ルイズと動く図書館 (アウトウォーズ)
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動き始めた魔女

この作品こそは完結させたいと思います。どうぞよろしくお願いします。


 

「動いた事が無い?!貴女は何を言ってるの?!恥を知りなさいよ、恥を!!」

 

トリステイン魔法学院の一画に、凡そ魔法とは結びつかないセリフが響き渡った。

ピンクブランドの綺麗な髪を波打たせている、一人の女子生徒の仕業である。彼女はその名を、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールと言った。

 

「いい?!力を持つ者は須らく、義務を負うの!自分だけ良ければなんて生き方は、許されないのよ!」

 

彼女の声は、気高さに満ちていた。人として大切な事を説く者としての威厳に、満ち満ちていた。

しかし…その気迫には僅かな揺らぎが生じていた。

 

「…バ、バッカじゃないの?!何が独立国よ、内政干渉よ?!アンタはただの、一人ぼっちな怠け者じゃない!!そんな所に閉じこもってるから、オカシなこと言い始めちゃうのよ!サッサと出てきなさい!」

 

彼女は現在、自らが出現させた召喚ゲートをゲシゲシと蹴りつけていた。その口ぶりこそ、引き篭もり娘に手を焼くオカンであるが…扉を容赦なく足蹴にする剣幕は、債権回収の尖兵に他ならない。金融大臣でも目指しているのだろうか。

…金融違いだが。クルデンホルフ大公国にでも行けば、大成するだろう。

 

しかし元より小さくて体力の無い少女である為か、早々に疲れてしまった様だ。彼女は半歩引き下がると、一旦声のトーンを落とした。

 

「…あのね。そもそもこの魔法はね、召喚魔法なの。呼び寄せ専門なの!だから私がそっちへは、行きたくても行ってあげられないの!」

 

ところでこの少女は一体さっきから、誰を相手に喚き散らしているのだろうか?

同級生の誰もがそう思いつつも、彼女の迫真の一人芝居に圧倒されていた。最早、ぐうの音も出ないのである。

 

彼らの目の前には、空想上の相手と見事な会話を繰り広げる女優がいた。

舞台設定としては、「物臭(ものぐさ)な使い魔が召喚に応じてくれず、困っている」といったところか。常識的に考えてそんな事はあり得ないのだが、だからこそ想像力を掻き立てる名演だった。

 

そして。

次の瞬間には、どこの誰とも知れぬ者までが、合いの手を入れ始めた。

何と、召喚用のゲートがもう一つ現れたのである。

 

「ちょっと、何のマネよコレは!……何ですって?!」

 

彼女はこの突然の事態にも、見事なアドリブを見せた。

何かしらに耳を傾け……やがて烈火の如く怒り始めたのである。

 

「ダメよ?!絶対ダメ!貴女がコッチに来るの!私を召喚しちゃダメなの!……どうしてってそりゃ……そういう決まりごとなの!召喚は、先に仕掛けた方の勝ちなの!後出しはズルなの!」

 

しかし彼女の演技力をもってしても、ちょっと苦しい事は隠せない。召喚が早い者勝ちなど、一体誰が決めたというのか。一人二役で満足しておけば良いものを、欲をかきすぎている。

 

それでも尚、有無を言わさず観客の目を惹きつけるのは、彼女の生来の魅力あっての事だろう。元より見目麗しい令嬢が、小さな身体を目一杯使って演技の続投を図っているのである。応援したくもなるのが、人情というものである。

 

しかし、手に汗握る聴衆達の前でとうとう、ルイズ劇場へ検閲の手が入った。

 

「ミス・ヴァリエール。貴女の演技力はわかりましたから…勿体ぶらずに使い魔を召喚して下さい。」

 

ジャン・コルベールという名の教師が、とうとう見兼ねたのである。残念ながらここは俳優学校ではなく、魔法学院なのである。課外活動は放課後にやって欲しいという事だろう。

 

 

しかし…彼女は一切、演技などしていなかった。

彼女は、自身にしか聞こえて来ない声の主を、必死になって説得していたのである。

余りにも未知な現象である為に、傍目には一人芝居にしか見えなかったというだけであった。

 

 

 

 

 

 

この少女のフルネームは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと言った。

紛う事無き、公爵家の令嬢である。

 

彼女にとって、今日は厄日だった。

 

全ては、サモン・サーヴァントの呪文を唱えた所から始まった。何しろ、全く成功しなかったのである。何度も何度も諦めずに挑戦するのだが、召喚したい使い魔はおろか、いつもの様に爆発する気配すら無かった。

 

とうとうゼロですらない、完全な無能者になってしまったのか、と真っ青になった時の事である。彼女の耳に、気怠げな声が届いた。

 

『便利ね、この魔法。』

 

突然のことに泡を喰ったルイズが落ち着く間も無く、その声はボソボソと続いた。

 

『設定した条件を、全自動で検索してくれるとは破格よね。術式に改良を加えれば、非生物を召喚することも可能でしょう?そうなったら、本が取り寄せ放題じゃない。』

 

こうまで言われてようやく、ルイズにも相手が何の話をしているのか分かった。特定の相手を見つけて、こちらへ取り寄せる。ルイズが今しがたやろうとしていた、サモン・サーヴァントの事である。

…後半のくだりは、何を言っているのか意味不明だったが。

 

サモン・サーヴァントのことをルイズに尋ねて来るという事は、この声の正体は呼び出そうとした使い魔と見て差し支えないだろう。しかし、召喚のゲートを潜る前に此方へ呼び掛けて来るなんて、前代未聞である。一体何をどうしたらそんな事が出来るのかは謎だが、そこも含めてこの使い魔の能力の高さを示しているではないか?

 

この事態をその様に分析したルイズは、喜び勇んで口を開いた。

 

「初めましてね。私はルイズ・フランソワーズ・ル…」

 

『ブラン・ド・ラ・ヴァリエールでしょ。それはもう、聞いたわ。自分の名前を呪文に入れ込む魔法なんて、珍しいわよね。』

 

何て礼儀知らずなヤツ!

自己紹介を中断されたルイズは、思わずムッとなった。

初会話がこのザマとは、これから先が思いやられる。ここは一つ、貴族として…いや、人としてだ!礼節を説かねばならぬだろう。

 

ルイズは大きく息を吸って、怒りを抑えた。

 

「知ってるから良いってもんじゃないでしょう?相手が自己紹介する間は、言いたいことがあっても黙って聞くの。ソレが礼儀というものじゃない。そして、名乗られたら名乗り返す。これが常識よ。…私がもう済ませたと思うなら、次は貴女が自己紹介する番よ。」

 

『何を下らないことを。自分自身を定義するなんて、客観性に欠けるわ。』

 

くっそ、あー言えばこー言うタイプか。ガキめ!三歳児かお前は!

普段の素行を忘れ、ルイズはムカッ腹を立てた。

 

「あのね!私は哲学的なこと聞いてるんじゃないの!貴女の名前を教えてくれればいいの!」

 

『名前?…待ってて、今考えるから。』

 

「ちょっとやめて?!何で偽名を作ろうとしているの?!本名よ、本名!貴女のお父さんとお母さんがつけてくれた、大切な名前があるでしょう?そっちを教えてよ!」

 

『?残念だけど、そういうのは持ち合わせていないのよ。』

 

ルイズはウッ、と狼狽えた。

両親は持ちものじゃない、もっと大切なものだ。それを知らず、ましてや自分の名前すら持たぬとは、相当にディープで厄介な時間を過ごして来たのだろう。

少し優しくしてあげよう、と彼女は大らかな気持ちになれた。

 

「分かったわ。貴女の出自は、後でゆっくり聞かせて頂戴。ところでこの会話は、一体どうやっているの?普通は、コントラクト・サーヴァントをしないと感覚を共有出来ない筈なんだけど…」

 

『貴女と私は、魔力の相性が良い。これは、そういう相手を見つける魔法なんでしょう?似通った魔力を共鳴させれば、元より会話くらいは可能でしょうに。わざわざ別の魔法を使う必要性は、どこにも無いわ。…まぁ所謂、鶏と卵ね。』

 

ルイズは愕然とした。

これまで散々、悪口やら嫌味やらに晒されてきた彼女だからこそ、この相手に一切の害意や増長が無いことが分かったのである。そしてこんな、聞いた事もない魔法技術を平然と口にするとは…。

 

一体この女は、どれ程凄腕のメイジなのか。種族を問わず、こんな事が出来てしまうのは相当な高位者の証明に他ならない。

 

「ねぇ…貴女、魔法が使えるのよね。どのくらい凄い事が出来るの?」

 

『私が魔法を使えなかったら、生きてはいないでしょうね。それに…貴女に凄いと言われるのは、複雑な気分よ。してやられたばかりだしね。あの発想は無かったわ。』

 

ルイズは嫌な予感がしてならなかった。これまで彼女は、手放しは勿論のこと皮肉ですら魔法の腕を褒められた事は無い。

だからどうしても、身構えてしまうのである。

 

おまけにこのメイジは…常識知らずだ。これまでの会話からして、明らかに世間に疎い事が分かる。

奇想天外な勘違いをしている臭いが、プンプンするのである。

 

「…どういう事?」

 

『今更隠すことないじゃない。私に誘導爆撃を仕掛けて来たのは、貴女の仕業でしょう?召喚魔法と見せかけて暴発させるとは、一本取られたわ。貴女の発想の勝利よ。』

 

ルイズは完全に、泡を食った。

なんてこった!どうりでこちら側でウンともスンとも言わなかった訳だ。召喚する相手がいる側で、盛大に爆発していたのか!

 

魔力の相性の良い相手を探し当てて、召喚の扉を爆破。成る程確かに、凶悪な誘導兵器と化すことだろう。

これはもう、言い訳のしようもなかった。一方的にこちらが悪い。

 

更に言うならば、人生初の賞賛がこんなにも嬉しくないものとは思わなかった。皮肉じゃないことが伝わって来るため、尚のこと心が痛む。

 

「ご、ごめんなさい!怪我とかしなかった!?大丈夫?!」

 

『ええ、その事はもう気にしないで。知らない魔法を教えてくれたことには感謝こそすれ、何も言うつもりは無いわ。』

 

ルイズは余りにも素っ気ないこの言葉に、思わず血の気がひいた。

これは断じて、軽々しく流して良い問題では無い筈だった。実質無害とはいえ、それは偶々この相手が凄腕のメイジだったからの話である。ああそうですか、で済ませていい訳が無い。

 

いや…そもそも、だ。いきなり発破をかけられて、こうも淡々としていられるものだろうか?魔法技術の高さ以上に相手の考えが読めず、ルイズは身構えてしまった。

 

「気にしないで、じゃあないでしょう?駄目よ。私は貴族だから、情けを掛ける側なの。掛けられたとあっては、祖霊が泣くわよ。」

 

『そうね…。だったらこの、召喚魔法の完成形を見せてくれないかしら。』

 

ルイズは肩を落とした。

せっかくの機会を貰いながら、彼女には応えられそうにない話だったからだ。元よりそれが原因で、一方的な迷惑を掛けてしまったのである。相手が気にしていないとはいえ、軽々しく同じ振る舞いが出来る筈がない。

 

「ごめんなさい…私、どんな魔法でもすぐに爆発しちゃうから…」

 

『それなら心配要らないわよ。私が暴発を抑えるから。』

 

「…え?」

 

『この会話の応用よ。貴女と私の魔力は、極めて波長が近い。だから、貴女の制御が行き渡らない分は、私が抑えましょう。何も難しい事は無いわ。』

 

「そんな事…」

 

『信じられないなら、やらなくてもいいわ。現状でも研究は可能だから。これ以上を見せてくれと言ったのは、貴女の厚意に甘えただけよ。』

 

ルイズは背筋がゾクリとした。他意も何も無い。このメイジは、本当に知っているのだ。ルイズを散々悩ませて来た爆発が、こうすれば起きなくなると。

 

世界の広さを、垣間見た気分であった。

恐らく聖地の前に立ち塞がるエルフも、こんな感じなのではないか。いや…彼等はまだ、戦いの記録がある分だけ、この相手よりはマシなのだろう。コイツは、得体の知れなさではそれ以上の化物だ。

 

そして同時に今、初めて、このコントラクト・サーヴァントという魔法の素晴らしさに気づくことが出来た。

これまでは、どれだけ素晴らしい幻獣を呼び出す事が出来るのかと、その事ばかりに目を奪われていた。しかしそんなのは、この魔法の価値を理解していない証拠だった。

 

この魔法の真の凄さは、そんな表面的な所には無い。

たった一人…いや一匹かもしれないが、自分に寄り添ってくれる存在がいてくれるだけで、こんなにも心が温かくなるのだ。

この魔法の真骨頂は、そうした存在との邂逅にこそある。

 

クソッタレ!

そうと知れた以上、小さく纏まってたまるもんか!

やってやる、やってやるぞ!

 

ルイズはこの瞬間、本当にその事だけを考えていた。

それ故に彼女は染み付いた先入観を捨て、この上なく真っさらな気持ちで呪文を詠唱する事が出来た。それは、全ての魔法の根幹を成すイメージの構築に、この上ない貢献を果たす事になった。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!五つの力を司るペンタゴン!我が運命に従いし、使い魔を召喚せよ!」

 

この時ルイズの瞳には、涙が溢れそうになっていた。

聡い彼女には、分かってしまったのである。この相手がこの瞬間に魔法を補助してくれるなど、あり得ない事だったと。コイツはそんな、気の利いた存在ではない。そんな事をする暇があるならば、魔法の観察に時間を費やす。

 

だから始めから…恐らく最初の会話が成り立った時点で、補助は終わっていたのである。

それまでルイズから一方通行だった魔力の流れが、あの時から双方を行き来するようになったのだから。

 

だから、ホラ。

今はこんなにも。

魔力がよく通る。

 

ルイズには分かった。

…コレだ。コレが、魔法なんだ。

 

一方的な命令なんて、おこがましい。

魔法をかけるものと、かけられるもの。

双方の合意で成立する奇跡が、これ程までに心を震わせてくれるとは。

 

『…コロンブスの卵ね。まさか本当に、今の一言だけで成功させるとは。』

 

こうしてルイズの前には、夢にまで描いた召喚のゲートが出現したのである。

それはこれまで見てきた同級生達の、誰のものよりも洗練された、素晴らしい出来だった。

 

「うあ…」

 

この瞬間、ルイズは堪らずに、涙を流していた。無駄ではなかったのだ、と分かったのである。

恐らくこれまでの魔法の練習…そのどれもが爆発と消えたものであったが、そのうちのどれ一つを欠いていても、今の成功には至らなかったであろう。

恐らくこの相手の元へ辿り着く前に、途切れてしまっていたに違いない。

この相手とは、それ程迄に途轍もない距離を隔てていた事が分かったのである。

 

そして、それが今。

こうして繋がった。

 

こうして念願の魔法を叶えた以上、ルイズの言うべき言葉は一つだけだった。

 

「ようこそ、ハルケギニアへ。」

 

 

 

 

 

 

だが、ルイズのこの感動は、長続きしなかった。

 

『何を勘違いしているのか知らないけど……私はそっちへ行く気は無いわよ。』

 

「…えっ?」

 

『必要な知識を得た以上、もう用は無いもの。今の感覚で、別な物件と繋がりを作ることをお勧めするわ。それじゃあ、さようなら。』

 

「いやいや…ちょっと待ちなさいって。」

 

ルイズはこれ以上ない肩透かしをくらい、フツフツと湧き上がる怒りを感じた。

当然である。普通ここは、空気を読んで初対面となる流れだ。何でこうまで、常識がないのだろうか、この魔法バカは。

 

「少しは私の気持ちも考えなさいよ?それにアンタね、貴族にこれだけの恩を着せておいて、御礼一つさせないつもり?見くびんじゃないわよ!これからアンタには、嬉しさの悲鳴を上げさせてやるんだから!大人しくコッチに来なさい!」

 

『嫌よ。私が貴女にコンタクトをとったのも、全てはこの場から一歩も動かずに本を集めるためよ。その手段の確立に目処が立った以上、貴女との会話に意味は無くなったわ。』

 

ああ、そう言えばそんな事も言ってたわね…。

清らかになっていたルイズの心は、このとき一転して噴火口と化した。

 

バカじゃないのか、このメイジは。これだけ凄い事が出来て、そんなツマラナイ使い道にしか頭を働かせられないのか。何でそんな、つまらない考えに終始してしまうんだ。どれ程勿体無い事をしようとしているか、気づいてもいないのか?

 

「…始めっからそれだけの為に、こんな事を?」

 

『そうよ。だからもう、お互いのためにもこの会話はやめましょう。私は生まれてこのかた、この場を一歩も動いた事が無い。この場に居ながら全てを、魔力で成して来た。この生き方を変えるつもりは無いわ。』

 

こうまで言われて大人しくしていられる程、ルイズは殊勝ではない。彼女はカンカンになった。

 

こんな、救貧院にブチ込まれて当然の怠け者の弁が、恩人たるこのメイジの本音なのか。そんな事に誇りを持つなんて、賢くなり過ぎてオカシクなっているとしか思えなかった。

 

「動いた事が無い?貴女は何を言ってるの?!恥を知りなさいよ、恥を!!いい?!力を持つ者は須らく、義務を負うの!自分だけ良ければなんて生き方は、許されないのよ!」

 

ルイズは自らの信じる、人としての在り方を説いた。何より大事なものだと、信じて疑わない道を。メイジか平民か、貴族かそうじゃないかなど、関係無いのである。

しかしこのメイジは、どこまでも常識知らずで…ルイズの想像の及ばない存在だった。

 

『社会契約論かしら?それを言うなら私自身が、一つの独立国家だから。主権を犯さないで欲しいわね。この図書館が国土、蔵書が国民、私が政府。貴女のしている事は、内政干渉よ。大きなお世話だわ。』

 

「…バ、バッカじゃないの?!何が独立国よ、内政干渉よ?!アンタはただの、一人ぼっちな怠け者じゃない!!そんな所に閉じこもってるから、オカシなこと言い始めちゃうのよ!サッサと出てきなさい!」

 

ルイズは思わず、召喚の扉を蹴りつけていた。

バカだ、コイツは。本物のバカだ!私にこれ程の感動を与えられる素晴らしさを、一人で抱え込むつもりなんだ。

そんな事が、許される筈が無い。

 

使い魔とか主人とか、平民とか貴族とか、そういう以前の問題だ。人は、生命は、閉じてちゃいけないんだ。

そんなの、悲し過ぎるではないか。

 

『…どうにも納得してくれない様ね。貴女がこちらに来るのなら歓迎するわよ。別に鎖国したい訳じゃ無いから。』

 

「…あのね。この魔法はね、召喚魔法なの。呼び寄せ専門なの!だから私がそっちへは、行きたくても行ってあげられないの!」

 

ルイズは忸怩たる思いを抱えていた。

違う、こんな事が言いたい訳じゃない。アンタはもっと、開かれるべきなんだ。そうやって全てを自分の領域に引き込もうとするのは、閉じ切っている証拠でしょう?

やり方を変えてみなさいよ。そうすれば、今の私みたいに、新たな世界が開けるんだから。

アンタはその程度で、満足していい存在じゃないんだ。

 

しかし…相手はやはり、想像の斜め上を行く存在だった。ルイズの思いは、目の前に新たな召喚の扉が出現したことにより無為と化した。

 

「ちょっと、何のマネよコレは!」

 

『貴女の召喚魔法よ。』

 

「……何ですって?!」

 

『改良はまだまだこれからだから、とりあえず真似をしたのよ。これなら、こっちに来れるでしょう?』

 

ルイズは再び、愕然とさせられた。思わず、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。

まさか本当に、今見たばかりの魔法を忠実に再現してしまうとは。何で、どうして、こんな事が出来てしまうんだ。

 

こんなのは、何か間違っている。

こんなの、サモン・サーヴァントじゃない。技術的に同じだけの、全くの別物だ。

サモン・サーヴァントは、歓迎の扉だ。異世界からの客人を迎え入れるために、開かれた扉なんだ。

こんな、閉じるための扉が、拒絶するための門扉が、同じ筈が無いじゃないか。

 

歓迎すると言っておきながら、ちっとも嬉しそうじゃない癖に。

私を自分の世界に取り込むだけじゃ、何も変わらないわよ。これまでと同じ。自分だけの理解しか存在しない世界で生きていく事に、変化は訪れない。

 

私が我が身可愛さに、こっちへ来て欲しいとでも思ったの?

違うわよ?コントラクト・サーヴァントなんてどうでもいいの。

ただ、貴女に知って貰いたいだけなのよ。

 

私の故郷を。

私をこれまで守り、慈しんでくれた。

この、トリステイン王国を。ハルケギニアの世界を。

 

「ダメよ?!絶対ダメ!貴女がコッチに来るの!私を召喚しちゃダメなの!」

 

『どうしてよ?』

 

「……どうしてってそりゃ……そういう決まりごとなのよ!召喚は、先に仕掛けた方の勝ちなの!後出しはズルなの!」

 

このときルイズは、寮の隣人たるゲルマニアからの留学生とのやり取りを思い出していた。思えばあの女とも、万事が万事、こんな具合だった。

ダメだ。こんな言葉では届かない。もっと、このメイジの根幹へと届く言葉が必要だ。魔法ではなく、言葉が。

 

この時ルイズは、普段お世話になっているミスタ・コルベールが何かを言ってくるのが分かった。そしてその恩師の素行を思い浮かべる事で、素朴な疑問が浮かんだ。

 

「ねえ…貴女、どうしてそこまで一人に拘るの?私の先生は折に触れ、あっちこっちに情報を集めに行ってるわよ?」

 

『何故ってそんなの、私以外には魔法の研究が出来ないんだから当たり前じゃない。貴女も似た様な境遇でしょう?それにしても……随分と奇妙な本があるものね。俄然興味が湧いたわ。改良に成功したら、真っ先にその動き回る本を召喚したいわね。その頃迄には、読み終わっておいてよ。』

 

ルイズは二重の意味で驚き、もう少しで呼吸困難に陥る所であった。

 

「本?!何を勘違いしているの?!ミスタ・コルベールは人よ、人!生きてるの!いや、それよりアンタ……まさか、本当に一人っきりなの?!貴女以外のメイジは、一体何をやってるの?!」

 

『こっちでは300年以上前に、魔女狩りがあったわ。魔法使いはその時一掃されている。恐らくは、私が最後の一人ね。……どうやらそっちには、まだまだ生きた魔法使いが沢山居るようね。』

 

ルイズは突如として物騒なことを聞かされて、思わず背筋が寒くなった。

なんて事だ、そりゃ、閉鎖的にもなるというものだ。逆の立場になれば、ルイズとて排他的になるだろう。

メイジの滅ぼされた世界で、自分一人きり…。想像を絶する恐ろしさである。

 

そして、改めてコイツ人間じゃないと思った。そんな状況で、よくぞまあ知の研鑽だけに明け暮れていられるものだ。コイツはきっと、探究心の化物なんだ。

おまけにルイズという同胞の存在を知りながら、必要な知識だけ得てハイサヨナラとは。寂しさとかは、本当にこれっぽっちも感じていない証拠ではないか。

 

全く…どこまで世間知らずで、自己中心的なんだ。少し前までの自分自身を見せ付けられるようで、ルイズは少し嫌になり…そして自分が少しばかり大人になれた事を悟るのだった。

 

「ねえ、貴女…やっぱりこっちへ来るべきよ。そのままでも凄い事はたくさん出来ちゃうんでしょうけど、こっちに来ればそれ以上を得られるわ。」

 

「貴女みたいな未熟者だらけの世界なんて、寒気がするわね。しかも、妙な生き物が沢山いるし。」

 

ルイズはその瞬間、自慢の桃髪がザワリと波打ったのを感じた。

 

フザッケンな!こいつ、やっぱり可愛くない!大人しく黙ったかと思いきや、こんな失礼なことを考えていやがったのか!こっちこそ寒気がするわ!何だ、本当にこっちの気持ちにはお構いなしじゃないか!

 

「何よアンタは…一体何なのよ…アレだけ渋っておいて、いきなり掌返すなんて…。ちっとも、歓迎してあげられなかったじゃない…」

 

ルイズは図らずも、しゃくりあげてしまった。実際に目の前にしてみて、コイツだという事がすぐさま分かったのである。その感動に、心がついていけなかった。

 

思った通りだった。

この、気怠げな雰囲気。

やる気の無い瞳。

投げやりな美貌。

大事そうに抱えられた、一冊の書物。

 

よくよく見ると、それを保持していない事が分かる。

おおかた持つのが面倒で、レビテーションでも使っているのだろう。足元にも目を向ければ、こちらも明からさまに浮いている。

こちらは歩きたくないからだろう。

 

全く…どこまで物臭なんだ。話していた通りの面倒臭がり屋が、目の前にいた。

 

「名前は決まったの?。」

 

ルイズの問いかけに、生粋の魔女は僅かに頷いた。

 

「私の名は”知識”。貴女たちは理解される。抵抗は無駄よ。」

 

ルイズは思わず、唇が綻ばせてしまった。全く、どこまで世間知らずなんだ。

 

「それはファミリーネームでしょう?そんなの分かってるわよ、小さな知の巨人さん。それより、貴女だけの名前は考えて来なかったの?こちらでは、姓名を名乗るのが礼儀なのよ。」

 

知識と名乗ったメイジは、面倒くさそうにグルリと周囲を見渡すと…やがて足元の草を毟り取った。この際、手を一切汚さなかった。明からさまに魔法で行なっている。

杖も、詠唱も。呪文の名前すら唱えたか定かでない。

だが最早、ルイズはこのくらいでは驚く気にもならなかった。むしろこの、余りにも杜撰な性格に微笑みが止まらなかった。

 

「パチュリー。その草の名前よ。ねえ…本当にそんな決め方で良いの?」

 

「別にどうでも良いわよ、名前なんて。私は今から、パチュリー・ノーレッジよ。」

 

「全く…こんな酷い命名は聞いた事も無いわ。それに加えて、さっきの侵略者みたいな挨拶は何なのよ?こういう場合はね、こういうのよ。」

 

ルイズはそう言うと、ユックリとこの未確認生命体へと歩み寄った。

そうして、花が咲くような笑顔を浮かべ、遅くなり過ぎた自己紹介を終えるのだった。

 

「貴女の事はまだ何も知らないけど、これから宜しくお願いね、パチュリー・ノーレッジ。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。ようこそ、トリステイン魔法学院へ。」

 

 

 

 

この日。

アルビオン大陸の高度が、

ラグドリアン湖の水位が、

ロマリアの火竜山脈の活動が、

ガリアの金埋蔵量が、

僅かに増加した。

 

それは、このハルケギニアの精霊達からの歓迎の意としては、余りにも細やかに過ぎたものだった。

 

 




如何でしたでしょうか。
この後は日常生活で、パチュリーに振り回されるルイズを描いていきたいと思います。


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客人は使い魔を名乗っており…

日常パートに入る前の、一コマです。


 

 

達成感が晴れた瞬間に、ルイズは顔色を変えた。

 

そう言えば、パチュリーは使い魔としてこの場に召喚された事になる訳だが…。説得に必死になる余り、ルイズ自身がそこのところを失念していたのである。ましてやこの、興味の無い事は一顧だにしなさそうなパチュリーが、気を利かせて考えてくれているとも思えない。

 

どうすれば良いんだ?

 

普通に考えれば、この後にコントラクト・サーヴァントを交わすことになる訳だが…。

ちょっとその場面を想像してしまい、ルイズは頭痛を覚えた。

 

いやいや、どう考えてもブチ切れるだろう。パチュリーが挨拶で接吻する文化圏に属していようが、そんなのに染まっている筈が無い。怒り始めた彼女が攻撃用の魔法でも使い始めたら、手のつけようが無くなる。大惨事間違い無しだ。

そうはならなかったとしても、それはそれで恐ろしかった。何となく、本で得た知識そのままに、興味本位で舌とか入れて来そうな気がするのだ。その拍子にあのお茶目なナイトキャップが落ちて、妙に色気のある紫の髪がハラリと頬にでも触れたら…。新世界への扉を開いてしまいそうだ。

 

どっちに転んだって完全に詰みじゃないか、コレ。一体どうしろと?なんとか、上手く流す方法は無いものだろうか…と、そこまで考えて、ルイズは独りごちた。

 

「そもそも、使い魔として呼んだ覚えは無いのよね。」

 

それはね?確かにね?呪文はそう唱えましたよ。だって私、初心者だもん。教科書通りにやるしかないじゃない。

 

しかし、ルイズが必死に此方へ来いと訴えたのは、一人の人間としての呼び掛けだ。使い魔云々は、関係ない。

そもそも使い魔に収まる器か?アレが。主人と揃って仲良く、今更レベルの授業を受けさせろとでも?

そんなのは、あのまま引き篭もらせておくよりもタチが悪いだろうに。

 

パチュリーは、ルイズの大切なゲストなのである。

使い魔なんて烏滸がましい。恩人を自分に縛り付けるなんて、とんでもない。

そもそもホストとして、嬉しさの悲鳴を上げさせてやると、約束したのである。パチュリーにはこの世界で果たすべき、多くの素晴らしい出会いがある筈なのだから。それを手助けせねばならない。

 

手近な所では、王立魔法研究所にいるエレオノール姉様なんかどうだろうか。パチュリーの持つ魔法技術と、アカデミーの研究成果を交換こして貰うんだ。魔法が大好きなパチュリーにとって、これ程喜ばしい事も無いだろうに。

他には、そう。あのおっかない、マザリーニ枢機卿を紹介しても良いかも知れない。パチュリーにとっても、良い社会勉強になる筈だ。

 

「これから忙しくなるわね…」

 

ルイズは思わずそう溢してしまい、いやいや、弱気になるな、と自分に喝を入れた。

 

他にも色々な人を、様々な土地を紹介してあげないと。家族は勿論のこと、この国の王家、友好国の人々も紹介してあげたい。

ヴァリエール家の、正式な客人として。

ルイズの恩人として。

 

ルイズは休学してでも、このくらいはするつもりだった。

パチュリーを此方へ引きずり込んだのは、間違い無くルイズ自身だからだ。元より帰る手段くらいはパチュリーがどうにでも用意しそうなので、あまり重くは考えていないのだが…コレがルイズなりのケジメである。

 

こうしたことを、ルイズが心に決めた直後の事である。

彼女は真っ先に、ツキから見放された。

 

「ミス、貴女は一体…」

 

「ルイズの使い魔です。」

 

コルベールの問い掛けに対して、パチュリーが即答してしまったのである。

ちょっと、テキトウな事言わないで?!話し掛けられたからって、知らない人にホイホイ答えちゃダメよ!!

 

と、声を大にして言いたいのであるが…二人はドンドン会話を進めて行ってしまう。考えを纏め切れないルイズに、ついて行けよう筈も無い。

 

「そ、そうですか…。いや、申し遅れました。私、このトリステイン魔法学院で教員を務める、ジャン・コルベールと申します。」

 

「ああ、ひょっとして貴方がルイズの言ってた先生?」

 

「ええ、そうですが。ミス・ヴァリエールとはお知り合いで?……私の顔に何か?」

 

「ルイズから話は聞いていましたが……随分と若いので驚きました。」

 

「私が、若い?……まあ、流石はミス・ヴァリエールの使い魔ということでしょうか。想像が追いつきませんな、コレは。」

 

チョット、どういう意味よ、ソレは?

 

ルイズが憤っている間に、コルベールは授業の締めくくりに入ってしまった。この子大丈夫か、とかひょっとすると少女に見えるだけの婆さんなのか、といったパチュリーに関する疑問は全て後回しにするようだ。

 

「ミス・ヴァリエール、それでは使い魔との契約を。」

 

クソっ!ツケ入る隙が無かった!

ルイズは必死に表情に出すまいとしながら、渋々とパチュリーとの間隔を詰め…これからの事を話し合おうとした。

 

その時の事である。

 

「契約なら、もう済ませましたよ。ルイズが私の全要求に応じ、私の行動に無限責任を負うという条件で、合意に至っています。」

 

「エッ?」

 

ルイズは思わず、間抜けな声を出してしまった。何を言ってるんだ?そんな事は話し合った事もなければ、頷いた覚えも無い。まぁ…結果として同じ事はするつもりなのであるが。

 

と言うよりも、何で世間知らずなクセして、こういう変な知識があるのよ!無限責任って、嫌な予感しかしないんだけど?!…って、そうか!本か!一体どこのアホ作者の著作だよ!無駄知恵授けやがって!

 

いやいや、落ち着け、私。

ルイズは、心の中で小休止をとった。考えを、目の前の事に向けたのである。

そもそも、契約とはそういうものではない。

 

キスだ。

 

ああ、睫毛長いなぁ…って、無駄に美人なのよアンタは!真剣な顔してコッチ見ないで!意識しちゃう、意識しちゃうから!

ルイズが妙にアタフタとし始めた、その時の事だった。

 

『適当に話合わせて、後は任せなさい。』

 

パチュリーが、あのよく分からない魔法で話掛けて来たのである。ルイズには、返答のしようがない。

任せられるかド阿呆!と思いながらも黙らざるを得ない状況下で、コルベール検閲が入ってくれた。

 

「いやいや、コントラクト・サーヴァントはそういうものでは無くてですね。確立した呪文と動作があるのですよ。」

 

「それは不要です。確か、感覚を共有させる魔法ですよね?それならもう、出来てますから。」

 

フザッケンナ!それはアンタしか出来てないでしょうが?!共有の意味調べて、出直して来なさいよ!

と、言いたくても言えないのがルイズの立場である。

 

「本当ですか?ミス・ヴァリエール?」

 

「ええ、まぁ…一方通行だったりするんですが…」

 

ルイズは最早、成り行きに任せようと思い始めていた。

ここでヘタに茶々を入れれば、パチュリーの折角の奮闘が無駄になってしまうからだ。

ルイズが魔法的な初心者なら、パチュリーは社会的初心者だ。それが、助け舟を断ってまで、独力で解決に至らんとしているのである。

ルイズとしては、ここはもう大きく構えるしか無い。その後で、じっくり腰を据えて皆で話し合おう。

 

「そうですか…それでもまあ、口頭での会話が可能な以上、不自由はせんでしょうな。いやはや、ミス・ヴァリエール!貴女は一体いつ、こんな立派なメイジとお知り合いになられたのです?これでは私の立つ瀬がありませんぞ。」

 

ワッハッハと人の良い笑顔を浮かべるコルベールが、ルイズには眩しくて堪らなかった。思えばこの人の、この不器用な笑顔と振る舞いには、これまで何度も救われて来たのである。

 

だが、願わくば自分の使い魔と認定して欲しくなかった。パチュリーが、一人のメイジとしてより広くこの世界と向き合う機会を奪ってしまう事になるからだ。だがそれは、ルイズの身勝手と言うものなのだろうか?

 

思えばこの物臭メイジが、利他心など持ち合わせている筈も無い。それならとっくの昔に、何処ぞで聖人扱いされているだろう。そこはもう、自分が教えてあげるしか無いと言うのだろうか…。

無茶言わないでくれ…

 

と。

 

「おお、危うく忘れる所でした。よろしければ、使い魔のルーンを見せて頂けませんか?」

 

「使い魔の…何ですって?」

 

パチュリーから『聞いてないわよ、そんなの』という声が届き、ルイズは思わずガッツポーズをとりそうになった。

そうだ、その手があるじゃないか!

と、一瞬思ったのだが…

 

「それは一体、どういうものですか?」

 

「おお、これは失敬。失言です、忘れて下さい。使い魔の身体の表面に現れる、ルーン記号の事を指すのですが…女性に素肌を晒せとは、とんだご無礼を。」

 

ルイズも思わず、安堵した。

パチュリーには羞恥心とか無さそうだから、この場で服を脱ぐくらいは躊躇いもしないだろう。そうなったら、ルイズが引っ叩いてでも止める必要があった。出来れば御免被りたい役割である。

 

まぁ、何はともあれコレで丸く収まるだろう。

医務室でパチュリーの全身にルーンが無い事が分かれば、流石に話し合いの場が持たれる筈だ。誠心誠意お願いすれば、後はルイズの考え通りに事が運ぶ筈だ。

 

これはこれで、パチュリーにとっては良い経験となった事だろう。思い通りに行かない事を知るのは、大事な社会勉強である。

 

この様に、ルイズが完全に油断し切った後の事であった。

 

「ルーン記号って言えば…こんな感じですか?」

 

ルイズは呆気に取られた。

パチュリーが、白魚の様なその人差し指で、手の甲に何やら書き付け始めたからだ。見てるだけで背筋が泡立つ様な絶妙なタッチで指が踊ると、その軌跡が爛々と光り輝き始めたのである。

それは線となり文字となり、魔法陣と呼ばれる術式を型どり始めた。

 

その描写速度たるや、これまた神業の領域であった。目にも止まらぬ速さで、文字による複雑な図形が形成されてしまったのである。

 

…魔法の事になると、指先くらいは動かすのね。

 

この様に、ルイズが思わずこの場の空気を忘れて魅入ってしまう程の、小さな芸術だった。

 

「おお!コレは……初めて見るルーンの図形です。」

 

コルベールの唸り声が上がり、ルイズは正気に立ち返った。

不味い。非常に嫌な予感がする…。恩師が、パチュリーに負けず劣らずの変人研究者であることを忘れていたのである。

 

ルイズは今、全く別な角度からこの出来事を見つめていた。

 

パチュリー・ノーレッジにとって、これは初めての交渉ごとだ。この結果が、魔法技術で誤魔化せば何とかなる、という教訓に繋がってしまったら、末恐ろしいことこの上ない。

これを機に、絶対味をしめてしまうだろう。

 

即刻、中止させる必要がある。

 

「ミスタ・コルベール?私の使い魔の手をマジマジと覗き込むのは、少々破廉恥じゃありませんか?それとね、パチュリー!アンタ、どれだけ自由を謳歌すれば気が済むのよ?!少しは慎みなさいよ!」

 

ルイズは、胸を張って一喝した。

これで少しは、平常心を取り戻す事だろう、という願いを込めて。

 

しかし…彼女はナメていた。研究者のひたむきさと諦めの悪さを、完全に過小評価していたのである。

 

「いやいや、そうは仰いましてもな、ミス・ヴァリエール。せめてスケッチだけでも…」

 

「それなら、もっと簡単な方がいいですよね?それとこれ、図形じゃなくて文字ですから、もっとよく見て下さい。」

 

「おお、す、素晴らしい…」

 

パチュリーはそうとだけ言うと本を持つ手を入れ替え、書き指と手の甲を逆にして、先程よりも簡素な魔法陣を描き始めた。器用なものである。

 

ルイズには、パチュリーのやっていることが信じられなかった。

一体これは、どういうつもりなの?!私の使い魔を名乗っておいて、私より先にミスタ・コルベールに気を利かせるなんて!アンタは、どんだけ魔法バカなのよ!

 

妙な怒りを覚えてしまったものだが、それでもコレだけは指摘せざるを得まい。

 

「今の見ました?!いや、聞くのも烏滸がましい!ハッキリ見ていましたよね、ミスタ・コルベール!今、即席で書き上げていたじゃないですか!こんなの、完全なインチキですよ!キッパリと、使い魔のルーンじゃないって、宣言して下さい!」

 

「…いいえ、そうとは言い切れません。彼女の指の動きと、ルーンとの対応関係は、詳細な検証が必要です。時差を置いて発動する特殊なルーンである可能性も否定出来ず……」

 

「調子いいこと言わないで下さいよ?!やめて下さい、こんな、年頃の女の子に弱み握られた中年みたいな真似!何か、やましい所でもあるんじゃないかと疑われちゃいますよ?!」

 

「私はそういうの、全然気にしないわよ。」

 

「アンタは少し、黙ってなさい!」

 

嫌だ、もう疲れた。何なんだこれ。

ルイズは大きく肩で息を吸い、もういいですよね?とコルベールを睨みつけた。流石に彼も、わかってくれることだろう。

 

「オホン、失礼致しました。それではミス・ノーレッジは無事、ミス・ヴァリエールの使い魔となられた事が確認できましたので、本日の授業はこれまでと致したいと思います。」

 

「は、話聞いてましたか?一体何を…」

 

「ミス・ヴァリエール!これは、伝統なのです。使い魔と主人は、一心同体!主人が使い魔を受け入れずして、一体誰が彼女を受け止めると言うのです!

それでは、私はこれからこの魔法陣の解析に取り掛からねばならないので…午後の授業は休講とさせて頂きます!」

 

颯爽と歩み去るコルベールの背中を、ルイズは呆然として見送った。

 

おい、バカ!何の真似だ?!

よりによって教師が、不正を認めてどうするんだ?!

児童買春より罪深いぞ、おい!!

…いや、それよりも…アンタはアンタで笑ってるんじゃないわよ!

 

ルイズはパチュリーを睨みつけた。全ての元凶を。

いや、彼女に罪は無いのか。ダメな大人と、非力なメイジに出会ったばかりに、悪徳を真っ先に覚えてしまうとは。

 

いや、それより大事な事があるか。

 

「全く…アンタね、笑う時くらいは表情作りなさいよ。」

 

ルイズは今、似通っていると聞かされたばかりのパチュリーの魔力が、小幅な上下動を繰り返すのを感じていた。

 

全く、何て事だ。

せめて、表情筋くらいは使いこなして欲しい。顔で笑わずに魔力で笑うなんて……一体どこまでこのメイジは…メイジなんだ。生粋すぎる。魔力の無駄使いだ。

 

段々とそれに毒されている自分を感じて、ルイズはますます鬱屈とした気分になるのであった。

 

 

 

 

 

「おい、ゼロのルイズ!メイジが召喚出来たからって、調子に乗るなよ?!」

 

「そいつにレビテーションで送って貰うんだな!」

 

「オマエは所詮、使い魔以下なんだよ!」

 

コルベールが風の様に居なくなった広場は、暫く白けた雰囲気に包まれていた。誰もが目の前の事態に置いてけぼりになっていたからだ。

そうして漸く、ザワザワと喧騒が戻り始めたと思ったら、コレである。

 

だが、ルイズはまさか自分に対する嘲笑を、これ程頼もしく感じてしまう日が来る事になるとは思わなかった。別に妙な性癖に目覚めた訳ではない。

 

ルイズはコルベールの後をついて行こうとしたパチュリーを、この場に留まらせていた。大事な話があるから、と。そのキッカケとして、いまの自分への同級生達の評価がとても大切な役割を果たすのだ。

 

「パチュリー、今のを聞いた?」

 

「ええ。普通、こういう場合は怒ったりするんでしょう?ああ、私の魔法を見たいなら、全機撃墜するわよ。楽しそうよね。」

 

「あのね、そういう事じゃないの。言い方に問題こそあれ、彼等の言い分は正しいのよ。私は所詮、彼等以下のメイジなの。」

 

「それで?愚痴を言いたいの?」

 

ルイズは大きく息を吸った。まあ、当たり前か。そんなのを気にするタマには見えない。

ハッキリ言わなければ、分かるはずも無いか。

 

「私はね、貴女を客人としてもてなしたかったのよ。人並み以下の私の使い魔なんて、貴女に失礼じゃない。…そもそも何で勝手に、私の使い魔だなんて言い出しちゃったのよ?」

 

「礼儀なんてどうでもいいわよ。見知った貴女の庇護下でこの世界を研究するのが、一番手っ取り早いからよ。」

 

「もっと研究に適した場所や施設は、いくらでも用意してあげられたのよ?こんな事偉そうに言いたくないけど……私の家はそれなりの権力と財力があるから。」

 

「別に良いわよ、面倒臭い。サモン・サーヴァントを改良出来たら、研究は場所を問わず行える事になるわ。私の居る所が、研究施設となるのよ。」

 

「……まぁ、貴女ならそう言うと思ったわ。」

 

ルイズは段々と、常識外な事を言い始めるこのメイジが気に入り始めていた。実際に一緒になって色々とやれば、それはこの上ない素晴らしい経験となるだろう。

だが…きっとそんな愉快な気持ちにはなれない。

だからこそこれだけイライラするのだ。

 

「あのね、そういう事じゃないの。貴女は使い魔の意味を知らないのよ。使い魔には人権が無いの。だから貴女がこれからやる事なす事の全てが、私のものと見做されちゃうのよ。コレが、どういう事かわかる?」

 

「いい事だらけじゃない。貴女は私を保護して、私の成果で得をするんでしょう?何が問題なの?」

 

「誇りの問題よ。私はこれから、貴女の手柄を横取りしちゃうの。これがきっと、泥棒の始まりよ。貴女の手柄の上に胡座をかくなんて、真っ平御免なのに。貴女には私の使い魔としてではなくて、一人のメイジとして、この世界に向き合って欲しかったのよ……」

 

「興味無いわね。元より貴女の使い魔なんて、身分証としか思っていないわ。今も昔も、私は私よ。貴女も貴女でしょうに。たかだか一つの魔法に、囚われ過ぎなのよ。こういう場合、何と言うのかしらね。御愁傷様?」

 

クッソ、本当に歯に衣着せぬ物言いしかしないわよね。

もう慣れたけど。

 

「貴女にとってはたかだか一つかも知れないけどね、私にとってはまだまだたった一つの大事な魔法なの。だから、それを成功させるのを手伝ってくれた貴女が、私の使い魔だなんて認識されるのは嫌なのよ。貴女の名誉を傷つけられて、何も言い返せないなんて…」

 

この時再び、パチュリーが笑ったのが分かった。例の魔力のアレである。

しかし、何て失礼な奴何だ。私が憤っているのは、貴女の……いや、ひょっとして自分の無力さに腹を立てているだけなのか?

 

「ルイズ、今の気持ちを忘れない事ね。その感情は、これ以降は味わえないものだから。それ自体はとても貴重なものよ。」

 

ルイズには、この相手の言わんとしている事がわからなかった。

 

「何を言ってるの?そんな簡単に魔法が使える様になるなら、苦労はしないわよ。」

 

「召喚のときの事を忘れたの?貴女と私の魔力は、極めて相性が良い。だから、私が補助すれば貴女は失敗しないわ。その感覚を元に練習を重ねれば、自力での運用は充分に可能でしょう。そして何よりも、私の使える魔法は貴女にも使えておかしくない。」

 

ルイズは思わず、声が震えた。

 

「…わ、わけ分かんないわよ。貴女の使える魔法の一体どれ程が私に…」

 

「理論的には全てよ。今私がやってるみたいな単なる魔力の操作から、習得済みの精霊魔法。そして、これから習得するこの世界の魔法も。」

 

まぁ、後半部分は大見得切って終わるかも知れないわね。

その様に締め括られて、ルイズの震えは一層抑える事が出来なくなり始めた。パチュリーが、柄にもなく冗談を言ったからではない。

 

ルイズは思い出したのだ。

これは、初めて魔法を習い始めた時に感じた震えと、全く同じものだった。

 

これから私は、メイジになれるんだ。

 

そう思った時のあの感動が、深く彼女を揺り動かし始めていた。

 



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2つ目の魔法

段々と、この作品で描きたい2人の様子が書ける様になって来ました。
どうぞよろしくお願いします。


なんでも教えてあげると言われたので、ルイズは喜び勇んで真っ先に思い浮かんだ魔法を口にした。

するとパチュリーは少し眉をひそめ……まぁいいか、という風に質問してきた。

 

「この魔法を教える前に、ひとつ確認しておきたいのだけど。」

 

「何かしら。」

 

「貴女は、核融合についてどのくらい知っているの?」

 

「何それ?知らないわよそんなの。」

 

ルイズは耳慣れぬ単語に、首を傾げた。おかしなものである。代表的なコモンマジックを覚えたいと言った筈が、どうして聞き覚えの無い話になってしまうのか。

 

「ひょっとしてそれについて知らないと、出来ないの?」

 

「まあ、原理くらい知っておいて損は無いわよ。小型とはいえ、太陽を作るんだから。」

 

「ちょっと待って?!一体何の話?というよりも……そんな事も出来るのね。そっちにビックリしたんだけど。」

 

「何を白々しい。そもそも貴女が言い出した事じゃない、『夜を照らす太陽』を作りたいと。」

 

「あのね、比喩をバカ正直に受け取らないでよ。気恥ずかしいじゃない。私は、”ライト”の魔法を覚えたいの。光を作り出したいだけなのよ。」

 

「同じことでしょうに。」

 

「多分私達、全然違うことを話しているわ。」

 

ダメだこれは。話にならない。ルイズはそのように判断して、教科書を置いてある自室へ戻る事にした。ここでトンチンカンな会話を繰り広げているよりは、詳細な術式を見てもらった方が早いだろうと判断したのである。

パチュリーは案の定、ホイホイのって来た。チョロいものである。少し、不安になってしまうレベルである。

 

移動に際してはパチュリーが浮かせてくれようとしたが、それは断っておいた。折角普通のメイジになれる算段がついたのだから、初めての空は自分の魔法で飛びたいと思ったのである。

 

「ところでその、貴女の言ってた太陽を作り出す魔法のことなんだけど。それは、一般的に使う魔法な訳?」

 

「ロイヤルフレアは私が作ったから、一般的ではないでしょうね。私も実際に使った事は無いから、貴女が初使用者になるわ。」

 

「それは光栄なんだけど……貴女、そんな凄そうなの作っておいて死蔵させてたの?信用はしているんだけど、明ら様な失敗作だったりしないわよね?そもそも、私がいきなり使って大丈夫なの?ちょっと不安になるわ。」

 

「数値解析の方が、下手に試すよりも安全なのよ。…いわゆる暗算の類だけど、シナリオ別に2万回は検証してあるから安心して頂戴。」

 

「……要するに、思考実験しかしてない訳ね?……まあ、貴女らしいと言えばらしいから、信用するわよ。2万回って何事よ。それで、使うとどうなるの?」

 

「掌サイズのもので、半径200メイルは文字通り何も無くなるわね。生物は勿論のこと弱装甲の構造物に対しても、その10倍の殺傷半径を持つわ。開拓事業とかにはうってつけでしょう。」

 

「……どうりで話がこんがらがる訳よ。私は照明を灯したいだけだから、そんな物騒な魔法教えないで。……はいはい、私の表現が悪うございましたよ。」

 

因みにルイズは現在、パチュリーへの魔法学院ツアーを兼ねて、徒歩で移動中であった。チョクチョクいやな視線を送ってくる生徒達がいるが、フヨフヨ浮いているパチュリーの姿を目にすると、それ以上は何も言って来なくなる。

 

「こうしていると、物凄く意外な事に、立派に使い魔やってるのよね、貴女。」

 

ルイズは、素直な感想を口にした。

実際の所は、見慣れぬ教員に連行されている様にしか見えないという誤解が、外野を引っ込めているだけなのだが。

 

「またその話?それはもう、済んだでしょうに。」

 

「まぁまぁ、口裏合わせだと思って聞いておきなさいよ。暫くはそれで通すしか無いんだから。使い魔の役割はね、大きく三つあるの。一つ、主人との感覚の共有!」

 

ルイズは、ようやく寮塔へと辿り着き、自室のある階へと螺旋階段を登り始めた。

 

「それならもう、さっき言った通り…」

 

「貴女が出来るだけじゃだめなの。私も出来ないと意味ないの。ハイ、次!魔法媒体や秘薬の採集!これなんか正しく、貴女には不向きよね。面倒くさがって、何もしてくれなさそう。」

 

「何を愚かな事を。サモン・サーヴァントを改造すれば、何でも取り放題よ。今のところの目標はそれだけだから、悠長に時間をかけるつもりは無いわ。本以外も召喚出来る様にしておけば良いのでしょう?」

 

「それダメ、絶対!貴女、店売りの商品とか問答無用で召喚しそうじゃない。」

 

「露見する可能性が無いから大丈夫よ。」

 

ルイズは思わず、天を仰いだ。その際に思いっきり、階段を一段踏み外してしまった。

ああ、やっぱりこうなった。

 

「ダメよ。バレなきゃ何でもOKなんて、犯罪者の言い分よ。それやったら、本気で怒るからね。…この事は、機会を改めてよく話し合いましょう。最後!私の身を守ること!意外にも貴女、これが出来ているのよ。抑止力みたいな感じで。」

 

「それはもう、殺られる前に殺れって事でいいのよね?」

 

「違うわよ?!一体、何を聞いてたの?!防御よ防御!」

 

「積極的防御よ。貴女こそよく思い出しなさい。貴女の意図せぬ爆撃が、私の不意を突いたのよ?威力次第では、私は死んでいたでしょうね。要するに、魔法戦は第一撃で全て決するのよ。相手にそれを許した時点で、負けね。好きなように蹂躙されてしまうわ。」

 

ああ、どんどん口八丁になって行く。どうしよう?

ルイズは頭を抱えた。階段を登りながらなので、コレはこれで器用な悩み方である。

 

「納得いかない?それならサモン・サーヴァントを送還できるように改造して、敵性国家の首都にロイヤルフレアを放り込みましょう。そうすれば、私の言わんとしている事が分かる筈よ。」

 

「護衛の話が、何で!一方的な虐殺の話にすり変わっちゃうのよ?!先制不使用という言葉を学んで?!……やっぱり思った通りね。貴女は、動かす訳にはいかないわ。研究だけしてくれるくらいで、丁度いいの。はなっから、雑用なんて期待していないし。」

 

「…それはどんな魔法?初耳だわ。オマケにちょっとバカにされた気がする。」

 

「違う!魔法じゃないの!何で、最も出来なさそうな事に食いつくのよ?!掃除とか洗濯の事よ!」

 

「…ああ、いわゆる"浄化"のこと?そういうの、飽きもせずによくやるわよね。貴女達こそ一方的じゃない。」

ルイズはため息をついた。やれやれ、これだから怠け者は困るんだ。

自らの周りを身綺麗にすることまで、面倒臭がってしまうとは。

 

「一方的って、そんなの当たり前でしょう?ゴミや汚れが、人語を解するとでも?欠片も残さず一掃されて、当然なのよ。放っておくと、害虫まで蔓延って大変なんだから、存在悪よね。定期的に徹底的に、が掃除のモットーよ。……まぁ、不向きだと諦めてくれればそれで良いわ。今まで通り、メイドにやって貰うから。」

 

「……そこまで根が深いとは思わなかったわ。まさか、常設の魔法戦部隊まであるとは。」

 

「本当に分かってる?そもそも、メイドはメイジの複数形じゃないんだから、認識を改めてよね。彼等は平民で、魔法が使えないの。それでも、私達の気づかぬ間に仕事を終えてくれるんだから。彼らは掃除のエキスパートよ。ちゃんと敬意を持って接しなきゃダメだからね?」

 

「裏仕事の専門家にチャチャ入れするほど、暇を持て余してはいないわよ。民族浄化なんて、好きなだけやってればいいじゃない。ソッチから手を出して来ない限り、私からも何もしないわ。」

 

「……何か釈然としないんだけど、分かってくれたならそれで良いわ。それにしても、裏仕事って何よ、確かに汚れ仕事かもしれないけど……さあ、着いたわ。」

 

そうこうしている内に、ルイズ達は目的地についてしまった。思えば会話に夢中になって、ろくすっぽ学院のことを説明してあげられなかった気もするが…それはまた別の機会に譲ろう。

それよりも、今は、もっと大切な事があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

ルイズは自分に割り当てられた部屋に辿り着くと、鍵を差し込んでその扉を開いた。

この動作も今日限りのものとなるかと思うと、感慨深いものがある。

 

パチュリーには一番上質な椅子…普段ルイズが使っているものに腰掛けて貰おうとそれを勧めた。しかし、浮くのをやめた事がなく、自重で潰れる可能性があるからと断られた。余りにも酷すぎるその理由に、返す言葉も無い。

 

ルイズは気を取り直して、自慢の杖を振りかざした。

 

「さて!人工太陽なんて物騒な魔法は放っておいて、チャチャッと教えてね?【ライト】の術式は、教科書の35頁から36頁に書いてあるから。ちなみにそれ以外のところは読んじゃダメよ。」

 

「どうして?」

 

「貴女、全部読み終わるまで一言も口きかないつもりでしょう?そんなのダメだからね。」

 

ルイズはパチュリーの顔色を伺って、自分の考えが正しかった事を知った。

やはりか。本を開く前に言っておいて良かった。まさかこんな所で、ツェルプストーから聞かされた”雪風”のタバサに対する愚痴が役立つとは。

 

パチュリーはこれに対して、怒りを覚えたようだった。気のせいも何も、ルイズに対して流れて来る魔力の量が、異常なレベルに達している。ちょっと、シャレにならない。実際に息苦しいのだ。下手すればこのまま爆発させられる気がする。

 

「す、凄んでもダメだからね。広場で、自分から約束してくれたじゃない。どんなものでも教えてくれるって。すぐさま読書に没頭したいのはわかるけど、貴女はもう、一人じゃないの。私とこれから生活していく以上、お互いにした約束は守り合いましょうよ。」

 

「今、私が。どれだけこれを読みたいか、分かってて言ってるの?」

 

「当たり前でしょう?だけど、私もこれだけは譲りたくないの。だからお願いよ。自分で言った事は、ちゃんと守って。勝手に本を読み始めちゃったら、何としてでも妨害するからね。」

 

この一見バカバカしい意地の張り合いは、ルイズの最後の一言が決め手となった。

 

今のパチュリーにとって最も恐ろしい事態は、このなけなしの脅し文句に他ならないからだ。何しろルイズには、魔法の失敗による爆発という具体的な手段と、召喚前の実績がある。よって、読書を大切にするパチュリーにとって、この瞬間に即刻排除すべき脅威となってしまったのである。

 

「杖を捨てなさい。」

 

「…えっ?」

 

「その杖は所謂、魔力の増幅器でしょう?元より大きな魔力を持つ貴女がそんなものを使えば、制御不能に陥るのは当たり前じゃない。すぐに爆発してしまうのは、オーバーフローしてる証拠でしょう。だからそれを使わなければ、失敗できない。必ず成功するわ。」

 

「嘘でしょそんな…エルフじゃあるまいし…」

 

「エルフが何かは知らないけれど、そんなものを信じられて私が信じられないの?何よりも貴女は、魔法的には私と一番近いのだから。私が杖を必要としない以上、貴女もそうなのよ。躊躇う理由は無い筈よ。」

 

「でも、この杖は…」

 

「思い入れがあるようね。出来れば一つ一つ身につけていく中で、自ら気づいて欲しかったのだけど……この本を見て、気が変わったわ。貴女がどれだけ大切に読んで来たか、一目でわかるもの。恐らくその杖も、同じように大切にして来たのでしょう。だからこそこうでもしないと、分かってても気づこうとしない。一生、杖離れできずに終わるのでしょうね。」

 

ルイズはただただ、本能的な拒絶感に包まれていた。

理屈では無いのだ。

杖はマントと共に、貴族の象徴なのである。それを目的のために捨てろと言われても、簡単に決められる事では無かった。

 

恐らく一人きりで同じ命題に直面していたら、決して決断出来なかったであろう。だが、ルイズは自らが言った通り、一人では無いのだった。

 

「こういう場合、どう言ったらいいのかしらね……そうそう、言葉を返すというやつよ。貴女自身が私を召喚する時に、言ってたじゃない。『そのままでも凄い事はたくさん出来ちゃうんでしょうけど、こっちに来ればそれ以上を得られる』って。私は貴女の言葉の通りに、書を捨て、貴女の世界へ来た。貴女も杖を捨て、私の世界に来なさい。」

 

ルイズは呆然と、長年共にあってくれた杖に視線を落とした。

いっそのことパチュリーがデタラメを言ってくれていれば、どれだけ楽なことか。しかしそれは、あり得ないことだ。短い付き合いだが、魔法に関してどれだけ真摯に向き合っているかは分かっているつもりだ。

後は、自分がこの葛藤とどう向き合うかだけだった。

 

いや、それより何よりも。

 

魔法を使いたい。

サモン・サーヴァントの時の様に補助してもらうのでは無く、今度こそ自分だけで。

 

ルイズの頭の中にあるのは、それだけだった。

ルイズは長年の友をそっと机に置き、丁寧に心の中で礼を述べた。

 

「【ライト】」

 

そして、はっきりと声に出した。するとどうだろうか。自分の思い描いた通りの場所に、優しい色をした光源が出来上がっていた。

サモン・サーヴァントを成功させた時の様な感動も無く。ただそこに在った。それだけだ。

 

余りにも呆気ない。

 

感動も、涙も、感謝も、補助してくれた恩人も。全てに置き去りにされた形で。ルイズは今、人生で二つ目の魔法を成功させた。

彼女が妙に冴えた頭の中で静けさに包まれていると、パチュリーがいつも通りに声を掛けてきた。

 

「おめでとう。やってみれば何てことないでしょう?前にも言ったけど、こういうのを…」

 

「コロンブスの卵って言いたいんでしょ?あのね、人が感動している時に諺でまとめようとするのやめてくれない?物凄くどうでもいい気分になるのよ。そもそも何なの、コロンブスってのは。諺の意味すら未だに知らないんだけど。」

 

「まあ、おいおい教えてあげるわよ。話せば長いから。それより私こそ、貴女に聞きたいことがあるのよ。」

 

「何?」

 

「どうしてその魔法なの?貴女はてっきり、空を飛びたいのだと思ったわ。私のこと羨ましそうに見ていたから。どうしてその照明魔法を真っ先に使ったの?」

 

ルイズは一瞬、言葉に詰まった。本音を言ってしまえば、パチュリーから嗤われること間違いなしだからである。

自分達二人は、実力以上に決定的に異なる方向を向いているからだ。だからこそパチュリーにしてみれば、今の疑問が生じて当たり前なのだろう。

しかし。自分に嘘をつく理由など、どこにも無かった。

 

「どうしてってそりゃ、貴女が夜更かししそうなタイプだからじゃない。私がこれを身につければ、私も嬉しいし、貴女も笑顔になるでしょう?」

 

「そんなの使って貰わなくても、私は暗視できるわよ。」

 

ルイズは肩をすくめた。

どうせそんなオチだろうと思ってはいたのである。

 

「分かってるわよ、そんなの。どうせ、私の自己満足なんでしょう?今はまだ、所詮この程度よ。でもそれでいいの。私は、そういうメイジを目指しているんだから。いずれは貴女が微笑んでしまうくらいの、凄いことをしてみせればいい。そういう事でしょう?」

 

ルイズの言葉に、パチュリーはキョトンとしている様だった。

まあ、これはこれで、今の成果としては充分ではないのか。兎にも角にも、魔法の使い方でパチュリーの予想の上を行けたのだから。魔法初心者にしては、上出来だろう。

 

「貴女には長い事待たせちゃった上に、訳わかんないセリフ聞かせて悪かったわね。いいわよ、その本。あげる。私からのプレゼント。」

 

「いいの?」

 

クッソ!コイツ、本当に礼儀を知らないな!

ルイズは思わず地団駄を踏んだ。何だ、この、あからさまに温かい魔力は。私のさっきの言葉には、全く反応しなかったくせに。

 

私より本が大事か!…まあ、聞くだけ野暮だ。

 

「いいわよ。貴女、手元にあるその本以外、向こうに置いて来ちゃったんでしょう?だから、私のをあげるわよ。」

 

「貴女、これが無いと困るんじゃないの?ついさっきまで落ちこぼれてたんだから。」

 

「あのね。私はこれでも、座学ではトップなのよ。その教科書の内容は、全部頭に入ってるわ。」

 

「つまり?」

 

「実技さえ伴ってしまえば、私は完璧ってことじゃない。」

 

そう言い放ったとき、パチュリーの顔がようやくキョトンとしたものからいつも通りのものへと戻ったのだが…。

【念力】を使い始めて歓声を上げるルイズに、その事に気付けよう筈も無かった。

【ライト】で感覚を掴んだためか、いきなりベッドを持ち上げるのに成功している。喜びのあまり取り落としてぶっ壊している所を除けば、パチュリーの目から見てもなかなかにいいセンスをしていると言えた。

 

そして、七曜の魔女はボソリと呟いた。

 

「そう。その調子で……眠る事を忘れて魔法を使いなさい。」

 




パチュリーが新たな目標を立て始めました。


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徹夜とその結果

ルイズは有頂天だった。

喉から手が出るほど使いたかった普通の魔法が、とうとう出来るようになったのだ。

 

夢中になった。

勿論、徹夜した。

 

魔法中毒という病気が新たに発見されたら、感染源は間違いなくこの瞬間のルイズだろう。それほど、彼女はひっちゃけになって魔法を練習した。

 

パチュリーが、読書を始める前にアドバイスをくれたのも大きかった。

それは丁度、【ロック】の魔法に続いて【アンロック】を習得しようとした時の事だった。

 

「覚え方が雑。」

 

続けざまにコモン・マジックを習得していき、天にも昇るような感覚を味わっていたルイズは、気分を台無しにされた。本気で呆れられている事が分かったので、結構傷ついた。

 

「…いきなり茶々入れしないでよ。練習くらい、好きにさせて?」

 

「はじめから色々手を出すよりも、一つのことを極める方が今後に活きるのよ。表面だけ撫で回すような真似は、少々品が無いわよ。」

 

「いいの、これはこれで!色々な魔法を使えた方が、カッコイイんだから。」

 

「……騙されたと思って、焦らずゆっくり練習してみなさいよ。イメージを膨らませながらね。下手に色々覚えるよりも、余程楽しいわよ?」

 

これは意外だった。まさかこのパチュリーが、楽しさを口にするとは。そこまで考えたルイズは、これが彼女なりの気遣いである事に気が付いた。

 

まぁ、こうも諭すように言われてしまうと反発心すら湧かない。ルイズは渋々とではあるが、素直に【ロック】だけをひたすら練習してみた。言わんとする事は、この中で自ずと明らかになった。

 

これだけを徹底的に理解し尽くせば、その逆をやる事は然程難しくないだろうと予測がついたのである。【アンロック】を覚える方が手っ取り早いが、遠回りを覚悟すればその必要が無くなるのだろう。

力んだり脱力してみたりと色々やっていくうちに、何となくそういう気がしてきたのである。実際に【ロック】だけを応用して解錠できる様になるのは、当分先のことだろうが……

 

教科書通りに魔法を使う必要なんて、どこにも無い。パチュリーならば、書き足すくらいの気持ちで読め、くらいは言って来そうなものである。

何となく考え方のコツが分かってきたルイズは、とりあえず今出来るコモン・マジックだけを、色々とやり方を変えて試してみた。

 

【ライト】は、かなり危険な魔法だという事が分かった。どれだけ明るくなるか試したら、強烈な痛みと共に目の前が真っ白になったのだ。こんな大事な注意書きが抜けているとは、あの教科書はちょっと不親切じゃ無かろうか。ハンカチで涙を拭き取りながら、ルイズはこの魔法を暫く使わない事にした。魔力のコントロールを上達させないと、何かの拍子で失明してしまいそうだ。

 

【ロック】に関しては、随分と考察が進んでしまい、ちょっと自己嫌悪に陥った。どんどん理解を深めて行けばやがて、扉以外のもの……例えば不都合なことを言う口を閉じさせる事も出切る気がしたのだが、考え過ぎだろう。この魔法の深堀りは後回しである。

 

【サモン・サーヴァント】は……教科書以上の事はわからなかった。何しろコレは、一回限りの使い切りを想定しているのだから。このままでは二回目以降を試しようが無いのである。コレを一回見ただけで改良するアイディアが浮かんだパチュリーは、今のルイズから見れば何かと紙一重である。

 

こうした中で、今のルイズでも何とか深掘りが出来そうなのは、小物を動かしたりする為の【念力】だった。

 

応用も何も無くコレは、自分を浮かせることも出来るんじゃない?

 

突拍子もない考えに思わず苦笑いを浮かべてしまったが……それとなく聞くと正解だと教えてくれた。

お陰でルイズは、喜び勇んで成功まで漕ぎ着けることができた。なかなかうまくいかず、タンコブだらけになってしまったが。

 

【念力】で空を飛ぼうとするなど、普通のメイジとは程遠い気もするが……ルイズは自ら進んで、コモン・マジックの深みに嵌まっていった。便利で効率の良い系統魔法に手を出してしまったら、二度とこの境地には戻って来れないと、本能的に感じたのだろうか。少なくともこの発想が、ハルケギニアでどれだけ稀有な事かくらいには、気がついたのである。

千載一隅とは、正しくこの事だろう。

 

ルイズは何度も何度も壁や天井との激突を繰り返して、ついにフヨフヨと浮くことに成功した。

そうして、今後開けていくであろう様々な【念力】の応用方法に想いを馳せるのだった。

 

「凄いわね……将来的には【エア・ハンマー】あたりまで代用できちゃいそうだもの。成る程、これはやり甲斐あるわ、ありがとね、パ……」

 

ルイズが感動をそのままに御礼を言おうとすると、パチュリーはとっくの昔に読書中だった。

いよいよ本格的に本を読み進めており、完全に物言わぬ人形と化している。こうしていると、アルヴィー並みに可愛い。思わず頬ズリしたくなるくらいだ。

 

そんな事を考えてしまうくらい、パチュリーはリラックスしており、無防備に見えた。いつも通りの仏頂面で、未だに外見からは何を考えているか分からないのだが……雰囲気が恐ろしく柔らかいのだ。恐らくコレが、此方へ来る前のパチュリー・ノーレッジの姿だったのだろう。

漸く、この世界の本に触れ、目的の一部を果たし始めたのだから、こうなって当然だと思えた。思えば随分と長く、自分に付き合わせてしまったものである。

 

ルイズはそぅっと扉を開け、部屋の外に出ようとし……この配慮の無意味さに気がついた。そんなタマじゃないだろう、と思い直したのである。目の前で戦争が起きても平然と本を読んでいそうなのが、この同居である。

 

何よりも……彼女の側にいる方が、魔法が上手くなる気がするのだ。そう思いたいだけかもしれないが…魔法はイメージだ、ならばこの直感には従った方がいいだろう。

 

「ちょっと煩くなるかもしれないけど、我慢してよね。」

 

ルイズはそう呟くと、いよいよ練習に集中し始めた。とりあえずの目標は、【念力】を極めることに決めたのだ。今の段階で浮くことにすら難儀しているのだから、道のりは長い。一秒たりとも時間を無駄にしたくは無かった。

その没頭ぶりは、どこかしら似た者同士な雰囲気を醸し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

こうして……ルイズ・フランソワーズの完全徹夜明けが出来上がった。人生初の事が重なり過ぎて、それはもう酷いものとなっていた。

 

ルイズは【念力】で浮かぶことをマスターして大変満足していたが、何故かそれ以上に満足げなパチュリーが目に入った。

自分の成長を喜んでくれているのだな、と思うと朝日の様な笑顔が浮かんでしまう。丁度、地平線が黄色く照らし出された時間帯だった。

 

「貴女もよく見ると、可愛いとこあるのよね。私に対する思いやりとか、そこはかとなく感じられてイジらしいわ。」

 

「……そこまで無防備だと、最早何の躊躇いも感じないわね。つまらない死に方されても拍子抜けだから、悪いけど私なりに対処させて貰うわよ。」

 

「はいはい、貴女が一体いつ何を躊躇わなかったのか、教えて欲しいくらいだわ。つまらない死に方って、一体何のことよ。」

 

「毒殺とか睡眠中の暗殺ね。」

 

「朝から爽快な話題を、どうもありがとう。」

 

ルイズは今、稀に見る精神状態なので、この程度の言葉のジャブは気にもならなかった。

それよりも、今。重要な問題が生じたのである。この時点で少しも何も感覚がおかしくなっていたと、後々後悔する事になるのだが。

 

「ああもう、貴女が食欲を刺激するようなこと言うから、お腹が空いちゃったじゃない。ちょっと早いけど、食堂に行ってくるわね。貴女のぶんも、こっちに手配するように言っておくわよ。」

 

「その必要は無いわ。私も一緒に行くから。」

 

ルイズは幻聴が聞こえた気がして、思わず顔をしかめた。

 

「……ごめんなさい、よく聞こえなかったの。もう一度言ってくれる?」

 

「貴女に同行すると言ったのよ。」

 

空耳でない事を確認したルイズは、愕然としてパチュリーを見つめた。そして、自分の早とちりに気がついて顔を赤らめる事になった。

 

「そりゃ、こっちの食べ物は初めてなんだから……食べてもみたくなるわよね。ごめんなさい………てっきり、食べるのも面倒くさがって本を読み漁るかと思ったのよ。ああ、これだから徹夜なんてするもんじゃないのね、自分でも何言っているかワケわからないもの。」

 

「……貴女、意外といいとこ突くわね。生まれつきとしか思っていなかったけど、普通に生まれていてもこうなった気がしてきたわ。こういうのを…」

 

「…鶏と卵って言いたいんでしょう?その諺くらいは知ってるけど、相変わらず何を言ってるかサッパリだわ。最早同じ言葉を喋っているのが不思議なくらいよね。まあ……今更気にするだけ野暮な話か。ところで、ものは相談なんだけど……」

 

ルイズは【ロック】が全然手付かずだったので、仕方なく物理的に部屋の扉を開けていた。【念力】を使って、開錠操作を行ったのである。細かい作業なので、かなりの集中力を必要とした。

そこから先が、大問題だった。

 

「私、一体どうやって食堂まで行ったらいいと思う?流石に張り切り過ぎて、【念力】で浮き続けられそうにないのよ。食堂へ辿り着く前に、私の魔力がスッカラカンになっちゃうわ。」

 

こういうところが、コモン・マジックが深堀りされず、系統魔法ばっかり発展しまう理由なのだろうな、とルイズは分析していた。

コモン・マジックは文字通り汎用的で色々な事が出来そうだが、専門性では系統魔法に及ばないのだろう。<飛ぶ>という行為に関しては、【レビテーション】や【フライ】の魔法でやってしまった方が、効率が良いのである。

 

「諦めたら?そうして貰えると、私も動かずに済むし。」

 

「何でそんな簡単に諦めちゃうのよ。…我が身の事のように自慢するけど、ここの料理人の腕は一流よ?貴女もそう言われると、料理を食べてみたくなるでしょう?」

 

「全然?私は単純に、使い魔として貴女の食周りの安全(・・)を確保しておきたいだけだから。貴女がここに留まって食事を摂らなければ、危険が及ぶ心配も無いわ。それならそれでいいのよ。」

 

「……何だか大げさな気もするけど、真剣さは伝わってくるわね。でも、このトリステイン魔法学院の食堂に、そんな怖い事がある訳無いと思うのよ。一体何をそんなに心配しているの?」

 

「私が特に気にしているのは、衛生状態ね。食堂ということは、当然厨房もあるのでしょう?そこは病原菌の宝庫と相場が決まっているから、管理が成ってないと経口感染症が蔓延する可能性があるのよ。衛生的に安全かを検査させて貰って、100%の安全性が確保できない場合には、その施設を丸ごと消毒(・・)する必要があるわ。」

 

「やっぱり変な知識だけはあるのよね。どうせ杞憂に終わると思うけど。まあ……検査だけで済みそうだから、一度やっておくと良さそうな話かもしれないわね。メイジから直々にそこまでして貰えたら、彼らもきっと嬉しいでしょうよ。最悪の場合でも、施設の消毒だけで済むんでしょう?」

 

「……よくよく考えたら、彼らも丁寧に消毒する必要があると思えてきたわ。空気感染なんてされたら、堪ったものではないし。……まあ、あくまで最悪を仮定しているだけだから、あまり深く考えないで。私も、そうはならない事を祈っている(・・・・・・・・・・・・・・)から。」

 

「……何だか、今のパチュリーってちょっと怖いわよ。食べ物ひとつにそこまで警戒するなんて…」

 

「残念だけどルイズ、これも全て貴女の為なのよ。ここはひとつ、苦しいと思うけど理解に努めて頂戴。食事は気をつけないといけないの。貴女の食事に関しては、毒殺の可能性も含めて厳密に対処させて貰うことにするわ。」

 

ルイズは頭を抱えた。まさか、食事ひとつにこれほど神経を使うことになるとは思わなかった。心理的なハードルが跳ね上がってしまった。

おまけに自分たちはいま、その肝心の食堂へ到達する算段すらついていないのだ。

 

「……まぁ、そこまでしてくれるのは大変嬉しいのだけど。ことはそれ以前の問題なのよ。そもそも貴女、検査したくとも検査しようが無いでしょう?私が案内してあげられない以上、食堂の場所すら知ることが出来ないんだから。これは困ったわね……昨日、面倒臭がらずにアルヴィーズの食堂を案内しておくべきだったわ。」

 

そうだ、そもそもの話である。食堂についてからどうするかよりも、まずは食堂にどうやって辿り着くか、そこに議論を集約すべきなのだ。

 

「そうよ。一先ず食堂に辿り着かない事には、話が始まらないのよ。私の【念力】が切れそうになったら、貴女が助けてくれればいいんじゃない?そこはちょっと、お願いするわよ。」

 

「ダメよ。私はこの問題に関しては、一切妥協するつもりは無いから。」

 

「何でそんなにムキになるの?良いじゃない、ちょっとくらいは。この通り、お願いします。お腹が減りました。」

 

ルイズは可愛らしく、ピョコリと頭を下げた。恐らく普段の彼女ならパチュリーが客人であるからこそ絶対にしなかった事であろうが…背に腹は変えられぬ気分だったのである。

 

「嫌よ。」

 

「何でよ、ケチ!ケチンボ!前言撤回だわ、貴女なんかぜんぜん可愛いくないわよ!可愛くないったらないんだから!」

 

「まあ、今の貴女が充分に可愛いらしいからね。釣り合いがとれて良いんじゃ無い?」

 

「クッ……そういう不意打ちは、ちょっと卑怯じゃないかしら?貴女、この問題の深刻さがわかってる?このままだと、二人揃って食事が取れないまま、餓死しちゃうのよ?!」

 

ルイズは色々と顔を真っ赤にしながら蹲り……そして、突如として閃いた。

 

「そうよ、歩けば良いんじゃない……」

 

何とも拍子抜けだった。そうだこんなのは、考えるまでもない。昨日までそうしていたんだから、その慣習に従えば良かっただけなのだ。難しく考え過ぎたのである。

ルイズは大きく息を吸って頭を切り替えると、胸を張ってこの新たな教訓を語った。

 

「そうか。成る程、そういうこと!貴女の言いたい事が良く分かったわ!」

 

「……別に何も言いたい事なんて無いんだけど。」

 

ルイズはフッと微笑んだ。

やれやれ、素直じゃないのはお互いさまねと、そう言わんばかりの達観した顔つきである。

 

「まだまだ貴女の領域には程遠いと、そう言いたかったのよね?いつの間にか魔法でどうにかする事だけ考えてしまっていたけれど……身の程を顧みず、浅はかだったわ。もう少し身の丈にあった思考を身につけるようにするわ。」

 

「……コレはちょっと、先行きが不安になってくるわね。今更寝ろとは言いたくないし……」

 

「ナメないで欲しいわね。今の私は、昨日までの私じゃない。使える物は、何でも使う。魔力が切れても、私にはこの肉体がある。そういう風にしていこうと思っているから。」

 

ちなみにルイズは今、大真面目な顔をして話している。本気で喋っているのだから当然だ。ルイズの頭の中では、間違った事は何も言っていないのである。

 

「別に貴女が飛ぼうが歩こうが、どっちでもいいわよ。」

 

「……ひょっとして貴女、私が羨ましいんじゃない?パチュリー、そもそも貴女は、歩いた事が無い。だから私のこの頑健な両脚に、嫉妬しているんだわ!」

 

「……最早ついて行けないんだけど。」

 

「しらばっくれる気?悔しかったら、その魔法を解いてみなさいよ?!怖くて出来もしないんでしょう?!まずはその、達者な頭を動かす前に足を動かしたらどうなのよ?」

 

「完全に意味不明ね。」

 

「恐怖を解き放つのよ、パチュリー!眠たげな顔をしている場合じゃないわ!目覚める時は、今…………ん?眠りを覚ます?…………あああああ??!!」

 

ここでルイズは、イキナ大声を上げた。まだまだ日が昇ったばかりの時間である。周囲は大迷惑だろう。狂人扱いされても、完全に言い訳出来ない状態である。

いきなり何だと聞かれるまでもなく、ルイズは勝手に喚き始めた。

 

「こうしちゃいられないわ!早起きの素晴らしさってものを、あの女に教えてやるのよ!」

 

素晴らしい事になっているのはルイズの頭の方なのだが、彼女はその事に気付けもしない。そもそも眠りもせず不健康な事をしているのは、自分の方なのに。

 

そうして、自室から文字通りに飛び出すと……隣屋の扉をドンドンと叩き始めた。【念力】で。

彼女は今、図らずも、これまで見下してきた魔法を無駄遣いするだけの貴族と全く同じ事をしていた。

 

これだけでも完全に狂気の沙汰であるのに、徹夜明けのテンションとは恐ろしいものである。

 

「起床〜〜!ゲルマニア人、起床〜〜〜〜!朝です!起きましょう!いつまでも寝ていては、不健康です!」

 

ルイズは嬉々として叫んでいた。

彼女の頭の中では今、悔しさにハンカチを噛み締めるツェルプストー家の才女の姿が、何十回も再生されていた。最早、シミュレーションは完璧である。

 

【アンロック】を覚えておかなかったのはこういう時に不便だったが…ルイズはそれでも、気を長く持って待つ事が出来た。

 

「うるっさいわね……昨夜から一体何なのよ……」

 

「おはよう、ツェルプストー。ご機嫌如何かしら?」

 

ルイズはウズウズしてきた気持ちを抑え、魔法を使う時を今か今かと待ち侘びた。そうだ、まだまだ眠いと零すであろうこの女を、【念力】でベッドまで運んでやるんだ!何て爽快な気分になる事だろう。

 

さあ、来い!言え!言うんだ!言いなさい!

 

「ああ……魔法が使えるようになったのね?良かったじゃない。」

 

「へっ?」

 

ルイズは全く予想外の反応に、ついて行けなかった。一体、何をどう間違えればこうなるんだ?!いやいや、そもそも何故、そのことを?

 

「な、何で、どうして……」

 

「じゃあ、出来ないの?」

 

「で、出来る様になったもん!見てなさいよね、今から、こうやって……」

 

「引っかかってくれたのは有難いんだけど、わざわざやる必要無いでしょう?」

 

ルイズは杖の様に見えるだけの棒切れを振って、逆に振り回されてズッコケた。コレは、昨晩のうちに持ち物から適当に見つけ出した、本物のただの棒である。異端視されるのを防ぐ為に急遽見繕ったのだが……実際に振り回すのは初めてだった。

 

屈辱だった。こんなの!こんな筈では……

 

「こ、こうなったらもう……こんなもの使わずにぃ……!」

 

「あのね。私も初めての後には病みつきになっちゃった経験があるから、そこらへんは良くわかるのよ。落ち着きなさいって。出来る様になったんでしょう?信用するから。」

 

「な、し、信用って!いいいい一体何を言って………!!」

 

「貴女が出来もしないことを、そんな自信有り気に事自慢出来る訳ないでしょう?」

 

ルイズは何だか、狐に化かされた様な気分だった。

それはそうだ。そんな器用な生き方など、したくもない!しかしこれは、一体どういう事なんだ?どんな魔法を使えば、こんな……

 

「あ、当たり前よ。そんな事するくらいなら……って、いつから知ってたの?!」

 

「昨日から。噂になってたわよ?ゼロのルイズが、メイジを召喚したって。その時点で一つ成功してるんだから、その後成長しても不思議じゃないでしょう?……まあ、そういう訳で、お休みなさいね。」

 

そう言われて内側から【ロック】を掛けられてしまうと、今のルイズにはお手上げだった。

くっそ!こんな筈では無い、こんな筈では無かったのに……!

 

全ての成り行きをただ見ていただけのパチュリーが呼び掛けてくるまで、完全に茫然自失としていた。

 

「一体何だったの?」

 

「……隣の家の人。」

 

「こういうのは、隣室って言うんじゃないの?何やら曰くありげだったし。」

 

「……もう、無くなったわ。少なくとも私の中ではね。さて、それじゃあ行くわよ、食堂へ。」

 

ルイズは完全に気勢を削がれ、しずしずと歩き出した。

こんな筈では無い、本来なら今頃、涙を流してこれまでの愚を詫びるツェルプストーに、苦しゅうないぞと言っていた筈なのに。……徹夜明けのそうした浮ついた気分は、最早蒸散し切っていた。

 

「……やむを得ないわね。」

 

思わぬ失敗に打ちのめされたルイズに、隣でフヨフヨ浮くパチュリーが密かに赤く輝いた事には気付ける筈もなかった。



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アルヴィースの食堂 前編

 

 

ルイズは少し、気持ちを切り替える事にした。キュルケに魔法を披露した事の無意味さに、ようやく思い至ったのである。

思えば彼女とは今年度から同じクラスなのだから、授業の中でいくらでも披露する機会は訪れるのだ。

ルイズの精神状態はこのときやっと、正常に戻ったと言える。

 

見せびらかしたのが隣人だけ、というのが不幸中の幸いであった。何て情けない話だろうか。キュルケに対して、二重に借りを作った様なものだ。

ここはひとつ、頭を切り替える必要がある。寄り道をして、顔でも洗ってから食堂へ向かう事にした。

 

「貴女もしない?サッパリするわよ。ああ……その前に顔を拭くものが必要よね。ちょっと待ってて。」

 

「その気持ちだけ受け取っておくわ。わざわざ……」

 

「いいのいいの。貴女が使う使わないじゃなくて、ゲストをもてなそうとする姿勢が大切なのよ。」

 

「何を無駄なことを。」

 

「私が初心に還るために必要なことだから。協力して?」

 

こうしてルイズは、アウストリの広場から寮へと戻る素振りを見せた。その時の事である。

奇妙なものが目に入った。

 

フラフラと、洗濯物の山が二足歩行しているのである。すわ妖怪か、と身構えてしまうほどだ。

 

だが、ルイズは頬を緩めていた。

全く……朝っぱらからスゴイ奴がいるものだ。普段のルイズなら夢の中な時間帯に、当然の様に起き出して仕事を始めているとは。

おまけにこの洗濯物の量はどう見ても、積載過多だろうに。よくぞこれでまあ、洗濯カゴの底が抜けないものである。

……こんな頑張り屋さんには、1人しか心当たりが無かった。

 

ルイズは気がつくと、身体の位置をずらしていた。こうでもしないと、同居人の暴挙を止めようがないと思ったのである。

 

「パチュリー、間違っても攻撃とかしないでよ。」

 

「間違えずに攻撃するから、安心して。」

 

「そっちのミスは、元々心配してないの。そうじゃなくってね?」

 

ルイズは動く洗濯物と化したその人物を、掌で示した。

攻撃・殲滅すべき対象では無いと、パチュリーに教えるためである。早とちりで攻撃なんざされた日には、たまったものではない。この相手の正体は、山みたいに積み上げた洗濯物を抱えた女中さんなのだ。

 

「紹介するわ、メイドのシエスタよ。」

 

ルイズは少し誇らしげに、顔すら見えていない人物を紹介した。彼女としては『こんな状態でも誰だか分かるのよ、私もちょっとしたもんでしょ?』というくらいの気持ちでやった事なのだろうが……如何せん相手が悪かった。

 

「……実際こうして目にしてみると、メイドという生き物は業が深過ぎるわね。素顔を隠さないと、生活出来ないなんて。」

 

「いい加減にそれ、やめてくれない?何を勘違いしてるか知らないけど、あの子を見下している様に聞こえるから。」

 

「私は見下げも見上げもしないわよ。」

 

「そりゃあそうでしょうけど、言い方ってもんがあるでしょうに。」

 

「あ、その声はミス・ヴァ……アワワワ?!」

 

ルイズが喋り終えた所に、洗濯化物が襲いかかってきた。

おおかたスッ転んだのだろう。そりゃ、視界が塞がっていたんだから当たり前だ。自分に向けて衣類の数々がハラリハラリと舞い落ち……る前に、ルイズは素早く念力の魔法を使った。

 

洗濯籠を受け止めたのである。

まあ、それだけの事ではあるのだが…

 

「あ、ありがとうございます……ミス・ヴァリエール。魔法まで使って頂いて……ごめんなさい、すぐに受け取りますね。」

 

どうやらこの黒髪のメイドにとっては、そうでは無かったらしい。

恐縮させてしまった。

 

ああ、そう言えば。

私はメイジである前に、貴族だった。

 

ルイズはその事に思い至り、冷水を浴びせられた気分を味わった。

 

「おはよう、シエスタ。これは練習の一環だから、貴女が気にする事ないのよ。それよりも…貴女に紹介したい人がいるの。」

 

ルイズは優雅な仕草で真横に手を向けた。洗濯カゴを、ユックリと洗い場の上に置いた後で。

 

「こちちがパチュリー・ノーレッジよ。……まぁ、東方から来た凄腕のメイジだと思ってくれれば良いわ。貴族ではないから怖がらないで大丈夫よ、けれども礼儀だけは尽くして頂戴ね?私の大切な客人だから。パチュリー、此方がシエスタよ。妙な思い込みは捨てて、この子の言動から全てを判断してね。」

 

難しいだろうけどね。

ルイズはその思いを、努めて表情に出さない様にした。

 

「あぅ……ミス・ノーレッジ、はじめまして。シエスタと申します。こちらのトリステイン魔法学院で、メイドをやらせて頂いていまふ。」

 

「おはよう、シエスタ。パチュリーでいいわよ。」

 

噛み噛みじゃない。

ルイズは思わず苦笑いを浮かべてしまい、そのまま浮かんだ疑問をパチュリーにぶつけた。

 

「随分と普通な挨拶じゃない。一体どういう心境の変化なの?」

 

「……警戒するのがバカバカしくなったのよ。コレは何て言うの?人違い?」

 

「筋違いよ、恐らくは。勘違いは今更でしょうし。……まぁ、こんな感じで世間知らずな所があるけれど、悪い人じゃないのは分かって貰えたかしら。何よりも、貴族とは全然違うでしょう?」

 

「はい!よろしくお願いしますね!困った事があったら、何でも言って下さい!」

 

ルイズはここで、思いついたことをすぐさま口にした。

パチュリーがこれから先を口にした途端に、折角の雰囲気が台無しになると思ったのだ。

 

「それなら早速私から、お願いがあるのよ。この子にタオル持って来てくれないかしら?眠そうな顔してるでしょう、顔でも洗わせてあげようと思って。」

 

「はい、喜んで!」

 

満面の笑顔で頷くシエスタを見送ると、ルイズは首を傾げた。そう言えば、と思う所があったのである。

このパチュリーを一瞬で信用させるとは、シエスタは実は大物なんじゃなかろうか?

 

 

 

 

ルイズの生まれ育った家庭は……というよりは、母親がメチャクチャ厳しい。

このトリステイン魔法学院への入学理由を聞かれたら、ルイズは躊躇うことなくこう答えただろう。

 

「母様から逃げ出すためです。」

 

面接試験がなくて、何よりであった。傍からはフザケている様にしか聞こえない。

しかしそれくらい、当時のルイズには母様がおっかなかった。入学後の三年間を劣等生として過ごすくらいは、あの人の恐ろしさに比べれば何てことは無いと、本気でそう思っていた。それほどおっかないのである。

 

だからその……ルイズとしては非常に癪だったが、彼女は生粋の令嬢な割に洗濯のノウハウがあったりする。ワインをフッ溢す等の不始末は、悉く自分の手で償わされたからだ。

 

だからこそその経験を、ここに来て活かしてみたくなるとは思わなかった。

ルイズは今、念力だけを用いて洗濯にチャレンジしているのである。

 

そもそもシエスタにパチュリーが使いもしないタオルを取りに行って貰ったのは、この状況を作り出す為でもあった。

やらせろと言っても、恐縮してやらせて貰えないだろうから。

 

「平民の仕事は、魔法の下位互換……こんな事言ったのは、一体何処のバカかしら。」

 

ルイズの挑戦結果は、儚く終わりそうだった。

ある程度の硬さがあるものを運搬するのと違って、衣類の様な不定形軟体を洗おうとする試みは、メチャクチャ難しかった。

 

全然できない。

ようやく出来た事と言えば、二点保持してバシャバシャ水に漬けるくらいだった。

全然汚れが落ちていないので、誰がどう見たって手でやった方が速い。

 

タオルを片手に戻って来たシエスタもこの点、意外と容赦無かった。

悪意が無いのはパチュリーと一緒だが、笑顔で心を抉って来たのである。仕事の事になると見境なくなるタイプの様だ、やっぱり大物だ、とルイズは確信した。

 

「お手伝い頂けるのは大変有難いのですが……それなら干すのを手伝って頂けませんか?そうしてくれると、私としても非常に助かります。」

 

要はお払い箱である。

水の系統魔法を覚えていればこうはならなかったのだろうが……ルイズにもプライドがある。数時間前に極めると決めたばかりの魔法から、イキナリ浮気するのは性に合わない。

 

ルイズは割り切った。

シエスタが次々と洗い上げて行く衣類を四苦八苦しながら、物干し竿に引っ掛けていく事だけに集中した。

そうして全てが終わる頃には、シエスタの意外な一面を垣間見る事になった。

 

「ひ、酷いじゃないですか、ミス・ヴァリエール?!私のやる事が無くなっちゃいましたよ?!わ、私はこれから、一体どうすればいいんですか?さっきのペースでは、まだまだ干すモノがある筈だったのに……私を油断させて、こんなことするなんて……やっぱり貴族様は怖いです!残酷です!私の仕事を返して下さい!」

 

手助けとは、簡単なようで奥深いものである。

何と、喜ぶどころか仕事をよこせと不満をブツけられてしまった。

ルイズの学習速度は、シエスタのスケジュールを狂わせてしまった様である。

 

この子はアレだ、根っからの仕事人間なのだ。

まさか平民から受ける人生初の苦情が、こんな前向きなものだとは思わなかったルイズである。最早苦笑いしか浮かばなかった。

 

「アンタやっぱ良い度胸してるわよ……そうね、とりあえず場所を変ましょう。私達もこの後、食堂に行くつもりだから。貴女の先輩にお願いして、仕事を分けて貰うのはどうかしら?」

 

「ご、ごめんなさい……そうですね、今の時間なら、きっと朝食の用意で大わらわですよ。やりがいあります!」

 

一瞬肩を縮こませた後に目を輝かせ始めるシエスタを見て、ルイズはジト目になってしまった。誰に対してとは、聞くだけ野暮だろう。

 

「貴女も少しは見習ったらどうなの?見なさいよ、この輝かしいばかりの勤労意欲を。朝日より眩しいじゃない。」

 

「私は後で働くから。」

 

「……ハイハイ、貴女みたいな人はみんなそう言うのよ。食堂を検査するんだっけ?まぁ……普通に考えれば立派な仕事なんだけど……貴女なら楽勝な気がするのよね。」

 

「検査だけならね。」

 

「……嫌な予感しかしないわね。」

 

こんな具合で食堂に向かうと、やはり食堂の10メイルくらい手前で一悶着あった。いつもの様に普通に近づこうとするルイズを、パチュリーが引き留めるのである。それもかなり強引に。

ルイズは一歩も動けなくなった。原理的には同じ念力なのだろうが、まるで別物だ。

 

「ちょっと、放してよ。」

 

「ダメよ。この施設が絶対に安全だと言い切れるまで、入場は許可出来ないわ。」

 

「……そういう貴女に検査する素振りが無いのは、私の気のせいかしらね。手っ取り早いとか言って、イキナリ消毒から始めるつもりじゃないの?」

 

「何か問題が?」

 

「……ほんっとに、ミスタ・コルベールはヒドイ先生よね?お陰でどんどん悪知恵つけていくんだけど。中で働いている人に、迷惑かかるでしょうが!……そもそも消毒って、一体何するつもりなのよ?」

 

「焼却よ。迷惑も何も、感じる暇は与えないから安心して。痛みを感じる前に、灰にするから。」

 

そうして、パチュリーの身体が真紅に輝き始めた。何だか分からないが、ヤバイこと間違いなしである。

燃やすと言ってこの色は、シャレにならんだろう。

 

ルイズは一先ず、シエスタに注意を呼び掛ける事にした。パチュリーの拘束が外れたので、少し余裕が出来たのである。

 

「……まあ、いつもという訳じゃないけど、時折こんな事になるから。その時は私を呼ぶ様にしてね?」

 

「な、何を呑気なこと言ってるんですか、ミス・ヴァリエール?!そんなこと言ってる場合じゃないでしょう?!」

 

「……慣れ?」

 

「慣れちゃダメですよ?!パ、パチュリーさんって、貴族様よりオッカナイじゃないですか!私達の仕事場が、七面鳥みたいに燃やされちゃうんですよ?!ミス・ヴァリエールまで毒されちゃ、ダメじゃないですか?!ちゃんと止めて下さいよぅ!」

 

「私を一緒にしないでよ。最早こうなったら、誰にも止めようが無いんだから……まぁ、やりようはあるから安心して頂戴。」

 

ルイズはそう言うと、ロケットの様な急発進を見せた。浮かぶときの感覚を90度変えて水平に、力任せにやったのである。

勿論そんなことをすれば、豪快にヘッドスライディングをカマス事になるのだが…

 

「…そこをどきなさい。」

 

「嫌よ。私はこれから、朝食を摂るんだから。」

 

今のルイズの位置取りは、アルヴィーズの食堂の真ん前にあった。さしものパチュリーも、これではルイズの身を案じて魔法を使えないのであろう。巻き込むつもりでやるなら、とっくの昔にやっているのだから。

 

ルイズはパチュリーが、色々と小細工しているのを知っていた。

長ったらしい詠唱をして威力を抑えようとしたり、無駄な発光で魔力の発散を図ったり。ルイズを巻き込む気が無いのは、一目瞭然だったのである。

 

だからこうすれば、パチュリーは自粛せざるを得ない。

これは、自身を盾にしたルイズの戦術的勝利と言えた。

 

彼女はシエスタが持って来てくれたタオルで鼻血と顔の泥を払うと、意気揚々と食堂の扉を開けて中へと消えていった。

 

「……どう見ても同類じゃないですか。食堂に入ろうとしただけで、何時間かける気なんですか?」

 

シエスタがボソリと呟いた言葉は、誰にも聞かれる事は無かった。

 

「二人で時間稼ぎをして、私の仕事時間を奪うなんて……、やっぱりメイジ様は怖いです。恐ろしいです。」

 

 

 

 

 

 

漸く辿り着けた筈の食堂で、ルイズは食事を摂っていなかった。

美味しそうな香りを嗅いだ瞬間に全てを忘れ去り、すぐさま食事を強請ろうとすら思ったのだが……思わず食欲を忘れてしまった。

 

パチュリーが、キュン死するレベルに可愛い事になっていたのである。

 

「コレは何?」

 

「何って……アルヴィ―だけど。ガーゴイル、自動人形よ。可愛いでしょう?」

 

「可愛いって……そんなレベルの話じゃないでしょう?」

 

確かに可愛いどころの話では無かった。

パチュリーが、小さな一体のアルヴィ―と見つめ合っているのである。相変わらずの鉄仮面だが、完全に目を奪われているとしか言い表しようがない。ミセス・シュブルーズ著のコモン・マジックの教科書を読んでいたとき以上に、熱中している。

 

至近距離で見つめ合う美少女と愛くるしい人形……これほど見る者の心を和ませる光景も無いであろう。

 

だが、相手はあのパチュリー・ノーレッジである。ルイズは釘をさすことにした。

 

「パチュリー……アルヴィ―が可愛いからって、持って行こうとしちゃダメよ?」

 

「この場で分解するのは?」

 

「そんなに気に入ったの?全く……もっと素直な愛情表現は出来ないのかしら。それ、人にやっちゃダメだからね?勿論そのアルヴィーにも。」

 

「そういう問題じゃあ無いのよ。コレを見て分からないの?」

 

そう言って、パチュリーはアルヴィ―のことを持ち上げた。ルイズの目にはどう見ても、アルヴィーの愛くるしさを指し示しているようにしか見えなかった。

 

「はいはい、確かに可愛さを超えた何かよね。ごめんなさい、もうお腹いっぱい。」

 

「……話にならないわね。確かに今の貴女のレベルでは、この価値に気づけよう筈も……」

 

「鼻血が出そうだから、もうやめて?」

 

アルヴィ―の可愛らしさに、完全に心を囚われてしまったようだった。これはもう、放置するしかないだろう。せざるを得ない。今のパチュリーに何かしたら、どんな事をし返されるものかわかったものでは無かった。

 

 

 

 

もう少し視点を広くとって食堂全体を見てみると……ルイズは目が点になった。

単純に皿を運んでいるだけに見えたシエスタの先輩達は、結構スゴイことをしていたのである。

 

「料理の盛り付けや、掛けられたソースの広がりを変えないように運ぶのがコツなんですよ。料理は食べられる前に、見られるものですから。」

 

実際にシエスタの先輩にやり方を教えてもらうと、思わず心が震えた。

そこまで気を遣って料理を運んでくれていたのか、という感謝と。

念力で同じことを手伝いたい、という欲求に。

 

「一枚ずつ、ゆっくりお願いしますね。急ぐ必要はありませんから。」

 

「分かったわ。先ずは空のお皿で練習してから始めるわね。これ以上、貴女達の足を引っ張るつもりは無いから。」

 

ルイズの真剣な頼み込みは、シエスタの先輩達の理解を得られたようだった。はじめのうちは、貴族様がこんな時間から何事かと大騒ぎになりかけたのだが……。丁寧に一から説明すると、困惑しつつも了承してくれた。

 

その隣ではシエスタが、貴族様の横暴です、私達から仕事を奪うつもりなんですと泣き始めてしまった。今は一人の先輩から、生暖かい目であやされているところである。ちなみにその後で仕事を分けて貰うと、何事も無かったかの様にケロリとしていた。

 

そうして、入念な予行演習を重ねて実際の配膳にも慣れ始めた頃。

ルイズは妙な事に気がついた。

 

ここアルヴィーズの食堂で出される食事のメインは、大皿で提供される。だからだろう、シエスタの先輩達も一枚ずつ運んでいた。これだけ繊細な扱いをしているのだから、当然に思える。

 

だがその後輩たるシエスタは、傍目にも4倍の仕事量を誇っていた。

何故かと言うと、お皿を片手に三枚、もう片方に一枚持って、テキパキと配膳しているからだ。

 

それだけではない。

よくよく見ると、食事中の人間を想定し、その邪魔をしないサーブの仕方をしている事がわかる。

正直、こんなところでメイドをやっているのが不思議なくらいに優雅で洗練された動き方だった。

 

「これはちょっと……対抗心をソソラレちゃうわよね…」

 

小物の運搬は、念力の十八番である。

いくらシエスタがその道のプロとはいえ、魔法には勝てないだろうという思いがあった。

 

だが……今のルイズには3枚運びが限度だった。

両手でやる事を片手ずつに割り振るイメージは比較的容易かったのだが……想像の中にしかない第三の手を動かそうとするのは、全く別物だった。肉体に依存しないイメージを構築する事は、想像していた難易度の遥か上を行った。ましてや第四の手とか、今の段階では想像すらつかない。

 

ドットのメイジながらに7体のゴーレムを操る同級生がいたが、アレは結構凄い事なのだろう。7体分の質量を一纏めに操るのは容易いが、分散して独立させるとなると……ちょっと見直してしまう。キザな優男のイメージが一変した。

 

というよりも。

ルイズは愕然とした。

 

メイジなのに。

魔法を使えるのに。

完全に負けている。

 

一体何が起こっているんだ?

ここは、単なる食堂では無かったのか?

ここには本来、食事をとるために訪れた筈である。

 

それが何故、こんな事になっているんだ?

パチュリーは相も変わらずアルヴィーの目と鼻の先で茫然自失としているし。

ルイズはルイズで、念力の応用の壁に直面させられるし。

 

ここは、果たして本当に現実の世界なのか?本当のルイズは実は眠っていて、明晰夢を見ているだけでは無いのか?いや、それにしてはこの美味しそうな料理の香りは、余りにも生々しい。

 

そうして、ルイズは茫然自失とする余り、念力で浮かせた三枚の皿を取り落としてしまっていた……

そして、その事に驚いたシエスタも全ての皿と料理を床に落としてしまい……

 

とうとうこの場の主を、引っ張り出す事になってしまった。

 

 




後編に続きます。今日明日には公開出来ると思います。


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アルヴィーズの食堂 後編

ルイズの身体に、激震が走った。

それはもう、強烈に。直前までの気持ちが全て、吹き飛ぶくらいには。

 

「遊びじゃないんだぞ!オレ達の仕事を、一体なんだと思っている!料理くらいは誰にでも出来る、溢してしても作り直せばいい、そう思っているんだろう?!だからこんな事になるんだ!オレ達は、アルヴィーじゃないんだよ!同じことを同じ様に、淡々とは出来ないんだ!こんな事をされたら、腹をたてるんだよ!」

 

彼女の目の前で今、広大な食堂を取りまとめる給仕長が、大噴火を見せていた。

 

おっかなかった。

 

昨日は昨日でパチュリーが癇癪を起こして恐ろしい思いをしたが、あんなの比較にならない。ルイズにとってこの世で一番恐ろしいのは実家の母親で間違い無いが、それとはまた異なる恐ろしさだった。コレは、ルイズが産まれて初めて味わう、本物の怒りというものだった。

 

まさか、魔法が成功する様になったその日のうちに、こんな目に合うとは思わなかった。

こんなの、屈辱以外の何物でもない。百歩譲ってこれがまだ、昨日までの自分なら許せただろう。しかし今や、ルイズは1人のメイジだった。いや、今までもそうだったが……昨晩には普通のメイジとして覚醒した筈だった。

 

それが、こんな、食器の配膳ごときに失敗し。あまつさえ怒鳴り声を上げる平民男性に震え上がるとは。

こんなバカな話があるか?

 

何よりルイズが気にくわないのは……怒られているのが自分ではないという事だ。

彼女の目の前で犬の様に床に座らされ、しゃくりあげているのは……日頃世話になり今朝一緒に洗濯をしたばかりの、シエスタなのである。こんなの彼女にとってみれば、トバッチリ以外の何物でもないだろう。

 

「あのね……そのくらいにしておきなさいよ。悪いのは私でしょう?」

 

「いいや、アンタは何も悪くないぜ、貴族様。元より貴族とは、そういうもんだろう?アンタは魔法を使ってオレ達の手伝いをしてくれたんだ。感謝しかないよ。コレは、アンタに……貴族様に無理をさせた、この子のミスなんだ。」

 

「そ、それは私が調子に乗ってボンヤリしてたから……」

 

「申し訳ありませんね、最近耳が遠くなってまして。何を言ったのか聞こえませんでしたよ。そもそもコレは、いわゆる平民同士の話に過ぎないだろう?……分かったら、とっとと出てった方がいいぜ?こんな姿を見られたら、貴族のお友達からバカにされるんじゃないか?」

 

ルイズは最低な気分を味わった。何なんだコレは。これではまるで、自分の非を人のせいにするダメ貴族と、それに目を瞑る意地汚い平民の様ではないか。

こんな真似をする為に始めた事では無かった筈だ。

 

確かに三皿分の料理を台無しにしてしまった。

おまけにその時は、目の前のことを忘れて別なことを考えていた。

それに釣られたシエスタも、損害を齎してしまった。

しかしこの一連の出来事の根本は、善意に根ざしていた筈である。

 

「……ううう、うるさい煩〜〜い‼︎何よ、何なのよ?!怒りたいなら怒れば良いじゃない!目を逸らされる様な、恥ずかしい真似はした覚えは無いのよ!」

 

「……だったら命令してくれよ。シエスタ達にそうしたみたいに。」

 

「め、命令なんてしてないわよ……お願いしただけなのに…、何なのよコレは……わかったわよ。お、怒りなさいよ…」

 

次の瞬間には、ルイズは飛び上がりそうになってしまった。

 

「だったら何をそんな所で突っ立っている?!お前もここに座れ‼︎」

 

怖い…

 

ルイズは今、初めて人に怒鳴られていた。さっきまでシエスタが怒鳴られるのを見ていたが、そんなのメじゃなかった。

 

びっくりしたのである、本当にビックリした。

 

ルイズは静々と、大声に従うしか無かった。床に座れだなんて貴族が出来るか、とかそういう思いは頭から消し飛んでいた。それくらい、人の声には人を動かす力があるのだ。そのことを初めて思い知っていた。

 

「…何が見える?」

 

噴火を抑えるような低音の声が響き、ルイズはそれだけで身震いしてしまった。

 

「…床。」

 

「それだけか?」

 

「…随分と綺麗よね。」

 

直後に、ルイズは再びビクリと肩を竦めた。

 

「言葉遣いに気をつけろ!お前は、父親と母親から、一体何を教わったんだ!畏る時に口調を改めんとは、一体なんのつもりだ?!」

 

「マルトーさん、マズイですよ。貴族様にそこまで言っちゃあ…」

 

コック帽を被った一人が口を挟んだが、一喝されていた。

 

「煩い!お前こそ、こんな所で何をしているんだ?!誰が手を休めろと言った!コックが厨房から出て来て、一体何をするつもりなんだ?!見せもんじゃないんだぞ!」

 

怒鳴られたコックさんは渋々と、厨房に引っ込んでしまった。シエスタと連座させられたルイズは、仕方なく言い直すしか無かった。

 

「…うう、随分と……綺麗です。」

 

「フンッ、なかなかいい所見てるじゃないか。」

 

ゴツゴツした手で頭をグシャグシャと撫で回され、ルイズは顔を顰めた。パチュリーが衛生状態が云々とよく分からないことを言っていたから、気がついただけである。

こんな時まで支えられているのかと思うと、情けなかった。

 

「この床はな、オレが毎朝、真っ先に綺麗にしているんだ。何故だかわかるか?」

 

「私達に綺麗な食事を出すためじゃ……ないんですか?」

 

「それもそうだが、一番の理由は、ここだよ。」

 

ルイズはそうして、この歳になってから初めて男性に胸元を触られた。いや、触るどころの話ではなく、ゲンコツで左胸をブっ叩かれたのだが。

思わず蹲ってしまったが……不思議と衝撃だけで痛さは無かった。

 

「わかるか、心だ。俺たちは、自分の仕事に誇りを持っている。だからいい仕事が出来るんだ。そのためにはまず、心を綺麗にしないとダメだ。薄汚い仕事場では、心まで汚れちまう。だから、綺麗にするんだ。そうしないと、いざって時にも困るからな。色々あって下を向いちまった時、床まで汚かったらドン底だろう?だから、ここだけは汚さない。汚れても、綺麗にするんだ。」

 

ルイズにはちょっと、難しい話だった。ここまで思いを込めて仕事をする人間がいるとは、思わなかったのである。どんな気分なのか想像もできない。

手伝いだからって気を抜いたのがいけないと、そういう事だろうか?

 

「オレもああ怒鳴っちまったがな、本当は嬉しかったんだよ。まさか貴族様がオレ達の手伝いをしてくれるなんて、どんな立派な奴かとガラにもなく期待しちまったんだ。だが……蓋を開けてみれば何てことはない。思い上がったクソ野郎がいたんでな、ムカついちまったのさ。」

 

「…うう、それは謝ります……」

 

「オマエだけの事じゃないよ、シエスタもそうなんだ。……いや、オレも含めてここにいる奴らみんな、ちょっと前だったりこれからだったり、舞い上がったクソ野郎な時期があるんだ。みんなそうなんだ。

 

だって、毎日毎日、必死に努力してるんだぜ?自分の腕が上がったら、それを披露したくもなるじゃないか。そうなって、当たり前なんだよ。真面目にやってる証拠なんだ。何も恥じる事はない。オレ達の腕前は、披露してナンボなんだ。自分だけでスゴイこと出来ても抱え込んじまったら、折角の苦労が台無しだぜ……お前もそう思うだろう?」

 

ルイズにも、漸く分かる話になってきた。そうだ、確かに昨晩の成果ではあるのだが……ルイズはその前からずっと、人を笑顔にする魔法が使いたかったんだ。だからその機会が訪れて、いても立ってもいられなくなってしまった。

その際に少し、自分だけの興味に走ってしまったのは反省すべきところであろうが……

 

「だがな……それだけでも、ダメなんだ。出来るからって、人のためになるからって、それだけの理由でやっちゃあダメなんだよ。どんなにいい見栄えのカットが出来たと思ってもな、一部の皿にだけ載ってるんじゃあダメなんだよ……なぁ?!ピエット!そうだろう?!オマエ、都合の良いときだけ厨房に隠れるんじゃねーよ!」

 

「親方、何も貴族様の前で……クソっ!はい、ええ!そうです!そうですよ!」

 

先ほど怒鳴り飛ばされた若手のコックさんが、苦笑いしながら頷いていた。

 

「おい、聞いてたか?!スローン、お前もだよ!断りもなく新配合のソースを出しやがって?!何だったんだよ、ありゃ?!どう考えても全員分作れる様なレシピじゃなかったよな?!マニアック過ぎるんだよ、オマエの配合は!あんなのは、自分の店を持ってからやれ!」

 

「あの事は水に流すって……ええ、はい!」

 

「よしよし……それじゃあ最後に、オマエに確かめるわけだが……何でか分かるか?」

 

ルイズは、首を振った。

 

「わからないわ……です。」

 

「いいか、よく聞けよ?オレ達はな、食べてくれる奴等みんなのために料理を作ってるんだ。分かるか、皆だ。オマエが食事の席に座ったとき、隣の奴だけ見栄えの良いものが出ていたら、それだけでメシがマズくなるだろう?隣の奴だけ違う味の料理を食ってたと分かったら、折角の満腹感が台無しになるじゃないか?

 

だから、オレ達は皆で一つなんだ。誰がやっても、同じ見栄え、同じ味のする料理を出さなきゃいけない。自分だけが出来るんじゃダメなんだ。やる時は、皆で、一緒に。これが出来ない奴は、どんなに腕が立っても、ここでは働かせたくない。働かせられない。こんな事が分からない奴に、ここで働く資格は無いんだ。」

 

ルイズは何とも言えない気分だった。料理の話は、何となく分かった。

だがそれが、自分が皿を割ってしまって怒られているのと、どう関係するんだ?それだけ大変な思いをしている料理を台無しにしてしまったと、そういう事を怒っているのだろうか?

 

だが……どうにもそれだけでは無い様な気がした。

ルイズが何とも言いあぐねていると、マルトーはその場からゆっくりと立ち上がった。そうして優しい手つきで、ゆっくりとルイズの事も立ち上がらせてくれた。

 

「オレは魔法なんて使えないけど、アンタの今の気持ちなら何となくわかるよ……嬉しかったんだろ?頑張って、腕を上げたんだろ?出来なかった事が、出来るようになったんだろ?それなのに、何で怒られなきゃいけないんだよな。マジで白けるぜ、こういうの。

 

これまでの頑張りは、一体なんだったんだって……オレだって、何度もそう思ったことあるよ。自分の方が凄いこと出来るのに、出来もしない奴に偉そうにダメだとか言われた時なんざ、ブッ殺してやりたくなったよ。……実際、ブン殴っちまったしな。何をシラけたツラしてんだよ、努力しろよ、オレを見習えよって。知った風なこと言うなよ、何様だよって、そう思ったんだ。そして多分、みんなそう思ったことあるんだ。だけど……そう思っちまったら、やっぱどっか違うんだ。だって、そうだろう?そんな思いをする、そんな思いをさせる為に腕を上げたんじゃ無いんだ。みんなに笑顔になって貰うために、腕を磨いたんだ。オマエもそうだろうが。」

 

言葉の迫力に圧倒されているルイズは、ただただ頷くことしか出来なかった。だが、この場合はそれだけで良かったようだ。

 

マルトーは、シエスタの先輩に対して昔話をしろと言った。その内容は、同じ貴族としてはルイズには耳の痛い話だった。

 

その頃は先ほどのシエスタの様に、複数のお皿を持って配膳していたそうだ。

そうしたら、生徒の一人に文句をつけられた。

 

自分は隣の者のついでなのか、と。

一枚ずつ敬意を持って、ちゃんと提供したたまえ、と。

ここは貴族の食堂なんだ。

平民の理屈で不快な思いをさせてくれるな、と。

 

「正直……言われた時には、いつものお叱りの類だと思いました。言いつけを守って効率が下がったら、それはそれで目くじら立てられるのでしょうと。けれども皆で話し合って結局、言われた通りにしたんです。何故なら、私達のお客様は貴族様ですから。一理ある要望を、こちらの理屈で撥ね付けるのは、身分に関係無くやってはいけない事だからです。だから……この食堂では、効率は下がっても一枚一枚提供するのがルールなんです。シエスタには、一番初めに言い聞かせていた筈だったんですが……」

 

「ご、ごめんなさい……ミス・ヴァリエールが見ていると思うと、思わず張り切っちゃって……」

 

なんてこったい。

ルイズはてっきり、シエスタが特別なのかと思っていた。だが別に、そうではなかった様だ。何も、人より多くの事が出来るというだけで、凄いという訳ではないという事か。敢えてそうしない、我慢している凄腕がこれ程いたのかと思うと、ため息しか出ない。

 

それより何よりも、やっぱり私のせいなのか。嫌になってくる。

 

「オレは、オマエやシエスタみたいなヤツ嫌いじゃ無いんだよ。頑張ってるヤツほど、工夫するからな。一悶着あるくらいで、丁度いいんだ。そういう意味では、オレにキレられた事の無い奴は、まだまだ努力が足らないって事でもある……。だがな、何処の世界にもルールがあるんだ。コレが無い場所は、どんなに綺麗で豊かでも、単なる未開地だ。逆に言えばルールのある場所は、それだけで聖地なんだよ。」

 

いきなり話が飛びすぎて、ルイズは一瞬ついて行けなくなかった。聖地って言えばアレだ、サハラの奥にあるアレの事でしょう?

こんな近くにある筈も無い。

 

だがコレがモノの喩えだという事くらいは、ルイズにも理解出来た。

 

「改めて言うと小っ恥ずかしいんだがな、間違っちゃいない筈だぜ?何をやっても許される、そんな無法地帯が聖地な筈が無いじゃないか。後はその……ルールの質の問題だな。残念だがオレには、非効率なものを守らせることしか思いつけない。けれども……アンタはメイジで、魔法が使えるんだろう?だったら今後、もっとスゲーのが作れる筈だ。そうなって欲しいモンだぜ。」

 

随分と大袈裟な話だが、ルイズにも漸くこのマルトーの怒りの理由が見えて来た。

この人は、この人なりの聖地の管理者なんだ。だからそこのルールを破る人には、どんな理由があって同情できても、罰を与えざるを得ない。その事自体に怒りを感じているのだ。何故ならば規則の周知不足は、この人のせいでもあるから。

 

いや……きっと、みんながお互いを思い合えばルールすら必要無いのだろう。だが、そんな世界は想像の中にしか無い。今、現実を生きる私達には決して辿り着けない場所にしか無いのだろう。

 

「よし!話は以上だ!一言で言えば、決められたルールは守れってこったよ!それだけだ!悪かったな、長話しちまってよ!オマエらも動け!シエスタ、グズグズすんな!オマエの大好きな仕事を与えてやる!この貴族様……そういや名前何て言うんだ?」

 

「ヴァリエールよ。」

 

「家名なんて聞いてもわかんねーよ。違うよ、後にくる方じゃなくて先のヤツだよ。」

 

「……ルイズよ。」

 

「よし!このルイズ様の部屋に食事をお届けしろ!こんな泣きっ面を晒させる訳にはいかんだろ!」

 

その時の事だった。

今、こうした雰囲気には一番口を出してはいけない存在が、横槍を入れて来た。

 

「それはやめて欲しいわね。」

 

ルイズは頭を抱えたくなった。いや、実際に気がついたら抱えていた。

 

うわ、最悪だコレ。

この後の展開は想像に難くない。下手すりゃ元の木阿弥で、この施設が丸ごと灰燼に帰してもおかしくない。

 

そのくらいこの場に首を突っ込んで欲しく無いのが、パチュリー・ノーレッジだった。

 

「なんだオマエ?」

 

「ルイズの使い魔よ。一罰百戒に倣って、この子には割った皿の枚数の100倍の食事を抜かせましょう。」

 

「成る程、そいつぁいいアイディアだ!採用!」

 

んな訳あるか!絶対、そういう意味の熟語じゃ無いから、それ!

ルイズは真っ青になった。

そんな事されたら、普通に死ぬ。餓死してしまう。

 

「……って言うのは冗談だから、あんまりマジな顔すんなって。そこまで鬼じゃねーよ、オレも。」

 

「い、今さっきのマルトーさんは、オーガより怖かったですよぅ……」

 

「……シエスタ、貴女はもう配膳に戻りなさい。」

 

シエスタは先輩に連れられて、その場を後にした。

とはいえ、すぐ側で仕事をしているのだが。

 

さて、こうなるとこの場には最も会話をして欲しくない2人+ルイズだけが残された訳である。胃が痛くて堪らない。

 

先制射撃は、マルトーの口から発せられた。

 

「アンタ、オレの一番嫌いなタイプのヤツだよ。何でも出来る、出来て当たり前ってツラしてやがる。そういうのとは、ソリが合わねーんだ。この子を殺すつもりか?バカな事言ってんじゃねーよ、顔洗って出直して来い。」

 

「不思議な事があるものね。貴方に私の何が分かると言うの?」

 

「何もわかんねーよ。そもそもオレは、賢くないんでな、料理の腕前でしかものを語れない。だからこそ……アンタが凄い何かだってことくらいは分かるよ。それで、一言だけ言っておきたい。」

 

マルトーはそう言うと、ルイズの頭を再びグシャリと撫でた。

正直、やめて欲しい。最早セットも何もないくらいに台無しである。だが不思議と、嫌な気分はしなかった。

 

「何を考えてるか知らないが、やめておけ。ソレはアンタの独り善がりだよ。この子はきっと、後から知って後悔する。アンタは自分が良いと思った事を、説明もなく人に押し付けるタイプだ。そんくらい、目ぇ見りゃ分かるんだよ。まぁ……このくらいしか分からんがな。」

 

ルイズはこの時ようやく、昨晩からパチュリーが色々と食事を摂らせまいと動いていた事に気がついた。そうだ、そもそも一体、それで何をさせようと言うのか。

 

「パチュリー、貴女一体、私に何をさせたかったの?」

 

「捨食の術。言ったでしょう?毒殺とかのツマラナイ死に方はして欲しく無いと。」

 

「何だい、そりゃ。断食みたいなモンか?」

 

「それだけでは無いけれど、無期限にやれば術の半分は満たすわね。」

 

ルイズは寒気がした。

間違いなく死ぬだろう、そんな事をすれば。

いや、というよりも。そんな恐ろしい事をさせようとしていたのか?今の私に?術のあと半分って、一体何をすりゃいいんだ?

とても出来る気がしない。

その前に死んでお終いだ。

 

「そんな事したら間違いなく……」

 

「私は産まれた時からそうしている。貴女には中途半端な魔法使いで終わって欲しくは無い。最低限、私と同じ視点からは魔法を見れるようになって欲しいと思っているの。」

 

あまりの事に、言葉も出ない。ルイズは今、この魔女の底知れなさを改めて思い知った気分になった。

同じ魔法を扱う存在でも、メイジとは何かが違うと思っていたが……まさかここまで隔絶しているとは。過剰な期待を寄せるのは、やめて欲しい。

 

しかし……この場にはルイズとパチュリーの二人だけではなく、別な人物もいる事を忘れていた。

 

「なぁ、それ……喰っちゃダメなのか?」

 

マルトーであった。

自分の分かること以外には関心を示さぬ人間なのは間違いないので、その彼がこうして口を挟むという事は、彼の中では何かが像を結ぼうとしているのだろう。

 

「その術は……いや、魔法か?何だかよく分からんが、喰ったらお終いとか、そういうヤツなのか?」

 

「そんな浅はかなものでは無いわ。その程度の柔軟性は織り込み済みよ。」

 

「……だったら食ってみろよ。」

 

ルイズは思わず溜息をつきそうになって、マルトーの顔を見た。

おいおい、そんな柔軟なヤツじゃないんだって、このパチュリーは。

 

「喰うな、だと?アンタが食わねーのは分かるよ。だけどな、強制すんなよ。料理を食ってみたことがないから、そんなバカな事が言えるんだ。一口でいいから、ここの料理を食ってみろよ。そうすりゃ、どれだけ今まで損してたか分かるよ。」

 

「私にはそんなものは必要無いのよ。」

 

「そんなもの、だと……?」

 

ルイズは続けて起こる筈の大噴火に備えて、耳を塞いだ。

だが、そうではなく念力で浮かぶべきだった。

マルトーは、卓上に拳を叩きつけていたからだ。それだけでも、床が揺れた。

 

「アンタも一端に何かを極めた身なら、人のやる事をバカにするな!オレ達のこの料理はな、一つの作品なんだ!皆でこれまで努力して、辿り着いた結果なんだよ!」

 

マルトーはそう言うと、大きく息を吸った。

 

「……頼む。試しに食べてみてくれよ。これまでモノを喰った事が無いアンタにだからこそ、頼みたい事なんだ。オレ達の努力の結晶が、初めてモノを食べる人間にどれだけのものを与えられるのか、確かめたいんだよ。」

 

ルイズはここで、口を挟む事にした。

そもそもパチュリーには、このハルケギニアの世界を教えてあげたいと思っていたのだ。今や正しく、その機会が訪れようとしているのである。

 

「私からもお願いするわ。食べてみて頂戴よ。貴女のその口は、詠唱専門じゃあないでしょうに。私達と今こうして話しているんだから、必要無いからって、切り捨てないで。理解の仕方は、言葉だけじゃない。味覚とは、そういうものだと思うわ。」

 

ルイズは少し、意地悪な言い方をした。真っ先に自らを知識と名乗った事から察するに、パチュリーはそれと関連する言葉には相当に敏感だろう、と思ったのである。

だからそれを、少しだけ刺激してみる事にしたのだ。

 

「分かったわよ。でもその前に約束しなさい。私がコレを食べたら、貴女も食を捨てると。」

 

「……あのねえ、イキナリは無理よ、そんなの。どう考えても高等技術じゃない。私は今、念力ひとつ制御するのに苦労しているのよ?」

 

「だったらオレが、オマエに断食メニューを作ってやるよ。少しずつ減らして行って、最終的に何も食わなくなれば成功なんだろう?だったらそのくらいの猶予は与えてやっても、良いんじゃないか?」

 

はっ?

 

ルイズは目を点にして、マルトーを見つめた。

こんなバカな交渉があるか?ルイズは今、マルトーサイドについてパチュリーを説得しているのに。

自分サイドの人間を人身御供に差し出すバカが、一体どこに……

 

そこまで考えてマルトーの目を見ると、ルイズは既視感を覚えた。コレは……この目は……ミスタ・コルベールとおんなじだ。

 

「よくよく考えりゃ、アンタもそうだよな。イキナリ貴族様専用のメシなんか喰ったら、胃が受け付けないだろ。おい!シエスタ!ちょっとこっち来い!」

 

マルトーはイキナリ大声を出すと!ヒイと首を竦めたシエスタを呼び寄せた。

 

「おい!あの、ロイヤル仕様じゃない、普通の紅茶を出してやれ!飲みモンならこのメイジさんも、流石に大丈夫だろうが!」

 

「え、エエ〜〜?!折角なんだから、私の最高の一杯をですね……」

 

「オマエ、さっき自分がどんな理由で叱られたのか、もう忘れやがったのか?」

 

「…ご、ごめんなさい……」

 

静々と厨房へ引き下がっていくシエスタを見て、ルイズは首を傾げた。

 

「何よ、とっておきがあるならもったいぶらないでよ。」

 

「あの淹れ方は、時間が掛かり過ぎるんだよ。全くアイツも……一体何処の誰に、あんなやり方を教わったんだか。それに、初めから極上のモノを飲んじまったら、その後に飲むモノが全部ヘドロみたいに思えちまうだろう?」

 

「ヘドロって何よ、ヘドロって……」

 

そうしてティーセットを手にして戻ってきたシエスタは、優雅な手つきで一杯の紅茶を注ぎ始めた。

 

「本当は、もっととっておきがあるんですよ?でも、それはまだパチュリーさんには早いですから。……さあ、どうぞ?」

 

そうしてパチュリーがティーカップの中身をそのまま念力で浮かせた時に、ルイズは目眩を覚えた。

 

料理を手掴みは分かるが、その発想は無かった!

 

それに、さり気なくヤってくれるな!液体を掴むとか、意味不明過ぎる!私が衣類ひとつ掴むのにアレだけ苦労したのに……‼︎

 

「貴女は天才よ、私の気分を台無しにしてくれる……それにね、飲み物はそうやって飲むモノじゃあ無いのよ。こうやって……」

 

ルイズはそう言うとティーカップを手に取り、そっと宙に浮かぶ液体をその中に収めた。一滴も溢れないのは、最早ワケが分からなかった。

そしてそのまま、薄い唇に向けて斜めに傾けてあげるのだった。

 

……まぁ、はじめは一口くらいで丁度いいだろう。

 

「……正直良く分からないわね。何が良いのやら。」

 

マルトーとシエスタは顔を見合わせると、肩を竦めた。

 

「やっぱな……はじめはこんなもんかい。料理を食わせなくて正解だったぜ。」

 

「ううう、あの淹れ方をしてこの反応じゃあ、立ち直れなくなるところでした…」

 

まあ、兎にも角にもこうして、パチュリー・ノーレッジは生まれて初めて飲み物を口にした訳である。

 

 




パチュリーさんのアルヴィーに対する興味は、消失した訳ではありませんが……ルイズに余計な食べ物を与えさせられているのか気になって、フヨフヨとお叱りの場面に鉢合わせたとご理解下さい。
本文中に収めきれずに、申し訳ございません。


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失敗

「冷やかしならやめて欲しいんだけど。」

 

ルイズはちょっと、パチュリーを見損なってしまった。悪気のない人だと思っていたのに、裏切られた気分である。

普段の半分以下の朝食しか食べれなかったから、少々気が立っているのもあるが……それにしたってパチュリーの言い出した事は酷い。

 

「そんな事をするほど暇ではないわよ。」

 

「そうでしょう、そうでしょう?それならこの部屋で、ゆっくりコモン・マジックの本を読んでいて頂戴よ。せっかくあげたのに、もう飽きちゃったの?」

 

ルイズはため息をつきたくなった。

ここでハイと言われたら、嫌いになってしまいそうだ。この状況ではあり得そうな話だから、余計に怖かった。

 

そうでもなければ、ルイズがこれから受ける2年生レベルの授業に出たいとは言い出さないだろう。

 

だが。

 

「そうではないのよ。あの本の著者は、存命なんでしょう?私の読んできたものは古いものばかりだから、こんな事は初めてなのよ。」

 

ルイズは良い意味での溜め息を吐けた事に、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「そうならそうと、はじめから言ってよ。ミセス・シュブルーズに会ってみたかっただけなのね?今更な授業を受けたいなんて言うから、妙に勘ぐっちゃったじゃない。」

 

「だけって事はないでしょうに。私の読んできた魔道書は基本的に、知識をひけらかす形式のものばかりだったのよ。言わば書き手主体の本ね。けれども貴女から貰った本は読み手主体の魔導書だった。これは私にとっては、画期的な事だったわ。とても分かりやすくて、心が温かくなったもの。」

 

「………何てことなの、貴女いま、めちゃくちゃ立派なこと言ってるじゃない。すごい模範生よ!……何だか、人格的にも敗北した様で複雑な気分だわ。」

 

ようしそれなら、とルイズは気持ちを切り替えた。

色々と注意しなければならない事があるからだ。

 

杖のこと。

精霊魔法のこと。

先住の民のこと。

ブリミル教のこと。

 

生徒とはいえ貴族と接する以上は、こうした注意事項は頭に入れて貰わなければならない。そしてこうした知識の披露に関しては、ルイズは流石に優等生である。何とか短時間で、最低限のことをレクチャーし終えた。

 

「まぁ、とはいえミセス・シュブルーズに対する礼儀さえ忘れなければ、何とかなるでしょう!貴女も流石に、敬う人は敬うでしょうから。」

 

こうして二人して、フヨフヨしながら教室へと向かうのだった。

因みにルイズは、何も横着や練習で念力を使っている訳では無かった。爆発魔だった去年、教室に入ろうとしたら内側からロックを掛けられてしまい、締め出しを喰らった事があるのだ。こうした憂き目にあわない様に、窓から登校する事にしたのである。

 

「こういうのは何て言うのかしら、重役登校?」

 

「遅刻してるみたいだから、やめて頂戴。」

 

こうして二人が軽口を飛ばし合いながら窓から教室に入ると、早速キュルケが盛大に笑い始めた。

他の生徒達がザワザワ言っていたが、彼女の豪快な笑い声で何を言っているかまでは聞こえて来なかった。どうせロクな事言ってないのだろうが。

 

「アハハハ、さっすが斜め上の事しかしないわね、貴女は。そんなに魔法を自慢したかったの?」

 

「うるっさいわね、違うわよ!去年……」

 

「ああ、意地悪されたのね。私がいる限りそんなツマンナイ事させないから、安心して扉から入って来なさいよ。……というよりも、アンロックはまだまだこれからなの?私が教えてあげましょうか。」

 

「いいの!自分でちゃんと覚えるから!それに私、知ってるんだからね、アンタ去年それ使い過ぎて反省文書かされてたでしょうが?……って、アッチに座ってなさいよ?!何でコッチに来るの?!」

 

ルイズはイソイソと此方へ寄って来るキュルケに対して、シッシッと手を振った。

しかし何を勘違いしているのか、キュルケに加えてもう一人、青髪の女の子まで此方に来てしまう。

 

「手招きされた。」

 

「どう見たってコレは……そういや同じ動作ね?!って、パチュリーみたいな屁理屈言わないでよ。一体何者なのアンタは?」

 

「タバサ。」

 

「……ああ、そういや去年も一緒だったっけ……悪かったわね、余裕なくて。確か昨日は、風竜を召喚してたわよね。スゴイのね、貴女。」

 

ルイズの言葉に、タバサとキュルケは顔を見合わせて一瞬硬直していた。ルイズは顔を顰めた。

 

「何よ、二人揃って?」

 

「べっつに〜〜?」

 

キュルケは何が可笑しいのか再びケラケラと笑い声を上げると、パチュリーにズズいと詰め寄った。

 

「ねえねぇ、この人が貴女の使い魔なんでしょう?紹介してよ。貴女を一晩でここまで仕上げるなんて、すごいじゃない!」

 

「ダーメ!パチュリーが自己紹介する相手は、もう決まっているの!」

 

 

 

 

 

 

ミセス・シュブルーズは、ルイズもこの目で見るのは初めてだった。パチュリーにあげたコモンマジックの教科書も、この授業で使う事になる土の系統魔法の教科書も、この人の名前が著者として記されている。

 

4世紀以上前に書かれた魔導書で勉強して来たパチュリーにしてみれば、著者と生きて話を出来るというのは凄い事なのだろう。

だが………ルイズにそこまでの感動は無かった。普通のオバさんにしか見えない。あの教科書に関してもパチュリーは状態が良いと褒めてくれたが、ルイズは自分の持ち物は全て大切にしている。あの本や、ましてその著者にだけ、特別な思い入れがある訳ではない。

 

だがまぁ、人の良い先生なのだという事は分かった。

 

「おやおや、随分と変わった………失礼、メイジの方ですか?」

 

「ルイズの使い魔の、パチュリー・ノーレッジです。ミセス・シュブルーズ、お会い出来て光栄です。コモンマジックに関する貴女の著書は、大変興味深く読ませて貰いました。私の出身地には、入門書の類がありませんでしたので。どうもありがとうございました。」

 

よしよし、ちゃんと出来た!エライ!

ルイズはパチュリーの言葉遣いや内容に間違いが無いことに、少し感動してしまった。何だか、掴まり立ちする子供を眺める気分である。自分にも妹がいたらきっとこんな気分に…………

 

そこまで考えて、ルイズは彼女の年齢を知らないことに気がついた。一体、何歳なんだ?

 

「これはまあ、どうもご丁寧に。こちらこそ、ありがとうございます。先ほど申し上げた通り、毎年この授業はとても楽しみにしているのですが……今年は例年以上の喜びとなりました。貴女のおかげです。」

 

「早速で申し訳ないのですが……こちらでは属性つきの魔法は、四大説を元に運用するのですか?」

 

ルイズは早速フライングしてくれたパチュリーに両手でバッテンを作ったが、完全に無視された。

仕方が無いので、ミセス・シュブルーズに断りを入れようと立ち上がったのだが……

 

「大変結構な事ですよ、ミス・ヴァリエール。無属性魔法の本を読み、属性付きの魔法……系統魔法の質問へ繋げるとは、大変素晴らしいことです。更にはその背後にまで目を向けられるとは、満点に近いですね。このような質問は、いつでも大歓迎ですよ?」

 

そうしてミセス・シュブルーズは四大系統魔法について、メイジのランクと交えて解説を始めた。この教室のみんなが、既に常識として知っている事であるが……時系列順に語られたのは初めてのことだった。

 

ミセス・シュブルーズはどうやら、系統魔法を伝えられた大昔のメイジ達は全員ドットだったと信じているらしい。それが長い年月をかけ、世代を重ねて、今日のスクエアに到達したそうな。始祖ブリミル様だけではなく、こうした名も無き先人達が、現在の私たちを支えてくれている。その様に締め括ったミセス・シュブルーズは、聞き手の心を捉える、なかなかの語り手だった。

 

毎年やる事ではないらしいが、ここまでの話は気が向いた時に語ってきたそうだ。

今年はそれに加えて、四大元素の世界観まで披露してくれた。

 

火、土、水、風。

系統魔法の象徴がこの世を作り上げているなんて、ルイズにはとても素敵な話に聞こえた。

本当に正しいのかどうかは別として、このハルケギニアはそれでいいと思えた。

 

だって、始祖の没後6,000年以上に渡って人間社会を支えて来たのは、間違いなくこの系統魔法だから。この事実はどうあっても否定しようがない。

伝説の虚無魔法がどれだけ凄いのかは知らないが、これまで立派にやって来れたのだ。それだけで充分ではないか。これまでも、これから先も。ずっとそうして行けばいい……ちょっとスローペースなのが、玉に瑕だが。そこはルイズがケツを蹴り上げてやればいいだろう。

 

ルイズは思わず、異端じみた考えを持ち始めてしまった事に焦ったが……嫌な気分では無かった。

 

ところでパチュリーの口振りからすると、彼女はこれだけの世界観を知りながら、それとは異なる思想で魔法を用いているようだ。そもそもコモンマジックの教科書から系統魔法に想像を巡らせるとか、一体どういう思考回路をしているのか?

 

粗方の話が終わると、ミセス・シュブルーズもそのことに言及した。

 

「あの教科書では、【ライト】のイメージとして【発火】を紹介しただけだと記憶していますが……よくそれだけで、四大説にまで気づけましたね?」

 

「私の使う属性つき魔法では、属性同士の組み合わせ方が非常に重要になりますから……仮に入門書があれば、属性については下手な先入観を持たせない為に一切説明しないか、完全に説明し切るかのどちからになる筈です。ですから、そもそも組み合わせに囚われない、思想の異なる体系が築かれているのだろうと思ったのです。」

 

「……これは大変興味深いですね、貴女は四大系統魔法とは異なる属性の魔法を操れるのですか?いやいや……ここでのめり込んではミスタ・コルベールと一緒になってしまいます……そうですね……その、属性の組み合わせ方についてだけ、教えて貰えませんか?」

 

「例えば火と金を混ぜたり、土と水を混ぜると、私が使う魔法では効果が減衰、下手すれば相殺されます。ですが……あの教科書の書き方から察するに、こちらの四大系統魔法ではこうした事は無さそうですね。」

 

「土と金を分けて考えるのですね?益々これは……コホンコホン!現在まで、四大系統魔法の間で相反又は相殺する組み合わせは確認されていません。もっとも、アカデミーでは発見されているのかもしれませんが……少なくとも私の知り得る限りにおいては、皆無です。」

 

「大変参考になりました。どうもありがとうございます。」

 

「いえいえ、こちらこそ。後でゆっくりと、貴女の魔法のことを教えて下さいね?」

 

何だかもう、この二人だけの授業になってしまっていた。訳がわからない。両人が満足していそうなので、それならそれで良いのかもしれないが。完全に、置いてけぼりを食った気分である。

 

ルイズにはこの様にチンプンカンプンな事が多かったが、パチュリーの使う精霊魔法には、随分と制約が多い事が分かった。これは、こちらの先住魔法にも当て嵌まる事なのだろうか?だとしたら、聖地奪還の際には大きな武器となる情報だが……

 

ルイズは自らの誇大妄想に、ブンブンと首を振った。今は、四大系統魔法の、土の授業の時間である。目の前のことに集中すべきである。

 

パチュリーですら、珍しく空気を読んで……など全くいなかった。

怖いくらい集中して、何かを考えている。アルヴィーと見つめあっていた時とは、真逆の反応である。

 

「……セントエルモの火……とうとう目処が立ったわ……コッチに来て良かった…」

 

ルイズは呆然と呟くパチュリーの頭を、思いっ切りド突き回してやりたくなった。

 

その言葉は、私が真っ先に受け取らなきゃダメでしょう?!なに、シュブルーズ先生に言っちゃってるの?!

これは、アレ?ミスタ・コルベールの事といい、オジンやオバンに弱いってこと?!

何で、こんなに見目麗しいこの私がアレコレと世話をしてあげているのに、この子は、こうなのかしら?!

 

ルイズが授業中にも関わらずカンカンになっていると、何と指名されてしまった。

 

「それでは、ミス・ヴァリエール。どうぞこの小石に、錬金の魔法をかけてみて下さい。金属なら何でも構いませんので、物質変換をおこなってみましょう。」

 

ルイズは思わず、パチュリーの顔色を伺った。これまで、ルイズは彼女のアドバイスに従って念力の魔法しかやって来なかった。ここでいきなり、方向転換してしまって良いのだろうか?

ルイズが少し戸惑っていると、パチュリーから助け舟が出た。

 

「折角だから、やってみたら?」

 

……私を実験台にする気だな?

 

ルイズには、お見通しだった。さっきの聖人エルモ云々は、パチュリーの精霊魔法では不可能な組合せなのだろう。名前から察するに、火と金の複数属性魔法。ソレを、こちらの四大系統魔法で実現するつもりなのだ。まずはそれが可能かどうか、魔力の波長が近いルイズを観察するつもりなのだ。

 

これから先の事を予想して本気で反吐が出そうになったルイズは、ハンカチで口元を抑えながら黒板の前に出た。

 

「それじゃあ、やってみますね。……錬金!」

 

ひょっとしてゴールドにでも変化するんじゃないだろうかと期待していたが、そんな大袈裟な事にはならなかった。

 

何と、普通に失敗した。

小石はホンワリと輝くだけで、何にも変化しなかったのである。

 

「おお……普通に出来ないのね。」

 

ルイズはちょっと、感動してしまった。これまた生まれて初めて経験する、いわゆる普通の魔法的失敗だからである。

 

昨日までの様に爆発されたら悲しくなってしまうところだが、これはこれで納得出来る結果だ。

正直、念力の習熟度が異常な速さである事は自覚していたので、妙に釣り合いが取れた気がした。系統魔法の素晴らしさを知った直後なので、失望感は拭えないのだが……安心感が先に立った。

 

そしてこの時、ルイズの爆発に備えて戦々恐々としていたクラスメイト達も、ひと安心という点でルイズと心を一つにしていた。

 

「ああ、良かった……普通に失敗してくれた……」

 

「何だか拍子抜けね。爆発に備えて、お姉様のお古を貰って着てたのに……あら、モンモランシー、貴女もそうなんだ。」

 

「??これは、去年のを自分で仕立て直したのよ。綺麗に出来てるでしょう?…………な、何よその目は‼︎う、ウチが貧乏な訳じゃないからね‼︎貴女と同じよ、ルイズ対策よ、ルイズ対策!」

 

「……貴女が自爆してどうするのよ……」

 

こうして、教室中にホッとした感覚が蔓延する中で。

ルイズは一つの失敗にはめげずに、やり方を変える事にした。あと何か、キッカケさえあれば使える様な気がしたのである。パチュリーなら今のを見ただけで、おそらくは成功に辿り着けるのだろうが……ルイズには、まだ何かが足りない気がした。

 

「ミセス・シュブルーズ。出来れば小石ではなく、粘土に対して錬金を試してみたいのですが。」

 

「大変よろしいです、ミス・ヴァリエール。私はそういう目が好きですから。」

 

妙な褒められ方をされて一瞬キョトンとしてしまったが……ルイズは再チャレンジした。

しかし、これも失敗である。

流石に嫌なものだ。

 

そこで、とある事を思いついた。

 

「今度は成功させるわよ〜〜〜、錬金!」

 

ルイズは元気良く言い放った後に、コッソリと念力の魔法を使った。粘土だったら、集中すれば何とかうまい具合に変形させられる自信があるのだ。咄嗟に浮かんだ試みは、今のルイズのレベルならば可能な筈だった。

 

そして……。

 

「出来ました!ゴーレムの完成です!」

 

ミセス・シュブルーズがひと塊りの粘土にしてくれたものは、ちんまりとした人型となっていた。両手両脚を広げた、ノッペラ坊の出来上がりである。

 

……何ともシラけた雰囲気になってしまった。

明らかに錬金を使っていないのに、結果としてはそれっぽい事が出来てしまっているからだ。

 

ミセス・シュブルーズも呆れていた。

 

「これは土の系統魔法を学ぶ授業なのですが……まぁ、応用力の高さは認めましょう。加点しておきますね。」

 

その瞬間に、ルイズに激震が走った。

何と!コレは。

この学院に来てから初めて貰う実技点である。

 

「流石に他の方の様に大きな点数を差し上げる訳にはいきません。その理由は貴女がよくお分かりでしょう。2度目はありませんよ?コレは、貴女のこれまでの努力と工夫に対して、差し上げた訳ですから。私も長いことこの職におりますが、こんな低い点数をつけるのは初めてです。ですからこの事をお互い忘れずに、これから頑張っていきましょうね?」

 

ルイズはちょっと、涙ぐんでしまいそうだった。

何だか、今日は本当に、色々ある一日だ。

こんな調子で毎日を過ごしたら、胸が張り裂けてしまいそうだ。

 

そうか、ようやく、認めて貰えた訳か。

 

マルトーさん、早速ルールを破っちゃたけど、やっぱりメイジは凄かったよ。だって、その事で褒められてしまったんだよ?

このオバサンメイジは、違反すら織り込む包容力があるみたいだ。

 

「さて……大変喜ばしい事が続きましたが、敢えて慣れない事をせねばなりません。是非とも皆さんには、教えておきたい事があるからです。」

 

ルイズは突然空気の変わったミセス・シュブルーズを、唖然として見つめた。相変わらずナイスミドルな微笑みを浮かべているのに、空気が違いすぎる。

彼女は悠然と一人の生徒に目を向けると、頬を綻ばせた。

 

「ご協力頂けませんか、ミス・ノーレッジ。」

 

「喜んで。」

 

……ヤバイなあ。

ルイズは全く予測できない事になりそうな流れに、思わず冷や汗をかいた。

 

「折角ですから……そうですね、条件つきの魔法などを披露して貰うのはどうでしょう?」

 

「発動に時差を設ける技術には、いくつか心当たりがあります。」

 

ミセス・シュブルーズは微笑んだ。

 

「そんなに高等なものではなく、例えばそうですね……私の家の、裏庭の土を錬金する魔法とかはどうですか?」

 

「それなら可能です。」

 

パチュリーはそう言うと、驚きを隠せないミセス・シュブルーズの目の前でそれを実践してみせた。

それは、ルイズにはとても聞き覚えのある、生まれて初めて成功させた魔法の詠唱だった。

 

「我が名はパチュリー・ノーレッジ。七つの力を司るヘプタゴン。我が思考に従いし、土塊を召喚せよ。」

 

ルイズは目眩を覚えた。

 

さしものパチュリー・ノーレッジも、コレにはそれなりの時間が掛かると思っていたのである。

しかしよくよく考えれば、パチュリーはこれまで、ミスタ・コルベールの研究ノートみたいな魔導書を読破して来た、プロの読者なのである。ひたすら仮説を立てては思考実験を繰り返して、行間を読み解くという行為の極みに達していると言っていいだろう。

 

そんなツワモノが、ミセス・シュブルーズの書いた『ゼロのルイズでも出来るコモンマジック』を読んだらどうなるのか。

 

結果はご覧の通りである。

 

「コレが貴女の家の土で……間違い無さそうですね。ならば後はコレを……錬金します。」

 

パチュリーは何でも無い事の様に、言われた通りのものを作り出してしまった。

造作もなく。

 

ルイズにはもう、何を考えたらいいのか分からずに、思わず声を上げてしまった。

 

「あ、貴女、召喚魔法の改造には時間かかるって……」

 

「アペンディックス25」

 

「……何を言ってるの?」

 

「読み方が浅いわよ。これからは、魔導書は隅々まで暗記するようにしなさい。」

 

新手の呪文の様な事を言い出されたルイズが面食らっていると、ミセス・シュブルーズが溜息をつきながら解説してくれた。

 

「私のテキストの脚注頁のことです。初学者は読み飛ばすように記していますので、ミス・ヴァリエールには何の落ち度もありませんよ。確かその辺りには、サモン・サーヴァントの術式を書いたと思いますが……まさかそれを書き換えて使ったのですか?」

 

「その通りです。私がルイズの使い魔となった一番の理由は、この召喚魔法を理解する為でした。ミセス・シュブルーズ、貴女のおかげで、私は当初の予定よりも早い段階で目的を達する事が出来ました。どうもありがとうございます。」

 

成る程。

ルイズにも漸く、全てが分かった。何故、パチュリーが今朝方から食堂を燃やそうとしたり、ワザワザこの授業に出たりしたのか。

とっくの昔に、召喚魔法の改造に成功していたからである。

 

成る程それだったら、ミセス・シュブルーズに対して敬語を崩さないのも頷ける。本気で感謝しているからだ。

 

「貴女には、驚かされてばかりですね……しかしだからこそ、これだけは教えておきたいと思います。そうですね……、次は、ヴェストリの広場の土を、錬金だけでやってみて下さい。サンプルは取り寄せずに。」

 

ルイズはカチンときた。こんなバカな授業があるか。こんなのは、魔法でも何でもない、トンチの類である。

 

「ミセス・シュブルーズ!無理難題を吹っかけて、私の客人をバカにするのは止めて貰えませんか?こんなの、成功出来る訳ないですよ!」

 

「いいえ?ミス・ヴァリエール、よく考えてみて下さい。十分に達成可能な話です。私も適宜アドバイスをするつもりですので、そんなに時間はかからない筈ですよ?」

 

ルイズには、ミセス・シュブルーズの言わんとしている事にピンと来た。

 

総当たり攻撃だ。

この世のあらゆる土を錬金し尽くすつもりでやれば、いずれは条件に合致するものが錬金できる筈だ。10,000回失敗したとしても、10,001回目で成功すればいい。何よりもルイズは、そういう気持ちでこれまでの人生を過ごして来たのである。

 

気の遠くなるような話だが、パチュリーならいくらでも短縮する術を知っていることだろう。

 

全く……ミセス・シュブルーズは柔和な見た目に反して、とんだ食わせ物である。

何て意地悪なんだ!

 

ルイズは、やってしまえ、とばかりにパチュリーを振り返った。

 

だが……。

 

パチュリーは真っ青な顔をしていた。誰がどう見たって、動揺しているのが分かる。

 

「どうしたのよ?こんなの、手当たり次第に錬金しまくれば、いずれは成功するじゃない。」

 

「ミス・ヴァリエール、それは貴女だから言える事です。彼女には無理な話ですよ。」

 

ルイズはミセス・シュブルーズを睨みつけると、思わず立ち上がった。今のパチュリーは相当に気分が良くないのだろう。どう見たって普通じゃない。

これ以上、こんな不快な場に居させるのは、我慢ならなかった。

 

「これ以上、無体な言葉を投げつけないで貰えませんか?正直、嫌な気分です。この場は失礼します。パチュリー、こんなとこさっさと出て行きましょうよ。」

 

「退室は却下です、ミス・ヴァリエール。貴女こそ、彼女の一体何を見ているのですか?技術の高さに驚いてばかりで、こんな事にも気付いてあげられないとは……失礼、私こそ慣れないことはするものではありませんでした。」

 

そうしてミセス・シュブルーズはゆっくりと、青ざめたパチュリーの目の前に歩みよった。

 

「意地悪が過ぎたのは、謝ります。ところで貴女は魔法を、どなたから学びましたか?」

 

「直接の師はおりません。魔道書からです。」

 

「……貴女のその仰天の技術は、全て読書からの独習によるものだと?」

 

「その通りです。」

 

ルイズにとっては最早当たり前の様に思っていたが、改めて言われるとこれは凄いことだった。

というよりも、読んだだけで魔法が使えるようになるというのだから恐ろしいものである。パチュリーには絶対、禁書とかそういう類のものは渡してはダメだと思えた。

 

「……あの子、冗談で言ってるのよね?」

 

キュルケが呆れ顔で尋ねて来たが、ルイズはゆっくりと首を横に振った。

 

「そんなに器用な性格していないわよ。それに、あの子に御師様がいるなら、私が黙ってはいないわよ。苦情を叩きつけてやるんだから。」

 

「逆に手玉に取られそうだけどね。」

 

「……嫌なこと想像させないでよ。」

 

そこで、此度の自体を引き起こしたミセス・シュブルーズがようやく纏めに入ったようである。

 

「それなら納得です。やはり睨んだ通りでしたね。ミス・ノーレッジ、貴女は魔法を失敗した事がありませんね?これまで、ただの一度も。」

 

「それは、無理解の証です。私とは最も遠い存在だと言えるでしょう。」

 

再び、教室は重苦しい沈黙に包まれた。

ルイズもさすがにこれは、予測していなかった。なるほど、道理で。ルイズが簡単に思いつく手段に、臆する訳である。

 

「いいえ。失敗を克服してこそ、新たな理解が生まれるのです。ドットでの失敗の積み重ねが、ラインの魔法へと扉を開いた。私はそのように信じています。ですから、貴女が考えているような無駄なものではありません。」

 

「失礼ですが、それは貴女の持論に過ぎないでしょう。」

 

「……その通りです。ですが、信じる価値があると思っています。実際に、貴女自身がそれを認めているではありませんか。」

 

ルイズは、パチュリーがムッとした様な気がした。揚げ足を取られる様なことは言った覚えがないのだから、当然の反応だろう。

 

「……お気づきになれませんか?貴女にお褒め頂いたコモンマジックの教科書は、ミス・ヴァリエールの様になかなか成功に至れない生徒さん達が在ってこそ、あの形に至れたのです。悔し涙を浮かべる彼等の苦悩が、私達教師陣をより深い洞察へと導いてくれたのです。理解していないから失敗するのではなく、失敗を理解するのです。私はこれまで、ずっとそうしてきました。貴女にも同じことができるはずです。」

 

ルイズはもうこの、度を越した話し合いにはついて行きたくなかった。

要するに、大袈裟なのだ。失敗を1回するしないで、人生が変わる筈もない。そういうものもあるだろうが、この場合は所詮、この場限りのものだ。

 

「そんな大層なもんじゃないでしょうに。私を見なさいよ、つい昨日まで失敗しかしたことしかなかったのに、ピンピンしているじゃない。貴女は色々と深く考えすぎなのよ。」

 

「ミス・ヴァリエール、先ほども言いましたがそれは、貴女だから言える事です。失敗は普通、怖いものなのですよ。嫌な思いしかしませんしね。特にミス・ノーレッジの様に高みに登りつめてしまうと、そこから転落するのは文字通りの恐怖となりましょう。ですが……何事も経験です。ここは騙されたと思って、清々しく失敗してみてはどうですか?実際、騙しているようなものですし。」

 

ルイズは溜息をついた。

 

「そうですよ、全く…意地が悪いんだから……ワザと失敗させるなんて。この学校の先生は、本当にどうかしてますよ。」

 

「……耳が痛いですね。元より私がこの授業で教えているのは、失敗を恐れるなという事だけですよ。魔法や技術など、一人きりでいくらでも身につけられるではないですか。ミス・ノーレッジなどはその最たる例でしょうに。それよりも、大切なことがあるのです。」

 

ルイズは、これまでの自分を振り返った。よくよく思い返せば、自分が爆発をさせてショゲていた傍には、両親やミスタ・コルベールの姿があった。

 

ひょっとすると、ミセス・シュブルーズの言う通りに成功など一人でいくらでも出来るのかもしれない。

けれど、初めて失敗する時こそは、誰かがついていてあげないと。それを一人で迎えるなんてのは、悲し過ぎる。

 

………結局、パチュリーはたった1回の失敗でこの無理難題を乗り切ってしまった。

ミセス・シュブルーズが当初言った通りに、的確なアドバイスを与えたからである。さすがは赤土と名乗るだけあって、それは的確なものだった。

 

「さて、皆さん。仰天の魔法を見せてくれたミス・ノーレッジに改めて拍手を。そして皆さんも、彼女の失敗を温かく見守って下さって、どうもありがとうございます。」

 

その様に締め括ったミセス・シュブルーズに対して、ルイズは呆れかえってしまった。

 

ルイズは、パチュリーの失敗を言いふらす不届き者が出る事を心配しているのである。まぁ、その時は決闘でもしてルイズがパチュリーを守ってあげれば……と考えて、その前に相手を灰にしてしまわない様に注意しなければと思い至った。

 

「ねぇ、今ので変なこと言って来る相手がいたらね、私に任せなさいよ?」

 

「ム…」

 

「む?」

 

「ムキュー…」

 

パチュリーは、クルリと目を回して倒れ込んでしまった。

 

ルイズは、そこまでショックだったのかよ、と思い自分も気絶してしまいたくなった。

全く、何て贅沢な苦悩だろうか。これまで、ルイズがどれほどの辛酸を舐めて来たのか、百分の一でいいから味わわせてあげたいくらいだ。

 

だが……まぁ、パチュリーが魔法のエキスパートであるならば、ルイズは失敗のエキスパートである。どうにもシマラナイ自慢だが、これは厳然たる事実だ。

完全無欠に思えたパチュリーにもカワイイ部分があると思えば、これはこれで良いのかと思えた。

 

……これで失敗に対して耐性をつけたパチュリーを想像すると、薄ら寒い思いしかしないのだが。ひょっとすると、ミセス・シュブルーズは、ミスタ・コルベール以上に厄介な事をしてくれたかもしれなかった。

 

だが……今はとりあえず、その不安は傍に退けておくことにした。




いかがでしたでしょうか。

本当は後半だけで良かったのですが、ウンチクが長くなってしまい申し訳ございません。
パチュリーの使う精霊魔法は、陰陽五行思想で運用されています。ですので本来、火金符セントエルモピラーや土水符ノエキアンデリュージュといった一部の持ち技は、相克する組み合わせで上手く扱えない筈です。ゼロの使い魔の四大系統魔法にはこうした設定が無さそうなので、こうすればイケるかなと思い、書いてみた迄です。爆炎とかウィディ・アイシクルとか、よくよく見ると相生の組み合わせなので、ひょっとすると勘違いかもしれませんが……詳しくご存知の方いらっしゃいましたら、教えて頂けると助かります。
魔法を科学するつもりはないのですが、魔法を魔法する分には、世界観の掘り下げになるかなと思った迄です。私の認識不足でしたらすぐに改めます。

パチュリーが38回と2回と答えているのも、無理矢理過ぎたらご指摘ください。ニヤリとして頂ければと思った迄で、他意はありません。

追記
5/19、回数の点で無理があり過ぎましたので、訂正させて頂きました。Soglesさん、どうもありがとうございました。Amfさん、どうもすみませんでした、これからも頑張ります。


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第8話 錬金料理と雑談

5/27 一旦アップロードしたものを取り下げてしまい、大変失礼致しました。後半部分を変更してあります。
どうぞよろしくお願いします。

6/20 書き進めて行った先で詰まってしまいましたので、再度後半部分を変更致しました。三度目の正直になる事を願っています…


 

ルイズは今、アルヴィーズの食堂の裏にある厨房を訪れていた。

まさか今朝方に引き続き、こんな短時間のうちにこうも縁があるとは思わなかった。きっかけは勿論、気絶から復活したパチュリーの一言である。

 

「食べ物を錬金してみましょう。」

 

これ以上驚く事はないと思っていたが、やはりパチュリーはパチュリーだった。常に想像の上を行ってくれる。

 

「あのねぇ……言うほど簡単じゃないと思うわよ?第一、私ろくに料理なんてしたことがないもの。そもそも、錬金出来ないし。」

 

「何を言っているの、私がやるのよ。」

 

ルイズはホウ、と感心した。どうやら先程のことで、色々と吹っ切れたようだ。嫌な予感しかしないが、チャレンジ精神に目覚めたのは歓迎すべきことである。

 

「何するつもりなの?」

 

「貴女の捨食の術を、まずは片方だけでも成功させてみようと思ってね。食事を絶って貰いましょう。」

 

「だからそれは、少しずつやっていく事に決めたじゃない。いきなりそんな事したら、動けなくなっちゃうわよ。マルトーさんも言ってたじゃない。」

 

ルイズはさすがに餓死させられることはないだろうと信用していたが、餓死寸前の半死半生の状態に陥るのも嫌だった。

苦行に過ぎる。

 

「だからこそ貴女には、魔力を喰むことを覚えて欲しいのよ。」

 

「た、食べれるの、コレ?!……いやいや、魔力は食材じゃなくて、魔法の素でしょうが。何をトチ狂ったことを……」

 

「私の身体は魔力により維持されているから、実質的には食べているようなものよ。」

 

「……人間離れし過ぎでしょうに。それで、貴女が魔力を食べ物に錬金するから、それを食べてみろと?いやよそんなの。折角なんだから、私も錬金を習得したいわ。」

 

ルイズは今更な感想を口にしながら、ここぞとばかりに練習を始めようとして……パチュリーに引き止められた。

先ほどの授業で、ルイズには系統魔法が不向きだと判断したそうだ。極めて近い魔力を持つ二人のうち、パチュリーだけが錬金に成功してルイズが失敗した事実は、そもそもの素地に問題があると。

 

先程もう少し練習すれば出来そうな気がしたルイズは、眉を顰めた。酷い言い方をされたものである。

すると、トンデモ理論が襲い掛かってきた。

恐らくは、と前置かれたが衝撃的すぎて気休めにもならない。

 

「私が精霊魔法の使い手として生まれた様に……貴女は虚無魔法の使い手として生まれたのよ。きっと、禁書レベルに強力な魔法なのでしょうね。だからこそ必要な時が来るまで、貴女には先天的な封印が掛けられているのよ。一種の呪いだと思えばいいわ。」

 

このように考えると、ルイズが他の生徒達とは比較にならない魔力を秘めていることや、これまで爆発だらけの失敗を繰り返していたことにも説明がつくのだと言う。

おいおい、ミセス・シュブルーズの説明で出てきたからって、早速便利なブラックボックスとして使ってくれるなよ、とルイズは苦笑いした。

 

「さすがにソレはチョット……信じてあげられないわよ。その理屈でいくと私は、今使えるコモンマジックしか出来ないことになっちゃうもの。それに、私と近い魔力を持つ筈なのに、貴女だけ系統魔法が使えるなんてズルじゃない。」

 

「だから、先天的なものだと言ったでしょうに。利き腕を急に変えろと言われても、すぐには無理でしょう?……それが故に、時間を掛ければ矯正も可能よ。慣れればすぐだもの。」

 

「……さすがに年季の違いを感じるわね。しっかし呪いだなんて……虚無の魔法なんて、今となっては口伝すら現存していないのよ?私にとっては、有り難迷惑なだけなんだけど。」

 

「だからこそ私が、精霊魔法を教えるんじゃない。今はその大切な準備期間だから、余計なことはしちゃダメよ。」

 

「……は〜い。……そうする……納得いかないけど。」

 

パチュリーは渋々と頷くルイズに言い聞かせるように、虚無魔法も捨てたもんじゃない筈だと語った。

その口ぶりからすると、どうやら概要は見えているらしい。何故かと聞くと、ミセス・シュブルーズの持論を発展させただけだという。

 

系統魔法は、最も生活に根ざしたドットの魔法から出発した。その後のスクエアに至るまでの道のりは、より強力な力を発揮するとともに生活との距離が開く方向で発展している。これの極限をとると、最強だが生活と無縁な魔法となる。恐らく……それが虚無魔法の概略だろうと。

 

そんなのは戦争の道具じゃないかとルイズが眉をひそめると、パチュリーは、だからでしょうね、と頷いた。

 

始祖ブリミルが何故、自身の虚無魔法ではなく系統魔法を広めたのか。恐らく今のルイズと同じく、悲しい感想を抱いたからだろう。

 

血生臭い魔法など、必要ない。棒切れ一本でも、人は殺せるんだ。そんな事に、魔法を使ってくれるな。

 

「要するに、たった一人で四大説に基づいた魔法を生み出した魔法使いが、恐れた力なのよ。それを手に入れさえすれば、私たちは無限のパワーを……」

 

「……手に入れて、貴女はまた本だけ読み続けるのでしょう?私は怖くて使わないでしょうし。宝の持ち腐れじゃない、そんなの。」

 

ルイズには、何度聞いても納得できそうにない話だった。

これ以上虚無魔法の話をしても、文字通りに空虚な気分を味わうだけになりそうだ。そこで話を元に戻して、せっかくならプロの腕前を見てから料理を錬金してよ、という流れに至ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、厨房を訪れた訳であるが……

一言で言って、戦場みたいなことになっていた。

 

強烈な火が上がるわ、刃物が高速で動くわ、次々と料理皿があちこちを行き交うわで、とてもではないが近寄れない。

誰もが目の前の工程に集中しきっており、気軽に声をかけられる余地など全くなかった。邪魔をしないように勝手口からコッソリ入ってきたのが、せめてもの救いか。

 

「ちょっと……コレは魅入っちゃうわよね。」

 

ルイズが零すと、パチュリーも珍しく黙って頷いていた。

彼女にしてみれば目の前の光景は究極的に無駄な作業なのだろうが、それでも目を惹き付けるものがあるのだろう。無駄を削ぎ落とした動作で各人が別々に、それでも全体としては有機的な機能を果たしていく様は、一種の芸術である。

 

時折マルトーの怒鳴り声が上がるが、それはあくまで微調整を行っているに過ぎない。それほどこの厨房は、一体となって動いていた。

 

壁に張り付いた状態でルイズは、料理がどのように出来上がっていくのかを具に観察していた。食材がどのように洗浄され、切り刻まれ、調理されていくのかを。

錬金で料理をするのはまだまだ先のことになるが……やがてはこうしたちゃんとしたものを作るときのために、今から学習しておくのだ。

 

こんな風に壁の花と化していた二人だが、山場を越えたマルトーがこちらに気がついて、声をかけてきた。

 

「おう!どうした、ハラが減ったか?!わざわざここまで来るたあ、よっぽどだな!オマエの分はこれから作るとこだから、ちょっと待っててくれよ!」

 

「その事で今回はチョット、試してみたいことがあるのよ。出来れば、専門家のアドバイスを貰いたいと思ったの。」

 

ルイズは堂々と胸を張って、マルトーに近づいた。

そうしてパチュリーが、これから料理を魔法で作り出すのだと説明した。

 

「バカ言ってんじゃね〜よ。コイツ、メシ食ったことないんだろう?おっソロしいゲテモノを食わされるのがオチだよ。」

 

「……そりゃあそうよね。」

 

「丁度良いや!ソイツの流動食も作っといてやるから、大人しく席についてろって!さあ、邪魔だ邪魔だ、素人は出てけ!厨房に立とうなんて、100年早いぜ!」

 

この人いい加減、口調を改めた方が良いのではないか?

しかしどうやら……ルイズはマルトーファミリーの一員と見なされてしまっているようだ。でなければ、本来貴族の分しか用意されていない筈の座席が、パチュリーの分まで用意されている筈がない。ルイズは頼んでもいないのに。

まぁ……貴族の客人に対する礼儀といえば、ギリギリセーフなラインだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

ルイズは複雑な気分になりながら、食堂の座席についた。

 

周りの生徒の食事は用意されているのに、自分の分だけ提供されていないのは、随分とひもじい気分である。

オマケにこれから提供されるのは、周囲と比べて見劣りするのは間違いなしである。特別扱いしてもらうかわりに、周りにはお得感が齎されるので皆が満足なのだが……美味しそうに食べ始める周囲を見ていると、なんだか損した気分になってくる。

 

「そんな顔しないでよ、私がイジメてるみたいじゃない。」

 

「そんなのとっくに超えてるわよ?これは。」

 

「……仕方ないわね、はい、コレ。」

 

ルイズの目の前には今、一皿の料理が用意されていた。周囲の生徒たちの料理と全く同じ見栄えのものである。

パチュリーが錬金したのである。流石に見事な腕前である。プロ顔負けの仕上がりだ。

 

ルイズのお腹がグウと鳴り……

 

「せっかくだから、皿まで残さず食べてね。」

 

……一気に食う気が失せた。

冗談では無い。そんな得体の知れないものが食えるか!

 

しかし、これを放置するのは申し訳無さすぎる。人としてやってはダメな行為だろう。そこでルイズは、一口だけでも食べようとしてナイフとフォークを手に取り……。

 

「お、美味しいわ……どうもありがとう。」

 

ルイズはこの瞬間、貴族たらんという自負心を全力で発揮していた。そう、全力である。

光り輝く様な笑顔を見せているのだが、目元は全然笑っていない。むしろ見ちゃいけないものを見ているように、虚ろな目つきである。

 

さすがのパチュリーも、その様子を見て真意を悟ったようだ。

 

「……流石にちょっと、複雑な気分ね。」

 

「お、お代わりは遠慮しておくから。」

 

その時の事だった。

 

「だったらボクが貰おう!」

 

食欲旺盛な一人の生徒が、それを横取りした。

常ならば、より強力な念力を使って奪い返すところだが……その時のルイズは、内心でごめんなさいと呟いていた。

 

そうして、"風上"のマリコルヌがパチュリーお手製の錬金料理を大口を開けて頬張り……医務室に運ばれた。

 

 

 

ところで。

マリコルヌが倒れる少し前のこと。

 

ランチタイムを迎えたアルヴィーズの食堂では、男子諸君が熱心な会話を交わしていた。

 

「あり得ないね。」

 

「同感だ。去年ので懲りたよ。」

 

「そうしておいてくれ。アレは、ミス・タバサより手に負えないよ。」

 

「……ボクはアリだと思うな。」

 

最後の一言は、マリコルヌから発せられた。

今年から同じクラスになったギムリ、ヴィリエを含めたギーシュ達三人は、揃いも揃ってギョッとなった。

 

「正気かキミは?」

 

「だって、落ち着いていて可愛いじゃないか。礼儀正しいし、頑張り屋さんだし。キミ達こそ何で腰が引けてるんだい?」

 

「授業中のアレを見ただろう?全く釣り合い取れないぞ?」

 

「恋愛は引き算じゃないだろう?」

 

「……初めて君を尊敬した。そんなバカな。」

 

「大物気取りか。骨は拾っといてやるから、安心して散りたまえ。」

 

「ヴィリエ、キミはその性格何とかならんのかね?!」

 

彼等は今、ミセス・シュブルーズの授業中に彗星の様な輝きを見せた二人の女子生徒について語り合っていた。

 

「ハッ、言われて直せる様なら、苦労はせんだろう?」

 

「ギーシュは改めたじゃないか。」

 

「何の冗談だ?寧ろ嫌味だろう、コイツの場合は。見てると腹立ってくる。」

 

「言葉もないが……キミのヒネクレ具合も相当なモンだよ?」

 

ギムリは昨年タバサにチョッカイ出してから、親しみ易くなっていた。あくまで比較の問題ではあるが。

ギーシュも時を同じくしてモンモランシーと大喧嘩したのだが……こちらは以降、安定した関係を築き上げている。

 

「まぁ、それはいいとしてだ。我等がミス・ピンクに票を入れる者はいないのかね?ギムリとか、意外とタイプだったりするんじゃないのか?」

 

「それはないよ。ミス・ノーレッジが来てから、妙にお姉さんぶっちゃってるからねぇ。以前の出来の悪い妹キャラなら……って、冗談だよ?」

 

「……おいおい、ビックリさせないでくれ。マリコルヌに引き続き、異常者が現れたのかと思ったぞ?」

 

「キミ達は器が小さいなぁ!」

 

「……キミは意外と、本当に化けそうだね。」

 

そんな、どうでもいい話をしていると。

隣のクラスの、レイナール少年がやって来た。この学年では、タバサと同じく珍しい眼鏡キャラである。存在感は段違いなのだが……それは言わないお約束である。

 

「やあ。何を話しているんだい?」

 

「おお、聞いてくれよ。マリコルヌの奴がさ……」

 

パチュリー・ノーレッジにホの字だと伝えると、レイナールの表情が引きつった。

 

「マリコルヌ……」

 

滅多にそんな表情を見せない彼が言葉に詰まると、それだけで少し雰囲気が重くなった。

ギーシュ達は是非ともこの良識人に一言お願いしたいところだったが、この空気は頂けない。どうしようかと顔を見合わせていると。

 

「……抜け駆けは無しにしようよ?」

 

次の瞬間には、ギーシュ達三人は文字どおりに顔を青ざめさせた。

 

「はっ?今なんて言った?」

 

「クッソ、バカと付き合ってるせいで、耳までおかしくなったじゃないか!」

 

「大概にしたまえよキミは?!」

 

ちょっとした恐慌に陥っている三人組をよそに、ゾロゾロと人が集まり始めた。もちろん、男子達だけである。それも皆、レイナールと同じクラスの連中だ。

 

ギムリはそんな彼等を見回すと、成る程という様に頷いた。

 

「ははぁ、成る程?レイナールといい実物を知らないと、こうなる訳か。」

 

「おい、何を余裕な表情してるんだ?!気にくわないな。」

 

「そうだ、ズルイぞ!何で君達のクラスにだけ可愛い子が集中してるんだよ?!」

 

「そうだよ、コッチはヴィリエが抜けたこと以外、特に嬉しい事ないのにさ。さあ、噂の真相を聞かせて貰おうじゃあないか!」

 

「聞いたぞ?!ミス・ヴァリエールが大人になったらしいじゃないか?どのくらいデカくなったんだ?」

 

「ゼロがイチになったくらいだ、期待するなよ。それよりもその使い魔だろ、今の話題は?!色々聞こえて来るぞ?!」

 

彼等が騒ぎ立てるのも、無理からぬ事だった。何しろ昨日から現在まで、当事者達の預かり知らぬところでは虚実織り交ぜた噂が飛び交っているのだから。

 

やれ、凄腕の日雇いメイジと口裏合わせて召喚の儀式を詐称しただの、

実は超カワイイ家庭教師だの、

朝の食堂でレビテーションを自在に使いこなし始めただの、

かと思ったら平民のオッさんに説教喰らってショゲているとは流石は元ゼロだ、などなど。

 

もちろんミセス・シュブルーズの授業に居合わせた者達は、最早どうでも良い気分になっていた。色々と規格外過ぎて、一気に食傷気味になったのてある。

 

しかしやはり論より証拠というか、実物を目にしていないレイナールの様な別クラスの者達にとっては、注目の的なのだろう。

 

その時の事だった。

 

「おいおい、何だありゃあ?」

 

ヴィリエがもう勘弁してくれ、と言った具合に声を上げた。

その視線の先では……

 

パチュリー・ノーレッジが、ルイズに豪勢な料理を振舞っていた。

ギムリとギーシュはそれを見た途端に、思わず厨房のコックさん達に感謝の祈りを捧げていた。授業中の有様を見ていた彼等からすれば、外見通りにその物体を評価する事は不可能であった。

 

「……料理の心得がある様な子に見えたか?」

 

「まさか。そんなうまい話がある訳ない。どうせアレ、錬金だろう?」

 

ギムリとギーシュは、もはや完全に腫れ物扱いしていた。君子危うきに近寄らず、という気分である。

そもそもからして、あのルイズが懐いている様な女の子なのだ。その時点からして何かあると、疑ってかかるべきなのである。

 

「君達こそ、ヴィリエに毒されてないかい?」

 

「そうだよ、メチャクチャ女子力高いじゃないか。」

 

レイナールのクラスメイト達がギーシュ三人衆を嘲って来るが、そんな事を気にする彼等では無かった。

 

「何とでも言うがいい、ボクは自分が可愛い。」

 

「ボクにはモンモランシーがいるからね。」

 

「……今、初めてヴィリエに共感してしまった……」

 

そうこうしている内に。

とうとう我慢の効かなくなったマリコルヌがその料理に食い付き……殉職した。

 

そして、事態はいよいよ混迷に向かった。

 

「な?言った通りだったろ?」

 

「いいや、だがそれがいい!」

 

「ああ見えてドジっ子とか、堪らんだろうが?!」

 

「そもそもアレは、マリコルヌが悪い!」

 

こうも大声で騒いでいたら、流石に当の本人達も気がつくというものである。そしていよいよ、帰還不能地点を通り過ぎてしまうのであった。

 

「聞こえているわよ、アンタ達!さっきっから何なのよ!」

 

 

 

 

 




5/27 今回は大変失礼致しました。結局、ハードボイルドなタバサは変わりませんでしたが……以前よりは怒りの理由がわかり易くなったかと思います。
ご感想を頂いた皆様、お詫び申し上げると共に改めて御礼申し上げます。

皐月病さん、かさはさん、タバサに関するご指摘ありがとうございました。
ばんだみんぐさん、今後は夜中執筆分は朝読み直して投稿します。
神無月十夜さん、今話ではそこまで進めず、申し訳ありません。
黒白の暗殺者さん、風呂敷広げ過ぎました。あのままだと次に繋がりませんでしま。
ああああ1さん、crotoさん、大変ご迷惑おかけしました、申し訳ありません。
鬼灯@東方愛さん、暖かい励ましを、どうもありがとうございました。今回のパターンと二通り考えていて、結局コッチにする事に致しました。

今後とも、どうぞよろしくお願いします。

6/20 変に真面目な流れを作ろうとして失敗してきたので、少し遊びを設けてみました。


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第9話 東方の異端審問官


6/20 話の流れを、大幅に変えました。大変恐縮です。



ルイズは思わず唖然として、恥ずかしそうに話すレイナールを見つめた。

 

「……えっ?何これ、どういう事?」

 

「いや、その……君さえ良ければミス・ノーレッジを、紹介して貰えないかと思ってね?」

 

おいおい、何だこれは?レイナールは、パチュリーに一目惚れでもしたのか?

だとしたらその眼鏡は、交換をオススメ……いや、確かに見た目は悪くないので、それは問題ないのか。

 

置いてけぼりを食ったルイズを他所に、レイナールと同じクラスの生徒……その中の男の子達ばかりが、一斉に声を上げ始めた。

 

「よく言ったぞレイナール、その通りだ!トリステイン男子は、女性と見れば声を掛けずにはいられないんだ!」

 

「そうだそうだ!」

 

「あ、アンタ達!私に散々ゼロだゼロだ言っておいて、何でパチュリーのことだけそんな女の子扱いするのよ?!」

 

「はぁ?!おい、待ってくれ!キミには自覚無いのかね?!」

 

ルイズは思わず、ギーシュ、ギムリ、ヴィリエの3人に顔を向けた。何が一体、どうなっているのかと。

何で、隣のクラスではパチュリーのファンクラブみたいなのが出来上がっているのか?

 

確かに?

そりゃ、見た目はいい。

 

けれどもその中身は、かなりオッカナイのだ。ビックリ箱的な恐ろしさなので、傍目には微笑ましく見えるのかもしれないが……そこは実際に経験してみるといい。心臓がいくらあっても足りないんだぞ?

 

だが……この点に関して、ギーシュ達は全く異なる意見を持っていた様だ。

 

「いや……、その、大変言い難いんだがね?冷静に聞いてくれたまえよ、ミス・ヴァリエール。」

 

「おいよせギーシュ、殺されるぞ?」

 

「……こういう所がモテないんだよな、我等がピンクさんは……」

 

「ええい、キミ達もよさんか!中身をよく知らない立場からすると、ミス・ノーレッジは一度は声をかけてみたくなる存在なんだよ。誰かと違って、年上的な落ち着きがあるからね。」

 

「誰かって……ああ、モンモランシーのこと?アンタ、また怒られちゃうわよ?まあ、黙っててあげるけど。」

 

ルイズは全く、気がついていなかった。

それどころか、全く筋違いな勘違いをしていた。

 

「ねえ、パチュリー。」

 

「何よ?」

 

「これは一体、どういう事なのよ?何で、隣のクラスの男の子達がみんな、洗脳されている訳?貴女一体、いつの間にそんな事したの。」

 

「藪から棒に、何なのよ。私はそんな、益のないことしないわよ。」

 

あればやるのかよ?!というか、出来るのか?!

是非ともやめて欲しい。

ギーシュ達男子は、三人揃って顔を見合わせて頷きあった。

 

「絶対無理だ。」

 

「ギーシュ、キミは確か、全ての女性の云々言っていたな。彼女はどうなんだ?イケないのか?」

 

「無茶言わないでくれ。ボクは薔薇だ、レイナールの様な勇者になった覚えはないよ。それに今、ふと気になった事があるのだが……」

 

ギーシュは青白い顔をして、友人2人の顔を見つめた。

そのあまりの憔悴ぶりに、空気が重くなる。

 

「そもそも……ミス・ノーレッジは何故、ミス・ノーレッジ何だい ?」

 

「頭大丈夫かキミは?」

 

「い、いや……そうか、その可能性があるのか……ヴィリエ、察しが悪いな。そもそも彼女がフェイスチェンジを使っている可能性は、否定できないんだぞ?もし、魔法が解けた瞬間に中から……」

 

「……年老いた醜女が現れたりするのかね?だからどうだというんだ。そもそも現時点でボクには、彼女を可愛い女性として見れないよ。」

 

「そこだよ、問題は。」

 

そこで、ギーシュは思い切り暗い顔をして告げた。

 

「そもそもボクは、あの外見と言動で女の子と判断した訳だが……実は男でしたという可能性も否定できないじゃないか。実際、彼女は自分を女性と称した事は一度もない。」

 

「流石にそれは、考えすぎだと思うよ。」

 

「同感だ。やはり浅はかだな、キミは。」

 

ヴァリエもそう言って余裕の構えを見せたが、3人の空気は重いままだった。流石にそれはない、と思いつつも……一旦変な方向に向かい始めた想像は止められないからである。

 

この空気に責任を感じたギーシュは、フウとため息をついた。

ニヤリと笑ってみせる。

思ってもない事を言おうとしているので、妙にぎこちないのは愛嬌というものだろう。

 

「ハッ、このボクとした事が、想像に怯えるとは情けないな!もしもそんなことになったら、ボクが口説きに行ってみせようじゃあないか!それなら君達も安心して……………ち、チョット待ちたまえ!何だいその顔は?!コレはジョークだ、軽口の類だよ?!」

 

「……な、何てこった。モンモランシーとくっついて、大人しくなったと思っていたが……まさかそんな、アブノーマルな方向に進んでいたなんて!」

 

「ギムリ、呑気な事を言ってる場合かね?こうも堂々と性癖を暴露したんだ、最早躊躇わんだろうよ。そろそろ、ケツに気をつけた方がいいぞ。」

 

「な、何でキミは他人事なんだよ?!そんなのオカシイだろ?!」

 

「ギーシュの格好を見たまえ、女性的な発想に基づいてる服装だろう?つまりは自分よりも男性的で、荒々しい男を求めているんだ、キミはそのギーシュの求める理想にピッタリ当て嵌まって………すまん、もはや吐きそうだ。」

 

「お、おい!言うだけ言っといてそれはないだろ!それにこんな所で吐いたら、介抱と称してギーシュに掘られてしまうぞ?!」

 

「き、キミ達は一体何を話しているんだ?!そっちの薔薇と勘違いするのはやめてくれたまえ、心外だ!不愉快だよ!」

 

「き、キミがそれを言うかね?!前々から、その格好はチョットどうかしてると思っていたんだ!まさか同性愛者だったとは……ミス・ノーレッジが男だという事に期待をかける程とは、業が深すぎると思わんのかね、キミは‼︎」

 

「だからそうなったらもうどうしようもないなって、そういうジョークを飛ばしただけだろう?!」

 

「き、キミが言うと洒落にならんのだよ!今のも全部含めて、誤魔化している様にしか……」

 

「こ、こっちが下手に出てれば言いたい放題言ってくれるじゃないか!このギーシュ・ド・グラモン、好色家の誹りは甘んじて受け入れても、男色家の謂れだけは断じて受け入れんぞ!」

 

「こ、好色家って………勝手に僕等を情夫扱いしないで貰えるかな?!何だいそれは?!」

 

「お、おい!ボクを含めるなギムリ!痴話喧嘩なら、向こうでやってくれ!本当に気持ち悪いんだ!」

 

「だからそうじゃないって言ってるだろうが!いい加減に……」

 

目を覚ませ、と言おうとして。

凄んで一歩歩み寄ったギーシュに、ヴィリエとギムリは揃って杖を抜いた。

 

「「よ、寄るな、あっち行け!」」

 

「……き、キミ達という奴らは……どうやら、痛い目を見なくては分からん様だね?」

 

「や、やめろ、フザケルナ!同性に犯されて喜ぶ趣味はないんだよ!」

 

「どうしてもというなら実力で排除するぞ、ギーシュ!」

 

「よかろう、二人ともオモテに出たまえ。」

 

「わ、悪いがその手には乗らないぞ!キミの前を歩いて、尻を振る趣味はないからな!」

 

「……どうやらキミ達は、ボクを本気で怒らせてしまった様だよ?」

 

ギーシュ・ド・グラモンほか三人組が誤解を解き合うには、暫しの時間を必要とした。彼等はゾロゾロと、杖を向けあったままヴェストリの広場に向かっていった。

 

 

 

そしてその頃。

 

ルイズはカンッカンになっていた。

 

「じゃ、じゃあ何よ?!私は魔法だけじゃなく……す、すすす、素の魅力でパチュリーに負けてるわけ?!アンタら全員、この子にホの字なの?!」

 

「ち、違うよ!ボクは、ミス・ノーレッジがあらぬ噂を立てられているんじゃないかと心配になって…」

 

「…はっ、何を今更なことを。これだから女子力ゼロのルイズは困るな。」

 

「どどどど、どこを見てモノ言ってんのよ!人と話すときは相手の目を見なさいと、ご両親に教わらなかったの?!」

 

レイナールをはじめ、みんながみんなこんな調子であった。

ルイズはため息をつくと、腰に手を当ててパチュリーの前に立ち塞がった。

 

「ダメダメ!そんな、下心だらけの人たちを、ウチの子に近づけるわけにはいかないわ!」

 

「ねえ、ルイズ。」

 

そのときの事だった。

パチュリーがなんとも面倒臭そうな顔をして、こちらに問いかけてきた。

 

「要するにこの子達は、私とつがいたいのよね?」

 

「……あのね、そんな言い方しないでよ。レイナールを見なさい、可哀想に。顔を赤らめちゃってるじゃない。」

 

「私は別にいいのよ?学術的に興味あるし。」

 

「全く良くないわよ!何を言ってるか、分かっているの?!歩けもしない人に出来る事じゃあないんだから!」

 

ルイズにしてみればコレは、カトレア姉様が突如として誰でもいいから床を共にしたいと言った様にも聞こえた。何が良くないって、身体だ。ルイズも詳しいことは知らないが、虚弱な人に出来る事ではないというくらい知っているのだ。

 

「貴女、男女が一緒に寝るとどうなるか知らないでしょう?!メイドから聞いた話だと私の母様ですら、まる2日起き上がれなくなったそうよ?それ程の重労働らしいんだから、貴女に出来る訳ないでしょうが!」

 

「……うわぁ、さすがはヴァリエールの現当主は違うわね。ウチの両親が色事で何にも出来なかっただけあるわ。付け入る隙がゼロじゃない。」

 

「夫婦円満で、何より。」

 

「い、異邦人は黙ってなさいよ!この、女王エイリアンめ!」

 

「それじゃあ、トリステイン王国のルイズさん?貴女は具体的に、その重労働の中身を知っているのかしら?」

 

「ハッ!どれだけ過酷な苦行くらいかは承知の上よ!ウチの母様も時折、それを言われるだけで青くなって父様に反論出来なくなるんだから!」

 

「ハイハイ、全く無知だという事は分かったわ。」

 

「ご馳走様。」

 

「な、何ですってぇ?!」

 

いつの間にやら近寄って来ていたキュルケとタバサが声を掛けてきたので、ルイズは顔を真っ赤にして反論した。

吠えただけに終わってしまったが。

 

「はじめから代役を立てるつもりだから、その点は心配無用よ。」

 

その様に言ったパチュリーは、摩訶不思議な作業をし始めた。

次々と何やら良く分からないものを召喚しては、どんどん錬金して行き……最終的に、自分と同じ背丈のゴーレムを作ってしまったのである。

 

ルイズは出来上がったものを見て、感動の溜息を漏らした。

 

「……パ、パチュリーが立ってる……」

 

そう。

このパチュリー型ゴーレムは、地面に両足をつけている。

まさかまさかの、二足歩行が可能に見えるのだ。

本人の身体スペックを知るルイズからすると、コレは途轍もない光景であった。

 

しかし……だからこそ、何やら危険な存在に見えてならない。何しろ生成の過程で、見た事もない書物がそのゴーレムの体内に収まったのを目撃したのだ。

絶対何か、良からぬ機能が付随している。

 

その前に、だ。

ルイズはそもそも論を説く事にした。

 

「あのね、多分みんなが求めているのはコレではないわよ?」

 

「何で?性能については、折紙付きよ。カーマ・スートラの性技を覚えこませてあるから。」

 

ルイズは目眩がしてきて、両足を踏ん張った。

やはり悠長に理想論を説いている場合ではなかったという事か。

 

「カルマとか正義って……一気にキナ臭くなったじゃない!一体何なのよ、その無駄に宗教じみた響きは!」

 

「こちら風に言えば、東方の三大性典の一つね。」

 

「さ、三大聖典に書かれている正義を教え込んだの?!聖戦でもおっ始める気?!ドンだけ物騒な機能を詰め込んだのよ?!」

 

「基本的には、88手とかの基礎的な技術だけよ?私も途中までしか読んでないから、詳しい事を知りたければその子に直接聞いて。身体で教えてくれる筈よ。」

 

「は、はちじゅ……って、このゴーレムは、体術のスペシャリストか何かなの?」

 

「まあ、体術と言えば体術なのかしら?寝技中心だけど……ああ、立ち技もあるらしいわね。」

 

「死角なしって事じゃない……まあ、接近戦が専門というのが救いかしら。みんなで一斉にかかれば、何とかなりそうね。」

 

「複数を相手取ることくらいは、想定済よ。他にも、相手を喜ばせる機能が盛りだくさんなんだから。」

 

ダメだこりゃ。

 

この瞬間、ルイズは機敏に動いた。

大きく息を吸うと、これまでの会話から得られた結論を、大声で発表したのである。

 

「み、みんな下がって!このゴーレムは、打撃戦から絞め技までこなす、東方の異端審問官だと判明したわ‼︎近寄っちゃダメよ?!」

 

この一言で、周囲は騒然となった。

 

「ルイズ、貴女何か勘違いしてるわよ。この子はそもそも、愛玩用なんだから。」

 

「そ、それは見た目だけでしょうが!頭の中は、ロマリアの聖騎士団みたいな事になってるんでしょう?!話し合いの余地無さそうじゃない!」

 

「……性騎士団って、何なのその下品な連中は。世も末ね。」

 

「あ、貴女が今作ったコレこそがアルマゲドンみたいなモンでしょーが!さっさと土に還しなさいよ!」

 

「せっかく作ったのに?」

 

「あ、あなたが作ったからこそ不安なんじゃない!」

 

「……まぁ、どうしても壊したいと言うならば、やってみれば?」

 

「い、言ったわね?後悔しないでよ、南無三!」

 

危機感を募らせていたルイズはその瞬間、一気に念力をフル出力で発動した。

五指を開いた右手を勢い良く突き出して、ゴーレムを突き飛ばしてやったのだ。

 

その結果はもう、凄い事になった。

パチュリー型ゴーレムは食堂の端の壁まで一気に吹き飛ぶと、そのまま磔にされてしまったのである。誰がどう見ても、エア・ハンマーに匹敵する威力があった。

 

実際、異邦人二人娘の評価も概ね高いものだった。まあ、この二人の場合は力量的な意味でも学生の範疇にないのである。

 

「ルイズもやるじゃない。最早、コモンマジックとは言えないわよね、アレは。タバサ、貴女はどう見るのかしら?」

 

「ラインメイジに匹敵する。圧力の掛け方を一点に絞れば、片腕くらいはイケた。」

 

「そこまで?けどまぁ……念力だけでコレなんだから、私達もウカウカして居られないわよね。」

 

「真に恐ろしいのは、これで全く応えてないゴーレムの耐久力。」

 

「おかしな話よね、愛玩用のプレゼントでそこまでタフに作ってあるというのも。」

 

「チラッと見えた素材が、草や根っこ、繊維系ばかりだった。単純な衝撃は無効化される。」

 

「あら、流石に目の付け所が違うわね。しっかしまあ……そこまで頑丈に作ってあるとは、異常性愛者にも対応できるという事よね?そういうのは、チョット勘弁だわ……」

 

ルイズはゴーレムをそのまま押し潰すつもりで、念力をかけ続けていた。

しかし……タバサの解説に象徴される様に、吹き飛ぶ以上の効果は全く得られなかった。

 

「な、何で壊れないのよぉ……‼︎」

 

「身体が資本なお仕事だから。頑丈に作るのは、当然でしょう?」

 

「くっそぅ……何でそんな無駄なことを……って、男子!アンタ達もボサッと見てないで、手伝いなさいよ!このゴーレムをぶっ壊さないと、安心して眠れないわよ!」

 

「い、いや……そうは言ってもだね。女性に暴力を振るう訳には……」

 

「こ、こんなタフな女は居ないわよ!パチュリ ーの話を聞いてなかったの?複数のメイジを相手取って聖典の正義を断行する、イカレたゴーレムなのよ?!」

 

「どーやら狂ってはいないそうよ?」

 

「だ、だったら尚のことタチが悪いわよ!完っ全なサイコパスじゃない!何でこんなものを……って、さっきっから何なのよ、ツェルプストー!」

 

その頃。

タバサとキュルケはパチュリーに詳しい話を聞き、概要を掴んでいた。キュルケに至っては、ケラケラと盛大な笑い声を上げていた。

 

「アーーッハッハ!アンタ達、昨日からずっとこんな調子なの?!全っ然、話が噛み合ってないじゃない!」

 

「……茶番。」

 

ルイズはいい加減に疲れて来て、念力を一時緩めてしまった。

その瞬間。

 

「あ……」

 

パチュリー型ゴーレムは、逃げ出してしまった。

その際の身のこなしが、これまた妙な色気があって困る。

 

しかしルイズは、未だに独り相撲を続けていた。無駄な危機感を発揮して、キュルケに詰め寄っている。

 

「どどどどーすんのよ!アンタが余計なこと言うから、逃げちゃったじゃない!どう責任とるのよ!」

 

「いやいや。最早コレは、放っておいて楽しむべきでしょう?」

 

「は、話になんないわね、この享楽主義者は!パチュリー!もう、あんな物騒なのはサッサと解体しちゃってよ!」

 

当の本人は、あからさまにエーーッという表情をしていたが。

ふと、何かを思いついてボソリと告げた。

 

「成る程、現状で壊せないものを壊すのは、貴女への丁度良い訓練になりそうね。」

 

ルイズの心配をよそに、パチュリーはそんな発想に至っていた。

 

そして。

 

「あら、壊しちゃっていいの?」

 

キュルケが舌舐めずりしてそうな顔で尋ねて来た。

パチュリーはオヤという顔をして彼女を見つめ……

 

「貴女はルイズと違って、少々出来そうね。火に特化し過ぎているみたいだけど。」

 

「あったり前でしょう?こーんなおチビと比べられるなんて、全く心外だわ!」

 

「こ、こここ、この女はぁ〜〜〜‼︎」

 

パチュリーはそうして、キュルケにはあくまでルイズを手伝うという事で許可を出した。

これを聞いたルイズは、危機感は何処へやら喜色満面な笑みを浮かべた。

 

「ヨッシ!それじゃあ貴女は、私の部下という事ね?!キリキリ働きなさいよ?!」

 

「……貴女は本当に、おめでたいわね。私はお手伝いをするのよ?過程ではなく、結果を手伝う事に終始させて頂くわ。」

 

「ど、どういう事よ!」

 

「早い者勝ちという事よ。」

 

そう言うと、キュルケはフライの呪文を唱えて一目散にその場から飛び去った。

行き先の検討ならついていた。ルイズと違って全体に目が行き届いていたキュルケには、パチュリー型ゴーレムがギーシュ達の元へと向かったと検討をつけていた。

 

ルイズはただ単に、ムカッ腹だけを立ててキュルケの後を追った。

 

「ま、待ちなさいよコラー!」

 

ちなみにルイズは、徒歩だ。

いや、この場合はダッシュか。

下手に飛ぶよりも、念力で自らを押した方が速いと思ったのだ。

 

タバサはそんな、親友とその仇敵の姿を見送ると、そそくさとその場を後にした。ポテポテと歩きながら、事の顛末を見届けようと考えていた。

キュルケが向かったのだ、最終的には必ず無力化されるだろう。

 

しかし。

タバサはあのゴーレムのもう一つの特徴を、的確に見抜いていた。アレは、痛みを感じないどころかそれを喜んでいた。

そうなると意外にも、風のトライアングルであるタバサは攻撃手段が限られてしまうのである。

 

ヒット&アウェイを得意とし、火力よりもテクニックで攻めるタバサには、痛みを感じないどころかそれを求めてくる相手は非常に部が悪い。

そろそろ本格的に火の系統を鍛え上げないと、イザというときに手詰まりになるかもしれない。

おまけにパチュリーの言っていた、「相手を喜ばせる他の機能」がどんなものか、非常に気になるところである。

 

そんなことを考えていたタバサは、背後から掛けられた次の一言に、足を止めそうになった。

 

「ところで貴女は、王族か何かなの?」

 

 

 

 






以前よりも無理があるところもありますが……これで精一杯です。ギムリとヴィリエの口調が変ですが、どうか悪しからず。オンディーヌ隊の戦力アップだと思って、許して頂けると幸いです。


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第10話 タバサと魔女


6/20 タバサに関して私は、描く才能ないなと思いましたが……『タバサの誕生』を読んで、いてもたってもいられなくなってしまいました。
こちらも、三度目の正直を目指しております。


 

 

王族か、と問われ。

タバサは首を横に振った。

 

そこには逡巡も憤りも、何もなかった。ただ単に、聞かれた事に事実を答えただけ。

それだけである。

 

歩くペースも、何も変わらなかった。それに対してパチュリー・ノーレッジはいつもの通りフヨフヨと浮きながら、少し上下していた。

 

「ルイズの杖も業物だったけど……貴女のそれは別次元よね?年季が二桁違うもの。個人というよりは、王家の所有物であってもおかしくないと思ったけど……どうやらハズレだったみたいね。」

 

この言葉に対してタバサは杖をギュッと抱きしめると、またもや首を振った。

それは、最後の一言に対する否定であった。

 

パチュリーの推測は、限りなく事実に近かった。本来なら、青髪という目印を頼らずに王家との繋がりを看破してのけたことに、賛辞を贈りたいところである。

 

しかしその資格が、今のタバサにはない。

失ったからではない。

奪われたのだ。

 

パチュリーはタバサの様子を見て取ると……何かを察した様だった。

唐突に、全く脈絡のない話を始めたのである。

 

「私の居た世界では、過去に魔女狩りというものがあってね。殆どの魔法使いがその際に一掃されたの。何故だかわかるかしら。」

 

タバサは反応を示さなかった。

答えずとも、この話は先に進むと分かっていたからだ。

 

「未熟だったからよ、その上お人好しだったの。人助けだからと容易に力を晒して、何の警戒もしなかった。挙句に当時の彼等は、一目でそれと分かるものを持ち歩いていたわ。」

 

タバサは自身の持つ杖に、その視線を落とした。

その動作に、パチュリー・ノーレッジはコクリと頷いた。

 

「他にも色々と、水晶とか大鍋とか。どうぞ狙って下さいと言わんばかりだったの。おまけにそれに頼りきっていたから、奪われると何も出来なかった。まぁ……こんな体たらくでは、当然の帰結よね。」

 

タバサは再度、首を横に振った。

確かにその通りにも聞こえるが……その顛末を平然と語るとは、ただ事ではない。

 

「……復讐は?」

 

渇きを訴える喉を黙殺し、タバサは問いを重ねた。

 

「縁はなくとも、貴女にとって先代にあたる筈。仇は討った?」

 

これに何故、と問い返され。

タバサは自分の目が凍り付き、相手をひたと見据えるのを感じた。

 

タバサの視線は、鋭い。彼女はこれまで散々騙され、裏をかかれて来たが、そのおかげで一つの特技を身につけた。

相手が本気かどうか。

それだけは、一瞬で見破れる様になったのだ。

 

パチュリー・ノーレッジの瞳は……静けさを湛えていた。怒りや憎しみといった負の感情とは、無縁だった。

 

「魔女狩りが無ければ、生き残りの魔法使いも深耕を遂げられなかったのよ?彼らにしてみれば、有難い話だったでしょうね。」

 

その様に言い切った紫の瞳は、純粋なものだった。自分の先祖にあたる者達が虐殺された事に、何の痛痒も抱いていない。寧ろその事で、杖を用いない魔法が発展を遂げた事に、心の底から感謝していた。

コレはもう……人間ではない。

 

「……貴女は魔女。」

 

「それはひょっとして、悪口というもの?」

 

タバサは否定も肯定もせず、一言だけ告げた。

 

「褒めた。」

 

「正直に言ってくれて構わないのよ?私も何だかんだ言って、本に頼り切りな魔法使いだから。五十歩百歩な話よね。」

 

タバサはゆっくりと、首を振った。論点は、そこではない。

 

パチュリー・ノーレッジは、確かに知識を名乗るだけあった。この世の”掟”を完全に理解しており、従いも抗いもしていない。これが恐らく、本物の理解なのだろう。

 

これに対してタバサは、自分も含めた人間の大部分が、その反対側に属すると考えていた。

"掟"を受け入れられる者と、そうでない者。

タバサは間違いなく、後者だ。

 

『弱いものは食われる。それが森の掟だって父さんはいつも言ってたけど……。そんなのは森の理屈だ。あたしの理屈じゃない。』

 

幼かったあの日、ファンガスの森で。未だシャルロットと名乗っていたタバサはこの様に説かれ、弱肉強食を知った。

 

教えてくれたのは、若き狩人だった。

本来その掟を理解し、従う側の女性だった筈だ。

しかし彼女は、自らの意思で違う道を選んだ。

森の掟に、命を賭して抗ってみせたのだ。

 

その末路を看取ったシャルロットは、掟に抗う事の儚さを知った。

 

だが。

それでも尚、自分もそうありたいと願った。

命の限り抗い続け、宿願を果たしたいと願った。

だから、タバサになったのだ。

 

そして、今。

この世の掟から解き放たれた様な、パチュリー・ノーレッジという存在と出会い。

タバサの思いは、更なる深みへ到達しようとしていた。

 

「まぁ……そうは言ってもやっぱり、この世界に来てから、杖に対する見方が変わったの。こちらの魔法使いは、単なる魔道具としては見ていないのでしょう?ロクに魔法を使えなかった頃のルイズも、妙に拘っていたしね。」

 

パチュリー・ノーレッジは、タバサを興味深げに見つめながら語りかけて来た。

 

「恐らく貴女も……その同類よね?その杖に対する思いの深さで言えば、ルイズの比ではないのでしょう。恐らくこう聞けば、よりハッキリと自覚出来る筈。」

 

タバサは思わず、唾を飲み込んだ。

 

「私の知識を提供するかわりに、その杖を譲ってくれない?」

 

タバサは杖を抱きしめた腕に、震えを覚えた。

かつてシャルロットだった自分が、それだけはダメだと叫んだ様な気がしたのである。

 

タバサとしては、この逡巡は不要なものだった。現状の延長線上でスクエアに至ったところで、勝算は薄いのだ。だったら躊躇うことなくこの取引に応じ、新たな力を得るべきだ。

 

しかし。

タバサの身体は杖を抱き締めたまま、微動だにしなかった。

 

「……やっぱり、否定も肯定もしないのね。貴女自身も根拠を見つけられず、不思議に思っているでしょう?」

 

タバサはコクリと頷いた。自分でもよく分からないこの反応は、一体何なのかと。

そうしてパチュリー・ノーレッジは、楽しげに全く別な事を話し始めた。

 

「始祖ブリミルと4人の使い魔達の話は、ルイズから聞いたわ。一見、何処にでもありそうな話よね。でも……仮にこの言い伝えがどの地方、どこの国でも同一の内容だとすると、口伝では不可能な正確さとなるわ。これに関して、貴女はどう思う?」

 

タバサはフムと頷いた。

こういう謎かけの類は、得意なのだ。

 

「国どころか身分すら超えて、同一の内容が伝わっている。記録を改竄・統一した者がいる筈。ロマリアがやったと考えるべき。」

 

「だとすると、正史を知る派閥が乱立したり、地下工作を始める筈よね?まあ、そういうのは一旦置いておいて……始祖周辺に関しては真実が伝わっていたと仮定すると、その方法が気にならない?」

 

「本なら、正確な記録を伝えられる。」

 

「こちらよりも魔法以外の技術が進んでいた私の故郷でも、紙の歴史は4,000年くらいしか遡れないの。始祖は更に2,000年も前の人間だから、本はおろか紙すらない時代だったと考えても、無理はないでしょう。本に替わる程の記録を残す手段とは、一体何なのでしょうね?まあ……結論ありきで話しているから、穴だらけになるのは勘弁してね。所詮は思いつきよ。そう思うキッカケをくれたのは、貴女の杖だった。それだけの話。」

 

この時タバサは、頭を殴られた様な衝撃と共に、自ら抱え込んだ杖を見つめた。

 

「そう。その杖は、文字すらない時代から受け継がれてきた、魔道書のご先祖様よ。その表面に走る筋、穿たれた溝の全てが、魔力的な痕跡よ。当然、歴代の使用者により刻まれてきた筈。それらを余す所なく読み解けば、先達の叡智を全て手にする事になるでしょう。貴女の直感は、この事実を敏感に探り当てていたと思うわ、見事よ。」

 

この時タバサは深く目を閉じ、頭を揺さぶる衝撃に必死で耐えていた。

 

そうだ。

そもそもが、この杖は。

ガリア王家が先祖より受け継いで来た、オルレアンの家宝なのだ。歴史的価値以上に、今言われた様な神秘が秘められていて、何ら不思議はない。

 

父シャルルが、12の若さでスクエアに登り詰めた時。

握っていたのは、この杖だった。

その幼い娘が、曲に合わせて人形に振り付けを踊らせた時。

今のルイズよりも余程巧みに念力を扱えたのは、この杖のお陰だった。

 

タバサは突如として今、自身にとって掛け替えのない記憶を思い出し始めていた。

 

鬼の様な努力を重ねる父シャルルに、可愛い娘とはいえ面倒を見て貰える暇がある筈も無かった。

だから、シャルロットにとっては。

この杖こそが、揺籃の師に他ならなかった。

 

この杖には、この杖ならではの振り方が、扱い方があった。

他の杖にはない独特な、魔力の通わせ方があった。

そうした全てを、長い時間を掛けて。じっくりコツコツと、理解を積み上げていく必要があった。

 

父シャルルは恐らくそれらを、遠回りだと感じたのだろう。その焦りが彼を、この杖の深みから遠ざけた。

その娘のシャルロットもまた、タバサとなった時に。同じ轍を踏んだ。

 

何しろタバサには、時間が無かった。

早急に、実力をつけたかった。

だから……本に甘えた。

 

杖は語り掛けてくれない。

だから言葉で、易しく語り掛けてくれる本に、縋ってしまった。

杖が齎す難解で遠大な知識よりも、万人に向けて分かり易く説かれた本の知識に、走ってしまった。

……その結果、物言わぬ杖の教えから遠ざかってしまったのだ。

 

それだけではない。

 

メイジが、杖を疎かにするという事は。

狩人にしてみれば、弓をぞんざいに扱うに等しい。

 

こんな姿を、ヴァルハラに居るあの人が見たら何と言うだろうか。

 

あの人は、狩人だった。

弓と矢と人。

その三位一体が織り成す、超絶の技術。

彼女はそれを自在に操る、技の体現者だった。

 

タバサはそれ程の存在に嘗て、一人の狩人として認めて貰った筈だった。

 

それなのに。

 

杖という弓を放ったらかし、ひたすらに魔法という鏃だけを研いでしまった。

今や、メイジとしても、狩人としても。中途半端な存在に成り下がっている。

 

……タバサの視野は今、急速に開けて来た。

 

思い出そう。

あの人の全てを。

 

あの人が……ジルが何をどう考え、どう動いたのか。

シャルロットはその全てを、余すところなく見ていた筈だ。

既にジルはこの世に亡くとも、タバサの記憶の中にはしかと刻まれている。

 

足音を立てずに、森を歩き。

靴裏の感触だけで、闇を渡り。

風の流れだけで、獲物を見つける。

 

今のタバサには、魔法を使えば同じ事が出来る。

しかしそのせいで、全てが雑になっていやしないか。

いや……魔法に甘えているのだ。

 

そもそも何故、これ程までにジルを崇めながら、その技術を素直に身につけようとしなかったのだ。

ジルがどれだけ弓矢を大切にしていたかを知りながら、何故、杖との対話を怠ったのだ。

 

一体何を、こんな所で足踏みしている。

 

全ての答えは、初めから示されていたではないか。

 

父たるシャルルが、メイジとして。

師たるジルが、狩人として。

辿り着いた筈の、その。

 

"さらに先へ"

 

タバサでも、シャルロットでもない。

他ならぬエレーヌ・オルレアンが、オルレアン家の長女として辿り着くのだ。

 

技でも。

魔法でも。

 

全てを、超えてみせる。

 

タバサはそうして、フウと溜息をついた。

こんな気分は、久しぶりの事だった。彼女の心は未だに深い森の中で獲物を求めていたが、少しだけ陽が差した気分だった。

 

「ありがとう。」

 

タバサはこの、新たな目標に気付かせてくれた風変わりなメイジに対して、滅多に言わない事を言った。

これに対してパチュリーは漸く、これまで通りにフヨフヨし始めた。

 

「貴女がその杖に飽きたら、少し貸して頂戴?興味があるもの。」

 

「私が死んだら、そうして。でもその前に、お礼をしたい。」

 

パチュリーはこの提案に、迷う事なく告げた。

 

「その杖を、使ってみせて。」

 

タバサはフムと頷いた。

パチュリーにとってこれは、ロストテクノロジーの一つなのだろう。全てが魔法で済んでしまうぶん、タバサ程には使いこなせまい。

 

「私は全てを本から学んできたの。杖から学ぶとどういう事が出来るのか、貴女が教えてくれると助かるわ。」

 

成る程。タバサはこの時、漸く首肯した。

 

そうして2人は漸く、ルイズ達を視界に捉えた。

そこではパチュリーの作ったゴーレムを巡って、未だにてんやわんやしていた。

パチュリーはその様子に溜息をつくと、もう一つの頼み事を口にした。

 

「ついでにルイズにも、発破を掛けてくれない?あの子は呑気だから、無防備だという自覚すら無いのよ。……よくよく考えれば、こちらの方をこそお願いしたいわね。」

 

これに対してタバサは、首を横に振った。

 

「……ジルも私も、全てを失うまでは呑気だった。」

 

今度はパチュリーが黙る番だろう。いきなり人名を挙げられても、何のことか分からなくて当然だ。

そして聞き返されない以上、タバサもそれ以上は何も言うつもりはなかった。

 

「失って学んだ事があるなら、ルイズにも伝えてあげればいいじゃない。明け透けなのもアレだけど、出し渋り過ぎても意地悪なんじゃない?」

 

尚もそう言われたが、タバサは再度首を振った。

 

その学んだ内容が、ヤクザな世界での流儀だと自覚しているからだ。

知らずに済むなら、知らなくていい類のものだ。

狩る狩られるの理屈は、こちら側に来てから学べばいい。強引に一線を越えさせる権利など、誰にもないだろう。本人が求めてもいないのに向こう側にまで届けようと思うほど、タバサは自惚れてはいない。

 

 

成る程確かに……ルイズは甘い。

あのゴーレムを破壊するのに、爆発を使わないなんて論外だ。

危機感がない。

 

これは……比喩でも何でもない。

タバサは明日にでも、ヴァリエール家三女の拉致・監禁・洗脳・拷問・殺害を命じられておかしくない立場にある。

トリステイン王国を切り盛りしている要人を、裏から操ってしまおう。その様に画策した者の指示で、ガリア北花壇騎士がこの国の要人周辺を相手に総掛かりで動く事になるかもしれないのだ。

 

まぁ、流石にそんな事になったらパチュリー・ノーレッジが黙ってはいないだろうが……幾らでもやりようはある。ヴァリエール家には、長女も次女も居るのだから。

 

そもそもこの平穏は、あと数ヶ月保てばいい方だ。

夏休みに入って、帰郷した子供達から噂話を聞いて……危機感を抱けない貴族は、禄を喰む資格がない。

現時点でパチュリー・ノーレッジは、各国の機密文書を召喚し放題なのだ。充分に目立ち過ぎている。この主従の情報は、必ずや各国に伝搬するだろう。ガリアなら、もう掴んでいると見ていい。タバサが報告を上げなければ済むとか、そういう甘い相手ではないのだ。そうであってくれたら、どれほど楽な事か。

 

こうした危惧が、現実のものになった時。

ルイズは嫌が応なく、戦いの道を歩まされる。何しろ彼女は現段階で、杖なし魔法という充分に脅威となる実力を身につけている。今後の伸び具合によっては、下手すれば夏休みを迎える前に、一国が本気になって彼女をこそ、どうこうする為に動き始めるかもしれない。

 

そうなった時、心構えが出来ておりません、は通用しないのだ。今のルイズの様に自分の持つ力にビクビクしながら、ヘッピリ腰で何とかなるものではない。

それでも、彼女は退かないだろう。そしてこのままでは……ジルの妹と同じ最期を迎える事になる。

 

それならいっそのことパチュリーと連れ立ってサハラへ旅立ってしまえば済むとか、その他諸々の斜め上を行く楽観論は、タバサには馴染まない。そのような楽しげな話が通用する優しい世界では、生きては来れなかったからだ。

今やこうした陰謀論ともとれるものが……タバサの理屈になってしまっている。

そしてこれは、一般的な理屈ではない。

少なくとも、ルイズの理屈ではないだろう。

 

それにもう、ウンザリなのだ。

華美に装飾した言葉で、オマエは正しいとか正しくないとか、不毛に過ぎる。

タバサはそうした世界とは距離を置き、常に行動で示してきた。

 

しかし。

 

「何も、言葉で教える必要はないのよ?元よりそういうの、私よりも苦手そうだから期待していないもの。貴女はどちらかというと、背中で語るタイプでしょう?」

 

その様に言われてしまったタバサは、ジトリとした目でパチュリーを見つめた。

 

こうも見縊って貰うと……話は変わってくる。

 

タバサはメイジであり、狩人であることを目指す者だ。

狩人なメイジでも。

メイジな狩人でも。

どちらでもない。

両者を極めた頂に到らんとする者、それがタバサなのだ。

 

狩人としての技術。

メイジとしての魔法。

その両輪を自在に操る、真の匠。

 

狩人は無言で弓を引き、メイジは呪文と共に杖を振る。

両者を極めようとするタバサに、得手不得手などない。

 

やれば出来るのだ。

 

タバサはフンスとばかりに胸をそらして、宣言した。

 

「私は言葉も杖も、全てを操ってみせる。」

 

「……あまり、張り切り過ぎないでね?」

 

パチュリー・ノーレッジにそう言われて……タバサはふと、この国の王都へとオツカイに出した使い魔のシルフィードの事が気になった。

今のところは万事滞りなく行っている様なので、さしたる心配はないと判断した。

 

ならばこの後はルイズに……戦いの心構えだけでも解いてみせよう。

最低限の覚悟くらいは、持っておいて損はない筈だ。

 





タバサは本当に、心象の描写が難しい子ですね……
ヴァガボンドの宮本武蔵みたいになってしまいましたが……こうしたタバサは、如何だったでしょうか。


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第11話 ヴェストリの広場

 

ルイズとキュルケが向かった先では、凄まじい光景が展開されていた。

 

「ヴィリエ、何やってんだ!回り込め、側面を叩けよ!」

 

「煩い!さっきっから釘付けにされてる奴が、偉そうに言うな!」

 

パチュリー型ゴーレムをやっつけようと、ヴェストリの広場へと向かったら……ギーシュとワルキューレ3体が、同級生二人を相手に大立ち回りを演じていた。

全くもって、訳が分からない。

 

7体同時制御という、その点に於いては頭一つ抜けてはいたが……そもそもギーシュのゴーレムは、ここまで高性能だっただろうか。

 

彼のお気に入りのワルキューレ達は、少しおかしな事になっていた。

妙に小さくなっている上、やたらと素早く、アクロバットな動き方をしている。その結果ラインメイジのヴィリエと、妙に武闘派なギムリが、劣勢に立たされていた。

 

……一体、何が起きたというのか。

 

前半までは、二人組優勢の展開だった。

ギムリが体を張って囮役をこなし、ヴィリエはちょこちょこ動き回ってワルキューレを掻き乱し、ギーシュは一方的にやり込められていた。

グラモン家の五男はゼーゼーと肩で息をしながら、一度はガクリと膝をついたのである。当初7体だったワルキューレ部隊はこの時点で、残り僅か2体にまで打ち減らされていた。

 

「く、クッソ……!こんな筈では……」

 

「目が覚めたかね?コレに懲りて、同性に懸想するような真似はやめてだね……」

 

「だからソレは違うと言っているだろう?!その言葉を引き下げるまで、ボクは諦めないぞ?!」

 

「……頼むから、諦めてくれよ。もう、ここまで来ると逐次迎撃するしかないのか?まあ、それならそれでいいんだが。」

 

「よ、よくないぞ、ヴィリエ!ギーシュは全く、これっぽっちも諦めていないじゃないか!キミは何処まで他人事なんだ!」

 

ヴィリエもギムリも、表情は暗かった。さすがに毎日こんな決闘紛いなことをしていては、溜まったものではない。

 

「だから君たちは…どこまで僕を挑発すれば気がすむんだね…!」

 

「ちょ、挑発だって?!冗談じゃない?!ボクラがいつ、キミの性欲を煽る様な真似をしたと言うんだ?!」

 

「何てことだ……ここまでやっても、全然堪えてないじゃないか。これならもういっそ、ワルキューレを丸裸にして仲良くやっていてくれた方が安心だな……」

 

ヴィリエが辟易してそう呟いた瞬間、ギーシュの表情が変わった。

 

「……そ、そうか、その手があったか!」

 

「おいおい、嘘だろう?」

 

「……もういいよ、ヴィリエ。僕らに累が及ばなければ、何だっていいさ。」

 

同級生2人の目には、ギーシュがとうとう人間でなくゴーレムに欲情し始めた様にしか映らなかった。

何しろ、ワルキューレの鎧が取り外され、全裸に剝かれていくのだ。

 

業が深いなんてもんじゃない、コレは最早、罪だ。

 

この場でギーシュが自らのズボンに手を掛けたら、ミスタ・ギトーでも呼んで来よう。悪いが友人として付き合ってやれるのも、此処までだ。

 

そう思い始めた、その時の事である。

 

ヴィリエは盛大なため息をついた。

 

「アイツ、バカだろ………」

 

ギムリは首を傾げた。

 

「今更だろ?」

 

「まぁ……その通りなんだが……よく見たまえ。ワルキューレの中身は、青銅じゃないか。」

 

「何かおかしいのかい?青銅を名乗っているくらいだ、別に不思議じゃないだろう?」

 

「鎧が全く、その体を成してなかったって事さ。単なる飾りだ、何処までカッコつけたがりなんだ、アイツは?」

 

「……それはつまりさ……」

 

「ギーシュは単なるバカじゃない、超バカだったって事だ。やれやれだ。」

 

「い、いや……こんな時になんだが、キミは本当に、その見下したがる性格は直した方がいいと思うぞ?」

 

「何故だ?バカをバカと言って、何が悪い?」

 

「僕等の状況が悪くなったんだよ!要するに、ワルキューレ達はこれまで、重りをつけて動いてたって事だろう?ハンデしょってたって事じゃないか!」

 

その時ようやく、ヴィリエの顔に影が差し……彼等の抱いた嫌な予感は、現実のものとなってしまった。

 

ギーシュは、本当に格好つけたがりだという事が分かった。

 

ワルキューレ達の体積は半分以上が、鎧だったという事が明らかになったのである。そのやたらゴテゴテな重りをパージしたのだ、彼女達は、傍目にも相当に身軽になっていた。

強度は変わらないまま。

 

ギーシュの名誉のために言っておくと、ワルキューレ達は全裸という訳ではなく、よくよく見ると体表部分は薄布の様なもので覆われていた。とはいえ破廉恥極まりないのには、変わりがない。

しかしその操者たるギーシュの目は、真剣そのものだった。

 

「これでいい……これまで正直なところ、動きにどれ程の無駄があったか、全く分からなかったからね!」

 

「言ってて恥ずかしくないのか、このバカめ!」

 

「いや、アホだろ?!どれだけ無駄な事してたんだ!」

 

「ええい、煩い!さあ、戦乙女達よ、君達の真の実力を存分に見せてくれたまえ!」

 

そうして、3体の軽ゴーレムが一斉に飛び掛かってきた。

有り体に言って、速度が段違いだった。コレをはじめから7体でやられていたら、一気に畳み掛けられてしまった事だろう。

 

おまけに。

 

「ハーッハッハ!浅はかだな、ギーシュ・ド・グラモン!未だに武器に拘るか!そもそも全身凶器なゴーレムに、人間の武具など持たせる意味がない!」

 

「な、成る程……」

 

「ヴィリエ?!キミはさっきっから、一体どっちの味方なんだ!」

 

始終こんな調子だった。

尊大な態度に出るヴィリエがダメ出しをして、ギーシュがそれで学習し、ギムリがワリを食うというスパイラルに突入していったのである。

 

「バカめ!上空さえとってしまえば、キミのゴーレムは無力だ!」

 

「くっそ!言わせておくなよ、ワルキューレ!アイツを撃ち落とすんだ!」

 

「もう黙ってろヴィリエーー!」

 

制御する数が減ったワルキューレ達は、身体能力だけでなく連携まで見事にこなした。

低空で粋がるヴィリエの元に、土台になったワルキューレがもう一体を打ち上げて、迎撃してのけたのである。

 

ギーシュは、素直に感動していた。

自身の得意魔法が、友人達との諍いを経て磨き上げられているのだ。こんなにも素晴らしい事はない。

 

「何だかよく分からないけれど、感謝するよキミ達!これぞ正しく、青春ではないか!お陰で僕は、新たな何かを掴み始めている!」

 

「よせ!そっから先を言うな!聞きたくない!」

 

「どれだけ堕ちる気だ?!まさか僕等を殺して、死体を嬲るつもりか?!」

 

「くっそ、これでは埒があかない!ギムリ、モンモランシー呼んで来い!もう、落ちぶれた貴族令嬢の貞操なんて知った事か!」

 

「何を言ってるんだ?!」

 

「二人して青春ぶっち切って貰おう!既成事実を作らせて、ギーシュを人生の棺桶にブチ込むんだよ!それしかない!」

 

「き、キミは本当に見境いない奴だな?!そんなに自分が可愛いか?!」

 

「愚問だ!」

 

ルイズとキュルケは、こんな混沌とした場に駆け付けてしまった。全く以って、意味不明である。

まあ……三人揃って阿保だと言う事は良く分かるのだが。

 

「……何で、ギーシュがラインになりかけているの?」

 

ルイズは、こんなバカバカしい事でギーシュがメイジとして成長しかけている事を見破った。

 

「驚いた、本当に成長してるのね。エライわよ〜〜、ルイズちゃん?胸は全然だけど。」

 

「一言多いのよ!アンタは!」

 

ルイズは盛大なため息をつくと、ギーシュ達に呼び掛けた。

 

「ねぇ、アンタ達……ねぇ、ねえってば!」

 

「何だい?今いいとこなんだ、悪いが邪魔しないでくれないかな、ミス・ヴァリエール?」

 

「ピンクはお呼びじゃないんだよ!モンモランシー呼んで来い!」

 

「そんな事だからキミは、いつまでたってもピンクなんだ!空気くらい読んでくれ!」

 

「だ、だだだた誰がピンクよ!上等じゃない、アンタら纏めて相手してやるわよ!かかって来なさい!」

 

「……ハイハ〜〜イ。みんな、頭を冷やして。ここに、ミス・ノーレッジが来なかった?」

 

キュルケはこの調子では日が暮れると思ったので、さっさと本題を切り出した。

わざわざゴーレムと言わなかったのは、その必要を感じなかったからである。この時そう切り出していれば、もう少しマシな事になったのであるが……

 

「……うえぇ、もう、ピンクに関わる話はやめてくれたまえ。そもそもコレも全て、ピンクの使い魔に関わった事が発端なんだ。」

 

「えっ?そうだったっけ?」

 

「忘れたのか、ギムリ。そもそもギーシュが深紫を男だから気に入ったとか何とかぬかし始めたのが……」

 

「な、何を言ってるのよアンタ達は……」

 

「ミス・ヴァリエール、彼等は終始こんな感じなんだ。キミからも何か言ってくれないかね?全く心外な事に、このボクが……」

 

「何が心外だ、被害者はコッチだぞ?!」

 

「もうやめて、バカが感染りそうだわ!」

 

「そうだ、もっと言ってやれピンク!」

 

「だからヴィリエ、キミは何でそう、他人のフリしようとするんだ!」

 

「そんな事どーでもいーわよ!アンタらさっきっから、私の事を何だと思って……‼︎」

 

「はいはい、もう分かったから!アンタら四人まとめて、スクエアバカって事でいいでしょう?それより、誰もミス・ノーレッジを見なかったの?こっちに来たと思ったんだけど……」

 

キュルケがいなかったら、ルイズを交えて四つ巴のケンカがおっ始まっただけだろう。

何だかんだ言って、頼りになる子である。

 

「いや、あの子が来たら流石に気がつくぞ?何よりも、ギーシュが黙ってないだろうから。」

 

「……これはキュルケ、アンタが間違えたって事じゃない。何よ、勢い良く飛び出しておいて!完全な空振りね。」

 

「おっかしいわねぇ……」

 

キュルケは頭をひねった。くっついて来たルイズに対して嫌味を言わないのは、彼女の優しさだろう。

 

「ところでミス・ノーレッジは、コッチに何しに来たんだい?」

 

ギーシュが気を利かせて、ルイズに尋ねて来た。この場合それは、新たな波紋をもたらすだけだったが。

 

「ああ、私達が探しているのは本人じゃあなくて、パチュリーの格好をしたゴーレムよ。」

 

ギーシュ、ヴィリエ、ギムリは揃って顔を見合わせると、一気にゲンナリし始めた。もう、ヴィリエに至っては背中が丸くなり始めている。

 

「……一体何なんだねそれは?」

 

「東方の異端審問官らしいわ。向こうで書かれた聖典の正義をハルケギニアに齎すため、拳で説教してくるらしいわ。」

 

「……開いた口が塞がらん。悪いがボクは、もう帰らせて貰うぞ。これ以上は付き合い切れん。」

 

「ボクもだ。そのゴーレムには、是非ともギーシュを懲らしめて欲しいものだよ。東方でも、同性愛は認められていないだろう?百歩譲って、合意の上ならアリなのかもしれんが……今のギーシュは、野獣と化していて、手の施しようがないんだ。」

 

「「うっわぁ……」」

 

ルイズとキュルケは揃って、ヴィリエのような顔をした。本気で気持ち悪いと思っている顔である。

だが。

 

「それだけじゃあないんだ。ギーシュは、ワルキューレを素っ裸にして喜んでいるんだよ。」

 

「ええ……?それは、もう手遅れなんじゃあ……」

 

「わ、悪いがもう……本当にダメだ……」

 

そして。

ヴィリエはもう、口元を抑えながら部屋へ戻ろうとしていた。流石に可哀想になってくるレベルである。

 

だが。

 

「おい……流石に本気で怒るぞ?」

 

ヴィリエの目の前には、ワルキューレが立ち塞がっていた。

これまで散々バカにされたギーシュが、意地悪し始めたかのようである。

 

そして……

 

「おいおい、そこまでしてヴィリエを手に入れたいのか、オアツイこったな。ま、頑張ってくれヴィリエ。ボクはこれから、モンモランシーに掛け合って、軟膏でも作って貰いに行くよ。ああ、それと……明日の授業には、クッション持って来ておいてやるから!座る時にケツの心配する事ないぞ!」

 

これまたギムリが、ここぞとばかりにヴィリエにやり返していた。

だが。

ヴィリエは吐き捨てるようにして反論した。

 

「ギーシュ……さっきっから気になっていたんだが、このワルキューレだけ妙な動きをしていた。コイツは一体、何なんだよ?!」

 

確かに。

ギーシュが先ほどから操っていた3体のゴーレムの中で、この1体だけは戦闘とは全く関係ない動きをしていた。それが妙に目を引くから、ヴィリエは注意を逸らされて全力を発揮できないという悪循環に陥っていたのだ。

 

ギムリも漸く、違和感を覚え始めた。そもそも彼ら2人は、前半戦終了時……ギーシュが一旦膝をついた瞬間まで、ワルキューレ達を2体にまで減らしていた筈なのだ。

それが後半戦が始まる際には、3体に増えていた。

 

「いや……それが先程から、どうにも妙でね。」

 

ずっとダンマリを続けていたギーシュが、その時深妙な顔つきで所見を語った。

 

「そこのワルキューレ……ボクの命令では動いていないんだよ。」

 

「はぁっ?!とうとうボケまで来たのか?」

 

「何を愚かなことを。この場合は、ボクの目覚めつつある才能が、顕在意識を超える逸品を作り出したと考えるのが妥当ではないのかね?」

 

「そんな都合の良い話があってたまるか‼︎ここは普通、別物がキミのワルキューレに化けたと考えるべきだろ!」

 

ギムリのその一言に、ルイズとキュルケは即座に反応した。泡を食って叫んだルイズに対して、キュルケは思いっきりニヤニヤしただけだったが。

 

「ヴィリエ、逃げて!」

 

「はっ?何を言って……」

 

遅かった。

どう見てもワルキューレにしか見えないそれは、ヴィリエに覆い被さり……そのまま首筋に噛み付いたのである。

 

「よ、よせ、離せ!」

 

「くそっ、何だコイツ?!」

 

ギムリは咄嗟にファイヤーボールを放ったのだが、空を切った。とんでもない反射神経で、ヒラリと躱されてしまったのである。ギーシュもワルキューレで対抗しようとしたが、流石に間に合わなかった。

ルイズは……完全にタイミングを逃してしまった。いつもと異なる緊張感に、ガチガチになっていたのである。

 

「……も、もうダメだぁ……」

 

ヴィリエは情けない声を出して、その場に倒れこんでしまった。この時ルイズがもう少し用心深く見ていれば、彼がとても幸せそうな顔をしていた事に気がついた筈である。

元より愛玩用ゴーレムなので、体表へのキス一つで男性を悦ばせる事くらいは、造作もないのである。

 

しかし。

 

最早ルイズの目にそのゴーレムは、想像以上に恐ろしげな何かにしか映らなかった。一体、何をどうしていいか分からない。もとより相手は東方の異端審問官で、話し合いの通じる相手ではないのだ。

分かり易く言えば、眼鏡を掛けた敬虔なカトリックの神父様に異教徒だとバレて、銃剣を十字に構えられた様なものである。

他にどうしようもないので、ルイズは悲鳴を上げるしかなかった。

 

「き、キャアアアア‼︎」

 

「な、何だコレは?!新手の吸血鬼か何かか?!」

 

「くっそ、ヴィリエがやられた!誰か、回復魔法を早く……って、ボクしか使えないじゃないか?!」

 

この面子で、水系統の回復魔法を使えるのはギムリだけだった。

レイナール少年が大人しそうに見えて意外と接近戦が得意な様に、このギムリも外見に反して器用な少年だった。

 

そんな中で、キュルケだけが妙に冷静に現状を分析していた。

 

「なんで、愛玩用のゴーレムがワルキューレに?ああ、ひょっとして他の女性に化けることも可能とか、そういうのかしら。それで、お仲間を見つけて一緒に遊んでいた、と。なんともマイペースよね〜って、ルイズ?しっかりしてよ。」

 

未だにキャーキャー言っていたルイズは、キュルケに頬をツネられて落ち着きを取りもどした。

 

「な、何てことするのよ!ほっぺが伸びちゃうじゃない!」

 

「いいから、とっととやることやっちゃいなさいよ。そもそがワルキューレに化けたのは、貴女が不用意に攻撃したからでしょうが。」

 

「ええい、うるさい!命令しないでよ!」

 

こんな子が嫁ぎ先の義姉だったら、あしらうのが楽でいいなぁとか、キュルケはそんなことを考えていた。

ルイズはその間に、ワルキューレ型ゴーレムを全力で吹き飛ばしていた。さすがに杖なしで発動できるアドバンテージは、緊急対応として非常に役に立つ。

しかし……

 

「貴女、バカの一つ覚えみたいにそれしか出来ないの?さっきやって、全くダメだったじゃない。」

 

「もう、一体何なのよ!アンタもちゃんと、やる事やりなさいよ!」

 

「やってるじゃない、口出し。」

 

ルイズは、キッとキュルケを睨みつけた。彼女の中では、これはのっぴきならない緊急事態なのだ。杖をしまい始めたキュルケの言動は、不謹慎極まりない。

その事を指摘されたキュルケがまた、自由な事を言い出すからタチが悪かった。

 

「ええ?!だってあのゴーレム、植物みたいなものでしょう?私がやったら、一発でケリがついて面白くないじゃない。」

 

「え……、ゴーレムって、土で出来てるんじゃないの?」

 

「タバサが教えてくれたわよ、アレの素材は、可燃物ばかりだって。草とか根っこの細かいのが縒り合わさっているから、衝撃には滅法強いらしいわよ。」

 

「へぇ……流石……って!?!知ってたならはじめから言いなさいよ!伊達や酔狂でやってるんじゃないのよ?!」

 

「私はまさしく、それを求めているのよ♪」

 

「うううううう!なんで、私はこんな奴に負けてるのよ〜〜〜〜!」

 

ルイズは、これはダメだ、使い物にならんとばかりに、ギーシュ達を振り返った。

先ほどまでの乱痴気騒ぎを見ていると、トライアングルのキュルケには及ばないとしても、それなりの戦力にはなりそうだった。

 

そしたら。

 

「ギムリ!そんな奴の回復はいいから、レイナール呼んできてくれ!」

 

「ひ、ヒドイ奴だなキミは!何てこと言うんだ?!と言うか何でキミ達は、ボクを使いっ走りにしようとするんだよ?!」

 

「さっきの見ただろう?!変形する、吸血する、衝撃では壊れない!ブレイドが得意な奴を掻き集めて、ぶった斬って貰うしかないだろう?!それに、今のうちに応援呼ばないと、いいように蹂躙されてしまうぞ!ここは一旦、ボクらに任せて、早く!」

 

おお、これは……キュルケよりもよっぽど、頼りになりそうである。

ルイズは少しホッとした。しかしその安堵は、キュルケの次の一言で露と消えた。

 

「さてさて、お次は何に化けるのかしらね?」

 

ゲルマニア才女の視線の先では、自分の身体をグネグネと変化させ始めたゴーレムがいた。

 

しっかしまあ、これで本当に愛玩用だというのだから、恐ろしい性能である。

それもそのはずでパチュリーはこのゴーレムを、千の夜を不眠不休で不特定多数と交わっても、壊れないよう、飽きさせないよう、丁寧に作っていた。

因みに、蝋燭プレイとかにも対応済みであるため、ちょっとやそっとの火では燃えない。

タバサの分析に自分なりの解釈を加えたキュルは、若干勘違いしていた。

 

そうして変身を終えたゴーレムを見て、ギムリが途轍もなく嫌な声を出した。

 

「うっげえええええ!」

 

これは、ルイズにとって噴飯ものであった。

何しろ、そのゴーレムは。

自分と同じ顔形をしていたのだから。

 

「ああああアンタ、何なのよその反応は?!ブッ飛ばすわよ?!」

 

「し、仕方がないだろう?!キミが二人に増えるなんて、悪夢以外の何物でもないだろうが?!」

 

そしてこんな事態に、キュルケが黙っている訳がなかった。

 

「あ、偽物発見♪」

 

彼女はその深い胸の谷間から杖を取り出すと、ファイヤーボールを放った。早撃ちをしたせいか、異様に小さな火球であるのが気になる所である。

そして、なんと。

それは、本物のルイズに向かって直進してきた。

 

「うっわああ?!」

 

完全に不意を突かれたルイズは無意識のうちに、魔力を纏った片手でそれを払いのけた。いくら極小威力の火球とはいえ、なかなかに凄いことを咄嗟にやるものである。

 

「ど、どこを狙っているのよ?!敵はアッチよ、アッチ!何で、私を狙うのよ!絶対ワザとでしょう?!」

 

「だって〜〜、私の知ってるミス・ヴァリエールは、煩く喚いたりしないから。貴女がニセモノなんじゃあないの?」

 

「な、何なのよその確信犯的な行動はぁ?!」

 

「そんなことより。あら、大変♪」

 

キュルケの指差した先では、ルイズが跳ね飛ばしたファイヤーボールが、ギムリを直撃していた。

後頭部にモロに喰らってしまったため、一撃でノックアウトだった。可燃性の高い髪の毛が殆ど燃えなかったところを見ると、キュルケもなかなかに器用な撃ち方をしたものである。

実質的には、マジックアローの球体バージョンに近いものだ。

 

「ギ、ギムリ〜!」

 

立て続けに友人がダウンしたギーシュは、信じられない、という顔をしてルイズを見つめてきた。

 

「き、キミは何てことをするんだ!」

 

「何で私が責められるのよ!オカシイでしょう?!悪いのはキュルケでしょうが!」

 

「そうだとしても、跳ね返す方向くらい考えたらどうなんだね!それとも何か?!咄嗟にやったら出来たとでも言うのかい?!そんな都合のいい話があってたまるか!」

 

「つ、都合よくパワーアップしてるアンタに、言われたかないわよ!そ、その通りなんだからどーしよーもないでしょうが!練習なんてしたことないんだから!」

 

ちなみに今ルイズがやったのは、魔法を跳ね返す魔法、なんて高尚なものではない。単純に、拳に纏った魔力で魔法をぶっ叩いただけである。キュルケが最小威力で撃っていなかったら、火傷くらいはしてしまっただろう。

その意味ではこの二人、妙なところで阿吽の呼吸を見せるのだった。

 

「さてさて。そんな事してる間に、近づいて来ちゃったわよ?」

 

「あ、あわわわわ……」

 

「ワルキューレ、ソイツをフクロにしてしまえ!遠慮はいらん、徹底的にやりたまえ!」

 

再び挙動不審になったルイズを他所に、ギーシュの指示が飛んだ。

ラインメイジに差し掛かっていた彼は、この一連の事態で完全にキレていた。これまでは、友人二人が相手というのもあって、どこかしら遠慮があったのだ。

しかしもはや、手加減などする必要もない。

 

戦乙女二人組は、機敏な連携を見せた。一人がルイズ型ゴーレムの真正面から襲いかかるうちに、もう一人は後背に回り込んでいた。

 

そして、一瞬優勢に見えたのだが……

 

やはり、打撃戦ではルイズ型ゴーレムにダメージを与える事は出来なかった。これでもかと言わんばかりにタコ殴りにしているのだが、全く応えていない。因みにだったら武器を持たせれば良いのだが……ラインに昇格したばかりのギーシュも、そこまでの魔力は残っていなかった。

 

もはや、このメンツでは完全に手詰まりな状況だった。

ルイズもギーシュも所謂、打撃的な攻撃手段しか持っていない。

唯一それ以外のオプションを持つキュルケは、この絶望的な状況を前にノリノリだった。

 

「やれやれ〜〜♪あと2、30発はぶっ叩いておきなさいよ!あ〜〜〜、とってもいい気分だわ、これぞまさしく、快・感って奴よね!」

 

何しろルイズと全く同じ姿のゴーレムが、ボッコボコにされているのだ。恨みなんて大袈裟なものではないが、刺々しい対応を重ねてくる隣人に対しては、色々とストレスが溜まっていたのである。

キュルケは今、気分爽快だった。

 

一体これは、どうなってしまうのか?

 

ルイズがそう思った、その時のことである。

 

冷え冷えとした……しかしどことなく叱る様な優しさを込めた声が、凛と鳴り響いた。

 

「全然ダメ。」

 

その次の瞬間。

偽物ルイズの胸を、一本の氷の矢が刺し貫いていた。

 

そして。

その胸元から、ピシピシと氷が這い伝わり……

ゴーレムの全身を、巨大な氷の牢屋に閉じ込めてしまった。

 

これまで、ルイズ達が散々に手こずらせて来たゴーレムは、いとも簡単に無力化されてしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 



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第12話 タバサ先生

大変申し訳ありません。
以前の話の先でパチュリーが平謝りしている場面を描いていて妙に書きづらい思いを味わい、8話からの流れを大幅に変更致しました。
勝手なことばかりして申し訳ありませんが、少しでもまともになっていくことを願っています。

どうぞよろしくお願いいたします。


 

一瞬でゴーレムを氷漬けにしてしまったタバサは、パチュリーと一緒にレビューを行なっていた。2人揃って、ルイズの緊張感を他所に、呑気なものである。

 

「風主体の魔法で一旦貫通させて、そこから水主体の魔法へ繋げたのね。何で、始めから氷の中に閉じ込めなかったの?」

 

「こっちの方が、効率良い。」

 

「……?」

 

一言に効率と言ってもこの両者では、全く違うものが念頭にある。パチュリーは時間効率で、タバサは魔力効率を意識している。ベースとなる容量が違うので、同じものを見ても違う感想に到ってしまうのだ。

 

「……ひょっとしてその杖の使い道って、今のでお終い?」

 

これに対してタバサは、漠然とした世界観の違いを感じて、肩を竦めた。

 

「今のは試し撃ち。」

 

パチュリーとタバサがそんなことを話し合っているとき。

ルイズは……漸く念願叶ってゴーレムを打ち倒せたというのに、タバサが手柄を全部持って行つてしまった事に、筋違いな腹の立て方をしていた。

ついさっきまで戦々恐々としていたのに、ゲンキンなものである。

 

「ちちちち、チョット何なのよ、今の魔法は?!初めて見たんだけど?!」

 

「ウィンディ・アイシクル。」

 

「嘘おっしゃい?!あんな、丸ごと凍りつかせるなんて、聞いた事もないわよ!」

 

「……派生させただけ。制御が甘いから、二連撃になってしまった。」

 

「あ、あれで未完成ですって?!!うう〜〜〜!何なのよソレはぁ?!お陰で私の活躍が、霞んじゃったじゃない!」

 

何が派生技だ、今のはどう見ても、オリジナルスペルじゃないか。こんな狙い澄ましたかのようなイイトコ取りが、許されてなるものか、とルイズはプンプンしていた。

 

これに対して、キュルケは大喜びだった。

 

「凄いじゃない、タバサ!」

 

「……凄いのはジル。真似しただけ。」

 

今のは恩師が使っていた、凍矢というマジックアイテムを擬似的に再現したものだ。とてもではないが、タバサは自分の手柄だと思う気にはなれなかった。

 

「う〜〜ん、誰の事かは分からないけど、とにかく新技でしょう?!もっと嬉しそうにしなさいよ〜〜♪一発で決めるなんて、流石じゃない!」

 

とはいえ少しばかり胸を張っている親友を、ゲルマニアの留学生はヒシと抱き締めた。頭をナデナデしているが、タバサも嫌がる素振りは見せない。

 

その喜びの輪に、ギーシュも笑顔で拍手を送っていた。こちらもルイズと同じく途轍もない勘違いをしているが、素直にお礼を言っていた。

 

「いや〜〜、見事だったね!助かったよ、ありがとう!良ければその調子でギムリとヴィリエも、治療してくれると嬉しいな。」

 

「ヴィリエには必要ないと思うけどね〜」

 

キュルケはそう告げると、タバサに事の顛末を説明した。

タバサはため息をつきながら、ギムリに水魔法の回復をかけた。ヴィリエには本当に何の異常もないので、医務室の先生に任せる事にした。ギーシュはワルキューレと共に、そんな二人を運び去っていった。

 

こんな心温まる光景に、ルイズだけが不機嫌だった。

 

「キュルケがちゃんと動いてれば、もっと早く……」

 

ブツクサと、詮無いことを宣っている。

 

「貴女は、もっとやり方を工夫しなさい。別々の方向から念力で捩じ切るとか、色々出来たでしょう?」

 

おまけにパチュリーがダメ出しをしてきた。未だに事と次第を完全に勘違いしているルイズは、プンプン怒り始めた。

 

「そ、そもそも貴女があんな物騒なモノを作り出すから…って!何で、私のやった事を知ってるのよ!」

 

「視界を共有しているじゃない。」

 

「だっからそれは、貴女だけしか……はぁ、もういいわ。何だか一気に疲れちゃった。」

 

「夜伽専門のゴーレムの、どこが物騒なのよ♪」

 

「は、はぁっ?!一体どーゆー事よ、それは?!」

 

そんな見せかけ主従に、キュルケが楽しそうに声を掛けてきた。そしてまた、パチュリーがトンチンカンな事を言い出すのだった。

 

「貴女も、いい働きしてくれたわね。ありがとう。」

 

「キ、キキキキュルケが一体いつ、ファインプレーしたって言うのよ!愉快犯な事しかしてないわよ!」

 

「貴女へ不意打ちしてくれたじゃない。少しは、私の言っていた意味が分かったかしら。あの時この子が全力で攻撃していたら、今頃丸焦げでしょう?」

 

「だっから何でそう……貴女は無理矢理、物騒な方向へ話を進めようとするのよ。」

 

この時パチュリーは、チラリとタバサを見つめた。これに対して小柄なメイジは、うん分かったという様に、杖を掲げた。

キュルケはオヤという顔をして、フムフムと頷いた。そもそもが、共に本好きという共通の趣味を持っているのだ。意気投合しても不思議はないと思ったのだろう。

 

そうしてタバサは、ルイズに向けて一歩踏み出した。

ちなみにこの時の彼女は一日教員として……無表情の下でかなり舞い上がっていた。心持ち、というよりもかなり口数が多くなったのはそういう訳である。

 

何しろ彼女はこれから、ジルの真似事をするのだ。これはちょっと、いいところを見せたくなるというものである。

 

「今から貴女を、洗脳する。」

 

ルイズは自分の耳がおかしくなったのかと思い……タバサが大真面目な顔をしているので真っ青になった。

 

「な、なななな何よ、イキナリ!一体、私に何の恨みがあるのよ?!」

 

「ない。」

 

「だったら何で、そんな怖い事言うの?!やめてよ?!ビックリしちゃうじゃない!」

 

「頼まれた。」

 

「誰に?!」

 

タバサはその大きな杖で、広場の向こう側を指し示した。

そこではいつの間にやら移動したパチュリーが、氷漬けにされたルイズ型ゴーレムをしげしげと眺めていた。せっかく作ったものを壊された恨みを晴らさんでか、とかそういう訳ではなさそうだ。

 

だとしたら……、タバサの言い方が悪いのだろう。

 

「もう少し分かりやすく言ってよ。」

 

「……取り繕えば、個人指導。」

 

「だ……な、何で、個人指導が洗脳になっちゃうのよ?!」

 

「耳障りが良いだけ。教育とはそもそも、一方的な押し付け。洗脳と変わらない。」

 

「ば、バッカじゃないの?!だとしたらこのトリステイン魔法学院は、巨大な洗脳施設じゃない!」

 

タバサは満足そうに頷いた。

 

「貴女はいま、真実に一歩近付いた。」

 

「そっから疑い出したら、社会が成り立たなくなっちゃうでしょう?!いちいち、各国の歴史を比較しながら学べとでも言うの?!」

 

「なかなか飲み込みが良い。そこはまさしく、恣意的な解釈が一番入るところ。」

 

「ちちちちょっと待ってよ!あ、貴女、思想犯か何かなの?!国に何か恨みでもあるの?!」

 

「私はむしろ……」

 

実行犯だと言いかけて、タバサは口を噤んだ。なかなか……ルイズもやるではないか。さり気なく誘導をかけてくるとは、思った以上である。

 

「むしろ?!むしろって何よ?!あ、貴女は一体……」

 

タバサはいちいち説明するのが面倒だったので、強引にまとめに入った。

 

「とにかく、何でも疑ってかかることが肝心。」

 

「そ、そんなこと言われたら学習効果が半減しちゃうじゃない!」

 

「疑ってから学ぶ。そうすれば、2倍になる。」

 

無茶苦茶言ってくれるわね、この子?!

ルイズはタバサに、胡散臭い目を向けた。

 

だが……さすがに本題に入ったタバサは、一味違った。

 

「貴女は、杖を使っていない。何故?」

 

仰天したルイズは、白々しい芝居を始めた。左手に持った杖らしき棒を、ブンブン振り回したのである。

 

「つ、使っているわよ!ホラ見て、これ!この立派な杖!」

 

「それは只の棒。魔力が通っていない。」

 

静かな湖面のような瞳に見据えられ、ルイズはしょげ返った。何だか、猿芝居をしていたのがバカバカしく思えてしまった。

見る人が見れば、一目で露見してしまうという事だろうか。

 

そうしてルイズは大人しく、懐から杖を取り出した。

両親から授かった、大切な杖なのだ。離しておく訳がない。

けれども……

 

ルイズはその杖を、悲しそうに見つめた。

 

「これを使うと、爆発しちゃうのよ。」

 

「その話は、昨日まで。今の貴女なら、制御できる筈。」

 

「でも……」

 

「それは、立派な武器。出し惜しむから、ここまで手古摺った。」

 

「だ、出し惜しみなんかしてないもん!」

 

ルイズは泣きそうになった。

この爆発は……正直、嫌なのだ。何しろ、過去の失敗の象徴だ。

 

今使える念力の方が、余程使い勝手がいい。

これ一つで、色々出来る。空だって食べるし、物も動かせる。今は非力でも、いずれはもっと凄い事が出来る筈だ。

 

けれども爆発は、破壊しか齎さない。

ミスタ・コルベールがこれまで目を掛けてくれたのも、それが一番の理由だろう。何となくだがあの人もこの力を、嫌がっていた気がするのだ。だからこそ、ルイズが間違った使い方をしないよう、自棄っぱちを起こさないように見守っていてくれた。

 

もう、ルイズは爆発を卒業した筈なのだ。

 

黙り込んでしまったルイズに、タバサは発破をかけることにした。メソメソされるのは、正直ゴメンだ。ルイズはやはり、キャンキャン言ってるくらいで丁度良いと思えた。

 

「私の杖は、とても凄いことが出来る。」

 

そうして反応を伺って……タバサはムゥと唸った。ダメだ、もっと分かり易く言わないと、悪口にもならない。

 

「私の杖に比べれば、貴女のはポンコツ。だから失敗する。」

 

タバサは嫌味を言い慣れていないので、それを言うなら自分の杖の方がポンコツだという事に、言った後で気が付いた。このへんは、従姉を見習うべきだろう。

 

だが、流石にルイズにも、誉め言葉でないことくらいは伝わったようである。タバサの挑発に対して、ムッとした表情を浮かべた。

 

「わ、私の杖は、お爺様の使っていた由緒ある年代物よ!バカにするのは、許さないわ!」

 

「私のは、それより前のもの。」

 

タバサはルイズの言葉に対して、自信をもって返した。年季に関しては、正直負ける気がしない。たかだか数十年ものの杖……も、充分に凄いが、その比ではないのだ。

余裕な表情を浮かべるタバサに対して、ルイズの中の何かにスイッチが入った。

 

「コホン、ええっと……表現が適切ではなかったわね。正確には、私のお父様にとってのお爺様だから、私にとってはひいお爺様に当たるわよ。」

 

「もっと前。」

 

「ああ、失敬失敬。これは私の勘違いだったわ、ひいひいお爺様のものだから!」

 

「更に昔。」

 

「い、言い間違えたのよ!ひいひいひいお爺様のものだから!」

 

「も……」

 

「う、嘘付くんじゃないわよ!一体、何百年遡る気よ?!

 

タバサは首を傾げた。正確には、分からない。余り王家との関係をちらつかせても不味いから……

 

「千年は固い。」

 

「そ、それこそ大嘘でしょうが!ウチの家にだって、そこまで昔の杖はないわよ!」

 

「管理が杜撰。」

 

「な、何ですってぇ?!」

 

当たり前の話である、ガリア王家の宝なのだ。数百年単位で使用者が現れなかった時代にも、専門の部署がキッチリ保管していた。如何にヴァリエール公爵家が偉大だろうと、国宝の管理体制に及ぶ筈もない。

 

まあ……本筋ではないので、タバサは結論を言った。

 

「そこまで怒るなら、使いこなす。でないと、杖に失礼。」

 

ルイズは言葉に詰まった。まさしく正論だからだ。

 

「貴女は杖を、無視してる。」

 

「……ま、まるで……会話でもできるみたいな言い方するわね?」

 

タバサはそう聞かれると、コクリと頷いた。

ルイズの頭の中に思い浮かんだのは、就寝前にパジャマを着たタバサが、この杖に一日の出来事を語っている図だ。それは何とも心温まる風景だが……

 

「言葉は不粋。メイジと杖は、魔法で話す。」

 

タバサはそう言って、杖を握りしめたまま深く目を閉じた。

そうして、年老いた杖に魔力を通わせ始めた。

 

この杖は……とても無口だ。

 

父シャルルをスクエアへと導き、そして捨てられ。目を掛けた筈のその娘シャルロットにも、勝手に見限られ。

その事に、何一つ言わず。

あろう事か、見守り続けてくれた。

二代に渡って裏切り続けた父娘を、見捨てずにいてくれたのだ。

 

ひたすらに、沈黙を貫き。

何も言わず。

どこまでも、寡黙に。

 

やがて歩むべき道で、後進を待ち続けてくれた。

 

……有難い。

 

タバサは今、大いなる感謝に包まれていた。

これ程の存在と共に在る事に、背筋の震えが止まらなかった。

 

これまでの愚かな自分を赦してくれとは、言いたくなかった。

そんな暇があるなら、ひたすらに。これから先を、語り合いたい。

心から、そう思った。

 

そうして、ライトニングの呪文を唱えた。

 

「……嘘でしょ……」

 

ルイズは思わず、目の前の光景に魅入った。

 

紫電が舞っていた。

 

タバサが今、その杖の周囲に纏わせているのは、超難関とされるライトニングの魔法だ。雷を操るときは普通、ライトニング・クラウドで雷雲を作り出してから行う。しかし彼女はその途中をすっ飛ばして、杖から直接操っていた。

 

「スゴイ……」

 

最早、ルイズの口からは感嘆の溜息しか出なかった。

 

実家のおっかない母様も風系統の達人だが……パチュリー級にぶっ飛んでいるので、初歩中の初歩たる『ウインド』しか使ってくれないのだ。赤ん坊のエレオノール姉様を高い高いしたら、それだけで高度200メイルに到達してしまったから。

 

だからこうして、天の怒りとも称される雷を操るメイジを見るのは、生まれて初めての事だった。

 

しかし……その感動は、長続きしなかった。

タバサがその杖の切っ先を、ルイズに向け始めたからだ。

 

「今からコレを、貴女に向けて撃つ。」

 

ルイズは思わず唖然とし……タバサの顔に冗談の欠片も浮かんでいないことに気がついた。

 

「む、無茶苦茶言わないでよ?!私を殺す気なの?!」

 

「そのつもりはない……チョット、ピリッとするだけ。」

 

「そ、そそそそそんな、辛めの料理食べてみろ的なレベルの話じゃないでしょ〜が!」

 

「貴女を避けて撃つ。けれども、撃たれる感覚は本物。」

 

「あ、貴女は一体、何がしたいのよ……」

 

そこでタバサは、おお、という具合にコホンと咳払いをした。

 

「……はじめに言っておくと、貴女は爆発でここら辺を、吹き飛ばせば良い。そうすれば、防げる。」

 

「あ、アンタそれ言わずに始めてたら、全く無意味だったわよね?!忘れてたでしょ、今、忘れてたわよね?!」

 

「……結果的に言い忘れなかったので、問題ない。」

 

「も、問題大アリでしょ〜〜が!ここら辺って、一体何なのよその大雑把なアドバイスは!」

 

タバサはため息をつきたくなった。

ここまで手取り足取り教えないと、ダメなものなのだろうか。甘ったれるな、と一喝してしまいたくなる。

けれどもまあ、甘えられるうちに無理強いしているのは此方か。

 

それに……ヴァルハラからジルが見ているかと思うと、あまり大きな事は言えない。正直、シャルロットだった頃はジルに、甘え放題だった。

 

ここはひとつ、タバサがタバサとして積んだ経験の中で辿り着いた、金言を授けるべきだろう。ジルですらアッと驚く様な、至言があるのだ。

 

「考えない、感じる。」

 

ルイズはポカンとした間抜け面で、タバサを見つめて来た。

 

「……へ……?」

 

タバサはむくれた。

この言葉で納得できないとは、ルイズは相当に頭が固い。

 

そして盛大なため息をついたタバサは、大声で苦情を言い立てられてしまった。仕方がないので、もう少し優しい言い方をしてみる。

 

「い、いきなりそんな、ワケわかんない事言われても、ど〜しよ〜もないでしょ〜が!」

 

「……感じて、考えて、動く。この三つを同時にやる。」

 

「さっき考えるなって言ったでしょう?!」

 

「鵜呑みにしてはダメ。感じていることを、考える。」

 

「む、無茶苦茶言わないでよ!そんな高等技術、いきなりやれと言われて出来るわけないじゃない!」

 

「だから考えようとせず、感じて、動く。それを考えながらやる。」

 

「あ、アンタ致命的に説明が下手よ!」

 

「……とりあえず、やってみる。」

 

議論に飽きたタバサは、とうとう杖先でルイズに照準を合わせてしまった。

 

最早、ルイズは真っ青である。

死ぬ死ぬ、こんな事されたら、本当に死んでしまう。もしもの間違いが、無いとも限らないのだ。一体、何をどうすれば……

 

そこでルイズは、先ほどから呑気にこちらを観察している使い魔に気がついた。

 

「パ、パチュリー!」

 

「なあに?」

 

「た、助けてよ?!私、このままじゃ殺されちゃう!真っ黒クロ助になっちゃうわ!」

 

「……‼︎」

 

ルイズが必死に叫んだ瞬間、パチュリーは顔を輝かせた。そうか、その手があったかと言わんばかりである。

 

「成る程……人としての肉体の機能を殺せば、魔力だけで生きざるを得ないわよね。」

 

その次の瞬間、パチュリー・ノーレッジの身体は爛々と輝き始めた。

挙げ句の果てには空中に魔法陣が四つ五つと現れて……完全にルイズを取り囲んでしまった。キュインキュインと嫌な音を立てて、訳のわからない魔力の塊が形成されていく。

 

最早、何をしようとしているかは一目瞭然だった。

ルイズの身体を機能不全に陥らせ、魔力だけで生きる術を探させようと言うのだろう。捨食と捨虫の術を、強引に身につけさせる気なのだ。

 

「私もやる♪」

 

更にはキュルケまでフレイムボールを作り始めて、ルイズに対する必殺陣形が出来上がってしまった。ちなみに彼女は、ノリだけで参加している。

 

すると。

 

「横槍、ダメ、絶対。」

 

タバサは杖の向きを変え、パチュリーとキュルケに稲妻を走らせた。彼女としては、威嚇のつもりで放ったのだろう。パチュリーは顔色一つ変えず、キュルケも楽しそうにキャーキャー言うだけで済んでいた。

 

しかし。

 

それはルイズにしてみれば、見せしめに等しい光景となった。

 

タバサの杖先から、幾筋にも枝分かれした雷光。

それらが、パチュリーとキュルケの身体だけを避けて、あちこちへと迸ったのだ。

 

最早タバサが、黒いフードを纏って居ないのが不思議なくらいだった。実は昔のガリアは帝政で、『無限のパワーーーー!』と叫んだ皇帝がタバサの直系先祖だとしても、全く違和感ない。

 

そのくらい、無茶苦茶強力なライトニングだった。多弾頭型とでも、言い表せば良いのだろうか。最早、完全に別物であった。

 

そして。

 

「おお……!」

 

流石の雪風も、この結果にはビックリだった様である。ほんの試し撃ちのつもりが、面制圧射撃を成功させてしまったのだ。とってもあどけない表情で、素直に驚いていた。

 

だが。

 

「な、なななな何を面喰らっているのよ?!全く制御出来てなかったって事でしょう?!そんな状態で私に、ブチかますつもりだったの?!」

 

「………問題ない。全て予定通り。」

 

「そんなバレッバレの嘘が、通るワケないでしょうが!」

 

「……当たってないから、大丈夫。」

 

タバサはドンと来い、とでも言うように胸を反らしていたが……。ルイズは見逃さなかった。額に妙な汗かいているのを。

 

当たり前である。

タバサにしてみても、一発撃つだけのつもりが二桁発同時発射みたいな事になったのである。これで、狼狽えない筈がない。

 

被害が出なかったのはパチュリーが、当たりそうな雷撃を丁寧に逸らしていたからだ。息をする様に自然にこなしていたので、誰にも気がつけなかったというだけである。

 

更には。

 

「ルイズを避けるのではなく、ルイズの周辺を狙いなさい。その方が、貴女にとっても為になるわ。」

 

パチュリーの入れ知恵が飛び込んで来て、タバサはコクリと頷いていた。

 

「ば、バカな事言ってんじゃないわよ!もう、こんなの絶対にゴメンだからね!」

 

ルイズは逃げ出そうとし……既に手遅れだと知った。

鋭敏な魔力が此方の周囲にピタリと照準を合わせたのを、直感的に悟ってしまった。下手に動けば、自ら死地へと飛び込む様なものだ。

 

タバサは……本当に、巧みだった。

パチュリーの言葉を湯水の様に吸収し、そのまま実行しようとしている。今さっき初めて使える様になった筈の魔法をもう、完璧な制御下に置いていた。

 

これに対してルイズは自分が、随分とみみっちい真似をしているな、と感じた。

 

何も。

爆発を攻撃に使う必要はないと、タバサ自身が言っていたではないか。自分と彼女の、中間地点を爆破する。そうすれば、このオッカナイ雷撃だけを吹き飛ばす事が出来る。

 

だったらコレは、防御だ。

確かに爆発させるが、相手を傷つける為には使わない。これが体の良い詭弁だという事は、百も承知の上だ。

それ程までに棒立ちする事は、良しとは出来ない。

それは、逃げだから。

 

貴族たる者、背中を向ける訳にはいかないのだ。

 

「女は度胸よ!いっけ〜〜!」

 

ルイズは構えにすらなっていない状態で杖を握りしめ、呪文すら知らぬその技を用いた。これまで散々自分を悩ませてくれた爆発を、生まれて初めて意図的に使ったのだ。

 

そして、空が爆ぜた。

 

小規模な爆発ではあったが……タバサの稲妻が枝分かれする前に、迎撃に成功していた。つまりはその杖の切っ先で、ズドンといったのだ。

 

「杖と何かは、使いよう。」

 

タバサは爆発の衝撃で吹き飛びそうになった杖を、クルリとそのまま一回転させ、再びルイズへと向けていた。

これで、チェックメイトだとでも言いたいのだろうか。

 

「……もう!勘弁して頂戴よ!」

 

ルイズは右手をさすりながら、その様に言い放った。杖を握った手が、異様な痛みを訴えていた。

タバサの雷撃を喰らってはいないので、何かおかしい。

 

タバサは、まだまだ撃ち足りていない様で不満タラタラだったが……さすがに控えた様だ。と言うよりも。ルイズの目から見ても彼女は、当初の目的を忘れている様に思えてならない。そもそもタバサはルイズの、爆発に対するアレルギーを払拭するつもりでこんな事をしてくれた筈なのだ。

 

だからその……今の迎撃パターンを織り込んだ上で、ライトニングを放とうとするのはやめて欲しい。

そんな、お願い!みたいな顔をしても、ダメなものはダメなのである。これ以上は、ルイズの心臓が保たない。

 

こんな事を言い出すパチュリーが真横に控えていては、尚更である。

 

「呪文が違うようね。だったらやる事は一つだわ。」

 

彼女はルイズの様子を一瞥しただけで、彼女の身に何が起こっているのかを把握した様だった。曰く、あの爆発には専門の呪文があり、それを無視して使っているから反動が出始めたのだろう、との事である。

しっかしまあ…やる事は一つって、何をするつもりなのか。

 

「何よ、呪文が書かれた本でも見つけるの?」

 

そんな、あるかどうかも分からないものを探すなんて、遠回りも良いところだろう。

 

「ちょうど分かりやすい目印が出来た事だし、直接探しましょうよ。ミセス・シュヴルーズの授業の時、自分で言ってたじゃない。」

 

「……まさか。」

 

そのまさかだった。

パチュリーが語った構想は、非常に単純だった。このハルケギニアの母音と子音の組み合わせを、全て試す。

意味のない単語だろうが何だろうが、取り敢えずそれを発音し、爆発を起こす。痛みが走れば失敗で、痛みが無ければ成功。成功したら、その発音を元に1から同じことを繰り返していく。

 

やがては、正確な呪文に到達する筈だと。ルイズは余りにも気長なその作業に、眩暈を起こしそうになった。

 

そしてその時。妙に深刻な顔をしたタバサが、訳の分からないことを言い出した。

 

「どのくらい飛ばせる?」

 

「ハッ?」

 

「貴女の突き飛ばし魔法。アレで、何リーグ飛ばせる? 」

 

「い、いきなり何を……」

 

「王都に行きたい。今すぐ。」

 

「い、いや、訳が分からないんだけど……」

 

ルイズが本当に心臓に悪い思いをするのは、まだまだこれからの事だった。

 

 

 

 

 

 

 




あと1話挟んだら、以前の話の流れに戻る予定です。
杖に関する捏造設定が酷く、申し訳ありません。


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第13話 タバサと人攫い

ルイズに気絶して貰う為に書きました。
ここまでやって漸く、次話から改編前に戻って来れました。ご迷惑をおかけしました。


タバサの使い魔は、先住魔法を操る韻竜である。生物としての頂点に立つと言っても過言ではないドラゴンが、魔法まで使えるのだ。

 

人間に化けて本屋でオツカイをするくらいは、朝飯前だろう。

このように何の危惧も抱かずに、王都へと送り出してしまった。

 

……迂闊だった。

 

人間に化けた時点で、使い魔は強固な鱗に覆われた竜でなくなるのだ。その瞬間を突かれれば、精神的には幼児である彼女を攫おうとするくらい、造作もない。何しろあの幼竜は、どう見てもカタギではない人間につけ回されても……一向に警戒する素振りがない。それ程に、世間知らずなのだ。

余りの呑気さに、視界を共有しているタバサは目眩すら覚えた。

 

彼女は今、大きく恥じ入っていた。

この体たらくでよくぞ、ルイズの事を心配出来たものである。偉そうに講釈を垂れる暇があるならば、使い魔の心配をすべきだったのだ。

 

「突き飛ばして、今すぐ。」

 

タバサは焦り、そう告げた。何も、自罰的な思いからその様な言葉を吐いたのではない。

 

頭の中では、緻密な計算を行なっていた。ルイズの念力で斜方投射して貰い、フライを全速で用いて、トリスタニアへと向かう。王都への推定到達時間を、空気抵抗を考慮した運動方程式を解き、導き出していた。

 

その結果、物凄く当たり前な結論に達した。

 

……とても間に合わない。

 

「いきなり変なこと言いださないでよ、もう!」

 

ルイズはプンプンしていた。彼女は今、パチュリー病ならぬ魔法バカ病の存在を疑っていた。タバサまでこんな訳の分からない事を言い出すとは、恐ろしい感染力である、と。

 

タバサはそんなルイズをよそに、パチュリーを見つめた。

 

これ以上、この魔女に借りを作りたくない。しかし……背に腹は変えられぬ。妙なこだわりを発揮している場合ではないのだ。何よりもこういう問題は時間の経過と共に、生存曲線の傾きが険しくなる。

 

「今すぐ私を、王都へ送り届けて欲しい。」

 

タバサは一気に言った。あの竜は自分の使い魔だ、可能な限り、自分で何とかしたい。最悪、パチュリーには召喚という奥の手があるが……それは本当に、どうしようもない場合にして貰いたい。

 

「急ぎの用なの?」

 

タバサはコクリと頷いた。

 

「私の使い魔に、不審者が接近中。」

 

「ならばそれを、貴女が取り除けばいいじゃない。何で早くやらないの?」

 

「……ここからでは不可能。」

 

「本当に?」

 

パチュリーは、胡散臭そうな顔をしていた。

 

「さっき、上手に雷を扱えたじゃない。キュルケに聞いたわよ、別な撃ち方があるんでしょう?そっちをやれば済む筈よ。」

 

パチュリーは、ライトニングより難易度的に劣るライトニング・クラウドを試してみろと言っていた。

 

タバサには、訳が分からなかった。彼女の理解ではライトニング・クラウドは、術者が感電する危険を少なくする為に開発された魔法だ。それより上位の技を使えるようになった以上、最早用はない……というよりも、そもそも両者ともに王都まで届かない。

 

この点は、ルイズが指摘し始めた通りである。

 

「あのねぇ、パチュリー。とっくに気がついているでしょう?地平線が見える事からして、このハルケギニアは球体なのよ。だから、直線的な魔法を撃っても、遠くには届かないの。ここから王都まで、一体何リーグあると思っているのよ?」

 

「貴女が距離を語るの?異世界に居た私を爆撃しておいて、それはないんじゃないかしら。」

 

ルイズは顔を顰めた。それこそ……言わないお約束ではないか。その通りなので仕方がないが。

 

「……爆発魔みたいに言うのはやめてよ。」

 

「ボマーだなんて、とんでもない。てっきり熟練のスナイパーだと思ったわ。」

 

「くっ……改めて言われると、偶然って恐ろしいわね……それで?タバサにも、召喚魔法を爆発させてみろと言うの?」

 

「まさか。そもそも平面で考えるから届く届かないの話になるんじゃない。」

 

「……もう少し具体的に言って。」

 

「雷雲をその使い魔の間近に出して、直上から垂直に撃てばいいでしょう?だいたい、雷を水平に撃とうとするから難易度が跳ね上がるのよ。」

 

「それでもさっきと同じく、距離がネックになるじゃない。」

 

「なる訳ないでしょう?遠距離に魔法の媒体を出現させられなかったら、どうやって召喚魔法を成功させるのよ。使い魔を召喚出来た以上は、それとの距離はあまり、問題にならないわ。この場合は寧ろ、どれだけ魔力を共鳴させられるか、それこそが問題よ。」

 

ま〜た変なこと言ってる。

ルイズは呆れ返った。召喚魔法は、お互いの合意があって初めて成功する、双方向の魔法なのだ。攻撃魔法の様な一方的なものと、同列に語っていい訳ないじゃないか。

 

そもそも誘導なしに、遠くで魔法をぶっ放すなんて、論外だろう。命中する訳ない。魔力を無駄にするだけである。

 

「それで?だいたいの位置に雷雲を出して、後は滅多撃ちにするわけ?無差別攻撃でもしろと?」

 

「まさか。現地には既に、魔力の直結したこの上なく優秀な観測主がいるじゃない。」

 

ルイズは頭を抱えた。

まずい。何となくそれらしい理屈が並んでしまった。まさかとは思うがタバサもその気になったりは……

 

「成る程。」

 

案の定だった。めちゃくちゃヤル気になっている。

ルイズは嫌な予感がして、声を上げた。

 

「成る程って、何よ?!何をするつもりなの?!まさか今の話、鵜呑みにしたの?!」

 

「鵜呑みも何も、間接射撃の話をしただけじゃない。」

 

パチュリーがさりげなく突っ込んだ。

 

「関節……謝劇?一体何なのよ、それは。」

 

「大砲とかは将来的に、そういう撃ち方になると聞いてるわ。視界の外にいる標的を、射撃と観測で役割分担して攻撃するんだって。」

 

ルイズの疑問には、キュルケが答えてくれた。

彼女の実家はかなり尚武的なので、熱心に超地平線射撃でも研究しているのだろう。

 

キュルケの回答に対してルイズは、恩知らずにも鼻白んだ。

さすがはゲルマニアという、野蛮な国からの留学生だ。平民の武器の運用について、貴族がアレコレ口を出すとは、と見下したのである。

 

「フンっだ!何よそんなの、知らないわよ!」

 

「あのねえ……火のメイジにとっては、かなり厄介なのよ。下手すれば、戦争での出番がなくなっちゃうから。」

 

「アンタが怠けてるからでしょーが!もっと精進しなさいよ!」

 

「そうは言っても。地平線の向こうから弓なりに撃たれてしまうと、下手すれば一方的にやられてしまうじゃない?私はそうなる前に、タバサをちゃんと見習うことにするわ。」

 

「私ならこう、砲弾自体をパパパッと受け止めちゃうんだから!」

 

「はいはい、音にビックリして腰抜かさない様にね。」

 

「何ですってぇ〜〜‼︎」

 

ルイズとキュルケがそんなことを言い合っている間にも、タバサは深刻な顔をして杖を構えていた。

使い魔との魔力のリンクを辿り、それに合わせて魔法を発動する為である。

 

キュルケ達もいつの間にか押し黙り……ルイズはふと、疑問を感じた。

 

「そもそも……貴女の使い魔って、風竜だったわよね?」

 

魔力の操作に集中していたタバサは、黙ってコクリと頷いた。

 

「王都で何をしているの?」

 

「オツカイ。」

 

「……アンタ、ドラゴンに買い物させようとしているの?正気?」

 

この時タバサは、少しだけ狼狽えた。

 

彼女の使い魔のシルフィードは……ただの風竜だと申告してある。魔法を使える韻竜は通説で絶滅したと思われているので、周囲には正体を隠してきた。

……そのことが今、裏目に出たのである。

 

会話がチグハグになってしまった。

 

申告通りの風竜だとすると、人に化ける様な真似は出来ない。

そうなるとタバサはルイズの指摘通り、人語を解さないドラゴンにお金だけを持たせて王都へ送り出した事になる。オツムの具合が疑われても、何も文句は言えないのである。

 

「風竜ということは……飛んで行ったのよね?王都へ向けて?!」

 

「……そうなる。」

 

「そりゃ、迎撃されて当然じゃない?!その不審人物って、魔法衛士隊じゃないの?!今頃、王都は大騒ぎよ!?」

 

ルイズの指摘はもっともである。

 

例えば友好国のアルビオンでは竜騎士隊が組織されている様に、空を飛べる竜はこのハルケギニアでは立派な航空戦力なのだ。

それがいきなり、王都上空なんかに現れようものなら。誰がどう見たって、緊急事態である。

王都を守護する魔法衛士隊が、黙って見過ごす筈がない。

 

タバサは嫌な汗をかきながら、最早こうなった以上は強引に押し通すしかないと思った。

 

「……細かい事に拘ると、老ける。」

 

「ふ、老けるって何よ?!私はアンタの1コ上なだけでしょうが!」

 

「3千万秒も老けてる。」

 

「な、何なのよその悪意ある言い方は?!それに、ぜんっぜん細かくないわよ!アンタ、ガリアからの留学生って自覚は無いの?!下手すりゃ国際問題よ?!」

 

「……バレないから大丈夫。」

 

「バレるわよ?!今の時点でそもそも、迎撃されそうになっているんじゃない!サッサと呼び戻しなさいよ!」

 

「……ちょっと、煩い。」

 

「う、煩いって何よ?!アンタねぇ、この国をメチャクチャにする気なの?!」

 

しかし今のタバサには、ルイズの勘違いにかまっている暇は無かった。

とうとう、不審人物が彼女の使い魔に手を出し始めたのである。最早、一刻の猶予もない。即刻撃退すべきである。

 

「ライトニング・クラウド!」

 

「って、な、何やってるのよアンタは〜〜〜?!私の話を聞いてたの?!」

 

「お見事、命中したわ。でも、威力不足ね。もう二、三発撃ちこんでおいた方がいいわ。」

 

タバサとパチュリーの言動に、ルイズは貧血を起こし、目の前が暗くなり始めた。思わずヒイイと情けない悲鳴を上げてしまったのは、無理からぬ事だろう。

彼女の頭の中では、雷雲を纏って稲妻を撒き散らしながら王都に迫る風竜の図が浮かんでいた。

 

「や、止めさせてよ?!魔法衛士に止め刺すなんて、冗談じゃ済まないわよ?!」

 

「大丈夫よ。黒づくめの変な男だから、人違いでしょう。」

 

「そ・れ・は!正しく魔法衛士の目印なのよ ‼︎」

 

因みにこの黒づくめ云々は人攫いの服装であり、ルイズが危惧している様な魔法衛士隊の黒マントではない。

 

そうこうしている間にも、タバサは魔法を詠唱して次々とライトニングクラウドを放っていた。

そうして、フウと一仕事やり終えた顔つきになった。

 

ルイズは膝をガクガクと震わせながら、アワアワと口を開いた。

 

「………ど、どうなったの?」

 

「脅威は無力化された。」

 

この時。

スクランブルをかけた魔法衛士隊が全機撃墜された光景を思い浮かべたルイズは……とうとう耐え切れずに意識を手放した。

 

タバサとキュルケはホクホク顔でその場を立ち去り、パチュリーは一人で思慮深げに佇んでいた。

 

タバサの使い魔の視界をハッキングしていた彼女は、1人の青年の姿を見た。長い髭を生やし、立派なマントを纏っていたその人物は……ルイズの言っていた魔法衛士ではなかった。黒いマントを羽織っていなかったからだ。

 

なかなかの魔力の持ち主であった。

その彼が黒マント軍団の一員でないとすると……もしもルイズがその集団と事を構える羽目になった場合には、現時点での爆発と念力の習熟度では、不安が残る。

 

やはり防御だけでも身につけて貰わねば、話にならない。

 





今回で、勘違いネタはお終いです。


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第14話 3歳児以下

こちらは、改編前とさしたる変更はありません。



 

『忙しい人よね、貴女も。』

 

真っ暗闇の中からパチュリーの声が響いて来て、ルイズはギョッとなった。

 

おかしい。

ついさっきまで、タバサの暴挙を目の当たりにしていた筈なのに……

 

ここは……一体何処なんだ?

一体いつの間に、こんな光の差さない魔境に辿り着いてしまったのか。

 

「コレもタバサの魔法だったりするの?だとしたらあの子は一体、何者なわけ?魔王の娘だったとか、そういうオチだったら……この国はどうなっちゃうのよ!」

 

ルイズは直前までのタバサの暴挙を思い出して、それでも不思議はないかと独りごちた。

 

『貴女、致命的な勘違いをしているわよ。あの子の使い魔は、私と同じく精霊魔法が使えるから……』

 

「あ、貴女の同類が竜に化けていたの?!ちょっと、恐ろしいこと言うのはやめてよ!」

 

『逆よ、逆。』

 

パチュリーから溜息と共に真相を語られたルイズは、フウと溜息をついた。まさか、タバサの使い魔が魔法を使える竜だったとは……

とんだ取り越し苦労もあったものである。

何だか今日は、から回ってばかりだ。

 

「ところでそもそも、ココは何処なの?」

 

『貴女の意識の中。身体そのものは、貴女の部屋に運んでおいたから、有り体に言えばここは、夢の中かしらね。私の目の前で惰眠を貪ろうなんて、百年早いわよ。』

 

「………100年後どころか、今すぐ大人しく眠らせて欲しいんだけど。」

 

『捨食の術の残り半分は、眠りを捨てること。貴女は今、肉体的には眠ってしまったから、頭だけでも起こしておこうと思ってね。せっかく上手く行きかけていたのが、気絶なんかで台無しにされたら堪ったものではないわよ。』

 

ルイズは早速、夢の中だというのに頭を抱えてしまった。

 

『時間が勿体無いから、早速やるわよ。』

 

「………ハイハイ、最早何を言っても無駄なんでしょう?何をさせるつもりよ?」

 

『身を守る術を、覚えて貰うわ。』

 

そう言えば、とルイズはコレまでの経緯を振り返った。

パチュリーから、魔法を一から教わるのは初めての事である。これまでは、あくまでもルイズが覚えた魔法へのアドバイスだった。

 

それをこうも寸暇を惜しんでまで直接指導するという事は……やはり、タバサとの一件が大きな影響を及ぼしているのだろう。

遠距離ではライトニング・クラウド、中距離はウィンディ・アイシクル、近距離ではあのライトニングと、死角無しだった。

 

「タバサ……凄かったわよね。何でいきなり、あそこまでの実力を身につけちゃうのよ。貴女一体、何をしたの?」

 

『何もしてないわよ。所謂、自己解決の類ね。』

 

「何てこと、まだまだ上がありそうじゃない……呆れたわね、明日にはスクエアになっているんじゃない?」

 

『そう思うなら、貴女ももう少し頑張らないとね。』

 

ルイズはええい、とばかりに両の手で頬をパンと叩いた。比較対象が悪すぎるのだ。タバサは学院有数の実力者で、パチュリーに至ってはこのハルケギニアでも及ぶ者がいるかどうか。

周りは気にせず、地道にやっていこう!

 

「それで、何を教えてくれるの?」

 

『コレ。』

 

そうしてルイズの前には……水のバリアーが出来上がっていた。

此れは……恐らく系統魔法ではない。そもそも原理からして、異なる代物だ。

 

精霊魔法。この世界で、禁忌の烙印を押された力。

 

しかし。

ルイズの心は弾んでいた。

驚愕の魔法に、アテられたからでは無い。

それがとっても……綺麗だったから。

 

思わず手を伸ばして触れてみると……スッパリ断ち切られ、五指が床に落ちた。よくよく見ると、水膜の表面はあり得ない速度で対流が起きている。魔法的なバリアであるだけでなく、物理的にも鉄壁の防御を誇っている様だ。

 

「ギャアアア!」

 

『落ち着きなさい。所詮コレは、夢だから。貴女の身体はとっくに、私が治してあるわよ。』

 

「……それならサッサと起こしてよ。もうイヤよ、こんな悪夢。」

 

ルイズは思わずベソをかいてしまったが……そんなのに痛痒を覚えるパチュリー・ノーレッジでは無かった。

 

『そうは行かないわ。言ったでしょう?そんな事では、つまらない死に方をすると。今の貴女では、同級生一人に簡単に撃ち負けるのよ。』

 

「……」

 

ルイズは今さっきの出来事をゆっくりと反芻した。

そして。タバサと自分では、何が一番違ったのかを思い出した。

 

目だ。

 

あの子は私を見ていなかった。

タバサはルイズを通して、別な誰かを見ていた。同じ様に無防備で、恐らく既にもうこの世には居ない、誰かを。

 

「ねぇ、パチュリー。タバサは貴女と一緒に居る時に、何か言っていなかった?」

 

『ああ、そう言えば……10歳の女の子が、引けもしない弓を握って死んで居たから、人は産まれながらに戦士の心を云々言っていたわね。』

 

はい、貴女達2人ともクビ。

 

ルイズは即決した。

今の言葉の詳細は不明だが、何か致命的に大事なメッセージを伝え忘れた事だけは、明らかなのだ。タバサもパチュリーも、絶対に人にものを教えるのは向いていない。

まぁ、今更聞きに行っても恥ずかしがって教えてはくれないだろう。

 

それに、今のルイズが言われても、面喰らうだけに違いない。

 

これまでルイズは……温かく素晴らしい世界で生きて来た。ルイズよりも年下なタバサがあからさまな偽名を名乗らずには、生きて来れなかった世界の、片隅で。自分はひたすらに護られてきた。

両親様々である。

 

そろそろ……独り立ちをすべき時なのだろう。

 

「それじゃあ、教えて貰いましょうか?精霊魔法を。」

 

ルイズには最早、ハルケギニアで異端とされる魔法に対する距離感など、微塵も抱いていなかった。

 

何しろタバサに杖を向けられたとき、確信したのである。

使える力を使いもせず、好き放題される事を受け入れられる程、寛容ではいられないと。

何よりもその事を自身の手で、あの場で証明してしまったのだから。

 

日和見主義を貫くならば、はじめから何の抵抗もしなければ良かったものを。

 

要するに。

あの時点でルイズは、タバサの生きて来た世界に片足を突っ込んでしまったのだ。

そしてその世界が怖いからと、クルリと背を向け布団の中で震える事は……良しと出来ない。

 

そうと決めた以上、無力な自分は放置出来ないのである。

 

パチュリーの声が、そんなルイズを歓迎するように響き渡った。

 

『その言葉を待っていたわ。貴女と精霊の契約には、うってつけの方法を考えてあるの。さあ……まずは古代ギリシア語から学んで貰いましょう。』

 

「古代ギ………何ですって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、睡眠学習が始まってから10分くらいが経った。

 

「わ、私を哀れむな〜〜〜〜〜!」

 

ルイズはソファーから飛び起き、その勢いで目を覚ました。

するとその隣では、パチュリーが呑気に浮かびながらこちらを見つめていた。それはもう、天然記念物を見る目つきで。

 

最悪の目覚め方である。

 

マジでムカつく!

 

ルイズはコレまでの人生でさんざっぱら、実技面で劣等生扱いされて来たが……頭の中身を腫れ物扱いされた事は無かった。

 

それなのに。

いや、それどころか。

 

オツムに関して珍しがられるなんて、とんでもない屈辱だった。

 

「哀れむなんてとんでもない、これはこの上なく素晴らしい事なのよ?聖書……こちらではブリミル教の教典にあたるものでもね、言語が分かれている事は大惨事扱いだから。言語の数だけ戦争が生まれると言っても、過言ではないのよ。」

 

「け、煙に巻く様なこと言い出すんじゃないわよ、ドチクショーーー‼︎」

 

ルイズはイキナリ、突き飛ばし魔法を発動した。

もう、全力でやっていた。部屋の中だと言うのに、お構いなしである。

あれ程消耗した後にしては、とっても元気で何よりだ。

 

そして……衝撃波は一瞬で掻き消されてしまった。

 

「……落ち着いて、認識の齟齬に関しては素直に謝るわ。私の元いた世界では、国によって言語が違うのが常識だから、外国語を知らない人を探す方が難しいのよ。けれども所詮は、世界規模で滅茶苦茶非効率な事しているだけの話だから。どうか大目に見て、堪えて頂戴よ。」

 

「ぐぬぬぬぬぬ………」

 

ルイズは今や、耳から湯気を吹き出す寸前であった。その可愛いらしい頭の上に、水の入ったヤカンでも置いてあげれば、瞬時に沸騰するだろう。

 

「わ、私が気にしているのはね、そそそ、その非効率な世界で生きてきた貴女に、教養を疑われた事なのよ!」

 

「想像くらいはつくでしょう?多言語世界では、複数の言語を操れることは立派な技能なのよ。それだけで収入を得ている人も、沢山いたわ。貴族ともなればラテン語……使われなくなった言語を身につけるのがステータスにもなっていたのよ。だからひょっとして貴女もいくつか、と思ったのだけど……気に障ったら、ごめんなさい。」

 

「……く、くっそお……何なのよ、この屈辱感はぁ………‼︎」

 

ルイズの感じている怒りは、贅沢なものだった。

 

何しろこのハルケギニアは、規格統一の視点では超一流世界なのだから。

始まりからして、単一言語の世界なのだ。

外国語を学ぶ機会はおろか、そもそも使う必要が無い。

7,000近い言語が存在するパチュリーの元いた世界とは、利便性において雲泥の差がある。

 

計算で例えるなら、ルイズは生まれた時から電算機を使っている様なものだった。

筆算や算盤の技能など、そもそも磨く必要がない。

しかしまあ、算盤の達人の暗算能力とかも捨てたものではない……どころの話ではなく、側から見ればそれこそ魔法の様な技能だったりする。

 

今のルイズが直面しているのはこうした、陳腐化した技能に対する憧れの様なものだった。

 

そしてこういう時に限ってパチュリーが妙な気を利かせるものだから、ルイズの怒りに拍車が掛かっていた。

 

「もう、この話題はやめましょう?精霊との契約方法は、別なやり方があるから。」

 

「ぬぁぁぁぁ!か、可哀想な子供扱いするなーーー!」

 

ガンッ‼︎

 

ルイズはもう、怒りをそのままに壊れたベッドを蹴りつけた。

当然、痛い。しかしそれがどうした?

 

何しろ。

目処は立っているのだ。

 

精霊との契約を、その前段階の対話を可能にする言語。

 

それは、ハルケギニアの共通言語とは全く異なる文法と発音を有しているそうだ。成る程それでは、この世界の人間に精霊魔法が使えないというのも頷ける。

 

パチュリーの居た世界では、ギリシア語として現存しているらしいが……それですら、派生し過ぎていてそのままでは用を成さないという。

正確には、ギリシア祖語という既に喪われた理論上の言語を用いて精霊に語り掛ける必要があるのだとか。

 

だったらそれを、学べばいいだけの話ではないか。

 

言語習得の困難さを知らぬルイズが、この様に簡単な事として考えてしまうのも、全く無理からぬ事だった。……まぁ、実際に彼女ならばそう遠くないうちに実現しそうな話ではあるのだが。

 

しかし、ジェリーフィッシュ・プリンセスを今すぐにでも身につけさせたいパチュリーからすれば、これは恐ろしく気長な話である。

 

「可哀想とかそういう話ではないのよ。そもそもからして、貴女は外国語の学び方すら知らないでしょうに。一番手っ取り早い方法は何か知っているの?」

 

「辞書でしょう?ルーン言語のものなら、エレオノール姉様から見せて貰ったことあるもの!2週間もあればそのくらい……」

 

「それだと読み書きしか出来ないでしょう?話せる様になる為には、現地に行って生活するのが一番なのよ。それでも1ヶ月はかかるのが普通なの。」

 

「そもそも、その精霊が話し掛けてくれないから、こうして苦労してるんでしょうが!」

 

「その通りよ。だから尚更、大変なの。もう分かったでしょう?この話は一旦忘れましょうよ。」

 

取り付く島も無かった。

完全に見限ってくるのである。

 

「わわわわ、忘れられるもんですか!あ、アンタの世界の貴族がドンだけ凄いのかは知らないけど、やってやろうじゃあないの!古代言語だろうと何だろうと、身につけてやるわよ!」

 

「やめて。素地がなさすぎるもの、時間が掛かり過ぎるわ。」

 

「やってみなきゃ分からないでしょうが!私はね、座学に関してこうまでバカにされた事は、一度もないのよ!素養が何よ!諦めて溜まるもんですか!」

 

「貴女の利発さは分かっているから、ここは大人しくスルーしてよ。言語の習得は、頭の良さというよりも慣れの問題が大きいのよ。」

 

「だったら今すぐ始めましょう!遅れを取り戻すためには、一分一秒でも惜しいわ!」

 

「いや……そういうレベルの問題ではないのよ。ハッキリ言っておくけど、言語能力に関して貴女は、私の居た世界の三歳児以下よ。公用語が複数ある国も珍しくはないんだから。そのくらい溝が深いの。」

 

「う、うわあああああ!」

 

ルイズはとうとう癇癪を起こして、部屋の中で家具の嵐を巻き起こした。それはもう、完全に我を忘れていた。

 

コレは凄い。

 

傍目には、小規模な竜巻そのものである。これをアカデミーの職員が見たら、コモンマジックの定義がひっくり返るだろう。

 

「だ、黙れ黙れ黙れ〜〜〜!!私をバカにするなーー‼︎な、何が古代言語よ、やれば出来るんだからーーー‼︎」

 

ルイズの明け透けな怒りは、窓からベッドを叩き出し、タンスの中身をひっくり返し。

挙句には、この寮棟そのものをグラグラと揺れ動か………す所までは行かなかった。

 

つい先程まで、無理に爆発を起こしたりしていたものだから、早々に息切れしてしまったのである。

 

「……気は晴れたかしら。流石に、魔力は大したものよね。」

 

「……ひょっとしてそれ、慰めのつもり?」

 

ルイズはゼーゼーと息をして、パタリとソファーに倒れ込んだ。

 

「まさか。偽りのない本心よ。……いずれにせよ、今の話は本気でパスね。貴女には王道が似合うと思ったから勧めたけれど、潔く諦めましょう。でも、安心して頂戴。私と同じ道を歩めば済む話だから。」

 

「……どういうこと?」

 

「精霊に遜る必要は無いって事よ。」

 

いやいや、ちょっと待って欲しい。雲行きが怪しくなって来た。

ルイズは、パチュリー節が披露される予兆を感じて、思わず身構えてしまった。

 

「私も一応、ギリシア祖語を学んでみたのだけれど。はっきり言って、時間の無駄だったと思っているわ。精霊に媚び売って終わったと言えばいいのかしら?おべっか使う為にわざわざ一言語を学んだかと思うと、自分の浅ましさが嫌になったわ。」

 

「こ、媚び売るって……契約を結ぶんでしょう?相手に合わせるのは、最低限の礼儀じゃない。浅ましくなんてないわよ、お互いに譲り合うのは、美徳じゃない。」

 

「……貴女ならそう言うと思ったから、さっきの方法を勧めたのよ。けれども今からは私と同じ様に、礼儀を必要としない相手を選んで頂戴。精霊の中にも、即物的な者は大勢居るから。そうした者には、契約なんてまどろっこしい物は必要ないの。物々交換を持ちかければ済むのよ。」

 

「うっわ……一気に俗な話になったわね。」

 

ルイズは何処かしら、精霊魔法には幻想的なイメージを抱いていた。系統魔法が及びもつかない程の、超絶の魔法。喪われた古代言語で契約を結ぶ、不可視の精霊達。

しかしパチュリーの話を聞いていると、そうした神秘的なイメージが、ガラガラと崩壊して行く。

 

「聞くのが怖いのだけど……アウトローな精霊とか居ないわよね?」

 

「精霊に正邪の別は無いわ。即物的と言っても、名前すら持てない有象無象が、高位な存在への昇格を目指して頑張っているだけだから。」

 

それを聞いたルイズは、ホッと胸を撫で下ろした。

なんとも微笑ましい話ではないか。ちょっと、応援してしまいたくなる。

何せ今のルイズもまだ、二つ名を持てない駆け出しメイジなのだから。

 

「それで貴女は、今の私にしてくれてるみたいに、彼らの成長を助けてあげたのね?そのかわりに、必要な時には精霊さんの力を貸して貰っていると……なんだ、心配して損した。私、そういう話は好きよ?」

 

「……お人好し扱いしないでくれる?幸せそうな茹でガエルって、見ていて不快なのよ。貴女もそうだけど、少しは警戒したらどうなの。手っ取り早く力をつけられるからって、私の魔力をホイホイ取り込んでくれちゃって。内部から思いのままに操られているとも知らず、愚かな連中だわ。」

 

こんな言い方をされると、とても陰惨な光景が思い浮かんでしまう。

 

非力で純粋無垢な精霊が、悪い魔女に餌をチラつかされて。

ありがとうと笑顔を浮かべながらスクスク育ったら、いつの間にか首輪を嵌められていて。

どうしてどうしてと泣きながら、奴隷としてコキ扱われている様な。

 

しかし……今のパチュリーの様子を見るだに、実態は全然違うのだろう。人買いのつもりで招き入れた精霊に、予想外に懐かれてしまい。ドライな彼女が勝手に、据わりの悪い思いを味わっているに過ぎないのだろう。

 

「どうしてそんな言い方になっちゃうのかしらね?捨て子みたいな精霊を、貴女の手で大事に育ててあげたんじゃない。貴女は彼等の、お母さんじゃない。そんな冷たいこと言われたら、みんな泣いちゃうわよ。」

 

この時のパチュリー・ノーレッジのギョッとした表情を、ルイズは生涯忘れないだろう。

後々になってから、この時初めて自分達は対等になったと気がつくのだった。

 

「そうね……迷えるパチュリーさんには、是非とも授けたい言葉が………あんまり思い浮かばないわね。………そうよ、きっと、アレよ、アレ。愛よ、愛。きっとそれだわ!」

 

「……私は別に、パンを肉として食したり、ワインを血に見立てて飲む様な習慣は無いのだけど。」

 

「どれだけ貧相な吸血鬼なのよ、それは。何だか親しみが湧いちゃうわ。……そもそも、捨食の術を使っている貴女が用いるべき比喩ではないでしょうに。この話も、もうここまでにしましょうか?そもそも本筋ではないし。」

 

ルイズは大きく息を吸うと、話を前に進めた。

お互いに素直じゃないなあ、と思いながら。

 

「まぁ、要するに。私は、親しみ易い下位の精霊と友達になれば良いのね?」

 

「……そういうことよ。」

 

ルイズは溜息をついた。

 

「何処にいるのよ、そんな精霊は。」

 

「何時でも、何処にでも。」

 

嫌だなあ、こういう謎かけみたいなの。

ルイズはググっと体重を掛けて、ソファーに沈み込んだ。

 

パチュリーは、図星を指されたことで、少しムキになっている様だった。

 

「精霊はこの世の至るところに、遍く存在しているわ。貴女が気がついていないだけ。分かりにくければ……私の水の精霊を差し上げましょう。貴女からは、ミセス・シュブルーズの書物を頂いたしね。」

 

「……だからそういう、誤解を招く様な真似をしちゃダメよ。モンモランシーが聞いたら、卒倒しちゃうじゃない。」

 

この時。

 

ルイズはハッとなった。

 

そうだ!忘れていた!

水薬の調合に命掛けていると言っても過言ではない彼女なら、アレを持っていてもおかしくない。

 

「……例えばそれ、水の精霊が流した涙とかでも良いのかしら?」

 

「驚いたわね。そんなモノがあるの、此方には?」

 

「……うん。」

 

ルイズは少し、頭を悩ませた。

何しろ精霊の涙は、物凄く高価なのだ。モンモランシ家は代々、ラグドリアン湖の精霊との交渉を仰せつかる名家だが……だからこそ、易々とは譲ってくれないだろう。

 

いや、勿論それなりの対価は払うつもりだが……

 

とにかく、交渉してみない事には何も始まらないだろう。

 

 

 



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第15話 その頃

こちらも改編前と、さしたる変化はございません。


意外に思われるかもしれないが、このトリステイン魔法学院が自由闊達な校風となったのは、ごくごく最近の事である。

 

オスマンにオールドという別称が冠される前。

彼は200年近く校長をやっている訳だが……その最初期は自ら教鞭をとっていた事が雄弁に物語る様に、今とは180度性格が異なった。

有り体に言って、物凄く熱心な校長先生だったのである。

 

当時の校風を象徴していたのが、彼の周囲50メイルだった。校長を視界に収めただけで生徒達は雑談をやめ、ソソクサと魔法を練習し始めたものである。

 

貴族が口を開いたらまず、呪文を唱えねばならぬ。

 

それが当時、寡黙だった校長の滅多に聞けない口癖だった。

そして誰よりも彼はその事を、率先垂範していた。

 

同年代の者達が歴史の彼方に消え。幼い頃の彼を知る人が居なくなってから、幾星霜。

彼はずっと、一人きりでその姿勢を貫いて来たのである。

 

巌の様な表情で、ひたすらに何かを見据え。常に、魔法と教育に対して真摯に向き合っていた。

オスマンが見学に訪れた授業では、生徒達に先んじて教師達が緊張した。彼が最も嫌うのが、質の低い授業だったからだ。教師に掛かるプレッシャーは、生徒の比では無かった。

 

落ちこぼれた生徒が現れた日には教師全員が集められ、噴火口と化した目で睨みつけられた。声を荒らげる事こそしなかったが、その声色はマグマの胎動よりも恐ろしげに響いた。

 

我々の成すべき事。

それは、魔法を教えること。

我等の持つ技術の全てを説き、幼子に学ばせること。

 

その様に思っている者は、今すぐこの場を去りなさい。

向いていない。

このトリステインの教師は、あなたには務まらない。

 

考えてもみて欲しい。

資源も少なく、平民も寄り付かない、吹けば飛ぶような小国。

それが今後とも国体を維持していく為には、どうすれば良いのか。

 

この国には、ガリアの豊かさが無い。

アルビオンの質も。

ゲルマニアの勢いも。

ロマリアの気高さも。

 

無いもの尽くしだ。

在るのは魔法の才に溺れた、自堕落な貴族ばかり。

その上で、どうすべきなのか?

 

魔法しかない。

貴族しか居ないのだ。

一部の有志では足らぬ。

全貴族の貢献が求められている。

 

この国の魔法の才は、余すところなく発揮されなければならない。

一部の隙もなく結集されねばならん。

 

どれほど小さな才とて、それが魔法に通じるものならば、捨て置く事は許されない。

他国では掃いて捨てられる様な子供でも、この国では宝なのだ。

 

放蕩な貴族を養う余裕など、この国には無い。ましてや魔法すら満足に扱えないとあっては、罪人よりも罪深い。

 

だから、意識を変える。

自身の能力と生まれに対する誇り、それに伴う責任感。

怠惰な己を調伏する、克己心。

在学中の3年間にこれらを身につけて貰わねば、この国は滅ぶ。

 

それが分かっていない。

その自覚が足りないから、魔法への無理解、貴族としての意識の無さが放置されるのだ。

 

我々教師とは、ウンチクを垂れるだけの老害かね?

若き命が国防の最前線で散って行く中で、安全地帯に引きこもった臆病者かね?

 

私はそうは思わない。

若者はこの国の現在を、外患から守ってくれている。そして。

我等もまた、この国の未来を、内憂から守っている。そう信じている。

 

私たちは、この国の未来を作っているのだ、

私たちの今が、この国の10年後を決める。大袈裟でも何でもない、それがこの国の現実だ。

 

在学中の3年間で魔法を諦め、自らを甘やかす事を覚えた生徒は、必ずや近い将来に奸臣としてこの国を、内部から喰らうだろう。

我々は今、その事態を防ぐか防げないかの瀬戸際に立たされている。

 

いま一度、覚悟を持って臨もう。

私も、諸君も。

 

我等の今を、この国の未来に捧げよう。

 

当時の彼は、この様な事を本気で宣い、そして実行してしまった。教師・生徒の別を問わず、全能力を発揮する事を求めたのである。

実際にオスマンは生徒を、誰一人として見捨てなかった。

生徒自身はおろか全ての教師が匙を投げ、親から見捨てられても、彼だけは決して目を背けなかったのだ。

自らの懐から授業料を出し、生徒の実家にあと一年の猶予をくれと、頭を下げに行った事もあった。

そしてそんな姿を見ていた生徒達からも、怖がられると共に尊敬の念を集めていった。やがては保護者の間にもその噂が広まり。

彼を見込んで我が子を送り出す親が現れた。

 

トリステインにこの人在りとの評判は、国外にまで及んだ。

特に友好国たるアルビオンからは、留学生が数多く訪れた。

やがてそうした者が親になり。

遂に、自らの意思で彼の教育を受けたいと申し出る幼子が育ち、トリステイン魔法学院の門戸を潜った。

 

その日。

親元から離れるという不安に肩を縮こませながらも。

曇りのない目で、自身に教えを請いたいと告げた少年達を見たとき。

 

オスマンは思わず目を閉じ、天を仰いだ。

 

見ておられますか、我が師よ。

貴女の頂には至れずとも、私はここまで来る事が出来ました。不肖の弟子という不名誉を拭えずとも。我が身の不足は、必ずや彼等の手で埋め合わされるでしょう。

 

オスマンは自身に寄せられた期待へと応える形で、彼等の中でも特に素質のある生徒を特別授業に招いていった。怒鳴りつけられる事も決して珍しくない、クラムスクールが開始されたのである。

泣きながら寮に戻る彼等は当初、哀れみの目で見られた。

しかしいつしかそれに招かれる事が、生徒達の間では名誉にすらなっていった。

 

その修了者達は性別・年齢・国籍を超えた絆を成して、それぞれの領地へと戻っていき、卒業後も深い親交を交わすようになった。

 

いつしかトリステイン王国は、歴史だけの国とは呼ばれなくなっていた。

層が厚いのだ。

質実剛健とした貴族達が、二重三重の防壁となって唯一王家を支え。有事の際には大国には不可能な機動力を発揮し、致命的な反撃を齎す。

 

オスマンの世紀を跨いだ献身は、こうして身を結んだかに見えた。

 

 

しかし彼の気力は、突如として霧消した。

それはちょうど、王位の空白期間と始まりを同じくしていた。

 

控えめに言っても熱心な愛国者だったオスマンは、当然その未曾有の事態を座視出来なかったのだ。

何故、マリアンヌ王妃は即位して頂けないのか。

それを問いただしい向かった際、ロマリアから来たという枢機卿にしれっと告げられたのである。

 

「気づいていないのですか?」

 

バカにしているのかと憤慨するオスマンに、絶望的なセリフが齎された。

 

「貴方のおかげで各国の政府中枢には、トリステインのシンパが築き上げられつつあります。今後その数は、より増えて行く事でしょう。ですから最早、貴方さえ健全であってくれれば、この国は外交的に安泰なのですよ。それにこれまで、実質的にこの国の内部を支えて来たのは貴族なのです。王位の空白をも支えられる程に完成されている事を示し、その事を以ってトリステイン在りと知らしめれば良いではありませんか。」

 

オスマンは驚愕に目を見開き、トリステインに来たばかりだというその聖職者を見つめた。

壮年の神官は、無力感に苛まれた目つきで彼を見返して来た。

 

「……以上が、貴方の教え子達の言い分です。第625回異端審問会の議長として言わせて頂きますと、貴方が100年前に築き上げた秩序が今、このハルケギニアを大きく揺さぶろうとしています。貴方の教え子達の中でも特に優秀な者達は、共和という思想に辿り着きました。端的には、王権による専制を否定するつもりなのです……これは公には言えませんが、我々ロマリアのミスでもあります。せめて私の前任者は、貴方とお会いしておくべきでした。その結果この国は……既に彼等の手に堕ちました。力及ばず、申し訳ありません。」

 

次の動乱はトリステインに次いでオスマンの教え子が多い、アルビオンで起こるだろう。

幸いにもこのトリステインでは、傷心のマリアンヌ王妃の意を汲む形で、実質的な寡頭支配への移行が穏やかに成された。王家への忠誠度が高いトリステイン貴族の旧態依然とした気風が、無血開城を良しとしたのである。

 

しかし、アルビオンではそうは行くまい。

必ずや、血が流れる。

 

マザリーニ枢機卿はその様に告げると、これまでの経緯を告げた。

 

ロマリアでは当初、この一連の事態の首級はオスマンだと見込んでいたそうだ。

しかしトリステインを防波堤とする役割を買って出て赴任して来たマザリーニは、事はそう単純ではないと看破した。

有害思想の元凶を断てば済む様な、底の浅い事態ではないと即断したのである。最早、オスマンの存在の有無に関わらず、貴族による寡頭支配を目指す動きは生き続けるだろう。

 

オスマンの手で育て上げられ、各国に散った憂国の士。

彼等が自発的に辿り着いた共和という概念は最早、分散型のネットワークとして機能し始めている。

そしてその原動力は、愛国心に根ざしている。真剣に国の将来を考える者ほど深く身を潜め、静かに活動をしている。

 

最近になって聖地奪還とかの大言壮語をし始めた有象無象など、ロマリアが本気になればいつでも叩き潰せる。利権を見出した後発組である事は、浅はかなそのスローガンからして明らかなのだ。

しかし、真に粛清すべき先進思想を抱いた者達は、本気で国の将来を憂う人格者達でもあるのだ。これまで含めて粛清してしまっては、後には何も残らない。

 

マザリーニはこの事態に対して、オスマンの協力が何よりも必要だと説いた。

貴方は数世紀単位で思想改変を行なった、工作員のお手本の様な存在だ。ロマリアの分析力の遥か上を行ったのだ。

是非とも今後、秩序の回復に貢献して欲しいと。

 

しかし。

 

オスマンは深く項垂れたまま何も言わず、王都を去った。

恐らくニ度と、その地を踏む事は無いだろう。

 

彼は、深い悔恨に苛まれていた。

 

何処で間違えたのか?

 

幼い子供に、貴方の教えを請いたいのですと、初めて言われたあの日から?

毎年の様に訪れる、そうした者達を待ちわびる様になった頃か?

 

それとも……全ての始まりからか。

 

自身の技量と才能では、仰ぎ見る師の頂には辿り着けないと思い始めた。

ならばこの研鑽の成果だけでも、自身を育んでくれたこの国へ還したい。何よりも……自身が至れなかった頂に、教え子が至ってくれれば。

それはこの上なく、幸せな人生に思えた。

こうした細やかな望みが、全て間違いだったのだろうか?

 

それとも……浅ましかったのだろうか。

自身が成せぬことを、後世に委ねるとは。ましてや自身の子ですらない、他所様の子宝にそれを求めたのは、傲慢だったのか。

 

教師という立場を利用して、自身の劣等感を拭おうとしただけなのか。

恩師から教わった、捨虫の術。

それを用いて徒らに生を紡ぎ。

数世紀に渡って、この国の教育を歪めただけなのか。

 

そうとは思いたくなかったが……心の中に空いた穴だけは、塞ぎようがなかった。彼は老衰を騙り、次々に教え子達との縁を切っていった。

 

何よりもオスマンの気力を奪い去ったのは、マザリーニが最後に告げた内容だった。

 

「お耳に入れて貰いたいことが、二つあります。2世紀前に貴方から寄贈して頂いた、聖遺物ゴリアテの設計図。……最近になってそれに、手を触れた者が現れたそうです。そしてガリアでは現在、既存の概念を覆す様なゴーレムが試作され始めたと聞きます。我等の耳目は広くとも、手足は短いのです。どうか、この事をお忘れなく。

 

もう一つは、貴方とヴァリエール公爵が推された子爵に関してですが……限界が来ています。公爵からも、時期尚早だったとの意見が出されております。……行方不明となっているかつての魔法実験小隊の隊長にもし、お会いになる機会があれば伝言をお願いします。この国は今再び、貴方の貢献を必要としていますと。」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、今。

モートソグニルから報告を受けたオールド・オスマンは、浅い溜息を吐いた。

 

因みに現在、遠見の鏡は修理中である。

何故かと言うと、今朝方に壊されてしまったからである。

 

待ちに待った、アルヴィーに強い興味を示した者。

それはオスマンに見覚えのない、紫色の髪をした気怠げな美少女だった。

その者と鏡越しに目が合った瞬間の事である。

 

鏡の全面がヒビ割れた。

 

まあ……あのアルヴィーの真価を見抜く程の実力者なのだ。この程度の技量を有していても、全く不思議はない。

オスマンは魔法的な監視手段の全てを放棄し、直接偵察に切り替えた。

 

こんな時に最大の効果を発揮してくれるのが、長年連れ添ったネズミの使い魔、モートソグニルである。

 

そしてその報告内容に、オスマンは複雑な表情を浮かべた。

 

超絶の技量を持つ者によって、新たなゴーレムが作られた。

そしてそれは……アルヴィーの完成度には及ばなかった。

ことゴーレムの生成に関しては、パチュリー・ノーレッジの技量は、オスマンが師と仰ぐ人物には至らなかったのである。

 

これは……憂慮すべき事態であった。

かのゴリアテ人形を作り上げようとする大国に、現状では対抗手段が無い事を意味するのだから。

 

しかし。

オスマンは自身の読みが正しかった事に、安堵していた。

 

ミス・ノーレッジについて判明した数少ない事実と照らし合わせると。彼女はゴーレムについて、さしたる思い入れは抱いていない。

何処ぞのババアに余計な発破をかけられて。

たまたまそこに、挑戦したい課題があって。

丁度、ギーシュ・ド・グラモンへのプレゼントになると閃いて。

妙に気分が乗っただけだろう。

 

しかし、300年掛けてアルヴィーを研究し尽くしたオスマンからすれば。アレは技術があれば作れるものではなかった。

何よりも人体に対する理解と、人間の魂に対する深い造詣が無ければ、一つの人格として学習を積み重ねていく自律人形には至れないのだ。

 

そしてそこまでのモチベーションは、あの気怠げな少女には無い。モートソグニルの目にも、ダメだろうなという予想を確かめた様にしか見えなかったそうだ。

その様な者に、アルヴィーの領域には至れない。

 

技術だけでは不足だ。

オスマン自身にすら無い、新たな発想と。手段を選ばない直向きな姿勢が必要である。何よりも、全てを魔法で、ではなくゴーレムで成そうとする強い意志が不可欠なのだ。

 

その様な人物に、オスマンは1人しか心当たりが無かった。

自身が耄碌していないと確かめられただけでも、ここは良しとすべきなのだろう。

 

しかし、それはさておき。

 

「ところでお主、あの娘がこうするのを分かっていて発破をかけおったな?駄目元であんな技量を見せつけられては、グラモン家のボンボンにしてみれば堪ったものではないぞ。一体どうしてくれるのじゃ?」

 

「……宿直を中止させた貴方が、それを仰いますか。渋ったミスタ・コルベールを私に説得させてまで、続ける事ではないはずですよ。一体何を考えているのです、先生?」

 

彼の執務室では今、滅多に見かけない組み合わせが顔を付き合わせていた。

 

「……懐かしい響きじゃのう。昔を思い出すわい。」

 

「私は貴方の顔を見る度に、そう思っておりますよ。貴方はあの頃から、全く変わっていませんから。」

 

オールドオスマンの差し向かいに居るのは、ミセス・シュヴルーズだった。しかし教室での柔和なイメージとは異なり……今は底知れない雰囲気を醸し出していた。

「フゥッフォッフォッ。何なら、お主もこちら側へ踏み入れてはどうじゃ?」

 

「あと20年早ければ、躊躇いもしなかったでしょうか。」

 

「その頃のお主なら、手取り足取り、腰とり。付きっ切りで指導してやったものを……惜しいことをしたのう。」

 

「……そういう所は、お変わりになられましたね。はじめは、誰かが化けているのかと思った程です。」

 

実はこの2人、遡れば教師と生徒の間柄だった。

それどころではなく、ミセス・シュヴルーズはオスマンの特別授業を受けた最後の一人なのだ。

 

「……それを言うなら、お主こそ見違えたぞい。まるっきり、別人ではないか。その締まりの無い表情は何じゃ、フェイスチェンジでも使うておるのか?」

 

「老いたのですよ、先生。コレは美徳です。全ての敗北と失敗を、慰撫してくれますから。」

 

「……やれやれ、お主も……肝心な所だけは変わっておらぬと見える。」

 

オスマンの在りし日も衝撃だろうが、ミセス・シュヴルーズに至ってはそれどころの話ではなかった。彼女の二つ名の由来を知ったら、 半数以上の生徒が人間不信に陥るだろう。

 

「……その言葉は、そっくりそのままお返ししますよ。あの忌々しい自律人形を食堂に飾るなど、腐っても先生ですね。うん十年ぶりにこの学院を訪れた際には、我が目を疑いましたよ。」

 

そもそもあのアルヴィー達は、シュヴルーズが生徒の頃には宝物庫の奥に固く閉ざされていた。それを目にする事が出来るのは、オッカナイ校長から素質ありと見込まれた、一部の生徒達の名誉ですらあったのだ。

 

それが今や公衆の面前に晒され、目の保養になっているとは……彼女にすればとんだ皮肉もあったものである。

 

「なに、ワシも老いが来たのじゃ。最早そう、長くもないじゃろう。」

 

「それはおめでとうございます。これで漸く、先生も解放されるのですね。彼女の呪いから。」

 

ミセス・シュヴルーズは心の底からの笑顔を浮かべてみせた。

彼女は、オスマンの長寿の秘訣に薄々とは感づいていたが……羨ましいとも自らそれを身に付けたいとも思えなかった。

 

「……言うな。我が師を愚弄する事は、何人たりとも許されぬ。」

 

「ですが、お認めになられたのですよね?とうとう、その御師様には及ばなかったと。」

 

重苦しい沈黙が降りた。

彼女達にとって、それは自らの人生を賭した試みの敗北を、認める事に等しいからだ。実際に、土の系統を本業とする彼等の挑戦は、聖遺物として扱われても全くおかしくないアルヴィーを、自らの手で生み出す事にあったのだから。

 

そしてその事に限って言えば、彼等2人は師弟揃って、完璧な敗北者だった。未だにその事に取り憑かれているのは、皮肉にも師匠の方だけなのだが。

 

「その通りじゃよ。これ以上の時を過ごしても、彼女の先には辿り着けぬ。それがワシの、結論じゃ。……虚しい人生だった。」

 

「……虚言を弄さないで欲しいですね。先生はまだ、全てを諦めてはおられないのでしょう?現役の盗賊に遺志を託すまで堕ちるとは……正直、悲しいです。」

 

ミセス・シュヴルーズはさすがに、オスマンの教え子だった。

この様な才女が育ってくれた事をこそ、彼は喜ばなくてはならないのかもしれない。

 

魔法とは全然別なところで、彼は間違いなくその師と仰ぐべき人物を超えたのだから。彼の齎した教育の成果は、間違いなくこの国を成長させた。その後の結果まで背負い込む必要など、一切無いのだ。

 

「迎撃機能を欠いた防御策に、どれ程の価値がありましょうや。今の宝物庫は、タダのハリボテです。いや、実践的な教科書の一種でしょうか?アレを打ち敗れれば、土の系統魔法に関してはかなり深いところまで到達出来るでしょうね。」

 

「実績のある者にそう言って貰えると、セッセと頑張った甲斐があるというものじゃ。まぁ……唯一の悩みどころは、物理的には脆くなってしまったという所じゃろうか。でっかいゴーレムを生成して一思いに、とかはやめて欲しいものじゃよ、」

 

オスマンがうら若き美女を秘書として迎え入れるまで、あの宝物庫の防護策は、積極的迎撃に重点が置かれていた。そして若き日のミス・シュヴルーズはその全てを身に受ける事で……全ての対抗策をオスマンの手で自壊させることに至らせた。

 

流石に生徒の命とは引き換えには出来まい、という点を突いたのである。

 

「まさかそれも、私からミスタ・コルベールへ伝えなくてはならないのですか?もう嫌ですよ、こんな役回りは。」

 

「……やはり、彼女を見込んだワシは耄碌しとらん様じゃな。彼女には、ワシやお主には無い強かさがある。我等が正攻法で挑んでも、我が師の先には辿り着けなかったのじゃ。今更何を躊躇おう?」

 

「正気ですか?ミス・ロングビルの正体はあの、世間を騒がせている………」

 

「奇しくもその被害者達は、かつてのワシの教え子ばかりじゃ。その気になれば、如何様にでもなるわい。」

 

「……貴方はまさか、かつての生徒達に対する情けすら忘却したと仰られるのですか?」

 

「彼等は光るものを持ちながら、直接指導する気になれん者達ばかりじゃったよ。誅されて当然の貴族になってしまった。それにもう……ワシは懲りたのじゃ。教えようとしたのが間違いじゃったのかもしれん。だから彼女には………全てを自らの手で、学んで貰いたい。」

 

そう溢すオスマンは、文字通りの老人に見えた。

 

「やれやれ……てっきり貴方最後の教え子の名誉は、私のものかと思っていたのですが。」

 

「彼女はその道のプロじゃ。称号くらい奪われる事は、全く恥ではなかろう?」

 

「……そうですね。その通りです。」

 

「……どうやらお主はワシとは異なり、ミス・ノーレッジに目をつけているようじゃの?」

 

「当たり前でしょう?彼女は最早、私の大切な教え子の一人ですから。」

 

「かの者の技量は、部分的には我が師のレベルを超えておる。それ程の者に、一体何を授けるつもりじゃ?」

 

「教えることは無くとも、指導する事はできます。ミス・ノーレッジはいわゆる、極端な天才児に過ぎません。何でもできる事が仇になって、何事にも本気になれないのでしょう。その様な生徒には、見守ってあげる事こそが、何より肝心なのではありませんか?」

 

「お主は大器に化けたのう……」

 

何処かしら他人事の様に呟くオスマンに対して、ミセス・シュヴルーズは疑問をぶつける事にした。

 

「そもそもの話になりますが……貴方のお師匠様のアグリアス・マーガレット・ロイドでしたか?そもそもこれは、本名なのですか?」

 

「いやいや、その前にその名を何処で掴んだのじゃ?」

 

「アカデミーでは有名な噂話になっているそうですよ?ロマリアの聖遺物の設計図には何故か、貴方の筆跡で女名が描かれていると。その頃から耄碌していた証拠だとすら、言われてしまっているそうです。ミス・ヴァリエール……この場合は長女エレオノールの方ですが、彼女とは未だに親交がありますので。」

 

「ああ、……そう言えば、苦し紛れにそんな事をしたという記憶もあるのう。想像の通り、偽名じゃよ。本名はマーガトロイドと言う。ファーストネームは……ワシと彼女だけの秘密じゃ。既にこの地に居らぬとはいえ、彼女の齎してくれたものは、余りにも大きい。」

 

「この件に関して以前から言わせて頂きたいと思っていたのですが……先生は彼女の事になると、どれだけ視野が狭くなるのですか?3世紀前の事を未だに引きずっているなど、未練がましくて肌寒くなります。それよりも、私やギトー先生の事を、もっとよく見て下さいよ。貴方にかつて心を打たれた者が、同じ道を歩んでいるのですよ?随分と素っ気ない言葉しか頂けていないのですが。」

 

「ならば敢えて言わせて貰うが……お主は恥を知らんのか?」

 

ミセス・シュヴルーズは一瞬面食らい、唾を飲み込んだ。

オールドなどとは呼びたくても呼べなかった、かつてのオスマンが目の前に居たからだ。

 

「一体何の事ですか?私はそこまで恥入る様な生き方はしていないつもりですが。」

 

「それならば尚更じゃ。ハルケギニアのメイジとして誇りは無いのかと、己の心に問い直してみよ。モートソグニルから聞いた話では、ミス・ノーレッジは魔法の失伝した世界で独力であそこまで至ったそうではないか。ミス・マーガトロイドも……決して魔法だけが全てではない世界で、生きていたと聞いた。それに対してこの、ハルケギニアには魔法しかない。世界そのものが魔法に基づいておきながら、この体たらくは何なのじゃ?この一点のみで、ワシは自らを万死に値すると思うておる。」

 

ミセス・シュヴルーズはため息をついた。それはもう、盛大に。

 

何を今更。

 

こんな事、話し合うまでもない。

基礎的な統計学の概念は、確かこの人自身から教えられた筈なのに。

 

ミス・ノーレッジやミス・マーガトロイドはどう考えても、その母集団においてすら外れ値的な存在なのだ。

彼女達の魔法は技術の高さに反して、必然性がカケラも無い。所謂、技術の無駄遣いなのだ。汎用性や簡素化の視点が全くないことから、歴史が無い事は一目瞭然ではないか。一代限りでその地位にまで昇り詰めたのは本当に凄い事なのだが……所詮は彼女達自身の功績に過ぎない。

彼女達を基準にその帰属集団を考えるなんて、全く無意味な話である。

 

例えばこの世界のメイジ殺しだが、彼等は皆それぞれが独自に、仰天の体術を身につけている。仮に彼等が異世界に招かれたとして、だ。彼等を基準にハルケギニアを推しはかられては、堪ったものではない。

 

他にも例えば、始祖ブリミルが標準的なメイジとされる世界を想像してみるといい。虚無魔法と全系統魔法を誰もが自在に操れる世界など、些細な喧嘩で破滅しかねないではないか。

 

もしくは始祖ブリミルが、限りなく弱小な存在である世界か?余りにも役立たずだからハルケギニアへ追放されたとか、そういうオチならばどうだろうか。それならそれで、新天地としてのこの世界の素晴らしさが証明されるというだけの話ではないか。

 

「先生。ひょっとして貴方は、50歳くらいからそのままなのですか?」

 

「いい質問じゃのう。何年生きてるとは良く聞かれるが、そこは記憶しとらんよ。何故そう思ったのじゃ?」

 

「因みに私は今、67です。どうにも仰る事が青臭く聞こえて来ましてね。」

 

「バ、化物かお主?!どう見ても50代じゃろうが?!若作りとか、そういうレベルの話では済まされんぞ?!と、言うか。20年前のお主も、同じくババアでは無いか?!ウゲ〜〜〜、わ、ワシの寿命を返せ!本気で想像してしまったでは無いか!」

 

「はぁ……随分と低レベルな話し合いをしていますね、私達は。ギトー先生も50くらなのにギラギラしてますからね、単なる当てずっぽうで言っただけですよ。」

 

ミセス・シュヴルーズはそう締めくくると、そそくさと席を立った。

 

「何をするつもりじゃ?」

 

「ミスタ・コルベールへ伝言を。ついでに、じっくりやれば必ず解けるからとでも付け加えておきますよ。」

 

「やれやれ……そういう世話焼きは、誰から教わったのじゃ。」

 

「盗賊を手の内に引き入れた挙句、技術供与までしようとしている人のせいではありませんか?彼女の素性と考え合わせると、これは、立派な外患誘致罪ですよね。まぁ……ミスタ・コルベールを匿っているので、今更な話ではありますが。」

 

「まさかお主、出身地まで掴んでおるのか?いや、それより何故、彼の事まで……」

 

「食事が美味しいと半泣きになっていましたからね。アルビオンの没落貴族だったりするのではありませんか?ロクな教育も受けずにトライアングル級の腕前を持つに至るとは、名簿さえあれば姓名まで辿れてしまうでしょうね……詮無い事なので、いっそのこと先生が所々の問題をクリアして、養女にでもしてしまえば良いのではありませんか?私が立会人になりますよ。………ミスタ・コルベールに関しては、単なる当てずっぽうです。時折見せる視線が、妙に曰くありげなので、気にはしていたのですよ。こんな単純な引っ掛けに乗ってくれて、ありがとうございます。」

 

「……もういっそ、ワシに変わって校長やってくれんかの?弱味を握られている様にしか思えんのじゃが。」

 

「……そうですね。ところでもし、老化具合が気になるのならば。ミス・モンモランシーの水薬はオススメですよ?私も色をつけて購入しておりますから。」

 

「教師たる者が、生徒の売買を見逃すどころか、それに加担してどうする?!」

 

「今の貴方に言われても、痛くも痒くもないのですが。」

 

「……一体いつから、この学院はこんな風になってしまったのか……ワシの苦労は一体、何だったのじゃ?」

 

「まだまだ耄碌するには早いという事ですよ。暫しの余暇を楽しんだと思って、しぶとくやり直して見て下さい。特別授業も再開されるおつもりな様ですし。」

 

そう言い残すと、ミセス・シュヴルーズは今度こそオスマンの執務室を後にした。



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第16話 精霊の涙

漸く話を先に進められました。時間が掛かってしまい、申し訳ありません。本日は、13話から更新してあります。
元々はこの話に謝罪会見が含まれていたのですが、それを無くす為にここまで掛かってしまいました。申し訳ありませんでした。


ルイズとパチュリーの二人は、モンモランシーの作業が一段落つくまで室内で待たされていた。

 

ああいらっしゃい、ちょっと待っててね、と言ったっきりだ。

香水やら水薬を調合中だったらしいモンモランシーは完璧な仕事モードへと突入してしまい、ルイズ達二人は完全に放置された。客人のことなど全く目に入っていない様子で、せっせと作業を進めている。

 

ところでこの部屋だが……とても貴族令嬢の居室とは思えなかった。難しい本しか並べられていないエレオノール姉様の部屋の方が、まだ女性らしい。

何しろ、イタズラで忍び込んだルイズは知っているのだ。威圧的なタイトルの並ぶ書棚の中に一冊だけ、溜息が止まらない程に壮大なラブロマンスが紛れ込んでいる事を。これは、墓場まで持っていくと決めたルイズだけの秘密である。

モンモランシーの部屋はその点、完全な仕事場だった。職住接近というレベルではない。家具の配置からして、ベッドが仮眠のためにあるという事がわかる。

 

「ねえ、ルイズ。」

 

「なに?」

 

さすがのパチュリーも空気を読んでいるのか、声を潜めていた。

 

「彼女は一体、何をしているの?」

 

「何って、水薬の調合よ。貴女はやらないの?魔法だけだと治りにくいから薬品と併せて使うのが、こっちでは普通なのよ。」

 

「……成程。治しにくいから、ああいう壊し方をする訳ね。これは大変興味深いわ。」

 

突如として物騒な事を呟き始めたパチュリーに、ルイズは思わずギョッとなった。治癒薬の説明をした筈が何故、ぶっ壊す話にすり替わってしまうのだろうか。一体、この魔女には何度驚かされれば済むのだろう。

 

「……何を1人で納得しているのよ。」

 

「あのタバサっていう子の魔法、難易度の割に威力が低すぎたから、不思議に思っていたのよ。漸く、その謎が解けたわ。」

 

「あ、アレで威力が低いの?」

 

ルイズは思わず、悲鳴に近い声を上げてしまった。あの、直撃すれば大惨事間違いなしのライトニングとか、思い出すだけで下着が心配になるのだ。

 

「私があの規模で撃ったら、人体など原型を留めないでしょうね。」

 

これを聞いた瞬間、ルイズは唇を引きつらせた。

仮にルイズが教師で、パチュリーが生徒だったとすると、今のセリフはこんな感じになった筈だから。

 

《ミセス・ヴァリエール!タバサちゃんは確かに凄いです。でもでも、私の方がもっと凄い事が出来るんですよ?》

 

尻尾があったら、ブンブン振っていたのかもしれない。

 

……いや、そんな急に、初々しく自己アピールをされても、困っちゃうんだけど。

オマケにその内容が今更なものとあっては、尚更だ。

 

「……コ、コホン。ええっと……水臭いこと言わなくてもいいじゃない。貴女が天井ブチ抜いたメイジだってことは、とっくの昔に承知しているのよ?」

 

「その指摘は、本筋から逸れているわ。私が気がついたのは個人の資質の問題ではなく、魔法の背景にある、運用思想の違いなのよ。」

 

「まぁた難しいこと言い始めたわね……それってどういう事?そりゃ、精霊魔法に比べれば、系統魔法は非力でしょうけど……」

 

「単純な比較は、あまり意味がないと思うわ。何しろ精霊魔法では、回復が一瞬で済んでしまうから……同じ魔法を使う相手を無力化するには、殺すしかないのよ。だから必然的に、避けさせない、防がせない、致命的な攻撃魔法が発展したのでしょう。」

 

成る程、パチュリーが物騒なのはそういう理由か。確かに、どんな傷でもたちまち回復されてしまうのでは、やると決めた以上は一発で決めないと、痛い思いするだけになりそうだ。

 

「うわあ……私、系統魔法を使う世界に居て良かった!」

 

ルイズは、力が力を呼ぶという事を、改めて思い知った気分になった。強力な魔法も、良し悪しである。

 

「そうとも言えないんじゃない?」

 

「どういう事?」

 

「こちらの攻撃魔法は、実質的に肢体不自由者の製造になっている気がするのよ。敢えて半殺しにして、負担をかける事を重視しているように見えるわ。」

 

「ああ……その話には、嫌な思い出があるわ……」

 

母がかつてその様な講釈を垂れたときに、幼いルイズは泣き出してしまった事がある。

 

みんな生きて帰って来る戦争と、みんな死んでしまう戦争。

どちらがマシかと問いかけられたのだ。

それは前者に決まっているだろう、と胸を張って答えた幼いルイズは、思いっきり頭を引っ叩かれた。

 

「全員が手足のない状態で帰ってきてみなさい。貴女は彼等を、どうするつもりですか?」

 

歴史を紐解けば、やっとの思いで帰ってきた傷病兵達を一箇所に集めて、虐殺してしまった敗戦国もあったそうだ。身体を張って命からがら帰国した者達に、それはあんまりな仕打ちに思えた。

しかしその肝心の祖国に彼等を賄う余裕がないのだから、救いようのない話である。

 

当時のルイズはその光景を想像してしまい、涙が止まらなくなった。

 

パチュリーの話からすると、彼女が得意とする精霊魔法を使って戦争をした場合は、みんな死んでしまう方の結末を迎えるのだろう。

なるほど、道理で。この世界でエルフに戦いを挑んだ者達の記録が、惨敗としか記されていない訳である。いや…敗北を知らせる生存者が残っただけマシなのか。

 

要するに、交戦規定が違いすぎるのだろう。系統魔法を使う側が戦闘不能な重症を負っても、精霊魔法を使う側にしてみれば苦もなく回復できる怪我に過ぎなければ、攻撃の手を緩める訳がない。そもそもの威力に開きがある以上、この差は大きいだろう。一方的な展開となった筈だ。

 

結局、母の問いかけと同じ結論に至るという事だろうか。

 

あの問い掛けも、どんな戦争もやってはダメだという顛末だった。

当時のルイズは、臆病者のような事を言い出す母を、泣き腫らした目で睨みつけたものだが……今ならあの時の母様の気持ちが、少しだけわかる気がした。

 

当時の母様は、厳しい顔で告げたものである。

 

「戦争は最悪の外交です。ですからやるからには、双方に最も犠牲の少ないやり方を選ぶ必要があります。」

 

戦う相手のことを心配してどうするのです、と叫び始めたルイズに、母の顔は失望に染まった。

 

「戦後の支配に影響するからです。貴族全員が死に絶えた国など、それこそ征服した価値がありませんからね。それとも貴女はまさか、勝つか負けるかも分からないギリギリの戦争をするつもりなのですか?」

 

そんな事を話しているのではない、と幼いルイズはいきり立った。

 

負けると分かっていても、立たねばならぬ時がある筈だ。

その際に都合の良い理屈を見つけるのは、卑怯者のやる事だ。

貴族のやる事じゃない!

 

その様に言い切ったルイズに、母は優しい顔で告げた。

 

「今の段階で、そこまで言えれば上出来です。ですが貴女が母になる前に、たった一人で千を超える敵と対峙せねばならなくなった時は、必ず私に相談なさい。どうすれば良いのかを、教えてあげましょう。」

 

そんなのおかしい、と幼いルイズは頬を膨らませた。

そんな起死回生の手段があるなら、常からみんなが知っておくべきじゃないかと。

だが、当時の母は答えをくれなかった。

 

出来れば教えたくない、とだけ言っていた。

思えば母様の扱う風の魔法は、系統魔法の範疇にない。という事は、まさか。

それとも、系統魔法だけでもそんな一騎当千な真似が可能なのだろうか?そっちの方が、答えに近い気がする。

 

 

 

 

 

 

 

やがて。

さすがにこちらへ気を回したモンモランシーが、椅子を勧めてきた。ルイズは図々しいだろうからと、立ったままでいた。パチュリーも、浮いたままでいる。まあ、それはいつもの事か。

 

「ええっとね?何で浮かない顔してるのよ。」

 

「……ちょっと、嫌な事思い出していたの。というよりも、アンタの集中力も凄まじいわね。何も聞こえてなかったんだ。」

 

ルイズは奇妙な関心の仕方をすると、モンモランシーに要件を告げた。

 

「物は相談なんだけど……精霊の涙を、少しばかり譲ってくれないかしら?勿論、相応の額は支払わせて抱くわ。」

 

「ええ?!それは流石にちょっと……」

 

やっぱり額の問題ではないのね。ルイズはやれやれと首を振ると……モンモランシーの顔つきが変化し始めたのに気がついた。

 

「い、いいえ……条件次第では、考えてあげなくもないわよ?」

 

「イキナリ掌返さないでよ。何なのよ、もう!」

 

モンモランシーはそんなルイズを他所に、早速とばかりにパチュリーへ話しかけていた。

 

「貴女、ルイズとそっくりなゴーレムを作る事が出来るんですって?それ、具体的にはどんな事が出来るの?」

 

「夜伽の類よ。今はもう、機能をリセットして眠りについているけれど。」

 

「リセットしたという事は……その、ルイズにソックリなそのゴーレムには、やらせようと思えば何でも出来るの?例えば、香水の調合とか、材料の採集とか!」

 

「ひょっとして手下にしたいの?まぁ、それなら可能よ。書物を読み込ませるタイプと、貴女が直接教えるタイプ、どちらがいいの?」

 

「ち、直接教えるのでお願いするわ!手数料は………売上の3割!い、いや……4割でどうかしら?!」

 

ははあ、成る程。そういう事か。

 

ルイズは納得した。

さすがは香水の二つ名を持つだけあって、調合バカだ。

 

交渉が下手くそ過ぎる。こんな事をしているから、腕前の割に清貧を貫くことになるのだ。

 

「あのね、モンモランシー。現物を見ずにそんな事約束しちゃっていいの?多分、貴女の思っているのと違うわよ。私に似ているとかそういう、可愛いレベルのものじゃあないから。」

 

「……う、そ、それもそうね。…………って!売上の4割って何よ!イキナリ足元見るなんて、ヒドイじゃないの!誠意を見せなさいよ、誠意を!3割にしておきなさい!」

 

「それは無償ではダメなの?」

 

「うわ〜〜〜い、やったぁ!えへへ、嬉しいなぁ。…………あ、あったり前でしょう?!初めっからそう言うのが、礼儀ってもんでしょうに!いちいち回りくどいのよ、貴女達は!」

 

パチュリーの素っ気ない一言に破顔したモンモランシーであったが、後付けで物凄く分かりやすい演技をし始めていた。

ルイズは最早、彼女の将来が本当に心配になってしまった。誰かしっかり者のアドバイザーがつかないと、良いように利益を掻っ攫われてしまうだろう。

 

「さて……それじゃあ、取り敢えずはルイズの言う通り、現物を見てもらおうかしら。この場に召喚して良いかしら?」

 

「もちろんいいけれど。どこに置いていたの?埋めちゃったりしていたら、ちょっとご遠慮願いたいわ。」

 

水薬を製造している施設なだけあって、さすがに泥だらけのゴーレムを招き入れる訳にはいかないのだろう。

それは確かに、ルイズとしてもご遠慮願いたいところである。全身が土に塗れたそっくりさんなど、軽いホラーである。

 

「ルイズの部屋に置いてあるから、心配は無用よ。」

 

「いやいや、ちょっと待ってよ。私の部屋のどこにそんなスペースがあったと言うのよ?」

 

ルイズは眉をひそめた。何も手狭だというのではない。

図らずも癇癪を起こして、メチャクチャにしてしまったのだ。その際にルイズ型ゴーレムが居れば、絶対に気がついた筈である。

 

「仲良く寝ていたのに、気がつかなかったの?貴女のソファーの下に居たわよ。」

 

ルイズはもう少しで、叫び出してしまうところだった。

 

 

 

 

 

ゴーレムが召喚されてそれをモンモランシー型に成型し直した後も、やっぱりモンモランシーは変だった。

 

「全っ然似てないじゃない!こんなの、使い物にならないわよ!」

 

クレーマーめ……

 

ルイズは意外と商魂逞しい事に安心しながらも、別な心配が生じて顔をしかめた。コレを見て似ていないという、モンモランシーの視力は大丈夫なのだろうか。

メガネをプレゼントした方が良いのではなかろうか。

 

しかしルイズの心配を他所に、クレームはより具体的なものになった。オマケにその指摘が予想外のものだからか、パチュリーも困惑している。

 

「良く見てよ!私の小指は、こんなに長くないの!」

 

「長い方が便利じゃないの?」

 

「ダメよ!そんな事は、とっくに克服しているの!私のノウハウが活きなくなっちゃうでしょうが!」

 

成る程。

 

何が違うって、手か。

職人の手という事か。

それはまあ、職人技なんて理解出来ないパチュリーには、気付けもしなくて当然だろう。

 

「顔なんてどうでもいいから、先ずは私の手足を忠実に再現して!変に美化されても、作業効率落ちちゃうだけよ!」

 

これは珍しい。

パチュリーがそんな事もあるのかという表情で、モンモランシーの手足を眺めているのだ。それに合わせてゴーレムを微調整をしている。何とも心温まる光景である。

 

それに。モンモランシーはもう、製造だけやって販売はやめた方が良いという事が分かった。

ルイズもあまり詳しくはないが、これはもう完全に技術畑の人間の会話だろうと思えた。

 

この構造だとあの動作をする時に不便だとか。ここはこうしてくれる方が現在より負荷が減るだとか。

おまけに熱が入って、周りが見えなくなっている。

その………何と言うか。

この場にギーシュが居なくて本当に良かった。結構とんでもない格好になっているのである。

 

「……って、ルイズ?!アンタは、何を顔を赤らめて……キ、キャア?!何見てんのよ、エッチ‼︎アンタ、そっちの趣味があったの?!私はお断りだからね!全く………罪な女も楽ではないわ!」

 

「……パチュリー、よく見ておいて。こういうのを理不尽と言うのよ。」

 

ルイズは何だかよくわからない薬品を投げつけられて、最早反論する気力すら失せていた。勿論その薬品はビーカーごと丁寧に受け止めて、そっと元の位置に戻してある。

これ以上モンモランシーのよく分からないお怒りを買うつもりは無かったので、パッと見では喰らった様に見える演技もしておいた。

 

段々と芸が細かくなっているのであった。

 

そうして。

 

最終的には、モンモランシーを一回り小さくした妹の様なゴーレムとなった。背の低さは台座を設けることでカバーし、今よりも小さい手できめ細やかな作業が出来る様にしたらしい。

ちなみに背が小さいだけで、その気になればモンモランシーの非力な腕の10倍の力は発揮出来るとか。原料採集の折には、ボディーガードとしての役割も果たせるそうだ。便利なものである。

 

その身体と綺麗な髪形こそ小柄なモンモランシーではあるが、その顔はノッペラボウさんである。

モデルとなった彼女本人のような愛くるしい顔は勿論のこと、他人の空似もまた困るからである。一目でゴーレムと分かるようにしたのであった。

 

そうしてルイズとパチュリーは、喜色満面なモンモランシーから精霊の涙の入った瓶を譲り受けた。

 

 

 

 

 

 

 

精霊の涙は本来、ものすごく高価なものである。

それを譲り受ける際、ゴーレムと引き換えで良いと言われたルイズは流石に難色を示した。しかし何と、パチュリーがアッサリと受け取ってしまった。

 

「有り難く頂くわね。」

 

……何だか、ちょっと不機嫌なようで怖かった。

 

ルイズは荒れ放題になった部屋に戻って来ると、念力をフル活用して手早く部屋の体裁を整えた。

流石にもう……ベッドは廃棄処分にするしか無かった。一応、窓の外に吹っ飛んでしまったものを引っ張り上げたのだが。魔法を使えなかったら、大仕事になってしまうところだった。

 

「さて。さっきはどうして、不機嫌そうだったの?」

 

「涙なんてとんでもない、これは、精霊の肉体のものじゃない。瓶詰めにされているのが、ちょっと哀れに思えたのよ。」

 

「……私には、普通の水にしか見えないんだけど。」

 

「意思が通っていないからね。今でこそその有様だけれど、放っておけばいずれは無に還って、新たな生命として旅立つ筈よ。貴女が魔力を注ぎ込めば………貴女が産み出した生命として、始まりを迎えることになる筈。」

 

それを聞いたとき、ルイズは感動に心が震えた。

 

しかし、流石に。

話が大き過ぎる。

 

ペットを飼うのとは訳が違うのだ。かなり語弊はあるが……親になるという事ではないか。それはさすがに、無茶な話である。

新たな魔法を使いたい、その向上心は何ら非難されるものではないが……さすがに輪廻に向かう命を頼ってまでする事とは思えない。

 

「迷っているようね、ルイズ。けれどもこの話は貴女が迎え入れるべきだと思うわ。あの子に返して水薬にして貰うのも一つのやり方だけれど。言い方を変えればそれは、数人の為にしかならないわ。貴女が水の精霊魔法を使いこなせるようになれば……」

 

「私もひょっとして……重症の人をすぐに助けてあげたり出来るようになるの?」

 

「その程度の小技、いちいち意識するまでも無いわね。人にとって大地が父親なら、水は母親みたいなものじゃない。」

 

すごい凄い、これは……とうとう、爆発魔ルイズから、治癒士ルイズへ昇格である。

そうよ、そうよ!正しく!そういうメイジになりたかったのよ!

 

ルイズは思わず、飛び跳ねてしまいそうだった。慌てて色々と見落としがないのか考えてしまうが……この場合は全く、当てはまるものがない。

 

それでも恐る恐る、パチュリーに聞いてみた。

 

「ねえ……そんなに、都合よくいくものなの?精霊魔法ってそもそも、とっても難しいんでしょう?」

 

「どうやら自信がないみたいだけども……そんなの関係無いわ。これほど高位な精霊の肉体を、この量。そこに貴女の魔力が合わされば、私のレベルにはすぐさま到達するでしょう。」

 

「そんなにスゴイものなのね……」

 

そうしてルイズは、ラグドリアン湖の精霊の一部が収まった瓶の蓋を開けた。

 

思わず、ほへ〜と見つめてしまうが、やはり無色透明な普通の水である。

 

「……で?魔力を渡すって、どうすればいいの?」

 

「そこから教えないとダメなの?だから、捨食を極めろとあれ程……」

 

「し、仕方がないじゃない!今更イヤよ、この上お預け喰らうなんて!こ、この子は私が、立派に育てるんだから!」

 

「だったらもう、飲んじゃいなさいよ。」

 

パチュリーの投げやりな言い方は、面倒臭くなった様にも聞こえた。しかし、さすがは精霊魔法の寵児か、それらしい事を宣うのであった。

 

「普通は、そのままでは服用しないのでしょう?効果が強すぎて、下手をしなくても劇薬になってしまうから。おそらく膨大な魔力が流れ込む事に、体が拒絶反応を起こしてしまうのでしょう。けれども、貴女は普通な存在ではない。」

 

「だったら何の問題も無い筈だ、と。」

 

ルイズはその瓶を見つめると、フッと微笑んだ。

既に迷いなど無かった。

 

「それじゃあ……これから、よろしくね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

モンモランシーは、再びノックされた扉を開いた。

 

「はいはい、今日は千客万来ね。」

 

「ち、治癒の魔法を……教えて、下さい。」

 

兎のような目をしたルイズが居た。

詳しい事情を聞くと、手を怪我した猫を治癒しようとしてみたところ、溶け出すわ絶叫されるわで、阿鼻叫喚の地獄みたいな事になってしまったらしい。

パチュリーに原因を聞くと、マーキュリーポイズンという水分を毒に変える魔法を使ってしまったとか。

 

それもそうか。

 

ルイズはこれまで意図せずして、爆発という破壊的な魔法しか使って来なかった。いきなり真逆な事をやろうとしても、染み付いた感覚はそうそう抜けるものではない。

 

この点で、パチュリー・ノーレッジは全くの役立たずだった。彼女は技術もあり知識もあるが、失敗に関するノウハウが全く無いからだ。彼女の目には、成功する条件が揃っているのに失敗してしまうという現象はある意味で器用に映る様で、逆に失敗を再現しようとして来るのだ。失敗に苦しむ生徒として、これ程傷つく事もない。

 

ルイズはせっかくヒーラーとしての第一歩を踏み出そうと頑張ったのに、無能な教員のせいでマーキュリーポイズンの腕前ばかりが上達してしまった。パチュリー先生としては、とっても満足しているそうだ。

 

そうしてルイズは文字通り泣きながら、モンモランシー先生の部屋へ逃亡して来たのである。

因みにタバサ先生は、パチュリー先生と同じくらい論外だ。

 

「その身で喰らって覚えた事しか、実戦では役に立たない」

 

とか何とか言って来そうなのだ。

回復を喰らってみるという事は……回復が必要な状態へと強制的に陥らせるという事を意味している。冗談ではない。

 

魔法の腕前や理屈に秀でた専門家よりも、普通に失敗して成功まで漕ぎ着けていそうなメイジの指導が、何よりも求められていた。

 

こうして、ルイズが回復魔法を覚えるのには物凄い苦労を必要とした。モンモランシーの部屋に一ヶ月近くコツコツと通って、漸くものにする事が出来た。

ルイズはその性格に反して、相当に攻撃に特化したメイジである事を証明してしまったのである。

回復魔法の習得が亀の様な進捗を見せる一方で、爆発魔法の呪文解読は順調に進んでいったからである。

 

 




今後はこういう改竄をしないよう、気をつけます。
フーケ編は問題なく進められると思うのですが、恐らく今後の地雷はワルドさんになると思います。
私的には、るろ剣の四乃森蒼紫、スラムダンクの三井寿みたいな感じで行きたいと思っているのですが。ここらへん、どうでしょうか。


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第17話 王都での買い物


漸く、デルフリンガー登場です。
上手く描けている事を願います。


怒涛の一週間が過ぎた、虚無の曜日。

 

「パチュリー、買い物に行きましょう?」

 

「何を買うの?」

 

「この学院の制服。これからも、ミセス・シュブルーズの授業には出たいでしょう?」

 

パチュリーはコクリと頷いた。

 

「あと、コルベールという人の授業にも出てみたいわ。」

 

「……ミスタ・コルベールの授業は、あまり期待しちゃダメよ。いずれにせよ、授業に出るとき用に制服を用意しましょう。いつまでも私服というのは、あまり良くないわよ。」

 

「そのくらいは魔法で用意できるから、わざわざ買う必要は無いわよ。」

 

「気持ちの問題よ。こういうのはね、人から用意されると一回は着てみたくもなるでしょう?」

 

「相変わらず無駄が多いけど……まあ、貴女がその気なら異論は無いわ。行ってらっしゃい。」

 

「…………貴女も来るのよ。」

 

流石にヴァリエール公爵夫人ともなると、いつ如何なる時でもお店の職人を呼びつけるものだが、残念ながらその娘にそこまでの権力はない。

 

ルイズ達は、ブルドンネ街の洋服店を訪れる事にした。

因みに道中の移動手段は、ルイズの得意な乗馬である。勿論パチュリーは嫌々だったので、ルイズが念力で押しまくった。

ついでとばかりに馬も押しまくったので、移動速度が魔法生物並となってしまったが、まあ……細かい事はいいだろう。

 

 

 

 

結論から言うと、パチュリーは洋裁店を訪れる前よりも少しだけ人間らしくなった。

 

店を訪れた瞬間に、貴女それで人間のつもりですかと指摘されたのである。

その店主曰く、人間の身体の左右はサント以下の単位では微妙に異なるはずなのに、パチュリーの容貌はパッと見で分かる程に左右対称だとか。最早、彫刻が服着て歩いているくらい不気味に映ったらしい。

 

こんな事が目測で分かってしまうこの老人は何者かという話なのだが、これを受けてパチュリーは、左右のバランスを微調整した様だ。

ルイズの目には全く分からない変化だったが……それでも、冷たさを感じさせた容貌に温かみが出た様な気がした。

 

採寸の際には、新人さんが悲鳴を上げていたが……まあ、良い経験になった事であろう。何しろ、身長ひとつ測るのに計算が必要になったのだから。頭のてっぺんの高さから、浮遊している高さを控除しなくてはならない。

 

他にもまぁ、体温が摂氏25度だと判明した。採寸の際に違和感を感じた新人さんがパチュリーに尋ねたら、書物の保管に適した体温にしていると答えられたそうだ。

 

 

 

 

そんなこんなで一騒ぎになったパチュリーの採寸が終わると、服自体の受取は後日と相成った。

学院まで届けに来てくれるとか。

 

ルイズは会計だけ済ませて、店を後にしようとし……

妙な張り紙に気がついた。

 

"喋る剣、貸します。

 

介護でお悩みの奥様。

貴女の代わりに一日中話し相手を務める、インテリジェンス・ソードは如何ですか?

本人は、育児も任せろと宣っております。一人前の騎士にして見せると息巻いておりますが、こちらは保証外です。

 

お代は、1日50スウ。

なお、虚無の曜日はメンテナンスのためお休みとなります。"

 

下手くそな文字の隣に、詳細なスケッチが描かれていた。正確な寸法と重量が記載された剣のイラストに、喋れますよという事を強調したいのか、大きな口が付いている。

 

「何よこれ?新手の家具か何か?」

 

「問い合わせ先は、武器屋になってるわよ?」

 

お店の外にまで見送りに来た店主に、聞いてみる事にした。

この珍妙なポスターは、一体、何なのかと。

 

「ああ、チクトンネ街にある武器屋のデルフ君ですな。少々口汚いのですが、なにぶん元気な刀剣でして。私の様な老人達の間では、人気者なのです。」

 

「……いや、意味がわからないんだけど。一応、剣なのよね?切った張ったがウリなんじゃないの?」

 

「はじめはちゃんと、武器として売りに出されていたそうです。けれども口が災いして不良在庫と化した挙句、幾つもの案件を破談にしてしまいまして。怒り心頭に達した店主が、軒先に放り出したのです。」

 

そしたら翌日の昼前には、店先で叫びまくるインテリジェンスソードを、老人達が取り囲んでいたと。とにかくガッツのある剣なので、怒鳴り声を聞いてるだけで元気を貰えるとか。見せもんじゃネンだぞコラァと、剣自体は怒髪天を突く勢いで不機嫌になったが、老人相手にはそこがまたウケた。

気づけば日がな一日、座談会みたいな事をやっていたらしい。

 

店主はこれ幸いとばかりに、福祉用具として売り払ってやろうと顔をニヤつかせた。それはアンマリだと悲鳴を上げるインテリジェンス・ソードを見て、尚のこと有頂天になったのだが……問題は競りの結果だった。

何しろ入札者が後先の心配をしない老人ばかりなので、未収分の軍人年金全額を賭けるだとか息子夫婦の家を質に入れるだとかで、現実的な値段がつかない。

 

結果として、みんなでシェアしようと現在のレンタルサービスが生まれたらしい。因みにタイトな会員制となっているので、借りパクなんて出来る筈もないそうだ。

ルイズは呆れ返った。

 

「はぁ……一体何なのよその下らない顛末は。剣の癖に、老人相手に武勇伝を語ってるの?全く……どーせ口ばっかりのヘッポコなんでしょ?」

 

「どんな小噺をするのかしらね?」

 

「期待するだけ無駄よ。どーせ、有る事無い事織り交ぜたせいで、本人も同じ話は2度と出来ないわよ。」

 

「その点は、実際に確かめてみましょうか。」

 

「ええ?!」

 

「ここでアレコレ言ってても、仕方がないでしょう?」

 

「まあ、それはそうだけど。」

 

コレは珍しい。パチュリーが積極的な姿勢を見せるとは。

ルイズは気を取り直した。

 

「それでは、拝聴と洒落込みましょうかね?ちょうど、今日は虚無の曜日だし。武器屋にいるんでしょう?」

 

「その筈で御座います。」

 

 

 

 

そうしてすんなりと武器屋に向か……えなかった。

 

その軒先で、足留めを食ったのだ。大勢とまてでは行かないが、それなりの人だかりが出来上がっている。この平均年齢が、これまた異常に高い。本来、家の中で大人しくしているべき老人達である。

ご丁寧に、折りたたみ式の椅子まで用意している。用意の良い事だ。

 

その座の中心には、件の刀剣と思しき一振りがいた。

 

「デルちゃんや、聞いておくれよ……ウチの孫がのう」

 

「だっからその、ちゃん付けを止めろって言ってんだよ!一端に長生き気取んじゃねー!オレが一体、アンタの何十倍生きてると思ってんだ!パイセンは敬えや!」

 

「フォッフォッ、デルちゃんはいつも元気でええのう。それで、ジャンの奴がのう……」

 

「だからやめろって!オメーのつまんねー泣き言なんざ、聞きたくもねーよ!アンタまだ、70ちょっとだろ?!シャキッとしろよ!オレがアンタくらいの頃は、もうバリッバリでヤリまくってたぞ!」

 

「どれどれ、その話を聞かせてくれんかのう?」

 

「おーよ!何しろそん時の相棒は、スンゲー奴でな!……………ヤッベェ、何て名前だったっけ……」

 

「ああ、ワシも最近、それよくあるのじゃ。何とかならんもんかのう?」

 

「アンタもかい。ワシもそれで、息子から偉そうに吠えられてのう、困っとるんじゃよ。」

 

「デルちゃんみたいな長生きさんなら、無理もない事じゃて。気にするこたぁない、ゆっくり思い出しなされ。なに、時間はたっぷりあるんじゃ。」

 

「はっ!お前らと一緒にすんなや!このデルフリンガー様に、不可能はねーぜ!こんなもん、気合いだ、気合い!気合があれば、何でもできる!スパーっと思い出したらあ!」

 

この光景を目にしたルイズは、口から砂を吐きそうになっていた。

 

「何なのよあの、下品な錆びっ錆びの剣は。おまけに痴呆が来てるなんて、恥ずかしくないのかしら?」

 

「興味深いわね。データ自体は失っても、ログは残ってるみたい。」

 

「……外れると分かっている期待をするのは、いい加減に止しなさいよ?」

 

はじめっから見下しにかかるルイズに対して、パチュリーは何処までも興味津々だった。

それどころか……眺めているだけに留まらず、フヨフヨと人垣を飛び越えて刀剣の真上から話しかけ始めた。

 

仕方がないので、ルイズも後に続いた。

あまり口を出すつもりはないが、放置も出来ないから面倒臭い。

 

「貴方、どのくらい長生きなの?」

 

「ザッと見積もっても、6,000年は下らねーな!って……何でい紫娘。アンタ、メイジか?」

 

「魔法使いよ。ところでその記憶、自力で思い出せないようなら私が少し手伝うわ。」

 

「ハッ、やめてくれ!思い出せないんなら、それだけの記憶ってこったい!オレは、今を生きるんだよ!」

 

「スパーっと思い出すんじゃなかったの?」

 

パチュリーはそう言って、錆びた刀身をなぞり始めた。

 

人差し指の腹で、スッと一撫で。

それだけで、刀剣にこびりついた赤錆がボロボロと剥がれ落ちた。

 

この光景に周囲はおやおやと色めき立ったが、ルイズだけは顔をしかめていた。

 

「うっわ、バッチぃ。それって人間にしてみれば、垢みたいなもんでしょう?パチュリー、ちゃんと手を洗っておきなさいよ?」

 

因みに、非生物に魔力を分け与えるという高等技術に関しては……今更なのでいちいち驚く気にもなれなかった。

 

「誰が不潔だこの、チビピンク!外野は黙ってろい!」

 

「……生意気な剣ね。」

 

ルイズはスッと目を細めると、解析が済んだ所までの爆発呪文を使ってぶっ壊してやろうかと思い……弁償させられるだけだと思い止まった。

そうこうする間にも、その剣はまるで伝説の一振りかの様な輝きを取り戻していった。

 

「おい、マジか!クッソ!そうだ、そうだった!オレ様ってば、すっかり忘れちまってたぜ!そうだよ!コレがオレの本当の姿だよ!余りにもくだらねー奴らばっかだったんで、忘れとったい‼︎おい、ありがとな、紫パジャマ!」

 

「それで、取り戻したのは外見だけ?」

 

在りし日の輝きを取り戻したデルちゃんことデルフリンガーは有頂天になり……激しく落ち込んだ。

 

「おっしゃ、目ん玉かっぽじってよく見とけよ紫メイジ‼︎コレでまた心踊る戦場に舞い戻っ……って、使い手がいねーんじゃ、どーしよーもねーだろが!剣だけでどーしろってんだよ!」

 

「貴方は、剣士と一緒じゃないと力を発揮出来ないの?」

 

「あったりめーだろーが!アンタらメイジも杖がないとそうだろ……って、アンタは違うみたいだな。いや、よくよく見ると、そこのピンクもチョッと違うじゃねーか?!一体どういう事だ、コレは?!アンタらエルフなのか?!この国は、一体いつから占領されちまってたんだ?!何てこったい!」

 

「……まぁ、安心なさい。私たちはエルフではないし、その状態の貴方なら、いずれ良い買い手がつくでしょう。」

 

パチュリーはそう言うと興味をなくしたのか、その場でそそくさと本を読み始めてしまった。デルフリンガーの必死の訴えも、何処吹く風である。

 

「おいおい、アンタ!そいつぁねーだろ?!やるだけやって、興味失ったらハイさよならかよ?!オレに相応しい相手に心当たりとか、そういうのないのかよ?!」

 

これに関しては、ご老体たちがデルフリンガーの援護に回った。

さすがに人を見る目があるので、パチュリーにではなくルイズに向けて、次々と嘆願して来たのである。

 

「ピンクちゃんや、何とかならんかのう?」

 

「デルちゃんはのう、お相手をずっと待っとっるんじゃよ。」

 

「なかなかいいのが現れないからと、少々不貞腐れておるがのう。」

 

「……結局こうやって、私にお鉢が回って来るのよね。分かってたわよ、もう!」

 

ご老体にこうも言われては、平民だろオマエラなんて事は言いたくもなくなってしまう。ルイズは、うえーっという顔をしながらも、デルフリンガーを念力で持ち上げた。

 

「貴方にその気があるなら、魔法学院の衛兵さんを紹介してあげても良いわよ?」

 

「ふざっけんな!そんなどこの誰とも知れん有象無象に渡されるくらいなら、いっその事、ここで錆び剣やってる方がマシだぜ!」

 

「……何なのその、クダ巻いた失業者みたいな言い分は。」

 

ルイズはムカッ腹が立った。

せっかく斡旋してあげようと思ったのに、この態度は酷いだろう。まぁ……相手は剣なので、礼儀など知らなくて当然なのだが。

仕方がないので、ルイズは老人達に話を振った。

 

「誰か、知り合いに腕の立つ人とかいないの?……まあ、いるんならとっくに紹介してると思うけど。」

 

「ああ、それならアニちゃんが……」

 

「いやいや、あの子に今のデルちゃん渡したら……」

 

「マズイのう……」

 

心当たりはあるらしい。だったらその人に……と思ったが、絶対ダメだと言われてしまった。

アニエスという、凄腕の女流剣士だそうな。

幼い頃から、剣の道だけをひた走って来た様な人らしい。銃まで扱えるとか。

 

そりゃダメだ、こんな駄剣を渡したら、その場で叩き折ってしまうだろう。……ルイズには分かるのだ。こんな見てくれと口だけの剣が、一流の人に相手して貰える筈が無いと。

 

……いい加減に面倒臭くなってきた。

 

「アンタ、喋る事と見た目以外にアピールポイント無いの?剣にはどう考えても、不要な機能なんだけど!」

 

「うるさい!小娘が偉そうなこと言うな!」

 

「アンタねぇ……」

 

コレはダメだ、荒療治が必要である。

 

ルイズはそうして、最近メキメキと上達している念力魔法の新技を試す事にした。柄の部分をしっかり固定して、剣先にそれ以上の圧力をかけるのである。

まあ、そのまま行けば折れてしまうだろうが……その手前で収めて脅しをかけるくらいは、問題ないと判断したのである。

 

「ちょっとは身の程を知りなさいよ、この駄剣!」

 

「うぐっ、何しやがる!このチビピンク!グギギ……」

 

デルフリンガーは暫くそうして呻いていたが、ある瞬間からフッと静かになった。

やり過ぎたかな?と思ったルイズだったが……妙な感覚を覚えていた。

 

そして……

 

「ハーッハッハ!バカめ!オレ様、思い出しちゃったもんねー!そのくらいのチャチな魔法なんざ、屁でもねーわ!おらおら、どうした?!それで終いか?!」

 

「そんなバカな……」

 

ルイズは目を見張った。先程からの違和感は、気のせいではなかった様だ。

刀身部分に掛けていた念力魔法が、吸収されたらしい。

 

そんな事が出来る剣なんて、聞いた事もない。パチュリーのさっきの技で、こんな事まで思い出していたとしたら……この剣ひょっとして、とんでもない業物である。

 

「パチュリー!こいつ、ちょっと変よ?!」

 

「何処が?」

 

「魔法が効かないの!」

 

「……ああ、それ?」

 

因みにパチュリーは、この会話の最中も本から目を離していない。立ち読みならぬ路上読みをしているだけあって、流石に返答すらしないという訳ではないが……素っ気ないものである。

 

「だからどうしたの?」

 

「いや、だからどうしたって……コイツ、私達の天敵じゃない!メイジ殺しの手に渡ったら、おっそろしい事になるわよ?!」

 

「そうは思えないけど。」

 

「な、何でこういう時だけ呑気なのよ……」

 

「さっきの感触だと、限界があるみたいだから。そこまでの脅威にはならないわよ。」

 

ルイズとパチュリーがそんな言葉を交わしていると、デルフリンガーが絶好調なまま、まくし立てて来た。

 

「おい、オメーラ!何をこそこそ言ってやがる!逃げ出す算段かぁ?!限界がどーした?!そんなのブッ千切るのが男ってもんだろうが?!やれるもんならやってみやがれ!」

 

「……エオ。」

 

ルイズはいい加減に我慢の限界が来て、解析を終えた爆発呪文を唱えた。するとデルフリンガーの元でスイカ大の光球が生まれ、弾けた。

 

「うわっトォ?!不意打ちたぁ、姑息な真似するじゃね〜か、チビめ!体積とおなじくらい、貧相な野郎だぜ!」

 

何と。

念力だけ吸収出来るとかではなく、爆発まで吸収できるらしい。

 

ルイズはこの事実に驚くとともに、ニヤリとした。

 

これはこれは、なかなか面白い試金石を得たものである。ちょうどこの爆破呪文に関して、確かめたい事があったのだ。

改めて杖を握り直し、意識を集中する。

 

「それじゃあ遠慮なく行くわよ……エオル!」

 

「はーっはっ!呪文の長さを変えただけの同じ魔法が、このオレに通用するか‼︎……って、イッテェな!威力が上がったぞ?!いやちょっと待てや?!呪文の長さで威力が変わる魔法って、覚えがあるような気が……」

 

「エオルー!」

 

「プオッ!クソッ、マジいてぇぞコラァ!……てめー、こっちがやり返せないからって、チョーシこいてんじゃ……」

 

「エオルース!」

 

「うわっ、バカやめろそれ以上はマジでやば………くないぜ。何だよ、ビビらせやがって!今度は威力が下がったぞ?!お前、一体何者なんだよ?!」

 

「パチュリー、今の聞いてた?!やっぱり私の言ってた通りだったじゃない?!どっちも間違ってないのに『エオルー』までは威力が上がって、『エオルース』では威力が下がる……っていうことは、『エオルー・ス』って区切るのが正解なのよ!」

 

「どちらでもいいわよそんな、終わりの見えない呪文。一小節で終わらないって、全部唱えるのに何分掛ければ気が済むのよ。それよりマーキュリーポイズンの方が余程…」

 

「あんなエグい魔法を使ってたら、私の精神が参っちゃうわよ!それより見なさいこの、絶妙なコントロールを!この駄剣以外には命中させない、正しく的確な制御‼︎ちょっとくらい褒めてくれても、いいのよ?良いのよ??」

 

「やい、オマエラ、オレ様を無視するんじゃねー‼︎勝手に盛り上がりやがって!何なんだよ、オイ?!」

 

ちょっと舞い上がってしまったルイズは、コホンと咳払いをした。

確かに、傍で聞いているだけでは分かりずらい事だろう。ここは一つ、無知な駄剣に教えを説いてやるというのも一興だ。

 

「実は今、未知の魔法を解析中でね?魔道書がないから、手探りで片っ端から発音して試しているのよ。アンタの能力のお陰で、『エオルー・ス』が正しい唱え方だと分かったわ。どうもありがと!」

 

「オマエもパジャマも、さっきっから自己解決してばっかじゃねーかよ?!メイジってのは本当に、自分勝手な奴等ばっかだな?!」

 

「ちょっと、パチュリーと一緒にしないでよ。」

 

「いきなり人様に魔法ブッ放すヤンキーが、何を上品ぶってやがる!……まぁ、オレ様は剣だけどな。」

 

「ちょっ……アンタこそ見ず知らずの私達に剣士を紹介しろだの、さんざっぱら好き放題言っておいて、そいつぁ無いでしょう?!」

 

ルイズは至極真っ当なことを言ったが……このときデルフリンガーにとって、思いもかけぬ援軍が現れた。

忘れがちな事であったが、ここは彼のホームグラウンドなのだ。

その場に、1人の少年が訪れたのである。

 

「あーー、デルフだーー!デルフがギッラギラになって、マブいチャンネーはべらしてるーー‼︎」

 

「……ちっ、たくよぉ……今日は千客万来だな。バカ言ってんじゃねーよ‼︎ジョニー坊!こんなチンクシャなガキ、オンナとは呼べねー!ちったあ見る目養ってから物を言え‼︎つか、その前に剣を振れ‼︎剣振ってオトコ磨いて、腕一本でのし上がんだよ!オンナ語ったり腰を振るのは、そっからだぜ‼︎」

 

「剣ならこれから、振りに行くよ!これからお稽古なんだーー!」

 

「ならいい、サッサと練習して来い!」

 

「うん!頑張るよーー‼︎先生がマジでマブいんだーーー!」

 

「……マジかよ、師匠がオンナなのかよ……ええい!剣士に性別は関係ねー!強い奴なら誰だっていーんだ!まずはソイツから、一本取って来い!そしたらオレを、振らしてやんよ‼︎」

 

「ホントに?!」

 

「おーよ!オトコに二言はねーー!オレは剣だけどな!忘れっぽいからそうなる前に、サッサと腕を上げて来い!」

 

「うん!じゃーねー!」

 

この会話を聞いていたルイズは、あまりの酷い内容に目眩を覚えた。

そう言えば、確かに?あのポスターには介護だけでなく、育児向けの宣伝文句も書かれていた。

しっかしまぁ……こんな下品な情操教育が、あって堪るものか。言葉遣いからして、汚染されてしまっているではないか。

 

ルイズがこの様に感じた出来事を、パチュリーは全く別な角度から見ていた。

 

「貴方まさか今みたいにして、自分に相応しい剣士を育てるつもりなの?」

 

「ケッ、バカなこと言ってんじゃねー。剣の道はな、魔法とは比べもんにならねーくらい険しいんだよ。一朝一夕に身につくなら、苦労はしねーさ。」

 

「……それでも貴方の生きてきた時間に比べれば、一瞬よね?」

 

「……はっ、よせやい。そんな地道な事する真面目クンに見えるか?」

 

「全く見えないけど、そんな気分なんでしょう、今?私もルイズから外に引っ張り出されて、妙な事してるもの。貴方も武器屋の外に出て、少し変わったんじゃないの?」

 

これはまた、変なところで引き合いに出してくれる。

ルイズは顔を歪めた。

 

「パチュリーの言う通りだったとして…まぁ、何とも気長な話よね……」

 

「……オレ様が一体、どのくらい待ったと思ってる。6,000年だぞ、6,000年。初代以外にただの1人も、このオレを満足させてくれる様な奴は現れなかった……どいつもこいつも、腕ばっかだった。憎しみとか怨みとか、挙句には無心だとかのツマンネー感情で、このオレを振り回しやがって……あの青臭いガキに使われる方が、まだマシってもんだぜ。このままデカくなって冒険者にでもなるってんなら、喜んで手ぇ貸してやるよ。」

 

「あっきれた、意外と本気なんじゃない。」

 

「……嗤うなら嗤えよ、チビ。……ちっくしょう、何でこんなダセー事しちまってんだよ、オレは。マジでガラじゃねーよ、かっこわりぃ。」

 

ルイズはそう言いつつも今、この剣をちょっぴり見直していた。

 

都会でヤンチャしてたアンちゃんが、故郷の田舎でブツクサ言いながら不器用な事してる。そんな感じだ。

こんなことを続けていたら、これだけの老人達が集まるというのも頷ける。

 

何だかいい話に思えて来た。

 

そう思ったときの事である。

 

「ガラにもないことしてるのは、今に始まった事ではなさそうよね。」

 

パチュリーがダメ出しを始めた。まあ……何か考えがあるのだろうが。あいも変わらず、空気を読んでくれない人だ。

 

「はっ、コイツァ手厳しいな。どういうこったい、パジャマ。」

 

「貴方は剣なのでしょう?さっきはルイズに、随分と防御力の自慢をしていたわよね?それは本来、盾の役割じゃないの?」

 

「ハッ、うるせーよメイジ如きが。知った風な口きくなや。」

 

「魔法使いでも分かる事よ、攻防一体の魔法なんて存在しないから。そんな中途半端な小技は、専門に特化した魔法に悉く淘汰されて来たのでしょう。貴方は、その道を歩もうとしている様に見えるわ。」

 

「御高説、どうもありがとよ。それで?何か問題あんのか?オレの勝手だろ、放っておいてくれや。」

 

「貴方は剣士と2人で一つなのでしょう?そんな事では、仮に貴方の見込み通りな剣士が現れても、限界が来るわよ。その子と力を合わせても吸収し切れない魔法と直面したとき。貴方は先ほどの様に、盾の真似事をし続けるのでしょうね。」

 

「……さっきっから何が言いたいんだよ、小娘。」

 

「貴方は戦いたいのではなく、死にたがっている様に見えるわ。」

 

その瞬間、その剣の周囲の空気が変わり始めた。

 

「……今のはちょっと、頂けねーな。何だいそりゃ?オレが、何かから逃げてるとでも?」

 

「私の故郷で最近起きた大戦では、戦場帰りの兵士達がシェルショックというのに悩まされたそうでね。端的に言って、終戦後も戦場の記憶に苛まれているの。貴方もおそらくそうなのでしょう。何か耐え難い記憶があって、それを自ら封じて。それでも漏れ出して来る過去に、現在を縛られているのよ。」

 

「こいつぁおでれーた、アンタ、メイジじゃなかったのかよ!おもしれえ、心のお医者様か何かかい?…………もっとはっきり、バカなオレにも分かる様に言ってくれや。」

 

「貴方きっと昔、殺したくない人を殺してしまっているのよ。だから、攻撃とは無縁な力を誇ったりするのでしょう。自分からレゾンデートルを否定しているわ。貴方は剣でしょう?攻撃の象徴が、防御を誇ってどうするの?」

 

「うるせぇ………」

 

デルフリンガーはこの様に静かに呟いた後、最大級に喚き散らし始めた。

側で見ていたルイズには、何となく分かった。パチュリーの言葉の中に、この剣にとっての禁句があったのだろう。

全く……よりにもやって、剣と口論するとは。どこまでも斜め上な事をしてくれるものだ。

 

「っるっせえんだよ、小娘!剣が守って、何か問題あんのかよ?!いーじゃねーか別に?!戦場じゃ、盾でブン殴って叩き殺すアホだっているんだ!一本くらい守る為の剣があったって、太陽は西から昇りゃしねーだろ!

 

オレはよ、確かに人殺しの道具だよ!

けどな?

使い手によっちゃあ、違う様に使ってくれるかもしんねーだろ?殺されたくない、だけど殺したくもないとか、そんな青臭くて甘ちゃんなヤツがいるかもしんねーだろーが?!オレはそんなバカヤローと一緒に、一世一代の大バカやりてーんだよ!」

 

「何を下らないことを……」

 

「テメーのモノサシで語るな!オレはな、テメーの言う下らね〜事を下らね〜とは、微塵も思っちゃいね〜ぞ!下らなさ上等だ!それがオメーラ人間ってもんだろが?!

 

シケたツラして、冷めた理屈に逃げ込むなよ?!人間なら人間らしく、矛盾した行動しろ!足掻けよ‼︎泥にまみれてみろ!

 

オレはな、コロシの為じゃなく、守る為に……救う為に使って欲しいんだよ!そりゃ、こんな事オレでもイカれてると思ってるよ?!

でもな、だからこそ縋りたいんだよ!

コイツは、オレの夢なんだ!

 

いつかきっと、戦う覚悟すらね〜究極のバカが、オレのことを必要としてくれる。そいつと一緒に、マジで夢物語みてーな戦いをするんだ!

万の敵に囲まれて、それでも誰一人殺さずに生き延びるとか、そういうどーしよーもなく無謀な戦いがしてーんだ!足りない頭使って、どーやったら敵も味方も殺さずに勝つかとか、そういう甘い夢で悩みそ覆い尽くしてーんだよ!殺す為じゃなく、守る為の戦いをしたい!その為なら、こんな命惜しくねーよ!」

 

「惜しいとか惜しくない以前の問題として、確実に命がないわよね、そんな戦い方をしては。」

 

「聞けよ、魔法使い!

テメーみたいな冷めた事言う奴は、だいたい同じ事するんだ!難しい理屈つけて、戦争おっ始めるんだよ!言う事だけ立派で、殲滅とか焦土とか、下品な事を平然とやりやがる!そんな事にオレはもう、ウンザリなんだ!

 

なるほど確かにアンタは、頭良くて技術もあるんだろーよ?けどな、そんな奴は剣士にだってゴマンといるんだ!そういう奴は、心がねぇと相場が決まってる!シケたツラして、何でも計算づくでやろうとしやがる!それか、どっかぶっ壊れてやがんだ!憎悪とかに凝り固まって、下品な事ばっかしやがる!そういうの、マジで興醒めだぜ!そんな奴に握られてると、コッチまで萎えて来るんだ!

 

オレの使い手たるバカヤローに、そんな高尚な理屈は必要ねー!

腕っ節や技術なんて、後からどーとでもなるんだよ!このオレを、そんな低レベルなもので振ってくれるな!心で振ってみろ!」

 

「あっきれた……究極の精神論者ね。」

 

「おーよ、何かモンクあんのか。」

 

この一部始終を観客として聞いていたルイズは、呆れ返っていた。

 

てっきりガテン系のバカ剣だと思っていたが……パチュリー相手にここまで舌戦交わせる様な相手が、そんな筈はない。実はオツムの中味も、かなりイケているのでは。

 

いや、そんなのどうでもいい。単純に、こんなヤツが本当に苦しい時に側にいてくれたら、それだけで心強いだろう。そんな風に思えた。何で武器に口がついているのか、その理由がちょっとだけ分かった様な気がしたのである。

 

そこまで考えたルイズは、よしと心を決めた。

 

「気に入ったわ!」

 

その一言は、その場の老人たちの視線をも集めた。パチュリーは完全に呆れ返って、そしてデルフリンガーは……そもそも目がないのに、どうやってこれまで視覚情報を得ていたのだろうか?

 

「その心意気や良し!アンタは、私が買いましょう!」

 

「……ば、バッキャロー!てめ、ど〜見てもい〜とこの嬢ちゃんだろーが!フォークとナイフより重いもの持った事があんのかよ?!」

 

「そ、そのくらいあるわよ?!学院に引っ越して来るとき、鞄が重くて大変だったんだから!」

 

「そーゆー話じゃねーよ?!武器を扱えもしないのに、オレを買うたあどういう心算だ?!」

 

「……な、投げつける武器として?」

 

「喧嘩売ってんのかこのチビピンク!」

 

ルイズはムゥと唸った。

念力で柄の部分を握って、ブン投げてあげればそれだけでメイジにとっては恐ろしい攻撃となるのに。この思いつきは、理解して貰えないらしい。

 

すると。

 

「いっそのこと、透明人間に振って貰うのはどうかしら?」

 

パチュリーが意味不明な事を言いだした。

 

「透明…何それ?」

 

「私の故郷の作家が、そういう本を書いたのよ。文字通り、透明で見えない人。」

 

「す、凄いメイジがいるのね……」

 

「実在はしないわ、小説だから。まあでもこの場合、透明人間が扱ってるっていう事にして。貴女がそれっぽく操りなさいよ。いい練習になるでしょう?」

 

「つ、つまりは嘘をつけと?」

 

「モノは言い様よ、バレない様に頑張りなさい。それに、そうした奇想天外な護衛がついていると思わせる事が出来れば、貴女に余計なチョッカイを掛けて来る人も減るでしょう。」

 

「な、成る程。」

 

「ナルホドじゃね〜〜よ!オレをこんな、剣術のイロハも知らねーどころか、剣を握った事もないような小娘に魔法で扱わせるだと?!冗談も程々にしろ!」

 

ルイズはこれに関しては、プランがあったのでそれを伝えてあげる事にした。

 

「まあまあ、ちょっとの辛抱よ。どうせそのうち、貴方の真価に気づいた人が、譲って欲しいと言いに来るわよ。」

 

「それは一体、何時になるんだよ?!相続の時とか言うんじゃないだろうな?!」

 

「私はこれでも、それなりの家の娘だから。それとなく宣伝してあげれば、それはもうイッパツよ。」

 

「フザッケんな!貴族のボンボンに譲られるくらいなら、いっそこの場で殺せ!」

 

「だから、そんなヒドイ事にはならないわよ。うちの領軍だけでも、それなりの数の兵隊さんがいるから。そうした人たちに、声を掛けてあげるだけだもの。悪いようにするつもりは無いのよ?さっきのジョン君だっけ、あの子に期待を掛けてあげるのも良いけれど。私と一緒に来れば、良い剣士が見つかる可能性はより広がる筈よ?」

 

「く……苦しいとこ突いて来るじゃねーかよ。」

 

こうしてルイズは、デルフリンガーを購入するために店の中に入り、店主と交渉した。値段は、レンタルサービスの平均月商10エキューの約8年分に相当する、100エキューとなった。

 

本当は10年分としたかったそうだが、そこはルイズが知恵を働かせた。

そもそもこの武器屋は、物販業でしょうと。動産賃貸業の認可はちゃんと得ているのかと問い詰めたら、店主は青くなっていた。売上はキチンと申告していたそうなので、そこまで慌てる事はないと思ったが……まあ、これも社会勉強だろう。

 

ついでに、肩止め式の鞘もオマケして貰えた。

本当は鞘など必要ないのだが、一応は透明人間が使っているという設定がある以上、不要だというわけにもいくまい。

 

因みにデルフリンガーには、チクトンネ街に毎月顔を出す約束をさせられた。ご老人達や少年達も、彼の出世を惜しんでいた。この街区にこれだけの太いパイプが持てたと考えれば、破格の買い物であった。

 

こうして、意気揚々と魔法学院に帰ったルイズは……パチュリーと相談を重ねた。はじめから、やる事は決まっていた。

 

デルフリンガーには、吸収すること以外の能力を身につけて貰う。

七曜の魔女にはもう、その算段がついている様だった。

 

 





当初はこの話の中で、デルフリンガーもパワーアップする予定でした。なかなか難しかったです。


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第18話 心の震え

お待たせ致しました。いつもは粗く書き終えた翌日には、改良案がバンバン浮かんで来るのですが……今回はそれが全然無くて、かなり自信ないです。

前話で書き切れなかったデルフの受難は、3節目です。
1節目はルイズが、2節目ではシエスタ達が苦労します。

どうぞよろしくお願いします。


正式にデルフリンガーの持ち主となったルイズは、彼を透明人間として偽装するのに四苦八苦していた。

ルイズは念力魔法を使って何とかそれっぽく見せかけようとしたのだが……パチュリーが待ったをかけたのである。

 

七曜の魔女が提案したことは、極めてシンプルだった。

無ければ作る。

空想の中にしか居ない存在ならば、魔法で顕現させて仕舞えば良い。そして実際に、それっぽいものが出来上がってしまった。

 

「……ナニコレ。」

 

「透明な人型。」

 

「……そんなの、見れば分かるわよ。私が知りたいのはね、何でこんな、無駄に迫力があるのかって事よ。透明になった意味ないじゃない。」

 

「こっちの方が、示威効果あるでしょう?」

 

「……そうかもしれないけど……コレはちょっと…」

 

今、ルイズの目の前に居る存在は……悪夢に出てきそうな奴だった。

透明な液体が人型を象って、無言で佇んでいる。まるで、どこぞの狩猟型宇宙人が、クローキングデバイスを用いた様な有様になっていた。

 

透明な癖して、違和感がハンパないのだ。見えない事で逆に、存在を主張してくる。隠れるならきちんと、ひっそりしてもらいたい。

 

「ところでこれは一体、どうやったの?」

 

「系統魔法。土と水のラインスペルね。」

 

パチュリー曰く、通常の水よりも遥かに粘性があって、打撃したり剣を振るったりも出来るそうだ。

何だそれ、最早水とは程遠いではないか。

 

「お願いだから、さり気なく新しい魔法を作らないでよ。というよりも……精霊魔法じゃないのね。」

 

「土克水と言って、精霊魔法の枠組みではこの組合せ方は難しいのよ。」

 

「ああ、そう言えば……精霊魔法は強力なかわりに自由度が低いのよね。……それで、コレを操ってデルフリンガーを振れと?」

 

「ち、ちょっと待てや!こんな薄気味悪ぃ〜〜奴に握られんのかよ、オレ様‼︎ 勘弁してくれ!」

 

パチュリーが脅威の技術を発揮して作り出した水人間は結局、デルフリンガーですら薄気味悪がった。

ルイズも、こんな気持ち悪いやつを操るために練習を重ねたくはない。せっかくだが却下の流れとなった。パチュリーは特に何の感慨も覚えていないようで、その幽霊みたいなやつを消し去ってしまった。

 

「……あんまりにもオッデレータもんで、開いた口が塞がんねーぞ。一体どーなってんだよ?いつの間にメイジは、こんな風に何でもアリなことになっちまったんだ?」

 

「この子を基準に考えない方がいいわよ。それに、まだまだこのくらいは、序の口だから。」

 

「……オメーも苦労してんだな、チビピンク。」

 

さて、こうなると。

ルイズがなんとかするしかない。

 

難題である。

普通に念力を使ってスススーと移動させてしまっては、何者かが剣を操っている事はバレバレなのだ。そうは見えぬよう、実際に一歩一歩、背負って歩きながら剣や鞘の動き方をよく観察し。上下動や歩幅などを、それらしく偽装せねばならなかった。

 

何とかそれなりに見える様になるまで、半日以上の時間を要した。

 

「貴女はやはり、妙なところで器用な事をしてくれるわね。」

 

パチュリーにそう言われて、ルイズは彼女の性格を改めて思い知らされた。

透明人間をつくっておいてこの言い様とは、ともすれば完全な嫌味であるが……彼女にそんなつもりは微塵もないのだ。

この魔女は本当に、現状を何とかやりくりして、工夫するという発想に乏しい。というか、持ち合わせていない。壊れた家具とかは、絶対直したりしないタイプだろう。欠点を克服した新品を作ってしまった方が、彼女にとっては手取り早いのである。

 

しかし、逆に捉えると、である。

思わぬ褒められ方をしたルイズは、破顔した。

 

「ところで私のこの念力は、貴女の目から見てどう?結構進歩して来たでしょう?」

 

「その件に関しては現在、仮説を検証中なの。まだ告げるべき段階にないわ。」

 

「何よ、水臭い。勿体ぶらずに教えてよ。」

 

「やめとけって、チビピンク。今の段階で評価を気にして、どうするよ。」

 

このときデルフリンガーが、口を挟んだ。

そしてルイズは、100%褒められる事しか頭なかった。

 

「何よ、慢心なんてしないわよ。」

 

「あ〜〜、オレが言ってるのはそうではなくてね?………ま、好きにしな。」

 

デルフリンガーはこの後何が起こるか分かっているかの様な事を口にし、そして黙った。

そしてパチュリーはいつもと同じ様に無表情なまま、しかし何処となく真剣な眼差しをして問いかけてきた。

 

「魔法を定義してみて。」

 

「……いきなりスゴイ話になったわね……考えた事もないわよ。」

 

「無から有を作り出す事。私はこの括り方から、今一歩先に進めないでいるの。」

 

「貴女にも悩みがあるなんて、意外ね。ところでそれが今の話と、どう繋がるの?」

 

「貴女の使える魔法の殆どが、魔法とは呼べないの。」

 

「……え?」

 

ルイズは余りにも予想外な言葉に、声を失った。何を言われているのか分かっていたが、実感が湧かなかったのである。

この時デルフリンガーに顔があったら、それ見た事かと言わんばかりの表情をしていたに違いない。

 

「右にあるものを左に動かしたり、既にある光を増幅したり、鍵をかけたり外したりするだけ。貴女の得意とするコモンマジックには、創造の要素がないのよ。所謂、児戯ね。挙句にあの爆発魔法に至っては、真逆な事しか出来ないときているわ。」

 

「……そ、そんな……」

 

ルイズはこの時、両の拳を握りしめていた。一瞬で真っ白になった頭の中には、荒々しい言葉が舞っていた。

 

こんな……こんな事を言わせておいて良いのか、ルイズ?ヴァリエール家の三女として、一人のメイジとして、こんな屈辱は受け入れてはならぬだろう。

これまでの必死の研鑽が、にべもなく否定されたのだ。今の言葉は即刻、力付くでも撤回させるべきだ。

 

しかし何故かこの時、彼女を包んだ怒りは一瞬で消え去ってしまった。かわりに訪れたのは、奇妙な頭の冴えである。

 

「それでも貴女は、私の魔法を否定しないのね。何故?」

 

「これまで通りに一段階劣ったものとして切り捨てるには、貴女の念力は成長し過ぎているのよ。この間は力づくとはいえ、魔法を弾き返して見せたわよね?こんなに大きな穴が空いた定義など、役に立たないわ。もっと広く、捉え直すべきなのよ。」

 

「私の為にそこまで……って事はないわよね。私を異常値扱いすれば済む話だもの。まさかとは思うけど貴女………」

 

「私も再現できてしまう以上、そうもいかないのよ。このまま放置すると終いには、自分が何によって成り立っているのか分からなくなってしまうわ。」

 

ルイズは唇を引き攣らせた。

薄々とは感じていた事だ。やはり……これまでルイズが必死で身につけてきた技術の全てが、尽く再現可能らしい。この口振りでは既に、爆発魔法すら完璧にコピーされていると見ていいだろう。

 

要するに、ルイズがコモンマジックや爆発を工夫して使えば使うほどパチュリーも成長してしまい……膨れ上がった領域を定義し切れなくなっているという事か。

そんなこと、知らないよ。完全に自業自得ではないか。

 

いや、事はそれだけに止まらない。

今のパチュリーは……ともすれば微笑みそうなくらい楽しげに見えた。

 

「貴女ね……私の技術を立ち読み感覚で掻っ攫った挙句、その結果自分を見失いかけてりゃ、世話ないわよ。何でそんなに、嬉しそうなの?」

 

「磐石だと思っていた命題が一解釈に成り下がるのは、進化の証よ。今から思えば貴女に召喚魔法を使われた時点で、定義の再構築に取り組むべきだったわ。」

 

「………私の心に負わせた傷には、ノーコメントな訳ね?」

 

「?妙な言いがかりはよしてくれない?人が真面目に話していたのに、失礼しちゃうわ。」

 

言いたい放題言った挙句、再び読書に戻ったパチュリーに……ルイズはもう、何も言う気になれなかった。

いつか絶対に、吠え面かかせてやると心に誓って……それは大変な目標だなぁと苦笑いを浮かべるのであった。

 

「今の話の流れで傷ついた私は、自意識過剰な未熟者なのかしら。貴方はどう思う、デルフリンガー?」

 

「少なくともオメーさん、巷に蔓延ってるブリミル教の坊主よりも余っ程、高尚なこと言ってるよ。平然と聞き流せるようになった暁には、メイジなんてやめて新たな宗教興すことをオススメするぜ。」

 

「……まぁ、受け流せば良いってもんじゃあないわよね。メイジとしてどう向き合うか、それが問題ね。」

 

この時を境にルイズは、少しずつ自分の方向性というものを探り始める事になった。

それが最終的に明確な指針となるには、フリッグの舞踏会での事となるが……

 

デルフリンガーはそんなルイズを、実在しない目で生暖かく見つめていた。

 

 

 

 

 

**************************************************************************

 

 

 

 

 

 

兎にも角にも、姑息な偽装工作の準備は着々と進んだ。

デルフリンガーは、透明人間というアイディアにノリノリだった。元より、こうした突拍子もない話には目がないと見える。

 

そうして打ち合わせがひと段落したときに、廊下からシエスタ達の声が響いてきた。以前にルイズが室内で癇癪を起こして以来、建てつけが悪くなってしまったのだろう。会話が漏れ聞こえて来るのだ。

 

「はばかりさん。」

 

「おおきに。」

 

……いや、ちょっと待って欲しい。

何の暗号だコレは?

確かにシエスタ達の声がするのだが、何を言っているのか分からない。

 

そのくせ妙に上品で、ニュアンスだけは伝わって来た。

 

「こちらこそ、どうもおおきに………?こういうときは、あてこそおおきに、なんでしょうか?」

 

「フフフ、不勉強ね、シエスタ。『あて』って言うのは、町娘の言葉だそうよ。お嬢様は”私”でいいんだって。」

 

「ええ〜〜、何でそんな事知ってるんですか、ジェシーさん?」

 

「教えて貰ったのよ、掃除のとき。」

 

「こっそり聞くなんて、ズルイですよう!私も一緒だったのに……」

 

「私は休憩時間中に、個人的に掃除しに行っているの。そのくらいしなきゃ、身につけられないわよ。」

 

「こ、今度からは、私にも声かけて下さいよね!」

 

「………アンタらね、一体何なのよ。」

 

ルイズはとうとう好奇心を抑えられず、部屋の扉を開けてしまった。するとシエスタは、アタフタとお辞儀をした。

 

「あ、ミス・ヴァリエール、騒いでしまい、申し訳ありません。失礼致しました。」

 

「かんにんしとくれやす。」

 

「いや……だからその、無駄に上品な言葉遣いは何かって聞いてるのよ。」

 

ルイズは何だか、聞いてるだけで苛立ってしまった。この喋り方ができないと野蛮だとか下品だとかそんな、あらぬ事を言われそうな気がしたのである。

こうした筋違いな被害妄想に駆られた、そのとき。

 

「おうおう、何だか懐かしい喋り方する奴がいるな………って、何でいこのポテト娘どもは?」

 

鞘に収める途中だったデルフリンガーが、口を出してきた。

 

「アンタ、今の言葉遣いに聞き覚えがあるの?」

 

「おうよ。随分と久しぶりに聞いたぜ。まだ、そんな喋り方する奴がいたんだな。」

 

「………え?こ、この声……何処から聞こえているんですか?!」

 

「ま………まさか悪霊とか何かですか……?」

 

「……な、ナルホド。」

 

ルイズはアタフタとするシエスタ達を見ているうちに、新たな発想を得た。

………幽霊とは、なかなかいいカバーストーリーではないか。

何よりも透明人間と違って、説明が手っ取り早い。そもそもインテリジェンスソードの存在を知らない人からすれば、デルフリンガーは物の怪の類に見える事だろう。

元々のルイズはこんな乱暴な考えの持ち主ではなかったのだが……最近妙に、逞しくなっていた。

 

「シエスタ、それと貴女はジェシーかしら、紹介するわね。こちらが6,000年前の戦で亡くなった騎士の亡霊、デルフリンガーよ。パチュリーによって冥界から呼び出されて、私に忠誠を誓ってくれたの。悪者ではないから、安心して頂戴。」

 

「い、いきなり大嘘ブッこくんじゃね〜〜よ‼︎ 透明なんちゃらはどーしたぁ?!死んじまってるじゃねーかよ、オレ様!」

 

「この通り、まだまだ死んだという自覚が持てないようでね。色々と混乱しているのよ。少々口が悪いけれど、性根は真っ直ぐで好感持てるから。あまり警戒せず、気軽に話掛けるのが仲良くするコツよ。それとデルフリンガー、こちらはポテトじゃなくて、メイドのシエスタとジェシーよ。のほほんとしてる様に見えるけど、仕事を愛するプロだから。一定の敬意は払いなさい。」

 

「あばばばば……や、やっぱり……幽霊さんなんですね?」

 

「ひいいい、わ、私は食べても美味しくないですよう!」

 

「オレの話を聞け〜〜〜! 」

 

メイド達が叫び、デルフリンガーが怒鳴る。その上、頭上の部屋でも何やらドカドカと騒音が巻き起こり始めた。

確かこの上はタバサの部屋だった様な気もするが……まあ、細かいことは気にしないようにしよう。タバサ自身が言っていたことである。………さすがに冷気を垂れ流して来るのはマナー違反だと思うので、明日の授業の際にでも注意しておこう。

 

ルイズはそうして、メイド二人組にデルフリンガーを幽霊騎士として認識して貰った。その際に剣舞と称して、抜き身の刀剣をバトントワリングしたら、本人はメチャクチャ不機嫌になってしまった。

……シエスタ達は、パチパチと手を叩いて喜んでくれたのだが。

 

この際の細々としたやり取りの中で。

シエスタ達の喋り方は、ミス・ロングビルの真似だということが判明した。ふと気が緩んだ時に、かの有能な平民秘書は、はんなりとした言葉遣いをするそうだ。

それだけではなくルイズは、シエスタ達の話の中から新たな事実を見出した。彼女が食事の際に見せる食器の扱い方は、アルビオン式の古風なテーブルマナーだったのである。

 

「や、やっぱりそうなんですよ、ミス・ロングビルは……この大陸諸国では喪われた古語を操る、旧家の御生れなんですよ!」

 

「それだけじゃあないわよ、シエスタ!やっぱり私の睨んだ通り、家名よりも平民との愛をとって、トリステインに駆け落ちされたのよ!きっとご主人は、壮大な逃走劇の中で命を落とされて、その際にお腹に宿った子供のために今、ミス・ロングビルは………」

 

「はいはい、余計な詮索はそこまでにして、もう寝なさいね。明日も早いんでしょう?」

 

ルイズはそのようにメイド達を嗜めると、デルフリンガーとパチュリーを伴って部屋を出た。

 

周囲はもう、真っ暗である。

シスエタと先輩は、そんなご一行を青ざめた目で見つめていた。

 

「そう言えばミス・ヴァリエールのお部屋………ベッドが無かったけど。ちゃんと寝ているの?」

 

「最近、朝一の洗濯でいっつもお会いするのですが……まさかこの時間からずっと起きてるなんて事は、ないですよね?」

 

メイドの二人組はどことなくすら寒いものを覚えながら、そんな会話を交わしていた。……しかし不意に、シエスタがヒャアとかわいい悲鳴を上げた。脅かさないでよ、違うんです、何が違うの、というやり取りの間にようやく、シエスタは首筋をハンカチで拭き終えた。

 

「な、何か冷たいものが上から落ちてきて………」

 

こうして頭上を見上げた2人の目に、入ってきたもの。

それは、天井の一面から垂れ下がった氷柱の数々であった。ヒッ、とジェシーさんが息を呑む音がして、シエスタは本当に震え始めた。

 

「な、何ですかこれは!この上には、氷の女王でも棲んでいるのですか?!」

 

「………風の噂で、ミス・タバサは幽霊の類に弱いと聞いたことがあるわ。おまけに昨日から風邪を引かれているから……恐らく、魔力が暴走したのよ。」

 

「ど、どうしましょうジェシーさん……こんなの、私達じゃあどうしようも……」

 

「触らぬ神に祟りなし、て言ってね。」

 

どうする事も出来ないので二人は、現場を放置した。

もちろんちゃっかり、 上司に報告だけは済ませた。所謂、丸投げというやつである。

 

 

 

 

 

 

**************************************************************************

 

 

さてさて。

ルイズとパチュリーはデルフリンガーを伴って、真夜中のヴェストリの広場に来ていた。兼ねてよりの課題である、パワーアップを図る為である。

 

「あ~~~、オマエらにはわかんない?こう、なんつ~のかね、グワ~~っとなる感じ?」

 

デルフリンガーは、要領を得ない説明を続けていた。

 

「コノヤローとか、てめ~~コンチクショウ!ってやつ、あるだろ?それだよ。」

 

かろうじてついて来れたのは、ルイズだけである。七曜の魔女さんに至っては、何をか言わんや。

 

「要するにアンタ、感情の高まりって言いたいの?怒ったりするとそんな感じになるけど。」

 

「そうそう、それ。オレ様が実力を発揮するには、使い手が心を震わせるのを、直に感じる必要があるんだ!オメーさんみたいに、魔法で柄握って振り回されても、アツくなれねーのよ。いわゆる興醒めってやつだな。」

 

「成程ね。パチュリー、今のでだいたい分かったでしょう?つまりはキュルケって事らしいわ。」

 

「その結論で納得しろ、と言われてもね。」

 

「見事な喩えだと思わない?気分屋なところなんか、そっくりじゃない。」

 

そうは言ったものの彼女の高笑いが脳内に木霊してきそうで、ルイズはゾッとなった。完全に自爆である。

ところで、とパチュリーは前置いた。

 

「買う前から時からずっと見ていたけど。私達の中で心の震えとやらが一番大きいのは、多分この剣よね。」

 

「確かにそうね。」

 

「だったら自分で震えればいいじゃない。」

 

ルイズはパチュリーが何を言っているのか分からず、首をかしげた。それはデルフリンガーも同じ様だ。まぁ、当たり前か。

 

「ハッ!これだからド素人は困るぜ!物事には道理ってモンがあってだな?!剣は動けない、こいつは常識だ!」

 

剣のくせに喋っておいて、良く言う。

ルイズはそろそろ頃合いかな、とパチュリーと立ち位置を交換した。

 

何しろデルフリンガーを鍛えると言いだした、張本人なのだ。果たして一体、どんな仰天の手法をお披露目してくれるのだろうか。

 

「本人もこの様に申告してるけど、どうするの?」

 

ルイズは、ちょっとワクワクしながらパチュリーの行動を待った。

すると彼女は面倒臭そうに、人差し指をデルフリンガーの刀身に押し当てた。

 

そうして……たった一言、こう呟いた。

 

「アグニシャイン」

 

と。

 

それだけで、異様な魔力が周囲を駆け巡った。ルイスがもう少し未熟だったら、気絶してしまっただろう。いや、既にもうしかかっている。

 

何しろ余波だけで破格な威力だと分かる攻撃魔法が……デルフリンガーだけに放たれており、周囲には塵ひとつ舞っていなかった。さながらドラゴンの炎でパンを焼いておきながら、余熱ひとつ漏らしていないに等しい。

 

「な、な、な、な………」

 

何て事するんだ、危ないじゃないか、とルイズは言いたかった。いつも通りに声を大にして、元気に喚こうとしたのである。

 

しかし、仮にも精霊魔法が使える様になった今だからこそ。コレがどれだけ埒外な所業かという事が分かってしまった。

 

無理だ。

 

こんな真似、一生かかっても出来そうにない。

周辺一帯をどうこうする様な魔法を、指先だけに収束させるなんて。少しでもミスをすれば、肘から先が蒸発するだろう。

あまりの彼我の技術差に、立ち眩みを起こしそうだった。

 

そしてこんな魔法を接射されたデルフリンガーは、堪らずに悲鳴を上げ始めた。それもちょっと、尋常ではないレベルで。

 

「ん?初めて聞く魔法だな………………って、アチ、アチチチ?!アッヅッ!うわっ、ヤバいって!溶ける溶ける!マジ溶ける!やめろ!ヤーメーロー!」

 

「ちょ、ちょっと……」

 

ルイズは流石に不安になった。

痛みを訴える声というのは、本当に心臓に悪いのだ。聞いてるだけで、蝕まれるものがある。

 

「安心なさい、一歩手前で終わるから。」

 

「……今ので手加減してたの……」

 

パチュリーは涼しい顔をしていた。当初から、この反応が分かり切っていたのだろう。

 

ルイズはこの時、激昂するデルフリンガーの声を聞きながら、全く違うことを考えていた。

杖無しでコモンマジックを使えることから、この技術だけはパチュリーに比肩していると思っていたが……ことはそう簡単な話ではなかった。彼女はまさしく、その全身が杖なのだ。魔力を増幅するのも極少化するのも、思うがまま。

 

元より競り合おうなんて思ってはいないが、何も考えずに背中だけ追いかけている現状は、絶対に何か違う。もっと、ルイズはメイジとして何を目指すのかハッキリさせねばならない。そうでもしないとこのまま一生、パチュリーのやる事なす事にビックリ仰天を繰り返して終わってしまうだろう。そんな人生は、願い下げである。

 

「い、イキナリ何すんだ、オイ!今のは冗談じゃ済まねーぞ?!」

 

「そのあたりが閾値だから、よく覚えてくといいわ。それ以上は吸い込まない様にね、多分ポッキリ逝っちゃうわ。」

 

「スカしてんじゃねーぞ腐れ魔女!そこのチビといいメイジってのは、姑息なヤローばっかだぜ!不意打ちバッカじゃねーか、真っ正面から掛かってこれねーのかよ?!」

 

「リクエストとあらば、何度でも。元よりこれで終わらせる気はないから。」

 

再び指先を押し当てようとしてきたパチュリーに対して、デルフリンガーはカシャンと大きな音を立てた。

 

そして声のトーンを落とし、告げるのであった。

何となく、ちょっとカッコいい感じの響きを滲ませて。

 

「ちっ……たく、これだからガキは困るんだ。もう、ここらで勘弁しといてやっからよ、大人しくやめておきな?!仕方ねーやつだぜ、テメーの限界すら、まるで見えちゃいねー。もう、オメーの魔力はスッカラカンだろーがよ。」

 

物思いに沈んでいたルイズは、少し苦し過ぎるデルフリンガーの口上に顔をしかめた。

 

「アンタね……どんだけ負けず嫌いなのよ?言っとくけどこの子、やるったらやるわよ。魔力とか減ってる気配ないから。」

 

「ま、マジかよクソったれ……」

 

ルイズの呆れ声に、デルフリンガーはいよいよカチカチと音を立てて震え始めた。

ハッタリを効かせてみたはいいが、まさかそこまでとは……という具合だろう。

 

しかし突如として、これまでにない大声で、やかましく喚き始めた。

 

「ハッ?!ちょ、ちょっと待てや!オレ様なに今、ブルったの?」

 

「………そうとしか見えなかったけど。」

 

ルイズは、極めて中立的に客観した結果を伝えた。

 

「な、……だ……何だ……け、剣たるオレ様が、こんな小娘にブルっただとぉ?!フザッッケんな!そんな事、ある訳ねーだろ!認めねー‼︎そんなの絶対、認めねーぞ?!オラ、何十発でも撃ち込んで来いよ!ブチ折れるもんなら、やってみやがれ!逃げも隠れもしねーぞ!」

 

いやいや、そもそもアンタはしたくても、逃げも隠れもできないでしょうに。

ルイズは最早、いちいち声を掛けるのも面倒臭くなった。

 

それにこの有様を見れば、パチュリーの言いたいことは立証された様なものだった。

こんなに活き活きしている奴なんて、人間だってそうそう居ない。剣士の心の震えに頼る必要が、どこにあるというのか。

 

「マッジであぁったまきたぜ!手加減なんて、アジな真似してんじゃね〜〜よ!メイジ如きがオレ様を試そうなんざ、千年早いわ!こちとら常に、鉄火場の最前線で身体張って来たんだ!こんな、戦場のセの字も知らんよーな小娘に見下されて堪るかよ!」

 

このときカチャカチャと震えていたデルフリンガーの振動が、変わり始めた。

 

「これしきの事で根を上げてたら、ガンダールヴの相棒は務まんねーんだよ!オレは剣であり、盾だ!これまでどんな魔法にも、膝を屈しなかった!そうだろサーシャ!やってやる………オレだけだって、やってやるぞ。」

 

今やデルフリンガーは有体に言って、ちょっと普通ではない事にっていた。

 

何しろ段々とカチャカチャ音の間隔が短くなっていき、次第にブーンという連続音に変わっていったのだ。

やがてはそれすら聞こえなくなり……

流石にこの事態に、デルフリンガー自身も違和感を感じ始めた様である。

 

「っておいおい、何じゃこりゃ?オ、オレ様の身体が震えて……コレ、どうなっちまってるんだ?」

 

「はいはい、タンマタンマ!」

 

ルイズは大慌てで、デルフリンガーをヒョイと空中に逃がした。これに対して、パチュリーは不満そうだった。

 

「今ので大体、10kHzくらいかしら。あと2倍は欲しいわね……」

 

「う〜〜ん、なんだか良く分からないけどそれ、後回しにしてくれない?今確かめておかないと、後々困りそうなのよ。コイツ、忘れっぽいから。ねえ、アンタ今、ガンダールブって言ったわよね……って聞いてる?」

 

「………」

 

デルフリンガーはいつになく大人しくなっており……

 

「は、はぁっ?!おい、今、何かスゲーこと出来かけてたんだぞ?!空気読めよ、空気!」

 

「何をバカな事を、気のせいでしょ?それよりも……」

 

ルイズはそうして、始祖ブリミルに纏わる伝説の、真偽を確かめようとした。そっちの方が、よほど大事な事に思えたのである。

正しく、その瞬間の事であった。

 

大音が轟いた。

 

ズシーンズシーンと 何か巨大な足音の様なものが響き。

のっそりと、魔法学院の城壁を乗り越えて、超巨大な人型が姿を現したのである。

 

「な、なななな何よあのモノスゴイのは?!戦争でもおっぱじまったの?!」

 

ルイズはもう、完全に泡を食った。

何しろ全長50メイルはあろうかという前代未聞のゴーレムが、ヤル気満々で近づいて来るのである。コレはどう見たって、只事ではない。

 

「……何とも凄まじいこって。」

 

対照的に、デルフリンガーは冷静だった。

 

いや、ルイズとて何も、慌てふためくばかりな訳ではなかった。彼女は……選択肢の多さに迷っていたのだ。

攻撃しかできなかったら、間違いなくそうしていただろう。しかし今や、応援の呼び方ひとつとっても色々とやりようがある。照明弾みたいに強力なライトの魔法を使うも良し、巨大な爆発を起こして爆音を轟かすも良し。単純に迎撃するにしたって、目の前のデカブツに無駄撃ち覚悟で牽制を加えることもできるし、術者を見つけ出してからそちらを叩くというのもある。何れにしろ現時点では、圧倒的に情報が不足していた。

 

「せ、戦争ってことはゲルマニアの仕業よね?!て、いうことはキュルケを人質に取って交渉に持ち込むべき?それとも一匹狼的の仕業なら、術者を叩くしか無いわよね?!こんなヤツに目を奪われている場合じゃ……いや、それともコイツをこの場に足止めした方が良いの?!やっぱりここは、取り敢えず応援を……」

 

「良かったな、チビピンク。コレが初陣だったらオメーさん、今頃死んでるよ。」

 

デルフリンガーは、ヤレヤレという様に溜息をついた。ボンボンな新米の貴族士官には、こういうタイプが多いのだ。変に色々考えて、右往左往して決め切れない。

せめて自分で何とかしようとせず、先任下士官や知識豊富な同胞に、判断を仰ぐべきだったのだ。

 

「拙速を尊ぶオレとしては今すぐ突撃したいんだけど。つかもう、こっちの位置が露見してるからやり過ごすこともできんから、それしかないよな?」

 

「バカ言ってんじゃないわよ!あんなデッカいの相手に、剣一本で何しようってのよ!」

 

「あのなぁ…」

 

デルフリンガーはいい加減に、痺れを切らした。

 

「慣れないことに頭使って、結局何もしのかよ?だっらもうここで、オレは降ろさせて貰うぞ。腰抜け野郎に付き合ってケツまくるなんざ、冗談じゃないぜ。」

 

「な、何てこと言うのよ!私は現状で一番良い手段を取ろうと………」

 

「うるせー!ヒヨッコが一端な口きくんじゃねーー!そういう判断は、そこのパジャマにでもやらしとけ!それとな、勘違いすんなよチビ。オメーさんは確かにオレの持ち主だが……主人として認めたつもりはねーかんな。オレ様の使い手なら、それらしいとこ見せてくれよ。」

 

ルイズはムッとした顔つきになり……そうしてスッと目を細めた。

デルフリンガーはその表情を目に留めると、鷹揚に頷こうとして……自分には首肯するための身体がないことに気がついた。仕方がないので、カシャンと小気味良い音を立てる。

 

「それでいいんだよ、チビピンク。現場も知らねー奴が、状況判断なんざできるわきゃねーんだ。できる事をやれよ。何していいかわかんねーなら、取り敢えず目の前の敵と戦おーぜ。それが、戦士ってもんだろ。」

 

「………うるっさいわね。言われなくても、分かってるわよ。それに私は、貴族よ。」

 

そうしてルイズは、懐から杖を取り出した。

先ほどからノホホンとしているパチュリーに目を向けると、釘をさす。

 

「パチュリー、余計な手出しはしないでよ?」

 

「何でよ。戦力の逐次投入は、ダメじゃないの?いっせーのせで、焼き払いましょうよ。」

 

「それだと私が、いつまでも貴女頼りになっちゃうでしょうが!いいのよコイツは、私がぶっ倒すんだから!」

 

ルイズはキッパリと告げると、杖を握りしめた。土の塊を消し炭に変えるとか言い捨てるメイジとの共同作戦なんて、完全に依存ではないか。恐らくここで頼ってしまっては、今後も同じことを繰り返してしまうだろう。

 

「見てなさいよ……。」

 

そうしてゆっくりと落ち着いて、爆発呪文を唱え始めた。

 

その隣ではパチュリーが本を開き、読書の傍らにデルフリンガーを支えていた。さしものデルフリンガーも、このヤル気の無さには口から砂を吐きそうになっていた。

 

「……あのさ、オマエさん。チビピンクが頑張るって言ってるんだよ?見守ってあげようとか、そういう心遣いは……」

 

「視界は共有しているから、問題ないわ。」

 

「……そういう問題じゃあないんだけどな。まあ、お手並み拝見といきますか。結構良い線行くと思うんだけどなーー」

 

デルフリンガーはため息をつくと、ルイズの健闘を願ってカチャリと音を立てた。




以前読んだ二時創作でミス・ロングビルが東北弁喋っているのがとても可愛くて、それをやろうとしたのですが……完全に失敗しました。
イギリス人的な発音をするせいで、ヤンキーなルイズがヤキモキする場面を描きたかったのです。

次話は本日中にアップできると思います。

7/22 色々と勘違いしており、申し訳ありません。1日で更新するつもりが、一週間近くかかってしまいました。


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第19話 緒戦

その日のうちに投稿するつもりが、結局一週間近くかかってしまいました。
申し訳ありません。
それでは、ルイズのなんちゃって無双をどうぞ。


ルイズには、確信があった。確かに目の前のゴーレムは巨大で、物々しい。しかしこれまで自らを散々悩ませてきた爆発呪文なら、これに対抗できる筈だと。

 

既にこの呪文の解読は、第四小節まで終えてある。これを放てば必ずや、効果を上げられるだろう。ルイズは落ち着き払ってそれを口ずさみ、己が直感の正しさを証明した。

エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ

とても小さな、それでいて澄み切った声が響いた。

その直後、彼女の視線の先では巨大な土人形の胸部が閃光に包まれた。土製の巨人は爆音と共に破片を撒き散らし、鎖骨部分から上を消し飛ばされたのである。

 

「………相手が悪かったわね。」

 

ルイズは杖を握りしめたまま、無感情に言い捨てた。実際に側から見れば、勝敗は決した様なものだ。

何しろ全身の1/7近くが、一瞬で吹き飛ばされたのだ。

いかに頑丈なゴーレムとはいえ、これでは一溜まりもあるまい。そう思って、何ら不自然はない。

 

しかしデルフリンガーは、警戒を呼びかけてきた。

 

「こいつぁオデレータ、なかなかやる………だけど油断するなよ。」

 

「アンタどこに目ぇついて……いないんだったわね。これで終いよ。」

 

「ちょいと気ぃ抜き過ぎだ。アイツは図体より、再生力の方が脅威だろ〜がよ。」

 

「何を言って……」

 

そうこうするうちに、デカブツ君は歩行を再開した。よくよく観察すると指摘どおりに、肩のあたりから再生が始まっている。

ルイズは二重の意味で唖然とした。

敵の再生力もさる事ながら、このことを事前に見抜いたデルフリンガーの眼力にも畏れ入ったのである。パチュリーに言われるならまだしも、接近戦主体の剣に指摘されるとは。

 

「しっかりしろよ、魔法はオメーさんの専門だろうに。今のは減点だぜ?」

 

「……すぐに取り返してやるわ。」

 

ルイズは気を引き締め直すと、すぐさま次の手に打って出た。

爆発呪文を第二小節で区切って、それを素早く二回唱える。

狙いは両の、膝関節。

これだけの重量を支えているのだ、その負担は計り知れない。それを内側から爆破してやれば、どうなるか。

 

結果はご覧の通りである。

デカブツ君は轟音とともに崩れ落ち、地面に両の手をついた。さしもの巨体も、こうなっては惨めなものである。このまま畳み掛ければ、結果は言わずもがな。しかし、ルイズはそうはしなかった。

 

「何をグズグズしてんだ?今みたいにして両腕を吹き飛ばしちまえば、無力化出来るだろうが。」

 

「私はこのデカブツ君には、感謝してるの。この爆発の魔法は……恐らくコイツみたいな規格外なバカが現れて、初めて存在意義を得られるのよ。それを与えてくれたコイツには、せめて華々しい最期を、と思ってる。」

 

彼女はクールダウンの時間を置き、最大出力で爆発呪文を詠唱する準備にかかっていた。初撃よりも研ぎ澄まされ、集中しきった一撃を放つ為である。

 

「何とも殊勝なこって、虫唾が走るぜ。なんだよその自己満足は?コイツみたいなデカブツを跪かせて、自分の凄さに溺れたか?」

 

「………凄いのは、この魔法を作ったメイジでしょう?私はそれを、原理も知らずに使っているだけ。この程度の理解に酔うくらいでは、メイジ失格よ。パチュリーなら、絶対そう言う筈。」

 

その様に言い切ったルイズは、揺るがずに真っ直ぐな視線を注いでいた。

 

どこぞの誰かに創り出され、自身と対峙するデカブツ君を。

畏れも忌諱も抱かず、奢らず見下さず。

極めて醒めた目で射抜いていたのである。

 

彼女は今、確信していた。この冷え切った境地こそが、この爆発魔法の使い手には求められているのだと。感情に任せて力を振るう様な者に、この呪文を唱える資格はない。この魔法を常に使わない理由を探し続けたこれまでの自分は、正しかったのだと。

 

「……ケッ、オレ様を面白半分に試し撃ちして来たジャリが、一端なことホザくんじゃねーよ。甘過ぎて反吐が出るわ……でもオレはそういう青臭いの、嫌いじゃないぜ。用心しろよ、チビピンク。アイツはまだ、諦めちゃあいない様だ。」

 

しかし。

デルフリンガーが呆れて指摘するように、敵も然る者であった。

デカブツ君は自らの折れた膝から先を拾い上げると、ルイズ目掛けて投げつけて来たのである。這いつくばったままなのに、その投擲の軌道はあり得ないほど正確だった。

 

「……そうよ、足掻くなら足掻き切って、思い残すところは無いようにしなさい。」

 

ルイズは何かに深く頷くと、パチュリーから受け継いだジェリーフィッシュ・プリンセスを心の中で詠唱した。今の自分の精神状態なら、不可能ではないと思ったのである。

 

しかし……何も起こらない事に気付いて、顔面蒼白となった。

不発。

その文字が頭に浮かぶと同時に、慌ててその場から跳び上がった。この時咄嗟に使ったのはもちろん、一番得意とする念力の魔法である。

 

その直後。

ついさっきまでルイズが立っていた場所には、轟音と共に巨大なクレーターが出来上がっていた。あのままだったら、結果は火を見るより明らかだ。

 

そして。こうして宙空に逃れて事なきを得てからようやっと、水の防御膜が彼女を包んだ。実はこの魔法に関しては、落ち着いた状況で集中して唱えて何とか、という完成度なのだ。練習すらしていない高等技術をブッツケ本番で使おうとするとは、何たる浅はかさか。

 

「なんて事なの……これを慢心と言わずに、何と言い訳するつもりなの、私は!」

 

ルイズは自らの愚かさに、唾を吐き棄てたい衝動に駆られていた。

そしてこのとき地上で読書中のパチュリーから、例の片方向通信が入った。

 

” 次が来るわよ”

 

ルイズがハッとして足元から視線を上げると、自分一人分はありそうな土塊の数々が、視界一面を覆い尽く勢いで迫ってきた。デカブツ君はもう片方の脚の残骸を握り潰すと、散弾としてルイズに投げ付けてきたのである。

しかし案ずる事はない。これはもう既に、展開済みの防御呪文で対応できる。そう思ったのだが……

 

「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

ルイズは思いっきり、水の防御膜ごと吹き飛ばされてしまった。

ダメージを負う事は無かったが、受けた衝撃までは殺しきれなかったのである。確かに鉄壁の防御呪文である事に変わりはないのだが……ぶつかってくるものとルイズ本体の間に顕著な質量差があり過ぎて、自分が吹き飛んでしまった。

 

この一連の事態に、デルフリンガーは舌打ちすると共に違和感を覚えた様だ。

 

「チビピンクめ、足元掬われやがった……タイプが違うオメーさんの背中追っかけたのが、仇になったな。しっかしあのゴーレム、反応良過ぎやしないか?あれじゃあまるで……」

 

「ルイズから攻撃されることも、その威力も、織り込み済みだった様ね。」

 

パチュリーとルイズの師弟はここのところ、毎晩この時間帯から、この広場で読書と魔法の練習に明け暮れていた。悪意のある第三者にそれを見られて、対策を立てられていたとして、何ら不思議はない。

 

「……なるほどな。随分と念入りな準備を重ねて、ご苦労なこったね。おまけに超巨大な土人形に、凄腕の制御とくれば、思い当たるのは一人くらいだ。」

 

「知り合い?」

 

「まっさか。噂で聞いただけだぜ。ソイツの犯行が報じられるたんびに、孤児院に一定額の寄付が寄せられるもんだから……下町じゃあ完全に、義賊扱いだった。」

 

実際にチクトンネ街の子供たちの栄養状態は、土塊のフーケというその盗賊が現れることで大きく改善されていたのである。

 

「盗賊の犯行なら、こんな派手な事をしている時点で陽動と見るべきよね。実際あれは、自動化されているもの。」

 

「だろうな。アレが現れた時点で、トンズラぶっこいてんだろ。しっかし自動化って………ちょっと出来過ぎじゃあね〜〜の?!そんなこと出来るなんて、初耳だぜ?!」

 

「不意をつくために間違った情報を流すのは、常識じゃないの?」

 

「まぁ、とにもかくにもアレを片付けないと、どーしよーもねーよ。そろそろアンタの出番じゃないのか?」

 

「ルイズがやると言った以上、あのゴーレムの始末はあの子にさせるわ。盗賊に盗まれたものがあったとして、私が召喚魔法で取り返せば済む話だもの。」

 

「……アンタそりゃ、やっちゃダメだよ。これだけどデカイゴーレム作り出すの、結構苦労したと思うぜ?それだけじゃねえ。学院の構造調べたり、警備体制に探りを入れたり……結構な下調べの時間があった筈だよ。そういう苦労の積み重ねを反則技で台無しにするのは、人としてオカシイと思うな。道徳的に間違ってるよ。」

 

「貴方はどっちの味方なのよ。」

 

「いや、だから取り返すなら正々堂々とやりましょうと言う話をだなぁ……いやでもこの場合は、やっぱしフーケが悪いのか。いや〜〜、困った困った!人間って難しいね!」

 

この様にパチュリーとデルフリンガーが呑気に話しているのは、二人ともルイズの心配をしていないからである。

何も薄情なのではなく、派手に吹っ飛んだ彼女の先には、パチュリーが緩衝材として空中に池を作っておいたのだ。ズブ濡れルイズの一丁出来上がりである。

 

ガコン。

 

そしてこのとき、第一回目の投擲で投げつけられたデカブツ君の右足が、耳障りな音を立てて空中に持ち上げられた。どこの誰の仕業かという話だが……ルイズだった。

 

彼女はプルプルと肩を震わせながら、右手を突き出して念力魔法を操っていた。目には少し赤みが差しており、俗に言う涙目になっている。そして、声を大にして叫んだ。

 

「今のはイタかった………イタかったわよ〜〜〜‼︎」

 

ルイズは顔を真っ赤にして叫び倒すと、右手を勢いよくブンと振り下ろした。

すると、何たることか。

10メイル以上ある瓦礫が、デカブツ君目掛けて宙を突き進んでいった。

 

おまけに先ほどのドサクサで何処かに落っことしたのか、ルイズは今、杖を持っていなかった。感情にあかせて念力を操ることで、杖を用いるのと同等の効果を発揮していたのである。なかなかに、トンデモナイ事をやってくれるものだ。

 

というか、さっきまでの冷静ぶった御高説はどうした。しかしデルフリンガーはそうとは皮肉らずに、このときルイズを大いに褒め称えた。

 

「そうだよ、そうやって心を震わせんだよ!変にカッコつけて、高尚ぶるんじゃね〜〜!今のオメーさん、さっきまでよりよっぽどイイツラしてっぞ!オレはそ〜ゆ〜奴の方が、好きだ!」

 

「ちょっと、変な事を吹き込まないでよ。魔法使いは心を乱してはダメよ。」

 

「だっからソレは、アンタの話だろう?!今のアイツを見ろよ!冷静でいるよりも、すごい事やってるじゃないか!アイツにはこういう、感情剥き出しのやり方が合ってるんだよ!」

 

「どこの野蛮人よ、それは。」

 

「テメーの弟子の事だよ!知らんぷりするんじゃね〜!」

 

「それなら破門ね。けれども確かに、魔力が底上げされているわ……これは興味深い。」

 

「血も涙もないヤツだな、アンタ?!」

 

デルフリンガーはルイズの様子にはしゃいでいたが、パチュリーは首を傾げたままだった。

 

「ところでルイズは一体、何を痛がっているの?ダメージが通る様なハンパな技を教えた覚えはないんだけど。」

 

「それをオレに言わせるか?!年頃の娘には、死活問題だろーがよ。」

 

「何の話よ。」

 

「生まれて初めて死ぬかもしれない攻撃喰らったんだ、察してやれ。」

 

「………ああ、そういう事。」

 

すでに全身びしょ濡れである為に、証拠は跡形もない。しかしそうそう、間違った推測ではあるまい。

ルイズは恐らく……チビった。

それもかなり、盛大に。漏らしたと言って差し支えないだろう。

 

その証拠にルイズの怒りは、留まるところを知らなかった。

 

「も、もももももう怒ったわ!アンタみたいな外道には、天誅よ、天誅!」

 

ルイズは辺りに散らばる等身大サイズの瓦礫を拾い上げると、次々とそれらを投げつけ始めた。これは確かに人間相手なら脅威な技であるが……如何せん相手が大きすぎた。多少蹌踉めく程度で、全く意に介していない。少々の足止めになっている程度だ。

しかしそこは、弾速で勝負である。豪速球で喰らわせてやれば、石の礫だって立派な凶器となる。ルイズは休む事を忘れて、やたらめったら投擲しまくった。

 

「痛い?!痛いかしら?!それが心の痛みよ!思い知りなさい!私はこの歳まで生きてきて、今日ほど惨めな思いをした事はないわよ!これまで私には、エレオノール姉様に優っていた事が、一つだけあったの!それが何かわかる?!」

 

ルイズはそうして、一気に言い放った。

 

「私の方が、オネショ離れが早かったのよ!それが何?!この歳になって下着一枚ダメにするとか、最早取り返しがつかないじゃない!どーしてくれんのよ!ねぇ、どーしてくれんの?!」

 

彼女は今もう、完全に我を失っていた。

ウガーーーーーっと唸り声を上げそうな勢いで、両手を天に突き上げている。背後でドッカーンと派手なVFXが炸裂していそうな構図だ。

 

「謝れ!私に謝りなさい!地面にキスして、額を擦りつけるのよ!自分の仕出かしたことを、この場で懺悔なさい!」

 

ルイズは再生途中のデカブツ君の頭を抑えつけると、そのまま地面に引きずり降ろそうとしていた。所謂、魔力全開状態である。

このサイズの巨人に、土下座をさせようというのだ。

爆発魔法をぶっ放さないあたりは、せめてもの矜持の表れなのか、はたまた単純にド忘れしているだけなのか。最早どうでもいい事に見えた。

 

煙と何とかは高い所が好きだと言うが、この時のルイズは完全に突き抜けていた。念力で自らを浮かばせると共に、デカブツ君の頭を押し下げようとしているのだ。何気に凄いのだが、理由がバカバカしくて感心する気も起きない。

 

おまけにこの事態が一番露見してはダメな相手の目の前で、モロに自白してしまっていた。

 

「聞〜〜〜いちゃった♪ 聞いちゃった♪」

 

キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。

ルイズにしてみれば家族ぐるみで因縁を分かつ相手に、最も知られたくない事が露見してしまったのである。しかもこの場に現れた彼女の格好が、これまた凄まじかった。

 

夜戦服。

 

コレはキュルケの信条なのだが、女たるもの夜這いを掛けられてナンボだと思っている。そのため就寝前には、朝のメイクより時間を掛けている。つまりはやたら扇情的な格好をしているのだ。いっそのこと真っ裸の方が、まだ目に優しい。男色家や春の過ぎた爺さんでも、今の彼女を見れば精力漲ることだろう。

 

最早コレは、犯罪である。ゲルマニアならいざ知らず、ここは保守的なトリステイン国内なのだ。

おまけにその褐色の艶めかしい素肌からは、妙な湯気が立ち昇っていた。

 

「ルイズが漏らした♪ヴァリエール家の三女が漏らした♪ 本家に報告ね♪」

 

「ウッッギャアアアアア?!や、やめててぇぇぇぇぇぇぇえ!」

 

ルイズはこの時、余りにも最悪な事態を想像して、得意とする念力の魔法すら失敗した。

真っ逆さまに、地面に落下したのである。デカブツ君よりも先に、自分が地面にキスする嵌めになりそうだった。もちろんそんな事になれば、命はない。

 

「……何を遊んでいるの、あの子は。」

 

「呑気に本読んでるアンタが言うかね、それを。」

 

ため息をついたパチュリーは、斥力を発生させてルイズを受け止めようとした。

 

しかし、この時。

 

落下中のルイズを上回る速度で追い抜き、彼女を無事に受け止める者がいた。それは、高度3,000メイルから降下角70度という基地外じみた急降下を仕掛けてゴーレムに奇襲を加えようとしていた、一騎の竜騎士であった。

そして、デルフリンガーは首を……無い首を傾げた。

 

「おいおい、ちょっと待てや。この国には、竜騎士は居ない筈だろ?ありゃ一体、どこの誰だよ?」

 

人騎一体となったその飛行技術は、巧みの一言に尽きた。

垂直落下に近い状態から失速する事なく急速反転上昇すると、再び高度をとったのである。一夜漬けで身につく技術ではない。月夜に煌めく青の鱗に座する人影は、一体何者なのか。

 

「た………タバサ?」

 

あわや墜落死という状況から一転して空の上の人となったルイズは、小柄な留学生の背中に少しだけトキメイテしまった。

これが男子生徒だったら、間違いなくコロっとイッテしまっただろう。使い魔を駆り闇夜を自在に翔び回る同級生はそのくらい頼もしく、そして幻想的だった。

 

「あ、アンタ一体、どうやってこんな飛行技術を………」

 

「練習。」

 

サラリと答えるその背中は、ドドンと効果音がつきそうなくらいに大きく見えた。

ルイズはまたもやクラっと来てしまいそうになった。

 

だが。

 

「降りて。」

 

背中を向けたまま、タバサはいつも通りの調子でとんでもない事を言ってきた。

自分で助けておいてこの言い様とは、まったくもって意味がわからない。

 

「この子が貴女の匂いを、気に入らないと言っている。」

 

「なっ………………‼︎」

 

この瞬間にルイズは、恩を忘れて怒り狂った。

 

「な、何よそれぇ……!」

 

「トイレの臭いがする、と言っている。」

 

彼女はこの時、自分がまだ身につけて居ない使い魔とのテレパシーじみた通信を、タバサが完全に身につけている事を知った。そして言われた内容に感情を激発させたまま、その高度からサラリと飛び降りた。

 

「ふ、フンっだ!アンタ、超カワイくないわよ!ありがとうって一応言っておくけど、この借りは絶対返すからね!」

 

捨て台詞を残していくのは、お約束である。

 

そうしてこの時、地上では。

これまで山の様な不動を貫いて来たパチュリーが、いよいよ動き出そうとしていた。

 

「…………アイツラ一体、ナニモンだよ?ストリッパーみたいなネーチャンが現れたと思ったら、チビピンク以上のチビ助が、しれっとスゲーことしやがったぞ?!」

 

「それでも少し、旗色が悪いわね。ルイズは無駄遣いが祟って、魔力が残り少ないし。あの子達が現状使える魔法では、あの巨人は仕留めきれないでしょう。」

 

「お、とうとうアンタの出番か。何をするんだ?」

 

「厄介なのは再生力だから、それを奪うわ。」

 

「スゲーな、そんな事出来んのかよ。」

 

「ネタとしては単純よ。錬金しづらい成分に変えて仕舞うのよ。」

 

「言うは易しの典型ってヤツだな。どれ、お手並み拝見と洒落込みますか!」

 

そうしてパチュリーは、イル・アース・デルと唱えた。

こうしてデカブツ君の身体に、七曜の魔女直々に錬金が掛けられた。

 

この様子を落下しながら眺めていたルイズは、唇が引き攣った。

 

茶色がかっていたデカブツ君の身体が、どんどん灰色になっていく。月光りを反射して鈍く煌めくその素材には、見覚えがあった。

これは………鋼鉄だ。

 

デカブツ君のボディは、破壊不能な装甲へと変えられてしまったのである。

 

呆気にとられるデルフリンガーの上空で、ルイズの悲鳴が虚しく響き渡った。

 

「あああああ貴女一体、自分が今何したか分かってるの?!ワザとよね、絶対これ、ワザとやったでしょう?!」

 

 

 





ちなみにフーケ本人は、彼女達の予測通りにとっくに一仕事終えているのでシメシメ引っ掛かってくれたなとホクホク顔です。ヘイトにならないように気をつけたつもりですが、気になる方がいたらご指摘下さい。私としては彼女大好きなので、表現がおかしいのだと思います。

どうして彼女がここまでの実力をつけているかは、フーケ編終了時には明らかにする予定です。
いや、私的には原作の時点でもう、トライアングルを自称するスクエァじゃないかと思っているので、説明とか要らないと思っているのですが……一応。


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第20話 またパクられた

本日は2話連続で投稿しています。
投稿が遅くなりましたこと、重ねてお詫びします。何とか話が繋がりました……

まずは、出撃前のタバサからです。
何で風邪をひいていたか説明するため、少し時間軸が前に戻って退屈かもしれません。
後半は元の時間軸に戻ります。


ルイズがデルフリンガーを手に入れる、少し前の事になる。

 

タバサは悩んでいた。

 

使い魔の視覚共有とライトニング・クラウドの応用で長距離攻撃を成功させたのは良いが……これを基本的戦法として繰り返し練習する気になれなかったのだ。

極めて効率的だが、使い魔に比べて主人たるメイジが、余りにも安全圏に留まり過ぎている。こんな事を繰り返す様な主人に、誰が忠誠を誓えるだろうか。

 

人杖一体たるメイジとして、杖との信頼関係が大切だと再認識したばかりなのだ。是非にも、使い魔とも良好な関係を築きたい。

そうして悩んだ挙句、納得いく答えに辿り着いた。

 

三位一体。

 

タバサの辿り着いた答えは、これである。

メイジと杖と使い魔。三者が力を合わせれば、天地に恐るるもの無しである。

 

「カッコイイ……」

 

タバサはボソリと呟き、使い魔の韻竜と共に駆ける空に思いを馳せた。

 

味方の窮地に天空から颯爽と駆けつけ、

強力無比な魔法を直上から叩き込み、

窮地を救う、戦場の天使。

 

非正規戦ばかりやっている自分がそんな華々しい役目を負わされる事はないと思うが……いや、そんな事もないか。敵勢力圏内で重囲された部隊の援護に向かえ、とかの自殺任務としてやらされる事はありそうだ。

しかしこうした現実性より何よりも、平面に囚われない三次元での戦闘というものにタバサは、強い憧れを抱いた。

 

元よりドラゴンと言えばアレだ。天空の覇者、自由の象徴である。

それを駆るメイジともなれば、アルビオン竜騎士に象徴される様に、自由と正義の使者だ。いや、そんな有り触れた存在に留まるつもりはない。

 

「ドラゴンマジックナイト・タバサ……悪くない。」

 

タバサは自らの思いつきを口にして、その響きに深く頷いた。キュルケから究極的にダサいと指摘されるまで、ノリノリになった。

 

これだ。

これしかないだろう。

 

『天は、自ら助くる者を助く』という言葉が、あると聞く。

 

始祖ブリミルが、イーヴァルディの勇者が、シャルロットを見放したと言うならば。

タバサこそが、地上に見捨てられた哀れな人々の救いたらん。

 

そうと決まれば、早速練習である。

 

「……むぅ。」

 

タバサは悩んだ。

韻竜に飛び乗って、高度3,000メイルから地上目標を攻撃する訓練をしているのだが……思うようにいかなかった。

 

試しにその高度からでっかいジャベリンを放り投げてみたところ、トンデモナイ事になった。轟音と共に炸裂した氷塊は、遥か上空から眺めても分かるくらい凄じい破壊の爪痕を残した。人里で練習しなくて、何よりだった。

そして、思ったところに命中してくれない。

 

当てることに関して言えば、ウインディ・アイシクルを連射して何とか、といったところである。

正確に弾着観測して撃ちまくれば、辛うじて一発くらいは当たる。しかし……命中の瞬間に魔法を派生させるところまで、手が回らない。命中させるのに精一杯で、威力が出せない。

 

これでは帯に短し襷に長し、である。

もっと、命中率を飛躍的に向上させて、一撃必殺な攻撃を行う方法はないものか……

 

そうして韻竜と相談しながら、四苦八苦して。

ようやく解答に辿り着いた。

 

水平飛行しながら魔法を撃つからダメなのだ。急降下して直線に近い射撃をした方が、命中し易いと気づいたのである。

降下角度70度という殆ど垂直落下しながらの精密射撃は、クソ度胸の塊みたいなタバサだからこそ可能な芸当と言える。

 

タバサは大いに喜び、これを成し遂げた韻竜に最大の栄誉を与えようとした。

 

「貴女には戦場の天使に相応しい、二つ名を授ける。」

 

これを聞いた韻竜の幼体は、とても嬉しそうにキュイキュイと鳴いた。タバサは心なしか胸を反らせて、自信たっぷりに告げた。

 

sturzkampfflugzeug(スツーカ)、貴女は今から、スツーカと名乗る。」

 

「ダサいのね。」

 

「むぅ。」

 

タバサは唸った。こうも見事に一刀両断されては、さすがに却下だろう。

何しろこれから自分たちは、ガリア初の三位一体ユニットとして、第一歩を踏み出す事になるのだ。

お互い、納得した名前で呼び合いたいものである。

 

「……ならば、ユンカース 。」

 

「嫌なのね。」

 

「フォッケウルフ。」

 

「ドラゴンですらなくなったのね!」

 

「メッサーシュミット。」

 

「さっきっから何なのね!おねーさまはネーミングセンスが壊滅的なのね!そんな名前で呼ばれても、知らんぷりするのね!」

 

タバサはショゲ返った。こうまで否定されると、自信をなくす。

そうして、召還した当初に抱いた感想を述べた。

 

「……シルフィード、風の精霊。」

 

「キュイ!いきなり響きが良くなったのね!はじめっからそう言えば良いのね!」

 

こうして。

 

タバサの使い魔は、何とも風流な名を冠した。

そしてその日から、就寝前の視覚共有が楽しみになった。

 

人間では到達不可能な、空気の薄い超高々度。雲の上の上、そのまた遥か上。成層圏を自在に飛び回る、自由そのものな視界。韻竜ならではの暗視で視野一面に広がる、幻想的な夜景。

 

それを、瞼の裏から見つめながら。

ゆっくりと静かに、眠りにつく。

そんな事が、就寝前の細やかな楽しみになった。こうして放課後の訓練に加えて睡眠学習までやり始めたタバサは、飛行技術を飛躍的に向上させていく事になるのである。

 

そんなある日のこと。

 

「人がいたのね!」

 

二日ばかりかけて遠出していたシルフィードが、帰ってくるなりそんな事を言った。

タバサは眉を顰めた。そんな筈はないからだ。

 

シルフィードが快適な空の旅を楽しむ高度10,000メイルは、人間の立ち入れる領域ではない。タバサも高度6,000メイルくらいまで上昇した事があるが、それ以上は断念した。極寒なうえ、空気が薄くなり、もう少しで意識を失うところだったのである。

 

「仲良しな竜と人が、四頭と四人いたのね。」

 

詳しく話を聞くと。

 

何とシルフィードは、白の国アルビオンの領空を侵犯していた事が分かった。流石にど真ん中に侵入したりはせず、大陸の端っこにあるお城のあたりをウロチョロしていたとか。この城とは、ニューカッスルで間違いないだろう。

 

そして、超高々度をダイアモンド組んで編隊飛行している、飛行分隊を見たと。

しかも、真夜中に。

 

タバサはゾクリとした。

 

間違いない。

精密な空域図に元づいた夜間飛行は、アルビオン王立空軍のお家芸である。

しかもそれをその高度で行うとは、化け物か。

 

タバサは今の自分で、高度1万メイルに到達できるか検証した。

結論はすぐに出た。

夜間なんて論外で、昼間でも不可能だ。

 

空気の希薄化と気圧の低下を凌ぐのは、まだ何とかなる。幸いにもタバサは風のトライアングルであり……既にスクェアに近づきつつあるから、可能だろう。しかし、極超低温までは防げない。なぜなら風の魔法と同時に、火の魔法も使う必要があるからだ。系統魔法の並行使用なんて、そうそう出来るメイジはいない。

 

つまりはアルビオン王立空軍の最精鋭たる竜騎士隊には、トライアングル以上の風と火を並行使用出来る人間が、最低でも4人は居る事になる。

意味が分からない。

レコン・キスタとかいう新興勢力にいい様にされているという噂の弱小王軍に、そんな戦力が温存されているとは。全く理屈に合わないではないか。

 

まぁ……他国の事情をどうこう言うつもりはない。

問題は、タバサの遥か上をいくツワモノがいるという事である。シルフィードが変な薬草を摘み食いしてラリっていない限り、これは厳然たる事実なのだ。

 

これはとても、見過ごせない。

……少し冷静になると、それ程の高度で一体何をしようというのか全く意味が分からないのだが………自分よりも技術的に上を行かれて指を咥えているのは、タバサのプライドが許さなかった。

 

何とかして、高度10,000メイルの頂きに辿り着くべきである。手段に拘るような、悠長な真似はすべきではない。

 

そんな事を考えて、ああでもないこうでもないと頭を悩ませていた時の事である。

不意に、タバサの自室のドアがアンロックの魔法で抉じ開けられた。

 

「ねぇ、ちょっと力を貸して!ルイズとミス・ノーレッジが、王都に向けて早駆けしたの!面白そうだから、貴女も一枚噛んで、一緒に尾行しましょうよ!」

 

ゲルマニア才女のキュルケが、上気した顔つきで乗り込んできたのである。

 

「……何という僥倖。」

 

タバサは大きな杖を握りしめると、ゆっくりと席を立った。火系統のトライアングルメイジたるキュルケと協力すれば、防寒対策はバッチリである。単独でないのが残念だが、高度1万メイルも夢ではない。この繊細一隅のチャンスをフイにする理屈は、どこを探しても無いだろう。

 

タバサは冬用の防寒着をいそいそと着込み、キュルケにも同じことをする様に告げた。

 

「いつになくノリノリじゃない。一体何をするの?」

 

「普通の方法で尾行しても気付かれる。だから、やり方を変える。」

 

「どうするの?」

 

「予想の上を行く。」

 

「魔法で?」

 

タバサはゆっくりと首を振った。

 

「物理で。」

 

こうして青と赤の留学生コンビは、トリステイン国内初となる成層圏飛行に成功した訳であるが……。

流石に最後の方で魔力がスッカラカンになり、二人揃って風邪をひいてしまった。

勿論、飛行に精一杯で、尾行どころの騒ぎではなくなっていた。

 

 

 

 

 

その翌日、風邪で寝込んでいたタバサを凶報が見舞った。ベッドに篭ってウンウンうなっていたら、階下から恐ろしい会話が漏れ聞こえて来たのである。

ルイズが、6,000年前の亡霊騎士を連れ込んだというのだ。

 

………なんて事をしてくれるんだ。

 

タバサはあまりの恐怖に、ガチガチと震え始めた。天上天下、畏るるもの無しを自負するドラゴンマジックナイトとはいえ、どうしようもない存在というものはいる。

当たり前の話だ。

既に死んでいる幽霊は、殺しようがないのである。そんな存在とコトを構えては、一方的に嬲り殺されてしまうだろう。

 

恐ろしい。

 

タバサの心は凍て付き、そして風邪をひいてタダでさえ下がっていた体温が、グングン下がっていった。

ちなみにハルケギニアのメイジが風邪をひくと、発熱か低体温症かのどちらかに苛まれる事になる。火と水のどちらに適性があるかという事は、こうした事態からも負の証明が得られるのである。

 

「あっづ〜〜〜〜〜〜、ちょっとお邪魔するわよ〜〜〜。」

 

この時、タバサの部屋をアンロックでこじ開けて侵入してくる不逞の輩が現れた。

お察しの通り、キュルケに他ならないのだが……その格好がとんでもない事になっていた。産まれて来たままの状態であり、いかに女子寮とはいえこれはアウトだ。

 

「あ〜〜〜、やっぱり涼しいわぁ。生き返る〜〜〜。」

 

夏バテのオバちゃんみたいなコトを呟くキュルケの体表からは、シュウシュウと白い煙が立ち上っていた。

メイジでなければとっくの昔に死んでいる様な体温になっているため、タバサの冷却効果により人心地ついているのだ。本当は彼女を氷抱き枕がわりにしてピッタリとくっつけば手っ取り早いのだろうが……一悶着ありそうなのでそうはしなかった様である。

 

何しろここまで歩いてくるだけで、相当に体力を消耗しているのだ。

 

「長居はオススメしない。」

 

タバサも既に、恐怖と低温で息も絶え絶えであったが……眼下の脅威だけはしっかりと伝えた。

仮初めの友情とはいえ留学生どうし、キュルケのことを憎からず思っているからである。

 

「……こういうのを、弱り目に祟り目って言うのよね。ルイズも全く、悪意なくムゴいことをしてくれるわ。」

 

キュルケはブルブルと震えている小さな同級生を、どっこらしょと抱き締めた。色気も何もない仕草であったが、人肌というのはこういう時には有り難いものだろう。

こうして図らずもお互いの体温を調整し合った二人組は、束の間の眠りについた。

 

「……かあさま。」

 

タバサはもちろん服を着たままだったが、メガネは外していた。

そんないつになく無防備な状態で親友の双丘に顔を埋めた彼女は、とても安らかな顔をしている。母を呼ぶその寝顔は、年相応な少女そのものだった。キュルケがいつも通りだったらアクセル全開で揶揄いに行っただろうが……この時ばかりはさすがの彼女も疲れ切って夢の中である。

 

そんな時の事だ。

耳障りな重低音が、響き渡った。

 

タバサはハッとなって跳び起きて、窓の外に起立する巨大なゴーレムを見た。

メガネをかけていない事に気がつき、慌てていつも通りの視界でもう一度見直したが……初見の判断は誤ちではないと気づかされた。

 

「なあに、あれ?巨人?」

 

キュルケが呆れた様に呟いた。

それもそうだろう。遼棟の5階から眺めても頭頂部の見えないゴーレムなど、ハルケギニアのメイジの常識からは掛け離れている。こんな真似、スクエアの土メイジにだって難しい。

こんな凄腕のメイジを盗賊としてのさばらせているなど知ったら、タバサは呆れ返ってものが言えなくなっただろう。

 

しかしそうとは知らずに見当違いな事を確信した彼女は無言で、杖を握りしめた。たとえ風邪でブッ倒れていても、即応体制を解かぬのが彼女である。そして油断なく観察を続ける彼女達の前で、巨人の胸部に閃光が煌めいた。

 

「……ちょっと、意味が分からないんだけど。あれ、ルイズの爆発魔法よね?いつの間にあんな事に……というよりも、何だか再生し始めたわよ?」

 

「……魑魅魍魎め。」

 

タバサはボソリと呟き、視線に力を込めてその標的を射抜いた。

彼女は知り得た情報の中から、一つの仮説を立てていた。パチュリーが冥界から呼び出した幽霊をゴーレムの身体に押し込んで、それを制御しようとしたルイズが失敗したのだろうと。その検証は、一瞬で終わった。

 

「物凄くあり得そうな話よね。ルイズって、根本的な所ではドジなままだから。」

 

キュルケが二も三もなく賛成してくれたのである。

タバサはコクリと頷くと、学院の森で待機しているシルフィードに、此方へ向かうよう合図を送った。予め両者の間で取り交わした、緊急時のシグナルがあるのだ。

キュルケはその落ち着き払った仕草に、オヤという表情をした。

 

「貴女、幽霊とかダメじゃなかったの?さっきまでそれで震えていたわよね。」

 

「アレには今、肉体がある。」

 

タバサは先ほどから窓の外で躍動している、巨体を指差した。ごくごく普通のメイジなら、その姿を見ただけで怖気付くだろう。ましてやそれに6,000年前の幽霊が憑依しているとなれば、尚更だ。

 

ルイズとパチュリーに任せて高みの見物を決め込む気満々だったキュルケがそのように問うと、タバサは自信を持って応えた。

 

「肉体があるなら、殺せる。」

 

「……うん、まあ。苦手を克服出来たなら、いい事じゃあないかしら。」

 

 

 

 

 

 

 

さてはて。そんなタバサから乗車拒否ならぬ降車を勧告されたルイズと言えば。

こんなの冗談では済まされない、とパチュリーに対して烈火の如くまくし立てた。

何しろ散々梃子摺らされたゴーレムが、彼女の手によって鋼鉄製にされてしまったのだ。悪意すら感じられた。

 

「あああああ貴女一体、自分が今何したか分かってるの?!ワザとよね、絶対これ、ワザとやったでしょう?!」

 

「お帰りなさい。空の旅はどうだった?」

 

「ちょっと高過ぎて、途中下車しちゃったわよ…………じゃあないでしょう?!こここここれは一体、何の真似よ?!敵に塩送るとか、そういうレベルじゃないわよ?!」

 

「再生できないように、成分を変えただけよ。」

 

「だけ?!だけって何?!」

 

このときデカブツ君を観察していたデルフリンガーは、オオと声を上げた。そうして、パチュリーを手放しで褒め始めた。それはもう、魔女さんが困惑するレベルで。

 

「へぇ……何だかんだ言ってアンタも、チビピンクが可愛いと見えるな。腐っても師匠ってことかよ、憎いね!」

 

「……何を言ってるの?」

 

「オメー、なかなか頭回るよな。あーなっちまえば、うどの大木だ。」

 

「……話が見えないんだけど。」

 

「いや、だってほら、よく見とけ……な?動き止まっただろ。動かしたくても、関節までガチガチにされちゃあ、動かしよーがねーもん。いや、マジすげーよ。オレ、職業柄あんまメイジすげーとは言わないんだけど、ここらへんは流石だな、パジャマ。」

 

実際にデルフリンガーの指摘通りに、のっぺらぼうな巨人は動きを止めていた。七曜の魔女としてはあくまで手助けに終始してルイズ達にトドメを刺させようとしたのであるが……図らずも自らそうしてしまったのである。

この時ルイズは見逃していたが、デルフリンガーの反応からするに、パチュリーはさぞかし見ものな表情をしていたらしい。

 

「はぁっ?!ナニお前、その顔?!まさか、あんな状態で動ける奴がいるとでも思ったのかよ?!これもう既に、ゲームセットだぜ?!」

 

デルフリンガーは可笑しくてたまらずに、爆笑を始めた。

 

「あのな、土で作ってあるのには理由があんだよ!駆動部が稼動しなきゃ、動けなくなるに決まってるだろ?!硬けりゃいーってもんじゃあねーんだよ!つか、マジでウケるんだけど!バッカじゃねーの?!」

 

ゲラゲラと大笑いしている刀剣に対して、パチュリーのあからさまに不機嫌な声が掛かった。

 

「貴方、さっきから煩いわよ。ベラベラと。」

 

「そいつぁどうも!今んとこ、口しか動かしようがないんでね!何しろあんたが細工したゴーレムは、動かぬ彫像と化しちまったんだ!こいつが笑わずにいられるか!!」

 

「このくらいで固まらないでよ、興醒めもいいとこだわ。」

 

「いや、興醒めどころか爆笑もんだって!師弟揃って、マジで笑かしてくれるぜ!弟子は漏らすし、師匠は間抜けと来たもんだ!まあ、取り敢えずはこのままでい〜んじゃないの?!しっかり足止め出来たんだから!いやー、もういっそのことアレ、オメーさん達のおマヌケ記念碑にしちまおうぜ‼︎ちょうど良いや、オレ様が今日の日付を刻印してやんよ!」

 

「……仕方がないわね。」

 

「おいおい、やめとけって。あんな鋼鉄の塊を無理やり動かそうとしたら………」

 

この時。

パチュリーが強引に操り始めた鋼鉄製ゴーレムが、モノスゴイきしみ音を立て始めた。それはもう、巨獣の咆哮さながらである。

というよりは、超音波兵器か。

 

「うおおおお!やめろ!耳が千切れる、耳がーーーって、オレ様に耳はねーんだった!ガーッハッハ!こいっぁ傑作だ!おい見ろよあの膝とか腰の関節!鉄塊が舞ってるじゃねーか!動くだけで自滅してってるぞ!」

 

「だったらここらへんは、元どおりの土にすればいいのね?」

 

「いや、だからさっきっからそう言って………って、オマエバッカじゃねーの?!せっかく無力化した戦力を復活させて、どーすんだよ?!つかさ、ナニがどーーなってんだコレは?!オメーさん、そうとは知らずに盗賊からゴーレムをパクった事になんだよな?最っ高にクールじゃねーかよ!やっぱ見直したぜ!マジでやるな、アンタ!それからもう、わざわざオレに聞くこたねーよ!オメーさんには、立派な手足がついてんだろ!どこが固まったらヤバイとか、オレより詳しいだろがよ?!」

 

「………知らないわよ。」

 

「……はい?」

 

「手足なんて、ロクに動かした事ないもの。駆動部がどうとか言われても、イマイチよく分からないのよ。」

 

「………は、はぁっ?!おま、物臭にも程があんだろが!何なんだよその、魔法馬鹿一代は?!全然笑えねーぞ?!」

 

「冗談を言ったつもりはないわよ、事実だから。」

 

「……ったくよーー、アンタらと一緒にいると、退屈しねーな。ええい、もういい!言う通りにしろよ?!」

 

そんなこんなで。随分とスムーズに動く、鋼鉄製にチューンナップされたゴーレムが誕生した。そして、ようやっと。

そのゴーレムは、再び破壊活動を始めようとして前進を再開した。

 

「……あ、アンタ達ねぇ……‼︎」

 

この一連の流れを呆気にとられて見つめていたルイズは、プルプルと肩を震わせていた。

 

「な・に・を ‼︎トチ狂って面白半分に、ヤヤコシイことしてくれてんのよ?!」

 

「いや〜〜、ワリーワリー、ついノリで。」

 

「私は真面目にやってるわよ。」

 

「貴女さっきっから、殆ど本から顔上げてないわよね?!そういう片手間、不真面目としか言わないから!それとそこの駄剣!アンタ、余計な入れ知恵してんじゃないわよ?!」

 

「とりあえずはあのデカブツを、何とかすることにしようぜ?このまま話していても、ラチが明かね〜〜よ。」

 

「そうよ、稼働時間が残り少ないから、早いとこ決めちゃって。」

 

「何?!一体何なのこれは?!私、今まで何か間違ったこと言った?!全部、アンタ達がオカシイ筈よね?!何で私が、ツマラナイ事に拘ってる可哀想な子扱いされなきゃならないのよ?!」

 

「いや……ホラ、一番はじめにアレ何とかするって大見得切ったじゃん。一応自分の言葉に責任持ってさ……」

 

「アンタ達が面白半分にチューンナップしたせいで、どうしようもなくなったわよ!」

 

ルイズはそう言うと右手で魔力を操って、手近な残骸を投擲した。ノールックで的確に命中させているところを見ると、かなり慣れて来たのだろう。

おまけにその時速は、優に300リーグを超えていた。

しかし如何に速くとも土の塊を鋼鉄に投げつけた所で、ペシャンと潰れるのは明らかである。

 

さっきまでは多少なりとも足止めになっていた手段が、最早完全に無力化されていた。

 

それだけでは済まされない。シルフィードを駆るタバサが急降下して巨大なジャベリンを命中させていたが、それですら蹌踉めくである。……いや、ちょっと待って欲しい。蹌踉めく?結構いいセン行ってるのではないか?

 

「見た?!今の見た?!見たでしょう?!このままだとまぁたあの子に、オイシイとこ全部持っていかれて……じゃなくて!問題は、私のこれまでの苦労が、全部パーになったって事よ!どーしてくれんの!」

 

「……あ〜、そうだった。確かにオメーさん、結構頑張ってたよ。すまんね、ついつい。このパジャマが余りにも笑かしてくれるもんで、忘れちまってた。」

 

そう言うと、デルフリンガーはどっこらしょとばかりにカシャンと音を立てた。

 

「さてさて、久しぶりに斬れ味自慢と洒落込みますかね。あ〜〜、ヤダヤダ。今更産まれたての剣みたいなことするの、カッコ悪いぜ。もしも同族に会う機会があってもこれ、内緒にしといてくれよ?」

 

「アンタ、ちゃんと目ぇついてる?相手は鋼鉄製よ?!斬れる訳ないじゃない!」

 

「そこまで役立たずに見える、オレ様?ちょっとショックなんだけど。今なら斬鉄くらい訳ないぜ、多分。」

 

そう言うと、デルフリンガーはブーンと震えだした。ついさっき身につけた、超振動の能力である。

ただでさえガンダールヴの相棒として有名を馳せた彼が、こんな事になればどうなるか。それはもう、脅威の斬れ味を発揮するに違いなかった。

 

「まぁ、こういうのは剣士が修行して身につける技術だから燃えるんだけどな。」

 

「ああああアンタ、そういう事できるならちゃんと申告しなさいよ?!」

 

「だっからそれを一番はじめに無視したオメーさんが言うか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなでルイズ達が揉めているとき。

タバサは焦っていた。

 

まさか、身につけたばかりのジャベリン版急降下爆撃が通用しないとは。

かくなる上は、更に高度を上げて垂直降下を行うべきか。いやいや流石に、そんな事をすれば引き起こしに失敗するだろう。そうなれば墜落死間違いなしである。

 

やり方を変えねばならぬ。

 

この時タバサは、自身の持ち得る最大の攻撃オプションを思い出した。

ライトニング。

射程距離20メイルくらいの接近戦専用魔法だが、多方向に同時攻撃可能な点からして明らかな様に、威力に関しては文句なしである。オマケに相手は、全身を鋼鉄で覆われている。この上なく電撃の通りも良いだろう。

……いや待て、待つんだ。これは鎧の中に人が居る場合の対処法である。亡霊が相手の場合はどうなるのか?デッカい避雷針に雷落とす様な結果に終わるのでは?

 

このときタバサはしかし、クワッと目を見開いた。

 

相手は確かに亡霊だ、しかしデルフリンガーという騎士の幽霊ときている。ならば生前の記憶を引き摺り、鋼鉄に包まれれば安心という経験則に従う筈だ。

タバサの唇は、知らず知らずのうちに釣りあがっていた。

冥界で大人しく輪廻を待てば良いものを。未練がましく現世に現れるとは、愚かさの極みである。ましてやこのシャルロット・エレーヌ・オルレアンの魂が宿るタバサの目の前に現れてしまったのが、運の尽きというものである。

 

いやいや、獲物を目の前に舌舐めずりは、素人のやる事だ。

タバサはプロである。ガリア北花壇騎……いや、前々からこの公称は気に食わなかった。大体なんだ、この響きの悪さは。よくぞこれまで、庭師と勘違いされなかったものである。いやいやそれこそ、ガーデニングのプロに失礼な話である。もうこの際だから、ドラゴンマジックナイトで通してしまおう。

いずれにせよ、現役の騎士である事に変わりはないのだ。6,000年前に引退したローテク如き、表情一つ変えずに退治してのけて当然なのである。

 

「む、無茶苦茶なのね!そんな至近距離の射撃訓練は、した事ないのね!一週間お肉追加して貰わないと、手を貸さないのね!」

 

タバサはシルフィードの耳元で作戦を伝えると、使い魔の返してきた言葉に微笑を浮かべた。

彼女がこう言う時は、だいたい成功する。

本当に、頼もしい使い魔である。私達は、本当にいいコンビだ。

 

そうと決めたタバサは最上の肉を約束し、攻撃準備に入った。

 

”この国の牛さんじゃないと、嫌なのね!こないだ貰ったお肉は、アルビオン産のゲテ物だったのね!脳味噌がトロトロで、一気に食べる気失せたのね!”

 

風を斬る急降下の中、シルフィードの不満が脳裏に響き渡った。

タバサはニヤリとした。丁度いい、ルイズには貸しがある、彼女に牛を7頭用意して貰おう。いや、場合によってはもっと吹っ掛けても良い。漏らした事を内緒にする事を条件に出せば、一週間どころか一ヶ月も夢ではないかもしれない。そうとなれば、シルフィードの分だけではなく自分の分も……

 

面倒臭い。牧場を丸ごと買い取って貰おう。

 

食欲を刺激されたタバサはそうして、エア・シールドを解いてライトニングの呪文を唱えた。

杖先に魔力を集中させる。

そしてついに、軸線に載って攻撃を仕掛ける瞬間。この場で一番相応しい詠唱を行なった。

 

「悪霊退散、一呪入魂、一撃必殺、雷撃呪文!」

 

こうして放たれた電撃は、幾条にも枝分かれし、その全てが鋼鉄製巨人の頭部に命中した。

迎撃すべく待ち構えていたと思しきデカブツ君の右腕は、あと一歩のところで奏功しなかった。一瞬のうちに、彼は動きを止められてしまったのである。

 

所謂スタン状態になったに過ぎなかったが、元より稼働時間の限界に差し掛かっていたのだ。

その後、デカブツ君は完全に動きを停止した。

 

その様子を安全圏に離脱した状態で眺めたタバサは、大きな杖を右手に抱え、左手でシルフィードを撫で付けた。

 

「最早この私に、恐れるものはない。今から私は、ゴーストバスター・ドラゴンマジックナイト・タバサである。」

 

しかし彼女の上機嫌も、長続きしなかった。

 

「チョーシこいてんじゃないわよ、この、手柄泥棒!降りて来なさい!」

 

ルイズが地上で、捲くし立てていた。

やれやれである。

タバサはため息をつくと、その言葉に大人しく従った。

 

さて、牧場が待っている。

 





パチュリーさんのうっかりを描きたかったのですが、うまく行ったでしょうか。
デルフリンガーは別に、パチュリーを本気になってバカにしてる訳ではなくて、アメリカ人的なノリでケラケラ笑ってる感じです。行き過ぎてたら、ご指摘下さい。

7/23 タバサが電撃流す理屈を、少し変えました。シンさん、ご指摘どうもありがとうございます。


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第21話 規制緩和


お待たせ致しました。
3回書き直して、こうなりました。
久しぶりに真面目に話を書こうとして、物凄く苦戦してしまいました。
どうぞよろしくお願いします。


 

 

ルイズとデルフリンガーは、珍しく意気投合していた。

あの、お空で偉そうに舞っている竜騎士は、一体何様のつもりなのかと。せっかくこちらがヤル気を出してみれば、この掻っさらい具合。これだからブルジョワはムカつくゼ、と言わんばかりである。

 

タバサが地上に降り立つなり、ルイズは狂犬の様に吠え立てた。100%言い掛かりなので、あながち間違った表現でもあるまい。

 

「アンタはね〜〜、いっつもいっつもい〜〜〜っつも!美味しとこぜ〜〜〜んぶ取ってちゃうじゃない!私に何か恨みでもあるの?一体なんなのよ?!」

 

「アンタこそ何よ、助けて貰っておいてその言い草は。この、お漏らし娘。」

 

キュルケが物凄い正論を唱えて来るので、ルイズはううと唸った。こうまでスパッと核心を突かれてしまうと、立つ瀬がないのだ。八つ当たりをしている自覚がある以上、仕方がない。

 

「諦めんなピンク!誰もが口を閉ざしても、敢えて声を大にしなきゃならん局面があるんだよ!今が正にその瞬間だ!臆病で無口な衆愚に成り下がんな!」

 

デルフリンガーが勇ましくも虚しい言葉を吐くが、それは誰にも聞き届けられなかった。

タバサ以外には。

 

「何奴。」

 

彼女は鋭い目つきで、空中に浮かぶ怪しい剣を射抜いた。そしてこんな風に誰何されてメンチまで切られて黙っている程、デルフリンガーは殊勝な剣ではない。

 

「おうおう、チビ助が随分な口き〜てくれるじゃねーか。それ以上舐めた口ききやがると、容赦しねーぞっ……」

 

「…………面妖な。」

 

この後はもう、予想通りの展開となった。挑発に乗ったタバサがデルフリンガーを幽霊だと勘違いしたまま、全力で除霊しにかかったのである。

もちろん彼女は陰陽師ではないので、攻撃魔法を撃ちまくった。これでもかと言わんばかりに、四方八方にウインディ・アイシクルを連射したのである。さしもの彼女も脅威の生命力を持つ物の怪を目の前にしては、錯乱気味であった。

 

キュルケはファイヤーウォールを使って、パチュリーはジェリーフィッシュプリンセスを使ってそれぞれ防御し、高みの見物を決め込んだ。これに対して貧乏くじを引くことになったのは、ルイズである。

 

あわてんぼうの彼女は、デルフリンガーが魔法を吸収できるという事を綺麗さっぱり忘れていた。魔力で操ってヒョイヒョイと逃がしてあげたら、亡霊に肩入れしたとタバサに断じられて連射の的にされ……何とか収まりがついた時、デルフリンガーだけが己の成し遂げた偉業を声高に叫んでいた。

 

「うおぉぉい!今のオレ見た?!凄かっただろ?!………ま、マジで輝いてたぜ……」

 

彼はドサクサに紛れて超振動ブレードと化して、正面衝突しそうなウィンディ・アイシクルの一発をスッパリやっていた。だが………ルイズには、その事に気づく余裕は無かった。デルフリンガーを操りながら自分に迫る氷矢を偏向するという高度な作業に追われていたのだ。集中の鬼と化し、雑念の入り込む余地なぞ微塵もなかった。

 

キュルケはアタフタするルイズを見てケラケラ笑っていたし、唯一気がついていたパチュリーは大騒ぎする様な可愛い性格をしていない。速射砲と化していたタバサに至っては、魔力切れで意識朦朧としている。対空砲火さながらに弾幕を展開した後では、余裕がないのである。

 

「は、はぁっ??!!何なんだよ、お前らのそのうっす〜〜い反応は?!言っとくけど今一番すごい事したの、オレ様だかんな?!桃髪の並列処理よりも、青髪の速射魔法よりも、赤髪と紫髪の防御魔法よりも、よっぽどスゲー事やったんだぞ?!それなのに賛辞はおろか労いの言葉一つね〜って、一体どういうこったよ?! 」

 

「………青髪ではない……」

 

このときデルフリンガーのボヤキを止めたのは、息も絶え絶えなタバサであった。

彼女はそれだけは受け入れまいとするかの様に、ギラリとした目つきでデルフリンガーを見据えた。

 

「私の髪色は、スカイブルー。」

 

「いや、そんなカッコつけて空色とか言っても、青色である事に変わりは……」

 

「貴方が望むなら、蒼天(スカイブルー)のタバサで構わない。」

 

デルフリンガーはこのとき異様なプレッシャーに晒されて、ウウとたじろいだ。普通こういうセリフはさり気なく言い捨てる筈なのだが………今のタバサからはそう呼ばないとブッ殺すぞと言わんばかりの、強烈な迫力が感じられた。そのくらい何か凄まじい圧力が、身長150サントに満たない身体から迸っている。

 

「いや、スカイネットだかスカイホークだか知らんけど、強制しないで欲し」

 

スカイブルー・タバサ!

 

「………はい、さーせん……」

 

デルフリンガーはついに押され負けた。これ以上余計な口を挟むと、鍔口を溶接されて、二度と喋れなくなりそうだったから。

 

 

 

 

「はい、次!次の議題!一息ついてる暇はないわよ!盗まれた物を取り返しましょう!先生、よろしくお願いします!」

 

ルイズは、何となく入り込みづらくなってしまった空気を甲高い声で一掃した。

 

パチュリーにお願いして、フーケに盗まれたものを召喚して貰おうとしたのである。これに応じた七曜の魔女は、いつもの気だるげな調子で呪文を唱えた。万事が丸く収まる流れである。

問題は、そこからだった。

何と、不発に終わったのだ。いや正確には、召喚ゲートだけ出来上がって、何も出てくる気配がない。

 

ルイズは首をかしげた。

 

パチュリーが勝手に改造したサモン・サーヴァントは、ファジー検索可能な優れものである。この場合はフーケに盗まれたものを云々、としていたが………

 

「どういう事?検索の条件が間違っていたのかしら。」

 

「盗まれたものが生物であったり情報であれば、こうなるわ。」

 

パチュリーの回答を耳にしたルイズは、頭を抱えたくなった。

おいおい、生物が盗まれたってそりゃ、拉致事件ではないか。まさかこの場に居ない生徒の誰かが誘拐されたとか、そういう話ではあるまいな。………いやしかし、フーケは殺人もする超凶悪犯らしいが、不思議と人身売買に手を染めたとは聞かない。ウームと唸ったルイズに対して、キュルケはポンと手を叩いた。

 

「情報っていうと、知的財産とか?それならあり得そうな話よね。」

 

「あり得そうって何よ、心当たりあるの?」

 

ジト目になったルイズに対して、キュルケは胸を張って答えた。

 

「この学院の宝物庫にあるのって、いわゆる禁書の類でしょ?原本は書棚に戻して写本を作って売り捌けば、ノーリスクでお金儲け出来るのよ。闇市に流せば、教師の目に留まることもないし。速記術自体は平民でも出来るから、フーケならば身に着けていてもおかしくなわよね。」

 

「何でそんな具体的なのよ、アンタ何考えてんの?!」

 

「ビジネスかしら?知的財産の簒奪は露見しても、現行法では罪に問われないのよ。ゲルマニアでもようやく議論が持たれるようになったくらい、新しい分野だから。トリステインに至っては言わずもがなでしょ。」

 

これを聞いたルイズは、キィと唸り声を上げてキュルケを懲らしめようとして……非常に嫌な光景を目にしてしまった。

パチュリーが、魔法陣を展開しているのである。キュルケが禁書云々と口にしたそばから、コレである。ルイズは頭痛に襲われた。

 

「貴女はさり気なく、一体何をしようとしているワケ?」

 

「召喚をやり直すのよ。」

 

「話聞いてなかったの?そもそも、何も盗まれていない可能性が……」

 

「オッカム・レイザーね。」

 

「はい?」

 

「私たちは、変に深読みしてしまったという事よ。さっきの現象はもっと単純に、私の召喚魔法がブロックされたと解釈するのが普通なんじゃない?」

 

「……いや、全然普通だと思えないんだけど。貴女自分がどれだけ稀有な話をしているか、自覚はあるの?その理屈だとフーケが、貴女より優れたメイジだという事になってしまうんだけど。」

 

「面目ないけれど、認めざるを得ない事よ。」

 

ルイズは呆れ返って、ものすご~く大袈裟にため息をついた。

な〜にが面目ない、だ。もしも本当に魔法の腕で上を行かれたら、そんな風に泰然としてはいられまい。パチュリーがメンタル弱いのを、ルイズは知っているのである。ミセス・シュブルーズのトンチに負けたくらいで気絶したのだ、魔法に関して全面敗北したと自覚した暁には、発狂するだろう。

 

今この瞬間に喋っていることの全てがデタラメと見て、間違いなしである。もはやパチュリーの眠たげな目が、胡散臭い詐欺師のものに見えて仕方がなかった。

 

「悪いけど今の話、全っ然説得力ないからね。宝物庫の書物を読んでみたいからってテッキトーなこと言い始めたのが、丸わかりだから!嘘をつくなら、もっとマシなつき方をしなさいよ。だいたい貴女がオリジナルにカスタマイズした召喚魔法を、フーケは一体どうやって防いだというつもりなの?」

 

「基礎となる術式は、ミセス・シュヴルーズの著作とそうそう変わらないわ。そこからの派生を全パターン想定した上で、対召喚フィールドを構築すれば、充分に抗し得る。ここまで単純な可能性にすぐさま思い至れないとは、私も耄碌したものよ。」

 

ルイズは思わず破顔し、パチパチと拍手していた。アカデミーの研究動向を調べた事があるルイズにも意味不明な単語を、物凄く当たり前な事の様に愚痴るとは、流石なものである。

 

「エレオノール姉様に素敵なお土産話を、どうもありがとう。そうした結界だかバリアーだかの概念を伝えてあげれば、恐らく偉大な功績を残す事になるでしょう。何しろ王立魔法研究所にはこれまで、そういった発想すらなかったんだから!一介の盗賊風情が一体どうやって、そんな大逸れたものを作ろうというアイディアを抱くのよ?!フーケってのは、どれだけ研究熱心なワケ?!盗賊なんかやめて、今すぐアカデミーに就職しなさいよ!推薦状書きましょうか?!」

 

「国立の研究機関だけが技術革新を齎す時代に、終止符が打たれたという事よ。これはそういう歴史の転換点とも言うべき事態と解釈すべきね。貴女も魔法使いの端くれならば、既得権益に囚われず大局を見据えなさい。」

 

ルイズはプルプルと肩を震わせて、一刻も早くこのバカバカしい議論に終止符を打とうとした。

 

「何を偉そうに講釈垂れてんのよ………貴女の話は全部、フーケが盗んだっていう仮定に基づいているじゃない!一体どこにそんな証拠があるのよ?!」

 

「盗んでいないと証明できない以上、その可能性は永久に不滅だわ。」

 

「盗んだと仮定すると、召喚できなかった事実と矛盾するじゃない、証明終わり!」

 

「背理法でしか明かし得ない命題は、真とは言えないわ。詳しくはブルバキを読みなさい。」

 

「そういう物言いは、頭にくるからやめなさいよ!……あ、コラ!まだ話は終わってないのよ?!」

 

パチュリーは一方的に会話を打ち切ると、とうとうサモン・サーヴァントの詠唱を始めてしまった。

ルイズは真っ青になった。

鬼に金棒、母様に風魔法、パチュリーに禁書、これらは全て収拾不可能な事態を表している。たとえ世界にとっては小さな出来事でも、全ルイズとっては大きな第一歩なのである………破滅へと向かう、踏み出したくもないやつだ。

 

最早、実力行使もやむを得まい。ルイズは覚悟を決めると、 左手をグッと握り込んだ。

 

「いつまでも私を、ゼロのままだとは思わない事ね……」

 

「ムキュ?」

 

このときパチュリーは詠唱の途中でそれを中断させられて、おやという目つきをした。その結果ルイズは、思わずニヤリとなった。

フハハハハハハ!やった!とうとうこの魔女に、吠え面かかせてやったぞ!

先の動作と共にルイズは念力で、パチュリー・ノーレッジの身体の一部を抑え付けていたのである。それは、七曜の魔女の薄い唇であった。当たり前の話だが人体は、こうされてしまうと発声出来ない。

 

「勿体ねぇなぁ!喉元締め上げていれば、チョーク・スラムなのに………」

 

デルフリンガーが本気で惜しむ程にこの発展型は、メイジや魔法使いにとって致命的だった。詠唱を封じられて魔法は使えない、これは常識である。如何に無言で魔法を使役できるパチュリー・ノーレッジと言えども、こと召喚魔法に限っては毎回呪文を唱えている以上、そこまでの域に達していないと見ていいだろう。

 

だが。

 

『勘違いしているみたいだけど、私が詠唱しているのは個人的な趣味よ。』

 

例の片方向通信でそう語りかけられて、ルイズは叫び声を上げた。

 

「し、しまっ………!」

 

この時パチュリーは、召喚魔法を無言で完成させたのである。ルイズの推測は、根本的に間違っていた。

事態はいよいよ、帰還可能地点を通り過ぎてしまった。

 

正しく魔導書然とした禍々しい書物が、召喚ゲートから現れてしまったのである。

『グリモワール・オブ・アリス』と題されたこれこそが、フーケが内容を書き写して何処かへと運び去ろうとしているものの原本と見て間違いない。それくらいこの書物には、著作者の人並外れた才気と研鑽が感じられた。

 

ルイズは咄嗟に杖を使って爆破処理しようとして、何処かに落としてしまったことを思い出した。ちなみにこの書物は学院が厳重に保管していた財産であるという認識は、頭から完全に抜け落ちている。とにかくパチュリーがこれに目を通す前に破壊しないと、とんでもない事になるという強迫観念に駆られていた。こうなったらもう、手段は選んでいられまい。

 

「キュルケ!」

 

「何よ、珍しくアンタから声掛けて来たわね。」

 

「お願いだからこの本焼いて、今すぐ!紙キレ一片に至るまで全て、焼き尽くして!」

 

「何よ~その普通な頼み方は~~。私に頼むなら楽曲に合わせてツェルプストー家の歴史と荘厳さを唱い上げてから………」

 

「は、話になんないわね……タバサ!何でもいいからこの本読めなくして!アンタもこれが読まれたらとんでもない事になるくらい、わかるでしょう?!」

 

これに対してタバサは、首を横に振った。

 

「手遅れ。」

 

泡を喰ったルイズとは異なり、シュバリエ・ド・ノールパルテルは非常に冷静だった。

彼女はパチュリーがとっくの昔に何がしかの魔術をこれらに施したであろう事を、予測していたのである。時既に遅しであると、直感していた。

 

何よりも今、より深刻な問題に真正面から向き合っている最中だったのである。

 

先ほどデルフリンガーがチョーク・スラムという技名を口にした瞬間に、ビビッと来たのだ。そういえば未だ自分には必殺技的なものがなく、編み出せた時にタイミング良くセンスフルな命名が出来る保証もない。これは………危機的状況である。今のうちから検討を重ねておかないと、後々大問題になるだろう。

今やタバサは自分が、スクエアの領域に到達しつつあると明確に実感していた。ならばその必殺技に至っては、その名前を聞いただけで敵が身動きを封じられ、呼吸を止めてしまう様な……スーパーミラクルハイパーゴッドアルティメットインビンシブルドレッドノートなものでなくてはならぬ。

………これは、一朝一夕に片付く問題ではない。しっかりと腰を据えて、長期戦を覚悟する必要がる。タバサはこうした決意を、心に刻み込んでいる最中だったのである。他の事なんてどうでも良かった。

 

黙りこくってしまったタバサを見てルイズは、もはや完全に手詰まりだと気が付いた。挙句にトドメとばかりの宣言が、パチュリーの口から発せられてしまった。

 

「言っておくけど、少々の魔法ではこの子はビクともしないわよ。耐火、耐水、耐衝撃、耐腐敗、耐召喚、防爆の性能を付与したから。」

 

ルイズは歯軋りした。

 

「いいい一体何なのよ、その意味わかんない鉄壁さは?!大魔王に最終決戦でも挑もうっての?!」

 

「耐召喚と防爆を除けば、私が運営していたヴワル図書館での初歩的な保管措置よ。私のものとなった以上、たとえ全世界が敵に回って攻撃して来ようとも、擦り傷ひとつ負わせないわ。」

 

くそっ、何だかちょっとカッコいい。

ルイズは女の子として一度は言われてみたいかもしれないセリフをパチュリーが言い切ったことに、感動してしまった。しかしドサクサに紛れて所有権が明後日に行ってしまったことを、聞き逃す筈もなかった。

 

「何が私のもの、よ!それはこの学院のものでしょうが!」

 

「フーケに盗まれたものを私が取り返したのだから、所有権は私にある筈よ。」

 

「その理屈はオカシイでしょう?!何で、取り返した人のものになっちゃうのよ?!ちゃんと持ち主に返さなきゃ、ダメに決まってるじゃない!百歩譲ってフーケが盗んでたとして、二重に盗んでどうするの?!」

 

「易々と書物を奪われる様な防衛体制しか構築出来ていない施設に、図書館と名乗る資格はないわ。ヴワルは私が去った後も、全自動で外敵を排除し続けているわよ。近寄るものは全て敵だと認識しなければ、大切なものは守れない。」

 

「だっから貴女は一体、どこの国境線沿いにある国防最前線な要塞の話をしているのよ?!図書館ってのは、作戦コードか何かなの?!」

 

「貴女が不意打ちなんてことをするから、それに学んだのだけれど。」

 

「ここでその話を蒸し返さないでよ?!」

 

ルイズは余りのことにウガーと唸って、本当にこれからどうしようかと悩んだ。

マズイ、非常にマズイ。

破壊不能になってしまった以上、パチュリーがこれを読むのを止めようとするだけ時間の無駄だろう。ならばせめて学院に返却して貰わないと、単純に窃盗した事実だけが残ってしまう。

 

「いいいいいいずれにせよ、ちゃんと返さなきゃダメなのよ!図書館ってそもそも、公共の施設なんでしょう?!誰かが借りたまま自分の物にしちゃったら、他の人が読めなくなっちゃうじゃない!」

 

そうこうしているうちにも、パチュリーはその魔道書のページを捲り始めていた。すわこれから読書タイムか、いい度胸だ、完全にナメ腐ってくれちゃってぇ……とルイズがボルテージを上げかけた瞬間に、パチュリーはパラパラと全頁をブラウジングした。

 

「まあ、そんなに焦ること無いわよ。返すわ。」

 

「もう読み終わったの?!」

 

「そこは妥協して、覚えることだけに集中したのよ。」

 

「……画像として記憶したのね。」

 

ルイズは呆れ返って、とりあえずはパチュリーが決定的な泥棒にならなくて済んだ事にホッと胸を撫でおろした。これでまあ何とか、ちょっとお茶目な借用に収まるのではないか。反省文の内容は今のうちから、考えておくことにしよう。

……しかしそれにしては、パチュリーが妙にホクホクした雰囲気であるのが気になった。

いやこれはどちらかというと、ワクワクに該当するのではないか?

 

「ところでこの本は、一体どういう内容なのよ。」

 

ルイズは肝心の本の内容が気になって、目次と後書きに目を通した。そしてあまりの事にウゲーッと、子女にあるまじき悲鳴を上げてしまった。

 

第一部:断食の章

第二部:不眠の章

第三部:不老の章

第四部:召喚の章

 

後書き:

 

『巨人ゴリアテを召喚する試みは、失敗に終わった。やはり死者は召喚できないのか、それとも旧約聖書が創作なのか。疑問は尽きぬが私は、諦めない。必ずや自律人形として生を与え、彼の者が自由に闊歩する都会を築き上げてみせよう。』

 

何だこれは?!意味不明な癖にスケールの大きさだけが伝わって来る後書きからは、パチュリー的思考法がビシビシ伝わって来る。彼女の創作物ではないのか?!

 

「ちちちちちょっとこれは一体、どういう事よ?!まさか、咄嗟に入れ替えでもしたの?!この期に及んで変な小細工するの、やめなさいよ!」

 

「ハイスクールの学生みたいな斜め読みで、ものを言わないで頂戴。これはアリスという非・魔法族の女の子が、種族魔法使いになるまでの過程を記した日記よ。」

 

ルイズはそれを聞いた瞬間に貧血を起こして、ヘナヘナと座り込んでしまった。

何てこった、捨食と捨虫はメイジの様な魔法族が更なる上を目指す為に成す、そういう術だと思っていた。しかしこのアリスという女の子は、ハルケギニアの平民と同じ位置からスタートして……これ程の頂きに自力で到ったというのか?間違いなく、超異才である。自分が恥ずかしくなる。

 

……いや、問題はそこではない。

内容次第によってはこれ、非メイジが種族魔法使い化するためのマニュアルとして機能してしまうのではないか?

ルイズがパチュリーの言葉を聞いて真っ先に危惧したのは、正しくこの点なのである。

彼女は貝の様に黙りこくって、座り込んだ膝の上でその古文書………『アリスの魔導書』の頁をめくって行った。その真後ろからキュルケとタバサがどれどれと覗き込んで来たが、何も言う気になれない。

 

「アンタ何でそんな、真っ青な顔してるの?こんなのどう見ても、出鱈目な御伽噺でしょうが。餓死して終わりでしょ。」

 

「この人は、努力の方向性を間違っている。」

 

修行なんて死んでもやりそうにないキュルケと、『寝たままハシバミ草を食べ隊』の斬り込み

隊長タバサが気を利かせて声をかけてくれたが、申し訳ないことにルイズには気休めにもならなかった。メイジならばこうした反応をするだろうと、判っていたからだ。

 

敢えてこんな苦行を積まなくても魔法が使えるのだから、魅力に乏しくて当たり前だ。

けれどもこの世界の平民にとっては、どうだろうか?この本を読んで、同じように笑って済ませてくれるだろうか。

………それでは収まらない気がするのだ。

 

「パチュリー………盗まれたものとは言わず、フーケ本人をこの場に召喚してよ。」

 

「敵意ある者を召喚しないよう、この術は強制力を持たないわ。フーケという者が見ず知らずの私に召喚をかけられて、それに応じてくれると思うの?」

 

「何よ此の期に及んで、白々しい!貴女の作る召喚ゲートはいっつも、地面と平行に上向いて出現してるじゃない。これまで散々落とし穴的に運用しておいて、今更その理屈が通る訳ないでしょう?」

 

この時パチュリーは、肩を竦めるかわりにフウとため息を吐いた。

 

「やりたくないわ。」

 

「何でそんな意地悪言うのよ!」

 

「手間だから。」

 

「あ、貴女ねぇ………」

 

ルイズはこの事態がどういう可能性を示唆しているかを語り出そうとして、余りにも荒唐無稽な話になってしまう事に気がついた。

 

もしもデルフリンガーの言う通りにフーケが、孤児院に顔が広くて。

御伽噺がわりにこの写本を読んだ孤児が、飢餓対策として捨食の術を試みたら。

トリスタニアの貧民街には、それなりの数の魔法使いモドキが出現する事にはなるまいか?

ましてやこうした現象を耳にした他の地方の平民たちにも、写本が齎されたらどうなるのか。

 

仮定を重ねすぎており論ずるに値しない、普通ならその様に結論するのだろう。しかし本当にそうやって、一笑に付してしまって良いのか?これは正しく、僅かな可能性でも消し去るべく行動すべき局面ではないのか。ましてや面倒臭い、で放置するなど……

ルイズがここまで考えた時にパチュリーは、ついでとばかりにとんでもない事を口にし始めた。その内容にギョッとしたルイズは思わず、叫び出しそうになってしまう。

 

「手間だというのは、正確な表現ではないわね。書物を広めようとしてもその伝手がない私には、再現不能な話だから。それを頼みもせずにやってくれるのだから、フーケには感謝しているわ。」

 

「な、何をトチ狂ってんのよ。」

 

「それはあんまりな言い方じゃない?この世界の全生命が種族魔法使い化したら、完璧な魔法文明を築く事が可能なのだから。魔法使い化する為の修行を貴女に積んで貰っているのは、一番強力なメイジからトップダウンでそれを推し進めて貰う為よ。フーケはこれをボトムアップに進めてくれるみたいだから、私達の行動は補完し合っているわ。お互い何を考えているかは、別として。」

 

おい、ちょっと待て、一体何の話だ?!

ルイズは突如と切り出された内容に、パチュリーの顔を穴が開くほど見つめてしまった。

 

今のセリフは、ともすればこの世界の支配者として君臨したがっている大馬鹿者の弁だが、そういう内容でない事は理解していた。実際にルイズへ、そんな尖兵じみた行動を強制して来たことは一度もない。そんな事に現を抜かすほど、パチュリー・ノーレッジは世間擦れしていまい。

 

彼女としてはあくまで、そういう可能性の種を蒔くことに終始する筈だ。何故なら学者肌すぎて、自説の社会実験を試みようにもノウハウが無さ過ぎるから。

その様なパチュリーがフーケを放置するという事はつまり、先ほどのセリフの後半部分に、それなりの確度を見込んでいるという事になる。

 

「ボトムアップって貴女一体、それはどのくらいの可能性があると思っているの?まさかこの世界の全員に素質があるとか、言い出さないわよね。」

 

「その通りだけど。」

 

「どうしてよ、無茶苦茶でしょそんなの。」

 

「何故ならこちらの世界では、魔法という概念が固定観念のレベルにまで定着しているから。魔道を歩み始めんとする者にとってこれがどれ程のアドバンテージとなるか、私が元居た世界を知らぬ貴女には、想像もつかないでしょうね。この世界の住民は等しく、充分な可能性を秘めている様に思えるわ。このハルケギニアがこれからどう変わっていくか、今から楽しみよね。」

 

まさかパチュリー自ら、魔法の自由化に関してお墨付きを与えてくれるとは。正直、やめて欲しかった。全然嬉しくない。

 

ルイズはもういっそのこと、今聞いたことを全て忘れてしまいたかった。

 

これまで貴族と平民が曲がりなりにも協力し合って来れたのは、前者が魔法を使って高付加価値な活動を担い、後者がその銃後を支えるという分業体制が築かれていたからだ。言わば魔法が障壁となって、社会の安定性を保ってくれていたのに。それがいきなり吹き飛んだらどうなるか。

ルイズはせめてもの安心材料を求めて、否定的な理屈を探し始めた。とりあえずそうしない事には、心の平穏が保てなくなりそうだった。

 

「でもでも、そうはならないわよね?ある時点を境にいきなり魔法使いが大量発生したらアウトだけど、それは流石に現実的ではないもの。漸次的に増えていく過程で旧勢力……つまりは系統メイジに一掃されてしまう筈でしょう?その……貴女の世界であった魔女狩りみたいに。」

 

パチュリーがこれに対して答えを返すまでに、一瞬の空白があった。

ルイズが違和感を覚えた時には解消されてしまったので、その事を蒸し返すことも出来なかった。

 

「……そうね、私もそう思うわ。新たに生まれて来る魔法使いの実力がどの程度になるか、全く未知だから。だからこそ貴女にはこの事態に関して、静観を貫いて欲しいのよ。これは言わば私の、ささやかな夢だから。せめて踏みつけるならば、そっとして頂戴。」

 

「無茶なこと言わないでよ……。魔法の使えなかった私がそれを使えるって知った時、どれほど嬉しくて高揚したか、貴女も見たでしょう?この熱狂が全平民に伝搬したら、歯止めが効かなくなるわ。ましてや身分闘争と結びついたら、世界規模での悪夢が始まる様なものよ。……フーケは、何としてでも止めなくっちゃ。」

 

ルイズはこのセリフの結びとは反対に、決然とした行動をとりかねていた。何故ならいつもと変わらずに自分を見つめてくるパチュリーの目つきが、途轍もなく心地悪く感じられたから。それは正しく、自分の放った言葉が既得権益に縋らんとする守旧派を代表しているという自覚の裏返しであった。その事が負い目となって、ルイズの心に重くのしか掛かっていた。

 

……そもそも今の話は全て、可能性でしかない。

客観的に見れば一人の家出少女の日記が、書き写されて運び出されただけ。キュルケの理屈に沿うならフーケのやった事は、不法侵入くらいだろう。余罪は色々ありそうだが、貴族とはいえ学生に過ぎぬ自分がそこまで追求するのは、流石に度を越している。ならばあくまで一貴族の私刑という形式で、フーケにこれからの行動をやめさせなければならない。果たして今の自分にそこまで、思い切った事が出来るのか。

 

現実的にも、今から追い掛けて取っ捕まえるのは、ルイズ単独ではかなり無理がある。パチュリーは絶対協力しないと宣言した様なものだし、キュルケは社会変革とか大好きだろう、タバサは………タバサ?!

 

ルイズはこのとき小柄なメイジの肩がプルプルと震えている事に気がつくと、コレはキタ!と目を輝かせた。さすがは大国ガリアからの留学生である、危機管理に対する心構えは、かくもたるや。これはこの上なく頼もしい味方になってくれそうである。

 

「タバサ、いくら反体制的な思考を持つ貴女でも、流石にアナーキストに傾倒している訳ではないわよね?ヴァリエール家三女として、フーケ捕縛に協力を求……って、ちょっと、どうしたのよ?」

 

ルイズはタバサの目を覗き込んで、完全にこことは違う場所を見ていることに気がついて、背筋が寒くなった。自分以上に小柄なこの少女は一体、何を考えているのか。

タバサはこの時ようやく現実世界に戻って来たようで、唇を震わせながらか細い声で呟いた。

 

「ぜ、全世界ナイトメア………」

 

「は?」

 

「…………こ、これは……」

 

「あ、アンタ大丈夫?一体何を……」

 

「貴女は今のを聞いて、どう思った?」

 

ルイズは完全に置いてけぼりを喰っていたが、貴重な協力者候補に対してなんとか話を合わせようとした。何しろタバサの血走った目つきが迫力あり過ぎて、今すぐこれに真面目に答えないと血を見ることになりそうだったから。

 

「お、恐ろしいわよね。見てよこれ、鳥肌立っちゃったわ。」

 

タバサはルイズが言葉の通りに恐怖に震えている事を確認すると、非常に重々しく、王者の貫禄すら醸し出すような鷹揚さでウムと頷いた。この瞬間に彼女の中で、未だ見果てぬ自身の必殺技……の名前が決まったのである。

全世界ナイトメア

何と甘美で、蠱惑的な響きだろうか。理性と伝統が心地よいソプラノとなって、攻撃性と暴力をオブラートに包んでいる。気高さと力強さが絶妙のバランスで保たれた、珠玉とも思える音階である。

コレだ、コレにしよう。

具体的なイメージは未だ得られぬが、名前負けせぬだけの究極技を必ずや産み出してみせよう。

 

ルイズは尋常ではない様子だったタバサがひと段落ついたのを見計らって、話を次へ進めようとした。

 

「それで今後についてなんだけど……」

 

「今の私では、力不足。方向性が見えたに過ぎない。周到に準備を重ねる必要がある。」

 

「そんなノンビリしてる場合じゃ……」

 

「拙速を尊び小手先の技術でどうにかなる程、軽々しい問題ではない。」

 

「うぅ……た、確かに現段階で、フーケには引っ掻き回されてばっかりだものね。今の状態では、返り討ちかしら……」

 

ルイズはタバサから何を言っているんだ?という目つきで見返され、その直後に深い感銘を受けた。

 

「貴女はもっと堂々として、自信を持つべき。全世界ナイトメアのキッカケは貴女の言葉にある事を、忘れるべきではない。」

 

指摘を受けたルイズは、自らを恥じた。

 

なる程、確かに。さすがは雪風と呼ばれるタバサである、目の付け所が違う。

彼女は慌てふためくルイズに対して、種族魔法使い化はルイズがメイジを中心として推し進める事も可能だと示唆してくれたのだ。平民が魔法使い化する可能性があると言っても、何も明日いきなりそうなる訳ではないのだ。それよりも今の自分にできる事に自信を持って、一歩一歩着実に歩みを進めて、やがて来る事態に備えることの方が重要だと教えてくれた。

 

結局のところは自分に出来ることは少なく、はじめからパチュリーの言葉の通りであると気づかされたのである。

 

「……そう、そうね。私は愚かにも、勇み足で駆け出してしまう所だったわ。」

 

「?………分かってくれれば、それでいい。」

 

「大きな借りが出来たわね。」

 

「!………私もウッカリしていた、それは牧場で手打ちにしたい。」

 

「……いや、流石に公爵家令嬢が外資に領地割譲する約束しちゃ、マズイわよ。」

 

「ムゥ……」

 

タバサは困った。コレでは巨大ゴーレム討伐に関する債権が、回収できない。一体どうしたら良いのか………

この時、流石に眠気と飽きに限界がきたのか、周囲をほっつき歩いていたキュルケが戻ってきた。

 

「ところでアンタ達、あのゴーレムどうするの?」

 

キュルケは未だに仁王立ちしているフーケfeaturingパチュリー製のデカブツ君を、指さしていた。

色々なことを経験し過ぎたルイズは最早、こんな事は瑣末な問題に思えてならなかった。

 

「フーケが置いてったんだから、もうすぐ崩れるでしょ。放置して帰りましょ、流石に疲れたわ。私はこの後部屋で、パチュリーとじっくり話合う事があるから。」

 

「アンタそこら辺、本当にザックリ割り切るわね。元はフーケのものでも、ミス・ノーレッジが手を加えたんだから彼女の同意を得なきゃダメに決まっているじゃない。使い魔の物は主人のもの、で済ませていいの?ゲストとして云々言ってなかったっけ。」

 

クッソ、何でキュルケがマトモなセリフを吐いているのだ?

ルイズは納得いかなかったがパチュリーに廃棄に関する了承を得ようとして、またもや口論になりかけた。

 

「ねぇ、パチュリー。このゴーレムに関してはとりあえず廃棄という事で……」

 

「固定化を掛けておいたから、貴女にあげるわ。」

 

「貴女いつの間に……って、何よそれは!こんなデッカいのがもうずっと、このままって事?!何てことしてるのよ?!いらないわよこんなの!!」

 

「ちょうどいい護衛になるでしょう?」

 

「大き過ぎるわよ!貴女と同じ、過ぎたるは云々ってやつ!」

 

何てこと言い出すんだ。本当にこちらとは見ている次元が違うというか……デルフリンガーを持ち歩くだけでも大変なのに、こんなデカブツ君を連れ歩いたら、テロリスト扱いされても何の文句も言えまい。

 

その時のことだった。

マントをクィクィと引っ張られたルイズは、何だ何だとそちらに顔を向けた。

タバサだった。

 

「欲しい。」

 

「へ?」

 

「アレ、欲しい。」

 

「だ、ダメよそんな……あんな物騒なモノ、易々と受け渡していい訳が……」

 

「ケチ。」

 

「け、ケチって何よアンタ!」

 

「いらないって言った。」

 

「それはそうだけど……あれで何する気なの?」

 

「乗る。」

 

「へ?」

 

「頭の天辺に、乗る。」

 

その光景を想像してしまったルイズは、最早どうでも良くなってきた。

 

「はあ……悪用しないなら、あげるわよ。大事に使ってね?」

 

「分かった。」

 

もう知らないぞとばかりに部屋へ戻ろうとしたルイズは、小さな抵抗を感じてその場に留まった。何なのよ、と見るとルイズの服を小さな手が掴んでいる。

タバサはもう片方の手で、ルイズがつけたと思しき傷跡を指差していた。

 

「壊れてる。」

 

「知らないわよ、そんな事。さっきまで命のやりとりしてたんだから、所々ぶっ壊れてて当然でしょうが。」

 

「壊した、私の。」

 

「私が壊した時は、フーケのものだったでしょうが?!時制がおかしいわよ!」

 

「直して。」

 

「私は錬金が使えないの!何よそれは、嫌味?!」

 

結局ルイズは、タバサがデカブツ君の修復を終えるまで彼女を空中に浮かばせて作業の補助をする羽目になった。

 

全てが終わった頃にはもう、東から太陽が昇ってきても良い時間になっていた。

長い一日がようやく終わろうとしているかにも思えたが……実はまだ始まったばかりであった。

 

 

 






グリモワール・オブ・アリスの内容に関しては、完全に創作です。
元々は無難に『ネクロノミコン』とか『エイボンの書』とか、由緒正しい魔導書を入れ込む予定でした。
しかしクトゥルフ神話の解説が長くなり過ぎて、ボツに。
その後は『第三身分とは何か』を入れ込もうとして、既に革命ものがあったのでボツに。
最終的にこうなりました。

パチュリーが種族魔法使いでハルケギニアを覆いつくしたいと思っている理由はもう少し細かく考えてあるのですが、それは後の話で描いていきます。

思えばタバサに「全世界ナイトメア」と言わせる為に、随分と遠回りをしてしまいました。
彼女はこの後で悪夢の塊みたいな吸血鬼と対決しますので、今のうちに可愛らしくノビノビとして貰いたいです。


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第22話 単独行

ようやく、ようやく……悪ふざけなしで一話書く事に成功しました。
味つけをするつもりで、フーケが最早別人と化してしまいました。余りにも酷過ぎる場合には、ご指摘頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願いします。



 

杖を捜し歩いてヘトヘトになったルイズが、パチュリーと一緒に部屋へ戻ったとき。

扉とドア枠の間に、一枚の封書が挟まっていた。その足元にはご丁寧にも、色彩豊かな油紙で覆われた包みまで置かれている。

 

「何よコレ、ラブレター?パチュリー、貴女モテるわね。」

 

「こういうとき普通は、自分宛だと思うんじゃないの?」

 

「私の美しさはこの国1番だから、畏れ多くて誰も声を掛けられないのよ。」

 

どーせ不幸の手紙かなんかの類だろうと思って封を開いたルイズは、まるで予想だにしない最悪な文面に吐き気を覚えた。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

ヴァリエール家三女へ

 

ロングビルという女の命が惜しければ、旧金貨で100エキュー揃えて持って来い。

教師陣に知らせたら、女を殺す。

支払いを拒否しても、女を殺す。

 

猶予は1時間だ。

女の身体を綺麗なまま返して欲しければ、使い魔を頼ろうとするな。

召喚ゲートが現れたりすれば、プレゼントが増える事になる。

 

包装の中身を確認されたし、脅しでない事が分かるだろう。

地図を同封しているので、破かない様に。

 

フーケより

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

ルイズは弾かれる様にして足元に置かれた包みを開こうとして、パチュリーに制された。

その目が一瞬だけ魔力を発したかと思うと、七曜の魔女は首を横に振ったのである。包みを浮き上がらせて、ルイズから遠ざけていた。

 

「見るだけ無駄よ。」

 

「見縊らないで。」

 

ルイズは念力魔法で奪い取ってそれを開き、視界に飛び込んで来たものに声を失った。

血塗れの左腕。

余りにも現実的で説得力のある物体が、そこに鎮座していた。この重た過ぎる事実に対して、ルイズは否定の言葉を呟かずにはいられなかった。

 

「……こんなチャチな代物が何よ。錬金生成なんて、お手の物でしょうに。」

 

「それにしては、魔力の残り香が少な過ぎるわ。この残滓は、左手の持ち主がメイジだったと解釈すべきでしょう。骨密度と手首の太さからは、20代女性のものだと推察できるけど。」

 

「ミス・ロングビルの特徴に当て嵌まるわね……ところでコレ、冗談よね?」

 

「いいえ。」

 

そう、と呟くとルイズは項垂れて部屋の中に入り、洗面用の手桶に駆け寄った。その真後ろではパチュリーが結界を張って、取り急ぎの傍聴対策を仕上げている。ベソをかきながら胃の中を空にしようとする小さな貴族を、水魔法で綺麗にしてあげながら。

 

そうしてようやく人心地ついた頃には、ルイズの顔つきは一変していた。

 

奥歯を噛み砕いてしまいそうな表情で杖を握りしめると、すっくと立ち上がったのである。余りの豹変ぶりに、パチュリーが気を遣ってしまう程であった。

 

「一応聞くけど、何するつもり?」

 

「今すぐこの鬼畜外道を、粉砕してやるのよ!将来的な脅威だと思った私は、大バカ者だったわ!こんなヤツ現時点で即刻、排除すべきじゃない!」

 

「落ち着いて頂戴。」

 

「落ち着け?!落ち着けですって?!何を落ち着けってのよ?!大人しく有り金全部もっていけば、ミス・ロングビルを返して貰えるの?!私はそこまでバカじゃないわよ!オマケにコイツは決定的に勘違いしてるけど、私にとってコレは、渡りに舟な話なのよ!向こうが待ち構えているっていうんなら返り討ちにして、写本ごと爆破してやるわ!」

 

ルイズはこの時敢えて強い言葉を使う事で、なけなしの気力を振り絞っていた。余りにもショックが大き過ぎて、こうでもしないと骨抜きにされてしまいそうだったのである。

 

しかし最後まで言い切って、流石に違和感を覚えた。

 

……余りにも不自然だろう。そもそも100エキュートなんて端金に一体、何の旨味があるというのか。オマケに誘拐し易くて人質としての価値も高い貴族子女でひしめく学院の中から、どうしてミス・ロングビルが攫われるのだ?

 

ルイズはトドメとばかりに雄叫びを上げると、手桶を替えていま一度洗顔をやり直し、予備の制服に着替えた。

そうしてどっかりと、ソファーに座り込んだ。

 

「これは一体、どういう事なのよ。何だか、ミス・ロングビルがクロに思えて来たんだけど。少なくとも内通者よね、この人。望みのものを手に入れたフーケに、裏切られたの?」

 

「もはやここまで怪しさ満点だと、同一人物なんじゃないの?」

 

「………それだと自分の片腕切り落とした事になるのよ?私一人誘き出すために、そこまでするかしら。」

 

「『アリスの魔導書』を読んで捨食をモノにすれば、本質的には肉体なんて用済みなのよ。実際に貴女さっき吐こうとして、殆ど何も吐けなかったじゃない。綺麗なものだったわ。」

 

「……お願いだからもう二度と、そういう意味不明な褒め方しないでね。」

 

ルイズは杖をクルクルと、掌の上で回し始めた。悩む時の癖が出始めたのである。

やる事はただ一つで、はじめっから決まっている。とにかくこの手紙の差出人を取っ捕まえる、これに尽きるだろう。しかし相手の狙いが全く読めない上に、全ての可能性をいちいち議論している暇はない。

 

この時パチュリーは、にべもなく次の一言で全てを切り捨て、書物に視線を落としてしまった。今度読もうとしているのは………風の系統魔法に関するミスタ・ギトーの授業での指定教科書である。何だか変わり者同士、惹かれ合うものがありそうで末恐ろしい。

 

「分かっているとは思うけれど、この手紙には応じるだけ無駄よ。この場にいる保証なんて全くないのだから。関わるのは止して、教師に丸投げしましょう。」

 

ルイズもこの意見には、全面賛成だ。

しかし………全ては推測を語っているに過ぎず、これらが誤りである僅かな可能性は否定できない。おまけにミス・ロングビルは未だ容疑者であり、犯罪者と決まった訳ではないのだ。

よってルイズは、フル装備で出動する決意を固めた。

何も、推定無罪の論理に殉じようというつもりはない。ただただ単純に、この場で何もしないのは逃げだと思ったのである。

 

ヴァリエール家の末席を汚す者として、敵前逃亡は赦されない。

 

ルイズはそうした思いに駆られて、部屋を出て行こうとした。

王都へ向かった時に乗ったあの馬なら、早駆けして相手の予想よりも早く現地へ辿り着けると思ったのである。

しかしふと後ろ髪を引かれて、足を止めた。

 

「ちなみに私はフーケに致命傷を負わせること、全く躊躇わないから。最悪でも、相討ちには持ち込むわ。フーケを野放しにしたい貴女の計画は、絶対に潰えるのよ。ご愁傷様!」

 

「先程から妙に強気ね。どちらかが危うくなった時点で、貴女をこの場に召喚するわ。安心して頂戴。」

 

「……そ、その前にケリつけてやるわよ!」

 

「?貴女も頑固よね、こうまで言っても無駄なことがしたいなんて。」

 

「……バーカ。」

 

ルイズは小声ながらも思わず本気で、悪口を言っていた。

『仕方がないからついて行ってあげましょう』という言葉を期待していたのに、見事に予測通りの結果となってしまった訳である。下手な援軍よりも頼りになる命綱を用意してくれたが……そんな事より、心細いから一緒について来て欲しかったのに!

 

そうしてルイズは次こそ本当に、この部屋を出ようとした。

すると今度は、今まで興味なさげに黙っていたデルフリンガーから声がかかった。

 

「ちょっと待てって。気軽に言ってるけど、勝算あんのかよ?」

 

「バレないように接近して、ミス・ロングビルの正体を確かめて、直後にフーケを爆破するわ。」

 

「……さっきの木偶人形とは、ワケが違うんだぜ?」

 

デルフリンガーは静かに一言だけ、ルイズを叱咤した。

彼には分かっていた。今のルイズみたいに内心の怯えを隠す為に強い言葉を吐いて、出たとこ勝負を挑んでも、パチュリーにこの場に呼び戻されるのがオチだと。

 

「相手は盗賊なんだ。オマエサンのコソコソ歩きに気付かないと、本気で思ってんのかよ?おまけに待ち伏せされてんだぞ。そんな状況で万事都合よく立ち回るなんて、熟練の兵士にも無理だ。ましてやオマエさん、碌に訓練すら受けた事ないと来ている。」

 

「だったらどうしろって言うのよ?まさかこの場で大人しく、全てが終わるのを待てとでも?私は別に、パチュリーの思い通りに事が運ぶのを嫌がって、こうする訳じゃないのよ。」

 

「わーってるよ………要するにさ、用心棒が要るんじゃないのかと聞いているんだよ。」

 

ルイズはこの時、捨てる神あれば拾う神あり、という言葉を思い出していた。

パチュリーの行動原理は分かっているが、それでも一抹の寂しさを覚えずにはいられなかったのだ。

しかし。

 

「申し出は有難いけど、それは無理よ。杖を使いながら貴方もなんて、器用なこと……」

 

「そうじゃねーって。杖じゃなくて、オレを持って行けと言ってるんだ。」

 

この申し出に対して、ルイズの目は点になった。

まさかこんな話を切り出されるとは。

 

「貴方自分が何を言ってるか、分かっているの?」

 

「オマエさんが爆発魔法を頼みの綱とする事は、確実に読まれてるよ。まずは、そっから離れようぜ。フーケもまさか、杖を持たずに剣担いで来るとは思っちゃいまい。そうやって少しずつ、相手の目論見を崩して行こうや。」

 

「………そんなことしたら、私がフーケを一瞬で倒す手段がなくなっちゃうじゃない……」

 

「パジャマが後詰に控えている以上、そりゃ無理だ。倒すことは一旦忘れて、頭を切り替えんだよ。オマエサンがフーケに会ってやる事は、交渉だ。とどのつまりこれは、ロングビルがシロなら助け出すって事だけなんだから。違うか?」

 

ルイズのなけなしの覚悟はこの時、一気に萎んでいってしまった。

改めてこうして言われると、途轍もなく低い可能性の為に無謀な覚悟と行動を起こそうとしているだけな気がしてしまう。いや、実際にこれはそういう事だろう。

……だが、無駄ではない筈だ。

 

「どしたい、怖気づいたか?やっぱやめとくか?」

 

「…………バカなこと言わないで。ここで逃げ出してしまっては、家名を名乗れなくなるじゃない。」

 

このときルイズはパンと両頬を叩き、決意を新たにした。

そうだ。賭けに等しい話ではあるが、これは立派な人命救助なんだ。貴族にとっては、大切な仕事なのである。

 

デルフリンガーはその言葉を耳にすると、満足そうにカシャンと鍔口を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

そういえばシエスタ達は、ミス・ロングビルが白の国アルビオンの出身だと騒いでいた。

思えばフーケが指定してきた地点も、彼の国への玄関口となるラ・ロシェールへの途上にある。するとやはりそっち方面に逃げたフーケは、同一人物にあたるのだろう。

 

指定場所へと向かう馬上で、ルイズはそんな事を考えていた。

それから程なくして、馬を降りた。

 

フーケの書いた地図によるとここから先の獣道みたいなのを通って行くと小屋があり、そこで待つと書かれている。

ご丁寧にも、説明書きまで加えられていた。

 

「…………マズイな、森が濃過ぎる。分かっちゃいたけどこりゃ、厳しい事になるぜ。視界が全然効かねーじゃんか。」

 

「大丈夫よ、私は相手を魔力で捉えられるから。」

 

「スゲーな……。でもそれは、相手が魔法を使い始めてからの話だろ?不意打ちとか、ブービートラップには気をつけろよ。それとオレの事は、常に手元に置いておけ。戦いになったらまず、防御に集中するんだ。反撃はオレの合図を待ってくれ。」

 

こういった会話を済ませてから、ルイズはデルフリンガーを浮かべて獣道を進んで行った。

こうして木立ちに包まれてみると、年老いた剣の言葉が正鵠であると実感できた。

 

ここはもう完全に、フーケのテリトリーだった。

 

こんな場所で相手より先に姿を捉えるのは、絶対に不可能だ。フーケがその気なら今この瞬間にも、伏撃を仕掛けられてしまうだろう。たとえ先制を許しても後の先を取る自信があったが………地の利を度外視し過ぎていたと思い知らされた。

 

いっそのこともう歌でも唄い始めて、早いところこちらを見つけて欲しいくらいだった。

そんな事を思ったとき、一軒の人工物が視界に入った。非常に古びた………とっくの昔に誰も使わなくなった漁師小屋か何か。

 

そして一体コレは、どういう事だろうか?

 

真っ黒なローブに、同色のフード。

あからさまにコイツだという風体の輩が、こちらに背中を向けて地面に膝をついていた。

 

「フハハハハ、油断したなバカめ!その首貰ったわ!」

 

と、叫び出したいくらいの気分に駆られたが、ルイズには実際のところそうは出来なかった。

 

それ程に相手の仕草は神聖じみており、その場を侵す事を躊躇わせる雰囲気に包まれていた。

後になってからこの出来事を振り返ったルイズは、何て甘い性格をしていたのかと呆れ返る事になる。しかし結果論的にこれは、間違いではなかったと支持されるのであった。

 

何故ならば………土塊のフーケことマチルダ・オブ・サウスゴータはとっくの昔に、ルイズを攻撃圏内に捉えていたから。

 

そもそもルイズ達がこの森林に足を踏み入れた段階から、彼女はこの地に異物が紛れ込んだ事を察知していた。それを敢えてここまでの接近を許した理由は、一つしかない。

近づいて貰えないと、会話できないからである。

 

更に理由を重ねるならば彼女は……別れを惜しんでいた。

……思えばあの空中大陸から逃れてきてもう、十年以上経つ。嫌な思い出ばかりだがそれは、人との関わりに目を向けるからだった。

この地上は……彼女の全てを受け容れ、その人生を長きに渡って支え続けてくれた。

ならばせめてもの感謝と、惜別を。

 

マチルダは掌についた土をその長い指で優しく包み込むと、ルイズ達に向き直るのだった。

 

 

 

 

 

 

「何をしていた……んですか?」

 

ルイズは間違いなくロングビルの顔をした人間に対して、思わず敬語で話しかけていた。ここら辺が彼女の割り切れない弱さであり、美徳でもあろう。

 

「土の香り。」

 

フーケは……いやこの場合は、ロングビルと言った方が良いのか?とにかく彼女は、そう答えた。

まるでそれで全て分かり合えるかのように。しかしさすがに困惑げなルイズを見ると、苦笑しながら言葉を重ねてきた。

 

「私の趣味なんだ、こうやって味わうの。一口に土と言っても場所と日によって、全然違うんだよ。ここみたいな森が豊かだと、雨が降る前にはもっといい匂がする筈さ。まぁ……そんときゃ私はもう、この国には居ないんだけどね。」

 

このセリフの間にも彼女は、掬い取った少量の土を鼻元に翳していた。

言葉の通りにこれは、彼女にとっては欠かせない習慣だった。この香りに包まれている瞬間だけは、穢れた身体が浄化された気分を味わえるから。

 

ルイズは余りにも拍子抜けする言動を目の前にして、ググっと右手を握り締めた。

確かにこの人はミス・ロングビルと同じ顔・同じ声をしているが、決定的に言葉遣いが異なった。学院に居るときの彼女はこんな喋り方をしなったし、意味不明とは程遠かった。

 

そして何よりも決定的な事に……左手がちゃんとあった。

 

「何を言ってるんですか?その手はどういう事ですか?」

 

「この期に及んで、職員扱いは必要ないよ。私は平民で、不潔な犯罪者だろ?もっと貴族らしく振舞いなよ。」

 

「それじゃあお言葉に甘えさせて貰いますけど……盗賊風情が私を語るんじゃないわよ!そんな暇があるなら、質問にちゃんと答えなさい!」

 

「落ち着けって、ピンク。コイツの妙な言動に振り回されるなよ。」

 

放って置いたらそのまま激昂しそうなルイズを、デルフリンガーが諌めた。

この光景を見たマチルダは、大笑いし始めた。

 

「まっさか杖のかわりに、インテリジェンス・ソードを持って来るとはね!アンタそれちゃんと、振れるのかい?どう見たって無茶あるでしょ!」

 

「そもそもアンタがこんな手紙出すから………ってか、これは一体、どういうつもりなのよ?!こんな所に私をおびき出して、くっちゃべるのが目的なの?!」

 

「そうだよ。」

 

マチルダは何でもない事かの様に頷くと、目を細めた。

 

「推定無罪の平民救おうとする酔狂な貴族がいるんなら、どんな奴か確かめてみたくてね。この左手はまぁ……アンタも使い魔から聞いているんじゃないのかい?もはや生身ではないよ。」

 

ルイズは眉を顰めた。

捨食を完成させれば確かに、魔力で身体を維持する事になる。パチュリーが言った様に血と肉はこの時点で、不要となろう。しかしそれをこうも短期間で完成させるとは、どういうカラクリがあるのか。

 

ルイズ自身ですらまだその領域には、至れていないというのに。

 

「アンタが捨食の術を知ったのは、ついさっきの事でしょう?何でそんな短時間で急速に、極められるのよ。それほど安い技術じゃないわよ。」

 

マチルダはニヤリと唇を歪めた。

 

「犯罪者ですと自白した私を攻撃せず、質問するのかい。自分じゃ気づいちゃいないのかもしれないけどアンタ、相当にあの使い魔の影響を受けてるね。1年前の方が貴族としては、立派な心構えしてたんじゃないか?」

 

「………取り消しなさい、不愉快よ。」

 

「否定できないかい………まあいいや、話が逸れたね。私にとってこれは、別段難しくも何ともなかったよ。アンタは単に飢えた経験がないから、なかなか出来ないんじゃない?後はそうさね……もっと根本的なとこで言えば、この点に尽きると思うな。」

 

マチルダはそうして、空模様でも伝えるかの様に言い切った。

 

《あの臭くて不潔な身体が、大嫌いだった》、と。

 

これを聞いたルイズは、歯軋りが止まらなかった。

何だその結論は?

前者はまあ、貴族への誹りとして甘んじて受け入れる余地がある。しかし、後者はダメだ。そもそもそんな感情は間違いだと、ルイズは直感したのである。

 

「何を勘違いしているの?人と違くなったからって、偉くなったつもりにならないでよ。アンタも人の子なら、お母さんがお腹を痛めて産んだ筈でしょう?その身体を嫌うって何よ、挙げ句の果てにはご両親への感謝を忘れて片腕切り落とすなんて、どうかしているわ!」

 

「ちょっと?……いやいや、ちょっとどころかこれは、凄い事じゃないか。何しろ餓えずに済むんだ、万事これで解決されるよ。」

 

この瞬間に、マチルダが纏う雰囲気は一気に変わった。

思い出したくもないことを語ろうとしているのだろう。実際にその内容は、ルイズにとっては及びもつかない酷な話であった。

 

「飢えってのはもう本当に、度し難くってね。そりゃあもう、それを凌ぐ為なら何でもしちまうんだ。……私がそうだった。」

 

「だから盗んだっていうの?悪いけどそれ、理由になってないからね。お腹が減ったからって、パンを盗んだら罪よ。」

 

「パン?………蟲を喰ったことはあるかい、お嬢ちゃん。道端の残飯を拾って、祖霊の加護に咽び泣いた事は?」

 

マチルダの目付きはこうして喋っている間にも、どんどん暗くなっていった。

 

「そこまで消耗し切るともう、魔法すら使えなくなるんだ。それでも生きる事を願うなら、他人から奪うか、他人の好意に縋るかしかなくなる。私もはじめは、後者を選んだんだ。『汝奪う事なかれ』……当然の掟に従おうとした筈だったのさ。」

 

ルイズはこの時、相手が隙だらけな事に気がついていた。

今、魔法を使って喉元を締め上げて身体ごと木に叩きつけてやれば、一瞬でカタがつくだろう。恐らくデルフリンガーも同じ思いでいると、その気配で何となく分かった。

しかし何故かこの時、そうしようという気にはなれなかった。

 

恐らくは、マチルダの醸し出す雰囲気に呑まれているのだ。彼女はケチな盗賊には似つかわしくない、威厳とでも言うべきものを身に纏っていた。願わくばそれがここまで煤け切る前に、正道に立ち戻ってくれていれば……その事だけが、切に惜しまれた。

 

「……そうは言っても、今更な気はしていた。見苦しくも生に縋ろうとした時点で、私は先祖と一緒の墓に入る資格を失っていたんだ。だけど……それでも最低限、人から奪う事だけはするまいと思ったんだ。最低の選択肢だけど、最悪ではないものを選んだつもりだった。」

 

ルイズはとても静かに、マチルダを凝視した。

ここまでの話し振りから察するに、彼女は元貴族なのだろう。言葉の節々に、始祖よりも先祖を重んじるアルビオン貴族ならではの誇りが伺える。それが物乞いを良しとするとは、余程の事があったに違いない。

 

しかしマチルダは今、とても澄んだ瞳をしていた。その胸中がまるで想像できず、ルイズは耳を傾け続けた。

 

「だけど、甘かった。タダほど高いものはないって事を、スッカリ忘れちまっててさ。食事と睡眠を与えてくれた貴族はその晩、対価を要求して来たんだ。まっさか今のアンタの年端にもいかない小娘に、色目使いやがるとは思わなんだ……」

 

「対価?」

 

「男が女に求めるものなんざ、一つしかないだろう?考えてみりゃ当たり前の話なもんで、嗤いが止まらなくなったさ。私は気づかぬうちに、両親から受け継いだ身体を安売りしちまったらしい。……そんとき漸く分かったのさ。私は飢えるまで追い詰められた時点で、潔く死ぬべきだったと。最早一線を越えた身で、何を高尚ぶってんのかってね。そう思った後はもう……堕ちるのは簡単だったさ。」

 

この時デルフリンガーは、カシャンと大きな音を立てた。

ルイズが慌ててそちらに目を向けると、とても厳しい顔つきをしている様に見えた。それが彼の身に纏った雰囲気だと気がつくのには、一拍を必要とした。

 

「前言撤回だピンク、攻撃しよう。こんな泣き言、聞くだけ時間の無駄だったな。酒宴の肴にもなりゃしねー、胸糞悪くなるだけだぜ。」

 

「剣のクセに、横槍入れんじゃないよ。私は今、このお嬢ちゃんと話してるんだ。」

 

「黙るのはテメーだ、小娘!さっきから大人しく聞いてりゃ、単なる不幸自慢を偉そうにペラペラと!そんなモンを聞かせて年端もいかぬガキを黙らせて、満足か?!随分しみったれた倫理観だな!陰惨な過去言いふらしたって、テメーの正しさの証しにゃならねーぞ!笑わせんじゃねーよ。アンタにゃ悪いけどこんな話、どこにでも転がってるんだ。自分一人だけ不幸を気取るんじゃねー、反吐が出るぜ。」

 

「吐きそうなのはこっちさ……これだから男は嫌なんだよ。話を一般化すりゃ、高みに立てると勘違いしてやがる。おまけにその傲慢さに気づきもせず、したり顏で自分に酔って……その事を恥じもしない。私が同情を引く為に、こんな長話をしているとでも?……そう聞こえた時点で、決定的な事を見落としているよ。」

 

ルイズはこの時、一つの予感に包まれた。

捨食の術に関してマチルダは、自分とは全く異なる視点を持っているかもしれない。

そしてこの直感は、即座に明らかになった。

 

「分からないの?メイジだろうが何だろうが、この世の女は所詮、食うに困ったら究極身を売るしかない……けれどもこの捨食さえ身につければ、そのリスクが消滅する。食事や睡眠を取らずに云々なんてのは、如何にも魔法バカなノーレッジやマーガトロイドらしい着眼点でしかない。そうじゃない、現実に生きる私達女にとっては……生きる為に自らを差し出す必要がなくなる、この点こそが最大の恩恵なのさ。」

 

恐らくこの術は、女としての防衛本能が無ければ、極められない。

『アリスの魔導書』を所持していたオールド・オスマンが身につけられなかったのは、下品で薄汚い男だったから。

 

マチルダはその様に断じると、固く唇を噛み締めていた。ルイズの目にそれは、空虚だが身を切る様な仮定……この術にもっと早くに出会っていればという空想に苛まれている様に見えた。

 

「アンタ……何でそんな、男性を毛嫌いしてるのよ?私は父様みたいな人になら、喜んでこの身を任せたいと思うわ。何もそんな、一方的に切り捨てるみたいな……」

 

「そういう余剰部分に関しては、何も言うつもりは無いよ。だけど私は、基礎部分でそれを強要されるのは動物以下だと思う。食う為に異性と交わって、体力を回復する為だけに眠る……一歩間違えれば、私もそうなってた。……まぁ、食う為に奪う道を選んだ私はそれ以下さね。……だけど私はこんな事する為に、生まれて来た筈じゃないんだ。だからこれからは、もっと違う道を歩もうと思う。」

 

マチルダは今、何か憑き物が落ちた様な顔をしていた。悟った様な表情とは、まさにこれを指すのだろう。

 

ルイズはこの女性を完全に見誤っていたと、思わず身震いした。

それが如何にマチルダ自身の陰惨な経験から帰納された命題に過ぎぬとはいえ、否定すべき言葉が見つからない。

ルイズは不安を抱えたまま、疑問を口にした。

 

「それで……アンタはこれから、どうするつもりよ?」

 

「……もう、この国を去るよ。数年来離れ離れになってる義妹がいてさ、その子にこの術を教えてあげるんだ。一緒に暮らしてる小さな子が沢山いるから、ソイツラにも教えてあげようと思う。そうすれば皆、ひもじい思いをせずに済むだろう?」

 

マチルダが身近な者に言及したのを聞いて、ルイズは思わず安堵していた。

彼女がもしも本当に見ず知らずの女性のためにこれから捨食を広めようとしているならば、ルイズよりも遥かに高い目線で活動している事になる。しかし……漸く話が理解できる次元に降りて来た。

 

そしてこれこそがマチルダの本心なのだろうと、直感出来た。

彼女にとってはその妹さんを同じ目に合わせない事が、何よりも大切なのだ。こうした事が、言及した瞬間の眼差しから想像できた。

 

「そりゃ、大変結構な話で何よりね。でも、この国で仕出かした事はどうすんのよ?私がハイサヨウナラと手を振って、見送るとでも思ったの?」

 

「ダメかい?是非ともお願いしたいんだけど。私は金輪際、この国には立ち入らないよ。だからアンタは私を見逃すかわりに、フーケを討伐した事にすりゃいい。私は平穏を、アンタは名誉を、これで手打ちにしようよ?」

 

「ダメに決まってるじゃない。せめて、やった事の償いをしなさいよ。」

 

呆れ返ってしまうほどに、マチルダはあっけらかんとしていた。

そしてルイズの言葉に対して、思いも寄らぬ事を言い出してきた。その余りの一言に、返す言葉を失ってしまう程である。

 

「償うのはアンタの方だろう?」

 

「………は?」

 

「この術を知った以上、アンタのやる事は一つしか無かった筈だ。遅滞なく速やかにコレを広めて、飢えた民を一人でも救う。それが為政者としての、貴族の務めだろう?それが何だい、自分の魔法の腕を磨くのに夢中になっちまってさ……視野が狭いにも程があるよ。……アンタはその剣を買ったとき、チクトンネ街を訪れたそうだね。そこで何を見て来たんだ?どうせ、自分の都合の良い物しか目に入らなかったんだろ?」

 

ルイズはこの瞬間、頬が真っ赤になった。

完全に言い負かされているのが悔しくて、怒りで視界までが真紅に染め上げられそうになった。

 

確かに、あの時。孤児院云々に関する話を耳にした。けれどもそういった場所にこの捨食の術を齎そうとは、今の瞬間にまで思い至らなかったのである。

それをまさか傲慢の証として、あげつらわれるとは。

 

しかしマチルダはこのルイズの様子を見て悦に入るどころか、肩を竦めて大袈裟に溜息をついてみせた。

 

「……どうにもアンタは、他人の言葉に馬鹿正直に耳を貸し過ぎだね。何をクソ真面目に聞き入っているのさ?私は所詮、犯罪者なんだ。いちいち落ち込まないで欲しいな。これじゃあ、虐めてるみたいじゃないか。」

 

「オレからすりゃ、それ以外の何物にも見えないけどね。小娘を詰って、憂さ晴らししてるだけだろ。」

 

「……うるっさい剣だね。地中深くに埋められたくなきゃ、すっ込んでなよ。私は下品で下劣な男以外にも、もう一匹大嫌いな生き物がいてね。アンタみたいに無駄に長く生きてるだけの老害が、正しくそれだ。とっととクタバッて欲しいな。」

 

「100年以下の人生経験で、何を偉そうに語ってやがる……俺様に説教しようなんざ、5,970年早いわ!要するにテメーは、ピンクの慈悲に甘えてんだよ。この場に居るのがコイツじゃなきゃ、テメーの言い分なんざ一瞬で笑い飛ばされるさ。自分の話聞いて貰えるからって、ツケ上がってんじゃねーよ。」

 

「悔しかったら、これぞ貴族という在り方を、片鱗でもいいから示してみなよ。この子にゃ結構期待してるんだから、失望させないでおくれ。……ちなみに私は30超えてないよ、訂正しな。」

 

ルイズはこうした会話を、無力感に包まれてボンヤリと聞いていた。

……無理だ。

マチルダを目の前にして、何もかもが違い過ぎると感じていた。捨食に対する理解だけではない、貴族としての心構えについても負けている気がした。

これまでの話振りから察するに彼女は、盗賊に身を窶した後も、貴族というものに相当な拘りを持ち続けて来たと分かる。トリステインでその階層ばかり狙い続けて来たのは、憂さ晴らしもあると同時に……陰からずっと観察し続けて来たという事を意味している。

 

恐らく彼女の中ではボンヤリと、こうあるべきという規範が象られているのだろう。

 

そして今のルイズが一足跳びにその境地に辿り着こうなんてのは、どだい無茶な話だった。最早、現実的な話で妥協するしかない。

 

「もういいわ。嘆願書を書いてあげるから、大人しく司法に身を委ねなさい。」

 

諦めた様に呟いたルイズの一言に、マチルダは肩を竦めた。

 

「そう言われて、私が頷く訳ないでしょうが。現実的な提案をしなよ。」

 

「頷かせるわ………ただし2年後の話だけど。」

 

「アンタ馬鹿かい。何だいそりゃ、執行猶予ってやつ?先送りしただけじゃないか、何が変わるってのさ?」

 

「嘆願書の文面。アンタこれまで、奪うだけだったんでしょう?だったらこれからは、与え続けなさい。貴女の故郷で………それが終わったら、この国で。」

 

「そんな無茶振りに、大人しく従う義理ないだろ。バカな事言わないで欲しいね。」

 

「従うのよ。何故なら貴女は今日この場で、自分の本名を言うから。それはつまり、パチュリーならいつでも貴女を召喚出来るって事を意味するわ。貴女に選択の余地はない。」

 

……ゴメンね。

ルイズは勝手に彼女の名前を使った事に、心の中でそっと謝った。まさか本当に、こんなつまらない事で魔法を使って貰いたい訳じゃない。本当に必要ならやり方を教えて貰って、自分でやるつもりだ。この場合はもっと単純に、この言葉にマチルダが脅威を感じてくれればいい、それだけの事だった。

 

「……アンタやっぱ何も考えてないよね。そこまで言われてオメオメと、自分の姓名を明かす訳ないだろう?」

 

「今からその事を条件として貴女に、決闘を申し込むわ。」

 

ルイズはこの瞬間、真っ直ぐにマチルダを見つめていた。

結果として一戦交える事は、はじめから分かりきっていた事だ。今更固める覚悟なんて、何処にもない。そんなものは自室を飛び出して来た時から、とっくに出来上がっている。

 

これに対してマチルダは、皮肉げな笑みを浮かべた。

 

「今更何だよ、そりゃ?勝った奴が正しいのかい?私はそもそも……」

 

やるのかやらないのか、どっちなのよ!

 

ルイズは吠えた。

 

最早、下手な言葉は不要だと思っていた。

そりゃ、応じない理屈の方が多くある。そもそも平民と貴族の間では決闘が成立しないとか、メリットがないとか、時間の無駄だとか。

けれども一つだけ、相手が応じるとすれば。その根拠はまさしく、彼女がこれ程までに拘り続けて来た古式ゆかしい名誉という概念に他ならない筈である。

 

恐らく両者が顔を合わせてからこの時初めて、マチルダは意表をつかれた。

 

「……言うじゃないか、小娘。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3分後。

周囲に最早、人の気配はなく。

ルイズは大の字になって、地面に横たわっていた。

 

「……土の中って、温かいのね。」

 

「今のオマエさんがそう言うと、ゾンビみたいだぞ。」

 

ヴァリエール家三女は今、首から下を埋められて大空を見上げていた。

サウスゴータ地方の風物詩である、砂風呂というものを体験している訳である。側から見れば、横向きの生首が喋っている様で気味が悪い。

おまけにその枕元には、デルフリンガーが墓標の様に突き立てられていた。

 

「……負けちまったな。」

 

「正直、侮っていたわ。」

 

「まぁ、レフェリーにタオル投げ込ませなかっただけでも、良しとしようぜ。」

 

「やっぱり、そういう甘えがあったからよね?イザとなったら、パチュリーが判定負けとして安全地帯に引き上げてくれるから……いつの間にか油断に繋がって、私の内に眠る潜在力をうまく引き出せなかったのよ!」

 

「……潜在力なんて口にした時点で、負けを認めてるじゃないか。もっと技術的な問題だって。精神論でどうにかなるもんじゃねーよ。年季が違いすぎた、そういうこったろ。」

 

既に御察しの通り、ボロ負けもボロ負け、大敗だった。

この日ルイズは、生まれて初めてどうしようもない壁というものに直面し、完勝したマチルダに好き放題されてしまった。

パチュリー・ノーレッジを側に見ているため、いかに系統メイジが凄かろうとも……という驕りが、確かにあったのだろう。

しかし本当に、完膚無きまでに色々とヘシ折られて終わってしまった。

 

だが……去り際にマチルダ・オブ・サウスゴータが本名を名乗っていったところを見ると、勝負に負けてなんだか良くわからないものに勝ったと言うべきなのだろうか。

ご丁寧にも、置き土産が沢山あった。

 

フーケとして使っていた杖に、顔を隠すためのフード付きローブ。後者はルイズにあげるとの事である。呆気なく本名を告げた事と言い、完全に舐められていた。

 

こうしてルイズは、犯罪者との繋がりが出来た不良少女になってしまうのだった。

しかしそれが後のアルビオン戦役においては重要な役割を果たす事になるのだから、良くわからないものである。

 

 




原作では、このフーケ編はルイズが貴族に関して大切な考え方を述べる展開でした。
本作ではルイズがハッキリとそれを口にする場面はもう少し後回しにして、今の段階では色々と悩んで貰いたいと思っています。

フーケが何したいのかサッパリ分からない感じになってしまいましたが、本当にルイズと会話して貰いたかっただけです。やたら品格に拘った発言が多いのは、パチュリーがそういうのについて熱く語る姿が想像出来ないからですね。
……そもそも話の流れ的に、捨食の術に拘り過ぎでしょうか。

ご意見・ご感想をお待ちしております。
どうぞよろしくお願いします。


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第23話 全肯定

ご無沙汰しております。
漸く、満足いく流れが出来ました。相変わらず、決めたルートに沿って書く事が出来なくてすみません。

第三者視点で、ルイズの変化を描いてみました。
うまく伝わる事を願います……


ーーあんの小娘……バックれやがった。

キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは、忌々しげに顔を歪めた。

昨夜起きた事の事情説明を求められた彼女は当然、全てをルイズ任せにして眠りにつく予定だった。しかし当のルイズが姿を眩ましてしまったため、タバサと二人きりで事に対処せねばならない。

 

そしてこのタバサが、妙にノリノリで不安になる。フーケの置き土産たるデカブツ君にハチ号という名前をつけた彼女は、主対応を務める気満々だった。任せろ、とばかりにビッと親指を立てたのだが……そこはかとなく嫌な予感がしてならない。

 

「大船。」

 

タバサは心なしか胸を反らして、一言だけそう言った。

親友であるキュルケとしては大いに信用してあげたいが、最近のタバサがは妙に浮ついているところがあって、いまいち信じ切れないのが実情だ。去年よりも硬さが取れてきたのは喜ばしいが、その分我が道を行き過ぎている気がするのだ。非常に不安になる。

ルイズと異なってキメる所はキメてくれるので、その点は信用しているのだが……

 

「ハチを処分しなさいと言われたら、貴女どうするの?」

 

「ゴマかす。」

 

タバサはヒタと前を見据えたまま、朝食のメニューを告げるかのように言った。

キュルケは胸の中で、盛大なため息をついた。もう、無茶苦茶である。あのデカさをどうゴマかすと言うのか。お手並み拝見と洒落込もうではないか。

 

必要最低限の口裏合わせを行った後、留学生コンビはようやっと職員用の会議室前に辿り付き、キュルケはその扉の重厚さに顔を顰めた。この先に待ち構えているであろう一人の人物を思い浮かべるだけで、背筋が粟立つ。

 

脳裏に去来するのは昨年のこと…”アンロック”を使いすぎて反省文を書かされる結末になった、この室内での出来事である。

キュルケにとってあの日刻まれた僅か10分余りの記憶は、忘れようとしても忘れられるものではなかった。

その時感じた恐ろしさは未だに夢に見る程であり、トリステイン貴族を見下している彼女にとっては許し難い屈辱となっていた。おまけにその事を報告したツェルプストー本家からは、信じられないような通達が齎された。……今もなお効力を持つその文面に、キュルケの腸は煮えくり返っている。

 

「?」

 

気がつくとタバサが小首を傾げて、自分を見つめていた。

キュルケは扉の前で立ち尽くしていた事に漸く思い至ると、思わずブルリと背筋を震わせ……その事実を否定すべく扉のノブに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

室内を一瞥したキュルケは真っ先に、目障りなハゲ頭がない事を確かめた。

この時点でもう、彼女が警戒すべき事項の99%は消失したと言っていいだろう。今、この場にいる有象無象どもが雁首揃えて問い詰めて来たところで、あの男から感じた圧力の足元にも及ばない。

 

「ミス・タバサにミス・ツェルプストー、お疲れのところ申し訳ありません。それでは昨晩何があったのか、話してください。」

 

口火を切ったその教員なんか、キュルケにしてみれば小物も小物だった。

彼女はこれからの対応の全てを、タバサに任せる事にした。事がどう運ぼうと補足してみせる自信があったのである。

しかしタバサの斜め上っぷりは、キュルケの想定すら軽く上回った。

 

Veni(来た)vidi(見た)vici(勝った)。」

 

タバサはどこぞの将軍の様なことを言い放って、それが全てだと言わんばかりに口を閉じたのである。

教師陣も流石にこの事態は想像だにしていなかったのか、会議室は一瞬で静まり返った。そしてその後も尚、沈黙が続いている。

このままでは話が終わらないと思ったキュルケは、仕方がなく補足を入れる事にした。

 

「えーと、つまりですね。私達が昨夜広場に来たら、悪霊が暴れているのを目視したので、タバサが戦って勝ちました。」

 

「……あ、悪霊って……ゴーレムの間違いでは?」

 

「彼等は常に擬態し、我々生者を欺こうとしている。目に見える現象に囚われてはいけない。」

 

困惑を深める教師を他所に、タバサはどこまでも泰然と言い放つ。

傍目には分からずとも、その横顔を見たキュルケは親友がノリに乗っている事に気がついていた。

 

「いや、そうは言ってもですね……」

 

「流石はトリステイン貴族、あなた方は一を聞いて二を知る事が出来ないようですね。」

 

キュルケは如何に自分たちが滅茶苦茶言っているのかを棚に上げ、教員陣の狼狽を小気味良さげに見下ろした。

つまりは、と得意げに続ける。

 

「タバサのゴーレムが、ルイズの使い魔によって召喚された悪霊に乗っ取られたのです。他人の所有物を勝手に操ったヴァリエールに対しては、賠償を求めようと思っています。勿論、除霊に関する手数料は別建てで請求します。」

 

もう、言いたい放題だった。

何しろ当のルイズ達がこの場に居ないのだ、文句があっても反論のしようがない。というよりも、文句があるならサッサとこの場を変われと言いたい。

ちなみに今キュルケが言った事は、全てがブラフである。大袈裟に言った方が痛快だ、と思った迄である。

 

一方でこのゲルマニア子女からトリステイン貴族に対する暴言が吐かれるのは珍しくも何ともない事なので、教師たちはいつも通りの事だとばかりにスルーした。彼らの曇り切った目には、煽り運転気味のタバサの方がマシに見えたのである。

 

「イマイチ事情が飲み込めないのですが……あのゴーレムは確かにミス・タバサのもので間違い無いのですか?」

 

不信を露わにする教員の問いかけに対して、タバサは鷹揚に頷いた。

しかしこれをハイソウデスカで済ます程、その教員も抜けてはいない。

 

「い、いや……百歩譲ってその通りだったとして、どこから持って来たのですか?困りますよ、ちゃんと事前に届け出て貰わないと……」

 

このときタバサはゆっくりと首を横に振り、一瞬の間を置いて次の様に告げた。

一種の宣言と見做して良いだろう。思わず聞き返した教師の気持ちなぞ、どこ吹く風である。

 

「作った。」

 

「……はい?」

 

「ハチは私が作った。」

 

これには流石のキュルケも、眉を顰めた。

いやいや……いくら何でもその言い分を通そうとするのは無茶が過ぎると言うものでしょう?

 

「いや……作ったと言われましてもですね……」

 

「免許がある。」

 

そう言ってタバサが取り出したのは……『ゴーレム製造者技能検定 一級合格通知』であった。

キュルケは呆れ返った。

確かに?『証拠となる文書を偽造してしまえ』とは言った。それ即ち、巨大土人形の譲渡契約書を意味していた筈だった。ところがタバサは、全く別な物を用意してしまった様である。

 

しかし。

 

別な教員が、顔を真っ青にしてプルプルと震える指先で、文書の右下を指差していた。

 

「そ、それは……」

 

ガリア王ジョセフの署名。

外交文書でしか見かける事のないそれを一発で看破するとは、流石にトリステイン貴族はお高く止まっているだけの事はある。

……実際の所は、タバサの手書きである。彼女はたとえ魔法を一切使えなくなっても詐欺師として糊口を凌げるくらいには、手先が器用だった。

 

キュルケはほくそ笑んだ。

真贋の区別すら不能な王名つき文書を提示した以上……こちらのものだ。余りにもケッタイな内容だから、相手国に照会する訳にもいかないだろう。バカを見ることが分かっていてそれをする程、暇な教師はおるまいて。

 

しかしここで、パチュリー・ノーレッジを気絶させた実績を誇る老朽戦艦シュヴルーズが口を挟んできた。

 

「成る程。ガリアには面白い制度がある様ですね、我国も見習うべきでしょうか。それでは実際のところ、どうやって作ったのか教えてくれませんか?」

 

ーーこんのクソババア!寝たきりにされたくなきゃ、大人しくすっ込んでなさいよ!

キュルケが目くじらを立てた所、まるで予期しない人物までもが口を開いた。

 

「……私からも、詳しく聞かせて貰いたいと言っておこう。キミからは力強い”風”の息吹と共に、確かな”土”の芽生えも感じる。私の教え子にはかつて、後者の道を選びアカデミーに就職してしまう程の愚か者がいた。同じ過ちを犯させたくはない。」

 

その口ぶりたるや、これまた予想外だった。

そもそも風系統至上主義者で知られるこの教師が、土系統メイジの領分である話題に食いつく時点で存外なのである。そしてその発言内容までがそれなりに教師っぽいと来れば、これはもう一大事だった。

 

流石のタバサも狼狽えてしまった様で、事前に準備していたセリフがごっそり抜け落ちてしまった様だ。

アタフタと両手を上げ下げしているのが、妙にイジらしい。

 

「が………」

 

「ガ?」

 

「………頑張った。」

 

ーーああ、終わった。

キュルケは天を仰いだ。頑張って何とかなるなら、苦労はしない。いくらトリステイン貴族が無能なバカ揃いと来ても、流石にこの言い分は認められまい。

そう思って周囲を見渡した時、キュルケは嫌な予感に包まれた。

 

ーー妙だ。

 

雰囲気が違うのである。何だか、とってもホッコリした空気になっている。

それはまるで幼い日のキュルケが、ビッテンフェルト叔父様に強情を張った時の様な雰囲気であった。今の頭身の3分の1以下だったミニチュア版キュルケが頬を膨らませて言い張れば、良し良しと何でも認められてしまう様な……

 

「ミス・タバサ……あれは頑張ればどうにかなるレベルではありませんよ?」

 

その場の空気に流されないのは、流石は土メイジと言ったところか。

しかしそのミセス・シュブルーズですら押し流してしまう程の交渉術を今、タバサは発揮しようとしていた。

 

「……とっても、とっても頑張った……そしたら、出来た。」

 

嘘は言ってない。

まるまる全部作ったと言ったとは、一っ言も言ってないのだ。タバサは確かに、ルイズによってバラバラにされてしまったあの巨大土人形の両腕を繋ぎ直したのである。その甲斐あって今、ハチはかつての勇姿を取り戻している。

冷や汗をかきながらあくまでも頑張ったと言い張る少女を前に、年かさの教員達を中心に感嘆の声が漏れ出ていた。

 

「……こ、コレは……認めざるを得ませんな……」

「……ま、まぁ、貴女がそこまで言われるなら…それで良いのではないですか?」

「シュブルーズ先生もギトー先生も、そこまで目くじら立てる事ではないでしょう?」

 

挙句の果てにはそんな様な事まで言い募り始めたジジイ・ババアを前にして、キュルケは目が点になっていた。

ーーいったい何の冗談よコレは?!

ガリア人が『頑張った』と言い張ればお咎め無しで、ゲルマニア人はハゲに恫喝された挙句に始末書である。これだから、コネと賄賂に塗れたトリステイン貴族は嫌なのだ!

キュルケはタバサとは正反対に、一気に機嫌が悪くなっていた。

 

「……頑張って、良かった。」

 

何が起こったのか未だに良く分かっていないタバサはしかし、まあいっかとばかりにボソリと呟いた。

最早言葉は不要と言わんばかりに踵を返し、会議室から出て行こうとして……足を止められた。

 

ルイズが居たのである、窓の外に。

 

 

 

 

 

 

ヴァリエール家の三女は何も、窓枠に張り付く様な真似をしていた訳ではない。

今はまだ、遠目に伺う様な距離にある。それにも関わらず、溢れんばかりの違和感を撒き散らしていた。

何しろマントを羽織っていないのだ。

あれ程貴族らしさに固執する彼女がそれを身に纏っていないなど、パッと見では信じられない事である。周囲に二度見を強いるその装束は、見慣れぬフード付きの黒衣である。

 

……だが。真に驚くべき点は、全く別な処にあった。

雪風のタバサを刮目させるには、ルイズのファッションセンスは少しばかり普通過ぎたのである。

そしてこの時、キュルケが思いもよらぬ行動に出た。

 

「コラ〜〜〜〜!!!!」

 

彼女は勢いよく窓を開け放ち、これまでの鬱憤を全て吐き出したのである。

 

「辛気臭い顔してバックれようったって、そうは行かないわよ!ゲルマニア貴族の私がトリステイン教師の相手してやってるのに、アンタが外ホッツキ歩いてるなんてあり得ないでしょうが?!同郷人の面倒くらい、アンタが見なさいよ!サッサとこっち来なさい!」

 

あり得ないのはキュルケの発言内容の方だが、この際どっちもどっちだろう。

何しろルイズは今、空を歩いていた。

フワフワ飛ぶのではなく、ポテポテと。薄暗い顔をして、風変わりな事をするものである。心なしか普通に飛ぶよりも、楽そうに見えた。

 

そう。

 

タバサが気になったのも、まさしくこの点にあった。今のルイズはこれまでと全く異なり、溢れんばかりの魔力を身に纏っていない。物凄く少ない魔力で……それこそ普通のメイジが普通に念力を扱うくらいの力加減で、空中散歩という離れ業をこなしている。そして勤勉なタバサをもってしもその、肝心の原理がわからなかった。

こうした戸惑いは、教師陣の中から上がった発言にも読み取れた。

 

「……あれが噂に聞くミス・ヴァリエールの“念力”ですか?だとしたら随分と話が違いますね。」

 

恐らくはその場の総意を口にしたこの教員にとって、ルイズの魔法を見るのはこれが初めてだった。多数の教員を抱えるこの学院に於いて、彼のような者は決して珍しくない。そして彼等はこれまでこう聞かされて、それを信じていた。

『やはり血筋だ』と。

何しろルイズの母親が既に、学識関係者の間では例外扱いされる程の存在なのだ。学術的に”カリーヌ・デジレ級”と称される彼女は系統メイジの範疇に収まらない大出力大容量魔力を誇り、口さがのない者はエルフの混血児だとすら噂した。そんな女性が国内有数のメイジである公爵家長男との間にもうけた娘がこの、ルイズ・フランソワーズなのである。もはやどれほど埒外な真似を仕出かそうが、驚くだけ時間の無駄だ。

だが……今のルイズはそうした異能っぷりを感じさせなかった。

 

そして好奇心旺盛なタバサにとって、これ程まどろっこしい話もない。ぶっちゃけどうでもいい事だった。

 

「私も歩きたい、空。」

 

タバサはキュルケに向かってそう言うと、『やり方聞いてきて?』と言外に仄めかした。今のルイズは余りにも近寄り難い雰囲気を醸し出しており、口下手なタバサが話し掛けるにはハードル高かったのである。

これに対してキュルケは、呆れ顔をした。

 

「タバサ、やめときなさい?貴女までルイズみたいなビックリ箱になろうとしないでよ。」

 

こうとでも言ってやれば、ルイズならプリプリして反論して来るに違いない。辛気臭い雰囲気が苦手なキュルケはそう思っていたが、見事に予想を裏切られる事になった。

窓枠から闖入してきたルイズは癇癪を起こすどころか、おもむろに肯定したのである。

 

「確かにね……この魔法で身体全体を浮かす様な非効率は、美しくなかったわ。無理解を曝け出す様なものよ。」

 

その口振りはまるで過去の自分を省みるかの様であったが、そんな昔の話ではない事は誰の目にも明らかだった。数ヶ月前どころか、つい数時間前までの自らをこうも見事に一刀両断するとは一体何事か?

周囲が薄ら寒さを覚える程に今のルイズは、これまでと異なった。

 

見る者が見れば、まるで彼女の導師であるパチュリー・ノーレッジの魂が乗り移ったかの様だと思うに違いない。

 

実際にキュルケはそう思ったし、次の発言を聞いてその思惑は一層深まった。

 

「靴を操る事にさえ集中すれば、その上に在るだけの人体など勝手に浮くのよ。何故なら小物の運搬こそが、この魔法の真骨頂だから。」

 

ーー体積さえ小さければ、重さなど無視し得る。

 

余りにも暴力的なこの結論に、その場は静まり返った。しかしながらルイズの発言には、自力でその境地に辿り着いた者だけが持つ重みがあった。一笑にふすには余りにも確信に満ち満ちており、それが故にどう反応したものか分からなくなる。

最早どこから指摘すれば良いものやら。そもそもいきなり現れて訳の分からぬ理屈を並べ立てられれば、誰だって混乱するだろう。

……実際にタバサがボソリと呟くまで、誰もが身じろぎ一つとれない状態にあった。

 

「…………ホントだ。」

 

彼女はシットリと目を閉じて、杖に凭れかかる様にして佇んでいた。その安らかな表情は、祖父から昔話を伝え聞く幼子を思わせる。

しかしその口からは、ルイズの暴論を補足する内容が漏れ出ていた。

 

「昔の人は、そうやって空を飛んでた………らしい。フライやレビテーションが発明されるよりも、ずっと古い話。」

 

その言葉はまるで、湖面をなぞる波紋の様な結果を齎した。

ジワジワと各人の心を驚愕に包み込んでいく中、誰よりも喜びの表情を浮かべたのはルイズである。……目深に被ったフードの下でニヤニヤしているので、薄気味悪い事この上ないのだが。

 

「……さすがはパチュリーが欲しがるだけあって、その杖には随分昔の記憶が眠っているのね?」

 

「記憶だけでなく、伝授までこなしてくれる優れモノ。」

 

薄っすらと開眼したタバサは心なしか胸を張ってそう言うと、コホンと咳払いした。思わずノセられてしまったが、まだまだ言うべき事があった様である。

 

「……コモンマジックは一様に、真価の習熟に時間が掛かる。それを克服したのが系統魔法。だから発展し、コモンの地位は低下した。」

 

この一言を皮切りに、まるで封印が解けたかのように教師陣が動き始めた。

深く頷く者、ハッとなって杖を握りしめる者。三者三様の反応ではあったが、事の真価を見極められぬ者はこの場には皆無だった。

 

「おい、今の誰か議事録取ったか?」

「それより検証ね。ペンより杖よ。」

「その通りだ。どの程度の質量まで無視しうるのか、順を追って検討していこう……事と次第によっては、流通に革命が起きる。こうしちゃいられないぞ!」

「それより驚くべきは、あの杖の方では?」

「是非とも学会に提供して欲し……いや、なんでもありません。わかった、わかりましたから杖を降ろして下さい。おい、誰かミス・タバサを止めてくれ!」

 

教師陣の中でも特に若手の三名が、年長者の了解すら得る前に会議室の外へと飛び出して行った。事はそれ程に埒外な話であり、重大な発見が多々あった。

約1名ほどタバサに殺されそうになっていたが、年かさの教師達からは羨ましげな視線が寄せられていた。彼らの目にその教師は、身体を張ってご褒美を貰っている様にしか映らなかった様である。

 

しかしこの一連の流れを齎したルイズは、どこまで行っても暗いままである。

これにはミセス・シュヴルーズが一同を代表して、声をかけた。ミスタ・コルベールの姿がこの場に無い事から、想定外な事態が起きた事を薄々と感じながら……

 

「貴女が至った領域には先達を動かす程のものがあったというのに……どうしてそんな暗い顔をしているのですか?」

 

この質問に対してキュルケには、だいたいの予想がついていた。

要するに皆の知らぬ間に、ひと皮むけたのだろう。何しろ他ならぬ親友のタバサが時折こうして姿を眩ませたかと思ったら意味不明な時間・場所に突然現れては重苦しい雰囲気を撒き散らすという、精神テロの様な真似を繰り返しているのだ。その度にメイジとして成長していく姿を見ていれば、嫌が応でも想像がつく。

 

しかしながらルイズの返答は、そんな彼女の想定すらも大きく上回った。

 

「土塊のフーケを取り逃がし、ミス・ロングビルを攫われました。」

 

これを耳にしたキュルケはゴホゴホと激しく咳き込んだ挙句、胸を抑えて肩で息をし始めた。彼女がこんな反応をするのには事情があり、その説明には長い時間を必要とする。よって、この場では割愛だ。

ところで帝政ゲルマニアの工作員がこの様な大混乱に見舞われている傍では、教師陣もテンヤワンヤになっていた。

その慌てふためき様は、キュルケが正常な状態なら心底呆れ返った事だろう。

 

「え……?いや、だってその二人はそもそも同一……ぇえ!?」

「は、話が違いすぎる……」

「大人しく姿を晦ますのではなかったのか?何故、ミス・ヴァリエールが接触している?」

「そうだそうだ、これは責任問題だぞ!」

「だから言ったではないか!私ははじめから反対だと!」

 

このとき「皆さんお静かに」と声を掛けて収集を図ったミセス・シュブルーズにも、一つだけ腑に落ちない点があった。

こんな状態のルイズと対峙して逃げ果せるとは、果たして土塊のフーケはどれ程の領域に至っていたのか?

 

「フーケは巧みなメイジでした。彼女と相対した事で私はこれまでを省みて、パチュリー・ノーレッジの導きの原点に還る事が出来たのです。」

 

ミセス・シュブルーズの質問に答えたヴァリエール家三女の言葉に、一同は半分納得して半分首を傾げたままだった。

成る程、コモンマジックの極みに今一歩踏み入れるに至ったキッカケは分かった。普通に考えればこれだけでも度し難い事なのだが、ルイズの導き手であるミス・ノーレッジを思い浮かべればいちいち仰天するだけバカバカしくなる。

むしろ今のルイズにもこう言わせる程の衝撃を残すとは、一体どんな魔法を目にして来たのか?

彼らの問題意識は、依然としてこの一点に尽きた。

 

「ミスタ・ギトー……風の”遍在”を定義して頂けませんか?」

 

困惑を深める教員の中から、ルイズは一人の教師を名指しで質問した。先ほどのタバサの問答に際して、珍しくも口を開いた彼の人である。

……ちなみにタバサの姿は既に室内になく、屋外で新技を身につけようと躍起になっている。

 

「魔法を使える分身、この一言に尽きるであろう。以前の私はこれに加えて、独自に考え行動する事も含めていたが……それに固執すると全体の統制を欠く事になる。本体の思考と同期された分身こそが、完成された”遍在”の姿だ。」

 

「……これは驚きました。私の婚約者に披露されたときから、更なる研鑽を積まれたのですね。ちなみに今は、何体の”遍在”を扱えますか?」

 

「3体だ……質問はおしまいか?要点は何だね、早く言いたまえ。」

 

手放しに顔を輝かせるルイズを見て、ミスタ・ギトーは不快げに顔を歪めた。

これまで彼に対してこんな馴れ馴れしい態度をとる生徒は居なかったからだ。今話題に昇ったルイズの年上の婚約者ですら、在学中はその例外でなかった。そもそも彼は、ルイズの姉エレオノールの就職に纏わる一件から、ヴァリエールと名のつく者が大嫌いになっていた。

しかし次なるルイズの一言は、そんな彼の不快感すら一瞬で消し飛ばす程に衝撃的なものだった。

 

「フーケは不完全ながらに、16体もの遍在を使いました。思考を共有するところまでは出来ていない様でしたが、指揮系統は明確に築かれていました。」

 

「……これは興味深い。薄汚い盗賊が土の系統だけでなく、”風”にも精通していたと言うのかね?」

 

「いいえ、フーケはあくまで土のメイジでした。土の系統で”遍在”を再現したのです。恐らくこの境地に到れたのは最近の事でしょうが、着想だけは以前から得ていたと思われます。」

 

最早、ルイズの言ってる事は滅茶苦茶である。

彼女が今しがた披露した念力のウンチクも大概だったが、コレはその比ではない。事はそれ程迄に埒外な話であり、ハルケギニアの常識を覆す程のものであった。

 

激昂するかと思われたミスタ・ギトーはしかし、周囲の期待を完全に裏切って冷静だった。

物凄く…途轍もなく不愉快そうに、顔を歪めただけなのだ。

そして不思議な事に、ミセス・シュヴルーズもとても満足そうに微笑んでいた。続けてルイズに対して放たれた質問も既に疑念を含んでおらず、単なる確認だった。一体このオバさんはどこまで折り込み済みなのかという話だが、会議前に訪れた校長室でオールド・オスマンが顔面グジュグジュにして気絶していた理由が、今の話を聞いて漸く分かったからこその笑顔であった。

 

「錬金した土人形に、発声器官と杖を持たせたのですね?」

 

そもそも土のメイジは、自身の魔力を通わせた土砂を人型と成して使役する。それが今の指摘にあった機能と装備を併せ持てば、”魔法を使える分身”と化しても不思議はない。

 

「その通りです。風の”遍在”よりも原理的に簡素な分、一体一体を作り出す魔力は少なくて済む筈です。それが個体数に現れたのでしょう。」

 

ここらへんの分析は恐らく、パチュリー・ノーレッジによるものだろう。ヴァリエール家三女の返答は、推察を含みながらも非常に明瞭だった。

そして彼女の関心は、次に移っていった。

 

「ミセス・シュヴルーズ……貴女のその反応からは、発想としては前々から在ったと思って間違いないですか?」

 

「ええ、その通りです。しかしながらオールド・オスマンや私には無理でした。固定観念を拭い去る事が、どうしても出来なかったのです。やはりこれからは、貴女達若者の時代ですね。」

 

これほど簡単な事をハルケギニアのメイジが今まで誰もやらなかったのは、単純に出来なかったからである。想像力が重要な魔法において、既成概念とはそれ程に度し難い。実際にこれまで、越えられない壁となって立ち塞がって来た訳である。

しかし今やその一角が崩れ、”遍在”の魔法が風の専売特許だった時代は終わりを告げた……

 

「不愉快だ、失礼する。」

 

ミスタ・ギトーはその様に告げると、席を立ってその場を後にした。彼の顔つきは厳しいものだったが、不思議な事に落ち着いている様に見えたのは気のせいだろうか?遍在という牙城を崩されておきながら、”風”に関する彼の思いは一層の高まりを見せているようだった。

そんな彼を満足そうに見送ったルイズは、今度こそ本当にミセス・シュヴルーズの度肝を抜くセリフを口にした。

 

「ところで一旦取り逃がしたフーケに関してですが……次こそはちゃんと捕まえて来ますので、ご安心ください。彼女がこれ程の領域に到れたのは、この国に於いて魔法的研鑽を積む事が出来たからです。それ即ち、彼女の得た知見の全てはこのトリステイン王国に帰属すべきものと考えます。何よりもミス・ロングビルは、この国の大切な国民です。最悪の場合でも、彼女だけは連れ戻さねば。」

 

この一言に、漸く収まりかけていた会議室は再び紛糾した。

おいおいもう勘弁してくれという本音がダダ漏れになって、あちこちで悲鳴が挙がっている。『その設定でまだ話続けるの?』的な反応が多々あった。

流石に老練なミセス・シュヴルーズも、これには眉を顰めざるを得ない。

 

「論外です。学生の本分から外れ過ぎています。」

 

「……ご理解頂けませんか?」

 

「当たり前です。そもそも貴女はミス・ロングビルが何処に連れ去られたのか、ご存知なのですか?」

 

「勿論です、アルビオンのサウスゴータ地方です。」

 

「探す場所が近場に限定されているようで、大変結構ですね……尚更首を縦に触れなくなりましたよ?最悪の場合、眠りの鐘を使用して行動を阻みます。」

 

この様に皮肉っても尚、ルイズは頑として言う事を聞きそうになかった。その様子にヴァリエール家長女の学生時代を思い出したミセス・シュヴルーズは、深くため息をついた。

 

「……貴女がた姉妹は、この学院に何か恨みでもあるのですか?どうしてそこまで反抗しようとするのです。」

 

「……エレオノール姉様がどうったかは知りませんが……これは私自身にとって、必ずや達成せねばならぬ事なのです。」

 

ミセス・シュヴルーズの目にルイズは、どうしてこんな簡単な事が分かってくれないのかと訝しんでいる様にすら見えた。その思いを吐き出すかの様に、ルイズはこう言った。

 

「フーケはこの私の心に、傷を負わせました。言ってはならない事を言ったのです。その罪は、絶対に償わせます。逃亡先でノンビリする暇など与えません。必ずや我が手中に収め、これからのハルケギニアの魔法的発展の為、馬車馬の様に扱き使って見せましょう。」

 

「……随分と大きく出ましたね。」

 

「当然です。何しろこの課題の達成には、私の存在意義が懸かっていますから。」

 

……降参である。

長いこと教師としてこの学院に身を置いてきたミセス・シュヴルーズであったが、これほど支離滅裂な事を言う生徒を相手にした事はなかった。一体何が焦点なのか、ルイズの問題意識がまるで見えてこない。

仕方がないのでフーケに一体どんなヒドイ事を言われたのか聞いてみたら、どうやらその捨て台詞が琴線に触ったらしい。

 

「私が引き留めようとしたところフーケは、この国に学ぶ事自体がもう無い、と明言したのです。必要な事は全て身につけさせて貰ったからと、それはもう朗らかに、礼すら述べて立ち去っていきましたよ。」

 

「……随分と生き生きしていた様ですねぇ……それにしても耳の痛い話です。それで貴女はこの国への侮辱を撤回させる為、自らの手で捕まえに行きたいとおっしゃるのですね?」

 

「そうではありません。私はあの程度のメイジ(・・・・・・・)にこんなセリフを吐かせてしまった事にこそ、強い危機感を覚えているのです。」

 

その様に呟いたルイズが震え出すのを見てこの時、ミセス・シュヴルーズは漸く合点が行った。成る程、ヴァリエール家三女の身近な処には今、全く同じ様なことを言い出しそうな超・凄腕の魔法使いがいる。

 

魔道の遥か先を照らし、ルイズにとっては実際の道標とすらなったパチュリー・ノーレッジ。

 

彼女との別離を想像させられたルイズは、その事態が現実となる事を本気で恐れているのだ。

彼女が居なければ、ヴァリエール家の三女は未だに”ゼロのルイズ”のままであろう。そして余りにも隔絶した技量を持つこの魔女は、反比例するかの様に素っ気ない人物でもある。この世界に対する興味が尽きた時点で、サヨナラの一言と共にこの地から消え去ってもおかしくない。

 

ーーまるで泡沫の夢の様に。

 

そうなった時にルイズがどうなるかなんて、こちらこそ想像したくない。何しろそれを想起させる出来事が実際に、今からちょうど一年前にあったのだ。

 

ルイズ・フランソワーズはこの学院に引っ越して来た正しくその日の晩、寮を脱走したのである。

ウチの母様は少々厳し過ぎた、私はもっと一人で闊達にやらせてくれた方が伸びる、私は自立心の高い女なのよ、と散々息巻いていた昼間は一体何だったのか。周囲の者がこの様に呆れ返るほど、口程にもない錯乱っぷりだった。教員達がやっとの思いで保護して魔法学院に連れ戻そうとした暁には、周囲を憚らずにオウチカエリタイと泣き喚いたものである。半狂乱になって父と母の名を連呼して号泣するものだから、これを目撃した通行人からはメイジが集団で人攫いしようとしていると勘違いされ、それはもう大変な騒ぎになった。

 

どれだけ精神的に脆い娘かというだけの話ではあるが……まぁ、こうした事を経てルイズも少しは成長したと見える。

ミセス・シュヴルーズには、彼女が彼女なりに自身の弱点を把握した上で努力しようとしている事が伺えたのだ。

 

「ミス・ノーレッジに同じ事を言わせない為……要するに彼女の興味をこの地に繋ぎとめる為だけに、貴女はこの国の魔法体系そのものの進化を望むのですね?”土の遍在”を編み出した実績のあるフーケは、成る程確かにその為には確保しておきたい人物かもしれません。」

 

老婆が低く呟いた言葉に、ルイズは深く頷いた。

そしてその目を見たこの場の全員が、これはマジでヤバイと思った。何しろルイズは今、躊躇う素振りすらなく首肯した。どれほど大言壮語しているのか、その自覚があってそうしている。

……いや、本当にそうだろうか?

ミセス・シュヴルーズはそれでも尚信じられずに、全く同じ事を問いかけ直していた。

 

「貴女はその三歳児以下の精神的脆さを放置する為に系統魔法の発展を目論見、あまつさえその実現に必要な人材を戦乱の地にまで確保しに行くと言うのですか?物凄く遠回りしている事に気づかないのですか。」

 

「全く思えません。この問題の解決に近道など有り得ませんから。」

 

ルイズは肩を竦めるばかりだった。

立派な事を言ってる様だが、側から見ればバカバカしい事この上ない。

 

「……心を鍛えろっつってんのよ、ヴァリエール。タバサを見習いなさい、タバサを!あの子何も言わないけど、普通ならペシャンコになるくらいヘヴィーなモノ背負ってるわよ?それでもああやってマイペースに頑張ってんのに……アンタのその精神的未熟児っぷりは、一体何事よ?胸だけじゃあないのね、薄っぺらなのは。」

 

キュルケはこの時になってようやくショックから立ち直り、ハードボイルドな親友を引き合いに出した。

しかし当のルイズはヤレヤレとばかりに首を横に振るばかりで、大物ぶっているのか一丁前にため息すら吐いてみせた。

 

「仕方のない事なのよ、私は末っ子だから。」

 

「……は?」

 

「長女である貴女達には理解できない事かしら?末っ子とは寂しがり屋で甘えん坊である事を運命付けられた、保護されて然るべき生き物なのよ。精神的鍛錬ですって?バカなこと言っちゃぁいけないわ。自らの手で存在意義を壊す愚を、私が犯すと思うの?」

 

「はいはい。残念だけど今、私色々と分かっちゃったわ。ヴァリエール家はもうお終いね。こんな究極の構ってちゃんを世に放り出すとは、最早笑い飛ばす気にもなれないわ。」

 

これに対してルイズはとても深い問題を話すかの様に、声のトーンを落として話し始めた。

キュルケは非常に嫌な予感がした。前々からバカだバカだと思っていたルイズが、究極のバカとして完成されてしまった様な気がしてならなかったのである。

 

「それは違うわよ、ツェルプストー。この私の未熟な精神こそが、ヴァリエール家が今まさに最盛期にある事の証明なの。果たして魔法すらろくに扱えない末っ子をここまで甘やかす事が、他の貴族に出来きたかしら?政略結婚にすら用いずひたすらに愛でる様な真似、ゲルマニア貴族にすら不可能でしょう?……私は今、自信持って断言できる。”ゼロのルイズ”はメイジとしての存在価値も貴族の娘としての利用価値も皆無だったけど、この世で最高の両親と姉妹に恵まれていた、そしてそれで充分だった!いっその事そのまま一生を終えた方が、私の家族の高邁な精神は一層の輝きを放った事でしょう!なぜなら私の身に注がれていた彼らの打算なき無償の愛こそが、全貴族の範たる価値観としてハルケギニアの地平を照らすものだったから!」

 

ルイズは両目を爛々と輝かせながら、聞く者を置き去りにした持論を展開し始めるのだった。

 

「……私が真に愚かだったのは、中途半端に魔法を扱える様になってしまった事でしょうね?私が必死こいて身につけた浅はかな実力は逆説的に私の家族を、晩成型の娘を見捨てなかった親バカと姉バカにまで貶めた。フーケに虚仮にされるまで、こんな事にも気が付けなかったとは、汗顔の極みよ。ましてやパチュリー・ノーレッジの”理解”がハルケギニア6,000年の魔法的蓄積を上回る可能性を見落としていたとは……度し難い無知っぶりだった。それでも私は、この歩みを止めるつもりは無い。この道を歩ませて貰った人に愛想尽かされるくらいなら、いっそのこと魔法なんて使えなかった方がマシなのよ!そしてこんな泣き言はもう二度と、口が裂けても言うつもりはない!だから!」

 

このときルイズは、右手を硬く握りしめながら力強く訴えた。

 

「始祖の不在が停滞を齎しているなら、この私がもう一度発破をかけてやる!私がこの遅々とした世界を、”加速”させてやる!そして私がハルケギニアを、我が導師が離れられないくらいの素晴らしい魔法的世界にしてみせる!それが”ヴァリエール家の小さなルイズ”で在り続ける為の、私の覚悟よ!」

 

長々と続いたルイズの主張は、要するに次の一点に尽きた。

ーー私の全てを肯定してやる。

 

思わず周囲が愕然とする程に、超絶な俺様理論だった訳である。こんな事を真顔で言ってのけるのだから、ルイズは結構大物なのかもしれない。何しろ彼女は今、こんな夢みたいな話を本気で実行しようとして、その一里塚として内戦地帯へと人材確保に踏み入れようとしているのだから。

キュルケですら開いた口が塞がらなかった。

 

ミセス・シュヴルーズはやれやれとため息を吐くと、静かに声を掛けた。

 

「そうですか……しかし貴女のその信念の為に涙を流すのは、貴女ではありません。貴女にもしもの事があったとき悲しむのは、貴女が大切にしているご家族です。」

 

「末っ子は所詮我が儘……と言っても先生は納得してくれそうにありませんね。」

 

このとき同僚達の青ざめた顔をグルリと見渡したミセス・シュヴルーズは、キッパリと告げるのだった。

 

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。貴女一人の決意の為に、これ以上我々が冷や汗を流すのは御免被ります。」

 

そして一拍の後、丸投げした。中間管理職の鑑である。

 

「貴女のその思いは、この国の最高意思決定機関に委ねましょう。今から一週間の後、アンリエッタ姫殿下がこの学院の視察に訪れます。アルビオン行きの採決はその際に頂くとして、それまでは大人しくするとこの場で誓いなさい。」

 

これを聞いたルイズは、ニヤリと唇を歪めた。

 

「喜んで。」

 

この返答を聞いた教師達は、揃って胸を撫で下ろした。常識的に考えて、YESという返答が貰える訳ないからである。

その確信は、珍しく親切心を発揮したキュルケの指摘を受けても尚、揺らぐ事はなかった。

 

「そんな事約束させて大丈夫ですか?ルイズが自慢してましたけど、この国のお姫様とは幼馴染みだそうですよ。つまりは同類という事です、まともな決断が下せるとは到底思えませんが。」

 

ちなみルイズは過去、そんな事を一切漏らしていない。しかしながら今の自分ならいざ知らず、背伸びしようとしていた1年前ならあり得そうな話だとルイズ本人がスルーしてしまった。キュルケの話術の巧みさが伺えるところである。

 

しかしながらこの時、名も知らぬ老教師が厳しい顔をして立ち上がった。

 

「ミス・ツェルプストー……貴女の批判的精神は時として小気味好い反面、今の様な危うさも含んでいますね。前言を撤回して頂けませんか?我らの敬愛する姫殿下の判断能力に疑義を挟むなど、看過するには余りある。王家を侮辱された我々がどれ程のものとなるか、ゲルマニア貴族である貴女が知らぬ道理はないでしょう。ましてや貴女はあの、ツェルプストー伯爵のご息女だ。枯れ葉に注がれた種火が如何に危険か、我々以上にご存知の筈です。」

 

「まぁ……確かにそう言われると、立つ瀬がありませんね。これは失敬。」

 

キュルケとしてはこの時、純粋な善意を発揮したつもりだったのだ。それが相手にとっては思わぬ地雷だったと判明した以上、踏み抜く前に足を上げるのは吝かではない。

何しろこのトリステイン貴族という連中は、普段臆病なくせに一線を超えると何を仕出かすか分からないのだ。キュルケの家庭教師だったあの、全盲の元トライアングルメイジがその良い例だろう。今でこそ無口で大人しい男だが、トリステインから流れてきた当初は命知らずにもキュルケの父親へ真っ向勝負を挑むくらい、頭のネジがユルユルだったらしい。その際にメイジとして再起不能にされながら今もなお、時折『隊長』さんとやらへの復讐心を覗かせては周囲をゾッとさせている。要するに、まともに相手しちゃダメなのだ。

 

こういう思いをした時は、ルイズを揶揄うに限る。

キュルケは取り敢えずいつも通りに、返球させる気のない言葉のキャッチボールを開始した。

 

「ところでヴァリエール、アンタそのフーケって奴が大人しく言う事聞くと思ってるの?つい数日前に返り討ちにしてやった小娘の言う事なんざ、私だったら無視するわよ。それにまた“土の遍在”とやらを使われたら、アンタどーしよーもないでしょーが。」

 

「既に対策済みよ、ツェルプストー。たとえ20体に分身されようとも、私が20倍の速さで動けば良いだけだから。……まぁ、今のところ4倍くらいが限度だけど、先は見えているわ。」

 

ーークッソ、一体なんなのよそのピッチャー返しは?面白くないわね!ちゃんと悔しがりなさいよ!

 

「……アンタねぇ。そのセリフ、絶対にタバサの前では言わないでよ?本気にしそうだから。」

 

「アンタこそ本気で信じて頂戴よ。私がこの技を極めない事には、パチュリーの素()の暗算速度にすら太刀打ち出来ないんだから。言っておくけどあの子が本気になって思考だけ(・・)に集中した暁には、私の計画なんて一瞬で破綻するのよ?調べものがある今のうちが、唯一のチャンスなのに……ちょっとは危機感持ってよ。」

 

もはや何を言っているのか、意味が分からなかった。

同じ言語で喋っている筈なのに、ルイズとの会話は既に未知の領域へと踏み出しつつある。この調子で突き進まれた場合、早々に理解不能になる事は火を見るよりも明らかだ。

 

おまけに今の会話で、ルイズはガクガクと震え始めた。

いや……ガクガクと言うよりは、カクカクと奇妙な動きをしている様に見えるのだが、これはこれで一興である。

面白いオモチャを見つけたので、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーとしては良しと出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今回描きたかったのは、下記の通りです。
色々詰め込み過ぎました。

・パチュリーの影響力
チラリとも登場しないのに、迸る存在感。というのを表現したかった、それに尽きます。
表現上のアドバイス等、何かありましたら是非ともお願いします。

・フーケのヤバさとその影響
前話からの引き継ぎ部分です。
マトリックス・リローデッドの時のエージェントみたいにルイズを取り囲むシーンを描写したかったのですが、長くなり過ぎて割愛。こんな事してるから更新が滞るんですね。
貴族として云々、というよりも家族の一員として考えたときルイズはどうなんだと考察した結果、ルイズが長州派維新志士みたいな感じになりました。結構うまく行ったのではと思います。

・ルイズのデレの部分
真面目で依存心が強そうな子ですので、いっその事開き直って貰いました。原作ではサイトくんを相手に大立ち回りを演じましたが、拙作ではこれ以降の出番はないと思います。
ツンの部分は、パチュリーを意識し始めたのでこれからも出番があると思います。部活の先輩に対する、憧れ8割、負けん気2割みたいな感じです。追いつける訳ないけど無視なんてさせないぞ、という奴です。

・魔法学院の先生がた
趣味に生きる人々。
今後はルイズと一緒に仲良くコモンマジックの復興に進んでくれれば良いな、と思っています。

・ルイズの母様
規格外なのは原作通りです。パチュリーとは価値観が異なる感じで。

・エレオノールさん
公爵家の娘がゼロのルイズと公然と侮辱される環境が放置されたのは、そもそもこの人がさんざっぱらヤラカシタから、という設定。
原作通りに土魔法の研究者として歩んでいますが、生来の適性は母親譲りの風。思い入れがあるというよりも、思春期にありがちな母親との確執からたまたま発現した土系統に進んだ感じ。誰も幸せにならない方向に突き進んだので、学院関係者は全員が苦々しく思っている。

・キュルケのヒロイン化
ラブコメとか苦手ですが、発想するのは面白いですね。

・コルベール先生の出番
この人視点で書き始めたのに、結果的には全然登場させられませんでした。
ちなみに彼の動きとしては、以下の通りです。
フーケと対決しに行くルイズを目撃(偶然)
➡︎魔力を隠蔽しながら後をつける
➡︎パチュリーに見破られてルイズの部屋に召喚され、取り調べを受ける
➡︎魔法実験小隊の時代に培った闇の技術ですと素直に言えず、幼女愛好者だと素性を偽る
➡︎鵜呑みにされてしまい、遠回しに否定しようとしても聞き入れて貰えず、悶絶している
因みにデルフリンガーは、コルベール先生の髪の毛を脅す為にパチュリーが手元に引き寄せました。

・アンリエッタ姫
貴女が居なかったら、ルイズとミセス・シュヴルーズはずっと言い争いしてました。
どうもありがとうございます。


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