魔法少女リリカルなのは~チートな主人公が頑張っている物語~ (てりー)
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はじめに

注意事項です。

少し長いですが読んでください。

 

当作品は、『魔法少女リリカルなのは~チートな主人公の頑張り物語~』の続編です。

 

しかし、前作を読まずとも楽しめるような作品づくりを目指しておりますので、初めて読んだ人でも話が繋がるという作品になっております。

 

また、前作の原作との変更点などは、全て下に書いておきますので、参考にしていただけると嬉しいです。

 

では、フルコースのメインたる第二部をお楽しみください……

 

 

 

変更点

オリ主の存在

Fateの魔術が知られている

プレシア・テスタロッサはオリ主が殺し、墓が存在する

プレシア・テスタロッサの夫は、エッジ・テスタロッサ、魔術が使える(転生者ではない)

リインフォース(アインス)は生存している(アヴァロンを使い、時間を止めてプログラムを再構築している)

 

大きな変更点はこれくらいです。

細かな説明や、前作を読んでいないと「?」となる点は前書きや後書きで説明していきますのでご安心ください。



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プロローグ

カタカタカタカタ

部屋に響くのは文字をタイプする音だけ、だだっ広い部屋に一人ってのは寂しいけど、それもそろそろ終わる。

 

「名前は石神剣介。っと」

 

 作り終えたばかりの報告書を隊長に見せるためにプリントアウトする。

他の人は技能訓練中なんだろうな、俺もそっちに行きたいけど魔法が使えないから仕方ない。

 

 そんなことを考えながら出来上がった報告書を持って部屋をでて、すぐ近くにある隊長室のドアをノック。「どうぞ」という声が聞こえたので入るとガタイのいい中年のおじさんがいた。

 

「失礼しますグレアム隊長、報告書作成終了いたしました」

「うむ、確認しよう。見せてくれ」

 

 『脳筋でもできる報告書作成法』というプログラムに入っている練習用なのでほとんど報告することがない、そんな薄っぺらい報告書をじっくりと見つめている。見ているのは内容よりも誤字・脱字なのだろうが見直しはしたので大丈夫……なはず。

 

「よくできているよ、基本的な構成は出来ているから、あとは実際に任務にでるようになってからだね」

「ありがとうございます」

 

「あぁ、剣介君、仕事は終わりだろう。ちょっと話していかないか?」

 

 これで今日の仕事も終わったから帰ろうかな、などと考えているとグレアムさんに呼び止められた。まだ時間はあるから話していこうかな。

事件から一年一ヶ月、ここまであっという間だったな。

 

 思いだそうとすればすぐにでも思い出せるあの光景、あの時のメンツで陸にきたのは俺だけだ。

なのはは武装隊で教官を目指すために修行中、フェイトは執務官になるためアースラで勉強、はやては保護観察ということでヴォルケンズと一緒に海でお手伝い。

まぁ、はやてに関しては近いうちに陸にくるだろう。海での仕事が終われば次は陸だし、地上部隊の指揮官訓練をしたいとも言っていた。

ユーノは無限書庫で働いていて、クロノは相変わらずアースラ勤務ということで陸には誰一人いない。

 

「いきなり頼み込んだにも関わらず、一年で隊員探しから新部隊発足までしてくれて本当に頭が下がる思いですよ」

「君へはたくさんの迷惑をかけてしまったからな、少しでも償いになればいい。

それに部隊員は9名だから、それほど苦労したというわけではないよ。レジアスが手伝ってくれたのも大きかった」

 

 闇の書事件で名声を落とし、飼い殺しのような状態になりかけたグレアムさんを救ってくれたのは陸の最高司令官レジアス・ゲイズ中将だそうだ。

はたからみれば地上部隊のなかでも端っこに位置し、陸でも海でも中途半端な立ち位置だから、レジアス中将が嫌々ながらも引き取らされてしょうがないから置いておいてやる、という風に見えるが実は違う。

 

 この部隊は『ミッド地上部隊所属新人育成課』という名前だ。

やることは名前の通り新人育成なのだが、ただの育成部隊と違うのは海からきた魔導師がいるという点。

陸・海ともに育成部隊はあるが、出向という形以外で所属の違う隊員が混ざることはない、だがこの隊は中途半端という立ち位置だからこそ、陸・海双方ともに正規の部隊員として所属することが可能になった。

そういう意味で、この隊はグレアムさんの希望に沿ったベストな隊なのだ。

 

 最後の一口の余韻を噛み締めながら紅茶を飲み干す。

今日は鍛錬の日だからあまり長くはしゃべっていられないので、そろそろ帰ろう。

 

「では、今日はこのくらいで、紅茶御馳走様でした、美味しかったです」

「あぁ、お疲れ様」

 

 失礼します、と頭を下げて更衣室に向かう。支給された当初はあれほどパリッとしていた地上部隊の制服も少しずつ身体に馴染んでいる気がする……成長期はこれからだから、何回も新調することになるだろうけどね。

 

 更衣室でいつもの服に着替えて外に出ようとすると猫耳をつけたお姉さんに出会った、グレアムさんの使い魔リーゼアリアかリーゼロッテだろう。

 

 最初はどっちがどっちか話すまで分からなかったが最近は見分けがつくようになってきた。尻尾がビュンビュンと勢いよく振られているほうがロッテの確率が高いのだが、今回はおとなしいのでアリアだろう。

 

「あぁ剣介、今帰り?」

「やっぱりアリアか」

「そうだけど、どうしたの?」

「いやいや、なんでもない」

 

 ふぅ危ないあぶない、この判別法を知られるとまた入れ替わりをしてくるからな……結成当初何度も弄られた悪夢は忘れないぞ。

 

「じゃあまた明日な」

「えぇ、また明日」



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第1話 始まりって肝心だよね

1話目注意点
主人公は高町なのはの家に居候している
主人公は御神流の門下生である


前回のあらすじ

プロローグが終わりました

 

 

 

 

 

 

 

 

  隊舎をでて今は転送ポートがある場所まで電車で移動中。東京のバカみたいなすし詰め状態もなく快適な電車だ。

 

 外を見ると地上本部のバカでかい建物がある。

あれこそが陸の象徴であり守りの要、あれを落とされることはそのまま陸の敗北に繋がるとも言われる建造物だ。

 

 俺の宝具でもあれを破壊できるのは『約束された勝利の剣(エクスカリバー)

か『天地乖離す開闢の剣(エヌマ・エリシュ)』くらいのものだろう。

大陸間弾道弾をも防ぐという魔力障壁は、なのはのカートリッジフルロードスターライトブレイカーでも破れないだろう……たぶん。だってあいつの砲撃で壊れなかったものを見たことがないんだもん。

 

《ミッド地上本部、ミッド地上本部です。ご乗車ありがとうございます》

 

 電車から降りて改札を通ると二つほど道がある。

一つは地上に下りて観光に向かう一般客用。もう一つはそのまま地上本部内に入れる職員専用路。

 

 俺はもちろん職員だから職員専用路へと向かい、管理局員であることを示すパスをかざして本部内に入る。

 

「あら石神君。

転送ポートよね、ちょっと待ってて」

 

 ここ一ヶ月ですっかり顔見知りになった受付のお姉さんに礼をいって転送ポートに乗り込んだ。

地球はかなり遠いので、一度中継点までとんでから指定の場所へと送り届けてもらうという方式だ。

 

 ボディチェックを受けて小部屋に入ると、すぐに無機質な音声が聞こえてくる。

転送ポート使用上の注意だが、行きと帰り二回ずつ百回以上聞いてるから言えといわれたらスラスラと言えるだろう。

 

 音声が終わるとカウントダウンが始まる。それがゼロになった瞬間、身体が持ち上がるような、見えない力にはね飛ばされるような、そんな感覚に陥りあっという間に中継点までつくというわけだ。

 

 目の前にあるドアを開けると、病院の待合室みたいな無機質な場所にでる。

ここで次の転送ポートが使用可能になるまで待つんだが……大量にある席のなかで栗髪のツインテールが踊ってる、あいつも帰りなのかね。

 

 近くまでよってみてあいつだと確信した、相変わらず行儀良く座っているねぇ。

 

「よぉ、なのは」

「ふぇ!? なんだけん君かぁ……今帰り?」

 

 ポフッと髪の上に手を乗っけると驚いたようで、一瞬ビクッとした後にこっちを向いた。

こいつの名前は高町なのは、俺が居候をしている高町家の末っ子で栗色の髪をリボンでツインテールに結んだ女の子、明るくていつも元気な太陽みたいなやつだ。

 

「おぅ……ここで会ったってことはそれしかないけどな。

今日はどうだった?」

 

 なのはは武装隊で教導の練習をしているらしい。俺だったらこんな少女の言うことなど聞こうと思わないので心配だったのだが、聞かなかった連中を纏めて吹き飛ばして実力を見せつけたらしい。

 

「今日もジャンヌ先輩の付き添いだったよ、空士の人たちだったからレベルは高かったかな。

でも制御系があんまり上手じゃないみたいで……」

 

 俺は問題がなかったか聞いたのであって空士の状況を聞きたいんじゃないんだけどな……まぁ、問題が無いようで安心したよ。武装隊で始めたばっかりのころはストレスも溜まってたみたいだからな。

 

「けん君はどうだったの?」

「俺もいつも通りかな、フォーメーション訓練をしたあとは報告書作成の訓練だったよ」

「ふーん……今度私も訓練に参加していいかな」

 

 なのはが?

確かに他部隊の新人に比べればアベレージ・ワンを持った連中が多いから強いけど、なのはやフェイトに比べれば全然弱い。

砲撃を撃って訓練場を壊すほど魔力を持っているのは誰もいないし。

 

「む~、なんか失礼なこと考えたでしょ」

「いえいえ、砲撃で訓練場を壊すやつがいて大丈夫なのかなんて考えてないぞ」

「にゃーっ! ワザとじゃないもん!」

「なおたちが悪いわ」

 

 ちょっと前にアースラでなのはとフェイトが模擬戦をしたとき、スターライト・ブレイカーで訓練場が全壊したのは良い……悪い思い出だ。

俺とクロノ、リンディさんが抑えていなかったらアースラが宇宙の藻屑となっていたからな、そのあと笑顔で切れていたリンディさんは今まで見たことがないほど怖かったよ。

 

「んじゃあ、あとでグレアムさんに話しておくわ、たぶん即決で頷いてくれるけどな」

「うん、ありがとう」

 

 武装隊の若きホープと呼ばれているなのはは陸・海問わず各部署から引っ張りだこだ。

『武装隊』という、エリートしか入れない部隊はブランド性がもの凄い。そこのホープから教わることができるというのは部隊長など上の立場の人間にとって部隊の認知度が上がるなどとメリットが多い。

 

 ぶっちゃけなのは自身の教導には興味がない人がほとんどだろう。彼らにとっては単に教導にきてくれたという事実が欲しいだけだ、だからこそムチャクチャ厚い待遇をうけて教導に行っても言うことを聞いてくれる人が少ないという妙な事態に陥っているのだ。

 

 

 少し会話が途切れたので横を見ると、コクリ、コクリと船をこいでいた。

こいつは本当に強い、管理局の中でも勝てるのは武装隊の面々+αくらいしかいないと言い切れるほどにだ。

 

 でも、戦っている姿を見ると忘れそうになるがなのははまだ10歳にしかなっていない。

身体も出来上がっていず、俺みたいにチート能力で強くなっているわけでもない少女に負わせる負担じゃないだろうとは思うが、これに関しては俺も予想外だった。

 

 なのはとフェイトは最初、士官学校に通っていた。俺もリンディさんも、まずは二年間くらいは様子をみて……などと思っていたが甘かった。

予想をはるかに上回り、前代未聞の三ヶ月で過程を全て終えたのだ、もちろんこれは管理局史上最速記録であるのは間違いないだろう。

 

 俺としては、一年間くらいで新人育成課を卒業し、ちょうど過程を終えたなのはのサポート役に回れればいいと思っていただけに心配だ。

 

 なのはは誰かが見ていないと無茶するからついていたかったんだが……しょうがない。武装隊だし、訓練の仕方は俺よりも知っているだろうからな。

俺がすべきことはこういう時間でいかにリラックスさせてやるかなのだと思う。

 

《石神剣介様、高町なのは様、転送ポート二番にお入りください》

 

 なのはと一緒に転送ポートに入り転送先である高町家を指定した。

最初はすずかの家に転送ポートを設置する予定だったのだが、俺となのはが毎日家に帰るので移動が楽な高町家にしてもらった。

ちなみに、フェイトとはやても各家に転送ポートを作ってもらった。

 

 さっきと同じようにカウントダウンが始まり、終わった瞬間に飛ばされ、気がつくと高町家に新しく作った物置の中にいた。

 

「「ただいま~」」

「あらあら、お帰りなさい。

今日は一緒だったのね、お疲れ様」

 

 出迎えくれたどうみても20代にしか見えない人は高町家の母、高町桃子さんだ。これで高校生の息子がいるんだから恐ろしい。

たぶん天然で『すべて遠き理想郷《アヴァロン》』でも所有しているんだろうな。

 

「けん君は、士郎さんが裏山にいると伝えてくれ、だそうよ」

「了解です、じゃあこのまま向かっちゃいますね」

「私は宿題しちゃおっと、けん君、頑張ってね」

「あぁ、ありがと」

 

 元から荷物といえるようなものは『王の財宝《ゲート・オブ・バビロン》』

に全て入っているし、格好としては動きやすい私服なのでそのまま家をでた。

 

 家から歩いて十五分くらいのところにある裏山は、御神流のお気に入り修行スポットであると同時になのはの魔法練習場所でもある。最近は忙しいので無くなったが、一時期は士郎さん立ち会いの下でなのは相手に修行していたこともあった。

 

 俺の足で全力で走れば二分くらいでつくけれど、人に見られでもしたら面倒なのでジョギングで向かうことにした。季節は冬なので寒いけど、走れば暖かくなるし修行の邪魔なのでコートは脱いでバビロンにいれた。

 

 裏山を登っていつもの場所にたどり着くと、木と木がぶつかり合う音と剣を振るう時の声が聞こえてきた。音からして恭也さんと美由紀さんだろう。

 

「あぁけん君、お帰りなさい」

「……ただいまです。今日はぶれちゃってましたか?」

 

 音を立てずに近寄ったのに20mほど手前で気づかれた。

昨日よりも5m手前だから少し気配を断つのが鈍ったのだろうか。

 

「あぁ、いつもに比べれば空気が乱れていたね。疲れているのかな?」

「自分ではいつも通りのつもりだったんですけど……」

「それが問題だね。いつもより上手く、いつもより気合いをいれてやらなければ下手になってしまうよ」

「わかりました」

 

 この会話を一般人が聞いていたら、本人たちは至って真面目だけれど、厨二病の末期患者が二人いるように感じるだろう。確かに空気が乱れるだの気配を断つだのは日常会話じゃ出てこない。

 

「じゃあ、今日の修行を始めよう。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

 まずは技の確認から始まり、実際に当てる修行をへて、最後は模擬戦となった。

今日の相手は恭也さんで、山の中という障害物盛りだくさん、足場も悪い中での実戦だ。

 

「武器は木刀、一本勝負だ。お互い質問は?」

「ない」

「ありません」

 

「では十分後に合図の笛を鳴らす、各自隠れ場所を捜索するように……始め!」

 

 合図とともに正反対の方向に走り出す俺と恭也さん。最初の数十秒は気配が確認できたが、もうどこにいるかはまったく分からない、俺も消したけどね。

 

 隠れ場所として見つけておきたいのは後ろが崖で横の見通しが利きやすい場所なのだが、そんな都合のいい場所はそうそう見つからない。

 

「この程度かね」

 

 あまり時間もないので、少し見通しは悪いが後ろが崖で休息中に背後から襲われる心配のない場所にした。

 

ピーーーーッ!!

 

 ちょうど十分後に笛がなり模擬戦スタート。

 

 御神流の基本は専守防衛だから積極的に動くことはあまりしない……だからこそ今回は動く。

立地条件もあまり良くない中で恭也さんに攻め込まれれば簡単に押し切られるだろう。

 

 まだ笛の残響が残っているなか、音を立てないようにそっと立つ。できれば向こうも動いていてほしいが……。

 

 静かな山の中を息を潜めて歩く。

前方だけでなく後方、左右にも気を配らなければいけないので精神的に疲れる。

 

 

 カサッと音が鳴った。反射的に振り向いてしまったが、音の大きさ的にタヌキあたりの小動物だろう。

 

 その場から半歩も動かない内にまた音が鳴った。

 

カサッ、カサッ、カサッ

 

 ……合計三回、しかも全て同じ音……誘いか?

 

 木刀をギュッと握りなおして唯一音がしなかった方向に歩く。

 

 同じような事が二回ありずいぶんと奥にまで誘導された。さて、どうしかけてくるか。

 

カサッ、カサッ

 

 もう一度か?

 

ドサッ

 

 左! 今までで初めて人間が降りるくらいの音がした……いない?

 

 何かが身体をなめとるような感覚に背筋が冷えた。

それが何なのか、どのような危険があるか知る前に身体が反応した。

指令が大脳に辿り着く前に身体が動く、いわゆる反射というやつだ。

 

 転げ落ちるように危険から避けた身体からは髪が数本まい、そこにいたらやられていたことを証明していた。

 

 その数瞬後、危険の存在を理解しこの後にくるであろう追撃を受けるための用意を整える。

 

 体勢は不十分、右と左、どちらから攻撃がきても受けきることは不可能、打ち落とすことももちろん無理、逸らすのも厳しい……どうする。

 

 奇襲が失敗するとみるや一瞬で身体を反転させ俺という獲物を狙う恭也さん、相変わらず人間やめてるよなぁ。

 

 逸らしやすい突きできてくれればいいのにわざわざ逸らしづらい横なぎの攻撃を放ってきた恭也さん。

狙いは右わき腹か。

 

 目だけで地面を見ると大小様々な石が落ちている……これだ!

 

 木刀を手首で操作し地面の石ころを跳ね上げさせる。

もちろんこの程度では止めることはできないので、更に跳ね上げさせた石を打つ。

狙いは恭也さんの肘だ、運次第だけれど当たれば動きは止まる。

 

「なに!?」

 

 狙い通り恭也さんの肘に命中して腕を痺れさせることができた。

そうしてできる一瞬の隙をついて逃げようと――

 

「甘い!!」

 

 空気をむしり取るような音が響き、鞠のように吹っ飛ばされた。少し遅れて蹴られた痛みがやってくるけど気にしている暇なんてない。

 

 地面に当たる瞬間に片腕一本で身体を起こし、体勢を立て直す。

それでもピンチには変わりなく、目の前では恭也さんが追撃しようと振りかぶっている。

 

 上を見上げると子供一人くらいならぶら下がっても大丈夫そうな木の枝がある……これだ!

 

 脚に力を入れてジャンプする。

これが上手くいけば勝てる!

 

 

「だから甘いと言ったろう!」

「なっ!?」

 

 完全に振りかぶっていたはずなのに、いつの間にか元の体勢に戻っている恭也さん。

ただでさえ体格差と技術差があるのに恭也さんは自然体で俺は不完全な体勢だ。

 

「っつあぁぁ!」

「はっ!」

 

スパァァン!

 

「一本だな」

「……そうですね」

 

 がむしゃらに放った一撃は恭也さんに当たらず、恭也さんの一撃は的確に一本をとった。

 

「あー……また負けかよー」

 

 地べたに座り込んむと、今まで出てこなかった汗が一気に噴出する、見ると恭也さんも同じようだった。

 

「動き自体は悪いものではなかったが、攻め急いでいたな。

最後にしても枝を狙わずにいったん退いていれば違った形になっていたぞ」

 

「攻撃を大事にするってことですか?」

「そういうことだな」

 

 攻撃を大事にするか、チームで戦う時とかは特に重要になってくることだな覚えておこう

 

「ありがとうございます」

 

 礼を言って模擬戦終了。

遅れて駆けつけた士郎さんと美由紀さんに結果を報告して今日の鍛錬は終了だ。

 

「やっぱり裏山で鍛錬するとぐちゃぐちゃになりますね」

 

 ドロッドロの衣服を摘んで士郎さんに話しかけると、転ぶとドロドロになるなら転ばなければいいじゃない、というような事を言われた。

簡単にできるかっつんだこのチートが、しかも相手は恭也さんだぞ。

 

 帰宅するときはクールダウンを兼ねたジョギングなのだが、子供が一人泥だらけになっているという端から見れば虐待があったのではないかという感じだった。

 

 

「ただいまです」

 

 家に着いた俺と恭也さんは風呂に直行。

俺ほどじゃないにせよ恭也さんにも泥がついている、一年前に比べると成長したんだろう、一年前は恭也さんに傷一つつけられなかったからな。

 

「あ、けん君、ちょっと待って」

 

 泥を落とさないように廊下を歩いているとなのはに呼び止められた。

何かと思ってそちらを向くと、ちょっとイジワルそうな、嬉しそうな顔をしている、どうしたのだろうか。

 

「けん君、目を閉じて口を開けて」

「こうか?」

「えい!」

 

 言われた通りにするとすぐに醤油の良いにおいがした。

熱々なので火傷しないようにカリッカリの衣を噛むと、中までしっかりと味のしみこんだぷりぷりの鶏肉が姿を見せる。

程よくついた脂が上手い具合に味のアクセントになっていて……旨い。

 

「お母さんと一緒に作ったんだけど……どう?」

 

 目を開けると、期待と不安に満ちた目でこちらをのぞき込んでいるなのはがいた。

最近はよく料理の手伝いをしているようで、ぶっちゃけ腕前的には美由希さんを越えた。

 

「うん、すっげぇ旨い」

「ホント!? よかった~……えへへ」

 

「なのはも料理が上手くなったよな」

「ありがとっ! 今日は家をでる前に下ごしらえしてたんだ~」

「だから朝から眠そうだったのか……本来なら疲れを溜めるなって言うところなんだけど、美味しかったからよし! ――もういっこある?」

「もー、ご飯になったらたくさんあるからお風呂に入ってきなさい」

「りょーかいです」

 

 なのはと別れて脱衣所に向かうと、すでに服を脱いだ恭也さんがいた。

いつも鍛えているだけの事はあって、外見は普通なのだが、脱ぐとしなやかな筋肉が無駄なくついている事が分かる。

ボディービルダーのような魅せるための筋肉ではなく、実戦用の素早く動け持久力もある筋肉だ。

 

「剣介、なのはの気持ちに応える気はないのか?」

 

 唐突にどうしたんだろう……いやまぁわかってはいるんだけどね。

 

 一年前の冬、闇の書事件が終わってすぐの頃、なのはは俺に告白した。

俺は断ったのだが、当のなのはは諦めていないらしく前よりも積極的になりつつある。

 

「ありません。

俺にはその資格がない……とは言いませんよ、人に恋をするのに資格なんていりませんから」

 

 ふむ、と思案顔になる恭也さん。少し間をおいて俺の方に向き直った。

 

「理由を聞いてもいいか? 兄である俺が言うのもなんだが、なのはは美人になるだろうし性格も悪くない。運動ができないが、あまり女性には関係のないことだろう」

 

「すいません、言えないです」

 

「……そうか、嫌なことを聞いてしまったな、すまなかった」

「いえ、なのはに理由はないですから」

 

 そう、なのはに理由なんてない。俺がそこらへんの男子なら喜んで告白を受けるだろう。

あるのは自分自身だ。許されるならばすぐにでもあいつの下へ飛んでいきたい、駆けていきたい。

でもそれはやってはいけないことだ。なぜかって? あいつに頼まれたから、今生きている子たちを守ってあげてって頼まれたから。

 

 それは何よりも重い約束。俺がこの世界に存在するための理由。

 

 だから俺は……好きな人をつくる気なんてない。

 

 

 

 

 なぁ華音(かのん)、これからも頑張っていくから……よろしくな。




初めての方ははじめまして、久しぶりの方はお久しぶり、作者のけーくんです。
ようやっとメインである第二部に突入することができました。


この小説を読んでくださる全ての方々にありったけの感謝を


さて、今回の疑問点
華音って誰?

剣介の妹です。
剣介は妹が世界で一番大切です、なのはやフェイトなど、この世界で深い関わりを持つ人よりも。
また、剣介がこの世界で生きていられる理由も妹です。
前作のAs編で、闇の書に取り込まれたとき、妹と暮らすという夢をみました、そのとき剣介は「夢でもいいから華音と一緒にいたい、なのは達と現実で暮らすよりも」ということを言っています。
それを聞いた華音は、華音のお願いということで『現実世界で大切な人たちを守ってあげて』と頼みます。
華音のお願い、ということで剣介は受け入れました。

要するに、なのはを助けようがはやてを助けようが何をしようが
『華音のため』
と集約されるのです。

剣介と華音の、簡単な関係説明でした。


ほかにも疑問点などがありましたら、メッセージや感想で書いていただけると嬉しいです。


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キャラ設定

キャラ設定

 

名前:石神剣介

 

 

『転生前設定』

 

家族構成:父・母・妹(華音)

容姿:黒髪・黒目、かっこよくも悪くもないふつーな顔立ち

 

 

『転生後設定』

 

家族構成:なし 居候として高町一家

 

容姿:黒髪・琥珀目 中性的な顔立ち

 

特技:スポーツ全般、特に弓道

 

性格:基本的に冷静でギャグも言える

だが、自分の理想である『大切な一を守る』というものを侵されると、侵され具合と優先度によるが凶暴化する。

凶暴化すると、相手を殺そうとすることさえある。ちなみにフェイトは一度殺されそうになった。

 

※剣介の理想、『大切な一を守る』とは、剣介が勝手に決めた、自分の守りたい人たちを守るという、はた迷惑な理想。もはや剣介の起源は『はた迷惑』じゃないかな

守ることと幸せにすることは違うので、結果的に不幸にすることもある。

 

 

 

能力:大天使に転生記念として贈られたもの

①Fateシリーズに出てきた宝具と道具の譲渡

②身体能力と五感の大幅な強化

③オリジナル宝具『|天地統一(エインヘルト・ワールド)』

④?(条件をみたせば)

 

なのは風にいうと、総合A+(レアスキル持ち)

 

 

保有スキル

・直感(偽)C

強化された五感で相手を見抜く能力

低判定で嘘を見抜ける程度

 

・心眼(真)D

修行や鍛錬で得た洞察力と戦闘論理

 

・戦闘続行B

大きな傷を負っても戦闘可能

致命傷でも短時間なら動くことができる

 

・魔術D

『癒』と『偽』の魔術を修行中

 

・騎乗(竜)A

竜種を乗りこなすことができる

このクラスになると、神竜クラスも騎乗可能

 

・金羊の皮

金羊の皮を所有している

 

 

宝具

・『|王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』

ランク E~A++

種別 対人宝具

レンジ ー

 

大天使から貰った

擬似黄金の京へと繋がる

本家は鍵状の剣だが、こちらでは言葉で開く

Fateシリーズに出てくる全ての宝具と道具が入っているので、乖離剣エアから焼き芋まで入っている

冷凍も保温も可能なので、そこらの物置より使える

 

・『|天地統一(エインヘルト・ワールド)』

ランク B+

種別 対人宝具

レンジ ー

最大補足 ひとり

 

大天使から与えられた宝具

平地を歩くかのように、階段をのぼるように、坂道を駆け上がるように、空を自在に動ける概念宝具

 

 

 



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第二話 日本代表オリンピック出場おめでとう

前回のあらすじ

修行しました

 

 

 

 

 

 今日は日曜日、朝から仕事にかかりきりになれる唯一の日だ。

早朝6時ということで、海が近い育成課の隊舎近くは霧がかかっている。

ミッドも地球と同じように日曜日は基本休みなので人通りはほとんどない、育成課は休みなんてないから関係ないけどね。

 

「あっれー剣介じゃん、おっはよ」

 

 トレーニングウェアを着て尻尾をビュンビュンと振り回しながら走ってきたのはリーゼロッテ、グレアムさんの使い魔だ。こんな時間から起きているとはめずらしい。アリアの話しじゃいつも朝は一番遅いらしい。

 

「おはよう今朝は早いなロッテ、他の皆は?」

「たまったまだよ、目が覚めちゃってね。父様は本局に用があるっていって出かけちゃって、アリアは訓練場の準備、他の皆は寝てるよ。剣介こそ今日は早いじゃん、どしたの?」

「俺か? 俺は軽く身体を動かしておこうかと思ってな」

「じゃあ早く着替えてきなよ、一緒にランニングしよう」

「りょーかい、ちょっと待っててな」

 

 軽く走って隊舎の前につき、指紋認証をした後に自動ドアを抜けた。

 

 新人育成課の隊舎は見た目がボロボロだ。

数年前から使われなくなった訓練場付きの隊舎で最初に見た時は中は埃まみれ、訓練場も所々崩れかけていて、当然のごとくライフラインも使えなくなっていた。

管理局からある程度の修繕費は与えられていたが、いくら最低限の修繕しかしなくても足りないくらいだった。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが俺だ。レジアス中将から外観が変わらなければ個人の資産で修繕することが認められたので、黄金律A+の英雄王が集めていた金をばらまき外装以外を完璧にしたのだ。

 

 広さの関係上、議事戦闘空間を作りだす立体ホログラムはできなかったが、フェイトが全力で暴れても……きついかもしれない、なのはが全力で暴れても……ぶっ飛ぶわ。

魔力ランクAAの隊員が全力で暴れても傷一つつかないほどの魔法・物理防御力を持った訓練場にしたり、最新鋭とは言わないまでも防犯能力の高い指紋認証を使った防御プログラムやリ、ズとセラによるアインツベルンクオリティを最大限発揮したメイドシステム、外観を変えられないのなら地下に造ればいいじゃないということで地下三階建てなどなど。

よく建築業者が一年で間に合わせてくれたと思う。

 

 まぁそんなこんなで手狭とはいえ隊員一人一人の個室もしっかりと完備されているので、自分の部屋でトレーニングウェアに着替えて外にでると、ロッテが逆立ちをしていた。

 

「お待ち……ってなにやってんの?」

「ん~ミッドを優しく支えてるんだよっと」

 

 両腕をバネにして一回転宙返りで着地をするロッテ。

あの最年少執務官クロノ・ハラオウンを肉体面で調きょ……鍛えた腕前はいささかも衰えていない。

単純に技術だけでいえば俺より数段上で、魔法を使わず素手でも恭也さんとも良い勝負をできるくらいの達人だ。

 

「じゃあ走ろっか!」

 

 走るとはいっても朝飯前なので5kmかそこらだけれど、朝の気分転換にはちょうどいい。

海岸線を見ると、コンクリートで固められた砂浜も何もない海が見える。将来地球もこのようになってしまうのかと思うと少し憂鬱な気分になる。

 

 朝の冷気を身体に浴びながら走っていると、懐かしい出来事が思い浮かんだ。

 

「そういえばさ」

「ん?」

「ロッテとアリアはどうしてあの時味方をしてくれたんだ?」

 

 あれは闇の書事件が終わってから少したった後、グレアムさんが管理局を辞めるという話を聞き、部隊を造るために思いとどまってもらおうと頼みにいったとき、固辞するグレアムさんを俺と一緒に説得してくれたのだ。

あのあと何度か考えたがいくつかは思いついても、これだ、という理由が見つからないまま放置していたのだった。

 

「あぁあれね……なんだったかな」

 

 目を海のほうに向け、考える仕草をするロッテ。

 

 よく思うのだが、俺の周りの女性はほぼ全て顔面偏差値が高い。

桃子さんやリンディさんを筆頭に、なのはやフェイト、はやてといった幼いやつらも含めて現在(将来)美人になるであろう人が多いのだが、それはロッテも例外ではない。

猫っぽい仕草や天真爛漫な性格が好きな人は多いようで、わざわざ本局から告白しにくる猛者もいるほどだ。すべて断ってるみたいだけどな。

 

「あぁ思いだした。

あのね、正直に言えば私は剣介を……うんうん、剣介たちを恨んでいた」

 

 それは当然だろう。

十年間ずっと暖め、練り直し、改良し続けた計画を破壊されたのだ。

しかもそれが自分たちの計画に比べて場当たりにも程がある、奇跡を頼りにした計画ともよべないお粗末なものなら尚更だ。

 

「あの時も隙があれば八つ裂きにしてやるーってアリアと念話で話してたんだ」

「そこまでとは思わんかったぞ」

 

「あはは、そこまで怒ってたってことで勘弁してよ。それで、剣介が父様に新部隊を作ってくださいって頼んだときはビックリしちゃった。あれほど痛めつけられて痛めつけ返して、そんな遺恨しか残らないような相手に、なんで新部隊発足なんていう重要な事を頼むんだろうなって思ったんだ」

 

 俺とロッテは二回ほど戦っている。

一度目はフェイトが蒐集されたときで、無茶な魔術で身体がボロボロになっていた俺を容赦なく攻撃してきた。シグナムがいなければ危なかったほど、というか確実に負けていた。

二回目は闇の書起動時で、腹に電流バインドや、リーゼ姉妹がなのはとフェイトに変装などをして俺がキレたときだ。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)』で消滅させようとした瞬間に闇の書が覚醒してチャンスを活かせなかったと言うべきか。

 

 俺もロッテも相応のダメージを負った。それを考えればグレアムさんに頼む俺の気持ちが分からないというのは当然だろう。

 

「それでね、最初は私たちの力を悪用しようとしてるのかーとか、使いつぶそうとしてるのかーとか考えたんだけど、父様に断られても何回も頼みこむ姿をみて、すごいなって思ったんだ。剣介はこれまでの喜びとか憎しみとか全て飲み込んだ上で私たちをアテにしたんだって。私には出来そうになかったからさ。ま、私とアリアが感じただけで、それがあってるのか間違ってるのか聞く気はないけどね。だから私とアリアは剣介の味方をしたんだ、これが理由」

 

 こっちを向いて微笑んだロッテは眩しくて、美しくて、カッコよくて、俺は顔をそむけることしかできなかった。

 

「あれあれ、お姉さんに惚れちゃった~?」

「誰が惚れるかアホ……ただ、想像以上に俺の事見ていてくれたんだなって思ってさ」

「まぁこれでも年上で、たくさんの事は見てきたからね~。危ないねずみっ子を引っ張るのも私たちの役目よ」

「…………そっか」

 

 それっきりお互い無言で走って隊舎に戻った。

 

 ロッテの事は理解していたつもりだったが、こんなことまで考えているようなやつだったって知りかなり驚いた。

人間は一つの面からでは判断できない。士郎さんが言っていた言葉だったが、まさにその通りだな。

 

 

 

 育成課についたら朝ご飯の時間だったが、俺は家で食べてきたので訓練場に先に行くことにした。今日はフォーメンション訓練だけでなく模擬戦もやるらしいから宝具のほうを確認しようと思ったのだ。

 

 訓練場のイメージは大きな体育館といったところだろうか。

いくら海沿いとはいえ、ここらは住宅もあるためあまり大きな訓練場は建てることができず、屋根もある。屋根があることによる利点ももちろんあるが、やはり基本は空も自由に使った戦闘なので屋外でやりたいところだ。

 

「『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』」

 

 黄金の京を開く鍵となる言葉を呟くと、世界が一つだったころ、全土の財宝をひとまとめにしたと言われる四次元ポ……宝物庫へと繋がった。

 

 ギルがやるように大量展開させると、ちょっと爽快な気分だ。

これを全て射出してもいいのだが、訓練場がガレキの山とかすので止めておこう。

 

 次に主要宝具の確認だ。

俺が主に使っている宝具は3つ。『勝利すべき黄金の剣《カリバーン》』・『干将・莫耶』・『斧剣』だ(厳密に言えば斧剣は宝具ではない)。レンジや敵、状況に合わせて色々と変えていくが、基本的にはこれらでやりくりしている。

というか、訓練などで使える宝具で危険が少ない物ってこれくらいしか思いつかないんだよね、槍は危ない奴ばっかだし。

使い方として、斧剣は複製の魔術で大量展開させて落としたり、周りに展開して防御に使ったりと魔術を活かしながら使い、剣は普通に基本武器だ。

 

「あんら~いつみてもスンゴいね~」

「よぉアル、食事は終わったの?」

「そんなとこだな、他の人たちもすぐ来るぜ」

 

 やってきたのは金髪金目、白人の17歳男性。アルベルト・クラフェルト、通称アルだ。

性格は軽い……というか緩い、初対面でリーゼ姉妹(・・)を口説いたのには驚いた。

ポジションはガードウイング~センターガードで、指揮官の補佐をしながら得意のシューターなどで遠距離攻撃をしかけるといった感じだ。

 

「ケン~おっはよ!」

「おはようルカ、今日も朝からテンション高いな」

「もっちろん! 私が低かったら天変地異がおきるよ!」

 

 次は黒髪赤目の13歳女性。キュルカス・クローバー。通称ルカだ。

性格は元気いっぱい。いつでも明るい彼女は隊のムードメーカー的存在、だが大事な部分は洗濯板。

ポジションはガードウイングで、フロントアタッカーの補佐といったところか。

 

「おはよう、今日も頑張ろうね」

「そうだなサラ……今日はヘタレてないじゃん」

「うぅヘタレって言わないでよ、これでも頑張ろうとはしてるんだよぉ」

 

 そこで軽くへこんでいるのは碧髪碧目の15歳男性。サラミス・イーリアス。通称サラだ。

性格は優しい……というかヘタレ。でもただのヘタレじゃなくて行動力も勇気もある……でもヘタレ。

ポジションはフルバックで、隊全体の防御担当。攻撃ができない代わりに恐ろしい強度の防御魔法を作ることができる。

 

「おはようございますケン」

「おはようルー……髪で隠れて目が見えないぞ」

「自分はこれがデフォですから」

 

 なんかエロゲとかの主人公でよく見る感じのこいつは黒髪黒目の15歳男性。ルーオカ・キザンカ。通称ルーだ。

性格はかなりフレンドリーで敬語を使っているのは本当にデフォなんだろう。

ポジションはフロントアタッカーで、直接乗り込んで攻撃をしかける隊の攻撃の要だ。

 

 ちなみにリーゼ姉妹が入ってくるとポジションはいくらか移動し、ルーはガードウイングぎみのフロントアタッカーとなり、ロッテがフロントアタッカーとなる。

アリアはフルバックとなり超長距離バインドなどで援護してくれる。

 

 新人だけでの基本配置がフロントアタッカー1人、ガードウイング(援護重視)2人ということから、攻撃力が足りないというのがこの部隊の弱点だが、実際の戦闘で俺たちがやるべきことは戦線の維持であり、決して勝利ではない。

俺らが勝利できるような相手ならばそもそも攻撃力不足は問題ないし、俺らが対処できないような大物なら武装隊が来るまで死なずに保たす事が必要とされているからだ。

 

 こうなると、俺のポジションはどこなのか、という疑問にぶち当たる。

フロントアタッカー向きではあるが、ガードウイングもできるしセンターガードもやれないことはない。フルバックでさえも能力的には可能だ。

 

 そんなわけで俺のポジションはフリーとなった。

最初に聞いたときは意味がわからなかったのだが、自由な位置で自由に戦闘をする、そんな役割を『フリーロール』と言うらしい。

しっかりとポジションを決める最近の部隊ではあまり見られないが一昔前のトレンドだったんだとか。

 

 このポジションが使われなくなった一番の理由は、有能な指揮官の不在だ。

前線から後ろまで勝手に動き回る隊員の邪魔をせずに活かし、なおかつチームの動きも活性化させるような指揮。そんな指揮能力を持っている人が現れなかったことがフリーロール衰退の要因らしい。

 

 ここまで言えば分かるだろう。この部隊には俺が好き勝手しても、俺もチームも活かせる、そうグレアムさんに認められた指揮官がいるのだ。

 

「おはよう、皆集まってるな、じゃあ今から今日の業務を開始します。メニューを発表するからよく聞いていてね」

 

 それがこの人、オレンジ髪黒目の18歳男性。ティーダ・ランスター。

この隊の新人で一等士官なのは彼だけであり、最年長なこともあり育成課新人部隊のリーダーを担っている。

ポジションはセンターガードで、部隊はティーダがいなければ機能しないといっても過言ではない。

一緒に行動するようになって一ヶ月しか経ってないが、もう皆からリーダーとして認められているスゴい人である。

 

 

 

 

 

 

「ルカ遅い! もっと早くルーのフォローに入れ! アルは3m左に広がって、陣形を乱すなよ!」

 

「「はい!」」

 

 ティーダさんの指揮が訓練場に響く。

相手はロッテでアリアは休憩、6VS1という超ハンデの訓練なのだがさすがはロッテというところか、こちらのタイミングを外してフォーメーションの隙間に入り込んでくる。

そうやって入り込まれて乱された部分は俺がフォローしているのだが、それすらもロッテの動きが上回るというのが現状だ。

そして俺が動いた分それを活かすためにフォーメーションが更に動く……と。

 

 負の連鎖とまではいかなくても悪い流れなのは間違いない。

俺が動かなければいいと思った事もあるが、それでは陣形が崩されてアウトなので極力迷惑をかけないように動いている。しかし、そうやって消極的になると部隊の動きが悪くなってしまう。

 

「ストーップ!」

 

 アリアの声で皆の動きが止まる。

こんなときはアリアの指導が入るのが普通だ。

 

「ランスター一士」

「はい!」

「指揮が遅い。ロッテの動きから、どこに入ってくるのか予測して動くこと」

「はい!」

 

 ロッテは手加減してくれているんだろうが、それでも新人の俺らからしてみれば分かりにくい。

上半身を使ったフェイントに気をとられたり、柔軟な身体を活かして急な方向転換など、やりたい放題やられている感じだ。

 

「石神二士」

「はい!」

「動きが中途半端すぎ。援護するなら援護する、無視するなら無視する。どちらか一方に絞りなさい。あなたの役割が何を求められているのかを把握して動かないと意味ないよ」

「了解!」

 

 俺が中途半端に動けば、それだけティーダに負担がかかる。

ティーダに負担がかかれば、それだけ隊の動きの質や速度が低下する。

 

 隊を活かして俺も輝く、そんな動きができれば一番なのだろうが、今の俺ではどうすればいいのか試行錯誤の状態だ。

まぁでもそれでいいのかもしれない。

 

「ケンスケぼーっとするな!」

「は、はい!」

 

 試行錯誤して間違いを犯し、修正しながら一歩ずつ進んでいく。それでいいんじゃないかな。

 

 のんびりしたことを考え、訓練の時間はすぎていった。

 

 

 

 

 

 

 




オリキャラたちの設定は次回の後書きでやるから心配しないでください。


では、この小説を読んでくれた全ての方にありったけの感謝を





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第三話 戦闘描写は難しい

前回のあらすじ

午前中の訓練が終わりました

 

 

 

 

 

 

「よぉっし訓練終了! 昼ご飯食べたらホログラムを交えた戦闘訓練だよ」

「「「ありがとうございました!!」」」

 

 新人育成課は基本的にフランクだ。

勤務中は当然ながら目上の者に敬語を使うが、昼飯など勤務外の時間は呼び捨てでも誰も注意しない。

※ただしグレアムさんを除く

 

 勤務中は目上には階級付きの敬語で話し、部下には階級付きの自由(敬語でも命令でも)。

例えばアリアなら、リーゼアリア副長、グレアムさんならグレアム隊長という風になる。

ただし、戦闘中は例外で、わざわざ階級を付けている間にやられたら意味がないということから、呼び捨てでも構わないということになっている。

※ただグレ

 

 

 

 育成課の食事を作っているのはアインツベルンのホムンクルスであるリズとセラだ。

この二人はホムンクルス=物と判断されたのかバビロンに入っていたのだ、イリヤやアイリが人でリズとセラが物というのもおかしな話しだが、俺が決められる事でもないので仕方がない。

 

 リズとセラがやっていることは食事だけでなく、リアルメイドのようなお仕事をしていて育成課の人件費削減に大きく貢献してくれているのだ。

そのうち一人暮らしをするようになったら引き取らせてもらうが、とうぶん予定はないし、この一年を乗り切れば予算に余裕がでるらしいので大丈夫だろう。

 

「今日のメニューはシュペッツレです。地球のドイツという国の料理です」

 

 そういってセラが持ってきたのはチーズがたっぷり乗った黄色のショートパスタだった。ドイツというからソーセージとか豚肉とかを予想していたのだが、それだけではないらしい。

 

「「「いただきまーす!」」」

 

 大皿に乗っているパスタを適当に取り分けて食事を始める、食感はニョッキに似ているだろうか。

チーズがたっぷりなので少し重いかとも思ったがそんなことはなく、程よい塩気にビールが欲しくなるような味だ、さすがドイツ。

 

「美味しいねぇ」

「えぇ、チーズの香りが素晴らしいです」

「お代わりはたくさんありますので、遠慮せずご用命ください」

 

「「はーい!」」

 

 皆にも大好評のようですぐになくなってしまい、今はお代わり待ちというところ。

パスタというのは運動をする前に食べる食べ物として最適な食べ物だ。

良質な炭水化物が含まれており、麺類なので消化吸収も早い。そこまで見越して作っているセラ達は、やっぱり超一流のメイドなんだろう。

 

「お代わり、もってきた」

「ありがとうリズ」

 

 結局大皿4枚分のパスタを食べてやっと皆が満足した。全部で8kgといったところで、成長期の少年・少女がよく食べることを証明できたと思う。

 

 今は食後のお茶と軽い談笑の途中で、こういったのんびりした雰囲気を肌で体感できることを考えると他の隊よりも甘いのかもしれない。

コーヒー3人に紅茶が5人、間違ってもリンディ茶のような緑白色の何かは出さないようセラ達には厳命してある。

あの緑茶にたっぷりのミルクと砂糖をぶっこんだ物を完全否定する気はないが、出来るだけ飲みたくないものであることに間違いはない。

 

「ね、アリア、ホログラム戦闘って何やるの!?」

 

 何かを考えていたルカが、唐突に聞いてきた。

 

 俺たちにとってフォーメーション以外の訓練は初めてだったりする。

グレアムさんの教育方針として、基礎から丁寧に叩き込みどんな敵が相手でもとにかく負けないようにする、というのがあるからだ。

グレアムさんやロッテ、アリアがその教育方針を口に出したことはないが、訓練内容だったり教え方などから確定的だろう。

そうやって何も言わずに部下に伝える技術はさすがというか老練というかだ。

 

「詳しい事は後で話すけど、剣介が設置してくれた装置で擬似的な敵を作り出し、それと戦うのよ。

もちろん敵も実体化してるから相手の攻撃はあたるのでケガはしないようにね」

「へー、なんだか楽しみだね!」

「ぼ、僕は怖いかな」

「面白そうですね」

 

 性格がわかりそうなそれぞれのセリフを聞きながら俺自身ちょっとワクワクしてるのは秘密、なんだかんだで初めての実戦は楽しみというものだ。

怖そうにしているのはサラくらいなもので、声には出さずとも楽しみにしている雰囲気が皆から醸し出されている。いつも冷静なティーダでさえ顎に手をあてて「敵が来たら左から……」などとぶつぶつ戦略を練っているのだ。

 

「ほーらもう少したったら時間だよ、準備してきなー」

「「はーい!」」

 

 鶴の一声ならぬ猫の一声により昼食は終了、各自それぞれの部屋に戻って休憩するなり勉強するなり自由時間をすごしたあと午後の訓練となる。

 

 うちの課は『新人育成課』なので、普通に仕事をしている部隊とはいろいろと違う点がおおい。

たとえば、実働時間、普通の課は9時から仕事が始まり、5時に仕事が終わる。休憩時間とかを除くと6時間30分といったとこだが、新人育成課は泊まり込みということもあり、8時30分に始まり5時に終わる。

 

 これをみて、なんだ、新人育成課のほうが忙しいのか、と思う人もいるだろうが、実働時間でいうと新人育成課は6時間となり、普通の課より30分短い。

これはグレアムさんの配慮によるもので、新人は身体が弱い……というより出来上がっていない、加えて戦闘訓練がはいるのだから休憩は長めにとらせなければ身が持たないと考え昼食~午後の訓練までの間に長い休憩をいれてくれたのだ。

まぁだいたい夜などは自主練をしているので訓練時間のみで図れない部分はあるけれどね。

 

 

 食堂から廊下をまっすぐ歩いていくと、すぐ近くに個人部屋がある。カードキーを差し込みロックを解除してドアを開けると、パイプベッドと机にロッカーだけという簡素な部屋が出迎えてくれる。

 

 ポフッと音がするベッドに腰をかけてベッドサイドにあるボタンを押すと、空中にパネルが現れた。

このパネルは部屋の空調や窓の開閉を制御してくれるもので、魔力がない隊員でも操作できるように改造されている。

ほかにもビデオ再生や書物の検索、閲覧など便利な機能はたくさんついていて、さながら空中に浮かぶパソコンだ。

 

 訓練開始時間まであと少しなのでゆっくりしていられない。俺は訓練用メニューをタッチして、専用のメモ帳を取り出す。

これは訓練中に気になったことや指摘されたことをメモしておく意外と大事なものだ、これのおかげで新しい戦術を編み出せたりすることも結構ある。

 

 服は着替えた、武器は持ってる、メモ帳はいれた、飲み物も持った。

 

「さて、出発だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「午後の訓練を始めるわ、さっきも話したけれど戦闘訓練をします。ケガしないように気をつけてね」

「「了解!」」

 

 アリアがパネルを操作すると、人の形をした敵が3人でてきた。戦闘訓練局員モデルといったところだろうか。

 

「魔導士ランクCの局員をモデルとしたプログラムよ、まずはこれを倒してもらいます」

 

 見たところ本当に普通の、魔法を使える局員全てに支給されるデバイスを持った局員で、それほど強そうには見えない。

 

 俺以外の5人は基本陣形を組み、俺も5人の斜め上に位置どって強襲できる態勢をとる。

訓練とはいえ戦闘をするからなのか戦闘特有の、静けさの綻びから熱い空気が漏れ出してくる。そんな空気が空間を急速に支配していくような感覚に身が包まれていく。

 

「戦闘訓練……はじめ!」

 

【ルー頼む!】

【了解です】 

 

 はじまった直後、ティーダからルーに指示がとぶ。

ルーは腰につけている鞘から、外観が刀のストレージデバイスである『イザベラ』を取り出して構え、刀身に青き魔力をこめて振るった。

 

「ウイングロード!」

 

 剣から放たれた青き斬撃が弧を描くと、それにあわせて青い道ができあがっていく。

これはウイングロードという魔法で、空を飛ぶことができない局員にとって生命線といっても過言ではないものだ。

 

 相手の局員はひとかたまりになって動くみたいだが、遮蔽物もなく、数でも負けているのだから当然だろう。

俺は局員たちの右側面にまわって剣をバビロンから数本だし両手に持つ。

 

【よし、全体で押し上げるとともに左をおさえるぞ。

ルーとルカは左にまわって攻撃の準備、アルとサラは残って、アルはシューターの準備、サラは攻撃されたときに備えろ!】

【【了解!】】

 

 ティーダの指示に従いウイングロードを使って広がると、ちょうど局員を囲むような形になった。

あっさりと不利になった局員たちは明らかに動揺しているが冷静さは失ってないらしい、俺に突撃をしてきた。

 

 もう俺が攻撃準備を整えている以上、唯一の逃げ場である後方に撤退すればくし刺しにされるのは目に見えている。また、他のやつらがいつ準備が終わるのかわからないので、一番数が少ない俺のところにくるのが正解だと思ったのだろう……まぁ相手が俺じゃなければ正解だしな。

 

 声もあげずに突進してくる局員たち、不気味さはあるが、恭也さんや士郎さんと対峙したときのような怖さはまったくない。

 

「『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』」

 

 右手をあげて黄金の京へと誘う秘密の呪文をとなえると、古の時代から集め続けられた財宝のなかでも刀剣と呼ばれるものだけを20本ほど展開された。

まるでおとぎ話か何かの世界に来たかのように右往左往する局員たち、こんな数の剣を出されたら撤退以外の選択肢はないのだろうが、残念なことに仲間たちの準備も完了してしまった。チェックメイトってやつかな。

 

「じゃあ……終了だ」

 

 右手を相手に向けると、刀剣が飛び出ていき、局員たちをかき消していった。

まぁ剣を射出するだけの簡単なお仕事だしな。 

 

「……はい、お疲れ様。動きは悪くないし、指示も的確だった。ひとつだけ言うなら、攻撃に移るまでが遅いわ、移動しながら魔法を練ることに慣れなさい」

「「はい!」」

「じゃ、続けて次の戦闘訓練に移るわ、次はCランク相当3人にBランク相当2人、Aランク相当1人よ」

 

 ……なんですと? いやまぁ俺らの隊はC+ランクが1人にBランクが3人、A-と、A+が1人づついるから戦力的に勝ってはいる。

問題は相手の練度で、さっきの相手は低い設定だったから良かったのだが今回も低い設定にしているとは思えない。実体化した局員がキレイな陣形を組んでいるところからも強さが伺えるというものだ。

 

「な~んか……強そうだな」

「僕にできるかなぁ……」

 

 アルとサラも弱気なコメントになっている……サラが弱気なのは元からか。

 

「ほぉら! なに弱気な顔してんのよ! 相手は同じ6人なんだから恐れる必要はないじゃない! 1人が1人ずつ倒す、私たちならできるよ!」

 

 嫌な空気を打ち破る晴れ晴れとした声はルカのものだ。さすがは隊のムードメーカーといったところか、彼女の言葉は作戦もへったくれもない無茶な言葉だが、そういわれればできるかもしれない。そんな気にさせてしまう不思議な魔力が込められているようだ。

さっきまでの負けるかもという雰囲気は明後日の方向に飛んでいってしまっている、まぁサラは相変わらず不安そうな表情だが。

 

「では、いきましょうかね」

「さぁみんな位置につこう」

 

 俺を除いた5人はいつもの陣形でまともにぶつかるようだ。

そうなると確実に数に押し切られる格好になるだろうから、どのタイミングで割ってはいるかが重要になってくるかな。  

 

「じゃあ始めるわよ……戦闘開始!」

 

【全員10m間隔から7m間隔に狭めて! サラは中央でシューター用のフィールド魔法の準備、ルカとルーは接近戦警戒、アルはシューターの準備!】

【【了解!】】

 

 まずはルーがウイングロードで道を開いたあと、ティーダが指示をだす。本来の陣形では周囲の警戒、索敵、伝達がスムーズにおこなえる10m間隔でくんだ陣形だが、今回は索敵の必要がないので、小さく固まって崩されないようにというところだろう。

 

「いくよアイギス」

〔えぇマスター〕

 

 このなかで唯一のインテリジェントデバイス持ちであるサラ、デバイスの名前はアイギスといい、自信喪失したサラを慌てながらも優しくさとすお姉さん的存在だ。

 

 サラがデバイスである楯を前に出すと、それを中心に黄緑色の結界が張られていく。それはあっという間に隊全体を包み込んだ。

サラは攻撃魔法を一つしか持たない代わりに防御魔法が豊富で、展開も早い。ユーノと比べると強度も早さも及ばないが、あいつも間違いなく天才なので比べるのは酷というものだ。

 

 

 相手はじわじわと接近してきている。遠距離から攻めてもフィールドが抜けないし、接近戦をしかけようにもルカとルーが待ちかまえているためうかつにしかけるとやられかねない、加えて俺が斜め上から睨みを効かせているので、バラバラになるわけにもいかない。それならば隊全体で力勝負に持ち込めば人数が多いほうに分があるのでそれを狙っているといったところだろう。

こんな状況で俺ができることはほとんどない。宝具を使ってなぎ払うのも一つの手だが、そんなことをしては訓練にならないからな。

 

「さて、どんな反応するかね……ほぉ」

 

 バビロンから黒鍵をとって3本複製し、牽制をこめて打ち込むと、1人がフィールド魔法ではなく打ち落としてきた。左にいる黒髪は接近戦に自信あり、と。

 

 この複製。投影に似ているが、大きく異なるのは外見をまねることしかできないという点だ。たとえばエクスカリバーなどは形はおなじでも魔力がないので光らなくなるといった感じである。その代わりといってはなんだが、投影と違い軽く壊れても消えないという利点がある。

 

【よし、左にはルーが回って、俺が援護する。サラは相手が限界射撃線を越えたらフィールドを解除してバインドでの援護を頼む。アルとルカは相手を抑えてくれ】

【【了解!】】

 

 ティーダは万能だ。ミッド式が主流の現在でありながら射撃はもちろんのこと、ベルカ式の領分である接近戦も一定以上こなせる。

しかし、これまで別部隊にいたティーダはあまり優秀とは言えなかった。なぜかというと、万能すぎて突き抜けた物がなかったからである。

 

 なのはの例をあげれば分かりやすいだろうか、あいつは運動能力や接近戦でみると、一般局員にも劣るだろう。しかし、人並み外れた魔力量と収束系の技術があるおかげで、突き抜けたものがあるおかげで皆から一目おかれる存在になった。

 

 ティーダに足りないのはそこだった。フェイトならスピード、はやてなら広域魔法といった自分の得意分野を見つけること、見いだされることがなかったのだ。

だがそれは新人育成課に配属することで劇的に変わった。

グレアムさんという薬をもらい、ティーダ自身の得意分野である指揮能力が開花されたのだ、まだ一ヶ月なのでまだまだだが、最終的には艦隊指揮なども任せられるだろう。

 

 そしてティーダが更に変わったのは戦闘面、今までは指揮されて動く立場だったのが、育成課に配属されてからは動かす立場になったのだ。

万能型である自分を更に活かしやすくする、いや、活かせる方向に持って行かせる。それができるよう

【ルー、外側から黒髪を叩いてくれ。俺が援護する】

【了解です】

 

 敵の外側からフロントアタッカーが攻め込む事によって中央はかなり薄くなる。これは戦線を維持する役目は、アルとルカに託されたということだ。

アルもルカも銃型のストレージデバイスなので接近戦に弱い、接近戦型の局員相手なら一分持つか持たないかくらいだろう。

 

 だが今回はこれで五分ほど維持しており押し負ける気配がない、なぜそれほどまでに留まっていられるのか、それはサラの存在が大きい。

構築が簡単で早くだせるバインドを多人数にかけて、数瞬相手の動きを止めているのだ。数瞬止めた程度で何だと思われるかもしれないが、接近戦において数秒でも動きが止まるのは致命的だ。

一瞬でも動きがとまれば、その間に態勢を立て直すこともできるし追撃することもできる。それが多人数相手に接近戦が苦手な二人でも対応できている理由だろう。

 

「……っくぅ! 圧力が増した!?」

 

 人数が多いのに攻めきれないもどかしさ、左にいる接近戦主体の局員がやられたらどうしようという焦りからだろうか、相手の指揮官が今まで見張っていた俺へのマークをはずしてルカ達を押し込み始めた。突っ込むなら今だな。

 

 相手にバレないように気配を消して相手の右斜め後ろに陣取り、突撃槍を構えて息を整える。 

 

「はぁぁぁっっっ!!」

 

 気合いとともに相手の隊に突っ込み、一気に駆け抜ける。その後すぐに反転してもう一度敵の隊を分断すると、相手の局員の間に太い隙間ができたので、そこに剣をもって入り込んだ。

 

【今だ! 反撃にでるぞ!】

 

 陣形を乱されグチャグチャになった相手に容赦なく襲いかかる俺たち、こうなるともう相手に止める術は無いだろう。

 

「戦闘終了!」

 

 最後にアルが相手の隊長格に銃を突きつけて戦闘終了。

乱れてからは本当に楽だっただけに、それまで我慢してくれたアル達がMVPといったところだろうか。

 

 その後はいつもどおりアリアとロッテの総評を聞いて午後の訓練は終了となった。

こうやって、俺の貴重な日曜日が失われていくのであった(まぁ充実してるんだけどね)。

 

 

 

 

 




では、前回予告したとおり、オリキャラ設定です

名前 アルベルト・クラフェルト 17歳
容姿 金髪金目ドイツ系の白人
カッコ良いと普通の中間くらい
髪の長さも普通
魔力ランク 空戦B 魔力光 金色
使用魔術 基本魔法(シューターや結界魔法等)は修得済み
得意魔法 シューター 魔法の遠隔操作・長時間持続
デバイス ベルンハルト ストレージデバイス、待機状態はカード 機動後は銃型となる
性格 のんびり好きでぽやっとした性格、一見頼りないが、仕事はちゃんとするので最低限真面目

名前 キュルカス・クローバー 13歳
容姿 黒髪赤毛 可愛い系
まな板のような胸をもつ
魔力ランク 総合A- 魔力光 赤みのかかった紫
使用魔法 シューター 魔法の大量操作を得意とする 
デバイス キュルカス ストレージデバイス、待機状態はクロスペンダント 機動後は十字架型の銃となる
性格 チームのムードメーカー役を任せられるほどの元気っこ

名前 サラミス・イーリアス 15歳
容姿 碧髪碧目 中性的な顔立ち
魔力ランク 陸戦B+ 魔力光 黄緑
使用魔法 防御魔法 バインド等の補助魔法 砲撃魔法
デバイス アイアス インテリジェントデバイス、待機状態はネックレス 機動後は楯
性格 サラ 大人しい(ヘタレ) 人が傷つくのが怖いので、戦闘は好まない
よく自信を喪失するのでアイアスに励まされている
    アイアス 優しいお姉さんという感じ、でもテンパる時がある

名前 ルーオカ・キザンカ 15歳
容姿 黒髪黒目 前髪で目が隠れている
中肉中背
魔力ランク 空戦B 魔力光 青
使用魔法 特別得意な魔法もなければ苦手な魔法もない万能タイプ
デバイス イザベラ ストレージデバイス、機動後は警棒型だが、それに刃をつけたので、いわゆる刀の外観となっており、待機状態に戻すことができないため鞘に納めている
性格 仕事真面目で努力家、ハプニングと女性に弱い。女性と任務外で会うとテンパる
周りの空気に合わせるので自分の主張をあまりしない


4人の設定でした。

では、この小説を読んでくれたすべての方にありったけの感謝を






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第四話 友達っていいもんですね

前回のあらすじ

訓練終了です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……朝か」

 

 時刻はいつもどおり5時、転生前に弓道部に所属していた俺は、毎朝あった朝練の影響か、いくら夜更かしをしようが5時には起きてしまうという得かどうかよくわからない能力がある。

 

 季節は冬なので、身を切るような寒さが支配している廊下にでると自然と足が速くなる。

階段を降りていくと、外が暗いなかリビングには明々と光がついていた。

 

「おはようございます」

「おはよう、けん君」

 

 大学生の息子がいるとは思えないほど若々しく、ふわっと笑うと20代じゃなかろうかとまで思う人、高町桃子さんが起きていた。

今日は平日なのでお弁当の用意といったところだろうか、居候にここまでよくしてもらえることは本当に頭が下がる思いだ。

 

「……ぷはっ、冷てぇな」

 

 洗面所にいき冷たい水を顔にあてると完全に目が覚めた、くしで髪を整えた後は部屋に戻って服を着替える。とはいっても普段着や制服ではない、トレーニング用の黒いシャツだ。

俺や恭也さんといった御神流の面々は、毎朝鍛錬をしている。とはいえ早朝ということもあるので鍛錬自体はランニングや型の確認といった軽いものだけれど。

 

 ジャージを羽織り、外に出てストレッチをしているとドアが開く音がした。

 

「おはよう、けん君」

「おはようございます士郎さん」

 

 高町家の家長にして剣の師であるこの人は高町士郎さん、元祖チートとでもいえばいいのだろうか、昔ボディーガードをしている最中に怪我をしてしまい十分な戦闘が出来なくなったらしいが、それを感じさせてくれることはあまりない。

 

「今日はどんな予定なんだい?」

「学校に行った後に、今日は本局で仕事があるそうなので本局に行く予定です」

 

 昨日グレアムさんからいきなり言われた事なのだが、今日は俺が育成課に行ったらすぐに本局に行くらしい。何をやるのかはよく知らない。

 

「おはよう剣介」

「おはようけん君」

「おはようございます恭也さん、美由紀さん」

 

 立場的には俺の兄弟子にあたる人、それが高町恭也さん、二代目チート、たぶん現在高町家最強の人だ。

イケメン、クール、でも中身は優しい、という主人公を地でいってる人。しかも美人の彼女持ちという完璧さ、嫉妬する気もおこらない。とはこのことか

 

 師範代である恭也さんの一番弟子(一人しかいないが)である高町美由紀さん、恭也さんを上回る天才と言われていて、実際に成長速度は素晴らしいらしい。

 

「今日はどこまで走ります?」

「じゃあ今日は裏山まで走ろう、行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 音が聞こえる。もう朝なんだろうか……さっき寝たばかりに思えちゃう。

音を探して手を動かすけれど見つからない……あ、外か、寒いなぁ。

 

 私の身を包んでいる布団から手をだすと、冷たい空気が我先にと布団内になだれ込んでいく……でたくないかも。

そのまま手をバタバタと振ると、固い物をはじく感触がして、床にアラーム機能付きの携帯電話がおちた。

 

「うー、寒い~」

 

 仕方がないから布団からでると、思わず身震いしてしまうような寒さに、アラームを消したあと布団に戻りたくなるけど我慢する。

 

〔おはようございますマスター〕

「おはようレイジングハート」

 

 机の上に置いてある布を見ると、赤い宝石が鎮座してある。

無機質な機械音声でありながらも温かく聞こえるのは、私の気のせいではなく、レイジングハートというインテリジェントデバイスならではの温もりだと思う。 

 

〔マスター、ジャンヌ様よりメールがきています〕 

「ほえ? ジャンヌさんから?」

〔今日の訓練、という題です。いま出します〕

 

 空中に四角いパネルが浮かび上がり、ヘンテコな文字が表示された。これはミッドで使われている文字だ。

 

 私やけん君が管理局でお世話になると決めて、まず最初に勉強したのがミッド文字だ。言語という枠のなかでは難しい部類ではないらしく、単語さえ覚えてしまえば後は簡単に読むことができるようになった。

とはいえ、人と翻訳装置なしで会話出来るようになったのはつい最近なんだけど。

 

「えっと……

『深夜にすまない。

明日の訓練、及び教導は中止とする。

明後日からのスケジュールは予定通りなので、明日一日ゆっくりと休んでおくように。

もう一度言っておく、自主訓練などでミッドに来ないで、ゆっくりと休んでおくように。

ジャンヌ・ダルリア一等空佐』

これって……今日が休みってことだよね」

〔そういうことですね〕

 

 お休みなんて久しぶりだなぁ、いついらいだっけ………………え~と………………あれ?………………よ、よし、今日はアリサちゃんとすずかちゃんと遊ぼう、そうしよう。

 

 固い、とっても固い決意を固めてリビングへ行くと、お母さんが朝ご飯を作っている。そうだ、今日の夜ご飯は私が作ろうかな。

 

「おはよう、お母さん」

「あら、おはようなのは、もう出来上がるからお父さんたちを呼んできてくれるかしら」

「はーい」

 

 イスにかけられたタオルを持って外にでて、道場のほうに向かうと、木刀と木刀がぶつかり合う音がした。

私は運動神経がまったくないので剣術を習うことはないけれど、今でも……むしろ今のほうがかな、訓練を見ているので何で打ち合っているかぐらいはわかる。

 

「みんな~、おはよ~、朝ご飯できてるよー」

 

 道場の扉をあけて叫ぶと、動いていた二人がとまった、お姉ちゃんとけん君だ。

二人にそれぞれタオルを投げると、今日はちょうど胸におさまってくれたのでよかった。

飛距離が足らないことが何度もあったのです……。

 

「ありがとうなのは、それとおはよう」

「おはようけん君」

 

 このちょっと女の子っぽい顔をして、吸い込まれそうな琥珀色の瞳の男の子は、石神剣介。

いつも私を助けてくれて、導いてくれて……私の一番近いところにいる男の子。

 

 言っていることや考えている事が大人っぽくて、ちょっと分からないこともあるけど、いつでも私たちの事を考えてくれる優しい人。

 

 でもたまに、もう手に入れられないものを想っているように窓の外を見つめているけん君がいる。すぐに私に気づいて絶対に笑って、どうしたって聞いてくるけどどうしたじゃないよっていつも思う。

 

 私は居候になる前のけん君を知らない、お父さんもお母さんも、お兄ちゃんやお姉ちゃんも知らない。けん君が話してくれるのを待とうってお父さんが言っていたから、今はそれを待っている最中。

いつ話してくれるかわからない、一生話してくれないかもしれない。小学生の私だって、同い年の子供が両親をなくしてさまよい歩いていた、という事がどれほど異常だなんて気づいている。だからとても重い理由があるのだろう。

それでも私は待とう。

なんでかって?

けん君が好きだから。けん君の事を誰よりも知りたいから。

理由なんてそれだけ、でも、十分なんじゃないのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「おーいなのはー置いてくぞー」

「ちょっと待って~、あと2分」

「ったく、朝からダッシュだな、こりゃ」

 

 玄関前でなのはを待つこと5分。あいつらと約束しているバスの発車時刻が近くなってきた。

 

 俺となのはの通う学校の名前は、私立聖祥学園初等部。

お坊ちゃまお嬢様がわんさかいる金持ち学園で、質の高い勉強だけでなく常識、良識を育てる学校だ。

俺としてはそんな良いとこ、いや、そもそも学校なんぞ行くつもりはなかったのだが、士郎さんと桃子さんに、いつのまにやら試験を受ける日程を決められており、入学させていただいた。

入ってみた感想は、お坊ちゃまだなぁというくらいで、明らかにおかしなやつなどがいない平和な学校という感じだ。

 

「けん君おまたせ!」

「お待ちしてました、走るぞ」

「うん!」

 

 聖祥小学校の制服であり、バリアジャケットの元となった白を基調とした服でおりてきたなのは、急いで用意しました! というのを前面におしだした格好になっていた。要するに酷いってこった。まぁ今は時間がないんだが。

 

「はぁ……はぁ……何とか間に合った~」

「ギリギリだったな」

 

 運転手さんのご好意によって、少しだけ発車が遅れたバスになのはをねじこんで、なんとか間に合った。

運動神経が切れているなのはは手すりに掴まってへたり込みそうになっている。全力疾走した証だろう。

 

「おはよ~!」

「なのはちゃん、けん君、こっちに席とってるよ」

「いつもありがとな、今行くよ」

 

 最初に元気よく声をかけてくれたのが、金髪翠目の少女、アリサ・バニングス……ツンデレ。

席をぽんぽんと叩きながらおっとりと呼んでくれたのが青髪黒目の少女、月村すずかだ。

 

「おは……よう、アリ……サちゃん、すず……かちゃん」

「大丈夫? なのはちゃん」

「あんた、本当に走るの苦手よね」

 

 管理局で仕事をしている以上、体力がついて当然と思っていたが、なのはの場合そうでもない。

長所を伸ばしまくるという信念のもとに指導するジャンヌさんのせいかわからないが、今は、体力よりも理論的なことを重視しているらしい。それでも昔より体力はついたみたいだが。

なのはの場合は魔力が無尽蔵なので、体力がなくてもなんとかなってしまうみたいってのも影響しているらしい。

 

「そういえばケン、フェイト達が帰ってくるのって今日だっけ?」

「ん、あぁ。連絡では今日の19時くらいに家に着くそうだ」

「アリサちゃん、すずかちゃん、今日はお休みらしいから、後で遊ばない」

「いいわね久しぶりに」

「うん、そうしようなのはちゃん」

 

 さっきなのはに今日が休みだと言うことを聞いたのだが、本当に久し振りだ。

ジャンヌさんが悪いわけじゃない。悪いのはなのはで、ジャンヌさんのような指導役の先輩がつけられた場合休日はその人の予定に合わせられる。ジャンヌさんの休日はなのはの休日というわけだ。

 

 しかし、いくらジャンヌさんが休日になろうとも、なのはが他の人に教わろうと自主的にミッドに行くので今まで休んでいる日などなかった。

今日の休日は、それを見越したのかキツい書き方だった。いや、それくらいしなければなのはは従わないので仕方がないのだが。

 

「なのはちゃん急いでいたみたいだね、制服がグシャグシャだよ」

「ふぇ!? あぁ~もうほんとだぁ、朝のセットは上手くいったのに」

「ちょっとこっち向きなさい、直してあげるから」

「うん。ありがとうアリサちゃん」

「おぉ、仲良きことは美しきかな」

「けん君も、気づいてたなら教えてくれてもいいじゃない」

「いやそれどころじゃなかっただろうが」

「むー……それはそうなんだけどさ」

 

 ちょっとふくれっ面をしながら文句を言ってくるなのはをなだめつつ、外をみると綺麗な海が広がったいた。

 

 ここの都市の名前は海鳴、名前からわかるとおり海の音がよく聞こえる場所で、夏には海水浴を楽しむことができる。

今年の夏にも高町家、ハラオウン家、はやて家、俺、アリサ、すずかで遊んだりしていた。

一番苦労したのは各人の予定を合わせること、というのは笑い話か笑えない話か。

 

 何とはなしに制服を直しているアリサを見ていると、目があったアリサが話しかけてきた。

 

「ケン、今日は仕事なの?」   

「あぁ、今日は放課後からで間に合うらしいけどな」

「やっぱりあんたたちとの予定は合わないわね」

 

 ちょっと残念そうに、そして分かっているわよというふうに肩をすくめるアリサ。

俺が休みの日でもなのはが休みでない、という日がほとんどでその逆はあまりないのだが、一年前に比べて遊ぶ機会が減ったというのは確実だ。

そういう道を選んだのだから仕方がないし、普通より労働時間が短いなど優遇されてはいるのだが、10歳のガキが外で遊ばず仕事をするってのはおかしいだろう。

 

「けん君もなのはちゃんも倒れたりしないでね、私もアリサちゃんも心配してるんだよ」

「俺は普通の人より何倍も鍛えてるからへーき」

「そういうこと言うから余計に心配するんだよけん君」

「ま、それは俺よりこの娘に言ってくれ、俺よりよっぽど無茶してる」

「ふぇ!? あ、ほ、ほら、学校見えてきたよ」

「こりゃまた物凄い話題そらしをしてきたわね……ま、いいわよ、とにかく2人とも、私たちが心配してるんだって事は知っておきなさいよ」

「あぁ、ありがとうアリサ、すずか」「うん、ありがとうねすずかちゃん、アリサちゃん」

 

 

 




感想感謝コーナーです。
『シリカ』さん感想ありがとうございました


作者は批判感想なども大歓迎ですから、厳しい意見もお待ちしています。
また、調べてはいますが、リリカルなのはの設定を分かっていない事が多いので、間違っていることや覚えておいた方がいいことなど教えていただけるとありがたいです。
もしも感想に書くのが嫌ならばメッセージでも大丈夫です。
理不尽な要求(神転生はくだらないから書くのをやめろなど)以外はできる限り真摯に対応していきます。

この小説を読んでくださる方にありったけの感謝を。




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第五話 stsで後見人に三提督がいたけど、もう少し驚いてもいいと思うんだ

前回のあらすじ

アリサとすずかに会いました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カシャっという音とともに時間が表示され、自分の名前に○が書き込まれる。これでタイムカードは完了。

ミーティングルームや事務関連の仕事をする部屋などがある廊下を一番奥までいくと、一つだけ扉の形が違う部屋がある。それが隊長室だ。

 

「石神二士、ただいま出社しました」 

 

 ノックをして入り、敬礼をする。まぁ毎日のことだ。

グレアムさんも俺が来る時間はだいたい分かっているので、慣れたものだ。

 

「うむ、では荷物を置いて準備してきたまえ。他の者達もそろそろ帰ってくるはずだ」

「了解」

 

 部屋を出て一つため息。今日の業務内容は外回りで、市街地を警備もかねて見回るものだったはずだ。

 

 ミッドの治安は地球に比べてもかなり良いほうだ。日本並みとまではいかないが、質量兵器の使用が禁止されているので大規模なテロはあまりない。夜道を歩いても、危険を感じる地域は少ない。その代わり魔法を使った軽犯罪は多いんだけど。

 

 ミッド市内に何があるのかは地図上では覚えた。でも実際に歩いてみなければわからない……のだが、今のところ隊舎と地上本部の往復しかしていないので、ちょっと心配だ。

 

「ま、今度休みになったときでも回ってみるかな」

 

 バビロンから水を取りだして一口含み、学校で出された宿題をとりだす。死ぬほど簡単ではあるのだが、毎日だされるので(あたりまえ)面倒。

 

 夏休みなど自由研究の宿題がでたので、民主政治と共産主義の違いを各国から検証してみた、という題でレポート用紙30枚ぶん書いたら親にやってもらったと疑われたのだ。

なんとか誤解はとけたが、あれ以来もう宿題なんて真面目にやっていない。まぁ提出はするけどね。

 

「たっだいまぁ!」

 

 宿題を終わらせていらないものをバビロンに放り込んでいると、どっかで聞いた猫の声がした。

もう少し遅くなるかと思ったけど早めに切り上げたのだろう。

 

 首をならして腰をあげると、ドアが開いてルーがきた。

 

「こんにちはケン」

「こんちはルー、もう行くのか?」

「えぇ、5分後にミーティングルーム集合だそうです」

「りょーかい」

 

 新人育成課は色々な部屋がある。とはいっても機能していないものがほとんどで、だいたいは部屋だけもうけられているといった感じだ。デバイスルームなどか良い(悪い)見本である。

 

 デバイスルームがなぜ部屋だけか、というと、ルームを作る条件の一つにデバイスマイスターが一人以上いなければならない。というのがあるのだが、うちには一人もデバイスマイスターがいないからだ。……じゃあ作るなよ。

 

 まぁもっともなつっこみはおいておいて、ミーティングルーム(通称万能部屋)につくと、もう全員が集合していた。

 

「では、今から本局に向かおう。まずは地上本部に行くよ」

「「了解!」」

 

 

 

 

 

 リーゼ姉妹含めて全員で本局に向かうため俺たちは全員で電車に乗っている。

色々な事を話しながら乗っているので退屈というわけではないのだが……。

 

「……隊長」

「どうしたんだいアルベルト君」

「……車買いません?」

 

 平日の昼間っから制服を着た職員(しかも老若男女)が電車にのって移動している。かなりシュールな光景ではないだろうか。

現代日本で例えるなら、自衛隊の制服を着た集団が山手線に乗っているようなものだ。

 

「ふむ、自腹ならば考えないこともないが……」

「それか転送ポートやヘリコプターか設置しましょうよ、これはギャグですって」

「それは私も思ったのだけれどね、お金がないんだ」

「せ……切実っすね」

 

 あまりに現実的な返答に言葉が詰まるアル。それを聞いて意気消沈する俺たち。

 

「ま、まぁいいじゃない! こうやって電車に乗るのも良い運動になるわよ!」

「そ、そうだよね!」

「「………………」」

 

 どうしようもない沈黙は地上本部に着くまで続いた……どうすりゃいいんだよこれ。

 

 

 

 

 

「新人育成課様ですね、お待ちしておりました。一番ポートに入ってお待ちください」 

「アル、仕事中だからね」

「わ、わーってますよ」

 

 受付のお姉さんに転送ポートの予約表を渡してポートまで案内してもらう。口説こうと一歩でたアルをアリアがたしなめるのはいつもの光景だ。

 

 本局と地上本部を結ぶ専用の転送ポートに待ち時間無しで乗りたければ予約はかかせない。待ち時間が通常時20分、混雑時1時間というどこぞのアトラクション並みなのだ。

 

「アルはもう少し自制心というのを持ちなよ」

「そうはいうけどティーダさん、美人の女性がいたら口説かなけりゃ失礼ってもんでしょ~」

「あなたのアグレッシブな精神だけは見習いたいですね」

「ルーは女性が苦手だもんな」

 

 ポートで待っている間、グダグダと雑談する。

ルーは仕事ならば問題ないが、プライベートで女性と接する事が苦手なのだ。結成当初の一週間、リーゼ姉妹とルカ相手にプライベートで話せなかったのだから重症だろう。

 

「慣れれば平気だもんねルーは。私の時だってそうだったじゃない」

「待てルカ、もしかしたらルカは女性としてカウン「誰がまな板だっ!」ゲフッ!?」

「ケ、ケン、大丈夫?」

「誰もまな板とは「まだ言うかあっ!」グハッ!?」

「ケンって進んで地雷を踏みにいくよな」

 

 フンッ! と鼻から息をだして倒れた俺を踏みつけるルカと苦笑してる皆、なんでこうボケたあとの攻撃って痛いんだろうな。

 

「ほらルカ、そろそろ機嫌を治しなさい」

「ケン、もう言わない?」

「はい、言いません」

「それならよろしい」

 

 グレアムさんが止めに入り、俺に約束をさせたうえで離れるルカ。

あぁー痛い。あとで仕返しにパンツの色をアルに教えてやろう。俺を踏んだことを後悔するがよい。

 

「あ、あのぉー、転送の説明に移ってもよろしいでしょうか?」

「あ、よろしくお願いします」

 

 口をはさみづらい雰囲気だったのだろう。すごく申しわけなさそうな声が聞こえてきた。

 

 なんかグリグリとした変な感触が腕に伝わってきた。

何かと思いそちらの方向を見ると、まな板娘がこちらを軽く睨みながら肘を押しつけている。俺のせいだとでも言うのだろうか。まぁだいたい俺のせいだが。

 

 俺は当たっている肘を腕からはずして、その勢いのまま相手のわき腹に腕を伸ばす。

 

ーーそれは白鳥のごとく優雅に

 

ーーそれは鷲のごとく鋭く

 

ーーそれは羊の毛のように柔らかく繊細に

 

ルカのわき腹を軽くもみ上げた。

 

「うひゃぁ!?」

 

 柔らかい感触がした瞬間、ビクンとした動きとともに軽く跳ね上がるルカ。

 

「ど、どうしたルカ?」

「どうしたの?」

「な、なんでもないです。大丈夫です」

【あとで絶対泣かしてやるから覚悟しなさいよケン!】

 

 いきなり跳ね上がるなんてどうしたのだろうと思い、極めて心配そうに声をかけると念話でなんか恐ろしいメッセージがきた。心配してやったのになんて理不尽なんだろう。

 

  

 

 

 

「本局に到着しました。お忘れ物のないようご注意ください」

 

 紆余曲折はあったものの説明は無事終了し、転送も不具合なく成功した。

 

 ここは管理局本局。管理局が介入している全ての世界からエースを集めた管理局最強の場所。それは戦闘面だけではなく技術面もだ。掛け値無しに世界のトップが集まった宇宙空間なのである。

 

 転送ポートから出て、外に向かう。俺とティーダ以外の新人組は本局に来るのが初めてらしく、相当興奮しているのが伝わってくる。

 

「うっわぁぁぁ!!」

「いやぁ~これはスンゴいね~」

 

 転送ポートを出ていきなり表れる次元の狭間。暗い中に本局の建物の灯りが混ざっているため幻想的な風景になっている。さながら暗闇に浮かぶダイヤモンドといったところか。

本局オススメのスポットとして雑誌に取り上げられたこともあるらしい。

 

「はぁ~……あっち見てみなさいよサラ、なんかあるよ!」

「本当だ! キラキラしてるけどなんなんだろうね」

 

 さっきまでの不機嫌はどこへいったのか子供のように……中学生って十分子供だな。

年相応にはしゃぐルカとサラに、表向きは平静に、それでも隠しきれていない興奮がにじみ出ているアルとルー。

 

「ほら、あとでいくらでも見れるから行くよ」  

「えー……今の興奮が必要なのにぃ」

「こら、ルカ二士、これは仕事なんだからね」

「……了解」

 

 アリアがぐずるルカをなんとか説得し、ようやく出発。10分くらい見てたけどよく飽きなかったな。

ルカはまだ後ろ髪ひかれるのか、何度も後ろを振り向いてはため息をついていた。

 

 

 本局の玄関口たる転送ポートを抜けると、いよいよ本局内部だ。一般人が入れるのは受付までなのだが、その受付もものすごい。

5階はあるであろう吹き抜けの造りで待合い席も広大。待ち時間が一時間などはざらなのでレクリエーションスペースも確保してあるという至れり尽くせりな受付空間なのである。

まぁ俺たちは一般人ではないので受付には行かず、職員用入り口から入るんだけどね。

 

 入り口から入るとかなり広い空間にでた。10数機のエスカレーターが設置されており、空中に浮かんだ掲示板がそれぞれどの部署に行くのかを教えてくれている。教導隊は3番エレベーターのようだ。

 

「隊長。今日は本局に行くと聞いただけで具体的な話は聞いていませんが、何をするのでしょうか」

 

 迷うことなく10番エレベーターに向かっていくグレアムさん。10番エレベーターの行き先が会議室と書いてあるのを目にしたルーは、本当に何をするのか分からなくなったのか尋ねた。

俺も聞きたいので軽くうなずく。他の新人組も同じ反応だ。

 

「あぁ、そういえばまだ話していなかったね。今日は育成課の後見人に会って貰おうと思ってね」

「「後見人?」」

 

 後見人とは、その名の通り部隊を後ろから支えてくれる人だ。資金援助や権力としての後ろ盾など、支える幅は広い。会社でいえば株主のようなものだろうか。

 

「理由は分かったのですが、なぜ隊長や副長だけでなく平の私たちもなのですか?」

 

 グレアムさん……というか新人育成課の後見人なんてかなり階級の高い方達ばかりだろう。そんな方々に俺たちが会うなんぞ普通は考えられない。平が社長よりも偉い人にいきなり会うとかどんなギャグだよ。

 

「先方がぜひ君たちの顔をみたいそうだ。書類上ではなく現実でね」

「こっちにとっては心労が重なるだけの不要イベントというわけですね」

「身も蓋もない言い方をすればそうなのかもしれないが、こんな私に協力してくれる方々だ。失礼の無いようにね」

「「了解」」

 

 ここにいる新人達はグレアムさんが何をしたのか知らない。闇の書事件に介入した事は工作により事実上闇に葬られている。

局の一部、海で言えば提督以上、階級でいえば将官以上は知っているが、一般の局員が知らないのは必然だろう。

 

 そして、今回グレアムさんの後ろ盾になってくれているという人達は最低でも将官以上らしいので、確実にあの事は知っているのだろう。それでもグレアムさんの後ろ盾になってくれている。それがどれほどの決断なのか分からないが、俺の希望を叶えてくれた方々だ、どんな人なのか楽しみだ。

 

 

 エレベーターを3機ほど乗りついで辿り着いたのが、小会議室と書かれた扉の前だった。

内部からは数人の気配がするのでもう来ているということなのだろう。

 

 ネクタイを少し直すグレアムさんと制服の裾を直すリーゼ姉妹をみて、緊張しはじめる俺たち。

 

「ギル・グレアム以下、新人育成課、ただいま到着致しました」

「入れ」

 

 軽いノックをして、俺たちが到着したことを伝えると、中から厳かな声が返ってきた。これだけでどれだけ偉いか分かるといったものだ。

 

「失礼します」

 

 ガチャッ。という音が聞こえてグレアムさんが会議室の安っぽいドアを開けると、そこには男性二人が座っていた。

「よぉグレアム、久しぶりだな」

「久しぶりだな、ガイナス」

 

 酒焼けのガラガラ声で野球のミットのような手を差し出しているのはクマのように大きな男性。今は笑みを浮かべているのでそれほど怖くないが、訓練の時あの顔で怒られたら相当恐ろしいのだろう。

 

「で、こいつらが隊員か?」

「あぁそうだ」

「ふぅむ」

 

 顎に手を当てて滑らせながら、俺たちを品定めするように見る。たったそれだけの動作なのにとって食われるような思いがするのはなぜなのだろうか。

 

「ガイナス准将、そろそろお座りを」

「ん? あぁそうだったな、ガハハハハハハッ!」

 

 奥から聞こえてきた声は低いながらも良く通り、まるで説教をする神父のような雰囲気があった。

よく見ようと身を乗り出した瞬間ーー。

 

「グレアム君、育成課の君たちも座りたまえ」

「失礼いたします」

 

 着席を促されたので全員座る。備え付けのテーブルを挟んで後見人二人と育成課9人という形だ。

 

 先ほどの人を見てみると、初老ながらも黒くキレイな長髪を、後ろで束ねた細身で長身の人だった。眼光は鋭く細い目をしている。

 

「では、まず我が新人育成課に協力してくださる後見人のお二方を紹介致します。

本局防衛軍司令官ガイナス・グレイ准将と、聖王教会ルマン・ロール枢機卿です。」

 

 一気に場が緊張するのが分かる。偉い人だろうとは思っていたが、こんなビッグネームがくるとは思っていなかった。

まずはガイナス准将。管理局でレジアス中将と双璧をなす武闘派で、武装隊という超エリート集団ではなくあえて一般の局員を鍛えることで管理局全体の底上げを担っている。管理局が抱える軍全ての、実質的なトップだ。

 

「ガイナス・グレイだ。ここで会ったも何かの縁。そこの坊主、あとで酒でも飲みにいかんか、ほれ」

「ガイナス、10歳の小学生に酒を勧めてどうするのだ」

「ぬぁっはっはっはっは! そうか10歳か! どうりでチビスケだと思ったわ!」

 

 豪放で階級の違いを気にしないスタイルは局員にも人気で、野郎だけが入れるファンクラブもあるらしい。アッーーーー! な人たちが集まっているのかもしれないな。

 

 次に控えるのがルマン枢機卿。こちらも准将ほどではないがビッグネームだ。

聖王教会には12人の枢機卿がいて、その内の一人。影響力は素晴らしく、彼らの言葉で紛争が収まった事例もある。

 

「紹介に預かったルマン・ロールです。君たちに伝えたい言葉がある、それは。

私がこの隊を後見する意味。グレアム君があなたがたをこの隊に入れた意味。今の管理局でどのように自分を活かしていくのか……まだこの言葉の意味を分かっていないかたもいると思うが、是非考えて、形にしてほしい」

 

 スーッと。心に染み渡るように広がる穏やかな言葉。これが枢機卿にまで至った方の説得力なのだろうか。

気がつくと、いつのまにか皆は虚空をみつめ、今の言葉の意味を考えていた。

 

 

 

 実はこの後のことをよく覚えていない。グレアムさんやリーゼ姉妹は、皆がルマン枢機卿の言葉を考えており上の空だったらしい。

 

 俺は自分の形が見えている。それはなのはを、フェイトを、はやてを、俺の大切な一を守ることであり、華音から託された使命だ。

だがそれは管理局にどう貢献するか、ではない。もちろん管理局など利用するだけというスタンスは変わらない。

 

 でも少しだけ……なんて言えばいいかな……管理局にいる間に貢献すべき機会は多くでてくる。ただ利用するだけにしても、どうやって利用するのか、ウィンウィンの関係にするのか。など、考えるという事をする。これはこれから関わっていくのに際して避けてはいけない事なのだろうと思ったんだ。

 

 

 

 

 




今回はオリジナルキャラクターが二人出てきました育成課の面々にとっての選択肢を広げるためのキャラクターです。
レギュラーキャラではなく、stsでのクロノのようなサブキャラとなる予定ですね。

次回、フェイトとはやてが出ます。


この小説を読んでくださる全ての方にありったけの感謝を



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第六話 ストップ・ジ・バルサ完遂

前回のあらすじ

後見人に会いました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

「おぉ! またいつでも訪ねてこい!」

「では、いずれまた」

 

 後見人であるガイナス、ルマンと別れたギル・グレアムは軽い頭痛におそわれていた。その小さな痛みの原因は先ほどのルマンによる話にある。

ルマンの言った考えるという言葉。それはは新人達に伝えるべき言葉であった。が、今ではない。彼らが進路を決める時、彼らが管理局員としてはばたく時に伝える言葉だ。

今の彼らにあの言葉は重すぎる。

 

 あの言葉を考えすぎると、自分が管理局に仕えているといった感情が芽ばえてしまう。

これは若いほど顕著で、特に剣介君のような小学生~中学生。剣介君は問題ないだろうが、それくらいの年齢の子供の頃から管理局に勤めて凝り固まった思想になってしまう。ということがよくあるのだ。それは避けなければいけない。

 

「どうしたものかな」 

 

 ポツリとつぶやいた言葉は誰にも聞かれずにすんだようだ。

 

 彼、ルマン枢機卿と私は、ガイナスと違い仲が良いわけではない。課をつくるにあたって誰に後見人を求めるのが良いかと考えたときに、ガイナスから紹介されたのだ。

 

 聖王教会は管理世界において絶大な力を有している。その最高幹部である枢機卿に味方をしてもらえば承認されやすい、ということだ。

 

 その効果は素晴らしく、彼の名前が入っているだけで皆が一目置くのである。それ相応の対価はとられたが。

我が隊の運営費が足りないというのはこれが原因と言っても過言ではないのだ。

 

「父様、この後はどうするの?」

「あ、あぁ、今日はこれで終わりだから、隊にもどろうか」

「はーい」

 

 早めに毒を抜く。そのために風がほしいな。

対策を考えながらも、そういった存在が出てきてほしいと思う自分がいる。風になりえる新人といえば剣介君かティーダか……。軸を持っている者のみが惑わされないですむだろう。

 

 これからの事に頭を悩ませながら階段をおりた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁーケーン」

「んー?」

 

 エスカレーターの近くまでいける階段を降りているとアルに声をかけられた。

けだるそうにしながらも真面目さが混じっているので、地球産のギャルゲーを買ってきてくれなどの、年齢を考えてほしい要求ではないだろう。

 

「さっきの話、どう思う?」

「あぁあれか」

 

 枢機卿の話だろう。俺みたいに形ができていても迷わされかけたんだ。他の育成課の面々にとっては心に深く刺さったことだろう。

 

「気にすることないんじゃないか?」

「……はぁ?」

「ケン、それはどういうことだ?」

 

 数十分前まで混乱させられた俺が言うセリフではないので、アルや他の新人達もどういうことかという風に俺を見てくる。

 

「いやさ、確かに考えなければいけない問題だとは思うんだ。これから管理局員として生きていくならな。

でもなんか、小学生にギャルゲーを買ってこいというような……そんな感じがするんだ」

「どういうことなのかな」

「うーん……上手く言えないけどなんていうか、まだ早いって言えばいいのかな」

 

 俺たちが考えるべきことは他にある気がする。それが訓練なのか何なのかは分からないけれど。俺らが一人前の管理局員となったとき、考えることなのではないか。

 

 分かったような分かっていないような表情をしながら歩く皆に少し申し訳ないが、これ以上どう説明すればいいのか分からない。俺だってなんとなくなんだからな。

 

「けん君!」

 

 エスカレーターの方向に歩いていくところで聞き慣れた声が耳に届いた。

 

「お、はやて、今帰ってきたのか?」

「そうなんよ~、フェイトちゃん達も仲にいるで。あ、久しぶりです。グレアムのおじさん」

 

 声の主は八神はやて。去年の闇の書事件における当事者だ。グレアムさんとは既に仲直り済み。今もグレアムさんは八神家の経済援助をしている。

 

「はやてくん。航海の帰りかい?」

「そうなんですよ~」

 

 まだ立って歩くことになれていないのだろう。手すりに掴まりながら話すはやて。闇の書によって蝕まれていた麻痺が消える前は車椅子生活だったのだが、それが治ったことによりリハビリをしながら管理局に所属しているのだ。

 

「ねぇケン、あの女の子知り合い? グレアム隊長のことおじさんって呼んでるし」

「あぁ。八神はやて、友人だな。」

「ふーん……可愛い子ねぇ~」

 

 ふとアルを見ると、顎に手をあてながらはやてをじっと見ている。変態かお前は。

 

「あと10年……いや、7年くらい……」

「おいアル、社会的に抹殺してやろうか」

「7年後ならいいじゃねぇか! 十分大人だろ」

「そのときのお前の年齢は?」

「24?」

「ロリコンじゃねぇか!」

 

 俺がつっこみをいれて、甘んじて受けるアル。こういったやりとりも日常茶飯事なのだが、俺の友人連中(同年代、ヴィータを除く)に手を出したらアルは約束された勝利の剣(エクスカリバー)で消し炭にしてやろう。

 

「主、どうしたのですか……剣介ではないか」

 

 そんな騒ぎを聞きつけたのか、桃色長髪を先っぽでまとめたおっぱい魔人がやってきた。彼女はシグナム。闇の書事件の主犯格であり、俺が知る騎士の中で一番騎士らしい人だ。

 

「あぁシグナム久しぶ「そこの綺麗なお姉さん! 私の名前はアルベルト・クラフェルト……」あ~こりゃ止めらんねぇわ」

「我慢の限界ってやつね、あれも病気よ」

「な、なんだいきなり。け、剣介! どうにかしてくれないか」

「無理」

 

「あらあら、なんの騒ぎ……グレアムさんに剣介さん。今日は本局にいらしていたのね」

「ケンスケ、来ていたんだ」

「あたしは剣介以上に珍しい光景が見えてんだが」

「我らが将があんなにうろたえている姿を見るのは初めてね」

「外が騒がしいと思ったら君か」

「やっほー剣介君」

 

 シグナムを心配したのだろうか、アースラの面々が一斉にでてきた。彼らは戦艦アースラに所属しているクルーだ。

今回は一週間ほど航海していた。前みたいな次元震の調査といったところだろうか。

 

 にこにことした笑顔でこちらにきたのは長い金髪の女の子。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンだ。

ジュエルシードを奪い合う事件。俗に言うPT事件で仲良くなった女の子。今は執務官の資格をとるために勉強中らしい。 

 

「よぉフェイト、元気だったか?」

「うん。私は元気だったよ」

「そりゃよかった」

 

 会えて心底嬉しい。そんな顔で笑われるとされるとこちらも嬉しくなってしまう。そんな素直さがフェイトの良いところなのだろう。

 

「ねぇケンスケ、後ろにいる人たちって」

「私はキュルカス・クローバー。フェイトちゃんだよね、私の事はルカって呼んで!」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 ドンッ! という効果音がなりそうなほど(無い)胸をはって自己紹介をするルカに気圧されるフェイト。こういう力強さは初めてだろうからな。

 

「僕の名前はサラミス・イーリアス。サラでいいよ。で、こっちが……」

「あぁぁぁ女が一人女が二人女が三人」

「ものの見事に壊れてるな」

「さっきまでテンパってただけだったんだけどね」

「すまんなフェイト、こいつはルーオカ・キザンカ。まぁ気にしなくていいから」

「だ、大丈夫なのかな」

「へーきへーき」

 

 自分が何か失礼なことをしてしまったのではないかとオロオロするフェイトだが、ルーの場合はある意味病気なので仕方ないだろう。

 

「な ん で こんなに美人さんたちが集まってるんだよ!」

 

 アルはアルで楽しんでいるようで何よりだ。ここにいる全ての女性(小学生を除く)に声をかけているようで、フェイトの義母リンディさんと、シャマルさんは喜び、エイミィさんは苦笑しながら受け流ししていた。

 

 ふと後ろを向くと遠くを見るような目をしているワンコが一匹。

 

「おっすザフィーラ」

「あぁ……」

「なんか呆れてる?」

「この光景をみて呆れぬ者はいないであろう」

 

 このワンコの名前はザフィーラ。普段はこんな感じで子犬や狼に変化してるが、実際に戦うとなれば犬耳をはやしたガチムチのお兄さんになる。

犬の姿からあれになったらトラウマ必至だろう。

 

 ふぅっとため息をつくザフィーラを見ているとなぜか撫でたくなる。毎日毛繕いをしてもらってる銀色の毛はカシミアもかくやという手触りの良さを誇るのだ。

人間形態のザフィーラに抱きついたらガッチガチだろうが、犬形態ならモッフモフしている。

 

「で、どうして君たちがいるんだ? ミッド勤務のはずだろう」

「おっすクロノ。そうしかめっ面をしてるとハゲるぞ」

「誰のせいだと思っているのだか」

 

 15歳のくせに二次成長が始まっておらず、世のショタどもを虜にしているこの女顔はクロノ・ハラオウン。フェイトの義兄だ。

 

 生真面目体質からの弄られ役と、根っからの苦労人で、アースラ勤務のエイミィ・リミエッタさんによくからかわれている。

俺やはやての予想では、あの人たちはカップルとなる。それくらい息ぴったりのコンビでもあるのだ。

 

 しっかし遠目に眺めてみると、こりゃ酷い光景だ。

アルは口説き周り、ルーはぶっ倒れ、ルカははしゃいでおり、サラは……普通でティーダはこめかみを抑えている。

あれ? 混沌としてる原因俺らじゃね? 

 

「リンディ提督たちはもう帰りですかな?」

「えぇ。ちょうど会議も終わったところですわ」

「ふむ、ならば丁度良いーー。

ーー育成課の者は石神以外帰宅するぞ!」

「「了解!」」

 

 こうなったときの育成課の動きは意外と早い。ちょーっと恨めしそうな顔をしている女好きも一名いるが、メルアドだけ渡して帰ろうとする姿はある意味潔い。

 

「じゃーねぇー」

「いつでも連絡待ってま~す」

 

 ものの数十秒で全員にメルアドを渡し終えたアルを最後に育成課の面々は去っていった。

さながら嵐のようなものだったのだろう。シグナムがなんかぐったりとしていた。

 

「大丈夫か? シグナム」

「……あ、あぁ。あれほど男に迫られたのは初めてだったのでな。あの男はいつもこんな感じなのか?」

「あー美人がいるとスイッチが入るんだよなぁ。特に今回は何人もいたから抑えきれなかったんだろうな。メールとか返さなくていいからな。嫌ならあいつに言っておくし」

「嫌、というわけではない。ただ驚いてしまっただけだ。だがメールは無理だな」

「なぜ?」

「私たちは携帯を持っていない」

 

 そんな理由かい!

こころのなかでツッコミを入れながら苦笑する。そういえば八神家ははやて以外持ってないんだよな。

まぁ携帯を積極的にいじるシグナムとか想像できないけど。

 

 Twitterで、仕事なう。とかつぶやいてるシグナムは似合わなすぎるだろ。 

 

「そもそもあたしらに仕事があれば、はやてへの連絡だけで済んじまうからな」 

 

 腕を組みながら至極まともな事を言う幼女はヴィータ。シグナムやザフィーラ、シャマルといっしょで闇の書の守護騎士をしている。そのちっこい外見からは似てもにつかないハンマーが武器だ。

カートリッジを使用して爆発的に威力を高めた攻撃は、なのはのシールドを抜いたこともある。

 

「剣介さん。今日はこの後用事あるかしら? 夕食一緒にどう?」

 

 リンディさんからの魅力的なお誘いだったが、今日は断ることにする。

朝、なのはが今日のご飯は私がつくるって嬉しそうに言っていたからな。これで別の場所で食べてきたらふてくされるだろう。

 

「すいません。今日はちょっと」

「残念ね~。はやてさん達、うちでお食事を食べていかない?」

「ほんまですか。およばれします。」

 

 リンディさんとクロノが住んでいる家はなのはの家からも見える高層マンションだ。はやての家からも遠く離れているというわけでもなく、守護騎士同伴なら危険な目にもあわない……むしろ相手のご冥福をお祈りする事態になりかねない。

 

 なにせ守護騎士は回復役であるシャマル以外の一人一人が一騎当千の力を持っており、一般局員なんざ意にも介さないくらいの腕前だからな。

 

 特にシグナムは、武装隊でない管理局員の中で最強クラスのリーゼ姉妹と打ち合えるくらいの腕前だ。技術だけでいえば俺より数枚上手だろう。

シグナム達に対抗するのなら一個中隊でも連れてこいって話だ。 

 

 

 

 航海の土産話などを聞き、談笑しながら転送ポートに向かっている途中。本局勤めだろうか、あちらの制服を着た男性二人組とすれちがった。

 

「おい、あれだろ。闇の書事件の主犯って」

「うちも寛容だよな。管理局員相手に通り魔をおこしたやつらだぜ。人手不足らしいけど、そこらへんしっかりしてほしいよなぁ」

「あの子10歳なんだろ。そんな若くから犯罪おこしてちゃ未来ねぇって」

 

「っつ!」

「やめろヴィータ」

 

 飛び出しそうになったヴィータをシグナムが抑える。

 

「でもよあいつら」

「やめろと言ったはずだが」

 

 言葉を続けようとしたヴィータに対し、ピシャリと叩きつけるように言葉を投げる。

 

 なぜこのような事を言われるのか。それは一年前にさかのぼる。事件の名前は闇の書事件。俺達とはやてが友達になるきっかけとなった、冬の事件だったーー。

 

 

 

 八神はやては子供の頃に両親をなくしており、脚も動かないため一人きりで車椅子生活をしていた。

生活を援助してくれていたのは父親の古い友人であるという初老の男性。ギル・グレアム。

 

 ある夜、いつものように寝ようとして電気を消したはやては信じられないものを見てしまう。それは

本が宙に浮き上がり、勝手にページがめくられているという光景だった。

 

 この世の物のは思えぬその出来事に、声もでないはやてだったが、本がいきなり光ったことで現状が打破された。

光の中から女性が二人、幼女が一人、男性が一人でてきたのである。

そして紆余曲折あり、その者たちと暮らすようになったのだ。

 

 他人との生活ができる。はやての心は嬉しさに震え、事実数ヶ月の間は楽しかった。自分の家に人がいることによる安心感。話ができるという楽しさに没頭できた。

 

 だが、その平穏は長くは続かなかった。はやてが倒れたのである。はやてが車椅子で生活しなければならない元凶によって。

 

 それは足先から麻痺が広がっていく原因不明の奇病だった。これほど医療が発達しても原因を解明することすらできない奇病。

だが、現代医療で分からないのは当然だった。なぜならそれは魔法と呼ばれる存在によるものだったのだから。

 

 この病気の原因は、守護騎士がでてきた本。闇の書によるリンカーコアの浸食。放っておけば心臓まで麻痺が至り死ぬ。

 

 これに気づいた守護騎士は悩んだ。この病気を治す方法は一つだけ。666ページある闇の書にページ分の魔力を加え、闇の書の主であるはやてに全能の力を与えることであった。

しかし問題が一つだけ。はやては彼らと争いをしないという約束をしていたのだ。

約束と命。二つに揺れる守護騎士だったが、彼らは決めた。はやてを助けると。

 

 こうして、管理局員を闇討ちし魔力を根こそぎ奪っていくという通り魔的犯罪が行われ始めたのだった。

 

 その後、なのはやフェイトが戦ったが、グレアムとその使い魔リーゼロッテ・アリアの暗躍などにより、闇の書は完成する。最後の生け贄を守護騎士として。

 

 はやては目の前で守護騎士の魔力が奪われるのを目の当たりにし壊れた。

 

 はやての願いにより暴走する闇の書だったが、なのは、フェイト、ユーノといった面々の活躍により、はやての正気を取り戻すことに成功する。

そして闇の書の闇とよばれる悪の根元を倒し、事態は収束かと思われた。

しかしその予想は外れるのだった。はやてが倒れることによって。

 

 原因は闇の書の管理プログラムだった。管理プログラムには自動修復プログラムがある。それが闇の書の闇、まで再構築しようとしていたのだった。

 

 解決方法は3つ。

①防御プログラムなどが再構築するたびに戦闘を行い破壊する。

②管理プログラムであるリインフォースごと消滅する。

③闇の書の闇、は破損プログラムなので、正規のプログラムを構築しインストールする。

 

 これのうち①は問題外。③も時間が圧倒的に足りない。これらの理由から②が選ばれそうになった。そこで俺のチート能力が役にたったのであった。

 

 俺は宝具を譲渡する力を持っている。その力で『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を譲渡し、宝具の能力でプログラム内部の時間経過を止めたのだ。

 

 これにより再構築の心配がなくなったリインフォースは、現在管理局で正規のプログラムを作って貰っている最中だ。

それが5年後か10年後か100年後かは分からない。なにしろ古代のプログラムなのだ。いくら最高のプログラマーが集まっているとはいえ時間はかかる。

 

 

 

 

 これが闇の書事件。

一人の少女を助けるために仕方なく起こした悲しい事件だった。

 

 しかし、この事実が明るみにでない以上、世間の反応は違う。それはなぜか、この闇の書事件。過去何度もあったのだ。

 

 そのたびに何度も完全覚醒し、何人もの人々を犠牲にしてきた。親族や関係者を含めると、被害者は億を下らないだろう。

 

 だがそれでも、はやてには情状酌量の余地はあった。自分が認知していないこと、闇の書というプログラムが暴走してやったということにすれば、数回の無償奉仕という実質無罪になる。という道もあったのだ。

 

 しかしはやてはそれを選ばなかった。シグナムやヴィータといった守護騎士を、ただのプログラムとみなせなかったのだ。

はやては彼女たちを『人間』として、一緒に罪を償う道を選んだのだった。

 

 管理局には面白いスタンスがある。才能があり、未来に向けて歩く気持ちのあるものには管理局員として更生の機会を与えるというものだ。

はやて達は今、罪を償うために様々な部署で働いている。ある意味それは生き地獄だ。 

はやては未成年ということで公表されなかったが、守護騎士は全員、顔と名前が公表されたのだから。

 

 いくらはやての顔が公表されなかったとはいえ守護騎士達がいつも側にいて『主』とよんでいれば、バレるのは自明だろう。

 

 また人の噂というのはいい加減なもので、色々と根も葉もない笑えない噂も広まっている。今回の事件で守護騎士が殺人を犯したとかな。

 

「うん……ヴィータも迷惑かけちゃいけんよ。私たちが悪いんやから」

 

 微笑みながら語りかけるはやて。だが、誰が見てもその微笑みは痛々しいものだ。

本当は悲しいのに、本当は叫びたいのに、それらを全て押し殺して能面のような笑いをする。

こんなもの、小学生がやっていい笑顔じゃないだろう。

 

「けん君? ふわぁ!? ふぇ、ふぇんふんふぁにふふほ」

 

 無言で歩いていきはやての頬を両手で挟む。子供特有のぷにっとして張りのある手触りにちょっと遊びたくなるけどそこは我慢。

混乱してるはやてを固定して目と目をあわせる。

 

「あのなぁ、そんな顔してな~にが平気だ。

いくらお前が選んだ道だからってな、一人で苦しまなきゃいけないって道理はないだろ。少なくともここにいる全員はお前の味方だぞ。

守護騎士に相談しにくいのなら大人の女性であるリンディさんに相談しろ。同年代の女の子がいいなら、なのはもフェイトもいる。女の子がいやなら俺がいる。

話して何が変わるもんでもないけれど、皆受け止めて一緒に悲しみ、笑う準備はできてるんだからな」

「……けん君」

 

 なにかお化けでもみたのかと思えるような表情をみせるはやて

 

「ノリのよさや元気が取り柄のお前が落ち込んでいてどうするよ」

「ぅん……うん! そうやな!」

 

 今度はにっこりと、心の底からの笑顔を見せたはやてに安心し、頭に載せていた手を離す。

やっぱり小学生に悲しい顔は似合わない。堪えている表情なんてまっぴらだ。

 

「けん君は普段あんなにデリカシーないのに、たま~にこっちの心を見透かしたようなこというんやね」

「それはあれだ。人生経験の違いってやつだ」

「同じ10歳やないか」

「剣介さんもはやてさんも、精神年齢は十分に大人ね」

「よかったな、はやて。おばさんだってよ」

「誰がおばさんや!」

 

 パシッ。と切れのあるツッコミが入る。このテンポでくるのは調子が戻った証拠でもあるから一安心。

どいつもこいつも小学生にしては重すぎるものを背負いすぎなんだよ。なおかつ全員我慢強いときてるからたちが悪い。

 

 だからまぁ、基本は不真面目に、たまに真面目に支えていこう。

そうすればこいつらだもの、道を外れることなどないさ。

 

 




今回のタイトルの意味は、欧州CLでのチェルシーがバルセロナに勝利した記念ですね。今朝3時45分からの試合でしたのでぶっちゃけ寝てません。
40時間以上起きていて注意力が散漫なんてものではないので、誤字など多数あると思われます。教えていただけるとありがたいです。

チェフ守護神だったよ、ラミレスお前のループ最高だよ、ドログバ何人いたよ、トーレスお前はやっぱり神の子だよ。
……テリー、お前はなにをやっとるんじゃ。決勝で借りを返すお前の姿を見たかったのに。



今回は、はやての回とでも言うべきでしょうか。
原作の罪がどれくらい重いのか分からなかったので勝手に作成しました。

賛否両論あると思いますが、私個人の意見ですので。
でも、何かありましたら感想に書いていただきたいです。こういうことで読者の方と意見交換するのは私にとっても嬉しいことですので。

次回、ユーノ君登場予定


この小説を読んでくださる全ての方々にありったけの感謝を



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第七話 鬼って昔から恐ろしいものの象徴だよね

前回のあらすじ

フェイトやはやてに会いました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は土曜日。育成課は休みのため地球をでる必要はないのだが、俺は本局にいた。

 

 一週間前、仕事で本局に行ったときユーノと偶然出会ったのだ。俺はミッドでいろいろやっているし、ユーノは無限書庫の整理で現在かなり忙しい。一年以上整理しているが、終わりが見えるどころか全体の規模すら把握できないそうだ。まぁ無限だしな。

 

 地球にフェイスブックやツイッターがあるようにミッドにもそういった交流サイトはある。しかも管理世界ならば全て使えるという恐ろしく範囲が広いものが。 

 

 ただ、さすがに管理外世界までは届くわけもなく、領星(地球でいうところの領海のようなもの)範囲まで戦艦が近づかなければ無理なようだ。それでもすごいことなのだが。

 

 こういった理由によりユーノとはあまり連絡を取り合えないので、これ幸いと食事の予定をくんだのだ。なのはも行きたいというので本局内部にあるファミレスに行くことにした。

こじゃれたフレンチ? 雰囲気のよいイタリアン? 俺たちは小学生なんだよ。普通に考えたら小学生だけでファミレスも結構異常なんだけど。

 

 

 バイブレーションがの振動に気づいて携帯を見てみると、なのは、と表示されている。時間にはまだかなり余裕があるので、訓練が長引きそうという事だろうか。

 

 画面を開いてメール画面を開く。タイトルは、ごめんね、の後にクマのマークがついた女の子っぽいやつだ。

『訓練が少し長引きそうだから、先に行って待ってて。ごめんね(>_<)』

 

 絵文字に顔文字が使われていてなかなかに華やかなメールだ。ユーノからは予定通り終わるというメールが先ほどきているので先に行っていてもいいのだが……。

 

 携帯からアドレス帳を引き出す。相手の名前はユーノ。軽く操作して携帯を耳に当て。

 

「……あ、ユーノかーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッ、ハッ、ハッ、ハッーーいっけえぇぇっ!

〔アクセルシューター〕

 

 空に浮かぶのは桃色の光でできた球。それを念じることで『敵』に向かって飛ばす。数はおよそ20。普段、一般局員に指導するときは絶対に打ち勝てる量なのだけれどーー。

 

「魔力の練り方が甘い!」

 

 あっさりと全ての球が斬ってすてられる。うぅ、ちょっとへこむかも。

 

「レイジングハート!」

〔アクセルスマッシャー〕

 

 そのまま近づいてくる人に向かって、あらかじめ用意してある本命。直線的で誘導性はないけれど、その代わり私の魔法のなかでも最速の光線を放つ。

 

「ふんっ。この程度!」

 

 光の束が落ちてくるなか、こちらに向かって直進(・・)しながら雨をくぐり抜けられる。なんで減速もせずにあれを越えられるのかちょっと分からない。けん君とやったときでさえしっかりと防御をしてくれるっていうのに。

 

「くっ! レイジングハート!」

〔イエス。ソニックムーブ〕

 

 景色がすごい勢いで変わってゆく。自分が速くなったのだ。

バリアジャケットがなければバラバラになってしまいそうなGに耐えつつ、次の手を考える。

 

 生半可な攻撃は全て斬りすてられ、またソニックムーブで距離をとる。という展開になると思う。でもそれではジリ貧で、今までの戦闘で疲弊している私が同じ戦法をとったところで逃げ切れるのは後数回といったところかな。

その数回の間に砲撃をあてたいのだが、普通に撃ったところで先ほどと同じように直進しながら避けられる。

 

「高町! 同じ事を続けても意味はないぞ!」

 

 そんなことを考えている間に、またもシューターとスマッシャーの波状攻撃を抜けられてソニックムーブで逃げてしまった。

 

 またも逃げながら考えていると、一つの妙案がうかんだ。

 

 避けられるなら、避けられない状況にすればいい。

 

 ジャンヌさんは単発の攻撃ならば、どれほど強くても避けられてしまう。避け方のトリックは私にはわからない。たぶん完全に逃げ道を塞がなければ避けられてしまうだろう。

そして、それほどの壁や障害物を造る力は私にはない。

でも当てるようにすることは、今の私でも十分にできる!

 

 さきほどと同じような攻撃で、相手に悟られないように動く。カートリッジを一発ロードして準備完了。

無表情のまま突進してくるジャンヌさんは恐ろしいけど、だからこそ前にでる。

 

「レイジングハート!」

〔ソニックムーブ〕

 

 ここまではいつもと同じ動き。ジャンヌさんも警戒心が多少は薄れているはず。

 

 飛び出した私の前に背中が見える。それはジャンヌさんの背中だ。

 

「私相手に接近戦? 甘いぞ高町!」

 

 違う! 私の本領は砲撃。だから考えるのはどうやって砲撃をあてようか。それだけだ。

 

〔バレルショット〕

「なに!?」

 

 振り向きざま、私をなぎはろうおうとする剣が当たる前に超至近距離からのバレルショットで動きを封じる。もしも釣られなかったら終わりだったけど。訓練だったからか油断してくれてよかった。

 

「レイジングハート!」

〔イエス。マイマスター〕

「カートリッジフルロード!」

 

 これが私の全力全開! 私のフルパワー!

 

 レイジングハートの先から抑えきれない魔力が膨れ上がる。大気が爆発する。地が揺れる。

 

「スターライトーー」

「ベルナデッテ。カートリッジロード」

「ブレイカー!」

 

 零距離からのスターライトブレイカーがジャンヌさんの身体を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なぁユーノ」

「なに? ケン」

「見たままの感想を言っていいか?」

「どうぞ」

「目の前で爆発殺人事件がおきた」

「奇遇だね。僕も同じ事を思ってたよ」

 

 一緒になのはを迎えにいこうとユーノを誘い、まだ訓練の最中なので見学しようと観覧席のドアを開けたのだ。

そうしたらいきなり目の前が眩むような桃色の魔力光が、空間を支配していた。

これは明らかにスターライト・ブレイカー。高町なのはの最強魔法で、壊した訓練場は数知れずという最凶の魔法だ。

 

 ちなみに俺と同じように横で呆けているのはユーノ・スクライア。なのはの魔法を教えた張本人だ。まぁたぶん俺の親友。

穏やかで優しい性格ゆえに、戦闘は得意ではない。と本人は言っているが、防戦のみとはいえデバイスなしでヴィータと渡り合えるやつで天才の一種だろう。

サラの完全上位互換というのが一番しっくりくるかもしれない。

 

 

 少し距離をとり、肩で息をしているなのは。あれほどの大魔法を放ったのだ、いくらバカ魔力を誇るなのはでも堪えるというものである。

 

 と、いうか。一番の心配は、なのはの指導教官というジャンヌさんだ。この人がとんでもなく強いのは知っている。

『エース・オブ・エース』とよばれ、管理局員最高の総合SSSランクという。正真正銘の化け物だ。

 

 それでも、なのはのカートリッジフルロードスターライト・ブレイカーを受けきれるかといわれれば疑問符をつけざるをえない。

もちろん非殺傷設定だから死にはしないだろうが、かなりのダメージだろう。

 

 徐々に煙がはれてゆく。固唾をのんで見守る俺たち。そして結果はーー

 

「高町!!!」

 

 管理局最強、『エース・オブ・エース』ジャンヌ・ダルリアの怒声だった。

 

 

 

「ごめんなさぁぁい!」

「なぜ訓練でカートリッジロードする必要がある! なぜスターライト・ブレイカーを撃つ必要がある!」

 

 訓練場の真ん中でお叱りを受けるなのは。まぁ当然だろう。それよりもなによりも驚いたのはジャンヌさんだ。

まさかあのスターライト・ブレイカーで無傷とは……俺が『殺し合い』をしても負けるんじゃなかろうか。

 

「あれが管理局最強。ジャンヌ・ダルリア一等空佐……か」

 

 零距離発射なのに無傷ということは、あの一瞬の間になのはを傷つけないよう一歩以上下がり、自分が当たらない必要最小限だけの範囲を斬った。といったところか。

 

 思考するだけでも難しそうなのだ。実戦で同じ事をやれ、と言われたら無理だ。

それを事も無げにやってのけるジャンヌ一佐……さすがと言わざるをえないだろう。

 

「もうそろそろ終わりそうだから僕らは入り口で待ってようか」

「あぁそうだな」

 

 必死でペコペコ頭を下げるなのはを尻目に、俺たちは外に出た。 

 

 

「でー、最近どうなのよ」

「どうって……なにが?」

「ほら、職場恋愛とかさ」

「ケンは僕に何を期待しているのさ」

 

 自販機で買った紅茶を飲みながらしばしの雑談。お叱りをうけてシャワーを浴びて。なのはが出てくるのはあれから30分後といったところか。

 

「ケンこそどうなのさ」

「恋愛?」

「違う。育成課さ。やっぱり本局での評判はあまり良くないよ」

 

 まぁそうだろうな。そもそも本局から追い出されてミッドに来たというのが正しいのだ。一般局員はともかく、お偉い方が毛嫌いするのは当然の反応だろう。

 

「組織ってのは、ままならならねぇもんだな」

「そんな全面クリーンで、これだけ巨大な組織は運営できないからね」

 

 ユーノは少しすれている。とでも言うのだろうか。管理局を外からみる事が多いし、無限書庫の性質上お偉いさんからの依頼が多いため、なのはやフェイトのように管理局を一方的に素晴らしい物とは思っていない。

そういった意見が合致する。というのも居心地がよい理由の一つだろう。

 

「どーすりゃお偉いさんを納得させられるかね」

「やっぱり手柄をたてる。それが一番じゃないかな」

 

 まぁそりゃわかってるんだけどな。手柄をたてるにはそれなりの相手が必要。それなりの敵を倒すには、それなりの強さである局員が必要。

そんな都合よく敵は出てこないし、出てきても一年訓練しただけの新人ではどう考えても無理。八方塞がりなんだよな。

 

 グレアムさんとも話してみたのだが、そこの考え方は俺と違う。俺はできるだけ早くから育成課を認めさせたいのだが、グレアムさんは十年単位で進んでいこうという考えだ。

俺が若いのかグレアムさんがのんびりなのか。それはわからないけど、まぁそういった違いがでるのは仕方ない。

 

「センキューユーノ。少し考えてみるわ」

「無限書庫にもいつでも依頼してね。ケンの頼みだったらいの一番に調べるから」

 

 こういった小さな部分からでもユーノの優しさというか、人の良さというかが窺える。ユーノにとって、俺なんかより優先すべき人はいるだろうに。

 

 最後にたまった溶けきれない砂糖と一緒に紅茶を飲み干し紙のコップをくしゃっとつぶす。そのままゴミ箱に放り込むと、向こうから話し声が聞こえてきた。

 

「明日は15時からだな。教導に必要な道具を忘れずに」

「はーい」

 

 茶髪にツインテールの見慣れた顔と、少し茶色っぽい金髪が肩に届くか届かないかくらいで145cmくらいの小さな女性が歩いてきた。

 

「あれ? けん君とユーノ君!? 迎えにきてくれたんだぁ!」

 

 定時連絡をすませて前を向いたなのはの顔がほころぶ。サプライズは成功といえるだろう。

 

「高町、彼らは?」

「えっと、私のお友達で。けん君とユーノ君です」

「石神剣介です。いつもなのはがお世話になっております」

「ユーノ・スクライアです。よろしくお願いします」

「ほぅ、あのスクライアか。そして君が『けん君』か。話はよく聞いてる」

「ジャンヌさん!?」

 

 髪も金色だし、着ている服も白を基調とした服なのだが、なぜだろう。ジャンヌ一佐からは『銀』というイメージがする。一本通ったしゃべり方ゆえなのか、鋭い眼光なのか。

 

「よく聞く?」

「ふむ。それは女の話だから話せんな」

「ジャンヌさん……」

「ただ。大切に思われている。ということだけ伝えておこう」

「ジャンヌさん!!」

「ふふっ。では私はこの辺で失礼しよう。楽しんでこい」

「失礼します」 

 

 口調は硬くとも、女性特有の柔らかな微笑みを残して去っていった。

たったこれだけのやりとりなのに、なのはを大切に育てていることが伝わってきた。局員としてだけでなく人間としても素晴らしいんだろう。

 

「久しぶりだねユーノ君」 

「うん。久しぶり、なのは」

 

 実はユーノ。高町家と一緒に人間形態で遊んだことがなかったりする。

 

 ここで一つの疑問が浮かんでくれたことだろう。

人間形態?

である。

 

 実はユーノは、フェレット形態となることができるのだ。ザフィーラが犬になるのと同じ事で、消費魔力を抑えることができる。

 

 だが、なぜそんなことを知っているのか。

最初になのはに拾われた時、魔力不足でフェレット形態だったからだ。

そうなったことで、高町家にはフェレットという動物として育てられたから、あまり夢を壊したくない……というのは本人の意見。

 

 俺やクロノの見立てとしては、別の理由だ。

なのはは動物として『部屋』で飼っていたのである。そして、動物として接していたため相手が少年というイメージがあまりなかったのだ。

 

 感の良い諸兄ならお気づきかもしれないが、そう。なのはは着替えているのだ。ユーノの目の前で。

 

 まぁだからといって淫獣などと貶すつもりは毛頭無い。

ユーノはそんなことできるほどの勇気はないし(別名へたれ)、そういったことを喜んでするようなやつでもない。

 

 とはいえ、なのはが部屋で飼っていたという事実がある以上。いくらユーノが良い奴だとわかっていてもなんともいえないモヤモヤが士郎さんたちにもでるだろうからな。

まぁそこらへんが恐いのだろう。

俺にしてみりゃ、相手は士郎さんや恭也さんといった人外ながらも常識的で温かな人たちだ。そんなこと考える意味なんてないと思うけれどな。

 

 ちらっと横目で二人を見ると、楽しそうに話している。内容は教導や無限書庫といった仕事系の話とはいえ、やはり久しぶりに会うと話は弾むな。

 

 そのままゆっくりめに歩いていき、本局設置のファミリーレストランに入る。お値段も味もファミリーで有名な場所だ。

 

「いらっしゃいませ。ぼく、何名様かな?」

「3人です」

「タバコは……吸わないわね。こちらの禁煙席にどうぞ」

 

 三方をシートに囲まれた、なかなか良い位置に座れた。

席に着いたとたんグデーッと倒れ込むなのは。たれぱんだならぬ、たれなのはだ。

 

「つ~か~れ~た~」

「そりゃカートリッジフルロードのSLB撃ったらそうなるわな」

「ふぇ!? なんで知ってるの!?」

 

 ガバッと身体を起こす姿に顔を見合わせ苦笑する俺とユーノ。やっぱり気づいてなかったか。

 

「僕とケンが訓練場に着いたとき、ちょうどなのはがSLBを撃ったところだったんだよ」

「うぅっ。知られてたんだぁ。ショックだよぉ」

「まぁ明らかに無茶行為だからな。ジャンヌさんにも叱られていたみたいだし」

「うにゃぁぁぁぁ!」

 

 再び机に突っ伏し唸るなのは。うん、面白い。耳を塞いでいる姿は小動物的な可愛さに満ち溢れている。

 

 そんななのはにメニューを差し出して選ばせる事で機嫌を直す。単純だけど、まぁ相手は子供だし。

狙いは大成功のようで、ドリンクバーの部分でパーッと顔を輝かせた。

 

「じゃあ俺は無難にステーキにでもしようかな」

「僕はハンバーグにしよう」

「えっとね、私はカレーにするね」

 

 注文し終わったとはドリンクバーでお選びタイム……なのだが、俺はユーノに聞きたいことがあったのだ。

 

「ユーノ。すげぇ答えづらいことを聞くぞ」

「うん? なんだいケン」

 

 なのははもうドリンクを取りに行ってしまったため二人きり。腰を浮かせかけたユーノを呼び戻す。

 

「単刀直入に聞くぞ。今お偉いさんが気にしている事件はなんだ」

「…………それは本気で言っているのかい」

 

 俺の言葉を聞いて渋い顔になるユーノ。守秘義務や信頼関係と言った物があるから当然の反応だろう。

 

「本気だぞ。教えられる範囲で構わない。頼まれてくれないか」

「……本当に一般的な内容ならいいよ」

「恩に着る」

 

 うーん、と頭を捻りながら考えている。どの程度まで話したら良いものか考えているのだろう。

考えがまとまったのか、目を開ける。その目はまっすぐこちらを見つめており、口外するな。というメッセージがみてとれた。

 

「ケン。『鬼』を知ってる?」

 

 鬼……というと、頭にツノが生えており鉄の棍棒を振り回す赤い怪物だろうか。

 

 俺が疑問符を浮かべているのに気がついたのか、そのまま話を続け始める。

 

「ミッドのとある人から調査を頼まれているんだけどね。最近犯罪が増えているらしいんだ」

 

 それは俺の知らない話だ。育成課はそういったパイプも細いからしらないのも仕方がないのかもしれない。

 

「それも凶悪犯罪。メッセージ性もかなり強いもの……どんな事件か聞くかい?」

「あぁ頼む」

 メディアですら公表できない事件というやつか。この感じだと中央では専門の対策本部もできているかもしれない。

 

 部署も違い、ミッドにいる管理局部隊の中でも末端の俺らでは伝わらなくても仕方がないだろう。もしかしたらグレアムさんは知っているだろうけど。

 

 息を一つつき、身体を前に乗り出すとひそひそ声で話してくれた。

 

 

 

 

 事は1ヶ月前、ミッド北部のある場所で、局員の殺害事件が起こった。それだけでも大事件なのだが、状況が特殊だったのだ。

 

 北部にある、とある支部の『内部』に太い釘で虫の標本みたいに打たれた局員が壁に貼り付けてあったのだという。しかも監視カメラには何も映っていないというオマケ付きで。

これは管理局の中でもトップクラスの非公表事件となり捜査が進められた。

 

 その二週間後、二人目の犠牲者が現れた。次は二人。同じように釘でうたれた局員カップルだった。

これにより捜査本部がおかれるまでに至ったのだ。

 

 だがまたも管理局員をあざ笑うように同じ事が起こった。次は一家惨殺という形で。局員の男性、奥さん、子供、あまつさえ産まれたばかりの赤ん坊までもが犠牲になったのである。

 

 これを受けて上層部もなりふり構ってはいられなくなったらしい。無限書庫や本局にも調査を頼んだそうだ。

 

 そして浮かび上がってきたのが『鬼』。ミッドや他の世界でも最大の犯罪組織。その手口は残忍にして容赦なく、とある国など男は全員惨殺。女は工場に送られ、今もなお戦闘用か慰み者用の子供を産まされ続けられているという話だ。

 

 

 

「と、これが一般局員が知り得る限界かな。これ以上はさすがにケンが相手でも話せない……それに僕も本格的に関わっているわけじゃないんだ。子供には辛すぎる話だろうってね」

「それでこのレベルか……いやありがとう。参考になった」

「育成課も加われそう?」

「そこはグレアムさんと相談だな。あの人が捜査に乗り出すというのなら、俺も全力を尽くす」

「そっか……さて、嫌な話はこれくらいにして。飲み物でもとってこようか」

 

 立ち上がって一つ伸びをする。

 

 これから忙しくなりそうだな。

 

 

 




さて、今回もオリキャラがでてきました。
ジャンヌ・ダルリカ一等空士 20歳
身長145cm体重40kg
インテリジェントデバイス:ベルナデッテ
管理局最強魔導士にして、『エース・オブ・エース』の称号をもつ女性。容姿端麗であり、男性だけでなく同性からも惚れられること多し。
ただし彼氏がいるため、本人が流される事はない。
砲撃などの単発攻撃は走りながら減速せず、コースも変えずに避ける事ができる。

るろうに剣心の比古さんのような存在です。要はジョーカーですね。この作品に現在出ている人間で、ルール無用の戦闘で剣介に勝てる可能性のある唯一の存在です。

なのはステータスなら、総合SSS
Fateステータスなら
筋力A+
耐久A+
敏捷EX
魔力A++
幸運A
といったところです。最強乙。



今回、かなりの読者を不愉快にしてしまう描写がでてきました。これについては弁解するつもりはありません。
これからも同じような描写は出てくるでしょう。私としてはこれからも読んでほしいですが、実際無理という人もいることと思います。
一つ断っておく事があるとするならば、私は猟奇的な物が好きというわけではありません。


次回 動き始める歯車

この小説を読んでくださる全ての方にありったけの感謝を。



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第八話 ビルの爆破解体って楽しそうだよね

次回が前後編に分かれているため今日は一話のみの投稿となります。


前回のあらすじ

ユーノから『鬼』について聞きました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沈黙が重い。

 

 グレアムさんとリーゼ姉妹とともに隊長室にいるのだが、無言の沈黙がヤバいのだ。

なぜこんなことになったのかというと、話は少し戻るーー。

 

 

 

 今日はユーノと話した翌日。昨日のうちにグレアムさんに話をし、今日話をすることに了承してもらったのだ。

 

 予定時刻ちょうどにノックをするとグレアムさんが待っていた。紅茶をいれてくれたらしくマスカットのように甘い香りが空間を支配している。

 

「ふむ、やはり地球産の紅茶は出来がいいね」

「翠屋セレクションですからね。うちはそういったものを探すの上手いです」

「ふむぅ。ぜひもう一度行きたいね」

「待ってますよ。歓迎します」

 

 俺を隊にいれるにあたって、グレアムさんは一度挨拶にきたことがある。普通はそんなことはしないのだが、育成課のメンバーは少ないのでこういったことが出来るのだとか。

 

 机にあるスコーンを手に取る。今日はプレーンのようだが、少し性格のキツいこの紅茶にはピッタリだ。

 

「このスコーンも美味しいですよ。紅茶と合わすの上手いですね」

「イギリスの食事では唯一誇れるものだからね。他はダメだ。美味くない」

「なんでしたっけ……あぁそうだ。イギリスで食べる他国の料理が美味しいんですよね」

「ははは。的を得ているね」

 

 和やかな雰囲気で一杯目を飲み干す。二杯目をいれて貰ったところで話を切り出した。

 

「それでですね。今日わざわざこんな場を設けて貰ったのは。ある話をしたかったからです」

「なんだね。聞こう」

「『鬼』についてです」

 

 一気に空気が冷える。先程までのぽかぽかとした春のような柔らかさはもうない。あるのは永久凍土のような冷え冷えとした空気。

 

「どこでそれを?」

 

 グレアムさんの口調は変わらないが、明らかに目が変わっている。こちらを伺うような、見通すような。この目をされたのは育成課をつくるために頼んだ時以来だ。

 

「ちょっとした情報網です。それでグレアムさんはどこまで掴んでるんですか?」

「……リーゼを呼ぼう。彼女達もよく知っている」

 

 数分後、グレアムさんに呼ばれたリーゼ姉妹は、今まで見たいつよりも堅い表情をしていた。

名前が出ただけでこうなるなんて、『鬼』がどれだけ恐ろしい組織かしれるというものだ。

 

 

 俺の対面に三人が座り。まるで面接か何かのようだ。話す内容はもっとエグくて胸くそ悪くなる話なんだがな。

 

「さて……まずは剣介君がどれだけ知っているのか聞こう」

「……了解です。俺が知っているのは、最近のミッドでおきてる連続殺人ですね。一般局員が知り得る情報までならだいたい分かってます」

 

 ユーノがくれた情報は、あくまで一般局員が知り得る範囲。探ろうと思えばいくらでも探れるものだ。

俺が欲しいのはこんな浅いものではない。

 

「ふむ、それくらいか。これはもう少し隠し通せたかもしれんな」

「……グレアムさん」

「冗談だ。それに、君くらい精神的に成熟しているならば教えても問題はない。私と『鬼』は前々から少し関係があってな」

 

 

 一般局員には『鬼』としか伝えられていない巨大犯罪グループ。

正式名称を『アヴァタラム』という。彼らが恐ろしいのは犯罪にためらいがないからだ。一般人の殺害から将校クラスの暗殺まで、息を吸うようにやってのける。

 

 グループは複雑に組織化されているらしく、管理局の捜査網をもってしても顔と名前が一致する幹部は数えるほどしかいず、誰が指揮系統を統括しているか、などもわからない。

トップの名前も明らかになっていない。

ただ、全てが謎のトップでも、ただ一つ知られていることがある。それは二つ名で『悪鬼』というらしい。

 

 

「管理局の捜査網でも把握できない……大きすぎるくらいの組織ですね」

 

 一気に説明し終えたグレアムさんが紅茶を一口含む。アリアは目を閉じたまま動かず、ロッテは下を見つめている。

 

 管理局の捜査網が全力で動けば、それは次元世界最大の探偵だ。普通グループを抜けた裏切り者や密告者がいるはずなのだが。

 

「そこも恐ろしいところでね。彼らは裏切り者を絶対に許さない。管理局と接触する前に殺されるそうだ」

「それで、顔と名前の分かっている幹部とは誰なんですか?」

「それはロッテから聞くのが一番だろう。話してやってくれ」

 

 先ほどまで沈黙を守っていたロッテが前を向いた。少し昔を思い出すような、それでいて鮮明に覚えているような、そんな目をしている。

 

「あれは……3年前だね。私と他の隊で、あるテロ事件を追ってたの。無差別テロで犠牲者は数十人。ま、よくある感じの事件だったんだけど、犯人として一人だけ浮かんできたのよ。それが『鬼』の幹部、トール・マーグリスね」

 

 あのことを思いだしたかのように、ロッテはそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

「リーゼロッテさん。私たち本隊は左から進みます!」

「りょーかい。気をつけてね」

 

 敵のアジト、というには拍子抜けな普通のビルの階段を一歩ずつ上る。それでも独特な緊張感はある。締め付けられるような息苦しさとでもいうのだろうか。

 

 私、リーゼロッテは数週間前におきた無差別テロの犯人を追っていた。爆発時の魔力残滓と電波の跳ね返りから特定したのだが、ここがアジトで正解のようだ。

 

「とはいえ、他にも候補があったから戦力は集められなかったんだけどね」

 

 ふぅっ、と溜め息をついて階段の背もたれによりかかり父様から送られてきた内部の地図を見る。

 

「本隊がここから侵入してるんだから……」

 

 地図を指でなぞり進行ルートを確認。私が侵入するのは本隊とは真逆の部分。人ではとれないダクトからだ。

 

 水のボトルを 取り出して一口含む。こっから先は余裕などないだろう。

今の内に必要な物は取り込んでおくべきだ。

 

「…………これは質量兵器かな」

 

 少し口の中で転がすようにして摂取していると爆発音が響き、質量兵器の音。いわゆる銃声が聞こえた。

 

「急がなきゃ……だね」

 

 水をしまい、行く先を見据える。もう少しでダクトだ。

 

 

 

「こういうときは使い魔でよかったと思うわね」

 

 生身の人間には狭すぎるダクトでも、猫形態となった私には関係がない。すいすいと進んでいき、人一人分くらい入れる行き止まりまで到着した。

 

 敵の首領は一番奥にいるだろうから、こっからは突破しなきゃいけない。

人間形態に身体を戻し、這いつくばるようにしてダクトの下にある網目の部分から先を見た。

 

 銃を持った敵が2人に、徒手空拳が3人。これならいけるかな。

 

 目を閉じて息を一つ吐く……よしっ。

 

 網目の部分を蹴落とし一気に飛び降りる。

着地の衝撃を膝を曲げて地面に流し、同時に次の一歩に進むための筋力を蓄えて……一気に爆発させた。

 

「だ、誰「遅いよ!」」

 

 相手が銃を構える前に側頭部目掛けて回し蹴りを放つ。ビシッ。という音で吹き飛ぶのを確認し、勢いがつきすぎて回る中、目で敵の位置を確認する。

 

 片足で着地して、近づいてきた一人の鳩尾に勢いをつけた肘内を喰らわせ昏倒させる。 

「て、てめぇ!」

 

 殴りかかってきた男の手首を掴み、力の勢いに身を任せ投げ飛ばす。やっぱりこいつら練度は低い。

 

 横にいた男が顔面に向けて拳を放ってきたが、こんなんじゃハエがとまるよ。

カウンターパンチで勝負あり。

 

「へ、へへへ。つえぇな。だが、これで終わりだぜ」

 

 やっと構え終わったのか、銃を持ちこちらを勝ち誇った顔で見てくるアホが一人。

 

 私はもっと酷い紛争地帯の乗り込んだこともあるし、そもそも地球は質量兵器が一般に出回っている。こんなもので動揺なんてしてたら、命がいくつあってもたまりゃしないのよ。

 

「撃ちたきゃ撃てば。それで外しなさいな」

「な、舐めんじゃねぇぞ!」

 

 相手との距離は数m。銃声よりも速く弾は届くので、音が聞こえてから動くなんて物では遅い。それならどうするか……。

 

 私はできるだけ力を抜いて相手を見る。できるだけ余裕気に、相手が焦るように。

 

「で、まだ撃たないの? びびっちゃった?」

「こ、こんのクソ尼! 動けなくして犯す予定だったがもうやめだ。お望み通り殺してやるよ」

「はぁ。発想が貧困ね」

 

 ここでアリアだったら気の利いた煽り文句でもでてくるんだろうけどなぁ。童貞野郎とかね。

 

 でも相手も良い感じにじれてくれている。これならタイミングを読むのも難しくない。

 

「へっ、死ねやは!? へはぁぁぁ……」

 

 相手が引き金に力を入れようとした瞬間。膝から崩れ落ちるようにしてダッシュする。

一瞬後には驚愕しきった顔が目の前にあるけれどこれで終わり。顎にパンチをいれて卒倒させた。

 

「うーん。でもやっぱり銃って厄介よね」

 

 誰にでも扱えて強い兵器ってのは厄介。だからといって魔導士だけがスゴいみたいな風潮もダメなんだけどね。

物事はバランスが大事なのよ。何にしても。 

 

 地図を確認すると、ここから先は一本道。迷うことはなさそうだ。

倒れている男たちの両腕を後ろ手に縛り付け廊下に転がしておく。こうしておけば、あとで局員が回収してくれるでしょう。

 

 

「…………」

 

 こちらが拍子抜けしてしまうほどに敵の気配がない。先ほどのあいつらで終わりなのだろうか。

それならそれで楽だけれど、攻め込まれる事に対して雑すぎやしないだろうか。

 

 そうして特に敵と出会うこともなく首領がいると思われる部屋の前についた。中の気配からいって一人。しかも強さみたいなものを一切感じないのだ。もしかしたら中にいるのは影武者で、本体は逃がしたのかもしれない。

 

「そしたら運が悪かったってことか」

 

 重心を右半身に移動させ、左足をあげる。ちょうど靴の底がドアの中心部にあたるように調整して、足を曲げた。

 

 銃で例えるなら靴が弾丸だろうか。関節がバネで筋肉が火薬。

私が銃より自分の足のほうが優れていると思うのはーー。

 

「こーんにっち……は!」

 

 ーー鍛えれば鍛えるほど威力が増すからだろう。

 

 ドア枠ごと蹴り飛ばしたドアはひしゃげて吹っ飛んだ。そして露わになった部屋の内部には……緑の髪をした男が窓の外を見つめていた。

 

「このビルは包囲されているから、抵抗せずに捕まりな」

 

 私を無視してひしゃげたドアを見つめる緑髪。私という敵が入ってきたのに何も気にしていないようだ。

 

「何もしゃべらないってことは無抵抗でいーわけ?」

 

 もう一度声をかけてみると、ゆっくりとこちらを向いた。甘いマスク。と言われるような顔だろうか。優しげな顔立ちの男だ。

 

「はじめましてリーゼロッテさん。私は『アヴァタラム』の幹部、トール・マーグリスと申します。あなたのご高名は様々な場所でお聞きしますよ」

「そりゃよかったわ。じゃぁ大人しく捕まってくれる? 幹部ってのが本当なら色々と聞きたい事があるのよ」

 

 にっこりと微笑みながら自己紹介をしてくるトールをばっさりと切り捨てる。

だが幹部というのは本当かもしれない。こんな状況で笑っていられるようなやつは頭がおかしいか、本当に実力があるかだ。

 

「ふむ、それは困りました。これでも忙しいのですよ。捕まるわけにはいきませんね」

「なら逃げてみな……私相手に逃げきれるっていうのならね」

 

 スーツ姿で立っているこいつから強さは感じられない。驕りでもなんでもなく。私なら勝てる。

 

 腰を落とし軽く膝を曲げる。前傾姿勢というやつだ。これで、相手が意表をついてきても動ける。

例えば屋根裏からの強襲とかね。

 

 トールが目を閉じて腕を組む。本当に困っているような顔をしている。

 

「あなたは管理局のなかでも10本の指に入る使い手です。私がかなうわけありません」

 

 ふぅーっと深く息を吐く。少しばかり空気が変わる。何かしてくる前兆だろうか。

 

「ですが」

 

 目が開いた。

 

「逃げることならば出来ますよ」

 

 ただ親指が動いただけだった。

普通ならスマホをタッチする指が、ゲームを操作する指が、ペンを支える指が、ほんの少し動いただけだった。

 

 ただそれだけなのに。

 

 地鳴りが響いた。

 

「うわぁぁっ!? 逃げろぉっ!!」

 

 壁が吹き飛ぶ音がした。

 

「トール様!? 助けてくださいトール様!!」

 

 耳をつんざく悲鳴が聞こえた。

 

「このようにね」

「な……何を……いや、何故やったぁぁっ!!」

 

 それは明らかに爆弾の音だった。管理局の目が行き届いていない世界。私の故郷地球でも非日常の象徴ともいえる存在。

それがミッドの市街地で解放されたのだ。

 

 私はそれに気づくのに数秒を有した。もしかしたらそれが決定的な差だったのかもしれない。 

 

「何故……ですか。私たちは力が全てです。この程度の局員に負ける雑魚はいらないのですよ。それにハエの始末にもなります」

「それが部下に対する態度か!」

「えぇ、当然でしょう。彼らなど元から命の勘定に入ってませんから。……あとは単純に趣味。ですかね」

「趣味……? どういうことだ!」

「そのままですよ。だって気持ちいいじゃないですか。人の悲鳴って」

 

 さっきと同じように。まるで飲み屋で話すかのような気楽さで喋った。微笑みながら、にこやかに、爽やかに。

 

 そんな奴に、私は……キレた。

 

「この外道がぁぁっ!!」

 

 私が出せる最大速度で外道に走る。あの笑い顔を黙らせてやらなければ気がすまない。

 

 頭の中はマグマのようにドロドロで、視界は真っ赤だ。

 

アイツを潰せ。

アイツを潰せ。

 

 それだけが鳴り響く。

 

 後少し! 後少しで手が届く!

 

「残念ですがーー」

 

 たぶん目が血走っている私が全速力で近づいているのに人差し指をたてる。そしてそれが横に振られた。

 

「ーーあと数歩届かない」

 

 奴の姿が消えた。それが理解できない私は、あいつがいた虚空に向かって拳を振り上げ、空気を切ることで一応の収束となった。

 

「あ……あぁぁっ! あぁぁっっ!」

 

 やり場のない怒りを机にぶつける。机の上にあったコーヒーカップが床に投げ出され、高そうなカーペットに黒い染みができた。

 

「あぁぁっ! ……っは……!?」

 

 もっと壊してやろうと、もっとグチャグチャにしてやろうと戸棚に手をのばした時だった。

轟音とともに、部屋の中央から下半分の床が抜けたのだった。

 

「っっ! くっそ!」

 

 床が抜けてびっくりしたからなのか、のぼっていた血が下がり、少し冷静さを取り戻す。

 

 今はとにかく逃げなければいけない。

 

 助けたくても下の方はもう無理だろう。今から部屋をでるには大穴を飛び越えなければならない。

わずかな時間で私が何をするかを検討し、最善の方策をとる。

 

 それは逃げることだ。私は敵の情報を掴んだ。あの『鬼』の情報を少なからず掴んだのだ。

このまま私がここで救出作業をしたら死ぬかもしれない。それは未来を考えると不正解だ。

 

 ここまで考え、私は窓を割り外に飛び出した。向かいのビルはここより若干低いので、ちょうどよく屋上に辿り着く。

 

「ちくしょお! ……ちくしょお!」

 

 自分で自分の腿を殴る。まだ助けを求めているやつはいるかもしれないのに逃げ出した自分が嫌で嫌でたまらなかった。そしてーー。

 

 ーーそして『鬼』がいたビルは崩落した。

 

 

 

 

「と。まぁこんなことがあったのよ。被害はすごかったわ。死者負傷者併せて100名をこした。爆破も下手くそだったから道路で歩いていた人にも危害を加えたのよね」

 

 淡々とした口調で何でもないことかのように語るロッテ。だが、『鬼』の容赦なさ、狂気は俺の認識を大きく超えていた。

 

 育てればモノになるかもしれない人達をあっさりと切り捨てる嫌な潔さもそうだ。そしてもう一つの理由が趣味……か。胸くそ悪い。

 

「あいつを見て本当の容赦のなさってやつを知ったわね。私が踏み込んだ時点で逃げればいいものを、待っていたんだから」

「わざと見せつける事で残虐性をしらしめたってことか」

「そんなとこでしょうね」

 

 そしてもう一つ。ここからわかることで重要な事がある。それは組織の大きさだ。

人を育てるというのは金がかかる。簡単に切り捨てられるものではない。

 

 それにもかかわらず『鬼』はまるでポイ捨てするように人を切り捨てたのだ。こんなに簡単にやるということは他の場所でもやっているのだろう。

そこから考えられることは資金の豊富さ、人の豊富さだ。

 

「さて、剣介君が戦おうと言った集団はこれほどのやつらなのだ。この規模の集団に勝ち目があると思うか」

 

 やはりそこに収束するか。

ぶっちゃけ俺や育成課だけではもみつぶされて終わるだろう。いくら管理局最強クラスの局員であるリーゼ姉妹に俺がいても、組織力で負けている以上、面で戦われたらどうしようもない。

 

 だけれど、『管理局』で戦えばその限りではないはずだ。

組織力でこちらが勝ち、点のゲリラ戦をしかけてきてもジャンヌさんのような人がいる限り負けないだろう。

 

「勝てるとは思います。管理局で対抗すれば」

 

 元から育成課で戦いを挑む気など毛頭無い。大きく広く戦い、最後の点で俺たちが制圧する。難しいけれどグレアムさんの指揮力、リーゼ姉妹の個人能力があれば可能だ。

 

「甘いな。管理局はまだ踏み込みきれていない。その証拠にこちらの地区は警戒していない」

 

 それは確かにそうなのだ。局員が殺害されたのだ。ミッド全土で警戒体制をとってもいいと思うのだが、現状警戒しているのは被害があった地区だけだ。

 

「では、もしもこちらの地区で被害があり、ミッドが警戒態勢になれば育成課が捜査にのりだしてもいいですか?」

「………………」

 

 

 

 そして現在に至る。というわけだ。

グレアムさんが育成課を大切に育てたいというのも分かる。だがまずはもう少し大きな組織にして、組織の規模の基盤を造ってからじっくりとでもいいんじゃないだろうか。

 

 グレアムさん達が目を閉じてから数分がたった。あそこの三人は何を話しているのだろうか。念話でも使っているのだろう。

 

 そしてグレアムさんの目がゆっくりと開いた。

 

「剣介君」

「はい」

「結論からいうと育成課単体で捜査することは許可しない」

 

 許可できない。ではなく許可しない。か。ここにグレアムさんの本気度がうかがえる。

 

「なぜですか?」

「君たちは若い。『鬼』と遭わせる事でどんなショックを受けるか分からないからだ」

「しかし「これは育成課隊長としての判断だ。いいね石神剣介二等陸士」……はい」

 

 それだけいうと、また目をつぶってしまった。これで話は終わり。ということだろう。

組織の隊長としては、これが当然の判断なのだろうな。

 

 

 

 まぁそれなら俺にも動き方があるけどな。

 

 




『翡翠色の法皇』さん、感想ありがとうございました。

二回連続で胸の奥がもやもやするような描写が続きましたが、皆様はどうでしょう。俺は書いていて嫌になります。
え? じゃあ書くな?
それはそれで展開的に欲しいんですよね。←ワガママな考え

剣介がDQN化し始めてることに戦々恐々としている今日この頃です。


今回でてきたトールですが、武官ではなく文官です。素の戦闘力では一般局員に毛が生えた程度でしょう。
しかしながら、もしもこいつと戦った場合。AAクラスの局員が重傷を負います。AAAクラスなら問題なく捕まえられます。それくらいの相手です

人を犠牲にすることを厭いませんので、どれだけ残酷な方法でもとります。それゆえ何をしてくるか分からない。
戦っている最中に何されるか分からないのは、かなり怖いことですからね。

ちなみに、なぜロッテの名前を知っていたかですが、彼は去年までに入った局員ならば全員の顔と名前、軽いデータなら覚えています。それくらいの頭の良さですね。

次回 フェイトと水族館に行こう

この小説を読んでくださる全ての方々にありったけの感謝を




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第九話 子供の頃は水族館へ行くのが楽しみだったけど、何度も行って飽きてしまった

前回のあらすじ

『鬼』についてお話しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ~。たくさんのお魚が泳いでる! すごいねケンスケ」

 

 今日は学校も育成課も休日。俺とフェイトは二人で水族館にきていた。

 

 まぁ完全にリンディさんとエイミィさんに騙されたわけだ。

なにせハラオウン家(+エイミィさん)としてチケットをとっておきながら、フェイトをのぞく全員がドタキャンし俺にチケットがまわってきたのだから。

 

 俺にチケットを渡す時にエイミィさんがした、してやったりの表情とクロノの苦虫を踏み潰したような顔が脳裏に蘇る。

 

 まぁそれでもーー

 

「ねぇねぇ、あれすっごく可愛いね!」

 

 こんなに嬉しそうにしてるフェイトを見ると、きてよかったと思うわけだが。

 

 だってほら、いくらテンションがあがったとはいってもこれほどしゃべるフェイトはそう見ないもん。

目とかむっちゃキラキラさせてるし。

 

 手招きをするフェイトに近づいて水槽をみると、白くて小さな海の天使。クリオネがいた。 

 

「ねぇケンスケ。すっごく小さくて可愛いけどなんていう生き物なの?」

「こいつはクリオネ。『流氷の天使』って呼ばれる人気の生物だな」

「へ~……かわいいなぁ」

 

 可愛いクリオネに見惚れたのかぼーっとした顔で見つめているフェイト。

教えない方がいいんだろうな。……クリオネの食事風景は。

 

 クリオネという生物は見た目がとても美しい。それゆえ人気も高い。

しかし一部ではトラウマ製造生物とも呼ばれている。それはなぜか。こいつの食事風景が異様にグロいからだ。

 

 どんな食事をするかというと、天使の頭を思わせる頭部から何本もの触手がでて、獲物にさし養分を吸い取るという食事だ。

このときの姿がかなりグロテスクで、人によっては、特に小さな子ではトラウマ必至なのだ。

ここで呆けている娘っこも絶対トラウマになるだろうから黙っておこう。

 

 

 天使(笑)のクリオネを堪能したあとも小魚がたくさんいるスペースにフェイトは留まっている。

あんな高速戦闘を繰り返すようなフェイトでも、そこら辺は女の子なのだろう。

 

 グッピーやメダカなどを見ては可愛い可愛いといって、なぜか俺に説明を求めてくる。俺よりも館内にある説明板や音声案内に頼った方が確実だと思うんだけどな。俺はサカナくんじゃないから知識をもっているわけではないのだ。

 

 

 次にフェイトが興味を持ったのはカニとかヒトデとかの小さな磯の生き物だった。 

カニも色々な種類がいる。俺たちが食べるような毛ガニや、磯によくいる小さな沢ガニとかね。

ちなみに沢ガニは唐揚げにすると美味しいって雄山先生が言ってた。

 

「あれ? そういやぁフェイトって、カニ食べたことあるっけ?」

「うん。あるよ。 ここにいるようなカニじゃないけど」

「まぁ基本的に毛ガニは食用だからな。こんなかで何か気に入ったのいる?」

「えっと。これ……かな」

 

 ほんのちょっぴり頬を染めながらフェイトが指さしたのは小さなカニ。沢ガニだ。

 

「ちっちゃいのが好きなのな」

「うん。可愛いから」

 

 でも本当に嬉しそうに見るよな。一匹一匹の魚に顔を輝かせてじっくり見る。連れてきたかいがあったといものだ。

どこかでこれに似た感覚があったはず……。

 

 あぁ華音と来たときだ。あいつもこんな感じで一生懸命に魚を見て笑って、驚いて……懐かしいな。

 

「ケンスケ? どうかした?」

 

 気づくとフェイトが顔をのぞき込んでいた。白く整った顔と長いまつげが特徴的で……要は顔が近いってこった。

 

「いや、なんでもないよ。フェイトはどうした?」

「う、うん。あのね、あそこでヒトデに触れるイベントがあるんだけど……」

 

 フェイトが指差した先を見ると、なるほど。よく水族館にある体験コーナーがあそこにあるようだ。

 

「えと……行ってきても……いい?」

 

 何かが恥ずかしいのかこっちをちょっと見上げる形でお伺いをたてている。

体験コーナーにいる人をよく見てみるとなんとなく理由がわかった。

 

 あそこにいるのは家族連れの男の子のみ。フェイトのような女の子がいないので行きづらいといったところだろう。

 

「よっし。じゃぁ一緒に行くか」

「ーーうん!」

 

 顔がぱーっと輝いて嬉しそうに頷く。なのはも感情豊かだけど、顔で変化が分かるという点ではフェイトのが分かりやすいな。

これで戦闘になると、しっかりポーカーフェイスができるのはスゴいと思う。

 

 

「……(ビクン)……(ビクッ)」

 

 体験コーナーではヒトデに触ることができるようだ。色々な種類がいて触りがい(?)がある。

 

 他の男の子達はワーキャーいいながら触っているのだが、フェイトは女の子だけあって若干の抵抗があるようだ。

手を伸ばしては水面に触れるか触れないかの位置で戻しを繰り返している。

 

「無理することないぞフェイト」

「う、うん。でも大丈夫だから」

 

 ちょっと変な意地をはりはじめたな。

フェイトの欠点でもあるのだが、たまに変に固執することがある。まぁ修行とかでは良い方向に働くんだけどな。今はダメな方向だ。

 

「なぁフェ「おまえ、こうやって触るんだぜ」……あ、やべ」

「え……ひ、ひぐっ……うぇ……うぇぇぇぇん!」

 

 俺が手をさしのべようとしたとき、横にいた男の子がフェイトの腕を掴んで水に突っ込んだのだ。

普通に善意からなんだろうけどこれは失敗だな。

 

「ほらフェイト。怖くないぞ~」 

「だって……だって……うぇぇぇぇん!」

 

 泣き出したフェイトの頭を撫でてあやす。よほど怖かったのだろう。腕と顔を胸に押し付けている。ちなみに微妙に冷たい。

 

 まぁちょっと怖くて悩んでいたところに、自分の意志ではなく突っ込まされたら誰だって怖いだろう。俺的には普段泣かないフェイトの泣き顔が見れるのは珍しく、可愛いのだが。

 

「え……え?」

「あぁー、君もありがとな。フェイトのためを思ってやってくれたんだろ」

 

 あわあわおろおろしている少年もフォローする。今日のこれは不幸な事件が重なったとしか言いようがない。

 

「ま、まーくん何してるの!? あぁもう……本当にごめんなさいね。うちの子が迷惑かけちゃって……ほら、まーくんも謝る」

 

 泣き声を聞きつけた親がやってきてこちらに謝ってくる。よくいるDQN親じゃなくてよかったです。

 

「いえ、気にしないでください。悪気があったわけじゃないですから。……今はそっとしておいてもらえますか。ちょっとこいつの相手をしますので」

「本当にごめんなさいね」

 

 ぺこぺこと頭を下げる親に別れをつげ、小さな広場に備え付けのベンチに座る。お昼時にこういった場所が空いているのは運がよかった。

 

「ほらフェイト、泣きやんだか?」

「う、うん。その……ごめんね」

「いんやぁ~。俺としては珍しい姿が見れて大満足ですよ」

「ーーーーーー!」

 

 にやにやしながら言うと、顔を真っ赤にさせてうつむいた。

フェイトは肌が白いから、こうやって恥ずかしがらせると色の変化が顕著で面白いのだ。

 

「まぁでも安心したよ」

「……?」

 

 俺が呟くと、こちらを向いて疑問の表情をするフェイト。

 

 ぽんっとフェイトの頭に手を置いてくしゃくしゃと撫でると、くすぐったそうに身をよじった。

 

「フェイトがさ、こういったことで子供らしく泣けるやつで」

「あ…………うん、私も」

 

 俺がフェイトの泣き顔を見たのは一度きり。俺がプレシア・テスタロッサを殺害した時のみだ。

 

 あれから付き合いは長くなってきて、けっこう辛いことを経験ことを知ってるし、その場にいたこともある。

そんなとき、フェイトは悲しそうな顔をするものの絶対に泣かなかった。 

 

 子供ってのは自由奔放なのが特徴だ。いや、そうやって騒ぐのが仕事のようなものだろう。

それなのに、こんな歳から辛いことを我慢するのを覚えてしまうなんておかしすぎる。

 

「えと……ケンスケ」

「どうした?」

 

 顔をほんのりと赤く染めて、えと……えと……。と呟く。何か頼みたいのだろうか。 

 

 何度か深呼吸をしたあと、決意を決めた表情でこちらを見上げた。

 

「お、お弁当作ってきたから、一緒に食べない!?」

「…………」

 

 あまりに気迫のこもったお弁当のお誘いに一瞬面くらってしまった。

なんでこんなにも勢いよく言ったのかはおいておいて、時間は午前11時30分。ちょうどお昼の時間だ。

 

「だ、だめ……かな」

 

 本気で不安そうに見つめている。そうか、こういうことか。

 

 今日出発するときに、エイミィさんから耳打ちをされたのだ。「お楽しみがあるかもよ~」と。

その意味をようやく理解した。

 

 しっかし。なのはといいフェイトといい、どうしてこいつらはこんなにも保護欲をかきたてるような表情をするのだろう。狙ってやってるとしたら、将来は相当な悪女だぞ。

 

「ダメなわけあるか。よっしゃ食べようぜ」

「う、うん!」

 

 満面の笑みで頷いたフェイトは持っていたハンドバックからお弁当箱を取り出した。いつも学校で食べてる小さなやつとは違い大きめだ。二人分ということなのだろう。 

 

 蓋をかぱっと開けると、中には一口サイズの俵おむすびとタコさんウィンナー。ちょっとの野菜に、メインディッシュであろう、可愛らしい楊枝が刺さった小さなハンバーグがいくつかあった。

 

「へー。フェイトって料理できるんだな」

「そ、そうかな……それなら嬉しい」

 

 なのはに比べると見た目はお世辞にも良いとはいえない。だからこそなのだろうか、頑張ってつくりました! っていう『気』とでもいうのだろうか、が伝わってくる。

 

「えっとね、それで飲み物が」

 

 ーー俺は見逃さなかった。微妙にフェイトの表情が曇るのを。

フェイトにあんな表情をさせる飲み物を俺は一つしか知らない。

それはーー

 

「フェイト、水筒の中身ーーリンディ茶だろう」

「……うん」

「リンディ茶はノーサンキュー」

「だ、だよね」

 

 リンディ茶。それは戦艦アースラ艦長であるリンディ・ハラオウンの誇る最終兵器だ。

その中身は緑茶にミルクと砂糖をたっぷり入れたもの。飲んだ瞬間に甘さと苦さが複雑に混ざり合って世界の向こう側が見える。と言われる悪魔の飲み物だ。

 

 ここで、抹茶ミルクを思い浮かべた人、それは冒涜だ。抹茶ミルクは抹茶の濃厚さと香りの強さがあって初めて成り立つものなのだ。

リンディ茶で使われているのは緑茶。似たようなものだが、それで商品と毒物にわかれるのだから、いやはや食べ物とはスゴいものだ。

 

「ちょっと飲みかけだけど。こっちでいいか?」

 

 俺はバックから飲みかけの緑茶をだす。飲みかけとはいっても一口だけなのだが、いくらちっこくてもフェイトは女の子。人が口をつけたものを飲みたくないかもしれない。

 

「うん。じゃあ私はコップを使おうかな」

「ほいほい」

 

 コップに緑色のお茶をいれ、お弁当箱を中心にして二人で向かい合う。

 

「では」

「「いただきます」」

 

 この言葉、やっぱり日本だけの文化らしい。

初めてハラオウン家(+エイミィさん)がうちに来たとき驚いていた。食材を感謝する。という行為に感動したのか、今では食事の前に必須になったらしい。

 

 最初にどれを食べようか迷う。おにぎりにしようかウィンナーにしようか。ちょっと形は悪いが、どれも食べる人を思って作りました。という気持ちがこもっているので、おかずを見ているだけで嬉しくなってくる。

 

 「やっぱ最初は……これにするか」

 

 メインディッシュであるハンバーグに手をのばす。上にケチャップがかかっていてとても美味しそう。

 

 口に入れると、ケチャップの酸味とともにドッシリとした歯ごたえの肉が口の中を支配する。

予想よりもはるかに肉を食べた感じがする。小さいのに結構なボリュームだ。

 

「ど、どうかな」

 

 自分の箸の手をとめてこちらを見るフェイト。心配そうな顔をしている。

 

「うん、美味しいよ」

「ほ、ほんと!? えっとね、そのハンバーグはね」

 

 嬉しそうな顔で作り方を説明している。リンディさんやエイミィさんに特訓をうけたらしい。

 

 俺は俵のおにぎりに手を伸ばしながらフェイトの話を聞く。美味しいという言葉だけでこれほどまでに喜んでくれるなら、こちらも更に言いたくなるというものだ。

 

「ほら、食べないとなくなるぞ~」

「あ、そ、そうだね」

 

 とはいえ、このまましゃべり続けていたら朝を迎えてしまう。フェイトにも食べるように勧めると、慌てたように手を伸ばした。

 

 

 二人して食べ始めてちょっとしたら、フェイトの手がとまった。ウィンナーを楊枝で刺したあと顔を伏せてじっと考え事をしている。お腹でもいたくなったのだろうか。

 

「どうしたフェイト?」

「いや……うん……あのぉ」

 

 よくよく見ていると、よく熟れたトマトのような顔をしてブツブツと何かを呟いている。

まじでどうしたのだろうか。

 

「おいフ「え、えっとね!」お、おう。なんだ?」

「あ……あ……あ、あーん」

 

 もう爆発する三秒前みたいに顔を真っ赤にして俺にウィンナーを差し出してきた。……これがしたかったのね。

 

 こうやってフェイトを見ていると、何だろうお父さんの気持ちになってくる。自分に娘が出来たら溺愛するんだろうなぁ、などと考えてしまう。

好きな人をつくるつもりなんてこれっぽっちもないけどな。

 

 口を開いて入れてもらい何度か咀嚼。やっぱりパリッとしたソーセージって美味いよな。

 

 ふとフェイトのほうを見ると、顔を手で覆って膝につくくらいまで下げジタバタしている。この可愛い生き物はなんなんだろう。

 

「あらあら」

「かわいいわねぇ~」

「殺せ! 汚れた俺をいっそ殺してくれぇぇっ!」

 

 若干一名変なのが混じっていたが、温かい目で周りから見られる。周りから見れば小学生同士の微笑ましいカップルなんだろうな。俺にはそんなつもりまったくないが。

 

 これは自惚れのように聞こえるかもしれないが、フェイトは確実に俺のことが好きだ。友達としてではなく男として。

 

 卑怯だな。とは思う。フェイトが初めてまともに接した人間が俺だ。ユーノもそうだが、あいつはフェレット形態が多かったため、男性として認識するのは俺が先なんじゃないかな。

 

 俺は彼女というか、好きな人はつくらない。それなのにフェイトやなのはの甘えを拒否せず更に猫可愛がりしてしまっている。

自分たちの事を無条件で支えてくれる顔も悪くない(転生特典の一つだが)同世代の異性がすぐ近くにいつもいたのだ。これで惚れるなというのが無理な話だ。

 

 はやてとの違いがそこだな。はやてには守護騎士がいるからそういった意味でのフォローはやってくれる人がいる。

 

 どうしたもんかなぁ。と思う。俺が態度を変えればそれで良いのだが、そんなことをする気はない。普段は冷たく影でフォローなんてものは俺にできる気もしないしな。

 

 まぁでも、子供の頃の恋なんて一過性だ。あと数年もすれば、もっと違う意味で好きな人を見つけるだろう。なのはもフェイトも絶対美人になるし。

俺はそのときまでのいわば繋ぎ。ほら、よく聞くだろ。男の子は母親が初恋で、女の子は父親が初恋だって。

 

 そんなもんでいいんじゃないかな。  

 

 




今回はフェイトとの水族館デート前編です。本来ならこれくらいの分量で終わらせるはずが……どうしてこうなった!?

最後のナルシーな独白ですが、まぁ『俺の意見』がたぶんに入っているので、見逃してください(笑)

フェイトが泣いた……あれだけ我慢強い子だとはいえ、中身は小学生ですからね。いきなりやられたら泣くのは仕方ないと思います。というか泣くフェイトを書きた(ry

次回 後編!

この小説を読んでくださる全ての方々にありったけの感謝を



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第十話 チェルシーCL制覇おめでとう!

前回のあらすじ

フェイトが泣き出しました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」

 

 フェイトが最後の一個を食べ終わり、弁当はすっかり空になった。丁寧に両手をあわせて頭を下げるフェイトが微笑ましい。

 

「次はどこ行こうか」

 

 時刻は12時丁度。門限は16時だが、それまでにはちょっと微妙とはいえまだ時間がある。

 

 パンフレットを開いて中を見ると、館内案内の前のページにでかでかとイベント開催の知らせがある。

そっか。そりゃどこの場所にも、これはあるよな。

 

 同じようにパンフレットを見つめて考えているフェイトは、まだこれに気がついていないようだ。サプライズにはちょうどいいかもしれない。 

 

「なぁフェイト、俺がちょっと行きたいところがあるんだけどいいかな」

「うんいいよ。そこに行こう」

 

 さて、フェイトの驚く顔が見て取れるようだ。

 

 

「えっと、どこに行くのかな」

「な~いしょ」

 

 

 

 水族館の本体である水槽を素通りして歩く俺に少し不安になったのか質問をしてくる。サプライズなのだから答えられるわけない。

 

 まぁでも、ちょっと大きな水族館に親子連れで行った家族なら、たぶん誰でも知っているような場所だけれどね。

 

 少し脇道に入ってまっすぐ行くと、広い場所。遊園地などでヒーローショーが行われる場所のような感じだろうか。

その舞台が大きな水槽になっている場所に到着した。

大人数ではないものの、すでにちらほらと人が見える。最前列にポンチョ無しで座るとか勇気あるな。

 

「ねぇケンスケ。何が始まるの?」

「な~いしょ」

「もぅ。さっきからそればっかり」

 

 ちょっぴり不満気なフェイトの腕を引っ張って真ん中より少し前くらいの席に座る。全体が見渡せて、なおかつ顔も見やすいこの席は人気スポットなので、早めに来ないととられてしまうのだ。

 

 さて、ここまできたらやるべきことは一つだ。それは…………待つことだ。

 

 そして二十分が経過して、それまでは指スマやしりとりなどの小学生らしい遊びで時間をつぶす。小学生って、遊びにおいて無から有をつくることに関しては天才的だよな。どんなクソゲーでも楽しそうにやるもん。

 

「いつのまにか人が満杯だね」

「そうだな」

「……まだ教えてくれないの?」

「な~いしょ」

 

 あきらめたような顔をしてしょんぼりとしている。教えたくなるけれどガマン。

飼育員のお姉さんがでてきたのでもう少しなんだからな。

 

 そしてお姉さんが壇上に上がってーー。

 

「みなさ~ん、こ~んに~ちは~」

 

 楽しいショーの始まり始まり。

 

 イルカが跳ぶ。アザラシがボールで遊ぶ。

やっぱりイルカショーはすごい。だいたいどこの水族館でもやっているとはいえ、ここまでの芸を仕込んだ腕前。イルカの頭の良さ。こういった要素が上手にかみ合って、男も女も、大人も子供も魅了するショーになっている。

 

「うわぁっー……うわぁっー」 

 

 その証拠にほら。フェイトなんて、言葉も出せなくなっている。

 

 イルカのジャンプに目を輝かせて、イルカの鳴き声で小刻みにリズムをとっている。なんかもぉ嬉しくて楽しくてたまらない。といった感じだ。

 

 顔を紅潮させて胸の前で手を組み、祈りをささげるような格好で食い入るように見つめるフェイトは本当にお人形さんのよう。

 

「ケンスケ、どうかしたの?」

「いや、なんでもないよ」

「ふーん」

 

 俺が見ている事に気がついたのか、こちらを振り向いたのだが、なんでもないというとすぐにイルカのほうに向き直った。

いつもなら不思議そうな顔をするんだけれどな、いまはイルカで頭がいっぱいなのだろう。

 

「ではショーの最後に皆で挨拶をしま~す。せ~の。みなさ~んありがとうございました~」

 

 イルカ、アザラシ、飼育員の皆さんで、こちらに向かって頭を下げ、今回のショーは終了した。お客さんはみな、かえりながらもショーの感想で大盛り上がりだ。

一方フェイトはというと。

 

「……終わっちゃったね」

 

 むっちゃ寂しそうだった。

 

 フェイトにとって初めて見るショーだったからな。いつのまにか時間が過ぎ去っていたんだろう。

 

「このサプライズは楽しかったか?」

 

 結果は聞かなくてもわかるけどさ。あんだけ輝いた顔を見せつけられちゃね。

 

 フェイトは口の端をあげて

 

「うん!」

 

 にっこりと笑った。

 

 

 

 

「誰におみやげ買っていくんだ?」

「えっと、母さんと兄さんとリンディさんかな」

「じゃー俺はなのはにでも買っていくか」

 

 今はおみやげ売り場で吟味中。まだ時間が早いせいかすいているので選びやすい。

俺の場合、おみやげはいらないと桃子さんから言われたので、小さなチョコでも買っていくことにした。最低限の礼儀ってやつだな。

 

 フェイトは先ほどから湯呑みを見ている。それだけで誰用なのかわかるのだが、それにしても水族館のおみやげが湯呑みってのはどうかと思うぞ。

 

「母さんはこういうの好きだし……うーん、こっちのほうがいいかな」

 

 それとなく別の物を勧めてみるつもりだったがやめた。これほど真剣に悩んでいるのだ、リンディさんなら絶対に喜んでくれる。

 

 俺はキーホルダー売り場に移動。なのはへのおみやげは無難な物にしようかなと思ったのだ。

 

「ん……これなんていいかもな」

 

 目についたのはクリスタルブロックにイルカの絵が入ってるやつだ。どこにでもあるような代物なのだが、同じクリスタルブロックでも中に入っている絵はそこ特有のものなので、意外と被ることが少ない一品なのである。

 

 おみやげ決定までわずか10秒。我ながら即断即決だとは思う。これならまだフェイトはリンディさんへのプレゼントを考えているだろうと思ったら、すでにいなかった。

 

「ど~こ行ったんかなー」

 

 こういうときは全体を流し見するのが基本。俺は買い物だなの端っこに立ちざっと眺めてみた。

 

「お、いたいた」

 

 両手で湯呑みを抱えながら何かを見ている。目線を追ってみると、それは小さなイルカのぬいぐるみだった。

手のひらくらいの小さなイルカを物欲しそうに見つめている。プレゼントってよりかは自分で欲しいって感じだな。

 

 何度か首をひねり、手を伸ばしかけ、それを空中でとめる。というやりとりが続いた後、とぼとぼと別コーナーに歩いていった。

まぁ子供の持っているお金なんて、そんなに多くはないからな、仕方がない。

 

 と、いうことで。棚からぬいぐるみを取り出して買い物かごに入れる。さってと、バレるとまずいから、先に会計しておこうかな。

 

「1950円になりま~す。ぼく、楽しかった?」

「はい、とても楽しかったです」

「50円のお釣りですね。またきてくださいね~」

 

 次のお客さんがいるのにも関わらず手を振ってくれた。こういった営業努力が行き届いているお店は少ないから、ここが頑張っている証だろう。

 

 もう一度フェイトを探すと、今度はTシャツのコーナーにいた。クロノのおみやげで悩んでいるのだろうか。

 

「今は何でお悩み中?」

「あ、ケンスケ。うん、いまは兄さんのプレゼントでちょっと」

 

 そういってTシャツ探しに戻っていく。邪魔するのも悪いからぶらぶらしてようかなと思った矢先、俺は見つけたのだ。そう、最高の贈り物(ネタ)を。

 

「なぁフェイト。これなんていいんじゃないか?」

「どれかな……これ?」

 

 フェイトがビミョーな表情をする。まぁそりゃそうだろう。

『俺最強』

とだけ書かれているシャツなのだから。

 

 まぁちょっとフェイトには悪いけど、やっぱりクロノっていじられキャラだと思うんだよね。あの感じはさ。

 

「うーんケンスケがそういうならこれにしようかな」

 

 どんまいクロノ。信じてくれるのは嬉しいけれど、お宅の妹さんにはもう少し自己主張を覚えさせた方がいいかもしれんよ。

 

 そしてフェイトが買い終わり今日のデート(?)は終わった。

で、もうそろそろハラオウン家なのだが。

 

「う……ん……スッー、スッー」

 

 俺の背中にはフェイトがのっかている。電車内で眠ってしまったのだ。でも眠ってしまうほど楽しんでくれたのなら冥利に尽きるというものだし、寝顔のフェイトはかなり可愛かったりする。

 

 エレベーターに乗ってハラオウン家の前まで行く。チャイムを鳴らすと、にやにやとした顔でリンディさんがでてきた。

 

「お・か・え・り……あら、フェイトは寝ちゃってるのかしら」

「えぇそうなんですよ」

「わざわざありがとう。……楽しそうだったかしら」 

「えぇ、楽しそうでした」

 

 背中からリンディさんの腕の中にフェイトパスする。

もぞもぞと動いたものの、目を覚ますことはなかった。

 

「では俺はこれで……っと、フェイトの枕もとにこれを置いておいてください」

「えぇ分かったわ。うーん、やり口が憎いわねぇ~」

「いやいや、寝ちゃったから渡す機会がなかっただけなんですけれど。では、失礼します」

「えぇ、今日はありがとう」

 

 リンディさんにイルカのぬいぐるみを渡して別れを告げた。

 

 さて、明日からも仕事頑張りますかね。

 

 

 

 

 

 

 その後クロノから電話がきた。

 

「あのおみやげは君が考えたものだろう」

「よくわかったな、喜んだ?」

「誰がよろ……いやフェイトから貰ったのは嬉しいが」

「やーい、シスコーン」

「な!? 元はといえば君が元凶で」

 

 楽しそうでなによりです。

 

 

 

 




今回はデートの話後編でした。


次回 シリアスが戻ってくる

この小説を読んでくださる全ての方にありったけの感謝を




抑えきれない嬉しさをここに。
Chelsea優勝おめでとう!!



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第十一話 鬼は怖いですね

前回のあらすじ

フェイトと水族館に行きました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はミッド北部のある地上部隊隊舎にいた。そう、『鬼』による犠牲者を出している場所だ。

 

 さすがに、というべきか。北部に向かうにつれ局員の緊張度が高まっており、ここの雰囲気なんぞ痛いくらいだ。

自分の家族が殺されるかもしれない恐怖が強いのか、仕事中も暇さえあれば家族に電話をかけている人が多い。

上官も見て見ぬ振り。いや、自分も電話をかけているものがほとんどだ。

 

 そして、そんな場所に俺みたいな子供がいるのもおかしなもので、先ほどからしきりにここから逃げるよう言われている。

 

 俺はここに調べに来たのだから帰ることはない。というか、なのはは本局勤めで高町家は地球にいるので、俺には心配要素がないのだ。

もしも地球にきたとして、あの家族が負けるなど考えられないからな。

 

「事件現場は……と、ここか」

 

 壁の部分に、不自然に花が手向けられているのですぐに分かった。壁は塗り替えられているので、周りに比べて異常なくらい真っ白だ。

手をあわせて死者に礼する。ここでこうしていると、無念さを呟く声が聞こえてくるようだ。

 

 ざっと一分手を合わせ祈ったあと軽く調べてみる。とはいえ調べるのはこの壁ではない。ここは鑑識の方々が隅から隅まで調べて異常なしと判断したところだ。専門職でない俺が調べても得られる物はないだろう。

 

 ならば何を調べるか。それは局員の交友関係である。ここを見張っていれば、仲の良かった人ならば花を手向けにきたりするだろう。その顔を記憶し、後で検索する。地味だが犯罪でない方法だと、これが最適だと思う。

ほら、さっそく餌に魚がくっついた。

 

 その人は少し顔が厳つい男性だった。彼はコーヒーを床に置いてどっかりと座り込む。缶をあけて自分より少し前に置き、次にポケットから同じコーヒー缶を置いてグイッと呷った。

 

 彼は

 

「ちょっといいですか?」

「ん? なんだい坊や」

「あそこで座っている方は誰ですか?」

「あぁ。あの人はゲンヤ・ナカジマ。あの場所と少しばかり関係があってね」

「そうなんですか。ありがとうございます」

 

 そこらにいた局員を適当に捕まえて質問すると、彼の名前がわかった。ここまでわかれば簡単に調べられる。

俺はその顔と名前を記憶して帰宅した。

 

 

 

 育成課に戻って早速パソコンを起動し管理局のデータベースにアクセスする。俺はあくまで二等陸士なので限られた情報しか見ることはできないが、誰がどの隊にいるかぐらいまでは見れる。

『ナカジマ』で絞り込んでみると二人ほどヒットした。クイント・ナカジマとゲンヤ・ナカジマ。クイントのほうはゲンヤの妻のようだ。

で、肝心のゲンヤ・ナカジマは……と。でたでた。

 

 ゲンヤ・ナカジマ。時空管理局 陸上警備隊108部隊隊員で一等陸尉……か。

年齢的に考えるとキャリア組というわけではなさそうだ。本人の腕でなりあがったのだろう。

指揮官訓練も終了しているらしく、将来の部隊長といったところか。

 

 ゲンヤ・ナカジマを映し出したウィンドウはそのままにし、新しく同じページ開く。次に調べるのは殺害された108部隊の局員だ。

ユーノから顔写真と名前は頼み込んで貰ったので108部隊員と照合するだけである。

 

 こういうときにインテリジェントデバイスがあったらと思う。インテリジェントデバイスがあれば、こうやって探すときなど写真ですむのだ。効率が段違いすぎる。

 

 そんな愚痴を考えながらスクロールしていくと一つの場所でとまった……こいつか。

他の二人は別の隊だったのでこいつでほぼ間違いないだろう。歳を考えてもゲンヤ・ナカジマと同じくらいだ。訓練校の同期とかそういった繋がりなのかもしれない。

 

 さて、今日はこれから訓練もある。これくらいにしておくか。

 

 ウィンドウをすべて閉じて電源を落とした。

 

 

 

「んじゃぁ。今日は実戦訓練の日だから……私とやろっか」

「……はい」

「元気ないよ!」

「はい!」

 

 無理に声をだすが新人達の顔は一様に暗い。なにしろ相手はロッテ。白兵戦の腕前ならば管理局トップクラスの実力をほこる相手だからだ。

何度か訓練はしているが、そのたびにボッコボコにされている。

 

「ほら、さっさと配置について」

 

【今日は一人一人の幅を狭めよう。全員の間隔を6mに変更】

【【了解】】

 

 ロッテとアリアは得意分野が完全に別れている。ロッテが白兵戦でアリアが遠距離魔法だ。それゆえいつもロッテに負ける原因は懐に入り込まれることだ。今回の作戦は一見、理にかなっているように見えるが相手はロッテ。どんなことをしてくるかわからない。

だからーー。

 

「開始!」

 

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 

 ーーまずは遠距離に逃げて貰おう。

 

 俺の背後に開いた巨大な宝物庫から木刀や竹刀といった、木でできた武器が豪雨のように降り注ぐ。

 

 さすがに対人訓練の場合、宝具を使うとまずいので木刀や竹刀を複製して射出しているのだが、地面に当たった瞬間に木刀が砕けるのを見ると、十分危ないと思う。ロッテなら平気だと思うけれど。

 

「まだまだ甘いよ!」

 

 近づいてくる木刀の雨を前に、グッと腰を落とし構えた。……まさか。 

 

「はぁぁっ!」

 

 ロッテが拳を振るうごとに一つは受け流され、一つはたたき折られる。しかも正確に自分の身体に当たるものだけを選んでいる。動体視力、拳の強度、スピード。全てにおいて予想を遥かに越えていた。

 

「うわ……」

「……すっげ」

 

 最後に飛来した竹刀を回し蹴りで叩き落とし、勢いのままにクルッと回って撃墜終了。ロッテの周りには、円上に木の残骸が山積みとなっている。

 

 超絶美技を見せられた育成課の面々はロッテに魅せられて近づこうとすらしていない。俺も驚いたし仕方ないけれどね。

だからこそここで俺が突撃するしかない。戦闘経験は俺の方が圧倒的に上なのだから、ある意味で模範的な行動もしなければいけない。 

 

 複製した木刀を構えなおし走る。ロッテも気がつきもう一度腰を落とした。距離的にはあと二十歩くらい。剣の間合いで一方的に攻撃できるように歩幅を修正し突撃する。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 気合いを入れて剣を横に払う。相手の拳は届かず、払われても俺なら途中で修正できる。上手くいった一撃だった。

だが

 

「気がつかないと思った!?」

 

 俺が歩幅を変えたのに気がついたのだろう。俺が剣を振るう瞬間。軽く後ろにさがりギリギリで剣が届かない位置に移動したのだ。

そして俺が剣を振り切り無防備になる。その時始めて前に出て渾身の一撃を放つつもりなのだろう。

でもな

 

「残念。読み合いは俺の勝ちだよ……風王結界(インビジブル・エア)!」

 

 ロッテの顔が驚愕に染まる。それはそうだろう。俺が叫んだ瞬間、何もなかった虚空に先の丸い竹刀があらわれたのだから。

 

 これは騎士王が、自分の有名すぎる剣を隠すために使った宝具。空気を圧縮することで屈折率をあげ、目には見えないようにするためのものだ。効果は単純。それゆえに汎用性に優れ、どんな機会でも扱える便利な宝具だ。

 

 そしてこれは、ただカウンターのために待ちかまえているわけではない。この竹刀の底には今、風王結界が固まって渦巻いている。そう。それを爆発させるのだ。

 

「風よ……舞い上がれ!」

「ぬあぁぁぁっ!」

 

 咄嗟に拳を引き戻そうとするがもう遅い。いくらロッテとはいえ、暴風より速く動けるなんてことはない。

 

「がっっ! ……けはっ! ……がふっ!」

 

 これで試合終りょ…………あ。

 

「こら! 石神二士!」

「す、すいません。リーゼロッテ副長」

 

 いやいや、さすがにやりすぎた。途中から完全にスイッチ入ってタイマンみたいな事をしてしまった。風で隠すまではいいとして、なんで爆発までさせたんだろう。

 

「……うぐぅ……」

 

 腹部を抑えて悶絶している。だがロッテでよかった。ロッテの鍛え抜かれた腹筋があったからこそ悶絶ですんでいるのだ。たぶんアリアだったら貫いていた。

 

「剣介さん。やりすぎです」

「大丈夫? リーゼロッテ副長」

 

 何かがおかしいと察知したのか他の新人達も駆けつけてきた。うーん。本当に申し訳ない。

 

「ほらさっさとロッテを医務室に連れて行きなさいな。他の新人達は私と訓練の続きね」

「了解!」

 

 まだ動けないロッテの腹部を刺激しないよう気をつけて抱える。はぁ……本当に失敗したな。たぶん実戦だったらロッテはあそこまで危険な戦いはしなかっただろう。乾坤一擲の賭けにでるには早すぎる。 

で、俺は添えるだけでよかった罠を射出……と。アホか。

 

 途中でリズに声をかけて同行を頼む。さすがはアインツベルンというべきなのだろうか。リズとセラはただのメイドの力を大きく越えている。というか、一人いれば全て足りるくらいの能力を持っているのだ。

 

「よっと。すまんなロッテ……平気か?」

「ん……なん……とかね。当たる……前に折ったんだけど、勢いが止め……られなかったよ」

 

 ……マジでか。たぶんあの瞬間。音速を超えていたであろう竹刀を折っていたとは、さすがロッテ。

でもそれでこのダメージなんだよな……本当にやりすぎた。

 

「剣介様」

「どうだった? リズ」

 

 負傷の確認をするために身体を触っていたリズが手を止めてこちらを振り向く。どうやら終了したようだ。

 

「どうだった」

「はい。重度の打ち身です。このままでも平気かと思いますが、少々内臓を傷つけている可能性があります。どうなされますか?」

「そっか、ありがと。俺が治癒するからいいよ」

「わかりました」

 

 内臓器官の損傷と外部の打ち身なら両方から治さなければならないか……まぁどっちでも手間は変わらないんだが。

ロッテのシャツをめくって患部を露出させる。肌は赤黒くなっていて、他の白さとのギャップが際だっている。

 

「じゃぁロッテ……いくぞ」

「ん。了解」

 

 バビロンから短剣を出し手のひらに当てる。そしてーー

 

治療変換(セラフィエ・カンバセイション)

 

 ナイフを一気に引いた。

 

 肌色の手に一筋の切れ込みが入り鮮血の赤が手を覆う。俺はそのまま血をロッテの腹に垂らし、次にロッテに飲ませる。

 

 これは俺の魔術。起源の一つである『癒』を主体とした魔術だ。

自分の血を変換することによって骨折くらいならすぐに治せるようにする物だ。血、そのものに治癒効果があるので、他人の外傷だけでなく飲ませれば内臓器官の治療にも使えるのだ。味は保証しないけど。

 

「ん……っはぁ。んー……うぇ」

 

 渋い顔をしながらも喉をゴクリと鳴らし一気に飲み干した。先ほど垂らした血も、もう効果を発揮したようで赤黒かったお腹は元の透き通るような白い肌に戻っている。

 

「これから10分は動けないんだっけ?」

「そうだな。副作用ってやつだ」

 

 強力な魔術を使うにはそれなりのデメリットが伴う。この『癒』の魔術に関してもそうだ。元の血に戻すまでの10分間。チート能力がほぼ全て解除されるのだ。

それは宝具の使用だけでなく、身体能力も10歳のそれになってしまう事を示している。当然普通の10歳よりは圧倒的に上だが、それでもチート能力に慣れた身体を動かすのは厳しく、歩くだけでもなかなかに辛いのだ。

 

「じゃさ、ちょっと話さない?」

「いいけど何をだ?」

「『鬼』について」

 

 室内の温度が急激に下がる。にこやかに笑っているロッテだが、それが逆に怖い。何を言われるのやら。

 

「さっきさ、北部の隊舎にいたでしょ」

「……その感じじゃごまかしても無駄か。なぜ知ってる? 今日の昼間だぞ」

「お姉さんの情報網をナメちゃだめってことよ」

 

 あくまで軽く話しているが、何を考えているのか真意は見えてこない。それでも冷たい空気がただよっているので俺にとって有利な話にはならないだろう。

 

「で、俺は個人で勝手に動いているわけだが……何が言いたい?」

「……じゃ、単刀直入に言うわね。手をひきなさい」

 

 そういうロッテの目は鋭く、本気で言っていることは明らかだ。冗談で言っているのならば、あんなに刺すような目では見てこないだろう。

 

「なぜ?」

「危険だからよ。いくら剣介でも、一人であいつらを相手にしたらろくな事にならないよ」

 

 相手は次元世界最大の犯罪組織。俺一人では歯牙にもかけられないだろう。いくらチート能力を持っているとはいえな。一騎当千の武将が一人いたところで万には勝てないのだ。戦いは数。これは真理だろう。

 

「じゃあ数でも上まわれるとしたら?」

「本気で言ってる? 相手は最大の組織。そんなところ相手に管理局が手を出したら戦争になるわよ」

「それは殲滅戦になったら。の話だろう。……管理局には『鬼』に対して沸点超えそうな人が一人いるだろ」

「いるにはいるわね。でも、いくら彼でも『鬼』を敵に回すにはもっと時間がかかるわ」

「そうだな。でもこれ続くぜ」

「……なんの根拠があって?」

 

 いぶかしげに俺を見る。そんなロッテに対し、ニヤリと笑い俺は一つの切り札をだす。

本来ならこんなところで使いたくはなかったんだけど状況が状況だ。

 

「殺された局員にはある方向性があるからだ……とはいえこれはまだ予想の域。あと数人は殺してくれないと証拠として弱いがな」

「…………それが本当なら力付くでも聞き出すしかないわね」

 

 バチンと拳で手のひらを殴りこちらを見てくる。まぁこういった反応が帰ってくるのは予想できた。逆にこういう反応以外考えてなかったというべきか。

未だ力が戻ってない俺相手でも容赦する気がないのは、その闘気から伝わってくる。

 

「まぁまてロッテ。事件を調べて少ししかたってない俺が気がついたんだぞ。調査してるやつらが気がついてないはずないだろ」

「そうね。ならなんで動きがないのかな?」

「そりゃ根拠が薄いからだ。さっきも言ったろ予想だって」

 

 浮かしかけた腰を落としベッドに身体を沈みこむ。呆れたかのように息を吐くロッテ。俺もドッと疲れがでたのでイスに座り背中を背もたれに預けた。

 

 ロッテやグレアムさんの言うとおり、『鬼』を相手にするには危険が伴う。それは分かっている。でもこうやって危険な事をしなければ得られない事もあるのだ。

それを得ようとしているから俺が捜査をやめはしないだろう。

 

「ねぇ剣介。私はさ、あんたの事が心配なのよ」

 

 少し時間が立ち、空気が弛緩したところでロッテがつぶやいた

 

「勝手な行動してるからか?」

「ちがう。あなたの能力が、よ」

 

 ロッテは笑いながら俺の言葉を否定した。

俺の能力……か。まぁ分不相応な物を貰っちまったってのはあるよな。

 

「あなたはまだ10歳でしょ。そのくせして達観しすぎなのよ」

「そりゃ俺だけじゃないさ。なのはだってフェイトだって精神年齢はむちゃくちゃ高い」

「あの子たちと比べても、よ。なのはちゃん達も大人っぽいけど、子供な部分がキッチリとある。でもあなたはどう見ても高校生くらいの大人なの」

 

 そりゃ元の世界では高校生だったからな。10歳くらいの精神年齢がどれくらいか分からないし、たぶん真似もできない。小学生に戻る。ってのも結構難しいのよ。

 

「まぁ心配してくれるのはありがたいけどな。そこまで気にするもんでもないさ」

「……はぁ、わかったわ。あくまで引く気がないのなら、単独で動くのは禁止。これからは私とアリアも捜査に参加する」

 

 ロッテのありえない言葉に本気で耳を疑った。彼女たちはグレアムさんの使い魔だ。主の意向に反することをするなどありえない。と思ったのだが。

 

「本気で言ってるのか?」

「もっちろん! 父様を出し抜くような真似になっちゃうのは申し訳ないんだけどね……これ以上犠牲者がでてもいいわけじゃないからさ」

 

 そうやって呟くロッテの顔はポーカーフェイスで真意は読み取れない。……でも手を思いっきり握ってるんだよなぁ。爪を食い込ませて悔しさを紛らわせているのは明らかだ。

 

「……じゃあ甘えさせて貰うよ」

「そうそう。何かあれば遠慮なく甘えなさい。私は皆のお姉さんなんだから」

 

 ロッテが腕を突き出してきたので俺も倣う。そして拳の距離は近づいてーーコツンと子気味よい音が響いた。  

 

 




今回もグデーっとした回なのですが……まぁ次回はもう少し情勢が動くことを期待しましょう。

リーゼ姉妹が剣介の味方をしたことに違和感を覚える人も多いと思いますが、大きく説明するとこういった理由です。
グレアムさんは、隊を危険に導くから。という理由で、上からの要請がなければ隊として動くことはないと断言した。
リーゼ姉妹は単独捜査が危険と判断し、剣介を手伝う事によって危険を減らそうとした。

まぁこれがどう転がるかはこれからの展開次第です。

次回 ナカジマ家とは……?

この小説を読んでくださるすべての方々にありったけの感謝を



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第十二話 なのはの映画は大人気みたいですね

前回のあらすじ

リーゼ姉妹も捜査に加わってくれるそうです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケンスケ……いい?」

 

育成課の自室で装備の点検をしていると、部屋の外からリズの声が聞こえてきた。

 

「あぁ、いいぞ」

「失礼し……ます」

 

 たぶんセラに言われたのだろう。とてつもなくぎこちない失礼しますを言い、ドアを開けた。

俺はメイドだからって口調を気にするタイプではないんだけど、それをセラに言ったら怒られたんだよな。ちょっと不服。

 

「頼まれてたもの、届いた」

「お、やっとか。サンキュー」

 

 リズから封筒を受け取り、一気に封を開けて中の紙を取り出す。表紙には期待通りの言葉が踊っていた。それは。

『ナカジマ家調査記録』

 

 データだけで人は判別できない。かといって俺やリーゼ姉妹が聞き込みをしていたら足が着いてしまう。ということで、プロの調査屋に頼んでおいたのだ。

 

「で、調査結果は……と。うん、期待通り」

 

 ナカジマ家。家長ゲンヤ・ナカジマ 妻クイント・ナカジマ 長女ギンガ・ナカジマ 次女スバル・ナカジマ。

こういったデータが羅列してあるのだ。それぞれの所属部署や年齢。通っている学校の名前なども載っている。

 

「リズ。リーゼ姉妹を呼んできてくれ」

「わかった」

 

 二人が来るまでの間にもう少し見直してみる。ゲンヤ・ナカジマはおいておくとしてクイント・ナカジマ。彼女はエリートのようだ。あのゼスト隊に所属している。

 

 ゼスト隊というのは、管理局地上本部でも最強の部類に入る捜査部隊だ。部隊員こそ少ないものの、有名なストライカーであるゼスト・グライガンツを中心に一騎当千の猛者ばかりを集めていることで有名だ。

 

「戦闘方式は……と。うわっ、顔に似合わず力押しタイプかい」 

 

 これくらいのエリートになるとどんな戦闘スタイルなんだろうと調べてみたら、両腕につけたナックルで敵を倒すという超近距離の格闘タイプだった。……まぁ姿に似合わない戦闘スタイルは、なのはで慣れてるけどさ。

でも、これだけ整った綺麗なお姉さんが格闘か……少し見てみたい気もするな、デカパイだし。

 

「ケンスケ、つれて、きた」

「連れてこられたわ」

 

 青少年ならありがちな考えをしていたら、ドアをノックする音が聞こえてアリアが入ってきた。

 

「ロッテは?」

「ん、いま外に出てるわね」

「りょーかい。じゃあ取りあえずこれ」

 

 俺が差し出した資料をペラペラとめくっているアリア。俺はその間に別情報を整理することにした。それはナカジマ家の子供、ギンガとスバルに関しての物だ。同じ情報屋に、この二人だけ別料金で詳しく調べて貰ったのだ。

ギンガにスバル。今回の事件は、こいつらがキーマンになると思うんだよな。

 

「ふぅん。あのクイント・ナカジマがいるのね」

 

 アリアは読み終わった資料をバサッと机の上に投げ捨てて肘をついた。何を考えているのかわからない顔をしている。

 

「でもゲンヤ・ナカジマも可哀想ね。これだけ娘二人が母親に似ているなんて」

 

 クスクスと笑いながら感想を口にするが、それは残念ながら間違いだ。

ゲンヤ・ナカジマとクイント・ナカジマに娘……いや、子供なんて存在しないのだ。

 

「アリア、これ」

「ん? これは……嘘でしょ」

「うんにゃ、これでも別料金を払って貰って調べて貰ったんだ。嘘はつかないだろ」

 

 手渡した資料に絶句するアリアを見ながら、テーブルに置いてある紅茶を持ち一口飲む。紅茶のふんわりとした匂いがいい感じ。

 

 と、まぁ。俺もこうやって少し落ち着くしかなかったのだ。瓜二つにしかみえない二人の娘。ギンガ・ナカジマにスバル・ナカジマは、少し前にクイントが拾ってきた子供だという。

 

「……クローン?」

「そう考えるのが自然かもな。自分の娘でも、これだけ似ないだろ」

 

 そもそも、スバルとギンガが同じ髪色、目、顔立ちをしているのもおかしいのだ。一卵性双生児ならともかく、歳が離れているからそれはない。加えて二人を大人にして髪を伸ばすとクイントそっくりになるとしか思えないのだ。これは誰がどう考えても不自然。本当に子供ならばゲンヤ・ナカジマの血も混じるだろうからな。

 

 しかし、俺が親ならばどうだろう。自分の妻の瓜二つの子供を引き取って育てようなどと思うだろうか。

それを考えると人間的に素晴らしい人なのかもな。

 

 ただもう一つの疑問がある。地球でクローン技術は、倫理面の問題だけでなく短命である。という理由で研究は進んでいない。

宇宙の技術ではそこを克服しているのかどうか。それが気になる。

 

「いや、もう一つ可能性があるわね」

 

 とても言いにくそうに、思いつめた表情でアリアがつぶやいた。伝えたくない。という気持ちが痛いほど伝わってくる。

こういうときは、たとえビックリするような事実でも騒がずに対処しなければいけない。わざわざ言いにくい事を伝えてくれるんだからな。

 

「その可能性とは?」

「……あなたの極身近にいる子よ」

「俺の身近……? あぁフェイトか」

 

 大魔導師プレシア・テスタロッサの娘アリシア・テスタロッサ。彼女が亡くなったことによりフェイトが産み出された。

使い魔を超える人造生命の再現と死者蘇生の研究。そのプロジェクトの名前がプロジェクト『F・A・T・E』。

プレシアの記憶などで再現されたので、クローンというよりは人造魔導師と言ったほうが正しいのかもしれない。

 

 だがこれで再現されたとはいえ、フェイトは普通の人間だ。短命というわけでもなければ生殖機能だって問題ない。

フェイトを人間にしてしまったのは、ある意味プレシア最大の失敗だろう。彼女がフェイトを愛しながらも毛嫌いしてしまった要因は、アリシアと違う性格にあったのだから。

記憶を頼りに強引に記憶を操作すれば人形になる。記憶をイジらなければ同じ人格にはならない。小学生でもわかるジレンマだな。

 

 しかしプレシアは俺の手で殺した。そして研究成果などは管理局が全て闇に葬った……はずなのだが。

 

「待て、管理局内に内通者がいるというのか?」

「少し落ち着きなさい。管理局に内通者がいるとは言い切れないわ。プレシアが生きている間に研究協力した人かもしれないし、そもそも今回の事件とは関係ない可能性だってある」

 

 アリアにたしなめられて少し冷静になった。

そうだ、今回の事件。人造魔導師を狙うならもっと絞り込んでくるだろう。あくまでギンガとスバルの発見は副産物にすぎないのだ。

 

 だが副産物だとしても疑問点が出てくる。なぜクイント・ナカジマに瓜二つなのか、だ。

彼女が研究協力をしているとでもいうのだろうか。

そうであるとするならば管理局が関わっている事がいよいよ現実味をおびてくる。

 

「なら、なぜこいつらはクイントとそっくりなんだ?」

「あら? 剣介は人造魔導師には詳しくないのね。いまは少量のDNAがあれば造れるのよ。それこそハンカチに血を染み込ませるくらいでね。それくらいなら簡単じゃないかしら」

「……ふむ。少し自分でも調べてみるか」

「ふふっ。そうしなさい。他人の情報を鵜呑みにするのは危険だわ」

 

 アリアの忠告を受けて考えを改める。

金で雇ったプロ以外の情報や地球の常識を信用するのはかなり危険だな。

ここは地球の外。地球よりよっぽど文明が進んでいる国なのだから。

 

 

 さて、本題から脱線してしまった。今日考えるべきことは他にある。スバルやギンガはどうでもいい情報なのだ。

そしてそれは、どうやってゲンヤ・ナカジマと接触するか。

いきなりガキが調査の協力を頼んだって受けてはくれないだろう。リーゼ姉妹は最後の切り札として残しておきたいし、グレアムさん的な意味で切りたくない手札なのだが。

 

「最初は武力面で頼りになる。というような方法も考えていたんだけれどな」

「クイント・ナカジマがいるなら武力は必要ないわよね」

 

 彼女が一人いれば最低限の武力は確保できるのだ。いざとなればゼスト隊の面々も引っ張ってこれるしね。

 

 そんな感じで考えている俺に浮かんだのは一つの提案。しかしこれは……人としてどうなんだろうか。前のアリアを見ると、同じ事を考えついたようだ。

名案……なんだけどなぁ。という表情をしているのが何よりの証拠。

 

「やっぱ……やるしかないのかね」

「そうね……これ以上の策もないでしょう……はぁ」

「じゃあ来たるべき日に備えて根回しし始めますか」

「そうね。そうしましょう」

 

 立ち上がってドアを開ける。さぁこれから第二局面だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある星にある部屋。そこに男だろうか、女だろうか。とにかく人が数人いるようだ。一人は座っており、他の者はそれを取り囲むように立っている。

部屋の中央部は光に満ちているのだが、人のいる部分は暗い。中央部に立った人間は、人が数人いることしか確認できず、逆に暗がりにいる数名は細部まで見えることだろう。

 

「では、そろそろ呼ばせていただきます」

 

 涼しげな秋空を思い出させるような爽やかな声が響く。手にはいつから持っていたのだろう。誰かの履歴書を持っていた。

彼の名はトール・マーグリス。次元世界最大の犯罪組織『アヴァタラム』の幹部であり、人事などを総括している数少ない文官である。

 

 横で気だるそうに座っている人物と、そのほかの者に心の準備を込めた確認をする。そして

彼らが頷いたのを確認し、今日のメインである万隊長を呼んだ。

 

 

 

「失礼します」

 

 少し硬い声を絞り出して入ってきたのは、若い男だった。瞳には羨望、喜び、狂気がないまぜになった混沌の色が浮かんでいる。

 

「えぇ。そこにおかけになってください……今日は良い天気ですね」

 

 少し緊張しているのだろうか。

そう感じとったトールは、軽い世間話をする。今日の質問に緊張は邪魔だからだ。

 

 この万隊長。『アヴァタラム』に入ってからの年月はとても浅い。それにも関わらず幹部一歩手前の万隊長にまで成り上がる事ができたのは、基本能力だけでなく、どんな相手を殺すのを躊躇わない残虐性と、不思議な人望。そして完全実力主義の態勢にあるだろう。

 

 この完全実力主義の中で、彼が任せられている仕事。それは現在の『アヴァタラム』でもっとも重要な案件と言うのが正解だろう。

それは管理局員連続殺害。複数の局員及び複数の近縁者を残虐かつスマートに殺害したのは彼だった。

そんな彼がこの功績を受け、幹部に推薦されるのは当然の流れと言えるだろう。

 

「さて、では最初の質問です。今回の手口。誰と考案し、誰と実行しましたか?」

「私の直属の上司であるゲール様です。実行したのは私一人です」

「あの手口は素晴らしいものでした。監視カメラに自分の姿を一切映さずあれだけの強烈なメッセージを送る。誰にでも出来ることではないでしょう」

「お褒めいただきありがとうございます」

 

 少しづつ顔が変化する万隊長と違い、ポーカーフェイスを崩さないトールから感情は感じられない。自分の言うべき事を淡々としゃべる。それを実行しているだけのように見える。

後ろの幹部達も同様だ。直立不動で動かない。まるで蝋人形かなにかのようである。唯一動くのは一人座っている人物。肘置きに片肘をついて頭を載せ、欠伸をしながら退屈な雰囲気を押し殺そうともしていない。 

 

 実はこの万隊長、かなりプライドの高い人間である。自分をバカにする上司を遠慮なく殺害したこともあるのだ。

しかしそんなプライドの高い男でさえ、目の前で座っている男の所作は気にならない。むしろ陶酔した表情でそれを見つめている。このことから座っている男のカリスマ性が知れるというものである。

 

「では次に、なぜあなたはなぜ管理局員を殺害したのですか?」

 

 この一言で明らかに空気が変わった。直立している者だけでなく、先ほどまで退屈そうに座っていた男でさえ鋭い眼光で万隊長を見据えている。

この雰囲気を感じ取れないほど愚鈍な者では万隊長になりえはしない。彼もまた生唾を飲み込み質問の答えを探る。

しかし相手は百戦錬磨の幹部達。下手な嘘は通用しないだろうと考え、純粋な気持ちを話す事にした。

 

「少し……少し長くなりますがよろしいでしょうか」

「……えぇ、かまいませんよ」

 

 ここで空気が一気に弛緩して、かなり話しやすいムードになる。成功したか? という気持ちとここで油断するな。という二つの相反する気持ちを抑えながら彼は話し始めた。彼の昔話を。

 

 

 

彼は幼い頃、活発な少年であった。少々厳しいが自分を愛してくれる母と、家では優しい父。二人に囲まれた少年はすくすくと育つと思われていた。自分も、そして周りも。

 

 その証拠に、彼が幼稚園児の頃書いた将来の夢は父と同じ管理局員である。

そしてそれを叶えるために彼はよく勉学に励み、運動に興じた。このまま成長すればキャリアになるに違いないと、彼の父も母も期待するほどだった。

しかし、そんな暖かな生活はあっけなく終わりを迎える。彼の両親が殺害されるという最悪の形によって。

 

 だが彼は頑張った。父母を殺した犯人を捕まえようと、それを生涯の目標にしようと心に決め、今まで以上に自分を追い込んだ。

その成果もあり、元々の才能もあり、彼は小学校を首席で卒業した。それも圧倒的にだ。

 

 しかし、同じように勉学に励んでいたある日。彼に一本の電話がかかってきた。それは非通知で一瞬でようかでるまいか迷い、ちょうど暇な時間であったことをキッカケに電話をとった。そこで彼は、今まで積み上げてきた物を全て失ってしまうほどの衝撃に出会うのであった。

 

 

 

 

「もしもし、ーーですが」

「よかった。繋がって……ーー君であっているかな?」

「えぇそうですが……あなたは?」

「………………」

「……もしもし?」

 

 電話をとると、40歳くらいだろうか。少々老けながらも精力的な男性の声がきこえた。だが彼が名前を尋ねるも口を開かない。何かがおかしい。そう思った彼は電話を切ろうとするが、ある一言によって遮られた。それは驚くべき事だった。

 

「君は、君はーー夫妻。君の両親の死の真実を知りたくはないか?」

「…………は……? ど、どういうことですかそれは!?」

 

 頭が回らない。彼を表現するのにこれほど適した言葉はないだろう。本能的に危険を感じとった脳は彼に警鐘を鳴らすが、それ以上に復讐心、探求心が勝ってしまった。彼の運命が根本から変わった瞬間なのま間違いないだろう。

 

 電話口の男が話した内容はにわかには信じられない内容だった。彼の両親が管理局員に殺されたというのだ。

そんなはずはない。

そんなことがあるわけがない。

そう思った彼だが男はドンドン追い詰める。

 

 彼の父親が見てはならない何かを見てしまったというのだ。そして彼が殺される瞬間を自分はたまたま見てしまったと。そしてその者が名乗った名は管理局最高評議会親衛隊。最高評議会子飼いの暗殺部隊であるとも教えてくれた。

 

 最後に男は、真実は自分で確かめなさい。とだけいい電話をきった。

彼の驚きは大きく、数日間食事が喉を通らなくなったほどである。

そして彼がとった決断は……管理局について調べることだった。これまで盲信的に信じていた管理局。先ほどの男の言っていたことが事実だとするのであれば、彼は自分の敵のために命を捧げていたといっても過言ではない。それはあってはならないことだ。

 

 自分の出来る範囲で積極的に調べ、聞き込み、理解し、納得し、反芻し、彼が選んだ先は……『アヴァタラム』だった。

 

 

 

 

「どう考えてもおかしかった。そもそも管理局という名前からしておかしい! 世界を管理するのなんて神の領域だ。人間が立ち入っていい場所ではない! そして私の先祖がいた土地では三権分立なるものが成り立っている。管理局はその星を未開惑星として設定しているが、権力を分散させず集中させるほうが未開だとなぜ分からない! 加えて犯罪者でも子供でも、力さえあれば良いという精神なんぞクソくらえだ! こんな……こんな組織に父が籍を置き、そして殺されたのかと思うと反吐がでる! 確定的な証拠は出てこなかったが、どう考えても父母は殺された! これほどの悪行を重ねた管理局が殺さないはずがない! だから……だから俺は管理局相手に復讐をしたい! 管理局員を殺したい!」

 

 一息で話し終えた彼は肩で息をしながら息を整える。それほどまでに怒りは深く、根太いものだった。彼にとっての管理局は、既に憧れの場所から憎しみの場所へと移っていたのだ。

 

 そこまで苦しんだ者の慟哭が胸をつかないわけがない。この語りをもし近くで聞いたならば、涙を流して彼に賛同している者は多いだろう。

 

 そして、そんな彼の魂の叫びを聞いて、座っている男は立ち上がった。そして近所に散歩をしにいくように命じたのだった。

 

「おい。こいつ()を始末しておけ」

「はっ! 了解しました!」

 

 

 

 




感想感謝コーナーです。
『竜華零』さん感想ありがとうございました。

今回、アンチ管理局といえる描写がありますが、私はアンチ管理局ではありません。先ほど書いてある事には、子供を雇用している以外にはしっかりと反論がありますので。
これからさき、アンチ管理局ともとれる展開に進むかも知れませんが、私は魔法少女リリカルなのはにおいて、アンチ要素を使おうとは思っておりません。


なんか、全然リリカル成分がありませんね。むしろ最後なんてホラーに近づいている気がします。やはりオリジナルは難しいものですね。オリジナル展開で面白い物を書いている方は尊敬に値します。

次回 下準備

この小説を読んでくださる全ての方々にありったけの感謝を



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第十三話 タイトルが思いつかない

前回のあらすじ

第二局面だそうです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は育成課が休みなので、朝から俺とロッテ、アリアで根回し作業をしている。

いくら俺の狙い通りに事が運んでも、 育成課が動けるようにならなければ意味がないのだ。そのために重要なことと言えば、まぁ根回しになるわな。

 

 そういうことでやってきたのは聖堂教会。ミッドでは管理局並みの影響力を誇る宗教組織だ。地球でいえばキリスト教のようなものだろう。

俺自身に信仰心はないのであまり来る機会はないと思っていたのだが、以外と早く訪れることになった。

 

 ミッドの郊外にある聖堂教会の本部。本部らしく相当でかい。外から見た大きさはなんと言えばいいのだろう……あのネズミがハハッ! と言っているようなランド並といえばいいのだろうか。

当然宗教施設なのでおごそかな雰囲気だが、その中にも豪奢な装飾がしており、何とも言えない融合をおこしている。

 

「俺たちはどこに行けばいいんだ?」

「えっとねぇ~第二会議室らしいよ」

「宗教施設の割には、そこらへんの呼び名はあっさりしたもんだな」

「旅館じゃないんだから当たり前でしょうが」

 

 まぁ確かに、ザビエルの間、ガブリエルの間。とかじゃなくてよかったかも。何かが待ちかまえてそうだしな。

 

 敷地内を歩いていくとパイプオルガンの音が聞こえる。前世で一度だけ実物を見たことがあるのだが、それは荘厳なものだった。

教会の背面一杯に金色の筒が何本も並び、三段にもわたる鍵盤を操作するとそれぞれに違う天使の音が流れる、人間が生みだしたとはとても思えない天上の音楽。それがパイプオルガンなのだ。

 

 とはいえ今日ここに来た理由は祈るためでもオルガンを聴くわけでもないからな。もっと色気のない用事だ。

 

 二つほど大きな教会を通り過ぎると、不釣り合いのはずなのに、なぜかキレイにこの場の雰囲気とマッチするビルが現れた。

日本に似た感じで装飾がほとんど施されていないのに違和感がないのは、建設業者が頑張ったとでも言えばいいのだろうか。

 

 アリアが受付に行ってパスをもらい、受付の奥にあるゲートをくぐる。やはり要人が多いのでテロ対策をしているのだろう。内部のセキュリティーはかなり頑丈だ。

会議室につくまでに3回のボディチェックをされるとは……。

 

 会議室のドアを開けると、どうぞ。という声が聞こえたので中に入る。中には今日のお相手、ルマン枢機卿が待っていた。

 

 

 

「どうぞ。かけなさい」

「「失礼します」」

 

 枢機卿の言葉を聞いて座ると、修道服を着た女性がコーヒーを持って入ってきた。

今日話す内容が内容だけに、あまり人は着てほしくない。俺もリーゼ姉妹もそう思った。するとそれを察したのか、笑顔でルマン枢機卿は俺らの不安をなくす。

 

「彼女は私専属の修道女だ。彼女はいないものとして扱ってくれて構わないよ。彼女が秘密をもらすことは、聖王に誓って絶対に無い」

 

 猫のような目をした女性は一礼すると壁の脇まで移動した。話は聞かないという意思表示なのだろう。

俺もリーゼ姉妹も不安なところはあったが、聖王に誓ってとまで言われては何も言えない。日本人には分からない感覚だが、自分の信じる宗教に誓うというのはそれほど重いものなのだ。

 

「では話を聞きましょうか。石神君だけならばまだしも、グレアム君の使い魔である君たちが彼からのアポをとらず直接会いに来たというのは、それほどの用事だからでしょう」

 

 少し考えればすぐに思いつく事ではあるから、驚いてはいない。でもこの品定めするような視線はやめてほしい。枢機卿といっても人の子。というわけなのだろうか。

しかし今そこを気にしていては始まらない。俺たちは、今まで起こったこと、そしてこれからの推論を話し始めた。

 

 

 

 一気にしゃべり終え、一息つく俺たち三人。ロッテは、わざわざあの話までしたからなのか疲れた顔をしている。

話を聞き終えた枢機卿は修道女にコーヒーのおかわりをもらい、味わって飲み干してから口を開いた。

 

「私もその話は聞いている。彼らは人間の欲求をそのまま発散しているのだろう。

それで、この話を私にして何をしてほしいのかな?」

 

 ……単刀直入だな。もう少し引き延ばしてくるかと思ったが、めんどくさかったのだろうか。

テーブルの上でキッチリと手を組んでいる姿からは、どちらに転ぶかまったく分からない。でもここまできたら話すほか無い。というか、そのために来たのだから。

 

「根回しをしてほしいのです。私たちが部隊として動けるように。」

 

 俺たちが今日ここに来た目的。それは根回しだ。グレアムさんは上から命令されなければ動かない。と言っていた。それは逆を言えば、上からの命令があれば動かざるをえないということだ。ここで後見人の人々が活きてくる。

だがガイナスさんは役に立たないだろう。能力的な問題ではない。彼はグレアムさんと近すぎるのだ。

それに比べて枢機卿は違う。彼はグレアムさんと友人関係ではなく、後見人なので影響力が強いという、こちらの条件に会う使い勝手のよい人だったのだ。

そこを見逃すような俺たちではない。

それに、もしも後見人からの要請がなければ、せっかく捜査を命じられても、断ってしまう危険性があった。

 

 組んだ手はそのままに、目を閉じて考えている枢機卿。まぁ虫の良い話だ。これが露見すれば、彼の後見人としての地位は下がるのに比べ、メリットはあまりない。当然俺たちの部隊が事件を解決すれば株はうなぎ登りだが、『鬼』相手にそんなことは無理。と考えるのが普通だろう。

 

 たぶんこのままでは断られる。そう判断してアリアとロッテに目配せをすると、二人とも頷いた。たぶん二人もそう感じていたんだろう。

俺はバビロンを展開するーーと同時に首筋に冷たい銀のきらめきがあった。

 

「不審な動き……するな……斬る」

 

 目の前にいるのはあの修道女。俺が一歩でも動けば本当に斬るのだろう。それを感じとったリーゼ姉妹も動けない。

命の危険を感じているわけではない。俺が取り出そうとしている物はその手のものではないからだ。しかし、いっさい反応できなかった。そこに驚いた。格別に素早かったわけではない。俺も視界ではとらえられていた。でもいつのまにか懐に入られていた。隙をつくのが上手すぎるのだ。

 

「ふふっ。まぁ待ちなさいヘレン。ここで私を殺しにかかるようなマネはしないだろう」

「は……い」

 

 押し当てられていた冷たい感触が消えた。それでも警戒はしているようで、武器でも見せようものなら斬って捨てる。というオーラをだしていた。

まぁ俺が出そうとしているのは武器だなんて高尚なものではないがな。

 

 もう一度バビロンに手をいれ、菓子折りを一つとりだした。

 

「枢機卿。これを」

「……なんだねこれは」

「私の住んでいる星。地球銘菓です」

 

 俺が差し出したのは地球にあるお菓子。まぁ無難に饅頭とかなんだけど、ただの饅頭ではない。特別製で、一般人ではあまり作れない饅頭なのではないだろうか。

その証拠に、開けた瞬間。枢機卿の目の色が変わり、ヘレンと呼ばれた修道女は定位置に向かって踵をかえした。

 

「これは……リーゼロッテ君、リーゼアリア君。君たちの指導のたまものかね?」

「そうで「違います。これを考えついたのは俺だ。リーゼ姉妹はそこまで腐っちゃいませんよ」剣介あなたっ!」

「く……ふふっ、はっはっは! こんな子供からの贈り物(・・・)は初めてだよ。わかった。これを受け取ろう。これで私も同じ穴の狢というわけだ。計画を聞かせてはくれないかな?」

「えぇ分かりました。まずはですねーー」

 

 会談は無事に。何の心配もなく終わった。そう。誰が見ても完璧に。

 

 

 

 数日後、やはりというべきか。ユーノから俺に連絡が入ってきた。内容は当然のごとく管理局連続殺害について。

新たな犠牲者がでた。というのだ。

こんどは108部隊ではなく、もう少しミッド地上本部よりにある部隊だ。手口は前と同じで、人間を昆虫かなにかと勘違いしているようなもの。

知らせを聞いた後、アリアに念話で報告し、被害現場に向かった。

 

  

「ごめんね。ぼく。ここから先は、局員でも立ち入り禁止なのよ」

「……そうだったんですか。ではまた今度くるとしますね」

 

 部隊は荒れていた。厳重な規制をしいているらしく、一般人はそもそも建物に、管理局員も、捜査官や鑑識以外は現場からかなり遠いところで規制がかかっており通れない。チート能力の一つ、五感の強化によりなんとか遠目から見ることができたが、すでに死体はなかった。人間の血液でできた花を見ることが出来ただけでもよしとするか。

 

 花を見た感想としては、一言でいえば凄惨だ。俺は鑑識の人などと違い血を見て殺されたのが何分前だとか、凶器はなんだとかは分からない。しかしそんな俺でも分かったことが一つある。

今回の被害者は、生きたまま張り付けにされたという事だ。

壁一面に広がっていた血の跡、あれは殺してから張り付けたような生温いものじゃない。たぶん何らかの方法で気絶させた後に生きたままグサッといったのだろう。これまでより残酷で、よくぞここまで悪質なものを考えたと感心するほどだ。これほどの悪意は、普通の人間では想像すらしないだろう。

 

「あぁアリアか? あぁ見てきた。うん。うん。いや、今までより酷かったな」

 

 今まで見てきた物を電話で簡単に報告する。詳しい対策は帰って練るしかない。誰が殺されたのかによって、今までの推理があってるかどうかが明らかになるしな。

同時にマルチタスクでユーノにメールをうつ。1時間でも30分でもいい。抜け出せる日がないか聞くためだ。

 

 一般局員のなかでは、収まりかけていた。と思われていた事件が再燃したのだ。今ごろ無限書庫にも理不尽な要求が届いていることだろう。

その中で抜け出させてしまうのは心苦しいが、俺も背に腹を変えている場合ではない。本格的に手を出すと決めた以上、少しでも手を抜けば喰われるのはこっちだ。やつらも、個人単位で今回の事件に関わっている人物を洗い出しに来るはずだ。そうなる前に部隊レベルでの捜査にしないと、逆に危ないことになる。 

 

「さてと、さっさと帰らないとな」 

 

 いったん頭の中をからっぽにしてリフレッシュ。マルチタスクにまだ馴れていないので、すべてを100%で扱おうとすると負担がでかいのだ。

それゆえ一回使った後は首をふるなり伸びをするなり、一度リフレッシュさせなければ保たないのだ。スマホで言えばタスクマネージャーから、全部を終了させる感じだな。

 

 あいつらを長時間待たせるのも悪いので、少しだけ足を速める。パッパと次の対策に移れるように。

 

「やっぱりだな」

「えぇ。やっぱりね」

 

 先ほど帰っている途中、ユーノからメールの返信がきた。殺された人の名前が送られてきただけの簡素なメールだったが十分だし、それくらい忙しいのだろう。

その名前を検索して年齢と階級を調べてプリントアウトする。俺の予想は間違っていなかったみたいだ。

 

「さて、今回のでほぼ確実に俺の予想通りなわけだが。これからの分担を決めようか」

「そうね。剣介、あなたはこのまま、自分の考えている通りに行動しなさい。私とロッテはそれをサポートするわ」

「了解。じゃあ、よろしくな。アリア、ロッテ」

「まかせなさいな」

 

 俺がここでやることはそこまで多くない。強いて言えば時間だろうか。ただそれだけなのだが……正直かなり面倒な事には違いない。なにせストーカーをするのだからな。 

 

 

 

 子供の笑い声や泣き声、叫び声がけたたましい。まぁでも、それは当然なのだろう。俺がいる場所はそういった場所なんだから。

ここはミッド北の保育園。普段ならまったく縁のない場所なのだが、今回は特別だ。

 

「ふぅん。これなら保育園にいる最中にさらわれるということはなさそうだな」

 

 周りをぐるりと一周してみたのだが、なかなかどうしてセキュリティーがしっかりしている。ここを選んだのはさすがというべきだろうか。

ここなら保育園にいながらにして誘拐される。なんてことにはならないだろう。乗り込んできて攫うというなら話は別だが。

 

「お、お姉ちゃん。待ってよぉ」

「あ、ごめんね。スバル」

 

 俺が見つめる先、今回のストーカー対象がいた。それはギンガ・ナカジマとスバル・ナカジマ。そう。ゲンヤ・ナカジマの娘二人である。こいつらが第二局面のキーマンだ。

 

 なぜこんなガキどもがキーマンとなりえるといえるのか。それは、前から言っている、『鬼』による管理局員殺害事件の法則性だ。 

四人目が殺されたことにより、今まで黒に近い疑惑だったのが黒になったといっても良いだろう。

今まで殺された人間は、階級も性別も、年齢もバラバラだったが共通していることがあった。それは、ノンキャリアで、年齢が30歳以上。そして局員として、将来部隊長を任せられるほどの位置にいるであろう優秀な人材。これだ。

今までは確証に至るまでほんの少し足りなかったが、今回の事件でほぼ確定できたと俺は判断する。

 

 そして、この判断を信じるとすると、ゲンヤ・ナカジマにも魔の手がせまっているのだ。彼の殺されたという友人は、彼の一歩先をいっていた。年齢でも階級でも少しだけ上だったのである。ゲンヤ・ナカジマは本来ならば友人の副官になる手はずだったのだろう。しかしその友人は殺された。そうなると、次に108部隊の部隊長となりえるノンキャリアの男……ゲンヤ・ナカジマしかいないのだ。

 

 そしてなぜスバルとギンガを見張る意味があるのか。今度は死亡時刻と『鬼』の残虐性に関係がある。

 

 これはあらかじめユーノから聞いていた情報なのだが、殺された三人のうち、一人は独身。一人は彼女持ちの独身。そして一人は家族持ち。だったらしいのだ。そして彼らの中に親、兄弟はいるが、そこらの人間には手出しをされていない。

ここから導き出される結論は、殺害対象が一家の長となったとき、その下に属するものということ。そして最新の殺害では、彼女の有無はまだ謎だが、少なくとも彼を家長とする家族はいなかったのだ。

 

 次に死亡時刻だが、これもユーノから聞き出した情報。いつのまにかこの事件に深く立ち入ることになっていたらしい。さすが天才、頼りにされているな。

その情報によると、特に家族が殺された人の死亡時刻は、子供が一番早いらしい。まずは赤ん坊、次に子供、そして妻の順に殺されていった。そして最後に局員が殺される。ここから導き出せる結論としては、息子や妻を人質にとったということだ。カップルのほうも、あまり差はないが女性から殺害されているらしいので確定と見ていいだろう。

 

 これをゲンヤ・ナカジマに置き換えてみると、残念ながら妻をストーキングすることに意味はない。彼女が捕らえられることは考えづらいからだ。クイント・ナカジマが強いなんていう情報は『鬼』ならつかんでいるだろう。ということは、狙われる可能性が高いのはこの娘っこ達なのである。たぶんこいつらを人質にしてクイントをおびき寄せ、数人がかりで制圧するのだろうな、俺ならそうする。

 

 子供をダシに使う。あまりほめられた方法ではないのだろうが、それがどうした。俺が主人公というわけでもあるまいし、とれる手は打っておいた方がいいに決まっている。 

 

 ただ一つ懸念があるとすれば、クイント・ナカジマだろうか。この娘っこ達の送り迎えは彼女がしているはずだ。彼女がいる間は『鬼』の連中も手出しはできない。へんなジレンマだな。まぁでもそこは『鬼』に期待するとしよう。上手い具合におびき寄せてくれよ。

 

 その場でくるりと半回転し、足を駅のほうにむける。どこまでも青い空を見つめながら、すっかり悪役になったなぁ。と、自嘲にも似た苦笑を浮かべながら帰ることにした。

 

 





次回 事件が動き出す前の一休み

この小説をよんでくださる全ての方々にありったけの感謝を



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第十四話 はじめてって難しいよね

前回のあらすじ

ストーキングすることになりました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのあと生活が変わったかと言われると、そうでもない。保育園にクイント・ナカジマが迎えに来るのが毎日18時くらいなので、そこから家に帰るまでを見はっていればいい。

そう考えると、少し早くなることを予想して17時くらい保育園を観察できる場所にいればよく、帰宅も直帰ならば30分ほどなので、そこまで制限はされていないのだ。

 

 これとは別に、育成課は一つの事件を追っている。ただの窃盗なのでそれほど大事にはならないだろうが、事件という意味で育成課にとっては初めての捜査なのだ。

今は二人一組で聞き込み調査をしているところだ。写真がばっちりあるので監視カメラの映像だけで捕まえることはできると思うが、下っ端の辛いところだな。

 

「ケンスケ君。次はどこに行く?」

「もっと人集まるとこいこーぜ。そうすりゃ綺麗なお姉さんに話きけんじゃん」

「なにアホなこと言ってんだ。そっちはルー達の領分」

「っかーー! なんで俺がそっちじゃねーんだよ」

「アルだからこその気がするけどなぁ」

〔まぁまぁアルさん。お姉さんならここにもいるじゃない〕

「デバイスを口説いてなんになる」

 

 俺のパートナーはサラとアルだ。サラは人見知りの部分があるので聞き込みをするときためらいがちだが、女性相手にしか話しかけないアルよりマシだ。このやろうサラがいるからって軽くサボってるな。

ちなみに俺は話しかける役ではない。小学生が話しかけてマジメに応対してくれる人がはたして何人いるのだろうか気になるところではあるがな。

 

 この事件。育成課が任せられるだけあって、それほど大きな事件ではない。数人の家に入って盗みを働いたというだけだ。少し範囲が広いものの、顔も割れているため数日で逮捕に至るだろう。 

俺たちはその逮捕に至るまでを短くするための人海戦術をしている。ルーとルカも同じように聞き込みをしているが、あちらは場所が違う。ティーダは隊舎で情報の総括、指揮をしているはずである。

 

「でー、次はどこいくのよ」

〔次は公園よ。ここでも目撃情報があったらしいの〕

「センキュー。やっぱインテリジェントデバイスは便利だな」

「うん。アイギスにはいつも支えて貰ってるよ」

〔いいのよ。サラは私の可愛いマスターなんだから〕

 

「うっしアル。あいつら置いていこうか」

「空気がピンクなんだよな」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 

 立ち止まっていちゃいちゃしていたサラが慌てて追いかけてくる。こいつはマジでデバイスと結婚するんじゃないかってくらい仲がいいんだよな。レイジングハートやバルディッシュとはまた違う。主人と一緒に歩んでゆくデバイスとでもいえばいいだろうか。

 

 レイジングハートやバルディッシュはあくまで主人であるなのはとフェイトの意思を尊重し、その意思を最大限に発揮できるように調整するという、しっかりとした主従関係を結んでいるデバイスで、アイギスは主従関係というより姉弟という感じだろう。彼の意思はもちろん尊重するが、おかしなところがあれば止める事もある。という点で、レイジングハートなどと違うのだ。

 

 このインテリジェントデバイス。持っている物は少ない。適合するものが少ないとか、扱いが難しいなどの理由はあるが、一番は高価なところだろう。個人に合わせた物となるので一つ一つがオーダーメイド。細かい調整がずっと必要と言うところもあり、支給されるデバイスと桁が数個違うのだ。ポンと買えるものではない。レイジングハートの元々の所有者であるユーノは家が金持ちである。ということだな。   

 

 凶悪犯でないから、普通に話しながらタラタラと歩いていると公園についた。

それほど広くない公園で、ここで窃盗犯が数度目撃されたらしいのだ。数人の子供が遊んでおり、親もなごみながら見守っている。

 

「アル。次はおまえの出番だぞ」

「よし! どの人妻から声かけりゃいい?」

 

 とても良い顔をして人妻を凝視するアルにちょっと危ないものを感じながら一人を指差す。かなり若くてキレイな人だ。

まだこの公園にきて日が浅いのか、他のママさん連中とは馴染めていないようである。というのが一番のポイントだな。

 

 小躍りしながら近づいていくアルに若干頭が痛くなりながらベンチに座る。ふと周りを見回すとサラが缶を片手に歩いてきた。飲み物を買ってきてくれたようだ。

ありがとう。と言いプルトップを開け一口呷ると、爽やかな味が渇いた喉を滑ってゆく。うん。美味い。

 

「しっかし平和だな~」

「そうだねぇ。平日の昼間ってのどかだね~」

 

 定年すぎた爺さんと婆さんのようなやりとりも、久しぶりにゆっくりできる事件を扱っているからだろう。ここ最近は気を張る事が多かったからな。

 

 缶の上部を五本の指で持ち、中身をくるくると回転させる。特に意味がある行為ではない。いわゆる手遊びというやつだ。こういう無意味な動作をしているときに考えるのはきまって常日頃から一番考えていること。今で言えば『鬼』についてである。

 

 俺の計画は推論を基になりたっているので、一つ狂うと連鎖的にダメになっていく。それを防ぐためには情報の取捨選択と深く考えることが重要だ。ここまで至ったら考えることはなさそうだが、もしかしたら致命的な落とし穴があるかもしれない。そう考えると頭のなかで見直しせずにはいられないのだ。

 

「どうしたのケンスケ君。考え事?」

「ん? あ、あぁ。なんでもない」

  

 サラに呼びかけられて我に帰った。いつのまにかマルチタスクを使用することも忘れて考え事をしていたらしい。

 

 一度頭をふって考え事を追い払う。いまは育成課の一員として仕事を完遂させることが先だ。スバルやギンガをストーキングしているときは思考時間などたっぷりあるからな。そのときにマルチタスクを使用して考えればいいさ。

そうやって切り替えたところで、サラが話しかけてきた。

 

「そういえばケンスケ君」

「ん?」

「ケンスケ君は、どうして育成課に入ろうと思ったの?」

 

 俺が育成課に入ろうとした理由。まぁ動きやすくするためとか、知り合いがいたほうが動きやすいとか色々あるけど、重大な理由はこれとは別だ。

俺が育成課に入った理由、それは自立。俺の自立ではない。なのはやフェイト、はやてといった、俺が守りたい人たちの自立だ。

実は、俺が望めば、俺はアースラ勤務をすることができた。リンディさんは最初はそのつもりだったし、実際に話を聞いた事もある。だがそれは選ばなかった。それは、こういった理由からだ。

 

 俺がアースラに勤務したとする。たぶん、なのはとフェイトは一緒に勤務することを望むだろう。だがあいつらは紛れもない天才だ。手柄をあげて俺の元から巣立っていくだろう。そしてそれは決して遠い未来ではない。あいつらなら大丈夫。と俺が自信を持って言えるほど成長してから、とはならないだろう。

そして俺は甘い。あいつらが俺に依存してきたらそれに応えてしまう。それが成長を妨げると分かっていてもだ。それならば最初から俺がいないほうがよっぽどいい。中途半端に一緒にいるくらいなら、突き放すのもよい選択だ。

 

 と、こういった理由なのだが、これをサラに言うわけにはいかない。たぶん言っても理解されないだろうしな。

さて、どうするか。

 

「んー。サラはどうなんだ? サラみたいにへたれが、わざわざ育成課みたいな場所に来た理由のほうが興味あるぞ」

 

 とりあえずお茶を濁す事にした。この間に理由を考えよう。

 

 サラは少し遠くを見るような目をした。それはとても寂しげだ。もしかしたら地雷踏んだかもしれない。

 

「あぁー、サラ。別に話したくなければいいからな」

 

 わざわざ本人が嫌だと思うことをしゃべらせる事はない。俺だって知られたくないこと、絶対に話さない事があるのだから。

 

「いや、やっぱりケンスケ君には知っておいてほしいかな。そんな大した理由ではないから拍子抜けすると思うけれどね」

 

 うん。と一つ頷いて、サラは口を開いた。

 

「ほら僕ってさ、へたれじゃない。前はそれが原因で、からかわれたりすることがよくあったんだよね。でもアイギスと出会ってさ、僕のへたれな部分を良いところ。って言ってくれたんだ。それがすごく嬉しくてさ、思ったんだ。こんな僕でも、同じように誰かを嬉しい気分に出来るんじゃないかって。でもそれには確固たる実力が必要だから、それが養える|育成課(ここ)を選んだんだ」

 

 話し終えたサラは、飲み物を含んだ後にアイギスを取り出して見つめている。あぁもう。本当に良いコンビだな。ただの機械ではない。AIを持ち、マスターの事を考え続けたからできる絆。ただの人間ではない。デバイスとともに歩んでいくと決めたことによる全幅の信頼。

こいつらを見ていたら、俺もインテリジェントデバイスが欲しくなってきた……まぁ魔力を使うことができないんだけどね。

 

 ひとしきりいちゃラブしたあと、サラは俺を見つめてきた。そうだな。次は俺の部分だ。

とはいえ本当の理由は話せないので適当に取り繕うことになる。まぁこいつらは信用をしてはいるんだけどな。

 

「俺は「ただいま~」……っとアル。おかえりなさい」

「お、おかえり……ちょっとタイミングが悪かったかな」

「みたいだな」

「ん? 何の話だ?」

 

 俺にとってはタイミングが良いのかも知れない。

ちょうど話し始めようとした時、アルが聞き込みから帰ってきた。そうなると、聞いたことの整理や報告などが先になり、無駄話をしてる余裕はなくなってしまうのだ。

 

「じゃー報告すんな~」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらルー。あっちいくよ!」

 

 こ、この状況、どうしましょうか。顔立ちからいって兄妹にはみられませんね。それではまさか恋人に……いえいえそんなわけはない。そんな関係に見えるには歳が離れてますからね。では他には……普通に管理局員ですよね。制服も着てますし。

 

 私、ルーオカ・キザンカは我ながらかなり戸惑っているようです。そもそも私は女性が苦手、いくら共同生活が出来るようになったからと言って女性と二人で捜査というのは嫌がらせなのではないでしょうか。

ですがこれは私の弱点ですので、乗り越えなければなりません。逆にチャンスととらえるべきなのでしょうか。

 

 私とルカさんがいるのは、ミッドの中でも特に栄えた中心部。ケンスケさんが前、シブヤみたいだと呟いていました。彼が住んでいる星の中に、同じような都市があるのでしょう。

 

 しかし手がかりがまったくと言っていいほどありません。窃盗の被害にあった家などにも行ってみたのですが、痕跡らしい痕跡はなかったです。そう比べてみると、被害が大きい代わりに目撃情報などが多数の、ケンスケさん達がいる方が調べやすかったですね。こちらは目撃情報も少ししかないようですし。

 

「ルー! おっそーい!」

 

 おっと。ルカさんに怒られてしまいました。さて、次はどこにいきましょうか。情報を得るなら、酒場などがゲームの王道でしょうが、あいにくゲームにあるような酒場はありませんからね。

 

「お待たせしましたルカさん。次はどこで目撃情報が?」

「次にこっから近いのは……ここだね!」

 

 ルカさんが指を指した場所。それはここから歩いて10分くらいのようですね。何かの建物のようですが……。何をしているのか気になるところです。 

 

 今の場所はどちらかと言えば遊ぶ場所が多いですが、少し歩くとファッション街になります。今歩いている場所はそんな感じ。色々なブランドがひしめきあった、ミッド屈指のファッション街ですね。

 

「あぁ!? もう新作でてるんだぁ!」

 

 いきなり大声をあげたルカさんが走っていったのは、若い女性に人気のあるブランド。最近はジュニア向けにも力をいれていると話題の洋服店。仕事なのであまり遊ぶようなことはしてはいけないのですが、これくらいならば許してあげてもいいのではないでしょうか。

私が店内に入ることはありませんが。

 

「このワンピ可愛いな~……うーんちょっと高いかも」

 

 お店の中までは入らないようで、ショーウィンドウを見て一喜一憂していますね。私たちの給料は待遇の良い管理局のなかでも貧弱です。寮に飯も提供してもらっているので文句は言いませんが、それでも薄給なのは事実。こういった新作などを買うのは厳しいのでしょう。

 

 うーん、と残念そうに唸ってショーウィンドウから離れ、こちらに向き直る。かなり不満そうですね。

 

「もぉ、新作はやっぱり高いわねぇ~」

「ふふっ。そうですね。特に女性物は高い印象があります」

「本当よね。あれはいくらなんでも暴利よ! これ買っちゃったら、今月はどこにもいけないじゃない」

 

 ブランド物はえてして高いもの。どうせこういった新作も、ワンシーズンすぎればかなり安くなりますからね。そうなったときに買ってほしいです。

 

 うん。私も二人だけという状況に驚くこと少なくなってきたようですね。ルカさんとは共同生活をしているので、他の人よりは慣れているのでしょう。

 

 こうして少しの休憩を挟み、聞き込みをするべき場所へ向かった私たちですが……。 

 

「………………正気ですか」

「え? どうしたの?」

「こういうところは……アルのほうが適任でしょうが……」

 

 目的地は意外と近く、少し嬉しかったりもしたのですが、この看板で全てが台無しですね。

『クラブ・ファースト』

半地下にあるこのお店。どこからどうみてもキャバクラじゃないですか。そもそも未成年ですよ私は。何をしろと言っているのでしょうか。

 

「ねぇねぇアル。ここって何をするお店なの?」

「あー……なんといいますか。綺麗な女性とお酒を飲むところです」

「へ~。なんだか楽しそうな場所だね!」

 

 あぁ。今の私には、その無邪気さがまぶしいです。ですが今はこの状況をどうするかがですね。このままでは私が聞き込みをする羽目に……それは絶対に避けなくては。女性に囲まれるなど拷問でしかありまーー。

 

「あぁ窃盗事件の聞き込みをしてくださる方々ですか。お待ちしておりました。どうぞこちらに」

 

 ……世界はかくも残酷なものなのですね。

 

 

 

「ウーロン茶です。未成年ですしお仕事という事ですのでこちらにさせていただきました。ではごゆるりと」

 

 うやうやしく頭を下げて去っていく黒服タキシードのフロアマネージャー。どうみても顔面蒼白な私を置いていくのは罰ゲームだからなのでしょうか。

 

「ねぇねぇ、あなた管理局員なんだって。エリートじゃ~ん」

「は、ははははい。あり、ありりがとございます」

「緊張してるかんわい~」

 

 なぜ。なぜこの女性達は私の太ももを撫でるのですか。なぜ腕に絡みつくのですか。

 

「で、では質問させていただきますね」

「え~。もっとクミと遊んでいきなよ~」

「そ、そういわわわれましても」

「あのこも遊んでいるみたいだしさ~」

 

 私とは別の席につかされたルカさんを見てみます。かなりカオスな状態になっていますね。いつも元気で人のペースを握るルカさんがあれというのはすごいです。

 

「えー。この子お肌プニプニ~」

「次は私にもだっこさせてよ~」

「え? ふぇぇ!? わ、私は遊びにきたわけじゃ」

「いいじゃな~い。こんな可愛い女の子がくることなんてめったにないんだからぁ。そーれふにふに~」

「や、そんなやめ。ふぁぁぁっ」

 

 そもそも、なぜ聞き込みをするだけなのに、こんな状況になっているのでしょうかね。普通にお店の中で立って数分間の予定だったのですが。

わざわざこんな、お金にもならないようなことを。

 

「意外と胸板とか厚いのね~」

 

 ……特に理由などありそうにないですね。確実にただ楽しんでいるだけのようです。私たちはここから出ることができるのでしょうかね。

 

 

 

 

 




今回は育成課初の事件前編ですね。幕間っぽいですが幕間ではないと信じて作っております。

これほどなのはやフェイトが出てこない小説も珍しいんじゃないかと自負しております。出番が一番多い原作キャラがリーゼ姉妹ですからね。
しかし育成課の面々が出てくると話が軽くなりますね。いつも基本がシリアスなんで、書くのが楽しいです(笑)

おかしな文章表現や展開など、なんでも感想よろしくお願い致します。誰でも気軽によろしくです。

次回 後編

この小説を読んでくださる全ての方にありったけの感謝を



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第十五話 捕縛って難しいと思う

前回のあらすじ

ルカたちがさらわれました(事件じゃないよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 届いた情報をPCに移し、整理する。それをもとにフォーマットをつくり、目の前の画面に映し出された地図に打ち込んでいると、ドアがノックされた。

 

「どうだね調子は」

「グレアム隊長。お疲れさまです」

 

 俺、ティーダ・ランスターが所属するある事件を追っている。窃盗を繰り返している男なのだが、住居がどこにあるか分からずとも顔は割れているのでもうすこしで逮捕できるだろう。今は剣介やルーが聞き込みをおこなってくれている。 

俺はその情報を整理して、彼の行動範囲の絞り込みをおこなっている。もうかなりの情報が集まり、絞り込めているので、あとは逮捕するだけといったところだろうか。

 

「しかしありがちな事件ですね」

「うむ、そうだね。留守の家に入り込み、金品しめて5万円を窃盗。特に特筆すべきこともない」

 

 四軒も窃盗に入っていながら結局5万円ぽっちしか盗みださなかったのは良心の呵責からだろうか。それにしても安すぎる。

これだけ軽い窃盗だから育成課に回ってきたので、それは喜ぶべきなのかもしれないというのはケンスケの言葉だ。

 

「こちら……ルーオカ・キザンカ二等陸士……聞き込み……終わりました」

「じゃ、じゃあ報告を頼む」

「了解です」

 

 聞き込みが終わったルーからの報告がきたのだけれど、なぜか疲れきった顔をしている。聞き込み先で何かあったのだろうか。

それはともかくとして報告をしてもらう。捜査のマニュアルに従えばもう捕まえたも同然なんだが、そこは育成課。人数が少なすぎるので包囲網を形成するのに時間がかかりすぎてすまうのである。

 

「……最後に西102で17時に目撃っと。ありがとうルー。いま計算するから少し休んでいてくれ」

「りょ……了解です」

 

 ルーからの報告は決定的なものとなったかもしれない。時間まで詳細に知られているという事は、計算で時速が割り出される。それを基に行動範囲を調べていけば、かなりの部分まで割り出せることができるのだ。

 

「ティーダ。地図をもう一枚用意しておきなさい」

「あ、了解です」

 

 グレアム隊長がデバイスを差し入れて何かしら操作をしている。何をするのかはわからないがグレアム隊長がやることならば心配はいらない。

しかし地図がぐっちゃぐちゃになってきてしまった。計算式に動いている範囲の円などが書き込まれているので仕方ないが、自分だけがわかる地図になってしまっているから後で直さなければいけない。

 

「ティーダ、メニューに同期のコマンドがあるから同期しなさい」

「了解」

 

 何かの設定を終えたグレアム隊長に何かを指示される。本格的に指揮官としての訓練をするのは初めてだから、学ばなければいけないことが多い。

 

 左上にあるメニューコマンドを押し、同期と書かれた小さなコマンドを押すと、まっさらな地図に様々な円が描かれ始めた。

 

「お、おおぉぉ」

「地図作製の便利な機能だ。覚えておきなさい」

「あ、ありがとうございます」

 

 なんでも、同期する地図に書かれたもののなかで必要と判断されたものを自動でピックアップして地図に書くそうだ。必要でないものを消したり、必要なものを足したりすることもできるみたいだ。 

これがあれば局員に渡す用の地図などがすぐに制作できるので、色々な場所で重宝されているんだとか。

 

 先ほどの機能が力を発揮して、地図作製は思ったより早くできた。そして窃盗犯が住んでいるであろう場所が、50mの範囲まで集約することができた。 

 

 だから俺は目の前の画面から呼び出し用のアドレスを引っ張り出し、新人の五人を選び出す。マイクに向けて、集合するよう呼びかけた。

 

 

 

 

 

「ただいま~。ってどうしたルー」

「ルカちゃんも変だね。疲れたの?」

 

 ティーダの指示を受けて俺たちのは帰還した。先にルーの隊が着いていたようだが……なんか異様に疲れた顔をしている。何が起きたのかは分からんが、何か疲れるような事が起きたのは確かなようだ。俺があっちの担当でなくてよかったな。

 

「なんであんなに、もみくちゃにされなきゃいけないのよ……」

「あれは……あれは一種の拷問です」

 

「うーん。何が起きたのか聞きたいところだが「言えるわけ無いでしょ変態!」変態とまで言われちゃ無理だわな」

「あはは。あまり触れない方がよさそうだね」

 

 お互いの話で盛り上がっていると、グレアムさんとティーダが入ってきた。空気がピンと張り詰めるこの感覚は初めて経験するものだ。これが逮捕の前。というわけなのだろうか。

そんなことを考えていると、静かにグレアムさんの口が開いた。

 

「これが初めて育成課で動く事件だ。君達は育成課に入って、様々な事を学んだだろう。それは戦闘であり、チームワークであり、捜査の仕方でもある。だが訓練と現実は違う。何が起こるか誰も予測がつかないのが現実だ。決して慢心しないように。ケガをせぬように。君たちの吉報を待っている。……ではティーダ一等陸士、全員に説明を」

 

 一人一人の目をゆっくりと見て、一語ずつ噛みしめるように語りかけられる。

口調は部下に向けたものだが、本当に親が子を心配するような、そんな慈愛に満ちた声音が印象的だ。頑張ろう。という気が湧いてくる。

 

「では作戦の説明をする。いま地図を配るから、それを参考にして。ケンスケ以外にはデバイス用のチップも用意してあるけど、とりあえずは地図で説明するから」

 

 手元の地図には、中央の家に×がついていて、そこから円が広がっており、円周上に赤い点がついているものだ。

ティーダの説明によれば、窃盗犯が根城にしているであろう家が×で、円周上にある点が、俺らの配置。さすがにこの家、と絞り込むことはできず、円内の家ならば根城である可能性があるそうだ。

 

「上空にサーチャーを飛ばして俺が見るから、家から出てくるのを見逃すということはない。でた家に従い指示をとばすので確保して。たぶん逃げ出すだろうから、路地まで泳がせて一人が話しかけ、二人で挟み撃ちするように。そうなるように指示は出すが、心がけておいてくれ」

「「了解!」」

「じゃあ作戦開始!」

 

 

 

 

【で、いつ出てくるって?】

【たぶんもうそろそろじゃねーの。いつもこのくらいの時間帯に外にでてるよーだし】

 

 中心の円から100m。俺はその地点で壁にもたれている。俺の位置は唯一大通りに面した場所で、ここだけは絶対に通すな。という厳命を受けている。俺なら取り逃がす事はない。という判断だろう。まぁそりゃそうさな。ひいき目に見ても、育成課で基本スペックが一番高いのは俺だ。チート能力のおかげでな。

 

 ちなみに、今回の事件で関係してこなかったリーゼ姉妹は俺の代わりに幼稚園に行ってくれている。だから安心して逮捕してきなさい。だそうだ。

 

 だが暇だ。まぁ張り込みなんてこんなもんなんだろうが、何もない場所で立っているだけでよく警察官は耐えられるなと言いたい。

 

【ターゲット出現!】

【アルはつかず離れずのキョリを保って。サラは横の道からくるからそこで待機、ルカは後ろから近づいて、アルより更に離れながらね。ルーはサラのほうに、ケンスケはルカのほうに回ってくれ】

【【了解!】】

 

 突然の声に驚く。俺の場所からは離れた家にターゲットがいたらしい。地図を見てルカがどっちにいるか確認し、アルとルーから犯人がどこにいるのかおおよそ把握。最短距離を調べてそちらに向かう。こういう時に御神流は強いな、気配消せるし。

 

【ティーダ。サラとの遭遇までどれくらいだ?】

【あと40秒。ケンスケは間に合いそう?】

【すまん無理、俺も40秒はかかりそうだ】

【了解。ではアルは職質をかけて、逃げたとき、特にルカは注意して】

【【了解!】】

 

 サラのところまで行かせてはいけないので、今話しかけなくてはいけない。そして犯人はルカのほうに向けて逃げるだろう。少女が止められるとは思わないはずだ。

もうそろそろ着くはずだ。アルの真剣な声が聞こえてくる。

 

「お急ぎのところすみません。時空管理局のものですが、少しお時間を……待て!」

【ルカ! デバイス使用、許可!】

【りょ、了解!】

 

 俺がつくと、ちょうどこちらに向けて走ってくる最中だった。後ろから見るルカは明らかに緊張でガチガチだった。これでは突破されるどころかケガをするかもしれない。

 

「俺も着いたから心配すんなルカ! ……って終わりかよ」

 

 ルカを励ますつもりで叫んだのだが、いきなりの増援に驚いて、相手は膝をついてしまった。まぁ結果オーライ……かな。

 

 その後は普通に逮捕して終了。なぜ犯行に及んだかなどは俺らが調べる場所ではないから違う部署に引き渡した。

 

 

 

「でも不甲斐ないなぁ」

 

 事件が解決し、諸々が終わった後、ルカが呟いた。

いつものルカからは想像もつかない小さな声に、全員が驚く。

 

「ど、どうしたのルカちゃん」

「なーに辛気臭くなってんの~」

 

 銘々が尋ねると、沈んだ声で訳を話し始めた。

 

「だってね。私、いつも騒いでるくせに、あのとき怖かったんだ。いつも訓練で相手にしているような人よりよっぽど弱いのに、私の方が強いんだってわかってるのに……動けなかった」

 

 ぽろぽろと零れる雫は悔しさの結晶だった。顔を伏せ、両手で顔を覆っても抑えきれない心の雨。そんなルカに俺は声をかけられない。今のルカに声をかけられるとするならばーー。

 

「泣くな。キュルカス・クローバー君」

 

 優しく頭に手を置く男性。ギル・グレアム隊長しかいないだろう。管理局に勤めて何十年。そんなグレアムさんだからこそ伝えられる言葉があるし、そんなグレアムさんしか分からない事がある。

それはまだ新人の俺たちではわかり得るはずのないことだった。

 

「でもさ、ルカみたいなことって俺らもあるかもしれないんだな」

 

 ルカは少し遠くでグレアムさんと話している。そんなルカを横目で見ながらアルが呟いた。

 

「そうですね。今回はたまたまルカさんのほうに向かっただけですから」

 

 ルーもそれに同調する。もう少し経験をつめば何とかなるんだろう。びびってしまうのは経験不足にほかならないからな。それを克服したいなら場数を踏むしかない。だが育成課には時間がない……俺がなくさせようとしている。

こいつらの実力はかなり高くなってきている。相手が『鬼』でも多数で組めば何とかやれるはずだ。経験不足。この一点をどうやって解消するか。それが問題だな。

 

「みんなごめんね……たっだいま!」

 

 すっかり立ち直ったルカの顔を見ても気分が晴れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

「入れ」

 

 ここはミッド地上本部の一室。私はそこに秘密裏でよばれた。使い魔であるロッテとアリアも連れてくるなということで、機密性の高い話をされるのは確実だろう。

 

 扉をあけて中にはいると、角刈りで精力に満ちた目をしている男と、ツンツンとした黒髪で、もう一人の男より更にガッチリとした身体の男の二人だけが座っていた。

 

「して、私になんの話ですかな。ミッドの守護者、レジアス・ゲイズ中将。最強のストライカー、ゼスト・グランガイツ殿」

 

 地上本部でも特に影響力の高い二人。この二人に呼び出されるという事は、あまり愉快な話ではないのかもしれない。

 

「グレアム。君もよく知っている『鬼』についてだ」

「何が起きているかは知っているつもりですが……まさか我々に捜査をしろというわけではないですよね」

 

 冗談でもそんなことはあってはいけない。先日の事件でも経験不足を露呈したところだ。今の彼らが『鬼』に挑めば殺されるくらいの生温さではすまないだろう。

 

 静かな怒りがこみあげてくる。レジアス中将に助けていただいたのは事実だが、私の子供でもある育成課の新人を危険に晒すことを許してはならない。

 

「そう睨むな、何も青二才どもだけに任せるとは言ってなかろう。儂はな、そろそろ限界なのだ」

 

 すぅっと息を一つ吸い込む。目には見えないグレアムの闘気がドンドン増していく。

 

「ミッドの魔導師でない叩きあげの連中が殺され、それを是とするのがな。本局の腰抜けどもは管理局を巻き込んだ戦争になるから深入りするなと言ってくる。つまりは人材不足とわめきながら魔法の使えない局員は切り捨てろと言うことだ」

 

 かたや魔法が使えずとも有能であれば良いという考えのミッド。かたや魔法が使えなければ使えないという考えの本局。それぞれの主張もわかるが、これでは平行線になるのも仕方がない。ミッドにはミッドの、本局には本局の考えがあるのだ。どちらも分かるからこそ溝が埋まらないのだろう。

 

 先ほどまで目をつぶっていたゼストが口を開いた。レジアスの盟友である彼は本局の事をどう思っているのだろうか。

 

「俺はあの外道どもを許す気にはなれない。ここ数ヶ月。ミッドで犯罪が増えているのはやつらと無関係ではないだろう」

「つまり……『鬼』を滅ぼすと……? 馬鹿な。そんなことをすれば戦争だ。ミッドのみならず次元世界が泥沼に陥る」

 

 ゼストの思いを吐き捨てるように斬る。彼とはまったくの同意見だが、それと『鬼』を滅ぼすのは話が変わる。彼らほどの組織を壊滅できるわけがない。

 

 フンッと鼻を鳴らしてこちらを見るレジアス。伝えることを楽しんでいるような、嬉しがっているような、そんな感じが伝わってくる。

 

「誰が壊滅させると言った。儂はあくまでもミッドから追い払うだけだ。それならばミッドの戦力でも十分であろう」

「む……」

 

 確かにミッドだけから排除するとなれば、壊滅させるよりは遥かに手軽になる。それでも大きく戦力を使うことに間違ってはいないが。

 

「そして育成課にはゼスト隊の下に入って貰う。どうだ、悪い条件ではなかろう」

 

 なぜゼストがいるのかようやく理解した。確かにこれなら育成課はかなり楽になるだろう。しかし……。

結論を出すのを渋っていると、我慢できなくなったのかレジアスが口を開いた。

 

「それにの。これは儂やゼストの案ではない。おまえ達の後見人からの要望だぞ」

「そういう……そういうことか」

 

 やってくれる。いきなりレジアスが私を呼び出し、ゼスト隊を使ってまで育成課を巻き込もうとしたのか理解した。ルマン枢機卿の指図か。

 

 これはガイナスの指示ではない。本局を嫌っているレジアスが、本局の者に指図されたら逆の判断をするか無視するだろう。彼はその力くらい持っている。だが枢機卿相手となると話は別だ。聖王教会はミッドでも独立国家を形成するほどの勢力だ。わざわざ逆らうような真似はしないだろう。それにガイナスはこんな気遣いができはしない。

 

「では一つだけこちらの要求ものんでもらって構わないでしょうか」

「ふむ、言ってみろ」

「もう一つ部隊が欲しいのです。この戦いは大きすぎる。ゼスト隊だけでなく、普通の規模が大きな部隊と連携させてください」

「それは構わんが……活躍の場が減るぞ」

「いいです。私はそもそも活躍させようなどとは思っていませんから」

 

 そうか。と声に出しレジアスはイスから腰を浮かした。

 

「あともう一つ。いつからこの作戦は決行となるのですか?」

「一ヶ月後だな。もしその間に襲撃があれば早まるが」

「そうですか、ありがとうございます。ではゼスト殿」

「あぁ。よろしく頼むグレアム殿」

 

 話し合いが終わり、私とゼストはがっちりと握手をした。

 

 

 

 

 

「トール様。茶をお持ちしました」

「えぇ。ありがとうございます」

 

 目の前にあるのは『アヴァタラム』に所属している全隊員の名簿。今更読むまでもなく頭に入ってはいますが、それでも確認しなければ落ち着いていられないほどに問題は切迫しています。隊員が少ないことが原因ですね。 

 

 先日の大粛正で一万人を失った我らでは、今の規模を維持するのは難しくなってきています。前に奪い取った子供を産ませるための女達も活躍してはいますが、赤子が必要なわけではなく。即戦力が必要ですから意味がありません。

 

 頭をひねりますが良い考えが浮かびませんね。今の管理局襲撃をやめれば少しは状況が良くなるのでしょうが、あの方にそのような考えはありません。

今のあの方は隊員一人一人に声をかけている最中でしょうか。彼がいるからこそ『アヴァタラム』は機能しているようなものですからね。私がいる理由もですが。 

 

 そしてもう一つの懸念事項。ミッドが本格的に動き出しそうな気配があるのです。あのギル・グレアムとレジアス・ゲイズが接触したという話もあります。ですがこちらはすぐにカタがつくでしょう。すでに手はうちましたから。ま、なるようになるでしょう。今までだって全て越えてきたのですから。そう。あの方さえいれば何の問題もありません。

 

 




後編でした。
今回の感想は……視点移動は難しい! ってことです(笑) グレアムとティーダ、剣介が分かりづらくなりがちなんですよね。何か上手い方法はないものか。

さて、これで元サイトで投稿していた分は全て投稿し終わりました。
次回からは一週間に一話ずつの連載となります。
来週の水曜日あたりに更新します(不定期)ので楽しみに待っていてください

次回
なのは地上に降り立つ

この小説を読んでくださる全ての方々にありったけの感謝を。



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第十六話 海の一般局員は地上の一般局員が嫌いではないと思う

前回のあらすじ

泥棒を捕まえました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せんせーさようなら」

「さ、さよなら」

「はーいギンガちゃんにスバルちゃん。また明日ね」

 

 少し離れた住宅の頭上にある空中。普通の人間には見えない場所からストーキングしているのは俺だ。今日で何週間目かは忘れたけれど、あまり動きがない。『鬼』にはさっさと動いて貰いたいものだ。

 

 幸せそうに手をつなぐナカジマ母子。その姿をみて心が痛むことなどはない。この家族を危険に陥らせると決めたのは俺だ。その元凶が同情するなど、道化のやることだからな。

だがこの幸せそうな後ろ姿はあいつを思い出す。あぁ。そういえば育成課にもきたっけな。

 

 

 

 

☆☆☆

 

「全員注目!」

 

 レジアスさんの声が訓練場に響く。けっこう広いのにさすがの声量だな。

本来ならば通常の訓練である今日。レジアスさんの横には一人の少女がいた。少女の名前は高町なのは。教導隊期待の新人である。それは『エース・オブ・エース』ジャンヌ空佐が直接指導していることからも明らかだ。

そんなエリート中のエリートがなぜ育成課に来ているかというと。まぁ俺のコネだわな。

 

「時空管理局教導隊所属の高町なのはです! 今日は一日よろしくお願いします!」

「よろしくね。なのはちゃん!」

 

 ツインテールに結んだ髪が、頭の動きにあわせてぶるんぶるんと動く。激しいヘッドバンキングみたいになってるな。

 

 他の育成課の連中は、いきなりのことにほぼ全員固まっている。いつもと変わらずのペースを保てているのはルカくらいだ。

まぁあいつが来るってことは、今の今まで秘密にしてきたからしょうがない。それになのはは、なんだかんだ言っても超のつく有名人だからな。

 

「え、えと、高町……なのはさんですよね。あの『若きホープ』の」

「にゃはは。あんまり言われると恥ずかしいですが……。そうです。高町なのはです」

 

 じょじょに空気が変質していく。ただただ意味が分からなく茫然としている状態から、やっと意味が分かり嬉しさや緊張がないまぜになった空気へと。

 

「え、ちょ、ちょっと待ってくれ。どんな理由でうちみたいなマイナー部隊に」

 

 アルの質問に、皆がうんうんと頷くが、グレアムさんだけは驚いたような顔で俺を見ている。そんなに見つめられると照れるなぁ。

なのはもポカーンと口を半開きにしてこちらを見ているが、こちらはちょっと怖いかもしれないな。

 

「え……? ちょ、ちょっとけん君話してくれてないの!?」

「おう。だってサプライズのほうが面白……じゃなくて楽し……じゃなくて愉快だろ」

「何も変わってないよ! むしろ酷くなってるよ!」

 

 うにゃぁぁっ! と怒るなのはをネタにイジっていると、他の新人たちはやっと立ち直ったのか、それぞれ好奇や怒りなど、様々な目線をぶつけてきた。

 

「なぁケンスケ。もしかしなくても、高町なのはと知り合いなのか?」

「あぁそうだぞ。知り合いどころか一緒に暮らしてまでいる仲だ」

「ぬあぁぁ!?」

「ごごごご誤解を招く言い方しないでよ!」

 

 うむ。今のは水を含んだ状態にさせたかったな。それくらい全員綺麗に揃って吹き出した。俺は何にも嘘をついていないのに、なぜだろうな。グレアムさんも苦笑しているし。

 

「なのはちゃんも遊ばれてんねぇ~」

「おはようロッテ。俺は何一つ嘘ついてないんだけどな」

「グレアム隊長! こいつムチャクチャたち悪いっす!」

 

 ロッテが到着したので、そろそろ訓練開始だ。全員それをわかっているので、イジられながらも解決に向けて一番信用にたりえるであろうグレアムさんに質問をした。

グレアムさんも一連のお笑いを楽しんでくれたのか、声をあげて笑い出した。

 

「ははははは。朝から面白いものを見せて貰ったな。聞いての通り、石神は高町君の家に居候という形で一緒に住んでいる。今回はその縁もあって来ていただいたのだよ」

「そうだったんですか。ちょっとびっくりしちゃったよ」

「俺は嘘は言ってないからな」

「どや顔で言わないでよ!」

 

 

 

 

 

「アルさんはもっと力をこめてください!」

 

 訓練が始まり、なのはの指示が飛ぶ。高町なのはの教導と言えば、ネームバリューの割には微妙。と話題だったのだが、なかなかどうしてわかりやすい。いや、わかりやすくなった。と言うべきなのかも知れないけれど、これならば近い内に名前負けしなくなるんじゃないかな。

 

 今やっている訓練は、シューターを固定、射出する。中・遠距離戦闘ならば出来て当然の基礎技能だ。だが基礎技能は言うまでもなく重要だ。例えば数学なんて、基礎技能である方程式を理解していなければ中学生の問題でも解けないだろう。

まぁ、なのはの基礎が十分かと言われれば首をひねるしかないのだがな。あいつがマトモな訓練を受けたのは教導隊に入ってからで、それまではレイジングハートとユーノ、俺が考えて作った素人丸出しのメニューだったし、あいつは感覚で魔法を組んでしまうからそういった面で苦労する事はあまりなかっただろうし。

 

 

「久しぶりっに! あの子を見ったけどっ! 前に比べて明らかに強くなったねっ!」

「ロッテもっ! そう思った……かっ! さすがはなのは。さすがは教導隊だよな」

 

 こうやって間近から動きを見る機会が減ったため、いまいちどれくらい成長できているのか掴みきれなかったのだが、こうみると圧巻とよべるほどに変わっていた。

空中での身体の制御や力の入れ具合、魔法を組む際の安定性や早さなど、なのはが得意としている技能が軒並み化けているのだ。

これが戦技教導隊の実力であり、なのはの努力の結晶なのだろう。こうやって成長していることが実感できると嬉しいものだ。

  

 今回なのはがおこなっている教導は、いつもの練習とあまり変わらない。それどころかいつもより基礎訓練が多いくらいだ。これが教導隊としての実質的な要望なのだろう。最近は弱い局員が増えているとも聞くし。

 

「でっ! 俺……は! いつまでこれをっ!」

「私のっ! 指示よっ!」

「りょう……かいっ!」

 

 会話をしながら俺とロッテは組み手をしていた。それも単なる組み手ではない。お互い一歩分しか動けない円の中で、動きをとめることなく肉弾戦をおこなうという恐ろしい組み手である。

要求されるものは研ぎ澄まされた反射神経と圧倒的な眼力のよる予測。俺の場合はロッテの、ロッテの場合は俺の微妙な動きの違いから、どこに攻撃がくるのかを予測するのだ。

 

「ほらほら。おしゃべりしてる暇ないよっ!」

「おまえが……言うな!」

 

 右わき腹に向けて放たれた蹴りを肘を使いピンポイントで叩き落とす。それとともに動いて牽制のジャブを十分に避けられるであろう位置に置き、避ける場所を指定させ、本命の拳を入れるが身体を捻られ空を切る。拳を引き戻す前に顎を狙ったアッパーカットがはなたれた。回避できる距離ではない。とっさに顔ごと傾けて頬骨の部分で受けるしかなかったが、首をバネのように使い衝撃を拡散出来たのだ。良しとするか。 

 

「今のが最小限のダメージとはね。白兵戦も板についてきたじゃないの」

「ロッテにはかなわねぇ……よ!」

「当然! さぁ。ギアをマックスにするよ!」

 

 ここから先は、今までの高速から超高速の世界に入りこむ。息を止め、乳酸発酵をフル稼働。右に左に降り注ぐ雨を、意識の外に存在する感覚器で身体を強引に動かして避ける。他人から見れば、俺とロッテが変な動きで踊り回っているようにしか見えないだろう。

 

「っはーーー。ありゃすごいな~」

「あの二人を見ていると、魔法を使うのがバカらしくなってくるわね」

「アルさんルカさん。見とれたくなるけど訓練訓練!」

「「は~い!」」

 

 極限までに集中した真っ白な世界。本来ならば背景が見えるはずなんだが、今はロッテの顔しか見えない。その代わりなのだろうか。ロッテの目の動き、筋肉が動くことによる皮膚の盛り上がりがはっきりとわかる。どちらに来るかなんて考える前に身体が動くのは不思議だけどな。

 

 少しずつ押され始めるのが分かる。いくら御神流や訓練で白兵戦を中心にやっているとはいえ、管理局のなかでもトップクラスのロッテに勝つには宝具を使うくらいしか方法はない。チート能力で肉体的な意味では勝っていてもまだまだなのだろう。 

 

 左拳をよけられる。必中で放ったつもりの拳が避けられたことにより、わずかではない動揺が身体を支配するのがわかった。

時間的に見れば数瞬の硬直だっただろう。ルーたち新人では活かしきれない隙だ。だが、ロッテからみたら絶好の機会となってしまう。

衝撃に備えるために力を入れる暇もなく、腹に何かの塊がめりこむ。肺から残量の少ない空気が搾り出され、体重の軽い身体が吹き飛ばされた。

 

「はい……訓練終了」

 

「っつ……ゲホッ、ゲハッ、ゲフッ」 

 

 中に何もなくなった肺を補おうと空気をいれるが、あまりに急ぎすぎたせいなのか、横隔膜がいかれたのかむせてしまう。

 

「けん君! 大丈夫!」

 

 なのはが近づいてくるのがわかる。心配すんなと声をかけたいが、声を出すための通路が機能していないため声をだすことができない。

暖かな手が、俺の背中を優しく包み込む。少しずつ呼吸が元に戻ってきた……え、地味に恥ずかしいぞこれ。

まわりを見てみると、アルやらルカやらがにやにやしている。絶対に面倒くさい勘違いをされた。

 

「ありがとうなのは。もう大丈夫」

「うん……あんまり無茶しないでね」

 

「石神二士。前に較べれば体重移動などの身体の使い方は巧くなってるわね。でもあなたならもっと工夫が出来たはず。そんなんじゃ遅れをとるわよ」

「……はい。わかりました」

 

 あまりに厳しい評価。まわりはそう思っているだろう。ロッテほどの相手に拳で打ち合える。この年齢の少年ならば教導隊にもいない。それを考えれば酷いともとれるかもしれないが、俺はこの評価に納得する。俺がこれから闘う敵は普通ではないからだ。

 

 もっと……もっと強くならなきゃな

 

☆☆☆

 

 

 

「そいやぁ、そのあとイジられたっけなぁ」

 

 なのはは俺のことが好き。それに気がついたアルたちは、良いおもちゃを見つけたという風に俺はイジり始めたのだ。まったくたちが悪い。俺が逆の立場なら同じようにイジっただろうけどな。

 

 俺が空中にたたずんで40分。夕飯の食材選びとはいえ、ちょっと遅い。ここは入り口も裏口もチェックできる位置だし、自分で軽く調べたところ抜け穴的な場所はない。まだスーパーの中にいるはずだ。

 

「ん? あれは……」

 

 俺の目で捉えたのは青色の髪をした小さな子。サングラスをかけた大人に抱えられ運ばれている。抵抗などの反応がなく、ぐったりしているのは寝ているのだろうか。

裏口からでた二人のうち、一人は子供を運び、もう一人がやたらときょろきょろしている。向かう先は白塗りの車。こっから見る限り、外からは見えないようにシートを貼っているようだ。

もっと顔をみようとして気がついた……ビンゴ。

 

 

 

 

 

 

 ここは育成課の一室の前。たぶん個人の部屋という意味では一番に広いであろう場所のドアを開けた。私好みの内装に心が癒される。

お気に入りの茶葉をポットに入れ、爽やかな部分だけを抽出する。カップも温めているし、仕事終わりには最高の一時だ。

 

 ゼスト隊との共同捜査に至るまでにあった諸々の事柄も終わり、最終段階に入ってきている。このまま何もなければ、一週間後には新たなプロジェクトとして動き始める。すぐに撃退とはいかないだろうが、時間をかければミッドから追い出せるだろう。

育成課の面々の練度を考えれば頭が痛くなる事態だが、あのゼスト隊に鍛えて貰えるのは素晴らしい経験になる。そう悪いことばかりではない……のだが、あまりにもデメリットが大きすぎるだろう。最悪の結果になることも十分にありえるのだから。

 

 ピピピとタイマーが鳴った。抽出が終わった合図なので、次に用意するのはティーカップとお茶にふさわしいお菓子だ。今日は母国のスコーンにしてみよう。

カップを二つ用意しお茶を注ぐいでいく。美しい紅茶の色がカップに広がっていき、芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。

 

「お茶の準備もできた。話を聞こう」

 

 一見するとロッカーしかない場所。そこで何かが動いた。入ったときから気づいていたが、ここにはもう一人のお客さんがきている。それが誰なのかはわからない。が、分からない以上、もてなすのが礼というものだ。だから私は誘う。最後通牒をつきつけて。

 

「ほら、誰だか分からないがこっちにきなさぬぅ!?」

 

 ピンポイントで目を狙ってきた鋭利な何かを、首を捻って避ける。壁に当たって跳ね返った音から察するに小型のナイフだろう。

そして隠れていた男は、虚空から姿を現した。体型は小柄で戦闘職とはとても思えない。だがこちらを伺う目は爛々と輝いている。

 

「ずいぶんなご挨拶ではないか。私はギル・グレアム。して君の名は?」

「…………名乗る名などない」

 

 ぼそりと呟いた。相手はもうデバイスを構えてこちらの出方を伺っている。私の名前がバレたのは不本意なことに有名だからだが、私を狙うということは地上本部スパイがいるということ。これは報告しておかねばなるまい。

 

「せっかくの紅茶が無駄になるが仕方ない……S2U」

【バリアジャケット展開します】

 

 久しぶりの実戦に身体が震える。脅えているからではない。武者震いからだ。

 

「『不屈の指揮官』ギル・グレアム。君を逮捕する」

 

 




感想感謝コーナーです。
『きゃっまだ』さん感想ありがとうございました。

更新遅れてしまい申し訳ありません。理由はありますが言い訳になってしまいますので口を閉じます。

今回はなのはが育成課にくるという話でした。なのはが来た意味が感じられないよ! という皆さん。ご安心ください。なのはが育成課に来る話はもう一度やりますので。

次に、ちょっとしたお願いなのですが、この小説の欠点や悪い点を指摘していただきたいです。批判がないと成長は無いと思っております。できれば改善点を指摘していただきたいです。

次回
グレアムさんの戦闘

この小説を読んでくださる全ての方々にありったけの感謝を



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第十七話 経験って大事だと思う

前回のあらすじ

戦闘開始です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「S2U、シールドだ」

 

 敵が動くたびに、全方位に張られたシールドから、番傘に雨が当たるような子気味のいい音が響く。

雨のように降り注がれるのは魔法ではない。殺傷設定という概念がないナイフだ。人間の生活に深く根付いているこのような実用品が武器に早変わりする。ミッドの人間であれば、その事実に戦慄し動きが止まってしまうだろう。そのような武器に目を付けるところはさすが『鬼』なのだろうか。 

 

 まるで部屋の中央に思い切り叩きつけたスーパーボールのように動きながらナイフを投擲してくる。その狙いは正確で、四肢を同時に攻撃される。

私は出来るだけ消耗しないように小さなシールドで防ぎたいのだが、全体シールドを張らざるを得ない状況に持ち込まれる。

 

 この戦い、不利な状況がこれでもかと揃っている。魔法はその特性上、ある程度広いほうが有利だ。近接戦闘のスペシャリストであるシグナム君でもこの狭い部屋で戦うのは嫌がるだろう。

敵も同じ条件だ、と言いたいところなのだが、戦闘中の相手は魔法を自分の速度、反応速度上昇だけに特化し、壁で乱反射を繰り返しながらナイフを繰り出してくる。暗殺に特化しているのだろう。

 

 だがそろそろ攻勢に転じなければジリ貧になってしまう。私もベテランと呼ばれる部類に入ってきているのだ。長期戦になってしまえば体力が尽きてしまう。

 

「S2U、スティンガー・レイ」 

〔スティンガー・レイ〕

 

 ストレージデバイスであるS2Uの先端に光が集まり、鋭く速い光弾が発射された。直線型の魔法の中でもかなり速い魔法。それがスティンガー・レイだ。

 

「捉えきれんか……ふんっ!」

 

 しかし乱反射を繰り返す相手を捉えることができない。逆に攻撃の隙をついてナイフを繰り出してくる。

いったいどこにこれだけの量のナイフを隠せるのだろうか。私の周囲には、もうナイフの山が出来ていた。

 

「っち!」

 

 舌打ちが聞こえてきた。少しずつ相手も焦り始めているのだろう。

それはそうだ。全方位に同じだけの厚みを持たせてシールドを張り続けるのは、実はかなり大変な事なのである。だが私も地球人だ。なのは君ほどではないとはいえ、かなりの魔力を有している。 

 

「死ねよ」

「S2U!」

 

 これまで決して近づいてこようとしなかった敵が目の前に現れた。それと同時に銀色の閃光がきらめく。

とっさに魔力を集中させたシールドは甲高い音を響かせ攻撃を防いだ。だが、ただ飛ばすようなチンケな攻撃とは違う。人の力を最大限に伝えた一閃は、防ぐだけで多大な魔力を消費させるのだ。

 

 攻撃を撃ち込みそのまま走り抜けた敵は、壁を反発材としてもう一度飛び込んでくる。そして今度は力だけでなく勢いもあがった斬撃でシールドを破壊せんと思いきり振ってきた。

 

「ぬぐぅっ!」

 

 シールドが揺れるほどの衝撃。これをくらい続けるのはさすがにマズい。できるだけ早めに対処しなければこちらの防御が崩される。

幸いにも相手の投げナイフは尽きたようだ。あれから一度も放ってこないし、接近戦を仕掛けてきたということは、それほどせっぱ詰まっているとも言える。

 

 スピードもパワーも反応速度も相手の方が上だ。10年前ならいざしれず、身体が衰えてきたいま、そういった勝負で勝てることがないのは火を見るより明らかである。 

だが私にも勝る部分はある。それは魔法の運用技術だ。こればかりは練度をあげるほか上達の道はなく、経験がそのまま力となる。

 

「きたか」

 

 先ほどまでピンポン玉のように跳ね回っていた相手が近づいてくるのが分かる。反射をバネに足をエンジンに、身体中の力を爆発させてやってきた一撃、こちらのシールドで防ぎきれるものではない。

 

「S2U、タイミングをあわせるぞ」

〔わかりました〕

 

 奴の姿は速すぎて目でとらえられない。だが空気の流れ、身体が受ける風、それさえあれば敵の位置など把握できる。それが私の武器だ。数々の死線をくぐり抜けて始めて手に入るもの、経験則という勲章。こんな若者にそれは与えられない。

 

 受けるプレッシャーが大きくなる。

 敵の殺気が四肢を貫く。

 闇夜で笑う悪魔のように銀がきらめく。

 

 そして刃がシールドを破壊せんと食い込んだ瞬間。

 

「バリア・バースト!」

 

 経験が炸裂した。 

 

「ぬぐぁっ!」

 

 物が破壊される際に爆発的に膨れ上がるエネルギーが敵を襲った。超スピードで動いている敵にかわす術はない。バリアジャケットは着ているだろうから致命傷はないがかなりのダメージは受けているだろう。

 

 今の衝撃でずいぶんと部屋がボロボロになってしまった。あとでリーゼ達に小言を言われることを覚悟しておかないとな。

 

「……なに?」

 

 敵を追撃しようと一歩足をだす。何かが貫く感触がした。

外部からの異物が身体の中に入ってくる。その感覚に冷や汗が吹き出る、背筋が凍りつく、まだ痛みは……きた。

 

「ぬ、ぐぁぁっ」

 

 必死に悲鳴を抑え、苦悶の声をあげながら痛みの部位である左足腿の部分を見ると、銀色に光るナイフが突き刺さっていた。

そしてそのナイフから直線上には、片方の腕が不自然に折れ曲がりながらも投擲をおこなった腕だけはピンと張っている、壁にもたれかかった男がいた。

 

「き……さま」

「俺が……『アヴァタラム』がこの程度で負けるとでもぉ!?」

 

 痛みを抑えるためになんらかの快楽物質がでているのだろうか、エクスタシーを感じているように顔を歪ませながらデバイスをかかげている。

 

 こういうときに備えてナイフを隠し持っていたのか。実戦から離れていたからなのかもしれないが、なんにせよ経験だなんだと言っておきながら情けない。不意の事態だが、十分予測できたことだったのだがな。

ただここで愚痴を言っても仕方がない。大事なのはこれからどうするかだ。

 

 今の攻撃で、ただでさえない私の機動力は失われた。だがそれと引き換えに虎の子のナイフはださせたし、相当なダメージを与えることも出来た。

敵は明らかに激情しているから罠にはめる事もできる……状況は悪くない。

 

「はっはっは……ひゃっはぁぁっ!」

 

 先ほどまであれほど慎重に攻撃してきたのに、打って変わって直情的な攻撃をするようになった。単純な威力では今の方が上だが、恐さは格段に劣る。だがこの戦闘を長引かせてしまえば、すぐに冷静さを取り戻すだろう。今は予期せぬ反撃に驚き、思考を停止しているだけなのだから。そして冷静になられたら、それこそ事だ。もう一度ここまで持っていける術を私は持っていない。だからここはピンチではあるが最大のチャンスだ。

 

 あの男は強い。私の魔力をもってしてもシールドを破られそうになったのだ。一般の局員ならば数人単位で襲いかかっても返り討ちにあうだろう。

育成課の新人でも、剣介以外ならば少なくとも二人で戦わなければ惨殺される。そんな奴は野放しにしてはおけない、ここで捕まえておくことが大事だ。

 

「S2U、シューターだ」

〔アクセルシューター〕

 

 なのは君ほどではないが、私も複数個のシューターを操れる。それを微妙に時間差をつけて打ち出す。

 

「無駄ぁ!」

 

 突進に邪魔となる弾だけを叩き斬り迫ってくる。大振りの攻撃ばかりなのでS2Uの柄の部分で逸らすが、一撃が重い故にかわしてもダメージが残ってしまう。

 

 そしてもう一つの問題、それが先ほどの投擲によりダメージを受けた左足だ。よく戦闘物の本などで足に刺さった弓矢などを勢い良く引き抜くという描写があるが、あれは間違いだ。ああいう弓矢などは、刺さった時に太い血管を傷つける場合がある。その状態で抜くと、血が勢いよく吹き出し出血多量で死に至る危険性もあるのだ。

だから今はナイフを抜かずに対応しているが、こうも激しい戦闘を繰り返していると何かの拍子に抜けるかも知れない。そうなると一気にこちらが不利になる。

 

「あまり長引かせられんか……S2U」

〔アクセルシューター〕

 

 今度は私の限界量でもある十数個のシューターを用意する。敵は突進してくるのだろう。そこに効果的に配備すればいくら奴が化け物でも防ぐのは無理だ。 

 

「そんなチンケな弾でよぉっ!」

 

 ただ止めるだけの目的で前に配備した弾が、ピンポン玉のように弾き飛ばされかき消える。先ほどより魔力の練りも足りないので当然の結末と言えるだろう。だから私は慌てずに次の手に移る。

敵の位置と弾を把握して頭で当てる流れを練る。それはたとえるなら将棋のプロによる詰め将棋。美しく優雅な一連の流れ。

 

「ちいっ!」

 

 右から近づけた弾を斬られると同時に左から着弾するよう弾を撃つ。それを避けようとして魔力の逆噴射による無茶な軌道で飛び上がったときにはまたシューター。

 

 この男には賞賛を贈りたい。自身の速度をあげるためだけに魔力を使っておきながら、ギリギリの線で避ける身体能力と肉体的に無茶な軌道で動いても耐えきれるほどの耐久力。特に耐久力は最初の二連撃で墜ちるだろうとふんでいた私の想像を遙かに上回っていた、だがーー。

 

「これが最後だ……S2U」

〔アクセル〕

 

 宙に浮かんだシューターを斬った彼に待っていたのは他の全てのシューターによる集中砲火だった。

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 彼を気絶させてバインドをかけて部屋を見回すと、盛大に荒らされた部屋があった。文字キーが散々に散らばりはげ山のようになっているキーボード。液晶が割れたパソコン。床に散らばった紅茶を吸ったカーペットは買い換えるほかないだろう。

 

「失礼します」

 

 ノックの音がして入ってきたのは剣介の使い魔……彼に言わせるとホムンクルスであるセラが入ってきた。あれほどの音が響いていたのだから気がついていないわけがないと思っていたのだが想像はあたっていたようだ。

 

 なんとか無事だったソファーに腰掛けてナイフが突き刺さったままの足を差し出す。彼女はうやうやしく頭を下げて治療を始めた。とはいえ本格的な治療ではなく、剣介が帰ってくるまでの応急処置なのだが。

 

「グレアム様。あの狼藉者はどのように致しましょうか。お望みならリーゼリットを遣わせますが」

 

 包帯をまきながらチラッと目を移した場所には気を失って倒れている敵。リーゼリットを遣わせるというのは、リーゼリットに奴の首を飛ばさせるという意味だろう。

 

「いや、そこまではしないでいい。彼には聞かなければいけない事があるからね」

 

 自慢というわけではないが、私を狙いにきたという事は幹部とは言わないまでもそれなりの敵と考えられる。今まで『鬼』で捕まえることが出来た者で幹部に近い者は一人もおらず、その全員が下っ端だった。今回色々と吐かせることができれば大きなアドバンテージになるだろう。

 

「わかりました。では何か他にご入り用はありますでしょうか」

「ふむ。レジアスに連絡をしてくれないか。S2Uから繋いで『鬼』を捕らえたと言えば通じるはずだ」

「わかりました。処置がすみしだい連絡させていただきます」

「よろしく頼む」

  

 処置が終わったあと彼のデバイスを起動してみるが、やはりロックがかかっているようだ。力任せに外せないこともないが、無理に解除すればどうなるのかわからない。ここは専門のチームに任せることにしよう。 

 

「やはりまだ幼いな」

 

 先ほど倒した彼が動けないように手錠と足枷をつけてふと顔を見ると、まだあどけなさの残る顔をしていた。20代前半……いや、10代後半くらいかもしれない。こんな子供にあそこまでの技術を使わせられるようにしたことは素晴らしいと褒めるべきことなのだろうか。

 

 彼に勝てた要因は精神力にほかならないだろう。もしもあれで冷静だったならばわざわざ真正面から突っ込んでいないだろうし、私が血だまりに倒れ込んでいただろう。それくらい際どい戦いだった。

 

 口を通して頭の後ろに回した太目の縄は舌をかみ切って死ぬことがないようにするためのものだ。あとは地上本部に引き渡すだけで自白させるなりなんなり勝手にやってくれるだろう。

今私が心配なのは他の育成課の面々だ。事情を知っているリーゼ達が見ていてくれているが二人ではカバーできない場所はでてくる。私が襲われたことによってゼスト隊と合同捜査になるのも前倒しになるだろう。それまで気づかれないとよいのだが。

 

「グレアム様、管理局の方々が」

「速いな。ありがとう」

 

 彼はリーゼリットに連れてきて貰うので手ぶらで外にでると、そこには6人の管理局員と黒塗りの大きな装甲車があった。

 

 この装甲車、管理局だけでなく、次元世界的にみても最高の硬度をほこる最新鋭の護送車だ。地上部隊監修のもと魔法攻撃だけでなく次元犯罪者がよく使う対戦者ライフルなどの質量兵器を撃たれても傷一つつかないという優れものなのだが如何せん開発コストがかかりすぎるので量産ができず、実際に運用されているのは三台のみという大変に希少な護送車である。これを持ち出してきたと言うところにレジアスの本気がうかがえる。

 

「お疲れ様ですグレアム殿。わたし606部隊のジム・ハーバー曹長です」

「ご苦労だったねジム曹長。いま連れてくるから少し待っていてくれ」

 

 リーゼリットが彼を抱えて出てきたのは数分後の事だった。一度気がついたので鎮静剤を打っていたらしい。こんな短時間で目覚めてしまうのは私が衰えたのか彼がタフなのか。たぶんどっちもなのだろう。

 

「ではレジアス中将によろしく言っておいてくれ」

「はっ! では失礼します!」

 

 びっくりするほどあっさりと彼は運ばれていった。護送なんてものはこんなものだ。護送車のいく方向を見たまま立ち尽くしているリーゼリットにお茶にしようと声をかけて隊舎に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドの海岸沿いにある人気のない通りに二人の男性がいた。路地裏の壁にもたれかかっている姿はヤンキーを彷彿とさせる。

 

「で、なぜ俺がこんなことを?」

「あなた以外には無理だからですよ」

「ならわざわざそんな方法考えんじゃねぇ」

「なにぶん緊急でしたので……まだ牙が残っているとは思わなかったですよ」

 

 やれやれと肩をすくめたのはトールだった。何かに失敗したのだろうが、彼の話し方からは悔しいといった感情は見いだせない。

 

「獲物のスペックは?」 

「Sランク相当の魔法攻撃無効化と対戦者ライフルで無傷程度の物理防御力です」

「そいつはすげぇな」

 

 トールの語った獲物のスペックにまったく顔色を変えず賞賛を送る男。一見すると何も変わっていないようだが一部の人間だけにわかるほど微妙に声色が変化しているのをトールは見逃さなかった。

 

「そうです。これをどうにかできるのは、うちでもあなただけでしょう。アヴァタラム総帥『悪鬼(オーガロッソ)』ゲルト・ミュラー様」

 

 軽い挑発を含んだ言葉をミュラーはにこりともせず受け流し、通りにでた。

その数十秒後、トールには遠くから聞こえてくる何か巨大な物が近づいてくる音が聞こえてきた。ミュラーにはそれが聞こえていたのであろう。

 

 岩よりも硬い鉄塊が時速60kmで迫ってくる。普通の人ならば誰もが恐怖し逃げ出すであろう恐怖にもミュラーの顔は変わらない。唯一変わるのはその闘気。普段は空気中に散在しその片鱗を見せなかった闘気が、ミュラーが一歩を踏み出すたびに収束し形になっていく。

 

「軋れ、ベルゼルガー」

 

 ミュラーが愛用しているストレージデバイスを起動した時、トールは天の音を聞いたような絶頂を感じた。何の変哲もない手斧状のデバイスだが、それを見た者は例外なく感じるだろう。地獄の現界を恐怖の根源を。

 

 だが近づいてくる車に乗っている者は人でも動いているのは物だ。恐怖は感じない。恐怖を感じぬ車を操作するべき人間は、ミュラーがデバイスを起動させるのをみて跳ね飛ばすことを決意する、いや、跳ね飛ばす以外の思考回路が消え去ってしまうほどの衝撃に身体を支配されている。

 

 ミュラーの腕が振り上げられる。練り上げられた闘気が世界を揺るがす。この世に存在する絶対悪。それが目を覚ました瞬間だった。  

 

「うわ、うわぁぁぁっっ!」

 

 叫んだのは誰か、叫べたのは誰か。この圧倒的な闘気(プレッシャー)を目の前にして声を発せた、息が出来た。それだけで十分に驚嘆に値する。

 

 そしてその数秒後。世界に三台しかない最硬の護送車はその役目を終えた。

 

 

 二日後、塩漬けにされた七つの首が管理局に届けられた。

 

 




感想感謝コーナーです
『竜華零』さん感想ありがとうございます


今回はグレアムさんの戦闘シーンでした。
リーゼ姉妹が強いですのでグレアムさん自身はそこまで強くはないという設定です。彼の本業は指揮ですから。今回勝った敵も強いわけではないですね。

やっと『アヴァタラム』総帥の名前がだせました。またもオリジナルキャラクターですね。まだ詳細は出せませんが、御披露目会ということです。

次回
剣介の戦闘

この小説を読んでくださる全ての方々にありったけの感謝を



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第十八話 バキを読んでいたら格闘技が別物に見えてきた

前回のあらすじ

グレアムさんの戦闘終了です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 獲物を前にして俺の気分は高揚していた。スバルが人質になっているのに不謹慎なのかもしれないが、これまで仕込みに仕込んできたピースのうち最高にでかい一個が埋められるのだ。少しは酔わせて貰っても構わないだろう。

 

 スバルを運んでいる男は待機させていたのだろう白塗りの車に向かって早足で歩いていく。俺はスバルの顔を知っているので誘拐だとわかるが、一般人はあれが誘拐とは思わないだろう。せいぜい若い親があまり似てない子供を運んでいるくらいの認識になるんじゃないかな。

 

 あらかじめ用意しておいた弓に矢をつがい、半月の構えで狙いを定める。距離にしておよそ30m、俺が外す距離じゃない。

弦を引き絞り腕に力を込め、弓道特有の美しい射型を形づくる。そして中ることをイメージし、一気に放った。

 

「っ!? 襲撃を受けた! プランBに変更する」

 

 狙い通り後部座席のドア前に命中させた一撃は奴らの動揺を誘えた。この場で俺がやってはいけないことはスバルを奪われることだ。それを防ぐためならば戦闘になるのは仕方がない。

 

 スバルを後部座席に放り込んだ敵はそのままこちらを向きデバイスをとりだした。みたところ何の変哲もないストレージデバイスだ。

 

「おいガキ、何のまねだ? 大人の世界に踏み込むには少しばかり早いんじゃねぇか?」

「確かに一般人からみりゃ早いな、だがそれはここでは関係ないだろ。俺は時空管理局局員だ。誘拐によりお前を逮捕する」

「……っは! 俺らも舐められたもんだなぁ……うおらぁっ!」

 

 デバイスを構え突進してくる敵をしり目にバビロンから夫婦剣と呼ばれる俺のメインウェポンの一つ、干将・莫耶を取り出し、低く腰を沈め敵を待つ。

 

「っへ、いっちょ前に武器構えやがって……十年早いんだよ!」

 

 左から狙ってくる打撃を黒き干将で受け止め、その勢いを白き莫耶に流し、一歩前に踏み出して突く。敵は転げ落ちるように突きをかわし距離をとった。

 

 この組み合いでわかった。こいつは弱い。さきほどの攻撃なんてバレバレの大振りすぎてフェイントの類かと思ったほどだ。たぶんガキを誘拐するだけだから余裕だと思ったんだろうな。

 

 さきほどの余裕はどうしたのか、冷や汗をだらだらと、手をぶるぶると振るわせながらこちらを見つめてくる敵。歯ごたえがなさすぎるが、まぁこの状況ならラッキーというべきか。あとは車にいれられたスバルをどう助けるかくらいだ。

 

「つ、つえぇじゃねぇか」

「はぁ……お前が弱いんだよ」

 

 近づこうと足を踏み出すと、敵はデバイスを振り上げ魔力弾を放ってくる。だが余りにも弱々しい。干将・莫耶に備わっている抗魔力がなくても余裕で斬り裂ける。歩みを止めるのが勿体ないような貧弱な弾だ。 

 

「無駄だって言ってんのがわからね……なんだ、まだいるんじゃねぇか」 

 

 散歩に行くような足取りで近づき剣を振り下ろした。命はとらんが腕の一本くらいは無くなってもいいだろうということで狙いは左腕だったのだが、敵の目が驚愕と怯えに広がり刃が腕にめり込む瞬間、横から飛び出してきた魔力弾により腕ごとはじかれた。

 

 窓からデバイスだけをだし正確な弾を撃ったのは運転席にいた男だ。上司かなにかだろうか、明らかに実力が違う。

 

「カスがみっともない真似してすまなかったな。ガキ、てめぇの名前は何だ?」

 

 ゆっくりと車から出てきたのは190はあろうかという大男だった。風貌は厳つく、身体は丸太のように鍛え上げられていて、修羅場をいくつもくぐり抜けているのであろう事は発せられる雰囲気からなんとなくわかる。

 

「名無しのごんべー」

「……おちょくってるのか?」

「いや、わざわざあんたらみたいな組織に名を晒すことはないだろうってことだ」

「まぁそれならそれでいい……始めるぞ」

 

 その瞬間、巨体が宙を舞った。そのままかかと落としがくるかと思いガード体勢をとったが俺に当たる寸前、スッと力を抜き左足だけで降り立つ。

 

「っつ!」

 

 なぜ失速したのかに気を取られてガードが甘くなった瞬間、何かはわからないが尋常でない殺気を感じ、腕に力を入れる。

 

 敵の動きは滑らかだった。着地の力を左足を回転することで受け流し、その力を流動させて右足に持っていく。右足は膝を折り畳むようにして胸の前まで上げ、身体の正面に俺が位置したとき、その砲弾は発射された。

 

「アグアァッ!?」

 

 顔に車が激突したような気がした。すさまじい衝撃にガードごと脳が揺らされ、焼きゴテを押しつけられたような鈍い痛みとともに自分が宙をまっているのがわかる。

 

 薄れゆく意識の中でせめて頭だけでも守ろうと身体を丸めると背中が何かに打ち付けられた。衝撃で息がつまり、幸運なことに意識が戻ってくる。

どのくらいのダメージがあったのかを確認している暇はなく、無我夢中で身体を左に捻ると勢いのついた太い腕が俺の顔をかすめながら通りすぎてトラックをへこませた。

 

「っく……はぁっ、なんだその馬鹿げたパワーはよ、驚かしてくれるじゃねぇか」

「それはてめぇだ。俺の一撃をくらっても立っているとはな」

 

 転がるようにしてその場から逃げ近くの壁に身体を預ける。話しながらダメージを確認してみると激痛がするのは両腕と鼻で、左腕は動かそうとしても動かない、これは折れてるな。

そのまま鼻に触れると完全に横に曲がっている。ガードで受けきれなかった衝撃を一心に引き受けたのだろう。右手で鼻をつかみ真っ直ぐに伸ばす。脳内でボキッと音が鳴るが痛みを気にしてる暇はない。 

 

 あの敵は今まで闘ったなかでもトップクラスだ。体術という技術面でどうかはわからないがスペック面ではロッテや恭也さんを上回っている。サーヴァント並みの耐久力を持つ俺の腕を折るなぞ普通ではできない。さきほどの魔力弾の質からみると、魔力戦闘もできる(・・・)のだろう。

 

「さて、ここは大通りの裏手で人はほとんど来ないとはいえここまで大きな音を出したんだ。そろそろ人がくるとは思わねぇか?」

 

 トラックをぶん殴ってへこませたのだ。それなりの轟音は響いているし、その音は確実に店内にも伝わっているだろう。そうなれば奴らは逃げざるをえなくなる。

 

「ふん。まわりをよく見てみな」

「まわり……結界か。いつ張りやがった」

 

 薄紫の障壁がチラついて見える。この駐車場一帯に人払いと防音の結界がいつのまにか張られていた。これでは誰かがくることは期待できないだろう。

 

「お前がさきほど雑魚と認定したこいつはな、戦闘はクズ同然だがこういったことは素早い……殺すタイミングを誤ったな」

「……っは! そんな簡単にお前らは殺さねぇよ、いろいろと聞きたい事があるんだからよ」

 

 俺の逮捕宣言を不機嫌そうに鼻をならして聞いて拳を握りしめる。殺せない状態でこいつと戦うのは厳しいものがあるが、やらなければならない。まったく、ここまで順調にきていたのに最後の関門が厳しすぎるだろう。

 

 せめてこいつが使えればと、力を入れてもピクリとも動かない左腕を見る。ないものねだりをしても仕方ないのはわかってるんだけどね。

そして右腕に目を移す。未だに激痛は続いているが、感じからいってヒビは入っていない、それが救いだ。そのまま腕を上にあげ破壊の権化を呼びだす。俺の戦闘の基本にして究極。汎用性ナンバーワンの宝具。

 

「開け『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』」

 

 号令とともに開く宝物庫。表をあげる大量の『死』。一発一発が凡人を破壊し尽くすほどの破壊力を持つ宝具がその真価を発揮せんと並べ立てられる。

 

「ほぅ、壮観だな」

「これを見てその程度しか言葉が出てこないとはな」

 

 首を鳴らして拳と拳をあわせる敵の目には恐怖や畏怖といった恐れの感情はない。あるのは全てを打ち砕くという決意と絶対の自信のみ、本当に強い敵だ。

だが絶対の自信があるのは俺も同じ。あげた右手に力をこめーー

 

「さぁ……受けきってみろ」

 

 振り下ろした。 

 

「おぉぉぉっっ!」

 

 敵はその場で激しく動き回り飛来してくる『死』を叩き落としてまわる。よくこういった場面で踊りを踊るようにと称されることがあるが、今の奴の動きは踊りなんて生温いものではない。左足を軸に、右に左に身体を動かしうねりをあげて飛んでくる宝具を自分に当たりそうなものだけ選んで、ある時は払い、ある時は受け流し、正面から真っ向に打ち破ろうとしている姿はまるでドン・キホーテのように愚かで気持ちのいいものだった。

 

「でもな、避け続けるには限界があるぞ……そらっ」

 

 射出される宝具を二つばかり選び複製して同じように打ち出す。本来の破壊力は劣るが、今は『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』自体の威力もおとしているので丁度良いくらいだろう。

 

 単純に数が増えるだけだがそれだけでもかなりの効果が得られる。まぁそれは少し考えればわかる自明の理だがな。

 

 いきなり数が増えたことに対応がとれないのか、少しずつ鉄筋コンクリートのように鍛え上げられた肉体にかすり傷がつきはじめる。それはまるで岩盤工事のようだ。

 

「ぬぅ……おぉりゃぁぁ!」

 

 懐から閃光がほとばしる。一瞬で抜き出し周りを打ち払ったそれは匕首(あいくち)。ジャパニーズ・ヤクザの基本武装の一つである長ドスだが、まさかこいつも持っているとは、どこかで見たのだろうか。

 

 この匕首、なかなかどうして侮れない。いくらE~Dランクのクズ宝具とはいえ一振りで吹き飛ぶような柔いつくりではないはずなのだ。それを飛ばしてしまうような力を持っているというのは十分に恐怖の対象となる。

 

「ほんっとうに頑丈だな」

 

 いくら匕首でかなりの量を払いのけるといっても、少しは当たるのが普通だ。今回も腕に足に、たくさんの傷がついているのだが、怯む気配が少しもない。これはちょっと異常だろう。

 

「っつ!?」

 

 首もとに殺気を感じて横に転がると、俺がいた位置を魔力弾が通過していった。この弾の練り方からいってあの雑魚ではないだろう。ということは打ち払うためにあれほど動いておきながら魔力弾も操作していたということか。やっぱりただ者ではないな。

 

「ふんっ……カートリッジロードだ」  

 

 敵がボソッとつぶやいたのは俺がもっとも危惧していた言葉だった。

カートリッジロード。それは魔力量を増幅させるドーピング。身体に負担がかかるため浸透はしていないのだが、この巨体ならば負担がかかっても平気だろうな。

 

 匕首が大剣のサイズまで巨大化する。フェイトと同じような効果であり、実に単純明快。大きければそれほど範囲が広くなるし、振り回せるパワーがあれば強力な攻撃となる。

そして敵は思い切り振りかぶった……マズいな。

 

「おぉぉっっ!」

 

 それまで少しずつながら小さくないダメージを与え続けてきた剣の大群が吹き飛ばされる。ここから更に押し込むという手もあるが、またなぎ払われて意味がないだろう。仕方がない、接近戦といくか。

 

「やはりただの小僧じゃねぇな。良いもんを持っている」

 

 元の大きさに戻ったデバイスを懐にしまいパチンと拳を打ち鳴らす。何があっても敵を倒すときは拳ときめているのだろう。並々ならぬ自身とオーラを感じる。

 

 バビロンの中に手を入れて一本の槍をとりだす。一見するとただの短い槍だが、呪いの象徴として名高い黄色の短槍。フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナが使っていたものだ。不治の呪いがあり、傷つけられたものは例えシャマルの回復魔法だろうが癒すことはできない。

まぁこれを選んだ理由は不治の呪いというよりも、片手で扱えて拳相手に最適な槍を使うということなのだが。

 

「ほめてくれてありがとよ。そのついでに撤退しちゃくれないかね」

「っは。冗談の上手い小僧だな。ここまで盛り上がらせておいてそれはないだろう」

「まぁそうだと思ったよ……いくぞ」

 

 足に力をいれ踏み出した。さきほどの攻撃で、相手の攻撃が強いことは十分にわかった。それならばこちらから攻めることが重要だ。わざわざ敵の得意な形にしてやることはない。

 

 相手の足を狙い突き出す。それを足をあげることで回避され、踏むようにつぶされかけるが、チート能力にあかせた普通では考えられない動きで腕ごと槍を横にスライドさせて避ける。左腕が使えないので受け身が雑になるが、とにかく回避を優先にして多少のダメージは気にしない。

 

「ふんっ……」

 

 正面から突撃するように見せかけた動きをすると敵が見事にハマり、迎撃用の拳が放たれた。それを見て思い通りの展開に顔がにやけながら右手で地面に槍をつきたてる。

 

「はぁっ!」

「なにっ!?」

 

拳と顔が当たるまであと数cm。俺は思いっきり力をいれ槍を軸に身体を回転させ、相手の肩口の上を越えて後ろに回り込む。見えるのはがら空きの背中。これはもらったな。

 

「甘いっ!」

 

 すぐに攻撃が出来るように、身体をひねって敵の背中の正面につくように地上に降り立つと同時に引き抜いた槍で振り抜いた右腕の肩を狙うが、まるでそこに攻撃がくるか分かっていたかのように左手で槍を掴まれる。

 

「はぁぁぁっっ!」

 

 やばい! と思い槍をねじりとろうとするが両手でがっちりと捕獲された。俺は即決で槍を捨てる選択をし、勢いそのままに右肘で首筋を狙い打つ。気絶させるのが狙いだが、こいつが相手では少し動きを止めるので精一杯かもしれない。

 

「ぐぅっ! ……っつあぁぁっっ!」

「ぐ……マジかよ!?」

 

 襟首を掴まれ振り回された。空中に漂っている短い時間、さきほどの俺の考えが甘かったことを痛感させられる。

このまま叩きつけられたらラッシュをかけられて意識を失うかもしれない。それでは俺の完全な負けだ。スバルの身だけでなく俺の身まで危ない。

 

 そこまで考えたとき、俺の身体は勝手に動いた。意識の外から手に棒がふれる感覚がする。それは何やら紋章が書いてあるらしい……あぁこれは『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』だ。あれ……なぜ俺はそれを掴んでいるのだろう。

 

「ぬ、ぬうぅぅっ!?」

 

  俺はいつのまにか自分が投げられながら、槍を支点にして相手を投げ返していた。高い次元で繰り返してきた鍛錬の反復が、反射という形になって無意識にでてきたということなのだろうか。もしもそうであるならば、一段階上のレベルに到達できたのかもしれない。

 

 まさかの体制から投げ飛ばされたことによる驚きと痛烈な衝撃に敵は立ち上がれない。俺はここまでの好機をみすみす逃せるほど余裕はもてていないので、敵に背をむける。

 

「う、うわぁぁっ!?」

 

 必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を複製させてもう一人の方に投げつけ牽制したことにより悲鳴をあげているが、今は一刻を争うので無視。それよりも、今やるべき事はそいつの近くにある車からスバルを助け出すことだ。

 

「そいつを止めろ!」

 

 敵の怒声が響く。あの投げから一瞬で復活とかやめてくれ。

そんなことを思いながら後部座席のドアをあけ、すやすやと眠っている幼子を抱え込む。これで確保はかんりょ!?

 

 首筋に触れたこれは殺気などという生易しいものではなかった。例えるのならば死そのものだろうか。それがなんであるかは分からなかったが、なんであれ危険には変わるまい。

俺はスバルを抱えたままジャンプをし、車の左横に移動した。

 

「つぁぁっ!」

 

 ジャンプをした直後、そこを拳が通り過ぎた。その風圧だけでガラスは割れんばかりに震え、俺も背中を押されたようになり前につんのめる。

 

「やってくれたな小僧」

「これで俺の不利はなくなったな」

「ガキを抱いたまま戦うつもりか?」

「そんなメンドいことやってられっか、逃げるんだよ」

 

 言うが早いか転身し飛び出した。だが目の前に現れたのは雑魚局員。普段ならば意にも介さず突破出来ただろうが、今はスバルを抱えている状態だし、何より左手が動かないことにより両手がふさがっているので、払いのけるとはいっても少し時間をとられる。そしてその少しの時間は少しの隙となり、大きな代償となって現れる。

 

「だからこいつもバカになんないんだよ!」

 

 反射的に頭を下げると拳が通り過ぎた。髪が数本舞い散り地面に落ちる……回り込まれた。この感じだと逃げるのは厳しそうだ。

こうなってくるとスバルを抱えているのは邪魔でしかない。なんとか屋根に登るまで持ちこたえることができればよかったのだが、それもさせてもらえなかった。

 

 俺はもとから逃げるつもりなどない。逃げたとこでギンガが危ないだけだからな。目の前の屋根に登り、そこからバビロンで一斉掃射するだけの簡単なお仕事を狙ったのだが、第一歩目から崩されたな。

 

 考えろ、考えろ。この状況をどうやって打開する。どうやって有利な方向に持っていく。

 

 突然、ガラスを突き破るような音が盛大に響いた。

 

「な、なんだ!?」

 

 俺の視線の先にいるのは青色の髪をした女性。言葉は発していないが、怒っていることだけは明らかだが、。

 

「おい、母熊さんが登場しちまったぜ。どうするね」

「っち、すぐに結界を直せ」

「は、はい!」

 

 俺と同じように敵も己を失うことは無かったが、ある程度の動揺はしたようだ。

 

「はやっ……」

 

 突然の乱入者は青い残像を残し一瞬で俺たちの元にたどりつき、俺と敵の間に立ちはだかった。俺の目の前に見えるのはその細身の姿だ。

 

「その制服、管理局員ね。スバルを守ってくれてありがとう。状況説明はできるかしら」

「女の子が誘拐されるのを見て助けに入りました。左のほうはそこまで強くありませんが、目の前の男は強いです。一発に気をつけてください」

「ありがとうね。あなたは少し遠くで休んでて」

 

 さすがはエリートといったところだろうか、状況判断がものすごく早い。自分の子供がさらわれかけているという状況でも敵と味方をしっかりと区別することができている。俺がもしクイント・ナカジマの立場であったなら、まずはスバルを取り戻したあと両方ともボコしてから話を聞くだろう。

 

「おい、車をだせ、逃げるぞ」

「了解」

「やらせないわよ!」

 

 クイントの拳と敵の拳が思い切りぶつかり合い、金属的な轟音が響いた。威力はーー互角。二人とも同じように地面に足が食い込み、一歩も引いていない。

クイントの両腕についたあれはナックルだろうか。それが回転して爆発的な推進力を生みだしているのだろう。あの細身で奴と互角とは想像以上にスゴい。

 

「用意できました!」

「だせ!」

「逃がすかぁっ!」

 

 クイントの拳を正面から受け、あえて身体を吹っ飛ばさせて車を掴む。急発進した車にどうやって乗るのかと思いきや、後部座席のガラス窓に指で穴をあけてつかんで去っていった。大道芸がすぎるんじゃないかと思ったが、さすがは『鬼』といたところだろうか。

 

「こちらクイント…………えぇそう……」

 

 何かを連絡しているクイント。たぶんあの車の捕獲だろう。ナンバープレートの偽装くらいはしてくるだろうが、指の跡が入った不自然な形の窓ガラスは動かぬ証拠だろうからな。

 

 俺は治療変換(セラフィエ・カンバセイション)を使い身体を治し始める。それとともにスバルを持っているのは重すぎるので、バビロンから小さなマットをだしてその上にそっと横たわらせた。

 

 奴らが逃げていく途中で結界を解除したのだろう。いつのまにか薄い膜みたいなものはなくなっていた。それを確認しスーパーの出口に顔を向けると、スバルと同じ顔をした少女がおそるおそるといった感じでこちらをのぞき込んでいる。

 

 ちょいちょいと手招きをしてやると、少しずつこちらに近づいてくる。猫を飼い始めた飼い主のような気分と言えばいいのだろうか。

おそるおそる近くまで寄ってきて俺の横にスバルがいるのを見つけ、スバル! と声をあげて走ってきた。

 

「あ、あのスバルは」

「心配いらない。眠ってるだけだよ」

「……よかったぁ」

 

 安堵の声をあげてスバルの手を握るギンガ。やっぱりお姉ちゃんなんだろう。

妹がいるという気持ちは俺にもよくわかる。やっぱり可愛いし、ギンガにとっても特別な存在なのだ。妹っていうのはそういう存在だからな。

 

「スバル……あぁよかった……本当によかった」  

 

 通信を終えたクイントがスバルを抱きしめ何度も何度も顔を胸に押しつける。むちゃくちゃ心配したのだろう。それも当然だ。現在起こっている管理局員連続殺害事件、それに巻き込まれる直前だったのだから。

 

 クイントはスバルを抱きしめたまま俺の方を向いた。

 

「えぇと」

「石神です。石神剣介。所属部隊は新人育成課で、階級は二等陸士です」

「剣介君ね。私はクイント・ナカジマです。所属部隊はゼスト隊といえばわかるかしら。スバルを助けてくれて本当にありがとう。あなたには感謝をしてもしたりないわ」

「いえ、たまたま誘拐されかけているのを見かけましたので」

「お礼と言ってはなんだけれど、うちでご飯を食べていかないかしら……ちょっと聞きたいこともあるし」

「ではおじゃまさせていただきますクイントさん」

 

 

 

 

 

「へー、ギンガちゃんって言うんだ、よろしくね」

「あ、あの、スバルを助けてくれてありがとうございます」

「義理堅いねー、気にしない気にしない」

 

 帰り道、ギンガと自己紹介しあいながら帰る。こんな茶番、ちょっと前ならやらなかっただろうが悪い意味で成長しているのだろう。

 

 一応襲撃を警戒してギンガは俺とクイントさんの真ん中にしているが、さすがに今夜はないだろう。『鬼』はなにもナカジマ家だけを標的としているわけではないのだから。

 

【剣介君、もう傷はいいの?】

 

 ギンガと茶番をしていると、クイントさんから念話がきた。重傷ではあったから心配してくれているのだろう。

もう傷は治したが、左腕と鼻を骨折、全身に広がる打撲。俺でなければ即病院行きだろうし、そもそも、あの敵の攻撃を受けてこれだけですんだのも俺だからなのだと思う。

 

【心配していただきありがとうございます。でも大丈夫です。俺の魔術で治しました】

【あなた、魔術が使えるの?】

 

 口調は穏やかだが、少し動揺している風に聞こえた。今の管理局で魔術を使えるのは、40代以上の局員数%と、極めて少数の40代未満しかいず、絶滅危惧種らしいから当然とも言えるのだが。

 

【えぇ、五大元素なんていう高尚なものは使えませんが】

【その歳であれだけの敵と渡り合えて、なおかつ魔術も使える……スゴい才能ね、あのギル・グレアムに鍛えられているだけあるわ、私たちの隊にスカウトしたいくらいよ】

【俺のは才能なんて偉いもんじゃない、ただのcheatですよ】

 

 そう、俺の能力は英単語であるcheatだ。もちろん自分なりに鍛錬を重ねたゆえの実力ではあるが、その起源は全部大天使からもらったものであり、俺個人のものではない。

まぁだからといって、この能力がおかしいや、使ってはいけない、なんていうのは馬鹿な言葉だがな。こんなもの宝くじのようなものだ。もらえてラッキー、これだけにすぎない。 

 

 スーパーからそこまで離れていない見慣れた道を歩いていくと、見慣れた家が現れた。これがナカジマ家。なかなかに大きな庭もある贅沢な家だ。両親二人が局員で、二人とも高い地位ということから推して知るべしだけれども。

 

 家に入り、目が覚めてなにも覚えていないスバルとギンガとともに遊び、クイントさんの料理を手伝ううちに夕食の時間となった。

 

「剣介君、そこにお皿を並べてもらえる?」

「りょうかいです」

 

 軽快な音がした。これはチャイムだろう。

 

「「パパー!」」

 

 二人の子供がかけていく。破顔しながらかけていく二人の子供たち。うーん、なんとなく子供が欲しいという気持ちが分かってきたぞ。

クイントさんと一緒に玄関までいくと、髪に白いものが混ざり始めた中年のおじさんがいた。ゲンヤ・ナカジマ……俺のターゲットだ。

 

「ただいま……っと誰だおめぇ」

「こんばんは、管理局新人育成課所属、石神剣介です。おじゃましてます」

「あなた、おかえりなさい。詳しい話は後でさせてもらうわ」

 

 その後、夕食をともに食べ、少しばかり話をし、帰宅する時間となる。駅までは少しあるので、ゲンヤさんが送ってくれることになった。

 

 

 車内、運転席にゲンヤさん、助手席に俺という形で座っている。

どう話を切り出そうか迷っていると、ゲンヤさんから話しかけてきた。

 

「石神、さっきクイントから話を聞いた……娘を助けてくれてありがとう」

「いえ「だがな」……なんでしょうか」

 

 俺が何か言葉を発するのを阻止するかのように言葉を重ねてきた。チラリと横顔を見たが、無表情なので何も読めない。

 

「だがな、最近俺の事を嗅ぎ回っていた人間……お前だろ」

「ーー!?」

 

 あまりに予想外の言葉に声を失う。まさか俺が仕事を頼んだプロである探偵がバラしたのだろうか。いや、そんなことをすれば信用を失いおまんまの食い上げだ、バラすはずがない。

 

「で、どうなんだ?」

「……いつ気がついたんですか?」

  

 口調から言って、ほぼ確信から最後の確認をするだけなのだろう。ならばここで嘘をつくのは得策ではない。そう判断し、あっさりとバラした。

 

「ほー、ずいぶんあっさりだな。俺が気がついたのはクイントの話を聞いてからだな。だが誰かが俺をつけている、というのは予想できていたよ」

 

 ゲンヤ・ナカジマによると、管理局連続殺害が起こってから自分にも降りかかるだろうということを察し、少しでも自分に関連のある話題はすべて伝えさせていたらしい。初めて俺がゲンヤ・ナカジマを見たとき局員にあれは誰だと聞いたが、それも伝えられていたとのことだ。

 

 何かがおかしいと思ったのはその少し後、俺が探偵を雇った時で、誰かに見張られている感覚があったらしい。よくぞ探偵に気がついたと言うべきかもしれないな。

この時点で、俺の事を暗殺者の類かと疑ったが、すぐに見張られているという感覚が消えたため誰なのかが掴めなかったらしい。

 

 そして先ほどクイント・ナカジマからの話を聞き、見張っていたのが探偵かと考えすべてが繋がったというのだ。

ふむ、聞いてみると穴だらけだな。ここは隠し通すのが正解だったのかもしれない。

 

「それでだな、俺を調査していたというのはいい、仕事柄慣れているからな。クイントも同じだ、あいつも局員だから納得済みだろう。……だがなぜスバルとギンガを囮に使った? 管理局員は市民を危険から救う義務があるはずだ」

 

 先ほどと同じ落ちついた声だ。自分の子供を囮に使われたから怒っているというわけでなく、管理局員としてどうなんだ。と聞いている証拠だろう。

まぁここで親として怒るのであれば、ならばなぜスバルを連れさらわれるような愚行をおかしたのか。ということになるからな。

ちなみにスバルが一人だったのは、子供というものは得てして親の目を盗んでお菓子コーナーのような楽しい場所に行きたがるものだからのようだ。

 

「普通の局員ならそうなんでしょうね……でも俺は市民の事なんざどうでもいいです」

「ならなぜ管理局みたいな組織に入ったんだ? お前みてぇなガキは金のために動くわけでもねぇだろ」

「金なんざ腐るほど持ってますよ……ただ俺にとって今回の事件はチャンスだっただけです」

 

 開設したばかりの新人育成課。管理局内での立場を強くするためには実績が一番だ。その意味でチャンスを活かせるように動いた結果がこれだ。もしかしたら俺が動かなければもっと楽に解決できていたかもしれない。だがそれでは育成課は何も変わらないだろう。俺のために、もっと立場的に強くなって貰わないと困るのだ。着実に進むのでは遅すぎる。

 

「世界的規模の犯罪組織を前にして何がチャンスなんだかな……まぁそれはいい。俺の娘を囮に使ったのは癪にさわるが、お前がいなければ最悪の結果になっていたのも事実だ……何をしてほしいんだ?」

「助かります。俺の要求は一つだけです……『鬼』との戦闘に備え、育成課と連携してほしい、これです」

「108部隊全部ってことか? そりゃ俺の一存じゃ無理だ」

 

 肩をすくめるゲンヤ。彼は108部隊ではかなり高い地位にあるが、まだ一人で部隊の方向性を決めるほどの位置には達していないという事か。だがそんなことは分かっている。

 

「いえ、ゲンヤさんが主張してくれるだけでいいのです……そうすれば聖堂教会が何とかしてくれますから」

「……!? おめぇ本気で何者だ。その歳で囮を使い、聖堂教会とも繋がっているだと?」

「まぁ小学生らしくないのは認めますが、歳は(一応)事実です」

 

 前を向いたまま何かを考えるような顔で数分待たせられる。そしてため息を一つつき、俺に片腕をさしだし握手を求めてきた。

 

「はぁ……あーわかった。部隊の連中には俺から話しておく……よろしく頼むぞ」

 

 それを俺は……ガッチリと握った。

 

 




感想感謝コーナーです。
『竜華零』さん感想ありがとうございました。

いやぁ長くなりました。容量的には前回の倍です(笑)
今回最後の方で主人公の異常性をだしました。ここからどうなるかは分かりませんが、今のところ主人公にとってナカジマ家は自分の目的のための踏み台です。幼稚園児までも踏み台にするというのは異常者でなければできないことだと思います。

次に更新についてです。最近ちょっと忙しく、一週間に一話が厳しくなってきました。二週間に一話あげられるよう頑張りますが、遅くなってしまいましたらごめんなさい。ただ作者としましては何年かかっても完結させる決意を持っておりますので、エタる心配だけは大丈夫です。

次回
連携とこれから

この小説を読んでくださる全ての方にありったけの感謝を



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第十九話 覚悟なんざ簡単には決まらないもんです

前回のあらすじ

俺の戦闘が終了しました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、もっと大きく動く!」

 

 訓練場に響くのは我らが育成課の最強戦力であるロッテの声だ。俺はその声に従い右に大きく展開しデバイスを銃型のデバイスを掲げる。

 

「いっけぇっ!」

 

 魔力弾が撃ち出される衝撃を抑えつけ、対象に向かって打ち出す。狙いは約20m先にある空き缶だ。動きながら小さなモノを撃ち、バランス感覚や命中精度などをあげる訓練で、けっこう難しいんだなーこれが。

弾はキレイな放物線を描き空き缶を吹き飛ばした。成功だ。

 

「着弾確認、成功!」

「うおっし、どんなもんじゃい!」

「ナイス、アル!」

 

 今は剣介とアリア、グレアムさんを除いたメンツで訓練をしている。どこかに行くといっていたので何か重要な案件なのだろう。

 

 脳裏に浮かんだのは俺よりだいぶちっこいくせに俺よりだいぶ強い少年、石神剣介の顔だ。

初めてあったとき、他の奴より明らかに成長していないガキが出てきて、この課は大丈夫なのか。という疑問にぶち当たったっけなぁ。

 

 でもその疑問はすぐに氷解した。なんちゃらバビロンとかいう全自動剣射出器の強さを目の当たりにし、圧倒的な実力差を感じた。もはや嫉妬する気もなくなっちまったけどな。

あいつの力は間違いなく管理局でも最強の部類に入る。前にきてくれた『若きホープ』高町なのはちゃんよりも強いだろう。だから俺たちの隊はあいつがいれば崩れないんだ、それは他の新人もそうだろう。

 

「じゃぁ次は私がいっきまーす!」

 

 ルカが飛びだしていった。ロッテの指示にしたが……は?

 

「ぐっ、あぁぁっっ!」

 

 俺たちの正面にいたロッテがいきなり吹き飛び壁に叩きつけられた……なにが、なにが起こってる? 

 

「て、敵襲!」

 

 は? 敵? だって……え? どこに? あれ?

 

「あ……」

 

 何かが目の前に現れた。そう感じた時、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「で、いつまでこの茶番は続くんですか? ゼストさん」

 

 不機嫌そうに、いや、不機嫌に言葉を投げつけた。相手は管理局の超エリート。その気になればこの程度の不満でも俺を免職させることができるくらいの力を持つ人だ。

 

 眼下には黒衣の人間に為すすべもなくやられていく育成課の人員。俺とアリア、グレアムさんにゼストさんは訓練場の全体を見渡せる小部屋からこれを見ていた。

 

「ふむ。今のところギリギリでも対応できたのはティーダ・ランスターだけか」

「当然でしょうが、相手はゼスト隊のフロントアタッカーでしょう。ティーダが反応できたのだって予想外ですよ」

 

 非難を五割り増しくらいでぶつけるとアリアに目でたしなめられた。肩をすくめてサインを送り、もう一度ゼストさんに向き直る。

 

「ロッテに茶番をさせてまで計った育成課の強さはどうでしたか」

 

 話の流れから明らかだが、この奇襲はすべて仕組まれた事だ。クイントさんから俺の強さは伝えられているので俺は除外し、それ以外の戦力を調べるのが目的である。

ロッテにはあらかじめ伝えてあるので、それは上手に壁に叩きつけられたフリをしてくれたのだ。

 

「及第点をとれるものは一人もいないな。今のままでは『鬼』に殺してくれと言っているようなものだ」

 

 まぁ予想通りだ。俺が戦ったあいつくらいの男がでてきたら、一分もあれば制圧されるだろう。

そのためにもすぐにレベルアップをはたさなければならない。だから俺は情報の共有以外にも戦技教導隊とのコネクションのために108部隊という大部隊に協力を仰いだ……はずだったんだがなぁ。

まぁ、あのゼスト隊が鍛えてくれるというのだからこちらのほうがよっぽど良いが。

 

 グレアムさんとゼストさんが話している何かを聞きながらテーブルに置いておいたお茶を飲み、気絶した新人軍団をロッテとクイントさんが運んでいるのを見ていると、乱暴な音がしてドアが開いた。

 

「わりぃ、遅れちまった」

 

 彼の名前はゲンヤ・ナカジマ。108部隊の副隊長補佐であり、今回の連携に尽力してくれた人だ。 

108部隊側の代表なのは予想通りなのだが、副隊長補佐などという地位になっていることには驚いた。たぶん108部隊の将来における隊長候補が前に殺されたから繰り上げなのだろうが。

 

「よく来てくれたねゲンヤ君……まずは今後の動き方を決めていこうか」

「了解」

 

 三人の各課の代表が話しあいを始めた……俺の出る幕はなさそうだ、隊員たちの様子を見にいこう。

 

 

 

 医務室に入ると、見事に5人が横たわっていた。中では手当てをしてくれたリズとセラにクイントさんとロッテが話している。

 

「あ、剣介お疲れー」

「お疲れ様ロッテ。面倒な事してもらってすまないな」

 

 気にしない気にしないと手をヒラヒラと振っている。その姿からはダメージが一切感じられない。演技とはいえ壁に叩きつけられているのだが、それだけタフなのだろう。さすがロッテ。

 

「クイントさんもありがとうございました……どうでしたかこいつら」

「私たちから頼んでしてもらっていることだから、こちらこそごめんね」

 

 わざわざこんなやり方でやらなくてもという感情が見え見えだ。ゼストさんの考えも当然理解できるのだが、というところだろう。

 

「育成課の子達は予想外だったわ。基礎もしっかりしているし反応も上々、予想していたより数段強いわよ」

 

 予想が低かったのか強くなっているのか分からないが、そういう評価をもらえたのはうれしい限りだ、あまり時間もないしな。 

 

「どうだろう、モノになりそうか?」

「リーゼさんの教導で一年もてば、一般局員を凌駕できる力はつくわ。グレアムさんの使い魔リーゼロッテ、アリアさんと言えば有名だもの」

「それほどでもあるっちゃあるね~」

 

 良い顔をしながら茶々をいれてくるロッテを目でたしなめて先を言ってもらうように頼む。一応マジメな話だし。

 

「でもそれで『鬼』に立ち向かえるかと言われれば、首は縦に振れないわ。彼らの強さは常軌を逸している、それは剣介君ならわかってくれると思う」

「……そうですね」

 

 確かにそうだ。チート能力を持っていた俺ですら互角からちょっと優勢くらいだったのだ、部隊のエース級でなければ太刀打ちできないかもしれない。いや、できないだろう。

 

「そんな不安そうな顔をしないで、そのために私たちが呼ばれたのだから。私たちが一人一人マンツーマンで鍛えれば、時期によるけど間に合う確率があがるわ……それでも強い相手には隊単位で戦う必要があるけれど」

 

 あのゼスト隊からマンツーマン指導を受けた。これだけでも来年育成課に配属されたいという人間は多いのではないだろうか。

これこそが今回の連携における真骨頂なのだ。108部隊からは情報を、ゼスト隊からは武術を、それぞれの隊の得意なモノを吸収し、更に評判を獲得する。これで育成課はかなり強化されるだろう。

 

「あ、あとここが襲撃された場合に備えて私たちも寝泊まりするわね、よろしく」

 

 ポットからお湯を注ぎお茶をつくりながら言われた。まぁどうせ俺は家に帰るから直接の関係はないが、アルあたりが喜びそうだな。

 

「あれ、じゃあスバルとギンガはどうするんですか?」

「ここに連れてくるわよ。どうせ家もバレているだろうし、それなら強い人間がたくさんいるここのほうが安全だからね」

「じゃあゲンヤさんは……」

「あの人も部隊のほうに泊まり込みになると思うわよ。相手が相手だから気を抜く暇はないわよ」

 

 今まで情報戦というもので戦ったことがないから分からなかったが、情報戦もやはり体力を使うようだ。戦闘と違って時間がかかる部分だからなのかな。

 

 ロッテとクイントさんがこれからの教導について話をしている。内容は全体的な面と個人の戦闘能力の両方だ。俺なんかが口出せる空気ではないため黙っていると隊員達が起き始めた。

 

「つっ……こ、ここは」

「お、目が覚めた。具合はどうだアル」

 

 いち早く目覚めたアルは不思議そうに首を左右に動かした後ロッテを見て飛び起きた。

 

「ロッテ! 大丈夫なのか!?」

「へ!? え、えぇ大丈夫よ」

 

 いきなり言われて驚いたのだろう。ロッテは間抜けな声を出しながら答えた。そうか、アルはロッテが攻撃されたのを一番近くで見ていたからか。

 

 ロッテの言葉に心底ホッとしたように息をつき、ベッドにもふっと倒れ込んだ。あぁよかったーと息を吐きだしているアルは、またも何かに気がついたかのように飛び起き、俺の肩をがっしりと掴んだ。

 

「な、なんだよ」

「敵は? ロッテを倒した敵はどうなった」

 

 あぁそうか、こいつらには話してないもんな。そりゃ心配するようになるだろう。だがアルが覚えているという事は他の奴もこのことを覚えていてもおかしくない。そいつらにわざわざ同じ事を話すのは面倒くさい。

 

「あっと、あー敵はだな……」

 

「う……あれ? ここは……私」

「あ、ルカも起きた」

 

 ちょうどよくルカが目覚め、他の奴らも起きそうだったのでアルには後で話すと伝えて厨房に向かった。セラに、何か温かな飲み物でも作ってもらおう。

 

 

 セラにミルクセーキを作ってもらった。疲れたりしているときに甘く温かい飲み物は気を休めるという効果がある。気が休まれば落ち着いて話を聞けるし良いことずくめだ。

 

 さて、俺の計画の中で根幹でもあった連携は無事に成り立った。ゼスト隊まで引き出せるとは思っていなかったので、予定よりも上手くいったといって良い。次はいよいよ『鬼』との対決に向けて本腰をいれることになるだろうが、それまでに時をどれだけ稼げるかが必要だ。挑発にのらない、のせられない。ここが重要になってくるだろう。

 

 人数分のミルクセーキを運んでいるセラは両手がふさがっているのでドアを開けると、全員目を覚ましていた。何人かは肩を回して痛みなどをチェックしているがほとんど残っていないらしい。さすがクイント・ナカジマだ。

 

「まぁこれでも飲んで身体休めろ」

「あぁ、ありがとう」

 

 全員に配り終え、さてどう説明するかと考え始めた矢先にドアが開いた。入ってきたのは各部隊の隊長格、すなわちギル・グレアム、ゼスト・グライガンツ、ゲンヤ・ナカジマの三人だ。

全員ゼストさんの名前は知っているので、なぜこんなビッグネームがこんなとこに来るのだろうと呆けている。 

 

「あ、ぜ、全員ーー」

「あぁ座ってくれて構わん。飲み物も飲んでくれたまえ。そのままの体勢で話を聞いてくれ」

 

 空中で動こうとしたティーダの動きが止まり、元の位置にもどる。他のみんなもベッドの腰掛けた。

 

「ここにいる方々が気になるものが大半だろうが、まずは話を聞いてくれ。いまこのミッドの平和を脅かす不埒な輩がいる、その名前を知っている者はーー」

 

 グレアムさんの演説が始まった。これは部隊の連携をとることを示すための軽いパフォーマンスなのだろう。ゼスト隊だけでなく108部隊に出向く隊員もいるだろうから、そのときに頼ることになるゲンヤさんもここで紹介している。

 

 『鬼』の話になると、場の緊張が一気に高まった。奴らのやり方があまりにも凄惨だからというのも理由の一つだが、もっとも効いたのはグレアムさんと、クイントさんの娘が実際に襲われたからだ。

人間というものは身近で事件がおきないとあまり実感が沸かないというのはどこの世界でも同じなんだな。

 

 グレアムさんの演説が終了して、次はゲンヤさんとゼストさんの自己紹介を含めた話だ。ゼストさんが先ほどの茶番を説明してくれたので俺が説明する手間が省けたのはラッキーだ。これに対する反応は沈黙だった、誰一人としてしゃべらない。全員がまだ自分の力が足りていないということが自覚できていたということだろうか。もしかしたら……いや、たぶんこの前に話した『鬼』の話にショックを受けたのだと思う。

 

「……君たち、大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですよ……し、市民の安全を守るのは局員の義務ですから」

 

 俺たちは管理局員だ。危険な仕事もするし、死と隣り合わせの場合もある。確かにそうに違いないのだが、果たして本当に覚悟できている局員は全体の何割なのだろうか。育成課の奴らなんてまだ新人だ。口ではなんとでも言えても、覚悟なんてものはできないに決まっている。その証拠に、いま口を開くことができたアルでさえも顔を青白くしている。

 

 俺の横にいた影がスッと動いた。立ち上がったのはグレアムさんで、静かな足取りで全員の前に立った。

 

「アルベルト・クラフェルト、キュルカス・クローバー、サラミス・イーリアス、ルーオカ・キザンカ、ティーダ・ランスター、石神剣介よく聞きなさい。いまの君たちが感じている不安、恐怖それは誇るべきことだ」

 

 え? という顔をして隊員全員の顔が前を向いた。ゼストさんは腕を組み目を閉じて、ゲンヤさんは顎に手をあてながら次のセリフを待っていた。

 

「自分より強いもの、自分では勝てないもの、そういったものを避けるために必要なものは恐怖だ。断言しよう、人間は恐怖により進化し、恐怖により発展してきた。だから私は君たちが『鬼』と戦わない選択肢をとることを歓迎する、安全も保証する。その選択肢は逃げではない」

 

 グレアムさんのように死線を潜り抜けてきた人間だからこそ説得力のある言葉だ。もし本当にここで安全な道を選んでも、それがこれからの将来に影を落とすことはないのだろう。

 

「君たちに短いが時を一日だけ与える。これから自分がどうするのか、それをしっかりと考えてきなさい。もう一度言う、私はどんな選択をとっても君たちを誇る」

 

 そういうと、扉を開けて出ていった。部屋の中は陰鬱な空気だけが満ちていた。

 

 




感想感謝コーナーです
『竜華零』さん、『きゃっまだ』さん、『佐天』さん感想ありがとうございました。


更新遅くなってしまいすみません。
ただ、現在ちょっと忙しいので、このペースで更新するのがデフォになりそうです。エタることはないので、そこだけはご安心ください。

色々迷惑をかけてしましますが、これからも当作品を読んでいただけたら嬉しいです。

感想いつでも受け付けております。一言だけでも嬉しいですので、何かありましたらよろしくお願いいたします。

次回 それぞれの選択

この小説を読んでくださる全ての方々にありったけの感謝を



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番外編 ペットは可愛い。ちなみに私は犬派です

完全なifストーリーですので本編には繋がりません



番外編

もしものお話

 

 

 

【ケンスケ! もうちょい左!】

【こんくらいか!? 暗くてなんも見えねぇよ!】

【行きすぎ! あと10秒で通過するぞ!】

【どっこだよ!】

「りゅりゅりゅりゅりゅりゅっーーーー!」

【ケンスケ捕獲失敗!】

【あぁぁっ! めんどくせぇぇっ!】

 

 この惨状。何かというと、ある生き物の捕獲が目的だ。ミッドでは少し名の知れた(らしい)おっさんが依頼してきたのだが、あんまりにも馬鹿らしい依頼内容により、見事育成課の仕事になったのだ。

だがこの生き物、なかなかどうして侮れない。今に至るまで数時間。俺らから逃げ続けているのだ。 

 

 はじめは普通に繁華街だった。人のいない路地裏を進み、かと思えば追いかけられたら人のいる場所にでて、小さいからだを活かすという頭脳戦法をみせ、見事に振りきられた。

 

 その次は住宅街だ。悠々と歩いているところを発見したのだが、あの生き物。俺らが近づくと家の敷地内に入ってしまうのだ。いくら捜査目的だからといって、生き物一匹捕まえるために何軒も何軒も入らせて貰うわけにはいかないので、ここでも捕り逃した。

 

 そして今はここ、なんと下水道に逃げてしまっているのだ。ただでさえちっこくてすばしっこい上に、真っ暗の下水道に逃げられてしまってはどうしようもない。ティーダが隊舎から指揮してくれているが、ぶっちゃけ捕まえられない。 

 

【ケンスケ~……どーだった~】

 

 弱々しくアルの声が響く。少し前に突破されただけでなく、水に落ちたらしい。それでも次の地点に向けて動かなければならないというのは悲しいな。

 

【捕り逃したよ。あいつおかしいだろ】

【だよなー……しかも今まで図鑑でだって見たこと無いぜ。あんな生き物】

 

 今俺らが追っている生き物は、犬でもライオンでもアリクイでもない。動物園でも水族館でも、図鑑でも見たことがない生き物なのだ。

姿を例えるとするなら猫が一番近いだろうか。まんまるいボディーに尻尾がつき、一応猫っぽい耳がついている。でも手と足がないんだよなぁ。逃げ出さないように切り落とされたとかではなく、元から存在していないのだ。ちなみに移動は全て腹這いだ。腹這いであの速さは反則じゃないかと思う。

 

【俺さ、もー鳴き声がトラウマだわ】

【りゅーっ。って鳴き声だろ。どっから声だしてんだろうな】

 

 普通では聞いたことがない鳴き方をするのもこいつの特徴だったりする。本当になんなんだろうな。こっち特有の生き物かと思ったらそうでもないし。いいかげん捕まえないと俺らのストレスがマッハだぞ。

 

【ティーダ。今どんな感じだ?】

【もう二人突破された。残ってるのはサラだけ】

 

 ティーダも苛立ち混じりになってきている。あれだけ逃げ回られ続けて、毎回諦めずに捕捉してるんだもんな。そろそろキレてもおかしくはない。

 

【ごめん。逃げられちゃった】

【はーい終了。もう俺にはどうやって捕まえたらいいのかわからねーよ】

 

 餌で釣るという作戦も考えたのだが、飼い主曰く、落ちている物を食べるなと教育しているらしいので無意味だろうと中止になった。これが問答無用でぶっ潰しできるならさっさと殺してるんだけどな。そういうわけにもいかない。

 

【全員聞こえるか。目標が外に逃げ出した。公園のほうに向かってるから、ここで絶対に捕まえるぞ】

【【りょーか~い】】

 

 返事から分かるとおり、全員士気がだだ下がりしている。そろそろ捕まえないと、マズいかもしれないな。……俺も含めて。

 

 

 

 

「で、いまどこに逃げたって」

「ティーダからの情報ではそこの植え込みらしいよ」

 

 サラが指した植え込みを見ると、確かにざわざわと葉がゆれている。このチャンスで捕まえられるだろうか。

 

「じゃー全員で丸くなって囲むか」

「「りょうかーい」」

 

 きらきらとした日光が差す昼下がり。公園の植え込みを取り囲む男女が5人。全員が全員、目をぎらつかせている。やはりというべきか当然と言うべきか、周りの人にちらちらとみられている。俺らだって好きでこんなことやっているわけじゃないんだけれどな。

 

「よーしそのままそのままー。うーごくなよ~」

「りゅ!?」

「今だ!」

「うりゅりゅりゅりゅっ!」

「また逃げられたあぁぁっ!」

 

 捕まえようと5人が手を伸ばした瞬間。一瞬の隙をつかれて逃げられた。この俊敏さはフェイトを上回るのではないだろうか……もう嫌だ。

 

「探せぇぇぇっ! 草の根をわけてでも探しだすんじゃぁぁっ!」

「どこにいんのよぉぉっ!」

 

 ついに何人かがぶっ壊れた。朝から延々同じ作業をし続けされたら、これは気が狂う。

なんか突破口がないものか……。

 

 

 その後も俺たちは手を尽くし続けた。捕まえるために魔法を使った。ネズミ取りを使った。数人で追いつめたりもした。しかしあの生き物は捕まらない。そろそろ皆の目が血走ってきたころだ。

 

「あなた達……何やってるの?」

「おぉ。アリアか。依頼で変な生き物を捕まえろと言われてな」

 

 声をかけてきたのはアリアだ。今日は休みなのだが、散歩でもしにきたのだろうか。

 

「変な生き物ねぇ。もしかしてこの子?」

「そうそう。そいつみたいに猫っぽくて尻尾があって……いるじゃねぇかぁぁぁっ!?」

 

 アリアの胸に抱かれたそれは、首を傾げるような感じでこちらを見ている。この尻尾や耳、なによりまんまるいボディーは間違いない。今日という日をメチャクチャにしてくれた張本人だ。

 

【ティーダ、どうする?】

【一度連れ帰ってきてくれ。飼い主も呼んでおく】

【了解】

 

「アリア。どうやってこいつを見つけたんだ?」

 

 これが一番気になる。まさかこんな形で見つかるとは思わなかったからな。なぜこうなったのかくらいは聞いてもよいだろう。

 

「そんな難しいことじゃないわよ。走って? きたこの子がいきなり飛びついてきたのよ」

 

 あれほど誰にも懐かなかったあいつがか? もしかしたら、アリアから同じにおいがしたのかもな。アリアは猫を素体とした使い魔だ。この生き物も猫っぽいから、同じような存在であるアリアは敵と思わなかったのかも知れない。

しかし、不思議な事もあるもんだな。

 

 

 

 

「おぉぱんにゃ! どこに行っていたのだ。心配したぞ~」

 

 隊舎に入った直後。太ったおっさんが駆け寄ってきた。この人が依頼人だ。あいつの名前、ぱんにゃっていうんだな。わざわざ、にゃ、をつけなくてもいいだろうに。

 

「りゅー……。りゅー、りゅりゅー!」

「あ、こらこいつ!」

 

 おっさんがこちらに近づいてくると、ぱんにゃはアリアの手から飛び降り、後ろに隠れてしまった。

まるでアリアが本当のお母さんのような。そんな格好になっている。

 

「ちょっとあなたたちも落ち着きなさい。ほーら、ぱんにゃ~。お父さんだよ~」

「りゅー……うりゅ~!」

 

 嫌だ。というふうに首を振り、アリアに飛びつくぱんにゃ。あのおっさんを見る限り、動物のことを本気で考えているっぽいけどな。まぁでも、実際に家でどうなのかは分からないけれど。

 

 何度も依頼人のところに向かわせようとするアリアと、呼びかける依頼人だったが、ぱんにゃはアリアの胸に顔を埋めて動かない。絶対に離れるもんか。という強い意思が見てとれる。

 

「こら、ぱんにゃ。お父さんのところに戻りなさい。……申し訳ございません。お返ししますので」

「りゅー! りゅりゅりゅー! うりゅりゅー!」

 

10分ほど問答を続けていたのだが、何の進展も見せないこの争いにいい加減じれてきたのか、アリアがぱんにゃを引っ剥がし、依頼人に渡そうとする。ぱんにゃは精一杯の力で抵抗しているが、アリアにかなうわけがない。悲痛な叫びで同情を引こうとするが、可哀想かもしれんけど俺らがどうこうできる問題ではない。

 

 依頼人のもとに戻されたぱんにゃは、目一杯の涙をためてアリアを見つめている。ここだけ見ると、家の問題で引き剥がされる主人公とヒロインのような感じがする。

依頼人も困った顔をして何かを考えていたが。一つ咳払いをすると、驚くべき行動をとった。

 

「ほら……ぱんにゃ」

「うりゅ!?」

 

 胸に押しつけられていたぱんにゃを、そっと地面に降ろしたのである。俺らだけでなくアリアも驚きの表情に包まれる。

ぱんにゃはぱんにゃで、依頼人とアリアを代わるがわる見つめては首をかしげている。

 

「えぇと、これはどういった意図なのでしょうか」

「アリアさん。こいつを、ぱんにゃをよろしく頼めませんでしょうか」

「へ? い、いや私は構いませんが、しかし」

「こいつはですね。捨て子だったんですよ。たぶん、ずっと母親みたいな人を待ってたんだと思うんです。アリアさん、どうかよろしくお願いします」

 

 頭を下げる依頼人。こんな展開になるとは誰が予測できただろうか、全員が混乱していることに間違いはない。

 

 ぱんにゃは状況を把握したのか、嬉しそうにアリアにすり寄っている。アリアはどうすればよいのか分からないみたいだ。

 

「アリア、ご好意に甘えなさい」

「「隊長!?」」

 

 扉を開けて出てきたのはグレアム隊長だ。そして更に混乱する俺たちを置いて、依頼人とお金について話し合っている。ぱんにゃは譲って貰う代わりに依頼料0円にするつもりなのだろう。

 

 やっと混乱が収まったアリアは、腰を落としてぱんにゃの前でしゃがんだ。ぱんにゃもアリアを見上げてちょこんと座っている。

 

「……ぱんにゃ」

「うりゅ」

「もう脱走とかしないで良い子になれる」

「うりゅ!」

「じゃあ……おいで」

「うりゅー!」

 

 アリアが手を広げると、ぱんにゃはそこ目掛けて飛び込んでいった。あれほど逃げ回ってこのやろうとか言いたい事はたくさんあるけど、アリアがこんなに笑顔なのは初めて見た。うん……平和が一番だな、いろいろと。

 

 




感想感謝コーナーです。
『佐天』さん感想ありがとうございました。

いやー……更新遅くなりました。しかも番外編とか……本当に申し訳ありません。本編のほうも鋭意執筆中ですので、寛大な心でお待ちいただけるとうれしいです。

さて、今回のお話は前書きにも書いたとおりifストーリーです。育成課にペットを置きたいと思って書いたのですが、よく考えるといらないだろうという結論にたっし、見事に番外編としての登場となりました。
もしかしたらこれからもこういうifストーリーは書くかもしれないので、そのときは笑ってお許しください。

今回でてきました『ぱんにゃ』というキャラクターですが『ましろ色シンフォニー』というギャルゲーのキャラクターです。アニメ化もされておりますのでチラッと見ていただければ姿がよくわかるのではないかと思います。

この小説を読んでくださる全ての方々にありったけの感謝を


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第二十話 お久しぶりでございます

前回のあらすじ

覚悟を決めろと言われました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 澄み渡る青空、心安らぐアクセントを加える白い雲、神様が配置したとしか思えない美しい空は人の心を暖かにさせるだろう。そんな空の下にいながら俺の気持ちは沈んでいた。

理由は言うまでもない。昨日のグレアムさんの言葉だ。

 

「これからどうするかを選べ」

 

 残酷とも言える言葉、だがこれは育成課にとって確実に必要な者だったのだろう。俺みたいに最初から関わっているか、頭のネジが二、三本ぶっとんでるような奴でなければ世界最大の犯罪組織と戦う覚悟なんてものはできていないはずだ。覚悟ができていない状況で奴らと戦うということは死を表すと言っても過言ではない、個人でなく隊という意味でも。

 

 だがそれがわかっていても抑えきれない気持ちというものがある。もしかしたら俺以外の全員が戦う選択肢を回避するという結果もありえるのだ。そんなことになれば育成課としてやっていけないのでゼスト隊あたりに吸収されることになるだろう、それは最悪のシナリオで俺が今まで積み上げてきた者がすべて無駄になる。

 

「……ン」

 

 そもそも俺がゼスト隊を巻き込んだ理由の大部分は育成課メンツの強化だ。リーゼ姉妹の教導は十二分だが、いかんせん二人、しかも一人は体術で一人は魔法と分担が決まっているので様々な相手と戦うという経験が不足してしまう……まぁそんなところだ。けっして吸収されるためではない。

 

「ケンっ!」

 

 聞き慣れた声が頭に響いた。はっとしてうつむき気味だった頭をあげると腰に手をあてながら怒った顔をしている女の子がいた……アリサだ。

 

「どうしたのよ、さっきからぼーっとして」

 

 不機嫌そうに言うアリサの回りを見てみると、他の奴らも心配そうにしている。

悪い悪いとつぶやきながらマルチタスクを発動させていなかった自分にバカやろうとつぶやいた。

 

「それで私が言ってやったのよ」

「「あはははは」」

 

 さて、話を戻そう、問題はあいつらの自信だ。これまであいつらはロッテとアリアの訓練をうけてきて、かなり力が付いたと思っていたはずだ。それは事実なのだが、その自信を確信に変えるもってこいの場所であった初めての捜査で失敗してしまったのが大きい。

これにより、トラウマ……とよぶには小さすぎるが、そういう類の萎縮を覚えてしまったのだろう。

 

「あ、そういえば新しいネコが家にきたんだぁ」

「すずかの家は本当に猫屋敷ね、何匹いるのよ」

「今度見に行っていい?」

 

 自信過剰になられるのは困るし、こういう不安は成功を積み重ねることによって次第に解消されていくものだが、いかんせん時期が悪かった。

『鬼』のような強い敵と渡り合うには、若い俺たちにとって勢いが必要だったのだが……まぁグダグダ言っても仕方がないけどな。少し、少し話をするのも必要かもしれない。

 

 

 

 授業が終わった後、いつもであれば少し休憩をいれたりするのだが、今日に限ってはそんな暇はない。急ぎ足で育成課に向かうと、外にはアリアがいた。

 

「おっすアリア」

「あら今日は早いのね」

 

 声をかけるといつも通りの柔らかな微笑みで返してくれる。あともう少しで俺たちの努力が無駄になるのかも知れないのに、よくこうも落ち着いていられる。

 

「他の奴らは?」

「父様はゼストさん達と話し合っているみたい、新人たちはかなり悩んでるわね。ロッテはひなたぼっこでもしてると思うわよ」

 

 俺たちの決意表明をするのは合同チーム結成式典の少し前となる。時間的にはあと二時間ほどしかないので、やはりみんな悩んでいる様子らしい。

 

「アリアはなぜ落ち着いていられるんだ? せっかくここまで順調にやってきたのに、最後の最後でこんな落とし穴が待っていて、もしかしたらはまってしまうかもしれない」

 

 俺の言葉を聞いたアリアは一瞬考えるそぶりをみせ、俺の前に立った。そのまま伸びてきた手は、俺の髪を撫でる動き、いわゆるいい子いい子と子供をあやす動きだった。

 

「そりゃ落ち着きもするわよ。剣介も一生懸命やったし、私もロッテも一生懸命やった。あとどうなるかなんて時の運よ。何年も何年もかけて考え抜いた計画だって、ほんの小さなイレギュラーが入っただけで壊されることがあるの。それなら過去を後悔せず、今を委ねても変わらないでしょう。人事を尽くして天命を待つ、あなたの国のことわざよ」

 

 実に潔いことだ、さすがは俺が産まれる(?)前から局員をやっていただけのことはある。尻尾をふりふりさせながら楽しそうに頭を撫でている姿はなんだか締まらないけどな。

 

「ありがとうロッテ、少し楽になった……てーか、いつまで俺の頭なでてんだよ」

「身長もちょうどよくて、まだお肌もぷにっぷになのよねぇ、これは撫でごたえがあるわ」

「はぁ、なにをいってるんだか」

 

 頭を撫でていた手を外してアリアと別れた。さて決意表明まで時間もないことだし、少し話に行こう。 

 

 

「ティーダー、いるかー?」

「ん、この声は剣介かな? どうぞ」

 

 ティーダの了解を得てから私室に入った。内部の造りは他の部屋と変わらないのだが、やけにすっきりとしている。あまり物をおかないタイプなのだろうか。

 

「剣介が部屋を訪ねてくるのは珍しいね、どうした?」

「あぁいや、元気かなと思ってさ」

「ははっ、なんだそれ」

 

 予想外に落ちついているティーダがそこにはいた。俺の予想では、もっと沈んだ顔をして考えにふけっていると思っていたのだが表情は穏やかで、反応も優しい。逆に俺が面食らうことになってしまいどうやって話を切り出そうかと迷いながら部屋を見渡した。

 

「あれ、これは……」

 

 ティーダの部屋に置いてある数少ない私物が机の上にあった、それは青い写真立てで、中には笑顔のティーダと、彼に抱きついて笑う幼い女の子がいた。

 

「たぶん剣介が思い描いているのと同じ、家族写真さ」

「へぇ、この女の子は妹?」

「あぁ、ティアナ・ランスター、俺の妹さ」

 

 ズキリと胸の奥が痛んだ、これは無意味な嫉妬ってやつなんだろう。俺にはもう妹がいないが、ティーダにはいるというだけだ……でもそれは、俺にとって泣きたいほど羨ましい。

 

「そういえば剣介には家族は……っと、立ち入ったこと聞いたね、ごめん」

「別に気にすんな、たいしたことじゃない」

 

 俺が高町家に居候しているという話は、前になのはが教導に来てくれたときに知れ渡った。それを知っているからこそ、しまったという顔をしたのだろう。

まぁ普通に考えれば俺の触れちゃいけない部分に触れたという事になるのだろう。面倒な事がそれだけで避けられるので、俺としてはこの『設定』は嬉しいものでもある。

 

「そうだ剣介、昨日グレアムさんが言っていた覚悟は決まったか?」

 

 少し流れた微妙な空気を払拭するためにはこの話題が一番だったのだろう、俺が一番聞きたかった覚悟の話に持ってきてくれた。

 

「あぁ決まってるよ、俺は残って『鬼』と戦う……ティーダは?」

 

 正直かなり緊張していた。育成課のなかでもリーダー格なのはティーダであり、彼が残るか否かで人数が決まりそうだったのだ。

 

 ティーダは目をつぶり一つ息を吐いた。そこにどんな感情がこめられたのか、どんな感情が捨てられたのかを俺が知る術はない。だけどーー

 

「俺も『鬼』と戦うよ」

 

 俺が待ち望んでいた声を聞くことが出来た。

 

 でも何で戦うことにしたのだろうか。昨日の表情を見る限りでは明らかに腰が引けていたのに、いまのティーダは実に堂々としている。  

それを尋ねるとティーダは教えてくれた。答えを聞いた俺は、納得して思わず笑みをこぼしてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 グレアムさんが俺たちを集めたのは結成式が始まる三十分前のことだった。集められた新人局員たちの顔は青い、さっきはかなりリラックスしていたティーダも不安や緊張といった方向なのだろうが青くなっている。

 

「時間もあまりないことだ、早速本題に入らせて貰う」

 

 開口一番のセリフにさらに全員が固まる。もちろん全員が意志は決めてきているのだろうが、これでお別れになるかもしれないのだ、ちょっとでもいいから時間が欲しいと思うのは甘えなのだろうか。

 

 自問自答してみるが答えは決まっている、甘えだ、馴れ合いだ。馴れ合いと甘えは紙一重であり、馴れ合い自体は悪い事じゃない、自分の気の合う仲間とともに緩い付き合いをしていくことはストレス解消にもなる。だがそれはあくまでプライベートな関係であり、仕事に持ち込んではならないものだ。

仕事に馴れ合いをもとめたときそれは仕事でなく遊びになるし、向上することもなくなっていってしまう。それが分かっているから時間が惜しいと思いながらも、誰も一言も発せないのだろう。

 

 グレアムさんが何かをつぶやくと、デバイスが光り床に光の線ができた。線のこちらがわにいるのは新人たち、向こう側にいるのはグレアムさんとアリアにロッテ、つまりこの線を踏み越えたものは『鬼』との戦いに参加するということになるのだろう。

 

「最後にもう一度言う、この戦いに参加するということは命の保証が出来なくなると言うことだ。私は君たちがどんな選択をしようとも賞賛し、許容しよう……では、この線を踏み越える意志のあるモノは踏み越えてくれ」

 

「俺は参加します」

 

 まずは俺がほとんどノータイムで踏み越えた。育成課のなかでは最初から事件に関わってきたことだし、ここで引いたら全てが無駄になってしまう。

他のみんなにとっても俺が踏み越えることは既定路線だったようで誰も驚いてはいなく、アルに至っては頷いてすらいた。

 

「「…………」」 

 

 場を沈黙が支配している。次に行くのが誰なのかをお互いに牽制しあうとでも言うのだろうか、無駄に心理戦が繰り広げられている気がする。

この状況を打破するために、チラッとティーダを見ると目が合った。ティーダは軽く頷くと口を開いた。

 

「俺は正直なところ『鬼』が怖いです、グレアム隊長の話を聞いて近づくのも恐ろしいと思いました」

 

 誰もがいきなり語り出したティーダに目を奪われていた。胸に手をあて一字一句丁寧に語る彼に心を惹かれていた。

 

「でも昨日妹と話していてある可能性に思いあたりました。妹が、俺の大切な人が『鬼』に侵されるかもしれないという可能性です。俺は自分の大切人を守りたい、だからーー」

 

 右足をあげ、前を向き、本当は不安でいっぱいの心に蓋をしてーー。

 

「ーー俺も参加します」

 

 ティーダは線を踏み越えた。 

 

 風向きが変わった、それが強く理解できた。ティーダという俺たちのリーダーが参加するという結論を出す、それは育成課というチームにとって大きな一歩だ。これにより、いくらグレアムさんが個人個人で決めろと言ったところでチームとしての意思は参加に決まったと同義である。

 

「私も参加するわね、あのときみたいに逃げる自分は変えるって決めたんだから!」

 

 次に一歩を踏み出したのはルカだった。このなかで一番躊躇うかなと思っていたのだがそうでもなかったらしい。でもかなり自問自答したのだろう、目の下にはありありとクマができていた。

 

 そしてこれにより、完全に流れが傾いた。このなかで一番自身がないであろうルカだって参加するのだから他の奴らも参加して当然という流れができたのだ、いや、実際にはそんな事ないのだが、残っている新人たちが支配されたとでも言えばいいのだろうか。最後にルーが線を踏み越えるまでにかかった時間はほとんどなかった。

 

 全員が踏み越えたところでグレアムさんの口が動いた。妙に晴れ晴れと、しかし引き締まった顔をして大きく息を吸い込んでーー叫んだ。

 

「育成課の勇気ある諸君、君たちの命はこのギル・グレアムが預かった! 相手は『鬼』だ、苦しいだけでなく真に命の危機が迫ることもあるやもしれん。そのときは私を思い出せ、君たちを支える者を思い出せ……始めるぞ!」

「「おぉぉっっっ!!」」

 

 これで『鬼』と戦うための山場を一つ越えた……さぁ開幕だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 心を落ち着けるというクリーム色の壁に高級品ではないが質の良い調度品の数々、そいおまで広くはないが機能美と居心地の良さを追求した部屋は私のお気に入りの一つでもありますね。

 

「トール様、ジェイド様をお連れいたしました」

 

 物思いにふけっていると付き人から報告をうけました。さて、どのような話をしてくれるのか今から非常に楽しみです。

 

「待たせたな」

「いえいえそこまで待ってはいませんよ、まずはかけてください……お茶でも飲みますか?」

「いらんな」

 

 全身がガチガチな筋肉の鎧で覆われた男はジェイド・ノース、『アヴァタラム』の幹部の一人にして、今回失敗したナカジマ一家暗殺計画の責任者でもある方です。

 

「では報告をしていただけますか」

 

 私が彼に質問したのはあの計画がなぜ失敗したのかだった。彼にしてみれば難易度の高いミッションではないはずですし、なにか相当なイレギュラーがなければ失敗はしないと思ったのですが……何があったのでしょうか。

 

「話すのはいいが……なぜ総帥の目の前ではダメなんだ」

 

 さらりと爆弾発言をしましたね。彼があの方の気性をご存じないはずないですが……。

 

 まさか、最初から死んでも構わないつもりだったとでも言うのでしょうか、そういうのは人事担当になってから言って欲しいものです。私がこの脳筋……いやいや、自分の力を信じている方々が多いこの部隊でどれだけ苦心して部隊員を集めているのか少しは考えて欲しいものです。 

 

「俺は任務に失敗した、それならばそれ相応の報いを受けるのが当然だ……話はこれで終わりだ、今から総帥のところに行ってくる」

「ちょっと待ってください、私の話を聞いてからでも遅くはないでしょう」

 

 まったくこのバ……はっきり言ってしまいましょう、このバカはやっぱり無駄な事を考えていましたね。なにが報いですか、自分がどんな立場か分かっていないようです。

彼は『アヴァタラム』の幹部です、これまでのいてもいなくても変わらないような雑魚とはモノが違う……あの方にとっては何も変わらないようですが。それはいいとして、そんな人を簡単に処分してみなさい、いくらあの方のカリスマ性が異常といっても限度があります、組織自体が崩壊してしまう危険性だってあるでしょう。

 

「総帥には人事担当として私から話を通します。ですから私に話してください」

「ふん……そこまで言うならお前に任せるとしよう。それでだなーー」

 

 

「話は概ねわかりました。ではあなたの処分は謹慎ということにしておきます。部屋を一部屋用意しておきますので、そこで待機していてください」

「迷惑をかけるな」

「今更何をいっていますか」

「それもそうだ……ではな」

 

 バタンと扉が閉まる音がしたので思わずため息をつきました、話しているだけで疲れさせてくれますね、何かの能力でも持っているのかも知れません。

 

 さて、彼に聞いた話を整理してみましょう。まずは少し打ち合ったらしいクイント・ナカジマ、彼女に関しては特に調査は必要ないでしょう。頭もキレれば戦闘も強い厄介なタイプですが戦闘のビデオもありますし対策は前にたてております。

 

 ジェイドと互角に戦った少年というのは少々厄介ですね、話を聞く限り質量兵器を使ってくるということですし、どうにかまとめて処理出来ないものですかね……。

 

「っと、もうこんな時間ですか」

 

 思索を巡らせているとふと時計が目に入る。時刻は午後6時、今日の日付から定時報告の時間であることに気がつきました。

 

 私たちは決まった日時に報告をしなければなりません。基本は毎週一度なのですが、なにか特別なイベントなどがある際は増えてしまいますからスケジュールを把握しておくことが大切ですね。

 

 廊下を歩いていると、日が落ちて灯りがつきはじめたミッドの風景が見えました。重なった光の万華鏡は刻々と形を変えて目を楽しませてくれます。これほど発展している世界は珍しい部類ですし、我々が保有している世界もここまで裕福に、苦労なく、楽しく暮らせている場所はありません。

これこそが管理局地上本部を支えているもの。人という愚かで醜悪な生き物の性質でもある、幸せな時には意見を出さない、管理局のような分かりやすい大樹に寄り添い、依存し、搾取され続けるということ……美しいですね。

 

 廊下の突き当たりのドアを開けて中にはいると初老の男性と総帥、ミュラー様がいらっしゃられました。今日は時間通りに来ていただけたようで安心しましたよ。

 

「で、ではトール様。は、はじめさせていただきます」

「えぇ、どうぞ」

 

 初老の男性がパネルをタッチしているのを見て、私とミュラー様が壁際に下がり机の周りには初老の男性一人きりとなりました。

 

 画面に浮かぶのは操作を完了させるためのパスワードで、これを押さないことには始まらず、指紋認証まで設置されております。その全てをオールグリーンで通り抜け、メニューから報告の欄をタッチすると、通信画面が飛び出しました。その中にいるのは女性、映るやいなや彼女の口が動き出しました。

 

「管理局地上本部です。では管理局地上部隊陸士538部隊の定時報告をお願い致します」

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。約半年ぶりの更新ですね、お待たせしてしまい本当に申し訳ありません。
やっと色々一段落つきましたので、不定期にはなりますが、更新していきたいと思います。
ここからは急ぎ足ぎみに物語が進んでいきます。あともう少しで『鬼』編は終わりです。

では、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

次回
動き出す歯車

この小説を読んでくださる全ての方にありったけの感謝を



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第二十一話 演説シーンの台詞を思いつける方は尊敬できます

前回のあらすじ

意思を固めました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決意表明から数ヶ月がたった。地球ではまだまだ残暑厳しく、三学期制であれば二学期が始まるところだろうか、俺はお世辞にも柔らかいとはいえない育成課のベッドに横たわっていた。

 

 ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ

 

 どうやら携帯に着信のようだ、表示されている名前はなのは、今日もかけてきたのか。

あらかじめ接続してあるベッド脇の端末を押すと、地球では絶対にありえないであろう空中に画面がでてきた。

 

「けん君こんにちは」

「よぉなのは、昼休みか?」

 

 いまなのはは教導隊勤務ではない。ジャンヌさんの勧めで武装隊に勤めることになったらしい、なんでも

「教導隊だけが管理局ではない、また違う場所から管理局を見つめるのもいい経験になるだろう」

と言われたそうだ。

 

 そして俺に話がきたのはたしか夏休み前だったかな、そのときにはもう配属が決まっていて、現在は隊長をやっているらしい。しかもなのはの補佐というかたちでヴィータがいてくれるそうで毎日がとても楽しいと言っていた。 

 

「うん、さっきお昼食べ終わったところ……けん君はまだお仕事かな、アリサちゃんもすずかちゃんも寂しがってるよ」

「……すまん。もう少し我慢してくれって言っておいてくれるか、迷惑かけるな」

「うんうん、迷惑なんて思ってないよ、少し寂しいだけ。お仕事がんばってね」

「あぁ、なのはもな」

 

 これを最後に通信を切った。ここ数ヶ月、俺は家に帰っていない。理由は言わずもがな『鬼』関連で、どこから情報がバレるか分からないからだ。

例えば俺がなのはと一緒に帰っていたりするだろう。それをあいつらに見つかったらどうなるだろうか……悲惨な結果になることだけは目に見えている。同じ理由で他の奴らもずっとここに泊まっているし、ティーダなんかは妹を施設に預かってもらったりしている。

 

 ちなみに学校にももちろん行っていない、だからアリサとすずかも心配しているのだろう。可哀想だが伝える手段があまりないので我慢して欲しい。フェイトとはやてに関しては、たまに連絡がくるからテレビ電話みたいに顔を見ながら話せるからいいんだけどな、さすがに地球からミッドまで通信が届くわけないからアリサとすずかとは話すこともできないのだ。

学校に関しては士郎さんが話を通してくれて一時休学のような扱いになっている。勉強的には遅れをとるどころか数十段くらい上をいっているのでどんな学年にも飛び級で入れてくれるそうだ。

 

 ベッドから立ち上がって一つ伸びをする。午後の業務が始まるまでいくらか時間がある、ちょっとぶらぶらしてみるか。

 

 

「お母さん、こっちこっち!」

「はいはい、ちょっと待っててね」

 

 双子かとみまちがうほどにそっくりな少女たちと、これが生き写しなのだろうかと考えてしまうほど少女たちにそっくりな母親が食堂で遊んでいた。彼女たちは、親がクイント・ナカジマ、非常に見分けがつきづらいが話してみてはきはきとしているのが姉のギンガ、甘えんぼでオドオドとしているのが妹のスバルだ。

 

「あ! 剣介さんこんにちは」

「あ、あの、剣介さんこん、こんにちは」

「二人ともこんにちは」

 

 なぜ局員でもない子供が部隊にいるのかといえば、これも『鬼』対策だ。彼女たちの父親、ゲンヤ・ナカジマ率いる108部隊は俺たち新人育成課、クイントさんが所属している首都防衛隊のゼスト隊とともに連携をしている。そうなってくると二人とも家に帰る時間が遅くなってくる、それを危惧した二人が育成課に住まわせてくれないかをグレアムさんに話して許可をもらったのだ。

 

「あぁ剣介君」

 

 とてとてとこちらにやってきた二人の頭をなでているとクイントさんに呼ばれた。何かと思い話を聞いてみるとグレアムさんが探しているそうだ。そりゃ待たせては悪い、早く行かなきゃな。クイントさんにお礼をいって隊長室に向かった。 

 

 

「失礼します」

 

 隊長室に入ると紅茶の良い匂いが鼻孔をくすぐった。昼のお茶を楽しんでいたようだ。

 

「あぁ剣介君待っていたよ……これを」

 

 差し出された一枚の紙を受け取ると、俺が保有している質量兵器のレアスキル化を限定的に認めるというものだった。

 

 実は今まで管理局員として公式的に宝具を使用したことはないのである。PT事件の時や闇の書事件のときは局員でなく緊急事態だったので黙認されていたし、先日の『鬼』との遭遇のいわば野試合のようなもので公式に戦闘をしたことはなかったりするのだ。

 

 そんな俺だが、これから先になれば必ず『鬼』と戦闘になる場面が出てくるだろう。そのときにデバイスを持たず魔法も使えない俺ではどうしようもない、ということでグレアムさんに頼んで質量兵器の保有をレアスキルとして認めてもらおうとしており、その返答がやってきたというわけだ。

 

「ありがとうございます……限定的というのは?」

「下の詳細にも書いてあるが、一般市民を巻き込んでしまうような大規模攻撃と犯罪者を確実に殺してしまうような攻撃は認められないということだ。寛大な処置といえるだろうな」

 

 つまり『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』のような街すらも飲み込んでしまうような宝具や『刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)』のように絶対に人を殺してしまうような宝具は使用不可ということか……まぁこれは仕方ないだろう前者は言わずもがなだし、後者も管理局の理念に反するものだ。

むしろこの程度の縛りしか加えなかったことに感謝をするべきなのだろう、だから俺はグレアムさんに頭をさげた。

 

「私よりレジアスにお礼を言いなさい。彼はPT事件や闇の書事件の映像をみて危険性を危惧した反対派の意見を抑えてくれたのだからな」

 

 レジアス・ゲイズ中将か、熊のような大きくがっしりとした身体と、時には暴走とも捉えられるほど苛烈な地上の防衛を掲げる改革派でミッドのトップだ……闇の書事件でなのはが魔力を奪われ本局に運ばれた際、一度だけ会ったことがあるが覚えていてくれているのだろうか。

 

 当時……まぁ一年半前だが、の事を思い出すと軽く笑いがこみ上げてきてしまう。あの風貌のくせに仕事を抜け出して休憩するような良い意味での軽さも持っている、管理局に入らなければ終生知り得ることのないような情報だ。

 

「ではこれで失礼しまーー」

「失礼します!」

 

 辞令をいただいたので俺はもうこの部屋に用はない。グレアムさんは仕事をしているようだし、邪魔するのも悪いので出ていこうとすると、勢いよく一人の若い局員が入ってきた。どこか見たような風貌だ……確か108部隊の若手だった気がする。

 

 これを、と言いながらグレアムさんに書類を提出する。すぐに持ち上げてしまったので内容を見ることは出来なかったが、グレアムさんの顔色が良くなったことから何か吉兆があったことは分かった。

 

「レジアスは」

「この知らせを受け、すでにこちらに向かっております。ゲンヤ・ナカジマ副隊長補佐も同様です」

「了解した。私もすぐ向かう」

 

 頭を下げてでていく局員を見送った後、書類整理をしているグレアムさんに声をかけた。先ほど何があったかを聞くためだ。

 

「さっきの紙はなんだったんですか?」

「うむ……まぁ隠しておくこともないだろう。『鬼』のアジトが発見された可能性が高いそうだ。それに伴い緊急の会議をすることなったから早く来てくれという紙だな」

 

 上半身の筋肉が一瞬痙攣した。腕を見ると羽を毟った鳥のような肌をしている。これは恐れ? いやいや、そんなもんじゃない。これは武者震いだ。ついに来たという喜びに身体が震えているのだ。

 

「俺らはどうすれば」

「いつも通りで構わない。いま下手に士気をあげるのも困るから隊員達には伝えないでくれよ」

 

 了解です。と敬礼をしてグレアムさんを見送った。意味もなく雄叫びをあげたくなるが、ここはぐっと堪える。まだ確定したわけではない、俺ら駒はそのときが来るまでしっかり身体を整えよう。そう思った俺の足は自然と訓練場に向かうのだった。

 

 

 

 

 

「そこ! もっと動いて!」

「はいっ!」

 

 クイントさんの元気な声が訓練場に響き渡る。クイントさんと戦っているのは五人。育成課で俺以外の新人達だ。ここ数ヶ月文字通り必死に訓練してきた彼らだが、一対一で『鬼』の連中と戦うのは明らかに危険だ。俺の相手である熊男みたいなやつと戦ったらすぐに殺されてしまうだろう。

 

 ならばどうすればよいのだろうか。自然界で力の弱いモノは何をやっているだろうか。例えばイワシは? 例えばイナゴは? そう群れをなしているのだ。これは人にもいえる。地球最強の軍隊であるアメリカ軍、彼らは地球の他にある戦力全てと戦っても勝てるそうだ。つまり戦いは数。いくら強い奴でも5人に連携されたら簡単にはいかなくなる。

まぁそれに真正面から逆行してるのは管理局なのだが。

 

 そういうわけでこの数ヶ月、育成課の新人は一人一人でなくチームとしての技術を磨いてきたのだ。すぐにやられるということはないだろう。

 

「ルカさん!」

「よし、シフトいくよ!」

 

 ルカとルーが同時に飛び出した。まずはルーが気合いとともに振りかぶり一閃。クイントさんはその一撃を腕についたデバイスで滑らせるようにして受け流した。だが振り向くとそこにはルカ、絶妙なタイミングでほぼ零距離での射撃を敢行する。

 

「はぁぁっ!」

 

 しかしそこはクイントさん、受け流していないほうの腕をアッパーのように振り上げ魔力弾を弾き飛ばす。あの一瞬で小さな魔力弾を正確に弾き飛ばせるのはさすがといったところか。

 

 クイントさんはそのままルカの側頭部目掛けて右足を繰り出す。ルカは避けきれないと判断し防御魔法を展開、クイントさんの蹴り相手にルカの防御魔法なんぞ紙切れ程度なのだが、ほんの少し稼げた時を使い自分から後ろに跳んで事なきを得た。

 

「うん、いまのは良いシフト攻撃だったよ」

 

 だいたい攻撃が一巡終わり、元の位置で体勢を立て直した新人にクイントさんが声をかける。息一つ乱れていないクイントさんのセリフに、悔しさからかルカがギュッと唇を噛み締めた。

 

「じゃあーー」

 

 クイントさんが攻撃の姿勢をとる。腕についたデバイスはギュルギュルと高速回転し、いつでもいけるという意思を全体で示していた。

 

「いくよ!」

 

 弾丸を思い起こさせるクイントさんの飛び込みに対し新人達の動きは早かった。隊列の先頭で構えていたルーと後方にいたサラが入れ替わりサラはそのまま防御魔法を展開させた。

 

 青色と黄緑色の閃光のコントラストが散らばった。防御に特化してあるサラのシールドは、クイントさんといえどカートリッジなしでは抜くことができない。不利を悟ったクイントさんは一度跳びすざった。

 

「いまだ、アル!」

 

 ティーダの叫びに呼応してアルが指を鳴らすと、クイントさんが着地したすぐ近くにシューターが表れクイントさんを狙う。クイントさんは防御ではなく回避を選択し、最小限の動きでステップを踏むようにかわすがアルがもう一度指を鳴らすとまたそこにシューター、今度は防御を選択し弾き飛ばした。

 

「いけっ! 集中砲火!」

 

 アル、ティーダ、ルカ、ルーの魔力弾が次々と飛んでいきクイントさんに向かって炸裂する。最後のサラが唯一の攻撃魔法である砲撃を放った。

 

 様々な魔力光と煙によって見えなくなっていた場所が晴れてきた。そしてそこには、多少汚れていてダメージが入っているもののまだまだ元気なクイントさんがいた。

 

「良い攻撃だったよ、本当に良かった。でもまだ威力が足りないね……いくよっ!」

 

 そしてクイントさんが疾走を始めたとき、後ろから肩を叩かれた。

 

「石神、遅くなってすまなかった」

 

 振り返ると精悍な顔つきとガッシリとした体躯で長身の男性、ゼスト・グランガイツがいた。

 

「あぁゼストさん、いま終わったんですか?」

「そうだ。待たせてすまなかった、訓練を始めよう」

 

 本来であれば俺はゼストさんとの一対一をやっている予定だったのだが、先ほどの緊急会議にゼストさんも呼ばれ、待ちぼうけをくらっていたのだ。

 

「一対一、非殺傷設定、後々に残らないレベルでの攻撃であれば基本何でもあり。何か質問は」

 

 ゼストさんがデバイスを取り出し起動する。長い柄に広い刃がついている、ちょうど三国志の大英雄である関羽が使っていたような青龍円月刀のような形をしている。加えて相手の刃を受け止めたり引っ掛けたりするであろう小さな刃と、装飾なのか受け流すためか分からないが刃がついている根本部分は鏃のようになっている。

 

「いえ、なにもないです」

 

 俺はバビロンを起動し一対の双剣を取りだした。わざわざ訓練用に複製し刃を潰した干将・莫耶、複製したため宝具の価値はまったくない。

それを構えて前傾姿勢をとる。いつでも動ける体勢だ。

 

「では始めるぞ」

 

 号令とともに走ってきたゼストさん。彼が使っているのは長い武器、ベストなポジションで戦われたらリーチの短い双剣では攻撃をあてることができない。

斜め上に後ずさり、足に力を入れて突っ込んでくるゼストさんの後ろにジャンプする。

 

「甘いっ!」

「くっ!」

 

 着地しようとした時、ゼストさんはこちらを振り返ることなくデバイスを後ろに突きだしてきた。いくら刃がないとはいえこの突きをまともにくらっては痛い。双剣を×の字型に構え、上の窪みにちょうどハマるように調節、そこに柄の部分が到着した瞬間に跳ね上げて軌道をズラす。

 

 顔の横を通り抜けた突きを見送ってそのまま突こうとするが、相手の左回し蹴りがとんできたので後ろに跳ぶことでよける。あそこまで身体が流れておきながらしっかり蹴ることができるのはさすがと言うべきか。

 

 剣を構えなおし、今度はこちらから突っ込む。これを真正面から受け止めたゼストさん、双剣とデバイスが火花を散らす。こちらの手数は二、しかも小回りが効く。一方相手の円月刀の手数は一、小回りが効くことはなく、一回一回大きな隙ができる。普通に考えれば懐入れるはずなのだがーー。

 

 想像以上に堅いな。心の中で舌打ちしてゼストさんを見据える。一発目の攻撃を流し、相手の武器が流れたところで突っ込んでいるはずなのだが、こちらが繰り出す二発目の攻撃は超人的な反射神経により、柄を使って弾かれる。

 

「どうした、同じ攻撃ばかりでは崩せんぞ」

 

 で、相手は余裕ってか、さすがはストライカーだな。汗で濡れてきた双剣の柄を一回、二回と降って乾かし握りなおす、なら……これはどうだい。

 

 先ほどまでと同様に右の剣を振りかぶり、思い切り振り下ろす。ぶつかった剣と刀は鮮烈な火花をたて、双方の表面を削りあいながら滑っていく。

俺は次に左の剣を内から外に向かって袈裟切りしようと放つ。ゼストさんは今までと同じように剣の軌道を正しく見極めながら柄で弾こうとするがーー。

 

「甘いっすよ!」

 

 振っている剣を空中で手から放す。ゼストさんの顔が少し歪んだが、それすらも一瞬で軌道を見極め、神経伝達速度とはなんだったのかというような反応で弾く。俺はそれを見ながら、身体の力の流れに逆らわず、円月刀が硬直したのを確かめ柄を掴んだ。

 

「ぬっ!?」

 

 そのまま満身の力を込めゼストさんを引き寄せる。いきなり身体の流れを止めたため関節が軋みをあげるがそれがどうした、腹に向けて膝蹴りを放つだけだ。

岩のような腹筋を一点集中で貫く。苦悶の声とともに柄を掴んでいた腕が少し緩み、いけると思い顔面に向けて肘を打ったのだが……俺の身体は中に浮いていた。

 

 綺麗に投げられた俺の身体は背中をしたたかに打ちつけることで停止した。息が詰まり咳をする。いきなりのことでよくわからなかったのだが、肘打ちを寸前で避けられ折り畳んでいた腕を強引に開かれて投げ飛ばされたようだ。

掴まれた腕は、抜こうとしても万力のような力で締めつけられぬくことができない。四苦八苦しているとゼストさんから声をかけてきた。

 

「石神、やはり君は剣術に比べて体術が貧弱だ」

 

 ゼストさん曰く、実戦形式での白兵戦は慣れているため、相手の意表をつく行動はできるが、体術の基礎がなってないので隙も大きいし威力も弱くなりがちだそうだ。

確かにロッテとの訓練は基礎というより実際に拳をぶつけてというモノが多かった。軍隊格闘術でも習ったほうがいいのかもしれない。

 

「君の体躯に似合わぬ力ならミッドの魔術師相手なら十分に戦えるが、ベルカの騎士相手では心許ないな」

 

 やはり格上の人と戦うのはタメになると改めて思った。リーゼ姉妹も十分に格上だが、彼女達と訓練するだけでは得られないこともたくさんある。そうした炙りだされなかった弱点を見つけることが出来るというのはありがたい。

 

「さて、予定外の会議で遅くなってしまったので時間は余りとれなかったが今日の訓練は終了だ、ゆっくり休んでおくように」

 

 そこでハッとして時計を見ると、もう訓練終了予定時刻は超しており、俺とゼストさん以外の人は訓練場にいなかった。

 

「はい! ありがとうございました!」

 

 元気よく頭を下げると、デバイスを待機状態に戻したゼストさんは片手をあげて去っていった。

 

 

 

 

 

 

 数日後、ミッドのとある訓練場には大人数の部隊員が集まっていた。誰もが自信に満ち溢れた顔をしており、練度の高さを伺わせる。

 

 そんな部隊の前にたち熱弁を振るのはレジアス・ゲイズ。ミッド地上本部の最高司令官だ。演説は佳境に入っているようで、局員たちのボルテージがあがっているのがわかる。

 

「この一戦にミッドの荒廃がかかっている! 貴様等に聞こう、勝つのは誰だ!」

 

「管理局だ!」

 

「敗北するのは誰だ!」

 

「アヴァタラムだ!」

 

「勝つのは!」

「管理局!」

「敗北は!」

「アヴァタラム!」

 

「よし行けぇいっ! やつらの首をとってこい!」

「おぉぉぉぉっっ!」

 

 ここに管理局とアヴァタラムの戦争が始まった。

 

 




感想感謝コーナーです
『竜華零』さん、『夜神』さん感想ありがとうございました。

さて、次回から戦争が始まります。
思い通りに進めば4~5話で終わると思います。

次回
始まり

この小説を読んでくださる全ての方々にありったけの感謝を



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第二十二話 潜入って難しいよね、スネークさんすげぇ

前回のあらすじ

ついに開戦です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無機質で薄暗い廊下は先が見えないほどに長い。湿度が高く、不快な汗が頬を伝う。

 

「向こうは戦闘に入ったようだ。急ぐぞ」

 

 ゼストさんの短い言葉に全員が一様に頷く。向こうというのは、俺らとは行動を別にしている本隊のほうだ。この作戦について話すならは昨日まで遡る必要があるだろう。

 

 

 

 ゼストさんとの訓練のあと、育成課の面々は会議室に呼ばれた。入ってみるとゼスト隊だけでなく108部隊の人間まで揃っており、まるで最初のチーム結成のような光景である。

 

「ふ、雰囲気が重いわね」

 

 ルカがぼそりと呟いた。その気持ちはもの凄くわかる。俺は偶然『鬼』のアジトが見つかった事を知っていたが、他の面子には知らされていない。なぜ呼ばれたのかすら把握していない状況でこの空気は胃にくるだろう。

 

「さて、彼らも来たことだ。前置きを話す時間も惜しい、いきなり本題に入ろう」

 

 グレアムさんが話しながらデバイスを操作すると壁際に大きな地図が表れた。これはミッドのなかでも中心から少し離れた都市だろうか。地図の中心は赤い点で光っている。

 

「つい先日アヴァタラムの潜伏先が判明した」

 

 動揺が広がったのは新人達だけだった。まぁこの面子であれば全員が知っていて当然なのだろう、なにせ部隊長クラスが大半なのだから。

 

「な、なぜ分かったのですか」

 

 質問をしたのはティーダだった。俺もそこは気になるから質問しようと思っていたのだが、アヴァタラムとの戦闘に赴く心の準備が出来ているという事なのだろうか。

 

 ティーダの質問に一つ頷くと、グレアムさんは先ほどあった事を話してくれた。

アヴァタラムの連中が潜んでいたのは管理局ミッド地上支部陸士538部隊、つまり身内の部隊だったのだ。いきなり夜襲をかけ、戦闘員を皆殺しにし、非戦闘員を全員隔離していたようだ。部隊長を脅し、毎日の定時報告の際は彼を隠れ蓑にすることで表向きは通常の部隊として業務にいそしんでいるフリをしていたということらしい。

 

 なぜそれが判明したのかというと、定期の査察に訪れた査察官に、そのときのみ自由に動けるようになっていた非戦闘員の誰かが助けを求めたからだそうだ。

当然の事ながら査察官は殺されたのだが、その情報だけは殺害される前に本部にとばすことができたため知れ渡ることになったということらしい。

 

「アヴァタラムにしては杜撰ですね」

 

 つい本音が口をついたので周りを見回してみるが、他の奴らもうんうんと頷いているということは俺の考えに間違いはなかったという事だろう。

 

「そうだな。だからこそ確かめるのに少し時間がかかったというのもある」

 

 苦笑しながらグレアムさんが頷いた。今まで慎重だった敵だから慎重に調べていたのだ。そこにこの知らせである、実際に調査していた108部隊の人にとっては驚天動地だっただろう。

 

「とにかくだ。敵のアジトがわかった以上、のんびりする余裕はない。明日戦闘に入る」

 

 新人達が固まったのがわかった。ある意味死刑宣告ともとれるグレアムさんの言葉、その意味がわからない彼らではない。全員が全員一様に冷や汗をかいていた。

 

「作戦を説明しよう。図をだしてくれ」

 

 グレアムさんがそういうと、背後の壁に巨大な図が浮かび上がった。これは見取り図だろうか。

 

「これが538部隊隊舎の見取り図だ。赤で囲ってあるところが正門で、青で囲ってあるところが裏門だ。出入り口は屋上のほかにはこの二つしかない」

 

 グレアムさんの言葉に合わせて地図に丸印が書き込まれていく。

 

「この三点のうち、正門と屋上から本隊である地上本部連合隊が侵入し、制圧及び人質の解放をする。この連合隊の指揮官はレジアス・ゲイズだ」

 

 その人物を聞いた時、ここにいるほとんどの者が反応を示した。レジアス・ゲイズはミッド地上本部の最高司令官。彼がでるということはすなわち地上本部全体による戦争ということだ。

 

「そして、ここの隊から向こうの連合隊に出てもらう者は、クイント・ナカジマを中心としたゼスト隊だ」

 

 空中には作戦で召集されるゼスト隊の面々の顔が浮かび上がる。ゼストさん以外の全員が向こう側にいくみたいだ。

 

「次に、この地図を見て欲しい」

 

 新しく浮かび上がった地図は538部隊とは少し離れた場所にある裏通りだった。その道の端に赤いマークがつけられており、そこから薄い道が伸びていた。

 

「これは地下道だ」

「「地下道?」」

 

 ついにきたか。通常部隊をつくる場合正門と裏門の一つずつだが、それらとは別にもう一つ有事の際に脱出用として使える緊急避難経路をつくるのが慣例となっている。グレアムさんが指したのはこれのことであり、そこから突入して奇襲をしかけるのが別働隊というわけだろう。

 

「新人育成課、並びにゼスト・グランガイツにはこちらから潜入してもらう。目標は敵拠点の奇襲及び制圧だ」

 

 ゼストさんにリーゼ姉妹、加えて俺と武力に長けた面子が集まるこちらは総帥などを直接攻撃する隊ということだ。

それだけ危険度は増すので普通は隊の新人など連れていかないのだが今回の敵はアヴァタラム、何をやってくるのかまったく想像できない相手だ。本隊にいてリーゼ姉妹の管轄から外れるほうがむしろ危ないのでこちらに連れて行くということになったらしい。  

 

「さて、これで作戦の説明は終了だ。質問のあるものは? ーー決行は明日、みなよく休みをとってくれ、解散」

 

 

 

 しかしアバウトな作戦だと思う。たぶん本隊のほうは綿密に作戦をたてているのだが、別働隊のほうは地下道は一本道だしやることは単純明快なため作戦をたてる必要がなかったというのが正解なのではないだろうか。

 

 ジメジメとした地下道はそれだけで不快指数が指数関数的に上昇していく。暑いわけではないのだが汗は吹き出てくるし、それにより服が濡れるのもマイナスだ。

だが何事にも終わりはある。緑色の非常灯が薄ぼんやりと光っておりその前に鉄製のドアがある。これが終着点であり始まりでもある538部隊の入り口なのだろう。

 

「ではこれより作戦を開始する、陣形を乱すなよ」

「「了解!」」

 

 全員小声で声をかけあい扉を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

「α隊、状況はどうだ?」

「現在一階の南階段に向かっている。現在まだ敵は出ておらず問題はなにもない」

「了解。引き続き警戒しつつ先に進め」

 

 538部隊から少し離れたところにあるビルに簡易のコントロールルームがつくられていた。そこにはミッド地上部隊最高司令官であり、今回の作戦における指揮官レジアス・ゲイズと補佐役であるギル・グレアムが座っており、他にも何人もの隊員がモニターの前で突入部隊との連携をとっている。

 

「この戦争をどうみる?」

 

 演説のあと無言を貫いていたレジアスが口を開いた。その声は抑揚がなく、本当に問うているのかもわからなくさせるような声音であった。

グレアムは横をチラリと見やりモニターに視線を戻した。

 

「ふんっ、言うまでもないか」

 

 鼻をならしながら横にある茶を手に取ったレジアスは、唇を湿らせる程度に舐めて置いた。

 

「この戦い、我らの勝利が揺らぐことはあるまい。練度はわからんが兵力差は歴然、加えてこの程度の隊舎は拠点になれど城にはなれん」

 

 レジアスの言った言葉は当然だった。アジトを発見してから数日、アヴァタラム側に何か変な動きはなく、まるでまだ気づかれているのを知らないかのような状態であったのだ。

 

 もし知られていないのであれば好都合、知られているのであれば捨てたも同然の動き、更に豊富な戦力、ベストとは言えないがミッド支部でもなかなかの力を誇る部隊、なにより自分とグレアムという指揮官なのだ、たとえ予想外の事態がおきても負けることも引き分けることもないとレジアスは確信に近い予想をたてていた。

だが冷静な戦力分析をする一方で、どこか不安が胸に広がっているのも事実であった。

 

「我らが勝ちきれないとすれば」

 

 そんなレジアスの胸中を知ってか知らずか、これまで一言もしゃべることのなかったグレアムが口を開いた。そんなグレアムにレジアスは注目する。 

 

「我らが勝ちきれないとすればアヴァタラムの総帥が人外の魔物か、あるいは……」

「ふんっ、そちらの部隊はゼストがいる。やつが負けることなどそれこそあり得んわ」

 

 もはや癖に近くなっている鼻をならす動作をしたレジアスはグレアムの言葉を斬って捨てる。彼にとって唯一無二の親友にして絶対のストライカーであるゼスト、彼が一人であれば敗北はありえるかもしれない。

同様にレジアスが一人であれば敗北はありえるかもしれない。だが今回の戦いには二人とも参加している、それならば負けることはあり得ない。レジアスは予測ではなく確信をしていた。

 

 その力強く断言する言葉を聞いたグレアムは軽く笑みを浮かべ、そうだったなと言いモニターに向かいなおった。レジアスの言葉に同調しただけではない、彼も思いだしたのだ。どんなときでも自分に付き従い、ある時には盾に、またある時には矛になる存在を。

 

 ロッテ、アリア……頼んだぞ。グレアムが胸の中で呟いた言葉は誰にも聞かれるわけはなく、そのまま溶けて消えたのだった。

 

「こちらα部隊、応答願う!」

 

 張り詰めていながらも緩やかな空気を打ち消したのは一本の通信だった。現場に一気に緊張が走る。

コントロールルームにいる下士官が慌ただしく動き出して通信が繋がる。

 

「こちらコントロールルーム、何が起きた」

「現在一階南階段前、最後の部屋の前に到着した。しかし……これは……」

 

 そういってα部隊の隊長が部屋の中に映像を向けると、そこには鍬や鉈を持った老人がたくさんいたのだった。

 

 

 

 

 

「前方敵影なし、トラップの類もなしと判断、直進しますか?」 

「えぇ、行きましょう」

 

 水色のボディータイツに身を包んだ美しき女性、クイント・ナカジマは同じ部隊の隊員に答えた。彼女がいる部隊は中央突破を任されていた。クイント・ナカジマにとって中央突破は一番好きな作戦である。

この日に合わせてコンディション調整も上手くいっている、いまの自分であれば負ける相手はあまりいないとまで調子が良かった。

 

「それにしても敵がいないわね」

 

 現在彼女がいる場所にたどりつくまでに奇襲を受けそうなところは数カ所あった。そのたび注意を払って進んでいるのだが、今まで敵の一人どころか影すらも見えない。

敵が出てこないにこした事はないのだが、ここまで無防備であると逆に不安になってくるというものだ。

 

 部隊は無言で進軍していく、そんなこんなで彼女たちは誰に邪魔をされるわけでもなく二階に辿り着いた。順調すぎると言って良いだろう。

だがそんな旅は唐突に終わりを告げた、二階の中央部の部屋を開けた部隊は驚きで動きが止まったのであった。

 

「これは……」

 

 部屋には大量の老人が武器を持って立ちはだかっていた。

よくぞこれだけの量を用意していたものだ。と妙に冷静にクイントは考えた、だがその数瞬の後に、いまのこの異様すぎる事態に気がつきコントロールルームに連絡を入れたのだった。

 

「こちらβ隊クイント・ナカジマです。部屋に多数の老人がいます、どうしましょうか」

 

 手短に連絡をすませたクイントは回りを見渡した、クイント以外にこの状況に対応できている者は数人、他は余りの事態に思考停止している。だがこんな絶好機だというのに部屋の中にいる老人たちは襲いかかってこない、まるで部隊から攻撃してくるのを待っているようである。

 

 少しの余裕ができたクイントに浮かんできたのは隊舎の地図だった。この異常な部屋を迂回することはできないだろうかと考えてみるが、これ以上先に進みたいのであればこの道を進むしかない、それか一度一階に戻って他の部隊に合流するしかない。そのどちらかしか道がない事に気がついたクイントは舌打ちをした。

 

「こちらコントロールルーム、聞こえるか」

「こちらβ隊、聞こえているわ」

「そこの他に道はない、老人たちを無力化し先に進め。繰り返すぞ、老人たちは無力化だ、絶対に殺すな」 

「了解」

 

 コントロールルームからの予想通りの答えにクイントは歯噛みした。管理局という組織は殺人を基本的に容認しない、よほどの凶悪犯罪者でない限り殺害許可はおりず、捕縛しろという命令が下される。

 

 だがしかし、実際の戦闘は色々あるので誤って殺してしまうことはありえる。その際は厳重注意をうけ何度か講習を受ける程度で許されるのだが、今回の相手は老人ときた。しかも彼らが何をしたかというと公務執行妨害程度なのである。

 

 普段であればクイントはここまで狼狽しなかっただろう。相手はたかが老人、怪我をしないように抑えて拘束することは朝飯前だ。だが今回は数が多すぎる、さすがにこの人数を相手にして誰も彼も無傷ですませるのは不可能に近い。こちらの予想より消耗していた場合、殺してしまうこともありえるのだ。

 

「こうやって足止めするのか……本当にゲスね」

 

 ようやく落ち着いてきた他の隊員に向けクイントは指示をだす。あまり上手な方法ではないが、確実に安全な道をとるならこれしかない。

 

「全員用意はできた? せーの!」

 

「ぬぉっ!?」

 

「なんだ、しゃべれるんじゃないの」

 

 β隊の全員がデバイスを振り下ろすと、その場にいた全ての老人の身体を様々な色の輪っかが纏わりついた、バインドである。

 

「これで身動きはとれないわよね、扉の前にいる人だけをどかしながら進みましょう」

 

 溜め息をつきながらクイント達β隊は部屋に入っていった。そして全員が入り中腹部まで進んだところで、彼女たちは空中に放り出された。

 

 目の前の景色が上下に左右に揺れる。人の骨が砕ける音がして絶叫が響き渡る。何がおきたか理解しているものはほとんどいなかっただろう。

 

「みんな無事!?」

 

 何が起きたか理解した数少ない一人であるクイントは空中で体勢を立て直し、できるだけ瓦礫が少なく人もいない部分を選び着地した。凄まじいホコリと血の臭いにむせそうになるのを抑え、現在の状況を確認するために声をはりあげる

 

 苦悶の声をあげながらも立ち上がってくる隊員の多さに安心したクイントは辺りを見渡し、改めてこの凄惨な光景を直視することになった。

特に酷いのが老人たちである。クイント達がかけたバインドのせいで受け身をとることなく地面に落ちた人々は、折り重なるようにして潰されており原型をとどめていない者も何人かいた。

 

「β隊、被害状況を報告しろ」

 

 そのとき、クイントの耳にコントロールルームからの連絡が入った。クイントが手短に報告すると、他でも似たような事が起こっており、事前に取り決められていた三ルート全てが物理的に塞がれたという連絡が入った。

 

「クイント・ナカジマ、君は空中を歩く術を持っているはずだ。それを使い先に進んでくれ、こちらからは余剰戦力を投入し怪我人の救助に向かう」

 

 引けない戦いであることがわかっているクイントはそれに頷いた。余剰戦力はそれほど多いわけではないので、怪我人の救助や諸々に人員をさかなければならず、前に進む場合は自分の他に人数を絞らなければならない。せいぜい10人連れていければ良い方だろう。

 

「了解」

 

 正直に言えば人数はまったく足りないだろう。この先どんな敵がいるかも、どんな罠があるかもわからない。それでも前に進むしかないクイントは、メンバーを選ぶためにすでに救助活動を始めている部隊員の元に歩き始めた。

 

「ぐぁっ!」

 

 短い悲鳴が聞こえた。クイントがそちらを見やると、一人の局員の胸から銀色の鈍い光りを反射する何かが胸のなかから突き出ていた。

 

「あれっ、バレちゃったか~、まぁいいや」 

 

 刺された局員は倒れ、その後ろから現れたのは老婆だったが明らかに声が若い、その理由はすぐ後にわかる。老婆は返り血のついた顔を文字通り剥ぎ取ったのだ。そして下から現れたのは赤い髪の女性だった。

 

「ってかさ、これあんまりじゃない? 若い女の子にやらせる変装じゃないわよね~。ほらそこのお兄さんどう思う?」

 

 女性は直前の刺し殺した局員の頭をつま先で蹴り、答えを求める。当然返答はないが満足そうに笑っている。

 

どうにか立ち上がってた局員達はあまりの驚きに動けなくなり目を見張っている。クイントもその場で動かず、目は長髪に隠されて何を映しているのか見ることはかなわない。

 

「ひ~ふ~み~よ~ってやっぱたくさんいるじゃないのよ! あの優男やっぱり嘘吐きね~。まぁいいわ、ほらさっさと来なさいよ、そこの年増のおばさんにいかにも弱そうな男共」 

 

 女性の挑発にデバイスを構え始める局員達、そんな彼らを手で抑え伏し目のままクイントが口を開いた。

 

「……あなたはこの計画を知っていたの?」

「あははっ! な~に言ってんのおばさん。当然知ってたよ、この捨て駒の老害共を犠牲にすることなんて」

「あなたはそこに何かを感じなかった?」

「感じるって……あぁそうね~、とっっても愉快だったわぁ」

 

 その言葉を聞くとクイントの両腕についたデバイスが回った。そして彼女が前を向くと、その双眸が怒りの色に満ちていた。

 

「管理局局員クイント・ナカジマ、あなたを逮捕します」

「ふ~ん、面白いおばさんね。ナズナ・セイランよ、覚えておきなさい」

 

 そして二人は同時に駆け出した。

 

 

 

 

 

 先ほどから空気は静かになっている、敵の位置を早めに察知するために歩くのが遅くなっているし、何より誰も喋らなくなっているからだ。

またコントロールルームからの情報が入らないのも問題になっている。538部隊の内部に潜入したとたん妨害電波か何かわからないが通信ができない状態なのだ。 

 

 右頬から垂れてきた汗を拭った。今はそこまで影響を及ぼしていないが、いつ誰がくるかわからないこの状況は非常に神経を使い疲れる。むしろ敵がでてきてくれると嬉しいくらいだ。

 

 鈴の音のような小さな音が聞こえたはそんな時だった。

 

「T字路の左か」

 

 ゼストさんがそう呟くと全員の足が少し早めになった。これまで何度道を曲がってもおとずれなかった変化がおとずれてくれた事、それがある意味救いになったのである。

 

「罠があるかもしれん両方同時に制圧するぞ」

「了解!」

 

 T字路の目の前まで来た。どちらに誰が飛び込むのかは適当に決まり、ギリギリの場所で待機する。

 

「いくぞ。ワン、ツー、スリー!」

「うわっ!?」

 

 叫んだのは誰だったか、もしかしたら俺かもしれない。頭の上から何かが落ちてくるのを回避しようと曲がり角に飛び込んだので何か言った気がする。

 

「しまった!」

 

 誰かの叫び声に気がついて後ろをみるがもう遅かった。俺が振り向いたときには厚い壁が降りきってしまい、完全に分断されてしまったのだった。

 

 しかし誰が分断されたのか、リーゼ姉妹はいるしゼストさんもいる……まさか。

 

 その事実に気がついて血の気が引いた。この場所で、よりにもよってアヴァタラムの本拠地でティーダ達と離ればなれになってしまったのだ。

 

「ティーダ! アル! 無事か!?」

 

 壁にすがりついて思い切り叩く、びくともしないので斧剣を思い切り叩きつけるが無傷のままだ。なにか特殊な材質で出来ているのだろうか。

 

「剣介、聞こえるか?」

「ティーダ!? 大丈夫なのか?」

 

 少しくぐもってはいるがはっきりとした声が聞こえて多少安心する。だが問題は解決していない、どうやって彼らを助けに行くのか。斧剣でノーダメージということは物理耐性はかなり高いようである。

 

 だが今の攻撃は対人宝具の斧剣、対軍宝具、対城宝具を使えばまた話は変わってるであろう。そう考えてバビロンから取りだそうとしたが、ここで最悪な事に気がついた。先ほどまでの道はところどころ分岐はあったが基本的に一本道、そんな場所で強力な宝具を使おうものならば勢いがそのまま向こうに伝わってもおかしくない。

 

「おまえたち」

 

 先ほどまで何かを考えてたゼストさんが顔をあげた。 

 

「ティーダ・ランスター、アルベルト・クラフェルト、キュルカス・クローバー、サラミス・イーリアス、ルーオカ・キザンカ以上5名は来た道を戻り撤退しろ」

「なっ……!?」

 

 ゼストさんの非情な決定に耳を疑う。来た道を戻れ? 撤退しろ? この敵の本拠地でか?

 

「そんなのっ……」

 

 叫ぼうとした直後に気がついた、考えてみるとそれしかないのだ。ここでこれ以上時間を使えば上の連中に迷惑がかかる。それは部隊として行動している以上避けなければいけない。

 

「おーい剣介」

「……なんだ?」

 

 敵地にいるとは思えない不自然な軽い声に声が曇る。なにを言うのかわかってるからだ。

 

「なんていうかな……あれだ、今まで一緒にやってきた仲間を舐めるなってことさ。俺らは絶対に生きて戻る。お前こそ総帥に負けるなよ」

「そうよ! だってあのクイントさんやリーゼ姉妹に戦いを習ってるのよ、負けるわけないじゃない」

「私たちに関わっている暇が先に進んでください」

「ゼストさんたちの足手まといになんじゃねぇぞ」

「応援してるから……僕たちにことも応援しててね」

 

 本来は励ます立場の自分なのに励まされている、そんな現状に自嘲じみた笑いがこみ上げてくる。そうだ、あいつらは確実に強くなっている、簡単に負けることはないはずだ。そう考えよう。

 

「わかった……わかったよ、俺らは前に進む。後で会おう、帰ってゆっくり話そう、今は少しの間お別れだ」

 

 ゴンッと壁に拳をあてると、同じように拳をあてる音がした。言葉に出さなくてもこれで伝わるモノは伝わった。

背を向けて前に走り出すのであった。

 

 




感想感謝コーナーです
『佐天』さん感想ありがとうございます

なんかフラグが立っている気がします。折れるか折れぬかは展開次第ということですね

次回
戦闘①

この小説をよんでくださる全ての方にありったけの感謝を



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第二十三話 戦闘は経験が一番大事

前回のあらすじ

敵の術中にハマりました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これからどうするんだよ」

 

 アルはティーダに向けて話しかけた。先ほど剣介達と別れてから5分少々、彼らはずっと同じ場所に止まっていたのである。

 

 壁にもたれながら考え事をしていたティーダがアルの方向を見やる。愚問だとでも言いたげな表情だ。

 

「もうこうなっちゃったら仕方ないわよ、あれこれ考えるより帰るために動かない?」

 

 ルカの提案にそれもそうだなと呟きティーダは立ち上がった。他のメンバーもティーダの動きにあわせ準備をする。

 

「先頭にルー、二番目に俺、三列目にサラとルー、一番後ろにアルという陣形で動こう、敵の奇襲に気をつけて」

「「了解!」」

 

 ティーダの指示に全員がきびきびと動き、すぐに陣形を整える。その姿にティーダは少し安堵した。まだ絶望してるものはいない、全員必ず生きて帰るために最善を尽くす準備が本気でできている。

 

 ティーダが一番恐れていたこと、それは彼らの内誰か一人でもパニックから早く帰ろうと言い出すことだった。焦りは簡単なミスを産み、簡単なミスは更なる焦りを引き出す。先ほどの状況では誰もが自分ではどうしようもないほど焦っていた、だからティーダは全員が冷静になれるまで待ったのだ。

 

 結果的にそれは成功した。短い時間ながらも全員が冷静になれたし吹っ切れたものもいた。いや、むしろ短い時間だったから敵のアジトのど真ん中に放り出された不安を考えないようにすることができたのかもしれない。  

 

 ティーダも吹っ切った者の一人だ。いつも通りの平静な状態であったなら、自分が死んだらという過程を考え、妹のことを考え余りにも悲惨な現実に歩みをとめてしまうかもしれなかった。

だからティーダはここから脱出する、生き残るということだけに全力を傾けることにしたのだ。今の彼の頭の中にここから脱出する事以外のために必要とする知恵は回らない。

 

「曲がり角に敵影なし、先に進むぞ」

 

 絶望しか待っていないはずの退却戦、育成課の面々は非常に危うい橋を渡りながらも高い士気を保っていた。

 

 

 

 

 

 俺らの目の前にはドアがある、それは部隊に使われる物と同様であり何の変哲もないはずだ。だがいまここにいる俺たちはドアを開けて前に進むのをはばかられている。

 

「これは……」

「確定的ね」

 

 主語がない言葉の連続だが何を示すのかは明らかになっている。視覚的には見えないが確実にイるという感覚。ここにいるだけで背筋には冷たいモノが流れ、逃げ出したくなるほどの威圧感。

 

 最初は穴蔵に引っ込んだ熊かと思っていた。流れ弾に当たったり不意を討たれて負けるのが嫌だからこんな奥にいるのかと思っていた。

だがそんなことは奴にとって取るに足らないどうでもいいことだったのだ。あのアヴァタラムの総帥には。

 

「覚悟を決めろ……いくぞ」

 

 ゼストさん達と目を合わせドアを開ける。何もなく、ただただ広い部屋には男が一人腕組みをして立っている。

 

「やっときたか」

 

 意外と高い声をだす男と目があう。待ってましたとばかりに喜ぶ眼には歓喜の色が浮かんでいた。

 

「おまえがアヴァタラム総帥で間違いないな」

 

 ほぼ確信に近いのだが一応の確認も込めてゼストさんが質問する。男は鷹揚に頷き、いかにも。と認めた。

 

「管理局ゼスト・グランガイツだ。アヴァタラム総帥ゲルト・ミュラー、君を逮捕する」

 

 そう言ってゼストさんがデバイスを構えるとミュラーの顔が変わった。だがそれは戦闘の顔になったわけでなくどうしようもなくガッカリしたという失望の顔であった。

 

「おいおいお前ら俺を逮捕しにきたのかよ……久しぶりに骨のある相手と戦えると思ったんだがなぁ」

 

 頭をかきながら溜め息をつくミュラー。そんな彼が一度俯く、そしてーー。

 

「仕方ねぇなーー少しは楽しませてくれよ」

 

 もう一度顔をあげたとき、先ほどまでとは段違いのプレッシャーが襲ってきた。その場にいるだけで身体の半分が吹き飛んだような思いがする。身体中の毛穴がぶち空けられ汗が噴き出してくる。 

 

「軋れ、ベルゼルガー」

 

 横にあったストレージデバイスを起動したとき、彼が『悪鬼(オーガロッソ)』と呼ばれた意味を理解した。悪魔の具現化、地上の地獄化、これは天然の災害なようなものだ。地震や津波のように人間の力では太刀打ちできない、そういう類のものだ。

 

 目の前に広がるのは草一つもない黒き大地。立っているミュラーを中心として炎の渦が周りを取り囲み逃げ場はどこにもない。

逃げなければいけない、こんな恐ろしい場所からは早く、一目散に脇目もふらず逃げなければ。

 

「おいガキ、後ろに下がったところでママはいねぇぞ」

 

 ミュラーの言葉に現実に引き戻された。先ほどまでの黒き大地は消え、かわりに数歩後ろにに下がった自分の足と、それを追うようについた汗による水滴だった。

 

 一度深呼吸をしてミュラーを見つめる。相手は人間、こちらも人間、心臓は一つだ、恐れることはない。

 

 アドレナリンをぶちまけろ、身体中の神経を研ぎ澄ませろ、片時でもあいつを見失うな、反応と反射を一体化させろ。

 

 自分の中にある動物的な本能を呼び起こす。最初から全開、いや、それ以上の力を出していかないと一太刀目で殺される。その確信が全身の緊張を強固にし、そして解きほぐしていく。

 

「いいね、いい眼だ。その感覚のままでいろ、そうでもなけりゃつまんねぇからよ」

 

 嬉しそうに舌なめずりをするミュラーを見ながらバビロンから剣を取りだす。いつものような低級宝具ではない、正真正銘最高級の宝具だ。

豪奢な装飾が施されてはいるが機能性は失われていない、本物の王が持つ剣。青き持ち手に薄く金色に光る剣『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』だ。

 

【用意はいいか?】 

【【オーケーよ(です)】】

 

 横にいるゼストさんからの念話に俺とアリアが声を返す。それからきっかり三秒後、俺たちはミュラーに向けて走りだした。

 

 

 

 

 

「ここはどこなんですかね」

 

 ルーのつぶやきに反応する者はいなかったが全員が同じ気持ちではあるのだろう。誰しもが微妙な表情を浮かべている。

 

 先ほどから完全な一本道であり、誘導されているのもわかっていた。最初に全員で通ってきた道は塞がれており道なりに進まざるをえず、その通りに進んだところここにたどりついたのだ。

 

 彼らがたどり着いた場所は円形のホールだった。いつも訓練をしている訓練場よりは狭いが彼ら5人が連携して動くのに十分な広さである。

ティーダの指示により密集隊形から少し広がってお互いが動きやすいくらいの広さになった育成課、奥にある扉まで行こうとした時、上空にあるスピーカーから声が聞こえてきた。

 

「ようこそ、アヴァタラムの城へ」

 

 突然聞こえてきた声に戸惑いを隠せない育成課の面々だったが、ティーダが落ち着けと声をかけて平静を取り戻させる。

 

「俺達をここまで連れてきた目的はなんだ」

「変なことを聞きますね。侵入者の排除、それ以外にありますか?」

 

 そんなこと当たり前だというような声音にティーダの喉からはくぐもった声が漏れた。

 

「さて、あまり長々としゃべる気はこちらにもありません。楽しませてくださいね」

 

 なにをするつもりだ! とティーダが叫んだときには放送は切れていた。そして向かい側にあった扉が開き一人の青年が現れた。

 

「さて、いかせてもらうぞ」

 

 ついにきたか。ティーダは唇を噛んだがこんなところで負けるわけにはいかないと思い直し、周りにいる仲間に声をかけた。

 

「全員戦闘準備! これまでの訓練の成果、見せつけてやるぞ!」

「「了解!」」

 

「そんなこといってる暇はないな」

 

 意気昂揚のためにティーダが叫んだとき、あの青年はその場所から消えていた。後ろから聞こえてきた声に振り向くと邪悪な笑みを浮かべている青年がいた。そのすぐ横にいたアルは横腹を蹴りつけられて何がなんだか分からないというような顔で吹き飛ばされている最中だった。

 

「いつのまにーーグハッ!?」

 

 疑問の声を投げつける間もなくもう一度放たれた上段への蹴りを頭を下げることでかわすが、時間差で撃たれていた魔力弾を避けられず吹き飛ばされる。

 

「アル! ティーダ! くそっ、アイアス!」

〔わかったわ!〕

 

 二人が蹴り飛ばされたところでようやく反応できたサラが黄緑色の魔力光で光る大きな盾で青年の蹴りと魔力弾を防ぐ。蹴りがぶつかった場所からは黄緑色の粒子が弾け飛びぶが盾は少しも動かない。先守防衛型デバイスであるアイアス、その真価を発揮した瞬間だった。

その隙にルーとルカは二人がうずくまるところに向かう。

 

「良い盾だな、俺の蹴りがその程度の魔力で防がれるとは思わなかった」

〔ご挨拶ね、私はこの子が使ってくれるから力が出せるの。あなたみたいな変態に使われても脆い盾になるだけよ〕

 

 アイアスの挑発に青年は快活な笑い声をあげながら一歩ひいた。さぁ来いと言わんばかりに距離をとり短い杖のようなデバイスを構え、自分の名を叫んだ。

 

「俺の名前はライティーン、お前たちを地獄に突き落とす名前だ、覚えてから死んでくれ」

 

 その名乗りは育成課を『狩るべき対象』から『敵』と認めた瞬間だった。それを理解したサラはティーダ達の元に戻る。まだダメージは残っているのだろう頭を振っている二人に声をかけ合流した。

 

「ありがとうサラ」

「気にしないで、すぐ次が来るよ」

 

 いきなりの奇襲に面食らったティーダだが、今現在の彼は至極冷静だった。短時間ではあるが、敵の動きから相手の戦闘スタイルの把握と長所を見抜いて対策をたてようとしているところだ。

 

「全員一撃目をしっかり防御しろ、その後反撃に移る」 

「「了解!」」

 

 普通の戦闘であれば数は力であり、そのまま圧殺するのが基本だろう。だがライティーンと自分たちの間には能力差がありすぎる。そう判断したティーダはカウンター型の戦略を考えた。

 

 ティーダ達にとってこの戦闘は負けなければ良い戦闘であり、勝ちにいく戦闘ではない。必死にあがいて引き分け以上の結果に持ちこむというのが今回のスタイルである。

理由は明白だ、ゼストや剣介、リーゼ姉妹がいる向こうが負けるわけがないからだ。ティーダはそれほどまでに彼らの力を信頼しているのだ。

 

「まずはお前からだ」 

 

 ライティーンが攻めてきたのはアルの場所からだった。

先ほどまでいた場所から消え、突然現れたライティーンに一瞬身を硬直させたアルだが、銃型デバイスからピンポイントにシールドをつくり蹴りを受けとめた。

 

 受け流すのではなく受けとめる。この勇気ある選択をしたアルのおかげで一秒に満たない時間だが受け流したときより時を稼げるのだ。

そしてその時間は敵を貫くのに非常に有効な時間となる。

 

「かかれぇっ!」

 

 ティーダの声とともに近くにいたルーがデバイスで斬りかかる。それを左腕一本、円の形をつくりながら受け流したライティーンはようやく脚を元の位置に戻し、逃げる体勢を整える。

 

「逃がすかっ!」

 

 ルカが近距離から魔力弾を放つ。それは寸分違わず狙い通り、ライティーンの左肩に直撃すると思われた。 

 

 だが、身体にあたる瞬間、小さな爆発がおこり魔力弾が消え去った。一瞬硬直した育成課の面々をよそにライティーンは悠々とその場から脱出し、左肩をぐるぐると回している。

 

「まさかこれも出すことになるとはな」

 

 ライティーンの右腕に握られていたのは小型のロッドだった。

外見は完全に通常のストレージデバイスと同じであるこの杖、大きな違いはサイズだ。通常のストレージデバイスは大の大人が振り回せるくらいの大きさとなっているが、これは一回りどころか二回り、いやもっと小さい。伸ばしていない折りたたみ傘くらいのサイズだ。 

 

 魔力弾が消えた謎は簡単。肩に魔力弾があたる直前にこのロッドから小型の魔力弾を打ち、ルカの魔力弾を消滅させたのだった。

 

「さぁ、ここからは一方的な蹂躙だ、気を抜けば……死ぬぞ」

 

「っ! 迎撃体勢をとれ!」 

 

 ティーダの声が新人達の耳に届いた時、ライティーンは目の前にいた。デバイスを振りかぶろうとしたルーの剣を魔力弾で弾き飛ばし、アルの喉を手刀で一撃。喉仏を破壊するまでには至らなかったが悶絶させる。

 

 その姿を目で確認する事すらせずに、ティーダの腹めがけて左足を繰り出した。なんとか反応してガードすることに成功したティーダだったが、ライティーンはガードされた左足をすぐさま地面に下ろし体勢を整え頭突きをかました。

 

「ぐぁっ! くっ……」

 

 面食らったティーダは頭を前方に下げて両手で覆い、たたらを踏むように後ろに逃げようとするが、その隙を見逃さなかったライティーンがガードをあげてしまい無防備である脇腹を右回し蹴りで貫いた。

 

「ぐぁぁぁっ!?」

 

 内臓ごとえぐり取られたかのような衝撃に意識が遠のくティーダ。だが運がよいことに喉の奥からせり上がってくる苦いモノの不快感に遠のいた意識が帰ってきた。

 

「くっ……はぁっ。一度下がるぞ」

 

 アルをルーが引きずるように持ち出し、ティーダをルカとサラが支えて一度後方まで撤退する。余裕からなのか、攻撃に疲れたからかライティーンはそれを追わず、期せずしてにらみ合うような形になった。  

 

「……面白いね」

 

 ライティーンが構えを解かぬまま、ひとりごとと言うには大きすぎる声を発した。 

 

 どういうことだ? いきなり何をいっているんだ? そういう疑問の気持ちが場を支配する。

 

「うん、面白い。君たちアヴァタラムの一員にならないか?」

「…………は?」

 

 全員が面食らってるなか、なんとか言葉を発せたのはルカだけだった。なんとか息を整えたアル、いまだ立ち上がれないモノの起死回生の策を考えていたティーダも何も言えない、それほどまでに衝撃の言葉だった。

 

 ライティーンは何か自分が不思議な言葉を言ったのかというように首を傾げている。そして数秒後、得心がいったというように顔を輝かせた。

 

「なるほど、君たちは敵から仲間になれと言われて戸惑っているわけか。いやいやそれは唾棄すべき考え方さ、アヴァタラムは強いものならば誰でも受け入れる。君たちは先行投資として十分にアヴァタラムに所属する資格があるのさ」

 

 ライティーンの声は弾んでいた。ティーダ、アル、サラ、ルカ、ルー、彼らの力を純粋に認め、欲し、希望を見いだしている声だ。

 

「私たちに力が……ある?」

 

 呟いたのはルカだった。疑うようなその声にいち早く反応するのは視線の先にいる男だ

 

「そぅ、君たちだ。君たちの資質を管理局のような組織で眠らせるには惜しい」

 

 ルカだけでなく育成課の新人達に出来た小さな綻びをライティーンは見逃さない。甘い毒を巡らすようにじっくりと彼らの必要性を説いた。

 

 いまこの場を支配しているのは間違いなくライティーンだった。肉体面だけでなく精神面でも彼らを凌駕するライティーンは新人達の心のバランスをあと一押しで崩せるところだったのだ。

そしてーー。

 

「くっ、ははっ、ゲホッ……ははははははっ」

 

 喉からヒューヒューとした声を洩らしながら声を絞り出したのはティーダだった。

 

「俺らのことをかってくれてありがとう、でも俺らは買われる存在でも飼われる存在でもないんだよ。それにさ……俺らが負けるとでも?」

 

 その瞬間、何かがライティーンの耳元で爆発した。それはアルがつくった攻撃力など気にせず音の大きさにだけ特化した炸裂弾だった。

 

「くわっ!?」

 

 その余りにも大きな音に耳を抑えて前のめりになるライティーン、その足下に何かが設置されていた。それは、ライティーンが凝視した瞬間に光の閃光を撒き散らした。

 

「それも俺がつくった閃光弾さ。あんたが無駄に時間を使ってくれたおかげで設置までできたよ」

 

 目の前で許容をはるかにオーバーする閃光をあびたライティーンにアルの声は聞こえていないようだった。両手を顔の前に持っていき、顎をあげて苦悶の声をあげている。

 

「卑怯と言われるかもしれませんが、いかせてもらいますよ! はぁぁぁぁっっ!」

 

 ルーが飛び出しデバイスを振りかぶる。目と耳を失い上も下も、身体の傾きさえあやふやなライティーンがその攻撃に気がつけるわけがない。

目の前で裂帛の気合いとともに振り下ろされた一閃を、防御することもできずに思い切りマトモに受けた。

 

「あっぐぁぁぁ! 貴様ら……貴様らぁぁぁっ!」

 

 怨嗟の声をあげながら後退しようとするライティーンであったが、彼が後ずさった先に待っていたのは魔力弾だった。ルカのデバイスから放たれた三個の魔力弾がライティーンの額、胸、腹部の真ん中を寸分違わずに射抜く。

 

 その衝撃にもんどりうって倒れるライティーン。そこにトドメの一撃を加えんと剣を思い切り上段に振りかぶりながらルーが走っていく。

 

「これで終わりです……っ!?」

 

 言いながら剣を振り下ろそうとするルーだったが、全身に鳥肌がたつような恐怖を感じてライティーンの目を見ると、まだ焦点があってない、されどすべてを灰に帰すような憤怒の目をしていた。

怖い。怖い。だがここで行かなければダメだ。その気持ちを込めて一撃を振り下ろした。

 

「なめるなぁぁっ!」

 

 それまで何も映していなかった焦点のブレた目が一筋の線を映し出した。ライティーンは最後まで落とさなかったデバイスを振り上げ、斜め下から弾き落とすように切り返した。 

 

 アホ面さらしやがって。ライティーンはそう思いながら、これまで一度も外していなかった非殺傷設定を解除した。剣が弾かれて驚愕しているルーを復活したばかりの視野に入れる。そしてーー必殺の確信を持ちながら心臓目掛けて突き刺した。

 

「ルー!?」

 

 これは死にましたね。ルーは覚悟した。先の尖ったデバイスが突き出されるのも、彼のために叫んでいるルカの口の動きも非常に遅く感じる。これが死の前に訪れる時間なのか。そう感じたルーは、せめて仲間の絶望した顔は見たくないと目を閉じた。すいませんと唇を動かしながらーー。

 

 

 

 

 

「ーーあれ?」

 

 間抜けな声が漏れたのはルー自身がわかっていた。先ほど目を閉じてから3秒ほど、突き刺さったデバイスが心臓の機能を破壊するには十分な時間だったのだが何も感じられない。

 

 恐怖心はあったが、それよりも好奇心が勝ったので薄目をあけて前をみる。すると、身体に突き刺さる直前で静止したデバイスと、光の輪でぐるぐる巻きにされたライティーンが憤怒に顔を歪めながら一ミリでも前にデバイスを進めようとする姿が見えた。

 

「貴様ら……貴様らぁぁぁっ!!」

 

「なんとかバインドが間にあったな」

 

 汗を拭いながら言葉を発したのはティーダだった。ルーはへたり込むようにその場に崩れ落ち、何度か胸の辺りを探ったあと深いため息をついて上をむいた。

 

「……助かりましたティーダ」

「よ、よかったぁ」

 

 ルカもその場で腕をだらんと下げてため息をついていた。その顔は笑顔というよりも安堵といったほうがいいだろう。

 

「はっ、はは、膝が笑ってるよ」

「だっせーなサラ……って俺もか」

 

 崩れ落ちて尻餅をついたサラを笑いながら自分も同じ状況であることに気がつき、アルは快活な笑い声をあげた。

それにつられたのかサラも、ルカもルーもティーダも笑った。彼らが自分の力だけで始めてやり終えたミッション、それが終わりを迎えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

「さて」

 

 緩みかけた空気をティーダが一つの呟きでとりもどした。その目が鋭く見据えているのはいまだ口汚く恨みの言葉を叫び続けているライティーンだった。

 

「さて、ライティーンさん。あなたの負けですね。どうしましょうか」

「はっ、どうするもこうするもねぇだろうが」

 

 挑発するかのように睨み返してくるライティーンを見ながらティーダは一つ咳払いをした。そして懐から一枚の布を取り出す。

 

「な、なにを……ムゴッ」

「ライティーン、管理局の法に則り、あなたを拘束します」

 

 自殺防止のための猿ぐつわを噛ませて完全勝利を宣言した。これで終わったと上を見上げたティーダだったが、そんな彼の耳にある音が届いた。

 

「だから言ったろう。新人とはいえ、あのグレアムの愛弟子だから油断はするなと」

 

「だ、誰!?」

 

 低く冷たい声に場の空気は一変し、育成課の面々の身体が固まった。前を見ると通路の先から一人の巨漢がポケットに手を入れながら歩いてきた。

 

「うぁ……!?」

 

 首筋から冷たいモノが流れ落ち、身体が勝手に震える。目の前にいる男が何をしたわけでもない、それなのに身体が勝手に反応してしまう。

こんな化け物がいるのか、とティーダは思った。一難去ってまた一難どころ騒ぎではない。彼の放つ圧倒的なオーラに比べれば先ほどの戦闘は児戯のようなものだった。

 

「この前のガキはいないのか……まぁいい」

 

 男は慌てて戦闘態勢だけは整えた新人達を見回して言った。彼はジェイド・ノース、石神剣介が辛くも引き分けに持ち込んだ男だった。

 

「くっ……うおぁぁぁぁ!! ガハッ!?」

「ルー!?」

 

 恐怖を振り払うように剣を振り上げルーが突進した。大きく斜めに切り下げようとしたが、彼の剣はジェイドの身体に届くより前に素手で掴まれ、そのまま剣ごと壁に叩きつけられた。 

 

「俺の役目は」

 

 消えた。まばたきをしたティーダの目にはそう映った。そして二度目のまばたきをした瞬間、横にいた人間が吹き飛んだ。

 

「……サラ? サラ!?」

 

 今の一撃で壁に叩きつけられたサラはティーダの呼びかけに反応せず崩れ落ちた。

 

「お前達を」

 

 ジェイドが放った肘打ちは綺麗にティーダの鳩尾を突いた。息がつまるとともにせり上がってくる言いようのない悪寒と据えた臭い。口から吐瀉物を撒き散らしながら咳をし、胸を抑えながら転げ回るティーダの姿は敗北を意味していた。

 

「ちっくしょう!」

 

「殺すことでは」

 

 アルが抜きかけた銃を蹴り上げ、腹に正拳突きを一発ねじ込んだ。アルは意識を失う事はなかったが、言葉を発することも出来ずただ崩れ落ちた。一撃必殺とはこのことなのだろうか。

 

「ないのだがな」

 

「ひっ……!」

 

 既に戦意を喪失してへたり込み、涙を流しているルカを見ながら呟いた。デバイスも何も手から放しているルカを見たジェイドは彼女から目を離し、懐から匕首を取り出してライティーンの猿ぐつわを断ち切った。

 

「あ、ありがとうございます」

「さっさと動いて報告に行ってこい」

「はい!」

 

 すでにティーダが倒されたことにより自由を得ていたライティーンであったが、彼もまたジェイドの動きに見惚れており動くことが出来ていなかったのだ。

 

 そんなライティーンを送り出した後、ジェイドはもう一度ルカを見た。その鋭い眼光にルカの身体がビクンと跳ねる。

 

「おい嬢ちゃん、名前は?」

「……え?」

 

 思わず聞き返したルカに面倒くさそうに、名前だよ、名前、ともう一度ジェイドは聞いた。

 

「キュルカス……キュルカス・クローバー……です」

「選べ、クローバー」

 

 横に転がっていたデバイスをルカに握らせたジェイドは低い声を発した。

 

「そこに転がってるお仲間とともに投降するか、それとも殺されるか。10秒やろう考えろ」

「え、ちょっと待って」

「9」

「嘘!?」

「8」

 

 涙で顔を濡らしながら酷く狼狽した様子で周りを見回すルカ、そんな彼女を相手にジェイドは無慈悲に時間を数えていった。

 

「0、時間だ。答えを聞こう」

 

 短い、余りにも短い時間があっという間にすぎた。下を向いてどうしようと呟くルカの顔を掴み、顔をあげさせる。

 

「仲間を殺すか誇りを殺すかどちらか選べと言っているんだ、さっさと答えろ」

 

 ルカはもう一度ゆっくりと辺りを見回した。未だに悶絶しているティーダとアル、床に崩れ落ちたまま動かないサラとルー、彼らの姿を目に焼き付けるようにゆっくりと。

そしてーー。

 

「誰があんたなんかに味方するもんか! この筋肉だるま!」

 

 泣きながら、身体を震わせながら、目を泳がせながら、それでもしっかりと声を張り上げて叫んだ。

 

「そうか、ならば仕方ない」

「うぁっ……ガアッ!?」

 

 ジェイドは無機質な声をあげながらルカの首を掴んで身体を宙に浮かせた。

 

「まだ……終わっ、て……たまる……もんか!」

「ル……カを……は、なせ!」

 

 ルカが精一杯の力でジェイドの腕を叩き、ティーダとアルが脚を殴る。だがそんな些末な抵抗など意に介さないジェイドは徐々に腕の力を強めていく。

 

「む……!?」

 

 必死の抵抗を続けてきたルカの口から音が聞こえなくなり、腕の力も弱まってきたころで、何かがジェイドの腕に高速で近づいた。ジェイドはルカの首から腕を放すことでそれを回避した。

 

「間にあった……!」

 

 虚ろな目で声の主のほうを見たルカの目から新たな涙があふれ出した。彼女の目に映ったのは彼女たちにとって最も近しく、頼れる存在だったのだ。 

 

「よ、かった……ロッテ……!」

 

 息を切らしながらも堂々と大地を踏みしめ、安堵と怒りに燃える双眸でジェイドを睨む女性、彼女こそギル・グレアムの懐刀にして最強の使い魔、リーゼロッテだった。 

 

 




感想感謝コーナーです
『畏無』さん、『竜華零』さん、『佐天』さん感想ありがとうございました。

さて、またも投稿間隔が空いたことお詫びもうしあげるとともに、今一度絶対に完結させるということを宣言させていただきます。

まだストライカーズまで時間はかかりますが、何年かかろうが完結だけはさせます。

次の投稿がいつになるかわかりませんが、出来るだけ早くなるよう頑張ります!

次回
戦闘②

この小説を読んでくださる全ての方にありったけの感謝を


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第二十四話 群像劇は視点移動が多い

前回のあらすじ

ティーダ達のピンチにロッテがかけつけました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 溢れ出す闘気を抑えきれず、毛を逆立たせたロッテは周りを見やった。

 

 壁に叩きつけられて倒れている二人は意識を失っているだけ、あいつの足下にいる三人も重傷ではない……よかった、最悪の事態は回避できた。とロッテは思った。

 

 ロッテにとっての最悪の事態、それは彼ら全員が無惨にも殺されている事。アヴァタラムが相手ならばそうなる可能性は十二分に存在していたので、誰も死んでいない事実にロッテは安堵した。

 

 だが、だからといって怒りが収まったわけではない。倒れている者達のうめき声、据えた臭いに、むしろ彼女の怒りは増幅された。

 

「ずいぶんとまぁやりたい放題やってくれたじゃないの」

 

 そんな彼女の一言は静かだったが、空気は確実に震えた。向かいに立っている男がジェイドでなければこの一言だけで涙を流し許しを請うただろう。

しかし向かいの男も数々の修羅場を潜り抜けたジェイドである。彼女の怒りなど歯牙にもかけずに受け流した。

 

「おまえがギル・グレアムの使い魔、リーゼロッテか。噂は聞いている」

「あんた達に知られていても嬉しくないわよ……時間が惜しいの。さっさと始めましょう」

 

 ロッテの言葉を聞いたジェイドはその場からジャンプし場所を移した。三人が転がっている場所ではやりづらかったのだろう。

 

「大丈夫、あなたたち」

 

 ロッテは三人のところまで走り寄り、彼らを気遣いながら背負った。そして壁際まで連れて行くと、ここで少し待っていてね、と声をかけて下ろした。

 

「待たせたわね」

「いや、いい。そうでなければ全力で闘えんだろう」

「意外と紳士なのね。じゃあ行くわよーー」

 

 

 

 

 

「アッハハハハ! いいわねぇおばさん! あんた最高よ!」

「褒めてもらって光栄ね! でも、まだまだおばさんにはほど遠いわよ!」

 

 隊舎中央部、崩落した床の中央で赤と青の髪が乱れて暴れ回っていた。 

 

 大量に倒れている人や足場などモノともせず情熱的なダンスを踊る二人の姿は、見惚れる者もいただろう。

 

「あらっ、まだ水も跳ねるピッチピチ肌の私に比べたら、あなたのお肌なんて吸水性抜群のポリマーみたいじゃないの!」

 

 ナイフを突き出しながら、セイランはクイントを煽った。戦闘が最上の楽しみである彼女にとって、クイントとの戦いは極上の蜜のようなモノだった。

もっと楽しみたい、もっとハラハラドキドキしたい、もっと、もっと、もっと。

彼女の頭の中にあるのはその響きだった。

 

「っは! あなたみたいなお嬢ちゃん(フロイライン)に女なんてわからないでしょうねぇ」

 

 突き出されたナイフを左腕についたデバイスで逸らすようにして回避し、カウンターパンチを出しながら軽口を返す。

 

 だが、相手のペースに合わせながらも彼女の頭の中は冷静だった。いかにしてこの敵を戦闘不能に追い込み首脳部までたどりつくかを第一に考え、その結果として相手のペースにのっているのだ。

 

 クイントのカウンターパンチを身体ごと横に逸らして回避する。普通ならば急激な重心の変化に耐えきれず倒れるところだが、セイランは事も無げに動き距離をとった。

 

 先ほどからクイントの計算を微妙に崩し戦闘を長引かせている要因はこの妙な動きだった。柔らかすぎる身体の動きは猫のようにしなやかで、どんな体勢まで追い込んでも崩さないバランスは戦術を破壊する。

 

「ちょこまかとーー!」

 

 クイントは一気に跳躍して距離をつめ、拳を振り下ろす。瓦礫で崩壊した床が更に細かく砕け散るが、肝心のセイランは跳躍でよけてしまった。

 

「逃げ足だけは速いのね」

 

 起き上がり、拳についた砂を払い落としながら挑発するクイントの言葉を、セイランは両手を組んで頭の後ろにあてながら澄まし顔で聞き流す。

 

「そりゃぁね、そんなぶっとい腕についたゴッツい機械で殴られたらひとたまりもないのよ」

 

 挑発を挑発で返されたクイントはそれを気にする様子もなく首を回した。

 

 外には見せないが彼女のなかで徐々に溜まっていくフラストレーション。それは彼我の差ははっきりとしているのに詰めきれないことであり、こちらの利点の一つである機動力を封じられた土壌でもあったが、なにより大きいのは敵の態度だった。

 

 なぜ勝負を避ける……? 

 

 セイランほどの強さであれば特殊な訓練を受けていることは明白であり、たまに見せる魔法からもデバイスを持っているはずなのだが、先ほどから使っている得物は普通のナイフだった。

 

 ここで時間を使う事が理由と考えれば逃げ続ける理由にはなるが、デバイスを使わない理由にはならない……。

 

 ここまで考えたところでクイントは思考を中断した。このことは戦いの後考えることであり、今考えるべき事はこれではない。

 

「とにかく、あの娘を倒さなきゃ前には進めないのよね……それなら」

 

 ガシャンと機械的な音がしてクイントの腕についているデバイスが回り、薬莢に似た何かが弾けおちた。最近実装されたカートリッジシステムを使う音だった。

 

「いくわよお嬢さん(フロイライン)、その程度の武器で止められるものなら止めてみなさい。はぁぁぁぁっ!」

 

 地面に巨大な魔法陣が浮かびでた。

 

 肘を折り曲げる形にして顔の前にあげた拳の先に出来たのはクイントの魔力光でもある青い色をした玉だった。

 

「ちょっと本気!? あんたがこんなとこでそんな攻撃したら町が吹っ飛ぶわよ!」

「そう思うなら本気で止めてみなさい。いくわよ! リボルバァァァシュゥゥット!」

 

 クイントが叫びながら青い玉を拳で撃つと、それは光線のように青く直線的な軌道を描いてセイランに迫った。

 

「いくら防音してるからってやりすぎなのよ! くっそぉぉぉ!」

 

 建物全体を揺るがすような轟音が響いて魔力の奔流が辺りを包んだ。魔力と土煙が渦巻き誰もが目を瞑り口を手で覆うなか、ファイティングポーズをとり次に備えるクイントには何かが光ったのが見えた。

 

「あれは……」

 

 クイントはどこかで見たような覚えがあるソレを考えようと思ったが、それよりも先に土煙が晴れてきた。

 

「この年増ぁ……!」

「よく止めきったわね」

 

 ボロボロの服を纏い、埃でボサボサになった頭髪をかきあげたセイランが恨みがましい眼でクイントを見つめた。

 

「さぁ続き行くわよ」

 

 クイントの冷徹な言葉にフッと笑うと、セイランは飛びすざり壁に張りついた。そのまま魔力を腕に集め壁を破壊する。

 

「こっちも限界だし聞いてた話と違うし、今日は退散させてもらうわよ」

「待ちなさい!」

 

 クイントが駆けつけるより早くセイランは逃げ出したのだった。

 

 クイントは一気に静かになった辺りを見回した。掌より大きなブロックを一つとり、それを壁に思い切り投げつけた後、デバイスを操作した。

 

「こちらβ隊クイントです。敵幹部と思わしき女性と遭遇、交戦しましたが敵は逃亡。追撃は不可能と思われますので当初の予定通り敵本営を目指します」

 

 舌打ちをしながらクイントは本部に通信をとるのだった。

 

 

 

 

 ジェイドが顔を横に動かすと、先ほどまで顔があった場所を弾丸と呼んでも遜色のない拳が通り過ぎていった。微かな違和感を感じたジェイドは、数瞬後に自分の頬が少し切れたのを認知した。

 

 完全に避けたと思ったが相手の速度が少し上回ったか、あとコンマ何秒か速く動かなければならんな。

 

 ジェイドは心なしか気分が高揚しているように感じていた。

これまで敵は数多く殺してきたが、今ほど緊張感を感じることはなかったからである。

敵といっても実力の半分を出せれば良いほうで、大半は服が汚れることもなく殺してきた。

 

 彼は、局の魔導師なんてものは、誰も彼も馬鹿の一つ覚えのように大した威力もない非殺傷設定の魔力弾を飛ばすものばかりだと思っていた。

だが、先日の石神剣介との戦闘、そして、今回のロッテとの戦闘により、今までほとんど感じてこなかったヒリヒリと肌が痛くなるような緊張感を感じることが出来ている。ジェイドの気分が高揚するのも無理はないだろう。

 

「いいな。もっとだ、もっと来いリーゼロッテ!」

 

 そんなジェイドとは対称的にリーゼロッテは焦っていた。彼女にとってここでの戦闘は誤算中の誤算、今ごろは総帥と戦っているはずだった。

 

 総帥の強さはわからないが、ここで戦っている男より強いことは確実だ。それでも剣介にゼスト、アリアもいる。この三人がいれば勝てない相手などいないと思ってはいるが、心の奥底にくすぶっている、ヘドロのように汚くざらついた気持ちはロッテの不安をかきたてた。

 

「こっちはあんたなんかに時間を喰うわけにはいかないのよ!」

 

 叫びながらロッテは右わき腹を狙って回し蹴りを放った。空気を裂く鋭い音を発しながら唸りをあげて襲う蹴りをジェイドは右足をあげることでそれを防いだ。

肉体強化の魔法を身体にかけているせいか、肉と肉、骨と骨が芯からぶつかり合う鈍い音がしたが、両者とも事もなげに元の体勢にもどり次の一撃を同じように放ち、受ける。 

 

「細身のくせに一撃が重いな。さすがはリーゼロッテといったところか」

 

 ジェイドの言葉を聞いたロッテは余裕の笑みを返しながらも更なる不安に襲われていた。

 

 今のロッテは普段の訓練時は抑えている使い魔としてのリミッターを完全に解放していた。グレアムの魔力消費は増えるが、使える手を使わず打倒できる相手ではないとわかっていたからである。

それでも互角。それでも対等。

管理局全体のなかでも最強の部類に入る自分が全力を出しても互角の敵、それよりも強いであろう敵がいる。その事がロッテの動きに僅かな焦りを生んでいた。

 

「おぉぉぉっっ!」

 

 ほんの少し、いつもより無理をしてロッテは攻めに出た。それと同時にジェイドの眼が怪しく光る。

 

「もらったぞ! リーゼロッテ!」

 

 いつもより一手無理をして攻めただけだった。いつもより少し前がかりになっただけだった。

だが、達人と呼ばれる彼らたちにはそれだけの隙で十分だった。 

 

「か……はぁ!」

 

 ジェイドの渾身の正拳突きはロッテの腹を見事に捉えていた。拳が確かにめり込んだ感触に勝利を確信したジェイドは静かに拳を引いた。繰り出そうとした拳はそのままに、大きく目を見開いたロッテはそのまま前のめりに倒れたのだった。

 

「リーゼロッテ、お前の敗因はただ一つ、戦いの最中に違うことに目を向けたことだ」

「そう……かもしれないわね」

「なに!?」

 

 息を吐いたジェイドがロッテを見下ろし、その場を立ち去ろうとして後ろを向いた瞬間、確かに倒れたはずのロッテが右の足首を掴んだ。

 

「あなたのほうこそ油断したわね……ごめんねみんな、ごめんねアリア、ごめんなさいお父様、私はここでーー脱落です」

「やめろ貴様……まさか!?」

 

 ジェイドは必死で掴まれた足首をふりほどこうとするが、しっかりと掴んだロッテの手は、まるで溶接されたかのように動かない。そして溢れんばかりの魔力が掴んだ手の掌に集まっていく。

 

「リーゼロッテぇぇぇっっ!!」

 

 ロッテの掌に集まった膨大な魔力が爆発を引き起こした。

 

 

 

 

「管理局のクイント・ナカジマです! 手を挙げて!」

 

 残存戦力のほとんどを集め、クイントは敵陣本営にたどりついた。あの大規模なトラップ以外はたいしたモノはなく、残存戦力のほとんどを残したままであった。

 

「ようこそいらっしゃいました」

 

 突入したクイント達の目に入ったのは、さして広くない部屋の奥にある椅子に座ってモニターを見ている青年だった。

 

「あなたがトール・マーグリス?」

「えぇそうです。クイントさん、あなたの戦い見届けさせていただきましたよ」

 

 悪趣味なこと。と一言で片付けたクイントは、大人数で本営まで攻められてなお余裕の態度を崩さないトールを見据え拳を突きだした。

 

「アヴァタラム幹部トール・マーグリス、逮捕します」

 

 クイントの言葉を聞いたトールはにっこりと笑顔になり、やれるものなら。と返した。

 

 その言葉を聞いた瞬間に跳躍し拳を繰り出すクイントだったが、その拳は透明な壁によって防がれた。

それと同時に数人の局員が魔力弾を放つが、それらも傷一つつけることなく壁に当たって散っていった。

 

「なによ、これ」

「特注のウォールですよ。あなたの攻撃を防げるなら買った甲斐がありました」

 

 至極当然なクイントの疑問に笑顔で答えるトール。二人の間には明らかな温度差があった。ゆったりとした態度を崩さないトールはまるでもう戦いは終わったのかのようである。

 

「あなたたちの負けよ! おとなしく投降しなさい!」

「負け……? 誰がです?」

 

 そんなトールにイライラを隠しきれなくなったクイントが叫ぶと、これまた静かに、嘲りを多少含ませトールが茶化すように返答した。

 

「あなたねぇ……!」

「と、言いますのも」

「……え? なに……これ?」

 

 トールが、叫ぼうとしたクイントの声を遮りモニターをクイント達のほうに向ける。

 

「私たちの勝利ですから」

 

 モニターには高笑いをするミュラーの姿と地に伏している三人の姿が映し出されていた。

 




大変お久しぶりです。
てりーです。

前回の投稿から約8年半。大変長らく更新できておらず申し訳ございません。
いつのまにか平成も終わり令和となっておりました。

実はこの話は8年前、既に完成しておりましたが、ある程度ストックが溜まってから定期的に投稿しようと取っておいたものになります。
それが途中で筆が止まり、そのまま更新もできず、今に至りました。

待ってくださった皆様、大変申し訳ございません。
アヴァタラム編は既に書き上げておりますので、更新していこうと思います。

その先については、正直更新できるかわかりません。
ただ、また趣味として再開できたら嬉しいな、という思いは持っておりますので、気長にお待ちいただけますと幸いです。

次回
戦闘③

この小説を読んでくださる全ての方にありったけの感謝を


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第二十五話前編 化け物の敵はいつだって化け物

前回のあらすじ

ロッテとクイントの戦闘終了です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せやぁぁっ!」

 

 裂帛の気合いとともに振り下ろした聖剣の一撃は、左手に持った斧によっていとも簡単に防がれた。

ミュラーは、カウンターを入れようと聖剣の刃を滑らせるようにして斧を動かそうとするが、それよりも前にゼストさんの刃をが迫ったため、右手に持った斧で受け止めた。俺はその隙に一度後ろに戻り体勢を立て直す。

 

 様子見ではあったが、それでも気合の入った一撃をミュラーは顔色一つ変えることなく受け止めた。防がれるだろうとは思っていたが、ミュラーの場合は防ぐというより衝撃のみを受け流していたというほうが的確だろう。

 

 やはり『悪鬼』の名は伊達ではない、単純な力だけでなく技も正確だ。真正面から馬鹿正直に攻撃したのでは傷一つつけられる気がしない。それは一人でも二人がかりでも同じだ。

 

「まぁ、二人でだめなら三人、四人と増やすだけなんだがな。アリア!」

「えぇ、わかったわ」

 

 アリアの声をかけながら、バビロンから片手で三本ほど剣を鷲掴み、斜めの放物線を描くように空を走る。放物線の頂点に達したところで剣を思い切り投げつけた。

 

「はっ! 甘いんだよ!」

 

 右腕ではゼストの攻撃を凌ぎながらミュラーは叫び、魔力光でもあるどす黒い血のような色をした小さく薄い障壁を三枚展開させた。

俺が投げた剣は、吸い寄せられたかのようにミュラーが張った障壁にぶつかり勢いを亡くしてその場に落ちる。

 

 その空間把握能力の高さ、ランクは低いものの宝具を薄い障壁でとめた魔力の強度に舌を巻きながらも、勢いを緩めることなく俺はミュラーに突っ込んだ。

 

「いくわよ……シュート!」

 

 俺の突進にタイミングをピタリと合わせて、アリアが空中に待機させていた魔力弾を発射させる。七個ほどの魔力弾がミュラーに迫るが気にする素振りも見せず俺の攻撃を受け止めた。

 

「くそっ、本当に化け物ね!」

 

 憎々しげに吐き捨てたのはアリアだ。俺の攻撃を受け止めたのち、予備動作もなく障壁を展開させ、全て受け止めたのだった。

 

「でもこれなら……!」

 

 そう言いながらアリアが撃った魔力弾は、先ほどと同じように障壁によって阻まれたが、そこから先が違った。

一度障壁にぶつかった魔力弾は表面が消失し、更に練られた魔力弾が姿を表した。それは簡単に障壁を突破しミュラーに迫った。

 

「いぃねぇ。だがまだまだだな」

 

 ミュラーは両腕に力を込めて俺とゼストさんを弾き飛ばすと、両腕の斧で魔力弾を切り落とした。その一連の動作は、素早いという形容詞で表すのは足りないほどのスピードでおこなわれた。

白兵戦に重きをおく俺とゼストさんには腕の動きが見えたが、アリアは何をしたのか分からないままに魔力弾が消えたように見えただろう。

 

「いったん退くぞ!」

「了解です!」

 

 弾き飛ばされた力を利用してアリアのいる場所まで飛ぶ。同じように跳躍したゼストさんとともにミュラーの攻撃に備えたが、彼はその場から動かず笑みを浮かべながら俺たちを見つめていた。

 

「舐められているな」

 

 うめくように呟いたゼストさんに無言で頷いて肯定の意を示す。なにしろ、戦闘が始まってから10分ほどたっているが、ミュラーはその場を一歩も動いていないのだ。

 

「とはいえどうする? 今のところ有効な手立ては見つからないけれど」

 

 アリアの言うとおりだった。ロッテがいなくなって戦術の幅が狭まったとはいえ、この三人でやれることはそれなりにあった。それを全部試した上で、傷一つ、立ち位置一つ動かす事が出来なかったのだ。

 

「なんとかして奴をこの場から動かしたいな」

「それなら一つ手があります」

 

 奥の手の一つだからあまり提示したくない手ではあったが、手段を選ぶとしたらこれしかないだろう。興味津々といった様子で見てくる二人に作戦とも言えないソレを話した。

 

 

 

「作戦タイムは終わりか?」

 

 退屈した態度を隠そうともせず、ミュラーが声をあげた。俺が頷くと、やれやれといった様子でこちらを観察してきた。ただ見つめてくるだけで襲ってくる莫大な殺気には慣れないが、最初のように呑まれる事はなくなった。それだけでもずいぶんな進歩だ。

 

 俺は遠距離の位置だがミュラーを真正面に見据える場所に立ってバビロンを起動した。そこから取り出したのは弓と一本の剣だった。

 

「ほぉ……やっと面白そうなもんがでてきたじゃねぇか」

「覚悟しろよ、さっきまでの真名開放もしてない半端な宝具とはひと味違う……避けれるものなら避けてみやがれ」

 

 嬉しそうな声で喜んでいるミュラーに忠告と挑発を含んで嫌というほど禍々しい気を放っている剣を向ける。その剣は細いドリルのような形状をしており、剣そのものも捻じれている。およそ斬ることは想定されていないが、これで良い。なぜならばこれは剣であって剣ではないからだ。

 

 俺の横にはゼストさん、後ろにはアリアがいる。二人ともミュラーが急にこちらに向かってきたときに防御する役目を担っているのだが、その二人もこの剣には驚いていた。

 

 ミュラーを正眼に捉えて左手で持っている弓を持ち上げる、そこに剣を持った右手を添えた。そう、これは剣であり矢でもあるのだ。

 

「『偽・螺旋剣《カラドボルグⅡ》』」

 

 真名を解放するとカラドボルグは怪しく光り、禍々しい気は爆発的に強くなった。この二人だから俺の近くにいられるのだろう、半端な力しか持たない者であれば気にあてられて動けなくなるか逃げだしていたはずだ。

 

 魔力回路を起動し、腕に、弓に、矢に魔力を注入していく。その量が多くなるほどにカラドボルグの光は増し、禍々しい気はより強くなっていく。

 

その気が俺の身体を取り囲み髪の毛が逆立つほどに大きくなった時、矢を持っていた指を離し発射した。

 

「はぁぁっ!」

 

 発射された矢は魔力によるブーストを受け、尋常ならざる速さでミュラーを襲った。たぶんゼストさんの動体視力でも見ることは叶わなかっただろう。

だが、そんな速さを誇る宝具でもミュラーには見えていたのだろう。彼はこれまた尋常ならざる速さで斧を振り上げるとカラドボルグを受け止めたのだった。

 

 勝った!

 

 俺は確信していた。現状使用可能な宝具のなかでも最強を誇る宝具の一つ、それがカラドボルグだ。

その威力は、カスらせるだけで魔力障壁を突破して、狙われた者の身体を捻りきっていくだろう。たとえなのはの防御でも、この宝具を前にしたらたちまち打ち破られるはずだ。

 

 そんな化け物宝具を避けるだけでも至難の技だと思っていたが、わざわざ真正面から受け止めるなんて自殺行為だ。現にカラドボルグの余波がミュラーを襲い、ミュラーのバリアジャケットを貫いて身体のいたるところに小さくはあるが傷をつけている。

 

 この宝具相手に頑張ったところで無駄だ、そんな事を思いながらミュラーを見ると。あれは――。

 

「……笑っている?」

「ぬおぉぉぁぁははははは!」

 

 ミュラーの声が聞こえた瞬間、辺りは爆発に包まれた。

 

「なにがどうなったの……!」

「わかりません……!」

 

 爆発の余波により巻き起こった煙は、ここら一帯を濃い煙で覆いつくした。そのなかで目をこらそうとするが、完全に視界を封じられてしまい何も見えない。

 

 そんななかで何かが聞こえた。

 

 幻聴だと思いたかった。

 

 でも、もう聞こえてしまった。

 

 地獄の底から聞こえてきたのはーー『悪鬼』の笑い声だった。

 

「嘘……だろ」

 

 思わず呟いた言葉は、煙と笑い声、それに圧倒的なプレッシャーにかき消された。

煙が晴れた時、アヴァタラム総帥ゲルト・ミュラーは後ろに何歩か下がりながらも、身体のいたるところに出来た傷から血を流しながらも、どっしりと大地を踏みしめていた。

 

「いいねぇ! いいねぇ、いいねぇ、いいねぇ!! やりゃぁ出来んじゃねぇかよ!!!」

 

 悪鬼が動いた。 

 

 狂ったように笑い、いいねぇを繰り返していたミュラーは、叫びとともに走り始めた。疾走とはこの事を言うのだろう。あっという間に俺らの前までたどり着いたミュラーは、やっと弓をしまったばかりの俺を一瞥したあと、すでに戦闘準備の出来ていたゼストさんに標的を変えたのだった。

 

「まずはおまえからだ。ゼスト・グランガイツ!」

「おおおっ!」

 

 先に武器を振るったのはゼストさんだった。長柄の武器に長所であるリーチの長さを活かし、突っ込んでくる相手に合わせ胸のあたりを狙った水平斬りは、セオリー通りであれば反撃を許さず敵に一方的にダメージを与える最高の一撃となっていたであろう。

 

 だが相手はセオリーを無視した化け物だ。走りながら上体を反らし、時が巻き戻ったかのような動きで長柄の武器の弱点である懐に潜り込んだ。

 そして、斧の先端部分でゼストさんの腹を突いた。オートで発動する魔力障壁は何の抵抗もなく砕け散り、斧の先端はゼストさんのお腹を貫いた。他の魔術師に比べれば圧倒的に身体を鍛えているゼストさんでもその一撃は効いたようで、その場で頭を垂れるように跪きうずくまった。

 

「抵抗は認めてやるが、それだけだな……死ね」

 

 その首を目掛けて振り下ろされていく斧、俺は新たな武器を取り出すことに精一杯でそちらに反応することができなかった。

 

 あと30cm、10cm、1cm、死がゼストさんを覆うまでコンマ数秒まで迫ったとき、それは何かによって弾き飛ばされた。

 

「私を忘れてもらっちゃこまるのよね!」

 

 魔力弾で斧の軌道を変えることに成功したアリアは、空中に浮かばせた10個ばかりの魔力弾を同時操作しながらミュラーに放った。

 

 時間差でミュラーを襲うように操作された魔力弾はミュラーの逃げ道を塞ぐように動かされた。だがそれは間違いだった。ミュラーは逃げなど選択せずそのまま突進してきたのだ。

 

 アリアもミュラーの突進は当然のことながら考慮に入っていたので、逃げ道を塞いだ魔力弾より多くの弾が突進に備えて待機してあった。ミュラーはそれらの攻撃を防ぐことなしに、魔力弾が身体にぶつかり傷が大きくなることも構わずに最短ルートを突き進んだ。

 

 アリアは舌打ちをしながら空中に身体を浮かせた。大きく円を動くようにしてミュラーをかわそうというのだろう。

 

「動きが鈍いんだよ!」

 

 ミュラーはそれすらも先読みしていた。左手に持っていた斧を投げてアリアの動きを止めると、ジャンプして空中にある彼女の足を掴み、そのまま力任せに地面に叩きつけた。

 

「させるか!」

 

 痛みと衝撃で息が詰まり、声のでないアリアに向けて斧を振りかぶったところでようやく間に合った。

 

 俺はバビロンから取り出した『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』をがら空きの首に向けて振り下ろした。とにかくアリアの斧を振り下ろさせないためのバレバレな攻撃だが、ミュラーは俺の誘いにのってカリバーンを防ぐために斧の動きを調節してこちらに向けてきた。

斧とカリバーンがぶつかり火花が散る。はじき返されたカリバーンをもう一度振り下ろすと、また真っ向から斧でぶつかってくる。

 

「グゥッ……」

 

 斧がぶつかった瞬間、衝撃が腕を貫き身体全体を震わせる。腕が痺れた感覚に顔をしかめた俺とは対照的に、ミュラーはニタニタと笑顔を浮かべながら顎に向けて足裏を見せた蹴りを放ってきた。

腕を動かし剣で防ごうとするが、先ほどの衝撃により痺れた腕へのダメージは予想以上に大きなモノだった。腕を動かすどころか指の感覚すらも無くなっていた今の俺では、剣を落とさずにいることが精一杯であり、近づく蹴りをただ見ているしかなかった。

 

「ガッ……!?」

 

 悪鬼によって放たれた蹴りは、正確に俺の顎を蹴り抜いた。目から火花が飛び散るような衝撃に、俺はなすすべもなく地面に転がったのだった。

 

俺も、ゼストさんも、アリアも、その場にいるミュラー以外の人間が全員地べたにひれ伏すなか、ミュラーはあたりをゆっくりと見回した。

 

「はーっはっはっは! 天下の管理局もこんなもんか! 俺を逮捕しにきた精鋭ってのはこんなもんか!」

 

 俺を戦闘不能に追い込んだミュラーは、両腕を広げ高笑いした。

 

「だとしたら……ずいぶんとつまらねぇな。ッチ、この程度ならあんな大事しかける必要なかったろうが」

 

 その目は俺を見つめていた。期待と失望がないまぜになった目が俺をみつめ……顔を背けて先ほど投げた斧を取りに歩いていくのだった。

 




感想感謝コーナーです
『いちにい』さん感想ありがとうございました。

アヴァタラム編も長くなりました。
こんなになのはの出てこないリリカルなのは作品も珍しいなと思いながら執筆している今日この頃です。

前回、久々に投稿したにも関わらず皆様に読んで頂けて、いちにい様には感想まで頂けて、大変うれしく思っています。ありがとうございます。
皆様に読んで頂ける嬉しさ、感想を頂ける嬉しさを噛みしめながら続けてまいりたいと思います。

それでは、また次回もよろしくお願いいたします。

次回
戦闘④

この小説を読んでくださる全ての方にありったけの感謝を


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第二十五話後編 終わりはいつも唐突なもの

前回のあらすじ

ミュラーとの戦闘が始まりました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クイントは、高笑いをするミュラーをモニタ越しに驚愕の目で見つめていた。

彼女にとって、ゼスト・グランガイツは逆立ちをしても敵わない偉大な隊長だ。

そんな彼が地に付している姿など想像だにしていなかった。

 

「こういうことなんですよ」

 

 にっこりと微笑みながら、トールはクイントに語り掛けた。

彼にとってこの結果は至極当然であると余裕の笑みが語っている。

 

「あの方は我々の常識では計り知れないんです。 故に、負けることなどありえない」

 

 確信をもって言い切るトールの声色にはに油断も驕りもない。

心底それを信じているものの言葉だった。

 

「なので、勝利は我々のものなんで……」

「待ちなさい」

 

 勝利宣言をしようとしたトールの言葉を遮ったのはクイントだった。

 

「たしかに驚いたわ。でもね、あの人は……ゼスト隊長は絶対に諦めないわ。どんな状況だって覆して見せる――ストライカーなのよ」

「なるほど、それは素晴らしい信頼です」

 

 クイントの声色も、先ほどのトールと同様に確信を持っていた。

トールは普段同様のニコニコした顔に戻って感想を口にした。

しかしそのすぐ後、彼は珍しく目を見張った。

 

「……! ほら……ね」

 

 ゼスト、アリア、剣介の三人が立ち上がったからである。

 

「なる……ほど。これは驚きました」

 

 トールはそう呟くと、卓上のパソコンをいじり始めた。

 

「なにをするの!」

「いえ、私はこれで失礼しようかと。次の準備もあるのでね」

「逃がすか――!」

 

 叫ぶクイントに、ごきげんよう。と手を振り、トールは消えていくのだった……。

 

 

 

 

 

---

 

「みんな……動けるか」

 

 脳が揺らされた気持ち悪い感覚に耐えていた時、小さなゼストさんの声が耳に届いた。俺とアリアはお互い身体のどこかを動かすことで肯定の意をしめした。

 

「そうか、ならばいい。やつを動けなくするにはなにか強烈な一撃が必要だな……」

 

 ミュラーは万能だ。攻撃は上手く、破壊力がある。守備も巧みで、タフネスまで兼ね備えている。付け入る隙がないとは彼のことを言うのだろう。

 

「わたしには無理。あいつのバリアジャケットを抜いて致命傷をいれるのはできないわ」

 

 こういう場では自分の出来る事と出来ない事をはっきりさせるべき、それがわかっているアリアは潔く、されど悔しそうに言った。

アリアの優れている部分は魔力量にあかせた一発ではなく、効率の良さに重きを置いた魔力弾の制御と正確性だ。なのはみたいに一発の砲撃で敵を沈黙させるようなことは出来ないだろう。

 

「剣介、おまえはどうだ?」

 

 ゼストさんに振られる前から考えてはいた。普段の俺であれば即答していた部分だし、そもそもエクスカリバーやゲイボルクを使えればここまで長引いてはいないだろう。

だが今の俺に大規模な破壊をもたらすもの、及び、確実に人を殺す武器は使用不可能だ。それを考えると強い武器は限られてくる。それに――

 

「ないことないですが、先ほどの攻撃を受け止められた事を考えると……」

 

 カラドボルグは俺の宝具のなかでも最強の一つだった。だがミュラーに止められてしまった事から、奴に致命傷を与える武器は無いだろう。

 

「相手に防がれなければ……どうだ?」

 

 ゼストさんの問いはシンプルだった。道は俺たちが切り開く、それに見合うだけの力のある武器はあるのか、そう問いていた。 

 

「それならば……いけます」

 

 もしも防御できない状態に持ち込めるというのであれば、あのミュラーと言えど耐えられないだろう攻撃はいくつかある。そのなかで最も物理的な攻撃力に秀でているモノを選べばいい。 

 

 確信を持って答えると、二つの影が立ち上がるのが見えた。やることははっきりとした、あとは終幕をおろすだけだ。強い意志が身体を巡るのを感じながら立ち上がった。

 

「ほぉ……」

 

 立ち上がった俺らを見つめるミュラーは興味深そうな顔をしていた。叩いても叩いても立ち上がる、あれだけの実力差を見せつけられながらもまだ立ち上がる。久しぶりに現れた活きの良い獲物に舌なめずりをしているのだろう。

 

「ミュラー、お前に聞きたいことが一つある」

 

 ゼストさんの声かけにミュラーは無言の眼差しで質問の許可をだした。それを見たゼストさんはこの事件の根本の質問をしたのだった。

 

「なぜおまえは管理局を敵に回るような真似をした。いや、敵に回した」

 

 それは至極今さらだった。そもそもこの戦いが始まる切っ掛けとなった動機、たしかに俺たちはそれを探ってきた、そして見つからなかったのだ。

世界最大の犯罪組織アヴァタラム、こんな賭けをしなければいけないほど切羽詰まっている組織ではないはずだ。

 

 ミュラーは手を額にあて、やれやれというように首を横に振った。小声でわかってねぇな。という声が聞こえてくる。

そしてこちらを見たミュラーは、いかにもどうでも良いという顔で、

 

「知るか」

 

 と答えた。

 

「そういう小難しい事はいちいち考えてねぇし、考える役割のやつが他にいる。聞いていたのは骨のある連中と戦えるってことだけだ」

 

 続けられたミュラーの言葉は組織のトップとは思えないほど適当であり、俺たちを納得させるものでは到底なかった。

しかしこの言葉に嘘は感じられないし、こんな馬鹿みたいな事を当然のように言えるからこそのアヴァタラムなのだろう。

だがしかし、それに付き合わされるこちらとしては身勝手すぎる理由だ。元より納得できるわけはないが、より苛立ちを募らせる結果となった。

 

 よくわかった。そう呟いたゼストさんは剣を構えた。これを最後の攻撃にする、その意志が溢れ出さんばかりに伝わってくる。ミュラーはこれまで通りの自然体、アリアは地面に片手をついて気を練っている。俺に出来ることはただ一つ、全身全霊をこめてミュラーを戦闘不能にすることだけだ。

 

 一拍置いて、ゼストさんが飛び出した。

 

「さっきと変わりねぇじゃねぇかよ!」

 

 ミュラーはゼストさんの左斜め上からの袈裟切りを、左腕に持つ斧で逸らすようにして防ぎ、同時に右の斧でゼストさんの身体を真っ二つにするべく横切りを放った。

 

「これまで通りと思うなよ!」

 

 その横切りが身体に当たる瞬間、ゼストさんは足元の魔力を強く放出させて空中で回転するかのようにミュラーの背後に回り込んだ。そして空中で姿勢を制御し、完全にがら空きになった背中向けて斬撃するが、それはミュラーの左の斧によって防がれた。

更にゼストさんは側頭部を目掛けて蹴りを放つが、今度は戻ってきた右腕によって防がれた。ミュラーの常識外れすぎる反射神経の勝ちと言ったところだろうか。

 

「なかなか面白かったが残念だったな」

「そう思うか? アリア!」

 

 ゼストさんが叫ぶと、アリアの身体の下に巨大な魔法陣が出現した。これだけ大きな魔法陣ということは、かなり大威力の魔法であり、その予想通りミュラーとゼストさんの周りを魔力弾を打ち出すスフィアで大きく囲った檻が出来上がった。

 

「ほぅ……こりゃ壮観だな」

 

 右を見るとスフィアの壁、左を見てもスフィアの壁が出来上がっている状況にミュラーは感嘆の声をあげていた。

 

 俺がこれを最後に見たのはいつだったか……たしか、クロノと模擬戦をやったときだ。さすがは師弟、弟子の技を更に広範囲でやってのけた。

 

「ファランクスシフト……私の切り札よ」

 

 ファランクス、それは古代ギリシャに端を発する攻防一体の密集陣形戦法の事だ。ミッドの魔法としては、敵の周りを大量のスフィアで囲み、大量の魔力弾を数秒の間に何発も打ち込むことで敵を殲滅する魔法の事を言う。大量の魔力を必要として制御も難しい、最難関の技の一つなのだが……。

 

「だが、このままだとお仲間も巻き込まれるぞ?」

 

 挑発的なミュラーの言動だが、たしかにその通りだった。スフィアによって四方八方を囲まれた檻はミュラーの退路を完全に塞いでいるが、それはゼストさんにとっても同じだった。

このままではゼストさんもこの檻から放たれる大量の魔力弾の犠牲になる。

 

「いけアリア、俺は構うな」

 

 ゼストさんは覚悟を決めているようだが、さしものゼストさんでもただではすまないだろう。だが、このチャンスを潰すわけにもいかないのだが……。

 

 どうするのかとアリアを見ると、アリアはニヤリと笑いながら――。

 

「あんまり私を舐めないでくれる?」

 

 魔力弾を打ち出した。

 

 スフィアから光の矢が次々と飛び出した。それはモノにぶつかると共にはじけ、閃光を撒き散らして見る者の視界を一色に染め上げる。

 

「まだ……まだぁっ!」

 

 アリアが叫ぶと下に広がる魔法陣は更に大きくなり、スフィアから放たれる光弾の勢いは更に増した。

そして一層眩しい輝きを放ち光のシャワーが終わった。フェイトと同量の38基のスフィアから放たれた光弾は毎秒4発、5秒間に渡る攻撃の合計は実に760発。空間内の敵を圧倒、殲滅するのには十分すぎる技だった。

 

「大丈夫か、アリア」

 

 アリアの顔は疲労が濃く現れており、汗により髪が身体にへばりついていた。

 

「えぇ…ありが…!」

「っ…!」

 

 そんなアリアに手を差し伸べようとしたが、その手はそのまま剣を持ち、迫り来る驚異を受け止めていた。

 

 一瞬の衝撃の後に地面を見ると、ガラガラと音をたてて無骨な鉄の塊が転がった。俺が弾いていなければ確実にアリアの首をはねていたであろうそれは斧だった。

 

 とっさに前をみると、右手は投擲後、左手はゼストさんの剣を受け止められている奴がいた。血にまみれながら、汚れながらも口を歪め、小気味好い笑い声をあげる姿は正に『悪鬼(オーガロッソ)』そのもの。これがミュラーだった。

 

「ふはっ! あっはっはっはっは! すげえな! すげぇよ! やりゃできんじゃねぇかっ!」

 

 化け物めっ……! ミュラーはゼストさんと片斧一本で打ち合いながら、呟くアリアを見据え下卑た笑い声をあげていた。

 

「さすがはリーゼアリア! 数十個展開するだけでAAAレベルのファランクスを大量に展開させ、更に全ての攻撃を俺だけにあてやがる! これだよ! こういうのを求めてたんだよ!」

 

 思わずゼストさんを見る。たしかにゼストさんのバリアジャケットには先ほどまでとなんら変化がなかった。

 

 あれだけの量のスフィアを全て制御し敵にぶつける。魔法に疎い俺にその凄さの全容は理解できないが、確実にこれだけは言える。

業としての遠距離魔法、技術としての遠距離魔法でアリアの右に出る者はいないだろう。

 

 だがしかし、化け物は未だ倒れていなかった。それどころか、より意気揚々と、より気勢をあげてゼストさんと打ち合っている。

 

「で、おまえにゃ何も無いのか? 『ストライカー』ゼスト・グランガイツ、んなわきゃないよなぁ!」

 

 片斧一本で打ち合っているミュラーだが、確実にゼストさんを押していた。一本の斧が無くなった影響は無いようで、逆に両手持ちによりパワーがあがり、ゼストさんを圧倒し始めている。

だが、こんな苦しい状況でありながらゼストさんの動きに焦りはなかった。むしろ覚悟の決まった穏やかな目をしている。

 

 そしてゼストさんは禁断の言葉を呟いた。

 

「カートリッジ・ロード……フルアクセル!」

 

 その瞬間、柄の刃に一番近いところから六発の薬莢が打ち出され、ゼストさんの髪が金色に変化した。

 

 カートリッジシステムの新モデルにして既に廃止されたもの、それがフルアクセルだ。

従来のカートリッジシステムは使用者の魔力量を底上げするものだったが、フルアクセルは使用者の魔力量だけでなく身体能力も底上げする、即ち身体に直接影響を与えるものだった。

 

 実験段階に魔導師の一人が倒れ、リンカーコアに致命的な障害が発生したため開発は中止となった。ここまではカートリッジシステムの基本的な歴史のはずだが、ゼストさんはそれを実際に使用した。それがどういう意味なのかはわからなければいけない。

 

「なんの魔法か分からんがさっきまでと威力が段違いだ! 面白れぇ!」

 

 明らかに動きがよくなったゼストさんはミュラーを押していた。だが、押しているはずのゼストさんの顔は苦しげに歪み、押されているはずのミュラーの顔は楽しげににやついている。

 

「どうしたぁ! 動きが鈍ついてきてんぞ!」

 

 20合ほど打ち合ったところで少しずつだがゼストさんの動きが落ちてきた。そしてそれとともにミュラーがわずかずつだが確実に移動を始めた。

その行き先は先ほど投げた右手が持っているはずの斧だった。 

 

 それに気がついた俺は先に斧を奪おうと移動しようとするが――。 

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 左手を地面につけたままのアリアにとめられた。

 

「いま行かなければゼストさんが――!」

「いいから待ちなさい、それがあなたの仕事よ」

 

 俺の口答えはアリアの一言に封殺された。ここまで止めるということは何か手があるだろうと考え口を噤む。

 

 少しずつ動くミュラーに気勢をあげて押しかかるゼストさん、その勢いはすさまじく、それこそ悪魔に身を売り渡したのではないかという猛攻だった。

 

 その猛攻を正確に受け流しながら後ろに下がり、ついにミュラーは自分の斧が転がる地点まで到着した。

 

 ミュラーを斜めに斬ろうと、ゼストさんは相手の右わき腹から上に斬り上げた。それを真正面から受け止めたミュラーの左手の斧は弾き上げられるが、ミュラーが見ていたのは足元に転がる斧だった。

 

 斧を弾かれることを計算にいれ、その遠心力を利用してゼストさんの首をはねようとしたミュラー。どんな状況でも敵を殺すことを考える鬼に畏怖を抱きながら、罠だっ! と叫ぼうとしたが、それよりも前にそれは起こった。

 

「な……にぃ!?」

「わたしはただ這いつくばるためだけに地面に手をおいていたわけじゃないのよ」

 初めて聞くミュラーの驚いた声。初めて見たミュラーの見開いた目、その視線の先には地面の先から生えた何かに向けられており、それは斧を持ち、ゼストさんの命を刈り取るはずであったミュラーの腕と脚に巻き付いていたのであった。

 

「チェーンバインドよ。発動地点を建物の中に設定することで建物そのものが重石となり、更にわたしの魔力を練りに練ったもの。もうあなたは動かさない!」

 

 アリアが先ほどまで手をついていた理由、それは疲れていたからでもミュラーの力に絶望したわけでもなかった。チェーンバインドの起点を建物の基礎部分に巻きつけることで重石とし、更に地面をそのバインドで貫いたのだ。

大胆かつ繊細、これを体現するアリアの絶技だった。

 

「っは! 建物全体程度が重石になると考えてんじゃねぇよ!」

 

 アリアの叫び声を馬鹿にするようにミュラーが叫び右腕に力を込めようとした。だがその瞬間――。

 

「動かさないと言った! リングバインド!」

 

 右腕と右脚に数個のリング状のバインドが巻きついた。これにより力を込める隙がなくなる。

 

「剣介! いまだ!」

「今までのすべてをぶちこみなさい!」

 

 ゼストさんとアリアの叫び声に突き動かされるように、体勢が崩れてだらしなく身体をさらけ出したミュラーの元に走った。

 

 バビロンから取り出すのは無骨な石で出来た斧。でかい石を削っただけの大きな斧。破壊力が高いだけで、他に何もないただただ大きい斧だ。だがこれが今回の戦いを終わらせる切り札となる。

 

「ミュラァァァァッッッ!」

 

 ミュラーまで後数歩のところで、上段に思い切り振りかぶりながら体重を全て乗せるためにジャンプする。

 

 目の前に入るのはミュラーだけ、世界の時間が遅くなったかのような幻想にとらわれながら、最後の言葉を紡ぐ。

 

「『射殺す百頭(ナインライブズ)』!!」

 

 何が変わったわけでもない、干将・莫耶のように大きくなるわけでもなければ、エクスカリバーのように剣の先からビームのようなものが出るわけでもない。

これはこの斧剣に宿った業のようなものだ。やることはただ一つ、斬撃を『同時』に放つだけで、佐々木小次郎の燕返しのようなものだ。しかし、それが三回の多次元連続攻撃ならば、この宝具はその三倍。九回の斬撃を『同時』に放つ攻撃だ。

 

 目の前のミュラーはこの状況でなお薄笑いを浮かべていた。

 

「くらい……やがれぇぇっ!」

 

 ―― 一回。

 

 ―― 二回。

 

 ―― 三回。

 

 ―― 四回。

 

 ―― 五回。

 

 ―― 六回。

 

 ―― 七回。

 

 ―― 八回。

 

 ―― 九回。

 

 斧剣による重い斬撃、それは九回同時にミュラーの身体を切り裂いた。バリアジャケットを抜く感覚とともに、身体を斬る生々しい感覚が腕を支配する。久々すぎる感覚だが、これに慣れることはないだろう。

 攻撃の威力はすさまじく、アリアが練りに練ったバインドをたやすく引きちぎり、ミュラーを壁に叩きつけた。壁は破壊され崩落し、ミュラーの身体の上に降りかかった。

 すべての残骸が降り終わった後、残ったのは静寂だけだった。

 

「終わった……?」

 

 呟いたのはアリアだったかゼストさんだったか、もしかしたら俺だったかもしれない。とにかくその言葉を聞いた瞬間、俺達はその場にへたりこんだのだった。

 

「勝った……ははっ、やった……やった!」

 

 思わず口をついて出てきた言葉は喜びだった。気持ちとしては安堵が9割をしめていたのだけれど。

 

「ふふっ、よく頑張ったわね」

 

 優しげな声はアリアのほうだった。そちらを見ると柔らかなほ微笑みを浮かべている。そちらに向けてサムズアップをすると、同じようにサムズアップを返してきた。

 

「見事な一撃だ、剣介」

 

 アリアのすぐ近くにいたゼストさんの髪は黒に戻っており、フルアクセルモードを解除していた。ゼストさんもいつもの苦虫を10個ほど噛み潰したかのような渋い表情ではなく、いくらか緊張感のとけた柔らかい表情だった。

 

 こんな表情できるのかと驚いたのは俺だけではないようで、アリアもすぐさま。

 

「あなたそっちのほうが人が寄りつきやすいわよ、いつも若手たちに怖い怖いって言われてるんだから」

 

 と突っ込んでいた。

 

 ゼストさんは困ったような表情を浮かべて、考えておくと素っ気なく言った。それを見た俺とアリアが吹き出すと、ムスッとした顔に変わり本部に連絡をとると言いながらデバイスを操作した。

その瞬間、いきなり血を吐いた。

 

「ゼストさん!?」

「大丈夫!?」

 

 近くにいたアリアが起きて歩みより背中をさすると、大丈夫、ありがとう。と言っていた。明らかにフルアクセルの影響であり、出来る限り早く医者に見せるべきだろう。

代わりに報告と救護班を要請しようとしたとき――。

 

 瓦礫が崩れる音がした。

 

「え……?」

 

 聞こえるはずがない、聞こえてはいけない。あれだけ有利な状況をつくりだしたのだ。あれだけの攻撃を無防備な奴にあてたのだ。

あれが人間なら立ってはいけないはずなのだ。

 

 ガラリッ。もう一度崩れる音がする。何度も何度も崩れる音がする。フラフラとよろけながらも壁を支えにしながらも立ち上がる人影が見える。

 

「なんでよ……なんで立ち上がれるのよ!」

 

 全身から血をながしながら、ほこりで薄汚れながら、服を真っ赤にそめながら立ち上がったのは

 

「あぁ……。楽しい。こんな楽しいのは初めてだ」

 

アヴァタラム総帥、ゲルト・ミュラーだった。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと『死』が近づいてくる。武器もないのに、ボロボロなのに、足取り不確かに歩いてくるその男に勝てる気がしなかった。

 

「もっとだ……もっとだ」

 

 ゾンビのように歩いてくるその姿に俺は思わず叫んでいた。

 

「なぜだ! なぜそんな姿で立ち上がれる! なぜ動ける! わき腹なんて抉れてる! 腕だってあらぬ方向に曲がってる! なんで動けるんだ!」

 

 ミュラーはまだ無事な腕で斧を拾い上げた。

 

「まだわき腹が抉れて片腕が使えないだけじゃねぇか。腕は二本ある、脚だって無事だ。なにより俺の心臓は動いている。それだけで十分だ。十分なんだよ」

 

 俺を見つめながら前進をはじめた。

 

 わけがわからない。化け物すぎる。こんなの殺すしかない……殺すしか!

 

 俺がバビロンに手を伸ばそうとしたその時、ミュラーの身体から剣が突き出された。 

 口から血を吐いたミュラーが気怠そうに振り向くと、そこには全身を白装束で包み、ミュラーの返り血を浴びた部分だけが赤く染まっている人間がいた。そいつは顔も白い布で覆っており、男か女かもわからなかった。

 

「……なんだおまえ? いますごく楽しいんだ。すごくすごく楽しいんだ。邪魔すんじゃねぇよっ!」

 

 ミュラーはそう叫ぶと思いきり身体を振り、白装束の人の首をはねようと斧を振り回した。だが、その斧が白装束の人に届くことはなかった。

 

 更に多くの剣がミュラーの身体に突き刺さったからである。

 

 ミュラーが叫んだ時、俺の後ろから何かが高速で迫り、そして追い抜いていった。

白い残像が残った視界には、五人の白装束を着た人間がミュラーの身体を貫いている姿が映っていた。

 

「そろそろ死ね、ゲルト・ミュラー」

 

 その内の一人が呟いて、空気を入れるように剣を捻るとミュラーは更に大きく血を吐いた。そして俺のほうを見ると最後の力を振り絞り口を開いた。

 

「締まらねぇ終わり方だがそれも仕方ないんだろうな……あぁでも……久々に楽しい殺し合いだった」

 

 満足そうに呟くとミュラーは目を閉じた。

地獄の化身、『悪鬼(オーガロッソ)』ゲルト・ミュラーの息が絶えたのだった。

 

 




ついに戦闘終了です。
目的も不明のままで消化不良な終わり方ですが、これにてアヴァタラムとの戦闘は終了です。

長かった新人育成課編も次回でラスト、なんとか皆さんにお届けできそうです。

それでは、また次回もよろしくお願いいたします。

次回
エピローグ

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第二十六話 卒業しても仲良い関係って良いね

前回のあらすじ

ミュラーを倒しました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声は天使の音色のようだった。頭の奥底に響いてくる心地の良い音は俺の琴線に届いて――。

 

「いま何時!?」

 

 飛び起きた。

 

「いま8時30分だよ」

 

 横をみるとなのはが呆れた顔で腰に手を置いていた。最近休日に出勤がなかったから緩んでいたが、今日は育成課の出勤日なのである。

 

 起こしてくれたなのはにありがとうと言いながら5分で準備をし家をでた。

 

 

 

「なんとか間に合うか」

 

 転送ポットの順番待ちをしながら時間を見て安堵の溜め息をついた。育成課の人間にとって今日は特に遅れてはいけない日である。

 

 今日は育成課の卒業式なのだ。

 

 あの事件が終わった直後、それはもう大変だった。そもそも決着の時にはいきなりわけのわからない集団が乱入してきたからな。たしかあいつらは――。

 

 

 

---

 ミュラーが静かに目を閉じた。白装束の連中は突き刺した刃を捻るなどして反応を確かめていたが、絶命を確認し剣を引き抜いた。

しかし、ミュラーの身体が倒れることも傾ぐこともなかった。宝具の全力をその身に二回うけ、無数の魔力弾と多数の剣で貫かれたミュラーだが、その両足はしっかりと地面を踏みしめていたのだった。

 

 突然の事に驚きを隠せなかった俺だが、いくらなんでもこんな長い時間放置されれば頭の回転は元に戻る。明らかな異常事態を引き起こした奴らは血のついた剣を布で拭って帰り支度をしているが、あいつらが何者なのか、俺らはダシに使われたのか聞かなければならない。

 

「おい、おまえら――!」

「やめろ剣介!」

「ゼストさん……?」

 

 俺の問いはゼストさんによって遮られた。ゼストさんの声は明らかに警戒しており、その声色は味方に使うものではなかった。

 

 白装束の一人はうるさそうにこちらを見ると、ゼストさんに近づいた。そして目の前でデバイスを起動しなんらかの文書を見せていた。

 

「……了承した。あとは好きにやれ」

 

 文書を読むゼストさんの顔色はサッと赤に変わり、その後諦めたように目を伏せて一言呟いた。

その言葉を聞いた白装束の一人が満足そうに頷ずくと、他はミュラーの身体を持ち上げて何かの装置にいれ持ち去っていった。

その一連の流れは非常に早く俺が何かを発言することはできなかった。

 

 言葉を発することが出来たのは奴らが消えてからだった。何がどうなったか、どうしてこのような事態になったのか、そのどれもが納得いかない事だったのでゼストさんに聞いてみた。

 

「あれはなんだったんですか?」

「――時空管理局本局所属、最高評議会親衛隊だ」

「あれが――!? 噂には聞いていたけど実際に見たのは初めてだわ」

 

 聞き慣れない言葉だった。アリアは何かを納得していたようだが、そもそも最高評議会という名前を今まで聞いたことがなかった。

この反応、そして先ほどの態度からして相当の権力を与えられている事は確かなのだろうが……。

 

「最高評議会?」

「あぁ。普通の職員は知らないだろうがな」

 

 そうしてゼストさんは最高評議会について話してくれた。

最高評議会とは、まだ時空管理局が作られる前、いわゆる旧暦の時代に世界の平定に尽力した三人の人物が引退後のつくった会なのだそうだ。

そんな会だから実質的な権力は凄まじく、彼らが口を出してきた事柄はだいたいそちらに決めざるを得なくなるのだとか。

 

 先ほどのやつらは、その最高評議会子飼いの武装集団だそうだ。詳しい業務内容などは秘匿とされているらしく、また表舞台に出ることはそうそう無いので見ることは極端に少ないそうだ。

 

「あまり良い噂は聞かないから、近づかないほうが無難だろう」

 

 そう締めたゼストさんの顔は悔しさに満ち溢れ、しかめ面になっていた。 

---

 

 

 

 

 そう。最高評議会親衛隊だ。そして、あのあとレジアスさんから直接呼び出されて言われたのは今回起こったことの口止めだった。

 

 今回は作戦は成功したが、実態は負け戦だ。

たしかに総帥であるミュラーを倒し、ミッドより撤退させるという当初の目的は達成できた。

しかし、他の戦果は無いに等しく、こちらの損害に比べると負け戦同然であった。

こうして、後味が悪いままあの事件は終結を迎えたのだった。 

 

 そしてその後は更に大変だった。

事後処理はもちろんだが、全員が何かしらの負傷を抱えたため、まずは病院に運び込まれたのだ。

グレアムさんの計らいで慰安旅行に出かけたりもしたっけな。数ヶ月前の懐かしい記憶だ。

 

 だけど、事件自体の後味は悪くても、俺の目的であった育成課の株上げは大成功に終わった。

なにせ、アヴァタラムへの攻撃を成功させた実働部隊なのだ。

ミュラーを殺したという実績はもちろん、一部を新人だけで撃退したという事実も拍車をかけ、いまや上層部の注目の的になっている。

そのおかげで、俺にも来年度から違う部署で働かないかという話はきており、先日は地上本部からもスカウトされたくらいだ。

 

 そんなこんなを考えながら歩いていると育成課に着いた。中に入ってみるとそこにはリーゼロッテとリーゼアリアがいた。

 

「おはようロッテ、アリア」

「おはよう剣介、遅かったじゃない」

「寝坊たんだ、危なかったよ」

「こんなおめでたい日に寝坊なんて、早く着替えてきなさいな」

「了解です」

 

 ロッテはあの戦いで一番重傷を負った育成課のメンバーだ。ジェイドに放った文字通り捨て身の爆発はジェイドの足を犠牲にしてロッテを吹き飛ばした。

威力としては間違いなく即死だったのだがロッテは生きている。それはなぜか、溜めた魔力を暴発させようとした瞬間、サラがアイギスを持って割り込んだからである。

当然アイギスは壊れて四散したが、サラは軽傷ですみ、ロッテも右腕を失うだけで済んだ。

出血多量で生死の境をさまよってはいたが、いまは全快している。

結局ロッテは右腕を再生してもらい、五体満足で現場復帰して今に至る。

 

 アリアは一番何も変わっていないかもしれない。

魔力切れをおこしかけて病院に運び込まれたが一日の入院だけで退院し、グレアムさんと共に事後処理に勤しんでいた。

そのかたわらで育成課のメンバーのお見舞いなどもしていたので忙しいことには変わりなかっただろうが。

 

 廊下を歩いて自分の部屋に行き、黒の子供用スーツを着て食堂に行くと、予想通り育成課の隊員が揃っていた。

 

「剣介! やっときたか!」

 

 ティーダの声に右手をあげて答えて輪の中に入る。話す内容はいつもと変わらない雑談ばかり。

今日でこのメンバーが育成課として集まるのは最後だとわかっている。

だが、いや、だからこそいつものくだらない会話をしているのだ。いまこの時をいつもと同じ素晴らしい時間とするために。

 

「だから俺はこうやって世界に飛び出すわけよ。そうすりゃいろんな女の子と仲良くなれるってもんだ」

 

 アルベルト・クラフェルト。通称アルは、あの戦いの後にある地上部隊にスカウトされたらしい。

 その部隊はアルのことを将来の幹部候補生としてみており、本人も満更でもなく、その部隊に決めたそうだ。

 

「はぁー、あんたはブレないわね。でも世界に飛び出すってのはわたしも賛成。色んな世界を見たいわ」

 

 キュルカス・クローバー。通称ルカは、あの戦いで成長した一番の存在かもしれない。

ここ一番の度胸がつき、どんな状況下でも己を貫く強さを手に入れた。

そんな彼女はミッドにおける恵まれない子供達のために活動する部隊に入るそうだ。

 

「そうだね。僕も自分の力を鍛えるよ、そしてアイギスに見てもらうんだ」

 

 サラミス・イーリアス。通称サラは、あの戦いの最後で相棒であるアイギスを亡くした。

インテリジェントデバイスは現在も修理中であり修理がいつになるかはわかっていない。

だが、彼自身はいつアイギスが帰ってきてもいいように己を鍛えると非常に前向きなようである。

アルとはまた別の地上部隊からスカウトを受け、そこに入るそうだ。

 

「ははっ、サラも見てもらう人がいるんだもんな。俺もティアナに顔見せできるように頑張らないと」

 

 ティーダ・ランスター。全員のまとめ役でもあったティーダは様々なところから誘いを受けたそうだ。その中で彼が決めたのは首都航空隊だそうだ。

まごうことなきエリート部隊であり、一番出世であることは間違いないだろう。

ティーダはそこで指揮官と執務官の両方を目指していくそうだ。険しい道だが、ティーダならできると誰もが信じている。

 

「私もですね。皆さんと同じようにこれからを頑張りたいです」

 

 ルーオカ・キザンカ。通称ルーは本局の部隊にいくそうだ。

様々な軋轢がある陸と海、その問題を見極めて、融和を図りたいという思いもあると言っていた。

海もエリートが多いので大変になるだろうが、頑張れると信じている。

 

「ほんと、全員変わらないな。でもだからこそ、皆と会えて良かった」

 

 そして俺、石神剣介はというと、一番変わらなかった。来年も育成課で新人を指導しながら自分も指導されるという立場になる。

移動しなかった理由はいくつかあるが、一番はまだまだ自分の力が弱いということだろうか。

今回の功績でこの隊にはもっと様々な仕事が回ってくるようになるだろう。それを享受し成長する。そうすることで様々な力を得ることが出来ると判断したからだ。

 

「「俺もそう思うよ!!」」

 

 そして俺らはスーツを着て体育館で卒業式にでていた。壇上に立つのはグレアムさんだ。

 

「よくぞ一年間訓練に耐え抜いた。よくぞ一年間厳しい職務を全うした。この経験は君達の血となり、肉となるだろう。

そしてこれからの人生、道はバラバラになり、暗い何かで道が見えなくなることもあるだろう。

だがその時は仲間を、そして私やリーゼ達を思い出して欲しい。君達は最高の仲間と最高の訓練官に講義を受けたのだ。

これからどんなことがあっても君達ならばやっていける。己を信じよ。君達にはそれができる力がある。

では、諸君の薔薇色な未来を期待して、ここに新人育成課、第一期生の卒業式を終える!」




新人育成課編もついに終了です。
なんとか終わることができました。

もし良ければ感想をいただけると嬉しいです。
嬉しいお言葉も批判も全て執筆意欲につながりますので、よろしくお願いいたします。

それでは、また次回もよろしくお願いいたします。

次回
幕間

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番外編 最近オカルト話ってどんなのがあるんだろう

季節は春、3月下旬。少しずつ暖かくなってきた頃、一通のメールを受信した。そのメールを見た俺はある重大な決意をし、なのはの部屋に向かった。

ノックをして扉を開けるとなのはも同じように携帯を覗いていて、俺と目があった瞬間、二人の口が同時に開いた。

 

「「お花見に行こう」」

 

 

 

 

 

 

外伝Ⅰ

お花見に行こう

 

 

 

 

 

 

「場所どこって書いてあった?」

「すずかちゃんの家だよ、去年とおんなじ」

 

 いってきまーす。と声をかけて外に出た後に目的地を忘れた俺はなのはに確認をした。返事を聞いてそういえばそうだったと思いながら歩いていると先ほどのメールの内容が思い起こされてきた。

たしかバニングス家と月宮家、それにハラオウン家と高町家でお花見をしないかという内容だ。場所が月宮家の庭ってところに違和感を感じたのは俺だけなのだろうか。

 

 内容を士郎さんと桃子さんに伝えると、忍さんから同じように誘われた恭也さんが伝えていたらしく、自分たちは準備をするから先に行ってなさいと送り出されたのだ。 

 

「お父さん達も一緒に行けばいいのにね」

「大人には子供の俺らがわからない色々があるんだろうさ」

「そういうものなのかな」

 

 いつもよく行っていて慣れているすずかの家に招待されただけなのに、何を準備することがあるんだろうかという顔をしているなのはにはそう言っておいた。俺だって転生前は高校生なのだ、世間的にはまだまだ子供だし大人の世界を知っているわけではない。たぶん差し入れ用のお菓子などを用意しているのだろうが、俺やなのはにはまだ関係ない世界だから気にしないでおく。

 

 家からバス停までの短い距離をゆっくり歩いていると、頭の中に聞き慣れた少年の声が流れ込んできた。

 

【なのは、そろそろ出してもらってもいいかな】

「あ、ごめんねユーノ君」

   

 慌ててなのはが背負っていたナップザックを開けると一匹のフェレットがプハッと顔を出した。可愛い顔をしているがれっきとした人間であり変身魔法をしているだけである。

 

「お前も難儀だな」

 

 軽く笑いながら言った。それを聞いたユーノはムッとした顔で言い返す。

 

「僕だって好きでこんな格好してるわけじゃないよ」

「悪い悪い、無限書庫のほうは平気なのか?」

 

 本気で怒ってないことは双方ともわかっているので軽く謝って話を変える。ユーノは、戦場の最前線にいる兵士でさえ、あそこだけは行きたくないと泣き叫ぶとも言われている無限書庫に勤めている。一度行ったことがあるが、血色の良い顔をしているのは受付の局員のみで、整理をしている人たちは一様に青ざめていた。

 

「有給だけは余ってるからね。最近は人事部のほうから無限書庫職員の有給を使わせろってうるさいらしく、ローテーションで一日ずつ休養日が回ってきてるんだ。今週は僕の番で、ちょうど良かったんだよ」

 

 余りの事に俺もなのはも声がでなかった。人事部の悲鳴が聞こえてくるようである。

 

「ま、まぁほどほどにな」

「休むときはしっかり休んだほうがいいよ」

「うん、ありがとうなのは、ケン」

 

 俺らの引きつった声と顔に若干疑わしげな顔をしながらユーノは頷いた。いやいや、なぜこうも仕事大好きな奴らが多いのだろうか、管理局にも労働基準法はあるのだからいつか怒られるぞ。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「いつ見ても大きな家だな」

「にゃはは、そうだね」

 

 すずかの家に着いた俺たちは大きな鉄格子の門の前で話していた。いまさらの話ではあるがすずかの家は大きい。生前含めてここまで大きな家を見たのはテレビの中だけだろう。

 

 なのはがインターフォンを押すとすぐに門が開き、中に入れてもらった。

 

「なのはちゃん、けん君、こんにちは」

「なによあなたたち、遅いじゃない」

 

 そのまま中庭まで案内されると、圧倒されるような桃色の海が広がっていた。そしてその下では少女が二人、笑顔で手をふっている。その近くには大きなレジャーシートがひかれていて大量の料理や樽に入った酒などが置いてあった。

この酒はまさか飲み干すつもりなのだろうか、今日呼ばれる人数より明らかに多いのだが……まぁ気にしないでおこう。

 

 目線を横に移すとメイドの一人であるファリンから紅茶を入れてもらっている女性がいた。髪は長く、すずかと同じラベンダー色をしている。すずかの家、月宮家現当主である月宮忍さんだ。

現当主というがまだ若く、恭也さんと同じ年齢であり恭也さんの恋人でもある。

 

「こんにちは忍さん」

「今日はお招きいただきありがとうございます」

 

 俺となのはの堅苦しい挨拶を手をひらひらさせるだけで受け流し、楽しんでいってねー、と軽く流された。

 

「あぁそうだ、高町さん達はいつ頃来るかわかる?」

「何か用意してましたがそう遅くはならないと思いますよ」

「あっちゃー、何も持ってこなくていいって恭也にいっておいたんだけどな……教えてくれてありがとね」

 

 何よ恭也ったら、私は早く会いたいってのに。と幸せそうな愚痴をこぼす忍さん。声が聞こえた俺となのはは顔を見合わせ顔を崩した。仲が良いというのはいいことだ。

 

 忍さんのところから三歩程度のところにいるアリサとすずかはこちらに笑顔を向け、それぞれ横の空いている部分をポンポンと叩いていた。どうやらここに座れというサインのようだ。 

「よぉ、久しぶり」

「久しぶりだね、アリサちゃん、すずかちゃん」

 

 久しぶりというのには意味がある。ユーノほどではないが俺もなのはも管理局の仕事で忙しかったので、春休みに入ってから一度も会えてなかったのだ。

 

 久しぶりと言うと、アリサは口を鳥のくちばしのようにして文句を言い始める。それをすまんすまんと受け流しながら春休みに入っての様子を聞いたのだった。

 

 

 

 

 

「「光る桜?」」

 

 俺となのはの声が被った。それは今は問題じゃない、問題なのはすずかの話だ。先ほどから色々な話を聞いていたのだが、そういえば最近こんな噂話があるのと前置きしてすずかが言ったのが今の言葉だった。

 

 なにがなんだか意味がわからないと不思議そうな顔をする俺たちに、すずかはコホンと一つ咳払いをして話し始めたのだった。

 

「これは江戸時代の話、まだここが海鳴と呼ばれる前のころのこと――」

 

 まだここが小さな港町だったころ、町一番の腕っ節を持つと言われていた青年がいた。可愛い奥さんを娶り幸せな生活を送っていた彼だったが一つ問題があった。彼はかなりの乱暴者だったのだ。

子供の頃から強かった青年の元には数多くの仲間がいた。それは同心の人々でも何もいえないような荒くれ集団。喧嘩に強盗は当たり前、時には近くの村を襲っていたりしたそうだ。

 

「ねぇお前さん、そろそろ乱暴はおやめにしませんか」

 

 青年の奥さんは何度も諭したが、青年にとっては馬に念仏、糠に釘。聞き入れることはなかったそうだ。

 

 そんな折、町にボロを着た、お世辞にも綺麗とはいえない老人がやってきた。

青年は些細な事から老人を殴りつけ、町から追いだしてしまったのだった。

 

 すると、奇妙な事が起こり始めた。青年が徒党を組んでいた荒くれ者の者達だけ病気にかかりはじめたのである。そよ風ほどの強さでも身体に衝撃が加わると、骨が折れたかのような痛みが身体中に走る原因不明の奇病だ。

医者にも打つ手はなく、あまりの痛みに発狂して亡くなるものまででてきたとき、もう一度あの老人が表れたのだ。

 

「君たちは反省したかの、反省したのであれば――」

「うるせぇクソ爺!」

 

 またも青年は老人を殴り飛ばしてしまった。それが恐怖からなのか怒りからなのかはわからないが。

 

「そうか……それならば私に言えることは何一つない」

 

 そういって老人はまた町を去っていった。

 

 その夜からである、青年にも仲間と同じ症状があらわれたのだ。

妻の必死の看病も実らず、日々衰弱していく青年。ついに食事をすることさえ出来なくなってしまった。

見かねた妻は噂を頼りに隣村まで行き、老人を見つけてどうか彼を助けてくださいと頼みこんだ。すると老人は苦い顔をして話し始めたのだった。

 

「本来であればそなたではないのだが……町のすぐ近くに光る桜の木がある、その桜に三日三晩祈りを捧げよ、さすれば病は癒えるであろう」

 

 話を聞いた妻は早速山の中に入り三日三晩祈りを捧げた。祈りが終わり、ホッと息をつき家へ戻ろうと立ち上がった瞬間、木の枝が妻を引っかけ飲み込んだ。

桜の木から聞こえるのは妻のくぐもった悲鳴、だが山の中のため誰も気がつかない。そして悲鳴が聞こえなくなったとき、桜の木から老人の声が聞こえてきたのだった。

 

「今年の生贄もまた美味であったのぅ」

 

 その後すぐに病が癒えた青年と町の人々は妻の事を何一つ覚えていなかった。

 

 

 

「今年も光る桜は生贄が来るのを待っていることでしょう」

 

 すずかの話が終わった。なんというか、噂レベルの怪談話という感じだったのだが、横で一緒に聞いていたなのはは青ざめた顔で目に涙を浮かべている。

 

「へぇ、これは誰から聞いたの?」

「これはずぅっと昔からある話だそうだよ、私もお姉ちゃんから聞いたの」

 

 アリサもこの話を初めて聞いたのだろう。熱心にすずかの話を聞いていた。面白い話ね。というとすぐさまなのはから、面白くないよ! というような突っ込みが入っていたのだが。

 

「でも以外だな、アリサがこういう類の話をしっかり聞くのって」

 

 そういうとアリサはふぅ。とため息をついて手を顔に当てた。俺の言葉に何かおかしな所でもあったのだろうか。

 

「今更何よケン。この世界には私の知らないたくさんの事で溢れてるのだから幽霊がいても不思議じゃないわよ……よっぽどあなたたちの魔法のほうが驚いたわ」

 

 もっともな意見である。魔法なんていう一般人からしてみたら笑い話でも、それが本当だと知ったアリサは、ありえないなんてありえないを誓ったようだ。

それに比べてこの娘は……。

 

「しかしなのは、幽霊なんて何を怖がる必要があるんだ? 普段もっと恐ろしい人たちと訓練してるじゃないか」

 

 ジャンヌさんみたいなスターライトブレイカーすらも切り裂くような人と常時訓練しているのなら、幽霊の一つ二つどうとでもなるだろう。

俺だったら目の前に幽霊が現れるのと怒ったジャンヌさんがいるのだったら間違いなく幽霊をとる。考える余地もなく一瞬で。

 

「で、でもでもあの人達なら砲撃があたるもん。幽霊ってすり抜けちゃうんでしょ」

「いやお前……」

 

 なのはにとって怖い怖くないの基準は自分の砲撃が当たるか否かということなのだろうか、もしかしたら俺はなのはの教育を何か間違えたかも知れない……。

 

 頬に冷たいモノが流れてくるのを感じながらそんなことを考えていたらドアが開いて高町家御一行が到着した。その後はお花見らしくドンチャン騒ぎを楽しんだのであった。

 

 

 

 

 

 

【あぁ、やっぱユーノもそう考えたか】

【うん、つまりはそういうことだと思うよ】

【だよな、それ以外の可能性が思いつかない】

 

 夜、書類に文字を書き込みながらユーノと念話で会話をする。議題は先ほどのすずかによる怪談話についてだ。

 

 先ほどの話、拭いきれない違和感がある。

一つ目は怪談話の内容。妻の事を誰も覚えていないなら、なぜこの話は語り継がれているのかということ。まぁこれはたかが怪談なので、矛盾が生じるのは仕方がない。

二つ目が問題だ。今まで俺だけでなく、なのはも、確認した限りでは桃子さんも光る桜の話を知らなかった。ということは江戸時代の件は完全な嘘であり、この噂が生じたのは極々最近ということになる。

 

 ここらの話を統合すれば答えが見えてくる。ユーノと答えが一致したということで確認しに行くのだが、あのお姫様をどうしたらいいか。

 

【今からそっち行く、なのはも連れてこう】

【了解。説得はよろしくね】

 

 部屋に入ると本を読んでいたなのはが顔をあげた。いきなりどうしたのだろうかという表情だ。

 

「今から光る桜を探しに行くからいこうぜー」

 

 ちょっとそこらのコンビニ行こう的に話しかけると、なのはの顔が露骨に変わった。そしてそのままベッドに移動すると、絶対に行かないもんと布団の中にこもってしまった。

 

【ケン、どうするの】

【まぁ見てなって】

 

 不安そうなユーノの声をおしのけ、なのはが入りこんだ布団の近くまで顔をよせる。

 

「早めに光る桜をどうにかしないとなのはの部屋にきちゃうかもな~、幽霊」

 

 顔を離して待つこと二秒、布団がガバッとめくられた。顔を覗かせるなのはの顔は青白い。

 

「え、嘘だよね、幽霊なんて来ないよね、いないよね」

「さぁ~、でも俺らが行っちゃえばなのはは一人だからな、もしかしたら新たな住処にしようと思って、夜寝ているなのはの耳元で、こんばんはとか……」

「やめてぇっ!」

 

 プルプルと震えながら耳を手で覆ったなのはは、少し時間が立つと涙目でこちらを睨んできた。よく聞くと、うーっと唸っている声も聞こえる。

 

「けん君の意地悪! わたしも行くよ!」

 

 思惑通りに転がってくれたなのはと満足気に頷く俺を、ユーノが呆れ顔で見つめてくる。そんなユーノにサムズアップで答えを返したのだった。

 

 

 

 暗く底のない穴がポッカリ開いているような裏山に入り頂上まで歩く。なのはは既に仕事着(バリアジャケット)を着ており、右手でレイジングハートを握りながらビクビクと周りを警戒している。

 

「うーっ、けん君の意地悪。女の子イジメ」

 

 そんな恨み言をブツブツと呟いているなのはだが、左手ではしっかりと俺の服の端を掴んでいるところは可愛いもんだ。

 

 頂上につくが、周囲に木々が生い茂っているので真っ暗だ。すこし開けていれば町の灯りで綺麗だったのだろうが。 

 

「さて、じゃあなのは、仕事のお時間です」

「ふぇ、わたし?」

「ワイドエリアサーチでここらへんの調査をしてくれ、どこかに光る桜があるはずだ」

「う、うん……?」 

 

 なのはの身体の下に魔法陣が展開される。何かを呟くと、なのはは目を閉じた。 

 

 なぜわざわざ山の頂上まできたかというと、まずは魔法陣が人目につかないようにするため。一般人のいる前でいきなり魔法陣を出してしまったら売れっ子マジシャンへ大変身となってしまうだろう。もう一つは桜の『木』なので、少しでも多い裏山でサーチをしたほうが早いだろうということだ。

 

「……見つけた。でもこれって……」

 

 数十秒かからずなのはが目を開けた。さすがはなのはといったところか、普通ならもっと時間がかかるだろう。

 

「つまりはそういうことだ……光る桜なんてものは幻想だったんだよ」

 

 驚いているなのはの頭をなでながら言葉を紡ぐ。そう、光る桜なんていうのは幻に過ぎなかったのだ……一般人にとっては。

 

 そもそも光る桜なんて大層なものが見つかれば、やれテレビだ、やれマスコミだと天地がひっくり返った……とまでは言い過ぎか。まぁなんにせよそれ相応の大騒ぎをするはずだ。

それならば光る桜なんていうのは『実在しない』のか? ただ単純な噂ならこんな具体的かつ抜けてる小話なんてできないだろう。つまり『実在する』のだ。

 

 幻のくせに実在している。無のはずなのに有。普通の人ではそこに線を結びつけることは出来ない。ならば普通の人ではない人間、なのは達魔法使いならば線が繋がるのではないだろうか。

それが俺とユーノが立てた仮説。つまりーー

 

『光る桜は魔法による代物である』

 

 地球は魔法がありふれているわけではなく、魔法使いが市民権を得ているわけでもない。しかし地球上に数えられる人数だけだが大きな魔力を有しているのである。地球上のどこかに魔力があっても不思議ではない。

それが今回、たまたまか、なのは達の魔力にあてられたのか分からないがでてきてしまったのだ。そして何故かはわからないがかかっていたステルスが、これまた何故かわからないが少しだけ切れて一般人にその力を少し見せてしまったのである。

 

「つまり、幽霊なんてのは嘘っぱち、魔力のイタズラだったってわけだ。さっ、俺たちだけはいつでも見える光る桜を見にいこうぜ」

 

 俺がそういってなのはの頭から手を離すと、なのははこちらをジト目で見つめてきた。

 

「このことはけん君の予想通りだったの?」

 

 なぜか気温が下がった気がした。春の肌寒い程度の夜が、いつのまにか極寒のようになっている。しかも足が動かない。まるで自分よりなにか強大なモノにあったようだ。

 

「ユ、ユーノ、ユーノの予想でもあ、あるぞ」

「ケ、ケン! それは――」

 

 上手く呂律が回らない。目の前にいるのは悪魔か、魔王か……。

 

「ふーーん、ユーノ君まで一緒だったんだ……」

 

 ゆらりと陽炎が揺らめいた気がした。これはマズい、なのはさんからオーラみたいなのが出てる。本気で怒ってるかもしれない。

 

「レイジングハート」

〔Yes my master〕

 

 やけに響く機械音はレイジングハートのカートリッジがロードされた音。あ、これ死ぬわ。

 

【ケン、どうしよう、本気で怒ってるよ!】

【わかってる! 俺だって必死に考えてんだ!】

 

 頭の中にある全てのギアをトップにいれる。撃鉄を起こしガチンガチンと回す。目の前にいる(なのはさん)をどうするか考えるーー。

 

「わかった! なのは、俺たちが悪かった! 行きたがってたミッドのプールに行こう。どうだ?」

 

 少しの時間なのはの動きが止まったが、それもつかの間、レイジングハートの切っ先を俺とユーノの目の前に突き出した。

 

 これは効かない……? いや、少しではあるが動きが止まっていた。それならばあれでは足りないということ……。

 

「わかった! それならアレも行こう! なのはが見たがってた映画、あれも行こう」

「……二人で?」

「あ、あぁ二人で行こう。そうしよう」

「なら許してあげる。桜のところに行こう」

 

 ニコリと笑ったなのはの顔はとても可愛く満足気であったが、俺とユーノは額から流れ出す冷たい汗を拭うのに精いっぱいでそれを見ることはなかった。

 

【なぁユーノ、これからオカルト系でなのはをからかうのはやめようか】

【奇遇だね、まったく同じ事を君に言おうと思っていたところだよ】

 

 けっきょくなのはが見つけた光る桜の魔力反応は裏山の中腹にあり、俺らが登ってきたほうとは逆だった。もちろん道が整備されているわけではないので怪我しないことを考えながら降りていくと、少し降りたところで光がもれているのがわかった。

 

「割とすぐに見つかったな」

「そうだね……ってけん君、あれを見て」

 

 なのはが指差す方向を見ると、光り輝く桜を見つけた、同時に最後の障害もだ。

 

 桜がある部分の土が浮いていて、切り立った崖のようになっているのだ。異様な光景だが一般人であればここまで奥地にはそうそう入らないし、そもそも見えないので今まで問題にならなかったのだろう。

 

 なのは達を手で制し、一歩足をだし桜に近づく。桜に到達するために必要な飛行技能などは問題ないのだが、怖い部分が一つある。それがトラップの存在だ。これが人為的につくられたものなのか自然的なものなのかの判断はまだつかないが、どちらにせよ防御機能がある可能性は捨てきれない。 

 

 一応バビロンから双剣をだして、いつでも防御態勢ができる用意をして桜の前まで来た。おそるおそる地面に足をついてみたが何も問題はない、俺の杞憂だったようだ。

 

 なのは達に手で合図をして桜を見上げる。光の粒が木を取り巻いており、散る花びらはまるで金の砂のようだ。暗い夜空の中で光が浮かぶ光景は満月に似た何かを感じる。

 

 飛行魔法で飛んできたなのはは柔らかく地面に着地すると感嘆の声をもらした。横を見ると顔は紅潮しており、うわぁ、と口が動いている。この荘厳な光景を形容するのに言葉はいらないという感じだ。

 

「どうだ、なのは。まだ怖い?」

 

 若干からかうように言ってみたが興奮しているなのはには通じなかったらしく、更に赤くなった顔を嬉しそうに横に振っていた。少し自分が恥ずかしいが、それ以上になのはの嬉しそうな姿を見た充足感に満たされた。

 

「……本当によかった」

「ん、何がだ?」

 

 深々と溜め息をつくように呟いたなのはの言葉は小さかったが確かに耳に届いた。思わず聞き返すとなのはがこちらを向く。

 

「魔法と出会えたことだよ。魔法に出会えたからこんな桜を見ることが出来たんだから。

 それにね、魔法に出会って、フェイトちゃんやはやてちゃんとも友達になれた。

 魔法は私に色んなものをくれたんだ。だから私は魔法が大好きなんだ」

 

 その場からくるくる回るように動き、光る桜を背にして満面の笑みで手を広げた。そのとき強い風が吹き黄金の砂が巻き上げられて天に昇っていった。金砂を背後に手を広げるなのははまるで聖母マリアか天使のようだ。

 

「つっ――!?」

 

 俺はどうかしてしまったんだろうか。なのはの顔を見たとき、あまりにも自然に赤面してしまった。鼓動も鼓動だ、なに早鐘を打っている、別段いつも通りのなのはの顔だろう。

 

「けん君、どうしたの?」

「な、なんでもない。ほらっ、そろそろ帰ろう」

 

 柔らかく暖かで、しっかり握ったら潰れてしまいそうなのはの手を握り光る桜を後にする。あっ、と驚きながらもなのははしっかりとついてきてくれた。

 

 じゃあな、また来年の春に。

 

 声には出さず、振り向きもせず桜に呼びかける。たぶん偶然、風のイタズラだろうが、枝がざわめいたのは桜が答えてくれたからと考えてもいいだろう……俺にしてはロマンチストすぎかもしれないけどな。

 

 




本編も一区切りがついたので、番外編です。
最近で一番筆が乗った回かもしれません(笑)

次回の新章からはまたシリアス展開が始まります。
どろどろした展開の前の清涼剤となってくれたら嬉しいです。

もし良ければ感想をいただけると嬉しいです。
嬉しいお言葉も批判も全て執筆意欲につながりますので、よろしくお願いいたします。

それでは、また次回もよろしくお願いいたします。

次回
新章開幕


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第二十七話 変な人に声をかけられてもついて行ってはいけません

 育成課での生活が二年目に突入してから数ヶ月がたった。

後輩も何人かでき、俺の立場はロッテ達ほど指導役というわけでも一緒に苦楽をともにする同期というわけでもなく、さながらOBの先輩だ。

 

 他の皆も頑張っているようで、フェイトは執務官になるための試験勉強、はやては指揮官訓練、なのはに至っては任務の隊長を任されるようになったそうだ。

たまにフェイトのやっている勉強を覗くが、範囲が膨大かつ問われる内容も論理だてて考えないと解けない内容のようだ。

あれを見ると執務官訓練がなぜ難関と言われるのかがよくわかる。

 

 そんななかで俺はというと、正直やることがあまりない。

もちろん訓練はしっかりこなしているし、ルマン枢機卿を通じて聖王教会と育成課の隊規模での繋がりをつけたりもした。

 

 アヴァタラム事件の解決により育成課の評価も高まっており、このまま育成課にいて研鑽を積めば確実に明るい未来が待っている可能性が高い。

とはいえ、少々マンネリ気味であることも否めないのである。

 

「というわけでユーノ、俺はどうしたらいいと思う?」

「知らないよ」

 

 アイスティーを飲みながらサラッと流したのはユーノであった。

今日は授業中にユーノから通信があり、何か話したいことがあるというので無限書庫に来たのだ。

 

「でもケンがそういうことで悩むって珍しいね。やりたいこと決まってるんだと思ってた」

 

 苦笑しながら言うユーノ。

 

「やりたいことはあるんだけどなー。今はそこに至るまでの小目標がないって感じかな」

「うーん、それが問題なのかもね。僕やなのははとりあえず目の前の小さな目標があるから動きやすいけど」

 

 なんだかんだ相談にのってくれる辺りユーノは優しい。

ユーノにしても俺にしても同世代の男友達が少ないので、こんな風に話せる相手は珍しいのだ。

話してる内容は世代からかけ離れているモノかも知れないけれど。

 

「話を脱線させて悪かったな、ユーノの話ってなんだ?」

「あぁ、そうだった。うん、これはここだけの話なんだけど。

 アヴァタラム事件が終わった後、事後処理に加わってたからミッドのことを色々と調べる機会があったんだ。

 そのときに気になって調べたんだけど……」

 

 そういってユーノが取り出したのはお手製感のあるレポート用紙だった。書いてある内容は新聞や雑誌の切り抜きなどが主だったが、それをまとめた内容を見ると。

 

「なるほど、これはきな臭いな」

「やっぱりそう思う? 踏み込んだ文書には触れてないからまだ確証はないけど」

「それにしてもだと思うな。動きが鮮やかすぎる」

 

 内容はアヴァタラム事件後の聖王教会の動きだった。地上本部からの奇襲はミッド地上本部内、しかも一部の人間にしか知らされてない出来事のはずだった。

それにも関わらず、事件が終了するころには死傷者の緊急受け入れ体制が整っていたのだ。

また、なぜか情報が一部のメディアに流れてミッド地上本部が批判を受けた際にも、これまた予測していたかのように地上本部を助けて自分たちの支持率をあげている。

 

「考えてみるとアヴァタラム側の死傷者も少なかったんだよな」

 

 主要なアヴァタラムのメンバーで逃げきれないほどの怪我(死亡)をしたのは総帥だけ、あとは全員逃げおおせている。

これも不自然と言えば不自然なのだ。逃走ルートは未だによくわかっていないし、最初から逃げ道を確保していたと考えてみてもこちらの戦力で一人も確保できないというのは少しおかしい。

 

「教会が怪しい……?」

「可能性があるくらいだよ。全部が偶然でもおかしくないんだから」

 

 今の段階では気に留めておく、くらいか。どの世界でも勢力争いは当然のごとくあるのだろうから、教会がアヴァタラムに荷担していても不思議ではない。

なんにせよ心の片隅に置いておいて損はないだろう。

 

「教えてくれてありがとな、ユーノ」

「いや、こっちこそきてくれてありがとう」

 

 俺も久々に会いたかったから、と笑うと話はだんだんと今何をしているか、学校はどうなのかという話に移っていった。

 

 

 

「すっかり遅くなったなー」

 

 ユーノと別れた本局からの帰り道、育成課に忘れ物を取りに行くと、すっかり外は暗くなっていた。

明日も学校あるのになと思いながら転送ポートに向かっていると、何かの気配を感じた。

振り向くと、そこには白装束の何者かが数人いた。

 

「おまえらは……」

 

 全身が白装束で覆われた姿は見違えることはない。彼らはアヴァタラム事件で最後の最後にでてきた――。

 

「我らは管理局最高評議会親衛隊。まずは挨拶をしようか、石神剣介」

 

 正直な話、俺の中での親衛隊(こいつら)の印象は最悪だった。何の説明もなく命がけの作戦を無駄にさせられたといっても変わりないからだ。

 

「こんな夜更けに何のようですかね?」

 

 当然こちらの一言目はキツいものとなる。

 

「そう警戒しなくてもいい。我らは最高評議会の意向を伝えにきただけだ」

 

 彼らの目的は何なのか。値踏みするような目線を向けるがすぐに看破されたようだ。さて、意向とはどういうものなのか……。  

 

「では伝えよう。石神剣介、君には親衛隊に入隊する権利を与える」

 

 驚きはなかった。秘密とされているような部隊が接触してくるということはそういうことなのかもしれないと思っていたからだ。

 

「なんで俺を誘う?」

「我らは最高評議会の犬だ。犬の使命は主の指示を守ること、それ以外にはない」

 

 俺の疑問ははねのけられた。 

 

「とりつくしまもないか。まぁいいよ、ここで答えを返してやるさ。俺はお前等の部隊に行くつもりはない」

 

 きっぱりと言い放つと、白装束の一人がくぐもった笑いをあげた。

 

「まぁ良い。だが、種はまかせてもらおう。石神剣介、力が欲しければ此処へ来い」

 

 そういうと電話番号が書かれた一枚の紙が差し出された。そして次に顔をあげると彼らは消えていた。

 

「なんなんだいったい」

 

 呟きは暗闇に覆われたミッドに溶けて消えたのであった。

 

 

 

 翌日。学校に行こうとしたところで信じられない報告が届いた。

 

 ゼスト隊の壊滅である。

 




なんとか第二章開幕です。
投稿頻度は落ちるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

もし良ければ感想をいただけると嬉しいです。
嬉しいお言葉も批判も全て執筆意欲につながりますので、よろしくお願いいたします。

それでは、また次回もよろしくお願いいたします。

次回
冷たい雨


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第二十八話 冠婚葬祭って独特な雰囲気だよね

前回のあらすじ

最高評議会親衛隊にスカウトされました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白と黒が基調の葬儀場には冷たい雨が降っていた。

集まった人々は一様に暗い表情をしている。たぶん自分も同様だろう。

目の前には久々に集まった育成課一期メンバとグレアムさん、リーゼ姉妹がおり、同様に暗い表情をしていた。

黒いスーツを着こんだ姿はただでさえ暗い会場をさらに重苦しい空気に変えていた。

 

「久々の再開がこんな形とは……」

 

 ルーの言葉に反応するものは誰もいない。だが、その沈黙こそが全員が同じことを思っている証明でもあった。

 

「なんで……ゼストさん……クイントさん」

 

 顔を覆ったルカの手の隙間から涙が溢れていた。

それを見たアリアがルカにそっと寄り添い肩を抱いた。

 

 

 事の起こりは数日前、突然育成課にゼスト隊が壊滅したという一報が届いたのであった。

グレアムさんが各方面に確認をとったが、ゼスト隊が「何か」によって壊滅され、地上本部にゼストさんとメガーヌさんを除いた死体が送り届けられた事実しかわからなかった。

管理局職員として生活している以上ありえることだ。だが、それにしても突然すぎた。

事が事だけに大きな騒動となったが、まずは葬儀だけでも、ということで今日を迎えたのであった。

 

 そうこうしていると喪服に身をつつんだ男性がやってきた、ゲンヤさんだ。

いつもより疲れた顔をしている。

 

「おまえら、わざわざすまねぇな」

「ゲンヤさん……このたびは――」

「あぁ、まぁ俺は仕事柄こうなることは覚悟していたんだが|娘たち<あいつら>がな」

 

 苦々しい表情を浮かべたゲンヤさんが顎で指した先には、唇をかみしめて下を向いているギンガと、そのギンガに抱き着いて泣いているスバルの姿があった。

弔問客の中には、その姿を見て目を潤ませている者もいる。

 

 ナカジマ家と過ごした時間はそんなに長いわけではない。だがそれでも、ギンガとスバルがどれだけクイントさんを、母親を慕っていたのかは知っている。どれだけ大好きだったのかを知っている。そしてクイントさんがどれだけ娘達を愛していたかを知っている。そんな彼女達が、いきなり母親と離れ離れになったらどのように感じるか、それは想像に難くない。

その気持ちを思うだけで胸がつぶされるように痛んだ。

 

「見てられねぇよ……」

 

 そう呟くと、アルはどこかに向かったようだ。その目の端には涙が浮かんでいた。

 

「二人とも大丈夫か?」

 

 大丈夫なわけないだろう。そう自分に言いながら二人に近づいた。

 

「ケンスケ……ケンスケェェェ!!」

 

 スバルが抱き着いてきた。それを優しく抱き留めて、右肩にスバルの顔をあてるようにする。スバルはわんわんと泣きながら、お母さんがね……! お母さんがね……!と語りかけてきた。

 

「ギンガ」

「私は大丈夫です……」

 

 聞いているだけで胸が詰まるようなスバルの言葉に頷きながらギンガに問いかけるが、目を伏せたギンガはこちらに顔を向けることなく弱弱しい言葉を返した。

 

 ギンガのこの状態は良くない。こういうときに泣くのを我慢したくなる気持ちはわかる。しかし、ここで我慢してしまうと、これから先も泣けなくなってしまう。

泣くのは自分の気持ちをリセットするのにとても重要なアクションだ。気持ちの落としどころがなくなってしまう。

 

「…………」

 

 だが俺は、ここで泣いていいんだと言えなかった。拳を握りしめ、唇を噛みしめて母親がいなくなった事実に耐えているギンガに、部外者の俺がこれ以上何かを言うことはできなかった。

だから俺は――。

 

「何かあったらいつでも連絡してきていいから」

「……ありがとうございます」

 

 声をかけることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 一般車のクラクションより長めな独特のホーンが鳴り響き、クイントさんを乗せた霊柩車が去っていった。親族でもない俺らにとってはこれが最後の別れである。

それを見届けると弔問客は帰途についた。俺らも例外ではなかったが、なんとはなしにその場に立ち止まっていた。

 

「いっちゃったね……」

 

 ある程度気持ちに整理がついたのか、泣き止んだルカがつぶやいた。

俺らも一様に頷くと、誰かがこうつぶやいた。

 

「このままにしておけない。俺らも調べられないかな」

 

 それは元育成課の面々として正しい感情だったのだろう。事実、それを聞いた俺の心は揺さぶられた。クイントさんを、ゼスト隊を打ち破ったやつらを探し出して法の裁きにかけることは、自分たちを育ててくれた彼らに対する恩返しにもなる。

 

「そうだ……俺たちならやれる」

「クイントさんたちの敵討ちだ……!」

 

 唱えるようにつぶやかれ、大きく渦になろうとした瞬間だった。

 

「やめておいたほうがいいだろう」

 

グレアムさんの一言がつきささった。

 

「なんでですか!?」

「僕たちは育てて、助けてもらったんですよ!」

 

 初めに声をあげたのはアルだった。それに続いてルーも荒げた声をだす。それは当然の憤りと言えるだろう。

しかし俺も、そしてもう一人もこの事件解決の厳しさに気が付いてしまった。

 

「俺はグレアムさんの言う通りだと思う……」

 

 声をあげたのはティーダだった。育成課第一期のリーダーだった男だ。まとめ役だった男のまさかの反論に、なんでお前が……。とアルは力を失った声をだした。

 

 全員が黙ったのを確認した後、ティーダがグレアムさんをチラッと見た。頷くグレアムさんを確認し、彼は口を開いたのだった。

 

「今回の事件は俺らには手が負えないし、負うべきでもないんだ」

 

 それは至極単純な理由だった。育成課には大きく、重すぎる事件だということだ。

それを聞いた他の面々はアヴァタラムの事を引き合いにだしたが、あれは聖堂教会まで巻き込んだ綿密な根回しと、運、そして、それこそ地上部隊最強と謳われたゼスト隊が協力してくれたからできた事なのだ。

 

「アヴァタラムとの違いは、まず第一に殺された隊員のレベルが違いすぎる」

 

 アヴァタラムが襲った者の中にも武闘派と呼ばれる人はいたが、ゼスト隊の面々のような達人級はいなかった。

 

「第二に後ろ盾がない」

 

 今回の事件に関して、報道機関だけでなく、上層部も沈黙を守っていた。前回は、報道規制はされていたものの、上層部は血眼になってアヴァタラムの行方を追っていたし、各部隊もそれらの影響を受けていたが、今回は積極的な動きが感じられない。あのゼスト隊が壊滅したにもかかわらずだ。

 

「そして第三、俺たちはもう別の部隊に所属しているんだ」

 

 そう、既に俺たちのフィールドは各々違う場所になっていた。前のようにすぐに情報共有できるわけでも、身の安全を確保するために皆で固まるわけにもいかない。

 

「色々な側面から考えて、今回の事件は俺らが捜査するには荷が重すぎるんだ」

 

 ぐうの音も出ない正論を叩きつけられ、誰も何も言えない。前回は何事もうまくいきすぎただけであって、自分たちは精々一般局員なのである。

 

「ティーダ、状況判断力がかなり向上したようね。さすがだわ」

 

 アリアの言葉にティーダはありがとうございます、と言って引き下がった。だがそこに歓喜の色はない。あるのは自身の力不足さを嘆く力のない声だけだった。

状況判断が適切にでき、取捨選択できるからこそ、自身の力不足さを痛感させられるのだろう。

 

 俺にとってもそれは同じである。今回の事件、心情的には解決したい気持ちに溢れている。しかし現実的に俺が出来ることはあまりなかった。

どのような手を使ったか定かではないが、ゼスト隊を打ち倒すような敵をそう簡単に倒せるとは思えない。

個人的に動こうにも情報が少なすぎて何を調べてよいかわからなかった。

ギンガやスバルのことを考えると胸が痛むが、これは仕方のない事だと自分に言い聞かせた。

 

 こうして葬儀は終了した。皆、より重くなった足取りで日常に戻るのであった。




ゼスト隊が壊滅した時のお話です。
本編ではあまり語られなかった話が主人公視点で見るとどうなるか、というのをオタシミ頂けたら幸いです。

もし良ければ感想をいただけると嬉しいです。
嬉しいお言葉も批判も全て執筆意欲につながりますので、よろしくお願いいたします。

それでは、また次回もよろしくお願いいたします。

次回
とある冬の日


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第二十九話 大きなGなんて想像もしたくない

前回のあらすじ

クイントさんの葬儀が行われました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪が舞い散る銀世界のなか、高町なのはは任務を終えて帰途についていた。

教導隊に所属している彼女は他部隊の教導だけでなく、遊撃として様々な部隊に混ざって任務を手伝う事もある。

今日は異世界調査を目的として集まった武装隊の一員として任務を遂行していたのだった。

 

「なのは、お前ちょっと動きのキレが悪かったけど大丈夫か?」

 

 彼女に話しかけたのはヴィータだった。彼女はなのはが混ざった部隊に所属しており、友達という関係から部隊に円滑に混ざれるように手を尽くしていたのだ。

 

「大丈夫だよヴィータちゃん!」

 

 ヴィータの心配した言葉になのはは元気よく返した。たしかに最近あまり休めていないが、自分の上司であるジャンヌ(エース・オブ・エース)の仕事ぶりを見ている彼女にとって、この程度の疲れは問題ではないと言いたげな様子だった。

 

「まぁ、ならいいけどよ。無茶だけはすんなよ」

 

 なのはは、やれやれと言った感じで返事をするヴィータに、ありがとう。と微笑んだ。

 

 ヴィータが編隊に戻るように飛び去ったのを見届けてなのはは小さくため息をつき、自分のインテリジェントデバイスであるレイジングハートに声をかけた。

 

「この程度で疲れてるとか言えないもんね、レイジングハート」

〔Yes my master〕

 

 鼓舞するようなレイジングハートの声に力をもらったなのはは、あともう少し!と気合をいれて飛び立ったのだった。

 

 

 

 

 

 空気中の塵が少ない、冬ならではの透明度の高い空を見ながらあくびをかみ殺した。

黒板の前では、小学生がやるにしてはレベルの高い問題を先生が解説しており、他の生徒たちは熱心にノートをとっている。

ノートをとりながらも集中していない姿はどことなく浮いているのだろうが、元々高校生の人間に、いくらレベルが高いからと言って小学五年生レベルの問題をやらせても集中できないものは仕方ないと思っている。

 

 斜め前をみると、フェイトが懸命にノートに文字を書いていた……とはいっても、それは前で解説してる数式ではなく、執務官試験のための勉強だった。

マルチタスクによって両方の勉強していたのだろうが、試験勉強に集中しすぎたのだろう、数式を書くはずのノートが法律と行政に関わるワードで埋め尽くされていた。

苦笑しながら念話で伝えると慌てて次のページをめくって数式を書いていたが、また少しすると文字で埋め尽くされていく。

執務官試験が間近に迫っているので、フェイトも焦っているのだろう。

 

 執務官試験とは、その名の通り執務官になるための資格試験だ。

難易度は非常に高く、筆記、実技ともに合格率が15%を切るという、司法試験よりも合格率の低い試験だ。

晴れて執務官になると、所属部隊の法務だけでなく事件の捜査を担当することもある。

そして、だいたいの場合においてそれは執務官個人の仕事となる。

捜査に戦闘、はては事務作業まで全てを高いレベルでこなすことが求められる厳しい役職と言えるだろう。

それだけに合格者はかなり良い待遇と尊敬を集めることになる。

PT事件の際にクロノが天才と言われていたのは、彼があの年齢で執務官だったことも大いに関係しているだろう。

 

 そんなことを考えていると、ポケットに入れておいた携帯が震えた。

 

【ケンスケ、これって……】

【フェイトのところにも来たか。ということは、クロノあたりからの緊急だな。俺が詳細を確認して伝えるよ】

【了解】

 

 授業中に携帯のバイブレーションをオフにしている俺たちにとって、震えるのは緊急性の高い案件という印だった。

フェイトの携帯も震えたということは、十中八九俺ら二人に関わる案件だろう。俺は授業を抜け出して、中身を見ることにした。

 

 おなかが痛いと嘘をついて教室を出た後に携帯を見ると、そこにはクロノからのメールと着信が届いていた。メールを開こうとした瞬間、もう一度クロノからの着信があったので、いそいで電話に出た。

 

「もしもし、クロノか」

「繋がって良かった。落ち着いて聞いてくれ」

「なにがあったんだ?」

 

 やけに硬い声音のクロノから、何かただ事ではないことが起こったのだと予想した。そして先を促すと、予想もしていなかった言葉が飛び出した。

 

「なのはが落ちた」

「…………は?」

「もう一度言う、なのはが落ちた」

 

 世界が凍った気がした。クロノの言葉は意味が分からなかった。いや、意味はわかったのだが、脳が理解を拒否した。

 

「まてまてまて、何かの冗談だろう?」

「冗談でこんなことは言わない」

「待ってくれ!? どういう「落ち着けっ!」っつ……!」

 

 あまりに焦っていたのだろう、同じことを繰り返そうとする俺をクロノが一喝した。その大きな声に驚き冷静さを取り戻した俺に、深呼吸をしろ。とクロノが言った。

言われた通りに深呼吸をして冷静さを取り戻すふりをしたが、やはり冷静に話をきける状態ではなかった。それでも、幾分か話を聞ける状態になった俺に再度クロノが語り掛けた。

 

「少しは落ち着いたかい?」

「まだ落ち着けてないが、詳細をしりたい」

「それだけ言えれば十分だよ。異世界での捜査の帰りにアンノウンに襲撃され重傷をおった。今は本局で緊急手術を受けている」

「わかった。なのはの容体と、士郎さん達への連絡は?」

「容体は不明。命に関わる危険性もあるそうだ。ご家族への連絡はすませた。エイミィの手配で既にこちらに向かっている」

「了解。すぐ行く」

 

 まずい。まずい。まずい。頭に手をあてて考えるが、どう考えても事態は深刻を極めていた。

なのはを失う。俺の大切な一を失う。それだけはあってはならないと考えながら日々を過ごしていたはずだった。それなのにどうしてこうなったのか。そこまで考えて頭を振る。

いくら考えても疑問と後悔は残り続けるだろう。ならば、今やるべきことはなんなのか考えなければならない。

 

 まず第一、何が起きたのかわかっていないフェイトにこのことを伝える。

第二、なのはの元に向かう。なんとか意識が戻っていれば治癒の魔術で治るかもしれない。

フェイトには報告だけでいいだろう。何よりもなのはの元に向かうことを優先させなければならない。

そう考え、俺は窓から飛び出した。

 

 

 

 

 

 念話でフェイトに伝えた後、転送ポートにのって本局につき、本局内をかけぬけて病院にたどりついた。受付のお姉さんに事情を伝えて手術室を教えてもらうと、そこには高町家の皆とクロノ、エイミィさんにヴィータが沈痛な面持ちで立ちすくんでいた。

 

「はやかったね、学校は大丈夫だった?」

 

 息をきらして走りこんできた俺を一瞥したクロノが言うが、そんなことは後にどうにでもなることだ。

クロノの言葉を無視して状況を聞くと、先ほどと何も変わっていないという返事が返ってきた。

つまり、生命の危険すらある、危険な状態という事だった。

 

「なんでこんなことになったんだ……?」

 

 当然の疑問だが、それを知る人はいないだろう。だから、俺は独り言のつもりで呟いた。すると、近くで拳を震わせていたヴィータが、俺の目の前にやってきて土下座をしながら――

 

「ケンスケごめん、全部私のせいだ!」

 

と謝ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 雪の降りしきる異世界も、そろそろ終わりが近づこうとしていたころだった。遺跡のような建造物の上を飛んでいるなか「それ」は現れた。

 

――「それ」は音もなく現れた。

――「それ」は魔力探知をすりぬけた。

――「それ」は巨大な鎌で局員の一人を突き刺したのだった。

 

「ぎゃああああ!?」

「敵襲!敵襲ぅぅっ!!」

 

【なのは!】

【うん! 声の方に向かう!】

 

 敵が来たことを伝える絶叫を聞いたなのはとヴィータは、その声が聞こえる方に進路をとった。

 

「なかなか大きい……!」

 

 その方向に少し進むと、「それ」は見えてきた。銀色の形で多くの脚が生えている「それ」、アンノウンは表面が青白く光っていることと、大きく、黒い鎌があること以外には、雪によくカモフラージュされていた。

 

「くっそ、気持ち悪い外見しやがって……!」

 

 蜘蛛にも似た外見を見たヴィータはそう吐き捨てた。局員の血で赤く染まった鎌をふるい、アンノウンは近づいてくる。

 

「やらせない! レイジングハート!」

「いくぞ、グラーフアイゼン!」

 

 二人がデバイスを取り出した姿を見て、周りの局員は歓喜の声をあげた。同部隊に所属するヴィータの力はもちろんのこと、あの『若きホープ』高町なのはが圧倒的な力は誰でも知っているのだから当然の反応だろう。

 

だが、そのとき、別の場所で同じように敵襲の声が聞こえたのだった。

 

「ヴィータちゃん」

「わかった! こっちは任せる!」

 

 なのはの指示を聞くまでもないとヴィータは動き出した。お互いが戦況を理解しあえていなければ不可能だろうが、この二人はそれが可能なほどには経験を積んでいた。

 

 そして、迫ろうとするアンノウンになのはがレイジングハートをつきつけた。そこから一歩も動かさない、局員には手を出させない。という意味をこめて。

 

 アンノウンは鎌を振り上げて迫るが、なのはは距離をとりながら大きく避ける。

だが、局員達に被害を及ぼさないように距離をとりながら避けるなのはを見たアンノウンは、近くにいないものは用済みとばかりに局員に向けて鎌を振り上げた。

 

「くっ、ディバインシューター! シュート!!」

【皆さん逃げてください!】

 

 それを見たなのはは、なんとかこちらに意識を向けさせようと魔力弾を6個放つ。普通に敵であれば一発で昏倒しかねない威力を秘めた桃色の弾丸がアンノウンを襲った。だが、その魔力弾はアンノウンに当たる前に消えたのだった。

 

「嘘!?」

 

 これまでなのはの魔力弾は防がれたり弾かれたりすることはあった。

彼女にとって、魔力弾で攻撃することは相手の力を見極める術の一つでもあったのだ。

 

「アクセルシュート! アクセルシュート!!」

 

 だが、今回の相手はこれまでのどの相手とも違い、魔力弾を消したのだった。何かに阻まれたのかと思い何度か魔力弾を放つも、それらすべてが相手に当たる前に消え去ることでその可能性を打ち消す。

 

「わたしの魔法が通用しない……?」

 

 自分がこれまでに積み上げたものが通用しない。その最悪の可能性に思い当たったなのはは、余りの混乱に思考を放棄しかけた。

 

「うわぁぁぁ!!」

「助けて……助けてくれぇ!!」

 

 だが、そのとき、彼女に耳に絶叫が届いた。それはアンノウンに襲われた局員のものだった。その悲痛な叫びを聞いた彼女は

 

「諦めない! わたしの力を皆が必要としてくれているんだから!!」

 

 もう一度杖を握りなおしたのだった。

 

 なのはは深呼吸をした。既になのはとヴィータ以外の局員には撤退命令が出ており、避難を開始している。

アンノウンはなのはに向けて鎌を振り上げているのだが、彼女はそれを軽く避けながら、魔力弾が消える理由について考えていた。

 

「(防御でも弾くでもないのに相手に当たらず消える……何かでコーティングされているとか?)」

 

 表面が何かでコーティングされている可能性に思い当たったなのはは、落ちていた手のひら大の大きさの石を拾い、アンノウンの上から落とした。その石は、真上にいるなのはを捉えようと移動したアンノウンの鎌にあたり、霧散したのだった。

 

「(いま敵に近づいた石は消えずに壊された……それならコーティングの線は薄いのかな?)」

 

 敵の攻撃を避けながら次の一手を探すなのはに念話が届いたのは、そんなときだった。

 

【なのは聞こえるか!?】

【ヴィータちゃん! そっちは大丈夫?】

 

 聞こえてきたのはヴィータの声だった。彼女からも魔法攻撃が通じないという話を聞き、なのはも彼女の持っている情報を話した。

 

【くっそ、どうすりゃいいってんだよ。相手の攻撃は数人がかりでやっと防御できるってのに……!】

 

 悔し交じりのヴィータの言葉。それを聞いた瞬間、なのはは一つの疑問に思い当たった。

 

【待って、いま攻撃を防御したって言ったよね?】

【あぁそうだけど……あ!?】

 

 確認をとるためにもう一度聞くと、ヴィータもその疑問に思い当たったようだった。

 

【身体に近づくと魔法が消えるのなら、攻撃だって防御できないはず】

【それなのに防御できたってことは】

【【敵が攻撃してきた時は魔法が通る!!】】

 

 ヴィータと同じ答えにたどり着いたなのはは、念話を切ると地上に降りてアンノウンと向かい合った。

その距離はおよそ100m。離れた位置に降り立ったのには理由があった。

 

「レイジングハート、エクセリオンモード」

 

 なのはが呟くと、杖から薬莢が1つ飛び出した。持っていた杖は槍のような形状に姿を変える。

 

「カートリッジ・フルロード」

 

 今度は全ての薬莢が放出され、爆発的な魔力が辺りを包んだ。

掲げた杖の先端にはゆっくりと桃色の魔力光が集まり、収束する。

 

 アンノウンは、なのはに向けて格好の獲物と言わんばかりに鎌を振り上げた。当たれば命はないであろう鎌が小さな身体を貫かんとせまる。だが、そんな攻撃を前になのはは落ち着いていた。

 

「ジャンヌさんの攻撃はもっと速かった。鋭かった。この程度なら……間に合う! 受けてみて、これが私の全力全開!」

 

 鎌が身体まであと数mと迫ったところで、アンノウンに杖を向け、力の限り叫んだ。

 

「スターライト……ブレイカー!!」

 

 絶叫とともにレイジングハートから放出された魔力の閃光は、アンノウンの鎌を破壊し、身体を貫いたのだった。

 

「終わったぁぁ……」

 

 桃色の閃光に包まれてアンノウンは跡形もなく消え去った。それを確認した後、ふぅぅ……と息を吐き、なのはは膝に手をおいた。

 

 エクセリオンモード、それは彼女の持つデバイス、レイジングハートの出力リミッターを解除した最終形態だった。

爆発的出力により彼女の全能力を底上げする一方、身体的負担も大きい諸刃の剣だ。

加えてカートリッジを全て消費したスターライトブレイカーは、絶大なる威力を誇るものの、彼女とデバイス、双方の限界を超えた一撃だった。

身体的・精神的・魔力的、すべての意味で消耗しきった彼女には、少なくとも再度の戦闘は難しいだろう。

 

 肩で息をしながらヴィータに念話を繋ぐと、彼女の方も無事倒したところだったようだ。

それを聞いたなのははヴィータのところに向かった。

 

「ヴィータちゃん、良かった、無事だったんだね」

 

 動きの止まった黒い塊が目印となり、ヴィータの居場所はとても分かりやすかった。

一緒に戦ったであろう局員はもう周りにおらず、既に撤退した後なのだろう。

 

「当然だ、他の隊員も怪我人がいるから先に帰らせたけど、大したことはねぇ。報告はあたしがするから、なのはは休んでてくれ。その様子だと相当無茶したんだろうからな」

「にゃはは、ヴィータちゃんには気づかれちゃうね」

 

 まったく。と言った目で見るヴィータに、なのはは苦笑いをしながら返す。

ヴィータの言うことは全くその通りで、身体は鉛のように重く、節々はズキズキと痛んでおり、その場で倒れこみたいほどだった。

 

 休憩をしながら、なのはは黒い塊を見つめていた。

先ほどまで彼女と戦っていたアンノウンは消し去ってしまったが、こちらはまだ原型が残っている。

何か手掛かりがあるかもしれない。そう思ったなのはは、ヴィータが念話で他の隊員に報告をしているなか、アンノウンに近づいた。

黒く鉄のように固い外皮に鋭い鎌だが、魔法を消すような仕掛けは見られない。なぜ魔法が消えたのだろうかと考えたところで、ヴィータの叫ぶような声が聞こえた。

 

「なのは危ねぇ!!」

 

 危険を告げるヴィータの声になのはが振り向くと、倒したはずのアンノウンが動こうとしていた。

だが、なのはからはある程度離れており、十分に回避行動をとれる距離だった。

 

「大丈夫だよヴィータちゃ……えっ!?」

「なのは!?」

 

 それはスローモーションのようだった。なのはは回避のために空中に舞い上がろうとした、その証拠に、彼女の足元には羽が現れた。

しかし、その羽はすぐに消え、彼女は地面に倒れこむ。

アンノウンはその巨体をさらに赤黒く膨らませた。

なのはは倒れこんだ身体を動かそうとするが、蓄積された疲労とダメージは、彼女の身体を蝕み、動かすことを拒否したのだった。

 

「(ダメ、身体が動かない。助けて……けん君!)」

 

 それを見たヴィータが慌ててグラーフアイゼンを起動し、助けようとしたその数m手前で、なのはの幼い身体が爆発に巻き込まれたのだった。

 

 

 

 

 

「わたしが……わたしがしっかり倒しておけば……!」

 

 ヴィータは絞るような声を出しながら病院の廊下に頭をこすりつけていた。声が震えていることから泣いているのだろう。

 

「ヴィータ、顔を上げてくれ。ヴィータは何も悪くない」

 

 肩に手をあてて顔を上げるよう促すが、ヴィータは首を横に振るだけで、ごめんなさい。ごめんなさい。と言うだけだった。

 

 話を聞いたが、ヴィータが悪い点はなかった。敵を倒しきれないのは往々にしてよくある事で、なのはだってそれに対する対策などは指導を受けているはずだ。

実際に話を聞く限り回避行動をとれる場所にいたわけで、回避しきれなかったのはなのはの責任だろう。

疑問なのは、なぜなのはが避けられなかったかだ。羽が消えたというが、エクセリオンモードの弊害だろうか。

 

 なにはともあれ、まずはヴィータの顔をあげさせることが先決だ。病院の床で罪のない少女に土下座をさせるなどもってのほかだ。

どうするかなと考えたところで、はやてが到着し、ヴィータを抱きしめることで事なきをえたのだった。

 

 その一時間後に学校を早退してきたであろうフェイトが到着し、更に何時間もの時間がたち、なのはが病室に入ってからまる一日と少しが経過してから病室のドアが開いたのだった。

 

「先生! なのはは!」

 

 桃子さんがすがるように執刀医に聞くと、疲れた顔の彼は笑顔を返したのだった。




今回は補足説明があります。
アンノウンが利用していた魔法をかき消す能力ははAMFです。
本来であればなのはとヴィータの考察は間違っておりますが、
・AMFではかき消せない威力の攻撃(SLB)を撃てるなのは
・物理攻撃を持つヴィータ
だから勝てました。
ちなみに職員が盾で防いだというのも物理防御となります。
本来であれば魔法で防御強化した盾のためアンノウンの攻撃では破壊されますが、複数人でまとまって防いだため壊されなかったためヴィータが勘違いいたしました。

もし良ければ感想をいただけると嬉しいです。
嬉しいお言葉も批判も全て執筆意欲につながりますので、よろしくお願いいたします。

それでは、また次回もよろしくお願いいたします。

次回
リハビリ


この小説を読んでくださる全ての方にありったけの感謝を


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第三十話 リハビリの大変さは想像を絶するらしい

前回のあらすじ

なのはが落ちました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病室のドアを叩くと、それに応じる優しげな声が聞こえてドアが開かれた。

ドアを開けて現れたのは栗色の長髪でまだ若々しさの残る女性、高町桃子さんだった。

 

「けん君、お疲れ様」

「ありがとうございます。桃子さん」

 

 病室に入ると、病院らしく白を基調とした部屋の中央にはベッドがおかれ、そこにはなのはが寝ていた。手前側の壁には洗面台が備え付けられ、奥の窓の下には二人程かけられるソファーとテレビが置かれた小さな机がある。

ここは本局に併設している病院の個室だ。なのははアンノウンの爆発に巻き込まれた後この病院で手術をし、一命をとりとめて同じ病院で入院している。

 

「なのは、調子はどうだ?」

「うん、昨日より良くなったと思う」

「そりゃ良かった」

 

 着ていたコートを脱いでハンガーにかけながら問いかけると、弱弱しくなのはの声が聞こえてきた。

 

 なのはは、まだベッドから起き上がることができず寝たままである。医者の話によると傷が癒えれば起き上がる事はできるらしい。リハビリの度合いによっては走ったり投げたりなど、これまで通りの運動も可能になるとか。魔法についてはリンカーコアが損傷しており、これまで通り魔法が使えるかどうかは不明、子供の回復力に期待する他はないという話だ。

俺の『癒』の魔術で治療を行うという手も考えたが、リンカーコアの損傷に魔術は効かないし、なにより、魔力の流れがおかしくなっている今のなのはに魔術を取り込ませると、どう作用するかわからないということなのでやめておいた。

 

「じゃあけん君。あとはいつも通り……」

「あ、はい。桃子さんは先に帰っていてください」

「いつもごめんね、ありがとう……じゃあ、なのは、また明日ね」

「うん、ありがとうお母さん。また明日」

 

 俺が到着してコートを脱いだのとは入れ違いに、桃子さんはコートを着て帰り支度を始めていた。

最近のなのはの看病は、俺の授業と部隊が終わるまでは高町家の誰か(桃子さんが多い)が、終わったら面会終了時まで俺がいる、というのが基本的な流れになっている。

なぜ俺が最後なのかというと、士郎さんは店があるし、桃子さんは夕飯の準備などをしなければならず、恭也さんや美由希さんもそれぞれ忙しくしているから、帰り道で、なおかつ魔法世界に慣れている俺になったのだ。

グレアムさんに話してみたところ、いつもより早めに訓練を終わらせてくれるようにもなったし、時間的にも俺が一番空いているので当然と言えるだろう。

フェイト、はやて、ユーノも暇を見つけてはお見舞いに来てくれている。特にフェイトに至っては執務官試験が近いのにほとんど毎日来ようとするので頻度を減らしてもらったくらいだ。

 

「けん君は今日何があったの?」

「あぁ、今日は学校でな……」

 

 身体を上手く動かすことが出来ないなのはは、今日どのようなことがあったのかをよく聞いてきた。それに対してどういう風に面白い話を持ってくるか、というのが最近のブームみたいなものになっている。

 

「それで、俺がな言ってやったんだ」

「あはは、そんなことがあったんだ」

「そうな「高町さーん。そろそろ面会終了のお時間です」っと、もうこんな時間か」

 

 なのはと話していると時間は矢のように過ぎ去った。

 

「もう時間なんだ」

「また明日来るから、な」

「うん、ありがとう。実はね、怪我をしてちょっと嬉しいことがあるんだ」

「どういうことだ?」

 

 力のない声で、されど本当に嬉しそうに言うなのはに、俺は本気で疑問の声をあげた。これだけの怪我をしてうれしい事とはなんなのだろうか。

 

「怪我してなかったら、けん君とこんなにゆっくりお話しできなかったから」

 

 力のない笑顔を浮かべるなのはに、頭を撫でながらバカ言うな。と返した。そんな大怪我をして、良かったことが俺と話せることだなんてリスクに見合わなさすぎる。でも、少しだけ俺も笑っていたかもしれない。

 

「寒っ」

 

 病院から出て海鳴につくと、冷たい風が俺を襲った。着いた場所は家の敷地内なので数歩で家に着くが、すぐ家に帰ろうとは思えなかった。

今回のなのはの怪我に関して俺に責任はない。それはわかっているし、俺がどうやっても関与できない状態で起きた事なので、どうしようもないことだってわかっている。だが、それだけでは納得できなかった。もっと違う何かが出来たのではないか。もっと俺に力があれば、もしかしたら防ぐことが出来たのではないか。そんな事ばかりが頭に浮かぶのだった。

 

「くそっ、意味のない事ばっか頭に浮かんできやがる。やめだやめ!」

 

 すうっと息を吸ってほほを両手で叩き、暖かな光で照らされた家に帰るのだった。

 

 

 

 それから少し経った後、まだなのははベッドから起き上がれずにいた。

少しずつ身体の機能は回復してきているが、起き上がるにはもう少しと言ったところだろうか。

日に日に血色が戻りつつあるなのはに良き兆候を感じ取れるものの、まだ痛々しさの残る傷跡が怪我の大きさを物語っていた。

 

 その日は少し早めに訓練が終わった日だった。

いつも通りなのはのお見舞いに向かうと、病室の待合スペースにジャンヌさんと士郎さん、桃子さんがいた。

 

「ジャンヌさん、ご無沙汰してます」

「あぁ、石神二士、久しぶりだな」

「お久しぶりです。あれ、士郎さんと桃子さんも、お店は大丈夫なんですか?」

 

 士郎さんと桃子さん、2人ともいるのは珍しい。

 

「あぁ、今日はこちらのジャンヌさんが来るというのでね。話があるそうなのでお店はお休みしたんだ」

「なるほど、それで今日の朝は少しゆっくりめだったんですね……あ、それなら俺は席を外しましょうか」

「いや、君もいてくれて構わないよ」

 

 わかりました、と言って荷物を置いて席に座った

両親に話と言うからには俺がいては不都合になることもあるだろうと思ったが引き留められた。

俺に聞かれても構わない話と言うのであれば、遠慮なくいさせてもらおうと思う。

 

「それでは、改めて。高町士郎さん、高町桃子さん、この度は私の監督不行き届きにより大切なお嬢様を傷つけてしまい申し訳ございません」

 

 スッと姿勢を正したジャンヌさんは、そう言って頭を下げたのだった。

 

 実は、ジャンヌさんが二人に頭を下げるのは二回目だった。

一度目はあの事件が起きてすぐ、まだなのはの意識が戻っていなかった時だった。

その時は士郎さんと桃子さんも快く受けて入れていたが、なぜ二度目なのだろうか。

 

「ご厚情痛み入ります。ジャンヌさん、頭を上げてください」

 

 今回も士郎さんと桃子さんは快く受け入れた。

 

「こうして頭を下げて頂くのは二度目ですね、私共はあの時と変わりません。あの子が魔法の道を目指した時から、闘いの道を歩んだ時からこういう可能性も想像してました。例え何があったとしても、それはあの子と、それを容認した私共の責任です」

 

 士郎さんの顔は真剣だった。誰よりも命のやり取りをしてきた士郎さんだ、なのはが本格的に時空管理局に勤める前から覚悟を決めていたのだろう。

 

「それに、大変そうでしたけど、本当に楽しそうだったんです。ジャンヌさんの話もたくさん聞いておりますし、私達が貴方達を責めることはありません」

 

 桃子さんも真顔で、それでいて優しい声を投げかけた。

それを聞いたジャンヌさんは、再度頭を下げ、少し震えた声で、ありがとうございます。と言っていた。

 

「それで、本日はどんなご用件でしょうか」

「なのはさんの今後についてです。このような事件がありましたし、体調の事もあります。本人の意思も重要ですが、まずは保護者の方のご意見をお伺いしたく。前回はこのような話をするタイミングではなかったので改めてお会いさせていただきました」

「管理局の皆様としては、どのようにお考えなのでしょうか」

「現場への復帰を考えています。もちろん、お嬢様の体調、魔力が万全となってからになりますが」

 

 ジャンヌさんの話と言うのは、なのはの今後についてだった。命に関わる大怪我をしたのだ、本人が残りたいといっても親が止める可能性は大いにあるし、それが一般的だろう。

なのはと話をする前に、まずはその意思確認をしたいというものだった。

 士郎さんと桃子さんは頷きながら、少し目を閉じた。そして、

 

「あの子の意思に任せたいと思います」

 

 親としての意思をはっきりと紡いだ。

 

「先ほども申し上げましたが、私たちはあの子が魔法の道を目指したいと聞いた時から覚悟ができています。管理局に所属することの危険性については、当時、私達に話をしてくれたリンディさんからも聞き、了承しておりました」

「私達はあの子が大切です、何物にも代えられない宝です。今回のようなことが起きると心底胸が痛いです。ですが、あの子が本当にやりたいことの邪魔はしたくありません」

 

 士郎さん、桃子さんが話すのをジャンヌさんは黙って聞いていた。

そして、何度か頷いた後、

 

「わかりました。お二人ともありがとうございます。それでは……なのはさんの意思に任せたいと思います」

 

 と、覚悟を決めたように答えた。

 その答えに士郎さんと桃子さんは微笑みながら頷き、その後はこれまでのなのはの仕事ぶりを聞きながら、話し込んでいたのだった。

 

 

 

 そんな話合いから数十分後、俺とジャンヌさんは、なのはの病室前にいた。

 

「なのは、入るぞー」

「あ、けん君、はーい……あれ!? ジャンヌさん!」

 

 病室のドアをノックしながら声をかけると、中からなのはの声がした。

そうして入ると、ジャンヌさんがいることに目を丸くしながら驚くのだった。

 

「今日はどうしたんですか? それに、なんでけん君と二人で」

「急にすまない、少し君に話したいことがあってな。石神二士とはそこでたまたま出会っただけだ」

 

 なのはは、そうだったんですかー。と納得するが、まだ驚きは冷めてないようだった。

そんな二人を横目に、ジャンヌさん用のお茶を用意する。

勝手知ったるなのはの病室。ほぼ毎日来ているのだ、どこに何があるのか把握している。

 

「調子はどうだ?」

「前よりは全然良くなりました、まだ身体がうまく動かせないんですけれど……」

「そうか、焦らずゆっくり治していくといい」

「迷惑かけちゃってごめんなさい」

「迷惑などと思うな、君は君のペースで養生することだ」

 

 迷惑をかけたことを謝るなのはに気にするなと声をかけるジャンヌさん。

2人が普段から良い関係を築けていることが良くわかる。

 

「それで、何かお話があると言ってましたが、なんでしょうか」

「うん、君のこれからについて話そうと思う」

 

 少し緊張した空気が流れた。

俺は先ほど管理局側の意思を聞いたが、なのははまだ聞いていない。

もしかしたら、ここで管理局を辞めさせられることも想像しているのかもしれない。

 

「結論から言うと、私たちは、君にまた戻ってきたいと思ってる」

「――!」

 

 なのはは驚いた眼でジャンヌさんを見た。そこにあるのは喜び、戸惑い、そして、悲しみだった。

 

「いいん……ですか? 私、こんな大怪我しちゃったのに」

「えぇ、もちろん。当然、君の体調が万全な状態に戻ってからの話だけれど」

 

 そう言って微笑むジャンヌさんに、なのはの声が少し強張った。

 

「でも……実は、私の魔力はもう戻らないかもって……」

 

 なのはは、震えながら、絞り出すように言葉を紡いだ。

それは、彼女にとって、受け入れがたい、それでも確かに現実にある可能性だった。

 

「えぇ、それは聞いている。でも、それは君の意思ではないだろう?」

 

 ジャンヌさんはまっすぐに、きっぱりとした声で言った。

私はなのはの意思を聞いているのだと。現実の可能性ではない、なのはの意思を聞きたいのだと言った。

 

 それを聞いたなのはは、声を詰まらせながら、それでもジャンヌさんと同じようにまっすぐに。

 

「もどり……たいです。私は教導隊に、あの空にもう一度戻りたいです!」

 

 涙を浮かべながら、はっきりと口にした。

それを聞いたジャンヌさんは、目を閉じ、一つ息を吐いた。

 

「それでこそ高町なのは、だな。わかった、なら、私達もそのつもりで準備をしておこう」

 

 ジャンヌさんはそういうと、席を立った。

 

「もうお帰りですか?」

「えぇ、まだ仕事がたくさんあってね。石神二士、お茶をありがとう、美味しかった」

 

 荷物をまとめて、帰ろうとするジャンヌさん。

しかし、その手を止め、なのはの近くによって、手を取った。

 

「私の個人的な話だし、プレッシャーになるから言わないでおこうかと思ったんだが」

 

 と、前置きをした後。

 

「私は貴方を次世代の『エース・オブ・エース』だと思ってる、こんな怪我なんかに負けないで。期待している」

 

 そう言って、去っていった。

 

「良かったな、なのは」

 

 そう言って、なのはの頭を優しく撫でる。

なのはは嗚咽を漏らしながら、頷いた後。

 

「私、絶対に負けない。リハビリ頑張るね」

 

 闘志を燃やした瞳で、そう言い切るのだった。

 

 

 

「高町さん、あともう少し歩いてみましょうか」

「わかり……ました!」

 

 窓の奥では、なのはが手すりに捕まりながら歩いている。

ここは病院内にあるリハビリ施設だ。

捕まっている手すりは、なのはの背丈より少し低いくらいの位置にあり、10m程、横に伸びた形をしている。

両脇にあるそれに体重をできるだけ預けないようにしながら、なのははゆっくりと一歩一歩進んでいた。

 

 ジャンヌさんが来てから、なのはが自分の意思で空に戻ると決意した時から彼女は変わった。

食欲は戻り、寝たきりの状態ももどんどん回復し、少しずつだが身体が動くようになっていた。

 

 同時にリハビリも開始した。

はた目から見ているとだいぶ厳しい先生のように思えるが、それを上回るペースで努力するなのはを見ていると、人間の意志の強さがよくわかる。

 

「けん君、お疲れ様」

「あぁ、はやてか。お疲れ様」

「お疲れ様。なんやなんや、なのはちゃんに見とれすぎて気づくの遅れとるよー」

 

 いつのまにか横に立っていたはやてにからかわれた。

はいはい、と適当にかわして、はやての方に向いていた顔を再度なのはの方に向ける。

はやてはクスクスと笑いながら、同じようになのはを見るのだった。

 

「なのはちゃん、頑張っとるね」

「あぁ、毎日毎日よくやってると思う。実際、だいぶ歩けるようになってきた」

 

 リハビリルームに来た当初は歩くどころか立つことすらままならない状態だった。

それを考えると、手すりにできるだけ頼らず歩こうとするのは相当な努力の証だろう。

 

「わたしがリハビリした時の事思い出すなぁ。あの辛さを思い出すとなのはちゃんはほんまにすごい」

 

 はやてがポツリとつぶやく。

彼女は、闇の書事件のあと似たようなリハビリを経験していた。

そのため、お互いに気持ちがわかるようで、最近はよくリハビリあるあるを話し合っているようだ。

 

「俺からすると、その年であんなリハビリ経験してる2人には頭が下がる思いだよ」

「そんなことは……あるかも知れへんなぁ。けど、褒めても何も出ぇへんよ」

 

 得意げに笑うはやてを見ていると、こちらも元気になるようだ。

 

 そんなはやてと雑談をしていると、車いすに乗ったなのはが帰ってきた。

今日のリハビリが終わったようだ。

 

「あ、けん君にはやてちゃん、お疲れ様」

「お疲れ様、なのはちゃん、今日も大変だったみたいやね」

「うん、今日はちょっと疲れたかな。でも、毎日少しずつ治ってる実感があるから嬉しいんだ」

「うんうん、そういうの大事やよねー、わたしもそうだったから」

 

 2人が横並びで歩き、俺が後ろから車椅子を押して病室に戻った。

はやてはその後、30分ほどなのはと話し、帰っていくのだった。

 

「なのはちゃん、お大事に。ほな、また来るなー」

「なら、俺もそこまで送ってくる」

「うん、いつもありがとう。気を付けて帰ってね。けん君もいってらっしゃい」

 

 帰宅準備を整えるはやてを見て、俺も外に出る準備をした。

 

 病院の外に出ると、まだ肌寒い。少しずつ芽吹いてきた木々が、春の訪れを予感させるようだった。

 

「いつもありがとな」

「こちらこそ、いつも送ってくれておおきに」

 

 はやて、フェイト、ヴィータ、ユーノはほとんど毎日入れ替わりで誰かがお見舞いに来てくれる。

みんな忙しいにも関わらず、本当にありがたいことだ。

 

 歩いていると、少し会話が止まった。

はやてはいつも話しかけてくれるのだが、どうしたのだろうか。

 

「はやて、どうかしたのか?」

「あんな、けん君……けん君は最近休めてる?」

 

 はやては少し言いづらそうにしながら質問をしてきた。

 

「あぁ、毎日病院に来てるからってことか? 心配ありが――」

「ちゃうよ」

「はやて?」

「私が言ってるのはそういうことじゃないんよ、最近寝てへんやろ?」

「はやて、なんで――」

 

 図星だった。

なのはが倒れてから、俺はなぜそれが起きたのかをずっと探っていた。

現場で何が起きたのか、どんな敵だったのか、どんな状況だったのか。

ほとんど情報が公開されていないため断片的な情報をかき集めるだけでも大変で、気が付くと空が白み始めていることもしょっちゅうだった。

 

「ヴィータもな、ほっとくとずっと調べたり鍛えたりしとるんよ。それは皆や私が止められるから平気なんやけど……。

 それで、けん君の事が気になってシグナムやザフィーラにそれとなく見ていてもらったんや」

 

 話を聞いてみると、普段早朝からランニングをしているシグナムやザフィーラに、ルートを変えて高町家の前を通ってもらったようだ。

ほとんど毎日俺の部屋の明かりがついているため、心配になったとのことだった。

 

「心配なのはわかるんやけど、無理しないで欲しいんよ。けん君が倒れたりしたら、なのはちゃんもフェイトちゃんも……私も悲しむよ」

「……ありがとう。でも約束は難しいな」

「けん君……」

「でも、出来るだけ善処する。実を言うと、情報がほとんどなくてお手上げなんだ」

 

 心配そうなはやてに向かって、肩をすくめておどけてみた。

 

 実際、あの事件の情報はほとんど集まっていなかった。

俺の権限で見れる情報はほとんどなく、限界が見え始めていたのだった。

 

「心配ありがとな、はやて」

「そら友達やもん、心配するわー、心配させたついでに美味しいお菓子でもご馳走してもらおうかなー」

「もちろん、なんなりと」

 

 頭をぽんぽんと叩き感謝を述べると、ようやく安心したように冗談を返してくれるのだった。

そうして、いつもの場所まではやてを送り、迎えに来たシャマルと帰るのを見送るのだった。

 

 はやてと別れて病室に帰ってくると、何か音がしていた。

この音には聞き覚えがある。なのはがこっそりとトレーニングしているのだろう。

こっそりと扉を開けると、なのはがダンベルを持ち、上半身を鍛えていた。

やれやれ、何回言えばいいのだろうか。

 

「なのは、やりすぎだ」

「け、けん君!? ごめんなさい……」

 

 裏手で扉をノックしながら呼びかけると、髪がびくっと揺れたあと、悪いことが見つかった犬のような顔でこちらを振り向いた。

 

「頑張るのは悪い事じゃないけど、オーバーワークは身体に毒だぞ」

「分かってはいるんだけれど……」

「けれど、じゃない。この前フェイトにも言われただろ?」

 

 ばつが悪そうに言い訳するなのはの言葉を遮ってお説教をする。

実は、このように陰でオーバーワークをしているなのはを咎めるのはしょっちゅうだった。

頻繁にお見舞いに来る人ならば、だいたいは見つけて止めているはずだ。

 

 なのはの手からリハビリ道具を取り上げて所定の位置に戻す。

こうも続くと部屋にはトレーニング用品を置かない方がいいのだろうか……いや、そうすると身近な何かを使ってトレーニングしかねない。そっちの方が危険だ。

 

「だいたい、なんでそんな復帰を急ぐ? お医者さんだって、予想を上回るペースだって言ってくれてるじゃないか」

 

 問いかけると、なのはは下を向いて俯いた。

リハビリは医者の想像を超えるペースで進んでいるのに、なぜなのだろうか。

 

「皆に置いていかれてる気がして……」

「なんだ、そんなこ――」

「そんなことじゃないよ!」

 

 叫んだなのはに驚いて振り向くと、なのは自身も自分の声に驚いたようで目を見開いていた。

その目にはみるみる涙が溜まっていき、そのまま大粒の珠となって頬を濡らした。

 

「なのは、ごめん」

「うんうん、けん君は悪くないよ、私こそ――」

「いや、俺が悪い。気持ちを汲めない言い方で悪かった」

 

 近寄って、抱きしめながら背中を撫でる。

なのはに悪いことをした。いくら強く見えたってまだ子供、こんな大怪我をしたらメンタルが不安定になるのは当然だ。

魔法が本当に戻ってくれるのかという不安もある、本当に自分が歩けるようになるのかという不安もある。

小学生がこんな負担を味わって焦るなという方が無理があった。

 

「フェイトちゃんが執務官試験に合格して」

「うん」

「はやてちゃんもキャリア試験を目指そうとしていて」

「うん」

「ユーノ君も無限書庫で頑張ってて」

「うん」

「私、みんなに置いて行かれちゃうって。魔法が使えなくなったら一人ぼっちになっちゃうって」

「うん」

「そんなことないのに、でも、そんなことばっかり考えちゃって」

「うん」

 

 泣きじゃくりながら、嗚咽を交えながらの言葉だった。怪我をした時から今まで、ずっと溜めてきたんだろう。弱音を吐かないなのはが見せる、珍しい姿だ。

俺が思うに、なのはが強い自分でいられるのは魔法が使えるからだ。

魔法が使えるから、皆のためになれるから頑張れる、どこまでも強くあれる。それが高町なのはだった。

逆に、魔法が使えないとみんなが自分から離れていってしまう、無力な自分には価値がない。そんな風に考えてもいるようだ。

これは士郎さんが入院していた時に皆がなのはの世話をできず、一人で留守番をしていたことが起因となっているのかもしれない。

なのはにとっての拠り所、それが魔法なのだろう。

 

 ひとしきり言い終えたのか、ごめんと言いながら服をギュッと握ってきた。

入院当初と比べると力が戻ってきたようだが、まだまだ弱い。それが自分でも分かるからなおさら焦るのだろう。

 

「なのは、焦らないで大丈夫だから。フェイトも、はやても、ユーノも、皆、なのはを置いていったりしない」

「うん……」

「俺も置いていかない。なのはが治るまで傍にいるし、治ってもできるだけ寄り添う」

「うん……」

「だから無理しないで、皆、君の事を大切に思ってるから」

「ありがとう…」

 

 肩に熱く湿った感触が広がる。出来るだけ言葉を選んだつもりだが伝わっただろうか。

 

 この小さな身体が背負った重荷に胸がつぶれる思いがする。

同時に、この子をこんな気持ちにさせた奴らに対する想いが改めて心を支配した。

絶対に許さない。どんな手を使ってでも探り当ててやる。

決意を新たにしながら、なのはの背中を撫でるのだった。

 

 

 

 それから数か月後、ついに、なのはは退院した。

既に日常生活は問題なく出来る程度まで回復し、魔力も奇跡的に回復した。

まだリハビリは必要だが、教導隊にも顔を出し、職務復帰の準備に勤しんでいるようだ。

 

 俺もなのはが退院したことで通常業務に戻り、これまでの遅れを取り戻すために夜中まで働くことも増えてきた。

今日もそんなこんなで帰途についたのは夜22時を回っていた。

出来るだけ早く帰るべく、人通りの少ない道を歩いていると、複数の気配を感じた。

いつでも襲える状況なのに出てこないところを見ると敵意は無いようだ。

ならつけているだけ? それも奇妙な話だ。

俺は立ち止まり、警告もかねて虚空に向かって話しかけた

 

「あなた方は誰ですか?」

「さすがはグレアムの教え子、優秀だな」

「お前たちは……!」

 

 何もない闇から現れたのは白装束に囲まれた、顔も性別もわからない者たち。最高評議会親衛隊だ。

とっさに警戒態勢をとるが、敵意は無いと言われたため、最低限の警戒のみとする。

 

「要件はなんだ。俺からお前らに話すことは何もないんだが」

「我らも嫌われたものだ。まぁ良い、再度君を誘いに来た。親衛隊に入隊する権利を与えよう」

「前も断ったはずだが?」

 

 以前もそうだが、くぐもった声からは性別も年代もわからない、何かで加工されているようだ。

そんな疑わしい奴らの要件は再度のお誘いだった。

俺の返事は当然Noなのだが、その前になぜ再度誘ってきたのかを訪ねた。

すると、奴らはくぐもった声で笑い声をあげた。

 

「何がおかしい?」

「断り切れると思う君が、さ」

「逆に聞きたい。なぜ俺がお前たちの隊に入ると思った?」

 

 要領を得ない奴らの嘲笑に多少苛立ちが混ざると、奴らは更におかしそうに言った。

なぜ奴らはこれほどまでに自信満々なのだろうか。

そう思ってストレートに聞くと、彼らは自信たっぷりに答えた。

 

「君の大事な人が怪我した理由が分かるかもしれない、からさ」

「お前ら――!」

 

 まさかの返答に頭が沸騰した。問い詰めようとバビロンを展開するが、その瞬間、奴らはその場から消えていた。

 

「その先はここに来てから話すことにしよう」

 

 虚空から声が聞こえ、彼らがいた場所には紙が落ちていた。

紙には住所とパスワードが書かれていた、ここに来いということだろう。

俺は紙を手にしたまま、その場に立ち尽くすのだった。

 

 

 

一週間後、俺はとある会議室の扉を開いた。

会議室には誰もいなかったが、部屋に入ると勝手に施錠され、壁にパスワード入力画面が映し出された。

その画面をタッチし、紙に書いてあったパスワードを打ち込むと、少しの時を置いて白装束の男が現れた。

 

「よく来た、石神剣介。意外と早かったな。ここに来たということは、そういうことでいいんだな?」

「うるさい。お前らの言うとおりだ、お前らの隊に加入してやる」

 

 こうして、最高評議会親衛隊への加入が決まったのだった。




今回は原作改変があります。
フェイトは執務官試験に一回で合格しています。
原作ではフェイトはなのはのお見舞いに奔走した結果、執務官試験を2回落ちていますが。この世界ではお見舞い頻度が減った結果、執務官試験に2回目で合格しています。

もし良ければ感想をいただけると嬉しいです。
嬉しいお言葉も批判も全て執筆意欲につながりますので、よろしくお願いいたします。

それでは、また次回もよろしくお願いいたします。

次回
親衛隊


この小説を読んでくださる全ての方にありったけの感謝を


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第三十一話 フィクションの親衛隊ってだいたい敵

前回のあらすじ

最高評議会親衛隊に入りました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「石神二士、本日の書類はこちらです」

「ありがとうございます。そちらに置いて頂けますか」

 

 初老の男性から今日やるべき書類を受け取った。紙束は薄く、内容も濃くなさそうだ、適当にやっても定時までには十分終わるだろう。

 

 俺はいま、地上本部内のとある書庫にいた。

書庫と言っても無限書庫のような立派なものではない。大人の背丈くらいの書庫が3列とすぐ近くに3席の机が置かれた殺風景な部屋だ。

ミッドで一番高い地上本部内にあるだけに、窓からの見晴らしがとても良く晴れた日は気持ちよい光景が広がるのが利点だろうか。

ここはミッド地上本部第四資料室。ほとんど人も来ず、誰がいるのかもあまり知られていないようなマイナーな場所だ。

常駐しているのは暇さえあれば居眠りしている局員と、腰の低い初老の男性、そして俺の3人だけだ。

仕事内容も書庫の整理程度しかなく、遊んでいても毎日定時に終わる、そんな部署だった。

 

 最高評議会親衛隊に入ると決めた後、すぐにこの部署に異動となった。

この異動はとてもスムーズに進み、入隊の返事をしてから一週間程度で地上本部へ異動となり、そのまま流れるようにこの書庫に配属された。

書庫が地上本部内に存在しているため、俺の肩書は地上本部の部隊所属となり、経歴だけ見ると栄転となるようだった。

グレアムさんも急な話に多少戸惑っていはいたが、異動自体はよくある話らしくてあまり疑問を抱かず、俺の意思を確認すると快く送り出してくれた。

ここら辺はさすが最高評議会、話が通るとなるとあっという間だった。

 

「では、私は今日はここらへんで」

「えぇ、お疲れ様でした」

 

 午後の早い時間に初老の男性は帰宅していった。

ここの人たちは良くも悪くも人に干渉をしない。誰でもできる仕事を最低限こなしていれば、何時に来て、何時に帰ろうが、何処にいようが自由である。

ある意味、最高の職場と言えるだろう。

 

「俺もトレーニング施設に行ってきます…と、聞いちゃいないか」

 

 寝ている局員からいびきで許可を取り、トレーニング施設に向かう。

かく言う俺も、しょっちゅう部屋を抜け出してはトレーニング施設に入り浸っていた。

ロッテやアリアといった達人とトレーニングが出来ないのはマイナス点だが、トレーニング時間は間違いなく以前より増えただろう。

 

 入ってみると、最高評議会親衛隊は『特別』な部隊だった。

まず、最高評議会親衛隊なんて名前の部隊はどこにも存在しないため、適当な部隊に配属され、任務の際に呼び出される。

呼び出される人や数は毎回ランダムとなっており、任務によって適当に割り振られているようだ。

 

 また、個人の権限も通常のそれとはかなり異なる。

本来であれば俺の階級(二士)は権限的に一番低い階級と同等であり、閲覧できる情報や入れる施設はかなり制限されている。

しかし、今は閲覧できる情報のみ幹部並みの権限が付与されていた。

そのため、これまでは見れなかった情報もだいぶ集めることができている。

この部隊は、性質上、特殊な任務を請け負うことが多く、概要把握のためだけでも機密情報を閲覧することになるからだろう。

おかげで、なのはが堕ちた事件に関しても一般局員では触れることすら叶わない情報を集められるようになった。

とはいえ、親衛隊としての『仕事』は調べごとが多い。万一にも失敗できない仕事ばかりなので十全の調査とトレーニングが要求されているのだが。

 

「さて、今日は何を行うかな」

 

 独り言を呟きながら端末を操作する。必要なトレーニングは上から指示されており、それに従って入力をしていく。

先ほども言ったようにトレーニングはかなりの量、質となっており、こなすだけでも一苦労となる。

おかげで業務中の暇な時間はそちらに割り当てることが多くなり、事件の調査は業務時間外に行っているのが現状だ。

 

「ふぅ、今日もいい汗かいた。そろそろ戻るか」

 

 トレーニングを終えてシャワーを浴びる頃には定時に近くなっていた。

多少疲れが溜まりながらも、初夏の涼やかな風が火照った身体を冷ましていく。

さっぱりとした気分に少し浮き立ちながら帰っていると、後ろから声をかけられた。

 

「あれ、ケンスケ、久しぶり」

「フェイト、久しぶり。今日はミッドに来てたのか」

 

 振り返ると長い金髪をツインテールにまとめ、春の日差しのように柔らかな笑顔のフェイトがいた。

彼女がミッドに来てるとは珍しい。

 

「うん、執務官の仕事でミッドに来ているんだ。剣介は今日は地上本部にいるんだ、育成課の仕事?」

「そういえば伝えていなかった、実は異動して地上本部にいるんだ」

「そうだったんだ、知らなかった」

「まだ異動してきたばかりでさ、フェイトとは学校で会う機会も少なくて伝えられてなかった」

 

 異動したことを知ってフェイトはビックリしているようだった。

実は、フェイトとこうして話すのは久しぶりだった。

執務官となってからの彼女はかなり忙しく、学校に来れる日数もかなり少なくなっているからだ。

来れたとしても授業が終わったらすぐに帰ってしまう日が続いており、忙しすぎやしないかと心配になってしまう。

 

「どう、最近は忙しい?」

「変わらずかな。少し前に案件がひと段落したら、また別の案件が入ったんだ」

 

 少し大変そうに、それでいて嬉しそうな表情のフェイトはやる気十分のようだ。

忙しそうだが肌つやはいいし、眼の下にクマがある様子もない。

髪もいつも通り綺麗なので寝る時間は確保できているのだろう。

 

「やる気に溢れてるようでなにより、無理すんなよ」

「うん、ありがとう。ケンスケも無理しないでね」

 

 じゃあ、と言って手を振ってフェイトと別れた。

部屋に向かうまでの足取りが軽い。フェイトの元気に俺もやる気を貰えたようだ。

もう一セットトレーニングしようかな、そんなことを思いながら部屋に帰るのだった。

 

 

 

「さて、本日も良く集まってくれた」

 

 天井は高く、先が見えない、薄暗い部屋は数m先に誰がいるのか分からないくらいだ。部屋の中にはラベンダー色のような明かりが灯り、光の球が部屋中をゆっくりと飛んでおり、近くを通ったときのみ、全身にまとった白い衣服が光を反射して照らされる。

見る人が見れば幻想的な光景なのだろうか。俺には照らされる服が街灯にとまった蛾のような気味悪さを感じる。

そんな薄気味悪い部屋には白装束に身を包んだ人が数人おり、かく言う俺も同じ衣装を身にまとった薄気味悪い連中の一人としてそこにいた。

 

「君たちに集まってもらったのは他でもない、以前より伝えていたミッションを決行する」

 

 俺たちの前で話しているのは同じ白装束の誰かだ。

そいつの前には画面が投影され、ミッションの内容とターゲット、詳細な作戦内容が書かれていた。

 

「もう分かっていると思うが、ターゲットは彼だ」

 

 言葉とともに、ターゲットの顔写真と全身のホログラフィックが映し出される。

歩き方や話し方、口癖なども再現されており、ここでターゲットの特徴を叩き込まれるのだ。

 

「彼は管理内外問わず麻薬を売り捌いている販売組織、そのNo.3だ。

 だが、最近は優秀な管理局員の手によってだいぶ追い詰められてきているようだな」

 

 男が手元端末を操作すると画面が切り替わり、彼の行動範囲、履歴がグラフとなって表示される。

たしかに、時を追うごとに範囲が限定的になっていた。管理局員の捜査によって少しずつ彼のアジトが潰されてきているようだ。

 

「だが、彼が『逮捕』されると少々困る。まったく、優秀すぎるというのも考えすぎだな」

 

 くぐもった笑い声が方々からあがった。

不快な感情が沸き起こるが、息をつくことでそれを鎮める。

 

 彼が画面をスワイプしていくと画像が出てきた。

そこには麻薬組織の顧客リストが映し出されており、大部分がブラックアウトされているが、ちらほらと読める部分もある。

書かれていたのは時空管理局の局員だった。それも部隊長クラスの名前が書かれている。

なるほど、彼が逮捕されてしまい、顧客リストの一部が出まわろうものなら大事になるな。

 

「そこで、我々の出番だ。君たちのミッションは彼の『始末』だ。

 優秀な管理局員に先を越されるな、具体的な作戦は既に伝えたとおりだ。以上」

 

 そういうと、男はその場から消え去った。

 

 やはりここはそういう組織だったか……。少しだけ後悔の念がちらつくが、既に賽は投げられている、ここで引くわけにはいかなかった。

 

「何をしている、行くぞ」

「あぁ、すまない」

 

 頭によぎった後悔の念を振り払い、作戦を開始するのであった。

 

 

 

 

 

---

 

「さて、今日は彼の初陣だったわけだが、どうだったかな?」

「期待通りの活躍だ、とどめを刺したのは彼だったようだな」

「報告によるとターゲットの心臓だけが潰されていたとか。何をしたのかはわからないが面白い存在だ」

 

 薄暗い部屋に3人の話し声が響いた。しかし、その部屋に『人』の姿はなかった。

声が発せられていたのはその部屋にある脳髄からだった。

部屋には大きなガラスのポットが3本立っており、ポットの中は黄色の溶液が満たされていた。

それぞれのポットには人間の脳が1つずつ収められており、声もそこから発せられていた。

 

 彼らは最高評議会と呼ばれていた。

旧暦の時代に世界の平定に尽力し、時空管理局の設立に多大なる貢献をした者たち。

肉体を捨ててなお、脳髄となって生きる者、それが彼らだった。

 

「しかし、やつも先走ったものだ」

「まったくだ。まだ動くには早いと伝えていたものを」

「とはいえ、我々の考えた技術、あれが有用であることが証明されたな」

 

 部屋中に笑い声がこだました。

上機嫌な彼らはまた話し始める。

 

「さて、期待の新人に話を戻そう、彼をどう見る?」

「歳の割に世の中を知っている、が、故に御しやすい。」

「しかし、危うい。彼の行動原理からいっても、長く使えるタイプではないな」

「その時はその時。使えるだけ使えばよい、そのための我らだ」

「ふっ、その通りだな、彼には相応の負荷をかけよう、これで倒れるようであればその程度の器」

「逆に、これに耐えられれば抑止力となりえる……か」

「その通り、そのためにも頑張ってもらわねば。管理世界の平和のために」

「「あぁ、管理世界の平和のために」」

 

 




お久しぶりです。
今回から本格的に親衛隊編に入ってきます。
シリアスな展開ばかりになりますが、楽しんで頂けると嬉しいです。


もし良ければ感想をいただけると嬉しいです。
嬉しいお言葉も批判も全て執筆意欲につながりますので、よろしくお願いいたします。

それでは、また次回もよろしくお願いいたします。

次回
任務


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