいさん、絶対面白がってるだろ…藤ねえも笑うなよ。」

 

 

自然と、そのやり取りに笑みがこぼれた。こんな日がずっと続けばいい。そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

切嗣さんが亡くなったという報せを聞いたとき、目の前が真っ暗になった。確かに最近、行き先不明の旅に出なくなって少し痩せたなとは思っていたけど…何処か体が悪いとか、そんな話は聞かなかったのに。

 

 

そして切嗣さんのお葬式の日、リッちゃんは来なかった。士郎が連絡をしたとは思う。流石に士郎なら、リッちゃんの連絡先位は知ってる筈だし。リッちゃんの代わりに、リッちゃんそっくりな神父さんが来た時は驚いたけれど。

 

 

 

お寺に神父さんは、なんとも奇妙な組み合わせだった。切嗣さんの告別式の日、私が受付をしていたときにその人は葬儀が執り行われた柳洞寺にふらりと現れた。

 

 

「この度は、お悔やみ申し上げます。リヒトが故人の方にお世話になったと聞きまして、あの子が来れないので…代わりに参りました。」

 

 

 

不謹慎ながら、綺麗な人だと思わず見惚れてしまった。リッちゃんもおっきくなったら、こんな感じになるのかなと。すらりと背も高く、神父服はその人によく似合っていた。

 

 

「リッちゃんの…お兄様ですか?」

 

 

 

お父様、というには若過ぎる気がした。すると、神父さんは少し考え込む様な素振りを見せ、「そういうことにしておいてください。」と不思議な答え方をした。お香典を渡され、慌ててご芳名をお願いしますと神父さんに記入用のペンを渡す。

 

 

「あの子の代理で来たので、どうかあの子の名前を書かせてくださいな。」

 

 

 

そう言って、リッちゃんそっくりな神父さんは綺麗な字で言峰リヒトと芳名帖に名を記した。リッちゃん、苗字は言峰というらしい。ファミリーネームじゃないんだ。

 

 

名前の隣に記された住所には言峰教会と書かれている。リッちゃんが教会の子だということもその時、初めて知った。確か、隣町に言峰教会という教会があった気がする。

 

 

 

「…暫く、あの子も衛宮さんのお宅に来れなくなるかと思います。あの子はまた父親と日本を離れますので、帰って来られる時期が不定期になるかと。」

 

 

リッちゃんが何故、たまにしか顔を出さないのかも分かった。お父さんの仕事で海外へついて行き、日本を離れる期間がよくあるらしい。

 

 

リッちゃんの代理で来たとその人は言っていたけど、その人もまた切嗣さんと交流があったのか…遠目がちに、亡くなった切嗣さんの亡骸と対面した彼は涙こそ流さなかったが、とても悲しそうに見えた。切嗣さんはやっぱり、顔が広い。

 

 

 

リッちゃんそっくりな神父さんはお焼香をあげ終わると、「衛宮さんの息子さんによろしくお伝えください。」と私に小さく頭を下げ、その場を後にした。リッちゃんと同じくらい、不思議な神父さんだ。

 

 

それ以来、その人は見かけていない。リッちゃんもここ五〜六年ばかりは、家に顔を出さなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藤村先生、いたいた。」

 

 

病院の個室にて、退屈を持て余していた時にリッちゃんがお見舞いに来てくれた。何故か、リッちゃんは神父さんが着る様な服を着ていて…切嗣さんのお葬式に来たあの神父さんそっくりだ。

 

 

 

「リッちゃん!?どうしたの?しかもその格好。」

 

「お見舞いに来ましたー場所はシロから聞いて。シロったらやる事あるみたいで、藤村先生によろしく伝えておいてくれって。この格好は父の仕事の手伝いで。」

 

 

そう言いながら、リッちゃんはにっこりと人懐っこそうに笑う。学校でのリッちゃんの印象は取っつきにくい優等生で遠坂さんと揃うと…より近寄り難さが増す気難しい子なのだけれど、案外素のリッちゃんは昔と変わらない。

 

 

「先生、体調はどうですか?」

 

「退屈を持て余す程度には元気なのだー!…なんてね、あと数日は入院しとけっておじいちゃんが。私は共同部屋でいいって言ったのに、こんな個室手配しちゃっていつまでも過保護なんだから。」

 

 

士郎やリッちゃんが高一に上がった頃、私も授業の出席簿を見てリッちゃんのことには気付いていた。

 

 

 

けれど、大きくなったリッちゃんの印象はそんな感じだし、士郎は何故かリッちゃんをあからさまに避けているしで私が余計な横槍を入れて面倒な事になると困るなと敢えて見守っていた。

 

 

それが一週間と少し前、リッちゃんが遠坂さんと士郎の家に転がり込んで来て、リッちゃんと士郎もすっかり元の仲良しに戻った様だった。士郎ったら、リッちゃんのことを単にすっかり忘れていただけだったらしい。

 

 

 

リッちゃんと遠坂さんは幼馴染で姉弟同然に育ったとか。本当の姉弟ではないらしいけど、この二人は並ぶと似ている。

 

 

「気を遣わせて、なんか悪いわね。士郎ってば、お姉ちゃんのお見舞いに来てくれないなんてひどいと思わない?リッちゃん。」

 

「ぼくも行かないのかー?って、聞いたんですけどね。最近、なんかシロも忙しいみたいで。先生、これお土産です。」

 

 

 

リッちゃん曰く、士郎は最近何やら忙しそうだ。

 

 

「これ、新都にあるデパ地下のちょっといい和菓子屋さんのどら焼き!リッちゃん、私の好みよく分かってるじゃなーい。折角だから一緒に食べましょ?」

 

「…それじゃあ、お言葉に甘えて。」

 

 

 

今日はリッちゃんがお土産持って、お見舞いに来てくれたから良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「リッちゃん、私うれしいのよ?」

 

 

急に、藤村先生がそんなことを言うものだから何がですか?と首を傾げる。先生のお見舞いに行くと、先生は割とお元気そうだった。

 

 

 

「…またリッちゃんが士郎と仲良くしてくれて。士郎もリッちゃんといれて、とっても嬉しそうだから。私、最初リッちゃんと士郎がケンカでもしたのかなって不安だったの。実は…リッちゃんが言峰君だってもっと前から私、知ってたのよ。」

 

 

あぁ、数年間シロとぼくが不仲だったって話か。どうやらシロは中学時代に何処かでぼくがマキリ相手に容赦しなかったのを最初に見て以来すっかり恐怖心を植え付けられたらしく。

 

 

 

ぼくは要注意人物と認定され、目を付けられたら怖いとあからさまに避けていたらしい。全く、ひどい話だ。

 

 

「先生、何でもっと早くシロとぼくのこと…とりなしてくれなかったんですか。」

 

「私が変に横槍入れて、二人の仲を悪化させても嫌だなって先生も普段は読まない空気読んだのに。」

 

 

 

藤村先生、そこは空気読まなくてよかったんですよ!そうすれば、こんな遠回りしなくても済んだかもしれない。

 

 

「そう言えばリッちゃん、お兄様は元気?ほら、切嗣さんのお葬式にリッちゃんの代わりに来てくれた。」

 

 

 

そして藤村先生、何故其処でキャスターの話題が出てくるんですか?それも、随分と前の。

 

 

「今日、リッちゃんが神父さんの服着てお見舞いに来たからちょっとびっくりしたのよ?あの時の神父さんと、リッちゃんがあんまりにそっくりだったから。あれ以来、あの神父さんお見かけしてないし。元気かなって。」

 

 

 

藤村先生も、キャスターのこと見てたのか…いや、寺に神父なんて相当目立つ。見てない方が有り得ないか。この格好で来て、失敗した。

 

 

「元気ですよ。先生がよろしくって言ってたと伝えときますね。」

 

 

 

というか、すぐ其処でちゃっかりどら焼き食べてるんだけど。霊体化してるから、先生には見えないだけで。

 

 

「お元気ならよかったわ。」

 

「……先生、ごめんなさい。ぼくが切嗣さんのお葬式行かなくて。」

 

「どうして私に謝るの?切嗣さんだって、きっと怒ってないわよ。」

 

 

思わず、先生に切嗣さんのお葬式にぼくがわざと行かなかったことを謝ってしまった。すると、先生は笑って謝る相手が違うでしょうと言ってくれる。

 

 

 

「今度、シロと切嗣さんのお墓参りに行こうかと思います。」

 

「士郎も、やっと行く気になったのね。士郎も切嗣さんが亡くなってから、一度もお墓参りにすら行ってないのよ?リッちゃんが行くって言ったからかしらね。」

 

「偶々じゃないですか?」

 

「そんなことないわ。」

 

 

切嗣さんは聖杯戦争が終わって以来、顔や口にこそ直接出さなかったが…病の様な“何か”に体を蝕まれていたと思う。

 

 

 

子供ながらに、ぼくはそれに薄々気付いていた。ぼくが何処か悪いの?と聞いても、リヒトは何も心配しなくていいし、士郎には秘密だよと切嗣さんは平気そうな素振りをするだけだったし。

 

 

本当は全然、平気じゃなかったろうけど。キャスターなら切嗣さんの体を徐々に蝕んでいた何かの正体を知っていると思い、一度聞いたことがある。

 

 

 

『あれは…人の手に余り過ぎるものだ。関わるな、君の為でもあるんだぞ?それに、あの男も延命を望んではいない。』

 

 

結局、そんなことを言われてうやむやにされてしまった。ぼくが首を突っ込んでどうにか出来る代物ではないらしいことを知り、それ以上の詮索はやめたのだ。

 

 

 

それにキャスターは言っていた。切嗣さんは、生き永らえたいとは思っていないと。あーあ、中途半端に事情を知ってるってのも辛いなあ。

 

 

「あら、リッちゃんもう二個食べちゃったの?もう一個食べる?」

 

「お構い無く、そろそろお暇しますから。」

 

「もっとゆっくりしてけばいいのに。」

 

 

 

もう一つ、どら焼きに手を付けようとしたキャスターの手をこっそりはたく。全く、油断も隙も無い。マキリの件、直に夕刻だからうかうかもしてられない。

 

 

「リッちゃんも何だか、今日は忙しそうね。」

 

「まだ父の仕事の手伝いが一つ、残っているので。」

 

 

 

先生のお見舞いに行く少し前、聖堂教会スタッフから、新都のオフィス街でマキリらしき学生服の少年を確認したとの連絡が入って来た。さて、そろそろぼくも行かないと。

 



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第二十五話 バーサーカーにはバーサーカーを

流血、自傷、暴力表現があるため注意。


「……勝手に入っていいのか?」

 

「ちょっと家捜しするだけだから、問題無いわよ。」

 

「大いに問題があると思うが…?」

 

 

私の言葉など意に介さず、凛は遠坂邸のリヒトが借りてる部屋へと足を踏み入れる。リヒトの私物は少なく、部屋は整然としている。

 

 

 

「彼は自分の工房を持っていないのか?魔術師の部屋にしては綺麗過ぎる。」

 

「お父様が昔、工房として使ってた部屋をたまに使う程度だったかしら?こっちは本当に寝る為だけだったから。」

 

 

凛は本棚をごそごそ漁りながら、そうぼやく。彼女は何を探しているのやら…?

 

 

 

「あった!」

 

 

凛はリヒトの部屋の本棚から、一冊の古い絵本を取り出す。大分読み込まれている様で、所々修復されている。表紙には、子ども向けにしては美しい絵が描かれていた。

 

 

 

「これ、まだ大事に持ってたのね…あいつ。」

 

「それは?」

 

「昔、お父様がリヒトにあげたものよ。あいつからすればお父様の形見になるのかしら?キャスターが私のこと、イナンナの娘とかイシュタルにそっくりだとか言ってたでしよう?どっかでその名前、聞いたことあるなって思ってたのよ。」

 

 

そう言いながら、凛はリヒトのベッドに寝転がり絵本をペラペラとめくり出す。

 

 

「…あ、イシュタル…これだわ。うわ、男にフラれて父親に泣き付いて何とかして貰おうだなんて私だったら絶対こんな事しないわよ!」

 

 

 

凛が徐に読んでいるそれは、物語としては世界最古のものだ。しかし当然、その中に先輩は出て来ない。凛はイシュタル女神の記述を発見したらしく、一人憤慨している。

 

 

「本当にあいつ、私のこと何だと思ってる訳!?なんか腹立ってきた!」

 

 

 

用事ついでに実家に寄ると言って、凛がしたことは家捜しという名の不法侵入だった。まぁ、この家は彼女のものだが。リヒトにもプライベートはある。

 

 

「アーチャー、あいつ…この中の誰なのよ。」

 

「その中に先輩は居ない。あぁ、でも…先輩には義理兄がいると言っていたか。」

 

「…あいつに似て、実際はロクな奴じゃ無さそうね。このギルガメッシュ王って奴も。」

 

 

 

凛はそう言って、絵本の中の主人公を指差す。一応、そいつは人類史においては世界最古の英雄であり、英雄王の名を欲しいがままにしているのだが。

 

 

「あいつ、生きてた頃は魔術師で神官やってたって話だけど…それで神様裏切っちゃったの?自分の力を過信して。」

 

「…むしろ、裏切られたのは先輩の方だ。」

 

 

 

私の一言に、凛がきょとんと幼い表情を見せる。生前の先輩は今より私が言うのもあれだが、そう捻くれた性格をしてはいなかったと思う。彼も元は根が真面目だった。

 

 

「どういうこと?」

 

「凛、その話を見る限り…話に出て来る神とやらをどう感じる?」

 

「どうって…随分、横暴な気もするけど。」

 

「彼は横暴が過ぎる神々に、とうとう我慢が出来なくなったらしい。」

 

「ここに書かれてる話…本当にあったの?」

 

「大まかなことは合っていると、先輩は言っていた。」

 

 

 

凛は気の無い返事をして、ぱたりと静かに絵本を閉じるなりゴロリとリヒトのベッドへ横になってしまう。

 

 

「要するに、あいつは上司が気に入らなくなってケンカ売っちゃった訳。」

 

 

 

先輩に一度、反逆をした際に一人位は神を殺したのかとか聞いたことがある。すると、先輩は乾いた笑い声を上げてこう言った。

 

 

『笑い話にもならないが、叔母上をあと一歩で殺しかけ…結局とどめを刺すことが出来なかった。この身体に流れる義父上の血が片割れである叔母上の殺害を拒んだのさ。』

 

 

 

もしも先輩が神殺しを達成した結末があったとしたら、恐らくは先輩は先輩でなくなっていた気がする。

 

 

「私、あいつのことまだ完全に信用した訳じゃないから。」

 

「先輩がまだ、私たちに隠していることがあると?それは…リヒトも同じではないのかね。」

 

 

 

彼女が大きく、目を見開いた。我ながら、自分も嫌な性格をしている。恐らく凛の父親は少なくとも先輩の存在を知っており、先輩の出自に関する手がかりも把握していた筈だ。

 

 

「秘密を持たない人間などいない。しかし、君が彼に強く追及すれば、彼は君から離れていくぞ?傍に置きたいのであれば、時には知らぬふりも必要だ。」

 

「あんた…本当、嫌な性格してるわよね。召喚した日の翌日、他人事な感じで彼はモテるんだろうなって言ってた奴が真っ先に顔だけは同じ、いけ好かないキャスターに陥落してるんじゃないわよ。」

 

「なッ…!?」

 

 

 

彼女からの思わぬ反撃に言葉を失う。してやったりと、彼女は不敵に笑った。

 

 

「セイバーなら兎も角、本当に何であんたなのかしら。私も最初はキャスターがセイバーにそういう意味でちょっかいかけてるのかと思って警戒してたら、いつの間にか自分のサーヴァントが手篭めにされてて、気付いた時には手遅れ状態だったとか笑えないわ。」

 

「手篭めにされた覚えはな……」

 

 

 

いや、ある。先輩の口車に乗せられ、あれよあれよと言う内に先輩にほだされていた。

 

 

「あるんだ。」

 

「……うるさい。あの人のせいで、私は色々と狂わされたんだ。何れは敵同士になると、私がセイバー達に余り接触しない様にしていたのを先輩が無理やりだな!」

 

「あんた、案外衛宮くんの家での生活楽しいでしょう?私もちょっとした興味本位と、対バーサーカーへの協力関係を結ぶだけのつもりだったんだのに。本当、あのキャスターの所為で全部が台無しよ。リヒトのおかげで、私も衛宮くんの家に馴染み過ぎちゃったのもあるけどね。」

 

 

 

リヒトのベッドの上に寝転がったまま、凛は小さく溜息を吐く。彼女もまた、衛宮士郎の家での生活は満更でもないらしい。

 

 

「まだ私の両親が生きてて、桜が私の妹だった頃にリヒトが来た時はちょっと不安だったのよ?仲良くやれるかなって…けど、そんな心配は杞憂だった。多分、あのたった二年間が私が17年生きて来た中では一番楽しかった頃だと思う。」

 

 

 

ぽつぽつと、彼女が自分の身の内を語り始める。その二年は、彼女にとって最も楽しいひと時であったと。彼女らの元妹については、衛宮士郎の家で凛とリヒトが厄介になり始めてから間も無く聞かされた話だ。

 

 

「前の聖杯戦争が終わって少し経ってから、綺礼の仕事にリヒトがくっついて海外へ行くことが多くなったの。一年は手紙のやり取りしかしてなかったなんて年もザラだったし。」

 

 

 

凛は聖杯戦争で両親を立て続きに亡くした。父親は聖杯戦争の最中に、母もまた聖杯戦争に巻き込まれて最後は寝たきりの生活になり衰弱死したと。幼い少女には、あまりにも過酷だ。

 

 

「それが三年前よ、リヒトがひょっこり帰って来たのは。綺礼が本業だった代行者を引退したとかで。てっきり、リヒトも代行者になったのかと思ったら違うみたいだし。そもそもリヒト、あんまり神様信じてないから。まぁ、キャスターの話を聞いたら頷けたと言うか。」

 

 

 

リヒトが洗礼詠唱を使えないのも、恐らくは先輩の生前の行いが影響しているのだろう。信仰する神が違っても、影響が出るとは難儀な話だ。

 

 

「それでリヒトが私の家に転がり込んで来た時……私、少し嬉しかったの。最終的に、リヒトが私を頼って来たこと。リヒトが来てくれて、一人でも大丈夫だと思ってたのに…やっぱり誰かと暮らすっていいなと思ったし。でもリヒトは多分、桜が好きだから。」

 

 

 

彼女はリヒトのことを口では弟だと言いながらも、意中では弟以上の存在に近い対象として彼を捉えている。しかし、これは一方通行な感情だと彼女は言い切った。

 

 

「……リヒトが?」

 

「私なんかより、リヒトは桜と仲良かったもの。桜が間桐へ養子に行くって話も、リヒトは最後まで嫌がってたし。桜も多分、衛宮君が好きだと思うけど…まだリヒトのこと引きずってると思う。桜の初恋もリヒトだから。」

 

 

 

この姉妹間にも、かなりドロドロしたものを感じる。男の私には到底、理解出来そうに無いが。案外、彼女も人間味がある様で安心した。

 

 

「姉妹で、初恋の男が同じとは面倒だな。にしても、リヒトも存外ずるい男だ。」

 

「あいつはずるいのよ。私にお互いの恋愛に口出ししないこととか、妙な予防線張って…平気で朝帰りはするし、誰かから貰った香水とか装飾品とか平気で私の前でも付けるもの。」

 

 

 

時折感じる、知らない恋敵の気配に我がマスターはかなり不愉快な思いをしているらしい。それならば直接、彼に言ったらどうなんだ?そう皮肉ると彼女は顔を俯かせて一言。

 

 

「……お父様の思惑通りになるみたいで、嫌だから絶対言いたくない。」

 

 

 

遅れてやって来た反抗期なのか、彼女は今は亡き父親へ恨みがましそうにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日も完全に落ちた夜の冬木新都。強いビル風により視界は絶不調。とあるビルの屋上にて、ぼくとキャスターはセイバーとライダーの一戦を望遠鏡片手に静観していた。

 

 

ビル群の遥か上空、突如現れた天馬を最初に見た時は驚いた。昨日、学校の3Fフロア一帯を物理的に切り裂いた正体はあれだったのか。

 

 

 

「…メドゥーサにはこんな逸話がある。彼女が英雄ペルセウスに倒された際、彼女の血から天馬が生じたという話だ。あの天馬は言わば、彼女の子供だな。そもそも、彼女の宝具自体はあの天馬では無く別にある様だが。」

 

 

キャスターが徐に口を開く。あの天馬自体がライダーの宝具では無いらしい。

 

 

 

「千年ものの幻想種とは驚いた。この時代、精々百年を経たものでも珍しいというのに。本官もアンズー鳥程度なら召喚出来るがな。」

 

 

君のアンズー鳥だって、数千年超えの神獣だろうにしれっとよく言うよ。天馬を従えたライダーが幾度も滑空し、対峙するセイバーに容赦無く襲いかかる。

 

 

 

セイバーは天馬の滑空による衝撃波を防ぐのが精一杯の様で、戦況は劣勢だ。ライダーを見付けたセイバーがライダーと戦闘状態に入り、まだ一時間も経ってない。シロもセイバーを追って、彼女がいるビルの中へと入って行くのを確認した。シロも無茶をする。

 

 

「あれでは嬲り殺しだ。さてはマキリ少年が嬲り殺しにしてから仕留めろとライダー殿に命じたか…わざわざ煩わしい事をさせて、嫌な性格をしている。あぁ、元からだったか。」

 

「このままだと最悪、あのビル一棟分が丸々倒壊するけど。」

 

「その為の本官だろう?なに、心配するな。」

 

 

 

周辺の人払いは済ませてあるから、万が一ビルが倒壊したら火消しはキレイに任せよう。その為の監督役だ。

 

 

「…マキリは高みの見物?良いご身分だね。」

 

 

 

まだマキリの姿は確認出来てないけど、近くにいる。さっさとマキリを引きずり出して、身柄を確保するだけなら簡単な話なんだけど…

 

 

「ところで半身、招かれざる客の気配には気付いているか?」

 

「イリヤスフィールと、バーサーカーのこと?」

 

 

 

もう二つ、潜む気配に警戒を募らせる。あんまり、彼女に好き放題されても困るからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上空に、巨大な光柱が立ち上る。あの神々しさすら覚える光を、直に見たのはこれで二度目だ。

 

 

「セイバーめ、“約束された勝利の剣”で天馬とライダー殿ごと斬り伏せるとは…残存魔力を後先考えずに使ったか。」

 

 

 

光が徐々に、収束していく。セイバーの気配を辿ると、彼女の身の内から感じられる魔力は既に残り僅かだ。あぁ、彼女は…シロを守る為に宝具を使ったのか。ライダー渾身の一撃から例えセイバーが生き延びても、シロが死んでしまったら意味が無い。

 

 

「貴殿の完敗だな、ライダー殿?」

 

 

 

途端、どさりと何かが崩れ落ちる様な音がした。見ると、キャスターの腕の中に今にも消滅しそうな、傷だらけの満身創痍なライダーが居た。

 

 

「キャスター!?なんのつもり…「なに、彼女が消滅する前に…少し話をしたいと思ってな。」

 

「……キャス、ター?…なぜ…?」

 

 

 

彼女自身も、キャスターがなんのつもりでこんな事をしたのか、最初はひどく混乱している様子だったが…ゆっくりと、破れかけた目隠し越し、ぼくへと目線を向ける。

 

 

「半身、僅かな時間なら彼女と目線を合わせても平気だ。まったく、マスターを選べないのはサーヴァントとして辛い性分だな。」

 

「ライダー…」

 

「……リヒト…あなたに、謝らなければ…」

 

 

 

不意に、ライダーから聞こえた謝罪の言葉に耳を疑った。何で、ライダーがぼく謝るんだ。

 

 

「今更だが、彼女自身は君を殺す意思など殆ど無かったのさ。マキリ少年が君を殺さないならイナンナの次女に危害を加えると、彼女を焚きつけたからだ。」

 

「そんな…本当、今更だよ。」

 

「あなたは…桜の、だいじな人……」

 

 

 

ライダーは力無く微笑み、震える手をぼくへと伸ばす。頰に触れた彼女の意外とか細い手は、ひやりと冷たかった。

 

 

「……どうか、桜のことを…」

 

 

 

そう言って、彼女は静かに消えた。最期まで、彼女は桜の身を案じていたらしい。伝説の中のメドゥーサは恐ろしい怪物だと聞いていたが、どうにも不思議な感じだ。

 

 

「聖杯戦争が終わっても、次女にはいつも通り接すればいいさ。それが彼女の望みだ。」

 

「……もっと、他の結末は無かったの?」

 

「他に比べれば、わりとマシな最期だったと思うぞ?君が看取った様なものだ。聖杯戦争に喚ばれた時点で、残るサーヴァントは一騎のみ。他は敗れれば、消えゆく定めだ。」

 

 

 

キャスターが言う、他に比べればとは平行世界のことだろうか。どうやら、キャスターや王様にはそれが見えるらしい。王様はわざと見ない様にしてるらしいけど、キャスターは気が向けば気ままに本を一冊眺めるかの様に見ているという。

 

 

「…あまり、気に病むな。」

 

 

 

キャスターはそう言って、ぼくの目元からこぼれ落ちそうな滴を指先で掬い取る様に拭う。いつもみたいに、余りサーヴァントを人間扱いするなってキャスターは言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバー…お疲れ様。」

 

 

全てが終わった後、ライダーを失った慎二は逃げ出してセイバーは宝具を使った反動か意識を失って倒れかけた。逃げた慎二を追うか、セイバーに駆け寄るか一瞬迷ったその時、現れたリヒトが倒れかけたセイバーの体を抱き留める。

 

 

 

「リヒト!?おまえ、どこから…」

 

「すぐ真向かいのビルから、ライダーとセイバーの一戦を見てたよ。ついさっき、ライダーの消滅をこの目で確認した。勝者はセイバーだ。」

 

 

そう言って、リヒトは抱き留めたセイバーの身体を静かに横たえる。見ると、セイバーは尋常じゃない量の汗を掻いており、とても苦しそうに肩で息をしている。

 

 

 

「リヒト、セイバーはどうしたんだよ!?」

 

「残り少ない魔力残量で、無理に宝具を使った反動だ。君を守る為だよ。彼女が宝具を使わなきゃ、今頃君は倒壊したビルの下敷きになってたかもね。」

 

 

リヒトの一言に、背筋がぞっとする。自分の所為でセイバーが…?また俺は、彼女に無茶をさせたのかと。これじゃあ、マスター失格だ。

 

 

 

「…シロ、姉さんたちには内緒だよ?」

 

 

その時、リヒトは妙なことを言って着ていた司祭服を腕まくりし、露わになった手首に何処から取り出したのか小さなナイフを押し当てた。

 

 

 

「ちょっ、待て…!?リヒト!!」

 

 

リヒトが躊躇い無く、押し当てたナイフを勢い良く引いた。ナイフの刃先が皮膚を引き裂き、鮮血が滴り落ちる。

 

 

 

「セイバー、飲んで。少しは君の魔力の足しになる。」

 

 

リヒトはナイフを地面に置き、片手でセイバーの口をそっと開けさせると、彼女の口内へと滴り落ちる鮮血を流し込む。セイバーは生存本能からか、少しむせながらもそれを嚥下し、飲み込んだ。ほんの少しだけ、血色が悪かったセイバーの顔に血の気が戻ってきた気がする。

 

 

 

「リヒト、おまえ…」

 

「彼女がこのまま消えちゃうのはやだし、ぼくが出来る恩返しなんてこの位しか無いから。言ったでしょう?彼女はぼくの命の恩人だって。ぼくが出来る範囲内はここまでだ。けど…タイムリミットが少し伸びただけだから、後はどうするかシロ次第だよ。」

 

「半身、腕を出せ。」

 

 

いつの間にか、リヒトのそばに立っていたキャスターが腕を出せとリヒトに言う。リヒトがキャスターに腕を差し出せば、キャスターが治療魔術の類でリヒトの手首に痛々しく刻まれた傷口を跡形も無く塞いだ。リヒトは袖口を元に戻し、血で汚れてしまったセイバーの口元をハンカチで拭いてやる。

 

 

 

「このまま、セイバーを連れて君は一旦帰りなよ?今頃、姉さんも帰って来てる筈だ。」

 

「でも、慎二が…」

 

「シロ、聖堂教会は建前上…何の為に聖杯戦争に関わってるんだっけ?サーヴァントを失ったマスターの保護も、一応の役割だからね。まぁ、本当はマスターが保護を求めて来たらの場合なんだけどさ。あいつの場合、このまま野放しにしても厄介だし。」

 

「……慎二のこと、頼む。それと、セイバーのことありがとな。」

 

 

セイバーを背負い、俺は自宅に帰ることにする。慎二のことは、一先ずリヒトに任せる他無さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわ、その腕…ひっどいことになってるね。でも、君が殺しかけた沢山の人の命に比べれば、腕一本なんて安いもんだよね?」

 

「コトミ…ネ?」

 

「やっほー?瀕死のマキリ君。」

 

 

神父が着る様な黒い服を着た、コトミネが口元を吊り上げ笑う様は、どうにも非現実的だった。

 

 

「イリヤの邪魔しないでよリヒト!そんな蛆虫、助ける価値も無いでしょ!?」

 

「イリヤスフィール、幾ら何でも蛆虫はひどいんじゃない?ぼくもお仕事で仕方無くだよ。」

 

 

たった今、僕を殺そうとした白いガキが何かをひどく怒っている。まるで、興味本位で虫けらか何かを殺そうとしたら、親に止められて機嫌を損ねたかの様に。

 

 

 

いっその事、こんな絶望的な状況なら殺して欲しかった。もう魔術師なんて懲り懲りだ。何でお前が僕を助けようとするんだよ?僕が死ねば、お前だって桜の事もあるから清々する筈だ。

 

 

「マキリ、君に拒否権は無いよ。このままバーサーカーに君がぐっちゃぐちゃのミンチにされて、みっともなく無様に死んでも一向にぼくは構わないんだけどさ?一応、君は桜の兄さんだし。」

 

 

 

衛宮も大概だけど、コトミネも何かが人としてぶっ壊れてる。価値観とか、そういうのがまるで人と違う。何でお前、自分を殺そうとした奴を助けようとするんだ。頭おかしいんじゃないか。

 

 

「キャスター、マキリの身柄は抑えた。」

 

「間に合ったな?半身。」

 

 

 

キャスター?見れば、コトミネと瓜二つのサーヴァントがあいつの隣にいつの間にか立っていた。キャスターは、柳洞寺にいる筈だ。やっぱり、コトミネはズルをしていた。あのジジイ、何が神父の倅は聖杯戦争に参加しないから心配無いだ。

 

 

「さて、マキリ少年…君はここまでだ。敗者にはご退場願おうか?このまま、君に教会へ逃げ込まれてもロクな事にならないのでな。なに心配するな、殺しはしないさ。」

 

 

 

コトミネによく似た、もう一体のキャスターは何が愉しいのか笑みで口元を歪ませ僕を見る。背筋が寒い。こいつ、コトミネ以上にヤバい。そんな気がした。こいつはなんだ?何でコトミネと、気持ち悪い位に全く同じ顔してるんだよ?

 

 

「聖杯戦争が終わるまで、君には舟旅に出て貰うつもりだ。人間の体感時間ではほんの一週間程度さ。安心したまえ、全てが終われば君は全てを忘れる。アフターケアもばっちりだ。」

 

「や、やめろ…いっそ、ころし「君に拒否権は無いと、言った筈だろう?」

 

 

 

もう一体のキャスターが何も無い空間に手を翳せば、半透明な立方体が現れる。何だよこいつ、何しようとしてるんだよ!嫌な予感しかしない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宝具、七日六晩を駆ける宙舟。」

 

「やめろおぉぉぉ!!!」

 

 

マキリの絶叫も虚しく、あいつの体はキャスターの宝具に吸収されてその場から跡形も無く消えた。これで一週間はマキリも戻って来れない。手荒だが致し方無い。

 

 

 

「残念だが、獲物はいなくなってしまったぞ?白雪の姫。それとも…本官たちを新たな獲物とするか。」

 

 

こっちは余計な戦闘は避けたいのに、キャスターが珍しく乗り気だ。キャスターの明らかな挑発は、おもちゃを取られたイリヤスフィールの怒りを加速させる。

 

 

 

「キャスター…!前の聖杯戦争のはぐれサーヴァント風情がしゃしゃり出て来ないで!!リヒトもリヒトよ!私の邪魔をして、よっぽどバーサーカーに殺されたい様ね…バーサーカー!」

 

 

獲物を取られたバーサーカーがぼくたちを新しい獲物と定め、その巨体からは考えられない様な俊敏さで此方に特攻してくる。紙装甲なキャスターじゃあ、バーサーカーとまともにやり合ったらひとたまりも無い。先ずは一瞬の隙を突くべく、司祭服の中にストックで常備してある人工宝石を幾つか取り出した。

 

 

 

姉さんみたいに、本物の宝石使ってたらお金が馬鹿にならないし…錬金術の応用で魔術用の人工宝石をつくり、ぼくは戦闘時にそれを使う。威力は本物より多少落ちるけど、攻撃手段としてはこれで充分だ。

 

 

人工宝石がぼくの込めた魔力を一気に放出しながら旋回し、標準の的をバーサーカーに合わせた。

 

 

 

「Barrage」

 

 

詠唱の言葉と共に、人工宝石を弾丸の様に射出する。狭い屋内だと、バーサーカーとの接近戦は危険過ぎるし。射出した人工宝石は次々とバーサーカーの体に着弾し、爆発四散する。バーサーカーの動きが一瞬、鈍った。

 

 

 

「キャスター、今だ。クラスチェンジ…バーサーカー。」

 

 

クラスチェンジしたキャスターが瞬時に形態を変え、真っ黒で巨大な何かがバーサーカーの喉笛に勢い良く喰らい付く。

 

 

 

「◾️◾️◾️◾️◾️ーーー!!!!」

 

 

鼓膜にビリビリとバーサーカーの咆哮が響き、耳が割れるように痛い。キャスターが喰い千切ったバーサーカーの喉元から、鮮血が勢い良くはじけ飛ぶ。降り注いだ鮮血がぼくの服まで汚す始末だ。この服、もう着れない。バーサーカーへと変じ、獣の様な姿になったキャスターは後方に飛び退いた。

 

 

 

「サーヴァントがクラスを替えるだなんて…」

 

 

イリヤスフィールが呆然と、ぼくたちを見る。実のところ、バーサーカーって魔力消費がしんどいから、ぼくもあんまりチェンジさせたくないんだけど。

 

 

 

「聖杯から弾かれたキャスターに、クラスの縛りとか無いからさ?適性のあるクラスに変化することが可能なんだよ。キャスタークラスだと…全サーヴァント中、トップクラスの攻撃力を持つバーサーカーには勝てないからね。それで?あと何回、君のバーサーカーは殺したら死ぬのかな?」

 

 

キャスターに喉笛を喰い千切られ、一度は倒れ伏した筈のバーサーカーがゆっくりと起き上がる。見れば、バーサーカーの喉元はすっかり元通りだ。バーサーカーには常時発動型の宝具しか適用されないと聞いた。あれがバーサーカーの宝具による再生能力であることは間違い無い。

 

 

「ッ…もう手加減なんかしないんだから!!」

 

 

 

やばい、イリヤスフィールの逆鱗に触れたらしい。昼の彼女は純真無垢な少女の様でとっても可愛らしいんだけど、夜の彼女は恐ろしいマスターだ。

 

 

「おいおい…お前さんに勝手に自殺されても、こっちは困るんだよ。」

 

 

 

その時、耳元で何か聞き覚えのある声がしたなと思ったら…突如として瞬く間に起こった閃光に、視界を真っ白に塗り潰される。

 




オリ鯖のステータスをFGO風に書いても多分、設定で満足しちゃって絶対書かないので省略。オリ鯖はバーサーカーの他にライダーとアヴェンジャーの適正持ち。七日六晩を駆ける宙舟は非戦闘宝具。詳細に関してはまんま方舟。オリ主の隠れた特技に人工宝石の精製。遠坂家の宝石魔術に個人的な応用を加えた感じ。


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第二十六話 ぼくの特別と君の特別

いつもよりBL要素八割増しにつき注意。


次に視界が開けた時、不意に襲った立ち眩み。セイバーに少し多めの血を与えてからの…キャスターをバーサーカーへのクラスチェンジがよくなかったのか。

 

 

「帰らなきゃ…シロのとこ。」

 

 

 

朦朧とする意識の中、帰らなければと思った。また、姉さんに怒られちゃうしシロ達が待ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お前の家は此処ではないか。」

 

 

気が付くと、見知った浴槽の中に浸かっていた。

目元に水気で張り付いた前髪を、そっと耳にかける手付きはひどく優しい。

 

 

 

浴槽はあたたかいお湯で満たされ、張り詰めていた気持ちが嘘の様に和らいでいく。見慣れ過ぎたビジョンルビーの双眸に見下ろされ、呼び慣れた呼称を口にすれば、その人は応える様に綺麗に笑った。

 

 

「……おうさ、ま?」

 

「気がついたか?リヒト。そうだ、兄は此処にいる。うわ言の様に、帰る帰ると言いおって…此処がお前の“家”であろうに。」

 

「……他に変なこと、言ってないよね?」

 

「さて、どうだったかな。」

 

 

 

王様はわざとはぐらかし、意地悪な笑みを深める。どうやらぼくは教会に連れて来られ、王様に風呂へ入れられたらしい。見れば、王様はきちんと服を着ている。

 

 

「共に入りたかったが、何分この浴室は狭い。」

 

 

 

いや、入らなくていいです。キャスターが一緒に入浴する分には全然いいんだけど、王様との入浴は色々な意味で身の危険を感じるのでご遠慮願いたい。いや、脱がされて風呂に入れられた時点で色々と遅いんだけど。

 

 

「狗がお前たちを連れ帰ってきた時、ひどい有様だったぞ。お前、あの服はもう着れないな。」

 

「やっぱりあれ、ランサーだったのか…助けて欲しいなんて、言ってないのに。」

 

 

 

すると、王様が途端にムッとしたかと思えば額をばちんと小突かれた。王様、痛い。

 

 

「昨日は愚弟に宝具並みの魔術を使わせて、今宵は無茶な戦いをしおってからに…直接、我が出向こうとしたら言峰が狗を向かわせたのだ。」

 

 

 

要するに、ぼくは無茶な魔力消費による疲労で倒れる寸前だったらしい。

 

「お前に死なれては、愚弟も現界を維持出来なくなる。」

 

 

 

何だかんだ言って、王様はキャスターが大事なんだ。思わず、謝罪の言葉が口を吐いて出た。

 

 

「ごめんなさい…王様にとって、キャスターは唯一無二の弟だもんね。」

 

「何を言うか、お前と愚弟の二人で一人の唯一無二の弟だ。」

 

 

 

王様は濡れるのも構わず、両腕を伸ばしてぼくを自分の方へと抱き寄せる。ぼくと王様、今は背丈も然程変わらないんだけど、王様の方が意外と体つきはガッシリしてる。なんか悔しい。

 

 

「リヒト、今年で幾つになった?」

 

「……17」

 

「我にとっての十年などあっという間だが、お前にとっての十年は長かったろうな?すっかり、愚弟と瓜二つではないか。」

 

 

 

王様の両手に、ムニっと両頬を挟まれる。いつの間にやら、ぼくとキャスターはぱっと見では見分けが付かない程そっくりになってしまった。

 

 

「キャスターが17の時って、どんなだった?」

 

「我の片腕として、国の政事に携わり始めた頃合いか…あれも昔は生真面目な性格でな、休めと言わないと無理をするから大変だったぞ。」

 

 

 

昔は15歳位でもう成人年齢だったと言うし、キャスターはぼくと同い年位で難しいことをしていたらしい。あのキャスターが生真面目…全然イメージ湧かない。

 

 

「我としては多少の幼さがあるお前の方が…可愛げはあって、愛でやすい。」

 

 

 

口元を掠める様な、軽い口付けの感触。拒むことすら億劫で、もう王様の好きにすればいいと思った。無抵抗なぼくを不思議に思ったらしい、王様がぼくの顔を覗き込む。

 

 

「今日はやけに素直だな?」

 

「…つかれた。でも、シロのとこ戻らないと。」

 

 

 

シロの名を口にした途端、王様の紅玉の目がゆらりと物騒に揺れた気がした。

 

 

「随分と親しげに呼ぶではないか…セイバーのマスターの名か。言峰の前では素っ気無く、呼んでいた様に記憶していたが。」

 

「そうだっけ?」

 

「愚弟が何処ぞの弓兵に執着する様に、お前もセイバーのマスターに少々肩入れが過ぎる様だが?やめておけ、肩入れし過ぎてもロクなことにならないぞ。」

 

 

王様はまるで、アーチャーの様なことを言う。ぼくは無自覚な内に、シロに対してかなり執着していたらしい。まぁ、放って置けないし傍に居たいって気持ちはある。

 

 

「…かと言って、いつぞやの面倒を抱えた娘か時臣の娘というのも業腹だ。」

 

「王様、何の話…?」

 

「お前にはまだ早い話だ。」

 

 

 

王様はぼくの前では何かと、色事の話題を避けたがる。たまの休日にぼくを夜な夜な繁華街へ連れ出す癖に、おかしな人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いねぇと思ったら…あんた、タバコ吸うんだな?」

 

 

煙草を嗜む様には見えなかったんだが…英霊もわりと見掛けによらないもんだ。偽キャスターの姿が見えなくなったものだから、気配を追った先は教会の屋根の上。後ろ姿に声を掛ければ、偽キャスターは煙草に火を点けている最中だった。

 

 

 

「…教会では酒も煙草も、悪徳ではないからな。わりと、ヘビースモーカーな神父もいるくらいだ。」

 

「へぇ…知らなかった。なぁ、一本くれよ。」

 

 

丁度、口寂しかったから一本くれないかとねだれば、偽キャスターはシガレットケースから一本新しい煙草を取り出して手招きする。近寄れば口に煙草を差し込まれ、偽キャスターのお綺麗な顔が不意にゼロ距離位まで近付いて来て面食らう。

 

 

 

ジュッと熱そうな音がして、俺の咥えた煙草の切っ先にキャスターの吸っていた煙草の先端が押し付けられた。

 

 

「どうした?ランサー殿。急に呆けた顔をして。」

 

「…あんた、いつもそんな感じなのか。」

 

「ん?何の話だ??」

 

 

 

無自覚かよ!?こいつ…花を贈る程の好いてる相手がいるらしいが、そいつも絶対こいつの“こういう所”にヤキモキしてるに違いないと踏んだ。

 

 

「いいのか?大事なマスター放ったらかしにして。」

 

 

 

金ピカがリヒトを風呂に入れて来ると、やけに甲斐甲斐しかった。あの金ピカが、だ。リヒトが無抵抗なのをいい事に、よからぬ事でもしてんじゃねぇかと勘繰ってしまう。

 

 

「兄上なら半身を悪い様にはしないさ。多少、スキンシップの度合いがおかしな時もあるが。」

 

 

 

それをあんたが言うかと思ったが、余計なことは言うまい。

 

 

「ところでよぉ、あの花束…どうだった?」

 

「効果てきめんだったよ。ついでに、花言葉の意味を教えて貰った。愛の告白とは中々情熱的だな。」

 

 

 

餞別にと気持ち程度のルーンをかけてやったら、中々の成果だったらしい。橋渡し程度の役割を果たせたら何よりだ。

 

 

「そうかい、そりゃあよかった。あんたが花を贈ろうと思った位だ。大層いい女なんだろうな?」

 

「料理上手で気配りは出来る気立ての良さだ。少し皮肉屋な所が玉に瑕だが、其処がいい。」

 

 

 

べった惚れじゃねぇかよ。半神とは言え神様に愛されるたぁ、好かれた相手も大変だなこりゃあ。

 

 

にしても…相手は誰だ?なんかこいつとリヒトはセイバーのマスターの元に、イレギュラー過ぎる居候をしていると聞いた。アーチャーのマスターも一緒だとか。

 

 

 

それと、最近金ピカが不機嫌なことが多い。恐らく、大事な弟を誰かに取られてご立腹と見た。

 

「なぁ、最近金ピカの機嫌がやたら悪いのってまさか…」

 

「兄上が迷惑をかけて済まない。十中八九、本官の所為だろうな。」

 

 

 

やっぱりそうかよ!あの金ピカ、大分拗らせてやがる。

 

 

「兄上には生前も本官に持ちかけられた縁談は悉く破談にさせられ、時には寝取られた事すらあった。だが今思えば、本官に近づいて来た女性は皆、権力争いに熱心な者達の息がかかっていた。生涯、妻を取らないで正解だったやもしれない。」

 

 

 

推測するに、原始の時代に王なんぞしていた金ピカの右腕的な立場であったらしい偽キャスターは周りから見れば政治的に利用し易い格好の立場にいたと思われる。それにあやかろうとした者も数多くいただろう。時には自分の娘を差し向けた奴もいたかもしれないし、それをよく思わなかった金ピカが…飽く迄も推測の域だ。

 

 

「要するに、女運が悪いんだな?あんた。」

 

「そんなところだ。美しい女性を愛でるのはいいが、兄上に取られてしまうやも知れないと思うとその気になれず二の足を踏んでしまう。」

 

今何と無く、妙な事を聞いた気がした。女だと金ピカに取られるだと?

「おい、あんたの好いてる相手って…まさか、」

 

「本官は一言も、女性だとは言ってないぞ?安心したまえ、貴殿をそういう対象としては見ていない。」

 

 

 

この偽キャスター、実は男もいける口らしい。吸っていた煙草を落としかけた。

 

 

 

「…神父には内緒だぞ?」

 

「言わねぇよ!」

 

 

皮肉屋と聞いて、思い当たる節があり過ぎて敢えて聞かなかった。人間もそうだが、英霊も分かんねえもんだな。

 

 

 

あの神父と不本意な契約を交わし、教会に来た先で時折訪れる奇妙なサーヴァント。こちらの事情を知っているのかいないのか、分からねぇが多分こいつは俺なんかよりもあの神父が何をやろうとしてるのか恐らく知っている。

 

 

「いいのかよ?俺にそんなこと話して。」

 

「貴殿なら、神父に野暮ったい事などわざわざ話さないだろう?」

 

 

 

信用されているのかいないのか、やっぱりこいつ分かんねえわ。今のところ此方に敵意は無さそうだが、こいつは神父の目的に加担する様な性格でもないだろう。

 

 

「ランサー殿、本官は残念に思っているんだ。貴殿とは別の形でお会いしたかった。さすれば、友人位にはなれたやもしれぬ。」

 

「どっか別の場所で、馬鹿話しながら笑い合うのも悪くないかもな。その時があったら…まぁ、宜しく頼むわ。今日助けた借りは、前にリヒトがメシつくってくれた分でチャラだ。」

 

 

 

偽キャスターの方を見た時には、もう教会の屋根の上に奴の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間桐慎二はどうした?」

 

 

風呂から上がり、通された先はキレイの自室。キレイがぼくにコーヒーを出す時、わざと牛乳の割合を多くして出してくる。昔、初めてコーヒーを…しかもエスプレッソの特別に濃いやつを飲んで、悶絶して以来、ずっとそうだ。なんか、未だに子供扱いされてる様で嫌だ。

 

 

 

「キャスターがしまっちゃったから、一週間は戻って来ないよ。父さん、僕のコーヒーに牛乳いっぱい入れて出すのやめてよ。もう小さい子供じゃないし、ブラックで飲める。」

 

 

キレイがあからさまに顔を顰めた。キャスター曰く、マキリを教会に保護させたらロクでもない事になると自らの宝具にマキリを丸々一週間取り込ませたのだ。

 

 

 

あれは非戦闘向きだが、聖書の原典において七日六晩の大洪水を耐え抜いた奇跡の名を語るに相応しい絶対的な防御を誇る。人も収納可能だけど、デメリットで取り込ませたら一週間出て来れない。

 

 

「お前が命令したのか。」

 

「身柄を保護した事には代わり無いでしょう?あと一週間もあれば、この聖杯戦争も決着が着いてるだろうし。」

 

「…誰の返り血とも分からない血まみれの状態で帰って来て、一体何があった。」

 

「バーサーカーのマスターとちょっとね。彼女がマキリを殺そうとしてた真っ最中、乱入したのがよくなかった。」

 

 

 

詳しい事の経緯を話せば、キレイは黙ってぼくの話を聞いていた。彼女はぼくのことを知っていたみたいだし、彼女がぼくやシロに対して抱いている感情は複雑かもしれない。

 

 

「その前に、バーサーカーのマスターと接触があったのか。」

 

「昼間にばったり…丁度、キレイが教会の手伝いはもう結構だってぼくを追い返した日だよ。昼間の彼女は無邪気で幼い少女そのものだ。お母さんそっくりでびっくりしたよ。」

 

 

 

キレイの表情に、僅かながらの変化があった。

 

 

「前の聖杯と、そう言えばお前は面識があったんだったな。」

 

「娘を一人、残して来たから寂しいって言ってたよ。ぼくなんかにも優しくしてくれたし。お母さんみたいだった。」

 

 

 

キレイにも昔、奥さんがいたらしいけど奥さんが病弱で若くして亡くなったらしい。キレイから直接聞いた訳ではなく、キャスターから聞いた。

 

 

「キャスターから聞いたんだけど、父さんも昔に一回だけ結婚したことあるんでしょう?」

 

「その様な話…あいつに話したことは一度も無いが。」

 

 

 

キャスターは何でも知ってる。下手したら、聖杯が喚び出したサーヴァントに授ける以上の知識がある。

 

 

「あれ?キャスターに直接、話した訳じゃ無いんだ。」

 

 

 

子供も居たとも、ぼくは聞いた。でも、キレイは奥さんと死別して直ぐにその子をとある教会の孤児院施設に預けたって。何でその子を手放したんだと、ぼくの口からは聞いてはいけない気がして聞けなかった。

 

 

「妻が居たのは昔の話だ。今の私には、お前以外の家族は居ない。…それを飲んだら支度をして、早く帰れ。報告はもういい。」

 

 

 

キレイは余り、その話をしたくない様だった。出されたコーヒーに口を付けると牛乳の味が強過ぎて、コーヒーの味が余りしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

支度をして来ると息子が言って、部屋を出て行った後でキャスターが何処からか現れた。

 

 

「本官にはブラックを出す癖に、息子にはミルクを多めに入れたコーヒーを出すのは相変わらずだな。いつまでも、あれとて小さな子供じゃないぞ。」

 

「キャスター…息子に余計な話をするな。」

 

「貴殿が元妻帯者だったという話か?別に今更だろ。あの子は貴殿に別の家庭があったからと言って、ショックを受けた様子は無かったぞ。流石に、貴殿の妻の死因までは話せなかったが。」

 

 

 

こいつは何処まで知っている?私はこのサーヴァントに、自らの身の上話をした記憶は一切無い。

 

 

「知ってたよ、僕に義理の妹がいたってことも。」

 

「またお前か…」

 

「何で手放したんだとか、野暮なことを聞くつもりは無いし。貴方にも育てられない事情があったんだろうから。でも、その子を手放さないで僕のことも普通の子供として育ててれば…案外人並みの幸せはあったかもしれないよ?」

 

 

 

キャスターの忌まわしい黄金色の目が見慣れた青に切り替わる。人並みの幸せなど、私には不要だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰っちまうのか?泊まってくと思ったら。」

 

「帰る…また姉さんに怒られちゃうからさ。」

 

 

支度をして玄関に向かおうとした時、目の前にランサーがいた。

 

 

「前から不思議だったんだけどよ…お前、何であの嬢ちゃんのこと姉さんって呼ぶんだ?」

 

「三年間だけ、小さいころ一緒に暮らしてたんだ。その時の名残り。」

 

「ふーん。」

 

 

何か言いたげに、ランサーがジッとぼくを見る。何?と聞けば、別にーと気の無い返事がした。変なランサー。

 

 

 

「ランサー、助けてくれてありがとう…一応、お礼言っとく。」

 

「いいっていいって、使いっ走りにされたのは気に食わねえがな。」

 

 

ランサーも結構サッパリしてる。

 

 

 

「気いつけて帰れよ。ま、キャスターがいれば平気か。」

 

 

ランサーはなんだかんだ言って、ぼくを教会の前まで見送ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつまでそこに居るのよ?早く寝なさい。」

 

「………遠坂」

 

 

士郎はさっきから、玄関前でずっとこんな調子だ。セイバーが消えるかもしれないって、彼が追い詰められてる気持ちは分かるけど。

 

 

 

セイバーは士郎の部屋の隣に寝かせてある。魔力切れ寸前の危険な状態で、誰かさんが応急処置程度の血を一定量与えたらしく、今は比較的落ち着いているけど数日もすればそれも危うい。

 

 

「リヒトなら、今さっき教会を出たって私の携帯に連絡があったわ。慎二の身柄も確保したから心配無いって。」

 

「…じゃあ、まだ待ってる。」

 

 

 

士郎もかなり頑固だ。リヒトが帰って来るまでは待ってるつもりらしい。何処の駄々っ子よ?全く、もう知らないんだから!

 

 

「勝手にしなさい。私はもう寝るからね!」

 

「おやすみ、遠坂。」

 

「……リヒトが帰って来たら、早く寝なさいよ。」

 

 

 

詳しい話は士郎から聞いたし、疲れてるリヒトから無理に話を聞くまでもないから私は寝ることにする。連日の騒動でリヒトも対応に追われて、相当疲れも蓄積してる筈だもの。倒れなかっただけマシと言うか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただい…シロっ!?びっくりしたぁ。」

 

 

どうせ誰もいないだろうけど、ただいま位は言おうとして鍵を開け、玄関扉を開けたら電気も点けずにシロが玄関先で座り込んでたから驚いた。

 

 

 

「あ、リヒト…おかえり。」

 

 

シロはひどい顔だった。ひどく、何かを思い詰めた様な顔。こんな顔のシロ、初めて見た気がする。

 

 

 

「…まさか、ずっとぼくのこと待ってたの?」

 

 

シロがこくりと、小さく頷いた。座り込んでいたシロの手を取ると、すっかり冷え切っている。

 

 

「とりあえず、居間に行こう?シロ、セイバーは?」

 

「今は落ち着いてるって、遠坂が…でも、数日後にはどうなるか分からないって言われた。」

 

 

 

姉さんのことだ。直ぐにセイバーがどんな状態か察してくれ、ある程度適切な処置を取ってくれたらしい。シロを立たせて、手を引きながら居間へ連れてく。不意に、シロにキュッと手を握り込まれた。

 

 

「シロ?言いたい事があるなら言って、言わないとぼくも分かんないよ。」

 

「遠坂から、セイバーに消えて欲しく無かったら…令呪使って、セイバーに人を襲わせろって…そんなこと、出来るわけない……」

 

 

 

シロもセイバーも、人を襲わせることも襲うことも出来っこない。現実的な手段とは言え…姉さんも、もうちょっと伝え方があると思うんだけど。

 

 

シロの令呪が浮かんだ手を見れば、令呪は残りニ画。仮に、シロがセイバーに人を襲わせたとしても其処で令呪を使い果たしちゃうかもしれない。

 

 

 

セイバーの対魔力は相当高いし、令呪一画だけだとセイバーが拒否して御しきれないと思う。シロが令呪を使い果たしてしまえば、最悪のシナリオにもなりかねない。どうしたもんかなぁ。

 

シロを居間に連れて行き、居間のストーブの電源を点ける。シロに断りを入れて、台所を借りるこにした。

 

 

 

台所の隅を見遣れば、藤村先生のだろう、中途半端に残った飲みかけの日本酒の瓶がある。冷蔵庫には卵もある…ふむ、卵酒でもつくるか。アルコールをしっかり飛ばさなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はい、卵酒。体があったまるよ。」

 

 

目の前に卵酒を出され、おずおずと手に取った。卵の甘い匂いがふわりと、鼻腔をくすぐる。少しだけ口に含めば、優しい味がして少しだけ気持ちが和らいだ。

 

 

 

「美味しい…」

 

「よかった。」

 

 

リヒトの奴、きっと無理して帰って来たんだ。遠坂がリヒトの事を心配するし、俺やセイバーの事も気掛かりだったからと。

 

 

 

「少しは落ち着いた?それ飲んだら、ぼくたちも早く寝ないと。」

 

「ん、セイバーや慎二のこと、ありがとな…」

 

「セイバーには未だに恩返し出来てなかったし、マキリのことは…腐っても桜の兄さんだからさ。」

 

 

本当、お前…慎二に対しては一言多いよな。リヒトも少し、疲れている様子だったけど。不意打ちで、ほんわりとリヒトに微笑まれて頰が熱い。きっと、卵酒の所為だ。少し、酔いが回ったのかもしれない。出された卵酒を飲み切り、体がほかほかする。

 

 

 

「俺…お前に迷惑、かけっ放しだな。」

 

「いいんじゃない?ぼくはぼくのやりたい様にやってるだけだし。出来る範囲内でさ。」

 

「リヒト、あんまり…俺なんかに優しくすんのやめてくれ。お前に…依存しそうになる。」

 

 

今日だって、セイバーの事やらで不安な気持ちでいっぱいになり、早くリヒトに帰って来て欲しいと思ってしまった。

 

 

 

「お前にはもっと…お前のこと、必要にしてる人がいると思うし。」

 

 

リヒトは優しい。このままだと、リヒトの優しさにつけ込んでしまう様な気がして良くないと思った。

 

 

 

「シロ、迷惑だなんてぼくは思ってないよ。君のこと、放って置けないし出来るだけ傍に居たいって思ってる。これって、おかしい?」

 

 

だからお前はそうやって…!何で、勘違いさせる様なことを平然と言うんだ!!リヒトはやっぱり、ずるい。

 

 

 

「…になる。」

 

「ん?」

 

「勘違い、しそうになる…だから、やめてくれ…」

 

「何の、勘違い?」

 

「まるで、俺のこと特別だって…思われてるみたいに、勘違い…しそうになる。だから…」

 

「勘違いじゃないよ。シロはぼくにとって、特別だもの。」

 

 

リヒトの声がいつもより、一際優しくなる。やめて欲しい、これ以上、俺に勘違いさせないで欲しい。リヒトが俺を見る目は柔らかい。どくどくと、心臓が早鐘を打つ。セイバーのこと、看ないといけないのに。

 

 

 

「もう寝ようって言ったよね?シロ。まだセイバーの看病するつもりなら、無理にでも寝かせるよ。」

 

 

まるでキャスターみたいに、リヒトは俺の考えてたことを言い当て、早く寝ろと言う。

 

 

 

「…シロ?」

 

 

耳元、リヒトの声をとても近くに感じて肩が強張る。これ以上は駄目だと、理性が警鐘を鳴らす。

 

 

 

「ぼくにとって、シロが特別みたいに…シロにとってはセイバーも特別でしょう?だから、傍に居てあげたいって気持ちは分かるよ。でも、今日はもう寝ないと。」

 

 

いつの間に伸ばされたのか、リヒトの指先に目元をそっと撫でられ、とろりと瞼が重くなる。セイバーも確かに、俺にとっては特別だ。でも、リヒトだって俺にとっては…

 

 

 

「リヒト…俺にとってはお前だって…特別、なんだからな…?」

 

「シロのそういうとこ、ぼく好きだよ。」

 

だからお前はそうやって、そう言いかけて意識を手放した。多分、リヒトに強い催眠系の魔術をかけられたんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「教会に行っていたのか?」

 

「…まぁな。」

 

 

ふらりと何事も無さそうに戻って来た先輩は、失敬して来たリヒト手製の卵酒をちびちび飲んでいる。私も少し分けて貰うと、優しい甘味があって美味しかった。

 

 

 

「バーサーカーのマスターが丁度、マキリ少年を殺そうとしていた最中に乱入してしまったから、獲物を横取りする様な真似をしてしまった。あのバーサーカー、一体どんな体をしているんだ?一度即死レベルの傷を与えてやったと言うのに、次の瞬間にはアンデットの様に蘇っていた。」

 

「イリヤと戦り合ったのか!?」

 

「あぁ、白雪の姫は君にとっても義理姉だったな。いっそ、あれを真っ先に標的として狙った方が早かったが…半身はその様な戦いを好まない。」

 

 

先輩はわざとらしい溜息を吐く。この先輩単独なら、恐らくはやりかねなかったかもしれない。思わず強く睨み付ければ、先輩は嘘だ間に受けるなと元の間が抜けた表情に戻る。

 

 

 

「バーサーカーの返り血がひどくてな?半身を風呂に入れなければと教会に寄ったのさ。シロの家を汚す訳にもいかないだろ。」

 

 

キャスターがバーサーカーに即死レベルの傷を与えるなど、滅茶苦茶な話だ。しかし、この先輩なら可能だろうから恐ろしい。

 

 

 

「最弱クラスのキャスターでありながら、あなたは一体何々だ…バーサーカー相手にして無傷など、本来なら有り得ない話だ。」

 

「不可能を可能にするのが魔術師だろう?キャスタークラスとは、そういうクラスだ。どんな変わり種を持っているか、分からないから楽しいのさ。」

 

 

クスクスと、先輩はさも愉しげに笑う。

 

 

 

「あなたは敵に回したくないタイプだ。」

 

「もし、本官が貴殿の敵になる時があるとしたら…それは貴殿が自分殺しを完遂しようとした時だけだ。」

 

 

実際、この人の実力は未知数だ。敵に回せば、恐ろしい結果になることは間違い無い。

 

 

 

「ところでアーチャーよ、凛は半身の部屋に入って何を調べていた?」

 

 

やはりこの男、千里眼スキルが確実にあるのではないか?凛の不法侵入事件はやはり先輩に筒抜けだったらしい。

 

 

 

「熱心に調べたところで、破廉恥な本の類は無いぞ?ベターにベッド下を覗いてもある訳が無い。」

 

「何で、そこまで知ってるんだ!?オレは止めたからな!」

 

「なんか、僕が大事にしてた昔の絵本を読んでたみたいだけど…あれにキャスターは出て来ないよ。」

 

 

彼が小さく溜息を吐く。確かに、先輩にまつわる様な手がかりは何一つとして見付からなかった。

 

 

 

「キャスターが存在していたことを覚えてるのは、当時の神々とキャスターのお兄さんとその友達位だったよ。キャスターのこと、他の人達はみんな忘れちゃったんだ。最初から、いなかったみたいに。それがどんなに絶望的か、君に分かる?」

 

「…想像、できない。」

 

「僕も分かんないなぁ。でも…キャスターはそれを受け入れて、数千年ずっと一人ぼっちに近い状態だったんだ。まぁ、僕が来てからは多少マシになったって本人言ってたけど。」

 

 

数千年の孤独など、想像を絶する。先輩はそれが自分に与えられた罰だと、受け入れてしまったのだからそこが先輩の怖い所だった。

 

 

 

「聖杯戦争が終わるか、君の消滅が確定すれば…君とキャスターの眷属契約も完了する。まぁ、キャスターの眷属になったからって何かが特別変わるって訳じゃないからあれなんだけど。君の本霊には確実に影響を及ぼすだろうね。」

 

「…大丈夫なのか?影響と言うのは。」

 

「それは眷属契約が完了してみないと分かんないなぁ?」

 

 

彼はわざとはぐらかす。怖いことを言わないで欲しい。

 

 

 

「話は変わるが、セイバーは…大丈夫なのか。」

 

「僕の口からは何とも言えないよ。全部、シロ次第かな。君もセイバーのことやっぱり心配?妬けちゃうな〜でも、彼女は君のセイバーじゃない。残念だけどね。」

 

 

そんなこと、誰よりもオレが分かってる。彼女はオレの知ってるセイバーじゃない。オレが救えなかった、セイバーではないのだ。

 

 

 

「妬く必要は無いだろ?オレにはもう、君と先輩しかいないのだからな。此処には、オレを知ってるのも君らしかいない。」

 

 

いっそ、君らがいれば後は何も要らない。珍しくオレから口付ければ、彼は呆気に取られた様にぽかんとした表情を浮かべる。それが妙に、可笑しかった。




オリ主が神父に引き取られた時系列は神父が奥さんに先立たれてから、一年以上は経過してる設定。


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第二十七話 斯くして青い悪魔は暗躍する

「…シロ、シロってば!」

 

 

背後から声をかけられ、仕方無く後ろを振り返る。付いて来なくていいって言ったのに、リヒトは付いて来た。

 

 

 

「歩くの早いよ。ずんずん一人で行っちゃうんだから!」

 

 

リヒトは俺が先にどんどん一人で行ってしまうのが不満なのか、少し怒った様子で頰を膨らませる。親父に引き取られてからも、この場所に何度と足を運んだ。ある日、うちに来たリヒトが自分も行くと勝手に俺の後をついて来たのだ。

 

 

 

「文句言うなよ。勝手に付いて来たのはリヒトだろ?」

 

「そうだけどさ…シロ、いつもおうち抜け出してここまで来てたんだね。」

 

 

一面の無惨な焼け野原を、リヒトはゆっくり見渡す。瓦礫は殆ど撤去されたが、まだ整備が追い付かずにこの辺りも手付かずな侭だ。

 

 

 

「この辺り?シロのおうちがあったの。」

 

 

リヒトは何かを察した様に、此処に元々の俺の家があったのかと聞いて来たから驚いた。

 

 

 

「此処に、玄関があった…」

 

 

焼け落ちて、今は何も無い場所を指差す。あぁ、来る度に自分がどんなに虚しいことを繰り返しているのか分かっている。

 

 

 

「彼らは…もはや飢えることも、渇くこともなく……太陽も、どのような暑さも、彼らをおそうことはない。 」

 

「…リヒト?」

 

 

すると急に、リヒトが年不相応な難しい言葉を使いながら何かをそらんじ始めた。リヒトは慣れた様子で小さな指先で十字を切る。

 

 

 

「命の水の泉へみちびき、神が彼らの目から涙をことごとくぬぐわれるからである…Amen」

 

 

リヒトがふっと目を閉じ、何かに祈る様な仕草をした。見ていて何だか、不思議な気分になる。

 

 

 

「少しは気休めになったかな?キレイがね、たまにお葬式でこのフレーズ使ってるから。」

 

「キレイ?」

 

「ぼくの父さん。」

 

 

どういう訳か、俺は世話になる筈だった教会の子供とこうして仲良くなった。初めて会ったのは病室で、中々目を覚まさない俺を…リヒトは父親である神父に連れられ、病室を訪れる度に気にしてくれていたらしい。

 

 

 

「父さんって、呼ばないのか?」

 

「たまに呼ぶよ?本当に、たまにだけど。」

 

「……お前も変わってるよな。」

 

「姉さんにも言われる。あんたみたいなの、ヘンジンって言うのよって。」

 

 

リヒトには大層気の強そうな姉もいるらしい。あと時折、リヒトの口から王様なる人物の名前も出て来てこいつの家庭環境、一体どうなってるんだといつも思う。

 

 

 

「リヒト、帰るか。」

 

「まだ居たいなら、ぼくもいるよ。」

 

「いい…今日は帰る。ほら、手。」

 

 

自然と手を差し伸べれば、リヒトはほわりと柔らかい笑みを浮かべて俺の手を取ってくれる。何だか気恥ずかしくて、目線を逸らしてしまう。

 

 

 

「やっぱり、シロは優しいなぁ。」

 

 

別に、俺は優しくも何ともない。繋いだ手を、きゅっと握り締める。リヒトの手はあったかいから好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

枕にしては肌に触れてる様な柔らかさがあるなと思ったら、リヒトに膝枕されて一晩中、手を握って貰っていたとは…しかも、恋人繋ぎで。

 

 

日に日に、色んな意味で寝起きの状態が悪化してる。

 

 

 

布団に寝かされていた俺の体には毛布が掛けられ、リヒトは俺を片足で膝枕し、立て膝に頭を預けるかたちでうつらうつらと船を漕いでいた。

 

 

見れば、其処はいつもセイバーが寝ている部屋で…リヒトは俺の代わりにセイバーの様子をずっ見ていてくれたらしい。見れば、眠るセイバーの額には冷えピタが貼られている。

 

 

 

「……ったく、そういうのは俺の役目だってのに。」

 

 

リヒトを起こさぬ様、身を起こして小声で一人ごちる。昔はおんなじ位の手の大きさだったのに…今はリヒトの方が手も大きい。まるで、俺の手なんか小さい子供の手だ。

 

 

 

この手は本来、俺なんかじゃない誰かの手を取るべきだと思う。けれど、その手を離すのがどうにも名残惜しいから困る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…出かけるのか?」

 

 

玄関先、相も変わらず呑気そうなキャスターに声をかけられる。

 

 

「別にいいだろ、俺が何処に行こうと勝手だ。」

 

 

今はどうにも、こんな気持ちで家に居たくなかった。

 

 

「たまに、君の行動は軽率過ぎる時がある。セイバーがあんな状態で、マスターである君が一人外へ行こうとするのはよくないぞ。……悪いフンババに攫われても、本官は知らないからな。」

 

 

余計なお世話だ。すぐに戻ると投げやりな返事をし、キャスターがまだ何か言ってた気がするけど無視してぴしゃりと引き戸を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

「セイバーが消えたら、またリヒトに余計な事されても困るし…シロウをマスターにいつまでもさせて置けないわ。お姉ちゃん(わたし)の邪魔をする悪い(リヒト)にはお仕置きなんだから。」

 

 

朝早い公園にて、彼女と出逢ってしまったことを後悔しても今更遅い。

 

 

「あのキャスターさえ居なければ、もっと早く会いに行けたのに。」

 

 

 

妙な事に、イリヤはキャスターのことを、少し苦手にしている様な口ぶりだった。

 

 

「昨日、私もあのビルに居たのよ?シロウがライダーのマスターを逃しちゃって、折角私が代わりに殺してあげようと思ったら…リヒトが邪魔なんかするから。」

 

 

 

リヒトから、そんな話は聞いてない。一体、昨日の夜にイリヤとリヒトにどんなやり取りがあったのか。

 

 

「昨日はちょっと油断して、キャスターにバーサーカーを一回殺されちゃったけど…次は容赦しないんだから。私がお兄ちゃんを攫ったって知ったら、リヒト怒るかしら?もしかしたら、お城まで来ちゃうかな。」

 

 

 

自分の軽率さがリヒトの身も危うくさせている。そんな絶望感が自身を襲う。イリヤの目的の中には、リヒトも確実に含まれている。

 

 

「あんなキャスターなんか…私のバーサーカーが本気になれば、怖くないわ。 」

 

 

 

そう言って、無邪気に笑うイリヤに恐ろしさを感じてぞっとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本ッ当!君って奴は…呆れてモノも言えないよ!!」

 

 

情け無く両手を椅子の後ろ手に縛られ、何か行動制限のある魔術がかかっているのか満足に動けない俺を目の前にして、キャスターがひどく苛だたし気に、わざとらしく大きな溜息を吐いた。

 

 

 

キャスターは何故か、リヒトのフリをしていつもの司祭服の様な黒服に青いストールの様なものをつけてる。

 

 

「Testa di cazzo!これじゃあ、大っきなシロの方が君を殺したくなるのも分かるよ。君、馬鹿なの?自分がどういう行動すればどんな結果になるか、考えられない程オツム弱いの?」

 

 

 

キャスターが慎二を前にした時のリヒトの様な怖い顔で、余り意味の宜しくなさそうなスラングらしい言葉を口にして、毒を吐きまくる様は凡そらしくない。時折、リヒトの口からイタリア語らしい単語が出て来るけど、キャスターも喋れるのか。

 

 

今、俺は何処とも分からない子供部屋の様な場所にいる。気付けば、目の前の子供サイズのベッドにどっかりとキャスターがふてぶてしい不機嫌な態度で腰を下ろしていたのだ。

 

 

 

「リヒト…じゃなかった、キャスター悪かった…ところで、今何時だ…?」

 

 

「もう真夜中だよ!君がぼさあっと…呑気に意識を失ってる間にね!」

 

 

あからさまに舌打ちしながら、キャスターが俺の背後にあった窓のカーテンを開け放つ。外は暗闇に包まれていた。

 

 

「もうそんなに時間が…せ、セイバー達は…?」

 

「君が拉致されたことに気が付いて、セイバーが姉さんに頼み込んで救出に同行して貰ってるんじゃないの?君の所為で、どれだけ人に迷惑掛けてるか自覚あるわけ?」

 

 

 

不意に胸倉を掴まれ、激しい怒気のこもった目線で睨め付けられて心臓が縮こまる思いがした。キャスターが本気で怒ってる。キャスターも怒るのか、いや怒って当然のことを俺はしでかしたのだ。

 

 

「僕はあの子の様に優しくないからね。君がしでかした事は一人の勝手な単独行動の所為で、一部隊が全滅し兼ねない愚行だ。一人で死ぬのは勝手だけど、他人を巻き添えにするなよ。いっそ、此処で僕が君を殺してやりたい位だ!」

 

 

 

普段のキャスターなら決して、人に対する殺意を軽々しく口にしない。しかし、本気で怒ったキャスターは俺に対して明確な殺意を抱いてる。

 

 

「今までは多少の君の無茶には目を瞑って来たけど、今回の一件で君を本気で嫌いになりそうだよ。何でそんな顔するのさ?大好きな昔馴染と同じ顔した僕に嫌いって言われたことがそんなにショック?」

 

 

 

俺を精神的に散々痛め付け、キャスターはとても楽しそうに嗜虐の笑みを浮かべる様は悪魔の様だった。嫌いだと言われ、ずどんと胸に容赦無く銃弾を撃ち込まれた様な衝撃があった。そんなこと、お前の口から言わないで欲しい。

 

 

「安心しなよ、僕は君の昔馴染じゃない。直にセイバー達が来る。その前にイリヤ姉さんが来ちゃうけど、何言われても絶対頷いちゃダメだよ?それだけ守れば、後はどうにでもなる。分かった?勝手が過ぎるペコレッラ。」

 

 

 

散々俺に怒りまくったキャスターだけど、助言めいた言葉をくれる所はやっぱりいつものキャスターだった。

 

 

「泣かないでよ?小ちゃなシロ。大っきなシロと同じ顔で泣かれると、罪悪感あるからやめて。」

 

「ちっちゃいってなんだよ…!気にしてるんだからな…アーチャーと俺は似てないって言ってるだろ!!」

 

 

 

目尻にうっすら溜まったそれを拭う様な手つきは、人を散々痛め付けたひどい言葉とは裏腹に、妙に優しいから腹が立った。

 

 

「いいや、君らは僕から見たらそっくりだ。軽率に無茶する所は本当、相変わらずなんだから…」

 

 

 

小ちゃなシロが俺で、大っきなシロがアーチャーの事らしいのは分かったけど俺らは絶対に似てない!!

 

 

「君が中々目を覚まさないから、長居し過ぎちゃった。生憎、僕は君を助けに来た訳じゃないんだ。まだ色々やる事があるから、じゃあね?あー…くれぐれも僕のこと、誰にも話したら駄目だよ。イリヤ姉さんにかけられた眼術は解いてあげるから、彼女が部屋に来てから部屋を出るまでにはすっかり解けてるよ。」

 

 

 

そう言って、キャスターはリヒトの様に、俺の瞼に軽いキスを落とす。本当に何なんだよ、こいつ…俺のこと嫌いだとか言いながらこんな事して。

 

 

そしてキャスターは普通に部屋の扉を開け、部屋を出て行った。あいも変わらず、俺は椅子に手を後ろ手に縛られたまま、一人残されてしまう。

 

 

 

しかし、なんだかキャスターの様子が変だった。キャスターの奴、イリヤの事をイリヤ姉さんなんて妙な呼び方はしてなかった筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小ちゃなシロと別れ、城の間取りをぼんやり思い出しながら内装の凝った廊下をカツカツ歩く。小ちゃなシロの軽率さには本気で頭にキた。

 

 

セイバーをほったらかし、のこのこと一人で外を出歩くなど自殺行為だ。案の定、イリヤ姉さんに見付かって囚われの身だ。小ちゃなシロを殴らなかっただけ、自分を褒めたい。

 

 

 

『……君がその気なら、本官は何もしないぞ。』

 

 

キャスターはいつもの放任主義よろしく僕に全部を丸投げしてきた。キャスターもまぁそれなりに、自分のルールで動いてるから今回の一件はどうするつもりだったのか。

 

 

 

何かの間違いで、大っきなシロが消滅しようものなら目には目を歯には歯をとかいう自国の言葉の様に、キャスターならイリヤ姉さんをバーサーカーごと殺しかねないから僕が来たんだ。

 

 

かと言って、あの子に来させたら最悪王様が出しゃばる可能性もあるから非常に困る。キャスターも表向きの性格はあんなだけど、王様と同じく中身は取り扱いを間違えれば厄介だ。

 

 

 

「にしても城の間取り、全然変わってないな…」

 

 

たまに来てたから懐かしい。キャスターはあの子とイリヤ姉さんの接触を極力避けていた。イリヤ姉さんから何度か、あの子にコンタクトを取ろうとしていたみたいだけど。イリヤ姉さん、それに気付いたのかキャスターのことは嫌ってるみたいだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁんだ、リヒトは来てないんだ。つまんないの。」

 

 

脱出を図ろうとしたその瞬間、バーサーカーと共に現れたイリヤスフィールは私達の中にリヒトがいない事に気がつき、いかにも残念そうだ。

 

 

 

「優しいリヒトの事だから、シロウが私に捕まったって知ったら飛んで来ると思ったのに。昨日の今日で私、怒ってるのよ?リヒトが余計なことするから。」

 

「…昨日、あいつが何やったって言うのよ。」

 

「私が殺そうとしてたライダーのマスターを、リヒトが何処かにやっちゃったの。その後、あのキャスターをバーサーカーに無理やりクラスを変えさせて…聖杯の縛りが無いって、あんな無茶なことも出来るのね。」

 

 

サーヴァントのクラスを変えさせた?一体、イリヤスフィールが何を言っているのか分からなかった。けど、リヒトが彼女と昨晩交戦したのは間違い無いらしい。

 

 

 

「リン、どうしてリヒトを連れて来なかったの?リヒトならバーサーカー相手でも、あなたたちが万が一にも逃げ切るだけの時間稼ぎは出来たかもしれないのに。あの子なら自分から、その役割を買って出た筈よ。」

 

 

何で私が大事な弟を、敵に差し出す様な真似しなくちゃいけないのよ。士郎がいなくなったと知って、リヒトは開口一番に自分も行くと言い出した。けれど、それを珍しくあのいけ好かないキャスターが止めたのだ。

 

 

 

『凛、白雪の姫の目的には半身も含まれてる。聖杯戦争が始まる少し前から、半身はどういう訳か知らないが、白雪の姫に付け狙われていた。接触を避けるのに、本官も苦労していたんだ。』

 

 

そんな話、私は知らない。リヒトも知らなかったらしく、その時初めて聞いたという顔をしていた。

 

 

 

『でも、キャスター!今はそんなこと…』

 

『半身、本来であれば我らは中立的立場の筈だろう?依怙贔屓はよくないぞ。それに、今回の一件はシロの完全な過失じゃないか。自業自得だ。』

 

 

キャスターは今回の件に対し、自分は一切関知しないとやけにらしくない態度だった。リヒトもキャスターにそう言われ、苦々しい表情を浮かべて黙り込んでしまう。

 

 

 

『セイバー、貴殿も異存は無いだろう?』

 

『はい…リヒト、今回の一件は私たちの問題です。貴方がわざわざ踏み込むべき理由はありません。イリヤスフィールの目的に貴方も含まれてると言うのなら、尚更です。』

 

 

珍しく、キャスターとセイバーの意見が一致した。それで士郎の家の留守はリヒトとキャスターに任せ、私とアーチャーがセイバーに同行して今に至る。

 

 

 

「アーチャー…時間稼ぎ頼める?キャスターには、私から言っとくわ。」

 

 

結局、私は自分のサーヴァントを犠牲にするより他無かった。今の内から、あのいけ好かないキャスターに対する謝罪の言葉を考えてる自分が馬鹿みたい。アーチャーは無言で頷いた。それが一番正しい選択だと言いたげに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何れ、こうなる事は分かっていた。何を今更。

 

 

凛は今頃、私の事を先輩に謝る算段でも考えてるに違い無かった。まったく、らしくない。

 

 

 

『アーチャー、すまない。』

 

 

行く間際、先輩がそんなことを言ってきた。

 

 

 

『何故、貴方が謝る?オレのマスターは案外、困っている人を放って置けないお人好しだからな。貴方としても、リヒトを危険に晒す訳にもいかな…』

 

『……必ず戻れ。本官はそれしか言わない。』

 

 

オレの言葉は途中、先輩の強引な口付けに遮られた。全く、本当に無茶苦茶な人だ。そして彼は…出て来なかった。無理にでも、別れの挨拶位はしておいた方がよかったか。いや、それは無粋だと思いしなかった。

 

 

 

凛達が城を出たのを確認し、臨戦態勢に入る。目前のイリヤはオレ一人に何が出来るのかと嘲笑う様に笑みを深めた。

 

 

「アーチャーたった一人で、何が出来るって言うの?」

 

 

 

目標は六つ。それだけ削れれば上出来だろう。聞けば、先輩が一つ分削ったという話だ。

 

 

『いっそ、あれを真っ先に標的として狙った方が早かったが…』

 

 

 

オレにそんなこと出来る訳が無いと知っておきながら、先輩はわざとあんな事を言ったのだから忌々しい。また、彼を置いて先に逝くことになるとは皮肉な話だ。

 

 

「別に、あれを倒してしまっても構わんのだろう?って…君、本当にキザだよね。」

 

「なっ…!?」

 

「勝手に消えるとか、絶対に許さないから。また僕を置いてく気だったでしょう?」

 

 

 

代行者がよく使う、黒鍵の様な形をした柄の先が霞みの様に揺らめく妙な刃先を持つ武器を手に彼が現れた時は面食らった。

 

 

「リヒト…?」

 

「やっほーイリヤ姉さん。久しぶり?会えて嬉しいよ。」

 

 

 

場違いにも、彼はイリヤをイリヤ姉さんなどと呼び、ひらひらと手を振る始末である。そう言えば、彼はイリヤをそう呼んでいたか。当のイリヤは突然現れた彼を見るなり、首を横に二、三度振った。

 

 

「違う、リヒトだけどリヒトじゃない…あなた、誰?」

 

「…やっぱり、イリヤ姉さんすごいね。僕はイリヤ姉さんの知ってるリヒトじゃないけど、元はリヒトだった誰かさんだよ。」

 

 

 

あながち、その比喩は間違っていない。彼は元々、コトミネリヒトだった今は名前も無い誰かだ。イリヤは何かを察した様子で、瞳を大きく見開いた。

 

 

「嘘、そんなことって…あのキャスター…!!あなたをそんな風にさせたのは、あのキャスターでしょ!?」

 

「どうしてイリヤ姉さんが怒るのさ?むしろ、僕はキャスターに感謝さえしてるよ。」

 

 

 

そもそも、彼が先輩と分離して単独行動が出来るなんて知らなかった。先輩と同化して、彼もまた英霊に近しい存在へと変化していたなんて。

 

 

「…ところで君、クラスは何だ?」

 

「僕もてっきりキャスターかなーと思ったんだけど、実は…バーサーカーみたいなんだよね。」

 

 

 

実に彼らしいクラスだと思った。彼の場合、キャスターの枠組みには収まりきれない凶悪さだ。いっそ、バーサーカーが相応しい。

 

 

バーサーカーの中には、狂化により理性を失った者以外に在り方が狂気染みていて一見、見た目は理性的な振る舞いをする者もいると聞く。彼もまた、その一例だろう。

 

 

 

「イリヤ姉さん、僕も貴女とは戦いたくないんだけど…今回に限っては致し方無いんだよね。」

 

 

イリヤが静かに、息を呑むのが分かった。

 

 

 

「…バーサーカー、相手が誰だろうとあなた以外のサーヴァントはみんな敵よ。」

 

 

彼と肩を並べるのは、ひどく久しくも懐かしい感じがした。




バーサーカー戦によりアーチャー消滅→強制BAD
オリ主がアインツベルン城へ→UBWギルガメッシュVSバーサーカー戦同様の末路

悪いフンババ=ヘラクレス

以下、オリ主②の別人格設定

真名:???
クラス:バーサーカー

某赤い弓兵の生前と同軸の誰かだった存在。
とある目的により、オリ主②を通じて抑止力と接触。
オリ主②と同化するかたちで、半英霊化。

生前は元軍人であり元神父という特殊な経歴。
若干人格が壊れ気味、怒りが一定量に達すると
かなり宜しくない意味のイタリア語スラングを飛ばしながら
毒を吐きまくる。






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番外編 赤い弓兵、腹を決める

死亡キャラ生存、同性同士の子供ネタが苦手な人はエスケープ。後半ぬるいベッドシーン有り。弓兵さんがちょっと面倒臭いです。


「……Cazzo…やっぱり一発、殴っとけば良かった。」

 

 

まだ、オレは生きてる。耳元で、苛つきが頂点に達し、完全に地が出た彼が誰のことやらを一発殴って置けば良かったとスラング混じりに吐き捨てた。

 

 

 

「誰をだね…?」

 

「ちっちゃい方の君。」

 

 

しれっとそう言って、彼は満身創痍のオレの肩を担ぎ直した。

 

 

 

「姿が見えないと思ったら…まさか、君が先輩から分離して単独行動出来るとはな。」

 

「あんまり長い間、単独行動出来ないのがデメリットだけどね。精々、半日強が限界だ。」

 

「…一体どうやって、君はアラヤと契約した?」

 

「僕の場合、キャスターを介してアラヤと接触したから仲介契約みたいになるのかな?アラヤもキャスターの半分を取り込み損ねたのを惜しがってたから、その半分が向こうから来てくれて拒む理由も無かっただろうし。」

 

 

彼は自ら、抑止力に接触しようとするなど相変わらず無茶苦茶過ぎる。

 

 

 

「前に言ったろう?ぼくは自分の意思で、こうなったって。」

 

 

彼はそう言って、アインツベルンの森を迷う事無く慣れた様子で分入っていく。生前はあの城を偶に訪れていた彼にとって、此処は既に自分の庭の様なものなのだろう。

 

 

 

「そんな君もやはり…もう一人の姉は殺せないか。」

 

「というより、イリヤ姉さんのお母さんに言われたんだ。娘に会うことがあったら、仲良くしてあげてねって。殺せる訳無いよ。」

 

 

彼はイリヤの母親と、面識があったらしい。共にいた時間は短かったが、彼は母親としてのイメージをその人に重ねていたと言う。彼には、生みの親の記憶が無い。

 

 

 

「…ところで、一つ聞きたいことがある。」

 

「なに?」

 

「何故、バーサーカーを殺し尽くさなかった?オレの分も合わせれば、君なら出来た筈だ。」

 

 

彼は自前の魔力残量が許す限り、ヘラクレスの命をギリギリまで削り尽くした。凛達が逃げる時間稼ぎとしては充分過ぎる位に。

 

 

 

彼の体自体に大して目立った負傷は無いが、彼の中の魔力残量はかなり消耗している。

 

 

「あの最強の大英雄様を殺し尽くすには、あの子の魔力にまで手を付ける必要がある。それであの子に万が一があって、キャスターに睨まれたくないし。それに君がもし、あの戦いで消滅したらキャスターがバーサーカーごと…イリヤ姉さんを殺し兼ねない。」

 

 

彼から聞いた、最悪の可能性。

 

 

 

「先輩に限って、その様な…「キャスターならやるよ。ある時、とある人に何れ自分のお兄さんが殺されそうになったのを知って、キャスターはその前に、その人を殺そうとした事もあるから。」

 

 

悪寒がした。彼からその前例を聞き、オレはまだ先輩という存在を理解しきれていないことを思い知らされる。

 

 

 

「キャスターが一番、優先してるのはあの子のことだ。あの子の命が脅かされる事があれば、例え誰であろうとキャスターは牙を剥くよ。それが例え、君でもね。」

 

 

先輩は自分がオレの敵になる可能性は、オレが自分殺しを完遂しようとした時だと言っていた。確かに、オレが自分殺しを行おうとすればあの子は間違い無くオレと敵対するだろうし、あの子の命が脅かされる場合もあるかもしれない。彼が言いたい事はつまり、そういう意味だ。

 

 

 

「…先に戻ろっか。後は姉さん逹に任せる。イリヤ姉さんには悪いけど、バーサーカーを引き離さないとマトモに話も出来なさそうだし。あれがいる限り、イリヤ姉さんはアインツベルンのマスターを全うしなくちゃいけないから。」

 

 

彼が此処に来たのは、イリヤをマスターから無理やりにでも解放するという目的も兼ねていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関にて、オレ達が重なり合う様にして倒れ込む音を聞き付けたのか足音が一つ。

 

 

「キャスター…連れて帰って来た。」

 

「…やぁ、おかえり。半身?それにアーチャーも。」

 

「ただい、ま…先輩。」

 

 

 

頭上から、いつも通りの呑気そうな先輩の声がする。あぁ、帰って来てしまったと思った。

 

 

「約束通り、帰って来てくれて何よりだ。半身、君も疲れたろう?今暫し、本官の中で休め。」

 

 

 

先輩がそう言うと、彼はまだ何か言いたげな顔をしていたが素直に頷いた。そして彼の姿形づくる輪郭が徐々に薄くなり、先輩の中へと吸い込まれる様にしてふわりと消えた。

 

 

「もう一人の…リヒトの方は?」

 

「今さっきまで頑張って起きていたのだが、睡魔に負けて寝てしまったよ。」

 

 

 

先輩がもう体を動かすのも億劫なオレをゆっくりと、抱き起こす。そしてオレの傷だらけの体を一瞥し、ふむと顎に手をやる。

 

 

「どれ、手当の為に場所を移そう。アーチャー、口を開けたまえ。ついでに目も閉じておけ。」

 

 

 

先輩や彼と唇を重ね合わせるのに、抵抗感は最早無くなっていた。そもそも、まだキスのキの字も知らなかった様な幼い頃にはこうして彼から供給を受ける事も何度かあったのだから。

 

 

幼さ故の無知と慣れは怖い。以前、誰が幼い彼にそれを教え込んだと先輩に聞いたところ。

 

 

 

『なに、幼い君が魔力切れ寸前の状態を目の当たりにして、半身がすっかりパニックを起こしてな。本官にどうしようと縋り付いてきたから、応急処置を教えたのさ。ちゃんと好きな相手以外には気安くやるなと、前置きはしたが。』

 

『貴方が入れ知恵したのか!あれがそういう意味だと知った時のオレの気持ちが分かっ『アーチャー、顔が真っ赤だぞ。あれは単なる魔力供給の応急処置だろう?』

 

 

先輩が愉しそうに口元を歪めた。あぁ、確かに単なる魔力供給の応急処置だ。しかし、一度自覚してしまえばそれは別の意味にすり替わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼から聞いた。貴方が…オレが消えたら、バーサーカーごとイリヤを殺すつもりだったと。」

 

「消えたらと言うより、消える前にだな。あれは野放しにすると、半身の身を極めて危うくさせる。それか姫には悪いが、あのバーサーカーを姫から無理やり引き離しでもしなければ、どうにもなぁ。」

 

 

手当が終わり、先輩に彼から聞いた事を問い詰めれば先輩はあっけらかんとした様子でそう答えた。

 

 

 

「以前も、貴方は自分の兄を殺そうとした相手を自ら手にかけようとしたらしいじゃないか。」

 

「あの男は最初から気に食わなかった。兄の前では礼を重んじた臣下の様に振舞って置きながら、腹の内では兄を殺そうと良からぬ企みを抱えていたのは…直ぐに分かったさ。いつ殺してやろうかと常々思っていたが、あっさり死んでくれたから手間が省けた。」

「その男の、死因は?」

 

「殺されたよ。信頼していた者にナイフで致命傷を刺されて呆気無くな。まさか、謀反を考えていた自分が裏切りに合い、死ぬとは皮肉な話だろう?」

 

 

 

一体、それは誰のことなのか。あれは生き長らえても周りにロクな影響を与えないから、然るべき死だとも先輩は言う始末だった。先輩の口元には、いつぞやの様な清々したと言わんばかりの笑みが浮かぶ。

 

 

「先輩、また顔が笑っているぞ」

 

「……おっと失礼。本官の悪い癖だ。」

 

 

 

先輩は全く悪びれる様子も無く、わざとらしく口元を手で覆い隠した。余程、先輩はその男が気に食わなかったのだろう。

 

 

「先輩…以前から気になっていたのだが、貴方には未来が見えるのか?」

 

「以前ならありありと見えていたが、今はほんの少しさ。本で例えるなら、短編の様な短さだな。」

 

 

 

やはり、先輩には多少の未来視の能力がある様で恐る恐る俺は言葉を続ける。

 

 

「オレは…本来はやはり消滅し「ならば貴殿は本官の必ず戻れという言葉を蔑ろにして、潔く消滅する気だったのか?」

 

 

 

手当したばかりの上半身に、先輩が体重をかけてのしかかって来たのは絶対にわざとだ。

 

 

「痛ッ…先輩!傷が開いたら、うぁ…どうしてくれるっ。」

 

「朝、シロが外へ出て行こうとするのを本官は見ていた。直接止めては手助けになってしまう。だからせめて忠告してやったにも関わらず、シロは余計なお世話だと出て行ったから少しカチンと来たんだ。だから本官は何もしないと言ったら、もう一人の半身が自分に行かせろと煩くてな。」

 

 

 

先輩も、怒ることがあるのか。先輩の目に、薄っすら怒りの色が見えた。いつも呑気そうな先輩ばかり見ていたから、少し意外だ。

 

 

「あぁ、見えていたとも。本官ともう一人の半身に詫びながらも潔く消えていく貴殿の姿をな。もっと見っともなく、生き残ろうと足掻け。」

 

 

 

先輩にまさか、そんなことを言われるとは思わなかった。

 

 

「凛の選択は正しい。魔力切れギリギリのセイバーと、戦闘能力が低いシロをバーサーカーから庇いながら逃げる事は凛には厳し過ぎる。だから、貴殿に時間稼ぎを止む無く頼んだのだろう?同じ顔とは言え自分の憂さ晴らしに本官から大事なものを奪った叔母上とは違う故、凛を責める気は毛頭無いさ。」

 

「それは…オレは所詮、写し身だ。君と彼の本命はオレの本体だろう?いつ消えようが、大差無い。」

 

 

 

小さな、ため息の音。不意に体にのしかかって来た先輩が遠のく。

 

 

「アーチャー…貴殿は、そんな事を気にしていたのか?」

 

「そんな事とは何だ!オレだって、こんな気持ちなど抱きたくは無かった!全部、君たちの所為だ!!」

 

「もう一人の半身にとっても、本官にとっても、貴殿が写し身だろうが本体だろうが関係無い!」

頭を殴られた様な、心持ちがした。思えば、先輩も彼も、オレが写し身だろうが本体だろうが固執する様な性格ではなかったか。

 

 

 

「アーチャー、本官たちとて写し身だ。まぁしかし、かなり手荒な現界をしたものだから…本官たちの座に在る本体は意識が空っぽの状態なのさ。だからアラヤがそろそろ戻れと、煩いんだ。いつ迄も、本体が空っぽの侭ではいけないからな。」

 

「だから、遅かれ早かれ戻らなければならないと言っていたのか…?」

 

 

先輩が頷く。先輩は先輩で、何れは戻らねばならない理由とはそういうことだったのか。

 

 

 

「アーチャー、互いに消える前に…何か残せるものは無いだろうか。このまま、半身を一人残していくのも本官が心残りでな。」

 

先輩のほっそりした白い手が、オレの片頬に意味ありげに添えられる。途轍も無く、嫌な予感が襲う。オレには無理だ。

 

 

 

「アーチャー、女の子と男の子ならどちらが「オレには無理だ!!産める訳が無いだろう!?そもそもサーヴァントは霊体だぞたわけ!」

 

 

先輩がムッとした顔をする。この先輩ならわりと、何でも何とか出来そうだから怖いのだ。

 

 

 

「なにも貴殿に体を張れとは言ってないだろ?貴殿の精を採取させてくれればいい。一晩あれば必要な量の採取は容易い。」

 

それは充分、オレに体を張れと言っているではないか!!見る見る内に、頰が熱を帯びて行き、肩がわなわなと震える。

 

 

 

「要は互いの写し身をつくる。まぁ、貴殿の気が乗らないのなら…無理にとは言わないが。」

 

「凛達もまだ戻らないのに、貴方は何を考えているんだ!?」

 

「あの三人なら大丈夫だ。昼頃には戻って来るんじゃないか?シロが面倒なものを連れて来そうだが、まぁ想定の範囲内さ。」

 

 

先輩が大丈夫と言うのなら、大丈夫なのだろう。

 

 

「さて、アーチャーよ。結局はどうなんだ?本官は君に無理強いをする気は無い。嫌なら嫌と、はっきり言ってくれ。」

 

 

この男は諸々の段階をすっ飛ばし過ぎだ。まぁ、オレ達に余り時間が無いのは事実なのだが。

 

 

 

「オレも…後悔は、したく無い。貴方や彼との間に残せるものがあるのなら、残したい気持ちはある。」

 

 

女の子がいいと、自分でも驚く位に消え入りそうな声が口から出た。男だと先輩や彼に似るならいいが、万が一あいつそっくりになったら嫌だ。

 

 

 

「…決まりだな。ならば、今晩空けておけ。」

 

「はぁ!?オレは怪我人だぞ!それを「君の傷口に塗った薬は本官の特別製だ。半日足らずで傷そのものは癒えるさ。」

 

 

あからさまな急過ぎる夜の誘いに反論すれば、傷そのもは半日足らずで治るだろうと言われてしまい、ぐうの音も出ない。

 

 

 

「夜の警護を…「案ずるな、あの子らが魔力のすっからかんな君に無理な警護をさせる訳が無いだろう。セイバー辺りに任せるんじゃないか?あとは看病と称して、本官が貴殿に付き添えばいい。セイバーならもう大丈夫だ。上手いこと、シロとの魔力供給ラインが繋がった。」

 

 

またしても、先輩に上手いこと言いくめられてしまった気がする。今はゆっくり休んでおけと言われ、先輩がいなくなり、後から一気に来た恥ずかしさを誤魔化したくてふて寝を決め込むことにした。凛達が早く帰って来てくれることを願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とうとう夜に、なってしまった。

 

 

幸い、凛から今夜はゆっくり休みなさい。セイバーに警護は任せるからと言われている。ついでに、包帯の下の傷跡も恐らくは既に治りつつあると思う。痛みも特に、無い。

 

 

 

らしくもなく、妙に緊張してしまい布団の上で正座してしまうなんて滑稽の極致だ。初めてでもあるまいに。先輩に指定された時間は、とうに過ぎてる。何をやってるんだ、あの人は…来るなら早く来て欲しい。

 

 

召喚されてから一週間と数日。こんな事になるなんて、誰が予想した?

 

 

 

一週間と数日前のオレは、凛に如何にして聖杯獲得へと至らせるかと、あわよくば自分殺しを遂行出来たならと思っていた筈だ。

 

 

あの人に目を付けられた時点で、オレの聖杯戦争は詰んでいた。自分の幸運ステータスのランクの低さを呪う。

 

 

 

いや、彼とまた会えたことは嬉しいが…それとこれとは話が別だ。

 

 

そもそも、あの人はオレが召喚されることすら予測していたのではないか?じゃなければ、召喚直後にタイミング良く、初めて顔を合わせることも無かった様な。

 

 

 

すると、襖の向こうからあの人の足音が聞こえて来た。心臓がドクリドクリと余計に煩くなった、先輩にバレたら、またなんと言われるか…

 

 

「アーチャー、準備に手間取ってすまな「遅い!」

 

 

先輩が呑気そうな顔で、タオルやらを何やら抱えて部屋に入って来た途端に遅いと強い口調で言ってしまった。

 

 

 

「行儀良く正座座りまでして、待っていてくれたのか?貞淑な婿殿だな。いやぁ、待たせて本当に済まない。廊下でたまたま、凛に鉢合わせしてなぁ。君を気にかけ、部屋に行こうとしていたらしいが本官が一晩中付き添ってやるから、君は休めと言っておいた。凛め、何か察した様で貴殿に無体を働いたら殺すと言われてしまったよ。誠に彼女はサーヴァント思いのマスターだな。」

 

 

先輩は最近、何を思ってかやたらとオレを婿殿と呼んで来る。凛と立ち話をしていて、遅くなったらしい。

 

 

 

「滑稽だろう?図体ばかりでかい男が正座座りなど…「こんな時まで、皮肉はやめたまえ。本官はむしろ嬉しいぞ?」

 

 

見れば、先輩からいつもの呑気そうな表情は消えていた。やけに真摯な顔付きになっていて、調子が狂う。用意して来た色々を布団の片隅に起き、先輩がオレの真正面に腰を下ろして丁度向かい合う体勢になる。

 

 

 

「どれ、傷の治り具合を見るから包帯を取るぞ。」

 

「あ、あぁ…」

 

 

先輩の白い手が巻かれた包帯の結び目を解く。未だにウルサイ心臓の音を、先輩に悟られたく無かった。

 

 

「先輩。」

 

「なんだ?アーチャー。」

 

 

先輩の包帯を解く手が止まる。気になっていたことを恐る恐る、先輩に聞いてみた。

 

 

 

「貴方は、オレがあの夜に召喚されることをあらかじめ…知っていたのか?」

 

「おかしなことを聞くなぁ、貴殿も。もしかしたらと、予想はしていた。しかし、貴殿ではない別のアーチャーが喚ばれる可能性も充分にあったさ。本官も凛が何を喚ぶのか気になったから、あの部屋でたまたま待っていたんだよ。」

 

 

大方本当で、まだ少し本音がありそうだった。

 

 

 

「ならばもし、オレではないアーチャーが喚ばれていても貴方はこんな風に「貴殿だからだ。他のアーチャーにまで、手を出すものか。」

 

 

怒らせて、しまっただろうか。恐々した思いで、先輩をそっと盗み見る。呑気な顔の先輩なら、何と無くロクでもない事を考えているから分かりやすいが…こんな時の先輩は何を考えてのか分からない。

 

 

 

「この軸で、10年待った。」

 

「10年…?」

 

「一つ前の聖杯戦争で、たまたま事故で喚ばれてしまった折…この軸は貴殿が10年後に喚ばれる可能性がある軸だと察した。聖杯に頼るのも癪だから、10年待ってやろうじゃないかと思い、聖杯から持ちかけられた参加権を蹴って即棄権した。丁度良く、現世に留まる術は近くに居たものだからな。留まる相応の理由もあったから、それから10年待ちわびた訳だ。」

 

 

そんな話、知らない。先輩から聞いた思わぬ話に、頭の理解が付いていけずに戸惑った。

 

 

 

「貴殿が目の前に現れた時、内心では歓喜に強く打ち震えた。10年、待った甲斐があったと。同時に、この高潔な真紅の弓兵を、どの様にして落とそうかとひどく邪な思いを抱いてしまった。」

 

 

どうやら、オレは先輩に口説かれているらしい。あの呑気なツラの裏で、この人はそんなロクでもない事を考えていたのか。オレなどを10年も待つなんて、とんだ物好きが過ぎる。

 

 

 

不意に、先輩の手が心臓がある辺りにひたりと当てられる。心臓が一際、どくりと鼓動を強く打ち鳴らした。

 

 

「この辺りに、直接聞いた方が貴殿は分かりやすいからな。」

 

「先輩、何を…ふあッ、」

 

 

 

いつの間にやら包帯を解かれ、何も覆うものが無くなった過敏な素肌の上からさも愛おしげに心臓がある辺りに口唇を押し当てられ、変な声が漏れて衝動的に口元を強く覆った。やらかしたと、耳まで見る見る内に赤くなる。

 

 

「すまない、アーチャー!不意打ちするつもりは…「こんな声など、興が乗らないだろ!」

 

 

 

口元を覆った手が恥ずかしさで震える。すると、先輩の目の色が不意に見慣れた色に変わった。

 

 

「君、僕との魔力供給を言い訳にしたあれの時も声は我慢するなって言ったよね?」

 

「あれは君が無理やり…!」

 

「変な意地は捨てること、君の声…僕もキャスターも嫌いじゃないよ?むしろ好きの部類に入る。」

 

「なッ、」

 

 

 

言い返そうとしたその時、彼の目は元の蜜色に戻ってしまい言いそびれてしまう。

 

 

「安心しろ、アーチャー。何の為に、奥詰まった部屋に君を運んだと思ってる。」

 

「…先輩、最初からそのつもりで「アーチャー、本官は貴殿が欲しい。」

 

 

 

先輩はとびきりオレが好きな声で、そんなことを甘ったるく囁くものだから鼓膜がどうにかなりそうだった。

 

 

「貴殿は本官と彼の声が嫌いか?」

 

「……きらいではな、いや…すきだ。先輩、せめてお手柔らかに、お願いしたい。」

 

 

変に意地を張って先輩に迷惑をかけるのも嫌だったので、せめてお手柔らかにお願いしたいと口にすると先輩がきょとんとした顔をするなり、くすりと笑った。




何臣さんが生存してたらそもそもSNが始まらない。型月では異類婚というか混血の設定はあるようだけれど、サーヴァントと人間だとキャス子さんなら行けそうなというかそもそもメルブラだかの派生漫画で娘いるって話を聞いた時の衝撃。


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第二十八話 一件の騒ぎの終い

やっとの思いで士郎の家に帰り着くと、玄関前でいけ好かない顔を見付けてげんなりする。キャスターが呑気に煙草なんて吸いながら、私たちを待っていたらしい。

 

 

「やぁ、救出部隊のお帰りだ。」

 

「私、煙草のにおい嫌いなの!」

 

「それは済まなかったな。」

 

 

 

全然済まなそうな顔で、キャスターが吸っていた煙草を地面に落として火を履いてたサンダルで踏み消した。それを拾い上げ、携帯灰皿の中に入れる。

 

 

「再会の抱擁でもしてやろうか?」

 

「煙草のにおいが移るからやめて頂戴!」

 

 

 

わざとらしくキャスターが両腕を広げ、そんなことを言ってくるものだから咄嗟に拒否するとキャスターがいつもの人が悪い笑みを浮かべて腹が立ったと同時に何処か安心感を覚えた。

 

 

「…メイガス、ただいま戻りました。リヒトは?」

 

「朝まで君達の帰りを待っていたのだが、眠気には勝てず寝てしまったよ。シロの部屋に寝かせてある。君も無事な様で何よりだ。騎士王?まさか…バーサーカーを倒して凱旋とはな。」

 

士郎が背負っている少女をちらりと一瞥し、さも驚いたという様にキャスターは言う。騎士王、キャスターがセイバーをそう呼んだのを初めて聞いた。彼女の真名に相応しい呼び方であり、キャスターが彼女の真名を知っていた事に今気付いた。こいつ、セイバーの真名をずっと前から知ってたらしい。

 

 

 

「はい、お陰様で…シロウと凛の力添えにより勝てました。」

 

「二人とアーチャーに散々迷惑をかけた分の働きはしたじゃないかシロ。また面倒事を持って来た様だが。」

 

「…ほっとけ無かったんだから、仕方無いだろ。」

 

 

なんか、キャスターが珍しく士郎に対して塩対応だ。イリヤスフィールを背負い、士郎が反論する。

 

 

 

「捨てられた犬猫の類をほっとけなかったと拾ってくるのとは訳が違うんだぞ?二人に反対されただろうに、よく彼女を連れて来たな。このお人好しめ。」

 

 

返す言葉が無かった様で、士郎が黙り込んでしまう。まぁ、キャスターとしたら自分の主人を付け狙ってたマスターを士郎が連れて来てしまった事がお気に召さない様だけど。

 

 

 

「あんた…今日はやけに士郎に対して冷たくない?」

 

「この男は本官がわざわざ忠告してやったのに、余計なお世話だと言わんばかりの顔をして、出て行ったんだぞ?そしたら案の定な結果になった。今回は運が良かったが、次は無いと思え。」

 

「はぁ!?あんた、何で士郎を止めないのよ!」

 

「だから止めたさ。外には行かない方がいいぞとな。後はシロの自己責任だ。」

 

「メイガス、貴方という人は…だからリヒトを引き留めたんですね。」

 

 

セイバーが溜め息半分にキャスターを見る。士郎の方を見ると、今にも泣きそうな顔だ。

 

 

 

「ちょっとキャスター…士郎が泣きそうだから、もうやめなさいよ。それで、アーチャーは何処?」

 

「母屋の空き部屋に寝かせてある。一番奥の部屋だ。早く無事な顔を見せてやれ。」

 

「…二人共、先に行ってるわ。」

 

 

令呪はまだ、私の手にある。アーチャーが生きてた。急く思いをなんとか抑え、二人に言い置いてからキャスターに提示された部屋へ一足先に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シロウと二人、残されてなんとも気まずい空気が流れる。珍しくメイガスに強い口調で叱責され、シロウが泣きそうな顔をしているのに驚いた。メイガスなりに、シロウを心配していたからこそなのだろうけど。

 

 

「傷は…例の治癒能力で殆ど治りかけてるな。手当の必要は無さそうだ。騎士王も怪我は無いか?」

 

「私は大丈夫です。」

 

「シロ、姫は預かるからリヒトの所に行ってやれ。ずっと君を心配して、一睡もせずに夜通し起きていたんだぞ。騎士王、本官に付き添ってくれないか。」

 

「え?あ、はい…シロウ、イリヤスフィールはメイガスに預けて一度リヒトの所に行ってあげて下さい。」

 

「わかった…」

 

 

 

シロウはスンと鼻を鳴らし、一旦イリヤスフィールをメイガスに預けてリヒトの元へ。

 

 

「メイガス…シロウを泣かせないで下さい。」

 

「あれは一度、よく反省した方がいい。」

 

 

 

イリヤスフィールを抱きながら、メイガスが深々と溜め息を吐く。そしてふと、イリヤスフィールを見てポツリと一言。

 

 

「見れば見る程、母親の白き聖女そっくりだな。」

 

「メイガス、今なんと?」

 

「…だから、母親のアイリスフィールそっくりだと言ったんだ。貴殿もそう思うだろ?貴殿のかつての代理マスターの娘だぞ。」

 

 

 

そんな筈が無いと、咄嗟に言い返していた。イリヤスフィールがアイリスフィールに似ているのは、同じアインツベルンのホムンクルスだからだ。

 

 

「シロにとっては義理の姉になるのか。体の成長は止まっているが、実年齢はシロより幾つか上になるからな。」

 

「なっ…貴方、知ってたんですか?」

 

「貴殿こそ、全て知っていたからシロにそのことをあえて黙っていたんじゃないのか?」

 

 

 

勢い良く首を振る。私は全く、そんなこと気付きもしなかった。アイリスフィールに娘がいたのは知っていたが、直接見てはおらずキリツグがその娘と遊ぶ様子をアイリスフィールと遠巻きに見ていただけだ。

 

 

その後、直ぐにアインツベルンの城を離れて以来、私の前でアイリスフィールは娘の事は一切語らなかった。いや、話すと思い出してしまうから話さなかったのかもしれないが。

 

 

 

「……メイガス、イリヤフィールがシロウを狙った理由は今ので何と無く分かりましたが…何故、リヒトまで?」

 

「これは推測だが、イリヤスフィールは半身とシロに恨み半分と会いたさ半分の極めて複雑な気持ちを抱いていたんじゃないか?傭兵は結局、アインツベルンの城には戻れなかった。だから彼女は傭兵に捨てられたと思い、傭兵の養子であるシロのことを付け狙ってた節がある。半身の事も傭兵は実の息子の様に可愛がっていたからな。ほぼ同じ理由だろ。」

 

 

彼女の頭を撫でる、メイガスの手つきは何処か優しい。確かにアイリスフィールは、リヒトを実の息子の様に可愛がっていた。キリツグも当初はリヒトをとんだお荷物が出来たと、煩わしく思っていた様だが気が付けば…いつの間にやら傍に置いていたと思う。

 

 

 

「余計、シロに真実を話し辛くなったか?」

 

「……貴方も人が悪い。全部知ってたんですね。」

 

 

メイガスはフッと一笑すると、イリヤスフィールを大事そうに抱えて家の中へ入ってしまったので慌てて後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドウシテコウナッタ。

 

 

目が覚めると、ぼくの上に馬乗りになりながらボロボロと涙を流すシロがいた。

 

 

 

ぼくの名前を呼びながら、シロがごめんなさいと何度も謝ってくる。どうやら、黙って家を抜け出したことを言ってる様だ。目が覚めたら、シロの寝ていた布団がもぬけの殻で嫌な予感がして屋敷中を探した。案の定、シロは居なくなってて見つかる訳も無く…あんな事に。

 

 

「…おかえり、シロ。」

 

「っく…ただい、ま。」

 

 

 

とりあえず何か声掛けなくちゃと思って、おかえりと言ってやる。シロもただいまと言ってくれた。

 

 

「みんなは?」

 

「遠坂と、セイバーは…一緒に、帰って来た。アーチャーは先に…戻ってたみたい、で。」

 

「みんな無事だったんだ、よかった。で…何で君は泣いてるの?言わないと分かんないよ、シロ。」

 

 

 

どうして泣いてるのかと、シロに訳を聞けばシロがぶわっと涙を溢れさせる。何故か、シロの口からキャスターの名前が出た。

 

 

「キャスターに、二回も…怒られた。リヒト、嫌いにならないでくれ…やだ、おれ、もう一週間前には戻りたくない、おまえに…きらわれたくない。」

 

 

 

シロはこの数日で、キャスターに存外にも心を許してたと思う。キャスターが怒るなんて珍しい。まぁ、今回の一件は流石に気の長いキャスターも怒るか。シロは二回も怒られたらしく、それが意外とショックで泣いてしまった様に見える。それは分かったけど、何でぼくがシロを嫌うのさ?

 

 

「……みんなに迷惑かけて、何言ってんだって思うかもしれない。けど…お前に嫌われたく、ない。」

 

「いつ、ぼくが君のこと嫌いって言った?」

 

「だって、キャスターが…俺のこと、本気で嫌いになりそうだって…っひく、」

 

 

 

キャスターにしては、また容赦ない言葉をシロに浴びせたものだ。

 

 

「シロ、キャスターにちょっと意地悪された位で真に受けないでよ。それで?どうしたら君は泣き止むの?」

 

 

すっかり目元を泣き腫らしながら、シロが何だか恥ずかしそうに此方を見る。とりあえず、ぼくも体を起こす。シロは相変わらず、ぼくに馬乗りになったままだけど。

 

 

「…してほしい。」

 

「ん?」

 

「ギュッて、して欲しい。」

 

 

 

言われた通り、シロがそれで泣き止むのならとシロをやんわり抱き締める。背中に、おずおずとシロの手が回された。

 

 

「君が無事に戻って来てくれて、よかった。キャスターが二回も君を怒ったの…もしかして一回分はぼくの分も代わりに怒ってくれたのかもね。だったら、ぼくからは何も言わないよ。」

 

「キャスターもお前も、同じ顔だし、同じ声だから…キャスターに嫌いだって言われると、お前に嫌いだって言われたみたいで…嫌だった。」

 

 

 

君、どれだけぼくのこと好きなの?ふと、ぼくの肩口に顔を埋めながら涙をこらえていたシロが顔を上げて目が合った。シロの泣き顔を見たのは、これで二度目だ。

 

 

「アレルヤ、君が無事戻って来てくれた事に対して…神に感謝を。」

 

 

 

彼が無事に戻って来たことに感謝し、その目元に軽くキスを落とす。涙の味がして、しょっぱい。すると、シロの頬がうっすら赤くなる。

 

 

「お前、そういうことは…女の子にやれよ。アインツベルンの城でも、キャスターと言い…」

 

「アインツベルンの城でキャスターが?え、だって…キャスターずっと、此処に居たよ。」

 

 

 

シロがしまったという顔で、口元を覆う。それはおかしい、キャスターはぼくが抜け出さない様にとぼくの監視目的で此処にいたのだから。

 

「シロ、どういうこと?」

 

「…あ、えと…」

 

「言ってくれなきゃ、シロのこと「城で、キャスターがイリヤに掛けられた術を解いてくれた!捕まった部屋で、俺が目を覚ますまで俺のことずっと…見てくれてた、みたいで…」

 

 

 

シロが矢継ぎ早にアインツベルンの城であったことをぼくに話す。まさか、キャスターがシロを助けに行った?でも、キャスターはずっと此処に居た訳だし。

 

 

「なんか、キャスターの奴、普段リヒトが着る神父さんみたいな服着て…イリヤのこと、イリヤ姉さんとか呼んでたから変だなと…」

 

「それ、本当にキャスター?キャスターはイリヤスフィールのこと、そんな風に呼ばないよ。」

 

 

 

互いに、顔を見合わせる。シロが見たのって、本当にキャスターなの?

 

 

「……キャスターに問い詰めるのも面倒だし、明日にしよっか。」

 

「いいのか…?」

 

「ぼくもまだ眠くてさ〜昨日から、あんま寝れてなくて…今もすっごい眠い。」

 

「俺も…眠い。」

 

 

 

シロが小さく欠伸して、ぼくの肩にしなだれ掛かる。相当、シロも疲れた様だ。無理も無い。

 

 

「待って、今君の分の布団も…「一緒でいい。」

 

 

 

…それは布団を敷くのが面倒だから、ぼくと一緒の布団でいいってことだよね?そうですよね?シロさん。シロがもそもそと、ぼくの布団に入ってきて、何時ぞやの様にぴたりと身を寄せて来る。見えない布団の中で、触れたシロの足が甘える様にしてぼくの足に絡む。

 

 

ああ、多分シロは疲れてるんだ。そう言い訳をして、シロを抱き枕にぼくも寝る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は何故、メイガスと一緒に出前のカツ丼を食べているのだろう。

 

 

「そろそろ帰って来るだろうと思って、出前に六人前のカツ丼を取ったのだが…凛とアーチャーからは怪我人と病人に脂っこいものを食べさせるなと文句を言われ、半身とシロは今見に行ったら仲良く同じ布団で寝てたから貴殿と本官の二人で三人前といこうじゃないか。貴殿なら三人分位、ペロリといけるだろ?」

 

「メイガス!貴方は私を何だと思っているんですか!?三人前など…「なら、本官があと二つも「いただきます!」

 

 

 

三人前のカツ丼なんて、滅多に食べられない。シロウのつくった丼物も勿論美味しいけれど、出前もたまに食べるからいい。

 

 

「貴方、そんな細い割に何故大食いなんですか?」

 

「本官の祖国の神々はやたらと大食いでな。神話では自分たちがその日食べるのに必要な食料を賄いきれなくなり、労働力として人をつくったと言われる位だ。少なからず、本官にも神の血が流れてる。大食いなのはきっと、その所為だろう。」

 

 

 

早々と二杯目を食べながら、メイガスがそんなことを言うものだから妙に納得してしまった。

 

 

「騎士王、バーサーカーという最大の脅威はもう居ない。貴殿はまた一歩、聖杯に近付いたわけだ。」

 

「まだ…サーヴァントは残っています。私とてまだ、肩の荷が降りた訳ではない。」

 

「君の願いは未だ変わらずか。まぁ、本官としては貴殿の聖杯獲得が叶えばまた一人同胞が増える訳だから喜ばしいが。」

 

 

 

口直しにお吸い物を飲みながら、メイガスが妙な事を言い出す。何が言いたいのですと、聞き返した。

 

 

「君に契約を持ちかけたものは、本官にも同じ契約を持ちかけてきた。アーチャーも同じだ。」

 

 

 

箸が止まる。メイガスが私にそんな事を話すなんて、珍しいこともあるものだ。

 

 

「アーチャーは知りませんが、貴方ほどの魔術師ならば…あれと契約せずとも、死後は英霊に召し上げられた筈だ。」

 

「人の力ではどうしようもない事がある。それは貴殿も身を持って、経験した筈だ。本官の場合は若気の至りだ。今になって思えば、何であんな事をしたのやら…しかし、だからこうして今此処に半身がいるのだから皮肉な話だよ。」

 

「リヒトが貴方の…半分だという話ですか?」

 

 

 

生まれ変わりとは、また違うらしい。リヒトは飽く迄も、人の魂としてメイガスから切り離されたと以前聞いた。

 

 

「騎士王、本官は貴殿を同胞として迎え入れることに異存は無い。むしろ喜んで歓迎しよう。しかし、あの脳内花畑が絶望するだろうな。」

 

「メイガス…何故そこでマーリンが出て来るのです。それに、あれは絶望などしませんよ。」

 

 

 

「あれは貴殿が幼い頃からの目付役だったんだろ?今でもそれなりに、貴殿を気にかけている様だ。」

 

 

さも鬱陶しそうにメイガスが溜め息を吐く。一体、メイガスとあれは何処でそんなやり取りをしているのだろうか。

 

 

 

「騎士王、まだ時間はある。今一度、貴殿の願いを一考するべきだ。」

 

「……メイガス、貴方は実に回りくどい。カツ丼が覚めてしまいます、早く食べてしまいましょう。」

 

 

やはり、メイガスが何を考えているのか私には分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきまで今にも泣きそうな顔してたのが嘘みたいに、すっかりリヒトの抱き枕になってる士郎は安心しきった小さい子供みたいな顔をして熟睡してる。

 

 

「中々戻って来ないから、見に来てみたら…二人して呑気なものね。」

 

 

 

溜め息が漏れた。なんか、リヒトがすっかり士郎の精神安定剤みたいになってる様な。しかも二人して同じ布団で寝てるとか、どんだけ仲良いのよ。

 

 

「君も早く、部屋に戻って休息を取らなくていいのか?凛。」

 

「……キャスター、あんたねぇ。」

 

 

 

キャスターだった。士郎の部屋を覗き込み、二人の様子を確かめて私にも早く部屋に行って休まなくて良いのかなんて聞いて来る。

 

 

「なんか、リヒトが士郎の精神安定剤みたい。」

 

「拠り所があれば、人は縋りたくなるものさ。半身にとっても、シロは大事な“きょうだい”の一人だからな。リヒトはきょうだいの為なら平気で自分を犠牲にするだろうし、危険が及べばその危険を根元から躊躇い無く排除しようする。」

 

 

 

君も気づいているんだろう?弟の極端な歪さに。キャスターが私に、そう囁きかける。

 

 

「士郎も大概だけど、リヒトもリヒトよ。」

 

「まぁ、半身の場合はシロほど壊れてはいないが…危ういと言えば、危ういな。気付いたら、道を踏み外していたというのも有り得るかもしれない。」

 

 

士郎の部屋の襖をそっと閉め、キャスターを睨む。

 

 

 

「…私がそんな事、絶対させるもんですか。」

 

「弟を守るのも、姉の努めか。誠に、君は頼もしいな。」

 

 

褒められているのか、はたまた別の意味合いか。これ以上、キャスターと話していると余計に疲れそうだから早く部屋に戻ろう。踵を返そうとしたその時、キャスターに名前を呼ばれた。

 

 

「凛、」

 

「なに、よッ…!?」

 

 

キャスターに腕を引かれ、呆気なくぽすんとその腕の中に私の体は収まってしまう。微かに、煙草のにおいがした。当たり前だけど、リヒトは絶対煙草は吸わない。今度は何の嫌がらせよ!このキャスター…!!

 

 

 

「…よく頑張ったな。君が無事に戻って来てくれて、本当に良かった。君としては弟の方がいいかもしれないが、生憎あの通り先客がある。」

 

 

私に言葉をかける、キャスターの声は私を労うかの様に優しい。いつもは私に対して、塩対応な癖に、何で今日に限ってと、キャスターの気まぐれを呪う。

 

「さて、暇潰しに本でも読んでくる。君も早く休めよ。」

 

 

 

その時間、ほんの数秒。直ぐにキャスターの体は私から離れた。言い返す気力も無く、どっと疲労感に押し寄せられて早く部屋に戻ってベッドにダイブしたい。全部あいつの所為よ。あぁ、なんか熱まで出て来た気がする。




ウルクの神様への供物用の食べ物も相当な量だったはず。供物用の食べ物の目録的な歴史資料があった様な無かった様な。


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波乱の折り返し地点
第二十九話 嵐の前の穏やかさと


なんか増えました。


「…ママ、朝よ。」

 

 

ママ?ママとは誰のことだと、起き抜けの意識で疑問符を浮かべる。昨晩は散々だった。妙な気疲れから、何やら幻聴が聞こえる。

 

 

「ママ、お寝坊はだめよ。」

 

 

幻聴にしては、小さな鈴を転がした様な心地の良い声。だから、ママとは一体誰のことなんだ。小さな感触がぺたり、ぺたりと顔に触れる。恐らく、幼い子供の手だ。ん?子供の…手?

 

 

 

「ママ、起きて。」

 

 

 

やっと違和感を感じ、そろりと目を開ける。見慣れた瑠璃色。しかし、随分と幼い気がする。小さな唇がもう一度、ママと舌ったらずに口にした。

 

 

「おはよう、ママ?」

 

「………………」

 

 

どうやら、ママとはオレのことだったらしい。びっくりし過ぎて、声すら出ないとは初めての経験だ。赤みを帯びた癖毛がちな髪に、見慣れた瑠璃色の目をした幼い少女が枕元に座り込んでジッとオレを見ていた。

 

 

「…君、迷子か?保護者は何処だ?」

 

 

誰かによく似た、幼いその子はきょとりとした表情でオレを見る。まるで、目の前にいるじゃないと言わんばかりに。

 

 

「おかしなママ、ほごしゃってママのことでしょう?」

 

 

幼いその子は、物凄く見覚えのある笑い方で愉しげにクスクス笑う。あぁ、これは夢だ。

 

 

「パパがちょっと、頑張り過ぎちゃったみたい。でも、私も早くママに会いたかったの。」

 

 

少女の呼ぶ、パパとは誰のことか考えなくともすぐ分かったその時、廊下の向こうから足音。先輩のものではない。見付かったら色々と、まずい気がした。

 

 

「見つかったら面倒だ…私がいいと言うまで、布団の中に隠れていなさい。」

 

 

幼い少女はこくりと頷き、小さなその体を布団の中にもそりと滑り込ませた。

 

 

「アーチャー、入るわよ?」

 

「…あぁ、構わんよ。」

 

 

凛だった。先輩に昨晩は追い返され、朝になってから改めてオレの様子を見に来たのだろう。恐らく先輩は今、イリヤの様子見に行っている筈だ。

 

 

「案外元気そうで安心したわ。本当、“怪我の治りは早い”わよねアンタ。」

 

 

「魔力の方はすっからかんだがな。」

 

 

「……生きて帰って来ただけマシよ。」

 

 

昨日、凛にどうやって戻って来たんだと散々質問攻めされて私が消えて悲しむ君の姿を見たくなかったと言ったら『キャスターの為だって言いなさいよ、素直じゃないわね!』と何故か顔を赤くしながらそう返されてしまった。

 

 

「昨日、キャスターに変なことされなかった?あいつ、朝からやけに上機嫌だったから。」

 

 

「いや…何も?」

 

 

その変なことをされた結果、今オレの布団の中にこの子が隠れている訳だが…

 

 

「あんた、何か隠してない?」

 

 

いつもは大事な所でうっかり屋なのに、こういう時は勘の鋭い彼女が怖い。オレを見る、彼女のジト目が居た堪れなくてどうしたものか。

 

 

「な、何も隠してないぞ!」

 

 

「絶対うそ!やっぱりキャスターに何かされ…」

 

 

その時、誰かの腹の虫が鳴いた。凛が途端に、隠しもせず笑い出す。断じて、オレの腹の音ではない。

 

 

「アーチャー…おなか減ったなら、そう言いなさいよ。」

 

 

「…私の腹の虫ではない。」

 

 

「何か士郎に…あぁ、リヒトの方がいっか。リヒトに何か作って貰うから、いい子に待ってなさい。」

 

 

凛はまだ可笑しそうに笑いながら、部屋を出て行く。そっと布団をめくると、幼いあの子は恥ずかしそうに小さな頬を赤らめてお腹を抱え隠れていた。

 

 

「…ごめんなさい。」

 

 

「謝らなくていい、それは生理現象だ。主な食事はやはり魔力かな?生憎、私は与えてやれる余裕が無いからパパに…「ぱぱのつくったのがいい。」

 

 

どうやら、少女はリヒトの食事をご所望らしい。まるで、人と変わらないじゃないか。先輩が一晩で頑張り過ぎた結果、こうも本物の少女と寸分変わらない写し身の少女が出来るだなんて誰が予想しただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目が覚めたか?イリヤスフィール。」

 

「キャスター…」

 

 

本を読んでいたらしい、文字を追っていた蜜色の瞳がふと私に向けられる。目を覚ますと、其処は何だか懐かしい感じのするタタミの部屋だった。あの子と瓜二つのその顔が忌々しい。

 

 

「私の監視でもしてたの?」

 

「まぁ、そんな所だ。」

 

 

ぱたりと、キャスターが読んでいた本を閉じる。キャスターが此処に居るということは、リヒトも一緒だと思う。今まで、教会にいるものとばかり思っていたけど、とんだ見当違いだった。

 

 

 

「二年前からだったか、凛の実家で半身は厄介になっていたんだが…聖杯戦争が始まり、半身は此処に無理やり凛に連れて来られてな。他のマスターに知られたら、何かと面倒だから半身の気配を隠匿しておいて正解だった。」

 

 

キャスターが嫌な含み笑いを浮かべる。このキャスターなら、リヒト一人分の気配を隠匿するなんて簡単だ。あの日、シロウと一緒に居たリヒトを見つけたのは本当に偶然だった。

 

 

 

「…私をバーサーカーから引き離すのに、随分と手の込んだ事してくれたじゃない。」

 

「本官は何もしてないぞ?まぁ、君をバーサーカーから引き離すか、バーサーカーごと君を…その二択だったからな。あの時は。」

 

 

あの子を私に差し向ければ、必ず私が動揺するとキャスターは知っていた筈だ。その結果、私はあのアーチャーを取り逃がした。そして、あの子をあんな風にしたこの男への憤りからバーサーカーの回復を待てず、シロウ達への無理な襲撃を行なってバーサーカーを失うことになったのだから。

 

 

 

「…あんな風になり果てたあの子を見て、私がどんな気持ちか貴方に分かる?」

 

「それは君の気持ちか?それとも、君の中に在る君の母親の気持ちか?」

 

「両方よ!」

 

 

思わず、声を荒げる。あの子を見た途端、その正体は直ぐに分かった。

 

 

 

「君に揺さぶりを掛けるには、充分過ぎたか…あれはあの子が自ら、望んだ結果だ。」

 

「嘘よ…貴方がそそのかしたんでしょう…!?」

 

「…ならば、本人に直接聞いてみたまえ。」

 

 

キャスターが妙な事を言った途端、彼の纏う雰囲気が変わる。蜜色の瞳が瑠璃色の瞳へと変じた瞬間、私は衝動的にあの子へ縋り付いた。

 

 

 

「泣かないでよ、イリヤ姉さん。」

 

「だって、だってぇ…ひっく、こんな事って無いわ…あんまりよ…!」

 

 

私はあの子の知ってる私じゃないけど、あの子が私をイリヤ姉さんと愛おしげに呼んでくれるのはとても嬉しかった。だから余計、悲しさでどうにかなりそうだ。

 

 

 

「……どうしても、キャスターしか頼れなかった。キャスターが僕をそそのかしたとか、そんなんじゃないよ。むしろ、キャスターも一度は僕を止めたんだから。」

 

 

この子がどうして、こんな風になってしまったのかは私にも分からない。

 

 

 

「僕なんかの為に泣かないでよ、優しい姉さん。」

 

「リヒトのバカぁ…キャスターなんかじゃなくて、私を頼りなさいよ…!」

 

 

恐らく、この子がキャスターを頼った時には私はこの世にいなかったのだろう。それが無性に、遣る瀬無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒト、イリヤが居なくなっても…貴方がシロウの傍に居てあげて。あの子、これからもいっぱい無茶すると思うから。」

 

 

城のテラスにて。木漏れ日が心地いい午後の日差しを浴びながら、ロッキングチェアに座る僕の膝上で幼い彼女が微笑んだ。

 

 

 

「それ、僕じゃなくて姉さんや桜に言うべきじゃない?」

 

「女同士には色々あるの。」

 

「…イリヤ姉さんが居なくなる前提で、そんな話しないで欲しいな。」

 

「いつかの話よ。リヒト、そんな顔しないで。」

 

 

 

頬に彼女の小さな手がそっと添えられる。彼女から施された頬への優しいキスがくすぐったい。

 

 

「リヒトってば、手慣れてる感じがしてつまんないわ。シロウならお顔を真っ赤にして、可愛い反応してくれるのに。」

 

「そんなつもり無いんだけどな。」

 

 

 

シロの前では、姉さんは妹として振る舞うことが多いのだけれど。僕の前ではやたら、本来の姉として振る舞いたがる。

 

 

「…シロウのこと、よろしくね。」

 

「イリヤ姉さんが…そう言うのなら。」

 

 

 

それは過去の記憶か、はたまた未来の記憶と言うべきなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近たまに、ぼくじゃないぼくの夢をやたらと見る。そもそも、ぼくはイリヤスフィールとあれほど親密じゃない。

 

 

「リヒト、おはようございます。」

 

「あ…おはよ、セイバー。」

 

 

 

ふと頭上からセイバーの声がして、顔を上げればセイバーがきちんと正座してこちらを見ていた。

 

 

「あなたとシロウを起こしに来たら、二人して気持ち良さそうに寝ていたので…少々起こし辛いなと思い。」

 

 

 

ぼくはシロを抱き枕に、随分長く寝ていたらしい。窓の方からスズメの鳴き声がして、何と無く今が朝であることを自覚する。シロはまだ、気持ち良さそうに寝てるし。

 

 

「シロの布団を別に敷こうとしたら、面倒だから一緒でいいって言われてそのまま寝ちゃった。そういえば体…大丈夫?セイバー。」

 

「はい、シロウからの魔力の供給ラインは何ら問題ありません。リヒト、先日は…ありがとうございました。」

 

 

 

セイバーからお礼を言われ、一瞬何のことだっけと戸惑う。

 

 

「ぼく、何かしたっけ?」

 

「私の魔力が尽きかけた時、貴方から血を頂いたではないですか。そのお礼です。」

 

「そっか、そうだった…ぼく、君にまだ何も恩返し出来てなかったから。せめてと思って、応急処置をしただけだよ。お礼を言う程のことじゃないのに。」

 

「…そんな、恩返しだなんて。なら、私からもほんの感謝の印です。」

 

 

 

不意に、微笑んだセイバーが屈んだと思ったら頬に柔らかい感触。感触が離れ、セイバーにされたことに対する驚きで反応が遅れた。

 

 

「せ、せ…セイバーさん…?」

 

「いつも、貴方がシロウにしている事ではありませんか。」

 

 

 

猛烈に恥ずかしい。隠しきれず赤くなってしまった顔を見られ、セイバーにくすりと笑われてしまった。パスが繋がったということは、マスターとサーヴァントの記憶の一部が共有される事もあるという訳で…

 

 

「シャワー浴びてくる!」

 

 

シロの事はセイバーに任せて、シャワーを浴びてくると誤魔化し、慌ててシロの部屋を出るなんてらしくない。あぁ、もしかしてシロもこんな気持ちだったんだろうか。気安くし過ぎたぼくも悪いんだけどさ。少し、頻度を減らそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーチャーに、ごはん作ってくれないかしら?朝、アーチャーの様子見に行ったら、お腹空かせてたみたいで。」

 

「アーチャーが空腹?姉さんの魔力で足りてるんじゃ…「お腹の音が鳴ったのを聞いたわ。」

 

 

軽くシャワーを済ませ、やっと落ち着きを取り戻した所に姉さんからアーチャー用の朝ごはんの打診が。

 

 

 

「あいつ、士郎が作ったものだと食べなさそうだし。」

 

「確かに…でも、アーチャーが空腹を訴えるなんて珍しいね。」

 

「バーサーカーとの一戦で、消滅寸前まで魔力をすり減らしたみたいだから…本当、戻って来たのが奇跡よ。」

 

 

姉さんからの魔力だけじゃ足りなくて、アーチャーは空腹を訴えてるらしい。姉さんは、アーチャーが戻って来てくれたのが奇跡だと言う。

 

 

 

「キャスターがアーチャーに言ったんだよ。必ず戻れってさ。」

 

「キャスターがアーチャーにそんな無茶苦茶なことを?私…帰れたら、キャスターに謝ることばかり考えてたの。アーチャーのこと信じきれずに、マスター失格ね。」

 

 

姉さんが不意に、自嘲気味に言葉をこぼす。アインツベルンの城にて、姉さん達は逃げる途中でバーサーカーに退路を断たれかけた際にアーチャーに時間稼ぎを頼んだ。

 

 

それは、自分のサーヴァントに犠牲になれと言うも同然の死刑宣告に等しい。その時の姉さんの気持ちがどんなものだったか、姉さんもアーチャーの無事が確認出来るまでは気が気じゃなかったろうに。

 

 

「じゃあ、悪いけどお願いね?私、居間に行ってるから「待って、姉さん。」

 

 

 

何だか、姉さんのことをそのまま行かせてしまうのは忍びなくて姉さんの肩を引き寄せる。姉さんの肩を、そのまま抱き竦めた。

 

 

「姉さんが時間稼ぎを頼まなくても、アーチャーなら姉さん達の無事を最優先にしたと思う。姉さんの責任じゃないし、誰の所為でもない。」

 

「ちょっと…リヒト!?あ、あ、あんた!何やって!!!「姉さんが落ち込んでるみたいだから。」

 

 

 

背後から姉さんを抱き竦めた為、姉さんが今どんな顔してるのか分からないけど耳まで真っ赤だ。

 

 

「…キャスターと言い、あんたと言い、本当に何なのよ!?キャスターは私のアーチャーを横から掻っ攫って、あんたはあんたで恋人いるんだか何だか知らないけど、私にこんなことして…!!」

 

 

何だか、逆効果だった…?っていうか、恋人って何?姉さん、何か勘違いしてない!?慌てたその時、誰かの視線を感じ、嫌な予感がして視線の気配を辿れば案の定だった。びくりと、シロが大きく肩を震わせる。

 

 

 

「シロ…!?」

 

「み、見てない!俺は何も見てないし聞いてないぞ!!」

 

 

思いっきり見てたし聞いてた癖に、シロの言ってることは支離滅裂だ。慌てて姉さんがぼくとあからさまに距離を取り、シロの元にズンズン歩み寄る。

 

 

 

「士郎!あんたは何も見てないし、聞いてなかった!!いいわね!?」

 

「い、いえす…ミス・遠坂。」

 

「リヒトも!アーチャーの朝ごはん、頼んだわよ!!」

 

「は、はーい…」

 

 

姉さんがいなくなり、恋人って何のことだ…姉さん、絶対何か勘違いしてる。シロと二人で残されて、かなり気まずい空気が流れるし最悪だ。

 

 

 

「リヒト…う、浮気はダメだぞ。」

 

「シロまでやめてよ。恋人なんか居ないし。」

 

 

ちょっと距離感のおかしい人はいるけど、ぼくに恋人なんて出来た試しが無い。昔、ラブレターらしき手紙を中学の下級生から貰い、扱いに困り果て、家に持ち帰ったら呆気無くそれはキレイに見つかり…

 

 

 

『おまえの親がどの様な職業か、よく考えてから身の振りを弁えろ。』

 

 

これだから神父の息子って面倒臭い。手紙は渡してきた下級生に返して、申し訳程度にお断りの返事をした。それ以来、極力そういうのは避けてる。

 

 

 

「神父の奴、やっぱりそういうの厳しいのか?」

 

「昔…一回だけ、釘刺された。自分の親がどういう職業か、よく考えてから身の振りを弁えろってさ。」

 

「…俺にはあんな事、する癖に。」

 

「なんか言った?シロ。」

 

「別に。」

 

 

シロが一瞬、何かを言った気がしたけどよく聞き取れなかった。シロに聞き返すと、シロは素っ気無くツンとそっぽを向いてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

何だかモヤモヤする。顔洗おうとしたら、偶々リヒトと遠坂のやり取りを目撃してしまった。

 

 

「姉さんも、たまには弱音吐くこともあるからさ…ガス抜きしてあげないとね。」

 

「いつもあんな風に「今日はたまたまだよ!」

 

 

 

いつもあんな風にしてやるのかと聞いて、慌てたリヒトから今日はたまたまだと釘を刺された。遠坂は、あんまり弱音を吐かない。けれど、リヒトの前ではあんな風に落ち込んだ表情も見せるんだ。リヒトも遠坂が落ち込めば、励ましもするだろうし。

 

 

「俺も……昨日、色々ごめんな?」

 

 

 

昨日、リヒトは俺の事だって嫌な顔一つせずに慰めてくれた。今思い出すと、悶死しそうなことを口走ってたから余り思い出したくないけれど。

 

 

「昨日のこと、ちょっと気にしてる?なら、他の人の前であんな風に泣いちゃだめだよ。」

 

 

 

セイバーや桜の前であんな情けない姿見せたくないし、遠坂には散々からかわれそうだから絶対泣かない。 昨日は仕方無かったけど。

 

 

「…あんなの、お前にしか見せられない。」

 

「また君はそういうことを…」

 

 

 

何故か、リヒトはこめかみを抑えて何とも言えぬ表情で俺を見る。俺、変なこと言ったか?

 

 

「まぁいいや、朝食つくるの手伝うよ。」

 

「そうして貰えると…助かる。」

 

 

 

リヒトのさり気ない気遣いが嬉しい。リヒトと一緒に食事の準備をするのは好きだ。桜との食事の準備も師匠と弟子の料理教室みたいで楽しいのだけれど、リヒトと一緒に料理すると俺もまだまだ教わることが多い。

 

 

案外、俺も単純な思考回路の様でリヒトからそう言われて内心のモヤモヤはいつの間にか消えていた。

 

 

 




ジェバンニが一晩でやらかしてくれました。
なんか増えました子は名前がこの話の時点でまだ無い為、その内追加。

いつの間にか6000UAありがとうございました。
お気に入り入れていただいてる方もありがとうございます。



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第三十話 身に覚えの無い既成事実

「イリヤ姉さん、一つ約束してくれないかな。」

 

「…なに?」

 

 

姉さんがジッと、僕を見上げる。今の姉さんなら、バーサーカーはもう居ないし、そんな事は二度としないと思うけど。

 

 

 

「シロやあの子を殺そうとするのは、もうやめて欲しい。確かに、イリヤ姉さんにとってはキリツグさんを取られたみたいで…もうキリツグさんも居ないし、他に憎しみのぶつけ先が無いのかもしれないけど。二人とイリヤ姉さんが殺し合う様な真似は、二度とさせたくないんだ。」

 

 

イリヤ姉さんは一瞬、躊躇いがちに僕から目を逸らす。

 

 

 

「……もう、バーサーカーはいないし。あの二人の命を狙うなんてことはしないわ。リヒト、貴方になら聞いてもいい?何でキリツグはイリヤのこと迎えに来てくれなかったの?やっぱり、イリヤはいらなくなった?だから…イリヤは棄てられ「それは違う!」

 

 

イリヤ姉さんは長い間、ずっと自分の中でため込んでいたらしい疑問を僕に投げかけて来た。イリヤ姉さんはずっと、キリツグさんに棄てられたと思っていたのか。

 

 

 

「違うよ、キリツグさんは…イリヤ姉さんのこと、何度も迎えに行こうとしてたんだ。」

 

 

姉さんが何処まで信じてくれるか分からないけど、僕が知ってることをかい摘んで、イリヤ姉さんに話した。

 

 

 

「……それ、本当…?」

 

「信じる信じないは、イリヤ姉さんの自由だから。」

 

 

イリヤ姉さんは僕に話した内容が本当なのかと一度聞いたきり、暫くの間黙り込んでしまった。沈黙が痛い。暫くして、イリヤ姉さんが徐に口を開く。

 

 

 

「なんだ…私、棄てられた訳じゃないんだ。」

 

 

イリヤ姉さんは少しだけ、安心した様な声で呟くなり僕の胸元にぽすんと小さな体を預けて来た。

 

 

 

「ねぇ、リヒト。もう一つ聞いてもいい?」

 

「…なに?イリヤ姉さん。」

 

「あのアーチャー、一体誰なの?私が知らない英霊はいない筈だもの。貴方や、キャスターみたいな例外はいるかもしれないけれど。」

 

 

どう答えたらいいものか…最悪の場合、姉さんはその正体に気付かない侭、直接的ではないものの彼を殺してしまう可能性すらあった。

 

 

 

「バーサーカー言ってたもん。貴方とアーチャー、長い間ずっと一緒に戦ってきた戦友みたいに息が合ってたって。」

 

 

あのバーサーカー…狂化されてた割に見てるところはしっかり見てたらしい。

 

 

 

「あのアーチャー、リン達を庇って自分は消えるつもりでバーサーカーに向かおうとしてた。けど、貴方が現れた途端に、顔付きが変わったのよ?」

 

 

キャスターが見えないところで、ニヤニヤしてるのが腹立たしい。

 

 

 

「…本官たちの口からわざわざ言わせなくとも、君なら遅かれ早かれ彼の正体も分かる筈だ。」

 

「キャスター…!?」

 

 

僕の口から彼の正体を明かすのも何だか野暮な気がするので、イリヤ姉さんの直感に任せる事にした。姉さんなら絶対、すぐ分かる筈だ。キャスターにさっとバトンタッチして、僕は引っ込ませて貰う。キャスターは軽々と、イリヤ姉さんを抱き上げた。

 

 

 

「さて…そろそろ朝食の時間だ。居間に行くぞ?君の今後についても決めねばなるまい。」

 

「教会は嫌よ!シロウやリヒトも此処に居るなら、あんな所なんか行きたくないもの!」

 

 

キャスターの腕の中で、教会には行きたくないとイリヤ姉さんがジタバタ暴れ始めた。キャスターが暴れる姉さんを抱き竦め、安心しろと姉さんに言い聞かせる。

 

 

 

「君が二人の命を狙う様なことさえしなければ、本官とて君を教会に放り込む様な事はしない。むしろ君が此処に居れる様、取り計らおうじゃないか。」

 

 

イリヤ姉さんが半信半疑で、キャスターを見る。キャスターならその辺り、うまい事やってくれるだろうから任せよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、弟と士郎の距離感がやたらと近い。台所で隣り合う凹凸差のある二つのエプロン姿は今にも肩が触れそうな程の距離にて寄り添い合うかの様で、見ているこっちが居た堪れなくなりそうだ。それをげんなりして見遣る私と、微笑ましそうに眺めるセイバーはひどく対照的だ。

 

 

「……セイバー、あなた何でそんなに微笑ましそうに見てられるの?」

 

「あの二人が仲良くしていると、私も嬉しいので。」

 

 

 

セイバーにそう言われてしまうと、返す言葉が無い。リヒトはリヒトで長年、色々あって士郎に距離を置かれていた反動もあってかあの有様だ。士郎もリヒトとのわだかまりがすっかり無くなって、あの通りリヒトにべったりだし。

 

 

「見せ付けられるこっちの身にもなってよ。アーチャーとキャスターで、もう私はお腹いっぱいよ。」

 

 

 

どうしてこう男連中は揃いも揃って、仲が良過ぎるのよ…キャスターとアーチャーに関しては、既に出来上がってるし。昨日だって、キャスターが付きっ切りで一晩中アーチャーの看病…とかこつけて、何やってたんだか。

 

 

「シロ、アーチャー用の朝食リゾットにしたんだけど…ちょっと味見て欲しい。ささ身とホワイトソースで作った。」

 

「美味そう…どれどれ。」

 

 

 

何気無くリヒトが士郎に朝食の味見を頼み、それを士郎が当たり前の様にリヒトの差し出した味見用スプーンを…男同士の食べさせ合いを見せられる私の身にもなって欲しいんだけど。

 

 

桜にも知れたらと思ったものの、多分桜はセイバーとおんなじ様な反応をする気がした。

 

 

 

「ちょっと士郎!二人の世界に浸り合ってる所、悪いけど…あんた、これからどうする気よ。」

 

「ばッ…!?二人の世界になんか浸ってな……え?どうするって、なにが?」

 

 

あの馬鹿、自分が連れて来た物騒な子どものことスッカリ忘れたなんて言わせないわよ。丁度その時、廊下が急に騒がしくなった。

 

 

 

「自分で歩けるわ、子供扱いしないで!」

 

「こらこら、暴れるんじゃない。」

 

 

キャスターとイリヤスフィールの声だ。妙な事に、キャスターは怪我人のアーチャーの看病も程々にして朝からイリヤスフィールの様子を見に行っていたらしい。まだイリヤスフィールから完全に危険要素が取り除かれた訳じゃないから、あいつが付いてれば彼女も下手な事はしないだろうけど。

 

 

 

間も無く、キャスターが腕の中で暴れるイリヤスフィールを姫抱きしながら、居間に入ってきた。

 

 

「…あぁ、皆もう起きていたか。朝から姫が元気過ぎてなぁ。」

 

「私を猫か何かみたいに言わないでよ、失礼なサーヴァントね!」

 

 

 

キャスターが揃った私達を見、呑気そうに声を上げる。昨日はあれだけ士郎がイリヤスフィールを連れて来たことに対して嫌そうな顔してた癖に…いや、あれも嫌そうなフリだったと考えられる。

 

 

私達が嫌だと思う事を、逆に面白がるこいつの事だ。今のこの状況すら愉しんでる可能性があるから怖い。というかこのキャスター…どうやってイリヤスフィールを手懐けたのか、やけに距離が縮まってる様な気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫の身柄は、此処にて匿う方向で話はまとまった。」

 

「…そうか。」

 

 

イリヤは衛宮邸にて、匿うことが決まったらしい。むしろ、その方がいいだろう。イリヤが教会に保護されようが、此処に匿われようが、大して危険性は変わらないし、教会が絶対安全という訳でもない。

 

 

 

「どうやって皆を…その達者な口で丸め込んだ?」

 

「丸め込んだとは心外だな。教会に預けるより此処に教会関係者がいるのだから、その関係者に監視役として姫の面倒を見させた方が早いじゃないかと言っただけだ。」

 

 

 

先輩はそう言って、持ってきたリヒトお手製のささ身入りホワイトリゾットを土鍋から取り皿に取り分ける。

 

 

「貴方と言う人は…」

 

「半身も自分から、姫の面倒を見ると言ったぞ?何だかんだ言って、あれも姫の事情をそれなりに知っているからな…彼女を放って置けなかったと見える。」

 

 

 

リヒトは自分から、イリヤの面倒を見ると言ったらしい。サーヴァントを失ったマスターの保護は教会関係者の役割故に、彼が自分からその任を引き受ける事自体に何ら不自然さは無いだろう。

 

 

「あの神父が姫の面倒を見るとは到底思えないし、あんな所に姫一人を行かせる気は毛頭無い。」

 

 

 

昨日まではイリヤを殺す気さえあったこの先輩が…一体どの様な心境の変化だ?

 

 

「よく凛とセイバーを説得出来たものだ。あの二人なら絶対に反対する筈だ。」

 

「貴殿には話していなかったが…騎士王と姫も決して、無関係の間柄ではない。昨日、騎士王も姫の事情を初めて把握したらしい。てっきり、全て知っているとばかり思っていたのだが。リヒトがシロと一緒に面倒を見ると言ったら、反対はしなくなったぞ?凛も最終的には折れてくれた。」

 

 

 

先輩はセイバーに一体、何を吹き込んだのやら。凛に関してはリヒトにとことん甘いし、彼女も何だかんだで人がいいから折れてくれたのだろう。

 

 

「ほら、口をあけなさい?ミレイ。」

 

 

 

すると先輩がらしくもなく優しげに、先程からお腹を空かせていた少女をミレイと呼んだ。それがその子の、名前らしい。

 

 

「…ミレイ?」

 

「もう一人の半身が名付けた。」

 

 

 

名付け親は彼の様だ。その響きは、彼の養父であるあの男の名前を彷彿とさせる。彼とあの子の元の名も、祖父から一字を頂いたからと彼もそれに倣って名付けたのだろうか。

 

 

「何と呼べばいいのか分からなかったから、助かる。しかし、あの神父の名前と似てやしないか?」

 

「不満か?」

 

「いや…彼はてっきり、父親嫌いだとばかり思っていた。」

 

「あれの名前も祖父から一字を取って、神父が名付けた。それに倣って付けたんだろう?」

 

「ミレイ、この名前好きよ?」

 

「この子も気に入ったらしい。ほら、ゆっくり食べなさい。」

 

 

 

取り皿からレンゲでリゾットを掬い上げ、少し冷ましてから先輩はミレイにそれを与える。ミレイは雛鳥の様に口を開け、リゾットを美味しそうに食べ始めた。

 

 

「自我を持たせるのに、予定ではあと数日程かかる筈だったんだが…この子は成長が早い。」

 

「…一晩で本物と違わぬ写し身の少女をつくり出すなど、やはり貴方は魔術師ではなく魔法使いだったのか?」

 

「神代の魔術師を侮るな?なに、昨晩は思ったより貴殿が協力してくれたから「子供の前だぞ!?」

 

 

 

思わず、大きな声が出てしまった。ミレイが少しびっくりした様子で、瑠璃色の目を見開きオレを見てくるものだから、慌ててすまなかったと宥めすかす。

 

 

「……すっかりママだなぁ?婿殿。」

 

 

 

にやにやと、先輩が愉しそうにオレを見てくるから恥ずかしい。ママ呼びと婿殿呼びはやめて欲しいしアーチャー呼びでいいじゃないか。

 

 

「貴方がママと呼ばせたのか。」

 

「ミレイが自分の知識に応じて、そう呼んでるんだ。本官が呼ばせたつもりは無いぞ。なぁ?ミレイ。」

 

 

 

先輩が同意を求めると、ミレイはもぐもぐと小さい口を動かしながらこくりと頷く。

 

 

「先輩…この子は本当に、普通の少女と何ら変わらないな。」

 

「これでも、並以上の使い魔の力は有してる。抑止力に抵触しない程度に、力は落として調整してあるが。」

 

 

 

見た目はこんな幼い少女に、そんな力がある様にはとても見えない。

 

 

「この子は…成長するのか?」

 

「成長もするし、学習もする。しかし一定の姿まで成長すれば、姿はその後変わらないだろうな。この子は英霊でも、守護者でもないからなぁ。最終的にどうなるかは、実のところ本官にもはっきりとは分からないんだ。」

 

「……そうか。」

 

 

 

親というのはよく分からないが、子供の将来を気にかける親の気持ちとはこんな感じなのだろうか。少し、複雑な気分だ。

 

 

「パパ、もうお腹いっぱい。おいしかった。」

 

 

 

すると、ミレイはもうお腹がいっぱいだと言って食べるのをやめてしまった。しかし、まだ鍋の中にはリゾットが残っている。

 

 

「もういいのか?まだいっぱいあるぞ。」

 

「…ママにあげて。ママ、何も食べてないでしょう?」

 

「貴方と違って、この子は食い意地が張ってなさそうだ。」

 

 

 

先輩と違って、ミレイは少食らしい。見れば、先輩が気まずそうにわざとらしい咳払いをした。

 

 

「ミレイ、ぱぱがデザートにつくったみかんゼリーがあるからそっちも食べるか?」

 

 

 

デザートと聞き、彼女がパッと瞳を輝かせる様子はなんとも子供らしい。先輩がまた食べさせようとすると、彼女は自分で食べられるとゼリー容器とスプーンを先輩から受け取り、自分で行儀よく食べ始めた。

 

 

「なんだ、もうスプーンの使い方を覚えたのか。これならあと二日位で、大抵のことは自分で出来そうだな…という事で、アーチャー?貴殿も少し、腹に何か入れたまえ。本官が食べさせてやろうじゃないか。」

 

 

 

 

先輩は最初からそのつもりだったのだろう、わざとらしい笑顔を浮かべてオレの口元にリゾットを掬ったレンゲを近付ける。ミレイがジッと見ている手前、拒否し難い状況に追い込まれてしまう。渋々、口を開けざる得ないのが恨めしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝からイリヤスフィールの事があって、キャスターにアインツベルンの城での件を聞きそびれてしまった。アーチャーの静養してる部屋にいるだろうと出向いたら、事件が起こった。

 

 

襖を開けると、丁度アーチャーが食事中だった様でキャスターに食べさせて貰ってる所にお邪魔してしま…キャスターの膝上で、見知らぬ幼い少女が先程キャスターの持ってったゼリーを行儀良く食べているのを見て硬直した。アーチャーの顔色も真っ青になる。

 

 

 

「キャスター、その子誰…?」

 

「り、リヒト…!これはだな…!?」

 

 

誰も何も、その子の顔はキャスターとぼくそっくりで赤みを帯びた髪は癖っ毛が目立つ。すると、ゼリーを食べ終えたその子が空になった容器をぼくに見せてとんでもない事を言う。

 

 

 

「ぱぱ!ゼリーおいしかった。」

 

 

ぱ…?ぱぱ!?確かにその子は、ぼくをぱぱと呼んだ。ちょっと待って欲しい、ぼくはまだ子持ちになった覚えは無い!くらりと、強い目眩がした。




以下、なんか増えた子の簡略設定

名前:ミレイ

漢字にすると美礼。由来は愉悦神父から一文字取った。
赤い弓兵とオリ主②の肉体を構成する遺伝子情報みたいなのを
採取した後、ごちゃ混ぜに再構成して、使い魔レベルに落とし込んだ存在。見た目の年齢は4歳程度。


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番外編 続・身に覚えの無い既成事実

赤い弓兵さんのと、今は名前の無い誰かだった人の生前話が少し。


「ママ…?お顔が真っ青よ?」

 

 

少女はアーチャーをママと呼び、気遣う様に彼を見上げた。恐る恐る、アーチャーに聞いてみる。

 

 

 

「アーチャー、いつ産んだの…?」

 

 

途端、キャスターが堪えていた笑いを吹き出させてくすくす笑い始めた。

 

 

 

「リヒト、そもそも私がう、産める訳無いだろ…!これは先輩が…おいパパ!貴方がきちんと説明してくれ!」

 

 

アーチャーがやけくそでキャスターをパパと呼び、説明してくれと助けを求める。くすくす笑っていたキャスターが少女を抱き上げ、アーチャーに代わって口を開く。

 

 

 

「ママがお困りの様だから、代わりに答えよう。半身、君も薄々分かっていたかもしれないが…本官たちは聖杯戦争が終われば、潔く帰るつもりだ。しかし、帰ってしまえば我らは消えてなくなる。だからふと、何かを残したくなった。アーチャーが消えかけ、本官もその思いがより強くなったのさ。」

 

 

やっぱり、キャスターは帰るつもりなんだ…突き付けられた事実に、一瞬ショックを隠せなかった。アーチャーもやっぱり、聖杯戦争が終われば座に帰る気らしい。

 

 

 

「まぁ、形のあるものとして手っ取り早く残せるとしたら…こういう事だ。少々、本官が頑張り過ぎた。この子はしいて言えば、我らを媒介とした写し身であり使い魔だ。」

 

 

サーヴァントは英霊本体の写し身だと言うけれど、キャスターは更にアーチャーとの間に子供というか…自分たちの写し身である使い魔をつくり出したなんて。使い魔と聞いても、少女は年相応の子供と何ら遜色は無い。キャスター、頑張り過ぎ。

 

 

 

「パパ、ママどこか悪いの?」

 

「ミレイ、ママはどこも悪くはないさ。」

 

 

ミレイ、キャスターは少女をそう呼んだ。その響きは、父さんの名前と何処か似ていた。

 

 

 

「漢字で美しき礼と書く。神父の名前を一字、拝借した。勿論、本人には無許可だがな。君の名付けに倣ったまでだ。」

 

「君って奴は…キレイに対する嫌がらせで、その子にその名前付けたの?」

 

「まさか!そんなつもりは無いさ。」

 

 

すると、小さな足音を立て、ミレイがぼくに駆け寄って来た。見れば見る程にぼくともそっくりなんだけど、アーチャーの要素があんまり無い様な…?しかしふと、彼女の赤みを帯びた髪色に誰かの面影を感じたのだけれど果たして誰だろうか。

 

 

 

「過保護なキャスターが半身の後先を心配して、使い魔をつくったのさ。」

 

「君が座に帰る分には…今更、引き留めたりしないよ。けど、この子を置いてくつもり?」

 

「ぱぱとままは一人じゃないからな。」

 

 

キャスターが変なことを言う。ぱぱとままは一人じゃない?

 

 

 

「ぱぱ!ままはどこ?」

 

 

ミレイは何故か、ぼくのことまでぱぱと呼ぶので紛らわしい。使い魔に感情や自我は必要無いと言うのが魔術師の中での一般論だけど、こうも人間らしいとどうやって扱ってよいものか困る。

 

 

「君のママはアーチャーでしょう?」

 

「ちがうの!もう一人の方のままよ。」

 

「え?」

 

 

 

ミレイは大きく首を振り、もう一人のままは何故かと聞いてくるから困惑してしまう。キャスターのぱぱとままは一人じゃない発言とか、どういうこと?

 

 

「今頃、もう一人のままなら朝食の後片付けでもしてる頃合いだろう?ほら、アーチャー。最後の一口も早く食べたまえ。」

 

 

 

アーチャーはぼくとミレイに見られながら、罰ゲームを受けさせられてるみたいな顔をして最後の一口を口にした。その様子をキャスターは満足気に眺める。

 

 

「先輩…ミレイのことはリヒトのみに、留めておいた方がいいのでは?」

 

「変に隠す事も無いだろう?」

 

「いや、しかし…」

 

 

 

アーチャーは何やら、ミレイの存在を皆に知られるのが嫌な様子だ。けど、隠し立てしても何れはバレると思う。

 

 

「ママ、ミレイをもう一人のままに会わせたくないの?」

 

 

 

ミレイが頰を膨らまし、アーチャーを不満気に見る。ミレイの言う、もう一人のままって誰のことなんだろう。

 

 

「ミレイ、そんな顔で私を見ないでくれ…いや、そのだな…」

 

「半身、食器を下げて来るからアーチャーを少しの間頼む。行くぞ?ミレイ。」

 

「はーい。」

 

「待ってくれ!先輩…あぁ、行ってしまったか。」

 

 

 

キャスターは食べ終えた食器を珍しく、自分から下げにミレイを連れ立って行ってしまった。アインツベルンの城でのこと、又しても聞きそびれ…いや、此処にも当事者が居たな。

 

 

「アーチャー、ミレイのもう一人のままって誰?」

 

「さぁな…?あの子がそう呼んでるだけだろう。」

 

 

 

アーチャーはわざとはぐらかす。傷は平気?と聞けば、アーチャーは小さく頷いた。

 

 

「バーサーカーとの戦いで、姉さんは君が帰って来たこと自体が奇跡だって言ってたけど…やっぱり、キャスターが何かやったの?シロがさ、あの城でキャスターを見たって言ってるんだ。」

 

「衛宮士郎は城でイリヤに幻術を掛けられて、軟禁されていた。都合のいい幻でも見たのではないかね?」

 

 

 

アーチャーも飽く迄、はぐらかすつもりらしい。って言うかそもそも、アーチャーが一人で帰って来る自体が有り得ないと思うんだよなぁ。

 

 

「アーチャー、バーサーカーの囮になって自分は消滅するつもりだったでしょう?君、人の為なら自分一人位の命なら潔く差し出しちゃうタイプだと思うし…誰かさんみたいに。」

 

 

 

 

アーチャーの眉が、ぴくりと小さく動いた。アーチャーとシロは、本当によく似てる。

 

 

「……キャスターが何やったか知らないけど、君のそんな自殺行為をキャスターが見逃す筈無いんだよね。君のことモノみたいな扱いして悪いんだけど、キャスターは自分の所有物に勝手なことされたらキレるし。それが例え小さなイリヤスフィールでも、容赦しなかったよ。」

 

「知ってるさ…先輩は最悪、イリヤスフィールをバーサーカーごと殺すつもりだったんだろ。全く、いつも呑気そうに腑抜けたツラをして、腹の内では何を考えているのか分からないから半神様は恐ろしいな。」

 

 

 

あぁ、やっぱりキャスターの奴…自然と溜め息が漏れた。たまに、ぼくでもキャスターが何を考えているのか分からない。

 

 

「あのサーヴァントの扱いには困るだろう?君も。最弱クラスのキャスターとして現界してはいるが、蓋を開けてみればあの中身はとんでもないぞ。バーサーカーとして現界しなくて良かったな。」

 

「……やめてよ。キャスターがバーサーカーなんかで現界したら、それこそ手に負えない。」

 

 

 

アーチャーが皮肉気に笑う。キャスターはあれでも、相当格落ちした現界をしている。バーサーカーなんかで現界したらリミッターなんて存在しないし、彼が復讐の権化と化した最期がそのまま再現されてしまう。クラスチェンジでバーサーカー化してもほんの数分の変化が限界だ。

 

 

「やっぱり、キャスターが何かしたんだね。」

 

「先輩は何もしてないさ。」

 

 

 

アーチャーは妙に、含みのある発言をする。

 

 

「シロが見たっていうキャスター、イリヤスフィールをイリヤ姉さんって呼んでたんだってさ。あと、あんまり意味のよろしくなさそうなスラング混じりに毒吐かれたってシロはすっかりショック受けちゃったみたいでね。それ、絶対キャスターだけどキャスターじゃない気がするんだよ。ねぇ、アーチャー…本当に何も知らない?」

 

「知らない。」

 

 

 

アーチャーは頑なに知らないと突っ撥ねる。絶対、これはなんか知ってる顔だ。もういいや、話を変えよう。

 

 

「じゃあいいよ、もう君には聞かない。そう言えばさ、ミレイってぱっと見…君とあんまり似てないよね。」

 

「私に似なくて正解だ。むしろ、君や先輩によく似ていて私は安心してる。」

 

「似てたら困ることでもあるの?それはそれでかわいいとぼくは思うんだけど。」

 

 

 

アーチャーが珍しく、ムッとした顔でぼくを見る様は何処か幼さがあって誰かと似てる。

 

 

「あと…あの子のあの髪色、誰に似たんだろうね?キャスターは黒髪だし、君も白いから不思議だったんだ。」

 

「さ、さぁな…」

 

 

これ以上、アーチャーをいじめるのはやめよう。何と無く、彼もこれ以上の追求はやめてくれって顔してるし。

 

 

 

「……ごめん、君をいじめ過ぎた。そんな顔しないでよ、誰かさんみたいで罪悪感がするから。」

 

「私はあいつではないと、何度言ったら気が済むんだ君は。」

 

 

アーチャーの機嫌をかなり損なわせたらしい。ごめんねと謝ったけと、彼からフイと視線を逸らされてしまった。

 

 

 

「リヒト…確かに、私はバーサーカーとの戦いで消えるつもりだった。私はどうせ写し身だ、私が消えても本体には何ら支障もない。だから、いつ消えても別に良かったんだ。凛達を守れるなら、それで。」

 

「君、そんなこと考えてたの?」

 

「最後まで聞け!だが…先輩が、もっとみっともなく生き残ろうと足掻けなんて言ったんだ。先輩を見ていると、どうしても生前を思い出す。」

 

 

キャスター、アーチャーにそんなこと言うなんて本当に珍しい。本当、キャスターのアーチャーに対する執着は何処から来ているんだろう。

 

 

 

「生前も、何度と死を覚悟したのに…何度も死の淵から掬い上げられてしまった。例の、先輩そっくりな奴にだ。何度も命を救われ、本当にそいつが死にかけた時は自分が命に代えても助けようと思った。その時になって、やっとの思いで彼だけを助けた。だから何も恨むことは無かったさ、彼を置いて行くことだけは唯一の心残りだったが。」

 

 

アーチャーがどんな最期を迎えたのかは、知らない。けれど、キャスターそっくりな誰かが居てくれたおかげで彼なりに満足のいく最期だったと思う。

 

 

 

「私は英霊になってから…まぁ、君なら守護者の仕事も分かるだろう?何度も人の滅びを回避する為、アラヤに使われる内に彼のことも何もかも、忘れ去ってしまった。ひどい話だがね。人だった時の記憶など、その程度さ。残ったのはひどい虚無感と絶望だけだった。」

 

 

キャスターはアーチャーのことを、頑張り過ぎてああなってしまったのさと言っていた。忘れ去ってしまったという割には、思い出してるじゃないか。

 

 

 

「忘れたって割には君…その人のこと思い出してるじゃないか。」

 

「召喚されて直ぐなど、彼そっくりな先輩が目の前に現れた所為で頭痛がひどかったんだぞ!?」

 

「キャスターの奴、その日はヤケに上機嫌でさ。まるで、楽しみそうに何かを待ってた感じだった。まさか…君のこと待ってたの?」

 

「さぁ?それは知らないが、初対面からやけに気に入られてしまってこっちはいい迷惑だった。」

 

 

初対面から気に入られたってつまり一目惚れじゃないかと気が付いて、もう本当にキャスターの奴はどうしてしまったんだろう。

 

 

 

「うっわ…キャスターの癖に、一目惚れとからしくない。」

 

「なッ!?」

 

 

アーチャー、それ確実にキャスターの一目惚れだよ。まぁ確かに、アーチャーも整った顔立ちの部類には入ると思うけどさ。

 

 

 

「そっかーキャスターの一目惚れかー。君も災難だったね、キャスターに目を付けられちゃって。」

 

「全くだ!勝手にパスを繋げられ、忘れてた記憶を次々と引きずり出されて数日は偏頭痛がひどかったんだからな!」

 

 

いつの間にか、アーチャーのキャスターに対する愚痴聞きみたいになってるけどまぁいいや。半分は惚気話になってる気もするけど。

 

 

 

「アーチャー、まさか君が消滅しなかったのって姉さんからの魔力供給の他にキャスターからの魔力譲渡もあったから?うっわぁ、本当勝手なことしてくれたなキャスターの奴…ぼくの立場が無いよ。」

 

「君には悪かったと思ってる…しかし、パスを切ろうとしたら先輩がうるさいんだ。」

 

「キャスターが本当にごめん。ところで聞くけど、君ってバイセクシャルなの?キャスターの時代は同性同士も割と大らかだったと言うか…君もキャスターと、その…あんまり抵抗が無さそうだから。経験、あるのかなって。」

 

 

思い切って踏み込んだ質問をしてみると、アーチャーは大袈裟なまでにのけ反った。あ、これは…と思いかけ、多分相手はその誰かさんだろうなと察する。

 

 

 

「…あ、言わなくていいよ。相手は何と無く、分かったから。」

 

「違う!彼とはその…彼の元職業柄、大っぴらな事には出来な「ねぇ、まさか相手の職業が同性とかご法度な感じ?」

 

 

アーチャーがしまったという顔をして、口元を手で覆う。キャスターも元神官だけど、アーチャーのお相手とやらもそういう系のお仕事をなされていたらしい。

 

 

 

「君、あんまり古い時代の英霊じゃ無さそうだし相手が元神父さんか元牧師さんとか?うっわぁ、そこまでそっくりだと運命感じちゃうよね君も。」

 

 

顔や職業まで似てるって、出来過ぎにも程がある。アーチャーはまごついていたが、恐る恐るキャスターのそっくりさんについて話し出す。

 

 

 

「元神父で、軍人でもあった…激しい紛争地域で、元は従軍の神父をしていた様な男だ。」

 

 

従軍神父って仕事があるのは知ってる。けど、余程の信仰心と肉体的にも精神的にも強くないと絶対に出来ない仕事だ。

 

 

 

「中々、特殊なお仕事されてたんだねその人…君が命を何度も救われたって聞いて、納得した。君、元は軍人か何か?何度も死にかけたってことは、そういう地域に君も居たんだし。」

 

「いや…私は本職というよりも何と言うか、フリーランスの仕事をしていたから…傭兵の様なものだった。彼とはたまたま、難民キャンプで再会したんだ。その時には彼は退役して神父の職も辞して、民間団体でボランティアをしていたか。私を追いかけて、ずっと私を探していたと聞いたらどう思う?」

 

「思ったんだけどさ、その人も相当君のこと好きだよね?神父で同性ってご法度だし、中には元々そういう嗜好の人で葛藤した末に教会の門を叩く人も居るけど。神父になるって相当根気強くないとなれないよ?それをあっさり辞めるって、そういう事でしょうに。」

 

 

多分、アーチャーとその人は長年の付き合いだったんだと思う。それが色々あって、別々の道を歩んでやっぱりアーチャーが忘れられなかったその人が信仰心も何もかもかなぐり捨ててとか何処のドラマか小説だと言いたくなる。

 

 

 

「…君、神職者を惹きつける呪いでも持ってるの?」

 

「私もかなりの不心得者だが、呪いを受ける様な過ちを犯した覚えは無いさ。」

 

「けど、君…中々罪深いよね。神職者二人も振り回すなんて、相当だ。」

 

「うるさい…それに、君には言われたくない。」

 

 

何故かアーチャーに怒られてしまった。けど、アーチャーが生前のことをぼくに話してくれるのは珍しい。

 

 

 

「ひっどいなぁ。ねぇ、アーチャー…何でそんなこと、ぼくに話してくれたの?」

 

 

恥ずかしそうにしていたアーチャーだが、急に真摯な眼差しでぼくを見てくるから思わず心臓が緊張感で高鳴る。

 

 

 

「君には…先輩や、彼の様にはなって欲しくないからだ。」

 

「ちょっと待ってよ、それまさかぼくとシロのこと言ってる!?まぁ、シロのことは放って置けないし…好きだけど!そういう意味では見てないよ!」

 

「なら、凛と早くどうにかなってしまえ。」

 

「何でそこで姉さんが出て来るのさ!」

 

「……君が凛を姉さんと呼ぶ限りは、道も遠そうだな。それと、衛宮士郎の事では無く君自身のこれからについて言ったつもりなのだが?」

 

 

今度はこっちが赤面する場面だった。あれ?何で、こんな話になったんだっけ…?アーチャーがしてやったりと、ぼくに対してにやりと笑う。

 

 

 

「ぼくは神父にもならないし、軍人にもならないよ!魔術師は魔術師で血統云々にうるさいし、魔術協会の貴族然とした鼻持ちならない青い血の連中はもっと苦手だ!だから悩んでるんだよ!」

 

「いっその事、冬木に留まってバーテンダーでもしたらどうだ?その方が平和でいいかもしれないぞ。あの店、中々いい店だな。」

 

 

ちょっと待って!何で君、ぼくのバイト先に行って来たみたいな発言してるのさ…!?

 

 

 

「以前見かけた君目当ての外国人常連客に鉢合わせして、二度と来るなと睨みを利かされてな。私も命が惜しいから、馴染みの店には出来そうもないのが残念だ。」

 

 

しかも王様と鉢合わせしちゃったの!?知らない、ぼくが知らない所でそんな事があったなんて話…アーチャーが今度は、ぼくを追い詰める。

 

 

 

「しかし、何故また以前の聖杯戦争に参加していたサーヴァントが受肉しているのやら…あれだろう?先輩の兄というのは。」

 

「そ、れは…」

 

「弟を私に取られて、君に相当ご執心の様だ。」

 

 

アーチャーなら、多分王様の真名も知ってる。

 

 

 

「アーチャー、そのこと…姉さんに、話したの?」

 

「いいや?私も見張りをさぼって、君の働いてる店に行ったことが凛にバレたら何をされるか分からないから何も喋ってはいないさ。」

 

 

アーチャーはまだ、姉さんに何も喋ってない。姉さんに隠してること、多過ぎていざバレたらぼくも此処にはいれない。

 

 

 

「……安心しろ。君が何を隠しているのか知らないが、先輩やミレイの事もあるし私は何一つ自分のマスターに話すことは無い。お互い、私たちは共犯者だ。だから、君もこれ以上の私に対する追求はやめたまえ。それでお互いに、プラマイゼロだ。」

 

 

アーチャーの方が駆け引きは一枚、上手だったらしい。ほっと、胸をなで下ろす。

 

 

 

「わかった、じゃあ…最後に一つだけいい?」

 

「何だね?」

 

「キャスターの事は兎も角さ、その…誰かさんのことは吹っ切れたの?なんか、キャスターの勝手ばかりで君に悪いなって。」

 

「彼も先輩も、私にとっては同じだ。優劣をつけるつもりも無いよ。二人共、それは割り切ってるんじゃないか?」

 

「まるで、その人も君とキャスターの関係知ってるみたいに言うよね?変なアーチャー。ねえ、その人ってキャスターに似てるってことはぼくにもそっくり?」

 

 

いたずら心でそう聞けば、アーチャーは不意にぼくの頭を撫でて来た。びっくりして、アーチャーを見ると彼は何処か困った顔をして笑う。

 

 

 

「…君には似ても似つかないさ。なられても困る。」

 

「よかった。」

 

 

彼の笑った顔はやっぱりシロに似てるんだけど、ぼくは気付かないフリをした。




補足

弓兵さん、生前の記憶プラスαでオリ主の知らない所で我様と
面識アリ。本編の何処かでオリ主のバイト先にこっそり来店済み。
我様と鉢合わせして、死にたくなければ二度と来るなと凄まれて
面倒事回避の為に弓兵さん撤退。そんな感じ。

この時点でオリ主はアーチャーの正体に何と無く気付いてるものの
弱みを握られ、それ以上の追求はやめる。


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第三十一話 必然と偶然のいい塩梅

朝食を各自取り終え、リヒトはアーチャーのいる部屋に行ってくると居間からいなくなった。

 

 

それと入れ替わる様にして、キャスターが食べ終わった食器を持って帰って来る。珍しいこともあるものだ。キャスターは基本、自分が食べ終わった食器はリヒト任せにしてしまうから。

 

 

 

ふと、居間に入ってきたキャスターの足元に何かがぴったり身を寄せている。何かと視線をゆっくりスライドさせると、見覚えのあり過ぎる瑠璃色と視線が交差して思わず刮目した。

 

 

キャスターの足元に、やや気恥ずかしそうに身を寄せていたのは顔立ちが幼い頃のリヒトそっくりな見知らぬ小さな女の子。セイバーは目を丸くして、遠坂は言葉を失い、イリヤも目をぱちくりさせる。

 

 

 

「おや、先程までの元気はどうした?急に恥ずかしがり屋になったな。」

 

「きゃ、キャスター…あんた、その子…!」

 

 

遠坂がワナワナと、震える指先で女の子を指差す。女の子は何故かジッと、先程から俺ばかりを見つめてくる。

 

 

 

「まま?」

 

 

まるで、雛鳥が初めて見た動くものを親と思い込む刷り込みの様に女の子は何故か俺をままと呼んで場の空気がざわつく。

 

 

 

「ま、ままぁ!?」

 

「シロウ、いつの間に母親になったんですか。」

 

「いや、せめてそこはぱぱだろう…!?セイバー!」

 

 

少女は俺をままと呼び、にっこり笑うとキャスターの元を離れ俺のところに来たかと思えば…また俺をままと呼ぶなり、その小さな手で俺の足元に抱きついて来た。

 

 

 

「シロウはイリヤのお兄ちゃんだもん!」

 

 

イリヤが妙な対抗心を燃やして、もう片方の俺の足元に同じくぎゅうぎゅうと抱き付いて来るから両足を拘束されてしまう羽目になり、動けなくなってしまう。

 

 

 

「おいキャスター!この子、誰なんだ!?イリヤ、痛い痛いって…!」

 

「生まれたての使い魔だ。本官と半身にそっくりだろう?」

 

「この子が使い魔ァ!?」

 

 

キャスターがその子を使い魔だと言うものだから、更に驚いた。この子は見れば見る程、小さな女の子そのものだ。使い魔には全然見えない。

 

 

 

「キャスター!あなた、また私に黙って勝手な事してくれたわね…!?」

 

 

イリヤがキャスターに対して怒りを露わにする。この二人、仲良いんだか悪いんだか分からない。

 

 

 

キャスターの奴、イリヤを俺が連れて来てしまった事を最初は嫌そうにしてた癖に…さっきはイリヤが此処に居れる様、取り計らってくれるみたいに俺を一応は擁護してくれた(気がする)。

 

 

「君も良かったじゃないか、妹分が出来て。」

 

「イリヤお姉ちゃん!」

 

 

 

俺の足元に抱き付いていた見知らぬ女の子がイリヤをお姉ちゃんと呼び、今度はイリヤに熱烈なハグをして当のイリヤはピシリと固まってしまった。

 

 

「い、イリヤお姉ちゃん…!?かわいいフリして、私を籠絡しようだなんて、そ、そうは行かないんだから!」

 

「ミレイ、イリヤお姉ちゃんにも会いたかったのよ。」

 

 

 

砂糖菓子の様にとろりとした子供特有の甘い笑顔を見せ、ミレイというらしい女の子はイリヤをむぎゅうっと抱き締める。あーあーあー…イリヤも陥落寸前だ。

 

 

「もう!リヒトそっくりでイリヤお姉ちゃんなんて言われたら、無下に出来ないの分かっててキャスターが連れて来たんでしょ!?本当、嫌なサーヴァント!」

 

 

 

イリヤはキャスターに散々憎まれ口を叩きながらも、しっかりと女の子を抱き締め返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…黙ってて、悪かった。」

 

 

居ても立っても居られず、アーチャーの部屋に直行した。アーチャーがやや気恥ずかそうに、こほんと咳払いをする。

 

 

 

あの子ならイリヤスフィールと一緒に、シロウとセイバーの鍛錬にくっついて行った。すっかりイリヤスフィールをお姉ちゃんと呼んで懐いてしまい、イリヤスフィールも思わぬ妹分が出来て満更でも無さそうに何だかんだ言って面倒を見ている。

 

 

「…私が女の子がいいと、言ったんだ。そしたら先輩が頑張り過ぎてだな…?随分と人間らしい子が出来てしまったと言うか…先輩自身も、驚いていた。」

 

「サーヴァント同士で更に写し身をつくるだなんて、無茶苦茶よ!それも怪我人のあなたに無理させて…!」

 

「言っておくが凛、私が産んだ訳ではないぞ?」

 

 

 

アーチャーが場違いな訂正を入れて来る。どっちにしたって、あの子はあんたとキャスターの子供みたいなもんじゃない。あのキャスターの手の早さには呆れて物も言えないのと、無駄に人知を超えた魔術力の高さには恐れ入る。

 

 

「…あいつ、前から思ってたけど絶対ただのキャスターじゃないでしょ?」

 

「英霊としての彼は私にとっても、大先輩に当たる古い英霊だ。だから私も一応の敬意を払って、先輩と呼んでる。」

 

 

 

アーチャーがキャスターを先輩なんて、妙な呼び方をしている理由を今更ながらに知った。英霊の格は生きていた時代の古さにも関わってくると言うけれど…あのキャスターを見ていると、古ければいいという訳でも無さそうだ。

 

 

「見れば見る程、あの子…昔のリヒトにそっくりなんだもの。リヒトをそのまま女の子のした感じで違和感無いわ。キャスターとリヒトに区別がついてないのか、二人とも同じ“パパ”だし。」

 

 

何故か、あの子はリヒトの事は兎も角として士郎を母親と見なしている様な呼び方をしていた。キャスターが冗談交じりに、ヒヨコの刷り込みじゃないか?と笑ってた。

 

 

 

「いや…あれでもミレイは先輩とリヒトの区別は付いてるらしい。」

 

「そうなの?あと何故か、士郎をママって呼んでたし。ママはあんたでしょう?顔がちょっと似てるからかしら。」

 

「…君まで私をママ呼ばわりはやめてくれ。今日の朝、ミレイにママと呼ばれて最初は私の事を呼んでいるとは思わなかったんだからな。衛宮士郎の事は知らん。あいつと私の何処が似てるんだ!?君といい、リヒトといい!」

 

 

アーチャー は士郎と自分が似ていると指摘されると、何故か怒り出す。最初、リヒトが言い出したのだ。アーチャー と士郎の顔立ちが似ていると。確かに、見れば見るほど似てる気するから私も不思議に思っているけど、本人が怒り出すから余り触れない様にはしてる。

 

 

あの子に綺礼と似た様な名前付けて、あのキャスターは何のつもりなのやら。本当、あのキャスターの考えてる事がまるで掴めない。

 

 

 

「兎に角、休める時に休んで起きなさい。聖杯戦争も佳境に入った訳だし…」

 

「では、今後の衛宮士郎との同盟関係をどうするつもりなんだね?君は。」

 

 

アーチャーに今一番考えたくないことを聞かれ、どうしたものかと頭を抱えざる得なくなる。

 

 

 

「あんたはそんな体だし、切り札の宝石は全部使い切っちゃったし…どうしたものかしらね?今、士郎との同盟関係を解消して此処を出ても、他のマスターに襲われたら面倒だもの。あんたにはあの子がいるし。」

 

 

今の私達の戦力は心許無い。そこで不図、あいつが私達を此処に留めておく為、イリヤスフィールの監視役をリヒトに押し付け、あの子をつくったのではという可能性に行き着く。

 

 

 

「あいつ…まさか私達の足止めも兼ねて、リヒトにイリヤスフィールの面倒見を押し付けたり、あの子をつくった訳じゃないわよね?」

 

「さぁな?あの呑気者がそこまで知恵が回るとは思えんが。」

 

「…そうよね。流石に考え過ぎか。」

 

 

どっちみち、イリヤスフィールの面倒見をリヒトが引き受けた以上、リヒトは此処に居なければいけない訳で。私も此処を出てくとしたら、リヒトを置いてく訳にも行かないので此処に留まらざる得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久々に剣の稽古とは…精が出るな。」

 

 

束の間の休憩で、井戸にて顔を洗っていたら不意に背後からキャスターに声を掛けられて肩を強張らせてしまう。最近、キャスターとリヒトの声が聞き取るだけで分かる様になってきた。

 

 

 

「きゃ、キャスター…なんだよ?」

 

 

昨日、キャスターに二回も怒られて泣かされたことを思い出し気まずい。キャスターは昨日のこと、何事も無かったかの様にけろりとして俺に話し掛けて来たらしいから余計に。

 

 

 

「……昨日のこと、まだ根に持っているのか?」

 

「お前のせいで、みんなに恥ずかしい所見せちまったんだからな!?」

 

「あれは君の過失だろ?咎めて何が悪い。」

 

 

こいつ!完全に開き直りやがって…!キャスターは飽く迄、自分は悪くないを貫き通すつもりらしいからいっそ清々しい。

 

 

 

「本官が言わなければ、半身が君を咎めていた所だぞ。殴られなかっただけマシと思え?半身は人に対して滅多に手は上げないが、本気でキレたら歯の一、二本は無くなるのを覚悟しておく事だな。」

 

 

昨日、リヒトはキャスターが二回も俺に怒ったのは自分の分も怒ってくれたのかも知れなから自分からは何も言わないと言っていた様な…?つまり、リヒトにマジギレされる可能性もあったらしく、それは御免被りたい。

 

 

 

「昨日のことは悪かった…俺も、反省は…してる。いや、してます。」

 

「本官とてこれ以上、あの一件を蒸し返す気は無い。君もあれに懲りたら、軽率な単独行動は慎むことだ。」

 

 

キャスターは溜め息交じりに何処からかタバコを取り出し、指先で起こした小さな火でタバコの切っ先に灯火する。

 

 

 

「あと…イリヤのこと、ありがとな。あんたにも、てっきり反対されると思ってた。」

 

「姫に君と半身の命をこれ以上狙わない様、制約は取り付けたのさ。姫が取り決めを守らなければ、教会に容赦無く放り込むつもりだった。存外、聞き分けのいい娘だ。」

 

 

ニヤリと、キャスターが口元を吊り上げる。何時の間にイリヤと、そんな約束事を取り決めていたのか。

 

 

 

「いつのまに、そんな…」

 

「姫が言ったんだ。君と半身が居るなら、教会には絶対行きたくないとな。だから彼女が此処にいれる様、取り計らおうと決めたんだよ。」

 

 

キャスターは人を丸め込むのがやたら上手い。イリヤを此処に匿うのを反対した遠坂やセイバーも、あれよあれよと言う内に丸め込んでしまったのだ。まぁ、リヒトがイリヤの面倒を見ると言ったのも大きな要因だろうけれど。

 

 

 

「キャスター…俺、お前がいい奴なのか悪い奴なのか、偶に分からなくなる。つまり、イリヤのこと心配して取り計らってくれたんだろ?」

 

「英霊に善悪の区別など不要さ。あと、本官は反英霊の類だから騎士王の様に善良とは言えないぞ?」

 

「反英霊って、そもそも何々だ…?」

 

 

たまに、キャスターが使う言葉には難しいものや俺には分からないものがあったりする。俺はまだ、反英霊が具体的にどんな英霊なのかイマイチ理解出来ていない。

 

 

 

「つまりは、倒される側の者だ。」

 

「やっぱり…よく分からん。」

 

「詳しくは半身に聞け。本官よりは分かりやすい説明をしてくれるだろ。」

 

 

洗った顔をタオルで拭きながら、よく分からないと言ったらキャスターに詳しくはリヒトに聞けと言われてしまった。理解力が足らなくて悪かったな。キャスターは神様にケンカ吹っ掛けて、こんな風になってしまったとは前に聞いた。

 

 

 

「あんた…神様にケンカなんて吹っ掛けなければ、真っ当な英霊になれたんだろ?俺、反英霊と英霊の違いがイマイチ理解出来てないけどさ。」

 

「もし仮に、本官が真っ当な英霊になれたとしたら…そもそも半身は生まれなかったし、半身が君と出会うことも無かったろうに。」

 

 

キャスターが珍しく、皮肉げに笑った。何で、キャスターは真っ当な英霊になれたらリヒトが生まれなかったんだよ。もしもリヒトと出会うことも無かったらと考えたら…ひどく、寂しい気持ちがした。

 

 

 

「余り、らしくもなく難しいことを考えるな。君は半身と会えて良かったと、そう思ってくれるならそれが何よりだ。」

 

「…どういう意味だよ?それ。」

 

「他意は無いさ、そう拗ねるなよ?世の中、上手いこと必然と偶然が折り重なって、よく出来てるものだ。」

 

 

俺が難しいこと考えちゃ悪いのかよ。面白くなくて、唇を尖らせるとキャスターがくすりと笑うから調子が狂ってしまう。

 

 

 

「そんな君には、この御言葉を説こう。人は心に自分の道を思い巡らす。しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である。」

 

 

ふと、キャスターの口調と雰囲気が変わった。この感じ、前にも…?

 

 

 

「だから俺、聖書の言葉とかそういうのわかんないって!?」

 

 

教会にも行ったことない人間にそんな話されても困る!しかし、キャスターは気にせず言葉を続けていく。

 

 

 

「人の行動の結果の背後には、主の深い配慮と慈悲が関係している。先行き見えぬ不安もあるだろうけれど、人は安心して主に身を委ねて信頼し、計画の中でその先の歩みを確固たるものにしろってこと。」

 

 

やっぱり、俺にはキャスターの言葉が難しい。

 

 

 

「…さっぱり、意味が分からないって顔だね?要するに、君はもう少し計画的に行動した方がいいってことさ。後はまぁ、何とかなる。無計画は命が幾つあっても足りゃしないよ。君の場合は特にだ。」

 

「痛ったァ!?」

 

 

俺を見る、キャスターの瞳の色が一瞬見慣れた瑠璃色に瞬いた。かと思えば、キャスターに額を思いっきり小突かれて悶絶する羽目になる。

 

 

 

「急に何すんだよ!!痛いじゃないか!」

 

 

思わず、余りの痛さにしゃがみ込んでしまう。お前、あの一件はもう蒸し返す気無いとか言った癖に!?

 

 

 

「キャスターは案外割り切りいいけど、僕は結構執念深いんだよ。次、また同じ様な事したら今度こそ容赦しないから。」

 

「お前、あの時の…!?」

 

「イリヤ姉さんの事はお礼言っとく。ありがとね、ちっちゃなシロ?」

 

 

キャスターだけど、キャスターじゃない。まるでリヒトの様な振る舞いをするけど、こいつはリヒトでもない。こいつ、誰なんだ?

 

 

 

「おまえ…誰なんだ。」

 

「僕はもう誰でもないよ。君、僕のことあの子にバラしただろう?隠したら彼に嫌われると思った?案外、無鉄砲な癖に君も臆病な所あるから。」

 

 

くすくすと、キャスターだけどキャスターじゃない誰かさんは愉しげに笑う。

 

 

 

「あの子が君のこと、嫌う訳が無いのにさ。一応、忠告しとくけど…あの子、まだ主の所有物だからね?」

 

「な、何の話だよ…!?」

 

 

この誰かさんに、俺は何だかよからぬ誤解をされてる気がする。

 

 

 

「懺悔したければ、告解室は開けとくよ?悔い改めの言葉位は聞いてあげる。」

 

 

まるで、神父の様な物言いで誰かさんは悪魔の様な笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リン、何で無理にリヒトを此処へ連れて来たの?キャスターから、リヒトがリンの家に居候してた話は聞いたけど。」

 

 

居間にて、リヒトから折り紙の鶴の折り方を教わりながら、イリヤスフィールがそんな事を聞いてくる。

 

 

 

「仕方無いでしょう?教会には絶対行かせたくなかったし、かと言って私の家に一人残していくのも気が引けたのよ。」

 

「それ、ほぼリンのワガママじゃない。リヒトはあなたの弟みたいなものかもしれないけど、その前に私の弟でもあるんだから。」

 

 

要するに、彼女はこれ以上リヒトを困らせる様な事はするなと言いたいらしい。この子、見た目は幼い少女のそれだけど一体幾つなのよ?ミレイよりは幾分か年上だろうけれど、本当に謎だ。

 

 

 

「どうしてリヒトがあなたの弟になるのよ?むしろ、あなたが妹って感じじゃない。」

 

 

アーチャーはまぁ、キャスターに任せとけばいいだろうし、私も手持ち無沙汰で居間にてぼぅっとしてたらリヒトがイリヤスフィールとミレイを居間に連れて来たのだ。

 

 

 

差し詰め、イリヤスフィールがシロウに遊び相手をせがんでリヒトが代わりにその相手を引き受けたのかしら。リヒトも、今日は綺礼から言い付けられた仕事も無いみたいだし。

 

 

「お母様がリヒトを息子が出来たみたいって言ったから、私にとってはリヒトは弟も同然だもの。」

 

「お母様って…リヒト、あんたイリヤスフィールの母親と面識あったの?」

 

 

 

リヒトとイリヤスフィールの母親に面識があるとしたら、恐らくは前回の聖杯戦争で知り合ったに違いない。

 

 

あの当時、リヒトも私やお母様と一緒にお母様の実家に避難する話も当初は出ていたのだ。けれど、お父様がやはりリヒトも此処に残ることになったと…急にリヒトの残留を決めたのだっけ?何があったのか、お父様はもう居ないし、今更知る術は無いけれど。

 

 

 

「昔ね、お世話になったんだ。イリヤスフィール、そこは三角に折って。」

 

「はーい。」

 

「あんたはまたそうやって、大事な事を後出しして…!もっと早く言いなさいよ!」

 

「事態が余計こんがらがるから、収束するまで黙っとけってキャスターが。」

 

「あんのキャスター…!!」

 

 

リヒトはイリヤスフィールの母親と面識があった事を、今更なタイミングで私に明かす。あのキャスター、後で覚えときなさいよ!?リヒトはイリヤスフィールに対してすっかりお兄ちゃん顔で、彼女からは弟扱いされているから変な感じがした。

 

 

 

「リヒト、イリヤの事もイリヤ姉さんって呼んでいいのよ?いつまでもイリヤスフィールだと他人行儀みたいだもの。」

 

 

イリヤスフィールはぴたりとリヒトに身を寄せて、自分のことを姉と呼んで欲しいとリヒトにねだる。シロウにもべったりだったけど、リヒトにも同じ位べったりだ。

 

 

 

「凛お姉ちゃん、ここどうやるの?」

 

「え?私?あ、えっと…そこは四角に折ってから、開いて…そうそう、上手ね。」

 

 

すると、黙々と折り紙をしていたミレイが私に折り方を教えて欲しいとせがんでくる。褒めれば彼女は照れ臭そうに笑うから、可愛げの無いキャスターやアーチャーには似ても似つかない。

 

 

 

「じゃあイリヤ姉さん、むしろぼくは姉さんに此処に連れて来られて良かったよ?この数年、訳あってぼくもシロウと疎遠になっちゃってたから…仲直りのいいキッカケになったし。」

 

 

リヒトはイリヤスフィールの希望通り、彼女をイリヤ姉さんと呼んで、自分は此処に来れてよかったと言うけれど…本当の所、私のワガママにリヒトを巻き込んだ訳だからちょっと申し訳無い気がした。

 

 

 

「わ、私だって…リヒトが此処にいて、嬉しい誤算ではあったけど…!」

 

 

イリヤスフィールは急にリヒトからイリヤ姉さんと呼ばれて、照れてしまったのか恥ずかしそうに白い彼女の頬が薄っすら赤く染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーチャー、姫を避けてないか?」

 

 

先輩からイリヤを避けていないかと真っ向から指摘され、答えに窮してしまう。

 

 

 

「…何を話す事がある?このまま、聖杯戦争が終わるまで彼女と言葉を交わすつもりは一切無い。」

 

「何の意地を張っているのか知らないが、このまま彼女と言葉も交さぬまま座に帰るのは…心残りが出来るぞ?」

 

 

オレと彼は、バーサーカーを消滅させる直接的な原因をつくった。彼は知らないが、オレは彼女からすれば憎い筈だ。心残りも何も無い。

 

 

 

「今朝、貴殿が何者なのか姫から聞かれた。」

 

「余計なことは喋ってないだろうな?」

 

「彼や本官から彼女に君の正体を明かすのは面白味が無い。だから彼女には自分で考えて欲しいと「キャスター…いる?」

 

 

その時、不意に襖の向こうから聞こえた珍しく遠慮がちな幼い声。霊体化しようとしたら先輩に即止められ、思わず何のつもりだと言いかけて先輩の手に口を塞がれる。

 

 

 

「いるともさ。どうした姫?用があるなら入ってくればいい。」

 

 

そっと、襖の開く音。先輩のオレの口を塞いでいた手が離れる。イリヤの方から、わざわざ此処に来るとは思わなかった。そっと、目線を逸らす。

 

 

 

イリヤは眠そうに目元をこすりながら部屋へ入って来るなり、オレの事を多少は気にしながらもぽてりと先輩の膝に頭を乗っけて横になる。まるで、父親に甘える幼い娘の様な無防備さだ。

 

 

「…差し詰め、お昼ごはんを食べてミレイと二人して眠くなったか?」

 

「リヒトの膝はミレイに譲ったわ。イリヤ…偉いでしょ?褒めてもいいんだから。」

 

「そうかそうか、えらいなぁ…君は。」

 

 

 

先輩はイリヤに偉いなと言って、彼女の頭をふわりと撫でる。お昼ごはんを食べて、ミレイと二人して眠くなったらしいが、イリヤはリヒトの膝枕をミレイに譲って自分は先輩の所に来た様だ。

 

 

すると、不意に彼女がこちらを、眠そうながらにその透き通る様な紅い目でジッと見つめてきた。

 

 

 

「バーサーカーのこと気にして、私のこと避けてたの?サーヴァントの身で、下手に罪の意識なんか持たないでよ。サーヴァントは負けちゃえば、みんな消えるものでしょう?シロウ。」

 

 

彼女の方がオレなどよりずっと、割り切りがいい。彼女を避けていたことも、先輩と同じく彼女自身に見抜かれていた様だ。

 

 

 

オレの知る彼女がオレをそう呼んでいた様に、その名前を呼ばれてしまえば観念するより他無かった。詳しい話は後にしようと先輩がイリヤに囁きかけると、イリヤはゆっくり目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……気持ち良さそうに寝てるなぁ。」

 

 

昼食後、イリヤとミレイが眠くなってしまいリヒトが寝かしつけて来ると言ったきり戻って来なかった。

 

 

稽古も終わり、遠坂の部屋での魔術講義から居間へ戻ると、リヒトはミレイと一緒になって規則正しい寝息を立てていたのだ。

 

 

 

俺より一足先に、居間へ戻っていたセイバーはイリヤならキャスターの所に行ってると言う。

 

 

昨日の今日で急に二人も同居人が増え、リヒトもその面倒見で少し疲れたのだろう。

 

 

 

「リヒトもミレイを寝かしつけてる間に、寝てしまいまして。」

 

 

セイバーがふっと優しげな笑みをこぼす。リヒトとミレイの寝顔はそっくりで、見てるこっちも何だか微笑ましい気持ちになる。

 

 

 

「俺は夕食の準備するけど…セイバーはどうする?」

 

「なら、先にお風呂を頂いてもいいでしょうか?シロウ。」

 

「あぁ、分かった。久々の稽古だったもんな。」

 

 

セイバーはいつも夕食後に入浴することが多いのだが、今日は久々の稽古で汗を掻いただろうし先に入ってもらう事にした。セイバーがいなくなり、ふとリヒトを見る。

 

 

 

リヒトがこんな時間まで寝てるなんて珍しい。イリヤとミレイの面倒を今日はずっと見て貰ったし、起きるまではそっとしておこう。

 

 

にしても、この二人本当にそっくりだな?兄妹と言うよりは…まるで親子みたいだ。現に、ミレイはリヒトもぱぱと呼んでるし。

 

 

 

いずれ、リヒトも誰かと結婚して本当の父親になるのかなと漠然とした考えがよぎる。神父になるって、可能性もあるけど…そう考えて、やめた。

 

 

「…全部、リヒトの所為だからな。無防備に寝ちゃってさ。」

 

 

 

自分でも、なんでそんな事しようと思ったのか分からない。けど、いつもリヒトが俺にしてる事だし、抵抗感はもう然程無くて…意外と、リヒトの頬は柔らかかった。リヒトが寝てるのをいい事に、俺は何やってるんだか。

 

 

『一応、忠告しとくけど…あの子、まだ主の所有物だからね?』

 

 

 

今日の、誰かさんの言葉が脳裏をよぎる。いけないことをしてる自覚はあるが、リヒトはリヒトだしもの扱いするなっての。

 

 

「……まま、ぱぱ起きてるわ。」

 

 

 

傍から、眠たげな幼い声がして驚きで後ずさる。いつの間に起きていたのか、ミレイが眠たそうにむくりと体を起こす。え…?今、誰が起きてるって言った??

 

 

「シロ…ついさっきの、いつものぼくに対する仕返し?」

 

「リヒト…!?」

 

 

 

いつから起きてたんだよ!?リヒトが何でも無さそうに、大きく伸びをしながら起き上がるのを見て完全にパニックになる。

 

 

「セイバーがお風呂入りに行った辺りから、起きてたよ。」

 

「起きてるなら起きてるって言えよ!いつも俺にばっかりあんなことして、リヒトが無防備に寝てるから、仕返ししてやろうと思ったら…!」

 

「ふふっ、シロってば顔真っ赤だよ?仕返し失敗じゃないか。」

 

 

 

リヒトに笑われてしまい、恥ずかしいやら消え去りたいやらで、自分でも途中から何言ってんだよくか分からなくなる。すると、ミレイが俺に更なる無邪気な追い討ちをかけて来た。

 

 

「まま、ミレイにもして欲しいわ。ああいうの、しんあいのきすって言うんでしょう?パパとママはお口でしてるけど。」

 

「んなっ!?」

 

 

 

ちっちゃい子供の前で、何やってんだよあいつら!?リヒトが見兼ねて、苦し紛れの言い訳をする。

 

 

「……ミレイ、あっちのパパとママはぼくたちと違うから。ミレイがままのほっぺにキスしてあげたら、ままもしてくれるよ?」

 

 

リヒト、お前まで何言って…!?そう思った時には既に遅く、俺の頬に、ふにっとした感触。使い魔という割に、愛情表現をするなんてミレイは随分と人間らしい。彼女の小さな体を抱き寄せ、リヒトがいつもしてるやり方を思い出しながら恐々とミレイの頬に俺からもキスをする。恥ずかしいにも程がある!!

 

「まま、大好きよ。」

 

 

 

親鳥に懐く雛の様に、ミレイが俺の頬に自分の頬をうりうりとすり寄せてくる。この子、リヒトは兎も角、何で俺をままと呼ぶんだか。

 

 

「…何でミレイは俺をままって呼ぶんだ。」

 

「ママはままで、ままはママだもの。パパはぱぱだし、ぱぱもパパよ?」

 

 

 

ミレイの言ってる事がさっぱり分からない。リヒトも昔は不思議な奴だったけど、ミレイも中々に不思議な子だ。

 

 

「ねぇ、ぱぱはままにしないの?ぱぱもしてあげなくちゃ。」

 

「そうだね。ぼくからもしないと。…シロ?ちょっと屈んで。」

 

 

 

無邪気な子供は恐ろしい。観念したリヒトに少し屈んで欲しいと言われ、もうこの際致し方無いと自分も言い聞かせる。

 

 

頬にそっと、リヒトの手が添えられる。そして目元をくすぐられる様に撫でられ、俺の頰へと穏やかに唇が触れた。

 

 

 

使い魔とは言え、誰かに見られながらって相当恥ずかしい。もう変な気まぐれ起こして、自分からリヒトにあんな事するのはやめようと誓った。




切りどころが分からなくて、一万字行きそうになってたので一旦締め。とある界隈で赤い弓兵さんはママと呼ばれてるので、そのまんまです。士郎もなんか増えた子から舌っ足らずにままと呼ばれる。微妙に“ママ”と“まま”のイントネーションが違う設定。


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第三十二話 お姉ちゃん命令は令呪より重い

思えば、生存者の子供らの様子を初めて見に行った日から、息子はとある一人の子供を気にかけていた。

 

 

担当医に聞けば、搬送されて以来…その子供だけ中々目を覚まさないという。奇跡的にも、命に別条は無いらしいが。

 

 

 

担当医も命に別条は無いと言っていたから、その内目を覚ますだろうし放って置けと言っても息子はその子供の為、ほぼ毎日一人で病院へ足を運んでいたか。

 

 

それがある日、ようやく目を覚ましたらしい。丁度、私が子供らの引き取り手続きをしに息子を連れて病院を訪れていた日に。

 

 

 

息子の要らぬ献身さが、どうやら主に届いてしまった様だ。いっそ、そのまま目を覚まさずとも私は構わなかったのだが。

 

 

その子供が一足先に、誰かに引き取られたという。他の子供らを引き取りに行く、前日の事。一つだけ、用意したものが余ってしまったなと少し残念に思う。

 

 

 

それから息子が時折、教会を抜け出して何処かへ行っているらしい事は把握していた。しかし、私も多忙な身で息子に構う時間も少ない為に、構えとせがまれるよりはマシかと思い、好きにさせていた。

 

 

恐らくは、あの気にかけていた子供の貰い先だろうと、余り関知はしなかった。

 

 

 

「衛宮切嗣が死んだぞ。」

 

 

それから幾年か経ったある日、あの男の死を報される。私の神父服を勝手に拝借し、何処かへ出かけて雨で服をずぶ濡れにさせた息子そっくりなサーヴァントを叱責した時にだ。

 

 

「まさかお前…衛宮切嗣の葬儀に行ったのか。」

 

「一応は半身の命の恩人だからな。死んだとなれば、せめて義理立せねばなるまい。」

 

 

それからぱったりと、息子は教会を抜け出す事も無くなり妙に大人しくなった。それから数年は冬木を離れる期間も長くなり、息子を仕事に同行させたりなど多忙な年月が過ぎて行くことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……昨日、バーサーカーの反応が消えた。」

 

「エミヤがバーサーカーのマスターに拉致られて、姉さんとアーチャーがセイバーと救出に行ったり、バタバタしてたみたいだよ?ぼくは一切、関知してないけど。そしたら驚いた事に、エミヤがイリヤスフィールを戦利品として連れ帰って来るんだからびっくりだよね。」

 

 

バーサーカーの反応が消えたことを、教会にて管理しているサーヴァントの数を常に把握することが出来る魔術道具にて知り、息子からの報告が無いので妙だと思い、一日置いて私から連絡したら…何故か、キャスターが出たのだ。いや、キャスターの中のもう一人か。

 

 

 

「息子のフリをした所で、私が騙されると思ったか。息子は何処だ?」

 

「おんなじ声なのに、何でバレたの?父さんといい、姉さんといい…怖いんだけど。あの子なら今、立て込んでるよ。だから僕が出た。」

 

息子は立て込んでいるなどと白々しい嘘を言う、奴の何食わぬ声が非常に不愉快だった。

 

 

 

「…何でこっちに寄越さなかったんだって?イリヤスフィールの所有権は一応、エミヤにある訳だし。あの子がどうこう出来る権限がある訳でも無いだろ。それに、エミヤが匿うって言ったんだ。」

 

 

いけしゃあしゃあと、奴は語る。今、イリヤスフィールの身柄は衛宮士郎の拠点にあるらしい。

 

 

 

「これからイリヤスフィールを狙って、他のマスターがエミヤの家に強襲をかけるかもしれないけどね。」

 

 

柳洞寺のキャスターがイレギュラーな手段を使って、自らアサシンを召喚した話は息子から報告を受けていた。

 

 

 

「バーサーカーの一件、本当に息子もキャスターも一切関わっていないのか。」

 

 

第五次聖杯戦争において、召喚されたサーヴァントの中でも最強であろうヘラクレスを衛宮士郎と凛のサーヴァントだけで倒したというのはどうにも引っかかる節があった。

 

 

 

「おかしなこと聞くね?キャスターとあの子は一切、何もしてないよ。嘘は言ってない。」

 

「私はおまえも含めた意味で、聞いているんだ。」

 

「さぁ…何も知らないよ?僕は。」

 

 

これ以上の追求は時間の無駄か。奴がバーサーカーの一件で、何かしたという決定的な証拠が手元にある訳でも無い。

 

 

 

「姫が教会には行きたくないとゴネたんだ…致し方あるまい。」

 

 

奴とキャスターが入れ替わる。まるで、人格そのものが交代するかの様に。息子とほぼ同じその声は、幾分か息子よりも年寄り臭く聞こえるから直ぐに判別はつく。

 

 

 

「衛宮士郎にイリヤスフィールを匿う様、入れ知恵したのはお前か?キャスター。」

 

「さて、何の話だ?本官はただ此処にも教会関係者がいるのだから、別にわざわざ姫を教会に行かせずともいいじゃないかと言っただけだぞ。」

 

「お前の姦計に…「息子を巻き込むなと?」

 

 

受話器越しに、キャスターが低く笑う声がした。

 

 

 

「半身はこの家にも、よく馴染んでいる。教会に居た頃より、笑った顔も多く見せる様になった。元より、たまに足を運んでいた場所だからな。」

 

「…時折、教会を抜け出して何処に行っているのかと思っていたが、そういう事か。」

 

「昔、あの大火災の折に生き残った子供らの中で半身が一際気にかけていた子供がいただろう?」

 

 

それが、衛宮士郎だと。そう気付いたのは、あの夜のこと。そして、凛が無理やり息子を衛宮士郎の邸宅へと連れ込んだ。

 

 

 

「今更、子供の付き合いに親が口出しするべきではないぞ?ではな、神父。」

 

 

そして、通話が切れた。傍で、私とキャスターの通話を聞いていたギルガメッシュが明らかな苛立ちを見せながら口を開く。

 

 

 

「人形を囲い込んで、何のつもりかと思えば…あの愚弟め、今度は兄である我にまでいよいよ刃向かう気か。」

 

「……ギルガメッシュ、ランサーが消滅するまでは表に出るなと命じた筈だが?」

 

「王である我に指図するな。いつ動くかは我自身が決める。」

 

 

ギルガメッシュめ、何故だか知らないがここ最近やけに不機嫌な日が多く、血の様に紅い目が一際物騒に爛々としていた。こちらとしてはお前達に兄弟喧嘩をさせる為、十年も現界を維持させてきた訳では無いというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その携帯…リヒトのだろう?」

 

 

先輩はリヒトの私物である、青い携帯を手の中でもて遊ぶ。いつの間に、持ち出したのか。

 

 

 

「そろそろ、神父の方から連絡が来るのではと思ったからだ。半身がわざと報告を先延ばしにしていたからなぁ?神父に対して、多少の後ろめたさがあると見た。折り返しは不要だと伝えねば。」

 

 

つい先程まで、先輩は隣にオレが居るのも構わずに神父とその携帯にて通話していた。眠るイリヤをオレに託し、神父相手に人の悪い笑みを浮かべながらだ。すると、先輩が妙な事を言い出した。

 

 

 

「今の内に、貴殿には謝っておこう。主に身内絡みで、これから貴殿にも多大なる迷惑をかけるだろうからな。一旦、半身に携帯を返してくる。」

 

 

不穏な言葉に対し、一抹の不安を覚えてどういう意味だと口を開きかけて出た言葉は、あてがわれた先輩の口唇に押し戻された。イリヤがまだ寝てるのをいい事に、隙あらばこの男は…!

 

 

 

「すぐに戻る。姫を頼むぞ?婿殿。」

 

 

先輩が出て行って間も無く、そばで寝ていたイリヤが身じろぎをしたかと思えば、薄っすらと目を覚ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ…?キャスターは?」

 

「ついさっき、用があると部屋を出て行った。すぐ戻るさ。」

 

 

イリヤがきょろきょろと部屋を見回し、キャスターは何処かと私に聞いてくる。彼女と二人きりというのは、まだかなり気まずい。

 

 

 

「シロウ…って呼ぶと、なんかややこしいわ。みんなの前ではアーチャー 呼びの方が良さそうね。」

 

「好きに呼ぶといい、君なら…構わないさ。」

 

「私の目を見て喋って!キャスターかもう一人のリヒトがいないと、私とまともに会話も出来ないの?」

 

 

イリヤからわざと視線を外し、喋っている内に彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。

 

 

 

「…何か、後ろめたい事でもありそうな顔ね。私に対して、バーサーカー以外の事で。」

 

 

思い返せば、彼女は彼を目の前にしてひどく怒りを露わにさせた。誰が貴方をそうな風にさせたのかと。先輩ではない。彼をあんな風にさせたのは、オレ自身だ。意を決し、口を開く。

 

 

 

「君に、謝らなければならないことがある。」

 

「だから、バーサーカーのことは私が「彼のことだ。」

 

 

イリヤが一瞬、困惑した顔で私を見る。

 

 

 

「彼を…あんな風にしたのはオレだ。後追いの様なことをさせてしまった。すまない、全部、オレの所為なんだ。」

 

 

あふれ出した何かが、堰を切った様にこぼれ出す。気が付けば、オレは泣きながら姉さんに何度も彼のことを詫びていた。涙など、二度と流すことさえ無いと思っていた筈なのに。

 

 

 

「……あなたって、意外と泣き虫だったのね。弟が泣いちゃったら、慰めるのがお姉ちゃんの役割よ。」

 

 

姉さんは怒るでもなく、まるで小さな子どもを慰める様にオレの頭を優しく撫でるから、その優しい手が余計に泣きたくなった。

 

 

 

「あなたに会いたくて、あの子はああなったってことでしょう?あの子が自ら望んで、そういう選択をしたのなら…私がとやかく言う権限は無いもの。あの子を否定したくないから。」

 

 

オレが彼に対して、申し訳無く思うことは彼を否定することになる。姉さんにそう言われて、そんなことに気付くなんてと自分の浅はかさを恨んだ。

 

 

 

「彼は、自分が望んでこうなったと…オレに言うから。それが、余計に…つらかった。」

 

「私こそ、あなた達に謝らないと。気が付かなかったとは言え、私…弟を一人殺しかけたのよ?そう考えたら、ゾッとしたわ。」

 

「父親のこと…まだ、恨んでいるんじゃないのか。」

 

「もう一人のリヒトから聞いたの。キリツグのこと。信じる信じないは私次第だって、あの子言ってた…けど、私はあの子を信じることにしたわ。」

 

 

彼から、聖杯戦争後の父親が何をしていたのか姉さんは聞いていた様だ。まだ、複雑な心境の彼女にどんな言葉をかけたらいいのか、オレには分からない。

 

 

 

「アーチャー 、戻っ…どうしたんだ?」

 

 

空気を読まずに、先輩がリヒトに携帯を返して戻って来た。不本意にも先輩に泣き顔を見られ、言い訳出来ない。

 

 

「おっきなシロウね、ため込んでたものがあふれちゃったみたい。だから、お姉ちゃんの私が慰めてたの。」

 

「夕飯は食べれそうか?なんなら、本官がまた部屋まで持ってくるが。」

 

 

 

先輩にからかわれるかと思ったが、思ったよりも本気で心配された。

 

 

「後で落ち着いたら連れてくわ。遅れたらイリヤとおっきなシロウの分、残しておいて。」

 

「ミレイにもこの部屋には行かぬ様、言っておくか。」

 

「よろしくね。」

 

 

 

先輩は姉さん…イリヤにオレを任せ、自分は居間に行ってしまう。先輩なりに、今度は空気を読んだらしい。

 

 

「オレなど気にせずに、君も行けばいいじゃないか。」

 

「あなたも一緒に行くの!お姉ちゃん命令は令呪よりも重いんだから!」

 

 

 

そう言われてしまっては、オレも従わざる得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャスターとミレイが、何故か夕食に手を付けようとしない。

 

 

「どうしたの?ミレイは兎も角、あんたが食事に手を付けないなんて…早くしないと冷めちゃうわよ。」

 

「本官とミレイは気にしないでくれ。」

 

 

キャスターは湯気を立てるシチューを凝視しながらも気にしないでくれと無茶なことを言うから、姉さんが若干キレ気味に言い放つ。

 

 

「あんた、いつもならもうおかわりしてる位の時間なのに一切手を付けてないんだもの!気にするわよ!」

 

 

 

確かに、いつものキャスターなら既に二杯目か三杯目のおかわりをしてておかしくない。

 

 

「ミレイ?シチュー、美味しいですよ。」

 

 

 

セイバーもミレイを心配し、シチューが嫌いなのかと問い掛けるとミレイは違うのと首を小さく横に振り、廊下側の襖をジッと見つめる。

 

 

「まさか、ママとイリヤ姉さんのこと待ってるの?」

 

「どうやら、その様だ…本官だけ食べ始める訳にもいかないからな。」

 

 

 

困った顔をして、キャスターがミレイの頭を撫でる。ミレイはせめて、イリヤが来るまでは頑なに食事を取ろうとしないかもしれない。

 

 

「…イリヤは兎も角、アーチャー は来ないんじゃないか?あいつ、こういう団らん苦手そうだし。」

 

 

 

確かに、今までアーチャー が食卓の団らんに加わった試しが無い。姉さんからのきちんとした魔力供給があるから、アーチャー はそもそも食事を必要としなさそうだけど。

 

 

「姉さん、ぼくが二人呼んでこようか?」

 

「悪いけど、そうして貰える?アーチャー もあんたの言う事なら…」

 

 

 

姉さんがそう言いかけ、不意に廊下からパタパタと慌ただしい足音と遠慮気味な足音が二つ。襖が開き、イリヤがそろりと顔を出す。

 

 

「イリヤ、遅かったな。寝過ぎたか?今、イリヤの分も…って、アーチャー !?」

 

 

 

シロが立ち上がりかけ、イリヤに続いて部屋に入って来たアーチャー の姿を見て面食らう。

 

 

「私が来たら、不都合でもあるのか?衛宮士郎。」

 

「いや…無いけど。」

 

 

 

シロがぶんぶんと首を振る。アーチャー がキャスターの隣に腰掛けると、シロは二人の分のシチューもよそう。

 

 

「ありがと、お兄ちゃん!」

 

「まだいっぱいあるから、おかわりしたかったら言ってくれればよそうぞ。」

 

 

 

イリヤ姉さんがにっこりとシロに笑いかける。シロはイリヤ姉さんに対しては照れ臭そうにしながらも、アーチャー相手には恐る恐る気を使う。

 

 

「半分はリヒトがつくった様なもんだから…これ、あんたの分な。」

 

 

 

アーチャー は目の前に置かれたシチューの皿を手に取り、静かに食事を取り始めた。 それを見届け、やっとミレイもシチューを食べ始める。キャスターもそれを見、一安心した様子だ。

 

 

「あんたが団らんに加わるって珍しいわね?まさか、イリヤスフィールと一緒に来るとは思わなかったけど。」

 

 

 

「…先輩は兎も角、ミレイが私達を待って食事に手を付けなかったのだろう?小さな子どもに、そんな我慢はさせたくない。」

 

 

やっぱり、ミレイは二人を待っていたらしい。こうして、夕飯の時間は意外と賑やかに過ぎて行った。イリヤ姉さんとミレイがよく喋り、姉さんとキャスターのいつもの口喧嘩を挟んで、キャスターとセイバーとイリヤ姉さんのおかわり争奪戦が始まった。シチューの鍋は一時間もしない内に空になり、此方側としても作り甲斐があった訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

『あと風呂に入っていないのは、君らだけだ。もういっそ、二人で入ってしまえ。日本には“裸の付き合い”という言い回しもあるだろう?』

 

 

イリヤとミレイを風呂に入れ、自分も入浴を済ませたキャスターに言われるがままリヒトと一緒に浴室へ押し込められた。「これで公平も不公平も無くなったぞ。」なんて、俺とリヒトを浴室へ押し込んだ直後の、キャスターが愉しそうに口元を歪ませた表情が忘れられない。

 

 

 

「…なんでさ。」

 

「シロ、もう少しこっち寄ったら?」

 

 

風呂に浸かりながら、リヒトは呑気にほわほわした表情を浮かべる。リヒトと一緒に風呂入るなんて久々過ぎて、どうにも緊張してしまう。いや、男同士だし、昔はもっと頻繁に一緒に入ってたから、今更緊張することなんて無い筈なんだ。

 

 

 

「お前と風呂なんて、久々過ぎてなんか…緊張する。五年ぶり?いや、六年は…経ってる、かも。」

 

「それで緊張してるの?変なシロ。」

 

 

素直に緊張すると告げれば、リヒトは無防備にクスクス笑う。リヒトはいつもキャスターと入ってたし、慣れっこかもしれないけどさ!?キャスターばっかりリヒトと風呂入ってズルいとか、そんなこと微塵も思ってないんだからな!

 

 

 

6年以上も間が空くと、リヒトを見ていて体格差もありありと分かってしまう。 リヒトは細身ながらに、綺麗な筋肉がしっかりと付いてる。

 

 

「お前を見てると、恵まれた体格が羨ましい…何食べたら、そんな風になれるんだ。」

 

「最近はシロと同じもの食べてるじゃないか。シロだって筋トレやってるし、平均的な男子高校生より筋肉付いてると思うよ?ぼくの場合はまぁ、育ての父親があれだし…まだ教会にいた頃はたまに鍛錬付き合わされたりしたしさ。容赦無いんだもの、キレイってば。」

 

 

 

リヒトは苦笑し、珍しく神父の話題を口にする。神父も脱いだらすごいらしい。

 

 

「俺的には…本人には絶対言えないけど、アーチャー位の体格が理想だなと。」

 

「へぇ、意外。アーチャーも見た目からして、武人って感じだし憧れるの分かるかも。」

 

 

 

リヒトは目を丸くしたものの、俺に共感を示したらしく、うんうんと頷く。何故か少しだけ、アーチャーに嫉妬心を覚えたのは内緒だ。

 

 

「…シロ、明日の朝いつもより一時間早く起きれる?」

 

「え…?ま、まぁ…頑張れば、起きれるけど?」

 

「朝、気晴らしに走り込み行かない?」

 

「行く!」

 

「わかった、じゃあ行こっか。」

 

 

 

リヒトからの唐突なお誘いに、嬉しくなって直ぐに行くと返事をしてしまい、咄嗟に我に返って恥ずかしくなる。鼻の下辺りまで顔を水に沈め、誤魔化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先輩はリヒトと衛宮士郎を浴室へと押し込みに行っている為、一時的に席を外している。あと風呂に入っていないのはあの二人だけだったのだが、どっちが入るかでお前が入れよ、いいや君がの応酬が続き先輩が痺れを切らしたらしい。

 

 

現在、居間には私とセイバーと、私の傍らで遊び疲れ、喋り疲れたイリヤとミレイが毛布をかけられ、並んで穏やかな寝息を立てている。意外にも先輩がミレイと併せて、イリヤの面倒も率先的に見てくれたおかげで、イリヤもかなり早くこの家に馴染んだ気がする。

 

 

 

まだ、セイバーと二人は気まずいし、居住まいが悪い。先輩が早く戻って来てくれないだろうか。気を紛らせようと、台所を借りて紅茶を淹れたのでセイバーに出す。

 

「……砂糖は入れるかね?」

 

「いえ、私はこのままで。アーチャー、ありがとうございます。」

 

 

 

セイバーも当初は元敵だったイリヤを敵対視していた様だが、先輩からイリヤの事情を聞かされ、何か思う事があったのかその態度はかなり軟化した。

 

 

「アーチャー 、メイガスは生前に子供がいたのでしょうか?」

 

 

 

何か話題を…とあれこれ思案していると、意外にもセイバーから話をしてくれた。何故か、私に対して先輩についての質問をしてきたのには多少面食らったが。

 

 

「先輩に生前、子供が居たという話自体聞いてない。元神官だったというから、神にのみ奉仕するという特殊な立場柄、妻も取らなかったのだろうな。」

 

「言われてみれば…いえ、メイガスがあれ程、子供の扱いに慣れていたとは思わなかったもので。昔、子供がいたのかと。」

 

 

 

その意外性の原因は、恐らく彼に起因している。私と再会する前、彼は民間団体でボランティア職員をしながら現地の子供達に字の読み書きを教えていた経験もある。先輩は彼の半分だし、だから子供の扱いにも慣れている様に見えたのだろう。

 

 

「子供が居なくとも、あの人は元々世話焼きの様だからな?義理の兄の面倒で、生前は相当手を焼かされたとは聞いた事がある。」

 

「何度か…メイガスには義理の兄がいたとは聞いた事があります。私にも義理兄がいましたが、むしろ私は世話を焼かれた方ですね。兄には幾ら感謝してもし足りない位だ。」

 

 

 

セイバーがふっと、穏やかな笑顔を見せる。その笑顔に今も尚、オレは…そう思いかけた時、肩にズシリとした衝撃。

 

 

「本官の居ないところで、例え騎士王相手でも鼻の下を伸ばすことは許さないぞ?婿殿。」

 

 

 

先輩ががっしりとオレの肩を抱き、セイバーの前でも構わず婿殿呼びしてきた時には肝が冷えた。

 

 

「ご馳走さまとは、この様な時にも使う言葉でしょうか?」

 

「使い方は間違っていないな。騎士王、アーチャーが済まなかった。全く、この婿殿は少し目を離すと油断も隙も無いから困ったものだ。」

 

 

 

セイバーからはご馳走さまと言われてしまい、もう返す言葉が無い。彼女に強く憧れる気持ちは未だ消えないが、それと先輩達に対する特別な感情は全くの別物だ。

 

今更オレは自分のものだと、先輩もセイバーに対して密かに主張することなど無いと言うのに。存外オレ自身、満更ではないと思っているから戸惑う。




ロリと妹属性と姉属性持ってるイリヤさんマジ最強伝説。
HF見ました。桜のあざと可愛さも去る事ながらイリヤ可愛いしか言ってなかった。次回作ではライダーの出番がもっと増えてくれます様に。2018年が近くて遠い。

以下に寝ぼけ士郎とオリ主①の小話。序盤、アンリスフィールさんちょっとだけ。シリアスと見せかけた盛大な寝オチとやや腐向け。




『…リヒト?』


ひどく懐かしい、声がする。目を開けると、彼女によく似た誰かがぼくを見て、妖しく微笑みかけた。



『あぁ、ようやく応えてくれた。愛しい子、大きくなったわね?さぁもっと、そのお顔をよく見せて。』


黒い、ぬめりを帯びた手がぼくの頰に触れようとした瞬間にばちりと、見えない力がその手を強く拒絶し、はじき返す。忌々し気に、誰かは口元を醜く歪める。


『あのキャスター…私が指一本、貴方に触れることすら気に入らない様ね。イリヤに余計なことを吹き込んだのだって…もう少しで、殺し合えたのに。』



一体、この誰かは何を言っている?本物の彼女なら、そんなことは言わない、大切な存在の安寧は望めど、破滅を望む筈が無い。


『愛しい子、貴方ならあの男の様にイリヤを壊したりしないわよね?さぁ、貴方の願いは何?私に教えて頂戴?』



イリヤ姉さんを…壊す?


『何にも知らないって顔ね?私はね、あの男に殺されたのよ。裏切られて、壊され『ぱぱに嘘教えないで。』



誰かの言葉を遮る様に、ミレイの声がしたかと思ったら、急に意識が浮上する感覚。


「ぱぱ、大丈夫?汗びっしょりよ。」



暗がりの中、ミレイが気遣う様にぼくを覗き込んでいた。汗の浮かんだ額に、ミレイが何処からか持って来たのかタオルがふわりと当てられる。


「今の…」

「ぱぱの大切な人にわざわざそっくりになるって、悪い子ね。パパが丁度いない時に来るんだもの。」



そうだ…キャスターが柳洞寺の様子がおかしいから、様子見に行ってくると今は留守にしているんだった。何か、よくないものに当てられたらしい。あれは一体、何だったんだろう?


「ちょっと水…飲んでくる。」

「ミレイ、ついてった方がいい?」

「大丈夫だよ、イリヤ姉さんと寝てな?起こしちゃってごめんね。」
「わかったの、おやすみなさい。」



ミレイはそう言って、隣で一緒に寝ていたイリヤ姉さんの布団へと入り直し、ぼくに小さく手を振った。


「…ぷはっ。」



台所にて、コップに注いだ水を一気飲みして一息つく。夢見が悪いなんて久々だ。やっぱり、ちょっと疲れているのかもしれない。願いは何だって言われても、ぼくの願いなんてありふれてるのに。












ふと、隣にいる筈の気配が無くて、ぼんやりと目を覚ます。隣の布団は空だった。リヒトがいない。


「まま、ぱぱならお台所よ。」

「ん、ミレイ?起きて…たのか。」


リヒトの布団を挟んで向かい側、起きていたらしいミレイがじっとこちらを見ていた。



「悪い子がぱぱに嘘吐こうとしたのよ?だから、ミレイがぱぱに嘘教えないでって言ったの。しばらくは来ないと思うわ。」


誇らしげに、えっへんとミレイが不思議なことを言う。とりあえずお礼を言わなくちゃいけない気がして、彼女の頭をよしよし撫でる。



「よくわかんないけど…?ありがとな、俺もちょっと台所、行って来ていいか?」

「イリヤお姉ちゃんと、セイバーお姉ちゃんがいるから平気。」


ミレイにおやすみと言い起き、俺も一先ず台所へ様子見に行く。



「リヒト?」

「あれ、シロ?水でも飲みに来た?」


案の定、リヒトは台所に居た。首からタオルを下げ、水を飲んでいたらしい。



「いや…隣に、お前がいないから。」

「ちょっと夢見が悪くてさ、疲れてるのかもしれない。」


苦笑しながら、リヒトは夢見が悪かったと言う。リヒトの夢見が悪いなんて珍しい。ぼんやりと寝ぼけた頭で、あぁ夢見が悪いならリヒトにも以前俺にしてくれた様に、まじないしてあげなくちゃなと思った。呪文は発音が難しくて忘れたから、無くてもいいか。



リヒトのすぐ傍まで行き、ぐいっと両手を伸ばしてリヒトの首に腕を回す。リヒトの奴、俺より一回り以上は背丈があるから屈んでもらわなくちゃ出来ない。いつかは絶対、並んでやると密かに思ってることは本人には絶対秘密だ。


「ちょ、シロ!?何やって…うわわっ!」



何故だかリヒトが一瞬、慌てたけど“おまじない”をしてやれば馴染みのある、リヒトの温かな魔力が流れ込んで来る。つい気持ち良くなり、頭がふわふわし始めた。


「シロっ!君、また寝ぼけてるでしょ!?ちょっと待ッ、それ…絶対違うから!」

「あ…場所間違えた、瞼の上だよな?やり直しとく。」



ぼんやりした頭で、おまじないする場所を間違えたことに気付いてもう一回、瞼の上にやり直す。それで満足してしまい、途端に俺の意識は眠りに落ちてそれから先のことは覚えてない。










シロはぼくの胸元にぺったりと頬をくっつけ、何処か満足そうに寝ている。昨晩のあれは事故だ。多分、本人も寝ぼけて記憶が飛んでるだろうし。何事も無かった様に装い、シロを起こしてしまおう。


「シロ、シロさん?」



頰を軽めに、ぺしぺし叩くとシロがむずかる様に身じろぎする。目元をくすぐる様に撫でれば間も無く、まだ眠気でとろんとした目でシロが上目遣いにぼくを見る。


「…リヒト?」

「お目覚め?お寝坊さん。」



数秒の間を置いて、シロは状況理解が出来たらしく、途端にガバッと飛び起きる。テンパりながら慌てて謝ろうとするシロの口を手で塞ぎ、そっと耳打ちした。


「……イリヤ姉さんとミレイが起きちゃうから、静かに。」



二人共、寒いからかぴったりくっついて身を寄せ合い、寝てる様子はなんとも微笑ましい。


「走り込み、行けそう?」



シロがこくこく頷く。セイバーには昨日の夜、一言かけて置いたから大丈夫だろう。抜き足差し足、忍び足でこっそり二人してシロの自室を後にする。


キャスターはまだ…帰って来てない様だ。気配が無い。割とよくある事なので、朝ごはんの時間には帰って来ると思う。









「リヒト、俺…昨日、お前にさ…?その、」


とりあえずぼくの借りてる客間で、二人して支度を済ませた直後のこと。シロがかなり恥ずかしそうに、昨晩のことをモゴモゴと口にする。



その頬が普段より、明らかに濃く赤みが差している所からして、シロは昨晩の記憶があるらしい。敢えて、触れないで置こうと思ったのに。何でこういう時は覚えてるのさ。


「突然、あんなことされたらびっくりするよ。」

「わ、悪い…昨日の夜、お前の夢見が悪いって聞いて…どうやら、前にお前がしてくれたまじないやろうとしてたみたいで。」

「何と無く、そうかなって予想はついてたけどさ…シロ、あれ効き目がある確証は無いからね?」

「え!?そうなのか?」



あのまじないに効き目がある確証は無いよと告げると、シロは何故かキョトンとした顔をする。


「俺には効き目、ちゃんとあったぞ。」

「プラシーボ効果じゃない?シロの場合は。キャスターなら兎も角、ぼくは見よう見まねだから。」



すると、シロが急にむすうっと拗ねた表情になる。


「どうせ俺はへっぽこの魔術使い止まりだよ。リヒトやキャスターと違って、満足にまじないの一つも出来やしなくて悪かったな!」



あの、シロさん…?スネるというか、怒るポイントが違う気が…どうやら、シロは自分のしたまじないにまるで効き目が無かったと言われた気がしてスネ…怒っているらしい。


「シロ、君がぼくを気遣ってくれたことは嬉しいし、君がへっぽこだとは言ってないでしょう?」

「本当に…そう思ってるのかよ?」

「思ってる。」



シロの頭を軽く撫で、すっかりスネてしまった彼の顔を覗き込んでご機嫌を伺う。そしたら、シロは何を思ったのか身構える様にぎゅっと固く目を瞑った。


「シロ?どうかした?」

「…しないのか?」

「何を?」



どうかしたのかとシロに声を掛けると、シロがハッと我に返った様子で目を開け、また急に顔を赤くしながらわなわなと肩を震わせ、妙なことを言う。


「いつも俺の心の準備なんかお構い無しに、不意打ちでして来る癖に!」

「あの、シロさん…?なんかさっきから話がエラく食い違ってるみたいだから、ぼくにも分かる様に言ってくれない?」



彼との間に、やたらと話の食い違いが生じてる様な?詳しい説明を求めれば、察しろよバカリヒト!とシロの顔にありありと書いてある。


「……お前、いつもほっぺたとかに…これ以上、言わせるなよ!」

「え…?」



まさかシロ、セイバーの一件があって、ぼくが回数を減らそうと思って、敢えてしなかったのがお気に召さなかったの?


「いや、回数減らそうと思って…ぼくから気安くし過ぎてたし。」

「何でさ!?」

「セイバーに…ばれた。」



昨日のセイバーとの一件はまぁ、伏せとくとして。シロとセイバーの魔力パスがきちんと繋がったことによる感覚共有の話をシロに恥ずかしながら説明する羽目になる。


「例の一件以来、ぼくも変な癖になってたと言うか…だから「別に、セイバーにバレたからって減らす必要も無いじゃないか。」



シロさん、君の発言一つ一つがぼくに尋常じゃない誤解を与え、あらぬ勘違いをさせまくっていることにそろそろ気が付いて欲しい。


「じゃあ、シロは嫌じゃないの?」

「…だから、嫌じゃない。」

「もうわかったよ…なら、これからは君にお伺い立てもちゃんとする。」



本当、ドウシテコウナッタ。結局、ぼくが折れることになるんだから。シロがおずおずと頷いたのを確認し、してもいい?とお伺いを立ててみた。シロの赤みを帯びたまつ毛がふるりと揺れて、ゆっくり伏せられる。唇越しに触れたシロの頬は、ほのかに甘やかな熱を帯びていた。


あーあ、無防備な顔しちゃってさ…頭からパックリ食べられても知らないよ。





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番外編 モーニング・ランナウェイ

朝、というにはまだ早い時間帯。いつも以上に表情筋の緩みきったジャージ姿の衛宮士郎と廊下で鉢合わせした。

 

 

「アーチャー …?珍しいな、こんな時間に。」

 

「一人で何処へ行く気だ?衛宮士郎。」

 

 

 

バーサーカーの脅威が消えたとは言え、まるで懲りない奴だ。また、一人で何処かへ行こうとしていたらしい。

 

 

「リヒトも一緒だから、一人じゃない。」

 

 

 

どうやら、リヒトも一緒だった様だ。走り込みに行くだけだと、ぶっきらぼうに奴が続ける。

 

 

「リヒトも一緒なら、まぁ何かあっても大丈夫だろう。」

 

「あんた、俺のこと何だと思ってるんだよ!」

 

 

 

勝手が過ぎるトラブルメーカーが何を言った所で、弁明にもなるまい。睨まれても、まるで怖くないぞ。

 

 

「…ッ、悪い。」

 

 

 

まだ何か反論する気かと思えば、衛宮士郎は急にしおらしい顔を見せるから気味が悪い。おまけに謝られ、次に考えていた言葉は不発に終わってしまう。

 

 

「あんた…俺のせいで、消滅し掛けた訳だし。ずっと、謝らなきゃって思ってたから。その、悪かった。」

 

「どういうつもりだ?私はお前に謝られる筋合いは無い。」

 

 

 

先輩に何か吹き込まれたのか?バーサーカーの一件で、衛宮士郎は彼の逆鱗に触れ、珍しく怒った先輩からの説教も食らったとは聞いていたが。

 

 

「いや、えっと…あんたが消えちゃったら、キャスターや遠坂が…悲しむと、思うしさ?昨日、一昨日とキャスターに俺もお灸を据えられたというか。」

 

「サーヴァントは戦いに敗れれば、消滅するだけだ。凛とて、貴様などよりも充分にそんな事は承知している。その甘さも大概にしろ?先輩に何を吹き込まれたか知らないがな。」

 

「キャスターと、キャスターじゃないあいつに謝れって言われたから謝ってる訳じゃない!あんた、どうしていつもそう素直に人の言葉を受け取れないんだよ!?」

 

「なんだと!先輩と彼が何か言わない限り、貴様の方からしおらしい顔をして私に謝るなど気色の悪いことがある訳な「彼って、あいつのことか?」

 

 

 

つい、口を滑らせた。衛宮士郎から彼のことに触れられ、慌てて口を噤む羽目になる。

 

 

「なぁ、アーチャー …あいつ、誰なんだ?キャスターだけど、キャスターじゃないし。リヒトみたいだけど、リヒトでもない。」

 

「…今の言葉は忘れろ。」

 

「アーチャー 、あんた何か知ってるんだろ?あいつ、俺の前に最初姿を見せた時…俺を助けに来た訳じゃないって言ってた。もしかして、あんたのこと助けに来たんじゃ「シロー?」

 

 

 

助かったと、リヒトの声がした時は内心安堵した。私と衛宮士郎の言い合いの声を聞き、仲裁に入るべくリヒトがひょっこり現れる。

 

 

「シロ、朝からアーチャー とケンカしないの。」

 

「違う!こいつ、俺が謝ろうとしたら気色悪いとか酷いこと言うから!」

 

 

 

衛宮士郎が子犬の様に、きゃんきゃん吠え立てる様子は朝から騒々しいことこの上無い。すると、衛宮士郎の言い分を聞いたリヒトが溜め息を一つ。

 

 

「アーチャー 、シロが謝ろうとしてるんだから素直に聞いてあげなよ。流石に気色悪いはひどいんじゃない?」

 

 

 

リヒトの後ろに隠れながら、ほら見たことかと言いたげな顔をする衛宮士郎が憎らしい。

 

 

「キャスターがまだ帰って来ないからって、シロに八つ当たりしたらだめだよ。」

 

「んなッ…!」

 

 

 

リヒトに斜め上なことを言われ、思わず違うと言いかけた。私は別に、先輩が夜から出かけて行ってまだ帰って来ないからと!苛々してた訳ではない!!衛宮士郎はキョトンとした顔で私を見る。

 

 

「八つ当たり?」

 

「…違うの?アーチャー 、そわそわしてたからキャスターの帰り待ちかなと思ったんだけど。キャスター、まだ戻って来てないみたいだし。」

 

 

 

どうしたら、そういう結論に至るんだ!?まるで私がこいつの様に大人気無いと言われている様で、不愉快極まる。

 

 

「君が美味しい朝ごはんつくって、待ってたら匂いに釣られてキャスターも早く帰って来るかもよ?」

 

 

 

リヒトに言われると、あながちあり得ない話じゃないかもしれないと思うから不思議だ。渋々、朝食の希望は?と聞けば、リヒトからだし巻き卵という意外にも定番なリクエストが返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お前、アーチャーの持ち上げ方旨いよな。」

 

 

ちゃっかりと、アーチャーに朝食当番のご指名に成功して、リヒトは何食わぬ顔でスニーカーの靴紐を結びながら何の話?と首を傾げるからわざとらしい。

 

 

 

「ぼく、アーチャー作のだし巻き卵好きなんだ。お出汁が効いてて、卵生地もふわふわで美味しいから。」

 

「俺だってだし巻き卵位、毎日つくってやるよ!」

 

「シロ、アーチャーに変な対抗意識燃やさないでよ…?流石に、毎日だし巻き卵はぼくも飽きる。」

 

 

だし巻き卵が食べたいなら毎日、俺がつくってやるって言ってるのにリヒトは毎日だし巻き卵は飽きると天邪鬼なことを言うから面白くない。

 

 

 

「だったら…聖杯戦争終わっても、うちに朝飯食べに来いよ。その方が桜も喜ぶし。」

 

「そんなこと言ったら、ぼく毎日来ちゃうよ?」

 

 

靴紐を結び終わり、リヒトは軽いストレッチをしながらさらりとそんなことを言う。リヒトなら大歓迎だし、遠坂だって連れて来ればいい。

 

 

 

「リヒト…また不摂生に戻りそうだし。」

 

「ぼく、君にとってどんだけダメ人間なのさ?」

 

 

リヒトは少し横着な所があるだけで、一通りのことは自分で出来るし、決してダメ人間という訳ではないのだけれど。不思議と、世話を焼きたくなる。

 

 

 

「お前見てると、なんか世話を焼きたくなると言うか…桜も言ってた。リヒト見てると、ついお世話したくなるって。」

 

「桜には昔から、お世話になりっ放しだからなぁ。頭が上がらないよ。」

 

 

リヒトと桜も俺の知らない所で、長い付き合いなんだよなぁとまたしても胸の内がモヤモヤした。このモヤモヤが何なのか分からないから、俺も困ってる。

 

 

 

『言峰先輩って、私にとってはお日様みたいな人なんです。』

 

 

桜はリヒトをお日様の様だと言っていた。桜は俺とは違った意味で、リヒトを慕ってる。慎二もそれが面白くなかった様で、度々リヒトと衝突していたのは主にそれが原因だったらしい。

 

 

 

「シロ?」

 

「あ、悪い!ぼーっとしてた…」

 

 

呼びかけられ、ハッとしたらいつの間にかリヒトの手にはバナナとペットボトル入りのミネラルウォーターが。はいと渡され、思わず条件反射で受け取った。

 

 

 

「朝って胃の中が空っぽの状態だからさ?軽めにバナナとか果物取って、水分補給してから走った方が丁度いいんだ。食べたらシロもストレッチからね。」

 

 

リヒトもまた何故急に、走り込みに行こうなんて俺を誘ってくれたのやら。正体不明のモヤモヤに更なるモヤモヤを感じながらも、今はバナナ一本を平らげることに集中しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒトはさ、高校卒業したらどうするんだ?」

 

 

シロにペースを合わせながら走っていると、不意にシロから将来のことを聞かれて驚いた。

 

 

 

「リヒト?」

 

「いや…君から進路のこと聞かれるとは思わなくて。そうだね〜どうしよっかな。」

 

 

気の無い返事をしてしまった所為か、白い息を吐きながら、シロはムスッとした顔をしてぼくを見る。

 

 

 

「やっぱり、言峰神父みたいに神父になるのか?一成も卒業したら…頭丸めるって言ってたし。」

 

「それはないかな。」

 

 

きっぱりと、言いきった。神父になるつもりは、ない。シロが目を丸くして、何で?と聞き返してきたから何て言えば良いか迷う。

 

 

 

「これ、みんなには聖杯戦争が終わるまでオフレコね?ぼく、聖杯戦争が終わるまで生きてたら聖堂教会に除名申し出るつもり。」

 

生憎、ぼくは神様に対する信仰心をほんの少し程度しか持ち合わせていない。それに、洗礼詠唱はいつまで経っても出来ないし。それが長年、ぼくの中でくすぶり続けていた。

 

 

 

「一応、キレイにそれ用の書面も保管して貰ってるんだよね。聖杯戦争が終わったら、ぼくの身の振りは好きにしていいって条件でぼくも補佐役引き受けたのさ。」

 

「じゃあ、正式な魔術師になるのか?」

 

「ぼく、魔術師って実は嫌いなんだ。特に、貴族の連中とか苦手中の苦手。」

 

 

シロにこの話、するの初めてかもしれない。姉さんには話したことあるけど、それって私に対する嫌味かしら?とガントを飛ばされそうになって以来は姉さんの前でもその話はしていない。

 

 

 

「貴族?」

 

「魔術師の総本山みたいな所があるの、シロも知ってるよね?イギリスにある時計塔。魔術教会の本拠地だよ。そこに居座ってる、お高く止まった連中のこと。ぼくは絶対、馴染める気がしない。」

 

 

キレイの仕事柄、ぼくも多くの魔術師と関わる機会があった。遠坂と言えば、冬木の聖杯戦争の始まりの御三家の一として、魔術協会の中でもそれなりに名前が知れてる。

 

 

 

その遠坂家の直弟子で、一年足らずで魔導を修めた魔術師の家系でもないぼくの話も魔術協会では変わり種として扱われていた。間桐のご怪老は、初対面でぼくを品定めするかの様に見ながらこんなことを言っていたか。

 

 

『遠坂は思わぬ拾い物をしたな?きちんとした手筈で調べれば、何処ぞの高名な魔術師の落とし胤やも知れぬ。』

 

 

 

キレイからもお前には知る権利があるからと、ぼくの生みの親を調べることも出来ると言われたけど断った。ぼくは父さんの息子以外にあり得ないと言ったら、すっごく変な顔されたから二度と言わない。

 

 

「姉さんのお父さんに弟子入りしたのだって、キレイが弟子入りしてそのついでの成り行きだったんだ。自分から、魔術を習おうとした訳じゃない。」

 

「その話…俺は兎も角、遠坂にしたらすっごく怒られるぞ?」

 

「実際、殺す気満々のガント飛ばされそうになったから姉さんの前ではそれっきりその話はしてない。」

 

 

 

走りながら、シロから苦笑いされてしまった。

 

 

「まぁでも…キャスターがぼくの前に現れた時は運命感じちゃったよ。あぁ、ぼくはこの為に魔術を始めたのかなって。君は自分の半分だってキャスターに言われた時、俄かには信じられなかったけどさ。」

 

 

 

時臣さんが次こそは遠坂の確実なる勝利をと、英雄の中の英雄を呼ぶ為に行った召喚儀式で偶然にもその英雄と共に呼び出された、ぼくそっくりなサーヴァント。

 

 

「シロは何か感じなかった?セイバーと初めて会った時。」

 

「そりゃあ、まぁ…あんな出会い方すればな?でも俺、お前と初めて会った時だって…いや、やっぱり、な、何でも無い!」

 

「何?気になるから言ってよ。」

 

 

 

シロってば、セイバーと初めて会った時のことだけ言えばいいのに。何故か、ぼくとの初対面時の話も自分で出して置きながら、勝手に話を終わらせてしまう。

 

 

「だから!何でも無いって!!」

 

「シロ、急に速度上げて走ったら危な…!」

 

「でッ!?」

 

「あーぁ…言わんこっちゃ無い。」

 

 

 

一人で勝手にテンパったシロがぼくから逃げる様に、走る速度を急に上げる。危ないと言いかけたら、シロは案の定転んでしまい、ほら見たことかと思う結果となってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒト、いひゃい!もっと優しく貼れよ!」

 

「鼻すりむいただけで済んだんだから、文句言わない!」

 

 

目の前には、リヒトのすっかり呆れ果てた顔。鼻の上に不恰好な絆創膏を貼られ、帰ったら絶対遠坂に笑われる。

 

 

 

「ついでに、コンビニで肉まん買ってきた…半分食べる?」

 

「…ん、半分欲しい。」

 

 

間抜けにも道路のど真ん中で俺はすっ転び、リヒトがコンビニまで絆創膏を買いに行って、思わぬ寄り道になってしまった。リヒトは買ってきてくれたほかほかと湯気を立てる肉まんを、半分に割ってくれる。

 

 

 

「これ、食べたら帰ろう。」

 

 

コンビニ前でリヒトと二人して肉まんを食べながら、こんな朝も意外と悪くないなと思った。その時、複数台のパトカーと救急車が目の前の道路を通過していく。

 

 

 

「…朝から物騒だね。」

 

 

リヒトがパトカーと救急車が通過して行った方向をジッと見やり、ぱくりと肉まんを口にする。

 

 

 

 

 




だし巻き卵はネギ入りが美味しい。


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第三十三話 青い悪魔のお悩み告解室

「朝帰りとは、イイご身分だな?」

 

「少々、時間がかかってしまったんだ。すまない、アーチャー 。それと、ただいま。」

 

「何処で油を売ってたんだ?全く…おかえり。」

 

 

朝食の準備を終え、間も無く皆が起きて来るだろう時間帯に先輩はひよっこりと、朝食の匂いに釣られるかの様にして帰って来た。何処へ行っていたのかは知らないが。

 

 

 

「まさか、貴殿が朝食の準備をして待ってくれていたとは思わなかった。」

 

「オレは別に…!手持ち無沙汰にしていたら、リヒトからオレがつくっただし巻き卵を食べたいと言われたから、ついでに他の朝食もつくっていただけだ。」

 

 

先輩は何故か、満更でも無さそうにニマニマと腹の立つ笑みを浮かべながらオレを見る。

 

 

 

「道理で貴殿から、たまごとお出汁の美味しそうな匂いがする訳だ。」

 

 

不意打ちで首元に顔を近付けられ、すんすんとにおいを嗅がれた。思わず後方に下がろうとしたら、いつの間にか背中に回された先輩の両腕にそれは阻止されてしまう。

 

 

 

「…オレごと食べてしまいたいなど、気色悪いことを言うんじゃないぞ。」

 

「本官は早く貴殿がつくった朝食を食べたくなったと言いたかっただけなんだが…?」

 

 

若干引いた顔で先輩にそう言われてしまい、思わず自分の発言で墓穴を掘る結果となり、ひどい羞恥心に襲われる。

 

 

 

「今の言葉は忘れろ!あと離せ!!」

 

「そう言われると離し難くなる。」

 

「このたわけェ!」

 

 

筋力の低い筈のキャスタークラスの癖に、オレが暴れて抵抗しても先輩がオレの背中に回した腕はビクともしない。この馬鹿力め…!

 

 

 

「ただいまー…って、二人とも何してんの?」

 

 

丁度良過ぎるタイミングでリヒト達が帰って来てしまう。雨が降り出したのか、リヒト達の髪は少しばかり濡れて雫を帯びていた。リヒトからも朝からこいつら何してるんだと言わんばかりの若干引いた目で見られ、更に羞恥心が二倍となって襲い掛かる。

 

 

 

「さっさと離さんか!」

 

 

思わず先輩をゲンコツで殴り付けそうになり、先輩がひよいとそれをよけてオレからもすんなりと離れた。

 

 

 

「何でもないさ。朝ごはんの準備は出来てるそうだ。君らも手を洗って、盛り付けを手伝ったらどうだ?」

 

「わ、わかった…アーチャー 、ごはんありがとう。盛り付け準備やっとくよ?」

 

 

先程のことには触れまいと判断したらしい、リヒトが何でも無さ気に装う。

 

 

 

「た、頼んだ…」

 

 

他にも先輩に対し、色々と聞きたいことがあった様な気がするが朝からげんなりしてしまい、そんな余力すら無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日から、アーチャー が食事の団らんに加わる様になった。イリヤスフィールの隣で、幼い見た目の割に、行儀良く食事をする彼女のお陰か。

 

 

はたまた、イリヤスフィールのお陰なのか。多分、両方かもしれない。イリヤスフィールとは、ほんの数日前に彼女のサーヴァントと殺し合った仲の筈なのに。

 

 

 

何れ敵同士になると、当初のアーチャーは士郎やセイバーと極力接触を避けていた。

 

 

それを、今アーチャーの隣で早くも三杯目のおかわりをしているキャスターが二人とアーチャーの仲を取り持ち、最近では士郎やセイバーとも最低限の会話はする様になり、私の知らない所でアーチャーはかなり丸くなった気がする。

 

 

 

「姉さん、どうしたの?食欲無い?」

 

 

アーチャーお手製のだし巻き卵をそれは美味しそうに食べながら、弟が考え事をしていた私を見て気遣ってくれる。「違うわよ」と軽く弟の頭を小突いて置く。

 

 

 

さて困った。実に、困ってしまった。私も弟も、この家に思った以上に馴染んでしまっている。万が一にも、残るサーヴァントがセイバーとアーチャーだけになったらこの家を出なければならない。つまりは、士郎との休戦協定も終わりを告げることになる。

 

 

「…あんた、どうする気なのよ。」

 

「何をだ?」

 

 

 

朝食を取り終え、調べものの為に部屋へこもる前にキャスターを呼び止めた。キャスターは白々しい素振りで、此方を振り返る。

 

 

「もしも残るサーヴァントがセイバーとアーチャーだけになったら、私は此処を出るわ。あんた、どうする気?」

 

「半身の判断に、任せるつもりだが?本官の決めることではない。ミレイもワガママは言わないさ。」

 

 

 

イリヤスフィールに懐いてるあの子を、もしも彼女から引き離すとしたら良心が痛む。私自身、過去に桜のことがあったから余計。

 

 

「あの子は君にとって、ただの使い魔だろう?良心の呵責に苛まれる必要なんて無いだろうに。それとも、次女のことを思い出してしまうか?」

 

 

 

偶に、私の考えていることをまるで見透かす様に話すキャスターが本当にいけ好かない。

 

 

「だったら何?」

 

「あまり、先のことばかり考えていると疲れてしまうぞ?その時になってから考えればいいじゃないか。」

 

 

 

「私はあんたみたいに、呑気な楽天家じゃないのよ!よくも余計なことしてくれたわね!!あんたとリヒトの所為で、私もアーチャーもこの家に馴染み過ぎちゃったのよ!」

 

 

あんまりにもキャスターが呑気過ぎて、つい本音を漏らしてしまった。途端に、キャスターが笑い出す。

 

 

 

「ふはははは!!君って奴は…どうしてそう、本官をこうも笑わせてくれるんだ。叔母上はそんな愉快なこと、本官に言った試しが無いぞ。」

 

「あ〝ーもう!本当にムカつくサーヴァントね!!だから!私はあんたの叔母さんじゃないっての!!」

 

 

ついには腹を抱えて笑い出したキャスターに、とうとう怒りが頂点に達する。

 

 

 

「…あ〜笑い過ぎて、腹が痛い。まだ当分、この家を出て行くことは考えなくても平気だぞ?」

 

「どういうことよ?」

 

 

不意に、キャスターが妙なことを言う。

 

 

 

「言葉の通りだ。君こそ、あまり暇な訳でも無いんだろう?本官の様な暇人ならぬ、暇サーヴァントを相手にしていたら日が暮れてしまう。」

 

 

アーチャーとは違う意味で、こいつも本当に口の減らないサーヴァントだ。だからいけ好かない。

 

 

 

「…昨日から、柳洞寺の様子がおかしいの!だから私はそのことで調べものがあるのよ!」

 

「今から柳洞寺を調べても、既にもぬけの殻だぞ?寺の坊主たちも全員、病院へ搬送済みだ。」

 

 

一瞬、こいつが何を言ってるのか分からなかった。まるで、実際に見てきた様にキャスターが言うから戸惑う。

 

 

 

「まさか…あんたが今日、朝帰りだったのって。」

 

「…あぁ、行ってみれば後の祭りだったよ。」

 

 

キャスターが行った時には既に、柳洞寺は酷い有様だったらしい。半壊した境内、柳洞寺に張られた結界はその内に溜め込まれていた魔力ごと、徹底的に破壊されていたとキャスターは淡々と語る。

 

 

 

「目的は柳洞寺のサーヴァントと、そのマスターだった様だ。建物の半壊で負傷者こそ出たが…皆、命に別状は無かった。」

 

「ランサーの仕業?」

 

「そう考えるのが普通だろうな。」

 

 

こいつの帰りが遅くなったのは、その後始末に追われていたからだったと思われる。

 

 

 

「じゃあ、柳洞寺のキャスターとアサシンは?」

 

「さぁな?しかし、明日にはニュースになってる筈だ。行方不明者一人、負傷者多数。原因は柳洞寺付近の山間部での小規模な局部地震による、建物の倒壊。」

 

 

柳洞寺のマスターとサーヴァント二体の生死を聞けば、キャスターからの実に曖昧な返事。

 

 

 

「行方不明者一人って、キャスターかアサシンのマスターはまだ健在ってこと…?」

 

「柳洞寺には最初から、マスターは一人しかいない。行方不明者はそのマスターさ。まぁ、君が調べたいなら…自分の手で確かめればいい。本官も少し喋り過ぎた。」

 

 

キャスターはそう言って、煙草を吸ってくるといつの間にやら手に灰皿を持ち、くるりと踵を返す。

 

 

 

キャスターの言う通り、その後で使い魔をこさえて柳洞寺に差し向けてみたらもぬけの殻だった。目ぼしい収穫は無し。一夜にして、二体もサーヴァントを消滅させただなんて…あのランサー、やっぱり一筋縄ではいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「柳洞寺で何があったの?」

 

「本官が行った時には、メディア殿もあの門番の様な役割を果たしていたアサシンも既に…ということさ。柳洞寺のマスターに関しては、行方が知れない。」

 

 

雨が降りしきる軒下で、キャスターは呑気に煙草をくゆらせながら、ぼくにおざなりな報告を入れてくる。

 

 

 

「…葛木先生、死んじゃったの?」

 

「あぁ、マスターは君の担任だったな?君なりに思うことはあるだろうが、致し方あるまい。マスターになった以上、死ぬ可能性の方が遥かに高いんだ。」

 

 

キャスターはしれっと、致し方あるまいと言う。けどぼくにとっては充分、衝撃的な出来事だった。人が死ぬって、あんまりにもあっさりだ。例えそれが、身近な人でも。

 

 

 

「それ…本当に、ランサーの仕業?」

 

「半身、それはどういう意味だ?」

 

 

キャスターが含みのある笑みを浮かべ、わざとらしく小首を傾げる。

 

 

 

「……キレイが、そんな足のつくことランサーにさせるとは思えない。」

 

「ならば、外来の魔術師の仕業か?サーヴァントを二体も仕留めるなんて、とんだ化け物だぞ。」

 

 

あともう一人、考えつく人物がいるけど。でも、考えたくない。頭が考えることを拒否してる。

 

 

 

「キャスター、やっぱりぼく…教会に戻った方が「必要無い。」

 

 

キャスターから言われた、いつもよりも強い口調の言葉。先程まで、呑気に煙草を吸っていたキャスターは何処へやら。強い眼差しが、ぼくを射抜いた。

 

 

 

「戻る必要は無いし、君は当面此処にいろ。それでも戻りたいと思うなら、まぁ止めはしないが。」

 

「…キャスター、最近大きい方の王様と君って仲悪いの?」

 

「君がそう見えるなら、そうなんだろうな。」

 

「やだ…君と王様が仲悪い所なんか、ぼくは見たくない。」

 

 

気付けば、キャスターの着ていたパーカーの服裾を掴んで、ぼくの口からそんな言葉が吐いて出た。

 

 

 

「やっぱり、アーチャーのこと?」

 

「そればかりではない。本官達にも、色々あるのさ。」

 

 

キャスターがくしゃりと、ぼくの頭を撫でる。大きい方の王様とキャスターが最近、仲悪そうなのはやっぱり本当らしい。ざわざわと、嫌な胸騒ぎがする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本官は君のお悩み相談係じゃないぞ?そうだ…本官より、適役がいる。』

 

 

相談があるとキャスターに言ったら、途端にキャスターの気配が変わる。

 

 

 

「告解室はいつでも開けとくって、言っただろ?」

 

 

誰かさんはそう言って、コーヒー淹れるから場所を移そうと立ち上がった。話は聞いてくれるらしく、戸惑いながらもその後をついて行く。

 

 

 

「で、相談のご用件は?」

 

 

二人分のコーヒーが入ったマグカップを両手に、誰かさんが相談内容は何かと聞くので単刀直入にセイバーのことだと言う。連れて来られた先は俺の部屋だ。まぁ、此処の方が話しやすいかもしれないけどさ?

 

 

 

「…セイバーのこと、ねぇ?」

 

 

誰かさんは含み笑いを浮かべ、俺の普段使ってる机に二人分のコーヒーを置く。俺はとりあえず、二人分の座布団を用意する。

 

 

 

「これ、牛乳入れ過ぎじゃないか?」

 

 

一口飲んでみたら、コーヒーより牛乳の味の割合が強い様な…?でも、懐かしい味がして俺は嫌いじゃない。

 

 

 

「無理にブラック飲むことも無いだろ?ミルクの分量が多過ぎたから、ミルクコーヒーになっちゃったかも。」

 

「俺のこと、ガキ扱いしてるだろ。」

 

「17の君は僕から見たら、充分ガキだよ。」

 

うっわ、ムカつく…童顔を気にしてるから余計に。思わず恨めしく誰かさんを見たら、不意打ちでクスリと笑われ頰が熱くなる。こいつ、時折リヒトみたいな顔するから本当にズルい。

 

 

「急に顔赤くしちゃって、どうしたのさ?ちっちゃなシロさんは。」

 

「…るさい。それより、ちゃんと相談乗ってくれよ。」

 

「要するに、君はセイバーが迎えた最期に納得が出来ない。自分でも何か、セイバーの為に出来ることは無いか…でしょ?姉さんに一回相談してみたけど、明確な結論が出なかったからセイバーの望みを知ってるキャスターに相談を持ち掛けた訳だ。」

 

 

まだ何も言ってないのに、誰かさんは俺が相談したかった内容をそっくりそのまま喋り始めるから相談の意味が無くなってしまう。

 

 

 

「何で、俺が言いたかったこと全部言っちまうんだよ!?さては遠坂から聞いてたな!」

 

「姉さんからは何も聞いてないよ?君の場合、顔にそのまんま書いてあるから分かり易いんだ。」

 

 

誰かさんは何故か、リヒトみたく遠坂を姉さんと呼ぶ。誰かさんはそう言って、俺の頬にぶにっと長い人差し指を押し付ける。

 

 

 

「考えてることが分かり易過ぎる、単純な奴で悪かったな!」

 

「それは君の自己満で、身勝手なお節介ってやつだ。セイバーにとってはいい迷惑だよ。セイバーは一人の女性である前に、一国を担う君主なんだから。彼女の願いそのものも、国に関連する願いだ。」

 

 

ばっさりと、容赦無く切り捨てられる結果なんて目に見えてた。やっぱり、こいつに相談するんじゃなかったかもしれない。

 

 

 

「頑張った人は頑張った分だけ、報われなくちゃいけない。昔から、君はそういう考え方だったよね?」

 

「そうだよ、悪いか。」

 

 

昔からって、俺とあんたが知り合ったのはつい最近じゃないか。まるで俺のこと、ずっと前から知ってるみたいな口振りで変な感じだ。

 

 

 

「セイバーの昔の夢、見たんだろ?君にはどう映った?」

 

「どうって…」

 

 

感じたありのままを、誰かさんに伝えた。また否定されるんだろうなと身構えてたら、誰かさんはふっと目を細めて一時の沈黙。

 

 

 

「彼女は人から遠ざかり過ぎた。彼女は名実共に、理想の王で国の民からも従えてた騎士達からも深く愛され、慕われてたと思うよ。彼女が王としての重責を、当然の義務だと受け入れ、死ぬその瞬間まで彼女は人では無く一国の王として在り続けた。其処に、彼女の意思は無かったと。君はそれが気に入らない訳だ。全く、君は本当に身勝手だなぁ。そういうところ、僕は嫌いじゃないけどさ。」

 

 

あの時、俺のこと本気で嫌いになりそうだって言ってた口が今度は俺を嫌いじゃないと真逆なことを言う。本当に、何なんだよあんたは。リヒトと同じ顔して、俺のこと弄んで何が楽しいんだか。

 

 

 

「何か、ご不満そうな顔だね?ちっちゃなシロは。」

 

 

いたずらに目元を優しく擽られ、もう辛抱たまらなくなる。かと言って、拒むことも出来なくてやめてくれと切実に目で訴える。

 

 

 

「あの子のフリはやめろって?君としてはやっぱり、本物がいいよね。」

 

 

やっぱりこいつ、悪魔だ。俺からやっと手を離し、さぞかし愉しそうな笑みを浮かべる表情なんか特に。

 

 

 

「話が逸れちゃった。ところでセイバーとキャスターってさぁ、まるで正反対だけど…置かれてた立場は似てるんだよね。」

 

「セイバーと、キャスターが…?」

 

「セイバーは選定の剣を抜くか抜かないかで、自分の意思で王となることを選んだでしよう?キャスターは、その選択肢すら与えられなかったよ。彼の役目は既に決められていた。生まれたその瞬間からね。」

 

 

生まれたその瞬間から役割が決められてたって、どういうことだ?そういえば、俺はキャスターのことをまるで知らない。

 

 

 

「一つ、昔話をしよう。昔々、ある所にえらーい神様達がいました。神様達は自分達のこれからをより良くしてくれる存在を欲しがり、その存在をつくることにしました。ついでに、その手伝いをする為の存在もつくることにしました。」

 

「神様達?」

 

「キャスターをつくったのは、その神様達だよ。キャスターはね、名目上はお兄さんの手伝いをする為につくられたのさ。」

 

 

キャスター、兄貴なんかいたのか…知らなかった。キャスターからそんな話、俺は聞いたことなかったし。

 

 

 

「キャスターのお兄さんは、神様達が一からつくったけど、キャスターには元になる存在がいた。君も、聖書のノアの箱舟位は知ってるだろ?」

 

「ノアの箱舟って、あのノアの箱舟か?」

 

 

幾ら俺でも、ノアの箱舟位は知ってる。神様が起こした大洪水を大きな船を作って生き延びた人の話だ。

 

 

 

「キャスターのオリジナルは、その原典だよ。ウトナピシュティムとか、アトラ・ハシースとか色んな名前で呼ばれてるんだけど…マイナーだから、そういう人がいたってことだけ覚えといて。」

 

「それ、キャスターの真名じゃないのか。バラしていいのかよ?」

 

「飽く迄、キャスターのオリジナルって話だから。もう、キャスターに名前は無いからセーフだよ。」

 

 

キャスターの真名は失われてしまっている。だから、問題無いという話らしいけど。

 

 

 

「そして生を受けたキャスターは、お兄さんと一緒に神様達の今後をより良くしていくって役割を果たしていくことになる訳だ。ところが、問題が起きる。」

 

「な、何があったんだ?」

 

「キャスターのお兄さんはその役割を果たそうとしなかった。キャスターやお兄さんと一緒に、もう一人同じ様な役割を持った存在がいたんだけどさ?お兄さんの友達なんだけどね。お兄さんはその友達と一緒に、割と好き放題しちゃって神様達は頭を抱えることになる訳だ。あれらはとんだ失敗作だったと。すると、神様達はキャスターに、その役割を全て押し付け始めた。キャスターも昔は優等生タイプの真面目君だったから、期待に応えようと頑張り過ぎちゃったの。」

 

 

あのキャスターが優等生タイプの真面目君…?一成みたいなキャスターを想像して、有り得ないだろと頭の中でそれを打ち消した。

 

 

 

「キャスター、お兄さんとその友達大好きで二人だけが当時の彼にとっては全てみたいな所があったから…自分が頑張れば全部、丸く収まると思ってたんだ。実際、生前のキャスターは絵に描いたような聖人君子であり、有能な宰相として一国の王だったお兄さんの良き右腕でもあった。全部、フリだったんだけどさ。本当のキャスターはあの通り、ロクでもない性格してるけどね。」

 

 

生前のキャスターは、神様達すら欺く猫被りだったらしい。遠坂も真っ青な話だな。

 

 

 

「そんなある日、事件が起こる。詳しい話は長くなるから割愛するけど、お兄さんの友達が死んでしまったんだ。色々好き放題したことが、後々になってから神様達に咎められてね。所謂、神罰ってやつ。キャスターは自分が死ねばいい、友達を殺さないでくれと神様達に直談判したけど…結局、聞き届けられなかった。それが後々のキャスターが神様達に喧嘩売っちゃった話に繋がってくるんだよ。悪いのはどちらか、君ならどう捉える?」

 

「どっちが悪いって、話じゃないと思う…けど、神様達も勝手過ぎるだろ。キャスターが喧嘩売ったら、結局キャスターにも罰与えたんだろ。」

 

 

誰かさんはそうだね、勝手な神様達だと俺に同意しながら自分はブラックのコーヒーを啜る。

 

 

 

「結局、神様達は失敗作をつくって自分達の今後はより良くなるどころか衰退の一途を辿ることになったのさ。キャスターが神様達に反逆して、神様達も随分と力が弱まっちゃったから。因果応報っていうのかな〜これ、仏教用語だけどさ。」

 

 

セイバーとキャスター、立場が似てる様な似てない様な。キャスターはセイバーと違って、欲があるからアーチャーとも…まぁ、サーヴァントに性別はあんまり関係無さそうだからな。

 

 

 

「キャスターはさ…今、どうなんだよ。」

 

「とりあえず、世界は大きく広がったんじゃない?お兄さんと友達だけのたった三人の狭かった世界からはさ。」

 

「少し前、キャスターが真っ当な英霊になれてたらリヒトは生まれなかったって言われた。」

 

「あぁ、それ?キャスターが真っ当な英霊になってたら、そもそもキャスターの魂を二つに分ける必要も無かったからね。キャスターの義理のお父さんが自分の仕事を全部放棄して、一番偉い神様にハンストしたから。日本神話の岩戸隠れの話と似た様な話なんだけど。」

 

 

岩戸隠れの話?と聞けば、日本神話に出てくる天照が一時的な引きこもりになってみんな困っちゃう話だよと物凄くアバウトな返答。

 

 

 

「キャスターにとって、あの子は自分への救いと贖罪みたいな存在だから。」

 

「じゃあ、あんたは何なんだよ?」

 

「僕?」

 

 

珍しく、誰かさんはきょとんとして見慣れた瑠璃色の双眸を瞬かせた。今朝、アーチャー にこの誰かさんの正体を聞いてもはぐらかされてしまったし。

 

 

 

「とある誰かの、可能性とだけ言っておこうか?確実に言えることは、その誰かにとっての一番バッドケースな可能性。」

 

 

その誰かとは、一体誰のことなのか。一番バッドケースな可能性って、つまりロクでもない可能性じゃないか。

 

 

 

「ところで、お悩み相談の答えは見つかった?」

 

「セイバーはさ、もうちょっと自分に欲張りになってもいいと思う。」

 

「そういう君こそ、いいや…やっぱり、やめとく。」

 

 

気になる発言をして、誰かさんは勿体ぶる様に話を打ち切る。なんだよ、意地悪め。すっかりぬるくなったミルクコーヒーを啜りながら、俺はムッと誰かさんを睨んだ。




カフェオレとミルクコーヒーの違いは分量の違い。コ○ダのミルクコーヒー美味いです。


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第三十四話 そして賽は投げられた

「キャスターから、聞いたんでしょう?柳洞寺のこと。」

 

 

“調べもの”が終わったらしい、姉さんに部屋へ呼び出された。姉さんは持ち込んだお茶請け用の醤油煎餅をひと齧りして、柳洞寺の話題を出して来る。ぼくも淹れてきたお茶を飲みつつ、朝あったことを話す。

 

 

 

「朝、シロと走り込みの途中で柳洞寺方向から来たパトカーと救急車見かけてさ。会長も怪我して、入院したっていうけど…今はお見舞い所じゃないよね。キャスター、姉さんに何処まで話したの?」

 

「明日には柳洞寺の一件がニュースになるって話と、最初からあそこにはマスターはひとりしかいなかったとは聞いたわ。」

 

「葛木先生、行方不明なんだって。」

 

 

ぼくの口から葛木先生の名前が出た途端、姉さんが両目を大きく見開いた。

 

 

 

「葛木が…?」

 

「姉さんとしては会長辺りがマスターなんじゃないかって疑ってた?残念、会長は全くの無関係だよ。」

 

「だってあいつ、魔術回路は持ってなかったわよ!?」

 

「魔術回路が無いから、マスターになれないって訳じゃないんだよ。先生がどうやって契約したのかはぼくも知らないけどね。」

 

 

姉さんはわざと大きな音を立て、不機嫌気味に煎餅へ齧り付く。当てが外れたから、機嫌を損ねたんだろう。

 

 

 

「でも、マスター一人にサーヴァント二人なんてコスパが悪過ぎよ!ましてや、葛木は一般人じゃない。」

 

「色々と、イレギュラーがあったみたいでさ。これ以上はぼくの口からも言えないけど。」

 

 

ぼくが口元を覆う仕草を見せれば、姉さんは思いっきり顔を顰めた。

 

 

 

「…サーヴァントを一度に二体も倒すなんて、あのランサーもとんだ化け物ね。」

 

「あのランサー、生まれ付いての戦闘狂みたいな所あるから。本気出されたら、真っ向からやり合っても勝てないと思うよ。キャスター曰くね。」

 

「あんた、やけにランサーについて詳しくない?」

 

「キャスター曰くって言ったでしょう?口封じにシロを殺そうとした奴なんかに、ぼくは全然詳しくないよ。」

 

 

バイト先に来られたり、自分のマスターにならないかって口説かれたり、果てにはランサーのおかげで命拾いしたけど。ぼくは全然、ランサーなんか知らない。

 

 

 

姉さんはランサーの仕業だと思ってる。いや、そう考えるのが自然なんだ。他に残ったサーヴァントは、セイバーとアーチャーとランサー。例外的に、ぼくのキャスターと王様。

 

 

『束の間の平穏を少しでも長く享受したくば、大人しくしていた方が賢明ですよ。』

 

 

 

柳洞寺のキャスターと対峙した時、キャスターが言ったこの忠告の意味。思うに、キャスターはこうなることを予測してたんだ。だって、あの人が放って置く筈が無いんだから。

 

 

一体、何が起ころうとしているのか。正直言って、怖い。ぼくはキャスターみたく、未来なんて見えないし。

 

 

 

「リヒト、あんたどうするつもり?」

 

「シロとの休戦協定の期日の話?」

 

「そうよ。」

 

「もし、アーチャー とセイバーの残る二人になったら、ぼくも荷物をまとめて此処から出てくよ。ミレイは…ぼくの代わりに置いてく。イリヤ姉さんと引き離せないし。その後はキレイが借りてるアパートメントにぼくは行こっかな。」

 

「あのボロアパート?」

 

「ボロアパートって…住めば都って言うじゃないか。」

 

 

実は、キレイが時臣さんから管理を引き継いだ不動産の中にいつの間にやらキレイがぼく用にと契約したボロ…古いアパートメントの一室がある。昔、キレイが教会をぼくが出てくならと提示した場所だったけど、結局ぼくは姉さんの元に転がり込んだ訳で。

 

 

 

「教会に戻るつもり、無いんだ。」

 

「まぁね。」

 

「それ聞いて、安心したわ。」

 

 

何故か、姉さんはぼくが教会に戻るつもりが無いことを安心したと言う。

 

 

 

「え、何で?」

 

「だって…あんたが教会に戻ったら、なんかそのまま帰って来ない気がして。」

 

「そんな訳無いよ、変な姉さん。」

 

 

ぼくがクスリと笑えば、姉さんは逆にムッとした。ぼくが教会に戻ったら、そのまま帰って来ないだなんておかしな話だ。

 

 

 

「ミレイのこと、本当に置いてっていいの?」

 

「ミレイにさ、どうしたいって聞いたんだよ。そしたら、ミレイは此処に残りたいって。」

 

 

昨日、ふとミレイにぼくが此処を出て行ったら付いてくかと聞いたんだ。そしたら、ミレイは少し考えてから此処に残ると自分から言った。

 

 

 

『本当はミレイ、みんな一緒がいいけど。今はせーはいせんそうの真っ最中だから。仕方ないわ。ぱぱもお仕事、頑張ってね。』

 

 

ミレイも何と無く、聖杯戦争が何であるかは理解しているらしい。

 

 

 

「あの子の体、興味本位でちょっと調べてみたけど…ぱっと見、普通の子と何ら変わらないのよ。」

 

「一応の活動源は通常の使い魔と同じく、人間の魔力みたい。キャスターが勝手に、ぼくとミレイの魔力パスを繋げてくれちゃったから、其処は問題無いよ。」

 

 

姉さんはいつの間にやら、ミレイの身体構造を調べていたらしく。差し詰め、ミレイは受肉したサーヴァントそのものだ。

 

 

 

「キャスター、生前は精度の高い自律型の泥人形つくって、自分の身の回りの世話とかさせてたみたい。だから、使い魔の作成とか得意なんだよ。」

 

「あのキャスター…神代の魔術師は現代の魔術師とは比べ物にならない程の力を持つとは言うけど。」

 

 

姉さんも一応は、キャスターの魔術の腕は認めている。人となりはあんなだけど。

 

 

 

「大昔の魔術は神に連なる者のみ、使うことを許されてたって話だし。僕らとは根本的に、神代の魔術師達は違うんだよ。」

 

「キャスタークラスがマスター達に嫌厭される理由の中には、一番扱いが難しいクラスだって言われてるからじゃない。マスターと同じ、元は魔術師な訳だし相性が悪いと直ぐ殺されて契約破棄される可能性だってあるもの。」

 

 

要するに、姉さんはぼくがキャスターとよくも十年間、何事も無く付き合って来れたなと言いたいらしい。

 

 

 

「多分、キャスターがぼく以外のマスターに召喚されて相性最悪なら即刻マスター殺して、契約破棄も有り得るかもね。」

 

「うっわ…私ならあんな奴と契約なんて、絶対無理!」

 

 

姉さんはそう言うけど、姉さんなら相性抜群だと思う。案外、キャスターも姉さんのことはかなり気に入ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒト、顔色が悪いですよ?」

 

「…あ、セイバー。」

 

 

シロウへの稽古がひと段落し、居間へ向かおうとすると顔色の優れないリヒトと廊下の曲がり角で出くわした。

 

 

 

調子が悪い、というよりは…何かを思い悩んでいる様な顔つきだ。私は彼に、そんな顔はして欲しくない。シロウはいつも、リヒトに笑っていて欲しいと思っている。私もまた、同じ気持ちだ。

 

 

「どうか、されましたか?私でよければお話を聞きますよ。」

 

 

 

おもむろに、リヒトの頬へと手を伸ばす。もう十年も経つというのに、私にとってのこの子は感覚的にあの頃の幼いままで時間が止まってしまっている。今は私より二回り以上は背も大きくなり、手を伸ばさなければ届かない。

 

 

「セイバー、ぼくだってもう小さい子供じゃないよ。それに、何でもないんだ。ただちょっと、気掛かりなことがあって…さ。」

 

 

 

リヒトの頬に触れれば、彼の頬がほんのり赤らんだ。

 

 

「気掛かりなこと、とは?」

 

「キャスターがぼくに…何か、隠してる。」

 

 

 

意外にも、リヒトの口から出たのはメイガスのことだった。キャスターが隠し事なんて、日常茶飯事だ。

 

 

「いつもレベルの隠し事なら、ぼくも大して気にはしないよ。でも、今回は違うって言うか…なんか、嫌な胸騒ぎがして仕方無いんだ。」

 

 

 

彼の予感はよく当たると、凛が言っていた。

 

 

「何かあれば、私がいます。私はシロウの剣ですが、私にとっては貴方もまた…守るべき存在です。」

 

「君に言われると、なんだか頼もしいなぁ。」

 

 

 

ふわりと笑う、彼の何気無い表情が我がマスターは一等に好きだ。本人に自覚は無いのだけれど、私から見ればとても分かりやすい。

 

 

「本来のあなたの立場からすれば、聖杯戦争に参加しているサーヴァントにこんなことを言われるのは…おかしな話かもしれませんが。」

 

「じゃあせめて、その気持ちだけでも受け取らせて。」

 

 

 

メイガスがリヒトに対して、隠し事をするのはこれが初めてじゃない。私が言える立場ではないが、彼はかなりの頻度で私達に隠し事をしてきた。そして隠し事が白日の下に晒されると、何食わぬ顔をして白々しく誤魔化す。恐らくは、まだ何らかの事実を私達にも隠している。

 

 

「メイガスが胡散臭いのは、今に始まったことではないでしょう?私の知る何処ぞの宮廷魔術師も似た様な感じでしたし。」

 

「セイバー…君、たまにキャスターに対して容赦無いよね。それ、マーリンって人?何故かキャスターの知り合いらしいけど。」

 

 

 

そう、何故かメイガスとあの宮廷魔術師は知り合いなのだ。生きた時代もまるで違うのに、まるで直接会って話しているかの様に。つい最近も、まるでメイガスはあれと言葉を交わしたかの様に、話して聞かせてくるからいつも不思議でならない。

 

 

「友達…って訳じゃ無さそうなんだよなぁ。喩えるなら、適当な世間話する位の隣人同士?」

 

 

 

確かに、メイガスの口振りからしてあれとメイガスが友人同士にはとてもじゃないが見えない。リヒトの喩えがおおよその正解だろう。

 

 

「不思議だね。」

 

「そうですね。」

 

 

 

お互いに顔を見合わせ、同じ様な感想を漏らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはセイバーのことで、キャスターの元へ相談しに行こうとした時のことだ。遠目がちに、廊下でセイバーとリヒトの姿が見えて、思わず姿を隠してしまった。

 

 

また、いつぞやのリヒトと遠坂のやり取りを目撃してしまった時の様なことは避けたい。二人して、何を話しているのやら…何だか楽しそうだ。セイバーとリヒトは、仲が良い。

 

 

キャスターにはぞんざいな扱いだけれど、同じ顔のリヒトにはああも穏やかな微笑みすら見せ、他愛も無い会話をするからギャップがあると言うか。

 

 

すると、不意にセイバーの手がリヒトに伸ばされた。セイバーのたおやかな白い手がリヒトの頬に触れ、リヒトが一瞬頰を赤らめる。

 

 

『セイバーに…バレた。』

 

 

ふと、早朝のやり取りを思い出す。リヒトはセイバーのことを気にして、俺に対する例の行為を一旦は止めようとした。

 

 

 

セイバーにバレたからと、やめる必要は無いと我ながらまたしてもとんでもないことを口にしてしまった自分に戸惑う。何で、あんなことを言ってしまったのか。

 

 

リヒトはセイバーに対して、罪悪感を感じてやめようとしたのかもしれない。思えば、リヒトのこれまでの一連の行動は大方セイバーを心配してのものが多かった。

 

 

 

セイバーと契約を交わして間も無く、俺がセイバーのことを藤ねぇと桜にどう説明しようか困り果て、セイバーを俺の部屋に一人にした時もリヒトはセイバーを気にかけ、わざわざセイバーに食事を運び、セイバーと一緒に食べてくれたし。

 

 

またいつだったか、セイバーが屋敷を飛び出し、単身で柳洞寺に行った時だって逸早くリヒトがそれに気付いて、俺について来てくれた。

 

 

 

『あのまま君が目を覚ますのが遅れたら、セイバーがどうなってたかわからないだろ!』

 

 

あぁ、そういえば…あの時、俺は土蔵で魔力切れから来る疲労困憊で寝過ごしたのだ。リヒトに怒られた時、リヒトはセイバーをいたく心配していたのだ。

 

 

 

ライダーとの一戦で、セイバーがとうとう自分の残存魔力を使い果たした時もルール違反を承知でリヒトはセイバーに自分の血液を提供して、その日は一晩中セイバーの看病をしてくれた。

 

 

「あれ…?」

 

 

 

ここまで考えて、導き出された結論。やっぱり、そう考えるのが自然な訳で。そんなリヒトの行動を、セイバーが悪く思う筈も無い。見るからに、セイバーのリヒトに対する好感度は高いし。またしても、謎のもやもやが胸の内を覆う。

 

 

セイバーのことは勿論、俺も大切だ。女の子は守るもんだって、親父も口癖の様に言っていた。出来ることなら、彼女には傷ついて欲しくない。あんな最期を迎える夢なんか見せたれたら…今度は幸せになって欲しいし、俺にも何か出来る事は無いかと思ってしまう。

 

 

 

「そこで何をしているのですか?シロウ。」

 

「うわあっ!?せ、セイバー!おどかすなよ!!」

 

 

気が付けば、すぐそばにあきれ顔のセイバーが立っていた。どうやら彼女は、最初から俺に気付いていたらしい。リヒトは既にいなくなっていた。

 

 

 

「脅かすも何も…影でコソコソしていたのは貴方ではありませんか。」

 

「違う!たまたま、セイバーとリヒトの姿が見えたから邪魔しちゃあ悪いかな…と。」

 

「私もリヒトも、貴方を邪険に扱うことなどしませんよ。」

 

 

セイバー、俺はそういうことを言ってるんじゃなくてだな…?リヒトも何で、肝心なことを俺に言わないで、あんなことするんだ。ますます、リヒトが分からなくなる。

 

 

「シロウ、貴方も何か悩み事ですか。」

 

「貴方もって…何のことだ?」

 

「リヒトがメイガスのことで、悩んでいた様なので話を聞いていたんです。」

 

 

あぁ、それで二人して話してたのか。リヒトが悩むなんて、なんだか珍しい。

 

 

 

「俺は、その…なぁ、セイバー。リヒトのこと、どう思う?」

 

「……急にどうしたんですか?」

 

 

俺が妙な質問をしたからだろうか、セイバーがきょとん顔で質問の真意を俺に聞いてくる。まずい、直球過ぎたかもしれない。

 

 

 

「いや、いつもリヒトと仲良いし…どう思っているのかなぁと。難しく考えないで、好きか嫌いかでいいから。」

 

「好ましいですよ。嫌う筈がありません。」

 

 

セイバーは良い意味でも、悪い意味でも正直だ。きっぱりと、即答で、言い切られた。

 

 

 

「彼の思いやりや、職務に対して誠実であろうとする態度は好感が持てます。」

 

「そっか、そうだよな…俺もそう思う。」

 

「あぁ、そうでした。シロウ、事後報告になってしまいますが…」

 

「…事後報告?」

 

「私はリヒトが貴方にしている行為と同じことを、彼にしました。勘違いなさらず。私のは飽くまでも“感謝の意”です。」

 

 

セイバーからの爆弾発言に、俺は完全に思考がピシッと固まる。リヒトが俺にしていることをセイバーが!?リヒトに!!?其処で、あの謎のもやもやが一層酷くなり、俺は考えることをやめた。

 

 

 

「お悩みは以上かい?」

 

 

そして、時間は今に戻る。例の、謎のもやもやを誰かさんに打ち明けるべきか悩んだ。けれど遠坂、ましてやセイバーにもこんなこと話せる訳が無いし。そう思ったら、消去法でやっぱりこの誰かさん以外には吐き出せる相手が居なかった。

 

 

 

「…最近、リヒト絡みで何でか、やたらともやもやする。」

 

「もやもや?」

 

「正体不明なんだ。俺も、なんでそんな風になるのか分かんないから困ってる。リヒトが…遠坂やセイバーと仲良いところ見た時とか特に。」

 

 

リヒトとおんなじ顔、おんなじ声の誰かさんにこんなことを打ち明けるのはやっぱり変な気がした。何だか恥ずかしくて、あんまり言いたくないんだが。

 

 

 

「あぁ、それもう治せないよ。」

 

「まだ何も言ってないだろ!?」

 

 

まだ何も言ってないのに、誰かさんはもう治せないとか随分と絶望的なことを言ってくる。

 

 

 

「無理。僕にはどうすることも出来ない。それ、もう手遅れの心のビョーキだから。あの子以外には治せないよ。」

 

 

誰かさんはいたく愉しそうに、ニイッと口角を上げた。リヒトの所為でもやもやしてるのに、リヒトじゃないと治せないってどういうことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何故、君が残ってる。」

 

 

日も完全に暮れた夜。数日ぶりの屋根の上に、見慣れきった先客が居た。彼が身につけている青いストラが風に揺れて、ばさりと靡く。彼が目線だけをオレに送り、わざとらしく小首を傾げた。

 

 

 

「僕が居ちゃいけない?」

 

「いや…そういう訳ではないが。」

 

 

先輩とリヒトは、神父に急な使いを頼まれて夕方頃に出て行った。夜遅くなるという。夕方の玄関先で、二人と夕飯が食べれなくなり、見送りながらも二人に不満を漏らすイリヤとミレイの姿を見かけたか。

 

 

 

「君、体はもう大丈夫なの?」

 

「警護をする分には、問題無い。」

 

「もう日課になっちゃったもんね?夜の警護。」

 

「サーヴァントとして、マスターを外敵から守るのは当然だ。」

 

「そうだね、その為の警護だし。」

 

 

そう軽い調子で言いながらも、彼の目はまるで、これから来る“何か”を強く警戒する様な鋭さを帯びている。あぁ、だから彼は此処に残ったのか。

 

 

 

「僕に何か、聞きたいことがあったんじゃないの?今朝、キャスターに茶化されてうやむやになってたみたいだけど。」

 

「柳洞寺の件…あれは、ランサーの仕業という認識でいいのか。」

 

「あれ、ランサーじゃないよ。ランサーのマスターがあんな足のつく様な命令、ランサーにさせる訳が無い。彼のマスター、存外用心深いんだ。」

 

 

じゃあ誰が…と、考えるまでもない。先輩が以前、オレに言っていた不穏な言葉からしても柳洞寺の件はランサーの仕業でないことは明らかだ。

 

 

 

『今の内に、貴殿には謝っておこう。主に身内絡みで、これから貴殿にも多大なる迷惑をかけるだろうからな。』

 

 

一体、これから何が起ころうとしているのかオレには分からない。オレは先輩の様に、未来が見える訳でもないのだから。

 

 

 

「あの人、自分の領分で好き勝手されるの嫌うんだよね。キャスターが彼女に忠告してたみたいだけど、気位の高い女王様には道化の戯言と切り捨てられたみたい。」

 

 

彼女とは、柳洞寺のキャスターの事だろう。オレは直接、お目にかかってはいないが。

 

 

 

「今度の目的はセイバーかな?我が弟とは言え、セイバーと一つ屋根の下なんてけしからんって前怒ってたし。セイバーからしたら傍迷惑な話だ。あの人、セイバーを自分の妻にって前回の聖杯戦争の最後で…まさかのプロポーズしたんだ。こっ酷く断られたけどね。十年経っても諦めないって、相当だよ。」

 

 

彼は盛大な溜息を吐き、遠くの方向を見やった。

 

 

 

「巻き込まれる方の身にもなって欲しいよ。キャスターも、僕の時はこんなに勝手ばかりしなかったんだけどな。やっぱり、あの子が甘やかし過ぎなんだ。」

 

 

これから起こり得ることは、先輩も確実に一枚噛んでるらしい。先程から話を聞いていて、傍迷惑なのはセイバーだけではない気がする。

 

 

 

「これから大嵐が来る。僕らに出来ることは精々、被害を最小限に抑える事かな。真っ向から挑んで、叶う筈が無いんだ。それは一番、キャスターと僕が知ってるから。」

 

 

これから来る“もの”を、彼は大嵐と呼んだ。傍迷惑だけで済めば良かったのだが、そうもいかない状況の様だ。

 

 

 

「…主は我が力、我が盾。私の心は主に寄り頼む。」

 

 

聖なる詞を彼が唱えれば、強力な結界魔術と同じ効果を持つそれが青い光を帯びて屋敷一帯を包み込んだ。

 

 

 

「一先ずはこの中から外に、飛び火しない様にしないとね。あの人、容赦無くぶっ放…」

 

 

彼が言いかけたその時、屋敷の敵避けの鈴が大きく鳴り響く。彼が二度目の、深い溜め息を吐いた。

 




マなんとかさんは何処にでも現れるらしいので、ちょっかいがてらにオリ主②と一方的なおしゃべりをして自分が満足したら帰って来ます。そんな裏設定。オリ主②のことは名前が無いので、勝手に忘却君と呼んでる。


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終わりはまだ少し遠く
第三十五話 待ち人いまだ帰らず


知らないサーヴァントが現れた。その報せを姉さんから携帯越しに聞いた時、内心ではあぁやっぱりと恐れていたことが現実になってしまう。

 

 

聞けば、そのサーヴァントはセイバーが目的だった様だ。しかし、興が削がれたと間も無く何処かへ行ってしまったらしい。

 

 

 

『リヒト、キャスターそばにいる?』

 

「いる…けど?」

 

 

ぼくのそばで待機していたキャスターが無言で、携帯を寄越せと手を差し出して来たからキャスターに携帯を渡す。

 

 

 

するとキャスターが代わるなり、この距離からでも姉さんの怒号が聞こえて来た。キャスターがものすごーく渋い顔をして、ぼくも思わず耳を塞いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄上が出しゃばって来た以上…面倒なことになるぞ。」

 

 

まだ耳鳴りがするらしい、片耳を抑えながら自分だって出しゃばりの癖にキャスターが白々しいことを言う。

 

 

 

姉さんによれば、謎のサーヴァントもとい王様の目的はセイバーだったらしい。確かに、セイバーにご執心なのは知ってだけどさ。

 

 

「騎士王の次なる聖杯戦争への参戦は、兄上も識っていた。だからこそ兄上は十年、騎士王を今度こそ我がものにしようと待ち侘びたのさ。」

 

 

 

キャスターは語る、セイバーの在り方は王様のたった一人の友に何処か似ていると。

 

 

「十年も本当に来るか分からないアーチャー待ち続けた君だって、王様と似た様なもんじゃないか。君らって顔は全く似てないけど、変なところで似てるよね。」

 

「…アーチャーが君に、余計なことを言ったな?」

 

 

 

珍しく、バツが悪そうにキャスターがぼくを見た。キャスターと王様は顔こそ似てないけど、変なところで似通ってる。

 

 

「ついでに、いつぞやの君の言う通り…アーチャー の生前、君そっくりの相当親しい間柄の人が居たって話も聞いた。」

 

 

 

アーチャーの正体については、薄々そうなんじゃないかとは思っていた。アーチャーからキャスターのそっくりさんの話を聞いた時は、内心かなりの衝撃を受けたけど。

 

 

「他人の空似はよくある話じゃないか。世の中、自分と同じ顔の人間が三人はいるらしいぞ。」

 

「変に隠そうとしないでよ。キャスター、今シロの家にいる君そっくりの誰かさんは一体誰?」

 

 

 

姉さんから、報せと共に妙なことを聞いた。ぼくと一緒にシロの家を出た筈のキャスターがアーチャーと一緒に謎のサーヴァントと戦闘になり、負傷したのをイリヤ姉さんが別室で手当てしていると。

 

 

『キャスターが置いてった分身にしては、自我がハッキリし過ぎてるのよ。イリヤスフィールのこと、あんたみたいにイリヤ姉さんとか呼んで…キャスターらしからぬと言うか。だからあんたにキャスターと一緒かって聞いたの。』

 

 

 

シロが言っていた、キャスターだけどキャスターじゃない誰かの特徴と姉さんの話していたその誰かさんには幾つか共通点がある。

 

 

「勘のイイ君なら、もう欠けたパズルピースは全部揃えきっている筈だ。」

 

 

 

キャスターは敢えて答えを言わず、回りくどい言い回しをしてはぐらかす。

 

 

「あれはもう、誰でもない。自らの願いを叶える代償に、自分そのものを宛てがった結果だ。」

 

 

 

キャスターは小さな声で呟く、精々君は繰り返すなよと。何でみんなして、ぼくにそんなことを言うんだろう。何度も言ってるのにさ。

 

 

「それ、アーチャーにも言われた。言ったでしょう?ぼくは父さんやお祖父様みたいには、絶対なれないって。」

 

 

 

ぼくをこんな風にしたのは、君と王様じゃないか。すると、キャスターはニヤリと笑ってぼくが考えていることを見透かした様に言って来る。

 

 

「意図的にそうさせたからな。さて、兄上の件…神父になんと報告する?」

 

 

 

イリヤ姉さんの件、何故私に一言も相談しなかったと父さんに咎められて、今回の使いっ走りを申し付けられた経緯がある。

 

 

バーサーカーに関する報告も、ぼくがわざと報告するのを長引かせていたのを父さんはとっくに勘付いてるだろうし。いっそ監督役の補佐になんて、ならなきゃよかった。

 

 

 

「いっそ、君はシロか凛に聖杯を与えてしまえば全て丸く収まるんじゃないかと思っているだろう。」

 

「姉さんやシロなら、聖杯を悪用することもないよ。アーチャーも恒常的な世界平和とか無茶言ってたらしいけど、案外無欲そうだし。セイバーだって…ねぇ、セイバーの願いは未だ変わらず?」

 

「変わらんさ、セイバーの願いは今も尚な。」

 

 

聖杯を手に入れ、滅んだ祖国を救う。王様らしい、セイバーの願いだ。つまりは、歴史の改竄になり兼ねない願いだけれど。

 

 

 

その為にセイバーは英霊となり、聖杯を手に入れたら彼女はキャスター曰く彼の“同胞”になる。

 

 

「セイバーが今は死んでないって話、前に聞いたけどさ…セイバーが聖杯を手に入れたら、彼女の死は確定となり彼女そのものが歴史の改竄でいなくなることも有り得るって話だよね?」

 

「要するに、本官の様になる可能性もある訳だ。」

 

 

 

彼女を救えないだろうかと、心の何処かで考えてしまう。しかし、それはぼく自身のエゴであって彼女の為にはならない。

 

 

「…何て言うか、救われないなぁ。」

 

「いっそ、君が聖杯を手にいれるという方法もあるんだぞ?おすすめはしないがなぁ。」

 

「やめてよ、ぼくは聖杯なんかいらない。聖杯を欲しがって、いっぱい無関係な人まで死んでいくのを間近で見せ続けられたぼくの身にもなってみてよ。」

 

「賢明だ。君はそのままでいい。昨日の夜、本官の留守を狙ってよからぬ者が来ただろう?」

 

 

 

キャスターが言っているのは、昨晩の夢に出て来たアイリスフィールそっくりの誰かのことを言っているのか。

 

 

「ぼくの願いはなんだって、しきりに聞いてきた。アイリスフィールそっくりでさ、キリツグさんに自分は裏切られたんだってぼくに…そんな筈無いのに。」

 

「器を通じて中身から君に語りかけてくるとは、驚いたなぁ。君はどうしてそう、面倒な者に魅入られるのやら…あれの言葉には耳を貸すなよ。傭兵はアインツベルンこそ裏切ったやも知れないが、妻子のことは致し方無かった。捉え方は君に任せる。」

 

 

 

中身?キャスターに中身って何さと聞いたら、やっぱりはぐらかされた。とりあえず、あれにはやっぱり気をつけた方がいいらしい。キリツグさんとアインツベルンの因縁は、ぼくも触り程度しかキャスターに聞いてないけど相当に根深いのだろう。

 

 

「王様を追うかは…キレイに相談してからにする。また勝手なことして、余計な用事押し付けられても嫌だもの。」

 

「恐らくは神父も、兄上の単独行動までは把握しきれていなかっただろうな。」

 

 

 

教会に向けて歩き出す。キャスターなら王様の居場所も知ってるんだろうけど、絶対教えてくれなさそうだし。というより、今キャスターと王様が顔を合わせたら一触即発は目に見えてる。

 

 

「あ…雪、降ってきた。道理で冷える訳だ。」

 

 

 

白いものが視界をちらつき始めていたので上を見上げれば、どんよりしていた曇り空は雪模様へと変じていた。降って来る雪は大きめだし、これは積もるかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い!」

 

 

そろそろ帰って来ていい頃合いなのに、リヒトが未だ帰らず不機嫌マックスの遠坂。いつものリヒトなら、何かあれば直ぐに帰って来そうなのに。

 

 

 

「まさかあいつ…あのサーヴァントの行方を追って「あんたみたいに無鉄砲なことはしないわよ。大方、その件で綺礼に相談しに行って遅くなってるとかじゃない?」

 

 

あぁ、そういうことか。リヒトは死にたがりだけど、俺みたく無茶なことはしない。

 

 

 

「…いつまで待っててもあれだし、私は先に寝かせて貰うわ。キャスターだけどキャスターじゃないあいつのことも気になるけど、イリヤスフィールに手当て中は部屋入るの禁止って言われちゃったし。」

 

 

謎のサーヴァント襲撃に対し、アーチャーと一緒に迎え撃ち、負傷した誰かさんはイリヤが別室で手当てしてる最中だ。

 

 

 

アーチャーはと言えば、俺の部屋でミレイを寝かしつけてる。アーチャー は誰かさんに比べれば比較的、傷の具合も軽く、手当ては直ぐに終わった。

 

 

遠坂はひらりと手を振り、部屋を出て行く。後に残されたのはセイバーと俺。

 

 

 

「シロウ、このままリヒトとメイガスの帰りを待つのですか?」

 

 

そのつもりだけど?と返せば、セイバーは自分も付き合いますと言ってくれる。

 

 

 

「あんまり遅くなる様だったら、セイバーは先に寝ててくれ。」

 

「貴方こそ…幾らリヒトが心配なのは分かりますが、あまり無理はしないで欲しい。」

 

「お、俺は別にあいつの心配なんて…!リヒトにはキャスターがいるだろ!?」

 

「シロウは分かり易過ぎます。」

 

 

分かり易いって何のことだよ…?セイバーに全部お見通しだという顔をされ、どう言葉を返せばいいのか困ってしまう。

 

 

 

「なぁ、セイバー…あいつ、大丈夫かな?」

 

「イリヤスフィールが手当て中の、もう一人のメイガスのことですか?」

 

 

こくんと頷く。リヒトのことも、まぁ心配ながら…あの誰かさんのことも心配だ。あいつ、間違い無く俺たちを助けようとしてあの黄金のサーヴァントと戦闘になったんだ。

 

 

 

「…シロウ、以前から彼と面識が?」

 

 

セイバーにそう聞かれたら、もう包み隠さずに話すより他無い。

 

 

 

「ほら、俺がイリヤにさらわれた時。あいつと、初めて会った…散々何やってんだって怒られたけど、何だかんだ言ってあいつ、俺がイリヤにかけられた術解いてくれたんだ。」

 

 

俺からその話を聞いて、セイバーも驚いている様だった。まぁ、あの時のキャスターはリヒトと屋敷に残っていた訳だし。

 

 

 

「メイガスはリヒトと一緒に、屋敷へ残っていた筈です。あそこに現れる訳が無い。」

 

「だから変だと思ったんだ。その後から時々、話をする様になって…あいつ、普段はキャスターの中にいるって言うか。変な言い方なんだけどさ?まるで、キャスターと人格が入れ替わる様に話すから。」

 

「サーヴァントの中には…一つの体で、複数の人格を有する者も少なからずいます。しかし、キャスターは確かに今日、リヒトと一緒に屋敷を出て行った筈です。先程、凛とも携帯で話していた様でしたし。リヒトがメイガスのフリをすれば、直ぐ凛にバレます。」

 

 

じゃあ、あのキャスターは誰なんだ?って話になる。此処とは違う、別の場所に同一人物が存在してるってまるでドッペルゲンガーだ。

 

 

 

「以前のキャスターに…あの様な人格交代はありませんでした。何か、キッカケがあったとしか思えません。」

 

 

セイバーも何が何やらと、腕を組みながら考え込んでしまう。以前というのは、前の聖杯戦争のことだろう。

 

 

 

「なぁ、セイバー…前回の聖杯戦争にも参加してたんだよな?キャスターとはいつ会ったんだ?」

 

「とある宴席です。あぁ、そういえばあの黄金のアーチャーも一緒でした。一度だけ、幾人かのサーヴァントと集まり聖杯に関する問答をしたことがあったんです。皆、好き勝手なことばかり言って…私には大変、不愉快な記憶しか無いのですが。メイガスなど、途中で酔い潰れて寝てしまいましたからね。」

 

 

今、セイバーが物凄く大事なことを言った様な…?って言うか!あいつ、あのサーヴァントと面識あったのかよ!?

 

 

 

「セイバー…あのサーヴァントの手がかり、キャスターなら知ってるんじゃないのか!?」

 

「知ってたとしても、メイガスが話してくれる保証がありますか?」

 

「ない…な。」

 

 

あの隠したがりのサーヴァントが真実を話してくれる確証は無い。掴みかけた手がかりが立ち消えとなり、深い溜息が漏れる。

 

 

 

「…ちょっと、あいつの様子見て来る。」

 

「行ってらっしゃいませ。」

 

 

手がかりを握ってそうな肝心のキャスターは留守だし、あの誰かさんならもしかして話してくれるだろうか。まぁ、話せる状態であればだけど。

 

 

 

「セイバー、もう一つ聞いていいか?」

 

「何ですか?シロウ。」

 

「もしかして、セイバーの前のマスターって俺の親父じゃないよな?」

 

 

鈍い俺だって、何と無くそうなんじゃないかと思ってた。前、リヒトが言っていたことがキッカケで、もしかしてそうなんじゃないかと。

 

 

『正義の味方がぼくを助けてくれたんだ。』

 

 

 

親父も以前は魔術師だった。なら、冬木の聖杯戦争に少なからず関係していたんじゃないかと。それに、親父も昔、正義の味方を目指してたなんて死に際で俺に語っていた。リヒトはわざと、俺に対してあんな言い方をしたらしい。

 

 

「リヒトが貴方に、話したのですか?」

 

 

 

セイバーから、否定の言葉は無かった。リヒトから聞いたのかと言われ、首を横に振るう。

 

 

「違う、あくまで…俺の憶測だったんだが。」

 

「貴方の憶測通り、貴方の父親、衛宮切嗣は私の前回の聖杯戦争でのマスターでした。」

 

 

 

今更、驚くことでも無い。リヒトが親父と知り合ったキッカケだって、聖杯戦争以外で考えられないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セイバーから今さっき聞いた話に、心がどんよりと昏く沈んでる。聞かなきゃ良かったって訳じゃないけど、少なからずショックを受けていた。

 

 

リヒトも、知ってたんだ。親父がどういう人間だったのか。セイバーは言っていた、親父はリヒトの前で、リヒトの祖父さんを殺した犯人を容赦無く撃ち殺したと。

 

 

 

そして、セイバーには令呪で命令して彼女にとって何よりも手にしたかった聖杯を彼女自身の手で破壊させ、彼女を裏切ったことも。

 

 

とりあえず、誰かさんがイリヤに手当てを受けている部屋に向かう。

 

 

 

「イリヤ、いるか?」

 

「シロウ?どうしたの?」

 

 

部屋の前にたどり着き、とんとんと襖を小さく叩いてから中のイリヤに呼びかける。誰かさんの怪我の手当ては終わったかと聞けば、今丁度終わったところだと中から返答がした。

 

 

 

「入っていいか?」

 

「…いいわよ。」

 

 

ゆっくり襖を開けると、上半身半裸で素肌の上から包帯を巻かれた誰かさんが布団の上で横になっており、イリヤが丁度寛げていた自分の服を着直し…て?はいっ!?

 

 

「あの、イリヤ…さん?この部屋で、何をなさってたんですか…?」

 

「何って、バーサーカーの残存魔力が不足してたから私のを少し分けただけよ。マスターとサーヴァント同士ならこの位、常識でしょう?おかしなシロウ。」

 

 

 

小さい女の子に何させてんだよ、こいつは!?って言うか、普通にはんざ…完全に、頭がパニックになる。

 

 

「…イリヤ姉さん、ちっちゃなシロには刺激が強過ぎる。」

 

「そういうこと?シロウって案外お子ちゃまね。私たち、やましいことは一切してないわよ。バーサーカーにはアーチャーがいるし。」

 

 

 

幼いイリヤにお子ちゃまと言われ、俺がまるでやましい想像をしてたんじゃないかと指摘されてる様で頰がブワッと熱くなってしまう。というより、イリヤはこいつとアーチャーの関係も把握済みだった様で。

 

 

「バーサーカーって、まさか…」

 

「名前が無いと不便でしょう?彼、この見た目でも一応のクラスはバーサーカーだから。」

 

 

 

この誰かさん、てっきりキャスターと同じキャスタークラスかと思えばバーサーカーだったらしい。

 

 

「バーサーカーって、普段から凶暴なのばっかりじゃないのよ。」

 

 

 

バーサーカーと聞くと、専らあのヘラクレスのイメージが強いから拍子抜けしてしまう。まぁ…この誰かさんのあの時の戦いぶりを見るからに、強さそのものは狂戦士と呼ぶに相応しいものだった。

 

 

「僕に何か、聞きたかったんじゃないの?」

 

 

 

誰かさんことバーサーカーは、自分に用があったんじゃないかと聞いてくれたけど今はそれどころじゃない。童貞臭い俺には刺激が強過ぎて、悪かったな!?イリヤは幼い女の子の筈なのに、この時だけは表情がやけに艶めいて見えて目のやり場に困った。

 

 

「また出直す!!早く怪我治せよ!」

 

 

 

とんだ目に遭い、バーサーカーに聞くチャンスを自分から駄目にしてしまった。俺の馬鹿ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋をそろりと覗き込むと、いつも眉間に寄せられたしわは何処へやら…随分と優しげな表情をした弓兵が幼い少女を寝かし付けていた。

 

 

「ミレイ、寝たか?」

 

 

 

恐る恐る、アーチャーに声をかける。すると、急に鋭い視線が俺に飛んで来るものだからびくりと肩を震わせ、驚いてしまう。どんだけ俺、嫌われてるんだよ。

 

 

「今さっきな…大分グズっていたから、寝かし付けるのに苦労した。」

 

 

 

謎のサーヴァントが去った直後、負傷した誰かさんにミレイは一目散に駆け寄り、パパ消えたらやだとひどく泣きじゃくって大変だった。その前まで、謎のサーヴァント相手にパパとママをいじめるなと無茶して飛び出して行き、気丈なまでの態度だったのに。

 

 

「……誰かさんも、ミレイにとってはパパなんだな。」

 

「当たり前だ。何より、彼はミレイの名付け親だからな。」

 

 

 

え…?ミレイという名前はどうやら、誰かさんが名付けたらしい。それは、初耳だった。

 

 

「聞いて、いいか?」

 

「なるべく手短にしろ。」

 

「何で、ミレイなんだ?」

 

 

 

ふと、わいた疑問。何故、この子に誰かさんはミレイと名付けたのか。名前には、親から子供への願いが込められている。

 

 

「漢字で書くと、美しいに礼と書くらしい。」

 

 

 

美礼?なんか…似た様な名前を何処かでと考え、あの神父のことをふと思い出す。

 

 

「言峰の下の名前みたいだな。」

 

「全く…よりにもよって、何故あの神父から一文字取ったんだ。」

 

 

 

驚いたことに、由来はあの神父の名前らしい。けど、割とすんなりああそうかと納得してしまう。

 

 

「リヒトも、名前の一文字はお祖父さんからもらったって聞いた。」

 

「たまたま、彼はそれに倣っただけの話だ。深い意味は無い。」

 

「そうか?」

 

「何が言いたい?」

 

 

 

アーチャーに強く睨まれてしまい、それ以上何かを言うのはやめた。やっぱり誰かさんは…そう思いかけ、気付かないふりをする。

 

 

「…私は先輩とリヒトを迎えに行く。不本意だが、この子はお前に任せる。」

 

 

 

急に何を言い出すんだこいつは!!お前だってケガしてる癖に!

 

 

「はぁ!?お前もケガしてむごっ!「たわけ、大きな声を出すな。」

 

 

 

抗議の声を上げる前に、アーチャーのがっしりした手に鼻ごと口元を押さえ付けられて窒息するかと思った。

 

 

「まったく…十二時半ば、玄関前に来い。」

 

 

 

突然、アーチャーから待ち合わせの約束みたいなことを言われる。何のことだと聞き返す前に、アーチャーが矢継ぎ早に付け足す。

 

 

「一分でも過ぎたら置いて行く。」

 

 

 

つまり、付いて行っていいということの様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の十一時を過ぎてもまだリヒト達は帰らず、とうとう俺はセイバーに、早く寝てくださいと部屋に押し込められた。

 

 

部屋ではミレイが一人でぽつんと寝ており、イリヤはまだ戻っていない様だ。あんな場面に出くわした手前、これ以上は深く考えまい。

 

 

 

部屋の片隅にある二組の布団から一つを引っ張り出し、とりあえずそれを敷いて俺も横になる。普段は隣にリヒトがいるから、妙な感じがして落ち着かない。

 

 

「…一人寝が寂しいとか、そんなことないからな。」

 

 

 

あの人よりやや高めのぬくい体温が恋しいとか、仕方ないなぁと甘ったるい顔をして、朝に俺を揺り起こす相手が隣にいないことに、どうしようもない寂しさを覚えてしまうなんてそんなことは。

 

 

「まま、ぱぱ達…遅いね。」

 

 

 

いつの間に起きていたのやら、ふっと気が付けば待ち人と同じ瞳の色がジッと此方を見ていた。

 

 

「ミレイ、起きちゃったのか?」

 

 

 

すると、何を思ったのかミレイがむくりと起き上がる。そして、俺の布団をペロリとめくるなり、もそもそと中へ入って来たではないか。

 

 

「ぱぱが帰って来なくて、まま寂しそうだから。」

 

「俺じゃなくて、それはミレイだろ?イリヤが中々戻って来なくて、寂しいのは分かるけどな。」

 

 

 

その赤みを帯びた髪を、梳く様に撫でてやる。寂しいのはミレイだろと俺は言い訳をした。

 

 

「イリヤお姉ちゃん、今日はぱぱ達が帰るまでケガしたパパに付き添ってあげたいからって言ってたもの。」

 

「ミレイは付き添ってやらなくていいのか?あいつに。」

 

「ミレイはままのそばにいてあげなさいって。まま、ぱぱの帰りが遅くなって絶対寂しがるだろうからってパパとイリヤお姉ちゃん言ってたわ。」

 

 

 

小さいもみじの葉っぱの様な、幼いその手が俺の手をそっと握ってきた。ミレイに、ままと幾度も呼ばれて母性本能じゃないけど、何と無く愛着がわき始めていることは認めよう。というか、俺はあのバーサーカー(仮)とイリヤに何だと思われてんだ。

 

 

「…聖杯戦争が終わったら、リヒトだってこの家から出てくんだ。ミレイもついてくだろ。」

 

「このまま、このウチの子になったらダメ?」

 

 

 

彼女からの不意な申し出に、えっと声が漏れた。もしもミレイがウチの子になったら、藤ねえや桜になんて言えばいいんだ…?

 

 

「ミレイにとって、おうちは此処だけだもん。」

 

「そう言ってくれるのは、嬉しいけどさ…?リヒトに迷惑かけたら、だめだろ。」

 

「ぱぱならいいって言ってくれるわ。ままは言峰ミレイと衛宮ミレイ、どっちがいい?」

 

 

 

この子、本気でうちの子になるつもりだ。ミレイにどちらの苗字がいいかと聞かれ、藤ねえと桜に対する言い訳を今から考えねばなるまいと思った。

 

 




行ったのはレアルタ式の魔力供給で、イリヤさんは中身が18歳以上なのでセーフ。UBWのアニメで遠坂嬢が魔力の受け渡しをやってたアレをご想像ください。


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第三十六話 積もる話もありますので

雪だけに。


「愚弟に命じられたか?」

 

 

僕の喉笛、その他急所に宝物庫から引き出さんとする無数の剣先を突き付け、王様がキャスターに命じられたのかなんて白々しいことを聞いてきたから思わず乾いた笑い声が漏れた。

 

 

 

「…キャスターは関係無いよ。」

 

「つまり、お前の意思だと?神にその身を一度は献げておきながら、神の血を引く我に刃向かうとは…愚弟とまるで変わらんではないか。」

 

 

繰り返してしまうのは僕がキャスターの“半分”だからか。辺りは先程までの王様との一戦で散々たる光景だけれど、此処は飽く迄も衛宮邸であって衛宮邸じゃない。

 

 

 

キャスターがいつの間にやら、仕掛けていた大規模な結界だ。対象者を現実そっくりに見立てた結界内に引き込む用の。一種の異空間みたいなものだから、ちょっとやそっとならサーヴァントが宝具を展開しても現実のその場所に影響は出ない。

 

 

「愚弟め…小賢しいことをしてくれる。我を斯様な結界内に引き込みおって。」

 

「イリヤ姉さんを狙って、柳洞寺のキャスターが此処に来るのは予想済みだったから。まぁ、貴方のおかげでそれも杞憂に終わったけど。」

 

 

 

だから有効利用させてもらっただけだ。でも、それも此処までか。あの人め…わざとキャスター達にこのタイミングで使いっ走り頼んだんじゃないかと思えてくる。まぁ、昨日までのことは王様が勝手にやったことだろうけれど。

 

 

「まだ中身すら、満足に満たされておらぬ器をお前たちはどうするつもりだ?今更欲でも「……彼を離せ。」

 

 

 

アーチャークラスなのに、滅多に弓を使わない彼が弓を構え、その標的を王様へと真っ直ぐに強い殺意と共に向ける。君の方がまだ余力はあるとは言え、一人で王様相手は分が悪い。

 

 

「まだ動けたか。存外しぶとい奴め。何時ぞやぶりではないか、贋作者。我が此奴をどうしようが、貴様の与り知らぬことだろう。」

 

 

 

彼を容赦無く一蹴し、王様はその言葉とは裏腹に僕の頬をさも愛おしむ様に撫でる。彼の殺意もとい、殺気が尚酷くなる。

 

 

僕は自分がこの人の弟だという自覚は、極めて薄い。だって、王様の弟はキャスターただ一人だ。でも、王様にとっては弟の魂が二つや三つに分かれようがさしたる違いは無いんだと思う。

 

 

 

「これ以上、我をセイバーに会わせぬつもりならば…此奴を殺してでも連れて行くぞ。」

 

 

絶体絶命な時に限って、妙に冷静な自分が居た。そんな時、突如として結界が破られた感覚がして、眩いばかりの鋭い光が辺り一面を切り裂く。

 

 

 

「…おじ様、パパとママにそれ以上イジワルしないで。」

 

 

強い光が収まったかと思えば、イリヤ姉さんと屋敷の奥で隠れる様にと言った筈なのに、ミレイの声がする。そうやって無茶する所、本当誰に似たのやら。

 

 

 

突然現れた、自分を目の前にしても全く物怖じしない様子の幼い少女におじ様と呼ばれ、王様も一瞬呆気に取られた様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロウったら、貴方に用があって来たんじゃないのかしら?」

 

「大した用じゃ無かったみたい。」

 

 

部屋を慌てて出て行ったちっちゃなシロは、多分なんか大事なことを僕に聞きたかったんだろうなと他人事の様に考える。恐らく、王様関連の話だ。

 

 

 

「リヒト、あのサーヴァント何?シロウもあれのことを貴方に聞きたかったんじゃないの。」

 

「……結論を言うと、キャスターのお兄さん。」

 

「案外あっさり、バラしてくれたわね。」

 

 

あっさり過ぎて、イリヤ姉さんの反応も案外あっさりだった。

 

 

 

「びっくりしないんだ?」

 

「兄弟って割に、顔とか全然似てないわ。本当の兄弟?私個人としては、似てなくて良かったけど。」

 

「一応、血は繋がってる。けど、直接的な血の繋がりはないから…やっぱり義理になるのかな?説明すると結構複雑でさ。イリヤ姉さんと僕達みたいな感じ。」

 

 

その説明で、一先ずイリヤ姉さんには通じたらしい。僕達とは、僕とシロのことだ。

 

 

 

「私にはシロウや、今はいない方のリヒトと殺し合うなって約束させた癖に…自分は思いっきり殺し合いしてたじゃない。貴方にとって、あれでもお兄ちゃんなんじゃないの?」

 

「正直に言うとね、僕はあの人の弟だって自覚が薄いんだ。極めて近しい間柄の、赤の他人というかさ?生半可な気持ちで刃向かえば、あの人に僕は即串刺しにされてたよ。身内にも容赦無いから、あの人。」

 

 

まだ、手が少し震えている。死んでも尚、何かに恐怖するなんて久々だ。あの人に刃向かったこと、後悔してないなんて言えば嘘になるけど。

 

 

 

「……手、震えてるわよ。結局、あいつの目的ってセイバー“だけ”だったの?」

 

「主な目的はセイバーだったと思うけど、他にも目的があったみたい。」

 

 

イリヤ姉さんの小さな手が、まだ震えてる僕の手に添えられる。

 

 

 

「私、ああいう奴嫌いなの。この世の全部が自分のものだって、思ってる様な奴は特に。」

 

 

イリヤ姉さん、そんなことを言ってもしかしたら僕を元気付け様としているのかも知れない。

 

 

 

キャスターなら、呑気に笑い出しそうな気がするけども…僕はそんなに大きい器量の人間ではない。キャスターの呑気さはむしろ、彼の培ってきた経験の豊かさだ。

 

 

「リヒト、私たちを守ろうとしてくれてありがとう。後でおっきなシロウにも、お礼を言わなきゃね。」

 

「おっきなシロは兎も角、僕のは勝手にしたことだから。」

 

「リヒトのばか。ありがとうって言われたら、どういたしましてでしょう?」

 

 

 

イリヤ姉さんに、頭を軽くペチリと叩かれる。僕は助けたいと思ったから、勝手に行動したまでだ。

 

 

「…どう、いたしまして。」

 

「それでいいの。」

 

 

今度は姉さんに頭を撫でられながら、彼女には敵わないなぁと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方を召喚する日、リヒトが言ってたの。お父様がアーチャーを召喚した様に、私が召喚するのもアーチャーだろうって。」

 

「…見事に当たったではないか。リヒトは、君のお父上の召喚したサーヴァントを知っていたんだな。」

 

 

先輩とリヒトを迎えに行く少し前、彼女から聞かされた言葉。あぁ、彼女は弟の隠し事に気付きかけている。

 

 

 

「実際、召喚にも立ち合ってる筈なのよ。だから、あいつはお父様が何を喚んだのか知ってる。」

 

 

どうやら、先輩の兄とやらは凛の父親が前回の聖杯戦争で喚んだサーヴァントで間違い無いらしい。セイバーはあれを、アーチャーと呼んでいた。

 

 

 

「君のお父上は、最後の戦いまで生き残ったということか?」

 

「多分ね…けど、あの人は死んだわ。直接の死因は知らないけど、聖杯戦争で敗死したのは確実。」

 

 

マスターが死んでも、そのサーヴァントは生きているという不可解な事実。

 

 

 

「君は…あれの現マスターがリヒトだと推理している訳か。」

 

「そんなこと、私だって考えたくないわよ。けど、そう考えれば全部納得が行くの。十年も自分のサーヴァントを現界させ続けてるあいつのバカみたいな魔力量は、下手したらサーヴァント並みよ。数がもう一体、増えた所で何ら差し支え無さそうだし。」

 

 

リヒトが何らかの形で、先輩とは別にあのサーヴァントと契約したのではと凛は疑っている。彼女としては、弟を疑いたくはないのだろうが。

 

 

 

「昨日、先輩から不穏なことを私も言われた。」

 

 

しかし、先輩とリヒトが私達と敵対するメリットは無い。二人を庇う訳ではないが、凛に疑いの目を二人に向けさせたくなかった。

 

 

 

「…何よ?不穏なことって。」

 

「主に身内絡みで、これから私にも多大なる迷惑をかけるだろうから今の内に謝っておくと言われた。先輩もあれで、妙な所が律儀だからな。」

 

 

途端、凛は何かに気付いた様子でその瞳を大きく見開いた。

 

 

 

「何であんたもそういう大事なことを…!もっと早く言わないのよ!?」

 

「少なくとも、これで先輩に私達と敵対する意思は無いだろ。先輩はこうなる可能性を、あらかじめ予見していたのやもしれない。それに、彼のことをどう説明する?」

 

「……あんた、あいつが誰なのかも知ってたの?」

 

 

彼の正体を凛に明かせば、同時に私の正体も凛に知られてしまう。いや、もう半分以上はバレてる気もするのだが。

 

 

 

「時折…話をすることはあった。君には話していなかったが、どうにも先輩には二重人格の気があってな。」

 

「二重人格!?そんな…生前の逸話とかで、一つの体に二つ以上の人格を持つ英霊はいるかもしれないけど。その人格が分離して、本体とは別に実体化するなんて滅茶苦茶よ!」

 

 

先輩と彼は、二人で一人のサーヴァントと言っても過言ではない。

 

 

 

「恐らく、先輩は彼のことをマスターであるリヒトにも隠していた。」

 

「何で、隠す必要があるのよ。知られちゃマズいことでもあった訳?」

 

「…さぁな?私が知ってるのは、ここまでだ。先輩とリヒトがいつ帰るかも分からない。君も早く寝たまえ。私は持ち場に戻る。」

 

「もう一人のキャスターのそばにいなくていいの?あんたにしては珍しく、イリヤスフィールに任せきりにしてるけど。キャスターがケガでもしたら、つきっきりであんたが面倒見そうなのに。」

 

 

……凛には言えない。オレに任せたら、体中を包帯グルグル巻きにされ、身動きが取れなくなる様な過剰手当てをされるから結構だと彼にすげなく断られたことを。

 

 

そろそろ一応の約束の時間が迫っていた為、凛には適当な言い訳をして部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まま、そろそろ約束の時間でしょう?」

 

 

時刻は、アーチャーとの待ち合わせ時間の二十分前。あの手この手で、ミレイを寝かし付けようとしたけれど、結局彼女は寝てくれなかった。

 

 

 

あまつさえ、そろそろ刻限だろうと自分から起き出して来たのだからたまらない。絶対、ついてく気満々だ。しかし、隣の部屋にセイバーが寝ているとは言え…この子を一人、残して行くのも気が引ける。

 

 

「ミレイ、まさか…やっぱり付いてくる気か?」

 

「ぱぱ達なら、まだノンノの所よ。」

 

 

 

ノンノ…?どうやら、ノンノとは言峰の事らしい。意味はサッパリだけれど。先程は、何故かあの黄金のアーチャーをいきなりおじ様呼ばわりしていたし。

 

 

「本当なら、ミレイみたいな小さい子供がこんな夜遅くに出歩いたら駄目なんだぞ。」

 

「知ってる。お巡りさんに怒られちゃうんでしょう?外に出たら、ミレイが他の人から見えなくなればいいのよ。その位なら、ミレイも簡単だもの。」

 

 

 

ミレイはそう言って、いつの間にか俺の部屋のクローゼットに仕舞われていた小さな女児用の真っ赤なコートとマフラーを引っ張り出して来る。この子、霊体化も出来るらしい。そういう所は使い魔仕様なんだな…?

 

 

「ほら、ままも早く。おっきなママに置いてかれちゃうわ。」

 

 

 

隣にセイバーが寝ているからか、ミレイは声を潜めてクローゼットから俺用のコートとマフラーも出してくれる。俺もそれを受け取り、身支度を始めた。すると、ミレイが何やら詠唱らしき言葉を口ずさんでいるのが聞こえて来たから何事かと、ミレイの方を慌てて振り返ってしまう。

 

 

「これ、カモフラージュで置いてくね。」

 

 

 

見れば、どうやら俺とミレイを模したらしい縫いぐるみが二体、ちょこんと布団にくるまっている。

 

 

「他の人が見たら、この縫いぐるみがままとミレイに見えるから。」

 

 

そんな馬鹿なと目をこすり、もう一度縫いぐるみを見たが、やっぱり俺には二体共、ただの縫いぐるみにしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかり上着を着込んで、付いて行く気満々のミレイを衛宮士郎が玄関前に連れて来た時には、何と無く予想はしていた。

 

 

「そういえば、ミレイの服とかこの上着って買ったのか…?」

 

「凛のお下がりだ。」

 

「…道理で、赤い服が多いと思った。」

 

 

 

ミレイが現れたその日に、リヒトがそういえば凛の小さい頃のお下がりが遠坂邸にまだかなりあった筈だと言って、凛の許可を得て持ってきたものだ。どれも子供服専門の相応の値段がするブランド品らしく、古いものだが物持ちは良く、まだ着れるものばかりだった。

 

 

『姉さん、中々こういう思い出の品とか捨てられない人で良かったよ。キレイが教会のバザーにでも出したらどうだって言ったら、教会の運営資金にする位なら取っとくわよって断固拒否してたし。』

 

 

 

先輩が荷物持ちを面倒臭がり、私が同行した時に彼はそう言って、懐かしそうな面持ちでそれらをまとめていたか。

 

 

中には、凛と彼の元妹だった彼女のものも少なからず大切に取ってあり、彼がこっそりと紛れ込ませていたのを私は見た。ミレイが巻いている、薄いピンク色のマフラーなど元は彼女のものらしい。

 

 

 

「ミレイのこと、置いてけって言われるかと思った。」

 

「たわけ、無碍に置いて行ってこっそり付いて来られるよりは遥かにマシだ。」

 

「ママ、ミレイも一人で歩けるわ。」

 

 

小柄なミレイの歩幅は小さい。一人で歩けるとミレイは言うが、抱いて歩いた方が早い。

 

 

 

「外は雪だ。転んで、ケガをされても困る。」

 

「雪は好きよ?けど、転んで痛いのは嫌。」

 

 

言い聞かせれば、ミレイは素直にママだっこと私に小さな手を伸ばして来る。母性本能の芽生えなど有りはしないが、愛情めいた庇護欲が芽生えつつあるのは不本意だが認める。

 

 

 

磨耗しきっていた私の中にも、まだこの様な感情が残っていたのかと少々驚きだ。

 

 

「お前とは一度、サシで話をするべきだと思っていたところだ。」

 

「奇遇だな…俺もだ。」

 

 

 

あれ程、殺したいと思っていたこの男と、外を出歩くなど召喚されたばかりのオレならついに頭もイかれたかと嘲笑するだろう。

 

 

しかし、偶々今宵の目的は一致している。この機会を逃すと、もう一生機会は巡って来ないだろう。

 

 

 

外に出れば、深々と雪が降りしきっていた。本格的に積もる前に、早く二人を迎えに行かねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二つの絞首台。けれども、隣り合う片方で共に死ぬ筈だった誰かはいない。

 

 

「置いて逝くことを、どうか…」

 

 

 

あんたに置いていかれて、その誰かはどんな気持ちだったの?それはきっと、アーチャーの唯一の心残りだったらしい。

 

 

時折、アーチャーの過去を断片的に夢に見ることがあった。マスターと、契約したサーヴァントは精神的にも繋がりを得ると弟が私に言っていた。

 

 

 

恐らくは、弟もあのキャスターの過去を夢で見ることもあったんだろう。

 

 

「どうして、勝手について来て勝手に何度も君を助けるんだって?まぁ、友達だからって理由だと…ちょっと動機付けが弱いよね。」

 

 

 

場面は切り替わる。あいつの過去はどれも、物騒で血生臭い、銃声や爆発音がこだまするのが日常茶飯事な戦場のど真ん中と思しき場面ばかり。

 

 

けれど、時折あいつにはどうも不似合いな、祈りの言葉を聞くことがあった。あいつ、神様とか信じなさそうなタイプなのに。祈りの言葉を口にしていたのは、アーチャーじゃない誰かだ。

 

 

 

夢の中のあいつのそばには、いつもその誰かが居た。あいつは何処行っても無茶しそうだから、ストッパー的な役割の存在がいた方があいつにとっては丁度良い。

 

 

「君が僕にとって、大事な人だからって理由は駄目?君が何処まで堕ちてでも、ついて行くよ。」

 

 

 

嗚呼、この誰かは何処までもあいつと命運を共にする覚悟が出来ていたんだ。そうでもしないと、あいつにずっとついて行くことなんて出来やしない。例えその最期が逃れようの無い、破滅の末路であろうとも。

 

 

「本当に僕が命の危険にさらされた時、君が僕を助けるって?やめてよ、そんな余計なことしなくていい。君は本当に優しいなぁ。そんな日が来ないことを、精々主に祈っとくよ。」

 

 

 

本当に優しいのはどっちなんだか。その誰かはきっと、神様なんて信じちゃいないあいつの分まで祈ってたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖杯戦争が始まって、もうすぐ二週間ばかり経とうとしていた。今思えば色々あり過ぎて、私もまだ情報を整理しきれていない所がある。

 

 

リヒトのことについても、顔が瓜二つのいけ好かないキャスターの存在とか、リヒトがあのキャスターの召喚触媒であり、その半分とか何が何だかよく分からない話が今更出てきたり、実はキャスターの中にもう一人いたとか衝撃過ぎる事態が先程明るみになったばかりだ。

 

 

 

リヒト自身も、そのもう一人については存在そのものをキャスターから知らされていなかった様だし。

 

 

十年、リヒトは私にその諸々の事実を隠していたことになる。けれどまぁ、あんなこと他人にベラベラ話せる訳が無い。

 

 

 

そして、あの金ピカのアーチャーのこと…恐らく、あいつはお父様の元サーヴァントだ。何でお父様はもう居ないのに、そのサーヴァントがぴんぴんしてるのかって話で…気付けば、もう夜の十二時過ぎ。

 

 

リヒトもキャスターも、まだ帰って来ない。キャスターじゃないもう一人に事情を聞き出そうにも、イリヤスフィールの手堅いガードの所為で今はそれも難しそうだし。

 

 

 

あの子もあの子で、何やら訳知り顔でキャスターじゃないもう一人のケガの手当ても迅速だった。アインツベルンは錬金術を応用した、治療魔術も得意だと聞く。

 

 

「…あれ?まだ寝てなかったんだ。」

 

 

 

弟と瓜二つの顔が此方を振り返り、カチリと鍋を温めていたガスの火を弱くした。温められたミルクの匂いと一緒に、リンゴめいた花の香り。瞳の色まで一緒だから、どうにも落ち着かない。

 

 

「あとハチミツも入れて。」

 

 

 

キャスターじゃないもう一人の傍らで、イリヤスフィールがハチミツを入れて欲しいとまるで年相応の子供の様にねだる。

 

 

「君も飲む?カモミールのミルクティー。」

 

「アインツベルン秘伝のレシピだから、味は保証するわよ。凛も飲むでしょう?」

 

 

 

ほぼ同じタイミングで、二人が私にも飲むかって聞いてくるものだから断り辛かったのもあり、貰うことにした。

 

 

 

「……なら、頂くわ。」

 

 

すると、キャスターだけどキャスターじゃないそいつは食器棚から慣れた様子で、三人分のカップを用意する。勝手知ったる他人の何とやら…キャスターは料理なんて絶対しないし、誰かが料理をする傍らで味見という名のつまみ食いなら得意だ。

 

 

 

「怪我、もう大丈夫なの?」

 

「イリヤ姉さんの治療魔術と、供給で少し分けてもらった魔力で…なんとかね。」

 

「あなた…サーヴァント?」

 

 

イリヤスフィールから魔力を分けてもらったと聞いて、ついあなたはサーヴァントなのかって変な質問をしてしまった。けど、キャスターだけどキャスターじゃないそいつは律儀にも私の変な質問に答えてくれる。

 

 

 

「一応のクラスはバーサーカー、けど…十年も現界し続けていると使い魔って言った方がいいのかな?」

 

「…バーサーカーって割に、狂化ランクが随分低そうね?あなた。」

 

「凛、バーサーカーにも色々いるのよ。」

 

 

キャスターだけどキャスターじゃないそいつ、もといバーサーカー(仮)の足元にぴたりと寄り添ってイリヤスフィールは言う。

 

 

 

「戦場だと、狂った奴から死んでく。死にたくないなら、ギリギリのところで正気を保っていないと。」

 

「まるで、軍人さんみたいなこと言うじゃない。」

 

「神学校を卒業して直ぐ、陸軍に志願して数年ほど職業軍人してたから。」

 

「あなた…何者?」

 

 

この男、キャスターから派生した別人格って訳じゃ無さそうだ。恐らくは一人の人間として、まるで生きていたことがある様な口ぶりだった。

 

 

 

「元はしがない、軍人を兼ねた神父だったよ。色々あって、退役後は正義の味方のお手伝いを少し。」

 

 

キャスターがこの男のことを、十年もリヒトにすら秘匿していた理由を察した。こんなことってあるのだろうか。いや、今目の前にいるのだから有り得る。

 




ノンノ=伊語でお祖父ちゃん。まだちょっと続きます。


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第三十七話 別人に近い別人

「キャスターのお兄さんが迷惑かけたね。」

 

 

事も無さげにそう言って、その男は私に淹れたてのカモミールミルクティーを手渡して来る。あの金ピカがキャスターの兄?言われてみれば、笑い方はそっくりだ。

 

 

 

それ以外は、まるで似てない。ミルクティーは一口口に含めば、口の中にあのリンゴめいたカモミール独特の甘い香りがふわりと香って、後からハチミツの甘味が来て大変美味しい。

 

 

「リン、美味しいでしょう?」

 

「……確かに美味しいわ。」

 

 

 

イリヤスフィールに美味しいかと言われ、素直に美味しいと言えば彼女は満足げに笑った。

 

 

「アーチャー…おっきなシロから、何処まで聞いた?」

 

「なによ?その呼び方。」

 

「ちっちゃな方とおっきな方って意味だよ。分かりやすいでしょう?」

 

 

 

この男、もうアーチャーの正体についても隠し立てする必要も無いと判断したのか、あっさりとあいつをその名前で呼んだ。現れたミレイが士郎をままと呼んだ辺りから、あれ?って感じはしてたけど。

 

 

「……キャスターから、身内絡みで迷惑をかけるって謝罪を受けた話は聞いたわ。」

 

「キャスター、今でも中途半端に未来が見えちゃうからおっきなシロに多少なりとも申し訳無さを感じたんだろうね。あ、僕は未来なんか見えないよ?霊器を共有してるのに、君は見るもんじゃないってキャスターが僕にはちっとも見せてくれないんだ。」

 

 

 

未来が中途半端に見えるって、何よそれ!?最高位の魔術師は千里眼なんて、それはそれは便利なものを持っているとは話に聞いたことがあれど、あれがその一人だと言われても信じられない。

 

 

「リヒト、リンがすごい顔してる。あんまり喋り過ぎちゃうと、リンがキャパオーバー起こしちゃうからお手柔らかにしてあげなさいよ。」

 

 

 

イリヤスフィールもまた、この男の正体を隠す気は既に無い様で、あっさりとその名前で呼んでしまった。道理で訳知り顔だった筈だ。

 

 

「イリヤスフィール…あなた、知ってたの?」

 

「まぁね。あいつが普通のサーヴァントじゃないこと位、リンだって薄々気付いてたでしょう?」

 

「キャスターは本当の意味で、最後の神代と呼ばれた時代の人間だ。英霊の強さは生きた時代の古さにも影響してくる。現代の魔術師たちが死に物狂いで目指す根源が、目と鼻の先にあった様な時代だし。そういえば、あのマーリンとか言う人がキャスターを勝手に忘却の魔法使いとか呼んで同属扱いしてるけどさ。」

 

 

 

マーリンって、あのマーリン…?まるで顔見知りの様に、この男はそんなことを言うからこっちが戸惑う。弟も言っていた、神代の魔術師は現代の魔術師とは根本的に違うとも。

 

 

「マーリンの方からキャスターにちょっかいかけて来るんだよ。キャスターからすれば、いい迷惑だ。あ、すっかり話題が逸れちゃってごめんね。姉さんも僕に、何か聞きたいことがあったんじゃないの?」

 

「聞いたとして、あなたは正直に教えてくれるのかしら?」

 

「それは質問の内容にもよるかな。」

 

 

 

言い返せば、この男…もう一人のリヒトはキャスターの様にニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は本来、聖杯戦争の序盤で早々に敗退していた可能性の方が高かった。凛とリヒトの介入さえ無ければな。幾ら最良のセイバーを引き当てたとは言え、マスターが貴様の様な軟弱者では直ぐに限界が訪れる。」

 

 

深々と雪が降る中、そんなことを言われた。ムカついて、あからさまにムッと先を歩くアーチャーを背後から睨む。確かに、二人とセイバーが居なければ俺はとっくの昔に死んでた訳だが。

 

 

 

「それは平和の計画であり、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものだ…あれはエレミヤ書の一節か。」

 

「お前、あの時見てたのかよッ!?」

 

 

アーチャーの口にした言葉に聞き覚えがあった。土蔵にて、寝ぼけた俺にリヒトが聞かせてくれた言葉だ。

 

 

 

「見かけたのは偶々だ。全く、リヒトはリヒトで何故貴様の様な奴を気にかけるのやら「……セイバーが好きだからだろ。」

 

 

俺の言葉に、アーチャーは何を言ってるんだコイツは?と言いたげに顔をしかめた。いや、だって事実だ。リヒトはセイバーが好きだから、俺のことも気にかけてたんだと思う。あとはまぁ、昔馴染みのよしみが少しとかそんなもんだろう。

 

 

 

「リヒトが直接、お前にそう言ったのか?」

 

「いや…本人には直接聞いてないけど。リヒトの今までの行動だって、俺なんか助ける理由もそれなら……頷けるし。」

 

 

話してる内、何だか急に胸が苦しさを覚える。やっぱあいつの言う通り、心のビョーキってやつなのか。ぎしぎしと、胸を何かに強く締め付けられる様に息苦しい。

 

 

 

「まま?」

 

 

すると、さっきまでアーチャーに抱っこされて物珍しそうに初めての雪を眺めていたはずのミレイがこちらを見、一声俺を呼んだ。

 

 

 

最近、ミレイの微妙な発音の違いでの俺とアーチャーの呼び分けが分かり始めてきた。

 

 

「おっきなママもだけど、ちっちゃなままも面倒臭いわ。ぱぱに直接聞けばいいのに。」

 

「んなっ!?あれは兎も角、私の何処が面倒だと言うんだ…!」

 

 

 

この容赦無い物言いは、一体誰に似たのやら…?アーチャーと俺、同時に面倒だと言われてアーチャーも少なからずショックを受けたらしいリアクションだ。

 

 

「おっきなママだってパパのこと大好きなのに、いつも素直じゃないのよ。」

 

 

 

子供は正直だが、その素直さが時々恐ろしい。アーチャーを見れば、褐色の肌の上からでも分かる位、盛大に真っ赤になっていた。

 

 

「ミレイ、俺やリヒトのこともぱぱ・ままって呼ぶけどな…?俺もリヒトも男同士だし、リヒトは神父の息子で、ミレイの本当のパパ・ママみたいに性別は関係無いじゃ済まないんだ。」

 

 

 

小さい子に何て説明すれば、分かって貰えるんだ。俺の語彙力ではどうにも難しい。

 

 

「……衛宮士郎。」

 

「なんだよ!?今、ミレイにも分かり易く説明しようとして「そもそもお前にとって、コトミネリヒトは一体何だ?」

 

 

 

まだ少し、顔の赤いアーチャーに妙なことを聞かれてハタと気付かされる。そういえば俺にとって、リヒトって何だ?

 

 

「リヒトが貴様をヤケに気にかける理由は兎も角として、貴様自身はどうなんだ?お前は機械的な迄に、自分以外の誰かを助けようとする傾向があるが、彼のこととなると多少なりともお前の意思的なものは見受けられる。」

 

 

 

アーチャーの言葉を、何故か完全には否定出来なかった。俺にとってあいつは昔馴染みであり、友達であり、もしかしたら兄弟になってたかもしれなかったり、あとは…そう考え、敢えて言葉を遠回しに使った。

 

 

「大事だからじゃ、駄目なのか。それに、約束したんだあいつと。聖杯戦争が終わったら、一緒に親父の墓参り行くって。俺とリヒトのどっちか死んだら、一緒に行けないだろ。」

 

 

 

アーチャーは少しの無言の後、及第点だなと随分上から目線の言葉を漏らした。一々こいつは、本当にムカつくサーヴァントだな。

 

 

「やっぱり、ままも素直じゃないわ。ぱぱが神様のものだから駄目なの?ぱぱもままも男の人でも、ミレイにとっては、ぱぱもままも同じなのにね。」

 

 

 

この子はこの子で、理解しているのかいないのか。こういう所が彼女の人間らしからぬ所だ。見た目は本当に、小さな女の子そのものなのに。

 

 

「大事ならば精々死なずに生き残れる様、みっともなく足掻け。少なくとも、彼を置いて一人で死ぬ様な真似だけは…絶対にするな。」

 

 

 

それは果たして、俺だけに向けて放った言葉なのだろうか。そんな気がした。アーチャーとのやり取りで、何と無くモヤモヤの正体が分かった。まぁ、何処かで気付かない様にしていた俺が居たのだけれど。

 

 

そして、何であんなに胸が苦しくなったのかも。確かにこれは心のビョーキだし、リヒトにしか治せないかもな。けれど、多分ずっと治らない。

 

 

 

参ったな。今から教会に行くのは、リヒト達を迎えに行くついでに色々と神父に聞きたいことがあるからであって、懺悔しに行く訳ではないって言うのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

礼拝堂の奥、居住スペースの方から半身と神父のやり取りが僅かに聞こえて来る。神父と二人で話があると、半身は本官に礼拝堂で待機している様にと言い付けて早一時間が経とうとしていた。

 

 

「よぉ、偽キャスター。リヒト待ちか?隣座るぞ。」

 

 

 

何処からか青のランサー殿が現れ、本官に一声掛けるなり隣に腰を下ろす。

 

 

「やぁ、ランサー殿。ところで、兄上は昨日から戻っていないのか?」

 

「そういやぁ、昨日から姿見てねぇな…割と二日三日戻らない時もあるから、特に気にしてなかったんだけどよ。あいつが悪さしたかなんかだろ?リヒトとお前さんがこんな時間に此処へ来た理由。」

 

 

 

当たらずとも遠からず。ランサー殿は勘がいい。どうやら、兄上は昨日から教会にも戻っていない様だ。

 

 

「半身と神父の話が終わらなければ、本官も帰れないからな。全く、雪も降りだしたから早く帰りたいんだが。」

 

「リヒトの奴、金ピカが悪さして随分必死じゃねぇか。」

 

「兄上の一件で、半身にもそれなりに動揺が走ったらしい。」

 

「言峰に全部任しちまえばいい。リヒトが出張ることねぇだろ?」

 

 

 

半身としては、本官と兄上が衝突する事態を出来るだけ避けたい様だが…それは不可能に近い。

 

 

「……なんか、不穏なこと考えちゃいねぇか?お前さん。」

 

「最悪、本官と兄上が兄弟喧嘩という名の殺し合いをすればいい。だが逆に、半身はそれを極力避けたいんだろう。」

 

「それは穏やかじゃねぇな?偽キャスターさんよぉ。」

 

「貴殿とて知らなかったとは言え、実の息子を手にかけているじゃないか。肉親殺しは聖書にも人類最初の殺人として記されている程、ベターなモチーフだろうに。」

 

 

 

敢えて息子のことを引き合いに出せば、青のランサー殿は苦虫を噛み潰した様に顔を顰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肉親殺しをあっさりと肯定し、偽キャスターはあろうことか俺が生前、手にかけてしまった実の息子のことを引き合いに出して来たからタチが悪い。

 

 

「意外と考えることがおっかないよな?争い事は嫌いそうな優等生君の顔してよ。」

 

 

 

普段、争い事は嫌いそうな澄まし顔の癖して、案外この男は血の気が多い。そういう妙なところ、金ピカに似てやがる。

 

 

「我が血には僅かながら、争い事を好む厭わしい女神の血の因子が流れてる。その因子がそう考えさせてしまうのやもしれない。本官も本来ならば争い事は嫌いだ。面倒だからな。」

 

 

 

あの金ピカは父親が人間、母親が女神という出自らしいがどうにもこの男は神やら人やらが割合なんて関係無しにごちゃ混ぜになった様なつくりをしていた。

 

 

「あんた…中身が色々、ごちゃごちゃに混ざり合ってるよな。人やら神やら。いや、元は人だったが何らかの功績により、神の末席に加えられた存在か?あんたのルーツは。」

 

「神代特有の無駄に摩訶不思議過ぎる、魔法なんだか魔術なんだかよく分からない失われた技術で本官は出来ている。東の大陸の古い神話に哪吒大使というのがいたか。あれに近い。」

 

 

 

成る程分からん!俺が生きていた時代よりも遥か昔にはやたら高度な文明が存在してたらしいが、よく知らねぇ。

 

 

ふと感じた、教会に近づいて来る妙な三つの気配。一つは俺が殺し損ねたセイバーのマスター。二つめは…おいおい、何であの赤い弓兵がセイバーのマスターと一緒にいるんだよ。

 

 

 

三つめは、今俺の目の前にいるキャスターの魔力反応とあの赤い弓兵の魔力反応が混ざり合った様なちっこいやつだ。二つは兎も角、最後のちっこいのは何だ。

 

 

「……ところで話は変わるんだが。あの坊主と弓兵とあんたと弓兵の魔力反応が混ざり合った何かちっこいのが教会に向かって来てるぞ。」

 

「婿殿め、心配症が過ぎるぞ。ちっこいのは娘だ。セイバーのマスターは別件だろう。」

 

 

 

こいつ、今さらりと婿殿と娘だとトンデモナイコト言いやがった。婿殿とか娘ってなんだよ!?こそこそと言峰に隠れて、こいつは一体何してやがる!

 

 

「娘って、まさか弓兵に「産ませてはないぞ。」

 

 

 

産ませてはいないと言われ、何故だか分からんがちょっとばかりホッとした。

 

 

「おい、随分とあの弓兵に入れ込んでるみたいだが……まさかあの弓兵を勝たせて、自分みたいに聖杯で受肉させようとか思ってないだろうな?」

 

 

 

こいつの場合、聖杯による受肉ではないが何と無くこの男が妙な企てをしている気がしてカマをかけるつもりで問い詰めた。

 

 

「そんなつまらぬことをしてどうする?聖杯聖杯が終われば、本官は帰るさ。アーチャーも連れて帰る。本官が助力して勝たせる気も無いが、アーチャーをあの聖杯の中身に焚べるつもりは毛頭無いからな。その為に眷属契約まで結んだんだ。」

 

 

 

眷属契約なんてもんは神を含む人外が見初めた人と結ばれる為、人のままだと脆い魂の質を自分たち人外の域にまで強制的に押し上げる契約魔術の一つだ。

 

 

人の肉体が死を迎えた時、その契約は完了する。サーヴァントならば、消滅を迎えた時だろう。こいつ、本気であの弓兵を婿に迎えるつもりらしい。

 

 

 

「…聖杯の中身って、何のことだ?」

 

「中身は中身さ。一つくらい、本官がくすねても構わないだろう?聖杯の怒りに触れるやもしれないが、知ったことか。あれはもう、本官のだ。」

 

 

偽キャスターの言う、聖杯の中身とやらの発言がやや気になった。こいつ、やはり諸々の事情に通じてる割には自分なりのルールを敷いて深入りしない様にしてやがる。

 

 

 

そして、意外と独占欲が強い。あの弓兵は好かねぇが、こんな半神様に気に入られちまってやや同情はする。何処の神話でも、一方的に神から執着された人の一生なんてもんはロクなことにならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギルガメッシュの件に関しては、一日時間を寄越せ。全く、あいつは…昨日から姿が見えないとは思っていたが。」

 

 

父さんから返ってきた言葉は、一日時間が欲しいということだった。父さんは頭が痛いと言いたげに、こめかみを抑えながら溜息を吐く。

 

 

 

「お前やキャスターが関わっては面倒だ。事態が余計に拗れる。私から連絡をするまで、お前は待機していろ。くれぐれも、あのキャスターには首を突っ込ませるな。あぁ、それと…あの悪魔めいた奴にも言っておけ。今日は気配が無い様だが?」

 

 

悪魔めいた奴とはつまり、キャスターだけどキャスターじゃない“彼”を言っているんだろう。

 

 

 

「今はいないよ……父さん、面識あったんだね。」

 

「あれが勝手に、私の前に姿を現しただけだ。お前こそ、あいつのことはいつ知った?」

 

「今さっきだよ。王様と戦闘になって、負傷したとかで…姉さんから連絡が来た。霊器を丸々半分にして、別行動を取らせるサーヴァントなんて滅茶苦茶だってさ。」

 

 

姉さんやシロも彼のことを知ったと聞いて、父さんは二度目の溜息。

 

 

「父さん、彼が誰だかも知ってたの?」

 

 

 

「……確かにあれもまたお前なのかもしれないが、あれはお前とは“別人に近い別人”だ。」

 

 

別人に近い別人、アーチャー とシロの関係性にちょっと似てると思った。

 

 

 

「まぁいい。今はあれのことより、ギルガメッシュの一件が先決だ。明日は安息日として、お前には暇を出す。精々、有意義に過ごせ。」

 

 

飽く迄も父さんは、僕に首を突っ込ませる気は無い様だ。一方的に暇を出され、不服ではあったけれど。ぼくが深入りしても事態が悪化するのは目に見えてるからここはグッと堪えるより他無い。




fgo終章をやっとこさクリアしました。今、新宿です。アラフィフはやっぱりアラフィフだった。ああいう性格のキャラが好きです。


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第三十八話 深夜の教会にて

「また随分と、珍しい組合せだな。」

 

 

教会の門前にて、キャスターは呑気にタバコを吹かしていた。どうやら俺たちの気配に気付き、一応外で待っていてくれたらしい。

 

 

 

「パパ、タバコくさい。」

 

「全く、こんな夜遅くにミレイまで連れ出して…すまない、ミレイ。今消す。」

 

 

ミレイの手前、キャスターも吸っていたタバコの火を消して携帯用灰皿の中にそれを押し込んだ。

 

 

 

「キャスター…リヒトは?」

 

「神父と話し中だ。もう終わったとは思うが、君も何か神父に用事か?なら、手短に済ませて来てくれ。本官は早く帰りたい。」

 

 

あからさまに早く帰りたいから、用事は早く済ませろとキャスターに急かされる。お前なぁ…こっちの気も知らないで。

 

 

 

「私は此処で待ってる。早く行け。」

 

「中、入らないのか?」

 

 

教会の中に入ろうとすると、アーチャーは此処で待つと一緒に行く気は無いらしい。

 

 

 

「……あの神父とは、余り顔を合わせたくない。私と一緒に来たと言うなよ。」

 

「なら本官も此処で待とう。シロ、ミレイを付けるから何かあったら呼べ。」

 

 

キャスターはアーチャーからミレイを受け取り、俺にミレイを抱かせて来る。ミレイのこと、あの神父に何て説明すればいいんだ…?

 

 

 

「本官がつくった使い魔だと、そのまま説明すればいい。マスターの帰りが遅くなったのを心配して、自分に勝手について来ただけだからと付け加えてな。ミレイ、そのつもりでシロをよろしく頼んだぞ。」

 

 

うわ、出た…キャスターの口から出任せ。ミレイはミレイで、はーいなんて返事してるし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…誰か、来た様だ。」

 

 

礼拝堂に繋がる出入り口の扉を、何者かが開ける音が微かに聞こえた。こんな時間に来訪者とは珍しい。

 

 

懺悔をしようにも、明るい昼間の時間では話し辛い内容を胸に秘め、やってきた誰かだろうか。普段、告解室の開閉時間はきっちり決められている。

 

 

 

「珍しいね、こんな夜遅くに。ぼくが話だけでも聞いて来ようか?」

 

「私が行く。」

 

 

息子にはそう言って、一旦私室を出る。礼拝堂へと向かえば、意外な人物の顔が其処にはあった。

 

 

 

「こんな時間にどうした、衛宮…その子供は?」

 

 

こんな時間に訪ねて来た衛宮士郎は、恐々と腕に小さな少女を抱いていた。その顔は、その瞳は、息子そっくりだ。唯一違うと言えば、髪色は息子とは違い、赤みを帯びていた。そう、丁度その子を抱いた衛宮の髪色と似た色合いの。

 

 

 

「こんばんは、ノンノ。おやすみの時間に来てしまってごめんなさい。ぱぱは何処?」

 

「…ぱぱ?」

 

 

この歳で、ノンノ(おじいちゃん)と呼ばれるとは思わず一瞬だけ面食らってしまった。まだ私とて、四十はいってない。

 

 

 

幼い見た目の割に、その少女の言葉遣いはしっかりしていた。それとは対照的に、衛宮はすっかり話すタイミングを失ってしまったらしく、棒立ちになっている。ぱぱとはもしや、息子のことか?

 

 

「もう一度聞くぞ、衛宮士郎。何をしに来た?それと、息子そっくりなこの子は誰だ?」

 

「あ、えっと…俺はあんたに聞きたいことがあったから来ただけだ。この子はその、キャスターがつくった使い魔だ。リヒトが心配だって、勝手に付いて来ちゃったから仕方無く連れて来た。」

 

 

 

キャスターがつくった使い魔と聞き、ようやく腑に落ちた。ガワは人間そのものだが、中身はホムンクルスのそれに近い。この使い魔にとっては、キャスターも息子も同じ認識の様だ。

 

 

「どんな高等魔術を使ったか知らないが、あのキャスターめ…私でも一瞬、見間違えたぞ。その子供は実によく出来てるな。キャスターはどうした?礼拝堂に居た筈だが。」

 

「教会の門前にいる。あんたに用事があるなら、早く済ませろって急かされた。要は早く帰りたいんだろ。ミレイの何がよく出来てるって?」

 

 

使い魔に名前まで付けるとは。しかも、よりにもよってその様な名前を…キャスターからの私に対する嫌がらせとしか思えない。

 

 

 

「名前まで付けたのか。その名前、私に対する「ミレイ、エミヤに勝手に付いてったら駄目だろ。」

 

 

話の途中、後から来た息子が使い魔を衛宮士郎の手から受け取った。

 

 

 

「ごめんなさい、でも…ぱぱ達が遅いんだもの。」

 

「寂しい思いさせてごめんね。エミヤと父さんの話が終わったら帰るから。あぁ、父さん。名前付けたのはキャスターじゃないよ。ぼくが付けた。ぼくの名前もお祖父様から一文字貰ってるし、父さんから黙ってぼくが拝借したんだ。」

 

 

サーヴァントを生きた人間扱いするのは息子の悪い癖だが、それは使い魔相手にも同じらしい。まるで、娘に接する父親の様な顔をして、息子は使い魔の頭をさも優しげに撫でながら腕に抱く。

 

 

 

「その使い魔の件、報告には上がっていなかったが?」

 

「何せ、生まれてからまだ数日程度だからさ。落ち着いたら、父さんにも話そうと思ってたよ。」

 

 

生後数日で自我を有し、これだけの自立行動が取れる使い魔などそうは居まい。何の目的で、キャスターが使い魔などつくったのかは知らないが。

 

 

 

「なんかあったかい飲み物つくるよ。エミヤ、夜中にコーヒーは…嫌だよね。ココアならあったから淹れてくる。父さんは?」

 

「……私は結構だ。」

 

「じゃあ、エミヤとミレイの分だけ淹れて来るよ。」

 

 

そう言って、息子は台所へ向かうべく使い魔を抱いたまま礼拝堂を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「息子はお前の家でも、あの様な態度なのか?」

 

 

リヒトが俺とミレイ用に飲み物をつくってる間に、俺は言峰の私室らしい部屋に通されて言峰と二人きりで非常に気まずい。何が気に入らないのか知らないが、言峰はしかめっ面をして俺にそんなことを聞いてくる。

 

 

 

「え?家のことはよくやってくれて、正直助かってる。まぁ、聖杯戦争のことに関しては別物ってことで…お互い、それなりに距離感は保ってるけどさ。ミレイとイリヤの面倒も見てくれて、イリヤもリヒトによく懐いてると思うし。」

 

 

事実を述べただけのつもりだった。こいつに下手な嘘吐いたら、何言われるか分かったもんじゃないし。

 

 

 

「お前は少々…いや、かなり息子を信用し過ぎているぞ。私の知らないところで交友があった所為もあるだろうが、私は一応あれを聖杯戦争を円滑に進めるべく、お前の元に監視役として寄越したつもりだ。お前たちの身に起こったことのおおよそは、私も息子を通じて把握している。」

 

 

監視役という言峰の言い方に、かなりムッとした。いや、傍から見れば確かに…俺はリヒトを信用し過ぎてるかもしれない。

 

 

 

「なら、俺が何でここに来たかも少しは知ってんだろ。」

 

「八体目のサーヴァントのことか?その件に関しては息子にも一日、時間を寄越せと言ってある。息子とキャスターに深入りさせると、話が拗れるからな。あのサーヴァントに関しては特にだ。」

 

 

直感的に、言峰の言い方には妙な含みがある様に感じた。

 

 

 

「あのサーヴァントについて、あんた何か知ってるのか…?」

 

「…全く知らない訳ではないさ。リヒトには一日、時間を寄越せと言ってある。追ってまた、リヒトを通じてお前たちにも連絡する。」

 

 

リヒトよりも、この神父の方が全然怪しい。何隠してんだか知らないが。多分、俺がこれ以上の追求をしても、言峰は絶対口を割らないだろうから一先ず聞きたかったことを聞いてしまおう。

 

 

 

「あと別件で…あんたに、聞きたいことがあって」

 

 

言いかけた途端、部屋のドアがノックされる。ドアの向こうから、入っていい?とリヒトの声がして、神父と二人っきりだったからちょっと安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわ、空気重ッ。」

 

 

客出し用のお盆に二つ分のココアを乗せ、ミレイを連れて父さんの私室にノックして入ると部屋の空気がやけに重い。

 

 

 

「父さん、座ってるだけでかなりの威圧感あるんだからエミヤ相手にもせめて、お手柔らかにしてあげなよ。ごめんね、エミヤ?うちの父親が。」

 

 

多分、父さんがシロを無意識に威圧していたに違いない。二メートル近い巨漢が目の前にどっかり座ってたら、慣れない人なら絶対落ち着かないだろうし。すると、しかめっ面を浮かべていた父さんの顔のしかめっ面具合がより増した気がする。

 

 

 

「…はい、これ。エミヤの分。じゃあ、後はごゆっくり?」

 

 

テーブルの上にココア入りのマグを置き、踵を返そうとしたら後ろから遠慮がちに服の裾を引っ張られる感覚。見れば、やっぱり父さんと二人っきりは耐えられないから此処に居てくれと顔にありありと書いてあるシロに服の裾を引っ張られていた。

 

 

 

「父さん、何かエミヤが父さんと二人っきりは話し辛いみたいだからやっぱりぼくもいるよ。ぼくに聞かれて、まずい話でもないでしょう?」

 

 

父さんから構わないというお言葉を頂いたので、このまま居座ることにした。父さんの私室には三人がけのソファータイプの椅子と単椅子が二つあるので、ミレイを膝上に乗せてぼくは単椅子に腰掛ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程から、先輩は退屈まぎれにオレの傍らでまたふかし始めたタバコで煙の輪っかを幾つもぷかぷかとつくりながら遊んでおり、なんとも呑気なものだ。

 

 

「まさか、君があの子達と来るとは思わなかった。」

 

「……また、朝帰りされても困るからな。」

 

「あまり本官達の帰りが遅いと、あれが消えてしまうと思ったのか?どうやら、姫から魔力の提供を受けたらしい。だから夜が明けたとしても、まだ多少の余裕はあっただろうに心配し過ぎだ。」

 

 

 

目的を見透かされ、平静を保つべくタバコを一本くれないかと先輩に言うのが精一杯だった。先輩は真新しいタバコをオレに手渡し、口に咥えろとジェスチャーした後にオレを手招きする。

 

 

応じれば、不意に先輩が私の咥えたタバコの切っ先に火の点いたタバコの切っ先を押し当てた。ジュッと鈍い音を立て、私の咥えたタバコにも火が灯る。これはどうにも、心臓に悪い。

 

 

 

「傭兵にタバコを貰う時は、火をまた点けるのが面倒だからといつもこの様にして貰っていた。つい本官も癖になってしまってなぁ。吸う銘柄も、傭兵が吸っていたものと同じで無いと、落ち着かなくなってしまったよ。」

 

 

生前、切嗣はタバコを嗜んでいたか。まぁ精々、一日に数本程度で収まっていたからオレも程々になとしか言わなかった。昔はもっと吸ってたらしいが。

 

 

 

道理で、先輩が傍らでタバコを吸うと懐かしい感覚がした訳だ。

 

 

「セイバーと違って、随分気が合っていたんだな?親父と。」

 

「本官の半分はあれだからな。傭兵も薄々、あれの存在に勘付いていたのか…本官を邪険にはしなかったよ。妻と娘を失い、自身も抜け殻の様になってしまったあの男を放っては置けなかった。」

 

「……あなたも案外、お節介焼きだな。」

 

 

 

もしかしたら、オレが子供の頃にも先輩の姿は見えなかっただけで、彼が家に来ていた時には先輩も親父のすぐそばにいたのやも知れない。

 

 

「話は変わるが、兄上が迷惑を掛けたな。」

 

「今日になって、やっとあの言葉の意味が分かった。」

 

「何れにせよ、兄上が行動を起こすことは分かっていた。それに加え、まぁ色々とフラストレーションが溜まっていたんだろう?まさか、対柳洞寺のキャスター用に仕掛けておいた結界が役立つとは思わなかったが。一度きりの発動に限られるから、もう使えないのが残念だ。あの結界が無ければ、屋敷が半壊で済んだかどうかだったぞ。」

 

 

 

いつもさらりと先輩は、後になってから恐ろしいことを言ってのける。

 

 

「これ以上、自分をセイバーに会わせぬつもりなら…彼を殺してでも連れて行くと。」

 

「兄上はあいも変わらず、物騒な事この上無い。途中、セイバーの介入が無ければどうなっていたことやら。」

 

「…まるで、全て見ていた様な口振りだな。」

 

「あれと本官の意識は同調している。何があったか、離れていても手に取る様に分かるさ。凛に、兄上のマスターが半身なのではと疑われて弁明してくれたことには感謝している。」

 

「彼が立ち聞きしていたのか…!?」

 

 

 

先輩がにやりと、人の悪い笑みを浮かべる。

 

 

「一つ、本官の口から言える事実は兄上のマスターは半身ではないということだ。」

 

 

 

先輩は敢えて、兄とやらのマスターが誰であるかをオレに言わなかった。リヒトでないのなら、他に…そう思いかけ、教会を見やる。教会とは本来、もっと神聖であるべき場所だ。しかし、ここの空気は清浄なそれでは無く、何処か淀んでいて重苦しい。

 

 

先輩も大概だが、あの神父もまた…どうもきな臭い。

 

 

 

「アーチャー 、」

 

 

ふと、先輩がオレを呼ぶ。なんだと返せば、先輩は人の悪い笑みをより深くさせてオレの耳元で囁いた。

 

 

「絶好の機会を何故逃した?ミレイとて、留守番していろと強く言えば貴殿らに無理にでもついて行くことは無かったというのに。」

 

 

 

先輩の言葉の意図を察し、自らオレにあいつを殺させはしないと言いながらも、オレにそんな言葉を投げかけるとは。

 

 

「……さぁ、何故だろうな。」

 

「全くつまらないなぁ、実につまらない。」

 

 

 

心の底からそんなこと、微塵にも思ってもいない癖に、先輩はつまらないなどと言うから可笑しなものだ。だからオレは、先輩にこう返した。

 

 

地獄の果てまで、あなたと彼が共に堕ちてくれるなら、自分殺しなどさぞつまらんことは辞めにする。そう決めただけだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの人が生きてたら、また違ったのかなぁ。」

 

 

すっかり無防備に熟睡中のイリヤスフィールの頭を撫でながら、ぽつりと元リヒトはこぼす。

 

 

 

「それ、誰のことかしら?」

 

「切嗣さん…シロとイリヤ姉さんのお父さんだよ。」

 

 

またしてもあっさりと、元リヒトは多分軽々と口にしていいのか分からない様なことを言ってのける。このもう一人の弟、余程私の頭をキャパオーバーに追い込みたいらしい。

 

 

「元々、切嗣さんは聖杯獲得の依頼を受けてアインツベルンに招き入れられたんだ。アインツベルンはマキリや遠坂と比べて、魔術系統が戦いには余り向かない一族だし。切嗣さんはアインツベルンの女性を妻に迎えて、その人との間に女の子が生まれた。案外、冷酷無慈悲な魔術師ってことを除けばあの人は…至って普通の父親と、何ら変わらなかったよ。」

 

 

 

リヒトは士郎の義理のお父さんに、聖杯戦争の最中に命を救われたらしい。セイバーが自分の命の恩人だとリヒトは言っていたけれど、そういう意味だったのかと今更知ることになるなんて。

 

 

「アインツベルンの女性って、つまりはホムンクルスでしょう?ホムンクルスと人間の間で子供が出来るなんて、私だって初耳よ。」

 

 

 

元々、ホムンクルス自体が命を育む為に必要な機能を有していない筈だ。

 

 

「イリヤ姉さんはホムンクルスと人間から生まれた、結構なレアケースだから。通常のホムンクルスよりも高次な存在って言うかさ…多分、あと最低百年かけてもイリヤ姉さんみたいな存在はそう何度もアインツベルンだってつくれないだろうし。」

 

 

 

それだけ、アインツベルンは今回の聖杯戦争を本気で優勝を狙いに来てたのはよく分かる。

 

 

「まぁ、それも…今回で終わりだね。この通り、イリヤ姉さんはもうアインツベルンのマスターじゃない。千年も妄執に囚われた一族の未練がましい責務なんて、イリヤ姉さん一人が背負うべきものじゃない。」

 

 

 

如何にも清々したと言いたげに、元リヒトは言う。リヒトのマキリ嫌いは知ってたけど、アインツベルンに対してもリヒトはあまりよくない感情を抱いていたらしい。

 

 

「…っていうか、イリヤスフィールは義理とは言え自分のきょうだいの命を狙ってたことになるじゃない。」

 

「実の父親が自分を置いて、遠い国で知らぬ間に養子を迎えてたんだ。挙げ句、勝手に死なれてイリヤ姉さんとしては怒りの矛先を何処にどう向ければいいのか分からなくなっちゃったんだよ。ぼくも生き別れた義理の妹がいるから、思う所あり過ぎてさ。」

 

 

 

リヒトからそんな話、私は聞いてない。生き別れた義理の妹?

 

 

「姉さん知らなかったっけ?父さんに結婚歴あるの。父さんも僕に言うつもりは無かったみたいだけど、キャスターから聞いたんだ。」

 

 

 

そもそもあいつに奥さんと娘がいたなんて話自体が初耳だ。じゃあ、奥さんはどうしたのかと疑問に思った。

 

 

「奥さんと死に別れて、実の娘は何処かの教会に預けたって話。そりゃあ僕にも言えないよね?父さんからしてみればさ。」

 

「……ショックじゃなかったの?よりにもよって、キャスターからそんな話聞いて。」

 

「父さんに対して、不信感は抱いたよ。何で僕は引き取って、実の子は手元に置かなかったんだってね。でも、父さんなりに事情があったのかもしれないし…気軽に聞ける様な話でもないから黙ってた。」

 

 

 

綺礼とリヒトの間に横たわる、わだかまりは其処から端を発している様にも思えた。リヒトが一人で抱え込んでたものは、思った以上に大荷物らしい。

 

 

「貴方まさか、桜とその義理の妹のこと重ねてた?」

 

「全く重ねてなかったって言ったら嘘になるけど、桜とその子のことは別だよ。」

 

「結局…その義理の妹さんとはどうなったの?」

 

 

聞かなくては、いけない気がした。

 

「会えたには会えたんだけど、その頃には…もっと早く会えてればって思う様な逢い方しちゃった。」

 

 

会いに行くって選択肢を選んだのは、実にリヒトらしい。例えその結果、どんなことが待ち構えていようともあんたは全て受け止めるって分かってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シロが教会に来た理由は、まだ死んでない状態のセイバーを英霊にさせないか、もしくはこの世に留まらせる術を父さんなら知ってるかもしれないという理由らしかった。

 

 

一番方法を知ってそうな某氏は、尚更教えてくれないだろうし。そして、ぼくは切嗣さんがセイバーに聖杯を壊させたというシロの話を聞いて、アイリスフィールによく似た誰かが言っていたことを思い出す。シロは直接、その話をセイバーから聞いた様で。

 

 

 

『貴方ならあの男の様に、イリヤを壊したりはしないわよね?』

 

 

切嗣さんがセイバーに、聖杯を破壊させただなんてぼくは知らない。

 

 

 

切嗣さんは自分の大切な人を犠牲にしてまで、聖杯を欲しがった筈なのに、それを壊した?どうしてそんな、矛盾することを。

 

 

それにセイバーからして見れば、あと少しで手の届きそうだった聖杯を自ら壊す様なことを命令されて、彼女の絶望は計り知れなかっただろうに。彼女からすれば、切嗣さんのしたことはひどい裏切りだ。

 

 

「…壊さざる得なかった、とかじゃなくて?」

 

「リヒト、急に何を言い出すつもりだ。」

 

「何か、やむを得ない事情があって…聖杯を壊すしかなかったんじゃないの?切嗣さんがセイバーにさせたことは、明らかな彼女に対する裏切り行為だけどさ。聖杯に触れるのは、サーヴァントだけだ。なら、壊せるのもサーヴァントだけってことでしょう?」

 

 

キャスターの言っていた、聖杯の中身という言葉の意味も気にかかる。キャスターは、あれの言葉には耳を傾けるなと言っていたから、恐らくあんまりよくないものなんだろう。

 

 

 

「リヒト、今更親父を庇い立てする様なことはしなくていい。親父がセイバーを裏切ったのは変わらない事実なんだし。」

 

 

シロもぼくが切嗣さんを擁護する必要は無いと言うけれど、考えられるとしたらそれしかなかった。切嗣さんは聖杯を壊さざる得ない何かに、直面したとしか。

 

 

 

「エミヤ、あの人は大切なものを犠牲にしてまで聖杯を欲しがってた。それを壊しただなんて、よっぽどの事情があったとしか思えないんだよ。」

 

「お前が親父を悪く思いたくない気持ちも分からなくは…ないけどさ。確かに、親父はお前のことも息子同然に思ってただろうし。」

 

「……ほぅ?私の知らないところで、随分とお前は衛宮切嗣に可愛がられていた様だな。」

 

 

父さんの棘を含んだ視線がぼくに向けられる。まぁ、自分の知らないところでぼくが元敵マスターの魔術師の家に出入りしてた訳だし。

 

 

 

「衛宮切嗣は、私よりも父親らしかったか?」

 

「…父さん、エミヤの前でそういう話やめてくれる?」

 

 

ぼくが切嗣さんを擁護する様な発言が気に入らなかったのか、父さんはわざとそんなことをぼくに聞いてくる。よりにもよって、シロの前で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……リヒトにそういうこと言うなよ。」

 

 

言峰がリヒトに対し、明確な悪意を持ってわざと親父と自分を比較させる様なことを聞いたのに我ながらひどく腹が立った。

 

 

 

俺が口を挟んで来るとは思わなかったらしい、リヒトが呆気に取られた顔で俺を見る。

 

 

「リヒトにとっての父親はあんただろ?血が繋がってないって話は聞いたけど…リヒトにわざと、親父とあんたを比べさせる様なこと言うのはやめろって言ってんだ。」

 

 

 

我ながら、何でこんなことを衝動的にも言ってしまったのやら。ただ無性に、リヒトが目の前で傷付けられるのが嫌で、見ていられなかった。

 

 

すると、言峰が興醒めだと言わんばかりにつまらな気な顔をして俺を見る。

 

 

 

「驚いたな。まさか、お前にその様なことを言われるとは…随分とらしくないことを言うじゃないか。」

 

 

らしくないって何だよ!?まるで、俺がそんなことを言うとは思わなかったと言われている様だった。すると、リヒトの膝上で大人しくしていたミレイが言峰をムッとした顔で見ている。

 

 

 

「ノンノ、ぱぱにわざといじわるなこと言うのはやめて。ままの言う通りよ。」

 

 

言峰の前でもミレイはあいも変わらず、俺をまま呼びだった。明らかに、言峰が変な表情を浮かべて俺を見るから居た堪れない。

 

 

 

「…衛宮、その使い魔にお前が母親だと思われているのか?まるで刷り込みだな。」

 

「わ、悪いかよ!?そりゃあ、男の俺がままとか呼ばれるのはおかしな話だとは思うけど!ミレイにとって、俺がままならそれでいいだろ!」

 

 

一々、ムカつくことばかり言われてすっかり頭に血が上りそうだ。でも、ここで俺が怒ったらリヒトにも迷惑をかけることになるし。

 

 

 

「…まぁいい、話が大分脱線してしまった。セイバーについては、一時的にでもこの世に留まらせたいのであれば聖杯を手に入れ、その中身を無理やりにでも飲ませればいい。それが出来ないのであれば、あれは何れキャスターの様になるだけだ。息子もお前と同じく、セイバーをキャスターの二の舞にはさせたくない様だがな。」

 

 

リヒトが俺やセイバーに肩入れする理由の一つに、どうやらセイバーをキャスターの様にはさせたくないという思いがある様で…リヒトなりに、キャスターの境遇に対して複雑な感情を抱いているらしい。

 

 

 

確かに、十年も自分と同じ顔の奴と一緒だったら情も湧くだろうし、リヒトにとってはキャスターも大切な存在だってのはよく分かる。本人は至って、呑気なものだが。

 

 

「案外、キャスターやあの金色のアーチャー みたく…サーヴァントが受肉するって珍しい話でもないのか?」

 

「例外中の例外だ。そう簡単に、奇跡が何度と起きる訳が無かろう。息子の様に、サーヴァントの現界を長期間に渡り、維持出来る魔力量を持つ人間も異常だがな。まぁ、息子の場合は生まれる前より“調整”を受けていたらしき痕跡はあったが。」

 

「その話って…」

 

「昔、子供を一人引き取った。その子供は名前も与えられず、ただ儀式に使われる道具として生を終える筈だった。当初は空きのある孤児院にでもと思っていたのだが…魔術の贄にされかけた子供と聞いて、何処の孤児院も気味悪がって一向に貰い手が付かなくてな。その子供を哀れに思った祖父が私の息子にしてはどうかと言ったから、私はその子供を引き取ったまでだ。」

 

 

リヒトを見れば、一瞬目が合ったものの直ぐにフイと逸らされてしまった。その反応からしてもリヒトはあんまり、俺にそのことを知られたくなかったらしい。

 

 

 

「魔術師の中ではよくある話だ。あぁ、それと…あのキャスターの場合は受肉ではなく、正確には“寄生”に近い。あれは何れ、息子の魂を終には食い潰すぞ。サーヴァントの本質は魂喰いだからな。」

 

 

そう言って、言峰は皮肉げに口元を歪めた。 すると、リヒトがため息混じりに言峰の言葉を制する。

 

 

 

「……父さん、あんまりエミヤを脅さないでよ。食い潰すって言っても、そんな直ぐにぼくの魔力が尽きる訳じゃないし。まぁ、このままキャスターの依り代を続ければ普通の人の寿命よりも早く死ぬだろうけどさ。エミヤ、父さんの言うことはあんまり真に受けないでね。ミレイも、そんな顔しないで。」

 

 

リヒトは何のことも無さげに言うけれど、ミレイは少し不安そうにリヒトを見上げた。そんなミレイをあやしながら、リヒトは言峰を恨めしげに見る。

 

 

 

「使い魔に感情まで持たせて、どういうつもりだ?あのキャスターは。」

 

「キャスター、意外と凝り性でさ。何かに取り組み始めたら、普段が物臭な分、スイッチ入ったらとことん手は抜かないから。」

 

 

遠坂曰く、使い魔を人間そっくりに似せる事自体は熟練の魔術師なら割と容易いらしいけど感情も付与するとなるとかなり骨が折れるらしい。使い魔をより人間に近付ければ近付ける程、魔術師の手腕が試されるって話だ。

 

 

 

「その使い魔、時計塔の魔術師共の目に触れたら収集対象にもなり兼ねんぞ。精々、人間らしく振る舞える様に躾けて置くことだな。」

 

 

それは忠告なのか、またしても脅しなのか。二人のやり取りを見ていて、俺が思ってた以上にリヒトと言峰の仲は拗れている様にも見えた。それも、かなり複雑に。

 

 

 

「半身!もう時計の針が一時を回ってしまうぞ。」

 

 

その時、待ち兼ねた様子で扉の外から呑気な声が聞こえたかと思えば、部屋をノックするでも無くキャスターが部屋に入って来た。

 

 

 

「キャスター、君って奴は…わかったよ、もう話は終わりにするから。」

 

 

キャスターに根負けし、リヒトが帰り支度を始める。

 

 

 

「リヒト、例のサーヴァントの件について一段落ついたら早急に荷物をまとめて衛宮の屋敷から出ろ。もう監視は必要ない。」

 

「…わかった。」

 

 

言峰の言葉に対し、リヒトふゆっくり頷いた。リヒトも近々、俺の家を出るのは分かりきってたことだ。八体目のサーヴァントについて、ある程度の解決目処が立ったら遠坂との協力関係も終わりにしないとならない。

 

 

 

結局、セイバーをこの世に留めるにはやっぱり聖杯しか手立ては無い様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、君がシロと一緒に来るとは思わなかったよ。」

 

 

どういう風の吹き回し?と、頭に積もりかけた雪を払いながらリヒトは首を傾げる。

 

 

 

「付いて来る分には構わんと言ったら、あいつが勝手に付いて来ただけだ。ミレイも君と先輩が不在で…寝付けなかったと見た。」

 

「それに加え、“彼”が怪我してイリヤ姉さんもそっちにつきっきりだったから?その子なりに、かなり不安だっただと思うよ。」

 

 

リヒトは私の腕の中でスヤスヤと熟睡中の、その子を見遣る。移動の為、私が抱き上げた時には既に、いたく眠そうだった。

 

 

 

「……件のサーヴァントを前にしても、決して臆することは無かったのに。嵐が去った途端に彼に縋り付き、ひどく泣きじゃくる様は年相応の幼い子供そのもので戸惑った。」

 

「ある意味、彼が見逃されたのはミレイのお陰もあるかもね。」

 

 

リヒトは妙なことを言って、眠るミレイには聞こえていないだろうがありがとうとお礼を言う。

 

 

 

「あの神父は何と?」

 

「一日、時間を寄越せってさ。キャスターにも首を突っ込ませるな、事態が却って悪化するとか言われた。あの人、自分にとって都合が悪くなったらぼくには一切関わらせてくれないから。」

 

 

親とは、自分に都合の悪いものを子供には見せたがらないものだ。あの神父にも、そういった一面があることを意外に思った。

 

 

 

「それより…大丈夫なの?彼の怪我。」

 

「立っているのすら危うい位、酷い怪我だったが…イリヤスフィールのおかげで持ち直したらしい。」

 

 

ほんの一瞬、リヒトは安堵の表情を浮かべる。サーヴァント相手に、怪我の心配とはおかしな話だ。

 

 

 

「アインツベルンの錬金術による治療魔術って、サーヴァントにも有効なんだね。」

 

「アインツベルンの治療魔術の精度も去ることながら、それはイリヤスフィールの力量によるところが大きい。」

 

「キャスターから彼が怪我したって聞いた時、父さんに診せたら?って言ったんだ。父さんも、治療魔術が得意だから。そしたら、キャスターが断固拒否してさ。父さんに借りを作るのだけは、絶対嫌だって。キャスターと父さん、仲悪いんだ。」

 

 

何と無くではあるが、先輩があの神父を余り好ましく思っていないことは分かっていた。それは確かに、先輩も断固拒否するだろう。

 

 

 

「あの神父は彼の存在を……把握していたのか?」

 

「そうみたい。彼のこと、ぼくとは極めて別人に近い別人だってさ。」

 

 

極めて別人に近い別人とは言い得て妙な、表現だ。

 

 

 

「君の口振りからするに、彼の正体を知っていると私は判断してもよいのかね…?」

 

「まあ、ぼくもさっき知ったばっかりなんだけど。」

 

 

そう言って、リヒトは苦笑する。この子の順応性の高さには、正直恐れ入るし、察しの早さも尋常じゃない。

 

 

 

「君が前に言ってた、キャスターのそっくりさんと同一人物なんでしょう?正直、びっくりしたよ。」

 

 

リヒトは敢えて、彼が自分の一つの未来の可能性であるとは言わなかった。

 

 

 

「……先輩から彼について、秘匿にされていたことを怒ってはいないのか?」

 

「キャスターの隠し事は、今に始まったことじゃないから。正直、キャスターが何処まで知ってるのか…ぼくも把握しきれない位にはキャスターって何でも知ってる。おいそれと、喋れないことまでさ。ある意味、隠すことで自分が矢面に立ってると言うか。シロとは違う意味で、キャスターも自己犠牲の塊みたいな性格だし。」

 

 

君とて似た様なものだろうとは思ったが、ここで言うことでもないかと口から出かかった言葉を喉奥へと押し戻す。

 

 

 

リヒトは先輩から隠し事をされていたのを、怒っている訳ではないらしい。

 

 

「キャスタークラスとマスターは互いに互いが魔術師であるが故、自滅に陥り敗退するケースが多い。キャスターも魔術師だけど、あんな奴だし。ぼくは魔術は使えるけど魔術師自体があんまり好きじゃないから。」

 

 

 

彼が先輩を、リヒトは甘やかしていると言っていた。しかし、リヒトと先輩はそれ相応の信頼関係があるからこそ…多少先輩が好き勝手やらかしても、大丈夫な部分があるのやもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し離れた距離で、俺より先を歩くリヒトとアーチャーが何やら話している。

 

 

「前を見ながら面白くなさげな表情をして、どうした?シロ。」

 

 

 

隣を歩き、呑気にたばこをくゆらせていたキャスターがわざとらしく尋ねてきた。そしてちらりと二人の方を一瞥し、浮かべたのはあの人の悪そうな笑み。

 

 

「……あぁ、そういうことか。昼間の君は、まだそこまであからさまじゃなかった気がするが。半身と本官が留守にしている間に、何かあったらしいな。」

 

「うるさいっつの。あと歩きタバコすんなよ。それよりあんた、あの金色の方のアーチャーと面識あるんだろ?セイバーから聞いたんだからな。」

 

「もう少しの間は大人しくしていると、本官も予想していたんだがなぁ。君とセイバーが真っ向から挑んでも、到底勝てない相手だ。」

 

 

 

やっぱりあいつ、相当強いらしい。セイバーですら、勝てなかった相手だ。

 

 

「なら、どうすればいいんだよ…?」

 

「本官が此処に留まった理由には、あの人も多少含まれている。サボっていた分の仕事はこなすさ。」

 

「キャスター、お前まさか…げほおっ!?」

 

 

 

途端、キャスターにたばこの煙を近距離で吹きかけられて変な声を上げてしまう。何事かと、前方の二人がこちらを振り返る。

 

 

「すごい声聞こえたけど、シロ大丈夫?」

 

「…やかましいぞ、ミレイが起きてしまうだろ。」

 

「すまない、すまない。誤って本官のたばこの煙をシロがもろに吸い込んでしまっただけだ。」

 

 

何のことも無さ気にキャスターが素知らぬふりをして言うものだから、強くむせながらも睨みつける。こんの野郎…!!二人は気が付かなかった様子で、また歩き出す。

 

 

 

「そう怖い顔で睨むんじゃない。本官とて、これ以上長居する気は無いし、だからその分の仕事はしようというだけの話だ。神父から色々と吹き込まれた様だが、あまり間に受けるなよ?あれの言っていることが全て、真実という訳でもないからな。」

 

 

キャスターの言う仕事に、何やら不穏なものを感じた。これ以上は長居するつもりが無いとは、つまりこの聖杯戦争が終わる頃にはキャスターが自ら消えると言ってる様なもんだ。

 

 

 

「けほっ…!置いてくのかよ、リヒトとミレイのこと。」

 

「君とリヒトと…姫がいれば、ミレイは心配無い。半身も、君らがいれば本官がいなくともやっていける。もう半身とて、小さな子供じゃないんだ。」

 

 

そう言って、キャスターは小さく笑った。あんた、ずるいしひどい奴だよ。けど、何故か嫌いにはなれない。

 

 

 

 

 

 




赤い弓兵さん、英霊になっても相変わらず神父は苦手。


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第三十九話 君がいない天国ならば

「僕はあの子の成れの果てさ。おっきなシロがちっちゃなシロにとって、理想を追った結果の成れの果てである様にね。」

 

 

もう一人の弟は自らを、コトミネリヒトという人間の成れの果てだと例えた。あれだけ養父の後は継がないと言っていたのに、まさか軍人を兼職した神父になるなんて。それもまた、弟にとっては有り得ないけど有り得たかもしれない可能性と言えるらしい。

 

 

 

「……まぁ、僕とおっきなシロは有り得ないけど有り得た二人の可能性って訳だ。」

 

「士郎とあんた、何で揃いも揃って英霊なんかになっちゃったのよ。士郎は知らないけど、あんたの場合は確実にキャスターが一枚噛んでる筈だし。」

 

 

もう一人の弟がこんな風になったのは、確実にキャスターが起因してることは間違い無い。すると、もう一人の弟がおもむろに話し出す。

 

 

 

「イリヤ姉さんにも、キャスターにそそのかされたのかって言われたなぁ。イリヤ姉さん、それですっかり怒っちゃってさ。むしろ、キャスターにこうしてくれって頼んだのは僕なのにね?おっきなシロの場合は、生前再会した頃にはもう契約は済ませちゃってたみたいだし。」

 

「契約を済ませたって…?」

 

「大昔と比べて、未来は英霊に達する条件がえらい厳しくてね。一度や二度、世界を救った程度だと英霊にはなれないんだよ。だから、超常的存在と自らを対価に契約するのが一番手っ取り早いのさ。」

 

 

未来の英霊基準なんて、私が知る由も無いし。一度でも世界を救えば、普通なら英雄扱いなんじゃないの?とすら思えてしまう。

 

 

 

「超常的存在って、つまり神様とか言うんじゃないでしょうね…?」

 

「僕が元職務上、信仰してた神様とはちょっと違う。あー…でも、聖人指定受けてる人達の幾らかはあれのお陰で英霊になった人もいるのかな?有名どころだと、ジャンヌダルクとか。でもあれは神様とかじゃなくて、人類継続を願う無数の無意識的集合体だ。」

 

 

神様じゃなければ何なのかと思えば、恐らく抑止力のことをもう一人の弟は言っているらしい。

 

 

 

「あれはね、世界にとって有益だと判断した魂に契約を持ちかける。キャスターもそうやって、あれと契約したんだ。セイバーは今、契約しかけの状態だけど。あれは人使いならぬ、英霊使いが荒いんだよ。シロもあの性格だから、余計こき使われちゃってさぁ。」

 

 

もう一人の弟のその発言は、士郎の性格を理解した上での発言だった。

 

 

 

「キャスターには滅多に、仕事回さない癖にね。おかげでキャスター、すっかり自分は窓際英霊だとか中年サラリーマンみたいなこと言うし。」

 

 

 

付け加えられた例えがニッチ過ぎて、どんなリアクションを返せばいいのやら。そしてもう一人の弟の、盛大な溜息の音。

 

 

「……見たんでしょう?おっきなシロの過去。おおよそ、何があったかは察しのいい姉さんなら分かる筈だ。」

 

 

 

その原因を考えた時、ふと夢で見たアーチャーの…二つ並んだ絞首台が頭に浮かぶ。

 

 

「“そっちの”私は…何やってたのよ。」

 

「あっちの姉さんと最後に会った時、自分にはもうあの馬鹿をどうすることも出来ないからあんたにしか頼めないって言われた僕の気持ちが分かる?藤村先生も桜も、シロがいつかは帰って来るって信じてシロを黙って送り出してたっけなぁ。イリヤ姉さんは姉さんで、自分が居なくなったら僕にシロのそばにいて欲しいってさ…なんで僕なのさって話だよ。」

 

 

 

そう言って、もう一人の弟はグシャリと癖毛の目立つ髪を掴んだ。そう言う割には、あいつが死ぬその時までずっとそばに居てくれたんじゃない。それが士郎…アーチャーにとって、どれだけ支えになっていたことか。

 

 

「シロの死に方はまるで、聖者の殉教そのものだったよ。己が理想に殉じて、誰も恨まずに彼は死んだ。ある争いの火種を起こした張本人だって、ありもしない罪を問われたのがキッカケだったけど。」

 

 

 

あいつが生前何をして来たのか、夢の様子から何と無く察しはついていた。その中で、多くの知らない誰かの命を救っては奪う場面も多々あったのだろう。

 

 

「一人殺せば悪党で、百万人だと英雄だ。数が殺人を正当化する。とある喜劇俳優の映画内での有名な台詞だけど、生前のシロにはまさしくこれがよく当てはまった。シロが殺した人の数だけ、僕が弔いの言葉を手向けてきた様なものだし。」

 

 

 

アーチャーの過去の夢の中で、聞いた祈りの言葉はそういうことだったのかと合点がいった。

 

 

「アーチャーの夢で…何度も祈りの言葉を聞いたのよ。私も小さい頃は教会にはたまに通ってたし、それなりに何言ってるのか理解出来たから。」

 

「……その位しか、僕に出来ることは無かったから。けど終いには、僕も共謀罪に問われてシロと二人して絞首刑の予定だった。なのに、シロは最後の最後に僕なんかを助けて自分一人で死んだ。自分のことはそっちのけで、僕の恩赦を聖堂教会に掛け合ってさ。教会側としても、元とは言え神父が絞首刑なんて体裁悪いからね。結局、僕だけが恩赦で釈放されちゃった。」

 

 

 

まるで、自分も同じ様にして死にたかったともう一人の弟はそう言いたげな口振りだ。

 

 

「シロの悪いところってさ、自分が死んでも残された人が自分の分まで生きてくれるって思い込んでるところなんだよ。皆が皆、そうとは限らないのにさ。シロは僕に、自分の後追いをさせたと思ってるみたいだけど。シロのいない天国より、シロのいる地獄に落ちた方がいいって僕が勝手に思っただけなのにね。」

 

 

 

自ら地獄落ちを望んだ元神父は、そう言うなり静かに微笑んだ。何と無く、もう一人の弟がバーサーカーとして現界した理由が分かってしまった気がする。

 

 

「ぶっちゃけると、この十年間ずっとおっきなシロが姉さんに召喚されるのを待ってた。確率的には半々だったし、違うアーチャー が来たら来たで別の方法考えてたんだけどね。座の経過時間に比べれば、僕らにとっての10年は割とあっという間だから。」

 

 

 

10年もアーチャー を待ってた?一瞬、ぽかんとした表情でもう一人の弟を見てしまう。

 

 

「シロったら酷いんだよ?無茶な召喚で一時的に記憶がトんでたとは言え、すっかり僕のこと忘れててさ。まぁ、キャスターの呪いの影響で僕の存在自体が綺麗さっぱり無かったことになってたし、当然と言えば当然なんだけど。でも、自力で僕のこと思い出したみたいだから正直びっくりしたよ。」

 

「キャスターの呪いの影響って、どういうことよ…?」

 

「“契約の代償”だよ。僕がいた世界には、もうコトミネリヒトの痕跡はどこにも無い。全部、無かったことにされて修正されちゃったんだ。キャスターがかつて、神様に反逆して与えられた罰と同じ様にね。」

 

 

 

あっさりともう一人の弟は言ってのけるが、私は内心ショックを隠しきれなかった。リヒトが消える?何れ、弟もそうなってしまうなんて絶対に嫌だ。

 

 

「大丈夫だよ、そんな顔しなくとも。あの子は僕みたいにはならないと思うし。姉さん、自分がそんなこと絶対にさせないってあの時言ってくれたじゃないか。」

 

 

 

あの時っていつの時だと、一瞬思案してしまったが間も無く思い出す羽目になる。いつもは私に対し、塩対応なキャスターが珍しく優しかった様な気がしたあの時だ。

 

 

「あの時のキャスター、あんただったの!?」

 

「半分位は僕だったよ?」

 

「半分位って、何よ!?」

 

 

 

考えてみれば、渋々暫くの訪問を控えさせられた桜にあんなことするキャスターもらしくなかったと言えば、らしくなかったし…あれもまさか、入れ替わってた?

 

 

「キャスターがあの子のふりをしてた時、半分以上は僕と入れ替わってたし。」

 

 

 

私としたことが全然、気付かなかった。けれど、無理も無い。元はこちらも、本物のリヒトなのだ。

 

 

「僕らがいなくなった後のこと、よろしくね。特に、あの子とちっちゃなシロのこと。ミレイのことはあの二人に任せるけど。」

 

「なんか後始末押し付けられるみたいで、すっごく癪に触るんですけど…!」

 

「聖杯戦争が事実上終われば、僕とキャスターは座に帰るか何らかのかたちで消滅すればいなくなる。おっきなシロもね。僕らの場合、このまま残るって選択肢を選んだら、あの子を早死にさせることになるから。サーヴァントを現界させ続ける大変さ、姉さんなら分かるでしょう?」

 

 

 

あんな話をされた後に、二人をよろしくと言われてしまうと…もう引き受けざる得ない。

 

 

「最後に、一つ聞いていい?」

 

「なに?」

 

「士郎がイリヤスフィールに拉致されて、救出に私とアーチャーとセイバーで行った時…もしかしてあなた何かした?」

 

「あー…あの時ね。ちっちゃなシロが軽はずみ行動して、あんまりにも頭キタからさ。単身、アインツベルンの城へ殴り込みに行ったよ。結果、痛み分けでアーチャーと二人して命からがら逃げ出すのに精一杯だったけど。」

 

 

 

あのバーサーカー強過ぎともう一人の弟はあっけらかんと言うので、目眩がした。なんてことしてくれてんのよ…!?

 

 

「なんてことしてくれたんだって?イリヤ姉さんに、おっきなシロを間接的に殺させたくなかったからだよ。これは僕の完全なエゴだけど。彼女にとっては、おっきなシロだってもう一人の弟だ。」

 

 

 

もう一人の弟はまるで悪びれる様子が無く、完全に開き直っている。

 

 

「…愛するのも、憎むのも。戦うにも、和解するのにだって時があるものさ。それがその時だって、僕は思ったから行動に移したまでだ。」

 

「確かに…バーサーカーについては、私達も殺されかけたし。今更とやかく言うつもりは無いわよ。けど、綺礼にこのことが知れたら真っ先に矛先が向かうのは誰だか分かってるんでしょうね?」

 

「聖杯戦争の進行に差し支えなければ、あの人にとっては些細なことだ。今はそれより、キャスターのお兄さんの件で手一杯だと思うよ?」

 

 

 

そうだ、あの金ピカのアーチャーの件があったのだった。お父様のサーヴァントだったあいつのこと、綺礼だって知らない筈が無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…遅かったわね?すっかり待ちくたびれちゃったわ。」

 

「どうしたのさ?まるで、お化けでも見る様な顔しちゃって。」

 

 

降り積もる雪にまみれて、なんとか帰宅した玄関先にて。姉さんともう一人、熟睡中のイリヤ姉さんを抱きかかえたもう一人のぼくがわざとらしく、不思議そうに首を傾げた。三人同じ顔が揃い、姉さんが一言。

 

 

 

「……世の中、自分と同じ顔の人間が三人はいるって話だけど。本当に三人揃うと、気味悪いわね。」

 

「姉さん、それひどくない?まぁ、こうして三人一度に顔揃えるのは初めてだよね。」

 

 

もう一人のぼくはそう言って、さも可笑しそうに小さく笑う。いざ、当人を目の前にするとぼくとしてもどんなリアクションを取っていいのやら分からなくなる。

 

 

 

「本官が戻るまで、姿を隠して置けばよかったものを…君って奴は。」

 

「姉さんと、積もる話もあったからさ。」

 

「あんた、自分の喋りたいことだけ喋ってただけじゃない。」

 

 

キャスターには、もう一人のぼくが姉さんの前に姿を見せたことが意外だったらしい。姉さんは姉さんで、もう一人のぼくをムッと睨む。

 

 

 

なんか、すっかりもう一人のぼくに姉さんも馴染んでいる様子だ。イリヤ姉さんなんか、もう一人のぼくの腕で安心しきった様子で熟睡中だし。

 

 

すると、もう一人のぼくは姉さんに対して、肩を竦める仕種を見せた。

 

 

 

「そうだっけ?君もお帰り。まったく、急にいなくなるんだから。」

 

「……すまない、先輩とリヒトを迎えに行っていた。コイツはミレイを連れて、勝手について来ただけだ。」

 

「はぁ!?あんたがついて来る分には構わないって「イリヤ姉さんとミレイが起きちゃうから、静かにね?」

 

 

アーチャーはアーチャーで、なんかもう色々と察した様子で姉さんともう一人のぼくに対して素直に謝る。

 

 

 

途中、シロが不満げにアーチャーに反論しかけ、もう一人のぼくにそう言われ、慌てて口を噤む。ミレイもアーチャーの腕の中で、やっぱり疲れてしまったのかよく寝ている。

 

 

「アーチャー、あんたが士郎と一緒に外へ出るなんて一体どういう風の吹き回しよ…?」

 

「本当にたまたま、目的が一緒だっただけだ。」

 

 

 

玄関先での、やや騒がしいやり取りの最中、もう一人のぼくの視線が不意にぼくへと向けられ、肩が強張る。

 

 

「君が姉さんに話し辛かったこと、大体は話しておいたから。」

 

「そりゃどうも…あと、はじめましてとか言うべき?」

 

「必要無いよ、一方的ながらに僕は君を知ってる。」

 

 

そりゃあ、もう一人のぼくなんだから知らない筈が無い。まるで、自分のドッペルゲンガーを不意打ちで見てしまったかの様に胸内がザワザワするのは何故だろう。

 

 

 

「アーチャー、ミレイをイリヤ姉さんと一緒に寝かせて来るから一緒に来て。もう遅いし、君らも早く寝なよ?」

 

 

ぼくとの会話もそこそこに、イリヤ姉さんを抱えてもう一人のぼくはくるりと踵を返す。その後を気遣う様にして、ミレイを抱えたアーチャーが追いかける。

 

 

 

「…さて?あんた達、特にキャスターに私は山ほど言いたいことがあり過ぎるんだけど。」

 

 

残されたぼくとシロ、そしてキャスターを姉さんはジィーッと見つめる。

 

 

 

「大方の事情はあれから聞いたんだろ?今更、本官の口から君に聞かせる程の話も殆ど無いと思うが。」

 

「あんたねぇ…そりゃあもう、私の頭がキャパオーバー起こしそうな位にはめいっぱいね。」

 

 

大方、ぼくが姉さんに話し辛くてずっと黙ってたことはもう一人のぼくが喋ってしまったのだろう。

 

 

 

「……ところで凛、何やら君の背後から甘い匂いがするんだが。」

 

 

食べ物限定で嗅覚の鋭い、キャスターの鼻が姉さんが先程から背後に隠している何かを察知したらしい。ぼくもちょっと気になってたけど、敢えて触れなかったのにキャスターがここぞとばかりに姉さんに対し、それを指摘する。

 

 

 

「言っとくけど!私があんたにはあげる筋合いも義理も無いんだから、アーチャーから貰いなさいよね!?今日、あいつが台所でこそこそ何かつくってたの私見たんだから!」

 

「それはいいことを聞いた。日付的には既に、バレンタインだからな。」

 

 

そう言って、キャスターはそそくさとその場から霊体化して姿を消す。姉さんが跡形も無くなったキャスターのいた場所を恨めしげに見ながら、逃げたわねあいつ…!とぼやく。

 

 

 

「……ほら、二人共。これ受け取りなさい。」

 

 

すると、気恥ずかしそうな姉さんから渡されたのは、落ち着いた色合いのラッピングがされた箱状のもの。中身はまぁ言わずもがな、チョコレートだろう。

 

 

 

すると、姉さんがぼくらを手招きする。恐る恐る、シロと二人して姉さんに近寄ると不意に手を伸ばされた。

 

 

「言い忘れてたけど、お帰りなさい。」

 

「遠坂…?」・「姉さん?」

 

 

 

何故か、姉さんに二人してぎゅっと抱き締められるというよりは軽めのハグの様なことをされる。シロは何が何やら分からないといった様子で混乱し、ぼくはぼくでもう一人のぼくに何を、どこまで聞かされたのかなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか、そういえば今日って…バレンタインだったよな。」

 

「ぼくもすっかり、忘れてたよ。」

 

 

何と無く、セイバーが隣部屋で寝ている自室へと直ぐには戻り辛くて…リヒトと一緒に、リヒトの使ってる客間へと来てしまった。

 

 

 

しかし、教会で言峰神父からあんな話を聞かされた手前、リヒトとの間に流れる空気も気まずい。いや、リヒトは隣で呑気に、遠坂から貰ったチョコレートをむぐむぐ食べてるから気まずいのは俺だけだろう。

 

 

「シロ、姉さんから貰ったチョコ食べないの?」

 

 

 

見れば、いつも通りの甘ったれた顔のリヒトが小首を傾げて俺を見ていた。言峰教会での、気が張り詰めたあの表情は何処へやら。 まぁ俺にとっても、あの神父は気の抜けない相手ではあるけれど。

 

 

「あ、えっと…もう夜中だし、明日食べる。」

 

「寝る前にちゃんと歯磨きすれば大丈夫。ほら、一個あげる。疲れた体には甘いものが一番だよ?」

 

 

 

リヒトにチョコを一つ、口元にムニっと押し付けられる。渋々口を開けると、そのままチョコを口内に押し込まれた。口内の体温で、チョコがほろりと蕩けて甘みがじんわり広がる。美味しい。

 

 

「…ん、なんかお高い味がする。」

 

「バイト先の店でね、お酒用の付け合わせに出してるチョコと同じメーカーなんだ。美味しいから姉さんにも持ってったら、姉さんも気に入ったみたいでさ。」

 

 

 

去年から、同じメーカーのチョコをバレンタインに貰ってるらしい。そう話すリヒトに、俺以外の学校の奴にそんな話しようものなら後ろから刺されるぞと脅しておく。それは勘弁して欲しいとリヒトは苦笑いした。

 

 

慎二の言ってた、いつも遠坂の隣にいるのは自分だという顔をしたリヒトがムカつくという言葉を思い出す。まぁ、何と言うか…遠坂とリヒトの距離って、恋人ではないにせよ家族に近いというのがピッタリ当て嵌まる。

 

 

 

「今年のホワイトデーは3倍返しならぬ、4倍返しかなぁ…姉さんには散々迷惑かけちゃったし。」

 

「俺も貰っちゃったし、お返し考えないとな。流石に宝石は無理だけど…」

 

 

遠坂には何か、彼女の好きな食べ物でもホワイトデーが近くなったら振る舞おう。

 




番外編に続く。カニファンのせーはい君が言ってた100万殺せば〜のくだりは某喜劇王の台詞と最近知った次第。


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番外編 真夜中のから騒ぎ

同性同士のあれやこれのBL表現有りなので注意。


うつらうつらとした微睡みの中、不意に夢の様なものを見た。正確には夢ではないけれども。それはぼくであって、ぼくじゃない、誰かさんとキャスターのものだ。

 

 

場面は、いつぞやの全壊してしまった遠坂邸のリビング。姉さんがアーチャーを召喚した直後だと思われる。

 

 

 

姉さんの召喚儀式中、待機してる間にぼくは寝落ちしてしまったのだ。目の前には、不服そうな面持ちで此方を見るアーチャーがいた。ぼくはと言えば、それは大層可笑しそうに笑う始末。

 

 

これ…まさか、アーチャーとの初対面の時では?向こうからして見れば、初対面で急に大笑いされて気分を害したかもしれない。

 

 

 

そういえばアーチャー、姉さんの無茶な召喚で天井をぶち抜いて現れたからリビングが全壊してしまったのだった。

 

 

ぼくは笑いながらも、最初はアーチャーに対して様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合っていた様子だ。

 

 

 

ずっと会いたかった、やっと会えた。けど、彼はぼくをいなかった者として忘れている。会えた嬉しさと、忘れられてしまった悲しさ。嬉しいけれども悲しい。

 

 

嗚呼それでも、ひどく久しい彼がやはり狂おしい位に…ぼくにはその感情が、まだよく分からない。

 

 

その感情は時に、激しいと身を焦がす様だとは言うけれど、確かに胸の辺りが焦げ付いた様に熱くてひどく苦しくなる。

 

 

 

場面は何度か切り替わった。大抵、キャスターもしくは誰かさんがアーチャーと共にいる場面が多かったのだけれど。

 

しかし急に、後ろで腕を縄か何かで、縛られたシロが今にも泣き出しそうな顔をした場面に出くわした時には何事かと驚いた。

 

 

 

天国のお祖父様が聞いたら、卒倒しそうな位にはあまり意味のよろしくない言葉でシロを強く咎め、ぼくはひどく苛立ちを覚えていた。

 

 

君のこと、本気で嫌いになりそうだよ。なんて、絶対ぼくならシロに対して言わない言葉だ。あれ?なんか前、シロに真逆のことを言われた気がする。お前に、嫌われたくないとかなんとか…もしかしてシロがあの時、妙なことを言ってたのはこんなことがあったから?

 

 

 

そして次の瞬間、また場面が切り替わった先で出て来たのはあの恐ろしいバーサーカー。場所は何処かの、やたらと広い屋敷の様な屋内だ。

 

 

共にいたアーチャーはあちこち傷だらけの満身創痍で、ぼく自身も相当消耗していた。けれど、互いに互いを死なせる気は毛頭無くて、互いに互いを絶対生きて帰らせるという思いを込めた強い眼差しを交わし合う。

 

 

まるで随分と長い間、戦場を共に生き抜いてしまったロクデナシの戦友の様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…リヒト?寝るなら、歯磨いてから寝ろよ。」

 

 

耳をくすぐる、頭上からのシロの声。そして目元を撫ぜる、冬の乾燥でややカサついた指先の感触。もう随分遅い時間だから、体の眠気がピークに達して限界だ。

 

 

 

見上げた途端、ぼくを覗き込むシロの顔を見て、不意に抱き締めたい衝動に駆られたのは多分夢の所為かもしれない。

 

 

「おい、リヒト…って、わぷ!?」

 

 

 

おもむろに両手を伸ばし、シロの体を此方へと引き寄せる。無防備だったシロの体は、簡単にぼくの腕の中へポスッと収まってしまう。

 

 

果たしてこれが、単なる庇護欲なのかそれともそういった感情なのか。まだぼく自身、分かり兼ねている所がある。まぁ、今の関係自体がかなり普通じゃないのはぼくも自覚済みだ。

 

 

 

シロが妙に慌てた様子で、離せとか言ってるのをわざと聞き流す。目元をくすぐる様に、指先でそっと撫で上げればシロが大人しくなるのに気づいたのはつい最近のこと。

 

 

「…シロ」

 

「な、なんだよ…?」

 

 

 

腕の中、シロがぼくの呼びかけにぎこちない様子で返事をする。意識は眠気でぼんやりしてるけれど、ふと思ったことを質問として彼に投げかけた。

 

 

「セイバーと、これからも…ずっと一緒に居たい?」

 

 

 

シロは今日、父さんのいる教会までセイバーがこの世に留まれないかとわざわざ聞きに来た。ぼくのこともついでながら、心配してアーチャーと迎えに来てくれたらしいけれど。セイバーの置かれた現状を知り、シロは躍起になってる節がある。

 

 

「それ、お前の方が…じゃないのか。」

 

「…ぅえ?ぼく?」

 

「……気付かなかった俺も我ながら悪かったけど、さ。」

 

 

 

気付かなかった?シロは一体、何のことを言っているのだろう?。ふと、シロの表情が何処と無く辛そうに歪む。

 

 

「俺、応援…するから。セイバーはサーヴァントで、リヒトは生きてる人間だけど。サーヴァント同士でも結構自由な奴らも身近に例がいるし、案外なんとかなるかもしれないぞ。」

 

 

自由な奴らって、キャスターとアーチャーのこと?あれはキャスターが色々好き勝手して、アーチャーがそれに絆されてるだけだから自由にやっているかは甚だ疑問なんだけど。

 

 

「俺は聖杯なんかいらないし、セイバーも過去を変えたいから聖杯が欲しいって言ってるけど…セイバーにも幸せになる権利があると思ってる。だから、リヒトにならセイバーのこと任せられ「ちょっと待って、シロ!」

 

 

 

シロってば、本当に何処まで人が好過ぎるんだと思いかけ、慌ててシロに待ったをかける。

 

 

「だってお前…」

 

 

 

セイバーのこと好きなんだろ?シロの口を吐いて出た言葉に、思わず面食らう。つい今さっきまでの、眠気が一気に吹き飛んだ。ぼくが?セイバーを??何で急に、そんな突飛押し過ぎる発言がシロの口から出てくるのさ?

 

 

「あの、シロさん…?君、また随分な思い違いをされてませんか??」

 

 

 

恐る恐る、シロの顔を覗き込んでまたどうしてそんな結論に至ったのかとシロに問う。すると、シロは顔を俯き気味に何やらボソボソと口にしたが一瞬よく聞き取れなかった。よく聞こえなかったからもう一回言ってと催促したら、シロの顔がぶわっと真っ赤になる。

 

 

「だからキス…!セイバーに、されたんだろ。」

 

「君とだって、何回もしてるじゃないか。セイバーにされたのは頬に一回だよ。お礼だって言われてさ。君に知れたら絶対やきもち焼くと思ったから、黙ってたのは謝る。ごめん。」

 

「何回もって、あっけらかんとお前なぁ…!」

 

やきもちなんか焼かない!と、シロは赤面しながらも反論してきた。絶対、これは今の段階でかなりやきもちを焼いてる。顔にありありとそう出てるから、かわいいなぁと思ってしまう。

 

 

「ぼくがセイバーに反則を承知で、血液提供したり君を差し置いて彼女の看病をしてたから?あの時はなんて言うか…まぁ、命の恩人を見す見す消滅させたくないって思いはあったけどね。」

 

 

シロから見て、思わせ振りな行動を取ってしまった自分にも非がある。

 

 

「ぼくが初めて、セイバーに会ったのは七歳の時だ。もう十年は経ってるけど…セイバーにとってみれば、十年前のことはほんの数日前の様な感覚なんだよ。だから、ぼくは未だにセイバーの中では七歳だった時で止まってる気がするなぁ。ぼくとしてはもう少し、大人扱いして欲しいと言うかね。ぼくにとって、セイバーは命の恩人以上にはなり得ないよ。」

 

 

 

あのキスも、親が子供にする様な意味合いに近い。しかも君だって、似た様な事ことされただろうに。

 

 

「……それを言うなら君こそ、もう一人のぼくにキスされたじゃないか。」

 

「な、何でそれをリヒトが知ってるんだよ…!?」

 

 

 

君だって、おあいこじゃないか。アインツベルンの城で、もう一人のぼくにキスされたこと、覚えてないなんて言わせないよ。こっちが逆に追求すると、途端にシロは慌て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャスターが時折見せる様な、意地悪そうな笑みを浮かべたリヒトに思わぬ追求をされて内心ひどく動揺してしまう。

 

 

「サーヴァントとマスターは、精神的に繋がってる。ましてや、彼もぼくだからね。精神的な繋がりは一層深いみたいだ。ついさっきも、夢で彼と一緒に君が出て来たんだよ。ぼくの知らないところで、結構仲良くしてたみたいじゃないか?妬けちゃうなぁ。」

 

「色々、相談に乗って貰っただけだ…あとは別に、」

 

 

 

俺がやきもち焼くなら兎も角、何でリヒトがあいつに妬く必要があるのさ?やましいことなんて無いのに、つい言い淀んでしまったのは何でなのか。

 

 

「ぼくだって、嫉妬位するよ。ましてや、君がぼくを差し置いてキャスターやもう一人のぼくを頼ったら余計にね。ぼくじゃ駄目なのか?ってさ。本来、中立な立場でこんな気持ち抱いちゃいけないのは分かってるよ。」

 

 

 

頰の熱が、更に上がった気がした。それは、どういう意味なんだと。

 

 

「…リヒトを頼りにしてない、訳じゃないし。」

 

「もしかしてセイバーのこと、ぼくがセイバーを好きだからと思って躍起になってた節もある?君って奴は本当、人が好過ぎると言うか…」

 

 

 

そう言いかけ、リヒトが不意に…これまた時折、俺に見せる様になった優しげな笑みをふわりと浮かべる。そして、頰を撫でられる大きな手の感触。言い知れぬ心地良さを覚え、いけないとは思いつつも身を預けたくなる。

 

 

そろりと瞼を伏せかけると、耳元でキスしてもいいかとリヒトからわざわざお伺いを立ててくる声。つい、頷いてしまう。

 

 

 

すると、瞼に一瞬羽でも掠めた様な柔い感触。間も無く、額にこつりとリヒトの額が当てられる。

 

 

伏せかけた瞼を開けると、女子なら黄色い悲鳴を上げそうな距離で、リヒトの綺麗な瑠璃色の目と視線が交差した。今、猛烈に恥ずかしい。

 

 

 

一成や慎二も、同性ながら整った顔をしていると思うが、リヒトは何と言うか…近寄り難いタイプな顔の整い具合からして、あんまり至近距離だと刺激が強過ぎる。心臓が痛い位、ドキドキした。

 

 

「…なんか急に、シロのおでこが熱っぽくなった。」

 

 

くすりと、可笑しげに小さく笑う声。誰の所為だよと、益々おでこに熱が集中してしまう羽目になる。

 

 

不意に、寒さと冬の乾燥でカサついた下唇をリヒトの指先にそろりとなぞられて心臓が跳ね上がった。手入れしてないのがバレるから、不意打ちで触れるのはやめて欲しい。

 

 

 

「シロ、リップクリームとかでちゃんと唇の手入れしてる?」

 

「いや…塗ってない。」

 

「冬の乾燥でひび割れたら痛いし、メンズ用もあるから、買うなりしてちゃんと塗らないとダメだよ。」

 

 

そういえば、いつもリヒトはきちんと手入れをしているのかキスをされる感触に、気になる様なカサつきは無く、むしろ気持ちが良…そう考え、何をやましいことを考えているのかと、頭の中の不埒な考えを打ち消す。

 

 

今更何をと思うが、どうにもリヒト相手にやましいことを考える事自体が妙な背徳感があり、自分でも無意識に避けようとしている。

 

 

「そういえば、あんまりお前と話す時…下ネタなんかの話題にならないよな。」

 

「あー…それ、クラスの友達にも言われる。お前にそういう話題振り辛いって。ぼくだって、健全な一男子高校生だよ。」

 

 

 

皆、リヒト相手に考えることは同じらしい。お前な、つい最近まで遠坂と同じ屋根の下で暮らしてたけしからん奴が何を言うのやら!

 

 

「……遠坂と一つ屋根の下で、暮らしてた奴が何言ってんだよ。」

 

「むしろ、ぼくと姉さんがどうにかなって欲しかったって言い草だね?ヤキモチ焼きのシロさんこそ、何言ってるのかな。」

 

「ちがっ!遠坂とお前がどうこうなって欲しかったとか、そういう意味じゃない。」

 

 

 

こういう時、何て言えばいいのやら的確な言葉が見付からない。ヤキモチ焼きは認める。言葉が見付からないなら、行動で示すしかないのか。

 

 

「なら、目…閉じろよ。」

 

「目?」

 

「だから!目閉じないとッ、き…キス!できない…だろ。」

 

 

 

最後まで言い切れず、語尾が急激な恥ずかしさでしぼんでしまう。キスの一つでもしたらいいのかと思い、意を決して自分からしようとすると、ひどく恥ずかしい。

 

 

リヒトが俺を見、きょとんとした表情をするから余計にし辛い。けど、直ぐにリヒトの瑠璃色の目が薄っすら閉じられる。

 

 

 

「…ほら、閉じたよ。」

 

 

カサついてんのはまぁ、今回は許してくれ。ゆっくりと、俺からリヒトに軽く口付ける。

 

 

 

あぁ、やっぱりリヒトの口唇はきちんと手入れもされているらしく、乾燥によるカサつきとは無縁で柔らかい。

 

 

ふわりと、リヒトの魔力が体に僅かながら流れ込んで来る感覚。恐る恐る離れようとしたら、突然後頭部をリヒトの手にがっしり掴まれる。まだ足りないとせがまれる様に強く引き寄せられ、離れるタイミングを見失う。

 

 

 

「むぐウッ!?」

 

 

なんともまぁ、色気の無い間の抜けた声が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…シロ、大丈夫?」

 

 

やましいことなんて全くしてませんと言わんばかりに、清廉潔白を装った顔をして、こちらの様子を伺う昔馴染みが非常に恨めしい。ぜぇぜぇと、肩で息をするのが精一杯の自分にも情け無さを覚える。

 

 

 

「ぜはぁ、全然…大丈夫じゃ、ない!窒素するかと思ったんだからな!?」

 

「鼻で息すればよかったのに。」

 

「あ…」

 

 

言われてから、気付く。人体には口の他に、鼻という呼吸器官がもう一つあったじゃないか。

 

 

 

「君の場合、身の丈に合わない大胆さは程々にね。けど…求めよ、さすれば与えられる。何事も、自ら求める姿勢は大事だよ。」

 

「お前はまた、小難しいこと言って…!」

 

俺の思い違いは解消したが、やっぱりリヒトが何を考えているのやら分かりかねる。また小難しいことを言われて、誤魔化された様な気がしないでもない。今日はもう遅い。歯を磨いたら、さっさと寝てしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバー?」

 

 

襖の先、小さく抑えめのあの子の声に呼ばれて薄っすら目を覚ます。リヒト?そう呼びかければ、ただいまとあの子の声がした。

 

 

 

「…おかえりなさい、遅かったんですね。」

 

「うん、もうこんな時間だよ。僕も直ぐに寝るから。」

 

「もう、遅いですし…そうして下さい。シロウがあなたのことを、随分と心配していました。」

 

 

隣で今は寝ているであろう、マスターのことを彼に報告する。苦笑する声がかすかに聞こえた気がした。

 

 

 

「シロにも心配かけちゃったね。彼の怪我も、今は大丈夫だから。」

 

 

彼とは、もう一人のメイガスのことだ。あの黄金のアーチャーが去った直後に、膝から崩れ落ちた彼を思わずあの子の名前で呼んでしまった。

 

 

 

あの子とメイガスを、違えることはそうそう無い。なのに、あの時は何故かメイガスをその名前で呼んでしまった自分が我ながら腑に落ちない。もう一人のメイガスは直ぐ、イリヤスフィールに伴われて比較的軽症だったアーチャーに空き部屋へと担がれたのを見たきりだ。

 

 

「よかったです。では、おやすみなさいリヒト。」

 

「おやすみ、セイバー。」

 

 

 

あの黄金のアーチャー のことは気にかかるものの、今は休息が必要だとからだが眠りを欲している。あの子の声を聞き、少し安心した所為か眠気は直ぐにやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は本当に、あの子のフリが上手いな。」

 

「…まぁ、元本人だし。」

 

 

二人を寝かし付け、隣室で寝ているセイバーに軽く声をかけてから彼は衛宮士郎の自室から何食わぬ顔をして出て来た。そのまま、歩き出した彼の後を私もついて行く。

 

 

 

「体は、平気なのか…?」

 

「イリヤ姉さんのおかげでね。ますます、頭上がらなくなっちゃった。」

 

 

いつも通りの彼で内心、密かに安心したのは内緒だ。するとその時、何者かに背後から容赦無くど突かれた。

 

 

 

「アーチャー♪」

 

背中をさすり、恐る恐る背後を振り返れば…やけに語尾を弾ませ、気持ち悪い位のニコニコした笑みを浮かべた先輩だった。嫌な予感が背筋を駆け巡る。

 

 

 

「さぁさぁ、本官たちに渡すものがあるだろ?凛から目撃証言は得ているんだぞ。」

 

 

目の前に、ズズイッと先輩の両手が差し出される。気の迷いで、あんなものをつくるのではなかった!!

 

 

 

「そういえば今日、聖バレンタインの日だよねー日本では。聖ウァレンティヌスも、自分の記念日が異国の製菓会社にこんな風に利用されてるって知ったらびっくりするだろうね。」

 

 

彼がわざとらしい声で、更なる追い討ちをかけて来る。

 

 

 

「ッ…!冷蔵庫にノンアルの赤ワインと、パルメザンチーズ入りのチョコサラミがあるから取ってくる!待っていろ!!」

 

「「はーい。」」

 

 

つい気の迷いで、ささやかながら二人用に用意したものだ。こういう時ばかり、息のぴったりなあの二人がやや恨めしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖書において、ノアは大洪水の後に農夫としてぶどうを栽培し始めたとある。」

 

 

リヒトから、先輩は酒に弱いと聞いていたからせめてノンアルコールのワインをと用意した筈だった。

 

 

 

「…キャスター、まさか酔ってる?急にそんな話しだして、どうしたのさ。」

 

 

彼が聞けば、先輩はいたく機嫌が良さそうだ。そして、その頬は薄っすら赤みが差し、蜜色の瞳はより甘みを増したかの様にとろりとしている。これは…酔ってるな。

 

 

 

「栽培したぶどうを発酵させ、ぶどう酒をつくり…ある日、彼はそれを飲み、ひどく酔っ払ってしまった。ノアには三人の息子がいたのだが、酔ったノアは末の息子に対して自らを介抱した際に非礼があったとひどく怒り、そして呪いをかけた。子孫累々まで続く様な恐ろしい呪いをだ。全く、酒の力は恐ろしいな?」

 

「シロ、キャスターってすっごくお酒に弱いんだよ。特に、ワインとか。ノンアルだから多分、大丈夫かと思ったら駄目だったか。」

 

彼が深い溜息を吐く。英霊はその逸話によりけりで、思わぬ弱点が生じる場合もある。例えば、かの大英雄は不死身の肉体を得たが唯一の弱点として、踵には不死の力が及ばなかったという。

 

 

 

先輩もまた、自らの逸話ではないにせよ、ルーツを同じくした者の逸話が彼に当てはめられてしまうらしい。

 

 

「生前はこれ程、酒に弱くはなかったんだがなぁ。」

 

 

介抱の仕方を間違えて、私まで呪いをかけられてしまってはたまらない。さてどうしたものかと考えていると、不意にずっしりと伸し掛られた。先輩が私に全体重をかけ、逃げられなくされる。

 

 

「酔っ払いは早々に寝るべきだ…!なぁ、頼むから君も先輩をなんとかしてくれ!!重いッ…!」

 

「面倒だからパス。」

 

 

 

彼に助けを求めた時には、既に彼の姿は無かった。あの悪魔…!!チョコとワイン美味しかったよと、酔っ払いの体と声を借りて、彼は最後に私の耳元で囁いて耳たぶに軽くキスを落とされた。

 

 

 




キャスターの筋力はB設定。

fgo第二部の一章クリアしてきました。ぐだのSAN値がゴリゴリ削られるけど、カドック少年とアナスタシアのやり取りは好き。2章配信待ちながら、1・5部の残りもぼちほちやりたいです。

2018/05/05加筆

以下より番外の更に番外編
【から騒ぎの夜明け】


朝、窓から薄く差し込む朝日の光で目を覚ます。同じ布団にて、まだ穏やかな寝息を立てている昔馴染み。


あぁ、昨晩は雪による肌寒さを言い訳にして二人一緒の布団で寝たのだった。その顔を見たら昨日のことを色々思い出して、一人恥ずかしくなる。



もう何で、あんなことをしてしまったのかと言い訳は出来ない。
天国の親父へ。正義の味方を目指す前に、俺は色んな意味で道を踏み外しかけてます。いや、もう踏み外しているのかもしれないけれども。


昔馴染みのデレがあらぬ方向に振り切れて、最近では昔馴染みの俺に対する態度というか感情がよく分からなくなり始めてる。



ほんの二週間くらい前まで、俺から触らぬ神に祟りなしで極力接触を避けていた程の苦手意識を持っていた筈なのに。


今思えば親父が死に、少なからずも当時の俺は精神的ショックを受けたらしい。そして親父が死んで以来、ぱったりと来なくなった昔馴染みをその寂しさからか記憶の彼方へと押しやった。それはもう綺麗さっぱり。


数年後、俺らは再会を果たした訳だが。



俺は昔馴染みをすっかり忘れており、向こうも親父が死んで以来、うちに来なくなったことに後ろめたさがあり、俺が自分のことを忘れてることを悟ってか自分から俺に話しかけることが出来なかったとか。


まぁ親父のことに関しては、別にもう落ち着いてる。



嫌われては、いないだろう。時折俺に向けられる、その甘ったれた目からして好意を向けられていることは何となく分かる。


それが果たして、友愛なのかそれともと思いかけて思考を半ば強制的に停止させた。多分、それは今結論を出すべきではないと。



本音を言うと、脳裏にあの苦手な神父やら昔馴染みが姉と呼び慕う彼女の顔がチラついたからなのだけれど。本当に、難儀だ。


『一応、忠告しとくけど…あの子、まだ主の所有物だからね?』



昔馴染みそっくり…いや、瓜二つの誰かさんの言葉も過ぎる。うるせぇ、俺だってそれくらいは弁えてるつもりだっつの。って、俺は何で朝から一人こんなにモダモダしてるんだよ。


「シロ?」



不意に、昔馴染みの声に名前を呼ばれる。見れば、まだ眠気が残る瑠璃色の目がこちらを見ていた。


「……おはよ。いま、何時?」



眠そうにリヒトは小さく欠伸をし、手探りで枕元の携帯に手を伸ばす。携帯の場所を探り当て、ぱかりとディスプレイを開いて時間を確認している様だ。


「あと、30分…寝ていい?」



まだ起きるまで、時間に少し余裕があると判断したらしいリヒトは何処か甘える様な声で言う。無理も無い、昨日は深夜まで起きてたんだ。


「まだ寝てていいぞ。俺は「…もう起きちゃうの?」



耳元で囁かれた、起き抜け特有の掠れたテノールの声がよからぬ二度寝の誘惑を引き立てる。今はその、俺を見る甘ったれた目がどうにもタチが悪い。


「〜〜ッ、俺は起きる!」

「…わかったよ、シロのイケズ。」



冬特有の離れがたい布団のぬくさと、タチの悪い昔馴染みの二度寝への誘惑を振り切り、俺はなんとか起きることに成功した。誘惑失敗で、昔馴染みはさもつまらなそうに俺を一瞥するも直ぐに寝直す体制に入る。あ、危なかった。


「げ、」

「サーヴァントの顔を見るなり、何だその反応は?不躾な奴め。」



嫌味ったらしくフンと鼻を鳴らし、浴室前に置いてある脱衣カゴにバスタオルを置くアーチャー相手に俺は渋い表情を浮かべた。


「…悪かったな。風呂、誰か入ってるのか?」

「先輩が…風呂を借りてる。私は先輩が忘れたバスタオルを置きに来ただけだ。」


キャスターの奴、サーヴァントの癖にいつも風呂に入るのを日課としている位には案外綺麗好きだ。どうやら、昨日は入りそびれたらしい。



「あんたも甲斐甲斐しいよな。」

「ふん。濡れた体で、歩き回られても困る。」


この世話好きサーヴァントめ。リヒトや遠坂には過保護気味な世話焼きだが、キャスター相手には何というか甲斐甲斐しくさえ見える。そういえば、以前セイバーにキャスターとアーチャーのやり取りが新婚の様だと言われ、珍しくこいつがたじろいでいた。



「…何か、よからぬことを考えている顔つきだな。」

「何も考えちゃいない。それより、あいつ…大丈夫なのか?ケガ。」

「貴様に心配される程、彼もヤワではない。」

「あんたなぁ…けどそう言うなら、平気そうだな。」


ムカッとはきたが、朝からこいつと言い合いする気力も無いので俺は俺で洗面台にて顔を洗う。どうやら、あの誰かさんのケガも平気そうなので一先ず安心だ。



「それに、あれでクラスがバーサーカーとか見た目詐欺にも程があるだろ。」

「あれは元聖職者の皮を被った、悪魔そのものだ。見た目詐欺なのは誰よりも私が知ってる。」


何やら、この弓兵に妙な自己主張をされた様な。にしてもやっぱりあいつ、前職は神父だったのか。言峰神父とは違う意味で、一癖二癖ありそうだ。すると、浴室から風呂上がりのキャスターが丁度出てきた。



「……おや。二人して、どうした?」


きょとりとした顔で、キャスターは濡れた髪をかきあげる。


「先輩、濡れた髪を拭け。」



アーチャーが慣れた手つきで、キャスターの濡れた髪をばさりとバスタオルで覆い、わしわしと拭き始めた。なにやら、見せ付けられてる気がしてこっちが居た堪れない。


「アーチャー、わざわざタオルを届けに来てくれたのか?忘れたら忘れたで、霊体化すればどうとでもなると言うのに。ありがとう。」

「先輩、そういうのをズボラと言うんだ。風呂に入るなら、タオルは忘れるな全く。」



邪魔者は退散するかと空気を読もうとしたその時、ふとキャスターの白い背中に引っかき傷だろうか?薄く、赤いミミズ腫れになっている幾つかのそれを見つけた。


「キャスター、背中の傷…どうしたんだ?ミミズ腫れになってるぞ。」

「ん?あぁ、それは「ただの引っかき傷だ。」


途端、キャスターの背中は髪を拭いていたバスタオルに覆い隠されてしまう。キャスターの背中の傷なのに、何故かアーチャーがただの引っかき傷だと言うものだから変な気がした。



「アーチャーの言う通り、ただの引っかき傷さ。」


その時の、キャスターの含み笑いが妙に気にはなったものの…余り気にしてはいけないと、勘めいたものが俺に忠告する。歯を磨き損ねたが、朝食の後でいっかと今度こそ邪魔者は退散することにした。


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どちらの手を取るか
第四十話 時折見せるその表情に


「起きろよ、寝坊助。」

 

 

ぶっきら棒な自分の声に、起こされるとは妙な感覚だ。キャスターはわざわざ、ぼくを起こしに来たりはしない。

 

 

 

「おはよう…ごはん出来たから、呼びに来たんだけど?」

 

 

もうそんな時間!?と、慌てて身を起こす。時間を見れば、二度寝してから丸々一時間は経過していた。ああ、やってしまったな。

 

 

 

「セイバーもとっくに起きてる。あとは君と、イリヤ姉さんとミレイだけだ。」

 

 

見れば、彼女らは互いの頬をぴたりと寄せ合い眠ってる。その様子を、切嗣さんのものだろう濃紺色の着流しを着たもう一人のぼくが頬を緩ませ眺めていた。うわ、ぼくってあんな顔するんだ。

 

 

 

「……なに?その不躾な目。」

 

「いや、ぼくって…そんな顔するんだと。」

 

「桜やちっちゃなシロの前だと、結構君もそんな顔してるよ。」

 

 

知らなかった、合わせ鏡越しに自分を見ている様な気分になる。

 

 

 

「まぁいいや。ほら、二人とも朝だよ。」

 

 

もう一人のぼくは自分自身を起こすという仕事をこなすと、ぼくを自分の興味対象から早々に外して二人を起こしにかかる。もう一人のぼくは、ぼくに対して随分ドライだ。

 

 

 

「あれ…?パパ?」

 

 

先に起きたミレイが、不思議そうにぼくともう一人のぼくを交互に見る。ぼくに対する態度とは打って変わり、もう一人のぼくは娘を起こす父親ヅラして彼女に優しく微笑みかけた。

 

 

 

「もう一人のぱぱが寝坊助だから、起こしに来たんだよ。よく眠れたかい?」

 

 

取扱注意の壊れ物を至極丁寧に扱う様に、もう一人のぼくは彼女の額に愛情たっぷりのキスを落とす。なんだか、恥ずかしさでぼくがむずむずしてしまう。

 

 

 

「…どうしたの?バーサーカー。」

 

 

続いて、イリヤ姉さんがむくりと起き上がるともう一人のぼくをクラス名で呼んだ。バーサーカー…?それは、彼女が使役していたヘラクレスのことではないのか。

 

 

 

「ほんの気まぐれだよ。イリヤ姉さんも、おはよう。」

 

 

極自然体に、二人が互いの頬に軽めのキスを交わした辺りでぼくは居た堪れなさで俯くことしか出来なかった。

 

 

 

朝、家族と恒例的に交わすキスさながらだ。まだぼくが教会に居た頃と、たまに教会に泊まった時位しかぼくはキレイとそんなキスは交わさない。

 

 

「バーサーカーも、家族とキス位は交わすさ。」

 

 

 

見た目詐欺にも程がある。あれがバーサーカー?狂化って何だっけ?と、一人混乱するぼくに対し、彼は愉しそうに笑みを浮かべた。僕らを起こし終わると、もう一人のぼくは仕事は終えたから少し休むと言って部屋を出て行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたが起こしに来るって、なに企んでるわけ?」

 

「心外だなぁ、本官はただ君を起こしに来ただけだよ。全員揃わなければ、朝食にありつけないからな。」

 

 

あっけらかんとした様子で、キャスターがわざわざ私を起こしに客間へ来たときには嫌な予感がした。

 

 

 

「…じゃあ聞くけど。どうして私に、それもあいつの口から、あんなこと話させたの?あんたの目的は何?」

 

 

なら、こっちから逆に質問を投げかける。今、この状況下で、こいつの目的が全く以って不明なのだから私にとってははっきりさせたかった。

 

 

 

「……こちらから内部事情を明かさなければ、君は半身を兄上のマスターと疑うところまでは予想がついた。最悪、さすれば半身は此処を出て、神父の元に否が応でも戻らざる得ない。」

 

「あんた、やっぱり性格最悪ね!」

 

 

性格が最悪だと罵れば、弟と瓜二つのいけ好かないサーヴァントは口元を吊り上げる。

 

 

 

「凛、あまり大きな声を出さないで欲しい。二日酔いに響く。」

 

「…二日酔いってあんた、相変わらず呑気なものね。」

 

「ノンアルでも酔っ払ってしまうとは思わなかったものでな。」

 

 

如何にも頭が痛いと言わんばかりに、キャスターがこめかみを抑える。ノンアルで酔っ払うとか、こいつどんだけ酒弱いのよ。

 

 

 

弱点らしい弱点も見当たらない奴だと思ってたけど、まさかお酒に弱いとは。まぁそれも、致命的な程の弱点では無さそうだけど。

 

 

「君は兄上が…父親の元サーヴァントであることも、既に気付いているんだろう?なら、今の兄上の形式上のマスターも自然と察しはつく筈だ。」

 

「あんた…前の聖杯戦争で何があったのか、何処まで知ってんのよ。」

 

 

 

いや、こいつは多分全部知ってる。そんな気がした。恐らくは、お父様の死因さえも。

 

 

「全てとまではいかないまでも、結末は見届けた。しかし、逆に半身はその極一部しか知らない。当時、半身はまだ七つを過ぎたばかりだ。」

 

 

 

ギシリと、ベッドのスプリングが軋む。キャスターが傍らに、厚かましく腰かけてきたからだ。

 

 

「今更、前の聖杯戦争に関してあれこれ蒸し返すつもりも無いわ。それよりも今は…何とかできないの?あの金ピカ。あんた以外にあんなイレギュラーがいたなんて、聞いてないわよ。」

 

「以前の聖杯戦争より、君が知りたいのは兄上の対処法とはらしいことだ。結論から言うと、君らでは兄上に到底勝てない。」

 

 

 

肩を竦め、キャスターは私たちに勝率はほぼ無いに等しいと言ってのけるからむしろ清々しい位だった。

 

 

「なら、あんたはどうなのよ?私たちよりかは、弟のあんたなら…金ピカの弱点の一つや二つ位知ってないと、不公平じゃない。」

 

「本官も勝算は無いが、やむなく敗者となるつもりも無い。そこは案ずるな。」

 

 

 

こいつ、肉親と殺し合いをすることに対してまるで躊躇が無い。念のため、聞いておく。

 

 

「念のため確認なんだけど、あんたは私たちに手を貸してくれる気はあるってこと?」

 

「今更、中立の立場がどうのと言ってる場合ではないだろうに。半身はまだ、躊躇いがある様だがな。」

 

 

こいつがその気でも、リヒトにその気が無ければこいつは動かないだろうことは予想がつく。

 

 

 

最悪の場合、リヒトの一存次第で私たちを裏切ることすら躊躇いも無い筈だ。こいつはそういう奴だと、昨日散々聞かされた。

 

 

「前回の聖杯戦争以来、兄上は半身にとって家族も同然だ。君らに手を貸すということは、家族を裏切ることになる。」

 

 

 

何と無く、思い出した。アーチャーを召喚した翌日、帰りの夜に見かけた弟にちょっかいを出す金髪外国人を。

 

 

あれって、もしかしてもしかしなくとも、あの金ピカだったんじゃないかと。随分、親密そうな感じだったし…あいつにとっての“家族”は特別だ。それは、私もよく知ってる。

 

 

 

「あんたの目的が…ますます分からなくなったんだけど。アーチャーとバーサーカーの戦いにあいつをけしかけて、バーサーカーから引き離したイリヤスフィールの面倒をリヒトに押し付けたり、ミレイをつくって…「本官の目的?そうさなぁ…本官は比較的、思考回路は“人寄り”な方だぞ?半神の中でも神寄りな者達は相当に厄介だ。」

 

 

また、話を躱された様な。それにこいつの思考回路が私たちに近いならば“神寄り”の奴らはどんだけヤバい思考回路してるのよ。こいつより厄介な奴らなんて、勘弁願いたい。

 

 

 

「これは前にも言ったが…君はシロと共に、生き残ることを優先させろ。」

 

 

それは、私たちに生き残る為なら聖杯すら諦めろと言ってる様にも聞こえた。本当、こいつは何を目的として考え、行動し、その双眸には私たちに見えない何が一体見えているのか。

 

 

 

お父様がどんな最期を迎えたかとか、今更知ってどうなるとも思えなかった。私の中では遠坂時臣という魔術師は前回の聖杯戦争で、志半ばで命を落としてしまったという事実で完結している。それが聖杯戦争であると、幼い頃から私は教えられてきたのだから。

 

 

案外、全ての手がかりは割と直ぐ手が届きそうな場所にある。けど、手が届いたところで私に命の保証は無い。今は弟がどういう選択をするのか、私は見届けないといけない気がした。

 

 

 

「ちょっと…近いんだけど。」

 

 

一先ず、話はそれで終わった筈だ。なのに、厚かましいこのキャスターは未だにベッドの上から退こうとしない。

 

 

 

「しかし惜しいなぁ、実に惜しい。」

 

「なによ…!?変な真似したら大声出すわよ!」

 

 

弟と同じ顔、同じ声、違うのは瞳の色だけだ。弟なら絶対しない様な、好色な顔を向けてきたものだから一瞬身の危険を感じた。

 

 

 

「叔母上も顔だけでいうなら、本官好みだったんだ。あれで中身が比較的まだマシだったのなら、数いる愛人の一人にでもなってやってよかったんだ。」

 

 

愛人の一人って…!?そういえば、イシュタルは配偶神もいたけれど数多の愛人がいたという話だ。叔母さんってことは、イシュタルにとってこいつは甥になる。甥にすら手を出そうとしてたとか、神様ってどうしてこう見境が無いのかしら。

 

 

 

「それと私と何の関係があるのよ!?だから!私はあんたの叔母さんじゃないって、何度も言ってるでしょ!」

 

 

こいつは時折、やたらと似てるらしいイシュタルと私を同一視してるっぽい発言をすることがある。こいつとイシュタルの間に何があったのかは知らないけれど、愛人発言とか絶対何かがあったに違いない。

 

 

 

「魂はまるで違うというのに、どうしてそうも似てしまったのだろうな?全く、運命の悪戯とやらを呪うぞ。」

 

 

不意に、無防備な頬をほんの一瞬だけやわく撫ぜられた。時折、本当に時折だけこいつの見せる一瞬の物悲しげな表情に切なさを覚えるのは何故なのか。

 

 

 

おもむろに、キャスターがベッドから立ち上がる。静かに襖を閉めた音に気付けば、ベッドの上にはもう誰もいなかった。なんなのよ…?本当にもう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「埋め合わせするって言ったじゃない。」・「ミレイも聞いたわ。」

 

 

で、当の本人は食事中、子供らに絶賛詰め寄られてる。今は戦争中だってのに。今日も食卓は平和だ。

 

 

 

「キャスター、ごはんのおかわりは三杯までだぞ。リヒトも、小さい子相手に出来ない約束はするなよ。」

 

 

直に四杯目のおかわりに手が届きそうなキャスターに、士郎がすかさず釘を刺す。

 

 

 

「シロ、せめて三杯と五分はお代わりしてもいいだろう?」

 

「ずるいですよメイガス!私だってまだ二杯目です!シロウ、私も三杯と五分のおかわりを所望します!!」

 

 

セイバー…そこは張り合うところじゃないと思う。すると、根負けした様子で士郎が早くも空になったキャスターのお茶碗を受け取り、ごはんを半分よそってやる。

 

 

 

「わかったから!これで最後だぞ?セイバーも、三杯五分まではおかわりしていいからな。」

 

「ありがとうございます!シロウ。」

 

 

セイバーには甘い士郎だけど、最近ではキャスターにも甘くなった気がする。

 

 

 

「シロ、折り入って相談なんだけどさ…今日、イリヤ姉さんを外に連れ出してもいいかな?」

 

 

子供らの板挟みになっていた弟がふと、そんなことを口にしたものだから驚いた。士郎もその急な申し出に、思わず味噌汁を飲むリヒトを二度見する。

 

 

 

「昨日、父さんに急な使いっ走り頼まれたろ?それで、埋め合わせするからって約束したんだよ。今日、ぼくも一日フリーだからさ。」

 

 

そういえば昨日、綺礼にリヒトが使いっ走りを頼まれて子供らが不貞腐れた様子で夕飯を食べていたことを思い出す。

 

 

 

「君が同伴すれば問題あるまい?シロ。凛、セイバーも、勿論行くだろ?ランサーの尻尾は未だに掴めぬ訳だし、本格的な情報収集は夜にやればいいさ。」

 

 

まんまと巻き込まれたと思った時には、既に遅し。キャスターの隣に座るアーチャーを渋い顔で見遣れば、諦めろマスターと言いたげに溜息を吐かれた。




後書きにセイバー視点の誰かさんとのやり取り小話。





敵襲を知らせる鈴の音に、屋外へと思わず咄嗟に飛び出した。
しかし、屋外には敵どころか誰も見当たらないと思いかけ…ビリビリと肌を刺すような、見えぬ大きな魔力同士のぶつかり合いによる衝撃。


明らかに、サーヴァント同士の戦闘によるものだ。


即座に、屋敷全体にいつの間にやら見えぬ魔術による結界が張られ、行われている戦闘はその結界内だと察した。


屋外にはアーチャー が見張りをしていた筈。だけれど、戦闘反応はアーチャーとは別にもう二つ…?



その一つが、あの子と酷似した魔力のそれだった。そんな筈が無い。あの子はメイガスと一緒に出かけたのを、この目で見送った。


なのに、嫌な予感が消えない。直ぐに、反応の出所を探し始めた。早く、早くしなければと。



「…セイバーお姉ちゃん、こっち。」


すると、凛に任せた筈の幼い少女がいつの間にやら傍にいた。



「ミレイ!?危ないから遠坂たちと一緒に…「パパが危ないの。」


一緒に来ていた士郎がミレイを部屋へ戻らせようとした際、彼女は父親の危険を口にする。一瞬、士郎がたじろぐ。何故、ここにメイガスがいるのかと。



「来て、はやく」


ミレイは小さなからだを翻し、戦闘反応が一番強いであろう場所へと私たちを案内でもするかの様に走り出す。



結界を破った先、見覚えのある黄金の甲冑を身に纏った男に、彼は身体中の急所という急所に無数の刃を向けられてそこにいた。


強い殺気を放つアーチャーに、間近で弓を向けられながらも、あの男は意にも介さない様子で私に言葉を投げかける。



「久しいな?愛しきセイバーよ。おまえの方から来てくれるとは我も嬉しいぞ。もう少しおまえが来るのが遅ければ、此奴を代わりに連れて行くつもりだったが。」


男が口元を吊り上げたとき、どうにもその笑い方がメイガスの浮かべる人の悪い笑みと被る。



嗚呼、まただ。やはり、メイガスは何処かこの男に似ていた。しかし今は、メイガスとこの男の関係性などどうでもよい。早く、彼を助けなければと。


「君は…誰と間違えているんだい?セイバー。」



間も無く、あの男が去り、残されたメイガスらしき彼を対して何故かあの子の名前で呼んでしまう。


すると、彼は何処か他人事の様にそう呟くものだから。再会したあの夜と、まったく同じ様に。










アーチャーに多少の無理を言って、もう一人のメイガスに私が出来上がった食事を持って行く。


断る理由も無いだろうと、そのそばにいたメイガスが…アーチャーにそう言ったおかげでもあるのだが。



単純に、昨晩の礼が言いたかった。これはその、口実づくりに飽く迄も過ぎない。


もう一人のメイガスがいるであろう、部屋の前に辿り着く。一息ついて、部屋の襖を開けようとしたら襖が不意に開いた。そして現れた、あの子と同じ瞳の色と目が合う。


「……驚いた。一体、どうしたの?」



生前の切嗣が着ていたのであろう着流しをゆるりと着こなし、部屋から出てきたもう一人のメイガスはさも意外そうに私をジッと見つめる。


「あなたに、礼を…まだ言っていなかったので。」

「君はまったく律儀だなぁ。」



自然な動作で、もう一人のメイガスが私の持っていた食事を乗せた盆を受け取ろうと手を差し出す。


「怪我人は怪我人らしく、介抱されてください。何のために、私が食事を持ってきたと思っているんですか。」

「わたくしのようなサーヴァント紛いに、騎士王様からの寛大なお心遣い至極恐悦に存じます。」



リヒトなら、私に対してこんな風にわざとらしく畏まるようなことはしない。同じ顔に同じ瞳の色と声で、そんなことを言われては私もひどく調子が狂う。士郎もまた、当初はこんな気持ちだったのやもしれない。


「あなたは…一体、何者なんですか。」



調子を狂わされ、平常心を保とうと努めながらなんとか部屋に一歩を踏み出す。


「最早、何処の誰でもございません。騎士王様が折角名乗られよと申し上げてくださいましたのに、大変申し訳無く思います。」



含みがある、言い方だった。果たして、何処の誰だったのだろうか。


「怪我もこの通り、大丈夫…とはいかないけど、活動する分には問題無い。ありがとう、わざわざ様子を見に来てくれて。」



「どうして、あんな…あの男の強さを、前回の聖杯戦争を経験したメイガスなら知らぬ筈が無いでしょう。」

「さぁ?なんでかなぁ。」


もう一人のメイガスはメイガスであって、メイガスではない。直感的に私が知れるのはそれだけで、彼が何を思って、あの男の前をわざと立ち塞ぐような真似をしたのかは推し測れない。もう一人のメイガスも、わざとらしくそれは濁すだけだった。



「とりあえず、あの子があの場所に居合わせてたら同じことをしただろうね。それだけは言えるかな?」

「私がそんなことはさせません。私は、あの子も必ず守ると決めたのです。」


確固たる意志の元、もう一人のメイガスを強く見返せば彼は意表を突かれたように私を見ながらポツリと言いかける。



「アルトリア、君ってそういうとこ相変わらず…いや、何でもない。」


もう一人のメイガスは、やはりメイガスでもなければ、あの子でもない。私をアルトリアなどと、いたく懐かしそうに呼びかける訳が無いのだから。





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第四十一話 子供は親の背を見て育つ

『…イリヤスフィールを外へ?』

 

「今日を有意義に使えって、言ったのは父さんだろ。」

 

 

一応、父さんにはイリヤ姉さんを外へ連れ出すことは連絡して置く。衛宮邸の土蔵裏にて。携帯越し、父さんは眉をひそめたに違いない。

 

 

 

『衛宮士郎が言い出したのか?』

 

 

言うと思った。今にも始まるだろう父さんの小言。けど、ぼくだってただ軽率に彼女を連れ出そうって訳じゃない。

 

 

 

「彼女、生まれてこの方…アインツベルンの城から殆ど外に出たことが無かったんだ。彼女の境遇を思うと、何か一つでもしてやれることはないかって考えるのはいけないことなの?」

 

『お前が何処まであの少女の事情を知り得ているかは知らないが、余計な温情はかけるべきではない。お前は、私が与えた役割のみを果たせ。』

 

「………。」

 

『…リヒト、聞いているのか?』

 

 

さて、これ以上何と言い訳しようかと思案を巡らせている内に背後から忍び寄る、小柄な人影に気付くのが少し遅れてしまった。

 

 

 

「リーヒト!誰とお話してるのかしら?」

 

「…わわっ!!?」

 

 

後ろからガバリと、現れたイリヤ姉さんに抱きすくめられる。咄嗟のことに驚き、かしゃんと携帯を下に落としてしまう。それを、イリヤ姉さんがひょいと拾い上げた。

 

 

 

「誰と内緒でお話してるのかと思えば…初めましてかしら?神父さん。」

 

『これはこれは…ちょうど、君の話をしていた所だ。イリヤスフィール。』

 

 

イリヤ姉さんに携帯を返して欲しいと言いたいのだけれど、唐突に父さんとイリヤ姉さんの通話が始まってしまいぼくは取り残される羽目になる。イリヤ姉さんの表情は、いつぞやのバーサーカー戦を思わせる冷たさを帯びていた。

 

 

 

「近々…私も役目を果たさなきゃいけないんだから。最後くらい少しは好きにさせて欲しいわ。私が外に連れてって、わがまま言ったの。」

 

 

役目、その話を聞いてたまらず何とも言えない気持ちになる。いっそ、イリヤ姉さんが役目を果たさなくてもいい様にならないのかなんて考えてしまう。

 

 

 

「今日一日、リヒトのこと借りるわ。だから、余計な邪魔立てはしないで頂戴ね。」

 

 

じゃあね神父さん、そう言ってイリヤ姉さんは携帯の電源を切った。

 

 

 

「はい、これ。それと、一人前の魔術師が背後を取られたらダメなんだから。」

 

「……キヲツケマス。」

 

 

反省しつつ、イリヤ姉さんから携帯を受け取る。一先ず、これで監督役の許可は得たと判断していいんだろうか。

 

 

 

「あと一体で、私の体も満足に出歩けなくなるだろうし。今日くらいしか、お出かけ日和も無さそうだもの。」

 

 

庭に降り積もった雪をサクサク踏みながら、彼女はあと一体だと告げる。あと一体で、彼女は本格的に聖杯の器へと近付いていく。すると、イリヤ姉さんが土蔵の出入り口方面へと不意に走り出す。

 

 

 

「あぁ、すべりやすいからあんまり急に…「リヒト、こっちこっち!」

 

 

イリヤ姉さんのぼくを呼ぶ声。呼ばれた方へと向えば、土蔵の締め切られた重い扉をなんとか開けようとする彼女の姿があった。

 

 

 

「…待って、今開ける。」

 

 

彼女と一緒に、土蔵の扉を開ける。人一人入れそうな隙間が出来るなり、彼女は小さな体をその中へスルリとと滑り込ませた。

 

 

 

「懐かしい感じがしたから…ここ、埃っぽくて散らかってるわ。」

 

「ここ、今はシロの魔術工房みたいになってるんだよ。だからその辺にあるもの、あんまり触らない様にね。危ないし。」

 

 

イリヤ姉さんは辺りをキョロキョロ見回しながら、お目当てのものを探している様子だ。彼女の手を引き、恐らく目当てのそれのある場所へと連れて行く。

 

 

 

「お目当てのものはこれ?」

 

 

アイリスフィールが刻んだ魔方陣の前へと、イリヤ姉さんを連れて行けばどうやら当たりだったらしい。彼女がこくりと頷いた。

 

 

 

「君のお母さんが、辛い体調を少しでも和らげようとして昔刻んだものだ。多分、シロがセイバーを呼び出したのも此処なんだよ。セイバーの魔力の気配が少しだけ残ってるだろ?」

 

「ほんとだ…」

 

 

まじまじと、イリヤ姉さんがしゃがみ込んで足元に刻まれた魔方陣を眺める。おもむろに、小さな手が魔方陣の刻まれた地面にそっと触れた。

 

 

 

「この魔方陣、実はぼくも刻むのを少し手伝ったんだ。セイバーと一緒になってね。当時、色々あってキャスターがぼくの身の安全を確保する為、切嗣さんに無茶言ってぼくを匿わせたりなんだりで…「知ってるわ。あなたも一所懸命手伝ってくれて、お母様も嬉しかったみたい。」

 

 

時折、イリヤ姉さんはぼくとアイリスフィールしか知らない様なことも直接聞いていたかの様に口にする不思議な場面が多々ある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…然程、積もらなくてよかったな。昼過ぎには溶けそうな量だ。」

 

 

先輩が足元に降り積もった雪の具合を確かめながら歩みを進める後をオレは付いていく。結局、オレもリヒトの埋め合わせに付き合う羽目にはなったものの…総出は目立つからと現地合流となった。

 

 

 

確かに、オレと先輩も一緒は悪目立ちしてしまう。霊体化すればいいだけの話なのだが、行くぞアーチャーと先輩に引っ張られるがままに来てしまった後でその解決法に気付いたから遅い。

 

 

『セイバーがいるから、一先ず大丈夫よ。』

 

 

 

凛の言う通り、確かに昼間であれば余程の非常事態に陥らない限りセイバー一人いれば大丈夫だろう。それに、リヒトの身に何かあれば先輩が空間転移を使って駆け付ける。

 

 

「何を拗ねている?アーチャー 。先程から、やけに口数が少ないぞ。」

 

 

 

ぎくり、心臓が不意に跳ねる。先程から口数が少ないオレに対し、先輩がいかにもつまらなそうな視線を向けてくるものだから思わず反論してしまう。

 

 

「す、拗ねてなどいない!」

 

「姉さんにセイバー一人で充分だって言われたの、そんなに傷付いた?」

 

 

 

君の心は硝子だもんねと、あまつさえ彼すらオレを揶揄する始末だ。

 

 

「気を遣われたんだよ。僕ら…少しの時間くらい、水入らずに二人で過ごせって姉さんなりの気遣いさ。」

 

「なッ…!」

 

 

 

彼の言わんとしていることを察し、不意に頬が熱くなる。

 

 

「試しに手でも繋ぐか?アーチャー。」

 

「調子にのるなこのたわけ!」

 

 

 

瑠璃色と蜜色と、きらりきらりと忙しなく変わる瞳がうっすら細められて、本気なのか冗談なのか差し伸べられた手をオレはぺしりと軽くはたき落とすことしか出来なかった。

 

 

「まさか、貴方と君がついて来るとは思わなかった。」

 

「それは…貴殿こそ同じだろうに。」

 

 

 

無国籍風の褐色男と長身フード男が肩を並ばせ、歩く様子はやはり目立つ。しかし、冬木の街はここ最近立て続けに起きているサーヴァント絡みの事件のせいかやや閑散としていて歩く人もまばらだ。

 

 

先輩は普段から、今風の服を着るときはフード付きの服を着て顔を隠す様にすっぽりと頭からフードを被ることが多い。色々と勿体無いと、思う。何が勿体無いかは、本人にすら言ってやる気も無いが。

 

 

 

「なら…あなたの兄とやらを、探しに行かなくていいのか?」

 

「本官が勝手にあの人を探しに行こうものなら、半身に迷惑がかかる。あの神父め、本官に余計なことをされては色々と都合が悪いのだろう?」

 

 

先輩のことだ。兄とやらが今何処にいるのか、探しに行くまでもないのは明らかだ。もしや、あの槍兵の所在すらも把握してるかもしれない。

 

 

 

今、オレのマスターとセイバーのマスターはあの金色のアーチャーを第一優先目的として協力関係は継続している。ランサーの脅威もあるものの、あちら側からの接触は今のところ無しだ。

 

 

まさか、先輩があの槍兵と妙な取引をして一時の不可侵条約でも結んだのではと疑ったこともあったが、どうやらそれも違うらしい。一度、先輩にあのランサーと面識はあるのかと聞けば…まぁそれなりにはなと、はぐらかされて終わった。

 

 

 

「話を変えよう。リヒトから行き先は聞いているか?」

 

 

今日、リヒトは昨日の埋め合わせにとイリヤスフィールとミレイを何処かへ連れ出した。行き先を聞いたが、先輩には伝えてあると言うからオレも着の身着のまま先輩について来てしまった節がある。

 

 

 

「着いてからのお楽しみだ。」

 

 

先輩はそう言って、明確な目的地をわざとオレに伝えてくれない。この人は、彼は、たまに意地悪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日…君は凛に、何処まで話した?」

 

「僕が話せること全部だよ。姉さん、僕の話を聞いた上で君の正体に対して追求はしなかったみたいだし。」

 

 

昨晩、彼は凛の前にわざと姿を現して洗いざらいのことを話してしまったらしい。何と無くではあるが、凛のオレを見る目に含みがあった様な無かった様な気はしていたが。

 

 

 

「君がとある目的のため召喚に応じて、キャスターと僕にその目的そのものを潰されたことも姉さんは知ってるよ。」

 

 

頭を抱えざる、得なかった。今のオレは、マスターは健在ながら牙をもがれて首を鎖で繋がれた扱いに等しい。

 

 

 

「怒りたいのは山々だが、怒りはしないと言っていた。それは自分の役目ではないからとな。てっきり、貴殿の顔面に二、三発軽めのストレートをお見舞いするんじゃないかと予想していたが…当てが外れた。」

 

「あなたという人は…!」

 

 

先輩の声がややつまらなそうに聞こえるのは、気のせいじゃない。この男、更なる一悶着を期待していたという口だ。しかし、思いの外早かった事態の収束に不満を覚えている様だから腹立たしい。

 

 

 

オレは過去の自分を殺すために現界し、そのためなら裏切りも最悪辞さないつもりであったが…彼と再会してしまい、先輩からも何をどう間違ったのか一方的に気に入られ、気付いたら雁字搦めにされていた。

 

 

そして、そもそもの目的すらいつのまにやら二人に潰されていた次第だ。

もし、オレがその目的を無理矢理にでも実行しようとしていたら…いや、もうやめておこう。彼も先輩も、本気で怒ったらオレ自身が五体無事では済まなそうだ。

 

 

 

「…シロ、“終わり”は刻一刻と近付いてる。」

 

 

彼が口にする終わりとは、聖杯戦争のことなのか、それともオレたち自身のことなのかどちらとも取れる。

 

 

「時にはその終わり方に対する、備えも必要だ。この一時の休息も、その一環だよ。」

 

「君の説教は嫌というほど、聞き飽きた。」

 

「なら結構。僕も休みの日にまで、説教はしたくないからね。」

 

 

 

要するに、休めるときに休めと彼は言いたい様だった。

 

 

「あぁ、そうだ。姉さん、怒りはしなかったけど……あの二人を僕らの様にはさせてやるものかってさ。妙な使命感に縛り付けちゃった気はするけど、これでいい。これ以上、万が一にも僕らは二人もいらないよ。そうだろ?シロ。」

 

 

 

彼は言う、自分は自分にとって、一番最悪な可能性を辿った結果だと。ならば、オレも同類だ。

 

 

「…あの子が辿る先は、オレたちとは違うだろうに。あの子が違う道を辿れば、自ずとあいつもな。」

 

「シロ、僕を否定しないでくれてありがとう。」

 

 

 

その言葉を聞いて一瞬、らしくもなく胸の詰まる思いがした。否定など、出来る訳が無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イリヤスフィールを外へ連れ出すなんて、本来なら危険極まりないわ。」

 

 

イリヤスフィールとミレイの身支度を終わらせ、自分も出かける準備をする弟にどういうつもりかと声をかけた。

 

 

 

「イリヤ姉さん、聖杯戦争に参加する為に来日するまでアインツベルンの屋敷を一度も出たこと無いんだよ。」

 

 

魔術師の家系では、“教育”の為に外界との接触を一切絶たせて嫡子を育てる話なんて話は未だによくある。

 

 

 

「だから…気晴らしも兼ねてさ。キレイには連絡入れておいた。」

 

「よくあの神父がOKしたわね…?キャスターに上手いこと言わせて、許可でも取り付けたのかしら。」

 

 

そんなんじゃないよと、コートに袖を通しながら弟が苦笑いを浮かべた。

件のキャスターならアーチャーを連れ立ち、軽やかな足取りで先に外へ出たものだからなんとも気に食わない。

 

 

 

こっちがお膳立てした様な感じだけど、あの二人…いや、三人?も連れてくとなると目立つし、霊体化させるって手もあったけどもあのキャスターが駄々を捏ねそうな予感がしたから外へ先に出したまでだ。

 

 

「あの金ピカの件、綺礼はどうするつもりなのよ。」

 

「金ピカって姉さん…それって、昨日襲ってきたアーチャーの話?間違っちゃいないだろうけどさ。そのアーチャーに面倒事起こされて一番困るのは間違い無くキレイだし、絶対なんとかするよ。最悪の場合は、事態収束のためにキャスターを投入する可能性だって充分あり得る。」

 

 

 

弟は、それだけは避けたそうな口ぶりだった。綺礼がキャスターの勝手好き放題に口出ししないのは、対金ピカ用の駒でもあるから?なんとも持ちつ持たれつの関係性だこと。

 

 

「姉さんこそ…昨日、どこまで聞いたのさ?」

 

「さあ、何処までかしらね?どちらにせよ、もうあの金ピカのせいで正規の聖杯戦争どころじゃないでしょうに。」

 

 

 

わざと、はぐらかした。何処と無く、弟から注がれる視線が痛い。けど、あんただっておあいこよ。

 

 

「私が言いたいのは、この非常事態に…「あと、一体なんだって。」

 

 

 

イリヤスフィールの聖杯の器としての許容量の話をしているらしい、弟の表情に珍しく暗い翳りを感じた。

 

 

「彼女のお母さんのときは、もっと早かった。短い間ながらに傍らで見ていて、辛かったよ。ぼくは何も出来なかったし。」

 

 

 

弟とイリヤスフィールの母親との間に、何があったのか私は知らない。けど、弟が進んでイリヤスフィールの面倒を見ることを引き受けたのだって…恐らくはその人の存在があってこそだ。

 

 

イリヤスフィールはイリヤスフィールで、士郎にもやたら懐いてたけど。弟の存在もあってか、来たばかりの頃に比べてあの幼さにそぐわぬ凶暴性は何処へやらだ。

 

 

 

「あんたって…魔術師としての腕は文句無いのに、下手に道徳心があるからいけないのよ。子は親の背中を見て育つとか言うけど。襟、ちょっと曲がってる。」

 

「あ、ありがとう。」

 

 

魔術師である前に、弟が神父の息子であることを忘れていた。お父様ったら、弟の目先の才能だけ見て魔術を教え仕込んだのもどうかと思うわ。弟は自らを魔術使いと自称し、わざと魔術師を名乗らないのはその厄介な出自のせいもある。

 

 

 

「今日の昼間位は、聖杯戦争のことは胸の片隅程度に忘れなさい。私もそうするから。」

 

「グラーツィエ、姉さん。」

 

 

弟のコートの襟を正してやり、けいきづけにとその頬を軽めにペチペチ叩く。一瞬、ほんの一瞬だけ弟の顔が恥ずかしげに赤らんだのは見なかったことにしようと思ったのに。

 

 

 

「……ぱぱ、ままがいるのにそういうお顔はよくないと思うわ。」

 

「凛、抜け駆けは私もよくないと思うわ。」

 

 

閉めていた筈の襖が開けられて、待ちきれず呼びに来たらしいイリヤスフィールとミレイが揃ってジト目を私たちに向けていた。不意に居たたまれなさを覚え、弟との間合いに距離を取る。

 

 

 

玄関の方から、士郎が私たちを呼ぶ声もしたので二人して慌てて部屋を出た。

 




二部の二章でシグルドさんのバーサーカー並みの火力に四苦八苦して、放置気味だった英霊剣豪七番勝負してます。年内の村正さん実装はよ。

誰かさんの狂化レベルの低さについて
赤い弓兵さんに許容されているからこその狂化レベルが最小限に抑えられてる。自分の存在意義=赤い弓兵さんのため、ifルートで赤い弓兵さんが過去を否定して、拒絶でもされようものなら狂化レベルが急激に跳ね上がる歩く爆弾みたいな厄介極まりない仕様


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第四十二話 ほんとうは得意じゃない

「切嗣さん、どうしてシロに魔術…教えてあげないの?」

 

 

シロは遊び疲れて、ぼくの肩に寄りかかりながらスヤスヤ眠ってる。とある日に今なら答えてくれるかなと、隣の切嗣さんに聞いてみた。切嗣さんは、気まずそうな視線をぼくに向けてくる。

 

 

 

「魔術を教えること位なら、まだ出来るだろうに。半身、傭兵はわざと息子に魔術を教えたくないのさ。」

 

「君は君で、余計なことを言わないでくれるかな?キャスター。」

 

 

切嗣さんを向かいに挟んで、キャスターが口元を吊り上げて訳知り顔。キャスターは何でも知ってるから、切嗣さんがどうしてシロに魔術を教えたくないのか分かってるんだ。

 

 

 

「リヒト、僕は意地悪で士郎に魔術を教えない訳じゃないんだよ。」

 

「……シロを、切嗣さんみたいにさせたくないから?」

 

 

一瞬、切嗣さんは弾かれたような表情をした後に複雑そうな面持ちで軒下から空を見上げた。丁度その日は、よく晴れた日だったと憶えてる。

 

 

 

「貴殿の義理息子は魔術と縁遠い育ちの割に、魔術回路とやらは幾分か多いようだ。あとは、育て方次第だと思うがな?」

 

 

キャスターはそう言って、切嗣さんが灰皿の傍らに置いていた煙草の箱からヒョイと一本くすねるなり姿を消す。シロが寝てる手前、切嗣さんもキャスターを大きな声で叱る訳にもいかないので渋々煙草の一本は諦めた様子だ。

 

 

 

「あーあ…キャスターが、ごめんなさい。」

 

「煙草の一本位なら、洒落にならない悪さをされるよりはマシだよ。君が謝ることじゃない。」

 

 

本当は、ぼくがもっとキャスターを厳しく躾けないといけないのかもしれないけど。あれはある程度、自由にさせておいた方が却って大きな悪さはしない。

 

 

 

「魔術師なんて、ロクな奴がなるもんじゃない。僕は士郎に、人らしい生き方をして欲しいな。出来れば、君にも…ね。」

 

 

元魔術師にそぐわぬ、なんとも一人の平凡な父親らしい理由だった。それは、遠い場所に残して来ざる得なかった誰かに対する心残りもあったからなのか。切嗣さんがいない今となっては、ぼくにも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

らしくないことを、している。初めてのお出かけにご機嫌なミレイと、少しだけ戸惑い気味ながら楽しそうなイリヤ姉さんを見ていると余計にそう感じた。

 

 

そもそも、小さな子供はあまり得意じゃないんだ。義務的に、小さな子供の相手をする機会が単に多かったってだけで。

 

 

 

小さな子はあまり目を離せないし、何かあれば僕の責任にもなり得るから本当に気が抜けない。キレイの前ではいい子でいなきゃと、そういう強迫観念から自発的にそうしてただけだ。

 

 

ぼくは中途半端に事情を知っているから、こんならしくもないことをしている。イリヤ姉さんに対する、同情半分。家族でお出かけするという普通のことを、もう一人の我が子にとうとうしてやることの出来なかった切嗣さんの代わりが半分。

 

 

 

これは、ぼくが切嗣さんにせめて出来る最後の恩返しでもある。今だから言おう、切嗣さんの元は居心地がよかった。キレイ、父さんの前みたいに自分を取り繕わなくていいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ…本当はあんまり、面倒見がいい方じゃないのよ。」

 

 

連れて来られた初めての動物園に、すっかりテンションが上がっているイリヤとミレイに翻弄されながらもきっちりと保護者をしているリヒトを見て、遠坂が言った。

 

 

 

「え?そうか?」

 

「私にも、そうは見えませんが。」

 

 

セイバーと俺はそう、口を揃えた。今までのリヒトを見ていれば、すっかり面倒見のいい性格が板についている。

 

 

 

「あいつのあれ、全部“フリ”。自分を取り繕うのがやたら病的に上手いのよ。本当はあいつ、内向的な性格で自分のことについてはどこまでも自堕落なんだから。」

 

 

同居人が言うのだ、間違い無いだろう。リヒトが内向的と聞いて、あれで?とにわかには信じ難い。自堕落なのは、まぁ分かってはいたけど。

 

 

 

「あいつと初対面のとき、私から声をかけるまでリヒトったら綺礼の背中に隠れっぱなしでね。それと教会って、休日は小さい子もよく来るからあいつの面倒見の良さは、飽くまで義務的に身に付いたものよ。」

 

「それでも…自然的に、そつなくこなせるのはすごいと思うけどな。」

 

「この二週間近く、一人で背負わなくていいものまであいつが背負い込んでる気がしてならないの。あいつが、何に対してそんなに責任感じてるのかは私もわからないけど。」

 

 

何処か心配げに、遠坂はリヒトを見やる。遠坂の話を聞いて、何処かの誰かさんが似たようなことを言っていたような?

 

 

 

『自分が頑張れば全部、丸く収まると思ってたんだ。実際、生前のキャスターは絵に描いたような聖人君子であり、有能な宰相として一国の王だったお兄さんの良き右腕でもあった。全部、フリだったんだけどさ。』

 

 

生まれと育ちは違えど、リヒトとキャスターは根っこは同じなのかもしれない。元が同じだからと思えば、自然と納得がいった。

 

 

 

「あいつ、或る時からあんまりわがままも言わなくなったから。すっかり自分を取り繕うことがクセになったのも、それ以来かも。」

 

「或る時って…?」

 

「綺礼が、リヒトに手をあげたのを初めて見た時以来。」

 

 

聞けば、リヒトも多少子供らしいわがままを言うことはあれど、殆ど手のかからない子供だったらしい。しかしある時、あの神父に初めて強い反抗を示したことがあったとか。

 

 

 

「珍しく、綺礼も感情を露わにしてリヒトに手をあげたのよ。」

 

「…一体、何があったんですか?」

 

「小さな子供には、どうしようも出来ないようなことかしら。それがリヒトにとって、初めて実感した不条理かもね。」

 

 

遠坂もそれ以上は詳しく語らなかったが、不条理な何かを経てリヒトは変わってしまったらしい。

 

 

 

「リヒトの奴、親父には案外子供らしいわがままも言ってたしそうは見えなかったけどな。」

 

「士郎のお父さんの前では、自分を取り繕う必要が無かったんでしょう?あいつ、綺礼の前ではそういうところが不器用だったっていうか…にしても、あの二人何処にいるのよ!?」

 

 

そういえば、動物園の敷地内に入ったはいいがキャスターとアーチャーの姿が見当たらない。二人とも目立つから、すぐ見つけられると思っていたんだが。遠坂はぷりぷり怒りながら案内板を見、今はいない二人に対して文句を言っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連れて来られた先は、冬木市内のとある動物園だった。

 

 

せめて入り口で待とうとしたオレを置いて、先輩は慣れた様子で券売機にて大人二枚の切符を買う始末。男二人で動物園に入るのは、いささか抵抗がある。慌てて、オレも先輩の後を追いかけた。

 

 

 

「君も昔、小さい頃など傭兵に連れられて何度か来たことがあるだろう?本官も、ここの花鳥園は幾分か気に入っている。」

 

 

ここの動物園は花鳥園が併設されている。案内板を見ることも無く、先輩は花鳥園までの道をどんどん一人で歩いて行ってしまうから追いかけるのに一苦労ではないかたわけめ。

 

 

 

そして、肩に頭に群がる花鳥園の鳥たちのお喋りに付き合わされている先輩に付き合わされて今に至る。

 

 

「……私は体のいい、止まり木ではないのだが?」

 

「貴殿位の体躯は実に、止まり心地がいいらしいぞ?こちらのご婦鳥は番いの浮気癖には苦労しているらしい。いやぁ、鳥も人間もまるで悩みは然程大差無いな。」

 

 

 

耳元でやかましい位な鳥たちのさえずりという名のお喋りを、先輩は一句一句聞き取りながらうんうん頷いている。

 

 

花鳥園にて別売りの餌を与えた訳でもないのに、自然と先輩の元へ鳥たちが我先にと集まりだしたから不思議なことこの上無い。

 

 

 

「よもや先輩、まさか本当に鳥たちの言葉の意味が分かるなどとは言うまいな…?」

 

「侮るな、アーチャー。本官の動物会話スキルはA+だぞ?我が起源が雌雄一体ずつの動物たちを一隻の船へ集めるのも、意思疎通が出来なかったら無理だっただろうに。いささか、これは少し賑やか過ぎるが。」

 

 

本当に理解しているらしい、先輩の口ぶりには反応に困ってしまう。こちらとしては通行人から注がれる奇異の視線に対して、そろそろ限界が近い。間も無く、凛たちが来るまでこの状態が続くことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヒト、お疲れ。」

 

「あ、ありがとう…シロ。」

 

 

動物園のフードコートにて、一通りイリヤとミレイに付き合わされ珍しく若干ぐったりしているリヒトに買ってきたコーヒーを差し入れる。

 

 

ひとまず二人の子守はアーチャーとキャスターに任せ、遠坂は好奇心旺盛なセイバーに付き合って近くのお土産売り場に行った。

 

 

 

「子供の体力って、無尽蔵なんじゃ無いかってレベルで有り余ってるよね…こっちも中々骨が折れるよ。」

 

「でもあの二人、楽しそうだし来て良かったな。」

 

 

リヒトはいつも通りオレに対してそうだねと柔らかく微笑み、渡したコーヒーを受け取る。

 

 

 

「なぁ、リヒト。」

 

「…ん?」

 

「あんまり、無理するなよ。」

 

「それ…お互い様じゃない?」

 

 

うっ、言葉に詰まる。俺はリヒトや遠坂みたく、器用な人間じゃない。人より多少、無理をしてやっと丁度いい位だと自分でも自覚はある。

 

 

 

「遠坂が、リヒトのこと…無理してるって。」

 

「らしくないことしてる、自覚はあるかなぁ。シロ、ぼくあんまり子供って得意じゃないんだ。」

 

 

どうにも矛盾してる。正直、リヒトがあの二人の面倒見てくれて俺も非常に助かってるし。そうは見えないんだがな?

 

 

 

「神父の息子って、結構プレッシャー強いんだよ?周りから色々とさ。父さんの前では、せめていい子でいなくちゃって強迫観念が昔はもっと強かった。」

 

「…今はどうなんだ?」

 

「昔よりは幾分か、肩の荷も降りたけどさ。切嗣さんに、せめて自分の前ではいい子を演じなくていいよって言ってもらえたのが大きいかもしれない。」

 

 

リヒトの口から、親父のことを聞けるなんて滅多に無いんじゃないか?

 

 

 

「その時の恩もあるから、今ぼくがこうやってしていることはあの人への最後の恩返しみたいなものさ。過去のぼくは、何をするにも小さかったし…せめて、いい子でいるしかなかったんだよ。多分、ぼくは当時の清算がしたいのかもね。」

 

 

リヒトもまた、俺があの地獄のような場所から一人だけ救け出されてしまったことに囚われているのと同じくして、何かをひどく気に病んでいるように感じた。

 

 

 

その何かは恐らく、当時のリヒトにはどうすることも出来なかった不条理な何かそのものだったんだと思う。

 

 

「小さい子は得意じゃないって割に…お前、傍から見てもイリヤとミレイに対して親身だし、そんな風に見えない。」

 

「ミレイのことはまぁ、キャスターから託されたって意味合いもあるし。イリヤ姉さんは、何というか……」

 

 

 

そこで一瞬、リヒトは言葉を噤む。リヒトはイリヤに対し、何らかの強い思い入れがあることはこの数日間で薄々分かっていた。

 

 

「昔、お世話になった人の娘さんなんだっけ?」

 

「シロ、憶えてたんだ。そうだよ、ぼくにとっては憶えちゃいない母親のイメージそのものみたいな優しい人だった。イリヤ姉さん、その人によく似てるから。」

 

 

 

リヒトには、本当の両親に関する記憶が無いという。

 

 

「……まったく、憶えてないのか?ほんとの親のこと。」

 

「物心ついた頃にはあそこにいたし、ぼくに親がいたのかも実は怪しいんだよ。もしかしたら、ホムンクルスみたく培養されて生まれた可能性もある。この通り、人らしいナリはしているけどね。」

 

 

 

リヒトは自分を、もしかしたら人ですらないやもしれないと語る。人だろうが、なかろうが、リヒトはリヒトだろうに。

 

 

「ねぇ、シロ。もしぼくがいい子をやめたら、共犯になってくれる?」

 

 

 

それは、唐突な問いかけだった。リヒトがいい子をやめたら?思うにリヒトは今、何かに対して相当な無理をしている。

 

 

恐らく、イリヤの母親は既にこの世の人ではないんだろう。俺が無理を言って連れてきたイリヤを、リヒトは嫌な顔せず迎え入れた。

 

 

 

その辺り、リヒトなりに母と慕った人の娘であるイリヤは思うところもあったに違いない。イリヤに万が一何かあれば、リヒトは必ずイリヤを守るだろう。リヒトはそういう奴だから。

 

 

「親父の前ですら悪戯一つ、ろくにしたこともない奴が何言ってんだよ。けど、おまえが誰かを全力で守るなら俺もその誰かを全力で守ってやる。」

 

 

 

我ながら、くッさい台詞を言ってしまった自覚はある。見る見る、勝手に頰が赤くなった。リヒトもぼさっと俺を見てばっかいないで、いつも通り軽口の一つでも言ってくれ…!

 

 

「やっぱり、シロは優しいなぁ。グラーツィエ」

 

 

 

ほんの一瞬の出来事であった。不意にリヒトの顔が近くなったかと思えば、耳元でお礼らしき一言。

 

 

「姉さんとセイバーのとこ行ってくる。シロも、顔の赤みが引いたら来てよ?」

 

 

 

あっという間に、リヒトは二人のいるお土産売り場へ。しばらく、顔の赤みが引いてくれなさそうな俺はほったらかしだ。

 




HFニ章見てきました。濃い2時間で息つく暇を忘れ、fgo 3章は虚淵シナリオに戦々恐々しながらプレイしたのが最近の近況です。

以下、切嗣とキャスターとの小ネタ










「……懲りない男だなぁ、貴殿は。」


そのサーヴァントは聖杯戦争が終わっても尚、何食わぬ顔をして度々僕の前に現れる。それは、出発間際の屋敷でのこと。



「貴殿の義理息子は実に出来過ぎて、感心すら覚える。いじらしく、君のいつになるとも分からない帰りを待ち続けるのだから。」

「……士郎には、ひどく寂しい思いをさせてる自覚はあるさ。あぁ、どちらにせよ僕は父親失格だ。」

「傍にいてやればよいものを。最早、二度と戻らぬ娘の元へそんな体を引きずり、向かったところで…何になるのやら。」


その、普段はわざととぼけた表情だが今は哀れみかそれとも嘲りの表情を浮かべているのか分からない。背後のキャスターに、振り返って目線をやる気は起きなかった。



「あの子も、貴殿が度々いなくなる理由は知っている。」

「……リヒトは察しが良過ぎる。それとも、君が余計なことを教えたのかい?」

「まさか!あの神父さえいなければ、あの子は君について行くとも言いかねない。アインツベルンの城は、あの子にとっても決して無関係という訳では…しかしなにぶん、あの子はまだ幼過ぎる。」


あの聖杯戦争が終わり、再度このキャスターが僕の前に現れて最初に告げたのは何故か言峰綺礼が生きていること。いっそ心臓ではなく、眉間を狙うべきだった。



「これは僕の問題だ。あの子を巻き込む気は無い。」

「遠くない未来、何れにせよあの子は貴殿の娘と会うことになる。」


その遠くない未来、恐らく既に僕はこの世にいないだろう。しかし、僕はあの子に自分の代わりを果たして欲しいと余りにも無責任なことを言うつもりは無い。


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