交錯特異点A 氷樹未踏結界 (タングラム)
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序章Ⅰ 人理の果て、そして交錯の始まり

・Fate/GrandOrder+フラワーナイトガール(花騎士)とのクロスオーバーになります。
・参戦キャラ及び花騎士は作者の主力部隊及びお気に入りです。



夢を、見た。

いや、それはかつて自分が―藤丸陸斗が、聖杯探索(グランドオーダー)の旅路の最後にたどり着いた戦いの記憶。

 

 

 

 

 

「『訣別の時来たれり、其は全てを手放すもの(アルス・ノヴァ)』―後は、任せたよ」

 

 

 

 

 

記憶が暗転し、別の場面へ切り替わる。

 

人理焼却術式・ゲーティア。

最後の敵はそう名乗り、決着をつけるために動き出す。

 

「マスター、あのゲーティアと名乗ったモノの周囲に障壁があります。ティアマトと同じ性質のモノかと」

 

そう理知的に話す、黒く焼けた肌に白銀の外套と長弓を構えるのは『授かりの英雄』アルジュナ。

そのセリフに、縁をたどって駆けつけた『花の魔術師』が答える。

 

「という事は宝具はしばらく使えない事になるね、リクト君、どうするんだい?」

 

相談させる間も与えぬとばかりにゲーティアに魔力が満ちていく――だが、その一拍先に動く長身の男の姿が一つ。

エジプト文明を思わせる外套に丸い鉤型のようなシルエットをした杖を振りかざそうとしている――!

 

「ライ…オジマンディアス、何する気だ?!」

「知れたこと!!」

 

陸斗(じぶん)の声に、人影――『太陽王』オジマンディアスが振り向かずに答える。

 

「この我の前で王を名乗った不躾者に裁きを下すのだ!!さぁ、人理焼却式とやら!貴様には余の墓をくれてやる!!」

 

 

その声と共に、ゲーティアの周りに固有結界が展開される。

息をつかせず、蒼い光を放つピラミッドがヤツを噛み潰す――

 

光輝の複合大神殿(ラムセウム・テンティリス)ッッッ!!』

 

 

更に、場面は切り替わり。

 

 

「何故だ、何故貴様は今もなお立ち上がれる?!」

 

悲鳴とも嘆きとも付かぬ声と共にゲーティアが拳を振るう。

それを少女が―マシュが遺した盾で凌ぎ、陸斗が答える。

 

「決まっているッ、それは!」

 

盾を振り回し、それを真に受けてゲーティアの体勢が崩れる。

そして、左手の令呪が光を増して――

 

「生きたい!!ただそれだけだ!」

「―――そうか…」

 

その答えに『彼』は満足したのか、抵抗すらせずに吹き飛んでいく――

 

 

「最初から、人理を守っても、いなかったとはな……」

「――……」

 

 

玉座に背を向け、走り出す。

主が消えたことで崩れていく空間を背に――

 

 

だが。

 

『これは――サーヴァント反応?!陸斗君、そっちからは何か見える!?』

 

アルトボイス…カルデア最古参の英霊の一人にして技術スタッフのリーダーであるダ・ヴィンチの焦る声。

その声と同時に、光の残滓をまとった姿が一つ。

 

「悪い、先生。もう少し居残りしなきゃいけないみたいだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神殿は崩壊し、人理焼却式は否定された――だが、最後の勝ちは譲る訳にはいかない」

 

 

「分かった…ここで決着をつけてやる!行くぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…い』

 

声が聞こえた。

 

「せ……い」

 

また聞こえる。

 

「先輩!」

「うぉ?!ってマシュ?!」

 

「もぉ、やっと起きた…おはようございます、寝坊ですよ」

 

 

飛び起きて見回した視線の先には、カルデアの研究服に着替えた、薄紫色の髪で片目を隠した少女。

彼女――マシュが半分呆れを含んだ表情でこちらを見ていた。

 

「今日は大掃除をする、って約束ですよ?」

 

 

 

 

七つの時代と一つの神殿を駆け抜けた彼らの、ほんのわずかな休息。

だが、その休息が終わることを彼ら自身は知るはずもない。

 

 

 

 

ほぼ同時刻、管制室では。

 

「ん――おい、カルデアスに妙な反応がないか?」

「どれ…?いや、どこもおかしくないだろ。見間違いじゃないのか?続きはこっちで観測を続けるから休んでこいよ」

 

「それもそうか、なら一足先に」

 

 

そう会話を交わす管制室職員たちの裏では、ある座標が動きつつあった。

 

――つまり、異世界・別世界と呼ばれるモノが。

 

 

 




主人公である陸斗くんはFGO第一部突破したところで二十歳になります。
一応飲酒できるようになりました。


・・・強いとはいってない、強いはずがない!


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序章Ⅱ 予見ともう一つの使命

人理焼却事件を解決した、藤丸陸斗を中心としたカルデア一行。
だが、カルデアスは誰にも気づかれないまま「新しい世界」を観測しており……?

2017/7/01 特異点タイトル風の演出を追加。


所変わり、視点は別世界へ移る。

 

その世界――否、その地方は七つの「世界花」によって支えられた土地。

今はその一角が欠け、数を六つに減らしている。

 

そして、千年前から続く厄災と今もなお続く激しい生存競争のただ中にある世界。

 

 

名を、スプリングガーデン。

 

 

その極北に当たる地、「ウィンターローズ」の雪原に建つ屋敷、その奥深く――

 

 

『願うが良い、この杯は全てをかなえるモノ』

 

薄い雪明かりに照らされた部屋、その中空に浮く鈍い光を放つ杯――

それこそが、かつて特異点というモノを作り出した聖杯だと言うことは、少女が知るはずもない。

 

ガーネットレッドのロングヘアに百合のような髪飾りをつけた、豪奢なドレスをまとった彼女はソレを前に考え込む。

そして、視線をあげて口を開いた。

 

「何でも、そう言ったわね?」

『そうだ――』

 

「ならば、聖杯よ。私は願います」

 

 

そこで彼女は一度セリフを切り、呼吸を整えて願いを声にする。

 

「【私に自由を、この力に縛られない自由を】」

『―――』

 

 

 

 

そして、光が全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

視点はその極北の地から常春の国・ブロッサムヒルへと移る。

千年前に誕生し今もなおこの地と五つの地方を苦しめている『人に害をなす虫』…害虫。

 

それに対抗するための騎士…花の名を得て人外の力に目覚める乙女たち……を養成する育成学校などで知られる土地だ。

 

そしてそれは抱える騎士団の数にも現れる。

 

 

その詰め所のうちの一つ、会議室と思われるところに一人の男と数人の女性達が机を囲んで腰掛けていた。

 

ホワイトボードの正面の席…上座と思われるところに座る一人の男――年の頃は二十代後半か――が口を開く。

 

 

「プロテア、急にどうしたんだ、リリィウッドへ帰るだなんて?」

 

 

彼の名はシャーレイ。

中堅どころの実力を持つ騎士団の団長であり、自身もまた前線へ赴くスタイルをとっている人物だ。

 

アッシュグレイの髪を短く切りそろえ、額には鉢がねを締めている。

体つきは引き締まっており、トレンチコートに近いロングコートのような軍服をまとっていた。

 

地球の――それも日本の人間が見れば、まるで明治時代の人間だというかも知れない。そんな服装だ。

 

 

彼の声に、その場にいる全員の目線が彼と同じ方向へ―赤紫色のロングヘアとリボンが特徴的な白いローブの少女へと向く。

 

 

 

「はい・・予見のようなモノがまた見えてしまって…気がかりで」

 

その答えを聞き、ふむ…と腕を組むシャーレイ。

 

「予知、か。貴女はこの団の客員騎士、ただの団長である俺に引き留める理由はない。だが、よかったらどんなビジョンが見えたか話してくれないか」

 

 

ええ、と呼吸を整え、彼女は覚えていたビジョンを話し出す。

 

「凍り付いたリリィウッドの森で、花騎士ではないけれどそれに匹敵する者たちが戦っている、それに凍り付いた屋敷から外を眺めている令嬢の姿――これまでです」

 

 

「令嬢?まさかな……それにしても奇妙なもんだな?花騎士でないのに戦える存在がまだいるだなんて。話は分かった、俺の騎士団の第一小隊も回そう…サクラ」

「はい、団長さん」

 

視線を右へ―ベレー帽そこから覗く桜色の豊かな髪とオッドアイ、それにどこか柔らかい顔立ちの彼と同じ年頃に「見える」女性、花騎士のサクラが答える。

 

「いつでも準備はできていますわ。けど――私たちの居ない間は大丈夫かしら?」

「大丈夫さ、こういう時のために戦力育成を少しずつでも続けてきたんだ」

 

 

通常、花騎士の戦闘単位は五名で一個小隊、それが四部隊集まり一個中隊規模となる。

これ以上の人数だと指揮が行き届かなくなる上、世界花の力で常人を超えた身体能力を持った花騎士達の把握ができなくなるためだという。

 

そしてその四分の一である一個小隊を派遣すると言うことは、それだけ彼が客員騎士であるプロテアを気にしている、と言うことだった――

 

 

 

それに、と前置きをし、更に彼は一言付け加える。

 

「カトレアのヤツも屋敷に戻っているんだろう?もしそっちまで行くことがあったら覗いてくるのも良いかもしれないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな会議があったのが、三日ほど前。

親衛隊と花騎士一個小隊という人数の一行は街道を南下、リリィウッド国境へさしかかろうとしていた。

 

だが。

 

「はわ…何ですか、あれ――?!」

 

藤紫色の髪に黒い和服の少女―花騎士・ホトトギスが異常に気づく。

その横に並んだ、銀髪狐耳に巫女服をまとった女性……同じく花騎士のヒガンバナがそれを怪訝そうに見ていた。

 

その表情は普段の楽観的なモノとはまるで違う。

 

「嘘でしょ…プロテアちゃんの予見通りだなんて!それに…」

 

言葉を継ぐように、自身の使い魔である麒麟「イブキ」に騎乗したキリンソウが頷く。

 

「あの霧、何か『良くない』が…だがリリィウッドへ帰るためにはこの道を行くしかないか――プロテア様、いかがなさいますか」

 

 

そう後ろへ振り向き、自身の主であるプロテアに確認をとる。

その彼女の目はまっすぐに霧の中を見据えていた。

 

「――行きましょう、親衛隊の皆、小隊の皆さん、護衛をよろしくお願いします」

 

 

そして九人の騎士が樹氷の森へと踏み入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視点は再びカルデアへ戻る。

 

「今日は育成素材集めだったな、また目標は遠いけど気張ろうか」

 

 

そう一人呟き、俺――藤丸陸斗はコフィン――人体を霊子化し、指定した時間軸へ送り込むことでタイムスリップを可能とした魔術と科学の融合したモノ―に入り込む。

 

最初来たときには数十個は同じ物があったが、今はこれ一つしかない。

死屍累々、火の海と化したかつての風景を―始まりの風景を一時思いだし、それを頭を振って追いやる。

 

 

調整に時間がかかるのだろう、目をつぶった脳裏にぶっきらぼうに聞こえる少女の声が響く。

 

『んにしてもよマスター、人理とやらを直したのは良いけどさ、ここに来てた他のマスター候補って連中はどうしたんだよ』

【それがな、下手に解凍して死なれたらまずいらしくてな…だから俺がここの最後のマスターだって事は変わりないぞ、モードレッド】

 

『へぇ…面倒なもんだな』

 

そう言い、思念声の一つ――かつてブリテンを二つに割った反乱を引き起こした張本人であり、俺のサーヴァント部隊の中でも古参英霊であるモードレッドは沈黙する。

その代わりに声をかけてきたのは、中性的な声の少年――ビリー・ザ・キッド。

 

『それにしてもさ、今までの特異点にいくにしちゃあなんか時間かかってない?』

【あ?まだレイシフト工程が始まってないのか?何が――】

 

 

妙だ、と思った直後。

もはや耳馴染みとなった電子音声がコフィンの外から聞こえてくる。

 

《アンサモンプログラム スタート ――――……》

 

 

ザザ、と言う砂嵐の音が聞こえる。

いや待て、今までレイシフトは数百回と行ったが、特異点Fの時以来砂嵐なんて聞いていない――あってはならない!

 

『管制室、なんかレイシフトに異常が――』

 

だが、その声を出すにはもう遅すぎた。

機械音声が俺の…いや、『俺たち』の行く先を告げる。

 

 

 

 

《交錯特異点 氷樹未踏結界 クリスタルフォレスト》

 

 

 

 

それは全く知らない地名だった。

異常に気づいた管制室が緊急停止をしようとしているが、それよりも先に身体が軽くなっていく感覚に染まっていく―――!

 

 

《アザーオーダー 界離記述実証を 開始します》

 

 

 

 

 

「先輩っ?!そんな―」

「っくそ、なんて事だ!!マシュ、陸斗君の存在証明に集中を!何人か補助についてやってくれ!」

 

「ダ・ヴィンチちゃん?!」

 

 

妙齢の美女にしてカルデアの大黒柱たる「レオナルド・ダ・ヴィンチ」が即座に指示を飛ばす。

 

 

はい!!と言う声が数人分鋭く答え、まだ呆け気味のマシュの席の左右に陣取り、端末を操作する。

 

「うっ…先輩、皆さん、どうかご無事で――私も加わります!」

 

 

それを見て頷き、だが彼女の表情は硬いままだ。

あってはならないはずの事故、同じ星の時代どころか別世界へ被験者が飛ばされると、誰が予想しただろうか。

 

 

 

「完全に不意打ちだったな、こっちが体制整えるまで無事で居てくれよ、陸斗クン――!」

 

 

 

 

年代不明 界離定礎値 C+ 氷樹未踏結界 クリスタルフォレスト

 

 




(!)NOTICE(!)

・フラワーナイト一同にサーヴァント属性が追加されました。
・この特異点のシナリオ攻略中はフレンドサーヴァントは使用できません、代わりに花騎士メンバーが参戦します。

(!)NOTICE(!)


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0.5節 交錯特異点A CMパート

FGO本家に合わせ、CM風プロットを投下すると――こうなります。


2018/6/9、15秒バージョンをリニューアル。


BGM  志方あきこ 誰が為の世界(一番から)

ナレーションCV: 前野智昭

 

 

 

 

 

<15秒バージョン>

 

 

 

「そこは、虫と花の加護を宿した乙女達が戦い続ける世界。百花の咲く花の里、「スプリングガーデン」」

 

シャドウサーヴァントと斬り合う花騎士たち。

 

和装に砲剣を持った女性とシャドウサーヴァントがつばぜり合いをし、彼女が身を翻す。

開けた視界の先には藤色の髪に黒い着物の華奢な少女が弓をつがえ―放つ。

 

鈴のような蒼い鉄槌を振りかざし、勢いのまま回転させカメラへ振り向く青いショートヘアの小柄な少女。

そして甲冑に覆面をした女性騎士と視線を合わせ、同時に上へ振り返る。

その視界の先にはナイフらしき何かを構えたシャドウサーヴァントが飛びかかる姿。

 

 

「人知れず人理を守った天文台は、別世界と邂逅することになる――」

 

ブラックアウトし、暗がりからカメラ目線で見つめてくる深紅の眼と髪の女性の顔立ち。

そこからカメラが遠ざかり、吹雪の中に立つ屋敷の姿が現れる。

 

「Fate/GrandOrder&フラワーナイトガール、コラボイベント開催決定―氷樹未踏結界、クリスタルフォレスト」

 

「近日、配信開始―!」

 

ホワイトアウトし、タイトル風画像。

 

 

*    *    *

 

<30秒バージョン>

 

「そこは、花の加護受けし乙女の集う場所」

 

 

樹氷と化した森を見つめる花騎士たちの後ろ姿、内二人は馬のような霊獣に乗っている。

木立を抜けるように場面が変わり、突っ伏した状態から立ち上がる時計塔装備のぐだ男(陸斗)と手を差し出すダ・ヴィンチ。

 

「そして、千年もの戦いが続く場所」

 

明らかに眼に生気がない蒼髪ツインテールの少女とモードレッドが得物をぶつけ合い、互いをはじき飛ばし距離を取る。

 

 

「決して交わるはずがなかった世界で、戦いの狼煙が上がる」

 

森の中にあるであろう街中で振り向くぐだ子、奥から小太郎と黒髪ポニーテールにした忍者のような少女が彼女を待っているかのように見つめている。

 

 

「fate/Grand Order、フラワーナイトガール、コラボイベント開催」

 

上空でスフィンクス&オジマンディアスと空中戦を繰り広げる蟲クリーチャー。

 

おどおどした仕草でカメラを見上げる藤色の髪に黒い着物の少女、横目からカメラに振り向くアルジュナ。

更に、ビリーとベレー帽から覗く桜色の髪にオッドアイが特徴的な女性が背中合わせに銃を構え、走り出す。

 

 

 

「氷樹未踏結界、クリスタルフォレスト。万花の騎士団――近日、配信開始!!」

 

 

 

停泊している飛行艇に向かって歩いて行く、ロングコートに荒れた髪型の男の後ろ姿。

そのコートの背中には「銀縁の黒い盾を金の剣、銀の桜花と不如帰の花が三分割」の紋章が。

 

 

ホワイトアウトしてタイトル画像。



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1節 白銀の 街道

前回のあらすじ。

人理修復を果たした藤丸陸斗とカルデア一同は戦力の備えを進めるため、そして実戦感覚を忘れない為にレイシフトを行おうとする。
だが、読み上げられた先は全く知らない地名であり―――?!


―風の音が聞こえた。

 

 

目は、開く。

足も、動く。

 

そして、身を切る寒さで目が覚めた。

周囲を見回して頷き、彼は叫ぶ。

 

 

「って、ここどこだーーーーー!!!」

 

周囲一帯は樹氷に覆われた白銀の森。

そして彼の前後につながる、よく整備された林道。

 

彼はその名を知らないが、此処はリリィウッドの大動脈、白百合の街道である…

 

 

ひとしきり吼えてみても、何も反応することはなかった。

そう、生き物の声一つすらも。

 

彼…藤丸陸斗の服装は、英国を本拠地とする魔術師の学院である『時計塔』、その生徒に支給されるローブである。

カルデアで念入りにカスタマイズされた「マスター礼装」と呼ばれる式服の一つであり、大概の環境に適応できるよう加工が施されている。

 

彼は一度立ち上がると、近くにあった樹を背に黙想する。

 

《おい、皆無事か?無事なら点呼に答えてくれ――モードレッド》

【おう】

 

《アルジュナ》

【は】

 

《オジマンディアス》

【我の名を呼んだな?】

 

《ビリー》

【はいよ!】

 

《小太郎》

【お側に】

 

《…ダ・ヴィンチちゃん》

【むぅ、ちょっと溜めたな?けど私はここに居るよ】

 

カルデアの召還形式では英霊(サーヴァント)は六名・六騎まで同時運用できる。

無論、その運用に耐えられるようになるには演算能力(コスト)が必要になり、本来は平行世界からの助力も合わせて戦うのだが―

 

それはひとまず置いておこう。

 

 

《無事みたいだな、けど概念霊装はダメだったか》

【完全に不意打ちだったとはいえ、こうやって全員無事なのは良かったよ―もしかしたら】

 

【うん?ダ・ヴィンチよどうかしたか?】

【いーや、何でもないよ太陽王。それにしてもココどこなんだろうね?】

 

その疑問の声に割り込むのはモードレッドだ。

 

【空気から何から全然違う、本当に異世界なんてとこに来ちまったんだな…マスター、こう突っ立てても仕方ねぇし、どこか街を――】

 

 

そう続けようとしたとき…かすかに、争う音が、聞こえた。

 

【!、誰かいる?!陸斗君、実体化しても大丈夫かい?!】

《むしろ頼む!モーさん、ビリー、アルジュナ、頼む!残りはスタンバイ――いや、音のした方への誘導を頼む!》

 

 

〔了解っ!!〕

 

 

 

サーヴァント達が実体化し、四人となった一行は音のした方へ走り出した――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃。

 

「コイツら、まるで影じゃない!このぉ!!!」

 

愛用のカノンブレードを叩きつける和風甲冑と紅葉の髪飾りが特徴的な少女―花騎士のモミジが叫ぶ。

その周りでも同じような戦いが起きていた。

 

 

一行は突如沸いて出た『影』との戦いを余儀なくされ、プロテアを守るように円形の隊形をとっている。

そしてその影もまた、倒されては沸いてというループに陥っていた。

 

「どれだけいるのよ!倒しても倒してもっ!!」

 

振り向きざま、砲剣を横薙ぎ一閃。

飛びかかろうとしていた影がかき消されるように消える。

 

その後ろで、電光が迸った。

 

「モミジさん、下がってください――『雷轟に 我は思う 雨来る』…!!」

 

その声の主はホトトギス。

だが、表情は樹氷の森へ踏み入る前と違い、キッと前を見据えている。

 

そして、その詠唱と同じ文を記した札を抜き放ち、即座に矢をつがえ、放つ!

 

「やあっ!!」

 

 

札を貫いた矢が雷へと姿を変え、影を三体ほど貫通して大木へ縫い付ける。

 

「ありがと、ホトトギス!って後ろ!!」

「え、は……」

 

気づいたときにはもう遅い。

外套をたなびかせた「影」が両拳を握りしめ、振り下ろそうとしたが――

 

 

「全然遅いっ!!ファイアッ!!!」

 

 

瞬間、それを貫く三発の銃弾と気迫。

たまらず、影はかき消えた。

 

 

「え?!・・・アンタ誰!!?」

 

 

へたり込んだホトトギス、砲剣の切っ先を銃弾の飛んできた向きへ構えるモミジ。

その切っ先は厚手の革ジャンとジーンズ、テンガロンハットと言った出で立ちの少年に向けられていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それとほぼ同じ時刻。

 

「プロテア様は私たちが守るんだ!だから、そこをどいて!!」

 

小柄な身体に似合わない、ベルを模したような形のハンマーを振り回す、水色のショートカットを外はねにした髪型の少女――オトメギキョウが叫ぶ。

音を立てて振り回された得物が影を穿つ――!

 

疲れを表現するかのように彼女は得物を杖にして肩で息をつく。

 

 

「うぅっ…まだ終わらないのぉ?」

「だが、そうですかといってここであきらめるわけにも行くまい!!」

 

泣き声混じりのその声を、エキゾチックな印象の女性―キリンソウが励ます。

 

 

「終わらない物事というものはないのだからな――」

 

そう言い、自身の得物であるクレイモアで小柄な影を両断する。

 

 

「とはいえ、皆消耗が…!!プロテア様、お怪我は!」

「大丈夫です、けどこのままじゃ――」

 

 

だが、事態は息をつくことを許さない。

 

「あっ?!くっ、抜けられ――」

 

親衛隊の一人であるクロスボウ使い・リカステの焦りの声と、二刀流のダガーを持った影がその姿を現したのは同時だった。

 

「このっ――何?!」

 

 

その影はたやすくキリンソウの剣を飛び越え、刃の腹を踏み台に彼女の頭上を飛び越える!

 

「私の得物を踏み台にしただと?!」

「こんな所で――――」

 

 

 

『させないよ!!』

 

得物をX状に構えた影は、かけ声と共に放たれたレーザー光ではじき飛ばされる。

 

「………」

 

 

乱入者の気配を察し、影は地面に伏せるように消えた。

それを皮切りに、他の影も霧散する。

 

 

再生は、しなかった。

 

 

 

 

 

「さっきの閃光と声…何者だ、姿を見せろ」

「間一髪だったのにずいぶんと剣呑な言い方だね?」

 

警戒心に集中したキリンソウの声に応えたのは結晶を浮かせた杖を構えた、いかにも魔術師といった風情の女性。

その美しさに、警戒心を忘れかける。

 

するとその女性が彼女等の方を振り向き、ほほえみつつ答えた。

 

「まぁ、私は理想の美しさを実現させてるからね、見とれるのも無理はない――それに、キミの主君は大丈夫かい?」

 

 

そう声をかけると、イブキからプロテアが降りてくる。

 

「危ないところを助けていただき、ありがとうございます。その――」

「ああ。自己紹介が遅れたね、私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。万能人さ」

 

 

そこへ三つほど追加で足音が近づいてくる。

 

「先生、間に合ったみたいだな」

 

 

その姿を見た瞬間、プロテアの表情が変わった――

 

 

「この人…この人です、私の予見に出ていたのは!」

「おや、私のマスターを知っている?詳しく話を聞いても良いかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから十数分後。

日は落ちかかり、たき火から少し離れてテントが2張り張られている。

 

 

「ひとまず用件をまとめるぜ、ココはスプリングガーデンって異世界で、樹海の国のリリィウッド。その主要街道である白百合街道だと」

 

そう言うのは、「時計塔」のローブに身を包み、左手の甲に赤い入れ墨を刻んだ青年。

彼は「藤丸陸斗」と名乗った。

 

「んで、その赤い髪の女の子はここの議員さんか」

 

 

その彼の後を継ぎ、ダ・ヴィンチが口を開く。

 

「そして君たちは花の加護を得て戦う花騎士(フラワーナイト)という存在で、故郷に帰るところだったんだね…それにしてもその有り様、まるでサーヴァントだね」

「サーヴァント…従者ということかしら?」

 

彼女の説にサクラが興味深そうに返す。

 

「仕組み似てないかい?世界花というマスターによって人外の力を付け加えられた、英雄と言える存在だなんて」

「そうねぇ…当たり前の力だと思っていて考えもしていなかったわ~」

 

 

 

 

 

「けどこの街道がこんなに真っ白になるなんて初めてのことよ?――はい、どうぞ」

 

それに答えたのは、どこか柔和な印象を持つ彼より年上の雰囲気の女性――花騎士のリカステだ。たき火の鍋からスープをすくい、青年へ差し出す。

 

 

「あ、ありがとう……美味い!」

「でしょ~?リカステちゃんのスープは絶品なんだから!」

 

盛り上がっている陸斗達の方を一瞥し、金髪緑目に赤をワンポイントに入れた中性的な姿の騎士――モードレッドが鼻息をつく。

 

「ったくよ、マスターもデレデレしちまってよ。道案内できるヤツが見つかったのは良かったけどさ」

「おや、モードレッド。嫉妬ですか」

「っば、俺がそんなこと考えるはずねーだろ!」

 

 

あくまで無表情に突っ込みを入れたのは彼女と――そしてたき火の向こうで談笑している陸斗と古い戦友でもある、『授かりの英雄』の異名を持つアルジュナだ。

 

 

一段落したのか、今度はプロテアが陸斗の方へ近づく。

 

「その、リクト…さん?」

「呼び捨てで良いよ、見た感じ俺と近い年頃だろ?」

 

「それなら―リクト君、貴方たちの旅ってどういう物だったの?聞かせて欲しいんだ」

「ああ、構わないぞ。一晩じゃ語り尽くせないってヤツだけどそれでもいいか」

 

 

 

そう言い、彼は話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を先輩と慕ってくれている少女との出会い。

 

人類最後の魔術師として歴史の消滅を防ぐための聖杯探索への旅立ち。

そして、策略によって見せしめのように焼却されたカルデアの所長の話。

 

竜が舞う国で、復讐のみによって動く墜ちた聖女とそれを止めるためにやってきた真なる聖女。

そして後世で暴君とされていた姫の真なる心を垣間見た話。

 

ローマの名を持つ二つの帝国と、それによって起きた混迷。

それを赤い少女皇帝と共に止め、その黒幕が召還した文明の破壊者と戦った話。

 

一面に広がる蒼い海で「太陽を落とした」海軍提督、優しき魔物、偶像の女神と出会い。

そしてどうしようもない愚者と大英雄と若き魔女、そして最悪の海賊を相手取り、大立ち回りをした話。

 

魔の霧立ちこめ、人外のモノがさ迷うロンドンを走り抜け、あるいは魔本と戦い。

魔術王と名乗った者に敵わなかった話。

 

夜明けを待つはずだった大陸に現れた、ケルトの狂軍。

そして自国のみ助かれば後はどうでも良いという発明王を説得し、共に戦った話。

 

燃え尽きた大地を征き、その向こうに広がっていた、『殺戮を踏み台にした理想都市』。

そのありように怒りを覚え、また果てなき旅を続けてきた銀腕の騎士と古代エジプトのファラオ達、暗殺者の祖と出会い、一筋の流星の矢に護られ――

盾の少女が真の姿を見いだし、世界の最果てを垣間見た話。

 

遙か太古、神々の姿があった古代ウルクで、人類に牙をむいた魔獣の群れ。

人類悪と呼ばれる、全ての生きとし生けるものの天敵との血戦。

それでもなお諦めることなく戦い抜いた都市国家と賢き王、最後に心を得た人形兵器の話。

 

 

 

 

 

最後に―

 

 

「終わりを知らなかったからこそ、それを悲観して歴史を書き換えようとした術式と、自分自身を犠牲に最後の始末をつけに来た本当の魔術王がいた。けどそれは――」

 

「…陸斗」

 

 

たき火に照らされる彼の顔には、あくまで無表情が張り付いていた。

だが、旧来の知り合いであるモードレッドは知っている。

 

否、サーヴァントとしてここまで共に来た面子は知っている。

どんな表情をしたら良いのか、分からないと言うことが。

 

その声を聞こえていないかのように彼は話を続けた。

 

 

 

 

「俺を――俺たちを支えていた、最高の医者との別れだった。そうして、あの世界の神の時代は本当に終わったのさ」

 

 

話が終わった頃には、もう辺りは完全に暗くなっていた。




ダ・ヴィンチ「ん?これは…誰かのスキル表かな?どれどれ――」


万能の天才、メモを一通り確認するとおもむろに端末を取り出し、それをスキャンした。
どこか興味が沸いたというような笑顔だ・・・。


ダ・ヴィンチ「サーヴァントになっても十分なスペックしてない?外見によらないね」


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2節 騎士と 英霊

前回のあらすじ。

レイシフト事故によってスプリングガーデンへやってきたカルデア一行は、ある騎士の集団を成り行きで助太刀する。

その一行は彼らが飛ばされてきた国・リリィウッドの議員とそれを護衛するために派遣された「花騎士」の一個小隊だった。



追伸:FGO式戦闘を小説で表すのってこれぐらいで良いのだろうか。。?指摘とかあればお願いします。

追伸2:いくらか演出を追加。




翌日、一行は白百合街道を西へ進む。

目指すは樹海の世界花であり、首都でもあるリリィウッド、なのだが――

 

「ほう、人ほどもある昆虫なぞ初めて見たぞ!」

 

交代で実体化していたオジマンディアスの声に花騎士一同がにわかに殺気立つ。

多少緩やかだった状態から、スイッチが入ったかのように。

 

 

その視線の向こうには、彼の言うとおり人を遙かに超えるサイズの蜘蛛やカマキリがたむろしていた――

 

 

 

「物珍しいのは良いけど、あれは害虫ですよ。いくらサーヴァントといえど勝てるとは思えませんよ?」

 

そう冷ややかに返してきたのは漆黒の甲冑に赤いショートヘアと二刀が映える花騎士のツバキだ。

だが、オジマンディアスは表情を崩さない。

 

それどころか更に不敵さを増した笑みを浮かべた。

 

「ほう、騎士風情が王たる我の実力を疑う――」

「おい、二人とも止せ。話が確かなら敵だろ?目の前でにらみ合い始めてどうするんだ」

 

 

一触即発と思われたが、陸斗が間に割って入り冷ややかに止める。

 

「む――ならばマスターよ、我をあの虫どもとの前線に出せ。どうにせよ我らが前に立ちふさがるなら踏みつぶさねばならぬのでなぁ!!」

「やり過ぎるなよ…モードレッド、ビリー、頼んだ」

 

『おっしゃ、出番だな!』

『相手は虫か、まぁ眉間を撃ち抜けば良いさ』

 

 

陸斗の呼び声と共に虚空に声が二つ響き、それが収まると二つの人影が姿を現した。

 

一人は金髪翠目に赤をワンポイントに入れた甲冑の騎士―モードレッド。

もう一人はウエスタンスタイルのガンナー、ビリー。

 

 

英霊達が展開したのとほぼ同時に、ツバキを含めた花騎士達も駆け出す!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは初手だ、オジマンディアス!『弾幕で足止めの後薙ぎ払ってやれ(QuickからのArts2連撃)』!!」

「よかろう!」

 

陸斗の声にオジマンディアスが答え、錫杖を一体の害虫へ翳す。

同時に多数の光の柱が空を割り、そいつに突き刺さる!

 

「我が前に姿を晒した褒美だ、有り難く受け取るが良い!!」

 

錫杖を回し、横薙ぎにするように振りかざす。

一拍遅れ、レーザー光が樹氷の森を切り裂く!

 

「ファラオに刃向かう愚か者めが!!」

 

まだ生き残っていた害虫に向け、実体化した『無貌のスフィンクス』がとどめとばかりに莫大なエネルギーを叩きつける。

 

その一連の動きで、害虫が一塊の黒焦げと化した。

 

 

「(なるほど、その口ぶりに裏付けされた実力は確かのようですね)」

 

その有様を目線だけで追いつつ、ツバキは迫り来る害虫を切り捨てていった。

 

 

 

これだけ騒音を立てれば次から次へと害虫が寄ってくるのは当然のことと言える。

だが、立ち向かう戦力もまた過剰状態と言える物だった。

 

「モードレッド、あのカブトムシ型を『引き離した後に力任せにねじ伏せろ(QuickからのBuster二連撃)!!』」

「おっしゃあ!!――虫風情が邪魔すんじゃねぇ!!」

 

 

荒々しい跳び蹴りから両手持ちに構え直した聖魔剣(クラレント)の二閃がカブトムシ型害虫を引きちぎる。

だが、その死角からもう一体のカブトムシが―

 

「ちぃっ!」

「駆除してやる!やああっ!!」

 

モードレッドが振り向こうとしたのとほぼ同時に爆発音と炎が上がる。

視界が戻ると、そこには焦げ茶色の髪に葉っぱの髪飾りを飾った、砲剣を構えた和風甲冑の少女の姿が。

 

ちなみに背丈はモードレッドと同じほどだ。

 

「は?!何だ!」

「私は一番になる!例え花騎士でない相手との共闘でもね!覚えといてよ!?」

 

「なんだ、アイツ…生意気言ってくれるじゃねぇか」

 

 

ふん、と鼻息をつくとそのまま次の標的を探して走り出した。

 

一方のビリーは。

 

「余り散りすぎるな、他のサーヴァントと連携をとれ!」

「りょーかい――喰らえッ!」

 

陸斗の指示を受け、ホルスターから即座に抜銃し迫り来るトンボ型害虫を吹っ飛ばす。

その彼の横をかすめるように莫大なレーザーが突き抜けていった。

 

「へっ?!何今の!」

「あらぁ?驚かせたかしら?」

 

振り向いた視界の先には、ベレー帽に桃色を基本とした和服と腰部に甲冑が合わさった服装の、彼より年上の顔立ちをしたオッドアイの女性――

 

 

「キミは――花騎士のサクラ?」

「そうよー、君は魔銃を見るのは初めてかしら?」

 

「初めても何も、最初からオーバーキルかましてない?」

 

 

そう言いつつ、振り向きざまにトリガーを引く。

銃撃二発、眉間に穴の空いた羽虫型害虫も二体。

 

銃を横に振り、空薬莢をはき出すとほぼ同時に次のクイックローダーを差し込みリロードする。

 

「そうでもないわ、害虫は頑丈な種類も多いのよー」

 

 

口調だけは穏やかに、彼女の言う魔銃は嵐のごとくレーザー光を撃ち出し続ける。

そしてそのオッドアイが一瞬鋭さを増した。

 

「さっきのカブトムシみたいに、ね!」

 

片方の銃口の先に展開された魔方陣を突き抜けた光が、再び光の柱となり巨大蜘蛛に大穴を空ける。

 

「僕は実弾、サクラ姉さんは魔弾って訳か。上手くタイミングあったらさ、一度勝負しない?」

「その申し出は良いのだけど、何時になるかは分からないわよ?」

 

そう会話しつつも、彼女と彼は背中合わせに立つ。

硝煙と花の香りが交差して――

 

「言ったからね?けどまぁまずは――」

「この害虫さんたちをやっつけちゃいましょう、かっ!」

 

ほぼ同時に二人が駆けだした!

 

 

 

「あらかた片付いてきたか、モードレッド、オジマンディアス!」

 

『!』

「『二人同時にかかれ、確実に仕留めてこい(Buster、Quick、Buster)!』」

 

「おうさ!さっさと沈めェ!」

「逃がしはせんぞ、逃れられるモノなら逃げ切ってみせるが良い!」

 

聖魔剣が最後の害虫を斬り上げ、その上から虚空を割って光の雨が降り注ぐ!

 

「終わりだァァ!!」

 

 

咆哮と共に全力で振るわれた、炎をまとう横薙ぎ一閃がそのまま戦いの決着となった――

 

 

 

 

 

害虫の後始末を終え、一行は西へ急ぐ。

道中――

 

 

「そういやよぉ、やけにオレに対抗心むき出しだったヤツがいたんだがありゃあ誰だ?」

 

そう言うモードレッドに答えたのはその少し後ろを歩いていたヒガンバナだった。

 

「ああ、モミジね。あの子、『一番』になることにこだわりすぎてて横から見たら怖いぐらいよ?うちの団長にも心配されてるわ」

「団長?あんた等の上司ってか?」

 

歩幅を落とし、横に並ぶ。

そうして見たヒガンバナの視線はどこか遠いモノを見るようだった。

 

「そう――ぶっきらぼうでお人好しの私たちのリーダーよ。それで居て心配性な所もあるし…そういうとこは」

 

遠くを見るような目から、何やらツバキと話をしていた陸斗の方へ目を向ける。

 

「貴女のマスターって人と似通ってるかもね」

「ふぅん――」

 

頭の後ろで手を組み、話すことも終わりそのまま歩き続ける。

 

同じように固まって歩くのはビリー・アルジュナ・サクラ・ホトトギスの射手組だ。

 

「所で、ホトトギス。貴女の技を拝見していましたが、独特な仕組みですね」

「ふぁ?!そ、そうですか?その・・・」

 

「ああ、私のことは呼び捨てで構いません。戦士としての立場は貴女方と同じですから」

「え、ええと・・ありがとう、ございます。魔術師の皆さんの詠唱を元にできないかな、って思って」

 

ほう、と感銘の声を漏らし、アルジュナが視線を近づける。

 

「ひ!・・・その、怖い、です」

「ああ、これは失礼――ですが、その特技は私が見たところまだまだ伸びしろがある。『宝具』の域に届くやも知れませんね」

 

そのセリフに彼女がきょとんとした表情を浮かべる。

 

「ほうぐ?その、それは・・・」

「私たちサーヴァントの切り札にして、通常の聖杯戦争であれば即座に正体をひけらかす切り札中の切り札です。ただし、その内容は各々で全く異なります」

 

そこへビリーが振り向き、話に加わる。

 

「僕の場合は『生前』の逸話を元にした早撃ちの技術、そいつが宝具として認定された雷霆の壊音(サンダラー)って事になるね」

「そう・・・なの?でも、私は」

 

「貴女はお気になさらず。生身の身体を持てぬ私達より生身の身体を持ったまま宝具まで至れる貴女方の方が伸びはある、そう思いたいです」

「うぅん・・・」

 

今ひとつ要領を得ないホトトギス。

今度はそこにサクラが入ってきた。

 

「けれど、この子私達の騎士団のなかで一番の古参なのよ?前へ行けない性格の分、周りをよく見て良いタイミングで援護してくれる」

「ふむ。ならばその間合いの読み方は貴重です。これからも上手く活かしなさい」

「その・・・・・・ありがとうございます。サクラちゃんも」

 

「いいのよ~!同じ騎士団の仲でしょ?」

 

 

話が一段落し、今度はビリーが話題を出してきた。

 

「そういや、この世界にも銃火器なんてあるんだね。けど、メンテナンスはどうしてる?」

「私のは魔力で全部済ませるわねぇ。ビリー君のはどうかしら?」

「そりゃあ時間かけて解体だよ。いざ撃とうとして暴発でもしたらたまらないからねぇ・・・結構長丁場だったしメンテしたいところだね」

 

そう言い、彼は一度言葉を切る。

 

「スプリングガーデンの銃火器なんてのも使ってみたいもんだね――」

 

 

 

 

 

 

 

後ろでそのような話がされているとはしらず、ダ・ヴィンチとツバキの間に挟まれて陸斗も歩いている。

 

そしてあごに手をかけ、ツバキが先ほど聞いた話を繰り返していた。

 

「貴方たちの居た世界はこちらとは全然違う魔法技術があって、歴史上の偉人を『使い魔(サーヴァント)』として使役できる…とんでもない事です」

「そうだ。俺なんかにはとても勿体ない偉人達、そのコピーのようなもんだ。無論、同じヒトとして思ってるさ」

 

「そうだね。オリジナルからも聞いたけど、マスター君はサーヴァントの扱う相手に特にこだわりはない、悪い言い方なら節操のないってところかな」

「オリジナル?それってさっき話していたカルデアと言うところにいる――」

 

「そ。設立当初に召還された、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の大本。といっても理想の美を体現して召還されたもんだからほとんど姿形は変わらないよ?」

「じ、自分と同じ姿がもう一人…訳が分かりませんね」

 

「まぁこの召還形式は魂の設計図をコピーしてきたようなモノだからね」

 

ダ・ヴィンチのその言葉にツバキが思案顔を浮かべる。

その脳裏によぎったのは、蟲とはまるで違う影の化け物だった――

 

 

「それなら、昨日私たちを襲ってきた影って―――」

 

 

 

そう話していると――鬱蒼とした空間が開かれ、明るさが一気に増す。

カルデアの一行がそれに気づいたと同時に元気その物の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー!見えた見えた!皆、あれが首都のリリィウッドだよ!」

 

大きく手振りをしていたオトメギキョウの声に一行の足が速まる。

たどり着いた先ではプロテアと親衛隊一行が感慨深そうに風景を眺めていた。

 

「帰って来れた…けど、これは」

「ええ――普通なら有り得ない事」

 

 

そうキリンソウと言葉を交わすと、プロテアがイブキの鞍から降りる。

 

「普通なら?何が普通――」

 

 

視界を譲ってもらった陸斗が開けた光景をのぞき込む。

 

 

水と土は凍てつき、円形のような壁にしきられた都市部と巨大という言葉でも足りないその中心に立つ広葉樹はかろうじて緑を保っており。

放射状に広がる橋には薄く白い物が積もっている光景が見える。

 

小さく見える物は守衛だろうか、動きづらそうな姿だと言うことは遠間からでも分かり・・・

 

まるで季節感がバラバラの光景が広がっていた。

 

その姿に普段はにこやかなダ・ヴィンチの表情が変わる。

 

「そんな――有り得ない、あってはならない事だよこれは」

「先生?どういう事なんだ?!」

 

陸斗の問いに彼女はどこからか端末を取り出す。

 

「これ見て。最初からおかしい数値がはじき出されてる。一番上の数値がマナの濃度、真ん中が含まれている属性、下が現代の基準から見た危険度なんだけど――」

 

 

それをのぞき込んだ陸斗も表情が変わった。

 

第七特異点(バビロニア)並に氷七割に水三割、危険度測定不可(UnKnown)?!何だよ、何だよこれ!!」

 

 

「どうやら私たちはただで帰れそうにないよ、マスター君……」

 




ビリー「ん?この表は・・・・・・」


銃士、謎のメモ帳をためつすがめつじっくりと眺める。
そしてそれから目を離したその表情は呆れと笑いを半々に含んだものだった。


ビリー「・・・・・・うん、真っ向から撃ち合うのは無理だこれ」


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3節 白銀の森の 世界花

前回のあらすじ

花騎士の一団と共にリリィウッド中心部へと向かうカルデア一行。

害虫の群れもまた、歴戦の英霊と花騎士たちにとっては敵ではなかった。
だが、樹海の中心部へたどり着いた彼らが見たモノは、白銀の樹氷に覆われた世界花の街並みだった――


首都であり世界花でもあるリリィウッドは、湖の中に浮いた浮島のような形をしている。

清らかさを感じさせる名前の通りの巨大な百合の花も、樹氷の森と合わせて見ると冷え切ったような印象を受けた。

 

一行はそれを見下ろせる位置の小高い場所から街道を伝い、放射状に伸びた橋の一つにさしかかった。

 

「一面凍り付いてますね、まるで冬そのものです」

 

そう言うのは赤錆色の髪で目を隠した忍者装束の少年・風魔小太郎。

かつて戦国時代のとある大名に仕えていた忍者集団、その首領である。

 

その声にオトメギキョウが答えた。

 

「コタロウ君だっけ?君もこんな風景って知ってるんだ」

「ええ。『生前』の話になりますが。それにしても、話を聞いていればこの湖はずいぶんと水量が多い。それが凍り付いているとは」

 

思案するかのように彼は声の調子を落とす。

それにつられ、オトメギキョウも周囲を見回す。

 

「話してたら段々と寒くなってきちゃったよ・・・門が遠く感じちゃうなぁ」

 

 

そんな話をしつつ、一行は数あるうちの門の前までやってきた。

 

「止まれ、ここより先は入国審査を受けてもらう」

 

 

「物々しいですね、どうしましたか」

「どう・・・・・・って貴女はプロテア様!」

 

予想外の人物がいたという驚きに門番――陸斗より一回りほど年上ぐらいの男性兵士―が固まる。

だがそれも一時的に、彼は事情を話し始めた。

 

「ええ。ここ最近花騎士のような影や兵士ではまず敵わない影が出没しており、入国検査を厳重にしているのですよ」

 

影、と言う言葉に陸斗の表情が変わる。

 

「門番さん、その影って倒したらチリみたいになるヤツだったか?」

「ん――そうだな、かろうじて倒した仲間からそんな話を聞いた。だからどうした?」

「いや、その答えだけ聞きたかったんだ、ありがとう」

 

 

そう受け答えし、彼は考え込むように押し黙る。

それと入れ替わりにプロテアが進み出た。

 

「彼らは花騎士達と共に私をここまで護衛してくれました、私の名にかけて安全だと言いましょう――それで良いですか?」

 

 

視線をもそらさない言葉に、門番はうぅむと息をつき。

 

「申し訳ない、上長に確認を取らせてもらいたいです」

「・・・分かりました」

 

 

彼女の言葉を聞き、彼はきびすを返すと城塞の中へと早歩きで戻っていった。

 

「プロテアちゃんの威光でも時間がかかるなんてねぇ。休めるならさっさと休みたいわ」

 

そう言いつつ、ヒガンバナがぼんやりと九尾を動かす。

その後ろで思考から戻ってきたのか陸斗がその動きを目で追っていた。

 

「―何よ、気になる?」

「ああ・・・その、すまん。俺のサーヴァントの中にもお前みたいな特徴のヤツがいてさ」

 

 

その話に不機嫌そうだった表情から驚きの表情へと彼女は顔色を変えた――

 

「別世界の九尾の狐って事よね?どんな子よ」

 

その質問に陸斗は少しばつが悪そうに答える。

 

「九尾というか、能力を分割したから一尾になってるんだけどな。本来はアンタと・・・ヒガンバナと同じ魔術師なんだが、俺の知っているヤツは槍兵のクラスに切り替わってる」

「昨日話していたところね、英霊は逸話や得意とした得物によって七つのクラスに大分類され、ごくまれに例外がいるって」

 

「ああ、そうだ。カルデアの召還形式は英霊という情報を最低限まで圧縮し、結果弱体化させちまう。その代わり何名かを同時に使役できるって具合だな。

 んでその圧縮情報が『霊基カード』なんだが――」

 

 

そこまで言い、彼はローブの下からモードレッドの姿が描かれた霊基カードを取り出し、陽にかざす。

 

「どういう原理か分からんが、この霊基カードをハッキング・・・無理矢理書き換えられるヤツがいる。そいつに乗せられた結果、何騎かカード情報が変化したのが見つかってな・・・・・・

 脱線しちまった、カルデアの九尾の狐がどんな子かって話だったな」

 

 

息を整え、もう一度口を開く。

 

「玉藻の前といって、かつての都を大混乱に陥れた九尾の狐そのものだ。けどまぁ表面上こそは丸くなってるみたいだがな」

「ふぅん、それで性格は?趣味とかは?」

 

「性格は――そうだな、あざとくて多少やり過ぎなくらい一途って所かな。今は居ないがお前を目の前にしたらまず間違いなく驚くと思うぞ?」

 

 

そう話が終わるのと入れ替わりに、先ほどの門番が戻ってきた――

 

「確認が取れました、こちらを」

 

 

そう言うと彼は丸められた書簡をプロテアへ渡す。

 

「これは?」

「身分の保証書、及び皆さんの入場許可証となります。受付に話を通しましたので、これを見せれば市街地への入場ができます」

 

「そうですか――お疲れ様」

 

 

は!と敬礼を返し、番兵は持ち場へと戻っていった。

それを一息ついて見やり、彼女は一行に振り返る。

 

 

「皆、お待たせ――行きましょう」

 

 

 

 

 

手続きを済ませ、一行は市街地へと足を進める―

 

 

 

「――すげえ」

 

市街地へ一歩足を踏み入れた第一声。

それは陸斗からだった。

 

ごく自然に樹と生活が一体となった、まさに森で生きるというこの国を表すような町並みが並ぶ。

だが、道行く人はどこか凍えているかのように身を震わせ、足早に歩いて行く。

 

「・・・結構見られてるな、そんな珍しいもんか?」

「モードレッドならまだいいよ、僕は結構ココにそぐわない格好だとおもうけどさ」

 

「――気まずかったりしたら霊体化しとくか?」

 

「そうだね―何かあったら呼んでよ」

 

そう流れるようにやりとりをし、ビリーを始めとした英霊達の姿が風に吹かれる塵のように消える。

英霊の特徴の一つである霊体化だ。

 

 

「分かっていたが、目の前で人が消えるって言うのもなかなか怖い物だな」

 

肩をすくめ、キリンソウがそう感想を漏らす。

それを横目に、プロテアが何か思い立ったように陸斗の方へ振り向いた。

 

「ところで陸斗君、サーヴァントの使役ってずいぶん魔力を使うみたいだけど、今は大丈夫?」

「ん?ああ――」

 

 

そう返事を返し、魔力を確認しようと黙想する。

だが、ここで異常なことに気づいた。

 

「・・・・・・おかしい、魔力を感じ取れねぇ」

「マスター君のパスから流れてくる魔力がないけど、現に私は現界できている?・・・まさか」

 

「訳知り顔で頷かれても困るぜ、どういう事だよ先生」

 

 

ふむふむと頷くダヴィンチに陸斗が問いかける。

それに対し、彼女はこう答えた。

 

「バビロニア並の魔力が空気中にあるからこそ私達はこうやって動けるって事だよ。けどこのままだといつ電池切れを起こすか分からない」

「は?!じゃあどうすれば」

 

「―どうすれば良いかは知っているんでしょ、プロテアちゃん」

 

「はい・・・ダヴィンチさんの予想通りです、今の陸斗君はスプリングガーデンの魔力を『知らない』上に、拠点であるカルデアからのバックアップもない。だから魔力がなくなりかけている」

 

「言われてみれば――確かに。ってか周波数の違う機械を無理矢理使おうとしてるって事か?」

「しゅうはすう?・・・は分からないですが、色合いの違う魔力を使えていないというのは事実です」

 

「なるほどな―それなら、どうすりゃあいい?」

「ええ。もう少し付き添って貰います、親衛隊の皆も」

 

向けられた目線と言葉に、たたずんでいた親衛隊の一同が頷く。

 

「んで、俺はどこに行けば良い?」

「それは――」

 

 

プロテアが指さした先は青空を突き抜けて伸びる大樹だった。

すなわち、国の名と同じ名を持つ世界花―リリィウッド。

 

 

- * - *- *-

 

 

 

視点を変えよう。

 

陸斗の消失に蜂の巣をつついたような騒ぎになっているカルデア管制室。

そのうちの一つの端末を叩いていた職員が上座に振り向き、声を上げた。

 

「こいつか!技術主任、陸斗君のレイシフト先と思われる反応を確認しました!!」

「出たか!見せてくれ!」

 

その声の方へ、「もう一人の方の」ダ・ヴィンチが駆け寄る。

そしてその瞳がせわしなく動き、情報を読み上げ始めた。

 

「――ちょっと待て、この反応は――聖杯、だって?!」

「と言うことは、今までの特異点のように人理を歪めようとしているモノの仕業だと?」

「ああ。それに、数打ちとはいえ聖杯なんて代物を早々簡単に作れるヤツがいてたまるか。それこそ、ソロモン七十二柱の魔神でもなければ」

 

そこまで言い、彼女は一度目を閉じる。

そして黙想し頷くともう一度目を開けた。

 

「よし、キミはこの座標になんとか通信ができないか試してみてくれ。手段は何を執っても構わない」

「了解!」

 

 

 

 

- * - *- *-

 

 

そして、視点は戻る。

カルデア管制室の修羅場を陸斗は知るはずもなく・・・

 

彼は花騎士一同に連れられ、市街地の陰にある小さいほこらの前に来ていた。

 

「それで、俺は何をするんだ?」

「ええ――この祠のご神体に触れてみてください。世界花が貴方の害意がないことを読み取れば、力を貸し与えてくれるはず」

 

 

その『ご神体』と指し示されたモノは、鉱石を削って作られたような感触の百合の花束だ。

蒼銀色と言えば良いのだろうか、不可思議な色合いと光を放っている。

 

 

「――立ち止まってても仕方ねぇ」

 

そう一言呟き、彼は花束を――令呪の刻まれた左手で触れる。

瞬間。

 

 

『――――?!』

 

 

一瞬だけ意識が飛んだ。

だがそれも一瞬で治り、恐る恐る銀百合から手を離し、手を握り込んでみる。

 

問題なく動く――

 

「待って、陸斗君その令呪は?!」

 

ダヴィンチの声に、彼は左手甲をよく見る。

 

すると、そこには見知った存在である赤い令呪に書き足されるように銀色の葉っぱを模した『四画目』で『蒼銀色』の礼呪が刻まれていた。

 

 

「――マジかよ、四画目の令呪なんて」

 

 

そう漏らした声は、あまりの展開の早さについて行けていないという陸斗の心情そのままの唖然とした声だった・・・・・・




(!)NOTICE(!)

このシナリオ中のみ、令呪が四画となり、凍結状態から解放されました。


※結構無理矢理展開だったかも知れない。


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異節 Ⅰ 境界からの漂着者

これは、リリィウッド樹氷化異変の一週間前の出来事だ。

 

 

 

ブロッサムヒル・リリィウッド・そしてウィンターローズ。

この三国の境目は人里が近くに存在しなく、なおかつ領土問題も合わせ複雑な地域となっている。

 

その地の一角に、二年ほど前に出来た基地が一つ。

 

 

構えとしては典型的な様式の平城だろう、塹壕と逆茂木で壁の周囲を護り、その上に建つ石造りの城壁は「僅かに」使い込んだような風合いを保っている。

対物用―もっとも、使う相手は今現在害虫しか居ないが――の大砲の姿が壁に開けられた小窓から覗いている。

 

 

執務室のある中規模程度の城塞、騎士団の設備として一般的な訓練場に隊舎、それに倉庫群。

訓練場ではまばらな人影が思い思いに運動したり得物の様子を確認する姿が見て取れる。

 

そして城塞の頂上に立ち、風を受けてひるがえる旗は、白い布地に『黒い盾を三分割する金の剣と銀の桜花、不如帰の花』の紋章。

 

その下に部隊番号を示す「10」の数字が記されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブロッサムヒル第十外郭騎士団、「エーオース」。

それがこの城塞の主人である彼女ら――花騎士団の団名だった。

 

 

だが―今この時間、城塞の主である男は執務室には居ない。

 

彼は一人、魔力灯に照らされた地下通路を歩いていた。

硬くまとまった黒髪と肩幅の広い姿が灯りに照らされ――そして彼は通路の行き止まりで立ち止まる。

 

「――」

 

そのまま無言でロングコートの内ポケットを探り、手のひらほどの角張った板を取り出す。

そしてそれを巧妙に隠されたスリットへ通した。

 

地震と共に隠し扉が開く―――

 

 

訪問者を察知し、天井へ備え付けられた魔力灯が室内の――否、格納庫の奥から順に灯をともす。

そこに照らされた内の一つには、クジラを模したような姿の飛行船があった。

 

「(例の船は異常なしか?まぁいい、一緒に見れば)」

 

一瞥した目線を正面へ戻し、彼は格納庫の奥へと足を進めた。

その後ろで、隠し扉が音を立て閉まっていった――

 

 

 

やがて、彼は格納庫の突き当たりに安置されていたモノの前で足を止める。

それは、「スプリングガーデンでは」有り得ないもの。

 

鋼のケージに固定された、人ならざる鉄の巨人。

その大きさは見上げる彼の背丈の三倍ほどか。

 

そして片隅には、内側から輝き続ける黒緑の結晶と言うほか無いモノがシリンダーの中空に浮いたような姿で保管されている。

 

 

「俺がこの世界へ流れ着いた原点、か。何度来ても思い出すな」

 

 

そう言い、男――ブロッサムヒル第十外郭騎士団「エーオース」団長、シャーレイ=ガルベルトは瞑目した――

 

 

 

 

 

 

 

*             *           *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春の庭とは似ても似つかない、鉄と緑の輝きが覆う世界。

その名は、復興歴――

 

その世界を席巻しようとする勢力と、それを食い止めようとする勢力の戦いが繰り広げられるようになってどれほど経ったのか。

 

これは、そんな戦場を生きた、ある傭兵の終わりと始まりの物語だ。

 

 

 

 

「――ぐうっ!!」

 

うめきと共に、その主の意志を受けた鉄の巨人が身をよじる。

半瞬遅れ、迫っていたドローンが爆散、炎をまき散らす。

 

勢いに乗ったままのバックステップで体勢をたてなおした巨人。

そのまま機体を操りつつ、コクピットに座る人物は目線をせわしげに動かし、周囲の情報を把握しようとしていたが―

 

 

「プラントは押され、例の要塞はまだ健在、俺自身はここに孤立――大失態だな、だが!」

 

積まれていたコンテナを盾に、一度ドローンから距離を取る。

だが、たった一機で逃げ切るには限度があった。

 

瞬間、コクピットに警告音が鳴り響く――

 

「しま・・・・・・!!」

 

対処する間もなく、彼の乗る機体――ブラスト・ランナーと呼ばれた5メートル程の鉄の巨人は飛来したミサイルの乱打に吹き飛ばされ、火だるまのまま海へと消えた―――

 

 

・・・この日、一人のボーダーが行方不明と記録された。

その記録も、時が経つにつれ忘れ去られていった。

 

 

 

――「この地上」からは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・

 

 

 

 

 

 

 

全身に走る痛みで、彼は目を覚ます。

 

「ぐ…生きてる、のか――」

 

半ば無意識にコンソールを開き、システムを呼び出す。

 

「日時は、ここはどこだ――」

 

暫く、端末を叩く音がコクピットを満たす。

やがて、電子音が小さく鳴った。

 

「―――!!」

 

彼は画面へ目を走らせる。

その一秒一秒ごとに顔が険しくなっていき――脱力して座席にもたれかかった。

 

「現在地も日時も不明だ?冗談だろと言いたいがな」

 

気を取り直し、更に彼は別の情報を入力する。

――つまり、ニュード反応の有無。

 

 

復興歴のボーダーは多かれ少なかれ、一定値以上のニュード耐性を得ている。

そしてそのニュードによって生かされていると言っても過言ではない。

 

だが、それも――

 

「ニュード反応なし?!大気汚染度は清浄すぎるくらいときたか……」

 

にっちもさっちもいかないとはこの事だろう。

ニュードのない世界、自身は一日と保たず死ぬ――それなら。

 

「最後に、外を見てから死ぬかな」

 

 

自嘲を僅かに含んだ声と共に、彼は最後の操作を入力した。

 

――コクピットハッチ、解放。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*          *          *           *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煌々と照らす太陽が彼を出迎える。

それまで閉所にいた故にたまらず彼は目を閉じ――やがて、目が慣れたのかもう一度目を開いた。

 

どうやら、愛機は仰向けに流れ着いたらしい。

らしい、というのは――

 

「ここは…海岸、か」

 

かけ声と共に座席から機体に足をかけ、立ち上がる。

 

どこか刺々しさすら感じたような復興歴の空気とは正反対だ、と言う思いが彼を満たした。

機体から降りて辺りを見回せば、自然のままといった光景。

 

否、二箇所ほど奇妙なモノが彼の視界に飛込んできた。

 

「――――なんだ、アレは…桜の木に…バナナ?」

 

 

それまでの彼の常識からすれば有り得ないはずだった巨大な大樹。

別天地、別世界と言う単語しか思い浮かばなかった。

 

 

「――そこの貴方」

 

不意に声がかけられる。

明確な意志を感じさせるような女性の声だ。

 

「?」

 

その声の方へと彼は振り向く。

彼の視線の先、そこには一人の女性――いや、少女の姿があった。

 

深紅の装飾性が高いドレスに、彼の目線から見れば小柄な姿。

そしてその背中には蔦の意匠が施された短弓を背負い、腰には矢筒を提げている。

 

混じりっけの無い漆黒の髪を二つくくりにまとめ、警戒に鋭さを増した瞳は鮮やかな翠眼。

 

 

そんな少女が、彼女からすれば未知の素材で出来た服装の男に警戒心を抱くなというほうが無理な話だ。

 

警戒心そのままというような声と共に次の話を紡ぐ。

 

「何者ですか?」

「何者、ったってなぁ…(――言葉が通じる?今俺は何を話して)」

 

煮え切らない彼の態度に彼女は眉を持ち上げた――が、すぐにそれを収める。

そして彼の元へと歩み寄ってきた――

 

「そもそもここは何処で、俺は何で流れ着いていたのか。それすら分からん」

「ふざけないで下さい――と言っても」

 

彼女は彼が足場にしていた未知の鉄巨人を一瞥する。

そして彼の方へ視線を戻した。

 

 

「本当に何も分からないようですね…いいでしょう、しかるべき場所で洗いざらい話して貰いますよ」

「――何処に案内されるんだ?それでお前は何者だ?」

 

「…ブロッサムヒルの王城に、です。私は花騎士のカーネーション、この国の外郭警備隊の一人ですよ」

 

名前は?と彼女―カーネーションと名乗った少女が僅かに警戒心を下げた気配と共に彼の言葉を促す。

 

「――ト・・・いや、違うか」

 

自身の半身と言って良いような傭兵としての名を、彼は名乗らなかった。

 

 

 

「シャーレイ、シャーレイ=ガルベルト。右も左も分からない流れ者だ」

 

 

 

 

 

*     *      *      *

 

 

「彼」がブロッサムヒル南部海岸に漂着してから十数分後。

 

花騎士と名乗ったカーネーションという少女と、彼女の部下であろう数名の女性兵士に連れられ、一路北へと向かう。

大まかな地名や位置関係もこの時に話し合い、やっとという状態で情報を得るのだが―その内容は彼の想像を超えていた。

 

 

「一人の女王の欲から始まった千年戦争」

 

「ええ」

 

「そして、人と共に生きていた虫は害虫へと変貌した」

 

「その通りです」

 

「それで、お前さんや周りの兵士達は花の加護を元に戦う力を持った花騎士(フラワーナイト)か・・・」

 

 

「基本的な話はこれで全てですね、分からないところはありませんか?」

 

 

「話を一通り聞いたが、お前は『森』の世界花の加護を受けたんだろう?ならなんで加護を受けていない世界花の国に?」

 

そのセリフを耳にし、彼女が軽く目を閉じて頷き、また目を開く。

 

「中央より辺境のほうが花騎士の人手が足りない、それだけの事ですよ。リリィウッドならまだ行き来も楽ですからね」

 

 

こうして一通り話を聞きつつ歩いて行くだけで、もう何時間経ったのだろうか?

そもそも時間は地球の――復興歴の数え方と同じなのか?

 

 

「何もかもが、清々しい」

「そう感じて貰えたのなら良かったです。けど、それだけじゃないのももう分かっているでしょう?」

 

復興歴(むこう)ではまずお目にかかれないほどの高く澄んだ空。

だが、更に目と耳をこらせば不穏な羽音や行軍する花騎士達の軍靴や鎧の音も聞こえてくるような気配がした。

 

 

そして、悲鳴も。

 

「(――千年戦争のさなかだ、ましてここは人里から遠い)」

 

誰かの呼び声が聞こえた気がした。

だが、それはもう彼の耳には入らない。

 

「(~~~~っ、仕方ねぇな!!)」

 

意を決し、彼は悲鳴の先へ走り出した――

 

 

 

 

 

 

 

*        *         *

 

 

一人の少女が、血相をかえて走る。

 

薄紫色の髪に東洋的な袴と小袖、顔立ちも背丈もまだ幼げだ。

 

 

「はっ、はっ、は―――きゃあっ!」

 

小石に足を取られたのか、彼女にとっての極限状態が長く続いたからか、またはその両方か。

どれにしろ、走った勢いのまま彼女はつんのめり、転倒する。

 

そこに迫るのは数匹の蜂型害虫。

身の丈は彼女の半分ほどもあり、もはや「虫」と呼ばれる領域ではない存在だと思わせるには充分だった。

 

「いや・・・私、こんな―――」

 

 

腰が抜けて動けなくなった彼女に、針が―――

 

「させんぞ!こっちだ虫ども!!」

 

咆哮一声、蜂型害虫がシャーレイへと向く。

呆然とする彼女へ彼は続けざまに吼えた。

 

「逃げろ!」

「え――」

「いいから行け!」

 

 

その勢いに圧されるように彼女は駆けだす。

だがそれと引き替えに彼は蜂型害虫の陣に取り残される形となった。

 

 

突然走ったからか、異星物質(ニュード)が尽きかけたからなのか、その両方か。

彼の全身はとたんに重くなる。

 

だが―――彼に悔いは無かった。

 

「(長年傭兵やってきて、最後は新天地で倒れるか。俺にしちゃあ綺麗な終わり方・・・)」

 

それは、誰一人知るものの居ない異世界へ放り出され、ただ朽ちるだけと己自身を決めつけた諦めか。

自嘲じみた思いと共に、彼は大針を――受け入れなかった。

 

「―――違う、俺は・・・・・・生きてやる!!」

 

ほとんど無意識に彼は吼えていた。

 

それに呼応したからなのか、身体の奥で、鼓動が響く。

全身が、燃えるように熱い―――!!

 

右手を握りしめ、まるで太陽を掴むような姿と共に放たれた言葉は――――

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そこから、更に時間が進む。

途中保護した和装の少女を護衛する形で加えた一同は首都ブロッサムヒルへと到着した。

 

だが、カーネーションの顔は険しいままだ。

それもそうだろう――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

だがそんな彼女の懸念に彼は気づかない。

当の彼はというと――

 

「あの、その・・・ありがとう、ございます」

「いいさ、気にするな。それよりもお前は何で一人であんな所に?」

「それは、その・・・・・・」

 

口ごもる彼女。

よくよく見ると、どことなく頬を赤らめている。

 

「えっと・・・」

 

 

答えようとしていた言葉は続かなかった。

 

「無事か――心配かけさせて」

 

沈着さ、と言う印象がまず先に思い至る声が彼女の背を打つ。

それに、ゆっくりと振り向く。

 

その先にあったのは、いかにもと行った風情の武人の姿。

 

彼女の髪の色に近く、だが暗さを増した暗紫銀色というべきか――の髪。

外見の年印象とは裏腹に、その足運びも四肢もしっかりとしている。

切れ長の眼は衰えという気配すらない。

 

東洋的な板を連ねた鎧に、左右には双剣――いや剣にしては非常に細い――を佩いている。

 

 

「お、お父様・・・!」

「まずは無事で良かった。娘を助けてくれたのは貴公らか?」

 

「はい――正確には彼が」

 

カーネーションの言葉が終わるか終わらないかのうちに彼はシャーレイの真向かいまで足を進める。

そして――にらみ合った。

 

彼の頬に、冷や汗が浮かぶ。

それはまるで―――

 

「(この老練の気配、こいつは・・・・・・()()()だ)」

 

不意に、緊張が途切れる。

そして彼が口を開いた。

 

「ほう・・・この目線を受けて目をそらさないとは。貴公も修羅場をくぐり抜けてきた人間のようだな」

「貴方は誰なんですか・・・?」

 

威圧感が抜けきらず、意図せず敬語を返すシャーレイ。

だが、それをほぐすように壮年はほくそ笑む。

 

「そうだな、自己紹介しておこう。私はトウシロウ、タマキ=トウシロウだ。ベルガモットバレーのいち騎士団長をしている」

「――シャーレイ、シャーレイ=ガルベルト。ただの流れ者です」

 

うむ、と壮年―トウシロウは深く頷く。

 

「名前は覚えさせて貰ったぞ、何せ娘の命の恩人だからな・・・だが時間が惜しい、今はこれで失礼する。いずれ、何かで礼をしよう――いくぞ」

「・・・はい」

 

 

それでは、と一礼し彼女は父親の―トウシロウの方へ小走りについて行った。

 

「貴方、大物に目を付けられましたね」

「・・・大物?それってどういうわけだ?」

 

「――いずれ、分かりますよ」

 

 

そういう彼女の顔は、どこか達観したような表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*            *           *

 

 

「――ん、シャーレイ君!」

「・・・・・・うん?」

 

見知った・・・どころか、耳なじみすぎる声に彼は意識を戻す。

見回すと、その先には和洋を合わせた装束にピンク色の髪を三つ編みにまとめたオッドアイの女性の姿。

 

「サクラ?なんでここに」

「なんでじゃないの。もう夕食の時間よ?それに地下に長く居たら身体を冷やすわよ?」

 

 

この花騎士サクラもまた、シャーレイが率いるエーオース騎士団の二大副官の片割れだ。

いつも朗らかな顔をしている彼女には珍しく、ふくれっ面をしている。

 

だが一通り話すと、いつもの朗らかな雰囲気へと戻った。

そして彼女も安置された機体を見上げる。

 

 

 

しばし黙想し、彼女は彼の方へと向き直った。

 

「記憶に浸るのも良いけど、私達のこともちゃんと見てくれないとダメよ?」

「分かってるさ・・・待たせたな、行こう」

 

 

 

そして二人は連れたち、地下の秘密格納庫を後にした。

 

 

黒緑の結晶が脈動するように光り――そしてその灯を落とした。

まるで、「役目は終わった」と言うように。

 

 

 

 

 

 

 




花騎士団長キャラ紹介/1



名前:シャーレイ=ガルベルト
CV/前野智昭(敬省略)


身長171cm/体重69kg
年齢:23(復興歴でMIA認定された時の年齢)

転移する前は復興歴時代の機動兵器乗り、ボーダーという傭兵だった。

転移時の服装は「軽装スーツ/青」、「スタイルパーマ/黒」+「スポーティーグラス/黒」

性格としては傭兵らしく契約第一主義で淡々としている。
だが、契約にないから人命を見捨てる、といった冷血漢では断じて無い。

紆余曲折、悪友とも先輩とも言える人物や風の谷の老騎士団長との出会いを経て転入したブロッサムヒル騎士学校・騎士団長育成コースを卒業。

同国の北西部国境砦を中心とする防衛及び巡視任務を主とする外郭騎士団・エーオースを立ち上げる。
この時、花騎士のサクラとホトトギスが志願して付いてきており、また砦ではカーネーションが彼らを出迎えた。


執務室にはかつての愛機で使っていた砲剣を人間サイズに縮めたモノを安置しているが、これは実用も可能。
鍛錬として度々これを振るっている。


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4節 花の意思と ヒトの意思

前話までのあらすじ。

凍り付いたリリィウッドの中心へたどり着いた一行。
時間こそはかかったものの、無事都市部へと到着する。

これまでの戦いで魔力切れ寸前だった陸斗は、プロテアの案内で世界花の麓にたどり着く。
そしてその先の「ご神体」から四画目の令呪と魔力補充のパスを得るのだった・・・


祠から市街地中心へと一行は移動する。

 

「それにしてもプロテアちゃん、思い切ったことしたわね?」

 

道すがらそう声をかけたのはリカステである。

その声にプロテアは小さく頷いて視線を合わせて答えた。

 

「何かが変わる、そんな直感に従って、ですけどね」

 

 

後ろで交わされたそんな会話を知らず、陸斗は脳裏に刻まれた言葉――否、「対話」を思い出していた。

 

 

 

 

 

-*-*-*-*

 

 

『異物が入り込んだと思えば、今度は別世界の人間か。何のために来た?』

 

そう無愛想な女の声が、俺の思考に響く。

俺はただ、思った通りのことを答えた。

 

 

―何のためにも何もない、気づいたらここに来たってだけだ。

 

 

『だが、この場に来てしまった以上、お前はやるべき役割があるはずだ』

 

―・・・、役割・・・なあ、アンタ。ええと・・・

 

『リリィウッド・・・いや、紛らわしいからオリヴィアと呼んでくれ』

 

―じゃあオリヴィア、そっちはこの世界で見かけられるようになった「影」を知っているか?

 

『勿論だ。私の子らやヒトでも手を焼いている様子が伝わってきている』

 

―間違いない・・・そいつらはシャドウサーヴァント、英霊のなり損ねだ。花騎士の皆が苦戦するわけだ・・・

 

『ふむ、ならそう言うお前はアイツらと戦えるのか』

 

―俺が直接は戦えないけどな。サーヴァント・・・俺の世界の偉人達と連携してどうにか、ってところだ。

 

『そうか・・・ならば、この事態をお前は解決できると?』

 

―確信はない。けど、俺は元の世界に帰りたい、帰らなきゃあいけない。その為ならあがき抜くつもりだ。

 

『だが、お前の魔力は枯渇寸前じゃないか――仕方ない、少し後押ししよう』

――・・・え?

 

 

 

『――本当に、特例だからな』

 

 

 

 

-*-*-*-*

 

 

「・・・ん、陸斗君!」

「お、ああ、どうしたんだ」

 

 

どうしたじゃないよ、とあきれ顔でプロテアが答える。

そしてキリンソウは明らかな不機嫌顔になっていた。

 

「私達はこれで元老院へ帰るけど、君はどうするの?」

 

その言葉に、彼は間に合わせで買ったポシェットに手を伸ばす。

 

「適当に宿でも探す。害虫の戦利品や生命の結晶とやらで代価にはなるんだよな?」

「そうだけど、君ココの文字は読めるの?」

「看板の絵を見てけば分かると思う、これ以上世話になるのもまずいしな」

 

 

世話になったな、と言い彼は街並みの中へ消えていった。

 

 

 

「(とは言ったが、当ても特にないしな――せっかく異世界とやらに来たんだ、適当にぶらつくかな・・・)」

 

 

そんなことを思いつつ、彼は露店が軒を連ねている通りへ足を向けた。

 

 

-*-*-*-*

 

彼が商店街の入り口へ来たのとほぼ同時刻。

霊体化し、透明となったモードレッドもまた当てもなく漂い続けていたが――

 

「(ん?アイツ確か花騎士のモミジだったか?)」

 

和装の甲冑に紅葉の髪飾りをつけた少女がある施設の中へ入っていく所を見かける。

 

「(ちょいとつついてやるか。なんか分からねぇが魔力の補給も始まったしな)」

 

 

ニヤリとほくそ笑みつつ、施設の中へ――花騎士用の訓練施設へと入っていった。

 

中に広がっていたのは、分厚いレンガの壁に覆われた運動場のようなモノだ。

見た目の予想とはまるで違い、奥行きも幅もずいぶんと広い。

 

それこそ、簡単な訓練なら余裕でこなせる程度に。

 

 

更に目をこらすと、木製だろうと思われる焦げ茶色の武器が武器架けに並んでいたり、無造作に籠に放り込まれている。

そこへモミジが近づくと、自身の得物―砲剣を武器架けの木剣と交換し、鍵付きの鎖とそれを結ぶ。

 

そして木剣を斜めに背負ったままジョギングと準備運動を続けている―

 

 

 

「(へえ、一通り揃ってるじゃねぇか。流石にカルデアの中ほど機械まみれじゃねぇが)」

 

 

透明化したまま、彼女は訓練室の一角に静かにたたずむ。

当然その視線には気づかないまま、淡々と準備運動を終えると――無言で木剣を構える。

 

 

『――――』

 

空気の波が起きるほどの気迫。

ただの木剣のはずなのに、戦場にいきなり来たかのような感覚をモードレッドは覚えた。

 

その感覚を飲み込む前に、歯車の音が聞こえる。

すると、武器を――訓練用だから模造武器であろうが―を持った人形が数体、彼女に飛びかかろうとする。

 

「(・・・)」

 

『はあっ!!』

 

モードレッドが透明化を忘れて駆けだそうとしたとほぼ同時に、木剣が三度唸る。

そして、破壊音も三度。

 

飛びかかった人形はその全てが粉砕されていた。

 

「・・・なも・・・、一・・・」

 

 

普通の人間であれば、その小さい呟きは聞こえなかっただろう。

だが、モードレッドはそれを聴いていた。

 

『こんなもんじゃ、一番なんかには届かない』と。

 

 

 

 

 

「(――見て居らんねぇ、それに魔力も十分だ――)」

 

その言葉に隠された薄い狂気を感じ取り、モードレッドは透明化を解いた――

 

 

 

 

「おい、そこの!そんなんじゃ足りねえだろ?」

「え?!何時の間に―――」

 

誰も居るはずがないと思っていたところに声をかけられたのだから、モミジのその焦りは相当なモノだ。

だがすぐに取り直すと彼女は近づいてきたモードレッドへ向き直る。

 

 

「オレが相手してやるよ、森の中のあの言葉は忘れてねぇからな」

 

 

 

-*-*-*-*

 

視点は陸斗の方へと戻る。

 

冷え込んだ空気だからだろうか、道行く人の足取りは速い。

それでも、人の集まる賑わいというモノは確かにあった。

 

 

そんな中、彼は見覚えのある鮮やかな赤髪を見かける。

 

「あれ、アイツは・・ツバキ?こんな所にいるなんてな」

 

行く当てもなければ予定もない。

そう思い返し、彼は見覚えのある姿の方へ足を向けた。

 

 

 

 

そこは道路に面したオープンカフェテリアと言った具合で、建物の中と比べたら明らかに人影は少ない。

そしてそんな中で、彼女はどこか恍惚とした表情で料理を食べていた。

 

それは―カリフラワーとベーコンを和えたソテーだった。

 

 

「(・・・カリフラワー?)よう」

「!」

 

びくぅ、と効果音が付きそうな勢いでツバキが陸斗の方へ振り向く。

 

「あ、貴方こんな所でどうしたんですかっ!」

「いやまぁ行くところも当てもないしな、それでもってあちこち見てたらお前の姿が目に入ってきてさ」

 

猫が威嚇するかのような気配と表情のツバキを意に介さず、彼は空いた席へ腰掛ける。

 

「そ、そうですか。ずいぶんと気楽ですね」

「まぁ泊まる宿すら決めてないがな――なぁ、オススメってあるか?」

 

 

陸斗のその質問に彼女は待ってましたとばかりに目を輝かせる。

 

「それならこのカリフラワーソテーを!ココのソテーは絶品ですから!」

 

 

近づいてきた店員に注文を頼む。

その間にもツバキはカリフラワーソテーを頬張っていた。

 

「なあ、それって美味いか?」

「ええ、ここのは特に!それでも・・・」

 

誇らしげな表情から急にうつむき、皿をみつめる。

 

「ここ最近、急な冷え込みで素材のカリフラワーがなかなか入らないそうなんです。任務後の楽しみなのに」

「そうなのか?」

 

そう言い、陸斗は首を空へ向ける。

肌を突き刺すような風が吹き抜けた気がした。

 

「キャンプの時に聞いた話だが、今って夏なんだろ?それも考えるとちょっとばかりおかしいな」

「ちょっとばかりなんてモノじゃないです、こんな寒いだなんて初めて――」

 

そこで彼女は一端言葉を切る。

 

「北方の・・・ウィンターローズの寒さに匹敵するかも知れません」

「そうなのか?そういや、俺はこの世界の地理歴史だなんて全く知らないな・・・この際だ、教えてくれないか?」

「私の知る範囲でなら」

 

 

そう前置きし、彼女はスプリングガーデンの地理を語り始めた。

 

 

「ここリリィウッドはスプリングガーデンの中心部に当たり、そこから放射状に六つの地方へと分かれています。

まず、北東のブロッサムヒル・・・私達の基地があり、所属する常春の国――そこから真南へ降りていくとロータスレイクと呼ばれる湿地帯があります。ですが彼の地は他国とのヒトの行き来が全くと言って良いほどなく、詳細は分かりません」

 

「ふむ・・・綺麗に分かれてるんだな、湿地帯とか歩くのに苦労しそうなもんだな」

 

「そこはどうにかなるでしょう。続けますよ、スプリングガーデン最南端の国がバナナオーシャンになります。ここはいつも騒がしくて私は正直苦手ですが。その次に時計回りで向かった先は・・・・・・・・・」

 

そこまで言い、言葉をよどませるツバキ。

 

「どうしたんだ?言いたくないなら・・・」

「いえ、これも伝えなければならないでしょう――スプリングガーデン西端の亡国・コダイバナになります」

 

 

亡国、と言う響きに陸斗はキャメロットの風景を思い出す。

人理が一度燃え尽きた世界、その風景を。

 

それを意に介さず、ツバキは言葉を続ける。

 

「千年前に滅んだ国だと聞いています。そしてその中心地から害虫があふれ続けていると」

「その割には何ともないみたいだな・・・」

 

「幾千万の花騎士達が奮戦しているお陰ですから――続けます、スプリングガーデン北西の地はベルガモットバレー、急峻な谷と他の国とはまるで違う生活様式の国です」

「まるで違う?どんなもんなんだ?」

 

 

その質問に、ツバキは陸斗の顔立ちをまじまじと見つめる。

 

「そうですね・・・異国、と言いましょうか。愛染流という武術と、果物と、温泉で有名な国ですよ。最後に・・・」

 

一度彼女は息を整える。

 

「スプリングガーデンの北の果て、ウィンターローズ。万年雪と天然の水晶しかないような所です」

「天然の水晶だと!?」

 

 

床を蹴って立ち上がりそうな反応に冷ややかにツバキが答えた。

 

 

「――何か?」

 

「あ――悪い、俺って鉱石や宝石に目がないもんでさ」

「ふぅん・・・」

 

 

そう話し終えた少し後に彼の分のカリフラワーソテーが運ばれてくる。

それを適当につまみ、口へ入れる。

 

「――イケるな、手が止まらなくなりそうだ」

「それは良かったです!――そうだ、陸斗さんは宿を決めてないって言いましたね?」

 

「ん、そう言ったけど・・・」

 

なら、と彼女は前置きし。

 

「私達のいる宿へ来ませんか?」

 

 

そう、誘ってきたのだった。

 

-*-*-*-*

 

 

陸斗がツバキから話を聞いていた頃。

 

「遠慮しねーぞ、どこからでも来やがれ、モミジ!」

「いわれずともぉぉ!!!」

 

 

不敵な笑みのまま木剣を両手持ちで構えたモードレッドにモミジが突っ込んでいく。

音を立てる勢いの一撃を、それでも受け止める。

 

「甘めぇんだよ!!」

「っつ!」

 

即座に蹴りを繰り出すが、モミジは全力で後ろ飛びしそれを避ける。

 

「まだまだぁ!」

 

もう一度飛びかかり、今度は激しく切り返すように木剣を振るっていく。

 

「あ?何だそのがむしゃらは。まるで軽いんだよ!!」

 

 

そう応酬しつつ、動きながら打ち合う二名。

その打ち合いの最中、モミジは焦りを隠せなくなってきていた。

 

「(こうも簡単にあしらわれるだなんて、それに!)くうっ!」

「そらそらぁ!あの森の中での言葉は口だけかよ!」

「言ってなさい!!」

 

乱撃と口撃の応酬を繰り返しつつ、彼女は思考を巡らせる。

 

「(どの方向から打ち込んでも隙が見えない!)やあっ!!」

 

 

飛び込むと見せかけ、横飛びから踏み込み、打ちかかる。

 

「そんなもん――」

 

だが、モードレッドはその動きにも対応し、木剣をモミジの剣の下へ滑り込ませ――

 

「お見通しだ!!」

 

力を一点に効かせ、はじき飛ばした―――!!

 

 

木剣の吹っ飛んでいった先へ一度振り向き、そして戻る。

その先にはもう一本の木剣の切っ先と、不敵な笑みを浮かべた金髪翠眼の騎士の姿があった。

 

 

 

 

 

 

十数分後。

 

「く・・・っ、まるで歯がたたないだなんて」

 

歯を噛みしめ三角座りのモミジの横で、モードレッドがあぐらをかく。

ちなみに木剣は返却していたが、相当傷みが増えていた――

 

「お前さん、途中までは良かったけど焦っただろ?なんでだ」

 

「聞きたいの?」

「ああ。何つうかな、生き急いでるって感じた」

 

「生き急いでる・・・そうかもしれないわね」

 

ふぅ、と息をつき、モミジはぽつぽつと語り出した。

 

「私、姉が居たの。花騎士としての名前はカエデって言って、ずっと尊敬してた。けれど、あの日・・・害虫の討伐作戦で仲間をかばって、帰らなかった」

 

「随分と立派なもんだ、オレとは立ち位置が違うってヤツだな」

 

「そうね――だから私はその尊敬する背中に追いついて追い越せるように、「一番」を目指してた。それでも!」

 

 

その瞳に涙がにじむ。

 

 

「それでも全く敵いもしないだなんて、その無念さは分からないでしょ?!」

 

 

 

深呼吸を二度ほどする時間を挟み・・・モードレッドが口を開く。

 

「――いや、分かる」

「何を――!」

 

「良いから聞きな、今度はオレの話だ」

 

そう言い、彼女は自身の人生を語る。

 

ブリテンの騎士王を元に、それを超える存在を目指せと不法な手段で「製造」された生まれを。

いくら武功を重ねても、王の家臣団――『円卓の騎士』の末席にしかなれなかった不遇さを。

 

そして――結局の所、父であるアーサー王からは家族の情を与えられる日は来なかったこと。

 

その果て、反乱の末に相打ちになるように父殺しをして生涯を閉じたことを。

 

 

 

「・・・・・・本当、なのね」

「嘘のような本当の話さ」

 

「製造された、ってどういう事なの?英霊になる前の貴方は人間・・・じゃないの?」

 

その問いに苦々しげな表情と共に答える。

 

「そうなる。ホムンクルス、って分かるか?」

「・・・・・・」

 

その問いに首を横に振るモミジ。

動きを見て取り、モードレッドは続きを話し出した。

 

「普通の人間の生まれ方じゃない、魔術を用いて作られた人工生命体。それが生前のオレだ。だから成長は早いが、老いるのも早い」

「老いる・・・って言ったって、十分若いじゃない?」

 

「そりゃサーヴァントになっちまったからだな、生前の姿だったらこの姿からもって数年しか生きられないところまで来ていた」

 

 

その告白に彼女は息をのむ。

 

「だからがむしゃらだった、それでも認められなかった・・・そこんとこはアンタと同じかもな」

 

 

 

そう言い、彼女は話を打ち切った。

 

 

 

 

 

更に時間がたち・・・モミジは霊体化したモードレッドと一緒に宿の方へと向かっていた。

 

「(結構長引いちゃったな・・・)」

 

薄闇に包まれる街並みの中、彼女等は目的地へと急ぐ。

そして看板を見上げて頷き、扉を開けた・・・と、その先には見知ったローブの姿。

 

 

「貴方・・・リクト?!なんでここに!」

「え・・・?なんで俺の名前を」

 

 

唖然となった陸斗の姿を見たモードレッドもあわてて実体化する。

 

 

 

 

 

「マスター?!何でここにいるんだよ?!」

 

 

それに対し、彼は頭をかいた後こう話した。

 

 

 

「――まぁ、成り行きでな。ツバキに案内された先がここだったのさ。お前以外皆揃ってるぞ」




その頃のカルデア。


マシュ「先輩・・・今どこに居るんでしょう」

ダ・ヴィンチ「通信チャンネルの用意はできそうだ、もう一人の私の機械に上手くつながれば・・・」

マシュ「っ・・・・・・貴女だけが頼りです、どうか・・・!!」

ダ・ヴィンチ「勿論だとも――!」


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5節 依代と 氷鏡の騎士

前回のあらすじ。

首都リリィウッドに到着し、それぞれに行動し出すカルデア一行。

陸斗はツバキからこの世界の地理と歴史を聞き、モードレッドは我武者羅に訓練を続け、それでも自分は認められないと思い込むモミジにかつての自分を見る。


そして一度分かれたはずの彼らは、首都の片隅の宿屋でまた再会したのだった―。


リリィウッド宿所・「黄昏の木漏れ日」亭、その一室。

 

「まさか一度離れてまた会うことになるなんてな」

 

そうしげしげといった風につぶやいたのは藤丸陸斗その人である。

彼の左側にはラフな服装――黒いジャケットとジーンズと言う姿に着替えたオジマンディアスが実体化し、腕組みをしていた。

 

「奇縁もあったものだな、マスターに声をかけたのもツバキだったそうではないか、よほど奇特な縁があるとみた」

「ええ、そうですね――まさかそのうるさい声をもう一度聞くことになるとは思いませんでしたが」

 

冷めた目でツバキがそう切り返す。

だが彼はほくそ笑むと口を開いた。

 

「王の中の王たる我にその口聞きは本来は不遜だが、マスターに免じて許そうではないか!」

 

そう言い切り、呵々大笑していた。

 

 

それを横目に、陸斗はこれから先のことを考えていた――

 

「(流れに乗ってここまで来たが、必要な手がかりが一切なければカルデアにも連絡は付かねえ、伝手は今ここにいる花騎士の皆ぐらいしか居ない・・・)どうするかな」

「どうするも何も、動くための手がかりが何もないところは歯がゆいですね」

 

そう静かに答えるのはアルジュナである。

だが、その言葉を聞いてもなお陸斗は机に突っ伏していた。

 

「ツバキのやつの話なら、本来真夏のはずなのに明らかに寒いこの気候。コイツが怪しいのは俺でも分かるんだがなぁ・・・アルジュナ、どうすれば良いと思う」

「ふむ・・・」

 

彼の問いにわずかの間考え込む。

そして小さく頷くと口を開いた。

 

 

「ここは花騎士の一行と協力体制を取るのが良いのではないかと思います。私達はこの世界に関する情報が全くもって足りず、また彼女等ではシャドウサーヴァントに苦戦する――

そこを互いに補う形で情報交換をすれば良いのでは」

 

 

 

その言葉が耳に入ったのか、今度はモミジが音を立てる勢いで詰め寄ってきた。

 

「その話聞かせて貰ったわ!」

「んな?!いきなりなんだよ、近いって!」

 

いきなりの反応に出遅れた陸斗を置き去りに彼女が続けざまに口を開く。

 

「今互いに補うって言ったわよね?!こっちから望むところよ!」

 

 

 

 

 

唖然としている陸斗ら二人を尻目に彼女は振り返る。

 

「他の皆もいいわよね?!異世界からの迷い人を助けたいよね?!」

 

しん、と静まる室内。

二呼吸ほど置き、サクラが静かに歩み寄ってくる――

 

 

「―――、それでいいの?団長さんとの契約はどうなるのかしら?」

「それはっ!けど!!」

 

静かに瞳を瞬かせ、赤と緑のオッドアイが静かに見据える。

その視線に息を詰まらせるモミジ。

 

 

オジマンディアスとヒガンバナは興味深そうに。

 

ツバキは横目に。

 

ホトトギスは怯えたような呟きと目線を向け。

 

ビリーと小太郎もまた成り行きを見ていた。

 

 

 

 

 

 

五秒、十秒、十五秒――

 

 

 

 

 

 

何度も深呼吸を繰り返し、左腕を握りしめたモミジが意を決して口を開く。

 

 

「団長が――シャーレイ団長が主だって事は絶対に変えない。けど、ここまで関わった人を放ってなんておけない!」

 

 

 

その言葉に、何か満足を得たのかサクラの視線が穏やかになる。

 

「変わったわね、モミジちゃん」

 

 

そう言い、今度は陸斗の方へ目線を向けた。

 

「陸斗君、話はまとまったけれど、サーヴァントとしての契約はどうすれば良いのかしら?話通りなら一度死なないといけないことになるわよ?」

「えー、と・・・」

 

 

 

しどろもどろに返事をしようとする陸斗。

だが、四画目の蒼い令呪が光を増して―――

 

「待って・・・なによこの魔力?!」

 

 

膨らんだ尻尾と気配で異様さを察したヒガンバナが、驚きの声を上げる。

その間に蒼光は収まった――否。

 

「ぬ・・・マスターよ、どうした?!」

 

 

蒼いオーラに覆われた陸斗を見てオジマンディアスを始めとしたサーヴァント全員が警戒態勢を取る。

 

 

 

だが――脱力した陸斗の口から出たのは、本来の彼の声とは違う低い女性の声だった。

 

『――私が話を引き継ごう』

「マスターじゃ、ない―――?!・・・・・・貴様、何者だ」

 

『身構えるな、授かりの英雄。私は彼に蒼い呪文を貸し与えた者だ』

虚空から得物であるガーンデーヴァを呼び出そうとしたアルジュナを止め、謎の声は話を続ける。

『自己紹介といこう、私はオリヴィア。単刀直入に言えば、世界花――リリィウッドの分身体にあたる』

 

 

その言葉に今度は花騎士一同が顔色を変える。

真っ先にかみついたのがモミジだった。

 

「世界花そのものの意思?!滅多に出てくるはずじゃないのに!」

『普段の事柄であれば我は表には出ぬ。だが、今ここで起きている事態はそんなことを言っていられる場合ではないと判断してな』

「そんな場合じゃない・・・?」

 

オリヴィアの言葉にモミジが考え込む。

そこに更に切り込んできたのはビリーだった。

 

「本来この世界に居るはずがないシャドウサーヴァント、それにこの世界から見た異物の僕らの存在そのものかい?」

『ふむ、当事者ならばそこに至るのは早いか』

 

 

陸斗の顔を借り、オリヴィアが笑みを浮かべる。

 

『虫が相手であればそれはこの世界の成すべき事。だがそうでない異物が入り込み、それを追う様に汝らが顕れたのならば――それを収めることが汝らの成すべき事と我は考えた』

「あの!・・・世界花様、それと陸斗君にはどう関係が・・・・・・あるん、ですか」

 

 

威圧感から立ち直ったホトトギスが静かに握り拳を締めて問いかける。

『ある。カルデア――天文台、と言う意味だそうだな?その力を借り受け、共に解決するべき問題――この肉体の主と対話したとき、我はそれを感じ取ったのだ』

『影の英霊は生者の汝らでは斃しきれぬ。そこに彼の者達の別の理をぶつけ、逆に混ざり合ったであろう虫には汝らの魔力をもって当たる』

 

「そんな・・あの影がこれからも出てくると、いう、事ですか――?」

『我はそう予想をつけた』

 

空気がまた静まりかえったところで引き戸が開く。

共にかけられた声はどこか唖然となった響きを伴った女性の声だった。

 

「世界花――この世界のマスターが直々にお出ましとはね?天才の私でも驚いたよ」

『ほう?そう言ってのけるか。では汝は何者だ』

 

「私こそカルデアが誇る天才にして万能人、レオナルド・ダ・ヴィンチ!いい加減私達のマスターの身体を返して貰いたいんだけどね?」

『む・・・そうか、長話が過ぎたようだ。要点を伝えておこう』

 

そう話してから口を閉ざし、オリヴィアは最後の要点の話へと入る。

『この者の蒼き呪文が刻まれた腕で握手をするが良い、我がそれを取り纏め、汝ら花騎士に英霊としての属性を付加する・・・』

「そんなので良いの?って言いたいけど・・・・・・戦力が増えるのは良いことだね。世界花さんはこの話が終わったらどうするの」

『そうか――それならば』

 

そう言い、オリヴィアは陸斗の腕を操り、蒼い令呪が刻まれた手の甲をなでる。

『この分け身であれば、蒼き呪文を基点としてこの者と共に居よう。花騎士諸君の様子を共に見る――それとダ・ヴィンチよ、我のことはオリヴィアと呼んでくれ』

「分かったよ、オリヴィアちゃん」

『ち、ちゃ・・・・・・まぁ良い、伝えるべき事は総て話した、身体を元の彼に返そう・・・』

 

そう言うが否や、陸斗の身体が崩れ落ちかける。

だが誰よりも早く小太郎が駆け寄り、肩を支えた。

 

『赤髪の。汝は、忍びとやらか』

「ええ。ですが世界花――この世界のマスターの一人といえど、敵となるなら僕達は容赦はしない――――それだけは覚えておけ」

 

『ふふ・・・了解した、心に刻んでおこう』

 

 

それを最後に、糸が途切れたように身体が崩れ落ち・・・

 

 

「う・・・あれ?皆何があった?神妙な顔をして」

 

「何があったじゃないよ、実はね――」

 

 

 

きょとんとしていた陸斗にビリーが一部始終を聞かせるのだった――

 

 

 

 

* * *

 

 

「つまり、今ここにいる花騎士の皆と仮契約をした方が良いというのと、世界花の分身体とやらが蒼い令呪に宿ったって事か」

「そうなるね、早速やる?」

 

 

ビリーの確認に少し間を置き、陸斗が小さく、だが確かに頷く。

 

「やれるなら早いほうが良い・・・花騎士の皆も良いか?」

 

 

今度は花騎士全員がそれぞれに頷いた。

 

 

 

 

一通り握手を終え、ダ・ヴィンチが端末をかざして花騎士一同の属性を確認していく。

 

 

「ホトトギスちゃんとサクラちゃんが弓兵(アーチャー)、これはまぁ納得だね」

 

「そういえばビリー君も弓兵の属性なのね?」

「そうみたいだ。本当は僕はエクストラクラスの銃士(ガンナー)らしいけどね。サクラ姉さんもそうなると思ったんだけどなぁ」

 

「ツバキちゃんが剣士(セイバー)、これもここに来る前の戦い振りから納得だよ」

「そうですね、この戦い方で剣士以外の何があると言うことでもありますが」

 

「ヒガンバナちゃんは魔術師(キャスター)。しかもタマモちゃんとほぼ同格」

「陸斗から聞いてるけど、聞けば聞くほど似てるって事かしら」

 

 

「最後に――」

 

 

彼女の視線がいすの上で三角座りをしているモミジに向いた。

 

「モミジちゃんは狂戦士(バーサーカー)・・・意外すぎるよ、何があったの?」

「そいつなんだが、オレから説明しても良いか?」

 

 

興味深そうな視線に待ったをかけたのはモードレッドだった。

ちなみについ先ほどのオリヴィアが陸斗の身体に憑依していた際は実体化に間に合わず、彼の脳裏で先ほどと同じやりとりを直に聞いている。

 

「昼間のことなんだけどさ――」

 

 

そうきりだし、彼女は訓練場での一幕を話し出した。

 

 

 

「――、変わった、といったけど、まだ危ういわねぇ・・・」

 

 

話を聞き終え、まず先にサクラが感想を話す。

 

「訓練でも何でも身体を度外視したやりすぎっていけないのに・・・・・・」

「――時間が、ない」

 

 

三角座りのままモミジが苦しそうに声を上げる。

 

「一刻も早くお姉ちゃんに追いつかなきゃ、私が私でなくなる!」

「落ち着けモミジ、訓練場での話忘れたか?」

 

興奮しそうになった彼女をモードレッドが止める。

その様子にサーヴァントの面々が意外そうな顔をしていた。

 

 

「珍しい・・・貴方が他人をなだめるとは」

「あ?なんだ?茶化してるのかアルジュナ・・・」

 

「いえ、そういうつもりは全くありませんが――」

 

 

 

 

「仮契約のついでに、花騎士の皆は英霊としての戦い方を知らないから俺が知っている限りのことを話す――いいか?」

 

陸斗のその声に軽く睨み合いをしていた二名が振り向く。

それに続き、花騎士一同が神妙な顔で頷いた。

 

それを見て取り、陸斗は話に入る。

 

「三騎士――セイバー、アーチャー、ランサー。主に前線を担当する――兵士のような逸話を持った英霊だ」

 

「ランサー・・・と言うと、槍使いでしょうか」

「ああ。機動力に優れ、狙いをつける前に弓兵の懐へ入り込み葬る程度の力がある」

 

ツバキの言葉に陸斗がそう解説を加える。

 

「さっきのツバキの言葉と同様に、セイバー・・・剣豪や剣士に当たるクラスはランサーを力尽くで押さえ込み、アーチャー・・・狙撃手や弓兵は接近しようとするセイバーを蜂の巣にする」

「へえ?まるでジャンケンみたいね」

 

ヒガンバナの言葉に陸斗が頷く。

 

「実際そうだな、カルデアの英霊召還の方式ならこの三すくみからは逃げることは難しい――そして、それ以外の四つのクラスがある」

 

 

そこで一度彼は言葉を切り、傍らの薬草茶を飲み干す。

 

「まとめて四騎と呼ぶが、キャスター、アサシン、ライダー、バーサーカーの四つだ」

「バーサーカー?狂戦士という意味だったわよね?」

 

確認してくるサクラに陸斗が頷き、話を続ける。

 

「そうだ。このバーサーカーは相性を超えた破壊力と、リスクとして相性を超えた被害を受けやすいというところがある。名の通り、力尽くの戦法を得意とする」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

じっ、とモミジが陸斗を睨み付ける様な目線を送った。

それをちらりと見やってから彼は話を続ける。

 

「キャスター・・・魔術師はアサシンの気配を見破り返り討ちにし、ライダー・・・騎兵はキャスターの魔術が組み上がる前に踏み込む。そしてアサシン―暗殺者はライダーが踏み込んでくるところを攪乱して仕留める」

「え・・・っと言うことは、陸斗さんたちの戦いは相性を見破ると言うことが重要なのですか?」

 

メモをとっていたホトトギスが顔を上げ確認するかのように声を上げる。

 

「その通りだ、だから基本七クラスは最低一人居ればどこにでも対応できるって事になるが――居ないもんは仕方ない。それと、例外としてエクストラクラスと言うヤツがある」

 

 

一つ目の伝えるべき事を話し終え、彼は二つ目の話題へ入る。

 

 

「普通の聖杯戦争では居るはずのない番外者達のことだ」

「例外っているんだ?」

 

彼の解説に興味ありげな反応を示すモミジ。

無言で頷くと彼は解説に入る。

 

「復讐に生きる復讐者(アヴェンジャー)、聖杯戦争で審判役を引き受ける裁定者(ルーラー)、そして」

 

自分を先輩と慕ってくれている片目隠しの髪型の少女を、彼は思い浮かべた。

 

「守りに特化した盾兵(シールダー)がいる。他にも見つかってくるだろうが、大まかに把握できているのはココまでらしい」

 

 

 

 

 

そう話し終え、彼は三つめの話題に入った――

 

「本来、聖杯戦争で英霊の名を明かすことはそのまま致命傷になる。英霊ってのは誰も彼も歴史や文化に名を残した偉人だ、だから弱点もそのまま引き継がれる」

 

「・・・そうだな」

「―ええ」

 

彼の言葉にモードレッドとアルジュナが静かに肯定の声をかえす。

それぞれの脳裏には青い騎士王(アルトリア)と太陽神と武神の力を得た己の異母弟(カルナ)の姿がよぎっていた。

 

「だから、今さっきあげたクラス名で呼び合うのが通例になっているのさ。俺が前に世話になったサーヴァントはシンジュクのアーチャーと名乗ってた」

 

「わかりやすいあだ名、ねぇ」

 

狐耳を微動させ、ヒガンバナが考え込む。

それを見たサクラが手を打った。

 

「それなら、ヒガンバナちゃんは『銀狐のキャスター』というところかしら?」

「あら、良いセンスしてるじゃない!」

 

 

・・・そこから先は、花騎士一同がサーヴァントとしてのあだ名をどうするかという所で盛り上がる雑談で終わり、そして夜が更けていった――

 

 

 

 

 

 




影は蠢動する。
宵闇のなかで、その意思を握りしめ――



首都リリィウッド某所。

「計画を早めなくてはいけないとはね」

ローブを目深に被った人影がつぶやく。
声は少女のものだが、その声音相応の明るさはみじんも感じさせない。

そこへ、巡回していたであろう兵士が近づいてきた。

「今は外出禁止です、自宅――」


続けようとした声は、出ない。
その身体を水のような質感で固形化した物体が貫いたからだ。

倒れた身体の血潮が石畳を染める。
それを一瞥し、人影は空を見上げた。





「――始めましょう、廃棄のための工程を。生き苦しく藻掻く世界に介錯を」


風がローブをまくり上げ、月光がその顔を照らす。
質感そのものは先ほどの凶器と同じだが、その顔立ちは――――










リリィウッド元老院議員にして花騎士、プロテアのものだった。


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6節 銀百合に 潜む影

前回のあらすじ。

首都リリィウッドの宿に一度落ち着いたカルデア一行。
その最中、世界花の分霊であるオリヴィアが陸斗に憑依し、世界の異常さを説く。

また彼女の助力で同行していた花騎士の面々もサーヴァントの仮契約を行う事となった。


彼らは知らない、水面下でうごめく影が動き出したことを―――


花騎士一同とサーヴァントの仮契約を終えた翌日――

 

「・・・・・・」

 

むくり、と言う擬音と共に陸斗が身を起こす。

服装は寝間着として備え置かれていたローブだ、時計塔のローブは浄化の魔術がかかったロッカーに架けられている。

 

「―――っ、寒・・・」

 

ぼんやりと呟き、辺りを見回す。

男女が同じ部屋はどうか、と言う話が出たため、部屋には彼一人だ。

 

否。

左手甲に書き加えられた蒼い令呪が輝き――球体のような光を成し、彼の肩に止まる。

 

 

『起きたか、カルデアの』

「―オリヴィアか?」

 

返事をするかのように蒼光は人の形を取る。

つややかなロングヘアを後ろで短くまとめ、その頭には羽を二本留めたチロリアンハットを被っている。更にとがった耳が髪から見え隠れしていた。

 

服装は七分丈の麻に見える素材のシャツに迷彩柄のズボンをしていた。

背丈は彼から見て手のひらサイズ、十数センチほど。

 

そんな彼女が切れ長の目を向け、彼の目を見ている。

 

『汝は早起きだな?まぁだらだらしているよりずっと良いが』

 

 

 

 

それから数十分ほどして。

 

 

「こーら、朝よ、起きなさ・・・って起きてるじゃない!」

 

 

起こしに来たヒガンバナに一人と一体がにらまれたのは言うまでもない。

 

 

朝食を終えると、一人と一体はダヴィンチの部屋を訪れた。

 

「あ、マスター君」

 

戸のきしむ音に彼女が振り返る。

英霊ゆえにヒトと違い疲れは見えないはずだが、どこか疲労したような気配を漂わせていた。

 

そこへ陸斗は近づき、オリヴィアも彼のローブの襟から顔を覗かせる。

 

「先生、朝食にも来ないから何してるんだと思ってさ」

「あー、ええっとね」

 

自信満々な彼女にしては少し歯切れの悪い言葉を返し、しどろもどろに口を動かす。

やがて――

 

「カルデアとの連絡が必要でしょ?なんとかできないか四苦八苦だよ」

 

そう、小さくため息をつく。

その言葉に陸斗は驚きを、オリヴィアは興味津々な視線を向ける。

 

「できるのか?汝らと我らの世界は別世界。その間でやりとりなどと」

「できるさ。時間旅行の間もナビゲートできたんだぜ?」

 

そう話し、彼女はオリヴィアの頭を指でつつく。

 

「んに・・・そう気安く触れるでない」

「えー、いいじゃん。概念霊装のちっさいのもこうやってよくつついてたんだよ~」

 

「頭が重くなるわ・・・リクトよ、概念霊装とはなんだ?」

 

ダヴィンチの指を陸斗の頭上へよじ登って躱し、そのままオリヴィアが問いかける。

適度ないすに腰掛け、目線を上に向けて彼は答えた。

 

「俺もこれだって明確には言えないけど、俺の知ってる範囲でなら「ある法則を記録した物体」とでも言えばいいんかな」

「法則とな?どのようなものだ」

 

「例えばそうだな・・・サーヴァント用の魔力をスタンバイしてある物、魔力の通りを強化する物、わずかなりとも耐久力を上げる物なんかがある」

 

 

その彼の話を引き継ぎ、ダヴィンチも話に参加する。

 

「そして、それを私達サーヴァントが装備してその力を活用する・・・んだけど、高位の概念霊装だと元になった人物が小さくなって出てくるんだよ――ちょうどオリヴィアちゃんのサイズかな」

「我と同じ・・・カルデアの妖精とでも言おうか?」

「そうだね、そんなもん」

 

話が済んだのを見計らい、陸斗が声をかける。

 

「いくらサーヴァントでも根を詰め過ぎちゃまずいって、食事とか取ってこいよ」

「言葉に甘えようかな。マスター君は今日はどうするの?」

 

「そうだなー、この街をもう一度見て回ろうと思う。誰か空いているヤツと一緒に行く」

「おっけー、そういやオジマンディアス王が暇そうにしてたよ」

 

 

 

 

更に小一時間後。

 

霊体化したオジマンディアスを連れ、陸斗はリリィウッドを当てもなくうろついていた。

 

 

 

(む・・・マスターよ)

「(何だ?)」

 

(あの人だかりは何だ?太陽たる我より耳目を集めるとは)

「(ん?・・・待てオジマンディアス、あの人だかりはどうやら楽しい物ではないみたいだ)」

 

 

透明化したオジマンディアスの言葉に陸斗が気づき、そこへ近づいていく。

それにつれてささやかれる声は不穏な呟きばかりだった。

 

「衛兵が殺されていただって?」「夜の巡回中だったそうよ」

「凶器も見つかってないだとか」「また襲われないとも・・・」

 

 

そして、最後に入ってきた言葉に彼は耳を疑うことになる―――

 

 

「プロテア様らしき誰かがいた、だなんて――嘘だろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え・・・・・・あの、そこの人!」

 

 

呆然となった瞬間からなんとか立ち直り、陸斗はその呟きが聞こえてきた方に声をかける。

その声に反応したのか一人の男が反応を返した。

 

「俺かい?」

「あ、はい。この現場の近くでプロテアらしき姿を見た人が居た、だなんて」

 

 

その名前に男もまた驚いた表情を持って答えた。

 

「君はプロテア様を知っているのかい?!」

「はい、というよりは彼女と親衛隊の案内でここに来た者です。その彼女が殺しだなんて・・・」

 

全くだ、とつぶやいて彼が話をつなぐ。

 

「そうさ。あの人が理由もなく殺しを―まして人殺しなんてするはずがない!君もそう思うだろう!」

「はい――突然すぎて」

 

驚きに表情がついて行かない。

今の陸斗の思考はまさにそれだった。

 

それを知らず、男は話を続ける。

 

「きっと濡れ衣だ、俺はそう信じてるよ」

 

 

 

住人の男性と別れ、更に歩く。

すると、今度は――ふわふわした髪型と雰囲気が特徴の女性が陸斗に気づき、走り寄ってきた。

 

「陸斗君!」

「え――あんた、リカステじゃないか!そんなに焦って何があったんだ?」

 

事情を聞こうとする間にも、彼女――リカステは肩で息をつき、その理由を話す。

それは――

 

 

 

「プロテアちゃんが、居なくなって―――」

「な!?まさか衛兵の殺しの現場――」

 

 

「そんなはずないわ!あの子が――!!!」

 

キャンプの時の柔らかい表情とはまるで違う鬼気迫った表情に彼は己の失言を悟ってしまった。

虚を突かれた表情にリカステもはっとなり、気を持ち直す―

 

「・・・ごめんなさいね、驚かせちゃった」

「あ――俺の方こそ、ごめん。なら、なにかできないか?」

 

「それなら、プロテアちゃんを探すのを手伝ってくれないかしら?」

 

 

その言葉に彼は手をあごに当てて考え込む。

 

「探すったって何も当てがないんじゃ・・・なにか手がかりはないか?」

「そうねぇ――」

 

今度はリカステが考え込んだ。

 

「元老院から呼び出しを受けた、って言って昨夜出て行ったきりで、今も戻ってないのよ。オトメギキョウちゃんやキリンソウさんもみていないって」

「元老院ね・・・ツバキの話なら、この国の中枢だ。俺が入れるはずないだろうしな・・・」

 

「何でも良いわ、何か情報があったら教えてちょうだいね?」

 

 

お願い、といい彼女は走り去ってしまった。

 

 

 

 

*     *

 

 

 

 

一方、リリィウッド外壁部の某所。

 

黒髪をポニーテールにまとめた忍び装束の少女―花騎士にして忍びのハゼランと赤い髪で眼を隠した髪型に白い外套と忍び装束の少年が対峙していた。

二人とも壁の上に立ちながら、その足下は少しも揺らいでいない。

 

「―、行く」

 

ぼそりとした呟き声と共に彼女は得物――分銅の付いた鎖鎌を取り出し、分銅の側を回しながら赤髪の少年へ接近。

少年もまた傍らから投げ矢を取り出し、一呼吸で投げる。

 

 

静寂の水辺に金属音が幾度とこだまする。

 

「遅いよ。それしきで私は止まらない」

 

 

声と共に鎖を投げ放つ。

それは少年の腕に絡み、動きを封じた。

 

鎖をたぐり寄せて飛び込み、鎌を振りかざす――!

 

「これで、一・・・」

「取らせると思いましたか?ならば甘い」

 

 

少年の声がどこからともなく聞こえた、と把握した瞬間に不意に煙幕が立つ。

それが晴れると――

 

 

「変わり身。やられちゃったか・・・」

 

 

鎌の刃先にあったモノはいつの間にか木に布を巻いた変わり身にすり替わっていた。

それまでの殺意をかき消し、少女がゆっくりと振り返る。

 

 

その目線の先には黒装束の姿の忍び少年――風魔小太郎が穏やかな目つきでそちらを見ていた。

 

 

 

呼吸を整え、忍びの二人は外壁に腰掛ける。

 

「コタロウ君、だっけ。悔しいけど格が違うなって」

「いえ、貴女もなかなかの物です。しかし、この世界にも忍びがいるとは」

 

うん、と答えてハゼランが続きを話す。

 

「ベルガモットバレーは他の所と装いが違うからね」

 

 

そう話し、少しうつむいて小さくつぶやく。

 

――こんなんじゃ、害虫を殺しきることなんてできやしない

 

 

「害虫、ですか。ここに来るときも一度戦いましたが、あれは確かに普通の人間では手に余る」

 

冷淡に見える返事を返すと、ハゼランは少し思い詰めたような声音で話し出す。

 

「コタロウ君はさ」

「ん?何でしょうか?」

 

「家族も住んでいた場所も全部一晩の内に焼き払われて天涯孤独になったらさ、どうしていると思う?」

 

 

ぼんやりとした表情が多い彼女のその質問に彼は一瞬言葉を失う。

だが気を取り直し、それに応えた。

 

「まずは敵の正体を探る。そして確実に始末できる状況を見つけ、始末にかかる――こうでしょうか。仲間が居れば楽ではありますが、一人だけとなると」

「――考えること、同じだね。私もね・・・」

 

 

 

話を続けようとしていたハゼランが近づいてくる気配を察し、そちらへ目を向ける。

小太郎もそれに合わせて目を向けると――

 

 

「ん?マスターと・・・あれはヒガンバナさんか・・・・・・」

 

 

 

小太郎達が外壁から降り、陸斗達に歩み寄る。

街中では透明化していたオジマンディアスも実体化し、白い外套姿でたたずんでいた。

 

その彼が口を開く。

 

「小太郎よ、汝もやるではないか!斯様に可憐な者と知り合っているとはな!我が妻の二番目に美しいぞ!」

「初対面でいきなり何者?私はハゼラン。普通の忍びだよ」

 

そのテンションに引き気味の、しかし気を取り直して自己紹介するハゼラン。

冷めた眼で彼を見ているヒガンバナ。

 

だが、彼はその目線にも全く動じない。

 

「我はオジマンディアス、王の中の王だ。最も、今は同盟者たるマスターのサーヴァントであるがな!名を呼びにくかったら太陽のライダーとでも呼ぶが良い!」

 

「―もういいか?」

「おう、マスターよ済まなかったな。だが名乗りはしておくべきであろう?」

 

満足げに頷き、彼は陸斗の後ろへ下がる。

それと入れ替わりに口を開いた。

 

「俺は藤丸陸斗、人理継続保証機関カルデアと言うところから来た」

「じん・・・り・・・?何それ」

 

 

だよな、と言い陸斗は続きの言葉を話す。

 

「まぁ簡単に言ったらヒトの歴史を見る天文台だな。どういうわけか知らないがここに飛ばされてしばらく厄介になってる・・・英霊(なかま)と一緒にな」

 

彼の言葉に小太郎も同調し頷く。

 

「僕もその陸斗君のサーヴァント、仲間をしています」

 

 

 

そのセリフにハゼランが目を見開く。

 

「リクト・・・君だよね、そのサーヴァントって私でも契約できるの?」

「出来る、出来るはずだ・・・オリヴィア?」

 

襟元に視線を向けて陸斗がつぶやく。

すると小さい姿が彼のローブの襟元から出てきた――

 

「呼んだか・・・?」

「ああ。この目の前の子なんだが、サーヴァントに志願してきたんだ。契約できるか?」

 

 

彼の声に小さい生き物――オリヴィアが飛び出し、彼女を正面から見据える。

 

「―――ベルガモットバレーの子か、だが問題なかろう。前と同じ方法をしてくれ」

「はいよ」

 

そう受け答えをかわすと、その姿が蒼い光に変わり彼の左手甲に宿る。

そしてそのまま手を差し出し、告げる。

 

「俺の手を取ってくれ、それでサーヴァントとしての仮契約が出来る」

「え、えと・・・こう?」

 

恐る恐るというように彼女が手を取る。

 

 

「――、何か、変わったのかな」

「(変わったさ。俺の声が聞こえるか)」

 

不意に彼女の脳裏に声が響き、首を左右させる。

それはつい先ほどまで話していたローブの青年のものだった。

 

「ひゃ?!な、何――」

「(サーヴァントの契約が通ってるならこの念話が通じる。しばらくの間だが、よろしく―――)」

 

 

 

最後までその話を終えることは、出来なかった。

風に乗って悲鳴が聞こえ、続けて――何かが崩れる音が巻き起こる!

 

同時に陸斗の脳裏に念話が届いた。

それは中性的な金髪緑眼の騎士の声――!!

 

「(マスター!今どこに居る?!)」

「(モードレッド!さっきの騒ぎは何だ!)」

 

「(どこのどいつか分からねぇが害虫を引き入れたヤツがいる、街中で遠慮なしに暴れ回ってやがる!)」

 

 

その念話に彼の表情が険しさを増す。

ヒガンバナがそれを見て取り声をかけた。

 

「陸斗君、何が起きてるの――?」

 

ゆっくりと彼女の方へ目線を向け、かみしめるように彼は答える。

 

「首都が、内側から襲われている」

 

 

その答えに彼女の表情が顔面蒼白に変わる。

 

「(モードレッド、近くに誰かカルデアのサーヴァントは?)」

「(小太郎とオジマンディアス以外宿の中だ、どうすりゃいい?!)」

 

「(不幸中の幸いか――!すぐにそっちへ戻る!ついでにその二人は俺と一緒だ!ついでに目に付いた害虫は全部ぶった切れ!!)」

「(分かった、けどいつまで抑えきれるか分からねえ!)」

 

 

それを最後に念話は途切れた。

 

「――話している時間もない、急ぐぞ!」

 

「ならば我のスフィンクスを使え、特別に貸しだそう!」

「助かる!!」

 

 

戦闘態勢を整えたオジマンディアスが得物の錫杖を振り下ろすと、夜空のような質感を持った四つ足の獣――彼が使役するスフィンクスが二頭現れる。

 

それにまたがり、彼らは空へと飛び立った――!

 




その頃のカルデア。

「っ、この反応、陸斗君の反応です!」
「でかした!!すぐつなげられるかい?!」


「ええ――」

職員のキーボードを打つ音が早まり、マシュもそれを固唾をのんで見守る。

「―、出ました、画像、出ます!」


それに遅れて数秒、画像がつながる。
だが―それに映されたのは、地獄絵図とそれに抗う乙女、それに兵士達だった。



「これは――一体・・・」


悲惨さで言えば第七特異点に相当する。
だが、まさか別世界でそんなような有様を見ることになるとはというショックが彼らを襲っていた――


「呆けるな、まだ仕事は終わってないぞ!」

その悲惨さに引っ張られそうになった管制室にダ・ヴィンチの声が響く。


それに冷や水をかけられたように呆けていた職員達が動き出した――!


「もう少しだ、無事でいてくれ陸斗君――」


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7節 白百合 黒煙に染めて

前回からのあらすじ

リリィウッド滞在二日目。

プロテアそっくりの人影が衛兵を殺傷した事件に騒然となった街中を抜け、陸斗は花騎士にして忍びのハゼランとも仮契約を行う。

そして彼が市街地を離れたとき、事件は起きた。
突如害虫がわき出たとしか言えない状況に陥り、事態は一気に修羅場へと化す!!






「モードレッドから聞いてはいたが、なんてこった――」

 

スフィンクスの上から惨状を見て取り、陸斗がうめく様につぶやく。

清らかさをたたえていたリリィウッドの街並み、そのそこここから煙が上がっている。

 

だが、ただ黙って攻められているはずがない。

何せこの国は千年に続く害虫戦線の目の前であり、花騎士や兵士の質は他の五国と比べても肩を並べるほどだ。

 

証拠に、規律正しく連携する花騎士の小部隊と害虫にとどめを刺していく衛兵の動きも見える。

 

 

 

「上手く持ちこたえているわね――陸斗クン、私はここから別行動を取るわ。いいかしら?」

 

彼の肩を叩き、ヒガンバナが確認を取る。

それを聞き、彼は僅かに渋る顔を見せた。

 

「一人で良いのか?それにどこから敵が来るか――」

「私なら大丈夫よ!何より国を守らなくて何が花騎士だというの?!」

 

そうか、そうだよなと小さく呟き彼は答える。

 

「分かった、ならどこか高台に・・・・・・」

「それも大丈夫!私の魔力を甘く見ないでよね!」

 

 

そう言うが否や、彼女は軽やかにスフィンクスから飛び降りる!

声をかける間もなかった。

 

だが目をこらしてみれば、何時の間に展開したのか巨大な傘が彼女のいる位置に開いている。

 

 

《マスター、僕達はどうすれば?》

 

傘――落下傘を呆然と見送り、多少混乱していた陸斗の頭に念話が届く。

視線を回すと、その先にはこちらを見ている小太郎とハゼランの姿。

 

数秒して思考と息を整え、彼は返事を送る。

 

《――、よし、二人とも花騎士や衛兵の人たちを援護して回ってくれ。ハゼランは小太郎の案内を任せて良いか》

《分かったよ、リクト大兄様》

 

大兄(おおあに)様――ってえらく古風じゃないか?》

《良いでしょ?コタロウが私にとっての兄様なら、その雇い主のキミは大兄様》

 

ハゼランのあくまで純粋な念話に彼は頭をかく。

 

《分かったよ、呼び名くらい好きにしてくれ――それはそうとして、頼んだぞ。戦況につながることがあったら随時念話を頼む》

 

《承知》《任せて》

 

 

念話が途切れ、二体目のスフィンクスが城壁の高台へと降りていく姿を見送った。

 

 

小太郎たち二人が降りていった姿を見送り、彼は近づいていたオジマンディアスにも声をかける。

 

「オジマンディアス、悪いけどこのまま俺の護衛を頼めるか?小太郎以外のカルデアメンバーと合流しようと思う」

「で、あるか。あろうな!花の騎士はともかく、戦場の小兵は愚策であろう」

 

橋の中程に二人は降り立ち、オジマンディアスがスフィンクスを送還する。

 

「マスターよ、分かって居るであろうな?」

「ああ。戦闘は最低限に――だろ!」

 

 

そう言葉を交わし、一人と一騎も駆けだした。

 

 

 

 

 

*      *       *

 

 

 

 

 

 

視点は小太郎達の側に移る。

 

 

「降りたのは良いけど――ハゼラン、ここはどのあたりか分かりますか?」

「待ってて、確認する」

 

小太郎の問いにハゼランは何度か周囲を見回す―そして。

 

「北区画―中流以上の住宅街だね、けど、これは――」

「そうか・・・この光景はそう何度も見たくないモノですが」

 

 

目をこらせば、あちこちに蟲の残骸と――朱の血だまりが散乱している。

 

「コタロウ兄様、どうしようか?」

「……」

 

ハゼランの問いに小太郎は僅かに考え込み、そして告げる。

マスターである陸斗なら、この状態を見て多少は尻込みするかも知れない。

 

だが、その後に取ろうとする行動も長いつきあいのなかで彼は察していた。

 

「生存者や残敵を探しつつ、次の区画へ向けて移動する。これが良いでしょう」

「分かった、それなら周りを探してみよ?」

 

 

だが、動き出そうとした二人の耳へ重い足音とかすかな悲鳴が届く。

 

「害虫!!」

「それに住人か!」

 

顔を見合わせもせず二人は駆けだした――

 

 

 

 

忍びの二人が到着する少し前。

 

「急げ、東区画の訓練棟へ!!」

 

何人もの衛兵が住人達を守り、あるいは誘導している。

不意に現れた害虫は主に南区画を主に暴れており、それでもいつここまで来るか時間的猶予も不明。

 

それでも彼らは古くからあるマニュアル通りに動き出していた。

つまり、首都東区画――先日モミジらが使っていた訓練棟を始めとした軍用施設の一部を避難場所としてそこへ住民を収容すると言う方法を。

 

だが、そんな彼らの頭上に不吉な羽音が響く。

その羽音に住民達が思わず顔を上げるが――その視線が、彼らが最後に見たものだった。

 

 

「~~~~~!!!!」

 

声にならない悲鳴が、恐慌へと変わる。

生き残った者達の目の前に居たのは、無機質な目を向ける数匹のトンボ型害虫だった――

 

 

 

そして、時間は二人が駆けだした時点へと戻る。

 

 

「くっ……これは…」

「そんな――」

 

 

二人が見た物、それは先ほどとは比べものにならないほどの血だまりと死屍累々の姿。

頭を振って冷静さを取り戻したハゼランがまず口を開く。

 

「他の花騎士はどこにいったの……?」

 

呆然としたその言葉に小太郎が辛うじてという状態で口を開いた。

 

「これだけの襲撃だ、手が間に合わないと言うことも十分に考えられます。害虫、その物量は侮れないと思ったほうが良いでしょう…」

 

そう話した彼の耳に瓦礫が動く音が届く。

すかさずそちらへ振り向き、警戒しつつ近づくと――

 

「――、キミ、は」

「ここの住人ですか?僕達はあなた方を助けに来た者です。ハゼラン、手伝って貰えますか?」

 

上手く空間が空いたのだろう、壮年の男女と少女の三人が暗がりから小太郎を見つめている。

口を開いた男は息も絶え絶えで、時間をかけられる場合ではないと言うことはすぐに察せられた。

 

小太郎の説明を受け、ハゼランが準備にかかる。

 

「てこでどかす時間はない。非常に荒くなるけど、覚悟して――コタロウ兄様、中の人たちにもそう話してくれる?」

「分かりました。三人とも、身体を動かさないで――ハゼラン」

「うん―――!」

 

小太郎の合図に合わせ、ハゼランがクナイに結ばれたワイヤーに魔力を流す。

瞬間、分厚い瓦礫の表面だけがはじけ飛び人一人を救い出せる空間が空いた。

 

「よし、救助を――」

 

 

そこへ何かをこすり合わせるような声が響く!

見れば蜘蛛型の害虫をはじめとした群れがこちらへと近づいてきていた。

 

その姿に民間人の三人がおののく。

だが、彼らに向けハゼランが優しげに声をかけた。

 

 

「大丈夫。私の名にかけて貴方たちをやらせはしない――兄様、ここの人たちをお願い」

「ええ、任せました。さあ…」

 

 

ハゼランが、鋭さを増した眼で害虫を睨む。

 

 

 

「これ以上は一歩も進ませない」

 

 

冷酷に告げ、同時に飛翔。

彼女の動きに対し、害虫の振るう鎌は遅すぎた。

 

だが、援護射撃とばかりにトンボ型害虫が体当たりを仕掛けようとする。

 

「甘いと言ったよ」

 

瞬間に次のクナイを抜き払い、彼女が空中でもう一度「跳ぶ」。

ソレと行き違いに害虫がその場を通り過ぎ――不意にもがいた。

 

「私の鋼糸は誰も逃がさない――ここで、終わらせる」

 

その瞳はあくまで無感情。

声に応えるかのように張り巡らされたワイヤーが光を反射する―

 

脳天を貫き害虫が絶命したことを確認し、彼女は蜘蛛型へと向き直る。

 

 

 

 

その一方で小太郎は民間人の一家を助け出していた。

 

「さあ、捕まって!」

「う、うん…」

 

子供を助け出し、そのまま両親も助け出す。

そこまで終えたところで強烈な爆風と爆発音が響いた。

 

とっさに小太郎が彼らの盾になり、顔を覆う。

 

それが晴れると――

 

「―――、ふぅ。終わったよ」

 

砂埃の向こうから歩いてくるハゼランの姿があった。

目立った傷はない。

 

「無事で何よりです。ハゼラン、僕はマスターと連絡を取ります。この一家の護衛を頼みます」

「それぐらい問題ないよ」

 

 

言葉を交わし、小太郎は念話のチャンネルを開く。

 

 

【マスター、小太郎です。状況報告を行いたいのですが宜しいでしょうか】

『―――、どうした?』

 

【ええ。民間人の一家を救助しハゼランを護衛に付かせて待機しています。このままだと危険なのですが、避難場所のような物は分かりませんか?】

『それなら首都東区画にある訓練棟だ、俺もカルデアの連中と一緒に居るが、かなりの数の避難民が集まってる』

 

 

その念話に彼の表情が少しほころぶ。

 

【よかった、その一家もそちらへ送りたいと思っています、このまま向かって良いでしょうか?】

『…ちょっとまて、帰還してきた他の花騎士と一緒にそっちへ向かう。目印になるものはあるか?』

 

 

陸斗の念話に小太郎が周囲を見回す。

やがて――

 

【大樹に取り込まれたかのような祠が目の前にあります】

『なるほどな――それなら俺も見覚えがある、少し待ってろ』

【承知しました】

 

 

返事を答え、念話が途切れた。

 

 

 

 

-*-*-*-*

 

十分ほど後になり、陸斗を始めとしたカルデアの一同と…その後ろに背が高くメガネをかけた男と和風甲冑を身につけ、頭には緑から赤にグラデーションした紅葉の髪飾りをつけた女性が小太郎達の現在地へと集まっていた。

 

その様子をみやり、まずアルジュナが声をかける。

 

「この状況からよくぞ無事で…」

「ハゼランのおかげですよ。それとマスター」

 

小太郎が怪訝そうな目を向けたのは、彼らの後ろに立っていた男女二人組だ。

 

「彼らは一体――」

「あ、紹介しとく。この人はカミサカ・スグル。リリィウッド騎士団長の一人だそうだ」

 

 

陸斗のセリフが途切れるのを待ち、長身の男が進み出て口を開く。

 

「僕はカミサカ・スグル。対害虫連合第224騎士団の団長をしている。こっちは妻のアカリだ」

「えっと、カミサカ・アカリです。民間人の方を助けて貰ったと言うことで…ありがとうございます」

 

スグルの方は急所になる箇所を鉄板で補強し、関節部分には革をあてがったクロースアーマーと言うべき甲冑を。

またアカリの方もそれと同じような甲冑を着込んでおり、二人の装備には共通して「焔と緋の風車」の印が刻まれている。

 

「アカリ…?花の名前じゃないんだ?それに紋様がおそろいなんだね」

 

妙だな、と漏らしビリーが疑問を口に出す。

それに答えたのはスグルだ。

 

「ああ。花騎士として世界花の加護を与えられたモノは本名を一度預けられ、引退するときにまた名前を返されるという契約をするんだ。あとこの「焔と緋の風車」は僕の騎士団の紋章、旗印だね。拘るところはもっとこだわるから、まだまだシンプルだよ」

 

 

そうあっけらかんに話したスグルの言葉に、陸斗は内心とんでもない事を聞いた気がすると思いながらも話をつなげる。

 

「ここ以外の害虫の襲撃は収まってるんだが、ヒガンバナはまだ行き先が分かってないんだよな?」

「ええ。一人だけで心配ですが…」

 

その不安にスグルが割って入る。

 

「彼女の名なら僕も知っている。確か虹の称号を持っているんだ、よっぽどのことがない限り大丈夫だとおも―――」

 

 

 

そこへアルトの声が投げかけられる。

 

 

「なぁに、皆して集まって」

 

 

 

 

その声の先にいたのは――銀髪灼眼に狐耳をした、妙齢の女性だった。

 

 

 

「え――お前、ヒガンバナ?!一人でなにしてたんだよ?!念話も通じなかったし!」

 

心配の余り非難めいた声音になった陸斗に対し、まぁまぁと声をかけつつ彼女が近寄ってくる。

よく見ればいくらかは疲労した跡が見えるが、一見したダメージはないように見える。

 

「ちょっと思うところがあってね、北側の調査と殲滅を終わらせてきたのよ」

「アンタこそちょっと待て、今殲滅って言ったか?!」

 

 

ただならぬセリフにモードレッドがかみつく。

それを受け流し、ヒガンバナが次のセリフを紡いだ。

 

「ええ。北側の害虫は制圧したわ。安全も確保済みよ」

 

 

どうやって…といぶかしげに思う一同に対し、カミサカ夫婦は何やら納得したように頷く。

 

「虹の称号に偽りなしか…リクト君、民間人の方は僕達で預かろう、いいね?」

「え、あ、はい――お願いします」

 

 

 

カミサカ夫婦に連れられ、民間人の一家が場を後にして。

 

 

先ほどより声のトーンを落としたヒガンバナは、こう告げる。

 

「ダ・ヴィンチちゃんだっけ?その人に見てほしいものがあるの」

 

 

と。




『お前の成すべき事はなんだ?』

―国を害するモノを、殺すこと―

『なら、そのモノは誰だ?』

―人理継続保証機関・カルデアのマスター、フジマル・リクト―

『なら往け、汝の使命を成すままに』

―……………―


巨斧を引きずり、狂気に墜ちた蒼き花がゆっくりとリリィウッド市街地へ歩き出したことを知るものはいない―――――


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8節 蒼く歪む 愛国花

前回のあらすじ。

突如首都にわき出した害虫を排除した一行。
そのさなかリリィウッド騎士団長の一人であるスグルとも知り合い、最終的にはひとまずの安全を確保した。

したはず、なのだが―――


 首都リリィウッドに突如わき出した害虫を退け、一夜が明けたその翌朝。

 

 朝早くから澄み切った空気に槌音が響き、復旧作業が行われているその最中。

陸斗らカルデア一行と仮契約をした花騎士達の一行は宿の一室に集まっていた――

 

 

 復旧のためのざわめきで普段では有り得ない時間に活気があふれている中、その場だけはある種の緊張感を漂わせていた。

 

 それは、銀髪狐耳の女性――花騎士・ヒガンバナが持ち帰ってきた蒼一色の結晶体からあふれていた。

 三角錐を組み合わせたかのような人工的な形でありながら、どこか霊的な力すら感じられる多角結晶体。

 

 

 

「(この形、見覚えしかないんだが…)なぁヒガンバナ、こいつはどこで?」

 

 陸斗の推しはかる声に、数秒思案してから彼女は口を開く。

 

「それだけどね、害虫のなかに一際蒼い体色が目立つのがいたのよ。それを他の害虫と同じように倒したら出てきたわね――生命の結晶じゃないみたいだし、何かしらって」

 

 

 彼女の話を引き継ぎ、今度はアルジュナが口を開く。

 

「生命の結晶――この世界でのいわば魔術資源ですか。ですがマスター、この形は」

「ああ」

 

 彼の視線と目線に陸斗が確信を得たかのように頷き、口を開く。

 

「コイツ…まるで真っ青な聖晶石だな?」

 

「聖晶石・・・ですか?カルデアでの召喚に必要だって事は陸斗さんから聞きましたけど・・・・・・?」

 

 彼の言葉にホトトギスが問いかける。

 それを聞き取り、陸斗が答えた。

 

「確定されてない未来の凝縮体、可能性の権化、そしてカルデアの召喚での唯一の触媒――だとしても、何でこんなもんが」

 

 そう、感情を抑えるように話す彼の目線はまさに疑惑の眼だった。

 

 

 

 

 何時の間に端末を取り出したのか、ダヴィンチが画面と蒼い聖晶石を交互に眺めうなりを上げる。

 その様子を興味深そうにサクラが眺め――そして、声をかけた。

 

「ところでダヴィンチちゃんはなにをしてるのかしらー?」

「それがね・・・サクラ、これ見て」

 

 彼女の差し出した画面をオッドアイの瞳孔が左右に動き、文字を追う。

 

「分かる範囲で解析かけてるんだけどねー、まさかこの天才の解析を阻む物があるとは」

「どういう事なのかしら?何か不透明な物があるの?」

 

 きょとんとした顔でサクラが答える。

 

 一方のダヴィンチの表情は晴れない。

 

「ああ。皆も聞いて欲しい」

 

 

 

 

その言葉にざわついていた卓上が静まった。

 

 

 

 

「この蒼聖晶石なんだが、確かに一部の構成はカルデアで使われていたモノと同じだ。その他に、混ぜ物のような形でマスター君――リクト君の蒼い令呪に近い魔力反応も出ている。けど」

 

「けど、何だい?キミにしちゃあ歯切れが悪いじゃんか」

「それを今から言うの。だからね――」

 

 

 

そう彼女が次の言葉を話そうとしたところで、奇妙なざわめきが一同の耳を叩いた。

ある者は妙な予感を感じ取り、ある者は経験から殺気に近いような物を察する。

 

 

「良いところで・・・マスター君!」

「ああ、全員話は後だ、ひとまず様子を見に行く――皆、警戒は解くな」

 

 

 それぞれに頷き、英霊と騎士の一団が席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *     *     *

 

 

 

 

 

 

 

 

ほとんど同時刻、首都リリィウッド南門―つまり陸斗らが入場した門、その大橋で。

一人の女性がぼんやりとした目線を保ったまま橋の上に立っている。

 

 

水色のツインテールに、蒼い花を模した髪飾り。

背丈としてはやや小柄であり、またその身体はメリハリも大きく、フリルをあしらった紺色の薄い外套をまとっている。

 

そして普通であれば感情豊かで幼げさを感じさせる顔立ちと土色の瞳は「なにも考えていない」様にうつろな表情。

また、左腕一本でその姿に見合わない巨大すぎる両手斧を支えていた。

 

 

 彼女――リリィウッド哨戒部隊の一人、花騎士のネモフィラが姿を現したのはこの膠着状態から十数分前のこと。

しばらくの間行方知れずだった哨戒部隊が戻ってきた、と言う話に担当の守衛が出向き声をかけたが、全くの無反応。

それを意に介さず、彼女は仁王立ちの体勢のまま微動だにしていないのである。

 

手を出すわけにも行かない、元老院でわざわざ対応を協議している場合でもない、と堂々巡りのまま時間だけが過ぎていた――

 

 

 

 

 

 

 

そしてその門の近くへ、陸斗一行が到着しようとしていた――。

 

 

「妙だな・・・ってあの人は俺の受付をしてくれた兵士か、ちょうど良かった・・・」

 

 

頷き、彼は兵士へと声をかける。

 

「お疲れ様です――何事なんですか?」

「なんだ――って君は先日の。実はな・・・・・・」

 

いぶかしげな表情で振り返った彼だったが、特徴的な一行の姿を見ると僅かに緊張感を緩ませ、事のあらましを語って聞かせる。

 

 

 

「行方不明だった花騎士?」

「そうなんだ。哨戒部隊が行方不明だったんだが、その内の一人があの大橋に陣取ってしまってな、俺たちでは手出しをしようにも出来ないでいたんだ」

 

 

そう話を終えたと同時に、陸斗の脳裏に響く念話。

 それは――

 

 

【マスター、その陣取ってるヤツからかも知れねぇが猛烈な殺気が止まらねぇ。この城門の裏側からでもはっきりと分かるぜ】

 

 翠眼を城門の向こうに向け睨んでいるモードレッドからだった。

 

 

『まさかあの殺気の正体がソレだとでも言うのか?こういう時の直感は――信じたほうが良いか、分かった』

 

 

 

「――大丈夫か?」

「え、ああ、少し考え事を。よかったらその陣取っている花騎士の件、俺たちに任せて貰えませんか」

 

 

 唐突に見えたその提案に彼は驚きの表情を見せた。

 

「良いのかい?解決してくれるのなら助かる」

「引き受けました。それと」

 

 

 

一度話を区切り、陸斗が兵士に向き直る。

 

「念のため、自分たちがここの対応をしている間は誰も手出しをしないで欲しいんです――お願いします」

「分かった、他の仲間にもそう伝えよう」

 

 

 

兵士と別れ、陸斗は待機していた一行に合流。

 そして門が開かれ―――仁王立ちしていた蒼髪の少女と目が合った、瞬間。

 

 

 

 

 

『!!!!』

 

 さながら突風が吹き付けたかのような勢いで猛然と駆けだし、ためらいなく両手斧が振りかざされる!!

 

 

「させっかよ!」

 

真っ先に対応したのはモードレッド、赤雷をまとわせたクラレントが両手斧と真っ向から激突し火花を散らす!

 だがそれを意に返さないように少女がうなり声を上げた。

 

 

 〔ウアアアアア゛!!!!コロス、カルデアノマスター、コロス!!〕

 

そのまさしく咆哮という轟きに陸斗が驚きの表情を見せるが、それでもなお少女は止まらない。

 二撃、三撃、四撃と加速していく猛撃に徐々に押され始めるように見えた、だが。

 

「仮契約とはいえ、私たちのマスターを殺すとは聞き捨てなりませんね!!」

「やらせるわけには行かない!」

 

 

ツバキとモミジが抜剣し、それぞれに剣撃を引き受ける。

 

 

 その間に小太郎ら後衛組の護衛で下がった陸斗が念話のチャンネルを開いた。

 相手は――

 

 

 

【マスター君、あの子の状況を解析してみるよ!】

『是非とも頼む、時間はどれくらいかかる!?』

 

【5分――いや、2分で終わらせてみせるから!】

『分かった、ヒガンバナはダヴィンチの支援を頼む!同じ花騎士だ、何かの助けにはなるはずだ』

 

【引き受けたわ!】

 

 

 念話を一度きり、術士の二人が距離を取る。

 その間にも猛撃の嵐は止まらない――!

 

 

『続いてアーチャー4名!』

 

【は、はい!】

【どうしますか】

【何かしら?】

【なんだい?!】

 

『ビリーとサクラは攪乱程度であのツインテールをけん制、ホトトギスとアルジュナは害虫に備え周囲を警戒しろ』

 

 

 了解、と四者四様の返事が返る。

 銃士二名が照準を合わせ、弓士二名が周囲の警戒へと入った。

 

『小太郎、オジマンディアス、ハゼラン。三人には俺の護衛を頼みたい。害虫が寄ってこないとも限らないからな』

 

【承知】

【太陽たる我を護衛などとは不遜であるな、だが引き受けたぞ!!】

【分かった、大兄様】

 

 大まかに、と言う状態ではあるが布陣を設定した陸斗が、狂い踊る蒼花を睨む―!

 

 

 

 

 

 

 

 

 *       *

 

 

 

 

 

 

 

 

 〔デテイケ、コノクニカラデテイケ!!〕

 

 悲鳴とも慟哭ともとれる叫びと、それに応えるように風を切り裂き、斧が轟く。

 

「そんなわけに行くか!」

 

その剣戟を切り返しモードレッドが吼える。

 入れ替わりに二刀を構えたツバキが切り込んだ。

 

「いい加減にうるさいですよ、ひとまず黙りなさい!!」

 

乱撃には乱撃をぶつけろ。

 そう言うかのように手数で勝る二刀の応酬に狂戦士の動きが止まり――全力で振りかぶった一撃を持って襲いかかった!

 

 〔グ、ジャマヲ、ズルナァ!!!〕

「っ痛、なんて力・・・!」

 

二刀を交差して辛うじて防ぐ彼女だったが大股歩きで五歩ほどはじき飛ばされ、残った衝撃に手をしびれさせる。

 

 〔ア゛ア゛ア゛ッッッ!!〕

「―――!!!!」

 

死が、迫る。

 害虫の鎌や切っ先とは比べものにならないほどの死が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*        *        *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方の陸斗ら後衛組は――

 

 

【何よ、このよどんだ空気――ダヴィンチ、これの解析はどう?!】

【ああ――あの子を狂わせている気配の元はコイツか!】

 

「なんだ、二人とも何か分かったのか?!」

 

鬼気迫る勢いの念話に、陸斗がたまらず声を出す。

 それに応えたのはダヴィンチだった。

 

「ヒガンバナの見立てが当たったよ、あの子凶悪な催眠術をかけられているかのような状態なんだ」

「・・・・・・――って事は?」

 

その言葉に陸斗は僅かに考え込み・・・古い記憶を呼び起こした。

 あれは確か第一特異点(オルレアン)の―――!

 

「まさか、狂化かよ?!」

「途中の工程は違うけど結果から見ればまさにそう、あの子意識に蓋をされて闇雲に暴れているんだ!」

 

「けどどうする、どうやって止める?!前衛の三人がかりとはいえ長く保つ保証はない!」

 

 

《いや、打開策ならばある。アレがサーヴァントでなくまだ花騎士というのなら!》

 

焦りを隠せない陸斗にかけられた声の主は―――

 

 

 

 

 

 

 

 *       *       *

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は戻り、首都南門の橋上では――

 

 

 

 

 

 

 

ツバキは辛うじて刀を翳そうとするが、それよりも先に突然の弾幕が狂戦士の足を止める。

 

【ツバキちゃん大丈夫?】

【ええ―――助かりました!】

 

その正体は照準を合わせていたサクラとビリーの連射だ、はじけ飛ばされた砂礫が即席の煙幕となる!

そして振り向いた先には砲剣の切っ先が!

 

 

 

「足を止めたね?!貰ったぁ!!」

 

 

狂戦士の横をくぐり抜け、振り向きざまに砲剣を抜き払ったモミジだ。

その一撃に反射的に反応した狂戦士の体勢が崩れる。

 

更に――

 

「この距離なら、逃がさない!」

 

至近距離でトリガーが引かれ、魔力が刃へと流し込まれる!

 

 

 〔グア゛ア゛ア゛ッッ?!?!〕

 

モードレッドの魔力放出に匹敵する一撃を、しかも奇襲で受け、狂戦士がたたらを踏む。

 

「よくやったモミジ!――コイツはおまけだ!!」

 

 

戦闘の間に魔力の補充を終えたモードレッドが二度目の魔力放出を得物に乗せる。

赤雷剣と化したクラレントが狙うのは――がら空きに見えた胴だ。

 

 たまらずに狂戦士は得物を剣の軌跡の予想位置へ翳し、防ごうとする。

 

 

 

 

 瞬間、赤雷の騎士が、嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

「その得物、へし折らせて貰うぜ!!」

 〔――――――――?!?!!?〕

 

 

剣と柄が触れた一瞬。

その一瞬で両手斧は分断され、刃は勢いのままに凍結した水面を滑る。

 

《後は任せよ!!》

「って、その声――ちっこいの?!オイなにす―――」

 

 

モードレッドの誰何の声は届かない。

蒼光は一瞬で彼女の前を駆け抜け、それでもなお噛みつかんとする形相の狂戦士の耳元へとしがみつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《花騎士の自負があるなら目覚めよ、―――――(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉が彼女の耳に入り、認識した瞬間。

変化は劇的だった。

 

今にもまた暴れ出しそうな様子から――完全に動きを止め、その場に倒れ伏す。

そしてその彼女から紫色の靄めいた物体が流出していった。

 

 

【アレが彼女を…ここで討ち滅ぼす!!合わせなさい!】

【はい――――!!】

 

まるでよろけているかのように逃げようとした物体に、二筋の矢が突き刺さる。

勿論、物質的な状態ではない。

 

片方は神威のカケラを宿した炎、もう片方は正の言葉を連ねた詩文の矢――

一溜まりもあるはずがなかった。

 

 

 

「…、あれ、私…何を?」

 

靄が焼却されたと入れ替わりに少女は意識を取り戻す。

暴威をもって暴れ回っていたことすら覚えていないような、眼をまばたきさせた表情で…。

 

 

 

 

 

 

*     *      *      *

 

 

 

南門大橋の騒動のその後――

 

 

英霊と騎士の一行は拠点としている宿の一室へと戻ってきていた。

少女のことは守衛達を通じて陸斗らに任せる形になったために、ひとまず罪を問うことは当面置いておくこととなったという。

 

人的被害がなかったことも良い方向に向いた理由だろう。

 

「本当に、本当にご迷惑をおかけしました!!」

 

蒼髪ツインテールの少女――花騎士のネモフィラがこれ以上ないまでに深々と頭を下げる。

 

 

「まぁ、催眠術めいた物がかけられてたなら仕方ない。そういえば守衛から聞いたが、君はこの国の哨戒の担当者の一人なんだっけか?」

「ええ――こんな時でなかったらリリィウッドの魅力を余すことなく紹介したかったですけど…」

 

 

普段であれば活発その物である表情は伏し目がちだ。

話していて思い出したのか、陸斗は一つ質問を投げかけた。

 

「そうだ、この近くで人を隠せそうな場所なんて知らないか?」

「え――それこそ、たくさんありますけど…特に難解な場所と言えば…エレンベルクの樹海でしょうか?」

 

 

ネモフィラ曰く。

 

「その樹海は北はウィンターローズとの境界に、東はベルガモットバレーに接しています。この国の中でも群を抜いて深く、また警戒がしきれていないほどの深い森なんです」

 

と語るのだった――



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8.5節 マテリアル ー万花の騎士たちの場合ー

これまで登場し、主人公である陸斗と仮契約をしたメンバー、敵サーヴァントとして戦った花騎士のデータをここに記します。


アルジュナ「おや。これは何を?」

 

ダ・ヴィンチ「花騎士の皆のデータが集まったからね、整理ついでに見ていたんだ」

 

アルジュナ「ふむ、気になりますね――見てみましょうか」

 

 

 

 

 

 

*     -     *     -     *

 

 

 

 

花騎士サーヴァントは全員、パッシブスキルとして「世界花の加護」を装備している。

 

ただし何らかの原因で花騎士としてのあり方でなくなっている場合、このスキルは無効化状態となる。

 

A+ = 蟲・混沌+悪に対し特攻+120% 

A = 100%

B+ = 80%     

B = 50%

 

 

 

となる。

 

 

             

・サクラ(☆5/弓or術)

 

 

-ステータス-

 

筋力…C

耐久…B

敏捷…A(ただし非戦闘時はC相当)

魔力…A+

幸運…B

宝具…A+

 

 

パッシブスキル

 

世界花の加護 A+

 

 

クラススキル

 

単独行動 A

 

 

装備スキル

 

 

無窮の武練(銃) A(1ターンのみスター集中率大幅強化・クリティカル威力強化・スター発生率アップ)

 

クイックドロウ A

 

桜花の銃神 Ex(ブロッサムヒル最強、と言う実力が他の住人や花騎士等の間で一種の神格化をしている。 自身に超巨大特攻&宝具強化(1ターン)・B強化(3ターン)、反動として次ターンNP取得ゼロ)

 

 

宝具/対人~対軍宝具、ランクA+、カード属性Buster 桜魔砲・桜吹雪(トランジェンドブロッサム)

 

・ホトトギス(☆4/弓)

 

-ステータス-

 

筋力…B

耐久…C

敏捷…C

魔力…B+

幸運…B

宝具…B++

 

パッシブスキル

 

世界花の加護 A

 

クラススキル

 

単独行動 A

 

装備スキル

 

詠唱弓術 A(自身の特技である詩句を戦闘に活かせないかと考え、編み出した。敵の特徴を分析しそれに真っ向からの対抗属性を宣言することで優位に立つ。NP取得率強化+A強化3ターン)

 

観察眼 C~A+(悪路に迷い込んだとき、もしくは難敵に当たったとき…恐れを持ちつつも、どう対応するかと言う『眼』を養っている。ただしその正確度は本人の精神状態に左右され、例としてカリスマB以上のサーヴァントなどがいる際は能力が落ちる。高確率で回避5ターン+クリティカル率強化&必中1ターン)

 

高速詩吟 A+(高速詠唱のたぐいとは似て非なるモノであり、特に詩吟を作る際により素早く組み立てられるようになる。転じてNP大量補充のスキルとなった)

 

 

宝具/対人~対軍宝具、最大ランクB++、カード属性Arts、詩吟ノ雨(レシテイトレイン)

 

 

・ツバキ(☆4/剣)

 

-ステータス-

 

 

筋力…A

耐久…B++

敏捷…B

魔力…B-

幸運…C

宝具…B-

 

 

パッシブスキル

 

世界花の加護 A

 

 

クラススキル

 

対魔力 A

 

 

装備スキル

 

 

我流剣術 B-(二刀流という独特の剣術を研究中のため。後一手が足りていないためにこのランクにとどまっている)

 

乱戦の心得 A(手数が多く自然と乱戦をこなすスタイルのために覚醒した)

 

枯れ墜ちぬ赤花 Ex(諦めず戦う精神性がスキル化、自身にガッツ3回+防御強化3ターン)

 

 

宝具/対人宝具、ランクB-、カード属性Buster、雲龍双爪(クロスインパクト)

 

 

・ハゼラン(☆4/殺)

 

-ステータス-

 

 

筋力…B+

耐久…C

敏捷…A+

魔力…D

幸運…B

宝具…C+(必要魔力が少ないため。技術その物が宝具となった)

 

パッシブスキル

 

世界花の加護 A

 

 

クラススキル

 

気配遮断 B-

 

 

装備スキル

 

 

破壊工作 A

 

変化(潜入特化) B-(今ひとつ変化し切れていない様子まで含まれ、スキル化した模様)

 

花影流 A(敵陣のB耐性ダウン+自陣のB性能アップ、自身にスター発生率強化、NP中程度(最大80%)取得)

 

 

宝具/対陣宝具、ランクC+、カード属性Quick、爆裂鎖陣(エクスプロードチェーン)

 

 

 

 

・モミジ(☆5/狂)

 

 

-ステータス-

 

筋力…A+

耐久…A

敏捷…C

魔力…C+

幸運…D

宝具…A

 

 

パッシブスキル

 

世界花の加護 A+

 

クラススキル

 

狂化 D

 

 

装備スキル

 

 

天性の肉体 A

 

直感(狂) B+(回避1回付与、3ターン)

 

墨攻の心得 A+(守りをなげうった攻勢一点集中の構えをとる。防御ダウン(大)&攻撃・A/Q/Bアップ(大)3ターン)

 

 

宝具/対人・対要塞宝具、ランクA、カード属性Buster、紅炎爆葉刃(ブレイズインパクト)

 

・ヒガンバナ(☆5/術)

 

 

-ステータス-

 

 

筋力…D

耐久…D

敏捷…D

魔力…A+++

幸運…A+

宝具…A+++

 

 

パッシブスキル

 

世界花の加護 A+

 

 

クラススキル

 

陣地構築 A

 

 

装備スキル

 

 

魔力充填 A(NP大量補充&宝具威力を強化(1ターン))

 

紅珠花の呪術 A+(敵陣攻撃力ダウン(中)3ターン+低確率でチャージダウン)

 

使い魔(狐) A- (本人の足下サイズの分身を使役する。使い魔の側も、本人には及ばないものの妖術を使う。 敵陣のクリティカル率ダウン&低確率でスタン&呪い。追加デバフ二つは重複することがある)

 

 

宝具/対陣宝具、最大ランクA+++、カード属性Arts、境界の葬送花(ねむれ、あかのはなぞのに)

 

※火力としては低い代わり、『中確率即死・毒・呪い・攻防ダウン(中/3ターン)』

 

 

 

 

 

 

 

・ネモフィラ(☆4/狂)→(☆4/剣)

 

<>は狂状態の数値とする

 

-ステータス-

 

筋力…<A++>(通常状態だとA)

耐久…B

敏捷…<B+>(通常状態だとC)

魔力…D

幸運…<E>(通常状態だとA)

宝具…A

 

 

パッシブスキル

 

世界花の加護 A<―>

 

狂化 A

 

※何者かにより本来の意識にふたをされ、自身の誓いである愛国心を曲解させた状態にある。

所属する国の国民であれば手を出さないが、そうでないものに対してはありとあらゆる手段をためらわない。

 

 

装備スキル

 

怪力 B+

 

<強制排除 A 無敵&回避貫通、通常攻撃とBを大幅強化/3ターン>

 

愛国の誓い A(状態異常耐性1ターン&防御大幅アップ1ターン)

 

瑠璃唐ノ刃 A(NP取得率/B強化3ターン)

 

宝具/対軍宝具、ランクA、カード属性Buster 真に国を愛する者よ(パトリオットフォース)(滅べ、国を侵す者よ)

 

 

 

*     -     *     -     *

 

 

アルジュナ「サーヴァントとしてみるとこのような形ですか」

 

ダ・ヴィンチ「私たちと比べると平均して強いという具合かな?前衛と後衛のバランスが良い」




―マテリアルga追kaされましta―

■■■■■■(☆不明/讐)

-ステータス-

筋力…■
耐久…■
敏捷…■
魔力…Ex
幸運…■
宝具…A+++~Ex

私を閉じ込めたこの世界よ、全ての音も光もなく凍り付け。

幽閉されたモノの恨みと慟哭を聞け。
私は全ての生命を赦さない。



ダ・ヴィンチ「……、なんだ、これ?」




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9節 声は 境界を越えて

前回のあらすじ。

突如リリィウッド南門大橋に現れた花騎士、ネモフィラ。

何者かの手によって暴走していた彼女を止めた一行は、その彼女からエレンベルクの樹海に関わる話を得る。

事態はまた少しずつ動き出していた。


リリィウッド南門大橋の騒動から更に一夜明け。

陸斗らが滞在する宿に四人ほど客人が訪問していた。

 

言うまでもなく──

 

 

「なるほどな、エレンベルクの樹海か…ヒトを隠すのには都合が良いか」

 

キリンソウをはじめとしたプロテア親衛隊の面々。

この報告を聞くまでそれぞれに疲れた表情をしていた物の、陸斗の話で希望を見いだしたように見えた。

 

「議員…いや、プロテアさんを探すにしても、闇雲では余計な手間になる。偵察と情報は必須でしょうね」

 

生姜の風味をきかせたミルクティー…インド様式のチャイを含み、アルジュナが静かに言葉を紡ぐ。

その言葉に忍びの二人が頷いた。

 

「偵察ならお手の物だよ、ね、兄様」

「ええ。一刻も早く動きたいところですが──」

 

僅かにあかるげなハゼランと対照的に、小太郎はゆっくりと陸斗の方へ振り向く。

 

「事は俺たちだけで動ける状況じゃない、何が潜んでるか分からねぇからな」

「そこでアタシたちの出番なんだよね!」

 

腕組みをした彼の言葉に勢いよくオトメギキョウが答える。

ええ、とうなずき、リカステがまとまった話の部分を挙げていく。

 

「正面は私たちが、そしてその陽動の裏でリクト君達が動く…ここまでは良いけれどね。不安はまだあるけど─」

「これだけの戦力だ、如何様とも出来る!いざという時は我に頼っても良いぞ?」

 

彼女の疑問をオジマンディアスが一喝して切って捨てる。

そして少し落ち着いたところで、今度はモーレッドが口を開いた。

 

 

「そういや、ちっこいの」

「む?どうした、赤いの」

 

机の上から翠眼を見返すオリヴィアに、彼女は小さく息を吐き。

 

「ネモフィラ…だっけ?アイツをどうやって止めたんだよ。何かつぶやいたらプッツリと倒れるなんてよ」

「それか──」

 

うむ、と頷き彼女は一行へ向き直る。

 

「これは花騎士以外には決して明かしてはいけないのだがな…事ここに至っては言うべきであろうな」

 

彼女の言葉にまずリカステが思案顔になる。

それを意に介さず、オリヴィアは話を始めた。

 

 

「リクトは聞いたかも知れないが、花騎士といえど元は普通の人間に過ぎぬ。十分な鍛錬を積み、それぞれの目覚めのきっかけを経て花騎士となるのだ。そして契約として元あった本来の名を預け、花の名を名乗る事で初めて花騎士としての心身が揃った状態となる」

 

 

そこで彼女は一度セリフを切り、もう一度口を開いた。

 

「そしてこの「真名」はもしもの時の停止手段に変わる。ネモフィラは汝等サーヴァントと花騎士の合いの子であるようだと見当をつけ、それに賭けたのだ。結果は汝等も知っての通りだ」

 

 

その言葉に納得がいったかのようにリカステが反応する。

 

「つい半月ほど前だけど、小さい女の子が害虫の襲撃に巻き込まれたときに花騎士として覚醒した、って話があったことを思い出したわ」

「ほう?その子供はよほど才に恵まれていたようだな」

 

 

「それで、結局の所どう出るんだ?」

 

 

押し黙っていたキリンソウの言葉に陸斗は数秒押し黙る。

そして、口を開いた。

 

 

「─よし、ハゼラン、小太郎」

 

「は」

「うん?」

 

「お前等はエレンベルクの樹海へ先行して情報収集を頼む。あくまで偵察だ、戦闘は一切行わないつもりで行ってくれ」

 

「承知」

「分かった」

 

「他の皆は偵察の結果次第で動く。基本的には先ほどの方針だと思ってくれ」

 

 

そこへ褐色の手が挙がる。

 

「アルジュナ?」

「もしも、ですが小太郎達が戻って来れないことも考えられます。その場合は?」

 

 

彼の言葉に陸斗は左手甲を眺める。

そこには赤と蒼の令呪が鈍く輝いていた─

 

 

「令呪を切ってでもこちらへ戻す―けど、連絡は少なくとも一時間に一回以上はしてくれ」

 

 

 

*

 

 

 

 

それぞれに解散していった後、最後に残っていたのはダ・ヴィンチだった。

 

「先生、どうしたんだ?」

「マスター君、まだ時間あるかな?」

 

「?、あるけど…」

 

彼の問いに、彼女は僅かに言いづらそうにしつつも口を開く──

 

 

 

「もしかすると、カルデアとの連絡つながるかもしれないよ」

「なっ?!」

 

 

 

部屋を変え、ダ・ヴィンチの部屋へ移動する。

陸斗の襟元からはオリヴィアが顔を覗かせていた。

 

 

「─しっかし、お前この場所が気に入ったのか?何かこそばゆい」

「構わぬだろう?この位置が我にとってちょうど良いのだ」

 

 

そう話す二人を無視し、彼女はタブレット端末を数度操作する。

その様子にもオリヴィアは興味を示していた。

 

 

「それはそうとダ・ヴィンチよ」

「ちょい待ち、今接続の周波数合わせてるから」

 

 

しばし、砂嵐のような音がタブレットから流れ続ける。

 

徐々にダ・ヴィンチの表情も険しさを増していく。

 

だが、驚きは突然やってきた。

 

 

 

≪──・・・─い!≫

 

その声に陸斗の表情が変わる。

もう聞けないと思っていた声が、かすかに彼の耳を叩く…!!

 

「よーし、目処は付いた!後はこの周波数を─どうだ!!」

 

≪先輩、リクト先輩!!≫

「マ…シュ…?!おいマジかよ!」

 

 

≪ああ、良かった!そちらは大丈夫ですか?!≫

「─ひとまずは無事だ、通信通ったならモニターも生きてるはずだ…!」

 

≪はい…!ああ、本当に良かった―!≫

≪ちょっと変わってね≫

 

 

感涙にむせびそうなマシュの声を遮り、アルトボイスが話に割り込む。

その声にオリヴィアの表情が固まった。

 

(待て…この声、ダ・ヴィンチと同じ―)

 

≪流石『もう一人の私』、糸口をつかんで通信ライン確保するとは≫

「コピーのような存在だと言っても私だって星の開拓者だぜ?出来ないはずがない!」

 

 

フッフッフ、と全く同じ声音でほくそ笑む二人の『星の開拓者』。

通話の向こう──仮称として『管制室のダ・ヴィンチ』はひとしきりほくそ笑んだ声音の後、本題に入った。

 

 

≪『もう一人の私』、そちらのいる世界だけど、こちら側とは全然違う別世界というのは分かるよね?≫

「勿論。サーヴァントに匹敵する戦士と虫が戦い合ってるよ」

 

やはりね、と管制室のダ・ヴィンチは声を漏らす。

そして告げられた一言がもたらした物は、この場の二人と一体を驚かせるのに十分すぎる衝撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

≪手短に言っておこう。その世界から聖杯の反応があった≫

 

 

 

 

 

 

 

その言葉にカルデアの二人は硬直し。

スプリングガーデンの一体は意味が分からないと言うかのように首を左右させる。

 

「不思議な物だが…姿なき魔術師よ」

≪うん?君は何者だい?≫

 

「我はオリヴィア、故あってリクトの道案内を買って出た者だ。それはそうと、聖杯とは何だ?彼から名前は聞いてはいるが今ひとつ要領が掴めんのでな」

 

≪そうだね──第三魔法、いわば形而上の存在を汲み上げて、物質に転換する。何でもありの願望機、願えばその結果の善し悪しにかかわらず叶えてしまうシロモノさ≫

 

あまりにも滑稽。

だがその声音は本気。

 

その内容にオリヴィアは眼を見開いた。

 

「っ?!ならばそれを手にした時点で我がこの世界の蟲を消してくれと願えば──」

 

≪叶えてしまうだろうね。機械的に、遠慮なく、一切無情に≫

 

そこまで話したところで、通信の向こうから妙なざわめきが届く。

二、三度紙がこすれる音が聞こえ・・・

 

 

≪最新の観測報告だよ、今通信している…リリィウッドでいいのか?そこと真北のウィンターローズ以外との世界の境界線が曖昧になっていると連絡がある≫

 

「待て…それってどういう──」

 

 

 

管制室のダ・ヴィンチの報告に対し、陸斗は頭を全力回転させて理解しようとする。

そして一つの光景に思い至った。

 

「まさか、第六特異点(キャメロット)の一歩手前かよ?!」

 

人理が一度燃え尽き、世界が虚無に消えていく光景。

それが彼の脳裏にフラッシュバックする。

 

「リクトよ、どういう事か説明できないか?」

「分かった、ごく手短に言えば──『世界が分割されて消える』って言えば分かるか?」

 

「!!!!!」

 

それは予想以上の衝撃だった。

 

スプリングガーデンは六つの世界花で保たれている。

それが分割され、更に小さくなったとしたら──

 

 

「(均衡が崩れ、何が起きるか想像もできぬではないか?!)」

 

オリヴィアの表情に陸斗は納得してくれたか、と思いを込めて頷く。

 

 

≪──、通信はここまでが限界のようだ、けどモニターはこのまま続ける。上手くタイミングが合ったらまた連絡するよ、それまで無事でいて!≫

「そちらの方は任せたよ!」

 

 

 

 

 

 

*

 

 

通信が切れ、それぞれに糸が途切れたかのように脱力する二人と一体。

 

「とんでもない事の目白押しだな」

「そういやオリヴィア、俺に蒼い令呪を貸し与えたときに役割がどうとか言ったよな?」

 

「……ああ。ここまで話を聞いてた以上、汝の役割はこれではっきりしたのか」

「そうだな、それにそもそも聖杯の回収はカルデアの任務、それに人理修復の最後の工程だ。ただ帰るわけにはいかなくなったな─」

 

 

 

そう話しているところへ、念話が入り込む。

 

 

【大兄様!】

【ハゼランか、どうした】

 

【目標に目星が付いたよ、こちらも少し消耗しているから戻りたいんだけど良いかな?】

【早いな、よくやった!──くれぐれも無事に戻ってきてくれ、こっちからも話しておきたいことがある。小太郎はいるか?】

 

【うん、一緒に撤収中───コタロウ兄様】

 

 

一拍おき、念話の声音が変わる。

 

【変わりました、こちらの報告は──】

【いや、そっちの報告は全員集まってからで良い。それより、カルデアとの通信がつながった】

【本当ですか?!】

 

 

 

そうやりとりし、先ほどの連絡をコタロウに、念話のチャンネルを通じてハゼランにも共有する。

 

【世界消失に繋がる…マスター、それとおぼしき現象をこちらも確認しました】

【何だって―?説明してくれ】

【はい、地図を作成しつつ偵察を続けていたのですがどうしても一方向しか進めなくなる場所がありました】

 

 

その念話にダ・ヴィンチも静かに驚きの表情になる。

 

【具体的には?】

【はい。ハゼランの話によればエレンベルク樹海の北東へ抜ける側―フラスベルグ渓谷と呼ばれる場所の入り口へ抜ける道が続いていた、と言うことなのですが…】

 

そこで一度息を整えるように念話が止まり、話を続ける。

 

【道を確認しても濃霧で何も見えず、何かを投げ入れてもすぐに戻ってきてしまう、と言う状態で─】

 

【互いに情報のすりあわせが要るようだな…今どのあたりまできた?】

【は、エダの深き森という碑文を通り過ぎたあたりです】

 

【よし分かった、くれぐれも無事戻ってこいよ】

【承知─!】

 

 

 

 

事態が大きく動き出した。

それを自覚し、陸斗は解散していったカルデアの一同、そして花騎士の一同を呼び戻す──。



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10節 黒き森にて 剣が舞う

前回のあらすじ。

ついにカルデアとの連絡が付くが、そちらからもたらされた報告はスプリングガーデンに聖杯が存在すること、そしてこのままであれば世界が細かく割り砕かれる事―

ここに来てようやく、陸斗は―カルデアの一同は、成さねばならないことを見いだした。

そして、行方不明だったプロテアの情報も、推測の域を出ない物の舞い込んできており・・・?


カルデアとの通信から数時間後、辺りは既に暗い。

陸斗の招集を受け、騎士と英霊の全員が再び宿の一室に集まった。

 

 

「それで、小太郎。どうだったか聞かせてくれるか?」

 

前置きを飛ばし、陸斗が口を開く。

それに応じ小太郎が頷き、状況報告を始めた──

 

 

「はい。樹海に同化した遺跡があり、そこに青い人影が出入りしている様子を確認しました」

「待って、青い人影って…姿形は分かるかしら」

 

ヒガンバナの声に小太郎は小さく首を縦に振る。

 

「ええ。つい先日相対した花騎士のネモフィラと言う方が居ましたね?それとそっくり同じだったんです」

 

 

その報告に一同がざわめく。

 

「ちょっと待って欲しい、そのネモフィラは私が詰所の様子を見に行ったときにそこに居た。まさか他人のそら似というわけではないだろう?!」

 

自由行動時に彼女の姿を見ていたというアルジュナが反論を返す。

それにつなぎ、思案顔だったツバキが口を開く。

 

「いえ・・・その「他人のそら似」があり得るかも知れません」

「ツバキ?どういう事です、説明してくれませんか」

 

「ええ―」

 

一度目を閉じ頷く。

もう一度目を開き、意を決したように彼女は口を開いた。

 

「今から半月ほど前、この大陸の南東に広がる湿地帯を治める国家であるロータスレイクとの国交が開かれ―」

「待ってくれ。前聞いたときはそこは未開地状態だって聞いたが?」

 

陸斗の横やりに冷ややかな目線を向ける。

 

「国交が正式に開かれて僅かですよ?安全に開かれていると保証できかねますから。続けます」

 

脱線した話を引き戻し、彼女はもう一度口を開く。

 

「続けますよ。花騎士のようで本物の花騎士でない存在がその国のあちらこちらに出没し始めます」

「本物でない?それは僕らが見た――」

 

「そうです、実戦での記録からそれらはアクアシャドウフラワーナイト、縮めてアクアシャドウと呼ばれるようになりました」

 

「けど、不自然だね」

「?、何かおかしな所でも」

 

 

一連の話を聞き終え、ダ・ヴィンチがそれを見計らって口を開いた。

 

「アクアシャドウ、名前からして水に関わるナニカだろう?けど小太郎たちが見た暫定アクアシャドウはそれと全く関係ない森の中にいた」

「・・・・・・近くに河でもあるのではないですか?」

 

僅かに不機嫌さを乗せ、ツバキが答える。

それを否定したのは小太郎とハゼランだった。

 

「ううん、それはないよ。一面うっそうとしてて池なんて見当たらなかった」

「ええ。少なくとも僕らの見た範囲では水場はなかったようにみえました」

 

 

その報告にツバキの表情が鋭さを増した。

 

「ならば何ですか、あなた方が見たアクアシャドウもどきと私たちの知るアクアシャドウは別物と?」

「なら、試してみようか?」

 

 

口調だけは冷静に、視線だけで三者を止めたダ・ヴィンチが待ったをかける。

様子を見守っていたオジマンディアスもそれに加わった。

 

「――ふむ、あの聖晶石もどきか」

「覚えてたか。そう、そのサンプルをここで実証してそのアクアシャドウとやらのデータと比べようじゃない」

 

 

そう言う間に自身のカバンを探るダ・ヴィンチ。

だが、しばらく探っても―

 

「む。アレ?何でだ・・・」

「どうした?」

 

陸斗の声を無視し、カバンをまさぐり続ける。

だが―

 

「・・・ごめん、自信満々に言っておいて本当にごめん。例のサンプルが影も形もない・・・!」

「はぁ?!まさか無くなるなんて」

 

「そんなはずないって!厳重に保管してたんだよ?!」

「となると勝手に消えたって事かよ・・・まんまと手がかりがなくなっちまったか」

 

 

額に手を当て、陸斗が天井を仰ぐ。

だがすぐに体勢を戻し、話題を変えた。

 

「アクアシャドウについての話は一端これで切り上げにしよう、次は地図の確認だ―小太郎、出来てるか?」

「は、これを」

 

陸斗の声に小太郎が応え、巻かれた紙を差し出す。

それを開くと――

 

「流石ねぇ・・・凄い書き込みようだわぁ」

 

感嘆の声がサクラから漏れた。

そう言うのも無理はない、陸斗が調査偵察を依頼したエレンベルクの森の一角がなるべく単純にかつわかりやすく書き記されていたからだ。

 

 

 

「森林と遺跡「だけ」って具合だな。ウルクのジャングルと状況は近い」

「ええ。警備のつもりか中型か大型の害虫も見受けられました。議員―プロテアさんは消去法でこの遺跡の中かと」

「入り口のようなものは分かったのか?」

 

そう陸斗はきいたが、ここで小太郎は顔をしかめる。

 

「いえ―これかと思うような入り口は分からず。ですが、アクアシャドウは確かにこの遺跡を歩いていました」

「ふぅん・・・もしかすると花騎士の魔力に対応しているのかも知れないわね?」

 

肩越しにヒガンバナがのぞき込む。

多少顔を赤らめつつも小太郎は答えた。

 

「い、一理あります。僕達サーヴァントと花騎士の皆さんの魔力が違うものだとすれば」

「だとしたら、カルデアメンバーだけで裏口突入は止したほうが良いか―」

 

「あら、それなら私を加えれば良いじゃない」

 

ううむと唸った陸斗の横からもう一度ヒガンバナが口を出す。

彼の髪に掴まって地図を見ていたオリヴィアも頷いた。

 

「悪くない手だ。汝の魔力は虹の称号の中でも群を抜く。それに我自身もリクトについて行けば良かろう」

 

 

すると、ここまで黙っていたホトトギスも話に参加した。

 

「あの・・・」

「どうしましたか?」

 

アルジュナに目線を向けられ、一瞬縮こまる彼女。

だが意を決して口を開いた。

 

「カルデアの皆さんの班に私も同行させてくれませんか?」

「お前もか?いいけど――どうしたんだ」

 

「説明は上手く出来ません――けれど、私もリクトさん達の側にいたほうが良いかなと思って・・・」

 

 

「じゃあ、これで人数分けも決まったわね」

 

サクラの声に場がまとまる。

 

 

「よし、ハゼラン。親衛隊のやつらに連絡を頼む」

「任せて。内容は何?」

 

 

 

 

 

 

 

「出立は明朝、早朝からの強行突入だ」

 

 

 

 

 

*          *         *        *

 

翌朝。

 

首都リリィウッド北門に十数名の大所帯が集まっていた。

言うまでも無く―

 

「やるな、異国の魔術師。これでプロテア様を・・・!!」

「気持ちは分かるけど暴走されても困るから、一度落ち着こうか?」

 

 

プロテア親衛隊、それに英霊騎士連合の一同だ。

 

守衛が物珍しそうに彼らを見ていたが、特に警戒する相手ではないと見たのか視線を外している。

それをみやり、ヒガンバナがまず声をかけた。

 

「それで、現地まではどう行くのかしら?流石にこの人数だと奇襲なんてあったモノじゃないんじゃない?」

「ああ、分かってる―まず、班を四つほどに分ける。ただし、俺と仮契約した花騎士は一人ずつ入るようにしてからな」

 

「一人ずつ・・・分かったわ~、念話での連絡役と言うことかしら?」

 

小さく手を叩き、サクラが反応を返す。

彼女の声に思案顔だった数名が頷き、あるいはよく分からないというように首をかしげた。

 

「・・・どういう事だ?説明を頼む」

「そうか、親衛隊の皆は知らないか。特例中の特例だが、今俺は花騎士の数名ともサーヴァントの仮契約をしている。で、念話で・・・魔法の一種で声を出さずにやりとりできるって寸法だ」

 

その内容にキリンソウは絶句した。

 

「――それは、凄いな。戦場が変わるぞ・・・」

「まぁ、相当精神に負荷かかるけどな。多数のサーヴァントと共に戦うって言うカルデア式契約だから出来る芸当だと思う。じゃあ、振り分けは・・・」

 

 

 

数分の相談の上、班を四つに分ける。

 

第一班は陸斗を含み、ダ・ヴィンチ、ヒガンバナ、ホトトギス。

第二班はモミジ、モードレッド、リカステ、ビリー。

第三班はキリンソウ、ツバキ、サクラ、アルジュナ。

第四班は小太郎、ハゼラン、オトメギキョウ、オジマンディアス。

 

「それで、裏表両面から仕掛ける訳か」

「そうだな、そこは前と変わんない。一応前衛後衛のバランスは気をつけたつもりだがな―再確認するぞ」

 

彼の声に一同が各々振り向く。

 

「前側は二、三班に一任する、陽動も兼ねるからできる限り派手にやってくれ」

 

「任せな、大得意だ!」

「――いいでしょう」

 

「後ろ側は四班だ、偵察を主に頼む。安全を確保でき次第、一班に合流、遺跡内部への突入に同行してくれ」

「良かろう、このうっそうとした森の隅々まで照らし出すとしようではないか!」

 

 

 

 

 

 

*      *      *       *

 

 

そう作戦を決め、エレンベルクの樹海、その遺跡のうちの一つまで一行は歩みを進める・・・

途中比較的小型の害虫とは遭遇したものの、即座に消し炭か、あるいは一刀両断されるという具合。

そもそも戦力としては過剰とも言えた。

 

 

その一団が遺跡の前で四手に別れ、息を殺して潜む。

 

 

作戦通り、四班が偵察と安全確保に入り―少し遅れ、二、三班が配置についたと報告が上がる。

 

 

【こちら三班、指定位置への移動完了。合図を待ちます】

【二班だ、合図まだか?!】

 

 

【そう焦るな、赤雷のに授かりの―コタロウ、ハゼラン】

 

【ええ・・・罠らしきモノはないことを確認しました―】

【うん、大丈夫。こちらはいかにもな魔方陣を発見したよ】

 

 

《よし、全班――》

 

 

目を閉じた陸斗が大きく息を吸う。

凍てついた空気が内臓を冷やす。

 

だがその空気は昂奮した自身を引き締めもした。

 

《突入開始!!》

 

 

号令一下、四班が四方から一息に迫る!

 

 

 

 

 

*

 

そのカマキリ型害虫はただただ以前の習性に従い、遺跡を闊歩していた。

迷い込んだヒトや野生動物を狩り、糧とする。

そうしている間に巨体を得たのが、己だ。

 

 

この辺りで己に勝てるモノは居ない。

言葉は話せずともそう実感していた。

 

 

 

 

――この瞬間までは。

 

 

 

「いくぞイブキ!一掃してやる!!」

 

 

突如、その鼻っ面に巨大な剣の切っ先がめり込む――!!

 

 

 

 

 



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11節 二つの 強襲作戦

遅れに遅れて申し訳ない、「色々と」ありました。


エレンベルク遺跡攻略の二、三班が強襲をかけたとほぼ同じころ、陸斗らも同時に動き出していた。

 

 

 

「リクト君、こっちこっち!」

 

視線を左右させていたオトメギキョウが陸斗達を見つけ、手招きする。

彼女等三人が居る場所は、一見すると年季が入った古い遺跡の壁に見える。

 

 

だが、オリヴィアとヒガンバナがその違和感に気づいた。

一人と彼女の肩に乗り移った一体が壁を手でなぞり、あるいは魔術を使い視界を切り替えて確認する。

 

やがて、それぞれに頷き口を開いた。

 

 

「なるほどね・・・一定の魔力か何かを流さないと扉の形すら出ないというところかしら」

「で、あろうな。術式自体もさほど新しいモノではない・・・この遺跡に元からあった物をそのままプロテアの隠し場所に使ってもおかしくなかろう」

 

二人の考察に感銘その物の息をつき、陸斗が確認を取る。

 

 

 

「まぁ、消去法でそうなるよな。二人とも、開けられるか?」

「私を誰だと思ってるの?」

 

 

 

 

・・・小一時間ほどして、レンガの壁は漆黒の闇が広がる入り口へと姿を変えていた。

密閉されていたためか、湿り気を帯びた風がその場にいた一同の顔をなでる。

 

 

「大当たりね・・・!」

「よし―行くぞ」

 

 

 

彼らが遺跡へ足を踏み入れると、ほのかに明かりがともる。

ホトトギスがその正体を察知した。

 

「これ・・・ヒカリゴケの一種です、ここまで明るくなるくらいの量となると初めてです」

「戦うには問題ないって事だね、マスター君」

 

彼女の言葉を受けダ・ヴィンチが感想を話す。

そして目線を陸斗の方へむけた――

 

「ああ。生半可には行かないとは思ったけど!」

 

 

彼の目線の先には、真っ青な人影が現在進行形で発生し続ける光景が!

その光景を目視し、魔術協会制服を通じて思考が、そして意識が高速化し、その頭が戦術を組み立てる。

 

 

礼装技能、高速思考(コマンドシャッフル)が彼の無言の意思に答えて再び発動した。

 

 

「(ヒガンバナと小太郎の宝具は炎だこの密閉空間で使えば全員巻き添え、ダ・ヴィンチの宝具も広範囲爆破が基本だ、モードレッドとアルジュナはまだ陽動作戦中だから引き抜くのはまずい、仮契約の花騎士達や親衛隊も同じ状況、それなら!!)」

 

「オジマンディアス、オトメギキョウ、ハゼラン前衛を頼む!時間をかけている場合じゃない、強行突破する!」

 

「任せてよ!」

「了解、遅れは取らないよ」

 

「後詰めは我とスフィンクスが請け負おう!」

 

 

そうやりとりをし、体勢を低くしたハゼランが手元からワイヤー付きのクナイを取り出し、投擲。

石目に突き刺さったことを確認し即座に飛びあがる。

 

大兄(マスター)様、魔力をお願い!サーヴァントの皆には敵わないけど――!】

【持って行け!】

 

 

念話のやりとりも一瞬。

陸斗の承認を得て魔術協会制服が彼の僅かな魔力をサーヴァントに分け与えられるようにマナへと変換、薄く発光するモヤがハゼランへと吸い込まれていく。

 

直後僅かに彼はふらついた物の、足を踏ん張り目を前へと向けた。

 

礼装技能、霊子譲渡の効果だ。

そのまま彼は令呪の刻まれた左手を青い壁にかざす。

 

「ハゼラン、宝具発動を許可する!あの壁を撃ち抜け!」

 

 

その指令にハゼランの眼光が鋭さを増し、次の瞬間駆けだした!

壁を駆け抜け、天井を蹴り、水の影にその身体すら掴ませない――!

 

 

「疑似宝具起動」

 

本来なら絶対に話すことのない単語がハゼランの口から漏れ出る。

同時に彼女の手のひらから放たれる多数のワイヤー付きクナイの姿を、オトメギキョウ達は見た。

 

「此は喪われし秘伝、私はただ一人の継承者」

 

ワイヤーに雷光が走り、火花が明滅する箇所もあった。

勢いは蓄えられ、主人たる彼女の命令を待ち・・・

 

「この業を持って理不尽に抗おう──」

 

詠唱と共にワイヤーから魔力が解き放たれる!!

 

 

 

爆裂鎖陣(エクスプロードチェーン)!!」

 

 

 

宝具・・・・・・・・・彼女の言葉を借りれば疑似宝具ではあるが、名を与えられた業が形を作り、有り様を固定される。

ワイヤーに充填された魔力を指令一つで開放し、広範囲を破壊し得る「技術」。

 

それが、エクスプロードチェーンの正体だ。

陸斗の指令を受けた瞬間にハゼランはこの宝具の有り様を理解し、また対応した――と言うことになる。

 

この宝具の特性も瞬時に彼女の脳裏に刻み込まれた。

いや、花騎士として慣れていだ戦法をサーヴァントとしての戦法に変換したと言い換えたほうが良いだろうか。

 

爆破の威力、「どこを」「重点的に破壊するか」「威力を抑えるか」・・・そういったごく細かい調整を発動の瞬間に調整できるという内容まで盛り込まれたのがこの宝具だ。

 

 

「(大兄様の選択は間違いじゃなかったんだね、流石)」

 

陸斗の指示に感銘を受けつつ彼女は待避体勢を取った―が。

 

「ウソ・・・・・・!」

 

待避しようとした瞬間、彼女は見た・・・見てしまった。

犠牲を一切気にせず増殖する青い影を。

 

だが、今度はオジマンディアスとオトメギキョウが前へ踏み出る。

 

「よくやったぞ、鋼線の。今度は我らに任せるが良い!鉄槌の、往けるな!」

「鉄槌の・・・ってアタシ?!一瞬分からなかったよ!」

 

 

太陽王(オジマンディアス)の有無を言わせないような、されど大いに鼓舞する声を受け、オトメギキョウが鈴の鉄槌を振りかざして突撃する!

 

普段はまるまるとした目線は鋭く。

鉄槌が空を切り、唸りを上げる!

 

「だけど・・・プロテア様の為にも、ここは退けないんだから!!」

 

勢いそのままに振りかざされた鈴の鉄槌が青い影を続けざまに砕く。

踏み込みと共に鉄槌の鈴の音が鳴り響き、ともすればもつれそうなほどの足さばきと共に少女が舞う。

 

無論、喝采は送られない。

敵意と共に修道服を着たような影が回転のこぎりのようなナニカを振りかざし──

 

「おっそい!!」

 

足さばきと共に振り返った彼女の遠心力を乗せた一撃に胴を薙ぎ払われ、その姿を崩す。

だが、その後ろに巨大な円月輪を持った影が―

 

 

「助けるよ―!」

 

ワイヤーから忍び刀へと持ち替えたハゼランがその合間へ滑り込み、逆手で縦一閃に斬り飛ばし霧散させる。

そのまま彼女の背中をカバーする位置へ陣取り、背中合わせの体勢を取った。

 

「ごめん、ありがとっ!」

「さっきは間に合ったけど、キリが無いね」

 

無表情からほんの僅かに焦りを乗せたハゼランが、肩越しにオトメギキョウへ声をかける。

それに対し、彼女も答える。

 

「今の技はまだ使えない?ぎじほうぐ、って言うの」

「――、ダメだね、魔力の補充がまだ・・・」

 

 

そこへ良く通る声が響く!

 

 

 

「鉄槌の、鋼線の、我の後ろへ退け!――たかだか水如きが我らの行く手を阻むか!不敬、不遜、不敵!――故に姿一つも残さぬ!来い、スフィンクスよ!!」

 

 

 

オジマンディアスの詠唱に気を取られたのであろう、水色の影たちの視線が右往左往する。

その隙を突き、二人の花騎士は彼の後ろへと駆け込んだ。

 

 

彼女等と入れ替わりになる形で呼び声に答えた『無貌のスフィンクス』が数体。

一体は無間隔で突撃し、もう一体がその道幅を広げ、最後の一体がその貌からレーザーを放出し道を固める!

 

もう、後ろには退けない。

退がるつもりも勿論ない―!

 

「今だ、全員突っ切るぞ!」

 

 

陸斗の号令一下、内部突入班全員が一丸になり水の壁の隙間を突き抜ける――!

 

 

*                *

 

一方、遺跡外縁の陽動部隊は。

 

「■ ■ ■ ッッ!!」

 

針をきらめかせて飛びかかろうとした巨大蜂が、彼方から飛来した矢に貫かれ炎上する。

悶えるそれに向かい、モミジが両手構えに持ち替えた砲剣を振りかざす!

 

「駆逐してやる!!」

 

切っ先がソレに入ったと同時に引き金が引かれる。

彼女自身の魔力を爆薬とした一撃が蟲を粉砕した。

 

ふう、と息をつき彼女は矢が飛来した方をに目を向ける。

その目線の先には大樹の枝に立っているアルジュナの姿。

 

彼もモミジに気づいたのか、まぶたを閉じ一度頷き・・・一足飛びに彼女の前へとやってきた。

 

「モードレッドから聞いていましたが、貴女の剣はためらいという物がありませんね」

 

彼の声に彼女は大きく息を吐く。

 

「勿論。害虫だからというのもあるけど、「一番」を掴むこと以外考えられないから」

 

その答えに、やれやれと言いそうな口調で彼が答える。

 

「そうですか・・・、せいぜい力尽きないようにすることです」

 

 

見下げるような目線のその言い方に彼女は顔をしかめる。

 

「――、まぁいいか」

 

 

だが表情を消すと息を整え、砲剣を構え直した。

そこへモードレッドらも駆けつける。

 

「よぉアルジュナ、随分余裕じゃねぇか」

「今更蟲如き我らの敵ではない。それは貴方もご存じでしょう?」

 

違いねぇ、と彼女は答えた。

続けてサクラが口を開く。

 

 

「害虫さんは随分と倒したけれど・・・アルジュナ君、陸斗君からの連絡はどう?」

「少し前に遺跡内部へ突入したと連絡があった以来、きていませ」

 

 

そこまで話したところで、強烈な震動がその場の一同を襲う!

 

反応は二つに分かれた。

 

何事かと視線を右往左往させる。

あるいは、同時に感知した魔力で状態を把握する。

 

「この揺れは――?」

 

辛うじて体勢を立て直したツバキに答えたのはビリーだった。

 

「太陽王の兄さんさぁ・・・遺跡の中でも容赦なしか?」

 

 

 



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12節 闇を照らす 魔の光

ビリーが呆れていた頃、内部突入班の一同は遺跡の奥まった部分まで来ていた。

 

 

いくら地下を下ったのかは分からない、だが周りの構造は明らかに今までと違い空間が広くなっている。

 

そしてその先に―

 

「プロテア様?!」

 

 

印象的な赤紫色の髪とローブ姿が灯りに照らされ、その姿に矢も楯もたまらずオトメギキョウが走り出そうとするが――

 

 

「待って、待ってください!」

 

今まで押し黙っていたホトトギスが突然声を張り上げる。

 

「な、なに?!」

「誰かが、隠れています」

 

 

彼女の声に一度首を向け、磔にされたプロテアの方へ向き直り陸斗が一歩足を踏み出す。

 

「ほう、いい目をしている」

 

静かな感嘆、というような気配の声が空間に響く。

足音を立て―彼女は、現れた。

 

 

 

灯りに照らされ、その姿と顔立ちが明らかになる。

 

艶やかなダークグリーンの髪と、妖しさと色気を兼ね備えたつり目の瞳。

額に銀のティアラを――尖った葉の紋様が透かし彫りされたもの―を嵌めている。

 

服装もまた、いかにも「魔術師」と形容出来るものだった。

 

肩の部分から足下へかけて、暗緑色から鮮やかな緑のグラデーションが施されたドレスローブ。

腰から下の部分にかけて、トゲのように見える銀糸の刺繍が施されている。

 

年の頃は、陸斗より二回りは年上に見える。

その姿に彼は脳裏であだ名を当てはめた。

 

「(仮称つけるなら、棘の葉の魔術師(キャスター)か?)」

 

 

それを一切意に介さず、彼女は口を開いた。

 

 

 

「よくぞ私を見破ったな?私は―――」

 

「聞きたくない!プロテア様を返せぇぇ!!」

「ダメ、オトメギキョウちゃん!」

 

魔術師が名乗りを上げようとしたときと同時に、オトメギキョウが鈴の鉄槌を振り上げながら駆けだす!

ヒガンバナの制止は間に合わない!

 

大上段、真っ向から鈴の鉄槌を振りかざし飛びかかる彼女だが――「棘の葉のキャスター」は呆れたようにため息をつき―

 

「――人の話はおとなしく聞くが良い」

 

その姿を蔑む様な眼で眺め、すぐさま長杖を横一線に振るう。

それだけで突風が巻き起こり、体勢を立て直せずオトメギキョウは吹き飛ばされた―!!

 

 

「うわあああああ?!」

「危ない!」

 

風圧に吹き飛ばされ鉄槌を手放した彼女を小太郎が受け止める。

 

「ご、ごめん――」

 

 

 

二人の姿を見下げ眼で一瞥し、彼女は名乗りを上げる。

 

「私の名はイラクサ。花言葉は「根拠のない噂」「悪意」、そして花騎士にして花騎士でない者」

 

「花騎士じゃ・・・ない?それなら、その魔力は何ですか」

 

 

矢を構え、ホトトギスが問いただす。

それでもなお、魔術師―イラクサは涼しい目でそれを受け止めた。

 

「そう簡単に教えると思うか」

 

膠着状態に、今度は陸斗が一歩前へ踏み込み真っ向から魔術師を睨む。

 

「ホトトギス、今度は俺に言わせてくれ―イラクサだったな。アンタのその奥にいる女性、彼女は俺の恩人でな―返して貰おうか?」

 

 

その言葉に呆れたように息をつくイラクサ。

 

「言ってくれる――それならば私の手駒を退けることだな」

 

 

そう言い、指を鳴らし――空間に音が反響し―

 

 

「これは・・・マスター君、何かが転移してくる!」

「!」

 

ダヴィンチの警告に少し遅れ、陸斗の前を守るようにオジマンディアス、ヒガンバナ、小太郎の三名が前に出る。

転移反応の光が消え、その姿が明らかになると――ヒガンバナが驚きの声を上げた。

 

「これって・・・ネモフィラちゃんが話していた行方不明の哨戒部隊の子たちじゃない?!」

「傀儡にされたか――不甲斐ないぞ花騎士達よ!」

 

オジマンディアスの言葉が切れるのとほぼ同時に三つの人影が得物を構え一行へ襲いかかる!

それを三名それぞれが食い止め、なし崩しに至近距離の乱戦と化した。

 

 

 

つい先日の光景が陸斗の脳裏へよみがえる。

即座に彼は念話のチャンネルを開いた。

 

【先生、前のネモフィラを解析したときの記録はあるか?】

『勿論。やっぱりそうするよね――』

 

【時間はどれくらいかかる?】

『私だけなら10分は要るかな、補助があればもっと短くなる』

 

 

その念話に彼は悔し顔で乱戦を睨んでいるオリヴィアの方へ首と目線を向ける。

 

「オリヴィア、聞こえてたか?もう一度力を貸して欲しいんだ」

「汝に言われるまでもない――」

 

 

静かに、怒る。

その声音のまま、彼女はダヴィンチの帽子に乗り移った。

 

 

一人と一体が距離を取ったことを確認し、陸斗は再び念話のチャンネルを開く。

その相手は――

 

 

【陽動部隊、聞こえるか!外の戦況はどうなっている?】

 

【―――・・・】

 

一斉に呼びかけた故に、混線する。

さながら脳内に直接砂嵐の音が響くような感覚にめまいすら覚える。

 

それが、数秒。

長い数秒間は、突然終わりを告げる。

 

【はいよ、こちらカルデアのガンナー!呼んだって事は何かあったね?】

【ビリーか、今プロテアを攫ったと思われる敵を目の前にしているが明らかに人手が足りない、こっちに来れそうか?!】

 

彼の問いに数呼吸の間、間が空く。

そして答えが返ってきた。

 

【ああ、大丈夫さ。外の安全は確保済み!モーさんやアルも行けるって言ってる!】

【分かった、花騎士に後を任せてこっちの援軍に加わってくれ、令呪で召喚する!】

【はいよ!】

 

 

チャンネルを切り、陸斗は「わざと目立つように」声を張り上げた。

 

 

 

「赤の令呪三画をもって命じる、我が前に来たれ、カルデアの英霊たちよ!!」

 

 

 

鮮やかな真紅。

令呪というカタチに押し込められていた魔力が彼自身の言葉でプログラムを刻まれ、機械的にその望みを実行する!

 

光がほどけると、そこには遺跡の地上にいたはずの三名――つまり、モードレッド、アルジュナ、ビリーの姿。

 

「呼び出しを受けたから何かと思えば、実にまがまがしい」

「これが今回の大一番って?」

 

ガーンデーヴァを構えるアルジュナと、普段の軽口のままリボルバーを抜きはなつビリー。

 

モードレッドもまた、クラレントを構え直していた。

 

「なるほどなるほど、実に反逆しがいのある相手って訳だ!――マスター、やっちまっていいか?!」

 

 

「全力をたたき込め!そのまま小太郎達はプロテアの救助を!」

 

 

 

指示一下、即座にモードレッドが前衛を、アルジュナとビリーが後衛と言う陣形を組み突撃する。

 

「邪魔、だぁぁ!!!」

 

跳び蹴り一撃で斬り込み、残った片腕で手近な水の影を切り伏せる。

その近くには小太郎の姿。

 

「コタロウ、聞こえてたろ?!行け!!」

「了解―!、オトメギキョウ、ハゼラン、行こう!」

 

 

 

 

 

 

 

三人体制を組み直し、水の壁をくぐり抜けた小太郎たちがプロテアの側へと近づく。

いつの間にか、イラクサの姿はかき消えていた。

 



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13節 誓い 交わし 交わされて

前回のあらすじ。

陽動と内部潜入を同時に行う作戦で、英霊騎士連合は行方不明だったプロテアを救出することに成功する。

だが、「花騎士にして花騎士でない者」と名乗るイラクサという存在は、彼らに僅かな不安を抱かせるものだった――。


プロテアを救助し、元老院へ彼女を送り届けたその翌日。

英霊騎士連合は拠点とした宿の一室に集まっていた。

 

 

*           *       

 

彼らにとっての一大作戦を終え、次の方針を話し合う。

そんな場で、僅かに不安さを持った表情で机の上のオリヴィアが陸斗を見据えて口を開いた。

 

 

「リクトよ」

「ん?」

 

「汝は先日の戦いで朱い呪文を使った。聖杯戦争とやらではそれは切り札だそうだが、必要とはいえ一気に切って良かったのか?」

「こいつか?――まぁ、ちょっとはハンデを背負うくらいさ」

 

彼女の問いに答え、彼は左手を掲げる。

盾にちかい姿――人理の護り手と言うことを示す令呪がかすれた赤い痕に変化し、三つに分かれたうちの一つだけ艶やかな色合いを戻している。

 

葉のような青い令呪と比べると、その分かりやすさは一目瞭然だ。

左腕を下げ、彼は話し始める。

 

「俺もカルデアの資料で知ったことだけど、本物の聖杯戦争での令呪は確かに使いきりだ。その代わり、普通には有り得ないことすら起こせる」

 

うむ、とオリヴィアが頷き、ホトトギスが一心不乱にメモを取る。

 

「けど、カルデア式の契約だとそこから質が落ちるみたいでさ」

「ほう?」

 

一度息をつき、再び彼は話し出す。

 

「この赤い令呪、魔力を溜めたカタチとでも言えば良いのかな。1日で1画ずつ復活していくんだ」

 

その話にオリヴィアが驚きの表情と共に答える。

 

「なんと――切り札の割りには回復が出来ると言うことか?」

「そうだな。けど、お前のくれた青い令呪はまた別だろうな」

 

 

彼はそう話し終えた。

入れ替わり、サクラが口を開く。

 

「これでリリィウッドの用事はおわりね。次はウィンターローズね~」

「ウィンターローズ・・・って、この大陸の北国か?なんでまた」

 

突然に示された北国の名。

繋がりのない場所の発言に彼が訝しむ。

 

それに対し、サクラが片頬をついて答えた。

 

「プロテアちゃんを送り届ける任務と一緒に、里帰りしているカトレアちゃんの様子も見に行く・・・って予定だったのよ」

 

相づちを打つようにツバキも話に参加してきた。

 

「ええ。この異変がなければ今頃は要塞へ帰る途中かも知れませんでしたね」

「そういえば、リクト君達は他に行く当て有るの?聖杯だなんてモノ、そうそう見つかるとは思えないけど」

 

心配そうなヒガンバナの問いにはダヴィンチが答えた。

だが、その表情はどこか憂いがある。

 

「当てがなくても何とかしてみせるよ・・・って言いたいけどね。漫然としすぎてて」

「それなら一緒に来ない?私たちなら道案内も出来るし」

 

そう言葉を交わす二人を、黙想した陸斗が見つめ――目を開き、頷く。

 

「じゃぁ、このまま同行してもいいか?」

「勿論!」

 

 

話が終わったことを察知し、ツバキが再び口を開く。

 

「それなら、防寒装備も調える必要がありそうですね――サーヴァントの皆さんは大丈夫ですか?」

 

答えたのはアルジュナだった。

 

「私たちならば問題はありません、いわば亡霊のようなものですから」

 

 

 

 

 

*                *

 

 

そんなような会話の後、もう一日かけて陸斗は防寒用のコートを新調し、プロテアと親衛隊の礼の言葉に見送られて今に至る――と言う状態である。

 

 

「もう一段寒くなってきたって感じだね、マスター大丈夫?」

 

そう声をかけてきたのはビリーだった。

 

「何とかな。そっちこそ大丈夫なのか?」

「問題ないよ――まぁ驚くほどの薄着も横にいるし」

 

僅かにしらけた目線の先には呵々大笑しつつ談笑するオジマンディアスの姿。

だが、目をこらせばどことなく薄いオーラを纏わせていることが分かる。

 

 

一通り状況を確認し終え、陸斗は周囲を見回す。

 

鬱蒼とし、かつ冷え切った森だと言うことは変わらないが、どことなく開けてきたように見える。

その木立を見回し、陸斗がなんとなくと言うかのような口調で呟く。

 

 

「何かリリィウッドの森と比べると明るくなってきたな?」

「―はい。この地域をまたぐと木の植生が大きく変わるんです」

 

その問いにはホトトギスが答えた。

彼女の声に彼は顔を向け、襟元に隠れていたオリヴィアも彼女を見据える。

 

二つの目線に少し気後れした様子を見せたモノの、彼女は持ち直して話を始めた。

 

 

「そう言うモノなのか?」

「――、一説には世界花の司る季節、が影響しているみたいなんです」

「一説も何も、それで合っているぞ?」

 

突然放り込まれたオリヴィアの声に彼女は呆けたような返答しか答えられなかった。

 

「・・・え?」

「これを踏まえ、我から逆に聞こう。汝らはほとんど季節が変わらない国、と言う姿に疑問は持たなかったのか?」

「・・・そう言えばそうですね、ちょっと暑かったり寒かったりって」

 

世界花の分霊である、彼女曰く。

 

「我ら――世界花はある季節を司る。それは分かるな?そしてその一部を加護として汝ら花騎士へと分け与える―ごく簡単に言えばそう言う仕組みというわけだ」

「・・・・・・・・・」

 

その解説にホトトギスは感嘆のようなため息を漏らす。

 

 

一つ話を終え、所在なさげに目線を動かしていた陸斗だが――今度は彼女の旅装に刻まれていた紋章に気づいた。

思い出したのは、「焔を纏う風車」の紋章を刻んでいた男女の姿。

 

「うん・・・?ホトトギス」

「あ、はい、今度はなんでしょう?」

「そこの旅装の紋章、それは――?」

 

「この紋章でしょうか?」

 

陸斗の声に、彼女は旅装の小さい鞄を掲げてみせる。

そこには「黒い盾を三枠に分割する金の剣と銀の桜花、不如帰の花」の紋章が。

 

「この紋章はどこの?」

「あ―――」

 

少し、空気が重くなる。

だが。

 

「この紋章が私達の騎士団――「ブロッサムヒル第十外郭騎士団・エイオース」の紋章なんです」

 

そう話した彼女の声音と表情は、僅かに誇らしげだった。

一方の彼はというと――

 

「エイオース・・・エーオース?ちょっと待てよ・・・」

 

特徴的な韻に陸斗は記憶の中を探る。

思い出したのは、カルデアに来る前にはまっていたアーケードゲームの設定だった。

 

「なあ、それって暁の神って意味じゃないか?」

「神様・・・違うと思いますよ、シャーレイ団長・・・私達の団長の思い入れがある土地の名前、だそうですから」

 

「思い入れ、か。なら外部の俺が分からないのも致し方なし、だな」

 

そんな二人の所へ、ビリーが近寄ってくる。

 

「そう言えばさ、買い出ししている途中で聞いたんだけどこの不可思議現象のさなか僕らと同じ方角へ旅立ったキャラバンがいるって話したっけ?」

「キャラバン?こんな環境厳しくなっているのにか」

 

陸斗の呆れとも聞こえるため息にビリーは肩をすくめ答える。

 

「カネもヒトも、動かさないと生きていけないって事でしょ。生前の僕ならアウトローらしく生き延びるけどさ」

 

 

それを最後に、会話が途切れる。

否、途切れさせるを得なかった。

 

交代で警戒に立っていた二名―アルジュナと小太郎から口々に異常の連絡が上がったからだ。

 

【マスター、このまま直進方向に先の地下遺跡で戦ったモノと同じ・・・アクアシャドウの気配があります】

『大軍で雁首揃えて待ち伏せか?迂回して進めないか?』

 

一度目の陸斗の問いには小太郎が答えた。

【いえ、周囲は以前の「跳ね返しの結界」が張られている様子―どうやら誘い込まれていた様です】

 

『・・・・・・ここで立ち止まって時間を無駄には出来ない、だが確実に突破できる保証もないか』

 

 

その思念会話が聞こえていたのか、二人の花騎士が集結していた一行の中から一歩外へ踏み出る。

 

つまり―サクラとモミジが。

 

「・・・・・・おい・・・?」

 

二人とも、そのまなざしは普段の見知ったモノと違う。

硬く、前を見据えていた。

 

「あの大軍にたった二人で挑む気か――?!」

 

引き留める陸斗の声に、サクラが振り向く。

その表情は普段のおっとりとしたモノではない。

 

「前以外に道はないわ、それにこの異変を解決し得るのが貴方ならばそれを送り届けるのも私の役目よ」

 

そして、モミジも砲剣を振り抜きつつ答える。

 

「最強を目指すためなら、どんな相手とでも戦える。例え大軍でもね・・・・・・最強の花騎士の立ち回りを目の前で見れるのなら安い物!」

 

 

 

 

残酷なまでに、白銀の木漏れ日が銀世界の森を照らす。

そしてその白い道に、朱が滲む。

 

それは、左腕を握りしめる陸斗の苦悶そのものだった。

 

一瞬であれど、彼の脳裏によぎったのは悪意に操られた花騎士達の姿。

自分のせいで、新たにそれを生んでしまうという恐怖。

しかも、この世界有数の実力者を「堕としてしまう」かも知れないという悪寒。

 

 

だが、もう逃げることも道を変えることも許されない。

エイオース騎士団の視線が一息で交錯した。

 

 

業火の渦が迸り、魔力に覆われた矢の雨が木立をものともせず降り注ぐ。

 

反応が僅かに遅れ、カルデア一行が駆けだした!

だが当然と言うべきか、アクアシャドウが壁を作り彼らを――

 

「行って、リクト!!」

 

轟音と爆裂音が一拍ずつ遅れ、響く。

 

「モミジ?!」

「振り向くな同盟者よ!騎士の献身を無駄にするつもりか!!」

 

蒼い壁の彼方に取り残された彼女を救おうと陸斗が伸ばした腕は、オジマンディアスに妨げられそのまま飛ぶように離れていった。

 

「(俺をこの先に送る為に――何か・・・!)」

 

 

 

時間にして、それは永遠の刹那。

左腕に目を移し、意を決する。

 

視線に合わせ、オリヴィアもまた令呪を起動する詠唱を吼えるように叫ぶ!!

 

 

『紅と蒼の令呪、合わせて三画をもって、星見の徒と花の守神が契約した騎士に命じる!!』

 

 

『騎士の誇りを忘れるな』

『人として生きて帰ってこい』

 

『魔道へ堕ちることは許さない!!』

 

 

 

声をもって刻まれた命令が光を形作り、蒼い壁を越えて二人の花騎士を覆う。

 

 

 

「(これが、令呪――サーヴァントとマスターの切り札!!)っ、はああああああ!!!!!」

 

交錯し紫の螺旋を纏った砲剣を構え、モミジが凄絶な笑みを浮かべ、砲剣を振りかざし蒼い壁へと躍りかかった。

 

 

 

一方のサクラは――無言で双銃を構えていた。

 

常に穏やかな笑みを浮かべている表情は硬く。

足捌きは速く、木立を蹴りあるいは全ての地形を足場に縦横無尽に飛翔する。

 

一方、その双銃はまるで機械仕掛けのように正確な銃撃でアクアシャドウのまがい物を――その核、蒼い聖晶石を貫く。

 

 

だが、その思考は別の所へと飛んでいた。

その思念の先には、エイオース騎士団での相棒その物と言うべき存在――

 

【――もし私がこの戦いの後「堕ちて」しまっていたら後のことはお願い、ホトトギスちゃん】

【サクラ、さん・・・嫌、嫌です、そんなことを言うのは止めてください!貴女はこんな所で亡くなっていい人じゃ有りません!】

 

 

その間にも拡大魔法陣を通した魔銃が地形ごと蒼い氷影を蒸発させた。

地表へ降り立ち、グリップを握りしめ――魔力を送り込む。

 

 

【それは勿論よ、けれどまさかがあるでしょう?それにシャーレイ君には私達二人のどちらかが居ないとダメなんだから】

【・・・・・・それなら、約束してください。先ほどの令呪のような約束を】

 

 

思念だけで聞こえるホトトギスの声が、張り詰める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【真名で誓ってください、絶対に帰ってきて、()()()ちゃん】

【真名に誓うわ――リクト君達をお願い、()()()ちゃん】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無言の誓いの後、その一帯は嵐の坩堝と化した―――!!

 

 

 

*          *           *           *

 

 

樹氷の森――イオル外郭の入り口が戦場と化した頃。

 

氷の河と評されるギオル川に沿って移動するキャラバン、そこもまた修羅場と化していた。

森と違い、遮蔽物が一切無い雪原。

 

運のないものは害虫の牙にかかり、銀世界に朱を晒す。

曇天に遠く悲鳴が響いていた。

 

「何で害虫が?!」

「荷物より命だ、逃げるんだ!」

 

「護衛してくれる花騎士は――」

 

慌てふためく声に遅れ、閃光がいくつも走る。

だがそれを抜け、トンボやハエ型害虫が三々五々に逃げた人間に迫り――

 

「させないっての!」

 

 

よく通る女の声と共に、迫ってきていた害虫が十文字に切断される。

 

「む、ムサシさん!あ――」

「礼は後!人里はもうすぐなんでしょ?!」

 

襲われようとしていた夫婦――鮮やかな赤髪が特徴の壮年の男女二人を、鮮やかな紫を基調とした和装に双刀の女性が起こす。

 

 

彼らをかばいつつ、女剣客―宮本武蔵その人――は思考を巡らせる。

 

「(白薔薇っていう意味の人里まではあの丘一つ、気候は辛うじて曇り、迫り来るのは無数の虫。一緒に護衛を受け持ってくれたピンク色のフリフリした花騎士ちゃんは足止めを喰らっていていつ合流できるか分からない)」

 

 

その間にも、引きも切らず害虫が迫る。

 

「セシルさんはアイカさんに付き添ってあげて。少なくとも貴方たち二人だけは―――」

 

 

そう声をかけようとしたところ、不意に雲がかき消えた。

それと同時に、猛烈な魔力の波が彼女の五感を襲う―――!!

 

「(一つ、二つ・・・・・・もっと?!何よこれ?!)二人とも伏せて!!」

 

突然形相の変わった武蔵の声に夫婦はその場へ伏せる。

一拍遅れ、彼らを――三々五々に逃げ散っていた多くのヒトを障壁が囲い、同時に蒼い光の雨が害虫を残らず貫いた。

 

「(なによ――今の、宝具?)」

 

「間に合いましたか」

「もぉー、アルジュナ君間一髪だったよ~?」

 

 

虚を突かれたような武蔵の後ろから翼の音、そして男女の声。

振り向くと、無貌のスフィンクスが三頭。

 

一体目のスフィンクスにはよく焼けた黒髪に蒼と白を基本とした外套をまとった長身の男、装飾のついた杖に柔らかな笑みと艶めかしさと触れづらさをない交ぜにしたような体つきの女性、そして最後に降りてきたのは学生服とローブの中間点のような服装に漆黒の髪をした青年。

 

二体目のスフィンクスから恐る恐ると言った様子で降りてきた少女―武蔵より頭三つほどは小さく、小脇に草のような意匠を施した短槍を携え、彼女の姿を見つけて駆け寄って来た。

 

「む、ムサシさーーーん!!」

「わ、わわっ!セルリアちゃん落ち着いて!可愛い顔がとんでもない事になってるわよ?!それに槍危ないから!」

 

まさしく半泣きという有り様でピンクのドレスと灰銀色のポニーテールの少女―セルリアが武蔵の身体へ飛込もうとして待ったをかけられる。

 

それを追い抜く赤髪―――

 

 

「はぁ、はぁ・・・っ、ご無事ですか!!」

 

夫婦の夫の方―武蔵からセシルと呼ばれていた赤髪の男がハッとした表情を浮かべたが、かぶりを振りすぐに答える。

 

「――ええ、護衛の方のお陰で私達だけは。他の方は――」

 

「問題ないぜ、助けられるだけ助けてきた。ウチのマスターは人命優先だからな」

 

 

セシルの受け答えに応じたのは、赤をワンポイントに取り入れた鎧に、ラフな雰囲気を感じさせる小柄な金髪の女性―モードレッド。

彼女を先頭に目を隠した髪型の赤髪の忍び―小太郎と帽子を指で持ち上げる仕草をしたビリーも近づいてくる。

 

なお、彼女らの後ろのスフィンクスはどこかやつれたような仕草を見せていた。

 

 

「――・・・、本当にありがとうございます!!せめてお礼をさせて欲しい、私達の宿へ招待したいのですが宜しいですか?!――ムサシさんと、セルリアさんも」

 

「―是非とも、お願いします――!!」

 

 

 

スプリングガーデンの銀世界、ウィンターローズ。

その空は、いつの間にか夕暮れに染まっていた―――

 

 

 




その後、イオル外郭の一角――

「―想定より被害が酷いな」

そうぽつりと呟いたのは、足下へ向かい黒から暗緑色のグラデーションのドレスに棘葉を透かし彫りにした銀のティアラとダークグリーンの髪、そして長杖といういかにもと言った魔術師の女性。

「だが、これ以上無い駒に比べれば安い物か?」



その視線の先には――矢尽き刃折れといった姿の二人の花騎士の姿があった。


「派手に暴れてくれよって・・・全く」

ぼやきつつ、彼女は長杖に手をかけた―――


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14節 天元の花と 伝承と 

前回のあらすじ。



花騎士サクラとモミジの足止めにより、からくも敵の待ち伏せをくぐり抜けたカルデア一行。
森を抜けた先は一面の銀世界だった。

襲われていたキャラバンを成り行きで救助した一行は、次なる拠点を得ることになる――


*

 

カルデアの一行は、ウィンターローズ郊外に建つ宿――『白椿亭』へと移動していた。

 

「それにしても、ちょうど良く次の拠点が見つかって良かったな」

 

まず第一声に陸斗が口を開く。

それにアルジュナも頷いた。

 

「ええ、こればかりは本当に。マスターも授かりの天運があるのでは?」

「まぁな・・・」

 

答えつつ、彼は思い詰めたような表情をしている銀髪ポニーテールにピンクのドレスの少女――花騎士のセルリア、と武蔵から紹介された彼女をみやる。

 

その視線に彼女は気づいていない、それどころか更にうつむいてしまった。

 

「落ち込むのも無理はない、と言うことでしょうか。随分と被害が出てしまったようですから――マスター?」

 

小太郎のセリフが途切れるか途切れないかの間に、陸斗はなるべく静かに立ち上がり彼女から一つ席を空けた所へ座る。

不意に、彼女が呟いた。

 

「軽蔑、しますか?」

「なにが?」

 

陸斗の声にセルリアは顔を上げる。

頬には涙の後が、そして目はどこか赤みを帯びていた。

 

「人を守るための花騎士なのに、まともに仕事を果たせなかった私のことです」

「いや、軽蔑も何もないけどさ・・・君がいなかったらもっと被害が大きかったかも知れないんだぞ?」

 

「でも・・・」

「でもじゃないの。反省して直そうって気持ちがあれば、それで良いんだから」

 

くすぶったセルリアの頭を撫で、武蔵がさとす。

しばしの間彼女は考え込んでいたが――不意に陸斗の方へ振り向いた。

 

「あの、リクトさん・・・で宜しいのでしょうか?」

「あ、ああそうだけど」

 

それまで気弱な態度だった彼女が意を決したような表情へ急に切り替わる。

その変わり様は陸斗本人もたじろいだが――畳みかけるように彼女は次の言葉を紡いだ。

 

「私も、あなた方の仲間に加えてください!!」

 

あまりの勢いに場が静まる。

 

 

 

 

 

「―――思い切り良すぎじゃない・・・?」

 

辛うじてというように流れたビリーのセリフが空気へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*      *      *      *

 

 

 

 

 

 

 

そこから先は、勝手知ったる方法だ。

青の令呪――花騎士をサーヴァントとしてみなすための仮契約を元に、セルリアと陸斗は仮契約を果たした。

 

いつの間にか愛用のタブレット端末を取り出したダヴィンチが彼女のクラスを確認する。

 

「槍兵・・・ランサーだね、それにしても色々柔らかそうだね~」

「先生、それは流石に止めてやってくれ」

 

彼女の全身を脳裏に刻みつけるかのような目線は、流石に陸斗が止めた。

 

「槍・・・確かに私の武器は槍ですね」

 

彼女のセリフに、雪原で合流してきたときの姿を思い出す一行。

一通り紹介し合ったところで、今度はオジマンディアスが口を開いた。

 

 

「して、どうする同盟者よ。このまま手足をこまねいて動かないというわけではあるまいな」

「そうだな――エイオース騎士団の皆から聞いたカトレア、って人の屋敷。次の手がかりがあるとしたらそこだと思う」

 

彼のそのセリフが切れるか切れないかの時に、額を叩く感覚。

視線を上へ向けると、彼の頭上に陣取っていたオリヴィアが口を開いた。

 

「だが、そこに行き着くまでには白き悪魔――ナイドホグル雪原を越えなければならないぞ?」

「それは歩きでの話であろう?我がスフィンクスがたかだか吹雪に屈すると思うか?」

 

「いえ、ただの吹雪と侮らないでください」

 

二人の会話に割って入り、セルリアが口を開く。

 

「うむ?侮るなとはどういう事だセルリアとやら」

 

片眉を上げ、オジマンディアスが彼女の方を向く。

その威迫に僅かに押されながらも、彼女は口を開いた――

 

「白き悪魔の雪原、ナイドホグル雪原。そこは日々吹き荒れる吹雪で姿を大きく変えます。一般のキャラバンは元より、訓練を積んだ花騎士の一個中隊でも準備なしに踏み入ればどうなるか恐くて想像すらしたくありません・・・」

 

 

「準備・・・準備と来たか――」

「待てよ・・・・・・なぁセルリア、この地域の地図なんてないか?」

 

「地図・・・ですか?借りてきます、ちょっと待っててください」

「ちょっと私も外の風浴びてくるわ、頭冷やしてくる」

 

陸斗の要求の意図をはかりかねているという様子の彼女だが、それでも席を立ち小走りに部屋を出て行く。

武蔵もまた、彼女と共に部屋を後にした。

 

その顔に多少興味深そうな表情を向けオジマンディアスが問いかけた。

 

 

「ほう、どうする気だ同盟者よ」

「実際空中から行くのはいい手だと思うんだ、けど方向感覚を失うほどの吹雪だと言うならそれだけじゃまだ足りないと思って」

 

タブレットをしまい込んだダヴィンチも話に加わる。

 

「さながらフライトプランってやつを組み立てるって事かな」

「さすが先生、話が早い」

 

ほくそ笑んだ顔に返事を返したのと、セルリアが戻ってきたのはほとんど同時のことだった。

 

 

 

 

 

 

*      *      *      *

 

 

 

 

 

場所は移る。

 

 

宿の外、裏庭に当たる場所で一人の女性が二刀を振るっていた。

魔力灯に照らされ、黒く近代的な軍服に短い深紅色の髪と眼光が冷たい夜風を切る。

 

 

「――ふぅ」

 

 

残心した彼女の耳に届くのは、控えめな拍手の音。

振り向くと、鮮やかな東洋形式の装束に銀髪の女性の姿。

 

「あら。貴女は確か・・・ムサシさん、でしたか」

「そ。暫く見てたけど、いい動きしてるじゃない」

 

 

階段を降り、宮本武蔵その人がツバキの近くへ歩み寄っていく。

だが、賞賛を貰ったはずの彼女の表情は暗く・・・

 

「両親から聞きました、父さんと母さんを護ってくれたこと、お礼を言わせてください」

「良いのよ!一宿一飯の・・・ううん、部屋を貸してくれるお礼に足りているかどうか・・・・・・ってちょっと待って、両親?」

 

一通り礼を交わした武蔵だったが、気になった言葉があり聞き返す。

 

「――はい。貴女がいなかったら、両親はどうなっていたか。それに、私が間に合ってさえいれば!!」

「・・・・・・いいの。終わったことだし」

 

 

 

その言葉に、ツバキは自身を落ち着けるように深呼吸し表情を繕い直す。

 

「――なら、折り入って相談があります。同じ二刀使いとして訓練をつけてくれませんか?」

「いいけど、どうしたの?」

 

「私も貴女と同じ二刀流の使い手なのですが、あと一歩がつかみ切れていなくて」

「んー・・・なら、何度か模擬戦でもしよっか?」

 

その提案に彼女が虚を突かれたような表情になる。

 

「いいのですか?まだ疲れがとれきっていないのに」

「大丈夫よ、こう見えて私は結構タフよ?」

 

彼女の言葉に、ツバキは意を決したように頷き、三歩ほど離れた位置へ向かおうとした。

したのだが・・・不意に、草木が揺れる音が彼女の耳をたたく。

 

「ッ!、誰です――」

 

そしてそこからおずおずと言うかのような動きで姿を現したのは、一匹のアリ。

だが、その大きさは大人一人で一抱えできるほどのものであり、明らかに普通の虫ではない。

 

「何、アリの化け物?!」

 

頭を戦闘態勢に切り換えつつある武蔵が殺気だった誰何の声を飛ばす。

だが、ツバキはそのアリに・・・「マイドアリ」と呼ばれていた益虫に心当たりがあった。

 

呼吸を整え、得物を納めると彼女はそれに近づいていく。

 

「――大丈夫なの?」

「ええ。私の友人の中に、ヒトとともにまだ生きていける虫・・・益虫をペットにしている双剣使いがいます。もしかすると」

 

 

その様子を察知したのか、どことなくほっとしたかのようにマイドアリが両肩を下げる。

やがて、二人を導くようにどこかへ歩き出した。

 

「どうする?虫の誘いに乗る?」

「・・・」

 

武蔵の確認にツバキは少し考え込む。

そして、口を開いた。

 

「とはいえ、誰にも告げずに遠出は良くありませんね、少し待ってもらえませんか」

「わかったわ」

 

マイドアリの方もそれを察知し、頷いた。

 

 

 

 

 

*      *      *      *

 

 

 

武蔵とツバキがマイドアリを発見する前まで、時間を巻き戻す。

地図を借りてきたセルリアを加え、カルデアの一団は作戦会議に入っていた。

 

「空で行くにはこの乱気流が立ちはだかると、そう言うのか」

「―はい、歩きよりは安全かもしれませんが・・・」

 

オジマンディアスとセルリアの話をどこか遠い耳で聞きながら、陸斗は別のことを思い出していた。

すなわち、ハゼランとの別れ際を。

 

 

*

 

 

《大兄様、ごめんなさい。私はこれ以上同行できない》

『同行できない?どうしたんだ』

《それは――》

 

口をつぐんだ彼女の後ろから、アルトボイスの声がかかる。

 

《理由は簡単よ。その子はエイオースの団員じゃないから》

『――あ』

 

その声のした方へ振り向くと、目線の先に銀毛九尾の狐・・・否、花騎士のヒガンバナの姿が。

 

『じゃあちょっと待て、この子は・・・ハゼランの正体は何者なんだ?』

 

疑問の声を発した彼の横へ並び、彼女はその正体を告げる。

 

《ベルガモットバレー独立情報士団、『十六夜士団』の忍び。それが貴女の正体ね》

 

 

観念したかのようにハゼランは一枚のドッグタグを取り出す。

そこには、「黒白に塗り分けられた十六夜月に掲げられた十字槍」の紋章が刻まれていた。

 

『何だよ・・・お前、スパイなのか。小太郎について行けるようだったからただ者じゃないと思ったけどさ』

《・・・そう。異変や異物を発見したら調査して報告をあげるのが私の仕事》

 

告げられた口調は平坦だった。

一方のヒガンバナは、その様子を飲み込んだ上でもう一言を告げる。

 

《けど、調査を一通りしたらリクト君達は危険人物じゃないって分かったでしょ?》

《そこまでバレているなんて・・・不覚》

 

そこで、と前置きしてヒガンバナはある提案を持ちかけた――

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「同盟者よ、上の空とはいい度胸だな」

 

オジマンディアスの怒りをにじませた声で、陸斗は回想から呼び戻される。

 

「あ・・・悪かった、リリィウッドでの出来事を思い出していて」

 

ふん、と太陽王は息をつく。

 

「まぁ、それはそれで良い。計画とやらを練り終わったからな、汝も立ち会えよ?」

 

 

気づいて周りを見回すと、ずいぶんと暗がりが深まっていた。

割と相当な時間、自分は回想に浸っていたらしい。

 

 

気を取り直して机に広げた地図を囲み、最終確認へと入る。

 

「我のスフィンクスで上空から行く、これは第一の条件だ」

 

まずオジマンディアスが地図の右下から左上へ、一直線に軌跡をなぞる。

右下には国と同じ名を持つ首都・ウィンターローズの町並みが見え、そこから先の軌跡には人里と思えるものはない。

入れ替わりにダヴィンチが口を開いた。

 

「それで、乱気流や魔術的な対策が必要だけど、これは私が引き受ける。方向感覚は命綱だからね・・・後は、天気くらいかな」

 

「シンプル、だけど効果的か。話は変わるけどさ」

 

計画を確認し終え、陸斗は一つの地名を指さす。

そこには、地名の他に巨大すぎる虫の脚のようなものが書き記されていた。

 

「このナイドホグルって名前、由来はあるのか?」

 

その問いかけに、わずかながらセルリアの顔立ちに影が差す。

少し間を置き、話し出した。

 

 

 

「――はい。千年前の騒乱で特に強大な力を持っていた三大害虫という存在が居ます。『千の足』『千の頭』『千の羽』と呼ばれたそれらは、始まりの花騎士フォスと勇者により封印されたのですがそのうちの一つがこの雪原に眠っている――そんな伝承が今でも残っているんです」

 

 

 

その伝承は、外来人であるはずのカルデア一行の中に印象深く刻み込まれる事になる。

 

 

 

 

 

だが、それを咀嚼する間は少しの時間をおいて消し飛んだ。

二人の少女が――いや、花騎士が担ぎ込まれてきたために。

 

 

彼女たちの名は、シンビジュームとオンシジュームと言った。

 

 



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異節 Ⅱ 白金の波、蒼銀の風

外伝投稿、第二の花騎士団長が登場します・・・・・・


スプリングガーデンとは別大陸、その港町――

 

「ヨーテホルクの織物と果樹蜜が台車でそれぞれ一台分、貿易金貨400ずつならばどうや?」

 

異国情緒あふれる港街の露店の一つ、そこから真摯な様子の土地なまりの声が聞こえてくる。

中では男女が机を挟んで真摯な顔で交渉を―商談をしていた。

 

女性の方は年頃だけで言えば二十代を少し過ぎた辺りか、柔らかい質感に焦げ茶色のロングヘアに人なつこそうなくりくりとした目に東洋式の和服に近い服装。

 

対する男の方は机の向こうの女性と同じような年頃だろう。

ほどよく日に焼けた肌に暗い真鍮色と言うかのような髪を蒼いバンダナを巻いて押さえ、どこか「軽さ」も思わせる顔立ち。

身体には革鎧を纏い、その上からバンダナと同じ色合いのマントを羽織っている。

 

彼の名は、スヴェン=ロンバルディ。

今このときの姿は、若き交易商人のものだった。

 

 

 

その彼が僅かに眉根をひそめ答えた。

 

「いや、そいつはちょっと虫が良いと思わないか、今回の海は割と時化ていたんだぜ?それに日々航路の安全性は落ちてきている。それを踏まえてもいいんじゃねぇかな」

「むぅ…けどそれはウチの方も同じや、けどあんさんの品は質が良い・・・むー…」

 

その口を尖らせている姿に、本来はないはずの猫の耳すら見えそうな愛嬌がある。

だがそれに引きずられて引き下がれば条件で買いたたかれかねないと、彼は長い貿易生活の中で学び取っていた。

 

それ故に、彼はまばたき一つすらしない腹づもりで彼女を見据える。

やがて。

 

「あんさんには敵わんな、それなら金貨425ずつや。それとも一つ、珍品が手に入ったから土産にもっていき!」

「オッケー、交渉成立だ――持ち込みしても良いか?」

 

「その動きが速いとこ、ウチは気に入ってるで」

 

 

そう言葉を交わし、二人は露店を出て行った――

 

 

 

 

 

*     *     *     *

 

 

 

 

 

連れたった二人は、目的の船を停めている埠頭へと足を進める。

彼らの目線の先には山積みされた荷物と、数人の人影――いずれも少女や女性のものだ。

 

話し込んでいた内の一人が二人の接近に近づき目線を向ける。

マゼンタ色の髪に赤紫を基調としたコートの女性だ。

 

「あ、艦長、お帰りなさい。商談は――聞くまでもありませんね」

 

せや、と商人の女性が頷く。

 

「ああ。ガザニア、荷物の引き渡しを頼む」

「ええ、承知しました―こちらへ」

 

 

マゼンダ色のコートの女性、花騎士のガザニアが商人を連れて船倉へと案内する。

息をついた彼に樽を模したジョッキが差し出された。

 

 

「おう?」

「よ、だんちょ!お疲れさん」

 

ジョッキの差し出された方へ振り向くと、その先には特徴的な眼帯に海賊帽と青を基調とした海賊服の快活な雰囲気を纏った女性の姿。

 

「スイギョク?サンキュ」

 

礼を言い、彼は差し出されたジョッキを受け取り一息にあおる。

爽やかで甘い味が彼の口を通り抜けていった。

 

荷下ろしを惚けたように眺める彼の脳裏には「後輩」との別れの場面がよぎっていた――

 

 

 

 

 

 

 

*         *

 

 

 

 

 

 

『先輩もこれで卒業、ですか。不躾だとは思うのですが、進路はどうなったんですか?』

『よせよ、俺とおまえの仲だ、逆に敬語はこそばゆいったらないぜ』

 

そう受け答えし、彼――フォス騎士学校・騎士団長育成コースの礼服をまとったスヴェンが気さくな声を返す。

人影――黒髪を荒くまとめた顔の青年もまた、その言葉に姿勢を崩す。

 

『進路だけどさ、ヨーテホルクの海軍から声がかかった。何でも、沿岸警備隊?に人手がいるんだとさ』

『海、海・・・か。なら、元冒険者としては?』

 

人影の問いに、スヴェンは胸を張り答える。

 

『まさに望むところ、無限のフロンティアを身一つ船一つで行く!アツいぜ?今からアツくてたまらねぇな!』

 

そう言い、彼は呵々大笑する。

釣られて人影も静かに笑いを漏らした――

 

だが、スヴェンは即座に表情を引き締める。

 

『お前を慕ってる花騎士育成科の二人、絶対に手放すなよ』

『――え』

『片や王家の遠縁、片や豪族のお嬢様。二人とも騎士として、女としての資質は一級品だ。俺が言うから間違いない――いいか、絶対だからな!』

 

念押しする言葉に、人影は少し考えこむようなそぶりを見せる。

やがて思い当たる事柄に気づいたのか、小さく、だがしっかりとした頷きを返した。

 

『――ああ、分かった・・・!』

 

 

 

 

 

 

 

 

*         *

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの」

「・・・?」

 

かけられた声に、彼は意識を浮上させる。

声のした方へ振り向くと、その先にはピンクで縁取りがされた白い法衣に紺色の髪と眼に、紫色の細い袋状の花をかぶせたような装飾の長杖を持った少女がいた。

 

その表情はどことなくあきれ顔で・・・・・・

 

 

「――ん?ギボウシ、か」

「そうです。船長、もう荷下ろしも終わりましたよ」

 

少女――花騎士にして神官兵のギボウシが気をどこかに飛ばしていたスヴェンの顔を見てあきれを含んだため息をはき出す。

 

「・・・わりぃ、もうこんな時間だったのか」

 

 

かけ声とともに彼は立ち上がり、彼女を従えて己の船へと歩き出した・・・・・・

 

 

 

それから小一時間ほどして、一隻の船が異国の港を旅立っていった。

 

船の名は「エルマル」

ブロッサムヒル王国でもまだ数少ない、遠距離交易の許可を得た船の一つだ。

 

二本のマストと船体に仕込まれた多数の砲台を持つを持つブリッグスループ船でありながら、その喫水下には魔導機関によるスクリューとバランサーが仕込まれており海の環境を選ばない航行性能を持つ。

 

かつて青と黒に塗り分けられていたマストは青みがかった白いものに張り替えられており、第二マストの上には「三つの青いダイヤを背負う蒼いコンパス」の旗がひるがえっていた。

 

 

 

その甲板には――

 

 

「やっ・・・・・・っと一仕事終わったね、艦長っ!」

 

ひとしきり伸びをし、快活な声を発する鮮やかなオレンジ色の髪をした少女と、満足げに頷く男が一人。

艦長と呼ばれた彼は肩ほどの高さにあるオレンジ色の頭をひと撫でし、答える。

 

「ああ。これで今回の遠征の半分は終わりだ―けどな、帰り着くまでが航海だぞ、コレオプシス」

 

撫でられた手の感触に、オレンジと黄色のツートンカラーに塗り分けられた花飾りが揺れる。

そして、その言葉にコレオプシスと呼ばれた少女はハッとした表情を浮かべた。

 

「そーだ、ギボウシちゃんから聞いたけどぼうっとしていたんだって?どしたの?」

「ん?騎士学校の・・・士官学校の後輩との別れ際を不意に思い出してさ。それよりお前は何かやることはないのか?」

 

棚上げにも見えたその態度に、少女――ブロッサムヒル海軍の一員にして花騎士のコレオプシスが頬を膨らませる。

だがそれも、すぐに戻った。

 

「むー・・・・・・だよね・・・そうだよね!よーし、何か出来ないか見回りしてくる!」

「お――ま、いいか。アイツの元気が有り余ってるのはいつものことか」

 

 

波に揺られる甲板を一息の間に駆け去って行った彼女の方へ手を伸ばそうとし、男―この船の船長でもあるスヴェンは軽い息づきと共に手を戻した。

 

何処までも空は青く、追い風を受けた帆船は海原を行く。

遠間から見れば、正にそれは一枚の絵になるような光景だった。

 

 

だが、そんな「絵になる風景」がずっと続くはずがなく・・・

不意に、張り巡らされた伝声管の一つが不意に声を発した。

 

 

《船長、嵐が接近中です!》

《不意に来たか!よしガザニア、すぐに帆をたたんで船内へ避難しろ、手伝えるヤツがいたら一緒にやってくれ》

《了解~~・・・・・・!》

 

幼げな声はイカリソウのものだろう。

気づけば、それまでなかった黒雲が一秒ごとに近づいてきた――

 

 

 

 

 

猛烈な嵐が航路をかき乱す。

普通の船であれば四方八方から押し寄せる波風に翻弄され、致命傷になり得るほどの嵐だ。

 

だが――「それ」は上手く波を乗りこなしていた。

 

帆を畳み、仕込まれていた魔導機がオールを動かし、巧みに致命傷となるであろう波を避けていく。

やがて・・・嵐が終わった。

 

 

 

「・・・っし、抜けたな!シーマニアもご苦労さん!」

《あんな嵐、どうってことないッスよ!》

 

甲板と同じような構造をした副操舵室。

その操舵輪から両手を離し、大きく伸びをしたスヴェンが伝声管へねぎらいの声を飛ばす。

 

返ってくる声は、機関士であるシーマニアのものだ。

 

「さて」

 

伸びの体勢から姿を戻し、今度は別の伝声管へ口を近づける。

 

《現在位置の確認が出来るヤツはやってくれ!》

 

 

わずかに時間をおき・・・返ってきた声は何処か冷静さを感じさせる声だ。

 

《確認できました、現在本船の位置は・・・監獄島より約25マイル、風は北東に3メートル》

「アセビか?観測お疲れさん。けどちゃんと休めよ?」

 

《ええ・・・こちらは大丈夫です、観測を続けます》

 

 

伝声管から顔を離し、彼はそのまま副操舵室を後にする。

そのまま通路を直進し、一際豪華な部屋――船長室へ足を踏み入れた。

 

左右の壁には「書き記している途中」と表現するのが正しい、半分だけ埋まった海図が貼り付けられている。

棚には鉱石や不可思議な色を持った金属の置物が並んでいた。

 

そして、彼の目線の先――正面には長い背もたれのいすと磨き上げられた黒檀の長机、その上には置きっ放しのインク壺。

後ろには・・・数種類の武器がかかった壁。

 

そこへ近づき、彼は一つの武器を手に取った。

 

種別としてはロングソードの一種だが、まず普通の金属では有り得ない海のような蒼く澄んだ刃。

そして、刃の腹には鉱石の塊(クラスター)が埋めこまれたような装飾が施されている。

 

「――ノーブルスタイン、冷厳たる貴種、か。粘った甲斐があったってもんだな」

 

一つ頷くと彼はそれを鞘へ収め、剣帯へ通す。

長剣――ノーブルスタインの一段上に交差して掲げられたグローブを続けて手に取る。

 

赤、青、緑、黄、白・・・五色がない交ぜになったような表面に、それぞれの手の甲には吊り目のような形に加工されたレッドスピネルが象眼されている。

 

「五鱗拳。クロスレンジだろうが白羽取りだろうがどんとこい、だ」

 

一つうなずき、両腕にそれを通す。

支度を調え、彼は船長室を後にした――

 

 

 

所変わり、「エルマル」甲板。

 

船内から出てきたスヴェンの目を沈みかけた陽が灼く。

そのまま彼は甲板へと足を踏み出した所で、声をかけられた。

 

「あ、艦長。お疲れ様です」

 

礼儀正しさと線の細さを感じさせる声に振り向く。

その先には、柔らかくカールした金髪に緑のマントを着込んだ少女の姿。

 

マントには鈴なりに並んだ白い花の刺繍が施され、また外套とお揃いの深緑色のベレー帽にも同じ花飾りを付けている。

 

ネフライトグリーンの目はどこか純粋そうな輝きを宿していて――

 

「アセビか、お前こそ休んだのか?」

「はい、大丈夫ですよ。艦長の頼みでしたから」

 

相変わらずちぐはぐな・・・という彼の心配をよそに、緑の外套の少女――花騎士のアセビは甲板の端の方へ歩いて行く。

スヴェンもそれを追っていった。

 

二人の目線の先には近づきつつある整然と並んだ遺跡のシルエット。

 

「古代害虫が眠る監獄島。いつか、私達も調査の命令が下るのでしょうか?」

「――さあな。生き残りが見つかったって話は知ってるが、今はどうなってるのやら」

 

夕日に照らされた海の煌めきと、光を返すことのない「死んだ島」。

それは、正反対の有り様をそのままに映していた――

 

 

「艦長ー、どーする?!そろそろ夜だけどここで一泊か?!」

 

風情に割り込むかのように彼ら二人の上から声が響く。

見ればスイギョクがこちらを見下ろして指示を待っているところだった。

 

 

頭を切り換え、彼は頭の中の予定を組み直すと同じように声を張り上げる。

 

「ああ、船をあの島の近くへ寄せてくれ、そこで一泊する!イカリソウにも声をかけてやってくれ!」

 

はいよぉ!!という威勢の良い声と共に彼女は帆かけ網を登り、マストの見張り台へ戻っていった。

 

 

「・・・・・・ってわけだ、これからあの島で一泊する。お前はギボウシのやつにも声をかけてやってくれ」

「分かりました」

 

静かに礼を返し、アセビは船室へ戻っていく。

スヴェンもまた操舵輪へ足を向けた――

 

 

 

 

 

 

 

*         *

 

 

 

 

 

 

 

翌日、一夜を停泊して過ごしたエルマルは舳先を北西へ――港湾都市ヨーテホルクの方へと向けて動き出す。

 

 

操舵をスイギョクから引き継ぎ、船で数時間。

港湾都市ヨーテホルクの町並みが見えてきた。

 

だが――

 

 

「いや、明らかにおかしいだろこれ・・・こんなに静かだったか?」

 

その有様は、つい一週間ほど前の同じ場所とは思えないほど静まりかえっていた。

その間にも、埠頭は近づいていく。

 

ルーレットを模した外輪を持った船ともすれ違った。

 

「アイツは・・・パルファン・ノッテか?灯が落ちてるな・・・」

 

 

水上カジノ船――パルファン・ノッテ。

昼夜問わずギャンブルに燃える客が出入りしているはずのカジノ船は、まるで廃墟のように静まりかえっていた。

よほどのことがない限り営業しているはずなのに、だ。

 

 

疑惑をいったん追いやり、彼は伝声管――第一マスト宛ての伝声管へ台詞を投げかける。

 

「第一マスト、帰還と寄港先の案内を要請する旗を掲げてくれ」

《オッケー!けど艦長、これって・・・変だよね?》

 

応じた声はコレオプシスのものだった。

流石に異様すぎる光景を前にしてか、彼女もおそるおそるというような反応を返している。

 

 

「確かに妙だけど、とにかく帰還しなきゃ話にならねぇ」

 

 

やがて、矢印を記した旗を掲げた小舟が近づいてきた―――

 

 

 

帰港し、エルマルの一行は埠頭へ降り立つとそのまま一つの建物を目指す。

彼らが目指す先の建物には、旗と同じ「青い三つのダイヤを背負う蒼いコンパス」の銅板が門の上に埋め込まれていた。

 

その扉をスヴェンが開ける。

 

「あ、お帰りなさい、艦長さん」

 

とてとてという擬音が似合う足音を響かせ、一人の少女が駆け寄ってきた。

オレンジ色の髪を団子頭で二つくくりにし、髪と同じ色の外套を放射状に広がった白い花のブローチで留め、白いシャツにコルセットを締めた姿。

 

「ミカン、留守番ありがとうな。なんか変わったことは?」

 

話をし出した彼の後ろで、エルマルのクルーだった一同が思い思いにソファーや絨毯へ寝転ぶ。

そのまま寝入ったものも数人いた。

 

それを意に介さず、彼女―花騎士のミカンは留守番中にあった出来事を思い出す。

 

「父さ・・・いいえ、タンゴール侯爵が艦長に話がある、だそうです」

 

その口から出たのは、この港湾都市のまとめ役の名だった。

つい先ほど見た、静かすぎた港の様子がスヴェンの脳裏に即座に再生される。

 

「お・・・タンゴール侯が?分かった、すぐにいく。俺一人でいいから、おまえも休んでろ。土産は適当に持ってっていいぞ?」

 

 

 

 

そう言葉を交わし、彼は港湾都市の高台にあるタンゴール侯爵邸へ一人向かっていった。

すでに陽は落ち、普段より暗がりが多くなった港湾都市の風を肩で切りながら。

 

 

十数分後。

彼は小高い丘の上にある邸宅、そこの客室に居た。

 

話はすでに通されていたということもあり、流れるように彼はここへ案内され、今に至る。

その目線の先には――

 

「まずは航海ご苦労、ロンバルディ彷徨伯」

 

銅色の髪を堅くまとめ、鋭い目線と幅広の肩をした、いかにもといった武人肌の壮年が相好を崩したような声音と仕草で瓶を差し出す。

彷徨伯というのは儀礼上としてスヴェンに送りつけられた称号であり、これは重要度の高い話だと彼に否応なく知らせるための合図でもあった。

 

「ガ・・・・・・んん、タンゴール侯もお変わりなく」

 

儀礼通りの返答を返し、スヴェンが杯を差し出す。

水音とともに、ほのかに甘い香りが漂った。

 

一口、それを飲み込む。

 

濃厚な甘みが彼の喉元を通り抜けていった――

 

 

その様子を見届けたタンゴール侯爵・・・フルネームを、「ガルシア・アスタルテ=タンゴール」と言う――は議題を繰り出した。

 

「帰還してすぐのところに済まないが、協力を要請したい」

「協力・・・?もしや静かだった港のことで?」

 

うむ、とガルシアは頷く。

 

「率直に言おう。先週リリィウッド国境に発生した樹氷と周辺海域で発生した濃霧で陸海の交易路がすべて遮断されているのだ」

「交易路が遮断・・・って、それってかなり拙い事になってるんじゃ?」

 

「卿の思っているとおりだ・・・既に商店や一般生活に影響が出始めている」

 

そう言うと、彼は傍らに置いてあった鞄から資料を取り出し、机へ並べる。

 

「見たまえ。これが備蓄食料の記録、これがここ数日の治安悪化の記録だ・・・」

「――・・・・・・」

 

スヴェンがそれらを手に取ってから無言で頷き、資料を目で追っていく。

 

そして、見る間に顔を険しくした。

 

「どっちも・・・加速的に酷くなっている・・・!?」

「うむ。衣食足りて礼節を知るという言葉があるが、まさしくその通りだ」

 

資料を一度机へ戻し、スヴェンは話を切り返す。

 

「食料はおいとくとしても、治安悪化は見過ごせない」

「帰還してすぐで申し訳ないが、今は一人でも多くの手が必要だ。頼まれてくれるか?」

 

その問いに、スヴェンは即答を避けた。

代わりに――

 

「動員の約束がとれている花騎士団の数は?」

「うむ・・・今現在、二十名一個中隊が二つ。だが回り切れていない所が現状だ」

「他に集まりそうな感じは?」

「他の団も、即答はしかねると来ている・・・すぐには期待できぬ」

 

スヴェンの脳裏で、思考が渦を巻く。

わずかに苦々しさを乗せた表情で彼は結論を出した。

 

「―――おっさん、すまねぇ。明日の昼までには結論を出す」

「・・・卿もか。団長としては及第点ではあるが」

 

 

 

 

気まずい雰囲気のまま、彼は侯爵邸を後にする。

そのまままっすぐにブルーコンパスの事務所へ帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

*         *

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま・・・って珍しい顔が居るな?」

 

疲れを隠せないまま、スヴェンは扉を開ける。

振り向いた視線の先には見知った姿が一つ。

 

「サカキじゃねーか。こんな夜中にどうしたんだよ?」

 

彼の声に振り返ったのは、人形のように整った顔立ちに床まで届くほどの鴉羽色の髪と巫女装束をまとった少女だ。

花騎士としての名は、サカキ。

 

非常勤の団員という立場であり、常にこの詰め所には居ない存在でもある。

そんな彼女が口を開いた。

 

「ええ、団長さんお久しぶりです。カミの声に導かれるままに、貴方に顔を見せに来た次第です」

 

 

 

それから少ししてまだ起きている団員数名を呼び寄せ、臨時の小会議を開く。

議題はもちろん、侯爵邸での依頼についてだ。

 

開口一番、スイギョクが意見を挙げる。

 

「即断しないのはアタシは正解だと思うぜ?疲労がかさばったところに警戒任務はしんどい。何より不自由でさ」

「けど、このまま俺たちが何もしないと加速度的に状況は悪化するぞ?」

 

彼の声にスイギョクは煮え切らない表情で腕を組む。

いったん下がった彼女に代わり、今度はガザニアが声を上げた。

 

「私たち以外の花騎士団の動きは?」

「ああ。二十名の二個中隊が治安維持に回っているようだが人手が足りていない状態だ。配給についてはまだまかなえているらしい」

 

「ということは、市内の治安維持と害虫への警戒が主な任務ね?」

 

とそこへ、押し黙っていたシーマニアも声を上げる。

 

「アタシなら大丈夫っす!体力の方はおいとくとしても、この港は守らなきゃ!」

 

 

その言葉にスヴェンを始めとした参加者達が目が覚めたような表情になる。

互いに目配せをしたのを見届け、彼は慎重に結論を話し出した。

 

 

「皆、疲労があるところ本当に済まない。俺たちブルーコンパスは明朝0900にタンゴール侯爵邸へ移動、この治安維持の任務へ就く。そういう事で良いか?」

 

 

参加者全員が頷いた。

 

 

「それと・・・」

 

「コレオプシスさん、まだ寝入ってますよ・・・疲れていたようで」

 

目線を左右させていたスヴェンにアセビが声をかける。

 

 

「――まぁ、ずっと走り回ってたからな。じゃあアセビ、コレオプシスに伝言を頼めるか?」

 

 

 

 

 

明朝、タンゴール侯爵邸へ移動したブルーコンパスは正式にこの要請を受諾。

指揮をスイギョクへ任せると、スヴェンはコレオプシスを連れどこかへと駆けていった――

 




花騎士団長紹介/2

名前:スヴェン=ロンバルディ
年齢:29
イメージCV:森田成一(敬省略)

遠距離交易艦エルマルの艦長とブロッサムヒル海軍・第一水上騎士団「ブルーコンパス」団長という二つの顔を持つ。
だが、活動としては交易艦としての活動の比率の方が高い。

フォス騎士学校・騎士団長育成コースを卒業後ブロッサムヒル沿岸警備隊からスカウトがかかり、そこへ入隊する。
しばらくの訓練期間の後、沿岸警備艦の一隻を預かるがその運用中に「蒼い悪魔の海賊団」と遭遇、船長であるスイギョクと一騎打ちの決闘の末に彼女を破り、そのままスカウトの声をかけた。
「そのあまりに直線的なスカウトに負けた」とはスイギョク本人の弁ではあるが、このとき同時に条件を出される。

それは、「ブロッサムヒル王国の正規兵扱いにはならない事」だった――


オリジナル花騎士紹介


コレオプシス(イメージCV:徳井青空)

丸顔に鮮やかなオレンジ色の髪が特徴のブロッサムヒル海軍兵。
快活な元気印であり、同時期に配属されたギボウシ・アセビと一緒に居るときなどは牽引役になることが多い。

また特技としてはバランス感覚に優れており、それを生かした剣術を主な戦法とする。


ギボウシ(イメージCV:長瀬ゆずは)

紺色の髪に桃色の法衣と自身が加護を得ているギボウシの花を象った杖を持つ神官兵の少女。
宗教的な知識の他に薬剤・薬草調合の知識を持ち、医療兵も兼任している。
性格としては大人しく、ほとんどの場合自分自身から前へ出て行くと言うことはない。

かつてはある集落の舞姫だったそうだが・・・?

アセビ(イメージCV:田中理々)

柔らかい金髪にネフライトグリーンの眼、緑を基本とした外套をまとっており、団のなかでは遊撃兵の役割に収まっている。

索敵・偵察を得意としており、頼まれたことは断れない性格。
華奢なように見えるが、その外見よりもいわゆる「タフ」な存在。

装備はいわゆる「変形双剣」というようなものであり、基本の二刀流の他に両刃剣・大ばさみの姿を切り替えて運用する。


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