プリズマ☆イリヤにテイルズの魔術をぶっこんだだけ小説 (エタりの達人)
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1
※自分で改めて読み返しておかしいなと思ったところを修正
この世界、『
ここに遠方の人とも会話や伝文のできる
もう外に出て命をかける必要はどこにもないのだ。それだけでも十分と言える。少なくとも、僕にとってはだが。
しかし素晴らしい、こうしてベッドから起き上がらずとも意思を伝える手段があるというのは本当に素晴らしいことだ。指ひとつを動かして文字をうち文章と成し送信すれば、はい終わり。これで僕はまたこのベッドから出れずじまいではあるが、その代わりに確かな平穏と言うものを手にいれた。
さぁ、そうと決まれば夢の続きを見るとしよう。朝日よ、おやすみなさい。次に出会う君は頬染めた血色のいい君になっていることだろう――――
「起きなさーーーーーいっ!」
「なにしやがんだてめぇッ!」
「なんでそんな強気に出れるの!? 学校に遅刻するからって起こしてあげたのに!」
「お前はあれか? 文字を正しくできない脳でも持ってるのか?? 僕メールでなんて送ったっけ???」
「えーっと、『体がだるいので今日は休みます。先生にもよろしく伝えてください』だっけ」
「よーく分かってるじゃないか。じゃ、そういうことだから」
「そういうことだから、じゃなーい! そんなの許されるわけないじゃない、ほら起きた起きた!」
「やめろーッ! 僕からもうなにも奪わないでくれーっ!」
「ただの布団だよ! っていうかくっつかないでよ! き、気持ち悪い!」
男子が女子から言われたら傷つく言葉No.1を平気で口に出せるお前が僕は一番恐ろしい。今のは普通に傷ついたぞ。
だがもう
◆◆◆
人物紹介をしておくべきだろう。まずはこうして君たちに語っている僕は、まぁ僕だ。特に面白い名前でもないし変わったあだ名があるわけでもない。というより、あだ名をつける場合どうしたものかと困ってしまうような、そんな字面と字数をしているのであだ名がつけられないと言うべきだろう。
どちらかと言えば理系が得意であり、趣味はちらほらとある感じ。ようするに僕は普通の小学生と言うべき存在だろう。
好きなことは、寝ることだ。惰眠を貪れる背徳感がたまらない。嫌いなことは好きなことの反対、つまり布団から出て動くことに他ならない。
「いい加減にしよう、そろそろお前も僕離れするべきだよ。いつか雛鳥は大きくなり、巣立ちするべき時が来る。お前にとってそれは今なんだ」
「雛鳥はどっちよ、私的にはそろそろそっちが自立するべきだと思うんだけど。このままじゃ、ろくな大人にならないよ?」
「ろくでもない大人にだって稼げる仕事がある。僕はそういうものに永久就職するんだ」
「反面教師のいい見本というか、既にろくでもないというか」
「つまりそのお陰でお前はまともに育ったんだぞ。つまり控えめに言って僕を養う義務があるんじゃないか?」
「耄碌になるにしても半世紀後にしてよね。ま、まぁ結婚には反対じゃないっていうか、賛成っていうか……」
「(常々思ってたけれど、こいつほんと趣味悪いな)」
昼下がりの日光を照り返し幽玄と揺らめく銀の頭髪、芸術品である陶磁を思わせるような真っ白な肌、ザクロのような瞳、そして作られたかのような整った顔はどこか品性というものを感じさせる。指一本だけで見ても、隣を歩く彼女が人間美術品であることは明確であった。
これが僕の友人、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。僕と違って長ったらしく、そして縮めやすい名をもつ彼女は仲のいい友人は皆イリヤというあだ名をつけている。
彼女は美少女と呼ぶに相応しい人間ではあるがときめき思い出ゲームのようなメインヒロインと違って頭はあまりよろしくない。いや、学校内での成績は上位に食いつくぐらいには知識があるのだが、どうも突発的なことに弱かったり、ド忘れなどが多いらしく、正直勉強面ではそれほど信用はされていないらしい。
そのため、彼女の代わりに頭を使う担当は何かと僕とされている。昔公園で遊んでいたというだけでここまで仕事を押し付けられるとは、人生何があるかわからないものである。
だからこそ彼女が僕に対して恋心を抱くような、そんな過ちを犯してしまったのだが。
「ボソボソ言うなって、聞こえないじゃん」
「な、なんでもないなんでもない!」
本人はこれで誤魔化せてると思っているのだから重症だ。
さて彼女、イリヤスフィールが昼上がりの放課後に僕の部屋にきてこうしてただ駄弁っているだけなのには理由がある。
友人がいない? まぁそれは一種の真理をついているのかもしれないが本人が可哀想なのでその可能性から今は目を剃らすことにしよう。
お隣さんだから? 残念僕の小屋とイリヤスフィールの豪邸は結構な距離が空いているから、僕の家に向かうのはアインツベルン家では許可制になるほどだ。
正解の鍵は、僕の生活習慣と彼女の趣味にある。
「ね、そろそろ見せてよ!」
「ん。まぁいいけど、今回はあんまり自信作じゃないぜ」
「またまたご謙遜を~」
そんな難しい言葉をどこで覚えてきたんだ。いや、十中八九テレビか。現代っ子は親よりテレビから言葉を教わることが多いらしいからな。
しかし言われてしまったからには乗り気でなくとも見せなくてはならない。本当に自信がないんだけどなぁ。ため息混じりに引き出しから一枚の紙を取り出して提示する。
紙はそこら辺に売っている方眼ノートから切り取ったもので、これが僕の趣味に一番適した用紙だ。紙には丸や正方形や台形、縦横斜めと縦横無尽に描かれていて、それらが合わさって幾何学的な物となっている。
所謂、魔法陣というもの。これを描くのが、いくつかある中でも表だって言えるようなものじゃない生活習慣一つだ。
「おぉ~……なんかよくわかんないけどすごい! すごいよこれ!」
「お前、それ前見せた時も同じこと言ってたぞ」
「それぐらいすごいの! これは、なんの陣?」
「んー……そうだな、前が焔の陣だったから、今回は風の陣……だと思う」
その言葉に彼女は眉を細めると、こう言った。
「また、
その言葉に、僕は軽くうなずくことで肯定の意を示す。
前述した通り、僕は夢を見ることが好きだ。ただその夢の内容は、あまりにも現代科学からかけ離れているもの。夢とは脳が記憶の整理をした場合に発生する現象であり、これから夢に出てくるのはどこか見覚えのある光景であったり内容であったりすることが多い。
それに当てはめて考えるのならば、僕の夢はあまりにも逸脱している。
夢には、ある男が出てくる。そのある男は色んな人に囲まれていて、帆もエンジンもない船で海を渡り、空を駆け、見えた人全てを救っていく。そんな偉大で愚かな男が夢の中での主人公だ。僕は彼の目で物を見ていて、所謂彼の追憶というものを体験している。
その世界はお伽噺のように夢があって、けれどどこか生々しい現実が散らばっていた。目の前に現れる様々な異形の存在、放たれる数々の技と奥義、そしてきらびやかで合理的な魔法。男はどちらかと言えば理系であったようで、魔法を使うのに長けている存在だった。
この魔法陣は、その男が使っていたものだ。実際にこの魔法陣を使ったところを見たわけじゃない、というか戦闘中は常に視点が目まぐるしくて陣に意識を向けている時間など一秒もない。僕がこうして魔法陣を描けているのは夢から覚めた僕の脳内に、これが焼きついてしまっているからだ。訳も理由も原理もわからないが、そういうものなのだ。僕はそれがいつまでも残っている違和感を嫌って、こうして紙に陣を写し出しているのだ。
それを運悪くイリヤスフィールに見られてしまって、こういう関係に至っている。
「一回、誰かに見てもらおうよ。ほら、夢占いとか」
「相談したところで法外な値段ふっかけられてデタラメ吹き込まれるだけさ。それに、そもそも子供の言うことを大人が信じるかどうかも怪しいし」
「それは、そうかもしれないけど……」
イリヤスフィールの心配が伝わってくる。長い付き合い(と言っても五六年だが)なのだから、彼女がそういう心配をする人間だというのはわかる。だからあまり僕のことで気持ちを曇らせてほしくないのだが。
「ま、僕もこの夢とは長い付き合いだ。きちんと対処すれば僕に害を成さないことも僕自身で証明済み。大丈夫さ、きちんと付き合っていける」
「……うん」
「僕としては、他人の心配より自分の心配をした方がいいと思うけどね。週末のテストはどうなることやら」
「その話は思い出させてほしくなかったよ……」
◆◆◆
僕は夢を見るのが嫌いではないが、そう長い時間あんな夢をみたいと思うほど気が狂っているわけじゃない。生々しい空想世界というものにひかれるほど、まだ大人ではないからだ。かといって仮面ライダーのようなヒーローになりたいと思っているわけではない。
いやまぁ女性に囲まれている夢を見た日は、もう少しそれを見ていたいと今日のように二度寝をしようとすることもあるけれど。おっぱいはいいぞ。
すっかり血色のいい君が沈んでからはや数時間、既に時間は八時を過ぎている。小学生が出歩いていい時間ではないが、親にはキチンと許可を貰っている。いや、許可を投げてきたと言った方が正しいだろうか。
そんなことはともかく、僕は日課として夜の散歩をしているのだ。街灯がLEDライトに変わってしまったせいで夜空の星は確認しづらいけれど、それでも時たま見える星座は僕の心を確かに癒してくれる。
しかし、星ではないような何かも瞬いているような、そんな物が見えるのは気のせいだろうか。というか星でもないのに光ってるのが目に写っているんだけど。何あれ、光の柱? ついに誰かが聖剣でも引き抜いたのか?
「……あれ、イリヤスフィールの家だ」
なにとなしに呟く。イリヤスフィールの家は僕のような土壁の家と違ってしっかりとしている今風の家だ。二階もあるし、家族全員それぞれの部屋だってある。僕からすれば豪邸以外の何物でもない所なのだが、あの家にあんな光を放つ機能なんてついていただろうか? 僕の記憶が正しければそんなものはついてなかったような気がするんだけど。
「あれは……っ!」
背後から声が聞こえた。振り向いてみれば目に痛くない程度に赤い服を身にまとったツインテールの女性が立っていて、どこか驚いた表情で光の柱を眺めているのがわかる。アインツベルン家と何か関係のある人なのだろうか、しかし僕はこんな女性を見たことなんて一度もない。
どう声をかけたものだろうか、と思っている間に女性はいなくなっていた。どうやらかける前に駆けていってしまったようだ。我ながら上手い、十点。誰か、座蒲団一枚持っていって。
「……ツッコミもされないボケしたって意味ないか」
馬鹿なことをしていては彼女に誤魔化されてしまう。出来る限り急いでみるか。
走り出した僕を眺める月は蒼い。
あぁ^~毎朝イリヤに起こされたいんじゃぁ^~
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2
セラよりリーゼ派。短パン is Good ちらパン is God
雲に隠れた月が顔を出した夜のこと。僕の前にはアインツベルン家がその姿を表していた。
いくつかの窓の向こうが電気で照らされているところから見て、まだアインツベルン家の夜は長いらしい。いや、確かに長そうだな。あのお手伝いさんと士郎さんの夜は特に。ケッ、毎度毎度家に行く度に見せつけやがって。聞くたびに違う違うと否定はしているが絶対嘘だ、そろそろしっぽりするためにお風呂に入っているに違いない。大人ってやっぱり汚い。
いやそんなことは二の次だ。イリヤスフィールの部屋の窓を見る。電気が消されているのを見る限り、もう寝てしまっているのだろう。ということは、あの光と彼女は恐らく関係ない。不安の風で凪いでいた心が安心感で満たされていくのがわかる。
しかしまだ帰れるわけじゃない、あのツインテールが僕よりも早くこの家についているはずなのだ。あれの目的が何かは僕には測ることすらできないが、アインツベルン家がその標的に狙われていることぐらいは理解できる。
「リゼさんのパンツを盗むことは僕が許さないぞ……!」
なんの意思だか電波だか知らないが、あのツインテールは同性だって構わず食ってしまえるような気がする。必要なことだからとか言いつつ嫌悪感一切なしにノリノリで女性を犯せるような、あれはそんな感じの女な気がするぞ。
――いや、というか僕の回りはそんなのばっかりじゃないか。金髪の竹刀女子高生しかり紫髪の女子高生しかり、そういえば同級生にも一人いたか。
まぁ、今はいい。
正門から堂々とアインツベルン家の敷地に入る。普通であることがどれだけ恵まれているかがよくわかる一戸建てを目の前にしたとき、ふと思う。そういえばあの光は本当にアインツベルン家から出たものだったのだろうか。
そういえばあの時の僕は方角があっているという理由だけでこの家に何かあったんだろうと思っていたような気がする。つまりこれといった確証もなしにここまで走ってきたから、もしかしたら光の元は隣の家かもしれないし向こう側の家かもしれない。
――いや、違うな。僕には確信がある。あれは間違いなくアインツベルン家から発せられたものだ。前述の通り確証はないけれど、この胸が、僕の直感が叫んでいる。
――アインツベルン家はトラブルメイカーの血筋だ、と。
ふとその時、聞き覚えのある小さな悲鳴が聞こえる。いや、いつも聞いている声が悲鳴となって紡がれたのを聞いた。
「ッ。イリヤ!」
僕の左側から聞こえたということは、場所は中庭ではなく浴室の窓前。どうしてそんなところにいるか等の疑問はそんなことはどうでもいい、対した問題じゃない。それにそんなことに意識を割いている暇も意味もない。僕の足は絶望的に遅いのが売りだが、今この瞬間だけは全力をもってそれを挽回させる。
白塗りの角の向こうに漠然とした人がいる気配というものを感じる。人数とかはわからないが、きっとそこにイリヤがいる。
僕なんかに何ができるかはわからない、けれど考えるよりも体が先に動くべきなのは、それだけは理解できる。今がその時であるということも。
「イリヤッ!」
「えっ?」
「ふぇ?」
「――――」
_____ 僕(男)
|
|白(裸) 赤(大人)
|
「――――――へ」
「へ?」
「変態だーーーーッッ!! 怪人赤百合ロリコン女だーーーッッ!!!」
「変態はそっちだよバカァァァー!!」
叫びと同時に光る石を豪速球で放つイリヤスフィール。呆然と叫んでいただけの僕にはそれを避けることはできず、ただそれを額を持って受け止めるしかなかった。
流石に理不尽がすぎるんじゃないだろうか。倒れ行く僕の嘆きは、誰にも届くことはない。
◆◆◆
その夜は詩的に語るのならば、始まりを高らかに歌っていたに違いないだろう。それはもう大きな声の讃美歌であろうなぁ。ついでに言うとその表情はムカつくことこの上ない破顔したもので、もっと言えば歌の内容は「ぎゃ」と「は」で構成されたなんともつまらぬワンパターンで構成されていること間違いなしだ。
笑いこけやがって糞野郎共が。
「そんな風なことを考えたんだけど、お前はどう思う? やっぱりろくでもない僕にはピエロというのが一番の天職だったりするんだろうか?」
「だ、だからごめんってばぁ……」
「いや僕は絶対に許さないぞ。お前が明日のプリンを差し出すと言うまで絶対に許さない」
「それはあんまりにもみみっちすぎるんじゃないかな!? 私がプリン好きだってこと知っててそれを言う辺りに性格の悪さが滲み出てるよ! ろくな大人である以前にろくな子供じゃないよ!」
「なんとでも言うがいいさ。僕の心の傷は深淵並みだぞ、お前のせいでな!」
「給食のプリン一個で埋まる深淵って何よ………」
大体今更裸の一つがなんだと言うのだ。僕たちは同じ人の監視のもとで同じ浴槽に入り、あまつさえ同じ浴槽で抱きつきあったりしてたらしいと聞いたぞ。だから僕たちはもっと裸の付き合いというものをしていても可笑しくはないのだ。今度は一緒に風呂入ろう、そしてどさぐさに紛れてリゼさんにも入ってもらおうそうしよう。
どうやら僕の精通の日は近いらしい。
「はいはいそこまでよ。元はといえば私が悪いと言えるところもあるし、ここは私の顔に免じて許してちょうだい」
「もう少しバストアップしてから話せよ絶壁に咲く百合女郎が」
「あんただけはここで殺すと誓うわ。今、ここでッ!」
「あーもう落ち着いてってばー!」
そうして話すまでに必要になった所要時間、プライスレス。
「――それで、その明らかに現代科学を超越した不思議浮遊物体を見たからには、僕にも当然説明があって然るべきだよね」
「えぇ。それにしても、あんたこの子とは正反対ね……良くも悪くも」
「おかげで苦労してるよ。良くも悪くもね」
「絶対に遠回しに馬鹿にしてるよね? そうなんだよね?」
この流れで確信できない時点で馬鹿だと回りに言いふらしているようなものだと言うことが何故わからないのだろうか。美徳であるといえばそれまでだろうけれど。
「ま、ここまで見られたのなら話すしかないわね。丁度状況についての説明と、これに聞きたいこともあるし。オラ逃げんじゃないわよ」
浮遊物体がぐわしと捕まれる。プラスチック製か鉄製のどっちかと思っていたのだが、あそこまで伸びたり縮んだりしているところを見ると、どうも僕の知っている物で作られているわけではないらしい。
『ぐっ。ぼ、暴力には……テロリズムには決して屈しない……ッ! マジカルステッキルビーちゃんは健気で儚きが信条なのですから……!』
「はっ」
『会ったことも話したことも見られたこともないショタに鼻で笑われる体験が来るとはさしもの私もあるとは思ってませんでしたよ』
っていうかなんでもいいから早く話を進めろよと。尺が押してるんだよこっちは。そんなものはどこにもないけれど。まぁ強いて言うなら睡眠時間の尺か。
「さて、自己紹介からするべきかしら。私は遠坂凛、魔術師よ」
「……(キリッ)」
「しばくわよ糞ガキ」
キレる十代というのは本当に怖いなぁ。まぁ今のは話の筋を折った僕が悪い、素直に降参しておくとしよう。両手をあげて無抵抗を示すポーズ。
「魔術師……?」
「いい加減難しい単語が出てきたら真っ先に僕の方を見るのやめろよ。……まぁ、言葉とかそういう厳密的なことを言えば違うんだろうけど、現国的には魔法使いみたいなものと思っておけばいいんじゃないか?」
「魔法使い……マジカルルビー参上……」
瞬間、イリヤスフィールに痛みの電流走る。目の前には鬼の表情をした遠坂凛が立っていて、その手は俗に言う手刀の構えを取っていた。そうしてすぐに降り下ろされたのはお仕置きのチョップ、彼女は僕のようにポーカーフェイスを気取ることが出来ないから、すぐに顔に出てしまって嘘はつけないタイプの人間だ。色々と損しているなぁと思う。
「あんな恥ずかしい格好するような人間だとは思わないでほしいわね。これでも、時計塔じゃ首席候補なんだから」
「私も恥ずかしい格好させられたんですけど……」
『大丈夫ですよ、イリヤさん"は"似合ってましたから』
遠坂凛(lv51) の にらみつける。しかし現代科学超越摩訶不思議浮遊物体には効果がないようだ。というか、"は"ってことは遠坂凛もその恥ずかしい格好をしていたということだろうか。
年考えろよ。
「シッ!」
「僕が当たってやる義理はない!」
『恐ろしいぐらいに早いスウェー、私じゃなきゃ見逃してますね』
というか本当になんなんだよこの浮遊物体、さらっと喋ってるところを見ると本当に現代科学を蔑ろにしてるような存在だなこいつ。これが魔術の力という奴なのだろうか。
「で、魔術師殿。この浮遊物体はなに?」
「それはカレイドステッキのルビーよ。役割は色々とあるけど、それを説明するには私がここにいる意味から説明しないといけないわね」
「凛さんがいる、意味?」
「そう、ここからが本番よ」
そうして遠坂凛はどこからともなく眼鏡を取り出しては自らに装着する。先生気取り、のようなものだろうか。尊敬している先生が眼鏡をつけているとか、そういう理由からか? はいそこ、一人とステッキ。雰囲気作りとか言ってあげるな。
「結論から言うと、私たちは時計塔からの指示でこの町にカードを回収しにきたのよ」
「カード、ですか?」
これのことね、と言って遠坂凛は一枚のカードを提示する。それはトランプのように上下に対応しておらず、タロットのように意味のある数字も匂わせるような絵もない。
描かれているのは凛とした女戦士が弓を引いている、力強さを感じさせるシンプルなイラスト。デパ地下で売られているようなものにしては大きすぎるし、専用店で売っている商品にしては手が懲りすぎている。個人が趣味で作るには、あまりにも異質すぎる。
「えっと、A……r……」
「
「しょ、しょうがないじゃん! 母国語は日本語みたいなもんなんだし!」
「はいはい漫才はもういいでしょ。で、あんたはこれが何に見える?」
「……少なくともトランプやタロットのような市販のカードじゃない。それぐらいしかわかないよ」
「タロットじゃないってわかってるなら十分ね。そ、これはタロットなんかじゃないわ。これは極めて高度な魔術理論で構成された、特別な力を持つカードなのよ」
「特別な力って?」
「えぇ。それこそ街一つくらい簡単に滅ぼせるぐらいのね」
街一つ滅ぶ、か。なんだか大事過ぎて小学生には想像し難い状況になってきたな。イリヤスフィールは戦慄しているけれど、多分あれは創作でいうお決まりの反応というものを無意識に返しているだけだ。現実もちゃんと見れているかどうか。
まぁそれを言えば、未だに中々にこった設定をした作り話だなと思っている僕も僕だが。
「……っ! そっか。つまり凛さんは、街に仕掛けられた爆弾を秘密裏に解体していく、闇の爆弾処理班みたいな感じなんだねっ」
「よーしよし、よく理解できたな~。偉いぞ~」
「えへへ~」
「……かなり斬新な解釈だったけど、それ褒めて大丈夫なの?」
それでもいい。それで例えイリヤスフィールの書く感想文が想像と現実が入り交じったような、僕の夢のようなやけに生々しいものを書くようになったとしても、僕の手間がなくなるのであればそれで十分だ。
「それで、その街一つ軽く滅ぼせる相手に対応するために用意されたのが、それ?」
「話が早くて楽ね。そう、このバカステッキよ」
カレイドステッキルビー、聞けばなんでも遠坂凛のような魔術師でも遠く及ばない存在が作った、最高技術の結晶であり最高位の魔術礼装であるらしい。
主な機能としてはマスター認証を許された担い手の戦闘形態への転身、つまりデュアルオーロラウェーブとかピーリカピリララポポリナペーペルト等による魔法少女への変身。そしてイメージと魔力を直結させて魔法として行使し、放ったり発動したりすることができる、とのことだった。
「それのマスターとして選ばれたのが、こいつなわけ?」
『はい。イリヤさんこそが、私の新しいマスターです、そこの元カノとは違っていい子ですし、何より面しr、可愛いですしね!』
「誰が元カノよッ!」
「もうちょっと具体的で嬉しい理由がよかったよ……」
果たして選んだのは本人の意思か、それとも詐欺か。どちらでもいい、僕としては反対であるという意見は変わりないのだから。
しかし、表立って批判するような真似はするまい。
確かにイリヤスフィールは馬鹿で脳筋で不利益ばかりを人に押し付けるようなろくでなしだから何かの役に立つとは到底思えない、本当の意味での足手まといになって挙げ句のはてに用済みにされて闇に捨てられてしまうかもしれない。
だが遠坂凛はそんなことをするような人間ではない、そんなことは僕にだって分かっている。だがそれは今現在での暫定的な判断に過ぎないのだ、これからがどう転ぶなんて誰にもわかりやしない。
だからこそ僕は着いていかなくてはならない。力はないし、判断力もないし、知恵だって小学生相応だ。力と状況を掴みとったこいつと僕では訳が違う。
それでも着いていく他ない、捨てられてしまう時は僕が言葉を尽くすために。壁にぶち当たってしまった時は僕が激励してやるために。そしていつか理由を求めてしまった時に、僕がそれを自覚させるために。
僕のような役に立たない豚にだって出来ることがあるはずなのだ。
「そういうわけで、このバカステッキがどうにかなる時まで変わりにあんたになんとかしてもらうから、覚悟しておくようにっ」
「……へ? えぇぇぇええっ!?」
今は、そう思いたい。
凜の胸はまだある方なんだよなぁ(ノリツッコミ)
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3
僕は、夢を見ている。光を放ちながらも愚に手を染める、男の夢だ。いつも通り男の光輝く物語をまざまざと見せつけられるのかと思いきや、どうやら今日は違うようだ。
いつもより視線が低い、いや僕にとってはいつも通りの視線の高さと言えるだろう。どうやら今回の夢はある日男の子の日常らしい。
目の前には僕も描いたことがある火の陣が映し出されていて、男の子はそれを使おうとしているようだが、何か悪いのか陣はうんともすんとも言わない。
しばらく挑戦するも、ついには投げ出してしまった男の子の視界に、誰かが入る。それは美麗な女性だった、見た目からは分からないが目に入る雰囲気からは彼女が教師であろうことがわかった
すっかり拗ねてしまった男の子に、女性が口を開く。
『言を持って理となす。理を持って式となす。式は干渉を生み、万象へと混じり爆ぜる。己として喰らい熱する。これ即ち魔■の基本也、です』
『……?』
『ふふっ、まずは言葉に出して覚えてみましょうか? さん、はいっ――――』
目の前が、景色が薄まっていく。暗く染まった意識が明るく浮上していくのがわかる。どうやら今夜の夢は、ここまでのようだ。
◆◆◆
小学校だからと言って授業を侮ってはならない。確かに僕より歳を重ねた人達からすれば小学校の授業というのはとても微笑ましく、暖かに見えるだろう。けれどそれは重ねた分だけ知っているという相対的なアドバンテージを持っているからにすぎない。
僕ら小学生にはそれがないから、目の前のこれがどれだけ難問に映るかは、同じ授業を受けているクラスメートにしかわからないだろう。
作者の気持ちを答えなさいってなんなんだよ一体。書いたことに対して思っていることなんて書いた本人にしかわからないに決まっている、それを僕たちが一方的に押し付けるのは所謂愚策、悪いことなのではないだろうか。
先生がよく言う、自分が嫌だと思うことは他人にしちゃいけないという理論に当てはめて考えるのであれば、僕は書いた内容について勝手な妄想をされ、勝手な解釈をされ勝手に採点される。これほど嫌なことは自分にとってあるだろうか、いやない。僕には僕の意思がある、伝えたいことがある。それを勝手にねじ曲げ、あまつさえそれを本人に見せず点数をつけるなど愚の骨頂。悪しき文明、作者への冒涜!
「――つまり作者の気持ちを代弁する権利など僕たちにはないのにこの問題を解くことを強いる事自体悪いこと、従ってこの問題に解く価値はなんてものはいってぇッ!?」
「小学生が拗らせた考えを持って怠慢を正当化するなんて愚の骨頂! さっさと解きなさいっ!」
糞が。己れタイガー畜生め。獣の癖にいい正論吐きやがる。だが僕は絶対に挫けないぞ、この主張をなんとしてでも認めさせてやる――!
「そしてそこ、制裁!」
「ふぎゅ!?」
生かしておこうか逃がそうか、と考えている間に同級生に居眠りがバレたらしい。これまた馬鹿らしいほどあざとい悲鳴を出して起きる彼女にタイガーがしかめっ面で説教をすると、同級生が眠たげな返事を返す。それだけのことで、教室は笑いに包まれた。皆馬鹿の所業が面白くて仕方がないのだろう、全くの同感である。
さて、笑いに現を抜かしている暇はない。この難問どもを解かねばならないのだから……。
「おうコラ、文句の問題飛ばして進めるな!」
「いった!?」
別にそれは個人の自由じゃないのか。僕は突き上げる怒りを、抑えかねていた。
◆◆◆
夜の帳は再び開かれる。自然の摂理であるそれが訪れるのは必然である、もし逆らってそれを逆転できる存在があるとすれば、正しく攻略不能な存在にも等しく扱われるだろう。六章……正門……不夜……うっ頭が。
さて僕が散歩好きであることは百も承知であろう諸君らだから、僕が今どこにいるかも察してくれていることだろう。そう、僕は星空の元にいる。住宅街にいるわけではないから回りにLEDライトの光が少なく、煌めく星々がよく見える。
「あの子、遅いわね……。ちょっと、なんで一緒に来なかったのよ」
「僕だってあいつと四六時中一緒にいるわけじゃない。金魚の糞か何かと思われているのなら心外だ」
校庭には二つの影がある。一つは僕と、もう一人は魔術師(笑)である遠坂凛氏その人である。理由は遡れば面倒くさくなるから回想描写はしないけれど、イリヤスフィールがこの魔術師にラブレターに偽装した脅迫状を送りつけられ、今この時間に来るようにと指定されていたのだ。
それを見た僕が同行を提案、もちろんステッキルビーだかエメラルドだかに警告はされたがそれしきで引き下がる僕ではない。強く出たのが項を制したのか無事同行する権利を得た僕は指定された通りにここに在るっていうわけだ。
「それで?」
「は?」
「私はあんたを確かに巻き込んだけれど、流石に無力な子供まで駆り出そうとは思わないわ。あんたも無駄に賢いからそれを分かってる、のに来たってことは目的があるんでしょ。例えば、聞きたいことがあるとか」
「……」
僕は時計塔というものが何かはわからない。そもそも彼女の言っていることが全て嘘である可能性だってあるのだ、首席であるという部分も含めて。しかし、その部分だけに関しては今疑いが晴れた。この頭の回転の速さだけは嘘として騙せるようなものではない。
同行を提案した理由は二つある。一つはカード捜しなのだから人数はあった方が安全でかつ早く済むだろうという考えから。そしてもう一つは、個人的な理由だ。
彼女が本当に魔術師であるというのであれば、僕は何かの手がかりを得ることができるかもしれないのだ。
「……見てほしいものがあるんだ。あんたが魔術師であるという言葉を信じて、だ」
「ふぅん。いいわ、見せてみなさい。あんたみたいな人間が魔術師に見せる物が何か、気になるわ」
一つ頷いて、懐から一枚の用紙を取り出して見せる。そう、僕が夢で見たものを映写した陣だ。
「――――、」
魔術師が息を飲んだ。その意味がどういうことを意味するのか、僕にはまだわからない。だがこの表情は、これの価値を紙切れではないということを端的に表していた。
「あんた、これどこで手に入れたの?」
「これは、僕が書いた物だ」
遠坂凛の眼差しが鋭くなる、刺さる視線には警戒と猜疑心。これはもう、ただの紙切れのゴミなんかじゃない。時計塔首席を唸らせることができる、恐ろしく価値を秘めた魔術的意味を持った陣なのだ。
「正確には夢で見たものをそのまま書き写したものだ。僕自身の発想で作られたわけじゃない。僕はこんな夢を、もう五年は見ている。見覚えのない人間がいて、見覚えのない存在がいて、見覚えのない世界が広がっているんだ。なぁ、あんたこれが何か分かるんだろ? なら、僕の夢は一体何なんだ。何の意味があるんだ!」
「落ち着きなさい。こんな物を見せられて、私が混乱しているぐらいよ」
嗜める言葉に口を閉じる。言葉の節々からはイリヤスフィールの部屋にいたときから感じられなかった凄みが感じられる。恐らくこれが、今目の前にいるのが本当の遠坂凛。魔術師遠坂凛の姿なのだ。
「いい? あんたの言葉が全部真実だとするなら、残念だけど私に答えは出せないわ」
「そう、か……」
「確かに相手の夢を対象に発動し、内容を操作する魔術は存在するわ。淫魔の類い、インキュバスやサキュバスが使うとされる能力を模倣したものがね。でも内容を印象づけることが出来るほど強いものじゃないわ、それ以外となると相伝された魔術ということになるけど……これほどくっきり残るともなれば魔術師に誤魔化せるようなレベルを越えているわ。五年前の私とはいえ、そんな物に気づけないほど無能じゃないし」
「…………つまり、僕の夢は魔術的じゃないってことか?」
「それもわからない。……貴方、両親は? 親が魔術師であるなら夢を見る理由が少しは分かりそうなんだけど」
僕はその質問に答えなかった。いや、答えたくなかった。
雰囲気で察してくれたのか、遠坂凛はすぐに引いてくれた。彼女もきっと、親にはそれなりに思うところがあるのだろう。
「今のところ害はないのね?」
「僕がキチガイ扱いされる以外には、特にね」
「なら、もうそれはそれとして楽しんじゃえばいいんじゃないかしら。箸が転んでも面白く感じるのが小学生ってものでしょ」
「僕はそこまで幼くないつもりだけど……まぁ、あんたの言う通りかもな」
どうやら僕が趣味の欄に書く内容はしばらく変わりそうにないらしい。もう五年も付き合ってきたんだ、あと十年ぐらいは余裕さ。まぁ、もしかすると更にその十倍は見ることになるかもしれないが。
「それで、この陣はなんなんだ?」
「少なくとも、現代のものではないわね。世に出れば封印指定もありえるほどの、高度に創案された魔術陣。これほどの物が作れる人間がいるなら、とっくの昔に魔法に至っているでしょうね」
「……単語の意味はわからないけど、とにかく僕が爆弾を抱えているってことだけは理解できたよ」
「それだけの危険を認識しているのなら十分。まぁあんたには魔術回路とかも無さそうだし、それは家の中で厳重に保管しておきなさい」
その言葉を聞いて、持ってきたときと同様に四つ折りにしてポケットの中にしまった。爆弾を抱えたと僕は表現したが、正確には不発弾と言った方がいいかもしれない。彼女の言っていた魔術回路がこの陣を発動するのに必要なものだとすると、僕にはそれがないと彼女は言った。
だから僕にはこれを自発的に発動することなどできない。そう、できないはずだ。
なのにどうして、夢に出てきた彼女の言葉が一々頭を過るのだろうか。
「っと、来たみたいね」
その言葉に、初めてイリヤスフィールがこちらに近づいてきていることに気づいた。遠目であるから細かくは視認できないが、なんかもう既に色々とやばめな格好をしていることだけはわかる。ファンタジーもファンタジー、最近のプリティなアニメですらあんな格好をするのかと言われれば首を捻るぐらいには、魔法少女っぽかった。
いやしかし本当に酷いなこれは。あれが魔術の一つで、イリヤスフィールのイメージで形成されているのだとしたら、アイツの未来が途方もなく心配になってきた。鳥っぽいような気がしないでもない
「よしよし、ちゃんと来たわね」
「まぁ、あんな脅迫状を出されれば……」
「――?」
あぁ、そういえば僕のところにも来ていたな。脅迫状。定規を使って筆跡を特定されないようにするやり方なんて普通の手紙の出し方ではないし、サスペンスや推理好きでもない限り知らないような知識を使っておいてこの反応は、少しおかしなような気もする。
修正はあったが、あの迷いない筆跡からかなり手慣れているとは思うのだが……もしかして喧嘩番長か脅しの匠なのかもしれない。
しかし、ひどい格好だ。
「……ね、ねぇ。さっきからすごい見てくるけど……なに?」
「いや、全然似合ってないなって。あと犯罪臭がやばいなって」
「い、言うことかいてそれ!? もうちょっとこう可憐だとか、素敵だよとか、色々あるじゃん!」
「それを言うの? 僕が? はっ」
なによそれと奇声をあげながら怒鳴り散らすイリヤスフィールを華麗にスルー。言葉を選べと抗議をしてくるが馬耳東風、その手の苦情は受け付けておりません。
というか口は勝手に動くものなのだから僕にはどうしようもないのだ。だからお前が望んでいるようなものは今後一切あり得ないから期待しないように。
「……ねぇ、あれで隠してるつもりなの? っていうかなんでどっちもあぁなの?」
『ルビーちゃんには分かりかねますけど、いいんじゃないでしょうか。私にはとっても面白く見えますし【●REC】』
「嗚呼……あんたはそういう奴だったわね」
うるさいぞそこ。
◆◆◆
世界は無限に連なっていて、そのどれもが少し異なっている。例えば先ほどの僕がイリヤスフィールを絶対にありえないだろうが万が一、いや億が一兆が一に褒めていた場合、それは大本は一緒でも今とは異なる道を歩んでいることだろう。
今と限りなく同一で、どこまでも剥離している世界。人はそれを、パラレルワールドと呼ぶ。
だが今目の前に広がっている光景、どこまでも同一でどこか異なる部分を見つけられないこの世界を、僕はなんと呼べばいいのか。
呆然としている僕たちに、遠坂凛が口を開いた。無限に連なる会わせ鏡の世界、鏡面界と呼べるそこの一つの鏡の中に僕たちはいるのだと。そこにこそ求めるカードがあるのだと。
「さぁ、話は終わりよ。――構えて」
かけられた言葉に疑問として返そうとしたその時だった、暗く沈んだ夜の校庭の真ん中に黒い淀みが宙に湧く。僕がいるのは現実ではなかったのかと錯覚するほどに生々しさを感じる空想的光景に目を疑う。
最初に生まれたのは、腕だった。淀みを突き抜け、何かを求めるように蠢く腕はやがて地面を知り、それに触れる。続いて見えたのは一つ目のマスク、次に顔、紫の長髪、妖艶的なスタイル、そうしてすらりと伸びる無駄なき足までがすっぽりと生まれ落ちた。
あれが、あんなのが僕たちの求めるカードだと言うのか。 人ではないあれが、カードから成ったとでも言うのか。
「あれがクラスカードから実体化した存在……報告通りね」
淀んだ存在が笑みを浮かべる。それは人に会えたことによる安堵や喜びからくるような純粋なものではなく、どこまでも猟奇的な、不純な存在だった。
「来るわよッ!」
グッと引っ張られGをかけられる感覚が襲った時には、それはもう在った。鎖で繋がれた釘のような刺す凶器を二本持った淀みが、地面にそれを降り下ろす光景が。
見えないとか、そんな次元ではない。動物の心情を人間の尺で話すようなものだ、それを感知するにはあまりに人間は慢心がすぎる。
これが魔術の世界。世俗を抜け、人間を止め初めて語ることが許される次元。それに、アイツだけでなく僕まで片足を突っ込んだと言うのか。
「――――
僕を抱え宙を飛ぶ遠坂凛が言葉を紡いだ。手にもつ三つの宝石を光らせる彼女からは何かが突き刺さる音と共に感じたこともない、聞いたこともない力が彼女から沸き上がるのを感じた。
なんて、なんて気持ちの悪い感触と感覚。吐き気と共に上ってきた確信が、僕に告げる。今から見せるこれが魔術である、と。
「爆炎弾三連!」
どくりと宝石の輝きが歪み、鼓動を始めたかのように輝きの中で炎が上がる。そうして同時に放たれた宝石は揺らめきを纏い、淀みを屠らんと襲いかかり、触れる直前に爆発を起こす。
現実の尺では計り知れない現象に目をひんむかざるを得ない。夢で見た男のように詠唱を簡略して魔法を放っている、しかも男とは違って理を示す陣も無しに。
普通の人型ならば肌が焼けるどころか四散し、内の筋や神経、内蔵まで焼き尽くされるであろうその威力。しかし膨れ上がった炎が晴れた先には火傷どころか焦げすらしていない淀みの姿。それどころか、笑みを浮かべているじゃないか
ゾクリと恐怖に全身が鉄筋でも仕込まれたかのように硬直する。あれは人間ではない、分かっていたようで、やはり僕は分かっていなかったのだ。どうしてもファンタジーとリアルを切り離せずにどこか疑いの念を持っていたんだろう。だからこそ突きつけられて恐怖する、こんなのが現実で襲いかかってきたのだと。
「無傷か……結構高い宝石だったんだけど」
「ど、どうするんですか!?」
情けないイリヤスフィールの声に同意の声すら上げられない。
なまじ賢く気取ってきたからよくわかる、あんなのに勝てる訳がないのだ。それこそ、夢のような夢の男を連れてでも来ない限り。
「……あんたがなんとかしなさい。じゃ、任せたから! わたしはこいつと影に隠れるから!」
「え、えぇーーーー!!?」
まさに脱兎の如く。巻き込まれないようにか、それとも自身の身を優先してか。遠坂凛の心情など僕に知る由もないが、そうして逃げ出してくれたお陰で僕は淀みと距離を離すことが出来た。落ち着いて心情を整理できる時間が生まれたのだ。
建物の影に入っても、遠坂凛は何も言ってはこない。僕の心情を推し量れたからこその思いやりなのか、はたまた失望から興味を無くしたのか。格好悪く震えているだけの僕には、まだ分からない。
――ともかく、時間が必要だ
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4
漆黒の世界に僕はいる。夢の中のように一人で男の生涯を劇場として見ているのでなく、ちゃんと現実で目を開いている人間、僕も含めて三人と一緒にいる。内一人は戦闘中で、一人は完全に応援モードだ。
情けない、僕の心情はそれに尽きた。ついていくだの譲れないだのと強く出るだけ出て、いざ目の当たりにしたらしたでこの体たらく。イリヤスフィールはイリヤスフィールで夢心地ではあるが僕のように恐怖に捕らわれることなく逃げ出さずに自分のやれることを暗中模索で努力をしている。だというのに、僕は何をしているのだろう。
沸いてしまった恐怖が泥になってこびりついてしまっている。僕は汚れるのが恐ろしくてたまらずにそれを拭えずにいるのだ。そうしてそれを直視せずに、こうして自己嫌悪ばかりを繰り返している。
わかってはいるのだ、このままではいけない。イリヤスフィールの足を引っ張るだけの存在など許されてはいけないのだと。だけどやはり僕は、未だ拭えずにいる。
人として普通だと言われれば、それまでかもしれない。僕は安心して、それに浸かれるだろう。だけど、そうなってしまえばもう上がることはもうできない。ずっと浸かったままで、見るものを見ずに生きていくことになる。大切なことも、全部忘れて。
そこまで分かっていながら、僕は動けない。
「恐怖は人を駄目にするわ」
今までイリヤスフィールへのアドバイスに専念していた彼女が、僕へと意識を向けて言葉を投げ掛けてきた。
「人の起源は恐怖だと人は言うけれど、それだけじゃないわ。だって恐怖だけじゃ人はすぐに駄目になってしまうもの。恐怖だけじゃないから、人は今日まで生き残ってこれた」
遠坂凛が膝を曲げて僕に視線を合わせた。その表情は、ステッキやトラブルに振り回されていた時のようなものではなく、ただ一つの先を見据えた、僕に忘れかけていた何かを沸かせるような目をしていた。
「だから、怖がったっていい。止まっちゃってもいい。でも、膝だけはついてはダメよ。屈したら、その先ずっと負け組よ。そうなったら、悲惨って言葉じゃすまないわ」
それはどこか、愚かな誰か反面教師にして語っているような、何か大切な思いが込められたような言葉で語られていた。
彼女の目はどこまでも前を見据えていた。腐っているわけじゃない、落ちた反動からでもない。ただただ純粋にその高潔さだけで先を見つめていた。そんな姿に、僕は感化されたのか、それとも僕自身思ったより能天気だったのか。目の前の恐怖よりも、もっと先のことを見つめたくなっていた。
「ほら、よく言うじゃない。良い未来は、良い殺る気からって」
「……今、大分イントネーションが違った気がするんだけど」
「そんな口が叩けるなら、もう大丈夫ね」
彼女はどこまで高潔でいて、それでいてどこか狡猾でもある。その在り方はどこまでも人間らしくて、だからこそ彼女は強く輝いて映る。それらからよくわかることは、彼女だけは絶対に目標としてはいけないと言うことだ。
彼女を目標にしてしまっては、絶対にどこかで居もしない彼女に心を折られる日がきっと来るからだ。僕はそこまで強く在れないから、よくわかる。
つまり何が言いたいかと言うと、絶対に感謝だけは悔しいからしてやらないってことだ。
「ほら、やる気が出たならとっとと行動する! もうあんたのお守りなんて私は懲り懲りなんだからね!」
僕だってしてほしくてしてもらったわけではないし、次があっても絶対に遠坂凛にだけは頼らないと今心に誓った。
しかし動く気力を貰ったとはいえ、僕が出来ることなんて本当にたかが知れていると思う。彼女のように戦闘の経験がないから的確なアドバイスなんて出来るはずもないし、声をかけるだけでイリヤスフィールが強くなるならいくらでもしてやる所だがそれが逆に集中を切らすようなことになってこれ以上の足を引っ張ることにも繋がりかねない。
何も思い浮かばず、呆然とポケットに手を突っ込んで考えに更けようとして、ふと気づく。
あの気色の悪い感覚と、これをどうにかして繋げることが出来たなら、彼女たちの力になれることも出来るのではと。
でも、どうやって? 今それを知ったばかりの僕にどうにかすることなど、出来るはずがない。どうすること出来ない――
『言を持って理と成す』
『――Anfang(セット)』
『理を持って式と成す。式は干渉を生み、万象へと混じり爆ぜる』
『爆炎弾三連!』
そして、今まで見てきた男の姿と、その言葉。僕の中で、急速に点と線が繋がっていき、一枚の絵となり始める。
言霊という言葉がある通り、口にした言葉には力が宿っていて、巡りめぐって自分に帰ってくるらしい。魔術にもその法則が当てはまるのだとしたら、夢の彼女が言っていたことはきっとまさにその通りなのだ。
言霊は巡り理という現象へと姿を変える、現象は実証を重ねられ式として表される、そうして式が神秘として用いられた時、森羅万象と結び付き力となり現実に爆ぜる。彼女の論がそういうことだとするのならば、僕にもまだ道はある。
僕は魔術の"ま"の時も知らない。そういう家系に生まれていないし、そもそもそれとは関係のない十年間を過ごしてきた。極々普通に平凡に暮らしてきたのだ。そんな僕にあるとすれば、魔術ではなく、夢から降り落ちてきたこの陣と陣を用いた魔術的手段だけ――!
『是、魔導の基本也、です』
ならばそれを存分に使わせてもらおう。今を打開する切り札にさせてもらおう。この、魔導(・・)を――!
ひび割れる音と共に、何かが弾け、遮る壁が砕け散った。
「――術式を解放する」
自然と言葉が溢れ出た。
四つ折りの紙に引かれた陣が
いや、それでいい。その間にこれを済ませなければ僕はイリヤスフィールのようには進めないのだから。果てより流れる雲のように、彼方から来る風のように、どこまででもやってくるその言葉を並べていく。
「
「【レイズデッド】」
ある世界に、男がいた。男は魔導を極め、頂点に立ち、その奇跡を持って多くの人々を救った。結果も過程も、男には必要のないものだった。人が救われればそれでよかった、そうして救われた人間が感謝もせずに同じことを繰り返そうになろうともまた救うだけ、善悪問答など男の知ったことではなかった。
それは一方的な救い、自己満足でありながら自分だけでは満足に気持ちよくなることもできない欠陥的な欲求。男はそれに、果てを見た。ただ一つの生涯でそれらを終わらせたくないと考えた。やがてその願いは究極の魔導となり奇跡を起こし、それを叶えた。
そして男の願いは永遠に引き継がれていく。時に獣へと、時に女性へと、そして時に僕のような人間へと。
視界を覆いつくす光を放つのは、僕を中心に広がっている紙に記された通りの陣。地面に投影されたそれは一定の速度でくるりくるりと回っており、術式として与えられた作業を淡々と行っている。
「あんた、何して――!」
「大丈夫、すぐ終わる。これは継承だから」
――なるほど、あの男の全貌はこうだったのか。度々夢に出ては楽しませ、夢に出ては悲しませ、夢に出ては怒らせた男のおおよそを今知覚し、記憶し、網羅した。何から何までというわけにはいかないが、これで僕はあの男同様のスペックを持っている状態にはある。
しかし力があってもまだ器が足り得ていない。簡単に言えば術技引き継ぎ二週目プレイの状態だ。使えはするが実用的でない状態、TPが足りないだとか他キャラとのコンボが前提であるとか、そういう状況に僕は陥っている。
まぁいい、男のいた世界とは違って闘争は少ないから器を急速に広めることはできないが、投影していけば自然と着実に伸ばすことはできるはずだ。
人を救うことに関しては、どうでもいいか。イリヤスフィールについていけば適当にそういったことになるだろうし、三の次ぐらいだな。今は、イリヤスフィールの力になろう。
継承を表す陣が閉じられ、僕を中心に地面に新たな陣が投影される。なるほど、これは天狗にもなりたくなる。いや、実際天狗になっているか。イリヤスフィールのことは言えないなぁ。
――今淀みと戦っても、きっと僕は負ける。そもそも相手は戦闘慣れしているのに対し僕は答えが導き出せるだけだからだ。こんな莫大な力があっても応用力がなければ意味がない。
単独で挑んだならなら最後、呆気なく無惨に腸を外気に晒したりして殺されるだろう。
そう、僕一人なら。
「――強化魔術の陣を解放する」
◆◆◆
その戦闘は苛烈を極めていた。放とうとも弾かれ、避けられ、かすりもしない。深い桃の魔力が馬鹿の一つ覚えと言わんばかりに放たれる。されど先程よりは学んだのか、ただの直上のものではなく当てることを目的とした広い範囲にばらまかれる散弾状の魔力弾、その速度は銃弾と変わりないことを少女は知りもしないし無自覚でそうしていた。
だがまだ足りない、紫の女は蛇を思わせる変幻自在な動きと縦横無尽にかける脚で巧みに避けていく。児戯にも等しいと口を吊り上げる。あの姉達が強いてきたお仕置きこと地獄に比べればこの程度で音をあげる筈もなし。
隙のバーゲンセールである少女へと鎖で繋がれている釘を投擲する。少女は思わず笑ってしまうほどに慌て、攻撃の手を止めその場へと頭を抱えて伏せる。確かにそうすれば釘は避けられダメージは防げる、実際今少女の頭上を釘が通過していった。だが次の手に対しては驚くほどに無防備であることに少女は気付けやしない。
校庭の地面に皹を入れる脚力を持って踏み込み、一気に距離を詰める。
『っ。全魔力を物理障壁に――!』
もう遅い、その一手は少女が立ちすくんだ時点ですべきであった。全ては礼装の慢心と少女の経験の無さが生んだ、ある意味必然の出来事。
少女の眼にうつったその放たれる一撃は岩どころかその魔力障壁さえも砕くであろう踵落とし。今死神の鎌のように降り下ろされ、少女を頭部を無惨にも砕く。
――はずだった。
「……ほぇ?」
来るべき痛みが来ない、訪れるべき終焉がやって来る気配がしない。その違和感に閉じた目を開けた少女の目に映ったのは、自身の目の前で止まる女性の脚、それと自分を遮る半透明の六角形。
「ッ!」
そうして数瞬の後、黒の塊が弾かれたように吹っ飛ぶ。最初の一手目以来に吹っ飛んだ女性を見て少女は目を丸くし、礼装は訝しむ。遠坂凛は見ての通り校舎の影から離れていない、その表情がかなり笑える絵になる呆然としているのが気になるところ。であれば第三者と見るのが妥当だろうか。
そうした推察の答えは、すぐにひっくり返ることとなる。目の前に脳内から排除していた、その張本人が立っていたからだ。
「ど、どうして……?」
「――僕にもどうしてこうなったかは、よくわからない。でも、それが一番どうでもいいことなのはよくわかる」
「どうやら僕も、魔術師とやらになれたみたいだぜ。イリヤスフィール」
立ち上がるために手を差し伸べる彼に、少女は漠然とした安心感と、無敵感が沸き上がってくるのを感じた。
詠唱に意味はないです。ただ個人的に好きなレイズデットの詠唱を重ねただけです。そっちの方がなんかかっこいいじゃろ。
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5
主な原因は自分のセンスの無さにあると思うんですけど(凡推理)
※オリジナル詠唱あり。うすら寒さを覚えたならこの小説を記憶から消して人理を救うことをおすすめします。
夜の校庭に人工的な明かりはない、僕ら互いを視認させるための光は月が代わりに担っていて、僅かなながらの明るさが僕たちの戦闘の手助けとなっていた。
しかし自分でも今のはよく間に合ったと思った。自分に強化魔術をかけようと思った矢先にイリヤスフィールが襲われているのが見えたから、ふと頭に思い浮かんだ強化魔術らしいものを付与、そのまま突撃してドロップキック。って改めて思い返して見ると、かなり小学生離れしたことをしているなぁ僕。
魔術の世界は人外の世界に片足を踏み入れているのは最初のあれでよく分かっていたけれど、ここまで顕著に表れると色々と不安になってくる。
けど、そういうのは後で考えれば済む話だ。
『それで聞きますけど、どれぐらい戦えますか?』
「ルビー!?」
『イリヤさん、ぶっちゃけて言うと私たちだけではあれに勝つことはできません。向こうにはあって、こちらには足りないものが五万とありすぎるのです。だから一つでもアドバンテージを多く得ることが出来なければ、私たちは負けます』
僕は俯いていたから戦いをあまり見てはいなかったが、さっきの状態から見るに戦況は芳しくないのだろう。
イリヤスフィールは直感タイプの天才型だから正解を朧気に散らばる経験から拾い上げることが出来るが、そもそも当たり前のことだが今の日本に戦闘を経験する小学生の数自体が少ない。それに人型と戦うと言う躊躇いもある。もちろん僕にもあるが、どちらかと言うと迫害する人間の気分になっているからまだ大丈夫だろう。
なんにせよ、人に在らざる化け物は倒さないといけない。
「大船が1隻増えたと思って貰って構わない」
『ほほー頼もしいですねぇ! では、期待しましょうか』
「で、でも……」
イリヤスフィールはまだ何か思うところがあるらしく、どこか言葉をつまらせている。大方僕には危なすぎるとか思っているんだろう。昔から僕は運動が絶望的すぎるからな、わからないでもない。でも今は使えるものはなんでも使い、とにもかくにも生き残ることが先決だ。
それに、イリヤスフィールは一つ忘れていることがある。
「イリヤスフィール、僕はお前と違ってドジを踏むような男じゃない」
「せ、折角心配してあげたのにこの態度……っ!」
『お二人とも、漫才はその辺りにしないと。もう向こうは準備万端ですよ!』
その声に淀みの方へ目を向けてみれば、いつでも襲いかかってこれるように背を低くし両足を広げ構えている女の姿があった。先程のような不意打ちならともかく、真っ向から来たあれに僕が対応できるとは思えない。ここはイリヤスフィールを任せるとしよう。
「行くぞイリヤスフィール。僕は魔法使いタイプだから後ろでチマチマ攻めさせてもらう、前衛は筋肉であるお前に任せたからな」
「私そこまでムキムキじゃないしっ! ばーかばーか!」
馬鹿って言った方が馬鹿の法則に従って二重に馬鹿になってしまったイリヤスフィールを他所に、淀みが踏み込み距離をつめるために加速を始めた。
「う、うわわ来た!しかも早っ!」
与えられた時間は少ない。先程のような強くとも短い強化魔術ではイリヤスフィールが制御不能に陥る可能性がある。ならば別の強化魔術を与えるだけ。自身を中心に陣を投影する、陣に含まれた式の意味は他者への強化。
「『生命の鼓舞、躍り狂え!』【チアリング】!」
術発動に呼応して陣がさらに強く光を発する。と同時に強化の光が彼女をつつみ、術が成功したことが目に見える形で視認された。
「か、体が軽くなった……?」
『他者への強化魔術とは……これは驚きですね~』
「でも、これなら!」
ぐっと彼女が踏み込むと、ドンっという音と共に目の前から見事消え失せる。淀みの方へと目を向けてみれば、イリヤスフィールが女と交戦中であるのが見えた。出来るだけ僕に注意を向けさせないように近距離で散弾を連発する作戦に切り替えたようだ。あぁいう柔軟性があると、僕としては非常にありがたい。
さて、僕もサボっていないで仕事をしようか。と言っても僕に出来る戦法は夢で見た通りのことをなぞるだけだ。前衛が止めている間に、僕が威力をぶつける。難しいことを考える必要は何もない。僕のような、いやあの男のような魔術師は、とりあえずぶっ飛ばす魔術しか使えないのだから。
陣の投影を始める。
「『其は汝の終末にして墓標!』」
座標軸目測、指定完了。魔術陣から指定箇所への魔力の壌土による形成を開始、完了。方位角固定、目標確定。
柔そうな横っ腹をぶっ叩く。
「【グレイヴ】!」
散弾のせいでまともに身動きの取れていない淀みの真横に魔力でその形に形成させた岩の槍が地表を砕き現れる。いくら化け物と言えど予告なき一撃にまともな反応を見せることは出来ないらしく、無防備なままその横っ腹に岩槍がぶち当たる。
当たった、という達成感と、魔術を使ったという充足感が僕を満たしていく。僕も特別な存在の一つであるというオンリーワンの確信、そういうものが内にあるという快楽がどうしようもなく僕を貪っていた。
「そうか魔力で作られたものでなく、魔術で象られたものでなら対魔力を抜くことができる! よし、その調子よ、二人で一気にいきなさい! 速攻よ!」
遠くで頭を抱えながら叫び散らす遠坂凛の姿は滑稽ではあったが、その実指示は的を得ている。どんなものだろうと勝敗があるもので自分が確実に勝つには、相手に気持ちよくプレイさせないのが重要だ。先の術、穂先が尖っていなかったとはいえ、あの質量をまともに食らって早々立ち上がれるものではないはずだ。
「言われた通りだ」
「うんっ! ルビー、えっと……なんかため技みたいなやつ!」
『あいあいさー!
「『灼熱の軌跡を持って、野卑なる蛮行を滅せよ!』」
一撃で仕留める。その気概が僕らに共通していて、己の魔力を更に励起させるのには十分な思いだった。
「
「【スパイラルフレア】!」
そうして破格の威力を持つであろう桃色の閃光と、触れるものを塵に変えるほどの熱量を持つ炎塊が同時に放たれる。 先に着弾するのは速度と貫通力に優れているイリヤスフィールの砲撃が着弾、それに続いて火力と攻撃範囲に優れた僕の火の魔術弾が淀みに追い討ちをかける。
イリヤスフィールの純魔力である攻撃は奴の防御を無視して直接のダメージを与えられるらしい。そして僕の魔術もまた奴の防御を一切合切無視して直接的に被害を追わせることができる。貫通力と爆発力によるWキラー。相手は死ぬ。
――やったのか?
マジカルステッキだのとほざく杖は何も喋らない、遠坂凛もまた同じ。そうして僕らはどちらからともなく互いの顔を見合わせて。
「「……だぁ~~……」」
思いっきり脱力した。どうやら、なんとか勤めを果たせたようだ。いや、僕に課せられたわけではなかったから、僕がしたことはただのお節介かもしれないが。それでも目的を達したことに変わりはない。土壇場の継承であったから完璧に出来ているかどうかの不安はあったが、三四発程度ならまだ問題はないらしい。それ以上はどうなるのかと言われると、検証が必要となるだろうが。
「お疲れ様~……」
「ああ、お疲れ……」
そうして互いに労りながら地面に座り込んで間もなくのことであった。土という感触のある地面に、まるで割れ物のようなヒビが入ったのだ。それからは地面だけでなく空や果てには校舎までピシリピシリと音をたてて割れていく。
『あらー、原因を取り除いたようなので鏡面界が閉じようとしているようですねー』
「何ですって!? じょ、冗談じゃないわっ。そこの二人っ、へばってないでさっさとカードの回収をしなさい! 鏡面界の崩落にカードが巻き込まれちゃ本末転倒よ!」
「そ、そういう説明はもっと早くにしてよ~!」
「あれ、もうボケてるんじゃないか……?」
しかしそれでも自分で取りに行こうとしない辺り流石である。僕は体がもう怠惰に包まれているのでどうもする気が起きない。大人しくイリヤスフィールに任せよう。あの粉塵の舞う場所で土ぼこりまみれにもなりたくないし、な――――?
「……冗談キツいぞ」
その時、僕は見てしまった。欠損した体で確かに立ち、僕も男も見たこともない陣を形成しながら、おどろおどろしい殺気をぶつけてくる淀みの姿を。
『ど、どでかい魔力反応確認!』
「霊器は消滅の一途を辿ってるのに……まさか、道連れ覚悟に"宝具"を使うつもりなの――!?」
宝具。その言葉を聞いただけではそれがなにかはわからないが、突き刺さる恐ろしいまでに研ぎ澄まされた殺気とますます上昇していく魔力を見ればすぐにわかる。あれは食らっては不味いものだ。もし食らおうものなら、どう運が良かったとしても――
――死ぬ。
「ッ!」
吐き気と頭が死による混乱でぐるぐるとしていてまともな思考へと至ることができない。だから陣を投影し、最も早く発動できる術を選択したのは僕ではなかったのかもしれない。
イリヤスフィールは未だに状況を飲み込めずあたふたとして錯乱している、カレイドステッキとやらが全力で防壁を張ろうとしているようだからもし発動されれば彼女は助かるかもしれない。ついでにあやかるように遠坂凛も無事に済むだろう。
では僕は? 恐らく、今の器の僕では防壁魔術を発動しても、威力が足りずに耐えきれない。防ぐ時間は数秒が限度だろうし、ほとんど意味を成さないだろう。
時間稼ぎ、それが今の僕に残された唯一の選択肢だった。
「『迸れ!』【ライトニング】!」
手をかざした先に浮かび上がった陣から雷光が走る。生前の男が最も得意としていた雷魔術だからこそできる詠唱の簡略化、十全な威力にできるほど僕は経験を積んではないから威力も簡略した分軽減されているが、今はあの淀みの手を止めることが出来れば十分だ。
『――――ッ!』
雷は見事に淀みの不気味なバイザーに命中しバイザーは砕かれ、陣の形成もそれに合わせて一瞬ではあるが止まった。しかしそれだけでいい、それだけあればあの炎をもう一発食らわせることができる。それで本当に止めを差す。今度こそ木っ端微塵、いや塵も残さない!
「『灼熱の軌跡を持って――――』」
刹那、バイザーに隠された淀みの目が開かれた。瞳には長方形が刻まれていて、それが魔術的何かであることは一目瞭然であった。そして、僕はそれに捉えられてしまったということも。
気づいたときにはもう遅かった。体が、完全に静止してしまっている。石にされてしまったかのようにもがくことも許されないその状況にあるにも関わらず、淀みは再び陣の形成も始め。そして、それを終えた。
「ダメ、逃げてッ!」
出来たら、そんなこと出来ているのならそんなのとっくの昔にやっているさ。
だがしかし、考えてみればこれはある意味不幸中の幸いだろう。淀みは完全に僕の方へと狙いを定めた。それはつまり、イリヤスフィールへの被害が軽減できると言うことだ。
『【
なんだ、女の子のために死ねるなら、案外、悪くないのかもしれない。
瞳の震えでさえも、もう動くことはない。意識が、遠退く
「【
完全に闇に染めるその前に、そんな勇ましい叫び声が聞こえたような気がした。
イリヤちゃんにチア服来てほしいけどな~俺もな~
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