エメの過去 (フリッカ・ウィスタリア)
しおりを挟む

ストリートチルドレン

全く来た事の無い場所でママが車を止めると、用事があるから建物の前で待っていて欲しいと言われたエメはずっと母を待っていたが…


12年前

イギリス 某所

ブルルルル…

ママの運転している車が急に街中で止まった

エメ「ママ、どうしたの?」

母「…エメ、ママはちょっと行かないといけない所があって、そこにエメは連れて行けないんだけど、待ってられるわよね?」

エメ「ママ、どこに行くの?帰ってくる?」

母「…ええ、帰ってくるわ。だから、ママを追いかけてきちゃだめよ?」

エメ「うん!分かった!ちょっと寂しいけどエメ待ってる!」

エメは元気よく返事した。しかし、なぜか母親の表情は晴れず、何かを言いたげだった

エメ「ママ?どうしたの?どこか痛いの?」

母「え?…ううん、何でもないよ。じゃあママ行くね」

エメ「うん、行ってらっしゃい!」

エメは母がどこに行くのか、いつ頃帰ってくるのかを全く教えられぬまま母を送り出した

 

数時間後

あれからかなりの間待ったが、いまだに母はエメの所へ帰ってこなかった

エメ「(ママ、遅いなぁ…)」

もう日も落ちてきて、かなり暗くなってきたというのに帰ってこない母を待っていたエメだったが、時期が秋だった事もあり夕方になるとなかなかに冷え、エメは少し震えていた

遂に痺れを切らしたエメは、母を探しに歩き出した

エメ「ママー!どこー!早く帰ってきてよぉ…」

泣きべそをかきながら夕方の街を彷徨ったエメだったが、母の姿は一向に見つからなかった

エメ「(ママ…どうして帰ってきてくれないの?…私何か悪い事しちゃったのかな…)」

エメは自分が何か母に悪い事をして母が怒って置いてけぼりにしたのだと思った

しかし、真実はそうではなかった

エメはまだ幼くて知る由もなかったが、エメの家は不幸続きで家計が崩壊寸前であった

そのうえ最近父親も大病を患い、とても働けるような状況じゃなかった

その結果、家計が回らなくなり、母親が独断でエメを捨てる事にしたのだ

そんな事を知らないエメは足が疲れても、指先が冷たくなって凍えてきても母をずっと探し続けた

そして次第に日は落ち、もう夜になってしまった

エメ「寒い…ママ…私良い子になるから、帰ってきてよぉ…」

いつまで経っても迎えに来てくれない母に対し、半ば懇願するように泣き始めてしまった

???「どうしたんだい?お嬢ちゃん」

すると、誰かが話しかけてきた

エメ「お爺ちゃん、誰?」

???「ん?僕はノアだよ。お嬢ちゃんの名前は?何で泣いてるんだい?」

エメ「私はエメ…ママが…迎えに来てくれないの…私、ママに何かしちゃったのかな…」

ノア「そうか…ママがなぁ…もしかしたらエメちゃんが何かしちゃったのかもしれないし、してないかもしれない。でも、こんな夜になるまで迎えに来てくれないっていうのは、ちょっと不自然だねぇ」

エメ「うん…私が何かしちゃったなら、ママにごめんなさいしたい」

ノア「おっ、エメちゃんはちゃんとごめんなさいできるのか。えらいねぇ」

ノアは優しくエメの頭を撫でた

ノア「とにかく、こんなところに居たら風邪をひいてしまうから、ちょっとこっちへおいで」

そういってエメを近くの公園へと連れて行った

エメ「お爺ちゃん、これは何?」

ノア「これ?これは僕の家だよ。これだけでもかなり雨風は防げるからね」

ノアが連れてきた場所には幾つかの段ボールを組み合わせて作ったと思われる簡易な家があった

ノア「さあ、二人だと少しきついけど、外にいるよりは暖かいからね」

そう言われてエメは段ボールの家の中に入っていった

エメ「ほんとだ!暖かい!」

ノア「気に入ってくれたようで何よりだ。さあ、今日はもう遅いから寝るといい。ママを探すのはまた明日だ」

エメ「わかった。おやすみなさい」

エメは長い間歩いた事で疲れていたのだろう、目を瞑るとすぐに眠りについてしまった

ノア「(この周辺で置き去りにされたという事は、この娘はおそらく家の事情で捨てられたんだろうな…それにしても、こんな小さい子を捨てるなんて、甲斐性のない親だな…見たところまだ4、5歳じゃないか…)」

ノアはそんな事を考えながらエメの頭をゆっくりと撫で、ストリートチルドレンになった頃の自分の姿をエメに重ねていた

ノア「(さてと、そろそろ寝るかな…)」

 

次の日

エメ「んぅ…朝?」

ノア「ああ、そうだね」

エメ「ママを探さなきゃ…」

ノア「もう行くのかい?」

エメ「うん。早くママを見つけて、ごめんなさいしないと…」

エメがそう言うと、ノアの表情が少し曇ったが、すぐまた笑顔になり、エメを送り出してくれた

ノア「お母さんが見つかるといいな!」

エメ「ありがとう!おじいちゃん!」

ノアにお礼を言ってから、エメは再び母を探しに歩き回った

 

2時間後

グゥゥゥゥ…

エメ「おなか、すいたなぁ…」

よく考えてみれば、昨日の昼から何も食べていない。お腹が減るのは当然だ

エメ「ゴミ箱を漁るのは抵抗あるし…どうしよう…」

そんな事を思いながら歩いていると、パン屋の前に来ている事に気が付いた

エメ「パンの良い匂いがする…でも、お金持ってないから買えないなぁ…」

そのとき、店の裏口から女が出てきた

女「あれ?お嬢ちゃんどうしたの?」

エメ「え、えっと…」

エメが言い淀んでいると、再びエメの腹が鳴った

女「あぁ、お腹が空いてたのね。ちょっと待ってて」

そう言って再び店の裏口に入って行き、袋を持って戻ってきた

女「はい、昨日の残り物だけど、まだ美味しいと思うから君にあげるね」

エメ「あ、ありがとう」

女「ところで、君お母さんかお父さんは?」

エメ「分からない…昨日の夜迎えに来るって言ってたのに、まだ迎えに来てくれないの…」

女「そうだったの…」

女は少し何かを考えているようだったが、考えが纏まったのか、再びエメに話しかけてきた

女「私の家に匿う事は出来ないけど、この時間に来てくれれば、残り物のパン位ならあげれるから、欲しいならこの時間においで」

エメ「え?いいの?」

女「大丈夫よ。でも、他の孤児の子も来るから、あまり遅いと無くなっちゃうけどね」

エメ「あ、ありがとう!」

お礼を言ってからエメはパンをもらい、また歩き出した

女「あの子…ここらで見た事ないはずなのに、どこかで見た気がするのよねぇ…」

 

エメ「今日もママ見つからなかったなぁ…」

朝からずっと母を探したものの、相変わらず母の姿は見つからなかった

エメ「(寒っ…とりあえず、どこか風の当たらない所に行かないと…)」

そう思い、近くの森の中へ入って行くと、運の良い事にもう使われていないであろうボロ小屋があった

エメ「あっ、あそこなら外より寒くないかな?」

中に入ってみると、小屋の中には明かりなどはなく、うっすらと棚がある事だけは確認できた

エメ「何か足元に転がってるけど、どかしちゃえば寝転がれるよね」

手探りで床に散らばっている物をどかし、スペースを作りそこに寝転がった

エメ「(なんか、床がざらざらしてる…砂でも散らばってるのかな?)」

床の形は見えるものの、細かい物となるとさっぱり見えなかった

その時、小屋の扉が開き、ランプを持った男が入ってきた

男「ん?なんだお嬢ちゃん」

エメ「え?おじさん誰?」

男「おじさん?この小屋の持ち主だよ」

エメ「ご、ごめんなさい!すぐ出ていくね!」

慌てて小屋から出ていこうとするエメだったが

男「いや、出ていかなくて大丈夫だよ」

エメ「でも…」

男「だって…お嬢ちゃんはここからもう出ないからね」

エメ「…え?」

今何か会話がおかしかったような感じがする

エメ「ど、どういうこと?」

男「どういう事って、そのままの意味だよ」

そう言いながら、男は少しずつエメの近くに寄ってきた

すると、エメの足元も少し照らされて床がはっきりと見えた

エメ「こ、これって…血⁉」

先程ざらざらしていると感じたものは、乾いた血だったのだ

男「あーあ、それを見られたら、なおさら帰せなくなっちゃったよ」

男はエメの腕をつかみ、押し倒した

エメ「お、おじさんやめて!痛い!」

男「いいねぇ…女の子の悲鳴はやっぱりいい…」

男は気味の悪い笑みを浮かべると、エメの服を強引に脱がし始めた

エメ「やめて!誰か、誰か助けて!」

男「こんな森の中で叫んだって誰も助けに来ないよ!諦めなお嬢ちゃん!」

エメは必死に暴れたが成人男性の腕力に勝てるわけもなく、もがいているだけだった

男「ああそうだ…あれを持って来よう」

すると、不意に男がエメの拘束を解き何かを取りに行った

エメ「(は、早く逃げないと!)」

エメは必死に扉まで走り扉を開けようとしたが、扉はビクともしなかった

男「ハハハ、その扉は閂をしてるからお嬢ちゃんには開けれないよ!残念でしたー!」

再び男に担ぎ上げられ、小屋の奥まで連れて行かれてしまった

エメ「なんでこんな事をするの!?」

男「なんでって、楽しいからだよ」

笑いながらそう言った男の手には、中型のナイフが握られていた

男「さあ、もっといい声を聞かせてくれよ!」

今にでも男がナイフをエメに突き立てようとしていた時、外で微かに人の声がした

女A「ねぇ、今なんか声しなかった?」

女B「気のせいじゃない?ここら人いないし」

エメ「(誰か近くにいる!?)助けて!たすムグッ⁉」

男「チッ!黙ってろ!」

男はエメの口を手で塞ぎ、叫べないようにした

エメ「(外の人がどこか行っちゃったら、今度こそ殺されちゃう!)」ガブッ!

男「⁉いってぇ!」

エメに手の皮を嚙み切られた痛みで男はナイフを取りこぼしてしまった

エメはすぐにそのナイフを掴み、半狂乱になりながら男の胸元に突進した

男「がっ!?」

男が仰向けに倒れ、今度はエメが男に馬乗りになる形になった

エメ「(死にたくない!死にたくない!!死にたくない!!!)」

男「グッ!…痛っ!…や、やめ…」

必死にナイフの抜き刺しを繰り返しているうちに、男がピクリとも動かなくなった

エメ「あ…あぁ…私…人を…」

殺されそうだったからとはいえ、人を殺めてしまった事に動揺を隠し切れないエメだったが、とにかく助かった事に対する安心が上回ったのか、脱がされた服を着直してから男のランプを引っ掴んで扉まで行き、閂を苦戦しながらも外して外へ出た

そして、見晴らしの良い草原を途中で見つけ、そこで今夜は野宿することにした

エメ「(私…お巡りさんに捕まっちゃうのかな…)」

そんな不安が頭を巡ったが、当時のDNA鑑定はかなり低精度で、あまり証拠になりにくいものだった

その為、数日後に小屋から見つかった男の遺体を調べても決定的な証拠は何も見つからなかったが、それはまた別のお話

 

数日後

エメ「あのお姉さん、朝に来れば余ったパンをあげるって言ってくれたけど、あのお姉さんはひどい事しない人…だよね?」

数日前の件以来、少し大人に不信感を抱き始めていたエメは数日間だけ野宿をし、食事は野草やキノコを食べていた。しかし、それだけでは栄養も偏ってしまうので、恐る恐るといった様子でパン屋へと足を運んだ

すると、エメがパン屋に着いた時点ですでに先客がいた

子供A「おはようマリさん、パンまだ余ってる?」

どうやら、パン屋のお姉さんはマリと言うようだ

マリ「ええ、あんた達にあげれるくらいは余ってるわよ」

子供B「やったぁー!」

子供C「あれ?君は誰?」

少し離れた所に居たというのに、3人の子供のうち一番大きな子に見つかってしまった

エメ「えっと…エメラルド」

大まかに見て5歳は年上と思しき子に話しかけられた事で、私は少し言葉を詰まらせた

子供B「見たことない子だけど、君も孤児なの?」

エメ「孤児?」

子供B「要するに、親がいないのかって事よ」

エメ「ママもパパもいるよ。でも、迎えに来るって言ってたのに来てくれないの…」

子供A「それって、捨てられたんじゃないの?」

今まで誰もエメにその事実をあえて言わなかったが、この子はさらっとそうエメに言ってしまった

エメ「ママが…私を?」

子供A「だって、普通母親が迎えに来ないなんておかしいじゃん。そんなの、十中八九捨てられたんだよ」

子供C「お、おいビリー、いくらなんでも言い過ぎ…」

ビリー「言い過ぎなんかじゃない!僕だって、二人だってそうだったじゃないか!」

マリ「はいはい、こんな所で喧嘩しないの。そうだ、丁度いいわ。この子をあんた達の所に入れてあげたら?身寄りがないのには変わりないんだし」

イヴ「この子を?…どうする?」

テトラ「どうするって、入れる一択だろ。僕らだって人数がいた方が何かあった時良いんだし。ビリーもそれでいいよな?」

ビリー「僕はどっちでもいいよ」

エメ「で、でも…私はママを探さないと…」

マリ「ママを探すにしても、拠点も移動手段も確保しないまま動いたら自滅するわ。ママを見つける間だけでも食住を安定させた方が君のためよ」

エメ「…わかった。そうさせてもらうわ」

テトラ「じゃあ決定なエメラルド。僕はテトラ、下の名前は覚えてないからないよ」

エメ「う、うん。あと、エメラルドじゃ長いから、エメって呼んで欲しい…な…」

イヴ「分かったわエメ。私はイヴ、テトラと同じで下の名前はないわ」

ビリー「僕はビリー、名前は二人がつけてくれたから、元の名前は知らない」

マリ「ところで、ママの名前は何て言うの?」

エメ「ママはサテライト・マーティンって名前だよ」

その名前を聞いた瞬間、マリさんの顔が一瞬固まった気がしたが、すぐに笑顔に戻った

マリ「分かったわ。一応私の方でも情報を集めといてあげる」

エメ「ありがとう!」

やはりこの人は警戒しないでよさそうだ

母が自分を捨てたのではないかという事を聞かされたエメはまだ混乱していたが、身寄りがない今、寝泊まりする所ができるのは助かる為、この三人の所に厄介になる事にした

 

To Be Continued




エメの口から語られたサテライト・マーティンという名前、これを聞いたマリさんの表情はなぜ固まったのか…
次回『バイターズ』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バイターズ

バイターズで過ごし始めたエメは、三人と共に日雇いの仕事を引き受けながら生活費を稼いでいた
しかし、そんな幸せな生活も長くは続かず…


マリ「サテライト・マーティン…まさか…」

実はマリの友人の中に一人だけサテライト・マーティンという人間がいたのだ

マリは嫌な予感がして、携帯を開きとある所に電話を掛けた

ピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピ…トゥルルル…

サテラ「もしもし、どうしたのマリ?久しぶりね」

マリ「ええ久しぶり、ところで、ちょっと聞きたい事あるんだけど?」

サテラ「聞きたい事?」

マリ「ええ、サテラの子って元気かしら?」

サテラ「⁉…え、ええ。娘は元気よ?それがどうしたの?」

マリ「そう…それはよかったわ。それで話は変わるんだけど、さっきあんたにそっくりな翠髪の子が私の所に来て、名前は…エメとか言ったかな?まあ、関係ない話だけどね」

サテラ「エメがそこにいるの!?」

マリ「あんたの子は家に居るんじゃないの?それでも何?捨てた事を隠すために嘘でもついたのかしら?」

サテラ「…」

マリ「あんたねぇ!何してるの!?我が子を捨てるとか親として恥ずかしいと思いなさい!!しかもあんな小さな子を!!」

サテラ「私だって好きで捨てた訳じゃない!旦那は病気で寝込むし!お義父さんは急死するし!そんな精神状態で仕事に行ってたせいで私もミスばっかでやめさせられちゃったしで私もいっぱいいっぱいだったのよ!」

マリ「あんたの不幸は同情物だとは思うけど、子供を捨てる理由にはならないわ!子供作ったんなら最後まで育てるのが親の務めでしょうが!」

サテラ「そう…だけど…」

マリ「私には子供もいなければ旦那もいないから、あんたの苦しみはわからないわ。でも、どんなに自分が苦しくても子供を捨てるような親にはならないと断言できるわ」

マリはそう言って一方的に電話を切った

少し考え、ある程度気持ちが落ち着いた為マリは仕事に戻った

 

スラム街 とある会館

テトラ「さあ、ここが僕ら『ビッツ』の拠点だよ」

エメ「ビ、ビッツ?」

私が三人に連れてこられたのは、もう使われていない小さな会館だった

ビリー「ビリーのB、イヴのI、テトラのTでBit(欠片)。僕らみんな家庭から欠け落ちた欠片だからね」

エメ「(ゆ、由来が重い…)」

イヴ「でも、エメも入ったんだから名前を新しく考えた方がいいね」

テトラ「BITにEが入るわけだから…Ebit、Beit、Bite…Bite(かみつく)だ!」

ビリー「じゃあ、『バイターズ』なんてどう?」

イヴ「へぇ、かっこいいんじゃない?」

エメ「ええ、いい名前だと思う」

テトラ「必死に喰らい付く信念でバイターズか…逆境に強そうだね」

新しいチーム名も決まり、私は三人に拠点内の事をいろいろと教えてもらった

テトラ「そうだエメ、これあげる」

テトラが取り出してきたのは、小型のナイフだった

エメ「な、なんでナイフなんか…」

テトラ「もしもの時の護身用、あと手で切れないような物をこれですぐ切れるようにだよ。別に誰かから強盗して来いって意味じゃないから安心して」

びっくりしたエメだったが、その話を聞いて少し安心した

元会館というだけあって、かなり設備が充実しており、一般的な物に比べたら硬いかもしれないがベッドもあった

一つの設備を見ては話が広がり、次のものを見ては再び話が広がりしていた為、全ての部屋を見終わる頃には日が暮れ始めてしまい、その日は全くママを探す事ができなかった

 

数日後

イヴ「マリさんおはよう。今日もパンは余ってる?」

マリ「今日『も』とは失礼な…まあ、実際一度も完売した日はないけどさ」

マリさんはそう自嘲気味に笑いながらパンを持ってきてくれた

ビリー「いつもありがとう!」

マリ「いいよ。こっちも残飯処理の手間が省けてるんだし。あっ、そうだエメ」

エメ「え?何?」

マリ「何日か前に言ってたママの件なんだけどね」

エメ「もしかしてママが見つかったの!?」

マリ「見つかったというか…死んじゃってた…かな?」

エメ「え…」

マリ「うちに来たお客さんに話を聞いてみたんだけど、どうやらママはエメが待ってる間に車で事故を起こして死んじゃってたみたい。だからエメを迎えに来れなかったんだよ」

マリはエメに嘘をついた

まず根本的に、エメの母サテラは死んでなどいない。しかし、こうすればエメはこれ以上母探しに無駄な時間を割く事はないだろう

それに加え友としてのせめてもの情けとして、サテラをエメの中でだけでも『子を捨てた最低な親』ではなく、『事故で死んでしまった親』でいさせてやろうとしたのだ

エメ「そんな…ママが…」

そもそも、マリの話にはおかしな点がある

まず、母親が死んだとしたらその家族に知らせるためにエメの捜索が始まるはずだがその気配がないのはおかしい

しかし、まだ幼いエメがそんな所に気付けるわけもなくマリの話を真に受け、ショックを受けていた

イヴ「という事は、経緯は違うけどエメも本当の意味で孤児になっちゃったのね」

エメ「うん…でも、ママに捨てられたわけじゃなくてよかった…」

エメは母の死を聞きショックを受けたものの、自分が捨て子ではなかったと信じ少しほっとしていた

テトラ「まあ、本来は喜ばしい事じゃないんだけど、正式にエメは僕らビッツ改めバイターのメンバーになった訳だね」

マリ「へぇ、この数日で新しいチーム名考えたの?」

ビリー「そうだよ」

マリ「バイター(かみつき者)って…お願いだから私の手は噛まないでよ?」

テトラ「僕らはマリさんの飼い犬かよ…」

マリ「清掃活動とかして生きるお金稼いでるんだからある意味この地域の犬だけどね」

エメ「ハハハ、物は言いようね」

イヴ「どうでもいいけど、そろそろ行かないと時間に間に合わなくなっちゃうわよ」

エメ「え?どこかに行くの?」

ビリー「さっき言ってた清掃活動。他にも子供でもできる仕事見つけては手伝って、お小遣いをもらって生計を立ててるんだよ」

エメ「なるほど」

私はビリーに話を聞きながら少し早足で目的地に向かってるテトラとイヴの後を追った

その日は隣町まで出向き清掃活動に参加し、ちょっとした小物を買えるくらいのお金をもらった

その後も一日おき位の頻度で清掃活動や新聞配達の日雇いバイトを手分けしてお金を稼いで数週間が経った

 

数週間後

リサイクル工場

工場長「はい、今日もみんな集まってくれてありがとうな」

集合場所に行くと、40代と思しき男性が集まった人にあいさつをしていた

テトラ「おはようございます」

工場長「ああ、おはよう。毎回ご苦労だね、助かってるよ」

テトラ「いえ、僕達に出来る事なんてこれくらいですから」

工場長「ハハハ、そんな事はないよ。とりあえず、君たちはC地区のゴミ収集をしてくれ」

テトラ「分かりました。三人とも、C地区のゴミ収集だってさ」

イヴ「了解。行くわよ」

イヴに言われて私達は地図を頼りにC地区へと向かった

 

C地区

ビリー「うわぁ…相変わらずここらは汚いなぁ…」

テトラ「前回よりはマシだけど、確かに酷い有様だね」

エメ「え⁉前回はもっと酷かったの⁉」

C地区は一言で表すならゴミ山だった

ゴミを拾って来いと言われたが、寧ろ拾わなくていい物の方が少ないような場所だった

イヴ「さあ、このゴミ山からできるだけ大きくなくて重さのある物を探さないと」

どうやらゴミは量じゃなくて重さや需要で報酬が決まるようだ

テトラ「じゃあ、いったん解散!」

 

2時間後

ビリー「良さげなの見つかった?」

イヴ「まずまずってとこね」

イヴの背負っている籠には大量の金具とスクラップにした缶が入っていた

リサイクルする物としては価値も量もある物だった

テトラ「僕はちょっと不作かな」

テトラの籠もいっぱいにはなっていたものの、中身はスクラップ缶とペットボトルだった

ビリー「僕はちょっといい物拾ったよ!」

ビリーは自信満々に籠の中身を見せた

テトラ「これは…タイヤ?確かに重量あるし円形だから運びやすいけど…」

イヴ「エメは?…って言っても、エメの体格で持ってこれる物なんてしれてるだろうけど」

そう言われエメも籠の中を見せた

エメ「なんか向こうにキラキラしたゴミがいっぱいあったから拾ってきたんだけど」

イヴ「地味に趣旨がずれてる気がするわね…って、え⁉ちょっと、これって鉄くずじゃないの⁉」

テトラ「これどこに落ちてたんだ?」

エメ「あっちだよ」

エメは三人を鉄くずが落ちていた場所に案内し、4人で分割して収集場所へと運んだ

 

拠点

テトラ「今日はいつもより成果が出たね」

ビリー「エメが小柄な体格を生かしてゴミ山の奥に埋まってた鉄くずを見つけてくれたからね。運ぶの大変だったけど…」

エメ「そんなに良い物だったんだ…」

エメの見つけてきた鉄くずはさすがに廃品としては受け取ってもらえなかったものの、金属系統の買い取り業者を教えてもらい、そっちに持って行くと孤児からすれば、かなりの金額で買い取ってもらえたのだった

イヴ「これで少しはここの家具もマシな物が買えるんじゃない?」

テトラ「かもね。明日中古屋に見に行こうか」

そんな風に4人が楽しそうに話しているのを聞いている者がいた事に四人は気が付いていなかった

 

4人が寝ていると何やら物音が聞こえてきた

ビリー「(ん…何だろうこの音?)」

一番最初に物音に気が付いたのはビリーだった

ビリー「ねぇ三人とも、何か聞こえない?」

イヴ「音?…本当ね、何か聞こえるわ」

何の音か調べるために四人は音のする方へとゆっくりと近づいて行った

エメ「(あれは…男の人?なんでこんな時間に…)」

音のする場所へ着き、ゆっくりとのぞき込んでみると、そこに居たのは一人の男だった

ビリー「ねぇ、お兄さん何してるの?」

ビリーが不用心に男の前に姿を現してしまった

男「なっ!?起きてやがったのか!」

男は大層驚いた様子だったが、ビリーだけだというのを確認すると、すぐにまた落ち着きを取り戻した

男「って、ガキ一人だけか」

ビリー「え?どういう事?」

男「金はどこだ?さっさと教えろや」

どうやらこの男は四人が金を持っていることを聞きつけて盗みに来たようだ

ビリー「あれは僕らのお金なんだから、お兄さんに教える意味ないじゃん」

男「チッ…小賢しいガキだな。お前らが金なんて持ってたって何にもならねえだろが!さっさと寄こせ!」

テトラ「そこまでだよお兄さん、もう警察を呼んだから早く逃げないと捕まっちゃうよ?」

テトラの手には携帯電話が握られていた

実はこの携帯、すでに壊れているもので、テトラの言った事はただのハッタリだ

本来、警察を呼ばれたとなったら、捕まるのを恐れて誰だって逃げる事を選ぶだろう。しかし、この男は違った

男「サツだと!?は、早く金持って逃げねぇと!」

テトラの考えた作戦に一つ大きな誤算があった

この男はただ単に遊ぶ金欲しさでここに来たのではなかった

この男、薬物依存者だったのだ

男「死にたくなかったら早く金を出せ!!」

急に男の態度が激化し、銃を取り出してきた

テトラ「ビリー危ない!」

テトラがそう言い終わる前に引き金は引かれ、ビリーの頭に大きな穴をあけ、壁に血の華を咲かせた

イヴ「ビ、ビリー!?なんてことを…」

ビリーは倒れ伏し、少しの間は痙攣していたものの、すぐに動かなくなってしまった

エメ「(ビリーが…殺されちゃった…)」

仲間が殺され怒りを感じているというのに、自分も殺されるかもしれないという恐怖で足が竦み動けなくなっていた

エメ「(こ、このナイフであの人を刺せば、もしかしたら…でも、もし一発で殺れなかったら私の方が…)」

エメが迷っていると、テトラが叫んだ

テトラ「エメ!お金を持ってどこかに逃げろ!僕らじゃそんなに長い間足止めできないから早く!!」

その瞬間、敵に立ち向かわないとという時は全く動かなかった足が、逃げるという時だけはすんなりと動いた

エメはそんな卑怯な自分が嫌になったが、仕方がないのだと必死に自分に言い聞かせて死に物狂いで走った

その後、建物を出たあたりで一度男に見つかったものの、必死に逃げているうちに男の姿はどこかへ消えていた

エメ自身は気づいていなかったが、エメ達は常に足場の悪い所や商売敵と速さを競って物を集めたりしていた為、一般的な同年代よりも運動神経が桁違いに高くなっていたのだった

そのため大人である男でもエメに追いつけなかったのだった

そして、久しぶりにあの見晴らしの良い丘まで行き、まだあの男が来るかもしれないと思うと怖くて眠れなくなり、そこで周りを気にしながら夜を明かした

 

次の日 朝

エメ「(私、また一人になっちゃうのかな…)」

この数日間、他の人から見たらほんの短い時間であったが、エメにとっては久しぶりの人の温もりだった

それを薬中に壊されてしまったのだ

しかし、まだテトラとイヴが死んだという確信はない為、用心しながら拠点まで戻ることにした

 

20分後

エメ「(とりあえず、ここまでは来れたわね)」

エメは拠点の近くにある町までやってきた

すると、何やら周りの大人がヒソヒソと話し合っている

婦人A「あの廃墟、殺人があったんですって」

婦人B「聞いたわ。なんでも3人の子供が殺されてたんですってね。可哀そうに…」

その話を聞いたエメは婦人たちを問い詰めた

エメ「あの!今の話詳しく聞かせてもらっていいですか!?」

婦人A「え?そんな子供に聞かせて良いような話じゃないのよ」

エメ「お願いします!」

婦人B「…わかったわ」

エメの真剣な目を見て婦人は話を聞かせてくれた

 

数分後

エメ「やっぱり、三人は…」

ビリーが死んでしまっているのはあの時から分かっていた事だったが、あの二人まで死んでしまった事が確定し、エメは本当に再び一人になってしまった

エメ「(せめて…埋めてあげるくらいはできるかな?…)」

そう思い拠点へと足を運ぶと、ちょうど遺体を運び出すところだった為、警察に掛け合ってみたが遺体はさすがに渡せないと言われ遺品だけを渡され、一応の為と身柄を保護された

その後、あの日の事を詳しく聞かれ、身元が無い孤児だという事を言うと近くの孤児院に連れて行かれた

 

To Be Continued




バイターズの唯一の生き残りとなってしまったエメは孤児院に保護される事になった
男性に恐怖を覚えているエメはこの先うまくやって行けるのだろうか…
次回『サリー孤児院と篠原夫婦』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サリー孤児院と篠原夫婦

再び独り身となってしまったエメは警察に連れられとある孤児院へと来た
そこには優しそうな女性が待っていて…


エメの過去3

 

孤児院

婦警「さあ、ここが孤児院よ」

エメ「ここが…私の新しい家?」

院という割にはそこまで大きくはない施設にエメは連れてこられた

婦警「ええ、お友達の事は残念だけど、代わりに君が精いっぱい生きてあげよう。ね?」

婦警は優しい声でエメを慰めた

院長「あら、貴女が新しい家族かしら?」

エメ「えっと…はい、そうです」

婦警「あっ、サリーさん、お久しぶりです」

この女性はサリーというようだ

サリー「お久しぶりです婦警さん」

二人は少し話をし始めたが、すぐに話を切り上げた

婦警「それでは私は仕事がありますので失礼しますね」

サリー「ええ、お気をつけて」

婦警さんが帰ると、サリーさんは私の方へ向き直った

サリー「フフッ、そんなに緊張しなくて大丈夫よ。私はこの孤児院の院長のサリー・パーカーよ」

エメ「エメラルド・マーティン…です。エメって呼んでください」

サリー「これから仲良くしましょうね。エメ」

サリーは握手を求め、右手を出してきた

それに対し、エメは若干躊躇しながら右手を出し、握手をした

エメ「(この人の手、温かい…すごく優しそう…だけど、もしかしたら…)」

エメの脳裏には自分を殺そうとしてきたあの二人の男の顔が思い浮かび、目の前の女の一つ一つの行動に少し警戒していた

サリー「さあ、院の中に入って頂戴。他の子達と顔合わせしてもらわなきゃね」

サリーさんは何やら楽しそうだった。なんで?なんか怖い…

エメは少し怖がっていたが、サリーはただ単に新しい家族が増えて喜んでいただけである

サリー「皆、新しい家族が来たわよー!」

女子A「どんな子?どんな子?」

男子A「男?女?」

男子B「何歳?」

エメは施設内に入るなり質問攻めにあった

サリー「さあ、みんなに自己紹介して頂戴」

エメ「え、えっと、エメラルド・マーティンです…5歳です」

他の子達の勢いに気圧され少したどたどしい自己紹介になってしまった

サリー「はい、それじゃあ今度はみんながエメに自己紹介する番よ」

男子A「ダン・ローレンス、8歳だよ!」

男子B「僕はマルコ・ウォーカー、10歳だよ」

女子A「私はメリー・アンデルセン!4歳!」

エメ「えっと、サリー先生…でいいんですか?この院の子は私を含めて4人なんですか?」

サリー「いいえ、まだ二人いるわ。二人ともまだ赤ちゃんだけどね」

先生と話をしていると、奥から男の人が出てきた

男「先生、その子がエメラルドちゃんですか?」

サリー「ええそうよ。あっ、彼はリムよ。ここで私の手伝いをしてくれているの」

リム「初めまして、これからよろしくね」

リムはサリー同様握手を求めてきたが、エメは以前の事件があるため、大人の男性に警戒をしていた

リム「…ハハハ、流石に初対面で握手は馴れ馴れしすぎたかな?」

サリー「エメは男性恐怖症だと婦警さんから聞いてるし、リムに慣れるのに時間がかかるかもしれないわね」

リム「ハハハ…まあ、気長に待ちますけどね」

エメ「(多分あの人は安全な人なんだろうけど…やっぱり男の人は怖い…)」

その日は院に着いた時点で夕方前だった事もあり、すぐに夕飯を食べ、風呂に入り、部屋に案内されそこで寝た

 

数日後

サリー「さあ、今日は天気が良いからお外で遊びましょう!」

何気に子供達よりテンションが高い先生だった

院庭で遊んでいる先生とメリー達を見ながら、エメはバイターズに居た頃の日課をこなしていた

リム「何してるのエメちゃん?」

この数日でようやくエメはリムに話しかけられても身構えないようになった

エメ「体を鍛えてるんですよ。私の日課です」

リム「体を?何でそんな事…ここは安全だよ?」

エメ「以前いた所も安全だと思ってたのに、私が弱かったからみんな死んじゃったんです。あんな思い、もう二度としたくないですから」

リム「エメちゃん…事情は簡単にしか知らないけど、辛かったら僕や先生を頼っていいんだよ?」

エメ「ありがとうございます」

リム「(この受け答えもそうだけど、この子5歳には見えないんだよなぁ…なんか既に世の中を悟っちゃってるというか、すべてをあきらめちゃってるというか…何か力になれればいいんだけど…)」

リムは自分が今エメの役には立てないと悟り、その場を立ち去った

マルコ「エメー!こっちで鬼ごっこしよー!」

エメはマルコに遊びに誘われた

エメ「分かった。すぐ行くわ」

ずっと日陰で体を鍛えていた為、走るのも悪くないと思い、エメはマルコの誘いを受けた

数分後、エメが鬼なると即行で全員が捕まってしまい、逃げる側になると待ち伏せでもしない限り捕まらないという惨状になってしまった

サリー「ハァ…ハァ…ハァ…エメは…足が速いわねぇ…」

エメ「そう?自分ではあまりそうは思わないですけど…」

エメは本心でそう思っていたが、相手からしたらショック物である

サリー「子供に負けたぁ!悔しい!」

そういう割にはサリー先生の顔はとても楽しそうだった

 

夕方

メリー「ねぇエメ、どうしたらそんなに速く走れるの?」

エメ「どうやったらって…走り込む…とか?私はそうしてたし…」

ダン「うわー、大変そうだね…」

サリー「でも、その努力の賜物なんだからすごいわ!」

そんな風に先生達と話をしているうちに夜遅くになってしまった

 

3年後

あれから三年が経ち、その間にダンが養子に迎えられていった

院に入った頃は周りの人に異常なくらい警戒していた私だったが、先生の言った通り院の中で何か事件が起きるような事もなく、月日が流れて行った

サリー「エメ、貴女に話があるのだけれどいいかしら?」

エメ「ええ、大丈夫ですよ」

ある日の夜、先生が私の部屋にやってきた

エメ「先生、何かあったんですか?」

サリー「エメ、2,3日前に施設前に老夫婦が来ていたのは知ってるかしら?」

エメ「老夫婦?…あぁ、あの優しそうなお爺さん達ですか。はい、私も少しですけどお話ししましたから」

サリー「ええ、それでその夫婦が貴女を養子に迎えたいそうだけど、どうする?」

エメ「私を養子に…ですか…」

先程優しそうな夫婦だと言ったものの、話をしている風ではという意味であり、実は酷い人かもしれないと、かなり失礼な妄想を広げていた

すると、先生は私の考えを察してくれたのか

サリー「あの夫婦は私の知り合いだから、信頼はできる人達だから、その点では安心して大丈夫。でも、貴女がこの院に残りたいと言うなら無理に薦めたりはしないわ」

こういう時、先生は噓をついたりしない事は知っている為、少し安心した

エメ「…じゃあ、その申し出を受けさせてもらいますね」

サリー「分かったわ。あの夫婦にもそう伝えておくわね」

エメ「(私の、新しい家族…か)」

少し不安はあったが、新しい家族とうまくやっていけるよう頑張ろうと決心しその日はいつもより早めに寝た

 

次の日

老父「やあ、数日ぶりだね。僕は篠原克典だよ」

エメ「(シノハラカツノリ?珍しい名前ね…外国人かな?)エメラルド・マーティンです。エメって呼んでください」

老母「私達の申し出を受けてくれてありがとうね。私は篠原恵美子よ」

エメ「こちらこそ、これからお世話になります」

克典「僕達はもう家族なんだから、敬語なんて使わなくていいよ」

エメ「えっと、じゃあ…父さん、母さん」

恵美子「この年で母さんって言われるのはなんだか恥ずかしいわね。それも、孫ほど歳の離れた子に」

サリー「あら、もうお二人と打ち解けてるじゃない。心配はなさそうですね」

克典「サリーさん、貴女の教育はとても素晴らしいよ。こんなしっかりとした優しい子はそうそう居るもんじゃない」

サリー「いえ、エメはこの院に入ってきた頃からそんな感じで、しっかりしていたんですよ」

恵美子「あら、そうだったの?頼りになる子なのね」

そう言って恵美子さんは優しく笑い、私の頭を撫でた

そんな事をしているとき、院の中からみんなが出てきた

メリー「エメ、向こうでも元気で暮らしてね!」

マルコ「エメなら大丈夫だ!エメはしっかり者だからな!」

エメ「皆…ありがとう!」

思わず泣きそうになったが、どうにか踏みとどまれた

その後、ちょっとした手続きを終わらせ、正式に私はこの二人の養子になった

克典「さあ、手続きも終わったし、私達の家に行こうか」

そう言われ、克典の車に乗り2時間足らずで夫婦の家に着いた

家の中で、とりあえずお互いの事をもっとよく知ろうという話になり、互いの話をした

大まかに言うと、この夫婦は日本人で、恵美子さんの方が若い頃に患った病で子を残せなくなってしまい、子供がいなかったそうだ。そのまま年を取り、仕事でこっちで賃貸を借りて長期滞在している時に養子の事を知り、以前から交流があったサリー先生の所を訪ね私の事を知ったそうだ

しかも、あと数週間で日本へ再び帰るそうだ

エメ「(日本語か…かなり難しいって聞くけど、頑張らなきゃ!)」

次の日から、二人に教えてもらいながら日本語を勉強し、日本に帰る日までに簡単な日本語程度なら片言ではあるが、喋れるようになった

 

★次元の壁★

ここからは言語フィルターなしの日本語でお送りいたしております

★次元の壁★

 

帰国日当日

関西国際空港

空港員「…はい、パスポートをお返ししますね。良い旅を」

エメ「ア、アリガト」

まだ少し拙い日本語だった為、エメは自分の返答が間違ってないかと思い克典の方を見ると、その思いを察してくれた

克典「うん、大丈夫だよ。上手だった」

どうやら大丈夫のようだ

 

数時間後

篠原家

その後、さらに克典の車で揺られること数時間、やっと夫婦の日本の家に着いた

恵美子「さぁ、ここが私達の家よ」

エメはゆっくりと単語を話してくれている恵美子の言葉を少し頭で反芻しながら聞き、家に着いたと言っているのだと理解した

エメ「こコが、私のイえ?」

克典「そうだよ。ここが今日から僕達とエメの家」

家の中に入ってみると、特別広い訳ではないが、決して狭い訳ではない。むしろ、三人で住むなら少し広いといった位だった

克典「ところで、エメに一つ提案があるのだけど」

エメ「テいあン?」

克典「そう提案、エメはスクールに行く気はないかい?」

エメ「スクール?行きタイ!でも…マだニホンゴうまくナい…」

恵美子「大丈夫よ、学校に行くのは来年度だから、ゆっくり日本語を覚えていけばいいわ」

再び日本語の勉強が始まったが、エメは二人の迷惑にならないようにと思うと不思議と苦にならなかった

 

数か月後 編入日当日

克典「最近イギリスの訛りが減ってきて、日常会話位なら問題なくできるようになったね」

エメ「うん、頑張った!」

恵美子「編入までに間に合ってよかったわね」

エメ「まだ日本語を読むのは少し苦手だけど、会話はたぶん大丈夫だと思うわ」

克典「それじゃ、学校に行ってきなさい。早く友達ができるといいね」

エメ「良いお友達出来るように頑張るね!」

そういい私は編入先の小学校へと走っていった

 

茨木中央小学校

エメ「エメラルド・マーティンです。一年間よろしくお願いします」

担任「はい、じゃあみんなエメラルドちゃんに質問ある子ー」

担任がそう言うと、一斉に手が挙がった

担任「えっと、じゃあ山口君」

山口「食べ物とかは何が好き?」

エメ「豆乳とか、あっ、あとヤクルトとか好きです」

担任「(8歳で豆乳とは…既に健康に気を使ってるのかただ単に豆製品が好きなのか…)はい、じゃあ次は…太田ちゃん」

太田「どんな遊びが好きなの?」

エメ「遊び?…走る系の遊びなら結構好きですよ」

担任「はーい、そろそろ質問タイムはおしまい!他は後でエメラルドちゃんに個人的に聞いてちょうだいね」

担任が質問を途中で切り、あとで個人的に質問するように言った為、休み時間になった途端に私はクラスメイトに囲まれ、質問攻めにあい、全く休んだ気がしなかった

 

夕方

恵美子「エメ、初めての学校はどうだった?」

エメ「皆に質問攻めにあってすっごく疲れた…でも、みんな優しそうで良かったし、楽しかったよ!」

克典「それは良かった。勉強の方はついて行けそうかい?」

エメ「うーん、今日ちょっと受けた感じだと、国語が…」

克典「算数とかは大丈夫そうなのかい?」

エメ「うん、まだ日本語が不十分でも数字だけだから何とかわかる感じ。国語も今のところはまだギリギリ大丈夫そうだけど、来年、再来年ってなったら危ういかも…」

恵美子「じゃあ、国語を頑張らなきゃね!」

克典「まあ、たぶん小学生レベルなら僕らでも分かると思うから、分からない所は聞きにおいで」

エメ「分かったわ。たぶん結構な頻度で聞きに来ると思うけど、頑張って勉強しなきゃ日本での生活がしにくいもんね!」

恵美子「フフッ、すごいやる気ね」

その日も寝る直前まで国語の勉強を二人に手伝ってもらいながら進めていった

 

To Be Continued




サリー孤児院のみんなと篠原夫婦のおかげで、人間不信から脱することができたエメ
小学校の友達はみんな優しく、今までの生活とは似ても似つかない平和な卒業を迎える事が出来たが…
次回『いじめ』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いじめ

小学校では特に問題も無かったエメだったが、ある日、中学に入ってからの友達の様子がおかしい事に気が付いて…


あれから更に数年経ち、エメは中学生になった

里奈「エメー、どうやったら早く走れるねん…」

この子は中学に入ってから仲良くなった木下 里奈(きのした りな)、よく私に運動系のアドバイスを求めてくるのだけれど、私よりもっと足の速い子は居るんだけどなぁ…

里奈「だってエメ優しいし、他の子に聞くと大抵鬱陶しがられるんやもん」

エメ「そういうもんなの?まあいいけどさ。じゃあ、また学校に自転車置いて放課後に走る?」

というより、それくらいしか方法を知らないので、それを断られたらどうにも出来ないんだけど

ちなみに私も里奈も帰宅部の為、放課後は時間があり余っている

里奈「ありがとう!」

エメ「その代わり、今度古典の勉強教えて欲しいな。最近の授業が結構やばくなってきたから」

里奈「了解、相変わらずエメは運動神経にスキル全振りなんやねぇ」

エメ「その言い方だと勉強全部がダメみたいじゃん…一応これでも理数と英語は学年上位だよ?文系は現文以外苦手だけど...」

里奈「苦手っていうか、エメの成績に至っては壊滅的やんか」

エメ「そんな事言う子は地獄の特訓よ?♪」

エメはニッコリと笑った。もっとも、目は全く笑っていなかったが

里奈「止めて!?」

実は以前にも同じように里奈が私の古典の点数をからかってきた時に無茶な特訓を面白半分でしたことがあり、それが軽くトラウマになっているのか里奈は必死で止めてきた

エメもそれを分かっていて言っているあたり意地が悪い

エメ「まあいいわ。じゃあ、また放課後に校門集合ね」

里奈「分かった」

里奈との約束をした後、現在進行形で取り組んでいる社会の課題をする作業に戻り、唸りながら解き進めて休み時間は潰れた

 

放課後

エメ「さぁ、いっぱい走って筋力つけよー!」

里奈「一応私は人間やねんから、無茶な距離走らせんでよ?」

エメ「んー?それじゃまるで私が人間じゃないような言い草に聞こえるんだけど?」

里奈「ごめんて!私が悪かったからその怖い笑顔やめて!?」

度々エメの地雷を踏んでくる里奈に対し、怖い笑顔で答えるエメの姿は最早恒例となりつつあった

エメ「とにかく、今日はどのコースで走る?またいつもの家まで?」

里奈「うーん、せやね。そのコース以外パッと思いつかへんしな」

そんな話をしていると、エメ達は後ろから誰かに呼ばれた

麗華「ねぇ、あんたら邪魔なんだけど?退いてくんない?」

エメ達を呼んだのは佐々木 麗華(ささき れいか)という同級生で、いわゆる不良女子だった

里奈「邪魔って、横通ればええやない…別に狭くもないやろ…」

一応、歩道に私達は横並びになってはいるが、まだ1.5人分位は横を通れるスペースがあった

麗華「退けって言ったら退けよ!ウゼェな!」

里奈「…」

麗華に怒鳴られ里奈は黙り込んでしまった

対する麗華は学校で嫌な事でもあったのか、とても気が立っているようだった

エメ「まあいいけど…はい」

わざわざ事を荒立てる必要も無い為、エメは道を空けてやった

麗華「チッ…あの先公、綺麗事並べて怒鳴り散らしやがって…(ブツブツ」

麗華はエメの横を通り過ぎる時、何かブツブツ言っていたが、よく聞き取れなかった

エメ「里奈大丈夫?」

里奈「う、うん、大丈夫…怒鳴られてビックリしてもただけやから」

エメ「ならいいけど…まあ、気を取り直して走ろうか」

少し気まずい空気になってしまったが、エメが少し強引に走ることを促した為、それ以上の悪化は防げた

その後は駅二つ分ぐらい離れている里奈の家まで走り、更にそこからエメだけは篠原家まで走って帰った

 

次の日

エメ「(今日の社会の授業はさっぱりだったなぁ…里奈にまた教えてもらわなきゃ…)」

そんな事を思いながらエメは移動教室へ向かい、その途中でトイレに寄った

中に入ると、トイレの窓から外を覗くように里奈が立っていた

エメ「あれ?里奈そんな所で何やってるの?」

エメに呼ばれて里奈が振り返った

エメ「…⁉里奈、何で泣いてるの?何かあったの?」

振り返った里奈の目は少し潤んでいて、先程まで泣いていた事が窺えた

里奈「な、泣いてなんかあらへん!ただ目にゴミ入っただけや!」

また典型的な嘘をついたものだ

エメ「いや、でも…」

里奈「大丈夫や!何でもないからエメは気にせんでええねん!」

そうとだけ言うと里奈は足早にトイレを出て行ってしまった

エメ「え、えぇ…明らかに何かあった反応じゃないの…」

里奈の言動が気になったエメだったが、考えても結論が出ない事は目に見えているのでやめた

 

放課後

エメ「里奈ー、今日どっか寄っていく?…って、いないじゃん」

一日の授業が終わり里奈の教室に行ってみると、既に里奈の姿はなかった

エメ「先に帰っちゃったのかな?」

いつも一緒に帰っている友達が珍しく先に帰った事に少し驚いたが、まあそういう日くらいあるだろうと思い気にせず一人で帰ることにした

すると、その途中で何気なしに見た窓から校舎裏に入って行こうとする里奈が見えた

エメ「(こんな時間に校舎裏に何の用だろう…!まさか…)」

昼休みにトイレで見た里奈の泣き顔と合わせ、嫌な予感がしたエメは急いで校舎裏まで走った

 

校舎裏

エメ「(この嫌な予感が当たらなければいいけど…)」

ただ単に先生に何か教材を運んでくれと頼まれただけなどのオチであってほしいと願いながら校舎裏に来た

すると、里奈のものと思しき声が聞こえたので壁の影に隠れて盗み聞いた

里奈「な、なんか用なん?」

彩「私らさぁ、今金欠なんだよね」

里奈「へぇ…」

麗華「ここまで言えば…わかるよね?」

里奈「言いたいことはわかるで?でも、うちだってお金は自分のために使いたいし…」

エメの嫌な予感は的中してしまった

しかも質の悪い事にその内容はカツアゲだった

彩「あんたの小遣い事情なんて聞いてないよ。あんたがチミチミ金使うより私らがパッと盛大に使ってやる方が世の為人の為なの。さっさと私らに金出しなよ」

エメ「ちょっと聞き捨てならないわね」

話を聞いて我慢できなくなったエメが姿を現した

エメ「(麗華と…もう一人は知らない子ね)」

里奈「エメ!?何でここにおるん!?」

麗華「なんだよエメ、私らコイツにお金の交渉してるだけなんだけど?」

エメ「カツアゲしてるだけじゃない!ただの犯罪よ!」

彩「偽善者ぶるのやめてくれない?」

エメ「私が偽善者だろうとなんだろうと、あんたらが悪者なのは変わりないわよ」

麗華「うるせぇな!すっこんでろ!」

そう言うと、麗華は女子らしくもなく殴りかかってきた

それを私はあえて躱さなかった

エメ「カツアゲして思い通りにいかなかったら殴るのね…」

殴られた左頬をさすりながら麗華の腕を掴んだ

麗華「な、なんだよ…」

次の瞬間エメが麗華の顔を先程自分がされたように殴った

彩「なっ!?」

里奈「え、エメ?」

エメ「私は気が短いの。そういう理不尽、我慢できない性質なの」

麗華「な、何しやがる!」

エメ「先生に言いたければ言えばいいわ。その代わり、さっきのカツアゲの件は全部録音させてもらったから、罰を受ける時は道連れってことで、そこらへんよろしくね」

エメがそう警告すると、、軽く悪態をついたもののそれ以上は何も言ってこず、おとなしく出て行った

里奈「エメ、ほっぺた大丈夫?殴られとったやろ?」

エメ「大丈夫大丈夫、私頑丈だし」

里奈「ならええけど…というより、なんで録音機なんか持ってたんや?」

エメ「あぁ、これ?いつも古典の授業が意味分からないから録音させてもらって後で復習してるだけだよ。ちょっと本来の使い方と違うけど役に立ちそうだったからね」

そう言って再生ボタンを押すと、少し中途半端な所からではあったが、先程の会話が録音されていた

里奈「本当に録音してたんやね…でも、ありがとう。助かったわ」

エメ「今度から困ってるならちゃんと相談して?友達なんだから」

エメはバイターズに居た頃、誰かを頼るという事の安心感を身をもって知っている為、真剣な顔で里奈にそう言った

その態度に少し気圧された里奈だったが、友人の優しさを受け自分一人で抱え込んでいるのが馬鹿らしくなり、笑えてきた

里奈「ありがとう。でも、エメはもうちょっと人に厳しくなった方がええで?先生に頼まれた時も全然嫌な顔せえへんし」

エメ「まあ暇だしね。それより、こんな所にずっと居座ってたら先生に怒られちゃうしとりあえず帰ろう?」

里奈「せやな、すぐ鞄取ってくるから校門で待ってて」

そう言うと里奈は教室まで走っていき、里奈が戻って来てからいつもの様に二人で家に帰った

 

数日後

それから数日経ったが、あの件以来あの二人がエメや里奈に嫌がらせをしてくるような事もなく平和な日常を送っていた

いつもの様に休み時間を使って古典の勉強に苦戦し、休み時間がそろそろ終わる時間になったので次の授業の用意をしようと机の中身を探っている時、何かが手に当たった

エメ「ん?なんだろこれ…手紙?」

引き出しの中には四つ折りにされた手紙が入っていた

エメ「何々…放課後に屋上に来てください、お話ししたい事があります…なにこれ?」

普通ならラブレターと思うシチュなのだろうが、日本での文面の一般的な意図を全く理解していないエメは頭にハテナマークを浮かべていた

エメ「とりあえず、放課後に屋上に行けばいいのね」

呼び出しの場所が屋上だという事だけ確認するとエメは午後の授業の用意をして急いで移動教室へ向かった

 

放課後

エメ「(廊下の掃除が長引いちゃった…里奈に先に帰っておくようには言ったし、屋上に向かおうかな)」

やる事をさっさと終えてから少し急いで屋上へ行った

エメ「(でも、なんでわざわざ屋上なんかに呼び出すんだろう…面と向かって言うか誰かに伝言を頼めばいいのに…)」

そんな事を思いながら屋上の扉を開けると…誰も居なかった

エメ「あれ?誰も居ないじゃない…」

屋上に出て少し進んだ所で、頭から背中にかけて鈍痛が走った

エメ「痛っ!」

即座に振り向くと、バットを持ったチャラチャラした男子と麗華が立っていた。というより、どこに居たのだろう

男「麗華、お前の事殴った女ってこいつ?」

麗華「そうよ、こいつに殴られたの」

エメ「…何のつもり?」

麗華「私の邪魔した罰よ」

エメ「なるほど…恨み晴らすためにわざわざ男連れてきたってわけね。自分じゃ歯が立たないから…いかにも貴女らしいわ」

麗華「っ!?早くこいつとっちめて!」

男「あんま事情知らねーけど、俺の麗華を殴ったってんなら、それなりのケジメつけてもらわないとな!」

そう言って男はバットで殴りかかってきた

いくら頑丈だといっているエメでもバットでまともに二発も殴られたら死ぬ可能性がある為、イヴ仕込みの動体視力でバットを見切り、逆にバットを持っている男の腕を後ろで固めた

男「イタタタタ!」

あまりの痛さに逆の手を振り回しエメを攻撃してきた

腕を掴んでいるため避けることは無理だったが、二回目の攻撃に対してはカウンターの要領で男の後頭部に肘鉄を食らわし意識を飛ばした

麗華「ちょ…何やられてんのよ!?」

男の方がやられるとは思ってもいなかったようで麗華が喚きだした

私はそのまま気絶した男からバットをもぎ取り、麗華に近付いていく

麗華「え?じょ、冗談…だよな!?や、やめろ!」

バット片手に迫ってくる私に恐怖したのか麗華は逃げようと走り出した

それを私は走って取り押さえ、馬乗りになって逃げられないようにした

エメ「貴女は私を男を呼んでまで攻撃していた。そんな事までしたんだから、殺されるとまでは言わなくても返り討ちに会う覚悟くらいはできていて当たり前…よね?」

エメは笑顔でそう告げた

麗華「ち、ちがっ、只の出来心で…」

エメ「言い訳は聞きたくないわ…じゃあね麗華」

そう言って私がバットを振り上げて今にも振り下ろさんとした時、遂に恐怖が振り切れたのか麗華は気を失った

エメ「…ったく、覚悟もないのに突っかかってこないでよね…」

先程とはうって変わって呆れたように麗華の上から退いたエメは、麗華をさっきの男共々階段横の風の当たらない場所へ引きずって行き、両者が死んでないのを確認してから家に帰った

その日の夜、風呂に入るときに背中を見てみると、背中に一筋の痣ができていたが、目立つ所でもないためエメ以外の誰もその痣には気が付かなかった

次の日エメが学校に行くと麗華は既に学校に来ていたが、エメと目が合うと少し怯えたような顔をして、その後一切関わってくる事はなかった

 

さらに数年後

あれからさらに数年経ち、私は家からは少し遠い高校へ通っていた

担任「はーい、今年は転校生が居るわよー。静かにしなさーい」

エメ「(転校生か…どんな子だろう)」

担任「それじゃあ、自己紹介お願い」

女子「はい、えっと…父の仕事の関係で転校してきました。時雨 蒼です。一年間よろしくお願いします」

私はこの高二になった年が自分の人生を変えてしまう年になるなど、知る由もなかった

 

To Be Continued




力は争いを生む。しかし、時にそれは抑止力となって平和をもたらすのかもしれない
エメの高二の年、この言葉のさす意味は前作を読んでくれた方なら、分かるかもしれない…
次回『蒼とエメ』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒼とエメ

高二の春、エメの通う高校に転校してきた蒼
しかし、その顔は何処か優れないようで…
~~次元の壁~~
この話からは蒼視点で話が進んでいきます


皆さんこんにちは、私は時雨 蒼(しぐれ あおい)…って、私は誰に話しかけてるんだろう。ボッチ歴長過ぎて妄想内でしゃべる癖が付いちゃったかな…

まあいいや、今日は4月7日、私の転校日初日

蒼「はぁ…転校したはいいけど、友達できる気がしない…」

周りの人はみんなニコニコして活気に満ち溢れているのに、対照的に私の周りの空間はどんよりしていた

蒼「(まあ、中学時代の同級生が居ないだけでもまだ気が楽か…)」

一般的な高校生なら、中学時代の友達が一緒の高校に居た方がいいという人は多いだろう

しかし、私は違った。理由は簡単だ

私は中学校時代と前の学校で…イジメにあっていた

とは言っても、家を引っ越した訳では無い

だから、わざわざ家から遠く、中学時代の同級生はまず居ないであろうこの学校に転校したのだ

とにかく、自分がどのクラスなのかを確認しようと思い、職員室へ行った

蒼「失礼します。今日からここに転校してきました。時雨 蒼です」

担任「あぁ、貴女が時雨さんね、私は担任の飯島 千郷(いいじま ちさと)よ」

担任に案内されて2年3組に来た

担任「ここが貴女の教室よ」

そう言いながら担任は扉を開けた

担任「はーい、今年は転校生が居るわよー。静かにしなさーい」

担任がそう言うと、教室の生徒は黙って席に着いた

担任「それじゃあ、自己紹介お願い」

蒼「はい、えっと…父の仕事の関係で転校してきました。時雨 蒼です。一年間よろしくお願いします」

担任「蒼さんの席は二列目の一番後ろね」

蒼「分かりました」

返事をして、担任に指示された席に座った

担任「蒼さんはこっちの事はあんまり詳しくないから、皆協力してあげてねー」

渡辺「センセー、そういうのいいから早く終わらせてよー」

担任「もー…まあいいわ、1時間目は自己紹介よー。蒼さんは繰り返しになるけどよろしくね。じゃあ、出席番号1番の相生さんからお願いね」

担任にそう言われ、1番前に座っている相生という生徒が立ち上がり、自己紹介をしていった

そして、順番はまわって私の隣の席の人の番になった

エメ「エメラルド・マーティンです。好きな物は豆乳と神話、趣味はアイロンビーズです。よろしくお願いします」

エメの乙女チックな内容の自己紹介に、生徒の数名がくすくすと笑い声をこぼしていた

その後も順調に自己紹介は進み、私の番になった

蒼「時雨 蒼です。好きな物は辛い物全般と子供、趣味はアニメ鑑賞です。一年間よろしくお願いします」

私が自己紹介を終えて周りを眺めてみると、他の人の自己紹介と違い、シーンとしていた。何となく考えている事は予想が付く

蒼「(どうせキモいとか、オタクかよとか思ってるんでしょうね)」

ボッチの被害妄想と言えばそれまでな考えが頭を巡った

とりあえず、自己紹介が終わったので自分の席に座って他の人の自己紹介を聞いていたが、途中から眠たくなってしまい、ラスト5人くらいの記憶が無かった

 

昼休み

蒼「ふわぁぁ…(眠い…寝よ…)」

特に話す子もいないので昼休みは文字通り昼寝をしようとした

すると、ウトウトし始めた頃に誰かが話しかけてきた

井上「えっと…蒼ちゃんだっけ?アニメ好きなんだっけ?」

蒼「?…そうだよ(この子は確か…井上さんだったかな?)」

井上「蒼ちゃんはどんなアニメ見てるの?」

もしかして、井上さんもアニメ好きなんだろうか

蒼「『ごちうさ』とか…『らき☆すた』とか見てるよ」

井上「ご、ごめん…ちょっとわかんない…」

蒼「あぁ、そうなの。残念」

私が知ってる中では比較的有名なアニメなんだけどなぁ…

エメ「何の話をしてるの?」

すると、隣の席のエメラルドが豆乳片手に話に入ってきた

井上「蒼ちゃんがどんなアニメ見るのかって話をしてたのよ。でも、私には分からなくて…」

エメ「へぇ…何て名前のアニメなの?」

蒼「『ごちうさ』と『らき☆すた』よ」

エメ「らき☆すたって方はわかんないけど、ごちうさならちょっとわかるよ。確か兎を飼ってるカフェの話でしょ?」

蒼「ええ、そうね」

井上「(この二人の話がさっぱり分からない…他の子の所に行こう)」

そう思い、井上はそっとその場から立ち去った

さっきの口ぶりから察するに、画像か何かで見たレベルなんだろう

エメ「ところで、蒼ちゃんって神話に興味ない?」

蒼「神話?…あんまり…かな」

エメ「そっか、残念!」

それにしても明るい子だなぁ…この子

自分の興味のある物なのに、あんまり興味ないって言われてニコニコできる心の広さは、少しばかり羨ましかった

蒼「そう言えば、私の事は別に呼び捨てでいいよ。というか、そっちの方が良いな」

エメ「分かった。じゃあ蒼って呼ぶね。私もエメラルドだと長いし、エメでいいよ」

蒼「分かった、そう呼ぶね」

そんなこんなで午後の授業も終わり、私は電車に揺られていた

蒼「(この学校なら、うまくやっていけるかな…)」

今日同級生と喋っている感じでは、特に問題はなさそうで、少しほっとしていた

自分の降りる駅に着いたので、電車からでると

???「あれ?蒼?」

誰かに自分の名前を呼ばれた

エメ「蒼、家はこっちの方なの?」

蒼「あっ、エメ。うん、私の家はこの辺なんだ」

エメ「奇遇だね、私もこの辺なんだ」

という事は、近所に住んでるのかな?

蒼「(あれ?でも、マーティンなんて名前ここらで聞いた事あったかな…)」

そんなことを考えながら二人で歩いているうちに、我が家についた

蒼「私の家ここだから。また明日ね」

エメ「ええ、また明日」

そう言って、エメと別れた

 

時雨家

蒼「母さんただいまー」

しかし、母からの返答はない

蒼「新しい高校はいい雰囲気だったよ。うまくやっていけるかも」

それだけ言うと、私は夕飯を作り食卓と仏壇に置いた

仏壇には、母の写真が立ててある

蒼「母さん、毎日父さんは夜中まで働いて私を別の高校に転校させてくれたよ」

仏壇に向かい独り言を言う私だったが、夕飯が冷めると思い、夕飯を食べることにした

うちの家は、俗にいう父子家庭だ。今の一部始終を聞いていれば分かると思うが、両親は離婚したのではなく、母が若くして亡くなったのだ

そんな家の事情を持ってるので、中学時代はよくいじめられ、軽い鬱になっていた

しかし、片親でも必死に頑張っている父にそんな事、相談できるわけも無く、中学時代は過ぎた

そのまま高校に上がったものの、うちの地域は周りに高校が少なく、結構な確率で中学の同級生と同じ学校になるので、中学時代いじめてきていた奴と一緒になってしまった

最初の方こそ地味な嫌がらせに留まっていた(幸い、金銭の要求は一度もされなかった)が、内容はどんどんエスカレートしていき、1年の最後の方で、私のイジメが父さんにバレてしまい、今の学校へ転校してきたのだ

まあ、過ぎた事は考えても無駄だと割り切って食器を片づけ、風呂に入って、さっさと寝た

 

数日後

学校に行ってみると、机の引き出しに何かが入っていた

蒼「ん?何だろこれ…手紙?」

中を開けてみると、一つの紙が入っていた

『昼休み、体育館裏に来てください』

蒼「(なにこれ?すっごい怪しいラブレターみたい…)」

なんだかよくわからないが、昼休みに体育館裏で用件を言いたい様なので、行くことにした

 

昼休み

蒼「体育館裏ってここ…よね」

体育館の入口の反対側を体育館裏と言うならここで合っているはずである

少し待つと、誰かがやってきた

渡辺「えぇ!?まじで来てるよ!バカじゃん!」

開口一番それはどうなのだろう…

蒼「えっと、何か用なの?」

森「んー、まあ、そうだね」

何やらいやらしい笑みを浮かべた後、彼女は口を開いた

森「あんた、前いた高校って茨木西条高校でしょ?」

私は少し驚いた。確かに私が前いた高校は茨木西条高校だ。しかし、そのことは誰にも言ってない

蒼「それがどうしたの?」

渡辺「いやさ?私らそこにダチいるんだよねー。で、そのダチがいつも蒼イジるの楽しいって言ってたんだよ」

なるほど、何となく呼び出した理由が分かった

要はストレスの捌け口になるおもちゃが来たから遊ぼうってわけだ

蒼「へぇ…それで?」

渡辺「ダチばっか楽しんでんのズリィからよ、私らも楽しませてもらいたいんだわ。てことで、さっそくサンドバックになってくんね?あっ、拒否権ねぇから」

やっぱりか…私はいじめられる運命からは逃れられないのかって程いじめられるな…

無駄だとは分かってるが、一応逃げようとした

森「ちょっと待ちなよ!」

しかし、運動神経が悪いのですぐ捕まってしまった

蒼「離して!」

渡辺「うるせぇな…おとなしく私らに遊ばれてろよ!」

抵抗したのが気にくわなかったのか、お腹を殴られた

蒼「痛っ…」

鳩尾には入らなかったものの、その場に突っ伏してしまった

森「ほら、まだまだ昼休みは長いよー?」

喧嘩でこちらがまず勝つ事は無いと分かっているのか、余裕の表情を浮かべる二人

それに対し、私は転校数日でイジメを受けていることに落胆した

???「やめたげなよ」

不意に、誰かの声がした

渡辺「あ゛ぁ゛?」

突然の乱入者に対し威嚇する渡辺

エメ「蒼、嫌がってるじゃん」

渡辺「なんだよエメ、お前に関係ないだろ?」

エメ「関係なくないよ。蒼とは友達だもん」

森「じゃあ何?あんたが私らの相手してくれんの?」

つまり、エメが私の代わりをしろという事だろう

蒼「エメ!気にしなくていいから!」

エメ「蒼、大丈夫だから」

蒼「(私のせいでエメがいじめられちゃう…)」

エメ「私が二人の相手をすれば蒼はいじめられないの?」

渡辺「私は誰だっていいさ。ストレス発散出来りゃな!」

エメ「そう…なら、相手になるよ」

エメは全く怖がっている様子が無かった

森「へぇ、いい根性ね。それじゃ一発」

森はエメに近付くと、あいさつ代わりといった具合に一発エメの頬を殴った

エメ「…?もういいの?」

しかし、エメは笑顔のまま立ち上がった

渡辺「んなわけねぇだろー…が!」

次はお腹に蹴りを入れた

エメ「さすがに、お腹は痛いわね」

明らかに蹴りは鳩尾に入っていた。なのに、エメは全然怯む様子はない

森「な、何こいつ…ぜんぜん効いてないじゃない…」

エメ「もうおわり?じゃあ、次はこっちからね」

そう言ってエメは森の腕を掴んで後ろ手に固めた

森「痛い痛い痛い!」

渡辺「な!?約束と違うじゃねぇか!」

エメ「何が約束と違うの?私は『相手をしろ』とは言われたけど、『抵抗するな』とは言われてないよ?」

エメは意地悪く言った

渡辺「そ、そんなの言われなくたって分かんだろが!」

エメ「いやーごめんねー、私バカだからさー。それで…まだやる?」

エメは終始笑顔であったが、今この瞬間は目が全く笑っていなかった

渡辺「チッ…森、行こう」

その言葉を降参と受け取ったエメは、森の腕を離した

エメ「蒼ちゃん、大丈夫?どこか痛くない?」

蒼「う、うん、大丈夫。少しお腹を殴られただけだから…それより、エメの方こそ大丈夫なの?」

エメ「全然平気。私は結構頑丈だし」

そう答えたエメは見栄を張ってるのではなく、本当にケロッとしていた

蒼「あんな無茶して…でも、ありがとう。助かったよ」

エメ「でも、蒼も嫌なら嫌ってちゃんと言わないと、ああいう人は分かってくれないよ?」

蒼「それが言えたら…苦労しないよ…」

エメはそれくらいズバッと言えるかもしれないけど、私はそんな事怖くてよく言えない

そんな事を思っていると、それを察してくれたのか

エメ「じゃあ…護身術でも教えようか?」

蒼「護身術?」

エメ「うん。護身術がある程度できれば、逃げるくらいは出来ると思うし」

蒼「なるほど…確かに人目に付く所にさえ逃げれれば相手も手を出しにくいもんね」

エメ「そうね、今はもう時間が無いから無理だけど、放課後とかなら時間あるし、家においでよ」

なんか、流れで家にお呼ばれしてしまった

その後教室に戻ると、渡辺と森がこちらをチラッと見たが、エメと目が合うとすぐに目を逸らした

 

放課後

蒼「エメの家ってうちの近所とは聞いたけど、何処なの?」

私の家の目の前でふと、エメに質問した

エメ「私の家は、そこの角を曲がって3軒目だよ」

蒼「(角を曲がって3軒目?そんなに近くなら一度くらい名前を見た事ありそうなんだけどなぁ…)」

そんな事を思いながらエメについて行くと、エメは『篠原』という表札の家のドアの鍵を開けて中に入って行った

蒼「え?エメの家ってここ?」

エメ「え?そうだよ?」

蒼「表札に篠原って書いてたんだけど…」

エメ「ああ、実は私、養子なんだ。だから表札の名前は養親の苗字」

結構重大な事をさらっと言ってのけるエメに蒼は驚かされた

その時、蒼はある事を思い出した

蒼「あれ?でもこの家の夫婦って…」

エメ「うん。義父さんは3年前、義母さんは去年亡くなったわ。だからこの家に住んでるのは私一人だけよ」

蒼「ご、ごめん…」

エメ「いや、いいよ。1人なのはもう慣れたし。それより、今日来た理由はそんな話をする為じゃないでしょ?」

蒼「そうだね」

エメ「そう言えば、護身術を教える前に言っておかないといけないことがあるんだった」

蒼「言っておかないといけないこと?何?」

エメ「護身術はあくまで身を護る術であって、喧嘩をする為にあるんじゃないって事。護身術は闘うためじゃなくて、逃げるために使う事。つまり、やられたからやり返すなんてことは考えちゃだめだよ。約束して」

エメのその言葉には、何か戒めの様な物が含まれているように感じた

蒼「りょ、了解。約束するよ」

その後、腕を掴まれた時や羽交い絞めにされた時の対処法を教えてもらい、その日は帰る事にした

 

To Be Continued




蒼はエメのおかげでいじめっ子達を追い払うことができた
しかし、蒼に対する嫌がらせは一件だけに留まる事は無かった
次回『父親』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

父親

あの一件から数日、いじめっ子二人からの嫌がらせは無かったが、いじめっ子二人はかなりストレスが溜まっているようで…


次の日

流石に昨日の今日なのであの二人は私に何もしてこなかったが、授業中の態度を見ている限り、かなりストレスが溜まっているようだ

蒼「(うわっ…なんかすっごいこっちを睨んでくるんだけど…)」

別に私はあの二人に何もした記憶はない。寧ろされていた方だ

おそらく、中学や高校1年の間は周りにバレないようにしていたのだろうが、私の件で教師や周りの生徒に薄々感付かれてしまって、やりづらくなってしまったのだろう

逆恨みも甚だしいな…

このまま何事も無く卒業できるといいけど…

 

さらに数日後

朝学校に行ってみると、私の机が無残な事になっていた

蒼「(最近大人しかったから、完全に油断してたわ...)」

机はカッターか何かで切った跡が無数についてあり、落書きもたくさんしてあった

蒼「(こんな事するのは小中学生までだと思ってたけど、高校でもある所はあるのね)」

あの二人の方を見ると、なにやらニヤニヤしていた。やっぱりあの二人か…

どうやら今回は肉体的ないじめではなく、精神的ないじめのようだ

大方、いい気になってんじゃねえよとか言いたいんだろう

だが、正直言うとこの手の嫌がらせでよかったと思っている私が居た

蒼「(別にこれ位なら勉強するのに支障ないし)」

殴られたり、蹴られたりするのは病院などが絡んできて勉強に支障をきたすし、何より痛いのでいやだが、落書きをされてようが、机に傷があろうが下敷きを敷くなりなんなりで、どうとでも対処できるので、私としては数倍マシだった

そう結論付けて私は何でもないかのように席に座り、読書に耽った

相手は私が強がってると思ったのか、私の所に来た

森「うわー、これはひどいね。誰がこんな事したんだろーねー?」

蒼「さあ?別にどうでも良いわ」

渡辺「強がるなって!悲しんだろ?」

蒼「いや別に…この状態でも勉強に支障ないし」

森「でもさー」

蒼「でももへったくれもないわ。この程度の事で傷付かないわよ。放っといて」

渡辺「なっ!?お前、調子に乗りやがって!」

私は別に昨日エメに護身術を教えてもらったから強気になってるのではない。ここで二人を暴れさせれれば、場合によっては数日間この二人と顔を合わせずにいられると考えたからだ

その時、エメが登校してきた

すると、あの二人は自分の席に帰って行った

エメ「蒼おはよ…って、なにこれ…机が傷と落書きだらけじゃない!」

蒼「あぁエメおはよー、誰がやったか知らないけど、勉強に支障ないし、事を荒立てないでいいよ。というより、面倒だから荒立てないでほしいな」

エメ「ほ、本当に大丈夫?辛かったらちゃんと相談してね?」

蒼「うん。ありがとう。でも、本当に大丈夫だから」

この程度の事なら中学時代にされ尽くしていたため、さして悲しいとも嫌とも思えなくなっていた。本来はそんな事あってはならないのだけど、いい経験だったのかもしれない

まあ、どちらにせよこのままでは先生に見つかって話を追及されても面倒なため、相手を庇う訳では無いが机の落書きは消し、傷は絵の具を塗ってパッと見では分かりにくいように誤魔化した

途中からエメも作業を手伝ってくれて作業はすぐ終わった

蒼「エメ、手伝ってくれてありがとうね」

エメ「これくらい何てことないよ。友達なんだし、もっと頼ってくれていいんだよ?」

蒼「ありがとう、私1人で抱えきれなくなったら頼らせてもらうね。でも、自分でできることは自分でしたいから」

エメ「蒼は大人だねぇ…」

蒼「私は大人なんかじゃないよ。ただ他人を信じきれていないだけ…」

エメ「じゃあ、早いとこ蒼に何でも頼れる人にならなきゃね!」

蒼「私の事ばっかで自分の事を犠牲にしちゃダメだよ?」

エメ「大丈夫だよ。私はもう失う物なんてないし」

そう言うエメは、少しさびしそうな雰囲気があった

その日も今朝の1件以外は特に変わった事も無く、放課後となった

蒼「エメが助けてくれた日から、あの2人は私に目立ったちょっかいは出してこないわ。良かったよ」

エメ「このまま卒業まで何も無いといいけどね。でも、油断して人気のない所とか行ったら、また何かしてくるかもしれないし、気をつけないとね」

蒼「そうね。気をつけるわ。じゃあ、また明日」

エメ「うん、また明日ねー」

 

時雨家

蒼「ただいまー(まあ、誰もいないんだけどね)」

いつもの如く帰宅早々、夕飯の準備を始める蒼だったが、途中で家電話がなっている事に気が付き、料理を中断した

蒼「こんな時間に誰だろ?父さんかな?」

とりあえず応答しないとと思い、家電話をとった

蒼「はい、時雨です」

男「そちらは時雨 幸人(しぐれ ゆきと)さんのお宅ですか?」

時雨幸人は私の父の名だ

しかし、相手の男性の声にさっぱり覚えがない

蒼「えっと、そうですけど...何か御用ですか?」

その次に相手が言ってきた事に私は耳を疑った

男「幸人さんが、倒れられました」

蒼「えっ!?父が倒れた!?なにか事故に巻き込まれたんですか!?」

男「いえ、はっきりとはいえませんが、おそらく過労だと思われます。今、私達が茨木西条病院に搬送中ですので、貴女もこちらにいらしてください」

蒼「わ、分かりました!今そちらに向かいます!」

私は手早く火元の確認と戸締りを確認し、自転車に飛び乗って茨木西条病院まで急いだ

 

茨木西条病院

蒼「あの!時雨幸人の病室はどこですか!?」

受付「少しお待ちください。時雨幸人さんは…302号室ですね」

蒼「ありがとうございます!」

蒼はお礼を言うと、さっさと302号室へと急いだ

 

302号室

蒼「父さん!!」

蒼が病室に入ると、医者と看護師が待っていた

医者「親族の方ですか?」

蒼「は、はい。幸人の娘の蒼です。その…父の状況は…」

医者「率直に言うと、かなり危険な状況です。異常な過労と精神的な緊迫でかなり衰弱されていて…」

蒼「父は…助かるんでしょうか?」

医者「私たちも最善を尽くしますが…断言はできません。最悪の事態も覚悟されているほうが良いです」

蒼「そんな…」

看護師「今からお父様を集中治療室に運んで治療に入ります。貴女は外で待機していてください」

蒼「…わかりました」

看護師に連れられ、待合室のソファに座り、父さんの治療が終わるのを待った

 

1時間後

医者が待合室にから入ってきたのを見つけるなり、私は医者に詰め寄った

蒼「あの…父は…」

医者「すみません…手は尽くしたんですが…」

医者は最後まで言葉を言いきらなかったが、口に出された内容から察しはつく

蒼「父は…亡くなったんですか?」

医者「…はい…残念ながら…」

蒼「そう…ですか…」

その時、私の中に渦巻いていた思いは目の前の医者に対する怒りや父の死に対する絶望などではなかった

蒼「(私の…所為だ…)」

私の中に渦巻いていた感情は、自分に対する自責の念だった

前の学校を転校したいなんて言わなければ、嫌がらせに対してもっと我慢強くなっていれば…いや、そもそも中学時代にちゃんと相手に言い返せるだけの勇気があったら…

次から次へと後悔の感情が浮かんできた

しかし、今更過去のことを嘆いても遅い

蒼「父は…今どこにいるんですか?」

医者「お父様は、先ほど霊安室に運びました」

蒼「父に会わせてもらうことはできますか?」

医者「普通ならだめなのですが…まあ、親族の方ですし大丈夫ですよ」

その後、父さんとの別れを済ませ、必要な手続きを済ませ、私は家に帰ったが、夕食を食べるような元気は湧いてこず、お風呂にも入らないままベッドに倒れこんだ

しかし、その日はいろんな思いが一つ浮かんでは消え、また一つ浮かんでは消えを繰り返し、全く寝付けず朝になってしまった

蒼「朝になっちゃった…学校に連絡しないと…」

一睡もしていない事により酷くフラつく足取りで学校へ電話を掛けた

 

学校

担任「えーっと、今日は蒼さんが欠席ってことは聞いてるけど、他に欠席者はいない?」

そう言いながら担任は教室を見渡し、他に遅刻欠席者がいないことを確認すると教室を出て行った

エメ「(蒼が欠席?昨日は別に元気だったし…どうしたんだろ)」

エメの記憶している限りでは最近あった嫌がらせと言ったら机の落書きくらいで、蒼自身も特に気にしている感じはなかった為、深くは追及しなかった

エメ「(私に隠してただけで、実は結構傷ついてたのかな…)」

おそらくは自分の考えすぎだとは思ったが、エメは一応のため帰りに蒼の家に寄る事にした

 

放課後

エメは時雨家の前に来ていた

ピンポーン

インターホンを鳴らして待っていると、応答があった

蒼「はい。あれ?エメどうしたの?あっ、ちょっと待って、今開けるから」

少し待つと、家のドアが開き、蒼が出てきた

蒼「どうしたのエメ?何か家に用?」

エメ「用っていうか、今日学校休んでたから具合でも悪いのかなって」

蒼「ああ、大丈夫だよ。どこも悪くしてないよ」

エメ「その割には顔色悪いし、いつもより元気ないよ。何かあったなら話してくれないかな?話したくないならそれでもいいしさ」

蒼「…わかった。でも、ここじゃなんだから上がっていってよ」

蒼に促されてエメは蒼の家の中に入っていった

 

時雨家

エメ「それで、何があったの?」

蒼「実は…昨日の夜、父さんが死んじゃったの…」

蒼はそう言いながら涙ぐみ始めた

エメ「お父さんが!?ってことは、今日休んだのって…」

蒼「うん。お葬式とか、いろいろ手続きしないといけないし、昨日から眠れなくて学校行ける状況じゃなさそうだったから朝に電話を入れておいたの」

エメ「そうだったの…つらいこと思い出させてごめんね…」

蒼「いや、寧ろ誰かに話を聞いてもらいたかったから、ありがたいよ」

エメ「それなら良かったけど…私で良ければ悩みに乗るから遠慮なく言ってね?」

蒼「ありがとう…エメ」

エメ「そういえば、蒼はこれからどうするの?親戚の家に居候するの?」

蒼「それは私も考えてたんだけど、よく考えたら父さんは一人っ子だし、母さんの方の叔父さんは外国にいるし、お爺ちゃん達はみんな介護が必要な状況だから頼れそうにないのよ」

エメ「そうなんだ…あっ、そうだ。一つ提案なんだけど」

蒼「どうしたの?」

エメ「私か蒼がどっちかの家で同居しない?そうすればお互い何かあったら支えあえるし」

蒼「私とエメが同居?」

エメ「うん。前にも言ったけど、私は元々養親と三人で暮らしてた家に一人で暮らしてるから、部屋は有り余ってるし、蒼がこの家に居たいって言うなら私がこっちに来ることもできるよ。もちろん無理にとは言わないけど」

蒼「…エメがいいなら…いいアイデアかもしれない」

実を言うと、エメ同様私の家も三人で暮らす事を想定して家を買った為、父が生きていた時点で既に部屋がいくつか物置状態で空いていたのだ

エメ「もちろん大丈夫だよ!それで、どっちの家で同居する?」

蒼「じゃあ…私の家でいい?」

エメ「了解!じゃあさっそく必要な物を持ってくるね!」

蒼「うん。わかったわ」

蒼の返事を聞くか聞かないかといううちにエメは時雨家を飛び出し、数分後荷物を持って戻ってきた

蒼「は、早いね…」

エメ「まあ、元から私の物なんてほとんど無いからね」

それはそれでどうなんだろうか…

エメ「まあでも、これで私も今日から蒼の家族なんだし、辛い事があったら何でも言ってね?お父さんの事は残念だけど、蒼は一人じゃないってこと、覚えておいてね?」

蒼「…うん。ありがとう…ほんとに助かるよ」

その言葉を言い終えないうちに再び涙が溢れてきて視界が歪んだ

エメ「よしよし…辛いよね…嫌な事を全部吐き出しなよ」

正直言うと、出会ってそんなに長い付き合いな訳でもないのにエメは何でこんなに私の事を気遣ってくれるのか分からなかったが、今はそのやさしさに甘えさせてもらう事にした

その後、嫌な事を全て吐き出したため少し気が楽になったので、二人で夕飯を作って(エメはとても料理が上手だった)一緒に食べ、お風呂に入ってから私の部屋にエメは布団を広げ、一緒の部屋で寝た

 

次の日

エメ「蒼、今日は学校に行くの?」

蒼「うん、昨日で手続きは全部終わったし、親族が集まれる状況じゃないからお葬式は無しで、ちょうど明日が土曜日だから明日父さんを火葬するつもりだから今日は休まなくても大丈夫だよ」

エメ「それもだけど、気持ちの整理はついたの?」

蒼「うん、エメが昨日来てくれたおかげで、だいぶ気持ちの整理が出来たから大丈夫だよ」

エメ「そう…それなら良かった」

少し不安げな顔をしていたエメだったが、蒼の返答を聞いて少し安心したのか笑顔になった

蒼「じゃあ、学校行こうか」

エメ「そうだね。今日一日終れば休日だし、がんばろー!」

エメに引っ張られ、私は足早に学校へ登校していった

 

To Be Continued




自分が転校したいなどと言った事で父が仕事で無理をして倒れてしまったと考えた蒼は自責の念に駆られていたが、エメの慰めによってどうにか気持ちは落ち着いたようだ
次回『未知との遭遇』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

未知との遭遇

エメが蒼の家に居候するようになってから数日、エメの方から蒼を遊びに誘った。
その先でエメは思わぬ出会いをして…


学校

蒼「あっ、先生おはようございます」

教頭「あぁ、おはよう」

昨日休んだから二日ぶりの学校だな

そんな事を考えながらげた箱を開けると…上靴がなかった

エメ「あれ?蒼って一昨日上靴持って帰ってたの?」

蒼「いや、持って帰った記憶はないね。ってことは、隠されたのかな?」

エメ「そんな暢気に済ませられる話じゃないよ!?だれがこんな事…いや、大体予想はつくけど…」

蒼「大丈夫大丈夫、どこに隠されてるかは予想がつくから。たぶんここら辺に…」

そう言って蒼はおもむろに近くのゴミ箱を漁った

蒼「ほら、見つかった」

エメ「ゴミ箱の中にあったの!?それ絶対悪意あるよ!」

蒼「別にあそこ生ゴミとかは入ってないから大丈夫だよ。それにあれ位の事なら、中学で散々やられ慣れてるし」

エメ「上靴をごみ箱に捨てられて『あれ位』って思える蒼の精神力にびっくりだよ」

蒼「そう?慣れてなくても、そんなに怒るような事じゃない気がするけどな」

エメ「まあ、蒼が気にしてないならそれでいいんだけど…」

エメは少し不満げだったが、私が気にしていないと言うと引き下がってくれた

教室に入ってチラッと例の二人を見ると向こうは目をそらした。中学時代の子達もそうだけど、何が楽しいのか分からないわ…

一応、少しだけ警戒してみたが、その日一日は今朝の嫌がらせ以降、何もして来なかった

 

土曜日

蒼「エメ、じゃあ私行ってくるね」

私は休日だというのに制服を着て、エメにそう告げた

エメ「うん。行ってらっしゃい」

エメに留守番を頼んで私は、ある所に出かけて行った

 

火葬場

蒼「あの、予約していた時雨です」

役人「貴女が時雨様ですか。この度はご愁傷さまです。お父様はこちらに既に運ばれています」

役人さんによって父が安置されている場所に案内された

役人「普通ならご遠慮するのですが、最後にお父様のお顔をご覧になられますか?」

蒼「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」

役人さんが気を利かせてくれたので、厚意に甘えさせてもらうことにした

蒼「父さん…ごめんね…私が転校したいなんて言ったから、父さん夜中まで無茶して働いて…私、父さんがフラフラしながら仕事行ってるの知ってたのに、気遣ってあげられなかった…」

そう呟きながら、私はいつの間にか父さんの手を両手で握っていた

蒼「(でも、今の学校では、すごく優しい友達ができたよ…エメっていうんだけどね、私がいじめられてたところを助けてくれたの。しかも、父さんが死んだって事を聞いて、エメは支えになるって言ってくれたの。お人好し過ぎるでしょ?でも、今までそんな事言ってくれた子どころか、いじめを止めようとしてくれた子もいなかったから、嬉しかった…私もっと強くなるわ。絶対いじめなんかに負けたりしない、弱音も吐かないわ。だから、父さんは安心してね…)」

どれくらい父さんの前で思いを念じてたかはわからないが、役人さんは気にした様子はなかった

役人「お父様との別れは済みましたか?」

蒼「…はい。長々とお待たせしてすいません」

役人「いえ、お気になさらず。お父様が若くして亡くなられたのですから、仕方がないですよ。それでは、これから火葬に入ります。また2時間後にお越しください」

蒼「わかりました。それでは失礼します」

そう返事をして火葬場から出る時、何気なしに振り返ると、ちょうど父さんが火葬炉に入るところだった

蒼「(父さん…見守っててね)」

 

2時間後

役人「あっ、時雨様、先程ちょうど火葬が終わったところです」

蒼「そうですか」

再び父さんの入った火葬炉の所に行き、役人さんが炉の中から父さんを出してきた

まだ40代にも拘らず、遺骨がボロボロになっていた

これは火葬炉の火力の影響なのか、過労と不摂生によって骨が脆くなっていたのか理由は分からなかった

役人「さあ、お父様の遺骨をこの骨壺に入れてください」

役人さんに促され、父さんの遺骨を骨壺に入れていった

そして、全部の骨を入れ終えた後、役人さんが骨壺を風呂敷に包んでくれて、それを私は家に持ち帰り母さんの仏壇の中に置き、遺影を夫婦そろって仏壇に並べてから、エメと一緒に夕飯を食べ風呂に入り寝た

 

日曜日

エメ「蒼、どこか遊びに行かない?」

蒼「遊びに?別に構わないけど、急にどうしたの?」

エメ「昨日はお父さんの事とか色々あって蒼疲れたでしょ?だから、気分転換でもって思ってね」

蒼「エメ…ありがとう。じゃあ、どこに行こっか?」

エメ「蒼の行きたい所でいいよ」

蒼「じゃあ…京都のアニメショップ巡りとかどう?あっ、でもエメがつまんないか…」

エメ「あぁ、私はアニメの事をあまり詳しくないだけで、アニメ自体は好きだし大丈夫だよ」

蒼「そうなんだ。じゃあエメもアニメショップ巡りしたら、もっとアニメ好きになれるかもしれないね」

エメ「そうかもね。面白いアニメとかいっぱい教えて」

蒼「いいよ。とりあえず、長く見て回れるようにササッと用意して行こうか」

そう言って私達二人は必要最低限のものだけをもって近くのアニメイトへと向かった

 

アニメイト

エメ「へぇ、ここがアニメイト?本屋さんにしては大きいね」

蒼「まあ、漫画以外にも、アニメのグッズとかも置いてるしね」

エメ「そうなんだ…早速見て回ろうか!」

蒼「ええ、そうね」

その後、私達は数十分は普通の単行本やグッズを見ていたが、店内を大体見終わるとエメが不意に口を開いた

エメ「ねぇ、あっちの棚は見ないの?」

蒼「あっちの棚?…あぁ、あれはちょっと特殊な同人誌だから、エメには早いかも…」

少し言葉を濁しながら、私はエメに言った

エメ「早い?何が?」

エメの表情から察するに、本当に言っている意味がわからないのだろう。キョトンとしている

蒼「その…表現が過激だから…あの区間一帯の本」

普通の同人誌ならまだ爆弾を見分ければ良いだけだったのだが、エメが指していた棚は丸々同性愛の同人誌コーナーだったのだ

エメ「まあ、一度読んでみて合いそうになかったらやめとくよ」

しかし、エメは私の意図に気付かぬまま件のコーナーに入っていき、試し読み用のコピー本を読み始めた

蒼「(ヤバイヤバイヤバイ!エメが新しい世界に足突っ込んじゃった!)」

しばしエメの様子を後ろから見ていると、エメの顔がちょっと赤くなった

蒼「エ、エメ?大丈夫?」

エメ「蒼…これ…」

エメがコピー本を閉じ、ゆっくりとこちらを向いた

エメ「すごく面白いね!!」

蒼「…え?」

エメ「私この話の原作知ってるけど、原作よりこっちの方が好きかも!!」

色々と予想外だった

私はてっきり、「ご、ごめん!確かに私にはまだ早かったよ(///⊃ω⊂)」と返ってくると思っていたのに、エメは気に入ったようだ

蒼「ちょっとその本見せて」

もしや、運良く普通の話を見たのかとも思ったが、どのページを見ても一般的なアニメではとても放映できるようなものではなかった

ということは、エメはこれらの絵を見て気に入ったと言ったということだ

蒼「えっと…エメはこういった本は見たことあるの?」

エメ「こういう本?多分ないよ?」

Oh…まさかの身近にこんなモンスターが眠っていたとは…ちなみに、私は別にエメに引いてる訳では無い

かく言う私もそういった本(どっちかと言うと百合の方が好きだが薔薇も好き)は好きだから同じ趣味の人が出来たのはとても嬉しい

ただ、あまりアニメに詳しくないと言っていた人物がまさか腐女子だったとは誰が予想できただろうか

蒼「どうやら、取り越し苦労だったみたいだね」

エメ「え?どういう事?」

蒼「いや、一般的に同性愛ってまだまだ世間的に認可されてないから、こういう本は嫌われやすいんだよね。エメがそうだったら悪いなと思ってさ」

エメ「そうだったんだ…気を使ってくれてありがとう。でも、同性でも異性でも純愛は純愛、素晴らしいことだと私は思うよ」

蒼「(な、なんだ…この子は聖女か!?)」

エメの口振りから、同性愛に対する言い訳がましい発言ではなく、本当にそう思ってるという事が蒼には分かった

エメ「ま、まあ、流石にちょっと内容にびっくりしたけどね…」

そう言うエメの顔は先程よりはマシになったが、未だ顔が赤かった

そのままの勢いで他の場所にあるアニメイトやメロンブックス、とらのあなと丸一日を使ってアニメショップを堪能した

そして、夕方になってようやく家に帰ってきた頃には、持って行ったリュックは本でいっぱいになり、エメもなかなかのオタク兼腐女子に成り果てていた

エメ「それにしても、今日一日でこれでもかって位に世界が変わったわ」

蒼「そうだね。あっ、そういえば…」

エメ「これは…!このキャラ照れてる!かわいい!!」

物は試しと思い、百合の本も見せてみたところ、エメは結構気に入ってくれたようだった

蒼「私の部屋にいろんな漫画置いてるから、興味あるなら勝手に読んでくれて構わないから」

エメ「本当⁉わかった!」

蒼「(奥の方に行くにつれて過激な表現が多くなってるけどね…)」

エメ「早速、面白そうな漫画を2、3冊借りるね!」

エメがアニメに興味を示したからこっちの世界に迎え入れたのであって、無理やりこっちの世界にエメを引きずり込んだ訳ではないが、オタクでもなかった友達を一日でここまで変えてしまった事に少し背徳感を感じた

エメ「あっ、このキャラかわいい!」

蒼「ん?あぁ、そのキャラは吸血鬼のレミリア・スカーレットだね。」

エメ「こんな吸血鬼なら吸血させてあげたいわね。…このキャラは?」

蒼「それは土間うまるだね」

エメ「すごくちんちくりんでかわいいわね!あれ?うまるちゃんはどこ行ったの?」

蒼「え?ちゃんとここにいるよ?」

エメ「同一人物なの⁉可愛いと綺麗を併せ持ってるとか反則でしょ!?」

蒼「確かにそんな人いたら羨ましいよね」

そんな風に二人で漫画やアニメについて長々と語り合い、かなり夜遅くなってから明日が学校だと思い出し寝た

 

学校

蒼「さてと…今日は何かされてないかな?」

先週上靴を隠されたときに気にしてないとは言ったものの、嫌がらせをされないことに越したことはないので、何もされていない事を少し願っていた

蒼「…よし、ちゃんと上靴はあった」

エメ「よかったね。やっとあの二人も飽きたのかな」

蒼「そうだといいけどね」

とりあえず、朝は特に何かがあった訳でもなく平和に過ごせた

 

5時間目

教師「お前らー、今日の体育はドッジボールだぞー」

体育教師のその一言で、各クラスの男子生徒達が歓声を上げた

男子A「勝ったら何かあるんすか?」

教師「なんか寄こせってか?んー…じゃあ、勝ったチームは成績アップな」

男子B「よっしゃぁ!頑張んぞー!」

教師「雄叫びは勝ってからにしろな?」

蒼「あの先生、男子と女子は一緒にするんですか?」

教師「そのつもりだが、何か不満か?」

蒼「いえ、只の確認ですよ(男女混合かぁ…最初の外野に立候補するか、出来るだけ早く緩い球に当たって場外に出とこうかな…)」

まあ、運動神経が皆無な私は当たろうと思わなくてもすぐ場外行きだろうけど

そんな事を考えているうちにチーム分けが終わった

蒼「(あっ、エメも同じチームだ。よかった…)」

正直、エメが敵チームだったら、私チーム内で居場所無くなっちゃうし

エメ「私は的が小さいから最後まで残ってそうだなぁ」

確かに、エメは一般的な女子高生にしては身長が少し低いかもしれない(とはいっても、150㎝位だけど)

蒼「いいなぁ、私は逃げ切れる自信全くないよ」

何気にエメの運動神経が如何程のものなのか知らないけど、どれくらいなんだろう

そんな事を思っていると、ゲーム開始の合図が出たので、急いで逃げた

 

数分後

蒼「的が小さい云々の前に、あの運動神経はすごすぎじゃないかな…」

あれから数分経って、私達のチームはエメだけになっているが、未だにエメにボールが掠りもしていない

そのうち、敵チームがミスボールを出してエメがキャッチした

エメ「おりゃ!」

エメの投げたボールは敵陣地で低滑空し、少しづつ敵の数を減らしていった

その為、外野にボールが回ってくることがほとんどなく、本当の意味で相手チームVSエメという状況だった

しかし、ずっと避けていた為疲れがたまっていたのか、あと三人というところで敵のボールに当たってしまい、こちらの負けになってしまった

エメ「ごめんね皆、あとちょっとだったのに」

美香「いや、最初の方はこっちがかなり負けてたし、エメはかなり敵の数減らしてくれたじゃん。気にしないで」

圭太「むしろ、俺らの方がほとんど役に立てなかったしな」

夏美「そうよ!男子もっと頑張ってよ!」

男子全員「すんませんでした!」

これでもかって位に男子の声がハモった

その後、数回ゲームをして結果は5クラスのうち3位となった

 

To Be Continued




エメの驚異的なまでの運動神経にクラス一同驚かされた半面、男子の役に立たなさが際立っていたドッチボールも終わり、いよいよ夏休みが近づいてきていた
次回『絶望』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

絶望

夏休みに入り、いつもの如く家で二人喋っていると、エメに遊びの誘いが来た
蒼に行っておいでと言われたためその誘いに応じたエメだったが…


エメが大活躍したドッジボール大会から数週間後、私達の学校は夏休みに入っていた

エメ「いやー、最近暑いねぇ…プールでも行きたく…ん?」

蒼「どうしたの?」

エメ「LINEだ……へぇ、そんな企画するんだ」

蒼「一人で納得しないでよ…私にも教えて」

エメ「なんかね、明後日に中学時代の同級生で集まってどこか行こうって誘われたのよ。どうしようかな…」

蒼「?…行ってくればいいじゃない。誰か苦手な人でもいるの?」

エメ「いや、別にそうじゃないんだけど…蒼を置いて一人で遊びに行くのはちょっと気が引けるかもって思ってね」

蒼「そんな事で気を使わなくたって大丈夫よ。あまりに暇だったら私一人でもどっかに遊びに行くしさ」

エメ「そう?…じゃあ行ってこようかな」

蒼「うん、楽しんできなよ」

いつも自分の支えになってくれているエメにこんなところまで気を使わせる訳にはいかないと思い私はエメに気兼ね無く遊んでくるように促した

 

二日後

エメ「じゃあ行ってくるね蒼、たぶん夕飯までには帰ると思うから」

蒼「分かったわ、じゃあ夕飯作って待ってるね」

どこの新婚だと思うような会話をしながら私はエメを送り出した

 

某文化会館

エメ「集合場所ってここよね」

携帯に知らされた場所に来たエメは周りを見渡した

すると、向こうから見知った顔がこちらへ向かってきた

里奈「久しぶりやなエメ!元気しとったか?」

エメ「久しぶりね里奈、相変わらずこっちは元気よ」

彩「相変わらずあんたはテンション高いわねぇ…」

里奈「テンション低いよりはええやないか…」

彩「なんか言った?」

エメ「会って早々喧嘩しないでよ…」

エメが二人を宥めていると、続々と中学時代の同級生がやってきた

女子A「さてと、もう全員集まったかな?」

男子A「えっと…そうだね。予定が合わなかった子達以外は全員来てるね」

里奈「さて、どこ行く?案がある子はどんどん出してやー」

男子B「プール!」

里奈「誰も水着用意してへんやろ…」

女子B「ショッピング巡り!」

男子A「男子が退屈だ」

彩「…山とか川はどう?お金かからないし、川に行けば涼めるわよ」

女子B「山に川か…良いかも!男子はどう?それでいい?」

男子C「確かに最近すっごい暑いし、賛成だよ」

男子A「僕もそれでいいよ」

ようやく話が纏まり、エメ達は近くの山に行くことになった

 

ピッ…ピッ…ピー!カシャッ!

女C「よし!ちゃんと取れてるね!じゃあ、5時にまた集合って事にして、各自解散!」

女子の一人が集合時間を指定して自由に山の中で遊ぶことになった

エメ「(うーん、これといってやりたい遊びとかないんだよねぇ…そこら辺でも散歩しながら考えようかな?)」

何か楽しそうな事がないか探しながら歩いていると、吊り橋にたどり着いた

エメ「へぇ、こんな所に吊り橋なんかあったんだ……ん?」

エメは吊り橋の向こう側に誰かいる事に気がついた

向こうもこちらに気が付いたようで橋を渡ってこちらへ来た

彩「あら、あんたもする事なくて散歩してんの?」

そこにいたのは彩だった。中学時代に里奈がカツアゲにあっていたが、麗華の腰巾着だった為か、カツアゲ自体もあれっきりだったので私も里奈も今は特に気にしていない。尤も、当時は名前さえ知らなかったわけだけど

エメ「あんたも…って事は、彩もする事がなかったの?」

彩「まあ、私はこういう集まりにあんまり来る習慣ないしね」

エメ「(じゃあなんで来たのよ…)」

彩「散歩すんのは嫌いじゃないし、柄にもなく自然を楽しもうかしら」

今の言葉は私に言ったのか、それともただの独り言なのかは分からないが、彩は再び橋を渡って向こうへ歩き出した

 

彩サイド

彩「(ちょっとエメに意地悪してやろうかな…)」

橋の下をチラッと覗き、下の川が結構広い事を確認した彩は、とある悪戯を思いついた

彩「ねぇエメ、あれなんだろうね」

エメ「あれ?何の事?どこにあるの?」

彩「ほら、あそこだよ」

そう言い、彩は橋から少し身を乗り出し下の方を指さした

エメ「えぇ?何かある?…」

何かあるのだろうと思い橋の下の方を覗くエメを彩は軽く突き飛ばした

エメ「え?…」

彩「(うわ、エメすっごい驚いてる!普段あんま表情が顔に出ない子だからレアかも!)」

エメが珍しく驚いている顔をした事、自分の悪戯が成功した事でご機嫌だった彩だったが、次の瞬間血の気が引いた

落ちていくエメの姿と下に見える川の比率が明らかにおかしいのだ

人は大きい物を見ると直感的に近くにその物体があると思い込むものだ。しかしこの時、彩はしっかり確認しなかった為気が付かなかったが、下にある川はあまり高さがない為広く見えていたのではなく、かなりの高さがあってもなお広く見えるほど幅のある川だっただけなのである

彩の目測では川は5~10mそこら下だと思っていたが、実際は20m近くある高さにこの吊り橋は架かっていたのだ

しかし、今更そんな事に気が付いても既に遅く、次の瞬間にはエメは水面に叩きつけられ、谷下の川を赤く染めた

彩「わ…私…そんなつもりじゃ…ただ、ちょっと悪戯を…」

誰も周りに居ないというのに言い訳を続ける彩だったが、幸か不幸かその現場も彩の言い訳も見聞きした者がいなかった

 

数時間後

女C「さてと、全員集合した?」

里奈「ちょっと待ち!エメがおらへんで。あの子時間には厳しい方やのに、どうしたんやろ…」

男子D「山のどっかで道に迷った…とか?」

女子D「でもそれなら誰かに連絡入れるんじゃない?それよりはどこかで倒れてるって可能性の方が大きいかも」

彩「ね、ねぇ!」

女子B「どうしたの?エメから何か連絡が来たの?」

その女子がそう言うと、みんなの視線が一気に彩に向けられた

彩「えっと…エメは…」

少し口ごもってから彩は再び口を開いた

彩「途中で具合が悪くなったから帰るって聞いたわ」

里奈「そうやったんか…ん?でも、誰から聞いたんやそんな話」

彩「エ、エメ本人からよ!その時たまたま私と一緒にいたから」

彩の言葉には幾つかの綻びがあったが、エメがいなくなってしまったかもしれないと危惧していたメンバーは安心しきってしまい、そこまで頭が回らなくなっていた

男子C「それじゃエメ以外は全員いるか?」

女子A「ちょっと待って、今数えるから…うん、全員いるよ」

女子D「じゃあ帰ろうか」

最終的に彩の嘘によってエメは同級生達に探されぬまま帰られてしまった

 

蒼サイド

蒼「エメ、遅いなぁ…夕飯までには帰ると思うって言ってたのに…」

蒼はリビングにかけてある時計を見ると、既に7時を超えていた

仮に友達と夕飯を食べて帰ってくるなら何かしらの連絡が来るはずである

となると、何か事故に巻き込まれたのだろうかと思い、エメのスマホに電話を掛けた

プルルルル…プルルルル…プルルルル…

機械音声「おかけになった番号は現在電源が入っていないか、電波が届かない場所にあります」

蒼「(繋がらない…まさか本当に事故に巻き込まれたんじゃ…)」

何の連絡も無く、終いにはこちらからの連絡も取れない状況に不安は募るばかりで、蒼は思い切って警察を呼ぶ事にした

 

数分後

警官「簡単な事情は先程電話で聞きましたが、もう一度詳しくお願いします」

蒼「は、はい。えっと…友達のエメ…エメラルドが帰ってこないんです!」

警官「えーっと…エメラルドさんは向こうのお宅の方だと思うんですが?」

蒼「ちょっと事情があって少し前から私の家に居候してるんです。夕飯までには帰るって言っていたんですけど、帰ってこないし連絡も取れなくなってるしで…」

警官「居候云々の話はこの際深くは聞きません。わかりました。今日はさすがに捜索は無理なので、明日朝一で捜索をしてもらえるように本部へ伝えておきます」

蒼「お願いします!」

警官「エメラルドさんが見つかった時に連絡が取れるよう、ここに連絡先を書いてください」

蒼「分かりました」

私は一応のため自分の携帯を見ながら連絡先を紙に書き警官に渡した

警官「ありがとうございます。それで、エメラルドさんがどこに出かけて行ったか心当たりはありませんか?」

蒼「あっ、それなら…」

蒼は警察を呼ぶ前にツイッターで見つけていた写真を警官に見せた

蒼「これ、どこかの山で撮った集合写真だと思うんですけど…エメの着ていた服ですし、投稿日が今日なのでおそらく行先はここだと思います」

警官「分かりました。こちらで調べてみますね」

そう言い警官は一礼をすると警察署へと帰って行った

その後蒼は冷めきってしまった夕飯を温めなおし、一人で夕飯を食べた

蒼「(エメが私の家に来るまでいつもこうだったのに、なんでだろう…涙が止まらない…)」

人は他人の温かさに一度でも触れてしまうと、再び孤独を感じた時以前より孤独感を感じてしまうものだ

蒼「(エメ…無事でいて…私を一人にしないで…)」

蒼は祈る事しかできない自分が情けなくなったが、エメが無事帰ってくると信じ眠りについた

 

次の日

蒼「(一人でご飯食べても、おいしくない…中学時代もボッチ飯してたし、家でもほとんど一人でご飯食べてたのに…)」

昨日に引き続き一人で食事をしながら涙を流している自分を不思議に思っていた

食事も終わり、食器を片付けている時、携帯が鳴った

蒼「誰から?…っ!警察からだ!」

エメが見つかったのだと思い私は通話に応じた

蒼「はい!時雨です!」

警官「あっ、時雨さん、昨日お訪ねした警官です」

蒼「エメが見つかったんですか!?」

警官「え、えぇ、エメラルドさんは見つかりました」

蒼「エメは無事なんですか⁉」

警官「…エメラルドさんは…お亡くなりになられていました」

蒼「え…」

警官「発見した時点で既に亡くなられていました…ご遺体の損傷も相当なもので…」

蒼「そん…な…」

警官「エメラルドさん本人か確認していただきたいのですが…こちらに来ることは可能ですか?」

蒼「…はい…今そちらに…向かいます」

警官「分かりました…無理をしないでくださいね」

警官がそう言ったのを聞くか聞かないかというところで私は電話を切り、その場に倒れ込んだ

蒼「……何でよ!なんでみんな私を置いて行っちゃうの!?私が何をしたって言うの!?…」

この気持ちを誰に向けたら良いのか分からなくなった私は、壁を殴り、クッションを叩き付け、机を蹴り飛ばし、かんしゃくを起こした子供の様に暴れた

そして一通り暴れ切った後、また一人になってしまうという予感が確信に変わった事で泣き出してしまい、気持ちが落ち着くのにかなりの時間を費やした

 

1時間後

警察署

蒼「すいません、すぐ行くと言ったのにお待ちさせてしまって」

婦警「いえ、お気になさらないでください。ご友人が亡くなられたのですからショックも大きかったでしょうし」

警察署に着くと、出迎えてくれたのは昨日の人ではなく、婦警さんだった

その婦警さんに案内され応接室まで行き、エメと思しき人の遺体写真を見せられた

婦警「この方はエメラルドさんで間違いないですか?」

蒼「はい…間違いないです…」

間違いであってくれと思った私の願いは残念ながら打ち砕かれた

そこに映っていたのは紛れもなく私の友達であるエメの姿だった

婦警「内容が過激なので、辛くなったら言ってください。すぐにやめますので」

蒼「はい…わかりました…」

その後、何度か吐きそうになりながら捜査の内容を聞いた

まず、エメは発見現場の上に架かっている吊り橋から落ち、下の川に落下したそうだが、その川はそこまで深い物ではなく精々水深1mで、川に落下した瞬間に即川底に叩きつけられ、後頭部及び背骨が粉砕され、ほぼ即死だったようだ

蒼「突き落とされた…という可能性はないんですか?」

婦警「一応、事件の可能性も否定できないんですが、何せ最近天気が良かったので付近に足跡も見つかりませんでしたし、ロープの指紋は逆につきすぎていて証拠にはなりにくい為、今のところ事故と判断するしかありませんでした」

蒼「そう…ですか…」

婦警「もう少し詳しく調べてみますが、それでも証拠が出ない場合、仮に事件であったとしても事故と判断されます。いいですね?」

蒼「…わかりました」

事件であろうが事故であろうが、エメが帰ってくる事はもうない。しかし、血縁関係はなくとも蒼の唯一の家族を喪ったことに対する辛さを、犯人がいるならその犯人にぶつけたい思いがあり、自分勝手ながら事件であって欲しく、犯人が見つかる事を願っていた

その後、エメの火葬やその他諸々の手続きをして出てくると、婦警さんが私を気遣ってくれたのか、歩いて一時間もかからない距離の家まで私を送ってくれた

 

To Be Continued




心の拠り所にしていたエメが死に、心にポッカリと空いた穴をどうやったら埋められるのか戸惑う蒼であったが、夏休みが終わってもその答えは出ないでいた
次回『一本の外れたネジ』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一本の外れたネジ

1か月余りの夏休みが終わり、2学期が始まろうとしていたが、蒼の心はエメが見つかったあの日から進展していなかった
そんな中、また嫌がらせが始まり…


夏休みは終わり新学期が始まった

エメが私と暮らし始める前と同じように私は朝食を摂りながらニュースを見ていた

キャスター「それでは次のニュースです。昨日未明、大阪府高槻市で女子高生の松下 彩さんが自殺するという事件がありました。彩さんの部屋には『ごめんなさい』と何度も書かれたメモが見つかった事から、虐めがあった可能性が挙がっています。それに対し彩さんの通う学校は『学校内で虐めの事実は見受けられなかった』と述べており、現在捜査が進行中です」

蒼「(虐め…か…)」

ニュースを耳に入れながら私は歯を磨き、服を着替え、髪を整えた

最終的に夏休みいっぱい捜査の結果を待ってみたが有力な証拠は出てくることなく警察はやはり事故なのではないかと結論を出し捜査は打ち切られてしまった

蒼「(エメがうっかり足を踏み外すなんて事ありえないと思うんだけど、何も証拠が見つからないんじゃ、そう結論付けるしかないのよね…)」

未だにエメの死を引きずっている私だったが、夏休みで長い休みの間だったこともあり時間をかけて気持ちの整理をつけることが出来た為、どうにか学校を不登校にならずに済んだ

蒼「(エメの分も強く生きなきゃ…)」

そう決心し、エメがいない事を除けば何も変わっていない学校へ出かけた

 

教頭「えー、それでは始業式を閉じます。一同礼!」

長ったらしい校長の話も終わり、始業式も終わった

校長の話の中にはエメの話もあった為、その間涙をこらえるのに必死になって他の内容が碌に入ってこなかった

 

教室

担任「えっと…エメラルドさんが亡くなった事は残念です。しかし、貴方達も来年は受験生です。いつまでも悲しさを引きずっている訳にはいきません。エメラルドさんの分も貴方達が頑張ってください」

担任が言っている事は至極尤もだ。しかし、私にとってその言葉はとても納得のいくような言葉には聞こえてこなかった

 

次の日

いつもの様に学校に行くと、私の机の上に花瓶が置いてあった

蒼「(前々から思ってたけど、こういう嫌がらせって今でもする人いるんだなぁ…)」

そんな事を思いながら例の二人を見たが、二人はまだ来ていないようだった

蒼「(あれ?あの二人じゃないって事は、別の人がやったって事?それとも昨日の段階から既に置かれてたのかな?)」

まあどうでもいいやと思い、その花瓶を後ろのロッカーの上に置き読書に耽った

その後も、引き出しに蜂の死骸が置かれていたり、教科書が無くなっていて次の日に元の場所に戻って来ていたり、昼休みに出かけているうちにシャーペンが折られていたりと、不定期に私の机や所持品に何かしらの嫌がらせが施されていた

 

数日後

最近涼しくなってきているというのに薄着で居過ぎたせいか、今日はお腹の調子が悪く、休み時間はトイレに篭っていた

ようやくお腹が落ち着きそろそろ出ようとしたところで誰かがトイレに入ってくる音が聞こえ、蒼の入っているトイレのドアを蹴飛ばした

蒼「⁉…誰?」

渡辺「私だよ」

蒼「(この声…渡辺?)何か用?」

渡辺「用ってか、面白い情報を聞いたんでね」

蒼「面白い情報?」

正直言うとトイレでドア越しにする話ではないだろうとは思ったが、あえて何も言わず相手の話を聞いた

渡辺「あんた…親死んでるんだって?」

どこからその情報が漏れたんだろう…

蒼「…ええ、それがどうしたの?」

一瞬、心配してくれているのかとも思ったが、先程の声のトーンからまずそれはないと判断した私はスカートをあげ外に出ようとした

渡辺「じゃあ、そこで汲んできた清めの聖水でもぶっかけて除霊してやるよ!」

しかし、スカートを上げ終えた時には既に水を上からかけられ、全身ずぶぬれになってしまった

渡辺「ハハハハ!これであんたの運の悪さも少しは治るんじゃない?」

蒼「…」

その時、私は自分の中の何か大事な物が外れた気がした

渡辺「なんだよ…なんか不満があるってんなら言ってみろよ」

蒼「と…や…めろ…」

渡辺「あ?なんだって?はっきり言えよ!」

蒼「父さんや母さんを侮辱するのはやめろって言ってんのよ!」

渡辺「なっ!?ずいぶん大きい口叩くじゃねぇか!」

私が言い返したことが気に食わなかったのか渡辺は私の胸ぐらを掴んで引き寄せた

私はその勢いを利用して渡辺の顎に頭突きをかました

渡辺「いってぇな!調子に乗りやがって!」

渡辺が顎を押さえながらこちらに向き直った

蒼「(面と向かっての喧嘩じゃ勝ち目はないわ…)」

そう思った私は渡辺に何かをさせる暇を与えずに体当たりし、渡辺を押し倒した

渡辺「チッ!ふざけんじゃねーよ!」

渡辺の上に馬乗りになった私だったが、渡辺に脇腹を2、3発殴られた

渡辺「エメがいなきゃ何にもできないお前が粋がってんじゃねぇよ!」

蒼「(ああそうよ…私はエメがいなきゃお前にも勝てないような弱虫さ。でも、もうエメはいないんだから、自分の身は自分で守るってあの日決めたのよ!)」

何度も殴られズキズキと痛む脇腹の痛みに耐え、私は渡辺の顎に膝蹴りを叩き込んだ

すると、急に渡辺の抵抗が止み、静かになった

しかし、私は今までの鬱憤と先程の怒りから渡辺を殴り、蹴るのを止めなかった

蒼「(私はもう、泣き寝入りなんてしたくない!)」

その攻撃の手には渡辺への怒りの他に、過去の自分への怒りも籠っていた

ふと我に返った時、渡辺がピクリとも動かない事に気が付き、一瞬殺してしまったかと思った私だったが、耳を澄ますと一応息をしているようだ

渡辺が生きていることを確認した直後、トイレが騒がしい事に気が付いたのだろうか、教師が駆けつけてきた

教師「な、何があったの⁉貴女、そこを退きなさい!誰か、担架を持ってきて!」

無理やり渡辺の上から引き剥がされた私は、改めて渡辺の周辺を見て、周辺に血が飛んでいることに気が付いた

教師「この子と喧嘩していたのは貴女?」

蒼「…はい」

教師「そう…放課後に生徒指導室まで来なさい。わかったわね?」

蒼「分かりました…」

教師「とりあえず、もう授業が始まるわ。早く教室へ戻りなさい。詳しい話は放課後聞くから」

そう言われ、私は半ば追い出されるようにトイレから出され、午後の授業を受けに行った

 

放課後

生徒指導室

教師「蒼さん、あの時トイレで何があったの?詳しく教えなさい」

蒼「私はトイレに入っていたんです。そしたら渡辺が除霊の聖水だとか言って私にバケツの水を上からかけてきたんです。うちの両親は別に悪い事して死んだ訳でもないのに悪霊みたいに言われて…一学期にも細々としたトラブルがあったこともあって周りが見えなくなっちゃって…」

教師「そう…あなたが苦しんでいたのはわかったわ。でも、流石にあれほどの事をしたんじゃ何かしらの罰は下るかもしれないわ…」

蒼「はい…」

自分がやったことが全面的に悪いなどとは全く思っていないが、流石にあれはやり過ぎてしまったと思った

蒼「それで…渡辺はどうしたんですか?」

教師「渡辺さんは、ちょっと頭を切っただけで大事にはなってないわ。あの後すぐに渡辺さんの意識も戻ったし」

蒼「そうですか。よかった」

死んでなくて。死なれると後々面倒だし

教師「今日はもう帰っていいわ。気を付けて帰るのよ」

蒼「はい、失礼しました」

礼をしてから私は家に帰った

 

次の日

私が学校へ行ってみると引き出しの中に何かが入っていた

蒼「(ん?また誰かの嫌がらせ?)」

一瞬そう思った私だったが、中を確認してみると、それは手紙の様だった

蒼「手紙?誰からだろう…」

封を開け中の手紙を読んでみた

『ここ最近の机や所有物に対する嫌がらせをしていた事はちょっとした出来心だったんです。もう決してこのような事はしませんのでどうか許してください』

おそらく昨日の騒動の野次馬の中にこの手紙を書いた人間がいたのだろう

そして、虐められっぱなしだった人間がやり返し、挙句の果てに相手を気絶させたなんて知って怖気づいたと言ったところだろう

というか、そうであって欲しい

蒼「(ここ最近の嫌がらせ?…あぁ、あれの事か。それより、名前が書いてないから誰が犯人だったのかさっぱり分からないわね。まあ、どうでもいいか)」

渡辺の性格から察するに、最近の蒼の机等に対する嫌がらせは渡辺の所為ではなさそうだ

別に誰がやったのかなど、どうでもいい上、もうしないというのならそれでいい為、敢えて深く追及する気はなかった

蒼「(まあ、名バレするのが怖くて名前を書けないような人の事なんて信じないけどね…)」

この手紙の事より、今私は渡辺の件の方が重要である

蒼「(最悪の場合退学かもしれないわね)」

そんな事を思っていると、担任が教室に入ってきて、HRを始めた

 

昼休み

午前の授業を終え、昼食を摂っているとアナウンスが流れた

教師「えー、2-3時雨さん、時雨 蒼さん、昼食を食べた後、至急生徒指導室まで来てください」

おそらく例の件の話だろう

私は残りの昼食を掻っ込み、生徒指導室まで急いだ

 

生徒指導室

蒼「失礼します」

教師「いらっしゃい。まあ、そこに座りなさい」

椅子に座るよう促された為、私は椅子に座った

教師「まあ分かっているとは思うけど今日貴女を呼んだのは昨日の件についてよ」

蒼「はい…」

教師「あの後、職員会議があって、その話し合いの結果と生徒に聴取を取ってあなたの処分を決めたわ」

蒼「そう…ですか」

先生の顔が険しい…これは停学は免れられないかなぁ…

教師「貴女の処分は…厳重注意よ」

蒼「…え?」

私は耳を疑った

あれだけの事をして厳重注意?いくらなんでも甘すぎないだろうか…まあ、こちらとしては軽い罰の方が嬉しいのだけれど…

教師「職員会議で貴女は滅多にそんな非行をするような子じゃないって先生達が言っていたし、生徒の聴取では、貴女が嫌がらせを受けていたって事を話してくれたわ」

蒼「あの、自分で言うのもなんですけど、そんな処分でいいんですか?」

教師「まあ、確かに甘々な罰だとは思っているわ。でも、相手がやっていたことも大概だったし、汚い話、学校側としてもあまり事態を大きくしたくないみたいだわ。だから、今回の件は暴力事件じゃなくて『同級生同士の喧嘩の末の事故』として処理させてもらったわ」

蒼「そうですか…ありがとうございます」

教師「でも、今後こういう事が無いように!分かったかしら?」

蒼「はい、気をつけます…」

なんか、いろんな意味でどっと疲れた…

 

教室

私が生徒指導室から帰ってくると、渡辺が登校してきていた

渡辺は私の顔を見るなり目を逸らし、私に嫌がらせをしていた頃とは別人のようになっていた

蒼「(って、気絶させられたんだから当然か)」

そんな風に自己完結して、自分の席まで戻った

その後、午後の授業の話し合いや休み時間に至るまで先生以外の周りの人が一切私に話しかけてこなかったのは言うまでもなかったが、その事については全くショックを受けていなかった

蒼「(やり返しただけで周りの人の認識は『暴力女』なんだろうなぁ…まあ、その程度で離れて行く位の関係なんだから、何も無かったとしてもそう遠くないうちに離れていくんだろうけど…)」

相変わらずの被害妄想っぷりだが、周りの反応から察するにあながち間違ってはいないだろう

一瞬、こんな時エメがいてくれれば慰めてくれるのでは?っと思ったが、ふと自分がまだエメ離れ出来ていない事に気が付き、自分に少し嫌気がさした

あの事件があってから私に対する嫌がらせはめっきり無くなり、同時に、私に話しかけてくれる同級生もいなくなってしまった

だが、私の中に後悔は無く、寧ろ吹っ切れて清々しい気持ちになっていた

 

数年後

私は今、看護師として働いている

毎日入院患者と来院患者の世話で目が回りそうだ

でも、看護をしていると患者が不意に「ありがとう」と私に感謝してくれる

何でもないそんな一言だが、小さい頃から親と碌な会話も交わせず、中学と高校で虐めを受けていた私にとっては、やりがいも意義も見出せている

しかし時々来院して来る、とある女子中学生の後ろ姿がエメと重なってしまい、時々見入ってしまう事があるのが最近の悩みである

話は変わるが、私は地元の地域団体に属しており、月一の頻度で県内の小中高校へ赴き、虐めに対する講義をしており、その過程で自分の事についても触れる事がある

そこで私は『虐められていた側』から言える気持ちや実体験を各学校の学生に説いているが今のところ受けが悪いようだ

しかし、私の様な人を今後出さないようにするには必要な運動だと自分を鼓舞し、私は看護師の仕事の傍らこちらの活動も頑張ろうと思う

虐めは人の感情を歪め、最悪の場合死に至らしめるという事を今の学生にわかって欲しい。

これを読んでくれている、あなたもなにか悩みがあるのなら、友達や家族、なんならネットの顔も知らない誰かにでもいい。愚痴をこぼしてでも話をしてほしい

それであなたの気持ちが軽くなってくれる事を心から願っている

 

The End




エメに頼りっきりだった蒼は復讐という形だというのは惜しい事だが、精神的に強くなり、吹っ切れたようだ
いづれ、蒼がエメの死を受け入れられる日が来ることを祈ろう
~~次元の壁~~
今回でこの作品は終幕となります。お付き合いくださりありがとうございました!
ちなみに、作中で起きたイジメの内容は私自身が中学時代に受けていた事100%(親は死んでません)で構成されています。イジメは人の心を歪め、良い事など被害者の精神力増強程度しか生みません。一刻も早くイジメで苦しむ人が減っていく事を願っています


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。