ノーネーム・ノーライフ~ゲーマー兄妹は箱庭で神話を紡ぐそうですよ?~ (アウトサイド)
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番外編
ノーネーム・ノーライフ~ゲーマー夫嫁は異世界に転生したようです~


本来、彼らのゲームはそこで終わるはずだった。パーペチュアル・チェック。引き分けという形で神々の大戦を終わらせたゲーマー夫嫁。その世界に輪廻転生という概念はない。だが、もしも別の世界から招待されたら? 
これは、記憶にも記録にも残らなかった神話が紡ぎ、続いていく新たな神話。
“最も新しき神話”へと至る“最初の神話”から派生した“異世界神話”――大人気異世界ファンタジーなんだから、異世界転生くらい余裕でしょ?


 好敵手(かれ)が消えゆくところを、その神様は最後まで眺めていた。いや、正確には最後にしか立ち会うことができなかった。彼自身が願い、そして彼とその嫁の信じる心によって生み出されたその少年は、どこか何かを堪えるような無理して作った笑顔を浮かべつつも、そんな彼らの戦いに一人のゲーマーとして。否、一柱のゲームの神様として拍手を送る。

 

「やっぱり君は、君たちはすごいよ。僕とゲームで引き分けたんだぜ? 本当に自分たちの課したルールの中で、この大戦を終わらせた」

 

 誰一人死ぬことなく、命以外のすべてを賭けて。シュヴィ・ドーラの託した願いは、機凱種(エクスマキナ)たちを動かし、コローネ・ドーラがいるからこそ、次に託すことができる。記憶にも記録にも残らない――少年だけが知る“最初の神話”。これから続くゲームの序章、あるいは遠い過去になるであろう出来事。

 

「だから僕だけが覚えていよう、もしかしたら自慢のようにだれかに語るかもしれないこの物語を」

 

 遠い未来、ルールの変わったこの世界で彼らのような人間に出会えるかもしれない。彼に似た青年と、彼女に似た少女を相手に。

 

「いや、それはないかな。あっても僕が語るとしてたらもっと別の子になるだろうね」

 

 彼らに似た誰かに語ったとしてもきっといい顔はしないだろう。どうせ物語るなら、もう少しリアクションが期待できる相手がいい。少なくとも少年にとって、この彼らの物語は神話なのだから。

 最後まで格好良く生きようとして、最後の最後にダサい自分を受け入れ、一手でも食らいつこうとした彼の意地。最後の最後まで諦めずに、そして尽きたあとは夫に託した彼女の心。これら二つは、決して汚してはならない少年の宝だ。

 

「この世界に輪廻転生は――ない。でも、もしかしたら僕のように君たちの物語も続いていることを願うよ。そうだね、例えば――どこかの世界のどこかの神様が君たちを呼び出す……とかね」

 

 まあ、そんなことないけどね。

 でも、そうだね。もしもそうだとしたら、今度こそゲームをしよう。もちろん、勝ちを譲る気はない。

 

 バイバイ、リク・ドーラ、シュヴィ・ドーラ。

 

 

 

 

――――――…………

 

 

 

 

「ううううわあああああああああああああああっ!?」

 

 箱庭上空、遥かな青空のもとでその絶叫は響いていた。白に近い灰を被ったかのような髪色とファンタジーでいう汚れきった冒険者のような恰好。もちろんそれは表現をよくしただけであり、見る人によっては浮浪者のようにも思えてしまう汚れ具合だった。何より、全身に包帯が巻かれており、肌が見えるのは口と右目の周辺、そして()()だけだ。それが余計に彼に対しマイナスの印象を抱いてしまう。

 

 そんな彼、リク・ドーラは現在。理解不能な命の危機にさらされていた。落ちているのだ。まるで上空から真っ逆さまに落とされたように、彼はその身を重力とそれに対する風圧に晒されていた。

 はっきり言ってピンチだ。命の危機というのには、腐るほど、というより全身が焼けただれるほど晒されてきたが、ここまで直接的かつどうしようもない状況に晒されるのは数えるほどだ。

 

 冷えた思考が状況の打破を試みようと視線を周囲に巡らせる。

 

 下――湖。この落下速度では十中八九、死ぬ。論外。

 

 右――なんか女が二人、きれいな服と小動物が印象的だ。無意味。

 

 左――なんか男が一人、ものすごいテンションと子供のような笑顔で喜んでいる。理解不能。

 

 結論、

 

「死ぃぃぃぃぃぬぅぅぅっ!?」

 

 落下速度から言って、水面衝突まで残りコンマ数秒。死を覚悟するとかそういう以前に、死ぬと確信した瞬間だった。

 

「リク!?」

 

 すごく懐かしい声が聞こえた。離れていた時間としてはそう大きな空白ではなかっただろう。しかし、()()()()()()()()()()()の大切な人の声そのものだった。理解と同時に、困惑、次いで怒り。常識的に考えて、リクは彼女に会えるとは思っていない。ゆえに、これは誰かが語る偽物だと判断したのだ。

 

 下――水面。目の前に迫っている。

 右――少女二人は衝撃に備えて目をつむっている。

 左――少年は水浴びでもするかのような勢いで先に水面に突っ込んだ。

 

 では、どこにいる? この声の発信源は――――。

 

「リク!」

 

 上――目には大粒の涙を浮かべ、自分に手を差し伸ばす少女。普段、日常の中でしていたフードはしておらず、そもそもいま服を着ていない彼女は、本来の機械部を晒し、人間でいう裸のような状態で機械めいた翼を生やしていた。

 

 目を疑う。死への恐怖や危機感などどこかに吹き飛び、刹那分の一秒ほどで彼女の存在を認識する。疑念、欺瞞、憤怒、目の前の少女に対するあらゆる負の感情はなく、ただ一言。

 リクは愛する嫁の名を呼んだ。

 

「シュガハッ、ちょっ、おぼれ、あばばばばばば――――」

 

「リクー!?」

 

 訂正、名前を呼び終える前に先に湖に落下した。

 

 そして、少なくとも泳げるような水を見たことも感じたこともないリクは、さっそく溺れかかっていた。とりあえず、少年に救助してもらい、一命は取り留めた。

 

 

 

 

――――――…………

 

 

 

 

「し、死ぬかと思った……」

 

「リク、だいじょぉぶ?」

 

 いまだに無様に這いつくばっている自分の姿に情けなさすら覚えるが、そばにシュヴィがいるという事実に、自然と心がほぐれていく。顔を上げ、少女の顔を眺める。

 

 ああ、大丈夫だ。様々な不安が入り混じる中、喜ぶべきなのか、泣くべきなのか困惑しているその表情。だから、リクは自分の望みを口にした。

 

「笑えばいい。こういうときは、笑ってくれればそれでいい」

 

「――――ん、ただいま、リク」

 

 そうだ。それでいい。この現状に言いたいこと、叫びたいこと、ツッコミたいことなど無数にあるが、今はそれでいい。この少女が、シュヴィが隣で笑ってくれているという事実一つで、リクは生きて思考を巡らせることができる。

 

「あー、そこの二人。とりあえず現状把握のために聞くぜ? 名前は?」

 

 先ほど落下の際、大笑いしていた粗野そうな印象を抱く少年が、遠慮がち――とは違う。遠慮はしていないのだろうが、意外と空気が読めるタイプとでもいうべきだろうか? リクとシュヴィの浮かべる表情から何かを思ったのだろう。気まずい。そんな表情をしながら名前を訊ねてきた。

 

 リクは思考する。ここで名乗るべきは本名でいいのだろうか? と。現状の把握もままならないまま、誰とも知れない相手に名前を晒すなど、愚の骨頂である。名を知れただけで相手を呪うなんてことがあれば、冗談ではすまない話だ。

 

 もちろん、これはあの大戦を生きた人間としては当然の思考だ。しかし、同時にこうも思ってしまった。

 

(ああ、こいつ。多分、平和だったんだろうな……)

 

 そう、浮かべる表情。健康的な肉付きや服装。何より、さっきの歓喜の笑い声。リクは、一瞬でこの粗野そうな少年が、自分と違う世界で生きてきたであろうことを悟った。おそらく、それは相手も同じだろう。だからこそ、どこか気まずそうななのだ。

 

 少年の目はリクの包帯まみれの体を眺めていた。同情的ではない。その感情が侮辱に値することを少年は知っている。ゆえに、彼は畏敬のような表情でリクを見ているのだ。

 

「リク。リク・ドーラだ。こっちはシュヴィ・ドーラ。そんで、お前の名前は?」

 

 悪くない。シュヴィと再会して浮かれているせいだろうか、それとも意外なことに、極めて異例なことに、リクはこの少年のことを悪くないとでも思ってしまったのかもしれない。どこか熱に浮かされたような自分の思考に、どこか苦笑気味になる。

 

「逆廻十六夜。一応、十六夜ってのが俺の名前だぜ」

 

「そうか、じゃあイザヨイ。いきなりで悪いが、俺はシュヴィと現状の把握に努めたい。悪いが、そっちはそっちでそこの草陰に隠れている獣人種(ワービースト)の相手を頼む。このままじゃあ、シュヴィが警戒を解けないからな」

 

「――――へえ」

 

 予想通り、とでもいいたいのか。どうやらイザヨイの中でリクの評価は悪くはないらしい。

 

 さて、では宣言通り、今は嫁との再会を堪能するとしよう。

 

「シュヴィ、俺たち、生きてんだよな?」

 

「シュヴィ、機体破損なし。リク、()()()()()()

 

「そうか」

 

 どうやら、自分は死に損ねたどころか、何者かの手により戻されたようだ。包帯の下には焼けた肌は存在せず、ましてや失ったはずの両腕、視力、生命活動を維持するべき必要な要素がいつかのころに戻ってしまっている。下手をすれば、大戦中のいつよりも調子がいいかもしれない。

 

 そんな現状に反吐が出そうな思いを胸の奥にしまい込む。

 

 しかし、そんな思いも愛する嫁にはバレバレだったようで。

 

「大丈夫。今度は、今度こそ一緒。もう負けない……よ」

 

「――――ああ、そうだな。こちとらもう自分の覚悟(ダサさ)なんざ受け入れてんだ。一手目から全力でいこうぜ」

 

 もう負けない。最後まで勝てなかった人生? だけど、どうやらこの人生(ゲーム)はまだ続くらしい。生まれて初めて見る青空、輝く太陽、呼吸をしても死なない清浄な空気。望んだもの、望んだ世界。腹立たしささえ覚えるほどの清々しさの中、この世界に生きている。

 

To be continued(続きはまた今度)……いいぜ、上等だ」

 

「あの……一ついいかしら?」

 

 黒い髪、赤いリボンをつけた少女が訪ねてきた。どうやら向こうの話し合いもひと段落ついたらしい。三人の中で一番、丁寧の育てられたような印象を抱く少女の視線はシュヴィへと向けられていた。

 

「あなたたちの関係について深く尋ねる気はないけど、その子には服を着せたほうがいいんじゃないかしら? 濡れていないとはいえ、女の子にその恰好は少しまずいでしょう?」

 

「そうでございます! ひとまず我々のコミュニティまでお越しください! 子供向けの服くらいならご用意できます!」

 

「「え、誰?」」

 

 いや、そのセリフを向けるなら先ほどの少女に対してもそうだが、この獣人種に関しては、本当にどちら様という感じだ。確かに話は進めておいてくれとは言ったが、このうさぎについてはもう少し話を聞きたいのだが……。

 

「俺の学ランを貸してやる。今はそれでしのげ。本人も気にした様子はあまりないんだ。簡単な説明だけでもしてやらないとリクも行動には移せないさ」

 

 ガクランといっただろうか? イザヨイは黒い服をシュヴィに羽織らせた。背格好もあってか、普段のフードのように結構なブカブカだ。これはこれでいいのだろうが、なんとなく自分の嫁が他の男の服を羽織っているという現状に、嫉妬のような感情が生まれる。

 しかし、あいにくとリクの服は構造的にシュヴィが着るには面倒だ。

 

(服を手に入れたらソッコー突き返してやる)

 

 リクがそんな思考に陥っているとは知らず、獣人種の女は口を開く。

 

「うぐぐ、理解しました! ですが、十六夜さんたちにした説明を繰り返すのもあれですし、その子もそのままにしておくわけにはいきません。話は道すがら行いましょう」

 

「おいおい、説明を聞く前にお互いやることがあるだろうが。で、お前は誰だ? うさぎの獣人種」

 

「ムッ、確かに自己紹介をしなかったのは礼を失するところですが、黒ウサギはその獣人種というものではございません! 黒ウサギは箱庭の貴族、“月の兎”でございます!」

 

 黒ウサギと名乗った彼女が獣人種を否定した点において、リクは予想をしていた。そもそも、人間に対してこんなにも表情豊かかつ友好的に話しかけてくる獣人種がいるはずがない。しかし、リクが引っ掛かったのは黒ウサギが名乗った“月の兎”という固有名詞だ。

 ほかの三人が無反応な点からして、三人は“月の兎”という名称に聞き覚えがあるのだろう。だが、リクにはそれがない。シュヴィも無反応な点から言って彼女も知らない。つまり、これは自分たちが二人が完全に共通認識の外にいるということになる。

 

(これは、勉強のし甲斐がありそうだな)

 

 リクは生き抜くため、多くを生かすために様々な知識を身に着けた。地精語などの異種族の言葉を理解している。少なくとも人類種(イマニティ)の中ではかなりの知識人であるはずだ。そんな自分の知らない世界、知らない知識。

 このとき、リクはこの世界に対して期待を抱いた。しかし、沈黙していた自分に視線が刺さるのを感じ、顔を上げる。

 

「と、すまない。じゃあ、残りの二人は?」

 

「私は久遠飛鳥よ」

 

「そっちの小動物抱えてる嬢ちゃんは?」

 

「春日部耀。小動物じゃなくて、この子は三毛猫。あなたは?」

 

「リク・ドーラ。こっちはシュヴィ・ドーラ。イザヨイのことを考えると、二人もアスカとヨウってのが名前なのか?」

 

「ええ、そうね。そういう二人は名前からして異国の人間なのかしら?」

 

 異国と言われても、そもそも国も存在せず、集落単位でしか生活できなかったリクにそれに対する答えは持っていない。なるほど。裕福そう、育ちがよさそうだとは思ったが、少なくともここにいる三人はそういう世界からやってきたらしい。

 

「異国って言われてわかんねーが。少なくとも俺()人間だ」

 

「そう、でも言葉が通じてよかったわ。じゃあ、同じ苗字だけど二人は兄妹なのかしら?」

 

 当然の疑問だろう。同じ苗字、親しそうな仲、何よりシュヴィは見た目は少女だ。だからこそ、そのシュヴィ本人がその質問には答えた。

 

「違う。リクと、シュヴィ……夫嫁(ふうふ)

 

「――――な!?」

 

 そしてこれも予想通りの反応だ。さすがにこれはイザヨイも意外だったのか、目を丸くしている。そして言葉の理解とともに女性陣から冷たい視線が刺さるが、そんなことは知ったことではない。シュヴィにプロポーズをしたのはリク。それを受け入れてくれたのはシュヴィ。誇ることはあっても、恥じることではないとリクはシュヴィの頭を撫でた。

 目を細めて喜びを表現をするシュヴィ。

 

「それで? 何か質問は?」

 

「……いえ、私の早とちりだったわ。てっきり幼女趣味か何かの下種な男かと思ったけど、その子は本当に幸せそうだし、詮索する気はないわ」

 

「同じく。少し驚いたけど、私は問題ない」

 

「ヤハハ、俺もだ。で、黒ウサギはどうよ?」

 

「分かりました。そのことについては、黒ウサギも詮索はしません。それに、シュヴィさんも外見通りの年齢ではないようですし」

 

「そうか。まあ、話しても惚気話くらいしか出てこないがな。それじゃ、自己紹介も終えたことだし、道すがら話を聞いてやるよ、黒ウサギ」

 

 そういってリクはシュヴィと手をつなぎながら歩きだす。この世界で新たな生を手にしたリクは、これからのことを考える。何が起きているのか、何が起こるのかわからない。だけど、一つ言えることがある。

 

「生きていて――よかった」

 

 あの世界のことを思うと、考えることは多い。だが、あのゲームはすでに決着がついている。引き分けという、最後の最後までダサい勝負(じんせい)だったが、それでもゲームは終わった。あとは姉であるコロンが何とかするだろう。

 

 託すべきものは託した。だったら次だ。

 

 今、隣にシュヴィがいる。これから新しい人生が始まる。

 

 愛しい嫁と、そしてどうやら今度はまた新しい仲間がいるようだ。

 

「そうだな。シュヴィ」

 

「うん」

 

「「さあ、人生(ゲーム)を続けよう」」

 

 それは、奇しくもゲームの神様が告げた言葉。これはゲーマー夫嫁が紡ぐ“異世界神話”である。



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本編
第一話「ゲーマー兄妹は異世界から招待されたようですよ?」


 もしも、ゲームですべてが決まる世界があったら? そんな馬鹿なことを思う。

 

 時代は平成へと流れ、ゲームは一つの誇るべき文化として存在している。一年に販売されるゲームの数を知っているだろうか? テーブルゲーム、家庭用ゲーム、年齢制限付きゲーム、オンラインゲーム、携帯ゲーム、同人ゲーム、最近なんて家庭用VRゲームが登場し始めた。もはや数えることが馬鹿らしく感じられる。

 

 そんなもの触れた子供は、小さいころに、否、ゲーマーなら誰しもが思ったことであろう。

 

 このゲームなら、自分は負けない。このゲームなら、自分は頂点に君臨できる。そして、新しいゲームを触れるたびに思う。

 

 ああ、ゲームですべてが決するのなら、世界はもっとも面白いのに――と。

 

「ほんっとに、人生はクソゲーだよな、妹よ」

「にぃ……いま、さら」

 

 狭い部屋だった。いや、部屋自体は狭くない。その空間を狭めているのは、無数のゲーム機。目の前の壁には、八台ものパソコンにつながるディスプレイが存在し、天井にあるだろう蛍光灯は灯さず、その明かりだけで生活をしていることがうかがえる。

 もはや芸術とすら言える複雑な回線ケーブルが並ぶ床には、積み上げられた『兵糧』、もといカップ麺や清涼飲料水があって、ここに住む人間の食生活に対し、不安を抱いてしまう。

 

 では、そんな空間にいる人間について語ろう。

 

 この空間には二人の人間、兄と妹がいた。

 

 兄――空。十八歳、ニート。

 妹――白。十一歳、不登校。

 

 この端的な紹介で、二人に対して抱いた感想はなんだろうか? 

 簡単だ。社会不適合者、典型的なダメ人間。そんな印象を抱いた人間は、多いのではないだろうか? そしてそれは、決して大きく的を外れているわけではないということを、認めよう。

 

 事実、二人は社会からはじき出された異端だった。

 そんな兄妹は、今日もゲームをしていた。

 

「あー、白ぉ死んだ。リザってぇ……」

「ちょい、待ち。今食事中」

「いやいや、白さん? 控えめに言ってお兄ちゃんピンチだからさ。ていうか、三日は食ってない兄の隣でカップ麺とか優雅すぎんでしょ。ちょっ、マジでリザってって!」

「んー……オケ、完了」

「っしゃ、妹よ、愛してるぜぇ!」

 

 両手にマウス、二画面ニキャラ操作……に加えて食事をしている妹。画面では、明らかにチートツールを使っているとしか思えない対戦相手を含め、ダブルスコアのレベル差のある、およそ1()2()0()0()()()。そのすべてをたった二人のプレイヤーが四人のキャラクターを使って制圧していく。

 

 このゲームを知るものなら、否、このゲームを知る知らないにかかわらず、あらゆるゲーマーがこう口に出すはずだ。

 

 『ふざけるな』『ありえない』『どうせ、チーターだろ?』と。

 

 しかし、驚くことにこの兄と妹は、不正を一切行うことなく、戦っている。

 

 ユーザー名“『 』(くうはく)”。二百八十を超えるゲームで前人未踏、およそ人間業だとは思えない記録を打ち立て、頂点に君臨する都市伝説。

 それが彼ら兄妹だった。

 

 しかし、

 

「ふぅー、とりま勝利ー」

「ん、思ったより長かった」

「いや、単純計算で600倍の敵倒すのに、時間かかると言われましても」

「でも、結局勝ちは……勝ち」

「……だな。今何徹目だ? あーいや、いいや。そのカップ麺の山を見る限り、結構過ぎてるみたいだし。少し休むか」

 

 小休憩。徹夜四日目にして、ようやくゲームをする手を止めることを決意した兄妹。人間の三大欲求のうち、睡眠欲と食欲を放棄して活動していた二人も、さすがに疲れが見えた。

 ちょっと仮眠を。なんてことを考えていた二人のもと、一つの電子音がなった。

 

 ――テロンッ、と。

 

 メールの到着を告げる電子音に、素直に寝不足の眼に怠惰を浮かべ、発信源を見る。

 

「にぃ、メール」

「知っとる。どうせ広告メールかなんかだろ? ほっとけ」

「友だち……かも」

「……………………誰の?」

 

 白が呟いたあまりにも頭のおかしい発言に、大きな間を開けて訊ねた空。そんな空に対し、白は無慈悲にその白魚のような指を空に向ける。

 

「白ぉ、にいちゃん今すっごい傷ついた」

「白のって言わないの、当然」

「だったら言うなよ! お互い傷つくだけじゃねぇか! 引きニートライフエンジョイしてる俺に、友達なんぞいるわけないだろ!?」

 

 この兄、十八歳にして半泣きである。

 

「あー、とりあえずタブPCのだろ、今の? さて、どいつかなーっと」

「……音は、テロン……3番メインアドレス、だよ」

「はいよ、エロゲの山ん中に紛れてるわ」

 

 ――件名:『 』兄妹へ。

 

「「…………」」

 

 件名の内容に二人は押し黙る。『 』名義でのメールは今までも多数寄せられいるので、決して不思議なことではない。しかし、そこに()()とはっきり告げられたのは、これが初めてだった。

 

「……にぃ、どうする?」

「……なんで俺たち『 』が兄妹だと知っているのか、まあいろいろと思うところはあるよ。だが、問題はこれだな」

 

 メールの本文には、こう書かれていた。

 

『   悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

    その才能を試すこと望むならば、

    己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、

    我らの“箱庭”へ来られたし           』

 

「ハッ、素敵な口説き文句じゃねぇか! ああ、本当に――」「おも、しろい。ほんと――」

 

 兄妹は笑う。そして当然のように呼吸を揃えて、

 

『ふざけるな』

 

 怒りを露わにした。

 

 友人? そんなものはいない。財産? 興味がない。世界? 心底クソくらえだ。だが、たった一つ。たった一つだけ我慢ならないことがある。家族(きょうだい)を捨てろ? ふざけるのも大概にしろ。俺たちが、白たちが、そんなことをするとでも思っているのなら、そんな世界なんぞ願い下げだ。

 

「ったく、気分悪い。白、小休憩はやめだ。再開するぞ」

「ん、ストレス、発散」

 

 そういって、兄妹はディスプレイに向き合った。

 その瞬間だった。

 

『ああ、君たちならそう言ってくれると思っていたよ』

 

 ディスプレイから、子供のような小さな手が伸びてきた。

 

「「は?」」

 

 いやおい待て。ホラゲーをやった覚えはない。

 しかし、無慈悲にもその手は現実であり、そしてこう告げた。

 

『だから、()()()招待しよう。君たちを、この“箱庭”に!』

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「「……? は……っ!? はぁぁぁぁぁっ!?」」

 

 間を置くことはなかった。急に開けた視界、久方ぶりの眩しさに、目がくらむ。

 目を見開くと青空が広がっていた。なんせ、そこは上空4000メートルほどの世界。落下による圧力が襲う非現実的な状況に、兄妹は絶叫する。

 

「なん――なんだこれぇぇぇぇぇぇっ!?」

「にぃ! 落ちてる!」

 

 パラシュートなしのスカイダイビングの結末を、予想できない馬鹿はいないだろう。そして、その結末へと向かい、自分たちが落下している事実に気絶しそうになる。

 

 何より、眼下に広がる光景が、脳をフル回転させても足りないほどの世界だ。

 

 視線の先に広がる地平線は、世界の果てを彷彿とさせる断崖絶壁。

 眼下に広がるのは、巨大な天幕に覆われた未知の都市。

 

 ああ、ようやく結論が出た。ここは、この場所は――――。

 

「「異世界ファンタジィィィィィー!?」」

 

 紛れもなく異世界なのだと。

 

「あ、死んだ」

 

 落下地点は湖。普通なら計算の必要もなく即死である。

 

 ――ボチャンッ、どうやら異世界でのスカイダイビングはパラシュート抜きでも可能らしいということを、空と白は最初に学んだ。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 湖から這い上がってきた二人は、息を整えるとその場に仰向けに寝転がる。

 

「白、生きてるか?」

「にぃ、こそ……」

「ああ、最悪だ。割とマジで死ぬかもしれん。なんで、なんで下が湖なんだよぉぉぉっ!? おかげでハードどころか、ソフトまで全滅じゃねぇか!? 唯一無事なのが、防水スマホ二台と防水タブレットPCだけとか、もうマジふっざけんなよ、リアル!?」

 

 ちなみ、補足ではあるが、ソーラーチャージャーやマルチバッテリー、充電ケーブルが無事なところを見ると、割と十分ではないかと思ってしまう。もっとも、当人たちからすれば、せめて携帯ゲームの一つや二つくらい無事であってほしかったというのが、願いだろうが。

 

 そんな兄妹の嘆きの声に応える人間がいた。

 

「あなたたちの言ってることの半分もわからなかったけど、問答無用で空に放り出されたことに関しては、同意見ね。ったく、ちゃんと着替えは容易されてるんでしょうね?」

「右に同じだ、クソッタレ。初っ端からゲームオーバーになるところだぜ、これ。まだ石の中にでも飛ばされた方がマシだ」

「……いや、それこそおしまいでしょう?」

「俺は問題ないね」

「そう。身勝手ね」

 

 兄妹は身を起こす。その視線の先には、三人の人間がいた。お嬢様然とした黒髪の少女に、なかなかにやんちゃそうな少年、無関心を装いながら猫の世話をしている少女。兄妹と比較してもキャラの濃い面々が、不満を滲ませながら濡れた服を絞っていた。

 そんな三人を視界に収めながら、白は空に訊ねる。

 

「……にぃ、ここどこ?」

「さぁな、それこそ世界の果てとでもいえばいいか? しかしまあ、つくづくリアルはクソゲーだと思っていた俺たちだが……」

「うん、ついにバグった」

「リアルなんざ、超クソゲー」

 

 その眼に宿るのは呆れか、怠惰か。ずぶぬれの恰好のまま立ち上がり、面倒くさい様子で服を絞る。そこにすでにある程度の水分を服から絞り終えた少年が質問する。

 

「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前達にも変な手紙が?」

「そうね、そのことに同意はするけども、それ以上にその呼び方をやめてもらえないかしら? 私の名前は久遠飛鳥。野蛮そうなあなたは、よろしくしてくれるかしら?」

「ハッ、逆廻十六夜だ。見ての通り、粗野で凶悪で快楽主義と三拍子揃えてる駄目人間ではあるが、よろしくするかどうかは、この状況を把握してからでも遅くはねぇんじゃないか?」

「それもそうね。じゃあ、そこで子猫のお世話をしているあなたは?」

「春日部耀。この子は三毛猫。それ以外は同文」

「極めて簡潔な自己紹介ありがとうよ。じゃあ、次だ。そこのお前らは?」

 

 三人が空と白に視線を向けた。

 

 ここで二人が考えていたことは単純だ。第一に十六夜が言った“手紙”に関して、ほかの二人も異見しなかったところを見ると、十中八九、三人は手紙とやらを受け取っている。

 つまり、この中で“メール”でこの世界に招待されたのは、兄妹だけということになる。まあ、それはどうでもなると二人は思っていた。

 

 しかし、問題は第二の考え。

 

((この三人、絶対普通じゃない))

 

 空は普段の観察眼から、白は己の知る常識の中からこの三人をそう判断した。それが異能的なものに対する考えではなく、世間一般における常識に当てはめた場合、この三人の落ち着きようは異常だった。

 まず、いきなり異世界に招待されて平常心を保っているなどおかしいだろう。そして何よりも()()()()()()()()()()()おかしい。手紙ではなく、メールでこの世界に招待された兄妹は、手紙の内容まではわからない。だが、仮に内容が同じだったとする。

 するとどうだろう。この三人は、身一つ以外のすべてを放棄してこの世界にやってきたことになる。

 

 そして、こういう人間への対処は兄である空の役目だ。

 

「う~ん、じゃあまあ、質問を一つずつクリアしていこう。まず、十六夜が最初に訊ねた手紙に関して。残念だが、俺たちは手紙をもらって招待を受けたわけじゃない。俺たちが受けたのはメールだった」

「メール? へぇ、あの手紙は密室だろうとどこだろうとやってきそうなもんだったけどな」

「そうね、事実、私には誰もいない部屋に手紙が置いてあったわ。密室殺人ならぬ密室投書、見たときは面白いと思ったけど……」

 

 ここで三人に、自分たちの境遇と違う理由で兄妹がやってきたという認識を植え付けておく。そこに生まれるのは、好奇心だ。三人の目に、兄妹に対する興味が浮かんだ。

 そうだ、それでいい。こういう人間にとって好奇心はブレーキとアクセル二つの役目になる。そして、この場合重要なのはブレーキ。兄妹に対する()()()()を好奇心で僅かに制限することができる。

 

「で、次の質問。俺の名前は空。こっちは妹の白だ」

「…………白、十一歳」

 

 空の背中に隠れるようにする白。怯えているようで、むろん、それは演技である。

 

(よし! 可愛さ、健気さ、儚さすべてにおいてパーフェクトだ、妹よ!)

 

 少女に対する可愛さに思うことなど、万国共通。それは、庇護欲。お互いが敵か味方かわからない状況で、こちらに保護すべき対象がいるのは大きい。

 

「あら、怯えさせちゃったかしら? 私は彼と違って粗野でも乱暴でもないから大丈夫よ?」

「うん、三毛猫を愛でるといい」

「……あ、ありがとう。“お姉ちゃん”」

 

 ズキューンと二人の少女の胸を何かが貫いた。それは、おそらく恋にも似た衝撃があったはずだ。何せ、空から見て白は最高最上最奥のごとく、世界というものを魅了できるほどの可愛さを持つ自慢の妹。そんな妹が、“お姉ちゃん”などというのだぞ?

 

(正直、俺もたまにはお兄ちゃんって呼ばれた欲求があるというのに!)

 

 とまあ、あっけなくも白の魅力に魅入られた二人は、さっそく白を猫可愛がりする。

 

「え、えっと白ちゃんよね? その、もう一回さっきの言葉を言ってもらえないかしら?」

「アンコールを求める」

「ん、お姉ちゃん」

 

 今度は首かしげのぶりっ子ポーズ! わかっていてもトキめいてしまうのが、年上としての性質!

 と、まあ、ここまでは予想通りの結果。

 

 だがまあ……。

 

「やっぱ、お前には意味ねぇか……」

「いやいや、俺だってあんな妹は可愛いと思うぜ? だが、残念だったな。俺も()()()()()()得意なんだ」

 

 十六夜だけは空の魂胆に気づいている。この状況で、おそらくもっとも無力に近い状況で、敵を作らないようにする空の行動を十六夜は察したまま、観察していた。

 

「ケッ、うらやましいったらありゃしねぇよ」

「そう言うなって、俺もお前らとやりあうつもりはねぇよ」

「それを信用しろと?」

「できるだろう、俺を見てるお前には」

 

 空にとって癪なことだが、確かにこの状況で三人の中で誰が一番信頼を置けるかというなら、間違いなく十六夜を選ぶ。おそらく、この男は粗野な外見やイメージに反し、博識で観察眼に長けている。そのうえ、この自信満々の態度、実力の方も相当なものなのだろう。

 

「ハァ……わぁったよ。正直、俺一人じゃ白を守り切れると断言するのは、難しそうだ。何せ、異世界だからな。情報が整理できるまではそれなりに頼りにさせてもらうよ」

「ヤハハ、任せろ。お前はともかく、あの妹は守ってやるよ」

「ああ、それでいい。んじゃ、そろそろだな」

「だな。もういいだろう」

 

 二人は、森のある一点へと目を向ける。そして、こう言い放った。

 

「「いい加減出てこいよ」」

 

 こうして、二人のゲーマー兄妹の“異世界神話”が紡がれる。

 

「ああ、もうこの子可愛いぃぃ!」

「肌スベスベ、小さい」

「に、にぃ……ヘルプミィー……」

 

 紡がれるのだ。




興が乗って連載には切り替えてみたものの、続く気がしない……。


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第二話「ゲーマー兄妹は現実を前に笑うようですよ?」

「や、やだなぁ、御二方。そんなに睨まれては、黒ウサギは怖くて死んでしまいますよ? ええ、ウサギとは古来よりストレスに弱い生き物。そ、こ、で! ここはこのステフを生贄にして、穏便にお話をいたしましょう!」

「ちょっ、黒ウサギ!? なんでわたくしを生贄に捧げるんですの!? 生贄というなら、“月の兎”であるあなたの方が適役でしょう!?」

 

 空と十六夜の言葉に茂みから現れたのは、バニーガールなうさ耳少女と飛鳥を東洋のお嬢様とするなら、西洋の貴族のような少女だった。

 ……出てきたとたん、空と十六夜を無視して漫才を繰り広げているが、なかなかにかみ合っていない。具体的には、こいつら絶対お互いにいじられキャラ、ツッコミキャラであるはずのくせに、セルフで漫才繰り広げてるよというところだ。

 

「あ、あの、そのような冷めた目で見られるとさすがの黒ウサギも凹んでしまうといいますか……」

「冷静に考えてみろ。俺と空は上空から湖に叩き落されてずぶ濡れ。そのうえでこんな下手クソな漫才を見せられてんだぞ? いいかお前ら、漫才をやるならツッコミとボケ。つまりは、弄るやつと弄られるやつを分けろ! よし、空、どうする?」

「ふっ、愚問だな。当然、俺たちがやるべき行動は決まっている! 十六夜、いくぞ!」

「へ、御二方? なぜ、そんな好奇心旺盛な捕食者のような目をして、黒ウサギに近寄っているので? ちょ、ちょっと黒ウサギは、用事を思い出したのでこれにて――ひぎゅ!」

 

 空と十六夜がやったのは単純なこと。黒ウサギと呼ばれる少女の頭の上についているウサ耳、それを握っただけだった。ただし、そこに両者には明確な差があった。タッチ系エロゲや動物を愛でるゲームをこなしてきた空は、あくまで愛玩動物を愛でるように左を。対し、あくまで好奇心に身を任せる十六夜は、少々乱暴な手つきで黒ウサギの右耳を握っていた。

 

「ちょっ、いきなり黒ウサギの繊細な耳に触れるとはどういう思考ですか!? あ、その特に左のお方はその、あ、その触り方は、くぅっ、か、感じすぎちゃいますのでぇっ!」

「好奇心によって突き動かされた結果だ。諦めて受け入れな。ていうか空、お前が触る度にこいつ、すっげぇびくんびくんしてんだけど……?」

「ふっふっふっ、くるしゅうない。正直、リアルでの実践経験はないが、それでも相手の反応を見ながらやるのがコツだ」

「ふむ、こんな感じか?」

「いや、あの、もう黒ウサギの顔が女性として見せられないレベルのトロけかたをしているようなのですが……?」

「おっ、じゃあ、代わりになるか?」

「思う存分、好きなだけ愛でてあげてください」

「ス、ステフ!? う、裏切りものぉぉぉ!」

 

 ひにゃぁぁぁぁぁぁっ!?

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

「う、うぅ……にぃ、しろ、忘れてた……?」

「すまんっ! いや、ていうかまさかそこまで愛でられるとは……そこの二人、やりすぎは嫌われるぞ?」

「そ、れ、を!? 二人でこの黒ウサギの耳を弄って遊んでいたあなた様がおっしゃいますか!? ていうか、話を聞いていただくまでにこれほど時間がかかるとは思いませんでした!」

「はいはい、わかったからいい加減説明を始めてくれよ」

「うー、理不尽でございます。ステフ、傷心の黒ウサギの代わりに説明をお願いします~」

 

 そして、黒ウサギはそのまま体育座りの状態に移行し、いじけてしまった。ステフと呼ばれた少女は、それを見てため息を吐きながら説明を始めた。

 

「では、改めて定型文、テンプレでご挨拶させていただきますわ。皆様方、ようこそ異世界“箱庭”へ。わたくしたちは、お三方に……あれ? 二人ほど多いような……? ねぇ、黒ウサギ。わたくしたちが招待したギフト所持者って、三人ではなかったんですの?」

「あー、その件なんだがな、こっちで少し確認とれたわ」

「……白、にぃ……手紙、もらってない。メールで来た」

「では、別の誰かに召喚された? いえ、それならそうとその人物は現れないのはおかしな話ですし……」

「おいおい、初っ端からそこで躓くなよ。この際だ、空たちのことは後回しにしてこの場所について説明してくれ」

 

 ナチュラルに後回しされることが決まった二人だったが、意外にも気にしていなかった。二人は覚えている。この世界に召喚される寸前、声をかけてきたあの“少年”のことを。何よりも、その目を見ていた。これからゲームでもするかのような期待と幸福を語るような、ゲーマーの目を。

 もし、兄妹二人をこの世界に呼んだのが、あの少年だというなら多少の異論は飲み込んでやるさ。『 』にゲーマーとしてゲームを挑んできたんだ。それも、強引に世界のすべてを掛け金(Bet)させる形で。

 

 だったら、それ相応に、それ以上に、この世界を楽しませてもらおうじゃねぇか。

 

「わかりましたわ。では、この箱庭についてご説明させていただきます。まず、わたくしの名前はステファニー・ドーラ。そちらでいじけているのが、黒ウサギになります。ここ箱庭では、様々な修羅神仏や悪魔、星から与えられた恩恵。通称ギフトを利用したゲームを行うためのステージになりますの……あの、黒ウサギ? さすがにそろそろあなた立ち上がらないと、ただの弄られキャラで終わりますわよ?」

 

 いい加減、いつまでも体育座りでのの字を書いている黒ウサギが邪魔くさい……訂正。かわいそうに思えたのか、ステフは黒ウサギに話を促した。

 

「うぅ……いつからなんですか? いつから、同じ弄られキャラ属性を持つ黒ウサギとステフにこんな差が……?」

「あなたの場合、その……すでに恰好からして面白いせいじゃないかしら?」

「同意」

「間違いないな」

「同じく、異論なし」

「仕方、ない」

「ウワァァァァァン! やっぱり、全部白夜叉様のせいじゃないですかぁぁあ!」

 

 黒ウサギは泣き崩れた。

 

「ちょっ、せっかく説明が再開されようとしていたのに、なんでそんなこと言うんですの!?」

「うーん、ほらあれよ。かわいい子ほどいじめたくなるっていう……」

「あなた方は小学五年生ですの!? ああもう! このままじゃ説明が終わらないので、巻きでいきますわよ、巻きで!」

 

 その後の黒ウサギを慰めつつのステフの説明はこうだ。

 

 ・“箱庭”には、様々な修羅神仏のような超上的な存在がいる。それらが主催者となり、ギフトゲームが開催されている。

 ・ギフトゲームは文字通り、ギフトと呼ばれる特殊な能力を用い、競い合うもの。

 ・ギフトゲームは金品、土地、利権、名誉、人材など様々な物をチップに行われ、勝者は賭けられたチップを全て手に入れられる。

 ・“箱庭”にも法はあるが、ギフトゲームに関してはその適応外となり、参加するからには全て自己責任になってしまう。

 ・で、そのギフトゲームに参加するためには、特定の集団「コミュニティ」に参加する必要がある。

 

「ふむ」

 

 ここまでの説明を聞いたうえでの空の感想はこうだ。

 

(えっ、俺らギフトとか持ってないんですが?)

 

 これは勇者が装備を忘れたとかそういうレベルの話ではない。そもそもゲーム自体に参加する資格がないということだ。いや、最悪ギフト抜きで参加をすればいいということになるのだが……。

 

「ハァー、ホント、リアルなんざクソゲーだっつーの……」

「にぃ、大丈夫?」

「白、とりあえず俺らがやることは決まったな」

「うん」

「まず、俺らは否が応でもステフたちのコミュニティに所属する。少なくとも、あいつらのコミュニティの現状を()()()()()、そこは問題ないはずだ。で、その先で何らかのギフトを手に入れるしかない。何、チュートリアルだと思えば、まだ俺らでもなんとかなるはず」

「でも、問題は、そのあと」

「ああ、弱小コミュニティだと思われるあいつらのコミュニティで、俺たちは不敗であること。なぁ、白」

「にぃ」

「「ちょっとは楽しめそうじゃん」」

 

 兄妹は笑った。現実というクソゲーを前に、この『箱庭』という広大なゲーム板の上であまりにもちっぽけな存在のまま傲慢不遜に笑ったのだ。



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