零これ (LWD)
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設定・第零式魔導艦隊

今後新しい設定が決まったら内容をさらに追加していきます。

※一部ネタバレを含みます。


〜第零式魔導艦隊 編成内訳〜

 

 

 

・魔導戦艦(3隻所属)

 

 

◇エクス(本名:コールブランド)

 

第零式魔導艦隊の旗艦にして本作の主人公。ミリシアル海軍の最新鋭魔導戦艦、『ミスリル』級の2番艦。責任感が強く、真面目で努力家な女の子。

横須賀鎮守府の提督『梶ヶ谷 真理恵』が発動した魔法が失敗した影響で異世界に召喚される。

グラ・バルカス海軍により仲間もろ共撃沈された事が原因で、二度と同じ悲劇を起こすまいと己の練度を上げていく。その頑張り振りは、最早執念とでも言うべきレベルである。また、同艦隊では魚雷にトラウマを抱いている唯一の艦娘。

最初に出会った清霜や、教官役の金剛と特に仲良くなる。

 

武装:霊式38.1cm3連装砲×2基6門、アクタイオン25mm連装魔光砲×26基52門、3連装副砲×1基3門

 

 

◇カリバー(本名:クラレント)

 

『ミスリル』級魔導戦艦の3番艦。主人公エクスの妹。誰とでも仲良くなれる明るい性格の少女で、面倒見も良い。但し、シスコン。実の姉たちは呼び捨てにする。

グラ・バルカス海軍の奇襲攻撃で撃沈された後、バリアントと共に舞鶴鎮守府に保護される。同じシスコンという事で、比叡とは姉の良さを自慢し合う間柄に。

彼女が姉のエクスに再会できるのはいつの日になるだろうか…。

 

 

◇バリアント(本名:ガラティーン)

 

『ミスリル』級の前級にして準同型艦、『ゴールド』級魔導戦艦の2番艦。カリバーからは『バリ姉』と呼ばれている。

泣き虫だが心優しい性格で同じ艦隊の子たちから慕われている。エクス、カリバーよりも年上だが、背が低く年下として見られている(その為かエクスは彼女を呼び捨てにしてしまう)。

本来ならエクス、カリバーの姉であるミスリルの所属と同時に第零式魔導艦隊から離れる事になっていたが、諸事情によりミスリルが長期間のドック入りになった事から同艦隊への所属期間が延長された。その結果彼女は沈み、ミスリルが生き残る事になる。撃沈された後はカリバーと共に舞鶴鎮守府に保護される。

榛名、霧島と仲が良く、よく一緒に書類仕事をする。

 

 

 

・重巡洋装甲艦(2隻所属。後に航空巡洋艦となる)

 

 

 

◇シルバー(本名:ロンゴミアンド)

 

ミリシアル海軍最新鋭の重巡洋装甲艦、『シルバー』級の1番艦。雰囲気も口調もまさにお嬢様。ヴァイオレットとの関係は姉妹と言うより仲の良い親友だが、必要な時は彼女の一歩前に出る。

瑞雲教徒で日向を師匠と呼ぶ。彼女と出会った事が、航空巡洋艦改装の切っ掛けと言っても過言では無い。

 

 

◇ヴァイオレット

 

重巡洋装甲艦、『シルバー』級の2番艦。雰囲気、口調共に姉のシルバーと同じ。姉の事は親友として認識している。姉同様瑞雲教徒となり、日向をお師匠様と呼ぶ。

何故か艤装内に魔光呪発式空気圧縮放射エンジンの設計書が入っていた。

 

 

 

・魔砲船(3隻所属。後に軽巡洋艦となる。艦名の由来はアーサー王伝説に登場する湖の乙女の名前から)

 

 

◇ヴィヴィアン

 

ミリシアル海軍最新鋭魔砲船、『ヴィヴィアン』級の1番艦。青髪セミロングが特徴のボクっ娘。愛称は『ヴィヴィー』。

教官役の川内により、彼女に勝るとも劣らぬ夜戦バカと化した。

妹たちと共に佐世保鎮守府に保護され、既に実戦投入されている。

 

 

◇エレイン

 

『ヴィヴィアン』級魔砲船の2番艦。糸目と金髪が特徴の少女。ヴィヴィアンを『ヴィヴィー姉様』と呼ぶ。

教官役の神通の地獄のような特訓を受けた事で、日本勢も含めた軽巡の中でも戦闘能力が高くなる。

糸目は主に戦闘時や怒った時に半開きになる。姉同様、既に実戦投入されている。

 

 

◇ニニアン

 

『ヴィヴィアン』級魔砲船の3番艦。サイドアップした若草色の髪が特徴の少女。愛称は『ニニ』。

歌う事が大好きで、アイドルの素質を見抜いた那珂から訓練(レッスン)を受けてアイドルデビューを果たした。姉同様、既に実戦配備済み。因みに普段の口調は固い。

 

 

 

・小型艦(8隻所属。この名前自体は特定の艦種ではない。後にフィジーによって新たに魔導駆逐艦という艦種が設けられた)

 

 

◇マーリン

 

『マーリン』級1番艦。エクスを人一倍慕っている。現在は行方不明だが、後にある鎮守府に保護される。

 

 

◇ランスロ

 

『マーリン』級2番艦。真っ直ぐな性格で曲がった事が嫌い。好きな先輩はエレイン。

現在行方不明。

 

 

◇ネヴィア

 

『マーリン』級3番艦。姉妹ではランスロと特に仲が良い。

現在行方不明。

 

 

◇パーシー

 

『マーリン』級4番艦。現在行方不明。

 

 

◇リスタン

 

『マーリン』級5番艦。現在行方不明。

 

 

◇リフレット

 

『マーリン』級6番艦。現在行方不明。

 

 

◇ロミー

 

『マーリン』級7番艦。 現在行方不明。

 

 

◇フィジー

 

本作のもう1人の主人公。

『マーリン』級の8番艦。小型艦の中では一番末っ子。茶髪を左右で三つ編みにしている。明るく元気な性格。自分と親しい駆逐艦は『しぐしぐ』、『まいまい』等と呼ぶ。

『梶ヶ谷 海良』により召喚された唯一の艦娘。エクスたちより1ヶ月ほど早く異世界にやって来た。

艦娘になってから魚雷がとても好きになり、魚雷を大量に消費してしまう事も多い(なくなるたびに海良に魚雷をねだる)。教官役はハイパーズ(大井、北上)。

ルームメイトになった舞風、時雨と親友になる。また、彼女たちを通じて白露姉妹、西村艦隊、第4駆逐隊、そして一航戦とも良好な関係を築く。但し、ながも…長門は苦手。



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プロローグ

一部修正しています。


異世界 神聖ミリシアル帝国 西側群島

 

うっそうと緑に包まれた島々と青い海、その上空に広がる雲ひとつない青い空。

それを見ればなんと長閑な風景だと誰もが思ったことだろう………ほんの数時間前までなら。

 

現在は数百にも及ぶ軍用機が群島上空を乱舞し、周辺を航行中の十数隻の船に向かって、爆弾を雨のごとく降らせ、眼下の海に炎の花を咲かせていた。

爆炎から逃れようと、ある船は必死になって回避しようとし、またある船は敵機を撃ち落そうと対空砲で弾幕を張る。だが敵航空機の猛攻は凄まじく、彼女たちは次第にその数を減らしていった。

今まさに、世界最強と謳われたとある艦隊が終焉を迎えようとしていた。

 

その艦隊の名は『第零式魔導艦隊』。

 

日本が「召喚」された異世界において、最大の国力を持つ神聖ミリシアル帝国。

その国が保有する艦隊の一つである。

他の主力艦隊と比べると数こそ少ないものの、最新鋭の艦艇で構成されており、また練度も高いため、同数ならば世界最強の艦隊として認識されている。

また最新鋭艦で構成されていることから、内外に自国の強さをアピールする宣伝役も担っている。

ミリシアルの海軍軍人にとって、この艦隊に配属されることはまさに憧れであった。

 

その艦隊の中でも一際存在感の大きい2隻の巨艦。その2隻は敵機の攻撃で傷つきながらも、反撃の手を決して緩めなかった。

その内の片方の艦のブリッジから、まるで幽霊のように体の透けた一人の少女が、急降下してくる爆撃機を忌々しそうに見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――日本と同じ転移国家であるグラ・バルカス帝国の海軍艦隊が、突如演習中の私たちに奇襲を仕掛けてきた。

先日グラ・バルカスの使節団が、ミリシアルが議長国を務める先進11ヶ国会議にて、会議に参加した各国使節団に対し自国の配下になる旨を要求してきたことは既に本国から伝えられていた。

グラ・バルカス側は実力行使を仄めかすような発言をしており、不測の事態に備えて予め準備を済ませていた私たちは、すぐさま戦闘態勢に移行できた。

 

最初に現れた戦艦2隻を含む水上打撃艦隊との戦闘では、戦艦1隻を含む3隻を撃沈、多数を損傷させて撃退し辛うじて勝利したが、次に現れた約200もの航空機との戦闘で一気に劣勢に立たされた。

各艦にハリネズミのごとく設置された対空魔光砲が敵編隊に向けて弾幕を張るものの、近接信管に相当する機能を持たない魔力弾では有効打を与えられず、虚しく敵機の横を掠めていくだけであり、投下された爆弾に次々と被弾していった。

 

私、第零式魔導艦隊旗艦、魔導戦艦「エクス」もまた、接近してくる急降下爆撃機を撃ち落さんと対空魔光砲を撃ち続けるが、ほんの数機しか撃ち落とせず、投下された爆弾が直撃し爆炎に包まれた。

 

(ぐっ…………!!)

 

爆弾が直撃した衝撃と艦を包む炎の熱さが痛みとなって私を襲う。

そのあまりの激痛に歯を食いしばりながら、私は艦隊司令アルテマが部下から被害報告を受けているところを見る。

 

「くそっ、どこに被弾した!?報告しろ!」

 

「船体後部に被弾!火災発生!」

 

「後部副砲、後部対空魔光砲損傷!使用不能です!」

 

「火災箇所の消火作業と負傷者の応急処置を急げ!」

 

司令官の指示で報告員たちはすぐさま艦橋を出ていく。私は痛みに耐えながらも艦の後ろを見て、その凄惨な光景に絶句する。

 

(…………!!)

 

爆弾が直撃した部分にあったはずの構造物は原型を留めることなく破壊され、被弾により発生した火災が全壊したそれらを焼き尽くしていた。

その中には人間だったものも含まれているように見えるは気のせいだと信じたい。

艦橋内を乗組員の怒号や爆音、そして敵機のプロペラが発する嫌な音が支配する。

周辺の艦を見ると無事な船は1隻もいなかった。

自分と同様の攻撃を受け、火に包まれる随伴艦たち。

 

(カリバー、そっちは無事か!?)

 

私はその中でも最も大きい艦である魔導戦艦「カリバー」の船魂にそう叫んだ。

先の水上艦隊との艦隊戦で、謎の攻撃を受けて沈んだ準同型艦の「バリアント」や、自身の姉妹艦である「カリバー」とは、この艦隊に配備されてからよく一緒におり、私にとって親友というべき存在である。

 

(…無事って言える状態ではないわね。さすがに沈むほどのダメージではないけど、結構な被害よ…)

 

少ししてから返答があった。

どうやら彼女も痛みで返答したくてもできなかったようである。

返答を聞いて私は一度安堵したが、彼女以外の艦を見てすぐに苦虫をかみつぶしたような表情になる。

たしかに戦艦である彼女が沈む心配はなさそうだが、他の艦はそうはいかなかった。

既に魔砲船や小型艦(この世界では軽巡や駆逐艦に相当する艦)数隻が、被弾による弾薬庫への誘爆などが原因で轟沈しており、重巡洋装甲艦も何発もの爆弾を受けて船体がボロボロとなり、次に攻撃を食らえばあっさりと沈んでしまいそうだ。

戦艦が航空機で沈むことはないだろうが、このままでは自分とカリバー以外は全滅してしまう。

 

(…くそ!!)

 

(…エクス?)

 

私が急に声を張り上げたことに、カリバーは何事かという意味を込めて私の名を言う。

 

(馬鹿だ私は……文明圏外の蛮国と思い込んで敵を侮っていた。そのせいで、こんな悲惨な結果を招いてしまった…。どんな相手でも油断しないように徹底すべきだった!私のせいで、みんなが!)

 

(エクス、落ち着いて!私たちはただの船魂。私たちが何を思い、何をしたって現実には何にも影響を与えられない存在なの。だから、あなたのせいではないのよ)

 

(分かってる!分かってるけど…、それでも何もできない自分を責めずにはいられないんだ…!私は…旗艦なのに…!)

 

(エクス……)

 

声を張り上げながら自分を責め続ける私に、カリバーはただ悲しそうな声を出すことしかできなかった。

だが、私たちの会話はここで強制的に中断された。

 

「低空より敵機が接近中!数82!」

 

「何!?多すぎる!急いで迎撃しろ!」

 

「了解!!」

 

戦艦「エクス」の電測員が魔力探知レーダーを見て悲鳴のような声を上げて報告する。

報告を受けた司令官アルテマは即座に指示を飛ばす。

 

(低空を飛んでいる?一体何をする気だ!?……カリバー!)

 

(えぇ、こっちも探知したわ。今迎撃準備しているところよ)

 

私とカリバーは、今だ顕在な対空魔光砲を低空から侵入してくる敵編隊に向ける。

各砲塔に魔力が注入され、砲口が赤く光り出す。

 

私は接近中の敵機を見ながら考察する。

あの低空から侵入してくる敵機はこちらに何をしてくるのだろうか?

爆撃を行うなら先ほどのように高空から急降下すれば良い、わざわざ超低空からこちらに肉薄して爆弾を落とすメリットはない。

だとしたら爆撃以外の攻撃を仕掛けてきていると考えるべきだろう。

 

(じゃあ、それは何なんだ?)

 

船魂である自分がいくら考えたところで、それを司令官や乗組員たちに伝えることはできない。

しかしそれでも私は考える。

そうしないと今度は自分の姉妹まで失いそうな気がしてしまうから。

 

2隻の戦艦が一斉に赤い弾幕を張る。

しかし、なかなか当たらず、敵編隊は徐々に私たちとの距離を詰めてくる。

ある程度接近されたところで、敵機が機体にぶら下げている爆弾らしき兵器を海に投下するのを見る。

それらは私たちのよく知る爆弾よりも大きく、細長い形状をしている。

自分の乗組員やカリバーはその行為を攻撃を途中で諦め、爆弾を投棄して離脱したと思っているようだが、私はその爆弾らしき兵器が投下されたポイントから航跡がいくつも伸びていることに気づいた。

 

(……!?あれはバリアントを沈めた攻撃!!)

 

先の海戦で撃沈されたバリアントと同じ攻撃を受けていると理解した私は、カリバーにもこのことを伝える。

 

(カリバー!私たちに向かって伸びている航跡が分かるか!?)

 

(え…?……な、何あれ!?)

 

カリバーも私の言葉を受け、謎の航跡が自分たちに向かって来ているのを見て驚愕する。

 

(バリアントを沈めた攻撃と全く同じ攻撃だ!あれはおそらく艦の喫水下部分を破壊し、甚大な浸水を引き起こすことを目的としているんだ!通常の爆弾よりも大きいように見えたから、威力も相当高いだろう…。カリバー、避けるんだ!あれには絶対に当たってはダメだ!)

 

私はカリバーにそう叫ぶが、船魂である自分たちでは結局どうすることもできない。

乗組員が気づくのを待つしかないのだが、私はいつまでも気づかない彼らに苛立ち、大声で叫んだ。

 

(何をしているんだみんな!!あれが見えないのか!?あいつらは逃げたんじゃない!攻撃したから退避したんだ!)

 

「臆病風にでも吹かれたのか?」

 

(違う!……お願い、早く気付いて…!)

 

私の叫びが彼らに聞こえることはないのは分かっている。

でも、このままでは全員バリアントと同じ目に遭ってしまう。

 

「…!?何だ、あれは!?」

 

私の叫びが通じたのか、ようやく見張り員の一人が海中の異変に気づき、通信魔法で報告する。

しかし、この時点で謎の航跡は私たちのかなり近くまで接近しており、どう足掻いても被弾は避けられなかった。

 

「かわせ!!」

 

「ダメです、近すぎます!確実に何発かは被弾してしまいます!!」

 

「くそっ、仕方ない!全魔力を左舷装甲の強化に回せ!」

 

「了解!魔素展開!装甲強化!!」

 

私の船体が青い光に包まれていく。

魔力が注入された装甲は、更に強度が増す。

これでどれだけ耐えられるか分からないが、後は私自身があの攻撃に耐えるしかないのだ。

 

「装甲強化、完了しました!着弾まで残り10秒!!」

 

「総員、衝撃に備え!!」

 

司令官アルテマの指示で、乗組員は全員何かに掴まる。

私たちはただ、自分たちの無事を神に祈るしかなかった。

 

……だが神様が私たちに微笑むことはなかった。

 

次の瞬間、私の船体に7本の巨大な水柱が上がる。

すさまじい衝撃が強烈な激痛となって私を襲った。

 

(がぁ………っ!!)

 

先ほどとは比べものにならないほどの痛みを受け私は倒れる。

今の攻撃で私は自身の船体にいくつもの大穴が開き、大量の海水が艦内になだれ込んでくるのを感じる。

それを感じたとき、…自分はもう助からないと悟った。

 

「そ、そんな!こんな事が…!最新鋭戦艦が航空機ごときにやられるとは…!!」

 

頭から血を流しながら、司令官アルテマは今まで信じていた常識が覆されたことに愕然とする。

艦長はすぐに総員退艦命令を出し、呆然としている司令官にも退艦を促す。

 

(み、みんなは……?カリバーは……?)

 

姉妹や仲間の安否が気がかりだった。

私は絶え間なく続く激痛で意識が飛びそうになりながらもなんとか立ち上がり、周りを見渡す。

先ほどの攻撃で血を流し、倒れたまま動かない乗組員が大勢目に入る。

艦橋だけではなく、艦内全てがすでに地獄と化しているのを感じた。

 

外を見ようとふらつく足取りで窓に近づく。

その間も艦が左に大きく傾いていく。

私が浮いていられるのもあとわずかだろう…。

 

(でも…せめてカリバーや…他の艦の無事を確認するまでは……沈みたくない。もう少しだけもってくれ…)

 

なんとか窓際まで到着した私は、カリバーたちがいるであろう方向を見て目を見開く。

 

(あ……そ…んな……)

 

広がっていた光景は……この世の終わりだった。

私の目には船体が前後に割れ、貪欲な海に無情にもその巨体を取り込まれていくカリバーの姿が映っていた。

巡洋艦以下の娘たちも船体の一部が海に顔を出しているような状態であり、徐々に海へと飲み込まれていった。

あまりの衝撃に、言葉も出ない。

 

(カ…カリバー、…みんな……、き…聞こえていたら…返事……してくれ…)

 

私は震える声で彼女らに呼び掛けたが、……誰ひとりとして答えるものはいなかった。

 

「全滅」。

その言葉が私の脳裏を横切る。

そう、文字通り私たち第零式魔導艦隊は、………全滅した。

 

世界最強と謳われた艦隊の旗艦を務めることを誇りに思うとともに、不安を抱いていた私をずっと支えてくれた仲間たちは……もうこの世にはいない…。

みんな沈んでしまった。

 

それを理解した瞬間、視界がぼやけた。

目から涙が溢れ出てきて、頬を伝う。

とうとう立っているのも限界になり、その場に倒れる。

自分はただの魂のはずなのに、床がとても冷たく感じた。

 

(うっ……うあぁぁ……)

 

私は薄れゆく意識の中で泣きながら、船魂でしかないが故に何もできない自分の無力さを嘆くことしかできなかった。

 

(私は旗艦なのに、この船そのものなのに、…乗組員が死んでいく姿を…仲間が沈んでいく姿を……ただ見ていることしかできない…。せめてこの声が届けば、…違った未来があったかもしれない…)

 

(…みんな…何もできなくて……ごめんね…)

 

今にも転覆しそうになるほど船体が傾いたところで、艦内のカートリッジ型爆裂魔法回路が衝撃により大爆発した。

船体は真っ二つに引き裂かれ、海は砕けた巨艦を容赦なく引きずり込んでいく。

私がいる艦橋にも海水が押し寄せてきて、あっという間に水没した。

 

完全に意識が途切れようとする直前、私は願った。

 

(…もし…もし生まれ変われるなら……今度こそ…みんなを…守りたい……な……)

 

 

魔導戦艦「エクス」の船魂はそこで意識を完全に手放し、司令や艦長、逃げ遅れた乗組員と共に暗い海の底へと消えていった。

 

この日、世界最強と謳われた神聖ミリシアル帝国『第零式魔導艦隊』は、この世から消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――だが、エクスの最後の願いは、彼女が存在する世界とはまた別の世界で、意外な形で叶えられることになる。

 

それが日本国を「召喚」した神の仕業なのかどうかは、定かではない。

 

To be continued...



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第1章:邂逅編
召喚


日本国 横須賀鎮守府

 

ここは、第零式魔導艦隊が撃沈された世界に召喚された日本とは、また別の世界に存在する日本国。

その国の横須賀と呼ばれるこの地は、海軍の街として有名である。

幕末の黒船来航の地としても知られ、明治維新以降は国防の要所として大きく発展した。

昭和初期は大日本帝国海軍の一大拠点となり、戦後も米海軍と海上自衛隊が駐留するなど、軍港都市としての歴史は途絶えることなく続いており、それは現在でも変わらない。

 

だが、本来なら港の大半を占有しているはずの米海軍の軍艦や海上自衛隊の護衛艦などは数えきれる程度しか停泊していなかった。

訓練などで港を離れているわけではない。

約1年前、元々横須賀を定係港としていた艦船の大半が、暗い海の底から這い上がってきたと言われている”ある脅威”との大規模海戦で、ことごとく海の藻屑となったからである。

 

その脅威に唯一対抗可能なある存在が、米海軍や海自に代わってここ横須賀鎮守府を拠点として活動を始めたのは、ほんの2、3ヶ月前である。

本来なら他の大規模鎮守府と同様に早い段階で稼働する予定だったが、”ある脅威”が横須賀に対して大規模な空爆を実行。

それにより大きな被害を受けた横須賀は、復興にかなりの時間がかかってしまい、結果他の鎮守府より稼働が大幅に遅れてしまった。

他の沿岸都市が似たような攻撃を何度も受けている中、復興中に再び”ある脅威”から攻撃を受けなかったのは運が良かったと言えよう。

 

予定が大幅に遅れはしたが、その遅れを取り戻すかのごとく”彼女たち”は奮闘。

東京湾や相模湾、駿河湾から完全に”ある脅威”を駆逐、そして伊豆諸島御蔵島より北の周辺海域までの制海権、制空権を確保した。

今だに数が少ないにも関わらず、それだけのことをわずか1、2ヶ月でやってのけ、首都周辺の守りを固めることができた”彼女たち”はまさに精鋭と呼ばれるべき存在であった。

 

……だが”彼女たち”も予想できなかっただろう。

異世界から訪問者が現れたことなど…。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府の建造ドックで、白い軍服を身に着けた一人の女性が何やら作業を行っていた。

肩の階級章を見ると階級は少将。

海軍の中でもかなり位の高い人物であることが分かり、彼女がおそらくこの鎮守府の最高責任者であろう。

 

その女性は「大型艦建造専用ドック」と書かれたプレートが付いた巨大な建造ドックのいたるところに、何やら巨大かつ奇妙な模様を白チョークで描いていた。

それを見た者は、誰もが「魔法陣」と判断するだろう。

実際彼女が描いていた奇妙な模様は、紛れもない魔法陣であった。

魔法陣はドック中央の巨大な機械仕掛けの箱を中心に描かれていた。

 

「~~~♪」

 

軍服姿の女性が口笛を吹きながら魔法陣を描いている様子は、なんともシュールな光景である。

そこに近づく人影が一つ。

 

「……アンタ何やってるのよ」

 

怪訝な顔で近づいてきた少女が女性に話しかけた。

声をかけられた女性は魔法陣を描く手を止めずに、少女の方に顔を向けた。

 

「?何って、見ればわかるでしょ?魔法陣よ、魔法陣」

 

「そんな事聞いているんじゃないわよ!」

 

「何言ってんのコイツ?」みたいな表情で返答してきた女性に、銀髪サイドテールの少女、駆逐艦「霞」はその返答と表情にイラッとしたのか、その勝ち気な目つきをさらにきつくし、声を荒げた。

 

「そんな怒鳴ることないじゃな~い。」

 

「ちゃんと質問に答えないからでしょ!?」

 

「も~、カルシウムを取らないから、そんなふうにすぐ怒っちゃうのよ。

 

……ほらカスミン、煮干し食べる?」

 

そう言って女性……提督は自分のすぐ横にある煮干しの入った袋を持ち、霞の前に出した。

 

「いらないわよ!あとカスミン言うな!」

 

霞は先ほどよりも語気を強くして言いながら、差し出された煮干し入りの袋を手ではたいた。

「素直じゃない子ね」そう言って提督は片手で袋に入った煮干しを1匹取り出して口にくわえながら、魔法陣を描き続ける。

霞はまた怒鳴りそうになるのを抑え、少し落ち着いてから再び口を開いた。

 

「あたしが聞いてるのは何のためにこんな大きくて変な模様を描いているのかってことよ」

 

「変なとは失敬な……大和ゲットのためよ」

 

「はぁ?」

 

提督の返答に意味が分からないと言うような表情になる霞に対し、提督はさらに詳しく説明する。

 

「大和とか武蔵とか、あと大鳳といった特定の艦娘は通常の建造では入手不可能ってのが分かったじゃない?」

 

「まあ…そうね。だから大型艦建造用ドックが作られたわけだし」

 

「で、その大型艦建造には資材を大量に消費する必要があるわけよ?」

 

「そう……ってちょっと待ちなさい!大和さんを建造するのにどれだけ資材をつぎ込んだの!?」

 

ドックの資材投入口の横にあるランプは赤から緑色に点灯しており、既に大量の資材が投入された後であることを示していた。

資材を大量に消費すると聞いた霞は、それを見て顔を青くしながら声を張り上げる。

そんな霞とは対照的に、提督は先ほどと変わらぬ様子で淡々と質問に答える。

 

「え~と、燃料4000、弾薬6000、鋼材6000、ボーキが3000…だったかな?」

 

「だったかな?じゃないわよ!このクズ!」

 

それを聞いて霞は再び怒りを露わにする。

 

「まだ、この鎮守府は稼働して数ヶ月しか経ってないから、所属艦娘が少ないのよ!大本営からの支給だって深海棲艦の影響で十分じゃないし、遠征に向かう娘も人数が少ないから資材はまだまだやりくりしていかなきゃいけないってのに!」

 

「だからこそ!今から私が行う魔法が必要ってわけよ、カスミン」

 

「だからカスミン言うな!とにかく、秘書艦として資材が大量に消費するような事は許すわけにはいかないわ!今回は諦めなさいよ!」

 

「嫌だ~~、大和ほしいんだもん!」

 

「我が儘言うな!」

 

「ね~お願いよカスミン。今この鎮守府で戦艦は金剛しかいないのよ~。彼女だけだとこれから先大変だろうし、せめてもう一隻、戦艦がいてくれれば助かるじゃない?そしてできれば大和のような強力な戦艦がいてくれれば尚いいと思うじゃない?」

 

「…っ。そ、それは…」

 

霞が言葉に詰まったところで、提督はさらに追撃する。

 

「それに、他の鎮守府で大和が出ちゃったら二度と出てこないんだよ?あなただって大和に会いたいでしょう?」

 

「そ…それはそうだけど…。絶対に大和さんが出るって保証もないでしょう?」

 

「確かにね。他の鎮守府でも成功率は限りなく低いって聞いたわ。だからこれからこの魔法を行いながら建造を行うのよ」

 

「…どんな魔法なのよ?」

 

「簡単に言えば特定の事象が起きる確率を大きく上げることができる魔法よ。具体的に説明すると日が暮れるから省くけど…」

 

「……本当にたった1回で成功するの?」

 

秘書艦としては資材に余裕のない状態での大型艦建造は避けたい。

だけど大和と再会したいという思いもまた、霞にはあった。

提督は人懐っこい笑顔を葛藤している彼女に向けて返答する。

 

「100%ではないけど、限りなくそれに近くなるわ」

 

「………」

 

「大丈夫よ。こう見えて私、優秀な魔導師だから!」

 

提督は片手を胸に当て、どや顔で言う。

霞は腕を組みたっぷり30秒ほど考え込んでから、ゆっくりと口を開いた。

 

「…はぁ…分かったわよ。ただし1回だけよ?」

 

「もちろん、ありがとね!」

 

「あと、もうひとつ!」

 

「?」

 

「終わったらちゃんと掃除して、模様はきれいに消しなさいよ!」

 

霞は自分と提督の周りの魔法陣を指さしながらそう言った。

 

「もちろん分かってるわよ、ちゃんと後片付けはするから」

 

こちらに背中を向けて空いた片手をひらひらさせながら答える提督に、霞はため息を吐いた。

 

「分かってるのかしら?はぁ~、こいつの自由奔放ぶりには付いていけないわよ…。これじゃ秘書艦なんてこいつの母親役みたいじゃない…。誰か変わってくれないかしら…?」

 

彼女のその言葉に答える者は誰もいなかった。

 

「あ!カスミンも手伝ってね!そこにチョークと図面があるから」

 

提督は彼女に顔を向け、チョークと魔法陣の完成図が描かれた図面の入った箱を指さしながら言った。

 

「ふざけんな!なんで私が「手伝ってくれたらご褒美あげるわよ?」…ほら、さっさと終わらせるわよ!どこやればいいの!?」

 

相変わらず口調自体はきついが、ご褒美と聞いて若干嬉しそうな雰囲気を纏って、霞は即座に箱に入っているチョークと図面を取る。

 

(まだまだ子供ね)

 

口に出すとまた怒鳴られるので、提督は頭の中でその様子を見た感想を漏らした後、作業に集中した。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「よし、これで完成ね!」

 

数十分後、魔法陣を描き終えた提督は煮干し入りの袋とチョークを持って立ち上がる。

 

「そっちも終わったの?」

 

「ちょうど今ね。…みんなも手伝ってくれてありがとー!」

 

「…?……なっ!?あんた妖精たちにも手伝わせてたの!?」

 

提督がドック全体に響き渡るように大声でそう言うと、ドックのいたるところから数十人?の妖精たちが出てきて、提督と霞のところに集まってきた。

 

「さっきまでいなかったような気がするけど、いつの間に…」

 

「カスミンがやって来る前からずっといたわよ、この子たち?」

 

「存在を悟らせないとか、こいつら相変わらず不思議ね…。まぁ、人間から見れば私たち艦娘も摩訶不思議な存在でしょうけど…」

 

「わたしだって人間だけど魔導師だから、普通の人間よりは不思議な存在でしょうね~。……あぁ、ごめんごめん。ご褒美が欲しいんだよね?ちょっと待ってて~」

 

頑張ったんだからご褒美を早く頂戴とでも言うかのように、妖精たちは提督の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねる。

魔法陣を描くのを手伝ったらご褒美をあげる、そう約束していた提督は右ポケットに入ったあるものを取り出し、彼女たちの前に差し出す。

 

「はい、煮干し!1人1匹ずつね!……ってあれ?みんなどうしたの、そんな可愛い顔を怖くしちゃって~?」

 

提督が取り出したのは煮干しだった。それも袋などに入っていないむき出しのものを妖精たちに差し出そうとしたのだ。

当然ながら妖精たちは怒り出し、一斉に提督に飛び掛かってその小さな手でポカポカと叩く。

 

「きゃあ!痛い痛い!ごめんってば!冗談よ、冗談!」

 

「この子たちにそんな冗談が通じるわけないでしょ?しかもまたポッケに食べ物突っ込んで……あれほどやめなさいと言ったのに、毎回洗濯するあたしの身にもなりなさいよね」

 

その様子を見て霞は呆れと怒りの混ざった声で言う。

 

「分かった分かった…ほらごめんって…こっちが本当のご褒美よ」

 

そう言って提督は左ポケットに入っていた券を取り出して1人1枚ずつ配り始めた。

その券には『居酒屋鳳翔無料券』と書かれている。

受け取った妖精たちは先ほどの怒りが嘘のようになくなり、飛び跳ねながら大喜びする。

 

「それ……滅多に手に入らないやつじゃない」

 

「そうよ。本当なら舞鶴鎮守府の間宮や、佐世保鎮守府の伊良湖が経営している店の無料券を手に入れたかったのだけど、入手が非常に困難でね。だからウチの鳳翔が経営している居酒屋の無料券を持っていたからあげるわ」

 

妖精たちに無料券を配り終えると、次に霞の方を向いて残り1枚の無料券を彼女に差し出した。

 

「ほら、カスミン。あなたの分よ」

 

「あ…ありがと」

 

霞は小さい声でお礼を言いながら無料券を受け取り、わぁっと声を上げ、顔を若干緩ませた。

 

「…ん?何よ?」

 

こちらを見て目を見開いている提督に気づき、霞は怪訝な表情を浮かべた。

 

「か……」

 

「か?」

 

「カスミンが私にお礼を言っただと!?」

 

「さっさと始めなさい!このクズ!」

 

わざとらしく驚きながらものすごく失礼な事を言ってきた提督に、霞は目を吊り上げて怒鳴った。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「じゃあ、カスミンは離れて見ててね。妖精さん達ー!準備してー!」

 

提督の掛け声とともに妖精たちは一斉に散らばり、各々配置についた。

提督は魔法陣の端に移動し、しゃがんで手のひらを付ける。

数人の妖精がドックに備え付けられた操作パネルの前に立ち、必要な情報を入力していく。

ドック中央の重厚な扉が付いた巨大な箱のような機械に投入した資材が送り込まれる。

他の妖精たちは高速建造材をその機械に向けて構える。

パネルを操作していた妖精の一人が、提督に準備完了の合図を送る。

 

「よし!始めて!」

 

それを見た提督の指示を受け、妖精が操作パネルの『建造開始』と書かれたボタンを押した。

同時に提督が何やら詠唱らしきものを唱え始め、自身の体内にある魔力を魔法陣に送る。

すると魔法陣全体が光り出し、ドック全体を幻想的な青で染めていく。

 

「わぁっ……」

 

離れたところからその様子を見守っていた霞は、その幻想的な光景に感動する。

普段はだらしのない提督だが、この時の彼女はとても神秘的に映った。目視可能な光となった魔力が背中から溢れ、さながら天使の翼を生やした様にも見えた。

詠唱を終わらせた提督は、青色に光る魔法陣に手を当てたまま次の指示を出す。

 

「さあ、みんな!高速建造材を!」

 

その指示を受け、妖精たちが一斉に高速建造材を使用し、中央の機械はたちまち火に包まれた。

あとはこのまましばらく待つだけであった。

 

だが、あともう少しというところで、思いもよらぬ異変が起きた。

 

突如魔法陣の一部から、線を伝うように稲妻が走り、それは徐々に魔法陣全体に広がった。

魔法陣中央の空間に歪みが発生し、機械が全方向から力を加えられているかのように押し潰されていく。

 

「……へ?」

 

「……は?」

 

提督と霞が間の抜けた声を出した次の瞬間、魔法陣が青白い閃光に包まれ、爆発した。

爆発音と衝撃波が鎮守府全体に伝わる。

 

「きゃあ!!」

 

「な、何!?何なの!?」

 

「爆発!?」

 

「建造ドックから煙が!!」

 

鎮守府内の職員、憲兵、そして艦娘たちが、何事かと煙の上がるドックを見る。

突然の爆発に全員が一時的に混乱したが、憲兵や艦娘はすぐに冷静さを取り戻し、今だ混乱状態の事務員などを落ち着かせ、爆発の起きたドックへと跳んで行った。

 

建造ドック内部は爆発の影響でボロボロだった。

 

「いたた…?」

 

爆発の衝撃で床に倒れていた霞はゆっくりと目を開ける。

多少服が汚れていたものの、大した怪我はないようだった。

 

「…大丈夫?」

 

すると、すぐ傍から提督の声が聞こえてくる。

 

「え?」

 

ここで霞は気づいた。

自分や妖精たちが、提督に抱き着かれるように庇われていたことに。

 

「な!?あんた大丈夫なの!?あたしを庇って…!」

 

「お、それだけ大声出せるなら大丈夫そうね~。妖精さん達も無事みたいでよかったわ~」

 

「あたしは大丈夫だから、あんたはどうなのよ!…ちょっと、腕怪我してるじゃない!?」

 

霞の目が提督のすりむいた右腕に向く。

 

「あ~、とっさにカスミンや妖精さん達を庇ったから床で擦り切れちゃったか~。どうやら防御魔法はその直後に発動したみたいね~」

 

「こんな時まで何で気の抜けたような声出してるのよ!?とにかく、そのままにしておくわけにはいかないわ!誰か呼んでくるから!」

 

霞が提督から離れて人を呼びに行こうとしたところで、何人もの艦娘や憲兵がドックに入ってきた。

その中の一人、駆逐艦『清霜』が霞と提督を見つけて叫ぶ。

 

「あ!霞ちゃーん!!しれいかーん!!」

 

「清霜!みんな!ちょうどいいところに!」

 

「いったい何があったんや!?」

 

軽空母『龍驤』も心配した様子で霞と提督に話しかける。霞は彼らに爆発で滅茶苦茶になったドック内部を見せるようにしながら簡潔に説明する。

 

「このクズがまたバカなことやって、……それでこのざまってわけよ」

 

「えぇ!?クズとかバカとか、さっきから酷いことばっか言ってないカスミン!?」

 

「クズはクズでしょ、このクズ!あとカスミン言うな!」

 

霞と提督のやり取りを見て、龍驤たちは安堵の表情を浮かべる。

 

「……その様子ならあんま心配ないみたいやな」

 

「ほら、司令官さん。手当てしますから、腕の傷を見せてください。霞さんも、手に傷ができてますから手当てしますね」

 

「あ、はい…お願いします」

 

割烹着姿の軽空母『鳳翔』が、店から持ってきた救急箱を開く。

事情を知らない清霜たちは怪我の手当てを受けている提督や霞から、詳しい説明を聞く。

 

「え!?戦艦を造ろうとしてたの!?なんで清霜も呼んでくれなかったの!?」

 

「提督~、ワタシという戦艦がいながらどういう事デース!?」

 

清霜と戦艦『金剛』が頬を膨らませながら提督に迫るが、龍驤が二人をなだめて話を続けさせる。

 

「まぁ、このドックの様子からどう考えても…」

 

「失敗しました♪」

 

「あんたね……あれだけの資材がダメになったじゃない!」

 

「でもカスミンもいいよって言ってくれたじゃな~い!?」

 

「あんたがうまくいくって言ったからでしょ!?」

 

「まあまあ、落ち着き二人とも」

 

龍驤が提督と霞を落ち着かせようとした時、清霜が口を開いた。

 

「……失敗じゃないみたいだよ?」

 

『…え?』

 

全員が同時に疑問の声を上げる。

清霜が潰れかけた機械に近づく。

全員がその機械を見ると、『建造完了』を示すランプが光っているのが確認できる。

 

「ほらっ、『建造完了』のランプが光ってるよ!中に戦艦の人がいるんだよ!」

 

「あんたね、そんなに潰れた機械が正常に動いているわけないでしょ?ただの故障じゃないの?」

 

霞は単なる故障でランプが光っていると主張するが、清霜に続いて機械に近づいた工作艦『明石』が扉の隙間から機械の中を覗いた途端目を見開き、即座に否定する。

 

「いいえ!清霜さんの言う通りです!扉の隙間から艦娘らしき姿が…!」

 

『!!!』

 

全員が驚愕する。

清霜が興奮しながら明石に話しかける。

 

「も、もしかして大和さん!?」

 

清霜の質問に対し、明石は首を横に振る。

 

「いえ、確かに艤装の主砲は3連装ですが…全く見た事がない形状です。大和型はおろかどの戦艦とも該当しません。…とにかく扉が壊れているみたいなので、皆さん手を貸してください…!」

 

明石の言葉で全員が機械に集まり、壊れて動かなくなった扉を動かす。

完全に開いた扉の先には、中の壁に寄りかかったまま気を失っている艦娘らしき少女がいた。

髪は赤くポニーテールでまとめられ、頭には極めて先進的なデザインのマストを装着、刺繍の入ったヘアバンドを頭に巻いている。

異世界転生物の作品に登場しそうなイメージの服を纏い、艤装は主砲と思しき3連装砲が3基と、対空砲と思われる装備が複数付いていた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

明石は金剛に支えられた赤髪の少女に話しかけるが、反応がない。

 

「とにかく金剛。その子の艤装を外して、急いで医務室に運んでちょうだい」

 

「了解デース!」

 

提督の指示を受け、金剛は少女の艤装を外して明石に渡すと、少女を背負って医務室へと走って行った。

霞や清霜、鳳翔も彼女に付き添うことになった。

 

「残った人たちもありがとね、来てくれて。とりあえずここは封鎖するから皆外に出て頂戴。憲兵さんたち、ここ誰も立ち入れないように封鎖しといてください」

 

「了解しました」

 

憲兵も艦娘も続々と建造ドックから出ていく。

最後に一人残った提督が、何かを思い出したのかボロボロのドック内部を見渡す。

その顔は見る見るうちに暗くなっていく。

 

「…わ、私の煮干しちゃんが……」

 

そう呟いてorz状態になる提督であった。

 

 

To be continued...



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目覚め

(………ん?)

 

敵飛行機械の謎の攻撃で撃沈され、意識を失ったのも束の間。エクスは不思議な感覚に襲われていた。

 

それは、何か暖かくて柔らかい物に包み込まれているようなとても居心地の良いものだったが、すぐその感覚に違和感を覚える。

 

なぜなら自分はただの船魂。同じ船魂以外に触れる事は決して出来ない存在であるため、触れた物を『感じる』こと自体ありえない。

 

(何だ?この感覚は…?確かめたくても、こう暗くては何も見えない)

 

ここでなんとなく今の自分が目をつむっている状態だと理解したエクスは、この違和感を確かめるため、閉じている目をゆっくりと開けた。

 

 

 

 

「………え?」

 

エクスは素っ頓狂な声を上げる。彼女の目に映っていたのは深い闇に包まれていた海の底ではなく、何処か知らない部屋の天井だった。

 

突然の状況に、エクスは寝ぼけているのではないかと考えたが、二、三度瞬きして自分の目に映っている光景が現実である事を確認する。

 

「……どこだ、ここ?」

 

先ほどまで砲火の飛び交う戦場にいたはずなのに、いつの間にこのような見ず知らずの場所に移動したのだろうかと疑問に思った。

 

部屋の中にいるということは、ここが何処か建物の中なのはまず間違いないだろう。

しかし、あの群島地帯で建物といえば、空軍か陸軍離島防衛隊の基地くらいしかない。気を失ってからそう時間は経っていないはずなので、距離的に考えてここが友軍の基地内という事はありえないだろう。

 

「……これは…ベッドか?」

 

背中からの暖かい感覚に気付き、上半身を起こして確認する。

彼女は自分が感じた暖かくて柔らかい物の正体が、ベッドと掛け布団である事を理解する。

 

(…なぜ私はこんなところで眠っていたのだ?)

 

彼女は周りをキョロキョロと見渡し、自分のすぐ近くの棚に所狭しと並べられた医薬品を見て、この部屋が医務室である事を理解する。

部屋の中に見覚えのあるものがないか探してみるが、結局室内では何も見つからず、外を確認しようと窓のカーテンに触れる。

 

「……!?」

 

その時、エクスは彼女にとって最も重大な変化に気付き、カーテンに触れている手に注目した。

そのような行動に出たのは、意識を失う前とは明らかに異なっていることがあったからだ。

 

「実体を……持ってる?」

 

カーテンから手を放し、自分の両手をまじまじと見ながら驚愕する。

 

「いったい…私の身に何が起きた…?」

 

全く知らない場所……、実体化した体……、あまりにも不可解な状況にエクスは混乱する。

 

そのため、いつの間にか部屋に入って来ていた人物に彼女は全く気がつかなかった。

 

「ねぇ、お姉さん?」

 

「!!?」

 

突然声をかけられたエクスは、驚いて身体をビクッと震えさせる。

声がした方に顔を向けると、1人の少女が自分の寝ているベッドのすぐそばに立ち、こちらを心配そうに見ていた。

 

「大丈夫?」

 

こちらに目線を合わせ、心配するような声色で話しかけてくる銀髪の少女。

その行動から、この少女は明らかにこちらを認識しており、エクスは自身が紛れもなく実体化していることを確信する。

 

「……誰?」

 

開口一番で銀髪の少女にそう問いかけた。

質問された少女は一瞬沈黙していたが、すぐにはっとなって返答した。

 

「あっ、ごめんなさい!え~っと…申し遅れました!私は夕雲型の最終艦、『清霜』です!よろしくお願いです!」

 

「え……よ、よろしく…」

 

元気いっぱいに挨拶する少女…『清霜』に、エクスは若干戸惑いながらもぎこちない返事をする。

 

「お姉さんはなんて名前なの?」

 

今度はこちらが自己紹介を促されたので、エクスはとりあえず名乗ることにした。

 

「え?…私は…『エクス』」

 

「エクスさんですね!よろしくお願いです!」

 

(……随分とテンションの高い子だな)

 

満面の笑みを見せる清霜に、エクスは正直な感想を漏らす。

 

「え~っと、清霜だっけ?ここはどk「ところでエクスさん、さっきからずっとボーっとしていたけど、どこか具合悪いところとかある?」……え…大丈夫だけど…」

 

ここが何処なのか、この清霜という少女にに聞けば分かるかもしれないと判断したエクスは早速彼女に質問しようとするが、清霜はそれを遮るようにエクスに顔を近づけて先に質問してきた。

真剣な眼差しでこちらを本気で心配してくる清霜に圧倒され、エクスは一応大丈夫だと答える。

 

「そっか、よかった~」

 

エクスの言葉にホッと胸を撫で下ろし、清霜は人懐っこい笑顔を彼女に見せる。そんな清霜の姿に、エクスは先ほどまであった戸惑いが消え失せ、表情がやわらぐのが分かった。

 

「ところで清霜、ここが何処か知らないか?」

 

エクスは改めて、先ほど清霜に聞こうとした質問をする。

 

「ここ?ここは横須賀鎮守府の医務室だよ?」

 

「……よこすか?」

 

清霜が言うには、ここは"よこすか"と言う地にある鎮守府らしいが、そのような名前の鎮守府は神聖ミリシアル帝国には存在しないため、エクスは首をかしげる。

分からないと言うような仕草を見て、清霜は疑問を口にする。

 

「エクスさん、横須賀を知らないの?」

 

「あぁ、そのような地名は神聖ミリシアル帝国には存在しないはずだから」

 

「…しんせいみりしあるてーこく?」

 

エクスの口から出た世界最強の国家の名前を聞いて、今度は清霜が目を点にして首をかしげる。その反応から、彼女の祖国の存在そのものを知らない様子だった。

 

(文明圏外の国家でさえ、私の祖国の名前とその実力くらいは知っているはずだが…。という事は、ここはそれよりももっと離れた場所なのか?)

 

とても信じ難い事だが、どうやら自分はあの海上から遥か遠くにあるどこかの文明圏外国家にいると推測し、確認のため再度清霜に質問する。

 

「ここは文明圏外の国みたいだが…何て名前の国なんだ?」

 

「”ぶんめいけんがい”というのはよく分からないけど、ここは日本という国だよ?」

 

「ニホン?」

 

清霜の話だと、この鎮守府のある国はニホン国という名前らしい。列強や文明国にそのような名の国家はないため、ここは文明圏外国家で間違いないだろう。

だがその名前を聞いた途端、ふと疑問に思った。

 

(あれ、ニホン国…?どこかで聞いたような…)

 

なぜか、その国名に聞き覚えがあった気がしたエクスは、自身の記憶の糸をたぐり寄せるが、途中で清霜が質問していたため一時考えるのを止める。

 

「もしかしてエクスさんって海外の艦(ひと)なの?」

 

「え?…まぁ、そういう事になるな」

 

「そっか、じゃあ日本の事よく知らないよね。…よし!今度清霜が横須賀の街を案内してあげるね!」

 

そう提案して歯を見せながら笑う清霜の姿はなんとも微笑ましいものであり、そんな清霜の姿を見たエクスは、顔が思わずほころんで、笑顔を浮かべながら返答する。

 

「……ありがとう、その時はよろしく頼むよ」

 

「もち!まっかせて!……あ、そうだ!」

 

「…?どうした清霜?」

 

突然何かを思い出したかのような声を上げる清霜。気になったエクスはどうしたのかと尋ねる。

 

「エクスさんが起きたから、司令官たちを呼んでこなきゃ!」

 

「司令官?」

 

「うん!この鎮守府の司令官!呼んでくるからちょっと待っててね!」

 

清霜は笑顔で頷くと、部屋の出口に向かって踵を返した。

 

「あっ待ってくれ。もう一つ質問があったんだが、なぜ私がここにいるのか教えてくれないか?」

 

ドアを開け部屋を出ようとする清霜に、エクスはなぜ自分があの海からこのような見ず知らずの場所にいるのか理由を聞こうと声をかける。

それを清霜は、医務室で寝ていた理由について知りたいのだと判断し、彼女に顔だけ向けて答えた。

 

「え?ここで寝ていた理由?エクスさん、建造ドックから出て来た時に気絶していたから、皆で医務室まで運んだんだよ?」

 

エクスが聞きたいのは其処ではないのだが、再度質問しようとした時、既に清霜は医務室から出て行った後だった。

 

「……」

 

清霜がいなくなり、医務室は再び静寂に包まれた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「エクスさんか…一体どんな戦艦なんだろうな~」

 

提督のいる執務室へ向かう途中、清霜は先ほどまで会話していた戦艦娘の事を考えていた。

 

彼女…清霜は無類の戦艦好きである。それも、自分もいつかは戦艦になれると信じて疑わないほどに。

そのため、明石がエクスを戦艦だと判断した時は、飛び上がりたくなるほど興奮した。

 

「きっと、金剛さんみたいにかっこよく戦うんだろうな~」

 

エクスの艤装が不思議な姿をしていたため、清霜は彼女がどうやって戦うのか非常に気になっていた。

戦う姿を想像し、興奮して目を輝かせる清霜。

 

「でも……なんだか元気ないみたいだったな…」

 

清霜と会話している間も、エクスは時折笑ったりしていたが、それ以外の部分ではどこか暗い雰囲気を背負っているように見えた。それは戸惑いというより悲しみによるものだと清霜は思った。

 

ちょっとでも元気になって欲しい……。そう思った清霜は、自分に何かできる事はないか廊下を歩きながら考える。そしてある事を思いつき、ポンッと手をたたいた。

 

「…あ、そうだ!司令官を呼びに行った後、あそこに寄ってからエクスさんのところに行こっと!」

 

そう言って清霜はルンルン気分で執務室へ向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 執務室

 

場所は変わってここは提督の執務室。先ほどの騒動より数時間後、提督は医務室から戻ってきた霞と共に普段通りの執務をこなしていた。

ただし二人の机には、いつもよりもずっと多くの書類が山積みされていた。理由は言わずもがな……先ほどの騒動による報告書が追加されたからである。

 

「あ~疲れた~!今日はいつもより多いよ~」

 

「ドック滅茶苦茶にしちゃったんだから当然でしょ?口動かしている暇があったら手を動かしなさいよ。……ほら、次」

 

「…へ〜い」

 

机に伏せて愚痴をこぼす提督に対し、霞は新たに処理を終えた報告書を彼女に手渡す。提督はそれをめんどくさそうに受け取りながら執務を再開する。

受け取った書類にペンを走らせようとした時、執務室のドアがノックされた。

 

「ん~どうぞ~」

 

「失礼します!」

 

提督は間延びした声で入室を許可すると、清霜が元気な声で執務室に入ってきた。

 

「どうしたの~清霜~」

 

提督は間延びした声のまま清霜に要件を言うよう促す。彼女は顔を清霜に向けているにも拘らず、まるで見えているかのように報告書の内容を正確に書き続けていく。

 

「あのお姉さんが目を覚ましました!」

 

清霜の報告を聞いた提督は報告書を書く手をピタリと止め、即座に椅子から立ち上がる。

 

「え?本当!?じゃあ急いで医務室に行かなきゃ!」

 

「……随分嬉しそうね」

 

よほど書類仕事が嫌なのだろうか、嬉しそうな声を上げる提督。それに対し霞は呆れた表情で仕事を途中で切り上げ、提督と同様に椅子から立ち上がる。

 

(はぁ、これでも大戦果を収めた優秀な司令官なんだけど……普段のコイツを見てると今だに信じられないわね…)

 

「ほら~、行くわよカスミン」

 

「だからそのあだ名で呼ぶのやめなさいと言ってるでしょ」

 

心の中でため息を吐く霞を、提督が急かす。霞は提督が自分をあだ名で呼ぶことにつっこむと、彼女や清霜と共に廊下に出る。

 

「あ、私ちょっと用事があるから、二人とも先に行っといて!」

 

ここで清霜が二人に話し掛ける。

 

「えっ、用事って……?」

 

「じゃあまた後でね!」

 

「ちょっと!待ちなさいよ清霜!」

 

清霜は霞の制止を聞かずに医務室がある方向とは反対方向へと行ってしまった。

 

「…何の用事かしらあの子?」

 

「まぁ、あの子のことだから別に危ない事はしないでしょう。後で来るみたいだし、私たちは先に行きますか」

 

仕方ないので提督と霞の二人は先に医務室へ向かうため歩き出す。

途中から鳳翔も加わり、3人で向かう事になった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

場所は再び医務室へと戻る。

エクスはカーテンを開き、ベッドに腰掛けながら外の景色を眺めていた。

 

「…清霜の言う通りだ。あんな形の魔導船はミリシアルにはない」

 

鎮守府の敷地より少し離れた埠頭に停泊する海自の護衛艦を見た彼女は、ここが少なくとも自分の国ではないことを理解する。

 

先ほど清霜は自分がドックで意識を失っていたと言っていた。

なぜ、そんな所にいたのか全く分からなかったが、清霜はこの鎮守府の司令官を呼んでくると言っていた。その人物に聞けば、この不可解な現象について何か分かるかもしれない。

 

(私がこのような現象に遭うきっかけは、…やはりあの時か?)

 

ここでエクスは、意識を失う前のあの出来事を思い出す。

凄まじい対空砲火、容赦なく襲いかかる敵機、攻撃を受けた時の激痛、傷つき沈んでいく……仲間の随伴艦。

 

「……カリバー…バリアント……みんな」

 

ふと思い浮かぶのは、自分と共に第零式魔導艦隊に配属された仲間たち。

よく全員で集まってはいろんな事を話したものだ。

 

(あの戦いの前日も、みんなで集まったっけ…)

 

あの戦いの前日。その時も皆で話をしたり、馬鹿みたいにふざけ合ったり、…そして笑い合ったりして楽しかった事を思い出す。

 

エクスにとって彼女たちとの思い出はかけがえのないものであり、これからもそんな日々がずっと続いてほしい……そう願っていた。

だから…自分達を襲った悪夢が…、彼女たちが目の前で沈んでいった事が……全て夢であってほしかった。

だが、あの光景がエクスの脳裏で鮮明に映り続けており、紛れもなく真実である事を嫌でも理解させられる。

 

仲間たちはもういない。

それを理解した瞬間、エクスの視界が滲む。己の無力さ、仲間を全て失った悲しさが混ざり合い、涙となって溢れてくる。

 

「………守りたかった…何も…できなかった」

 

後悔の言葉を口にし、両手で顔を覆いながら肩を震わせて静かに泣いた。

 

 

 

その時、医務室のドアをノックする音が聞こえ、3人の女性がドアを開けて入ってきた。

 

「失礼するわね~。…ってあれ?どうしたの?」

 

「…!?」

 

エクスは驚いて女性たちの方を見る。

そこにいたのは、提督と霞、そして鳳翔だった。頬を流れる涙を見て、彼女たちも同じように驚く。

涙で顔を濡らしたままだった事に気付いたエクスは、涙を上着の袖で拭き、何事もなかったかのように振る舞う。

 

「……な、何でもありません。少しあくびが出ただけです」

 

泣いている事を悟られないよう無理矢理笑顔を作って誤魔化そうとするが、先ほど泣いている姿を諸に見られていたため、全くの無意味だった。

 

事実顔は笑っていても体が震えており、泣くのを無理矢理抑えているのは明白である。

 

(……そっか。この子…自分の最後を思い出したんだ…)

 

大抵の艦娘は目覚めてしばらくは自分の状況に混乱するが、しだいに船だった頃の記憶を取り戻していく。

当然、艦娘たちの大半はあの戦争で壮絶な最期を遂げた者も多く、記憶が戻った時は目の前のエクスのように後悔や悲しみ、恐怖のあまり泣く者も多かった。

 

その様子を見た提督は、作り笑いを浮かべているエクスにゆっくりと近づくと、優しく抱きしめてあげる。

 

「……え?」

 

突然の事に困惑しながら提督の顔を見る。その顔はまるで子を想う母親のように優しい笑顔だった。

 

「…我慢しないで。辛く悲しい時は………泣いたっていいのよ」

 

そう言ってエクスの頭を優しく撫でる提督。

無理やり止めていた涙が再び溢れ出てくる。

 

「……うっ…うぅっ」

 

エクスはしばらくの間、彼女の胸に顔をうずめて泣き続けた。

 

 

To be continued…



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異世界

「……どう?落ち着いたかしら?」

 

しばらくして泣き止んだエクスは、提督からゆっくりと離れる。

 

「…はい…お騒がせしました」

 

涙で濡れた顔を手で拭き終えてから、軽く頭を下げるエクスの姿を見てホッとする提督たち。

 

「本当は起きたらすぐにあなたから色々聞きたいことがあったんだけど……もうしばらく休んでからの方がいいかもしれないわね」

 

提督の言葉に鳳翔も同意する。

 

「そうですね。…じゃあ、後でまた来ますね」

 

「あ、あの……待ってください」

 

話を聞くのは後からでも問題ないだろう。そう判断し立ち去ろうとする提督たちを、エクスは呼び止める。

 

「私はもう大丈夫ですから、…今からでも構いません」

 

「あら?本当にいいの?」

 

「はい……私も皆さんに聞きたいことがありますので」

 

それに、と付け加えてから、エクスは目線を逸らし、少し恥ずかしがる様子で続きを言った。

 

「一人でいるよりも………皆さんと話をしていた方が落ち着きますので…」

 

「分かったわ。じゃあ、現状を説明する前に……まずは自己紹介と行きましょうか?まだお互いの事すらよく知らないしね。じゃあまず言いだしっぺの私から…」

 

エクスのその様子を見てクスリと笑った提督は、背筋を伸ばし、右手を額に当て敬礼の姿勢をとる。

 

「はじめまして、私はこの横須賀鎮守府の提督を務めている、『梶ヶ谷 真理恵(かじがや まりえ)』 です。階級は海軍少将、年は25、好きな食べ物は煮干しです!肩っ苦しいのは苦手だから、真理ちゃんとでも煮干し提督とでも好きなように呼んでね♪」

 

軍服を着ているため軍人であることは予想できたが、まさかこれほど若い女性がこの鎮守府のトップだという事実にエクスは驚愕する。彼女の祖国では、これほど上位の階級を持つ女性軍人など存在しないのだから、驚くのも無理はなかった。

だが、目の前の女性は海軍少将にしては随分とフランクな態度で接してきており、あまり威厳を感じられなかった。

 

(煮干し提督って……)

 

そんな呼び方されて本当に良いのか?とエクスは内心でつっこんだ。

 

「ささっ、次はあなたの番よ」

 

真理恵に促され、エクスは自己紹介を始める。

 

「あ、はいっ。…神聖ミリシアル帝国、『第零式魔導艦隊』旗艦、魔導戦艦『エクス』です。よろしくお願いします」

 

「エクスさんね、こちらこそよろしくね~」

 

聞きなれない言葉に真理恵の横にいた霞が顎に手を当て疑問を口にする。

 

「みりしある?だいぜろ?何それ?聞いたことない単語ね」

 

「そりゃ、そうよ。だって彼女は異世界から来たんだから」

 

「は?異世界?」

 

「!?」

 

『異世界』という単語にエクスは反応し、真理恵に尋ねようと言葉を発する。

 

「て……提督!異世界から来たとはどういう…」

 

「ちょっと待った!それについては後で詳しく説明してあげるから、先に彼女たちに自己紹介をさせてちょうだい。今説明すると時間がかかるから」

 

だが、真理恵はエクスの前に手を突き出し、その言葉を遮る。今すぐには質問に答えてくれないと判断したエクスは、しぶしぶ引き下がった。

 

「さっ、カスミン。次はあなたの番よ~」

 

「だからカスミンって呼ぶのやめなさいよ」

 

今度はすぐ横にいた霞がつんつんとした態度で自己紹介する。

 

「朝潮型駆逐艦、10番艦の『霞』よ。一応このクズの秘書艦をやっているわ。まぁ、よろしく」

 

「よ、よろしく……」

 

いきなり自分の上官をクズ呼ばわりした少女に、エクスは唖然とする。普通に考えれば不敬罪に問われてもおかしくない行為を、目の前の少女は平然とやってのけたのだ。

しかし、エクスがもっと驚いたのは、そんな暴言を受けていながら、怒るどころかまるで親しい友人を相手にするかのような声色で霞に文句を言う真理恵の方であった。

 

「む~、カスミンまた私の事クズって言った~!」

 

「好きに呼んでいいって言ったのはあんたよ。………鳳翔さん、どうぞ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

わざとらしく頬を膨らませながら文句を言う真理恵を無視して、霞は鳳翔に自己紹介を促す。

 

「私は航空母艦『鳳翔』と申します。よろしくお願いしますね、エクスさん」

 

「あっ、はい…よろしくお願いします」

 

母性溢れる笑顔を向けられ、エクスは少し顔を赤らめながら返事をする。

 

(なんだか、人間で言うお母さんか、新妻みたいな人だな……。包容力を感じる…)

 

その雰囲気にエクスは正直な感想を漏らす。

鳳翔は話を続ける。

 

「主な仕事は前線で戦う事ですが、他にも居酒屋を経営しています」

 

「居酒屋…?」

 

「はい、そこで皆さんにお酒やお料理を提供しています。エクスさんも是非いらしてくださいね」

 

「あっはい、ありがとうございます」

 

エクスは『居酒屋』というものがどんな店なのか興味を持ち、今度行ってみようと考えた。

鳳翔の自己紹介が終わったところで、提督が再び話し始めた。

 

「ここにいる鳳翔とカスミンは、あなたと同じ艦娘よ」

 

「…え?」

 

真理恵の言った『艦娘』という単語に、エクスはどんなものか気になった。

 

「あの…すいません、質問していいですか?」

 

「ん?何かしら?」

 

「さっき鳳翔さんも仰ってましたが、『艦娘』って何ですか?何かの役職でしょうか?」

 

「あら、知らないの?自分の事を戦艦と言っていたから、てっきり自分が艦娘である事を自覚していると思っていたけど」

 

「はい、私は船魂……軍艦に宿った魂だったので、自分が軍艦だった事は分かるのです」

 

「だったら不思議じゃないわ。あたし達もあんたと同じで、艦娘として生まれ変わる前は今あんたが言った軍艦の魂だったのよ」

 

「え!?そうだったのですか!?」

 

「えぇ、そうです。ですから私たちは軍艦だった頃の記憶も持っています」

 

霞や鳳翔の口から出た事実にエクスは衝撃を受ける。まさか目の前の女性たちが、かつては自分と同じ存在で、今の自分と似たような状況になっていたとは…。

そういえば鳳翔も霞も、そして清霜も、自分たちの事を空母や駆逐艦と名乗っていた。駆逐艦という船がどんな船かは分からないが、状況から考えて、おそらく軍艦の一種だろう。

軍艦が人と同じ姿になっているなどにわかに信じがたいが、そこでさらなる疑問が浮上する。

 

「あの…なぜ軍艦が艦娘として生まれ変わったのでしょうか?」

 

「それはね……」

 

質問を受けた真理恵は、エクスにこの世界で起きている異常事態について説明を始めた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

今から遡ること2年前。

当時ハワイ近海を航行中の豪華客船で異変が起きた。豪華客船はハワイ出港から数時間後、「海中から化け物が…」という内容の通信を最後に消息を絶った。

その後、その船の通信が途絶えた海域の近くを通過する船が次々と行方不明になっていき、さらにそのような海域が次第に広がっていることが分かった。

 

事態を重く見た各国は今から約1年半前に国連軍を結成し、その海域へ艦隊を派遣した。

 

そこで彼らを待ち受けていたのは、海から這い上がってくるこの世のものとは思えない異形の軍団だった。異形たちは人並の大きさの魚の化物のような姿をしたものもいれば、人間の女性や少女の姿をしたものもいた。その数は数百にも達し、こちらを発見するや一斉に攻撃を仕掛けてきた。

 

その異形たちは一人々々がまるで軍艦かと思えるほど強大な攻撃力を持っており、先手をとられた艦隊は数隻の艦の撃沈を許してしまう。艦隊は即座に異形への反撃を開始したものの、相手は人間と大して変わらない大きさな上、現代戦としてはありえないほど近距離まで接近されていたため誘導兵器はほとんど役に立たず、光学照準の艦砲や機関銃で対応せざるを得なかった。

だが、艦砲を直撃させても大してダメージを与える事はできず、逆にこちらは的が大きいため次々と被弾、轟沈していった。

 

総勢90隻以上もの国連艦隊は、辛うじて離脱した数隻を除いて全滅。異形との大規模海戦は人類側の完全敗北となった。離脱した艦の記録映像が公開され、異形の存在と国連軍の大敗を知った全世界は、文字通り戦慄した。

 

「…その後、その大規模海戦に呼応するかのように世界中の海から異形が出現し、軍艦、民間船関係なく襲いかかってきた。わずか数週間で…人類は制海権の大半を奴らに奪われた。結果多くの国がほぼ孤立状態となり、特に資源を他国から輸入している国は輸入が途絶えたことで国が立ちいかなくなってしまったところもあるわ」

 

「……」

 

真理恵の口から語られるあまりにも壮大な話に、エクスは衝撃のあまり口を開いたまま唖然とする。

 

「人類は…その異形たちを『深海棲艦』と呼称した」

 

「深海…棲艦…?」

 

「誰かが言ったのよ。もしかしたら過去の戦争で沈んでいった英霊たちが怨霊となって現れたのかもしれないと…」

 

「過去の戦争?」

 

「今から70年近く前、世界中を巻き込んだ大規模な戦争があったのよ。……その戦争で何千万人もの人が亡くなったわ」

 

霞がエクスに過去に起きた戦争について簡単に説明する。軍艦だった当時の自分を思い出したのか、両手を強く握りしめながら顔を俯く。霞の心中を察した真理恵は、彼女の頭を優しく撫でながら話を続けた。

 

「…その深海棲艦により多くの人が亡くなり、多くの人が絶望した。でもそんな時、奴らと同じ海から希望が現れた……それがこの子たち、『艦娘』よ」

 

そう言って真理恵は、霞と鳳翔の二人を交互に見る。

 

「まるで深海棲艦に対抗し、人類を守るために現れた彼女たちは、自分達は過去の戦争で活躍した軍艦そのものだと言った。事実彼女たちの背負っている艤装は、彼女らと同じ名を持つ軍艦のそれと同じ特徴を持っていたわ」

 

人類は深海棲艦に対抗するための戦力を、艦娘たちは補給を必要としており、彼らがパートナーとなる事は始めから運命づけられていたようなものだった。世界各地で艦娘と彼女らを指揮する人間…『提督』の活動拠点たる専用施設が建設された。

日本でも自衛隊とは別に深海棲艦対策本部…通称「大本営」と呼ばれる組織を設立し、各地に専用施設=鎮守府を建設。かつて大日本帝国海軍の軍艦だった艦娘たちは、全員がここに所属して本格的な活動を開始した。

 

「彼女たちの奮闘によって、人類は少しずつだけど制海権を取り戻す事ができているわ」

 

「そんな事が……」

 

あまりにもスケールが大きすぎる話に、エクスは呆然とする。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

ここで真理恵は、先ほどエクスが質問した事について答える。

 

「さて、さっき私が言ってた「あなたが異世界から来た」事についてなんだけど…」

 

「…あっはい。どういう意味ですか?」

 

「まず艦娘が現れるパターンについて話す必要があるわ。艦娘は主に各海域で時々保護される場合(ドロップ)と、鎮守府の建造ドックで建造される場合の2種類が存在するの」

 

「け…建造…ですか?」

 

真理恵は頷く。

 

「えぇ、とある研究チームが開発した専用の建造機械で艦娘を造るの。この建造機械は船魂…船の魂を呼び寄せて、肉体と艤装を与える事で艦娘を造るみたい。…残念ながら詳しい原理とかは極秘事項になっているからこれ以上の事は分からないわ」

 

真理恵の説明を受け、エクスは先ほど会話した清霜という少女の事を思い出す。彼女はたしか…自分は建造ドックで気を失っていたと言った。それはつまり…。

 

「……つまり私はその機械で建造された…?」

 

「察しが良いね。そう、あなたは建造によって生まれた艦娘よ」

 

エクスの質問に、真理恵が頷く。

 

「ここでさっきの異世界云々の話とつながるわけだけど、私はあの時、強力な艦娘が欲しくて魔法を発動させながら建造を始めたのよ」

 

「魔法?ということは提督は魔導師ですか?」

 

魔法を使用した。その事に関してエクスは全くと言っていいほど驚いていない様子であった。この世界の一般人がこのような言葉を聞いたら大抵の者は正気を疑うだろう。

真理恵はその反応から、彼女がどのような世界から来たのか大体察しがついた。

 

「……その様子だと魔法が一般的に存在する世界から来たみたいね」

 

「…?どういう事です?」

 

「この世界では魔法は一般的には存在していないのよ」

 

「え!?嘘!?」

 

先ほどとは打って変わって驚愕するエクスに、今度は霞が話し始める。

 

「本当よ。魔法なんてものは存在しない、それがこの世界の常識よ。あたし達も実際に見せてもらうまで、そんなものは存在しないと思っていたわ」

 

「……そう…だったのですか」

 

この世界では、魔法が非常識なものである事がエクスには信じられなかった。彼女の世界では魔法の実在は当たり前。しかし、この世界では少なくとも一般的には存在しない事になっている。

自分がいつの間にかあの群島地帯から全く知らない場所にいる事や、先ほど話に出てきた『艦娘』や『深海棲艦』も元の世界では存在しない事を考えると、どうやら自分は本当に別の世界に来てしまったらしい……エクスはそう判断せざるを得なかった。

 

「おっと、話が脱線してしまったわね。…この魔法を発動してしばらく経った時、魔法陣中央に空間の歪みが発生したわけよ」

 

「空間の歪み…ですか?」

 

「えぇ、カスミンも見たでしょ?」

 

真理恵は視線を霞の方に移し、彼女に確認を取る。霞はドックで起きたあの爆発の直前の出来事を思い出し、ゆっくりと頷いた。

 

「えぇ、見たわ。あれがこいつがこの世界に来た原因というわけ?」

 

「そのとおりよ。あの歪みはこの世界と別の世界が繋がる時に起こる現象なの」

 

霞が聞くと真理恵はゆっくりと頷き、再びエクスの方を向いて説明する。

 

「この空間の歪みはね…主に召喚魔法を発動するときに見られるわ。この召喚魔法は対象の存在する場所から召喚主の元までの道を作り、対象をほぼ強制的に召喚主のところへ引き寄せるの。ただ稀に事故などが原因で発生することもあるわ」

 

ひと呼吸おいて、真理恵は再び話し始める。

 

「…つまり、魔法が失敗した影響で、偶然にもこの世界とあなたがいた世界が繋がり、そして繋がった先にこれまた偶然にも船魂だったあなたがいた。あなたは2つの世界を繋ぐ道を通ってこの世界、それも建造機械の中で”召喚”された上艦娘になった……これがあなたが今抱いている疑問の答えよ」

 

「……」

 

エクスはその事実を聞いて完全に言葉を失う。まさか、自分が事故で異世界に召喚されてしまったとは。だが、それならこの不可解な状況にも説明がつく。

 

「……ごめんなさいね、巻き込んでしまって」

 

エクスの様子を見た真理恵は、ばつの悪そうな顔をして彼女に頭を下げる。

 

「そ、そんな事…。私は巻き込まれたとか思っていません。気にしないでください」

 

「いいえ、そうもいかないわ。あなたがこのような状況に置かれてしまったのは、私の責任なんだから…。なんとかあなたを元の世界に帰してあげるから、それまでこの鎮守府で過ごすといいわ」

 

真理恵の話によると、召喚された者を元の世界へ帰すにはその世界の座標を特定する必要があるらしく、その座標が分からない以上エクスは今すぐ元の世界へ帰る事ができないという。

 

「必要なものはこちらで準備しておくから、とりあえず今日のところは医務室で休んでちょうだい。明日用意した部屋まで案内するわね」

 

「…あっはい、ありがとうございます」

 

エクスとしても元の世界へ帰れない以上、真理恵の提案を受け入れるべきと判断した。せっかくの機会なので、この世界について色々学ぶのも良いだろうと考えた彼女は、真理恵たちに頭を下げ礼を言う。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「…それにしてもあの子遅いわね。何してるのかしら?」

 

先ほど用事があると言ってどこかへ行ってしまった清霜がいつまでたっても来ないのを心配した霞は、ドアの方をじっと見る。

 

(…?あの子?…清霜のことか?)

 

あの子という言葉を聞いたエクスは先ほど会話した清霜という少女の事を思い出し、彼女に尋ねようとした。

 

コンコンッ

 

「すいませーーん!」

 

その時、ドアをノックする音が聞こえ、少女の元気な声が聞こえてきた。

 

「あっ、やっと来たわね清霜。いるわよー、入ってきなさい」

 

「はい、失礼します!」

 

その声の主が清霜だと分かった霞が彼女に入室を促すと、彼女はさらに元気な声を上げて扉を開けた。

部屋に入ってきた彼女の両手には、何かがのっている大皿があった。

 

「ん?あんたどうしたのそれ?」

 

「あら、おむすびですね?」

 

「うん!エクスさんなんだか元気なかったから、おにぎり食べて元気になってもらおうと思って」

 

「おにぎり?」

 

聞いたことない言葉だったため、エクスはおかしな発音でその食べ物の名前を言う。清霜が持っている皿を見ると、そこには白い粒上の穀物が集まった丸い物体を、黒い紙のようなもので包んだ食べ物が10個ほどのっていた。

 

「あっ、そっか。外国の人っておにぎり食べた事ないんだっけ?これは”おにぎり”って言ってご飯を握って海苔で巻いた食べ物なんだ。とってもおいしいから、食べてみて!」

 

「あ、ありがとう…」

 

おにぎりについて説明を終えた清霜は、エクスの側に行き、無邪気な笑みでおにぎりが乗っている皿を彼女の前に差し出す。エクスはぎこちない声で礼を言いながら、その内の一つを取る。

 

(…そういえば『食べる』という行為もこれが初めてか…。けれど、こんな形の食べ物…初めて見る)

 

エクスは取ったおにぎりをまじまじと見つめる。

船だった頃に乗組員たちの食事を頻繁に見ていたが、出てきた料理はパンやスープ、サラダなどばかりで、今自分が手に持っている食べ物は全く見たことがなかった。

故にエクスはそれを食べるのにいささか抵抗を感じていた。

 

ぐ~~っ

 

黙っておにぎりを見つめていた時、突然自分のお腹の音が鳴り響く。

 

「………////」

 

「おや?」

 

「あらら」

 

「やっぱりお腹すいていたんだね。たくさんあるから、遠慮しないで一杯食べてくださいね!」

 

その音は4人にもはっきりと聞こえたようで、全員微笑ましそうにエクスを見る。

 

「…………い、いただきます!」

 

全員に自分の腹の虫の鳴き声を聞かれたエクスは無性に恥ずかしい気分になり、その恥ずかしさを打ち消そうとするかのごとく、思いっきりおにぎりにかぶり付く。

 

「……!!」

 

その瞬間、エクスの口の中を暖かくふんわりとしたものが触れる。それは噛むことでより旨味が増し、口の中全体に広がっていく。次の瞬間たがが外れたかのように、彼女はおにぎりにがっつく。

 

「……おいしい」

 

食べ進めていくうちに、しだいに幸福感に満たされていく。あっという間に1個食べ終え、もう一つ取って食べ始める。

 

「………おいしい」

 

先ほどまで散々泣いたはずなのに、目から再び大粒の涙が溢れてくる。

 

「…!?どうしたのエクスさん!おにぎりおいしくなかった?」

 

いきなり泣き出したエクスを見た清霜が心配になって声をかけるが、エクスは首を横に振り涙声で彼女に言う。

 

「……違うんだ。嬉しいんだ…。嬉しくてたまらないんだ」

 

そう、彼女は嬉しかった。『食べる』事の喜びを知れた事が、そして自分を元気づけようとしてくれた清霜の優しさが。2個目おにぎりを食べ終え、手の甲で溢れている涙を拭いてから、エクスは清霜の方を向く。

 

「……ありがとう、清霜。おにぎり、とってもおいしかった…。おかげで元気になれたよ」

 

「本当?よかったー」

 

清霜に礼を述べて笑いかけるエクスに、彼女も嬉しそうな笑顔を向ける。

 

「ほらエクスさん、遠慮しないでもっと食べて」

 

「あぁ、ありがとう」

 

「はい、司令官、霞ちゃん、鳳翔さん。みんなもお腹すいたでしょ?」

 

エクスが3個目のおにぎりを取るのを確認した清霜は、後ろにいた真理恵たちの方へくるりと向くと、彼女たちにもおにぎりののっている皿を差し出す。

 

「あら?いいの清霜?」

 

「うん、ご飯はみんなで食べた方がもっと楽しいから。みんなで食べようよ」

 

「ふふっ、ありがとうございますね」

 

「…ありがと。いただくわ」

 

真理恵も鳳翔も穏やかな笑みを浮かべながらおにぎりを一つずつ取る。霞も小声で礼を言ってからおにぎりを取る。

 

「も~、カスミン表情硬いわよ~。ほら、スマイルスマイル~!」

 

仏頂面のままな霞を見た真理恵は、持っていたおにぎりを一口で食べきってから彼女の前でしゃがむと、彼女の顔をいじくり回しむりやり笑顔にしようとする。

 

「ちょ!?何すんのよこのクズ!」

 

当然、霞は嫌がって真理恵を罵倒しながら必死に彼女を引き離そうとするが、抵抗虚しくされるがままだった。

それを見た清霜も傍の机に皿を置き、楽しそうな表情で真理恵と同じように霞の顔をいじくり回す。

 

「あっ、清霜もやるー!ほら、霞ちゃん、スマイルスマイルー!」

 

「カスミン、顔柔らかーい♪」

 

「あんたたち~!いい加減にしなさいよ!…え!?ちょっ…ひひ、く…くすぐら……ふひっ…ないで…」

 

霞はいつものごとく声を荒げるが二人には全く効果がなく、今度は二人からくすぐり攻撃を受け、表情を歪せる。

そんな彼女たちの様子を、エクスはかつての仲間たちとの交流シーンと重ね合わせながら見ていた。

 

(…カリバーたちとも、こんなふうに過ごしたっけな)

 

「エクスさん」

 

仲間との思い出に浸っていたところで、鳳翔がベッドに腰掛けているエクスに声をかけてきた。

 

「鳳翔…さん」

 

「となり、よろしいですか?」

 

「あっはい、どうぞ」

 

エクスの了解を得た鳳翔は、彼女の隣に座り、3人のやり取りを見て穏やかな笑みを浮かべる。

 

「ふふっ」

 

「………」

 

鳳翔が笑う姿を見たエクスは、ある疑問が浮上する。

 

「鳳翔さん、あの…一つ聞いて良いですか?」

 

「何でしょうか?」

 

「皆さんは全員世界を巻き込むほどの大戦争の頃の船だったと聞きましたが…」

 

「…はい、私たちの多くはその戦争で轟沈した人が大半です」

 

「…そう…だったんですか。……じゃあ」

 

「どうしてそんな辛い目に遭ったのに、そんなふうに笑うことができるの

か?」

 

「…!」

 

エクスが再度質問しようとした時、鳳翔はまるで彼女の心中を見透かしているかのように今から言おうとした質問の内容を答えた。鳳翔は驚くエクスからじゃれている3人(霞にそのつもりはない)へ視線を移す。

 

「だからこそ、ですよ」

 

「…え?」

 

「船だった頃、私たちはとても辛い経験をたくさんしました。だからこそ、こうして艦娘として生まれ変わった今、当時できなかった事をたくさんやろう、今度はたくさん笑おう…多くの艦娘がそう考えるようになったのです」

 

「……」

 

「だって…」

 

「…?」

 

鳳翔は再度視線をエクスへ向けて、続きを答える。

 

「生まれ変わった先で失ったはずの仲間や姉妹と再会できて、折角一緒に過ごす機会を得られたのに、いつまでも悲しいままでいたら……それってすごくもったいないでしょ?」

 

「……」

 

「それに、深海棲艦との戦いで再び親しい仲間が沈むかもしれない…。そうなってしまった時、あのとき悲しんでばかりいないでもっと楽しく過ごせばよかったなどと…後悔はしたくありませんから」

 

もちろん、誰も沈むつもりはないですし、沈ませるつもりもないですけどね?と鳳翔は笑顔でそう答え、持っていたおにぎりを食べ始める。

 

(…そうだ、目の前に”仲間と過ごす幸せ”があるのに、それを存分に満喫しなくてどうする?…………だけど…)

 

「…でも、鳳翔さん。私は仲間を全員失っている…。鳳翔さん達みたいに、仲間がそばにいません…」

 

だが、それは仲間がそばにいることが前提である。元からこの世界の住人である彼女たちはともかく、事故で別の世界から来てしまった自分はかつての仲間と再会できるはずがなかった。自分がこの世界では孤独な存在だと考えると、胸が締め付けられるような気持ちになる。

 

「…そんな事ありませんよ?」

 

「…え?」

 

鳳翔は俯いている彼女の手の上に、自分の手をゆっくりと乗せる。

 

「私たちがいるじゃないですか」

 

「でも……私たちは会ってからそれほど時間はたってないですよ…」

 

「エクス、時間とかそういう事は関係ないわよ」

 

いつから話を聞いていたのだろうか、真理恵は両手で霞をくすぐりながら、顔だけ向けてエクスに話しかける。その顔は普段とは違って真剣な表情をしていた。

 

「たしかにあなたは事故で私たちのところにやってきた。でもそれはあくまで切っ掛けに過ぎない。これからしばらく一緒に過ごす事になるというのに、そんな事言われたら寂しいわ。少なくともここにいる私たちは、もうあなたを仲間と見なしている。…ね?清霜、カスミン?」

 

「もち!エクスさんはもう清霜たちの仲間だよ!ねっ、霞ちゃん!」

 

「も、もちろん…ひひっ…だから……、も…もう…ひっ…ゆ…許して」

 

清霜が両手を上げて同意を示し、霞も笑うのを必死にこらえながら、肯定の言葉を発する。

 

「…ね?ひとりじゃないでしょ?」

 

「……」

 

エクスは沈黙したまま、自分を仲間として見てくれる4人の顔を順番に見る。

 

「…はい」

 

そして最後に穏やかな笑みを浮かべて鳳翔を見る。彼女の笑顔を見た鳳翔もまた笑顔を返す。

 

「え…エクス、ほ…ひっ…鳳翔…さん。た…ひひっ…助け…」

 

「ほら司令官さん、霞さんが苦しんでいますよ。いい加減やめてください」

 

さすがにこれ以上は霞が可哀想なので、鳳翔はベッドから立ち上がり、くすぐるのを止めようとしない真理恵を止めに入る。彼女と入れ替わるように、今度は清霜がエクスの隣に座る。

 

「エクスさん」

 

「何、清霜?」

 

清霜は最初にエクスと会った時と同じ満面の笑みを彼女に向ける。

 

「これからよろしくね!」

 

「あぁ、よろしく」

 

さっきも言ったけどなと内心でつっこんでから、エクスは手に持っていた3個目のおにぎりを食べる。すっかり冷めているはずなのに、なぜか身体がとても暖かくなるのを感じた。

 

 

To be continued...



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性能試験①

 

 

日本国 横須賀鎮守府

 

 

3月某日、この日の横須賀の天気は快晴。

 

春の太陽はあらゆるものに対して一切の区別なく優しい光を注ぎ、海鳥の鳴き声が合唱となっていたるところから聞こえてくる。

 

ここは横須賀、ひいては首都を含む周辺海域の守りを任された戦士たちが暮らす鎮守府。その広大な敷地を持つ施設の前に広がる青一色の海に、黒い点が一つ確認できる。

 

その黒い点は人だった。軍艦の主砲が三つ付けられた金属の塊を背負った、ポニーテールに纏められた赤い髪が特徴の美少女。少女はあらゆる物理法則を無視するかのように、水面の上に立っていた。

 

少女の名は『エクス』。とある理由でこの地球という世界へ”艦娘”として召喚された異界の戦艦である。ここ横須賀鎮守府の提督『梶ヶ谷 真理恵』の提案で、彼女がこの鎮守府でお世話になることになったのはつい昨日の事だった。

 

「…風が気持ちいい」

 

海風がエクスに向かって吹く。彼女は目を閉じそれを全身で受け止め、ぽつりと感想の声を漏らした。海から吹く風とはこんなにも心地良いものだったのかと…。

実体化して間もない彼女にとって、感じるもの全てが初めてのものであり、とても新鮮な気分であった。

 

「本当に不思議だな。この艤装という物を着けると海の上に立つことができるなんて」

 

エクスは自分が背負っている艤装を見て呟く。提督の話によると建造されたときに自分が背負っていた物で、これを背負って海に入ると地面の上と同じように立ったり、歩いたりできるとのこと。初めは半信半疑だったが、実際に試したところ、本当に出来てしまった。

 

最初は驚いたが、すぐに慣れてしまった。おそらく、自分が元船だからだろう。”立っている”というよりは”浮かんでいる”感覚であった。

 

「しかし、いきなり艤装の性能試験をやることになるなんて……うまくいくだろうか?」

 

エクスは不安になりながら自分の右側にある主砲に手を置き、問題なく試験を終わる事を祈る。

 

なぜ彼女がこのようなところにいるのか?それは早朝にまで時間を遡る。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

――エクスがこの世界にやって来た次の日。

 

医務室で一晩過ごしたエクスは、鳳翔が作ってくれた朝食を食べ終えた後、彼女と取材目的でやって来た重巡『青葉』の案内で艦娘寮へと向かった。

 

ちなみに提督と霞は早朝から会議があり、清霜も深夜から遠征に出ているため、朝から医務室に来る事はなかった。

 

青葉の質問に答えながら歩くこと数分。エクス、鳳翔、青葉の3人はエクスに充てられた部屋の前に着いた。鳳翔が持っていた鍵でドアを開けて中に入り、エクスと青葉も彼女の後に続く。

 

「わぁ…」

 

部屋の中はベッドや机など、生活に必要な最小限の家具しか置いてなかったが、壁や天井はブラウンを基調とした暖色でまとめられており、全体的に暖かい雰囲気だった。

 

「ふふっ、気に入っていただけましたか?」

 

エクスが感嘆の声を上げるのを聞いて、鳳翔はクスリと笑う。

 

「はい、とっても素敵な部屋ですね。…でもいいのでしょうか、こんなに良い部屋を…?」

 

「艦娘だって立派な女の子ですよ?日常に関するものにも気を遣いませんと。戦う立場にあるのなら尚更です」

 

鳳翔はエクスに近づき、先ほど部屋のドアを開けるのに使用した鍵を持った手を彼女の前に出す。

 

「これがこの部屋の鍵です。くれぐれもなくさないようにお願いします。あと他に必要なものがありましたら遠慮なくおっしゃってくださいね?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

エクスが鍵を受け取ったところで、青葉が彼女のすぐ横まで近づいてきた。

 

「それじゃあエクスさん!取材の続きをしてもよろしいですか!?」

 

「ふぇ!?……えぇ、構いませんけど?」

 

横からいきなり顔を覗き込まれ、エクスは驚いた表情をしながらも青葉に肯定の言葉を述べる。

 

「青葉さん、興奮しすぎです。エクスさんが驚いていますよ?」

 

「だって鳳翔さん、異世界からやって来た艦娘なんて珍しいじゃないですか!?今この鎮守府ではエクスさんの話題で持ちきりなんですよ?皆さんエクスさんがどんな艦(ひと)か知りたがっています。”艦隊の広報係”と呼ばれしこの青葉!エクスさんがどんな人か皆さんにお伝えする義務があります!」

 

「分かりましたから青葉さん、少し落ち着いて。ね?」

 

鳳翔が青葉を落ち着かせている横で、エクスは頭を指で掻きながら軽く笑う。

 

「あはは、それにしても取材ですか…。私の事が新聞に載ると思うと…なんだか少し恥ずかしいですね」

 

「いいじゃないですか?この鎮守府で暮らす以上、他の子たちとの交流もありますし。皆さんにエクスさんの事を知ってもらっておいた方が、すぐに仲良くなれると思いますよ?」

 

「あはは、そうですね。…じゃあ青葉さん、取材の方よろしくお願いしますね。鳳翔さん、テーブルは何処にありますか?」

 

「テーブルでしたらこの階の倉庫に買ったばかりのものがいくつか保管してありますから、持ってきてあげますね」

 

「いえ、そこまでしてもらうのは悪いですし、私が取りに行ってきますね。…青葉さん、すこし待っててください」

 

「分かりました!」

 

エクスは部屋を出て、倉庫のある方向を見る。

 

「あれかな、倉庫は?」

 

廊下の一番奥に『倉庫』と書かれたプレートが付いたドアを確認し、そこへ向かって歩き出そうとしたその時。

 

「あ!エクスさん、ここにいたのですね!」

 

「ひう!?」

 

突如後ろから声をかけられ、エクスはビクッと震える。ゆっくりと後ろを振り向くと、そこにはピンク色のロングヘアが特徴の女性が1人立っていた。

 

「あ~、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」

 

「いえ、大丈夫です。…ところであなたは……!!?」

 

エクスは初めて会う女性の顔から女性の服装に視線を向けた途端、その顔をみるみるうちに赤く染めていく。それに全く気付いてないのか、目の前の女性は彼女に自己紹介を始める。

 

「エクスさんはあの時気を失っていましたから、初めて会いますよね?はじめまして、私は工作艦『明石』と申します。艤装の点検や装備の開発など、前線で戦う艦娘たちのサポートを行っています。よろしくお願いしますね」

 

「は…はい、戦艦『エクス』です。…よろしくお願いします」

 

「ん?どうかしましたかエクスさん?私の服に何かついて……」

 

顔を赤くしながら返事をするエクスを見て、様子がおかしいと思った明石は彼女の視線の先を見る。

…明石のスカートの、両側に開いた穴から見える肌の部分。

 

「ひゃ…!!?」

 

エクスが何を見て恥ずかしがっているのか理解した明石は一瞬で顔を真っ赤に染め、慌ててスカート両側に開いた穴の部分を手で隠す。

 

「あ、あの……お願いです。これについては気にしないでくれませんか…?」

 

「あっはい…」

 

明石は一回ゆっくりと深呼吸してから、話を再開する。

 

「えっと、実はエクスさんにお願いがあって来たんです」

 

「お願い…ですか?」

 

「はい、エクスさんがこの鎮守府に来た時、あなたが背負っていた艤装の事は聞いていますか?」

 

「はい、提督たちから聞いています。たしか明石さんが預かっている、とのことでしたが」

 

「えぇ、エクスさんの艤装は私の工廠に置いてあります。お願いというのはその艤装の性能試験に協力してほしい事なんです」

 

「性能試験ですか?」

 

「はい、艤装が正常に動くかどうか、エクスさんに実際に動かしてもらって確認する必要があります。この後すぐやろうと思っていますので、時間の方は大丈夫ですか?」

 

エクスが口を開こうとした時、彼女たちのすぐそばのドアが開き、青葉が廊下に出てくる。

 

「良いこと聞きました!明石さん、取材も兼ねて青葉も同行してよろしいですか?エクスさんの戦う姿を間近で撮影したいので」

 

「青葉さん。…えぇ、私は構いませんが、エクスさんはよろしいですか?」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

「ありがとうございます。…あっ、鳳翔さん!」

 

明石はエクスの了解を得たところで、青葉と一緒に廊下に出てきた鳳翔に声をかける。

 

「はい、何でしょうか明石さん?」

 

「エクスさんの艤装の性能試験をやるので、標的機の射出役をお願いできますか?」

 

「分かりました。早速準備してきますね。ではエクスさん、また後で」

 

「はい、案内ありがとうございました」

 

鳳翔は自身の艤装が保管されている出撃ドックへと向かって行った。

 

「では、まずはエクスさんの艤装を取りに行きましょう。工廠まで案内しますから、ついて来てください」

 

「分かりました」

 

エクスも明石の案内で工廠へと向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

そしてエクスは工廠で受け取った艤装を背負い、出撃ドックから出港した。鎮守府前の海上に移動し、指示があるまでこの場で待機する事になった。

 

「今日はよろしく頼むよ、みんな」

 

誰もいないはずの海上でそう言うと、艤装の中から数人の小人が出てきてエクスに向かい敬礼する。明石の話によると、彼女たちはエクスの艤装に宿った妖精たちで、どの艦娘の艤装にも必ず何人かいるのだとか。彼女たちの主な役目は砲弾を込めるなど、艤装内部から艦娘たちの補助を行うことだと言う。

 

(妖精と聞いて、前に港町カルトアルパスへ観光に来た羽を生やした小人みたいな姿の妖精族を想像していたけど、子供が描いた絵みたいな妖精もいるんだな)

 

エクスは不思議に思いながらも、彼女たちに笑顔で返答する。

 

「エクスさーん!!」

 

その時、エクスの名を呼ぶ声が聞こえてきた。声のした方向を見ると、鎮守府の方から艤装を着けた青葉が慌てた様子で近づいてくる。

 

「青葉さん!」

 

「はぁはぁ……も、申し訳ありません!艤装に少しトラブルがあったので遅れちゃいました!」

 

「大丈夫ですよ、まだ始まっていませんから」

 

「そ、そうですか?よかった~、てっきりもう始まっていると思って機関出力最大にして来ちゃいましたよ」

 

青葉は呼吸を整えると、持っていたビデオカメラをエクスに向ける。

 

撮影が始まった直後、無線にノイズが走った。ノイズは次第に鮮明な女性の声に変わっていく。

 

『エクスさん、こちらの声は聞こえていますか?』

 

声の主は明石だった。エクスは彼女の質問に答える。

 

「はい、聞こえます」

 

『こちらの準備が整いましたので、これより艤装の性能試験を始めますね』

 

明石は無線でエクスに試験の大まかな流れを説明する。試験の内容は、主に機関部やレーダーなどの装備の動作確認や、標的に対する試射となっている。

エクスが現在いる鎮守府正面海域には、訓練用に様々な仕掛けが海底に施されている。それらの仕掛けは海底ケーブルで明石がいる工廠の隅に設けられた制御室と繋がっており、そこから制御盤を操作することで動かすことができる。

 

『いや~、しかし昨日エクスさんの艤装を点検した時は驚きました。何せ中は見たこともない回路のような模様がいたるところに刻まれていて、どこをどう弄ればいいのか全く分かりませんでしたから…。もし提督がいなかったら、整備もままらなかったですよ』

 

「え?提督が整備をしたのですか?」

 

『はい、そうです。あっ、今私の隣にいますよ?」

 

『は~い、エクスちゃ~ん』

 

無線機から新たに真理恵の陽気な声が聞こえてきた。

 

「あっ、提督さん。おはようございます」

 

『おはよう、今日は朝から忙しかったから会えなかったけど。どう?昨日はよく眠れたかしら?』

 

「はい、お陰様で。用意してくださった部屋もとても素敵でした。本当にありがとうございます」

 

『どういたしまして。…さて、話を戻すけど、さっき朝の会議が終わって次の仕事まで少し時間があるから、私も性能試験の様子を見させてもらうわね』

 

プロペラのまわる音が聞こえてきた。

音のした方向を見ると、鎮守府から黒い点がこちらに向かって近づいてくる。黒い点はしだいに黄色を基調とした、ラジコン並の大きさのレシプロ航空機の姿となってエクスと青葉のいる海域上空に達する。

その航空機にはカメラが付いており、こちらの様子をモニタリングできると真理恵は説明する。

 

だがエクスはその航空機を見て驚愕している真っ最中であり、彼女の説明など全く聞こえていなかった。

 

(…!!あの航空機、ムーやグラ・バルカス帝国の飛行機械と同じように機首に風車が付いている!?)

 

その航空機は色や大きさの除けば、自分たち第零式魔導艦隊を襲ったグラ・バルカス帝国のアンタレス型艦戦やシリウス型艦爆、リデル型艦攻に非常に酷似していた。

 

(くっ………!)

 

嫌な記憶が蘇る。冷や汗が頬を流れ、手が震える。エクスは自分や仲間を沈めた忌々しい飛行機械によく似たそれを鋭い目つきで睨みつけた。

 

「どうしました、エクスさん?」

 

「はっ!?…あっいえ、すいません。ちょっとボーッとしてました」

 

傍にいた青葉に声をかけられ、エクスは現実へと引き戻された。

 

(…あれは私たちではなく飛行機を睨んでいたわね)

 

真理恵はエクスが先ほど見せた行動の意味をある程度理解していた。前にも航空攻撃で沈んだ艦娘の一部がレシプロ航空機を見たとき、彼女と似たような反応を示していたことがあったからだ。ちなみにその中には真理恵の秘書艦である霞も含まれている。

 

『さて、まずは軽い試験航海も兼ねて機関の動作確認から行いましょう。その場所から沖に向かって数キロほど進んだところに標的を用意しています。先ほどドックからその場所まで移動してきた時と同じように、自分のペースでそこまで進んでください。標的のところまでたどり着いてから次の指示を出します』

 

「了解しました」

 

『ドックでも言いましたが、艤装を動かすには艦娘本人がイメージする事が大切です。主砲を動かしたければ主砲が動く場面を想像する、機関を動かしたければその場面を想像する、といったように頭の中でイメージする事で艤装を自分の想像通りに動かすことができます。……ではよろしくお願いします』

 

「エクスさん、何かあった時は青葉もお手伝いしますね?」

 

「ありがとうございます、青葉さん。…では、いってきます」

 

『いってらっしゃい』

 

エクスは真理恵の言葉に軽く頷いて、乗組員たちが自らの魔導機関を始動させるシーンを思い出す。

 

(大丈夫、さっきもできた。どうか動いてくれ…)

 

彼女は足に装着された機関部を見ながら心の中で祈る。その祈りは通じ、水の中に隠れたスクリューが高速回転を始め、足の周りに気泡が大量に発生する。

 

「!…やった、動いた!!」

 

無事に魔導機関を動かす事ができたエクスは、嬉しさのあまり思わずテンションが上がる。まるで新しいおもちゃをもらった子供のように喜ぶ彼女を見て、3人も思わず笑顔になる。

 

彼女の体はゆっくりと前に向かって進み始める。スクリューの回転速度を上げ、少しずつスピードを上げる。

 

「えっと、進行方向を変えるには……」

 

エクスが今向いている方向は東。標的があるポイントは南にあるため、進路変更する必要があった。航海長が面舵をとるシーンを頭の中で浮かべ、舵を右へ回す。

 

エクスが無事発進できた事を確認してから、青葉も自らの機関を始動させ、カメラを構えながら彼女の後に続く。上空を飛んでいた航空機も、彼女をカメラで写しながら後を追った。

 

 

To be continued...



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性能試験②

「~~~♪」

 

エクスは口笛を吹きながら海を進む。横から青葉がカメラを向けてこちらの顔を撮影しているが、お構いなしに歌い続ける。

 

「エクスさん、とっても嬉しそうですね。なんだか青葉も嬉しくなってきました!」

 

「だって、海を走るってこんなにも気分が良い物だったなんて、……やっぱり私は船なんだなって、…そう思いました」

 

「あはは、その気持ちよく分かります。青葉も最初はそうでしたから」

 

青葉と話をしていると、艤装の中からピョコっと妖精たちが数匹出てきて風に当たる。

 

「みんなも風に当たりに来たんだな。艤装の方はどう?何か異常はない?」

 

エクスが尋ねると、妖精たちは口で答えられない代わりに魔導砲の上に乗り、ぴょんぴょんと跳ねる。

 

「あはは。そっか、問題なしか。教えてくれてありがとう」

 

その可愛らしい行動に思わず笑みを浮かべながら、彼女たちの頭を優しく撫でてお礼を言う。

 

「…本当に不思議ですね、この子たちは。言葉は話せないのになぜか何を伝えたいのか分かるのですから」

 

「この子たちは青葉たちの艤装の装備一つ一つに宿っている存在と言われています。いわば青葉たちの一部と言っても過言ではありません。だから何を言いたいのか分かるのだと思います」

 

「へぇ~、そうなんですか…」

 

「……おや?見えてきたようですね」

 

青葉の視線のはるか先には、海の上にぽつんと立っている赤い道路標識のような物の姿が確認できた。

 

「あれが、明石さんが仰っていた標的ですか?」

 

「はい、あれになります。あそこまでたどり着いたら次の指示があるまで待機でお願いしますね?」

 

「了解しました。…よし、あそこまでもうちょっと加速してみるか!」

 

「あっ、ちょっと待ってくださいエクスさん。マイペースにとは言われてますがあまり無理をするのもダメですよ!」

 

「分かってますって、ほんの少しだけですから。…さあ、みんな!しっかり掴まって!」

 

エクスの言葉を聞いた妖精たちは慌てた様子で艤装の中へ入っていった。機関出力を上げ、さらにスピードを上げる。速力は30ノットに達し、巡航速度で航行していた青葉をしだいに引き離していく。

 

「ああああぁ、エクスさん!スピード出し過ぎです!」

 

「あ…!?しまった通り過ぎ……あれ、止まらない!?わっ、わわっ!?」

 

船は急には止まれない。速度を下げてから完全に停止するまでかなり時間がかかる。艦娘は人間と同じ姿のため船だった頃と比べて一定のスピードまでなら急停止などもある程度可能だが、あまりに速く動いている場合は例外である。

案の定、エクスは標的があるポイントで止まることができず通過してしまい、慌てて止めようとしてバランスを崩し、海面に思いっきり尻餅をつく。

 

「いつつ…」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

慌てて青葉が近づき、転んだ彼女の腕を掴む。

 

「は、はい…。すいません」

 

エクスは涙目で彼女に礼を言いながら、ゆっくりと立ち上がる。今度は先ほどの半分以下までスピードを落としてから、目的地へと向かう。

 

「しかし、さっきはかなりの船速でしたね。ざっと30ノットくらいでしょうか?」

 

目的地への到着後、エクスと青葉の二人はそこで次の指示が入るまで雑談することにした。

 

「そうですね、体感的にはそれくらいだったと思います」

 

「おぉ!だとしたらエクスさんも金剛さんと同じ高速戦艦ですね!」

 

「コンゴウ?」

 

初めて聞く艦娘の名にエクスは首をかしげる。

 

「はい!エクスさんと同じ戦艦で、エクスさんが来るまではこの鎮守府唯一の戦艦娘だった人です。彼女も30ノットの高速で航行する事が出来るんですよ!」

 

「へぇ~、私以外の戦艦か~。会ってみたいですね」

 

「この性能試験が終わったら青葉が金剛さんの部屋まで案内しますよ。今日の彼女は非番ですから、部屋で紅茶を飲んでいると思いますし」

 

「ありがとうございます。その時はお願いしますね」

 

エクスは自分と同じ戦艦だと言う「金剛」という名の艦娘がどんな人物か思いを巡らす。

 

 

 

――――

 

 

 

横須賀鎮守府 工廠 制御室

 

 

「…見たところ機関部に異常はないみたいね」

 

真理恵は上空を飛ぶ航空機に装備されたカメラを通じ、目的地で雑談しながら待機しているエクスと青葉を見ながら明石に話しかける。明石は制御盤を操作しながらゆっくりと頷く。

 

「はい、途中から一気に加速していたみたいですが、それでも機関に何らかの問題があるようには見えませんでした。…まぁ、本人の感想を聞かないことはどうにもならないですけど」

 

「それもそうね。…次は舵の動作と機動性の確認だったかしら?」

 

「はい、今準備をしているところです。もう少しで終わります」

 

明石が制御盤のモニターのすぐ横に付いた黒いスイッチを押すと、エクスと青葉がいる地点から少し離れたところに棒に付けられた円形の的が多数、彼女らに対して縦一列に並べられるように海中から姿を現した。

 

『ひぅ…!…な、なんだ!?』

 

それに驚いたエクスが短い悲鳴を上げる。少し動揺している彼女と、その姿を撮り逃すまいと青葉が彼女に再びカメラを向ける場面を、真理恵は新しいおもちゃを見つけた子供のように無邪気な笑顔で見る。彼女は目をしいたけのように輝かせている。

 

「へぇ~、エクスちゃんって驚くとあんな可愛い声出すんだ~。よ~し、今から無線越しに『わっ!』って驚かしてもう一度あの子の可愛い悲鳴を聞いてみよっか~」

 

「やめてあげてください」

 

真理恵が無線機を掴もうとしたところで明石がそれを取り上げる。「む~、いいじゃな~い!ケチ!」とわざとらしく頬を膨らませながら文句を言う彼女を無視して、明石は無線のスイッチを入れる。

 

「エクスさん、聞こえますか?」

 

『はい、聞こえます』

 

「先ほどその地点まで移動しましたが、機関に何か違和感とかありませんでしたか?」

 

『大丈夫です、問題ありません』

 

「分かりました。では次に舵の動作と機動性の確認に入りますね。今海中から的が出てきたのを確認したと思いますが、あの並べられた的の間をジグザグに縫うように航行してください」

 

『了解しました』

 

指示を受けたエクスは機関出力を上げ、的のある方へと前進する。少しぎこちないが的の間を縫うように航行し、最後尾の的にたどり着いた。明石はそれを確認してから、今度は行きよりも速度を上げてジグザグ航行するよう彼女に指示を飛ばす。途中で転倒したもののすぐに起き上がり、無事に元いた地点にたどり着く。

 

「どうですかエクスさん、舵の利きは?」

 

『はい、問題なく動きます。機関の方もこれといって違和感はありませんでした』

 

「分かりました。ではこれにて機関部の動作確認は完了です。次の準備に入りますので、しばらくお待ちください」

 

明石は一度無線を切り、別の場所で待機している一人の艦娘に通信を繋いだ。

 

 

 

――――

 

 

 

横須賀鎮守府 埠頭

 

 

和服姿の女性が1人、出撃ドックから少し離れた埠頭に立っていた。女性は目の前に広がる海を見つめるように眺めながら、明石からの通信が入るのを待っていた。数十分前に開始を知らせる無線が入ったので、そろそろこちらにも指示が入る頃だろう。

 

すぐそばでタブレット端末を持っている少女が女性に話しかける。

 

「もうそろそろみたいですよ」

 

「えぇ」

 

話しかけられた鳳翔は重巡『古鷹』に顔を向け、短く返事をする。

 

 

 

今日は非番で暇だった古鷹は、気分転換に散歩でもしようと埠頭までやって来たところ、艤装を身に着けた鳳翔がそこで立っているのを見つけた。不思議に思った古鷹が理由を尋ねたところ、鳳翔は昨日建造された例の艦娘の艤装の性能試験を行うためにここで待機していると答えた。

 

(昨日建造された艦娘って……、あの赤髪の人ですよね…?)

 

その話を聞いて、古鷹は昨日の出来事を思い出した。

提督が魔法を発動しようとして失敗し、爆発で滅茶苦茶になった建造ドック。しかし建造自体はうまくいったらしく、壊れ掛けの建造機械の中には戦艦娘らしき赤髪ポニテの少女がいた。意識がなく救出された後は医務室へと運ばれていったが、一部を除いて面会謝絶となってしまったため、あの時以降多くの艦娘があの少女に会うことはできなかった。みんな彼女がどんな艦娘か気になり、昨日の夕食でもその話題で持ちきりとなった。

 

(やれ『未来から来た艦娘』だとか、そういった意見もありましたが…実際のところどうなんでしょう…)

 

食事中色々な意見が飛び交うことになった。上記のような荒唐無稽な意見が出てきた時には『どこの漫画の話ですか…』と内心呆れながらツッコんだが、古鷹も件の艦娘に対して好奇心を抱いていた。そのため彼女はその性能試験に強い関心を持ち、その様子を見ていこうと思った。

 

 

 

鳳翔から受け取ったタブレット端末の画面には、航空機のカメラを通して性能試験を受けているエクスの姿が映されている。実際には未来どころか全く違う世界からやって来た艦娘だという事を知ったとき、あまりにも非現実的な話ゆえに古鷹の思考は一瞬停止した。

 

「…まさか異世界からの艦娘だなんて……それも魔法が当たり前に存在する世界から来て、しかも彼女の艤装が魔法で動いているだなんて、…今だに信じられない気分ですよ」

 

古鷹は童話に出てくるお伽噺のような世界を想像する。

 

「ふふっ、私も最初は古鷹さんみたいな気持ちでしたよ。…なぜかあっさりと受け入れてしまいましたけど」

 

「え、どうしてです?」

 

「私たちは元々実体のない船魂。そんな私たちが今こうして艦娘として実体を持った存在になっている。……不思議だと思いません?霊的な存在を実体化させる事など、現代の人類の科学力でも不可能なはずだと私は思います」

 

「?じゃあなぜなんでしょう?」

 

「私たちの実体化……いえ、艦娘化という現象が、もし魔法という不思議な力によるものだとしたら?」

 

「私たちの実体化も魔法だと仰るのですか?それはさすがに………」

 

鳳翔の言っている事はあくまで仮説にすぎない。自分達は人類の全ての科学技術について把握できてるわけではないのだから。もしかしたら自分たちの知らない技術が使われているだけかもしれない。そう思ったがなぜか古鷹もその意見に納得してしまいそうになり、否定しようとする声が徐々に小さくなっていく。

 

「あくまで私の仮説ですよ?でも霊的な存在の私たちがこうして実体化できるのです。魔法が存在する異世界があっても何ら不思議なことではないかもしれません」

 

「う~ん…、たしかに言われてみればそうですけど…」

 

腕を組んで考える姿勢になる古鷹。そんな彼女を横目に鳳翔は自分の弓の調子が良いか触れて確かめる。

 

その時、無線にノイズが走った。どうやら時間になったらしい。

 

『こちら明石です。鳳翔さん、演習機の発艦をお願いします」

 

「分かりました」

 

指示を受けた鳳翔は即座に発艦準備に入る。彼女が背負っている筒の中には矢が複数本入っている。その中から黄色い矢羽が付いた矢を一本取り出し、矢筈を弦に引っ掛ける。

 

「妖精さん達、お願いしますね」

 

矢に向けてそう言ってから、鳳翔は弓矢を斜め上空へと向けて構える。その姿は普段のほんわかとした雰囲気が嘘のように消え失せ、凛々しさを感じさせる。突如吹いた風がそれを一層引き立たせる。そばで見ていた古鷹も、彼女のそんな姿に若干頬を赤らめながら感嘆の声を出す。

 

「行きますよ…。第1演習隊、発艦!」

 

掛け声とともに、蒼空へと矢が射出された。放たれた矢はしばらく風を切るように飛翔した後、突然閃光に包まれる。その閃光は6つに分裂し、6機の黄色い航空機に姿を変える。

 

「第2演習隊、発艦!」

 

鳳翔はさらにもう6機の演習機を発艦させる。合計12機の航空機は編隊を組み、プロペラによる轟音を響かせながらエクスがいる南方向へと向かう。

 

「さて……」

 

海風でたなびく自身の髪を右手で押さえる。

 

「異界の艦娘の実力……、見せてもらいますよ」

 

しだいに小さくなっていく艦載機たちを見ながら、鳳翔は不敵な笑みをこぼした。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「………レーダーに感あり。さっき言ってた演習機だな…」

 

エクスの頭に付いている魔力探知レーダーが、鎮守府のある北からこちらに向かって接近してくる演習機、それに搭乗している妖精の魔力を探知する。エクスは目標を捉えた方向の空を睨んだ。

 

次に行うのは武装の動作確認、もとい自身の戦闘能力の把握である。これは演習用の航空機を使用した対空戦闘と、先ほどジグザグ航行した的に対する主砲による砲撃に分けられる。今から行うのは前者の方である。つい先ほど通信してきた明石の説明によると、鎮守府で待機している鳳翔から発艦した演習用の黄色い航空機がこちらに向かって来ており、艤装の対空兵装を使用して演習機の編隊に撃墜判定を出してほしいとの事だった。

 

因みにこの演習機、工廠妖精と提督の協力もあって被弾すると実際に墜落はせず、撃墜判定を示すため機体の色が黄色から赤色に変化するという謎仕様になっており、また爆弾に見立てた煙幕入りの模擬弾を胴体下に装備して実戦さながらの急降下爆撃を行う事ができるという。

 

明石との通信を終えて、エクスはすぐさま魔力探知レーダーを起動させた。起動してしばらくすると、鎮守府からいくつもの輝点が現れる。

 

「…目標、方位角15°。…数12。…速度430km/h」

 

試験とはいえ、艦娘になってからの初の戦闘に緊張しながらも、エクスは捉えた目標の情報を口に出していく。レーダーに映っている目標の動きから、目標は編隊を6機ずつ2つに分けているようだ。先行の6機より少し後方に離れたところを、残りの6機が飛行している。

 

「よし、やるか!…対空戦闘用意!!」

 

鎮守府からここまでは大した距離ではない。航空機ならあっさり到達してしまう距離であり、のんびりしている時間はなかった。エクスは気合の入った掛け声とともに、対空戦闘の準備に入る。青葉は彼女の邪魔にならないよう、遠く離れたところからその様子を撮影する。

 

「対空魔光砲、魔力回路起動。呪文の自動詠唱および魔力充填開始。魔力の属性比率、雷15、風65、炎20」

 

艤装側面にハリネズミのごとく設置されている計26基の対空魔光砲―――アクタイオン25mm連装魔光砲―――が、その細長い砲身を接近中の編隊へと指向する。編隊は既に肉眼でもそのシルエットが確認できるほどに接近していた。演習機から発せられるプロペラの音が次第に大きくなり、エクスのいる場所にも聞こえてくる。

 

「…70%…90%……充填完了。…自動詠唱完了。射撃モード、『連射』に切替。……発射準備完了!」

 

発射口が赤く光輝き、小さく赤い粒子状の光が発射口に吸い込まれていく。既に編隊は対空魔光砲の射程内。

 

「対空戦闘、撃ち方始め!!」

 

エクスが号令を出すと同時に、対空魔光砲から膨大な数の光弾が高速で撃ち出される。多くの属性魔法を纏った魔導弾は、一瞬にして青い空を赤く染め、幻想的な風景を創り出す。

 

「わぁっ、すごいです!!こんなに真っ赤な弾幕は初めてです!」

 

その様子を撮影していた青葉は、今まで見た事ないほどの凄まじい弾幕に興奮を隠せない。

 

 

 

――――

 

 

 

横須賀鎮守府 埠頭

 

 

「………っ!!?」

 

古鷹もエクスが形成する真っ赤な弾幕に目を見開いて驚く。鳳翔は即座に航空隊を散開させ、対空魔光砲の射程外へと退避させる。だが1機だけが間に合わず被弾して爆発。爆発に巻き込まれたその航空機は傷一ついていなかったが、撃墜判定を受けて機体の色が赤に変わっしまったため離脱する。

 

(な、なんて凄まじい対空砲火なの!?すごすぎます!これはさすがに鳳翔さんの艦載機の子たちも……)

 

迂闊に近寄れない。そう思いながら古鷹は横にいる鳳翔の顔をちらりと見る。驚く古鷹とは対照的に、彼女は落ち着いた表情のままじっと海を見ていた。

 

(鳳翔さんはすごいな…。あれほどの攻撃を前に一瞬も怯まないで冷静に指示が出せるなんて…)

 

「……なるほど」

 

「……へ?」

 

唐突に何か納得したかのような声を出した鳳翔に、思わず間の抜けた声を出す古鷹。タブレットの画面に目を向けると、今まで対空砲の射程外で旋回していた演習機が次々と赤い弾幕へと突入していく。

 

「…確かにすごい弾幕ですね、エクスさん」

 

「……鳳翔さん?」

 

「……ですが」

 

一回言葉を切ってから、鳳翔は再び口を開く。

 

「どんなに見た目がすごくても、”そのような”弾幕では私の子達は落とせませんよ?」

 

鳳翔はここにはいないエクスへ語りかけながら、ふふっと笑う。古鷹にはその姿が強者の余裕とも見て取れた。

 

「不覚にも1機が撃墜判定を受けましたが、…次はもうありません」

 

 

 

――――

 

 

 

自分たちが沈められた時は200を超える数の航空機が相手だったが、今回はわずか12機。この程度の機数なら自分一人でも問題なく対処できるだろう、当初エクスはそう考えていた。

 

「…くっ、そんな!?全く当たらない…!?どうして…!?」

 

だが現実はそうはいかなかった。最初の1機に撃墜判定を与えることができたものの、残りの11機は散開し、弾幕をうまくすり抜けてこちらに接近してくる。これほどの弾幕密度を前に、彼らはまるで余裕とでも言わんばかりの動きで魔導弾をかわしてくる。言葉通り全く当たらない自分の攻撃に、エクスは焦りと苛立ちを覚え始める。

 

やがて最初の1機が爆弾投下地点まで到達し、エクスに向けて模擬弾を投下した。模擬弾の落下音が高音となって海上にこだまする。

 

「くっ…!!」

 

エクスは面舵をとってそれをかわす。海面に着弾した衝撃で水柱が上がり、水しぶきが体にかかる。艤装を着けているため濡れる事はなかったが、顔にかかった海水が一時的に彼女の視界を遮り士気を低下させる。

 

「…当たって!」

 

願いを込めて新たな25mm魔導弾を放つが、演習機たちは最低限の動きのみで全てかわし、模擬弾を次々と投下していく。どの方向に舵を切っても必ず被弾するように投下されたそれらを前に、彼女はなす術なく被弾していく。

 

「ぶはっ…!!」

 

模擬弾は直撃する瞬間に二つに割れる。中から出てきた白い煙幕が彼女の身体全体を包み込む。視界を遮られた彼女に、残りの機が容赦なく模擬弾を投下していった。

 

 

 

――――

 

 

 

制御室

 

 

「……あらら~、これは…」

 

エクスの対空戦闘の様子を見ていた真理恵は、何かに気付いたのかそのような言葉を発する。

 

「鳳翔さんの艦載機の子たちは本当にすごいですね…。あんなに凄まじい弾幕をかわしてしまうなんて…」

 

「遠くから見ればそう見えるだけよ」

 

「?どういうことです、提督?」

 

明石は彼女の言っていることが分からず、首をかしげる。

 

「…あの子は散開している演習機を全機まとめて撃ち落そうとしている。そのせいで1機あたりに使用している対空砲の数が少なくなっているの。その上一部の対空砲は一番近い敵機ではなく、遠くにいる敵機を相手にしている。だから命中率が著しく低くなっているわ。……それともう一つ要因があるけれど、明石はそれが何か分かるかしら?」

 

「え?他にも何かあるのですか?」

 

明石はモニターに映るエクスと演習機の様子を観察する。エクスの対空魔光砲から撃ち出された一発の魔導弾が演習機のすぐ横を掠め、そのまま爆発することもなく虚空の彼方へ消えていく。

 

「あの対空砲弾……近接信管でも時限信管でもない…?」

 

「…その通りよ。さっきの撃墜判定から考えて、あの対空砲弾はおそらく全部触発信管だと考えられるわ。つまり、きちんと当てなければ意味がない。確実に当てるためには何機かに攻撃をしぼって集中砲火した方が効果的なのに、まとめて撃ち落そうとするから1機あたりの弾幕密度が小さくなってしまった。結果ただでさえ練度が極めて高い鳳翔の飛行隊を撃ち落すことができず、被弾を許してしまったのよ」

 

でも、と言ってから、真理恵は再び口を開く。

 

「逆に言えばさっき言った通りの戦い方をすれば、相当数の敵機を撃ち落すことも可能だわ。まぁ、それでも鳳翔の艦載機たちを落とすのは容易ではないでしょうけど…。あの子の対空砲、炸裂魔法のおかげで高角砲並の威力を持つ砲弾を機関砲みたいに撃てるみたいだから、対地攻撃に使えば相当効果があるでしょうし、うまくやればかなり優秀な防空艦にもなれるわ」

 

「しかし提督、彼女はまだ深海棲艦と戦うことを了承してないですよ」

 

「分かってるわよ。もし彼女が一緒に戦ってくれればの話で言っただけだから。…そりゃできればそうして欲しいけど、私は無理強いするつもりはないし、そこは彼女の意思を尊重するわ」

 

モニターには最後の1機がエクスに対して模擬弾を投下し終え、離脱する様子が映されていた。

 

 

 

――――

 

 

 

攻撃を終えた演習機11機は、全機が鎮守府の方へと飛び去って行く。エクスが被弾した模擬弾は6発、対して撃墜判定を下す事ができたのはたったの1機。彼女の惨敗であった。

 

「………」

 

飛び去って行く航空機の音をBGMに、エクスは下を俯いたまま黙っていた。

 

「エクスさん…」

 

青葉が心配そうに近づいて声をかけたが、彼女は黙ったままだ。

 

(…悔しい。こんなに悔しい思いをしたのは初めてだ。まさか、こんなに自分の実力が低いとは思わなかった…)

 

顔を上げ、もはや小さな黒い点にしか見えない航空機をじっと見る。その目には強い光が宿っていた。

 

(…このままじゃダメだ。もっと自分を鍛えなきゃ…)

 

提督、霞、鳳翔、そして清霜。昨日来たばかりの自分を仲間と呼んで迎え入れてくれた彼女たちの事を考える。今回の戦闘で、今の自分の実力では到底彼女たちを守りきれないと痛感する。…だがむしろ自分の実力がどの程度なのか早い段階で分かってよかった。おかげで鍛えられる時間が増えるのだから。

 

「エクスさん?」

 

「大丈夫ですよ、青葉さん」

 

エクスは青葉の方へ顔を向け、笑みを浮かべる。

 

「次の私はもっと強くなっています。今回のようになるつもりはありませんから」

 

エクスはこの悔しさをバネに強くなることを決意する。あの時と違って今の自分には守るために必要な要素が揃っている。あとは自分がそれをどれだけ生かせるかだ。

 

「…そうですか」

 

青葉もエクスのその様子を見て笑みを浮かべる。

 

その時、明石から通信が入る。

 

『エクスさん、お疲れ様です。兵装は問題なく稼働していましたか?』

 

「はい、問題ありませんでいた。まあ、結局1機にしか当てられませんでしたが」

 

『あはは。まぁ、鳳翔さんの飛行隊は一騎当千の強者ぞろいですからね…。皆さん着任した時は今回のエクスさんのようにかなりしごかれていましたよ』

 

「あの航空機は鳳翔さんの艦載機だったのですか?」

 

『はい、そうです。ちなみに鳳翔さんは霞さんと並ぶ横須賀鎮守府最高練度の艦娘なんですよ』

 

エクスは先ほどの戦闘シーンを思い出す。あの時の演習機はこちらの弾幕を最低限の動きのみでかわしており、練度の高さがうかがえた。艦娘としての鳳翔がどれだけすごいのか、彼女は改めて痛感した。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

制御室

 

 

「では最後に砲撃を行ってもらいます。主砲を使って海上に出ている的を全て攻撃してください」

 

『分かりました』

 

最後の試験に移り、エクスが主砲の発射準備に入ろうとしたその時だった。

 

ビーッビーッ!

 

突如けたたましいアラーム音が部屋じゅうに響き渡る。

 

「!これは、…緊急回線!?」

 

緊急回線とはその名の通り緊急事態が発生した時に使用される回線で、訓練以外で使用されたことは一度も無い。本日これを使用した訓練が行われる予定はなく、通信してきた相手に本当の危機が迫っていることを意味していた。

 

「明石、早く回線を開いて」

 

「は、はい!」

 

突然の事に動揺する明石に真理恵は冷静に指示を飛ばす。指示を受けた彼女は急いで回線を開く。

 

『繋がった!こちら天龍だ!まずいことになっちまった!』

 

通信相手は深夜から駆逐艦たちを率いて遠征に出ていた軽巡『天龍』だった。その声には焦りが混ざっている。

 

「こちら明石です。どうしましたか、天龍さん!?」

 

『帰投中に深海棲艦に見つかってしまった!戦艦ル級2隻含む艦隊6隻が俺たちをしつこく追尾してきている!』

 

「なんですって…!?深海棲艦が!?それも戦艦級の!?」

 

驚く明石。真理恵が天龍に指示を出す。

 

「天龍、遠征作戦は中止。担いでいるドラム缶は投棄して、駆逐艦の子たちを率いて全速力で敵艦隊を振り切りなさい。無理して戦ってはダメよ」

 

『…わりぃ、提督。清霜の機関に異常があってな、…25ノットしか出せねーんだ。あいつら30ノットで俺たちを追いかけてきている。振り切れねぇ!』

 

天龍は苦虫を噛み潰したような表情で答える。彼女たち遠征艦隊の現在位置は鎮守府から約40km。哨戒部隊や航空隊なら短時間で到達する距離だ。

 

「分かった。今からそちらに増援を送るから、それまでなんとか持ちこたえて」

 

『了解だ!』

 

一度通信を終了させ、真理恵は鎮守府全体に緊急放送を流す。

 

「緊急連絡。現在遠征部隊が戦艦ル級2隻含む深海棲艦の艦隊の追尾を受けているわ。金剛は非番のところ悪いけど出撃して、哨戒任務中の摩耶たちと合流し援護に向かって。龍驤、鳳翔は航空隊を発艦させて頂戴。他の子たちも艤装を着けていつでも出撃できるように待機しておいて!」

 

続いて真理恵は明石に、エクスと青葉へ通信を繋げさせる。

 

 

 

――――

 

 

 

『…というわけで、試験は中止よ。ごめんねエクスちゃん。…青葉、彼女を連れて一度鎮守府へ戻って来て頂戴』

 

「了解です!」

 

「……」

 

真理恵の説明を聞いたエクスの脳裏に、その遠征部隊にいる清霜の姿が浮かぶ。

 

(あの子が今……沈むかもしれない危機に直面している…?)

 

昨日自分を元気づけようと、おにぎりを作って持ってきてくれた清霜。あんな優していい子が、もしかしたら沈むかもしれない。そう思うと居ても立っても居られなかった。

 

「エクスさん。話は聞いた通りです。鎮守府へ帰りましょう」

 

「……」

 

「…エクスさん?」

 

青葉がエクスに自分の後をついてくるように言うが、彼女は立ち止まったままだ。彼女は無線に手を当て、真理恵に話しかける。

 

「…提督、お願いがあります」

 

『……ダメよ、あなたはまだ艦娘としては素人。行ったところでみんなの足手まといになるわ』

 

真理恵はエクスの意図を察したのか、彼女に対して戦力外通告をする。だがそれでもエクスは諦めないで食い下がった。

 

「分かっています。さっきの戦闘でも自分の実力の低さを嫌というほど理解させられました。……でも嫌なんです。何もできずに…大切なものを失うのは…。またあの時みたいな事になるのが…」

 

あの日、グラ・バルカス帝国航空隊の猛攻で次々と沈められていった第零式魔導艦隊の仲間たち。あの時は何もできず、仲間が沈んでいく様子をただ見ていることしかできなかった。今度はこの世界で出会った新たな仲間たちが、彼女たちと同じ窮地に立たされている。…あの時のような悲劇が繰り返されるのはもうごめんだった。だからエクスは望む……清霜たち新たな仲間を守るために戦うことを。

 

「無理を承知でお願いします。私にも…彼らを助けさせてください!」

 

『………』

 

エクスは上空を飛ぶ航空機に付いたカメラに真剣な表情を向ける。偶然だろうか、彼女の目線は真理恵のそれと見事に重なっていた。しばらく沈黙が続いてから、真理恵はため息を吐く。

 

『…青葉、聞こえてるかしら』

 

「はい、司令官さん」

 

『悪いけど今からエクスと一緒に増援部隊と遠征艦隊の援護に行ってもらいたんだけど、…お願いできるかしら?』

 

「了解です!青葉、全然問題ありません!」

 

青葉はニッと笑ってカメラ付き航空機に向かって敬礼する。

 

「…!提督…!」

 

『ただし、あくまで他の子の援護だけよ。他の子より後方で戦うこと!決して無茶な戦いはしないように!これは頼みではなく提督としての命令だから!分かった?』

 

「はいっ!ありがとうございます!」

 

エクスの表情が明るくなる。

 

『提督、金剛さんが摩耶さんたちと合流、現在北上中の遠征部隊との合流のため南下していきました!遠征部隊との接触まで、後20分ほどだそうです』

 

『分かったわ明石。…エクス、青葉、聞いた通りよ。金剛たちは既に向かっているわ。増援にもう一人の艦娘がもうじき来るから、合流したらあなた達も急いで向かって頂戴』

 

「…増援?」

 

その言葉に首を傾げるエクス。その時、2人の元に1人の艦娘が手を振りながらやって来た。

 

「おーい!」

 

「あっ、古鷹さん!どうしてあなたが?」

 

「提督さんからエクスさんたちと一緒に支援に向かうようにと言われたのです。出撃ドックの近くにいたので、すぐ出撃できました!」

 

「え…?という事は提督さん、…最初から私を…?」

 

『あら~、何のことかしら~?』

 

エクスの疑問に対し、真理恵は普段の間伸びた口調で誤魔化した。古鷹はエクスへと向き直り、自己紹介する。

 

「はじめましてエクスさん。私は重巡『古鷹』と申します。よろしくお願いますね」

 

「エクスです。よろしくお願いします。…あのなぜ私の名前を…?」

 

「実は私も鳳翔さんと一緒にエクスさんの性能試験の様子を見ていたんですよ。昨日から話題になってた人に会えるなんて…私、嬉しいです!」

 

「そうでしたか…」

 

ここで真理恵が2人の会話に横槍を入れる。

 

『おしゃべりは無事に帰って来てからよ?今は急ぎなさい』

 

「了解です!急ぎましょうエクスさん!遠征隊のみんなを助けに!」

 

「はいっ!」

 

エクスは力強く頷き、機関出力を上げる。出力が上がった機関が大きな音を立て、スクリューの回転速度を上げる。艦隊は青葉を先頭に、古鷹、エクスの順で単縦陣を組み、30ノットの高速で南を目指す。

 

(待ってろ!今助けに行くから!どうかそれまで持ちこたえてくれ!)

 

エクスは清霜たちの無事を祈りながら2人の後をついていく。彼女たちが向かう先には島影も船影もなく、どこまでも青い海が広がっていた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

制御室

 

 

「…提督、エクスさんの事…、よろしかったのですか?」

 

「いい加減な動機で行くつもりなら、青葉と古鷹に無理やり連れて帰るように命令したわ」

 

明石の問いに真理恵は真剣な表情で答える。

 

「あの子は己の弱さを痛感し、それでもなお守りたいものを守ろうとしていた。……あの子、きっと強くなるわ」

 

モニターに映っているエクスの姿がしだいに小さくなっていく。

 

「必ず帰ってきなさい。みんなであなたを強くしてあげる」

 

彼女は笑みを浮かべながら、艦娘として初の実戦に赴く戦艦『エクス』を見送るのだった。

 

 

To be continued...




次回、エクスの艦娘としての初戦闘になります。


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戦闘①

エクスの登場は次回になります。


 

 

時は少し遡る。

 

 

伊豆大島の東約30kmの海域にて海を割きながら航行する4人の艦娘。軽巡『天龍』を旗艦に駆逐艦『神風』、『春風』、そして『清霜』からなる遠征艦隊である。遠征任務を終えた彼女たちは、自分たちとほぼ同じ大きさのドラム缶を曳航しながら、横須賀鎮守府を目指し北上中だった。

 

「今回の遠征は大成功でしたね、神風お姉様」

 

深夜からの任務にもかかわらず、大して疲れている様子もない春風が、自分の姉である神風に話しかける。

 

「そうね、春風。今回はいつもよりたくさん資材が手に入ったし、司令官きっと喜ぶわ~!」

 

神風は真理恵の喜ぶ姿を想像し、思わず笑みを浮かべる。

 

「おめぇら、まだ鎮守府に着いてないぞ。『帰るまでが遠征』なんだからな。しゃべるのは結構だが気ぃ引き締めろよ?」

 

任務を無事終わらせて若干気が抜けている大正浪漫溢れる姉妹2人を天龍が注意する。だが天龍はおしゃべりに関しては一切咎めなかった。艦娘とはいえ彼女たちも立派な少女。楽しくおしゃべりしたい年頃だ。昨日からの任務で大変だっただろうし、労いの意味も込めて大目に見ることにした。

 

「分かってますって、天龍さん。…あ、そうだ!天龍さんも明日非番ですよね?私たち横須賀へお買い物に行くんですけど、よろしければ一緒に行きませんか?」

 

神風が尋ねると、天龍は首を横に振る。

 

「いや、明日は龍田のとこに行かなきゃならねぇから無理だな。誘ってくれて悪ぃけど…」

 

「そうですか…。清霜さんは私たちと一緒にお買い物行きませんか?」

 

神風は艦隊最後尾にいる清霜に尋ねる。

 

「あっ、ごめん!私もパス!エクスさんの所へ行くつもりだから」

 

清霜も彼女の誘いを断る。聞いたことのない名前に、神風も春風も首をかしげる。

 

「エクスって、……昨日から話題の例の艦娘か?」

 

その名前の人物に思い当たる節があった天龍が、確認も兼ねて清霜に尋ねる。

 

「うん、そうだよ!昨日会っていっぱいお話したんだけど、その時清霜が横須賀の街を案内するって約束したんだ。だから明日街へ連れて行こうと思ってるんだ」

 

「え~、羨ましいな~!私もその人に会ってお話したいですよ~!」

 

「大丈夫だよ神風ちゃん。もう面会謝絶してないから会いに行けるよ。今日エクスさんの部屋に行くつもりだから、天龍さんと春風ちゃんの4人で一緒に会いに行こうよ」

 

「え!ホントッ!?」

 

「本当ですか?ありがとうございます。春風、楽しみです」

 

話題の艦娘に会えると聞いて喜ぶ神風姉妹。

 

「なぁ、清霜は昨日その艦娘に会ったんだよな?どんな奴なんだ?」

 

「ん~、たしか異世界から来たって言ってたよ?」

 

「は?異世界?冗談だろ?」

 

天龍は怪訝な表情で清霜につっこむ。当たり前の反応だ。普通なら異世界から来たなどと言われて真に受ける人などいない。だが天龍のつっこみに対し、清霜も手をブンブンと振りながら反論する。

 

「冗談じゃないよ!本当だよ!司令官もエクスさんもそうだって言ってたもん!どうしてなのかはほとんど理解できなかったけど…」

 

昨日真理恵からエクスがどのようにしてこの世界へやって来たのか説明を受けたが、聞いたことのない単語が多くチンプンカンプンだった。ただ異世界から来たという事は事実だと理解できた。

 

「い、異世界!?今異世界って言いましたか清霜さん!?その話詳しくお願いします!」

 

するとここで『異世界』という単語に反応した神風が、目を椎茸にしながらその話に食いついてきた。

 

「ど、どうしたの神風ちゃん!?そんなに興奮して」

 

「ふふっ、神風お姉様は今ラノベ?という物に夢中になっているのですよ」

 

「そうよ!特に現代学生がチート能力を手に入れて異世界でヒロインたちと一緒に活躍したり、自衛隊が異世界で悪の軍団や魔物を圧倒したりする作品にはまっているの!異世界の艦娘って聞いて興味ないわけないじゃない!」

 

「わ、分かったよ。話すから落ち着いて神風ちゃん」

 

普段の神風とは比較にならないほどの饒舌っぷりにさすがの清霜もたじろぐ。このまま話させ続けるときりがないと判断した清霜は、一旦彼女を落ち着かせる。

 

「あっ、ごめんなさい。ちょっと興奮してしまいました。…え~っと、そのエクスって人の容姿はどんな風でしたか?私昨日は哨戒任務でその人の姿見てないので」

 

「容姿?う~ん、そうだねぇ…。神風ちゃんが今言った作品に出てくる異世界の人たちみたいな格好していたよ?」

 

清霜自身もその手のジャンルのラノベはよく読む方であり、それらに描かれる異世界人の多彩な衣装をある程度記憶していた。エクスも彼らのそれを思わせるような衣装を身に纏っていた事を思い出す。

 

「本当!?早く会って見てみたいな~!…他には!?出身地とか!」

 

「たしか神聖ミリシアル帝国?だったけ?一番文明が発達した魔法の国から来た軍艦だって言ってた」

 

「魔法!?まさに異世界ね!」

 

「何だか神聖ローマ帝国みたいな響きがして神秘的な名前ですね~」

 

「魔法ねぇ…。…てことはソイツの艤装も魔法で動いてんのか?」

 

盛り上がる神風姉妹の前方を進んでいた天龍が、ふと疑問を口にする。

 

「う~ん、どうだろう?そこまで聞いてないし…」

 

清霜は思案顔になる。

 

「たぶん魔法で動いているとは思うよ?魔法の国から来たって言ってたし、今日会いに行ったら聞いてみるよ」

 

「そうか…。しかしだとしたら大変だな、ソイツ。燃料や弾薬に必ずしも俺らのものが使えるとは限らねぇわけだし」

 

天龍の懸念は燃料に関してのみ当たっていた。弾薬に関しては天龍たちと同じものでも問題はないが、燃料の方は彼女らのもので代用はできない。エクスの艤装を動かすために必要なエネルギーは魔力であり、それは魔石と呼ばれる燃料から供給される。地球にも一応魔石はあるのだが埋蔵量が少なく(この埋蔵量の少なさが、本作の地球において魔法ではなく科学が発達した要因の一つである)、しかも大半が海外に存在するため入手が困難だった。また仮に入手できても、高純度化に必要な施設や道具が足りず、この世界の魔導師たちは時間をかけて精製するしかないため非常に効率が悪かった。魔力総量の大きい高位の魔導師ならばそこら辺の石ころに自身の魔力を注入するといった事も可能だが、あいにくこの地球の歴史上今までそのような魔導師は存在しなかった。

 

「そこは大丈夫だと思いますよ?司令官が何とかしてくれるかもしれません。司令官、魔法使いですから」

 

…そう、今までは。神風が言った人物こそ、それが可能な人物だったのである。

 

「魔法使いねぇ……。俺は未だに信じられないな…」

 

「天龍さんも何度か見たじゃないですか、司令官の魔法。…特に魔法を使った時に出すあの光の翼!とても綺麗で神秘的でした!」

 

「そりゃ見たけどよ…。ってか提督って本当に何者なんだ?あんな不思議な力を持っているわ、光る翼を出すわ、…普通の人間ではないみてーだが」

 

少しまぶしかったのか、天龍は顔に当たる太陽の光を片手で遮る。

 

「何者かなんてどうでもいいじゃないですか天龍さん。司令官は司令官です!」

 

「分かってるって神風。ちょっと気になっただけだって………ん?」

 

天龍は視線を自分の後方で航行している神風から前方に戻した時、彼女の電探が何かを捉えた。

 

「どうしました、天龍さん?」

 

「電探に感あり…だ。水上艦らしき影を捉えた」

 

「え、水上艦ですか?…春風、たしか今日の哨戒任務の人たちって…」

 

「はい、摩耶さんに鳥海さん。あと龍田さんと夕立さんの4人でしたよ、神風お姉様」

 

「そうそう!哨戒部隊の人たちではないのですか?」

 

天龍は神風の質問に対し、首を横に振る。

 

「いや、目標は6隻だ。摩耶たちじゃねぇ。それにこいつらは海から向かって来ている」

 

「!?じゃ、じゃあまさか…」

 

神風の顔が強張る。今の海は深海棲艦が闊歩している場所だ。そこからやって来ている水上艦らしき6つの影。考えられる可能性は一つしかなかった。

 

「あぁ、深海棲艦と見て間違いないだろうな」

 

天龍は頷く。

 

「とにかくお前ら、見つからねーように気をつけろ。…今の俺らは主砲1基しかない。敵の規模は分からねぇが、仮に重巡でもいたら太刀打ちできねぇからな」

 

「「「了解しました!」」」

 

天龍の指示に頷き、気を引き締める駆逐艦3人。その時深海棲艦と思われる水上艦隊から、索敵機らしき航空目標が発艦した。索敵機は天龍たち遠征部隊に向かって一直線に飛んでくる。

 

「!?天龍さん、索敵機がこっちに向かって来ているよ!」

 

対空電探を積んでいた清霜が、天龍たちに報告する。

 

「まずい!この距離だとすぐにこっちの姿を見られちまう!…あの水上艦と距離をとるぞ!」

 

天龍の言う通り、ほんのわずかな時間で南の空から黒い点が一つ、彼女たちの元に現れた。それは徐々にその黒く禍々しい生き物のような姿に変わり、彼女たちの上空へと達する。

 

「くそっ!やっぱり深海棲艦だったか!」

 

天龍の電探には索敵機からの情報を得た深海棲艦の艦隊が、自分達へと進路を変えるのが確認された。

 

「気づかれちまったか…。お前ら!任務は中止だ!ドラム缶は投棄しろ!全速力で鎮守府に逃げるぞ!」

 

「「「了解!!」」」

 

4人は機関出力を上げ、増速を始める。索敵機を出したという事は軽巡以上の艦艇が少なくとも一隻はいるという事である。今の自分たちの武装は少ない。戦えばこちらが不利なのは確実だった。天龍は駆逐艦たちに指示を出した後、鎮守府に緊急の無線を入れようとする。

 

「…あ、あれ!?おかしいな!」

 

その時最後尾を航行していた清霜が悲痛な声を出した。彼女の声を聞いた3人が後ろを振り向く。

 

「どうした清霜!?」

 

「て、天龍さん。機関出力が上がらないよぉ…!」

 

「何だって!?」

 

天龍は驚愕しながらもドラム缶を投棄し、すぐさま清霜の元まで移動し併走する。神風姉妹も心配そうに彼女を見る。

 

「どうしてなの!?行く前あんなにチェックしたのに~!」

 

「今そんな事はいいから、それよりどれだけ出せるんだ!?」

 

「に、25ノットまでしか出せないよ…」

 

ここで天龍は電探を見る。深海棲艦と思われる艦隊は、約30ノットのスピードでこっちに接近していた。

 

「相手の方が速いな…。このままじゃ追いつかれちまう…。おい、神風!春風!」

 

天龍は前方を航行しながらこちらを見ている2人に叫んだ。呼ばれた2人はビクリと震えてから返事をする。

 

「「は、はい!」」

 

「お前らは先に行け!俺は清霜の側にいる。臨時旗艦は神風!お前に任せる!」

 

「!?そ、そんな!?お2人だけ置いて行くなんて…!」

 

「いいか、俺たちの武器は少ない。相手は軽巡以上の艦がいるかもしれないし、数でも向こうが有利だ。最悪4人まとめて海の底だ。…艦隊の生存率を少しでも上げる必要がある」

 

「で、でも」

 

天龍は不敵な笑みを浮かべる。

 

「…な~に、沈むつもりなんかこれっぽっちもねぇ。俺たちもお前らを追って必ず鎮守府にたどり着くから。…とにかく旗艦としての命令だ。行け!」

 

「「……了解」」

 

未だ葛藤している神風と春風だったが、命令である以上仕方ない。2人は速力を上げる。30ノットを超える速度に達した2人は、しだいに天龍と清霜を引き離していく。

 

「天龍さん!清霜さん!必ず助けに来ますから!」

 

神風がこちらを振り返って叫んだ。

 

「…ごめんね、天龍さん。清霜のせいで」

 

小さくなっていく2人を見て、清霜が暗い表情で横にいる天龍に謝る。それに対し天龍はニッと笑って彼女の頭を撫でた。

 

「気にすんなって。トラブルのない任務なんてねぇんだから。…おっといけねぇ、鎮守府に連絡入れる途中だったな」

 

清霜の頭から手を離すと、天龍は無線に手を当てて鎮守府に連絡を入れようとした。

 

「天龍さん!あれ!!」

 

その時清霜が南の方角を指さす。彼女が指をさした方向から現れた深海棲艦。その艦隊に人型の深海棲艦の姿がある事を確認した2人は驚愕する。

 

「嘘だろ!戦艦ル級じゃねーか!しかも2隻だと!?」

 

軽巡どころではない。自分たちを追って来ている艦隊は、戦艦ル級2隻、重巡リ級1隻、軽巡ホ級1隻、駆逐イ級2隻からなる水上打撃部隊だった。

 

「なんでこんな沿岸域にまで戦艦や重巡が来るの!?今まで軽巡ですら滅多に見かけなかったのに!」

 

「清霜、とにかく出せるだけスピードを出せ!行くぞ!」

 

「う、うん!!」

 

天龍と清霜は鎮守府を目指して25ノットで北上する。だが敵艦隊は30ノットの速度で自分たちを追いかけてきており、追いつかれるのも時間の問題だった。天龍は鎮守府に緊急通信を送り、通信に出た真理恵から増援部隊をこちらに送るから、それまで全力で逃げるよう指示を受ける。

 

「…!?もう撃ってきやがった…!!」

 

通信を終えると同時に、水平線の彼方にいる深海棲艦の艦隊が天龍たちに砲撃を開始した。2隻のル級が煙に包まれ、砲弾がこちらへと飛んでくる。砲弾は2人より少し離れたところに着弾し、巨大な水柱を形成する。

 

「くそっ!弾着観測射撃か!」

 

上空を旋回する敵の偵察機を天龍は睨めつける。敵機に向かい射撃すると同時に被弾する確率を少しでも下げるため、2人は回避行動を繰り返しながら鎮守府を目指した。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

一方、重巡『摩耶』と『鳥海』、軽巡『龍田』、駆逐艦『夕立』から成る哨戒部隊は金剛と合流し、遠征部隊救出へと向かっていた。

 

「くそっ!ル級だと!?今までこんな事なかったぞ!」

 

摩耶が吐き捨てるように言う。

真理恵から敵の詳細を聞いた増援部隊5人はその編成に驚愕した。何せ自分達が排除して以降、大型艦級の深海棲艦は一度としてこちらの哨戒範囲に接近した事はなかったのだから。

 

「!?前方から水上艦が2隻来るネー!」

 

摩耶から旗艦を譲り受け、艦隊の最前列を航行していた金剛が前方から接近してくる人影を捉え、身構える。その人影はしだいに彼女たちの見覚えのある姿になる。

 

「あっ、神風お姉様!あれっ!!」

 

「哨戒部隊の人たちだ!おーーい!!」

 

こちらの存在に気付いたのか、叫びながら手を振る神風姉妹。金剛たちも遠征部隊の2人を確認し、彼女たちと合流する。

 

「カミー!ハルー!無事でよかったデース!」

 

「あれっ?天龍さんと清霜ちゃんがいないっぽい!?」

 

夕立が遠征部隊の残り2人がいないことに疑問を抱く。それに対し神風が返答する。

 

「実は……清霜さん、機関の調子が悪くて速度が出せなくて、それで天龍さんがそばに…。私たちは先に行けって言われて…」

 

「分かりまシタ。私たちが今すぐ助けに行きマスから、泣かないでくだサーイ」

 

今にも泣きそうな神風の頭を、金剛はやさしく撫でる。

 

「神風さん、春風さん。天龍さんたちはあの向こうにいるのですね?」

 

「はい、そうです」

 

鳥海の質問に、春風が頷く。

 

「さぁ、行くデース!カミーとハルーも私たちと一緒に来てほしいネ!2人だけ先に鎮守府に帰すのは危険デスから」

 

金剛の言葉に頷く神風姉妹。その時プロペラの轟音が耳に入って来たため、7人は音のする方向を見る。

 

「あれは…」

 

「鳳翔さんと龍驤さんの航空隊ですね」

 

鎮守府でも2人しかいない空母艦娘の精鋭飛行隊が天龍たちのエアカバーを行うべく、金剛たちを追い抜いて神風たちが来た方向へと飛び去っていく。その数烈風12機、彗星12機の計24機。

 

「兎に角、私たちも急ぐデース!」

 

『了解!』

 

7人も深海棲艦に襲われている天龍と清霜を助けるべく、全速力で向かった。

 

 

 

――――

 

 

 

横須賀鎮守府 埠頭

 

 

「今回はホンマおかしいわ、戦艦まで沿岸に来るなんて…。それに敵の編成…どう考えても偵察部隊ではないみたいやな」

 

「えぇ、敵艦隊は明らかにこの鎮守府を目指しているようですね」

 

「天龍たちは不運にも鎮守府へ行く途中のその敵と出くわしたっちゅうことやな…」

 

第1次攻撃隊と同じ編成の第2次攻撃隊24機を発艦させた鳳翔と龍驤が、遠征部隊を追尾している敵艦隊の本当の目的について考察する。

 

「前回の作戦で雷撃機の大半が点検中の時に襲撃が来るとはな…。なんでこんな時に限ってやって来るんやろうな…。まさかこちらの通信を傍受されとるのか…?」

 

「それを言っても仕方ありませんよ、龍驤さん。今稼働可能な機でやるしかありません」

 

「分かっとる。深く考えるのは後回しや。…おっ、艦載機が敵艦隊を発見したみたいやな。天龍と清霜も見つけた」

 

第1次攻撃隊が深海棲艦の艦隊を発見する。既に敵艦隊は天龍と清霜に砲撃を加えていた。2人はジグザグに航行しながら敵艦隊の攻撃をかわし続けていたが、敵は少しずつ距離を詰めてきており、被弾するのも時間の問題だった。

 

「艦載機のみんな!敵の注意を天龍たちから逸らすんや!攻撃開始!第2次攻撃隊も、会敵しだい攻撃開始や!」

 

「戦闘機の皆さんは、周囲を警戒してください」

 

無線で龍驤と鳳翔の指示を受けた艦載機たちは、それぞれ自分の役目を果たすべく行動を開始した。

 

「後は金剛たちが到着するまで時間を稼ぐだけや…。そういえば鳳翔、例の艦娘も増援として向かっているって言うとったな?」

 

「えぇ、青葉さんと古鷹さんが彼女と共に」

 

「しかしまだ訓練すら全くしてないんやろ、その子?いくら提督が許したとはいえ大丈夫やろうな…」

 

龍驤の懸念は最もであった。艦娘もまた艤装という兵器を扱う立派な軍人である。訓練もなしに実戦に赴いたところで自分の扱う武器をうまく運用する事など、よほど優秀でもなければできないだろう。ましてや今日初めて艤装を動かしたような艦娘が、いきなり本物の戦場に出された時のリスクは計り知れない。最悪本人どころか、仲間まで轟沈という事になりかねない。あの優秀な提督がこんな簡単な事を分からないわけないはずだが…。

 

「大丈夫だと思いますよ。邪魔にならないように救出部隊よりずっと後方から支援にのみ徹するよう司令官さんから厳命されてたみたいですし」

 

「う~ん、確かにそれなら金剛たちだけで片付けてしまうから、遠くからただ見てるだけで終わるかもしれへんけど…。それでもリスクが無くなったわけやない。何で提督はその子を前線に送ったんや?」

 

龍驤の疑問に、鳳翔はふふっと笑う。

 

「…司令官曰く、彼女の強い意志を感じ取ったからみたいですよ?」

 

「強い意志?」

 

「えぇ、彼女が自分にも行かせてほしいと司令官に頼んだ時です。その時の彼女の目から『今度こそ大事なもの守りたい』、『もうただ見ているのは嫌だ』。そういった意思を感じ取ったそうですよ」

 

「……そうか。それで後方支援のみ徹するという条件で戦場に出るのを許可したというわけやな…。その子も随分辛い目に遭ったんやな…」

 

龍驤は空を仰ぐ。思い出すのは自分が沈んだ第2次ソロモン海戦の時。

 

「…うちらもあの時は…見てる事しかできへんかったな…」

 

「…えぇ」

 

鳳翔も後輩の空母たちが自分を残して次々と沈んでいったあの時を思い出していた。同じく生き残った葛城や隼鷹たちがそばにいてくれなければ、とっくに自分の心は壊れていたのかもしれない。

 

(”船魂”だったあの頃は何もできなかった。…でも今は違う)

 

「おっと、戦闘中に考え事はあかんわ」

 

そう言って龍驤は戦いへと集中する。彼女の言葉を聞いた鳳翔も、意識を戦場へと移した。

 

(今の私たちは大事な人たちを守る事ができる…”艦娘”になれたのですから)

 

ただ後輩たちを見送る事しかできなかった自分が、こうして大切な人を守るために戦える。それが鳳翔にはたまらなく嬉しかった。

 

 

To be continued...



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戦闘②

戦艦エクス、咆哮す。


「くそっ、また撃ってきやがった!」

 

敵艦隊補足から約30分。天龍と清霜は敵の攻撃を避け続けていた。

駆け付けた鳳翔と龍驤の航空隊が敵索敵機を撃墜。敵艦隊に対して爆撃を開始し、駆逐イ級1隻と軽巡ホ級を撃沈した。これにより天龍たちへの攻撃頻度が大きく下がったものの、完全に意識を味方機へ向けることはできず、敵戦艦は味方機を迎撃しながらこちらへの砲撃を続行していた。

 

「清霜、今度は右に避けるぞ!」

 

「うん…!」

 

飛んでくる砲弾から着弾位置を予測し、回避すべく面舵を取る。直後先ほどまでいた場所に6つの巨大な水柱が上がり、その水しぶきが彼女たちにかかる。

 

「ぶへっ…!やばいな、狙いが正確になってきている」

 

いくら回避能力の高い軽巡や駆逐艦といえども、敵からの攻撃を長い時間避け続けるのは大変である。ましてや今の自分たちは自慢の回避力を発揮できない状態だから尚更だ。

戦艦からの砲撃を喰らえば1発で大破、当たり所が悪ければ轟沈は間違いない。天龍と清霜は焦りと恐怖の中、敵の攻撃をかわし続ける。

 

(増援はまだか!?これ以上は持ちそうにねぇぞ。早く来てくれ!)

 

天龍が心の中で祈ったその時、彼女の電探に反応があった。

 

「…!?これは…!」

 

反応は彼女たちを追いかけている深海棲艦と、ちょうど反対方向から接近してきていた。

 

「……!?滑空音!?」

 

同時に聞こえてくる砲弾の滑空音。深海棲艦のそれとは少し違う戦艦娘から放たれる砲弾の音。新たな反応があった方向から飛んできた砲弾の雨が、天龍たちを追尾している深海棲艦に襲いかかる。後ろを振り返ると片方のル級が被弾により煙に包まれていた。

 

再び視線を前方に向けると、水平線から人影が現れる。

 

「あっ!増援部隊の人たちだ!」

 

「…ったく、遅ぇよ」

 

清霜が両手を大きく振りながら歓喜の声を上げ、天龍も安堵の表情を浮かべる。

 

 

 

――――

 

 

 

「OK!1発命中デース!!」

 

上空を飛ぶ味方飛行隊からの報告を受けた金剛がガッツポーズをとる。

 

「リュージョー、ホーショーさん、弾着観測射撃の協力ありがとネー!」

 

『いえ、お気になさらず』

 

『今の攻撃で敵が怯んで速力を落としたみたいや。うちらが引き付けとくから、今のうちに天龍たちと合流しぃ!』

 

「了解デース!」

 

「うふふ。天龍ちゃんを苦しめた代償は高くつくわよ~」

 

「龍田さん、相変わらず天龍さんの事になるとすごく怖いっぽ~い…」

 

敵艦隊は被弾と航空隊の攻撃により天龍たちへの攻撃を停止させる。その間に増援部隊は速力を上げ、天龍たちと合流する。

 

「天龍さーん!清霜さーん!」

 

神風が天龍たちの無事を確認し、彼女たちの名を叫ぶ。

 

「神風、春風。お前らもどうしてここに…?」

 

「途中で彼女たちは私たちと合流したのですが、2人だけ先に帰すのも危ないので一緒に来てもらうことにしたのです」

 

先に逃がしたはずの神風姉妹が増援部隊と共に戻ってきた経緯を鳥海が説明する。

 

「そうだったのか…」

 

「2人も無事で良かったー」

 

無事を確認し合う遠征部隊に金剛が指示を出す。

 

「遠征隊の皆さん!私たちよりも後方に下がって回避に専念して下サーイ!ここからは私たちに任せるデース!」

 

「おうっ!了解した!頼むぜ!」

 

金剛の指示通り、天龍たち遠征部隊は金剛たち増援部隊の邪魔にならないよう後方に下がる。

 

「さぁ、マーヤ!チョーカイ!タツタ!ユウダチ!戦闘開始デースッ!」

 

「マーヤじゃねぇ!摩耶だ!」

 

「了解しました!」

 

「りょうか~い。死にたい船は誰かしら~?」

 

「さぁ、最高に素敵なパーティーしましょう!」

 

金剛たちは一斉に主砲を深海棲艦の艦隊に向け、複縦陣で突撃する。敵艦隊上空では鳳翔、龍驤の機が乱舞し、5人の射撃支援を行う。敵艦隊は彗星の急降下爆撃を受けて陣形が乱れていた。

 

『皆さん、そちらにル級の座標データを送ります』

 

「ホーショーさん、ありがとデース!」

 

鳳翔から無線で座標のデータを受け取ってから、5人は左90度に一斉回頭して全砲門を敵に向けれるようにする。指定座標近傍に着弾するよう、砲の微調整を行う。

 

「こちら鳥海。射撃準備完了です!」

 

「こっちも完了だ!」

 

「了解デース!被弾して速度を落としたル級に一斉射しマス!…撃ちます!ファイヤーー!!」

 

金剛、摩耶、鳥海の3人の主砲から、一斉に砲弾が発射された。一瞬発射炎が3人の体を覆い、耳をつんざくばかりの轟音が戦場にこだまする。戦艦の主砲弾8発と、重巡の主砲弾20発が被弾したル級を滅さんと飛翔していった。

 

「着弾まで10秒。……3、2、1、今!」

 

鳥海がそう言った瞬間、ル級が爆炎に包まれる。

合計28発の砲弾の内、摩耶が放った砲弾2発がル級に着弾。砲弾内部の信管が衝撃を感知し、内蔵された炸薬を起爆させた。

 

「着弾を確認しました。数2!」

 

「くそっ!あれだけ撃てばかなり当たると思ってたのに!」

 

「いくら弾着観測射撃があるからとはいえ、初弾ですからネ。仕方ないデース」

 

金剛たちは続けて第2射の準備に入る。

その途中でル級2隻が黒煙に包まれる。態勢を立て直した敵艦隊がこちらに砲弾を発射したのだ。

 

「敵弾来マス!回避ネ!」

 

金剛の指示で全艦が回避を開始する。5人の近くに大きな水柱がいくつも上がる。

 

「みんな、大丈夫デスか!?」

 

金剛が各艦に報告を求めると、どの艦からも被弾なしの報告が入る。

 

敵艦隊の方を見ると、速力を上げこちらに突撃してくるのが確認できた。

 

「金剛さん。敵艦隊が突撃してきています。…いえ、というよりこちらを強引に突破して鎮守府へ向かおうとしているようにも見えます…。」

 

「ハイ、私もチョーカイと同じように見えマス。様子がおかしいネ…戦力比は明らかデスのに…」

 

こちらは戦艦1隻に重巡2隻、軽巡1隻、駆逐艦1隻。さらに味方空母の艦載機が多数乱舞している。対して敵艦隊は軽巡と駆逐艦が1隻ずつ既に撃沈されており、残る4隻も損傷している。この状況は誰がどう見ても敵艦隊の方が不利であり、このまま戦闘を続ければ敵の方が負ける可能性が高かった。

 

本来なら撤退すべき状況。しかし深海棲艦は撤退せず、こちらに砲撃を加えながら接近してくる。

 

「ハッ!敵に逃げる気がねぇならあたしらも戦うしかねぇだろ!」

 

「そうっぽい!それに横須賀に行って皆を襲う気なら尚更ここで止めなきゃならないっぽい!」

 

次弾装填を終えた摩耶と夕立が、ル級を追い抜いて接近してくるリ級とイ級に照準を合わせる。

 

「まぁ、撤退しようとしても絶対逃がさないけどね~」

 

龍田も愛しの姉を攻撃した敵に自身の砲を怖い笑顔と共に向ける。

 

「分かってマース。横須賀には絶対に行かせないネーー!!」

 

金剛と鳥海も頷き、砲撃を続行する。今度は金剛の砲弾2発が先ほど彼女が攻撃したル級に、摩耶の砲弾4発と鳥海の砲弾3発がリ級に、そして龍田と夕立の砲弾が数発ずつイ級に命中した。

被弾した3隻のうちル級以外の2隻の敵艦が巨大な爆炎に包まれる。どうやら艤装内の弾薬庫に引火したようだ。リ級とイ級は大爆発と共に海へ引きずり込まれていった。

 

「よっしゃっ!今度はたくさん当たったぜ!」

 

「リ級とイ級の撃沈を確認!残るル級2隻が進路を変更!こちらを大きく迂回して鎮守府を目指すつもりです!」

 

「させないデース!遠征隊のみんなは敵から見て私たちの後ろになるようにして下さいネ!マーヤとチョーカイはこのまま続けて砲撃!タツタとユウダチは雷撃用意!敵の予想進路上に魚雷をばら撒いて下サーイ!」

 

ル級2隻は上空からの急降下爆撃をうまくかわし続けながら、こちらと距離を取りつつ鎮守府がある横須賀へと進もうとする。

 

「やっぱりおかしいデース…。ホーショーさん達の攻撃をあれだけ躱せるなら相当優秀な艦のはずネー」

 

「えぇ、この不利な状況で突撃を判断するなど考えられません…」

 

敵の行動を不審に思いながらも、金剛たちは敵艦隊の侵攻を阻止せんと攻撃を続ける。

 

 

 

――――

 

 

 

「あっ!見えました!あそこです!」

 

先頭の青葉が戦闘中の金剛たちと深海棲艦の姿を確認する。

 

「な、何ですか!?あの黒い人間は!?」

 

「エクスさん、あの黒いのが深海棲艦です!」

 

「あれが…」

 

エクスは青葉が指で示した方向に視線を向ける。

白い肌と生物的な印象がある漆黒の艤装が特徴の女性の姿をした異形。昨日真理恵から教わった艦娘たちの敵が、金剛たちと交戦していた。

 

(なんだ、あの黒いオーラみたいなものは…?ものすごく禍々しい雰囲気を感じるな…)

 

エクスは深海棲艦の周りに霧のように漂う黒いオーラを見て、正直な感想を漏らす。

 

「!!?」

 

ふと魔力探知レーダーを確認すると、見たことないようなものが映っていた。

 

(輝点が赤黒い!?なぜあいつらだけ…?)

 

魔力探知レーダーに映る目標は全て緑色の輝点で表示されるはずだ。実際金剛たちや上空の飛行隊を示す輝点は緑色で示されている。だが深海棲艦を表している輝点のみ、赤黒く不気味な色で表示されていた。

 

(…レーダーが故障しているわけではないみたいだ。なぜ…?)

 

考えてみたところで原因は全く分からない。仕方ないのでエクスは一度この事に関して考えるのを止め、戦場へと意識を向ける。

 

事前情報では戦艦級2隻含む6隻の深海棲艦がいるとの事だったが、見たところ金剛たちと交戦中の深海棲艦は2隻。レーダーにもその2隻以外に敵艦を示す輝点はなかった。どうやら彼女たちの活躍で、既に敵艦4隻が撃沈されたようだった。

 

(あ!清霜があそこに。…見たところ無事みたいだ。…良かった)

 

金剛たち増援部隊に守られる形で後方にいる遠征艦隊。その中に清霜の姿があることを確認したエクスは頬を緩める。

 

「………というわけです、金剛さん。青葉たちは後方から援護します」

 

『了解デース!援護感謝しマース!」

 

艦隊最前列の青葉が混乱を避けるため、自分達の到着を交戦中の金剛たちに無線で手短に伝える。通信を終えた彼女は艦隊最後尾のエクスに顔だけ向ける。

 

「エクスさん。どうやら決着が付きそうです。残る2隻の戦艦ル級も損傷しているみたいですし、おそらく私たちの出番はないと思われますが、万一の事を考えて砲撃の準備はしておいて下さい」

 

「分かりました」

 

エクスは頷き、艤装内の主砲弾の発射準備に入ろうとしたその時だった。

 

「ん!?」

 

突如魔力探知レーダーに新たに現れた3つの輝点。金剛たちから見て左側から現れたそれらは、赤黒い色で示されていた。

 

(まさか…、別働隊!?他にもいたのか!?)

 

レーダーで探知した方向を見ると、海中から這い出てきた深海棲艦3隻が砲弾を発射する瞬間を確認した。砲弾群が目指す先には、金剛や天龍たちがいる。彼女たちは2隻のル級との戦闘に意識を向けており、海中から突然現れた別働隊の存在に気付いていないようだった。

 

(まずいっ!!)

 

エクスは慌てて味方艦全艦に無線で呼びかける。

 

『みんな!敵の別働隊が砲撃してきた!避けて!!』

 

「「「「「!!?」」」」」

 

エクスの警告を聞き、全艦が咄嗟に回避行動をとる。直後、金剛や天龍たちのすぐ近くに巨大な水柱が現れ、海面が大きく揺れる。その揺れる海面により彼女たちの体勢が崩れ、陣形も大きく乱れた。

 

「わぁっ……!!!」

 

「!?おい、清霜!!」

 

清霜のすぐ目の前の海面に、1発の砲弾が着弾。その衝撃はあまりに大きく、清霜の体を金剛や天龍たちからかなり離れたところまで吹っ飛ばした。

 

「!!清霜!」

 

「あっ、エクスさん!危険です!戻ってください!」

 

エクスは青葉達から離れ、清霜の元へと向かう。青葉が必死になって止めようとするが、今の彼女には聞こえていなかった。

 

(!?あの別働隊の1隻…金剛さんたちが交戦中のル級という奴と同じ姿だ!という事はあれは戦艦!まずいっ!!)

 

吹っ飛ばされた清霜は、別働隊から見れば最も自分たちに近く、しかも一時的に孤立状態の敵艦である。今の清霜は彼女らにとって格好の標的だった。

 

案の定、別働隊のル級は清霜から先に仕留めようと、主砲の照準を彼女に合わせる。

 

エクスは機関出力を限界まで引き上げ、全速力で彼女の元へ向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

一方清霜は、先の砲撃で負ったかすり傷を手で押さえながらゆっくりと立ち上がる。

 

「…いつつ」

 

『!清霜!敵艦がお前を狙ってる!避けろ!』

 

ル級の砲が清霜に向けて旋回するのを見た天龍が彼女に向かって無線で叫ぶ。

 

「ひっ…!」

 

砲口がこちらを向いているのを見た清霜は短い悲鳴を上げ、一刻も早くその場から離脱しようとする。

だが…。

 

「あ、あれ!?スクリューが全く回らないよ!!」

 

先の砲撃で損傷したらしく、機関は完全に停止。清霜はその場から動けなくなってしまった。

金剛たちは清霜を助けに行こうとするが、直後に今まで相手にしていたル級2隻が砲撃で邪魔をしてくる。鳳翔と龍驤の航空隊も向かうが、どうやっても最初の砲撃を阻止することは不可能だろう。

 

そしてついにル級が清霜に砲弾を発射した。それを見た清霜は死を覚悟する。

 

(あ…。これもう無理みたい…)

 

清霜は敵艦の攻撃を避けながら自分の元に近づこうとする金剛たちを見る。彼女たちは手を伸ばしながら自分の名を叫んでいた。

 

(ごめん、みんな…。今までありがとう…)

 

砲弾が着弾するまでのわずかな時間。清霜は目をつむり、仲間と過ごしてきた日々を思い出す。その中には、昨日会ったエクスも含まれていた。

 

(…そういえばエクスさんを横須賀の街へ案内するんだった。ごめんね、エクスさん…。あたし約束守れなかった…)

 

そしてそのわずかな時間も過ぎ去り、ル級の砲弾が清霜に着弾……しなかった。

 

(……あれ?)

 

そろそろ自分の体に砲弾が突き刺さる頃なのに、そういった感覚がまるでない。代わりに誰かに抱えられているような感覚があった。違和感の正体を確かめようと、清霜はゆっくり目を開き、上を見上げる。

 

「はぁはぁ…。…大丈夫か、清霜?」

 

清霜の瞳に彼女が昨日会ったばかりのエクスが映っていた。砲弾を受ける直前、清霜は彼女に抱えられて離脱していたのだ。彼女は息を切らせながら清霜に尋ねる。

 

「え、エクスさん!どうしてここに!?」

 

本来なら鎮守府にいるはずのエクスが戦場のど真ん中にいる事に驚愕する清霜。彼女は苦笑いを浮かべる。

 

「え、え~と…。まぁ、いろいろあって清霜たちを助けに来たんだ。さっきはもう少しで清霜に砲弾が当たりそうだったから、助けるのが少しでも遅れてたら本当に危なかった…」

 

「エクスさん…」

 

「さぁ、みんなの所まで戻r「エクスさん!敵がまた撃ってきたよ!!」…!?」

 

清霜が大きな声でエクスに警告する。直後、清霜の撃沈に失敗したル級が再度砲撃してきた。エクスは清霜を抱えたまま即座に回避行動をとる。彼女たちのすぐ近くに巨大な水柱が複数上がる。

 

「ぷはっ!…なんとか躱せた!」

 

エクスは清霜を抱えているため通常より速力が出ず、敵の攻撃をぎりぎりで躱す。

 

「ありがとう、清霜。お前が教えてくれなかったら被弾していたよ」

 

「うん!でも…清霜を抱えたままだと逃げる事もできないよ…!」

 

「…大丈夫。私に任せて…」

 

エクスは清霜を安心させるようと笑みを浮かべ、自分たちを攻撃してくるル級を見る。

さらに砲撃を加えようとするル級に、駆け付けた航空隊が襲いかかる。艦載機からの爆撃を受けたル級は体勢を大きく崩し、その場に停止した。

 

(敵艦が怯んだ…!チャンスだ!)

 

エクスも停止し、清霜を庇うように自分の後ろに付かせる。

 

「清霜、私の後ろにいて。絶対に前に出ないで」

 

「え、エクスさん!まさかル級を倒すの!」

 

清霜の問いに、エクスはゆっくり頷く。

 

「…正直不安だけどね。……でも逃げられない以上、戦わなきゃ“仲間”を守れないじゃない」

 

仲間という言葉を強調しながら、主砲発射の準備を行う。

 

「主砲及び砲弾、魔力回路起動。魔力充填開始。魔力の属性比率、砲弾呪発回路に爆82、炎18」

 

エクスの主武装―――2基の霊式38.1cm3連装魔導砲―――がゆっくりと旋回を始める。

 

「え、エクスさん…?」

 

聞いたことのない単語の連続に、清霜はきょとんとした顔でエクスを見る。

 

「主砲撃発回路に爆72、炎28。……主砲ならびに砲弾への魔力充填完了。…主砲発射準備完了」

 

魔導砲がル級を指向し、魔力探知レーダーから得た情報を元に砲身の微調整を行う。敵艦はあと少しで立て直そうとしており、こちらに砲を旋回させている。

 

エクスはル級を睨み付け、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の“仲間”に、……手を出すな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後エクスの体が青白い炎の煌めきに包まれる。魔導砲全門から轟音と共に砲弾が発射されたのだ。

 

「…!!?」

 

自分たちとは明らかに異なる砲撃シーン。実際には見た目以外に大した違いはないのだが、今まで見たことのないその光景は、清霜を驚愕させるのに十分だった。

 

…いや、清霜だけではない。金剛たち艦娘も、敵である深海棲艦たちも、戦場にいる全ての者が戦闘を一旦中断し、その光景を呆然と眺める。

 

エクスが発射した6発の砲弾は、全てが青い光を纏い、さらに後方から青い炎をロケットのごとく噴進しながら天空を行く。その青い光が空に6本の青白い放物線を描いていく光景は、幻想的にも見える。前世界では世界最大の威力を誇る砲弾群が、エクスの”仲間”を沈めようとしたル級を滅さんと飛翔していく。

 

「着弾まであと10秒!9、8、7…」

 

砲撃しようとしていたル級も、今までの艦娘とは異なる攻撃に思わず見とれてしまう。

しかしその行為が命取りになってしまった。その攻撃が自分に対して行われたものであるとようやく気付いた彼女は、慌てて回避行動に入ろうとする。

 

「3、2、…今!」

 

全ての砲弾が回避が遅れたル級に見事に命中。衝撃を感じた砲弾群は、付与された爆裂魔法と火炎魔法を同時に発動させ、それは凄まじい威力の爆発となってル級を襲った。

 

「…!!!」

 

被弾の影響で艤装内の弾薬が誘爆を起こし、ル級は声にならない断末魔を上げながら海中へと没していく。

 

「全弾命中!敵戦艦の撃沈を確認!」

 

奇跡的にも初弾で全弾命中させることができたのか、エクスは若干喜びの気持ちを混ぜたような声で戦果を言う。

 

「……すごい」

 

清霜は初めて見る魔導戦艦の戦闘に、感嘆の声を上げる。

 

「…これが、…異世界の戦艦」

 

青い発砲炎と青き砲弾。同じ戦艦でもエクスと金剛ではこんなにも違うのかと清霜は思った。

 

「ふぅ。…さぁ、今うちにみんなの所へ行こう!」

 

「!う、うん!」

 

エクスは砲撃で自分の服に付いた煤を手ではたいてから、清霜に手を差し出す。清霜は頷いてその手を掴もうとした。

 

「!?エクスさん、後ろ!!」

 

その時別働隊の残り2隻、重巡リ級が2人に発砲してきた。ル級が沈んだ地点は未だに黒煙が上がっており、我を取り戻したリ級たちはそれに隠れて砲撃してきたのだ。

 

「な!?くそ!」

 

咄嗟にエクスは清霜の体を抱えて回避しようとしたが間に合わず、背中に砲弾が命中。激痛が体を襲う。いくら戦艦娘でも重巡級の砲弾が当たれば痛い。

 

「…ぐぅっ!!」

 

「エクスさん!大丈夫!?」

 

「だ、大丈夫。私は戦艦だから、これくらいの攻撃は平気…」

 

口ではそう言うものの、重巡リ級が放った砲弾はエクスにそれなりのダメージを与えていた。着弾箇所はミスリル銀入りの装甲が大きく削れ、ギリギリの所で貫通を免れている状態だ。

 

装甲強化が間に合えば何とか防げただろうが、それでも”戦艦”としては有るまじき防御力の低さだ。

 

(そうだった。敵艦は1隻だけじゃなかった…)

 

エクスはル級にばかり気を取られ、周りへの注意を怠った自分自身を恥じる。2隻のリ級はこちらを追撃せんと、高速で接近してくる。エクスは清霜を抱えたまま、再度砲撃を行おうとする。

 

突如、接近中のリ級が水柱に覆われる。

 

「え!?何!?」

 

水柱が収まると、そこには炎上し、速力を大きく落とした2隻のリ級がいた。

 

(あれは、砲撃…?)

 

「エクスさん!!清霜さん!!」

 

自分と清霜を呼ぶ声―――エクスに置いて行かれた古鷹と青葉が彼女に追いつく。彼女たちの主砲が煙を出していた。それは発砲後に出るものだとエクスは気づく。

 

「青葉さん、古鷹さん!」

 

「2人とも、怪我はありませんか!?」

 

「はい、さっき少し被弾しましたけど、ほとんど被害はありません」

 

「清霜も。機関が壊れて動けなくなっちゃったけど、曳航してもらえれば大丈夫だよ!」

 

エクスと清霜の無事を確認したところで、青葉が語気を強める。

 

「全く、無茶をして!あれほど司令官から前に出るなと言われてましたのに、下手したらエクスさんも沈でたかもしれないんですよ!」

 

「…ごめんなさい…心配させてしまって」

 

清霜を助けたかったとはいえ、青葉の制止を無視して前に出てしまったのは事実。エクスは自分を心配してくれている青葉と古鷹に頭を下げる。

 

「ま、まぁまぁ青葉さん。エクスさんも反省しているんですから、そのくらいにしてあげてください」

 

「分かっていますよ、古鷹さん。分かってもらえればそれで十分ですから」

 

「…あっ!どうやら決着がついたみたいですね」

 

古鷹の言葉に、エクスは頭を上げてリ級を見る。第2次攻撃隊が到着したらしく、リ級は彗星の猛攻によって2隻とも沈み始めていた。金剛たちの方向を見ると、彼女たちも今まで相手していたル級を全て片付けて、こちらに手を振りながら近づいて来る。

 

敵艦隊は全艦撃沈。対するこちらの被害はエクスと清霜が少し損傷したのみ。艦娘側の完全勝利と言っても良いだろう。

 

「「「清霜さん(ちゃん)!!」」」

 

「みんな!!」

 

真っ先にエクスたちの元にたどり着いた神風姉妹と夕立たち駆逐艦勢が、清霜に飛びついて抱きしめる。

 

「無事で良かったよ~!」

 

「ぽい~~!」

 

「か、神風ちゃん、夕立ちゃん。ちょっときついよ…」

 

「神風お姉様も夕立さんも、清霜さんが苦しがっていますよ」

 

「だって…あのまま清霜さんが沈んでしまったらどうしようって思うと…。…そういう春風だってきつく抱きしめているじゃない!」

 

「だって、私もすごく心配しましたから…」

 

「そうだよ!みんな清霜ちゃんの事、心配だったっぽい!」

 

「分かったから…く、苦しいって…」

 

「ほら、皆さん。そろそろ離れてあげてください」

 

見かねた古鷹の注意で、ようやく駆逐艦たちは清霜から離れる。そこに天龍達も駆けつける。

 

「清霜、大丈夫か!?」

 

「うん、大丈夫だよ天龍さん。…あれ?機関が完全に壊れた場合は無事って言うのかな?」

 

「いや、お前自身に怪我がなけりゃ大丈夫って事でいいんだよ…」

 

見たところ清霜に目立った外傷はなく、天龍たちは皆安堵の表情を浮かべた。そして彼女たちの視線は、清霜の窮地を救った一人の戦艦娘に集中する。いきなり大人数に注目されたエクスはビクッと震える。

 

「アナタ、昨日の戦艦デスね。キヨシーを助けてくれてありがとデース!」

 

金剛がみんなを代表してお礼を言う。

 

「あ、いえ。私は…その」

 

エクスはしどろもどろになりながらも返事をしようとした時、真理恵から全員に通信が入る。

 

『こちら真理恵よ。鳳翔たちから周辺に敵艦および敵機がいないとの報告を受けたわ。…みんな、本当にお疲れ様。全員無事に鎮守府へ帰ってきなさい』

 

通信の相手が真理恵だった事もあってか、金剛が頬を紅潮させ興奮する。

 

「テートクーー!!」

 

「はぁ…。ま~た、始まったぜ…」

 

「ふふっ、いいじゃないですか幸せそうなんですし」

 

その様子を見た摩耶は呆れ、鳥海は微笑む。いつもの風景にみんなも緊張が和らいだ。

 

「エクスさん」

 

「ん?何、清霜?」

 

清霜が彼女に満面の笑みを向ける。

 

「帰ろう、清霜たちの家に」

 

「…ああ」

 

その後、エクスは初めて会う艦娘たちと自己紹介をしながら、彼女たちの家である横須賀鎮守府へと向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

数十分後、エクスたち艦隊は鎮守府に到着した。出撃ドック内部に入ると、真理恵や霞たち横須賀鎮守府に所属する全艦娘が彼女たちを迎える。全員が上陸し終えるのを確認してから、金剛は真理恵に敬礼する。

 

「テートク。遠征艦隊、哨戒艦隊、そして支援艦隊全艦。ただいま帰投しマシタ!」

 

他の艦娘たちも金剛と同様に敬礼する。エクスも彼女たちとは若干形が違うが、彼女たちに合わせて真理恵に敬礼した。そんな彼女たちに真理恵は労いの言葉をかける。

 

「ご苦労様。みんな本当にありがとね」

 

するとここで遠征任務を思い出したのか、神風の表情が暗くなる。

 

「ごめんなさい、司令官…。遠征、ダメだった……」

 

「何言ってるのよ神風。あなたたちが無事に帰ってこれたんだから大成功に決まってるじゃない」

 

涙目の神風の頭を、真理恵は優しく撫でる。

 

「…さて、エクスちゃん」

 

神風の事は天龍や春風に任せ、真理恵はエクスの方を向く。

 

「鳳翔や青葉から事前報告を受けたわ。あなたが清霜を助けるために前に出て敵と相対した事。私はあなたに上官として決して前に出ず後方支援にのみ徹する事を命令した。……この意味、軍艦であるあなたなら分かるわよね」

 

「…はい、提督」

 

そう、清霜を助けるためとはいえ、エクスは上官たる真理恵の命令を無視した。軍隊で言えば立派な命令違反である。その事はエクスも十分承知していし、帰投すれば真理恵から何らかの罰を受けることになる事も予想していた。

 

「…戦艦『エクス』。命令違反の罰として、あなたには謹慎を命じます。1日間、自分の部屋から出ないように」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ司令官!」

 

エクスのとなりにいる清霜が声を上げる。

 

「エクスさんが清霜を助けてくれなかったら、清霜とっくに沈んでたかもしれないんだよ!」

 

「そうだよ、提督さん!あの時はエクスさん以外の誰が助けに行っても間に合わなかったっぽい!だから許してあげてほしいっぽい!」

 

「司令官!お願いします!」

 

真理恵の決定に異を唱える駆逐艦娘たち。金剛や古鷹、天龍たちもエクスの罰を軽くしてくれないかと頼む。

 

「確かにエクスがいなかったら清霜は沈んでたかもしれない…。でも一歩間違えればエクスも一緒に沈んてたかもしれないし、最悪みんなまとめて海の底…なんてことになったかもしれないわ」

 

「でも…!」

 

清霜がさらに何か言おうと真理恵に詰め寄るが、エクスが彼女の前に手を出して遮る。

 

「皆さん、ありがとうございます。…でも提督の言う通り、命令違反は命令違反です。私も罰はきちんと受けるべきと考えています」

 

「エクスさん……」

 

エクスは真理恵に再び敬礼する。

 

「…提督。戦艦『エクス』。命令違反により自室で謹慎します。…では皆さん、失礼しますね」

 

エクスはそう言うと、艦娘寮へ向かうため歩き出した。艦娘たちはそれを黙って見送る。

 

「…待ちなさい、エクス」

 

ふいに後ろから声を掛けられる。振り向くと真理恵が笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

「ありがとう、清霜を助けてくれて」

 

「いえ…」

 

エクスは軽く首を振る。

 

「あと…、謹慎に入る前に皆と一緒に入渠…お風呂に入ってもらうわよ?」

 

エクスは目を見開いて驚く。

 

「…というわけで清霜。エクスを入渠施設まで案内して頂戴」

 

「…うん!任せてよ司令官!」

 

清霜も笑顔で強く頷く。

 

「提督…」

 

「傷ついた体のまま謹慎させるわけにはいかないでしょ?ここのお風呂は特殊でね、入ると怪我も疲れも取れるから、ちゃんと直してきなさい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

エクスは嬉しさのあまり、目頭が熱くなるのを感じた。そこへ霞が帰ってきたみんなにタオルを渡しながら近づいてきた。

 

「エクス、清霜を助けてくれてありがとう。ほらっ、これはあんたの分よ。しっかり疲れをとってきなさい」

 

「うん。ありがとう、霞」

 

「エクスさん!早く行こう!ほら、みんなも!」

 

「わ、分かったから引っ張らないでくれ清霜」

 

霞からタオルを受け取ったところで清霜がエクスの腕を掴んで引っ張るように歩き出す。それに金剛たちも微笑ましそうに眺めながら続く。

 

(そういえば風呂に入るのはこれが初めてだったな…)

 

そんな事を考えながら、エクスは清霜たちと共に入渠施設へ向かうのだった。

 

 

To be continued...



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歓迎会①

現時点で横須賀に所属する艦娘たちを紹介します。


 

 

横須賀鎮守府 提督執務室

 

 

深海棲艦襲撃の翌日。執務室ではスポーツウェアを着た一人の女性がトレーニングの真っ最中であった。

 

「298、299、300、301………」

 

今は片手での腕立て伏せを連続500回やっているところである。

 

「失礼するわよ」

 

残り200回というところで入り口の扉が開き、女性ーーー横須賀鎮守府提督『梶ヶ谷 真理恵』の秘書艦である駆逐艦『霞』が書類を抱えて入室してくる。彼女は入室した途端目を見開く。

 

「って、あんた!?まだ筋トレしていたの!?」

 

「ん?そうよ?」

 

実は霞が退室したおよそ5時間前から、真理恵はトレーニングをずっとしていたのだ。それもかなり体力の使う種類のトレーニングをである。それを5時間も休みなくやり続けた真理恵の体は、ありとあらゆるところから玉のような汗が出ており、スポーツウェアもそのまま風呂にでも入ったかのようにずぶ濡れだった。

 

「ちゃんと休憩したの!?」

 

「ん~ん、全然」

 

「馬鹿なのあんた!倒れるつもり!?今すぐやめて、ちゃんと休憩しなさいよ!」

 

「あ~、待って。後180回……」

 

「さっさとやめて休憩しろ!!このクズ!!!」

 

会話しながらも腕立て伏せを続けている真理恵に霞は一喝する。真理恵はしぶしぶといった感じでやめた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「はい、水」

 

「ありがとね~、カスミン」

 

タオルで汗を拭きとりながら、真理恵は霞から彼女が持ってきてくれた水入りのコップを受け取る。一口飲んでから、執務机の上に置いてある袋から煮干しを一匹取出し、口にくわえる。

 

「あんた何であんなにずっとトレーニングをしてたの?いつもは1時間くらいで終わるでしょ?」

 

普段と比べてあまりにも長時間のトレーニングに霞は疑問に思う。

 

「…エクスの件よ」

 

「エクスの?」

 

真理恵は頷き、ゆっくりと理由を話す。

 

「えぇ。いくらあの子が懇願してきたからとはいえ、後方支援に徹底するように命令したとはいえ、…まだ訓練すらやってないあの子を前線に出してしまったのは私。…最悪あの子と他の子たちの誰かが沈んでたかもしれない」

 

「だから自分への罰として、さっきのようなあんなきつい運動を何時間も続けていた…ってこと?」

 

「そうよ…。本当はいくら頼まれてもNoと言うべきだった。だから艦隊を危険に晒すようなことをしたのはあの子ではなく私よ。本来なら私が罰を受ける立場なのよ」

 

「あんたね…だとしても全く休まないで5時間もきつい運動するなんて危険よ。それで体調崩して、いざ深海棲艦が来た時に本来の能力を発揮できなくて、それが原因で私たちが沈んだらどうするの?」

 

「……ごめんなさい」

 

もっともな事を言われ、素直に謝る真理恵。霞は彼女の前に移動し、その場にしゃがむ。

 

「それに私はあんたの判断が間違っていたとは思っていないわ。みんなも言っていたけどあの状況ではエクス以外に清霜を助けられなかった。あんたがエクスを出すと判断したからこそ、清霜は今もこの鎮守府で私たちと一緒に過ごすことができている。エクスを出さなかったら清霜は沈んでいたかもしれない。…だからあんたに一つ言っときたいことがあるの」

 

霞は笑みを浮かべ、再度口を開く。

 

「……ありがとう。あんたのおかげで、私はまた友達を失わずに済んだわ」

 

「霞……」

 

「ほらっ、いつまでも落ち込んでないで。あんたらしくもないじゃない」

 

「そうよね。…落ち込んだままの姿を見せて、みんなを心配させるわけにはいかないからね~」

 

真理恵は立ち上がると、いつもの間伸びた口調で話す。どうやら普段の調子に戻ったらしく、霞は安堵の表情を浮かべる。

 

「そうそう。今回の歓迎会についてなんだけど、…詳細はこれに書いてあるわ」

 

霞は持って来た書類を真理恵に渡す。

 

「おぉ~!今回はどんな料理が食べられるのかしら~。楽しみだわ~!」

 

真理恵が感嘆の声を上げながら見ている書類の内容。それは本日行われる横須賀鎮守府最大のイベントについてだった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

一方その頃、エクスは命令違反により絶賛謹慎中だった。

 

「………」

 

ベッドの上で寝返りを打つ。その際、解いた髪が顔にかかって鼻をくすぐり、思わずくしゃみが出そうになる。しばらくそれを耐えてから、ゆっくりとベッドから起き上がる。

 

「…ふう。1歩も外に出ないって、こんなに辛いものだったのか……」

 

自分以外誰もいない部屋で、何もせず丸1日自室に籠った感想をこぼす。その言葉は部屋のいたるところに吸収され、すぐにしんと静まり返る。

 

周りを見渡すと、扉の左側に置かれた棚が目に入る。

 

「…そういえば」

 

エクスは立ち上がり、棚に近づく。その棚には本がたくさん並べられていた。

 

「鳳翔さんが用意してくれた本がこんなにあったんだった。このまま何もしないでいるよりは、この世界の事を調べていた方が良いかもしれない」

 

彼女は早速ある本を探し出す。お目当ての本はすぐに見つかった。

 

「あったあった。たぶんこれが地図帳だな」

 

本棚から地球世界全体の地図が描かれている地図帳を取出し、ベッドに腰掛ける。

 

因みにエクスはこの世界に来てしばらくしてから日本語を書く事、読む事、そして話す事ができる事に気付いた。これは彼女が”召喚”された事が影響していて、召喚対象が術者の言葉を理解できるのと同じ理屈であった。

 

「…これは。意外と狭いな、この世界は…」

 

世界地図が描かれたページの端にはこの惑星に関する情報が数値で記載されていた。この惑星の全周は、前世界のたった5分の2程度しかなかった。

 

「……ん?」

 

地図のある部分に注目する。顔のようにも見える巨大な大陸のすぐ東側に、4つの大きな島からなる弧状列島があった。彼女の目は、その弧状列島のすぐ横に記載された3つの文字へと向く。

 

「日本国?たしか清霜が言ってたな…。ここは日本国だって…」

 

清霜と最初に会った日に、彼女に尋ねた自分の居場所。彼女が言った場所の名前は、この弧状列島を領土とする島国で間違いないだろう。

 

(…あれ?この島の形状は…?それに”日本国”という名前…初めて聞く名前ではない気がする…)

 

見覚えのある島の形状、聞き覚えのある国名。彼女は自分の記憶から似たようなものがないか探し出そうとする。

 

コンコンッ

 

「エクスさん!入っていい?」

 

その最中、自室の扉をノックする音が聞こえ、次にはノックをしたと思われる者の声が扉越しに聞こえてきた。

 

「その声は清霜?どうぞ入って」

 

『おじゃましまーす』

 

入室を促すと、清霜以外にも神風姉妹や天龍姉妹、夕立、古鷹、そして古鷹によく似た格好の少女が入ってくる。

 

「どうしたんだ、そんなに大勢で?」

 

「みんなエクスさんに会ってお話したいんだって。本当は艦娘みんなが会いたいって言ってたんだけど、さすがに全員で行くのは失礼だからって清霜たちが選ばれたんだよ」

 

「み、みんなって…。そんなに私って有名?」

 

「うん。昨日の事もあるけど、青葉さんの新聞にエクスさんの事が書かれていたからね」

 

エクスは昨日の青葉の取材を受けた時の事を思い出す。

あの時の取材を元に作成された記事の載った新聞が本日の朝、掲示板にでかでかと張られていた。鎮守府所属の艦娘たちはそこでエクスが異世界から来た艦娘という事を知り、誰もが是非とも会って話してみたいと思っていた。

 

「そっか。…ところで昨日会った人たちが大半みたいだけど、そこで寝ている人は誰ですか?」

 

エクスは古鷹の隣にいる一人の少女に視線を向ける。その少女は口から涎を垂らし、立ったまま眠っていた。

 

「はぁ~…、ほら加古、着いたわよ。いい加減起きて」

 

古鷹は一度溜息を吐くと、少女の体をゆすって起こそうとする。

 

「んぁ…?何?ご飯の時間?」

 

古鷹は寝ぼける少女の頭に軽くチョップする。

 

「いつっ!…う~、もうちょっと優しく起こしてよ古鷹~!」

 

涙目で頭を押さえながら少女は古鷹に文句を言う。

 

「ちゃんと起きないからでしょ。ほら、こちらの方がエクスさんよ」

 

「ん~。この人が噂の?」

 

加古と呼ばれたその少女は、未だに眠たそうな表情でエクスをまじまじと見る。

 

「ど~も~、あたしは古鷹型重巡の2番艦『加古』ってんだ~。よろしく~」

 

「あ、はい。魔導戦艦『エクス』です。よろしくお願いします」

 

間延びした声で挨拶する加古に、エクスも同じく自己紹介する。

 

「ふぁ~、寝み…。じゃ~挨拶も済んだことだし、昼寝したいからベッド借りるよ~」

 

「…へ?」

 

「ちょっと加古!迷惑でしょ!やめなさい!」

 

古鷹の制止も聞かず、加古はエクスの横を通り過ぎ、ベッドで横になる。ものの数秒で彼女は寝息を立て始めた。夕立がエクスに彼女について補足する。

 

「加古さん、いつも眠そうにしていて、場所も時間も関係なく人前でも平気で寝ちゃう人っぽい。あんなふうに他の人のベッドに潜り込む事も1度や2度ではないっぽい。さっきも寝ながらここまで歩いてきたっぽい」

 

「……」

 

エクスは加古の行動に唖然とし、ただ突っ立ったままだった。

 

「ご、ごめんなさいエクスさん。妹がご迷惑を…」

 

「え、だ、大丈夫ですよ。元気な妹さんですね…」

 

「あれは元気って言わねぇだろ」

 

天龍がエクスのベッドで眠っている加古を見ながらツッコむ。

 

「と、とにかく立ち話もなんですし、皆さんどうぞ座ってください」

 

腰を下ろすように言われて床に座る一同。全員が座ったところでエクス自身も床に座る。最初に清霜が話し始める。

 

「そうそう、エクスさん。司令官から伝言なんだけど、もう謹慎は終わりだって」

 

「本当?やっと外に出られる~」

 

窮屈な時間からようやく解放されたような気分になり、エクスは両手を組んで天井に向けて伸ばした。

 

「ふふっ、エクスさんは実体化してからまだそれほど時間が経っていませんものね。結構きつかったと思いますが」

 

「そうですね。実体のない船魂だった頃には窮屈という感覚自体ありませんでしたから。これが肉体を持つ事と、持たない事の違いなんでしょうね」

 

ここで天龍がエクスに話しかける。

 

「エクス。昨日の事なんだけどよ、改めて礼を言わせてくれ。清霜を助けてくれて、本当にありがとな」

 

礼を述べる天龍に、エクスは首を振る。

 

「いいや。むしろ素人の私のせいで、下手すればみんなに被害が出ていたかもしれないんだ。…本当にごめん」

 

エクスはその場にいる全員に向けて頭を下げる。それを見た春風が彼女をなだめる。

 

「そんな事言わないでください。私たち、エクスさんにはとても感謝しています。あの時はあなた以外では間に合わなかったかもしれないのですから」

 

「そうだよ!清霜も、あの時エクスさんがいてくれて本当によかったと思ってるよ!だから助けてくれてありがとう!」

 

「…うん。ありがと。そう言ってくれると私も助かるよ」

 

エクスは笑みを浮かべ、春風と清霜の頭を順番に撫でてあげた。

 

「あっ、そうだった!司令官からエクスさんにもう一つ伝言があったんだ!」

 

その時清霜が何かを思い出し声を上げる。

 

「ん?何?」

 

「今日の夜、エクスさんの歓迎パーティーをやる事になったんだよ。だから必ず参加してね!」

 

「歓迎パーティー?」

 

首を傾げるエクスに、古鷹が補足する。

 

「ここ横須賀鎮守府では、新しい艦娘が来た時に必ず歓迎会を開くことになっているのですよ。これ、提督さんのアイディアなんです。歓迎会を通じて新しく来た子に鎮守府に慣れてもらうと同時に、歓迎する側の子たちもその子とたくさん接する機会を設けようって」

 

「へぇ~、その歓迎会って、どんな特徴があるのですか?」

 

ここで他の艦娘たちも話題に加わる。

 

「やっぱ料理がいつもと違う事だよな。あの居酒屋『鳳翔』の美味い料理!たくさん食えると思うと今から楽しみで仕方ねぇ~」

 

「もう、天龍ちゃんったら涎が出てるわよ~」

 

「夕立も!鳳翔さんのご馳走が今から楽しみで仕方ないっぽい!」

 

「もう、皆さんったら。あくまでエクスさんの歓迎が目的なんですから~」

 

艦娘たちが楽しみにしているのも無理はない。

ここ横須賀鎮守府に所属する軽空母『鳳翔』。彼女が本業以外に居酒屋を経営していることは以前の話にも出た通り。そこで出される彼女の料理はどれも絶品であり、彼女の料理を堪能しようと、店には艦娘や鎮守府所属の憲兵、職員、さらには多くの一般人も訪れる。そのため数ヶ月先まで予約で一杯となり、また店の方が忙しく、彼女が食事当番となる事も滅多にないため、彼女の料理を味わう機会は艦娘はおろか、提督であろうとほとんどなかった。

故に新しい艦娘が着任する毎に行われる歓迎会では、どうしても彼女の料理に関心が行ってしまうのであった。

 

「数日前に鳳翔さんから居酒屋の事を聞きましたけど、皆さんの話を聞いてると…ますます食べてみたいですね」

 

いつの間にか自身の口から涎が出かかっていることに気付き、慌ててハンカチで拭き取るエクス。彼女も頭の中は色とりどりで美味しそうな料理で一杯だった。

 

「食べたらきっとエクスさんもあまりの美味しさに飛び上がっちゃうよ!」

 

「あはは。そっか。今からとても楽しみだよ」

 

その後は目を椎茸にした神風の質問攻めに遭ったり、いかにも怖そうな仕草で「ふふっ、怖いか?」と言ってきた天龍に対し、「いや、全然」と正直に答えてしまい落ち込ませてしまったりと色々あったが、あっという間に歓迎会の時間が近づいてきた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 大食堂

 

 

歓迎会が始まる少し前、エクスたちはこの鎮守府でも一際広い大食堂の入り口前に来た。閉められた扉の向こう側から暖かな光が漏れ、大勢の人々の話し声やテーブルに食器を置く音が聞こえてくる。

 

「じゃあ、エクスさん。清霜たちは先に入ってるから少しだけ待ってて。合図があったらこの扉から入って来てね?」

 

「?ああ、分かった」

 

入り口前で待つように言い、先に大食堂へと入っていく清霜たち。彼女たちの意図が分からなかったが、大人しく待つことにした。

 

しばらく待つと、中から聞こえてきた音が一切なくなり、しんと静まり返った。

 

『エクスさん!いいよ、入って!』

 

清霜の大きな声が扉越しに聞こえてきた。どうやら準備ができたようだ。

 

「…よし」

 

一回深呼吸してから、少し緊張気味に扉を開ける。扉の向こうの光が、しだいに広がっていく。

 

パンパンパンッ!

 

「ひゅう!!?」

 

扉を開けた瞬間、無数の破裂音が部屋中に響き渡る。驚きのあまり縮こまるようにしてその場にしゃがむ。

 

『ようこそ!横須賀鎮守府へ!!』

 

大食堂にてエクスが入ってくるのを待ち構えていた大勢の人々。艦娘以外にも憲兵や職員などもいて、その数は実に100人以上にも上る。妖精たちも加えれば、もっと多くなる。

そのほとんどが例外なくクラッカーを持ち、集団の中央にいる一部の人は『横須賀鎮守府へようこそ!』と書かれた横断幕を掴んでいた。

 

「…え?何これ?」

 

「艦これ」

 

「そのネタはいいから」

 

しゃがんだままの状態で疑問を口にするエクスの側に、霞にボケを突っ込まれた真理恵が手をヒラヒラさせながら近づいてくる。

 

「やっほ~、エクスちゃ~ん」

 

「提督?」

 

「どうだったかしら?なかなかのサプライズだと思ったけど」

 

「これは一体…?」

 

「ここでは新しく来た子には必ずこうして皆で盛大に迎え入れる事になっているのよ。驚かせちゃってごめんなさいね?」

 

真理恵はエクスの手を掴んで立ち上がらせると、くるりと皆の方を向く。

 

「みんな。この子が新しく鎮守府にやって来た仲間、戦艦『エクス』さんよ。…じゃあエクスちゃん、いきなりで悪いけどあいさつをお願いできるかしら?みんなあなたの事情は知ってるから、異世界から来たと言っても問題ないわよ」

 

「え、あっ、はい!分かりました!」

 

エクスは真理恵の一歩前に出て、ミリシアル海軍式の敬礼をする(形は日本のものと大して変わらない)。

 

「異世界から参りました。神聖ミリシアル帝国、第零式魔導艦隊旗艦、魔導戦艦『エクス』です。本日はこのような会を開いて頂き、ありがとうございます。私にとってこの世界は全く未知の世界ですが、皆さんと協力し合いながら頑張っていこうと思います。よろしくお願いします!」

 

直後、盛大な拍手が彼女を包み込む。自分がその中心にいる事に、ちょっぴり照れ気味になる。

 

「さぁ!始めましょう!」

 

真理恵が手を叩いて歓迎会開始を宣言する。艦娘や女性職員の何人かがエクスの元に近づき、彼女を連れて料理がたくさん並んだテーブルへと向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

こうして始まった歓迎会。艦娘も人間も妖精も関係なく、そこにいる全員が宴を楽しむ。

 

「おいしい…!!」

 

テーブルに置かれている色とりどりの料理。その中から海老の天ぷらを選び、ぎこちない箸使いで口へ入れる。衣のサクサク感と海老のぷるっとした食感が口の中に広がり、思わず表情が緩む。

 

「ふふっ。どうですか?エクスさんにとって初めての和食ですが」

 

側であまりにも美味しそうに食べるエクスに、鳳翔は朗らかな笑顔で尋ねる。

 

「はい、とっても美味しいです!世の中にこんなにおいしいものがあったなんて!」

 

「うふふ。気に入っていただけて私も嬉しいですよ」

 

若干興奮気味に感想を言うエクス。鳳翔はテーブルに置いてあった小皿を持つと、そこに別の皿に入っている揚げ出し豆腐をいくつか入れる。

 

「こちらなんてどうでしょうか?『揚げ出し豆腐』という名前ですが。こちらはそのままでも醤油をかけて食べてもおいしいですが、私のお店ではこうして食べるのがお勧めですよ」

 

鳳翔は説明しながら小皿に入った揚げ出し豆腐に温かいめんつゆを半分浸かる程度入れ、上から大根おろしとネギ、おろし生姜をトッピングしてエクスに差し出す。

 

口に入れると豆腐の柔らかい食感と大根おろしの苦味、生姜のぴりりとした感覚が舌を刺激し、続けて衣から温かいめんつゆが溢れてくる。

 

「~~~!」

 

あまりのおいしさに言葉にならない声を上げる。

 

「どうでしょうか、エクスさん?」

 

「はいっ!これもすごく美味しいです!」

 

「ふふっ。それはよかったです」

 

その後も鳳翔から様々な料理の説明を受けながら、エクスはそれらに舌鼓を打つ。そこへ近づく2人の駆逐艦娘。

 

「やっほ~!鳳翔さん!エクスさん!」

 

「あら、陽炎さんに不知火さん」

 

その2人の内、狐色の髪を大きめの黄色いリボンでツインテールにした少女が明るい声で話しかける。それに気付いた鳳翔が2人の名前を呼び、彼女たちの紹介をする。

 

「エクスさん。こちら、陽炎型駆逐艦の1番艦『陽炎』さんと2番艦の『不知火』さんです」

 

「陽炎よ!よろしくね、エクスさん!」

 

「…不知火です。よろしくお願いします」

 

明るく快活にあいさつする陽炎と、ドライな雰囲気でお辞儀をする不知火。

 

「も~、ぬいぬい!そんなに肩っ苦しくしないで、もうちょっと明るくあいさつしなよ!」

 

「そのぬいぬいと呼ぶのはやめてちょうだい」

 

「陽炎に不知火か。戦艦『エクス』です。よろしく」

 

互いに自己紹介を終えたところで、陽炎がにっかりと笑いながら手に持っている皿をエクスに差し出す。

 

「はいっ、エクスさん!」

 

「?これは…?」

 

見たところスープに見えるその料理に、エクスはきょとん顔で尋ねる。

 

「これはクラムチャウダー。あたしの得意料理のひとつなんだ!歓迎会の時は必ず作って、新しく来た人に食べてもらっているの。味には自信があるから、エクスさんもどうぞ食べてみて!」

 

「うん、いただくよ」

 

陽炎からクラムチャウダーを受け取り、一緒に受け取ったスプーンで一口すする。

 

「どお、どお?おいしい!?」

 

「あぁ。陽炎は料理が上手なんだな」

 

「えへへ、さーんきゅ!」

 

褒められた陽炎は若干照れた様子で喜ぶ。

 

その後しばらく鳳翔と加えて4人で話をしてから、他のテーブルへと移動する。

 

「…お、あれは」

 

焼き鳥と言う料理が置かれているテーブル。そこに群がる駆逐艦娘の中に、昼ごろ自分のところへやって来た夕立がいることを確認する。

 

「夕立」

 

「あっ、エクスさん!」

 

声を掛けられた夕立は食べる手を止めてこちらを向く。彼女と同様に周りの駆逐艦もこちらへと顔を向けた。

そのうちの一人が敬礼をしながらあいさつする。

 

「えーと、エクスさんですね?私は特型駆逐艦の『吹雪』です。よろしくお願いします!」

 

「こちらこそよろしく、吹雪」

 

エクスも彼女に合わせて敬礼する。吹雪の後ろにいる彼女と同じセーラー服の少女たちも、続けてあいさつする。

 

「白雪です。姉の吹雪と同じ特型駆逐艦です。よろしくお願いします」

 

「同じく!あたしは深雪だよ!よろしく!」

 

「初雪…です。…よろしく」

 

「よろしく。4人はみんな姉妹なんだな」

 

「4人だけじゃないよ。他の鎮守府にいる子も合わせると、吹雪ちゃんたち姉妹は、24人もいるっぽい!」

 

「24人!?そんなに姉妹が?」

 

驚くエクスに、吹雪が補足する。

 

「はい。私はその姉妹の長女なんです。…まぁ、狭義で吹雪型と言われる艦は私を含めて最初の10隻ですけどね」

 

「そっか。ところで何で吹雪たちは『特型』と呼ばれるんだ?」

 

「それは私たちが建造された時代に締結されたある条約が関係していたのですが…」

 

吹雪は詳しく説明する。当時締結したワシントン海軍軍縮条約により、主力艦の保有を制限された旧日本海軍は補助艦たる駆逐艦の強化を行った。

特型と言う名前は、睦月型以前の駆逐艦よりも高性能な駆逐艦の建造を要求された艦政本部が立ち上げた『特型駆逐艦対策委員会』の名に由来する。

彼女たち特型は睦月型以前の駆逐艦と比べ、長大な航続距離と高い攻撃力を与えられ、就役時はそのあまりの高性能ぶりに文字通り世界を震撼させた。

 

「まぁ、そのせいで補助艦も制限の対象にされちゃったんですけどね…」

 

あはは…と笑いながら、吹雪は頬を指でぽりぽり掻く。そこに近づく新たな駆逐艦娘たち。

 

「およよ?吹雪ちゃんに夕立ちゃん、エクスさんとお話してるの?」

 

その中で茶髪のショートヘアが特徴の女の子が吹雪たちに話しかける。

 

「あっ!睦月ちゃんに如月ちゃん!それに江風ちゃんと山風ちゃんも!」

 

先ほど話に出ていた睦月型の1番艦『睦月』と2番艦『如月』、そして夕立の姉妹艦である白露型8番艦『山風』と9番艦『江風』である。先に夕立が妹たちの紹介をする。

 

「エクスさん。この2人が夕立の妹の山風と江風だよ!」

 

「夕立の姉貴が昨日の戦いで世話になったんだってな。白露型9番艦の『江風』だよ。よろしく頼むぜ!」

 

「戦艦『エクス』です。よろしく」

 

活発そうな雰囲気の江風。一方、山風と呼ばれた緑髪と犬耳のような黒いリボンが特徴の少女は、姉の夕立の後ろにそそくさと隠れる。

 

「ほら、今度は山風の姉貴の番だぜ。隠れてないであいさつしなよ」

 

あいさつを終えた江風が促すが、山風は首をフリフリと振る。

 

「…あたしはいいよ、別に…。江風、あなたがやったら…?」

 

「いや、あたしは今やったじゃん…。あいさつくらい自分でやれよ…」

 

「ほら、山風。ちゃんとするっぽい」

 

夕立と江風に促され、山風はしぶしぶと言った感じでエクスにあいさつする。

 

「白露型8番艦…『山風』……です。これでいい…?」

 

「え?あ、あぁ…。よろしく、山風」

 

あいさつを終えた山風は、エクスの言葉にそれ以上耳を傾けることなく、お目当ての焼き鳥が置いてあるところへ移動し、それらを黙々と食べ始めた。

 

「恥ずかしがり屋なのかな、あの子は?」

 

「あ~、気にしなくていいぜエクス。山風の姉貴はいつもあんな感じだからよ」

 

(…というよりあの子がこの子の姉なのか…。最初見たときは妹かと思った…)

 

白露姉妹の紹介が終わったところで、続けて睦月と如月がエクスの前に来る。

 

「こんにちは~。睦月型駆逐艦1番艦『睦月』です!こっちは妹の…」

 

「『如月』と申します。よろしくお願いますね、エクスさん」

 

「こちらこそよろしく。睦月、如月」

 

するとここで何かに気付いたのか、吹雪が睦月姉妹に話しかける。

 

「…あれ?睦月ちゃん、如月ちゃん。卯月ちゃんは?」

 

「…およ?そういえば卯月ちゃんがいないね。どこに行っちゃったのかにゃ~?」

 

「…卯月?」

 

「この鎮守府にいるもう一人の姉妹の名前です。さっきまでいたはずなんですけど…」

 

周りをキョロキョロと見る睦月と如月。

その時、背後からエクスにゆっくりと近づく人影が…。

 

「ぴょん!!!」

 

「ひゃうん!!?」

 

「!!?」

 

突然後ろから聞こえてきた大声に、エクスは可愛らしい声を上げて驚く。吹雪たちも体をビクッと震わせる。

 

「やったやった!大成功だぴょん!」

 

その反応を見てぴょんぴょんと跳ねながら喜ぶ1人の少女。

 

「い、いきなり驚かすな…!」

 

人を驚かしときながら全く反省していないその少女に若干イラッとしたエクスは、語気を強めて抗議する。

 

「ちょっと卯月ちゃん!失礼でしょ!」

 

「やめてくれ、卯月!心臓に悪いじゃねーか!」

 

「えへへ。ごめんぴょん、みんな」

 

睦月や江風に卯月と呼ばれた少女は、笑いながら謝罪をすると、エクスに自己紹介を始める。

 

「今話題に出てた睦月型駆逐艦の『卯月』で~す!よろしくぴょん!」

 

「せ、戦艦『エクス』です。…お願いだから後ろから驚かすのはやめて欲しいのだけど…」

 

「あははっ、ごめんぴょん。でもエクスさんの可愛く驚くところが見たかったんだぴょん」

 

「へ?それってどういう事?」

 

「言葉通りの意味だぴょん。青葉さんの新聞に驚いてるエクスさんの写真が載ってたから、司令に聞いたらエクスさんは驚かされるのにすごく弱い人だって言ってたぴょん」

 

そう言って卯月は持っていた新聞をエクスに渡す。それは本日発行された青葉の新聞だった。

 

「!?」

 

エクスはその内容を見てぴしりと凍る。新聞の見出しには、艤装の性能試験で海中から出てきた標的に驚き、目をつむって縮こまっているエクスの写真が載っていた。見出しのタイトルは、『エクス「私、異世界でも頑張っちゃうぞ☆」』である。

 

(こ、この場面は…。それに何だこのタイトル…?)

 

見る見るうちに顔を赤くしていくエクスの横で、卯月は新聞を覗き込みながら話を続ける。

 

「いや~、朝も見たけど驚き方が本当に可愛いぴょん。み~んなこれを見て可愛い可愛いって話をしていたぴょん」

 

「な、何だかすごく恥ずかしくなってきた…。お願いだからそれ以上…言わないで…」

 

「何でぴょん?エクスさんが可愛いのは事実だぴょん!」

 

恥ずかしさのあまり、新聞を持つ手がガタガタと震える。

 

「さっきの驚き方だってとっても可愛かったぴょん。司令の言ってた通りだぴょん!」

 

「う、卯月ちゃん。もうその辺にしてあげて…ね?」

 

「そ、そうだよ。エクスさんのライフはもう零っぽい~」

 

見かねた睦月と夕立が卯月を止めに入るが彼女は止まらない。どうやら本人はエクスの反応があまりにも面白いと思ったらしく、きしししっと笑いながらさらに追撃してきた。

 

「こっちの写真も見るぴょん。エクスさんが妖精と戯れているところだぴょん。笑顔がとっても可愛いぴょんね~」

 

(…た、頼むからもうやめてーー!!)

 

顔だけでなく全身を真っ赤に染めて、心の中で叫ぶエクスだった。

 

 

To be continued...



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歓迎会②

エクスは結構恥ずかしがり屋です。

褒められたりする事に対して殆ど耐性がありません。


 

 

――夕立たちの元を離れ、金剛たちがいるテーブルに移動して数分。エクスは未だに恥ずかしい気分が抜け切れず、片手で顔を覆っていた。

 

「~~~……」

 

「エックス。大丈夫デース?」

 

隣にいる金剛が、心配そうに声をかけてくる。その隣にいる古鷹も、眠っている加古を支えながら心配そうにこちらを見る。

 

「だ、大丈夫です…」

 

それに対し、エクスは力なく返事する。

 

「まぁ、あまり気にしないでください。卯月ちゃんはイラズラしたり人をからかう事が好きな性格ですが、根はとてもいい子なんですよ」

 

(…あなたの新聞のせいじゃないですか)

 

恥ずかしい思いをした切っ掛けである新聞を作った青葉が、ジャガイモの煮物を食べながら卯月のフォローをする。そんな彼女をエクスはジト目で見る。

 

「でもよかったですね、金剛さん。ようやく戦艦が来てくれて」

 

青葉の隣で同じ料理を食べている彼女と同じ髪の色の少女――重巡『衣笠』が金剛に話しかける。

 

「そうデスネ。今までは私1人しかいませんでしたから大変デシタけど、エックスが来てくれマシタからこれでひと安心デース」

 

「あはは…。ですが、私が戦力になるにはまだ時間がかかりますけどね」

 

にっかりと笑って返答する金剛と、すぐに戦力にはなれないと言うエクス。衣笠は昨日の戦闘について話し始める。

 

「青葉から聞いたんだけど、エクスさんの撃つ砲弾は青く光るっていうのは本当なのですか?」

 

「そうデース!とってもビューティフルだったネ!あんな攻撃は初めて見まシタ!」

 

「えぇ、あまりに綺麗だったので私たちも敵も皆見とれてしまいました」

 

「まさに魔法の国の戦艦!という感じでしたね!かっこよかったです!」

 

金剛、古鷹、そして青葉の順にエクスの戦いに関する感想を述べる。ようやく落ち着いてきたエクスは、それを聞いて再び恥ずかしくなる。

 

「た、大した事はやっていないですよ。私は普通に砲撃しただけですから…」

 

「そんな謙遜しないでくださいよ。本当にすごかったんですから」

 

「…そんなにすごいの?あたしも見てみたいな~、エクスさんが砲撃するところ」

 

衣笠が羨ましそうにエクスを見る。

 

「今後は演習や訓練で見る機会がありますから、その時見れると思いますよ?」

 

「本当?やった!楽しみだな~。…ところで、エクスさん。エクスさんの祖国ってどんな所ですか?詳しく聞かせてください!」

 

「えぇ、いいですよ」

 

エクスは少し自慢気に自分の祖国について説明する。祖国、神聖ミリシアル帝国は高度な魔法文明を築いた世界最強の国家であること。他の文明圏の国家群との玄関口であり、多種多様な種族が観光に訪れる港街カルトアルパス。超高層ビルが立ち並び、夜は光魔法による幻想的な光に包まれる美しい街、帝都ルーンポリス。それ以外にも雄大な自然を満喫できる観光地の数々。

衣笠たちはその話を、まるでお伽噺の国に来たかのように聞き入る。

 

「良い国ですね~。もし行けたら行ってみたいな~」

 

衣笠は頬を紅潮させながら感想を述べる。

 

「あはは、ありがとうございます。もしできたらその時は案内しますね」

 

「それにしても世界最強の国ですか…。なんだかアメリカをイメージしますね」

 

「あめりか?」

 

「この世界でエクスさんの祖国みたいなポジションにある国ですよ。この日本からずっと東に進んだところにある大陸国家です」

 

「へぇ~、いつか行ってみたいですね…。その国に」

 

神聖ミリシアル帝国と同じ世界最強の称号を持つその国に、エクスは興味を抱く。

 

 

――――

 

 

その後金剛たちと別れ、まだ話したことのない人がいるところへと移動する。

 

(それにしても、金剛さんってあの体型でものすごくたくさん食べてたな。…というより私もさっきから結構食べてるはずなのに…あまりお腹が膨れない…。なぜ…?)

 

道中お腹をさすりながら、軽巡洋艦と呼ばれる少女たちがいるテーブルへ向かう。

 

「あら、あなたは…」

 

近づいてくるエクスに気付き、一人の軽巡洋艦娘がこちらを向く。

 

「はじめまして、戦艦『エクス』です」

 

「こんばんは。長良型軽巡、4番艦の『由良』です。ここの艦隊では主に対潜任務を行っています。よろしくお願いしますね」

 

「こちらこそよろしく(”たいせん”って何だ?)」

 

初めて聞く単語の意味を尋ねようとしたところで、一緒にいた黒セーラー服の少女が両腕を振り上げた独特のポーズをとりながら、由良の前に出る。

 

「こんばんは!由良と同じ長良型の5番艦『鬼怒』です!よろしくね、エクスさん!」

 

「こ、こちらこそよろしく…」

 

そして最後の一人も続けてあいさつする。

 

「はじめまして!同じく長良型6番艦『阿武隈』です!よろしくお願いします!」

 

「うん。よろしく」

 

全員のあいさつが終わったところで、鬼怒がエクスに再び話しかける。

 

「ねぇねぇ、エクスさん!古鷹さんから聞いたんだけど、性能試験で鳳翔さんの艦載機を相手にした時、パナイ対空砲火で迎え撃ったって本当!?」

 

「え?あぁ、本当だけど。でも、結局手も足も出ず惨敗だったけど…」

 

エクスは苦笑したまま、鳳翔の艦載機と相対した時の事を思い出す。自分の対空魔光砲が織りなす濃密な弾幕。あれだけの激しい攻撃を、あの艦載機たちは全くものともしなかった事に今でも驚いている。

 

「まぁ、鳳翔さんの航空隊は滅茶苦茶強いし、奇跡でも起きないと勝つことは出来ないからねー。私も何度も挑んだけど、ほとんど撃ち落せてないんだよね~」

 

「だからって負けるわけにはいかないものね。鬼怒は艦隊防空を担っているし」

 

「え、そうなのか?」

 

「そうだよ!摩耶さんと同じあたしも艦隊の空を守ることが役目なんだよ。もしかしたら敵に鳳翔さんよりも強い奴がいるかもしれないからね!だから鳳翔さんに勝つこと、これがあたしの今の目標なんだ!」

 

「そっか。鬼怒はすごいな」

 

「えへへ、ありがとう。…でもエクスさんの対空攻撃も凄かったって聞いたし、もしかしたら一緒に艦隊防空ができるかもしれないね!」

 

「あはは、そうだな。そうなれるようにこれから一生懸命自分を鍛えるよ」

 

「うん。いつか一緒に皆の空を守ろうね!」

 

「あぁ」

 

満面の笑顔を向ける鬼怒にエクスは頷く。

あの時も自分たちは、多数の航空機を相手にほとんど手も足も出なかった。これから先同じような事が起こらないとも限らない。航空機でも戦艦を沈められるという事を身をもって知った以上、対空戦闘能力の強化も必要であった。幸い自分の対空魔光弾投射量は非常に多い。何らかのコツを見つければ、自分の対空戦闘能力を大幅に向上させる事ができるかもしれない。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

由良たちと別れ、今度は鳳翔と同じ空母艦娘の『龍驤』がいるテーブルへと移動する。そこには彼女以外にも霞と清霜もいて、彼女からたこ焼きと言う料理を振る舞ってもらっていた。エクスも早速もらい、一口食べる。

 

(あちち…。これ結構美味しいな。あ、これはタコかな…?…あぁ、だから”たこ焼き”か)

 

ほくほくの衣の中に入っているタコの歯ごたえがくせになり、10個、20個と食べ進めていく。

 

「…しっかし、よく食べるな自分。さすが戦艦やな」

 

それを見て感心している龍驤の声を聞き、たこ焼きを食べる手を止めて彼女の方を向く。いつの間にかエクスの隣にはたこ焼きが載っていた皿が何枚も重ねられていて、既に100個近く食べていたことが分かる。

 

「んぐっ…。え?あぁ、さっきからたくさん食べているはずなのに、まだあまりお腹が膨れなくて…」

 

「別に不思議な事やないで?元々戦艦という船は、他より燃料や弾薬をいっぱい消費するやろ?だから艦娘になるとそらものすごい大喰いになってしまうんや」

 

「そうなのか?」

 

「せやで。うちら艦娘は船だった頃の特徴が再現されとる。うちらが戦うのに必要な燃料も弾薬も、修理に必要な鋼材も、大きくて強い艦になればなるほどたくさん必要になるんや。資材が無ければ、うちらは戦うどころか動くこともできひん」

 

ここでエクスは、真理恵から深海棲艦について説明を受けた時を思い出す。

 

「…たしかこの国、元々資源がほとんどなく輸入に頼っていたはずだよな…?それじゃあ…」

 

「…そうや。深海棲艦に制海権を奪われ、うちらが活動を始めてしばらくの間は補給が途絶えてしまったせいもあってわずかな資源であいつらと戦わなきゃならなかったわ。今は遠征のおかげである程度余裕ができたけど、最初の頃は本当に苦労したんやで」

 

「龍驤は艦娘が現れた頃にはもう戦っていたのか?」

 

龍驤は、半分側が焼けたたこ焼きを棒で回しながらゆっくりと頷く。

 

「そうや。この鎮守府が稼働する前も他の鎮守府に所属して深海棲艦と戦っていてな、ここが稼働したと同時に提督や霞、鳳翔、そして吹雪と共に着任したんや」

 

「さっき会った特型の1番艦の子か…。あの子も最初の時にいたんだな」

 

たこ焼きを食べ終え、こちらにやって来た霞と清霜が会話に加わる。

 

「それも最初の最初にいた子よ?吹雪は」

 

「?どういう事だ、霞?」

 

「あの子、吹雪は最初に存在を確認された艦娘の一人よ。当時一緒にいた4人の駆逐艦娘と、巡視船を沈められて孤立していた客船を深海棲艦から守ったって聞いたわ」

 

「吹雪ちゃんすごいんだ!吹雪ちゃんも霞ちゃんに負けないくらい強いんだよ!」

 

興奮しながら話す清霜に、霞は苦笑する。

 

「私より吹雪の方が強いわ。艦としての性能は私の方が上だけど、練度と合わせた総合力は彼女の方が上よ」

 

「そんなに強いのか、吹雪は?会った時はいたって普通の子だったけど…」

 

「普段わね。でも戦闘時はすごいわよ。この前の作戦でも戦艦級2隻を沈めてたしね」

 

「!!?」

 

これを聞いてエクスは耳を疑う。小口径砲しか持たない小型艦がどうやって戦艦を沈めたのだろうか?不可能とはいかずとも相当困難なはずだ。特型は従来より攻撃力が高いと言っていたが、そこまで強くなれるのだろうか?彼女の疑問は後の訓練で解けることになるが、質問しようとしたところで後ろから龍驤が声をかけてくる。

 

「……ところでエクス」

 

「何、龍驤?」

 

「今まで見てきたけど自分、重巡以上の艦娘には敬語で話すんやな…?」

 

「?あ~、そうだな。何となく重巡以上の人は大人っぽく感じるから、自然と敬語になるんだよな…」

 

因みに重巡以上でもエクスが素の口調で話す相手は第零式魔導艦隊のメンバーのみである。

 

「……自分、うちの艦種は何やと思うとる?」

 

龍驤はジト目で確認するようにエクスに尋ねる。それにエクスは全く悪意もなくさらりと答えてしまった。

 

「?駆逐艦だろ?」

 

瞬間、龍驤の表情が一気に暗くなる。同時に放たれた凄まじい威圧感に、エクスはおろか周りの者たちも気圧される。エクスの後ろにいる霞は、あちゃ~と言いながら額を片手で押さえる。清霜だけはその威圧感を感じ取れなかったのか、きょとんとしている。

 

「…え?龍驤?どうしたんだ?」

 

エクスは威圧されつつも、恐る恐る声をかける。

 

「……うちは空母や。駆逐艦やない」

 

「えぇ!?鳳翔さんと同じなのか!?」

 

エクスは目を見開く。彼女の頭の中では大きい艦が艦娘になった時は大人の姿になり、小さな艦は子供の姿になるのだと思っていた。だが目の前の少女は、艦時代の大きさと反比例する小柄な姿をしていた。

 

「…あはははははは。こりゃ参ったわ…。うち駆逐艦と思われてたんやな…。…自分、うちのどこから駆逐艦と判断したんや?…まさか」

 

龍驤は乾いたような笑い声を上げ、自身の胸を見下ろす。その目に光はなく、エクスは少しばかり恐怖を感じた。

 

「…まぁ、ええわ。とりあえず、その認識を正さなきゃあかんな…」

 

「な、何を…?」

 

どす黒いオーラを纏いながら、じりじりとエクスに近づく龍驤。エクスは恐怖で少しずつ後ずさる。

 

「うちは駆逐艦やなく、鳳翔と同じ空母やという事や。……実際にうちの艦載機を相手にしてもらってな。…勿論実弾で」

 

「じ、実弾…!?」

 

後ろのテーブルが背中に当たり、エクスはそれ以上下がれなくなる。やがて彼女の目の前まで来た龍驤は、ハイライトの消えた瞳で向けたまま、彼女の腕を力強く掴む。

 

「え、ちょ!!」

 

「…さぁ、行くで演習場にごふん!!?」

 

そう言ってエクスの腕を引っ張ろうとした時、突如龍驤の体が沈んだ。

 

「ダメですよ、龍驤さん。まだ資材は十分ではないのですから」

 

「…!?」

 

続いてついさっき会ったばかりの声が龍驤の後ろから聞こえてきた。崩れ落ちる龍驤の後ろから姿を現した一人の少女。

 

「あらっ、私が止めるまでもなかったわね」

 

「あっ、吹雪ちゃん!」

 

霞は握った拳を下ろし、清霜は龍驤を鎮めた特型駆逐艦の長女の名を呼ぶ。吹雪は気絶した龍驤を抱えたまま、エクスににっこりと笑顔を向ける。

 

「大丈夫ですか、エクスさん」

 

「あ、あぁ、ありがとう、助かったよ…」

 

エクスはぎこちなく礼を述べながら、吹雪の顔を見る。

 

(な、なんだこの子の目…?さっき会話したときと雰囲気が全然違う…。本当に小型艦か…?)

 

先ほどとはまるで異なり、強者を思わせる威圧感を出している吹雪に、エクスは息を飲む。

 

「お気になさらず。…じゃあ私、龍驤さんを医務室まで連れて行きますから、これで…」

 

そう言って吹雪は踵を返し、鳳翔と共に気絶した龍驤を連れて大食堂を後にした。彼女らを見送ったところで、霞が呆然としているエクスに話しかける。

 

「エクス。あんたに一つ言い忘れてたことがあったけど」

 

「え?」

 

「龍驤さんに『駆逐艦』や『胸が小さい』は禁句よ。言うと実弾演習まっしぐらだから、くれぐれも気を付けなさい」

 

「あ、あぁ、分かった」

 

エクスは頷き、同時に絶対に言うものかと心に誓うのだった。

 

「エクスさん、大丈夫…?」

 

清霜が心配そうに話しかける。エクスは笑みを浮かべ、彼女の頭を撫でてあげる。

 

「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」

 

「えへへ。よかった」

 

清霜も満面の笑みを浮かべる。

 

その後は清霜、霞の3人でいろんな所を回り、神風姉妹や天龍姉妹、明石、憲兵、そして職員の人たちと楽しく会話をしていった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

あっという間に時間が過ぎ、歓迎会はお開きとなった。2次会をする者はそのまま大食堂に残ったが、軽巡や駆逐艦は全員寮へと帰っていく。

 

「じゃあ、エクスさん。また、明日ね。おやすみなさい!」

 

「あぁ、おやすみ」

 

エクスに見送られ、清霜も霞も大食堂を後にした。

 

(さて、ようやくお腹いっぱいになったし、少し外に出て涼んでくるかな…)

 

エクスは大食堂の出口と反対側にある広いベランダへ出ようと歩き始める。

 

「あっ、エクスさん。お酒飲みませんか?」

 

1人の女性職員がチューハイ入りの缶を片手に話しかけるが、エクスは首を横に振る。

 

「いえ、今回は遠慮しておきます。ちょっと涼みに行きたいので…」

 

「そうですか。すいません」

 

「いえ…」

 

やんわりと断り、エクスはベランダに出る。そこには既に先客がいた。

 

「あら、エクスちゃん」

 

「あっ、提督」

 

真理恵がビールを片手にこちらを向く。

 

「……隣、良いですか?」

 

「えぇ、いいわよ」

 

「失礼します」

 

エクスは真理恵の隣に移動し、手すりに両腕を乗せる。

 

途端、風が吹く。春の夜に吹く風は涼しく、とても心地良かった。

 

(本当…。こうして風に当たっていると、自分が実体を持ったことが未だに信じられない気分になる)

 

ふと上を見上げる。夜空に浮かぶ満月が、やさしい光でエクスと真理恵を照らしていた。そこに風の吹く音と遠くから聞こえる波の音も加わり、それらは2人に、どこか神秘的な場所にいると錯覚させる。

 

「どうだったかしら、歓迎会は?」

 

ビール缶を何度か傾けてから、真理恵がエクスに今回の催しの感想を尋ねる。

 

「はい、とても楽しかったです。私のためにこのような会を開いてくださって、本当にありがとうございました」

 

「そう、それは良かった」

 

真理恵は笑みを浮かべ、再びビールに口を付ける。エクスは海に目を向け、素直な感想を述べる。

 

「…提督。海ってこんなに綺麗なんですね」

 

「エクスの世界の海はどんな感じ?」

 

「この世界と同じ、青く美しい海です」

 

「へぇ~」

 

「…でも、この海は私のいた世界の海とは違って平和ではないのですよね?」

 

「えぇ、深海棲艦が闊歩している場所だから、誰も海に近づけない。それどころか陸で暮らす人たちにも”奴ら”は襲ってくる。……だからこそ、”彼女たち”は戦っている。…守るべき人たちを守るため、そして海を取り戻すため」

 

「……」

 

エクスは今後どうするか考える。真理恵は自分を元の世界へ帰してくれると言ったが、自分はあの世界で仲間ともども沈んだ身。仮に戻れても前と同じ状態に戻れるのかよく分からなかった。

 

(そういえば、ミスリル姉はどうしているだろう…?)

 

エクスは祖国にいる姉のことを想う。彼女は大切な妹を2人も失ってしまったのだ。きっと今頃悲しんでいるかもしれない。

 

「…提督。私を元に世界に帰すって仰っていましたよね?元の世界に帰った時の私はどうなるのですか?」

 

エクスは真理恵に確認をとる。

 

「無論艦娘のまま戻ることになるわ。元の世界でもその状態で暮らせるように、私が先にその世界に行ってあなたの生活基盤を整えてきてあげる。…こう見えても私、優秀な魔導師なの。なんとかしてみせるわ」

 

どや顔で答える真理恵に、エクスは再度質問する。

 

「私…向こうに姉がいるんです。姉に…会えるのでしょうか?」

 

「……」

 

真理恵はしばらく黙り込み、再び口を開く。

 

「実体化した船魂は、…同じ存在だった船魂を見ることはできなくなってしまうらしいわ。…残念だけど」

 

「そう…ですか…」

 

元の世界に帰れたとしも、姉はおろか、他の船魂の存在を認識することができないと言う事実を知り、エクスは大きくショックを受けて俯く。

元の世界に自分の居場所は…存在しない。そう思うと、目から涙が溢れてくる。それを見た真理恵が、そっと手をエクスの頭に乗せる。

 

「…ごめんなさい」

 

「…提督のせいじゃないです。むしろ私は提督に感謝しています。私が今もこうしてここにいるのは提督の…いえ、提督たちのおかげなんですから…」

 

エクスは涙を拭き、ゆっくりと顔を上げる。

 

「私、この世界に来てまだ3日しか経っていませんけど、数えきれないほどのたくさんの出会いを経験しました。…その誰もが、異世界から来た私を仲間として温かく迎えてくた」

 

この3日間で出会った人々の姿が脳裏を横切る。私を元気づけようとおにぎりを持ってきてくれた清霜。悲しむ私を慰めようと優しく抱きしめてくれた提督。きつい物言いながらも心配してくれた霞。まだこの鎮守府についてよく分からない私に色々教えてくれた鳳翔さん。可愛らしい妖精たち。深海棲艦の攻撃を受けた時、助けてくれた青葉さんと古鷹さん。それ以外にもこの鎮守府にいる多くの人々。

 

「…それは前の世界で仲間を全て失い、悲しみに暮れていた私にとって大きな支えになりました」

 

彼らと交流していくうちに、私は空っぽになっていた自分の心が、次第に何かで満たされていくのを感じた。それはとても温かくて心地良いものだった。

 

「だから私も、彼ら…”仲間”の支えになりたい。そして強くなって、…今度こそ”仲間”を守りたい」

 

私はもう無力じゃない。この世界の”仲間”たちを必ず守ってみせる。

 

「だからお願いがあります、提督」

 

私は姿勢を正し、敬礼する。

 

「私、戦艦「エクス」も…深海棲艦と戦わせてください…!」

 

「……」

 

しばしの沈黙。真理恵が満面の笑みを浮かべ口を開く。

 

「ダメ~」

 

「…………は?」

 

エクスはその答えに固まる。

瞬間、真理恵は一瞬でエクスの後ろに移動し、……彼女の脇をくすぐり始めた。

 

「えっ!?ちょっ、ていと…!ひひっ…!」

 

「ほらほら~、エクスちゃ~ん。我慢しないで笑って笑って~!」

 

「ひひっ、は……あは…あははははっ!!や、やめてください!」

 

くすぐられる事数分。ようやくエクスは解放される。

 

「い、いきなり何するのですか…」

 

その場に座り込み、息も絶え絶えに尋ねるエクス。真理恵はポッケから煮干しを取出し、口にくわえる。

 

「うん。やっぱりあなたは笑っているのが一番よ?その方が可愛いし」

 

「かわ…!?…ってそれより!先ほどのダメってどういう意味ですか!?」

 

顔を上げた途端、真理恵がエクスに向かって指をさす。

 

「まずは訓練!」

 

「…!!」

 

「昨日も言ったでしょ?あなたは訓練すらやっていない素人艦娘。まずは訓練で練度を上げてもらうわ。深海棲艦と戦ってもらうのはそれからよ?OK?」

 

エクスの顔が明るくなる。

 

「提督…!」

 

「ふふっ、嬉しいわ~。あなたが一緒に戦ってくれることを決意してくれて。これでこの鎮守府はもっと賑やかになるわ~」

 

真理恵はエクスの腕を掴み、立ち上がらせる。

 

「じゃあ、改めまして。…戦艦『エクス』。ただ今を持ちまして、貴艦に横須賀鎮守府への着任を命じます」

 

煮干しを飲み込み、敬礼する真理恵。エクスは凛とした笑顔で、再び彼女に敬礼する。

 

「はいっ!神聖ミリシアル帝国、第零式魔導艦隊旗艦、ミスリル級魔導戦艦2番艦『エクス』。ただ今着任致しました!仲間と共に必ずや、この世界の暁の水平線に、勝利を刻んでみせましょう!よろしくお願いします!」

 

こうして魔導戦艦『エクス』は艦娘となり、この世界の危機に新たな仲間たちと共に立ち向かっていく事になった。

 

 

 

第1章『邂逅編』 ~完~

 

 

To be continued...





第1章はこれにて完結です。この後番外編を何分か挟んで第2章『訓練編』に移ります。


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番外編 懐かしい夢

 

 

「……隕石?」

 

ある家庭の夕食。父親の話に首をかしげる少女。その隣にいる少女の弟と思われる幼い少年は、父親の話にまるで興味がないのか、口の周りを汚しながら目の前の料理を食べ続けている。

 

「そうだ。今日政府から重大発表があった。今この星に隕石群が接近してきていてな、軌道計算が行われたところ、半年後にはこの帝国に衝突する可能性が高いらしい…」

 

少女は水晶でできた薄型の動画放送機を見る。ちょうど父親が話している話題に関するニュースが流れていた。画面ではこの国の国家元首である皇帝が国民に向けて何かを伝えているが、その内容を理解するにはまだ少女は幼すぎた。

 

「…あなた、それじゃあここにも隕石が落ちてくるの?」

 

少年の口周りを拭いてあげながら不安そうに話しかける母親。父親はそんな母親や少女たちを安心させようとにっこりと微笑む。

 

「なーに、心配はいらない。すでに政府が有効的な対策を打ってある。仮に衝突する場合はそれで逃げる事になる」

 

「何なの?その対策って?」

 

「自国領全域に結界を張り、この帝国をまるごと未来に転移させるとの事だ。迎撃も考えられたが、火力が足りないという事で結局没になったみたいだがな」

 

「国ごと未来へ…?そんな大規模な転移魔法、今まで聞いたことがないわ。いくら私たちの魔力が大きいって言っても、そんな事が本当に可能かしら?」

 

「実際にやってみないことには分からんだろうな…。だが、どの道そうしないとこの国は滅ぶし、私たちも全員死ぬだけだ」

 

「……」

 

母親は少女と少年を交互に見る。

 

「…?どうしたの、お母さん?」

 

目が合った少女は、きょとんとした顔で母親に聞く。

 

「…ううん、何でもないわ」

 

母親は首を横に振り、少女の頭を優しく撫でる。

 

「さ、食べ終わったなら2人共部屋に戻りなさい」

 

既に少女と少年の皿にのっていた料理は、全て2人の腹の中に納まっていた。

 

「うん!ごちそうさま!」

 

「…ごちそうさま」

 

少女はそう言って椅子から立ち上がり、自室へと走って行く。少年も歩いて彼女に続く。ダイニングルームを出たところで後ろを振り返ると、両親が何か話しているようだった。

 

(お父さんもお母さんも、何を話してるんだろう?さっきの隕石の事かな…?)

 

「……お姉ちゃん、何してるの?早く行かないの?」

 

立ち止ったままの少女に追いついた少年が怪訝な表情で尋ねる。ハッと我に返った少女は首を横に振る。

 

「ん~ん、何でもないよ」

 

そう言って少女は再び走り出すのだった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

それから半年後。

その日、少女は弟と一緒に公園の砂場で遊んでいた。

 

「む~~!トンネル掘りたいけど山が崩れちゃうよ~」

 

「…だったら水で固めればいいんじゃない?」

 

作った砂山にトンネルを掘ろうとするが上手くいかず、次第に苛立ち始める少女。そんな彼女に少年が提案する。

 

「あっ、そっか!じゃあ水を出すね!え~と、確かこうやって…」

 

少女は母親から教わった水魔法を使うため、砂山のすぐ横の地面にすぐ近くに落ちていた枝で簡単な魔法陣を描き始める。

 

「何だって!?それはどういう事だ!?」

 

「「…!!?」」

 

その時付き添いで来てくれた父親が、板状の魔導端末(現代地球で言うスマホのような物)で誰かと話している最中に突然大声を張り上げる。

 

驚く少女と少年を横目に、父親は相手と話を続ける。その様子は焦燥感に駆られている様にも見えた。

 

「どうしたの、お父さん?」

 

少女はおそるおそる聞くと、電話を切った父親が立ち上がり、彼女と少年の手を掴んで歩き出す。

 

「お、お父さん!?」

 

「…あ…山まだできてない…」

 

少年は砂山を名残惜しそうに見る。

 

ある程度歩いたところで、ようやく父親が口を開いた。

 

「2人とも、急いで家に帰るぞ!」

 

「えっ!?どうして!?まだ空はこんなに明るいよ!」

 

「すまん、時間がないんだ。急ぐぞ!」

 

そう言うと父親は、小さい2人の子供を落ちないように両脇に抱えて浮遊魔法を発動させる。魔力でできた光が翼を思わせるような形状になった時、3人の体が宙に浮く。親子は他の家などの障害物を乗り越え、文字通り一直線に家へと向かった。

 

 

 

――――

 

 

 

家に着いた後、父親はすぐに母親と何かを話し始めた。おそらく先ほどの電話に関する事だろうが、まだ幼い少女には、2人が話している内容までは分からなかった。

 

「…お父さん、お母さん」

 

父親から話を聞いた母親はみるみる顔を青くしていき、慌てて何処かへ向かった。父親も2階へと駆け上がっていく。

両親の行動に疑問を持ちながらしばらく待つと、大きめのリュックサック2つが少女と少年の前に出された。それは少女と少年がこの間旅行で使った物であった。

 

「…このリュック、私が旅行で使ったやつだよね?どうして持って来たの?」

 

「この中には日用品や便利な魔法具とか…必要なものが入っているわ」

 

首をかしげる少女に母親がリュックの中身を説明する。

 

「さぁ、2人とも。外に出よう」

 

父親は暖かい笑みを浮かべて自分の子供たちの頭を優しく撫でる。―その脇に丸められた大きな紙を抱えながら。

 

 

 

――――

 

 

 

少女と少年はリュックを背負い、両親と共に再び外に出る。

 

父親は少し待つように言うと、抱えていた紙を地面に広げる。それに描かれているものを見た少女は目を見開いた。

 

「…これ、魔法陣?」

 

両親から教わったどの魔法陣にも当てはまらず、少女はその魔法陣がどういった魔法に使われるのか分からなかった。

 

やがて準備を終えた両親が、子供たちに魔法陣の中央へ移動するように言う。言われた通り中央へ移動したところで、母親が2人を強く抱きしめた。

 

「……ごめんね」

 

「お母さん?」

 

いきなり抱きしめられて驚いた少女は横目で母親を見る。彼女の頬には涙が流れていた。

 

「お母さん?…どうして泣いてるの?」

 

「……もっとあなた達に…母親らしい事をしてあげたかった」

 

涙声でそう言いながら、まるでこの温もりを絶対に忘れないと言わんばかりに少女と少年をさらにきつく抱きしめる母親。母親のこの行為が、今生の別れを意味しているのを子供心ながら理解できた少女は、目に涙を浮かべる。

 

「……いやだ。どうしてそんな事言うの…?」

 

「…いいか、よく聞きなさい。ここにもうじき隕石が落ちてくる。だからお前たちを別の世界へ逃がす」

 

父親が母親に抱かれている子供たちの側に近づき、その場にしゃがむ。

 

「なんで!?みんなで一緒に未来へ行くんじゃなかったの!?」

 

「……」

 

少女の叫びに、父親は目をそらして黙り込む。その様子から少女はある答えに行きつく。

 

「…失敗しちゃったの?」

 

少女の問いに、父親はゆっくりと頷く。

 

「…そうだ。今からどこか遠くに逃げる時間さえない。だから転移魔法でお前たちだけでも逃がす事にしたんだ」

 

「なんで!?どうして私たちだけなの!?お父さんとお母さんも一緒に逃げようよ!!」

 

泣き叫ぶ少女に、父親は首を横に振った。

 

「残念だが転移魔法はたくさん魔力を消費する魔法でね。お前たち2人だけを転移させるのが精一杯なんだ」

 

「いやだ!お父さんとお母さんが行かないなら、私も残る!一緒に死ぬ!!」

 

「……すまない。お父さんもお母さんも、出来れば最後までお前たちと一緒にいたい。…でも2人には生きてほしいんだ。お願いだ…お父さんとお母さんの言う事を聞いてくれ」

 

「いやだ…!いやら…!!」

 

少女は首を強く振る。少年も少女の横で母親に抱かれながら泣いていた。

 

「……これから行く世界で辛い事もたくさんあるかもしれない…」

 

「…でもいつか…必ずあなたたちを大切に思ってくれる優しい人たちに出会えるから…!」

 

魔法陣がほのかに白く光り始める。どうやらいつの間にか魔法を発動させていたようだ。両親は誤って自分が転移しないよう、魔法陣の外に出る。

 

「お父さん!お母さん!」

 

少女は2人を逃がすまいとその腕を掴もうとするが、魔法陣からの光が一気に強くなり、2人の姿が見えなくなっていく。あまりの眩しさに目をつぶる。

 

「〇〇〇!■■■!…大好きよ!」

 

「〇〇〇!■■■!…生きろ!!」

 

光に包まれた周囲のどこからか、両親が自分と弟の名を叫ぶ声が聞こえてくる。それがどこからなのか、もう少女には分からなかった。

 

やがて世界の全てが白に染まり、少女の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「―――……んっ」

 

机に突っ伏して寝ている女性がゆっくりと目を開く。目に入って来たのは執務室と思われる部屋だった。

 

「…あ、あれ?ここは?」

 

「あら、起きたの?」

 

後ろから声が聞こえてきたので振り返ると、女性に毛布を掛けようとしていた一人の少女がいた。

 

「……霞?」

 

その少女は、女性の秘書艦である駆逐艦『霞』だった。

 

「あら珍しい。カスミンって呼ばないんだ」

 

「……」

 

「どうしたの黙りこくっちゃって…?なんか変な夢でも見てたの?」

 

夢。その言葉で女性は現実へと引き戻される。

 

「…ううん、変ではないわ」

 

女性は首を振る。

 

「とても…懐かしい夢だった…」

 

「そう…」

 

霞は笑みを浮かべると、女性の横に移動して毛布を渡す。

 

「…もうちょっとだけ寝る?昨日から寝ないでずっと仕事していたでしょ?残りは私がやっておくから、ちゃんとベッドで寝てきなさい」

 

「ありがとう、そうさせてもらうわ。後はこの書類だけだから、お願いするわね?」

 

「えぇ、任せなさい」

 

女性はまだ処理が済んでいない書類を霞に渡し、受け取った毛布を抱えて執務室を出る。

 

誰もいない廊下で、女性は古びたペンダントを懐から取り出す。ペンダントを開くと、そこには夢に出てきた父と母、そして弟と一緒に映っている幼いころの自分。

 

「お父さん、お母さん…」

 

魔写で撮られたその写真を見て、女性は微笑みを浮かべる。

 

「ありがとう…」

 

女性ーーー横須賀鎮守府提督『梶ヶ谷 真理恵』はペンダントをしまうと、仮眠室に向かって歩き出した。

 

 

To be continued...



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番外編 エクスの妹


今回は魔導戦艦「エクス」の妹「カリバー」と、従姉(準同型艦)の「バリアント」のお話です。


 

 

日本国 舞鶴鎮守府 医務室

 

 

肉薄する敵機。迫りくる謎の航跡。その後襲ってきた激しい揺れと痛み。船体(からだ)が前後に割れる感覚。海中に引きずり込まれ、沈んでいく自分の船体(からだ)――――それ以降の事は何も覚えていない。

 

(…あぁ、そうだ。意識がなくなる前に誰かが私やみんなを呼ぶ声が聞こえてきたような…。え~と、誰の声だっけ…?)

 

だめだ、全く思い出せない…。……そんな事よりここは海の底なのだろうか?海の底ってこんなに温かいものなのかな?…いや、なぜか違う所にいるような気がする。少なくとも、水の中ではない事は分かる。

 

(何というか…上から何かをかけられて横になっているような感覚ね)

 

ふと私は今目をつむっている事に気付き、ゆっくりと目を開けてみた。

 

「……へ?」

 

思わず素っ頓狂な声が出る。目の前に広がっていたのは、見たことない部屋の中だった。

 

「どこ、ここ?なんで私こんなところにいるの…?」

 

最初は天国にでも来てしまったのかと思ったが、部屋はそういったイメージとはかけ離れていた。

 

周りをキョロキョロと見ていると、視界の端に自分の手が映る。両手を自分の目の前に持っていき、まじまじと見る。するとある事に気付く。

 

「…あれ?透けてない」

 

本来船魂の体は幽霊のごとく透けている。…しかし今はまるで実体化でもしたかのように、私の両手は明確にその場に存在しているような気がした。

 

「…いやこれ、どう見ても実体化してるじゃない…」

 

試しに両手を開いたり、握ったりしてみる。握った瞬間、指先と手のひらが触れる感覚があった。

それは船魂とって絶対にありえない事象……私は信じられない気分になり、これは夢なんじゃないかと頬を抓ってみる。

 

「いててて…。痛みがある。夢じゃないみたい…」

 

私は実体化したと言う事実を未だ受け入れられないまま、上半身を起こす。

 

「…温かいものの正体はこれだったのね」

 

掛布団の端をつまみ、目の前に持っていく。どうやら私はこのベッドの上に寝かされていたようだった。

 

ベットから起きて立ち上がると、すぐ隣にあった大きめの鏡に全身を映す。暗い青色の髪も、体のどこを見ても、透けている部分はかけらも見当たらなかった。服装は船魂の頃のものではなく、寝間着と思える服を着ていた。

 

「ははっ、すごいや。…私、本当に実体化している」

 

体のいたる所に触れてみて、私はようやく今の状態の自分を受け入れる。

 

鏡に背を向け、反対側に置かれた机を見る。するとその机の上に何かが置かれているのを確認する。それは円柱と皿を組み合わせ、皿の上に正四面体の青い水晶を乗せたような物体だった。

 

「…?何これ?」

 

手に取ってみると、何処か自分にとって深く関係するような気がしたそれには、見覚えのあるものが表面に刻まれていた。

 

「これ、魔導回路じゃん!…なんなのこの物体?」

 

ふと皿と円柱が繋がっている反対側の部分に、何かを挟む大きめのクリップを見つける。ここで私はある事を思いつく。

 

「……もしかして」

 

私はその物体のすぐ隣にあったゴムで髪をポニーテールで纏め、ゴムで縛った部分にゆっくりとクリップで挟んでみた。するとどうだろう。カチリという音と共に、ポニーテールの付け根にクリップが綺麗に挟まり、簡単には取れにくくなった。

 

「これ、こうやって使うんじゃないかな…?」

 

もう一度鏡で自分の姿を確認し、呟く。持った時はそれなりに重かったはずだが、付けた途端不思議と重量感は感じられなかった。

 

「……ちょっと外に出でみますか」

 

私はここがどこなのか確かめるため、部屋の外へ出る事に決めた。扉を開けると、そこは廊下だった。左右両側とも長大な廊下が続いており、等間隔に部屋への出入り口らしき扉と外を一望できる窓が設置されていた。

 

「!」

 

私は扉を閉め、外の景色を見ようと窓に近づいてみた。そこはグラウンドだろうか、広大な広場に引かれたトラックに沿って、自分より少しばかり年下の女の子たちが運動服姿でランニングをしていた。

 

「ここって群島のどれかの島なのかな?…いや、軍人しかいないはずだからそれはないか」

 

じゃあ一体ここはどこだろう?私はグラウンドで走っている女の子たちに尋ねてみようと思い、外への出口を探し始めた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「――すいません、手伝ってもらって」

 

場所は変わって舞鶴鎮守府の執務室。机に座って書類作業をしている、改造巫女服を纏った黒髪ロングの少女が、隣の机で同じく書類作業を行っている黄色髪ポニーテールの少女へ申し訳なさそうに話し掛ける。

 

「いいえ、気にしないでください。今日の書類はたくさんありますし、榛名さんお1人では大変だと思いましたので」

 

声をかけられた少女――――第零式魔導艦隊所属の魔導戦艦『バリアント』は首を横に振る。

 

「でもバリアントさん。あなたは目が覚めてからまだ数日しか経ってないのですよ?あまり無茶はしないでくださいね?」

 

「勿論ですって。榛名さんこそあまり無理をなさらないで、何かあったら遠慮せず仰ってください。私何でも手伝いますよ!」

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

微笑みながら、戦艦『榛名』はバリアントから処理済みの書類を受け取り、自分が書くべきところにペンを走らせる。

 

バリアントはその姿を見て微笑み、次の書類を手に取ろうとした。

 

「榛名!バリアントさん!」

 

その時勢いよく扉が開き、榛名と同じ格好の少女が焦った様子で執務室に入ってくる。突然の事に驚く榛名とバリアント。

 

「ど、どうしたの霧島?そんなに慌てて…」

 

榛名が妹艦である戦艦『霧島』に尋ねる。少し落ち着きを取り戻してから、霧島はずれた眼鏡を直しながら口を開いた。

 

「大変です!カリバーさんがいなくなりました!!」

 

「「えぇっ!!?」」

 

驚愕する榛名とバリアントに、霧島はさらに説明する。

 

「先ほど医務室へ向かったのですが、カリバーさんの姿が見当たらなかったのです。ベッドがまだ温かかったため、そう遠くへは行ってないと思いますが…」

 

ガタンッ!という勢いで机から立ち上がるバリアント。

 

「そ、そんな!ど、どうしましょう!!カリバーさんが…!!」

 

「落ち着いてくださいバリアントさん。目覚めてから大して時間は経っていませんから、この鎮守府の何処かに必ずいるはずです。今から放送で、皆に探してもらうよう呼びかけますから」

 

取り乱して泣き始めるバリアントを、榛名は優しく話しかけて落ち着かせる。

 

「霧島。急いで放送で皆にカリバーさんを探すように伝えて」

 

「分かったわ!」

 

霧島は執務室を後にし、放送室へ向かうため駆け出す。

 

「さっ、私たちもカリバーさんを探しましょう。…大丈夫です、すぐ見つかりますよ。だからもう泣かないで、ねっ?」

 

「ぐすっ…はい…」

 

バリアントも榛名と一緒に、居なくなってしまったカリバーを探し始める。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

――やっと玄関らしき場所を見つけ、私はそこから外に出る。上を見上げると雲一つない青い空が広がっており、そこに一つだけ浮かんでいる太陽が、温かい日差しを地上に送っていた。視線を下ろすと、黄色い花に埋め尽くされた花壇が目の前に広がっていて、花の蜜を吸おうと何匹もの蝶がヒラヒラと飛んでいた。

 

「おっ、いたいた~」

 

2つの花壇に挟まれた道を進んだ先に、グラウンドで走っていた女の子たちがいた。どうやら休憩中らしく、その場に座り込み水筒に入っている水を飲んでいた。

女の子たちのうち一人が近づいて来る私の存在に気付き、すくっと立ち上がる。

 

「ん?あいつ、もしかして例の保護された艦娘じゃないクマか?」

 

語尾にクマを付ける独特なしゃべり方をする女の子に合わせ、他の子たちもこちらを見る。…ちょっと、そんな一斉にこっち見ないでよ。少しビクってしちゃったじゃない…。

 

「ごめん、君たちにちょっと聞きたいことがあって来たんだけど…」

 

「待つクマ。その前にまず自分の名前を言うのが礼儀ではないクマか?」

 

クマクマとしゃべる子が手を前に出し、名乗るよう求めてくる。

 

「あっ、ごめんなさい。初対面でいきなり質問するのは失礼だよね?」

 

ひと呼吸おいてから、私は彼女たちに自己紹介を始める。――怖がらせないよう、優しく笑いかけながら。

 

「『カリバー』です。よろしくね」

 

人懐っこい笑顔を向けられ、女の子たちは少し照れた様子で自分達も挨拶する。その様子は何とも可愛らしい。

 

「球磨は軽巡『球磨』だクマー。よろしくクマ」

 

「軽巡、『多摩』です。…間違っても猫じゃないにゃ」

 

「駆逐艦『五月雨』です。よろしくお願いしますね、カリバーさん」

 

「同じく、あたいは『涼風』だよ!よろしくな!」

 

けいじゅん?くちくかん?人間で言う名字か何かかな?…まぁ、いっか。とにかくここがどんな所か聞いてみないと。

 

「ところで、カリバーと言ったクマか?寝間着姿で何をしているクマか?」

 

質問しようとしたところで、球磨が先に質問してきた。私は覚えている範囲で自分の身に起きた出来事を彼女たちに話す。

 

「――ん~、何て言えばいいのかな?…気付いたらベッドで寝ていた、としか…?――で、部屋を出て外を見たら君たちが走っている姿を見かけてね、ここが何処なのか聞こうと思ってやって来たの」

 

「…目が覚めたのはついさっきクマか?その時側に誰かいなかったクマ?」

 

腕組みをして意味深な様子で尋ねてくる球磨に、私は質問の意図を理解できないまま、ゆっくりと頷く。

 

「じゃあ、球磨たち以外にお前が目を覚ましたのは知らないというクマね?」

 

「…?そうだね。ここに来る途中誰にも会わなかったし」

 

「そう、分かったクマ。―――五月雨、涼風。ちょっと榛名たちを呼んできてほしいクマ~」

 

「了解しました!」

 

「ガッテンでい!」

 

鎮守府へと走っていく五月雨と涼風。私は彼女らを見送りながら球磨に尋ねる。

 

「…『はるな』って誰の事?」

 

「ここ舞鶴鎮守府の秘書艦だクマ。保護してから今まで意識を失っていた艦娘が目を覚ましたっていうなら、提督不在中のこの鎮守府で次に指揮権がある秘書艦に報告する事は当然クマ」

 

かんむす?ひしょかん?……また分からない単語が出てきたわね。”まいづるちんじゅふ”という単語が、私が今いる場所を指している事は会話の内容から分かるけど…。そんな地名、神聖ミリシアル帝国にあったけ…?

 

その時、グラウンドの端にある柱の最上部に設置されたスピーカーからチャイムの音が鳴り響き、次には女性の明瞭な声が聞こえてきた。

 

『戦艦『霧島』です。鎮守府にいる全艦娘に連絡します。5日前に保護した艦娘が医務室からいなくなりました。目覚めてからそれほど時間が経っていないため、この鎮守府のどこかにいると思います。見かけましたら、すぐに秘書艦『榛名』か私に伝えてください。すぐに向かいます』

 

放送が終了する。

 

「いったい誰を探しているんだろう…?」

 

「「いや、どう考えてもお前クマ(にゃ)」」

 

球磨と多摩が一斉にツッコむ。――おぉ、最後以外綺麗にハモった。

 

「えっ?私?」

 

私は眼を何度か瞬かせて彼女らを注視する。

 

「そうだクマ。お前が寝ていた部屋は医務室クマ。お前、5日前に海上で保護されて以来、ずっと意識がなかったんだクマ」

 

それを聞いた私は、時間が一瞬だけ止まったかのように錯覚した。

 

「い、5日!?私そんなに眠っていたの!?――いや、そもそもここはどこ!?私、たしか変な攻撃を受けて沈んだはずじゃ…!?」

 

私は頭を抱える。沈んだと思ったら実体化していて、見た事ない場所で寝ていて…。わけが分からない。いったい私の身に何が起きたっていうの…!?

 

「落ち着くクマ!」

 

「…!?」

 

球磨が私に近づくと、動揺している私の手を掴み、自分の手でそっと包み込んだ。

 

「兎に角、今ここで慌てても何の意味もないクマ。五月雨と涼風にお前が目を覚ましたことを伝えに行ってもらってるから、榛名たちが来るまで大人しくここで待つクマ」

 

真っ直ぐな目を向け、優しく私に語りかける球磨。私の手を包む彼女の手は温かく、私の心は少しばかり落ち着くことができた。

 

「…うん。ごめんね。見苦しいとこ見せちゃって」

 

「気にするなクマ。誰だって艦娘になった時は自分の状況に驚いて混乱してしまうクマ」

 

…そういえばさっきも”かんむす”って言っていたわね。私はその”かんむす”って存在になったという事?

 

「ところで気になったんだけど、”かんむす”って…」

 

「カリバーさん……!!!」

 

突如横から私の名前を叫ぶ声が聞こえてきた。………あれっ、この声って…?

 

私は聞き覚えのある声がした方を見遣る。建物の玄関前に立つ5人の人影。2人はまだ少女らしさが残る黒髪の女性。2人はさっき私の事を伝えに行った五月雨と涼風。そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ば……バリ姉?」

 

私は驚愕のあまり、それ以上言葉が出ない。

黄色い髪をポニーテールに纏め、今にも泣きだしそうな表情でこちらを見る女の子。私よりも年上とは思えない、どこか幼なそうな印象を持つその子の名前は、私と同じ第零式魔導艦隊に所属する魔導戦艦『バリアント』。

 

たしか彼女はグラ・バルカス艦隊から謎の攻撃を受けて私やエクス達の目の前で沈んでいったはず…。なぜこのような場所にいるのだろう?…見たところ彼女の体は透けておらず、私と同様に実体化しているようだった。

 

「か…カリバーさん…」

 

バリ姉の目から大粒の涙が溢れ出す。流れ出る涙が地面に落ちてシミを作っていく。

 

こちらに向かって駆け出し、私に抱き着いた彼女は張り裂けんばかりの声で泣き始めた。

 

「カリバーさん…!カリバーざぁん…!!」

 

涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、バリ姉は私の体をきつく抱きしめる。……まるでもう離さないかのように。

 

「カリバーざん…!よがっだ…!無事でよがっだ…!!」

 

「あははっ…。バリ姉…、ちょっと痛いよ…」

 

そう言いながら私も彼女の背中に手を回す。伝わってくる彼女の温もりが、彼女が無事だったという事実を再認識させる。

 

……あれっ?そうだと分かった途端視界が滲んできた。…まぁ、いいや。バリ姉の泣く姿を見ていたら、私も泣くの我慢できなくなっちゃったし、…今だけ泣いてもいいよね?……エクス。

 

しばらくの間、私とバリ姉はその場に崩れるようにして座り込み、声を上げて泣き続けた。周りにいた人たちも、私たちのために泣いてくれているような気がした。

 

 

To be continued…

 



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番外編 エクスの姉

今回の登場キャラはエクスの姉の「ミスリル」と従姉(準同型艦)の「ゴールド」。残された者(艦)たちが悲しみに暮れながら向かった先。其処にあったのは新たな謎でした。

※第4巻にてミ帝にネームシップの概念は無い事が記されていました。今回登場するミスリルとゴールドは、1番艦に相当する艦の代名と考えてください。





異世界 神聖ミリシアル帝国 西側群島近海

 

 

太陽に照らされ、光り輝く海。その海を割きながら進む大小10数隻もの艦船。6隻の調査船を中心とした輪形陣を組み、軍艦がそれらを守るように外周を固める。軍艦には神聖ミリシアル帝国の旗が掲げられ、風が吹くごとに生き物の如く激しくはためく。船団が目指す先は、第零式魔導艦隊が壊滅した西側群島。

 

「司令、あと1時間ほどで目的地に到着します」

 

調査船団護衛艦隊の旗艦、ミスリル級魔導戦艦1番艦『ミスリル』の艦橋。船団の進む先をジッと見つめる1人の男の元に、彼の乗る船の艦長が報告する。

 

「分かった。ここから先はいたるところに島が点在しているからな…。各艦に陣形を変更するよう伝えよ!」

 

「了解!!」

 

報告を聞いた司令官は、視線のみ艦長に向けそう命令すると、再び視線を海に戻す。艦長は部下を通じ、迅速に命令を遂行する。

 

少ししてから、艦隊は輪形陣を解き、単縦陣へと組み直す。完全に陣形を組み終えたところで、群島エリアへの入り口が見えてきた。

 

「はぁ…、未だに信じられんな。あの世界最強と謳われた第零式魔導艦隊が、たかが文明圏外国の軍隊を前に全滅してしまうとは…」

 

司令官はため息をつく。第零式魔導艦隊はミリシアル海軍にとってまさに誇りとでもいうべき存在だった。それ故に同艦隊が全滅したという説明を受けたときは、彼を含む多くの海兵たちが多大な衝撃を受け、そして同艦隊に乗っていた同胞たちの戦死を深く悲しんだ。

 

「司令。グラ・バルカス帝国はその最強と謳われた第零式魔導艦隊を葬る程の実力があるという事です。他の文明圏外国家のように蛮族と侮ってはならないと私は思います」

 

「分かっておるわ艦長。だからこそ沈没した第零式魔導艦隊の各艦を詳しく調べに、今我々は同艦隊の沈没ポイントへ向かっているわけじゃないか」

 

司令は少しムッとしてから、隣に設置されていたシートに深く腰掛ける。

 

艦隊の最前列が、幅3キロにも満たない島と島の間に入る。

 

グラ・バルカス帝国海軍による港町カルトアルパス襲撃から数日後。ミリシアル海軍本部は、全世界に向けて宣戦布告したグラ・バルカス帝国との戦いに向けて、準備を進めていた。しかし、グラ・バルカスに関する情報が少なく、有効的な作戦を立てるためには、少しでも多くの情報が必要だった。

 

そこで海軍本部は、カルトアルパス防衛戦で沈んだ自国艦艇含む連合軍艦艇、そして襲撃を受け全滅した第零式魔導艦隊の各艦を調査する事に決定。どのような攻撃を受け、どれだけ船体が被害を受けたか調べ、同じような被害を出さないよう対策を立てる事にした。

 

彼が率いる戦艦2、重巡洋装甲艦1、小型艦5から成る艦隊は、第零式魔導艦隊の調査を命じられた船団の護衛役として、ここ西側群島へとやって来たのだ。

 

「……そういえばこの戦艦『ミスリル』。当代の第零式魔導艦隊旗艦の姉妹艦だったな」

 

ふと思い出したかのように話し始める司令。

 

「えぇ、戦艦『エクス』です。また所属艦艇に戦艦『カリバー』がいましたが、その艦も『ミスリル』の姉妹艦です」

 

艦長は司令を横目に頷く。

 

「……悲しんでるな」

 

「はい?」

 

司令の言葉が理解できず、首をかしげる艦長。

 

「この艦だよ、この艦。…その話を聞いてると、なんだかこの艦が悲しんでいるような気がしてな…」

 

悲しげな目つきで天井を見上げる司令。艦長も彼に同意する。

 

「…私もそんな気がします。…いえ、きっとそうなのでしょう。この子は妹を2人も失ったわけですから……」

 

それから暫く、到着後の事に関して話す司令と艦長。そんな彼らの後ろに1人の少女がぽつんと立っていた。本来なら軍艦にいる筈がないその少女に、艦橋にいる者は誰一人として気付かない。

 

それもそのはず、その少女は船魂だからである。

 

(……………)

 

少女――――ミスリル級魔導戦艦『ミスリル』の船魂は沈黙を保ったまま床を見る。ポニーテールに纏められた銀色の髪から覗くその目は死んでおり、やる気や覇気といったものが全く感じられなかった。

 

(…ミスリル)

 

ふと別の所から声が聞こえてくる。その声の主は、ミスリルのすぐ後ろを航行しているゴールド級魔導戦艦1番艦『ゴールド』の船魂だった。

 

(ミスリル、…聞こえてる?)

 

(…………)

 

ゴールドは前方を進むミスリルに声を掛けるが、彼女はまるで聞こえていないのか、全く反応しない。ゴールドは先ほどよりも少し大きい声で彼女を呼ぶ。

 

(ミスリル…!)

 

(………何、ゴールド姉?)

 

まるでやる気の感じられない声でようやく返事をするミスリル。ゴールドは安堵し、話を続ける。

 

(もうじき目的地に着くわよ)

 

(……そう。どうでもいいわ)

 

(どうでもよくないでしょ、あの子たちがなぜ沈んだのか確かめなきゃ)

 

(私たちは船魂よ。ただ見てるだけで何もする事はないわ。……第一確かめたところであの子たちが生き返るの?)

 

(………)

 

何も言い返せず、沈黙するゴールド。ミスリルはフンッと鼻を鳴らして、再度口を開いた。

 

(あの子たちが沈んだ所になんて行っても辛いだけよ。…ゴールド姉だってそうでしょ?バリ姉を奪われたんだから)

 

(……)

 

ゴールドの脳裏にバリアントと最後に会話するシーンが浮かぶ。泣き虫でちょっと頼りないけど、その心優しい性格で第零式魔導艦隊の後輩たちから慕われている妹。あんないい子がなぜ沈んだのだろうか?折角昨日まで散々泣いたのに、再び彼女の目に涙がたまる。

 

(…うっ……うぅっ…)

 

ゴールドの嗚咽を聞き、ミスリルは次第に怒りが静かに込み上げてくる。

 

(……こんな所にいるよりも、私はさっさとグラ・バルカスの軍艦に乗り込んで、その船魂をぼこぼこにしてやりたいわ。…エクスやカリバー、バリ姉達を奪った奴らを、……私は絶対に許さない)

 

ミスリルもその光の消えた目から涙を流し、グラ・バルカス帝国に対する憎悪の炎を燃やす。妹が2人とも沈んだと聞いて何日間も泣き続けたはずなのに、彼女の涙は枯れる事など全くなかった。

 

魔導戦艦『ミスリル』率いる艦隊と、その艦隊に護衛された調査船団が目的地に辿り着くまで、後10分足らずの時の話だった。

 

 

――――

 

 

神聖ミリシアル帝国 西側群島 

 

 

船団は無事に第零式魔導艦隊の予想沈没海域に到達。早速調査が開始された。調査船団各船に搭載された潜水艇に調査員が数人ずつ乗り込む。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「あぁ、頼んだぞ」

 

リーダー格の男が船に残る同僚たちに手を振り潜水艇に乗り込む。各船の船長が指示を出し、クレーンに吊るされた潜水艇を海にゆっくりと下ろす。

 

海中深く潜っていくにつれ、海上からの太陽光は届かなくなり、しだいに周りは暗くなっていく。各潜水艇は光魔法を用いたライトで自分たちが進む先を照らすが、その光は海の底を主の如く支配する闇を相手にするには些か心もとなかった。

 

(救助された生存者の報告によれば、たしかこのあたりに戦艦『エクス』の残骸が沈んでいるはずだ…)

 

リーダー格の男は潜水艇の窓から外を窺い、戦艦『エクス』の残骸を探し出す。

 

「隊長、どうです?見えますか?」

 

一緒に乗っている調査員の一人が彼に話しかける。彼は首を横に振る。

 

「…いや、ダメだ。どうやらここには沈んでないらしい」

 

窓から見える範囲を隅々まで見るが、『エクス』の船体はおろか、その部品と思われる残骸も確認できなかった。止むおえず彼は上にいる船長たちに連絡し、探すポイントを変えるよう進言する。

 

船の位置を変え、再度潜航する潜水艇。しかし、このポイントでも沈没船の姿が確認できず、隊長はため息をついて上に報告する。それ以降何度も位置を変えて捜索を続けたが、『エクス』はおろか他の艦艇を発見する事も叶わず、今日の調査は終了した。

 

 

――――

 

 

その夜、調査船団と護衛艦隊は沈没予想海域に投錨し、そこで一夜を明かすことになった。

 

「……何?それは本当か?」

 

戦艦『ミスリル』の艦橋では、司令が艦長から今日の調査報告に耳を傾ける。

 

「…はい、間違いありません。どの潜水艇からも、第零式魔導艦隊の艦艇を発見できずとの報告がありました」

 

「生存者からの報告ではこのあたりに沈んだはずだが…?」

 

「えぇ、場所に間違いはないはずなんですが…。船のパーツと思われる物すらなかったと…」

 

「う~む、部品すら全く見当たらないのはおかしい…。一体何が…?」

 

司令は腕を組んで目をつむり、考える姿勢を取る。その側で二人の会話を聞いていたミスリルもまた、疑問を抱く。

 

(あの子たちの船体がない…?船が沈んでしばらくすると、それに宿った船魂は霧散して海に溶け込むように消えてしまうけど、亡骸である船体は残るはず…。そもそも船魂と違って実体のある船体が影も形もなく消えるなんて変よ…)

 

まぁ、どうせこいつらがきちんと探せてないだけだよね。そう考えたミスリルは会話中の司令たちを生気のない目で睨みつけると、艦橋から外に出る。

 

(…ミスリル、どこに行くつもり?)

 

同じく自分の船体から外に出ていたゴールドが、彼女の姿を確認し声を掛ける。ミスリルは少しめんどくさそうに口を開く。

 

(……ちょっとあの子たちの船体を確認しに行ってくる)

 

(…そう)

 

ゴールドはそう呟くと、体を浮かせて自分の船体から離れ、ミスリルの隣に降り立つ。

 

(…なら私も一緒に行くわ)

 

(……勝手にすれば?)

 

ミスリルはそれだけ言うと、彼女を置いて海へと飛び込む。当然船魂は水にも触れることは出来ないため、水しぶきも着水音も一切なく、文字通りすり抜けるように海へと入っていく。

 

(……変わってしまったわね、ミスリル。前のあなたは騒がしいほど明るい子だったのに。まるで私、あなたまで失ってしまったような気がするわ…)

 

喪失感に苛まれながら言葉を絞り出すゴールド。悲痛な面持ちで海面を見てから、彼女もミスリルの後を追った。

 

 

――――

 

 

ミスリルは闇と静寂に包まれる中、海の底へと降りて行く。船魂は人間と違い、闇の中でもある程度遠くまで見えるため、進行方向を間違えたりはしなかった。目指す先は調査隊が最初に調べたポイント。

 

(……ここね)

 

海の一番底に到着したミスリルは、移動しながら周りを見渡す。……どこかにあるであろう妹たちの生きた証を探すため。

 

だが、いくら探しても妹たちの船体が見つからない。

 

(なんで…?場所は間違いなくここのはずなのに…)

 

念のため他の場所も探してみるが、妹たちはおろか、第零式魔導艦隊のどの艦艇の姿も確認できなかった。それでも諦めず探し続けていると、ある違和感に気付く。

 

(おかしい…。結構な範囲を探したのに残骸一つも見つからないなんて…)

 

エクスたちの予想沈没ポイントを中心にまんべんなく見て回ったが、沈没船は一隻も存在していなかった。まるで始めから海戦などなかったかのように。

 

(どうなっているの…?まさか……)

 

ミスリルの心の中で、疑念と同時に希望が生まれる。もしかしたら妹たちは沈んではおらず、今もどこかにいるのではないかと。

 

そもそも自分たちは報告を聞いただけであり、妹たちが沈んだ所を直接見たわけではない。きっと報告した人は見間違いでもしたのだろう。もしくは嘘をついているのかも…。

 

そこまで考えたところで、ミスリルはハッとして首を振る。

 

(……何考えているんだろう私。そんな筈ないのに…)

 

本当に生きているのなら、彼女たちは必ず帰ってくる筈だ。あれからかなり時間が経っている。いつまでも音沙汰がないわけない。

 

(…エクス…カリバー……どうして私を残して沈んだの…。会いたいよ……)

 

二度と会えぬ妹たちを想い、暗い海の底で声を抑えるようにして涙を流すミスリル。そこへ辿り着いたゴールドが、泣いている彼女を見て優しく抱きしめた。

 

(……私は絶対に貴女の元から居なくならないから。…約束する)

 

(………ゴールド姉)

 

(だから貴女も私の前から居なくならないで…。これ以上……大好きな妹を失いたくない…)

 

ゴールドはバリアントの事を思い出し、涙を流しながら愛する”妹”の一人に懇願する。

 

皆で仲良く、そして幸せに過ごしていた日々。だがそれは、異界に絶望したとある帝国の暴走によって打ち壊され、もう二度と取り戻す事は出来ない。

 

(私…絶対居なくならないよ。ゴールド姉やフリルラ姉たちを悲しませたくないもの…)

 

(…ありがとう、ミスリル。…そろそろ帰ろっか)

 

(…うん)

 

まるで残された彼女たちの心を表しているかのような深い闇の世界を、2人の船魂は通って海上に戻っていく。

 

(…!!ゴールド姉!ちょっと待って!)

 

その時、ミスリルは何かに気付いたのか、ゴールドから離れ海底に戻る。

 

(み、ミスリル!どうしたの!?)

 

ゴールドは彼女の突然の行動に驚きつつも、自分も彼女の元へ向かう。

 

(見て、ゴールド姉。あそこ)

 

ミスリルが下を指さす。見下ろすと海底の一部に、積もった砂が船の形みたいに凹んでいる部分が確認できた。

 

(何あの凹み…?自然にできたものとは思えない)

 

(ゴールド姉、この深度を保ったままもう一度この海域の海底を見て回ろう)

 

(え、えぇ…)

 

何らかの違和感を抱いて提案するミスリルに、同じく疑問を抱いたゴールドは同意する。

 

その数十分後、先ほどと同じような凹みが大小合わせて16個確認できた。凹みの大きさとその数から、ある一つの可能性が生まれる。

 

(第零式魔導艦隊が……消えた?)

 

ミスリルにはなぜかそのような気がしてならなかった。もし仮にこの海底に造られた凹みが沈んだ第零式魔導艦隊のものならば、彼女たちの船体(からだ)は一体どこへ行ってしまったのだろうか。いくら考えたところで答えが出てくることは無かった。

 

その後、連日に渡って捜索が続けられたが、第零式魔導艦隊の艦艇はその痕跡すら発見されず、調査隊は任務を断念。何の成果も得られぬまま、船団は本土へと帰投した。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

『梶ヶ谷 真理恵』は知る由もなかった。彼女が失敗した魔法の影響は、彼女が思っている以上に大きく、結果として艦娘たちや日本国を危険に晒してしまう事に…。

 

 

To be continued...

 



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番外編 新たな妹

最新話にて新しいミスリル級が登場したので書きました。番外編「エクスの姉」のおまけになります。


自身の提携港に戻ったミスリル。あれから結構時間が経つが、完全に立ち直るのはまだまだ先だった。

 

「……」

 

埠頭に座り、うずくまるミスリル。

 

そこへ近付く一つの影。

 

「あのっ!貴女はミスリル級魔導戦艦の『ミスリル』さんで宜しいですか?」

 

「…?」

 

声を掛けられたミスリルが顔を上げ、横を見る。其処には薄い緑色の髪をポニーテールにした少女が立っていた。

 

「…誰?」

 

「あっ!申し遅れました!私(わたくし)は本日就役しました、ミスリル級魔導戦艦の4番艦『ロト』と申します!よろしくお願いします!」

 

初々しい様子で元気な挨拶をする最新鋭魔導戦艦『ロト』。彼女の正体を知ったミスリルは目を見開く。

 

「えっ?という事は…貴女は私の…」

 

「はいっ!貴女の妹です!ミスリル姉さん!」

 

ロトはミスリルに満面の笑みで答える。

 

「…そっか。新しい妹が建造されてるって話を聞いたけど…貴女の事だったんだね」

 

ミスリルは自身がいつの間にか笑みを浮かべている事に気付く。

 

「私、就役後は第1魔導艦隊に配属される事になったんです。暫く其処で過ごしたら、今度はあの第零式魔導艦隊に転属してより練度を上げる事になっています!」

 

「…!」

 

第零式魔導艦隊。その単語を聞いたミスリルは、沈んでいった2人の妹を思い出し、目に涙を浮かべて再びうずくまる。

 

「み、ミスリル姉さん…?」

 

心配そうに話し掛けるロト。

 

「エクス…カリバー…」

 

「……」

 

絞り出すような声で妹たちの名前を言うミスリル。これを聞いたロトは彼女を後ろから抱きしめる。

 

「…私にはエクス姉さんやカリバー姉さんの代わりは出来ません。…でも」

 

ミスリルが顔を上げる。ロトは彼女の正面に移動し、彼女の目から流れ出る涙を手で拭き取る。

 

「ロト…?」

 

「…こうしてミスリル姉さんから涙を取り除く事が出来ます」

 

そう言って優しい笑顔を向けるロト。折角拭いて貰ったにもかかわらず、ミスリルはさらに大量の涙を流す。

 

しばらくロトの顔にうずくまって涙を流す事数分。ロトは再度彼女から涙を取り除く。

 

「ミスリル姉…」

 

「えっ?」

 

「”ミスリル姉”って呼んで」

 

一瞬ポカンとしていたロトだったが、すぐに笑みを浮かべて姉の頼みを聞き入れる。

 

「…ミスリル姉」

 

一瞬ロトの姿がエクスやカリバーと重なる。ミスリルは一瞬だけ固まっていたが、ロトと同様に笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「ありがと。改めて宜しくね、ロト」

 

「はいっ!宜しくお願いします、ミスリル姉!」

 

ロトの元気な声が港に響き渡る。

 

そんな妹たちの様子を、ゴールドやフリルラたちゴールド級姉妹は、遠くから温かく見守るのだった。

 

 

To be continued...

 



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第2章:訓練編
大本営


新キャラが登場します。


 

 

日本国 首都東京 大本営

 

 

深海棲艦の侵攻による制海権喪失から1年と数ヶ月。海外からの輸入が途絶えたはずのこの国の首都は、深海棲艦出現時こそ一時的に混乱状態に陥ったものの、今ではこれまでとなんら大差ない活気に包まれており、『眠らない街』というイメージは全くと言っていいほど損なわれていなかった。

 

それは艦娘たちの奮闘によるユーラシア大陸との輸送路の確保もそうだが、窮地に陥った時のみ発揮されるこの国の国民の団結力の賜物でもあるという事を、大本営が置かれたビルの最上階から東京の街並みを眺める男は、これまで見てきた国民の行動からそう結論付けていた。

 

(ピンチに陥った時一つになれる…か。それがこの国の良いところでもあり、欠点でもあるのだが…)

 

そう考えながらある人物が来るのを待っている男の名は『梶ヶ谷 義春』。全国の提督及び艦娘たちの上に立つ元帥である。元は海上自衛隊の護衛艦隊司令を務めていたが、深海棲艦出現前の時点で既に定年を迎え、国防の任から離れていた身である。そんな彼がなぜ大本営の元帥を務めているのか。それは2年前のある出来事が切っ掛けであった。

 

 

 

 

 

 

自衛隊を退職した後、のんびり船旅でもしようと思っていた彼は、客船に乗って横須賀から博多へと向かっていた。だがその途中で彼の乗った船は深海棲艦の奇襲を受けることになった。偶然近くを航行していた巡視船「しきしま」が駆け付けたものの、護衛艦ですらほとんど効果的な攻撃ができなかった相手に巡視船が敵うはずもなく、あっさりと撃沈されてしまった。

 

だが深海棲艦が次に客船に狙いを定めようとした時、突如深海棲艦が爆炎に包まれた。何事かと周りを見渡すと、深海棲艦から少し離れたところの海上を、5人の少女が海面を滑りながらこちらに向かってくる様子を彼は見た。5人はこちらを守るかのように深海棲艦と客船の間に入り、その内の一人が客船に近づき何かを叫んだ。驚愕のあまり固まっている他の客たちの間を抜け、彼はすぐさま彼女の元へ向かい、彼女たちが何者なのか尋ねた。

 

その『吹雪』と名乗る少女は彼に言った。自分たちは軍艦である事を。気付いた時には実体化し、海上に立っていた事を。すぐ近くで爆音が聞こえてきたので駆け付けてみると、この船が攻撃を受けているところを確認したため、いつの間にか持っていた武器で異形たちを攻撃したという事を。

 

話を聞いた彼は信じられない気分になり、夢でも見てるのではないかと思った。だが驚いている暇など今の彼らにはなかった。体勢を立て直した深海棲艦がこちらに砲を向けようとしていたのだから。

 

それを見て彼女たちの力なくしてこのピンチを乗り越えられないと直感的に判断した彼は、彼女に言った。乗客を守るために力を貸してほしいと。自分はついこの間まで艦隊司令を務めており、彼女たちの力になれるという事を。

 

少女は一瞬目を見開いてから力強く頷くと、耳に手を当てる仕草をした。どうやら他の4人と無線で連絡をとっているらしく、すぐさま彼女の元に集まってきた。

 

「「「「「よろしくお願いします、司令官!(なのです!)」」」」」

 

駆逐艦『吹雪』、『叢雲』、『漣』、『五月雨』、『電』の5人は彼に敬礼し、即座に戦いへと戻った。

 

彼の指示の元、彼女たちは一斉に魚雷を放射状に放ち、客船に対する砲撃を中止させ回避行動を取らせると同時に敵艦隊の陣形を崩す。そこにさらに一斉砲撃を行い、1隻ずつ確実に沈めていった。

 

その時客船に乗っていた乗客がネット上に動画をアップ。少女たちの存在を知った日本および世界は衝撃を受けると同時に、急速に勢力を拡大しつつある深海棲艦を見事に撃滅してみせた彼女たちに希望を抱くことになった。

 

その後少女たちは客船を護衛しながら最寄りの港へ入港、騒ぎを聞きつけやって来た日本の政府関係者によって保護された。なんでも5人の出現後、彼女たちのような存在が現れては、深海棲艦に襲われそうになった人々を助けるという事例が世界各地で発生していたのだとか。彼もまた彼女たちを率いる姿が動画に映っていたため、同行する事になった。

 

彼女たちに的確な指示を与えて見事客船を守り抜いた事が高く評価された彼は、その後色々あって新たに創設された深海棲艦対策本部、通称『大本営』の元帥に半ば押し付けられる形で就任。次々と保護される艦娘たちを提督たちと共に率いていくことになった。

 

 

 

 

 

 

 

(まさか、既に自衛隊を退職した身である自分がこんな大役を務めることになるとは…、人生とは何が起こるか分からぬものだな…)

 

コンコンッ

 

その時ドアをノックする音が聞こえてきたため、義春は考え事を中断する。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

彼が入室を許可すると、ゆっくりとドアが開いて一人の女性が入って来た。

 

「久しぶりだな、梶ヶ谷 真理恵少将」

 

「お久しぶりです。元帥殿」

 

横須賀鎮守府提督、『梶ヶ谷 真理恵』少将はドアをゆっくりと閉めると、くるりと義春の方に体を向けて敬礼する。その姿に、普段の間の抜けたような雰囲気は全く感じられず、凛としていた。

 

「さて、報告したいことがあると事前に連絡を受けていたが…、早速それについて報告してくれないか?」

 

そんな彼女の姿を微笑ましそうに眺めながら、義春は彼女に報告を求める。

 

「はい」

 

真理恵は頷くと、持っていた資料を彼に渡してから報告を始めた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「ふう…」

 

一方、部屋の外で待つように言われた霞は、真理恵が入っていたドアのすぐ横の壁に寄りかかっていた。

 

「あら、霞じゃない」

 

「ん?」

 

すると横から声を掛けられた。声のした方を見遣ると、そこには改造巫女服を纏い、頭に鉢巻を巻いた女性が一人。

 

「あら山城。久しぶりね」

 

「久しぶり。先月の合同会議以来ね」

 

女性の名は戦艦『山城』。霞と同じ艦娘で、鎮守府の中でも最大の規模を誇る佐世保鎮守府で提督の秘書艦を務めている。

 

「あんたの所の提督も元帥に報告があって来たの?」

 

「いいえ、うちの提督は他の鎮守府の提督たちとの会議のためにここに来たのよ。私は待っていろって言われたから、こうして時間を潰しているとこ」

 

「そう。私も待ってろって言われて、待機しているところよ」

 

「霞たちはなぜここに?」

 

ふと疑問に思ったのか、山城が霞に尋ねる。

 

「…ん~、これは言ってもいいものかしら…?」

 

霞は少し悩むような表情を見せるが、まあいいかと言って山城に事情を説明した。

 

「………異世界から来た艦娘?」

 

山城は霞の言っている事が信じられず、ぽかんと口を開ける。霞はゆっくり頷いてさらに詳しく説明する。

 

「えぇ、そうよ。あいつが大和さんを確実に当てるために魔法を使ったのよ。でも何か問題があったみたいでね、途中で大爆発を起こしてしまったわ。エクスはそれが原因で異世界から来てしまったみたい」

 

「そうなんだ…。だから元帥へ報告するために、大本営まで足を運んだわけなのね…」

 

「そういうこと。こんな事、今までなかったことだから」

 

「………はぁ」

 

「…どうしたの、山城?頭痛?」

 

急にため息を吐いて額を押さえる山城に、霞は少し心配気味に尋ねる。しばらくその姿勢を維持していた山城は、ゆっくりと首を振ってから話し始める。

 

「…ううん違うわ。やっぱり姉弟ねって思っていただけよ」

 

「……どういうこと?」

 

怪訝そうな表情を浮かべた霞は壁から離れて山城に近づくと、彼女に詳しい説明を求める。山城はこの場にいない自身の提督に対して呆れながら衝撃の事実を告げた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

話は再び義春と真理恵が会話をしている場面に戻る。

 

義春は真理恵の報告を腕を組みながら興味深そうに聞いていた。

 

「……以上で報告を終わります」

 

報告が終わると、義春はゆっくりと頷いてから口を開く。

 

「うむ、報告ご苦労。しかし、不思議なものだな。異世界から艦娘が来るとは…」

 

「…彼女がこの世界に来てしまったのは私の責任です。ですから私の所で彼女を置いておくつもりです」

 

「分かった。魔法を利用して戦う艦娘らしいし、魔法使いである君の所に所属させておいた方がその子も何かと都合がいいはずだ。戦艦『エクス』については君に任せるぞ」

 

「はい、分かりました」

 

真理恵は笑みを浮かべながら頷く。

 

「必要な手続きはこちらでやっておく。さすがに異世界から来たと言うわけにはいかんからな…、彼女は我が国が昔に極秘で建造した兵装試験艦という形にしておこうと思う。少将、君以外に彼女の正体を知る者はどれくらい居る?」

 

「横須賀鎮守府に所属する者は全員知っております」

 

「うむ。では彼らには迂闊に彼女の事を漏らさないように伝えておいてくれ。先ほどのその子の件とは別の報告から考えると、無用の混乱は避けるべきだからな」

 

真理恵が義春に報告した内容は2つ。一つはエクスについて、もう一つは約1週間前に起きた戦艦級を中心とした深海棲艦の艦隊による首都圏への突然の接近についてである。報告を受けた彼は深海棲艦の今までと違う行動に警戒心を抱いていた。

 

「了解です。彼らには彼女の素性を漏らさないように箝口令を敷きます。敵水上打撃部隊襲撃の件も、同じような襲撃が来る可能性を考慮して警戒態勢を強化します」

 

「うむ、そうしてくれ。横須賀鎮守府は首都防衛の要だからな。頼むぞ」

 

「はい」

 

実は既に部屋の外で霞が山城にエクスの事を話してしまっているのだが、その事について2人は知る由もなかった。

 

「…さて」

 

義春は先ほどよりゆったりとした姿勢で椅子に座り直す。

 

「これで報告は終わりというわけだが…、次の予定までまだ時間はあるかね?」

 

「…そうですね。少しくらいなら…」

 

真理恵は手帳を取り出して開いたページを見てから答える。

 

「なら俺と少し話でもしないか?久々に孫と会えたのだから」

 

義春がそう言うと、真理恵は凛としたその表情を人懐っこい笑顔に変えていく。

 

「何言ってるのよお祖父ちゃん、1ヶ月前にも会ったじゃないの」

 

「多忙な毎日のせいで1ヶ月が1年くらいに感じるのだよ。そう言わずに老い先短い爺のために付き合ってくれないか?」

 

「ちょっと、お祖父ちゃんはまだ70でしょ?まだまだ死ぬような年じゃないんだから、そんな事言わないの」

 

「ははは。分かった分かった。ほら時間が少ししかないのだろ?早く話そうじゃないか」

 

義春はわざとらしく頬を膨らませて怒った素振りをする真理恵を見て楽しそうに笑う。彼女を見る彼の目は、完全に愛する孫娘を見る目になっていた。

 

「さて…何の話からするの、お祖父ちゃん?」

 

真理恵は再び笑顔に戻って義春に尋ねる。彼女もまた久々に祖父と会う事を楽しんでいるようだ。

 

「そうだな…ではさっきの報告にあったエクスという子について聞きたいんだが。その子はどんな子か聞かせてくれないかな、真理?」

 

「エクスちゃん?…そうね、一言で言えば生真面目な子ね。例えば艤装の点検なんか毎日欠かさず、それも細かい所までチェックしてノートにまで記録していたし、それが終わると演習場へ向かって実際に使い動作確認まで必ず行うという徹底ぶり。…ここまでやるのカスミンや吹雪ちゃんくらいしかいないわ。あと時間にも極めて厳しくて、予定時刻の20分以上前には席に着いて資料を読んでいたりとか」

 

「それはすごいな…」

 

義春は正直な感想を漏らす。

 

「他には凄い努力家でもあるわね。歓迎会の次の日から毎朝吹雪ちゃんと一緒に走りに行くし、他の子の訓練を見たり詳しく聞いたりしては必ずメモをして、それを自分の訓練で生かしたりとか。兎に角少しでも皆に近づこうと頑張っているわ」

 

「…そこまで頑張るとは…その子は一体どんな過去があったんだろうな…」

 

ふと思った疑問を口にする義春。それを聞いた真理恵は少し声のトーンを下げる。

 

「船だった頃からあの子は真面目な性格だったみたいよ。でも仲間の船を目の前で失い、自責の念を抱いた事がよりその性格を強めているみたいでね。…あの子、元の世界では世界最強と言われた艦隊の旗艦だった事を誇っていたから」

 

「そうか…」

 

「でもだからこそ頑張っている。同じ悲しみを繰り返さないために…、あの子の心はとても強い。彼女みたいな子はきっと強くなれる。私はそう確信しているわ」

 

真理恵は深海棲艦襲撃時、カメラ越しに自分を強い意志の籠った目で見るエクスの姿を思い出しながら話す。彼女の目がどこまでもまっすぐだった事を今でも覚えている。あのような目を見たのは吹雪以外で初めてだった。

 

「…真理がそこまで高く評価するとはな。是非とも一度その子に会って話をしてみたいものだ」

 

「もちろん構わないわよ~?お祖父ちゃんなら大歓迎だし」

 

「はははっ。では来月にそちらに視察に行く予定があるし、その時にでも紹介してくれないか?」

 

「もっちろん、任せなさい!良い子だからお祖父ちゃんもきっと気に入るわ!」

 

真理恵は片手で胸を叩くと笑顔で答える。孫娘がこれほどまで気に入ったその異世界艦娘。義春はその艦娘に会える事が今から楽しみで仕方なかった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「失礼しました」

 

祖父と一緒に過ごす僅かな時間はあっという間に過ぎ、真理恵は名残惜しそうに部屋を出る。

 

「あら、終わったの?」

 

部屋から出てくるのを確認した霞が、彼女の元へとやって来る。山城は会議を終えた彼女の提督の元に戻っており、真理恵が出てきた時点で既にいなかった。

 

「えぇ、必要な手続きも向こうがしてくれるって」

 

「そう、よかったじゃない」

 

「えぇ。一応エクスちゃんは表向きは当時の日本が極秘に建造した試験艦という事になったわ。だから鎮守府以外の人には私の許可なくあの子の素性を漏らさないようにね。鎮守府にいる全員にもこの事を連絡して伝えるから」

 

「…え!?」

 

真理恵の話を聞いていた霞は、突然大きな声を出す。真理恵は取り出したスマホを操作する手をピタリと止める。

 

「…?どうしたの、カスミン?そんな大声出して」

 

首をかしげて尋ねる真理恵に、霞は申し訳なさそうに頭を下げ訳を話す。

 

「…ごめん。さっき会った山城に話しちゃった…エクスの事」

 

「あらら~。……まぁ、もっと早く箝口令を敷かなかった私の責任だし、とりあえず山城に会って事情を説明しないとね」

 

「…う、うん」

 

真理恵たちは佐世保鎮守府の提督がいる階へと向かうため、エレベーターに乗る。

 

「…あっ、そうそう。その山城から聞いたんだけど……」

 

目的の階へと向かうエレベーターの中で、霞が山城から聞いた衝撃の事実を告げる。

 

「海良(かいら)の所にも異世界から来た艦娘が…?嘘でしょ…?」

 

それを聞いた真理恵は目を見開いて驚愕する。

 

「本当よ。それもあんたと同じ方法で武蔵さんを建造しようとしたら失敗して召喚してしまったんですって。…ほんと似たもの姉弟ね、あんたたちって」

 

「…まさか、あの子も私と同じ事をしていたなんて…。…どんな子かは聞いた?」

 

真理恵は霞のとげのある言葉をスルーして、彼女に話を続けるように促す。

 

「どうやら駆逐艦のような子らしいわ。戦艦が出た私たちの所の方がある意味マシね」

 

「…ちょっと待って霞。駆逐艦の”ような”子ってどういう事なの?」

 

なぜそのような曖昧な表現をするのだろうか、真理恵は疑問に思い尋ねる。

 

「…あたしもそこは分からないわ。何でそんな言い方したのか不思議に思って山城に聞こうとしたのだけど…」

 

霞は山城にその理由を尋ねようとしたところ、彼女は時間が来たと言って別れたため、理由を聞くことは出来なかったと真理恵に伝える。

 

「そっか。まぁ、それも含めて山城に聞いてみましょうか」

 

エレベーターのアナウンスが目的の階に着いた事を告げ、ドアが開く。真理恵たちは佐世保鎮守府提督と山城がいるという会議室へと歩き出す。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

大本営 大会議室

 

 

他の鎮守府および警備府の提督たちとの合同会議は特に問題もなく終了し、一息つく一人の青年。会議に参加していた他の提督たちよりもずっと若いその青年が、たった5つしかない大規模鎮守府に務める5人の提督のうちの一人であると知った時、おそらく誰もが信じられないという気分になるだろう。

 

佐世保鎮守府提督、『梶ヶ谷 海良(かじがや かいら)』少将。それが彼の名前であり、肩書きであった。

 

既に他の提督たちは退室し、大会議室に残っているのは海良だけとなっていた。彼だけが残っていたのは、彼の秘書艦が戻ってくるのを待っているからである。

 

「ごめんなさいね、待たせてしまって」

 

会議室の扉が開き、彼の秘書艦である戦艦『山城』が入ってくる。彼女は彼の姿を確認すると、歩いて近づいてくる。

 

「…いや、会議が終わって大して時間は経ってない。大丈夫だ」

 

「そう、よかった」

 

山城は笑みを浮かべ、海良の近くに山積みされた荷物を半分程度持つ。

 

「…別にそれぐらいの荷物。俺一人で持てる」

 

「何言ってるのよ?両手が塞がったら不便じゃない」

 

「浮遊魔法使えば問題ない」

 

「あんたね…、この世界で魔法なんか使ったら目立ってしまうわよ。特にあんたが魔法を使う時に出すあの光の翼は。…それに私は戦艦よ?これぐらい余裕なんだから手伝わせてよ」

 

「…分かったよ。とりあえず出るぞ」

 

しぶしぶといった様子で手伝いを了承し、海良は椅子から立ち上がる。

 

会議室を後にし、エレベーターへ向かうため歩き出そうとした時、前方から女性と少女が近づいてくる。

 

「おっ、いたいた。海良~」

 

女性の方は海良たちの姿を見るや、笑みを浮かべながらこちらに手を振る。山城を探しにやって来た真理恵と霞であった。

 

「げっ、姉貴…」

 

対する海良は露骨に嫌そうな表情で自身の姉を見る。

 

「ちょっと~、実の姉に対して『げっ』は何よ、『げっ』は?」

 

その反応が気に入らなかった真理恵は、若干語気を強めて海良に迫る。

 

「事ある毎に俺にいたずらを仕掛けるわ、肝心な時に人の話聞かないわ。…苦手なのは当然だろ?」

 

「も~、相変わらず可愛くない弟ね~」

 

(こいつ自分の弟に今まで何してきたのよ…)

 

海良と真理恵が会話している横で、霞は彼女の顔を見ながらそう思った。

 

「……で、俺に何の用なんだ姉貴?」

 

早くこの場を去りたいのか、海良は真理恵にさっさと用件を言うように促す。

 

「用があるのは山城さんだけなんだけど、…丁度良いから海良にも伝えておくわね」

 

真理恵は海良と山城に用件を伝え始めた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

日本国 首都東京 大本営入口

 

 

無事用件を伝えた真理恵は、霞と共に外に出る。外は温かく過ごしやすい温度だった。

 

「ん~~。…さ~て、次行きますか」

 

次の目的地に向かって歩きながら、真理恵はけのびをする。

 

「『風の園』か…、横須賀鎮守府が稼働してから1度も行っていなかったわね」

 

「あら、カスミン?子供たちに会えるのが楽しみ?」

 

「…ま、まぁそんなところ…。あそこの子たちみんないい子だし…」

 

ここで真理恵たちの話に出てくる『風の園』とは児童養護施設の事である。

 

「みんなきっと喜んでくれるわよ、カスミンの作った焼き菓子」

 

「う、うん…」

 

若干頬を赤らめながらコクンと頷く霞。彼女が手に持っている袋には、鳳翔から教わって作ったマドレーヌが入っていた。

 

「いや~、まだ何回かしか会っていないのに、すっかりあの子たちのお母さんみたいになっちゃったわね~カスミン」

 

「う、うるさいわね!それ以上言わないでよ!て言うか、カスミンって言うな!!」

 

微笑ましそうに見る真理恵に霞は語気を強めて言い返すが、顔が赤いままなためそれが照れ隠しなのは明白だった。

 

「ほ、ほらっ!さっさと行くわよ!」

 

「はいはい」

 

真理恵と霞はバス停に着くと、目的地へと向かうバスに乗り込む。

 

「…そういえば黙ったままでいいの?佐世保にも異世界から来た艦娘がいること」

 

バスの中で霞は、先ほど海良たちから聞いた話に関して真理恵に尋ねる。

 

「…まだエクスに関わりがあると決まったわけじゃないわ。異世界というものは無数に存在していて、必ずしも彼女と同じ世界から来たとは限らないのよ。…可能性は大だと思うけど…、まずは彼女からさりげなく話を聞いて、本当に関係があるなら話すことにする。向こうも箝口令を敷いているみたいだから、霞も本当のことが分かるまでは彼女や他の子にこの事は話しちゃダメよ?」

 

「分かってるわよ」

 

霞は進行方向に視線を向けたまま頷く。バスは2人を乗せ、『風の園』へと走り出した。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

日本国 首都東京 東京駅停車中の新幹線内

 

一方、海良と山城も自分たちの鎮守府に戻るため、東京駅へと向かい博多行きの新幹線に乗っていた。

 

「いいの、孤児院の所に行かなくて?真理恵提督は行ったみたいだけど」

 

荷物をしまってコートを羽織ったまま座席に腰掛けてから、山城は海良に話しかける。座席を後ろに傾けて寝る姿勢に入っていた海良は、目を閉じたままゆっくりと話し始める。

 

「…行きたいのはやまやまだが、生憎この後も予定が詰まっているんでな」

 

「奥さんや娘さんと一緒に花見に行く事?…でもそれって明日じゃなかったっけ?」

 

「別の予定だよ。フィジーたちに関しての…な」

 

その言葉を聞いて、山城は目を細める。

 

「横須賀鎮守府の異世界艦娘に関しては、真理恵提督から話さないようにさっき言われたばかりでしょ?」

 

「あぁ、それは分かってる。あいつらからはなんとなくを装って話を聞いて、後は艤装を詳しく調べてみるだけだ。…なんだか気になってな」

 

「…?気になるって何が?」

 

「不思議に思わないのか?」

 

首を傾げる山城に、海良は一度目を開き彼女を見ながら自分の考えを伝える。

 

「あいつらの内フィジーを除く3人が保護された日と、横須賀の異世界艦娘が召喚された日。多少のずれがあるとはいえ、全く同じ日だという事に」

 

それを聞いて山城は考え込む姿勢を取る。

 

「たしかに…。偶然にしては出来過ぎている」

 

「フィジーに関しても俺のミスでやって来たようなものだけど、他の3人とは一緒の艦隊に所属していた関係だった。俺も姉貴も、横須賀の異世界艦娘はあいつらと同じ世界から来たと考えている。何よりこの5人全員が元魔導船。無関係だとは思えん」

 

「…だから調べる必要があるのね」

 

「そうだ。……じゃあ俺はしばらく眠る。何かあったら起こしてくれ」

 

「えぇ」

 

海良はそう言って再び目を閉じた。

 

「……あの子たちと同じ、魔法で動く艤装を背負った艦娘…か」

 

山城は何か気になったのか、フィジーたち4人から、彼女たちが所属していた艦隊について聞かされた時の事を思い出す。

 

(たしかその艦隊に所属していた艦は……全部で16隻って言っていたわね…)

 

横目で海良を見る。彼は既に夢の中だったらしく、山城の隣で寝息を立てていた。

 

(もしその艦娘がフィジーたちと同じ艦隊の人だとすれば、……他の鎮守府にも彼女たちの仲間が既にいるのかも?)

 

そのような事を考えながら、山城は発車した新幹線の中で、通り過ぎる景色を眺める。

 

彼女の予想が当たっているのかどうか。それはそう遠くない未来に分かる事であった。

 

 

To be continued...

 



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鎮守府の朝

 

 

日本国 横須賀鎮守府 

 

 

次第に暖かくなってきたとはいえ、まだ少し肌寒い3月の早朝。もうすぐ太陽が昇り始める時に、ジャージ姿で外を走る2人の少女。

 

「エクスさん、あと少しです!」

 

「えぇ!」

 

魔導戦艦『エクス』と駆逐艦『吹雪』の朝のランニングはラストパートを迎えようとしていた。2人が目指すのは、鎮守府本館の入り口前。

 

小鳥のさえずりをBGMに、植えられた木々の間の道を走り抜け、階段を駆け上がる。階段を上ってすぐに、巨大な鎮守府本館が目の前に現れる。

 

「ふぅ……」

 

「お疲れ様でした、エクスさん」

 

「えぇ、吹雪もお疲れ様」

 

ランニングを終えた吹雪とエクスは、肩にかけているタオルで汗をぬぐいながら互いを労う。

 

歓迎会から約1週間。エクスは吹雪と共に早朝に走るのが毎日の日課になっていた。それは歓迎会の時に吹雪から毎朝ランニングをしている事を聞いたことが切っ掛けであった。少しでも体を鍛えようと考えたエクスは、一緒に走っても良いかと彼女に申し出る。吹雪は喜んでこれを了承。鳳翔から貰ったジャージに着替え(余談だが、魔力探知レーダーは普段は邪魔なので外している)、早速次の日から一緒に走ることになった。

 

「しかし、本当に良かったですよ。今まで私1人で走ってきましたから、他の人と一緒に走れて嬉しいです」

 

「え、そうだったの?てっきり吹雪みたいに朝から走る子ってもっといると思っていたけど…」

 

「みんな総員起こしギリギリまで寝ていたいらしくて…。霞ちゃんも最初は一緒に走っていたんですけど、段々忙しくなってきたので途中からできなくなってしまいましたし…」

 

「あぁ、そういえば霞は秘書艦だったね」

 

エクスは真理恵と共に今日も早朝から会議に参加する霞の姿を思い浮かべる。

 

(昨日も夜遅くに大本営という所から帰って来たばかりなのに、…提督や秘書艦というのは大変な仕事なんだね…)

 

その時、鎮守府各所に設置されたスピーカーからラッパの音が鳴り響き、次には少女の声が聞こえてきた。

 

『か…艦隊…総員起こし。…み、みんな…お……おはよっ…!』

 

「この声…、今日は山風が担当か…」

 

「じゃあエクスさん、急いで着替えて集合場所へ行きましょうか」

 

「えぇ、点呼に遅れるわけにはいかないからね」

 

0600(まるろくまるまる)の総員起こしから5分後の0605(まるろくまるご)には指定の場所で点呼が行われる。鎮守府に所属する者たちのうち非番ではない艦娘や憲兵は、全員5分以内に着替えとベッドの整頓を行い指定の場所に集合していなければならない。起きた時点で部屋の整頓を終えていた2人は、一緒に持ってきた制服を抱え、早足で近くの更衣室に向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 食堂

 

 

0700(まるななまるまる)。これは鎮守府に所属する者たちが朝食をとるため食堂に集まる時間である。

 

この鎮守府の朝食はバイキング方式を採用しており、各自で厨房前の長大なテーブルに並べられた料理から好きなものを取って食べることができる。点呼後に吹雪と別れた後、エクスも自室の掃除を終わらせてから食堂へと足を運んだ。

 

(昨日は洋食を食べたから、…今日は和食にしよっか)

 

エクスはご飯と焼き鮭、海藻サラダとかぼちゃの煮物、そして味噌汁と緑茶をトレーに載せて空いている席へ適当に座る。

 

「いただきまーす…」

 

「おはようエクスさん!」

 

食べ始めようとした時、清霜が満面の笑みを浮かべて近づいてきた。

 

「あっ、おはよう、清霜。今日も元気だね」

 

エクスも笑顔で答える。

 

「うん!隣、良い?」

 

「うん、いいよ」

 

清霜はエクスの隣の席に座ると、焼きたてのトーストに思いっきり噛り付こうとする。

 

「あちちっ…!?」

 

どうやらまだ結構熱かったらしく、清霜はトースト咥えた瞬間目を見開くと慌てて口から離した。

 

「ちょ…、大丈夫清霜!?ほらっ、水」

 

「うっ、うん。大丈夫だよ…。ありがとう」

 

清霜はエクスから水の入ったコップを受け取り、彼女にお礼を述べてから流し込む。

 

「ふぅ、結構熱かったみたい…」

 

「まだ時間は十分にあるから、もう少し落ち着いて食べても大丈夫よ?」

 

「えへへ…」

 

清霜は少し照れくさそうに笑うと、今度は息を吹きかけて冷ましてから少しずつ食べ始める。エクスはその様子を微笑ましそうに眺めてから自分も食べ始める。

 

「あっ、そういえばエクスさん」

 

何かを思い出した清霜がトーストを皿に置いて話し始める。

 

「何、清霜?」

 

「あたし5日後からお休みを貰えるんだけど、エクスさんはその時お休み?」

 

それを聞いたエクスは自分の予定を思い出す。彼女も5日後に2日ほど休みを貰えていた。

 

「うん、清霜と同じ5日後から2日間ほど休暇になっているよ」

 

「じゃあ、5日後に横須賀の街へ一緒に行こう!この前は深海棲艦の襲撃とかで結局連れて行ってあげられなかったから」

 

「えぇ、いいわよ」

 

エクスは清霜に笑顔で頷く。

 

「…ごめんね、エクスさん。もっと早く連れて行ってあげたかったのに…」

 

申し訳なさそうに俯く清霜。エクスはそんな彼女の頭に手をポンッと乗せ、優しく撫でる。

 

「ううん、気にしないで。あの時は深海棲艦の件があったし、清霜も艦娘としての仕事で忙しかったから仕方ないよ」

 

「うん、ありがとね。…いっぱいお買い物して、いっぱい面白い所を回ろうね!」

 

「うん」

 

互いに笑顔を向ける2人。そこにエクスと同じくらいの身長の少女が近づいてきた。

 

「あれ、エックス?あなた口調変えマシタ?」

 

2人が振り向くと、そこには金剛が朝食が乗ったトレーを持って立っていた。

 

「あっ、金剛さん。おはようございます」

 

「おはよう、金剛さん!」

 

「ハイッ、グッモーニング!私も一緒に食べて良いデスか?」

 

「はい、良いですよ」

 

金剛は「ありがとデース!」と礼を言い、2人と向かい合う位置に座る。

 

「…ところでその口調はどうしたのデスか、エックス?」

 

クロワッサンを片手に、金剛は先ほどの話を続ける。

 

「あぁ、これですか?昨日の事なんですけど…」

 

エクスは昨日、訓練がひと段落した後、金剛と由良の3人でお茶会を開いた時の話を始める。その時金剛から”口調が固い”と何となく言われたエクスは、もう少し柔らかい口調で話してみようと考え、早速その後から意識して口調を変えることにしたのだ。

 

「そ…ソーリー、エックス!私そんなつもりで言ったわけではないデスから、無理して変えなくても大丈夫デース!」

 

話を聞いた金剛が慌てて謝罪するが、エクスは首を振る。

 

「いえ、気にしないでください。私はこうした方がもっと親しみを持てるかな?と思ってやっているだけですから…」

 

「エクスさんは今までだって十分親しみを持てる人だよ?」

 

さも当然と言わんばかりに真顔で答える清霜。

 

「ありがとね、清霜。でも、私がこうしたいって望んでやっている事だから大丈夫だよ」

 

「そ、そうデスか…?まぁ、エックスがそう言うのなら…」

 

そう言って金剛は食事を再開し、持っていた食べかけのクロワッサンを口に放り込んで紅茶を飲む。

 

(…それにしても、もうこんなに人が集まっていたんだ…)

 

ふとエクスは周りを見渡す。食堂は既に多くの人々で賑わっており、ほとんどの席が埋まっていた。一人で黙々と食事を摂る者もいれば、隣同士でおしゃべりをする者もいるなど様々である。大勢の人々の話し声が混ざってできた喧騒は、人によっては五月蠅いと思う者もいるだろうが、賑やかな方が好きなエクスにはむしろ心地の良いものであった。

 

(……ん?)

 

するとエクスはある程度纏まった数の人がある方向に視線を向けている事を確認する。彼らの視線をたどると、丁度朝のニュース番組を放送しているテレビが視界に入ってきた。テレビ画面に映っている無表情のニュースキャスターが、テーブルに置かれた原稿に時々目を向けながらニュースを伝えていた。

 

『……本日、米大統領のジェイソン氏がハワイ諸島全域からの住民の完全撤退の完了を宣言しました。米国は深海棲艦出現後、増援を送るなどで同諸島の実効支配を継続しようとしていましたが、深海棲艦の攻撃が激しさを増し、遂に維持不可能と判断。米本国は数週間前に同諸島からの軍および民間人の撤退を指示していましたが、それが本日を持って完了したことになります。これにより米国はグアムに続いて2つ目の海外領土を喪失した事になり、日米安保の維持も絶望的なものになると専門家は予測しています…』

 

ニュースはちょうど深海棲艦に関する事を伝えており、エクスは画面に注目する。

 

(米国……たしかこの前聞いたアメリカという国の別名だったはず…)

 

「エックス、どうしマシタ?」

 

「金剛さん、この前話したアメリカという国って現在どうなっているのですか?ニュースを見た感じだと深海棲艦による被害を結構受けているような気がしたので…」

 

エクスの疑問に、金剛は一瞬の沈黙置いてから答え始める。

 

「エックスの予想通りデス。米国は海外領土の喪失以外にも、沿岸部の都市群が空爆で甚大な被害を受けていマス。あの国にも艦娘がいるのデスが、守るべき範囲が広すぎて防衛が追い付いてない状況なんデース」

 

「たしか、この国にも米国の艦娘がいるのですよね?」

 

「イエス。偶然日本近海で保護された子たちがこの国にもいマス。…デスがエックスも知っての通り、深海棲艦が支配している海を越えて無事に米国に辿り着くのはほぼ不可能デスから、彼女たちは全員日本から出る事もままならないのデース…」

 

「そうだったんですか…」

 

自分の祖国に帰れない。理由は違えどその艦娘たちは今の自分と同じ状況にいるのだ。エクスは彼女たちの心中が理解できる気がした。

 

(まぁ、私の場合、帰る事ができても居場所がないんだけどね…)

 

心の中で自虐しながら、残り少ない味噌汁を一気に飲み干す。

 

再びテレビ画面に注目する。深海棲艦に関するニュースが終わり、今度は国内に関するニュースが流れていた。

 

『…昨日未明、神奈川県横浜市の〇×宝石店にて、店頭に並べられていた宝石が忽然と姿を消すという謎の事件が発生しました。宝石が入っていたガラスケースには荒らされた形跡はなく、指紋も全く検出されませんでした。警察では、何者かによる巧妙な手口を使用した盗難であるとみて調べを進めていますが、防犯カメラにも不審者らしき人物は一切映っておらず、捜査は難航すると思われます…』

 

画面には、警察によって立ち入り禁止となった横浜の有名宝石店が映っていた。

 

「あっ、このニュース。前にも似たような事件があったよね?」

 

同じくニュースを見ていた清霜が口を開く。

 

「えっ、どういう事?」

 

「前にも盗んだ跡が全くなかった事件がいくつもあったんだよ」

 

「そのどれもが犯人の手掛かりすら掴めず、全て迷宮入りになったらしいデース」

 

「そうなのですか?一体誰が何のために…?」

 

「…深海棲艦の影響で経済的被害を受けた人は少なくないデース。盗みを働かないと生きていけないという人もいると思いマス。実際、深海棲艦出現後は日本ですら治安が悪化していマスしね」

 

「……」

 

生きるために仕方なく犯罪に走る。エクスは何の罪もない善良な人々をそこまで追い詰めた深海棲艦に対し、静かな怒りを抱く。

 

「…では尚更少しでも早く深海棲艦から海を奪回しなければなりませんね。これ以上罪を重ねる人が増えないためにも」

 

「うん、そうだね!」

 

「そういうことデース!」

 

エクスの言葉に、清霜と金剛も力強く頷いた。

 

「「「ごちそうさま(デース!)」」」

 

「じゃあ、行こっか!エクスさん、金剛さん!」

 

「えぇ、まだ人が来るから席を開けてあげないとね」

 

3人は食事を終え、席を立ってトレー返却口へと移動する。その時、朝の会議を終えた真理恵と霞が食堂に入って来るのを確認した。

 

「テートクー!グッモーニーング!!」

 

途端に金剛が真理恵に向かって走り出し、空中で一回転してから彼女に抱き着いた。

 

「おはよう、金剛。朝から元気ね」

 

「勿論デース!テートクのために、私今日も頑張っていきマース!」

 

いきなり抱き着かれたにもかかわらず、真理恵は全く動揺せず普通に挨拶する。周りにいる者たちも一瞬だけ彼女たちに視線を向けるが、「あぁ、いつもの事か」とすぐに関心を失い、食事へと戻っていく。

 

(金剛さんもだけど、皆もすごいな…。あれを見て何とも思っていない…。私はまだ全然慣れてないのに…)

 

真理恵の頬に自分の頬を擦り付けながら甘える金剛を、エクスは若干頬を赤らめながら見る。

 

「じゃあ、エクスさん。またお昼にね!」

 

「うん。清霜も遠征の方頑張ってね」

 

一足先に食堂を出ていく清霜を、エクスは手を振って見送る。

 

鎮守府の朝はこれと言って何の問題もなく過ぎていき、各々が本日の予定をこなすために行動を始めていく。エクスも今日の講義と訓練の事を考えながら、一度自室へと戻っていった。

 

 

To be continued...

 



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艦娘だからこそ出来る事

 

横須賀鎮守府 1F 第2講義室

 

 

「エックス!艦娘にできる事は何か分かりマスか!?」

 

金剛からの唐突の質問。しかしエクスは一切動揺せず即答する。

 

「はい、教官。水上を走れる事と、艤装を使って戦う事ができます」

 

これはエクスが今まで受けてきた訓練や先の戦闘から嫌と言うほど理解したことである。

 

0800(まるはちまるまる)。昨日と同様、今日もこの時間から講義が始まった。エクスはこの1週間、まず最初に艤装の使い方などと言った艦娘が戦う上で基礎的な部分を学んでから訓練へと赴いていた。

 

「NO!その答えでは60点デース!それはあくまで基本中の基本でしかありまセーン!」

 

エクスのメインの教育係、もとい教官として抜擢された金剛は、講義中のみ掛ける眼鏡をクイッと上げると、ビシッという擬音と共にエクスに指示棒を向ける。他にも教官役を務める艦娘は何人かいたが、一番の教官役は同じ戦艦である金剛が適任と言う判断から、歓迎会の翌日からほぼ毎日彼女がエクスを指導してきた。

 

特に訓練は兎角厳しく、新人であるエクスに対しても、「地獄の金剛」、「鬼金剛」といった言葉通りの容赦のないしごきを行った。

 

遠目から見ても新人相手にはあまりに厳しい訓練。しかしその地獄のような訓練をエクスはむしろ歓迎し、全力で取り組んだ。普段の金剛からは考えられない罵倒のような叱咤を受けながら、彼女は己の心身を鍛えていく。

 

『敵はもっと理不尽です。その理不尽から仲間を守るためにはもっと強くなくてはなりません』

 

数日前に心配して尋ねてきた重巡洋艦娘たちに、エクスはそう言い放った。それを横で聞いていた金剛が、より厳しい訓練を彼女に課したのは余談である。

 

新人相手に容赦なしの金剛もすごいが、強くなりたい一心で彼女のしごきに堪えるエクスもまたすごい…。彼女たちを見てきた周りの人たちは後にそう語ったとか…。

 

閑話休題。

 

「では質問を変えマス!エックス!”艦娘”と”船”の違いは何か分かりマスか!?」

 

厳しすぎるが故に不知火などの一部の艦娘以外は、自分から望んで金剛に教えを請う者はほとんどいなかった。そのため久々に鍛えがいのある子がやって来てくれて、金剛も気合が入る。

 

「…!え、え~と…」

 

答えが分からず言葉に詰まるエクスに、金剛は目を吊り上げる。

 

「…なぜすぐに答えられないのデスか?それくらい一目見ればすぐ分かる筈デース!」

 

そう言って窓の外を指す金剛。鎮守府前の海で訓練を行っている艦娘たちと、その遠くで航行中のタンカーがエクスの視界に入る。エクスは数秒ほどその光景を見てから、先ほどの答えに辿り着く。

 

「はいっ、教官!人の姿をしているか否かです!」

 

即座に金剛の顔を見て、エクスは答える。

 

「その通りデス!…そして思い出してくだサイ。私たちがかつて軍艦…船だったことを。あの時とは違い、私たちは人と同じ姿をしていマス。艦娘には船ではできなかった事が人と同じ姿になった事でできる事がありマス」

 

「ここまで言えばもう分かりマスよね?」。金剛はそのような意味を込めた目でエクスを見る。

 

「はいっ。人間としての動きを利用して、戦うことができます」

 

その答えに、金剛は満足そうに頷く。

 

「その通りデース!」

 

金剛はチョークを掴むと、黒板に文字を書き始める。

 

「…仮に敵から攻撃を受けたとしマス。この時、ただ水上を本物の船と同じように滑っているだけでは攻撃を受けてしまうこともありマス。私たちはこういった攻撃を主に急停止や急な方向転換、ジャンプ、体を捻らせるなどといった行動をとって回避していマース」

 

文字を書き終えると、金剛は指示棒でそれらを指す。

 

「他にも色々な動きがあるのデスが…、エックスは朝見てマシタよね?私がテートクに抱き着く場面…」

 

「はい、見ました。あの時の空中での一回転。あれも戦場で役に立つのですね?」

 

「そうデース!もっとも、使う事はほとんどないデスが…」

 

話は続く。

 

「…ただし急停止や急な方向転換は、航行速度があまりに速過ぎると上手くできマセーン。また艦隊行動中の場合、味方の動きにも注意しなければ最悪陣形を乱す事にもなりマス。…デスから実戦では、主に体の細かな動きを利用し、それ以外の方法は状況に応じて使いマース」

 

ここでエクスが手を上げて質問する。

 

「敵艦への攻撃の際は、主にどんな動きをしているのですか?」

 

「基本的に艤装を使って遠くから攻撃しマスが、その戦法が通じない例外も当然ありマース」

 

「例外?」

 

「中には装甲が異常に固い深海棲艦もいマス。そのような場合遠くから攻撃しても対して効果はないネ!」

 

軍艦…特に戦艦はある一定の距離で砲撃戦を行った場合、自身の主砲で攻撃を受けても耐えられる装甲を持っている。ただし、交戦距離が近づけば砲弾の運動エネルギーは大きくなるため、やがて同じ主砲でも装甲を抜かれてしまう。

 

「…だから敵艦に肉薄して、少しでも砲弾の威力を上げるのですね?」

 

「その通りデース!時には目の前まで一気に詰め寄って砲弾を浴びせる事もあるネ!」

 

そのような至近距離での砲撃戦、元の世界では考えられなかった。特に周辺国海軍の主力が帆船ばかりだった神聖ミリシアル帝国では…。

 

余談だが、金剛たちのような軍艦はこの世界では70年以上も昔に活躍した存在であり、現代の軍艦は砲ではなくミサイルと呼ばれる兵器が主力となっていると言う。

古の魔法帝国が使用していたと言われる誘導魔光弾。狙った目標に必ず当たると言うエクスたちの世界では冗談みたいな兵器が、この世界ではごく有り触れた存在であると聞いて当初は耳を疑った。

 

(でもその誘導魔光弾に酷似した兵器をもってしても、深海棲艦には敵わなかった…)

 

仮に魔帝軍と深海棲艦が戦った場合、魔帝軍の方が蹂躙されるのではないだろうか…?この世界の海軍が悉くやられている状況を見ると、そう考えてしまう。

 

話を戻そう。

 

「また、砲撃だけが攻撃ではありまセン。敵艦に至近距離まで肉薄する場合や、突発的に遭遇した場合、文字通り格闘戦に発展する事もありマス」

 

「格闘戦…ですか?」

 

金剛は頷く。

 

「言い忘れてマシタけど、私たちにできるという事は、同じ人型の深海棲艦にもできるという事を忘れてはいけまセンヨ?」

 

これは当然である。相手も人の形をしているため、同じ方法でこちらの攻撃を回避したり、同様の攻撃を仕掛けてくる事だってできる。

 

「さて、格闘戦ついてデスが…これは通常の砲撃戦と同様、大型艦と小型艦ではやり方が異なってきマス」

 

駆逐艦や軽巡は打撃力が小さい分、体の身軽さでそれを補う。そのためこれらの船は天龍のように得物を持って戦ったり、敵の強力なパンチや蹴りを回避しながら相手の弱点を突く戦法を取っている。

 

「…逆に私たち戦艦は…」

 

金剛は自分が言った台詞の続きを言うようにエクスに促す。

 

「高い防御力を利用して敵艦の攻撃に直接耐え、強力な一撃を相手に加える」

 

「その通りデース!相手の攻撃に耐え、時には人だからこそできるトリッキーな動きで回避しながら敵に肉薄し、格闘戦などで相手が隙を作ったところを砲撃する。今日の訓練はこれをやってもらうネー」

 

「具体的にどういった訓練でしょうか?」

 

エクスの脳裏に、今まで訓練内容が思い浮かぶ。今回の訓練は標的を使って行えるような訓練ではない。一体どのような訓練になるのか、エクスは強い関心を抱く。

 

質問を受けた金剛は、フフフッといった笑い声を上げる。

 

「今日の訓練は至ってシンプルデース」

 

「?」

 

眼鏡を外して机に置き、首をかしげるエクスに近づく金剛。

 

「この私と戦う事デース!!」

 

一瞬だけ沈黙が講義室を支配した。

 

「…えぇっ!!?」

 

そしてその沈黙は、エクスの驚愕する声によって破られた。それはそうだ。自分の目の前にいる金剛がどれだけ強いのか、エクスは彼女と他の鎮守府の艦娘との演習で嫌と言うほど知ったのだから。

 

(これは今までで一番苦しい訓練になりそうね…)

 

心の中でそう呟くエクス。だが彼女の中に拒絶という概念は全くなかった。

 

「さぁっ、驚いてる暇なんてないデース!!早速行きますヨー!!」

 

「えっ、ちょっ…!?分かりましたから引っ張らないでください!」

 

「なら私より速く走るデス!遅かったら強制的に引きずっていきますヨ!!」

 

「は、はい教官!!」

 

腹の底から叫び声を上げ、エクスは金剛と共に走りながら出撃ドックへと向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 演習海域

 

 

『…では、お二人とも。準備はよろしいですか?』

 

数キロの距離を挟んで相対するエクスと金剛に、審判役として呼ばれた明石は無線で尋ねる。

 

「はいっ!」

 

「OKデース!!」

 

『ルールは簡単です。お互い数キロ先にいる相手に向かって突撃しながら、相手が自分に接近しないように阻止してください。主砲弾を1発受けた場合を1カウントとし、エクスさんは5カウント、金剛さんは1カウントで敗北とします。ですからエクスさんは1発でも砲弾を当てる事が出来たら勝ちとなります。尚、主砲以外の装備を使用しても構いませんが、それらを相手に当ててもカウントされません』

 

力強く頷く2人に、明石は本訓練の概要を説明する。

 

『いいデスかエックス。今回は実戦のつもりで本気でかかってきなサイ!…もし訓練だからと手加減したら承知しないデース』

 

無線越しに威圧感を含ませて言葉を紡ぐ金剛。

 

「はいっ、教官!よろしくお願いします!」

 

エクスは彼女の威圧感に気圧されながらも返事をする。

 

『うんうん、良い返事デース。時々アドバイスしてあげマスから、頑張るデース!』

 

金剛は笑みを浮かべ、エクスに応援の言葉を送る。

 

(むしろ今の私じゃ本気でいかなきゃ……一撃も与えられないかもしれない…!)

 

相手は歴戦の戦艦。かたやこっちは未だに素人な部分が抜けられない艦娘。近づくことさえできないかもしれないという不安が、エクスの心を支配しようとする。

 

ふと横を見る。非番または休憩中の艦娘たちが、エクスの訓練を見ようと埠頭からこちらを見守っていた。その誰もが例外なくエクスに対して憐みの視線を送っていた。

 

『では、始めますよ!』

 

明石の言葉を聞き、エクスはすぐさま視線を戻す。

数回深呼吸してなんとか不安を打消し、金剛に一撃を与える事だけに意識を集中させる。

 

『よーい…、始め!!』

 

訓練開始の号令が出された。瞬間、エクスは魔導機関の出力を一気に上げて急発進。金剛へ向かって高速で突撃する。

 

「魔導砲…撃ち方始め!!」

 

発進と同時に魔力探知レーダーから得た金剛の位置情報を魔導砲に反映させ、あらかじめ装填しておいた模擬弾(真理恵と明石が共同開発した魔導回路入りの特殊砲弾)を発射する。青く光る砲弾の群れが、金剛へ向かって飛翔する。

 

「わぁ…!」

 

「きれいね~」

 

埠頭にて訓練の様子を見る衣笠と如月が、初めて見る魔導戦艦の砲撃に感嘆の声を発する。

 

「次弾装填……!」

 

初弾で砲弾を当てるのは容易ではない。ましてや相手が金剛ような強者なら尚更である。エクスはすぐに第2斉射を行えるように、準備を進める。

 

「……1発だけ当たるみたいデース」

 

対する金剛は冷静な目で自分に向かって来る魔導成形砲弾を見詰め、その着弾位置を一瞬で予想する。

 

「…それにしても初弾だというのに狙いはそれなりに正確ですネ。エックスの電探は私たちのそれよりも結構優秀みたいネー」

 

感心しながら上半身を右へ傾ける。瞬間、金剛の上半身があったところを一発の魔導砲弾が通過し、彼女のすぐ後ろの海面に着弾した。他の砲弾も彼女のすぐ近くに着弾し、何本もの水柱が彼女を囲むように立つ。

 

「さぁ、私も行きマース!!」

 

不敵な笑みを浮かべながら、金剛も全速力でエクスの元を目指す。電探からの情報と今までの戦闘で培ってきた感覚を頼りに、金剛はエクスの未来位置を正確に予想する。

 

「全砲門…ファイヤーー!!」

 

着弾時のエクスの予想地点に向けて、35.6cm連装砲4基から砲弾を発射する。

 

『さぁ、そのまま突っ込んで来ると砲弾が当たりマスヨー!どこに着弾するのか、きちんと見て判断してくだサーイ!』

 

「…!!?」

 

無線越しに聞こえる金剛の声。上を見上げると斜め上から自分に向かって飛翔する模擬砲弾が視界に入った。それらはエクスから見て空中で静止しているようにも見えた。それが意味する事は…!

 

「うわっ…!?」

 

咄嗟に左へ方向転換するエクス。直後彼女が元いた場所に砲弾の雨が降り注ぐ。

 

(まずかった…。あと少し回避が遅れていたら被弾していた…)

 

『相手の動きはきちんと観察し、すぐに正確な判断ができるようになってくだサーイ!戦況とは一瞬々々変化するものデス!ちょっとした判断の遅れが命取りになりマスヨー!』

 

金剛の助言を聞き、エクスは気を引き締め直す。

 

妖精から次弾装填完了の報告を聞いたエクスは、金剛に向かって即座に第2斉射を行う。そして正確な砲撃をさせないように、ジグザグ航行しながら彼女の元へと向かった。

 

やがて金剛の姿がはっきりと見えてきた。エクスの放った砲弾は彼女に向かって正確に飛んでいく。

 

当たった!エクスは勝利を確信し、笑みを浮かべようとしたその時だった。

 

「……!!?嘘!?あんなふうに躱せるの!?」

 

金剛は降り注ぐ砲弾を、時には体を捻らせ、時には体を低くしながら全て躱しきる。あのような動き、向かって来る砲弾全ての飛翔経路を予測しなければ不可能だ。

 

「それもたった数秒で…。信じられない!」

 

だが驚いている暇などエクスにはなかった。砲弾を躱し終えた金剛が、お返しとばかりに砲撃してきた。着弾までわずか数秒、エクスは左斜め前に跳んでそれらを回避する。

 

「…がぁ!!?」

 

だが着水した瞬間、自分の体に何かが凄まじい速度でぶつかって来た。

実は金剛は最初に4発の砲弾を放ってエクスに回避行動をとらせてから、遅れて残り4発の砲弾を撃ち込んだのだ。

 

そんな事とは露知らずに混乱するエクス。そこへ金剛は次弾の装填をしながら高速で接近してくる。金剛との距離は既に50mをきっていた。

 

「…くっ!!」

 

接近してくる金剛を阻止せんと、エクスは魔導砲の砲身を向ける。だが砲弾を発射する直前、金剛はその場にしゃがむ。

 

「ふぇ…!?」

 

間抜けな声と共に撃ち出された砲弾。それらは金剛のすぐ上を虚しく通り過ぎて行った。

 

「近づけば砲身の向きから、砲弾の飛翔ルートは大体予想できマース」

 

そう言って金剛は立ち上がると、エクスに向かって勢い良く飛びつく。

 

「わっ…!!?」

 

「…それにあんな近距離で全門斉射したら、次の砲撃までに相手に接近されてしまうネー」

 

「……」

 

「捕まえましたヨー♪」

 

固まっているエクスに対し、金剛は人懐っこい笑顔を向けた。…発射準備を終えた連装砲と共に。

 

「さっきの砲撃でエックスは既に4発被弾していマス。つまり、この砲撃を喰らったらyouの負けネ!」

 

「…なっ!!?」

 

それを聞いたエクスは必死に金剛から逃れようとするが、がっちりと捕まえられて引き離すことができない。

 

「これで終わりネー」

 

そして金剛が遂に砲弾が発射しようとした…その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、金剛の体を小規模な爆発が多数襲いかかる。

 

「…!!!?」

 

突然の事に驚愕した金剛は、エクスの拘束を解いて体をのけぞらせる。撃ち出された砲弾はエクスに当たる事なく、遠くの空へと消えていった。

 

「な、何が…?……!!?」

 

煙が晴れると、そこには下からこちらに拳を振り上げようとするエクスの姿があった。

 

「くっ!!」

 

金剛は即座にそれを躱して体を低くすると、拳を振り上げて無防備になったエクスの腹目掛けて、下から斜め上へと拳を叩き込もうとする。

 

「魔素展開!装甲強化!!」

 

「…!?」

 

エクスがそう叫ぶと同時に、彼女の体が仄かな青い光に包まれる。特にそれが強く光っているお腹の部分に、金剛の拳が当たった。

 

金属同士が激しくぶつかるような音が周辺に響き渡る。金剛の強力なパンチを受けていながらエクスの体は微動だにせず、逆に金剛は反動を受けて一瞬だけ怯む。すかさずエクスは強化した足で容赦なく蹴りを加える。

 

「ぐあ…!!」

 

金剛はその場に膝を付けるのを何とか耐えようとするが、エクスは彼女の足を自身の足で払ってバランスを崩させる。

 

「なめるんじゃ…ないデース!!」

 

「うわっ…!!?」

 

しかし金剛も負けてはいない。エクスの艤装を掴んで倒れるのを防ぎ、逆に自分の体重をかけて彼女を勢いよく海面に叩きつけた。

 

「がはっ…!」

 

横向きに倒れたエクスに、金剛は二度と起き上がらせないように上から押しかかる。

 

「はぁ……はぁ…」

 

「…これで、もう動けませんネ…」

 

そのままエクスを押さえながら、主砲の次弾装填が完了するのを待つ金剛。

 

「ま…まだです…」

 

エクスは自分の上に乗る彼女をどけようとしながら、先ほどと同様に対空魔光砲から魔力弾(演習用にダメージはない仕様になっている)を放つ。

 

「くぅ…!!」

 

金剛は両腕で顔を隠してそれに耐える。エクスはこの攻撃で金剛が怯んだ隙にこの拘束から脱しようと考えたが、金剛は足を使って彼女を挟み込むように捉えており、全く抜け出すことができなかった。

 

(だったら…!!)

 

エクスは身体を金剛ごと回転させ、彼女を海面にぶつける。

 

「ぶはっ…!!?」

 

今度は金剛も再び怯み、その一瞬の隙をついて拘束から脱したエクスは体勢を立て直す。

 

(今度こそ…!!仲間を守るために…!!)

 

エクスは心の中で叫び声を上げながら、魔導砲を金剛へ向ける。横になった彼女がエクスを見上げる。

 

「私は……、負けない…!!」

 

既に次弾発射が可能となっていた魔導砲が青白い発砲炎に包まれる。撃ち出された青い砲弾が海面に巨大な水柱を形成し、金剛を完全に飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……」

 

目の前に形成された水柱を眺めながら、エクスは息を整える。

 

「あ、明石さん…。やりました。私の…勝ちです」

 

上空を飛ぶ航空機からこちらを見ている明石に、無線で報告する。しかし、明石の口から出てきた言葉は、およそ勝者に対するものではなかった。

 

『いえ、まだです』

 

「……え?」

 

明石が何を言っているのか分からず、困惑するエクス。

その時、突然彼女の目に映る世界が90°に傾く。時間がゆっくりと流れているのは気のせいだろうか…?

 

(え、何…?)

 

「なかなかやるネー」

 

いつの間にか目の前に立っていた一人の艦娘が、エクスに話しかける。

 

(そんな…何で…?)

 

その艦娘の正体は金剛だった。どうやら自分は彼女に足払いをされたらしい。

心の中で疑問を口にするエクスに、彼女はその疑問に答えるかのように話を続ける。

 

「…あの時丁度、私も次弾装填が完了したのデース。私は咄嗟に海面に砲弾を撃ち込み、その反動で自分の体を少し移動させマシタ」

 

(…!!?)

 

驚愕するエクス。主砲が撃ち込まれる直前、金剛は自身の主砲の内6門を海面に向けて発射し、海面を滑るような形でこちらの攻撃を回避したのである。

 

「…エックス。あなたは私の期待以上の艦娘デシタ」

 

金剛は暖かな笑みを浮かべながら、まだ砲弾が装填されている1基の連装砲をエクスに向ける。

 

「…デスが、今回は私の勝ちデース」

 

瞬間、金剛の体が火に包まれ、直後に衝撃が襲ってきた。

 

(あぁ…負けたんだ……私…)

 

ようやく自身の敗北を理解したエクスは、そこで意識を完全に手放した。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 広場

 

 

「…ん?あれ……?」

 

「気が付きマシタ?」

 

意識を取り戻したとき、エクスは金剛に膝枕されていた。既に夕方だったらしく、彼女の顔は夕焼けの光に優しく照らされていた。

 

「わわっ!?すいません私…!」

 

慌てて起き上がろうとするエクスを金剛が止める。

 

「気にしなくていいネー。これは頑張ったエックスへの、私からのご褒美デース」

 

そう言って頭を撫でる金剛。心地良い気分になったエクスは、大人しく彼女の膝に頭を乗せる。

 

「…私負けたんですけどね」

 

「なら今回得た教訓を次に生かせばいいネー!今回の訓練で大事なことは、人の動きを利用して戦うことの大切さを身を持って理解する事デスから」

 

次に生かす。その言葉をエクスは心の中でもう一度呟く。

 

「…金剛さん。今日も本当にありがとうございました」

 

「私はエックスの教官として当然の事をしたまでデース。…それにまだまだエックスが学ぶべきことはたくさんありマース。明日もビシビシいきますから覚悟してくださいネー!」

 

「はいっ、教官。よろしくお願いします」

 

膝枕されたまま笑顔で敬礼するエクス。それを見た金剛も彼女と同様に笑顔になる。

 

そこへ近づく複数の人影。

 

「金剛さん。エクスさんは目を覚ましましたか?」

 

明石の声が聞こえてきたので、エクスは体を起こす。見ると明石の他にも衣笠、由良、睦月、如月が何かシートやバスケットを持って立っていた。

 

「明石さん。…はい、もう大丈夫です」

 

「それはよかったです」

 

「お2人とも、これをどうぞ」

 

笑みを浮かべる明石。由良が彼女より前に出てエクスと金剛に近づき、抱えていた水筒の内2本を2人に渡す。

 

「由良。これは…?」

 

「温かい紅茶です。今日は夕日が綺麗ですから、みんなで外でお茶会をすることになったんです」

 

見るとエクスの質問に答える由良の後ろで、明石たちが持って来たピクニックシートを草の上に敷いていた。如月がバスケットを置いて蓋を取ると、中からクッキーが顔を覗かせる。

 

「わぁ…美味しそうなクッキーですね」

 

「私と如月ちゃんで作ったんです。味や形も色々あるんですよー」

 

「そうなんだ。すごく上手に焼けてるね」

 

「えへへ…」

 

エクスに褒められた睦月が嬉しそうに照れる。そんな姉の可愛らしい様子を、如月は大人びた笑みを浮かべて見る。

 

「さぁ、ティータイムの始まりネー!」

 

金剛の宣言と共に始まったお茶会。エクスは訓練の事を一旦忘れ、仲間との楽しいひとときを過ごした。

 

 

To be continued...

 





おまけその1


カリバー「エクスに膝枕してあげるのはこの私だーー!!!」

バリアント「ふぇ…!!?急に大声上げてどうしたんですかカリバーさん!?」

カリバー「え?…あっ、いや何でもないよバリ姉。なぜか誰かがエクスに膝枕をしているような気がしちゃって…」

バリアント「???」




おまけその2


比叡「ヒエーーッ!!」

榛名「どうしたのですか、比叡お姉様!?」

比叡「誰かが…誰かが金剛お姉様に膝枕をーー!!」

霧島「何、どうしたの榛名!?」

榛名「霧島!比叡お姉様がまた急に!」

比叡「お姉様ーー!!」

霧島「落ち着いて下さい、比叡お姉様!」

バリアント(膝枕…?さっきカリバーさんもそのような事を言っていましたけど…、まさかそんな事……無いですよね?)

榛名「あっ、バリアントさん!比叡お姉様を抑えるのを手伝ってください!」

バリアント「あっ、はい…!」


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防空訓練

摩耶、鬼怒と一緒に訓練します。また、新たに秋月が着任しました。


 

 

横須賀鎮守府 執務室

 

 

「……そう、やっぱりね」

 

仕事中だった真理恵にかかってきた1本の電話。相手は彼女の弟の海良だった。

 

『あぁ。フィジーたちの所属国家と艦隊名…、姉貴のトコに来た異世界艦娘と全く同じ名前だったぜ?……勿論、砲弾も青く光る』

 

「これで確定ね。それに建造ドックの魔法陣から発動した召喚魔法とエクスから聞いた話を考慮すると……、私はフィジー以外の子たちを地球に召喚してしまった…」

 

『後の15人は姉貴が原因なのか?』

 

煮干しを咥えながら、真理恵は受話器を片手にゆっくりと頷く。その顔は罪悪感に満ちていた。

 

「えぇ、私の責任だわ。…おそらくこの5人以外はまだ深海棲艦が闊歩する海の何処かを彷徨っているはず…。一刻も早く保護しなければ、彼女たちにまた沈む苦しみを味合わせる羽目になってしまう…」

 

『……姉貴、ちょっといいか?』

 

ふと山城から聞いた話を思い出した海良は、その内容を真理恵に聞かせる。

 

「他の鎮守府にいるかもしれない…?」

 

『あぁ。召喚されてからもう1週間近く経っている。その可能性は高い。俺はこの後早速、『青原 由紀子』のいる呉鎮守府に向かう予定だ』

 

「そっか、その可能性もあったわね。大湊や舞鶴などはもう調べた?」

 

『いや、呉が最初だ。全員忙しくて中々時間がとれない状況なんだ。…何せ姉貴からのあの報告を聞いた後だからな』

 

これは真理恵が元帥に報告した大型深海棲艦の首都圏への異常接近についてである。彼女率いる艦隊によってほぼ全ての深海棲艦が駆逐されて以来、伊豆諸島付近までの海域に現れる敵艦はほとんど確認されなかった。故に報告を聞いて事態を重く見た日本各地の鎮守府や警備府では、現在防衛体制強化のため関係者全員が地獄のような忙しさとなっていた。

 

『「深海棲艦の活動が活発化したのでは?」。…大半の者がこう思って行動している真っ只中だ。青原にも何とか時間を作ってもらったようなものだしな』

 

「…そう。分かった。他の鎮守府については私も調べてみるから、呉の方はお願いね?」

 

『あぁ、任せろ』

 

海良との会話が終わり、真理恵はゆっくりと受話器を置く。

 

「…とりあえずまずは近くの地方隊からあたってみましょうか」

 

コンコンッ

 

もう一度受話器を持ち上げようとした時、執務室のドアがノックされた。

 

「どうぞ」

 

「失礼します!」

 

真理恵が入室許可を出すと、明るい声で1人の少女が入ってくる。その少女は昨日までこの鎮守府にはいなかった艦娘だった。

 

「秋月型駆逐艦、1番艦『秋月』です。ただいま着任致しました!」

 

真理恵の前まで移動し、敬礼する秋月。

昨日の夜、駿河湾に接近中だった敵艦隊を撃退した警備部隊は、横須賀への帰投中に海を彷徨っていた艦娘を発見する。その時保護されたのが彼女であった。

 

「よろしくね、秋月。…他の子たちから艦娘について聞いたかしら?」

 

「はいっ。まさか船魂だった私たちがこうして実体化するなんて…未だに信じられない気分ですよ」

 

「まぁ、みんな最初はそう思うけどね。すぐに慣れるわよ」

 

「はいっ」

 

にっこりと笑う秋月。するとここで何か思い出したのか、真理恵に質問をしてきた。

 

「…あの、この鎮守府に照月たち…私の姉妹艦は着任しているのでしょうか?」

 

その質問に真理恵は首を振って答える。

 

「他の鎮守府や警備府でもまだ着任が確認されてないわ。保護された秋月型は、あなたが最初よ」

 

「そう……ですか」

 

落胆する秋月。真理恵はそんな彼女を元気づけようと微笑む。

 

「大丈夫よ。艦娘は次々と保護されたり建造されたりしているから、そう遠くないうちにあなたの姉妹も見つかるわ。だから今は彼女たちの着任をのんびり待ちましょう」

 

「はいっ!」

 

秋月は再び表情を明るくする。

 

「今日は忙しいから無理だけど、数日後に花見も兼ねてあなたの歓迎会を行うから、必ず参加してね?」

 

「え!?という事は美味しい物とか一杯食べられるのですか!?」

 

秋月は驚いて目を見開くと、興奮した様子で尋ねる。

 

「勿論よ。お腹一杯食べなさい」

 

「はいっ!ありがとうございます、提督!楽しみです!」

 

秋月は目を輝かせながら喜ぶ。今から歓迎会が楽しみで仕方なかった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

その後、秋月は清霜の案内でこれから自分の家となる艦娘寮へと向かった。

 

「あっ、エクスさんたちだ!」

 

鎮守府本館を出てしばらく歩いた時、清霜が海に視線を向ける。

 

「エクスさん…?」

 

秋月も清霜の視線をたどって海を見る。海上には艤装を背負った複数の艦娘たちが立っており、何か話をしていた。

 

「あの赤い髪の女の人がいるでしょ?あの人がエクスさんっていうんだよ」

 

清霜がその数人の艦娘の中で、赤い髪が特徴の高校生くらいの少女を指さす。

 

「…あの人が」

 

秋月は昨日、他の艦娘たちから『エクス』という艦娘について聞かされており、彼女が異世界からやってきた存在だという事を既に知っていた。

 

「たぶん今演習中なんだと思うよ?金剛さん以外に摩耶さんや鳳翔さん、鬼怒さんに明石さんもいるみたいだから対空訓練をしているのかも」

 

「対空…」

 

その単語を聞いた秋月は、エクスという異世界艦娘の対空戦闘がどんなものなのか興味を抱いた。対空戦が気になるのは、防空駆逐艦の性なのかもしれない。

 

「すいません、清霜さん。寮に行く前にあの演習を見ていきたいのですが…」

 

「秋月ちゃんも興味あるの?エクスさんの訓練?」

 

清霜に頷く秋月。

 

「もちろんいいよ!清霜も興味あるから一緒に行こう!」

 

「は、はいっ!」

 

清霜は笑顔で頷くと、秋月の手を引いてエクスたちの所へ走り出した。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「…以上になります。何かご不明な点などはありませんか?」

 

「いえ、ありません。ありがとうございました、明石さん」

 

埠頭のすぐ前の海では、エクスが明石から艤装に新しく追加された装備について説明を受けていた。

 

エクスの艤装側面にハリネズミの如く設置された対空魔光砲。その砲塔群よりも少し上方に設置された、円柱に横から棒が突き刺さったような形状の物体がそれにあたる。その装備は左右両側に1基ずつ、計2基が設置されていた。

 

装備名、『94式高射装置』。

目標の位置と速度から、理想的な旋回角や砲身仰角、さらには信管の作動時間を割り出して砲に反映させる射撃指揮装置の一種である。

性能はそこそこ優秀で、高速機が多数乱舞していた大戦末期でも有効な対空射撃が可能だったと評されている。

 

明石は1週間前の艤装の性能試験において、エクスの対空魔光砲が莫大な投射能力を持っていたにもかかわらず有効打がほとんどなかった原因を調査していた。鳳翔の航空隊の練度が高かった事や、エクスの戦い方がまるでなっていない事も原因の一つであるが、一番の原因は射撃統制がされていない事であった。

 

事実、対空魔光砲を調べたところ、自分たちの対空機銃に備え付けられているものと同じような照準器しか確認されず、妖精に聞いても射撃指揮装置はないと言われた。

 

「そこで保管されていた94式高射装置を少し改造して、エクスさんの艤装に搭載しました。これで少しでも命中率が上がると思いますよ」

 

「よかったな、エクス。これはあたしも装備しているけど、水上射撃にも利用できる優れものなんだぜ?」

 

「そうなのですか?それはすごいです!本当にありがとうございました、明石さん。これで少し強くなれた気がします」

 

「いえ、当然のことをしただけですよ。艦娘のサポートが私の仕事なんですから」

 

お礼を述べられた明石は首を振って謙遜する。

エクスは新たに装備した94式高射装置の内、片方を愛でるように触れてみる。すると中から高射妖精が数人(?)出てきて横一列に並ぶ。

 

「よろしくね、みんな」

 

エクスが笑みを向けると、妖精たちは一斉に敬礼する。

 

(本当に可愛いな、この子たちは…)

 

人間がやると威厳や迫力を感じる敬礼も、妖精がやると可愛いとしか思えない。あまりの可愛さに、さらに笑みを深くするエクス。

 

「うふふっ、可愛いですね」

 

鳳翔もこちらを見て感想を述べる。

 

「はいっ。可愛いですよね、この子たち。見てて何だか癒されます」

 

「あらっ、私は笑っているエクスさんも含めて可愛いと言ったのですよ?」

 

「……」

 

鳳翔が何を言っているか分からず沈黙するエクス。だがすぐに彼女の言葉を理解し、顔を真っ赤に染め上げる。

 

「ふぇっ…!?ちょっ…そんな…!可愛いって…!?」

 

「動揺してる姿も可愛いですよ?」

 

「んなっ…!?あ、あの…お願いします…!恥ずかしいですからやめてください…!」

 

エクスは恥ずかしさのあまり慌てふためく。顔だけでなく、全身もみるみるうちに髪に負けないくらい赤く染まっていく。

 

「何言ってるデース!さっきのエックスはvery cuteだったネー!」

 

「こ、金剛さんまで…!」

 

「うふふっ」

 

エクスの反応があまりに面白かったのか、さらに追撃しようとする鳳翔と金剛。見かねた明石と摩耶が止めに入ったことで、ようやく羞恥地獄から解放される。

 

「……ところで私が照れ屋だという事を知っているような気がしましたが、なぜでしょうか?…まさか」

 

ようやく落ち着きを取り戻してから、

エクスは鳳翔に尋ねる。自分のさっきのような行動を彼女は今まで見ていないはずだ。だとすれば、誰かに教えてもらったのだろう。……大体予想はつくが。

 

「えぇ、卯月ちゃんが教えてくれましたよ?エクスさんは可愛いって褒めるとすごく恥ずかしがると」

 

(やっぱりお前か卯月ーー!!)

 

心の中で事の元凶である駆逐艦の名を叫ぶエクス。

 

その時、視界に入った埠頭に人影がいるのを確認した。

 

(あれっ、清霜…と誰だろうあの子?)

 

「…どうしマシたか、エックス?」

 

埠頭を見つめるエクスを見て、金剛たちも彼女と同じ方向に視線を向ける。

 

「あっ、こっちに気付いたみたい!お~いっ!」

 

注目された事に気付いた清霜は、エクスたちに見えるように大きく手を振る。

 

「清霜!そっちは今日の任務は終わったの?」

 

エクスは埠頭にいる清霜たちに近づく。

 

「うん!今新しく入って来た秋月ちゃんを寮に案内している所なんだ!」

 

「そっか。となりの子は初めて見る顔だと思ったけど、新しく着任してきた子だったんだね」

 

エクスは清霜の隣に立っている秋月に視線を向け、笑みを浮かべる。

 

「初めまして、戦艦『エクス』です。名前は秋月…でいいのかな?よろしくね」

 

笑顔を向けられた秋月は一瞬沈黙していたが、すぐに自分も自己紹介を始める。

 

「あっ、はい!秋月型防空駆逐艦、1番艦『秋月』です!よろしくお願いします!」

 

ここで秋月の名前を聞いた摩耶と鬼怒が興奮した様子で近づいてきた。

 

「秋月型…!?お前、防空駆逐艦の秋月型か!?」

 

「はっ、はい!その1番艦の秋月です!」

 

「やった、仲間が増えた!あたしは軽巡『鬼怒』!同じ防空艦としてよろしくね!」

 

「同じく、ここで防空艦をやってる『摩耶』様だ。よろしくな、秋月」

 

「はいっ、こちらこそよろしくお願いします!」

 

同じ防空艦が来てくれたことに喜びを隠せない摩耶と鬼怒。そんな防空艦コンビに秋月は笑顔であいさつし、再びエクスに話しかける。

 

「皆さんから話を聞いたのですが、エクスさんが異世界から来た艦娘というのは本当でしょうか?」

 

「えぇ、本当よ」

 

エクスが頷くと、秋月は目を輝かせる。

 

「実は私、エクスさんが対空訓練を行うと聞いて異世界の艦娘がどんな風に戦うのか凄く気になるんです!是非見学させてください!」

 

「勿論。良いよ」

 

「やった!ありがとうございます!」

 

秋月は今にも飛び跳ねそうな雰囲気で喜ぶ。

 

「エックス、そろそろ始めマスから準備するデース!マーヤとキヌーも準備をお願いしマース!」

 

遅れて埠頭にやって来た金剛が、後ろからエクスに訓練の準備を行うように伝える。エクスたち3人は、後ろを振り向いて頷く。

 

「はい、分かりました。摩耶さん、鬼怒、行きましょうか」

 

「おう!」

 

「鬼怒がしっかりサポートしてあげるから、期待してね!」

 

「えぇ、お願いね。……じゃあ秋月、清霜、また後で」

 

エクスは埠頭に立つ清霜と秋月に手を振る。

 

「うん!エクスさん、頑張ってね!」

 

「防空艦の対空戦闘、お勉強させていただきます!」

 

エクスは頷くと、摩耶、鬼怒の2人と共に所定の海域へと移動していった。金剛、鳳翔、明石の3人も訓練のために埠頭へと上がり、清霜たちの隣に移動する。

やがて3人の姿が見えなくなったところで、明石が清霜たちに1枚のタブレットを渡す。

 

「このタブレットの画面から、エクスさんたちの訓練を見ることができますよ」

 

「ありがとう、明石さん」

 

清霜は受け取って早速タブレットの操作を行う。それを秋月は横から覗きこむように見る。明石は金剛にもタブレットを渡すと、無線でエクスたちに連絡を取る。

 

「エクスさん、摩耶さん、鬼怒さん。準備はよろしいですか?」

 

『はい、大丈夫です。よろしくお願いします』

 

無線でエクスから準備完了の報告を聞いた明石は、鳳翔へと顔を向ける。

 

「では、鳳翔さん。よろしくお願いしますね」

 

「はい、分かりました」

 

鳳翔は笑みを浮かべて頷くと、エクスたちがいる方向へ弓矢を構える。その姿は歴戦の空母を思わせる風格が漂っており、秋月と清霜はしばしの間見とれてしまう。

 

やがて軽い音と共に鳳翔が矢を撃ち出す。矢は風切り音を出しながらしばらく飛翔すると、光に包まれて1機の黄色い航空機に姿を変えた。

 

「空母の人ってあんな風に艦載機を出すんだ…」

 

艦娘になって初めて見る空母艦娘からの艦載機の発艦。エクスたちのいる方向へと飛び去る演習機を、秋月はある種の感動を覚えながら見つめるのだった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「そろそろ鳳翔さんが演習機を発艦させる頃だが。どうだ、エクス?」

 

「えぇ。レーダーに感ありです。まっすぐこっちに向かっています」

 

横須賀鎮守府から約10km離れた位置で、仮想敵機の接近を待ち構える3人。魔力探知レーダーで演習機を捉えたエクスは、より一層気を引き締める。

 

(目標はたった1機。…でも相手は鳳翔さんの艦載機。決して油断ならない相手…)

 

性能試験の時、エクスは鳳翔の航空隊に手も足も出なかった。あのような化物練度の飛行機械相手に、はたして高射装置と組み合わせた対空魔光砲がどれだけ効果があるのだろうか…。

 

エクスは午前中の講義で金剛から教えてもらった内容を頭の中で思い返す。

 

(無理に全機を相手にせず、一番自分に近い敵機から順に全火力を集中させる…)

 

エクスが鳳翔の航空隊相手に有効弾を与えられなかったのは、装備の問題だけではない。講義では、性能試験時に12機の敵機をまとめて相手にしていた事を金剛に指摘されていた。

これはグラ・バルカス航空隊200機の猛攻を受けた事が、彼女に少なからず航空機に対する恐怖を植え付けてしまったからであり、その結果航空機が迫ってくると無意識に全て撃ち落そうとする衝動にかられていたのだ。

 

そのため敵機1機あたりの弾幕密度が薄くなり、命中率も一気に下がってしまったのだ。これでは対空魔光弾の莫大な投射量と高い攻撃力も無意味になってしまう。

ただでさえ摩耶たちが撃つ砲弾と違って直撃させなければ爆発しないのに、命中率を上げるために必要な要素である”連射力”がまるで生かせていなかった。

 

(あの時の私は対空魔光砲をほとんど上手に使えていなかったんだね…)

 

最大の問題は装備ではなく自分の戦い方が下手だった事。そうエクスは判断し、金剛から教わった事を利用して今回の訓練に臨む。

訓練の流れとしては、まず最初に鳳翔が演習機を1機ずつエクスたちの元に送り込む。エクスはこの1機を全火力をもって確実に撃ち落とす。その後、2機、3機と同時に襲来してくる機数を増やしていき、複数の航空機が来ても冷静に優先順位の高い機体から順に撃ち落せるようになる事が、今回の訓練目標になる。

摩耶と鬼怒は自分たちの訓練も兼ねてエクスのサポートにあたる。対空戦闘は味方艦同士の連携も非常に重要なためだ。

 

「…そろそろ来ますよ、2人共」

 

後ろにいる摩耶と鬼怒に声を掛けるエクス。彼女が睨むようにして見ている方向から演習機のものと思われる黒い点が現れた。

 

「あれだな…」

 

「き、緊張するよ~」

 

防空艦を名乗る摩耶と鬼怒にしても、鳳翔は勝てるかどうかも怪しいほどの強者。2人も今までに何度も彼女の航空隊を相手に模擬戦をしてきたが、撃墜判定を与えられたのは両手で数えきれる程度。今回こそはと意気込むと同時に、緊張により冷や汗が流れる。

 

「……」

 

エクスは全ての対空魔光砲を接近してくるたった1機の演習機に向ける。94式高射装置と組み合わせたことで、それらは性能試験時と比べて統率のとれた動きが見てとれた。装置内では妖精たちが接近する航空機の位置とスピードから射撃に必要なデータを求め、各対空魔光砲に伝達する。時限信管の調定に必要な計算がいらない分、機械動力艦よりも情報の伝達は早く済んだ。データを得た各砲の砲手妖精は、それに合わせて旋回角や砲身仰角の調整を行う。

 

やがて演習機は肉眼でもそのシルエットが確認できるほどに接近してくる。

 

「…対空戦闘」

 

調整を終えた対空魔光砲が、高射装置の射撃統制下のもと一斉に砲口を赤く光らせる。

 

「撃ち方……始め!」

 

演習機が射程内に入ったと同時に、エクスの号令で一斉に魔力弾を撃ち出す対空魔光砲。膨大な数の光弾全てが、演習機の予想未来位置の一点に収束するかの如く向かっていく。

 

こちらの動きを読んでいたのか、演習機は機体を傾けて方向転換する。狙うべき敵機を見いだせなかった赤い光弾の群れは、虚しく上空の彼方へと飛び去って行く。

 

だがエクスも負けてなかった。機体を翻した演習機の進行方向から即座に未来位置を計算し直し、再び一斉に対空魔光弾を撃ち出す。今度は回避が間に合わず、演習機はエクスが形成した濃密な弾幕にもろにツッコみ、数発の被弾を許した。

複数の爆発があった後、爆炎の中から機体の色が赤に変わった演習機が飛び出してくる。撃墜判定を受けた演習機は機体を翻し、鎮守府方面へと飛び去って行った。

 

「うおーっ!やるじゃねーか、エクス!」

 

「すごいよエクスさん!鬼怒、あんな真っ赤でパナイ弾幕は初めて見たよ!」

 

「はいっ、ありがとうございます!」

 

褒め称える摩耶と鬼怒に、エクスは笑顔で答える。強者と謳われた鳳翔の艦載機に撃墜判定を与える事ができ、エクスにはたまらなく嬉しい気持ちになる。だが彼女はすぐに冷静な表情に戻る。

 

「…ですが、訓練は始まったばかりです。鳳翔さんの艦載機はまだまだ来るのですから、油断しないでいくつもりです」

 

「あぁ、勿論だ。次はこう上手くはいかせてくれないだろうからな」

 

エクスたちは喜びの気持ちを抑え、再びやって来るであろう鳳翔の艦載機を待ち構えた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「……」

 

秋月はエクスの形成する濃密な弾幕を映像越しに呆然と見つめていた。となりでは清霜がすごいすごいと大はしゃぎしている。

 

(すごい、こんなに凄まじい対空砲火は初めて見ました…)

 

心の中で正直な感想を述べる秋月。彼女は圧倒的とも言える対空戦闘を目撃し、エクスに対する関心をますます強めた。

ふと彼女は、タブレットの画面を見ながらエクスの戦いを分析している金剛たちに視線を向ける。

 

「すごいですね。教えたばかりでここまで高射装置を上手く使えるなんて…」

 

明石が驚いた様子で2人に話しかける。それに対し金剛と鳳翔も彼女に同意する。

 

「そうデスね。エックスは予想以上に優秀デース。これなら予定を繰り上げて難易度を上げても問題ないネー」

 

「では、次は一気に12機ほど向かわせてもよろしいですか?」

 

鳳翔はさらに1機の艦載機を撃ち出してから、金剛に確認をとる。金剛は鳳翔の顔を見てゆっくりと頷く。

 

「イエース、ホーショーさん。よろしくお願いしマース」

 

「分かりました」

 

鳳翔は頷くと、連続で2本の矢を天空へと撃ち出す。矢は1本につき6機ずつ、合計12機の航空機に姿を変えてエクスたちの元へと飛翔する。

 

「さあ、エクスさん。前回と同じ状況ですよ?あの時とは違うという事、私に見せてくださいね?」

 

飛び去っていく艦載機の音をBGMに、鳳翔は視線の先にいるエクスに期待の眼差しを向ける。秋月も息を飲んで彼女と同じ方向を眺めた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「……!?」

 

2機目に撃墜判定を与えたところで、エクスの魔力探知レーダーが12機の演習機を捕捉する。次は2~3機程度しかまとめて来ないと考えていた彼女は、目標が一気に増えたことに驚く。

 

「どうした、エクス?そんなに驚いて」

 

「今度の目標は12機ですよ。いきなり増え過ぎではないでしょうか…?」

 

困惑しながら報告するエクス。だが、報告を受けた摩耶と鬼怒は別段驚いた様子はなく、むしろ若干苦笑いを浮かべていた。

 

「あ~、またか。別に珍しい事でもないんだぜ、エクス」

 

「え?どういう事です?」

 

「鳳翔さんは鬼怒たちが想定外の状況でも対処できるように、こうして突然難易度を上げたりする事があるんだよ」

 

「まぁ、あたしらの場合は訓練の中盤になるまでこういった事はなかったけどな。序盤で難易度を上げてきたのは、それだけ鳳翔さんがエクスに期待しているって事なんだろうぜ?」

 

そう言ってにかっと笑う摩耶。歴戦の空母に自分が期待されている事に、エクスはプレッシャーを受けると同時に嬉しい気持ちになる。

 

「さ~て、次は機数が多いから、あたしらも本格的に参加させてもらおうか。撃ち漏らした機はあたしと鬼怒に任せな!」

 

「防空艦としての鬼怒たちがパナイという事、鳳翔さんに見せてあげましょう!」

 

「はい。お願いします、摩耶さん、鬼怒」

 

そう言ってエクスは演習機が向かって来る方向を見るが、ここで摩耶が彼女に待ったをかける。

 

「おいおい、待てよエクス。お前何であたしにだけそんなに固っ苦しいんだよ?」

 

「はい?」

 

「あたしはこうして呼び捨てとタメ口で接してるんだ。エクスもあたしに対してそうしてくれよ。…同じ艦隊防空を担う”仲間”なんだからよ」

 

「……」

 

しばし目を瞬かせて沈黙するエクスだったが、やがて清霜や第零式魔導艦隊の仲間たちに見せるような笑みを摩耶たちに見せる。

 

「…分かった。改めてよろしくね、摩耶」

 

「おう!任せとけ!」

 

笑顔を向けられた摩耶も、同じように笑顔で返す。

 

「鬼怒も、援護は任せたよ?」

 

「はいっ、了解しました!」

 

鬼怒も両手を振り上げたポーズで満面の笑みを浮かべる。そんな彼女の姿を少しの間微笑ましそうに眺めてから、エクスは再び空へと視線を向ける。先ほどまでなかった12個の黒い点が空に描かれていた。迫りくる飛行機械を睨みつけながら、エクスは対空魔光砲の発射準備に入る。彼女の動きに合わせて、摩耶と鬼怒も自身の高角砲や機銃を演習機に向ける。

 

(相手が誰であっても関係ない…)

 

これから先、対グラ・バルカス戦の時のように何百機もの敵機を相手にする戦いが来る可能性は決して低くはない。現時点での艦娘の数は、深海棲艦のそれよりもずっと少ないのだ。当然、航空戦力も敵側の方が断然多いはずだし、加えて敵側に鳳翔以上の強敵がいないとも限らない。最低でも彼女と渡り合えるくらいに強くならなければ、これから先の深海棲艦との激戦を仲間と共に乗り切ることは出来ないだろう。

 

(あの時のような悲劇はもう繰り返したくない…!)

 

鳳翔、そしてグラ・バルカス航空隊。自分を惨敗させた2つの存在にリベンジするつもりで、エクスは接近する飛行隊を相手にする。やがて12機の演習機がエクスたちの防空迎撃網に進入してきた。

 

「「「対空戦闘、撃ち方始め!!」」」

 

3人は同時に号令を出す。直後、摩耶の12.7cm連装高角砲が、鬼怒に集中配備された25mm3連装機銃が、そしてエクスの対空魔光砲が一斉に火を吹く。撃ち出された赤とオレンジの光弾が多数、鳳翔の飛行隊へと飛翔していく。

 

演習機たちは即座に散開。エクスたちの攻撃を巧みに躱しつつ、こちらの弾幕密度を下げるために波状攻撃を仕掛けてくる。

 

(相手の動きをきちんと観察し、即座に正確な判断を…!)

 

昨日の金剛の教えを思い出しながら、エクスはこちらに迫ってくる敵機へ冷静に対処する。迫りくる敵機の中で最も自分に近い1機に狙いを定め、攻撃を集中させる。

その機はしばらく機体を左右に揺らしてこちらの魔光弾を躱していたが、やがてその濃密な弾幕密度を前に遂に限界を迎えた。

演習機が爆炎に包まれる様子を確認したエクスは、即座にその機のすぐ近くを飛行していた敵機に狙いを変更。高射装置の指示の元、対空魔光砲が一斉に2機目に対し射撃を開始する。統率された対空魔光砲の攻撃を受け、ものの数秒で2機目も被弾し、同じく被弾した1機目と共にその赤い機体を翻して戦場を離脱する。

 

摩耶と鬼怒も負けじと何機か撃墜判定を与えるが、エクスの方が多く敵機を撃ち落していく。

 

(すげぇな…。エクスの奴、あたしらよりたくさん敵機を落としている。それもあの鳳翔さんの艦載機たちを…!)

 

”凄まじい”という表現がふさわしいエクスの対空戦闘に、摩耶は心の中で感嘆の声を上げる。

摩耶たちの対空砲弾と違って時限信管としての性能はない魔力弾。だが対空魔光砲の高い連射力と攻撃力が、その欠点を十二分に補っていたのだ。これと94式高射装置による射撃統制化、そしてエクスが戦い方を変えた事により、対空魔光砲は遂にその真価を発揮させた。

 

(もっと早くこうしていれば、グラ・バルカスとの戦闘も少しは違った結果になったかもしれないのに…)

 

統率された対空射撃の効果を見たエクスは、グラ・バルカス航空隊との戦いを後悔しながらもすぐに戦場へ意識を戻す。当時の自分は現世に何の影響も与えられないただの船魂。今さら悔やんでだところで仕方のないことだった。

 

対空設備の統率化がはかれなかったのも、周辺国の航空戦力が速度の遅いワイバーンしかおらず、今までの装備でも十分対処出来たからだった。自分たちと同レベルの技術力を持つ国が転移してくるなど、そんな非常識な事がエクスたちに想定できるわけがない。

 

過ぎた出来事は変えられない。でも未来は変えられる。故にエクスにできる事は…。

 

(今いる仲間たちを同じ目に遭わせない。…私はそのために空の戦いでも強くなってみせる!!)

 

3人の艦娘が織り成す弾幕を突破した5機の演習機が、彼女たちに模擬弾を投下する。3人は回避行動を取りながら対空射撃を続け、敵機が対空砲の射程外に出るまでにさらに1機撃墜判定を与えた。

 

戦果はエクスが最も多い4機を撃墜。これに摩耶が撃墜した3機と鬼怒が撃墜した1機が加わり、3人合わせて8機の撃墜となる。

数字だけ見れば何と少ない撃墜数だと思うだろう。だが、ただの8機ではない。この8機が化物並の練度を持つと謳われた鳳翔の艦載機たちだと聞けば誰もが驚愕するはずだ。特にエクスは最初の2機も加えれば1人で6機も落とした事になる。

 

「…!!?」

 

だが、喜ぶのはまだ早かった。エクスの魔力探知レーダーが再び鎮守府方面から飛んでくる航空機を捉えたのだ。その数、24機。

 

「…あははっ。鳳翔さんったら、さらに難易度を上げてきたよ」

 

エクスは乾いた笑い声を上げながら、再び演習機の襲来に備える。先ほどよりも倍に増えた航空隊の接近に、エクスは緊張感に包まれる。

 

「あ~?今度は何機だよ、エクス?あたしの電探じゃ正確な機数までは分かんねぇよ」

 

「…24機だよ」

 

「24!?…あっははは!!上等じゃねえか!摩耶様の実力はこんなもんじゃないって事、見せてやるよ!」

 

「き、鬼怒もまだまだいけます!」

 

「…いや、お前本当に大丈夫かよ?足震えてるぞ?」

 

「そ、そんな事ないです!恐れていては、皆の空は守れません!」

 

両手を振り上げたポーズで少しでも強く見せる鬼怒。だが、どう見ても足がガクガクと震えていた。

エクスはその様子を見て思わず吹き出してしまう。

 

「むー!エクスさん、今笑いましたねー!!」

 

「あははっ!ごめんごめん。謝るからそんなに怒らないでよ」

 

「あー!また笑った!」

 

「あっはははは!!」

 

「摩耶さんも笑い過ぎです!!」

 

ぷんぷんと怒ってそっぽを向く鬼怒。いつの間にかエクスの緊張は解れていた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「すごい…」

 

画面越しにエクスたちの対空戦闘を見ていた秋月は、あまりの凄まじさにそれ以上の言葉が思いつかなかった。

 

「本当にすごいよ!!あの鳳翔さんの艦載機をあんなにたくさん落とすなんて!」

 

「そんなにすごい事なのですか、清霜さん?」

 

秋月はとなりで絶賛興奮中の清霜に話しかける。

 

「うん、鳳翔さんの艦載機さんたちはとても練度が高いんだ。だから8機も撃墜判定出した事はとてもすごい事なんだよ」

 

「そうだったんですか…」

 

秋月は鳳翔を見る。彼女は隣にいる金剛と話をしていた。

 

「…装備の恩恵もあるとはいえ、わずか1週間と少しでここまで練度を上げるとは…本当に優秀な子ですね。摩耶さんと鬼怒さんも、前回より動きがだいぶ良くなっていたようで嬉しいです」

 

「私もエックスの成長速度の早さに驚いていマース。これなら十分防空艦として艦隊の空を任せられるネー」

 

「いいえ、まだ十分ではありませんよ?」

 

金剛の言葉を鳳翔は否定する。首をかしげる金剛。

 

「え?なぜですか、鳳翔さん?戦果から見て防空を任せるには十分すぎるくらいですよ?」

 

明石も鳳翔の言っている意味が分からず、きょとんとする。

 

「いくら単独での対空能力が優れていても、一人でできる事には限界があります。ですからそれは摩耶さんたちとうまく連携して対処できるかどうか確認してから判断します」

 

秋月は画面に視線を戻す。そこには先ほど鳳翔から発艦した艦載機24機が、エクスたちに襲いかかろうとする様子が映し出されていた。エクスたちは即座に弾幕を張って迎え撃つ。

 

「艦隊防空もまたチームワークがあってこそ効果を最大限まで発揮できるもの。仲間を守るだけじゃなく、仲間と守り合う事も大切ですよ、エクスさん?」

 

勿論、艦隊旗艦を務めたあなたにはそれが分かりますよね?そう言って鳳翔はエクスがいる方向に笑みを向ける。秋月にはその様子が子の成長を見守る母親のようにも見えた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

先ほどよりもずっと多い演習機が、彼女たちに襲いかかる。

 

「くっ…!さすがに数が多い…!」

 

吐き捨てるように言いながらも、これまで通り1機1機確実に撃墜判定を与えていくエクス。だがさすがに数が多すぎるため、大半の演習機が爆弾投下地点へと近づいてくる。

 

「…!!」

 

撃ち漏らした1機が鬼怒へと迫る。彼女は別の機体の対処に夢中で、背後から近づいてくる敵機に気付いていない。

 

「鬼怒、後ろから来ている!」

 

「え…!?」

 

エクスからの警告で、鬼怒はようやく後ろから来ている敵機に気付いたが、迎撃も回避も間に合いそうにない。

 

エクスは右舷の対空魔光砲をその敵機に向ける。高射装置が割り出したデータをもとに、各砲は敵機の予想位置に弾幕を張る。模擬弾を投下しようとした瞬間、その航空機は対空魔光砲の直撃弾を受けて爆炎に包まれる。

 

「きゃっ……!」

 

鬼怒は腕で顔を隠し、爆風から身を守る。

 

「大丈夫、鬼怒!?」

 

「は、はい。ありがとうございます、エクスさ…」

 

エクスに礼を述べようと彼女に視線を向けた時、鬼怒は彼女の背後から敵機が接近してくるのを確認する。

 

「エクスさん、後ろ!!」

 

咄嗟に叫ぶ鬼怒。それを聞いてエクスは後ろを振り向く。既に1機の演習機が模擬弾を投下しようとしている姿が彼女の瞳に映る。もはや迎撃も回避も不可能だった。

 

「…!?しまっ…!」

 

エクスは目をつむる。だが、いつまで経っても模擬弾が直撃した時の衝撃が襲いかかってくることは無かった。

 

(あれ…?)

 

目を開くと、丁度目の前の爆炎から飛び出してくる赤い航空機の姿を確認した。どうやら先ほど自分に模擬弾を投下しようとした機体らしい。

 

「エクス、大丈夫か!?」

 

横から摩耶が心配そうに近づいてくる。彼女の艤装の高角砲から煙が出ていた。

 

「ありがとう、摩耶!助かったよ」

 

「たくっ、お前も鬼怒も注意力がたらねーぞ?」

 

腕を組んで文句を言う摩耶。そんな彼女に、エクスは突然対空魔光砲を向ける。

 

「…!!?ちょっ、エクス!お前何する気…」

 

突然対空砲を向けられて驚く摩耶。そんな彼女を無視して、エクスは容赦なく魔力弾を撃った。

 

「ひっ…!!」

 

摩耶は情けない声を出して固まる。撃ち出された赤い光弾は彼女を素通りし、後方から接近していた演習機に直撃した。

 

「……」

 

「摩耶こそ注意を怠っちゃだめだよ?」

 

後ろを向いて呆然と突っ立っている摩耶に、エクスは笑顔で話しかける。

 

「…お、驚かすなよ!ビックリしたじゃねえか!!」

 

「ご、ごめん。もう模擬弾を落とそうといていたから…」

 

顔を真っ赤に染めて詰め寄る摩耶に、エクスは謝罪の言葉を述べる。

 

「お2人とも、ケンカしていないで!まだまだいっぱい来ますよ!」

 

「「は、はいっ!」」

 

涙目になって叫ぶ鬼怒に、摩耶とエクスは同時に返事をして気を引き締め直す。

 

「エクス…」

 

「何、摩耶?」

 

弾幕を張りながら、エクスと摩耶の2人は短く言葉を交わす。

 

「…サンキューな」

 

摩耶はそれ以上は何も言わず、戦闘に集中する。エクスも笑みを浮かべてから、迫りくる敵機を相手にしていった。

 

 

 

 

――その後も鳳翔航空隊との模擬戦が繰り返し行われ、エクスたちはのべ100機近くもの演習機を相手に戦った。戦果はエクスが合計20機撃墜で3発被弾、摩耶が13機撃墜で2発被弾、そして鬼怒が11機撃墜で1発被弾という結果になった。特にエクスは1週間と少し前とは比較にならないほどの戦果を上げ、摩耶たちも今までで最も良い戦果を上げることができた事に興奮を隠せなかった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

訓練が終わった時にはすっかり暗くなっていた。月の光に背後を照らされながら、エクスたち3人は埠頭に上がる。

 

「3人とも、お疲れ様でした」

 

「はい、エクスさん、摩耶さん、鬼怒さん。タオルと飲み物だよ!」

 

明石が3人に労いの言葉をかけ、清霜が持っていたタオルとお茶が入った水筒を3人に渡す。エクスたちはお礼を述べてからそれらを受け取る。

 

「エクスさん」

 

横から鳳翔がエクスに声を掛けてくる。

 

「鳳翔さん。今日は本当にありがとうございました」

 

「いいえ、私にとっても今回は良い訓練になりましたよ。3人ともよく頑張りましたね」

 

「「「えへへ…」」」

 

褒められて照れるエクスたち3人。鳳翔は話を続ける。

 

「今回の訓練から、エクスさんには是非防空艦として艦隊の空を守ってほしいと思っているのですが、どうでしょうか?」

 

「え…!?」

 

エクスは目を見開く。

 

「あなたの対空戦は実に見事でしたよ。摩耶さんたちとの連携にも問題はほとんどありませんでしたし、エクスさんには防空艦としての素質が十分にあると私は思っています」

 

これに金剛と明石も同意する。

 

「あの戦いぶりなら十分任せられマース!」

 

「私も賛成です!」

 

「……」

 

呆然とするエクスに、摩耶と鬼怒が称賛の言葉を浴びせてくる。

 

「やったじゃねーか、エクス!お前、鳳翔さんに認めてもらえたんたぜ!」

 

「やったね、エクスさん!これで一緒に戦えるね!」

 

「…どうでしょうか、エクスさん」

 

鳳翔はもう一度尋ねる。歴戦の空母である彼女に認められ、エクスは嬉しさのあまり頬を紅潮させる。

 

「はいっ、やらせてください!」

 

力強く頷くエクスに、鳳翔もまるで子供の成長を喜ぶ母親のような笑顔で返す。

 

そこへ秋月が走って近づいて来た。

 

「あ、あの…!!」

 

「秋月。どうだった今日の訓練は?」

 

「はいっ!とても勉強になりました!ありがとうございます!」

 

そう言って頭を下げる秋月。彼女はがばっと顔を上げ、再び口を開いた。

 

「あの…!私、頑張ります!そしていつか立派な防空艦になって、皆さんと一緒に艦隊の空を守って見せます!」

 

エクス、摩耶、鬼怒の顔を交互に見て、力強く宣言する秋月。エクスは彼女に近づくと、その頭を優しく撫でた。

 

「うん、その時は一緒に頑張ろうね」

 

「はいっ!!」

 

秋月は満面の笑みで返事をする。そんな彼女を摩耶と鬼怒も微笑ましそうに見つめた。

 

「…さて皆さん、そろそろお腹がすいてきたころじゃないでしょうか?」

 

するとここで鳳翔がその場にいる全員に話しかけてきた。彼女の意図が分からず首をかしげる一同。

 

「今日は特別に居酒屋『鳳翔』で私が皆さんに夕食を振る舞いますよ?」

 

この発言に大半の者が一斉に歓喜の声を上げる。

 

「マジかよ!あの居酒屋『鳳翔』の料理が食べれるのか!」

 

「やった!鬼怒、頑張った甲斐があったよ!」

 

「え~と、私たちはただ見学していただけなんですが本当によろしいのでしょうか…?」

 

「勿論ですよ。清霜さんも秋月さんも是非。ただし他の方には内緒ですよ?」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!!ごちそうになります!」

 

「さぁ、エクスさん!早く行こう!」

 

「分かったから引っ張らないでって清霜~!」

 

楽しそうな様子で居酒屋『鳳翔』へと向かうエクスたち一同。満月はそんな彼女たちのためにその優しい光で夜道を照らしてくれていた。

 

 

To be continued...

 






おまけ『山風が横須賀鎮守府に着任しました』


山風「あたし…白露型駆逐艦…、その8番艦…山風……です」

真理恵「よろしくね、山風。私がこの鎮守府の提督の『梶ヶ谷 真理恵』です。今日早速歓迎会を開くから、必ず参加してね?」

山風「別に……いいよ…そういうのは…。あたしの事は…放っておいて…」

真理恵「そんな事言わないでよ~。貴方みたいな子、放っておけるわけないじゃな~い?それに『ぽ犬』ちゃんや『まろ~ん』ちゃんもあなたに会いたがっているんだから」

山風「(ぽ犬…?まろ~ん…?)……まぁ…いいけど」

真理恵「ありがとね。……ところで、山風ちゃん」←山風の肩を掴む

山風「え…。な…何…?」

真理恵「ちょっと私の事…ママかお母さんって呼んでくれないかしら?」

山風「え……て…提督?急に…何?」

真理恵「お願い!一生のお願い!!」

山風「……え…えっと…………お、お母さん…?」

真理恵「ゴハァッ…!!!」←吐血

山風「ふぇっ!?な…何…!?」

真理恵(やばかった…。ママと呼ばれていたら確実に死んでいた…)

山風「あの…提督……大…丈夫…?」

真理恵「ガバッ!!」

山風「……!!?」

真理恵「あ~ん、心配してくれてありがと~う!よしよしよしよし!!」←抱き着いて頭をわしゃわしゃと撫でている

山風「ふぁっ…!!?やっぱり放っておいて…!構わないで~…!!」

真理恵「無理!私はママとしてあなたを守ってあげなきゃいけないの~!!」

山風「い…いや!離して…!!」←なんとか振りほどいて執務室から飛び出した

真理恵「待って~!!もっと頭わしゃわしゃさせて~!!」←浮遊魔法を発動して追いかける

山風「ふぁっ…!?つ、翼が生えた…!?」

真理恵「山風ちゃ~ん!!」←すごいスピードで追いついてくる

山風「だ、だれが~!だずげでがが~!うみがぜ姉~!」←泣きながら必死に逃げる

真理恵「よし、捕まえ……」










ガシッ

真理恵「ガシッ…?」←誰かに腕を掴まれた

???「「何しているのですか、真理恵提督?」」←妙に優しい声

真理恵「……(おそるおそる)」

加賀「(にっこり)」

海風「(にっこり)」

真理恵「…え、加賀…?それに海風ちゃんも何で…」

海風「山風の叫び声が聞こえたので佐世保から飛んできました」

山風「う…うみがぜ姉~!!」

海風「よしよし、もう大丈夫だよ」

加賀「…さて真理恵提督。向こうで少しお話があります」

真理恵「え!?…ちょ、ちょっと待った!その前に煮干しを取りに…」

加賀「黙って来なさい」←襟首掴んで引きずっていく

真理恵「あ、いえその……ごめんなさ~い!!」←手をバタつかせながら廊下の奥へと消えていった。











時雨「あっ、フィジー」

フィジー「どうしたの、しぐしぐ?」

時雨「海風と加賀さんを見かけなかった?今日出撃があるのにいないからって提督が困っているんだよ」

フィジー「それならさっき『助けなければ!』って言って2人してどっか行っちゃたよ?」

時雨「???」


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魚雷①

 

 

「……んっ」

 

外から聞こえる小鳥たちのさえずりで目が覚める。日はまだ完全に昇っていない。

 

「んあ…。朝か……」

 

体をゆっくりと起こしてベッドから降りると、未だ寝惚けたままの状態で窓に近づく。カーテンを開けて外の景色を見ると、東の空から太陽が少しだけ顔を覗かせていた。

 

「ん~……」

 

その太陽のわずかな光を見つめながら、けのびをして完全に自分の体を起こす。

 

対空訓練の翌日。魔導戦艦『エクス』の一日は、今日も朝早くから始まる。だが、今日の彼女はいつもと様子が違った。

 

「……今日はいよいよあの訓練…か……」

 

顔を俯かせ、どこか不安な様子で言葉を発するエクス。

 

「…でもこのままで良いわけがない…何としてでも克服しなきゃ…」

 

そう言ってエクスは顔を上げると、ジャージに着替えて外へと出た。今日も吹雪と一緒にランニングをするためだ。

 

エクスが不安を抱いている本日の訓練。その内容は彼女にとって1週間前のトラウマを思い起こさせるものであった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

それは歓迎会が行われた2日後の事であった。

この日、エクスは講義終了後に金剛からある装備について教えてもらっていた。

 

「…ぎょらい?」

 

エクスは初めて聞く名前に首を傾げる。金剛は彼女を演習場に案内しながら説明を続ける。

 

「そうデース。海中を進んで敵艦を攻撃する兵器の一種デース。その威力はとても大きく、如何に大型艦といえども、何発も喰らえば致命傷になりかねないネー。デスから今後は魚雷の回避訓練もしっかりやってもらいマース」

 

「海中を進む…。そのような兵器、今まで考えた事ありませんでした」

 

「OH、そうデシタか~。…………………え?」

 

エクスが発した信じられない台詞に、金剛は目を見開いて固まる。

 

「…?どうしました、金剛さん?」

 

急にこちらを見て固まっている彼女に、エクスは何事かと尋ねる。

 

「……え、エックス。ひとつ聞いても良いデスか?」

 

「?はい、どうぞ」

 

「エックスは”魚雷”という兵器を知っていマスか…?」

 

おそるおそる尋ねる金剛。エクスは彼女の質問の意図が理解できぬまま首を振る。

 

「いえ、全く知らなかったです。さっき金剛さんから聞かされて初めて知りました」

 

瞬間、口をあんぐりと開ける金剛。

 

「え?え?…ど、どうしたのですか、金剛さん?」

 

なぜ金剛がそのような反応をするのか全く分からず、エクスは次第に焦り始める。もしかしたら自分は何かいけない事を口走ってしまったのではないかと。

自分の先ほどまでの言動の中からその原因を探し出そうとするエクス。そんな彼女の両肩を金剛はガシッと両手で掴む。

 

「え?ちょ…、金剛さん!?」

 

「で、ではエックス!YOUの国には魚雷がないのデスか!?」

 

「え!?…は、はい!ないです!」

 

「では”水雷戦隊”は知っているデース!?」

 

「い、いえ…その”すいらいせんたい”とはどういったものでしょうか…?」

 

「YOUの国の潜水艦は魚雷もなしに一体どうやって戦うデース!?」

 

「”せんすいかん”というものも我が国にはないです…」

 

「では爆雷は…!?」

 

「…それも今初めて聞きました」

 

金剛はそこまで聞くとエクスの肩から手を離し、大きくため息をつく。エクスは何が何だかさっぱり分からず、ただじっと彼女を見つめる事しかできなかった。

 

「……これは一から教える事が山ほどあるネー」

 

「???」

 

「兎に角演習場に行くネー。そこに行けば”魚雷”がどんなものか、どうやって使うのか分かりマスから」

 

そう言ってエクスの手を引っ張って先を急ぐ金剛。エクスは彼女にされるがまま演習場へと向かって行った。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「…ではエックスの国の駆逐艦たちはどうやって戦艦と戦うのデスか?」

 

演習場に着いてから訓練が開始されるまでの間、金剛はエクスと先ほどの事について話をしていた。

 

「小型艦が戦艦と戦うなんてほぼ無謀ですよ。装甲が薄い上に、小口径砲しか搭載されてないのですから…」

 

エクスも逆に質問を行い、ようやく彼女の言っている内容が理解できた。

この世界の”駆逐艦”と呼ばれている軍艦は、自分たちの国の小型艦に相当する艦種である事。最初は駆逐艦の事を単なるこの世界での小型艦の別の呼び方だと思っていたがそうではなく、ちゃんと名前の由来があった。さきほど話した”魚雷”と言う兵器を搭載し、大型艦に肉薄して攻撃を行う水雷艇。その水雷艇を”駆逐”するために建造されたのが、駆逐艦の始まりである。

 

(”駆逐”するための軍艦だから”駆逐艦”…。なるほど、この世界の小型艦の艦娘が駆逐艦を名乗る理由がやっと分かった)

 

やがて駆逐艦が水雷戦も行うようになると、”水雷艇”という艦種自体が駆逐艦によって”駆逐”されたという。話を聞いていると、今更ながらなぜ自分たちの世界でこのような軍艦や兵器が登場しなかったのか不思議に思えてきた。

 

「…魚雷が発明されなかったのはなぜなんでしょうネ?」

 

金剛もエクスと同じ疑問を抱く。

 

「おそらく、周辺国海軍の主力が帆船ばかりだったからではないでしょうか…?わざわざ海中を進んで攻撃する意味が、私の祖国にはなかったと思います。相手が帆船なら、小型艦の小口径砲でも十分倒せますし」

 

エクスは自分の推測を金剛に伝える。

実際には彼女の祖国、神聖ミリシアル帝国が古の魔法帝国の遺跡から魔導魚雷に関する内容を解析できなかったためなのだが、それ以前に技術習得を古代文明の解析に依存し、自国の基礎技術を持っていなかった事が一番の原因ではないだろうか…。

 

「エックスの世界は文明格差が随分大きいデスね。こちらの世界で考えると半世紀以上も技術格差がある事になるデース」

 

「私の祖国は古の…古代の超文明国家の遺跡を解析できるという点で他国よりずっと有利だっただけです。だからいつの間にか格差が大きく広がってしまったのでしょうね」

 

「そうデシタか…」

 

ここで他の子より一足先に準備を終えて2人の会話を聞いていた不知火が話しかけてくる。

 

「…それにしてもエクスさんの祖国の駆逐艦は不憫ですね。戦艦や空母にも大打撃を与えうる”これ”を持っていないなんて…」

 

そう言って61cm酸素魚雷を装填した4連装発射管を撫でる不知火。エクスは頬をぽりぽりと掻く仕草をする。

 

「まぁ、味方にしか戦艦も空母もなかったし…小型艦にそこまでの戦闘力が求められる機会もなかったから」

 

仮想敵国のムーと衝突があったら、もしかしたらそうなってたかも。そう考えながら、エクスは第零式魔導艦隊に所属していた小型艦8人の事を想う。

 

(あの子たちが魚雷の事を知ったら、きっと皆大喜びするだろうな…。特にフィジーなんか大はしゃぎしそう…)

 

大艦巨砲主義が主流の神聖ミリシアル帝国では、彼女たちのような小口径砲しか搭載できない小型艦は軽視されがちだった。それは最新鋭艦が集まる第零式魔導艦隊でも例外ではない。しかしこの魚雷と言う兵器が存在していれば、彼女たちの扱いもまだマシになっていたのかもしれない。

 

勿論、エクスたち船魂にはそういった人間の事情など関係ない。艦種など一切関係なく楽しく過ごした仲間との日々が、エクスの頭の中で次々と浮かび上がってくる。

 

「…エックス、泣かないでください」

 

「…エクスさん。どうぞ使ってください」

 

どうやらいつの間にか涙を流していたらしい。金剛はエクスの頭を優しく撫で、不知火がポッケから取り出したハンカチを渡す。

 

「…ありがとう」

 

エクスは礼を述べてハンカチを受け取る。

 

「皆さーん、そろそろ訓練を始めますよー!」

 

阿武隈が訓練に参加する駆逐艦娘全員に聞こえるように大声で叫ぶ。

 

「…そろそろ時間ですね」

 

それを聞いて立ち上がる不知火。金剛とエクスは彼女を見る。

 

「では、エクスさん、金剛さん。私はこれで」

 

「頑張るデース!」

 

「ハンカチ、ありがとう」

 

コクリと頷くと、不知火は阿武隈達の元へと歩き出した。

 

「うわっ…!?」

 

「「!!?」」

 

だか、数歩歩いたところで何かに足を引っかけたのだろうか。不知火は地面に思いっきり倒れてしまった。

 

「「「不知火(ぬいぬい)(ヌーイ)!!」」」

 

慌てて不知火の元に掛け寄るエクスと金剛。そこに彼女の姉である陽炎もやって来る。

 

「大丈夫か、不知火!?」

 

「だ、大丈夫です…。不知火に落ち度などありません…」

 

(何もそんなに強がらなくても…)

 

顔が地面にあたったらしく、不知火の鼻は赤くなっていた。

 

「いや、どう見ても落ち度しかないじゃん」

 

精一杯の強がりをしていた不知火に対し、陽炎は容赦なくツッコミを入れる。不知火は涙目のまま戦艦と同じと言わしめた鋭い眼光を彼女に向ける。

 

「陽炎…。”ぬいぬい”と呼ぶなとあれほど…」

 

「はいはい、それだけ睨む元気があるなら大丈夫そうね」

 

大半の者が見れば震えあがるはずの不知火の眼光を見ても何とも思わず、陽炎はポッケから絆創膏を取り出すと彼女の鼻に貼り付けた。治療を終えて陽炎はゆっくりと立ち上がる。

 

「よし、これで大丈夫でしょ。…訓練は出れそう?」

 

「…この程度で休むわけないでしょ?」

 

「そう言うと思った」

 

陽炎はにかっと笑うと、不知火の手を引いて立ち上がらせる。

 

「じゃあ、エクスさん、金剛さん!また後で!」

 

「あぁ」

 

演習へと向かう陽炎姉妹を、エクスは手を振って見送る。

 

「…仲の良い姉妹ですね」

 

「そうデスね。ヌーイもああ見えてカゲーと一緒にいるのが嬉しいのデース」

 

エクスの言葉に同意を示す金剛。エクスにはなぜか、陽炎姉妹が自分とカリバーの姿と重なって見えたような気がした。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「では、始めますよー!」

 

阿武隈の号令で始まった訓練。今回は彼女を旗艦に、『陽炎』、『不知火』、『深雪』、『初雪』、『江風』の6人からなる水雷戦隊が、龍驤飛行隊による雷撃を回避しながら迎撃を行う事になっている。

 

(軽巡…つまり私の国で言う魔砲船を旗艦に数隻の駆逐艦から構成されていて、主に敵艦隊に肉薄し魚雷を撃ち込む戦法で相手を倒す部隊……それが水雷戦隊)

 

エクスは金剛からあらかじめ教えてもらった事を思い出しながら、魚雷と言う兵器がどのように使われるのか興味を抱いて訓練を見ていた。

 

やがて水平線の向こうから低空飛行する飛行機械が出現した。エクスはそれを見て違和感を抱く。

 

(……あれ?低空で飛行する航空機?…前に似たような状況があったような…)

 

自分の記憶に似たようなものがあった気がしたエクス。そういえば魚雷の説明を受けた時も、その中に違和感を抱く要素があった。

 

(…海中を進む兵器…。たしか私、そのような兵器を昔見たことがある気がする…)

 

頭に手を当てて考える彼女をよそに、雷撃機は水雷戦隊へと接近していく。それを見ていると、なぜか次第に頭が痛くなってきた。

 

「どうしマシタか、エックス?何か考えているのデスか?」

 

金剛が心配そうにエクスに声を掛ける。さらに痛みが増してきた。

 

「あ、金剛さん。…いえ、何でもないです」

 

「本当デスか?頭を押さえていたので具合でも悪いのかと思いマシタが…」

 

「ちょっと考え事をしていただけです。心配かけてすいませんでした。もう大丈夫ですから」

 

「そうデスか?具合が悪くなったらすぐに言うデース」

 

「はいっ、ありがとうございます…」

 

エクスは心配させまいと無理やり笑みを浮かべてから演習場に視線を戻した。

 

「…………………!?」

 

直後、エクスの笑顔が凍りついた。彼女の目にはちょうどぶら下げた魚雷を投下する雷撃機の姿が映っていた。その投下された”魚雷”という兵器は…細長く、そして彼女の知る爆弾よりずっと大きかった。

 

(低空……海中……)

 

エクスの脳裏に浮かぶのはグラ・バルカス航空隊との戦闘。低空から進入してきたそれらが、自分たち目掛けて”海中を進む兵器”を投下するシーンが鮮明に思い出された。

 

「あ……あぁ……」

 

そしてエクスの視線は、雷撃機が魚雷を投下したポイントに向けられる。海中から水雷戦隊に向けてのびるいくつもの航跡を見た瞬間、彼女は自分や仲間がどうやって沈んだのかを思い出す。

 

「あ……う…………」

 

エクスは冷や汗をかきながら雷跡を見詰め続ける。自分たちを沈めた兵器が、こちらに向かって来ているような錯覚に襲われていた。息が荒くなり、手も震えて始める。

 

「エックス…?」

 

どんどん顔色が悪くなっている事に気付いた金剛がエクスに話しかける。だが恐怖に苛まれていたエクスの頭にまで、彼女の声が届くことは無かった。

 

海中を進んだ魚雷が水雷戦隊に到達した時、彼女の精神は遂に限界を迎えた。

 

「う…うぷ…………うおぇぇぇぇぇーっ!!!」

 

「!!?エックス…!?」

 

おそらく自分たちの船体に魚雷が突き刺さる瞬間を思い出したのだろう。謎の攻撃に対する恐怖が最高潮に達したエクスは、朝食べた物を消化液と共に一気に吐き出していった。

 

「エックス!エックス!しっかりするネー!!」

 

エクスが突然嘔吐したことに驚いた金剛は、必死に彼女の名前を叫ぶ。それを聞いた他の艦娘も何事かとこちらへ駆け寄ってくる。

 

腹の中の物をすべて出し終えた後、今度は意識が朦朧とし始める。彼女の精神が、無意識にこの恐怖から逃れようとしていたのだ。

 

(…あぁ、そうか…)

 

エクスはうつぶせになって地面に倒れる。金剛たちが必死に声を掛けるが、それも次第に聞こえなくなっていく。

 

(私たち……”魚雷”で沈んだんだ………)

 

自分たち第零式魔導艦隊を襲った謎の攻撃の正体が理解できたところで、エクスの意識は完全に途切れた。

 

 

To be continued...



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魚雷②

 

 

「今日はいよいよエクスちゃんの雷撃回避訓練が行われる日ね…。あんな事があった後だから心配だわ」

 

話はエクスが魚雷を見て倒れた日から1週間後に戻る。鎮守府の執務室では、一通り書類作業を終えて休憩中の真理恵が窓の外の景色を眺めながらコーヒーを啜っていた。

 

「…それにしてもあの子の世界には魚雷が存在してないなんて。たしかに自国以外が帆船なら魚雷がなくても問題ないのでしょうけど…、魚雷が普遍的に存在する世界で暮らす私からすれば未だに信じられないわね」

 

真理恵は自分の机に置いてある袋から煮干しを取出し、ぽいっと口に入れて咀嚼する。

 

「う~ん、うまい!」

 

煮干しの旨味が口いっぱいに広がり、真理恵は幸せそうな笑顔を浮かべ、艦娘でもないのにキラ付け状態になる。

 

(煮干しをコーヒーのお供にする奴なんて…この世界でもきっとコイツしかいないでしょうね…)

 

幸せそうな真理恵の様子を眺めながら、彼女と共に休憩している霞はそう思った。

 

「…でもエクスはその魚雷で沈んだんでしょ?何であんたは魚雷がないなんて言うのよ?」

 

ここで霞が真理恵の言葉の矛盾点を指摘する。

 

「エクスちゃんから聞いたんだけど…、あの子を沈めた艦隊の所属する国家は今まで存在が確認されていなくて、ほんの2年くらい前から突然現れては周辺国を次々と侵略していったんですって」

 

「突然現れた?魚雷を保有するほどの技術力を持った国なんでしょ?そんな国が近くにいながら気付かなかったなんて変じゃない?」

 

霞の疑問は尤もだ。高度な文明を築いている国家同士が近くにいながら、その存在に今まで気付けなかったのはどう考えてもおかしい。ましてや神聖ミリシアル帝国が把握している世界の範囲内でそのような国家が存在していたなら、両国はとっくの昔に国交を結んでいたはずだ。

 

「それについてなんだけど…。もしかしたらその国は転移国家じゃないかしら?」

 

「…はぁ?」

 

霞は真理恵が何を言っているのか分からず、疑問の声を発する。

 

「思い出してカスミン。エクスちゃんがどうやってこの鎮守府にやって来たと思う?」

 

「…あんたが魔法を失敗したせいで異世界から召喚されちゃったんでしょ?」

 

「そうよ。そしてこの召喚…厳密には転移の一種なんだけど、…別世界からまた別の世界へ転移出来るのは、実は個人や物だけに限らないのよ」

 

「…つまりどういう事よ?」

 

霞は腕を組んでさらに説明を求める。

 

「時には国家だって何らかの原因で別世界へ飛ばされるようなこともあるって事」

 

ぽかんと口を開ける霞。

 

「何よそれ…?国ごと?あたしにはとても現実味のない話だわ」

 

「まぁ、そう思うよね。魔法をほとんど知らないこの世界の人にとっては転移そのものが胡散臭い話よね」

 

真理恵は自分の椅子に腰を下ろし、一度コーヒーを啜ってから再び口を開く。

 

「…でも私たちのように魔法をよく知る人にとっては、理論上は国家そのものの転移や召喚も可能だという事が分かっているのよ。…まぁ普通の場合、人為的には魔力が足りなくて不可能だけど、事故という形ならありえるわ」

 

「…要するにその国が別世界から来たというなら説明がつくって言いたいのね、あんたは?」

 

「そう言う事。断言は出来ないけどね」

 

真理恵は煮干しを口に放り込むと、視線を窓の外に向けた。

 

(…しかし、もしその国が本当に転移国家だとしたら……”元祖国”以外における国家転移の初めての実例になるわ)

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 正面海域

 

 

午後。遂に雷撃機を相手にする対空訓練の時間がやって来た。

 

「……」

 

海のど真ん中でただ一人立ち、模擬魚雷を搭載した演習機の来襲に備えるエクス。その表情は不安と緊張で一杯だった。

 

(大丈夫…、この日のために魚雷の事をたくさん学んだ…。落ち着いてやれば…必ず出来る)

 

少しでも不安を減らそうと、エクスは心の中で何度も自分に言い聞かせる。しかし、頭の中を自分が沈んだシーンが何度も流れ、彼女の意思とは裏腹に不安は一層大きくなっていく。冷や汗が彼女の頬を伝い、足の震えも大きくなる。

 

(お願い、落ち着いて…。お願い…)

 

言う事を聞かない自分の身体が、エクスに苛立ちを募らせると同時にさらに不安にさせる。

丁度そこへ通信が入った。

 

『こちら、龍驤や。こっちの準備は終わったで。…そっちもええか、エクス』

 

相手は龍驤だった。彼女の声は此方を心配している様だった。

 

『…ええか、エクス。魚雷は真っ直ぐにしか進まんし、そのスピードも砲弾や爆弾と比べれば亀みたいなもんや。進路の予測は容易や。せやから今まで通り冷静に対処すればええんやで』

 

「…うん、分かった。ありがとう…」

 

エクスは不安の混ざった声で龍驤に礼を言う。通信が切れ、彼女は演習機がやって来る東の空を見る。

 

(…そう、冷静にしていれば大丈夫。グラ・バルカス機から雷撃を受けたのは、魚雷そのものについて全く知識がなかったから。だから気付いた時には手遅れだった。でも今はちゃんと魚雷に関する知識を持っているし、対処法も金剛さんたちから教わった。…あの時とは違うんだ。だから大丈夫…)

 

今は先週みたいに魚雷を見て倒れる事はなくなった。だが、それでも魚雷に対する恐怖がなくなったわけではない。流れ出る汗を拭い、エクスは対空魔光砲を旋回させた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「……エックス」

 

エクスから東へ15kmほど離れた海域で、彼女を心配する金剛。

その隣で龍驤が、空中浮遊する飛行甲板の巻物を展開させ、形代(かたしろ)を空へと飛ばしていた。それらは飛行中に光に包まれ、黄色い機体が特徴の演習機に姿を変える。その数12機、唸るような轟音と共に飛び去っていく。

 

「…ホンマにええんか?もう少し他の子の訓練を見せて慣れさせた方がええんやないか?」

 

全機発艦を終えた後、龍驤が金剛に話し掛ける。

 

「エックスからの強い希望デース…。私も今日の訓練はもう少し様子を見てからって言ったのデスが、予定通りに行って欲しいと言われマシタ…」

 

あの日、倒れたエクスは医務室へと運ばれた。そこで目を覚ました彼女は、傍でずっと見守っていた金剛と清霜に自分が沈んだ時の状況を説明した。彼女の世界に魚雷は存在しないと聞いていた金剛は困惑した。金剛はすぐさま詳しい説明を求めたが、彼女も自分を攻撃した国家についてはよく分からないとの事だった。

 

その後、予定通り翌日から彼女に魚雷について教える事になった。講義はこれと言って問題なく進める事ができたが、魚雷を使用する訓練を見学した時、彼女はその度に体を震えてさせていた。

 

「…それでもエックスは雷跡から目を逸らさなかったデース。みんなの足手まといになるのは嫌だからと、無理やりトラウマを克服しようとしているみたいデース…」

 

「無茶やな…。怖がる自分を強引に押さえつけて乗り越えられるほど、トラウマと言うもんは簡単やないで」

 

「…その通りデース。だから何か良い方法を考えなくてはなりまセーン。このままではエックスの心は余計に傷が深くなるだけデース…」

 

金剛たちもエクスの気持ちはよく分かる。自分達だって当時は無力だったのだから。だが、自分を傷つけてまで無理に強くなろうとしても、身体や心に負担をかけるだけで意味がない。

 

「とりあえず今回は様子見も兼ねて訓練を行うけど、…あまりにも症状が悪化しそうやったら、無理やりでも止めさせた方がええで?」

 

「…無論デース」

 

頷く金剛。次第に見えなくなっていく演習機を見ながら、彼女はエクスのために何が出来るか考えるのだった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「き……来た…」

 

低空より現れた黒い点。魔力探知レーダーでも同様にその影を捉えた。エクスはそれを見て震えた声を上げる。

 

「大丈夫…、出来る…。落ち着いてやれば、…必ず出来る」

 

エクスは何度も自分に話し掛け、心の中で増大する恐怖を押さえる。やがて黒い点は飛行機械の形になり、腹に抱えた模擬魚雷もはっきりと見える様になった。

 

「うぅっ……」

 

演習機にぶら下がるそれを見て、エクスは少し後ずさる。彼女の脳裏には、自分達に魚雷を喰らわせんと迫るリデル級艦攻の姿が浮かび上がる。

 

「はぁ…はぁ…。…た、対空魔光砲……魔力充填…。属性…比率……爆…16…」

 

息を荒くしながらも、艤装の対空魔光砲に魔力を込め始める。様々な種類の魔法が付与された対空魔光砲は、砲口を赤く光らせて迫りくる目標を指向する。

しかし、砲手妖精も魚雷に対するトラウマを抱えている為か、94式高射装置の統制下でも追尾が覚束なかった。

 

「う、撃ち方始め…!」

 

まるで恐怖に押されたかの如く、エクスは演習機に向かって対空攻撃を始めた。膨大な数の赤い光弾が、接近する目標を滅するために飛翔する。

 

演習機は即座に回避行動をとり、魔力弾の群れを余裕で躱していく。龍驤もまた歴戦の空母。彼女の飛行隊も鳳翔のそれに全く引けを取らない。恐怖のあまり統制が取れなくなったしまった対空砲火など、彼女の飛行隊にとっては脅威でも何でもなかった。

 

「そ、そんな…!昨日はあんなに落とせたのに、なぜ当たらないの…!?」

 

恐怖で自分の攻撃が当たらない原因に気付かないエクスは、魚雷を投下されまいとひたすら魔力弾を撃ち続ける。だが、いくら攻撃しても当たらず、それがより焦りを強くさせる。

 

「嫌だ…!来ないで!来ないでよ…!!」

 

この時点で彼女は冷静さをほとんど失い、恐慌状態に陥っていた。対空魔光砲は高射装置の統制から完全に離れ、各々が無秩序に魔力弾を撃ち続ける状態になってしまった。高射装置の妖精たちも、統制が効かなくなった砲手妖精を落ち着かせる事で手一杯だった。

 

エクスと彼女の仲間を沈めた未知なる兵器。それを搭載した飛行機械は、12機全機が無事に攻撃可能圏内へと進入を果たす。

 

そして遂に魚雷が海へと投下された。攻撃を終えた編隊は機体を翻し、対空魔光砲の射程外へと迅速に離脱していった。

 

「あ……」

 

1機も撃墜判定を与える事が出来ず、飛び去る演習機を呆然と眺めるエクス。だが、彼女のすぐ近くまでトラウマが迫って来ていた。

 

「!?…あ……あぁ…」

 

空から海に視線を移すと、エクスは自分に迫る12の航跡を確認する。不安、恐怖、焦り……、様々な負の感情が、彼女の心を埋め尽くしていく。酸素魚雷とは異なり、演習用の魚雷は回避を容易にするため航跡がはっきり見える仕様になっている。それが皮肉にも彼女をより追い詰める原因となった。

 

「か、躱さなきゃ…」

 

兎に角、この場に留まっていたら確実に被弾してしまう。そう判断したエクスは魔導機関の出力を上げようとした。

 

「あ…あれっ?」

 

だがその時、自分の足から次第に力が抜けていき、遂には立つことが出来ずその場に座り込んでしまった。

 

「ど…どうしたの?何で足に力が入らないの…!?お願い!立って…!立ってよ…!!」

 

座った体勢では回避はおろか、まともに動くこともままならない。エクスは立ち上がろうと足に力を入れるが、まるで穴の開いた風船に空気を入れている様だった。

 

『エックス!どうしマシタか!?』

 

上空を飛ぶ航空機のカメラがエクスの様子を撮影する。それをタブレットの画面越しに見た金剛が、様子がおかしい彼女を心配して無線で叫ぶ。

 

「……こ、金剛さん。あ、足に力が入りません…」

 

エクスは力なく言葉を紡ぐ。魚雷は彼女のすぐ近くまで迫っていた。当時の情景が重なる。

 

「ひいっ…!!」

 

この後起こる現象を想像し、エクスは悲鳴を上げて身構える。

 

その数秒後、模擬魚雷がエクスに直撃、巨大な水柱が彼女を包み込んだ。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 正面埠頭

 

 

「…エックス。落ち着きまシタか?」

 

訓練終了後、金剛は座り込んだエクスの側に寄り添い、彼女に温かい紅茶が入った魔法瓶を渡す。

 

「…はい」

 

エクスは力なく頷くと、金剛から魔法瓶を受け取って中の紅茶を少しずつ飲む。

 

「まだ訓練は始まったばかりデース。少しずつ克服していけば良いネ」

 

金剛が優しく語りかける。傍で立っていた龍驤も、エクスに優しい笑みを見せる。

 

「今日はとりあえず寮でゆっくり休んどき?その状態で無理して続けても同じ結果になるだけやから、続きはまた明日にするで?」

 

「…うん」

 

本心ではまだ訓練を続けたい。少しでも早く強くなって仲間を守りたいエクスにとって、このような結果では納得など出来なかった。だが、真剣にこちらを心配してくれている2人に強くは言えず、彼女は大人しく引き下がるしかなかった。

 

同時にエクスは自分に対して腹を立てていた。今日の訓練は終了と聞いて、魚雷から逃げる事が出来て安堵する自分がいたからだ。

 

(何で安心しているのよ私…!逃げてどうにかなる訳ないでしょ…!!)

 

そんな自分をエクスは内心で罵る。

 

「エックス、どうしたのデース?具合でも悪いのデスか?」

 

エクスが歯を食いしばっている様子を見て、金剛が心配して話し掛ける。彼女はハッとして首を振る。

 

「…いえ、何でもありません。大丈夫です」

 

これ以上心配を掛けまいと笑みを向けるエクス。その後、彼女は金剛に連れられて艦娘寮へ帰り、今日の反省点を踏まえて明日の訓練に臨む事にした。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 艦娘寮 エクスの自室

 

 

その夜――――金剛との明日の打ち合わせと夕食を終えたエクスは、自室のベッドに腰を下ろしていた。

 

「……はぁ…」

 

本日の訓練を思い出し、深いため息をつく。

 

「…本当に克服できるのかな…?」

 

エクスの魚雷に対するトラウマは、彼女が思っている以上に深刻だった。これを克服するには何か大きい切っ掛け、または長い時間が必要だろう。…いや、今は乗り越えられるかどうかすら怪しく思えてしまう。

 

エクスにとってそれは我慢ならない事だった。自分が訓練している間も、仲間たちは前線で戦っている。彼女たちの実力は十分に理解しているつもりだ。だがそれでも、…もしかしたら誰かが沈むかもしれない…。そう思うと居てもたってもいられなかった。

 

1秒でも早く仲間たちと共に戦い、そして守ってあげられる存在になりたい。エクスはそう決めてからというもの、厳しい訓練に全力で取り組んできた。その結果、彼女はわずか1週間で金剛たちの予想以上に練度を上げることが出来た。もはや執念と言っても良い彼女の努力の賜物であった。

 

しかし、トラウマに起因する恐怖はその執念を大きく上回っていた。エクスはトラウマをある程度克服した後も、しばらくはその執念とトラウマの板挟みで苦しむ事になる。

 

「はぁ~…」

 

エクスは再度ため息をつき、自分の膝に顔をうずめる。するとそこへ3人(?)の妖精がベッドを上り、彼女の元へと近づいてきた。

 

「…ん?」

 

自分のすぐ傍まで来た妖精の存在に気付き、エクスはゆっくりと顔を上げる。見るとその妖精たちは彼女の艤装にいた子たちだった。

 

「…どうしたの、みんな?」

 

エクスは手をベッドに下ろし、妖精たちに乗る様に促す。彼女たちが手の平に乗ってから、自分の顔へ近づける。

 

「もしかして、心配して来てくれたの?」

 

エクスが尋ねると、妖精たちはぴょんぴょんと飛び跳ねて答える。エクスにはその動作が「イエス」を表していると理解できた。

 

「…ありがとね」

 

そんな妖精たちに、エクスは微笑んで答える。少しだけ元気になれた気がする。

 

「…ん?」

 

ふとここでエクスは、妖精たちに違和感を感じた。彼女たちの服装に視線を向ける。それはエクスにとって見覚えのある物だった。

 

「ところで、みんな。何で私の乗組員と同じ格好をしているの?」

 

妖精たちに尋ねてみる。すると3人(?)の妖精のうちの1人(?)が、身振り手振りで説明を始めた。しばらくそれを見ていたエクスは驚きの表情を浮かべる。

 

「…乗組員の魂?それがあなたたちの正体なの?」

 

妖精たちはコクコクと頷き、さらに詳しい説明を続ける。

自分たち妖精は、軍艦と共に沈んだ乗組員たちの魂を元にして生まれた存在だと言う。一般的に艤装に宿った存在だと言われるのは、彼女たちが乗組員だった頃の記憶がある故、艤装の装備を扱う事が出来たためだ。ただし、あくまでも魂を元にした存在であって、乗組員が妖精として生まれ変わったわけでは無いらしい。

 

「…そうなんだ。じゃあ、あなたは私に乗艦していた司令官?」

 

エクスは横1列に並んだ妖精たちの、一番右にいる妖精に尋ねる。その妖精は自分の元司令官であるアルテマと同じ軍服を纏っていた。質問を受けたその妖精はコクコクと頷く。

 

「じゃあ、あなたは艦長…?」

 

今度は左端にいる、艦長インフィールと同じ軍服を着た妖精に尋ねる。彼女も先ほどの妖精と同様の動作で「イエス」と答えた。

 

「じゃあ……!」

 

最後に3人(?)の中央に立つ、元は下っ端海兵と思われる妖精に視線を向ける。するとエクスはその格好を見て固まる。その妖精をしばらくの間じーっと眺め、彼女は自分の記憶に間違いがない事を確認した。

 

その妖精の服の左胸には、オレンジの菱形のバッジが付いていた。

 

「…あなた、…あの時魚雷の接近を報告した監視員なの?」

 

エクスの問いに、その妖精はコクンと頷く。

あの時――――グラ・バルカス航空隊襲撃時、エクスは終盤でリデル級艦攻の雷撃を受けた。その少し前に海中を進む魚雷の接近に気付き、司令や艦長たちに報告した見張り員がいた。この妖精は、その見張り員ケイトの魂を元に生まれた存在だった。

 

「そうだったんだ。…あなたも私と一緒に沈んじゃったんだね…」

 

エクスがそう言うと、3人(?)とも一様に暗い表情になる。

 

「…どうしたの3人とも?そんなに暗い顔をして」

 

急に落ち込んだ様子の妖精たちを見て、エクスは心配そうに尋ねる。再び身振り手振りで何かを彼女に伝える妖精たち。

 

「…”あの時は気付いてあげられなくてごめんなさい”……って」

 

妖精たちが伝えた事、……それは謝罪だった。彼女たちはエクスがいち早く魚雷の接近に気付き、必死にその事を伝えようとしていた事を知り、非常に申し訳ない気持ちで一杯だった。

 

そんな妖精たち元気付けようと、明るい笑顔を彼女たちに向けるエクス。

 

「気にしないで。あの時の私は無力な船魂…。仕方のない事だったんだから、みんなのせいじゃないよ」

 

それでも暗い表情のまま俯く妖精たち。エクスは彼女たちの頭を人差し指で1人ずつ撫でてあげた。

 

「…過去は変えられない。でも、未来は変えられる。…どうしても納得出来ないと言うなら、次こそは失敗しないようにすれば良いんだよ?前は兎も角、今はこうして話す事も見る事も、…そして触れる事も出来るのだから」

 

妖精たちは顔を上げ、じっと自分たちの艦の顔を見つめる。

 

「また同じような危険が私に迫って来たら、その時は教えてくれるかな?」

 

「「「!!」」」

 

エクスの言葉に妖精たちは表情を明るくすると、すばやく整列し直して彼女に敬礼する。

 

「うん、お願いね。みんな」

 

その様子をエクスは微笑ましそうに眺めながら、彼女も妖精たちと同様に敬礼した。

 

その後、すぐに消灯時間になったため、妖精たちはエクスの元で一夜を明かす事になる。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

明日も今日と同じ条件で訓練に挑む。

決して簡単には乗り越えられない壁に当たってしまったエクス。だが、当然ながら彼女には”あきらめ”と言う選択肢など始めからない。

 

(トラウマだろうと関係ない。明日は必ず乗り越えてみせる…!)

 

そう心に誓ってから、エクスは眠りに就くのだった。

 

 

To be continued...

 



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魚雷③

 

 

横須賀鎮守府 正面海域

 

 

訓練2日目。本日も昨日と同じ条件で訓練を行なわれる。

 

(大丈夫…、今度こそ)

 

昨日ほどではなかったが、未だにエクスの中では恐怖と不安が渦巻いていた。

エクスは自分を落ち着かせながら、雷撃機の襲来に備える。

 

『エクス、こっちは準備完了や。そっちはどうや?』

 

龍驤から通信が入る。エクスは彼女に尋ねられて少ししてから返事をする。

 

「…うん、大丈夫。何時でもいいよ」

 

『…分かった。始めるで』

 

通信が切れた。直後、艤装から妖精たちが出て来てエクスの前に整列する。その様子をエクスは微笑ましそうに眺めながら口を開く。

 

「みんな、落ち着いてやれば必ず出来る。今日こそトラウマを乗り越えてみせよう」

 

一斉に敬礼して艤装内に戻っていく妖精たち。エクスは気合いを入れ直してから対空魔光砲の準備を始めた。

それが終えて1分もしない内に、艤装の魔力探知レーダーが龍驤より発艦する演習機を捉えた。その数12機。

 

「来た…!」

 

探知してから間を置かずに、水平線に黒点が出現した。それを見てエクスはごくりと息を飲む。

 

「大丈夫…、必ず出来る。…必ず乗り越えてみせる」

 

エクスは恐怖を押し殺し、自分に向かって接近してくる黒点を睨みつける。やがて黒点ははっきりとした飛行機械の姿に変わる。

 

対空魔光砲が旋回し、低空を飛行中の演習機を指向する。その動きは昨日に比べれば少しはマシだったが、それでも統制出来ているとはまだ言い難かった。

 

「…対空戦闘。撃ち方始め…!」

 

号令と共に撃ち出される膨大な光弾。エクスは一度深呼吸して、最も近い演習機に攻撃を集中させる。

 

狙われた演習機は対空魔光弾を複数被弾し、爆炎に包まれた。機体の色が赤になったその機は機体を翻して離脱する。すかさず次の機体に狙いを定め、数秒後には撃墜判定を下した。

 

(いける…!これなら…!)

 

まるで昨日の事が嘘のように次々と演習機を落とすエクス。その顔は自信に満ちていた。妖精たちもこの戦果で士気が上がったのか、次第に対空魔光砲の統制が戻り始めていた。全てを撃ち落すことは不可能だったが、それでも半分近くは撃ち落す事が出来た。

 

やがて残りの機は攻撃可能圏内に接近し、模擬魚雷を投下して去って行った。エクスは海中を進む複数の航跡を見て、即座に動き出そうとした。

 

「…はへっ?」

 

だがここで問題が発生した。航跡を見た途端、体が小刻みに震えてその場から動けなくなった。自分の身に何が起きたか分からず、素っ頓狂な声を上げるエクス。

 

「あれ?何で…体が動かない…!?」

 

訳が分からず、エクスは次第に焦り始める。本人はある程度落ち着いているつもりでも、実際には無意識のうちに魚雷に対する強い恐怖心を抱いていたためだ。

 

未だに動かないエクスに妖精たちが飛び跳ねて躱す様に伝える。動きたいのは山々だが、彼女の意思とは裏腹に、身体はその場に固定されたかの如く動かない。

 

「動け…!動いて…!」

 

迫りくる魚雷。一向に動かない自身の体。焦りばかりが募る。

 

数秒後、魚雷がエクスに到達。巨大な水柱が立ち上がる。

 

「…っ!!」

 

エクスの体が衝撃により吹き飛ばされる。海面に尻餅をつき、続いて空高く上がった海水が雨の如く彼女に降り注ぐ。

 

「はぁ…はぁ…」

 

エクスは息を整えながらフラフラと立ち上がる。

 

「何で…?上手くいくと思っていたのに…」

 

『エクス、大丈夫か!?』

 

上空の偵察機で様子を見ていた龍驤が、無線越しに此方を心配する。

 

「うん、平気。…もう一度お願いできる?」

 

『…ええんか?一度休憩を挟んでから…』

 

龍驤の此方を心配しての提案。エクスはそれを断る。

 

「…ううん、大丈夫だから。…お願い」

 

『…分かった』

 

エクスの意思は固い。こうなると何を言っても聞かないだろう。龍驤はやむお得ず2度目の発艦を行う。

 

『…エックス、本当に休まなくていいのですか?無理しないで欲しいデース…』

 

今度は金剛から通信が入る。昨晩ずっとエクスが上手くトラウマを克服する方法を模索していたが、結局良い方法が見つからなかった。

 

「ありがとうございます、金剛さん。…でもこのままでは私……嫌なんです」

 

『エックス…』

 

「お願いします。後何回かやらせてください」

 

『…分かりマシタ。ただ、あまりに無理しているようだったら強制的に止めさせてくだサイ。教え子が苦んでいる姿を見るのは私嫌デース』

 

「はい、ありがとうございます」

 

エクスは礼を述べて通信を切る。妖精たちが心配そうに彼女を見つめる。

 

「…大丈夫だよ。……大丈…夫」

 

安心させようと笑顔を向けるが、エクスは自分が発する『大丈夫』という言葉に自信が持てず、次第に声が小さくなっていった。

 

その時、魔力探知レーダーが新たな影を捉える。龍驤がさらに発艦させた演習編隊だった。

 

「……」

 

また先ほどのような事になるのだろうか?エクスは不安を抱きながら、再度攻撃準備に入った。

 

 

 

――――

 

 

 

――――夕刻。

 

その後複数回行われた演習。結論から言えば、エクスは最初の対空戦こそ問題なかったものの、投下された模擬魚雷の回避では、体が彼女の意思とは裏腹に恐怖で硬直し、動くことが出来なかった。

それでもエクスは諦めず、何度も龍驤や金剛にお願いして演習を繰り返した。だが、その全てが魚雷の被弾による大破・撃沈という結果で終わった。

 

「……」

 

「…エックス」

 

エクスは落ち込んだ様子で海上に立っていた。金剛は彼女の側へ移動し、心配そうに彼女の名前を呼ぶ。

 

「エックス、焦らないでゆっくりやっていくべきデース。私が側にいて力になりマスから…ネ?」

 

励ましの言葉を述べる金剛。エクスは彼女の方にゆっくりと顔を向け、口を開く。

 

「…金剛さん」

 

「…何ですか、エックス?」

 

「私…まだやれます。だからもう一度お願いします」

 

エクスは金剛に頭を下げる。それに金剛は首を横に振る。

 

「今日はもう遅いデスからここまでにするデース。時間はまだまだありますから、続きは明日デース」

 

「…ですが」

 

エクスは不満の表情で異議を唱えようとするが、金剛が真剣な表情でそれを遮る。

 

「…エックス。あなたは気付いていないかもしれませんが、既にあなたの精神と肉体は限界に達していマース。今日これ以上行うのは危険デース。…お願いデスから、今日は休んで欲しいデース」

 

「…はい」

 

本気でこちらを心配する金剛の姿勢に、エクスはただ頷く事しか出来なかった。エクスは顔を上げ、金剛に自分の心中を伝える。

 

「…金剛さん。私…本当にこのトラウマを乗り越えられるのでしょうか…?もしかしたら…ずっと今日のような事が続くんじゃないか…そう思うと不安で仕方がないのです…」

 

「…そんな事は」

 

そんな事はない。金剛はそう言いたかったが、それは余りにも浅はかな台詞だった為、途中で黙り込む。エクスの口調は、徐々にくぐもっていくのを感じた。

 

「このままじゃ皆を守れない…。それどころか皆の足手まといになって、そのせいで誰かが沈んでしまうかもしれない…。…そうなったら私……どうすれば…」

 

エクスの目から涙が溢れ、頬を伝い落ちる。彼女は魚雷を克服出来ない以上に、自らが原因で仲間が危険に晒されてしまう事を何よりも恐れていた。

 

「エックス…」

 

金剛は泣いているエクスに近づくと、優しく抱擁する。

 

「…私はさっきも言ったはずデース。私が側で力になると。なぜならエックスは私の教え子で、同じ戦艦娘で、…そして仲間なんデスから…」

 

「金剛さん…」

 

「今日はゆっくり休んで、明日また一緒に頑張るデース」

 

金剛はエクスから一度体を離すと、安心させるかの如く満面の笑みを彼女に向ける。

 

「…はい、ありがとうございます」

 

エクスは流れる涙を拭き取り、金剛に礼を述べる。

 

「さっ、鎮守府へ戻るデース」

 

金剛はエクスの手を繋ぐと、彼女を連れて出撃ドックへと向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「ホンマにどうしたらええんやろうか…?」

 

その様子を少し離れたところから見守っていた龍驤。彼女はエクスのトラウマを克服させる良い方法を考えてみるが、なかなか思い付かない。

 

「う~ん。せめて体が動けるようになれば…」

 

腕を組み思案顔のまま、龍驤もまた機関を動かし始めた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 正面埠頭

 

 

「……」

 

出撃ドックへと戻っていく金剛たちを、一人の少女が無言で見送っていた。彼女は遠征が終わった後、途中からエクスの訓練の様子を埠頭から見ていた。

暫く黙って座っていた彼女だったが、ふと何かを思い付いたのか、手をポンと叩いて勢い良く立ち上がる。

 

「そうだ!良い事思い付いた!」

 

まるで玩具を貰った幼子のような満面の笑顔になる少女。彼女は踵を返すと、鎮守府本館へと走り出した。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 正面海域

 

 

――――翌日。

 

雷撃回避訓練が始まって3日目の朝を迎えた。雲一つない空の海を、ゆったりとした動きで飛ぶ海鳥たち。そんな穏やかな風景とは裏腹に、表情が暗いままの海上に立つエクス。

 

「……」

 

沈黙を保ったままの彼女の顔。不安と恐怖で昨日はほとんど眠れず、目の下にはクマが出来ていた。

 

「エックスー!」

 

そんな彼女の耳に、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「…金剛さん。……?」

 

後ろを振り向くと、金剛の他に複数の人影が近付いてくるのを確認する。彼女たちが自分の前に来た所で、エクスは目を瞬かせながら口を開く。

 

「あれ?どうしたのですか皆さん?」

 

エクスは端から順に彼女たちの顔を見ながら、彼女たちが何故ここにいるのか尋ねる。

金剛と共にやって来た艦娘たち――――天龍、龍田、摩耶、加古の内、天龍が代表してその疑問に答える。

 

「今日の訓練だけどよ…実は俺らも一緒に参加する事になったんだよ」

 

「え?一体どうして…?」

 

さらなる疑問を口にするエクス。その問いに今度は摩耶が答える。

 

「エクスが今やってる訓練って雷撃に関する内容だろ?あたしらも魚雷には少なからず恐怖があるからな…。いい機会だから一緒に克服しようと思ったんだ」

 

摩耶はエクスに近付き、彼女の肩に手をポンと置く。

 

「…つーわけで今日はよろしくな、エクス!」

 

にかっと笑う摩耶。後ろにいる3人も、同様に笑顔を向ける。

 

「さぁ、皆さん!もうじき訓練が始まるデース!そろそろ準備をお願いしマース!」

 

エクスが返事しようと口を開いた時、龍驤と無線でやり取りしてた金剛が手をパンと叩き、準備を行うように4人に伝える。4人は頷き、それぞれの持ち場につく。

 

「さっ、もうじき訓練デース。準備は出来ていますか、エックス?」

 

エクスの隣に移動し、準備を促す金剛。既に準備を終えていたエクスはコクリと頷く。

 

「はい、大丈夫です」

 

「そうデシタか。ならOKデース」

 

ニッと笑う金剛。エクスは彼女に質問する。

 

「あの、金剛さん。今日は何故彼女たちと訓練する事になったのですか?」

 

昨日の訓練後に行われた打ち合わせでは、本日もエクスは単独で訓練に臨む事になっていた筈だ。訓練内容の急な変更に、エクスは内心少なからず動揺しながら疑問を呈する。

この質問を受けて、金剛は一度微笑を浮かべてから口を開いた。

 

「…皆さん。エックスの事をある艦娘から聞いた途端、自分たちも一緒に訓練をさせて欲しいと申し出てきたのデース。YOUの側にいて、何かあってもすぐに助けられるようにと…」

 

「…!」

 

金剛からの話を聞いて、エクスは目を見開く。金剛はエクスから視線を外し、少し離れた所で準備を行っている4人を微笑ましそうに眺める。

 

「彼女たちは…全員がエックスと同様に魚雷攻撃を受けて轟沈した子たちばかりデース。彼女たちは今でも魚雷に対してトラウマを抱いていマース。だからこそ…彼女たちはエックスの苦しみを誰よりも理解している…。自分たちにも何か出来ないかと考えた結果、YOUと一緒に訓練を受けようと考えたのデース」

 

金剛は天龍たち4人が沈んだ経緯について詳しく説明する。天龍たちは、全員が潜水艦と呼ばれる軍艦が放った魚雷によって沈んだと言う。攻撃してきた相手が違う事を除けば、彼女たちの沈没にはエクスのそれと共通点があった。

 

「…かく言う私も、彼女たちやエックスと同じ…魚雷攻撃を受けて沈んだ艦娘デース」

 

「えっ!?そうだったのですか…!?」

 

驚くエクス。まさか自分の教官役を引き受けてくれた彼女も、自分と同じ要因で沈んでいたなんて…。

 

「イエース。…まぁ、私の場合は…慢心が原因でもありマシタが…」

 

「慢心…?」

 

「魚雷の威力と恐ろしさ…。それを知っていながら、当時の私とクルーたちは大丈夫だろうなどと考え、そのまま海を走り続けたのデース」

 

表情を暗くしたままその後の出来事を語り続ける金剛。魚雷攻撃による損害を軽視し、破損個所の修復や乗員退避が行われなかった結果、彼女は多数の乗員と共に海の底へと沈む事になってしまった。

 

「…私は艦娘として生まれ変わった後も、しばらくは魚雷に対して強い恐怖を抱いていマシタ。これまで被雷した事も何度かありマシタが、その度に当時の事を思い出して…このまま沈んでしまうのではないか…そう考えてその場から動けなくなってしまう事もあったデース…。おかげで当時は仲間にたくさん迷惑をかけてしまったデース…」

 

「そうだったんですね…。金剛さんも…」

 

「イエース。ですが今は皆の協力があったおかげで…こうしてある程度克服する事が出来マシタ」

 

金剛は再度エクスに顔を向けると、頭を下げた。金剛のこの行為に、エクスはあたふたする。

 

「えっ!?こ、金剛さん!?何を…」

 

「ごめんなさい、エックス。本当なら…訓練初日からエックスの側にいるべきデシタのに…、私は遠く離れた所でただ見ているだけデシタ。昨日、エックスの側で力になると言っておきながら…何も出来ていませんデシタ…」

 

「……」

 

エクスは少しの間沈黙してから、笑みを浮かべながら話し始める。

 

「金剛さん。私、幸せです。金剛さんや天龍さんたちに…こんなにも大切に想われているのですから…」

 

「エックス…」

 

「本当にありがとうございます。正直、私一人ではこのトラウマを克服できる自信がありませんでした。でも皆さんがいれば、この困難も乗り越えられる気がします」

 

ゆっくりと顔を上げる金剛。エクスはその場にいる全員に聞こえる声を出した。

 

「皆さん。今日は私のために本当にありがとうございます。よろしくお願いします!」

 

そう言って頭を下げるエクス。

 

「おうっ!」

 

「改めてよろしくな!」

 

「今日は一緒に頑張りましょ~」

 

「こちらこそよろしくお願いしますね、エクスさん」

 

天龍たち4人は笑顔で答える。その様子を見た金剛は、悲しそうな表情を明るい表情へと変化させた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

――――その数分後。

 

『こっちも準備完了や。始めてええか?』

 

離れた場所で発艦準備を終えた龍驤が、無線で確認の連絡を入れてくる。

 

「OKデース!始めてくだサーイ!」

 

金剛がそれに答える。龍驤は『了解や』と言って通信を切り、演習機の発艦に入った。エクスたち6人は対空防御に適した陣形を組み、演習機の襲来に備える。

 

「…ごくり」

 

緊張のあまり息を呑むエクス。もうじき魚雷を搭載した飛行機械がやって来る。彼女の心の中で、緊張と恐怖が次第に増幅していく。

 

「…?」

 

ふと自分の左手を何か温かいものが包み込んだ。見ると隣に立っていた金剛が、自分の左手を優しく包み込むように掴んでいた。

 

「金剛さん…」

 

「大丈夫デース。私たちが側にいマース」

 

金剛はこちらを見ず、上空を眺めながらエクスを安心させる言葉を紡ぐ。手から伝わってくる金剛の温もり。

 

(あ……)

 

それを感じている内に、エクスは自分の心から次第に緊張や恐怖が消え失せていくのを感じた。

 

その時、龍驤から発艦する演習機の影が、魔力探知レーダーで捉えられた。全部で12個の輝点が、こちらへ高速でやって来る。

 

「…!皆さん。たった今敵機の発艦を確認しました。数12。約3分でこちらの攻撃圏内に到達すると思われます」

 

エクスは即座に随伴艦たちに報告。彼女と共に艦隊を組む5人は、いつでも攻撃できる態勢に入る。演習機がやって来る方向へ、全員が艤装の対空砲を向けて、睨むように空を見る。

 

やがて、彼女たちが砲を向けた先の空に、黒いインクを落としたような点がいくつも出現する。その数12。

 

「エクス!言い忘れたがこの訓練はお前の訓練!だから旗艦はお前じゃなきゃダメだ!指示を頼むぜ!」

 

「…!えぇ、分かった!」

 

天龍の言葉にエクスは力強く頷き、全員に迎撃を指示する。

 

レシプロ機が放つ独特の音が、次第に聞こえてくる。エクスは攻撃圏内に入った瞬間迎撃するため、対空魔光砲に必要な魔力を送り込む。コオォォォ…という音と共に、対空魔光砲の砲口に赤い粒子が吸い込まれ、砲口内部の赤い光が強まっていく。

 

そして遂に…編隊が6人の対空迎撃網に進入して来た。

 

「全艦!対空戦闘、撃ち方始め…!」

 

即座に迎撃指示を飛ばすエクス。その直後、6人の対空砲が一斉に火を吹いた。高角砲弾、機関砲弾、そして対空魔光弾の大群が、獲物たる敵編隊に喰らい付かんと飛翔していく。

 

光弾の群れと敵編隊が重なる。直後、空に咲く3つの炎の花。撃墜判定…!

 

「目標、3機撃墜…!」

 

エクスが嬉々とした様子で戦果報告する。だが、喜ぶのはまだ早い。残る9機の演習機が巧みな回避行動でエクスたちに接近して来る。

 

「そこを狙って…そう…撃てぇ…!!」

 

迫りくる演習機をまず古鷹が1機、

 

「ぶっ殺されてぇかぁ!?」

 

続いて対空番長こと摩耶がさらに2機、

 

「怖くて声も出ねぇかァ?オラオラ!」

 

「もお~、天龍ちゃんったら~」

 

天龍と龍田が協力してさらに1機を撃墜する。

 

「お願い!当たってぇ…!!」

 

吠えるように叫びながら対空魔光弾を放つエクス。対空魔光弾の群れは彼女が狙いを定めた1機に収束しながら向かう。密集しすぎた魔力弾は互いに接触し、爆発。その爆発の影響で他の魔力弾も次々に誘爆し、巻き込まれた敵機を炎で包み込む。

 

「よし…!」

 

ガッツポーズをとり、さらに攻撃を続けるエクス。その後も何機かの機体に撃墜判定を下し、最終的に残った3機が魚雷を海に投下する。

 

「(よし、回避を!)…あれ!!?」

 

迫り来る航跡を見た途端、エクスは自分の体が硬直して動かなくなるのを感じた。

 

(そんな…また…!)

 

「どうしましたか、エクスさん!?」

 

様子がおかしいことに気付いた古鷹が、こちらを心配して話し掛ける。

 

「すいません…。また体が…」

 

話している間にも、魚雷はエクスに向かって来ている。何としてもこの場から動かなくては。そう思って体を必死に動かそうとするが、小刻みに震えるだけでまるで動かない。

 

(折角みんなが私のために協力してくれているのに……昨日までと何も変わらないままなんて絶対に嫌!!お願い…動いて…!!)

 

内心で自分の足に呼び掛けるエクス。魚雷はもう彼女のすぐ側まで迫って来ていた。

 

――――その時。

 

「……うわっ!?」

 

突如何者かに手を引かれる感覚。エクスは自分の身に起きた事が分からず動揺するが、おかげで魚雷を躱すことが出来た。魚雷は狙うべき目標を失い、暫くの間虚しく海中を進んでいたが、やがて燃料を失い海底へと沈んでいった。

 

「こ、金剛さん…!」

 

エクスは自分の手を引いた人物――――金剛に注目する。

 

「エックス、大丈夫デスか?」

 

「はっ、はいっ!ありがとうございます、金剛さん!」

 

「また、体が動かなくなってしまったのデスね?」

 

「はい、またです…」

 

力なく頷くエクス。金剛は落ち込む彼女に近づき、彼女と手を繋ぐ。

 

「こ、金剛さん?何を…?」

 

「私がエックスの足になりマース。バランスを崩さないように、しっかり掴まっていてくださいネー」

 

そう言って真剣な表情を向ける金剛。その頼もしい表情を見ている内に、体から震えが消えていった。

 

「はいっ、分かりました」

 

エクスも真剣な面持ちで頷く。

 

(…でも流石にこれは…恥ずかしい)

 

恐怖と言った負の感情が消えたものの、代わりに生まれた別の感情に悩まされるエクスだった。

 

(エクスの奴。すげえ顔が赤くなってるな…。てかよく見たら金剛さんも真剣な表情のまま赤くなってる…)

 

(まあ、あれは確かに恥ずかしいだろうぜ。あっ、少し縮こまった)

 

(あら~、2人とも可愛いわね~)

 

(可愛いです、エクスさん、金剛さん…)

 

天龍たち4人は、そんなエクスと金剛の様子を微笑ましそうに眺めるのだった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

――数分後。

 

エクスの魔力探知レーダーが、再び龍驤から発艦する編隊を捉える。その数は先ほどの倍であった。

 

「皆さん、敵編隊が接近してきています!今度は24機です!先ほどと同様に敵機が迎撃圏内に入ってすぐ迎え撃ちましょう!」

 

エクスの指示に、再度攻撃準備に入る5人。陣形はエクス、金剛を中心とした輪形陣。

 

「撃ち方…始め!」

 

再度敵編隊に向けて火を吹く艦隊。敵編隊は先ほどよりもさらに洗練された動きで攻撃を躱していく。だが全てを回避しきれず、魚雷投下ポイントまでに17機が撃墜判定を受ける。

 

「エックス。中々やるネー!」

 

エクスの手を繋いだまま戦闘を行う金剛が、彼女を称賛する。最初の襲来を含めると、エクスが最も多くの演習機を撃ち落していた。

 

「はいっ!ありがとうございます!」

 

エクスは嬉しそうに返事をして、戦闘を続行する。残った機体が魚雷の射程内に入ったエクスたちに向かって魚雷を投下し、即座に戦場を離脱する。7本の魚雷の内、3本がエクスと金剛に迫る。

 

「さぁ、しっかり掴まるネー!エックスも頑張って自分の体を動かしてみるデース!」

 

「はいっ!」

 

金剛がエクスを引っ張って回避行動を取る。勿論ただ引っ張られるままではいかない。最終的には一人で躱せるようにならなくてはならないのだ。

 

(お願い…今度こそ動いて)

 

エクスは自分の体に念じる。すると…。

 

「あ…できた…」

 

自分の体が動く感覚。思わず言葉が漏れる。3本の航跡が、今しがたエクスたちがいた場所を通過していく。

 

「エックス?どうデシタ?」

 

金剛は立ち止まって手を離すと、こちらを心配そうに尋ねる。回避機動を終えた他の4人も彼女と同様の表情でエクスを見る。

 

「…はい、体が動きました」

 

瞬間、摩耶と天龍が歓喜の声を上げてエクスに近づく。

 

「ホントか!?マジかエクス!」

 

「う、うん。間違いないよ」

 

「よかったな、エクス!」

 

「うん、ありがとう。…でもまだ一人で出来るかどうか自信が無いけどね」

 

「エックス。兎に角あなたは体を動かす事に専念するデース。何度かやって慣れてから、その後単独で回避行動を取ってみるデース」

 

そう言って再度エクスと手を繋ぐ金剛。

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

頷くエクス。新たな編隊の接近を捉えたのは、その直後だった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

その後も何度か演習機の襲来をしのぎ、遂に単独での回避行動を行う事になった。

 

「エックス。私たちは一度離れマース。よろしいデスか?」

 

「はい、大丈夫です。今なら出来る気がします」

 

真剣な表情のエクス。その様子を見て、金剛はふっ笑みを浮かべる。

 

「…大丈夫。YOUなら出来るデース。自分を信じてドーンといくデース!」

 

拳を前に突き出してエールを送る金剛。天龍、摩耶、古鷹、龍田の4人もエクスに声援を送る。

 

「頑張れよ!」

 

「あたしら見守っててやるからよ!」

 

「落ち着いてやればきっとできます。頑張ってください」

 

「どうしても慌ててしまう時は、ゆっくりと深呼吸するのが良いらしいわよ~」

 

「…うん。ありがとう、みんな…」

 

手を振りながらエクスの元から離れる5人。彼女たちのシルエットが黒い点になったところで、入れ替わるように空から現れるトラウマたち。エクスはそれらをグラ・バルカス航空隊と重ねて睨みつける。

 

(もう…お前たちなんかに負けない…!必ず乗り越えてみせる…!!)

 

強い決意を胸に、エクスは迫りくるトラウマたちの迎撃を始める。

 

「対空魔光砲、撃ち方始め!!」

 

号令と共に撃ち出される赤い光弾の群れ。その光はいつもよりずっと強く、ずっと速く、そして正確に飛んで行った。

24機の演習機は、その腹に模擬魚雷を抱えたまま20機近くが撃墜判定を受け、次々と離脱していく。だがそれでもすべてを撃ち落す事は叶わず、何機かが魚雷を投下する。

 

「うっ…」

 

航跡を見た途端、エクスの心に再び恐怖が現れる。

 

(やっぱりまだ怖い…。でも…)

 

また体が動かなくなると思われたが、そのような事はもうなかった。エクスは今、自分が無事に魚雷を回避しているという事実を身を持って実感していた。

 

(動ける…。私…動いてる…)

 

仲間の支えを受け、エクスは遂にこの困難を乗り越える事が出来たのだ。不安と恐怖の連続だったこの3日間。嬉しさのあまり、目に涙が浮かべる。

 

「よかった…。これで…みんなの足手まといにならないで、一緒に戦える…」

 

再び接近してくる編隊の影を補足する。まだ訓練は終わっていない。

 

(ありがとう、みんな…)

 

内心で一緒に訓練に参加してくれた5人に礼を述べる。零れそうになる涙を拭い、エクスは再度攻撃態勢に入るのだった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「…どうやら大丈夫そうデース」

 

遠く離れた場所からエクスを見守る5人。無事に魚雷を回避するエクスの姿を見て、金剛は安堵の表情を浮かべる。

 

「よかったですね、エクスさん」

 

金剛の隣に立つ古鷹も、聞こえないがエクスに向かって話し掛ける。2人の後ろでは、摩耶たちが今回の訓練の切っ掛けを作った一人の艦娘について話をしていた。

 

「…にしても清霜の奴、何で俺らに自分の事は黙ってて欲しいなんて言ったんだろうな…?」

 

「だよなぁ。今回の訓練、全部アイツの発案なのによ」

 

「ふふっ。照れているのじゃないかしら~?」

 

「そうなのか?清霜が?」

 

「だと思うわよ~?好きな人を助けるって、何だかこそばゆいような気分になるじゃな~い?つまりはそういう事よ~?」

 

龍田の言葉に首を傾げる天龍。

 

「?何でこそばゆい気分になるんだ?俺は龍田を助ける時にそんな気分になった事はないぜ?」

 

「!?」

 

龍田は天龍のその言葉を、『俺は好きだから龍田を助けるけど、今までこそばゆい気分になった事はない』と解釈。頬を紅潮させて天龍に抱き着いた。

 

「ふふっ。天龍ちゃん、それって私の事が好きって意味かしら~」

 

「お、おい、何言ってんだよ龍田!大事な妹なんだから助けるのは当たり前だろ!?」

 

「大事という事は好きって事と一緒よ天龍ちゃ~ん。そんなに想ってもらえて私嬉しいわ~」

 

「ま、待て龍田!お前何するつもりだ!?」

 

「何って…ナニかしら~?」

 

そう言って嫌がる天龍の頬にキスをしようとする龍田。天龍姉妹の百合々々な展開を無視し、摩耶は同じ防空艦仲間のエクスに視線を移す。

 

「…ホントよかった」

 

摩耶は誰にも聞こえないように呟き、穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 正面埠頭

 

 

「エクスさん、よかった…」

 

正面埠頭のエクスの演習が見やすい位置で、体育座りで安堵の表情を浮かべる清霜がいた。

 

そこへ上空からゆっくり近づく人影。それに気づいた清霜は、その人物に視線を向ける。少女を脇に抱えて浮遊する天使の女性が、清霜の視界に入る。

 

「清霜、エクスちゃんの様子はどうだった?」

 

「司令官!霞ちゃん!」

 

清霜が女性と少女の名前を叫ぶ。いつもの軍服ではなく、白生地に花柄のロングワンピースを纏った美しい女性――――『梶ヶ谷 真理恵』少将は、時折魔力でできた光る翼を羽ばたかせながら着地し、少女――――駆逐艦『霞』をゆっくりと地面に下ろす。

 

「よいしょっと」

 

「…ねぇ、もっと良い方法はなかったの?脇に抱えられるの、すごく恥ずかしいのだけど…」

 

頬を赤く染めて文句を言う霞。真理恵は申し訳なさそうに返答する。

 

「仕方ないじゃない。カスミンを誤って落とさないようにするためには、脇に抱えて飛ぶのが一番良い方法なんだもん」

 

「ねぇ、司令官と霞ちゃんは何をしていたの?」

 

清霜は立ち上がって2人に質問する。真理恵は両手で着ているワンピースの裾を掴み、少女の様な笑顔で答える。

 

「久しぶりに自由時間が出来たからね…。気分転換に空を飛んでいたの。カスミンも飛びたいって言うから一緒にね」

 

そう言って隣で腕組みをして立つ霞に視線を向ける真理恵。霞は視線を向けられた途端そっぽを向く。

 

「…カスミン、もしかして抱っこされたかったの?」

 

少しからかう様に尋ねる真理恵。霞は顔を真っ赤に染め上げて声を荒げる。

 

「ち、違うわよ…!!何変な事聞いて来てんのよ!?」

 

「嘘だ~?本当は御姫様抱っこして欲しかったんでしょ~?」

 

「違うっつってんでしょ、このクズ!」

 

「何なら今からやってあげるわよ~。時間はまだ残っているからね~」

 

真理恵は霞を浮遊魔法で浮かすと、自分の腕の上にゆっくりと下ろした。

 

「ちょ…!下ろしなさいよ!このクズー!」

 

「遠慮しない遠慮しない」

 

全身を赤く染め、真理恵の腕の中で暴れる霞。だがいくら暴れても、そこから抜け出す事は叶わなかった。

 

「…ところで清霜ちゃん。エクスちゃんの訓練はどんな様子だった?」

 

霞をお姫様抱っこしたまま、真理恵はエクスの訓練状況について尋ねる。

 

「うん!みんなのおかげで訓練は無事に成功したみたい!」

 

「そう、よかった…」

 

安堵の表情浮かべ、真理恵は訓練を終えドックに戻っていくエクスに視線を移す。その途中で金剛たち5人が彼女の元に集まり、彼女と共に訓練成功を喜んでいた。

 

「…それにしてもエクスちゃん。この短い期間でだいぶ強くなったわね。これなら来週からでも実際に出撃させても良いかもしれないわ~」

 

「え!?それホント、司令官!」

 

「えぇ。今のあの子の練度ならほとんど問題ないわ。休憩が終わったら早速どんな編成にするか考えなきゃね」

 

「そっか…やっと一緒に戦えるね、エクスさん…」

 

清霜はドックへと帰って行くエクスに視線を戻し、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「…さて、私はもう少し空の旅を続けるつもりだけど…清霜ちゃんも一緒に来る?」

 

「え!?いいの!?」

 

真理恵の提案に、清霜は目を輝かせる。

 

「勿論よ。ほらっ、肩車してあげるから後ろに移動して」

 

「うんっ!ありがとう司令官!」

 

清霜はすぐさま真理恵の後ろに回り、その場に腰を下ろした彼女の背中に飛び付く。

 

「離さないようにね?いくわよ?」

 

清霜がしっかり掴まっているのを確認してから、真理恵は浮遊魔法を発動させる。光の翼がより一層強く光り始めた途端、彼女の体がふわりと浮き上がる。

 

真理恵、霞、そして清霜の3人は夕焼けを眺めながら、しばしの間空の旅を楽しむのだった。

 

「お願いだからこの体勢はやめてよー!!」

 

…訂正。真理恵と清霜の2人だけだった。

 

 

To be continued...

 






おまけ


神風「えぇっ!!?司令官に連れられて空を散歩したのですかー!!?」

清霜「うんっ、すっごく楽しかったよ!また連れて行って欲しいな~」

神風「う~~清霜さんと霞さんだけ狡いです!私も空の散歩をしてみたいです!」

真理恵「ほらっ、神風ちゃん。これあげるから泣き止んで」←ポッケから取り出した煮干しを神風に渡そうとする

神風「煮干しより…私も空の散歩に連れて行ってくださいよ~…」ぐすんっ

真理恵「分かったわよ。来週丁度神風ちゃんと同じ日にお休みを貰っているから…その日に連れて行ってあげるわ」

神風「ほ、ホントですか!?ありがとうございます!」パアァァァ…

真理恵「ふふっ」←神風に渡すはずだった煮干しをポリポリ食べている

霞「こ~の~ク~ズ~。あれ程ポッケに食べ物を突っ込むなって言ってんのに~~!」ゴゴゴ…

真理恵「ひぇっ!?か、カスミン!?じゃ、じゃあ私は仕事があるからこれで!」←逃げる

霞「ちょっと待ちなさい!今日と言う今日は許さないんだから!」←追いかける

エクス(空の散歩?天の浮舟に乗ったという意味かな?…でも今日の提督たちって出張の予定あったけ?)

清霜「あっ、エクスさん!これから神風ちゃんと一緒にご飯食べるところなんだけど、エクスさんも一緒に行こう!」

エクス「うん、いいよ」


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番外編 6人の巡洋艦

今回は川内3姉妹とヴィヴィアン3姉妹が登場します(神通とエレインは少し影が薄いですが)。


 

 

日本国 佐世保鎮守府 

 

 

神聖ミリシアル帝国が保有する魔導巡洋艦。それらは2種類の艦種に分かれており、小さい方が魔砲船、大きい方が重巡洋装甲艦と呼ばれている。

 

その誕生の歴史は地球とはだいぶ異なる。

神聖ミリシアル帝国の国土は非常に広大であり、当然領海や経済水域もその分だけ大きい。加えて世界最強と言う地位故に遠くまで艦隊を派遣させる機会も多く、これらの任務を遂行するためには従来の小型艦では限界があった。

だからといって魔導戦艦では建造費、維持費が高く、いくら世界最強と謳われた神聖ミリシアル帝国でも量産は不可能である。何より自国以外が帆船ばかりのこの世界で、いちいち重武装かつ重装甲の戦艦を出すのは余りにも無駄という考えもあった。

 

そこで新たに登場したのが、小型艦よりも航続距離や武装で優れ、戦艦よりも使い勝手の良い魔導巡洋艦であった。尚、初期の魔導巡洋艦は、現在の魔砲船と同じ規模である。

 

また、先ほどにもあった通り戦艦はその莫大な費用故に量産ができないため、この艦種のみで打撃部隊を組むのは不可能だった。そこでミリシアル海軍はこの巡洋艦をさらに大型化、重武装化させ、戦艦に準ずる戦力として運用しようと考えた。このような経緯で建造されたのが重巡洋装甲艦である。

 

元々保有していた巡洋艦は、この巨大な巡洋艦と区別をつけるために魔砲船、若しくは魔砲艦という軽巡洋艦に相当する艦種として位置付けられ、やがてこれら2艦種をまとめて魔導巡洋艦と呼ぶようになった。ミリシアル海軍は様々な任務に対応するために、現在でもこの2種類の巡洋艦を建造、運用している。

 

第零式魔導艦隊にも、魔砲船3隻と重巡洋装甲艦2隻、計5隻の魔導巡洋艦が所属している。勿論、5隻ともミリシアルでは最新鋭の艦艇である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とまぁ、これが僕たち魔導巡洋艦の歴史になるね」

 

「ふ~ん、私たちとは随分違う歴史を歩んできたんだね」

 

艦娘寮のとある一室では、夜戦忍者こと川内型軽巡1番艦『川内』に自分たちの歴史を話す少女がいた。背丈から考えて、彼女は共にベッドに腰掛けている川内と同じ軽巡洋艦娘だと思われる。

 

だが、彼女の祖国に『軽巡』という名前の艦種は存在しない。彼女はその『軽巡』に相当する『魔砲船』と呼ばれる艦の艦娘だった。

 

「まぁ、世界が違えば歴史も違うのは当然だよ」

 

セミロングの青髪を掻き上げて話す少女の名は、ヴィヴィアン級魔砲船1番艦『ヴィヴィアン』。第零式魔導艦隊所属の最新鋭魔砲船である。尚、既に魚雷搭載の改装を受けており、現在は妹2人共々軽巡洋艦に艦種を変更している。

 

「でも、魚雷が開発されなかったって…それじゃ夜戦したくてもできないじゃん!」

 

「それ以前に僕の国以外は帆船ばかりだったし、魚雷があっても夜戦はなかったと思うけどね。…本当こんなすごい戦術がある事に僕たちの国は何で気付けなかったんだろう…」

 

「だよねだよね!?夜戦や魚雷を知らないなんてすっごく勿体ないよ!!」

 

次第に興奮し始める川内。彼女は艦娘の中でも夜戦狂として知られており、夜における戦いぶりは凄まじい事で有名である。

ただ、あまりの夜戦好きに出撃しない日も夜戦夜戦と声高く叫ぶため、一部の艦娘からは”夜戦バカ”と呼ばれ、煙たがられている。その余りの五月蠅さに1隻の雷巡が遂に切れ、彼女に魚雷を喰らわせた事もあった。

 

「本来の予定ならついさっきまで夜の出撃があったのに!今日の出撃は禁止だなんて提督は鬼だよ鬼!!」

 

「仕方ないよ。昨日うっかり執務室の花瓶を割ってしまったんだから」

 

ヴィヴィアンは昨日の出来事を思い出す。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

昨日の夜の事。佐世保鎮守府執務室で、提督である『梶ヶ谷 海良』に迫る川内とヴィヴィアン。

 

『提督!今日はこんなに良い夜なんだよ!夜戦しようよ夜戦!』

 

『そうだよ、提督さん!僕もまだ訓練でしか夜戦してないんだから、そろそろ本格的な夜戦させてよ!』

 

夜戦を連呼する2人に対し、海良は首を振る。

 

『川内もヴィヴィアンも今日は非番だろうが。休むのも仕事の内だ。昨日も夜戦したばかりなんだから、今日くらい大人しく…』

 

『だから~、僕は”実戦の”夜戦がしたいのー!昨日は鎮守府の目の前で訓練しただけじゃないか!』

 

『ほら、ヴィヴィーだって夜戦したいって言ってるじゃん!そろそろこの子にも本格的な夜戦をやらせるつもりだったし。お願いだから夜戦させてよ提督ー!』

 

『お前が夜戦したいだけろ、川内…。第一、ヴィヴィアンの実戦投入は明日なんだからそれくらい我慢…』

 

『大丈夫!私がちゃんとそばにいて、何か遭ったらこの子を助けるからさ!お願いだから提督、今夜も夜戦しよ!』

 

『良いでしょ、提督さん!夜戦させて夜戦!』

 

こちらの言葉を遮って夜戦を迫り続ける2人の艦娘に、海良は頭を抱える。

 

(あぁ、川内に教育係をやらせるんじゃなかったよ…。夜戦バカが2人に増えてしまった…)

 

内心で自分の指示に後悔する海良。ここに来てまだ1週間と少し。教官役となった川内によって夜戦訓練ばかり行った結果、ヴィヴィアンは見事に夜戦の虜になってしまった。

 

『…兎に角!夜戦なら明日させてやるから、これ以上夜に騒がないでくれ。また大井がブチ切れて魚雷攻撃してくるぞ』

 

海良の脳裏に、大井の魚雷攻撃の余波で大破した執務室が浮かび上がる。あの時は、咄嗟に防御魔法を発動したおかげで何とか被害拡大を防いだが、下手すれば執務室周辺が文字通り”消滅”していただろう。

 

『大丈夫だよ、提督!今度は負けないから!』

 

『何が大丈夫なんだよ』

 

『魚雷が飛んできたら…こうやって!』

 

海良からの質問を受け、川内はその場から後ろに一回転しながら高く跳躍する。その身軽で無駄のない動きはまさに忍者だった。着地する直前に腕に何か当たったが、彼女は大して気にも留めない。

 

『…とまぁ、こんな感じで避けてから大井に腹パンして鎮めるから問題ないよ』

 

『すごいよ、川内!僕も今のやってみたいな~!』

 

川内の見事な跳躍に、ヴィヴィアンは拍手をして讃える。それに笑顔でVサインする川内と、呆れながら2人を見る海良。

 

だがその直後、執務室の空気は一気に凍りつくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガシャーンッ!

 

川内が着地する瞬間に当たった花瓶。それが床に落ちて割れてしまったのだ。

 

『……』

 

『……』

 

『……』

 

沈黙が執務室を支配する。

 

『川内、ヴィヴィアン』

 

優しい声で2人の名前を呼ぶ海良。その顔は爽やかな笑顔だった。

 

『『ひっ…!!は、はいっ!!』』

 

海良から出てくる威圧感を感じ、2人はビクッと震えて素早く整列する。

 

『執務室の備品を壊した罰として……明日の夜の出撃は禁止とします。しばらく頭を冷やしなさい』

 

事務的な口調で淡々と話す海良。内容を聞いた2人は驚愕する。

 

『えぇっ!?そんなっ…!』

 

『提督さん!それはないよ!僕明日の出撃楽しみなのに…』

 

『いいですね?』

 

『『…はい、提督』』

 

海良からの威圧感がさらに増し、同時に光の翼も出てくる。2人は震えながら了承するしかなかった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「提督さん怖すぎる…。笑顔で怒る人なんて僕初めて見たよ…」

 

昨日の出来事を思い出し、体を震えさせるヴィヴィアン。なまじ普段は無表情に近い故に、切れた時の海良の笑顔は、鎮守府に所属する全ての者たちの恐怖の象徴であった。

 

「…本当にごめん。私があそこで花瓶を割ったりしなければ…」

 

川内は表情を暗くして、隣に座っているヴィヴィアンに頭を下げる。

 

「僕は気にしてないから大丈夫だよ。それより明日の出撃の時は夜戦のご教授お願いね」

 

そんな川内に対し、ヴィヴィアンは首を横に振る。顔を上げた川内は笑顔で頷く。

 

「ありがとね。明日は本格的な”夜戦”を私がたっぷりと見せてあげるから期待しててね!」

 

「うん。すっごく楽しみだよ!」

 

同じく笑顔で答えるヴィヴィアン。

 

「いや~、こんなに夜戦好きな子が来てくれて私嬉しいよ。練度も凄まじいスピードで上がっているし。この調子でいけば主力艦隊として一緒に戦えるようになるね!」

 

自分と同じ夜戦好きで、かつ鍛えがいのある子が来てくれて上機嫌の川内。

 

「……ん」

 

その様子を微笑ましそうに見ていたヴィヴィアンは、途中からどこか悲しそうな表情になる。

 

「…あれ?どうしたのヴィヴィー?具合悪いの?」

 

「ううん、違うんだ」

 

心配そうに彼女を見る川内。ふとグラ・バルカス海軍襲撃時の事を思い出したヴィヴィアンが口を開く。

 

「…僕、夜戦を知ってから思うんだ。あの時、せめて敵が襲ってきたのが夜だったら…もし魚雷を持っていたら……僕たちが夜戦でエクスさんたちを守ってあげられたかもしれないって…。…まぁ、航空機相手にはどうにもならないけど…」

 

「ヴィヴィー…」

 

落ち込んだ様子のヴィヴィアンに、川内はその背中を優しく擦ってあげる。

 

「…だからこうして強くなっているんでしょ?今度こそ仲間を守るためにもさ」

 

「…うん」

 

「神通や那珂から聞いたよ。エレインとニニアンも、そしてフィジーも、仲間を守るために強くなろうとすっごく頑張っているって。あの子たちもヴィヴィーと同じ気持ちなんだよ。皆が同じ思いを持って頑張るなら、どんな困難だって必ず乗り越えられると私は思うんだ。…だから今は自分や仲間を信じて地道に努力していこうよ。私たちも4人が強くなるために協力は惜しまないからさ」

 

「…そうだね。ありがとう、川内」

 

川内に励まされたヴィヴィアンは、次第に表情を明るくしていく。

 

「どういたしまして」

 

川内も安心したように笑みを浮かべた。

 

ガチャッ

 

その時部屋の扉が開き、2人の艦娘が入って来た。

 

「すいません、姉さん、ヴィヴィアンさん。お待たせしました」

 

その2人の内の片方が川内たちに話しかける。彼女の名前は川内型軽巡2番艦『神通』。かの2水戦旗艦にして川内の妹である。

 

「大丈夫だよ、神通。今までエレインと訓練だったの?」

 

「えぇ。鍛えがいのある子なので張り切っちゃいました。今日も素晴らしい成長ぶりでしたよ。これなら明日の実戦にも問題なく出せますね」

 

「そんな…照れるじゃないですか、神通さん。姉様もいらっしゃるのに…」

 

そう言って糸目と金髪が特徴の少女――ヴィヴィアン級魔砲船2番艦『エレイン』は少し頬を赤らめる。彼女は着任後から神通に地獄の如き訓練を受けている。

 

「神通が褒めるなんてすごい事だよ。こりゃ明日の実戦が楽しみだな~」

 

「えぇ、私も楽しみです」

 

川内が値踏みするかのようにエレインの顔を見つめる。神通も自分の姉に同意する。

 

「うっ…!?何だかどんどんハードルが高くなっているのですが…!?」

 

ここ佐世保鎮守府でも猛者と謳われる川内と神通。そんな彼女たちからの期待がエレインに容赦なく圧し掛かる。

 

「あれ?という事は明日の訓練はエレインと一緒に行う事になるのかな?」

 

疑問を口にするヴィヴィアン。神通はゆっくりと頷く。

 

「はい。ニニアンさんも加えて3人同時に実戦投入する事にしたと、提督が」

 

「ホントっ!?」

 

ヴィヴィアンは興奮した様子で立ち上がると、エレインの両手を掴んで喜んだ。

 

「やったね、エレイン!僕たち3姉妹全員で一緒に出撃だって!」

 

「う、嬉しいですけど…あまり腕を激しく振らないでくださいよヴィヴィー姉様…」

 

満面の笑みで自分の腕を振る姉に対して若干苦笑いのエレインだったが、内心では彼女も姉や妹と共に出撃できる事がすごく喜んでいた。

 

「あっ、ごめんごめん」

 

舌をペロリと出して謝罪してから手を離すヴィヴィアン。

 

「じゃあ、ニニアンにもこの事を伝えに行かなきゃ。あの子、今準備中だからまだ知らないだろうし」

 

ヴィヴィアンの口から出るニニアンという少女は、彼女の妹であるヴィヴィアン級魔砲船3番艦『ニニアン』の事である。ニニアンは現在、川内型軽巡3番艦『那珂』と共に広場に設けられた会場にいる。

 

「那珂さんのライブ。初めて見るので楽しみです」

 

「ニニアン、大丈夫かな?あの子、歌は得意だけど踊りは初めてだから…」

 

「大丈夫だよ。那珂から直接指導してもらっているから。ライブはきっと上手くいくよ!」

 

少し不安そうなヴィヴィアンを、川内が安心させるように話す。

 

「そろそろ時間ですし、移動しましょうか」

 

神通の言葉を合図に、4人は妹たちのライブを見に行くため部屋を出る。

 

((でもなぜ訓練に”アイドル魂”が必要なんだろう(でしょう)…?))

 

ヴィヴィアンとエレインは心の中で疑問に思いながら、川内姉妹と共に広場へと向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

佐世保鎮守府 広場

 

 

現在この鎮守府の広場は煌びやかに飾られ、巨大なライブ会場へと様相を変えていた。艦娘、職員、憲兵、そして技術者など総勢1500名以上にも及ぶ鎮守府の関係者。その全員が座れるように設けられた広大な観客席の中央には、これまた巨大なステージが設けられている。

 

「あっ!ヴィヴィーさんたち、こっちこっちー!」

 

大勢の観客で賑わう観客席の中、川内たち4人を見つけた茶髪の少女が彼女たちに手を振る。マーリン級小型艦、8番艦の『フィジー』である。

 

「小型艦じゃないよ!フィジーは魔導駆逐艦『フィジー』だよ!」

 

……失礼。マーリン級魔導駆逐艦の8番艦『フィジー』である。

 

「フィジー、誰と話しているんだい?」

 

フィジーの隣に座っていた白露型駆逐艦の2番艦『時雨』が彼女に尋ねる。

 

「ん?あれ?誰かがフィジーを小型艦と呼んだ気がしたんだけど…」

 

「気のせいじゃない?これだけ大勢の人のざわめいているんだし、そんな風に聞こえただけかもしれないよ?」

 

「そっか。気のせいか!」

 

にかっと笑うフィジー。そこへヴィヴィアンたちが近づく。

 

「やっほう、フィジー、時雨。北上さんや大井さんは一緒じゃないのかい?」

 

ヴィヴィアンはフィジーの教官役となったハイパーズについて尋ねる。

 

「北上さんは部屋で寝てるみたい。大井さんも急用ができたから行けないって」

 

「……あぁ、なるほど」

 

「そう言う事ですね……」

 

何かを察したヴィヴィアンとエレイン。

彼女たちがここに来て1週間と少し。だがそのわずかな時間の内に、大井の北上に対する行動は2人の脳裏にしっかりと焼き付いていた。

 

「???何がそう言う事なの、エレインさん?」

 

2人が何の話をしているのかさっぱり分からず、フィジーは頭に”?”を浮かべる。そんな彼女の頭をエレインは優しく撫でる。

 

「フィジーちゃんは知らなくても問題ない事ですよ?」

 

「?そっか。分かった!」

 

そう言って無垢な笑顔を見せるフィジー。

 

(ここに来て1ヶ月以上経つのに、何で気付かないんだろう…?)

 

フィジーの隣でそう思いながら、時雨は苦笑いを浮かべるのだった。

 

川内たち4人は、フィジーと時雨が開けておいてくれた席に座り、ライブが始まるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時間は1900(ひときゅうまるまる)……ライブ開始の時刻になった。直後に照明が落とされ一気に暗くなる会場。その数秒後にはステージの照明のみが点き、アイドル衣装を思わせる制服を纏った一人の少女を明るく照らした。

 

『みんなー!艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー!!今日は那珂ちゃんのスペシャルライブに集まってくれて、本当にありがとー!』

 

マイクを片手に、満面の笑顔で観客たちに手を振る少女。自称『艦隊のアイドル』こと川内型軽巡の3番艦『那珂』である。

 

『『『『那珂ちゃーん!!!』』』』

 

観客たちの大半が、ペンライトや那珂の写真が貼られた団扇を振って彼女に答える。

 

「わぁ…」

 

「すごい人気ですね…」

 

周りの観客たちの熱狂ぶりに少々戸惑いながらも感嘆の声を出すヴィヴィアンとエレイン。

自称とはいえ、純粋にアイドルとしての那珂のファンはかなり多い。鎮守府や艦娘の宣伝役として選ばれた彼女は雑誌やテレビに出演し、日本国民の前でその自慢の歌や踊りを見せつけた。僅か数ヶ月で彼女の人気は急上昇。結果として当時その力故に恐れられていた、艦娘という存在に対するイメージを一気に改善させた。

 

『今日は歌う前に、那珂ちゃんと一緒に踊ってくれる子がいるから、みんなに紹介しちゃうよー!』

 

那珂の口から、踊りと歌がとても上手な少女の事が伝えられる。

 

『さぁ、入って来てー!』

 

一通り説明が終わると、那珂は後ろを振り向き照明の当たらない暗闇の所に声を掛ける。

 

『……』

 

するとその暗闇から1人の少女が姿を現した。ワンサイドアップさせた若草色の髪に、青を基調としたアイドル衣装が特徴のその少女は、顔を赤くさせたままゆっくりとした歩調で那珂の隣に立つ。

 

『この子が今回那珂ちゃんと一緒に踊ってくれる、異世界からやって来た軽巡洋艦、『ニニアン』ちゃんでーす!!』

 

那珂はヴィヴィアン級魔砲船3番艦『ニニアン』の紹介をすると同時に、彼女の口元に自分のマイクを近付ける。

 

『では自己紹介をお願いしまーす!』

 

『……』

 

那珂がニニアンに自己紹介を促すと同時に、会場がしんと静まり返る。

 

『……』

 

大勢から注目されて緊張な面もちのニニアン。那珂はそんな彼女の手を繋ぎ、微笑みながら小声で励ましの言葉を述べる。

 

「…大丈夫だよ。この日のために沢山練習したんだから。きっと上手くいける」

 

「……あぁ」

 

ニニアンは小さく頷くと、一歩前に歩み出る。彼女は勇気を振り絞りマイクを構え――

 

 

 

 

 

『やっほー!!『ニニアン』だよー!よろしくねーー!!!』

 

 

 

 

 

鎮守府の外まで聞こえるような大きな声を出す。その顔は恥ずかしさで真っ赤だった。

 

『『『『よろしくねーー、ニニアンちゃーん!!!』』』』

 

その勇気を称えるかのように彼女の名前を叫ぶ観客たち。彼らも今回のライブのためにニニアンがどれだけ頑張っていたのか、普段必死に訓練(レッスン)する彼女の姿を見て知っていた。

自分の自己紹介に笑顔で答えてくれた観客たちに、ニニアンは一瞬驚いたような表情になるが、その次には自然と笑みがこぼれてきた。何時の間にか今まであった緊張感が嘘のようになくなっていた。

 

『よろしくねー、ニニアンちゃん!みんな『ニニ』ちゃんって呼んであげてねー!』

 

そう言うと那珂は煌びやかな衣装を揺らしながら、これより行うダンスの開始位置に移動する。ニニアンも同様に彼女と対になる位置へ移動した。配置に着いたところで、那珂が最初に歌う曲名を言う。

 

『じゃあ、ライブを始めるよー!!最初の曲は勿論!『恋の2-4-11』!!!』

 

曲名を言うと同時に、音楽がスタートする。

 

ニニアンは今までの訓練の成果をこの会場にいる全員に見せつけるかの如く、華麗な動きを見せる。

 

「すごいよ、ニニアン!」

 

「とっても上手ですね~!」

 

観客席で自身の妹を褒めるヴィヴィアンとエレイン。ニニアンの歌、振り付け、そして表情。そのどれをとっても一緒に踊っている那珂のそれに匹敵していた。

 

『『――ダイスキ!!』』

 

ラストは観客たちに後ろを向き、こちらに振り向いて笑顔を見せる那珂とニニアン。同時に曲が止まって一瞬だけ静かになるが、すぐに観客たちの歓声が彼女たちを包み込む。

 

その後の曲も大いに盛り上がり、そして最後の曲が終了した時点で、2人のアイドルが互いの手を繋いで満面の笑みで叫んだ。

 

『『みんなーー!!ダイスキだよーー!!!』』

 

直後、今回のライブで最も大きな歓声が会場の外まで響き渡った。

 

『きゃーー!!』

 

『那珂ちゃーん!!』

 

『ニニちゃーん!!』

 

『2人とも大好きだーー!!!』

 

ニニアンは余りの嬉しさに少し涙目になりながらも、笑顔で彼らに手を振る。彼女にとっての初のライブは、大成功という形で幕を閉じた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

ライブ終了後、川内たち4人はニニアンと那珂がいる舞台裏に入る。

 

「お疲れー!」

 

2人の姿を確認したヴィヴィアンが、開口一番で彼女たちに労いの言葉を掛ける。

 

「ね、姉さんたち…!?何でここに!?」

 

突然の姉たちの来訪に驚くニニアン。そんな彼女に今度はエレインが話し掛ける。

 

「ライブ見ましたよ、ニニ。とても感動的でした」

 

瞬間、ニニアンはさらに動揺した。

 

「えっ…!?み、見たのか…!?私と那珂のライブを!?」

 

「当たり前じゃないか。大事な妹の晴れ舞台なんだから」

 

「うぅ…」

 

さも当然と言わんばかりに答えるヴィヴィアンに、ニニアンは顔を赤く染めて俯いてしまう。そんな彼女の様子に那珂が頬を膨らませる。

 

「ほらダメだよ、ニニちゃん!そこで下を向いちゃっ!折角お姉さんたちが褒めてくれたんだから、ニニちゃんもスマイルで答えなきゃっ!」

 

「わ、分かってるよ那珂。でも身内に見られたと思うとなんだか恥ずかしいんだよ…」

 

「身内だからこそ、『私、頑張ったよ!』って言っても良いんだよ!ほらっ、アイドルはスマイル!にこっ!」

 

そう言って笑顔をニニアンに向ける那珂。ニニアンもしばらくの間躊躇していたが、やがて姉たちに笑みを向け、ゆっくりと口を開いた。

 

「…姉さん。私、頑張ったぞ」

 

「うん、すごかったよ。よく頑張ったね」

 

「…ん。ありがとう」

 

まだ何処かぎこちない笑顔を浮かべるニニアン。そんな彼女の頭をヴィヴィアンは優しく撫でる。それによって安心したのか、次第に彼女の表情が柔らかくなっていく。。その様子をエレインと川内姉妹は微笑ましそうに眺める。

 

「…にしてもニニアンのダンスは本当にすごかったな~。こりゃ強力なライバルを出現させちゃったね、那珂」

 

川内のこの言葉に、那珂は不敵な笑みをこぼす。

 

「なら那珂ちゃんはもっと上を目指せばいいだけだよ。ニニちゃんだろうとセンターを譲る気は絶対ないからね」

 

「ふふっ、那珂ちゃんらしいですね」

 

那珂のポジティブ思考に神通はクスリと笑う。

 

「…あっ、そうそう!明日の出撃なんだけど、僕たち3姉妹全員で一緒に出ることになったから」

 

「えっ、そうなのか!?」

 

ヴィヴィアンから明日の出撃について教えてもらったニニアンは驚きの声を上げる。

 

「うん。異世界にやって来て初の出撃!今からわくわくするね!」

 

「そうですねヴィヴィー姉様。水雷戦隊を率いるのは初めてですが、同時に新しい事に挑戦できると思うと、私も楽しみで仕方ありません」

 

「私は少々不安だが…。姉さんたちと一緒なら大丈夫な気がする」

 

明日の実戦では、ヴィヴィアン級姉妹は実際にそれぞれ水雷戦隊の旗艦となり、駆逐艦娘数人を率いて深海棲艦に夜襲を仕掛ける。そのサポート役として、川内姉妹は1人ずつ彼女たちに付く事になっている。

 

「それにしても水雷戦隊……か」

 

ふとニニアンの脳裏に、第零式魔導艦隊の小型艦たちを率いる自分たちの姿が浮かび上がる。

 

「……『第零式水雷戦隊』?」

 

唐突にニニアンの口から出てきたその単語。それを上手く聞き取れなかったヴィヴィアンとエレインが首をかしげる。

 

「ん?どうしたんだい、ニニアン?」

 

「いや…。もし私たちが第零式魔導艦隊の小型艦たちと部隊を編成したら、どんな部隊名で呼ばれるのか何となく気になってな」

 

「ですが、現時点で所在が分かっているのはフィジーちゃんだけですよ?他の子がいないとそう言う部隊名の水雷戦隊は組めないのでは?」

 

現状、フィジー以外の小型艦たちが何処にいるのか、彼女たちには皆目見当つかない。だが、自分たちやフィジーがこうして異世界にやって来た以上、他の第零式魔導艦隊の仲間たちもこちらの世界にやって来ていると彼女たちは考えていた。はっきりとした根拠はないが、何となくそんな気がするのだ。

 

「…まぁ、今は強くなりがら信じて待とう。きっと皆この世界の何処かにいて、必ず再会できる時が来るはずだよ」

 

「…そうだな。今は明日の実戦の事を考えよう」

 

会話がひと段落したところで、川内が3人に話し掛ける。

 

「それじゃ、そろそろ部屋に戻ろっか?」

 

「実戦は明日の夜になりますが、その前にこれまでの訓練の総復習を0800(まるはちまるまる)から始めます。3人とも遅れないようにお願いしますね?」

 

神通は明日の予定を3人に伝える。それに対し3人は頷いて了解の意思を見せる。

 

「アイドルにとって規則正しい生活は大切!さぁニニちゃん!早く部屋に帰って寝る準備するよ~!」

 

「あぁ!」

 

那珂とニニアンは先に楽屋を後にし、駆け足で艦娘寮へと向かった。

 

「あははっ!相変わらず仲良しだね~、あの二人」

 

「ふふっ、そうですね。那珂さんのおかげでニニもよく笑うようになりましたし。本当に良かったです」

 

船魂だった頃より明るくなった妹のその後ろ姿を、ヴィヴィアンとエレインは微笑ましそうに眺める。彼女たちも自室に帰るため、川内たちと共に艦娘寮へと歩き出した。

 

 

エクスの無事がヴィヴィアン姉妹とフィジーに伝えられたのは、その数日後の事である。

 

 

To be continued...

 






おまけ『重巡洋装甲艦』


一方その頃、大湊鎮守府では…。


日向「2人とも。これが瑞雲だ」スチャッ

シルバー「わぁっ…!これが日向師匠の仰っていた瑞雲!」キラキラ

ヴァイオレット「とても素敵な姿ですわ、お師匠様~!」キラキラ






鈴谷「ま、まさかシルバーもヴァイオも…たった一夜で染まってしまうなんて…」

熊野「ああなってしまうと、もはや手遅れですわ…」

利根「なっははは!これで航空巡洋艦がまた2隻増えるの~」

筑摩「利根姉さん…」


第零式魔導艦隊に所属するシルバー級重巡洋装甲艦。その1番艦『シルバー』と2番艦『ヴァイオレット』。

……彼女たちは立派な瑞雲教徒になっていた。


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横須賀へ


最新話はもう暫くお待ちください。


 

 

――飛来する敵弾が曇天で灰色に見える海面に突き刺さり、巨大な水柱を形成する。その砲弾の嵐を突き進む一人の艦娘。艦種は見た目からして駆逐艦だった。

 

重巡リ級と駆逐イ級2隻は、自分たちに肉薄せんと突撃するその命知らずな艦娘目掛け、砲弾を絶え間なく撃ち続ける。その艦娘にまるで雨の様に降り注ぐ砲弾。だが、その艦娘は余裕と言わんばかりにそれらを躱していく。

 

「……!!?」

 

あっという間に2隻いるイ級の内、1隻の目の前まで辿り着く。接近を許してしまったイ級は一瞬だけ砲撃を止める。その隙を逃さず、その艦娘は持っている砲から砲弾を撃ち込む。その発砲炎は青白い色をしていた。急所を突かれたイ級は浮力を失い、暗い水底へと飲み込まれていく。

 

少女はそのイ級が沈んでいく様子を確認する事無く、即座にもう1隻のイ級に砲を向ける。先に発砲したのは狙われたイ級だった。

 

少女はそれを首をひねって避け、お返しとばかりに青白く光る砲弾を撃つ。そのイ級もまた急所に砲弾が当たり、爆裂魔法による誘爆が原因で轟沈した。

 

あまりにも短い時間で敵艦2隻を仕留めたその駆逐艦娘は、くるりと後ろを振り向いて残る1隻のリ級と相対する。すかざす右手の艤装から砲弾を発射するリ級。それを少女はただ立って見ていた。

 

着弾。それと同時に形成される巨大な水柱。少女がそれに飲み込まれる様子を見て、リ級は勝利を確信した。

 

…だが、その認識は誤りだった事を彼女はすぐに気付かされる。

 

突如横から感じる気配。視線だけを向けると、先ほど撃沈したはずの少女が海上に立ち、得意げな笑みをこちらに向けていた。

 

「…?」

 

少女がなぜそのような表情をするのか理解できないリ級。少女にばかり気を取られていた彼女は、すぐ側まで迫っていた死神に気付く事が出来なかった。

 

突如、海面から発生する猛烈な爆発。それによって生まれた凄まじい破壊のエネルギーがリ級を容赦なく襲った。

 

「………!!?」

 

それは自分と戦っている少女が放った酸素魚雷によってもたらされた事だった。リ級は魚雷攻撃を受けたと認識した直後に意識を手放し、海の底へズブズブと沈んでいった。

 

「……」

 

その様子を見ていた少女は、しばらく体をわなわなと震えさせると、やがて両腕を天に勢い良く上げ万歳の姿勢を取った。

 

「ん~~~やったーー!!」

 

歓喜の雄叫びを上げて両足に取り付けられた5連装魚雷発射管を撫でる少女。

 

「本当に凄いよ魚雷って!重巡を倒しちゃった!」

 

自分よりも強力な艦種を仕留めた事に、少女の顔は喜色満面になる。

 

少女の名は『フィジー』。第零式魔導艦隊に所属する小型艦、『マーリン』級の8番艦である。

 

「だから~!フィジーは小型艦じゃなくて『魔導駆逐艦』だってばー!」

 

……これは失礼。『マーリン』級魔導駆逐艦8番艦『フィジー』でした。

 

「フィジーちゃん!」

 

そこへ同じ第零式魔導艦隊に所属し、フィジーの先輩にあたる『ヴィヴィアン』級魔砲船の2番艦、『エレイン』が合流する。フィジーは興奮した様子で彼女に自分の戦果を伝える。

 

「あっ、エレインさん聞いて!フィジー、重巡を倒したんだよ!凄いでしょー!」

 

「えぇ、見てましたよ。よく頑張りましたね」

 

「えへへ~」

 

褒められたフィジーは照れ顔になる。そんな後輩の姿に笑みを浮かべるエレイン。

 

「…ですがあまり1人で前に出すぎるのは危険ですよ?今後はそこを気をつけて…」

 

フィジーの行動を注意するため話を続けようとした時、エレインの後ろに巨大な水柱が立ち上がり、海中に潜んでいた軽巡ツ級が姿を現す。

 

「!?エレインさん!後ろ…!」

 

「……」

 

フィジーが新手の深海棲艦の出現に動揺しながら叫ぶ。それと対照的に落ち着いた表情を見せるエレイン。

 

他の軽巡よりも高い戦闘力を誇るツ級。並の駆逐艦娘や軽巡洋艦娘では撃破が容易ではないと言われた深海棲艦が、背中を向けたまま立ち止まっているエレインに襲いかかる。

 

「えぇ、知っていましたよ?隠れていたのは」

 

だが、ツ級の攻撃が行われる事はなかった。それより先に、エレインが魚雷発射管を後ろに向けて酸素魚雷を発射する。魚雷は海中に入る事無く、さながら噴進弾の如くしばらく飛翔してツ級に命中する。

 

「……!!?」

 

攻撃のためエレインに近付いていたツ級にその魚雷を躱す余裕などなかった。命中と同時に魚雷内部の炸薬が爆発してツ級を襲う。

 

非常に重い攻撃でありながら、ツ級の被害は何とか大破に留まった。

 

「…?」

 

ふとツ級は、自らの体がふわりと浮き上がる感覚を抱いた。時間にしてほんの1、2秒程度だろうか…?ツ級にはそれ以上の時間浮き上がっているような気がした。

 

煙が晴れる。ツ級の目の前には穏やかな笑みでこちらを見るエレインの姿があった。彼女は装填済みの中口径魔導砲をツ級に突きつける。

 

「申し訳ありませんが敵艦さん、今はフィジーちゃんと大事なお話をしている最中なんです」

 

エレインの糸目がゆっくりと開き、瞼の中に隠された鋭い眼光がツ級を睨みつける。

 

「…静かにして頂けますか?」

 

直後に放たれる青白い砲弾。それは文字通り轟沈寸前だったツ級に対する止めとなった。視界の全てが青から赤に変わったところで、ツ級は意識を永遠に手放した。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

深海棲艦の艦隊との戦闘から約1時間。数で勝るはずの深海棲艦は、その大半が水底に沈み、生き残った艦も艤装から黒煙を出しながら撤退していった。

 

「2人とも、怪我はない?」

 

戦闘を終えたフィジーとエレインは、味方の主力部隊と合流。そこで待っていたヴィヴィアンとニニアンが、彼女らを心配して声を掛ける。

 

「えぇ、大丈夫ですよヴィヴィー姉様」

 

「フィジーもほらっ、こんなに元気だよ!」

 

「全くフィジーは、また1人で突撃して。お前は只でさえ魚雷をしこたま積んでいるんだ。被弾した時のリスクは他の艦娘よりも多いんだぞ?」

 

語気を強めてフィジーの行動を咎めるニニアン。それにフィジーは素直に頭を下げて謝罪する。

 

「…はい。ごめんなさい、ニニさん」

 

「ニニ。そこは私が注意しておいたからその辺にしてあげてくださいね?」

 

「…まぁ、姉さんがそう言うのならこれ以上は言わないけど…今後は自分の身を考えて行動しろよ?」

 

「は~い!」

 

素直に返事するフィジー。そこへさらに複数の艦娘たちがやって来る。

 

「「フィジー!」」

 

「しぐしぐ!まいまい!」

 

フィジーはその中で彼女の親友である駆逐艦『時雨』、『舞風』の姿を確認し、手を大きく振ちながら彼女たちの元へと向かった。

 

「目標の敵艦隊は無事に撃破できたみたいだよ。みんなお疲れ様。提督が気を付けて帰って来いってさ」

 

入れ替わりでやって来た川内姉妹。その長女がヴィヴィー姉妹への労いの言葉を掛けると同時に、提督『梶ヶ谷 海良』からの指示を伝える。

 

「分かった。川内たちもお疲れ様。…そういえばエレイン。帰ったら提督さんから大事な話があるんだったよね?」

 

「はい。3日後に行われる合同演習に関する話です」

 

「そんじゃ、取り敢えず帰りますか、鎮守府に」

 

フィジーたちは彼女たちの暮らす家、佐世保鎮守府へと進路を取った。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

佐世保鎮守府 執務室

 

 

夕食が始まる少し前の時間。佐世保鎮守府提督『梶ヶ谷 海良』は、執務室にやって来た2人の艦娘に異動について説明していた。秘書艦の戦艦『山城』と補佐役である彼女の姉の『扶桑』が海良の隣に立ち、彼と異動命令を受ける2人の艦娘を見守る。

 

「…以上だ。急な異動で済まないな、2人とも。本来なら10月からの予定なんだが」

 

「いいえ、提督。横須賀鎮守府は空母の数が少ないですし、私たちのような艦が少しでもお役に立てるのなら光栄です」

 

海良からの謝罪に首を振って答える少女。名前は翔鶴型航空母艦、1番艦『翔鶴』。彼女は隣に立っている妹の『瑞鶴』と共に、横須賀鎮守府への異動が決まっている。

 

「期待しててよ、提督さん!加賀なんかより私たち五航戦のほうが優秀だって事、証明してみせるから!」

 

一航戦、特に空母『加賀』に対して対抗意識を持つ瑞鶴。翔鶴は妹が発した失礼な言動を指摘する。

 

「もぉ、瑞鶴。一航戦の先輩を呼び捨てにしちゃダメじゃない」

 

「何であんな奴に敬意を払わなきゃいけないのよ?あいつ、船の頃から私と翔鶴姉を馬鹿にしている節があるし」

 

露骨に不満の表情を浮かべる瑞鶴。海良は鶴姉妹の顔を交互に見ながら、再度口を開く。

 

「翔鶴、瑞鶴。お前らは一航戦や二航戦に比べたら艦娘としての時間は短いが、実力はあの4人に引けを取らない。向こうでも上手くやってくれると、俺は信じている」

 

「提督さん…」

 

「短い間だったが、お前らと共に戦えた事を、俺は誇りに思う。横須賀に行っても頑張ってくれ」

 

励ましの言葉を紡ぐと、海良はゆっくりと椅子から立ち上がって鶴姉妹に敬礼する。隣にいた扶桑姉妹も彼に続いて敬礼する。

 

「「はい、提督。お世話になりました!」」

 

鶴姉妹も再度姿勢を正し、海良と扶桑姉妹に敬礼を返した。

 

「…さて、当日翔鶴たちと共に横須賀へ行く艦娘がいるのだが…。山城、フィジーたちはまだ来ないのか」

 

海良は椅子に座り直して隣にいる山城に尋ねる。鶴姉妹が横須賀へ異動する当日。同じく合同演習のため彼女たちと共に横須賀へ向かう艦娘たちがいた。演習の打ち合わせ兼ある重要事項を伝えるため、海良はあらかじめ彼女たちに執務室へ来る旨を伝えていた。

 

「先ほど川内から鎮守府に到着したとの報告があったから…もうそろそろ来るはずよ?」

 

「そうか、分かった」

 

頷く海良。その時、部屋の外からドタドタと走る音が聞こえてきた。音は徐々に大きくなりながら、執務室に近づいてくる。

 

「しれーさん!!!」

 

勢いよく開く執務室の扉。同時に1人の少女が元気な声を上げて入室する。…2人の駆逐艦娘を引きずりながら。

 

「ま、舞風さん!?」

 

「「時雨!?」」

 

茶髪の少女が右手で掴んでいる金髪の少女の名を言う翔鶴と、同じく反対側にいる黒髪の少女を見て叫ぶ扶桑姉妹。少女に引きずられて来たためか、駆逐艦『舞風』と『時雨』は目を回していた。

 

「フィジー…。お前、部屋に入る時はノックして、許可が下りてからだと教えといたはずだよな…」

 

呆れた表情でフィジーを見つめる海良。

 

「あ、そうだった!ごめんなさい、しれーさん!」

 

フィジーはハッとすると、勢いよく頭を下げて素直に謝罪する。海良は溜息を吐くと再度口を開く。

 

「…とりあえず舞風と時雨を起こしてやれ。気を失っているみたいだぞ?」

 

「え……あ!しぐしぐ、まいまい!ごめん、大丈夫!?」

 

海良に指摘されてようやく目を回している2人に気付いたフィジーは、慌てて2人の体を揺らす。

 

「う…う~ん」

 

「あれ?ここは…?」

 

フィジーに身体を揺すられて目を覚ます時雨と舞風。執務室に行く途中で気を失ったためか、自分たちが今何処にいるのかすぐには把握できなかった。

 

「あ!しぐしぐ!まいまい!」

 

「「………」」

 

この異世界に来て初めての親友たちが目を覚ました事に、フィジーは心底嬉しそうな声を上げる。時雨と舞風はそんな彼女にすばやく迫って怖い笑顔を見せる。

 

「…フィジー~?」

 

「…ちょっ~と、向こうでダンス(物理)の練習に付き合ってくれない?」

 

「ご…ごめんなさい」

 

フィジーは身体を震わせ、冷や汗をかきながら2人に謝るのだった。

 

「ちょっとフィジー!先に行きすぎだって!」

 

「あー!今度こそ私が一番に着きたかったのに~!」

 

ちょうどそこへヴィヴィアン姉妹と川内姉妹の6人、さらに白露姉妹(白露、村雨、春雨、海風)と第4駆逐隊(野分、嵐、萩風)もやって来る。狭いとも広いとも言えない執務室は、一気に大所帯となった。

 

「…これで全員だな。では、演習についての詳細を説明する。全員しっかりと聞くように」

 

横須賀へ向かう全艦娘が揃ったところで、海良は淡々と説明を始める。先ほどまで口々に話し合っていた艦娘たちは喋る事をやめ、自分たちの提督に耳を傾ける。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

それから数分後。演習に関する説明が終了した。

 

「演習については以上だ。出発は明日の朝だ。きちんと準備をしておくように」

 

『了解しました!』

 

一斉に敬礼する艦娘たち。それを見て一度頷いてから、海良は次の連絡事項を述べ始める。

 

「…もう一つ連絡がある。フィジー、ヴィヴィアン、エレイン、ニニアン」

 

海良は異世界よりやって来た4人の魔導艦娘を呼ぶ。他の艦娘たちは呼ばれた彼女たちに一斉に注目する。

 

「お前たちに横須賀鎮守府に行くにあたって、大事な事を伝えておく必要がある」

 

「大事な事…?それって何なの提督さん?」

 

ヴィヴィアンが4人を代表して尋ねる。するといつも無表情の海良がふっと笑みを浮かべた。普段は滅多に笑わない自分たちの提督が見せる笑顔に、その場にいる艦娘全員が驚く。これは余程良い話である事を、その場の誰もが予想した。

 

そして予想通り、海良はフィジーたちにとって非常に喜ばしい事実を告げた。

 

「…お前たちが所属していた艦隊。その旗艦である戦艦娘が横須賀鎮守府で保護されている事が分かった」

 

「「「「!!!?」」」」

 

瞬間、フィジーたち4人は驚愕の表情を浮かべた。

 

「ほ…本当なのか司令…?え、エクスさんが横須賀にいるって…」

 

恐る恐る尋ねるニニアン。海良はゆっくりと頷いた。

 

「しれーさん!ホントにホントなの!?」

 

フィジーは海良の机まで移動し乗り出すように彼に迫る。

 

「あぁ、間違いない。残念ながら戦艦『エクス』以外の艦娘はまだ行方が分かっていない。呉や那覇には来ていない様だしな」

 

「舞鶴鎮守府や大湊鎮守府はどうなのですか?」

 

エレインが尋ねる。

 

「いる可能性はあると思っている。ただ、向こうもこっちと同じく混乱を避ける為に箝口令を敷いているなら、直接鎮守府に赴いて確認するしかない。…だが、向こうも多忙故に時間が取れないのが現状だ。訪問出来るのはしばらく先になりそうだ」

 

「…そうでしたか、分かりました」

 

「…すまない」

 

「提督が謝る事じゃないですよ。今は深海棲艦が活発化によってどこの鎮守府も何時も以上に忙しくなっているのですから。今はエクスさんの無事が分かっただけで十分です」

 

ありがとうございます。そう言って海良に頭を下げるエレイン。他の3人も彼女に続いた。

 

「よかったね、フィジー!」

 

フィジーの隣に立っていた時雨が、彼女に笑みを向ける。

 

「うん!早くエクスさんに会いたいな~」

 

フィジーも彼女に満面の笑みを向けて頷いた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

佐世保鎮守府 大食堂

 

 

大勢の人で賑わう食堂。1000人以上が座れる様に、その規模は非常に大きく造られている。

 

海良の話が終了した後、フィジーは執務室に集まった艦娘たちと一緒に夕食を摂りながら会話をしていた。現在はエクスに関する話題である。

 

「エクスさんって人はどんな人なのフィジー?」

 

フィジーの左隣で食事している舞風が、彼女にエクスについて尋ねる。

 

「う~んとね…とても真面目で頑張り屋さんで…可愛いって言われた時の凄く恥ずかしがる姿がとっても可愛い人だよ」

 

「相当の照れ屋さんなのかな?」

 

「うん、そんな感じ」

 

ここでフィジーの正面に座っていたヴィヴィアンが昔を思い出して軽く笑う。

 

「あははっ、そういえば前に皆でエクスさんに散々可愛いよって言った事があったよね~」

 

「…そのせいで姉様たち、エクスさんを泣かせてしまったではないですか」

 

その隣で話を聞いたエレインは、姉を少し咎めるような口調で話す。エレインの脳裏には、全身を真っ赤に染めて泣き出してしまったエクスの姿が浮かび上がる。

 

「…うん、あの時は本当に申し訳ない事をしてしまったよ…。反省しています…」

 

ヴィヴィアンの声が少し小さくなる。

 

「でもこれで他の仲間たちもこっちの世界に来ている可能性が高くなったな」

 

「そうだねニニ。ただ皆が僕たちの様に他の鎮守府に保護されていれば良いのだけど…提督さんが言うにはまだ海を彷徨っている可能性もあるみたいだから心配だな…」

 

まだ会える仲間たちの安否を心配するヴィヴィアン姉妹。そんな彼女たちへフィジーが明るい声で話す。

 

「大丈夫だよ!必ずみんなと無事に会える筈だから!」

 

「何でそう思えるんだフィジー?」

 

「勘!!」

 

無邪気な笑顔でそう答えるフィジー。途端に彼女が座るテーブルが明るい笑い声に包まれる。

 

「…そうだな。心配していてもしょうがないし、今は皆の無事を信じようか」

 

「そうだね。僕らは皆に会える日が来るまで、もっと強くなれるように努力していこう」

 

「えぇ、ヴィヴィー姉様」

 

頷くエレイン。そこへ川内姉妹が彼女たちへ話し掛ける。

 

「そうそう、今日の出撃だけど…3人ともなかなか良い戦いぶりだったよ?」

 

「えっ、本当かい川内!?」

 

「うん。敵艦との間合い、攻撃のタイミングや武器の使い方…どれも最初の頃とは比較にならないくらい良くなっていたよ。…まぁ、夜戦が出来なかったのは残念だったけど」

 

大好きな夜戦が出来なかった事に露骨に落ち込み始める川内。隣に座っていた神通が彼女を慰めながら、エレインの方へ顔を向ける。

 

「エレインさんも…私が教えた事以上の事が出来ていて良かったですよ」

 

「ありがとうございます、神通さん」

 

「もっちろん、ニニちゃんもだよ!アイドルに必要な所がしっかりと戦闘に生かせていたよ!」

 

「あぁ、ありがとな那珂」

 

自分の教官たちから褒められて嬉しそうな表情を浮かべるヴィヴィアン姉妹。そんな3姉妹の様子をフィジーはしばしの間微笑みながら見ていた。

 

「ねぇ、フィジー」

 

そこへフィジーの右隣に座っていた時雨が彼女に話し掛ける。

 

「はっ…!何、しぐしぐ?」

 

「エクスさんという人以外に、フィジーが所属していた艦隊の人たちの話が聞きたいのだけど」

 

「あっ、それ私も聞きたい。特にフィジーのお姉さんたちについて」

 

舞風も時雨に同調し、白露姉妹と第4駆逐隊のメンバーも賛成の意を示す。

 

「うん、いいよ!一番上のお姉ちゃんのマーリンちゃんはね…――」

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

夕食を終えたフィジーたちは、川内姉妹やヴィヴィアン姉妹と別れ、自分たちの寝室へと向かっていった。

 

「ムーは凄かったな~。魔法を使わないで車や飛行機を作っちゃうんだもん!」

 

話題はフィジーが暮らす世界に関する内容に変わっていた。フィジーは何度か遠征で行った列強ムーについて興奮した様子で話す。

それを日本の駆逐艦娘たちは驚愕の表情を浮かべながら聞いていた。

 

「…信じられない。まさかムー大陸が本当に実在していたなんて…それも異世界に転移していたなんてね…」

 

呆然とした様子で言葉を紡ぐ時雨。他の艦娘たちも彼女と同じ感想だった。

 

「フィジーも列強ムーがこの世界の国だったって知ってビックリだよ。ムーの人たちが言っていた事は本当だったんだね」

 

「言っていた事?」

 

「それってどんな事ですか?」

 

村雨と萩風が首を傾げる。

 

「ムーの人たちは自分たちは異世界からやって来たって言っているんだ。でも、『転移なんてありえない』って誰にも信じてもらえなかったみたい」

 

「そうだったのか…。…にしてもいきなり知らない世界に放り込まれて、ムー大陸も相当苦労したんじゃないか?」

 

「うん。あらあらの言う通り、魔法で他の国よりずっと不利だったから最初は周りから攻められたりして大変だったみたい。だから科学に力を入れていたんだよ」

 

(『あらあら』って……)

 

白露はその渾名を聞いて変に思ったが、その名前で呼ばれた当の嵐は大して気にも留めていないようだった。実際には、『こうして渾名で呼ぶのは親しくしたいから』と言って全く改めようとしないフィジーに対して半ば諦めているだけだが…。

 

(流石に村雨に関してはこの独特の渾名で呼ぶ事は姉妹全員が全力で止めさせたけど…)

 

前に一度、フィジーが村雨を渾名で呼んだ事があった。この時は村雨も含めて白露姉妹総出で彼女を説得し、別の渾名で呼ぶ事でなんとか納得させた。因みにその時決まった変わりの渾名は『村ちゃん』である。

 

「はぁ…はぁ…」

 

その時、廊下の曲がり角から一人の少女が現れた。その少女は全力で走ってきたためか、息が荒かった。

 

「あれっ?そんなに慌ててどうしたのつきつき?」

 

何事かと尋ねるフィジー。少女――自称レディーこと駆逐艦『暁』は息を整える前に口を開く。

 

「な…長門さんがまた発作を起こしわ。み、みんな逃げて…!」

 

『!!!?』

 

その場にいた全員が驚愕し、同時に顔がみるみる青ざめていく。

 

戦艦『長門』。建造当時、彼女は妹の『陸奥』と共にビックセブンの一角を占め、子供たちが写生で彼女たちの絵を描くなど多くの人から人気を集めていた。艦娘として生まれ変わった後も佐世保鎮守府の主戦力として活躍し、その名に恥じぬ高い戦闘力を発揮して艦隊の勝利に貢献している。

 

そんな彼女の大好きな物は……『甘味』と『駆逐艦』である。

 

「おぉ、暁!見つけたぞ!」

 

其処へながも…長門が追いついて来る。彼女は暁の姉妹艦――駆逐艦『ヴェールヌイ(響)』、『雷』、『電』を腕に抱えたまま現れた。3人とも生気が抜けた様子で項垂れている。

 

「ひいっ…!!」

 

暁は悲痛な叫び声を上げて後ずさる。フィジーたちも彼女と同様の行動を取る。

 

「おぉっ、よく見たら他にも何人かいるじゃないか。折角だからまとめて愛でてやろう」

 

大好きな物が目の前にたくさん現れた事で、心底嬉しそうな声色で死刑宣告する長門。それを聞いた全員が戦慄する。

自分たちは駆逐艦。対する発作状態の長門は戦艦。押さえる事など出来るはずもなかった。だが、逃げようにも足がすくんでその場から動けない。

 

「い、嫌だ…。来ないでよ…」

 

フィジーに至っては腰が抜けてその場に座り込む。

 

「どうしたフィジー、何処か具合が悪いのか?大丈夫だ、私が看病してあげよう」

 

なぜフィジーがそうなったのか分からないまま、長門はターゲットを暁から彼女に変更する。看病してやると言っているが、頬を紅潮させハァハァと荒い息づかいをしている時点で説得力など皆無だった。

 

「やだやだ…!助けて…!」

 

目に涙を浮かべて助けを求めるフィジー。

 

「安心しろ、別に何もしな…―――」

 

長門がフィジーに向けて手を伸ばそうとした直前、突如彼女の体が崩れ落ちた。

 

「…え?あっ…」

 

「…たくっ、毎度毎度世話の焼ける奴だ」

 

長門の後ろから現れたのは海良だった。長門を鎮めたのは彼だった。その側には陸奥も立っている。

 

「しれーさん!」

 

『提督!』

 

その場にいた駆逐艦娘全員の表情が一気に明るくなる。

 

「ごめんなさいね、長門がまた迷惑をかけて。発作が治まるまで部屋に入れておくから安心して」

 

そう言って陸奥は海良から長門を受け取ると、彼女を連れて自分の部屋に戻っていった。

 

「ありがとう、しれーさん!」

 

フィジーが代表して礼を述べる。

 

「…気にするな。…明日は早いから、夜更かしなんてすんなよ?川内じゃないんだからな。…行くぞ暁」

 

「え、えぇ!」

 

海良は謙遜すると踵を返し、気を失っている響たちを浮遊魔法で浮かせて部屋まで連れて行った。暁もその後をついて行く。

 

「お休みなさーい!」

 

フィジーは手を振りながら彼らを見送るのだった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

艦娘寮 舞風、時雨、フィジーの部屋

 

 

消灯時刻。寝間着に着替えた3人はそれぞれのベッドに横になって布団をかぶる。

 

「じゃあ消すよ?」

 

「うん、お休みー」

 

「お休み~」

 

3段ベッドの一番上にいるフィジーが部屋の電気を消し、布団にもぐり込む。

 

「……」

 

ものの数分で時雨と舞風の寝息が聞こえてくる。起きているのはフィジーだけとなった。

 

(…エクスさん)

 

フィジーはヴィヴィアンたちから聞いた可能性について考えていた。ヴィヴィアンたち曰く、エクスの無事が確認された事で、他の仲間も無事この世界に来ている可能性は極めて高くなったと言う。

 

もう二度と会えないと思っていた姉や先輩たちに会える。そう思うとフィジーは嬉しくてたまらなかった。まだエクスしか所在が分かっていなかったが、他の仲間たちともそう遠くない未来に必ず会えるとフィジーは信じていた。

 

(待っててね、エクスさん。もうすぐ会いに行くから)

 

仲間との再会を楽しみにしながら、フィジーはゆっくりと眠りに就いた。

 

 

To be continued...

 






おまけ


エクス「…ん?」

清霜「エクスさん、どうしたの?」

エクス「ううん、何でもないよ。それよりいよいよ明日だね?」

清霜「うんっ!清霜すっごく楽しみだよ!案内は任せて!」

エクス「うん。お願いね」

エクス(今、確かに誰かが私の名前を呼んだような気がしたのだけど…気のせいだよね…?)


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