機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ 災抗 (今矢赤)
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第一話 敗れし悪魔

 はるか昔、人類はその傲慢さゆえに、己の生命さえも灰へと帰す兵器を造り出した。MA(モビルアーマー)と名付けられたその兵器は、創造主である人類を攻撃対象として選択し、破壊の限りを尽くすことになる。MAは自己修復機能を持つため、半永久的に動作することが可能であり、プログラムを与えた人間でさえも制御不能となったとき、それは悪魔と化した。このMAと人類との戦いが、後に厄祭戦と呼ばれる大規模な戦争となる。

 ガンダムフレーム、それは厄祭戦時に開発されたMS(モビルスーツ)の内部骨格の一つである。人体に似せて造られた構造と、阿頼耶識と呼ばれるシステムを融合することで、生身の人間を有機デバイスとして運用し、高い機動性と反応性を誇る兵士を生み出すことが可能となる。ガンダムフレームは対MA用として開発され、厄祭戦を終結させるほどの性能を持っていた。

 

◆◇◆◇◆

 

 ギャラルホルン日本支部、ルード・フェッサ三尉はMS整備場に備え付けられた端末の画面を睨んでいた。ディスプレイには整備長宛のメールが表示されている。送信元にはギャラルホルン本部のドメインが記されていた。

 

「ギャラルホルン火星支部、か。何年前の話ですか、それ」

「ちょうど50年前ね。ルード君も聞いたことぐらいはあるんじゃないの。マクギリス・ファリド事件」

「あぁ。そういえば士官学校で習ったような……」

 

 整備長のファリー・ウーリンは呆れたようにルードの肩を叩く。

 

「近代史よ。ギャラルホルンの兵士なら、ちゃんと理解しておきなさい。知識と教養を疎かにすれば、戦場で闘って死ぬだけの人生を送ることになるわ」

「わ、わかりましたよ……」

 

 ルードは意識的にファリーへの視線を逸らした。この男勝りの整備長は時に年齢に見合わないオーラを醸し出す。ルードの方が年下とはいえ、まだ三十代になっているかも判らない女性が整備長という重役を担っているのだから、当然といえば当然なのかもしれない。

 

「まさか、MAのことも知らないんじゃないでしょうね」

「馬鹿にしないで下さい。俺にもそれぐらいの知識はあります。MS乗りならその開発背景も知っていて当然ですよ」

「ごめんごめん、それは常識だったわね。……新米パイロットさん」

 

 ルードは思わず溜め息をついていた。日本支部に配属されてから二ヶ月ほど、毎日のように新米という形容詞を聞かされている。ルード自身、MSの操縦技術に関してはこの支部のどの人間にも引けをとらないと自負しているのだが、戦闘の少ない地域ゆえに実力を示す機会もなく、鬱屈とした毎日を過ごしていた。

 

「どうしたの?」

「いや……なんでもありません。で、話を戻しますけど、ギャラルホルン火星支部って一体なんなんです?」

「あぁ、そうそう。実は最近、アリアンロッドの動きが妙でね、本部にいる知り合いに探らせてみたら、どうやら奴ら、火星支部の再建を狙ってるらしいのよ」

「奴らって……月外縁軌道統合艦隊ですよね。あれ、確か火星支部の廃止を決めたのもアリアンロッドでしたよね」

 

 ファリーは少し驚いたように眉を上げた。

 

「なぁんだ、ポンコツだと思ったらわかってるじゃない」

「ポンコツって……そんなこと思ってたんですか」

「まあまあ、そう怒らずにね。……そう、そこが問題なのよ。火星支部を廃止したのはアリアンロッドが全盛期のとき。ところが今になって火星を奪還しようとしてるのもアリアンロッド。つまり体制が大きく変わったってこと。支部廃止当時の指令だったラスタル・エリオンはどこか保守的なところがあったけれど、今の人間は違う。きな臭いわよね」

「はぁ、それってつまり、どういう?」

「やっぱりポンコツ。火のないところに煙は立たないっていうでしょう。つまるところは戦争よ、火星とアリアンロッドのね。まだ確信を持って言える段階じゃないけど」

「戦争……」

 

 「厄祭戦」という言葉がルードの脳裡を掠める。そしてマクギリス・ファリド事件、それも端的にいってしまえば戦争だった筈だ。歴史は繰り返す、というお決まりの文句を浮かべながら、ルードは固く拳を握った。

 

「でも、なんでそれを俺に?」

 

 ルードがやっとのことで搾り出したセリフがそれだった。ファリーは口の端を上げ、キッと鋭くルードを睨んだ。

 

「今までの話は前座のようなものよ。本題はこれから見せるわ」

「見せるって?」

「まあ、付いてきなさい」

 

 ファリーはそう言うと端末画面の表示を消し、ルードに背を向けて歩き出した。

 実地演習の最中であるためにがらんどうの整備場を横断し、鋼鉄製の分厚い扉を開く。短い廊下をしばらく進むと、道が三つに別れた十字路に到達する。どこへ向かっているのかとルードが訝しがっていると、整備長は右に折れる道へと歩を進めていた。

 

「そっちはシェルターですよね」

「一般的にはね」

「一般的って……」

 

 ファリーが先を行く道は地下に設置されたシェルターへと続いており、緊急時以外は定期点検の際しか訪れることのない通路だった。ルード自身もこの支部へ配属になったその日にしか立ち入る機会がなく、シェルターの構造さえ曖昧だった。

 やがて通路の突き当たりに到達し、ファリーが整備場と同じくらい頑丈な扉を開けると、錆びた蝶番が立てる甲高い音と共に、カビ臭くヒンヤリとした空気が下方から這い上がってくる。顔をしかめながら、ルードは扉の向こうに目を向けた。通路が二メートルほど伸びた先に、真っ黒い穴を開けたように石造りの階段が降りている。階段に近寄ると、天井に一定間隔で設置されたライトが自動的に点灯した。

 

「このままシェルターに降りるんですか?」

「そうね……」

 

 曖昧な返事に頼りなさを感じながらも、ルードはファリーの背中を追って階段を降りていく。二分ほどかけて下ると階段は終わり、地下特有のジメジメとした広い空間に出た。

 すぐ右手の壁にある照明点灯のスイッチには目もくれず、何故かファリーは腰周りのポーチから懐中電灯を取り出した。ルードも気兼ねしてか、照明を点けようというとはせず、ファリーの行動を見守っている。

 

「えーと、この辺りかな。毎回ここで迷うのよね、まったく」

「なにが──」

 

 最後まで言い切らない内に、ルードは息を止めていた。

 この地下シェルターの壁や天井にはMSのフレームにも用いられている金属が利用され、至るところに補強材が張り巡らされている。ファリーが立っている前の壁にもその補強材が張り付けてあるように見えたのだが、今それがガタガタと音を立ててスライドし始めたのだ。鉄の棒がスライドした後には暗証番号を入力する小さなパネルが姿を現した。

 

「これ、こんなに厳重にする必要あると思う? バカみたいよね」

 

 そう言ってファリーは手早く十桁の番号を入力し、エンターキーに触れた。扉が開き、向こう側へ続く通路が現れる。

 

「ここも電気系統が地上と違うから、照明は手動で入れないとならないのよね」

 

 今度は通路へ入って左側の壁に点灯用パネルが設置されていた。ファリーが手をかざすと、一拍遅れて明かりが灯る。

 と、その時ファリーの携帯端末が電子音を発した。どうやら、この地下にも無線通信網は張り巡らされているらしい。

 

「はい、ファリー・ウーリン」

『話しておきたいことがある。支部長室へ来てくれないか』

「緊急でしょうか」

『できれば早急にお願いしたい』

「かしこまりました」

 

 通信が切れたのを確認して、ファリーは端末をポーチへとしまった。ルードに向き直ると、

 

「じゃあそういうことだから、私は一旦上に上がるけど、ルード君はどうする?」

「どうするって、俺は今どこに向かってるかさえ知らされてないんですけど」

「あ、そうだったっけ。まあここからは一本道だし、脳神経焼き切れてない限りたどり着けるよ。もしかしたら、先客がいるかも」

「先客? まあ、取り敢えず行ってみます。そこでファリーさんを待ってればいいんですよね?」

「うん。あぁそうそう、ルード君、MAのこと知ってるんだよね。だったら、それを破壊したMSの名前も……

 あ、支部長待たせると不味いからもう行くね」

 

 不気味な笑みを残してファリーは去っていった。その意味深なセリフの意味を考えながらルードはしばらく佇んでいたが、明かりが点いてもなお出口の見えない通路を片目に見て呟いた。

 

「さてと、行こう」

 

 通路はルードの予想以上に長く、途中何度か折れ曲がって三十分ほど歩くと、突き当たりに一枚板の扉らしきものが見えた。一メートルほど近づくと、扉は自動的にスライドした。暗号認証式でなくて良かったと胸を撫で下ろしたのも束の間、その部屋に足を踏み入れた途端に、ルードは息を呑んだ。

 そこは、正六角柱型の地下室だった。六角形をした床の平行な辺と辺の間は優に百メートルはある。照明が光っているのは床からおよそ二十メートルまでで、それ以上は暗く天井の高さも目算できない。

 地下に広がっているこの広大な空間もそうだが、ルードを最も惹き付けたのは、真正面に鎮座する人型をした鉄の塊である。それは跪くようにして膝をつき、視線を下に向けて項垂れているようにも見える。直立すれば二十メートルはあろうかという巨体に、ルードの視線は吸い寄せられた。黒鉄色のフレームとシリンダー、至るところに挿し込まれたケーブル、薄汚れ破壊された白い装甲、二基のリアクター、そして頭部のツインアイ……

 

「MS? これって……」

 

 装甲の大部分が剥がれ落ち、有機的なフォルムを露出させたその姿はまさしくガンダムフレームだった。ルードはファリー整備長の理知的な声色を思い起こす。──このMSは?

 その時、ファリーの声とは異なる、硬質の高音が反響した。

 

「バルバトス、それがこいつの名前だって」



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第二話 鉄と血の記憶

 

「バルバトス?」

 

 ルードは思わず訊き返していた。声の主も判らないが、このガンダムフレームは何故ここにあって、何故自分が連れてこられたのかという疑問がルードの頭の中を支配していた。

 すると、ガンダムフレームの後ろから小柄な人影が飛び出す。その女性はしなやかな手付きで、脚部のフレームの感触を確かめるように右腕を伸ばし、コックピットの辺りに視線を上げながら、

 

「白い悪魔、ですって。あたしもよく知らないんだけど」

 

 その声の硬質な響きには、どこか人を拒絶しているような印象があった。ルードと同じく二十代前半に見える容姿だが、その口調と女性にしては短めの赤毛が、年齢に見合わない余裕を感じさせる。

 ルードは再び、そのガンダムを見上げていた。

 

「ガンダムフレーム、三百年以上前の機体が、なぜこんな辺境の支部に?」

「あたしよりもこのガンダムのほうが気になるわけ? あんたとあたし、一応初対面なんだけど。……ま、いっか」

 

 女性はガンダムから離れ、幾つか無造作に置かれているコンテナのうち、手頃なものを選んで腰掛けた。細められた瞳が、ルードの眉間を射るように見詰める。

 

「……あ、いや、ごめん。俺、なにも聞かされてなくて、こんなものが地下にあるなんて知らなかったから」

「ふぅん。まぁ、仕方ないっか。あたしも最初見たときは驚いたし。こんな骨董品、修理してどうするんだか」

「修理してるって、これに誰かが乗るのか?」

「詳しいことはあたしも知らない。でも見た感じ、操縦は阿頼耶識用に最適化されてるっぽいし、乗れるパイロットを探すのは難しいかもね」

「阿頼耶識、か」

 

 ルードは沈黙した。

 厄祭戦時には七十二機のガンダムフレームが製造されたという。搭乗者は脊髄に阿頼耶識システムの手術を施し、自らの神経と機械とを直接結合した。それにより、当時のほとんどのMSは、既存のインターフェースの限界を超えた反応性を持っていたようだ。

 現在、阿頼耶識システムは忌むべき存在として認知されている。しかし、それは月外縁軌道統合艦隊、通称アリアンロッドの干渉範囲内での話である。ヒューマンデブリが廃止されたとはいえ、火星や木星といった圏外圏では今なお阿頼耶識の施術が闇で行われている。そのような低い技術しか持たない地域では、身体が未成熟である子供にしか手術を施すことができない。少年兵がボロ雑巾のように搾取される時代は、いまだに続いている。

 

「あたしはレイナ・ジェリー三尉よ。あなたは?」

「え? ……ああ、俺はルード・フェッサ三尉」

「ふぅん。階級は同じってわけ」

 

 レイナは身を乗りだして、ルードをまじまじと見詰めた。

 

「あたし、ここには今日配属になったの。元からここにいるあんたでも知らないのね、このMSのこと」

 

 レイナの視線に窮屈なものを感じながら、ルードは答える。

 

「俺も最近来たんだよ。それに、ここでは知ってる人間の方が少ないだろ」

「なぜ?」

「阿頼耶識積んでるんだろ、これ。ギャラルホルンとしての体面上、おおっぴらにできる筈はないよ。例え内部でもね」

「でも、この支部では新米の私達には知らされてる。この意味わかる?」

「さぁ、さっぱり」

 

 ルードはまたガンダムを見上げた。四百年近くの時を生きてきたMSは、全てを知っているかのようにルードを見下ろしていた。

 

「私達の実力が認められてるってことよ」

「ずいぶんと自信過剰なんだな」

 

 レイナは頬を膨らませる。

 

「あなたこそ、自分が信じられないのね」

 

 レイナを横目で見ながら、ルードは微笑した。

 

「俺は君と喧嘩するつもりはないよ。だが、チャンスではあるな」

「チャンス?」

「もちろん、実力を示すための、ってこと」

「ふん、分かってんじゃない」

「まだ分からないさ、俺たちが何をすればいいのか。このガンダムフレーム、どうせワケありなんだろ」

 

 ガンダムフレームは辛うじて装甲が残っているといった状態だが、その両腕だけは完全にフレームが剥き出しになっていた。不自然に長い腕は、よく見ると他箇所のフレームよりも光沢が強く、新品のような輝きを放っている。

 

「ASW-G-08、ガンダムフレームタイプ、バルバトス。こいつがMAと戦ってたのよね。……想像つかないわ」

「MAも実際に見たことないしな。それに、大昔のことだろ」

 

 ルード達の背後から、きっぱりとした声が響いてきた。

 

「五十年前よ」

 

 ルードは飛び上がった。レイナも驚いた様子こそ見せなかったが、コンテナから降り立ち、振り返った。

 くたびれた灰色のつなぎを着て、スライドドア横の壁に凭れかかるように、整備長のファリー・ウーリンが立っていた。

 

「ああ、ファリーさんね。驚かせないでよ」

「ごめんなさい、ちょっと認識が間違っていたみたいだからつい」

 

 なぜか、ファリーは先ほどよりも低い声で言った。

 

「間違ってる?」

 

 ルードが訊くと、ファリーは少しの沈黙を挟んで口を開いた。

 

「このMS、バルバトスが最後にMAと戦ったのは厄祭戦時じゃない。五十年前なの」

「五十年前、MAって……まさか、火星の?」

「そう、MAハシュマル。ハーフメタル資源の採掘場に埋もれてた殺戮マシーンの事件よ」

 

 レイナは首を捻った。

 

「でも、あれってギャラルホルンが解決したんでしょ? ガンダムフレームが絡んでたなんて話、あたしは聞いたことないよ」

「権力者は自分に都合の良いように事実を歪曲する。いつの時代もそうなのよね。そして、いつしか嘘が現実にあったこととして語り継がれる。これも一つの例ね」

 

 ありそうなことだ、とルードは頭の中で呟いた。現在でこそ民主制を高らかに主張しているギャラルホルンだが、五十年前までは、セブンスターズと呼ばれていた七名の代表者達が、実質的に組織を支配していたと聞く。その七人も厄祭戦の終結時から世襲制で決まっていたので、民衆の意思などあったものではない。

 

「プルーマと呼ばれてるMAの附属品は別として、MA本体はこのバルバトス一機が破壊したっていう記録が残っているわ」

「たった一機で!? 戦争を産み出した化け物をですか?」

 

 レイナが驚くのも無理はない。MAはそれほど強大な存在として記録されているのだ。しかし、ギャラルホルンの創始者、アグニカ・カイエルの伝説に伴って、その英雄譚を引き立てるMAの脅威も、些か誇張されている可能性は十分にあるが。

 

「この機体が優れていたのか、当時のパイロットが人間離れしていたのか。それを知っている人間が生きてる可能性はあるけど、聞いたところで何も変わらないでしょう」

「へぇ、それじゃあギャラルホルンがこんな地下に隠してるわけだ。評価してるんですね、このMSを」

 

 ルードが言うと、ファリーは悪戯っぽく質問した。

 

「ルード君はどう思う? このMSのこと」

「……なんていうか、悪魔みたいですね。腕も長くて人型っぽくないですし。それに、後ろについてるのは尻尾ですか?」

 

 ガンダムフレームの背後から伸びる、一際太いケーブルの先には、矢じりのように鋭い武装が取り付けられていた。その先端部は現在、吊り下げられるようにして中空に固定されている。

 

「テイルブレードね。もともとはハシュマルの武装だったみたい。MAを取り込んで進化するガンダム、夢があると思わない?」

「それは、進化っていうんですかね。俺には人間を捨てただけに見えますけど」

 

 レイナが隣から口を挟む。

 

「あたしは好きよ。見た目がどんなにエグかったって、結局は性能でしょ? あたしに動かせそうにないのはちょっと残念だけど」

「そもそも、動くのかこれ」

「動かせるはずよ。私が整備したんですもの。フレーム部分はほぼ完璧に五十年前の状態を再現してる。腕はちょっと短くしたけどね」

「短く? これで?」

 

 ルードは目を見開いた。既存のMSと比べても一際目を引く長い前腕に、獣を思わせる爪が巨大なシルエットを形作っている。

 

「ええ、昔はもっと獣に近い形だったみたい。バルバトスルプスレクス、五十年前にこれをオーバーホールしたテイワズの技師が付けた名よ」

「ルプスレクス?」

「狼の王、大仰な名前よねぇ。でも、それに見合うだけの働きはしたそうよ。歴史の波に埋もれても、今確かにここに存在して、戦いの記憶をデータとして残している。もっとも、破損が激しくて回収できたデータは微量なんだけどね」

 

 整備長はそこで言葉を止めて、バルバトスの膝関節フレームに触れた。脚部には、ナノラミネート塗装が施された装甲が比較的多く残っている。しかし、元の形を完璧に残しているパーツは皆無だった。

 

「ああ、そうそう。つい熱が入っちゃって話が逸れたけど、ここにあなた達を呼んだ理由について話さくちゃならないのよね」

 

 ファリーはルード達を振り返った。切れ長の目がルードを見透かすように光り、ルードは少し萎縮する。一方でレイナは期待に満ちた様子で整備長の言動を伺っていた。

 ファリーが言葉を続ける。

 

「月外縁軌道統合艦隊、アリアンロッド指令、ネルド・ガードスからの命令よ。アリアンロッド旗艦までガンダムフレームタイプ、バルバトスを輸送せよ。あなた達には、その警護を担当してもらうわ」

 



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第三話 試験機体

「こいつをアリアンロッドへ、ですか」

「ということは、あたしたちに宇宙へ行けって?」

「そういうこと。だから、あなた達にバルバトスを見せたの。ことの重大さを認識してもらうためにね。……でも」

 

 ファリーは溜め息をついた。横に垂れた金髪が揺れる。

 

「私も全部把握してるわけじゃないから、はっきりとは言えないけど、この任務、相当厄介になるかもね」

「それって、さっき支部長から呼び出された件ですか」

「そう。アリアンロッドの奴ら、相当急いでるみたいね。バルバトスの輸送を早めるように、日本支部へ圧力をかけてきたわ」

「圧力? それに急ぐ理由ってなんですか?」

「わからないわ。ただ、ガンダムフレームを必要としてるってことは、戦力を求めてるってこと。とびっきり強力な兵器をね」

 

 ルードは考える。アリアンロッドがバルバトスを求める理由。阿頼耶識システムを搭載した曰く付きの機体は、大昔に製造されたとはいえ、現代でも通用する性能を持っている。

 しかし、バルバトスを運用するとしても、阿頼耶識の施術を受けたパイロットが必要なはずだ。ファリーがカスタムしたこの機体は、阿頼耶識を想定したコックピットを載せている。恐らくそれもアリアンロッドの意向だろう。だとすれば、アリアンロッドは阿頼耶識パイロットを飼っているのか。

 

「期限は一ヶ月よ。それまでにあなた達には、任務内容の熟知と、宇宙戦用の訓練を受けて貰うわ」

 

 ファリーが言うと、レイナが手を挙げた。

 

「ちょっと待って下さい。概要は理解しましたが、あたしたちを直接指揮する人は誰です?」

「この任務の責任者は私よ。つまり私があなた達直属の上司ってわけ」

「えぇ? 整備長が?」

「これでも私、本部で働いてたことがあってね。でも今は色々あって降格。こんなところでMS弄ってるけど、一応アリアンロッドにだってコネはあるんだからね」

「はぁ」

 

 バルバトスのオーバーホールを任されていることからも、整備の腕は信頼できる。だが指揮統制となると、僅かな不安がルードの頭をよぎった。ファリーの経歴が気になったが、ルードは敢えて訊ねることはしなかった。

 

「あと、この任務は少数精鋭、日本支部のMSパイロットはあなた達ふたりだけだから」

 

 ルードは驚いて跳び上がりそうになった。

 

「そんなんで大丈夫なんですか。これ、重要なMSなんですよね。万が一、何かあったら……」

「だからこそよ。これ見よがしに武装して辺境支部から戦闘艦なんて出してみなさい、目立って仕方がないでしょう。事は隠密に進めなければいけないの。それに、アリアンロッドから腕利きが派遣されてくるって話よ。合流すれば、それなりの戦力になるでしょう」

「あたしはそれで構わないけど、その腕利きって、MS乗りですか?」

「ええ、何でも今はアリアンロッドへは出向中、若くして特務三佐らしいわ」

「監査局のエリートですか。確かに、実力はありそうね」

 

 監査局は、ギャラルホルンの中で最も厳格な部署である。内部監査という業務の為、入局するには、最低限のキャリアを積み、ギャラルホルン内での信頼を獲得する必要があった。その過程を飛ばすということは、相当な切れ者のようだ。

 

「いやな感じはしますけどね、俺みたいな一般兵にとっては」

「ルード君、この任務に選ばれたんだから、少しは自信を持ちなさいよ」

「俺はファリーさんみたいに、そう楽観視できないタイプなんで」

「監査官が同行してくれるのよ。これ以上安心できることはないわ」

「それが胡散臭いんでしょう。アリアンロッドがこのMSを使って何か企んでるんだったら、監査局が黙って見逃すどころか、その輸送を手伝うなんてことがありますか? まったく。思考回路が理解できませんよ」

 

 アリアンロッドが戦争を仕掛けようとしているのなら、必ず監査局の情報網に引っ掛かるはずである。ましてや、エリート特務三佐が出向中の現在、大胆な行動はとれないだろう。

 

「ルード君の言いたいことは分かる。けど、私達にできるのは上の指示に従うことだけよ。考えるなとは言わない、最低限の仕事は果たしてもらうわ」

「わかってますよ。だけど、なんで俺なんですか? 他にもっと能力がある人間がいるでしょう」

「あなたもレイナちゃんも、パイロットとしての技量が買われているのよ。本当はもっと適性を診てからった話だったけど、そうも言ってられない状況になってるのも事実。それでも私は、選ばれた理由は本人が一番自覚していると思ってたけど?」

 

 そしてファリーは、独特な眼光でルードを見た。反射的にルードは目を逸らす。

 

「……とにかく、俺はやりますよ。それで、これから何をすればいいんですか」

「そうね……じゃあ、あなた達、今からシミュレーターで模擬戦してみてくれる? まずはお手並み拝見ということで。あっちにグレイズがあるから、それを使ってね」

 

 ファリーの指差す方向には、二機のグレイズが鎮座していた。暗がりにあるためルード達は気付いていなかったが、この空間にはバルバトスを含め三機のMSが格納されているのだった。

 

「へぇー、こんなのもあったんだ」

 

 レイナはいち早く、向かって左側のグレイズに駆け寄る。全身が灰色で塗装されたその一機は、通常のグレイズとは異なり、膝間接の上方と肩、背面にバーニアが増設されている。さらに脚部にはスラスターが取り付けられ、高機動型であることが一目で見てとれた。

 

「シュバルベグレイズね。譲り受けた試作機を少し改造したの。リアのバーニアを外して、ちょっとした武器を仕込んであるわ。その分出力は落ちるけど、もともと過剰気味だから丁度良いんじゃない。もちろんパイロット次第ではあるけれどね」

「シュバルベ……あたしこれに乗ってもいい?」

 

 言いつつ、レイナは既にコックピットから降りたワイヤーを掴んでいた。

 

「俺に選択権は無しですか」

 

 もう一方の機体は、カラーリングこそ同じ灰色だが、

通常のグレイズだった。ルードはそちらに歩み寄る。

 

「量産機でその上位機体と戦えって言うんですか」

「シュバルベはピーキーなMSよ。一昔前のMSだけど、ノーマルグレイズの方がルード君は扱いやすいんじゃない?」

 

 少し遠くから、レイナが声を張る。

 

「あたし、シュバルベなんて乗ったことないよ。ハンデとしては丁度良いかもね」

「ハンデって……ファリーさん、シミュレーターは宇宙戦の想定ですよね。バックパックは宇宙用に換装できますか?」

「もちろん、グレイズの汎用性はルード君も知っての通り、シミュレーター用のデータも豊富よ。何なら、好きなだけ武装を選んでも良いけど……ダインスレイヴとか」

 

 ルードは息を呑んだ。遠くでレイナも緊張しているのが感じられる。

 

「そ、そんな物騒なデータも積んでるんですか。……第一、あれは一対一で使うような兵器じゃないでしょう」

「データが入ってるってことは、製造してるのよね。条約違反になりませんか?」

 

 ファリーは曖昧に頷いた。

 

「グレーゾーンね。だけど、一度手にした力は、捨てがたいもの。特に社会組織の上層にいる人間にとってはね。そんなことを考えたくなかったから、私は今のここにいるんだけど……まあいいわ。さあ、あなた達、さっさとコックピットに乗りなさい。私はモニターで見てるから」

 

 ファリーは、二機のグレイズの中間に設置されたモニターに歩み寄る。ファリーが端末を操作すると、複数のディスプレイに、二機の情報とメイン、サブカメラの画像が映し出される。カメラの映像には、銀色に光る月と、巨大な青い地球が投影されていた。

 ちらりとそれを眺めたあと、ルードは薄灰色のグレイズのコックピットに乗り込んだ。ハッチが閉じ、コックピット内部が一瞬、暗転する。三面に張られたモニターが作動すると、まるで瞬間移動したかのように、ルードの周りの世界が一変した。先ほどまでファリーが見ていたディスプレイの中の宇宙が、目の前に現れる。

 

「フィールド設定は宇宙、大気圏が近いな。重力を意識しないと地球に引っ張られておしまい、か」

 

 すると、電子音が鳴り、QCCS形式で通信が入った。右側のモニターにファリーを映し出したウィンドウが現れた。

 

『レイナちゃん、ルード君、聴こえる? 回線は繋ぎっぱなしにしておくわ。武装選んだら、あとは好きなタイミングで始めてね』

「了解」

『わかりました』

 

 ルードは手っ取り早く無難な武装を選択すると、レイナのシュバルベグレイズへ通信を入れた。

 

「レイナ、準備はいいか?」

『もちろん、いつでも』

 

 レイナの落ち着き払った声が、回線を通じて聴こえる。ルードは、扱い慣れた型式の操縦桿を強く握った。

 

「よし。それじゃあ、ルード・フェッサ、グレイズ出る!」

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 月外縁軌道統合艦隊、通称アリアンロッドの旗艦、ラーズスヴィズの司令室では、二人の人間が向き合っていた。落ち着きがなく、明らかに慣れていない様子で肘掛け椅子に腰掛けているのが、副司令のプランコ・メイナーである。

 

「な、なにも君が、たかがMS一機の輸送に同行しなくとも、ミギルド君……」

 

 ミギルド・バクラザンは、執務机の副司令を見下ろし気味にして直立していた。生まれ持ったものなのか、どこか余裕を感じさせる顔立ちであるが、その表情は固い。

 

「任務を穏便かつ円滑に進める為ですよ。何せガンダムフレームが関わっている。一時代を築いたMSの存在は、それだけで貴重なものでしょう。それとも、私以外に適任がいるとでも?」

 

 副司令は、ミギルドの発言に気圧されたかのように腰を浮かせ、椅子に座り直した。

 

「いや、そういうわけではないが……」

「でしたら、何も問題は無いでしょう」

 

 プランコはなおも居心地が悪そうだったが、やがて思い出したように言った。

 

「司令が火星へ出ている今、厄介ごとを引き寄せてはならない。君の能力を司令も評価していることは重々承知だが。しかし、念を押しておく。失態は許されんぞ」

「私もわかっていますよ。どんな仕事であろうと、手を抜くことは、私の主義にも反するのでね」

「ふむ……」

 

 僅かな沈黙が流れ、再びミギルドが口を開いた。

 

「そういえば、開発局に眠っていた骨董品、ここの格納庫に収容されているようですね。実戦に投入することは可能でしょうか」

「ああ、数ヶ月前に送られてきた機体か。マイナーチェンジは繰り返しているが、かなりピーキーな機体だと聞いている。……まあ、君なら扱えるだろうが、乗るつもりなら適正検査を受けるといい」

「ありがとうございます」

 

 司令室を後にして格納庫に移動したミギルドは、濃緑色にナノラミネート加工されたその機体を見上げていた。尖鋭的なフォルムは、原型となったレギンレイズとはかけ離れていたが、装甲の間隙から覗くフレームは量産機のそれだった。

 

「五十年前の試験機体。それでもガンダムフレームほどの年季物ではないか」

 

 僅かに目を細め、ミギルドは微笑した。

 

「レギンレイズジュリア、良い名だな」

 



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