メドゥーサが逝く (VISP)
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生前 激闘ギリシャ神話編
第一話 メドゥーサが逝く


 気づけば、ギリシャ神話世界へと生まれ変わっていた。

 気づけば、女神になっていた。

 名前は、メドゥーサだった。

 気づけば、双子の姉達に虐げられていた。

 理由は知らないし、知りたくもない。

 こんな状況になっては、知った所で意味もない。

 こんな状況で、思う事はただ一つだ。

 

 もう、たくさんだった。

 

 蛮人/英雄と化け物/神々が好き勝手する世界は、嘗て平和な日本で育った自分には余りにも野蛮だった。

 姉達にしても、そうして虐げるのが彼女らなりの愛情だとしても、前世における兄弟達とのやんちゃだが穏やかな日々に比べればやはり自分勝手で傲慢で我儘かつ一方的なものだった。

 とてもだが、自分は彼らの流儀についていけなかった。

 そのせいで、最早趣味どころかライフワークとも言えるかつての日本の食文化の模倣に傾倒しても仕方ないのだ、うん。

 魂:日本人なら、味噌と醤油とご飯が無ければ生きていけないのだよ。

 他にも色々と頑張ったが…あの文句ばかりの駄姉共は勝手に漁っては文句しか言わないが。

 まぁ例外として、技術や芸術に魔術等の文化に関しては、とても素晴らしいと素直に思ったが。

 

 そんな訳で、私はギリシャから出る事を決意した。

 とは言え、ここは神話の世界だ。

 物理法則が未だ安定しておらず、神秘が幅を利かせている。

 しかも、あの型月時空なのだ。

 どんな鬱フラグが潜んでいるか、見当もつかない。

 故に、私は表向きは他の神々や人間達と諍いを持たぬようにしながら、この世界から去る事を選んだのだった。

 

 とは言え、簡単な事ではない。

 勿論この世界、つまり型月世界から元の世界に戻ると言う事ではない。

 それは第二魔法の領域であり、それこそあの宝石の翁位しか出来ないだろう。

 あくまでこのクソったれなギリシャ世界から去る事が目的だ。

 要は別の神話・伝承世界へと去る事が目的なのだ。

 とは言え、同じヨーロッパ系の伝承の世界で近場となると最高神がヤリチンのゲスなギリシャ以外だと、世界の破滅が約束されている北欧神話、the修羅道なケルト神話だが…無いな、うん!(白目

 ウルクはもう終わってるだろうし、インド神話はどう考えてもNGだしなぁ…エジプトは気候が厳しすぎる。

 後はマイナーな所だと、エスキモー・イヌイット神話だとか、フィンランド神話とか、スラヴ神話だとかだが…うん、五十歩百歩だな!(白目

 と言うか、どうして神話世界はどれもこれも平和に暮らせないんだろうな…(遠い目

 しかもこれに型月要素が+されるんだぜ…?(震え声

 

 取り敢えず、比較的マシな神話世界に移動する方法を開発或は見つけるまでは、何処か人知れぬ場所で暮らすのが一番だな、うん。

 一応時間経過で比較的マシなローマ神話に変遷するだろうし、自分の怪物への変化さえ対処すれば、後は何処か隠れ家で静観しよう、そうしよう。

 

 斯くして、「私」の旅路は始まった。

 

 当たり前の様に、旅は苦難の連続だった。

 そもそも現代日本における一般常識・教養は持っているが、それ以外に手持ちのものは美貌と神性から来る身体能力位しかない。

 それとて姉二人の様な完全な無力に比べればマシだとは言え、それでもギリシャを牛耳るオリュンポスの神々とは比べる事も烏滸がましい程度の能力しかない。

 人の英雄と比べれば力は上だろうが、それでも人の英雄の中でも上位に位置する者なら歯牙にもかけられないだろう。

 しかも、後世で語られる怪物としての力は持っていないのだ。

 なので、力と知恵を手に入れるには、誰かに弟子入りするしかない。

 最初は目についた人間に対価を示す事で知恵や技術を習った。

 それは主にあの形の無い島で適当に拾った物品が主で、地道に金目になりそうなものを集めたのが意外と役に立った。

 だが、職人からも魔術師からも、秘奥と言うべきものは教えてもらえない。

 まぁそれは仕方ない。

 それは彼らにとって飯の種であり、我が子や正式な弟子に伝えたいだろうから。

 しかし、このままでは自分の目的が果たされないので、どうにかして彼らの秘奥かそれに匹敵する業を身に付けたかった。

 そこで形の無い島にいた頃に仕込んでた「もの」を手土産に、ちょっと冥界に心当たりを訪ねる事にした。

 

 「ほほぅ、それで妾の下に参ったのかえ?」

 

 月と魔術、幽霊、豊穣、浄めと贖罪、出産を司るとされる、冥府での最高神たるハデス夫婦に次ぐ権威を持った冥府神の第三席。

 黒い薄衣を纏いながら、白く怪しい雰囲気を、死の香りを纏った美しい女神。

 

 「はい、御身の智慧の欠片でも身につけたく。」

 

 礼儀を正し、謁見の作法を守る。

 この身体の外見は未だ少女のそれとは言え、神々には外見年齢など在って無きが如し。

 失礼を働けば、どんな呪いをかけられるか分からない。

 とは言え、彼女程の智慧を持つ存在なら、こちらの魂胆などまるっとお見通しの筈だ。

 敵意も何も無い事を示し、贈り物で気を惹く位しかやりようがない。

 

 「妾は女魔術師の守護者。故、魔術を修めんとする者を拒む門は無い。無いが、故にこそ対価が無ければならぬ。」

 「承知しております。」

 

 魔術の原則、即ち等価交換。

 だが、こちらに払えるようなものは無い。

 

 「ですので、暫し厨房をお借りしたく。」

 「ほう?」

 「私どもが御身のお食事をご用意させて頂きます。」

 

 きょとん、と恐らくギリシャ神話内で最上の魔術の神が目を丸くした。

 

 「そなたがか?」

 「はい。」

 

 二度目の問いにはっきりかつ短く答える。

 

 「アハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」

 

 それを聞いた途端、女神は爆笑した。

 

 「くっくくくくく…!よろしい、厨房を貸してやろうっ、疾く行くと良い…!」

 「ありがとうございます。では暫しお待ちを。」

 

 そう言って御前を辞する。

 さーて、この世界に転生して早100年、その間に貯蓄した各種調理スキルをあの駄姉以外にお見せする時が遂にやってきた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 当初、その女神は適当な理由を付けてお引き取り願う予定だった。

 起源こそ自分同様に古くても、今では自身に比べる事も出来ない女神。

 この冥府にまでやってくる根性と度胸は評価に値するが、逆に言えばそれだけだ。

 特にこれといった権能も無いのだし、人の子の様な事をしていないで自助努力で何とかしてほしい。

 しかも、対価を求めれば、出てきたのは料理だった。

 余りの事態についつい爆笑してしまった。

 だが、愉快ではあったので、呪いとかは何もしないで追い返すに留めてはやろう。

 率直に言えば、面倒だった。

 それがヘカテーの意思だった。

 少なくとも、この時点においては。

 

 「……?」

 

 だが、不意に鼻孔を擽る香りに、注意が寄せられる。

 それは経験のない香りだった。

 単に肉や野菜を調理しただけでは決して発しない、複雑かつ芳醇な香り。

 それが何なのか分からないまま、料理は完成した。

 

 「出来ました。どうぞお召し上がりください。」

 

 それはお世辞にも綺麗な見た目とは言えなかった。

 皿に盛られたとろみのあるスープは濃い茶色で、そこに色取り取りの野菜とよく煮込まれて柔らかくなった牛肉が浮いている。

 だが、芳醇な香りを発するのは具材ではなく、その汚い色のスープだった。

 

 「この料理は…?」

 「赤ワインの牛肉と野菜煮込みです。私はビーフシチューと呼んでいます。」

 

 成程、この芳醇な香りと変わった色合いはワインと牛肉から来ていたのか。

 それならまぁ納得できる。

 正直、期待はしていなかったのだが、これはちょっと楽しみになってきた。

 

 「ふむ……!」

 

 とろみのある汁を匙で掬い、口に運んだ。

 その途端、口の中に広がるのは濃厚な味わいだった。

 

 (これは…!)

 

 赤ワインだけではない。

 複雑な味が溶け出しつつも調和の取れたスープは、知恵の女神であるヘカテーをして未知のものだった。

 肉と野菜、それら双方の味が溶け出しながらも凝縮され、更に赤ワインと何か酸味のある食材によって味が引き締まっている。

 それがややこってりとした味わいのスープを飽きさせず、もっともっとと口に運ばせる。

 何なのだ、これは。

 

 「…………!」

 

 牛肉。

 下々では滅多に食べられない食材だが、神々であるヘカテーにとっては何という事の無い食材。

 とは言え、その硬さに辟易して、ヘカテーはもっぱら肉と言えば鳥が多かった。

 なのに、このホロリと崩れる柔らかさはどうだ。

 スープと絡まり、美味さを増したそれは決して硬くない。

 本来なら筋が残る筈の部位でも柔らかく、噛めばあっさりと砕けてスープと溶け合う。

 野菜。

 ニンジンと山芋、ブロッコリーが簡単に一口で食べられる程度の大きさで入っている。

 人間にとっては多少珍しくはあるかもしれないが、それだけの食材だ。

 だと言うのに、それらは全て本来の味を十二分に引き出して、このスープの中でも己の存在を主張して憚らない。

 そして、噛めば本来の甘味と共に、やはりトロリと崩れてスープと溶け合う。

 

 「?」

 

 不意に、スープの中に赤い色を見つけた。

 他の具材よりも更に柔らかいそれは、スプーンで掬うにも苦労しそうだ。

 

 「……。」

 

 口に入れて納得する。

 そうか、これが酸味の正体か。

 舌触りから、それがナスの類だと辛うじて分かる。

 だが、味らしい味が無いか苦みが強いかのナスの類にここまで酸味が強い種類があったのかと驚く。

 成程、この野菜こそがこのスープを成立させている調停役なのだと納得する。

 他の赤ワインや牛肉、野菜だけではこうはならなかった。

 無くても確かに美味だろう。

 しかし、この後味として残る僅かな酸味が無ければ、途中で参る者もいるかもしれない。

 完全に計算し尽くされた料理だった。

 この様な料理を、ヘカテーは知らなかった。

 

 「………。」

 

 後は夢中になって匙で掬い、ゆっくり咀嚼し、飲み込む。

 決して下品にならないように気を付けながら、もっともっとと口を動かす。

 やがて皿が空になり、匙では掬えなくなると、口元を布で拭ってから言い放つ。

 

 「次を持って参れ。」

 「はい、畏まりました。」

 

 結局、ヘカテーは初めてのビーフシチューを11皿食べた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 結果だけを言えば、私は無事ヘカテー様に弟子入りできた。

 とは言え、基本的に月や冥府におられるヘカテー様と常に一緒にいる事は難しいし、うっかり冥府の食べ物なんて食べようものならそこの住人にならなければならない。

 なので、基本的に出された課題を私がこなしつつ、三日に一度は冥府に赴き、ヘカテー様にお料理を作る事となった。

 

 あの日お出ししたビーフシチューがヘカテー様は殊の外お気に入りで、定期的にビーフシチューを出さないと臍を曲げてしまうようになってしまったが、それは些細な事だろう。

 あのビーフシチューは今の自分が再現に成功した料理の中でも自慢の一品だった。

 現在のヨーロッパにある食材で、日本で食べたビーフシチューを再現する。

 困ったのはジャガイモとトマトだ。

 どちらも大航海時代以降、南アメリカ大陸から輸入した食材であり、当然ながら神話の時代のヨーロッパには無い。

 なので、代替食材を探した。

 ジャガイモは山芋の類で粘り気の少ないものを皮剥きした後に水に晒して滑り気を取ったもの。

 トマトは同じナス属の野菜の中から酸味の強いものを10年以上かけて人工交配させて作った特製品。

 更に磨り潰した野菜と赤ワイン(自家製)、牛筋肉をじっっっくりと煮込んだデミグラスソース。

 それらを使った特別中の特別だ。

 再現に成功した時は思わず嬉し泣きしてしまったものだ。

 

 最近は魔術の修行を応用して加工も楽に行えるようになったおかげで、更にレパートリーも増やせた。

 何か当初の目的とは異なるが、現状には満足なのでこれはこれで良いのだろう。

 さぁ、今日も課題を頑張ろう!

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 メドゥーサ(偽)は知らない。

 後に、様子の可笑しな従姉妹の様子を探るために冥府に来たアルテミスが匂いに誘われ、ついついビーフシチューをつまみ食いしてしまい、それに惚れ込んだアルテミスにより鍋ごと強奪される事を。

 激怒したヘカテーがビーフシチュー奪還及び報復のためにアルテミスと本気で殺し合いを始める事を。

 仲裁したハデスとポセイドン、ゼウスにより、メドゥーサの料理の腕が広く知られてしまった事を。

 ものは試しとゼウスが無理を言って料理を振る舞う事となったメドゥーサが、大人数相手だと言う事で慌てて作った各種串カツ(辛子・とんかつソース付き)とサラダ(各種ドレッシング付き)、そして塩茹でした枝豆とキンキンに冷えたおビール(大ジョッキ)と言う中毒性の高い飲み会メニューで持て成したがために、彼女を巡って神々の間で緊張状態が発生し、あわやヘカテーら冥府の神々とオリュンポスの十二神(-ハデス夫婦)での大戦争と成りかける事を。

 

 まだ、彼女は知らない。

 元の料理好きが高じて、発酵食品どころか酒造にまで走ってしまった彼女は、ただのほほんとしながら料理と魔術の修行を続けるだけだった。

 

 

 

 

 これはギリシャ神話が全神話中屈指のメシウマ神話になる物語である。

 

 

 



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第二話 メドゥーサが逝く2

 メドゥーサと言う女神がいる。

 彼女はギリシャ神話において、ヘルメスに並ぶトリックスターで知られている。

 その名前は「支配する女」を意味する、ギリシャ以前の古い起源を持った神性だ。

 しかし、ギリシャ神話においては、彼女は料理を担当する神として知られる。

 姉妹達と別れ、旅をしながら知識と技術を磨き、女神ヘカテーに弟子入りしてからが、彼女の人生は本番となる。

 

 従姉妹であるヘカテーの下を訪れたアルテミスが、メドゥーサの料理を発見、余りの香りに誘われてつい盗み食いをしてしまう。

 その初めての美味さに驚いたアルテミスはその料理を盗み、これを感知したヘカテーが激怒してアルテミスを追いかけ、ついにはオリュンポスまで追い掛けたのだ。

 そして、その騒ぎを聞いた他のオリュンポスの神々でも特に権威のある三神、即ちゼウス・ポセイドン・ハデスらによって、アルテミスが代価を払う事で決着した。

 しかし、彼らは争いの種となったメドゥーサの料理に興味を持った。

 アルテミスが我を忘れる程の美味なる料理とは、一体如何なるものなのか?と。

 ヘカテーは渋ったが、仕方なくメドゥーサにオリュンポス12神と自分のための料理を作る事を命じた。

 驚いたメドゥーサは大慌てで準備し、熱した油に衣をつけた食材を泳がす料理、生の野菜を美味しく食べられるようにした料理、水よりも冷えた黄金色の麦酒、麦酒に合う塩茹でした鞘入りの豆を用意した。

 これが今日におけるギリシャの伝統的な宴会料理の基礎となっており、現在は世界中に広がっている。

 オリュンポスの神々は最初は驚き、手をつけなかったものの、平然と食べ、次第にドンドン料理を平らげていくヘカテーを見習い食べてみた。

 すると、その余りの美味さに全員が驚き、猛然と食べ始めた。

 結果、その場に用意されていた食事だけでなく、予備の食材全てを消費し尽くすまで、漸くオリュンポスの神々のおかわりは終わらなかった。

 これにより、ヘカテーとメドゥーサは改めて無罪を言い渡され、オリュンポスの神々の要請があった時、宴の料理を担当する事を全員から告げられた。

 流石にこれは断り切れず、渋面のヘカテーの許可の下、決定された。

 

 この件でオリュンポスの神々に広く知られてしまった後、何故かメドゥーサは遠方へと長旅に出掛ける事にした。

 ヘカテーに許可をもらった後、メドゥーサは自身の血から魔術で二体の使い魔を生み出したと言う。

 それは翼を持った馬、空を駆ける白馬ペガサス。

 それは黄金の剣を持った巨人、剛力無双のクリュサオル。

 ペガサスに跨り、クリュサオルと共に、彼女は何処かへと消え去ったと言う。

 

 さて、メドゥーサがトリックスターと言われるのは此処からだ。

 長い間旅に出ていたメドゥーサは聡明な美女の姿に成長して、ギリシャに帰ってきた。

 ギリシャへと帰還後、彼女は直ぐにヘカテーの下を訪れ、新しく発見・持ち帰った多くの食材で料理を作り、喜ばせた。

 これらの食材、稲やジャガイモ、トマトやトウモロコシ、カボチャに白菜などは、やはり本来ならギリシャどころかヨーロッパ世界には無い、遺伝子的にアメリカ大陸や東アジア方面に繁殖するものだと判明している。

 更に、彼女の帰還を聞きつけたオリュンポスの神々により宴に呼ばれ、多くの料理を作った。

 それは一部では現在でもレシピが伝わっており、世界中で食される程だ。

 その美味さに感激した神々、取り分け竈の女神で知られるヘスティアは、どうにかこれを持ち帰る事は出来ないか?とメドゥーサに尋ねた。

 これにメドゥーサは「それは出来ません。しかし作り方をお教えする事は出来ます。」と言い、快く彼女に作り方を伝授し、同時にヘスティアに求める者がいればこれを他の者へも伝えてほしいと頼んだ。

 ヘスティアはその言葉に疑問を抱いた。

 

 「これ程の知識と技術、秘密にすればずっと貴方の立場は安泰でしょう。どうして教えるの?」

 「周りを見て下さい。」

 

 見れば、オリュンポスの神々は普段以上に料理に夢中になりつつも、心底この宴を楽しんでいた。

 普段は何かと気難しく、誇りの高すぎる女神達でさえ、今は純粋に宴を楽しんでいた。

 

 「美味しい食事は一人で食べるよりも、皆で食べる方が良いという事かな?」

 「はい。一緒に美味しい食事を取り、美味しさを、楽しさを共有する事が大事だと私は思います。」

 

 無論、時には一人で気楽に、とも思いますけどね。

 そう言うメドゥーサに、ヘスティアは快諾した。

 以後、ヘスティアが見守る多くの孤児達が農民や料理人を目指し始め、時にはメドゥーサから直接教わる事で、ギリシャの食文化は一気に花開いていく事になる。

 

 更にこの後、メドゥーサは魔術だけではなく、高名な戦士や兵士、英雄に狩人の下を訪れ、教えを乞うた。

 そうした人々には自慢の美食での持て成しを対価とし、彼女は多くの武術と狩猟術を身に着けたと言う。

 彼女の美食を目当てに、或はその美貌を我が物にせんと企んだ者も多くいたが、護衛のクリュサオルと彼女自身に撃退され、一人として成功する事は無かった。

 ギリシャ中を旅し、人々に美食を振る舞い、自身もまた見返りに人々から多くを得ていたメドゥーサの、この時期までが絶頂期だった。

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 望むままに魔術を、料理を、更に護身のため武術と狩猟術を鍛えながら、メドゥーサにはある悩みがあった。

 それは自分の中の古い女神としての部分の事だった。

 信仰を失い、オリュンポスの神々を信じる人々に迫害される部分のそれは、変質し、魔性のソレとなってしまった。

 そして、今か今かと憎悪を晴らす瞬間を待ち侘びていた。

 それがこのまま成長してしまえば、何れメドゥーサは消えてしまうだろう。

 ある程度は自身の使い魔と言う形で外に出す事に成功したが、それでも大本まで消えはしない。

 それがペガサスであり、クリュサオルだった。

 だが、それでは到底足りなかった。

 精々が時間稼ぎが良い所だった。

 なので、思い切って神霊としての肉体を捨てる事を決意した。

 適性のある人間に適当に恩を売り、返礼にその血液をサンプルとして採取し、それを元に自身の器を培養する。

 人造、否、神造のデミゴットとも言える者。

 これにより、自身は神霊としての性質の多くを捨てる事になるが、半神半人ならば鍛えれば十分にスペックの差を埋める事が出来る。

 凡そ5年の歳月を経て、メドゥーサは神霊から一人の人間へと転生した。

 しかし、それは神々からの干渉を産む結果となってしまった。

 人間になったのなら、何をしても良い。

 辛うじてあった傲慢な神々の自制心はこの時に消え、メドゥーサの料理の腕に些かの衰えも無い事が事態に拍車をかけた。

 神々の随獣や信徒達、命令を下された人々が彼女を追いかけた。

 無論、魔術だけでなく、人体を得てからは武術の鍛錬も行っていた彼女はその様な人々に捕えられる事は無く、ギリシャ中を放浪していた。

 既に当初の目的すら忘れて、彼女は嘗ての少女の姿のままに逃げ回った。

 それは彼女の魔術の、武術の腕前、そして二体の使い魔のお蔭だったが、ちっとも心身が休まる事はなく、鬱憤は溜まる一方だった。

 しかし、逃げ回る内に、ある策を思いついた。

 嘗て自身が捨て、しかし壊さずにとっておいた肉体。

 それには未だに保存してあるのだ。その中にある魔性と共に。

 メドゥーサはそれを利用する事で、自身の死を偽装する事を考えた。

 自身の嘗ての肉体を、魔性を助長し、更に強化するための改造を施し、英雄と言われる者達ですら手を焼く程の力を付けさせた上で、演出を行った。

 自身を追いかける者達の中でも特に質の悪い者達、トロイア王ラオメドンの部下達だ。

 彼らは自分の追跡を理由にあちこちに軍を進めては略奪や暴行を繰り返していた。

 そして、「恨むならメドゥーサを恨むんだな」とか言い捨てているのだ!

 これはもう報復されても仕方がなかった。

 改造を終えたメドゥーサは、使い魔を参考に簡単なプログラムを組み込んで、ある刺激を受ける事で発動する様にセットした。

 後は、自分の髪を黒く染め、服装も神霊だった頃に着ていた上質なものではなく、一般的なギリシャの人間の服装に変えた。

 これで準備は完了した。

 後は馬鹿共の進路に作成した人型ブービートラップを設置して終わりだ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 追い立てられ、弱り果てた女神の成れの果てが兵士達に捕えられた。

 その成果にある者は喜び、またある者は嘆き、更に怒る者もいた。

 そして、捕えたトロイアの兵士達にとって、疲弊し、最早抵抗も出来ない嘗ての女神と言う存在は初めて見る程の極上の「女」であり、「獲物」だった。

 その兵士達の隊長は任務のためなら何でもし、更にその過程で自分の利益を何をしてでも出す様な、いわば卑劣漢だった。

 余りに目に余る蛮行を重ねようと、トロイア王ラオメドンにとっては分かり易く仕事は何でもこなす便利な部下であり、彼を止める者はいなかった。

 そんな男だから、目の前の美女に手を出そうとするのは自然な事だった。

 女の汚れた衣を破り捨て、弱弱しい抵抗を拳で黙らせ、さぁ事に至ろうとした時、

 

 女の眼が光ったような気がした。

 

 それが男の最後の記憶だった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 それは巨大だった。

 それは凶悪だった。

 それは強大だった。

 それは、美しかった。

 それが周囲を睥睨すれば、その視界に入っただけであらゆる生命が命を奪われ、石となった。

 それがゆっくりと移動するだけで、川が堰き止められ、岩が砕け、木々は倒れ、山が揺れた。

 それは黄金の翼を羽ばたかせ、神々の用いる金剛鉄であるアダマンタイトの鱗を全身に備え、小山を三度巻く程の長さの蛇体を持ち、猛毒の蛇となった髪を持ち、全身から猛毒の霧を放ち、口からは猛毒の吐息を放つ。

 それは怪物でありながら、それでもなお絶世の美女の姿をしていた。

 それの名は、大魔獣ゴルゴーン。

 後にギリシャ神話において、テュポーンと並ぶ神々の脅威とされた怪物の中の怪物だった。

 

 

 



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第三話 メドゥーサが逝く3

 事の次第を聞いた時、ギリシャの神々はまさか、と思った。

 だが、多くはメドゥーサが怪物になった事に驚いたのではない。

 あの美食の数々をもう食べられない事に嘆いたのだ。

 純粋に心配したのが極一部、具体的にはハデス夫婦と調理器具の作成で親しくなったヘファイストス等のギリシャの神々の中では比較的まともな者達だけだった。

 地母神の筆頭格であるデメテルと魔術の師匠であるヘカテーは事の次第を把握していたので、大して心配もしていなかった。

 だが、総じて共通していた事はあった。

 どうやってこの事態に対応するのか、と言う点だった。

 実は近場の英雄達が勝手に首級を求めて戦いを挑んだのだが、あっさりと石化の魔眼にやられて死亡していた。

 それを掻い潜った者も、その巨体に押し潰されるか鱗に阻まれ有効打を与えられないのが殆どだった。

 そして、それらをクリアした極一部の者にしても、本格的に外敵の排除行動を開始したゴルゴーンの前には無力だった。

 しかも、毒物や魔術も金剛鉄の鱗に弾かれ、辛うじて刺さった同じく金剛鉄製の矢も鱗に刺されど中身まで貫通できないし、あっと言う間に治ってしまうのだ。

 それがゆっくりと移動し、道中の全てを薙ぎ払って何処かへと向けて進んでいるのだ。

 既に進路を予想した者達によって、進路上の人々は避難させられているが、全長300mを超える巨体が移動するだけで、被害は甚大だった。

 甚大だったが、取り敢えず神々は静観する事にした。

 相手の目的が不明だったし、下手に手を出して火傷で済むとも思えなかったし、先ずは情報を集める必要があると判断したからだ。

 そして、その判断は正しかった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 アレスと言う神がいる。

 ギリシャ神話において、主神ゼウスと王妃ヘラの間に生まれ、血筋・能力共にオリュンポスでも高い実力を誇る。

 また、彼は兄弟姉妹にして半身とも言えるアテナと戦神としての立場を二分する男神だ。

 アテナを都市国家の守り神とするなら、アレスは戦闘での狂乱を司り、周囲に恩恵よりも災厄を撒き散らす存在でもある。

 その性質のため、粗野で野蛮な振る舞いが目立ち、時に人間に敗れる事もあったため、後世からはハイスペックマダオ扱いされる事が多々あるし、神々からも厄介者扱いされている。

 反面、身内や愛人には優しく、特に自身の血をひく子供には自身の宝を直々に与えたりもする。

 そんなアレスだが、彼自身は自身の役割に対しては誰よりも真摯だった。

 守るのも、知恵を授けるのも、守りの内側で多くの文化を育てるのも、全ては半身であるアテナの役目だ。

 ならば、自分がする事はただ一つ。

 即ち、世界の脅威に対して、常に全力で戦う事だった。

 

 「オオオォォォオオオォォオオオオオオォォォおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 咆哮と共に、青銅の鎧と大槍、丸盾を持ち、本来の神としての巨大な姿となったアレスがゴルゴーンへと突撃した。

 

 「…………。」

 

 ぎろりと、ゴルゴーンはその排除対象へと視線を向ける。

 大抵の相手はそれだけで石化するが、その程度ではこの戦馬鹿は止まらない。

 見られるとちょっと身体が重くなるが、その分頑張って動けばよい!

 高位の神性故に対魔力と耐久力を基礎とした超脳筋思考で、彼はそのまま槍を叩き付けた。

 

 「■■■■■■■■■…!?」

 

 悲鳴と共に、ゴルゴーンの身体が山肌に叩き付けられた。

 同時、追撃として放たれた刺突がゴルゴーンの身体を貫通し、更に後ろの山まで貫徹、大穴を開けた。

 

 「………。」

 

 ここで始めて、移動を優先していたゴルゴーンの意識が、明確に外敵の排除へとシフトした。

 ブンと、その巨大な蛇体が蠢き、アレスに向け、横薙ぎに振るわれる。

 

 「ぬぅお!?」

 

 それを丸盾で受け止めるが、余りの質量差に盾を構えたまま吹き飛ばされる。

 次いで、先程のお返しとばかりにゴルゴーンの髪が変じた蛇達が、一斉にその口から毒の吐息を吐き出し、吹き飛ばされたアレスを追撃する。

 流石に毒は嫌なのか、アレスは吹き飛ばされながらも槍を地面に突き立てて停止、盾を正面に構えながら突っ込んできた。

 

 「おおおおおおりゃあああああああああああああああああ!!」

 「■■■■■■■■■■■■■…!」

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 オリュンポスの神々は、手出し無用の伝令を受け取る前に突撃しやがった馬鹿に対して頭を痛め、次にギリシャ世界を崩壊させかねない戦いの規模に戦慄し、最後に被害が限定されるように各々が権能や魔術を生かして戦いの余波を辛うじて抑え込んだ。

 何せ余波だけで山脈が消え、大河が干上がり、大地は震動と共に罅割れて砂となり、森が耕されていくのだ。

 それは遠きオリュンポスにすら僅かながらも振動が届く程なのだ。

 このまま地上が滅んでも、何の不思議も無かった。

 しかも事態は更に最悪の方向へと突き進んだ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 さて、話は少し戻るが、自身の身体を怪物へと変質させるにあたり、メドゥーサは純粋なスペックの向上も当然ながら、幾つかの試験段階の機能も付け足していた。

 一つはエネルギー生産能力。

 具体的に言えば、吸収した物質を純粋な熱量へと変換、それを吸収する機能だ。

 端的に言えば、核融合である。

 これはFateにおける英霊が神秘の篭もらない食事を僅かながらも魔力へと変換する事を参考にし、魔力ではなくより純粋な熱量へと変化させる事で生産効率を上昇させる事に成功した。

 反面、排熱に問題を抱えており、通常の体表面からの排熱の他に、定期的に収束した熱量を排出する必要が出来てしまった。

 一見、便利だがやや不便な能力に見える。

 しかし、それは高い再生能力も併せ持つゴルゴーンからすれば、ある攻撃手段を増やす事とイコールだった。

 そしてもう一つが、自己進化だった。

 とは言え、彼の大英雄の12の命の様な耐性の獲得でも、急激な形態変化でもない。

 ただ、外敵と戦い、生き延びれば、その外敵が脅威であっただけ、次は二度と生命を脅かされない様により強くなると言う自己強化能力だった。

 とは言え、あくまで試験段階であり、想定したものは精々が総合10%程度の強化だろうとメドゥーサは判断していた。

 これは直ぐに事態が解決しないためのものであり、搭載したメドゥーサにとっては精々時間稼ぎ程度の認識でしかなかった。

 だが、彼女はこの時甘く見ていた。

 オリュンポスの神々と言うものを。

 アレスの愚かさと強さを。

 自身が何を生み出してしまったのかを。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「ぐぁ…ッ!?」

 

 疾うに鎧は千切れ飛び、今しがた盾も砕かれた。

 全身から血を流し、満身創痍になりながらも、アレスは未だ闘志を燃やしていた。

 既に戦いが始まってから三日が経過しており、アレスは限界を迎えようとしていた。

 

 「………。」

 

 だが、ゴルゴーンは何も変わっていなかった。

 その美貌を寸とも動かさず、ただ淡々と外敵を屠らんと行動する。

 アレスによって翼を、腕を、尾を捥がれ、千切られ、切り離されても、ゴルゴーンは怯みもせずに戦い続ける。

 消費したエネルギーは傍から回復し、付けられた傷も直ぐに再生し、四肢や翼は生え変わる。

 一撃で死にかねないダメージを間断なく投射しない限り、この大魔獣は幾らでも戦い続けるのだ。

 

 「喰らぇいッ!!」

 

 独特の歩法で助走をつけて直上へと跳躍する。

 そして自由落下と自身の膂力、しなやかな腕の振りによる運動エネルギーの全てを槍へと集め、投擲する。

 軍神たるアレスは、それ即ち人の世の武術、その奥義にすら十二分に通じる。

 即ち、ケルト神話の鮭跳びの術からの槍の投擲を模倣する等、朝飯前にやってのける。

 普段はしないのは、戦いを楽しみたいが故であり、今こうして全力で戦い勝利する事を目的とした場合のみ、その制限は解除される。

 

 「……………。」

 

 投擲された槍は音を超え、風を裂き、空間を軋ませながら、大魔獣へと迫る。

 威力は疾うに対軍を超え、対城の中でも最上位に位置する程になっている。

 そんな同質量の隕石の衝突とも言える一撃に対し、ゴルゴーンの取った策は簡単だった。

 巨体故に回避など不可能、ならば耐えるしかない。

 その蛇体を球体状に丸め、人の形を残した上半身のみを守るために防御を固める。

 そして、来た。

 槍が衝突し、球体状になったゴルゴーンの巨体を貫徹せんと鱗を砕いていく。

 それに対し、ゴルゴーンは全身の筋肉に力を込めて、槍の侵攻を阻む。

 既に3度も尾を貫かれながら、それでもまだ耐えると力を込め続けるも、その眼前に槍が迫り…

 

 「…………。」

 

 そこで、槍が止まった 

 ゴルゴーンの心臓も頭も貫く事なく、漸く槍はその猛威を収めた。

 なら、次は反撃だ。

 この外敵を確実に排除するための一撃によって、この戦闘を終わらせる。

 

 「■■■……。」

 

 それどころか、急遽始まった過剰なまでの熱量生産に全身が薄紫に光り輝き、全身に放出し切れずに溜まった熱量が自己を崩壊させながら一か所に集まっていく。

 黒く染まっていた蛇体、その鱗の隙間から漏れ出る不吉な光は毒を帯びており、周辺の大気を、土地を、生物を死に絶えさせていく。

 それはあらゆる者を絶滅させていく、猛毒ならぬ絶毒であり、それは更に輝きを増していく。

 

 「させ、ぬ…!」

 

 それを見て、アレスは駆け出した。

 徒手空拳の身だが、己が手足を犠牲にしてでも、次の一撃は放たせてはならないと、彼は確信していた。

 だが、悲しいかな。

 三日に渡る激戦で、もうアレスは限界だった。

 対して、殺せれば死ぬが、そこまでが難しすぎる大魔獣は、今なお十二分に戦闘続行可能だった。

 

 「■■■■■…。」

 

 全身の熱量がブレスとして口に集められていく。

 威力はそれこそ核弾頭や隕石の衝突に匹敵するか、或は凌駕する。

 それ程のエネルギーを、しかしゴルゴーンはただ一人の外敵を排除するためだけに使用する。

 アレスは邪魔しようと、その蛇体に掴みかかるが…

 

 「熱っ!?」

 

 余りの熱量に、その全身は焼けた鉄以上の熱を持ち、アレスはまともに触れる事すら出来ない。

 そうこうする内に、遂に準備は終わってしまった。

 

 「『自己崩壊・終末神殿』。」

 

 激しさはない、寧ろ穏やかと言って良い真名の解放に比して、その効果は絶大だった。

 そして、高々と持ち上げられた鎌首から、コブラが獲物へと食らいつく様に、ゴルゴーンは口内の膨大な熱量を薄紫色の光線として一気に解放した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 その一撃を、アレスは両腕を交差する事で辛うじて頭部と心臓を守った。

 だが、無意味だった。

 オリュンポスの神々のなかで、殊に戦闘に関しては主神に伍する彼であるが、その性質上攻撃に偏った彼にはその光を防ぐ術はなかった。

 しかし、一瞬で蒸発する程、オリュンポスの神々は脆弱ではない。

 彼はその一撃を受け、全身を太陽の表面温度を超える灼熱に焼かれる痛みに苛まれながらも、未だ意識があった。

 

 (この威力、早々出せる筈がない!終わった瞬間こそが勝機…!)

 

 アレスの目論見は当たっていた。

 当たっていたが、それを彼が掴む事は無かった。

 終わらないのだ、光の放出が。

 やがて、アレスはそれを受けたまま、押し出される様に地面が足から離れた。

 そのまま、天へ天へと光線によって押し上げられ、遂には…

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 オリュンポスの神々は見た。

 ゴルゴーンの吐き出す光線を受けて、アレスが天へと押し上げられていくのを。

 そして、遂にその光線とアレスが空間を突き破り、事態を見守っていたオリュンポスの神々の下へと届くのを。

 無限の栄光を宿した大神殿が一撃で両断され、絶毒に犯されたのを。

 余りに予想外の事態に、神々はそれぞれに逃げ出した。

 自らの随獣や戦車に乗り、あの絶毒と大魔獣に恐怖しながら逃げ出したのだ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 メドゥーサは見た。

 自分が作ってしまった惨状を。

 いや、確かに皆困れ皆死ねとか思ったが、まさか現実になるなんて…と頭を抱えた。

 取り敢えず、戦闘終了と判断したゴルゴーンに移動を再開させる。

 先ず海に出て排熱と自己治癒、自己進化をしながら、帰巣本能に則って「ある島」を目指して移動していく様を確認しつつ、どうやってアレ処分しようと頭を悩ませる事になった。

 

 

 

 

 

 



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第四話 メドゥーサが逝く4

 ギリシャ世界にて、未曾有の大災害を前にして、多くの者が思った。

 

 (どうしよう?)

 

 理不尽がまかり通る神話の世界においても更に理不尽な事態にあって、主神含む神々すら頭を抱える事態に、誰もが同じ様な考えに至っていた。

 ゴルゴーンは現在、形の無い島にて眠りに就いていた。

 島の中央にある山のカルデラ湖、その水中で蜷局を巻いて活動を停止している姿は、絶毒の発生も止まり、随分と大人しいものだった。

 これには関係者も胸を撫で下ろし、急いで対策に明け暮れた。

 

 だがしかし、ゴルゴーンの元となったメドゥーサの魔術の師であるヘカテーから、一つの情報が寄せられた事で事態は急変した。

 

 「あ奴、戦えば戦う程に強くなるぞ。やるなら乾坤一擲で一度で済ますのじゃな。」

 

 これを聞かされた神々の阿鼻叫喚と来たら、凄まじいものがあったと言う。

 オリュンポスの大神殿は崩れ去り、今も絶毒に汚染されて誰も立ち入れず、直撃を受けたアレスは今もなお毒の苦しみにのたうち回るのを何とか無理矢理仮死状態にする事で大人しくさせていた。

 何とか弟子の研究資料からヘカテーが作った毒抜きの薬を投与しているが、それでも復帰にはまだまだ時間がかかる見通しだった。

 

 「封印するしかあるまい。幸い、奴は形無き島から動いていない。」

 

 島ごと封印する。

 それは島の住人である二人の力無き女神も含まれていた。

 非道ではあるが、これ以上の被害拡大を考えれば、致し方なかった。

 が、ここで事態は予想外の方向へと動いていく。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 形の無い島にて

 

 

 「随分と大きくなったものね。でしょう、私?」

 「そうね、私。あのメドゥーサが随分と変わり果てたものね。」

 

 その双子は、ただただ美しかった。

 魔性の声、幼くも妖艶な美貌、神性故の魅了の力。

 しかし、それしか持ち合わせていない。

 男を魅了し、破滅させる。

 そんな生き方しか出来ない筈の存在だった。

 だが、殊家族に対してはそうではなかった。

 姉に従うべき末妹の癖に、ぎゃんぎゃん言いたい事を言ってくるおバカを覚えている。

 それに普段の静かな態度をかなぐり捨てて、大喧嘩した事を覚えている。

 それでいて、料理の腕前だけは中々なのが癪に触って、いつも絶対に美味いとだけは言ってやらなかった事を覚えている。

 双子の姉は何十年と経った今も覚えている。

 妹との大事な日々を。

 妹が島を去ってしまう、それまでの三人での日常を。

 

 「さて、おバカな妹の尻拭いをしましょうか、私。」

 「そうね、私。だって、私達は姉だから」

 「「妹の面倒くらい、見てあげなくてはね。」」

 

 それは、異なる世界線には無かった事だった。

 二人には戦う力はない。

 ただ見守り続けるだけだった。

 メドゥーサがゆっくりとゴルゴーンとなっていく事を。

 自分達二人が異物として認識され、喰われる事を。

 ただ、諦観と共に見続けるだけだった。

 だが、この世界では違う。

 まるで人間の様に慌てん坊でせっかちな妹と過ごす内に、ほんの僅かだが自分で行動する事を覚えたのだ。

 それは本来の神霊としての彼女達には在り得ない変化だった。

 

 「さぁ、長い間お出かけしたおバカさんに、たっぷりと聴かせてあげましょう。」

 「えぇ、私達が長い間、結構頑張ってきたと言う事を思い知らせてあげましょう。」

 

 そして、歌声が島に満ちた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 ゴルゴーンの活動停止の報を受け、オリュンポスの神々は驚いた。

 次いで、その報告が間違いではないかと確認した後に、事態の解明を始め、その結果にまた驚いた。

 ゴルゴーン、もといメドゥーサの姉である双子のステンノとエウリュアレの歌声によって眠りに就いたと言うのだ。

 これに対し、一部の神々はチャンス到来と考えたが、主神は現状維持を選んだ。

 もし、ここで撃滅を選んだ場合、既に大方の傷を癒し、アレスよりも強くなったゴルゴーンを相手にする事になり、そうなれば主神含むオリュンポスの神々の中でも戦闘に秀でた者達が最低でも3柱、出来れば6柱以上で挑む必要がある。無論、その中から半数は脱落する事は間違いないと読んでいた。

 寝た子を起こす必要も無く、もっと言えばオリュンポスの神々が減ってしまえば、現在の秩序が崩壊しかねない。

 故にこその静観だった。

 また、もしもゴルゴーンが動き出した場合、戦力を動員できる時間を稼ぐため、形の無い島を囲む形での防壁の作成をヘファイストスに命じ、ヘカテーに命じてゴルゴーンの力を減衰させる結界を敷設させ、更にプロメテウスが盗んだと言う原初の火を主な動力源としている事から、炉・竈を司るヘスティアの権能により炉心の出力を大幅に低下させる様に命じた。

 こうして、何とかオリュンポスの神々はゴルゴーンを抑え込み、封印に成功した。

 

 しかし、それは完全なものではなかった。

 

 ゴルゴーンの髪が変じた蛇達。

 彼らは本体であるゴルゴーンがほぼ完全にその活動を停止したと同時に行動を開始した。

 なんと、本体から分裂し、独自の個体となって島から抜け出していたのだ。

 これらの蛇達は形の無い島から周囲の島々や陸地へと泳ぎ、その地を拠点として生活を始めた。

 とは言え、低出力ながらプロメテウスの火を用いた動力炉(便宜上「プロメテウス炉心」と呼称)を持つ彼らは通常の怪物ではありえない程の力を持ち、後にギリシャ中に繁殖していき、多くの怪物達となってギリシャの英雄達と戦う事となる。

 その中には、正史におけるゴルゴーン討伐の勇者にして型月産成功したワカメことペルセウスも含まれており、抑止力の努力もあり、このシン・ゴルゴーンの存在を除けば、凡その流れを外れない形で神話は推移していった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「さて、どうにかなりましたね。」

 

 はふぅ…とため息をつくのは戦犯こと元メドゥーサ、現在はアナと名乗っている女性だった。

 既に少女の姿を脱し、美しい黒髪の女性となった彼女は現在はのんびりとギリシャを旅していた。

 

 「これであの姉達にも最終就職先が出来ましたし、零落したとは言え迫害される事はないでしょう。」

 

 無論、自爆装置も緊急停止機能もあった。

 だが、アレスとの戦闘の結果、予想以上に強化されてしまったゴルゴーンはそれでは止まらない可能性が出てきた。

 ほぼ自動機械に近いとは言え、それでも人格のベースは自分だ。

 ならば、あの姉達の美貌に並ぶ唯一の取柄である歌ならば、静かに聞いてくれるだろう。

 戦闘に関しては元々自衛目的なので、刺激さえされなければ本格的に動く事はない。

 師匠であるヘカテー様を通じて、オリュンポスの神々にも周知させたので、今後も早々手出しされる事は無い。

 取り敢えずは安心だった。

 

 「とは言え、完全に安心できる訳ではなかろう?」

 「勿論です。」

 

 月と言うよりも夜の様な雰囲気を纏う美しい女神、メドゥーサにとっては魔術の師匠であるヘカテーの言葉にアナは即答した。

 

 「触らぬ神に祟り無し。しかし、何時か必ずアレが解き放たれる日が来ると思います。」

 

 テュポーンが結局主神をして封印するしかなかった様に、あのシン・ゴルゴーンもまた封印するしかなかった。

 ならば、アレらが復活する可能性は常に存在する。

 

 「プランは幾つか考えています。取り敢えず、これからのんびり実行していこうかと。」

 「ふん、ここで未来の者達に託す、等と言っておったら首を刎ねたものを。」

 

 ジロリ、とヘカテーが剣呑な視線を向ける。

 まぁ例え死んだ所で彼女の領域へと送られ、今度こそ永久に料理長を務めるだけの話なのだが。

 

 「ではお師匠様、これにて失礼を。何れ冥府のお世話になった時にまたお会いしましょう。」

 「…まぁ良い。その時まで達者に暮らすように。」

 

 そう言って、女神は霞となって消えていった。

 さぁ、後は一人の人間として歩いていこう。

 

 「とは言え、先ずは除染作業ですね。オリュンポスは兎も角、被害にあった地域はどうにかしないと…。」

 

 一先ずの方針を定めると、アナは目的地へと歩んでいった。

 

 

 

 

 

 メドゥーサが逝く 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「お願いします!どうかこの子だけでも…!」

 「」

 

 10年以上かかって何とか除染作業を終え、さぁ冒険の旅に出よう!と思っていた矢先、雨に降られたので仕方なく女神ヘラの神殿で夜を明かそうとしていた時の事だった。

 唐突に赤子を抱えた何処か良い所の出だろう女性が血相を変えて飛び込んできたのだ。

 

 「追われてるんですね?」

 「は、はい!」

 「今から姿隠しの魔術を使います。決して物音を立てない様に。」

 

 取り敢えず、神殿で流血沙汰とか末代まで呪われるフラグなので、何とか凌ごうと思います。

 

 

 

 

 

 これが後にアルゴノーツの長にして英雄船長イアソンの最初の物語になる事を、アナはまだ知らなかった。

 

 

 

 



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第五話 シビュレが逝く

 シビュレ、と言う英霊がいる。

 ギリシャ・ローマ神話におけるアポロンの託宣を告げたと言う女予言者達の総称だが、特に有名な者が二人いる。

 一人はアポロンから直接願いを叶えられたクマエのシビュレだが、もう一人のシビュレは他とは大きく異なる。

 彼女はアポロンではなく女神ヘカテーに仕えていたため、ヘカテーのシビュレと言われている。

 彼女はギリシャ神話において、ケイローンの友人にして、同じく多くの英雄達の師匠であり、卓越した戦士にして魔術師だった。

 その容姿は美しい黒髪と美貌を持つ絶世の美女とされ、元はギリシャ以前に起源を持つヘカテーの従属神が起源であると言われている。

 よく知られる逸話としては、後のアルゴー号の船長にしてテッサリアの王子イアソンとの関係で知られる。

 イアソンの父王アイソンの死後、叔父のペリアスが王位を継いだものの、後に王位を引き渡す事を拒み、母子の殺害を図った。

 そこで母子はテッサリアより逃げ出した。

 幾日も逃げ、遂にはヘラの神殿に追い込まれるものの、旅の途中にそこで夜を明かそうとしていたシビュレと出会う。

 彼女は母子と自分の姿を魔術によって隠し、ペリアスの追手から匿った。

 翌朝、事の次第を聞いたシビュレは母子を自分の旅に同行させるようになる。

 母親に関して、後に老齢を理由に別の住処を与えたものの、イアソンだけは必要な事であるとして、共に旅を続けさせた。

 その旅の最中、シビュレはイアソンを鍛え続け、イアソンがテッサリアへと戻る事を決意するまで、共に在ったと言う。

 別れ際、彼女はイアソンにある言葉を残していった。

 

 「何事も、自分の眼で見て判断しなさい。例え法としては正しくなくとも、道義としては正しい事も、往々にしてよくある事なのだから。」

 

 この後、イアソンはテッサリアにてその言葉の意味をよく知る事となる。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「さてイアソン、準備は良いですね。」

 「はい!」

 

 今日もボクはお師匠様と修行をする。

 お師匠様との修行は辛く厳しく、心が折れるようだ。

 時々、タウロスまで行ってケイローン様とお弟子の方々とも一緒に修行するけど、向こうも修行の厳しさは同じらしく、終わった後はいつも一緒に愚痴を言い合ったりする。

 でも、何とか食いついている。

 修行で自分の成長の事を教えると、お母様はいつも嬉しそうだし、師匠も褒めてくれる。

 でも、前に才能は無いとはっきり言われた。

 

 「貴方の才能は指揮官よりですね。前に出て戦うよりも、後ろで頭を使い、前にいる仲間や部下を支えるのに向いています。」

 

 でも、僕も前に出たかった。

 御伽噺の英雄の様に、怪物を倒して、たくさんの人に感謝されたかった。

 でも、その事を言うとお師匠様はいつも怖い話をしてくる。

 

 「良いですか、イアソン。このギリシャにおいて、英雄とは大体破滅が約束されているのです。そうして優れた者が劣化しないように直ぐに星座や冥府で保管すると言う神々の意図でもありますが、英雄となって知名度が上がると言うのはそういう事なのです。そして、貴方は既に女神から注目を集めてしまいました。これ以上はいけません。貴方のお母さんよりも先に死にかねません。」

 

 お母様を残して死ぬ事は出来ない。

 でも、英雄になる事を諦めたくもない。

 だから、今日も僕はお師匠様と修行をするんだ。

 

 「先日獲れた猪の肉が良い感じに熟成しましたから、今夜はお母さんと一緒に食べましょうね。」

 「はい!」

 

 後、修行の後の美味しいご飯のためでもある。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (イアソンの育成は順調、か。)

 

 後世、アルゴノーツを組織し、コルキスまで航海した事だけが取り柄とされる男。

 小物かつ傲慢でお調子者であり、なのに本当に追い詰められた時だけは英雄としての姿を見せる。

 そんな人物が型月世界のイアソンと言う男だ。

 では、転生者と言うこの世界における異物である自分が培った技術を余す所なく使用して育成した場合、彼はどうなるのだろうか?

 答えは単純、化けた。

 確かに才能は無い。

 英雄として、単独で怪物に立ち向かい、軍勢をなぎ倒し、多くの逸話を残す。

 そんな才能は無い。

 あるのは他者を支え、その力を十全に発揮できる環境を用意する事。

 かと言って、一番後ろである司令部や玉座からでは油断や慢心が出やすい傾向がある。

 となれば、イアソンにとって最も向いているのは…

 

 (最前線よりも少しだけ後ろ、前線指揮官。)

 

 部下が、自分が生き残るために頭を使う立ち位置。

 これが王や司令官なら、部下や自分を餌にしてでも勝利を捥ぎ取る事が求められるが、彼にはそれが出来ない。

 意外にも人情家で慎重な面もある彼には、それが最も適した場所だった。

 

 (成程、アルゴノーツを率いれる訳だ。小物ながらも見るべき点はちゃんとある。)

 

 その事実にほっこりする。

 今はシビュレと名乗る自分の弟子に大成できる片鱗があるのは、師にとっては嬉しい事だ。

 

 (とは言え、その程度で終わってもらっては困ります。)

 

 彼と彼が率いる者達には何れゴルゴーンに挑んでもらうのだ。

 この程度で終わってしまっては困る。

 大英雄ヘラクレス。

 彼の死因とは即ちヒュドラの毒に他ならない。

 それさえ無ければこのギリシャにて彼に勝てる存在はいない。

 彼は以前ゴルゴーンに敗れたアレスを正面から打破した英雄であり、怪物殺しではこれ以上ない程の大英雄であり、このギリシャ世界では彼以上は望めないだろう。

 だが、問題もある。

 ヒュドラの毒、それに匹敵する絶毒を持つシン・ゴルゴーンが相手では、如何にヘラクレスと言えど相性が悪いのではないだろうか?

 最終的には勝ちそうであるが、その際の周辺被害が洒落にならないレベルに、それこそ以前の国が余波だけで二つ三つ滅びる以上の規模になる可能性すらあった。

 そのため、ヘラクレスが十全に戦って早期にゴルゴーンを討つためにも、後方支援要員が必須だった。

 そして、その後方支援要員を守るための壁も必要だった。

 それがイアソンが将来集めるだろうアルゴノーツであり、アルゴー号だ。

 そう、私は彼らをヘラクレスを十全に運用するための部隊とし、その指揮官にイアソンを据えようと考えていた。

 他にも色々考えているが…まぁそれはその内にしておこう。

 

 「まぁ、代価に幸せな人生を送れるようになるのですから、これ位は構わないでしょう。」

 「師匠?」

 「いえ、何でもないですよ。」

 

 にこり、とこちらが微笑むとイアソンが顔を赤くする。

 男としても日々成長しているようで、師匠としては寧ろ安心する。

 でもごめんね、私は特にショタコンという気は無いので、君に手を出す気は無いんだ。

 

 「さぁ、今日は猪鍋ですよ。」

 「わぁい!僕、猪鍋大好きです!」

 

 取り敢えず、今日の夕飯の事を考えましょうかね。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 それはイアソンにとって懐かしき幼少期の記憶。

 美しい母と師匠との厳しくも暖かい日々。

 その日々も彼が17歳になり、荒れた川を渡りたくて困っている老婆を助けた事から終わりを告げる事となる。

 彼の人生において二つの大きな出来事、その一つ目であるアルゴー号でのコルキスへ向けた冒険が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 



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第五話 イアソンが苦労する

 アナ、と言う英霊がいる。

 彼女はイアソンを船長とした、ヘカテーのシビュレの弟子達とケイローンの弟子達を主とするアルゴノーツの一員だが、唯一来歴の不明な女魔術師だった。

 だが、彼女に対して船長であるイアソンは相当に気を遣っており、決して無下に扱う事はなかった。

 実際、彼女はとても優秀だった。

 黄金羊の皮を求めてコルキスへと出発したアルゴー号が出会う困難の多くで、彼女は大いに役立った。

 そして航海の終わりに、ある予言を行った事で有名となる。

 曰く、この船に集った英雄英傑はまた集う事になるだろう。

 そして、人の世の終わりまで語られる試練へと挑むだろう、と。

 

 その予言は正しく、全てのアルゴノーツは再び集い、ギリシャ世界最大の試練へと臨む事となる。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 “貴方こそテッサリアの正統なる王位継承者。ペリアスを除き、貴方が王位に就きなさい。”

 

 夢の中で女神達の女王であるヘラからの神託を受けたイアソンは、大いに困っていた。

 しかし、神託は神託である。

 もし間違っていても従わなければ破滅するのがギリシャの常識であり、それは自分だけではなく、周囲の者にも及ぶ。

 あの滅茶苦茶強い師匠なら如何様にも逃れるだろうが、自分の母はもうそこまで無茶が出来る歳でもない。

 先ず間違いなく犠牲になってしまうだろう。

 

 (かと言って、王様ってのもなぁ。)

 

 イアソンは自分の器量というものを自覚していた。

 自分は決して王位には向いていない。

 もし王位に就いたとしても、それは優秀な家臣団や宰相等の助けを得た上での統治こそが望ましい。

 簒奪したとは言え、既に十分に国を統治し、豊かにしているペリアスを排除してはそれも望めない。

 現在のテッサリアは豊かと聞くし、特にこれ以上何かをすべきではない、もし下手な事をすればそれこそ他国に攻め込まれる隙を作ってしまうと言うのがイアソンの意見だった。

 

 (先ずは一度テッサリアに戻ろう。母上は師匠かケイローン殿に頼んで守ってもらって、単身で乗り込むべきだな。)

 

 いざという時の犠牲と逃走時の足手纏いを減らすため、イアソンは一人で一度も踏み入った事のない故郷へと帰る事を決めた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「すごいな、こりゃ。」

 

 イアソンが見たテッサリアは噂以上に栄えていた。

 別に大都市に入るのは初めてではないが、それでも驚くべき事が多かった。

 暴君に虐げられる事も、他国の軍勢に蹂躙される事も、疫病で衰退する事もない。

 人と品物は多く、活気に溢れ、治安も良い。

 民衆にとっては理想的と言ってもよい国家だった。

 このギリシャにおいて、神々が強く守護している都市がある。

 有名な都市では女神アテナの守護するアテナイがそうだが、そういった特別に加護の強い都市でも、ここまで発展するには並大抵の努力では済まない。

 翻して、

 

 「複雑だなぁ。」

 

 別にイアソンの父であるアイソンが暗愚だった訳ではない。

 父は父なりに努力して善政を敷こうとしていたと母から聞いた。

 だが、王としての器量で言えば、間違いなく叔父であるペリアスが上だった。

 

 「…仕方ないなぁ、腹を括るか。」

 

 一瞬だけ、本当に嫌そうな顔をしながら、イアソンは覚悟を決めて王城へと歩み始めた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「どうしてこうなったかなぁ…。」

 

 三日後、死んだ目で徐々に作られていく大型船を眺めるイアソンの姿があった。

 

 

 

 

 事の始まりは三日前、彼が叔父であるペリアス王の下を訪れた事だった。

 ペリアス王は来るべき時が遂に来たかと思いながら、イアソンを謁見の間に招いた。

 その周囲には勿論ながら護衛がおり、彼が甥のイアソンをどう思っているのかがよく分かった。

 

 「してイアソンよ。如何なる用向きか。」

 「あぁそんな畏まらないで頂きたい、叔父上よ。少々宣言するだけですので。」

 

 宣言?

 その言葉にイアソン以外の全員が戸惑うが、それに構わずイアソンは前言通りに、城中に響くのではないかと言う程の大声で堂々と宣言してみせた。

 

 

 「私アイソンの子イアソンは!この時を以てテッサリアの王位継承権を永久に捨てる事をオリュンポスの神々に誓うッ!!」

 

 

 「なっ!?」

 

 ペリアスを始めテッサリアの者達は唖然とした。

 目の前の男がアイソンの子イアソンだとは先程名乗られ、てっきり王位を要求してくるのかとも思っていた。

 しかし、彼はその逆で、本来なら手にしていた王位の放棄を、よりにもよって神々に誓ってしまった。

 

 「どういうつもりだイアソン!?」

 「聞いた通りです。あぁ理由が聞きたいのなら勿論説明致します。」

 

 いっそ飄々とした様子で、イアソンは何でもない事の様に話を続ける。

 

 「叔父上が治めているテッサリアは豊かです。過去の記録を見返しても、ここまでこの国が豊かになった記録はありません。それは叔父上の王としての手腕の証明に他ならない。そして、私が王位に就いた所でこうも豊かには出来ないでしょう。」

 

 それは自身の治世に相応の自負を持つペリアスには納得できる事だった。

 少なくとも、名の知れた大国でもない限り、自身の育てたテッサリア以上に豊かな国はそうはない。

 

 「もし私が無理にでも王位に就いてしまえば、国は間違いなく乱れるでしょう。貴方は少なくとも民にとっては確かに尊敬する名君なのだから。」

 

 イアソンが王位に就くには、ペリアスを排除するしかない。

 しかし、それをすれば多くの家臣や国民から反感を買うし、下手すれば内戦が起きる。

 それだけで済めば良いが、それが原因で外患を誘致してしまう可能性もあり、そうなってしまってはもう目も当てられない。

 そんな苦労を買ってまでしたくはないし、王位にも興味はないイアソンにとって、王位簒奪は余りにも損ばかりだった。

 

 「ですが、宣言ついでに少しだけ忠告を。女神ヘラ様が神殿を荒らされたとお怒りです。故に何らかの生贄を捧げるべきでしょう。」

 「何だと!?」

 

 先程の宣言にも度肝を抜かれたが、それ以上の事態に今度こそペリアス王と臣下達は青くなる。

 オリュンポスの神々、取り分け最高位の権威を持った女神達の女王であるヘラの怒り。

 それは国を滅ぼして余りあるものだった。

 

 「あの方は私に王位を取れとお告げしたが、今の宣言通りに私は既に放棄しました。だが、ヘラ様はそれでは納得すまい。」

 

 故にこそ、女神が怒気を収めるに足る生贄を。

 それはペリアスだけでなく、イアソンにも言える事だった

 

 「…イアソンよ。参考までに聞くが、其方なら何を女神に捧げる?」

 「ふむ…神々への贄は贄そのものだけではなく、真剣な祈りとそれを捧げる者の苦痛が肝要と聞きます。となれば、ただ単に価値あるものではなく、苦労して手に入れる必要もあると思います。」

 

 その言葉に、ペリアスはイアソンへの疑念を本当に消し去った。

 少なくとも、王位に興味がないというのは信じる事にした。

 でなければ、ここまでスラスラと助言は出てくるまい。

 もしペリアスを破滅させたければ、それこそ嘘の情報でも教えれば良い。

 だが、先程の宣言から続く一連の言葉に嘘は感じられなかった。

 イアソンからすれば、師から習った知識の一つに過ぎないのだが、それはさて置き。

 

 「では、それらの条件を満たす贄とは何だ?」

 「女神ヘラ様が満足するようなものとなると……そうですね、コルキスにあると言う金羊毛皮はどうでしょうか?入手のための難易度と宝そのものの価値を考えれば、これ以上は早々無いかと。」

 

 コルキスの金羊毛皮と言えば、黒海の果てにあるコルキスにある伝説の至宝である。

 その名の通り黄金の毛を持つ羊の毛皮であり、持つ者に富を齎すと言う。

 要は持ち主に高ランクの黄金律を付与する宝具。

 英雄の持つ個人のための武具ではなく、王や権力者が持つに相応しいものだった。

 

 「よろしい。ではイアソンよ、テッサリア王として命ずる。コルキスまで赴き、金羊毛皮を持ち帰れ。その後、女神ヘラ様へとそれを捧げよ。成功すれば、テッサリアで要職に任じよう。」

 

 イアソンはそれを聞いて愕然とした。 

 

 

 

 

 無論、断る事は出来た。

 出来たが、そうなった場合にヘラから被害を受けるのは当事者だけでなく、罪無き民であり、自分の母である可能性が高い。

 それだけは避けたかった故に、こうして今イアソンは無茶な試練に挑む事となった。

 

 「はぁ~………。」

 

 取り敢えず、可能な限りの準備はした。

 知り合いの英雄やそれに準ずる者達に、各地で名の知れた英雄へと手紙を出し、コルキスまでの案内兼現地でのガイドとしてアルゴスを雇った。

 更に黒海を超えるため、アルゴスの意見を最大限取り入れ、自ら設計した大型帆船アルゴー号の作成を開始した。

 ただ、必要な予算や資材なんかはペリオス王が国庫から出してくれるが、船員に関してはこちらで都合しなければならない。

 と言うか、そんな大冒険に普通の兵士や船員では不可能なのが目に見えていた。

 

 「師匠やケイローン殿、アルケイデスが来てくれれば大抵の事は一安心なんだけどなぁ…。」

 

 師匠二人は知識・人格・実力と言う点で申し分ない。

 とは言っても、師であるシビュレに関しては人格面ではギリシャ的な傲慢や強欲ではなく、別方面で怖いのだが…。

 アルケイデス、今はヘラクレスと言われる彼は言わずもがな、若くして既にギリシャ最大の英雄であり、彼がいるだけで道中の安全はほぼ確実に確保できる。

 

 「ま、10人も集まれば良い方だろう。」

 

 一応、手紙に関しては名誉欲や冒険心を煽りつつ、成功報酬に限るがペリアス王からの褒美も約束されている事が書いてあり、多少質は低くても危険な冒険に参加してくれる者は出てくるだろうとイアソンは考えていた。

 しかし、長い事理知的な(に見せている)師匠の下で育った彼は、ギリシャの人間や神々の愚かさと言うものを甘く見ていた。

 具体的には、成功報酬なのに極めて危険な航海への誘いに対し、ギリシャ中の英雄級の人材が50人も集まり、和気藹々と冒険への期待に胸を膨らませるという事態に対して頭を悩ませる事になる未来を、未だイアソンは知らなかった。

 

 

 

 

 

 



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第六話 アナが逝く

 イアソンがギリシャ英雄大集結、苦難の旅へレディGO!な事態にビックリした少しだけ後。

 間もなくアルゴー号は完成し、出発準備が整うという頃、イアソンの下に一人の来客があった。

 

 「ギリギリ間に合いましたか…。まだ船員の募集はしていますか?」

 

 白い布で覆った棒状の何かを持ち、白いフードに身を隠した少女だった。

 声の具合と微かに覗ける容姿から、その少女が美しくも幼い事を悟ったイアソンは、こんな危険過ぎる航海にあたり若い少女を参加させるべきではないと意見を翻させようと口を開いた。

 アタランテ?最速野獣系ロリショタ大好きガールは人類ではなく英雄の範疇なのでノーカンで。

 

 「お嬢ちゃん?君にも事情があるんだろうけど、この航海は本当に危険なんだ。もし事情があるなら、僕に言ってほしい。時間は少ないが、多少なら力になれると思う。」

 

 態々膝を突き、真摯に説得する。

 正直、何を好き好んであんな危険な航海に出るのか、英雄達の気が知れない。

 自分で誘っておいてなんだが、まさか「求む英雄。至難の旅。僅かな報酬。未知と驚愕溢れる日々。絶えざる危険。生還の保証なし。成功の暁にのみ、名誉と賞賛を得る。」とかふざけた誘い文句で来るとは思わなかったのだ。

 この少女が英雄なんていう者になりたいのか、或は用があるのかは知らないが、他のもっと生存率の高い場所で頑張ってほしかった。

 

 「はぁ…。」

 

 それを、目の前の少女は呆れた様な溜息をつく事で返答した。

 そして、ぐいとイアソンの襟首を掴んで自分に近づけると、彼にしか聞こえない至近距離で、世界で一人しか持っていない筈の四角い瞳孔が見える距離で口を開いた。

 

 「何事も、自分の眼で見て判断しなさいと言った筈ですよ。」

 「ッ!?」

 

 その瞳、その言葉。

 それで漸く、イアソンは目の前の少女の姿をした者が、誰であるかを理解した。

 

 「申し訳ありませんお師匠様!」

 

 距離を離して瞬時に土下座する。

 物心ついた時からの恩人であり、師弟関係故に、イアソンは彼女に逆らえない。

 

 「頭を上げなさい、イアソン。それでも貴方は船長ですか。人の上に立つのなら、相応の態度があるでしょう。」

 「それは…はい。」

 「ならシャキッとしなさい。御母上に笑われますよ?」

 

 そこまで言って、漸くヘカテーのシビュレは笑みを浮かべた。

 今は幼気な少女の姿を取っているとは言え、その根っこは女神として長きを過ごし、修練を重ねた戦士であり、魔術師である。

 今更自分が原因の弟子の無礼を咎める気はなかった。

 …まぁ、本当にやらかした時は相応に罰を与えるが。

 

 「今の私はアナと呼びなさい。航海中は魔術師として仕事をしますので、一船員として指示を出すように。」

 「は、はい!委細承知しました!」

 「もう少し力を抜きなさい。それでは他の船員に怪しまれますから。」

 

 いや、結局乗る事は確定なんですか師匠!?とイアソンは叫びたかった。

 叫びたかったが、そんな事をすればスパルタクス並かそれ以上に厳しい師匠の怒りを買う事になるので、イアソンは素直に指示に従う事にした。

 

 

 

 なお、意外にも若返った師匠ことアナと言う少女の魔術師は、あっさりと英雄達に受け入れられた。

 その主な原因が、彼女の料理と持ってきた美酒によるものだったのだが…イアソンはまぁそうだよね(白目)と受け入れた。

 だって、どんな人間だって美味しいものは拒めないんだよ。

 基本的に英雄って人種は、自分の欲求に素直過ぎるものだしね。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 そして、多くの人々に見送られ、女神ヘラとアテナ、序でにメドゥーサの加護を受けながら、アルゴー号は果てのコルキスへ向けて出航した。

 その最中、アナは常に風と波の流れを読み、船の行先を常に指し示してみせた。

 その容姿故か、同じく女だてらにアルゴー号に乗ったアタランテからは特に気にかけられ、何くれと構われたのだが、それをイアソンは表に出さずともハラハラしながら見守っていた。

 何せ、自身の師匠であり、年齢不詳の美女であるヘカテーのシビュレが偽名?を名乗り、若返ってまで自分の船に乗り、他の船員達に年下として構われているのだ。

 誇り高い人間なら、それこそ鬱陶しいと思い、諍いの原因になりかねなかった。

 だがまぁ、そこは亀の甲より年の功と言うべきか、アナはそうした他の船員達とも気兼ねなく接し、時に英雄譚を聞き、時に知識を話し、時に美味なる料理や酒を振る舞い、長く辛い筈の船旅を決して飽きさせなかった。

 また、航海中に出会った多くの困難でも、彼女は活躍した。

 女だけになったリムノス島では、女達に夢中になった英雄達(-3名)を相手に、島の中心の山の頂に剣を持った巨人を召喚し、「日没までに来なかったら追い立てる」と宣言し、バカンス気分を終了させた。

 キオス島では、ヘラクレスに「貴方の最も大事な宝の一つが攫われる」と予言し、警戒したヘラクレスによって従者兼恋人(美娼年)のヒュラスが泉の精ニュムペー達に攫われるのを防ぎ、これが後々に生きてくる。

 他にも多くの冒険を経ながら、アナはより実践的な魔術を磨いていった。

 そして遂に、アルゴー号は果てのコルキスへと到着した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 さて、いきなりやってきた英雄一行に、そう簡単にコルキス王アイエテスが自国の国宝とも言える代物を渡すだろうか?

 答えは否である。

 

 「…言いたい事は分かった。しかし、タダでくれてやる程、我が国の宝は軽くはない。」

 

 色々と怒りとか突っ込みとかをぐっと堪えながら、アイエテス王は告げた。

 

 「あの金羊毛皮は我が国に富を齎している。それを失えば、どれだけの損失が出るか、考えたくもない。」

 

 国家元首として極々当たり前の事を告げる王に、イアソンは当然と頷いた。

 

 「でしょうな。少なくとも、同格の宝かそれ以上のものと交換せねば、この国の誰もが納得しないでしょう。」

 

 その言葉に、アイエテス王が訝しむ。

 この事態を予期していたのなら、それこそ今言った通りのものを用意している可能性があった。

 

 「こちらをご覧ください。」

 「む?」

 

 イアソンの後ろに控えていた白いローブを纏った小柄な従者が、鉢植えを持ってやってきたのだ。

 その鉢植えには未だ30cm程度しかない若木が一本生え、一つの青い果実を実らせていた。

 

 「これは…?」

 「これは桃と言う果実の若木です。」

 

 聞いた事の無い名だった。

 しかし、この場に出すだけの価値があるものだと言うのなら、相応の効果がある筈だった。

 

 「この木に生る薄紅色の果実は災いを払い、一年だけですが寿命の延長と病魔の克服を可能とします。」

 「なんと!?」

 

 その言葉にアイエテス王は驚く。

 本当ならば、それこそ女神ヘラの果樹園にあると言う黄金の林檎に近しい代物と言う事になる。

 

 「また、木の方も有用です。矢にすれば魔性の類によく効き、枝を畑に刺せば害虫除けになります。」

 「メディア、間違いないか?」

 

 流石に怪しく感じたのか、アイエテス王は同席させていた愛娘に尋ねる。

 魔術師として彼の女神ヘカテーの弟子である娘ならば、会話の真偽や物品の真贋を見極める事も可能だと考えての事だった。

 

 「はい、お父様。あの木は本物です。普通は何かしらの神々の持ち物ですのに…。」

 「えぇ、元は遠き東の地にある神仙の畑から、何とか種だけを苦労して手に入れて育てたものです。」

 

 いや、本当に大変でした、とはアナの言である。

 場所は中国、崑崙山の蟠桃園で育てられた桃、即ち蟠桃である。

 最高位の女仙・西王母の生誕祭である蟠桃会に招かれた神仙達に供されるもので、直前になって七仙女によって手ずから採取される。

 無論、警備は厳重であり、多くの神仙や神獣によって守られた蟠桃園を突破せねば、入手は出来ない。

 しかし、数少ない例外として、とある猿がヤンチャした時が挙げられる。

 ある蟠桃会の時、この猿は蟠桃園の守衛を任せられたのだが、その時の会に招かれなかった事を恨み、園の桃を食い荒らし、酒宴の場で大暴れしたのだ。

 この時、混乱に乗じて密かに侵入し、幾つかの種を持ち帰ったのが嘗て世界中を旅したメドゥーサだった。

 彼女はそのとあるお猿さんに感謝しつつ、その種をギリシャに持ち帰り、密かに栽培、既に果実を実らせる事に成功した。

 今回持ってきたのは蟠桃園から失敬した種の孫世代にあたる株だった。

 無論、ギリシャの風土でも育つように改良済みである。

 

 「とは言え、ちゃんと成長させるには優れた魔術師による管理が必要です。」

 「成程、それならば確かに我が国にとって宝となるな。」

 

 コルキスではギリシャ世界としては当然としてオリュンポス十二神を奉っている。

 が、その中でも特にヘカテーとアレスとは縁が深く、そのためか優れた魔術師や戦士が多い。

 

 「無論、この若木から増やす事も可能です。流石に黄金の林檎程の劇的な効果はありませんが、その分時間をかければ多くの利益を生じます。」

 「むぅぅ……。」

 

 正直、心惹かれないと言えば嘘になる。

 既に老境になっているアイエテス王としては、寿命を延ばしてくれる仙桃は喉から手が出る程に欲しい。

 その枝木にも、時間をかければ木材としての価値も見い出せるだろうし、直ぐにとはいかないが金羊毛皮を手放す損失も十分に埋められるだろう。

 

 「とは言え、急すぎる話です。王よ、続きは後日に致しましょう。」

 「む、そう言えば其方達はテッサリアから航海してきたのであったな。よろしい、今夜は王城で歓迎の宴を開くため、ゆるりと旅の疲れを癒すと良い。」

 

 その言葉にイアソンの背後に控えていた英雄達がオオ!と歓声を上げる。

 如何に屈強な彼らと言えど、流石に厳しい船旅は応えるものがあった。

 まぁ美酒と美食(一部は美色)は十分だったんだけどネ!

 

 だが、平和な会談はそこで打ち切られた。

 

 「曲者!」

 

 白いローブの従者、アナの叫びに、誰よりも早くヘラクレスが即応した。

 半神と言うよりも殆ど神霊としての知覚を未だ有する彼女は、その知識からもだが、明確にメディアに向けられる神霊の悪意を感じ取っていた。

 

 「むん!」

 

 棍棒を一閃、それでメディアに向けて放たれた恋の呪いを宿した矢が払われる。

 流石にヘラクレスの相手はごめんだと、矢の持ち主たるエロスは即座に遁走する。

 如何に自分の主アフロディテを通してヘラから命じられた事とは言え、命を賭けるには値しないと判断したのもあったため、二の矢は撃たなかった。

 

 「メディア!?」

 

 驚いたのはコルキス側の面々だ。

 兵士達は危うく自国の姫君が殺されそうになった事に驚き、王の命令とほぼ同時に王族二人の守りを固め、メディアに至ってはガタガタ震えている。

 まぁ誰だって自分を守るためとは言え、ヘラクレスが振るう棍棒が傍を掠めれば怖いとは思うが…。

 

 「アナ、次はあるかい?」

 「いえ、来ませんね。少なくとも今夜はもう来ないでしょう。念のため、ヘラクレスさんか私の知覚範囲内にいる様にして頂ければ大丈夫かと。」

 「分かった。アナはメディア姫の傍にいてくれ。」

 「分かりました。」

 

 白ローブの従者、アナはローブを頭から降ろして鉢植えをイアソンに渡すと、棍棒に弾かれた矢を拾い、間違っても傷がつかないように厳重に布で巻いた後に魔術で固定、封印した。

 これで被害者は早々出ないだろう。

 

 「何があったのだ?」

 「愛の神エロスがメディア姫を狙ったのです。あの神は悪戯好きですが、或は他からの指示があったかは定かではありませんが…。」

 

 この時、イアソンはほぼ間違いなくオリュンポスの神々、取り分けヘラからの差し金だと確信していた。

 何せ、自分がこの冒険を成功させて喜ぶのは、あの女神だけだからだ。

 

 「取り敢えず、こちらの従者が彼女を護衛しますので、当面は安全です。」

 「何から何まで済まぬな…。」

 

 流石に愛娘の身が危険とあって、アイエテス王も平静ではいられなかった。

 

 「…イアソン殿、先程の件だが」

 「聞きましょう。」

 

 後で構わないとされた用件を相手側が話し出したのだから、話を持ってきた側として応じなければならない。

 

 「金羊毛皮だが…桃の木との交換に応じよう。但し、我が国の魔術師の中でも最も優秀なメディアに育て方を教えてもらいたい。」

 「分かりました。」

 

 本当は説明書もあるのだが、恐らく目的は言葉通りのものではない。

 今のやり取りでメディアへの愛情は篤いと知ったイアソンは、アイエテス王の条件が娘のためのものだと見ていた。

 何せ、育て方を習う間はアナと付きっ切りとなるだろうから。

 そして、期限を切っていない事から、これが愛娘の護衛のためとも取れる。

 

 「すまぬ。くれぐれも娘を…。」

 「お任せを。全力でご期待に応えてみせましょう。」

 

 イアソンは一人の英雄として、娘を愛する父親と約束した。

 

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「アナさんは、本当に凄いですね!」

 「そうでもありません。貴方の方が呑み込みは早い位ですよ。」

 

 宴の最中、二人の麗しい少女(一人は合法)が盛り上がっていた。

 一人はメディア、一人はアナ。

 共に女神ヘカテーの弟子である女魔術師だった。

 

 「でも、この桃って果物も本当に素晴らしいですし、魔術の知識だって…」

 「知識も何れ経験と学習を重ねれば大丈夫です。私は自分からヘカテー様に弟子入りしましたが、貴方はヘカテー様自ら見出されたのでしょう?なら素質は十二分と言う事です。」

 「うむむ…確かにヘカテー様の慧眼に狂いなんてないですが。」

 

 いや、結構物臭でスイーツに目が無いですよ、とはアナは言わない。

 だって何か視線感じるし!主に遥か彼方の頭上から!

 お師匠様、満月の夜だからって視線強すぎィ!

 

 「そう言えば、まだ桃自体は食べてませんでしたね。」

 「あるんですか!?」

 

 メディアの目がキラキラと輝く。

 女の子は何時だって甘いものが好きなもの。

 そこには年齢、出身、文化、種族すら関係ない。

 

 (私にも献上せよ。)

 (アッハイ。)

 

 師匠からの要求に呆れながら、アナは甘く煮た桃のコンポートと桃の果実酒を取り出した。

 

 「では皆さんの分もお出ししますから、手伝ってくださいね。」

 「はい!」

 

 甘い香りに女官達や御婦人方の視線が集まった事を感じて、アナは自分達が味わうのは後になりそうだな、と悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝

 

 「すぅ…すぅ…」

 「」

 

 何故か、アナはメディアと一緒の寝台で寝ていた。

 裸で、一糸纏わず、全裸で。

 

 「お酒は止めましょう。」

 

 断酒を固く誓いながらも、時既に遅し、アナは横で寝息を立てる王女様(ギリシャらしく可愛ければ男女関係なく喰っちまう派)にロックオンされていた。

 



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第七話 アナが逝く2 微加筆

 今はアナと名乗り、少女の姿となったメドゥーサは思う。

 どうしてこうなってしまったんだ、と。

 その独白にヘカテーは律儀に答えた。

 曰く、ギリシャの人間は性別如何に依らず、美しいものは愛でる質だから仕方ない。

 そして、それをちゃっかり聞いていたメディアは宣言した。

 曰く、絶対に逃がしませんお姉様。

 アナは全力で逃げ出そうとしたが、何故かヘカテーがノリノリで協力しているため、この空間転移式自動追尾地雷少女から終ぞ逃げる事は叶わなかった。

 

 「たすけて」

 「すいません無理です。」

 

 師匠の余りの気の毒な様子(具体的には何故か頬がこけ、美しかった長髪からは艶が消え、目は虚ろ)に何とかしたいと思ったが、物陰からこっちをジッと見ている姫君に、イアソンは自分の無力さを嘆くだけだった。

 

 「お・ね・え・さ・ま~♡」

 「助けて!助けてイアソぉァァァああああああああ…!?」

 

 イアソンは悲鳴を背後に置き去りにして走った。

 だって巻き込まれたら何されるか分からなかったから。

 船長と言う責任ある立場を背負う身としては、時に非情な決断もしなければならなかった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 元々、アナもといメドゥーサは神々が取り合う程の美貌と料理の腕前を持った女神であり、普通に考えれば超高嶺の花なのだ。

 この世界線ではない、本来の世界線であっても、オリュンポスの神々の中でも特に屈強で知られる海神ポセイドンの愛人の一人であり、その美貌には女神アテナすら嫉妬したと言われる程だ。

 つまり、本当ならモテない訳がないのだ。

 それがモテなかったのは、本人がそういった事を避け、男性からのモーションを悉く断ってきたからに他ならない。

 また、女神から人間となって旅していた頃は、寧ろ盗賊や国の兵士からその美貌故に狙われ、超お粗末な口説き文句を散々に聞かされた事もあり、愚かで強引な男に対する嫌悪感が強かった。

 故にこそ、弟子達には常に理性的であれ、謙虚であれ、誠実であれと説いてきたのだが…。

 

 「まさか同性から襲われるとは思いもよりませんでした(白目)。」

 

 しかしまぁ、これは良い機会なのかもしれない。

 性に重きを置いた魔術や宗教、術式なんかはそれこそ世界中に見られる。

 一人では殆ど出来なかったものだが、これを機に修めてみるのも悪くはないかもしれない。

 ただ…

 

 「どうしましたお姉様?」

 「メディア、そのお姉様とは…。」

 「はい!アナお姉様は私の姉弟子にあたる方ですから、この呼び方でも問題ないと思いまして!」

 

 ニコニコニコニコニコニコ!とまるで悪びれなくハレの気を放つ姫君の姿に、アナは嘆息した。

 

 「……色々と言いたい事はありますが、契約は契約です。貴方に蟠桃の栽培方法を伝授します。序でに役に立ちそうな魔術も幾つか教えましょう。」

 「はい!よろしくお願いします!」

 

 それはそれとして、等価交換を原則とする魔術師の端くれとして、アナはメディアに自身の知識を教授し始めた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「さて、許可も得た事だ。我々もそろそろ金羊毛皮を入手しよう!」

 

 イアソンの言葉に、アルゴノーツ達が賛成の叫びをあげる。

 今現在、歓待を十分に受けた彼らはその充実した気力・体力の矛先を欲していた。

 

 「金羊毛皮は眠らずの竜によって守護されている。また、周辺は近年になってメディア姫の配置した竜牙兵に炎を吐く牝牛までが守りについている。我々の役目はこれらの撃破だ。」

 

 アイエテス王ですらこれらの宝物を守護する怪物の制御は出来ないため、国宝を欲するなら己で勝ち取るべしと告げていた。

 しかし、どれもこれも結構な怪物である。

 眠らずの竜は百の頭を持ち、常に幾つかの頭が交代で周囲を監視し、死角もなく、全方位にブレスを吐く。

 竜牙兵は土中の牙さえ残っていれば無尽蔵に湧き出すし、骨だけの身体なので疲れを知らない。

 炎を吐く牝牛もそのブレスだけでなく、極めて屈強な身体を持っている。

 下手に対応すると、最悪その三種類全てを一度に相手する事になるのも嫌な点だ。

 

 「なので、隊を三つに分ける。比較的戦闘力の低い者は竜牙兵に対応し、可能なら土中の牙を壊してくれ。大まかな位置ならアナとメディア姫なら分かる筈だ。牝牛には戦闘を得意とする者達が対応するように。そして、眠らずの竜にはヘラクレスを中心として選抜した者達で当たる事とする。この時、他を担当する仲間達の邪魔にならず、また邪魔をさせないように気を付けてくれ。」

 

 納得の布陣だった。

 しかし、選抜した者達、と言う言葉が英雄達に刺さる。

 まぁヘラクレスが対竜の選抜メンバーなのは仕方ないが、他はどう決めると言うのか?

 正直、立候補者だけでも結構な人数になりそうだし、英雄となれば誰でもドラゴン相手の方が燃えるもの。

 無限湧きする雑魚よりも、多くの者はそっちの方に参加したがっていた。

 

 「各担当者の選出に関しては、この中から希望者を募った上で総当たり戦の結果で決める。無論、最低条件として必ず生還し、栄誉を手にするように。死にさえしなければ、アスクレピオスが治してくれる。皆、心して挑んでくれ。」

 

 イアソンは全体の指揮のため、前線で戦いはしない。

 無論、身近に危機が迫れば自身でも対応するが、指揮官としては全体に目を配る必要がある。

 まぁ、そんな事は無いだろうなぁ…と思っていたりするが。

 

 「よし。では選抜の希望者は早速集まってくれ。これより総当たり戦を開始する。」

 

 そして、英雄達の盛大な肉体言語が開始された。

 希望者と言っているのに、アスクレピオスとアタランテを除いたほぼ全員が一斉に乱闘を開始したのだ。

 これはギリシャ英雄達が我こそ最強!我こそ竜を討つ勇者!と意気込んだ結果だった。

 まぁギリシャだし、誰だって竜殺しで名を立てたいから、仕方ないネ。

 

 「って、ちょっと待て!僕は指揮官で…!」

 「ははは、この際だからお前も混ざってみろ!」

 「ちょ、おま、アルケイデスてめぇ!?」

 

 そして、イアソンも審判として観戦しようとしていたら、何故か盛大に担ぎ上げられ、乱闘状態の英雄達へと投げ込まれそうになる。

 何とか逃げようにも相手はギリシャ最大の英雄だ。

 結局、笑顔と共に強制参加となってしまった。

 

 

 総当たり戦、と言う名の大乱闘の結果、各担当のメンバーは決定した。

 そして、イアソンは何とか終盤まで勝ち抜き、手加減されたとは言えヘラクレス相手に3分持ち堪えたとして、船員達から盛大な拍手で讃えられた。

 

 だがしかし、当然の結果としてボロボロになった英雄達が金羊毛皮を取りに行くのは三日後に延長された。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 形の無い島にて

 

 「不味いわね、私。」

 「そうね、私。」

 

 魔性の美貌を誇る双子の女神が、その端正な面差しの眉根を寄せていた。

 ふぅ…と悩まし気に溜息をつく姿すら様になっているが、生憎と今は彼女達の美貌を讃えている場合ではない。

 

 「大きくなっているわね。」

 「えぇ、とても大きくなっているわ。」

 

 二人の視線の先、そこには島の中心のカルデラ湖に蜷局を巻いて眠り続けているギリシャ最大の怪物の一角ゴルゴーンがいた。

 問題はその姿だった。

 明らかにこの島に戻ってきた時の姿よりも、二巻分は蛇の下半身が長くなっていた。

 また、背の翼も同様で、今まで飾り同然だったそれは、恐らくだが羽ばたけばちゃんとその巨体に浮力を与えてくれるだろう。

 

 「まだ大きくなるつもりなのかしら、この駄妹は?」

 「でしょうね、私。何せメドゥーサですもの。」

 

 現在、ゴルゴーンは竈の女神ヘスティアにより主動力たるプロメテウス炉心の稼働率が低下し、魔術の女神ヘカテーの結界によって拘束され、更に島全体をヘファイストス製の捕縛城壁によって囲まれている。

 その状態で、現状を維持するのなら兎も角、まさか成長するとは誰も思っていなかった。

 ただ一人、この大怪獣の制作者を除いて。

 

 「取り敢えず、報告しましょう私。」

 「賛成よ、私。このままじゃ遠くない内に駄妹が起きてしまうわ。」

 

 妹を守るために頭を悩ませる双子の姉。

 その姿を、眠っている筈のゴルゴーンは正確に知覚していた。

 

 彼女は、己の役目と現在の状況を正確に把握していた。

 自分は望まれた怪物だが、現在は想定された状況を疾うに逸脱している事を。

 また、このままでは死ぬ事すら難しい事も。

 そして、歪んではいるが確かに家族であり、自身に愛情を持っている姉達がこのままでは戦いに巻き込まれる事を。

 更に、もし自分が迂闊な行動をすれば、主神による宙対地雷撃がこの島ごと自分を焼き尽くす事を、正確に理解していた。

 

 (更なる、強化を…。)

 

 元よりそれしか知らない兵器である彼女は、自身を強化する事で状況を打破する事を選択した。

 後に神々は戦慄する事となる。

 あの大魔獣ゴルゴーンが、更に強くなって帰ってきた、と。

 

 

 

 

 

 



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第八話 アナが逝く3

 軍議から三日後、全快したアルゴノーツ達は割とあっさり怪物達を下し、見事金羊毛皮を入手した。

 それから一週間後、凡その教授を終えたアナは遂にメディア姫との契約を終え、自由を謳歌していた。

 

 「あぁ…自由とはなんと尊く、香しいものなのでしょうか…。」

 

 何処か悟りを開いた様なアルカイックスマイルと共に、アナは太陽を眺め、喜びを噛み締めていた。

 その胸中にあるのは、このコルキスに来てからの日々であり、何の因果か年頃の少女の外見としては極めて爛れた日々の思い出だった。

 

 『アナさん、私とは歳も近いのですし、お名前で呼んでください!』

 『アナさんって、随分と美しい御髪をお持ちですのね。凄い…。』

 『アナさん…なんて綺麗なんでしょう…。』

 『じゅるり…もう駄目です、頂きます。』

 『お姉様!今日もお美しいですね!』

 『お姉様、この数式が解けたらご褒美なんて…きゃっ、メディアったらはしたない!』

 『お姉様、今日はこのお道具なんて…』

 

 カット、カット、カット。

 思考停止、浮かび上がった記憶を削除、関連記憶を封印フォルダへ。

 

 「お姉様?」

 

 カット、ってこれは違う。

 

 「どうしましたメディア?」

 「お姉様は、やっぱり帰ってしまうのですね。」

 

 ここ十日程のはしゃぎぶりはなりを潜め、メディアは随分と落ち込んでいた。

 何せメディアの初恋(同性だが)の相手がこの国を去ってしまうのだ、とても悲しかった。

 きっとつまみ食いされてきた王宮の少年少女達は、王女の寵愛がこれで戻ってくると安堵の余り涙しているだろう。

 

 「それなのですが、別にもう二度と会えない訳ではありませんよ。」

 「そうなのですか?でも、簡単には…。」

 

 何せギリシャ世界において、コルキスとは果ての名の通り外縁部に位置する。

 しかし、このアナにとって、そんなものは疾うの昔に飛び越えたものでしかない。

 

 「転移魔術用の神殿と通信用の礼装の設計図を渡します。私と「やります!」…そうですか。」

 

 食い気味に叫ぶメディア、その瞳は希望(と欲望)でキラキラと輝いていた。

 

 「さて、斯く言う私も貴方程の魔術師とは今後も共同研究したいですし、ちょっと一人では手が足りません。今後もビシバシ鍛えつつ、一年後を目途に結果を出しますよ。」

 「はい!よろしくお願いしますお姉様!」

 (うふふふふふふふ…これでお姉様と合法的にめくるめく愉しい日々が…。)

 

 気合を入れて叫ぶメディア、しかしその思考が桃色一色である事を見抜いていたアナは早まったかと深く深く嘆息した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 コルキス出航の日、アナはアルゴノーツ一同を集めた。

 

 「皆さんに予言があります。」

 

 その言葉と只ならぬ気配に、一同の背筋が伸びる。

 目の前の少女が凄腕の女魔術師であり、虚飾や愚かさといった無駄なものをとことん嫌う合理主義者である事を彼らは知っていたからだ。

 

 「今より一年後、ギリシャの英雄は再び集まり、二度目の航海に出ます。」

 

 その言葉に一同が訝しむ。 

 既に嘗ての謳い文句通りに、アルゴノーツは末代まで残るであろう冒険を果たし、大きな成果を挙げた。

 となれば、もうこのギリシャ英雄が大集合となる様な事態は、それこそ無い筈だった。

 彼らの疑問はもっともだ。

 無論、本来ならば、と付くが。

 

 「その先で待つ困難は、正に人知未踏の領域。神々すら見通せず、私もそれが起こると言うだけで、具体的な内容は分かりません。しかし、この場の面々であっても全滅しかねません。」

 

 その言葉、その意味に、多くが神との混血である英雄達ですら驚く。

 信仰対象であり、家族である神々ですら見えず、英雄達すら皆殺しの憂き目に会いかねない。

 それは一体、どんな災いだと言うのか?

 

 「それでも、貴方達は挑まねばなりません。挑まねば、間違いなくギリシャが滅びます。待っているのは、そういう厄災です。」

 

 そこまで言われ、英雄達は腹を括った。

 アナは嘘は言わない。

 隠し事は多いようだが、決して無駄な事はしない。

 つまり、自分達が戦わねば、本当に滅ぶのだろう。

 自分達の愛する家族が、友人が、恋人が、妻子が、故郷が、国が。

 本当に、全て全て滅び去ってしまうのだ。

 

 「敵はゴルゴーン。軍神アレスが破れ、神々が封印する事しか出来ない災厄そのもの。現在、奴は封印の中で更に成長し、約一年後には復活します。」

 

 その名を聞いて、一同は納得した。

 彼の怪物が現れたのは30年以上も昔の事であり、既に寝物語の存在だと思っていた。

 直に見た事は無かったが、アナが言うからには本当にそれが起きるのだろう。

 

 「敵は今回私達が相手をした眠らずの竜よりも遥かに巨大で強大です。全身から放つ目に見えぬ毒。目を合わせれば石にされる魔眼。髪が変じた毒蛇。無尽蔵かと思う程の耐久力と再生力。どれをとってもギリシャの多くの怪物達よりも格上であり、それはアレスと戦った当時です。つまり、もっと厄介で強くなっています。」

 

 聞くだけで厄介さが伝わる怪物が、更に強化されていると言う。

 その言葉に幾人かは何とか具体的な討伐計画を捻出しようとするが、残念ながら情報が少なすぎてどうしようもなかった。

 

 「今より一年後、奴は復活します。それまで、各々で最適と思う様に己を鍛えなさい。可能なら、ケイローン殿の所で訓示を受けて下さい。必ずや貴方方の力になるでしょう。」

 

 こうして、ギリシャ世界の果ての地で、ギリシャ世界の命運を賭けた一年が始まった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 大急ぎで帰還したアルゴー号は何とか行きよりも大分短縮して帰る事に成功した。

 そして、ペリアス王と共に女神ヘラに金羊毛皮を捧げ、何とか赦しを得ると、一同は即座にペリオン山のケイローンの下を訪れ、修行を付けてくれるように頼んだ。

 だが、ヘラクレスとその従者ヒュラスだけは試練の続きを行わねばならず、参加できなかった。それでも、必ず一年後には戻ってくると告げて別れた。

 また、アナも別口の用事があるとして離脱してしまった。

 この珍事に対し、ケイローンは既に事情を知っていた事から快諾し、一同に厳しい修行を付けた。

 これには丁度弟子として共にいた若かりし頃のアキレウスも参加しており、アルゴノーツの一人である父親のぺレウスと共に多くの事を学んだ。

 イアソンはアナからの指示通りに自身を鍛えつつ、他の弟子仲間達にも声をかけ、ケイローンの修行へ参加させた。

 怪物退治となれば、やはり人員は多いに越したことは無いとの判断故だったが、これが後々に生きる事となる。

 

 そして、ヘカテーのシビュレことアナもまた、己の役割を全力で果たそうとしていた。

 彼女はヘカテーとメディアと共に対ゴルゴーン用の武装の開発・量産を行っており、特に絶毒への対策とアルゴー号の強化に注力していた。

 何せファンタジー版放射線とも言える絶毒は無味無臭かつ肉眼では捉えられない。

 その対策として、絶毒の探知・遮断・解毒を実用レベルでアルゴナウタイ全員分ともしもの場合を考えて予備も作らねばならないのだ。

 更に、ゴルゴーン自体の金剛鉄たるアダマンティン製の鱗を砕き、その巨体を引き裂くだけの武装も必要だった。

 更に集団戦であり、後方支援要員に物資や装備の予備も必要となれば、どうしても足となる乗り物が必要となる。

 そのため、最低でもアルゴー号を空陸海全対応に改良し、更に耐久性や機動性を向上させる必要があった。

 

 

 誰もが一年ではとてもではないが時間が足りないと感じていた。

 しかし、刻一刻と約束の時は近づいていく。

 そして約束の日、

 

 

 

 

 オリュンポスの長、ギリシャの主神にして天空神たるゼウスが敗北した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 形の無い島にて

 

 

 

 突如、島の中心にあるカルデラ山で激しい地震が発生した。

 

 「……………。」

 

 そんな中、不意にゴルゴーンの瞼が開かれた。

 火山であるカルデラ山の地下にある地脈から魔力と熱量を直接摂取し、今まで自身の強化に回していたのだが、それが漸く終わったのだ。

 同時に、ゆっくりとその巨体が蜷局を解きながら起き上がり、衝撃でカルデラ湖が激しく波立つ。

 それを双子の女神はただじっと見つめていた。

 

 「終わったわね、私。」

 「そうね、私。」

 

 もう二人の歌も何の効果もない。

 この変わり果てた妹は、最期を迎えるまで望まれたままに戦い、殺し続けるだろう。

 ギリシャと言う大地に住まう、愚かな人間と神々が根絶やしになるまで。

 無論、そんな事はさせんと考える者達がいた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 『ついに起きてしまったか…。』

 

 ゴルゴーンの活動再開を、天上からゼウスは見ていた。

 本来、ゼウスはタルタロスの巨人達を監視しているのだが、その目は時に地上で特定の人間や英雄、怪物にも向けられている。

 特に危険なゴルゴーンやギガノマキアで活躍する予定のヘラクレス等が該当する。

 

 『あの二神には残念だが、止むを得ん。』

 

 その手に莫大な量の雷が収束、巨大な槍の形を取る。

 これぞゼウスの雷、ケラウノス。

 単眼の巨人キュクロプスに作らせた武器であり、世界を一撃で熔解させ、全宇宙を焼き尽くすことができる程の威力を持つと言う。

 その最大出力を、可能な限り被害を抑えるために一点へと集中させたものだ。

 一応、形無き島はヘファイストスの壁によって外界から切り離されているが、用心するに越した事は無い。

 

 『さらばだ、ゴルゴーン。』

 

 そして、雷霆が投擲された。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「……………。」

 

 ゴルゴーンは遥か彼方、物理的には成層圏に近い位置から降ってくる強大な雷撃を知覚していた。

 同時に、その威力がこの島を消滅させ、自身を殺すに足るものである事も。

 それは即ち、自身の傍にいる二人の姉も死ぬと言う事も。

 

 「■■■■…。」

 

 だが、それはさせぬとゴルゴーンは動き出した。

 嘗ては一対だった猛禽の翼は三対に増え、広げた場合の全長は1kmを超えていた。

 それらを上へと広げ、周辺に存在する大気及び水へと干渉を始める。

 すると、空中と地上にあった電位差が大幅に軽減し、遂には零になる。

 更に島の直上の大気密度がほぼ零、つまりは真空に近い状態となり、雷が通り辛い空間が出来上がる。

 その上で、ゴルゴーンはカルデラ湖内の水分を操り、湖を空にした上で、己の尾をカルデラ湖の底へと突き刺して接地を行う。

 

 同時、遂にゼウスの雷霆が降ってきた。

 

 膨大な、それこそ人間なら失明する程の光量に、双子の女神はお互いを庇う様に倒れ込む。

 しかし、本来なら感じる筈の、否、感じる暇すらない熱量は届かなかった。

 二人が漸く視力の戻ってきた目を開けば、そこには雷を受けながらも、しかし体表が多少焦げた程度で未だ健在なゴルゴーンの姿があった。

 その状態であっても、ゴルゴーンは知覚していた。

 自身の直上、雲よりも高い遥か彼方に、この神話世界で最も傲慢で愚かしい者の一人がいる事を。

 自身の創造理由たる「愚かな者達に然るべき報いを与える事」。

 その対象に最も相応しい者に対して、ゴルゴーンは殆ど初めてと言って良い殺意を覚えた。

 アレスの時は突然であり、生まれたばかりの事もあり、そんな感情を抱いている暇も無かった。

 だが、今回は違う。

 十分に心身ともに成熟したが故に、ゴルゴーンはやや幼いながらも人並みの感情を持ち得ていた。

 自分の心が、プログラムされた使命が告げるのだ。

 曰く、根絶やしにしろ、と。

 

 『■■■■■■■■…!!』

 

 全身にある11基まで増設されたプロメテウス炉心が直列に接続され、初めて全力を挙げて稼働する。

 同時、生産された余剰魔力と熱量により、全身から紫の光と熱が漏れ出し、周囲を幻想的に照らす。

 僅か5秒のチャージが終了と同時、直上を向いたゴルゴーンの口が頬まで裂け、口内の牙を外気に晒しながら限界まで開かれる。

 

 そして、その喉奥から閃光が放たれた。

 

 それは先程の雷霆が、今度は地上から放たれたかの様だった。

 天よりの光を雷と称するなら、地よりの光を何と称すべきなのだろうか?

 全宇宙を破壊すると言われたゼウスの雷霆と全く互角と言って良い程の極光は、先程の焼き直しの様に天を貫いていった。

 その間にあった万物、即ち雲も、空間も、世界の境界も、何もかもを貫いて、一点を目指して伸びていった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 『島が消えておらぬだと?』

 

 ゼウスは天上から島を見ていたが、島の直上に分厚い雲がかかってしまい、視認を困難にしていた。

 

 『この雲、儂の権能のものではない…?』

 

 しかし、確かに直撃した筈だった。

 だが、もしも、この雲がゴルゴーンの操ったものならば…?

 

 『ならば今一度放つのみ!』

 

 迷いを振り切り、主神は再度雷霆の投擲準備に入る。

 先程よりも溜めの時間が短いため、やや出力は落ちるが、それでも島ごと消し飛ばすには十分な威力だった。

 さぁ今度こそと視線を向けた時、突然雲が切れ、光が見えた。

 

 その直後、主神の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「……………。」

 

 頭上の神威が途絶えた事を確認すると、ゴルゴーンは三対の翼を羽搏かせ、飛翔を開始した。

 周辺に台風程の暴風を撒き散らし、雨雲を引き連れながら、更に巨大化したゴルゴーンは空を泳ぐ様に身をくねらせながら我が物顔で進み行く。

 辛うじて女神の名残を残す上半身は頭部を除く全てが金剛鉄製の鱗に覆われ、下半身に至っては長さも太さも倍以上になっていた。

 鱗の一枚一枚もその数と厚みを増し、人間の上半身だけでも50m程であり、下半身に至っては7kmを超えている。

 ゴルゴーンは確実に嘗てアレスを退けた時よりも強くなっていた。

 最早、ギリシャ神話の神々の中に、単体でゴルゴーンに立ち向かえる者は一人もいなかった。

 

 「■■■………。」

 

 悠然と空を泳ぐゴルゴーン。

 その行先はただ一つ、アポロンとポセイドンの作った城壁に守られた都市国家トロイア。

 嘗て彼女を生け捕りにせんと追い回した老王ラオメドンの治める国であった。

 

 

 

 

 

 

 



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第九話 シビュレが逝く2

 予言の日、再びテッサリアに集ったアルゴノーツ達は、一年の間で以前よりも遥かに精強となっていた。

 更に、嘗ての面々に加えて、イアソン率いるヘカテーのシビュレの弟子達も参加し、その陣容はギリシャ世界史上において、類を見ないものだった。

 具体的にどの程度強化されたかと言うと…色々と酷かった。

 

 先ず、全員に配られたのが腕輪型の補助礼装である。

 真鍮製のそれは全身に小規模の対絶毒結界を展開し、直撃こそ防げないものの、空間に満ちる絶毒で死ぬ事は無くなる。

 また、念話による素早い意思伝達を可能とし、指揮官や後方支援と前線の英雄達の相互の連携を可能としている。

 他にもある程度サイズ変更が可能であり、メディアの様な少女やヘラクレスの様な大男でも装備可能である。

 後に、アルゴノーツの腕輪と呼称される。

 

 次に、アルゴー号である。

 こちらは殆ど新造と言っても良い位に弄られているため、名称もアルゴー二世号と改められている。

 先ず船体そのものを延長し、容量を確保した上で、船体表面を金剛鉄アダマンタイト製の板で覆い、内部は同様の補強材で構造を強化、更にヘカテーの加護によって空力制御を行い、飛行を可能とする(風力及び櫂による人力と魔力推進を採用)。

 また、ヘカテーによる空力操作を応用する事で船体全体に大気の障壁を纏い、ラムアタックを可能にしているが、船体への負担が高いので余り推奨されない。

 内部には食糧庫だけでなく、武器庫や魔術師達の共同工房、医療設備にキッチン・バス・トイレがあるため、アルゴー号以上に長期間の航海でも問題なく可能としている。

 更に甲板には腕輪と同様の効果を持つ対絶毒結界展開装置とヘスティア神より無理を言って譲ってもらった「火の無い炉」が設置されている。

 この火の無い炉は近くにある他の炉から火を奪う効果があり、射程内ならばプロメテウス炉心の出力を低下させる事も出来る。

 こうした数重の防護手段を以て、対ゴルゴーン戦では前線指揮及び各種支援を行う事が想定されている。

 

 そして、ヘラクレスである。

 彼は修行には殆ど参加できなかった上、未だに12の難行を10までしか終えていないため、全盛期とは言えない。

 つまり、11回目の難行である黄金の林檎を持っておらず、その神々の果実の力である驚異的な回復、それも命のストックすら回復してしまう程の代物を持っていないのだ。

 幸いにして山脈ぶっ壊し済みなので、既に素で対国宝具なみの事は出来るのだが(白目)。

 しかし、彼には是が非でも頑張ってもらうため、メドゥーサ(アナ)は二つのプランを実行した。

 その一つが対ゴルゴーン用の専用武装として作成した超高圧縮金剛鉄製の大斧だった。

 大量の金剛鉄を局所的重力操作によって長時間に渡り圧縮して成形したもので、想定されるゴルゴーンの鱗の倍近い密度を持っている。

 柄こそ槍の様に長く、実質的にはハルバートに近いものの、刃の部分のみ分子数個分程度の薄さになっており、振るえればゴルゴーンの鱗でも十分に切断する事が出来る。

 ただし欠点として、圧縮しただけ重量が嵩んでしまい、2トン近い重量を持つ。

 その余りの重量に振るえる者は極僅か、使いこなして技を放てるとしたら、それこそヘラクレスか彼に並ぶ大英雄級しかいない。

 他にも、どうしても刃毀れしやすい欠点があるが、こちらは自動修復機能を付与する事で対処した。

 結果、やたら切れ味良いのに刃毀れしやすく、しかし刃毀れしたと思ったら敵の体内に金剛鉄製の刃が残り、本体は直ぐに回復すると言う滅茶苦茶(たち)の悪い武器に仕上がった。

 まぁ、こんな効果が無くてもその重量と強度とヘラクレスの剛力でどうにでもなりそうではあるが。

 もう一つは純粋に技量的なものだが…習得できるかはヘラクレス自身にかかっているので除外する。

 

 ここまで準備して、しかしアルゴノーツ達には、ゴルゴーン討伐隊には一切の慢心も油断も無かった。

 と言うのも、彼らは見ていたからだ。

 アナもといメドゥーサの放った監視用の使い魔からの映像によって、主神の雷霆を受けながらもなお反撃し、撃退してみせた大魔獣の姿を。

 多くの者が呆気に取られ、次いで絶望に心折られそうになる中、あっけらかんとした声が響いた。

 

 「成程。主神の雷霆となれば、まだ防がなければ耐えられないんだな。」

 

 イアソン、この場の多くの英雄達の指揮官である彼の言葉に、全員がハッと気づいた。

 もしゴルゴーンが主神よりも圧倒的に強ければ、ゴルゴーンは雷霆を防ぐ事すらせずに反撃した筈だ。

 なのに、防いでから反撃したと言う事は…。

 

 「つまり、奴は決して不死でも不滅でもない。殺す事は可能だ。」

 

 それなら勝算はある、と豪語するのはギリシャ随一の大英雄ヘラクレスだ。

 彼の場合、一般的に不死や無敵と言っても良い怪物であろうと、その生命力や再生能力、不死性や無敵性の限界や隙を剛力と技と知恵で突いて倒しているので、余計に説得力があった。

 

 「えぇ、その通りです。」

 

 そう言って現れたのはアナである。

 嘗て別れた時の様な、白いローブに身を包んだ少女は一同の考えを肯定した。

 

 「ゴルゴーンは決して不死身でも無敵でもありません。そのための変化であり、進化なのですから。」

 

 元々、ゴルゴーンの元となった女神メドゥーサは偶像として完成していた二人の姉と違い、成長する性質を持っていた。

 偶像、美の極致であるべき身からの変化、或は劣化を産まれた時から定められていたのだ。

 そして、神話の中で幾度も変化し、同時に周囲にも変化を齎した。

 単なる地母神の身でありながらヘカテーに弟子入りし、魔術と料理を修め、神々すら虜にした。

 また、天馬に乗って世界中を飛び回り、多くの作物や料理、知恵や文化、技術を広めた。

 同時に、多くの兵士や戦士、職人や魔術師に料理人から教えを乞い、決して鍛錬を怠らなかった。

 遂には停滞する神としての生き方を嫌い、人となって生きようとした。

 けれど、その美貌と料理の腕前故に多くの神々と権力者から追われ、最後には愚かな者達への怒りから怪物となり果てた。

 それがメドゥーサと言う女神の現在知られている結末だった。

 

 「さて、そろそろ私もこの未熟な姿ではいられませんね。」

 「あ、漸く戻るんですね。」

 

 アナとイアソンの言葉に、ケイローンやシビュレの弟子達の中でも一部の察した者達を除いて、多くの者達が疑問符を上げる。

 そんな中で、不意にアナの姿がブレた。

 同時、その姿が早送りの様に急速に成長していき、ものの一分程で絶世と言っても過言ではない程の美女の姿となった。

 そして、その美女の姿にはこの場の全員が見覚えがあった。

 

 「ヘカテーのシビュレ様!?」

 「その通り。さて、私の弟子でありながら見抜けなかった者は後で補習ですよ。」

 

 黒髪を風に棚引かせ、メリハリの効いた肢体を白いローブで隠しながら、多くの職人や英雄達の師匠である女傑はそう言ってにっこりと威圧感と共に笑ってみせた。

 

 なお、該当した弟子達は「変身と変装は違う」と言って補習を逃れようとしたが、「本来の姿と気づかれない様に変化する事は共通しているので却下です」と返されたと言う。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 トロイアにて

 

 

 「あー…こりゃ絶望的だねぇ…。」

 

 トロイア王族の一人、ヘクトールは空を見上げながら呟いた。

 後に輝く兜と言われるこの英雄も、今は単なる青年であり、一王族に過ぎない。

 しかし、王族の務めとして、父であるポダルケースらと共に民衆の避難の指揮を行っていた。

 無論、ゴルゴーン相手に時間稼ぎも考えられたが…誰もがその異形を見て、挑む事を止めた。

 

 「おらぁ足を止めるな!一人でも多く、少しでも遠くに逃がすんだよ!」

 

 空を飛ぶ山脈並の巨体に、人々は呆然として動かない。

 しかし、彼らに檄を飛ばす事で無理矢理にでも人の列を動かし、避難を続けさせる。

 だが、それがあの化け物に意味があるとは、彼自身も思っていなかった。

 

 (だが、やらないよりゃマシだ。全方位にばらければ、少しは生き残ってくれるかもしれん。)

 

 そんな希望的観測の下、ヘクトールと指揮下の兵士達は職務を果たし続ける。

 しかし、頭上でゴルゴーンが全身から紫色の光を放ち始めた時は、流石の彼らも動きを止めた。

 

 「やべ、死んだかな?」

 

 そして、光が放たれた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「急げ!急がんか!馬など使い潰して構わん!」

 

 トロイア王ラオメドン。

 老いてなお息子に王位を譲らず、神々すら敵に回してまで放蕩の限りを尽くすと言う、ギリシャの王達の中でも特に暗君と言われる男だ。

 

 「しかし王よ!余りにも荷物が多すぎます!このままでは山を越える事は…」

 「五月蠅い!ならば貴様らも押せ!少しでも急ぐのだ!」

 

 だが、今彼は普段汚れ仕事ばかりさせる駒達と共に、国庫から搔き集めた財を馬車に載せるだけ載せ、自分の治める国から必死に逃げ出していた。

 元より、彼の頭にあるのは自分の栄誉と富だけであり、そのために肉親すら神々の生贄と捧げた事もあった。

 

 『■■■■……。』

 

 だが、彼の存在を確かに視認する者が空にいた。

 雲と同じ高さで空を悠然と飛ぶゴルゴーン。

 自分を作り出したオリジナルを追い回した上に、自身の栄誉・権力・富のためだけに多くの人々を苦しませ、それを恥とも思わぬ愚物たるラオメドン。

 その瞳は明確な怒りと共に、彼女が最も嫌う典型的なギリシャ的人間へと向けられていた。

 

 『■■…。』

 

 魂魄すら残す事を許さぬと、ゴルゴーンは絶毒を孕んだ光を放つ準備を始める。

 全身に11あるプロメテウス炉心の内、1基のみを稼働させながら、絶滅の意思と共に口内に光を収束させる。

 地表に対して使用するため、先程主神に放った出力の十分の一以下だが、それでも十二分に愚か者達を魂魄ごと消滅させる事は出来る。

 更に、その女神としての名残である人々の心の内を覗く機能を持って、トロイアの民を選定し、残すべき者達をリストアップしていく。

 やがて全ての準備が終わると、ゴルゴーンは再び口を裂ける程に開き、真名を解放した。

 

 『自己崩壊・終末神殿。』

 

 そして、光が降ってきた。

 

 「ぬ?何g」

 

 それが老王ラオメドンの最後の思考だった。

 放たれた閃光はそのまま都市国家たるトロイアの外周を覆う様に照射され、一足先になりふり構わず逃げ出そうとしていた有力者らを焼き尽くしていった。

 次いで、一旦照射が止まると、今度はゴルゴーンの全身から無数の光が放たれていく。

 これは先程の口内からのものとは格段に威力が低いものの、圧倒的な数で以て、建物の屋根等を貫きながら、トロイア市民らを明確に焼いていく。

 しかし、子供や妊婦は狙われず、ゴルゴーンの価値観で悪、或は愚かと看做された者だけが焼かれていく。

 それはラオメドン程の速さではないが、それでも国と民に見切りをつけて、財貨を有りっ丈持ちながら逃げようとしている王族らにも向けられた。

 ゴルゴーンはそれら全てを容赦なく光線で切断、或は貫通していった。

 その時間は5分にも満たなかった。

 満たなかったが、終わった時、トロイア市民の数は4割にまで減っていた。

 その程度で済んだ事を喜ぶべきか、失われた命の多さを嘆くべきか。

 どの道、生き残ってしまった数少ない王族として、ボダルケースとヘクトールを始めとした子供らは、荒廃した国の舵取りをする羽目になった事だけは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十話 シビュレが逝く3

 「惨いですね。」

 

 急遽トロイアへと向かったアルゴー二世号に乗ったアルゴノーツもといゴルゴーン討伐隊は、シビュレの言う通りのトロイアの惨状を見て絶句していた。

 ある程度は使い魔からの映像で把握していたとは言え、繁栄していた都市国家の6割もの人口が一方的に虐殺された光景は、英雄達をして目を背け、吐き気を催させる程だった。

 

 「手伝おう。一人でも多くを助けるぞ。」

 

 出来れば一刻も早くゴルゴーンを追撃したい所だが、彼らは困窮した人々を見捨てる事は出来なかった。

 

 「生き延びた兵達は指揮系統がしっかりしているようですね。」

 「つまり指揮官が存命していると?」

 

 シビュレの指摘に、メディアが想定できる可能性を話す。

 この状況下で統制を失わずに最善を尽くそうとしている権力者がいると言う事だ。

 

 「直ぐに伝令を出せ!それとアスクレピオス、手当たり次第に死者蘇生しないように。治療するのはまだ息のある者だけに留めるように!力自慢たちは瓦礫の下から市民を救出しろ!間違っても潰すなよ!」

 「「「「「「「「「「応!」」」」」」」」」」

 

 なお後日、「下半身潰れてるけど息があるから良いよね!」ってな具合に治療しまくるアスクレピオスの100%善意の行動に、冥界の神々を代表してハデスから遺憾の意を記した抗議文書が届くのは完全に余談である。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 二日後、何とか救助・医療・炊き出し活動を終えた一行は、完全に消滅したラオメドンとその息子達の中で生き残った者の中では長兄であるとして王位を継いだボダルケースと謁見した。

 とは言っても、崩れ去った王宮ではなく、無人だった故に被害を免れた離宮でだったが。

 

 「アルゴノーツの諸君。此度の事、本当に感謝する。君達がいなければ、被害はもっと拡大していただろう。」

 「何の。当然の務めを果たしたまでの事です。」

 

 互いに本気の言葉を言いつつも、しかし権力者として、指揮官として、この先は腹の探り合いとなる。

 

 「所で、報酬の件だが…。」

 

 正直、トロイアに英雄達へ出せる様なものは殆どなかった。

 何せ国庫から財貨を持ち出した馬鹿な王侯貴族が、その財ごと軒並み蒸発しているので、出そうにもすっからかんなのだ。

 

 「それですが、不幸にも今のトロイアには余裕は見当たりませんし、その状態から報酬を受け取っては英雄の名折れです。」

 「むぅ…。」

 

 言い難い事だが、この際ズバッと言った方が良い。

 何せゴルゴーン討伐隊は報酬目当てでこの地に来た訳ではない。

 一刻も早くゴルゴーンを討つためなのだ。

 

 「しかし、何もせずでは我が国の沽券に関わる。」

 「えぇ、ですので人材を一時的に派遣して頂ければと。」

 「人材ですと?」

 

 イアソンは瓦礫となった街の中、窮状にも関わらず懸命に兵達を指揮し、自身も全力で民の命を少しでも救おうとしていた男を知っていた。

 その男が、今現在の自分達に足りぬ存在である事も、この二日間で熟知していた。

 

 「御身の息子たるヘクトール殿、彼を我らゴルゴーン討伐隊に参加させて頂きたい。」

 「な…!?」

 

 驚くものの、しかし納得するボダルケース。

 確かに息子には神性も何処かの神の加護も無い。

 しかし、英雄と言って良い戦士として、将軍としての資質を持ち、外交・内政・経済どれを取っても素晴らしい手腕を発揮している。

 現在、済し崩し的にボダルケースが王位に就いている現状、次期国王として最有力となっている人材だ。

 下手な宝や武具よりも、今現在のトロイアにとってよっぽど必要な存在だった。

 

 「いかん。あ奴は今のトロイアに無くてはならん男。おいそれとは…。」

 

 実際、被災した地域での陣頭指揮を続けるヘクトールに励まされた国民は多く、彼がいなくなればはっきりと国民の活気は陰るだろう。

 それがあのゴルゴーン退治に出ると言うのだから、死にに行かせるようなものだった。

 

 「いや、オレは行きますよ親父殿。」

 「ヘクトール…。」

 

 そして、ひょっこりと離宮に本人が顔を出した。

 とは言っても、先程から潜んで話を聞いていたのだが。

 

 「此処で泣き寝入りじゃ、死んだ国民が浮かばれない。それに国民や王族らの仇討ちを全部他国の英雄に任せてちゃ、この国の権威はがた落ちだ。それは後の事を考えれば、可能な限り避けるべきだと思うけどね?」

 

 実際、ここで誘われながらも断れば、怪物に臆し、逃げた国と言う嘲りは避けられない。

 そうなれば今後、例え復興したとしても、諸外国との取引や外交、戦争等で侮られる事に繋がる。

 

 「ま、どの道誰かが行かなきゃならんでしょ。今回はたまたまオレだってだけでね。」

 「…分かった。イアソン殿、息子を任せる。」

 「えぇ、お任せを。可能な限り生かして帰します。」

 

 まぁ最悪、アスクレピオスが蘇らせるだけである。

 不幸中の幸いか、雷を落とすゼウスはいない訳だし。

 冥界に関しては、後でシビュレもといメドゥーサが土下座れば良いしネ!

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「さて、具体的にはどうするんです?」

 

 未来の名将、後に輝く兜のヘクトールと言われる英雄を加えて、一同は甲板で改めて作戦会議を開いていた。

 

 「先ずその前に…。」

 

 会議の前に、不意にケイローンが自身の後ろからとある少年を引っ張り出した。

 その姿を見て、ぺレウスや誰だか知っている者達は叫んだ。

 

 「アキレウス!?お前は一体こんな所で何をやっているんだ!?」

 

 英雄ではなく、父親としての顔でぺレウスは叫んだ。

 

 「オレだって戦える!皆がこっちにいるのに、オレだけ居残りなんて出来るか!」

 「この馬鹿息子が!」

 「いってぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 ぺレウスの拳骨に、アキレウスが叫ぶ。

 父親の愛ゆえの怒りの拳骨なので、アキレウスの無敵の加護は攻撃とは判定せず、素通りしていた。

 

 「…まぁこの船に追いつく位ですし、早々死にはしないでしょう。」

 

 侵入者として接近を感知し、ケイローンに相談したシビュレは「取り敢えず目につく所に置きましょう」と言って、彼の傍にいさせている。

 一応、ケイローンが作ったトネリコの槍を持っているし、彼の俊足と合わせれば、十分にゴルゴーンの鱗を突破できるし、容易に離脱も可能だと判断しての事だった。

 

 「あー、親子喧嘩は放っておいて、今度こそ会議を始めてくれー。」 

 

 ヘクトールの脱力した様な要請に、喧しい二人を放って、今度こそ会議が始まった。

 

 「では皆さん、こちらを。」

 

 そう言ってメディアはゴルゴーンの全体像の概略を幻術を用いた立体映像として出力した。

 

 「ゴルゴーンの全身は頭部を除いて金剛鉄アダマンタイトの鱗で覆われています。ヘラクレスさんやシビュレお姉様、ケイローン様を除いた面々ではこれを突破する事は難しいです。ですので、主力はその3人になります。」

 

 アダマンタイトと言えば、英雄達の宝具、その中でも特に優れたものや神造兵器に使用されている金属であり、一度形となれば通常の物理攻撃や神秘による干渉も難しく、極めて安定しつつも高い耐久性を持つ事から金剛鉄とも言われる。

 そんなもので全身を覆っており、更には巨体なのだから、その耐久力たるや測り知れないだろう。

 

 「また、ゴルゴーンは極めて攻撃力の高い光線を口と全身から発射します。この光線の射程は不明で、全身から放つ分には精度・威力・射程のどれもが低下しますが、口から放つ全力攻撃は軍神アレスや主神をも撃破する威力があり、射程に関しては測定不能な程に長いです。」

 

 生まれたばかりの最も弱い状態ですら、戦闘に関しては主神に匹敵する軍神アレスを撃破する火力を持ち、更にその射程たるや地上から天空にあるオリュンポスを狙撃する程である。

 そして、成長した現在では更にそれに磨きがかかっている。

 

 「また、巨体でありながら飛翔可能であり、常に滞空可能です。これは三対の翼を媒介に大気や水分に干渉する流体制御によるものです。それによって飛翔を可能としている他、近接時の防御や攻撃にも転用可能かと思われます。」

 

 大気や水分と言った流体を制御するという事は、例え空だろうと水中だろうと戦闘に支障がないと言う事だ。

 更に言えば、それらを攻撃・防御に転用するとなると、気圧・水圧・大気成分の急激な変化による失神や減圧症や高山病の発症が考えられ、対策をせねばその時点で大抵の英雄は詰む。

 なお、自力でどうにかなるヘラクレスや知恵で切り抜けるケイローン、魔術で周囲の環境に干渉するシビュレは例外とする。

 

 「更に最上位の石化の魔眼を有しており、その目だけでなく、髪が変じた蛇の目を見ても石化の対象となります。また、神性や魔術なりで防御しても、重圧と言う形でこちらの動きを鈍らせてきますので、こちらも注意が必要です。」

 

 一応、運命の薪の加護とかを持っているメレアグロスなんかは大丈夫だろうが、彼や盾等を持つ耐久力の高い英雄はもしもの時のアルゴー二世号の直掩に当たってもらう予定の上、ゴルゴーンの鱗を抜く術がないのでカウントできない。

 

 「一応、石化の魔眼や流体制御による即死技には急遽腕輪の方を弄って対応する予定ですので、皆さん一旦腕輪を返却してくださいね。」

 

 メディアの言葉と共に、腕輪の回収が始まる中、頭脳労働担当組は頭を悩ませていた。

 

 「で、どうする?」

 「あの化け物と勝負するには、どうあってもあの防御力と空と言う戦場が問題だ。」

 

 そうなのだ。

 別に猛毒とか光線とか、割とポピュラーな能力なので、厄介だが如何様にも対処できる。

 しかし、基本的に飛べない人類では足場が無ければ空では戦えない。

 皆が皆、カライスとゼーテスの様な翼がある訳ではないし、下手に翼を持ってもイカロスよろしく落ちるだけである。

 

 「となれば、簡単だ。翼ぶった切って地に落としゃ良い。」

 

 にっこりと、朗らかに言ってのけたのはヘクトールだ。

 この中で唯一、明確にゴルゴーンから被害を受けたトロイアの王族である彼の怒りは深かった。

 

 

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 トロイアを襲撃した後、ゴルゴーンは一度姿を消した。

 正確に言えば、一般的な人類の視力では捉えられない程の高空へと上昇し、気流に乗って他の都市国家を襲撃すべく移動の準備、そして消耗した自身の回復のためだった。

 無論、無理をすれば戦闘は可能だが、同格かそれ以上の存在との戦闘では不安が残る。

 実際、ゼウスのケラウノスこそ防いだものの、それは事前に入念な対策を行っていたからだった。

 だが、それであっても全身に負ったダメージは中々抜けず、特に雷撃によってショートした全身の神経系へのダメージは無視できず、そんな状態で反撃した事もあり、現状高速戦闘にはどうしても無理があった。

 今この瞬間にオリュンポスの神々の中でも強力な者達が団結して捨て身で挑めば、十分に勝算は見込める程度には弱体化していたのだが、良くも悪くも個人の我欲で生きる傾向の強いギリシャの神々がそんな殊勝な真似をする筈もない。

 そんな訳で、ゴルゴーンは神々を除けば誰も邪魔できない雲よりも高い天空にて、その傷が癒える時を待っていた。

 

 無論、そんな真似はさせないのだが。

 

 「目標捕捉!最大望遠で観測しました!」

 

 相手が雲よりも高い位置にいる?

 じゃぁそれよりも上から行けば問題ないよね!

 そんな脳筋的発想により、彼らはゴルゴーンのいる成層圏の更に上、中間圏と言われる領域を進んできたのだ。

 無論、滅茶苦茶寒いし空気も薄いが、大気を操る事の出来るアルゴー二世号によってその辺りは何とかクリアできた。

 後、寒い寒い言う奴らにはシビュレがドロリ濃厚な甘酒を振る舞って黙らせた。

 そんな死角からでも油断なく、大気障壁の表面は光の屈折を利用した光学迷彩を始め、メディアとシビュレの隠蔽系魔術を重ね掛けして神代版ステルス状態となる事で、ここまで接近する事に成功した。

 そして今、アルゴー二世号はゴルゴーンのほぼ直上に陣取っていた。

 

 「艦首下げ!仰角マイナス80度!大気障壁、艦首に最大出力で展開!」

 「機関出力安定!何時でもどうぞ!」

 「目標、ゴルゴーン!最大船速及び障壁の維持に注意、それでは突撃ィッ!!」

 

 重力加速を存分に生かし、更には空と言う海を櫂で漕ぎ進み、魔術による風を帆に受ける事で、アルゴー二世号は音速域に到達した。

 背後に白い雲を曳く形で突貫するその雄姿は、正に人類史上初と言って良い。

 

 『■■■…?』

 

 ならば、それに対する迎撃は、人類史上初の空対空迎撃戦闘だろう。

 修復に注力していた故に、口部からの光線はチャージが間に合わないと判断したゴルゴーンは、その体勢のまま全身から光線を放つ対空防御を選択した。

 しかし、結果だけ見ればそれは悪手だった。

 それを見越していたが故に、アルゴー二世号は大気障壁を纏っていたのだから。

 

 「敵対空迎撃、本艦に着弾!損害軽微!」

 「進路そのまま!障壁と船速を維持しろ!」

 

 例え光線の熱量を防いでも、浸食してくる絶毒には耐えられない筈だった。

 しかし、事前に対策を施していたために、出力の低い光線に含まれた絶毒程度では彼らを殺せなかった。

 

 『■■■■…。』

 

 流石に座視する事は出来なくなったのか、ゴルゴーンが本格的な迎撃へと移る。

 全身に紫色の光が灯ったと思ったら、次の瞬間には大量の光線となってアルゴー二世号へと襲い掛かった。

 光線はどれも正確無比でありながら、適度に狙いを分散し、どう動いた所でハチの巣どころか撃墜は免れないだろう。

 

 「今!チャフ及び幻影展開!」

 

 だが、直後放たれた大量の紙吹雪の様なチャフが吹き荒れ、アルゴー二世号の幻影が周囲に幾つも展開すると、途端にその精密さが消えていく。

 無論、観測方法を通常の光学・熱源・魔力だけでなく、大気流動にまで広げれば、問題なく捉えられるのだが、それにはどうしても数秒の間がある。

 既に音速域に突入していたアルゴー号にとって、その数秒で十分だった。

 

 「いぃぃぃぃぃぃぃけェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!」

 

 イアソンの鬨の声に、船員達が精いっぱい櫂を漕ぐ事で応える。

 その特攻を、ゴルゴーンは至近距離に入って漸く正確に認識できた。

 だが、既に防御するには難しい。

 何せ全身から放つ光線とて、発射口は体表にあり、即ち射角が存在する。

 割と柔軟に動かせるとは言え、それでも限度がある。

 しかも、それが既に至近と言って良い距離にあるのなら、自滅の可能性も考慮して、下手に撃つ事は出来ない。

 だが、まだ迎撃手段は残っている。

 

 『■■■■!』

 

 人型の部分ですら全長50mがあり、それを俊敏に動かせるだけの筋力と耐久力、そしてメドゥーサであった頃と同程度の技量があるのだ。

 無論、他の蛇の部分に比べれば華奢だが、それでも船一つを障壁ごと沈める位は訳ない。

 

 「そこまでだ。」

 

 無論、対策済みだ。

 大英雄ヘラクレス。

 巌の様な巨漢が、巨大な大斧を持って立っていた。

 

 『■■■■■ッ!?』

 

 そこで初めてゴルゴーンが動揺故の声を上げた。

 彼女とて元はメドゥーサ、その知識は継承しており、即ちヘラクレスの出鱈目ぶりは把握していた。

 

 「射殺す百頭ッ!!」

 

 放たれた超高速の9連撃は、ギリシャ世界最強の剛力にすら十分耐え得る得物によって十全に発揮された。

 1撃で鱗を削ぎ落し、2撃で肉を断ち、3撃で骨を砕く。

 それを三か所、超高速でゴルゴーンに特攻するアルゴー二世号の上から放ってみせた。

 狙ったのは咄嗟に頭と胴体を庇おうとした両腕、そして蛇ではなく本体の魔眼だ。

 

 『■■■■■■■■■―――ッ!?!』

 

 空間を揺らす程の絶叫と共に、ゴルゴーンの上半身が無防備になる。

 その土手っ腹に、アルゴー二世号の艦首が突っ込み、突き破る。

 その巨体全体へと衝撃を伝播させながら、しかしその上で更に真下へ向けて加速する。

 

 『■■■■■!?』

 

 自身を地に落とそうとする行動に、ゴルゴーンが再び凍り付く。

 この高さから落ちれば、如何に自分でも危うい。

 ならばと背後の翼を羽搏かせようとするが…感覚がない。

 

 「翼ならもうありませんよ。」

 

 背後から、嘗ては自分であった者の声が響いた。

 何とか蛇達で背後の視覚を確保しようとするが、その悉くが斬り伏せられ、凍っていく。

 それがシビュレの、アナの、メドゥーサの持つ槍の力だった。

 長柄の先にある長刀の様な穂先はヘラクレスの斧と同じく、局所的重力操作によって形成された金剛鉄製の刃だ。

 そして、過度な切れ味ではなく、不死身に近い再生力を持ったゴルゴーンに対処するため、炎で傷を焼いたヒュドラとは逆に、分子間運動を完全に停止、即ち凍結させるために停止に関わる三つのルーンを刻まれた槍だ。

 純粋な刺突よりも斬撃に向いた形状のそれは、遺憾なくその切れ味を発揮し、凍結による痛覚の麻痺もあって、ゴルゴーンに気付かれずにその飛行能力を奪った。

 

 『■■■ーッ!!』

 

 ゴルゴーンが吼える。

 しかし、今の彼女には打つ手はない。

 そのまま、ゴルゴーンは雲を曳きながら、地表へと加速していく。

 何とかもがき、尾で打ち払おうにも、巨体故に上手く行かず、突き刺さった船首のラムが余計に傷口を広げてしまう。

 

 

 そして遂に、ゴルゴーンは凄まじい轟音と衝撃と共に地表へと激突した。

 

 

 



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第十一話 シビュレが逝く4

 「あっっっっぶなかったぁッ!!」

 

 ゴルゴーン程の大質量の墜落は、隕石の落下にも並び、落下地点に巨大なクレーターを作る程の威力を叩きだした。

 それは冥府へと繋がる程に深く、僅かながら亡者達が湧き出し始める程だった。

 まぁ出てきた瞬間に絶毒を浴び、苦痛で絶叫を上げながら転げ落ちていったが。

 

 「いやぁ、計画通りだったとは言え、肝が冷えましたね。」

 「もう二度とやりたくない…。」

 

 そう告げるケイローンに、イアソンも本音を返す。

 まぁ、誰だって雲より高い高度から地表に向かって加速なんてしたがらないだろう。

 それが試験無しの一発勝負なら尚更に。

 

 「艦首障壁の切り離し、成功して良かったですね。」

 

 でなければアルゴー二世号と言えど、木っ端微塵だっただろう。

 地表への激突寸前、アルゴー二世号は艦首に展開していた大気障壁をパージ、その反動で急制動をかけた上で、機首を全力で上げて難を逃れた。

 無論、艦内の重力制御もブレーキに使ったので、中はシッチャカメッチャカだったが。

 ラムアタック時の保険として想定されていた使用方法だが、まさか初手で使う事になるとは思わなかった。

 

 「さて、お二人さん、そろそろ準備してくださいや。」

 

 そう告げるのは二人の傍で火器管制を指揮していたヘクトールだ。

 斯く言う彼も頭を打ってタンコブを作っているが、英雄らしく健在であり、朗らかに言っている。

 だが、この作戦の草案を立案した辺り、怒らせてはいけない人種だとはっきり言える。

 

 「如何にあの衝撃でも、あの化け物が死んだと確認するまでは無駄口は駄目ですよ。」

 「あぁ、それなら確かめるまでもない。」

 

 ヘクトールの諫言に、イアソンは号令をかけた。

 

 「船速最大!現地点より離脱!目標は未だ健在だぞ!」

 

 次の瞬間、アルゴー二世号に横殴りの尾の一撃が命中した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 ヘラクレスは感嘆してた。

 

 「これはまた、凄まじい生命力だな。」

 

 中間層から突撃、そこからの自分とシビュレの奥義、そして地表への激突。

 それだけの猛攻を食らってなお、ゴルゴーンはゆっくりとその巨体をクレーターから起こしていた。

 先程アルゴー二世号を襲った尾による打撃も、単にその場から起きるための動作であると言うのに、ただ動くだけで脅威となっていた。

 嘗て自分が倒したネメアの大獅子も、こんな攻撃を食らえば確実に沈むと言うのに、目の前の怪物はそれに耐え、剰え自己修復を開始していた。

 

 「とは言え、翼を切り落とした今、大幅に遅くなっています。倒すなら今ですね。」

 「うむ、任せてくれ。」

 

 だが、その二人を嘲るように、ゴルゴーンは次の手を打っていた。

 ポトリと、金剛鉄製の鱗が落ちた。

 

 ポトリ、ポトリ、ポトリ、ポトリポトリポトリポトリポトリポトリポトリポトリポトリポトリポトリポトリボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボト…

 

 全身の鱗が次々と、滝の様に剥がれ落ちていく。

 その光景には、さしもの二人もあ然とした。

 次いで、その鱗一枚一枚がビキビキと音を立てて変質し、竜の頭となっていく様子を見ると顔を青ざめさせた。

 

 「散開!」

 「厄介過ぎるなコレは!」

 

 次の瞬間、二人が立っていた場所に竜頭が飛び掛かり、地面を噛み砕く。

 二人は素早く斧と槍を振るい、それらを両断していくが…数が多すぎた。

 何せ全長約7kmにもなるゴルゴーンの全身に生えている鱗の数がそのまま戦力差となるのだ。 

 その時点で、ギリシャ中のどんな国よりも兵数では勝っていた。

 

 「キシャァ!」

 「炎まで噴きますか…。」

 

 しかも、下位ながらブレスまで吐いてきた。

 10の命のストックを有するヘラクレスなら兎も角、シビュレには苦手な部類だった。

 無論、時間をかければ殲滅できなくもないが…鱗程度、幾らでも生産可能であり、相手をするだけ無駄な類だった。

 

 「ギャォォ!」

 「しかも飛びますか…。」

 

 げんなりとした表情で、飛行すら開始した竜鱗達を見上げる。

 その数は億を容易く超え、今現在もなお増え続けている。

 しかも…

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!!!!!」

 

 轟、と山々や海すら超える程の大音量で、ゴルゴーンが咆哮した。

 それは周囲にあった岩や地面、クレーターを砕き、自身の生み出した竜鱗達すら衝撃で吹き飛ばす程であり…何よりも、その声はギリシャ世界中に轟いた。 

 

 『お姉様、大変です!』

 『どうしましたか?』

 

 音よりも早く走れるが故、シビュレは易々と安全圏であるヘラクレスの後ろに下がると、メディアからの通信に耳を傾けた。

 

 『先程の咆哮でギリシャ各地の怪物達…ゴルゴーンの眷属がこの場所に集結を開始しました。』

 「控えめに言って最悪ですね。」

 

 マジで窮地だった。

 どうやらこちらが初手で弾けた分、向こうにも容赦とかが無くなったらしい。

 

 『到達時間は最初の個体が今から1時間後です。』

 「とは言え、やる事は変わらん。」

 「ですね。ヘラクレスと私はこのままゴルゴーンの相手を。皆さんはあの鱗と眷属達の相手を。」

 

 ここまでやっても、まぁ何とか3割生き延びれば良いなぁ…な程度にはピンチだった。

 しかし、殺せない訳ではないし、勝てない訳でもない。

 ここで自力ではなく増援を選んだ時点で、敵の底は見えつつある。

 

 「では、先ずは数を減らしましょう。」

 

 一瞬でシビュレの姿が消える。

 だが、それは転移魔術ではない。

 縮地と言う、本来は仙術であるそれを体術で再現した紛い物。

 本来ならばオリジナルの仙術には敵わないが、シビュレは二つの縮地を使える猿から桃の果実酒を代価にそれらを習い、二つを組み合わせる事で空間転移と高速移動を自在に切り替える事を可能とした。

 そんな縮地の亜種でもって、彼女は竜鱗達の合間を縫い、雲を突き抜けて、直上へと飛んだ。

 そこは先程までゴルゴーンが浮かんでいた空域、成層圏と言われる高度。

 そこから、彼女は不死殺したる停止の槍を構え、告げる。

 その技もまた、彼女が旅の中でとある聖仙に10年近く弟子入りする事で漸く得た、絶滅の業。

 インドの戦士達が師から授けられる、国土を枯らす秘中の秘。

 

 「『梵天よ、地を呑め(ブラフマーストラ)』!」

 

 大地へと呪いの一撃が叩き込まれた。

 着弾した一撃は、盛大な爆発と共に周囲にいた竜鱗達を飲み込み、ゴルゴーンの鱗を貫通し、盛大に肉を抉る。

 

 「■■■■■■■■―――ッ!?」

 

 ゴルゴーンが悲鳴を上げてのたうつ。

 だが、口を開いた瞬間、その柔らかい口内目掛けて、戦艦の砲弾が如き威力を持った矢が正確無比に飛来、命中する。

 

 「『梵天よ、地を呑め』『梵天よ、地を呑め』『梵天よ、地を呑め』『梵天よ、地を呑め』

『梵天よ、地を呑め』ァッ!!」

 

 だが、誰もその程度では終わるとは言っていない。

 頭上からの一方的な戦術核クラスの武技の連射に、ゴルゴーンの鱗は溶け、肉は抉られ、骨が軋む。

 雲霞の様に空の一角を黒く染めていた竜鱗は消し飛び、蹴散らされていく。

 しかし、ゴルゴーンは全長7kmと言う、単体の生物としては途方もないサイズを誇る。

 

 「■■■■■…!」

 

 全身から、対空砲火の様に細い絶毒の光が幾つも放たれる。

 当たれば如何なる魔術であっても一撃で死ぬそれを、シビュレは光線の合間を縫う様に回避していく。

 

 「余所見はいかんな。」

 

 だが、意識を空へと向けた間隙を、見逃す大英雄はいない。

 ヘラクレスの剛腕がその膂力を遺憾なく発揮し、しなやかな腕の振りと共に超高速の9連撃となって、その腹部へと刻み込まれる。

 

 「『射殺す百頭』!」

 

 鱗を削り、肉を削ぎ、骨を断つ。

 その巨体であっても、絶対に無視できないダメージが次々と繰り出されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「■■■………。」

 

 猛撃の嵐の中、二人の大英雄を前に、ギリシャ最大の怪物の片割れは機を窺っていた。

 

 

 

 

 



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第十二話 シビュレが逝く5

 違和感。

 雨霰と降り注ぐ閃光と雲霞の如く襲い来る竜鱗を捌きながら、それを先程からシビュレは感じていた。

 否、新生したゴルゴーンを見てから、ずっとそう感じていた。

 

 それはあの不必要に巨大な身体だった。

 全長7kmにも及ぶ巨体。

 それはこのギリシャのどんな神々や怪物よりも大きい。

 例外と言えば、古の天空神たるウラノスとクロノス、そして大地母神たるガイアだろう。

 これ以降の神々は神威を全開にすれば巨人達とそう変わらないサイズにもなるのだが、精々全長50m程度であり、ゴルゴーンほど非常識なサイズではない。

 なら、あの巨体には何の意味があるのか?

 確かに無数の竜鱗を始めとした魔獣達の母胎としては有用だろう。

 だが、それとて精々全長数km程度で十分だ。

 ならば、別の用途がある。

 ゴルゴーンもまた自分なら、無駄な事は好まない実用主義の筈だ。

 では、どの様な用途があるだろうか?

 

 例えば、プロメテウス炉心。

 これは要は物質を純粋な熱量へと変換する魔術式の核融合だが、その性質上どうしても排熱の問題を必要とする。

 これをゴルゴーンは専用の排熱器官ではなく口内からブレスとして放出するか、体液を媒介に体表から熱を逃がす事で対応している。

 そのための巨体とも考えられるが…それは11基と言う不必要に多い炉心を減らすか、専用の排熱器官を設ければ良い。

 なので没。

 

 例えば、全身から放つ光線。

 口内から放つブレスと同質のものを全身から放ち、これに鋭敏な各種感覚器官を合わせて、極めて高精度な全方位への攻撃を可能としている。

 だが、そもそも巨体のせいで一々迎撃する手間がかかっていると考えれば、これも巨体を必要とする理由にはならない。

 よって没。

 

 例えば、更なる強化のため。

 これは十分考えられる。

 今でも十分に強いが、次なる強化を見据え、そのための土台として大型化する必要がある。

 だが、これは現段階では大型化する必要が無いという事でもあるので没だ。

 

 なら、ゴルゴーンは一体どんな意図でそんな巨体になったのか?

 答えは簡単だ。

 このギリシャにおいて、力持つ存在は限られている。

 特にアレスを倒した初期のゴルゴーンかそれ以上となると、本当に一握りだ。

 そういった一握りの存在に対抗するために、態々巨体となる必要があったのだ。

 

 (特に主神ゼウスの雷は強力ですからね。)

 

 他のオリュンポスの力ある神々だと、ポセイドンならば海の権能や鉾、ヘファイストスならば火山の権能と槌に多くの道具、ハデスなら冥府の権能と隠れ兜に二又の槍等だ。

 そして、ゼウスと言えば天空の権能と雷霆、そして二つの鎧を持つ。

 この内、雷霆は全宇宙を破壊するとも言われる程に強力な対界宝具であり、ゴルゴーンもこれには警戒していただろう。

 単なる雷なら、魔術や流体操作でどうとでも対応できる。

 しかし、主神クラスの神が操る雷となれば、生半可な手段では易々と突破される。

 実際、記録された映像ではゴルゴーンは真空を形成し、大地にアースした上で主神の雷霆を受けてなお、ダメージを逃し切れていなかった。

 それはつまり、主神の雷霆を受けたという事。

 なら、こう考える事も出来る。

 

 主神の雷霆を、体内に溜め込む事で対処したのだと。

 

 その解答を知る機会は、直ぐに訪れてしまった。

 バリリと、ゴルゴーンの巨体の体表に紫電が奔る。

 その光景に全てを悟ったシビュレが戦慄する様子を、ゴルゴーンもまた気づいていた。

 

 「■■■■。」

 「クリュサオールッ!!」

 

 死ねと、分からないながらも確かに殺意だけは伝わった。

 その瞬間、シビュレは全速で己の眷属を呼び出し、黄金の剣を持った巨人を盾にする。

 次瞬、ゴルゴーンを起点に、全方位へと主神の全力の雷霆が放たれた。

 自身の周囲に展開する何十億と言う竜鱗の全てを囮とした回避不能の致命的な攻撃に、それでもなお大英雄は反応してみせた。

 

 「ぐ、おおおおおおおおおお…ッ!」

 

 直撃を貰ってしまったヘラクレスは、10ある命のストックを次々と削られていく。

 咄嗟の事で彼まで作り出した安全地帯へ入れる事は出来ず、辛うじて手に持った大斧を地面に突き立て、少しでも雷霆を地面へと逃がす。

 しかし、これは全方向へと放出する事で収束度が極端に下がったとは言え、紛れもなく主神の雷霆である。

 放出されたそのエネルギー量たるや、現代で言う所の戦略核弾頭に匹敵、或は凌駕するものがあった。

 

 「やって…くれましたね…!」

 

 そんなものを即席の盾で防げる筈もなく、大気を操作して何とか身を守ったが、シビュレも全身に深度2以上の火傷を負う事となり、しかも電撃の影響でまともに身体が動かなかった。

 その視線は余りにも過剰な放電に全身黒焦げとなったゴルゴーンの死骸へと向けられている。

 否、それは死骸ではない。

 唐突に、ゴルゴーンの上半身の背から突き出す様に二対の翼が生えた。

 次に、翼が広がるに連れて背中の肉が開き、鮮血が噴き出していく。

 

 「あぁ、やはりこの方が良い。」

 

 そこから現れた、先程よりも遥かに小さなゴルゴーンが、自らの鮮血を浴びながら、気持ち良さ気に目を細めて呟いた。

 本来持たない筈の会話機能まで獲得して、嘗て女神であった者が目覚める。

 上半身は10m、下半身は1km程度と、先程よりも遥かに小さくなったその姿は、しかし、全くと言って良い程に無傷だった。

 

 「寸前で気づいたのは見事だが、ちと遅かったな。」

 「えぇ、その様ですね。」

 

 見れば、剛力無双を誇ったギリシャの大英雄は地に伏していた。

 如何にヘラクレスと言えども、自らの父にしてギリシャの主神の雷霆は堪えたらしい。

 つまりはそういう事なのだ。

 あの巨体はゼウスの雷霆に耐え、その力を身の内に溜め込むためのもの。

 つまり、あの巨体は特大のコンデンサーだったのだ。

 主神の雷霆と言う常識外の電力を蓄え、ヘラクレス等の常識外の大英雄を放電して撃破するため。

 そのためだけにあの巨体となり、そしてヘラクレスと言うゼウスに並ぶ最大の脅威を撃破するために、一切の躊躇なく使い潰す。

 一度限りとは言え、見事なものだった。

 

 「では、詰みと行こうか。」

 

 ふわりと、縮んでなお巨大と言えるゴルゴーンが優雅に空に舞い上がる。

 熱反応から察するに三つになったらしいプロメテウス炉心を持ち、嘗て女神だった頃に磨いた武技と魔術、そして魔獣としての力を持った、本当のゴルゴーンが戦闘態勢に入っていく。

 

 「さらばだ本体よ。私を捨てた事、それが其方の敗因だ。」

 「えぇ、きっとそうなのでしょう。貴方を生み出した事、それが私の失敗です。」

 

 だが、しかし、

 

 「その程度で諦めるつもりはありません。」

 

 槍を握り直し、焼け爛れた身体を魔術で治癒しながら、それでも英雄達の師は笑って魅せた。

 

 「此処で諦めたら、弟子達に笑われてしまいますからね。」

 「では、皆纏めて冥府へと送ってやろう。」

 

 再び、ゴルゴーンの全身から絶毒を宿した閃光と竜鱗が放たれた。

 

 

 ……………

 

 

 「オラァァァァァ!」

 

 トネリコと青銅の槍の一撃で、アキレウスが巨大なトカゲの頭を砕く。

 これで27匹目だが、それ以上の数が続々と集結し続けている現状、焼石に水でしかない。

 

 「おおーい!無事かー小僧ー!」

 「誰が小僧だぁ!」

 

 最早凡百の英雄等超越した戦果を上げながら、アキレウスは自分へと向けられた声に一瞬で反応した。

 

 「おし来たな。次は西側の戦線が手薄だ。急いで救援に向かってくれ。」

 

 未だ顎鬚を生やす前の青年であるヘクトールの言葉に、アキレウスが切れかけるが必死に自制して背を向ける。

 このいけ好かないクソ野郎をぶん殴りたいが、それ以上に今は味方の救援こそが大事だった。

 

 「最初からそう言いやがれえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ………」

 

 ドップラー効果を残しながら、ギリシャ最速の少年英雄が窮地の味方へと駆けていく。

 既に20人以上の犠牲が出ているが、それでもゴルゴーン討伐隊は無数の魔獣達を相手に奮闘していた。

 次々と、次々と、本当に嫌になる位に大量の魔物が集結してくる。

 これに対し、ゴルゴーン討伐隊は兵を四方に分け、別個に迎撃戦を開始した。

 ヘクトール自身もその一つ、北側の小高い丘へと布陣し、遠距離攻撃の得意な英雄達と共に魔獣に対して陣を巧みに動かす事で常に十字砲火を食らわせる事で防衛戦を継続していた。

 南側は平坦な丘で、最も魔獣の数が多い事からイアソン率いるアルゴー二世号と本隊が布陣し、艦載兵器による空対地支援を行いながら戦闘を続けている。

 東側は狭隘な谷があり、主にそこから魔獣達が進行してくる事から、無敵の加護や防具の宝具を持つ者達がケイローンの指揮の下、特に頑強に防衛している。

 西側は森であり、こちらには特にこれと言った指揮官こそいないものの、アタランテを始めとした狩人や森に慣れた英雄達がゲリラ戦を展開し、魔獣達を一匹一匹丁寧に始末していた。

 これに加え、アキレウスや有翼の兄弟らを始めとした飛翔能力、或は高速移動能力を持った者が、制空権の確保及び全体の支援を行っていた。

 本来なら鼻っ柱の強いアキレウスだが、この世界線では二人の師匠によって見事にへし折られ、自分よりも遅い者に追いつかれ、剰え近接戦闘で全身の関節を外されて身動きを封じられた上で、無敵の加護を貫通する様な虐待同然の酷い修行を加えられたせいで、素直に人の話を聞き、理があればむかっ腹が立っても従うと言う、史実を知る者なら発狂しそうな状態になっていた。

 人格と踵以外に問題の無いアキレウスとか、敵にとってはヘラクレスに並ぶ程に厄介な存在に、魔獣達は次々と討ち取られていく。

 しかし、それ以上に鬱陶しいのは竜鱗だ。

 空からやってくる無数の竜鱗による噛み付き攻撃と炎のブレスは、正面の魔物に手いっぱいな英雄達には相当な負担だった。

 今は何とかアキレウス達が助力しているが、どこかの戦線が崩れれば、そのまま済し崩しに全てが崩れる可能性が高い。

 

 「くそ、姐さん達はまだかよ!」

 

 自身は良い。

 だが、自身以外が死ぬのは嫌だ。

 そうならないために、アキレウスはいけ好かない野郎の命令にも従いながら、また空を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 



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第十三話 シビュレが逝く6

 「ペガサス!ヘラクレスを!」

 

 その言葉と共に、召喚された天馬が倒れ伏したヘラクレスの襟元を咥え、戦場から離脱すべく天を駆ける。

 

 「逃がすとでも!」

 「思ってませんよ!」

 

 それを見逃すゴルゴーンではない。

 空かさず絶毒の閃光を全身から放ち、天馬の予測進路上を隈なく照らす。

 

 「『梵天よ、地を呑め』!」

 「『梵天よ、地に沈め』!」

 

 叩き込まれた国殺しの絶技には、唯一つだけ定められた対処法が存在する。

 それは全く同質の攻撃による相殺。

 絶対に命中し、一撃で敵を殺し、大地すら汚染する、インドの英雄達の必殺技。

 それを怪物であるゴルゴーンが修めていると言う絶望的な状況に、もし見ている者がいたら絶句していた事だろう。

 

 (やはり使えましたか。)

 

 だが、シビュレに驚きはない。

 なにせアレは自分なのだ。

 技すら振るえぬ巨体にならまだしも、最大火力こそ低下したものの、今の最も強い状態なら使用できて当然だ。

 嘗て女神であった頃に修めた技を使われても、何ら驚くに値しない。

 

 (とは言え、目晦ましにはなりましたね。)

 

 絶技同士による相殺、その余波である熱量と閃光により、ペガサスは無事にヘラクレスを安全圏へと送り届けた。

 

 「今更他人の心配か?無駄な事を。」

 「えぇ、自分でもそう思いますよ。」

 

 この怪物を生み出した時点で、自分が誰かを心配する事など、ちゃんちゃらおかしい。

 だが、それでも…

 

 「譲れぬ一線は確かにあるのです。」

 

 不死殺しを成す停止の槍を構え、英雄達の師は告げる。

 今の自分に、恥じ入る事など無いのだと。

 

 「そうか。では、その一線の上で息絶えるが良い。」

 

 絶毒を孕んだ紫の光が、全方位を照らし出した。

 

 

 ……………

 

 

 「ぐ、ぬ……。」

 

 ヘラクレスが目を覚ました。

 全身がくまなく痛い。

 この様な痛みは難行の時でも早々無く、師匠二人による実戦形式の修行以来だった。

 少なくとも攻略法さえ分かれば締め上げるだけのネメアの大獅子よりは、ケイローンとシビュレと言うギリシャ屈指の実力者二人からの修行の方が遥かに辛いと感じられた。

 

 「ぶるる!」

 「そうか、お前が運んでくれたのか。」

 

 首を巡らせれば、そこには見事な天馬がいた。

 純白の毛並みと猛禽の翼を忙しなく動かしているのは、それだけ本来の担い手が心配なのだろう。

 

 「ぶる!」

 「む?これは…」

 

 天馬が鞍に括りつけられた小瓶を指し示す。

 ヘラクレスは促されるままにそれを手に取ると、不意に甘い桃の香りが小瓶から漏れ出た。

 

 「これを飲めと言うのか?」

 「ぶっふー!」

 

 鼻息も荒く頷く天馬に、ヘラクレスも何らかの意図があるのだろうと素直に飲む。

 

 「おお…!!」

 

 それは余りにも芳醇な桃の味がした。

 蟠桃と言われる、中国神話の不老長寿を齎す果実、それをシビュレが一からギリシャの地に合う様に育てた樹。

 その一番最初に取れた桃を果実酒にし、神酒として加工したのがソレだった。

 本来の蟠桃が神仙向けの長期間作用するものなら、こちらは人間向けの短時間の内に劇的に作用するものだった。

 消耗した体力も、損傷した肉体も、流失した血液も。

 それら全てが一瞬で回復し、これまで経験しなかった程に身体の調子が上がっていく。

 破損していた得物も事前に付与された自己修復機能が作用し、新品同然となっている。

 であれば、最早何の憂いも無かった。

 

 「得難い敵に美味い酒、しかもこの様な名馬まで……本当に、シビュレ殿には頭が上がらんな。」

 

 ヘラクレスはあの大怪獣相手に孤軍奮闘しているだろう師匠に感謝を捧げた。

 無論、彼女が隠している事は凡そ把握している。

 というよりも、ゴルゴーン討伐隊の面々はゴルゴーンの映像を見た時点で凡その事情を察していた。

 察していたが、彼女の言い分に従うべきだと戦況を見て判断した。

 それは国を焼かれたヘクトールも同じであり、しかし荒れた国で復興作業を手伝ってくれた彼女を彼も信じた。

 だからこそ、ヘラクレスも最後まで彼女を信じる気だった。

 彼女が自ら裏切ったと告げるその時まで。

 

 「待たせたな。往こうか、天馬よ。」

 

 母親の危機に今にも飛び立とうとしている天馬の元に、ヘラクレスは大斧を握って歩み寄った。

 

 

 

 ……………

 

 

 (空が、狭い…!)

 

 二種の縮地、それに幻影を作り出す魔術を併用して、漸くシビュレは未だに墜ちずにいた。

 傍目から見れば、無数のシビュレに翻弄されたゴルゴーンが闇雲に眷属を放ち、光線を照射している様に見えるだろう。

 事実この状態になって、既に一時間近く経過しているため、あながち間違いではない。

 だが、真実は異なる。

 

 (魔力総量は低下している筈ですが、炉心が三つもあれば十分と言う事ですか。)

 

 無尽蔵の魔力供給源を持つゴルゴーンに対し、シビュレのそれは常人よりも遥かに多く、英雄達の殆どに優越しているとは言え、それでも単なる魔力回路である。

 現代の魔術師が自転車の自家発電程度であるのに対し、大規模施設にある発電機程度の生産量はあるだろうが、複数の原子力発電所を持つ程のゴルゴーンに敵う道理はない。

 

 (しかも、こちらの機動を予測していますね。)

 

 加えて、度重なる千日手を崩すため、ゴルゴーンは光線の射撃と機動予測の精度を上げるべく、脳髄の処理能力の強化まで行い始めている。

 それは戦えば戦う程、シビュレが不利になっていくと言う事だ。

 

 「どうした?何もせぬなら、このまま詰むぞ?」

 

 自らの有利を知るが故に、ゴルゴーンが嘲笑と共に言い放つ。

 

 「所でゴルゴーン、少々聞きたい事があるのですが。」

 「何だ?」

 

 それに返されたのは、単なる疑問だった。

 高機動を一切緩めないシビュレからの問いに、ゴルゴーンもまた対空迎撃を一切緩めずにその問いを聞いた。

 

 「今の貴方からは、多くの感情を感じます。何故その方向にまで成長したのですか?」

 

 それは設計者であるが故の、起源を同じくするが故の問いだった。

 本来の設計通りなら、それこそゴルゴーンはここまで流暢な会話を出来る筈もなく、況してや感情を獲得する事などなかった。

 単なる怪物として、単なる災害として、単なる人形として、英雄か神々に討たれる事がその役目だった。

 それまでに神々を含む多くの愚かな者達を殺す事こそ期待されたが、今のゴルゴーンは明らかに必要と判断された以上の力を持っている。

 だが、だからと言って、その役目を忘れていると言う訳でもない。

 トロイアを焼いた時、ゴルゴーンは確かに生かすべき人を選別し、愚かしいと判断した者達を殺し尽くした。

 恐らく、後半世紀はトロイアの人口は嘗てまで戻らないだろう。

 それだけの人命を殺し尽くしたのに、凄まじいまでの射撃精度を持って、ゴルゴーンは無駄な人死にを出さなかった。

 それは、単なる被造物には無い筈の感情だった。

 殺戮兵器にそんなものはいらない筈だった。

 しかし、ゴルゴーンは何故か感情を得て、今はこうして会話できるまで成長していた。

 

 「なんだ、そんな事か。」

 

 一体何が彼女にこんな事をさせる原因となったのか?

 

 「私は貴様が捨てた、貴様の中の魔性だぞ?それは肉体に由来するもので、貴様と言う魂の有無で左右されるものではない。だが…」

 

 にたりと、怪物となってなお美しい容貌が嘲笑に歪む。

 

 「美味かったぞ。貴様が周囲全てに持つ嫌悪の感情は。」

 

 ゴルゴーンと言う魔性は精神ではなく、メドゥーサと言う女神の肉体に由来するものだった。

 しかし、それを厭ったメドゥーサは己の女神としての身体を捨て、人として生きる事を選んだ。

 そして、肉体に残った魔性は自身に向けられる信仰ではなく、人々の謂われ無き迫害と憎悪の念を吸い、自身の宿主が持つ嫌悪の感情を苗床にして育った。

 平成と言う平和な国の最も平和な時代に生まれた者にとって、このギリシャに住まう者の殆どは唾棄すべき愚か者だった。

 故にこそ、彼女の嫌悪は蓄積され、しかし自身の価値観の押し付けはすべきでないと言う考えから行き場を無くして蓄積され続けた。

 これが単なる人間なら、そう問題にはならなかった。

 しかし、メドゥーサは女神であり、迫害される者であり、内に魔性を持つ者だった。

 結果として、メドゥーサの中の魔性はすぐ傍にあった鬱積した想念を餌にして、彼女の身体の中で育っていった。

 そこまで育ったのなら、最早目障りな縛りを食い破り、自我を獲得する事に何ら不思議はない。

 自己進化機能なんて、お誂え向きのものまであれば尚更だ。

 そして、そんなものを食い続けたゴルゴーンが願う事は一つだけだった。

 

 「私は私なりの理念を持って、この世界に住まうあらゆる愚者を根絶やしにする。」

 

 それはギリシャ世界だけでなく、この地球上の愚者全てを指していた。

 愚者への嫌悪、謂われ無き迫害。

 そういったものを土壌として育った存在にとって、或る意味では真っ当な願望だった。

 

 「やはり、そうでしたか…。」

 

 そんな真相を聞いて、しかしシビュレは納得の言葉を吐いた。

 自分の組んだシステムは完璧ではないにしても、相応に完成度の高いものだった。

 それを

 

 「ですが、それは人間を切り分けるという事です。」

 

 だが、それは美醜の切り分けだ。

 美しいからとその部分を剥ぎ、残りを汚いからと投げ捨てる。

 それこそ何処ぞの獅子がやった様な、下劣な行為に他ならない。

 

 「どれ程の汚濁であっても、どれ程の清廉であっても、どちらも人間なのです。」

 

 だからこそ、シビュレは多くの弟子を取り、世に送り出した。

 少しでも美しい者が増える様に。

 少しでも賢明な者が増える様に。

 少しでも愚行が減る様に。

 少しでも尊いものの割合が増える様に。

 それは人間だから、人と人の間で生きるからこそ出来る事だった。

 

 「よく言う。私をここまで肥えさせたのは貴様だろう?」

 「えぇ、だからこそです。」

 

 にこりと、シビュレは穏やかな笑みを浮かべた。

 何時しか止んでいた攻撃の中、汚染された大地の上で、嘗て女神であった者は穏やかに微笑んでいた。

 

 「貴方は結局、私の一部に過ぎません。こうなったからこそ分かりました。」

 

 トロイアを焼き、ゼウスを撃破し、国土を汚染し、アレスを毒で汚染したゴルゴーンは、紛れもなく自分自身だとシビュレ、否、メドゥーサは悟っていた。

 ゴルゴーンの成した行動は、どれもこれも自分が望んでいたものだったから。

 

 「もっと前に、史実通りに、私は死んでおくべきでした。」

 

 少なくとも、世俗との交わりは完全に断つべきだった。

 そうであれば…否、何をしていなくとも、何れ己の内の魔性に呑まれていただろう。

 それでも、これ程までに多くの被害が出る事は無かった。

 それこそ、自分の嫌悪する愚かしさそのものだった。

 

 「後悔先に立たずとはよく言ったものです。」

 「あぁ。しかし、幾ら後悔した所でもう遅い。」

 

 ずるり、とゴルゴーンの蛇体がシビュレの周囲を取り囲んでいた。

 最早逃げ場はない。

 何処に跳んでも、何処に飛んでも、シビュレの回避の癖を計測し、次の動作を読み切ったゴルゴーンにとって、シビュレは完全に詰んでいた。

 

 「此処で降参すれば、殺しはしないでやるぞ?」

 「貴方の中で生き続けるなど、それこそご免ですよ。」

 

 別たれたものなら、もう一度一つになる事に何ら不思議はない。

 少なくとも、ゴルゴーンにとって今後の活動にシビュレが得ていた知識や経験は役立つだろうと考えていた。

 ギリシャだけではなく、他の神話世界において、その地の愚かな者達を滅ぼすためには力ではなく、寧ろ知恵や創意工夫が必要だった。

 怪物であるゴルゴーンにそれは殆ど無く、逆に人であるシビュレにはそれがある。

 無論、こうして反対されたのなら、頭を砕き、脳漿を啜る形で手に入れるつもりだ。

 まぁ、例え消し飛ばして無理になっても、残念だがそれだけだったが。

 

 「貴様を食らって、私はこのギリシャからあらゆる愚かしい者を一掃する。その後、他へと進出する。」

 「無意味な事を。言ったでしょう、人は正邪・善悪・生死・賢愚を離せない。それらは背中合わせの双子なのですから。」

 「であれば、私はそれを人が滅ぶまで続けよう。」

 

 ゴルゴーンの周辺の大気が流動する。

 既に掌握された大気は、ゴルゴーンにとっては新たな感覚器官に等しい。

 最早シビュレの一挙手一投足の起こりどころか僅かな前兆すら感知し、その後の動作を正確に予測できる。

 何をした所で、もうシビュレに打つ手はない。

 

 「では致し方ありません。」

 

 だと言うのに、シビュレには一切の恐怖は無かった。

 彼女達にとっては死は身近であり、冥府には幾度となく通った身なので、今更ではあるが。

 それでも、ゴルゴーンはその姿に違和感を感じ取り、同時に索敵範囲を周囲数kmまで拡大する…

 

 「往きます。」

 

 その瞬間を見計らった様に、刹那の虚を突く形で、シビュレは動き出した。

 

 

 

 

 

 

 



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第十四話 シビュレが逝く7 微修正二回目

 「クリュサオール!」

 

 先に主神の雷霆を受け、死亡した自身の眷属、その再召喚。

 同時、自身を中心に蜷局を巻いているゴルゴーンへと特攻した。

 

 「馬鹿め。」

 

 それをゴルゴーンは嘲笑う。

 既に死んだ者を呼び出して、何をすると言うのか?

 況してや、既に詰んだ状態で。

 ゴルゴーンの考えは、この状況では的確だった。

 現にたった今、シビュレはゴルゴーンの体表から照射される光線に左腕を切り飛ばされたのだから。

 しかし、左腕を代償に、シビュレは安全圏であるゴルゴーンの体表へと辿り着いた。

 ここなら自滅を恐れ、早々攻撃する事は出来ない…

 

 「馬鹿めと言ったぞ?」

 

 筈だった。

 しかし、人型の上半身なら兎も角、下半身ならどうとでも再生できるし、斬り捨てる事も出来る。

 元より、自身のオリジナルを相手に油断や慢心など在り得ない。

 故に、ゴルゴーンは迷いなく、自身の蛇体ごと攻撃した。

 

 「えぇ、知っています。」

 

 自身が愚かである事など、疾うの昔に承知している。

 左腕を光線で焼き切られ、凄まじい激痛に苛まれながら、それでもシビュレの目は未だに死んでいなかった。

 

 「『止まりなさい』!」

 「ッ!!」

 

 作成の際に組み込まれた強制停止コマンド。

 その発動はしかし、半秒後にはレジストされる。

 しかし、それだけあれば、シビュレが回避する間は十分だった。

 

 「上方注意、ですよ?」

 「ぬぅぅ…!?」

 

 そして、それだけは済まさない。

 ズドン!と、地を揺るがす程の勢いで、全長30mの巨人の死体が降ってきた。

 例え命を失っても、黄金の巨人は母の力となり、ゴルゴーンに極単純な質量兵器としてぶち当たった。

 

 「こんなものでぇッ!」

 

 無論、上半身だけでも10mあるゴルゴーンにとり、巨人の死体は重いものの、即座に圧死する程ではない。

 意識して力を込めれば、割とあっさりと持ち上げられるだろう。

 だが、それには僅かな間がある。

 

 「ルーン魔術、私も使えるんですよね。」

 

 クリュサオールが持つ、黄金の大剣。

 地に突き立った剣の上、その鍔へと着地すると、シビュレは徐々に傾いていた剣身を更に傾斜させていく。

 

 「ぐ、」

 

 全長10mを優に超える代物であり、切れ味も強度も重さもゴルゴーンを斬るには十二分だ。

 しかし、それを振るうには巨人並の筋力と体躯が無ければ出来ない。

 

 

 「っ」

 

 しかし、何事も例外は付き物。

 シビュレは焼き切られた左腕を除く全身へとルーン魔術を施し、その身体能力を限界を超えて引き上げた。

 それはクー・フーリンがサーヴァントでありながら、ルーン魔術による強化によって一時的に全盛期の力を振るう様に似ていた。

 無論、元々戦神でもないシビュレがそんな事をすれば、立っているだけで筋肉によって骨格と内臓が圧迫され、全力を出せばそれだけで自身へのダメージとなる。

 

 「あ」

 

 全身の筋肉が、神経が、魔術回路が断末魔の悲鳴を上げる。

 骨は砕け、肉は裂け、血管が破裂していく。

 

 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

 だが、この瞬間だけはシビュレはゴルゴーンに匹敵する筋力を発揮できる。

 故に、地に突き立った我が子の遺品を、一度限りだが振るう事が出来た。

 

 「何と!?」

 

 滅茶苦茶である。

 全身から血飛沫を上げ、それでもなお咆えながら、シビュレは地に突き立った黄金の巨剣を振り下ろした。

 

 「ぐ…!?」

 

 無論、ゴルゴーンとて何もしない訳が無い。

 尾を動かして薙ぎ払うか、溜め無しで放てる尾からの光線を使っての迎撃を選択し…

 

 「凍結だと!?」

 

 先程、シビュレごと攻撃した尾の部分が凍結し、蜷局を巻いていた事もあって、完全に固定されていた。

 見れば、シビュレの金剛鉄の穂先を持った槍が尾に刺さり、そこからゴルゴーンの蛇体を氷漬けにしていた。

 

 「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

 無論、砕く気で動かせば何れ解ける拘束だが、直ぐには出来ない。

 故に今動かせる上半身で、巨剣を防ぐ事にした。

 幸い、盾は既に持っている。

 

 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 ゴルゴーンは迫り来る巨剣に対し、抱えていたクリュサオールの死体を盾にして、何とか鎖骨までの被害で抑えてみせた。

 

 「ハハハハハハハハハハハ!万策尽きたな!」

 「まだです!」

 

 哄笑と共に、ゴルゴーンが頭部の蛇を動かし、シビュレに石化の魔眼を放とうとするが、それを両断する様にシビュレが吼えた。

 

 「『壊れた幻想』!」

 

 宣言と同時、ゴルゴーンの肩に食い込んでいた巨剣が爆発した。

 その構成材質である金剛鉄に内包された全ての神秘を、質量をエネルギーへと変換、解放する事で発生した爆発は凄まじい勢いで周囲を包み込み、何もかもを吹き飛ばした。

 

 

 ……………

 

 

 「ばか、め…。」

 

 全身をあらゆる生物を絶滅させる絶毒と熱量に包まれながら、凍結していた蛇体を木っ端微塵に砕かれ、左上半身が消し飛んだ状態で、それでもなおゴルゴーンは即死していなかった。

 しかし、それでももう時間の問題だった。

 全ての炉心を壊され、脳髄にも深刻な損傷を受け、既に再生もできない程の致命傷を負っていた。

 

 「えぇ…しってます…。」

 

 このまま戦いを長引かせれば、何れヘラクレスがやってきて、片を付けてくれただろう。

 だが、それでは駄目なのだ。

 

 「もう、だれも…」

 

 シビュレもまた、致命傷を負っていた。

 爆発の瞬間、縮地によって後方へと跳んでいたが、それでも爆発の規模が、威力が大き過ぎた。

 空間転移を連続使用し、異相空間への滞在時間を長引かせる事で回避したものの、重症の身に致命打となるには余波でも十分だった。

 

 「わたしのせいで…しなせたく…。」

 

 それが、多くの英雄を育て上げた女傑の、神々と人々に追われ続けた女性の、自分なりに生きられる場所を求めた女の、最期だった。

 

 「やはり、お前は馬鹿者だ…。」

 

 その末期の言葉に、ゴルゴーンは哀れみしか抱けない。

 

 「こんな愚か者だらけの世で、お前の様な初心な小娘が生きられるものか…。」

 

 もし、シビュレが諦めや妥協を抱いていたら、こんな事にはならなかっただろう。

 単なる世捨て人として、人々とは距離を置いて生きていられただろう。

 だが、彼女は孤独は嫌だった。

 一人ぼっちは、寂しすぎたから。

 

 「お前も、私も…疾うの昔に……」

 

 ゴルゴーンもまた、意識が遠のく。

 寧ろ、今まで死んでいなかった方がおかしい程のダメージを受け、なおも正気を保っていたのはギリシャの二大怪獣の矜持故か。

 

 「死んでおく、べきだったのだ…。」

 

 誰もその言葉を聞く事なく、嘗て一つであった女神は地獄の様な劫火の中で静かに息絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「Grrr………。」

 

 誰もいない筈の劫火の中で、ゆっくりと目を開ける者がいた。

 それは先程ゴルゴーンが脱ぎ去った筈の嘗ての巨体。

 主神や最上級の英雄を屠るための、使い捨ての装備。

 だが、プロメテウス炉心を三つも内蔵し、ゴルゴーン同様の各種機能の他、特に生命力と耐久性を強化されていた。

 また、もしもの時は独立して可動し、本体たるゴルゴーンとの連携すら考えられていた。

 しかし、主神の雷霆を受け、機能不全に陥っていたそれは、当初の目的である主神の雷霆の吸収・放出にしか使用されなかった。

 だが、今はどうだろうか?

 指令を出す筈のゴルゴーンとシビュレの生体反応は途絶え、御自慢の鱗は全て剥がれ落ち、翼も残らず切り落とされ、再生できていない。

 本当なら、そのまま機能停止している筈だった。

 だが、先程受けた衝撃と熱量に機能が再起動、熱量を吸収し、それを起爆剤に停止していたプロメテウス炉心が再稼働する。

 既にこの肉に意思は無い。

 意思を持ち、判断を下すべき者が既にいないために。

 それは即ち、この肉が本能と機能のままに行動を開始する事に他ならない。

 

 「GYAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOoooooooooooooooooooooooooow!!」

 

 炭化した表面の肉を脱ぎ捨て、嘗ての美しい美女の姿の面影はない。

 蛇体ではなく、二足歩行する黒い蜥蜴にも見える姿は、しかし、深海生物の様な焦点の合っていない目、不規則に並んだ背鰭、体表を血管の様に走る赤い魔力ライン、黒くボコボコした分厚い肌も合わさり、悍ましさと恐怖しか感じられない。

 もしこの場に、シビュレの中の人と同じ時代を生きた者がいたなら、畏怖と戦慄と共にこう叫んだ事だろう。

 

 

 

 

                 ゴジラ、と。

 

 

 

 




次回、ゴジラVSヘラクレス

どっちが勝っても、ギリシャは終わる。


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第十五話 シビュレが逝く8

久々の更新。何かやっつけになった気が(汗


 「遅かったか!」

 

 シビュレの差し向けた天馬に乗ってヘラクレスが駆け付けた時、既に爆心地となった場所で動く者は黒い巨獣しかいなかった。

 そして放たれる紫色の絶毒の光に、天馬は素早く馬首を傾け、光線の間を駆け抜ける様にして回避していく。

 どうやら、射撃精度も連射速度も以前のゴルゴーンよりも大幅に低下しているらしく、無理に攻撃しない限りは天馬なら無事に回避できる様だ。

 さりとて、この状況が続く事は望まれない。

 何せ絶毒は未だあの巨獣から放たれているのだ。

 このまま手を拱いていれば、何れあの絶毒はギリシャ世界中に広がっていく事だろう。

 そうなれば、この世に地獄が現出する事になる。

 

 『ヘラクレス、無事か?!』

 「イアソンか!」

 

 不意に、腕輪の通信機能でイアソンが焦りを隠さずに通話を繋げた。

 

 「こちらはシビュレ殿がゴルゴーンと相打ちした。今は動き出したゴルゴーンの抜け殻を相手にしている。」

 

 現状を報告しつつ、師匠らの前を除けば割と人を食った様な軽薄な態度をする男の常には無い有様に、ヘラクレスは嫌な予感が募る。

 

 『それはこちらでも確認した。気を付けろ!後5分もすれば、体内に溜まり過ぎた絶毒と一緒に破裂して、ギリシャ中を汚染するぞ!』

 「なんと!?」

 

 巨獣の中に未だ存在するプロメテウス炉心。

 それは破損し、巨獣自体の予期しない再起動もあって、既に碌な安全装置も働いていない。

 それはつまり、暴走状態にあると言う事に他ならない。

 しかも、先の爆発によって自己修復機能だけでなく、排熱や絶毒の制御機構すら停止している。

 もしこのまま時間が経てば、巨獣の身体は過剰に集積された熱量と絶毒に耐え切れず、内側から破裂する。

 その際に発生する爆発は膨大な熱量と絶毒を周囲へと撒き散らしながら、ギリシャ処か世界中へと広がっていくだろう。

 最悪、大気圏に火が付き、全ての生物が瞬く間に全滅してしまうだろうし、そうでなくても絶毒によって滅亡乃至大量絶滅は不可避だ。

 

 「止める手段は!?」

 『炉心を停止させるしかない!方法はさっきメディアが見つけたが…』

 「手短かに言え!らしくないぞ!」

 

 イアソンが口籠る理由を、ヘラクレスは大体分かっていた。

 分かっていて急かすのだ。

 普段ギリシャ最大の英雄と持て囃されておきながら、肝心な時に間に合わなかった己である。

 此処が命の賭け時であると、偉大な師の弔い合戦なのだと、そのためには何でもするとヘラクレスは覚悟を決めていた。

 

 『稼働状態の炉心を破壊する。だが、破壊時に今までの比じゃない絶毒を浴びる事になる。』

 「それは何処にある!」

 

 今までの比ではない。

 国一つすら容易に汚染する絶毒、それをゴルゴーンのブレス以上の濃度で浴びる事は、例えそれを無害化する礼装を持っていた所で、ヒュドラの猛毒を浴びる事にも等しい。

 既にこの戦闘が始まって数時間が経過している現在、シビュレもいない今、高濃度の絶毒を浴びて、果たして生きていられるのだろうか?

 例え不死の神々や複数の命を持つ者であってもたじろぐ様な方法に、しかしヘラクレスは怯まずに聞き返す。

 

 『心臓と腹だ!だが、余り時間は残ってないぞ!』

 「任せろ!」

 『そんな、お姉様…』

 

 十分な情報を得たヘラクレスは、それきり通信を切った。

 小さく後ろで姫君の泣く声が聞こえたが、今はそれに構っている余裕は無い。

 何より、今は生き残る事すら困難なのだから。

 

 (どの道、こいつを倒さねば皆死ぬ。)

 

 不退転の覚悟を決め、ヘラクレスは師の愛馬と共に巨獣へと突貫した。

 

 

 ……………

 

 

 目覚めたばかりの巨獣、正確には誤作動したゴルゴーンの対主神級用外殻の自意識は、自身に迫るギリシャ最大の英雄を正確に視認していた。

 自意識、と言っても大したものではない。

 本来ならゴルゴーンの指令の下、単純な命令を遂行するため、ゴルゴーンの補助を目的とした簡易的な使い魔に過ぎない。

 そこには情動や感傷といった感情は無い。

 あるのは僅かばかりの達成感であり、それはゴルゴーンからの命令を遂行する時にのみ働く。

 だが、ゴルゴーン亡き今、誤って起動したこの巨獣は嘗ての命令を遂行する事しかしないし、出来ない。

 故に、この獣にとって、愚者の代名詞たるギリシャの人々・英雄達・神々は皆全て殲滅すべき対象だ。

 無論、トロイアの様に例外もあるのだが、今のこの巨獣にそこまで正確に識別する機能は無い。

 故に、その全身から放たれる絶毒を孕んだ光線で、真っ直ぐ飛んでくる天馬と英雄を迎撃する。

 しかし、その精度はお世辞にも良いとは言えない。

 まぁ当然だ。

 制御の中枢を担うゴルゴーンは既に亡く、周囲の観測を担う流体制御のための翼も無い。

 辛うじて眼球による光学観測が残っているが、それも高精度とは言えない。

 そんなものでは、天馬に跨る大英雄を討ち取る事は出来ない。

 しかし、近づいてくる天馬を牽制する分にはそれなりに役に立つ。

 時間は英雄達にとっては敵であり、そもそも勝利条件すら思考にはない獣にとっては気にするものではない。

 巨体の移動と共に射点が変わり、周囲を薙ぎ払い続ける光線は、狙いが適当故にゴルゴーンの時には殆ど無かったものが生まれる。

 即ち、光線同士の間と言う安全地帯だ。

 もしこれがゴルゴーンだったら、敢えてそこに誘い込んで、更に光線を増やして追い込むのだが、この獣にそんな知恵はない。

 故にこそ、ヘラクレスは光線の軌跡を予想すると、即座にその間に天馬を滑り込ませ、瞬く間に接近する。

 

 「『騎英の…』」

 

 此処でシビュレ作の馬具の真名が解放される。

 この宝具により、天馬の持つ防御用の結界展開能力を強制的かつ増幅して発動、それを破城槌として躊躇なく突撃を仕掛けた。

 

 「『手綱』!」

 

 神代の城塞クラスの防御力を誇る結界が、絶毒の光線を弾き返しながら、超音速で正面から巨獣の腹へと激突する。

 担い手の技量か、馬具の性能か、母親を殺された天馬の怒りか、それとも全てか。

 その巨体に見合う大質量の巨獣の土手っ腹に、大気との摩擦と放たれる魔力によって光となった天馬の突進が命中する。

 それは正に天を往く流星の輝き。

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!?!」

 

 流星の一撃の前には、仮令嘗ては神々すら恐怖する魔獣の一部だったとは言え、最低まで劣化した巨獣では、それを防ぐ事も耐える事も出来ず、絶叫と共にその下腹を貫通される。

 だが、それは天馬らが巨獣の体内で刻一刻と増加していく絶毒を直に浴びる事に他ならない。

 

 「ぐ、ぉぉぉぉおぉぉ…!」

 

 対絶毒礼装ですら無効化できない程に大量の絶毒を浴びながら、それでも天馬は、手綱を握る大英雄はふらつきながらも飛行を続行する。

 そこに不意をつく形で、巨獣の尾がしなり、今正に己の腹を貫き、背後へと飛び去る外敵へと叩き付けんと振るう。

 それを寸前に回避しながらも、押し出されて荒れ狂う大気に翻弄され、天馬の動きが大きく乱れる。

 

 「ぬ、何と!?」

 

 慌てて右手に握った大斧を手放す。

 見れば、再生能力を持った金剛鉄製の斧が、絶毒の余りの濃度により腐り落ちていたのだ。

 自身の剛力に耐えられる得物を失い、天馬も弱っている今、大幅な弱体化は否めなかった。

 

 (この、ままでは……!)

 

 後一撃、それさえも億劫な状態に、ヘラクレスの中で僅かな弱気が頭を擡げる。

 だが、その手綱さばきは決して緩まず、乱れた天馬の動きの制御を取り戻し、飛行を安定させる。

 その時、不意に彼の視界一杯にあるものが映った。

 それを見た時、ヘラクレスは即座に天馬の馬首を巡らせた。

 それは一本の槍だった。

 婉曲した刃を穂先に付けた、薙刀の様な槍。

 金剛鉄で作られ、物質の分子運動を停止する事で、凍結と言う結果を生み出す刃。

 殊、ゴルゴーンのプロメテウス炉心に対し、絶大な効果を生み出す武器。

 それが大きな肉片に刺さった状態で放置されていた。

 

 「ペガサス!」

 

 その一声で、天馬は乗り手の意図を悟り、自身の母の振るった槍へと空を駆ける。

 その軌道の先を潰す様に次々と乱雑ながらも絶毒の光線が降り注ぐが、それを何とか掻い潜り、すれ違う様に槍を引き抜く。

 

 「よし、行けるな。」

 

 先の爆発の中心点にいたにも関わらず、その槍はその分子運動停止能力により、刃毀れする事なく無事なままだった。

 シビュレの背丈よりも長い槍を小枝の様に振るいながら、再度加速を付けるために一度距離を置く。

 

 「天馬よ、これで最後だ。共に逝こう。」

 

 そして、大英雄と天馬は、この戦いに決着を付けるべく、最後の突撃を開始した。

 

 

 ……………

 

 

 それの突撃を見た時、巨獣はそれを宙を往く流星に酷似していると思った。

 先程も見たソレは、自身の下腹を貫き、二つある稼働状態の炉心の内の一つを破壊し、致命的な損失を与えた。

 今度は最後の炉心、即ち心臓を貫く軌道を描くと思われる流星に、巨獣は破綻した思考回路で最適な戦術行動を算出しようとして出来ず、最悪の行動を選択する。

 結果、最後に残った暴走状態の炉心に更なる出力上昇を命じ、それによって得られたエネルギーを口部へと集中、発射する。

 嘗てゴルゴーンがアレスを、主神を撃破した技。

 最大時の出力の12分の1でしかないが、この状況であればギリシャ中の愚者と神々を滅ぼすには十分だ。

 故に、巨獣は咆哮と共に最後の一撃を放つ。

 放たれた紫色の閃光、絶毒を孕むあらゆる命を汚染し、腐らせる光は反動を制御できずに一度足元の大地を砕き、溶かし、腐らせてから天を割く光の柱の様に上へと薙ぎ払われる。

 地面を、山肌を、山頂を砕き、溶かし、削りながら、猛毒を孕んだ光の柱が天へと昇っていく。

 その光景は、その凶悪さに反して、余りにも美しかった。

 

 

 ……………

 

 

 天馬の流星の如き結界では、この光の奔流を防ぐ事は叶わない。

 余りにも出力が違い過ぎて、まるで滝の様な奔流と障子紙のそれだ。

 勿論、ヘラクレスもそれは承知している。

 此処に来て、大英雄の心には何の迷いも、驕りも、恐怖も無かった。

 不思議と心は凪いでいた。

 思うのは、今はもういなくなってしまった師の言葉だ。

 色々と秘密を抱え込んでいた彼女が最後に自分に伝えた技。

 永い時を生き、その多くを研鑚に費やした彼女ですら完全には体得し切れなかった奥義。

 

 

 『ヘラクレス…いえ、今は敢えてアルケイデスと呼びましょう。』

 

 『貴方に最後の教えを伝えます。心して聞くように。』

 

 『今から貴方に伝えるのは戦技の極み、その一つの形です。』

 

 『これは貴方の射殺す百頭、その先にある境地です。』

 

 『超高速の連撃ではなく、全く同時の、複数の斬撃です。』

 

 『修めれば三つの異なる斬撃か、或はそれを一点に集中したものとなるのですが…生憎と私が体得できたのは前者、斬撃も二つまでの不完全なものです。』

 

 『ですが、貴方なら何れは全てを修める事が出来るでしょう。』

 

 『そのためにも、拙いながら手本を見せます。瞬きせずに見る様に。』

 

 

 その時、技の的となった木には、完全に同時に、全く異なる軌跡の斬撃が刻まれた。

 その時は直ぐには出来なかったが…今この時こそ、師の期待に応えるべき時なのだ。

 下方から振り上げる形で、正面から絶毒の奔流が向かってくる。

 天馬の城壁が如き結界をして、容易に打ち破るそれに、正面から向かっていく。

 

 (行けアルケイデス、今出さねば、皆死んでしまうぞ。)

 

 もう一人の師も、戦友達も、姫君も、後輩も。

 この場にいない多くの人々も、何れ出会う多くの人々も。

 後序でにいつも余計な真似しかしない神々も。序でに。

 

 「『射殺す』…」

 

 普段よりも腕のしなりをよく利かせ、以前よりも更に速く、鋭く、それでいて無用な力は抜いて、右手の槍を振るい抜く。

 何、既にその一歩手前の技は修めている。

 その半歩先、一つの標的に複数の斬撃を全く同じ箇所に叩き付けるのは既にやった。

 ならば、後はその更に先、一つの標的に全ての斬撃を全く同時に叩き付ければ良い。

 

 「『一頭』!」

 

 放たれる九の斬撃。

 普段なら超高速の連撃であるそれは、今回初めて完全同時の九重斬撃。

 一つの空間に九もの斬撃が重なり、局所的な事象崩壊現象を引き起こす。

 それは後の世において、二人の天才剣士が行きついた技の果て。

 この世界において、宝具にすら匹敵する対人魔剣。

 それを世界を割き、天空を支える大英雄の剛力で放てば、一体どうなるのか?

 その超斬撃とも言える一撃は、光の奔流を切り裂き、その先にある分厚い巨獣の皮を破り、その肉を抉り飛ばし、その頑強な骨を砕き、今にも破裂しそうなプロメテウス炉心にすらその切っ先を届かせた。

 

 「『騎英の手綱』よ!」

 

 斬撃により作り出された安全地帯を、天馬が更なる加速を以て駆け抜ける。

 最早後がない彼らは、ただ只管に前を突き進む。

 

 「ヒヒィ――ン!!」

 

 そして、嘶きと共に、巨獣の最後の心臓たるプロメテウス炉心は、流星によって打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

 

 こうして、ギリシャ神話最大の戦いの一つとされた、ゴルゴーン討伐は多大な犠牲を上げつつも、辛うじて成功に終わった。

 

 

 

 

 



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第十六話 人間が行く

 ゴルゴーン討伐作戦は、多大な犠牲の上に終了した。

 参加した者、被害にあった者は最早戻らぬものを惜しみつつ、続く明日のために歩き始めた。

 アルゴー二世号に乗船した英雄達もまた、それぞれの道を歩み始めた。

 しかし、彼らの胸には確かにあの栄光の日々が刻まれ、何時までも残り続けるのだろう。

 例えきっと、ギリシャの全てが滅んでも、あの日々は確かにあったのだと、人類史が終わるまで。

 なお、今回基本的に良い所無しだった神々については何時も通りの事なので、特に触れる所は無い。

 

 

 ……………

 

 

 イアソンは故郷であるイオルコスに帰還後、母と共に暮らし始め、船でも買って運輸業でもするかと思った矢先、叔父であるぺリアス王に乞われて水軍の教育係に就く。

 部下達からは厳しい訓練で恐れられるものの、必ず自分もそれに参加して規範を示した事から兵達からは「我らの英雄船長」と慕われる事となる。

 また、王の相談役も務め、幾度も国難を切り抜けた。

 だが、本人は頑なに要職に就く事を拒んだ辺り、荒事には懲りたらしい。

 後にぺリアス王の娘の一人=従妹を嫁に貰い、子々孫々に渡って要職=責任ある立場は固辞しつつも国に仕え続けたと言う。

 

 「ま、何事も程々が一番と言う事さ。」

 

 

 ヘクトールはゴルゴーン討伐後、待っていたのは荒れ果てた故郷の復興と言う大仕事だった。

 何せ国民が一目見て分かる位に減ったのだ。

 国力の衰退は目を覆う程であり、もしゴルゴーン討伐にヘクトールが参加せずに英雄達とのコネが無かったら、周辺諸国に併呑されていただろう弱体化ぶりだった。

 こんな事態を招いた祖父に悪態を吐きつつも、それでもヘクトールはへこたれずに復興に尽力し、順当に王位を継ぎ、妻子を大事にしながらもその職責を全うした。

 なお、唐突に現れて娘を口説いて嫁にしていったアキレウスとは一見犬猿の仲でよく喧嘩するが、殺し合いだけはしなかった模様。

 

 「おい小僧、ちょっとそこを動くなよ。」

 

 

 アキレウスはゴルゴーン討伐後、自身の力不足を痛感し、再度ケイローンの下で修業に入った。

 そして数年の修行を終えた彼は、見違える様に知性と教養、思いやりを身に着けていた。

 以後、彼はゴルゴーンの眷属を始めとした怪物達を倒すためにギリシャ世界中を駆け巡り、父の心配も何のその、多くの冒険譚を残した。

 最終的には旅先で魔獣に襲われたヘクトールの娘を助けた事で、彼女から愛を告げられ、それを機に結婚。

 大事な娘を掻っ攫われたヘクトールからは常にちょっかいを掛けられるが、殺意は比較的少ないので鍛錬の意味も込めて快く応じている。

 

 「まだまだ遠いな。何時になったら追い越せるやら。」

 

 

 ケイローンはゴルゴーン討伐後、各地に残留してしまった絶毒の除去事業に尽力した。

 途中、殊勝な様子で再度弟子入りしたアキレウスの活躍もあり、絶毒とそれをばら撒くゴルゴーンの眷属の多くは根絶された。

 しかし、ただ一体、行方の知れない個体がいる事に漠然とした不安を抱いている。

 

 「弟子達が皆巣立った事に喜ばしいやら寂しいやら…。それは兎も角、私も頑張らねばなりませんね。」

 

 

 ヘラクレス/アルケイデスは瀕死の天馬が託した最後の蟠桃の酒によって絶毒の汚染を払い、生き延びる事に成功した。

 その後はまた12の試練に戻ったものの、ヘラからの妨害も何故か無くなった事もあり、すんなりとクリアした。

 また、参加したティタノマキア(対巨人族戦争)でも大いに活躍し、並み居る巨人達を「ゴルゴーンの足元にも及ばん」と言って薙ぎ払ったと言う。

 相変わらず美少年好きは治っていないが、奥さんも子供達も大事にしたため、パンツにヒュドラの毒を仕込まれる事もなく、大勢の子供と孫達に囲まれて往生し、星座となった。

 だが、彼の試練は星座になってなお終わっていなかった。

 

 「苦難もあった。だが、それ以上に良き事の多い人生であった。」

 

 

 メディアはゴルゴーン討伐後、英雄達の治療を終えるとコルキスに戻り、そこで蟠桃の栽培を行いつつ、再びヘカテーに師事して本格的に魔術を習い始めた。

 その腕は、真っ当な魔術なら既に姉と慕ったシビュレ/メドゥーサを超えており、ヘカテーも大いに満足した。

 蟠桃の栽培方法を確立した後、彼女は何年か姿を晦ませた後、突如冥府の一角であるエリュシオンを与えられ、これを治めたと言う。

 

 「待っていてくださいお姉様。メディアは必ず…」

 

 

 ……………

 

 

 ガイアは思った。

 今のギリシャの神々は余りにも驕り高ぶっている。

 以前、ゴルゴーンによって散々に破られたと言うのに、その傲慢さは天井知らずに肥大化し、今では連日地の底まで響く様な下品な宴会を繰り広げている。

 その愚かさ、実に憎悪に値する。

 また、今まで幾度も自身の息子達を殺してきたゼウスらオリュンポスの神々の多くに対しても、ガイアの堪忍袋の緒は限界に来ていた。

 

 「我が末子の実力、見せてくれよう。」

 

 ギリシャにおける原初の地母神であるガイア、それと同程度に古い起源を持つ奈落そのものの神であるタルタロス。

 その二人の間に生まれたガイアの末子、神々と怪物達の王となるべく生まれた者。

 その名をテュポーンと言う。

 その巨体は地表から星々へと届き、その腕は伸ばせば世界の東西の端にも達し、底知れぬ怪力を持ち、如何なる状況であっても決して疲れることがない。

 背中からは巨大な猛禽の翼が広がり、肩からは百の蛇が生え、炎を放つ目を持ち、腿から上は人間と同じだが、下は巨大な毒蛇の身体を持つ。

 この姿から分かる通り、テュポーンは両親の力の他、ガイアが呑み込んだゴルゴーンの眷属を基に作られており、ゴルゴーンを参考にプロメテウス炉心を12基搭載し、その名の通り雷霆神たるゼウスに匹敵する天空と雷の権能を持ち、地球を焼き払い、天空を破壊する程の灼熱の炎を操り、更には自己再生・自己進化能力を持っている。

 また、性能面でもゴルゴーンが広域殲滅に特化しているのに対し、テュポーンは同等の性能を持ちながらより耐久力や膂力、持久力といった単体での戦闘能力に特化している。

 はっきり言おう。

 ゼウスではテュポーンに勝つ事は出来ない。

 そして、ガイアの命により復興を終えたばかりのオリュンポスで騒ぐ神々の下に、テュポーンは襲い掛かった。

 仰天した神々は散々に蹴散らされ、逃げ去ったが、此処でこれ以上の敗退は沽券に関わると、止せば良いのに雷霆を片手に全力で応戦を開始した。

 そのため、他の神々は何とか安全圏へと離脱したが、オリュンポスは完全に崩落し、ゼウスも重傷を負い、手足の腱を捥ぎ取られ、大幅に弱体化、命からがら逃げ出した。

 困ったのは他のオリュンポスの神々だ。

 原初の神々が勝てば、覇権はまた彼らのものとなってしまう。

 元々そっちよりだったヘカテーやヘスティア、デメテル等は問題にならないが、他の神々に関しては深刻な問題となる。

 自分達が下克上して覇権を握った自覚がある以上、やり返される事を恐れたのだ。

 だが、相手はゼウスとタイマンを張った上で勝利する実力を持っている。

 オリュンポスの神々では誰も勝てなかった。

 

 「では、私が行こう。」

 

 そこに星座となって神々の仲間入りを果たしていたヘラクレスが現れた。

 彼は余りにも喧しい宴に呆れ、参加しておらず、今回の騒ぎに巻き込まれる事が無かったのだ。

 

 「頼んだぞ、ヘラクレス!私は今の内に主神の腱を探してくる!」

 「任されよう。戦果を期待していてくれ。」

 

 そして、ゼウスの小間使いでもあるヘルメスは急ぎ隠されたゼウスの腱を探しに出かけ、ヘラクレスはその間のテュポーンを相手に一人で時間稼ぎをする事となる。

 この時の戦いは、ギリシャ神話史上最大のものとなる。

 全宇宙を焼き尽くすと言われるゼウスの雷霆に匹敵する火力を持ち、地表から星々に届く程の巨体を持つテュポーン。

 宇宙最大の剛力を持ち、数多の怪物を打倒してきた並ぶ者無き大英雄ヘラクレス。

 この両者の戦いはヘルメスが全ての腱を探し出し、ゼウスが復活するまで続き、嘗てのティタノマキアやゴルゴーン討伐作戦を足してもなお足りない程の大激戦の末に、ゼウスとヘラクレスの親子の協力により、消耗したテュポーンを何とかエトナ山の下敷きにする事で封印する事に成功した。

 しかし、この戦いの余波でギリシャ世界は大打撃を被り、結果的に衰退する事になってしまった。

 それもまた、星の定めた人理定礎通りの結末ではあった。

 だが、そこに至る過程には、確かに多くの人々の命や思い、それによって成された選択があった事を忘れてはいけない。

 

 

 ……………

 

 

 地表より地下深くの冥界の一か所。

 そこにはまるで卵の様な形をした、単なる岩が三つ、それぞれ異なる大きさで安置されていた。

 一つ目は最も大きく、縦の長さは5m近くあり、最も大きい。

 二つ目は中位で、縦の長さは4m程だが、横幅も同じ位大きく、球体に近い。

 そして三つ目は最も小さく、1m程しかないものの、他の二つよりも表面がつるりとしていた。

 それらがその場に安置されて、もうどれ程の月日が流れたか誰も知らない。

 冥府の一角では数える者もおらず、人一人の人生よりも遥かに長いだろうと言う事位しか分からない。

 一つ言える事は、等間隔に並んだこの岩は人為的に並べられた可能性が高い、と言う事位だろうか。

 冥府と言う暗闇と岩肌と土と死者達、僅かに緑のある場所を除けば荒涼とした場所で、不意にピシリと音がした。

 誰もいない筈の冥府の一角、そこにあった三つの岩の表面が、不意に罅割れたのだ。

 

 ピシピシピシビシビシビシビシビシビシビシビキビキビキビキビキ…!

 

 急速に三つの岩の表面に広がった罅は、やがて全体へと行き渡り、遂には岩へと致命的な亀裂が走った。

 瞬間、バキンと、硬質な音と共に岩が、否、卵が割れた。 

 目覚めの時が来たと、卵の殻が己から自壊したのだ。

 

 「むぅ………。」

 「ぶるる…。」

 

 最も大きい岩と中位の岩もとい卵から出てきたのは、筋骨隆々の逞しい青年と美しい猛禽の翼を持った純白の天馬だ。

 どちらもあの大きな岩に入っていたのが納得の大柄であり、眠たげな顔で身体を確認しつつ、最後の卵が割れるのを待った。

 そして、最後の卵が割れた。

 

 「ん……。」

 

 そして、砕けた卵の殻の中から出てきたのは、紫の髪を持った美しい少女だった。

 年の頃はまだ十代半ばまで行ってない程度の、しかし将来の美貌を約束された程の、絶世と称してよい程の美少女だ。

 彼女の姉二人とはまた違ったベクトルの美しさは、きっと多くの者を性別年齢立場問わずに魅了する事だろう。

 

 「ふぁぁ……随分長く寝ていた様ですね…。」

 

 未だ覚めない頭で、欠伸を噛み殺しながら少女は身体を伸ばし、自己分析する。

 肉体の状態は良好。

 筋力も魔術回路も相応に未成熟な状態となっているが、これならば慣らしをすれば直ぐにものになるだろう。

 とは言え、嘗て程の力を取り戻すには相応の期間と装備が必要となるだろう。

 だが、自分が、自分達が巻き込まれるギリシャの争乱は終わった。

 そういう風に目覚める時間を設定したのだ。

 つまり、これからは幾らでも時間があるし、強制的に争乱に巻き込まれる心配も無いのだ。

 

 「さて、先ずは何をしましょうか。」

 「はい、お召し物です。先ずは服を着ましょう。」

 「おっと、そう言えばそうでしたね。」

 

 当たり前だが、彼女も青年も裸だ。

 何せ生まれたばかりなのだから。

 その白磁の肌も、可愛らしい蕾も、未だ未成熟な肢体も、全てが開けっ広げとなっている。

 もし好色な主神辺りがいたら、また懲りずに突撃してくる事請け合いな状態だ。

 

 「よいしょっと。」

 「はい、それじゃあ行きましょうか。」

 「所でさ。」

 「はい?」

 「何でいるの?」 

 

 にっこにっこと、美しく女神として成長したメディアは幼くなったメドゥーサの手を取りながら、冷や汗を流す小さなお姉様に満面の笑みで告げた。

 

 「ヘカテー様が色々教えて下さいました。それとハデス様のご厚意もあって、こうして冥府に私の領地を持てたのです。これでもう、決してお姉様と別たれる事はありません。」

 (あ、これアカン奴だ。)

 

 にこにこと、ニコニコと、女性となったメディアの美しい笑顔には一切の陰はない。

 しかし、女神として覚醒した彼女のその言葉は、文字通り永遠にメドゥーサを拘束すると言う宣言だ。

 そう、何処ぞのゆるキャラ化した狩人が月の女神に捕らわれたのと同じく、彼女もまた、この妹分に捕らわれたのだ。

 

 「これからはずっと一緒にいましょうね、お姉様。」

 「あ、あははははははは…。」

 

 思わず虚ろな笑みが漏れ出てしまった母親を、子供二人は哀れみの視線を向ける。

 その視線は屠殺場に連れて逝かれる豚へ向けるものと同義であり、二人は己の母の生末を悟って内心涙した。

 

 (あぁ、これなら素直に座に行ってた方がマシだったかなぁ…。)

 

 転生による蘇生なんて反則技をしたばっかりに、こうしてメドゥーサはメディアの恋人となり、ちょっと変わった経緯だが、無事に冥界の住人になったとさ。

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、これで生前のギリシャ編終了です。
我ながら長すぎる(汗)と思いましたが、詰め込みたいもの全部ごった煮にしたにしてはよく纏まったかと。
読者の皆さん、ご愛読&感想ありがとうございました。
次の作品でもまたよろしくお願いします。

さぁ次は第五次とFGOだ(白目


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FGO編 特異点巡り
×プリズマ☆イリヤ もしあの世界にゴルゴーンが存在したら


プリズマ☆イリヤの盛大なネタバレあり〼


 並行世界へと渡ったイリヤ達は、エインズワース家が当主たるジュリアン及び初代当主たるダリウスの目論見、即ちギリシャ神話におけるパンドラの箱の解放を阻止すべく、夜明けと共に再度の攻勢へと移った。

 そこで、イリヤはエインズワース側の最大単体戦力たるベアトリスを倒すべく、バゼットと共に戦闘開始した。

 

 『漸くか。待ち侘びたぞ?』

 

 それを、酷薄な笑みと共に眺めている者がいる事を知らずに。

 

 

 ……………

 

 

 戦闘は凡そ目論見通りの展開だった。

 バーサーカー故に細かい権能こそ使用できないものの、北欧神話の農耕と雷を司る神霊トールのカードを持つベアトリスを相手に、こちらもバーサーカーだがギリシャ最大の英雄たるヘラクレスのカードでイリヤは戦う。

 だが、スペックはほぼ互角と言えども、火力で一方的に劣るイリヤでは、ベアトリスには勝てない。

 競り負け、夢幻召喚を解除されたイリヤをバゼットが支援し、その隙に次のカードを選ぶ。

 ライダー・メドゥーサ。

 同じくギリシャ神話出身の女神であり、二大怪獣の一角でもある存在。

 それをヘラクレスの狂化を引き継ぎ、バーサーカーとして召喚する。

 神霊への対抗策として、同格の怪物を当てる。

 決して間違った策ではないし、手持ちの戦力では数少ない勝機でもあった。

 だが、彼女達は一つだけ計算に入れていない要素があった。

 

 「え…?」

 

 夢幻召喚したと同時、イリヤの動きが止まる。

 身体の自由が利かない。

 魔術や魔眼等で動きを止められているのとは違う未知のものだった。

 

 『いけません!イリヤさん、変身を解いて…』

 

 マジカルステッキことマジカルルビーが警告するが、時は既に遅すぎる。

 

 『うむ、器としては十二分だな。』

 

 大人の女性の声がする。

 母やバゼット達とは明らかに違う、艶やかな色香と悍ましさを内包した声だった。

 

 『暫し借りるぞ。何、少し眠っているだけでよい。』

 

 その声と同時、イリヤの意識は闇の中に消えた。

 

 

 ……………

 

 

 「そんなんで、トールに勝てる訳がねぇだろうがァッ!!」

 

 ベアトリスが巨大な右腕に握られた同じ程巨大な槌であるミョルニルを振り被り、棒立ちのイリヤへと突撃する。

 北欧神話の実質的なNo.2に該当する神霊の力を宿した彼女にとって、たかが英霊程度は何の障害にもなり得ない。

 だが、彼女の認識は甘すぎた。

 単なるメドゥーサなら、料理と酒と学問を司る女神なら、或は半神にして多くの英霊達の師にして優れた魔術師であり戦士であるなら、こんな事態にはならなかっただろう。

 

 「あ…?」

 

 しかし、ここにいるのはギリシャ最大の怪物の双璧にして、人類悪の一角たり得る存在なのだ。

 人間の中の愚かしさを憎み、それに従って動く人間を憎悪し、果てには殲滅しようとした神々すら圧倒され、ギリシャの英雄英傑達が一同に集まり協力した事で漸く打倒された大怪獣。

 

 「人形風情が。私に敵うかよ。」

 

 ゴルゴーンに乗っ取られたイリヤは、黄金鉄に覆われた左手でミョルニルを払い除け、ベアトリスの首を右手一本で掴み上げていた。

 

 「己が力ではなく、他者の力を誇示するとは……愚かしい限りだ。」

 「て、めェ…!」

 

 ドカン!と、掴み上げられていたベアトリスが全身から放電し、周囲一帯を吹き飛ばす。

 その衝撃で吹き飛ばされ、距離を取らされたイリヤは変わらず冷めた視線で猛るベアトリスを見つめている。

 

 「もう遊びは抜きだ……全力出してやるから消し飛びやがれェェェェェェッ!!」

 

 ベアトリスの全身から放たれる放電が更に激しくなっていく。

 それは以前の戦闘の時よりも更に激しく、明らかに奥の手を出すつもりだった。

 

 「ッ、イリヤスフィール!!」

 

 ミョルニルの全力での真名解放の前兆に、ボロボロだったバゼットが警告を飛ばす。

 だがイリヤは…否、ゴルゴーンは動かない。

 皮肉気に口の端を歪め、面白そうにベアトリスを眺めている。

 

 「消し飛べッ!!『万雷打ち貫く雷神の嵐』――ッ!!」

 

 本来は全方位に雷撃の柱を発射する『万雷打ち轟く雷神の嵐』を、ただ一点へと集中させて放出する。

 範囲こそ前者よりも狭いものの、その貫通力と威力たるや、通常使用の10倍近い。

 それこそエクスカリバー級の最上位の宝具でもないと絶対に対抗できない様な、奥の手に相応しい一撃。

 

 しゃくり

 

 だが、余りにも相手が悪かった。

 

 「は…?」

 

 その声は誰のものだったのか、バゼットかベアトリスのものか定かではない。

 先程まで網膜を焼いていた雷光が消えていた。

 二人の視線の先には、もごもごと口を動かしているイリヤもといゴルゴーン。

 

 「けぷ」

 

 そして、響くのは可愛らしいげっぷ。

 

 「「く」」

 「ご馳走様。」

 「「食ったー!?」」

 

 バーサーカーなベアトリスとバーサーカー女なバゼットの声が響く。

 

 「アホか!?雷神トールの雷だぞ!腹壊すぞフツー!?」

 「おかわり。」

 「更におかわり要求ッ!?」

 

 余りの事態にカオスが広がるが、そんな人間達の混乱を、怪物が考慮する必要などある筈もない。

 

 「シャァ!」

 「ッ!」

 

 突如背中から翼を生やしたゴルゴーンは、その見た目に恥じない程の高速でベアトリスへと接近、戦闘を再開した。

 

 「こ、のアマァッ!」

 

 力任せにミョルニルを振り回すが、素早いゴルゴーンには当たらず、寧ろ隙を晒したベアトリスに一撃二撃と爪の攻撃が入っていく。

 バーサーカー同士であっても、神霊故のスペックでゴリ押ししてきたベアトリスに対して、生涯を研鑚と強化に費やしてきたゴルゴーンは互角のスペックに加えて経験と技量によって有利に立ち回る。

 しかも、先程の様に雷撃の類は嘗てギリシャの主神であるゼウスの雷霆すら吸収してみせたゴルゴーンにとって、単なる餌にしかならない。

 加えて、先の戦闘で力を倍化させるメギンギョルズと防具であるヤールングレイブルを破壊されている。

 此処まで来れば、どちらが有利か等は言うまでもない。

 それを認められないベアトリスは更に力任せにミョルニルを振るい、纏わりつくゴルゴーンを引き剥がそうとするが出来ず、更に消耗を重ねていく。

 

 「ガアアアアア嗚呼ああああああああああッ!!」

 

 それが認められないベアトリスは、使い慣れた放電による全方位攻撃を行ってしまう。

 余りにも便利なソレに頼る事を覚えてしまった彼女は、バーサーカーの狂化と元々の理性の低さも相まって、既に冷静な判断力を無くしていた。

 経験も、技量も、理性も無い。

 高いスペックと闘争心による高い戦闘能力に全てを注いでしまった。

 それが、彼女の敗因だった。

 

 「真の怪物は眼で殺す。」

 

 正に蛇の如く、雷光を吸収しつつ一瞬の閃光に紛れたゴルゴーンは、ベアトリスの懐に入り込み、ゼロ距離からの奥義で以て決着とした。

 

 「『梵天よ、地に沈め』。」

 

 その魔眼の視線に乗せて放たれた奥義によって、ベアトリスは成す術無く国殺しの絶技に呑まれていった。

 

 

 ……………

 

 

 「あ……ぐ……。」

 「何処へ行く。」

 

 夢幻召喚を解かれ、死に体のまま這いずって逃げようとするベアトリスの背を、ゴルゴーンは無慈悲に踏みつけ、動きを止めた。

 

 「まぁ良い。貴様の生はここまでだ。」

 「ぁ、じゅ…あんさ」

 

 ベアトリスが言えたのはそこまでだった。

 がぶりと、ゴルゴンの髪が変じた蛇がその全身に食らい付き、一瞬にしてその血液と魔力、霊体と魂を吸い尽くした。

 直後、その姿は単なる壊れたマネキンへと変じた。

 ベアトリス・フラワーチャイルドと呼ばれた人形の、呆気ない終わりだった。

 

 「さて」

 

 何時の間に回収していたバーサーカーの二枚目のカードを、ゴルゴーンはスナック菓子の様に口へと放った。

 ガリガリバキバキと、硬質な音と共にカードが噛み砕かれ、飲み込まれる。

 僅かに聞こえた気のする悲鳴は、トールのものだったのかは分からない。

 確かなのは、ゴルゴーンが更に魔力を獲得したと言う事実だ。

 ばきばきごきごき…。

 生々しい音と共に、イリヤの姿だったゴルゴーンが瞬く間に変化していく。

 ものの1分程で、サイズは兎も角成熟した女性の肢体に黄金の鱗と一対の翼、身長の倍以上の長さの尾を持った、生前に近しい姿へとなっていた。

 自己改造EXによる、自分自身の改造。

 これにより、最早まともな英霊ではどうしようも無い程に、ゴルゴーンは強大となっていた。 

 

 「この程度ではやはり足りぬか…。」

 

 そして、その視線は聳え立つ巨大な黒い箱へ、その中に保管された超高濃度の神秘と向けられた。

 

 「ふふ、お誂え向きだな。汚物が如き神々になど感謝はせぬが、この娘には感謝しておくとしよう。」

 

 そう言って、ゴルゴーンは翼を羽ばたかせて、パンドラの箱目指して飛翔した。

 

 

 ……………

 

 

 ありとあらゆる災いの詰められた「パンドラの箱」を開けんと禁忌へ手を染めたエインズワース家。

 その企みは成功しなかった。

 彼らと彼らが敵対する者達がこの世に招いてしまった怪物、ゴルゴーンが箱の中身全てを飲み干してしまったが故に。

 完全に復活し、この世界におけるビーストⅠとして覚醒したゴルゴーンを相手に誰もが膝を突き、絶望に伏していった。

 

 「とは言え、まだ希望はあるのです。」

 「だだだだだだだ誰ですかー!?」

 

 所変わって何処か知らない暗い空間で、イリヤはある女性と出会っていた。

 

 「何だか私の暗黒面と言うか半身が皆さんに迷惑をかけている様でして…。」

 「は、はぁ…。」

 「それを貴方に退治してほしいのです。」

 「うぇぇ!?それ、お姉さんは大丈夫なんですか!?」

 

 ギル君の例からも、英霊は例え別たれようとも密接に関係している事を知ったイリヤは、この目の前のちょっと天然気味なお姉さんが外で暴れていると言う暗黒面だか半身だかが倒された際の影響を慮って叫んだ。

 そんな幼女の様子に、女性は微笑まし気に思いながら説明する。

 

 「問題ないですよ。どうせ事が終われば座に戻るつもりですし。と言う訳で、後ろの私の弟子と共に頑張ってくださいね。」

 「心得た、わが師よ。」

 「うひゃぁ!?おっきくて背景だと思ってた!」

 

 そしてのっそりと、背後で今まで黙っていた筋肉の塊、否、ヘラクレスが重厚な声で了承した。

 

 「彼、ヘラクレスと共に戦ってください。霊基を改造してランサーにしますから、私の半身相手なら有利に戦えるでしょう。」

 「は、はぁ…。」

 「ただ燃費が底抜けに悪いと言うか、タンクに穴空いてるって言うか…今の貴方では1分持たないでしょうねぇ。」

 「ダメじゃないですか!?」

 

 流石はバーサーカーの方が宝具減ってるだけ燃費が向上してるとか言われちゃう大英雄である。

 

 「そこで、この『希望』です。」

 

 そして女性が取り出したのが、光輝く球体だった。

 

 「! それってまさか!」

 「そう、エインズワース家が求めていたもの。箱に残った最後の希望、エルピスです。」

 

 それはエインズワース家が始祖の頃から求めたと言う人類救済のための答え。

 パンドラが開け損なった災いの箱と共に眠っていた、最後の希望。

 

 「これを貴方に与えます。これならば、魔力切れする事は無いでしょう。」

 「それなら…!」

 「但し、後で副作用として暫くの間『お相撲さんのボディプレスと箪笥に小指をぶつけたのと足攣ったのと10tトラックに正面衝突したのと全身の生皮を一気に剥がされたの』が合わさった様な痛みが襲い掛かります。」

 「とんでもない副作用来ちゃったー!?」

 

 悩むイリヤ。

 小学生にそんな痛みなんて無理に決まっています。

 しかし、彼女は以前にも暴走状態のギルガメッシュ相手にマジカルステッキ二本で大暴れした事もある幼女。

 覚悟完了、もとい腹を括るのは直ぐでした。

 

 「分かった。お願いしますお姉さん。」

 「良い覚悟です。私もサポートしますから、どうか勝って生き延びてくださいね。」

 「微力ながら、私も協力しよう。我が武芸、我が宝具、我が五体。存分に使い倒すと良い。」

 「うん!ありがとうお姉さんにヘラクレス!」

 

 少女の満面の笑みに、神霊としての属性も持つヘラクレスの此処ではない何処かの記憶が刺激される。

 あの酷薄に微笑む少女が、親の愛情と友人の友情を受けて育てばこんなにも年相応の笑みを浮かべるのかと思うと、ついつい緩みそうになる涙腺に力を込めて堰き止める。

 今は己の感傷等は捨て置くべき状況だ。

 

 「ではイリヤスフィールさん。これを飲んでください。」

 「はい?」

 

 イリヤは見る。

 エルピスはどう見てもイリヤの頭と同じ位の球体だ。

 例えイリヤの口が蛇みたく関節を外して大きく開いたとしても、絶対に入る事は無いと断言できる。

 

 「飲んでください。」

 「え、あの」

 「飲んでください。」

 「ちょ、ま」

 「はいはい飲みましょうね~。」

 「あ、や、お兄ちゃー……!?」

 

 必要な事だから。

 ヘラクレスはそう思い、そっとイリヤと師から視線を逸らすのだった。

 

 「もがごがげ……!」

 「はい、後ちょっとですよ~。」

 「うべっ」

 

 笑顔で少女の口に光る球体(熱くないのだろうか?)を突っ込む師匠なんて見てない。

 少女の口が限界以上に開かれて、殆どグロ画像みたいな事になっているなんて知らない。

 ヘラクレスは瞼をきつく閉じ、両耳を塞いで、事が進むのを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




???「『希望』は概念的なものなので、窒息したりしませんよ。」


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嘘予告 メドゥーサが逝く FGO編

 活動報告にて言っていた嘘予告です。


 ある日、唐突に世界は滅んだ。

 何の前触れもなく、何の覚悟もなく、何の慈悲もなく。

 世界は、人類は、地球は、人類史は滅び去った。

 

 だが、何事にも例外はいるものである。

 

 

 「ふぅ…3人とも大丈夫ですか?」

 「あ、あぁ…何とかな。」

 「桜、そっちは?」

 「大丈夫です。ランサーが守ってくれたので。」

 

 縮地で異空間に周囲にいた3人ごと退避したこの世界線の第五次聖杯戦争のランサーはあっさりと人理焼却を回避してみせた。

 

 「セイバーは藤村氏と同道していましたが…。」

 

 セイバー陣営と同盟していた関係で、何とか慎二と桜だけでなく士郎も守る事は出来たが…状況は絶望的だった。

 

 「この様子じゃ無理だろ。」

 「慎二!」

 「衛宮、冷静になれ。先ずは僕達が生き残る事が最優先だ。」

 「く……藤ねぇ、セイバー…。」

 

 燃え盛る冬木の街並みを見ながら、4人の例外達は生き残るための行動を開始した。

 その数時間後、彼らは未来からの異邦人と遭遇した。

 

 

 

 

 「聖杯戦争…お父様が昔参加したって聞いたけど…。」

 「まぁ互いに事情は把握できた訳ですし、取り合えず暫しの休憩を。」

 「ここはランサーが強化してくれた結界で守られてますし、そこそこの霊地ですから…少しは休めるかと。」

 「とは言え、その前に出来る事はやっておきましょう。」

 「へ?」

 「犬!聞いているのでしょう!」

 『犬じゃねぇーーーー!てめぇ分かってて言うとか質が悪過ぎんぞ!?』

 

 

 

 

 「ライダーにアサシンにアーチャーにバーサーカー………選り取り見取りですね全く。」

 「貴様ら二騎を相手に油断など出来んよ。此処で取らせてもらう。」

 「…そういえば、貴方には私の宝具を見せていませんでしたね?」

 「何?」

 「『梵天よ、地を覆え』!」

 

 

 

 「ではこの入手した聖杯を使いまして。」

 「ちょ、何をするつもりよ!?」

 「慎二に魔術師の才能とレイシフトの適正を、桜と士郎にはレイシフトの適正を。序にオルガマリーにレイシフトとマスター適正の肉体を構築っと。」

 「は、へ、え?」

 「気づいてなかったんですか、貴方死んでますよ?」

 「ええええええええええええええええええええ!?」

 

 

 

 

 「うーむ、下位とは言えこれだけの数の竜種は久々に見ましたね。」

 「暢気な事言ってないで戦えよメドゥーサ!」

 「ではでは……食っちまうぞゴラァぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 「あ、ワイバーンが逃げてく。」

 『本能で分かったんだ、自分よりも上位の怪物だって。』

 「アーキマン、後で酷いですよ?」

 『ヒィィィィィィ!?』

 

 

 

 「ローマ!」

 「ローマ!」

 「汝の持つローマ、実にローマである。古き女神よ、そのままローマを捨てず、多くの子等を育て、ローマを育み続けるが良い。」

 (半分以上何言ってるのか分かりませんね…。)

 

 

 

 「あ、私次の特異点パスで。何か凄く嫌な予感しかしなくて。」

 「よし、次は恐らくギリシャ系のサーヴァントが出てくるわ。各自、事前準備はしっかりと行っておきなさい。メドゥーサもよ!」

 「あの、オルガマリー?私の話を聞いて…。」

 「相手がギリシャ系なら、顔の広い貴方がいれば話し合いもスムーズに進むでしょう。万が一恨みを持つ相手なら、それはそれで行動を誘引できるわ。正に一石二鳥ね。」

 「いや、あの、恐らくはその逆になるかと…。」

 

 なお、現地で立派に束縛系ヤンデレに成長したメディアと再会する模様。

 

 

 

 

 「成程。これは勝てないのも道理ですね。」

 「何だ、漸く理解したのか?」

 「えぇ、まぁ。序に一つ、質問をしておきましょう。」

 「ほぅ?許可する。囀ってみせよ。」

 「貴方、誰です?私の知る魔術王は、今の貴方の様な自意識は持っていなかった筈ですが。」

 「何を言うかと思えば。私は正真正銘の魔術王ソロモン。それ以外の何かではない。」

 「つまり、肉体か宝具を乗っ取った辺りですか。魔術王ともあろう者が己の後始末も出来ないとは。」

 「その言葉、世界の誰よりも貴様に言われたくはないだろうよ。なぁ、世界を滅ぼしかけた無知蒙昧の輩よ。」

 

 

 

 

 「よし、耄碌して余所に迷惑をかけまくってる徘徊老人に引導を渡しましょう。」

 「大体合ってるみたいだけど酷い言い様だね!?」

 「あーいうのを見てると、過去の自分の所業を思い出してしまってサブイボが出ます。」

 『つまり同族嫌悪か…。まぁ君の生み出した怪物は明らかにやばかったからなぁ…。』

 「アーキマン、帰りを首を長くして待っていなさい。」

 『だから君辛辣過ぎるよ!?』

 

 

 

 「…………。」へんじがない ただのしかばねのようだ

 「メドゥーサ、しっかりして!?ショックなのは分かるけど、本当によく伝わるけど!今はお願いだから動いて!?」

 「ふふ、ふふふふふふふ…竜麟が一匹、竜麟が二匹、竜麟が…。」

 「ランサァァァァァァ!?」

 

 過去の自分が生み出した者が大ハッスルしている様子を見てショックを受けた模様。

 

 「貴様さえいなければぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」

 「おお、これぞ怪獣大決戦。」

 「迫力は凄いのに、何故か哀愁を感じますね…。」

 

 

 

 

 

 

 メドゥーサが逝く FGO編 開始未定!

 

 

 

 

 

 

 

 



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FGO編 特異点F その1

 紫の髪の乙女、という者がいる。

 

 ギリシャ、北欧、ケルト、中国、インドと言ったユーラシアの広範に分布する各神話に登場する共通項目を持った人物達であり、各神話の様々な時代と場所で多くの英雄英傑らと語り合い、時に助言や予言を残して流浪し続ける人物だ。

 彼女達は常に翼の生えた馬と巨躯とそれに見合う剛剣を携えた偉丈夫を連れ、多くの知識と技を有していると言う。

 そんな彼女達の正体は、各神話よりも更に古い時代、その地にて信仰されていた地母神を始めとした土着の神やその巫女達ではないかと言われている。

 これには生命や不死、転生の象徴である蛇を彼女達が眷属として用いていた事からも窺える。

 そのためか、彼女達は多くの神々や人々からも追われていたと言う。

 特にギリシャ神話では女神メドゥーサとして登場し、女神としての地位を返上し、人に零落した後は人々に迫害され、最後には大魔獣となってギリシャ中の英雄英傑に退治された。

 だが、此処で一つ疑問が残る。 

 

 

 どうして彼女達は、そんな目に遭っても旅を続けたのだろうか?

 

 

 多くの神話で追われたからこそ、安住の地を求めて放浪していたのだろうか?

 それとも単に遊牧民の様な旅を続ける事そのものが生活様式だったのだろうか?

 多くの学者・識者が論じてきたものの、その答えは出ない。

 そこで、新たに一つの説を提唱してみよう。

 全く根拠もなく、仮定の話ではあるが……彼女達は何かに備えていたのではないだろうか?

 ギリシャ神話の悲劇の予言者ことカッサンドラの様に、彼女もまたその予言の力によって何か大きな災厄を予知していたのではないだろうか?

 事実、ギリシャ神話における紫髪の乙女は自身と近しい存在であるゴルゴーンの復活を予言し、ギリシャ中の英雄達を鍛え上げた上で、一つに纏め上げて対処させた。

 もしこの説が正しいのならば、彼女達は一体どれ程の災いを予見してしまったのだろうか?

 他の多くの神々や人々から迫害されようとも、それでもなお奔走し、流浪する必要があったのではないか?

 彼女達の困難極まる旅路は、果たして実を結んだのだろうか?

 疑問は尽きる事はないが、しかし、解り切っている事だけは一つある。

 

 全ての答えはきっと彼女達しか知らないと言う事だ。

 

 

 ……………

 

 

 間桐邸の地下、修練場と言われる魔術工房、その本質は人食い蟲の死徒の巣。

 そんな場所で、10年ぶりに英霊の召喚が執り行われた。

 

 「サーヴァント・ランサー。召喚に応じ参上しました。」

 

 ソレは圧倒的な美と神秘の化身だった。

 紫紺の髪は艶やかに波打ち、身に纏う純白のキトン(内衣)をその上から纏う灰地に黒く細かい刺繍を施されたヒマティオン(外衣)は一目で超一級の概念礼装である事が分かる。

 そのたおやかながらもしなやかな力強さを感じさせる右腕には、鈍い鉄色の槍が握られている。

 薙刀にも似た婉曲した片刃の穂先を持つソレは、彼女が生前冥府において金剛鉄と冥府の水を用いて鍛え上げた「不死殺しの刃」だ。

 同様の武器はギリシャ神話において天空神ウラヌスの去勢に巨人アルゴス、ペルセウスの怪物退治にも使用されており、有名な持ち主ではヘルメス、作成者にはヘパイストスが挙げられる。

 だが、そんなもの等どうでも良いと言わんばかりに、最も目を引くのはその美貌だろう。

 黄金律とでも言うべきか、その美貌は誰の目からも明らかであり、その全身のほぼ全てが黄金比と言われる絶妙な比率を持っており、老若男女問わずに魅了する程のものがあった。

 これぞ正に神々が愛した美貌、神造の美と言えるものだった。

 では、それを真正面から見た者は一体どうなるだろうか?

 

 「……………。」

 

 真正面から直撃してしまった間桐慎二は至極分かり易かった。

 あんぐりと口と目を開け、魂消た様に呆然自失していた。

 

 「こりゃ、慎二。」

 「は!?」

 

 それこそ、臓硯が杖で殴らない限り正気に戻れない程度には。

 斯く言う臓硯は忘れてしまったものの、凄まじい恋心故にこの程度では動じなかった。

 

 「…やはり、私の顔はこの時代の人間には刺激が強すぎる様ですね。」

 

 そう言って、ランサーはヒマティオンに付いていたフードを被り、その美貌を隠してしまった。

 まぁ無理もなかった。

 神話の時代、本当の美や芸術の女神達が存在する時代においてもなお、その美貌と料理の腕を讃えられた女神の成れの果てが彼女なのだ。

 伊達に多くの人間達から迫害(と言う名の捕獲作戦)され続けていた訳ではないのだ。

 

 「そうだ!お前の名前は?何処の英雄なんだ?」

 

 これ以上臓硯の前で失態は見せられないと、正気に戻った慎二は制服の上から羽織っていたコートを肌寒い地下室で全裸だった桜にかけると美貌のランサーへと疑問を投げた。

 

 「私は形無き島に住む三女神の末。神籍を捨て、放浪を続け、遂には怪物に成り果てた者。」

 

 その言葉で、知識にだけは長ける慎二と齢五百を超える老練な魔術師たる臓硯は目の前の存在が何であるかに気付いた。

 

 「名をメドゥーサ。この時代でも、私の名は伝わっているかと。」

 「マジかよ…。」

 

 余りのビッグネームに、慎二は呻いた。

 メドゥーサ。

 その名は魔術に関わる者にとって、重大な意味を持つ。

 ギリシャ神話に登場する女神、その中でもギリシャ神話成立以前に起源を持つ古い地母神の系譜であり、神秘的な意味でも彼女の成した功績は多い。

 魔術の女神ヘカテーに師事し、生涯に渡って研鑚と努力を惜しまなかった彼女は、その結果として多くの知識や技術を身に着け、後世へと弟子や師匠達を通じて多くの影響を残した。

 その功績は蟠桃と言われる中国神話に由来する仙桃の輸入・栽培・加工を筆頭に、当時のギリシャ内外を問わぬ多くの知識や技術を体系化し、青銅版や石板、粘土板等にそれらを記録し、後世へと残した事だ。

 特に彼女の得意とする料理に関する記述は多岐に渡り、純粋に美味いだけでなく「食べただけで長期的な魔術的恩恵を受けられる」事もあり、多くの魔術師の研究対象となっている。

 その中でも胎盤となる女性への効果は著しく、衰退著しい魔術師達は中世の頃より挙って彼女の残した粘土板や青銅版、石板を探し集めていると言う。

 無論、散逸してしまったものや翻訳版に未だ世間には公開されていないものを含めれば、その総数は未だに不明である。

 そんな魔術師として絶対に無視できない存在が、その一側面だけとは言え、目の前に存在しているのだ。

 凡百の魔術師ならば、ここで令呪全画を用いてでもその知識を吐き出させる価値があるだろう。

 

 (これはまた、とんでもない大当たりじゃな…。)

 

 この望外の幸運に、臓硯は内心でほくそ笑んだ。

 元より、通常の英霊が善悪問わず自分に従うとは思っていない老獪な魔術師の考えることは、慎二と桜を用いて、如何にランサーにやる気を出させる事だけだった。

 

 (本来は次々回こそが狙いだったのじゃが…。)

 

 だが、呼び出されてきた者は余りにも破格な存在だった。

 何せほぼ神霊であり、同時にギリシャ世界最強の怪物の双璧でもあるのだ。

 凡そ臓硯の記憶にある限り、間桐が呼んだサーヴァントとしては間違いなく最強だった。

 

 (器の仕上がりもよく出来ておるし…賭け時、かのぅ?)

 

 腹の内で様々な算段を立てる老人を余所に、慎二は魔力を消費した桜を気遣っていた。

 

 「桜、歩けるか?」

 「は、はい…何とか…。」

 「ランサー、早速で悪いけど桜を部屋まで運んでくれ。」

 「分かりました。では失礼しますよ。」

 

 ひょいと、猫の子でも抱える様にランサーは軽々と桜を抱えて蟲蔵から出る階段へと向かう。

 その道中、先程まで我が物顔で周囲を這っていた蟲達はランサーとの根本的な格の差を本能的に悟ってか、必死に蔵の端へと這って行った。

 

 (根源を目指す魔術師とは、やはり何処まで行っても愚かですね。)

 

 腕の中のか弱い温もりに、ランサーは内心で愚痴を零す。

 あの蟲の翁はどう控えめに見ても人食いの類だろう。

 それを黙認する協会も、割に合わないと退治しない教会も、彼女にとっては唾棄すべきものでしかなかった。

 まぁ、優先すべき事が他にあるので、具体的な行動はしないのだが。

 

 (取り敢えず、この二人との相互理解が大事ですね。あの蟲は暫くは放置で。)

 

 とは言え、腕の中の少女に巣食う蟲の排除は隙を見て行うつもりだった。

 それは血の繋がりが無いとは言え、兄と妹の確かな情を確認できたからこそだった。

 声無き声で助けを呼んでいた妹への同情、そしてそれを助けようとも力及ばず打ちひしがれる兄への、彼女なりの報い方だった。

 これがもし原作の様な在り様であれば、ランサーは少女を助け、蟲の翁を殺し、大聖杯を完全に破壊した後にとっとと冥府へと帰っていただろう。

 だが、この世界線においては、慎二はかなりまともに兄として振る舞っていた。

 どんな理由があったかは定かではないが、それは彼女が兄妹を助けるのに十分な理由だった。

 

 「そう言えば、二人の名前を聞いていませんでしたね。」

 「間桐…桜です…。」

 「間桐慎二。一応この家の跡取りだよ。」

 

 おずおずと言う妹と、虚勢を張って告げる兄の凸凹な様子に、ランサーはほんの僅かに頬を緩めた。

 

 「それでは慎二に桜、今後暫くは宜しくお願いします。」

 

 これは少しだけ面白くなりそうだ、とランサーは内心で期待を抱くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 ふぅ…久々に長文書くと疲れるな(汗
 今回は長々とプロローグでしたが、次回は人理焼却までサクサク巻いていく予定です。


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FGO編 特異点F その2

うーむ、中々進まない(汗
時間無いけど来月からはもう少し頻繁に投稿できるかも?

指摘により、微修正しました。


 今から2年程前の事だろうか。

 初めてあの暗闇の底、蟲蔵の中に入ったのは。

 その中で、僕は初めて間桐の魔術の修練を見た。

 そこで僕は蟲に集られ、蟲に包まれ、蟲に貪られ、最早涙すら枯れ果てた妹の姿を見た。

 妹は、桜は何も言わなかった。

 そんな気力も、体力も、希望すらも、既に御爺様に奪われていた。

 それでも暗がりの中で、あいつが口だけを僅かに動かすのが僕には見えた。

 

  た す け て

 

 その時の僕は逃げた。

 余りの絶望に、余りの悍ましさに、余りの恐怖に逃げたんだ。

 自分が憧れ、成ろうとしていたものが何だったのかを、大事な妹への仕打ちとしてはっきりと見せられたから。

 それでも、あの時の光景が忘れられない。

 瞼の裏に張り付いて、声無き助けを求めた妹の姿が消えてくれない。

 だが、僕は無力だ。

 魔術回路もなく、多少の知識があるだけで、あの怪物をどうにか出来る訳がない。

 

 だから僕は、千載一遇の機会が来る事を待ち続けた。

 

 父さんの様に何もかにも諦めて酒に逃げ、心身を壊してしまった様に。

 僕もまた、日常に逃避する事で自分と桜の心を保つ形で、その機会がやってくる時を。

 

 そして今夜、漸くその機会がやってきた。

 

 

 ……………

 

 

 「さて、では慎二はこの聖杯戦争に関してどの様な認識を持っていますか?」

 

 場所を地下から上階の屋敷の一室へと移し、召喚で消耗した桜を休ませた後、早速聖杯戦争に向けての話し合いが開かれた。

 その美貌を外衣のフードで隠したランサーの問いに、慎二は疑問を抱いた。

 

 「認識って……7組のバトルロイヤルだろ?」

 「えぇそうです。で、各クラスの特性も把握していますね?」

 「当然だろ。」

 

 剣・槍・弓の三騎士。

 そして騎・暗・術・狂の四騎。

 この七騎とマスターでバトルロイヤルを行い、最後に残った一組へと景品として願望器たる聖杯が降臨する。

 

 「さて、万能の願望器なんてものを欲する魔術師や英霊がまともな勝負などするとお思いで?」

 「…まぁしないだろうな。」

 

 慎二は聖杯とはまた別方向の願いがあるからこそ言えるが、不治の病にかかった身内の治療や過去の不幸の抹消等、誰かを殺してでも手に入れたいと思う者はいるだろう。

 それこそ人倫を弄ぶ魔術師なら、それ位は当たり前の様に行う。

 

 「さて、理解出来た所で私の特性を話すとしましょう。」

 

 まるで出来の良い教え子を持った教師の様に、ランサーは話を切り出す。

 否、本当にこちらの事をそう思っているのだろう。

 多くの英雄英傑賢人名匠を育てた彼女にとって、慎二と言う仮初のマスターもその一人に過ぎないと言う事だろう。

 

 「私は逸話の時点から女神であり、怪物であり、戦士であり、魔術師であり、料理人です。多くの神話に跨り存在し、多くの時代と地域で数多の技術と研鑚を積んできました。それの結果が『多重召喚』です。」

 

 すっと、慎二の頭頂にランサーが手を翳すと、慎二の脳裏にランサーのステータス情報が浮かび上がった。

 

 「マジかよ…!?」

 「えぇ、私はクラス特性によるステータスの低下を受けません。」

 

 無論、サーヴァントの霊基相応に弱体化はしていますが、と続けるランサーに、しかし慎二は開いた口が塞がらない。

 通常のサーヴァントは、クラス毎にその英霊の該当する側面のみを切り取って召喚する。

 この影響は宝具やステータスは勿論、人格にまで影響する。

 そこまで弱体化させる事で、漸く英霊は魔術師に制御可能な兵器、サーヴァントとなるのだ。

 しかし、このランサーは…否、メドゥーサは違うのだ。

 

 スキル『多重召喚』。

 その効果は『全てのクラス別スキルの保有。及びクラス毎のデメリットの無効。』

 

 各サーヴァントはそれぞれの特色を生かした行動を最も得意とし、それに則った行動を取る場合、補正が入る。

 高い騎乗スキルを持つライダーで例えると、単体の状態よりも乗り物に乗っている時の方がステータスが上昇し、降りていると下がる訳だ。

 しかし、このメドゥーサの場合、その辺りのデメリットが一切無く、恩恵のみを受け取る事が出来ると言う。

 

 「なんだってそんな状態で…。」

 「それは無論、私がどのクラスで呼ばれても十全に戦えるようにです。」

 

 何せどのクラスで呼ばれるか分かりませんからね、としれっと言ってのける大英霊に、慎二は頭が痛くなった。

 それはつまり、聖杯戦争のシステムそのものに対し干渉し、成功したと言っているに等しい。

 流石は魔術の女神に弟子入りし、数々の知啓を得た元女神である。

 彼女かそれに匹敵する腕前の者しか出来ない無茶苦茶な裏技だった。

 

 「マジか……マジかー。」

 「とは言え、宝具に関しては2つしかありません。まぁ技と戦い方で火力は補えますが、それにしたって魔力の問題があります。」

 

 現状、この陣営で魔力を生産しているのは桜だが、彼女は体内に寄生する蟲に魔力の過半を取られているので、余り役に立たないと言える。

 となると、別途に魔力供給源を確保しなければならない。

 

 「まさかとは思うが魂喰……」

 

 ヒタリ、と全てを言い切る前に慎二の喉元に槍の穂先が触れた。

 

 「初回なので見逃しますが、次はありませんよ?」

 「アッハイ。」

 

 何時の間にか握られている槍と(嫌な方向で)極上の笑みを向けられた慎二はそう返すので精一杯だった。

 

 「この街の霊脈を探索し、見つけ次第こちらの神殿にしてしまいましょう。奪われてもブービートラップ仕掛けておけば良いですし、敵がいたらいたで威力偵察になりますし。」

 

 どの道一当てして情報を収集しなければなりませんからね、と宣うランサー。

 キャスター並の陣地構築力と高い技量と経験が織り成す悪辣な戦法に、慎二は一瞬頭が痛くなりかけた。

 しかし、ランサーを十全の状態にするのは慎二の目的としても都合が良い。

 

 (それに、桜を助けるためにも必要ですよ。)

 

 突然の念話。

 先程仮マスターとして登録した時にラインが繋がったのか、頭の中でランサーの声が響く。

 成程、どうやらこの英霊は凡そ全て解っているらしい。

 そう言えば、先程桜を抱えていた時、妙に冷たい雰囲気だったが……あれは桜に寄生する蟲に対してのものだったのか。

 

 「とは言え、今夜はもう遅すぎます。召喚で疲れたでしょうし、今夜はもう休んでください。」

 

  

 ……………

 

 

 「いますか、臓硯。」

 

 慎二も桜も寝静まった後、ランサーは蟲蔵へと来ていた。

 

 「何だ、サーヴァントが。生憎と儂は暇ではないぞ。」

 「そう手間ではありません。えぇ、一言で済みますので。」

 

 フードの下、その美貌を隠しながら、ランサーは間桐臓硯にとって、決して無視できない『力ある言葉』を告げた。

 

 「『思い出せねば破滅する』。」

 「ッ!貴様…ッ!」

 

 スキル『予知:E』

 本来は未来視を持たぬ彼女が天気や疫病の流行、そして大魔獣の復活等を予言(正確には予測)した事から付加されたスキル。

 とは言え予知は予知、彼女は極めて限定的ながらも未来を見通し、予言を成す。

 その結果、この老人は破滅の未来が存在する事が定まってしまった。

 老人の激情に応じ、蟲達が侵入者へと牙を剥く。

 しかし、飛び掛かってはこない。

 彼らには本能的に分かるのだ。

 目の前の存在が、自分達が何万何億何兆と集まれど、決して敵わない存在なのだと。

 

 「確かに伝えましたよ。出来れば、貴方がソレを思い出す事を願っています。」

 

 思い出しさえすれば、きっと貴方の夢は叶うでしょう、と。

 言うだけ言って、ランサーは霊体化して去って行った。

 残された臓硯は、蟲の海の中でその皺の寄った顔を更に歪ませ、困惑していた。

 

 「儂は……この臓硯が、一体何を忘れておると言うのだ…?」

 

 遠き日の夢、冬の聖女への慕情、忘れ得ぬ筈の理想。

 蟲の妖怪となり、500年もの歳月から来る魂の腐敗による苦痛により、全てを無くして不死にしがみ付いている彼に答えられる者はいなかった。

 

 

 

 

 

 




メドゥーサ(槍)のステータス

筋力C 耐久D 敏捷A 魔力D 幸運C
魔力不足により、幸運を除く各ステータスが1ランクダウン中。

スキル
多重存在…全クラススキルの獲得及びクラスによるデメリットの無効。
予知E…極めて限定的な未来予知。戦闘中には使えないし、見る内容は選べない。

以降の情報は追加予定。


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FGO編 特異点F その3

 ガンッ! ギャリンッ! ドゴンッ! ゴガァッ!

 

 人気の無い深夜の時間帯。

 10年前、聖杯降臨の地となった冬木市市民会館跡地を中心とした冬木中央公園。

 そこでは今夜、人ならざる者達が武器を振るい、矛を交えていた。

 

 「っと!流石に理性無くともヘラクレス、ですか。」

 「■■■■■■■■■ーーーッ!!!」

 

 黒鉄の巨人の咆哮と暴威を、しかしランサーは涼し気な顔で受け流し、その暴風の様な一撃を全て回避し、捌き、往なしていく。

 彼女にとって、理性と共に技の冴えを失った嘗ての弟子では脅威に足り得ない。

 自身が冥府に落ちた後、更なる研鑚は積んだと言えど、それを忘却してしまっては意味が無い。

 

 「バーサーカー、頑張って!」

 「いや、相性的に無理でしょう。」

 

 半ホムンクルスにして聖杯である少女の声に、ダメ出しをするのはランサーだ。

 

 「ヘラクレスから宝具を減らして燃費を向上し、更に裏切り対策に理性を取り上げたのは良いですが…弱体化させ過ぎですね。これでは持ち味が台無しです。勝てるものも勝てません。」

 

 無論、ランクBの彼女の槍ではヘラクレスの宝具を貫けないし、国殺しの奥義も魔力不足から威力が足りない。

 その上、もう一つの宝具はそもそも攻撃用ではない。

 そのせいで、既に一時間近く千日手とも取れる状況になっていた。

 

 「ぴょんぴょん飛び跳ねて…!私のバーサーカーは強いんだから!」

 「知ってますよ。まぁいい加減に飽きたので帰ります。そちらも退いて下さい。」

 「! バーサーカー!」

 「■■■■ッ!」

 

 逃がすかと逸る少女に応える形で、ヘラクレスが暴威を増す。

 しかし、その太刀筋には何処か「あ、これは逃げられますな」という諦観が感じられた事に、ほんの僅かにランサーは苦笑してしまう。

 

 「ではアルケイデス、またの機会に。」

 

 が、多少暴威を増しただけの嵐に、師たるランサーが圧される道理も無く。

 彼女は体術の方の縮地であっさりと戦場を離脱した。

 

 

 ……………

 

 

 (と言う訳で中央公園の神殿化の最中に、アインツベルンのバーサーカーであるヘラクレスと交戦しました。)

 

 そんな報告を朝一の授業で聴かされた慎二は、頭を抱えたくなった。

 

 (特性ほぼ全殺し状態でもお前が勝てないとかやっぱ大英雄ってとんでもないな…。)

 (まー生前の状態なら生身で対界宝具相当の攻撃を出せますからね、彼。)

 

 あの時は目が点になりましたよハッハッハと脳裏に響く念話に、慎二は改めて英霊と言う存在の出鱈目さ加減に眩暈がした。

 ヘラクレス。

 それはギリシャ神話の数多の英雄達の中でなお、最強を誇る大英雄だ。

 12の試練を始め、数々の冒険と困難を果たし、最後は星座となって神々の列に加えられた英雄の中の英雄。

 ギリシャ神話内で並び称されるアキレウスよりもなお経験と技量と言う点では勝るとも言われ、多くの英雄の象徴ともなった獅子狩りの元祖でもある。

 

 (正直、相手に理性があったらその時点で負けてましたね。)

 

 何せアサシン適正もありますからねー、と暢気にほざくランサーに、慎二は頭痛を堪えながら報告の続きを促した。

 

 (で、霊地の確保は?)

 (冬木市内の御三家の主要霊地を除いて、柳洞寺に中央公園他7か所の霊地を確保しました。)

 

 とは言え、本格的な神殿化は出来ていない。

 あくまで霊地とラインを結んで魔力の吸い上げているだけで、それにしたってキャスターやその適正を持った者なら割と簡単に妨害出来る程度のものだ。

 まぁ、破壊されたらその時点でこちらに分かるし、相手に対して霊地の魔力が過剰かつ急激に逆流して魔術回路をパンクさせると言うトラップの役割もあるので、壊されたら壊されたで構わないのだが。 

 

 (OKだ。そのまま魔力を貯蓄しつつ、情報収集に徹してくれ。勿論、獲れるなら獲って構わない。)

 (了解です。つきましては慎二、折り入ってお願いがあるのですが…。)

 (? どうした?)

 

 このランサーがこう言うからには余程重要なものなのだろうと慎二は思考を巡らせ……

 

 (お金貸して下さい。)

 「へ?」

 「どーしたのー間桐くーん?」

 「あ、いや、何でもないです!」

 

 うっかり漏れ出た声が英語教師の藤村女史にまで届いてしまい、醜態を晒すのだった。

 

 

 …………

 

 

 「いやーやっぱり現世観光は良いですねー。」

 

 そう言って眼鏡をかけた外人美女ことランサーは現代の青のジーンズと黒のセーター、そして茶のコートと野暮ったい恰好であり、抱えた紙袋から先程購入したばかりの焼き立て今川焼を頬張りながら、マウント深山を散策していた。

 慎二から強請った資金を元に、彼女はこの機会を逃すなとばかりに現世観光を楽しんでいた。

 

 「冥府だと文明の発展とか全然進みませんし、何より活気がありませんからね。召喚されたからには、こうして食べ歩きの一つ位したかったのです。」

 

 無論、代価として慎二と桜への神代魔術のお勉強及び元料理の女神からのお料理教室を開く事にはなったが。

 そんな上機嫌な彼女を商店街の人々は目を丸くして見つめていた。

 何せ神代でも美女と語られた元女神。

 その装いが洒落っ気の全くないものであっても、人々の目を惹くのは当然の事だった。

 

 「ふふふふふふ……冥府だといっつも研究か料理か寝床(強制)ですからね……あ、レパートリーも増やしておきましょうか。」

 

 停滞したギリシャの冥府、既に世界の裏側へと格納されたそこでは基本死者しかおらず、後は冥府の神々のみ。

 娯楽らしい娯楽は既存のものを除けば、自分で生み出す位しかなく、そうなるとどうしてもメドゥーサ作の料理や各種ボード・カードゲーム等への比重が大きくなる。

 ヘカテーやメディア等は魔術の研究でそうでもないが、この二人の場合はメドゥーサを性的に食べる事が多々あるので、寧ろ負担はこの二人相手の方がデカい。

 その上、全会一致で冥府の神々の料理長に就任させられてから今日まで、毎日ほぼ休みなく頑張っている本体に代わり、この時ばかりは全力で現世を楽しむ事にランサーは決めていた。

 ふんふんふーんと彼女は鼻歌を歌いながら機嫌良く今川焼を楽しんだ後、目についた洋食屋へと軽やかなベルの音と共に入店するのだった。

 

 

 

 なお、そこの店主兼料理人がぎっくり腰で倒れ、代役を務めるまで後27分17秒。

 

 

 …………

 

 

 そしてまた深夜の冬木中央公園にて。

 仕掛けていた罠の破壊を感知し、様子を見に来たランサーの前に一組の主従がいた。

 片や男もののスーツに身を包んだ、泣き黒子がアクセントの凛々しい女性。

 片や水色のフードを被り、杖を片手に持つ英霊。

 女性の方は朧げな前世の記憶から大体当たりを付けられたが、もう一人の英霊、恐らくキャスターである男性に対しては、ついつい二度見してしまった。

 

 「っぷ」

 

 高い神性の証たる赤い瞳、そして濃い青の髪、力強さの中に年季も感じられるまでに成長した精悍な顔つき。

 どう見ても友人の弟子のアイルランドの光の御子です、本当にありがとうございました。

 

 「おい、おい」

 「アハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 そう認識した瞬間、ランサーはお腹を抱えて指を指して爆笑していた。

 それに相手のキャスターは怒りに顔を歪め、マスターの方は凛々しい美貌をきょとんと可愛らしく驚かせていた。

 

 「槍…!槍の無いクー・フーリンとか、麺のないラーメンですか…!?」

 「うるせェぇェェェェェェ!オレだってなぁ、キャスターでなんて呼ばれたくなかったんだよォォぉォぉォ!!ってかアンタがランサー枠じゃなかったらオレが納まってたんだぞ!?」

 「おや、負け犬の遠吠えとは。これはまた犬らしくなりましたねセタンタ。」

 「犬じゃねぇェェェェェェェ!!」

 「ブッホォwwwwwww」

 「あの、キャスター、その……申し訳ありません…。」

 

 壺に入ったらしく全力で草を生やして爆笑するランサーと激怒するキャスターを前にして、マスターである女性は本当に申し訳なさそうに謝罪してきた。

 

 「あいつの戯言は気にすんな!どうせ冥府で暇してるおばはんの一人だ。」

 「あ、今本体通して貴方の師匠に今の一言伝えておきましたから。『次会ったら覚悟しておけよ馬鹿弟子』だそうです。」

 「………。」

 

 その言葉に、クー・フーリンは顔を両手で覆ってしゃがみ込んだ。

 本体なら兎も角、分霊の彼にとってそれは死刑宣告に他ならない。

 内心で絶対に出くわす前に座に帰ろうと誓うのだった。

 

 「で、あんたも呼ばれてたのかよ?」

 「えぇ、まぁ。今回はランサーです。羨ましいでしょう?」

 「うるせー。オレはオレのマスターを気に入ってんだ。侮辱すればアンタでもタダじゃおかん。」

 「おや怖い。」

 

 くすくすと微笑む様は先程の爆笑ぶりを見ていなかったら確実に騙される美しさを持っていた。

 そして、その美しさの奥に潜む気位と(イコール)の実力の高さもまた、マスターであるバゼットには見抜き切れぬ程のものがあった。

 

 「さーてと、サーヴァント同士が出くわしたんだ。やるんだろう?」

 「あ、ちょっと待って下さいね。今本体が神霊チャットでスレ立てしてますから。」

 「よし殺すさぁ殺す今直ぐ殺す。」

 「はっはっは、今の貴方じゃ無理ですねぇ。」

 

 そんなこんなで、第一戦に引き続き、またもこの場所で聖杯戦争第二戦が開始されるのだった。

 

 

 

 

 




【実況】第五次聖杯戦争なう【生中継】 神霊ちゃんねる版

メドゥーサ(本霊)の立てたスレ。
シビュレ(槍)の見聞きした事実をスレに流してるぞ!
戦闘映像こそ動画だが、書き込み内容の多くは現世観光と相手鯖やマスターとのコミュ内容だ!
なお、英霊ちゃんねる版は他の人が立ててるので、英霊の皆はそっちを主に見てるぞ!


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FGO編 特異点F その4

 「くそ、此処もダメか!」

 

 怪しげなフードを被り、顔を隠した男が悪態を吐き出す。

 そこは冬木市内の小さな霊地の一つであり、外来の魔術師である男はこの場所を自身の魔術工房にしようとしていたのだが…

 

 「何処も先回りされていやがる!」

 

 この街に入って二日経つのに、彼は一つの霊地も抑える事が出来なかった。

 と言うのも、ランサーの仕掛けた罠が原因だった。

 神代でも屈指の魔術師が仕掛けた魔術的トラップ等、現代の魔術師の中でも特に秀でた訳ではない彼の腕では迂闊な手出しは死を意味したからだ。

 精々が些細な妨害程度しか出来ない程に、彼我の魔術師としての技量は隔絶していた。

 これといった才能もなく、時計塔に属する訳でもなく、狂気だけを抱えている野良魔術師の彼にとって、そろそろ霊地を確保しなければ、契約したサーヴァントに全力を発揮させるどころか現界を維持する事も難しい。

 

 「ぬぅ……。」

 

 契約した英霊、ライダーのダレイオス三世は難し気に唸り声を発する。

 アケメネス朝ペルシャの王だった彼にとって、軍事における補給がままならない事の危険は十二分に承知している。

 宝具に特化したライダーのクラスは、即ち燃費が悪い。

 その上、ダレイオス自身が元々燃費が良いとは言えないサーヴァントな事もあり、実質宝具を封じられた状態にあった。

 

 そして、そんな弱った敵勢力を見逃す程、ランサーは甘くなかった。

 

 「ッが!?」

 

 突如、ライダーの背中から心臓、即ち霊核を貫く様に、鮮血と共に槍の穂先が飛び出た。

 更に、その傷口はビキビキと音を立てて凍り付いていき、ライダーの動きを急速に鈍らせていく。

 ライダーとそのマスター、二人は突然の奇襲に反応する事すら出来なかった。

 

 「ぬ、ぐぅぅぅ!」

 「おっと。」

 

 だが、戦闘続行スキルにより、ライダーは背後の敵へと斧を一閃、反撃する。

 

 「ふむ、マスターは兎も角サーヴァントは中々でしたか。」

 

 改めて、奇襲した事は間違いではなかったと、ランサーは己の判断の正しさを確認した。

 体術と仙術の二つの縮地を併せた超高速移動術。

 それを用いて主従両者の完全な知覚外の距離から奇襲し、背後から霊核を即死効果を持つ槍で一突きしたのだ。

 これでもうライダーの脱落は確実となった。

 

 「では逃げますね。」

 「ま、待て!」

 

 そして、行きと同じく二重の縮地でアッと言う間に離脱していく。

 それは実に鮮やかな奇襲からの撤退だった。

 

 

 ……………

 

 

 (と言う訳で、昨夜はそんな感じです。)

 (お、おう…。)

 

 ランサー召喚から四日目。

 未だセイバーが召喚されていないのに、ライダーが脱落する事態が起きた。

 しかも方法がおもっくそ辻斬りで。

 

 (ま、通常攻撃なら令呪で何とかするのも有り得ましたが、私の槍は即死系。現代の魔術師ではどうにもなりません。)

 

 その言葉と共に、以前と同じく慎二の脳内にランサーのステータス、宝具情報が更新された。

 その名を『女神のお迎え』/ハルペー・オブ・メドゥーサ。

 冥府の神々の従属神とも言われるメドゥーサが大魔獣討伐のために冥府の水を用いて鍛えた槍。

 その効果はあらゆる分子運動の停止であり、結果として攻撃した対象を凍結させる。

 そのため、切られた相手は痛みを感じる事なく、急速に凍結し、死に至る。

 その際、魔力の動きすら阻害されるため、通常の治癒魔術による治療を阻害する上に切り付けただけでも相手に凍傷を付与する。

 しかも、ゴルゴーンに止めを刺した武器と言う事で、人外や魔性への特攻も付与されている。

 

 (お前…これえぐいな?)

 (まぁ元々大魔獣退治のために鍛えたものですから。)

 

 しれっと言うランサーに、ギリシャ神話も当然ながら知っている慎二は「あー」と唸って納得した。

 ギリシャ神話、それも彼女の参加したアルゴノーツと言えばコルキスへの大航海ともう一つ、あの大魔獣討伐作戦が最も有名だ。

 

 大魔獣ゴルゴーン。

 

 ギリシャ神話と言う多神教の世界において、一神教の如き力を持った主神ゼウスやその息子たる戦神アレスすら敗退させたと言う、テュポーンに並ぶ大魔獣。

 その発生原因に関しては全く同情できない自業自得だが…。

 

 (そりゃーあんな化け物討伐するなら、これ位は必要だろうな。)

 

 実際、シビュレが亡き後、この槍を用いてヘラクレスが止めを刺した事を考えると、実際に役に立った訳だ。

 

 (残りの偵察先はアサシン。そしてまだ召喚されてないセイバーとアーチャーか。)

 (それですが慎二。昨夜遠坂邸にてアーチャーの召喚を確認しました。)

 (はぁ?)

 

 ランサー曰く、使い魔で各御三家の様子は監視していたが、昨夜遠坂邸で高い魔力反応を感知し、召喚を確認したとの事。

 そして、召喚した英霊は何故か遠坂邸上空に召喚され、そのまま遠坂邸の二階へと墜落していったと言う。

 

 (………うっかり、かなぁ……?)

 

 遠坂家の血筋、或は魔術刻印にあると言う「ここぞと言う時にうっかりやらかす呪い」。

 それが今代の遠坂家当主にもしっかりと受け継がれている事が確認されたのだった。

 

 (桜は普段気が抜けてるけど、遠坂みたいな事は無いんだけどなぁ…。)

 

 これが間桐家の人体改造の結果とは言え、その一点だけは感謝すべきだろうか?

 

 (いや、無いな、うん。)

 

 桜への仕打ちを考え、その妄想を慎二は滅却した。

 

 (さて、後は面倒なアサシンですが……昨夜、街に魔術師が入りました。令呪は確認できていませんが、アサシンのマスターの可能性がありますので、こちらも一当てしておきます。)

 (任せる。こっちはいつも通りに目立たないで過ごすよ。)

 (えぇ、ではこれにて。)

 

 そして、スッとランサーの気配が遠ざかっていくのを感じた後、慎二は授業へと意識を戻した。

 

 

 ……………

 

 

 「あーあ、全く。何で僕が…。」

 「悪いな二人とも。オレの事を気にしなくても良かったのに…。」

 「いえ、先輩にはいつもお世話になってますから…。」

 

 その日の夕方、迂闊に後輩からの頼まれ事を受けてしまった衛宮に、それを見かねた間桐兄妹の二人を加え、僅か三人で弓道場の掃除をする事となった。

 掃除を始めたのは放課後になってすぐだったのに、終わる頃にはもうすっかり日が暮れて夜になっていた。

 チッと慎二は内心で舌打ちした。

 この時間帯になる前に衛宮と桜を帰らせたかったのに、随分と長引き過ぎた。

 長引き過ぎてしまった。

 

 「あれ…?」

 

 不意に、甲高い金属音が連続して3人の耳に届いた。

 この街の現状を知らない士郎はただ疑問を浮かべただけだが、事情を知る慎二と桜は何が起こっているのか気付き、校庭の方から漂う非日常の気配に顔色が変わる。

 慎二は弱い。

 弱いが、それは彼の優秀さを否定する材料にはならない。

 弱いなりに慎二は危険とそうでないものへの嗅覚が鋭い。

 だからこそ、現状が手遅れに近いと悟っていた。

 

 「? 何だ、グラウンドの方から…。」

 「ッ、バカ、止めろ!」

 「兄さん!」

 「桜は急いで帰れ!僕はあの馬鹿を止めるから!」

 

 そう言ってグラウンドの方へ向かう馬鹿を止めるべく、慎二は駆け出した。

 

 (ランサー!学校に来い!誰かおっぱじめやがった!)

 

 念話に短く了承の返事が返される。

 よし、これで3分以内に頼もしい味方が来てくれる。

 

 「何だよ…これ……。」

 

 そして、衛宮士郎は立ち尽くしていた。

 校庭で行われる時代錯誤な双剣と杖の戦い。

 英霊と言う、人類が行使可能な、しかし決して制御し切っている訳ではない、最大の兵器同士の衝突を目撃して。

 

 「誰ですか!?」

 

 しかも最悪な事に、杖を持った男(恐らくはキャスター)のマスターと思われるスーツ姿の女性がこちらに気付き、神秘の秘匿を実行しようとこちらに突貫してきた。

 

 「あぁクソ…逃げるぞ衛宮!」

 「ッ、分かった!」

 

 そして男子二人は全力で弓道場とは反対側の校舎へと駆け出した。

 弓道場ではあのスーツ女に桜が気づかれるかもしれない。

 だからこそ、逃げるのは校舎側しかなかった。

 

 「どうする慎二!ついこっち来ちゃったけど!」

 「凄い助っ人呼んだから三分持ち堪えろ!弓道場には行くなよ、桜が気づかれる!」

 「分かった!このままだと一網打尽だから二手に分かれるぞ!」

 「応!終わったら何か奢れよ馬鹿衛宮!」

 

 そう言い合って即座に別方向へと二手に分かれる。

 慎二は二階に、士郎は一階に。

 それを見たスーツの女性、バゼットは逃げられる可能性を低くするため、一階を選んだ士郎を追った。

 上階なら階下へ行くルートが限られていると判断したからだ。

 

 「はっ…はっ…はっ…!」

 

 士郎は走った。

 日頃から鍛えているから一般人としては随分と走れた事だろう。

 事実、彼の体力はこの高校に通う同年代に比べても上から数えた方が早い。

 しかし……

 

 「申し訳ありませんが、口封じさせて頂きます。」

 

 ゾブリと、士郎の胸板が鮮血で紅く染まった。

 相手は魔術協会の執行者、その中でも伝承保菌者にしてルーン魔術の使い手であるバゼット・フラガ・マクレミッツ。

 純粋な戦闘力ではこの時代の人類の中でもかなり上位に位置する女性だ。

 多少体力があるだけの学生など、彼女にとっては片手間の相手だ。

 それでも暗示での記憶操作ではなく、敢えて殺害を選んだのは、それが確実だしとても早いからだ。

 何せ彼女のサーヴァントは交戦中であり、敵に背を向ける訳にもいかなかった。

 そのため、折衷案として自分自身が追手となり、キャスターには相手側の足止めを頼んだのだ。

 

 「が……か……!」

 「ごめんなさい。」

 

 一方的に言うだけ言って、バゼットは士郎の背から手刀を引き抜いた。

 

 「さて、後はもう一人ですが…む。」

 

 不意にバゼットが顔を顰めた。

 相方のキャスターのクー・フーリンからそろそろ圧されてるから撤退するぞとの念話だった。

 

 「仕方ありません。後はあの遠坂の当主に任せましょう。」

 

 そう言って、バゼットは血の滴る右手袋を一振りして血を払い、その場を後にした。

 

 

 ……………

 

 

 「嘘。なんであんたが……」

 

 赤い少女の魔術師らしからぬ慈悲。

 

 

 「じゃあな坊主。もしかしたらお前が7人目だったのかもな。」

 

 青いドルイドの冷酷。

 

 

 「ふざけるな!オレは、こんな所で終わってたまるか!!」

 

 そして、魔術師見習いの少年の叫び。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「問おう。貴方が私のマスターか?」

 

 

 此処に運命の幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Fate Grand Order × メドゥーサが逝く 

 

 

 特異点F 炎上汚染都市冬木 開幕

 

 

 

 




この辺りまではFGO編とStay night編との共通部分となります。


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FGO編 特異点F その5

皆さん、毎度感想と誤字報告ありがとうございます!

ちゃんと更新していくつもりですが、今後は繁忙期に入るので遅くなるかもです。


 召喚とほぼ同時、キャスターは相性最悪である筈のセイバーを相手にして、杖による打撃と刺突だけで近接戦闘で持ち堪えてみせた。

 

 「やべぇな、一旦退かせてもらうぜ。」

 「逃がすとでも!」

 

 僅か数合で彼我の戦力差を知ったキャスターは、即座に撤退を決断した。

 槍を持ってきているなら兎も角、よりにもよってキャスターの霊基の自分では分が悪いと判断したのだ。

 元より自分の役目は口封じであり、その必要がなくなったのなら、此処に用はない。

 思いがけず7人目のセイバーと遭遇してしまったが、情報収集としてはこれはこれで悪くはない。

 

 「アンサズ!」

 

 となれば長居は無用とばかりに放たれるルーン魔術の炎。

 壁の様に展開された炎は高い対魔力を持ったセイバーにとっては関係ないが、放っておけばマスターには間違いなく被害が及ぶ。

 一太刀でその炎を蹴散らした時には、既にキャスターは離脱していた。

 

 そしてその直後、入れ違いになる形で凛とアーチャー、慎二とランサーが到着し、塀の前で遭遇していた。

 更にそこに庭から塀に飛び乗ったセイバーまで加わり、この場に三騎ものサーヴァントが集まってしまった。

 

 「あー……これは、どうしましょうね?」

 

 ばったりと顔を合わせた3組は、突如訪れた三竦みに硬直してしまった。

 あんぐりと口を開けて驚きに固まる凛と慎二を余所に、三騎士達は各々の得物を携え、それぞれ相手の出方を伺った。

 迂闊に動けば、残り2組の標的になる。

 それを警戒し誰もが動きかねて、緊張に満ちた沈黙が広がった。

 

 「ちょ、待ってくれ!」

 

 永遠に続くかと思われていた緊張に、不意に横槍が入った。

 赤毛の少年、衛宮士郎が門から出てきたのだ。

 その服は盛大に血で汚れており、彼が受けた傷が間違いなく致命傷だった事が窺える。

 

 「慎二も遠坂も、君も!何だってこんな事してるんだ!落ち着いて武器を下げてくれ!」

 「ッ、マスター下がってください!この状況では貴方を守り切れるか…!」

 「遠坂も慎二も敵じゃない!二人とも知ってる顔なんだ!良いから君こそ落ち着いてくれ!」

 「っぷ」

 

 先程一度死に、更に死にかけたばかりだと言うのに、必死に争いを止めようとする少年の姿に、凛は毒気を抜かれた様に噴き出した。

 

 「あーあ、バカらしくなっちゃった。間桐君、一旦止めるって事で良いかしら?そっちのセイバーも、マスターの意向に逆らうつもり?」

 「凛、正気か?」

 「あら?アーチャー、貴方あっちの二騎を向こうに回して勝てる?」

 「…………。」

 

 むっすりと黙り込み、霊体化するアーチャー。

 それを見てランサーも槍を消し、慎二に問う様に視線を向ける。

 

 「…あーもう!分かった、分かったよ!ランサー、一旦停戦!衛宮に色々聞きたい事がある!」

 「ふむふむ、友人への説明義務と参戦意思の確認ですか。人が出来てますね慎二。」

 「五月ッ蠅い!余計な事言うな!」

 

 ランサーの揶揄いの言葉に、図星を突かれた慎二が顔を真っ赤にして怒鳴り返す。

 その姿に(これが若さですか…)と、この場で最も年長者らしい感想を抱き、戦闘態勢を解除した。

 

 「えぇっと、セイバー。助けてくれてありがとう。でもさ、一旦話を聞きたいから、家に上がってくれないかな?」

 「……分かりました。私としても三つ巴は避けたい。ですがマスター、後でしっかり話をさせて頂きます。」

 

 一方、士郎は命の危機を助けてもらった恩義もあるが、いきなり現れた美少女の圧倒的剣幕にタジタジだった。

 こうして、前代未聞の三騎士とそのマスターによる話し合いが行われるのだった。

 

 

 ……………

 

 

 衛宮邸の居間、全員分のお茶とお茶菓子が出された後に、士郎は主に凛から聖杯戦争の概要を説明された。

 

 「聖杯戦争、か……。」

 

 話を聞いたのに未だ信じられないとばかりに、士郎は額に手を当てて呻いた。

 

 「正直、慎二と遠坂が魔術師だって事も驚きだけど…。」

 「こっちは衛宮が魔術知ってるって事の方が驚きだよ。」

 

 苦虫を噛み潰した様な顔で慎二が返す。

 まぁ、彼としては妹を任せようと思ってた相手がこんな面倒事が群れ成して襲い掛かってくる神秘の分野に関係しているとあって、マジでどうしようかと頭を痛めていた。

 

 「ま、これで大体事情は飲み込めたわね。後は衛宮君がどうするかだけど…。」

 「あ、それなら参加するぞ。」

 

 おや、と凛が驚きに目を丸くするが、慎二は「あ(察し)」と何かを察知し、目が死んでいく。

 

 「人が沢山いるこの街でそんな事をするなんて見過ごせない。とっとと終わらせるためにも、オレも参加する。」

 

 きっぱりと、断固とした意思の強さを感じさせる声音で士郎は宣言した。

 

 「出たよ、正義の味方ムーブ…。」

 

 その様子に、慎二は諦観の内に壊死した目で色々と思い出す。

 幼馴染と言って良い付き合いの長さから、こうなった士郎が絶ッッッッッッ対に意思を曲げないのを身に染みて分かっているのだ。

 小学時代、捨てられた子猫をイジメる上級生をしばき倒し、里親が見つかるまで市内中を彷徨い歩いた時。

 中学時代、上級生に桜がいじめられた時、慎二が証拠固めてPTAと市の教育委員会に凸する前に、いじめっ子達を逆にぼこぼこにした時。

 高校時代、バイト先で起こった事故で先輩の女性を庇って弓道の試合に出られなかった時。

 そうした誰かを助けるために動く時、この親友は絶対に己を曲げたりはしないのだと、慎二は身を以て知っていた。

 

 「そ。なら今から貴方とは敵同士…って言いたい所だけど」

 

 士郎の宣言に凛もまた一瞬だけ魔術師としての顔となったが、直ぐにそれを霧散させる。

 

 「生憎と、今夜はもう暴れる気は無いの。最後に聖杯戦争の監督役の所まで案内してあげるから、明日からはお互いに敵同士だからね。」 

 「そっか。ありがとうな、慎二も遠坂も。オレ、二人共大好きだぞ。」

 「んなっ!」

 

 その明け透けな言葉に、耐性の無い凛は頬を染め、慣れてる慎二は「またかよ…」とでも言う様に壊死した目の濁り具合が深くなっていく。

 

 「あー遠坂遠坂。こいつ割と天然ジゴロだから、あんまり真に受けるなよ。額面通りに受け取っとけ。」

 「額面って……あーあーそう言う事ね。衛宮君…」

 「何だ?」

 「貴方何時か刺されるわよ。」

 「何でさ?」

 

 さっぱり分かっていない士郎に、凛と慎二が深々と溜息をつく。

 

 「ねぇ間桐君。もしかして桜って…。」

 「あいつ、意外と初心だし、衛宮はこういうの鈍くてさ…。」

 「おぉ、もう……。」

 

 慎二の言葉に妹の報われなさを悟ってしまい、凛は天を仰いで嘆いた。

 ごめんなさいお父様、桜が知らない内に天然男に落とされてて、しかも相手は全然それに気づいてないみたいです。

 姉としてどうしてあげれば良いのでしょうか?

 それとも遠坂らしく不干渉の方が良いんでしょうか?

 天国のお父様お母様、どうすれば良いかさっぱり分からない凛をお許しください。

 

 「……取り敢えず、そろそろ移動しましょうか…。」

 

 個人的な悩みを振り払う様に、凛はこの話し合いの終わりを告げた。

 

 

 

 「粗茶だが。」

 「あ、頂きます。」

 「…………。」 無言で幸せそうに黙々と茶菓子を食べている

 「…私のも貰い給え。」

 「私のも良いですよ。」

 「! ありがとうございます!」

 (ワンちゃんみたいですね。)

 (全然変わってないな…。)

 

 一方、サーヴァント組は平和にお茶菓子を消費していた。

 

 

 ……………

 

 

 時は進み、冬木教会からの帰り道。

 ふと思い出した様に、慎二は話を切り出した。

 

 「なぁ衛宮。お前と僕とで同盟組まないか?」

 「同盟?別に良いけど…。」

 「お前、少しは内容聞いてから返事しろよ…。」

 

 親友の余りの人の良さに、慎二はもう何度目か分からない頭痛を感じた。

 

 「他の連中全部片づけるまで同盟しようって話だ。特にあのキャスターはマスター共々手強いからな。」

 「あー、あれはビックリしたな…。」

 

 心臓を素手で抉ってくるとか、一般的魔術師には絶対出来ない様な事を平然としてくる輩がマスターとか、今次聖杯戦争では間違いなく優勝候補と言える。

 例えイリヤとヘラクレスでも、戦術次第でどうにかしてしまえそうのが実に恐ろしい。

 

 「あら、この場で話すって事は私も口を出して良いのかしら?」

 「寧ろお前にこそ噛んでほしい話だよ。僕としちゃ常に狙撃を警戒するのは心臓に悪すぎる。」

 「そうね。私も常に奇襲を警戒するのは健康に悪そうだもの。」

 

 バチリ、と慎二と凛の間で火花が散る。

 慎二としては校庭での戦いを見る限り、あの近接も行けるキャスターと互角にやり合えるアーチャーが本領である遠距離戦で弱いとは思えない。

 そのため、暫くは自分と親友の身を守るためにも、凛と同盟或は不可侵条約を結んでおきたかった。

 凛としても、先日使い魔で偶然監視していた霊地での戦いとも言えない見事な奇襲をされては対処は難しいと判断していた。

 

 「じゃ、この場の三組で同盟でどうかしら?」

 「良いね。期限はどうする?」

 「あら、決める必要があるの?」

 

 にっこりと、互いに良い笑顔で言い合う二人。

 この同盟はどう考えても他の勢力全部を片付けた瞬間に破棄され、同時にゴングが鳴り響く類のものだった。

 しかも、同盟中も自身の消耗に注意しなければ、下手すると後ろから刺される可能性すらあった。

 

 「そっか。なら三組で同盟だな!これからよろしくな二人共。」

 

 しかし、そんな負の空気など何のその。

 士郎の朗らかな笑みでの言葉に、慎二と凛は一瞬顔を見合わせるも、同時に深々と溜息を吐いた。

 

 「間桐君、苦労してるでしょ?」

 「分かる?いっつも僕が尻拭いなんだよなぁ…。」

 

 げんなりと告げる慎二に、凛が哀れみの視線を向ける。

 あぁこいつこれからも沢山苦労するんだろうなぁ…という意味が込められたそれに、慎二は益々凹んだ。

 

 「? どうしたんだ二人共?」

 「何でもないわよ。じゃ、同盟締結って事で良いかしら?」

 「あぁ、取り敢えず僕の携帯の番号教えておくから、何かあったら連絡してくれ。」

 「あ、オレのも教えておくな。」

 

 内心、学校一の美少女の番号ゲット!とwktkする士郎。

 そんな親友の内心を察して呆れつつ、今後の動きを考える慎二。

 そして、あれ?そう言えば私ってば携帯電話持ってないから家電の番号しか渡せない…と今更ながら思い出す機械音痴の凛。

 各々の内心は兎も角として、一先ず此処に聖杯戦争の半数の主従が同盟を組むと言う他から見れば実に理不尽な事態が発生したのだった。

 

 

 「ねぇ、お話は終わり?」

 

 

 だがしかし、そんな和やかな同盟締結は静かに終わる事はなかった。

 新旧住宅街の境界となる坂道の上に、ソレはいた。

 

 「……………。」

 

 無言で佇んでいるだけなのに伝わる威圧感。

 威風堂々、質実剛健、剛力無双。

 そんな言葉が当て嵌まる様に、その巨漢は三騎のサーヴァントを前にして、一切の怯えを見せずに主の号令を待っていた。

 そして、何か致命的なものに気付いたかの様に、ランサーは口をあんぐりと開けていた。

 

 (慎二、撤退を推奨します。)

 (はぁ?こっちは三騎士だぞ。大物が相手だからって…。)

 (いやあの、先日までなら余裕かませてたんですが、ちょっとヤバいかなって。)

 

 念話での今までにないランサーからの警告に、慎二も流石に危機感が募る。

 

 「遠坂、衛宮。適当に相手しつつ撤退するぞ。倒そうなんて思うな。」

 「は?間桐君、それ本気?」

 「分かった。でも逃がしてくれそうにないぞ。」

 「ランサーがこっちが全滅するって言ってる。逃げに徹するんだ、良いな?」

 

 だが、話が纏まる前に、バーサーカーのマスターが動いた。

 

 「私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。アインツベルンって言えば分かるでしょう?」

 「アインツベルン…!」

 

 凛がその名に警戒を強める。

 聖杯戦争を開催する御三家。

 その中でも最も聖杯戦争のシステムに詳しく、また景品である小聖杯そのものを用意する千年以上続く魔術師の一族。

 こと聖杯戦争に掛ける妄執と言う点では、間桐にも劣らないホムンクルス達。

 

 「じゃぁ殺すね。バーサーカー、特にランサーは念入りにお願い。」

 「承知した、主よ。我が武勇、確と見ているが良い。」

 

 そして、狂戦士であるにも関わらず、理性ある最強の大英雄が骨太な笑みと共に斧剣を握り、構えを取る。

 

 「うん!やっちゃえ、バーサーカー!」

 「オオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオオおおおおおおおおッ!!」

 

 地を揺らす程の咆哮と共に、アスファルトを捲り上げる程の踏み込みで、嘗ての技と知性を取り戻したヘラクレスが突撃してきた。

 

 

 




ヘラクレス「師よ、我が技をご照覧あれ!」
メドゥーサ「帰れください(震え声)」


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FGO編 特異点F その6

 ヘラクレス。

 

 凡そ一般的な教養を持つ者なら、誰しもが一度は聞いた事のある名前だ。

 ギリシャ神話における大英雄、英雄の中の英雄。

 知名度ならペルセウスやアキレウスも負けていないが、殊に実力となれば真っ先に名前の挙がるのが彼だ。

 それ程までに、彼と他の英雄達は隔絶した実力差を持つ。

 主神ゼウスとミケナイ王家のアルクメネ姫の間に生まれた半神半人であり、幼名をアルケイデスと言う。

 英雄の師匠として名高い賢者ケイローンとヘカテーのシビュレを始め、数々の英雄やそれに匹敵する専門家を師匠とし、多くの技と知識を持った彼は万夫不当の大英雄として若くして名を馳せた。

 しかし、彼の本当の人生はその絶頂期から叩き落されてから始まる。

 彼を出生する前から憎んでいた女神達の女王であるヘラによって狂気を吹き込まれ、自身の妻と三人の子、更に自身の甥っ子に当たるイピクレスの子を暖炉に投げ込んで殺してしまった。

 その償いとして、彼はデルポイのアポロンの神殿に赴き、「ミケナイ王エウリュステウスに仕え、十の難行を果たせ」という神託を受け、巫女よりヘラの栄光を意味する「ヘラクレス」の名を与えられ、今日まで知られる名を得た。

 こうして始まった難行に対し、しかし女神ヘラを筆頭に多くの者に妨害を受けた上、他にも数々の冒険に同時進行で参加すると言う他に類を見ない難易度ルナティック処じゃねぇぞと言う目に遭いながらもその全てを武勇と知恵と体力、時に仲間や師匠の助けを借りて潜り抜けたのがヘラクレスと言う男だった。

 

 つまり何が言いたいのかと言うと、こんな奴を敵に回す等、無謀を彼方へと置いて自殺志願でしかないと言う事だ。

 

 

 ……………

 

 

 突撃するヘラクレスの一撃を最初に迎撃したのは、三騎の中で最も筋力に優れるセイバーだった。

 正面から突撃し、振り下ろしてきた斧剣の一撃を、彼女は横薙ぎの斬撃で真っ向から迎撃した。

 そして、当然と言うべきか、一瞬の均衡の後に、まるでピンポン玉の様に弾き飛ばされた。

 彼我のステータスと戦士としての力量差もあるが、何よりの理由はセイバーが自ら跳んだからだ。

 

 (下がらなければやられていたッ!)

 

 未来予知の領域に当たるAランクの直感スキル。

 もしあのまま戦っていたら、彼女は数合の後に殺されていた。

 だが、今はまだ一瞬生き永らえただけに過ぎない。

 跳んだセイバーをそれ以上の速度で追撃して止めを刺そうとするヘラクレスに、瞬時に得意な距離を取ったアーチャーの矢の援護が降り注ぐ。

 その全てがヘラクレスをして見事と言わしめる程の命中精度であり、そのまま直進すれば確実に全身に命中し、避ければ後ろの主に危害が及ぶかもしれない。

 故にヘラクレスはその全ての矢を迎撃した。

 17の矢を叩き、斬り捨て、受け流し、最後の1矢はアーチャー目掛け打ち返す。

 その出鱈目な反撃に驚愕しつつも、カウンタースナイプ等は戦場ではそう珍しくない。

 アーチャーは迷いなく追加の矢で以て反撃の1矢を迎撃し、更に追加をお見舞いする。

 追加された射撃へと対処する間隙、左右から復帰したセイバーとセイバーの負傷を治療したランサーがヘラクレスへと仕掛ける。

 既に敵がこちらの想像を遥かに上回る怪物である事は分かった。

 であれば、何としても此処で討ち果たす。

 決意を固め、セイバーが魔力放出で加速し、ヘラクレスの右側から不可視の剣で仕掛ける。

 ランサーは激しく帰りたいと思いつつルーン魔術を発動、一時的なステータス向上により更に強化された敏捷性を活かし、生前の弟子の一人へと切り掛かる。

 

 「成程。我が師は当然として、他二騎も見事だ。」

 

 だが、大英雄は崩れない。

 元々ランサーの槍はB、セイバーの風王結界もCランク宝具だ。

 それではヘラクレスが唯一持ってきた宝具である「十二の試練」の防御を破る事は出来ない。

 そして、それ以上にこの大英雄へと刃を当てる事が出来ないでいるという事実。

 

 「ッ、ハァァァァァァァ!!」

 

 戦況を変えようとセイバーが咆哮と共に、ヘラクレスの斧剣の間合いのより内側、武器の振り辛い肉弾戦の距離へと入り、下からの切り上げでその胸元を狙う。

 二人の倍近い体格差もあり、それは一見有効そうな手に見えた。

 

 「甘い。」

 「ガハ……ッ!?」

 

 だがしかし、この大英雄の最大の武器は鋼よりも遥かに鍛え上げられた己の肉体なのだ。

 セイバーの選択を失策と言うかの様に、大英雄はあっさりと己の唯一の得物を手放し、身軽になった瞬間にセイバーへと蹴りを叩き込み吹き飛ばす。

 まさか己の風の刃を素手で防ぎ、剰えカウンターで意表を突かれ、肺の中の空気を無理矢理追い出されたセイバーは、ほんの刹那とは言え行動不能に陥る。

 続く振り下ろしの拳で、間違いなく彼女は脱落するだろう。

 

 「私を忘れてませんか?」

 「無論、覚えているとも。」

 

 セイバーへと意識を割けば、その間隙を突く様にランサーの死の刃が突き入れられる。

 もし一対一となれば確実に敗れる。

 それを心底分かっているが故に、彼女は決してセイバーを見捨てない、見捨てられない。

 故にこそカバーに入るその瞬間、意表を突く形でヘラクレスはその拳の矛先を死の槍へと向ける。

 

 「オオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 ラッシュラッシュラッシュ!

 槍と言う長柄の武器の内側へとその巨体で素早く入り込み、有無を言わさぬ連打を加える。

 その一打一打が超音速のソレ、戦艦の主砲が如き威力を持つ。

 だが、ランサーもまた長きを生きる女神にして英雄である。

 

 「伊達に長生きはしていません。」

 

 彼女もまた槍を捨て、己が身体のみで砲弾の嵐へと身を晒す。

 余波だけでも挽肉必至のその拳の雨に、しかし彼女は動じない。

 ルーン魔術による風除けの加護で余波に対処しつつ、拳そのものへの対処は簡単なものだった。

 逸らし、躱す。

 ただそれだけを繰り返す。

 ギリシャ神話、否、下手すると宇宙最大の剛力無双の大英雄を相手に、あのヘラクレスの拳の雨と言う瀑布が如き激流を前にして、積み重ね続けた鍛錬による護身で以て相対する。

 

 「ぬぅん!!」

 

 連打が効かぬなら一撃で。

 そんな意思を拳に込め、地を這う程の低軌道からのアッパーがランサー目掛け放たれる。

 風除けの加護故に辛うじて風圧で吹き飛ばされないものの、その威力たるや既に対軍宝具の領域にある。

 

 「隙アリです。」

 

 だが、そんな見え見えの拳が当たる訳もなく、況してや利用されない訳が無い。

 

 「がッ!?」

 

 一体如何なる技巧か魔技か、ヘラクレスのアッパーはランサーの繊手によって撫で上げられる様に軌道を変えられ、そのまま彼の顎へと突き刺さった。

 次いで、師の足刀の切っ先が己の足の間に向けて放たれたのを経験則的に察知したヘラクレスはちゃっかり斧剣を回収しつつ、瞬時にその場を飛び退って距離を取った。

 例え宝具で大丈夫だとは言っても、男の本能として嫌だったのだ。

 

 「流石にソレは無しにしてほしいのだが…。」

 「貴方相手に手加減出来る程強くは無いのですよ。」

 

 冷や汗を拭いつつの抗議に、ランサーはごっそりと肉の削げた掌を見せながら言い返す。

 如何に彼女でも戦艦の主砲並のヘラクレスの連打を凌ぐには身を削るしかなかった。

 手を当て、僅かに押して軌道を変えるだけで、彼女の掌の肉は何の抵抗もなく擦り減り、骨すら見えていた。

 

 「にしても、腕を上げましたね、アルケイデス。」

 

 手の傷を治療しながら、弟子の努力をランサーは褒める。

 本当に此処まで強くならなくてよかったんだよ?(白目)と思いながら。

 

 「貴方と別れた後も鍛錬は欠かさなかった。」

 

 嘗て最後の戦いを共にした師であり戦友に向け、ヘラクレスは胸を張る。

 嘗ては与えられるばかりで、最後の最後も結局この師から与えられて生き永らえたヘラクレスにとって、彼女はもう一人の師匠と共に決して頭の上がらない、尊敬の念の絶えない数少ない人物だった。

 

 「とは言え、貴女相手にやはり手加減は出来ん。悪いがそろそろ獲らせてもらおう。」

 「私としてはもう少しのんびり現世観光をしたいのですが…。」

 

 最初を除けば、此処に来てずっと無構えで片手持ちだったヘラクレスが両手に剣を構えた。

 それだけで、その場にいた者達の全身が総毛立つ。

 魔力を用いなくとも分かる、アレはあの大英雄の奥の手だと。

 復帰していたセイバーも、遠間から事態を見守るアーチャーも、固唾を飲みつつ自身も何時でも宝具を解放できるように魔力を巡らせる。

 それをするだけの脅威を、あの構え一つに感じていたのだ。

 「射殺す百頭」。 

 あらゆる武器で以て放たれる、ヘラクレス独自の流派の構えだった。

 

 「では行くぞ。是非凌いでほしい。」

 「年寄りに無茶苦茶言いますね、本当に。」

 

 それに対し、ランサーは姿勢をまるでクラウチングスタートによく似た独特なものへと変える。

 影の国にて、友人である女性からランサーが習ったソレはあの光の御子クー・フーリンも得意とする鮭跳びの術の前段階だ。 

 

 「『射殺す』…」

 「『捩じ穿つ』…」

 

 神速の領域の踏み込みと飛翔にすら見える跳躍はほぼ同時。

 

 「『百頭』ッ!!」

 「『死翔の棘』ッ!!」

 

 対軍投擲と対城にも匹敵する超高速九連撃。

 その衝突に、周囲を閃光と轟音が包み込んだ。 

 

 

 

 




 ヘラクレス(狂)のステータス(理性無し→有り)
 筋力A+→A 耐久A+→A 敏捷A→B 魔力A→A 幸運B→A 宝具A
 狂化C→D

 宝具 十二の試練
 宝具相当 射殺す百頭 多重次元斬撃(多重存在斬撃と事象崩壊斬撃の二種)

 なお、威力だけなら単に全力でぶん殴るか斬った方が高い模様


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FGO編 特異点F その7

 『――――バーサーカーは、強いね――――。』

 

 あの雪の日々を覚えている。

 若き日の様に狂気を付与されながら、しかし己の意思を保ちながら、己は何も出来なかった。

 守るべき少女を獣から守ろうとすれば、否、己が存在するだけで少女を傷つけ、血を流させる。

 その矛盾への憤りを、訓練のために放たれた獣へと咆哮と共に叩き付ける。

 静かになり、純白の中に鮮血の散った雪原で、少女は傍らに立つ己を見上げてそう言った。

 そうとも。

 君の召喚した従者たる己は、最強の英雄だ。

 だがしかし、今の己では生前程に強くはない。

 

 『流石に理性無くともヘラクレス、ですか。』

 

 生前の最も偉大な二人の師、その中でも己に多くを託して散った人が今度は敵として現れた。

 そして、良い様にあしらわれてしまった。

 当然だ。

 あの人は己の師匠であり、あの大魔獣に二人で立ち向かった相棒なのだ。

 理性を無くした己では、あの人を捉える事は不可能に近い。

 

 『――――バーサーカーは、強いんだから。』

 

 師匠と交戦した後、戻った城で己に抱き着きながら悔し気に呟く少女に、巨大な不甲斐無さを感じる。

 違う、違うのだ。

 本来の己なら、あんな無様は晒さない。

 本当の己なら、少女を慰める事も出来るのだ。

 本来の己なら……嘗ての願いを叶えられるのに。

 

 『………れい……じゅ………。』

 『え?』

 

 だからこそ、渾身の力で狂気へと抗った。 

 令呪、それは魔法の領域にすら届く三回限りの契約の証。

 これを伝えれば、己は今度こそ正しく少女を守る従者となり、先立ってしまった師に己の研鑚を報告する事が出来るのだ。

 

 『…! さっきのランサーが言ってた事!』

 

 思った通りに少女は聡く、正しい解答へと辿り着いた。

 

 『バーサーカー……。』

 

 しかし、そこに至ったが故に、少女は気弱な様子で問いかけてきた。

 

 『理性が戻っても、私の傍にいてくれる…?』 

 

 親も、兄弟も、友もなく。

 たった一人孤独に雪の城の中で過ごしていた少女は不安げに問い掛けてきた。

 

 『………。』

 『わ!』

 

 膝を突き、目線を合わせ、決して傷つけない様に細心の注意を払ってその柔らかな髪を撫でる。

 そして目で己の意思を伝える。

 己は決して貴女から離れず、貴方を守り続けると。

 

 『うん!これからも一緒にいようね!』

 

 己の意図は正しく伝わり、少女は安心した様に破顔した。

 

 『イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが令呪を以て我が従者に告げます…。』

 

 『バーサーカー!理性を取り戻して!』

 

 『もう一回!バーサーカー、本当の貴方に戻って!』

 

 こうして、己の中から狂気は払われたのだ。

 

 

 『サーヴァント・バーサーカー。ヘラクレスだ。これより貴女の従者となり、共に歩む事を誓おう。』

 

 

 ……………

 

 

 魔槍ゲイ・ボルク。

 名称がゲイ・ボルガ、ゲイ・ブルグ、ゲイ・ブルガと幾つもあり、それを表す様に幾つも存在する。

 その多くはクー・フーリンの師匠たるスカサハが所持している様に、特定の宝具を指す言葉ではない。

 元々は紅海の魔獣又は怪魚、波濤の獣と言われるグリードとコインヘンが戦い、負けたグリードの頭骨が浜辺に打ち上げられ、それが紆余曲折を経てスカサハと次いでアイフェの下へと渡り、この二人が武器へと加工したものだった。

 そのため、ゲイ・ボルグはゲイ・アイフェとも呼称される。

 

 そしてもう一つ、そもそも武器ではなく足を用いた独特な投擲方法とされるものだ。

 この投擲方法を用いた際、投げれば30もの鏃となって敵軍へと降り注ぎ、必ず命中し、対象に様々な呪いを与えて死滅させると言う。

 とは言え、刺してもほぼ同じ効果が出るため、やはり槍の名称が一般的と考えられる。

 この後者の方をこそ、嘗てメドゥーサは友人関係となったスカサハに学び、鮭飛びの術と言われる極めて高度な跳躍術と共に身に着けた。

 そして、宝具の真名解放とは別に原作でもクー・フーリンがそうした様に、鮭飛びの術とこの投擲方法の合わせ技により、単なる投擲でありながら対軍級の火力を魔力消費無しに出す事が可能となった。

 

 だがしかし、相手が悪すぎた。

 

 

 ……………

 

 

 「『射殺す百頭』―――ッ!」 

 

 射殺す百頭。

 それはヘラクレスが不死にして無限に増殖するヒュドラを相手に編み出した技を切っ掛けとした武術の総称である。

 例えどんな武器であっても放つ事の出来る彼固有の奥義であり、弓以外なら超高速の9連撃となり、弓で放てば対竜属性を帯びた追尾式レーザーに似た代物となる。

 そして、今現在の彼が使っているのは己を讃える神殿の柱となっていた巨大な斧剣である。

 即ち、放たれるのは超高速9連斬撃。

 それを上回る速さは最早完全同時の第二魔法の領域でしか有り得ない。

 加えて、宇宙最大の剛力無双の放つこの技は、一太刀一太刀がビルを両断し、城壁を貫き、山肌を抉り、地形を簡単に変えてしまう。

 そして、今回放たれたのは一撃一撃が対軍程度に加減された代物だった。

 

 「まぁこうなりますよね…。」

 

 強く諦観を滲ませた言葉と共に、己の投擲の威力が完全に掻き消され、未だ落下中の自身に向かってくる剣圧へと呑まれていく。

 

 「では、任せましたよ。」

 

 そして、ポンと軽い音と共に、ランサーは何の痕跡も残さず消えた。

 

 「いや、まだだ。」

 

 それを見届けながら一切の油断なく、ヘラクレスは上へと向けていた視線を下に向ける。

 そこには地面に描かれたルーン文字、それらを起点に構成された十重二十重の封印結界。

 魔術だけでなく陣地作成スキルまで併用する事で作成された極めて強固な結界が、ヘラクレスを捕えていた。

 

 「『虚・千山斬り拓く翠の地平と万海灼き祓う暁の水平』ッ!!」

 

 イガリマ&シュルシャガナ。

 そして、意識を足元へと向けていたヘラクレスの頭上からはメソポタミア神話における戦神たるザババの持つ巨大な二振りの剣が突如現れ、ヘラクレスを圧死させんと落下する。

 対魔力の低い者なら動く事もままならず、更に言えば筋力C以下なら問答無用で拘束してしまえるだけの高性能な結界と山すら切り崩す巨大な双剣の合わせ技。

 凡百の英霊なら、この時点で絶望し、死んでいく。

 しかし、相手はヘラクレスである。

 

 「ぬぅん!」

 

 ただ身体に力を込めた。

 それだけで結界が内側から弾け飛んだ。

 

 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 迫り来る二振りの巨剣、それを大英雄は咆哮と共に『全力』で殴り飛ばし、木っ端微塵にしてしまう。

 

 「えぇ、貴方ならそうすると思ってました。」

 

 そして、何時の間にか消えていた筈のランサーが再び現れていた。

 二種の縮地に多重召喚スキルの恩恵である気配遮断、そしてもう一つの切り札で今の今まで隠れていたのだ。

 

 「さぁ、お膳立てはしましたよ。」

 「助かりました、ランサー。」

 

 そして、準備は整った。

 戦闘と同時に移動し、人気の無い外人墓地にまで誘導し、更に街へと被害の出ない射線を確保、更にその射線上にヘラクレスとイリヤスフィールを配置する。

 これだけのために、今までランサーは無茶をし続けたのだ。

 

 (全く、慎二に凛と士郎への指示を頼んで正解でした。)

 

 こういう咄嗟の連携を行う時、念話と言うものは実に便利である。

 まぁセイバーに関してはまともに契約を結べていないので、自分が隠れながら直接伝えたのだが。

 現状、ヘラクレスの守りを突破するにはセイバーの聖剣が最も有効であり、更に言えば一度直撃すれば複数の命のストックを確実に持って行ってくれる。

 止め役としてはこれ以上ないだろう

 

 「『約束された』…」

 「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…ッ!!」

 

 セイバーの手の中、風の鞘から解放された聖剣に光が収束していく。

 あの剣こそ正に最強の聖剣。

 人の祈りの象徴、この星の最終防衛兵器、最強の幻想。

 

 「『勝利の剣』―――ッ!!!」

 

 その威力たるや、破格のランクA++の対城宝具。

 一撃で城を、魔獣を、軍勢の篭もる砦を滅相する殲滅兵器。

 

 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 直撃すれば全ての命を間違いなく消費し切るであろう聖剣の光の。

 だが、その程度は見飽きているとヘラクレスは咆哮する。

 この程度など何するものぞ。

 決して後ろには通さない。

 何故ならば、自分は従者であり、後ろの彼女は主なのだから

 斧剣に魔力を巡らせ、渾身の力と共に激流となった大河が如き極光の奔流を、しかし正面から斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!と切り裂き、穿ち、砕き、細分化し、散らしていく。

 1秒で7の斬撃を。

 3秒で23の斬撃を。

 5秒で37の斬撃を。

 その一撃一撃が対軍を超え、対城の領域に届こうかという程の大斬撃。

 大都市すら灰塵にし得る連撃に次ぐ連撃に、7秒も経つ頃には聖剣の威力は完全に相殺されていた。

 ものの5秒程の極光は、しかしセイバーとヘラクレスを結ぶ直線を除けば驚く程に周囲へと何も被害を与えずにただ無為に消えていた。

 

 「馬鹿な……。」

 

 セイバーは勿論、アーチャーすらあんぐりと口を開き、呆然としてしまう。

 個人が振るえる火力としては凡そ最上級と言って良い聖剣の光が、ただ一人の英霊の武技によって対応されてしまったのだ。

 それは負けず嫌いの常勝の騎士王から見ても、明確過ぎる敗北だった。

 

 「ふぅぅ……ふぅぅぅ………ッ!」

 

 だが、ヘラクレスもまた消耗していた。

 全身の筋肉は赤く染まって蒸気を立ち昇らせ、呼吸は乱れに乱れ、斧剣は刃毀れしている。

 だがしかし、それだけだ。

 最強の幻想を前にして、この大英雄は宝具に頼らずに己の力量のみで正面から凌ぎ切ったのだ。

 

 「なんて、化け物…。」

 

 呆然と呟く凛に、しかしランサーは動じずに何時の間にか回収していた槍を油断なく構える。

 まぁこれ位やるよね(遠い目)、と大魔獣の対界宝具級のブレスを前にしても更に前に出たヘラクレスなら当然だと言う風に納得していた。

 

 「見事、見事だ。まさか此処まで追い込まれるとは思わなかった。」

 

 生涯においてほぼ無敗であった大英雄は心底嬉しそうに、此処まで自分を梃子摺らせた英雄達を称賛した。

 

 「聖剣の騎士王に名も知れぬ弓兵、そして我が師。此度の召喚、実に実りあるものだ。」

 

 故に、だからこそ。

 

 「今宵これで終わると思うと、実に残念だ。」 

 

 ズン、と。

 物理的な圧力に感じられる程の殺気が空間に満ちる。

 此処からはもう楽しむ事はしない、本気で殺しにかかる。

 そう殺気を以て語り掛ける。

 

 「慎二、凛と士郎と共に全力で教会まで逃げて下さい。時間稼ぎ程度は出来ますので。」

 「……すまん、頼んだ。」

 「ちょ、慎二!?」

 「衛宮、夢を叶える事も出来ず、桜や藤村を残したまま死にたいか?」

 「ッ!?」

 「私も賛成。アーチャー、後はお願いね。」

 

 魔術師としての教養と知識のあるマスター達は素早く撤退を決断した。

 当然の事だった。

 彼らは皆生者であり、生前の無念や召喚者との縁のみでこの時代に存在するサーヴァントとは異なる。

 まぁ騎士王や鮮血の伯爵夫人の様な例外はいるものの、基本的に彼らは生者の方を優先する傾向にあるが。

 それは兎も角、彼らにはこのまま死ぬ事は断じて出来ないと思う程度には柵があるのだ。

 

 「申し訳ありません、シロウ。誓いを立てておきながらこの有り様です。貴方も二人と一緒に逃げて下さい。」

 「セイバー……。」

 

 別れを告げるセイバーに複雑そうな視線を向ける士郎。

 ほんの数刻程度の関係だが、それでも彼女が善性の存在である事を士郎は疑わない。

 だからこそ、こんな形での別れは嫌だった。

 

 「別れは済ませたな。では……。」

 「えぇ、では……。」

 

 ギシリ、と先程も見せた様にランサーとヘラクレスが前傾姿勢を取る。

 連携の形としては、時間稼ぎを優先するために、ランサーがメインで純粋な前衛であり、タンク兼アタッカーがセイバー、後衛がアーチャーなのが理想形だろう。

 無論、10秒もあればヘラクレスならば既に見抜いているアーチャーの潜伏場所まで直ぐに走破出来るため、油断は禁物だが。

 そして、

 

 「「シッ!」」

 

 師弟は仲良く事態を安心して観戦していたイリヤスフィール目掛けて己の得物を投擲した。

 

 「ぐぎゃあ嗚呼アア!?」

 「きゃぁ!?」

 

 そして、冥府の槍と斧剣はほぼ同時にイリヤスフィールの背後から忍び寄っていた痩身の黒尽くめへと命中し、威力余ってその上半身と下半身を泣き別れさせた。

 

 「な、アサシン!?」

 

 まぁ住宅街の只中で遭遇して移動しながら戦闘していれば、そりゃー発見されるだろう。

 そして三騎士対最強の狂戦士が戦いに熱中しているとなれば、それはバトルロイヤルと言う聖杯戦争の形式上、介入するには絶好のチャンスだ。

 特に正面戦闘ではなく暗殺に秀でたアサシンであれば尚の事。

 

 「見事な隠形だが、色を出し過ぎたな。」

 「申し訳ありませんが、周囲にはルーンでの結界を敷いていますので、初めから気づいてました。」

 

 それでも二人は偵察に徹するのなら見逃す事にしていたのだ。

 逃すと面倒だが、目の前の相手への警戒こそが最優先だと。

 だが、アサシンかそのマスターかは知らないが、彼らは欲を出し、イリヤを殺そうとした。

 そして、その視線や殺気に気付かない程、大英雄は鈍くはない。

 

 「邪魔が入りましたねぇ…。」

 「ぬぅぅぅ……致し方ない。マスター、今宵はここまでにしよう。」

 

 だが、それが契機となったのか、ギリシャ大英雄組のやる気がすっかり霧散してしまった。

 

 「ちょっと!何勝手に決めてるの!」

 「イリヤよ、我が師は不利でありながら君を気遣い守ろうとしたのだ。此処で彼らを討てば悪の誹りは免れん。それに、どうせだからこの街を観光してからでも遅くあるまい。道中での甘味も美味かった事だし、な?」

 「うぅぅ~~~~!」

 

 私情と義理の言葉に、納得は出来なくとも理解は出来るイリヤは唸りを上げる。

 まるで幼子をあやす父親の様なヘラクレスは穏やかな目で主人の判断を待つ。

 まぁ彼の生前を思えば、イリヤは孫位の年齢なので当然と言えば当然なのだが。

 

 「もう!レディの買い物は大変なんだからね!ちゃんと付き合ってね!」

 「無論だとも。」

 「バーサーカーが一番だって証明も出来たし……じゃーねお兄ちゃん達!次は見逃さないからねー!」

 

 そうして、今次聖杯戦争最強の主従はあっさりと帰っていったのだった。

 

 「………何とか生き延びられましたね。」

 

 げんなりと疲労感を隠す事なく、絶句する一同を余所にランサーが呟いた。

 

 「……取り敢えず、衛宮邸まで帰って朝まで休みましょう。情報共有とか今後の方針は起きてからと言う事で。」

 

 合流したアーチャー含む全員が無言で頷く。

 誰だってそう思うオレだってそう思う。

 この状態から休息無しで奮起するのってそれこそバーサーカーでも無理だと思う。

 え、婦長?あれは例外でお願いします。

 

 「やる事が山程増えましたねぇ……。」

 

 うふふふふふふ…と遠い目になりながら、その場の6人は疲労困憊の身体を引き摺る様に衛宮邸へととぼとぼと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (あ、慎二。明日か明後日にでも桜の身体を治すので、準備とか色々お願いします。)

 (ファッ!?)

 

 

 

 




ヘラクレス(これを機に人並みの生活をしてほしい。後、出来ればご両親の墓参りとかもさせてあげたい。)

大英雄の良心に救われたお話でした。


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FGO編 特異点F その8

 翌日の朝、衛宮邸の面々は死屍累々ながらも何とか起き出した。

 アーチャーには切嗣の着流しが貸され、セイバーにはアーチャーが昨夜の内に取りに行かされた凛のお古を、そしてランサーは先日調達した私服姿と言う現代に即した格好となり、朝食を摂る事となった。

 途中、キッチンを占拠していた赤い執事と紫の料理の鉄人に驚いた桜の悲鳴が早朝の衛宮邸に木霊したが、ものの10分程で打ち解けたのは完全な余談だろう。

 更に食事途中で乱入してきて騒ぎまくる冬木の虎も口八丁で丸め込みつつ、朝食らしくシンプルながらも素晴らし過ぎる料理(ランクEX)で沈黙させて、関係者一同はそれぞれ感動を表しつつ朝食を完食した。

 

 「で、ランサーはあのバーサーカーと親しいの?」

 

 朝食も終わり、お茶を淹れた後は情報交換である。

 桜を朝練に送り出した後、関係者のみとなった衛宮邸の居間にて、詰問する様に凛がランサーに問うた。

 否、真実これは詰問なのだろう。

 英霊にとって、自身の真名を知られる事は自身の氏素性のみならずスペックまで完全に詳らかにされる事を意味する。

 明確な弱点を持った英霊にとっては、それは致命傷に等しくもあり、例え同盟相手と言えどおいそれと訊いて良い事ではない。

 だが、それを押してでもあの怪物を倒すためには情報が必要だった。

 

 「えぇ、まぁ。私の弟子の一人ですし、共に戦った戦友でもあります。」

 

 にこりと、何の衒いもなくランサーが言う。

 元より明確な弱点を持たない彼女にとって、真名を知られる事は痛くはない。

 

 「慎二?」

 「仕方ないな。言って良いぞ。」

 

 とは言え、通すべき筋はあるので、仮マスターへと声をかける。

 すると、彼にとっても想定通りであったらしく、あっさりと許可が下りる。

 

 「私の英霊としての名はヘカテーのシビュレ。女神としての名をメドゥーサ。怪物としてはゴルゴーン。形無き島に生まれた三女神の末妹です。」

 

 そして、紫の髪の乙女、その起源となった者です。

 そう告げるランサーに、凛が目の色を変える。

 多くの神話で従者と共にある彼女達は常に英雄や困難に挑む者達の傍にあり、彼らに知識・技・助言を与えてサポートし、時に共に戦場に立つ事すらあったと言う。

 つまり、窮地に陥った各神話の英雄達に助言や手助けできる程の知識と実力を持った存在であると言う事だ。

 

 「そしてあのバーサーカーはギリシャ神話最大の英雄。あらゆる難行を踏破し、遂には星座となって神々に列席された益荒男。英雄の中の英雄。ヘラクレスです。」

 「馬っっっっっっ鹿じゃないのッ!?」

 

 余りのビッグネームに凛はちゃぶ台をひっくり返す勢いで咆哮した。

 というか、余りの大声に士郎と慎二は鼓膜を揺さぶられて悶絶した。

 アーチャーとランサーは耳を塞いで無事、耐久値がこの場で最も高いセイバーは平然としながら茶菓子を味わっていた。

 

 「んな超弩級の大英霊呼んだらそりゃ強いわよ!しかも何!?バーサーカーなのに理性あるとかどういう事よ!ルール違反じゃないの綺礼ーー!!」

 

 余りの非常識と言うか絶望に、凛は興奮のまま立ち上がり、テーブルの上にはしたなくも足をズンを置いて喚き叫ぶ。

 きっと愉悦神父が見たら爆笑するだろう優雅さの欠片もない醜態を晒す凛に、慎二はしかし哀れみすら抱いた。

 完全な相性召喚で大英雄の師匠(しかもチート気味)を呼べた自分らは余り人の事をとやかく言えないが、相手がヘラクレスとかふざけんな!と言いたいのは一緒だ。

 なお、士郎は学校のマドンナの素の荒れ狂う姿に夢を砕かれていた。

 

 「まぁバーサーカーで呼んだせいで宝具は『十二の試練』しか持ってきていませんでしたし、以前あった時よりもステータスが低下していましたから、恐らく令呪を用いて理性を取り戻させたのでしょう。」

 「つまり、これ以上強くならないってことね!?」

 「いえ、まだ使ってない奥義もありましたから、あれより上はあります。」

 「どないせっちゅーんじゃぁァァァァぁァァァァ!?!」

 

 限界まで仰け反りながら頭を抱えて荒ぶる凛に対し、しかし止める術は無かった。

 だって、頭抱えてるのは全員同じなんだもん。

 

 「で、その『十二の試練』の効果は?」

 「12回の蘇生魔術の重ね掛けです。後、Bランク以下の攻撃の無効化及び一度死ぬとそれを突破した攻撃に対して耐性を獲得します。」

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――ッッ!!!!」

 

 そろそろ人間止めるんじゃね?と言う位に暴走を開始した凛を余所に、士郎は素人らしく素朴な質問をした。

 

 「じゃぁ、どうやれば勝てるんだ?」

 「セイバーの聖剣を直撃させる事、それしか活路はありません。」

 

 ランサー曰く、耐性の獲得は一度死なねば出来ないとの事。

 なので、セイバーの聖剣のような対城宝具ならば、耐性の獲得を許さぬ内に一撃で複数の命のストックを持っていく事が出来る。

 

 「現状、我々の宝具で確実に過半を持っていく事が出来るのはセイバーの聖剣のみです。」

 「ですが、私は現状魔力不足の上、あのヘラクレスは聖剣の一撃すら凌ぎ切りました。聖剣の最大出力は使えないし、簡単に直撃させられるとは思わないで頂きたい。」

 

 ランサーの言葉に、しかしセイバーは凛々しい表情で厳しい現実を突き付ける。

 ヘラクレス。

 大英雄の圧倒的なまでのステータスと天才的な技量は、昨夜に嫌となる程に見せつけられた。

 ……が、それを言うセイバーの頬には茶菓子の食べかすが付いていて、凛々しさどころか可愛らしさしか感じられなかったが。

 

 「えぇ。ですので、二人には正式にパスを結んでもらおうかと。」

 「パスって…えぇっと…。」

 

 そこまで言って、荒ぶっていた凛が正気に戻り、顔を赤くして沈黙した。

 まぁ素人と本職じゃない者がパスを結ぶ方法なんて古今東西一つしかないから仕方ないネ。

 

 「後で適当に注射器っぽいものでも作って、士郎の血液をセイバーに飲んでもらいましょう。後、回路はあるけど開き切っていないので、そちらは凛に開いてもらうとして……凛? どうかしましたか?」

 「ひゃい!?そそそうよね!体液交換って言ってもそれでも出来るわよね!」

 

 その遣り取りに頭を傾げ、疑問符を出すセイバー主従を余所に、慎二は猫を絶滅させる程に分厚い皮を被っている知り合いの在り得ない位初心な醜態に頭を痛めた。

 お前、そんなんじゃ将来逆ハニトラに引っかかるぞ、と。

 

 「ではそう言う事で。あぁ慎二も献血をお願いしますね。昨夜は流石に魔力を使い過ぎました。」

 「あぁ分かった。」

 

 基本的に霊地からの供給頼りとは言え、昨夜の魔力消費分を回復するには2日はかかるだろう。

 慎二の血液は僅かしか魔力へと変換できないが、その僅かを気にしなければならない程度には消耗していた。

 まぁ、桜を治療して魔力供給が始まれば、それこそ現状の倍以上の魔力供給に加え、偽臣の書に使っていない残り二画の令呪も使用可能となるので、今回限りとなるだろうが。

 

 「そう言えばランサー、あのバーサーカーの剣技を食らった時、確かに死んだと思ったんだけどどうやって避けたんだ?」

 「あれですか?別に避けた訳ではありませんよ。」

 

 士郎の不意の問い掛けに、ランサーはあっさりと答えた。

 

 「私はギリシャを始め、北欧にケルト、インドに中国と各神話へと関わりがありますからね。その分多くの引き出しがある訳です。あれはその内の一つです。」

 

 そして、ランサーは何処から出したのか眼鏡をかけて解説を始めた。

 

 「特に私が多用しているのは詠唱を簡単に破棄できる汎用性の高いルーン魔術。高速接近に離脱、緊急回避を可能とする体術と仙術の縮地。そしてコレです。」

 

 ぴん、とランサーがその美しい薄紫の髪の毛を一つ抜くと、ふぅ…とそれに息を吹きかけて飛ばす。

 すると、その髪の毛は瞬く間に膨らみ、メドゥーサ本人と瓜二つの姿となったのだ。

 

 「「これぞ花果山の主たる美猴王、斉天大聖孫悟空の習得した数多の仙術の一つである『身外身の術』。所謂分身の術です。」」

 「「「「「 」」」」」

 

 分身と本体合わせ、全く同じ口調と仕草で説明してみせるランサーに一同が唖然とする。

 日本人なら誰もが知る西遊記の大英雄たる石猿、孫悟空。

 彼の持つ数多の仙術の中でも特にチートとされる術に、一同は驚きを隠せなかった。

 

 「とは言え、私では使いこなせなくて更に変化させるとはいきませんし、割と衝撃にも弱いです。」

 「まぁそれでも十分便利ですし、魔力さえあれば数の不利を覆す事も出来ます。」

 「ただ問題は」

 「増えた分だけ魔力消費が倍化するんですよね。」

 

 当然とはいえ、全く同じ容姿の同一人物が左右交互に話す様は実にシュールだが、言っている事はかなり重要だ。

 まぁ軍勢連続召喚系の宝具よりは燃費は良いだろうが。

 そして、ポンと言う軽い音と共に、ランサーの分身は消えた。

 

 「と言う訳で、魔力さえあればこれで人海戦術を取ってヘラクレスを拘束しようかと。」

 「成程。これさえあれば私が聖剣を直撃させるだけの隙を作れる訳ですね。」

 

 納得した様にセイバーは頷く。

 そして内心で思うのだ。

 あぁ、こんな部下が生前にいてくれたらそれはそれは便利だったろうなぁ…と。

 だって一人なのに使い減りしない処か増える上に超優秀で人格も問題無しとかそりゃ伝承よろしく確保するために大勢に追われるわ。

 

 「さて、話す事はまだまだありますよ。」

 

 そう言って、ランサーの軌道修正に乗って、今後に向けた話し合いは進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 なお、殆ど沈黙していたアーチャーはお茶汲み係に専念していた。 

 

 

 




身外身の術C…仙術の一種。生前、蟠桃酒とツマミセットで孫悟空から習得した。
       自身の髪の毛を媒体に分身を作成する。
       本家は更に分身が仙術の使用や変身等も行うが、メドゥーサ本人はそこまでは出来ない。
       専ら自身の身代わりに使い、魔力に余裕のある場合は一人人海戦術を行う。
       一体増やす毎に魔力消費が倍化するため、使い処を限定する必要がある。

 FGO的効果:自身に回避状態(3回)を付与+攻撃力をUP(3T)


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FGO編 特異点F その9 微修正

 「では、今後の戦略としては戦力増強を最優先にしつつ、副目標として可能ならキャスターの撃破。もしバーサーカーに遭遇しても決して戦闘せずに撤退。以上でよろしいですね?」

 「「「異議なし。」」」

 

 斯くして、方針は決定した。

 キャスターに関してはあくまで可能ならばと付くのは、彼の真名がクー・フーリンだからだ。

 殊に彼は撤退戦や追撃戦、そしてゲリラ戦を得意とし、更に言えば極端に生き汚い。

 伝承でも奪われたゲイボルグの投擲で腹を破かれ臓物を零したのに、零れた臓物を川で洗って腹に納めて傷を縫った後、片手片足を無くしても自身を石柱に括りつけて死ぬまで戦ったとか言う「お前本当に人類か?」と言われる程度にはカッ飛んだ英霊なのだ。

 そんな彼をよく表すのが「ケルト版ヘラクレス」。

 例えキャスターの霊基で呼ばれていたとしても、一対一では対魔力を持ったセイバーすら討ち取られかねないのだ。

 しかも、そのマスターも腕っぷしに長けているとなれば、一対一の状況は悪戯にマスターを危険に晒すだけとなる。

 

 「では士郎は凛から講義を受けて下さい。私は注射器の作成と結界の作成を行いますので。」

 「私とアーチャーはどうしますか?」

 「セイバーは可能な限り魔力の節約を。アーチャーは……その変わった魔術で使えそうなものを作っておいてください。」

 「承知した。が……何時気付いたのかね?」

 「弓矢が全部ミリ単位で同じでは気付けと言っている様なものですし、あの巨剣は古い神霊のものですからね。」

 「成程な。」

 

 こうして、一同はそれぞれ分かれて自身に出来る事をするのだった。

 

 

 

 

 「あれ?私だけ何もしていない様な…?」  

 

 

 ……………

 

 

 「良かった…私はニートなんかじゃなかった…!」

 「何言ってるんだセイバー……。」

 

 昼前、回路の覚醒と講義を終わらせた後、食材が底を突いてしまい買い出しに出掛ける士郎に、護衛兼荷物持ちとしてセイバーが同行していた。

 若干電波を受信していたが、まぁ問題ないだろう。

 

 「所でさ。」

 「はい。」

 「いい加減、アレに目を向けようか…。」

 「はい…。」

 

 いつもの深山商店街。

 馴染みの風景、馴染みの店員と客達。

 しかし、今此処には目を逸らしたくなる程の非日常が存在していた。

 

 「見て見てバーサーカー!お魚のお菓子がある!」

 「おお、こんな見た目なのに甘味なのか、これは面白い。」

 

 端的に言って美幼女と巨人。

 3m近い巨漢とその肩に乗った白雪の様な美少女と言う余りにもサイズ差のある、そして見覚えのある主従の姿に頭が痛くなった。

 少女は昨夜と同じ服装なのだが、問題なのはバーサーカーの姿だ。

 その要塞が如き鋼の剛体を、特注らしいサイズのスーツで無理矢理に包み込んでいた。

 ちょっと力を入れれば、それだけで爆散しそうな違和感ばりばりのスーツ姿に、士郎もセイバーも顔を引き攣らせていた。

 

 「あ、お兄ちゃん!」

 「む?セイバーとそのマスターの少年か。奇遇だな。」

 「「ア、ハイ。」」

 

 そして見つけられてしまった。

 

 「あー二人は観光か?」

 「そうだよ!聖杯戦争は夜からだし、昼間は遊ぶの!」

 

 無邪気にそう言うイリヤからは一切の邪気は感じられない。

 本当の事を言っているのは分かるのだが、しかし彼女を乗せている巨漢によって首をほぼ真上に向けなければまともに会話出来ないのが辛い。

 

 「バーサーカーは……なんでそんな恰好なんだ?」

 「これがこの国のこの時代で最もフォーマルな服装だと聞いてな。少々窮屈だが、まぁ問題あるまい。」

 

 問題って言うか違和感しかねーよ。

 セイバーと士郎の内心は完全に一致していた。

 

 「お兄ちゃん!お兄ちゃんも一緒に遊ぼう!」

 「んー、分かった。この辺初めてなんだろ?ガイド位いた方が良いだろ。」

 「な!?士郎、此処は即座に撤退すべきです。例え昼間と言えど、彼女達と一緒にいる等…!」 

 

 ほのぼのモードのイリヤ達に対し、しかしセイバーは生来の生真面目さから警戒を促す。

 

 「? 別にそんな事しなくてもバーサーカーは強いわよ?」

 「うむ。」

 「で、ですが…」

 「それに、宝具も役に立たなかった貴女に何が出来るの?」

 「グサァッ!?」

 

 イリヤの言葉の刃により、霊核を的確に貫かれたセイバーは膝から崩れ落ちた。

 

 「ふ、ふふひふふひふふふふふふ……どうせ、どうせ私は穀潰し……。宝具も役に立たず素でもランサーよりも弱い……燃費が悪いだけの……ただの……。」

 「落ち着け!落ち着くんだセイバー!お前いなかったらオレ今頃死んでるから!お前のお蔭だから!」

 

 だからどうか立ち上がって。

 さっきから商店街の皆さまの視線が辛いの。

 例え聖杯戦争が終わっても、元の暮らしに戻れるのだろうか、士郎は訝しんだ。

 

 「はい、セイバー。」

 「む?これは一体…。」

 

 そんな混乱を救ったのは、イリヤだった。

 彼女は四肢を付いて項垂れていたセイバーにあるものを差し出していた。

 

 「タイヤキって言うんだよ。甘くて美味しいよ。」

 「う、しかし、敵の施しを受ける訳には…。」

 「落ち込んでても他の人の邪魔だよ?これ食べて元気出して、ね?」

 「…分かりました。ありがとうございます、イリヤスフィール。」

 

 礼を言い、鯛焼きを受け取って実に嬉しそうに賞味するセイバー。

 その様に周囲の人々もほっこりするが、唯一バーサーカーだけはイリヤの「こいつチョロ過ぎwww」とでも言わんばかりの小悪魔的表情を見てしまい、そっと目を逸らして記憶からデリートしていた。

 

 こうして実にカオスな滑り出しであったものの、その後4人は深山町商店街を楽しんだ。

 

 

 ……………

 

 

 「あー面白かった!」

 「そっか。それなら良かった。」

 

 士郎にとっては見慣れたものでも、文字通りの箱入りだったイリヤにとっては全てが未知のもの。

 深山町での二時間に満たない時間は、彼女の人生にとっては初めて尽くしの事だった。

 

 「と、何だか腹減ったな。皆、近場の食堂に行かないか?」

 「食堂ですか、良いですね。」

 「私は異論ないが、イリヤは大丈夫か?」

 「うん!面白そうだし行こう!」

 

 そうして、異色過ぎる4人は商店街の食堂へと入って行った。

 

 「へいらっしゃい。」

 「なんでさ。」

 

 偶々目についた洋食屋。

 日本では極一般的な食堂にはしかし、明らかに場違いな紫髪の美女がいた。

 しかも、以前は無かった本格的かつ落ち着いたウェイトレス姿は実に美しく、店内の客達の視線を釘付けにしていた。

 

 「む、師匠か。どうしたのだ、この様な所で。」

 「店主のぎっくり腰が治らなくて代打ですよ。さ、こちらへどうぞ。」

 

 そう言ってごく自然にランサーは四人を席へと案内する。

 その際、さりげなくテーブルと椅子をルーン魔術で強化する事も忘れない辺り、気遣いがとてもよく出来ている。

 

 「メニュー表はこちらです。本日のお勧めはランチメニューです。オムライスとサラダ、スープのセットとなっております。オムライスはS・M・Lのサイズがございます。ではご注文がお決まりになりましたらお呼びください。」

 

 そう言って、キッチンへと去っていく歩き姿は実に様になっており、完全にプロの本職にしか見えない。

 

 「あの人、本当に多芸だよな…。」

 「キャメロットでもあれ程のメイドはいませんでしたね。」

 「わが師の引き出しの多さは弟子達の間でも話題であったからな。」

 「うーん、うちのセラとリズ以上とは凄いわね。」

 

 しかも、美人さんが入ったからと客足の増えた店をほぼ一人で回している辺り、実に素晴らしい手際だ。

 何かランサーが二人も三人もいる様に見えるのは気のせいと言う事にしておこう、うん。

 

 「んーと、私はお勧めにするね。サイズはSで。」

 「私もだ。サイズはLで。」

 「むむむ…悩みますが、私もお勧めのLで。」

 「んじゃオレもお勧めのMで。」

 

 そして全員がお勧めのオムライスをそれぞれのサイズで選び、注文を済ませる。

 

 「なぁバーサーカー、ランサーの料理ってやっぱり凄いのか?」

 

 士郎は今朝、ランサーとアーチャーの作った食事を食べた。

 材料も調味料も調理器具も同じだ。

 しかし、その美味さと来たら今まで食べたどんな料理よりも上だと断言できる程だった。

 

 「もーお兄ちゃんったらちゃんと勉強しなくちゃダメじゃない。メドゥーサって言ったら、ギリシャ神話の料理の女神よ。神々の間でも取り合いになった位なんだから。」

 「うむ。正直な所、私は未だ師を超える料理人に会った事が無い。」

 

 女神メドゥーサ。

 ギリシャ神話において、形無き島で生まれたゴルゴーン三姉妹の末妹。

 不変である姉二人とは異なり、一人だけ成長・変化の特性を持って生まれた彼女は、停滞と怠惰を良しとする姉二人と反りが合わず、島を出ていった。

 その後、彼女は冥界に降りていき、そこを治める神々の中でも特に豊富な教養を持った魔術の女神であるヘカテーに弟子入りし、多くの知啓を授かったと言う。

 その際、メドゥーサが代価として出したのが彼女の料理だったと言う。

 以来、メドゥーサの料理を気に入ったヘカテーは彼女の料理を好んで食べた。

 だがある日、呼び出してもさっぱり来ない従姉妹を心配してやってきたアルテミスがヘカテーの大好物の煮込み料理(牛肉と野菜のワイン煮込み)を見つけてつまみ食いし、気に入ったそれを鍋ごと強奪した事から事態は急転する。

 激怒したヘカテーに追われたアルテミスは鍋の中身を食べながら、そのままオリュンポスへと逃げ込み、主神らに泣き付いたのだ。

 激怒するヘカテーを宥めながら、何とか事情を聞いたゼウスらはアルテミスに賠償を命じた後、ヘカテーに今回の原因となった料理人にオリュンポスの神々へ料理を作る事を命じた。

 ヘカテーはこの命令にかなりの不服を抱いたものの、ちゃんと賠償されるなら…と渋々と承諾し、メドゥーサに命じた。

 そして、命じられたメドゥーサは沢山の肉や野菜を熱い油で泳がせた料理(=揚げ物)と特製の麦酒に塩ゆでした鞘入りの豆を作った。

 当初、神々は余りに異質な見た事のない料理を食べるのを躊躇ったが、しかしヘカテーが猛然と食べだしたのを契機に恐る恐る一口食べ、次の瞬間には我も我もと食べだし、食材が空になるまで食べ続けたと言う。

 この宴以来、メドゥーサは正式に料理の女神と認められ、ギリシャの食文化の発展に大きく寄与したと言う。

 

 「お待たせしました。こちらランチセットのL2つにMとSになります。」

 

 イリヤと当事者であるヘラクレスを交えてのメドゥーサの伝承の解説は実に興味深く、士郎もセイバーもふんふんと聞き入っていた。

 そして、凡その話が終わる頃に、丁度良く料理が届いた。

 ではごゆっくりどうぞ、と言って足早に去って行くランサーを見送り、限界まで高まった期待のまま、士郎は手を合わせた。

 

 「いただきます。」

 「? お兄ちゃん、それってなーに?」

 「これは食前の挨拶。食材になってくれた命にありがとうって言ってるんだ。」

 「そっかぁ……じゃあいただきます!美味しく食べられてね!」

 「いただきます。」

 「いただこう。」

 

 微笑ましいやり取りを挟みながら、一同はスプーンに乗ったふわふわの卵とチキンライスを口に入れた。

 

 「「「「ッ!?」」」」

 

 瞬間、口内に幸福が広がった。

 見た目は極一般的なオムライスだ。

 チキンライスの上に半熟オムレツを乗せて割ったのではなく、極普通に卵で包んだタイプ。

 具材も玉葱に挽肉、ピーマンにパセリとシンプルだ。

 恐らく、調理自体も比較的シンプルなのだろう。

 しかし、調理する技術が余りにも隔絶している。

 一見極普通のオムライスはしかし、卵は全て程好く半熟であり、スプーンで突けば簡単に破れ、程好くライスと絡まり、視覚と嗅覚に暴力的な刺激を与えてくる。

 実食すれば、そこはもう楽園だ。

 何よりも特筆すべきは卵だ。

 半熟でありながらライスを綺麗に包み込んでいた卵は、口に入れた瞬間に完全に崩壊した。

 半熟と言うよりも3割熟程度で止まっていた卵はあっさりと崩れてライスと絡まり、その瞬間に舌へと強烈な卵の旨味を伝えてくれる。

 次に来るのはライスだ。

 ケチャップ味でありながらもパラパラと解れ、具材一つ一つが調和しながらもそれぞれの素材の美味さを消さない絶妙な火加減で炒められた事が分かる。

 

 「「「「ッ!!」」」」

 

 人は余りの美味さを前にした時、どうなるのか?

 答えは簡単、無言だ。

 一番耐性のある筈のヘラクレスも目を大きく見開き、イリヤは口を左手で抑えたまま硬直し、士郎とセイバーは一口目を口に入れたまま固まった。

 後はもう夢中だった。

 脇目も振らず、4人は夢中になってこの神話級オムライスを征服せんとスプーンを振るった。

 

 「お粗末様でした。食器お下げ致しますね。」

 

 そして、気付けば食べ終えていた。

 余りの満足感、多幸感に全員が言葉も無くほぅ…と満足気な息を吐く。

 その様子を何時の間にか傍に来ていたランサーが見守っていた。

 

 「またね、お兄ちゃん。」

 「あぁ、今度は切嗣の事とか色々話そうな。」

 「ではさらばだ騎士王。次こそは決着としたい。」

 「えぇ、大英雄よ。また会いましょう。」

 

 こうして、すっかり毒気を抜かれた一同は上機嫌のまま帰路に就くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さーて何か食べようっと………あ、あれ?食材が無いわ。」

 

 この後、ランサーがオムライスをお土産に帰って来るまで絶食する羽目になる凛ちゃん。

 アーチャー?投影を凛ちゃんに見られてもっと投影しろやオラァン!されているので無理です。

 

 




さて、そろそろFGOらしくなるよー。


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FGO編 特異点F その10

漸くFGO編開始


 「では、やりましょう。」

 

 大河を暗示で通常よりも早く帰宅させ、桜を暗示と魔眼によって意識を奪い、完全に固定化させて横たわらせた状態で、ランサーは凛と共に衛宮邸の一室、その中でも厳重に結界と術式で囲まれた部屋で準備を終えていた。

 部屋の中には桃のお香が焚かれており、凛にはそれが強い破邪の力を持ったものだと直ぐに分かった。

 

 「でランサー、どういう事なの?事と次第によっちゃアーチャーを呼ぶ事になるんだけど。」

 

 凛はそう言って腕に刻まれた令呪を見せる。

 魔術師である彼女にとっては他家に養子に行ってしまった妹は執着すべきではないが、私人としての凛にとってはこれ以上なく大切な存在だった。

 桜を害すると言うなら、例え目の前のランサーが、自分を令呪を使う前に確実に殺せる上に、仮令アーチャーと言えど敵うとは思えないトップクラスのサーヴァントであっても、必ずや守り切るとその覚悟を眼光に込める。

 

 「凛、間桐の魔術がどういうものかご存知で?」

 「属性は水、特性は束縛と吸収って聞いてるけど…。」

 「もっと言えば、ゾォルケンは自身の体を全て蟲へと交換し、定期的に他者を捕食する事で延命を図っている妖怪だという事はご存知で?」

 「…知らないわ。」

 「では、これから起こる事は貴女の家の責任でもあります。」

 

 そう言って、ランサーはパンと手を打ち鳴らし、その中に楠の枝が一振り現れる。

 楠は病害虫に強く、特にその葉と燃やした煙は古来から防虫・鎮痛の効果を持つ。

 ランサーはそれを瞬間的に発生させた風の魔術でミキサーの様に細かく砕き、懐から取り出した小瓶の中の霊水と共に未だ意識のない桜の口へと注ぎ込んだ。

 効果が現れたのは直ぐだった。

 

 「……っ……ぅ…………ぁあぁ嗚呼アアッ!!」

 

 そして、桜の悲鳴と共に全身の皮膚が内側から蠢いた。

 

 「な…!?」

 「気を抜かないで下さい。出てきます。」

 

 そして、それは始まった。

 桜の、年若い美少女の身体中の皮膚が破れ、グロテスクな外見をした無数の蟲達が這い出ていく。

 這い出た蟲達は出た端から部屋に仕掛けられた蟠桃由来の破邪の香と退魔の結界に次々と死滅していく。

 その数、実に100に届こうかと言うものだった。 

 

 「本命が来ますよ。注意してください。」

 

 桜の胸元、心臓の真上に当たる場所。

 そこの皮膚が大きく盛り上がった直後、そこを突き破って出てきたのは親指大の蟲だった。

 しかし、魔術師としての二人の眼には、それが他の蟲とは一線を画すものだと直ぐに分かった。

 

 『ぐ……くが……。』

 

 最早飛び掛かる気力すら無いのか、ゾォルケンの本体である蟲はそれ以上動く事は無く、ただぴくぴくと醜く痙攣するだけだった。

 

 「ゾォルケン、思い出せましたか?」

 『いや……とんと思い出せぬ……。』

 

 じっとランサーは蟲となってまで理想を追い求めた魔術師、その成れの果てを見つめた。

 今までの所業に比べ、随分と諦めが良くなった臓硯を。

 

 『確かにあった筈なのだ……こんな様になってでも……それでも目指すものが確かに……。』

 

 心底悔し気な翁の声が響く。

 確かにあった筈なのだ。

 己の全てを賭けてでも、怪物に成り果ててでも、魂も肉体も腐り果ててなお、夢見た理想が確かに。

 

 「であれば、答え合わせをしましょう。」

 

 一切の偽りなく自身の苦悩を告げる臓硯に、ランサーは冥土の土産として答えを教える事にした。

 もしランサーが全盛期の、理想を目指す臓硯と出会う事があれば、きっと手を貸していただろうから。

 

 「貴方は、嘗て冬の聖女へと誓いを立てました。『この世全ての悪』の討伐。人の世に救いを齎すため、第三法へと至る事を。」

 『あ』

 

 何故ランサーがそれを知っているのかは分からない。

 しかし、その言葉で臓硯は、ゾォルケンは思い出したのだ。

 あの日々を、ユスティーツァとの出会いを、自分がどうしてこうまで生にしがみ付くのか、その全ての理由を。

 

 『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…ッ!』

 

 絶望、哀悼、悲嘆、自己嫌悪、憤怒。

 ありとあらゆる自分自身への負の感情が、その叫びには込められていた。

 きっと、彼にまだ涙を流す機能が残っていれば、絶望の余り涙を流していただろう。

 自分はもう取返しがつかない事をしてしまったと。

 自分はもう、嘗ての理想を追い求めるには汚れ、濁り切り、腐り果ててしまったと。

 何よりも規範を示し、多くを残す対象であった自分の子孫を食らい続けた己の罪深さに。

 

 「逝きなさい。冥府の神々は慈悲深い。浮世では許されぬ罪と言えど、真摯に懺悔し、贖罪しようとする者にあの方々は相応しき裁定を下すでしょう。」

 『すまぬ…すまぬ…!』

 

 そして、蟲は末端からゆっくりと灰になっていく。

 今現在、この部屋は一時的とは言え古の大聖堂に並ぶ程の清浄さを誇り、邪悪の存在を許さない。

 最後の最後、始まりへと立ち返ったゾォルケンは、この場所で生きられない。

 それは彼の長すぎる旅路の終わりを意味していた。

 

 『慎二を…桜を……。』

 「お任せを。」

 『何から何まで………礼を言う………。』

 

 そして、灰すら残さず消え去った。

 それが齢500年を生きた魔術師の、理想を追って理想を忘れた男の最期だった。

 

 「凛、貴女も魔術師なら彼を戒めとして覚えておきなさい。」

 「えぇ……。」

 「さて、桜の治療を始めましょう。この場なら心臓が破れようが死にませんが、あくまで死なないだけですからね。蟲が成り代わっていた部分もちゃんと治療して、士郎に会えるようにしませんと。」

 

 こうして、穏やかな夜の穏やかならざる一幕は終わるのだった。

 

 

 ……………

 

 

 衛宮邸の屋根の上、そこには魔力補給の名目でワイバーンの干し肉と自作の蟠桃酒を片手に晩酌をしているランサーの姿があった。

 

 「ふぅ……。」

 

 凡そ二時間、それで桜の処置は完了した。

 凛は「ごめん、ちょっと家に帰って落ち着いてくるわ」と言って、アーチャーと共に自宅へと向かった。

 セイバーは食後の運動とばかりに周辺の見回りに行っているが……まぁ知覚範囲内なのでもし襲われても直ぐに合流できるだろう。

 士郎は何があったか分からぬが、それでも何かあったのを悟ると、敢えていつも通りに振る舞い、今は慎二と共に桜の傍にいる。

 慎二は事の次第を全てランサーから聞き終えると、複雑な内心を全て押し殺した上で桜の治療成功に涙ながらに礼を言った。

 

 『ありがとう……ありがとう!あいつを、桜を助けてくれてありがとう…!』

 

 プライドが高く、決して弱みを見せようとしない…否、出来なかった少年が漸く見せた心からの感謝と歓喜の涙は、本当に美しいものがあった。

 その泣き顔は一見無様であったものの、確かに尊いものがあったと、ランサーは思うのだ。

 今頃はもう落ち着いて、顔を洗って桜の傍にいるだろう。

 桜も今は麻酔も切れて目を覚ましている頃か。

 

 (ゆっくりと、絆を育んでほしいものですね。)

 

 桜も、士郎も、慎二も、多くのものを失って、それに振り回されてきた。

 無論、それ故に得られたものもきっとあるのだろうが……この辺りでその帳尻を合わせても、きっと許されるだろう。

 

 「まぁ、取り敢えず勝ち残る事を考えねばなりませんね。」

 

 現状残っている他の二組は強力に過ぎる。

 この三組であってもなお確殺できるどころか返り討ちに合う可能性は高い。

 特に今、凛とアーチャーが単独行動している事を考えると、キャスター主従ならそろそろ仕掛けてくる頃だろうか?

 

 「さて、そろそろ……………ッ!?!」

 

 だが、そこで異変が起きた。

 何の前触れも、予兆も、兆候も感知できなかった。

 それでも、自身の持つあっても無くてもそう変わらないレベルの筈のスキル:予知が最大限の危険を最大音量で警報を鳴らしている。

 曰く、防げ、でなければ死ぬぞ。

 

 「ッ、槌と術と炉。形無き島を覆いし神威を此処に!『領域封印・静止神殿』!」

 

 レイジョン・ヘイデス。

 それは彼の大魔獣ゴルゴーンを封印するために、形無き島を外界から隔離した防壁。

 工神ヘパイストスが建て、魔術神ヘカテーが呪を刻み、炉の神ヘスティアが祝福を施したソレは内界と外界を完全に分断する。

 全機能を発動させた場合、その内界に存在する者を閉じ込め、保有する加護や能力等を完全に無効化してしまう。

 それこそ並のサーヴァントではマスターとの繋がりすら断たれ、閉じ込められただけで枯死してしまう程の封印の力を持つ。

 例外があるとすれば、同程度の複数の神々の力が宿った宝具や加護、そしてその内部であってもなお成長を続けたゴルゴーン並の規格外の存在だろうか。

 また、主神ゼウスの雷霆ケラウノスを受けた際、結果的に無事だったために対粛正の権能までも持つ。

 そのランク、実にEX。

 例え生前のヘラクレスが相手であっても、暫くは時間稼ぎが出来ると言う規格外の代物だ。

 それこそこれを上回る守りとなれば、同じEX級の防御宝具や複合宝具位しか存在しない。

 例を上げれば、カルナの黄金の鎧に騎士王の鞘、太陽王の複合大神殿等が挙げられる。

 

 (士郎達に声をかける暇がない!すみませんセイバー!)

 

 そんな神威の極みとも言える絶対の壁が衛宮邸を囲う様にして現れ、内界と外界を完全に分断する。

 だが、今この屋敷には凛とアーチャー、そしてセイバーがいない。

 それでも今此処で守りを固めねば、誰も生き残る事は出来ない。

 それだけ予知によって察知された危険が桁外れであり、規格外なのだ。

 

 「何が来たとしても……桜達に手出しはさせません!」

 

 覚悟を決めて吼えるランサーを余所に、街を夜明けの光が包んでいく。

 否、夜明けにはまだ5時間近く間があり、明らかに早すぎる。

 であれば、この光は夜明けを告げる優しい日の光ではない。

 全てを焼き尽くし、薪とせんとする魔の炎だ。

 

 

 

 

 

 そして、あっけなく世界は滅んだ。

 

 

 

 

 

 

 



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FGO編 特異点F その11 微修正

 「が、はぁ……!」

 

 どしゃりと、普段とは見る影もない程、無様な着地…否、墜落だった。

 それ程までにランサーは消耗していた。

 自分一人なら縮地による異相空間への退避で逃げきれていたが、此処には病人含む三人の人間がいた。

 その誰一人だって、ランサーは見捨てる事は出来なかった。

 結果、燃費の最悪なEX級封印宝具に頼る事となった。

 現状、魔力供給は確保した霊地と慎二の持つ偽臣の書からの供給のみ。

 桜は病み上がりな事もあり、敢えてラインを止めていたため、相変わらず魔力供給はされていなかったのだ。

 幸い、先に蟠桃酒を飲んでいた事もあり、辛うじて貯蓄していた魔力のみで凌ぎ切る事は出来たのだが、今夜一晩だけは霊体化せねばならないだろう。

 

 (すみません、慎二……今夜は此処までのようです…。)

 

 念話でそれだけを伝えて、ランサーは霊体化と共に半ば気絶する様に休眠状態へと移行した。

 

 

 ……………

 

 

 「ランサー!おい、返事しろ、おい!」

 

 一方、穏やかな時間を過ごしていた筈の三人は混乱していた。

 突如燃え上った屋敷の外の光景に、急ぎランサーから事情を聞こうとしたのだが、生憎と今の彼女に意識はない。

 撃破される事も無いが、その間衛宮邸にはサーヴァントに対する守りは無い。

 先日までなら三騎士がいたのだが、今では誰一人いない。

 

 「衛宮、遠坂の携帯番号!」

 「無い!ってかあいつ携帯持ってない!」

 「あいつ本当に現代人か!?」

 

 辛うじて家電の留守番電話機能が使える程度の凛ちゃんです。

 

 「兎に角、屋敷から出るな。下手な行動は命取りだ。」

 

 事実、此処はランサーが補強した結界がある。

 元々の警報装置としての他、高い破邪や魔除けの効果から住人に害成す者は極端に侵入し辛い。

 だと言うのに、魔術師であっても極めて違和感を感じにくいと言う、現代の魔術師からすれば相当高度な結界だ。

 無論、サーヴァント程の存在となると警報装置としてしか使えないのだが。

 

 「…慎二はどうする?」

 「お前は桜の傍にいてくれ。取り敢えず、塀の中から周囲を確認する。衛宮、双眼鏡ってあるか?」

 「あぁ、昔買った奴がある。」

 「よし、ならお前はアーチャーの作ってた武器があるだろ。あれ持って桜の傍にいてやってくれ。僕も直ぐに戻るから。」

 

 そして数分後、屋根の上から慎二は変わり果てた街の様子を目の当たりにした。

 何もかにもが燃え上る、誰一人いなくなってしまった故郷の有様を。

 万物は炎に包まれ、建物等の文明の残り香だけは存在するものの、あらゆる命は燃え尽きて何も残っていない。

 動いているのは時折燃えて壊れた建物や熱風に煽られて飛ぶゴミ。

 そして、変わり果ててしまった街の住人達。

 骨とボロ布ばかりとなってしまった、動く骨のみ。

 そこには、地獄が広がっていた。

 

 「何だよ、これ……。」

 

 その疑問に、答える者はいない。

 彼の周りには誰もいないし、彼以外の生存者は二人共屋敷の中だ。

 だが、そこに不意に響く音があった。

 カランコロンと、木と木がぶつかり合う独特の軽い音。

 それが敵意を持つ者の侵入だと、この時の慎二は知らなかった。

 

 「何なんだよ、これはぁ!?」

 「キキキ……嘆クナ、少年。」

 

 慎二に声をかけた者は、一度だけ見た事があった。

 黒衣の髑髏面、アサシンのサーヴァント。

 つまる所、それは敵だった。

 

 「な…!?」

 「直ニ何モ感ジナクナル。」

 

 次の瞬間、衛宮邸の庭に鮮血が散った。

 

 

 ……………

 

 

 「うわあああああああああ!?」

 「ッ、慎二!!」

 

 庭から聞こえてきた悲鳴に、士郎は顔色を変えた。

 

 「先輩、兄さんを…!」

 「分かった、桜は此処にいてくれ!」

 

 ダッと士郎は桜の下を離れ、全力で庭へと駆けていく。

 その手には先程アーチャーが作った武器が保管してある部屋の中から、たまたま目に着いた双剣の片割れの白い方、陰剣・莫耶が握られており、一応だがサーヴァント相手にも通じるだけの威力はあった。

 

 (死ぬなよ慎二!)

 

 するとその思いが通じたのか、士郎が到着した時、慎二は何とか未だにその命を保っていた。

 

 「く、そ……。」

 「存外シブトイナ。」

 

 だが、その命は正に風前の灯だ。

 一度だけ見た黒衣のサーヴァント・アサシン。

 それが黒塗りの短剣を今正に慎二に振り下ろそうとしていたのだ。

 

 「てめぇ―――」

 

 その光景に、一瞬にして冷静な判断力が消える。

 全ての手順をまるっと無視して魔力回路を起動し、身体能力の強化及びセイバーの見様見真似の魔力放出擬きとして、地面を蹴る瞬間に足裏から魔力を放出させ、人間としてはあり得ない程の推進力を貰う。

 一流の魔術師が見れば失笑に値する効率だが、今だけはそんなものよりもただ速さが欲しかった。

 

 「人のダチに何してやがる―――ッ!!」

 「キ!?」

 

 だが、相手はサーヴァントの中でも高い敏捷性を持つアサシン、驚かれながらもあっさりと回避されてしまう。

 

 「キ、キキキキッ!」

 

 そして、死に体の慎二よりも優先すべきと判断されたのか、アサシンは短剣を片手に士郎へと切り掛かる。

 

 「く、ぁ!」

 

 それを士郎は辛うじて受ける。

 以前見たキャスターやランサー、バーサーカー達の戦闘速度を見ていたからこそだ。

 そして、見た瞬間に咄嗟に莫耶を解析してしまい、その結果として限定的ながらもアーチャーの戦闘・投影の経験を憑依経験により獲得したからこそ、辛うじて片割れしかない双剣でアサシンの攻撃を受ける事が出来た。

 だが、例え極端に劣化した状態であったとしても、サーヴァントはサーヴァントだ。

 

 「クカカカ、柘榴ト散レ!」

 

 アサシンが嘲笑と共に短剣を振るう。

 いきなりの事態に驚きはしたものの、しかし、よく見れば多少得物が良いだけの人間でしかない。

 士郎はその努力と幸運空しく、此処で散るのが当然だった。

 腕を大きく弾かれ、胴体ががら空きになる。

 そのまま心臓を突くも、喉笛を掻き切るも、下腹を貫くのも自由。

 その時、確かに衛宮士郎は死ぬ筈だった。

 

 「ふざけるな……」

 

 だが、彼は英雄の資質を持つ人間だった。

 此処では死ねないと、吼える事が出来る者だった。 

 

 ―――投影、開始―――

 ―――基本骨子、解明――

 ―――構成材質、解明――

 ―――製作技術、解明――

 

 解析した時は余りの精度に自分では無理だと思った。

 だと言うのに、何故だか自分にもできると言う確信があった。

 生命の危機と僅かながらも得た先達たるアーチャーの記録。

 それだけあれば、後は十分だった。

 

 「――投影、完了。」

 「キィ!?」

 

 弾かれた腕に釣られて浮き上がった筈の上体を、踏み込みと共に無理矢理前に出し、左手を振るう。

 すると、無手であった筈の左手の動きと共にガキン、と金属が金属を弾く音が響いた。

 士郎の左手、そこには此処には無い筈の双剣の片割れ、黒い干将があった。

 

 「キ、キ、キー!」

 「ふぅ……!」

 

 一合、二合、三合。

 都合三度の斬撃を、その進行方向に沿う様に力を加えて逸らし、刃圏と言う安全地帯を作り上げる。

 更にアサシンがムキになった様に短剣を振るうが、しかし、あるべき姿となった双剣はある筈がない経験と技量によって、堅い守りを実現する。

 

 「キィ……!」

 

 そこでこれ以上人間に梃子摺らされるのは我慢がならないと思ったのか、一息に士郎を仕留めるべく一気に距離を空けてその手に数本の短剣を構える。

 着地と同時に投げるのだと、咄嗟に士郎は気付いた。

 現状、距離を取られたまま投擲をされ続ければ自分は兎も角慎二は死んでしまうかもしれないし、人質にされるかもしれない。

 故に、此処で仕留めなければならない。

 

 「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ むけつにしてばんじゃく)

 

 だから、こちらから先に仕掛けた。

 両手に握った陰陽の双剣をアサシンの着地点目掛け投擲する。

 アサシンは空中にいながらまるで猫の様に巧妙に身を捻り、迫り来る双剣を回避し、双剣は空しく後方へと飛んでいく。

 

 「―――心技、泰山ニ至リ(ちから やまをぬき)

 

 両手に再度投影した双剣を、アサシンの背後から飛来してくる双剣と合わせる形で再度投擲する。

 ほぼ同時の四方からの、サーヴァントであっても確実にダメージを与えるであろう4連撃。

 そして、ダメ押しとして士郎自身も三度目となる投影をしてアサシンへと踏み込む。

 

 「キィィィィァァァァッ!」

 「―――心技 黄河ヲ渡ル(つるぎ みずをわかつ)

 

 が、アサシンは左手に持った短剣を投擲、前方から来る双剣に命中させ、その軌道を逸らす。

 更に正面の士郎へと短剣を投擲、士郎が防御に一手取られた隙に布によって固定されていた異形の右腕を解放する。

 一目見てソレが危険だと判断するも、なおも士郎は踏み込みを止めない。

 退けば友も自分も妹分も死ぬのだと、彼は正しく理解しているからだ。

 

  「ギキィ!?」

 

 背後から飛来していた双剣が、アサシンの背中へと命中し、前方の二組の双剣と引き合う事で更に食い込んでいく。

 その激痛にアサシンが苦痛の声を上げるが、しかしその呪われた右腕を振るう事は止めない。

 痛みがあっても薬物によって苦痛を鈍らせているため、戦闘続行スキル程ではないが、アサシンはこの程度では止まらない。

 そして、アサシンの右腕の方が、士郎の双剣よりもリーチが長い。

 このままでは、士郎の敗北は必至だ。

 

 「―――唯名 別天ニ納メ(せいめい りきゅうにとどき)

 

 故に、確実に敵を倒すため、両手に持つ双剣に更に魔力を注ぎ強化する。

 結果、鉈の様な形状が太刀のサイズまで伸長し、峰側がまるで羽毛の様に逆立つ。

 

 「ギィィィィィィィッ!?!」

 

 そして、心臓目掛けて迫り来るアサシンの右腕を、過剰強化された干将莫耶が正面から真っ二つに切り裂いていく。

 自身の右腕を切り落とし、魔神シャイターンの右腕を接続、呪術によって制御された呪腕のアサシンの宝具『妄想心音』。

 だが、怪異に対し絶大な威力を誇り、オリジナルならば名のある魔獣にすら通用する退魔の刃は一切の抵抗を許す事なく魔を滅ぼしていき…

 

 「馬鹿ナ…!」

 「―――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら ともにてんをいだかず)……。」

 

 袈裟に振るわれた双刃が、魔へと墜ちたアサシンの霊核を破壊した。

 こうして、アサシンは今次聖杯戦争における二度目の死を迎えた。

 

 

 ……………

 

 

 その後、士郎達は慎二の手当てを済ませると衛宮邸の一室、アーチャーの投影した宝具の山の横で一塊で眠れぬ夜を過ごした。

 漸く意識を失う様に眠ったのが、時刻的に夜明け頃の事だった。

 

 「ん……。」

 

 不意に士郎の意識が覚醒した。

 朝だと言うのにこの異変のせいか、それとも単に曇り空なのか、日が差す様子はない。

 それでも意識が戻ったのは、空きっ腹を抱える士郎の嗅覚に、食欲をそそる香りが届いたからだ。

 それは出汁と味噌からなる特徴的かつ芳醇な香り、つまる所は味噌汁の香りだった。

 

 「って、寝てた!?」

 

 士郎は肩にかけてあった布団を跳ね除ける様に、勢いよく起き出した。

 アサシンとは言え人間の身でサーヴァント相手に大立ち回りをしたのだから疲労は当然の事だった。

 

 「桜、慎二!」

 

 ダッと香りの元へと走れば、そこにはリビングで茶をすすりつつ座っている慎二、キッチンで料理をしているランサーと桜の姿があった。

 その様子に、漸く士郎は肩の力を抜いた。

 

 「おはよう衛宮。よく寝てたみたいだな。」

 「慎二、起きたんならオレも起こしてくれよ…。」

 「仕方ありませんよ。貴方は大分疲弊していましたし、魔術回路にも負荷がかかっていましたから。」

 「えぇ、本当によく寝てましたし、起こすのが忍びなかったんです。」

 「ランサーに桜まで…。」

 

 そう言うが、取り敢えずランサーが健在である事に士郎は安心できた。

 いざとなれば昨夜の様に頑張るが、それでもあんな事が早々成功するとは思ってはいない。

 

 「取り敢えず朝食にしましょう。朝の食事は一日の活力です。」

 

 そう言って、料亭かと思う程に見事な和食が配膳されていく。

 内容こそ白米に焼き鮭、豆腐と葱とワカメの味噌汁、もやしと人参の酢の物に甘い卵焼きと質素なものだが、しかし香りだけでその美味さの一端が伝わってくる程の出来栄えに、知らず士郎達はごくりと唾を飲む。 

 

 「難しい話は食べ終えてからで。さぁ、頂きましょう。」

 

 こうして、世界が滅んでから最初の衛宮邸の一日は始まった。

 

 

 

 

 

 なお、朝食は大好評でした。

 

 

 

 

 




赤弓「あの未熟者でも役立てそうな投影品を多く置いておいた。他意は無いぞ。」

ツンデレおかんのお蔭で、士郎君は憑依経験もあって何とかギリギリ最大の危機を乗り越えました。

次?勿論危機が目白押しです。


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FGO編 特異点F その12

 朝食を終え、丁寧に手順を守って淹れられた緑茶を啜りつつ、ランサーからの見解を聞き、一同は今現在判明している情報を纏めた。

 

 1、冬木市全域のあらゆる殆どの生命体が焼却された

 2、冬木市の外からも電波や光源等が確認できない事から、焼却は最低でも地方単位で広がっている。

   最悪、世界中に広がっている可能性がある。

 3、何故か撃破されたサーヴァントが復活し、劣化状態で活動している。

 4、現在確認できている生き残った人間は衛宮邸でランサーの封印宝具の保護下にあった3名のみ。

 5、街中に焼却された人間の残骸であるリビングスケルトンが徘徊している。

 6、同盟状態だったアーチャー陣営及びセイバーの安否は不明。敵側に就いている可能性あり。

 

 「うーん、取り合えず情報収集しつつ拠点に籠って戦力強化。及び敵戦力を漸減しての遅滞戦術ですかねぇ。」

 

 情報を纏めた後、ランサーがそう告げた。

 それに慎二が疑問を呈する。

 

 「待て、それじゃジリ貧じゃないか?」

 「そうも思いますけど、『どうすれば全員生き残れるのか』が分かりません。それにここまで事態が進行すると言う事は抑止力の介入が妨げられているか、或は抑止力そのものが敗北して死に体だと考えられます。」

 「そんな状態じゃ勝ち目が無い。なら戦うだけ無駄だ。とっとと逃げよう。」

 「えぇ。ですがそれで生き延びる事が出来るのか、そもそも何処に逃げれば良いのか、それすら不明です。」

 

 そこまで言われると慎二は頭痛を堪える様に片手で顔を覆って沈黙した。

 抑止力が敗北する様な、世界の、人類絶滅級の危機。

 魔術以外は優秀だと自認している慎二ではあるが、はっきり言って手に負えないのが現状だ。

 なお、士郎と桜は何かとんでもない事態が起きているのは分かるがちんぷんかんぷんと言った様子だ。

 

 「ランサー、調子は?」

 「霊基への負荷は回復済み。魔力量も桜と礼装からの供給に、この土地からのラインも繋げましたので、戦闘行動には支障ありません。但し、宝具の連続解放及び先日のEX級封印宝具に関しては無理です。」

 「十分だな。こちらの拠点は特定されてるものと考えて、敵の方が戦力は上だ。直ぐにでも移動するしかない。」

 

 一度倒したアサシンが復活したと言う事は、今後も復活する事が考えられる。

 となると、以前倒したライダーも復活していると考えられるし、セイバーとアーチャーの安否処か敵側にいる事すら考えられる。

 そして、そうなれば数に任せて攻め入られて終わりだ。

 ランサー単騎では物量に抗し切れない。

 

 なお、バーサーカーに関しては心配していない。

 マスター殺しに徹すればワンチャンあるけど、例え殺されて劣化状態(所謂シャドウ・サーヴァント)になったとしても敵側には絶対に従わないと断言できる。

  

 「では士郎、ちょっと尋ねたいのですが。」

 「な、なんだ?」

 「お隣の藤村邸に地下室とかあります?」

 「へ?」

 

 

 ……………

 

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 咆哮と共に、結界ごと衛宮邸の塀の一部が戦車(チャリオット)による蹂躙突撃により派手に吹っ飛ばされる。

 初期に脱落したライダーのサーヴァント、ダレイオス三世だ。

 その姿は劣化状態となった上、従わなかったために狂化を付与された事により、完全に狂戦士と化していた。

 咆哮と共に戦車を走らせ、衛宮邸を蹂躙する姿には王としての名残は無く、最早魔獣と大差ない。

 

 「■■■■■■■■■……。」

 

 だが、広い衛宮邸の3割程を破壊し尽くしても、目標であるランサーの姿が確認できない。

 ライダーを差し向けた者からすれば、てっきり迎撃に出るものと思っていたのだが……予想以上に対応が早い。

 

 「■■■■■■――ッ!」

 

 そして、堕ちたライダーはまたも塀を破壊しながら、何も見つからない衛宮邸から去って行った。

 

 「ふむ、自身の不利を察知と同時に即行で潜伏か。やるものだな。」

 

 それを、堕ちた錬鉄の英雄は中心市街にある高層ビルからその鷹の眼を以て眺めていた。

 その手には偽・螺旋剣が番えられており、もしランサーが迎撃に現れた場合はライダーごとランサーを撃破するために待機していたのだ。

 どうせ聖杯の魔力によって、撃破されたサーヴァントは劣化状態であっても復活させられ、セイバーの指揮下に置かれる。

 なら、高々一騎位此処で使い潰しても惜しくはない。

 

 (とは言え、失敗に終わってしまったのだがな。)

 

 スッと視線を衛宮邸から、嘗ての我が家から逸らし、ランサーの追跡続行のためにアーチャーは移動を開始した。

 

 

 ……………

 

 

 「行った様ですね。念のため、もう一時間程待機しましょう。」

 

 衛宮邸の隣、藤村組の屋敷、その秘密の地下室にて。

 黒光りする大量の銃火器と実用のための刀剣類が保管されたその場所で、衛宮邸の住人達は息を潜めていた。

 先程の朝食での話し合いを終えて直ぐに藤村邸に入り、中のスケルトンを排除し、士郎の解析を生かして地下への隠し扉を探り当て、其処に隠れたのだ。

 周囲はルーン魔術及び高度な結界により、この狭い地下室をほぼ完全に隠蔽しており、余程高い魔術スキルや千里眼スキルを持っていなければ看破できない程の出来だった。

 なお、排除したスケルトンはランサーが即興で使い魔に仕立て上げ、衛宮邸の監視のための目となっていた。

 最悪、桜か士郎の持つ令呪を使用して封印宝具を発動させる事も考えており、そうなれば狂化したダレイオスや理性の低下したアーチャーだけではなく、斥候として優秀なアサシンや極上の対魔力を持つセイバーですら気づけなかっただろう。

 

 「衛宮、こんな時に何だけどやっぱり藤村の家って…。」

 「まぁ藤村組って言う位ですし…。」

 「怖いけど良い人なんだぞ?オレがちっちゃい頃は遊んでくれたし、堅気の衆には手を出さないし出させない。古き良きヤ〇ザ者さ。」

 

 一方、衛宮邸在住の間桐さんちのご兄妹はお隣さんの家業に戦慄しつつ、時間が過ぎていくのを待つのだった。

 

 

 

 なお一時間後、破壊された衛宮邸に頭を抱える事となる。

 

 

 ……………

 

 

 衛宮邸の片づけをした後、再度結界を構築して隠蔽精度を向上させた後、ランサーは気配遮断を使用しながら市内を探索していた。

 生き残り及び友軍の捜索、そして物資の確保のためだ。

 現状、恐らくは生き残っているであろうバーサーカー及びキャスター。

 この二騎と同盟を組めれば、何れ来るだろう決戦においてグンと勝率を上げる事が出来る。

 そして、生者である士郎達は食事が必要だが、彼らが迂闊に拠点から出るのは望ましくないし、スケルトンが徘徊する市内に行くべきではない。

 となると、必然的にランサーが単独で動いた方が良くなる。 

 

 (生鮮食品類の中でも肉は兎も角野菜は多少は持つでしょうが……この様子では燃え尽きているでしょうね。)

 

 となると、狙い目は冷凍食品系の野菜及び長期保存可能な瓶詰や缶詰の類か。

 調味料の類は余裕があるとは言え、本格的なサバイバルをするとなれば、発電機及び燃料の類も欲しい。

 今現在はルーン魔術で代行できているが、己に万が一があった場合を考えれば、士郎達が生き延びるための手段は一つでも多い方が良い。

 今日予定していた分はもう入手したので、後は以前行った霊地に赴き、あの大焼却によって焼き切れたラインを結びなおせれば本日のミッションは完遂だ。

 

 「っと、流石にそう都合よく行きませんか。」

 

 しかし、予定していた霊地の上に黒く染まった騎士王の姿を視認したランサーは気配遮断を解いた。

 

 「貴公か。やはり生きていたな。」

 「斯く言う貴女は随分と墜ちた様ですね。」

 

 互いが互いに確信していた様に言い合う。

 騎士王はその直感で、ランサーは原作知識で。

 まぁ、ランサーからすれば、実は此処がFGO時空だった事に大変驚いているのだが。

 

 (魔術王とかビーストとかどうしろと言うんですかね…(白目))

 

 内心でそんな事を考えていると、セイバーがスラリと黒く汚染された聖剣を構えた。

 

 「貴公は危険だ。此処で消させて頂こう。」

 「まぁそうなりますよねー。」

 

 周囲には何時の間にやってきたのか、薄いながらもアサシンの気配があり、遥か遠くからの視線が刺さり、更には遠方から破砕音が徐々に近づいてきている。

 どうやら敵方のサーヴァント全員が揃い踏みになるのも時間の問題の様だった。

 

 「では、強引に突破させて頂きます。」

 「やってみるが良い。出来るものならな。」

 

 轟、とセイバーの聖剣から魔力が十字状に吹き出し、暗黒の巨剣となる。

 同時、ビルの一部を粉砕しながらライダーが遂に到着し、包囲網が完成する。

 迂闊に空を跳べば、それこそ遠距離からこちらを狙うアーチャーに狙撃される事だろう。

 端的に言って、窮地だった。

 

 「待 っ た ッ!!」

 

 だが、窮地に駆け付け、それをブチ破る者こそ英雄と言われる。

 ならば、真の英雄がこの場に駆け付けられない道理はない。

 ビル一つを圧し折り、ライダー目掛けて殴り倒した大英雄はそんな大声と共にランサーを庇う様に彼女の前に仁王立ちした。

 

 「師よ、お退きを。」

 「イリヤスフィールは?」

 

 師匠からの問いに、しかしヘラクレスは無念そうに首を振る事で答えとした。

 見れば、その鋼を超える剛体はあちこちが炭化しており、彼がどのようにしてあの大焼却に抗ったのかを理解させた。

 もう十二の試練による命のストックは無いのだろう。

 そして、そうまでして守ろうとした命を、彼は結局守る事が出来なかったのだ。

 

 「ヘラクレスか。貴公相手に出し惜しみは出来んな。」

 

 言って、セイバー・オルタがライダーを見つめる。

 すると、砕かれた戦車を捨てたライダーの周囲から無数のスケルトンが湧き出し、隊列を組んでいく。

 これぞライダーの宝具「不死の一万騎兵」、アタナトイ・テン・サウザンド。

 アケメネス朝の最精鋭部隊である不死隊を召喚・使役するこの宝具により、ダレイオス三世は一万もの不死者の軍勢を使役する。

 無論、相応に燃費が悪いのだが、聖杯のバックアップを受けている現在、その心配はない。

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 ライダーの咆哮と共に、不死者の軍勢がヘラクレスへと殺到していく。

 対するヘラクレスは、それを冷めた目線で見た。

 確かに脅威なのだろう、確かに悍ましいのだろう、確かに厄介なのだろう。

 だが、それだけである。

 

 「雄雄オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 ただ斧剣を両手で持ち、全力で振り下ろす。

 それだけで刃の直線状にあった千を超える不死者の軍勢が木っ端微塵となった。

 それに狂化している筈のライダーも呆気に取られた。

 まぁ当然の事である。

 征服王に敗走し続けた分際で、そのご先祖であるヘラクレスに勝てる訳が無いのだ。

 

 「後は任せます。」

 

 同時、粉塵に紛れてスッとランサーの姿が消える。

 霊体化ではなく、仙術としての縮地による超高速離脱。

 これでセイバー・オルタ達は完全にランサーを見失ってしまった。

 

 「さぁ我が魔力尽きるまで、存分に付き合ってもらうぞ。」

 

 斧剣を構え、大英雄は不敵に笑う。

 それにセイバー・オルタは表情を変えずに聖剣を握り直し、ライダーは更なる不死隊の召喚を行う。

 そして、セイバーの危機に数km先からアーチャーが矢を番える。

 アサシンは未だ動く気配はなく、ただ慎重に己の出番を待ち続ける。

 周囲を4騎ものサーヴァントに包囲されると言う状況で、それでもなお、ヘラクレスは笑みを止めなかった。

 

 「死ぬが良い、ヘラクレス。此処が貴公の死に場所だ。」

 「ふん、それを決めるのは貴公ではない。あぁもっとも…」

 

 セイバー・オルタの宣言に、しかし大英雄は鼻で笑う。

 やりたくもない事をやらされている正規の英霊など、初めから眼中にもない。

 しかし、何処か諦めている様は実に気に入らなかった。

 

 「我が師に怯え、数だけを頼りにする様な輩では、私には勝てんぞ。」

 

 ビシリと、セイバー・オルタの額に青筋が走る。

 それは正と負どちらであってもプライドが高く、負けず嫌いの彼女にはこれ以上ない挑発だった。

 

 「死ね。最早何も残さん。」

 「吠えるな吼えるな。子犬の様だぞ?」

 

 こうして、サーヴァント五騎による4対1と言う異例中の異例の戦闘が始まった。

 

 

 

 

 




話が進まない(白目)
くそ、イベントもしなくちゃいかんと言うのに…!


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FGO編 特異点F その13 大幅加筆修正

 「見事だ、大英雄。マスターのいない狂戦士で、此処まで食い下がるとはな。」

 

 元は市街地だったと言うにはその場所は荒れ果てていた。

 爆撃にでもあったのかと言う程、そこには何もなく、幾つものクレーターと線状に抉られた大地が残るのみだ。

 

 「暫し傷を癒さねばならないか…。」

 

 手負いであり、宝具も無く、マスターすら無くしたヘラクレス。

 対して、こちらは聖杯をバックに無尽蔵にすら感じる魔力を持ったアサシンとライダー、アーチャーにセイバー。

 その内、アーチャーとセイバーは共にヘラクレスの宝具を複数突破可能な宝具を使用できるのだ。

 誰がどう見た所で有利なのは後者だ。

 しかし、ヘラクレスと言う存在を知る者なら、こう言った事だろう。

 

 悪い事は言わないからやめておけ、と。

 

 事実、4騎の内3騎は討ち取られ、セイバーにしてもアーチャーが固有結界で足止めしつつ拘束した隙にアーチャーごと聖剣の連射によって辛うじて仕留める事に成功したのだ。

 それにしたって最終的にはヘラクレスが魔力切れでダウンしたからこそだった。

 正直に言えば、二度と戦いたくない程の難敵だった。

 生前に戦った卑王ヴォーティガーンだってあそこまで出鱈目じゃなかったと言い切れる。

 

 「また会おう、ランサーにキャスター。」

 

 そう言って、疲弊した黒い騎士王は大聖杯のある柳洞寺の地下洞へと去って行った。

 そして、この戦闘により騎士王の治療及び3騎のサーヴァントが再召喚のため、二日と言う珠玉の時間が稼がれる事となった。

 

 

 ……………

 

 

 「何とか事前準備は済みましたね。」

 

 ヘラクレスの活躍により、街の各霊地との再契約も済ませ、ランサーは十全の状態に回復した。

 その上で彼女は一切の油断なく潜んでいたキャスターと接触、凡その事情を話し合い、同盟を締結、隠れ家として衛宮邸&藤村邸に現界維持のための魔力を礼装を介して提供する事で合意した。

 まぁ、偽臣の書の構造を把握したランサーがあっという間に仕立てたものなのだが。

 

 「何だよ、体液交換じゃねーのかよ。」

 「それ、スカサハの前で…。」

 「すまんかった。」

 

 生意気な事を言っていたので、ケルト式自走追尾型戦略核地雷女の名前を出せば大人しくなった。

 よし、これで自分と桜の貞操は大丈夫だなと思う辺り、ランサーも大概である。

 どうしてランサーとスカサハが友人同士なのか、本当に謎である。

 

 「慎二の方も順調ですね。」

 「だな、あの坊主は戦士ってか軍師の類だがな。」

 

 しかも内政系よりの、と付く。

 だが、今は即戦力か自衛可能な程度の戦力が必要なので、その辺はおいおい鍛えていくとしよう。

 慎二には、藤村邸にあった銃火器類にエンチャントを施し、霊体にもある程度は有効打になるようにした物を渡したので、それを使いこなすために目下射撃訓練の猛勉強(神代基準)中だ。

 具体的には「10回連続で的に当てろ、外したら最初からな」。

 それが終わったら「10回連続で的の真ん中に当てろ、外したらry」の繰り返しである。

 こんな感じで徐々に徐々にハードルを上げていくのである。

 何せ弾薬は慎二一人では使い切れない程にあるのだ。

 銃規制のある日本でここまで「撃って慣れろ」と言う状況も貴重だろう。

 とは言え、流石は弓道部のエースの一人と言うべきか、ランサーの予想よりも早く成長している。

 

 「桜は……やはり知識の不足が大きいですね。」

 

 元々属性がSSRどころじゃない架空元素・虚数の桜だ。

 500年続く間桐であっても遠坂程ではないが該当する資料は少ないし、流石のランサーの知識でも該当するものは少ない。

 が、分からないなら何でも試せば良いじゃない、と思って色々やってしまうのがこのランサーである。

 これだからギリシャは!とか言われても仕方ない。

 実際、余程妙な傷でもない限りは治せてしまえるので、手段としては有りと言えば有りなのだが。

 結果として、日に2・3度死にかけながらも何とか桜は己の属性に見合う魔術を拙いながらも成立させる事に成功した。

 とは言え、それはあくまでランサー印の礼装の籠手ありきなのだが(外見は原作のアレ)、その効果がえぐい。

 目に見えぬ不確定を以て、対象に何らかの不具合を発生させる。

 これは既に完成したパズルに無理矢理正体不明のパーツを追加する様なもので、対象の構造が複雑であればあるほど効果が高まる。

 その効果は単なる拘束や麻痺等の単純なものから、酷いと自壊や壊死を起こすものなど多岐に渡る。

 とは言え、所詮は魔術なので対魔力を持ったセイバーには無力であり、スケルトン対策のためと言える。

 

 「あの坊主も良いな。」

 「えぇ、ただ今少し先達からの経験が欲しい所ですが。」

 

 そして、士郎だ。

 先日のアサシンとの戦闘で分かる通り、マスター達の中で数少ないサーヴァントに抗し得る人間だ。

 今次聖杯戦争ならキャスターのマスターもそうだったのだが、生憎と彼女は先日の大焼却で死亡している。

 現状、こちらの方が数で圧倒的に劣っているため、戦力が多いには越したことがないのだが、それでも贅沢を言えば下級の英霊相手なら完勝できる程度の実力は身に着けてもらいたい。

 そのためにはもっと本人の戦闘経験の蓄積及び特異な投影魔術の精度向上を願いたいのだが……桜並かそれ以上に特殊な事もあり、ランサーとキャスターに出来る事は少ない。

 これだから起源特化型は面倒なのだ、とは思うものの、彼については鍛錬方法が確立しているのでそれを利用する。

 先ず、アーチャーの投影宝具の解析と模倣。

 これは実に効率が良いし、本人も解析した宝具は精度は兎も角投影は可能になっている。

 特に担い手の経験を吸収しているのは大きい。

 次に、魔力の問題だ。

 通常は礼装等で補うのだが、起源特化系はどうしても特殊過ぎて用意し辛い。

 なので、単純に魔力供給用の礼装を用意した。

 ここ衛宮邸の霊地の魔力と契約し、そこから発生する魔力を使用できるようにした。

 ランサー自身に関しては他の霊地と桜からの供給で既に十分だと判断したからだ。

 デザインは桜の籠手を赤くしたようなもの。

 端的に言ってリミテッド・ゼロオーバーである。

 そして最後、やはり実践に勝るものはない訳で…。

 

 「取り敢えず、こうして稽古をつけてはいるのですが…。」

 「あだだだ……。」

 「おら坊主、とっとと立たねぇと追い打ちすっぞ!」

 「うわっと!よっし、もう一本頼む!」

 「よしよし、威勢が良いのは良い事だぜ。」

 

 どったんばったんと道場でキャスター相手に食らいつき続ける士郎を見て、やはりこの子は型月産主人公だなぁと思うのだ。

 普通は稽古で手加減されているとは言え、英霊にどつかれて即座に復帰なんて出来ないし、その動きを見て反撃に移るとか無理である。

 数少ない例外として一部の代行者とか執行者とか根源接続者とかがいるが、あんなのは人類の範疇とは言えないので論外だ。

 

 (とは言え、二日かそこらでどれだけ準備が出来るか…。)

 

 恐らく、それが分岐点となるだろう。

 現状、ランサーの見立てでは自分とキャスターは間違いなく脱落する。

 先日出会った黒化したサーヴァント達のトップであるセイバーがそれだけこちらを警戒していると言うのもあるが、死者である自分達は生者の方を優先する傾向が強いためでもある。

 これは正規の英霊であればある程に強く、正道を好むが故の欠点でもある。

 まぁマスター達を無くせばその辺のリミッターは解除されるのだが、それは絶対に出来ない。

 

 (まぁ最悪、士郎達を連れて“島”に退避すれば良いでしょう。)

 

 取り敢えず、そろそろ良い時間なので昼食を作る事にしよう。

 そう思ってランサーは道場を後にした。

 

 

 ……………

 

 

 「おや?」

 

 衛宮邸の居間、昼食を終えて各々が疲れを癒そうと茶を啜ったり転寝する中、ランサーが不意に呟いた。

 

 「何があった?」

 「霊脈に接触がありました。現代の魔術の様ですが……内訳は、物資の転送及び魔力の供給…?」

 

 明らかにおかしい。

 あのおかしな黒化サーヴァント達はそんな事はしない。

 補給は魔力のみ、休憩も要らず、必要とあれば死んでも復活させられて扱き使われるブラック労働環境が彼らだ。

 だと言うのに、魔力は兎も角物資の補給?明らかにおかしい。

 

 「キャスター、此処の防衛を頼みます。」

 「偵察か?」

 「えぇ。状況が動きました。今夜で終わりにします。」

 

 それだけを告げて、ランサーは縮地を使用、衛宮邸から消えた。

 目指すのは市街地の一角、接触があった霊脈のある地点だ。

 

 「おいおい、急ぎ過ぎだろ。ま、気持ちは分かるがね。」

 「キャスター、ランサーは……。」

 「偵察だよ。が、状況が動いたのは確かだ。全員、何時でも動ける様に支度しな。」

 

 戦の匂い、戦況の変化をキャスターは誰よりも鋭敏に感じていた。

 曰く、この機を逃がすな。

 10年もの間、国一つを相手取ってゲリラ戦をし続けたケルトきっての大英雄の経験則は確かにそう告げていた。

 

 「ランサーが動いたって事は、良い方の変化か?」

 「だと良いがな。ま、元々後なんて無ぇんだ。前のめりに行こうぜ。」

 

 二カッと笑うキャスターに、しかし既に傑作アサルトライフルと名高いAK47(魔術的改造済み)を構えている慎二は苦々しい表情を隠しもしない。

 

 「それ、ケルト位でしか通じないからな……。」

 

 いや、多分薩摩とか新選組とかの辺りなら通じると思う。

 

 「んだよ、ノリがワリィな。シャキッとしな、シャキッと!」

 「いってぇ!?キャスター、お前サーヴァントの筋力考えろっての!」

 

 その体育会系な様子に、緊張に飲まれかけていた士郎と桜がくすりと笑みを零す。

 ここ二日、嵐の様に時間が過ぎていて考えられなかったが、この世界の人類は自分達以外滅んでしまった。

 そして今、最後の平和な時間が終わってしまった。

 不安に飲まれても仕方ない。

 絶望に膝を折っても当然だ。

 理不尽に涙しても当たり前だ。

 でも何故か、負ける気がしないのだ。

 

 「先輩…。」

 「桜…。」

 

 ぎゅっと、隣に立つ相手の手を握る。

 互いが互いを日常の象徴として見ている相手だ。

 自分よりも、互いに相手の方が大事だと確信している。

 だからこそ、相手を守って果てる事になっても、悔いはないと思っている。

 それでもなお、二人共が皆が無事に生き残る事を望んでいた。

 

 「生き残ろう。オレと桜と慎二とランサー、序でにキャスターも。」

 「はい。」

 「で、皆で宴会でもしよう。あぁオレ達頑張ったよなってさ。」

 「はい!その時は一緒に料理を作りましょう!」

 「あぁ、約束だ。」

 「はい!」

 

 不安しかない未来に、それでも彼らは前に踏み出した。

 

 

 

 こうして、彼らの人類史を巡る旅路は始まった。

 

 

 




対軍宝具「捩じ穿つ死翔の棘」 ゲイボルグ・フェイク ランクB
 ランサー・メドゥーサが友人であるスカサハから習得した槍の投擲方法であり、正確には宝具ではない。
 鮭飛びの術とセットであり、事前に加速→高く跳躍を挟まないと発動できない。
 この辺りはスカサハや生前のクーフーリンに劣ってしまう。
 また、投げるのは別の槍なので、30もの鏃に分かれる事は無いが、凍結による行動の阻害及び即死効果を持つ。

対人宝具「女神の抱擁」 ハルペー・オブ・メドゥーサ ランクB
 冥府の神々の従属神とも言われるメドゥーサが大魔獣討伐のために冥府の水を用いて鍛えた槍。
 その効果はあらゆる分子運動の停止であり、結果として攻撃した対象を凍結させる。
 そのため、切られた相手は痛みを感じる事なく、急速に凍結し、死に至る。
 その際、魔力の動きすら阻害されるため、通常の治癒魔術による治療を阻害する上に切り付けただけでも相手に凍傷を付与する。
 しかも、ゴルゴーンに止めを刺した武器と言う事で、人外や魔性への特攻も付与されている。




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FGO編 特異点F その14 加筆修正&後書き追加

 (あれが将来の人類悪(仮)と盾子ちゃんですか。)

 

 のっけから酷い独白で始まった。

 

 (まぁ兎も角、アサシンは退けて、現在はライダーと戦闘中ですか。)

 

 じっと気配遮断で身を隠しながら、その戦闘を観察する。

 やはり初陣だけあって、盾だけを持った風変りなデミ・サーヴァントの少女は動きが硬く、マスターとその上司である女性もこれといった支援が出来ていない。

 

 (魔力供給は辛うじて行っているようですが……これでは…。)

 

 ふと、魔力の変動を感知して周囲で一際高いビルへと視線を向ける。

 すると、やる気無さそうに戦闘中のマシュとライダーに向けて弓矢を番えるアーチャーの姿があった。

 

 「ていや。」

 「ぐはぁ!?」

 

 なので、瞬時に縮地で接近、気付かれる前に全力で蹴り飛ばしてやった。

 無論、スキルの怪力Bとルーン魔術での身体強化込みである。

 くの字に折れ曲がって吹っ飛んでいったが…まぁまだ死んではいないだろう。

 彼には士郎の成長のための当て馬になってもらいたいので、この辺で死なれると間に合わない可能性が高いし、是非死なないでいただきたい。

 

 「さて、助太刀しますか。」

 

 

 ……………

 

 

 『あのーそこで頑張ってるお嬢さんと右往左往中の魔術師二人。手助けは必要ですか?』

 

 その声が届いたのは、戦闘の最中だった。

 アサシンを撃退した後、移動していた所を戦車に乗ってやってきた巨漢のサーヴァントの襲撃を受けたのだ。

 当初こそ、その圧倒的な筋力を暴風の様に振り回して暴れ回るライダー?バーサーカー?相手でも、マシュは辛うじて持ち堪えていた。

 だが、街中にいるものよりも強い骸骨の軍勢を召喚しはじめると、その圧倒的な物量に押され始めた。

 

 「ッ、逃げて下さい二人共!私が時間を稼ぎますので…!」

 「ダメだ、マシュ!君も…!」

 

 頭ではマシュが言ってる事が正しいと分かっている。

 でも、彼女を見捨てる事なんて出来ない!

 藤丸立香はそう言って踏み止まろうとした所で、先程の声がかけられた。

 

 「■■■ッ!?」

 

 その声に真っ先に反応し、警戒態勢を取ったのはバーサーカーだ。

 流石に狂っているとは言え、一度自分を殺した相手を警戒する事は出来るらしい。

 

 「だ、誰が右往左往中の魔術師よ!?」

 『あ、手助けいらないみたいですから帰りますね。』

 

 そして、ヒステリーのままに叫んだオルガマリーの言葉に、声の主はあっさりと見放そうとした。

 内心で、どうせ此処で死んでも問題無いし、死んでから助けようかなーとか考えながら。

 

 「わーすいませんすいません手助けいります超いりますだから助けてくださーい!」

 『その言葉が聞きたかった。』

 

 が、幸いにもいなくなるより先に立香の要請が届き、声の主はあっさりと了承してくれた。

 

 「■、■■■■■■ーー!?」

 「な、北欧系の…ルーン魔術!?」

 

 瞬間、ライダー?の足元に複雑精緻な魔法陣が展開され、その動きを一瞬にして拘束した。

 こんなんでも優れた魔術師であるオルガマリーは一瞬で英霊を拘束できる程の強力な魔術を見て目を瞠る。

 

 「ではさようなら。」

 

 そして、瞬きをせぬ内に全てが終わっていた。

 一瞬紫色の何かが駆け抜けたと思った時、マシュと対峙していた巨漢の首がポン、と軽い音と共に跳んだ。

 次いで、その巨体の首から一瞬だけ鮮血が吹き出し、数秒後には先のアサシンと同様に黄金のエーテルへと解けていき、周辺にいた骸骨の軍勢も全てが消えていった。

 残ったのは破壊された街と正体不明の新たなサーヴァントだけ。

 

 「さて、全員無事ですか?」

 「あ、はい。ありがとうございます?」

 

 その人物は、美しかった。

 スラリとした長身、紫の長髪、特徴的な四角の瞳孔、女神が如き美貌。

 その全てが現代では考えられない程に整っており、神聖さすら感じられる。

 メリハリの利いた肢体を覆うゆったりとした服は……ギリシャ神話等で見られるものだ。

 雪の様な白の一枚布を肩当てで留めたキトン(内衣)の上に、黒い刺繍の入った灰色のヒマティオンを纏った姿は豪奢ではないのに女性的な美しさと中性的な凛々しさを感じさせる。

 そして、その右手に持った無骨な鉄色の長槍。

 薙刀の様な婉曲した穂先を持つその槍からは、何処か不吉な気配を感じる。

 その証拠に、マシュは未だ警戒を解かずに盾を構え、立香とオルガマリーを後ろに庇う位置を崩さない。

 

 「んー、貴方達は別の時代から来た、で合ってますか?」

 「ちょっと!質問するのはこっちよ!」

 

 あくまで話し合いの姿勢を崩さないランサーに、しかしオルガマリーが食って掛かる。

 この事態で完全に容量オーバーしているのは分かるが、しかし英霊にまで噛み付くのは自殺志願に過ぎた。

 

 「あぁ?」

 「ヒィ!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

 が、所詮はチキンと言われるオルガマリーでは、苛立ちを込めた英霊の威圧に耐えられる筈も無く、あっさりと謝罪を口にした。

 

 「えっと、危ない所を助けていただき、本当にありがとうございました。オレ達はカルデアって組織に所属する者で、別の時代からレイシフトでやってきました。オレは藤丸立香です。」

 「わ、私はマシュ・キリエライト、デミサーヴァントです!」

 「私はこの街の聖杯戦争で呼び出されたランサーのサーヴァント、英霊としての真名はヘカテーのシビュレです。」

 「へ、ヘカテーのシビュレですって!?」

 

 互いに自己紹介すると、立香の後ろで怯えていたオルガマリーが叫んだ。

 

 「わ、どうしたんです所長?」

 「先輩、ヘカテーのシビュレは魔術の歴史上とても重要な人物なんです。」

 

 そして、マシュは説明を始めた。

 

 

 ……… 

 

 

 曰く、ヘカテーのシビュレは西洋系一本だった現代の魔術の歴史を覆した人物だと言う。

 古代ギリシャの人物が何故そう言われるようになったのかと言うと、現代のグルジアの沿岸部に位置するカフカース(コーカサス)地方の古い地層より、ヘカテーのシビュレが遺したと思われるレシピの載った石板と青銅版が発掘されたのだ。

 神秘をたっぷり含んだソレは、発掘チームを指揮していた西洋魔術史科のロードが時計塔に持ち込んで解析に励んだ。

 そして、その内容が凄かった。

 調査の結果、通常の古代ギリシャ語で刻まれたメニューの他、魔術的な隠蔽が施された裏メニューが併記されていたのだ。

 が、この裏メニュー、時計塔に在籍する過半の魔術師では完全に再現できなかった。

 劣化再現だけでも魔術的素養の僅かながらの発育強化や一時的強化が確認されており、是が非でも再現したいと駆け回ったロードは発掘による資金不足に喘ぎながら、他のロード達にも嫌々協力を要請し、各々がこの課題に取り組んだ。

 その中には一応ゲテモノ扱いされている現代魔術科も含まれており、更に言えばその中に根源には興味無い東洋魔術(呪術)やアメリカ・アフリカ・中東等の呪術師の家系出身の生徒も多数いた。

 で、そういった東洋系の生徒達がふと気づいたのだ。

 

 「あれ、これ東洋思想の術式混じってね?」と。

 

 そこからは早かった。

 日本の神道、中華の仙術、ユーラシア各地の古い呪術に北欧のルーン魔術と、節操なくあちこちの神話や文明の術式が複雑怪奇に入り乱れた暗号だと判明したのだ。

 なら、その道の専門家達を集めて取り掛かろうとなったのだが……如何に時計塔のロード達と言えど、余所の文化形態の神秘には詳しくないし、また伝手も無い。

 なので、その伝手のある現代魔術科が方々を尋ね、何とか集めた専門家達によって謎に満ちたレシピは半年がかりで漸く解析されたのだ。

 無論、完全再現には材料や現代の魔術師の技量の問題で至れなかったものの、それでも凄まじい美味さと効能を発揮してくれた。

 何とこの再現料理、魔術回路の様な先天的な才能を伸ばすばかりか、魔術的には枯れた筈の血筋を復活させる事が出来たのだ。

 また、魔術とは関係なくとも何かしらの才能に目覚める場合もあり、大抵の怪我や病気の類も治してしまうと言う出鱈目具合だったのだ。

 この成果により、もっと他にレシピが無いかと多くの魔術師達による古代ギリシャの遺跡の発掘が盛んになった他、未だ世界に残る西洋系以外の神秘の再評価も始まる事となった。

 この一連の流れを作ったとして現代魔術科の名声が上がり、そのTOPである名講師の地位は更に不動のものとなった。

 

 なお、完全な余談だが、その名講師が料理を食べた結果、慢性的な胃炎やストレス性の眉間の皺が消えたらしい(弟子によってすぐ再発するが)。

 

 

 ………

 

 

 「と言う訳で、魔術師からすればとても有名なのよ。」

 

 と、オルガマリーが漸く興奮混じりの説明を終えた。

 

 「現代の人間にまでそう言われると、少々照れるものがありますねぇ。」

 

 が、そんな興奮もランサーにとっては意味がない。

 これでも料理の女神様、料理にその手の要素を持たせるのはお茶の子さいさい。

 それに、神代では大気中のエーテルによってその手の効果は何を食べても多少はあるので、特に胸を張る様な事でも無いと思ってるのだ。

 

 「とは言え、少々話し込み過ぎましたね。」

 

 ぐるりと周囲を見回すと、そこには大人しく話が終わるまで待っていた元冬木市民の皆様(現骸骨)が周囲をみっちりと包囲していた。

 

 「ヒィィ!?」

 「取り敢えず、包囲を突破します。案内をしますので、こちらの拠点に来て下さい。」

 

 よし、もう我慢しなくて良いな!とばかりに襲ってきた骸骨を、しかしランサーは脅威とは見ていない。

 だって、メディアの竜牙兵の方が怖いし、単に弱いし。

 

 「突破口を作りますので、走り抜けて下さい。」

 

 言って、その場から鮭飛びの術で上空に向けて跳躍、槍の投擲態勢へと移る。

 

 「『捩じ穿つ死翔の槍』!!」

 

 ゲイボルグ・フェイクと言う真名解放と共に、対軍投擲が放たれた。

 

 

 

 この一撃により骸骨達の一角が消飛び、その隙をマシュが突貫、ランサーの支援の下に全員無事に衛宮邸に辿り着く事となる。

 

 

 

 

 

 

 




現在判明してるランサーメドゥのスキル
・原初のルーン…北欧神話勢&スカサハから教わった。
・怪力B…自前。
・多重召喚…生前の逸話補正。
・身外身の術…闘将仙仏に習った。
・縮地(術&技)…同上。
・権能:料理…自前その2。
・魔眼A++…自前その3。
・戦闘続行…ランクはクラスによって変更。

判明してる宝具及び宝具相当のもの
・槍
・インド核
・劣化三段突き&燕返し
・城壁
・酒
・ゲイボルグ偽(投げ方)
・???
・???


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FGO編 特異点F その15

 「ドーモ西暦2004年の皆さん。2015年から来ましたカルデアの者です。」

 「忍殺やってる場合ですか。」

 

 衛宮邸で何とか一息ついた頃、立香からの衛宮邸の住人達への挨拶がこれだった。

 直後、ランサーから容赦なく突っ込みが入ったが。

 

 「取り敢えず、上がって休んでくれ。古いけど広いのだけは取柄だからな。」

 

 未だ軽口こそ絶えないものの、それでも煤塗れで疲弊していた3人を前に家主たる士郎は笑顔で告げた。

 

 

 ……………

 

 

 衛宮邸の居間にて

 カルデアの面々に衛宮邸の住人達、そしてキャスターを加えた総勢8名が湯呑を片手に情報交換を行っていた。

 

 「成程、凡その事情は分かった。」

 

 頭が痛い、といった様子を隠そうともせず、慎二は言った。

 魔術的知識に乏しい士郎と桜は疑問符が舞っているし、カルデア側の筈の立香も隣のマシュからちょいちょい補足されて漸く話についていっている状況の中、事の重大さをしっかりと理解した慎二は頭を抱えたくなっていた。

 

 「つまり、この土地を起点に人類が滅ぶ可能性があると。」

 「えぇ、私達はその原因を調査するために2015年からレイシフトと言われる時間遡行技術によってやってきたの。」

 

 途方もない話であり、最早SFの領域だった。

 しかし、実際に人類は時間の流れに逆らう術を獲得し、不慮の事態であったとは言え、こうしてそれを成功させている。

 通常の世界のままなら、間違いなく在り得てはいけない事態だった。

 

 「とは言え、先程も言った通り、この時代が焼き尽くされたのは我々サーヴァントの仕業ではありません。」

 「えぇ。通常のサーヴァントじゃどんな強力な英霊でも、そんな事は不可能よ。」

 

 ランサーの言葉に、オルガマリーが頷く。

 今次聖杯戦争において、人間を始めとした一定以上のサイズの生命体のみを焼く宝具や能力を持った英霊はいない。

 更に言えば、例えそんなものを持っていたとしても、人類の未来を左右する程の出力となると個人ではどう足掻いても無理だ。

 こんな驚きの事実だが、衛宮邸の面々の納得は早かった。

 と言うのも、既に衛宮邸では慎二主導ランサー補助で街の外への通信を試みていたからだ。

 しかし、電話も、テレビも、ラジオも何の音沙汰もなく、使い魔ですらこの街を出た瞬間に焼却されてしまった。

 この事から街の外は本当に何もかもが焼却されており、生き残りはいないと判断された。

 そして、あ、これはこの街にいないとアカンな、と慎二とランサーが気づくのは早かった。

 

 「この街がまだ燃え残っている理由は、恐らく聖杯でしょう。」

 

 こんな事を仕出かす黒幕が今更聖杯に固執するとは思えない。

 ならば、黒幕に反意を持つ末端の仕業が考えられる。

 或は、黒化したサーヴァント達はその原因を取り除くためにこの街で活動しているのかもしれない。

 

 「じゃぁ聖杯の確保が必要と考えるべきかしら?」

 「ですね。ただ、冬木の聖杯は聖杯戦争がまだ半分も進んでいない事からまだ完成していないと考えられます。」

 「つまり、冬木の聖杯とは別にそれに匹敵する代物がこの街に存在すると言う訳ね…。」

 

 今度はオルガマリーも頭が痛くなってきた。

 なんで裏業界でも伝説級の厄ネタが一つの街に二つもあるのやら…。

 

 「で、聖杯を確保した後も事態が解決しない可能性もあります。」

 「根拠は?」

 「黒幕は聖杯に匹敵する礼装を作成できるのです。黒幕自身の力はそれを凌駕する可能性があります。」

 

 その場合、黒幕がちょっと本気を出した時点で終了である。

 

 「と言う訳で、聖杯とか色々あげるので、桜と慎二と士郎の保護をお願いしてもよろしいですか?」

 『ちょ!異なる時代の人間をレイシフトで連れ帰る事は違法だ!それに意味消失させずに上手く転送できるかどうかも!そもそも、その3人にレイシフト適性があるかすら検査してみないと…!』

 「であれば何の問題もありませんね。」

 

 突然のロマンからの通信を、しかりランサーはばっさりと切り捨てた。

 何の問題もないと、彼女は説明を続ける。

 

 「何のための聖杯、何のための願望器ですか。冬木の聖杯を確保するには他のサーヴァントを倒さねばならない。そして聖杯に匹敵する礼装を持っている可能性が現状最も高いセイバーを倒すにはどの道他の黒化サーヴァント全てを倒さねばならない。」 

 

 つまり、最初からする事に変わりはなく、何の問題もありません。

 相手は狂って劣化の限りを尽くしたとは言え、ヘラクレスを含む陣営であり、更には聖杯と言う無尽蔵の魔力リソースを持った、未熟なマスターと言うハンデ無しの墜ちた騎士王だ。 

 それらを相手に、神代屈指の師にして賢者であり、魔術師にして女神はあっさりと言い切った。

 

 「今なら敵はアサシンとライダーを欠いた状態です。後はアーチャーと本丸たるセイバーのみ。そして、バーサーカーは未だ聖杯の中で黒化され切っていません。」

 

 そして、黒化英霊は一定時間あれば再召喚されてしまう。

 叩くなら、今こそが好機だった。

 

 「……いいでしょう。」

 『所長!?』

 「人類全体のためです。その程度は飲ませます。ですがランサー、良いのですか?」

 

 ランサーの言葉に、それを絶対に看過できない筈のオルガマリーはしかし、強い意志と共にそれを些事と言ってみせた。

 恐らく、この後に訪れるだろう魔術協会や国連からのしつこい追及を考えたのだろうが、それよりもミッションの完遂こそが重要だと判断したのだろう。

 次いで、ランサーに確認する様にオルガマリーは問うた。

 

 「貴方もまたサーヴァント。聖杯に捧げる願い位あるのではないのですか?」

 「あ、すいません。私は現世観光できればそれで良いので。」

 「えぇ……(困惑)。」

 

 眼光鋭く問うたオルガマリーに、しかしランサーは若干申し訳なさそうに告げる。

 聖杯で何か大層な願い事叶えるのとか厄ネタフラグじゃん、と冬木の聖杯の汚染度を知る彼女はそう考えていた。

 出来ても最大で受肉くらいだろう。

 それも英霊として最高位であるギルガメッシュすら思考が若干悪よりになっていたと言うのに、完全に反転状態とか罰ゲームでしかない。

 どう考えても人類悪顕現な事態になって抑止力不可避である。

 

 「わ、解りました。取り敢えずもう30分程休憩したら出発と言う事で。」

 「あ、道中を行くのに車等も用意しましたので、慎二がセイバーのいる円蔵山の麓まで乗せてくれますよ。」

 「運転は大体覚えたから、安全運転する分には問題ないよ。」

 「んん?」 

 

 そこまで聞いて、士郎はふと疑問に思った。  

 

 「慎二、免許は……。」

 「ははは。衛宮、こんな非常時に教習所が開いてると思うかい?」

 「大丈夫なんだな?(念押し)」

 「大丈夫大丈夫僕を信じて信じてー(棒)。」

 「待て待て待て待てちょっと待て。」

 

 がくがくと慎二の肩を揺さぶる士郎。

 へらへらと明後日に視線を向ける慎二、ちょっと切羽詰った顔の士郎。

 実に仲が良いなぁ彼らは(棒)。

 

 「さて、状況を開始する前に戦力の確認をしておきましょうか。」

 

 そんな少年二人の混沌ぶりをスルーして、ランサーは話を進めた。

 

 

 ……………

 

 

 で、

 

 「おら、アンサズ!」

 「くぅっ!」

 

 現在、衛宮邸の広い庭はキャスターVSシールダーの練兵場と化していた。

 

 「ちょっと無茶すぎないかしら!?」

 「いえ、これ位の荒療治は必要かと。」

 「マシュ……。」

 

 その様をオルガマリーとランサー、そして立香少年は見つめていた。

 

 「英霊にとって宝具とは即ち己の生き様の証明であり、歩く事と同義です。教える事は出来ません。」

 「だから追い詰めて、本能的に思い出させるのね?」

 「えぇ。彼女の宝具、セイバーを相手にするにはかなり有効そうですので。」

 

 ドカンドカンと一度は直した塀や庭が盛大に吹っ飛ぶ中、士郎達は車に必要そうな装備等の詰め込みや家の戸締りをしていた。

 

 「おら、もっと気ぃいれな!」

 「ひゃうん!?ど、何処触ってるんですかー!」

 「こら!うちの子にセクハラは禁止―!」

 

 不意の接近戦に反応が遅れるマシュを嘲笑うかの様に、キャスターはその豊かなお尻をすれ違い様に揉みしだいていき、それを立香が怒る。

 下手人に顔を真っ赤にしたマシュが盾を振りかざして追うが、しかし元々の敏捷性の差故に全く追いつく事が出来ない。

 

 「マシュ、貴女は守りが本領です。ならば無理に追うのではなく、カウンターに徹しなさい!」

 「は、はい!」

 

 だが、降り来る炎を前に、マシュの大楯は決して崩れない。

 無論、その熱波と着弾の衝撃は相当なものがあるが、いざ守りに入ると本当に堅い。

 その特性を生かすべく、ランサーは声を掛け続ける。

 

 「下手に攻めず、守りを固めなさい!そのまま進めば、盾は立派な武器になります!」

 「はいッ!」

 

 下手な城壁よりも固く、槍等よりも遥かに重い盾を構えたまま、マシュが突進する。

 それはキャスターにするりと避けられるが、それでも先程の様な真似はされない。

 

 「常に正面に相手を捉える!でなければ後ろの誰かが死ぬと思いなさい!」

 「ふぅ!」

 「おっと!」

 

 時には死角に入られていたのに、今ではもうマシュはキャスターを視界から外さない。

 キャスター自身の手加減と言うものもあるが、それ以上の彼女の中の英霊の持つ技量と経験がマシュに力を与えていた。

 

 「さぁて、そろそろかねぇ。」

 

 言って、キャスターが動きを止め、杖を構える。

 その視線の先にはマシュ、更にその先にはカルデアの面々、即ち立香とオルガマリーの姿があった。

 

 「オレはこれから宝具を使う。対軍宝具だ。防げなきゃ後ろのマスター諸共焼き尽くされるぞ。」

 「な、」

 「ちょっと本気!?」

 

 絶句するマシュ、驚くオルガマリー。

 だが、二人の驚愕を意に介さない様に、キャスターは土地から供給された魔力を練り上げる。

 

 「防げよ。でなければ諸共に此処で死んでおいた方が、お前らのためだ。」

 

 キャスター、クー・フーリンはその圧倒的過ぎる戦闘経験からこの戦いが長く続く事を見抜いていた。

 だからこそ、此処で彼女達が終わるのなら、まぁ現在の人類とは所詮その程度だったのだろうと思うだけだった。

 この割り切り、実にケルトである。

 だからこそ、この一撃は間違いなく本気のものだった。

 

 「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。人事の厄を清める社――」

 

 詠唱と共に地面に光り輝く魔法陣が浮かび上がる。

 ルーン魔術で構成されたソレの中から、遂にキャスターの宝具が姿を現す。

 

 「倒壊するはウィッカー・マン!オラ、善悪問わず土に還りな───!」

 

 これぞドルイド信仰における人身御供の祭儀の再現。

 無数の枝で構成された茨の巨人、ウィッカーマン。

 その虚ろな胸の檻の中に生贄を納めるべく、炎を纏いながらマシュへと襲い掛かる。

 

 「ッ、あああああああああああああああああああああああああ……ッ!!」

 

 その脅威を前に、何より自身の背後にいる二人のために。

 マシュはその全身から魔力を放出し、それを以て障壁を展開する。

 スキル:魔力防御。

 デミ・サーヴァント固有のスキル、憑依継承によって得たソレは魔力をそのまま防御力へと変換する。

 魔力さえあれば対国宝具並の防御範囲を発揮できる。

 

 (ダメ、このままじゃ……!)

 

 だが、今の彼女の魔力量では対軍宝具であるウィッカーマンは防げない。

 であれば、どうなる?

 当然、焼け死ぬだろう。

 まだ何も出来ず、また何も出来ず。

 そして、それはマシュの後ろにいる二人も…。

 

 「マシュ!」

 

 不意に、自分の名を呼ばれる。

 視線を向ければ、そこは青く澄んだ瞳を向けるマスターである少年がいた。

 その隣に怯え竦みながらもこちらを見続ける人もいたが。

 彼は逃げもせず、怯えもせず、ただじっと自分を見つめていた。

 

 「頑張って!」

 

 その右手にある令呪が光り輝き、一画が発光と共に失われる。

 彼の瞳には穢れも、迷いも、怯えも無く。

 ただマシュ・キリエライトへの心配と信頼のみがあった。

 

 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……」

 

 自分が敗れれば、あの綺麗な瞳が消えてしまう。

 それはダメだ。

 それだけはダメだ!

 自分が守らなければならない!

 

 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 真名の解放も、事前の詠唱すらも無い。

 ただただ必死だった。

 必死で守ろうとした。

 大事な大事な、本当に大事な人のために。

 どんなに怖くても、どんなに恐ろしくても。

 彼女の心には一切の穢れなく、また迷いなく、折れる事も無く。

 その思いは堅牢な魔力障壁となって結実し、襲い来るウィッカーマンの暴威を見事に防ぎ、凌ぎ切った。

 

 「ほぅ…!」

 

 それを見ていたランサーが感嘆の声を漏らす。

 嘗ての知識ではなく、本当に目にする事で改めてその尊さがよく分かる。

 こういうものを見ると、やはり人は存続するべきだと思うのだ。

 どんな負債と汚濁と呪詛に塗れようと、真に美しいものがある限り、人は続いて良いのだと。

 

 「御美事です、マシュ・キリエライト。最後まで逃げなかったマスター共々、貴女達は本当に素晴らしい。」

 

 肩で息をするマシュと、彼女の下へと駆け寄っていく立香を見ながら、ランサーは知らず笑みが零れた。

 

 「さて、私も自分の仕事をせねばなりませんね。」

 

 そう独語して、ランサーはひらりと塀から降りると、何事かと集まった全員の下へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 




もう4・5話程度で冬木編終了の予定。
しかし、此処まで長すぎである(汗
やっぱもっとあっさりとした方が良いんだろうか…


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FGO編 特異点F その16

 衛宮邸及びカルデアの面々は一路セイバーの陣取る円蔵山に向かうべく、慎二の運転する藤村邸にあったハイエース(曇り窓仕様)に乗って出動した。

 その天井には防衛役としてマシュが立ち、ランサーは斥候として先行して周辺の警戒に当たっている。

 唯一キャスターは車内にいるが、彼は彼でマスター達の直掩としてルーン魔術による結界の構築と厄除け等を担当しており、決して遊んでいる訳ではない。

 

 「大丈夫大丈夫大丈夫……こっちにはケルトの大英雄にギリシャの英雄達の師匠がいるんですもの……でもでもでももしもの時だってあるだろうしあああああああああああ」

 

 何より、新兵のメンタルケアしとかないと不安で仕方なかったのもあった。

 

 「お嬢ちゃんも落ち着けよ。どの道一本道なんだ。退いても死ぬだけ、進んでも同じ。ならまぁ、後は前に進むしかねーだろ。歩くか走るかは兎も角、悩むだけ無駄だ無駄。」

 

 だが、出てきた言葉は実に修羅道ケルトらしき物言いだった。

 

 「あー、所長。キャスターもこう言ってる訳ですし、もう少し前向きにいきましょう。」

 「何言ってるのよ!相手はあのアーサー王なのよ!?エクスカリバーとか未熟なマシュで防げるかどうか…!」

 「その、申し訳ありません、所長。私が至らないばかりに……。」

 

 自身の名前が出た所で、話を聞いていたマシュがすまなそうに謝罪してくる。

 

 「うぇえ!?い、良いのよマシュは!貴方だって初陣なんだし、ついさっき仮想とは言え宝具を使えるようになったばかりなんだし、そもそも貴女だってついさっき死にかけてたのだし……寧ろそんな貴女に頼るしかない私って……。」

 「所長所長!それ以上はド壺に嵌まるだけですから楽しい事考えましょう所長!」

 

 カルデア組の二人が必死になって所長を励まそうとするが、焼け石に水状態だった。

 それを見て、車内の衛宮邸の住人達は顔を引き攣らせた。

 こんなのが時計塔のロードの一角?カルデアの、人理の守護者のTOP?

 3人の胸中に不安が渦巻いた。

 

 「慎二、止まってください。」

 「っと、敵か?」

 「前方2km、アーチャーです。」

 

 車外で斥候から戻って来たランサーの言葉に、車内にいた全員の顔が引き締まる。

 

 「瓦礫が多くて道路は塞がれてます。車は乗り捨ててもらって構いませんので、装備と礼装だけは忘れずに。」

 「分かってる。じゃぁ事前の取り決め通りに。」

 「えぇ。」

 

 そして、一同は十字路にて双剣を手に待ち構えていたアーチャーの下へと到達した。

 途中、妨害は無かった。

 本来ならするべきなのだろうが、その気になれば一瞬で距離を詰める事の出来る弓兵殺しとも言えるランサーのいる現状、双剣を手放す事は出来なかった。

 

 「酷い様ですね、アーチャー。」

 「言ってくれるな。私とて不満なんだ。」

 

 げんなりとした様子でアーチャーは言った。

 黒化とは言わないが、聖杯による強制力を掛けられて人理を滅ぼす側に加担させられている守護者。

 ランサーは原作知識からセイバーが黒化して尚この特異点を維持する事で完全に人理が滅びるまでの時間を稼いでいる事を知っているが、それにしたってアーチャーにとっては不満処の話ではないだろう。

 

 「時間が惜しい。皆は先に行っててくれ。」

 

 そして、士郎が一歩前に出た。

 それは戦力分析の終わった後、士郎が自ら提案した事でもあった。

 恐らく、未来の自分かそうでないにしても非常に自分に近い存在。

 そして、士郎はアーチャーの投影からその経験や技量を模倣し、英霊に近い戦闘能力を発揮できる。

 無論、人間である以上は魔力量や経験に疲労等の違いはあるだろう。

 それでも、その急激な成長力は見過ごせない。

 そう判断したが故に、此処で無茶をする必要があった。

 無論、勝算があっての事だったが。

 そんな士郎に、成れの果てたるアーチャーは鋼の如き鋭い視線を向けていた。

 

 「正気か?私の投影を真似たのなら、私が何であるかを知っている筈だが?」

 「だからこそだ。オレはお前を倒す。それ位出来ないと、此処から先でも何も出来ない。」

 

 アーチャーの視線が先を促す。

 それだけが本音ではないだろうと。

 

 「何より、オレと同じ理想を目指しただろうお前が、こんな事に加担しているのが許せない。」

 「自己嫌悪か。成程、それならば好都合だ。」

 

 アーチャーが双剣を構える。

 そこから感じる殺意に、自然と士郎も身構える。

 

 「皆、先に行っててくれ。こいつを倒してから、オレも追いかけるから。」

 「じゃぁ、私も一緒に残りますね。」

 

 不退転の決意を士郎が固める中、しかし桜だけはその場に残った。

 

 「桜……。」

 「見届け人はいた方が良いと思いますから。それに先輩達って、そのままダブルノックダウンして倒れそうだし…。」

 

 衛宮士郎×2の中に嫌な空気が流れる。

 こいつと一緒扱いされるのは凄い嫌だ。

 つーか勝つし。絶対勝つし!

 言わずともそんな空気が流れている。

 

 「と言う訳で、皆さんは先に行ってて下さい。私は先輩と一緒に行きますから。」

 「あぁもう……桜はここぞと言う時は本当に強情ですね……。」

 

 振り返り、笑顔で告げる桜に、ランサーと慎二は早々に説得を諦めた。

 あ、これアカン奴や、と二人は早々に悟ったのだ。

 

 「あ、そうそう。ランサー、頑張ってくださいね。」

 「此処で令呪ですか。まぁありがたいですが……。」

 

 偽臣の書に1画使った、残り2画の内の1画。

 それが消費され、ランサーに急激に多量の魔力が流れ込む。

 桜からの供給も偽臣の書のみで動いていた頃とは比較にならない程であり、これならば壁を除いた宝具は連射すら可能だろう。

 

 「では士郎、桜。先に行って待ってますよ。」

 「衛宮、桜。死ぬんじゃないぞ。」

 

 そう言って、一同は先に進んでいった。

 

 「良いのか?今生の別れだぞ?」

 「まさか。後でちゃんと再会して怒られる。それでいつも通りさ。」

 「そうか。」

 

 それは嘗て、エミヤが無くしたものだった。

 エミヤが理想を追う余り、顧みなくなったものの一つだった。

 この街で召喚されて、色々と思い出してきたが、それでも彼は自分殺しの誘惑に未だ抗えなかった。

 

 「例え世界が滅ぼうと、お前だけは此処で殺す。泡沫の夢みたいな理想、抱いたまま溺死しろ!」

 「オレは死なない。オレにはまだこの手に残ったものがある。そのためにも、オレは死ねない!」

 

 これを皮切りに、二人の衛宮がぶつかり合った。

 

 

 ……………

 

 

 「あー、これはヤバいですね。」

 

 一方、桜と士郎を残して進んでいた一行はランサーの言葉に足を止めた。

 

 「ヤバいって何がだよ。今更渋るなよ。」

 「えーっとですね、この先からヘラクレスの気配がしまして……。」

 「ヘラクレスですって!?」

 

 ギリシャ神話最大の英雄の名に、またオルガマリーがヒステリー気味に叫んだ。

 

 「ヘラクレスって……勝てる訳ないじゃない!何でそんなのが召喚されてるのよぉぉぉぉ!?!!」

 「アインツベルンに文句言って下さい。まぁ令呪の効果も切れてるでしょうし、理性無しのバーサーカーなら私一人d」

 

 そこまで言って、ランサーは不意に槍を構えた。

 ほぼ同時、原初のルーンと怪力による自己強化を走らせ、そのステータスを一時的に生前のそれへと近づけた。

 慎二と立香、オルガマリーが把握できたのはそこまでだった。

 マシュは辛うじて、キャスターはしっかりとソレを視認していた。

 

 音すら置き去りにする俊足で距離を詰めたヘラクレスが、斧剣を振り被っていた。

 

 「……ッ!!」 

 

 辛うじて、寸での差でランサーの槍が振るわれた。

 それにより、形式上の一行の頭目であるオルガマリーへと振り下ろされた斧剣は防がれた。

 

 「ぎゃああああ!?」

 

 だがしかし、その剣閃による衝撃はしっかりと周囲へと拡散し、爆心地にいたオルガマリーは5mも吹っ飛ばされてゴロゴロと地面を転がった。

 他の面々も余りの衝撃に倒れてしまい、完全に足が止まってしまった。

 

 「ふんぬ!」

 

 その状態で、ヘラクレスが空いた左手で拳を振るう。

 拳圧だけで並の英霊を即死させ得る大英雄の拳撃。

 それが弱い生身の人間へと降り掛かれば、ミンチすら残らないだろう。

 

 「させません!」

 

 故に、主達を守ろうと盾の少女が動いた。

 

 「ぐ、ぅぅうううううぅぅ…!!」

 

 連打される拳圧に、呻き声と共にマシュが踏ん張る。

 ここで臆せば皆が死ぬ。

 それが直感的に分かったが故に、彼女はその場に踏み止まった。

 

 「アンサぁズ!」

 

 オレを忘れるなと、キャスターのルーン魔術による支援が入り、ヘラクレスを焼き尽くさんと炎が迫る。

 しかしそれをヘラクレスはその大柄な体格から思いも寄らない身軽さで回避し、仕切り直すべく一旦後方へと退避する。

 

 「しまったな。今ので過半は貰うつもりだったのだが。」

 「こちらとしては早々に札の一つを切らされてしまったのですが……マジですかー。」

 

 ヘラクレスは以前とは似ても似つかない程に変化していた。

 以前よりも身長が50cm程も低く、何よりマルタもとい丸太の様な巨躯だった筈がその筋肉が削げ落ちて寧ろ細い位になっている。

 何よりも、騙し討ちや奇襲をする必要も無いのに、僅かばかりの勝率上昇のために平然と行う精神性。

 その原因に思い至ったがため、ランサーは深刻な頭痛と胃痛を感じ始めていた。 

 

 「聖杯による隷属は考えていましたが……まさかクラス変更とは思いませんでした。」

 「クラス特性全盛りの身で何を言うか。」

 

 狂気を捨て去った若かりし弟子が的確なツッコミを入れる。

 まぁ確かにこのメドゥーサ、聖杯戦争においては卑怯な位に有利なので言われても仕方ない。

 

 「いやしかし、何で選りにも選って『復讐者』なんですかアルケイデス。」

 「己が選んだ訳ではない。が、不思議と身が軽くてな。」

 

 そう言って、先日よりも若返った少年の顔で、大英雄だった男は嗤った。

 

 

 「アヴェンジャー・アルケイデス。故有ってこれより貴様らを塵殺する。一人も残さぬ。」

 

 

 大英雄ヘラクレス。

 その彼において唯一つ『悪』に堕ちてしまった側面が、人理最後の希望の芽を摘まんと現れた。

 

 

 




レ/フ「あのセイバー使えねーなー」
→「よっしゃ、大英雄いるんだしコイツ使おw」
→「何だコイツまだ逆らうのかよ!生意気だし反転させちゃろwww」

結果、アルケイデス君爆誕☆
但し、召喚じゃなくあくまでクラス変更なので宝具までは持ってません。

Q、つまり?
A、単なる理性ありヘラクレス(属性:悪)


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FGO編 特異点F その17

 「全員、走り抜けなさい!」

 

 それだけ言って、ランサーは眼前の大英雄の成れの果てへと挑んだ。

 自陣において、自分だけが現在の彼に相対できると悟っているが故に。

 

 「総員駆け足ィ!」

 

 固まったマスター達の中、マスター適正は無くとも魔術師として最もキャリアを積んでいるオルガマリーが叫んだ。

 瞬間、突然の奇襲に思考が空白化していた面々が一斉に駆け出す。

 

 「はぁッ!!」

 「フッ!」

 

 彼らの進路を作るため、ランサーは得意の一撃離脱をせずに踏み止まり、アルケイデスと正面から斬り合う。

 それが自身にとって不利であると知っていても、それでも彼女は前に出た。

 その覚悟を無駄にしないためにも、他の面々は決して支援せずに、少しでも彼女の邪魔にならない様にその場を走り去っていった。

 

 「ぜぇア!」

 

 大上段からのランサーの振り下ろしを、アルケイデスが欠けた斧剣で受け止め、空いた片手で拳を振るう。

 先日同様に直撃すれば挽肉確定のその拳を、しかしランサーは下がらずに限界まで強化された己の手で逸らす。

 開始一分にならぬまま、既に人間では視認できない速度で三桁となる剣戟の応酬を交わす。

 しかし、その時点で既に両雄には明確な差が存在した。

 その証拠に、既に逸らし切れなかった攻撃の余波だけで、ランサーの身体はボロボロだ。

 原初のルーンと怪力、そして霊地とマスターから供給される魔力を用いたランサーのステータスは筋力A 耐久B 敏捷A+ 魔力A 幸運Cと中々のものだが、それは相手も同じこと。

 

 「ふん!」

 「くゥっ!?」

 

 アルケイデスの横薙ぎの一撃を、余波すら当たる訳にはいかないとランサーは必死になって範囲内から離脱する事で回避する。

 この復讐者のステータスは筋力A+ 耐久B 敏捷A 魔力A+ 幸運Eとほぼ同程度だ。

 となれば、後は彼我の技量と経験が生きてくる。

 そして、純粋な闘争の技量と言う点においては、復讐者の方が遥かに勝る。

 

 「どうした?その程度ではあの者達を狙うぞ。」

 

 アルケイデスの視線が、もう見えなくなったカルデア+慎二一行の去った方角に向けられる。

 その一瞬、目を離した隙に、ランサーの姿が消えていた。

 

 「……どうであれ、所詮はギリシャの神霊か。」

 

 逃げたと言う事実に、アルケイデスは失望を隠さずに吐き捨て、その場を去った。

 

 

 ……………

 

 

 (あっっっぶなかった…!)

 

 その頃、ランサーは仙術の方の縮地によって異相空間へと潜伏していた。

 

 (あのタイミングで仕掛けてたらカウンターで今度こそ死んでましたね。)

 

 見え見えの隙と挑発。

 乗っていたら、視線を向けられないままに切り捨てられていた。

 

 (さて、慎二達には悪いですが、ちょっと卑怯事をしましょうか。)

 

 幸いにも、あのアルケイデスは自分が最も苦手とする分野で戦っている。

 本来、ヘラクレスに下手な戦略等必要ない。

 だと言うのに卑怯事をするのは、彼の精神性のみならず最大限の力を発揮できる「正面からの戦闘」と言うアドバンテージを殺す事に他ならない。

 そもそも、そういうのが得意だったら、純粋な指揮官や戦術家としても名を残している。

 残っていないのは、つまりはそういう事なのだ。

 

 (昔上げた知恵の輪とか、全部途中で壊しちゃって落ち込んでましたしねー。)

 

 師匠及び親しい身内だけが知ってるあるけいですくんの過去である。

 

 (ではでは、本当のズルさと言うものを教えてあげましょう。)

 

 にっこりと、つい先程追い詰められた仕返しをしようと、ランサーは仕込みを開始した。

 

 

 ……………

 

 

 「あーもう!ランサーはどうしたのよーー!!」

 

 必死になって円蔵山へと走り続ける一行。

 その彼・彼女らの頭上へと、先程から引っ切り無しに飛来物が落ちてくる。

 それは電柱であり、打ち捨てられた車であったり、ビルの貯水槽であったりと。

 取り敢えず投げられそうなものを片っ端から投げていると言う風に、次々と飛来物が降り注いでくる。

 

 「ったく、バカ力過ぎんだろ!」

 

 文句を言いながらも、決してキャスターの迎撃の手は緩まない。

 彼ら純粋なサーヴァントにとっては神秘の篭もらない純物理攻撃等は意味を成さないのだが、一発でもしくじればマスター達に被害が出るのは確実だ。

 そのため、彼は魔術によって隕石の様に飛来する瓦礫の内、命中コースにあるものの対処に当たっていた。

 とは言え、一人では細かいものまで対処し切れない。

 

 「小さいのはこちらに任せてください!」

 

 だが、此処には守りに特化したデミ・サーヴァントがいた。

 マシュはその大楯でマスター達目掛けて降ってくる小石~人の頭大程度の瓦礫の全てを弾き、受け、逸らしてみせる。

 正に守り役の面目躍如といった活躍だ。

 無論、その程度でアルケイデスの猛攻を防げる訳ではないのだが。

 

 「中々の堅さだな。」

 

 それをビルの屋上から見ていたアルケイデスは、これ以上の牽制は不要だと判断した。

 

 (出て来ぬのならそれで良い。とっとと終わらせるとしよう。)

 

 そして、今度こそ止めを刺すべく、アルケイデスはビルから飛び降りた。

 飛び降りた先は今まで立っていたビルの正面玄関。

 別にこのビルそのものを投げ飛ばすつもりはない。

 岩や山なら兎も角、何の神秘もないこのビルでは投げようと持ち上げた時点で崩れてしまいかねない。

 なので…

 

 「ふんぬらあアアアアアぁぁァっぁぁァァァァぁァァァァぁァァァァぁぁぁぁァァァァぁァァァァッ!!!」

 

 両の拳で以て、滅多打ちにした。

 すると、殴られた部分は先程の投擲よりも速く、まるで砲弾の様に殴り飛ばされていった。

 次いで殴られた部分には達磨落しの様に上の階の部分が落ちてきて、それを更に殴り飛ばせばまた落ちてきて……。

 ものの10秒程で30階建てのビル全ての質量を砲弾として高速発射してみせた。

 更に一行とビルの間にあった他の建築物すら瓦礫の砲弾に加えながら、その威力は減衰する所か増していく。

 これ程の超質量、マシュが宝具を用いれば防げない事は無いだろう。

 しかし、永続的に展開できる訳ではない。

 例え防いだ所で、マスター達は瓦礫に埋もれて窒息か、衰弱か、打撲や圧迫に出血等の外傷によって簡単に死んでしまうだろう。

 キャスターにしても、これ程の連続した質量攻撃を防ぐ事は出来ない。

 完全に詰みだ。

 

 「槌と術と炉。形無き島を覆いし神威を此処に!『領域封印・静止神殿』!」

 

 真名解放と共に、EX級封印宝具が発動する。

 円蔵山を目指す一行へと迫り来るビル製瓦礫砲弾の雨は、展開された白金の城壁に防がれる。

 

 「ハあああああああああああああああああああああッ!!」

 

 そして、ビル一つ分の瓦礫を抱えたまま、城壁がビルの跡地目掛け前進する。

 砲弾程には速くない、しかし城壁そのものが移動して体当たりしてくると言う異常事態。

 更に、その両脇からはこちらを囲む様に大きく広がったコの字型に城壁が配されており、さしものアルケイデスも面食らう。

 同時に、これが威力だけならそれ程脅威ではない事も見抜いていた。

 何せ城壁と言えど元は封印宝具、勢いを止めればそれだけで攻撃力は消える。

 

 (いや、これは何かあるな。)

 

 つい先程までの、ランサーが仕込みが出来る時間は3分程度だった。

 だが、彼女の手広さを思えばその短い間に仕込みを終わらせていただろう事は想像に難くない。

 

 (この城壁も、確かに威力は低いが厄介だ。)

 

 城壁と言うだけあって、高さは30mはある上に、アルケイデスの拳であっても崩せない。

 しかも、一度四方を囲まれてはサーヴァントの身では脱出はほぼ不可能だ。

 更に言えば、飛び上がっても空中で無防備に近い姿を晒すのは自殺行為だ。

 この壁の向こうにいる師にとって、足場のない空中にいる己は的に過ぎない。

 そして、態々開けられた後方に退くのも不味い気がする。

 勘だが、確実に罠の気配がする。

 となると、相手の思考の裏をかきつつ一連の戦術を破綻させる最適解は…

 

 (正面から突破する。)

 

 それしかない。

 ランサーにとって、この城壁は切り札だ。

 それが突破される事を想定するのは、英霊としてはとても難しい。

 何せ己自身の生涯の証と言うのが宝具。

 それもEX級となれば、破られるのを想定している方がおかしい。

 

 「お」

 

 だからこそ、アルケイデスは迷いなく目の前の城壁へと、瓦礫を巻き込んで突進してくる巨大なブルドーザー染みた超質量兵器へと正面から突貫した。

 

 「雄オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 斧剣を持たぬ左拳、突貫時の加速と自身の重量、何より自身の筋力を加算した拳を城壁の正面、その真芯へと叩き付ける。

 

 ドゴオオオオオオオオオオオオオンッ!!

 

 轟音と共に、城壁の突撃が停止する。

 空かさずアルケイデスはその剛腕で以て正面の停止した城壁を掴んだ。

 一切の穢れも破損もない城壁はアルケイデスの剛力に耐え得る数少ない代物だ。

 つまり、手荒に扱っても壊れる心配がない。

 

 「ぬぅぅぅぅん!!」

 

 だからこそ、アルケイデスは安心してゆっくりと力を込めて……持ち上げた。

 確かに重さだけなら先程のビルよりは軽いだろうし、ビルと違って自重で潰れる事も無い。

 だがしかし、下手な城よりも重厚で巨大な城壁を持ち上げ、剰えそれをサーヴァント2騎と3人の人間を殺すためだけに投擲しようと言うのだから、最早災害の様に頭を下げて平伏して通り過ぎるのを待つ事しか出来ない。

 

 「『壊れた幻想』。」

 

 だからこそ、付け込まれた。

 EX級宝具に内包された莫大な魔力。

 それら全てを解放し、爆発力へと変換させる。

 その威力、最早戦術核に匹敵する。

 宝具に換算するなら対国級の火力、都市国家程度なら確実に滅亡させ得る様な、そんな威力だった。

 通常の英霊なら決してやらない愚行とも取れるソレを、しかし「どーせこの特異点の外には出れない分霊の身なんだから使い潰してもヘーキヘーキ」とか考えてる頭のおかしな女によって、EX級投擲宝具の実現は潰えてしまった。

 まぁ英霊数多しと言えど、そんな事をするのはこの世界にたった一人しかいないのだから、想定しろと言うのがおかしいのだが。

 

 「……ぐ、がぁ……ッ!」

 

 だがまぁ、寸前で直感任せに真上に城壁を放って発生した爆風を切り払った大英雄も十二分におかしいが。

 

 「はははは……やはり発想では上を行かれるか…!」

 

 だがしかし、無傷では済まなかった。

 爆風を切り払った斧剣は今度こそ完全に大破し、既に当初の威容は消えてナックルガード並みに小さな残骸しか残っていなかった。

 更に全身のあちこちが炭化し、表面の皮膚はボロボロと炭となって剥がれ落ちて内部の焼け爛れた肉が露出している。

 

 (うーん、流石の威力ですね。一辺を防御に回して正解でした。)

 

 アルケイデスを囲わずに使っていなかった四方を囲む城壁の一辺、それは円蔵山へと逃げ込む一行を爆発から守るために使用されていた。

 そうしていなかったら、サーヴァント二人は兎も角残り全員が確実に死んでいただろう。

 何せ威力が広島型原爆よりも少し低いかな?程度だったのだ。

 この街一つを吹き飛ばすに余りある。

 

 (とは言え、これで詰みです。)

 

 爆心地を、アルケイデスを囲む様に7体ものランサーが姿を現す。

 身外身の術によって作られた、ランサーの分身たち。

 それらが槍を構え、全員が突撃の態勢へと移行する。

 

 「7人の自爆特攻兵。これで勝ちです。」

 

 そして、7人ものランサーの分身達は本体の命令通りに超音速で突貫した。

 

 

 

 




メドゥ「勝った!第三部完!」


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FGO編 特異点F その18

何とか別PCでの投下に成功。


 アルケイデスは、己に迫り来る脅威を感じ取っていた。

 自身を中心として7方向からの超音速で接近する敵。

 そのどれもが侮れない技量を持ち、以前己も振るった不死殺しの槍を持っている。

 幸いと言うべきか、それらは一撃入れれば消える儚い分身だ。

 しかし、死ぬ寸前に構成する魔力を解放して先程の城壁の様に自爆する事も出来る。

 

 (詰んだな。)

 

 間違いなくそう思う。

 宝具があればどうにかなるやもしれないが、無いものねだりをした所で意味は無い。

 だが……

 

 (此処で諦めては、師に顔向けできん。)

 

 きっと戦ってる師が聞いたらブンブカ首が千切れる程に横に振って否定するだろう事を考えながら、アルケイデスは思考する。

 どうすればこの窮地を打破できるかと。

 元より逃げるつもりは無い。

 自分のこの聖杯戦争の願いは、最初から一つだけだ。

 本来ならマスターを優先したい所なのだが……その相手は、もういない。

 反転により余計なものが増えたが、それにしたって結局する事は変わらない。

 

 (であれば、死力を尽くすのみ。)

 

 みしり、と炭化しかけている右腕に力を籠める。

 重要なのは威力ではない。

 速さ、そしてリーチ。

 敵よりも速く、音よりも速く、光にすら迫る程に速く。

 槍よりも遠く、矢よりも遠く、光よりも遠く。

 その気概を以て、技を繰り出す。

 さぁ我が師よ、ご照覧あれ。

 貴女の弟子は、この程度では崩せないと。

 

 「『射殺す百頭が崩し・旋』。」

 

 

 ……………

 

 

 「わーお。」

 

 ランサーは見ていた。

 アルケイデスの放った「拳」での射殺す百頭。

 通常よりも威力の劣るその技は、しかし全方位から音速で襲い来る7体の分身全てを槍のリーチに入る寸前。

 アルケイデスはまるで円盤投げの様な構えを取った後、その場で高速旋回しながら音を遥かに置き去りにした超連続打撃を見舞い、全ての分身を自爆前に全て迎撃してみせた。

 最早感嘆するしかない。

 流石は大英雄、流石はアルケイデス。

 師匠としても誇らしい。

 だが、先生としてはソレ別の場面で発揮してほしかったな(白目)と言うのが偽らざる本音だった。

 

 「ですがまぁ、今度こそ詰みです。」

 

 今の一撃で、炭化して脆くなっていた右腕は完全に砕け散った。

 そして、得物も粉砕し、左腕も右腕程ではないが重傷に違いはない。

 とは言え、このままだと聖杯からの魔力供給によって再生しかねない。

 故に放置する事は出来ず、確実に止めを刺すしかない。

 異相空間から出現する先は、アルケイデスの直上。

 構えるのは限界まで魔力を込めた槍。

 今回の召喚で使える、もう一つの最大火力を此処で使い切る。

 普段は突きや斬撃として放っているインドの英雄達の奥義が槍へと宿る。

 

 「『梵天よ、地を呑め(ブラフマーストラ)』……」

 

 国殺しの力を纏った槍が上空から落下の勢いと自壊寸前になる程の強化が掛けられた肉体により繰り出される影の国の奥義の一つによって解放される。

 

 「『捩じ穿つ死翔の槍』ッ!!」

 

 だが、唯の一撃ではあの大英雄を討つ事能わず。

 故に、二つの奥義を重ねて放つ。

 先程の城壁の自爆の様な全方位への爆発ではなく、一点へと放たれるソレは対城宝具でも最上位となる。

 相殺するには、それこそ万全な状態の星の聖剣か乖離剣の様な出鱈目が必要だろう。

 そして、先の爆発と重ねて完全にこの街を地図から消すだけの威力がある代物が、一個人へと放たれた。

 

 

 ……………

 

 

 「成程。やはり我が師は偉大だな。」

 

 空から堕ちてくる絶滅を成す槍を前に、しかし死に体のアルケイデスの心は凪いでいた。

 右腕は砕け散り、斧剣も無い。

 あるのは比較的無事な左腕だけで、それとて奥義を一撃放てば限界だろう。

 

 (であれば、全力で奥義を放つのみ。)

 

 後の事?

 生きてたらその時の自分に任せるのみ。

 

 「この拳を貴女に捧げん。」

 

 今は唯、拳を握って前へと進むだけの事。

 

 「『射殺す一頭』。」

 

 だから、アルケイデスは凪いだ心のままに、師が最後に教えてくれた技を放った。

 左の拳を限界まで引き絞り、超連続を超えた先、完全同時の打撃を9発重ねる。

 全く同様のものが9発も重なって存在する拳は、その技を教えた師のいる空へと放たれる。

 この技の起源、沖田総司の完全同時の三つの突きは『壱の突きを防いでも同じ位置を弐の突き、参の突きが貫いている』という矛盾によって、剣先への事象飽和からの消滅を発生させる。

 では、彼女よりもあらゆるステータスが勝るであろうアルケイデスはどうか?

 一撃だけでも古の城門を容易に突き崩す拳が9つも重なった一撃で『壱の突きを防いでも同じ位置を他の突きが貫いている』という矛盾を発生させる。

 よって、その一撃は局所的ではなく、その拳の先にある万物を消滅させる程の事象飽和を引き起こす。

 嘗て槍によってそれを成したアルケイデスは、この窮地においてその応用を成して魅せた。

 その一撃であって一撃ではない拳撃は、迫り来る国殺しの絶技を散らし、その先にある槍を消滅させ…

 

 「ッぐぅぅぅぅぅ!?」

 

 ギリギリの所で身を捩ったランサーの左上半身を消滅させた。

 

 

 ……………

 

 

 瓦礫と炎だけが街に満ちている。

 生命の気配は一切無く、在るのはただ死を自覚できない亡者達の彷徨う足音と時折聞こえる火事になった建物が崩れる破砕音位だろうか。

 しかし、今は亡者達は一体も残っていない。

 その全てが先程連続して起きた大爆発によって、残っていた街ごと薙ぎ払われたからだ。

 辛うじて山間部や地下施設などは被害が少ないが、それ以外は正しく根こそぎだった。

 既に殆どの建物が完全に瓦礫となり、たとえこの街で長く暮らしていた者でも判別できない程の大量破壊だった。

 

 「……ぐ、が、ぁぁぁぁ……ッ!」

 

 そんな瓦礫しかない中で、不意に呻き声と共に瓦礫が持ち上がる。

 全身がズタボロで、特に左上半身が腕含め丸っと消滅しながらも、治癒魔術と戦闘続行スキル、何よりもその精神力によって辛うじて現界を保っていた。

 

 「まだ……まだ、です…ッ!」

 

 いっそ執念と言ってよい意志力で以て、ズダボロのまま瓦礫の山へと落下したランサーは辛うじて生きているものの、立ち上がる事すらできない。

 瓦礫の中で這いずる姿は誰がどう見ても満身創痍であり、とてもではないが戦える様には見えない。

 

 「止めを刺させてもらう。」

 

 故にこそ、ここで確実に止めを刺す。

 アルケイデスは両腕を無くした状態でありながら、それでもなお決着をつけるべく走り出した。

 師匠として大事であり、戦友として背中を預けた。

 そうであっても、復讐者となったアルケイデスには、神々に妻子を殺された男は嘗て女神であった者を弑さんと駆ける。

 彼の俊足ならものの数秒で駆け抜ける距離は、しかし二人には永劫にも刹那にも感じられた。

 不意に、視線が合う。

 不本意に師匠を狙う/喜んで神霊を弑そうとする堕ちた大英雄。

 今にも死にそうな嘗て女神であった人間。

 その決着は、突然の事だった。

 

 「真の怪物は目で殺す……」

 

 ふと囁かれた言葉に、アルケイデスはついついそれが何なのかという疑問が芽生える。

 そして、その疑問が晴れる機会はすぐ訪れた。

 不意に俯いて痛みに喘いでいた筈のランサーの顔が、アルケイデスへと向けられ、目と目が合い、視線を交わし合う。

 それだけで、アルケイデスは己の不覚を悟った。

 

 「『梵天よ、地を呑め(ブラフマーストラ)!』

 

 眼力そのものへと魔力を注ぎ、技と成す。

 彼の施しの英雄が使った技を、彼と共に技を学んだ彼女が使えない道理はない。

 文字通り光速となって放たれた絶技は、アルケイデスが咄嗟に身を捩ったがために頭蓋を消し飛ばす事こそなかったものの、彼の胸板を大穴と共に貫通し、霊核のある心臓を吹き飛ばした。

 今度こそ、決着だった。

 

 「すみませんね……師匠と呼ばれながら、こんな手しかありませんでした。」

 「何、こちらこそ随分と手間をかけさせてしまった。」

 

 弱弱しく告げるランサーに、しかりアルケイデスは嘗ての彼と同じ様に朗らかな笑みと共に答えた。

 

 「ヘラクレスではなく、アルケイデスを受け入れ、そして止めてくれた。やはり貴女は私の師匠であり、戦友だ。」

 

 噛み締める様に告げると、すぅっとアルケイデスの体がエーテルへと解けていく。 

 彼もまたとっくに限界だった。

 しかし、英霊の身で己が神話を乗り越え、ここまで戦ってみせたのだ。

 それは偏に先に死んでしまった(冥府で楽しく暮らしてます)二人目の師匠への、己の成長を見せたいがためのものだった。

 

 「私こそ、貴方の様な弟子を持てて幸せでしたよ。」

 「そうか……そうであれば嬉しい事だ。」

 

 此処まで派手な殺し合いをしておいて、二人の間に憎悪も、憤怒も、殺意も無かった。

 悲嘆はちょっとだけ混じってたかもしれないが、それはさておき。

 

 「では、また何時か共に戦いましょう(味方として)。」

 「あぁ、また何れ戦おう(敵として)。」

 

 そんな盛大なすれ違いをしながら、大英雄は静かに去っていった。

 後に残ったのは炎によって照らされる街だった瓦礫の山。 

 

 (あぁでも、少し疲れましたね…。)

 

 あぁ眠い。

 少し位、横になっても……

 

 「な、なんだこれ!?」

 「あ、先輩!ランサーがいます!ボロボロだけど何とか無事です!」

 

 あ、そういえば忘れてた(素)。

  

 

 

 

 

 

 

 

 




士郎&桜、アーチャーとの固有結界バトルを制して出てみたら故郷が瓦礫の山に…
更にランサーが死にかけてて絶句してしまい、追及し忘れる事となる。


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FGO編 特異点F その19

よし、予備PCの調子が良いな。
相変わらず誤字多いけど。


 固有結界内で、士郎とエミヤの二人は剣戟をぶつけ合った。

 それは単に固有結界同士の衝突ではなく、理想と現実、未熟と摩耗、心と心の交錯だった。

 

 「正義の味方?そんな夢みたいな理想を抱くのなら、抱いたまま溺死しろ。」

 「馬鹿言え。夢も理想も大事なものだ。例え叶えられなくても、それを抱く事に意味はある。」

 

 「何度も殺してきた。何度も、何度も、何度もだ!数える事すら意味を成さない。理想を追った果てが唯の殺し屋だ!これが間違いでなくて何だと言う!」

 「そうだな。お前は正しい。だが、それはただ正しいだけだ。そして、俺も間違いだって気付いてる。」

 

 「では何故そんなものを目指す!?間違いだと気付きながら…!」

 「それでも、美しいと感じたんだ。」

 

 「俺の理想は借り物で偽物だ。でも、あの美しさは本物だった。全ての人の幸福を追い求める生き方は尊かった!決して間違いなんかじゃなかった!」

 「貴様は……。」

 

 「それに、俺はお前にはならない。」

 「何?」

 

 「お前は、世界を滅ぼそうとする連中に加担した。」

 「ぬ……。」

 

 「俺はそんな事は絶対にしない。この街を、ここに住む人々を焼いた奴らを認めない。もうこれ以上、大事な誰かを失いたくない!」

 「…成程、確かに貴様は私と違う。喜べ衛宮士郎、貴様は私にとって単なる敵になった。」

 「今更だ!」

 

 ちらり、と視線を向ければ、そこには士郎を見守る桜の姿があった。

 アーチャーにとって、彼女は日常の象徴であり、救うべき人の一人だった。

 だと言うのに、彼は多くの親しい人々を顧みずに、荒野へと旅立った。

 

 (成程、違う訳だ。)

 

 少なくとも、その点だけは人間として自分よりも上等だと苦笑してしまう。

 そして、剣戟は更に加速していく。

 剣の丘に立ち、剣を雨霰と射出するアーチャー目掛け、士郎もまた剣を射出しながら駆けていく。

 ボロボロになりながらも身を削り、体を内から剣に浸食されながらも、それでも尚士郎は駆けた。

 

 (一歩、退くだけで勝てる。)

 

 それが分かっていても、それでもアーチャーは退けなかった。

 それをすれば、何か致命的な所で敗北する。

 普段のエミヤなら此処でとっとと殺している。

 そも、こんな事態において一騎打ちなんてしていない。

 セイバーを相手に遅滞戦術を繰り返し、時間を稼ぎ続けていただろう、状況の変化が起きるまで。

 そうでなくても戦闘を避け、待ち続けていた筈だ。

 だが、黒化した事でアーチャーは理性の頚木が外れ、自己の欲へと正直になった彼は守護者としての役目から逃れるために自分殺しを実行した。

 だと言うのに、この為体は何だ?

 

 「消えろッ!」

 

 その苦悩を振り払う様に、アーチャーが止めとばかりに宝具を投影する。

 英雄王の蔵にある神霊の持つ巨大な二振りの剣。

 

 「『虚・千山斬り拓く翠の地平と万海灼き祓う暁の水平』ッ!!」

 

 即ち、イガリマとシュルシャガナ。

 頭上から迫り来るその圧倒的質量を前に、通常の防御など無意味だ。

 

 「是、『虚・千山斬り拓く翠の地平と万海灼き祓う暁の水平』ッ!!」

 

 故に、下方から射出された全く同じ二振りの巨剣が互いを食らい合う。

 直後、轟音と共に、全方位へと衝撃が撒き散らされる。

 その衝撃に煽られながらも一時的な剣の弾幕の間隙を、士郎は駆けていく。

 

 (まるで古い鏡だ。出来の悪い、鏡…。)

 

 ズダボロになってもなお駆けてくる士郎を見て、成れの果てたるアーチャーは思う。

 そうだ、自分もこうだった。

 理想を抱き、現実の前に絶望し、それでもなお立ち上がり、駆けた。

 全員、なんて贅沢な事は言わない。意味がない。

 でも、一人でも多く、幸せになって欲しかった。

 そのためだけに駆け抜けた。

 

 (そうだ、こういう男がいたんだっけな…。)

 

 後数歩、それだけで剣の間合いに入る。

 必死の形相で駆けてくる士郎を前にして、アーチャーは右手に持つ白の陰剣・莫邪を振り上げ……

 

 「俺の勝ちだ、アーチャー。」

 「あぁ、そして私の敗北だ。」

 

 遂には、それを振り下ろす事が出来なかった。

 こうして、錬鉄の英雄は敗れた。

 

 

 ……………

 

 

 「先輩!」

 

 固有結界が消えていく中、倒れそうになる士郎を駆け寄った桜が支えた。

 

 「ぁ…すまん、桜。心配かけたな…。」

 「先輩、今治癒魔術を掛けますから!」

 

 士郎の体はボロボロだった。

 セイバーとの契約もなく、唯の異能に近い魔術使いである彼に傷を癒す術は無い。

 成長した今なら治癒効果を持つ宝具を投影できるだろうが、それをするための魔力も無いし、魔術回路は既に限界だ。

 

 「治ったら、直ぐに皆さんと合流しましょうね。」

 「あぁ、慎二達も心配だからな…。」

 

 だが、固有結界の外の景色を見た時、二人は絶句した。

 

 「な…!?」

 「これって…!」

 

 そこは瓦礫と炎の海だった。

 あらゆるものが薙ぎ倒され、元の形を失い、炎に飲まれている。

 先日、自分達とサーヴァントを除いたあらゆる者が焼かれた時よりも更に酷い有様。

 最早街の面影も見えず、完全に破壊されつくしていた。

 

 「そんな……。」

 「いや、まだ生き残ってるかもしれない。急いで合流しよう。」

 

 最悪の想像に顔を青くする桜に、しかし士郎は冷静に判断した。

 此処まで破壊されたのなら、それは誰かが戦った証だ。

 あんな焼却を早々何度も行えるとは思えないし、ランサーならそれを防げる筈だ。

 なら、これは戦闘の結果、ただの余波だ。

 

 (問題は誰が生き残っているかだ。)

 

 知らず、拳を握りしめながら、それでも士郎は火の少ない場所を桜と共に走り抜ける。

 炎と瓦礫に飲まれながらも、極僅かに残ってる街の名残から目を逸らしながら、二人は炎の間から見える円蔵山へと走っていった。

 そして、漸く二人は一人目の仲間を見つけた。

 

 「ランサー!?先輩!ランサーがいます!ボロボロだけど何とか無事です!」

 

 そこで二人は第一村人もとい瀕死の重傷を負ったランサーを見つけた。

 

 「いやぁ助かりました。」

 

 そして、5分後には二人はランサーの両脇に抱えられて一路円蔵山を目指していた。

 と言っても、桜の治癒魔術が優れていた訳ではない。

 単に最後の令呪を使って魔力を供給し、ランサー自身に治癒してもらっただけだ。

 とは言え、事が終わるまでは十分として、ランサーは合流のために二人を強引に抱えて走っていた。

 

 「そそそそそれは良いけどささささささ!」

 「はい何でしょう?」

 「あああああ安全!安全運転でえええええええ!」

 「申し訳ありませんが、絶賛魔力が不足気味ですので、諦めて耐えて下さい。」

 「「そんなああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!?」」

 

 士郎と桜。

 二人は仲良くドップラー効果付きの叫びを上げながら、一刻も早くこの地獄が終わる事を祈るのだった。 

 

 

 …………… 

 

 

 「貴殿か、光の御子。そして盾の少女よ。」

 「おう。まぁそろそろ終わらせようと思ってよ。」

 「ふん、勤勉な事だ。」

 「良きにしろ悪しきにしろ、現状維持なんてそう長続きしないもんだ。そろそろ駒を進める時が来たってだけさ。」

 「良いだろう。私も貴殿らは捨て置けない。」

 

 こうして、円蔵山地下でも戦闘は始まった。 

 そして、ここでの戦いもまた佳境に近づいていた。

 

 「ふぅ…!」

 「うぅぅぅぅ!」

 

 セイバーが攻め、マシュが防ぎ……

 

 「おらよっと!」

 「ふん。」

 

 マシュが耐えきれないと見た瞬間に、戦上手のキャスターがカバーに入る。

 無論、この流れを崩そうとセイバーも3人の人間を狙うのだが……

 

 「させるかよ!」

 「ッチ!」

 

 轟音と共に、セイバーの対魔力を貫通する魔弾が弾幕となって降り注ぐ。

 礼装化された銃弾は、高い対魔力を持つ筈のセイバーにも当たれば脅威となる。

 事実、弾幕への盾とした彼女の左手は護手の上から命中した銃弾により肉の花が咲いて、治癒の最中だった。

 

 「シンジ、当てようと思うな!守りに専念してろ!」

 「分かってるよ!」

 

 だが、過信は禁物だとキャスターが慎二に告げる。

 確かに当たれば強力だが、相手は弾丸を見て回避できる戦闘系サーヴァントでも上位の一角、次も当てられるとは思えない。

 幸い、最初の一回以降はセイバーも警戒してマスター殺しを狙っていないが、それでもプレッシャーをかけられるだけでも不味い。

 現状は何とか意識が逸れた瞬間にキャスターが切り込む事で実行させてはいないが、それでも不利は否めない。

 なお、この場で数少ない回復魔術の使えるオルガマリーは恐怖の余り頭を抱えて蹲っていた。

 

 「ふん、存外良く凌ぐものだ。」

 

 意外にも膠着している状況に、黒い騎士王が告げる。

 

 「盾の娘は未熟で、キャスターは槍が無く、マスター達は素人。だと言うのに面倒だ。」

 

 故に、騎士王は決意した。

 全力で叩きのめす事を。

 自分程度を乗り越えねば、彼らに先は無いと知っているから。

 

 「構えろ。でなければ死ぬぞ。」

 

 轟、と堕ちた聖剣が魔力を吹き出す。

 聖杯のバックアップを得たセイバーが、救世の聖剣を世界を滅ぼす側として振りかぶる。

 

 「『約束された勝利の剣』ーーッ!!」

 

 黒い極光が放たれる。

 それは狙い違わず、前衛にいたマシュを、その後ろのマスター達を狙っていた。

 

 「ッ」

 

 キャスターの宝具よりも遥かに強力な光の濁流を受け、マシュの心は恐怖に満ち、身体は怯え竦んだ。

 魔力障壁こそ展開しているものの、今受け止められているのが不思議でならない。

 その様に、何よりも担い手の精神を反映する盾はやがて押され始め…

 

 「マシューーーーーーーッ!!」

 

 不意に、叫びと共にその細い背に暖かな手が添えられた。

 盾を持つ手に重ねられた手は、出会ったばかりなのにとても安心できる少年のものだった。

 

 「先輩…!?」

 「負けないで!」

 

 叫びと共に令呪が消費され、マシュの総身に魔力が満ちる。

 そして思い出した。

 自分が折れれば、この人が、この人達が死んでしまうのだと。

 

 (負けない……。)

 

 体に力が戻る。

 瞳から怯えが駆逐される。

 

 (負けられない!)

 

 大切な人と共に、力強く盾を握る。

 その在り様に、その無垢で清い心に、罅割れていた魔力障壁が修復していく。

 否、それはもうスキルの領域ではない。

 

 「仮想宝具、疑似展開……」

 

 それこそ、今はまだ未熟な彼女の真名すら知らない宝具。

 

 「『人理の礎』ッ!!」

 

 ロード・カルデアス。

 真名の解放と共に、余りにも清廉で力強い障壁が展開される。

 

 「まだだ!『約束された勝利の剣』ッ!!」

 

 だが、そんなものは何とでもなると言わんばかりに、再度暴竜の息吹が如く極光が放たれる。

 

 「ぐ、うぅぅぅぅぅ……!!」

 

 再度増大した圧力に押し込まれる。

 令呪のバックアップがあっても、聖杯という巨大な魔力リソースを持った騎士王を相手に、それは余りにも儚いものだった。

 

 「あぁもうあぁもう!何で貴方達はそう無謀なのよっ!?」 

 「所長!?」

 

 そこに、涙と鼻水で顔を醜く汚したオルガマリーが、精いっぱいの勇気を振り絞ってマシュと立香の背を支えた。

 

 「ったくもう、こんなの僕のキャラじゃないってのに!」

 「慎二まで!?」

 

 そして、銃を背後に置いてきて、慎二もまた二人の背を支えた。

 

 「ロード・アニムスフィア!マシュに魔力繋いで渡すんだ!藤丸はもう一回令呪!」

 「わわわわ分かったわ!」

 「マシュ!もう一度『頑張って』!」

 

 慎二の指示に咄嗟に二人が従い、一時的に圧力が減る。

 

 「『約束された勝利の剣』!」

 

 だが、所詮は儚い抵抗だと、更なる一撃が放たれる。

 

 「うぅぅぅぅぅぅ…ッ!」

 「後!後はどうするの!?」

 

 魔力を振り絞りながら、オルガマリーが慎二に問う。

 そして、問われた慎二は必死に思考を回しながら、ランサーの教えを思い出して……

 

 

 

 『良いですか、慎二。如何に準備を整え、戦況を把握し、有利に事を進めようと、策が破られる場合は必ずあります。』

 

 『えぇ、ギリシャではよくある事ですとも…。そんな時、最後に頼りになるのは己の力のみです。』

 

 『そして、実力が伯仲かこちらより上の場合、決して負けてはいけない要素があります。』

 

 『気合です。根性論と思うかもしれませんが、殊我々神秘に携わる人間にとって、それは極めて重要な要素です。』

 

 『決して心折れず、立ち向かいなさい。勝機とは絶えず諦めずに探すからこそ見つかるのです。』

 

 

 

 

 ……後一つだけ、出来る事を告げる。

 

 「後は気合で押し返せ!」

 「はぁ!?馬鹿じゃないの!?!」

 

 余りの精神論に、思わずオルガマリーが罵声を飛ばす。

 日本帝国軍じゃないんだから、気合じゃどうにもならない。

 

 「よし、マシュ行くぞ!」

 「はい、頑張ります!」

 「ええええええええええええ!?」

 

 だがしかし、此処に気合で何とかなる人材がいた。 

 

 「「あああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」」

 

 限界まで精神を奮い立たせ、未だガラスの様な城壁が前進する。

 

 「あぁもう自棄よ自棄!」

 「嘘だろマジでやりやがった!」

 

 そして、オルガマリーがやけっぱちに、慎二が親友に似たお人よしな二人に期待して、二人の背を更に推し進める。

 

 「何と!?」

 

 その様子に、セイバーが絶句した。

 無効化されるのも、防がれるのも、凌駕されるのも、蹴散らされるのも経験済みだ。

 しかし、押し返されるのは初めてだった。

 

 「「「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」」」」

 

 自分達の全てを振り絞る様に、城壁が迫り来る。

 極光を受け止め、その表面にその光を留まらせながら、無垢なる守りが進撃する。

 そして、城壁は遂に放った側の黒い騎士王へと到達したと同時、城壁は己に降りかかっていた全ての極光を、放った当人へと返した。

 

 「馬鹿な……!?」

 

 黒い極光に、セイバーが飲み込まれていく。

 余りに激しい閃光と衝撃に、全員が目をつむって力尽きた様に地面に倒れ込む。

 

 「や、やったの!?」

 「所長、それフラグです!」

 

 オルガマリーの言葉に、しかし藤丸が叫ぶ。

 そして、実際フラグだった。

 

 「まだ、だぁ……ッ!!」

 

 荒れ狂う聖剣の暴威の中から、セイバーが再び現れる。

 しかし、その姿は先程の様な絶対的なものではない。

 鎧は消え失せ、左腕はあらぬ方向へと折れ曲がり、全身から夥しく出血している。

 凡百のサーヴァントなら百度は消滅している3発分近い聖剣の威力を、しかし更なる聖剣の使用と魔力放出及び魔力で編んだ鎧の魔力を解放して爆破させる事で凌いだのだ。

 通常の魔術師なら、そんな事をした時点で魔力どころか生命力の全てが枯渇するのだが、聖杯を持つが故にこの様な無茶が利いたのだ。

 

 「さぁ最後だ!『約束された』…」

 

 仕留めきれなかったのなら、これで終わりだと言わんばかりに、再度聖剣の真名が解放される。

 

 「『灼き尽くす炎の檻』!」

 「『勝利の剣』!」

 

 不意の奇襲。

 聖剣と盾のぶつかりに気配を殺していたキャスターが頭上から宝具を解放する。

 それを再充填した聖剣が迎え撃つ。

 だが、両者の威力は余りにも隔絶している。

 巨大な茨の巨人ウィッカーマンは、あっさりと黒の極光に飲み込まれて消えていく。

 

 「捉えたぞ、セイバー。」

 

 だが、それはこのための布石に他ならない。

 

 「『大神刻印』!オラ、善悪問わず、彼岸の彼方に燃え去り消えなァッ!!」

 

 オホド・デウグ・オーディン。

 この地下空間に刻まれた、原初の18のルーン全てが起動し、セイバーを中心に聖剣の一撃に迫ろうかと言う威力の爆発が起こる。

 

 「ガアアアアアアアアアアアアアああああああああああああ!!」

 

 それでもなお、セイバーは落ちない。

 聖杯からの魔力供給で強引に回復しつつ、自身の魔術回路が焼き切れ、爆発する勢いで魔力消費を行って耐え忍ぶ。

 それは最早常人なら即座に発狂するであろう激痛の嵐だった。

 

 「いや、もう終わりだ。」

 

 その様子に、マスター達が絶望を抱く中、再度キャスターが仕掛ける。

 その総身にルーンの輝きを宿し、杖を槍代わりにランサーと似た構えを取る。

 マスター達に認識できたのはそこまでだった。

 音を置き去りにする踏み込みは、彼らには認識できない故に。

 

 「ぎ、」

 

 その一撃に反応できたのは、未来予知レベルの直感のお陰だった。

 激痛によって消え行く意識の中、セイバーは迫り来る脅威に向けて、辛うじて剣を振るった。

 高速機動の中、相手の進路上に放った一閃。

 これによって回復までの一手を稼げる。

 

 「間抜け。」

 

 そう、思っていた。

 だが、キャスターは、クー・フーリンは、ケルトの大英雄は避けなかった。

 寧ろ己の霊基の限界を超え、破壊する勢いで更に加速し、その懐へ飛び込んだ。

 

 「言ったろう、終わらせる時が来たってよ。」

 

 キャスターの杖の先端。

 そこにはルーンが仕込まれており、発動すれば流体化した魔力が超高圧で射出される。

 セイバーの防御力を容易く上回る一撃が、彼女の心臓を貫いていた。

 

 「確かに、その様だ。」

 

 その様子を、セイバーは静かに見ていた。

 最後の一撃によって霊核を切断されたキャスターもまた、静かに己が消滅を受け入れていた。

 最後の交錯、その結果は相打ちだったのだ。

 

 「己の執着に傾いた末にこの有様……貴方は嗤うか?」

 「んな趣味ねぇよ。じゃあな、セイバー。」

 

 そして、キャスターの姿が徐々に消えていく。

 己の役割を果たしたと同時に、霊核の破壊でもう現界を保てないのだ。

 

 「んじゃな、坊主達に嬢ちゃん達。次があったら、そん時はランサーで呼んでくれや。」

 

 そう言って、アイルランド一の大英雄は影のないカラッとした笑みと共に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後1~2話で特異点F終わらせる…!絶対に…!
じゃなきゃいつまでたっても終わらない…!


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FGO編 特異点F その20

 「いや、いや、いやぁあああッ!誰か、誰か助けてぇぇぇぇ!!」

 

 冠位指定の事を告げ、消えていく黒い騎士王についての考察も終わらぬままに、正体を現したカルデアNo.2だったレフ。

 彼がその手にある聖杯によってカルデアスへの空間を繋ぎ、オルガマリーをそこへと叩き込もうとする。

 そうなれば、待っているのは分子レベルでの分解と無限の死の苦痛だ。

 

 「はいお待ち!」

 「ぐハァッ!?」

 

 しかしまぁ、英雄と言うのはピンチに間に合うからこそ英雄なので。

 遅れてやってきたランサーが一瞬でレフとの距離を詰め、カルデアス目掛け蹴り飛ばした。

 

 「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………ッ!?!!」

 

 そして、断末魔の叫びと共に、レフ・ライノールは消滅した。

 

 「大丈夫ですか、オルガマリー?」

 「えぐ、ひぐ、ごわがっだ~~!」

 

 涙と涎と鼻水で凄い事になっているオルガマリーを、見かけだけは何とか治してきたランサーが慰める。

 幸い、ギリギリで間に合ったし、レフからさらっと奪った聖杯があるので、肉体の構築経験のあるランサーならば、どうにでもなる。

 

 「さて皆さん、一か所に集まってください。」

 「な、何するの?」

 

 ぞろぞろとこの場に集合できた衛宮邸の住人+カルデアのメンバーが集まる。

 そこには「このランサーなら何とかしてくれるでしょ」と言うこの短期間に積み重ねられた信頼があった。

 

 「ではこの入手した聖杯を使いまして。」

 「ちょ、何をするつもりよ!?」

 

 一応責任者である所のオルガマリーが叫ぶが、それで止まる事はなく、聖杯から魔力の輝きが漏れる。

 

 「慎二に魔術師の才能とレイシフトの適正を。桜と士郎にはレイシフトの適正を。オルガマリーにレイシフトとマスター適正のある肉体を構築っと。」

 

 フォン、と言う独特の音と共に、名前を呼ばれた四人の体に聖杯から魔力が降り注ぎ、願いが叶えられる。

 これで、彼彼女らは冠位指定に挑む資格を得る事が出来た。

 

 「では、後はあの穴から帰還してください。」

 

 くい、とランサーが示したのはカルデアス、そことこの地下空間を繋ぐ空間の穴だった。

 

 「あの、それじゃ先程の所長みたいな事に…。」

 「そのくらいの重力操作はこちらで可能です。さ、順番に行きましょう。トップバッターはオルガマリーで。」

 「なな何で私なのよぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 が、そんな叫びも空しく、ランサーの持つ聖杯の力によってオルガマリーは再び宙を浮かび、今度はカルデアスとその周囲の磁場に接触する事なく、その脇からあっさりとカルデアへと帰還した。

 その次に立香、マシュ、桜、士郎と続いていき、全員が帰還すると、漸く慎二の番となった。

 

 「さ、慎二で最後ですよ。」

 「お前、僕を最後にしたのはやっぱりそういう事か?」

 

 ジト目で慎二がランサーを見つめる。

 それを受け、ランサーはにっこりと微笑んだ。

 

 「えぇ。私はこの地の聖杯戦争の術式によって呼ばれた。この時代から外にはいけません。」

 

 それは極当たり前の事だった。

 五回目の冬木市の聖杯戦争で召喚された彼女は、この時代から離れる事は出来ない。

 彼女にとって、この結果は当然の事だった。

 それが分かっているからこそ、全ての宝具と己自身を使い潰す勢いで戦ったのだ。

 

 「……また呼ぶ。応えろよ。」

 

 世話になるばかりで、何かを返せたとはとても思えない。

 そんな恩人との唐突な別れに、慎二は忸怩たる感情を隠せなかった。

 

 「慎二、これを。」

 「これって……。」

 

 渡されたのはキューブ状の聖杯、そして鎖のパーツであろう紫色の環。

 

 「その環は私の髪が変化したもの。召喚の触媒になるでしょう。」

 「また、会おう。」

 「えぇ、約束です。」

 

 そう告げて、慎二の体が浮かび上がる。

 聖杯と絆の証を手に、慎二もまた穴を通って、この時代から別の時代のカルデアへと旅立っていく。

 慎二が向こう側に着くと同時、穴が塞がっていく。

 事情を知らなかった他の面々が必死な顔で何かを叫んでいるが、その声は届かない。

 

 「また会いましょう、皆さん。」

 

 降り注ぐ瓦礫の中、ランサーは微笑みながら手を振る。

 

 「諦めずに前を向いてください。此処からは、貴方達の物語なのですから。」

 

 やがて完全に穴が塞がると、聖杯と言う支えを失った特異点の崩壊が始まった。

 地震とはまた違う振動が走り、地盤に亀裂が走り、大空洞の天井が崩れていく。

 

 「さて、最後の仕事をしましょうか。」

 

 そう言って、ランサーはその胸元からあるものを取り出した。 

 黄金に輝く、繊細な意匠の施された杯。

 これぞ千年を超える妄執を抱えるアインツベルンの用意した冬木の小聖杯である。

 街中を駆けていたランサーがイリヤスフィールの遺体を埋葬する際、彼女の体から取り出したものだった。

 

 「聞こえていますか、アンリ・マユ。」

 

 自分以外誰もいない筈の、崩れ行く地下空間で、ランサーが問いかける。

 その目線の先にはこの地下空間に聳える台座、大聖杯たる地脈の中心、その中に潜む者だった。

 

 「この程度では終われないでしょう。貴方も、私も。」

 

 ゴボゴボと、粘性の高い黒く穢れた泥が零れ落ちてくる。

 ドボドボと、それは大聖杯から溢れ続け。

 ドバン!と、遂には噴火した。

 

 「えぇえぇ。その未練、その執念、その悪意、私は評価しますよ。」

 

 そうして、全てが泥に飲まれていった。

 

 

 ……………

 

 

 極限状態だった衛宮邸の住人達及びカルデアからレイシフトしていた三人は、安全が確認されたと判断した直後、倒れる様に眠りについた。

 当然の事だった。

 全員が全員、荒事に慣れていない素人だったのだ。

 多少魔術を齧っていても、戦う者ではなかったのだ。

 しかし、ロマンとダヴィンチは念のためと3人を調べた時、その健康さに驚いた。

 たった数日とは言え、自分達以外の全てが焼かれた極限状態だったのに、その肉体は士郎を除けば驚く程に整えられていた。

 その原因が、あのランサーである事は明白だった。

 料理という日常の延長を必ず行い、そして士気と結束を保ったからこそ、3人は戦い抜けたのだ。

 

 「ふーむ、触媒もある事だし、是非召喚したいものだね。」

 「それは僕達の決める事じゃないよ、レオナルド。」

 

 そんなこんなで、カルデア職員らが何とか施設の復旧作業に尽力しつつ丸2日が経過した頃、漸く倒れていた面々が起きだした。

 

 「し、しぬかとおもった……。」

 「「「…………。」」」

 「はい……何とか生き残れましたね。」

 

 未だ死屍累々ながらも、何とか現状レイシフト及びマスター適正を持った面々がブリーフィングルームに揃った。

 

 「全員揃った様だね。私は技術顧問のレオナルド・ダ・ヴィンチ。気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ。では、不肖この私が現状を解説をさせてもらおう。」

 

 ダ・ヴィンチ曰く、人類史=人理は何者かによって焼却された。

 その何者かはレフ・ライノールの上位者であり、まず間違いなく人間ではない。

 そして、その何者かは人類史の重大な分岐点となる時代に冬木の様に聖杯を送り込み、歴史を改変する事で人理を滅ぼしたという。

 現状滅んでしまった人理を修復し、焼却を終わらせるには、その改変を阻止しなければならない。

 そのためにはその時代の現地へと飛び、聖杯等の聖遺物の回収及び歴史改変の阻止が必要となる。

 そして現状、それが出来るのはこの場の5人しかいない、と。

 

 「そこからは、私が話すわ。」

 

 未だ疲労の色濃いオルガマリーが立ち上がり、前に出た。

 

 「私はカルデアの、国連所属の人理継続保障機関カルデアの所長です。長であるからには、皆の模範として、私もまたレイシフトして戦います。」

 

 そこで、深々と彼女は頭を下げた。

 ここが畳の上だったら、それこそ土下座していたかもしれない。

 

 「お願いです。どんな報酬もお支払いしますから、どうか皆さん、私と一緒に戦ってください。」

 

 その姿に、慎二を除いた全員が目を丸くした。

 

 「冬木で思い知ったわ。私と藤丸だけではとてもじゃないが勝ち抜けない。貴方達の力が必要なの。」

 

 根は善良だが、メンタルが不安定で、常にヒステリーを起こしていて、周りに当たり散らす。

 それが彼らの認識だったが、それは正確ではない。

 彼女は未だ若いながらも時計塔のロードの一人に相応しい見識と魔術師としての実力を持ちながら、人間としての良識も併せ持った稀有な存在だった。

 故にこそ、今自分が言っている事がどれ程筋違いであるか分かっている。

 

 「貴方達はカルデアの職員ではありません。魔術師として根源を目指している訳でもありません。ただ平和に生きたいのに聖杯戦争に半ば以上巻き込まれたと聞いています。それでも、私は貴方達にお願いします。」

 

 良心が激痛を発し、それでも魔術師としての理性が彼らが必要だと叫ぶ。

 だからこそ、せめて筋は通したかった。

 

 「どうか、私と一緒に戦ってください…!」

 

 藤丸は、まぁ素人とは言えカルデア職員だ。

 しかし、冬木からこっちに移った3人は違う。

 平和に生きられる筈だったのだ、聖杯戦争さえ終われば。

 だと言うのに、それがこんな大事件で覆され、更には全く別の戦いへと駆り出されようとしている。

 どう考えても断られるか罵声を浴びせられるかだろう。

 

 「頭を上げてください。」

 

 そこに、士郎が声をかけた。

 士郎はその琥珀色の瞳に強い意思を秘めながら、ゆっくりと口を開いた。

 

 「俺は難しい話は分かりません。でも、勝たないと皆死んでしまうし、人類史を取り戻す事は出来ないんですよね。なら、戦います。」

 

 はっきりと、士郎は告げた。

 

 「もうこれ以上、奪われたくないんです。故郷も友人も家族も焼かれました。でも、それを取り戻す方法がある。なら、やります。」

 

 そして、少し茶目っ気を含めて笑う。

 

 「それに俺の夢は正義の味方ですから。こんな事、断られたって参戦しますよ。」

 

 そんな冗談の様な、しかし紛う事なき本気でそんな事を言う士郎に、オルガマリーが唖然とした。

 

 「あの、私も参加しますね。」

 

 更に、気弱そうな桜まで参戦を表明した。

 

 「私は、ランサーに助けてもらいました。私がもっと強ければ、って何度も思ってました。助けられてばかりで……。」

 

 常にマスター達を優先して、気を配ってくれて……そして、最後には自分の命を投げ出してでも助けてくれた。

 その彼女に、桜は何も返せなかった。

 

 「でも、今度は私でも何か出来るんです。」

 

 それも綺麗になった身体で、大好きな少年と兄と共に、自分で選ぶ事が出来る。

 与えられるだけでも、況してや奪われるだけでもない。

 これ以上の幸福は、桜の人生にはなかった。

 

 「……僕が参加するのは条件がある。」

 

 二人が参加を表明した後、慎二が重々しく口を開いた。

 

 「僕ら間桐は魔術師としてもう枯れてる。それが何の因果かこうして復活しちまった。例え勝ち抜いても、先ず間違いなく馬鹿共が狙ってくる。それは衛宮も桜もだ。」

 

 どう考えても3人揃ってホルマリン不可避である。

 士郎は英霊にも勝ち得る固有結界使い。

 桜は架空元素・虚数の使い手。

 慎二は枯れた筈が聖杯によって魔術回路が復活(正確には先祖帰り)した。

 うん、どう考えても詰んでる。

 

 「ロード・アニムスフィア。貴方が僕らを庇護下に置いて相応の報酬を出してくれるなら、僕は貴方の指示に従う。」

 

 そういう事で、慎二もまた戦う事を決意した。

 

 (まぁ世界が元に戻らないと、桜と衛宮が安心して幸せになれないからな。)

 

 まぁ大分私情に傾いたものであったが。

 

 「所長、俺も参加します!皆と一緒に戦います!」

 「私も!未熟な身ですが頑張ります!」

 「ありがとう………皆、ありがどうぅぅぅぅ……!!」

 

 更に立香とマシュの言葉に、オルガマリーは安堵で気が緩んだのか、また涙と鼻水を垂らしながら感謝を告げる。

 しかし、それを笑う者は誰もいない。

 彼女もまた、冬木で共に戦った仲間である故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ…何とか上手く纏まったね。」

 「若いねー。だが、それが良いのさ。」

 

 その若く尊い在り様を、年長者である二人は優しく見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、英霊召喚


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FGO編 幕間 その1 一部修正

 これは夢だ。

 それが分かっていても、僕はあの瞬間を夢に見続けている。

 

 『また会いましょう、皆さん。』

 

 降り注ぐ瓦礫の中、ランサーは微笑みながら手を振っている。

 自分はそれを何も出来ず、遠ざかりながら見つめるだけだった。

 後ろからは衛宮や桜、藤丸が何かを叫んでいるが、その内容は覚えていない。

 覚えているのは、肩の荷が下りたとでも言う様に爽やかに微笑む彼女の最後の言葉だけ。

 

 『諦めずに前を向いてください。』

 

 再会を約束した。

 そのための触媒も貰った。

 それでも、それでも。

 桜を、士郎を、自分を救ってくれた人に、何も返す事が出来なかった。

 

 『此処からは、貴方達の物語なのですから。』

 

 故に間桐慎二にとって、あの戦いは間違いなく敗北だった。

 

 

 ……………

 

 

 「よし、皆集まったね。じゃぁ確認のためにもう一度説明しよう。」

 

 カルデア内の英霊召喚システムたるシステム・フェイトの設置された区画の一室にて。

 そこでモナリザそっくりの姿に自己改造した万能の天才が常の通りに飄々とした様子で説明を始めた。

 

 「我々が特異点を修復するに辺り、現地のその時代にレイシフトし、歴史改変の原因となっているものを排除する。これには冬木の時と同様に聖杯が存在し、それを使用する者がいる筈だ。そして、そんな連中が戦力としているのが英霊だ。なら、こっちも英霊だ。」

 

 そこまで言って、背後に置いてあったホワイトボードが提示される。

 

 「とは言え、完全な英霊を使役する事は人間側が持たない。よって、クラスの枠に嵌めてその一側面のみを抽出して召喚するのがサーヴァントだ。弱体化しているとは言え、サーヴァントは人類が扱える兵器の中で最強だ。無論、ピンキリだし制約も多いけどね。」

 

 そこには、サーヴァントの各クラスの特性が書かれていた。

 今更であるが、素人の藤丸と素人同然の士郎や桜もいるので纏めたものだ。

 

 

 セイバー……剣の騎士。知名度・ステータス・宝具全てが高い大英雄しか呼ばれず、高い対魔力を有する。

 ランサー……槍の騎士。セイバーよりも間口が広いが、敏捷性に優れた英雄が多く、対魔力を有する。

 アーチャー……弓の騎士、ではない。遠距離攻撃を得意とする英霊が該当し、単独行動スキルによってマスターから独立して行動可能で基本燃費が良い。対魔力を有する。

 ライダー……騎乗兵。主に乗り物を宝具として機動性が高いが、他にも多数の宝具を持つ。が、そのために燃費はやや悪い。

 アサシン……暗殺者。気配遮断スキルにより、戦闘よりも暗殺・諜報・各種工作等の非正規戦を専門とする。存在そのものが他よりも希薄なため、燃費が良い。

 キャスター……魔術師。魔術に優れ、回復・索敵・強化・弱体化等の支援能力に優れる。また、陣地作成・道具作成により時間がかかるが自陣営を強化できる。が、基本的に戦闘能力は低いし、燃費と言うか累計コストが酷い者もいる。

 バーサーカー……狂戦士。理性を奪い、ステータスを強引に引き上げ、暴れるだけ。正に兵器。扱いは難しく、燃費も悪い上に狂っているため基本的に宝具の真名解放が出来ない。但し、コミュの必要無し。

 

 

 「とまぁ、各クラスの特性はこんなものだ。中には複数のクラス適正を持った者やスキルによって複合した状態で召喚される英霊もいる。君達の知るあのランサーなんかがそうだね。」

 

 ダヴィンチの言葉によって思い出すのは、あのメドゥーサだった。

 いつものほほんとしてて、かと思ったら唐突にネタをぶっ込んできて、それでいてとても頼りになる不思議な人だった。

 

 「彼女は世にも稀な全クラス適正持ちにして全クラス複合サーヴァントだった。正直、サーヴァントとしては人格・能力・宝具に知名度全てにおいて最上級の一角だ。実際、狂ってないヘラクレスすら撃破した訳だし。」

 

 まぁそれはともかく、とダヴィンチは続ける。

 

 「君達にはこれより英霊召喚をしてもらう。当カルデアの守護英霊召喚システム・フェイトによる補助で召喚可能だが、その現界維持魔力は君達の魔力及びカルデアの生産する電力を魔力へと変換して供給する。だがしかし、宝具等の急激な魔力消費は供給が追い付かない場合、君達の魔力だけで賄う事もあるので、連発は要注意だ。」

 「質問いい?」

 

 そこで慎二が手を上げる。

 他のオルガマリーを除いた面々は今の説明を飲み込むので精一杯の様子だ。

 

 「このシステム、召喚される基準は?」

 「原則、人理守護に賛同する英霊のみが召喚される。その中でも、君達と縁を繋いだ事のある存在が優先されるね。」

 「触媒の使用は?」

 「可能だ。だが、触媒があると言えど絶対じゃない事は頭に入れておいてほしい。」

 「いや、十分だ。ありがとう。」

 

 可能性が高いのなら、それで十分だった。

 元々慎二だけでなく、縁だけで呼んだ桜もいるので、これで成功する確率はかなり高くなった。

 

 「まぁ余程の事がない限り、召喚=契約だから、そう肩肘張らずにいってみようか。」

 

 というわけで、英霊召喚をする事となった。

 

 

 ……………

 

 

 トップバッターは士郎だった。

 召喚サークルの前に立ち、システムを起動する。

 すると、眩いエーテルの光と共に、一騎のサーヴァントが召喚された。

 眩い金髪、涼やかな碧の瞳、清廉な気配。

 彼女こそ世界に名だたるブリテンの騎士達の王。

 

 「サーヴァント・セイバー。召喚に応じ参上しました。貴方が私のマス、ター……か………。」

 

 呼び出されたのは、冬木でも召喚された騎士王だった。

 彼女は士郎を見るとあんぐりと口を開いて硬直し……

 

 「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 次いで、泣きながら土下座した。

 

 「せ、セイバー!?」

 「ひいいいいいいぃぃぃぃぃ!?またアーサー王がぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 そして見ていたオルガマリーも先日の戦闘で負ったPTSDにより悲鳴を上げた。

 

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!大河を守れなかった上に自分の妄執にかまけて裏切ったりしてごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」

 「怒ってない!もう怒ってないから!だから泣き止もう、な!」

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。」

 

 すすり泣きながら謝罪を連呼するセイバーを引きずって、士郎が部屋の隅へと下がる。

 初っ端から大波乱だった。

 

 「つ、次は俺の番だね。」

 

 少し顔を引きつらせながら、今度は立香が召喚サークルの前に出る。

 頼むからまともな英霊来てください。

 そう願いながら召喚を開始する。

 

 「よぅ、サーヴァント・ランサーだ。召喚に応じ参上した。ま、気楽にやろうぜ。」

 

 怪人青タイツもとい槍を持った方のクー・フーリンだった。

 これでもう、麺のないラーメンなんて呼ばせない…!

 

 「うん!こちらこそよろしく、クー・フーリン!」 

 

 正統派の大英雄にして、自分の事を覚えていないだろうがキャスターとは言え頼れる姿を見せつけてくれた彼の姿に、立香は心底ほっとしながら笑顔で挨拶を交わした。

 

 「っと、後が痞えてるんだった。ちょっとどいてね。」

 「おう。ってかあの騎士王様は何やってんだ?」

 「うん、まぁ、色々。触れずにいてやってね。」

 

 立香とクー・フーリン(五次ニキ)が退くと、次に立ったのは桜だった。

 

 「すーはー、すーはー……よし、間桐桜、行きます!」

 

 そして召喚サークルが起動する。

 すると、そこには見慣れた様で見慣れない姿があった。 

 

 「サーヴァント・ライダー、召喚に応じ参上しました。余り、良い趣味とは言えませんね…。」

 

 紫の長髪、白磁の肌、女神そのものの美貌、そして僅かに漏れ出る魔性の気配。

 だが、その恰好は露出の多い黒と紫のボディコンの様な衣服に独特の眼帯だ。

 その姿は衣装こそ違うものの、紛う事なく冬木でこの場の面々を最後の瞬間まで助け続けた彼女だった。

 

 「メドゥーサ!?」

 「如何にも。とは言え、貴方達の出会ったランサーとはまた別側面ですが。」

 

 あっちは中立中庸、私は混沌善です。

 そう言ってのける彼女からは、ランサー時にはあった他者への配慮や柔らかさが消えている。

 この辺り、やはり別側面と言う事なのだろうが、彼女の発言に何とか落ち着きを取り戻していたオルガマリーが反応する。

 

 「ちょっと待って。貴方、セイバーもそうだったけど、冬木での記憶を継承してるの?」

 「断片的ですが、大まかな事情は。大変な事態だとの事で、本体と抑止力から半ば無理やり押し付けられました。」

 

 そう返答する声音からは、何処かげんなりとした気配がする。

 やはり根っこは同一人物らしく、自身の趣味の方が基本は優先の様だ。

 

 「じゃぁ私の事も…。」

 「えぇ、ちゃんと貴方と認識できていますよ、桜。」

 

 自身のマスターにライダー・メドゥーサが答える。

 その声音は露骨に優しく、穏やかな雰囲気に満ちている。

 コミュ能力はランサー時と比較して低いが、主従関係には問題なさそうだった。

 で、この二人が退いた後、遂に慎二の番となった。

 

 「よし、次は僕だな。」

 

 その手に握るのはランサー・メドゥーサから貰った鎖の一部である環。

 彼女の髪の毛が変化したそれは、相性ばっちりの触媒となる。

 

 「来い、メドゥーサ!」

 

 その叫びと共に、召喚サークルが今までに無い程に活性化する。

 

 「おお!この反応は間違いなくSSR…!」

 「ロマニ、ガチャじゃないんだからはしゃがない!」

 

 はしゃぐロマニにオルガマリーが叱咤する。

 だが、この場の全員が期待していた。

 冬木で大活躍だったランサーのメドゥーサ、彼女が来る事を。

 

 『おや、貴方でしたか。良いでしょう、その声に応えます。』

 

 慎二の脳裏に声なき声が響く。

 ランサーと幾度も使った念話の感覚に、知らず拳を握りしめる。

 そして、部屋に光が満ちた。

 

 「サーヴァント・キャスター、召喚に従い参上しました。」

 

 召喚サークルの上、そこには黒いフードを被った明らかに小柄な、少女の人影があった。

 フードに隠れてはいるが紫の長髪に白磁の肌、そして感じ取れる神性の気配に、間違いなく彼女がメドゥーサなのだと物語っていた。

 

 「メドゥ………サ……?」

 「えぇ。先日は槍を持った私と共に戦った様ですね。」

 

 フードの下から僅かに望む美貌は、確かに彼女が将来美女のメドゥーサとなる事を約束していた。

 

 「この姿は私が女神であった頃。未だ神性を保持し、修行の旅をしていた頃の姿です。見た目こそ未熟ですが、技量や経験に関しては差がありませんのでご安心を。」

 

 そう言ってシャンシャンと錫杖を振るう姿は何処か愛らしい。

 しかし、その身を構成する濃密なまでの神秘は、魔術師なら無条件で納得できるものがあった。

 

 「おや、別の私ですか。」

 「あら、ライダーの私ですか。」

 

 自分の他の側面が召喚されたのに気付いたのか、壁の花となっていたライダーのメドゥーサが寄ってくる。

 そして、じっと眼帯とフード越しに視線を合わせる。

 

 「良かった。今の貴方なら大丈夫そうですね。」

 「えぇ。これからよろしくお願いします。」

 

 ぺこりぺこりと成長前と後の自分同士で頭を下げ合う姿は実にシュールだった。

 後、会話内容の不穏さに気付いているのが、この場ではロマンとダ・ヴィンチに慎二だけだった。

 

 「さ、話し合いは後にして、次の召喚にしましょう。」

 

 そして最後、遂に我らが所長オルガマリーの番だった。

 

 「漸く、漸くなのね……。」

 

 召喚サークルの前で、オルガマリーは顔を俯けて肩を震わせていた。

 

 「若輩だから、マスター適正が無いから、レイシフトできないからと馬鹿にされ続けた私が、遂に自分の手で召喚し、共にレイシフトできる……!」

 

 思い出すのは時計塔の他のロードや派閥の鼻持ちならない魔術師達。

 そしてカルデア内の自身に陰口を叩く職員達。

 後者はレフの爆破テロによって纏めて吹き飛んだのでもう二度と顔を合わせなくて済むが、それはさておき。

 

 「遂に、遂に!私による、私のための、私だけのサーヴァントを召喚できるのね!私を信じて支えて守ってくれるサーヴァントを!」

 

 そして、今までの鬱憤を晴らすかの様に叫んだ。

 その内容に、その場にいた全員がドン引きした。

 変わり者の多いサーヴァント一同も露骨に呆れていた。

 

 「来て!私のサーヴァント!」

 

 そして召喚サークルが輝き出す。

 正直、その雇用条件で来る英霊っているの?と皆が疑問に思う中、先程のキャスターのメドゥーサの時と同様に召喚サークルが激しく輝き出す。

 

 「嘘ぉ!?今ので来ちゃうの!?」

 「ロマニ、後で貴方酷いからね!」

 

 そして、遂に最後のサーヴァントがその姿を現した。

 

 「こんにちは、愛らしい魔術師さん。サーヴァント、セイバー……あら?あれ? えぇと、サーヴァント・バーサーカー、源頼光と申します。大将として未だ至らぬ身ですが、よろしくお願いしますね。」

 

 そう言って現れたのは長い黒髪に自己主張の激しい肢体と美貌、そして包容力を感じさせる大人の女性だった。

 その腰に差した刀と矢筒、背負った弓さえ無ければ、とても彼女が神秘殺しで名高い日本の武将とはとても思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 一同が騎士王に続く女体化にあんぐりと口を開いて驚く中、二人だけが内心でこんな事を思っていた。

 

 ((承認欲求マシマシの所長が母性の塊を召喚するとか、何と言う割れ鍋に綴じ蓋。))

 

 

 

 

 




所長の願望を思うと、召喚に応じそうなのがバーサーカー系しか思い当たらず……。
ただ、頼光だと成長の機会を奪いそうな程強力だし……


よっしゃ、他の特異点もちゃんと強化しちゃろ!


なお、次回はそれぞれのコミュ回。


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FGO編 幕間 その2

 「さ、色々とお話ししましょう。」

 

 にっこりと、源氏の大将は己の主を前に穏やかに微笑んだ。

 

 「色々……そうね、これから特異点修復があるんだし、事前に話し合うべきよね。」

 「違います。」

 「へ?」

 

 自室にて、紅茶とクッキーを乗せた机を挟んで己のサーヴァントと対談していたオルガマリーは唐突な否定に変な声をあげてしまった。

 

 「ここには既に私を始め、戦術にも戦略にも明るい英霊達が幾人も召喚されています。そちらの話し合いも大事ですが、先ずは我々が互いへの理解を深める事が大事でしょう。」

 「あぁ、そういう…。」

 

 頼光の言葉に、オルガマリーは納得した。

 紫髪の乙女二人に光の御子にアーサー王、そして源氏の大将。

 軍事に政治、魔術に芸術や医療と大体の分野をこなせる人材が既に揃っている。

 となれば、彼らの話を聞いてから詳細な方針を決めるのは決して悪いことではない。

 無論、最終決定権はオルガマリー、延いてはその指揮下のマスター達にある事が前提だ。

 現代の世界を救うのに死者である英霊の力を借りたとしても、最後は現代に生きる自分達が意思決定をしていかなければならない。

 決して先人達に全てを委ねてはならない事が、現代人の意地にして義務だとオルガマリーは考えていた。

 

 「えぇ。では改めまして、私は源頼光。今より千年程前の日本、平安時代にて都を騒がす多くの妖怪変化魑魅魍魎を屠った者です。」

 「私はオルガマリー・アムニスフィア。西洋魔術師の総本山たる時計塔の天文科のロードにして、アムニスフィア家の当主であり、ここ人理継続保障機関フィニス・カルデアの現所長です。」

 

 こうして、二人は初めて堂々と互いに名乗りあった。

 ただ名乗っただけ、だと言うのに、何故かオルガマリーはこれが神聖な儀式の様にも感じられた。

 今はもう、相手がバーサーカーだと抱いていた警戒心は何処かに消えてしまっていた。

 

 「私は人類史を修復し、滅ぼされてしまった世界を救済します。」

 「私は救いを求める子らに手を差し伸べ、迫る邪悪を打ち払います。」

 

 それは互いの目的であり、宣誓であった。

 それを目的に今ここにいて、二人は召喚に応じ、契約を結んだのだ。

 

 「子らって……。」

 「確かに聞こえましたよ。支えてくれる誰かを求める叫びが。」

 

 

 『遂に、遂に!私による、私のための、私だけのサーヴァントを召喚できるのね!私を信じて支えて守ってくれるサーヴァントを!』

 

 

 (あれかー!?)

 

 オルガマリーは今更ながら顔をボッと赤面させた。

 今思い出すと、なんて恥ずかしい事を口走ってしまったのだろう!

 

 「ですから、私にとっては貴女もまた大事な子ですよ。」

 

 穏やかに微笑みながら、頼光がオルガマリーに歩み寄る。

 それに相手がバーサーカーである事も忘れて、オルガマリーは頼光の浮かべる笑みに目を丸くした。

 それは、彼女が初めて見る「自分に向けられた」母性の宿った眼差しだった。

 思えば、母親は早くに亡くなり、父親の背ばかりを見てオルガマリーは育ってきた。

 だからこそ、父であるマリスビリーに褒めて、認めて、愛してほしかったからこそ、彼女は今まで勉強も魔術も礼儀作法も何もかにもを頑張ってきた。

 

 「よしよし……。」

 

 頼光の大きな胸の中に、オルガマリーは抱き締められた。

 その頭をまるで幼子にする様に、頼光は母代わりの様に……否、真実母として抱き締め、その頭を慈しみを込めて撫でていた。

 

 「頑張りましたね。今日まで本当に……。」

 

 その温かさに、その抱擁に、その母性に、その心にあった頑なさが解れ、今まで蓄積していた鬱憤が解けていくのがオルガマリーには分かった。

 

 「頑張ったの……。」

 「はい。」

 「お父様に褒めてもらいたくて、お父様に見てもらいたくて、」

 「はい。」

 「魔術も、科学も、マナーも、皆頑張ったの。」

 「はい。」

 「でも誰も褒めてくれないの。」

 「はい。」

 「皆私の足を引っ張って、陰口ばかりで、それが許せなくて。」

 「はい。」

 「いつも比べられてばかりで、お父様の弟子のキリシュタリアばかりが褒められて…」

 「はい。」

 「支えてくれてたレフも、裏切り者だったの。」

 「はい。」

 「私を褒めてくれる人も、認めてくれる人もいなかったの……!」

 「いますよ。少なくとも、母は貴女を認めています。」

 

 頼光は何時の間にか涙と鼻水を流して顔を汚していたオルガマリーを解放し、ゆっくりと視線を合わせた。

 

 「頑張りましたね、オルガマリー。よく出来ました。」

 

 そう言って、頼光は笑顔と共に改めてオルガマリーを、派閥の長でもカルデアの所長でも、況してやロードでもなく、ただ一人の寂しがり屋の女の子を正面から見つめ、認め、褒めた。

 

 「ううぅぅぅぅぅぅ……!おがああざあああああああああああああんっ!」 

 「はい、母は此処にいますよ。」

 

 泣きながら抱き着いてくる娘を、母は笑顔で抱き締めるのだった

 

 

 ……………

 

 

 「っは!今何処かで盛大な面白フラグが!?」

 「おまえはなにをいってるんだ。」

 

 一方、慎二に割り当てられた一室では、キャスターのメドゥーサと慎二が寛いでいた。

 

 「いえ、ちょっと観戦しそこねたなと。」

 「深くは突っ込まないでおくよ。」

 

 クピ、と慎二はカップに注がれた紅茶を味わう。

 間桐として、廃れたとは言え間違いなく貴種の家系に生まれた慎二は結構舌が肥えている。

 その彼をして、この紅茶は今まで味わった事のない極上品だと断言できた。

 

 「相変わらず、何処でこんなの仕入れてくるんだ。」

 「ユーラシア大陸内の食物なら大抵は自分で採ってきた後に自家栽培してますよ。特にこの茶葉はペルセポネ様も好んでいたものです。」

 

 その言葉に、慎二は噴いた。

 何気に女神御用達の紅茶とか、恐ろしい代物を飲んでいたと悟ったからだ。

 

 「おま……!そんなもんを人間の僕に飲ませるなよ!?」

 「ご安心を。あの方はギリシャの中でもまともですし、特選の中の特選品はまた別にありますから。」

 「それ、比較対象がクズよりマシって事じゃないだろうな…?」

 「まぁ怒られたとしても、精々大怨霊を仕向けられるだけですって。」

 「普通それ死ぬからな!」

 

 まぁギリシャだしね!

 

 「で、これからどうするんだ?」

 「オルガマリーの許可を取ってからになりますが、この施設の復旧及び改造ですね。」

 「復旧は分かるけど、改造もか?」

 「慎二、ここにヘラクレス級が攻め込んできたらどうなります?」

 「堕ちるな。」

 

 慎二は確信と共に断言した。

 如何に拠点側は防衛に有利だとしても、相手が城を拳一つで吹っ飛ばす規格外となれば、そんな利点など無いに等しい。

 

 「現状のカルデアでは外部からの襲撃に耐えられません。カルデアスからの磁場によって敵に探知されていませんし、人理焼却から守られていますが、さりとてそれに胡坐をかいていては何れ攻め落とされます。」

 

 尤もな話だった。

 そも、相手の拠点を叩くのは戦争での常識だ。

 況してやそれが相手側の戦略上最重要拠点となれば尚更だ。

 

 「分かった。明日にでも所長に許可を取る。他には?」

 「マスター達全員の訓練ですね。魔術と体力双方で。」

 

 まぁ何れ北米横断ツアー(基本徒歩)とかもあるのだし、これは必須だった。

 

 「まぁお前らサーヴァントを戦闘させるには、マスターのサポートが必要だし、特異点で活動するからには体力は必須か。」

 「本当なら、マスター達は拠点等に集めて防衛専門のサーヴァントを複数配置するのが理想的なのですが……。」

 

 それは聖杯大戦が開催された世界にて、赤と黒の陣営双方が取った戦術だった。

 全員敵のバトルロワイヤルではなく、サーヴァントの集団運用だからこそ出来る戦術。

 

 「贅沢に贅沢を言えば、マスター達全員をライダー等の宝具に乗せて、魔力供給を増やせれば言う事無しですね。」

 

 やはり先人の知恵は大事という事で、どちらも赤と黒の陣営が取った戦術だった。

 これを突破するには、それこそ膨大な魔力リソースを持った大英雄や更に多数のサーヴァント達をぶつける他無い。

 

 「そんな複数が乗れる宝具となると……。」

 「船とか城とか神殿ですかねー。」

 

 全部持ってる気違いもいるが、それはさておき。

 

 「取りあえず、魔力供給に関しては素材次第ですがどうにかできる宛てがありますので、その辺はお任せを。」

 「あぁ、その辺は専門家に任せる。」

 

 取り敢えず、当座の方針はこれで決まったのだが……

 

 「で?慎二としてはここはどうですか?」

 「設立目的が目的だけあって、まぁ居心地は良いよ。」

 

 無論、当初は相応に疑われ、ダヴィンチやロマニに厳重な検査をされたのだが、それさえ終われば詳細な事情説明と勧誘だった。

 それに応じたのはそれしか無かった事もそうだが、チャンスだとも思ったのだ。

 慎二と桜、士郎が穏やかに暮らす、そのための面倒事を片付けるチャンスだと。 

 まぁ実際はもっと巨大な厄介事に突っ込んでしまったんだけどネ!

 

 「それは良かった。貴方達をここに送り込んだ身としては、その辺が少し心配だったんですよ。裏切り者も出たばかりだと言いますし。」

 「ま、その辺は仕方ないだろう。」

 

 だが、少なくとも疑いが晴れた後に疑念を引きずる連中はいなかった。

 それは慎二とメドゥーサにとっては大満足の答えだった。

 何の証明もなく信じ切るお花畑も、猜疑心に凝り固まって後ろ弾をしてくる輩もいらない。

 また、常に拠点内で気を張っているもの疲れる。

 最悪の最悪として、このカルデアの乗っ取りすら企画していたメドゥーサにとって、これは実にありがたい事態だった。

 流石はマリスビリーが世界中から集めた人材、その中でも爆破テロを逃れるだけの幸運を持ち、最後の最後まで第四の獣を覚醒させなかった良心の持ち主達だ。

 

 「取りあえず、今夜はもう休みなさい。召喚で疲れているのでしょう?」

 「そうだな。今日はもう休ませてもらうよ。」

 

 そう言って、慎二は体を伸ばして欠伸をする。

 時間は既に夜10時を過ぎている。

 少し早いが、疲れた日には丁度良い。

 

 「ってお前、ベッドは……。」

 「サーヴァントには睡眠は必要ないですからねー。」

 

 霊体化するつもりだったキャスターは、しかし何を思いついたのか、丁度良いとばかりにフードを消すと、そのままベッドに潜り込んだ。 

 

 「おい……。」

 「子供の体に欲情する程飢えてはいないでしょう?さ、早めに休みますよー。」

 「分かった分かった。間違って蹴っても怒るなよ?」

 「その時は蹴り返してあげます。」

 

 こうして、互いに特に性欲とか抱いてない二人はあっさりと同じベッドで床に就いた。

 

 

 

 (ほほう、モヤシかと思えば中々の筋肉。鍛え甲斐がありそうですね。)

 (眠れない……。なんかメドゥーサから良い香りするし肌も髪も綺麗だし色々凄いしなのに無防備とかこいつ……。)

 

 が、メドゥーサの女神級の容姿に色々と削られる慎二なのだった。

 彼が眠るのは今から三時間後、憐れんだメドゥーサが暗示で眠らせてくれてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うぬぬ、久々の更新と思ったら、一話で足りなかった。
次回もコミュ回です。


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FGO編 幕間その3

 「ねぇライダー、貴方達二人の事、どう呼べば良いかな?」

 

 与えられた自室で、桜はライダーのメドゥーサにそう問うた。

 

 「それは……すみません、小さい方の私と相談しなければなりませんね。」

 「ううん、ごめんね、突然こんな事言って。」

 「いえ、名称を定めておかなければ、咄嗟の時に判断を誤る可能性もあります。寧ろ早ければ早い方が良いでしょう。」

 

 咄嗟の判断や早急な呼びかけが必要な場面で、いちいち「大きなメドゥーサ」と「小さなメドゥーサ」等と長い呼称で呼び分けてなどいられない。

 

 「それにしても、此処がカルデアですか……。」

 

 しげしげと、ライダーはカルデアのマイルームという環境を隅から隅まで眺めていく。

 

 「そんなに珍しい?」

 「いえ、構造自体はそこまで。ただ、少しだけ感慨深いな、と。」

 

 眼帯に隠され、表情の余り変わらないし分かりにくいライダーだが、どうやら結構上機嫌らしい。

 まぁ、この彼女は大凡原作と言われる世界線のそれに最も近い性質を持っている。

 自分によく似て、しかし既に救われているマスターの下で、大義名分ばっちりの立場で戦えるのだ。

 彼女からすれば、これ以上ない程の好条件と言えた。

 

 「ふふ、気に入ってくれたのなら良かった。ギリシャ生まれの貴方達に合わせた住居ってなると、バルテノン神殿みたいなのを想像してたから。」

 「あれは確かに神霊向けですが、外向けの謁見用でもあります。普段使い用の私室はまた別の個室があるんです。」

 

 有名所の神霊は大抵従属神や妖精に精霊等をメイド代わりにしているので、自身の権威の誇示も合わせて大仰な建物になる傾向が高い。

 しかし、メドゥーサらの住んでいた形無き島は三女神を除けば後は普通の生き物(神代基準)ばかりであり、手先が器用かつ成長して力も強いメドゥーサが生活全般を担当していた。

 姉二人?男を破滅させたり貢がせたりして家計に僅かなりとも貢献していたが、根本的に生活能力0なので、メドゥーサを扱き使って生活していた。

 まぁ余りにも扱き使いまくって愛想尽かされて出ていかれたのだが、その辺のことはさておき。

 

 「しかし今後の事も考えますと、やはり部屋数が足りなくなるかもしれませんね。」

 「え、どうして?」

 「冬木とは違って、今回の召喚は魔力さえあれば制限はありません。つまり、今後も英霊はどんどん増えるという事です。」

 

 不幸中の幸いか、カルデア職員の殆どが先の爆発によって死亡したため、部屋数が足りなくなる事はよほどの数が召喚されない限りは大丈夫だろう。

 

 「そうなると、やはり部屋をリフォームしたいという声が大きくなりそうですね。」

 「うん、ただ今は余り余裕がないから…。」

 「まぁその辺は小さい私に任せましょう。基本凝り性でこういうのは好きですからね。」

 

 宝具すら殆ど自作してるメドゥーサ(例外は城壁)である。

 今更部屋の一つや二つ、十や二十はどうという事はない。

 そも、形の無い島で気まぐれな姉二人相手にリフォームやガチの改築等も既に経験済みである。

 

 「処で桜、いい加減に士郎に告白したのですか?」

 「な、なななななななななな!?なんでいきなりそんな話になったの!?!」

 

 唐突過ぎる話題転換に、桜は動揺のままに叫んだ。

 

 「桜、よく考えてください。このまま手を拱いていれば、何れセイバーや今後召喚されるサーヴァントに掻っ攫われる可能性はとても高いのですよ。」

 

 実際、相性召喚ってそういうのありますしね、としれっとライダーは言ってのける。

 事実、触媒の無い縁召喚の類は比較的異性同士が召喚されやすい。

 その上、相性も良いのだから、切っ掛けさえあれば「そういった関係」に成りやすい。

 

 「どど、どうすればよいの…!?」

 

 顔を真っ赤にし、錯乱して全く考えの纏まらない桜は、目の前の自分と相性召喚された信頼するサーヴァントに問う。

 それを待ってましたとばかりに、ライダーは喜色を隠さぬままにちょろいマスターを安心させるべく僅かばかりの笑みを浮かべた。

 

 「私に良い考えがあります。」

 

 そして、何故か特大の失敗フラグを立てた。

 

 「良い考え?」

 「そうです、とても良い考えです。」

 

 すっと極自然に眼帯を外し、その魔眼で以て軽い暗示をかける。

 すると桜の目はぐるぐると渦巻きを描き始め、酩酊に近い状態となっていく。

 

 「これさえ出来れば、奥手な貴方も鈍チンの士郎に自分の気持ちを伝えられます。」

 「先輩に……伝える……。」

 

 みょいんみょいんみょいんと何か変な電波でも出てるのか、桜はぶつぶつとライダーに言われた内容を繰り返す。

 

 「勝負服に着替え、相手の手を握り、体を摺り寄せ、思いを告げるのです。大抵のあの年頃の少年相手なら、それで堕ちる=ベッドインですよ。」

 「勝負服……摺り寄せ……ベッドイン……。」

 

 確かに大体当たってると思うが、普段の桜なら羞恥心と好意から絶対にしない行動だ。

 だがしかし、今現在の彼女はライダーの暗示(と言うか毒電波)によって正気を失っている。

 今の桜に常の優しさと常識的な判断は期待できなかった。

 

 「お膳立てはこちらで行います。勝負服の準備も、邪魔者の排除も。後は貴女の決断だけですよ……?」

 「わわわたたたたししししはははははははは……。」

 

 がくがくと瘧の様に震えながら、桜は何とか決定的な決断から逃れようとする。

 一人の乙女として、恋する少女として、その様なはしたない真似は断じてしたくない。

 だがしかし、それであの鈍チンの少年をものに出来るのならば……!

 

 (ま、お膳立ての分はしっかりお零れを頂きますが、ね。)

 

 内心でにたりと笑みを浮かべるライダー。

 現在のカルデア、特にマスターである3人の少年達は実に彼女好みの魂の輝きと才覚を持った稀有な存在だった。

 包容力の立香、正義漢の士郎、そして意志力の慎二。

 そんな極上の少年達を指を咥えて見て堪える事は、この混沌・善のメドゥーサには出来なかった。

 

 

 が翌日、桜の様子に気づいたキャスターのメドゥーサに気づかれ、どつき倒される事となる。

 

 「桜の応援はもっと普通な手段にしなさい。」

 「仕方ありませんね。」

 

 そういう事になった。

 

 

 ……………

 

 

 「その、士郎、本当に申し訳ありませんでした…。」

 

 マイルームにて、未だ暗い顔をしたままのセイバーは、そう言って士郎に何度目かも分からない謝罪を行った。

 

 「良いって。オレはもう十分謝ってもらったからさ。明日、改めて所長達に謝ろう。それでもう十分だよ。」

 

 そう言って、士郎はセイバーを許した。

 自身を裏切り、人理を焼却した者へと与したアルトリア。

 しかし、その行動は人理を守るためのものだったと、キャスターの方のメドゥーサが証言した。

 

 『彼女の行動、戦闘遅延による時間稼ぎが無ければ、カルデアは間に合わなかった。』

 『そして黒幕側、あのレフと言いましたか、彼も騎士王という強大な戦力を手元に置いた事で油断が生じていましたからね。』

 『支配下にありながら、それでも抗っていた辺りは流石の対魔力と言えますね。』

 『結果的にはどうにかなりましたが、彼女の協力が無ければ、事態はもう少し悪くなっていたでしょうね。』

 『ま、時間稼ぎの点で言えば、最大の功労者はヘラクレスですけどね!』

 

 そんなオチの付いた解説で、取り敢えずカルデアの、少なくともマスターである面々は納得した。

 そういう訳で、カルデア内では彼女を責める声は表立ってはない。

 とは言え、感情的なしこりはあるので、その辺りは今後の活躍と交流で払拭していく必要があるだろう。

 

 「それでセイバー、カルデアはどんな感じだ?」

 「私の所感ですが、よろしいですか?」

 「あぁ、頼む。」  

 

 こと戦争経験、それも国家を率いた経験もあるアルトリアにとって、このカルデアという集団はどう見えるのか?

 また、どんな長所・短所があるのか?

 そういった事に全く経験のない士郎は、その辺りが聞きたかった。

 

 「先ず、現時点で内紛の心配がないのは大きいですね。」

 「初っ端からそれかー。」

 

 すると、一番重要な情報が齎された。

 

 「私から見て、そして直感も交えてですが、やはり指揮系統が一本化されているのは大きいですね。慎二もメドゥーサ達も、ここの職員達も、皆オルガマリーをトップに据える事に関しては異論が無い。これは集団としてとても大事な事です。」

 

 更に言えば、ここカルデアには既に典型的な魔術師はいない。

 それらは全て、レフの爆破工作によって死んでいった。

 それはつまり、サーヴァント達を単なる使い魔呼ばわりする典型的な魔術師がいない事を意味する。

 それはサーヴァント達の士気を保つ上で、とても重要な事だった。

 

 「更に、支援体制も充実していますね。万能の天才ダ・ヴィンチに神話からして多才なメドゥーサ、更にカルデアの各種システム。英霊を効率的に集団運用するためのものが殆ど揃っています。」

 

 守護英霊召喚システム・フェイト。

 原子力発電システム・プロメテウスの火。

 事象記録電脳魔・ラプラス。

 疑似地球環境モデル・カルデアス。

 近未来観測レンズ・シバ。

 霊子演算装置・トリスメギストス。

 大凡英霊を戦力としてレイシフトし、人理修復を行うための施設は揃っていた。

 無論、完璧ではない。

 しかし、それは今後の運用や追加召喚した英霊次第でいくらでも補う事が出来るし、現時点でこれだけ揃っているというのは大きい。

 

 「戦いは今後更に苛烈になっていくでしょう。そうなると、戦力の拡充及び支援体制の更なる充実は絶対に必要です。」

 「どんな事が必要かな?」

 「やはり補給体制ですね。現状の士郎とカルデアから供給される魔力では、一日二発も聖剣を解放すれば翌日は宝具を使用できないでしょう。食料や施設維持のための物資にしても限りがあります。何処かで補充する必要があるでしょう。」

 

 補給の重大さは今更語る事もないだろう。

 だが、現状のカルデアではその辺りが未だに大きな問題がある。

 不幸中の幸いとして、大幅に人数が減ったため、食料の問題はすぐには来ない。

 しかし、何れ必ず対処は必要だ。

 魔力に関しては、メドゥーサに腹案があるらしく、然程問題にはならないと考えられる。

 

 「後は、マシュの様にマスター達を守る専門の防衛役が複数いてほしいですね。アサシンの様な気配遮断を持つ者を集中運用された場合、士郎以外のマスターでは対応できないでしょう。」 

 

 マスター殺しを専門とするアサシンのサーヴァント。

 如何に強力なサーヴァントを召喚しようとも、マスターは只の生身の人間だ。

 彼らを狙うのはサーヴァントを撃破するよりも遥かに手っ取り早い。

 

 「他には、集団移動を可能とする乗り物や回復要員ですね。」

 

 如何に汎用性の高いメドゥーサ、そしてクー・フーリンがいるとは言え、彼彼女らを支援要員として使うには余りにも勿体無い。

 無論、キャスターのメドゥーサに関しては、そうする方が正しいのだが、現状他者を治療できる者が少ないのは問題だった。

 支援役は集団戦において真っ先に狙われるため、目標を分散する意味でも、やはり一人は専門家にいてほしい。

 

 「そっか。その辺りも明日話さないとな。」

 「えぇ。やるべき事は山積みです。」

 

 二人の目には、意志の輝きがあった。

 正道を行き、成すべき事を成すという意志の光が。

 触媒があったとは言え、やはりこの二人の召喚はとても相性が良かった。

 

 「でもま、取り敢えず。」

 「取り敢えず?」

 「もう遅いし、今夜はもう寝よう。」

 「あ」

 

 話し込んでいたセイバーはそこでハッと部屋の壁にかけてある時計を見る。

 時間は既に23時を回っている。

 良い子ならとっくに眠っている時間帯だ。

 

 「す、すみません士郎!貴方への配慮を忘れていました。」

 「良いって。オレが頼んだんだしさ。」

 

 そしてさぁ寝ようとなった時、問題が発生した。

 

 「あ、セイバーの寝床……。」

 「士郎、その、私は霊体化できませんし、この時間帯にオルガマリー達を起こすのも…。」

 「あ~~……。」

 

 士郎は天井を仰ぐ。

 この部屋には今、可愛い女の子と自分が一人。

 迂闊な男女同衾等、硬派と言うか奥手で純朴な士郎からすれば絶対に許されない事だ。

 

 「ごめんな、セイバー。オレは適当に床で…。」

 「てい。」

 「んな!?」

 

 床で寝ようと言い切る前に、士郎の視界は反転、反応する前に僅かな衝撃と共にベッドへと落とされていた。

 

 「さ、士郎も疲れているでしょう。早く寝ましょうね。」

 「ちょっと待てちょって待て!」

 「待ちません。少々恥ずかしいですが、早く寝てしまいましょう。」

 

 カルデアのシステムにより、ステータスが全盛期のそれに近くなっているアルトリアにとって、暴れる士郎を寝かしつける等造作もない。

 顔を真っ赤にして固まる士郎の横で、ドレス姿となったアルトリアも僅かに頬を朱に染めてベッドに横になるのだった。

 

 「士郎、お休みなさい。」

 「お休み……。」

 

 緊張でガチガチになった士郎がようやく眠れたのは、午前3時頃の事だったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「士郎、眠りましたか?」

 

 「……今から独り言を言います。」

 

 「私は嬉しかった。」

 

 「貴方はメドゥーサ達の説明を受ける前、召喚されて直ぐでも私に触れ、慰めてくれました。」

 

 「一度は裏切ってしまった私を、信じてくれた。」

 

 「それが私には、とても嬉しかった。」

 

 「宣言しましょう。騎士として、女として。」

 

 「私は絶対に、もう士郎を裏切らないと。」

 

 「お休みなさい、士郎。どうか今だけは良い夢を……。」

 

 

 

 



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FGO編 幕間その4

 「へー、クーさんランサーでもルーン使えるんだ。」

 「おうよ。クラス補正が消えるが、経験や技量が消える訳じゃねぇからな。」

 

 本来ならカルデア唯一のマスターとなっていた立香の部屋は、今はお茶会の会場と化していた。

 

 「冬木市ではキャスターのクー・フーリンさんのルーン魔術には本当に助けられましたから心強いですね。」

 「つっても槍の無いキャスターなんだろ?間違いなく今のオレより弱いんだがなぁ。」

 

 ココアの入ったカップを持って思い出すマシュに、しかしランサーはげんなりとした顔をする。

 

 「やっぱり槍が無いのは嫌?」

 「まぁな。戦えない訳じゃねぇが、自分の一番強くて得意な武器っつったら、やっぱ槍だしな。」

 「魔槍ゲイ・ボルク。因果逆転による必中と死の呪いの槍ですか…。」

 

 未だ実戦で振るわれる姿こそ見ていないが、冬木でのキャスターよりも間違いなく強いと言われて、立香は不謹慎ながらワクワクしていた。

 

 「ねぇねぇクーさん。クーさんから見て今のカルデアってどうなの?」

 「んー?」

 

 こと戦闘経験と言う点では全英霊でも屈指のアイルランドの光の御子に、立香は興味本位で質問した。

 

 「そうだな、基本的に致命的な問題、特に内紛とかの種が一切無いのが良いな。」

 「内紛、ですか…。」

 「あぁ。後ろから切り掛かられちゃ、おちおち安心して戦えねぇからな。」

 

 味方が、と言うか頂く王がしょっちゅう致命的なやらかしをするクー・フーリンだからこそ、その言葉は経験による重みを感じさせた。

 これはレフによる爆破テロによるものだが、生き残った面々が軒並み善人と言う点は間違いなく抑止力と彼ら自身の頑張りによるものだった。

 

 「欠点はまぁ、英霊除いたほぼ全員が戦の素人だっつー点か?まぁその辺はおいおい慣れてけば良いだろ。」

 

 実際の戦場に立ち、平静を保ったまま適格な判断を下す。

 言う事は簡単だが、死の危険が常に存在する中で、それを実践する事は極めて困難だ。

 幸い、致命傷程度ならあっさり治せる人材がいるので、多少のミスはカバーできる。

 だが、治せるからと言って、痛みや死への恐怖を克服できるかと言えば、それはノーだ。

 

 「後は純粋に戦力不足だな。人類滅ぼす程度なら人類でも出来るが、相手は人類史そのものを焼く様な規格外だ。この旅の終わりに戦うなら、最低でも今の3倍の戦力は欲しい処だな。」

 「そんなにですか!?」

 

 クー・フーリンの言葉に、マシュが思わず叫ぶ。

 だが、言われてみれば確かに納得の内容だった。

 

 「手っ取り早く戦力強化するなら英霊を増やすか、宝具に準じる程の礼装を作るか、霊基の強化だな。」

 「霊基の強化?」

 

 聞きなれない言葉に、立香がオウム返しに言う。

 

 「霊基ってのはサーヴァントの構造そのものだな。英霊によって千差万別。これに沿って魔力、エーテルが仮初の肉体を編んでる訳だ。要は設計図だな。」

 「へー。」

 「んで、こいつはサーヴァントって枠に押し込む時に入りきらない部分は削られちまう。霊基の強化はそうやって残った部分を強くするか、削った部分を本来の形になる様に付け足すのさ。」

 「付け足すって事は、別人のでも良いの?」

 「出来なくもないんだがなぁ……。『便利だから他人の腕を移植しよう!』とか言われてはいそうですかって言えるか?」

 「無理です。」

 

 本人に無許可の人体改造は違法です。

 後、確実に副作用とか拒否反応が起こるし、どう考えても費用対効果が割に合わないので、止めておいた方が良いだろう。

 

 「では、具体的にどうすればよいんですか?」

 「神秘の籠った物品から、それぞれに適した要素を抽出して、多量の魔力と一緒にサーヴァントに注げば大体OKだ。つっても、そんな代物は現代じゃ早々ありゃしねぇし、劇的な強化をするにゃ師匠達レベルの魔術師の手がいる。」

 

 簡単に強くなれる訳ではない。

 通常の強化方法は残った部分の霊基構造を単純に補強し、より大きな出力で稼働できる様にするのだ。

 が、元に戻す=サーヴァントの枠からの逸脱は、サーヴァントを生前に近づける事に他ならない。

 神代出身なら兎も角、史実・現代出身勢からすれば、逆に弱体化に繋がりかねない事もある。

 例えば、ヘラクレスやクー・フーリンの様に、その身一つで国を亡ぼす程の大英雄ならば、戦力強化の観点からすれば、それは大いに有意義な事だ。

 が、勿論問題もある。

 カルナの様にトップサーヴァントは基本的に人間では維持できない程の魔力食いだ。

 サーヴァントの枠に収める事によって、辛うじて人類に運用可能な状態にしているだけの存在、その中でも特に強力な存在から枷を取っ払うような事をすれば、当然ながら燃費は天井知らずに跳ね上がるし、令呪だって何処まで有効か分かったものではない。

 なので、通常の魔術師では理解はしても余程の事が無ければ実行する事はないだろう。

 そもそも、そんな事する位なら、召喚時に術式に手を加えるか、より多くの魔力を供給する様に準備した方が遥かに手っ取り早い。

 

 「そっか、そう簡単に強くはなれないんだ。」

 「ま、諦めて気長にやれってこったな。嬢ちゃんだって宝具は使えても、オレからすりゃまだまだだからな。」

 「うぅ、大英雄の基準で見られても困ります…。」

 「その辺りは僕と一緒に頑張ろう?ね、マシュ。」

 「は、はい。マシュ・キリエライト、頑張ってみます!」

 (おーおー、初々しいねぇ。こりゃオレも頑張らねぇとなぁ。)

 

 こうして、本家本元のFGO主人公の部屋で三人のお茶会は遅くまで穏やかに続くのだった。

 

 

 ……………

 

 

 「おや、夜更かしですかドクターロマン。」

 「ぶふっ!?」

 

 深夜も深夜、既に日付変更時刻も超え、もう一時間もすれば朝日が昇るという頃。

 どうにかこうにか復旧し始めた各種システムのチェックを待ちながら各マスター達のコンディション確認のための報告書に目を通すという苦行を自主的に続けていたロマンは他の職員が交代で休憩に入り、人気が疎らになったこの場所で、唐突に第三者から声をかけられた。

 

 「君は、キャスターの方のメドゥーサか。どうしたんだい、こんな時間帯に?」

 「一人デスマーチな不養生の医者を見つけたので、こうして差し入れを持ってきました。」

 

 ひょいと差し出されたのはお盆、その上に載ったヨーグルトかチーズの様な何かだった。

 

 「何だいこれ?」

 「キュケオーンですよ。素朴なミント入りの大麦粥じゃなく、リコッターチーズ入りの軽食仕様ですが。」

 

 キュケオーンはギリシャ神話にも幾度か登場する麦粥の一種である。

 ペルセポネがハデスに誘拐された時、母であるデメテルが女神としての職務を放棄してペルセポネを探し回った折、エレシウス領のとある民家へと辿り着き、そこの住民から受けた持て成しの中にあったのがキュケオーンだった。

 この事から、デメテルとペルセポネを祀るエレシウスの秘儀においては重要な供物として供されたと言う。

 また、アイアイエ島に住まう大魔女キルケーがこれを得意とし、彼女の島にやってくる男達にこれを振る舞ったという。

 但し、後者の方は毒入りであったりする事もあり、注意が必要だが。 

 現在、日常的に食べられたものは兎も角、エレシウスの秘儀に供された特別なキュケオーンのレシピは失伝しており、今現在の魔術師らも再現を諦めているという。

 

 「これ、もしかしてエレシウスの秘儀の……。」

 「あれガチで作ると面倒な女神とかが召喚されかねないので作りませんよ。」

 

 どうやらこのメドゥーサ、レシピ自体はご存知の模様。

 これだけでも魔術協会に知られればゴタゴタは避けられないだろう。

 

 「本当なら仮眠させるべきなのでしょうが、そのつもりは無いのでしょう?」

 「う、まぁ、その……。」

 

 痛い処を突かれ、ロマンは呻いた。

 現状、先々の見通しが殆ど立っていない状態であり、少しでも打てる手を多くするべく、カルデアの職員らは施設の復旧へと邁進していた。

 その中でも首脳陣がほぼ全滅状態である事から、オルガマリーとロマンの負担は増す一方だった。

 それでも、ちゃんとした指揮系統が健在であるという事は、かなりマシなのだが。

 

 「取り敢えず、ちゃんと栄養は取りなさい。いざと言う時に力が出ないなんて目も当てられないですよ。」

 「そうだね。それじゃお言葉に甘えて頂くよ。」

 

 そうして、受け取った鉢とスプーンで少し黄味がかった乳白色のキュケオーンを食べると、ロマンは目を見開いた。

 

 「美味しい。」

 「それは良かった。」

 

 微笑んでいる未だ幼さを残した女神の美貌すら忘れて、ロマンは夢中になってキュケオーンを食べた。

 生クリームにレモン、蜂蜜等で作ったリコッターチーズは程良い酸味と甘さを備えつつ、大麦の香りを生かしたまま一つの食べ物となっていた。

 一口食べる毎に、体の中へビタミン及び蛋白質に糖質と十分な栄養素が行き渡っていくのが分かる。

 合間合間に極僅かだが刻まれたミントやハーブ、ショウガ等のスパイスが刺激を効かせて飽きさせず、次々とスプーンを動かしてしまう。

 

 「ふぅ……。」

 「お粗末様でした。」

 

 気づけば、掌大の鉢いっぱいにあったキュケオーンは綺麗に完食されていた。

 空っぽだったお腹も小気味よい満足感に満たされており、軽食として確かに完璧な一品だった。

 

 「いや驚いた。流石は料理の女神様。とっても美味しかったよ。」

 「ふっふっふ、貴方がカルデアでのお客様一号ですからね、誇っても良いんですよ。」

 

 むっふーと可愛らしく自慢げなメドゥーサにロマンもまた生来の(と言っても人間になってからだが)柔和さを感じさせる笑みを浮かべた。

 

 「そうそう、その顔です。」

 「へ?」

 「貴方はオルガマリーの副官です。そんな貴方が彼女や職員達よりも張り詰めた顔をしていれば、皆も不安に思うでしょう。平常通りとは言いませんが、しっかりと休息は取るべきですよ。」

 

 めっといった具合に人差し指を立てて注意するメドゥーサ。

 その姿からは美しさ、可愛らしさはあれど、威厳は疎か何れ人々を恐怖のどん底に叩き込んだ大魔獣としての片鱗は一切見えない。

 

 (これがあんな怪物になるんだから、ギリシャって怖いなぁ…。)

 

 ロマンが思うのは、嘗て千里眼で見た光景だった。

 ギリシャ世界を蹂躙せんとする大魔獣とその眷属。

 それを討ち果たさんと終結した英雄達の乗るアルゴー号。

 当時の彼なら何を思う事も無かっただろうが、そんな神話の主役の一人が友軍である事は今現在の自分としては恐ろしくも頼もしい事だった。

 

 「む、何か余計な事を考えていますね?」

 「いやいや、君の美貌で睨まれても怒られた気がしないってだけだよ。」

 「……まぁ良いです。そろそろ効いてくる頃でしょう。」

 「へ?」

 

 その内容を問い質そうと思った時には、既に体は言う事を聞いてくれなかった。

 

 「ぁ……。」

 「薬ではないですよ。スパイスの調合で、少し疲れを表面化しやすくしただけです。」

 

 とは言え、連日デスマーチしていたロマンに、彼女の調合したスパイス(疲労回復用。表面化しにくい疲労を表に出し、睡眠での疲労回復の効果を高める。)はとてつもなく効いた。

 

 「ま……し……。」

 「まだ仕事、ですか。いい加減に寝なさい。オルガマリーには私から言っておきますから。」

 

 椅子から立ち上がろうとして踠いて、しかしそのまま意識を落としたロマンを、嫋やかな細腕が抱き留める。

 

 「小さなままでは引き摺ってしまいますからね。偶には役得も良いでしょう。」

 

 先程まで幼さの残る少女だった姿は大きく成長し、ライダーとほぼ同じ程度の外見年齢へと変化していた。

 元より己の体を変える事に慣れているメドゥーサにとって、多少の外見年齢の変更等は造作も無かった。

 食器の乗ったお盆を魔術で浮かせ、ロマンを横抱きにして立ち上がったメドゥーサは、不意に視線を管制室の出入り口へと向けた。

 

 「さてダ・ヴィンチ、部屋に案内してくれませんか?」

 「流石の手並みだね。私に気付いてた事も、ロマンの懐にするっと入ったのも。」

 

 管制室の出入り口、そこには普段の絶世の微笑みを引っ込めて、警戒を露にした万能の人の姿があった。

 

 「別に彼の隠し事を暴こう、とは思ってませんよ。」

 「の割に随分乱暴な様だけど?」

 「それだけのっぴきならなかったんですよ。」

 

 召喚早々、メドゥーサは室内の人間達の、カルデアの職員らの様子を具に観察し、その大凡の心身の状態を見抜いていた。

 職員らのストレスも相当だが、中でも指揮官二人のそれが酷かった。

 オルガマリーに関しては鬼子母神以上に恐ろしい頼光がいるので対処されるだろうと考えたが、ロマンに関しては平気な顔して無茶する印象が強いため、この様な強硬策を取ったのだ。

 

 「全く、職員らの前で倒れたら、それこそ駄目だと言うのに…。」

 「その点は同意だ。ロマンったら化粧までして顔色隠してるんだぜ?いい加減休めって言っても聞かなくて。」

 

 しかめっ面のメドゥーサに、ダ・ヴィンチもやれやれと大仰なポーズをして答える。

 彼女達にとっても、マスター及び職員達のケアは死活問題だ。

 だからこそ気を配るし、こうして余計な手出しもするのだが。

 

 「と言う訳で後は頼みますよ。」

 「任された。所で、何か気づいたかい?」

 

 ぐーぐー呑気に寝息を立て始めたロマンを受け渡しながらの問いに、メドゥーサは素直に答えた。

 

 「この人モヤシみたいにぺらいです。ちょっと本気で体質改善しましょう。」

 「OK、取り敢えず黙っていてくれるなら、こちらからもとやかく言わないよ。」

 

 ロマンの正体とか目的とか、そういったシリアスな事は全てすっ飛ばして、美女二人+1は別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……嘗て貴方に世話になった者の一人として、今度は決して死なせはしませんよ。」

 

 誰もいない、節電のために最低限の非常灯しか点いていない廊下を歩きながら、何時の間に少女の姿に戻っていたメドゥーサの独白が僅かに響く。

 それはこの旅路において、小さくも大きな彼女の決意表明だった。

 

 




FGOプレイヤーなら一度は誰もが思うよね、所長&ロマン救済


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FGO編 フランス その1

大分間が空いてしまって申し訳ない。
今後は地道に投下していく予定。


 「皆、申し訳ないけど急遽出撃が決定しました。」

 

 今日で冬木から帰還して丁度12日。

 会議室の一つ、そこにはカルデアの最後のマスター達と各々のサーヴァント達が集まっていた。

 

 「今から2時間前、フランスでの特異点の観測に成功しました。時代は西暦1431年のフランス。百年戦争、その休戦期の一つに当たる時期です。」

 

 会議室の正面に設置されたモニター、そこにはフランス全土の地図が表示された。

 

 「この時期は彼の聖女ジャンヌ・ダルクが処刑されて少々の期間が過ぎた頃です。ほぼ間違いなく、フランス並びジャンヌ・ダルクに関する英霊が召喚されていると予想されます。」

 

 すると、予想される数多くの英霊の名前が表示されていく。

 ジャンヌに啓示を与えたとされる聖女マルタ。

 円卓最優にして、裏切りの騎士ランスロット。

 ジャンヌと共に戦い、フランスを救った救国の英雄ジル・ド・レェ。

 フランス王室最後にして最愛の王妃マリー・アントワネット。

 現代まで語り継がれる音楽の天才ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。

 不可能の文字無き皇帝ナポレオン・ボナパルト。

 世紀の予言者ノストラダムス。

 他にも多くの著名な人物がその名を連ねていた。

 

 「とは言え、今の我々にこれ以上の議論をしている余裕がありません。準備が出来次第直ぐにレイシフトを行います。」

 「あの、余裕が無いってどういう事ですか?」

 

 そこに藤丸が手を挙げて質問する。

 もっともな疑問だが、以前のオルガマリーならこれから説明すると喚き散らしていただろうが、寄り掛かれる相手に思う存分吐き出して甘えた後だからか、彼女はあくまで所長として冷静に対処できていた。

 

 「おっと、そこから先は私が説明させてもらうよ。」

 

 そこで技術顧問のダヴィンチが口を開いた。

 

 「現在、フランスの観測が予想以上に不安定になっている。これは推測混じりだが、フランスの特異点が人類史を完全に否定しつつあるとみている。また、そうでなくともまた安定するまでどれ位かかるか分からない以上、ここでレイシフトしない訳にはいかない。」

 

 もし座したままなら、特異点は崩壊し、今度こそ人類史は焼却されるだろう。

 静かに続けられた言葉に、全員が押し黙った。

 

 「出発は今から30分後です。各自、準備をして中央管制室へ。」

 

 遂に、彼らの旅路が始まる。 

 

 

 

 

 

 

 

 「お、お母さま!大丈夫だったかしら!?私変じゃなかった!?」

 「えぇ、大丈夫です。とても立派に将としての務めを果たしていましたよ。母はしっかりこの目で確かめていましたから。」

 「よ、良かったぁ…。」

 「ふふふ、頑張りましたね。いい子いい子。」

 

 なお、所長と頼光のあれそれは所員全員が見て見ぬふりをしている模様。

 

 

 ……………

 

 

 「っと、レイシフト完了を確認。皆、状況報告!」

 

 百年戦争時のフランス、ラ・シャリテの街だった場所。

 そこは既に人気のない廃墟と化していた。

 

 「こちらキリエライト、マスターと共に全員無事です!」

 「こっちはオレと桜、セイバーとライダーも無事だ!」

 「こっちもだ。キャスターも無事だ。」

 

 何とか全員が同じ場所にレイシフトする事に成功していた。

 

 『よし、無事に辿り着けた様だね。』

 

 透かさず、カルデアからロマンが通信を送る。

 しかし、その通信にはノイズが混ざっており、未だ安定しているとは言えなかった。

 

 「ロマン、最寄りの霊脈は?」

 『ちょ……待……………不a………』

 

 それきり、カルデアからの通信は切れた。

 

 「カルデアからの情報支援は当てに出来ないわね…キャスター!」

 「はいはい。」

 「最寄りの霊脈は?」

 「少々か細いですが、この街の郊外にありますね。もっと言えば、この街の近くの山を越えて、山脈沿いの森にいけばもっと大きな霊脈があるんですが…。」

 「現代で言うモルヴァン自然公園ね。では先ずはそこを」

 

 

 「『闇天触射/タウロポロス・スキア・セルモクラスィア』。」

 

 

 その瞬間、一同の頭上へと千を優に超える矢弾の雨が降り注いだ。

 

 

 ……………

 

 

 「Grrrr……!」

 

 ラ・シャリテの街の外。

 近くの山の中腹に、その魔獣はいた。

 獅子の耳と牙に四肢、左肩には魔猪の頭、背に竜が如き翼、そして獅子のそれから大蛇へと変じた尾。

 彼女が討った魔猪が飲み込んだゴルゴーンの眷属により操られるまま、今度はアタランテへと憑りついたのがこの姿だった。

 そんな異形の身でありながら、その弓矢を扱う技術は卓越し、しかし一切の理性を感じさせない。

 彼女の真名はアタランテ。ギリシャ神話に名高き俊足にして弓矢の名手、狩人にして乙女の英霊。

 その顔と胴体だけは未だ乙女の名残を見せるが、それ以外は魔獣そのもののサーヴァント。

 謂わばアタランテ・オルタというべき存在は、今しがた現れた友軍ではないサーヴァントへと不意を衝く形で現在の自身が放てる最大火力である宝具を放ち、その効果を確認していた。

 本来ならアーチャーのクラスで放たれる「訴状の矢文/ポイボス・カタストロフェ」に、自身の汚染された魔力を注ぎ更に威力を強化したものが「闇天触射/タウロポロス・スキア・セルモクラスィア」となる。

 威力と貫通力だけなら、拡散ではなく収束した一射で放った方が遥かに高いのだが、バーサーカーである今の彼女にはそこまで考える理性がない。

 今の彼女は幼い頃に狩猟と月の処女神アルテミスとその聖獣である母熊に育てられた頃の本能に加え、トロイア戦争において憑りつかれたゴルゴーンの眷属による汚染を受けた状態にある。

 理性なんて期待できないし、善悪なんて以ての外。

 畜生としての理に生きる、単なる魔に過ぎない。

 腹が空けば喰らい、腹が立てば殺し、欲すれば奪い、弱ければ狩る。

 ただその程度の、神話や伝承ではよくいる類の物の怪だ。

 実際、トロイア戦争でも彼女により多くの血が流れ、命が無作為に狩られた。

 

 「…!」

 

 だが、そんな本能に生きる魔獣だからこそ、彼女はその一射を避ける事が出来た。

 バチバチと雷を纏いながら飛来した破魔矢の一撃、それは彼女が先程まで乗っていた樹を一撃で炭化させながら、広範囲に放電する事で漸く消えていく。

 

 「到着早々歓迎とは楽しませてくれるじゃねぇか。」

 「ッ!?」

 

 己に追随できるのはあの小僧っ子だけ。

 狂気の中でどこかそう思っていた彼女は、近くから聞こえた声に背筋を泡立たせ、その方向へと左手の爪を振るう。

 その軌跡の延長線上10m程が切り裂かれるが、既に標的はそこにいない。

 だが、背筋に走る悪寒は未だ消えない。

 

 「■■■■■■■■■■■■ッ!」

 「おおっと!」

 

 魔力を載せた咆哮による疑似的な魔力放出。

 それによる全方位への攻撃に、鮭跳びの術で一気に接近した槍兵が距離を取る。

 先はまだ長いのに、ここで詰まらない手傷を負って離脱したくはなかったからだ。

 

 「ガァァァァァァ!」

 

 漸く視認した敵の姿に、魔獣となったアタランテは矢を乱射しながら接近する。

 

 「すまねぇな。飛び道具は効かねぇんだわ。」

 「ッ!?」

 

 矢除けの加護B。

 生来持っていたこの加護により、彼には飛び道具の類は一切効かない。

 

 「グルぁ!!」

 

 ならば爪牙で以て引き裂くまで。

 牙をむき出しにし、Aランクの筋力と地上最速たるアキレウスに匹敵する敏捷というバーサーカーらしいステータスの暴力で以てアタランテがクー・フーリンへと襲い掛かる。

 

 「間抜け。」

 

 だが、相手は百戦錬磨にして修羅道ケルト神話において尚最強を誇った大英雄である。

 超高速の戦闘など当然の事であり、己より早い相手の対処法など当然の様に心得ている。

 当たり前の様に迫り来る爪に反応し、紙一重でそれを回避し、反撃に呪いの魔槍による刺突が贈られる。

 その一撃を、アタランテもまた本能と敏捷任せに回避する。

 

 「……。」

 

 このまま時間を費やせば包囲されて死ぬ。

 形勢不利と判断したのか、はたまた獣の直感か、アタランテは撤退行動へと移る。

 矢を乱射し、クー・フーリンではなくその周囲の物体へと乱雑に狙いを付けて、威力よりも手数を重視して連射する。

 

 「逃がすかよ!」

 

 だが、この男相手にそれは悪手だった。

 アイルランドの大英雄、光の御子クー・フーリン。

 彼の本領は正面からの戦闘だけでなく、10年間休みなくゲリラ戦をし続ける程の戦略・戦術眼にこそある。

 如何に強くても、如何に不死でも、如何に偉大でも、それだけでは何時か限界が来る。

 その限界を知恵と機転によって覆し、10年もの間女王メイヴの無尽蔵の軍勢から国を守り通したのがクー・フーリンなのだ。

 そんな彼が、逃げる敵を理由もなく逃す筈もない。

 況してや相手をここで確実に仕留めるべきと判断すれば猶更の事。

 

 「エワズ!ライゾー!」

 

 クー・フーリンの18のルーンの内、どちらも敏捷性を強化できるルーンだ。

 それを両の腿へと刻み、唯でさえ優れた敏捷性が更に高まり、アタランテへと追従する領域となる。

 

 「グゥゥゥ……!!」

 

 日光の遮られた森の中を、出鱈目に走り続ける。

 木の幹や枝、果ては散った葉すら足場としながら、魔獣は追跡者から逃れるべく駆け続ける。

 だが、相手は古今無双の大英雄、死後己の力で蘇ったという死すら超越した太陽神の息子。

 逃れる事は出来ない。

 

 「ガぁ!?」

 

 そして、気づけば周辺をルーン魔術による結界によって覆われていた。

 

 「申し訳ありませんねアタランテ。今の貴女は見過ごせないのです。」

 

 それは今の今まで一切の気配なく、超音速で機動する二騎の英霊を先回りし、結界を構築していたキャスターの言葉だった。

 

 「ぐ、あああああああああああああああああああ!!!」

 

 その声に自身が詰んだ事を察したアタランテは、自らの霊基が自壊する程の魔力を込め、宝具を開放する。

 今度は収束型での使用。

 現状のカルデアのサーヴァント達ではキャスター位しか防げない、途中にある全てを貫通してマスター全員を殲滅するに足る威力だ。

 今からマシュが宝具を展開しても、キャスターが転移して城壁を展開しても、アタランテの持つ「追い込みの美学」がそれをさせない。

 生前の彼女が持つ「求婚してきた男を先に走り出させた後に追い抜き、射殺す」という逸話により、常に彼女は敵の行動を確認した上で先手を取る事が出来る。

 故に防御も回避も不可能だった。

 だが、この場には一人だけ、それを超える権能を扱える男がいた。

 

 「『刺し穿つ/ゲイ』…」

 

 因果逆転。

 先に結果を作り、その後に原因を齎す。

 

 「『死棘の槍/ボルク』!」

 

 生前においてはコノートの戦士達、そして彼の親友と息子、最後には彼自身の命すら奪った一撃必殺の呪いの朱槍。

 その一刺しが、魔獣へ堕ちた乙女の心臓を貫いていた。

 

 「が、ぱ……?」

 

 己の胸を貫く真紅の魔槍に不思議そうな顔をしてから、アタランテは仰向けに倒れた。

 

 「あばよ。次は素のアンタと会いたいもんだな。」

 「すまん、光の御子よ。恩に……きr」

 

 そこまで言って、堕ちた魔獣にして乙女はエーテルとなって消えていった。

 

 「さようならアタランテ。叶うなら、次は味方として再会しましょう。」

 

 それを見守っていたヘカテーのシビュレは、冥府に連なる者として、静かに祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 




Q なんで初手アタランテなん?
A 他のと乱戦中にこいつにヒット&アウェイされるとその時点で詰むから。

Q アタランテが何故にトロイア戦争?
A 待たれよ第三特異点(難易度第六相当)。

Q アタランテ弱くね?
A 天敵(矢避けの加護・魔性特攻・生前の知り合い)が多数いたから仕方ないネ。


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