とある科学の解析者《アナライザー》 (山葵印)
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プロローグ

初投稿です。よろしくお願いします。


 ──何度だって──

 

 

 

 ──何度だって──

 

 

 

 ──俺はやり直してやる──

 

 

 

 ──皆が笑って暮らせる、()()()()のようなものを、もう一度──

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった‼どうしてこうなった‼」

 

 自業自得という言葉を既に溝に投げ棄てているかのような発言をしつつ、少年…山峰 悟は裏路地を走っていた。

 彼は先程まである事件を追っており、無能力武装集団、即ちスキルアウトに接触することに成功したのだが自らが風紀委員(ジャッジメント)という治安維持組織の一員であることがばれてしまったため、こんな情けない姿を晒しているというわけである。

 

「明日から夏休みだというのに、この仕打ちはあんまりだと思うんですよちくしょー‼」

 

そう毒づいて、角を曲がっていく少年。後ろから沢山の足音が聞こえてくる。それに焦りを感じつつ、彼はひたすらに走っていく。

 

「チイッ‼」

 

 しかし逃げた先は袋小路。大きく舌打ちをして後ろを向くと、下衆な笑みを浮かべるスキルアウトの内一人が右手に火球を出した。

 

「発火能力者!?」

 

 ギリ、と歯を噛み締める。事前の情報からこうなることは分かっていたハズなのにどこまでも楽観的な過去の自分を殴りたい衝動に駆られるが、それで現在が変わるわけではない。

 そして、発火能力者が生み出した火球を投げ付けようとしたところで…

 

「そこまでですわ。」

 

凛とした、声がかけられた。

 

「風紀委員ですの。器物損害、傷害の現行犯で逮捕させていただきますわ。」

 

 右腕の緑色の腕章を見せつけるようにして、その少女は立っていた。

 茶色の髪の毛をツインテールにし、制服…常盤台のものに身を包んでいる。そして少女は厳しい、睨むような目をしてスキルアウトに視線を投げていた。

 

「プッ…ギャハハハ‼こんなガキがジャッジメントたぁ笑わせやがる‼」

「ジャッジメントも人手不足かぁ!?」

 

 先程と同じ、こちらを嘲るような笑い。少年は先程逃走を選択したが少女は…攻撃を選択した。

 

「ハハハハハ…は?」

 

 次の瞬間、既にスキルアウト達は壁に縫い止められていた。少女はもう一度、凛とした声で言う。

 

「聞こえてなかったようですのでもう一度自己紹介を。風紀委員第177支部所属、白井 黒子と申しますの。一応、これでも学園都市で空間転移者の大能力者(レベル4)として、末席を汚している者ですわ。」

 

 その台詞を聞き、初めて余裕を持っていたスキルアウト達の顔が青ざめる。大能力者。それは人口230万人の学園都市でも一握りしかいない存在。しかもテレポーターはそのなかでもさらに希少な能力で使いこなすのにも一苦労である。

 

「抵抗すると言うなら容赦は()()しませんけれども…どうされますか?」

 

 細い、棒状の針をとてもイイ笑みとともに見せつけられた彼らには、降伏以外の選択肢は与えられていないのだった。

 

 

 

 

 

 

「スマンな、助けてもらっちゃって。」

 

 苦笑しながらそう言った少年。彼は一応この少女…白井の先輩にあたる立場だ。しかし、能力があまりにも戦闘向きでないという理由から闘うことは難しい。

 

「本当ですわ。全く…悟先輩は初春と一緒で戦う手段を何にも持たないのですから、このような無茶は控えていただけませんと。」

「そいつぁ厳しいねぇ。」

 

 かか、と言って笑う悟に白井は目を吊り上げようとする。だが、ソレを携帯の着信音が遮った。

 

「あら、いったい誰ってお姉様!?」

「反応はやっ‼」

 

 若干引き気味にそう言って後ずさる悟であったが、目をこれ以上ないくらいに輝かせた──尋常ではないともいう──白井の様子に口を閉じた。

 

「はいお姉様なんのご用事ですのこの黒子お姉様のためなら何からなんでもお任せくださいなぐへへそうそう本日そちらに荷物が届いていると思いますがお姉様へのプレゼントではなくこの黒子がお姉様のお姿を撮影するために使う隠し──

「それ以上はいかん」

「あうっ」

 

 またいつもの病気を発症したか、と呆れながらも頭にチョップを叩き込み白井を黙らせる。頭を抑えながら通話をしていた彼女だったが、

 

「どうやらお姉様、また夜の町を歩き回っていたようですの。お先に失礼いたしますわ。」

「おう、また今度。」

 

 一礼して、ヒュンという音と共に白井は消え去った。悟は頭をかくと足で地面を踏み鳴らす。そして、彼もまた夜の町に消えていくのだった…




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第一章 幻想御手についてのレポート
1日目+2日目


「ちわー…」

 

 ここは風紀委員132支部。この少年、山峰 悟が所属する支部である。彼の格好は、風紀委員という治安維持組織には相応しくない、と言っても過言ではないものであった。

 

 白いワイシャツ、黒のノリの効いたズボン。それならいいが、いかんせんそれにサングラスとキャップ帽が追加されているせいでよく言ってチャラ男、悪く言えば不審者の2通りにしか見えなくなっている。

 

「おーう、悟おはよー」

「先輩…また貴方はソファーで寝ていたんですか?」

 

 それに声を返す人物が1人。彼の名前は凪川 海人。この132支部に所属する1人にして、悟の先輩である。彼はヒラヒラと右手を振り、言った。

 

「大丈夫か?昨日、スキルアウトにやられたって固法から聞いたんだが」

「大丈夫ですよ。」

「本当かあ?」

 

 訝しげな視線を送る海人。肩をすくめ、それに答えて見せる悟。海人は重苦しいため息を吐くと、立ち上がって言った。

 

「『幻想御手(レベルアッパー)』の件はどうなっている?」

「一応実在するみたいですが、現物を見ていないので何とも。昨日の騒ぎも、それが原因ですし。」

 

 ふーん、と半目で悟を見やりつつ、机の上にあった緑色の腕章を取り、外へ歩き出す。

 

「パトロールに行ってくる。その間、調べておいてくれ。」

「わかりました。サポートも頑張りますので…」

「おーう、よろしく頼む。」

 

 右手をヒラヒラと振り、扉から出ていく海人。ガチャ、という音をたてて扉が閉まった後、悟はパソコンを立ち上げ、調べものを再開するのだった。

 

 

 

『幻想御手』。それは都市伝説の一種であり、使うだけでレベルが上がる、というものである。今日から夏休みということもあり、こういった都市伝説を真に受けて、信じてしまう人も増えるだろう。素早くスクロールしつつ、悟は頬杖をつきながらネットサーフィンを進めていく。

 

「…ん?これは…」

 

そして、あるスレッドに辿り着いた。そこには『幻想御手入手方‼』というタイトルがついており、どうやら件のレベルアッパーを配布しているらしい。しかも無料。

 

「オイオイマジかよ…」

 

ここまで来ると最早一周回って信じそうになってしまうから不思議だ。どうしてこんなものがあるのだろうか?

 

「…害は無さそうだし、インストールしてみるか?」

 

もしこれが本当にレベルアッパーだと言うなら、現物は持っておいた方がいいかも知れない。

というのも、最近の学園都市では『書庫(バンク)』と呼ばれる超巨大サーバーにある個人情報と能力のレベルが噛み合わない、という事件が増えてきている。もしそれがレベルアッパーの仕業であるというなら、こんな少し検索しただけで出てくるようなサイトはすぐに閉鎖されてしまうだろう。自分で閉鎖する、というのも手だが、もしかしたら都市伝説にかこつけた偽物かもしれない。

 

「…やるか。」

 

カチリ、とマウスをクリックする。どうやら件のレベルアッパーは音楽であるようで、悟の携帯に繋いでそれのダウンロードをしていく。

 

「…こんなアッサリ出来るもんなんかね?」

 

直ぐにダウンロードは終了した。アッサリと、拍子抜けしてしまうほどアッサリと。取り敢えず先輩が帰ってきてから使ってみるか、と考えたところで、電話がなった。

 

「はい、こちらジャッジメント132支部です。」

『悟か?俺だ、海人だ。』

「先輩?どうされたんですか?」

 

電話を掛けてきたのは海人であった。真剣な声をしている彼からただならぬ気配を感じ取ったのか、悟の声が若干固くなる。

 

『『虚空爆破事件』の犯人が…倒れた。』

「ッ‼」

『ついては、風紀委員の中で一番そっち方面に詳しいお前を病院に向かわせることになった。行ってくれるか?』

「…りょーかいです。」

 

通話を終了させ、携帯を掴んで急いで病院に向かう悟。その時点で彼の頭の中からは幻想御手のことは抜け落ちていたのだった…

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ…」

 

とある病院。そこには先日学園都市を騒がせた『虚空爆破事件』、通称グラビトンの犯人である人物がいた。悟は海人の電話が来てから直ぐに支部を飛び出してタクシーに乗り、ここにやって来たという次第だ。

 

「仕事熱心なのはいいけど、患者が増えられると困るね?」

「す、すいません、急いで、いた、もので…」

 

息も絶え絶えに医者の先生…へ返答する悟。医者は呆れを顔に出すも、直ぐに話始める。

 

「結論から言うと、原因は不明です。普通、昏倒したときには何かしらの原因があるはずなんだけど、それが見当たらなかったんです。…一応、大学の方から専門家を呼んで頂いてますが。」

「成る程…」

 

先程まで息も絶え絶えだったが、話が始まった瞬間にメモを取り出した目の前の風紀委員に苦笑しつつ、「彼を見てみますか?」と問いかける医者。それに悟は頷くと、二人は連れだって歩き出す。

 

「ここですか。」

「そうだね?」

 

そうして、二人はその病室へと入っていく。中は真っ暗で、1人の少年が様々な機械に繋がれている。ピッ、ピッ、という無機質な音を聞きつつ、彼はサングラスをとった。

 

「…『解析』」

 

そう呟くと、少年と悟の目の間を大量の数字が行き来し始める。

 

 『天地解析(オールアナライズ)』。

 学園都市の機械がレベル3を弾き出したそれは、使用者…悟の視界に入ったものを何でも解析してしまうという能力だ。正確に言うと五感すべてを使用して解析しているので、何でも解析してしまうがために殆ど毎日演算をし続けていることと、そのせいで情報量が途方もない量になり、たまにキャパオーバーする、という欠点を除けば悟のようなサポーターにはうってつけの能力である。

 

「(…本当に異常が見られないな…ん?)」

 

 突如、ガタン、という音をたてて悟が立ち上がった。

 

「どうしました?」

「…先生。例えばですが、脳のキャパシティを越えて、能力の演算をさせることは可能ですか?」

「可能だね。でもそうすると昔の君のように昏倒してしまうものですが…もしかして、そういうことかもしれないね?」

「ええ…そういうことかもしれません。」

 

 二人以外には意味のわからないその会話。悟は難しい顔をして考え込んでいる。その銀色の眼はここではないどこかを見つめているかのように、忙しなくぐるぐると回転しているのだった。

 

 

 

「何だと?『虚空爆破事件』の裏には脳科学者が関わっている?」

『ええ…正確に言うと、虚空爆破の裏に幻想御手、その裏に脳科学者、といった具合ですが。』

 

 海人は、パトロール中に悟からそう電話を受けた。悟は事実を隠すことはあっても、嘘をつくことはない。「100%が120%になったときにしか話せません、自信がないので。」と常日頃いっている彼がここまで確信をもって話している、と言うことは事実に近いのだろう。海人は信頼をもって答える。

 

「分かった。俺から177支部に連絡をいれておく。」

『…よろしくお願いします。』

「ああ。」

 

 悟から連絡してもいいのだが、彼はいかんせん信用されない見た目をしているので、177支部の先輩の1人と個人的な繋がりがある自分に連絡してほしいのだろう。

申し訳なさそうな悟の言葉に苦笑を浮かべ、通話を終了させる。

 

「あ、もしもし固法か?俺だ、海人だ…」

 

 そして、海人は信頼のおける人物、固法 美偉に連絡をとるのだった…

 

 

 

「そんなんで本当にレベルが上がるのか?」

「だから使って確かめるんですよ。」

 

 その日の夕方、132支部の二人はファミリーレストランにいた。というのも、風紀委員の活動時間が終わりかけていた時に悟が呟いた一言が原因である。

 

『あっ、そう言えば俺レベルアッパーの現物持ってたんだった。』

『…ちょっとこっちこい悟。』

 

 その後、海人から有難い話、もとい説教を受けた彼はファミリーレストランで海人と話し合いをしていたのだった。

 

「何頼むんだ?」

「アジの開き定食です。」

「…お前高1だよな?」

「そうですけど?」

 

 なに当たり前の事を言っているんだコイツ、とでも言いたげに目を向ける悟。海人は何故か重苦しいため息を吐いて、頬杖をついた。

 

「で、大丈夫なのか?」

「副作用とかありそうですよね。」

「…お前が使うんだよな?」

「そうですけど?」

 

 なに当たり前の事を言っているんだコイツ、とでも言いたげに目を向ける悟。海人は何故か重苦しいため息を吐いた。

 

「あれ、何かデジャヴが…」

「気のせいだろ。」

「まあ使うと言ってもこのノーパソで情報を解析するだけなんですがね。」

「そうかい。」

 

運ばれてきたナポリタンをモソモソと口に運んでそれを水で流し込むと、海人は言った。

 

「一応固法に連絡しておいた。あっちもあっちで捜査をしてみるらしい。ただ…」

「ただ?」

「ソースがお前だと言っちまった。」

「…つまり?」

「お前が明日177支部に行くことになった。」

「oh…」

 

 頭を抱え、呻くように声を出す悟。彼はその能力故に女子と話すことをよしとせず、海人に連絡をいれてもらっていたりしていた訳である。…最も、そのせいで177支部の面々からは「先輩を顎で使ういけ好かない奴」という認識になってしまっているが、健全な男子高校生に常時見てはいけないものまで解析出来る何て言う力を持たせてはならない。具体的に言うと見える。色々と。

 

「…何か、すまんな。」

「大丈夫です…ツケが回ってきたんでしょう、きっと。」

 

 遠いところを見るような目をして、HAHAHA、と力なく笑う悟。海人はその肩に手をおき、ポンポンと叩くのだった…

 

「よーし悟さん仕事頑張っちゃうぞー」

「よし、その意気だ‼」

 

 学園都市に大量にある風紀委員の支部のなかでも、構成員がたった二人、しかも思春期の学生二人、という特異な支部こと132支部…『オカルト支部』。その構成員の二人は、そんな風に笑いあっていた…

 

…最も、やけくそ気味ではあったのだが。

 

 

 

 

 

「クソッ、何だって俺らがこんなこと…」

「諦めてください先輩。オカルト支部の好きそうな捜査ではあるでしょう?」

「だからって学生を警備員(アンチスキル)に混ぜるか普通?」

「…この学園都市に普通を求めては行けませんよ、きっと。」

 

 翌日、風紀委員132支部の二人は、明朝に警備員からの電話でたたき起こされ、昨夜起こった不審火についての調査を依頼されていた。

 なんと優しい職場だろうな、と二人で叫んでしまったのも仕方のないことであろう。いっそ清々しいまでの笑みを浮かべ返答する悟。海人は肩をすくめ、調べを進めていく。

 

「どーだ?なにか分かったじゃん?」

「黄泉川先生…焦げあとだけ、というのがやけに引っ掛かりますね…」

「まあパイロは炎の温度操作はできんしな、それ以外…はしらんし。」

 

 学園都市炎を出す能力と言えば発火能力(パイロキネシスト)だ。しかし、一般的にその能力では産み出した炎の温度を下げることは不可能である。とすればコンクリートは溶けているはずなのだがそんなことはなく。温度を操作する能力者、というのもあまり聞いたことはなかった。

 

「でも、心当たりは居ますよね?」

「…」

 

 そっ、と目をそらす海人。恐らく自分と彼は同じ人物を思い浮かべているはずだが、その名前を口にしたとたん彼女が飛んできそうな気がする。そう思ってしまった。

 

「呼ばれてないけどじゃじゃじゃじゃーん‼」

「還れ」

「酷くない!?」

 

 と、唐突に海人の背後に1人の少女が現れる。彼女の名前は凪川 華といい、海人の義理の妹という悟のクラスメートが聞いたら血涙を流して悔しがりそうな境遇をしている。さらに、茶髪に青い眼している海人とは対照的に、長い黒髪にセーラー服といった、清楚な文学少女のような見た目をしている。

 

「じゃあ…暖まろっか♪」

「やめろッ‼」

 

 しかしその実、海人にたいしてのみ妄念的な執着を見せる、いわゆるヤンデレである。こんな少女が学園都市の誇るレベル5に最も近い人物であるなど誰がわかるだろうか。

 

 彼女の能力…『融点操作(メルトオペレーション)』は物体の沸点、融点を操るという能力であり、彼女の手にかかれば液体窒素すらそこらへんで生成出来ると言うから驚きである。…そんな能力でもレベル5足り得ないのは、レベル5の七人が規格外なのか、それともその性格ゆえか。

 

「きゅ~…」

「華。」

「うう…何よ?」

「これ、お前の仕業か?」

「違うよ?私今週第三学区のネカフェにいたし。」

「…悟?」

「嘘はいってないみたいですよー」

 

 額に青筋を浮かべた海人の手によって瞬く間に鎮圧された華に、海人は通常の3割増しほど低い声で問いかけるも、華はそれに否と答える。

 

「これは本格的に手詰まりみたいですね…」

「だな…」

 

 難しい顔をして考え込む二人。そこに警備員の一人…先程黄泉川と呼ばれていた女性が声をかける。

 

「まあなんだ、今日はありがとう。これから予定がないってんなら、一杯のみにいくじゃん?」

「なーにいってんですか黄泉川先生。そもそも俺はこれから予定、が…」

「ど、どうしたじゃん?」

 

顔を青ざめさせる悟。黄泉川は心配そうに声をかける。

 

「…わ」

「わ?」

「忘れてたああああああああああああああッ‼」

「「!?」」

 

 驚きの表情を見せた華や警備員達に構わず、悟はその場を駆け出していく。

 

「…なあ」

「どーしたんです黄泉川さん。」

「アイツ、何があったじゃんよ?」

「ああ、ちょっと大惨事間違いなしの場所にいくだけですんで。」

「ええ…」

 

 サムズアップをして返答する海人。黄泉川は顔をひきつらせ、悟が向かった方に目を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 さて、突然だが皆さんはラッキースケベという言葉をご存知だろうか。ライトノベルや漫画の主人公がよく遭遇する、あれである。ある意味では主人公の特権とも言えるその力。なぜこんな話をしたのか、と言うと…

 

 

 

「それで、レベルアッパーのデータがこのファイルには入っていると言うわけね?」

「ハ、ハイ。ソウイコトデス。」

 

 

…進行形で、悟はそれの罠にかかりかけていたからだ。

 

 

 

 ここは風紀委員177支部、その内部である。

 彼の能力、天地解析には一種の弱点がある。と言うのも、彼は『目』として定義しない部分ならば解析を行うことはできない。最も、心の目という単語に代表されるように案外『目』として定義される場所は多い。

 そのため、今の悟はいつものサングラスに帽子、そして手袋に耳栓、ロングコートを着ていた。勿論、何を言っているかが分からないので、今の彼は読唇術を駆使して言いたいことを理解している、というわけである。

 目の前の彼女…固法美偉はその事情を知っている人に分類されるため、悟の不審者めいた格好になにも言及しない。その後、少しだけ話し合いを行い、悟は帰路に着くのだった…

 

 

 

 

 

「あー、あっづい…ヤベエ、頭くらくらしてきた…」

 

 やはりと言うべきか先程の不審者ルックは夏の炎天下には応えたらしく、悟はまるで千鳥足のような不安定な足取りで歩いていた。既にコート、耳栓、手袋は外している。

 

「──して──‼」

「──かぁ?そんな──」

「ん?どーしたんだありゃ。」

 

 と、そこでたまたま目を向けた先に、口論している男女の姿が。…正確に言うと1人の少年を庇うように立つ1人の少女を3人の男が取り囲んでいた。

 

「…」

 

 今ここで、少女を見捨てる事は簡単だ。しかし、今の悟にそんな選択肢は存在しなかった。不自然なほどに明瞭な頭を働かせ、悟は路地裏へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

「はーい、そこまで…風紀委員だ。何してたかキリキリと吐いてもらうぞ。」

 

 右腕の腕章を見せつけるように立ち、悟は少女と男達の前に立つ。スキルアウトは顔を見合わせるようにして、不意にガハハハと汚ならしい笑い声を上げた。

 

「誰かと思えば風紀委員かぁ?ヒーローでも気取りやがって。ふざけてんのか?」

「ほら、やらない善よりやる偽善って言うじゃん?それだよそれ。」

 

 どーでもよさげに悟は言い返す。スキルアウト達は少しだけ顔を歪め、1人が言った。

 

「おい…ちょっとコイツで試して見ようぜ?」

「そうだな。」

 

 そう言って悟へと手を向ける。そして…悟が吹き飛んだ。

 

「がっ!?」

 

もんどりうって転がるも、直ぐに体勢を立て直してゴム弾を打ち放つ悟。しかし、それはどれにも当たらない。

 

「(『偏光能力(トリックアート)』か‼)」

 

 偏光能力とは、自らの周りにある光を歪めることで姿を隠し、相手の攻撃をそらしたりできる能力のことである。悟は直ぐに解析を始め、どこにスキルアウトが居るかを特定しようとするも…

 

「ガハッ‼」

「気に入らねえな…実に気に入らねえ。」

 

 腹を蹴られた。そう知覚したときには既に数メートル吹き飛ばされていた。痛みでゴム弾の入った銃を手放してしまう。

 

「(しまっ…!)」

 

 そして、一方的な蹂躙が始まった。

 

 

 

 

「もうやめて…もうやめてよ‼」

 

 気が付けば、少女…佐天 涙子はそう声を上げていた。

 風紀委員の少年の名前が何か、佐天は知らない。だが、それであっても。殴られ殴られ殴られ。蹴られ蹴られ蹴られ。殴られ蹴られ殴られ殴られ蹴られ殴られ蹴られ蹴られ蹴られ殴られ…

 

「がっ…はっ…」

 

 いつしか、彼は。ボロボロでズタズタで、ぼろ切れのようにされていた。ピクリとも動かない、それであっても無理矢理に体を動かそうとする彼に、思わず声が出てしまった。

 

「さーて…じゃあ次はテメエだなぁ?」

「ひっ…」

 

 嗜虐的な笑みと共にこちらを向いたスキルアウトに、佐天の喉がひきつる。思わず後退りして、後ろに庇っていた少年のように震えていた。

 

「……い…ぶだ…」

「ああん?」

 

 しかし、そうであったとしても。ぼろ切れのようにされたとしても。どんなに惨めな結末を迎えようと。

 

「だい、じょうぶ、だ」

 

 右手が握り締められる。

 足に力が入る。

 左手を地面に叩きつけた。

 膝を曲げ、地面に拳を打ち付ける。

 目に光が灯る。

 少年は、立ち上がった。

 

「大、丈夫だ…大丈夫だから‼」

 

 先ずは右足。そして左足。引きずるようにして彼はスキルアウトへと進んでいく。

 

「大丈夫なんだ…大丈夫だってことだ‼」

「な、何をしていますの!?」

 

 後ろから足音が聞こえてくるのを悟は知覚した。しかし、もう()()()()()()に思考を割いている暇などない。

 

「大丈夫に決まってる…きっと大丈夫なはずだから‼お前らも、諦め、てんじゃ…」

 

 ドサリ。風紀委員の少年は地面に倒れ込んだ。体はピクピクと痙攣し、出血多量で顔が心なしか青い。

 

「悟先輩‼」

 

 足音の主…白井 黒子は、風紀委員の少年…山峰 悟に駆け寄る。スキルアウト達に、既に戦意など欠片も見られなかった。

 

 ──おやすみなさい、『──』!──

 

 今はもう聞くことのない、そんな言葉が聞こえた気がして。悟は意識を手放すのだった…




ヒロインは決まってないです。
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3日目

 ああ、いつから俺はこうなったんだろうか。

 

──クソッ、どこから侵入者がやって来た‼──

 

 いつから、この目を持つようになったんだったか。

 

──俺達の『最高傑作』を、なんとしても保護しろ‼──

 

 知らぬが仏、とは本当によく言ったもんだ、全く。

 

──ねえ、みんなどうしたの?どこにいくの?──

 

 こんなクソッタレな世界、俺は見たくなかったんだ───

 

「…ん?ここは…」

 

 知らない天井だ。そんなお決まりのボケをかましながら悟は起き上がる。確か、昨日は裏路地に入って、少女の前に立って、カッコつけたような台詞を吐いて…どうだったか。

 

「目が覚めたみたいだね?」

「先生…俺は?」

「全身に打撲、痣、骨にはひび…どうして生きているか不思議なぐらいだね?」

「ええ…」

 

 ソレを患者に言うか、と顔をひきつらせる悟。医者は明日退院しても構わないが家で絶対安静が条件となると言った。風紀委員の仕事は!?と言う悟に医者は笑顔で、

 

「ソレをされたら僕は君に麻酔を打たなきゃいけなくなるね?」

 

 といってきた。まあこの医者は医療に関することだけは信頼できるのだ…医療に関することだけは。

 

「(そーいや、負けたんだっけ…)」

 

 医者が去ってしばらく後。悟は両手を頭の後ろに当てて、そんなことを考える。この都市…学園都市は、表向き超能力開発を行う夢の都市、と言うことになっている。

 しかし、その本質にあるのは人の醜い感情だ。嫉妬、恨み…そんな物の上に、『夢の都市』は建っている。何とも危ういもんだな、と悟はへらへらと笑った。

 

「失礼しますわ。」

 

 と、そこで悟の病室に入ってくる一人の影が。彼女が見覚えのある顔であることに気がついた悟は、その人物に声をかける。

 

「よお白井。どうした?」

「…聞きたいことがありますの。」

 

 そう、それはあの時悟を救った少女、白井黒子であった。彼女は真剣な表情で悟を見据える。

 

「聞きたいこと?」

「…幻想御手の情報、そのソースと推理ですわ。」

「あー、…OK、説明しよう。」

 

 まず、悟は幻想御手を調べるきっかけから話すことにした。

 

「最近、書庫の情報と実際のレベルが噛み合わなくなる事件が発生しているよな?」

「ええ。そうでしたわね。」

「んで、ウチってオカルト支部何て呼ばれてんじゃん?だから、たまたま幻想御手の噂を聞いたんだわ。」

 

 そうして、悟は全てを話した。海人と協力して、犯人が脳科学者、もしくはそれに近い人物であること。幻想御手を使用すると、脳でキャパシティを越えた演算をしてしまうがゆえに、2、3日で意識を失ってしまうこと。

 

「…分かりましたわ。後はこちらで引き受けますの。悟先輩は休んでいて下さいな。」

「かかっ、そうさせてもらうぜ?」

 

 頭を下げる白井にそう言い返し、ベッドに身を沈める悟。そして数分後、見知った人物が入ってくる。

 

「おー、悟。本当に怪我をしていたんだなー。」

「…土御門んとこの妹か。」

 

 黒髪にフリフリのついた、いわゆるメイド服をしているその少女は土御門 舞夏。悟のクラスメート、土御門 元春の妹である。彼女はくふふ、と笑みを浮かべ、言った。

 

「よーっし、私が看病してやるぞ~。こんな美少女に看病してもらえるなんて、悟は幸せ者だな~。」

「おいおい、土御門の許可は取ったのか?」

「…さーって何をしてほしー?」

「オイコラ待たんか畜生。」

 

 清々しそうな笑みを浮かべる舞夏に頭を抱え、この後に来るであろうシスコン軍曹のありがたいお話しを想像する悟。彼の予想通り、二時間ほど後に土御門(兄の方)が来て悟に説教していくのだが、それはまた別のお話。

 

 

「…」

 

私は、今、欠陥品だ、何て呼ばれなくなるような、スゴいモノを持っている。けど、私はそんなモノを前にして躊躇っていた。

 

──きっと大丈夫なんだ‼諦めてんじゃ、ねえよ──

 

 目の座った表情で、圧倒的にやられているのに、そんな事を言ったあの人。私と、あの人を結果的に助けてくれた人。あの人は、能力はレベル3なのに、レベル0に負けるほど弱いんだそうだ。ある意味で、この学園都市の中では『落ちこぼれ』に入るその人。

 …でもきっと、あの人みたいな『特別』に私達はなれなくて、でも『平凡』な自分は嫌で。才能なんてないけれど。この都市に来れば『特別』になれると思って。でも結局、私は『凡人』のままだった。

 

「(…だから、私は…自分だけの力が‼)」

 

 そして、私はイヤホンを耳につけ、再生のボタンを押した。

 

 何かの一線を、越えて、『平凡』は『特別』になった。そんな気がした。

 

 

 

 

 

閑話 とある少年の加速的日常

 

 

 

 

「…しっかし、悟の奴が大怪我ねえ…」

 

 ここは風紀委員132支部。そこには一人の少年がいた。彼の名は凪川 海人。悟の先輩である。彼は、携帯を机に置いて椅子にもたれ掛かり、そう呟いていた。

ジャッジメントの支部、と言うのは本来5人以上の人数が居なければ成り立たない。ではなぜこの支部は2人だけで賄えているかというと、2人のコンビネーションが異常なまでに早いから、である。

 

加速操作(オーバースピード)』。それは物体の加速度を操るという能力である。加速度、と言うのは単位時間辺りの速度の変化率であり、海人にかかればつまようじがコンクリートを貫通する程度には加速させることが出来る。そんな彼の能力は自らの速度にも影響し、新幹線を超越しかねない速度で動くことも可能である。…まあ、この前戦ったナンバーセブンには『気合』で追い付かれてしまっていたが。

 

 そんな能力であるからこそ、噂の『守護神(ゴールキーパー)』クラスの演算能力がなければサポートすらままならない。しかし悟は常に学園都市にある様々な者を解析し続けているための演算をし続けているために演算能力が高く、海人のような機動力を持った人物のサポートが可能である、ということだ。

 

「んー?…はい、こちらジャッジメント132支部。…はあ?強盗?どこで?…うん、うん、うん…第8学区な、りょーかい‼」

 

 唐突に鳴った電話をとる。どうやら強盗事件が発生したらしく、海人に応援を頼みたいそうだ。机に置いてあった腕章を引っ掴み、ドアを開ける。そのドアが閉じた時、既に海人の姿は見えなくなっていた。

 

 

 

 

「黄泉川先生、状況は‼」

「海人か…助かったじゃん‼」

 

 ここは第8学区にある銀行の前。そこには黒塗りの護送車のような見た目をした車が円状に並べられ、バリケードを作っていた。海人に声をかけられた黄泉川、と言う名前の警備員は苦虫を噛み潰したような顔をして言う。

 

「中に十数名の人質がいる。奴らはしきりに逃走用の車をよこせ、と喚いているじゃんよ。」

「…サーモグラフィーは有りますか?」

「あるじゃん、そうでもなきゃ長点の良心何て呼ばないじゃん。」

「その通り名誰がつけたんですかね?あの高校は良いとこですよ…多分。」

 

 黄泉川からゴーグル型のサーモグラフィー装置をもらいながらそう言い合う2人。そして、海人はそれを装着すると…

 

「It's show time!」

 

…ためらいなくゴム銃の引き金を引いた。

 

 

 

 

 

「クソッ、どうしてこんなことに…」

 

 強盗犯のボスである彼は苛立っていた。計画は完璧だった筈だ、なのに直ぐに警備員がやって来て、人質が居なければ直ぐに踏み込まれてしまう、そんな状況だった。

 回りの人質どもは泣きわめいたり、ブツブツとなにか呟いていたり、様々だ。しかし今の自分にそんな余裕はない。今すぐこの窮地を脱出するためのアイデアを考え付く必要があった…

 

「…そうだ。」

 

 そして、彼は思い付いてしまった。ああ、そうだった。どうしてこんなことを思い付かなかったんだろう。もうこうなったら…

 

「…おい、1人、人質をつれてこい。」

「構いませんけど…一体何をするつもりなんですか?」

「見せしめだ、殺す。」

 

 事も無げに言い切る。回りの奴らが怖じ気づいたような表情をしているが、知ったこっちゃねえと言わんばかりに彼は人質に向かう。

 

「よし、てめえだ…」

「ひ、ひいい…」

 

 そして、選んだ人質の少女を警備員の前に連れていこうとしたところで…

 

「…あ?」

 

 自らの脚が、真っ赤に染まった。

 

「ガッ‼」

「うわあっ‼」

 

 そんな三下のような台詞を吐いて、次々に倒れ付していく仲間。理解ができない。どうしてこうなっているんだ?計画は?人質は?そんなモノがグルグルと頭のなかで回っていく。

 

「突入‼」

 

 そして、警備員の声が聞こえたところで、彼は意識を手放した…

 

 

 

 

 

「…こんなもんか。」

 

 そんな台詞をため息と共に吐き出し、ゴム銃の残弾を確認する海人。ジャッジメントのほとんどの人物に支給されているこの銃であるが、こと海人に関しては実銃より軽いし持ち運びもしやすい、まさにドリームウェポンである。

 

「相変わらずだなあテメェは」

「…麦野か、どうした?」

 

 しかし大捕物が行われているのを見つめていた海人に声をかけるものが1人。肩甲骨辺りまで伸ばされた茶髪にワンピースのような服装をしている彼女は麦野 沈利。学園都市の誇るレベル5、その序列4位である。彼女は軽薄な笑みを浮かべつつ、言う。

 

「『アイテム』の件は考えてくれたか?」

「その件なら2か月前に断った筈だが?」

「念のため、だ。お前が他の暗部組織に入るって聞いたら、こちとらメシの食い上げになっちまうからな。」

「…ケッ、白々しいぜ。」

 

 唾を道路に吐き捨て、そう毒づく海人。レベル5なら海人がいくらレベル4とはいえ、ゴミのように殺されてしまうだろうに。

 実を言うと、海人は最近こういったいわゆる『暗部』からのお誘いを受けることが増えている。この前は第2位からもお誘いを受けたのだ。…最も、あっちは悟のことが酷く苦手らしいのだが。麦野は相も変わらずの軽薄な笑みを浮かべて言った。

 

「ま、これからも考えておいてくれよ、お前と『融点操作』の戦闘力は宛にしてるからな。」

 

そう言って、きびすを返して立ち去る麦野。それを射殺さんばかりの目で睨みつつ、海人はゴム銃をホルスターにしまう。そして頭をかき、

 

「…つくづくウチの支部ってジャッジメントらしいことをしねえよなあ…」

 

 子供警察じゃねーんだぞ、と呟いて、彼は拘束された銀行強盗犯達が護送車的なサムシングに乗せられていくのを据わったかのような、それでいてやる気がないと形容できるであろう目をして見つめているのだった…




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4日目

「ガッデム…マジガッデム…」

 

 次の日、無理を推してやって来た悟はパソコンの前で呻き声をあげていた。何故ならば、朝から大量の情報整理に追われていたからである。

 

 

 

 

 明朝に132支部にやって来た彼を出迎えたのは1つの書き置きだった。

 

『お前が固法に渡したプログラムから幻想御手の犯人がわかった。今からそいつのとこに行ってくる。』

「…ええ…」

 

 いつも思うがジャッジメントのこの捜査スピードはなんなのだろうか。この無駄に洗練された無駄のない連携をいつも出来ないだろうか、何て思いながらパソコンを立ち上げて、テレビをつける。

 

『緊急ニュースです‼怪物が現れ…

 

 消す。頼むから違っていてくれ、と祈るように電話をかける。

 

『もしもし?』

「先輩…まさか怪物と戦っていたりしませんよね?」

『なに言ってんだお前。』

「ほっ…」

『俺はサポートしてるだけだぞ?』

「デスヨネー…」

 

 頭痛を押さえるようにして頭に手を置き、呻くように呟く悟。どうしてウチの支部は厄介事が向かってくるのだろうか、何て事を考えていると、海人が電話を渡す音が聞こえてくる。

 

『聞こえるじゃん少年?』

「黄泉川先生!?…はい、聞こえてますけど…」

『よく聞くじゃん少年。今から君のパソコンに幻想御手の治療プログラムを送るじゃん。それを学園都市にあるすべての放送回線に流すじゃんよ。』

「what!?」

 

 それをとったのは警備員の黄泉川であった。彼女は緊迫した、真剣な声で悟に頼み事をする。悟は困惑したような声をあげるも、パソコンに送られてきたプログラムを見て目の色を変える。

 

「これは…いいんですね?」

『責任は私がとる、さっさと流すじゃんよ‼』

「…だーっ!分かった、分かりましたよ‼…1分待ってください。」

 

 プツッ、と電話を切り、うでまくりをして、サングラスを外す。そして肩をグルグルと回し銀色の目をパソコンのディスプレイに向けて、宣言した。

 

「さーって、と…行きますかね‼」

 

 

 

 

 学園都市には、2人の超人ハッカーがいる。

 1人は『守護神(ゴールキーパー)』。書庫を守り、時には逆ハックも行う、驚異のハッカー。

そしてもう1人は『軍神(センターフォワード)』と呼ばれる人物である。防衛能力こそ守護神に劣るものの、潜入能力は軽く守護神を凌ぎ、かつては『オメガシークレット』すらも数秒で解いた、と言う伝説がある程の人物。この軍神、と呼ばれている人物こそ、悟であった。呻き声をあげながらも、彼はモニターを解析していく。

 

「(えーっと、残り20%か…)」

 

 彼の能力、天地解析の能力で解析した情報は、まず『回答』から記憶される。そしてその後、『過程』、そして『定義』と言った順番で記憶されていく。

 つまり、今彼がやっている事を一言で言うとカンニングのようなものだ。…最も、それであっても学園都市の放送回線すべてを乗っとり続けている彼は凄いのかもしれないが。

 

「(えーと、ここの暗号は…っと)」

 

凄まじい勢いでブラインドタッチをし続ける彼。

 

 

 

 

 

 ──ツライ。

 

「ッ!?」

 

 唐突に、頭の中に声が響く。囁くような、それでいて呻くような、それでいて縋るような。そんな歪な声が悟の頭の中に響き渡った。

 

「(まさか…これが、副作用!?)」

 

 悟には、そんな電波を関知する手掛かり等ない。だが、現に声は悟の頭を蝕んでいる。悟は、それがかの幻想御手(レベルアッパー)であると直ぐに看破した。

 

 ──クルシイ。

 

「がっ…はあっ‼」

 

 頭を抑えてうずくまる悟。彼の頭は、今内側から避けるかのような痛みを発している。

 能力の特性上、他人よりかなり演算能力が優れている悟だったが、流石に10000人分の演算を肩代わり出来るほど優れている訳ではないのだ。

 

「…(『リプロダクション』作動。五対目以降の任意逆流を開始。)」

 

 悟が囁くようにそう言ったかと思うと、急激に彼の体がビクン、と跳ねた。

 

「よっし…戻ったぁ‼行くぞこんちきしょー‼」

 

 ()()()()()()()悟は、再びパソコンのキーボードに指を滑らせる。そして、

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃあっ‼」

 

 その時、海人は思わずガッツポーズをしていた。何せ、自分の後輩があの化け物…もとい、AIMバーストを封じ込めるプログラムを流すことに成功したからだ。

 

「流石『軍神』じゃん。こんなに早い仕事が出来るなんて、いい意味で予想外じゃんよ」

 

 安堵からか気絶してしまった風紀委員の少女…初春を抱えつつ、そう呟く黄泉川。海人はサムズアップをして、軽快に言う。

 

「当たり前だろ?俺の後輩だぜ、アイツ。」

「…くははっ、そうみたいじゃん。」

 

 2人の間にある強固な信頼。それを感じ取り、黄泉川は笑う。彼らの前では、先程まで苦戦していた筈の怪物がその体の核らしき三角柱の物体を常盤台のエースこ  『超電磁砲(レールガン)』御坂 美琴の代名詞であるレールガンに撃ち抜かれ、崩壊していくのが見えるのだった。

 

 

 

 

 

 

こうして、世間を騒がせた『幻想御手』事件は終幕となった。風紀委員177支部や132支部は大量の始末書に追われ、夏休みの貴重な一週間を失うことと相成った。悟は顔をひきつらせて、海人は「何で俺も…」何て死んだ魚のような目をして呟きつつそれを大量にさばいていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「これでいいのか?」

 

 ここは学園都市のどこかにあると言われている、通称『窓のないビル』。学園都市の統括理事長がいると噂されている場所である。そこにいる少年…土御門 元春は厳しい目をしてビーカーらしきものを睨んでいた。

 

 そこにいたのは『人間』である。しかし、まるで病人のような服装、男か女かわからないような顔に体つきをしていた。もし悟辺りがいたなら性別は解るのかも知れないが、あいにくと今彼は書類を超スピードで書いている。

 その『人間』…学園都市統括理事長、アレイスターは口を開いた。

 

『ああ、とても素晴らしい結果だ。彼の眼についてまた1つ、知識を増やすことが出来る。』

「上やんならいざ知らず、お前がアイツに興味を持つなんてなアレイスター。」

 

 恍惚とした雰囲気を漂わせてそう言ったアレイスターに、土御門は噛みつく。もし彼が悟に何かしようとしているのなら…

 

『安心したまえ。彼にどうこうしようという気もない。』

 

 読まれてたか、と舌打ちをする土御門。アレイスターは笑みを浮かべて言った。

 

『彼の眼はこれまで、見てはいけないモノも見ている筈だ。例えば…虚数学区や五行機関の()()、魔術と科学を相容れさせる方法など、かな?』

「!?」

 

 土御門の顔に動揺が走る。それが本当であるとするならば、世界中の全ての勢力が悟の身柄を確保しに来てもおかしくはない筈だ。何故?そんな思考を読み取ったのか、アレイスターはさらに笑みを深める。

 

『おかしいことではあるまい?君のように、彼も私と取引をしていたとしたら?』

「…このビルは、案内人が居なければ入れない筈だが?」

『普通なら、だがな。』

 

 ククク、と笑みを浮かべて言うアレイスター。土御門はそれを見て、チッ、ともう一度舌打ちをする。

 

「(アイツ…悟は、何者だ?)」

 

 そして、その疑問は、まるでビーカーの中の水に溶けていくかのように、消えていくのだった…

 

 

 

 

 

「…おーまいがっど。」

 

 7月の終わり際。怪我が完治した悟はうだるような暑さのなか、安売りスーパーへと歩いていた。

 彼は、通っている高校の中では能力のレベルは高い方なので多少の奨学金はある。しかし、雷のせいで一部の電化製品を買い換える羽目になったため、今月の財布はいつもより少し軽くなっている。

 

「…まあ上条に比べればマシなんだろうけど、さ。」

 

 体育で体育着に着替えようとして、スボンを畳み、ポケットから滑り落ちた携帯にたまたま外から飛んできたボールが直撃して携帯がお陀仏、というまるでギャグ漫画のようなことを現実に起こしている某フラグメーカーを思い、ため息をつく。彼と比べるとどんな不運も幸運に見えるから不思議に思えてくる。

 

「ん?噂をすれば…おーい上条ー?」

 

 そして、悟は件のクラスメート、上条当麻を見つけ、そちらへと歩いていくのだった…

 

 

 

 

 上条当麻。彼には、7月28日以前の記憶がない。どこぞのカエル医者の話では記憶喪失、それも思い出を司るエピソード記憶のみが消えている、とのことだった。そんな自分だが、今絶賛大ピンチになっている。

 

「どーした上条?まるで不審者を見るような目でこっちを見やがって…いや不審者ルックなのは認めっけどよー」

 

 今、自分の隣に帽子にサングラスという格好をした不審者がいるからだった。

 彼は背を丸めながら自分にとりとめもない話…と言うか愚痴を言ってきている。『昔』の自分の知り合いだったのだろうか?この不審者が?

 そんな目線を受けたのか、ソイツ(悟と言う名前らしい)は口を尖らせる。そして、「あー分かった分かった、グラサンは外させてもらうぜー」と言って、サングラスをとった。

 

 そこから現れたのは銀色の瞳だった。珍しいとでも言わんばかりに集中する視線。それを見て、悟は軽く肩をすくめ、

 

「ま、こう言うわけだからな。しゃーねーよ。」

 

 

 

 

 

「助かった…マジ助かった…‼」

「いやマジ泣きされても困るんだが」

 

 スーパーの特売を潜り抜けた2人は、己の戦利品を分かち合っていた。

 本日の上条が食らったコンボはエアロハンドで転倒→テレキネシスで外にボッシュートと言うものであり、彼の十八番である右手で打ち消したときにはもう遅く、自動ドアから丁度外に放り出された。哀れに思った悟は卵(1パック98円)を渡すことにしたらマジ泣きされた、という次第である。

 

「これで上条さん家は二日ほどの延命に成功した次第でございますよ…‼」

「お前んち食事サイクル半端ねえな!?」

 

卵1パックが2日で消える家って何だよ、上条ってそんな大食いだっただろうか。何て馬鹿なことを考えていると上条ははたと思い出したように言った。

 

「スマン、もう帰らないと…」

「おっ、そうか。それじゃーな、補習頑張れよ」

「はは…上条さんも最大限努力させていただく次第でございますことよー」

 

 頑張れよ、と声をかけてその場を立ち去る悟。上条も直ぐに踵を返し、その場を立ち去るのだった…

 

 

 

 

 

 

 

「(やっぱ覚えてなかった、か…)」

 

 そんなことを考えつつ、夜の町を歩いていく悟。基本的に、上条当麻に悟の能力は発動しない。しかし、始末書を書く際にカエル顔の医者の所へ足を運んだ。

 その時に無意識的な能力の発動によって、『上条当麻は記憶喪失になっている』と言う記憶を読み取ってしまったのだった。しかし、エピソード記憶のみを消す能力等あっただろうか?もしそんなものがあったとしても、上条の右手の範囲外、すなわち『異能力』の定義に入らない物にそんなものがあっただろうかと思考を巡らせていたが頭が痛くなってきたので、よす。

 

「(やっぱ、全部分かっても止められないことって、あるんだな、って)」

 

 空を見上げ、そんなセンチなことを思ってしまう悟。分かっていたけれど、実際に見せつけられると来るものがある。

 

「ふああ…」

 

 まあそれはもう終わった事だ、と心を切り替え眠いなあ、何て呟きながら学生寮の階段を上っていく悟。そして、最上階にたどり着いたところで…

 

「うっわあ…ひでえ有様だぜこれは…」

 

 自分の隣の部屋が、ボロボロになっていたのだった。マジックの落書き、へこんだ扉を見て顔をひきつらせる悟だったが、袋を玄関におき、自分の部屋から掃除用具を持ってくる。

 

「アイツも大変だよなー、あんなに強いのに。」

 

 某シスコン軍曹の妹から指導を受けた掃除スキルを最大限駆使して、壁を、床を、キッチンを磨いていく。

 

 

 

 

「…ふう~」

「人ン家で何やってンですかァお前はァ‼」

「何って寛いでるだけだが?」

「そう言うことじゃねえよッ‼」

 

 一時間程後、晩御飯を作りそれにラップをかけて、お茶を自分の部屋から持ってきた湯飲みを使って飲んでいたところで、この家の家主である少年こと学園都市第一位のレベル5、『一方通行(アクセラレータ)』が帰ってきた。

 彼は驚き怒りの混じった声をあげるも、柳に風と言わんばかりに悟は涼しい顔をしている。

 

「よっぽど愉快な死体になりてェみたいだなテメェ‼」

「はっはっは。ワロス」

 

 視線を外してそう吐き捨てる悟。アクセラレータは額に青筋を浮かべ、悟に掴みかかろうとする。しかし悟はアクセラレータの腕に『触れ』て、それを受け流した。

 

「相も変わらず何で触れられるンですかねェ‼」

「そりゃー、演算式を解析して、お前に触れる一瞬だけそれを組み込んで、な?」

「『な?』じゃねえよッ‼テメェさらっとトンデモねえこと言ってんだぞこらァ‼」

 

 

 学園都市最強と言われた第一位が、そこら辺にいそうなレベル3に手玉にとられているこの状況を研究者達が見たらどう思うだろうか、何てどうでもいいことを考えながら、悟はアクセラレータの攻撃を、部屋への被害を最小限にしつつ回避していくのだった。




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第二章 レベル6とダークヒーローに関するレポート
紛い物の瞳は何を見る


「んー?誰の仕業なんですかね、これは。」

 

 自販機を触りつつ、そんなことを呟く悟。『幻想御手』事件からおよそ2週間。132支部は相変わらず普通の風紀委員とは言えない、割りと平凡に近い日常に暮らしていた。

 変わったことと言えば、177支部との提携が強化された事ぐらいだろうか。と言っても、元から様々な情報を流したり、貰ったりしていたためにあまり変わることはなかったのだが。

 

「『電撃使い(エレクトロマスター)』とか学園都市に大量にいるだろうしな…」

 

 そう言ったのは海人だ。彼…と言うか彼ら132支部は今日私服での見回りをしていたために、彼は白黒の横ボーダーのTシャツにジーパン、白のスニーカーに黒の斜め掛けカバンをしている。

 二人が今何をしているのかと言うと、警備ロボから入った通信で自販機に電磁波を流し、中身を盗むという手口で飲み物を盗った窃盗犯を探しているのだ。

 これが出来るのは電撃使い。レベル1からレベル5まで、幅広い人物がいる、ポピュラーな能力である。数十万の犯人候補がいることを想像し、顔をひきつらせる海人。

 悟は黒いリストバンドのついた右腕でコンコン、と自販機を叩く。彼の服装は水色の、七分袖のポロシャツ、灰色のハーフパンツと言ったもので、グラサンはつけずに帽子のみをつけている。

 相も変わらずぐるぐると、不自然に動く銀色の瞳は変人の楽園とも言える学園都市の中であっても異質に思われるものであるが、先日能力を発動したくないが故に不審者ルックになり、死にかけていた後にシスコン軍曹の有難いお話を受けたので、今日は普通に涼しそうな服装をして来ている。

 それに最近、始末書の書きすぎにより多少解析の『対象』を操作することが出来るようになったため、このような格好をしていても大丈夫になった、と言うわけである。

 

 

 

 その後、夜ぐらいまで犯人を捜索したがなにも見つからず、132支部の2人は大通りを歩いていた。

 

「んー、結局手詰まりかあ…」

「犯人が多すぎますしね…」

 

 そんなことを言い合いながら町を歩いていく2人。そう言えば、と辺りを見渡して、悟は言った。

 

「華先輩はどこにいらっしゃるんでしょうか?」

 

 そう、最近132支部の3人目こと凪川 華が支部に来なくなっていたのだ。海人はああ、と頷いて言った。

 

「アイツなら最近実験とかでいなかったがな、そろそろ来るんじゃね?」

「…大丈夫何ですかね?」

「大丈夫だろ」

 

海人は適当に、やけくそ気味にそう呟く。

 

「かーいとっ♪」

「うげっ…おい、離れろ‼」

 

 噂をすればなんとやら、華が海人に抱きつく。青ざめた顔をしてそれを引き剥がそうとする海人。悟は頬をかいて、それを見ていた。

 

「(…ん?常盤台の人か?)」

 

 と、そこで違和感に気づく。普通は気づかない、人々が目を向けることのない筈の裏路地への道。そこに茶髪のショートカットに常盤台の制服をした少女が入っていくのを見た。

 

「(オイオイ…ありゃ上条か?)」

 

 それだけならまだしも、彼の目で解析できない人物、すなわち上条当麻もその中へと入っていっている。

 先程、その路地からはAIM拡散力場が高濃度で観測されており、鼓動をしていない人影も見える。それはここ最近、具体的に言うと幻想御手事件の前からずっと調べていた案件であり、心を痛めながらも見過ごしてきた物であった。

 

妹達(シスターズ)』。それは学園都市第三位、『超電磁砲』こと御坂美琴の体細胞から産み出されたクローンであり、ひいては悟の友人である一方通行が絶対能力者…レベル6、通称『system』へ相成る為の実験で『使用』されているクローンである。

 悟はその実験を知った日からレベル6になることは不可能である、ということを証明し、一方通行、ひいては『妹達』を救おうとしている。しかし既に一万体以上のクローンが殺されており、ポーカーフェイスで押し込んでいるものの内心では焦りを募らせていた。

 

「…先輩。」

「どうした?」

「知り合いを見つけたので、声を掛けてきます。」

「…わあった、無茶だけはすんなよ?」

 

 はい、と短い返事をして路地裏へと踏み込んでいく悟。上条はすでに先に進んでおり、「1人か?」「御坂妹はどうした?」と言った会話が聞こえてくる。

 

「上条、そっちに行くな‼」

「ミサカ…?」

「クソッ‼」

 

 遅かったか、と舌打ちしつつ呟いて駆け出す悟。ザザリ、と音を立てて止まり、茫然自失と言った様子の上条の右肩に手を置き、押し退ける。

 

「…何だこりゃ」

 

 そこにあったのは、一言で言うと『惨劇』であった。ズタズタに引き裂かれた体、裏路地を染める、大量の赤い血。仰向けになって死んでいる『ソレ』。ぬちゃり、と音を立てて壁から離れるアカイナニカが、目の前のソレが死んでいるのだと、能力が、ソレがクローンであると、必死に告げる。

 

「…」

 

 無意識に、奥歯を噛み締めていた。傷口から見て、恐らく一方通行の能力であるベクトル変換によって血流を逆流させ、こんなことになったのだろう。()()()()()から

 

「悟‼」

「警備員に連絡、俺はここで待ってる‼」

「…分かった‼」

 

 そう力強く頷き、駆け出していく上条。しばらく後悟は唐突に立ち上がると、暗い裏路地に向けて口を開いた。

 

「そろそろ出てこいよ、『妹達』。」

「私達を知っているのですね、とミサカは驚愕の声とともに返答します。」

「貴方は実験の関係者ではないようですが、とミサカは確認をとります。」

「そうだとしたら、貴方を『乱入者』として処理しなければなりません、とミサカは脅しをかけます。」

「貴方はあの少年の友人でしょうか、とミサカは問いかけます。」

「瞳孔、脈拍変化なし。ミサカ達に対するストレスを受けていない、とミサカは報告します。」

 

 彼の言葉に呼応するかのごとく、同じ顔、同じ服をした少女達が路地裏からぞろぞろと出てくる。悟はポケットに両手を突っ込み、言った。

 

「…一方通行の所に案内してもらおうか。」

「お断りさせていただきます、とミサカは間髪入れずに返答します。」

「貴方が『実験』に参加することはできません、とミサカは理由を説明します。」

「…『絶対能力者』へのシフト計画。」

「何故貴方がそれを?とミサカは警戒レベルをあげつつ答えます。」

「『超電磁砲』御坂美琴のクローン、『欠陥電気(レディオノイズ)』、通称『妹達』2万体を、2万通りの戦場で戦闘させることにより、一方通行を『レベル6』へと進化させる計画、だったか?…つくづくふざけた実験だぜ。」

 

ゆったりと、一切気負うこともなくそう言って足で地面をトントン、と叩く悟。そして、もう一度同じ台詞を言った。

 

「『レベル6』へと至るのは不可能だ。ソレを証明するために、俺を一方通行の元へ連れていけ。」

「不可能です。とミサカは貴方の言葉を両断します。」

 

 

 

 

 

 

「こっちです、こっち!」

 

 上条当麻は急いでいた。先日卵1パックをくれたお陰であの銀髪シスターからの噛みつきを回避させてくれたあの少年、悟がさっきから返事をしなかったからである。彼があの曲がり角を曲がると…

 

「ッ‼悟‼」

 

 息も絶え絶えに、路地に横たわる悟がいたのだった。上条の呼び掛けに、悟は目を開ける。

 

「上条…やられた‼」

「君、大丈夫か!?」

「はい、何とか…」

「犯人は!?」

 

その言葉に悟は口を開いた。

 

「死体を見たのですが…何者かに空気を薄くされたようで…」

「空気を薄く?」

 

 それに悟は頷いて説明する。曰く、酸素に何らかの形で放電することによって酸素(O2)がオゾン(O3)になり、その影響で酸素が薄くなる。そのせいで酸素が少なくなり、気絶してしまった、と。

 

「しかし、死体が見当たらないが?」

「僕が気絶した後に、死体を持ち去ったのではないかと。」

「随分落ち着いているね?」

「僕、風紀委員132支部のスタッフですから。人よりは、そう言ったことの対する耐性ができているんでしょうね。」

 

その言葉に、ああ、といった具合に反応する警備員の2人。風紀委員132支部、と言えば警備員では比較的有名な支部だ。よく黄泉川以下の面々が他の隊員に自慢しているからである。その影響で、色々と『そういった』任務にも連れ出されているのだろう、と2人は判断する。

 

「とにかく、今日は気が動転していて思い出しにくいこともあるだろう。明日、警備員の…そうだな、黄泉川さんのいる支部に顔を出してくれ。」

「はい、分かりました…」

 

 

 

 

 

 その後、上条は帰ると言ってバスに乗った。常盤台の学バスだったことから、超電磁砲のいる常盤台の寮に向かったのか、と結論付ける。きっとあのお節介焼きのことに定評のある上条のことだ、きっとこの『実験』にも顔を突っ込むに違いない。

 そうならば『アレ』を持ってこなければ、と呟き、彼は夜の町に消えていく…

 

 

 

 

 

 

「お前が…お前が助けたかった『妹達』ってのは──

「…やめてよ」

「そんなちっぽけなもんじゃねえだろ!?」

「っっやめてよ‼」

 

 その言葉に激昂する御坂。右手に大量の電気を集め、こちらに放つ。ソレを受けようとして両手を広げる。

 

「──ッ‼」

 

 

 

「バカタレかテメエは」

 

 しかし、それは俺に届く前に何かに防がれる。カツン、カツンと響く足音。そして、ソイツは俺の前で止まった。

 

「さ、悟…?」

「『超電磁砲』御坂美琴だな?」

 

 底冷えするような声で御坂に質問を投げ掛ける悟。上条がそれに驚く暇もなく、御坂は返答した。

 

「…だったら何よ。」

「頼みたいことがあるんだが。」

 

 ポケットに手を突っ込み、悟は右手を上げて言った。

 

「なーに、ちょっとバカを一人、手助けしてやってほしいだけさ。」

 

 

 

 

 

樹系図の設計者(ツリーダイアグラム)』。それは学園都市が世界に誇る超高性能スーパーコンピューターである。それの試算によると20000体の欠陥電気を殺すことによって一方通行はレベル6になることができる、という訳であった。

 そして、悟は1年半、という月日をかけ、それが間違っていると証明するためのレポートを作っていたのだ。

 

「で、このレポートがレベル6になることが不可能だ、ってことを証明する物なのね?」

「ああ…まだ未完成だがな‼」

 

 御坂の言葉にそう答え、夜の学園都市を駆ける3人。上条は真剣な顔で悟に問いかけた。

 

「それで、どうやって救うつもりだよ?」

「…」

 

 悟は、そっと目を反らした。

 

「なにも考えてねえのかよ!?」

「いやあるけど…相当キツイぜ?何せ5分間一方通行から逃げ続けるんだから。」

「そんな…無茶よ!」

 

 悟は鉄パイプを握りしめ上条に返答する。御坂はそれを否定し、上条は頭に『?』マークを作った。

 

「そんなに強いのかその…一方通行ってやつは」

「ああ。奴の能力はベクトル変換。速度、力とかの、『方向を持った』力を操作する能力だ。」

 

事も無げにそう言いきる悟。上条は驚きに目を見開き、質問をする。

 

「俺の右手なら?」

「オメーが消せんのはあくまで異能の力だけだ。コンテナとか飛ばされたら愉快なスクラップになっちまう。」

 

上条の右手…『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は確実に一方通行の反射装甲を破壊し、倒すことができる。

しかし、彼はそれ以外、例えば身体能力等は普通なので、確実に上条の右手をヒットさせる必要がある。

そのためには悟と御坂が協力して彼の意識から上条を外さなければならない。そのために必要な時間、5分。ソレを学園都市第1位を倒すためには短すぎると形容するか、彼ら2人が引き付けるには長すぎると言うべきか。

 

「(…コレを使うしかねえのかなぁ…)」

 

 左手の、鉄パイプを持っている手と反対の手には1つのデバイスが。ソレは悟が生まれた理由でもあり、存在意義にもなる、『あるもの』へとなる鍵。

 

「ここだ…第17学区の操車場‼」

「(ま、使わないに越したことはない、か…)」

 

 そして、英雄とヒロイン、そして()()はその場所に足を踏み入れた。

 

 誰も傷つけたくないがために、狂った実験を遂行し、『無敵』へと相成ろうとする、一流の悪党の元へ。

 

 

 

 

 

「テメエが今度の実験に使われるダミー人形って事でいいンだよなァ?」

「はい、私はミサカ10032号です、とミサカは返答します。」

 

 ここは第17学区の操車場。世間一般からは『非人道的』で、学園都市では『いたって普通の』実験が行われる場所である。被験者…一方通行はコンテナの上に腰掛け、ミサカを見下ろしている。

 

「ハン、いっつもいっつも似たような答えを返しやがって。テメエらヤル気あるンですかってンだァ。」

 

 ミサカの答えが相変わらずなので、一方通行はフン、と鼻を鳴らして吐き捨てるように呟く。彼は既に一万体を超えるクローンを殺しており、彼の殺すクローンの番号も4桁に突入している。

 ソレがクローンだと、人形であると自分に言い聞かせなければ、もう自分の心は壊れていたのかもしれない、何て悪党に似つかわしくもない事を考える。しかしソレを直ぐに追い払い、一方通行は何時ものように話しかけようとする。

 

「チェストォ‼」

「あァン?」

 

 しかし、どこからか何か、銃弾のようなものが飛んでくる。ソレを反射すると、コンテナに穴が開く。そして、3人分の話し声か聞こえてきた。

 

「オイ悟効いてないぞ‼」

「あー…そういやアイツ装甲だけは無意識だったな。」

「アンタ達よくこんな状況で会話する気になれるわね!?」

 

 そこにいた3人。一方通行にとっては『オリジナル』の少女、御坂美琴と、黒髪のツンツン頭。そして…

 

「オイオイ…よっぽど愉快なオブジェになりてぇみたいだなテメエ‼」

「ケッ、それはテメエの方だろうが…」

 

 帽子をくい、と下げ、何時ものように、人を小馬鹿にしたような、不敵な笑みを浮かべ、その銀色の瞳を、しかとこちらに向け。

 

「拾い上げに来てやったぞ、一方通行‼」

「だったらテメエから愉快なオブジェにしてやるよ悟ゥ‼」

 

 『天地解析』…山峰 悟が、鉄パイプを右手に構え、そこにいるのだった。

 

 

 

 

「オリャ‼」

「(チッ…)相変わらず無駄に高え演算能力してんなァ‼」

「ソレだけが取り柄何で…ねっ‼」

 

 鉄パイプを幹竹割りの要領で降り下ろし、ソレを一方通行が反射する『前に』手放して、拳をつき出す悟。一方通行は舌打ちしてソレをバックステップで回避する。

 

 悟の演算能力は、レベル3という彼の能力レベルにそぐわないほど高いものである。何せ学園都市、ひいてはその能力の名の通り『天地』を解析するものだからだ。では何故悟の能力はレベル3なのか。それは彼の能力の『欠陥』が原因である。

 

 能力に欠陥がある能力者というのは、案外多い。

 例えば、能力で大怪我を負ったり、格上の能力者に、完膚無きまで叩きのめされ、自分の能力に自信を持てなくなった時。投薬や洗脳等によって、『自分だけの現実(パーソナルリアリティー)』が歪められ、演算が出来なくなった時。その能力者は『欠陥品』と呼ばれ、疎まれ、竦まれるものである。しかし、悟にあるのはそう言った欠陥ではない。単純に彼の能力が学園都市という都市にとって望ましくないものだからだ。

 

 最近少しだけ解析する『対象』を選べるようになったとは言え、元々彼はサングラスに帽子をして視界を遮っていなければ何でもかんでも解析してしまう能力なのである。

 能力を開発する研究を行っている、と言う人は必ず1つや2つ、後ろ暗いところがあるのだ。ソレを分かってまで一々彼に話をつけにいくのはリスキーな賭けと言える。何せ相手は『軍神』。下手にこちらの研究成果を握られ、暴露されるのは避けたいと思うのは、不自然なことではない。

 又、彼の能力の『測定』は非常に行いにくい。前述の理由から専属の研究者がいない彼は、何時も同じ測定方法で能力を測定している。そのため、レベル3、と言う結果を『暫定的に』機械が弾き出しているのだ。

 機能がたくさんついているパソコンが、計算に特化したスーパーコンピューターより好まれるように。

 ゲームでの極振りキャラより、多少尖っているだけのキャラが好まれるように。彼の能力とは、得てしてそう言う物なのである。

 

「ちぇりや‼」

 

 そんな、気の抜けた掛け声と共に、一方通行の命を奪いかねない拳が迫る。悟が一方通行に『触れられる』理由と言うのはいたって単純。『演算式を解析して、ソレと相反した結果を引き起こす演算を組み込んで、神経伝達をしている。』字面にすると簡単そうに見えるかもしれないが、コレは凄まじい、ともすれば悟クラスの演算能力がなければ無理な話だ。

 

 まず、能力者というのは、能力を使用する際に『演算』を行う必要がある。悟はソレを解析することを第1段階にしているのだが、コレが案外難しい。

 

 演算には、人それぞれの『クセ』が顕著に現れる、と言うのが悟の持論であるのだが、コレは今まで行われてきた学園都市での『能力開発』の分野にある基礎を、そのままひっくり返しかねないものだ。

 何せ、他人の演算領域と言うのは解析することは不可能と言われていて、『レベル1の能力者の演算を解析するのにすら500年かかる』と言うのがもっぱらの常識だからである。しかし、悟の能力はご存知の通り『答え』を先に解析する。その『答え』に当たる部分が人によって違う。よって、演算には、人それぞれの『クセ』が顕著に現れる、と言う持論を持つに至ったのだ。

 

「このやろッ…」

「させない‼」

 

 しかし、いくら解析できると言え、コンテナや線路を飛ばされるとどうしようもない。その場合は御坂がその代名詞たる『超電磁砲』や電流を用いて迎撃する。そして、5分が経過した…

 

「今だ上条‼」

「はああああああっ‼」

「なッ…!」

 

 悟の掛け声に応じ、唐突に、上条が一方通行の死角から飛び出す。一方通行は驚きに目を見開き、そして…

 

「食らえッ‼」

 

 上条の右手が、一方通行の頬を捉えた。一方通行は驚きの雰囲気を漂わさせたかと思うと、錐揉みしながらコンテナ群に突っ込む。

 

「やったか!?とミサカは確認をとります‼」

「おいこらァ‼何勝手にフラグたててやがんだこのやろッ…!?」

「く…かか…」

 

 ガラ、と崩れ落ちるコンテナ群。そこから現れた一方通行は、どこか狂気と狂喜を身に纏って。

 

「マズイ、逃げ…」

「くかっ、くかきけこかかきくけききこくけきこきかかか───

「「ぐあああっ‼」」

 

 逃げようと上条に呼び掛けるも、もう遅く。2人は何かに押されるように吹き飛んでしまう。

 

「風…空気…大気の流れ…あンじゃねェかよォ、カカ、目の前のクソ共をブチ殺すタマが、ここに。」

 

 ギィヤッハッハァ、と一方通行は、狂喜の笑みを浮かべる。自らの能力に陶酔するように。自分の能力が最強だと、知らしめるように。…親友との別れを、その心の奥底に隠して。

 




8/9 加筆修正を行いました。


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多量能力《ロットアビリティズ》と救済と

遅れましたが、初評価、ありがとうございます‼これからも精進していきますので、よろしくお願いいたします‼


「かはっ…上条、生きてるか?」

「ああ…何とかな…ぐっ‼」

 

 先程の空気弾モドキによって負傷した上条と悟。彼らは互いが互いに支え会うようにして、ゆっくりと歩いていた。しかし、しばらくすると悟は左のポケットからデバイスを取り出す。

 

「なんだそれ?」

「ちょっと、な…」

 

 そう言って、そのデバイスを手に当てて、『解析』を始める。

 

 

────データダウンロード…15%、34%、53%…79%、82%…完了。プログラム名《ロットアビリティズ》、起動します。

 

 

 

 

「───あァ?何だ?」

 

 その瞬間、一方通行は違和感を感じた。目の前のクローンや『オリジナル』を殺そうとして、自らの本能に何か訴えかけるものが。そちらを向いた瞬間…

 

自らの回りが『溶けた』。

 

「ッ‼」

 

 すぐさま飛び退き、コンテナを投げつける。しかしそれは不自然に『上向きに』逸れた。

 

「まさか…‼」

 

 そちらを向くと、こちらに向かって歩いてくる人影が。彼はボロボロな服に身を包み、帽子を後ろ向きに向け、自らの服の襟の部分を掴んでこちらへ向かってくる。

 

「オイオイ…面白ぇよ、お前。」

「…テメエに面白いと言われるたあ光栄だな第1位‼」

 

「さあ…第2ラウンド。

「───最っ高に、面白ェぞオマエ‼」

 

 その目は、銀色ではなく金色に染まり。

 

────こっから先は、俺の常識の一方通行の世界だぜ、一方通行‼」

 

 山峰 悟。全ての能力を見通し、解析する。不思議な目を持つ少年。彼が不敵な笑みを浮かべ、歩いてくるのだった。

 

 

 

 

 普通、『解析』の先には『証明』、『複製』たるものがある。

能力においてのそれは多重能力、デュアルスキルであり、かの幻想御手製作者、木山 春生がたどり着いた『多才能力ことマルチスキルであり、そして…悟の『多量能力、すなわちロットアビリティズである。

 

 基本的に、多重能力と言うのは脳に対する負担が大きすぎるため、使用することができない。二重人格等様々な方法でソレを実行しようとするも、成功したことはない。多才能力者は1万人でネットワークを構築し、多重の域に至った。では、悟はどの様にしてそこに到達したのか。

 それは演算式の『解析』、そして『複製』を用いている。

 

 『解析』、と言う言葉には、『細かいところまで分析する』と言う意味が含まれている。それは他人の演算式も例外ではなく、彼の頭の中には学園都市の能力者の内、大体の種類の能力者の演算式が入っている。

 ソレを『意識して』演算に組み込むことによって、膨大な演算能力を駆使して能力を使用することができる、と言う『理論』である。

 その理論の実行に必要なプログラムがあのデバイス…通称『虚数暗号』。虚数を駆使して暗号を作り、ソレを『無駄なく解析』しきるまでの間、悟は一時的に残りの演算領域を駆使して多重能力者となれるのだった。

 

 

 

 

 

「クソ野郎が…ッ‼」

「ハッハッハ‼いい加減吹っ飛べえッ‼」

 

 『風力使い(エアロハンド)』の演算をコピーして、気流の『噴射点』を複数設置。ソレを使ってコンテナを飛ばし目眩ましをしつつ、拳をつき出す悟。先程と比べ物にならない速度のソレをバックステップではなく能力で地面を蹴り、地面にあった線路を飛ばしつつ後退する一方通行。悟は『偏光能力』で自らの位置をずらして回避。お返しと言わんばかりに『念動能力(サイコキネシス)』でコンテナを浮遊させ、投げ飛ばす。

 

「チッ…‼」

「ギャハハハッ‼愉快、痛快、爽快だぁッ‼」

 

 大量の演算を並列化しているがために多人数の『自分だけの現実』も取り込んでしまい、まるで悪役のような台詞を吐く悟。一方通行は「俺より悪役じゃねえか」と吐き捨て、弾丸のごとき速さで移動する。悟は右手に電流を発生させ、放電を開始する。

 

「(チッ…アイツが多重能力者だなンて聞いてねェぞ‼)」

 

 恨み言を呟き、コンテナを蹴り飛ばす一方通行。悟は素早く飛び上がって、左手を前にかざし…

 

『溶けろ。』

「チイッ‼」

 

直ぐ様飛び上がった一方通行のいた地面が溶ける。それがかの『融点操作』のコピーであることに歯噛みし、もう一度空気を圧縮し、弾丸を放つ。

 

「…(後3分…持ってくれ‼)ハアッ‼」

 

 ソレを『空間転移』で回避し、火炎を複数放出。一方通行へと放つ。ソレの狙いに気付いた一方通行は、舌打ちをして回避。悟は追撃と言わんばかりに倒壊したコンテナから念動力でアルミ缶を大量に操作して投げつけ、ソレを起爆させる。

 

「アア?」

「食らえ‼」

「ごはっ!?」

 

 自分に意味のない攻撃を選択した悟に疑問を覚えるも、煙の中からつき出された拳が、一方通行の顔面を捉えた。もんどりうって吹っ飛ぶ一方通行。悟はゆっくりと歩きつつ、『ある』時を待っていた。

 

 

 

 

「お願い…目を覚まして‼」

 

 御坂美琴は必死に呼び掛ける。その腕に自らの愛しい、恐らく最愛の人物と後に言われる、そのツンツン頭に。

 

「あんたにしかできないことなの…お願い‼悟の奴がこのままじゃ死んじゃう‼」

 

 先程、『生きていてほしい』等言っておきながら助けを求めている自分に呆れを覚えるも、今必死に戦っている一人の少年の意地を無駄にしないがために、彼女は呼び掛ける。

 

「お姉様、この少年、ダメージが大きすぎて気絶しているものと思われます、とミサカは分析結果を報告します。」

「嘘…」

 

 ミサカが冷静に告げるその言葉を聞き、絶望的な感情に襲われる御坂。しかし、その少年は弱々しくも目を開いた。

 

「…‼ビリビリ‼悟は!?」

「私には御坂美琴って名前が…ってそうじゃない‼お願い、アイツを助けて‼今、アイツ必死に──わぷっ

「任せとけ。」

 

 上条当麻は、ヒーローは多くを聞かず、駆け出した。自らの助けを待つ、一人の少年のもとへ。

 

 

 

 

「…チッ、ゲホッゲホッ」

 

 虚数暗号の『解析』が残り3割程である、と言う合図となる咳をしつつ、悟は演算を加速させる。基本的に、能力のレベルが上がれば上がるほど演算式は複雑になり、複製が難しくなっていく。

 能力の種類にもよるが、おおよそレベル3までの複製しか彼は実行できなかった。

 

「──吹っ飛べ‼」

 

 自らの傷が『肉体再生(オートリバース)』によって修復されるパキパキ、と言う音を耳に納めつつ、悟は電流を放つ。しかし、それは回避ではなく反射される。

 

「なっ!?」

「──どこ見てやがンだァ?」

「しまっ────

 

 しまった。そう言う暇もなく悟は吹き飛ばされる。怪我した端からパキパキ、と音を立てて治っていく自分の体に違和感を覚えつつ、彼はコンテナ群へと突撃した。

 

「───『未元物質《ダークマター》』‼」

「──はン、」

 

 数秒後、悟の背中に『2対』の白い翼が生え、瞬間一方通行の周辺が『質量』に包まれた。悟は翼を横に薙ぐと、コンテナが崩れる。

 

 『未元物質』と『一方通行』。本来この時交わることのないはずの2つが、衝突した。

 

 最初に動いたのは悟だった。未元物質を操り、空気に致死性を持たせる。酸素の濃度が上がると中毒症状が出ることがある。それだけなら他の能力を使えばいいのだが、生憎と一方通行は風のベクトルを操作する術を身に付けてしまった。

 であるならば、一番ダメージを与えやすいのは未元物質だ。瞬時にそう判断して翼を降り下ろす。

 

 ──刹那、爆発があった。

 

「食らっとけ‼」

 

 悟は常時展開していた透視能力で一方通行が生き残っているのを察知。再び翼を降り下ろす。

 

「ッ!?」

「お前の能力は、どれだけ多角的に攻撃しても正確に反射を実行する。」

 

 血を吐き吹き飛んでいく一方通行に、悟は当たり前のように呟いた。

 

「でも、お前の反射に使用するフィルターには穴がある。…例えば、空気や熱といった『受け入れなければ死ぬ可能性の高いベクトル』を設定しておけば裏をかくことは可能だし、俺の相反演算式を使って反射装甲そのものを貫きやすくすることは可能ではある。」

 

 すらすらと、まるで事前に記憶してきたかのように紡がれていく言葉。

 

「──()()()()()()()()()。」

 

 悟がやった行為は、酸素の濃度を上げて中毒症状を引き起こす事。しかし、それに反応した一方通行は悟のそれがブラフであることに気が付かなかった。

 

「俺が使ったのはベクトルを用いない攻撃だ。温度、質量、エネルギー…そんな存在するだけで攻撃になるようなもの。それを未元物質を媒介にして創った。」

「…ずい、ぶンと、器用なマネ、すンじゃねえか…」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。三桁の足し算をやる要領で小数の足し算をやるようなもんだ。」

 

 ポケットに手を突っ込みつつそう言った悟。

 エネルギーが質量の二乗、そして光速や運動量によって定義される。ならば、運動量等をいじって創ったエネルギーそのものは、一方通行にダメージを与えるキッカケになりうるのではないか?しかし、一方通行のキャッチコピーは『核をも防ぐ』だ。エネルギーを産み出す程度ではダメージを与えるに足りない。

 だから、悟は創った。一方通行の装甲を貫通しかつ、ベクトルを用いない攻撃だと錯覚するような物質を。勿論、悟は説明をしていない。この場における悟の役割はあくまで時間稼ぎであり、そのためには一秒でも長く一方通行をこちらに引き付けておく必要があるのだから。

 彼の手札は、この学園都市に存在する能力全て。そこに他人の記憶を解析して作った虚数暗号を始めとするデバイスの数々。ベクトル変換という一つの手札しか切ることのできない一方通行を相手に善戦することも可能だろう。しかし…

 

───虚数暗号、解析終了。『解析』、再開します──

 

 …その最強は、制限時間付きだ。

 

「ッ‼しまっ…はあっ‼」

 

 唐突に、悟が苦し気に表情を歪め息を吐く。虚数暗号を解ききったがために、再び『解析』の演算が、彼のキャパシティを圧迫し始めたのだ。背中の翼が砕け散ってバランスを失い、大きく揺れる悟。しかし悟は頭を押さえ、大きく叫んだ。

 

「やれっ‼上条ッ‼」

「何だとォ!?」

 

 気がつくと、悟と同じくボロボロな上条が再び、一方通行に接近していた。逃げようとするも先程の悟との戦闘があとを引き、直ぐに逃げられない。

 

「歯を食いしばれよ最強(さいじゃく)

 

 そして、彼の、ヒーローとしての、全てを救い、『英雄』として呼ばれる由縁の右手が炸裂した。

 

───俺の最弱(さいきょう)は、ちっとばっか響くぞ」

 

 そして、一方通行は吹き飛ばされ、意識を失う。かくして『絶対能力進化計画』と呼ばれる実験は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

「…ン?」

「おー、目が覚めたかー?」

「…誰だテメエ。」

 

 病室のベッドで目覚めた一方通行が最初に見たのは、黒髪の妙な服に身をんだ少女だった。彼女は「悟ー?目が覚めたみたいだぞー?」とスリッパをパタパタと鳴らしながら出ていく。

 

「…オイ、悟だと?」

「目、覚めたかよ?」

 

 入ってきた悟は『あの日』の服装ではなく、青のTシャツに黒のハーフパンツ、そして腕にはボロボロとなった黒のリストバンドを着けていた。彼はベッドの枕の近くにあった椅子に座り、真剣な顔で呟く。

 

「…絶対能力進化計画は中止になった。」

「そうか。」

「俺のレポート、そしてオマエがあの日、『レベル0』に負けたことが原因だとよ。」

「…そうかイ。」

 

 そのまま、数分の沈黙があり、唐突に一方通行が口を開いた。

 

「なあ…」

「ん?どーした?」

「なンでテメエは俺を『引っ張りあげる』何て言ったんだ?」

 

 そう、彼はあの時『助ける』のではなく『引っ張りあげる』と言う表現を使った。悟は頬をかき、照れ臭そうにいった。

 

「いや、俺の能力って、『解析』じゃん?」

「…そォだったな。」

「だから、他人の気持ちとか、苦しみとか、そう言うのは本人より分かっているつもりなんだ。」

 

 彼は、初めて上条 当麻と言う英雄を見たとき、ある決意を固めた。自らの能力、解析は、確かに疎まれ、竦まれ、妬まれるかもしれない。

 

「だから、ソイツがもし世界を敵に回したりしても、俺は、俺だけはそいつのそばにいる『理解者』でありたいんだ。」

 

 しかし、ソレを役立てるなら、友と呼べる人物が危機に迫ったとき、なにもできなかろうと、自分だけはよき『隣人』で、理解者であろうと。そう誓ったのだった。

 

「だから、テメエが『助けて』何て言わなくても、『俺には分かる!』何て善意の押し売りみたいな台詞をはいて、そいつを救いたかった。それがたまたまテメエだっただけだぜ。」

「…そォかい。…スマンかったなァ。」

「いーってことよ。」

 

 そう。彼は、山峰 悟と言う少年は、英雄になどなれない。他人の心にズカズカと入っていけないから。その心を『解析』できてしまうがゆえに、考えすぎてしまうから。だからこそ、彼は理解者であろうと誓った。

 

 全てを見通す、不思議な目を持つ少年と、後に『過去に大きな過ちを犯し、その罪に苦悩しながらも正しい道を歩もうとする者』と称されるヒーローの物語は、ここから始まるのだった…




《追記》戦闘シーンの説明を増やしました。しかし戦闘は書くのが難しい…

8/11 加筆修正を行いました。


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番外編 御使墜しの解析

「くっそ…マジくっそ…」

 

 その日、悟は朝から腹がよじれかねない思いに囚われていた。何故なら…

 

「お姉さまー♪」

「ちょっと、離れなさいよ‼」

 

 白井(見た目初春)が御坂(見た目白井)に抱きついていたり、

 

「始末書がっ…始末書がっ…‼」

「いや何やらかしたのよ海人…」

 

 始末書を前に頭を抱える海人(見た目一方通行)を華(見た目麦野)が呆れたような目で見ていたり、

 

「…遊びに来たぜェ。」

「よっす…一方通行、ゆっくりしてくれ…ふくくっ」

 

 一方通行(見た目土御門)が風紀委員132支部に遊びに来ていたからである。

 

 

 

 

「…と言うことがあったんだ。」

『…そうか、俺もだ…』

 

 その夜、悟は上条に電話をかけていた。と言うのも、どうやら悟以外は入れ替わりに気付いていなかったからである。

 …まあ悟も解析でようやく気が付いた程度なのだが。

 上条なら何か知っていると思い電話をかけると案の定あの右手はこの入れ替わりも消してしまっているらしい。上条は重い息を吐いて言った。

 

『こっちは従姉妹が御坂だったり、母さんがインデックスだったり、インデックスが青髪だったりしてるんだぜ?』

「インデックスぅ?誰だソレ」

『ああっ‼いや、その…居候だ、居候‼』

 

 インデックス、と言う人物に心当たりがないため、誰何の声をあげると、上条は焦ったように否定を返してくる。悟もそこまで深く聞くことはなく、『ああ、また上条がフラグをたてたのか』と思う程度であったために、次の話題に移る。

 

「で?上条、原因は分かるのかよ?」

『それは…『俺っちから説明させて貰うぜい。』

「土御門?オマエもそこにいんのか?」

 

 言い淀んだ上条であったが、突如電話が取られる音がして、胡散臭いパツキンアロハこと土御門 元春が電話口に出てきた。土御門は軽い調子で言う。

 

『どーやらこれは魔術によるものらしくてにゃー。ソレを食い止めるために俺達が来たと言う訳ですたい。』

「ほーん?魔術って言うとアレか?ほら、『樹形図の設計者』をぶっ壊したって言う。」

 

 何の気なしに悟が尋ねたその言葉に、電話の向きに向こうが一気に騒がしくなる。そして、土御門が真剣な声で尋ねてきた。

 

『オイ悟。ソレをどこで知った?』

「…あっ。」

 

 やらかした、と思う暇もなく、電話の向こうから怒鳴り声が聞こえてくる。顔を青ざめさせ、悟は電話を切った。

 

「…Oh,my god.」

 

 ピリリリ、と響く電話の音を意識して聞かないようにして、頭を抱える悟。

 二時間程そうしていただろうか、『あ、アレイスターに丸投げすればいいじゃん。』と考え、名案だと言わんばかりに指を鳴らす。そうと決まれば今日はもう寝よう、そう思って布団を引っ張り出してくるも…

 

 ピンポーン。と、チャイムが鳴った。悟は先日注文した『虚数暗号』の最新版か、とアタりをつけ、「はーい。」と言ってハンコを持ち、ドアを開ける。すると…

 

「…」

「…誰?」

 

 ソコには、赤髪の神父がいた。左目のしたにあるバーコードのような縦線。黒い、赤の線が入った服。二メートルを越える身長を持つその男は鋭い目でこちらを見下ろし、口を開く。

 

「…山峰 悟さんですね?」

「は、はい。そうですが…」

「私の仲間から召集です。そうですね…『土御門 元春』といえばわかりますか?」

「…え?」

 

 こうして、全てを見通す少年は、『御使墜し』事件へと巻き込まれることと相成った。ソコで彼の目は、何を見通すのか。それは誰にもわからない。ただひとつ、言えることとすれば…

 

 

 

「さあ、キリキリ吐いて貰うぞ悟‼」

「…オー、ワタシ、ニホンゴワカラナイネー」

「ふざけてないでさっさと吐けこの野郎‼」

 

 …悟には、休息は訪れないだろう、と言うことぐらいである。

 

 

 

 

『ふふっ…』

 

 ここは『窓のないビル』。ソコに浮かんでいる一人の『人間』ことアレイスターは、何時かと同じような、それでいて狂喜の混じった笑みを浮かべていた。その対象はもちろん、彼の少年、山峰 悟である。

 

『それで、ちゃちゃっと説明してくれると助かるというものなのだが?』

 

 ふと、その空間に声が響く。『ダンディ』と形容できる声色をしているその人物は、少し怒りを滲ませ問い詰めるように言う。アレイスターは口を歪ませ、言葉を紡ぐ。

 

『彼の目なら、私にも分からないよ。ただ、本当に全てを解析する、と言うことぐらいしかね。』

『それは私にも分からないさ。けれど、今聞きたいのはソコではない、分かっているよな?』

『…眼を持つ者(メタトロン)のことかい?』

 

アレイスターは、相も変わらず口を歪ませ返答する。その目は、どこも見ていないようで、全てを見通しているのかもしれない。

 

『そうだ。普通、『科学』側の人間が『魔術』の領域に入ることはあり得ない。魔術を能力者が使えば死んでしまうはずだ。何故彼は天使の力を引き出しておきながら死ぬことがないんだろうな?』

『…樹形図の設計者。』

『それがどうかしたのか?』

『アレのキャッチコピーは『この先25年間追い抜かれることのない演算力』。実は、その25年間、と言うのは『コンピューターなら』と言う前置きをつけなくてはならなくてね。その原因が、彼と言う訳だ。彼の演算能力は、樹形図の設計者と同等、もしくそれ以上だからね。そうでもなければ、『回路の違う領域のモノ』を強引に動かすことなんて不可能だ。』

『…冗談だろ?いくら何でも、個人がそんな能力を持つことなんてあり得ない。』

 

 バッサリと、否定の言葉を返すその人物。しかしアレイスターは当然のように言う。

 

『そう、そこで彼の『性質』が働いた。幻想殺したる上条当麻のように、彼には何かしらの『性質』があるのだろうね。』

 

 そう言い、さらに口を歪ませ、愉悦の表情を浮かべるアレイスター。今は『プラン』に縛られている身ではあるものの、それさえなければ土御門と同等の扱いを与えたものを。

 

『…ところで、その少年。君のお気に入りの英雄の所に行ったみたいだが?』

『ああ、()()()()()。』

『…そうか、ならいいんだ。』

『ああ。』

 

 そして、アレイスターは誰も見えなくなった空間で笑う。プランに必要なく、それでいて最大の興味を持つに至った、全てを見通す少年を思って。

 

 

 

 

 

 

「は、初めまして…上条のクラスメートの、山峰 悟と言います…」

「オイ当麻‼こんな可愛い娘、どこで捕まえてきたんだ!?」

「と、父さん。悟は男だって…」

「馬鹿言え‼こんなに可愛い娘が男の子のわけ無いだろ…ッ‼」

「あらあら~、刀夜さんたら、また可愛い女の子を口説くおつもりですか~?」

「ち、違うんだ母さん…」

 

 右手を頭の後ろに当てて、自己紹介をする悟と、それに沸き立つ面々。悟は内心で冷や汗をかきつつ、今の自らの姿を思い出していた。

 

 

 

「…悟か?」

「人違いです。」

「本物だな、うん。」

 

 あの後、神父に抱き抱えられ、超高速でこの場所にやって来た悟。海だー、何てふざけたことを言っている暇もなく、彼は土御門(見た目は一一一(ひとついはじめ)の前に正座させられ、詰問される。

 

「で?何故お前は樹形図の設計者がぶっ壊された原因が魔術だと知っているんだ?」

「え~と、それはですね…」

「さっさと答えてくれないか。こっちはあとがつかえてるんだ。」

 

 上条含め、約四人から疑惑の視線を向けられる悟。お得意のポーカーフェイスもこの状況では意味もなく、悟は口を開いた。

 

「ほら…7月の終わりごろにさ。何かビームが出てた日があったじゃん?」

「…その時間にお前は起きてたのか?」

「幻想御手の件で始末書が大量に溜まっててな…」

「ちなみに何をしたんだ?」

「学園都市中の放送回線を乗っ取って、治療用プログラムを流しました…」

「何やってんのお前!?」

 

 幻想御手事件の際、悟は学園都市中の放送回線を乗っ取って、治療用プログラムを流した。その始末書は山のよう、ではなく実際に山であり、ソレを毎日夜遅くまで書き続けていて、あの日、ようやく8割が終わった所であったのだ。

 

「で、ソレを俺の能力が解析しやがりましてね…」

 

 そして、そのビーム的なサムシングを彼は『見て』しまった。口を大きく開け、空に登っていくソレを見ていたのだが…

 

「その先に樹形図の設計者があってな…『あ、こりゃぶっ壊れましたわー』と思ったと。噂で大破したって言ってたし、こりゃアウトだなー、と。」

 

「…どーだいねーちん?」

「嘘をついているようには見えませんし、大丈夫でしょう。」

 

 土御門の問いかけに答える、ねーちんと呼ばれた赤髪の神父。悟の眼には『神裂 火織』と言う結果が表示されていることから、きっと女性なのだろう、と辺りをつける。土御門は頭をかいて言った。

 

「んー、普通ならこっち側に関わったら何かしらの組織に所属するのが普通なんだがにゃー…悟はちょっと『特殊』なんですたい。」

 

 だから、不干渉と言う姿勢でいくしかないんだにゃー、と呟いて、土御門は溜め息を吐く。悟は知らん顔で、その溜め息を受け流すのだった。

 

 

 

 

「所で、だ。」

「ん?」

 

 そして、土御門達から『御使墜し』と言うモノについての説明を受けた。その後、悟はふと、上条に気になることを聞いてみた。

 

「俺ってどういう風に見えてるんだ?」

「どうってもな…俺には説明しにくい。」

「でもお前以外わかんねーじゃん。」

 

 それもそうか、と言って上条は口を開いた。

 

「長い黒髪、白の華飾り、そして灰色の半袖、ジーパンに黒のリストバンド。」

「…あー、佐天さん?」

「誰だソレ?」

「よくウチの支部に遊びに来る後輩の内の一人だ。」

「そして悟に恋心を抱いてる人でもあるんだにゃー」

「阿呆。そもそもウチには長点の良心がいんだぞ?大概の女子はそっち目当てだろーが。」

 

 土御門の茶化しに、一切慌てることもなくそう返答する悟。実際問題、佐天は悟に恋心、とまではいかずとも尊敬の念は抱いているのだが、ソレは悟が知るよしもないことである。

 

「はぁ…いいよなー、土御門も悟も。上条さんは出会いが少なくて困っているところですよー、っと。」

「「は?」」

「…オイちょっと抑えろ土御門。」

「OK。一発ぶっ込め‼」

「えっ、ちょっ、待っ…」

 

 溜め息を吐いてそんな戯言を呟いた上条を、額に青筋を浮かべた悟が土御門と二人がかりで拘束する。そして、悟の体重をのせたボディーブローが炸裂した。

 

「ごふぅっ…」

 

 おおよそ人間に相応しくない呻き声を上げながら吹っ飛んでいく上条。悟は汗を拭い、いい笑顔でこう言った。

 

「悪は滅んだ!」

「な、何で、だよ…不幸だ」

 

 

 

 

 そんなこんなで、今に至る、と言う訳である。

 

「上条の親ってあんなにテンション高かったんだな…」

「そんなもんじゃないかにゃー?」

 

 旅館のベランダ、その手すりにもたれ掛かってそんなことを呟く悟と、それに同調する土御門。

 悟は今、佐天の姿であるため、先程上条の両親から『可愛い』と表されていると思っている。…ちなみに実際は悟も割りと女顔なだけであるのだが。

 

「で?その『御使墜し』とやらで歪められた中心がここだと?」

「ああ。そう言うことになる。」

 

 真剣な表情で頷く土御門。『御使墜し』は天使が『こちら側』に堕ちてきた際の衝撃で、『見た目』と『中身』の入れ替わりが生じるのだとか。一体誰がこんなことを、何のために行ったかは不明であるのだが、ソレを突き止めるのは悟の仕事ではなく、土御門、引いてはその仲間達の仕事である。

 

「(ま、俺は俺に出来ることをするだけってね…)」

 

 左手でデバイスをもてあそびつつ、悟は次に自分は何をすべきかを考えていくのだった…




《追記》5/12 悟が悩んでいた時間を追加しました。
    6/25 会話を若干修正しました。

    8/15 加筆修正を行いました。


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番外編 御使墜しの解析 その2

お気に入り登録50件突破、並びに合計UA3000突破、ありがとうございます‼これからも精進していきますので、よろしくお願いいたします‼


「なあ悟?」

「なんじゃらんほい、っと。」

 

 ここは学園都市ではない場所、旅館『わだつみ』。その一階にあるテレビのある、休憩所のような場所に、悟と上条はいた。凄まじい速度でブラインドタッチを進めていく悟に、上条は問いかけた。

 

「何やってるんだ?」

「んー?ちょっと後輩から送られてきたセキュリティソフトの『穴』を探しているんだ。」

「どうして?」

「俺に潜入できんのに、他のハッカーに潜入できん道理はないだろう?」

「…それもそうか。」

 

 上条は、目の前の彼が『軍神』と呼ばれる超人ハッカーであることを知らない。よって、「そうか。」と呟いてソファーにもたれ掛かるだけであった。

 

 

 

「(いい感じだなあの二人…)」

「(ええ、そうみたいですね~)」

 

 そして、そんな二人をこっそりと見守る影が二つ。上条夫妻である。彼らは階段の辺りに身を潜め、クラスメート…悟と上条を見ていた。

 

「あ、そーだ上条?」

「どうした?」

 

 『オメガシークレットの改良案について』とか言う聞く人が聞けば卒倒しそうな内容の電子メールを送信し終え、一息つく悟。しかし、唐突に思い出したように上条へと問いかけた。

 

「オメーって俺のメルアド持ってたっけ?」

「あれ…そう言えば持ってないかも知れんな。ちょっと待ってくれ。」

 

 そう言って携帯電話を操作し始める上条。最初は彼は新作の小型携帯を買おうとしていたのだが、上条当麻という人物の本能が『一番安い携帯にしろ』とささやいて来るため、これを買った、という訳である。

 …結果としては今までに2回程壊れているので、その本能に従ったのは判断ミスではなかった、ということだろう。最も、壊すようなことをしなければいいじゃないか。という反論には閉口せざるを得ないのだが。

 

「(よーしよしよし、いいぞ当麻ー!そのまま押しきれー!)」

「(あらあら、あの娘も大胆ですねー。)」

 

 実際にはクラスメートの、よく一緒になってつるむグループの内の二人が連絡先を交換しているだけであるのだが、恋愛フィルターがかかっている今の二人に敵などいない。

 勘違いと妄想、そして息子が掴んだ一抹の幸せ(妄想成分500%)を暖かく見守る彼らは気づかない。悟の目が全てを見通すことに。悟が内心で大爆笑していることに。…そんな風に、『わだつみ』の夜は更けていく…

 

 

 

 

「うがーっ‼まだ改善余地があるんですかーっ‼」

「初春…おおよそ少女というカテゴリに相応しくない声が上げられて居ますのよ…」

 

 ここは学園都市、風紀委員177支部。そこには二人の少女がいた。一人は、頭に華飾りのついたカチューシャをつけているはずの少女、初春飾利。最も見た目は金髪碧眼の常盤台女王こと食蜂 操祈であるのだが。もう一人は、風紀委員の誇る『空間転移』を持つ少女、白井 黒子。見た目は初春 飾利である。初春(中身)はリスのように頬を膨らませて答える。

 

「だって…せっかく風紀委員の仕事の合間を縫って作った暗号何ですよ?ソレを『簡単すぎる』だなんて…ちょっとあの人常識を越えてませんか?」

「貴女が言えた話では有りませんわ。」

 

 初春の言葉に反論する白井(中身)。彼女は一年間程風紀委員で働いているものの、彼女以上に演算能力が高い人物など知らない。悟は数回顔を会わせているけれど、初春が言うほど演算能力が高いように見えなかった。

 …悟が学園都市の中でも最高の演算能力を持っているなど、白井は、初春は知るよしもない。

 

「『虚数の概念を追加した方がいい』、ですか…随分凄まじいことを言ってくれますね。」

 

そんなことを口を尖らせて呟く初春。白井は「貴女も大概凄まじいですわよ」という言葉を飲み込み、紅茶を口に含んだ。

 

 虚数。ソレは定義上は『2乗して負になる数』。古代ギリシアや古代インドでは『存在しない』として除かれている数であり、電子工学やプログラミング分野でも使われる数である。ソレの概念、すなわち『存在しない数』という定義を暗号に組み込み、作っていくと言う理論だ。

 

「そーですね…ここと、ここと、ここを…っと。『修正しました。』送信っと。」

 

 そして、んーっ、と大きく伸びをする初春。白井はとんでもないことを行っていることに気付いているものの、下手に聞いてしまえばやぶ蛇になりかねない。よって、彼女にできるのは再び紅茶を口に含むことだけなのである。

 

 

 

 

 

「…んにゃ?初春さんからか。」

 

 深夜。初春からの『修正しました。』と言うメールを受け、ソレを開く悟。目の前に写し出される大量の文字列を見て目を細め、溜め息を吐く。

 

「(俺、初春さんみたいなスキル無いんだけどなー…)」

 

 初春が凄腕のハッカーである理由の1つとして、彼女の能力である『常温保存(サーマルハンド)』があげられる。

彼女は自らの手で改造したスパコンを用い、さらにソレを能力を駆使してオーバーヒートさせることなく使ってくる。悟とは言え、初春のような人物とは正面切って闘いたくはないのであった。

 

「だが、まだまだ甘い。」

 

 そんなカッコつけた台詞を言い、パソコンに手を滑らせていく悟。『今度は変数とかどうだろう?』と言うタイトルで送ったメールは数分後に帰ってきて、『でしたらこんなのもどうでしょう?』と言ったタイトルが写し出される。

 

 

 

 期せずして、学園都市の誇る二人の超人ハッカーが協力して作った暗号が完成してしまった。初春がソレを間違えて乱数暗号祭に出してしまい、たまたまその祭りに暗号に答える役として出演していた悟が顔をひきつらせながらソレを解き、『軍神』が『守護神』の正体に感づくまで。その時間は、案外短かったりする。…そんな風に、夜は更けていく…

 

 

 

「と思ってたんですがねえッ!?」

 

 うひょーッ!?という随分情けない声を出しながら逃げていく悟と上条。彼らの後ろには焦点の合っていない男がいた。

 

「オイ悟アレはどういう事なんだ!?」

「知るかこっちが聞きたいわっ!?」

 

 そう喚きながらも悟と上条はドタドタ、と廊下を駆けていく。悟は後ろの男が現在逃亡中の連続殺人犯、『火野 神作』であることを知っていた。しかし何かしら対抗するための策を思い付くことは出来ず、ただただ逃げていくのである。

 

「何かしら武器があればワンチャン…あ。いいこと思い付いた。」

「あーもう今度は何だよこちとら朝から色々ありすぎて上条さんのストレスがマッハでございますのことよーッ!?」

 

 ぎゃあぎゃあと叫ぶ上条を無視して、悟は右手の人差し指をこめかみに当てた。

 

「『再現開始』。思考複製(コピー)…対象、木原 円周。」

 

 瞬間、悟の目がボンヤリと、焦点を合わせることを拒否しているかのような感じになってしまう。上条は声をかけようとするが、それを平坦な悟の声が遮った。

 

「うん、うん。そうだよな。()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()。」

 

 上条が瞬きしたとき、悟は既に火野の懐に飛び込んでいた。

 

「シッ‼」

 

 そして、素早く鳩尾に向けて掌底を放つ。火野はそれをモロに喰らい、吹き飛んでいく。

 

「ハッハッハァ‼ひっっっっじょおに愉快な気分だぜえええ‼」

 

 その言葉を上条が耳にしたとき、悟は火野の右腕を捻り上げ、壁に押し付けていた。上条の目から見れば役得な光景に見えなくもないが、火野の腕がミシミシと言っていることからきっと気のせいだろう、と上条は顔を青くしながらそんなことを思った。

 

「よーっしよしよし…とりあえず寝てろやボケ。」

 

 ゴキリ、という音がしたかと思うと火野は泡を吐いて崩れ落ちた。悟はもう一度こめかみに手を置き、目の焦点を合わせた。

 

 

 

「おーまいがっど?」

「何で疑問形なんだにゃー悟?」

 

 いやだって昨日俺大して寝てねえし。何て呟いてフラフラとした足取りで出ていく悟。

 あの後、昨日の夜遅くから初春と暗号に関しての話題でエキサイトしてしまい、現在のような状況に至ると言うわけである。おぼつかない足取りをする彼に土御門は頭をかき、言った。

 

「なるほど、では舞夏の時にやったあのお話をもう一回してほしいと?」

「いえ、問題ありませんサー‼」

 

 その言葉に、直ぐ様姿勢を立て直し、敬礼をする悟。彼からすればその話は禁忌に近いものであり、出来れば2度と突っつかないでほしいとものだった。悟の目にも弱点の1つや2つ、あるのである。

 携帯を操作しつつ、悟は頭をかく。言わずもがな、風紀委員の仕事の件である。最近一方通行の一件等でまともに仕事ができてない気がする、と言うのはきっと気のせいだと思う。少なくとも上条の補習参加頻度よりはだいぶん高いはずだ。何て言い訳めいたことを考えつつも、二人は廊下を歩いていく。

 

「時に悟?」

「…んにゃ?どーした?」

 

 目を擦りながら土御門の問いかけに答える悟。土御門は右手をヒラヒラと振り、茶化すように言った。

 

「昨日、夜遅くまで風紀委員の後輩とナニしてたんだにゃー?」

「何って…暗号の改良案だよ。『オメガシークレット』って知ってるだろ?」

「…学園都市のスパコン群でも1つのファイル解析に200年かかるって言うあれかにゃー?」

「ザッツライト。ソレを作ったのが後輩だったらしくてな。ある時───

 

 

 

 

「ふっふ~ん‼どーです悟先輩、これなら‼」

「…何ちゅうもん作ってんだよ…」

 

 五月の昼下がり、風紀委員132支部。ソコには二人の超人ハッカーこと初春 飾利と山峰 悟、そしてその他177支部の面々がいた。初春はどや顔をしながら悟へ、勝ち誇ったように薄い胸を張る。

 

「これなら流石に解けないでしょう悟先輩‼さあ、約束通りクッキーを私に寄越すのです‼」

「…オーケイ。よろしい。ならばハック開始だ。」

 

 売り言葉に買い言葉、と言うのはまさにこのことだろう。悟は額に青筋を浮かべながらも、キーボードに指を滑らせていく。初春はどや顔をしながらソレを見守っていたが…

 

「…え?嘘ですよね。」

「ハイ残り3割~」

 

 顔をひきつらせながら悟が自らの全力、とまでいかずとも結構本腰を入れて作った暗号がバカスカ解かれていくのを見ていた。

 実際、悟が能力を使った時点で終了するのだが、初春はまさかこんなに早いとは思っていなかっただろう。何せ後に学園都市の誇るスパコン郡でも、1つのファイル解析に200年かかると言われるようになる代物を、ネジにドライバーを刺した時のごとく解いていっているのだ。そして、30分が経過して…

 

「しゅーりょー。」

「ええー…」

 

 見事なまでにあっさりと解かれた暗号を前に、椅子にもたれ掛かって伸びをする悟。初春はまさか解かれるとは、と言った表情をしてクッキーを頬張っている。

 

「初春ー?何してますの?」

「あ、白井さん‼聞いてくださいよ、この人が私(の暗号)を丸裸にしたんですよ‼」

「オイ初春さァァァァン!?何言ってくれちゃってるンですかァァァァ!?」

 

 誤解を招きかねない発言をする初春と、悟のことを厳しい目で睨む白井。悟は両手をあげ、事情の説明を開始した…

 

 

 

 

「──と言うわけだ。って、何で腹抱えてんだよ土御門?」

 

 一通りの説明を終えた悟が土御門の方を見ると、土御門は腹を抱えて笑っている。あまりにも笑いすぎて過呼吸になるんじゃないか、と思える程に、である。土御門は目尻に浮かんだ涙をぬぐって言った。

 

「いやー、俺もあの暗号にそんな裏話があるなんて思いもしなかったにゃー。悟はその後どうしたんだにゃー?」

「177支部の人達に冷たい目で見られながらも仕事のお手伝いをさせていただいてました…」

 

 あの時の他人の目のせいで『初春絶対許さねえ』と思ったことや、何故か支部に第二位が乱入してきたりと、色々な事はあったのだが、まあ土御門に教える必要はないか、と考えて彼らは廊下を歩いていった。




8/16 加筆修正を行いました。


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番外編 御使墜しの解析 その3

「ふーむ…」

 

 あごに手をあて、悩ましげに声をあげる悟。彼の前には1枚の紙が。土御門から『もしもの時のために持っておけ。』と言われたために持っている紙である。悟はソレを手に取り、困惑したように呟いた。

 

「これってどんな仕組みになってんだ?」

 

 そう。この紙にはいわゆる回路に相当する物が何もない、本当に『ただの紙』にしか見えなかったのだ。

 先程試したときは普通に土御門の声は聞こえたので、何かしら回路に相当する物があるはずなのだが、彼の解析にも『魔術が使用された紙。術式は…』と言ったような情報しか表示されず、これが科学の物ではない、と判断できる材料を既に彼に与えてしまっている。悟は頭をかき、呟いた。

 

「あん時の『魔術』がどうちゃらみたいなのは間違ってなかったのか…」

 

 出来れば違ってて欲しかった、何て言葉は飲み込む。

 彼の『解析』には今まで間違った答えを提示したことがなく、今回もまたそうであっただけである。しかしにわかには信じ難いことだ、学園都市お得意の科学を軽々しく凌駕しかねない力を持つ分野が存在するなど。イギリスに魔術師というファンタジー染みた存在がいるなど。

 

「少し困惑しているようですね?」

「あ…神裂さんですか、どうも。」

 

 そんな悟に、声をかけるものが1人。

 神裂 火織、土御門の同僚にしてこの場所、『わだつみ』に悟を運んできた張本人である。悟は正規のルート、即ち書類審査を経て学園都市を出てきたのだが、まさか抱き抱えられてここまで来るなんて予測不可能回避不可能と言った所だろうか。そんな馬鹿な事を考えていると、神裂は口を開いた。

 

「無理もありません。あの少年も、最初は信じられなかったでしょう。彼はインデックスと言う例があるのでいいとして、貴方は科学の都市、学園都市の学生でしょう?私達の事を信じられないのは仕方のない事なのです。」

「…そんなもんなんですか?」

 

 そんなもんなんですよ、と呟いて緑茶の入った湯飲みを手に取りソレをしっかりと両手で飲む神裂。悟は頭をかいて紙をポケットの中に入れ、パソコンを開いた。

 このパソコンは外に持っていく用で、中には大して重要なデータは入っていないし、特定の手続きを踏まなければ『オメガシークレット』の改良版が即炸裂する仕組みになっている。学園都市の誇るスパコン郡でも解けるかどうか分からない代物であり、悟が『虚数暗号』の次の候補に持ってくる程彼の『解析』でも時間がかかるものである、普通の人間には解くのが難しいだろう。

 

「えーと…何しよっかな…」

「何も決めずにソレを開いたんですか貴方は?」

「ここ一応学園都市の『外』ですからね。上条ならいざ知らず、風紀委員…治安維持組織に所属してる俺はちょっと行動を選ぶ必要があるんですよ。」

 

 学園都市の技術を漏らして処刑、何て笑えない話だ。

 その言葉は言わずとも伝わったらしく、神裂は納得したように頷いた。悟はパソコンでインターネットを開き、調べものをする。ちなみに土御門と上条は上条の家に行っているらしい。

 上条が記憶喪失なのは大丈夫なのだろうか、何て考えたけれどあのご都合主義の塊のような男なら大丈夫であろう、と考え調べものを進める。

 

「何を調べているんです?」

「外だと学園都市より緩いんですよ、娯楽系統って。技術だけじゃに出来ないものもあるんでしょうね。」

 

 別に『外』から持ってきたとは言え、ゲームの1つや2つは許容してくれるはずだ。そう考えたので、彼は今めぼしいゲーム等を探している、というわけだ。神裂は何も返答せず、閉口している。そんな彼らに、先程の紙が輝く。1つの通信が入った合図であるそれに、悟は警戒の念を強める。

 

『おーい、悟ー?』

「土御門か…どうした?」

『『御使墜し』の犯人が分かった。…上条刀夜だ。』

「…上条の親父さんが魔術師だって言いたいのか?」

『違う。今上やんの家から出てきたところだが、家具などの配置、お土産とかのオカルトグッズの配置が『偶然』御使墜しの術式に必要な配置と一致している。』

「上条の右手は?」

『今回は『奇跡的に』御使墜しが発動していたから良かった。だが、もし上やんの右手を使ったらそれ以外の、もっとヤバイ物が発動しかねないんだぜい。」

 

 口調はふざけているものの声色は真剣に、小声で言ってくる土御門。悟は紙をポケットの上から叩き、軽口を叩く。

 

「つったって、お前は上条と一緒にいるんだろ?今こっちに戻ってきてるんなら、もうちょっと時間がかかるだろ?」

『いや、上やんは近くにいないぜい。今近くにいるのは…上条 誌奈だぜい』

「!?」

 

 電話から聞こえてきた声に、悟は身を堅くする。

 

「何で上条の母さんがそんなところにいるんだ?」

『どうやら上やんを迎えに来たらしいんだが』

「上条は居ないのか?…まさか」

『そのまさかだぜい悟。じゃ、夕方までには戻るからよろしく頼むにゃー。』

「オイコラ話を…って、光が消えた?」

「通信終了の合図のようです。相変わらず彼はこちらの話を聞かない癖があるようですね。」

 

懐から引っ張り出して悪態をつくも光を消した紙。ソレをポケットにしまい、一息つく悟。そして神裂の方へ向き直ると、言った。

 

「で、俺らは結局何すればいいんですかね?」

「…さあ?」

 

どうやら、この二人、想像以上の天然だったらしい。二人は顔を合わせ、肩をすくめるのだった…

 

 

 

 

 上条当麻は、自らの想いを吐き出す。魔術に頼らなくとも、自分は幸せだと。言えるはずもないが、記憶を失ったとしても精一杯生きていると。

 

「そうか…私は気付かぬ内にお前の幸せを、奪っていたのかも知れんな…あんなお土産にたよっても、なにかが変わる訳でもないと分かってはいたんだが…」

「おみ…やげ?父さんが御使墜しを引き起こしたんじゃないのか?」

「えんぜるふぉーる?何だそれは?」

 

そこで上条は、初めて自らの推論が間違っていたことに気づく。今まで自分の父親が御使墜しを引き起こしたと思っていた。ではいったい誰が?

 

「…」

「ああ。悪いなミーシャちゃん。母さんに付き合ってもらっちゃって。」

 

 そこにロシア成教からの使者ことミーシャ・クロイツェフがやって来る。上条は自らの父親である刀夜を押し退けて、ミーシャの前に立った。

 

「待ってくれミーシャ。父さんは確かに、他の誰とも入れ替わっていない。けど、入れ替わりにも気付いていないんだ。きっと────

「解答一。自己解答。標的を特定。詰まらない解だった。」

「ッ‼」

 

 顔を上げたミーシャの瞳は、幾何学的な模様…奇しくも、それは彼の記憶を奪ったインデックスと同じような…に覆われた、赤い瞳をしていた。

 

「神の命無しに人を殺してはならないはずなのに、それすらも忘れましたか?」

 

と、そこに割り込んでくる人物が1人。彼女は鋭い目をミーシャに向けつつ歩いて来る。彼女の名は神裂 火織。土御門のいる組織、『必要悪の教会(ネセサリウス)』の一員である。

 

「ここは私が引き受けます。刀夜氏を連れて、一刻も早く、ここから離れてください。」

「ミーシャは誤解している‼父さんは───

「ソイツは、ミーシャ・クロイツェフではないみたいだぜ?上条。」

「悟…?」

 

 その後ろから歩いてきたのは山峰 悟。彼もまた、真剣な表情をして、ミーシャを見つめている。

 

「ロシア成教に問い合わせました。確認出来たのは、『サーシャ・クロイツェフ』なる人物のみ。」

「つまり、ソイツは嘘をついていたってことになるよな?」

 

神裂の説明を悟が受け継ぎ、軽快に、そして確信をもって問いかける。

 

「さて、あえて問おう。『()()()()()()?』」

「ちょっと待ってくれ‼どう言うことなんだ‼」

 

怒りを覗かせる上条に、神裂はゆっくりと説明した。

 

「この世界には、常に両性として神話に描かれる存在がいます。彼らにとって、名前とは『神が自らを創り出した目的そのもの』。そう易々と名前を名乗る訳にも行かないのでしょう。」

「ど、どう言うことだよ?」

「忘れましたか?この大魔術が、なんと言う『名』で呼ばれているのかを。」

「ッ‼」

 

 そこまで言われて、ようやく上条にも考えが及んだようだ。目を見開く上条を尻目に、『ミーシャ』はバールを上に向けた。

 

「ッ‼」

 

 瞬間、辺りが『夜』に包まれる。

 

「自身の属性強化…その為の夜ですか‼」

 

神裂が戦闘体制をとるのに目もくれず、『ミーシャ』は翼を広げた。そして、それが凍りつく。

 

「水の象徴にして、神の後方を守護する者‼『神の力(ガブリエル)』‼」

 

 そして、『ミーシャ』と呼ばれていたもの…ガブリエルは超巨大な魔方陣を組み上げる。

 

「『一掃』‼かつて、堕落した文明を丸々1つ焼き払ったと言われる火矢の豪雨‼天上に戻ると言うたった1つの命のために、貴方はこの世界を滅ぼす気か!?」

「クソがっ‼オイ上条‼さっさと逃げろ‼」

「くそっ、ふざけやがって…‼」

 

 そう言って一歩前に踏み出そうとする上条。ソレを目で制止し、神裂は口を開いた。

 

「何をするつもりですか貴方は‼」

「アイツは、俺の『右手』に触れなかった。それって、俺の『幻想殺し』は天使にも有効ってことなんじゃないか!?」

 

 確かに、天使たる『神の力』ことガブリエルにも上条の右手こと『幻想殺し』は有効である。しかし、神裂は首を横に振った。

 

「いえ…ここから先は、人の戦ではありません。貴方にはやるべきことがある‼刀夜氏と共に、『御使墜し』を止めるのです‼」

「俺も神裂さんのサポートしなきゃだし、そもそも俺じゃこれは止めらんない。オマエしかいないんだよ上条。」

 

抜刀の姿勢にはいる神裂と、左手にUSBメモリらしき物を持つ悟。上条は1度大きく息を吐いて、言った。

 

「分かった…必ず止めて見せる‼」

 

 そう言って、呆然としている刀夜の手を取って駆け出す上条。悟はちらり、とそちらに目を向け、口を開いた。

 

「大丈夫ですか?アイツに任せて。」

「大丈夫です。彼は、インデックスの命を救ってくれた。だからこそ…今度は私が救う番です。」

 

 刀を構え、そんな風に言う神裂。悟は頭をかいて、言った。

 

「だから面白いんですね‼『虚数暗号α』、起動‼」

「───『救われないものに救いの手を(Salvere000)』」

 

 悟が右手にデバイスを掴み、握りつぶす。目が金色に染まって、雰囲気が全く別の物へと変化する。

 

 神裂は低く腰を落として、静かに宣言する。右手がぶれたかと思うと、既に彼女の右手には二メートルを越える刀が握られていた。

 

 神の力は宙へと浮かび上がった。ボン‼と破裂するような音が響き渡り、背中から凄まじき威圧感を伴う翼が生えた。

 

 かくして、『神の力』と世界に20人しかいないと言われる『聖人』、そして不思議な目を持つ少年の、絶望的な闘いが始まる。




次回、戦闘回です。


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番外編 御使墜しの解析 その4

「チィッ‼」

 

 盛大に舌打ちをしつつ、悟は殺到する氷の塊を白い翼をはためかせて回避する。悟は今現在、学園都市第二位『未元物質』の能力をコピーして使用している。オリジナルである垣根 帝督の翼は六枚。しかし悟の未元物質はあくまで劣化版であり、翼は二枚が限界となっている。

 

「せいや‼」

 

 しかし、ある程度の性質は再現できる。降り下ろした二枚の翼は金属と金属が擦れたような音をたてて、結果的にその両方が砕け散った。超高速で演算を切り換え、今度は竜巻を連結させたかのような荒々しい翼が生えたかと思うと砂浜スレスレを飛行して神裂の近くに着地した。

 

「どうしますか神裂さん。全く効いてませんよ?」

「かの天使は独自の術式…文字通り『次元の違う』術式を使います。私は聖人という特異な体質、かつ天使が干渉できない術式を使うことで何とか攻撃を捌いていますが…それでも傷を付けるには至らないでしょう。」

「打開策はなし、ですか…」

 

 頭をかく悟。そんな彼らに向けて、再び氷の塊が殺到する。

 

「兎に角耐えましょう‼上条当麻が何とかしてくれるはずです‼」

「クソッ、じり貧か…」

 

 絶望へと抗う戦いは、まだまだ続く。

 

───────────────────────────

 

 そして件の少年、上条当麻は『わだつみ』へと足を踏み入れた。強制的とはいえ夜にされたせいかやはり暗く、月光を頼りに歩いていくしかない。

 

「と、当麻‼少し待ってくれ。休ませてくれないか。あれは何なんだ、今ここでは何が起きている?これは映画の撮影か何かなのか?」

 

 肩で荒い息を吐きながら、刀夜はそう言う。なにも説明されていない彼ならば当然の反応だろう。

 上条当麻は、自らの父親が魔術師的なナニかではないと思っている。しかし、この期に及んで事件の張本人が理解していないと言うのもおかしな話だ、と思った。

 

 そして上条は、机に誰かが突っ伏しているのを発見する。

 

「なっ…!?おい。ちょっと待て、大丈夫か!?」

 

 それは紛うことなく御坂美琴だった。上条は思わず走って声をかけたが反応がない。

 

 と、上条はそこで異変に気がついた。異臭が、彼の鼻をつく。

 

 CHCl3…通称クロロホルムと呼ばれるその薬品に気がついた上条は慌てて息を止める。しかし、わずかながら脳へと入り込んでしまった化学物質が彼の意識を若干揺らがせた。

 

「おい、当麻。どうしたんだ、おい!」

 

 刀夜の心配そうな声に、上条は右手を上げることで応答する。しかし、誰がこんな事をしたんだろう、とも思う。

 

「当麻‼何がどうなっているんだ!?」

 

 自らの妻である上条 詩奈(当麻の目からはインデックスにしか見えないが)を抱き抱え、刀夜は叫ぶ。当夜はそれに返答を返そうとして、そして。

 

 ──外に激しい炎を伴う柱を見つける。

 

「なっ…!?」

 

 動きが止まった当夜。当麻は急いでこの状況を何とかしなければと思い刀夜に話しかける。

 

「父さん、どこで『御使堕し』をやったんだ!?止め方は分かってる。どこでやったかさえ教えてくれれば、後はこっちでやるから‼」

 

 しかし、刀夜は。困惑した表情を当麻へと向けるのみだった。

 

「なあ、さっきから気になっていたんだが、そのエンゼルフォールというのは何なんだ?何かの例えなのか?」

 

 そう言われて。当麻は訳が分からなくなった。刀夜の顔に、嘘はない。本当に魔術とは何の関係もなさそうに見える。もしかしたら、自分は何か大きな間違いを犯しているのでは、と思い

 

「やめとけよ、カミやん。ソイツは何も知らないはずだ」

 

───────────────────────────

 

「ッ‼」

 

 悟は、氷を紙一重で回避しながら、違和感を感じていた。

 

「(神の力ってのが使っている力…魔術とやらは再現が可能なのか?)」

 

 学園都市で培った科学技術で、全く畑の違う魔術は再現することはできるのか。『創造性』を持つ未元物質を媒介にして、神の力が扱う天使の力とやらを複製し、全く同じモノを造り出すことは可能なのか?

 

 ──やってみるしかない、か。

 

「『再現開始』。」

 

 頭の中を、計算式が埋めていく。計算が合わないところは未元物質を使って計算を合わせる。適切な演算を行うことで、天使の力を複製できるように信号を合わせる。

 

「仮コード『天使の力』、再現開…ッ!?」

 

 瞬間、悟は内部からナニかが飛び出してくるかのような錯覚を覚えた。

 

「──ッァ、ギッ!?」

 

 痛みに耐えきれず、意識を手離す悟。薄れる意識の中、彼は自分の背中から翼が生えた感覚を記憶した。

 

 

 

 

 神裂は、神の力と戦う際、主に遊撃を担当する係を担っていた。悟の多彩な手札による援護射撃があったからこそ、彼女は未だに無傷だと言える。

 

 

 

 

 だが、異常と言うのは、いつでも唐突に訪れる。

 

 

 

「ッ‼」

 

 神裂の背後から、莫大な熱量の塊が吹き上がる。彼女は反射的に刀に手をかけ、そちらへと向き直る。

 

 そこにあったのは、目測ですら数十メートルを越えるであろう巨大な火の柱だった。辺り一帯を煌々と照らしながら、ソレは吹き出し続ける。

 

 …と、唐突にピシリ、というガラスに亀裂の入ったかのような音がした。柱が割れ、中からナニかが飛び出してくる。

 

「あ、あれは…」

 

 そこから現れたのは『悟』だった。しかし、背中からは数十枚もの翼を生やし、強大な威圧感を伴っている。そこに先程までの()()()()()()()()()()()()()といった雰囲気は欠片もない。

 

「『ふむ…天使の力の生産方法を宿主は間違ったようだな。当然か、魔力の生成方法すらも解らぬ素人だというのに』」

 

 『悟』が口を開く。しかし、神裂はその声がどこか機械的で、作られたもののように感じた。

 

「『そして()が外部に出てきたということは…やはり。天使の力に指向性がない。一番近くにいた存在だからこその私、か…』」

 

 そう呟いたかと思うと、『悟』の右手に一冊の本が表れた。

 

「『少々強引な手段をとってしまうか…召喚。終末を告げる者よ来たれ。汝の慈しみを以て咎人を断罪せん。』」

 

 光があった。神裂は思わず目を覆い隠し、神の力は今まで出していた者の数十倍の量があるであろう氷を『悟』へと放った。

 

 氷が、するりと音をたてて()()()()。『悟』の背後には、いつの間にか神の力が組み上げている『一掃』の術式にも勝るとも劣らない魔方陣が現れていた。

 

「『生憎と私はラッパ吹きではないのでね。天使の力に変質させた物質…未元物質と言ったかな?ソレを多少混ぜさせてもらった。さあ、吹き出せ』」

 

 刹那、『悟』から衝撃波が放たれる。本来ならば神の力、ひいては神裂すらも蹂躙しかねないソレだが、襲われたのは神の力のみだった。

 

 ──爆音。

 

 神裂が知覚したときには、既に終わっていた。『悟』が持つ槍が神の力を、空に縫い止めていた。

 

「『口ほどにもない、とはまさにこの事かな。宿主が過剰とも言える天使の力を生成していた、と言うのもあるだろうが。恐らくこの世界に存jsvdhdgb在jfbdjdvdv』」

 

 ノイズが走る。神裂が見ると、『悟』の背中から生えている翼が、若干ながらも()()()いた。あごに手を当てて、納得したように呟く。

 

「『貯蔵が切れたか…まあいい。jdjdvshs制jdbdvkbb御jsnvsjsgs権jsvshsygsk…───

 

 プツリ。ブレーカーが切れたときのような音をたてて、悟の体が地面に墜落する。

 

「悟さん‼」

 

 呆けていた神裂だったが、直ぐに悟の元に駆け寄り意識を確かめる。彼女たちの後方にある旅館から、光が吹き出して。とりあえず、彼らの戦いは終わった。

 

───────────────────────────

 

『くくっ…素晴らしい物だな、あの少年は。』

 

 ここは窓のないビル。そこにいる人間ことアレイスターは愉悦の表情を浮かべていた。

 

『ふむ…奴がまさか一介の人間の身に卸されていたとは驚きだ。』

『…君もそう思うかね?』

 

 と、そこでその場所に声が響く。アレイスターのものと同じく中性的な声をしているそれはアレイスターの反応に肯定の意を返した。

 

『彼は、曲がりなりにも天使だ。その膨大な力を、ただの少年である彼に制御できるとは考えにくい。』

『それは私も同意件だ。しかし、現実的に彼は『眼』を既に制御下に置いている。理由は定かではないが…』

 

 実際には、彼らの言う『奴』が悟に『眼』のコントロールを受け渡しただけである。

 しかし、天使の力が凄まじい勢いでぶつかった為に戦闘現場を見ていないアレイスター達には何故悟が眼を持つ者を制御できているか、わからなかった。

 本来なら、この時点で暗部に入れるか『処理』するのだが、生憎と悟はただ殺すには()()()使()が邪魔をするだろう。神と同一視されることのある化け物と好き好んで戦いたいわけでは無いのだ、アレイスターも。

 

『…少し、静観するとしよう…』

 

 そう呟き、アレイスターは眼を閉じて、ビーカーの中の液体へ身を浸していくのだった…

 

───────────────────────────

 

 ()()()()()()()()()()()()()()。虚ろな少年は、己という存在を知覚してから暫くして、そんなことを思った。当たり前の事を当たり前と言えるような生活だろうか。事件に巻き込まれることもない生涯だろうか。己の理想に追い付いた時だろうか。

 

 ──きっと、どれも違う。自分の持っているしあわせには、そんな定義は通用しなかった。

 

 一方通行がいた。御坂美琴がいた。インデックスがいた。ステイル=マグヌスがいた。神裂火織がいた。凪川海人がいた。凪川華がいた。初春飾利がいた。白井黒子がいた。佐天涙子がいた──

 

『死に場所を探そう、オティヌス。』

 

 ──そこに居なかった少年がいた。

 

 足音のカウントダウンが始まり。かつて『英雄』と呼ばれて、ひたすらに戦い続けてきた彼は()()()()()()()()()()に一度屈した。

 

 何度だって、何度だって。その後彼は『奴』に立ち向かった。結局、何百何千と戦っても無理だったが。

 

『きっと、それは間違いでも何でもない事だった。』

 

 ──異常は、何時から始まっただろうか?本来あるはずのない場所に『歯車』があり、いつの間にかソレは『部品』になっていた。

 

 英雄は、何時だって孤独なものだ。理解者がいようともソレは絶対的に変わりようのない事実。じゃあ、虚ろな少年になんの意味があったと言うのだろう。

 

『インデックスは、上条当麻は、何時かきっと救われる。バッドエンドなんて有り得ない。俺が作らせない‼』

 

 ──始まりは何時だったか。でも、何時も終わりは同じ。

 

 世界が終わり。少年は心を失くし。『神』によって殺された。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も…

 

『ヒントをくれてやるよ上条当麻。』

『…何?』

 

 数百回目の()()。今の上条当麻は覚えていなくとも、その瞬間、確かに彼は…山峰悟は。『歯車』なんかじゃなかった。

 

『なーに、簡単なことさ、ゲームと一緒だよ、これは──

 

 

 

 ──元々、そう言う物語だから。』




次回、ようやく打ち止め編に入ります。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

10/9 加筆修正を行いました。


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少年はダークヒーローのヒロインと邂逅する

一応時系列は8月30日になっています。


「先輩‼」

「何だ‼」

「宿題が終わりません‼」

「知らん‼」

 

そう何時ものような軽口を叩き合い、悟はひーこら言いながら宿題を消化していく。

普通、風紀委員はそこまでブラックではなく、この支部も例外ではない。しかし、非日常に関わりすぎた悟にそんな時間があるはずもなく、悟は全力で原稿用紙に万年筆を走らせていく。

 

「垣根ェ‼手伝ってマジで‼」

「断る。俺今将棋やってんだ。」

「お前もか垣根ェ‼」

 

結構マジなトーンで頼むも断った彼…垣根 帝督は将棋盤から目をそらすことなく応じる。悟はガシガシと頭をかいて、叫ぶように言った。

 

「クソッタレェェェ‼」

 

ここは風紀委員第132支部、通称『オカルト支部』である。学園都市の中で一番治安が悪いと言われている第十学区にあると言うそこには、スキルアウト相手には過剰戦力と言える面子が揃っている。

 

「はっはっは‼俺の左美濃は難攻不落‼落とせるもんなら落としてみろ‼」

「甘い…俺に常識は通用しねえ‼」

 

第二位、垣根とまるで魔王のような会話をする人物は凪川 海人。悟の先輩にしてレベル4の『加速操作』を持つ能力者である。

 

「ふんふふんふふーん♪」

 

鼻唄を歌いながらコーヒーを入れていくのは凪川 華。海人の義理の妹にして、同じくレベル4の『融点操作』を持つ能力者である。

彼女は垣根と同じくこの支部の人員ではないのだが、それも今更であろう。というより、彼女に逆らってもメリットがない。海人への歪んだ愛情を除けば彼女は面倒見のいい近所のお姉さん、といった具合なので、海人は周りに迷惑をかけないことを固く命じた上で、この支部への入場を許可している。そんな華は垣根や悟、海人達の前にコーヒーを置いていく。

 

「はい、どーぞ♪」

「…悟。」

「微量の睡眠薬を検出。ソレを飲んだが最後、人生転落コースまっ逆さまでーす。」

「やっぱりか‼」

「あ~ん♪」

「やめんかバカタレ‼」

 

やいのやいの、と言った騒々しい支部ではあるが、仕事だけは真面目にやることに定評のある海人と悟は、割りと全支部の中でも高い評価を受けていたりする。

 

「…相変わらず騒々しいな、この支部は。」

「むしろ騒がしくない時なんて無いがな‼」

 

ちくしょう、とでも言いたげに机を叩く悟。彼に話しかけた少年…誉望 万化はポリポリと頬をかいて、麦茶を悟に差し出した。

 

「飲むか?」

「…くれ。」

 

ソレを受け取り、悟は一気に飲み干す。ぷぱっ、と息を吐き、万化に礼を言って再び万年筆を走らせていく。

 

「因みになにやっているんだ?」

「読書感想文。後テキストが残ってるな。」

「よりによってその二つか…」

「心配すんな、やらかした自覚はある。」

 

そう言って、某太陽が落ちるまで走れとコールがかかる鬼畜作の感想文を書いていく悟。何となくだが、今日中に終わる気がしないでもない。

 

「答え忘れた!?」

「普通にやんのか?」

「そうするわ…ん?」

 

と、そこで電話がかかってくる。悟は電話を耳に置き、それに応じた。

 

「はい、こちら風紀委員132支部…何ですって!?…分かりました‼直ぐに向かわせます‼」

 

そう言って電話を切る悟。そして海人の方に向き直り、口を開いた。

 

「海人先輩…仕事の時間ですよ?」

「暗部か?」

「ウチ、風紀委員何だけど?」

 

海人にそう言って帰ってきた垣根の返事に真剣な顔で突っ込む悟。

垣根や誉望は『スクール』と言う名前の暗部組織に所属しており、風紀委員である悟とは基本的に相容れない存在である。しかしこの支部、132支部は警備員や他の暗部組織、果ては他の風紀委員やスキルアウトとも交流があり、今さらこの程度の繋がりを意識するまでもない。

 

「状況は?」

「女子生徒二人、スキルアウト複数。サックリやって戻ってきて下さい。サポートもやるんで。」

「オッケー任せろ。サクッとやっといてやる。」

 

そう言って扉から消える海人。悟は耳に通信機を当ててパソコンを起動し、右手でペンを持って左手でキーボードを叩き出す。

 

「あー、マイクテスマイクテス。聞こえますかー?」

『おう、問題ないな。で?どこにいる?』

 

 

 

 

 

 

『そこから百メートル先、右の裏路地の突き当たりを更に右です。』

「うーい。」

 

耳元からペンのカリカリと言う音と共に聞こえてくる悟の声にヤル気無さげに返答する海人。彼はそこそこの早さで、その路地へと迫る。そして、何時もの癖でパンパンと拍手をする。

 

「そこまでだぜ、スキルアウトさん?」

 

仰々しく両手を広げ、接近する海人。見ると、服が半分ほど引きちぎられている少女と、その後ろにも一人の少女が。海人は額に青筋を浮かべ、低い声で言う。

 

「風紀委員だ。少女暴行未遂と…まあその他なんやかんやで拘束させてもらうぜ?」

 

その言葉を聞いた瞬間、海人の元に炎が飛んでくる。ボガン‼と言う音を立てて海人のいた場所が爆散する。海人はソレを自らを『素早く』することで回避を行う。そして、胸ポケットから、1本の針を取りだし、投げつけた。

 

ヒュカッ‼と言う音と共に、スキルアウトの一人が壁に縫い止められる。海人の能力、『加速操作』によるものだ。

スキルアウトの一人が電流を放つ。舌打ちしながらソレを回避し、今度は複数本の針を投擲する。彼の能力と『電撃使い』の相性が悪いのは、長点上機の授業で折り込み済みである。今度は針を投げるのではなく自ら接近し、拳を打ち放つ。吹っ飛んでいくスキルアウト。これで全てか、と残心しつつ、海人は最初に縫い止められたスキルアウトを手錠で拘束し、警備員に通報する。

 

「ふぅ…大丈夫だったかい?」

 

一息ついて、海人は少女達に向き直った。そこにいたのは、茶髪の、恐らくサマーセーターであろう制服を引きちぎられている少女と、涙目になってこちらを見る、長い黒髪の少女であった。

 

「(あー、こりゃ怖がらせちゃったかな?)」

 

さっきまで男共に襲われていたのだ、無理は無いだろう。そう考え、海人は同性である華へと電話をかけようとする。

 

「あ、あの…」

「ん?どうしたの?」

 

声をかけてきたのは一人の、服が引きちぎられていないほうの少女。彼女は震えながらも海人に頭を下げた。

 

「助けてくれて…ありがとうございます。」

「んにゃ、別にどーってことないさ。一応俺レベル4だしね。」

 

大きく頭を下げるその少女に、海人は肩をすくめてそう言う。彼の座右の銘は『仕事は真面目にやる』であり、自らの力を役立てる為に風紀委員となって学園都市を駆け回っている、と言う訳である。

プライドの高いことに定評のある長点上機の生徒は自分さえよければ、と言う考えを持つものが多く、海人のような考え方は異端とさえ言えるが実際に海人に勝てるなど、それこそレベル5ぐらいの人材でなければ不可能だろう。

海人は自らの上着のスウェットを脱ぎ、少女の方に投げてやる。

 

「とりあえずソレを着てくれ…目のやり場に困るから。」

 

心配するような海人の声に何かを感じ取ったのか、もぞもぞとソレを着だす少女。海人は壁にもたれて悟に通信を開始する。

 

「増援は?」

『いないみたいです…あ、駒場さんはいますね。』

「おーまいがっど?」

『いーえ、どうやら別件のようです。』

「助かった…駒場はマジでヤバイ。」

 

そう言って安堵の息を吐く海人。

件の人物、駒場 利徳はスキルアウトではあるのだが風紀委員である海人や悟と協力して事件を解決することもある。戦闘能力が高く、海人ですら苦戦するかもしれない程の実力者であり、スキルアウトを複数束ねている圧倒的リーダーセンスを持つ人物でもある。

 

「あ、あの…名前を聞かせてもらっても…」

「ん?ああ、そうだったそうだった。風紀委員第132支部所属、凪川 海人。海人とでも呼んでくれ。」

 

そう言って、なるべく怖がらせることが無いように微笑みかける海人。何故か二人の少女は顔を赤らめ、頷いた。

 

『あー華先輩落ち着いてくださーい』

『海人に悪い虫が付いてる気がする‼』

『黙れ変態通報すんぞ』

『何時もより悟君が辛辣だ!?』

 

悟が結構真面目な声でそう言う為、困惑した声をだす華。海人はそれに苦笑しつつ警備員を待つ。

 

「あ、ありがとうございます。」

「礼ならいいよ。風紀委員として当然のことだ。」

 

茶髪の少女はそう答え、まあ世の中には風紀委員より勇気のある奴もいるからね、と言って苦笑する海人。

彼の脳裏にはあのツンツン頭の学生が浮かんでいた。彼は今どうしているだろうか何て考えるも、警備員の到着を待ち続ける。

 

「お?ついに海人も過ちを犯すようになったじゃん?」

「アホか。それはねーよ。」

 

到着したのは黄泉川の部隊であった。茶化すようにそう言ってくる黄泉川に返答し、海人はそう言い返す。

 

「で、あっちで伸びてんのと、ここで手錠に拘束されてんのがスキルアウト。この二人が被害者ね。」

「おー、そっちは常盤台のお嬢様方じゃん、何でこんなとこにいるじゃん?」

「常盤台っつーとあれか、お嬢様学校って言われてる。」

 

そうじゃんよ。と頷いて黄泉川は言った。

 

「常盤台は外出時制服の着用義務があるから直ぐにわかるじゃん。お嬢様だから暴力と数で押せばいけると考えたんだろーじゃん。」

 

ふーん、と頷いて、海人は指をならした。

 

「そうだ‼俺が寮まで送っていってやるよ‼」

「え、でも…」

「事情を説明する奴は必要だろう?白井でもいいんだが、生憎と今アイツは『お姉さま』とデート中らしいしなー…あ、でも野郎と一緒が嫌ってんなら無理してでも…「「お願いいたします‼」」お、おう。」

 

食い気味に肯定の意を返した二人にそこそこ焦りを混ぜながら言う海人。黄泉川達を見送り、海人は携帯を取りだして電話する。

 

「もしもし、常盤台の寮監の方でよろしいでしょうか?」

『…凪川の兄の方か。』

「はい、ご無沙汰しております。」

『それで、用件は?』

「常盤台の生徒二人がスキルアウトに襲われました。俺が通報を受け二人を保護、今そちらに向かいます。」

『…怪我は?』

「俺を誰だと思ってんですか?させてるわけないでしょう。…まあ、少し到着が遅れたために一人制服を引きちぎられてしまいましたが。」

『…そうか。その姿を見られても困るな…』

「俺が連れて行きましょう。風紀委員の腕章を着けている生徒におおっぴらに手を出す馬鹿はいないでしょうから。」

『分かった。待っている。』

「では、失礼しました。」

 

そう言って電話を切る海人。携帯をポケットにしまい、二人へと微笑みかける。

 

「じゃ、行こうか?」

 

 

 

 

 

その日、常盤台中学学生寮は大騒ぎになっていた。何故なら、一年生の泡浮 万彬と湾内 絹保がスキルアウトに襲われていたと言う情報が入ってきたからである。

少女達は彼女達を大丈夫かどうか心配していた。…しかし、彼女達の興味は別の人物に写っていた。

 

「(あの殿方はいったい誰でしょう?)」

 

茶髪に蒼い目、整った顔立ちをしている少年である。彼は右腕に風紀委員の腕章を着けていて、寮監と門の前で真剣な表情で話し込んでいる。

あの寮監とそこそこ対等に話していて、まるでおとぎ話の中から抜け出してきたような少年は一体何者なのだろうか。彼女達の興味は尽きていない。その後数週間、白井が海人についてしつこく聞かれたのは蛇足と言うべきなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「ごふぅ…ようやく終わった…」

 

夜12時過ぎ。悟は鞄を担いで、夜の第7学区を歩いていた。幻想御手の一件以降、悟は毎日虚数暗号のデバイスを持ち歩いている。そのせいでこの間『謎の多重能力者』とか言う都市伝説になってしまっていたのだが、まあいいだろう。

彼は寮の階段を駆け上がり、悟は廊下を歩いていく。

 

「ん?…また、か。」

 

そして隣の部屋…一方通行のものである…を見て顔をしかめる悟。

そこはボロボロになっており、酷い有り様になっている。彼はやはり自分の部屋からモップと雑巾を持ってきて、部屋を掃除し始める。

 

「…何やってンだァお前は」

「掃除だけど?」

 

と、そこで一方通行が帰ってくる。彼は右腕にビニール袋を提げており、腰辺りから毛が1本ピョコンと生えている。

 

「おいちょっと待て。…ソイツ誰だよ。」

 

そう言って悟が指差したのは一方通行の後ろにいる少女だ。10才弱のような見た目に茶髪、そしてまるで第三位、『超電磁砲』のような顔…

 

「…『妹達』か。」

「よく分かったねーって、ミサカはミサカはどや顔をしてみる!」

「え?」

「…司令塔らしいぜェ、このガキ。」

「…嘘だろ?」

 

こうして、全てを見通す少年と、後にダークヒーローを側で支えることになる少女は、遭遇することと相成った。

そのせいでどんな風に歴史が変わっていくのか。それは誰にも、神にさえわからないことである。

 



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八月三十一日 その日少年は

タイトルのセンスが…欲しいです…


「仕事ってこんなに多かったっけ?」

 

そう悟は呻くように呟いて、キーボードに指を滑らせていた。

と言うのも、夏休み最終日なので色々と発狂する奴らが出てきているからである。風紀委員恒例、『8月31日の呪縛』。きっと他の支部も大体こんな感じなはずだ。そうでなければ怒る。

思考が短気になっていることに気付かずに、悟は通信機に向かって叫ぶ。

 

「その先の十字路を右方向、その先に居ます‼」

『OK‼…オルァ‼』

 

通信機の先から断末魔が響いてくるのを気にも止めず、悟は反対側の耳で警備員に通報する。

 

「風紀委員132支部、座標データ送ります‼」

『了解‼』

「海人先輩次です次‼」

『OK分かったぜクソッタレ‼』

 

海人の声が通常の3割増しで低くなっていることに苦笑しつつ、悟は座標データを送信していく…

 

 

 

 

「は?ビルが倒壊?」

『らしいです。どうもどっかのバカが暴れたらしく…』

 

海人が大体20個ぐらい事件を解決した辺りで、悟からそんな通信が入る。悟も悟でそこそこ口調が悪くなっているのだが、ソレを指摘してくれる人物は今この場にいない。

海人は半目になりながらも、その場所へ飛んで行った。

スドン‼と、おおよそ人が跳躍した際に鳴るようなものではない音がなり、海人は一瞬で悟が送信した座標データの場所に飛んでいった。

 

「っとと…風紀委員だ。誰かいるかー?」

 

着地して声をかけてみても、誰も返事をしない。どうも自然に倒壊したようだ。

科学の都である学園都市に自然倒壊する建物などないと言うことは少し考えれば分かるのだが、生憎と海人は続けざまに事件を解決しているせいで体力的に参っていたし、それは今もそうだ。この付近に監視カメラもないため、悟の解析も使えない。仮に使えたとしても、この天気の中わざわざ数キロを歩く馬鹿はいないだろう。

 

『──海人先輩‼緊急連絡です‼』

「どうした‼」

『学園都市内部に侵入者‼全身黒尽くめの、見るからに怪しい男だそうです‼』

「場所は!?」

『不明です‼気を付けて下さい、ゲート付近を警備する警備員の人達を倒した強敵ですから‼』

「…OK‼」

 

そう言って海人はその場から跳躍し、居なくなる。その跡には何も残っていないのだった。

 

 

 

 

 

「監視カメラにも写ってねえ、か…」

 

そう呟いて、悟は一旦モニターから視線を剃らす。時計を見ると既に午後2時を回っていた。

 

「…昨日のうちに課題を終わらせておいて正解だったなあ…」

 

ポツリ、とそんなことを呟き、もう一度モニターへ視線を向ける。よりにもよって何でこんな日に仕事を増やすのだろうか。もしかして何か巨大な組織が糸を引いているのか?

…無駄に高い演算能力を使い、無駄に思考を加速させていく悟。何時もならこの辺りで海人辺りが止めてくれるのだが、生憎と海人は出払っているし、華や垣根も居ないのである。

 

「お邪魔いたしますのー…」

「つまり、学園都市は滅亡する!?」

「…いきなり何を言っているんですの悟先輩は。」

「ん?ああ白井か。いらっしゃい。先輩なら居ないぞ?」

 

と、そこで救世主が。扉を開けて入ってきたのは悟の後輩、白井黒子である。彼女は悟の事をまるで不審者を見るかのような目で見る。悟は若干虚ろになった目でそちらを見やり、招き入れる。

 

「相変わらずこの支部は人員が少ないんですのね。」

「…そうだな。でも上に要請しても人員が派遣されない不思議。」

「日本語がメチャクチャですわよ…大丈夫ですの?」

「大丈夫だ、問題ない…ちょっと50個位の監視カメラを同時に見てただけだから。」

「普通はそんなことはしませんわよ…相変わらず自らの身を顧みませんのね。」

「『今やっている仕事に全力を注げ』ってな。ぶっ倒れたらその時だ。」

 

どこかの偉大な先人の言葉を借り、くつりと笑みを浮かべる悟。白井は半目で悟に視線を向けるも、直ぐに表情を変えて悟に言った。

 

「最近、『謎の多重能力者』と言う噂があるのはご存じですか?」

 

 

 

「…ああ、知っている。最近都市伝説のサイトに載ってるアレだろ?」

 

得意のポーカーフェイスで動揺を隠し、悟はさも当然のように返答する。白井は真剣な表情で言った。

 

「私は、その多重能力者が彼の木山 春生の『多才能力』のような物であると考えています。」

「『多才能力』ってアレだろ?幻想御手を使用した奴らのAIM拡散力場をネットワークにして、擬似的な多重能力者になるって言う。」

「お詳しいんですのね?」

「初春の奴が教えてくれたんだよ…得意気にどや顔も含めてな。」

 

誰が治療用プログラムを流したと思ってるんだ、とボヤく悟。初春も初春で放送回線の位置を特定、悟のPCへ送信し続けていたのでどっちもどっちではあるのだが、大怪我を推してまでやったこっちの方が仕事したんじゃね?と密かに思わないでもない悟ではある。

しかし、ソレを口にだす必要もないのだ。白井は「知っているなら話は早いですわ。」と言って話し出す。

 

「もし幻想御手のような事件に発展した場合、前回よりは酷いことにはならないとは思いますが…『多重能力者』がホイホイと産み出されては学園都市のパワーバランスが傾いてしまいますの。」

 

いや俺みたいな変態クラスの演算能力持ってなきゃ無理だからね?そんな言葉を、ペットボトルの麦茶を口に含んで抑える悟。

彼としては風紀委員が本腰いれて捜査してもバレない自信はあるのだが、自らの身を守る手札が少なくなるのは避けたい。そのため、少しからかってみることにした。

 

「ウチみたいなオカルト支部ならまだしも、お前らは結構真面目な方な支部だろう?都市伝説1つごときに躍起になってて良いのか?」

「ええ、大丈夫ですわ。『お姉様』や初春、佐天さんも手伝ってくださっていますの。」

「ぶはっ」

 

悟から変な息が出た。お姉様と言うのは言わずもがな、あの『超電磁砲』御坂 美琴のことであろうか。

その中に真相知ってるかも知れない人いるんですけど、何て言う焦りを抑え込んで、悟は言った。

 

「お姉様って確か『超電磁砲』だろ?そこまで重要な案件かコレ。」

「勿論ですわ。何せ多才能力者は、お姉様をあともう少しのところまで追い詰めたんですもの。」

 

へー、何て気のない声をあげつつも、「あれ、コレ本気で捜査されるタイプか?」何て焦りを募らせる悟。白井は、「とにかく。」と前置きする。

 

「悟先輩にも調べて欲しいんですの、その都市伝説について。」

「…OK、了解。」

「ですので、このように…」

 

 

その後、海人のサポートを行いつつ、白井と具体的にどんな情報が欲しいか、どんな風に送ればいいかなどを詰めていった悟。一時間程話し合った後、白井は「では失礼いたしましたわ。」と言って扉を開けて去っていく。

悟は「まさか、俺が犯人とは思わんよなー…」何て考えつつも、通信機に耳を傾け始める。

 

「んー、やっぱりオレンジだからか人が少ねえな…」

 

そう呟いて、パソコンのマウスを操作していく悟。カチカチ、といろんな場所のカメラへと視点を移していくも、先程の侵入者の影響で学園都市に現在コードオレンジ、すなわちかなり危険な警報が発令されており、そのせいかほとんどの人が家にこもっている。

そのため、人がいない所を重点的に見ていくことにする。

 

『悟ー?』

「何でしょうか?」

『多重能力者の目処はついているのか?』

「いえ…全く。そういったのは特力研とかの畑でしょうしね。」

 

海人の言葉に、そう言ってキーボードをカシャカシャと打っていく悟。彼としては風紀委員に捜査されると割かし困るので、捜査はそこそこにするつもりだった。先程も言ったように、自分の手札が使えなくなるのは避けたいからである。

 

カシャカシャ、カチカチといった機械的な音を耳に納めつつ悟はかなりのスピードで海人との雑談を交えつつ監視カメラへの視線を変えていく。一時間程そうしていただろうか。

不意に、監視カメラの一台が、何かを捉えた。

 

「…ん?この男…ッ‼先輩‼」

『どうした!?』

「第七学区にあるファミレスの一部が、学園都市への侵入者によって吹っ飛びました‼」

『何!?』

 

悟が見たのは、全身黒尽くめの、まるで葬儀屋のような服装をした人物であった。

その男が不意に右腕にあった何かを構え、ファミレスの内部へ向けたかと思うとガラスが吹き飛ぶ。ソレを見た悟は大急ぎで海人に報告。海人は直ぐにその場所に向かったのだが…

 

『風紀委員だ‼大人しく…っていない!?』

「先輩、後ろです‼」

『なっ…ぐはあっ‼』

「先輩‼」

 

海人が着いたとき、侵入者は居なくなっていた。海人が驚きと共に辺りを見渡し、悟は警戒の声をあげる。海人はその言葉に従い後ろを向く。しかし、何かの衝撃を受け吹っ飛んでしまう。悟は焦ったような声をあげるも、海人は軽症、擦り傷のみだったようである。安堵するも、直ぐに追跡を開始する悟。

解析を使ってもいいのだが、生憎と今の時間帯は最終下校時刻に近く、悟が解析を発動させても侵入者の発見より先にキャパオーバーで倒れてしまうだろう。そう考えた悟はパソコンのモニターに先程より2割り増し程の監視カメラの映像を出現させ、侵入者の追跡を開始する。

 

「(居ない…『外』にも偏光能力者が居たってのか!?)」

 

早く見つけないと次の犠牲者が出てしまうかも知れない。焦りと共にモニターへ視線を通しつつ、海人との通信を再開する。

 

「くっそお…どこにいるんだ‼」

『落ち着け悟。クールになるんだ。』

「…はい。」

 

叫ぶようにそう言うも海人から注意を受け、悟は冷静になる。そして、悟の携帯が鳴った。

 

「チッ、こんな時に…‼はい、こちら山峰‼」

『…悟かァ?』

「一方通行!?こんな時に何の用だ‼」

 

電話口に出たのは学園都市の第一位事一方通行、その人であった。悟は苛立ちをぶつけるようにそう言うも、一方通行はいたって平静に状況を伝える。

 

『…ガキが誘拐された。』

「は?ガキって昨日のアイツか?」

『何だ、一方通行の奴子供がいたのか?』

『オイ、何で海人のヤツがいンだよォ?』

『仕事だ仕事。で?ガキの誘拐犯の捜索か?』

『…ああ、そォだ。』

『OK了解。悟、指示をくれ。』

「…いいんですか?今俺達は…」

『いいんだよ。多分アレは『俺達』が関わっていい問題じゃないと思う。』

「何故そう言えるので?」

『さっき、俺至近距離で攻撃を食らっただろ?でも、そこまでのケガは負わなかった。きっと手加減したんだろう。そんなんが出来るのは、少なくとも学園都市では知らない。つまり…』

「…別サイドの人間であると?」

『ザッツライト。まあ只の勘だし、もうすぐ最終下校時刻になりそうだから早く終わりそうなこっちを選んだってのもあるがね。』

「…分かりました。指示を出します。」

 

海人の言い分に納得したのか、悟はモニターの種類を切り替える。そして数分後に、その男を見つける。

 

「ビンゴ。」

『見つかったか‼』

「第七学区、量子力学研究所。そこに不審な白塗りの車を発見。恐らく件の人物でしょう。」

『…助かったぜェ、待たな。』

「オイ一方通行、何をするつもりだ…切りやがったあの野郎。」

『応援に行くか?…チッ‼』

「どうしました!?」

『スキルアウトだ、こんな時に‼クソッ‼』

「先輩!?」

 

ピッ、と言う音と共に通信が切断される。悟は第七学区、量子力学研究所の近くにある監視カメラへと目を向ける。そこには既に一部分を除いてひしゃげた車、そしてその前に立つ一人の少年が。

 

「一方通行…クソッ‼」

 

そう毒づき、悟は携帯を引っ付かんで駆け出すのだった…




次回、ようやく打ち止め編が終了します。どうやって収集をつけようか、まだ考え中ですが、次回もお楽しみに。


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ダークヒーローは贖罪する

お待たせいたしました、最新話です。


「ハァ、ハァ、ハァ…」

 

ここは学園都市の中でも最も治安が悪いと言われている第十学区。そこを一人の少年が駆けていた。彼の名は山峰 悟。とある高校に通う学生にして、この都市にある治安維持組織、風紀委員《ジャッジメント》の一員である。

彼は鬼気迫る表情で、夜の学園都市を駆けていく。

彼に体力はあまり無いため、1、2分走っただけで額からは汗がたれ、喉の奥は既に張り付き、みぞおちの辺りが何かに押されているような感覚を感じる。しかし、ソレを抑えて彼は駆けていく。

 

「(第七学区は…あっちか‼)」

 

彼が駆けている理由は、勿論先程の監視カメラに写っていた少年…一方通行を助けに行くためである。彼の近くにいた少女、もといラストオーダーには脳に不思議な欠陥が見受けられた。まるで欠陥をわざと作ったような…

 

「(いや、今は考えるのを止めよう。重要なのは一方通行をいかに早く手助けしに行くかだ。)」

 

そこで思考を一旦転換し、左ポケットにあるデバイスを握る。

悟は、解析ができるとは言え某暴食シスターのような完全記憶能力が有るわけではない。そのため、虚数暗号はおおよそ一から二週間程度で使い回すことは一応可能ではある。…デジャヴによって少々効果時間が落ちると言う欠点はあるが。

 

「(使うか?いや…)」

 

しかし、それでも悟は使うのを躊躇っていた。ただでさえ風紀委員の数名、果てはあの超電磁砲に捜査されるかもしれない案件である。ここで使うのは手札が…

 

 

 

 

 

 

「(─────いや、そもそも何故損得勘定で考える必要がある?)」

 

そこで、悟の思考が変わった。状況をシンプルに考えろ。今の自分は、一人で突っ込もうとしてる馬鹿な友人を救いにいく、自称お節介焼きな解析者だ。手札が云々はこの際『どうでもいい』。

 

「『虚数暗号α』起動‼」

 

だからこそ、彼は手札を切る。一流の悪党の贖罪を、見届けに行くため。…そして、悟の姿がその場から消える。

 

 

 

悟がその場に着いたとき、銃声が響き渡った。

 

 

 

 

 

「手間かけさせやがって、クソガキが。」

 

ここは第七学区の量子力学研究所。そこにいる少年、一方通行はひしゃげた車の中を覗きこんでいた。『何故か壊れていない』その部分には、一人の少女が。

毛布を被せられ、頭に電極のような物を貼り付けられているその少女の名は打ち止め《ラストオーダー》。彼が殺し続けてきた少女達…『妹達』を統括する存在にして、実験には存在しない20001体目の妹達である。一方通行はため息を吐き、電話を掛ける。

 

「芳川か?…ああ、ガキなら保護したぜ。」

 

時刻は凡そ午後8時。タイムリミットまでまだ4時間もあるなら結構余裕だったな、何て思いながら彼は話を進めていく。

 

「で、どォすンだ。先にガキでも連れて帰るか?」

 

と、そこで一方通行は気づいた。打ち止めの頭部に電極が着いているのを。これがウイルスの書き込みに必要なコードなら外してしまえば良いのではないかと思い、一方通行は質問した。

 

「オイ、クソガキの頭に電極みてェなモンがついてンだけどよ、これってはがさない方が良いのか?」

『電極?おそらく妹達の身体検査《システムスキャン》用キットだわ。』

 

はがしても問題ないわね、と続けたのは芳川 桔梗。彼の元々参加していた実験…絶対能力者進化計画に参加していた研究者の一人である。彼女は先程一方通行が打ち止めを助けよう(本人は否定するだろうが)とした際に、今回の件…『ミサカネットワークへのウイルス注入計画』を一方通行へ教えた。

 

「───BC稼働率ってェのは。」

『それは最終信号《ラストオーダー》の脳細胞の稼働率ね。』

 

ブレインセルでBCよ。と付け足す芳川。一方通行は打ち止めを見やった。

 

ハァ、ハァと短く荒い息を吐きながら眠っている打ち止めを見て、一方通行は提案する。

 

「なァこの機械を使ってウイルスを駆除できねェのか?こっからじゃ連れて帰るにしても結構時間がかかるしよォ。」

『無理ね。それはただのモニタだから。書き込みには専用の培養器と学習装置《テスタメント》が必要よ。』

 

そうにべもなく切り捨てる芳川。彼女の電話口からゴォォォと言う音が聞こえたのに、一方通行は反応した。

 

「オイオマエ今どこにいンだ?」

『あら気がついた?わたしは今そちらに向けて運転中。機材も準備してあるわ。キミが研究所に引き返すよりは時間を短縮できると思ってね。』

「ウイルスコードの解析は終わってンのか?」

『8割方、と言ったところかしらね。大丈夫。時間までには間に合わせて見せるわ。』

「────そォかよ。…ったくどこまで面倒臭ェ事に巻き込みゃきがすむンだこのガ──

「み…サか────は」

 

ドクン、と打ち止めの身体が1度跳ねた。

 

「ミサカはミサカはミサカはミサカミサカミサカミサカミサミサミサミサミサm<ミサ!jiu0058⑧Misakeryup@[iig**0012qansicddi───

「な…ン…!?芳川!こいつはどォなってる!?これもなンかの症状の一つなのかよ」

『……………なんてこと…0時発動と言うのは、ダミー情報だったんだわ─────

「オイオイ…ってェこたァつまり」

『ええ…ウイルスコードよそれ。もう起動準備に入ってるわ───‼』

 

また、打ち止めの身体がビクンと跳ねる。

 

「(間に合わなかった───!!?)」

 

焦る一方通行。芳川は比較的冷静に告げた。

 

『聞きなさい一方通行。こうなった以上次の手を打たなければならないわ。』

「…次の手だァ?」

『ウイルスはミサカネットワーク上へ配信される前にコードを『上位命令文』に変換するための準備期間がある。その時間はおよそ十分。───もう分かっているわね。』

「…」

『処分なさい。その子の命を奪う事で、妹達の暴走から世界を守るのよ。』

「…チ、どォ転がろォと殺すしかねェンだな俺には。」

『それは…そうする事が最終信号を救ってやる事にもなるのよ。ウイルスが発動すれば彼女の心はズタズタに引き裂かれてしまう─────‼』

 

一方通行は気づいた。打ち止めが、目の端から涙を流している事に。彼女の心が、壊れかけていることに。

 

「…………れが。くそったれがああああああああああッ‼」

 

一方通行は思考する。この少女を救う方法を。彼の能力では、力の『向き』を変換するしか出来ない。思いつくのは他人の皮膚に触れて血液や生体電気を逆流させることぐらいしか───

 

「(───待てよ。生体電気?逆流───)ッ‼」

 

唐突に、一方通行はポケットからデバイスとモニタを取り出した。そして、携帯電話をつかんで通話する。

 

「芳川。もし脳内の電気信号を制御することさえできンなら学習装置がなくてもあのガキの人格データはいじくる事ができンだよな?」

『何を言って────まさか…君自身が学習装置の代わりをするというの?それなら無理よ。いくらキミの能力でも人間の脳の信号を操るなんて。』

「できねェって事はねェだろ、『反射』ができた以上その先の『操作』ができたって不思議じゃねェ。要はウイルス感染前のデータと照合して余分を消しちまえばいいんだろォ!?」

『できっこないわ!あと数分しか残されていないこの状況で、失敗すれば妹達だけじゃなくたくさんの犠牲者が出ることに───

 

そこで一方通行は携帯を投げ捨てる。芳川が応答を促す声をかけてくるが知ったことではない。一方通行はデバイスをモニタに刺し、起動した。

 

「─────できるさ。俺を誰だと思ってやがる‼」

 

そして、彼は呟く。自らに言い聞かせるように。一方通行という人物が、この都市では最強であるかのように。そして、一方通行は打ち止めの頭に手を置いた。

 

「行くぜェ。コマンド実行‼」

 

脳内の電気信号を操作するため、デフォルトで設定されている反射すらも解除し、一方通行はコマンドを実行する。

 

「(ハハッ、何だ簡単じゃねェか‼)」

 

笑みを深めながらデータを削除していく一方通行。しかし、先程気を失ったはずの男…天井 亜雄が起き上がり、一方通行へ拳銃を向けた。

 

「じ…じゃまを…ッ‼邪魔をするなああああッ‼」

 

そして、天井は引き金を引き…否、引こうとした。

 

「ぐあっ…!?」

 

しかし、拳銃が爆散してソレは叶わなくなってしまう。そして、天井はいつの間にか『地面』に倒れていた。

 

「『遅い』んだよクソ野郎が。俺が敵に回ったことを後悔するんだな。」

 

そして、低い声でそう言いつつも歩いてくる少年が一人。

その少年は茶髪に青い瞳を持ち、若干傷のついたシャツに僅かに血を滲ませ、左腕の腕章は既にあちこちが刻まれている。そして、その少年…凪川 海人は言った。

 

「一方通行。」

「…ンだよ。」

「これ貸しな?」

「…チッ。」

「一方通行‼海人先輩‼」

「おー悟。遅かったじゃないか。」

 

茶化すようにそう言った海人。そしてその直ぐ後に、金色に染まった瞳を持った状態の悟がやってくる。彼は一方通行の方を見やり、その顔を驚愕に染めた。

 

「オイオイ、それって…」

「話は後。兎に角この場を離れないと…ッ‼伏せろお前ら‼」

 

海人がソレを打ち切って一方通行と打ち止めの元へ近づくも、警戒の声を出す。

悟は反射的に駆け出し、一方通行は天井がもう一本の拳銃を取り出し自らに向けてくるのを見ていた。そして引き金が引かれ、それと同時に海人が針を投げつける。

 

辺りに、パスンと言う気の抜けた音が響き渡った。

 

 

 

「──チィ‼」

「一方通行‼」

 

海人の針によって軌道は若干逸れたものの、天井の凶弾は一方通行の足を貫いた。

悟は『電撃使い』で天井に電気ショックを与え、気絶させる。足から血が流れるも、ソレを歯を食いしばってコマンドを実行する一方通行。海人は救急車を呼び、悟はどこかを向いた。

 

「一方通行‼」

「…アンタは?」

「ただの研究者。今はそれよりは彼女を‼」

「…削除完了だ、クソヤロォ。」

 

彼女…芳川は一方通行と打ち止めの方を見やり、焦ったようにそう言う。一方通行は痛みと出血からか意識を失う。悟は咳をしながらも、『ある』演算を起動させた。

 

「フゥー…」

 

大きく息を吐き、一方通行の足を抑える悟。そして…『多量能力』の本領が発揮される。

 

「…何をしてるんだ?」

 

海人が疑わしげな目を向けるも知ったことではない。悟は脳内で『良く見知った演算』を起動させる。そして、一方通行の血流が戻り始めた。すると、悟は機械的な、平坦な声で言う。

 

「能力『一方通行』による応急措置を完了。本体の命令が届くまでの時間、演算を継続させます。救急車が着くまでの時間を逆算…完了。おおよそ15分前後と想定。多量能力の残り時間、およそ2分。…最適化を開始。解析に演算能力を取られない最低ライン、150GBまでの演算の最適化…完了。効果時間を2分から5分に増加。これより先は代理演算システムなどの起動を推奨します。…代理演算システムの起動、確認できません。このまま5分間の間、個体名『一方通行』の応急措置を継続します。」

「お、おい…悟?一体何をしてるんだ?」

「個体名『凪川 海人』からの質問を感知。…本体からの命令により、解説を開始。まず今やっていることは能力『一方通行』の演算式を複製し、応急措置ではありますが治療を行っています。」

「…能力は一人一つじゃなかったか?」

「ハイ。通常ならばそうですが、本体は能力によって桁違いの演算能力を誇ります。その為、本体は『解析』の演算をを別の物へと割くことにより、一時的ではありますが『多重能力』の発現に成功しています。」

「…分かった。俺は回りで騒ぎが起こっていないか確認してくる。どーせお前の事だ、カメラのハッキングは終えてんだろ?」

「…ハイ。明日0時をもって、コントロールが戻るようになっています。」

 

海人の質問にそう答え、そこからは黙って演算へ集中する悟。

その目は既に銀色に戻っており、額には汗が浮かび、左手では頭を抑えている。彼の頭には凄まじい量の情報が流れ込んできており、彼の演算能力でもそろそろキツくなってきてはいる。しかし、ソレをつとめて意識の外に追いやり、彼は演算を続けていく。

 

「…一方通行はどう?」

「本体の演算能力にもよりますけど、このまま行けば大丈夫でしょう。…彼女は?」

「無事よ。今は培養液の中に入ってるわ。」

 

そう言う芳川に、僅かに安堵を見せる悟。ギリ、と無意識の内に悟は歯を鳴らしていた。ソレは己の無力を嘆いてか、果たして。

 

「(あの一方通行がここまで本気で助けようとしたんだ…俺も頑張んなくちゃなぁ‼)」

 

 

 

 

結論から言うと、一方通行は助かった。しかし、足を銃弾で撃たれ、それが摘出困難な部位であったこと、一方通行が今まで能力に頼っていたために体力がなく、銃弾の摘出手術に耐えきれないだろう、と言う判断の元に一方通行はしばらく杖での生活を余儀なくさせられるそうだ。

また、今回の怪我によって演算に狂いが生じないよう、一方通行はミサカネットワークを駆使した代理演算システム付きのチョーカーを着けるらしい、と言う事を悟は聞いた。そして、そんなのになってまで助けた少女、打ち止めは…

 

「ほらほらこっちだよーって、ミサカはミサカはあなたを引っ張ってみる‼」

「クソガキがァ‼騒いでンじゃねェ‼」

 

…こうして、ダークヒーローの最初の贖罪は終幕となった。全てを見通す目を持つ少年、そして彼の先輩は非日常から日常へと戻り行くのだった…

 

 

 

…最も、戻れる訳では無いのだが。




凄いUAや評価をいただき、驚いています。こんな拙作ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。


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第三章 虚数学区と五行機関、そして多量能力者に関する報告書
九月一日 証明の始まり


今回から新章になります。


学園都市には、昔から有名な、とある都市伝説がある。

数十年前、たったひとつの研究所から始まったといわれている学園都市。その始まりとなった研究所は一体どこにあるのか。今となっては誰もわからない。地下深くにあるのか、特殊な能力や技術で偽装されていて気付かないのか、あるいはとっくの昔につぶれてしまっているのか………兎に角、いずれも裏付けのとれていない噂話だ。

 

 

「あー、あの噂?あれってやっぱ統括理事会が隠してるよね~~。」

 

「逆逆!研究所の『架空技術』のAIが、裏から理事会操ってんだってば。」

 

「地下深くの『才人工房《クローン・ドリー》』ではボタン一つで『天才』を送り続けているそうだが───

 

「…キョーミ本位で調べてたヤツが、猟犬部隊《ハウンドドッグ》にラチられたってよ…」

 

噂は絶えない。そんな、『確かにあるはずなのに誰も存在に気がつかない、見えない研究所』。学園都市の二十三の学区に当てはまらない『それ』はこう呼ばれている─────

 

 

 

───『虚数学区・五行機関』───

 

 

 

 

「さって…と。」

 

ここは学園都市、第七学区。悟は自らの通うとある高校へと向かっていた。彼は夏休み前までかけていたサングラスや帽子を着けることなく、九月一日の学園都市を歩いていく。階段を登り、廊下を歩いていく所で、彼はふと顔を上げた。

 

「(上条か?)」

 

と、そこで彼は教室のドアを何者かが開けたことに気づく。

その人物が悟の目に表示されない…すなわち、上条であることに気づき、少々驚く悟。自分なら怖くて行けないものだが、何て思いながらその後に続く。上条は宿題を忘れたと勘違いされたのか、クラスの皆が歓声を上げている前に取り残されていた。

 

「毎度ー。」

 

そんな、何時も挨拶をして、クラスの中へと入っていく悟。彼の予定では、ここから何気無い日常が始まる予定であった…

 

さて、ここで悟の容姿について描写させていただこう。身長、凡そ165cm、全体的には黒いものの白髪が所々メッシュのように入った髪、夏休み前まで見せることのなかった銀色の瞳。そして、中性的な顔立ち…

 

「…ん?どーした、人の顔ジロジロ見やがって。」

「「「あの…どちら様でしょうか?」」」

「あ゛?」

 

…故に、サングラスと帽子で隠れていたせいで、今まで見えることのなかった悟を、別人として見るのも致し方ない事なのである。

 

 

 

「女子はまだいいとしてさ。青髪以下男子勢。お前らは俺の顔を見たことあるだろ?」

「いやー、何時も毒を吐きまくっているから、まさか悟が男の娘だなんて思わへんかったなー。」

「…お前の頭を撃ち抜いてやろうか?」

「声がマジのトーンだ!?」

 

と、そこでチャイムがなった。悟は舌打ちしてゴム弾の入った銃をカバンの中にしまい、席につく。青髪以下の男子勢も安堵の息を吐いて席に戻っていった。

 

「はいはーい、席についてくださいよ。始業式までにHR始めちゃいますよー。」

 

と、そこで学園都市一番の年齢詐称(逆方向)人物こと、月詠 小萌が入ってくる。

彼女は教員免許をとっている以上、二十歳は越えているはずなのだが、どう見ても小学生にしか見えないという異常すぎる容姿をしている。彼女はそんな小さい背を精一杯伸ばして言おうとするも、青髪がその前に質問する。

 

「センセー土御門クンは?」

「お休みの連絡は受けてませんねー、もしかしたらお寝坊さんかもしれません。」

 

そして、コホンと可愛らしく咳払いをして、小萌先生は言った。

 

「えー、出欠をとる前にビッグニュースでーす‼何と、ウチのクラスに転校生がやって来まーす!」

 

おおっ、とクラスの男子がどよめく。悟は頬杖をつきながら「どーせロクなヤツじゃないんだろーなー」何て思いつつも、次の言葉を待った。

 

「しかも、女の子でーす!」

 

おおー、とクラスの男子の大半から歓声があがる。あげてないのは思考が変な方向に飛んでいっている上条と、そちらをちらりと見やり「ああ、また上条の関係者か。」何て思ってこのクラスに春が訪れないことを知ってしまった悟ぐらいなものである。

 

「では、転校生ちゃーん、入ってきてくださーい!」

「あー、とうまだー!」

「い、インデックスぅ!?」

 

入ってきたのは、銀髪の白い修道服に身を包んだシスターさんであった。悟はその人物が夏の『御使墜し』事件の際に知り合った人物であることに気づき、少し驚く。

彼女の名はインデックス。上条の家に現在居候中のシスターである。悟は現在進行形で騒ぎを起こしているシスターや上条から意識して視線を外し、ぼーっとしていた。青髪辺りが上条に楽しいお話(威圧的に)しているのが聞こえてくるが知ったことではない。

何時も通り過ぎるなこのクラスは、と思いつつも悟はぼーっとしている。

 

 

 

「ん?」

 

と、そこで悟の携帯がピリリ、と音をたてる。ディスプレイには『メールが届いています』の文字が。一体誰からだろう、と思いつつ悟は携帯を操作していく。

 

『緊急連絡。学園都市に侵入者だ。直ぐに詰め所に来てくれ。 凪川 海人』

「…え?」

 

そこにあったのは風紀委員としての『正式な』召集を依頼する文面であり、悟にとっては非日常への片道切符であった。

 

 

 

 

「ちわー、悟ですけどー。」

「おう悟。よく来てくれたな。」

 

ここは風紀委員132支部。そこには二人の人物がいた。一人は、件の少年山峰 悟。もう一人は、悟の先輩こと凪川 海人である。

彼は昨日、複数のスキルアウトを相手に互角以上の戦闘を繰り広げていたものの、少し傷を負ってしまった為に、身体のあちらこちらに絆創膏が見てとれる。悟の何時も通りの挨拶に何時ものように返答し、二人でサムズアップする。そして、海人は話し出した。

 

「侵入者は1名。門を突破する際に地面を隆起させて攻撃していたから、土を操る系統の能力者だと思われる。」

「服装は?」

「黒のゴスロリに褐色の肌。金髪の外国人さんなんだそうだ。」

「…よく騒ぎになりませんね。」

「学園都市じゃ珍しくもない…いや、ないのか?」

 

そう言ってうーん、と首を捻る二人。数分して、海人は「とにかく、だ。」と前置きして話し出しす。

 

「ソイツを見つけ出して捕まえる。悟は監視カメラで初春さんと一緒に177支部と132支部のサポートを行ってくれ。」

「…分かりました。行ってらっしゃい。」

「おう。行ってくるわ。」

 

右手をひらひらと振り、そう言って扉を開けて外に出る海人。悟は頭をかいてパソコンを機動。モニターに監視カメラの映像を写していくのだった…

 

 

 

 

「あー、居た居た。白井に座標データ送っとくぞー?」

『分かりましたー。ありがとうございます。』

 

それから凡そ数分後。悟は177支部に所属する少女、初春 飾利と共に学園都市の監視カメラの映像をしらみ潰しに漁り、ようやく侵入者のゴスロリの女性を発見した。同じく風紀委員177支部に所属する少女、白井 黒子へ座標データを送り、椅子にもたれる悟。と、そこで初春が話しかけてきた。

 

『そー言えば悟先輩?』

「何だ?」

『白井さんから依頼を受けたあの件なんですが…』

「…『謎の多重能力者』だろう?聞いてるが、どうした?」

 

昨日の今日で確認してくるか、と若干身構える悟。ただでさえ昨日、一方通行の応急措置の為に多量能力者になったばかりである、尋問されてもすっとぼけられるような対話力は持っていると思いたいが…

 

『その多重能力者何ですが、夜8時過ぎに、第9学区のビルの合間を飛び移っている姿を、複数の人が目撃しています。』

 

見られてたか、と内心で舌打ちしつつ悟はキーボードをカタカタとやる。そして、ため息を吐いた。

 

「だーめだ、第9学区のその時間の監視カメラ、全滅してる。ノイズどころか映像自体が抜き取られてやがんぜ。」

『…そうですか。』

「ああ。これじゃ手詰まりだな…都市伝説のスレッドとか漁ってみるか?」

『ハイ、よろしくお願いします。』

「じゃー、そういう風に。」

 

そう言ってモニターに目を移す悟。どうやら件の侵入者は白井から逃げおおせたらしく、初春への通信や怨み言が聞こえてくる。

悟はくつり、と一つ笑みを浮かべて多重能力者がどの程度まで知られているかを調べ始める。

 

「(ふーん…割かし知られているっぽいな。)」

 

どうやら悟が夜中に不良を撃退したりしているのが多くの人々に目撃されているらしく、スレッドには『多重能力者は何者何だ?』とか、『どうしたら会えるんだ?』何て言葉が並んでいて、悟は若干驚きながらもスクロールを進めていく。

 

「(お、何だコレ。『幻想神手《AIMインクレス》』?まるで幻想御手みたいだな…)」

 

と、そこで妙な物を見つける。AIMインクレスという名をもったそれはまるで夏休み始めに悟が見つけた幻想御手ことレベルアッパーに状況が非常に酷似している気がするのだ。

悟はやはり音楽データであったソレを、レベルアッパーをダウンロードしたのと同じ携帯にコードを繋ぎ、ダウンロードを開始する。

 

「…やっぱりか。」

 

やはりというべきか、ダウンロードはアッサリと、それこそ拍子抜けしてしまうほどに。これは初春辺りには報告するべきではなかろうかと思い、悟は通信を開始する。

 

「初春さーん?今都市伝説のスレッド調べたら、幻想神手なる物を見つけたんだが。」

『本当ですか!?』

「ああ、この前みたいに一万人近く、って訳では無さそうだが、既に数百人はダウンロード済みっぽいな。…どうする?」

 

悟はなるべく真剣な声で問いかける。出来れば多重能力者からこっちに捜査対象を移してくれないかなあ、何て淡い期待を込めて。

 

『…サイトのURLを送ってくれませんか?』

「おう。構わんぞ。」

 

悟は軽い気持ちで承諾して、URLを初春のパソコンに電子メールで送る。初春は静かな声で、若干の怒りを滲ませていった。

 

『絶対に許しません…この多重能力者は‼』

「お、おう…頑張れ?」

 

どうしてそう言う思考になってしまうんだコイツらは、とつい言いそうになってしまったがソレを抑え込み、悟は捜査の対象がずれるどころか何かそろそろロックオンが済みそうな段階まで来かけていることに絶望しつつ、死んだような目で、投げやりにそう呟くのだった。



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九月一日 加速する非日常

通算UA10000件突破、ありがとうございます‼これからも、どうぞこの作品をお楽しみ下さい。


「ったく…俺一応今日始業式だったんだがな…」

 

学園都市の地下街。そこを歩くのは一人の少年であった。彼の名は凪川 海人。今現在、自らの所属する事務所こ132支部で死んだ魚のような目をしている少年こと山峰 悟の先輩である。彼は頭をかいて地下街を歩いていく。

念話能力を持っている同僚が既に避難勧告を出しているものの、怪我や病気によって動けなかったり等の理由から念話能力を受け付けれなかった人々がいるかもしれない。それを探すのが海人の役目であった。

 

「ッ‼何だ?何事だ?」

 

突如、海人は激しい揺れと共に何かが閉まる音を聞く。また、どこかから人々の悲鳴も聞こえてきた。

 

「(オイオイ…人がまだ中にいんのに隔壁を閉めたのか?確かに俺は隔壁をぶち抜くことは可能だし、白井はテレポートで抜けることは可能だが…他の人が全員隔壁をぶち抜けると思ってんのか警備員は?)」

 

思考する海人。仮に白井がテレポートで逃げ遅れた人を運ぼうと、遅いのに変わりはないのである。とにもかくにも、誰か逃げ遅れた人を探さなくてはならない。海人は僅かに能力を使いつつ、地下街を駆けずり回る。

 

 

 

「んー?あれは…白井に超電磁砲?」

 

そして数分後、海人は見知った顔を見つける。風紀委員の後輩、白井 黒子と彼女の慕う『お姉さま』ことレベル5第三位、超電磁砲の御坂 美琴である。

海人の支部にはたまに第二位や第一位が遊びに来るため感覚がおかしくなっているが、普通はレベル5に会えることなど滅多にないことなのだ。

 

「…何だ?」

 

ましてや、何か物々しい雰囲気まで漂わせて言い合いをしているのなら珍しいどころか事件レベル5と言うべきか。海人は頭に手をあて、そちらに歩いていくのだった…

 

 

 

 

 

 

上条 当麻は、焦っていた。なぜならば、いつも自分に突っかかってくるビリビリ中学生と、自らの家に絶賛居候中のシスター、インデックスにまるで浮気がばれた男のような状況になっているからである。

早急にこの状況から脱さなくてはならない。足りない頭をフル回転させ、この状況を早く終わらせるための解答を導きだす。

 

「おーい白井ー?何やってんだー?」

 

と、そこで一人の少年が歩いてくる。右手をひらひらと振りながらやってくるその少年もあの変態露払いこと白井 黒子の着けているものと同じ腕章をしている。

 

「あれ、海人先輩ではありませんの?てっきりもう出ている物だとばかり…」

「…とと、避難誘導は念話能力でもう済ませてんだ。俺は残った人の捜索をしてるのさ。」

 

海人、と呼ばれた少年はタン、と飛び上がると一瞬で上条達の前に表れて白井の質問に答えた。

 

「…で?これどういう状況何だ?」

「修羅場ですわ。」

「いやそれぐらいは俺にも分かるよ?」

「…お姉さまを狙った不躾な類人猿の修羅場ですわ。」

「詳しい説明要らねぇからな?…つーかテロリストいんのにずいぶんと余裕だなお前ら。」

「そうですわ…ただでさえもう一組、学園都市への侵入者がいると言うのに。」

 

呆れたとでも言わんばかりに顔を向ける海人。そしてそれに同調する白井。上条はバツが悪そうな顔を作ると、言った。

 

「すまん、その侵入者。たぶん俺だ…」

「ハァ!?」

「いやー、昨日の夕べ、急に『外』の病院に用ができちゃって…」

 

呆れた、とでも言いたげな視線を向ける超電磁砲とシスター(仮)、そして白井と海人。上条はあははー、と曖昧な笑みを浮かべるだけであった。

 

「つったって、危険なことに変わりはねーだろう?…昨日の侵入者だって俺攻撃食らったんだし。」

「もしかして昨日の風紀委員の人?」

「あ?あのファミレスにいた人?」

 

だったら恥ずかしいところ見られちゃったな、と笑う海人。御坂はむっとした表情で言った。

 

「何よ。私がテロリストごときに遅れをとるとでも?」

「アンタは学園都市最強の一角だろーが…俺が言いたいのはどー見てもそこの三人組の事だろうに。」

 

え、俺ら?と言って自らに指を指す少年と白い修道服に身を包んだシスター、そしてその後ろのセーラー服の少女。海人は頷くと、白井に向き直った。

 

「白井。お姉さま云々はこの際一回どけといて、この人たちを運ぶことは?」

「その類人えn…上条さん以外なら可能ですわ。」

「何でだよ。」

「できなかったからですわ。寮での時も失敗しましたし。」

 

常盤台の寮でのこと?と御坂が上条の方を向き、上条は両手でバッテンマークを作る。どうやら知られたくない理由があるらしい。海人は頭をかき、とりあえず、と前置きして言った。

 

「そこの上条君以外の人は一旦この地下街から離れてもらう。俺は上条君達の護衛をしなければならんしな。」

「誰から最初に運びましょう?」

「じゃあインデックスと風斬。こいつら先に送ってやってくれ。」

 

そう言って上条が指を指したのはシスターとセーラー服の少女だ。しかし、シスターはむっとした表情で言う。

 

「とうま?それはこの短髪と一緒にいるってことでいいんだね?」

 

「じゃ、じゃあ御坂と風斬で…」

「ほう。アンタはそこのちっこいのと残りたい、と。ほほう?」

 

バチバチと言う電流と、ぶーぶーと頬を膨らませる音が衝突している。しかし、それを銃声が遮った。

 

「…銃声か。」

「考えてる暇は与えてくれないようですわね。」

「白井。」

「何でしょう?」

「その二人運べ。」

「了解ですの。行きますわよお二方。」

「黒子!?ちょっ──

 

シュン、と言う音をたてて消える白井達。海人は頭をかいて、言った。

 

「すまんな、お二方。」

「いや、いいよ。助かった。」

「わ、私も…大丈夫です。」

「じゃあ、行こうか?」

 

そう言って、3人は地下街を歩き出す…

 

 

 

 

「くそったれが…」

 

ここは風紀委員第132支部。そこでは悟が頭を抱えていた。と言うのも、数分前に地下街のシャッターが降りてしまったからである。

いくら初春や悟が超人クラスの演算能力を持っていようと、電撃使いでもない限り停電したシステムを動かすことは不可能である。くそったれが、ともう一度呟き、悟は身を椅子から起こす。

 

「つったって、流石に目立つよなあ…」

 

未だに中に取り残されている人を助ける第1の手段としてあげられたのは、最近話題の『多重能力者』になることである。

しかし、流石に警備員や他の風紀委員をねじ伏せてまで推し通る気もない。また、どうやら多重能力者の目印は『青色のリネンシャツ』であるらしく、今のところ特力研の関係者として疑われている状態の多重能力者である、制服なんぞ着て行ったらどこの高校かばれてしまう。

そして上条にそげぶされるところまで見えた。何て下らないことを考えつつ、海人に通話を繋ごうとする。

 

「…っかあー、ダメだ繋がんねえ。あそこ一応基地局あったはずなんだが。」

 

吐き捨てるように呟き、再び椅子に体をもたれさせる悟。その目には、多少の憂いがこもっていたのだった。

 

 

 

 

「チッ…分が悪そうだな。」

 

海人達が銃声が響く場所へとたどり着く。そこにあったのは、ただの戦場であった。海人は腹立たしげに舌打ちすると、エアガンらしき物を取り出す。

 

「そこの少年‼何やってるじゃん!?」

「それはこっちの台詞だ黄泉川先生。」

「か、海人!?風紀委員のお前が何でここにいるじゃん!?」

 

舌打ちをしてこちらを向いた警備員、黄泉川が海人を見て驚愕の表情を見せる。海人は肩をすくめて言った。

 

「逃げ遅れた人を捜索してた。…それより、助太刀するか?」

「ああ、頼む…ってどこに行こうとしてんの少年!ええい、誰でもいいからそこの民間人を取り押さえて‼」

 

黄泉川が叫び、手を伸ばすも、上条には届かない。他の警備員も取り押さえようとするも、傷ついた彼らでは高校生一人を押さえる力すら残されていない。

 

「悪いな…えーと、風斬さんだったか?ここで待っていてくれ。」

 

そして、その後を海人が追う。彼は若干動きを素早くし、上条の横を歩いていく。

 

 

 

「うふ。こんにちは。うふふ。うふふうふ。」

 

そして、停電により薄暗くなった通路内に、女の声が反響する。その女性は、漆黒の、長いドレスにくすんだ金髪の、褐色の肌を持つ女性であった。そして、彼女の回りには、まるで盾のごとく石像が立っている。回りには7、8人の警備員が倒れ付していた。女性は口を歪めて言う。

 

「案外、衝撃に強い装備をしているのねぇ、エリスの直撃を受けて生き延びるなんて。」

「どうして…こんなに酷いことが出来るんだ‼」

 

激昂する上条。しかし、女性はひどく冷静に、なんの感慨も持たずに言い返した。

 

「おや。お前は幻想殺し《イマジンブレイカー》か。虚数学区の鍵は…そこにいるのか。うふふ。選り取りみどりで困っちゃうわ。…まあ、ぶち殺すのはどっちでもいいんだし。」

「何だと?」

 

自分を殺しにきたにはあまりにも投げやりな態度だ、と上条は眉をひそめる。女性は口を歪めて言う。

 

「そのまんまの意味よ。つ・ま・り。別にテメェを殺したって問題ねえワケだろ‼」

「なっ…‼」

 

オイルパステルを振り回した女性の動きに連動するかのごとく、石像が大きく地を踏みしめた。

海人は反射的に飛び上がり、石像が彼に腕を降り下ろす。舌打ちして自らを素早くし、飛び退くことで回避する海人。

 

「(やりにくい…クソッ‼)」

 

と言うのも、海人自身はあの石像の1つや2つは楽勝で砕くことは可能である。しかし、そのままだと警備員に被害が及んでしまう。ままならねえな、と吐き捨てるように呟いて、海人は砕けたアスファルトを掴み、女性へ向けて投げつける。

 

「あら、パワーアップを自らしにいくたぁドMかテメエはよッ‼」

「嘘だろ畜生が…」

 

しかし、その攻撃は石像に『吸収』されてしまう。どうやらあの女性は地面の素材から作り出した人形を操る能力を持っているようだ、と考察し終えた海人は自らに迫る大きな拳を見る。

 

「チッ…」

 

それをサイドステップで回避した後飛び上がり、踵落としで石像の腕を踏み砕いた。女性は驚いたような表情をするも、直ぐにオイルパステルを振り回す。

 

「下がれ少年‼」

 

その言葉に反射的にバックステップをする海人。警備員のうち数名がアサルトライフルらしき物を構え、石像に穿つ。石像は酷く緩慢な動きではあるものの、ダメージは対して与えられていない。

 

「これなら…どうだッ‼」

 

そして、海人はその隙間を縫って数本の竹串を投擲する。倒れている警備員の被害にならないよう最小限の力で投げているからかあまりダメージは見られない。しかし、あの石像は竹串を吸収することはなく異物として吐き出そうとしている。

 

「(ここ周辺の地面に含まれてねえ素材ならいいってことか?)」

 

考察しながらも、警備員達と共に石像へとダメージを与えていく海人。…そして、数分後。

 

風斬の元に、石像によって弾かれたライフル弾が迫る。

 

「風斬‼伏せろ‼」

「え?」

 

上条が警戒の声を上げるが遅い。人間の目は、もちろんのこと飛んでくる銃弾を見切ることなど出来はしないのだ。一部の例外はあるだろうが、風斬の身体能力は『まだ』平凡の一言である。そのため、風斬はその凶弾を見切ることは出来なかった。

 

ゴキン、と言う硬質的な物のぶつかった音がする。風斬は大きくのけぞったかと思うと、後ろにまるで人形のごとく倒れ込む。

 

「風斬‼…ッ‼」

 

上条が、ふらふらとした足取りで風斬の元へ向かう。彼はさっきまでの石像による攻撃の余波で地面が揺れていた為、体勢を立て直すのに必死で特に何もすることは出来なかった。海人は竹串を投擲しつつ、上条と共に風斬の元へ向かう。

 

「オイオイ、嘘だろ…」

 

上条と海人の二人は息を飲んだ。風斬のあまりの惨状…ではない。

 

『何もなかった』からである。顔の左半分がライフル弾によって吹き飛び、スプラッタ映画のように撒き散らされるはずの脳漿が、脳が、肉が、骨が。

ただ、本来それらが入っているはずの場所に、何か、細胞の核のようなものが、くるくると回っているだけだったのだ。

 

「メ、メガネは…メガネはどこですか?」

 

そして、風斬は酷く緩慢な動きで起き上がる。メガネを探し、辺りをキョロキョロと見渡す。そして、その視線が近くの店のガラスに向いた。

 

「…え?」

 

風斬の頭を、反応できない疑問が埋め尽くされていく。何故私は生きてるの?この顔は何?あの人達は?そんなありきたりで、しかし今の自分には反応しづらいことが、ぐるぐると頭の中を巡っていく。

 

「い、イヤアアアアアアアアアッ‼」

 

その叫びは、一種の防衛反応だったのかもしれない。風斬は頭を覆い、上条達に背を向けて逃げ出す。

 

「…何だ、あれは?」

「…風斬…」

 

後には、負傷した警備員と、先程の光景が頭から離れず、呆然としていた上条、そして海人だけであった。



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九月一日 降りるのは救いか絶望か

「あっづ…もう9月だろーに…」

 

海人達が、地下街で謎の女性と戦っている最中。悟はうなだれながら外をふらふらと歩いていた。

と言うのも、今日は9月とは思えないほどの真夏日であり、悟の持っていたペットボトルの中に入っていた麦茶も既に跡形もなくなった。そのため、一旦支部を離れた悟は自動販売機を探して第十学区を歩いているという訳である。

 

「いくらここの治安がわりぃからって自動販売機の1つや2つはあるはずだろ…」

 

そう考えての外出であった。しかし、歩けども歩けども、自動販売機は見つからない。

悟は額に浮かんだ汗を拭い、溜め息をつく。そして携帯電話を取り出すと、カチカチと操作を始める。

 

「っと…あっちか?」

 

そして、悟は携帯電話のナビゲーションシステムを使用して、それに従い歩き出す。

まだ昼前であるからか、悟の回りにミンミンとか言うやかましい音が聞こえてくる。

 

「…多重能力者、ねぇ…そんなにいいもんでもないさ。」

 

と、ついそんな呟きがもれてしまう。悟は頭をかいて自動販売機の前に立ち止まり、小銭を投入してボタンを押した。

 

ピッ、ガコン。出てきたのは冷えたいたって普通のスポーツドリンクである。

この学園都市の自動販売機、たまに普通じゃない飲み物が混じっているのだが、スポーツドリンクや緑茶とかは実際にはわりかし普通である…と言うより、悟がまともに飲めたのがヤシの実サイダーだけな為、学園都市限定メニューに手を出すのは控えていると言う事情があるのだが。

 

「んくっ、んくっ…プハアッ、やっぱ普通のが一番だな、うん。」

 

ひとつ頷いて、悟はもう数本スポーツドリンクを購入する。そしてそれをポケットから出したビニール袋に入れたかと思うと、もと来た道を戻っていく。そして、その間に記憶を掘り出す。

 

 

 

 

特例能力者多重調整技術研究所、略して『特力研』。悟は昔、その研究所に身を置いていた。その研究所は、当時まだ幼かった悟でも背筋を震わせるような非人道的な実験が行われていたのである。

 

──へえ、悟くんって言うんだ、よろしくね!──

 

自分に始めて笑いかけてくれた少女が、次の日にはもういなくなっていた。

 

──何だ?変な目してんな──

──ちょっと、やめてあげなさいよ‼──

 

自分に何時も突っかかっていたワルガキが、それを何時も止めていた、正義感の強い少女が。自分と仲直りした次の日にはモういなくナってイた。

 

──きっと、ここからでられるよね?──

──あ、当たり前さ‼僕たちにかかればきっと出来る‼──

 

何時も怯えていた少女が、少女を何時も慰めていた、優しい少年が、イナクなッていタ。

 

──お前の能力は『天地解析』だ、大事にしろよ──

 

自分の能力を開発した研究者が、悔しそうな、泣きそうな顔でそういった。自分は意味もわからないまま、「うん!」と言って頷いていたが。

きっと、あの時聞き返していたところで今の自分には何ら影響はないのかもしれない。しかし、何時も夢の中で自分は聞く。

 

──どうしてそんな顔をしているの?──

 

それを言ったところで、きっと意味などない。しかし、悟は今でも思うのだ、その言葉を言っていれば、何かが変わったのかもしれないと。

 

 

 

 

「──やめだやめ、くっだらねえ。」

 

吐き捨てるように呟いて、悟は頭をかいて帰り道を行こうとする。しかし、携帯の音がそれを遮った。

 

「はい、山峰ですが。」

『悟か?』

「先輩!?どうされたんですか?」

 

電話を掛けてきたのは、悟の先輩こと海人であった。彼は真剣な声色で言う。

 

『お前、風斬 氷華って名前の生徒に心当たりあるか?』

「カザキリ…ああ、『正体不明 《カウンターストップ》』のことですか?」

 

悟は海人が尋ねた人物に心当たりがあった。風斬 氷華…もとい正体不明と呼ばれる都市伝説、その一種である。

 

『正体不明だぁ?』

「はい。昔から学園都市にはある噂があるのをご存じですか?」

『…虚数学区、五行機関のことか?』

「そうです。そして、カザキリ ヒョウカと言うのはその虚数学区の鍵を握る存在、と言う風に言われています。」

『アイツが?普通の学生にしか見えなかったが…』

 

その言葉に、悟は若干驚く。正体不明と言うのは今まで会ったことは覚えていないのが通例であったからだ。

記憶を消す某記憶改竄大好き女王でもない限り記憶を消すことは不可能。そのため正体不明は長い間、都市伝説として捉えられてきた。

しかし、悟は知っている。その少女、風斬 氷華がただの都市伝説ではないことを。

 

「…先輩は、AIM拡散力場と言う物をご存じですよね?」

『ああ。能力者が無意識に放っている磁場みたいなもんだろ?それがどうかしたのか?』

 

AIM。正式名称はAn Evolution Movementと言い、直訳は無自覚の動き。

拡散力場は能力者が常に微弱に放っている電磁波のようなもののことである。

 

「いいですか、よく聞いてください。…それが彼女の正体です。」

『は?』

「学園都市にいる数多の能力者のAIMがぶつかって、『奇跡的に』一人分の人を作り出せるほどの情報が作られてしまったら?」

『…あり得ねえな。AIMは専用の機械を使わないと探知なんて無理なはずだが?』

 

海人の疑問は最もなものである。いくら学園都市が百万人以上の異能力者を抱えているとはいえ、人一人分の情報を作るなどあり得ない。しかし、悟は一瞬の躊躇いもなく言う。

 

「確かにそうです。しかし、それが可能だとしたらどうでしょう?」

『…本当なんだな?』

「ええ、カザキリ ヒョウカと言う存在は学園都市そのものが生み出した『物理現象』の一環です。」

『…くそったれが‼』

 

ガン、と壁を殴る音が聞こえてくる。悟は若干頭をかいて言った。

 

「ですが、風斬さんは幻想の存在であっても私たちは触れることが出来る。例えそれが現実に触れると壊れてしまうような儚い存在であっても、貴方が救うことには代わりないでしょう先輩?」

 

言外に、お前なら風斬を救えるだろうさっさとしろと告げる悟。海人はだーっ、といったかと思うと苛立ちを含んだ声で言った。

 

『お前今日晩飯おごりな?』

「先輩は俺の財布を再起不能に追い込むつもりでせうか!?」

 

その言葉に焦ったように返答する悟。海人の食べる量と言うのは一般的な学生の量からは若干どころかすごく逸脱しており、おごりなどすれば悟の財布に大ダメージが及ぶこと間違いなしである。

海人ははっはっは、まるで悪役ののような声を残して電話を切った。

 

「はぁー…」

 

悟は大きな溜め息を吐いて小さく「不幸だ…」と呟くと、すっかり温くなったペットボトルの中身を飲み若干顔をしかめっ面にする。

そして、やる気のない足取りで第十学区を歩いていくのだった…

 

 

 

 

「上条君。」

「何ですか?」

「行くぞ。」

「了解です。」

 

上条と海人は、薄暗い地下街を駆けていく。辺りにはコツ、コツというコンクリートが足音を反射した硬質的な音が響き渡るのみであった。既に二人の間に会話はない。いや、会話はいらないと言うべきであろうか。当然だろう。二人の間には、既に言葉を交わさずとも同じ目的で動いているのだから…

 

 

 

 

「う、ぐうう…」

 

風斬 氷華は、焼けるような痛みを感じていた。

自らの顔や身体がウジュル、グジュルと言う醜い音をたてて再生していく音である。

それは醜く、風斬と言う存在に原始的な恐怖を思い起こさせるには充分すぎるものであった。

 

「あ、ああ…あががっ、ぐっ、おえっ、」

 

そして痛みすらも収まり、彼女の思考に余裕ができてしまう。彼女の心を、『自らは人間ではない』と言う自覚が、重圧が、埋め尽くしていく。

 

「みいーつけたぁ…」

「あ、ああ…」

 

そして、彼女にさらなる絶望が舞い降りる。彼女の十数メートル先に、先程大きな石像を操っていた女性が現れたのだ。

彼女は何も告げることなく、オイルパステルを横に薙いだ。それだけで、石像の拳がこちらに向けて振るわれる。

風斬は反射的に身を屈めて回避しようとするも遅く、頭の一部が石像の腕によって『剥がされた』。

 

「ぐううう!…うぎっ、ああ…ぐうっ、くううっ、ぐええっ」

 

しかし、その傷もまた『再生』する。風斬が頭を両手でつかみ、崩れ落ちているのを見て、女性は何がおかしいのかゲラゲラ笑った。

 

「虚数学区の鍵って言うからどんなやつかと思ってみれば…何だ?こんなやつを後生大事に抱え込むなんて、科学ってヤツは本当に狂ってやがるなぁ!」

「ど、どうして…」

「あん?」

「どうして…こんな……ひどいこと…!」

「ん?別に理由なんてないけど?」

 

そのあんまりな言葉に、風斬は言葉を失う。女性はオイルパステルをもう一度振るい、石像が風斬の体に拳を当てる。痛みと共に吹き飛ばされていく風斬に、女性はコツ、コツと足音をたてて歩み寄った。

 

「『火種』が欲しいのよ。そのためなら、誰であっても構わない。ただお前が一番手っ取り早そうだっただけ。」

 

どう?単純でしょう?とおどけたように言った女性に、風斬は体を震わせた。

女性はオイルパステルを三度振るい、石像は崩れ落ちたままの風斬に拳を放った。風斬は右向きに転がることでそれを回避する。

しかし、拳を回避できたところで石像が砕いた地面の破片を回避できることなどあり得ない。風斬の全身に突き刺さり、あまりの痛みに風斬の頭が真っ白になる。

…しかし、それもまた再生された。

己の命が軽んじられていることに屈辱のあまり涙を流す風斬。こんな状況を打開できない、自らにもまた腹が立った。

 

「おいおい、何なのようその面構えは?えー、なに?ひょっとして貴方、自分が死ぬのが怖いとか言っちゃう人?」

「え?…」

 

しかし、そこに無慈悲な声がかけられた。

女性は、少し表情を消し、オイルパステルを振るう。それに呼応して石像が腕を壁に向かって振るい、その腕が中心辺りから千切れとんだ。

ガラガラと音をたてて再生していく石像を見て、女性は口を歪める。

 

「何言ってるの?私が今やっているのって『この程度のこと』でしょう?」

「あ、ああ…」

「怪物の体がぶっ壊れただけでお涙ちょーだいってか?そんなのあり得ねーんだよ。分かってんのかお前?ここまでされて無事なやつが普通の人間なワケないだろ。気持ち悪いな。」

 

絶望にうちひしがれる風斬の前で再生を続けていく石像。その姿は、奇しくも先程までの風斬の再生の様子と似ていた。

これが、風斬 氷華という存在の正体。人の皮が剥がれた先にある、醜い本性。

 

「これで分かったでしょう?今のあなたはエリスと同じ化け物。あなたに逃げる事なんて出来ない。そもそもどこへ逃げるつもりなの?あなたみたいな化け物を受け入れてくれる場所ってどこなの?分かれよ。自分の居場所が無いくらい。」

「あ、ああ…」

 

また、オイルパステルが振るわれ、石像…エリスがその拳を振るう。風斬はそれを避けることもできずに吹き飛ばされていく。

その先にあった十字路でふらふらと立ち上がり、それを呆然と見ていた。

 

──今日、始めて学校に来た。

だから、自分は転校生だと思い込んでいた。

 

──今日、始めて給食を食べた。

それは、とても温かい味がした。

 

──今日、始めて男の人と話した。

だから、あの少年達をなんとなく苦手だと感じた。

 

──今日、始めて───

 

「うっ、うっ、ううう…」

 

気がつけば、風斬は涙を流していた。温かい世界にいたかった。『ともだち』と、もっと遊んでいたかった。

 

「泣くなよ、化け物。」

 

しかし、彼女に縋っていいもの等はどこにも存在しなくて。

 

「アナタガナイテモ、キモチワルイダケナンダシ。」

 

…その拳が、振るわれた。

 

 

 

 

「…あれ?」

 

しかし、風斬に何時までたっても衝撃は訪れない。女性の焦る声が聞こえた刹那、辺りに破砕音が響き渡る。

 

「待たせちまったみたいだな。」

 

その言葉に風斬はびくり、と体を震わせる。涙でその姿が見えなくとも、聞き覚えのある声。元より、彼女の事を知っている人物、ましてや男子は限られている。

 

その声は、力強かった。

 

その声は、温かった。

 

その声は、頼もしかった。

 

──そして何より、その声は優しかった。

 

少年は、告げる。

 

「だけど、もう大丈夫だ。ったく、みっともねえな。こんなつまんねえ事でいちいち泣いてんじゃねえよ」

「この都市じゃ、化け物なんざ珍しくもない存在だしな、お前だけの居場所がない、なんて事ないさ。」

 

風斬氷華は子供のように、ごしごしとまぶたをこする。

涙の膜が晴れたとき、そこには二人の少年がいた。

 

一人は右手をエリスの腕に置いたまま立っていた。ツンツン髪に制服を着て、風斬としっかりと向き合った『ごく普通の』その少年…上条 当麻。

 

もう一人は、上条の横に立つ少年。右手に数本の竹串を持ち、風斬に背を向け、おどけたように立っていた『普通の』少年…凪川 海人。

 

「エリス…呆けるな、エリス‼」

 

女性が震えた声で絶叫し、オイルパステルをまるで抜刀術のごとき早さで振り回し始める。何かを早口で口走っているのを見て、上条は右手を握った。

 

バガァン‼と言う大きな破砕音が地下街に響き渡る。彼の触れていた腕が、まるで砂人形のごとく崩れ去っていく。女性は口を歪め、愉快そうに笑った。

 

「ふ、ふははっ…よかったじゃないか化け物!お前を受け入れてくれる奴が二人もいてよお!」

 

その言葉に、今度は上条と海人が口を歪めた。

 

「何言ってんだ?」

「二人だけじゃないぞ?」

 

は?と言う女性の気の抜けた声が薄暗い地下街に響き渡った刹那、女性の回りを大量のライトが照らす。

それは警備員によるものであり、女性は一瞬だけたたらを踏む。

 

「撃てええええっ!」

 

その隙をつき、警備員の一人の号令をかける。瞬間、警備員が一斉に射撃を開始する。

海人は風斬を抱き抱え、バックステップで弾丸の届かないところに移動する。

もちろん、反対の手で上条の首をひっつかみながら、である。

 

「お、おお…首が締まったぁ…」

「…なんかすまんかった。」

 

首もとを抑えてうずくまる上条に海人は割りと真面目な謝罪を行う。風斬は思わずクスリ、と笑った。

 

「そ、その顔だよ。」

「え?」

「その顔。結構人間らしいじゃないか、なあ上条君?」

「げほげほ…ああ、それに可愛いじゃん風斬。」

「え?ええっ?」

 

頬を染める風斬と、やれやれと肩をすくめる海人。そして女性の方へと向き直り、竹串を取り出した。

 

「さ、始めようや。一人の少女の居場所《げんそう》を守るための戦いを、さ。」

 

 

 

 

一方その頃、悟は──

 

「超待ちやがれってんですよ‼」

「黙れガキんちょ!アポとってこいアポ‼」

「(ブチッ)誰がガキンチョだってンですかこのクソ野郎がァ‼」

「ヤッベエ地雷踏んだ!?」

 

──第十学区で、楽しい楽しい追いかけっこを開催していた。

 

 

 

 

「すいません、超ちょっといいですか?」

「んにゃ?何でごぜーやしょー?」

 

やる気のない足取りで歩いていた悟は、一人の少女に呼び止められた。

その少女は短い茶髪にウールの丈の短いセーターをしており、さらにかなり短いスカートをしている。

悟は第十学区を歩くにしては無用心過ぎないか、と思わなくもないが、それを承知の上で来ているならばかなり高位の能力者、きっとこの少女もその類いなのだろうとアタリを付け、少女の反応を待った。

 

「山峰 悟と言う人物に超心当たりはありますか?」

「…ん?悟ってーのは俺の事だけど。」

 

その言葉に少女は胡乱げな目で悟を見る。

 

「…なんだよ。」

「いやー、海人のサポーターって言うぐらいですから超強そうな見た目をしてると思ったらただのモヤシじゃないですか。」

「おい。」

 

誰がモヤシだこら、とツッコミを入れる悟。そう言えば垣根にもそんなことを言われた気がするなあ、何て思いながら少女の次の行動を待ち…

 

「うえい!?何すんだこんちきしょー‼」

 

…反射的に右に跳ぶと、少女が右手を振り切った状態になって立っていた。

ゴム銃を取りだし2、3発発砲する悟。しかし、それは弾かれた。

 

「嘘だろ!?」

「あ、超待ちなさい‼」

 

一方通行のような防御力を誇る装甲を虚数暗号を使って『多量能力者』になるぐらいしか貫く方法がない悟は、すぐに踵を返して逃げ出す。

一方通行本人ならば5年程度近い場所にいるのでまだいけるが、流石に今会ったばかりの能力者の能力の演算をコピーはしにくい。

出来たとしても、不完全なもの…具体的にはレベル0から1程度の能力しか発現できないのだ。それくらいなら、逃走を図ったほうが楽と言うものであろう。

全力ダッシュで逃げ出す悟を、少女は追いかける。

 

 

 

 

そして、今に至るわけである。

 

「くっそマジでもう諦めろよガキンチョ!」

「だから誰がガキンチョだってンですかァ‼」

「テメエ以外に誰がいるんだよこの幼女紛い!」

「(ブチッ)…オーケイ、いいでしょう。そこまでいうならバラバラにして超愉快なスクラップにして殺りますよォ!」

「ギャアアアアア‼」

 

煽っていくスタイル、とは正にこの事であろう。

悟は自らの言葉が状況を更に悪くしているのに気付かず、聴覚を用いて後ろの少女(絹旗 最愛と言うらしい)の攻撃の軌道を解析しつつ、若干涙目になりながら走っていく。

虚数暗号?そんなものを使っている暇があれば逃げる。下手に解析を解除してしまうと今彼の右側でボガァンと言う音をたてて爆砕した地面と同じ結末をたどりかねないからだ。

切れかけの体力を振り絞り全力疾走していく。

 

「もう嫌だああああっ!」

 

…最近、不幸指数がバブル期の株価の如く上昇している悟の、結構真面目な叫びが、昼下がりの第十学区に響いた。



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九月一日 かくて題意は示される

遅れて申し訳ございません、ようやく出来ました。


「チッ…」

 

 ゴスロリ服を身にまとった女性…シェリー=クロムウェルは、苛立ちを隠そうともせずに毒づいた。

 先程まで戦っていた二人の少年と『化け物』、そして警備員の連携によって一人の少年…『幻想殺し』に殴られた右の頬がヒリヒリと痛む。

 どうやら幻想殺しではない方の少年は魔術を知らなかったようで、自らの魔法を用いることで上手く逃げおおせることは出来たものの、彼女は次の行動を決めかねていた。

 『エリス』は既に禁書目録の所に向かわせた。どうなるかは分からないが、化け物はそちらへと行ったようだ。

 となると、自分が迎撃すべきは幻想殺し。魔術という力そのものに絶対的な力をもつ少年だ。

 

「…『エリス』…」

 

 ポツリと、シェリーは呟いた。

 エリスと言う名は、元々彼女が考えた名ではない。昔に亡くなった一人の少年、エリス=ウォリアーから名付けたものであった。

 苛立ち混じりにオイルパステルを握りしめるシェリー。そこで、彼女は足音を耳にする。

 

「(来たか…『幻想殺し』‼)」

 

 そこで、シェリーはオイルパステルを振るい、柱を崩す。幻想殺しの弱点に、彼女は気づいていた。

 それは『魔術しか消せない』と言うことである。

 例えば、自分が今みたいに柱を崩して攻撃したとしよう。幻想殺しは魔法陣を消すことはできても、柱そのものは崩せない。幻想殺しは窮地に陥ると言うわけだ。

 そう思っての柱を崩すと言う行為だったが、幻想殺しはそれを横に飛んで回避した。

 ズン、と言う音がなり、コンクリートの粉塵が舞い上がる。

 

「簡単には潰れないわね、流石」

 

 咳き込む幻想殺しにそう言いつつ、薄汚れた黒いドレスを引きずるようにして歩くシェリー。彼等の距離はおおよそ十メートル程。

 途中で幻想殺しの目が怪訝なものに変わったのを見て、愉快そうに口を歪める。

 

「うふふ。エリスなら先に追わせているわよ。今頃もう標的の元に辿り着いてるか、肉塊に変えているちまってるかもな」

「!インデックス!テメエ…っ‼」

 

 軽い長髪に、幻想殺しはすぐに乗った。

 幻想殺しが低く腰を落として拳を握る。その様子を眺めながらシェリーは満足気に笑い、

 

「それでいいわ。あなたは私の相手をしていなさい。エリスの元には、決して通してあげないから。」

 

 そう言われて、ようやく幻想殺しはシェリーの意図を知ったようである。唯一エリスを一撃で破壊できる自分だけは、何としてもここで足止めするつもりなのであろう、と。

 

「…一体何考えてんだよテメエ。俺には何がどうなってるかなんて分かんねえけどよ、今はまだ科学も魔術もバランスが取れてんだろ。なのに何でわざわざそれを引っ掻き回そうとするんだ!その行動に何の意味があるっていうんだよ!?」

 

 その問いに、シェリーは口元に含んだ笑みを浮かべるのみ。

 にやにやと笑ったまま、彼女は告げる。

 

「超能力者が魔術を使うと、肉体が破壊されてしまう、聞いたことはないかしら」

「何?いや、知ってるけど…」

 

 先程までの質問とは全く違う内容に、眉をひそめる幻想殺し。彼の怪訝な顔に、緩やかにシェリーは告げる。

 

「おかしいとは思わなかったの?『なんでそんなことが分かっているのか』。」

 

 上条の胸が少しずつ突き刺されていく。

 

「試したんだよ、今からざあっと20年くらい前だったか。イギリス清教の一派が、学園都市と手を結ぼうって動きがあってな。私達はお互いの技術や知識を一つの施設に持ち寄って、能力と魔術を組み合わせた新たな術者を生み出そうとした。その結果が…

 

 その言葉を最後まで聞かなくても、上条には結果が読めていた。

 能力者が魔術を使えば、体が破裂して死んでしまう。『三沢塾』での一件や、『御使墜し』の一件などで、あるときは塾の生徒。あるときは自らの友人である土御門で、数秒間しか魔術を使っていないにも関わらず、それぞれが死にかけの重症を負っていた。きっとその能力者とやらも同じ結末を辿ったのだろう。

 

「その、施設は……」

「潰れたというか潰されたというか。科学側と接触していた事がバレたその部署は、同じイギリス清教の手によって狩り出されたよ、徹底的にね」

 

 上条は押し黙る。その能力者を生み出そうとしたのも止めようとしたのも、誰かを傷つける為ではない。純然たる、ただの悲劇だった。

 

「エリスは、私の友達だった。」

 

 シェリーが、語る。

 

「エリスは、そのときに学園都市の一派に連れてこられた超能力者の一人だった。」

 

 シェリーは、呟く。

 

 辺りに、暗い静寂が張り詰める。

 

「私が教えた術式のせいで、エリスは血まみれになった。施設を潰そうとやってきた『騎士』達の手から私を逃がすために、エリスはメイスで打たれて死んだの。」

 

 シェリーはゆっくりとした口調で言う。

 

「私達は住み分けするべきなのよ。互いにいがみ合うばかりじゃなく、時には分かり合おうという想いにすら牙を剝く。魔術師は魔術師の、科学者は科学者の。それぞれの領域を細かく定めておかないと、また同じことが繰り返されちまう。」

 

そのための、戦争。

 

「クソ…なんかかみあわねーな。お互いを守るためなら戦争を起こしてどーすんだよ。」

 

しかし、上条はそれを否定した。

そもそも、戦争なんて起こす必要はない。『危険が目の前まで迫った』、『戦争が起きそうになった』。これらだけで十分なはずだ。

シェリーは数瞬押し黙ったが、唐突にオイルパステルを取り出す。

 

「くふふ。案外気が付かないものなのね。辺りが暗いのも一役買ってるんだろうけどな。」

「なに?」

 

上条は訝しんだ。今の彼女のとなりには、あの石像はいない。オイルパステルだけでは、壁を崩すことしかできないはずである。

十メートル程離れた今の場所では決定力に欠けた攻撃しかできないはずだ。そんなことを考える上条とは裏腹に、シェリーは大げさに、芝居がかったように両手を広げる。

 

「おやおや、違和感は覚えなかったの?私が何故、わざわざこうして暗闇から姿を表してベラベラ喋ってたのか。普通なら闇に紛れてテメエが通りすぎようとした場所の柱を崩した方がいいと思わないか?」

 

「そう、そしてこの場所。私がここを選んだ理由は?一本道なら行き違いになることなんてないのに、どうしてわざわざこの一点で待っていたと思う?」

 

 上条は、足りないと自認する頭をフルに活用していく。しかし、回答にたどり着く前にシェリーは口を開いた。

 

「つ・ま・り、こう言う理屈よ!目ぇ剝きやがれ‼」

 

 シェリーが、オイルパステルを横に一閃する。瞬間、地下鉄のトンネル全体が淡い、赤色の光に包まれた。見ると、トンネルの壁に、天井に、床に。ありとあらゆる所に魔法陣が描かれている。

 

「(トンネルごと崩すつもりか!?)」

「地は私の味方。しからば、地に囲まれし闇の底は私の領域。」

 

まるで歌うように、シェリーは告げる。上条は舌打ちして駆け出した。

 

「全て崩れろ!泥の人形のように!愚者を呑み込め!泥のなかに練り混ぜろ!私はそれでテメエの体を肉付けしてやる!」

 

 絶叫に呼応するかのごとく、パラパラと辺りから音が聞こえてくる。いっそう輝きをました魔法陣が、上条を押しつぶさんとしていた。。

 

「(くそ、どうする……ッ!?)」

 

 上条は思考する。この状況をいかに打開するか?この大量の魔法陣の全てが自らの右手で消せないのは明白。例え周囲の魔法陣を消したとしても、最も消せないであろう天井からの崩落を防がなければ生き埋め確定であるのもまた事実。ならば床の魔法陣は消したところで意味など──

 

「(待てよ、床の魔法陣?)」

 

 そこまで聞いてふと、上条は今日の昼に自らの家に居候している暴食シスターことインデックスの言っていたことを思い出す。

 

『じゃあとーまは分かる?イギリス仕込みの十字架に天使の力を込める偶像作りのための聖堂内における方角と術式の立ち位置の関係とか!実際、メインの術式の余波から身を守るための防護の魔方陣を置く場所は厳密に定められてるんだけど、その黄金比とか分かる?ほらほら、これくらい常識だよ?』

 

 黄金比。崩すことのできない、完璧な比率。それはすなわち、この中の魔法陣の内の一つが、シェリーの身を守っているということになるだろう。

 ダミーの魔法陣をいくつ設置したところで自らの身を守る魔法陣の位置は変えられない──‼

 

「う、おおっ‼」

 

 そこまで思考が及んだ上条は、弾かれたように駆け出した。狙うのはシェリー…ではなく、その手前の床に置いてある魔法陣。

 

「ッ!?」

 

 シェリーは一瞬目を見開くも、オイルパステルを振り回し、天井の崩壊を食い止めた。

 

「…止まったか?」

「食らえ‼」

 

 動きを止めた彼女の頬に、上条の右手の拳が突き刺さる。揉んどりうって転がるシェリー。

 

「……くそ、ちくしょう」

 

 シェリーは一歩、二歩とよろめくように後ろに下がりながら、忌々しげに呟いた。

 右手のオイルパステルは小刻みに震え、ともすれば指の圧力のみで折れてしまいそうな程に握られている。

 

「戦争を起こさなきゃいけねえんだよ、止めるな‼今のこの状況が一番危険だってことにどうして気づかないんだ!?最近の学園都市はどうもガードが緩くなっている。イギリス清教だってあの禁書目録を預けるなんて甘えを見せてる。まるで状況が同じなのよ、エリスのときと!私達の時さえ、あれだけの悲劇が起きた‼これが学園都市とイギリス清教全体ってことになったら!どんな悲劇が起こるかなんてわからない‼」

 

 シェリーのその声は暗い地下を反響して、上条の耳に突き刺さっていく。しかし、それに上条はつまらなそうに息を吐くことで答えた。

 

「くっだらねえ。そんな言い分で正当化できると思うな!風斬がお前に何をした?インデックスがお前に何かやったのか!?争いたくないなんてご大層な演説してるのに、どうしてお前はあいつらを殺そうとしてんだよ!」

 

「怒るのはいい。哀しむことだって止めはしない。けどな、向ける矛先が間違ってんだよ!そもそもその矛先は誰に向けてもいけないんだよ!それを誰かに向けたら、テメエの嫌う争いが起こっちまうだろうが‼」

 

 もちろん、上条は自分にシェリーの気持ちが理解できるなど思っていない。例えば、エリスという人物が死んだ際に、シェリーは一体何を考えたのだろうか。

 

「…分かんねえよ。わかんねえんだよ、ちくしょう!確かに憎いんだよ!エリスを殺した人間なんて、みんな死んでしまえばいいと思ってるわよ!だけど、本当に超能力者と魔術師を争わせたくないとも思ってんのよ!」

 

「信念だって一つじゃねえよ!いろんな考えが納得できるから苦しんでんのよ!たった一つのルールなんかで生きてんじゃねえよ!ぜんまい仕掛けみたいな生き方なんてできないわよ!笑いたければ笑い飛ばせ。どうせ私の信念なんて星の数ほどあるんだ!一つや二つ消えたところで胸も痛まない!」

 

 そんなシェリーの、懺悔とも言える絶叫に上条は一言で、

 

「何で気づかねえんだよ、お前。」

 

 そう、返した。

 

「…何ですって?」

「確かにお前の言葉は滅茶苦茶だ。お前の主張はお前の中でも正反対だし、それはみんなの意見が分かるからだろうし、だからこそ自分の信念なんて簡単に揺らいでしまう……とか何とか思い込んでるみたいだけどさ、そんなの違えだろうが。結局テメエの中にある信念なんて、最初から最後まで一つだけだろうが‼」

 

 そして、上条当麻は言った。シェリー本人すら気づかない、その心に。

 

「結局、お前は大切な友達を失いたくなかっただけなんじゃねえか?」

 

 そう。いくらシェリーの信念が星の数ほどあろうと、彼女の根本には変わらず、その思いがあった。いくら信念が変わろうとも変わらない、その思いが。

 

「それを踏まえて、もう一度テメエで考えろ!テメエが泥の『目』を使って俺達を監視してただろ。その時にインデックスが俺に嫌々従わされていたように見えたのかよ!住み分けなんかしなくたっていいんだよ!そんな風にしなくたって、俺とインデックスはやっていけるんだ!」

 

 だからこそ、上条がシェリーに告げるのは一つだけ。

 

「頼むよ、俺から大切な人を奪わないでくれ‼」

 

 シェリーの体がビクリ、と揺れる。その絶叫は、かつてシェリー自身が抱いたものと、まったく同じだったから。

 

「──我が身の全ては亡き友のために《Intimus115》‼」

 

拒絶するかのごとく、彼女は叫ぶ。

上条の想いを理解する一方で、上条の事を理解できない気持ちも理解できてしまう彼女の想いは、既にぐちゃぐちゃなのかもしれない。

ヒュバン‼と、彼女の手の中にあるオイルパステルが閃く。

シェリーの横にあった壁に紋様が浮かんだかと思うと、まるで紙粘土の如くそれは崩れ落ちた。巻き上げられるコンクリートの粉塵が、まるで霧のごとく二人の視界を分断する。

 

「死ね、超能力者‼」

 

 罵声を放つシェリーであったが、上条の見たその顔は、泣き出す寸前の子供のように見えて。

 

「(ああ、そうか)」

 

 上条は右手を握りしめ、駆け出す。彼女は先程、星の数ほどある信念の中で苦しんでいると言った。ならば…

 

「お前は、自分を止めてほしいって気持ちも、理解できてるわけか。」

 

 上条の右手が、シェリーのオイルパステルを砕き、彼女の顔面を殴り飛ばした。大きな音をたててシェリーの体が地下構内を跳ね回る。

 上条はシェリーにゆっくりと近づいた。どうやら気を失っているらしい。

 

「(あのゴーレムは、エリスは止まったのか?)」

 

 近くに落ちていた廃棄コードでシェリーを後ろ手に縛り、上条は自分で確かめた方が早いと言わんばかりに駆け出す。シェリーは、その少し後に目覚めるも、何かを呟こうとして、再び意識を失うのだった…

 

 

 

 

「間に合え…!」

 

 凪川 海人は、学園都市のビル群を駆けていた。あの後、上条はシェリーを追い、そして海人は白井とともに取り残された人の救助を行っていた。

 …と言うか、シャッターを力任せに海人がぶち抜き、近くにいた警備員の偉い人に丸投げして出てきただけなのだが。海人は大きな爆発音を断続的に響かせ、ビルを飛び移っていく。

 彼の能力の関係上着地する際にどうしても音が鳴ってしまうのだが、どうせ監視カメラでは海人の姿を捉えることなど出来はしない。

 

「見つけた…ッ‼」

 

 そして、海人は石像が、今まさに風斬に腕を降り下ろそうとするのを見た。鉄骨を踏みしめ、まるで弾丸のごとき速度で石像へと接近する海人。そして、その腹の辺りをぶち抜いた。

 

 大きな破砕音が、辺りに響き渡る。ガラガラと音をたてて再生していく石像に向けてふわりと地面に降り立った海人は右腕の腕章を見せびらかし、

 

「風紀委員だ、…取り合えずぶっ飛ばさせてもらう!」

 

 そう、高らかに宣言した。石像が丸太のような腕を降り下ろすのをバックステップで回避し、ついでに風斬が受け止めていた腕を回し蹴りで砕く。

 呆然としている風斬を片腕で抱き止め、白い修道服を着ている少女の元にザザリ、と音をたてて着地する。

 

「大丈夫か?」

「へ?は、はい…」

「離れてな。巻き込むと面倒なことになる。」

「あれと戦うつもりなの!?そんなの絶対に無理だよ‼」

 

 修道服の少女…インデックスが悲鳴に近い声を上げるが、海人は頭をかいて、

 

「大丈夫だ、何とかなる…いや、どうとでもなるか?」

 

 そう宣言して、竹串を二本投げる海人。ギュイン‼と言う音をたてて石像の肩辺りを打ち抜くも、ひるむことなく石像は腕を降り下ろす。

 

「遅え」

 

 しかし、海人は既に降り下ろされた場所から消えていた。テレフォンパンチであるものの、音速の二、三倍のスピードの拳は殺人級の力を秘めている。大きな破砕音が響くのを尻目に、海人は踵落としを放った。再度大きな音と瓦礫の砕ける音。

 

「チッ…ラチが明かねえな…」

 

 ザザリ、と音をたてて着地し、そう愚痴をこぼす海人。破壊した端から再生していくなら、いくら攻撃したところで意味がない。何か、別の方法は無いのだろうか?

 

「あのゴーレムには『核』があるから、それを破壊しないとどうにもならないかも!」

「『核』だぁ?…それはどこにある。」

「分からない!けど、少し時間があれば特定できるかも!」

「引き付けろってか?…いいぜ」

 

 笑みを浮かべ、海人は石像へと接近。膝の辺りをぶち抜き、背後に回る。石像が腕を後ろに振るも、海人はそれを足場にして喉元の辺りを蹴り砕く。

 石像が咆哮のようなものを上げるが、その腕が海人をとらえることはない。

 彼が操作するのはあくまでも『加速率』のみ。しかし学園都市において海人と同等の速度を出せるものなど、それこそ第一位か第七位しか存在していない。海人が速度で負けることなどありはしないのだ。

 

「風斬‼インデックス‼」

「とーま!」

 

 そこにやって来たのは一人の少年、上条当麻。彼は額に汗を滲ませながら修道服の少女ことインデックスと風斬に駆け寄ってくる。彼の目を向けた先には、まさに海人が石像の顔を砕きつつ、こちらに戻ってくる時であった。

 

「上条君か…ちょうどいい、彼女たちをつれて逃げてくれ!」

 

 鋭い目付きでそう言う海人。しかし、上条はしっかりと反論した。

 

「俺は風斬を助けに来たんです!ついでに、そのゴーレムをぶっ壊す手段を持っています!」

「…アレを?」

 

 海人が指を指した先には、石像がこちらに向けて腕を降り下ろしていた。冷静にそれを蹴りで砕き、絶句している上条に言った。

 

「30秒。」

「え?」

「あの石像を俺が引き付けられる時間だ。どうやら奴さんは君が狙いみたいだから、俺がアレを引き付けよう。その隙に上条君はアレを!」

「…分かりました!」

 

 そして、海人は地を踏みしめ、弾丸のごとき速度で石像へと接近する。真っ正面から石像の腕を食い止め、歯を食い縛りながらも耐える海人。上条は風斬に振り返ると、

 

「教えてやるよ風斬。」

「?」

「お前の居場所は、この程度じゃ壊れはしないってことを‼」

 

 そう言って拳を握りしめ、駆け出していく。そして、彼の右手が石像に触れると、キュイン‼と言う気の抜けた音とともに、石像が崩壊していく。

 

「…ッ‼見つけた‼右胸の辺り‼」

「チィッ、上条君!何とか出来るか!?」

「やってみます!…!」

 

修道服の少女の叫びに、海人は両手で石像の腕を再生していくそばから砕きつつ言う。そして上条が再び駆け出そうとしていく。

 

 

 

「で、この状況を何とかしなきゃいけない訳だが。」

「?」

 

 石像もどきをぶっ壊したあと、海人は右手の親指を後ろに向けて指さしそう言った。首をかしげる上条に海人は、

 

「いいか?この状況だと、下手したら俺達がテロリスト扱いになるぞ?」

 

 サッ、と顔を青ざめさせる上条。海人は携帯でどこかへと連絡をとる。

 

「もしもし華か?…ああ、後始末だ。お前なら余裕だろ?…おう、お菓子な、りょーかい。」

 

 ピッ、と通話を切って上条の方へと向き直る海人。

 

「…えーっと、上条さんはテロリストとして逮捕されるということですか?」

「な訳無いだろう。後始末はこっちでやっておくから、君たちは先に帰ってなさい。」

「え、いいんですか!?」

「ああ、また会おう『上条 当麻』君。」

 

 頭を下げて去っていく上条を尻目に海人は頭を抱え、これからやってくる災難に頭を悩ませることになるのだった。

 

「…呼ぶべきじゃなかったかもな、アイツ」

 

 

 

 一方その頃。

 

「いやああああああっ!」

「オラ超待ちやがれって言ってンだろがァ‼」

 

 第十学区。学園都市一治安が悪いと言われるそこでは、相も変わらず悟と絹旗の追いかけっこが開催されていた。

 絹旗が繰り出すパンチを、悟はサイドステップで回避する。

 悟に体力はない。しかし、風紀委員で培った反射神経があるため、ほとんど紙一重ではあるものの回避自体は成功しているのだ。

 悟が虚数暗号を使用しようとしても、絹旗はその隙をついて攻撃してくるだろう。

 第十学区から出ると言う方法もあるにはあるのだが、もし仮に絹旗の仲間がいたとすれば、そんなことを想定していないはずがない。直接的な手出しがないだけまだマシと言うものである。

 アドレナリンが出ていると疲労を感じなくなると言うが、今は正にその状態であると言えそうだ。

 そんなことを考えて現実から目をそらしつつ、悟は第十学区を走っていく。

 ビルとビルの隙間に入り込み、絹旗の目を撹乱させてビルの影に隠れると、悟はポケットからデバイス…ではなく、イヤホンと携帯型音楽プレーヤーらしきものを取り出した。

 

 虚数暗号には有効時間がある。

 しかし、音楽のような虚数暗号ならば、その有効時間を長くすることは出来るのではないか?そんなコンセプトで作られたのがコレ、『虚数暗号δ』である。

 使用後暗号を使用した時間に比例して五感の一部が失われると言うデメリットもあるが、他のデバイス型と違い時間制限がないため今切れるとしては最善の手札だった。

 イヤホンを耳にかけ、再生ボタンを押す。プログラムがダウンロードされていくのを意識の隅に納めつつ、悟はゆっくりと、ゆっくりと絹旗から逃げ出していく。

 

「そこにいやがりましたかァ‼」

「チイッ‼」

 

 しかし、絹旗はわずかな足音から何が起こっているのかを理解して、悟のいたほうに向き直った。

 解析が使えない以上、先ほどまでのアクロバティックな動きができないために先程よりもつらい追いかけっこになることを察知し、舌打ちして駆け出す悟。

 

──31%。

 

 それはつまり、絹旗のパンチを全て直感で避けるしかなくなったことを意味している。

 ごみ箱を倒して絹旗の行く手を遮り、室外機を飛び越え、裏路地を駆けていく。

 

──46%。

 

 しかしそんな小細工がレベル4たる絹旗に通用するはずもない。

 絹旗は悟の倒したごみ箱を殴り付け、悟の方へと飛ばす。

 

──59%。

「うおあっ!?」

 

 間一髪、ギリギリで角を曲がり大通りに出て回避する悟。ゴム銃を取りだして後ろに向き直ったと思うと、絹旗の飛ばしたごみ箱に発砲する。

 

──67%。

 

 中から様々なごみが飛び出し、絹旗は一瞬顔をしかめた。だがすぐにそれを飛び越えたかと思うと、悟の方に駆けてくる。

 

──75%。

 

 ゴム銃を投げ捨て、人のいない大通りを駆けていく悟。

 海人は今厄介事に巻き込まれているだろうし、華に至っては今どこにいるかすらも分からない。

 助けを呼ぶ方法は使えなさそうだ、と舌打ちして思考をいかに絹旗の攻撃を避けるかについてのことに切り替える。

 

──83%。

 

 絹旗の放ったパンチを、服に掠らせつつも回避。絹旗が怒鳴る声が聞こえるが知った事ではない。だんだんと勝利への階段を上っている事に口を歪め、嘲笑う悟。

 

──93%。

 

 丁度いい、具体的には人に見られにくい裏路地への道を見つけ、瞬間的にそちらへ向かうことを判断。そこへと駆けていく。やはり、その先は行き止まりであった。

 

──100%。プログラム名、『多量能力者』起動します──

 

「ハァ、ハァ、ハァ…もう逃がさねェぞこの野郎ォ‼」

「く、ククク…」

「何超笑ってやがンですかァ‼」

「いやー、可笑しくてな…誘い込まれたのにも気づかないのが、さ!」

「!」

 

 瞬間、悟の背中に2対の白翼が生えた。更に、右手に小さい竜巻、左手に炎を生み出す。

 

「多重能力者!?」

「改めて名乗ろうか。風紀委員132支部所属、山峰 悟。またの名を……『特力研の最高傑作』だ。」

「…アンタが噂の多重能力者って事ですか…なら、超生かしておけませんね。」

 

 構えをとる絹旗に、悟は両手の炎と竜巻を合わせて、絹旗へと投げつける…

 

 

 

 

 『学園都市最悪の実験』と呼ばれる実験があった。

 その実験は、ある少年…演算式を解析できる不思議な目を持つ少年に様々な能力者の演算パターンを植え付け、多重能力者を作ろうとした、ただそれだけの実験である。

一方通行の絶対能力進化実験、超電磁砲の欠陥電気計画に比べれば生易しいにも程がある実験、そう思えるかもしれない。しかし、問題は実験の内容ではない。

 

 『実験は成功している』これ自体が問題であった。本来、人間の脳はいくら学習装置等を使っても二人分以上の容量を持つことはない。よって、この計画も失敗すると思われていた。

 

 ──しかし、その少年は演算式を『最適化』し、一人分の脳でレベル3相当の能力を発現できるようになってしまった。

 補助装置を使用するものの、間違いなく少年は多重能力者となったのだった。

 

 これに焦ったのが、学園都市の統括理事会、その一部である。

 多重能力者が生み出されたという事実は、『樹形図の設計者』の演算に狂いが生じているということを意味する。

 

 特力研が、警備員の部隊によって制圧される、およそ一週間前の事であった。

 

 多重能力者になった少年の名は、『山峰 悟』といった。

 

 

 

 

「ハァ…」

 

 あの戦闘の後、悟は溜め息をついて第十学区を歩いていた。

 あらゆる音が聴こえなくなっていることから恐らく聴覚が犠牲になったのだろう。それでも『目』で解析する対象を音の系統に絞りつつ、風紀委員の支部へと戻っていく。

 

 

 あの後、絹旗は警備員のサイレンが聞こえた瞬間に逃げ出した。

 悟も悟で自分が多重能力者モドキであることがバレるわけにはいかなかったので逃げ出せるのは願ったりかなったりではあるのだが、やけにあっさりし過ぎではなかろうか?

 悟には、絹旗やその仲間が何を考えているか分からない。『解析』には、そんな情報は表示されない、というか意識的に切っているのだが、今回ばかりはつけていた方が良かっただろうか。

 

「ままならねえもんだな…」

 

 伸びをしてそう呟く悟。今回の絹旗との戦いだって、海人や華のような能力であれば一瞬で撒くことができたハズだ。

 虚数暗号と言うプログラムを使わなければ戦うことすらもままならない自分の力に嫌気がさす。

 しかし、悟は風紀委員だ。だからこそ、悪事を見逃すことなど出来はしないのである。

 

「この目がなけりゃ、見てみぬフリも出来たんだろうかね?」

 

 ボソリ、と呟く悟。夏休み前の白井に助けてもらった時といい夏休みのときの不良にボコボコにされた時といい、自分は自身の実力の把握がいささかできてない気がする、と悟は思う。

 『目』をもってすれば相手の力量を測ることなど容易いにも関わらず、だ。

 なんと言うか、英雄願望と言うか。そう言った物だと悟は解釈してはいるものの、こんな能力では他人どころか自分の身を守る事すらも危ういのに面倒ごとに首を突っ込んでいくこの性質は何なのだろうか?

 疑問が疑問を呼ぶも、結局はいつも通りに「分からない」で済ませる悟。いくら考えても分からないことの一つや二つはあるだろう、これもそう言う類いのものなのだ。そう自分に言い聞かせるように思考し、悟は第十学区を歩いていくのだった…




次回から、少しオリジナル展開が入ります。こんな拙作ではありますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。


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閑話 事件への誘い

「いつつ…」

 

第七学区のとある場所。そこを悟は肩の辺りを抑えながら歩いていた。

理由は言わずもがな、昨日の絹旗とか言う中学生との追いかけっこである。

音が聴こえなくなったのは『解析』を使えばおおよそのカバーは可能だが、この筋肉痛はどうにもならない。

何せ悟はまともな教育機関に通ったのは高校生になってからなのだから。

町を歩けば『目』が勝手に相手の知識を解析し取り込んでくれる。わざわざもう理解したことを習いにいく必要など感じられない、と悟は思っていた。

しかし、どこぞのカエル医者曰く「15歳になってるのに高校に通っていないのはおかしい」との事なので、近い高校に入学することになった。

…その高校が真っ黒スパイにブレインカチューシャがいる場所だと知っていれば全力で拒否しただろうが、今となってはもう遅い。

兎に角、悟はその高校に通っており、成績はもちろん学年一位。むしろ一位じゃなかったら発現してから何十回、何百回とキャパオーバーを起こしたのが無駄になってしまう。

カエル医者の作った機械の強化をしていたせいで頭のおかしい科学者集団とも知り合いになってしまったし、ブレインカチューシャにも目を付けられる事になってしまった。

こうして改めてみてみると自分の人生って平凡に程遠いんじゃねぇの何て思う悟。

 

「…この高校って転校できたっけ?」

 

呟き、自らの通う高校を見上げる。そんな彼の肩を叩く人物が一人。

 

「よお悟!」

「上条か…おっす。」

 

それは上条当麻だった。悟は首を傾げて言う。

 

「土御門の奴はどうした?」

「土御門なら朝からいないんだが…先に学校に行ったんじゃないか?」

「さいで。」

 

そんな何時も通りの会話をしつつ、教室へと入っていく悟。

 

「やっほい上やん!悟っちも!」

「おっす青髪…そのあだ名はなんだ?場合によってはゴム銃の使用をしなければいけないんだが。」

 

青髪の挨拶にカバンからノータイムでゴム銃を取りだし、まるで菩薩のように口元を歪める悟。但し目は一切笑っていない。

青髪は何時も通りに糸目を少し曲げ、

 

「いやー、悟っちも何だか夏休みが終わってから親しみやすい見た目になってもうたやん?」

「あの帽子とサングラスのことか?あれらは不可抗力だって言ったはずだが…」

「それだから、や!それに貴重な男の娘の属性を持っている悟っちともっと親しくしたいんや‼」

「よしお前そこになおれ‼」

 

青髪の弁解する気すらない言葉にキレたのか悟はゴム銃のセーフティを解除、青髪の手前に発砲した。

その後の騒ぎは、担任教師である小萌が入ってくるまで続く。そして、青髪と悟は校庭の草むしり係に任命されたのだった。

 

 

 

 

そんなこんなで昼休み。

悟は騒がしくなった廊下を尻目に教室でパンを食べていた。

 

「なあ悟?」

「んー?」

 

そんな悟に声をかけてきた土御門。彼は自らの頭に手をのせて言った。

 

「ちょっち聞きたいことがあるんだにゃー。」

「?何だよ?」

「…悟は『温度操作《サーモコントロール》』って能力を知っているかにゃー?」

「ああ。知っているぜ。確か学園都市最初のレベル5だったか?」

 

そう言ってパンをかじる悟。温度操作と言うのは能力の区分の最高峰、レベル5に学園都市で初めて到達した能力者の事である。

現在でさえ一方通行や垣根、御坂等のようなレベル5は七人いるが、当時はその人物以外レベル5が居なかったらしい。

しかも、当時のデータによると現在のレベル5序列でも上位に食い込む程の実力を持っていたとかなんとか。

 

「その通りですたい。最近、どうやらその温度操作が復活したんじゃないかって言う噂がたってるんだにゃー。」

「…マジで?」

 

悟は驚愕を露にする。温度操作は五年程前に死んだと言うことになっているからであった。

仮に能力を発現したところで初春のような温度を保つといった程度の能力しか発現していないのがここ最近の温度操作系統の能力者の立場である。

 

「だから、都市伝説大好きな悟ならなにかしら情報を貰えるかなーと思ってたけど…どうやらその様子だと知らないみたいだにゃー?」

「ああ…初めて知った。」

 

悟は頷くとカバンからノートパソコンを取り出す。それの電源をつけ、悟は都市伝説サイトを漁っていくのだった…

 

 

 

 

「いでででで‼」

「ホラ、動かない動かない!海人の傷は重傷なんだから‼」

「だからってこんな理不尽な話があるかってんだ畜生め‼」

 

ここは学園都市にあるとある病院。そこには腕をギプスで吊った海人とそれを甲斐甲斐しく世話する華がいた。

あの後、華の能力によって石像を丸ごと『溶かす』事で証拠の隠滅を図った華と海人。

だが、シャッターをぶち抜いた始末書を書かなければならず、海人は呻きながらも始末書の山を病室で片付けていた。

と言うのもあの後何か腕に違和感を感じるなと思って病院に行ったところどうやら複雑骨折しかけているらしく、緊急入院と相成ったのである。

故に海人は、利き手ではない方の手で始末書を書き続けていた。

 

「ねえ海人?」

「何だよ?」

「依頼の事なんだけど。」

「…ああ。」

 

ちょっと待っててね、と言って華はどこから取り出したのかパソコンを開いて操作し始める。

 

「『多重能力者の亜種の種類』を調べてほしい、ってことだったわよね?」

「ああ。」

「まずは多才能力、これは夏休みに海人や御坂さん達が関わっていた案件ね。大量の能力者の演算回路を特定の脳波でリンクさせることで、何千種類の能力を同時に扱うことのできる、まさに多才の名を持つのにふさわしいものよ。」

「…それで?」

「もう一個あったのが『多量能力』。」

「多量能力ぅ?」

 

不思議そうな顔をした海人に、華は何枚かの書類をこれまたどこかから取り出す。

 

「こっちは他の能力者の演算を解析、複製して自らの脳で演算を行い、他人の能力をトレースすることに特化している。一度能力を使っているところを見れば大体レベル0からレベル1の能力を発現できて、何回も見ていくごとにレベルも上昇していくわ。」

「解析…成程、悟の『目』か。」

「正解。多分悟君がやけに多重能力者に関する知識を持っていたのはこれが原因ね、特力研にいたのならばそんな知識を持っててもおかしくない。」

 

始末書を書く手を止め、顎に手を置く海人。しばらくして、彼は口を開いた。

 

「特力研って警備員に制圧されたんじゃなかったか?」

「ええ、そのはず。何かしらの理由で悟君は生き残ったんでしょうけど…」

 

そう言って真剣な表情になって考え込む華。

海人も既に始末書を書く手は完全に止まり、思考を加速させていた。

 

「悟…お前は、一体何者何だ?」

 

その疑問を、確かめるため。

 

 

 

 

「…つったって、俺が何かする訳無いだろ?それがテメエとの『取引』なんだからさ。」

 

その日の夜、悟の家。この学園都市で最も情報の漏洩が少ないと言う謎の称号を得ているそこに、悟の声が響いた。しかし、モニターに『no image』と言う画像しか写し出されていないその人物は冷静に返してくる。

 

『しかし、この学園都市に多重能力者等君以外に存在しないだろう?』

「俺のは『多量能力』だ、多重能力とは訳が違いすぎる。」

『だが多才能力ではない。その気になれば虚数暗号なんか使わなくても多量能力を使うことも可能だろう?』

「…何が目的だ『犬畜生』、テメエにやった研究成果は『アレ』で十分だろ?」

『『相反演算式』のことか?確かにあれは凄い。君が『木原』であればいいと何度思ったことか。』

「あんなイカれたマッド集団に入りたくなんてねえよバカにしてんのか。」

 

半目になりながらも『犬畜生』と言う名の人物へと返答する悟。

 

『…唯一君は比較的まともだろ?』

「あの集団での比較的が一般常識だと変人なんだよ…アンタに至ってはそもそも人じゃねえし」

 

頭をガシガシとかいてそんな事を言う悟に『犬畜生』は若干態度を和らげたのか、『本題に入ろう』と前置きして言った。

 

『君は『幻想神手』と言うものについて嗅ぎまわっていたな?』

「おう。」

『それなんだが、あの天井 亜雄が関わっていたものらしい。』

「ハァ?天井っつったらあの時警備員に拘束されたはずじゃねえのかよ?」

 

驚きと共にそんな事を言って悟はパソコンの前を離れる。そのままカップ麺を持ってくるとお湯を入れ、次の言葉を待つ。

 

『確かにそうだ。しかし、学園都市と敵対する勢力が天井の身柄を確保したらしくてな。私としては直々に出向きたいところではあるんだが…』

「あのロマン装備で行ったら目立つに決まってんだろバカ野郎。」

『何故だ!?ロマンを追い求める事の何が悪い!?』

「そうじゃなくて相手が目立つ場所を堂々と闊歩してるワケねえだろ阿呆。」

 

コイツ頭大丈夫か、何て思うもそう言えばコイツら頭大丈夫じゃない集団だった、というところまで直ぐに思考がおよび、溜め息をつく悟。

 

『…兎に角、その幻想神手。それと樹系図の設計者、その演算中枢(シリコランダム)の『残骸(レムナント)』を組み合わせて使おうとしているそうだ。』

「…多才能力者を『外』で作ろうって訳かよ、めんどくせえ事になってんなぁ。」

 

『犬畜生』がそう言った事に関して直ぐに思考が働きそう言う悟。

樹系図の設計者。それは学園都市が世界に誇る超高性能なスーパーコンピューターの事である。

しかし普通の人間はそれを聞いてもまだそのコンピューターは宇宙に浮いているはずだ、と反論するはずだ。

だが悟はいつかのトンデモビームを解析したせいで樹系図の設計者が既にぶっ壊れているのを知っている。そのため『犬畜生』の言ったことをすんなりと理解できたのだ。

 

「ん?でも待てよ。じゃあ残骸じゃなくてもよくないか?」

『君なら少し考えれば分かるはずだが?』

「…オイオイ、あの実験は俺が無理だって証明しただろ?」

『『外』の連中が君の論文を見ているわけがないだろ?実際、アレは統括理事会と私達しか見てないのだから。』

「…絶対能力進化実験。あのクソみたいな実験を『外』で繰り返そうとしてるってことか。」

 

低い声でそう言う悟。絶対能力進化実験は、八月半ばに悟が上条と共に中止に追い込んだ実験であり、悟(というか匿名で出した論文を書いた人物)が統括理事会に目を付けられる原因となったものでもある。

彼としては反省も後悔もしていないが、『犬畜生』曰く『木原のバックアッパーと言ってもまだ納得してもらえないレベル』の事を悟はやってのけているらしい。

…正直な話木原の方がもっとヤバイことをやらかしている気がするのだが、それはそれ、これはこれという事なのだとか。

兎に角、演算中枢が生きているなら例え『外』の科学力であっても樹系図の設計者を組み直すことなど容易いことだ。だからこそ、犬畜生は自らにわざわざ頼みに来たのだろう。そこまで思考したのを読み取ったのか、『犬畜生』は葉巻をふかした。

ふかした、というのはあくまでそんな気がしただけである、あのロマンを求めるワンコはどうやら自分に大事な一言を言う際に葉巻をふかす癖があるようなのだ。

 

『ふぅー…それで、君に頼みたいことは、樹系図の設計者の残骸の破壊だ。』

「破壊だと?回収ではなく?」

 

しかし『犬畜生』から放たれたのは予想外の言葉であった。てっきり彼は残骸の回収を依頼すると思っていたのだが。

 

『ああ、破壊だ。これはアレイスターが直々に決めたこと、君の取引にも関わる案件だ。』

「…『プラン』か?また上条か一方通行を関わらせると?」

『そうなるな。』

「マジか。…分かった。なるべく目立たずにやってみる。」

『そうだ、この前新しい起動鎧が出来たんだがな─「グッバイ!」

 

そう言って通信を切断する悟。この前この手の話を聞いたときに通信費が大変なことになったので今回は賢い選択をしたと言える。

あのワンコはいい加減こちらの財布事情も考えてみるべきだ、少なくとも自分はそう思っている。何十回思ったか分からないその考えをしつつ、悟はパソコンを閉じて、一息つく。

 

「…はあ、ちょっと可哀想ではあるんだがなぁ。」

 

愚痴とも言えるそんな呟きは、LED電球の照らす部屋に反して、どこか暗い響きを伴っていた。

そして悟は携帯電話を取り出すと、どこかへ電話をかける。話している相手は───

 

 

──学園都市のレベル5第三位。超電磁砲《レールガン》こと御坂 美琴である。



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九月七日 『あちら側』との遭遇

「…眠い。」

 

 九月は七日。悟は目をこすりながら学園都市を歩いていた。

 と言うのも、最近海人が負傷して風紀委員の仕事を他の支部の人達と連携して行わなければいけないくなったことや風紀委員の大制覇祭における役割等の決定で忙しくなっているからだ。

それに樹系図の設計者(ツリーダイアグラム)残骸(レムナント)幻想神手(AIMインクリース)、個人的な興味も含めると温度操作等、仕事がありすぎて困るレベルである。

 

「(えーっと、学園都市に敵対してる秘密勢力は、っと。)」

 

 携帯のメモ帳アプリを開き、どんな組織が敵対してたかを確認する悟。

 内部での捜査は御坂に任せてきた悟はこれから外に出て本当にその勢力が樹系図の設計者を盗もうとしているかどうかを確かめなければならない。

 『目』を使えば秒で終わる作業な為、あまり緊張感は感じていなかった。

 

「ま、でも外に出なきゃ意味のあるものなんて見れないんですけどねーっと。」

 

 そう呟き、学園都市の外出許可を出すセンターへと向かう。

 いくら大制覇祭等の文化祭があちらこちらである九月だからとはいえ、流石にそこらの学生の外出許可を出せない程忙しくはなっていないはずである。

 なるべく目立たずに樹系図の設計者について探りたい身としては外出許可を取ってから外に出た方が良いのは明らかである。

 

「さて、直ぐに許可が取れるといいんだけど…」

 

 

 

 

 結論から言うとアッサリ許可は取れた。警備が緩くなっているとは言え拍子抜けするほどアッサリと。

 学園都市は確か能力者の流出を嫌うはずだが、あの犬っころが裏で手を回したのか書類のチェックもどこかおざなりだったような気がしないでもない。

 

「(ま、出れるならそれに越したことなんて無いんだがな。)」

 

 そう思いつつ、十八時をまわった夕方の町を歩いていく悟。しばらく歩くとコンビニを見つける。

 そう言えば飲み物を買ってなかったなと思ってそちらへ目を向ける。するとそこには…

 

「…上条?何やってんだアイツ。」

 

彼のクラスメイトこと上条 当麻が目を皿にしてガイドブックを見ていたのだった。

 

 

 

 

「はぁ?シスターが誘拐にあっただぁ?」

「わわっ‼シーッ、シーッ‼」

 

 上条に話を聞いたところによると、どうやらあの暴食シスターことインデックスが誘拐にあったらしい。犯人は上条の知り合いで、どうやら『薄命座』という廃ビルにいるようで、地図アプリを使ってその場所を検索したものの、学園都市の地図更新が早すぎて非常によろしくない状況になった。ガイドブックを買おうにも持ち合わせが生憎とないので、コンビニで店員が引いてしまうほどに立ち読みをしていたそうだ。

 

「じゃあ俺も行こうか?戦力ぐらいにはなれるぞ?」

「…いや、悟を関わらせるわけにはいかない。」

「ほう?上条さんは奢ってもらったガイドブックの恩を返せないほど畜生だったと言う訳でせうか?」

 

 うっ、と言葉に詰まった上条。

 悟からすると上条について行けば勝手に樹系図の設計者を狙う勢力を落としてくれるんじゃないかな、と言う打算込みでの発言だったのだが、ここまで効果があるとは思いもよらなかった。

 一方、上条は悟との記憶が無くなっているためどう言った反応をすればいいのかがつかめず、言葉に詰まっていたのであった。

 

「そ、それでもだ‼悟を連れていくわけには行かない!」

「…わぁった。そこまで言うなら着いてかねーよ。」

「そうか。それじゃーな。」

「おう、また学校で。」

 

 やけにアッサリと引いた悟に疑問を覚える上条であったが、今は一刻を争う事態である。そんなことに一々気を揉む必要もないと考え、悟に手を振ってガイドブックを見ながら駆けていく。

 それを見送ってしばらく、悟は何の気負いもなく上条の駆けていった方向に歩いていくのだった…

 

 

 

 

 上条を尾行し始めてから数分ほど経ったとき。

 

「(そうだ、持ってるブツの確認でもしとくか。)」

 

 上条が黒い修道服を着た少女と話している最中に、悟はウエストポーチからいくつかのフラッシュメモリ等を取り出し、数を確認する。

 

「(『虚数暗号』のαとδ、『相反演算式』にゴム銃、スタンガン…こんなもんか。)」

 

 さらっと学園都市の叡知を結集したデバイスを三個も持ってきていることに悟がどれだけガチで敵対組織を潰しにかかっているかが分かる。

 しっかりと指差し確認をしてもう一度全部持ってきているかを確認し、ウエストポーチにそれらをしまい込む悟。そして立ち上がるとハーフパンツのポケットに手を突っ込み、上条が既に向かった方向へ歩いていく。

 その目は真剣そのもので、普段の彼からは想像もつかないようなものだった。

 

「(あんな思いをするのは俺だけで充分、ってね…)」

 

 

 

 

「『多量能力(ロットアビリティズ)』…ですか?」

 

 まだ悟が幼かった頃。当時から『天地解析』を発現していたが為に様々な実験でモルモットとして扱われていた頃の事である。

悟は担当の研究員からその旨が書かれた資料を渡された。

研究者は仰々しく、まるで手品師のように両手を広げる。

 

「ああ!この実験が成功すれば君は晴れて自由の身になれる!」

「本当ですか!?」

 

 その言葉にアイマスクによって隠された目を輝かせる悟。今までの実験はヘドが出るようなものばかりであり、悟の心は壊れかけていた。だからこそ、研究者の『自由』と言う言葉に惹かれたのだ。

 

──それが、今までのどの実験よりも辛いものになるとも知らずに。

 

 

 

 

「…はぁ。めんどくせ。一々んなこと考えてられっかってんだ。」

 

 頭をかいて回想を打ち切り、イヤホンを耳にかける悟。

 以前使った時の耳はまだ復活してはいない。しかしどんな能力者と戦うかが分からない以上、やれるだけの事はやっておくべきである。

 

「(上条は…そこか。ん?さっきのシスターがいない?)」

 

透視能力(クレアボイヤンス)』を使いつつ索敵を行う悟。そして、上条の隣の男…少し前の御使墜しの事件で神裂がなっていたその男が、こちらを向いたところで。

 

「げっ…『未元物質(ダークマター)』‼」

 

 炎がこちらに向けて飛んできた。白翼を背中に展開して降り下ろし、その炎を文字通り『叩き潰す』悟。

 

「チッ…どォなってやがンだこん畜生‼」

 

 白翼を散らして一方通行(アクセラレータ)の『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を取り込み能力の出力をレベル4まで上昇させ、彼の口調と共に地面を蹴る悟。そのまま弾丸のようなスピードで接近し、着地する。

 

「いきなり燃やそうとするのは酷いと思うンですがねェ?」

「そうかな?見られたくないものを見られたら殺すのが普通だと思うが。」

 

 それもそうか、と思わず相手の言い分に納得してしまいそうになった悟。しかしそれが自分の生命に影響するなら話は別である。

 悟は一方通行の能力を解除、『電撃使い(エレクトロマスター)』を使って壁に張り付きつつ炎を回避する。

 

「オイ悟!何やってんだ!ステイルも‼」

「何って、侵入者の排除だが?」

「あれ?知り合い?てっきり学園都市と敵対してる組織か何かかと。」

 

 どうやらあの神父はステイルとか言う名前らしい。悟はあの不良めいた格好の神父が上条の知り合いであることに驚きを隠せない。

 あの時神裂がなっていたのはそこら辺の不良くらいにしか思っていなかったのだが。

 件の神父…ステイルはタバコをふかし、紫煙を燻らせる。

 

「君の友人か?」

「ああ。山峰 悟。俺のクラスメイトだ…って、お前何か用事があるんじゃないのかよ?」

「ん?ああ、ちょっと学園都市の外へ調査に出るつもりでな。んで、上条ならなんやかんやでその組織と関わりそうだなーと思ったから、ちょっとばかし後を付けさせてもらったんだが…アテが外れたっぽいな。」

 

 まさか能力者とバトルする事になるとは思わんかったぜ、と悟はため息をついて呟く。ステイルはタバコを吸いながらそれを黙って聞いていたのだが、唐突にそれを放り投げた。

 

「君が神裂の話していた人物か。どんな奴だと思っていたんだが…なるほど、想像通りだ。」

「どんな評価だったんだ?」

「聞きたいかい?」

「…いや、遠慮しとく。」

 

 ステイルの顔が若干悲しげになったので悟は言葉を打ち切り、能力を消去して着地する。

 

「そうだ、それがいい。…君は黙って僕らに協力してくれればいいんだ。そこのツンツン頭のようにね。」

「待てよステイル!悟も関わらせるのか!?」

 

 上条が焦ったような声で割り込むが、ステイルはタバコを踏み潰して言った。

 

「何を言ってるんだい?彼は学園都市上層部とのパイプを持っている。それを存分に利用させてもらうとするよ。」

「…あー、アンタが夏休みの頃に話題になってた『魔術師』か。」

 

 その言葉に手をポンと叩き、悟は納得がいったように頷いた。と言うのも、学園都市統括理事長ことアレイスターが招き入れた人物がいるという噂が夏休みの始まった辺りにたっていたからだ。

 正直どうでもよかったので聞き流していた悟だったが、こんな形で会うことになるとは思ってもいなかった。

 

「意外かな?」

「いや、てっきりコードネームかなんかかと。」

「なるほど。科学サイドの君ならそう思うのも無理はない、か。」

「んで?何について協力すればいいんだ?」

「そうだね、僕が説明してもいいんだけど…彼女に聞いた方が早そうだ。」

 

 そう言ってステイルが目を向けた先には一人の少女が。

 その少女は若干赤みががった髪を三つ編みのようにした髪形、先日追いかけっこした絹旗を彷彿とさせるようなミニスカートの修道服に、馬の蹄のような厚底サンダルを履いている。

 どう見ても日本人には見えない顔立ちのその少女に上条と悟は身構えた。

 悟は解析さえあれば英語だろうとドイツ語だろうとルルイエ語だろうと理解出来るので正直どうでもよかったのだが、生粋の日本人である上条はそうはいかない。

華麗に立ち回ってやる、と上条が決心した瞬間、少女は口を開いた…

 

「あ、え、っと。こ、これから状況の説明を始めちまいたいんですけどそちらの準備は整っていますござりやがりますか?」

 

 コケた。凄まじい程強烈で、個性的な日本語に。

 『外国語ができない時の対処法=話しかけられたら魂の高速ボディランゲージしかないッ‼』という上条の決意がどこかに飛んでいったような音が聞こえた気がするのは悟の気のせいだろうか。

 兎に角、シスターは顔を真っ赤にして上条に詰め寄り捲し立てている。

 インデックスが何か早口の外国語で『落ち着け落ち着け深呼吸しろ』みたいなことを言っているとステイルが暗い顔をして俯きつつ、『いや、僕の知り合いにも妙な日本語を使う人が居てね。』という誰も求めていない説明をした。悟は悟で『日本語って難しいのかなやっぱり』とかいうどうでもいいことを考えている。

 まあ兎に角。ミニスカシスター(悟の解析を使えば名前は分かるが、今は虚数暗号δ起動中なので解析が使えない為便宜上そう呼ぶことにした。)がその平坦な胸に手を当てて二回、三回と深呼吸する。そして背をぴしっと伸ばすと、

 

「いや、すいません。では改めて、こっから今の状況と、今後の我々の行動についてお話しするとしまひゃあ!?」

 

言い終わらない内に、シスターがバランスを崩す。パタパタと振られる手が、藁をもつかむ理論で上条…ではなく、音楽プレーヤーを操作していた悟を掴んだ。

 

所で、バランスを崩した人物が体幹がしっかりしていないザ・モヤシボディの悟に追突したらどうなるか。

 

「え?…ごふぁっ‼」

 

答、悟が地面に叩き付けられる。『虚数暗号δ』は数秒前に電源を切っていたため、能力によって自らを支えてやることすらも出来ない。悟は後頭部を強かに地面に打ち付け、のたうち回った。

 

「だ、大丈夫か?」

「ぐ、ぐおお…問題ない、まだ吹寄の拳のほうがダメージがある…」

「それを比較対象に出すってことは相当痛いな!?」

 

 上条にそう返答し痛みに顔を歪めつつも悟は膝の辺りの砂を払う。ハーフパンツを履いていたものの割りと怪我はないようで悟は安堵した。

 シスターはしばらくあわあわとしていたが、悟が問題ない旨を伝えると、やがてコホンと一つ咳払いをする。

 

「ええ、では今から『法の書』、オルソラ=アクィナス、及び天草式の動向と、我々の今後の行動について説明しちまいたいと思います」

 

 再び転ぶのが怖いのだろうか、シスターはインデックスの修道服をちょこんと掴みながら、若干緊張のとれた声でそう言う。

 悟は「法の書ってなんだよ、オルソラって誰だよ、天草式ってなんだよ。」と言う疑問を持ったものの、折角始まった話に茶々をいれる必要もないだろうと思い黙っていた。どのみち解析が復活した今なら脳への負荷を考慮しなければ欲しい情報は直ぐに手にはいるのだから。

 

「現状、『オルソラ=アクィナス』は十中八九天草式の手の内にあります。『法の書』の方も十中八九間違いないでしょう。今回の件に出張ってる天草式の数は、推定で五十人弱。下水道を移動してるみたいなんですが、地上に出てきている可能性もあるんですよね。」

 

 そんなシスターとステイル、インデックスや上条の話し合いを聞き流しつつ、「妙なことに巻き込まれた」と悟は溜め息をつくのだった。

 

 

 

 

 大まかな説明を終え、その後自由行動をする事と相成った悟達。ほとんどの人が寝静まった頃、悟は一本の電話をかけていた。

 

「そうそう、『法の書』に『オルソラ=アクィナス』がどうちゃらって。…ハァ?上条のサポート?それって…悪い、後でかけ直す。」

 

 ピッ、と携帯の電源を切り空を見上げる悟。

 『外』は権力争い、人殺しといったことが基本的に遠いからいい。…最も、学園都市でも能力さえなければそういった事とも離れた場所にはいられたと思うのだが。

 

「…寝れないの?」

「ん?…ああインデックスか。上条はどうした?」

「そ、それは…」

 

 と、そこでインデックスが悟の元にやって来る。

 彼女はいつも通りの修道服を着込んでいるものの、若干顔が赤くなっていた。言い淀んだ彼女を悟は手で押し留め、

 

「あー、言いたくないなら構わんぞ?どうせ上条が何かやらかしたんだろ?」

「う、ううー。聞かないでもらえると嬉しいかも…それはそれとして、さとるは自分の能力についてどう思ってる?」

「んー?能力だぁ?」

 

 自分の能力といえば『天地解析』、学園都市にも少ない『解析』系統の能力の事である。

 

「…この能力を持ってから碌な日が無かったぜ。まあでも、捨てたいとは思わんな。この能力がないと、今のいままで俺は生きてこれなかった。」

「でも、さとるの能力は少しおかしいんだよ。『天使の力(テレズマ)』を動力にして動いてる能力何て見たことがないかも。」

「『天使の力(テレズマ)』ぁ?何だそりゃ、聞いたことねーぞ?」

 

 首をかしげる悟にインデックスは口を開こうとして、

 

「おーいインデックス、何をやって…悟?」

「おう上条か、どうかしたか?」

「どうかしたか?ってそりゃ、インデックスが寝床にいないって聞いたもんだから…」

 

 そう言って頬をかく上条にインデックスはつん、と顔をそむけた。

 悟は呆れたように頭をかくと、

 

「はあー、そんなにイチャラブするならあっちでやってくれ。」

「さ、さとる!?どうして清純をうたうシスターの私がこんな変態に屈しなきゃいけないのかな!?」

「誰が変態だ誰が‼大体、インデックスは──

 

 そんな風に痴話喧嘩をしている二人を見て、もう一度悟は溜め息をついた…



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九月七日 戦闘開始につき

 夜11時を過ぎた頃。悟は大勢のシスターさんやステイル、そしてインデックスや上条と共にある場所へ向かっていた。

 

「…しっかし、よくこんな人数集められたな。」

 

 そんな事を言ったのは上条だ。彼は若干呆れたように大量のシスター達を見回している。アニェーゼはそれにどこか誇らしげに答えた。

 

「人海戦術がウチの特権なんですよ。何せ世界中に仲間がいるんですから。」

 

 流石世界百か国以上に信徒のいる世界最大の宗教、ローマ正教と言ったところか。ここまでの人材を割く事出来るのはやはり人数に余裕があるからなのだろう。上条は感心しつつ歩いていく。

 

「…」

 

 その後ろを歩いているのは悟だ。彼は上条と違い一睡もしていない上に耳が聞こえにくいのとさっきのステイルとの戦闘で触覚、すなわち皮膚の感覚が利かなくなってしまっているため、上条よりコンディションは悪い。むしろ最悪まであるのだが、彼はそんなことおくびにも出さず歩く。

 彼は既にイヤホンを耳にかけて多量能力をダウンロードしていた。その証拠に彼の目は金色に染まっている。

 

「随分不思議な目だね?」

 

 そんな彼に話しかけたのはステイルだ。彼はいつも通りの黒い神父の服を着込んでタバコを吸い、紫煙を燻らせている。

 悟は眠たげに細めていた瞳を若干開いて「んー?」と言った。

 

「そんなに珍しいかね?俺はこれが普通だと思ってたんだが」

「そんな色の瞳が普通とは学園都市とは随分とメルヘンチックな場所のようだね」

 

 今学園都市のどこかで通称メルヘンがくしゃみをしたのはきっと偶然だろう。悟は大きくあくびをして、頭をかいた。彼にとってはこの目は色が変わるのが普通で、まだあとに何か隠されてると思っている。

 さっきインデックスに能力について聞かれたとき、悟は返答をためらった。なぜなら天地解析という能力は、悟自身も実は全貌を把握できていないからである。わかっていることはリミッターが若干あるという事と、何でも解析できること。それと範囲が『目の見えるところまで』という事ぐらいだ。

 未だに謎の多い能力だなあとそんなことを思っていると、どうやら目的地に着いたようで、悟の回りにいたシスター達が足を止めた。

 

「ここが『渦』の場所です。私達ローマ正教の面々は陽動をしますので、イギリス清教の方々とお二人はその隙にオルソラを。」

「引き受けた…行こうか。」

 

 アニェーゼがステイルにそう言ったと思うと、ステイルはタバコを吸って、金網沿いに歩き出した。悟は一瞬シスター達を見やったが、直ぐにその後をついていく。

 

「え、ちょ!?」

「ほら、行くよとうま!」

 

 上条は戸惑っていたがインデックスに袖を引かれ、ずるずると引きずられていく。

 シスターに向けた「気、気を付けてなー!」という上条の声が、無情に響いた気がした。

 

 

 

 

 

 

「テーマパーク、か…」

 

 金網の中を見つつ、悟はそう呟いた。その目は何を考えているか分からないが、寂しそうな印象を上条は受けた。

 

「何だ?悟はこういったところ来たこと無かったのか?」

「行った『経験(こと)』はあるけどないな」

 

 意味不明な悟の言葉に何だそりゃ、と疑問符を頭上に出す上条。それに対して悟は目を閉じ、金網にもたれ掛かった。

 

「なあステイル、全部解決できると思ってるか?法の書も、オルソラ=アクィナスも。全部だ。」

 

 そう、真剣な顔でステイルに問いかけたの上条にステイルは短くなったタバコを踏み潰し、

 

「無理とは言わないが…厳しい事にはなりそうだ。」

「そりゃそうさ、向こうは逃げりゃ勝ちなんだから。」

 

 悟は目を閉じたまま呟くようにそう言った。こちらが『法の書』、オルソラ=アクィナスの両方を確保しなければ行こうかないのに対し天草式はそれから逃げる、もしくは隠れて時間を稼げば勝利確定。最初からかなり分の悪い戦いになっていることに悟は若干苛立つが、そんなことを言っている暇などない。今も刻一刻とカウントダウンは近づいているのだから。

 

「ただでさえ園内のどこにオルソラ=アクィナスがいるかどうかが分からないのに、まだローマ正教の連中には伝えていない情報もある。」

「?」

 

ステイルはちょっと迷うように視線をさまよわせ、

 

「イギリス国内から神裂 火織が逃亡した。おそらくかつての部下…いや、仲間を思っての行動だろう。」

 

 悟が若干身をこわばらせ、上条は緊張で喉が干からびるような感覚に襲われる。神裂 火織という魔術師は、『御使墜し(エンゼルフォール)』の一件の際に悟と共に天使の足止めを行った程の実力者であったからだ。

 あの時、悟は『虚数暗号』を使用して飽和的に攻撃することで辛うじて足止めを行えた。それでなくとも自分が気絶した後は彼女が足止めをしていたはずだ。それほどの実力をもっているなら衝突したなら大打撃になるであろう事は想像に難くない。

 

「だから全ての仕事を成功させよう何て思うな。ただでさえ破綻気味な計画で、さらに危険要素が満載なんだ。最悪『法の書』が解読されるのだけでも回避するんだ。」

「だったら…」

 

上条は、ステイルの顔を見て言う。

 

「だったら、最優先はオルソラでいいか?」

 

 

「僕は別に構わないさ。解読者がいなければ『法の書』は宝の持ち腐れだ。アレの知識自体は彼女の頭の中に入っているんだし、原典にも興味はない。それに『法の書』の持ち主はローマ正教なんだから紛失してもイギリス清教はどこも痛まない。」

「私もそれでいいと思うよ。ていうか、とうまはダメって言っても勝手に突っ走っちゃうに決まってるもん。ただでさえ人数少ないんだからみんなでまとまらないとね。」

「…俺もそれでいいと思うぜ。その結末が一番楽でやり易い。」

 

 上条の意見に、三人はそう返す。悟はまだしもステイルとインデックスはイギリス清教の、プロの人間もである。

 

「分かった、ありがとう。」

 

 そう礼を言った上条にステイルとインデックスは若干面食らったような顔をする。悟は右手をひらひらと振って反応するだけだった。

 

「あ、そうだったそうだった。事前に言っとくけど、上条以外は俺のなるべく俺の回りに近づかないでくれ。」

「…そうかい。分かったよ。ところで…」

 

 悟がステイルに向けてそう言ったのに神父の彼はしっかりと頷いた後、悟の方を向いて、

 

「君からも言ってくれないか?彼らに『もうちょっと緊張感をもってほしい』と。」

「うんそりゃ無理」

 

 即答した悟の声と共に、園内の一部が爆発したような音が聞こえてくる。上条は驚いてそちらの方に顔を向けた。

 

「…なぁ、あれって本当に陽動か?」

 

 豪々と燃え盛る火柱を見て、上条は呆然としたように言う。

 

「学園都市の内部テロでもあんな陽動よくあるからなぁ…あんまり、って感じだ。」

「ええ…騒ぎにならないのか?」

 

 若干自分の感性がおかしくなっていることを自覚しつつ悟がそう言うと上条は案の定顔をひきつらせ、インデックス達に言った。

 

「あれぐらいのものをぶつけないと押し負けちゃうって事だよ。油断しちゃダメ」

「騒ぎが起きることはないよ。人払いと刷り込みの魔術を併用しているからね。ただ、あの術式にはローマ正教のクセというか、訛りみたいな特徴が感じられない。…天草式の術式か。これほどの術式を天草式が持っているってのは癪だね」

「人払いと刷り込みかぁ…なんか応用できないかな」

 

 かくして、時間は来た。ステイル、インデックス、上条は園内へと侵入する。悟は頭を再びかいて、一度後ろを振り返ったかと思うと、彼らの後に着いていく。

 

 暗く、狭い園内では彼らを照らすものは頼りない街灯しかなく、彼らは身をなるべく近づけていた。

 

「(さーって、どれくらいならやっていいのかな…っと)」

 

 『透視能力』を使っている悟にそんなことは微塵も関係ないのだが、どうやら暗闇というのはそれだけで人間に原始的な恐怖を思い起こさせるものであるらしく、インデックスまでもがピリピリとした表情で暗闇の奥を見つめていた。

 

「早く行くよとうま。『渦』の場所に行かないと!」

「そうだね。時間は少ない。急ぐよ!」

 

 どことなく同調しているような台詞を吐いて、ステイルとインデックスは目線を辺りに走らせている上条へと顔を向けた。

 

「お、おう。分かった。」

 

 そう言ってステイルの方へと向かう上条。しかし突如ガン、という硬質的な音がなる。

 

「上条!上だ!」

 

 そう叫んだ悟に、弾かれるように上を見上げる上条。そこにはいたのは西洋剣を持つ、四人の少年少女。彼らががジェラート専門店の屋根から上条へと飛びかかっていた。

 

「ッ‼うわっ‼」

 

 恥も外聞も投げ捨て、上条は右へゴロゴロところがって回避することを選択する。しかし運よく初撃は回避できたものの、そこからの踏み込みには対応できない。

 

「させるかこんチクショウ‼」

 

 しかし、そこに演算を組み上げ終わった悟の電撃の槍が飛んでくる。上条に飛びかかった少年は反射的にそれを剣で防御した。

 

「うおりゃあっ‼」

 

 そこに上条が右手を握りしめて拳を放つ。しかし、路地裏喧嘩位にしか馴れていない彼が達人クラスの技量をもつ天草式の面々にダメージを与えられるはずもない。

 

「くそっもう来たか‼ステイル‼俺らはいったいどうすればいいん…ステイル?」

「あ、アイツならさっきインデックスと一緒にオルソラを探しにいくって」

「オイコラ‼俺達素人なんですけど!?」

「俺らも囮なんだろ察しろ」

 

 隣で「不幸だー!」なんて叫んでいるウニ頭は一旦思考外に追いやっておくとして、いったいどうすればいいんだろうか、と悟は考える。

 学園都市のチンピラもどきならまだちょっと煽るかすれば簡単に怒ってくれるのでいいのだが、相手はプロである。ちょっと煽った程度では揺らがないだろう、というのが悟の判断であった。

 

「チッ…上条!」

「分かってるよ!」

 

 考え込む暇を与えないといわんばかりに少年達が踏み込む。悟が電撃を放って牽制し、上条が取りこぼした人物を攻撃するというコンビプレー。しかし天草式は悟の電撃を先程と同じように剣を盾にして回避され、上条には返す拳でカウンターを決められてしまう。

 

「ぐっ…」

「チッ‼これなら…」

 

 腕をクロスしてのガードに成功したものの少し後ろに押し返された上条を尻目に悟は演算を組み上げ、右手に砂鉄の剣を持つ。そして、踏み込んできた少年に合わせ剣を振るう。

 少し前に、どこぞのビリビリ中学生が使ったときのような切れ味を伴ったそれは魔術的要素の入っているはずの剣をバターのように切り裂いた。

 驚く天草式の少年に悟はニヤリ、と笑みを浮かべて返す刀を一閃。しかしそれすらもダメージを与えるには至らなかったようで、バックステップで避けられてしまった。

 

「上条、ほれ。」

「ん?何だこりゃ。」

「ステイルから伝言だ。『死にたくなければ肌身離さず持っていろ』だとよ。」

 

 その隙を見て、悟は上条にケルト十字を投げてよこした。首をかしげる上条であったが、今はそんなことを気にしていられる暇などないのである。

 砂鉄の剣を不規則に伸縮させることによって天草式の面々への牽制を行いつつ、悟はその頭をフル回転させていく。

 

「上条!ここは俺が食い止めてるからさっさとオルソラとやらを助けてこい‼」

「悟!?…分かった‼」

 

 悟が上条にそう叫ぶように言うと、上条は一瞬迷ったものの弾かれたように駆け出す。

 

 

 

 

「…っと、行ったか…」

 

 上条が居なくなったのを確認して、悟は砂鉄の剣を引っ込めた。そして『念動力』を使って雷を一本の棒の形に固め、一歩を踏み出す。

 

「───ま、こんな借り物の『善性』でも少しは役にたつんじゃねえかな…上条?」

 

 ニヤリ、と。人を小馬鹿にしたような笑みをひっさげ、『学園都市の最高傑作』は天草式と激突した。

 

 

 

 

 

 

 山峰 悟という少年を知るものは、案外少ない。せいぜいが通う学校の住人、風紀委員の一部、それと『超能力者(LEVEL5)』の一部ぐらいなものだ。よくよく考えるとマズイ面子じゃないかと思うかもしれないが、まあそれは置いておくとして。

 そういった面々からの評価で最も多いものに、『山峰 悟は善人である。』というものがある。これは悟が様々な事件に首をつっこみ、何だかんだで解決してきたからだ。

 しかし、悟はそんな評価には嬉しいとも思わない。

 

 

 

 何故なら、悟の力は、基本的に『借り物』だからだ。

 

 

 

─────善人である?

 借り物の力を振るうだけの事なんざ誰にだって出来る。そのヒーローは何も『山峰 悟』である必要なんてどこにもないんだから。

 『山峰 悟』という借り物のヒーローは、いつだって力を『借りて』きたのだ。上条 当麻(ヒーロー)のような力。一方通行(ダークヒーロー)のような力を持っているわけもなく。

 

 借り物のヒーローは、力を振るう。きっとそれが、自分にしか出来ないことだと信じて。心の奥底で疑いを持ちながら。

 

 

──その先が、どんな結果であろうと。




今度の投稿なんですが、ちょっとリアルの事情で遅れるかもしれません。こんな拙作ではありますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。


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九月七日 戦闘は継続する

お待たせしました…もう七月に入ってしまいましたね。遅れて申し訳ありません。


 そこに、何も必要はない。ただ、『達人』と『達人』が激突する。それだけである。

 

「ふっ‼」

 

 短い息と共に振るわれた雷の棒を天草式の少女は西洋剣(ドレスソードという名前だったはずだ)で受け流す。その隙を狙って天草式の少年が悟の後ろから幅広の剣を降り下ろした。

 悟は手首のスナップで棒を少年の方へ引っ込める。しかし、少年は空中でその攻撃に反応し剣を合わせた。

 

「チッ…(触れねえ事には気絶も狙えねえし、上条かステイル辺りがさっさとオルソラを見つけてくれるとありがたいんだが。)」

 

 舌打ちしながらそんなことを思い、悟は雷の棒を振るう。

 彼のような風紀委員は基本的に研修で護身術と逮捕術を習うのだが、そんな風紀委員の中でも棒術、もとい杖術を使うのなど悟しかいないだろう。というか、学園都市に棒術を使う人などいるのかどうかすら分からない。

 それは一旦置いておくとして悟は『念動力(テレキネシス)』で雷の棒を維持し続けていた。そんな事をしておいて演算能力に何も起こらないなんて断言できるほど、悟は楽観的ではない。

 

「(こりゃ短期決戦でいった方がいいか?…いや、無理だろこれは。)」

 

 しかし最も楽のできそうな『短期決戦』という案を悟は否定した。それは純粋に天草式の技量が高いからである。仮に彼らが一人、二人で来るようなワンマンチームであるならば、悟は直ぐに勝利していたであろう。だが、そこに『連携』という概念が加わっただけでこれだ。もしあと二人いれば苦戦していたのは悟の方だっただろう。

 学園都市の叡知を詰め込んだと言っても過言ではない悟であっても所詮は『個人』の力でしかない、ということは分かっているのだから。

 

「…はぁっ‼」

 

 バラバラのタイミングで斬りかかってきた天草式の攻撃を『致命傷になりかねない』ものだけ回避し、『念動力』を解除。不安定になった雷の棒を破裂させ、辺りに電磁波を撒き散らす。

 

「「!?」」

「うおるぁ‼」

 

 たたらを踏んだ天草式に、悟は雷撃の『鞭』を形どって、滅茶苦茶に振り回した。

 先程から辺りに響くボグァン‼ドグァン‼といった爆発音に、バチィン‼ギャチィン‼といったコンクリートを切り裂くような音が追加される。天草式の面々は間一髪で回避したらしく、静かにこちらを先程よりも警戒レベルを上げた目で睨むだけであった。

 

「(ッチ、めんどくせえな‼)」

 

 自らの体を『肉体再生(オートリバース)』で治癒しつつ、雷の槍を後退しながら放つ悟。その隙に電流を地面に走らせパークの電灯を崩壊させる。

 

「(よし、今…ッ‼)」

 

 その隙に逃げ出そうとした悟であったが、いきなり刺さった目の前の剣を見て一瞬足を止めてしまう。『透視能力』かどうかは知らないが、どうやら相手にもこちらの居場所を確保する術が整っているようで。

 チッ、と短く舌打ちして、悟はウエストポーチからゴム銃を取り出す。そして素早く二回、発砲した。

 

「(ッ!?かわされただと!?)」

 

 実銃程ではなくとも、そこそこの早さを伴ったその弾を軽々と回避する天草式。悟は驚きで一瞬思考を止めそうになるが、何て事はない。ただ相手も条件が同じだけだ。そう自らを無理やり納得させ、ふぅーと大きく息を吐く。

 

「(よっしゃ、行きますか‼)」

 

 そして、再び『達人』と『達人』が激突した。

 

 

 

 

 

「くそっ、オルソラはどこだ!」

 

 そう毒づいて、辺りに視線を走らせる上条。彼は今、たった一人でパークの中を駆けていた。悟が体を張って足止めしているとは言え、早くオルソラを助けたほうが良いことには変わりはない。幸いにして、辺りに天草式の面々の姿は見えない。焦りを滲ませながら、彼は駆ける。そして建物の角を曲がろうとしたところで、

 

「ッ‼ぐへっ!?」

 

 『何か』に体当たりされた。まったく予想していなかった横っ腹への攻撃に上条は悶絶し、追撃で馬乗りにされるのを防ぐために両手の拳を握って、そこで違和感を感じる。

 

 そこにいたのは、一人の少女であった。黒い修道服に身を包み、口元に何かお札、後ろ手にテープのようなものを張られていて、むぐむぐと口を動かしている。

 

 上条はその少女に見覚えがある…というか、その少女は現在目下捜索中であるオルソラ=アクィナス本人であった。ぺたん、と上条は安堵からへたりこんでしまう。

 

「むぐぐー。むがむぐむむむーむがむぐむー」

 

 不気味な文字がびっしりと書き込まれている得体の知れないお札的な何かに口を塞がれたオルソラが、上条の顔を見て必死の形相で何かを伝えようとしていた。

 

「え?せっかく日本に来たんだから本場のスモウレスラーを見てみたいって?あのな。日本人全員が相撲なんてやってるはずないだろ。お前はホントにおばーちゃんだな。」

「むーっ‼」

「え?ちょっ、冗談だぐほぉ!?」

 

 しかしここで上条の難聴スキルが火を噴いた。結果的に彼は鳩尾の辺りに頭突きを受け、オルソラと共に床に倒れこむ。しばらくむせ返っていた上条だったが、ふと彼の手に何かが当たっていることに気づいた。それがなんなのか、理解しようとしたところで、悟がヒュインという音とともに降り立つ。

 

「クソッ、野郎‼めんどくせえ事してくれやがって…ッ‼」

「悟!?無事なのか!?」

「上条か…さっさと逃げるぞ‼ここにいるとマズイ!」

 

 金色の目を若干充血させて焦ったように言う悟に分かった、と短く頷いて急いでオルソラの下から抜け出し、彼女の口に右手の指を這わせるように置く上条。するとはらり、と音をたてて紙が剥がれた。口に指を這わされたことと紙が剥がれた事で顔に驚愕の表情が浮かぶ。

 

「あ、あの。あなた様はバス停でお会いした方でしたよね。でも、どうして」

「お前を助けに来たからに決まってんだろ!事情は後で話すから。とりあえずここを離れないと!悟、どっちに逃げればいい!?」

「今『探して』るからちょっと待ってくれ‼」

 

 頭を押さえながら叫ぶように言った悟。彼の視線がキョロキョロと辺りを見渡すのと同時、オルソラは口を開く。

 

「え、え?あの、本当に、私を助けに?『法の書』とは関係なく…?」

「そんな()()()()事情なわけないだろ‼っつかテメェは俺が古本一冊のためにこんなトコまでやって来るような物好きに見えんのか!?」

「何なら上条は万年留年生と言っても過言じゃないからな、その本が日本語で書かれていようが活字ならこいつは読めんよ」

「おい、馬鹿にしただろ」

「ならもうちょっと補修に出ろ」

 

 うぐ、と言葉を詰まらせた上条に、イヤホンを外して悟は歩み寄る。

 

「(チッ、やっぱ学園都市の『外』だと足りないな…)上条、囲まれてる。こっちはオルソラさん?であってるよな?」

「え?あ、はい。」

「アンタを見つけてローマ正教とやらに引き渡すのが条件だから、まあここは上条がオルソラさんに着いていくべきだろ?」

「…悟はどうするつもりだ?」

「決まってんだろ、囮だよ囮。それぐらいしないとお前ら逃げれねえぞ?」

「俺の右手で何とかできないか?」

「それでもアリだが、魔術師ってのは肉体的な戦闘を一切行わないような奴らなのか?」

「それは…」

「さらに言うなら相手は連携を得意としてる。いくら学園都市のケンカが普通じゃないからっつっても、キツいもんはキツい。お前は能力とかに関しては最強かもしれないけど、ただの物理攻撃に関しちゃあ防御力はお察しだ。だとすると、俺が引き付けた方が便利だろ?」

 

 ゴム銃の残りの弾数を確認しつつ、ウエストポーチからスタンガンと、何かを取り出す悟。それを上条に投げ渡すと、

 

「持っとけ…出来れば壊さないでくれよ?高いんだから。」

「……おいくらほどで?」

「うーんそうだな、改造してるしざっと200万ってとこか」

「そんなものを投げるな!うわ、なんか急に重くなってきた気がする!」

 

 あたふたする上条。根本的に貧乏人である彼は、その金銭感覚も相応に庶民のものだった。それをかか、と笑って。そして二人がいなくなったのを確認して、能力を発動させる。

 

「(耳はまだ治ってない…触覚、今のでイカれたのは味覚か?となると視覚…いや、限度があるから嗅覚?)」

 

 δを使った際の副作用はランダムで襲いかかるので、どの感覚が無くなったのかを一回一回確認する必要がある。今回はどうやら味覚がおかしくなってしまったらしい。大体感覚が治るのは一週間ぐらい必要で、それまでは残っている五感を駆使して戦っていく必要がある。

 

 ざっと辺りを見渡してみても、特に使えそうなものはない。相手は能力者ではないという話だったので、最悪『相反演算式』も通用しないだろう。となると、使えるのはαだけになるのだが…

 

「むぅ…面倒くさい事になった。」

 

 口を尖らせつつ、ぽつりと呟く悟。と言うのも、今の悟には虚数暗号が使えない。念のためフラッシュメモリを握ってみても、演算領域が拡張される…要は頭が冴える感覚があるのだが、そんな感覚はない。

 

「(チッ…どんぐらい持ちこたえられるかね…)」

 

 右手に持っているゴム銃が、今はひどく頼りなく感じられた。

 

 

 

 

 

 上条達は、壁を背にして座り込んでいた。と言うのも、悟と別れた後に天草式の別動隊に見つかりかけてしまったからである。運よく死角に入り込めた彼らは、低木によって見えにくくなっている場所で身を屈めていた。

 

 断続的に響く足音のせいでうかつに出ることが出来なくなってしまった彼らは短く息を吐きつつ、そんな中でも上条はステイルやインデックスのことを心配していた。先程彼らは自分達を囮にしていたが、そもそもプロでもない上条や悟がこんな事件に首を突っ込んでいるのがおかしいのだ、それにオルソラの身柄を確保できた以上この遊園地…『パラレルスウィーツパーク』にとどまる理由もない。しかしいくら危険だとは言っても彼らと連絡をとることはできないのだ。

 

「特殊移動術ってのは午前0時から5分間しか使えないって話だから、逆に時間までここで粘れば天草式の計画を妨害できたってことになるんだろうけど…」

 

 時間を確認するために上条は携帯電話を開いて時計機能を見ようとしたが、暗闇のなか携帯電話のバックライトは非常に目立つからやめた。腕時計でも買っとけばよかったか、なんてどうでもいい後悔をして、そしてポケットにしまった。

 

「(これを使って連絡を取れるのが一番いいんだけど…)」

 

 そう思う上条であったが、あいにくインデックスの持っているはずの0円携帯はあの三毛猫が咥えているのをしっかりとこの目で見ているのだ。

 

 ふぅ、と息を吐いて上条は身を少し楽な体制にもっていく。そこでようやく、彼の意識は内から外に向いた。そして彼は自分が普段より汗でびっしょりと濡れていることに気づく。緊張のせいなのか、少し体を動かしただけでマラソンの後のように発汗している。

 それに気がついたオルソラがあら?と言って袖の中からレースのハンカチを取り出す。嫌な予感がした上条は後ずさりをしようとして、見つかりそうな可能性もあることに気が付いて、そしてせめてもの抵抗として両手を前に出して、

 

「いやいやいいんですって別に気にしてませんからほらハンカチだって汚れるしってゆうかバス停近くでもこんなことあっただろむがっ!?」

 

 言葉が終わる前に問答無用でお花のいい香りのするハンカチで口をふさがれた。

 

「きちんと拭かなければ夏風邪を引いてしまうかもしれないのでございますよ。まぁ。そういえばバスの停留所近くでもこんな事をやったような気がするのでございますけど」

「おんなじコメントほんの少し前に言ったよ俺!お前ホントに人の話聞いてねーんだなこのおばあちゃんがってか苦しっ、苦しい‼お願いですから口と鼻を塞ぐのはやめぐうっ!?」

 

 やや酸欠になった上条は必死になってハンカチの攻撃から逃れようと手足をわたわた動かしたが無駄だった。オルソラは思う存分ハンカチを動かすと、後光が見えそうな笑みを浮かべる。

 

「あの、あなた様は確か学園都市の方でございましたよね?」

「げほっ、うぇ。……ん?まぁそうだけど」

「では、その学園都市のあなた様が何故このような所にいるのでございましょう?ローマ正教の動きとあなた様の行動は無関係とは思えませんし、でも学園都市の中に教会はなかったと存じ上げておりますけど。」

 

 確かあの悟という方も学園都市の方でしたよね?と言って首をかしげるオルソラ。不思議そうな声であったが、上条はあんまり重要視していなさそうな感じで、

 

「まぁ、俺はちょっと特別でね。イギリス清教に知り合いがいんの。今回は何だか知らない内に巻き込まれて、何だか知らないうちに手伝いをさせられてるってトコ。」

 

 そう言った。

 オルソラの肩が、少しだけ動く。聞き捨てならないことを聞いた感じだった。

 

「で、では悟という方も?」

「いや、それは多分…というか、これってちょっとまずかったか?お前って確かローマ正教だったっけ。やっぱローマ正教とイギリス清教って仲が悪いモンなの?」

「いえ、そうではございませんよ」

 

 オルソラはゆっくりと、何かを考えるようなそぶりを見せたあと、

 

「確認させてもらいますけど、あなた様はイギリス清教からの協力要請があって手伝う事になったのでございましょうか?」

「そうだけど」

 

 上条は適当に頷くと、オルソラは『んー……』としばらく動きを止めて、

 

「あら?少々汗をかいていらっしゃいますのね」

「いや汗拭きはもう良いから!」

「まあまあ遠慮なさらずに」

「いやホントにいいからマジで!」

「つまりあなた様はローマ正教ではなくイギリス清教の筋のものをお持ちでございますか」

「うっ、話が戻ったり進んだりだりしてる!?い、いや、そんな大それたモンじゃないけど。あ、言っておくけどコネなんて使えねえぞ。俺は学園都市の住人だからな」

「そうで、ございますか」

 

 何故だか安堵したようにオルソラは笑った。

 

「左様でございますよね。あなた様のような方は、私達のような人間の住む教会世界に関わりを持たない方がよろしいのでございましょう」

「……そうなのか?ふーん」

 

 そういえば、と上条は悟から投げ渡された十スタンガンと同時に投げ渡されたものを見る。それは、十字架のようだった。

 

「何でアイツはこんなものを…?」

「まぁ。それはイギリス清教のお知り合いからいただいたものでございましょうか?」

「分かるのか?」

「一口に十字架と言いましても、ラテン十字、ケルト十字、マルタ十字、アンデレ十字、司教十字、教皇十字…まあとにかく、様々な形、種類のものがあるのでございますよ」

「ふうん、そうなのか。けど俺がこんなもの持っててもしょうがねえしなあ…そうだ」

 

 そう言って上条は十字架を、オルソラの方へ渡した。

 

「良かったらお前が預かっててくれ」

 

 そう何気なく言った上条に、オルソラは飛び上がりそうになくらい喜んだ。

 

「あら、よろしいのでございますか!」

「いや別に良いけど。あいつがどんなつもりで渡したか知らないけど、大した意味とかないだろ。だって俺が魔術使えないのは知ってんだし。……あいつ皮肉とか好きだしひょっとしたらジョークの一つかもしれないしな」

 

 オルソラに十字架のネックレスを手渡しながら上条は言った。

 と、彼女は何故か握手をするように上条の手を掴み、さらにもう片方の手で包むようにして、

 

「すみませんが、一つだけお願いがあるのでございます」

「え、な、何だよ?」

 

 不覚にも、予想以上に柔らかい感触に上条の声が裏返りそうになる。

 

「あなた様の手で、私の首にかけてもらえないでございましょうか」

 

 ニッコリと笑って、オルソラはそう言ったのだった。

 

 

 

 そんなラブコメ時空の傍ら、戦場にて。

 

「やば、ヤバイ‼死ぬ‼死ぬぅ!?」

 

 後ろの壁が吹き飛ぶ破砕音を耳に納めつつ、悲鳴に近い声を悟は上げた。解析を使って今まで辛うじて生き残れたものの、そろそろゴム銃の残弾が少なくなって、そろそろヤバイ事になっている。

 

「くっそやっぱりあのクソ犬に感化されてゴム銃の形式をオートマチックじゃなくてリボルバーに改造したのがいけなかったっておわぁっ!?」

 

 言い終わる間に壁が爆撃されて悟は前に転がるようにして避ける。6発装弾のロマンを求めたリボルバー形式だといざというときに対応しにくい。

 

「(ゴム式のマグナム弾とか誰得だこの野郎…ッ‼)」

 

 全力で逃げ出しながら、弾倉にゴム弾を装填。両手でそれを抱えつつ駆けていく悟。クソッタレ、という悪態を吐きながらも彼は後ろに向けて発砲する。それがあまり効果を持っていないことを確認しつつ、再度舌打ちをする。

 

「おっふ…ッ‼クソがァッ‼」

 

 狩られる兎のような気持ちを味わいつつ、悟は上条達へと向かっていくはずの追っ手を引き付けるため、暗闇のパークを駆けていくのだった…



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九月七日 戦闘は終結を迎える

「アァ?誰だテメェは?」

 

「山峰 悟。君の同室になった人間だよ。化け物同士仲良くしようぜ?」

 

 一人目、『第一位』一方通行(アクセラレータ)

 

「ん?お前誰だよ?」

 

「山峰 悟だよ。聞いてなかったか?今日からお前のルームメイトになるんだが。」

 

 二人目、『第二位』未元物質(ダークマター)

 

「…チッ、こんなヤツが私と同じ研究を受ける奴なんてな。」

 

「決まったことだから仕方ないだろ?俺は山峰 悟。よろしく頼むぜ?」

 

 三人目、『第四位』原子崩し(メルトダウナー)

 

「あら、貴方も同族かしらぁ?中々幸福力が低そうだけど。」

 

「あのなぁ…ここにいる時点でもうマトモな研究所から送られてくる訳ないだろ…まいいか。山峰 悟だ、よろしく頼むよ。」

 

 四人目、『第五位』精神掌握(メンタルアウト)

 

 

 

 

 淡々と、ただ淡々と。『金属』はその身がなれるものを増やしていく。そして、それが『歯車』になったとき────

 

 

 

 

 

「──ッ‼」

 

 目が覚めた。ひどく体がびっしょりと濡れている。それを拭おうとしたら自らの手首と足首が手枷によって戒められているのに気づいた。

 

 思考をゆっくりとクリアにしていき、悟はふと思い当たる節があることに気づく。

 

「(あー、確か天草式と間違われて捕まったんだっけ?)」

 

 そう。あの後、天草式から逃げ惑っている最中に顔役が撃破されたらしく、天草式の面々は散り散りになっていたのだ。悟は期を見計らって逃げようとしていたのだがその行為が天草式の人々と同じ風に取られたらしく、ものの見事に捕まったという訳である。

 

「──ッ‼何だ何だよ何ですか!?」

 

 と、唐突に高周波の音が響く。悟は慌てて辺りを見回してみるも、特に何もない。

 

「教皇代理だ‼」

「私たちを助けに来てくれたんだ‼」

 

 そんな声が辺りから上がる。悟は件の教皇代理を見たことがないので何とも言えないが、きっとこれだけの人数に慕われるだけの力を持っているのだろうなぁ、何てことを他人事みたいに思って。

 

「全員‼ぶじなのよな!?」

 

 その言葉とともに、一人の男がテントの中に駆け込んでくる。上条みたいなツンツン頭に、大きな両手剣(確かフランベルジェだかフランベルジュみたいな名前だったはずだ)を片手で持ち、大きな袋を背負っている。「教皇代理‼」という声が合唱され、次々と手枷が解かれていく。

 

「お前は…あの少年の友人だったよな?」

「ああ。山峰 悟と言う。よろしく頼む。」

「こちらこそ。…と言いたいところだが、今は予断を許さない状況なのよな。お前にも協力してもらうが、いいか?」

「勿論。…っつーか、まるで状況が飲みこめないんだが?」

 

 それもそうなのよな、と相手の男が呟いて、悟に何かを放った教皇代理と呼ばれた男性。それは悟愛用のリボルバー式ゴム銃だった。

 

「これは…良いのか?」

「自分達が持ってても無用の長物なのよな。だったら、うまく使えるヤツを信頼して渡したほうが確実なのよ。」

「それもそうか。」

 

 コキコキ、と手首の調子を確認するように鳴らしてゴム銃の残弾を確認。ポーチに手を伸ばすも、そう言えば無かったなぁと思い直す。

 

「お前さんのウエストポーチだが、」

 

 教皇代理の男は気まずそうに頭をかいて、

 

「すまんが、俺が到着したときには既に中身はボロボロだったのよな。…科学サイドのことはよくわからんが、ほぼ復元不可能に近い状態だったのよ。」

「…マジか。」

 

 どうやら魔術に属する人間は随分と荒っぽい破壊を好むらしい、と悟は若干ずれた感想を抱きつつも、彼は銃の撃鉄を引き起こした。

 

「まあそんなに高くないからいいけどさ。」

 

 その内一つは量産可能だし。そう言って両手で包み込むようにして銃を持ち、天草式の面々と共にどこかも分からない地を駆けていく。

 

 ドゴォン‼という音と共に、大きな建物の壁を教皇代理の男が吹き飛ばした。

 中は、酷いものだった。上条が大勢のシスターに囲まれて、オルソラがその後ろにいた。

 悟の表情が一瞬消える。しかし直ぐに表情を復活させ、聖堂の中へと踏み込んだ。

 

「チッ…せりゃあ‼」

 

 すると、数人のシスター達が武器を構えて突っ込んできたので、悟はなるべく急所にあたるように銃弾を放ち、意識を刈り取る。

 

「乱戦状態じゃこいつも弱いな…」

 

 舌打ちして悟は銃弾を装填し直すと、弾かれたように()()()()()()()()()()()駆け出す。

 

「?いったい何を…」

「変・形ッ‼」

 

 悟がリボルバー銃の下部にあるスイッチをカチリ、と押す。すると銃身が三倍ぐらいの長さに伸び、まるでショットガンのような形へと様変わりする。悟は薄く笑うと、こう言った。

 

「リボルバーと変形は男の浪漫だ。感性を学べ若人…だったか。まあとにもかくにも、持つべきものは変形機構だな、うん」

 

 その言葉と同時に、数人のシスターが発砲音と共に吹き飛んだ。

 

「ヒャッハー‼」

 

 考えることを止めたのか手当たり次第に銃をあちこちに乱射していく悟。しかしその弾丸は一発も外すことなくシスター達を打ち抜いていく。

 

「チッ‼(数が多すぎなんだよ…)」

 

 しかし持っている分の銃弾をすべて使いきってもまだシスター達の数は多い。舌打ちをしつつ銃身をもとの長さに戻してベルトにぶっ刺し、素早く視線を走らせる。

 

「(棒、槍、メイス…ダメだどれも扱えねえ)」

 

 悟にとって使うことのできる武器と言えば棒、かろうじて槍やメイスが使えるかもしれないといった程度である。『多量能力』があれば多少どころかかなりのごり押しも可能ではある。しかし、現在虚数暗号は破壊済み。さっと目線を走らせても、能力の演算が流れ込んでくるような感覚はなかった。

 使えねえ、と吐き捨てるように自嘲し地を蹴って銃を引き抜くと手首のスナップをきかせてそれの銃身を掴む。そして迷うことなくシスターの頭に振り下ろそうとして。そしてシスターのメイスが悟に降り下ろされた。それを避け、そして。

 

「灰は灰に───」

「ッ‼」

 

 その声が響いたとたん、悟は弾かれたようにシスターへと向かう。

 

「塵は塵に───‼」

 

 暗殺者がナイフを持つときのような体制でシスターへと突っ込んでいく悟。そして…

 

「吸血殺しの───」

 

 銃を投げつけ、右へと全力で飛んだのだ。シスターは思わず手で顔を覆ってしまう。

 

「───紅十字ッ‼」

「しまっ──」

 

 シスターが顔を覆った手を離した瞬間、そこに炎の十字が飛来して爆発した。それを放った張本人であるステイル=マグヌスは、忌々しげにある方向を見据えていた。悟がその方向を見ると、そこには何事かを詠うかのごとく紡いでいくインデックスと、その回りに倒れているシスター達が。

 

「助かった。あっちはなかなかすげえことしてるが…」

「そんなことをいっている暇があるならさっさと倒せ能力者‼」

「わかってるよ…ああもう‼『解析』ッ‼」

 

 悟の銀色の目がぐるぐると動きだし、脳に様々な情報が叩き込まれていく。しばらく後、悟は頭をおさえ、舌打ちした。

 

「(クソッタレ…まだ『足りない』のかよ‼)」

 

 実を言うと虚数暗号を使わずとも『多量能力』を扱うことは可能である。しかし、無理矢理に演算をしようとすると最悪どちらの能力も暴走、死に至る恐れすらもある以上もっと情報を頭に叩き込んで思考力を高めていく必要があった。

 

「『再現開始』。発火能力、レベル2‼」

 

 しかしそうであっても、悟がやることは変わらない。敢えて口に出すことでイメージを固定しやすくし、悟はステイルが放ったものより幾分か火力の落ちた炎を放つ。それは何人かのシスターへとヒットするも、まともなダメージを与えることは叶わなかった。

 

「(チッ‼火力が足りねえな…)『再現開始』。記憶から情報を修正。加速操作、レベル──ッ!?」

 

 追撃と言わんばかりに演算を組み上げていくも、それは突如遮られた。シスター達が悲鳴を上げながら吹っ飛んでいったからである。何事かとそちらを見ると、インデックスが先程と同じく何かを紡いでいた。

 

「(魔術、か)」

 

 さっきからうるさいぐらいに入ってくる情報の大半は、いつものようなどうでもいい情報ではない。魔術という学園都市にはない、新しい概念の能力。

 

「覚えておけるかな…『再現開始』。」

 

 まるで詠うかのように、滑るかのように悟は呟く。

 

暴風車輪(バイオレンスドーナツ)、レベル1で出力。」

 

 ゴギャッ‼

 悟のメイスが、地面のアスファルトをえぐった音であった。続けざまにメイスを振るおうとし、シスターはその範囲から逃れようとする。しかし、メイスが不自然に空中で停止すると、向きを変え落下した。

 

 そして、それはシスターの腹部へ落下した。彼女はそのまま意識を失う。

 

「殺さないのよな?」

「最小限の動きで最大限の結果を得る…と、カッコつけてみるけど正直メイスで殴ったら死にそうなんでやめました、ハイ。」

「…随分温い事をするもんなのよな。」

 

 一応高1ですから、と嘯き、悟は再び地面を蹴ろうとする。しかしそれを、シスターの声が遮った。

 

「攻撃を重視、防御を軽視!玉砕覚悟で我らが主の敵を殲滅せよ‼」

 

 シスター達の動きがピタリと止まる。

 彼女達の表情が音もなく消え失せた。軍隊が敬礼するときのような呼吸の合いかたで衣服の中から万年筆を取りだし、

 

 それを、自らの耳に突き刺したのだ。

 

「ッ!?」

 

 悟の表情が、微かに歪む。ぐちゅり、というブドウのようなものを潰したときに出る音、耳の奥から流れる赤いナニかが、武器を構え直した彼女らの笑みが、彼女達の狂気を物語っていた。

 

「くそっ…!?」

「行くぞ‼」

 

 いち早く気付いたのは、ステイルと建宮、そして悟であった。ステイルが炎剣を用いて爆風を起こして攻撃し、悟はメイスを投げ捨て地を蹴った。

 

「『再現開始』‼」

 

 シスター達が爆風で吹き飛ばされているのを尻目に、悟は迷うことなく叫んだ。

 

「風力使い、肉体再生、各能力をレベル2で出力‼」

 

 インデックスの腰に手を回し、悟は大きく地を踏みしめる。

 

「ひゃわあ!?」

「喋んな舌を噛むぞ‼」

 

 即座に言い返すと、悟は地面に手を触れた。瞬間、ボンという音と共に地上数メートル程吹き飛ぶ。手頃な屋根に着地し、再び同じことをステイル達の居るところまで跳んだ。

 

「あ、ありがとうさとる…」

「礼なら助かってから言ってくれ…状況は一切変わってないんだから。」

 

 メイスを拾い上げ、悟は跳んだ衝撃で傷付いた肉体が修復されていくのを感じつつため息を吐く。肉体再生では、傷を癒すことはできても疲労まで治すことは叶わない。今この瞬間、一番足手まといになっていることを感じつつ、

 

「こっちだ‼」

 

 大きな両開きの扉を開け放って、上条は叫んだ。彼の後ろには傷だらけのオルソラ=アクィナスがおり、彼女は包帯を巻いた大時計の針を杖代わりにしていた。手負いの彼女を連れて逃げるのに限界を感じ、どこかに身を隠していたのであろう。

 ステイル、インデックス、建宮、悟の四人はギリギリで滑り込むことに成功した。上条が閉めると同時、黒樫の扉に次々と無数の刃が貫通した。

 

「こわー…」

 

 口の端をひきつらせながら呟いた悟。上条はへなへなと大理石の床に座り込み、

 

「とりあえず、全員無事みたいだけど……おい。歩けるか、オルソラ」

「心配性で、ございますね。そこまでひどい怪我は、負っていないのでございます。」

 

 弱々しく微笑んだオルソラに、上条の心がズキリと痛む。ウエストポーチに簡易救急セットが入っていたのだが、ローマ正教のシスターに破壊されているのでそれは叶わないのだろう。舌打ちする悟。仕方がないので、上条は強引に話題を変えようとする。

 

「で、これからどうするよ?」

 

 その問いに答えられるものはいなかった。

 

「…あるにはあるぞ。」

「本当か!?」

 

 悟は右の視界を紅く染めつつそう言った。先程から虚数暗号を使わずに別の能力を演算したせいで思考能力に大分付加がかかっており、身体中から変な汗をだらだらと流しながら悟は言った。

 

「まあその前にインデックスにちょっと聞きたいことがああるんだが。」

「…何をするつもりだい?」

 

 鋭い目で問いかけたステイルに、悟はこめかみを抑えて笑いながら、

 

「なあに。ちぃーっとばかし無理をするだけさ。」

 

 と、言ったのだった。

 

 

 

 バガァン‼という音と共に扉が破壊され、シスター達が宗教的に意味を持つ武器を持って『終油聖堂』に殺到する。しかし、そこにいたのはたった一人であった。

 

「世界は神が作ったというのがローマ正教の持論らしいが。」

 

 その一人…黒髪の中に若干白髪の混じった中性的な顔立ちをしている少年は、両手を広げ、シスター達へと問いを発していた。

 

「まあそれは間違いだー、何て言うつもりはないけど。それで人を延々追いかけ回すのは、また違うんじゃねーかな?」

 

 挑発的な物言いだったが、シスター達はその話を

止めることは出来なかった。

 

「まあ、そんなわけで────」

 

──ケース、未知の力。記憶より情報を参照。コード『天使の力』、出力23%。

 

 そこにいたのは『天使』だった。

 最も、天使というにはいささか違う部分が多すぎたが。

 まず、翼である。右側は純白の中に若干のノイズが走ったかのように歪んでおり、左側に至っては黒い翼が半分ぐらいで分解されたそばから再生を繰り返しているという異様なもの。

 次は天輪。色は透明…というより、『ない』と表現した方が適切であろう。それもまた、分解されたそばから再生を繰り返している。

 

「──ぶっ飛ばさせてもらうぜクソッタレ‼」

 

 少年…山峰 悟は、翼をバサリと広げて声高らかに宣言するのだった。

 

 

 

 上条以下聖堂にいたメンバーは、裏口から外へと逃げ出すことに成功していた。

 

「さとる、大丈夫かな…?」

 

 そう問いを発したのはインデックスだ。ステイルもそれに同調するように頷き、

 

「全くだ…いきなり天使の力を使いだすなんて」

 

 そう。悟が提案したのは至ってシンプル。

 

──確かインデックスは俺の能力を天使の力とやらが動力源になっていると言っていたな。それをどうにかして攻撃に転用して、俺がシスター達を食い止めている間にお前らが司令塔をドカン、簡単だろ?

 

 要は丁寧なごり押しである。

 悟らしからぬ攻撃的な作戦であったが、それほどまでに状況は一刻を争うのだろう、と上条は思う。

 

「でも、どれだけさとるが持つかわからないんだよ。早く司令塔を叩かないと‼」

「分かっているさ…上条当麻、君が司令塔を叩け。」

「…分かった‼」

 

 

 

「…何か感慨深いと言うかなんと言うか。」

 

 悟は、聖堂に置かれていた段ボールに腰掛けそんなことを呟いていた。彼の回りにはたくさんのシスター達が倒れており、彼女達は呻いているもののそこから動けるようには思えない。

 空に手を伸ばしながら、悟は笑みを作った。

 

「これが新たな『可能性』か…成る程。アレイスターの奴が手を出させたくなかっただけある。」

 

 ポツリ、と悟は呟く。翼は既に右側は完全なエメラルドグリーンに染まり、左側も純白に染まりつつあった。

 

「さて、と…上条の奴がさっさと司令塔を撃破してくれると嬉しいんだがな。」

 

 そう言って、悟は地に降り立った。

 

 

 

 アニェーゼ=サンクティスは、暗闇に染まる『婚姻聖堂』の中にいた。先程まで彼女の護衛をしていた十人ほどのシスター達は戦闘に加わり、今彼女の近くにいない。

 

「(それほど慌てる必要も無いのに、どうして緊張しちまうんですかね)」

 

 戦闘に加わるように命じたとき、笑顔すら浮かべて戦列へと加わっていったシスター達を思いながら、アニェーゼはため息を吐く。

 

「(おや?)」

 

 と、そこでアニェーゼは一つの足音を聞いた。足音の主は婚姻聖堂の扉を勢いよく開け放った。バン!!という大きな音が響く。

 そこには上条当麻が立っていた。しかし、アニェーゼは顔色を一切変えなかった。むしろ笑みさえ浮かべていた。つい先程とは同じ構図であるにも関わらず随分と様子が違い、彼の顔は疲労にまみれ、その体は傷だらけだったからだ。

 

「どう考えたってあれだけの人数を相手にしちまいながら、自由に敷地内を移動できるとは思えないんですけどね」

 

 対して、上条は荒い息を吐きながらも笑って、

 

「まあ、ちっとばかし作戦があるからな。」

 

 そう言った。アニェーゼは片目を閉じ、

 

「作戦?ああ。なるほどなるほど、そういう訳なんですか。なーんだ。あれだけ格好付けて登場しておきながら、仲間を囮にしちまったんですか。確かに、ウチの戦力がまんべんなくあなた達を襲っちまったら、一人もここまでたどり着けなかったでしょうけども、でも、例えば、ねえ?」

「………」

 

 意味ありげな語尾の上がり方に上条は黙りこむ。

 

「図星ですか。」

 

 それを肯定ととったアニェーゼは愉快そうにくつくつと喉を鳴らす。

 

「くっくっ。オルソラ=アクィナスは言ってましたよ。彼らは騙すのではなく信じることで行動する、とか何とか。あはは!まったく笑っちまいますよね、結局あなたは今こうして誰かを騙して囮に使ってここに立ってるってんですから。」

「いや」

 

 嘲るような声に、上条は悪意のない笑みを浮かべ、

 

「俺は信じてるよ、お前と違って。あいつらにはあいつらにしかできない事があって、俺にはそれができない。だから、他の役を与えてもらった。そんだけさ」

 

 上条は、右の拳を硬く握り締め、

 

「できればあいつらにも信じてもらえると嬉しいけどな。何の心配もしなくても、こっちの問題はこっちで片付けられるって」

「……、司令塔たる私を潰せば全攻撃を停止できると?よくもまぁ、そんな都合の良い想像ができますね。羊飼いの手を離れた子羊の群れは暴走するって相場が決まっちまってんのに」

 

 アニェーゼ=サンクティスは冷たい大理石の柱から背中を離す。

 彼女は床に転がっていた銀の杖を爪先で蹴り上げ、宙を舞う武器を武器を片手で掴み取ると、

 

「まぁ、良いでしょう。こっちも暇を持て余しちまってた所です。怠惰は罪ですからね、ここは一つあなたの希望を打ち砕いて手慰みといきましょうか!」

 

 そう言って、杖を構えた。同じように、上条当麻は右手の拳を握る。

 戦いが、始まった。

 

 

 

 

 

 山峰 悟は辺りを見回した。

 上条は司令塔であるシスターを潰しに行ったのだろう。辺りは倒れているシスター、戦う天草式しか見られなかった。

 

「……」

 

 バサリ、と悟は無言で翼を広げる。目で見れば、左側の八割がエメラルドグリーンへと染まり、二対目の翼が生えそうになっていることに気づいた。

 

──ふと、さっきまで頭を圧迫していた頭痛がなくなっていることに気づいた。

 

「……?(天使の力が頭痛を治める特効薬だったってことか?何ともメルヘンな話だな…)」

 

 彼の右手には、一本のメイスが握られていた。膨大な『天使の力』を注入されたせいで一種の霊装と化しているそれを軽く振る。たったそれだけで、こちらに向かっていたローマ正教のシスター達が吹き飛んだ。

 

「わお。」

 

 顔をひきつらせ、悟はメイスを腰に差す。

 

「『再現開始』…ん?」

 

 超能力を使って攻撃しようとしたところで、彼は違和感を感じた。演算を組み上げることが叶わなくなったからである。

 

「(『天使の力』はどうやら俺たちが普段使ってる超能力の領域から随分と逸脱しているっぽいな)」

 

 そう思考した悟は翼を引っ込めようとするも、背中辺りに鈍い痛みが走った。

 

「ッ、いってえな…」

 

 背中を突き破るような感触に顔をしかめつつ、悟は再び翼を広げた。3メートルを超える大きさを持つようになったそれを悟はちらりと見やって、駆け出した。

 

「おーいステイル、何やってんだ?」

 

 そこにはステイル、建宮、その他天草式の面々がいた。悟の方をちらりと見やると言った。

 

「丁度いい。…悟、コレに天使の力を通すことは?」

「あん?…やってみるけど何をするつもりなんだ?」

「すぐわかるさ」

 

 ステイルが見せた星のような図形が書かれた紙のようなものに手を触れて、コップに水を注ぐ感覚で天使の力を注いでいく。

 

 

 一方、炎に包まれた教会。

 

「「‼」」

 

 上条当麻とアニェーゼ=サンクティスの二人はお互いの顔を睨みつけていた。

 二人の距離はおよそ5メートル。近距離の拳でもアニェーゼの持つ遠距離の杖…名前を『蓮の杖(ロータスワンド)』というそれでも、どちらも一瞬で届く距離。互いが睨み合うその姿は、さながら時代劇の居合いや西部劇の早撃ちの瞬間を連想させた。

 両者の頬にぬるい汗がゆっくりと伝う。両者の神経がジリジリと焼き付く。両者の呼吸がはたと止まって、一秒がいくらにでも引き延ばされそうな気がして。

 

「ふん」

 

 と、アニェーゼはつまらなさそうに息を吐くと、唐突に天使の杖の構えを解いた。あまつさえ、上条から視線を外して辺りをゆっくりと見回す。

 一応はチャンスだが、しかし上条は安易に動かない。アニェーゼがわざと隙を作っている可能性もあるし、下手に動いて『蓮の杖』の餌食になれば終わりだ。一瞬の隙を狙い続ける上条に、アニェーゼはジロリと目玉だけを動かしてその顔を眺めて、言い放った。

 

「努力しようと頑張ってる最中申し訳ありませんけど、もう終わっちまったみたいですよ」

 

 上条は一瞬、何を言っているか理解できなかった。

 そして、遅れて気付く。

 静まり返った『婚姻聖堂』には、物音がなかった。あまりにも、完璧に、音らしい音は一つ残らず消え去っていた。まるで自分の他に何も物がない、そんな空間に閉じ込められてしまったように。

 それは単に、上条とアニェーゼが動きを止めた、それだけではない。

 外。

 

 ローマ正教のシスター達と、イギリス清教、天草式の混合部隊。双方合わせて300人以上の人間がこの『婚姻聖堂』の外にいるはずなのに、周囲を取り囲む音が全てまとめて消えていた。

 それが示す意味は、つまり。

 

「どうも、彼らが囮になって粘っている間に、あなたが司令塔たる私を倒して話を収めるつもりだったようですけど。…あなたの描いた幻想は、簡単に崩れちまったみてえですよ。」

 

 嘲るように言う彼女に、上条 当麻の右の拳から力が抜ける。

 

「ああ、そうだな。」

 

 じりじりと、頭が焼けるような感触とともに。上条当麻は、()()()()()()()()()()()

 

「お前の幻想は終わっちまったよ、アニェーゼ=サンクティス。」

 

 瞬間、婚姻聖堂の扉が弾けた。アニェーゼ=サンクティスは、それを見た。

 

 入ってきたのは自分の、見慣れた部隊の部下達ではない。

 イギリス清教のシスター、禁書目録とステイル=マグヌス。天草式十字凄教の教皇代理、建宮斎示と彼に抱き上げられたオルソラ=アクィナス。

 それから、あと二つ。

 ステイルの隣に、オレンジ色の炎に身を包んだ化け物が佇んでいる。アニェーゼは、それが『魔女狩りの王』であることを知らない。摂氏3000度を超え、回りにあるルーンを潰さない限りは永遠に再生し続ける怪物であることを知らない。

 そして、背中から4枚の翼を生やした天使のような存在。

 その内二枚は、透き通るかのようなエメラルドグリーンであった。その内の1枚は、まっさらな純白だった。その内の1枚は、黒く、蛇のようにうねる翼で。どう考えても天使にしか見えない容貌なのに、化け物と勘違いしてしまいそうな説得力が、そこにはあった。

 

「使用枚数は4300枚。」

 

 その横にいた赤髪の神父…ステイルは、歌うように告げる。

 

()()()()()()()()()()()()()が…天草式っていうのは凄いね。ルーンを貼りつける場所を使って、この教会自体を一つの巨大な魔方陣に作り上げてしまったんだから。それに、天使の力を通すことで何重にも魔方陣を練り上げる事で、同じ魔方陣を合わせ鏡のように共鳴させて威力を上昇。…こういった小細工は、僕には学びきれなさそうだ。」

 

 それに続くようにして天使、山峰 悟という名前を持つ少年は死んだ魚のような目でアニェーゼと、上条を見据えた。

 

「天使の力ってーのは、メチャメチャ扱いが難しい。高速で飛行機を飛ばすときのように、全力全開でぶっぱなしてないと体が破裂しかねん…らしい。だからちょっと弄らせてもらった。」

 

 彼の右手には、あのメイスが握られていた。

 

「避雷針の要領でこのメイスに天使の力を流して、この翼の制御を何とかしてみる」

 

 くるり、と悟はメイスを回す。

 

「インデックスが言うには、天使の力ってのは『属性』に応じた事しか出来ない。ただ、天使の力そのものを使って、付与みたいなことはできるらしい。別に()()()()()()()()()()()を使うのはこれが初めてじゃないし、むしろ得意分野だしな。…まあ完璧に制御できたってことでもないけれども」

 

 

 

「な…なっ…」

「だから言っただろ、作戦があるって。」

 

 上条は獰猛に笑って、

 

「こいつらは囮になるために逃げていたんじゃない。園内のあちこちにカードを配置してたってだけの話さ。…俺は魔術師じゃないから詳しい理屈は分からないけどな。」

 

 悟と違い、上条は『幻想殺し』を持っている。あらゆる異能力を打ち消すその能力では、魔力の通ったルーンの配置作業を手伝うことは出来ない。悟はルーンに天使の力を注入すれば終わりとはいえ、悟のみを囮には出来ないと、上条が提案した作戦である。

 だからこそ、上条は一人でアニェーゼに挑んだのだ。本当の狙いを悟らせず、玉砕覚悟でやって来たと錯覚させるために。

 

 いちいち説明せずとも、アニェーゼは大体の顛末を予測することが出来たらしい。杖を構え、彼女は叫ぶ。

 

「何をやっちまってんですか!数の上では私達が圧倒的に有利です‼まとめて潰しにかかれば、こんなヤツら取るに足らねえんですよ‼」

 

 そう。いくらステイルが『魔女狩りの王』を使おうと、悟が天使の力を扱おうと。上条達とローマ正教のシスター達の数の差は決して埋められない。あんなにボロボロな一行、すぐに瓦解してしまうのに、それでもなお、シスター達は動けずにいた。

 

「何でっ…!」

 

 思わず部下を怒鳴り付けたくなるアニェーゼだったが、彼女も原因には気付いていた。

 すなわち、不審。

 頭の中ではアニェーゼの言っていることが理論的には正しいと分かっていた。それでも、心のどこかでそれを信じられなかった。

 

──彼らは、信じることで行動する。

──それに比べて、私達ローマ正教の何と醜いことか。

 

 そう思ってしまえば、もう止まらない。不信は疑念を生み、行動を鈍らせる。それが、この状況を生み出したただ一つの原因だった。

 

「『信じる者は救われる』…面白い、じゃねえですか。」

 

 アニェーゼは、そう言って唇を噛んだ。

 例えそうだとしても、天秤がギリギリの状態を保っているなら、今目の前の少年を叩きのめせばいい。しかしそれは上条も同じことで。

 詰まるところ、一対一だった。

 

「(どう、────する…)」

 

 限りなく孤独に近い両者は、じりじりと間合いを計りながら、しかし片方には、珠のような汗が浮かんでいて。

 

「(タイミングは?踏み込みは?術式は?…何をどう選べばいい!?)」

 

 でも、でも、でも。

 

 次々と並ぶ選択肢が消されていく。疑念が、心を覆いつくしていっていた。

 

「終わりだ、アニェーゼ。」

 

 向かいから、迷いのない声がした。

 

「テメェももう分かってんだろ。テメェの幻想は、とっくの昔に殺されてたんだよ」

 

 ややあって、ステイルが吸っていた煙草を無造作に横に投げ捨てる。

 それが、開戦の狼煙となった。

 右の拳を握りしめ、上条は駆け出す。

 

「(何を、何をすれば─────ぁ、うぁああ!?)」

 

 アニェーゼの心の中で、何かが弾けた。崩壊しそうな心の中、半ば泣きそうになりながら杖を振るう。

 

 ガン‼という音がして、その人物の手から力が抜ける。

 

 どちらが勝利したかなど、決まっていた。



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閑話 次の事件へのプロローグ

「ええい‼こいつとは何もねーって言ってんだろうがクソッタレがァ‼」

 悟は自らの沸点を完全に突破させたらしく、彼は病院でうがー!と叫び声を上げていた。

「…ンだァ?アイツ。」

 第一位が冷めた目でそれを見つめる中、

「んみゅう…」
「あわわ、病院で病人以外が寝ちゃいけないよってミサカはミサカは厳重注意!」

 彼の後ろには打ち止めことラストオーダー。そして、黒髪のお団子を左右に揃え、ミニスカートに黒いストッキング、そしてサマーセーターを着た少女が、静かに寝息をたてようとしていた。


「君にお客様だね?」

 

 そう、始まりは数時間前。全身打撲と足の筋肉がぶっ壊れかけていること、全身が筋肉痛となっている悟は入院と相成っていた。

 

「俺にですか?」

 

 そう言ってリンゴを飲み込む少年こと悟は病人の着るであろう服に身を包み、若干混じった白髪をポリポリとかいていた。

 

「海人の野郎ォか?」

 

 読んでいた本から目を離し、気だるそうな言葉を吐いたのは悟と同じ病室である一方通行と呼ばれる少年だ。学園都市第一位という称号を持つ彼は病室のベッドの上に靴を履いたまま寝転がるという何とも行儀の悪い事をしながらブラックのコーヒーを飲んでいる。

 カエル顔の医者…冥土返しというあだ名を頂戴している彼はいや、と首を降った。

 

「何でも『周期お兄ちゃんのお見舞いに来ました』と言っているようだけれど…心当たりはあるかい?」

「帰らせてもらっても?」

「帰らせるも何ももう部屋の前に来て、そして飲み物を買いに行ってしまったんだね?」

 

 マズイ。

 全身から変な汗を流しつつ、悟はそんなことを思った。正直な話心当たりがありすぎて困るのだが、ここで彼女と鉢合わせると面倒くさいことになること請け合いである。

 

「周期だァ?人違いなンじゃねェか?」

 

 一方通行は怪訝な目でそう言う。今この場所にいるのは悟、一方通行、冥土返し、そして打ち止めの4人である。周期という名を持つ人物など存在していないのであった。

 

 コンコン。

 と、そこで控えめなノックが響く。悟はビクゥッ‼と体を跳ねさせ、全身から謎の汗を流していた。

 

「おや?来たみたいだね?」

「おい待て逃げようとしてンじゃねェよお前。」

 

 窓を開けて飛び出そうとした悟を一方通行が襟首を掴んで引き留める。ぐえっ、というカエルが潰れたかのような声を出す彼であったが、それであってもジタバタともがいている。

 

「…打ち止め。」

「りょうかーい、ってミサカはミサカはアイコンタクトで得たことを実行してみる!」

「げぶ!?」

 

 一方通行が視線を送ると学園都市第三位『超電磁砲(レールガン)』にそっくりであるものの見た目十歳位の少女が悟に微弱な電気を流して気絶させた。彼女の名前は打ち止めといい、超電磁砲のクローン、妹達と呼ばれる存在の最終ナンバーである。

 

「な、何をするだァーッ‼」

 

 一瞬で復活すると一方通行と打ち止めに詰め寄る悟。対して二人はニヤニヤ笑うと、

 

「いやー、テメェをこンなに焦らせるヤツがどンなヤツか見てみたくなってなァ」

「私も!って、ミサカはミサカは右手を上げて同意!」

「お前らマジふざけん────

 

 悟の言葉が続いたのはそこまでだった。ガラガラ、という控えめな音とともに、病室に飛び込んでくる一人の影が。電気ビリビリによって何時もより反応速度が落ちている悟は避けきることもできずその体当たりを喰らってしまう。

 

「ぐほっ!?」

 

 50センチメートル程吹っ飛び、仰向けに倒れる悟。頭はギリギリで守ることに成功したものの、逃げるのに失敗した彼はゆっくりと体を起こす。

 

 

 

 

 そこにいたのは、一人の少女であった。黒い髪をお団子にし、黒のストッキングにミニスカート、そして白と青のボーダーのあるサマーセーターを着ている。

 

「お、おーい『円周』さーん?」

 

 悟が、おそるおそるといった様子で声をかける。円周と呼ばれた少女はゆっくりと顔を上げ、

 

「…周期お兄ちゃん」

 

 少し感情の起伏がないような瞳で、しかししっかりと悟の目を見据えて。そう、言ったのだ。

 

「俺は周期じゃねーっての」

 

 呆れたようにそう言って、でこぴんを一つ。

 

「あう」

「早よどけ…見舞いに来たんだろ?」

「うん」

 

 円周と呼ばれた少女は、そう言って立ち上がる。悟は彼女が離れた後に気だるげに立ち上がり、ベッドに腰かけた。

 

「おーい悟っちーっ‼」

「!?マズイヤツが来た‼」

 

 ガラガラ‼という先程の円周が開けたときよりも若干大きな音が鳴った瞬間、悟はものすごいスピードでカーテンを閉める。

 中から一方通行の抗議の声と打ち止めの驚いた声が聞こえてくるがそれらをつとめて意識の外に追いやり、悟はベッドに寝転がった。この間僅か0.01秒。神業である。

 

「やっほい!このオレがお見舞いに来てやったんだぜい‼」

「帰れ。家じゃなく土に還れッ‼」

 

 指を突き立ててそう言った悟。しかし相手…土御門 元春はにゃははー、と笑うだけで相手にしない。

 悟としては円周の存在がバレると非っっ常に面倒くさい事になることは確定的に明らかなので、願わくばこのまま円周には隠れていて欲しい所である。

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「ちょっ、おまっ、出てくんな…」

 

 しかしそこはちょっとばかり常識が抜けている円周である、すぐにカーテンの下から出てきてしまった。悟は慌てて押し戻そうとするも、時すでに遅し。

 土御門はぷるぷると震えたかと思うと、ズビシ‼という音とともに円周を指差した。

 

「おいテメエこの娘はどういうことだ‼」

「知り合いの娘さんだコンチクショー‼見舞いに来てもらってるんですぅー‼」

 

 鋭く視線を送る土御門に全力で否定を返す悟。

 

「妹、しかも義理ときたか‼キサマ、生きて帰れると思わないで欲しいにゃーッ‼」

「…(ピーーーーーーー)野郎」

 

 思い付く限りの罵倒を並べた悟は素早く立ち上がり、土御門を排除すべく動き出す…

 

 

 

 

 

「クソッタレ…アヤツのどこにあんな力が…」

 

 そして、今に至る。

 土御門を排除することに失敗した悟は荒い息を吐きながらベッドに寝転がっていた。体を無理して動かしたために怪我が悪化したのである。ちなみにあの後円周はふらっと帰ってしまった。

 

「『再現開始』…つっ。」

 

 肉体再生(オートリバース)の演算を組み上げようとするも、唐突に頭痛がする。天使の力(テレズマ)を展開した影響だろうか。悟はベッドに寝転がると、思考を開始した…

 

 

 

 

 

 学舎の園。第七学区にあるというそこは学園都市の中でもトップクラスのお嬢様学校の集まる町である。そんな町であるからこそ、セキュリティも厳重になっている。

 

 

「ふわああ…」

 

 しかし、『彼女』は明らかに学舎の園の人間ではない。ボーダーのシャツにホットパンツというラフな格好をしている『彼女』は大きな欠伸をひとつして、歩いていく。その行動はこの学舎の園において異質とさえ言える行動であるが、回りの人間は一切彼女に気がついていない。

 彼女の名前は凪川 華。悟の先輩である海人の正真正銘義理の妹である。彼女は今、ある事情からこの学舎の園に侵入しているのだ。

 

 彼女はふと携帯を取りだし、操作を始める。

 

「…えへへっ。」

 

 にへら、と笑う彼女の見ている画面にはベッドに寝転がる顔立ちの整った少年…凪川 海人が。

 実は彼女、悟程ではないがかなりの情報処理能力を持ち、この町にある『滞空回線(アンダーライン)』というナノデバイスをある程度掌握しているのだ。───使い道が海人の動向の監視、という時点でちょっとどころかかなり残念な少女である華だが、それには気づかず町を歩いていく。

 

「───っと。ごめんなさいね。」

「いえ…おや?」

 

 携帯電話の画面を見ながら歩いていたためか、華は人とぶつかってしまう。

 そのツインテールの少女は華を見て怪訝な目をした。どうやら学舎の園の住人でない華を警戒しているようだ。

 

「何か?」

「すみませんが私、風紀委員の白井 黒子と申しますの。…もし差し支えなければお名前の方お伺いしても宜しいでしょうか?」

 

 華は内心で納得した。風紀委員は学園都市の、それも能力者専門で治安維持を行う組織だ。彼女の愛しの海人も所属している組織である。

 

「凪川 華。霧ヶ丘女学院の1年生よ。ここに来たのは…まあ友人からの招待、って所かしら?」

 

 嘘は言っていない。例え悟のクラスメートである吹寄 制理より立派なモノをお持ちであろうと、ちょっとどころじゃ済まされないほどのヤンデレであろうと、華は紛うこと無き高校1年生である。白井ははあ、と生返事をして言葉を続ける。

 

「ではそのご学友の方は?」

「門の方で待っててくれるはずだったんだけど…急にメールが入っちゃってね。寮の方で待ち合わせすることになったの。メール見る?」

「ああいえ。大丈夫ですわ。お引き止めして申し訳ありません。」

 

 白井は華に頭を下げてその場から立ち去っていく。華はそれを見送ると、再び人混みに消えていくのだった…

 

 

 

 

『────さて、と。君を呼んだのは他でもない。』

 

 学園都市のとある場所にあると言われている『窓の無いビル』。そこには二つの存在があった。

 一つは、緑色の手術着を纏った『人間』アレイスター・クロウリー。男にも女にも、大人にも子供にも、聖人にも囚人にも見える彼は、ここではないどこかを見つめていた。

 

「『歯車』なら、君の想定内の成長を遂げているよ。…ストロビラにもいずれ気付くだろうね。」

『それなんだが──仮想敵に『歯車』を加えて欲しい。』

「何だと?」

 

 もう一つの存在…ダンディーな声を持ち、葉巻をふかすソレは、アレイスターの言葉に眉をひそめる。元々、彼はイレギュラーな存在に対する安全弁となっている。

 例えば死なない魔術師であるレディリー=ダングルロード、このビルの地下に封印されているフロイライン=クロイトゥーネ、そしてコードネーム『ドラゴン』。有り体に言ってしまえば化け物達の集まりである。そんな中に、たかが歯車を放り込むと?

 

『疑問に思うかもしれない。』

 

 それを知ってか知らずか、アレイスターは自嘲じみた笑みを浮かべた。

 

『だが、彼の性質が些か裏目に出たようだ。』

「…確か、『収束点』だったかな?イレギュラーを一つに纏めることで観測しやすくしてしまおうという。」

 

 そうだ、とアレイスターは頷いた。

 

『彼の強さの本質は魔術にある。より正確に言うならば、ありとあらゆるものを解析できてしまう、という一点に尽きるだろうね。()()()()()()()()()君をぶつけておけば例えストロビラに気付こうと倒すことは可能だろう。…だが、彼は幸か不幸か魔術に触れてしまった。』

「『歯車』が魔術を使うと?それこそあり得ないだろう。アレにだってリスクとリターンをかける天秤ぐらい備わっているはずだろう?」

『そこではない。問題は魔術サイドに彼がありとあらゆるものを解析する能力を持っている事がバレたということだ。』

 

 もう一つの存在が、息を呑む。つまり、アレイスターの言いたいこととは…

 

「───操られた『歯車』を倒すための、か。」

対魔術式駆動鎧(A,A,A)さえあれば可能なはずだが、念には念を入れておくべきだ。もし彼が魔神の領域に至ってしまえば、ソレだけで私達は彼を滅ぼさなければならなくなる。』

 

 というより、歯車はこれまで魔神になるチャンスなどいくらでもあった。今までそれはストロビラを使用して防ぐことができていたが、これからストロビラに気付かれて魔神の領域に突っ込んでしまった場合…

 

『そう言えば、彼を歯車へと推薦したのは君だったな。』

 

 ポツリ、とアレイスターが呟いた。彼は思い出す。この都市では珍しい、解析系統の能力を持つ少年。彼の眼にはなにも写っていなかった事を。

 

「彼の眼は、存在しているだけで他人の過去を観測し続ける。それは善悪で言えば悪に当たることだが、改善しようと努力しているのは好悪で言えば好ましい。世界中の現在を観測し続ける事は、善悪の判別はつかないがね。」

 

 ふぅーっ、とその存在は葉巻をふかす。どうしようもなく狂っている都市で、唯一その精神を壊されることなく、外の常識で物事を判別し続ける存在。…ソレゆえの歯車。

 

『彼が己を確立したとき、果たして彼はどの方向に転ぶのだろうね?』

「さあな。ただ言えるとすれば──

 

 そして、化け物達の話し合いが終わったとき──

 

 

『「───彼がどうしようもなく狂ったとき、だな。」』

 

 ───次の物語が始まる。




 オリジナルキャラ紹介

 名前:山峰 悟(やまみね さとる)

 能力:天地解析(LEVEL3)

 学園都市に通う学生。全体的には黒いものの白髪がメッシュのように混じった中性的な顔立ちの少年。
 第七学区、一方通行のお隣さんとして暮らしており、第十学区の風紀委員第132支部に所属。

《天地解析》
 一言で言うと『五感の知覚可能な範囲に入ったものを全て無条件で解析する』能力。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚だけでなく第六感等でも(精度は落ちるが)解析自体は可能。

《眼を持つもの》
 悟の天地解析の動力源になっていた天使の力。アレイスター曰く属性は『解析』らしい。
 使用するとエメラルドグリーンの翼が生える。攻撃方法は今のところ天使の力そのものを飛ばす事のみ。

《多量能力》

 悟の扱う多重能力モドキ。能力者に見られる演算そのものを解析してコピーすることによって、一時的に能力をコピーするというもの。その性質上、悟一人で何百通りもの演算を組み上げる必要があり、デバイスによる補助を受けなければ三種類ぐらいの能力を発現すると頭痛が凄いことになる。





 名前:凪川 海人(なぎかわ かいと)

 能力:加速操作(LEVEL4)

 悟と同じく学園都市に暮らす学生。長点上機学園の高校3年生。茶色の髪に青い瞳、整った顔立ちをしている。(悟曰く「全ての男の敵」。)
 風紀委員第132支部に所属し、主に実動隊の仕事を引き受けている。

《加速操作》
 ありとあらゆる物体の加速率を操作する能力。ただし、効果範囲は自らの触れたものか自分のみ。しかも自分に使うと結構な負担が来るので、常に竹串をポケットの中にいれている。





 名前:凪川 華(なぎかわ はな)

 能力:融点操作(レベル4)

 学園都市に暮らす女学生。霧ヶ丘女学院に所属しているものの、海人の周囲に華の単位が不安になる程度には出没する。
 いわゆるヤンデレというやつで、今日も海人の胃を痛める原因になっているが、本人にその自覚はない。

《融点操作》
 自分を中心とした半径20メートルの物体の温度を-20度から1500度程度まで操れる。結構繊細な操作も可能。


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九月十四日 表の裏で起こる事件は

お久しぶりです…今回の話は中々書くのが難しく、遅れてしまいました。申し訳ありません。


 さて、本日九月十四日は、能力測定(システムスキャン)が行われる日である。残暑厳しい日差しのなか、学生達は汗水垂らして必死に能力を測定している訳だが…

 

「…」

 

 その少年…山峰 悟は、薄暗い部屋のなかで何かのフラッシュメモリのような物を見ていた。

 

「『幻想神手』…こりゃまた厄介な物を作ってくれちゃってなあ…」

 

 金色の瞳を光らせ、そう呟いていた。

 

 

 

「──っつー訳で、俺みたいな珍しい能力を持っている場合、基準が分からないから『大体これぐらいじゃね?』といった感じで能力のレベルを決めているという訳です。」

「へー…そうだったんですか。」

 

 風紀委員第132支部。そこでは『能力レベルの決め方』と大きく書かれているホワイトボードの前に立っている悟が、風紀委員第177支部所属の固法 美偉と佐天 涙子に授業を行っていた。

 学園都市の中で一番治安が悪いと言われている第十学区だが、風紀委員の腕章を着けている場合、それは嘘になる。

 何故ならば、『風紀委員に手を出す=海人からの処刑を受ける』という方程式が第十学区の不良たちに刻みつけられているからだ。その為、佐天のような無能力者であろうと第十学区での安全は約束されている。

 

「私の透視能力(クレアボイアンス)も、他に持っている人は少ないもの。空間転移(テレポート)みたいに、『自分の体を転移させることが出来ればレベル4相当』何て言う明確な基準が定められている訳じゃないものね。」

「ま、そう言うことです。それに肉体変化(メタモルフォーゼ)とかになってくると、学園都市に3人しかいませんしね。」

 

 固法の言葉に頷いてホワイトボードにペンを走らせようとする悟。しかし、それを電話の音が遮った。

 

「はい、こちら風紀委員132支部…え?…はぁ、第二十二学区で。了解しました、すぐに向かいます。」

 

 ピッ、と携帯の通話終了ボタンを押して固法達に向き直る悟。

 

「どうやら第二十二学区で盗難事件があったそうです。海人先輩は今学校ですし、固法先輩には海人先輩に連絡をお願いしても宜しいでしょうか?」

「ええ、良いわよ。」

「すみません佐天さん。こんなことになってしまって…」

「い、いえいえ大丈夫です!」

 

 わたわたと手を振る佐天にもう一度頭を下げて、悟は腕章を右腕に装着する。

 

 そして、ドアが開かれると同時に駆け出した。

 

 

 

「ほっ、よっ、はっ。」

 

 軽快な掛け声と共に、学園都市のビルとビルの間を駆けていく悟。金色の目をしている彼は今イヤホンをかけている…すなわち、多量能力を発現することによってビルとビルの間を駆けていた。

 

「ふっ、はっ、せいっ!」

 

 ビッ、ビッ、ビッという空気を切る短い音。加速操作を使いつつ透視能力を使用することで索敵を行い、ふと怪しい集団を見つけた。

 

「(ほーん…何ともテンプレ染みた三下で…)」

 

 彼等は数台の黒いワンボックスカー、その中心に一台の護送車をおいていた。透視能力で中に一人の男がいることが分かっている。

 悟はサングラスと帽子で顔を隠しているためバレる事はないだろうとタカをくくり、演算を組み上げていく。

 

「な、何だお前は!?」

「…」

 

 男達の車の中心にある護送車。そのボンネットの上に転移して、フロントガラスに手を触れ、それを転移させる。

 

「ふっ‼」

「ぐあああっ‼」

 

 運転手の男を気絶させてブレーキを踏む。タイヤのゴムがアスファルトを擦る音とともに、護送車の後ろにあった車を破壊する。

 

「なっ!?」

 

 気絶した後ろの車の運転手と護送車の運転手を掴みつつ、近くのビルへと向かう。

 後ろから断続的な発砲音が聞こえてくるが、それらが悟に当たることはない。

 

「ッ…あっぶねえ‼」

 

 『偏光能力(トリックアート)』で位置をずらしていたもの、マシンピストルのフルオート射撃はギリギリだった。

 

「オルァッ‼」

「がっ!?」

 

 他人の位置情報を元に自らの体を転移させる位置を逆算。演算をなるべく楽に行えるようにしつつ、マシンピストルを撃ち続けていた男に後ろからドロップキックをかます。

 

 そのままマシンピストルを奪い取り、先程運転手を投げ捨てたのと反対の方向へと素早く投げ捨てる。

 後の二人は即座に逃走を図ったのか二台の車がいなくなっていた。

 

「(仕留め損ねたか…)」

 

 舌打ちしながらそんなことを思って、護送車の後ろのドアを開け放つ。

 

 中は薄暗く、太陽が照りつけているこの時間であっても普通の人間ならば目をならすのに若干時間がかかっただろう。

 

「おいおい…嘘だろ?」

 

 しかし、悟の意識は既に別のところに向かっていた。

 

「…何故おまえがいる」

「こっちの台詞だよソレは…

 

 

…天井 亜雄さん?」

 

 

 

 

 

「んーっ…ああ」

 

 非常にいい笑顔でそう言い放った少年というより青年…海人は今、風紀委員の定期パトロールに来ていた。

 と言うのも、彼はこの作業を非常に嫌っている。何が悲しくてこんな暑い中野郎一人でパトロールをしなくてはならないのだろうか。

 因みにこの事を口に出すと華がどこからともなく表れる上に何をしてくるのかがわからないので絶対に言う気は無い。前は急速に意識を失った上にいつの間にか華が隣で寝ており、戸惑う海人に一言。

 

『昨夜はとっても楽しかったね♪』

 

 かなり恐怖を感じた。

 

「すみません」

「ほいほい、何でございましょう?」

 

 と、そこで海人は何者かに呼び止められる。そちらの方を向くと、そこには一人の少女が。

 

「第十学区というのはここで合っているのでしょうか、とミサカは辺りを見回しながら質問します。」

 

 その少女は、常盤台の制服に身を包み、焦点の合っていない目をしている少女だった。

 

「(『超電磁砲(レールガン)』…?何でこんなところに?)そうだけど…こんなところに何か用なのか?」

「ええ。そうです。内容についてはミサカ妹達のネットワーク間で満場一致で機密にすることが決定付けられている為にお話しすることはできませんが、とミサカは釘を刺しておきます。」

「(ネットワークって何?)ま、まあ気をつけてな。アンタなら心配はないと思うけれど…」

 

 そう言ってその場を離れた海人。

 彼は知るよしもない。その少女が、学園都市第三位『超電磁砲』のクローンとして生まれた少女であることに。一方通行が犯した罪、それを償う相手であることに。とあるツンツン頭の少年に、生きる意味を与えてもらった存在であることに。

 

 

 

 

 かくして、事件は始まりを告げる。そこにあるのは、各々の目的、信念、想い…そんな『感情』であった。

 いつも通りにツンツン頭の少年はそれに巻き込まれ、全てを見通す少年はその事件の裏側で活躍しているに過ぎない。

 

 たとえそうであったとしても、これより語られるのは『裏側』の事件、その全てであることに変わりは無いのだから。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 お気楽な様子で扉を開け放った一人の少年、山峰 悟は靴を素早く脱ぐと部屋のなかに入っていく。

 

「ん?どうした?さっさと入ってこいよ。」

「…いや、なぜお前の家に上がる必要があるんだ?」

 

 眉をひそめてそう言ったのは、天井 亜雄という名前を持つ研究者だ。彼は薄汚れた白衣を若干はためかせながら、悟に呆れたような目を向けている。悟はひらひらと手を振って言った。

 

「いや、学園都市の中じゃ()()()()()()()()()だからな。秘密の話し合いをするなら、この場所が丁度良いわけだ。」

 

 かつて悟は、その目をもって彼の部屋に存在する『滞空回線』を全て排除したことがある。それ以降、いろんなものを使って滞空回線等の諜報機械類を全て排除しているので、結果的に学園都市で一番安全な部屋、という称号を得てしまった訳である。

 

「…そんなものなのか?」

「そんなもんだ。ちゃちゃっとかけてくれ。」

 

 顎でしゃくって座布団を示し、台所にお茶を入れにいく悟。多少戸惑っていたものの、天井は直ぐに腰を下ろした。

 

「ほい…どうかしたか?」

「いや、あのグローブのような物に若干見覚えがあってな…」

 

 そう言って天井が指さしたのは悟のパソコンの横に置かれている金属製のグローブのようなものだった。人差し指と中指にはガラスで出来た長い爪のようなものがついていて、そのガラスの爪の中に、さらに細い金属の杭のようなパーツが収まっている。また、手の甲から手首の部分にはスマートフォンのモニタのようなモノがついている。

 

「ああこれ?何年か前に作ったんだけど。電子をつまむ為の機械なんだけどさー、不具合が多くて…今修理してるんだけど、それがどうかした?」

「…いや、何でもない。」

 

 まるで頭痛を堪えているかのような天井の行動に首をかしげる悟だったが、お茶を自分と天井の前に置いて、

 

「さて…じゃあ、どういう事か説明してくれ。」

「ああ。といっても、どこから話せばいいか…妹達(シスターズ)を作り出した実験を知っているか?」

「超電磁砲のクローンを量産するっつー計画だろ?そんぐらい知ってる。」

 

 なら話は早い、と言って天井は話し出した。

 

「その計画の副産物として、ミサカネットワークというものがあってな。20000人の妹達を繋ぐネットワークなんだが…どうやら、ソレを利用して私に何かをさせようとしていたらしい。」

「何か、ってーのは分かるのか?」

 

 いや、と言って天井は首を振った。悟の入れたお茶を飲み、再び話し出す。

 

「私は絶対能力者進化計画のような裏の奥深くにある事件を多くを担当している。それに、連中は『幻想神手』とかいうものにも手を付けているらしい。」

「『幻想神手』つったら、幻想御手の強化版とかいう噂が流れてるヤツだろう?」

 

 九月の始めに悟が見つけた幻想神手なのだが、調べていく内に色々な事が分かった。

 

────曰く、幻想御手を使ったときよりも大きくレベルが上昇する。

 

 実際、海人が最近能力者達のレベルが上がってきた気がする、とボヤいていたのを悟は覚えていた。まるで夏の幻想御手の時のようである、とも。

 

────曰く、気を失うという副作用を持たない。

 

 これは幻想御手と大きく違う点であると言えるだろう。かつての幻想御手では、能力者自身の演算キャパシティを越えるレベルの演算をしてしまうため、二日から三日程度で昏倒してしまうのだ。それはないということは、好きなだけレベルの上がった能力を使用することができる、という事になるのだろう。

 

「(…もっとも、副作用がない訳じゃないんだがな。)」

 

 と、内心で舌打ちをする悟。彼がここ一週間で調べて分かった事だが、一見完璧に見える幻想神手にも副作用がある。

 

 と言うのも、副作用というのは驚異的な依存性の他複数あり、幻想神手をめぐった事件が多発している。特に悟の担当している第十学区にその被害は集中しており、海人のパトロールの頻度が増えているのもこれが原因である。

 

「続けても構わないか?」

「ああ、大丈夫だ。」

「そうか…ここからは仮説になってしまうが、連中は何かを盗み出そうとしているのではないだろうか?」

「?どういう事だ?」

「知っての通り、学園都市は外からのセキュリティは頑丈でも、内からのセキュリティは脆弱だ。内部から何かを持ち出そうとするのは簡単だろう。そして、それが例えば小さなものであるなら尚更だ」

 

 

「───例えば、樹系図の設計者の『残骸(レムナント)』のようなものってところか?」

 

 

 

 

 

「さーてさてさて…久し振りのフル装備だ。」

 

 コキリ、と首を鳴らす悟。今の彼はサングラス、帽子、リネンシャツ、さらに右腕に修理した電子をつまむ為の機械を、背中にはリュックサックを背負っていた。

 リュックサックの中には銃火器等が入っており、彼の様相はまるで学園都市に喧嘩を売りにいくかのようである。

 一応言っておくと、彼がもし学園都市に喧嘩を売りにいくとするならば家の自室に引きこもってパソコンをいじるだけで事足りる。彼がこんな武装をしているのはあくまでも残骸を破壊するためであって、多量能力と銃火器を駆使して徹底的に残骸を盗んだ犯人を追い詰める腹積もりである。

 

「…(さて、と。)」

 

 ビルの上から辺りを見回して、残骸を盗んだ犯人がどこにいるかを確かめようとする悟。しかし…

 

───彼の右肩に、針が一本突き刺さった。

 

「ッ…」

「あら、咄嗟にズラすだなんて。流石は噂の『多重能力者』ってところかしら?」

 

 振り返ると、そこには一人の少女が。その少女は、頭の後ろで髪を束ね、キャリーケースを右手に持っている。

 

「(『案内人』か…こりゃあ大当りだ、コイツが恐らく残骸を盗んだんだろうな)」

 

 スッ、と悟は右肩に刺さった針を引き抜いた。空間転移系統の能力者は複数いるが、その中でも、数多の能力を扱う悟に気づかれることなく物体を転移させる能力者等一人しかいない。

 

「結標 淡希…まさか下手人が案内人だとは思わなかったぞ。」

「あら、もしかして上は多重能力者の開発に成功したのかしら?」

 

 シニカルな笑みと共に首を傾げた少女の名前は結標 淡希。学園都市の中心、『窓のないビル』への案内人である。

 彼女はキャリーケースを持っていた手と反対の手に持っていた軍用ライトを悟へと向けてきた。

 

「────ッ‼」

 

 即座に右に飛ぶ。先程まで自分が立っていた場所に数本の針が突き刺さっていることに軽くゾッとしつつも反撃しようとする。

 

 しかし、結標はすでにそこには居なかった。

 

「チッ…」

 

 舌打ちをして、悟はこめかみに人差し指を押し当てる。

 

「コードナンバー36。『空間転移』」

 

 そう呟くと、悟は右手の機械のモニタを操作し始める。

 

「ヘイヘイ天井さん、お相手のバックは分かったかにゃーん?」

『まだ調べ中だ…というか、その口調はなんだ?』

「今ちょっと色んな所から情報仕入れてるから頭の処理力が追い付いてないっぽい?」

『何故疑問形なんだ?』

「コレ、完全ランダムなンだよなァ。結局、こンな口調で会話するしかないって訳なンで。どうぞ『諦めて』くれ」

 

 そう言いながらも、彼はビルの階段を下るべく歩き出すのであった…

 

 

 

 

 

 

「盗まれた?」

『ハイ、申し訳ございません。急に渋滞が発生して…』

「ケースにGPSはついてる?」

『勿論です。』

「じゃあ位置コードを送りなさい。私がアレを破壊してくるわ。」

『…承知しました。』

 

 どこかの部屋の中。そこには二つの影があった。片方の影が無線機を仕舞うと同時、もう一つの影が蠢く。

 

「と、言うわけでちょっと壊してくる。」

「『破壊』じゃなくて『回収』じゃなかったかしらあ?」

「『回収』より『破壊』の方が確実性があるもの。」

 

 冷ややかに、吐き捨てるようにそう言う影。ソレはゆったりとした足取りで、どこかへと消えていくのであった…




次回も遅れるかもしれませんが、これからもどうぞ本作をよろしくお願い致します。


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九月十四日 少女の決意と多重能力者

お待たせしました(白目)


「つったって、どうしたもんかねえ…」

 

 そう呟きながらも、夜の学園都市を駆けていく悟。駆けていく、と言っても空間転移を使用して短い距離を次々と転移して行くだけだが。

 

「(初春にも白井にも繋がらないし、なーんか嫌な予感がするんだよなー…)」

 

 無駄に洗練された勘を無駄に発揮しつつ、悟はレッグホルスターに入った銃器を見る。日々科学が発展している学園都市では珍しい、普通の『外』の銃器だった。

 悟がこれらを選んだ理由は特にない。強いて言うなら浪漫である。今回相方を勤めるどこぞの研究者には呆れを多分に含んだ視線で見られたが、そんなことはどうだっていいのだ。大事なのは浪漫と火力、それだけである。

 

「…ん?」

 

 ふと、悟は近くの路地裏から電撃の音を聞いた。気になった彼は『偏光能力(トリックアート)』で姿を消し、そこへ行ってみることにした。

 

 

 

 

 

 指先から電撃が走った。工事現場に放置されていたのであろう鉄骨を突き破り、それを盾にしていた人々へと衝撃を与える。

 風力使い(エアロシューター)の真空波はかき消され、念能力者(テレキネシス)が放とうとしていた木の杭は爆発し。彼女と同系統の電撃使い(エレクトロマスター)等すぐに気絶してしまった。

 常識はずれとも、狂っているとも言える威力を持つその攻撃…彼女の代名詞であるレールガンを放った少女、御坂 美琴は口を開いた。

 

「出てきなさい、卑怯者。仲間をクッションにするなんて感心しないわね。」

 

 彼女は一歩もその場所から動いてなどいなかった。その台詞に侮蔑の色を滲ませ、彼女は闇に向けて言葉を発する。

 

「あら?使えるものは何でも使う。例え親でも仲間でも…なんて。私たちには当然のことではないかしら?」

 

 返ってきた声は余裕のあるものだった。大きい、白いキャリーケースを片手で引きずり、口元に笑みすら浮かべて、一人の少女が鉄骨で組んだ足場の三階相当部分へと降り立った。彼女…結標 淡希の周囲には、先程の高圧電流を浴びて気絶した男達が転がっていた。恐らくだが、美琴が攻撃する際に自分の手元へ転移させ、文字通りの『盾』にしたのだろう。見せつけるかのように、右手の軍用ライトがゆらゆらと揺れている。

 

「悪党は言う事が小さいわね。まさかたった40秒逃げ切った程度で、この超電磁砲(レールガン)を攻略したとでも思ってんの?」

「いいえ。貴女が本気を出していたのなら、今の一撃でこの一帯は壊滅しているでしょうね」

 

 まぁ、だから何なのかって話なのだけれど。

 そう呟いた彼女はキャリーケースを鉄骨の上で固定すると、そこに腰を掛けて、

 

「それにしても、今回は随分と焦っているのね。以前はハッキングとかの情報戦が主流で、どれだけ力を持っていても直接的な暴力を使った『実験』の妨害には入らなかったのに。そんなに『残骸』を組み直されるのが怖いのかしら。それとも、世界中に散らばったであろうあの子たちの内の誰かが、再び実験に参加する可能性をつぶすためとかだったり?」

「……少し黙りなさい、うるさいわよ」

 

 バチッ、と美琴の前髪から火花が散る。

 

「図星のようね。」

 

 結標はケースの上に座ったまま、招くかのように軍用ライトを下から上へと緩やかに振る。

 

「(…まーたなんかフクザツな事件が…)」

 

 能力によって一瞬で事情を見抜いた悟は、そんな言葉とともにため息を吐く。

 ややあって、視線を別の方向へ。そこにいたのは、御坂美琴でも結標淡希でもなく。ツインテールが特徴的な一人の少女だった。

 

 

 

 

 その様子を見ていたツインテール少女…もとい白井黒子は、すぐ近くに自らの先輩がいることにも気づかず、もう一度相手が結標であることを確認した。二人の間にどんな因縁があるかは知らないが、確かに今二人は戦闘態勢にあることも。

 

『知らなかったの?知らないまま利用されているという線は…なさそうね。超電磁砲がそんな人格してるとは思えないし。』

 

「(お互いに初対面、という訳ではなさそうですわよね…)」

 

 彼女達の会話には、お互いに初対面という感じがなかった。おそらく彼女達は以前から激突しており、白井が覗いているのもその内の一つでしかないのだろう。ただ、そこで彼女に一つの疑問が発生する。

 

「(腑に落ちませんわね…お姉さまとぶつかって()()()()()()()()()ですって?)」

 

 もちろん戦いというのは真っ正面からぶつかり合うことではない。同じテレポーターとして考えるのならば、結標はできるだけ背後へと回り込んで闘うだろう。そうであったとしても、あの超電磁砲の強さはよく知っている。結標が自身よりある程度実力が上とはいえ自分が慕う彼女と直接戦って、そして倒れていないというのは異常としか言いようがなかった。

 どうするのが最善だろうか、と白井は思考する。このまま闇雲に突っ込んでいっても結標と白井には隔絶した実力がある以上、捕らえるどころか触れることすら危うい。それに、白井が動くことで美琴が不利になることも避けたい。なら何をすべきか?そう思考しているうちにも、二人の会話が進んでいく。

 

「うふふ。弱いものなど放っておけばいいのに。そもそも、貴女が大事にしているあれらは『実験』のために作られたんでしょう。だったら本来通りに壊してあげれば良いのよ」

「本気で言ってんの?」

「本気も何も。結局、貴女は自分のために戦っているんでしょう、私と同じように。自分のために、自分の力を、自分の好きなように振るって。ああ、勘違いしないで。別に悪いことじゃないわ、自分の手の中にあるモノに対して自分が我慢することの方がおかしいのだから。そうでしょう?」

 

 例え、他者を傷つけてでも。仲間の体を平然と盾にして笑う女は、そう嘲るように言った。

 結局は、私欲のために力を振るっているのだと。

 どちらも同じ同類なのだから、そちらが一方的に憤るのは筋違いであると。

 

「ええ、そうね」

 

 それに対し、美琴は小さく、シニカルに笑った。

 前髪だけでなく、全身から断続的に青白い花火を散らしつつ、静かに語る。

 

「確かに私はムカついてる。頭の血管がブチ切れそうなほどムカついてるわ。私欲のために『樹系図の設計者(ツリーダイアグラム)』の残骸(レムナント)を掘り返そうとしたり、それを強奪する馬鹿が現れたり、やっと終わったはずの『実験』を再び蒸し返されそうになったり。確かにそれはムカつくわ。どいつもこいつも今すぐぶっ飛ばしてやりたいくらい」

 

 そう語っていても、その眼光は、真っ直ぐに結標を見据えている。

 

「でもね。私はそれ以上に頭にきてんのよ」

「へぇ?」

「……あの馬鹿、私が気が付かないとでも思ってんのかしら。部屋は汚いし、救急箱はなくなってるし、あんだけ痛みを我慢してる声が聞こえてるってのに…」

 

 その言葉に、白井は呼吸が止まるかと思った。彼女が何に怒りを感じているか、理解してしまったから。

 

「一番ムカついてるのはここよ。この件に私の後輩を巻き込んだ事。その馬鹿が医者にも行かず手前で手当てをした事、そこまでボロボロにされてんのにまだ諦めがついていない事‼あまつさえ自分の身を差し置いて!私を心配するような台詞を吐きやがった事‼あんな馬鹿な後輩を持った事に腹が立つわ‼」

 

 白井の胸が、詰まる。

 美琴の言葉は、結標には意味が通じないものだろう。常盤台中学の超電磁砲は白井がここにいることを知らない。そうであるならば、その叫びはいったいどこに向かっている?

 自分には内緒で。

 バレバレな言い訳まで用意して。

 そんな濁した言葉で、でも何度も警告を与えてくれて。

 

 

 

 たった一人で。

 

 御坂美琴は、今の今まで、そして今この場において、何のために動いているのか。

 

「ああ私はムカついてるわよ私利私欲で!完璧過ぎて馬鹿馬鹿しい私の後輩と、それを傷つけやがった目の前のクズ女と、何よりこんな状況を作り上げた自分自身に‼」

 

 大きく、美琴は叫んだ。

 樹系図の設計者が関わった事件、それによっていがみ合う両者を共に止めるように。

 

「この一件が『実験』を発端にしたものだって言うのなら、その責任は私にあるわ。馬鹿な後輩が傷ついたのも、そしてアンタが私の馬鹿な後輩を傷つけてしまったのも!それが全部、私のせいだって言うのなら、私は私の義務と権利を全て使ってアンタを止める‼」

 

 白井は知る。何故美琴が一人で闘っていたのかを。

 それは、容易ではないことのはずなのに。

 それではまるで──

 

 

 

 

「…ヒーロー、ってやつか」

 

 

 

「もう終わりにしてやるわ。アンタ達がわたしの『実験』に引きずられる必要はどこにもないんだから。」

「甘ったるいほど優しいわね。別に貴女が演算中枢を作った訳ではないのに。大人しく自分も被害者だとでも嘆いていればわざわざ戦わなくても済んだくせに」

「だけど、アンタが戦うきっかけになったのが私達の『実験』のせいだってことでしょうに、そうでもなきゃ、こんなことはしないわ」

 

「貴女は関係ない、貴方の妹達と最強の能力者の、でしょう?……やっぱり聞いていたのね、私の『理由』を。ならば分かるでしょう、貴女が一人の能力者であるなら。──私はここで捕まるわけにはいかない。誰を犠牲にしてでも、どんな手を使ってでも、逃げのびてやるわ。」

 

 最後の言葉だけが、それまでの態度と全く違う、真剣な口調だった。

 

「アンタのちっぽけな能力で、私から逃げ切れるとでも?」

「あら。確かに雷撃は光とほぼ同じ速度。目で見ては避けられないでしょうけど、()()()()()()。前触れを読んで転移すれば──

「無理よ」

 

 被せるように、御坂の声が割り込んだ。

 

「アンタとぶつかるのは初めてじゃないでしょうが。自分でも気付いてるんでしょ、自分の能力にクセがあるってこと。何でもかんでも転移させる割には、アンタは自分の体を転移させない。他人を犠牲にしても自分は助かりたいと思ってるアンタなら自滅の可能性を少しでも減らしたいか、それとも何か別の理由があるのか」

「…」

「何黙ってんのよ。もしかして気付いて無いとでも思った訳?仲間の体とか交通標識とかを使っといて自分だけ走って逃げてりゃ気付くに決まってるじゃない」

 

 美琴は下らなさそうに息を吐いて、

 

「大体、これだけ不利な状況になったら普通逃げるでしょ。アンタみたいな能力を持ってる奴なら尚更。それともアンタがまだ出し惜しみしてるとでも?だとしたら舐められたものね」

 

 結標は、相も変わらず薄く笑っている。だが、よく見ると彼女の両手の指先が、ほんの少しだけ、しかし不自然に揺れていることに気づいた。

 

「ひょっとして、アンタは他人や物体を飛ばすことは出来ても、自分の体を転移させるときだけ問題が起こるんじゃない?それこそ、()()()()使()()()()()()手段になるくらいの。」

 

 そして、と美琴はコインを手に持ち、

 

「そんな縛りのあるアンタに、私は≪≪これ≫≫を一体何発打てると思う?」

「……書庫にそんなことまで載っていたかしら。」

「アンタの面と戦い方を見てりゃ予想ぐらいつくわよ。」

 

 結標のゆらゆらと揺れていた軍用ライトが、ピタリと止まった。

 

「流石は超電磁砲。素晴らしい洞察力ですのね」

「褒めても電撃しか出ないわよ」

「でも残念。あなたの考えには、少しの穴があるわ。それは─()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことよ」

 

「ッ!?」

「さて、問題」

 

 結標の周囲に、10人近い人間が一斉に出現した。それを一瞬で実行した彼女の声は、不自然なまでに明るくて。

 

「この中に、私達と関係のない一般人は何人混じってるでしょう?」

「なっ!?」

 

 美琴の演算にラグが生じた。結標の言葉に動揺し、無意識に演算にブレーキをかけてしまったのだ。そして、その一瞬。結標の姿がキャリーケースと共に虚空へと消える。

 

「チイッ!」

 

 盛大な舌打ちをした美琴だが、そのまま後ろを振り返ると、虚空へと向けて、

 

「出てきなさいよ。さっきからジロジロと見やがって。鬱陶しいのよアンタ」

 

 

 その言葉と共に、美琴が向き直っていた方角から一人の人物が現れた。

 

「…」

 

 その人物は、青色のリネンシャツにサングラス、帽子を被り、右手にはよく分からない機械を、背中にはリュックサックを背負っていた。

 

「へえ…噂の『多重能力』じゃないの。」

 

 その人物が、最近噂になっている多重能力者であることが分かった彼女は前髪から紫電を走らせる。

 対して、その多重能力者──悟は、

 

「(うっわー御坂さん殺意全開じゃん電撃が見えたからって不用意に近づくんじゃなかったな白井にバレるリスクを考慮した結果がこれかよチクショウ肝心の本人もういないしぃ!?)」

 

 ──絶賛混乱中であった。

 

「アンタも私の邪魔をするの?」

「…」

「だんまり、か…じゃあ容赦はしないわ。吹っ飛びなさい‼」

「ッ‼」

 

 混乱している途中に既に美琴の中では殺意スイッチがオンになっているらしく、即死クラスの電撃を放ってきた。慌ててポケットから『相反演算式』を取り出して使用する。そして、電撃をかき消した。

 

「へえ?あの馬鹿みたいな能力も持ってるのかしら…じゃあ、これなら‼」

「‼」

 

 美琴が砂鉄の剣を生成した。悟は念動能力で空気を圧縮して壁を生成。それを受け止める。悟にとって負ける条件は二つ。一つは、このままぶっ飛ばされること。もう一つは、自らの正体がバレる事だ。…最も、美琴は既に悟の正体に勘づいていそうであるが。

 

「ッ‼」

 

 しゃがんでレッグホルスターから拳銃を抜き放って発砲する。

 

「そんなの効くわけないでしょ!」

 

 しかし電流で弾丸を溶かされた。

 

「(嘘だろオイ!?)」

 

 ジグザグに駆け回りながら空気を圧縮して空中に足場を生成。三次元的に駆け回りつつ、あちこちから弾丸を放つ。

 

「無駄よ」

 

 返ってきたのは短い返答だった。美琴が地を踏みしめるとそこから砂鉄がまるでドームのように彼女を覆い、弾丸を防ぐ。そのまま雷撃の槍を悟に放ってきた。

 慌てて体を捻って回避する。そのまま地面へと着地した。

 

「知ってるでしょうけど、私はいつも周囲に微弱な電磁レーダーを放ってるの。アンタがちょこまか動こうと、私には関係ない事なんだから。」

 

 これが、学園都市第三位の超電磁砲。悟に次いで豊富な手札を持つ少女。多角的に相手を追い詰めていく、ある意味での戦闘のプロとも言える存在。

 

「(さて、どうしたものか…)」

 

 少し思考して、悟は思い付いた。まず、拳銃を再び発砲する。

 

「無駄だっていってんでしょ…ッ‼」

 

 雷でそれを迎撃した美琴に対して、悟のやることは至ってシンプル。

 そう、逃走である。

 

「逃がすかぁ!」

 

 御坂が電撃を放つも、それより先に悟の姿が消える。先の結標にも劣らない、素早い転移だった。

 

「チッ!!」

 

 大きく舌打ちして、御坂美琴は後を追う。

 

 

「お、お姉さま…」

 

 後に残ったのは、たった一人だけ。




現在、加筆修正を行っています。次回の更新まで、もうしばらくお待ちください。


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