軽文ストレイドッグス 閑話 (月詠之人)
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やはり亘航のサークル見学はまちがっている~わたるクラブ其ノ壹~
「サークル見学?」
精一杯の不機嫌な表情を作って聞き返して見るが、俺の目の前にいる奴はキョトンとした顔を返してくるだけだった。だから、そういうのは女子がやるからいいんであって、男子がやるべきではないんだよ。しかもお前、設定年齢二十半ばだろ。なんで、そんなに違和感がねえんだよ……。おっと、設定とかいっちった、第四の壁を壊すのは俺の役目じゃねえのに。
一人称とか話し方で気付いたとは思うが、語り部は西緒維新ではない。アイツの数少ない友だ………………知り合いの亘航である。他人事っぽく言ってみたが、まあ……俺のことだな。ちなみに俺の目の前で小首を傾げているのが俺と西緒の共通の知人である猪上堅二だ。
ぼっち気質の俺や西緒と違い、リア充的な気質の持ち主である猪上は、ゼミの飲み会やサークル活動に積極的で、今も俺をサークルの見学に誘ってきている。……しかし、あれだな、何で俺らと一緒にいるんだ、コイツ? 正直、真反対な人種だと思うんだが。
「頼むよ、この時期は最低でも一人一名以上サークル見学者を連れてくることって決められててさ」
手を合わせて頭を下げる猪上。元々の身長が俺より低い上に、頭を低くしている分、上目遣いみたいな形で俺を見てくる。だから、そういうのは男子じゃなくで女子がやるもんだと何度言えば。
「いや、だから何で俺なんだよ……お前なら他にも知り合いがいるだろ」
「……………………えーっと……その、あっ、僕の知り合いって殆どサークルに入ってる人ばっかりだからさ」
「『あっ』て言ったろ今」
『あっ』て何だよ、誤魔化すの下手すぎるだろ……。もうこの時点で嫌な予感しかしない。俺の嫌な予感はよく当たるんだ。ミサトさんが使徒の落下地点を予測するくらい当たる。……当たるか外れるかよく分からんなこの例え。
「頼むよ……航が一番頼みやすいし、何より気が楽だしさ」
そう言ってまた深く頭を下げる井上。ここまで言われると少し断り辛いものがある。小中高とぼっちを経験してきた俺は、こんな風に誰かに頼られることはなかった。すなわち、断るという経験値も不足している訳であって……だから、これから言うことは、けして情にほだされたとかそんなんじゃない。
「しょうがねえな……見学だけな」
俺のそんな言葉に、猪上は心底嬉しそうな笑顔で頷くのだった。……だからそういうのは女子が……まあ、いいか。
処変わって部室棟。その廊下を猪上と適当な事を駄弁りながら歩いていく。ズラリと並ぶ扉とその上にまたは横に、もしくは扉自体に書かれたサークル名を横目に見て、ふと、大事なことを聞き忘れていた事に気が付いた。
「そういや、お前の入ってるサークルって何なんだ?」
こうやって部室棟に来ているって事は文化系のサークルなんだろうが、身体を使う奴だったら即却下だ。あと小難しい奴も却下な。部室入った瞬間、ロジカルシンキングで論理的な思考を行いシナジーを高めていこうとか言ってくる奴がいたらダッシュで逃げる自信がある。いや、コイツが入ってるくらいだからそれはないか。ロジカルシンキング(笑)出来そうにないしな。
訊かれた猪上はちょっとだけ考えるような仕種をしたあと、ヘラッとした、しかし人好きのする笑顔を浮かべた。
「言うなれば総合ゲームサークルってとこかな。ゲームをしたり、ゲーム品評や紹介の小冊子を作ったり、簡単な奴だけど、たまにゲームも作るよ」
ほう、意外と面白そうだな。SNS部とS.M.L.編集部を足して二で割ったみたいな感じか。初めの頃はまさか幸地さんと付き合うとは思わなかったな……実家帰ったときにでも読み返してみるか。
そんな風にまだこっちに持ってきていない漫画と、愛しの妹が居る実家に想いを馳せていると、どうやら目的地に到着したらしく、猪上が一つの扉の前で立ち止まってこっちを見てきた。
「ようこそ、我らが『ぴーかぶー』へ!」
そう言って怪しい発音でサークル名らしき名前を言った猪上の指す扉には、A4用紙が貼り付けられていた。書かれている言葉は実にシンプル。『総合ゲームサークル Peek a Boo』
「Peek a Boo……」
「そうそう! 日本語に直すと……何だっけ? サーチアンドデストロイ?」
「何で英語を英語にしちゃうんだよ……」
なにコイツ、日本語の定義から怪しいの? よく大学入れたな。百周くらい回って感心するわ。
「あ、そっか、サーチアンドデストロイじゃあかくれんぼになっちゃうもんね」
「ならねえよ! どんな過酷な幼少期を送ったらかくれんぼがサーチアンドデストロイになるんだよ!」
隠れている奴を見つけ出すまでは合っているのだが、いかんせんその後の行動が違いすぎる。ちなみにかくれんぼは英語でhide and seekだ。
「Peek a Booはいないいないばぁの意味だよ……」
「それそれ! 凄いね、航は何でも知ってるね」
「何でもは知らねえよ、お前が知らなすぎるだけだ……」
何だかどっか巨乳委員長さんみたいな台詞になってしまったな。ちなみに俺は三つ編み眼鏡の頃の方が好きだったりする。しかし、相変わらずコイツは一般常識というものが欠如している。まあ、いないいないばぁの英訳が一般常識かどうかは置いといてだ。
何やら抗議の声を上げている猪上を無視してドアノブに手をかける。ゲームサークルか……どうせ何とか木座くんみたいな太っちょ眼鏡のワナビ野郎が集まってるんだろうなあ……想像するだけで暑苦しそうだ……。まあいい、少し覗いて帰るだけだ。少し覗いて帰るだけ。
そんな事を考えながらドアノブに軽く力を入れて押すと、中から野太い声が聞こえてきた。
「「アウトォ!! セーフッ!! よよいのッ
パタン。
気のせいかな? 屈強な
後ろにいる猪上は扉を開けて直ぐに閉めてしまった俺を、不思議そうな表情で小首を傾げながら見てくる。いや、そんな可愛い反応されても……あ、可愛いって言っちゃったよ。
「どうしたの?」
「いや、何か変なものが見えた気がしてな……」
いや、見間違いだろ、見間違い。だって大学の文化系のサークルの部室で、屈強な野郎共が、
――ガチャリ。
「「よよいのよいっ!!!」」
――野球拳をしてるなんて。
「………………………………」
見間違いじゃない……だと……!?
「改めて、ようこそ我らが総合ゲームサークル『ぴーかぶー』へ」
「いや、待て待て……なんでお前は平然としてるんだよ」
何、何なの? もしかして俺にしか見えてないのこの
「え? あー、よく言われるよ」
あ、良かった、俺にしか見えない新手の
「文化系のサークルの身体つきじゃないよねみんな」
「そこじゃねえよ! いや、そこもかなりのツッコミ所なんだけど! なんでコイツら脱いでんだよ!」
滅多に出さない大声で俺がツッコミを入れていると、俺の視界の端でじゃんけんに負けた金髪マッチョが最後の一枚を脱ぎ捨てていた。
「いつも通りだよ?」
目の前が真っ暗になりそうだった。訳が分からない……いや、マジで何だよこれ、ゲームサークルってそういうアレな感じのゲームなん?
「みんなー、サークル見学者連れてきたよ!」
「待て猪上! 俺まだ状況の把握が済んでない!」
しかし、俺の制止の声を無視して猪上は室内に入っていく。そして、猪上の声に反応して黒髪マッチョ(半裸)と金髪マッチョ(全裸)とイケメン細マッチョ(全裸)がこっちを向く。
逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ。
裸族共の視線に、本能的恐怖から沸き上がる危機感を覚えた俺は、某借金執事のように心中で唱えた。「逃げなきゃダメだ」と心の中で思ったならッ! その時スデに行動は終わっているんだッ! の精神である。つまりはどういうことかと言うと、
全力で元来た道を走っていた。
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やはり亘航のサークル見学はまちがっている~わたるクラブ其ノ貮~
全力で部室棟の廊下を駆け抜け、一つ下の階に着いた俺は、そこで速度を緩める。そして、停止していた思考回路を再起動させる。……何だったんだろうか、アレは?
考えてみたが、アレは所謂男子校ノリという奴ではなかろうか? 見るからに男所帯なサークルっぽいし、サークルに入ってる以上はリア充だろう。……偏見か? そうでもないだろう。とにもかくにもだ、リア充というのは騒ぎたがるものである。そこに男だけという羞恥心を薄める、もしくは無くす要素が加われば脱衣に対する抵抗も無くなるというものだろう。男子校の体育祭とかが良い例である。まあ、俺は男子校じゃなかったからよく分かんないけどね。
しかし、冷静になって良く良く考えてみるとアレは只の悪ノリだった事が分かってくる。どちらにせよ相容れない人種である事には違いないが、部室内で裸になるくらいなら特に問題は……問題は……いや、ないとは言えないけどさ……。
少し落ち着いた俺は、飲み物を買うために自販機に向かう。良いな大学の部室棟。なにせ各階毎に自販機がある。そしてなにより、この大学の自販機には絶対数こそ少ないものの、マッ缶が売っているのだ! ウチの高校は千葉のくせにマッ缶は売ってなかったから、スポルトップばっかり飲んでたよ。え? スポルトップ知らない? 紙パック入りのスポドリなんだけど。もしかして千葉にしか売ってないのかな……教えてエr偉い人!
とまあ、自販機に小銭を投入することにした。正直130円は微妙に高く感じるよな。もう百円玉じゃ温もりは買えないんですよ尾崎さん! そんなことを考えながらマッ缶を購入する。しかし、マッ缶って何が
ガタンと落ちてきたマッ缶を取り出してプルタブを開けようとした瞬間。何者かに肩を叩かれる。なんだよ、これから俺の至福のマッ缶タイムきららが始まるってのにさ。冒頭の不機嫌顔に負けないくらいの――いや自然に出てる以上はそれより上だろう―― 不機嫌な表情で振り向いてみると、そこには、
「待てよサークル見学者」
全裸の金髪マッチョと半裸の黒髪マッチョが立っていた。
「部室の外だと完全にアウトだ!」
マッ缶を握りしめ再び猛ダッシュをする俺と追い掛けてくるマッチョ裸族。なにこれ! 超恐い!
「待て、見学者! 何故逃げる!!」
「逃げるに決まってんだろ! なんなんだよお前ら!?」
てかヤバい、コイツら足速えっ! 逃げ足の速さに定評のあるこの俺が振り切れない!!
「さてはお前、人見知りのシャイボーイだな!!」
「それは否定しないが! それ以前に自分らの格好を考えろ!!」
何で、納得したような表情なんだよ金髪マッチョ!!
「そんな事はどうでもいい!!」
「よくねえよ! 最重要事項だ!!」
「とにかく俺達の話を聞くんだ!!」
「嫌だぁぁぁーーっ!!」
妹よ……お兄ちゃん、無事に実家には帰れないかもしれません。
「あ、航おかえり。ホームシックは大丈夫?」
「帰ってきたくはなかったよ……てか、ホームシックってなんぞ?」
「いや、ここに来るときに実家がどうとかブツブツ言ってたから」
ああ、あれ口に出てたのね。いや、別にホームシックとかじゃねえし、妹に会いたいだけだし。……シスコンじゃねえか。
「まあ、男はいずれ親元を離れるもんだ。すぐに慣れるさ」
いやいやそこの黒髪半裸マッチョ、親元離れてもう一年以上経ってますから、流石に慣れたっての。
「困った事があれば、何でも相談してくれ」
おい、そこの金髪全裸マッチョ。誰が好き好んで全裸の人間にお悩み相談せにゃならんのだ。というか……。
「何で俺に原因があるかのような話になってんだよ……」
「え? 違うの?」
「違えよ! 部室入ったらいきなり全裸の野郎共がいたからビビって逃げたんだよ!」
心底不思議そうな顔しやがって! クソッ、慣れない大声のツッコミで喉が痛くなってきやがった……。こういうときに西緒がいたら楽できるってのに、肝心なときにいやしねえ。
「何だ何だ、お前は俺達が好きでこんな格好をしていると思っているのか?」
「……違うのかよ?」
「否定はしない」
即答すんなよ……変態じゃねえか……。頭を抱えて苦悩する俺の肩に、金髪マッチョが優しく手を置いてくる。なんか嫌だなこのシチュエーション……。
「まあ聞けよ見学者、この格好には理由があるんだ」
「そら理由もなく全裸になってたら、文明レベルは原始時代まで遡るっての」
「温故知新というヤツだな」
無視だ無視。突っ込んだら負けだ。まあ、その理論だと今日だけで何敗したか分からんけど。良く分からん事を言い出す黒髪マッチョを無視して、俺は金髪マッチョに尋ねる。……そろそろマッチョがゲシュタルト崩壊を起こしかねないな。
「んで、
「うむ、実はだな、買い出し要員をジャンケンで決めていたんだ」
「買い出し要員?」
「ああ、知っての通り、ウチの部室は部室棟の最上階の最奥にある。広いし、多少ヤンチャをしても苦情は来ないが、買い出しはちと手間でな」
多少のヤンチャ? 全裸で叫んだり、サークル見学者を走って追いかけて拉致するのが多少のヤンチャで済まされるんですかね?
「それで、買い出しにいくヤツをジャンケンで決めてたって訳だ」
「はあ……それで?」
俺の疑問に金髪マッチョが首を傾げる。何でコイツら皆、俺の言葉に素直に頷いてくれないの? シャフトのアニメでもこんなに頻繁に首傾げないよ。
「それでとは?」
「いや、買い出し役は分かったけど、それと全裸の因果関係は?」
「何を言っている。
「お前らは野球拳以外のジャンケンを知らんのか!?」
何が悲しくてウホッ! 男だらけの野球拳! なんてやらにゃならんのだ。いや、女子が参加させられてたら、この程度の問題じゃなくなってるんだろうけどさ……。いや、参加させられなくても、この場にいるだけで問題か。
声を荒げる俺に、金髪マッチョが真面目な表情で口を開く。
「いや、誤解しないで聞いてほしい。俺は服を脱ぐつもりはなかったんだ」
「はあ……」
「――ただ自然と脱げていた――俺の言っている事が分かるよな?」
「いや、微塵も」
何でかっこよさげに言うんだよ……無駄に『
「ほらほら、バカなこと言ってないで自己紹介でもしようよ」
……な……なに……猪上が、この場を取り仕切っているだと――――!? いや、まあ、冗談じゃなくてマジで。今世紀最馬鹿と呼ばれた男が、今この場において一番まともな反応をするとは……。
「航、なんか失礼なこと考えてない?」
「いや、そんなことない、しよう、自己紹介」
何でカタコト? と首を傾げられながらも自己紹介が開始されたのだが……正直、裸族共の格好が悪い意味で気になりすぎて、相手が何て名乗ったのかも、自分が何て名乗ったのかすらもあまり覚えておらず、分かった事と言えば今日はまだ全員は集まっておらず、本当はそこそこ人数のいるサークルであることくらいであった。
自己紹介が終わった後、野球拳最下位決定戦が行われ、全裸になった金髪マッチョ……めんどいな金先輩が買いに行った。そう、どうやら黒髪マッチョと金髪マッチョは先輩だったらしい。ちなみにイケメン細マッチョはタメだった。追記すると、流石に服は来ていった。
「すいません、先輩とは知らずタメ口きいてしまって……」
「いや、名乗ってなかったし、俺らはあまり気にしないぞ。まあ、気にする奴もいなくはないから一応は敬語で頼む。ただ、そんなに畏まる必要はない」
良い人だな黒髪マッ……黒先輩。久し振りに人の優しさに触れて感動している俺のシャツの裾を、後ろから誰かが躊躇いがちに引っ張ってくる。まあ、この場でこんなことをしてくるやつは一人しかいない。
「……なんだよ、猪上?」
なんでコイツは一々やってくることが『全俺に聞いてみた~女子の魅力的仕種ランキング~(俺調べ)』の上位に食い込むようなことをしてくるの? 何? 俺のこと好きなの? ……それは困るっていうか普通に嫌だ。
「僕に対しては、そういう気遣いっていうか、歳上に対する敬意みたいなのはないの?」
そう言って少し不満そうにする猪上。成る程、ヤキモチですね? 分かりません。
「ああ、お前は特別だからな」
俺のそんな何気無い一言に、猪上が嬉しそうに目を輝かせる。
「そ、それって、僕らが親ゆ……」
「お前は俺の知ってる中でも特別に馬鹿だからな、敬意を払ってもらいたければその馬鹿を治してこい」
「よし上等だ。表でろ」
先程までの表情を一変し、急に殺気だつ猪上。仕方ないじゃん、事実だし。それに、低い身長や童顔のせいであまり歳上には見えないし、言動が妙に子供っぽいのも原因か。後はまあ、一応、曲がりなりにも、友…………知り合いだしな。
殺意の波動に目覚めた猪上を宥めていると、金先輩が帰ってきたのでサークル見学が再開する。といってもみんなでゲームをするだけなんだが、正直、大勢でゲームをする勝手が分からない俺は積極的に見学に回ることにした。……そっか、桃鉄って複数人数で出来るんだよな……。
一応見学なので、部室を見て回るとレトロゲームから最新ゲーム、マイナーからメジャー、果ては洋ゲーまで様々なゲーム機やソフトが並んでいた。所謂コンピューターゲームと呼ばれるTVゲームや携帯機ゲームのほかにもPCゲーム(アダルトや同人含む)や、ボードゲームやカードゲームといったテーブルゲームの類いもマニアックなレベルで揃っている。おっ、クトゥルフTRPGじゃん。キャラメイクに一時期凝ってたな、無駄に凝ったキャラ設定とか考えたり……まあ、人数いないと絶対に出来ないゲームだからプレイしたことないけど……。あ、人狼だ。コイツもメジャーになっちゃったよなぁ、マイナーだからよかった所があるのに……中学の頃にクラス全員でやったときは凄かったな、あの「誰が人狼か分からないから取り合えず誰か殺しとけ」って風潮、真っ先に俺が狙われるんだもんなあ……。ふむ、ジェンガか。これも一人でどんだけ高く積めるかとかやったなあ……。あれ? 何でだろう……涙がとまらないなぁ……。
俺が涙ちょちょぎらせながらお邪魔者やらパンデミックの箱を手に取っていると、何やら歓声が聞こえてきた。どうやら、黒先輩が目的地に一番乗りしたらしい。……いや、待て待て、何で脱ぐんすか黒先輩! そういうのって敗者が脱ぐもんじゃないんっすか!? 何で勝者が率先して脱いでんの!? 何? 勝者には服を脱ぐ権利が与えられるの!?
驚愕の表情を浮かべる俺に気付いた猪上が、イケメン細マッチョ……めんどいな、ハンサムでいいや、顎尖ってないけど。そのハンサムにコントローラーを押し付けて俺の方に向かって来る。
「どうしたの航?」
「いや、このサークルにまともな人間はいないんだなと思ってな」
「航含めて?」
「猪上筆頭に」
俺と猪上がほぼ同時に臨戦体制に入る。俺の手にはプラスチック製のトランプが、猪上の手には幼児が使うようなスポンジ製のバットだ。俺は的確に距離を取りながらトランプでの遠距離攻撃を謀るが、猪上のバット捌きに防がれる。しかし、俺の距離を保ちながらの戦術に猪上も攻めあぐねているようだ。ただ、残弾数が限られている俺の方が長い目で見ると不利であることは明白だ。ならば、
「止めようぜ、不毛だ」
「そうだね」
急に白けた声で終戦を申し入れる俺と、すんなり受け入れる猪上。床に散らばったトランプをかき集めて整え、元の通りケースにしまうと、近くの椅子を引っ張って来て座る。
「まともな人間がいないねえ……別に普通だと思うけどなあ」
「いやいや、お前はこのサークルに毒され過ぎなんだっつうの」
これが普通だったら世界中のビーチがヌーディストビーチになっちまうよ。……案外悪くはないかもと思ってしまったのは秘密な。てか、男としては正常な思考だろ。
くだらない思考をしながら、猪上に疑問をぶつけるために口を開いてみる。正直、聞くのが恐いとこがあるのだが、先に聞いておけば心構えが出来る分、いざというときに狼狽えないでいられるはずだ。余談だが、「聞く」を「訊く」とか書いちゃうのは結構好きです。(中二並感)
「なあ、まだ来てない連中ってのは、どんな奴らなんだ?」
「え? 普通だよ」
「お前の、というかこのサークルの普通はあてにならないんだよ……」
変な頭痛がしてきた俺は、思わず頭を押さえる。……体調不良を理由に帰ろうかしらん。そんな俺を見ながら、少し考えるような仕種をしてから猪上が口を開く。
「えーっと……男子は、不良みたいな見た目のガタイがいいバカと、盗撮趣味のムッツリスケベなバカかな」
馬鹿ばっかじゃねえか……てか、後者は大丈夫なのか? 普通に犯罪だと思うんだが……。あと、盗撮とかやっちゃってたら、それはもうムッツリとかいうレベルの話ではないのでは?
「女子は、ことあるごとに僕の関節を外してくる
よし、流石に無視できねえ。
「関節を外してくるってなんだよ! 並の人間じゃなかなか出来ねえぞ!」
「あ、大丈夫大丈夫。慣れると結構簡単にはめられるからさ」
「そういう問題じゃねえ!」
コイツ結構メンタル強いな……俺だったらそんなジェノサイダーがいる部室には二度と近寄らないぞ。
「あと、人が殺せるってのは流石に比喩表現だよな? メシマズ的な」
俺がそういうと猪上が視線を逸らす。それだけでも不安を煽るというのに、猪上は明後日の方を向きながら遠くを見るような目をする。あ、これ、アカン奴や……。
「航はさあ……肉じゃがが鍋を溶かすところを見たことがあるかい?」
「猪上、いい、もう言わなくていいから!」
泣きそうな顔で言うなよ、こっちまで泣きたくなってくるだろ……。てか、肉じゃがで鍋が溶けるって何ぞ? それ、完全に殺る気ですよね? コレが本当のメシテロですねってか? やかましいわ!
「で、自分を男だと思い込んでるってのは?」
「それはそのまま。見た目はスゴく可愛い女の子なんだけどさ、ことあるごとに『わしは男じゃ!』って言うんだよね」
そら訳分からんな。てか、男の娘設定の上にババア口調だと? キャラ詰め込みすぎだよ、早く止めてあげなくちゃ。じゃないと数年後に思い返して死にたくなっちゃうよ? ソースは俺。
「あとは、別の学校から来てる女の子が二人かな。他にも十人近く会員はいるけど、毎回部室に来るのはそれくらいだね」
ほう、所謂インカレって奴ですな。しかし、意外と女子多いな。それだけでリア充の巣窟っぽくて、気にくわないって感想を抱くのは俺だけではないはず。
「一人は最初に言った不良っぽい見た目の奴が好きで、同じサークルに入ってきた娘だね」
何だと? けしからんな、その不良っぽい奴。もげればいいのに……。
「ソイツが留年したら、一緒に留年するし」
それはどうなんだ? 学生の本分は勉学だろうに。好きな人と同じ学年であることはそこまで重要なのか? 俺は恋する乙女ではないので、よく分からんな。
「朝は部屋の鍵を抉じ開けて起こしにいくし」
ほうほう…………ん? 今、何か可笑しなことを言わなかったか?
「後は携帯のGPS機能を
「アウトーッ!」
怖いよ、何その娘!? 普通にストーカーじゃねえか!!
「やっぱ普通じゃないのな……」
「え? でも、本人は好きな人の事を思えば普通だって……」
「ダウトーッ!!」
んなもんが普通だったら世の中にストーカー規制法なんてねえよ……。え、俺正しいよね? もしかして今時女子の中では当たり前だったりしないよね? ……一応、今度妹に聞いとくか。
「あと、もう一人はスゴく厳しい娘だね」
「厳しい?」
パッと頭に浮かんだのは堅物委員長みたいな奴だった。三つ編み眼鏡で「ちょっと、男子~! 真面目にやってよ~!」みたいな。もしくはアレだな、フルメタのマオ姐さんみたいな奴か。「貴様らはウジ虫以下の存在だ! この訓練を無事に潜り抜けたものだけがPeek a Boo会員となるのだ!」みたいな? ……嫌だなそんなサークル。
「ああ、確かにアレは厳しいな」
口を開いたのはいつの間にか近くまで来ていたハンサムである。気付けば黒先輩と金先輩も近くにいた。ちなみに、全員もれなく全裸である。しかも、何か酒臭ぇし……もしかしなくても呑んでるのか? こんな時間から? 部室で? 何だろう。この人達なら特に違和感がないな……。
「そんなに厳しいのか?」
「そりゃあもう……」
物憂げな表情で拳を握るハンサム。どこか中二っぽい仕種も、イケメンがやればなかなか様になる物である。しかし、全裸が全てを台無しにしているが……。すげえな全裸。イケメンすらギャグキャラにできんのかよ……。
「そうだな、アイツは手厳しいな」
ハンサムの言葉に同意した黒先輩は、渋い顔をしながら顎に手をやっていた。これまた全裸じゃなけりゃそれなりに様になってんだけどなぁ……。
ふと、回りを見ると、猪上や金先輩も似たり寄ったりの表情を浮かべていた。
「それで、具体的には?」
「俺達が呑んでいるとだな……」
「……はい」
「――服を着ろと言ってくるんだ」
「それが正常な反応ですよ」
そんなこの世の終わりみたいな表情とポーズで嘆かんでくださいよ……。てか、なんなのこの人達? 服を着たら死んじゃう病気なの?
「何を言っているんだ! そんなの紐を付けないでバンジーをしろと言っているようなものじゃないか!!」
そういう病気だった!? しかも結構な重病患者だ!!
しかし、ソイツはかなり貴重な人員なんじゃないか? このサークルの人間にしては、かなり常識的な思考の持ち主のようだ。恐らくこの後に来るだろうし、その娘にツッコミを丸投げすれば、あとはゆっくり出来るはず……勝ったなガハハ!
「おい、猪上。ソイツはどんな感じの見た目なんだ?」
取り合えず、見た目だけでも確認しておくか。ソイツが来たらゲームクリアだし。
「え~、なになに? もしかして、気になっちゃった? 航もついに恋に目覚める季節?」
「うるせえ馬鹿、早くしろ殺すぞ」
「ツッコミが辛辣過ぎない!?」
だって本当にウザいんだもん。疑問符付けすぎだし。そもそも、恋に目覚めるとか人が恋愛経験皆無だったみたいに言いやがって。舐めんなよ、俺ほど恋愛経験豊富な奴はいないっての。100戦101敗はしてるぞ。……惨敗じゃねえか。え? 戦数と敗数があってないって? いや、まあ、戦わずして負けたって言うか……コクってないのにフラれたのが一回あるだけだ。あれはビックリしたね、呼び出されて校舎裏に行ったら、初対面の人間にいきなり「お前とは付き合えない」とか言われたからね。「あ……はい……」としか言えなかったもん。しかも、次の日学校行ったら、俺が付きまとった上に告白してフラれたみたいな噂が流れてたし……。ちなみに、別にとある二次創作作家の実話とかではない。ないったらない。
「見た目ねえ……地味目だけど、普通に可愛いよ」
いや、正直可愛いかどうかはどうでも良いんだよ、他の奴と見分けがつけばいいから。何か特徴みたいなものはないのかよ。あと、普通って使うな、一気に信用なくなる。
「あ、写真持ってるぞ、俺」
「マジか、ちょっと見せてくれ」
ナイスだハンサム! よくやった。俺はハンサムが差し出してきたスマホを受け取り、画面を見る。そこには、焼きそば片手にはにかむ女の子が写っていた。金髪のツインテールに、ファンデーションを厚塗りしすぎて真っ白になった顔、アイシャドウを重ね塗りして真っ黒になった目の周り、マスカラの付けすぎでバサバサの睫毛、ルージュで真っ赤に染まった上に、グロスの塗りすぎでテカテカになった唇、最後にチークの塗りすぎでピンクに染まった頬。つまりはとんでもなくケバい奴が写っていたのだ。
「アウトォーッ!」
スマホを床に叩き付けたくなる衝動を、なんとか抑えて叫ぶ。やっぱりコイツらの
「どうしたの航? ……うわっ」
心配そうに俺に近付き画面を覗き込んだ猪上も引いている。……お前も引いちゃうのかよ。
「これケバ子モードの奴じゃん。これは文化祭でテンション上がっちゃってる奴だから、普段とは違うよ。……確か僕の携帯に普通のが……」
そういって自分の携帯をいじり始める猪上。お前、まだガラケーなのかよ……ていうか、お前の携帯止まってるから携帯してる意味ないじゃん……。
「あ、あった」
猪上が見せてきた画面には、黒髪で目立たない感じはするが、確かに美少女と言えるレベルの女の子が、さっきの写真とほぼ同じ構図で写っていた。
「ね、普通に可愛いでしょ?」
まあ、確かに可愛いよ。及第点どころか予想以上でビックリだよ。でもな?
「文化祭でテンション上がっちゃってるだけで、ハー○クインに変身する奴は普通じゃねえよ!!」
プリティーでキュアッキュアな五人組でも此処までメタモルフォーゼしないぞ! てか、つい引き合いに出しちまったけど、最近じゃあハーレク○ンだって此処までケバくねえよ!! 取り合えず、ファンデは自分の肌の色と合ったものを選びなさい、あとグロスはリップやルージュを塗る前に塗りなさい、それと無駄な重ね塗りや厚塗りはやめましょう。ベースメイク前のスキンケアも大切に。それだけでだいぶましになるはずだ。……何を言っているんだ俺は?
「文化祭だけじゃないよ! 合宿とか合コンの時もこうだったよ!」
「なお悪いわ!」
「合コンの時に至っては連れてきた奴らもこうだったぞ!」
「マジか!?」
いや、恐いよ。なんだよ、○ーレクインの集団って。嫌なスーサイド・スクワッドだな……コウモリ男さんでも関わりたがらないレベル。ていうか、お前らのそれ、何のフォローにもなってないからね? 警戒心増しただけだからね? しかし、マジでまともな人間がいないのな……。
完全に諦めムードな俺と、変なテンションになってしまっているハンサムと猪上。そんな俺たちに先輩二人が声を掛けてくる。
「まだ揃ってないけど、先に始めちまうか」
「え? 始めるって、何をすか?」
と口にしてから後悔した。嫌な予感が寒気になって背筋を駆け上がっていく。先程も言った通り、俺の嫌な予感は良く当たる。HPがヤバイときの闘技場での山賊の攻撃くらい当たる。あれ、何で当たるんだろうな? 9%が当たった上に3%のクリティカルが発生とかマジでイミワカンナイ! ……と、現実逃避したくなるレベルで嫌な予感がする。
そっと横目で確認すると、金先輩が先程買い出しに行ってきた袋から中身を取り出していた。……出てくるわ出てくるわ。酒、つまみ、酒、酒、つまみ、酒、酒、酒、酒、つまみ、酒、つまみ、つまみ、酒、酒、酒。
「「「「宴会じゃああぁぁっ」」」」
……ダレカタスケテー!
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やはり亘航のサークル見学はまちがっている~わたるクラブ其ノ參~
俺の心が叫びたがっている間にも、着々と準備が進められ、あっという間に簡易的な宴会場が出来上がった。……あんたら部室を何だと思ってんだよ。
「さて、亘。お前は何を飲む?」
差し出されたグラスを受け取り周囲を見渡してみる。いやいや、何をって、辺り一面アルコールしかないじゃないっすか……。どうしようかな、正直なところ酒って飲む機会があまりないから得意じゃないんだよなあ。
「……じゃあ、ウーロン茶で」
「おう、ウーロン茶だな」
ダメ元で言ってみたのだがすんなり注文が通る。なんだよ、あんのかよウーロン茶。アルコールしかないと見せ掛けて、しっかり用意してんのな。というか、よくよく考えてみればウーロン茶なんて割り物の定番を用意していない訳がないよな。しかし、さっきのやりとり、何となくHEROのバーのシーンを思い出すな。あんの? あるよっ、てやつ。
少し安堵しつつグラスを渡すと、黒先輩がウォッカとウィスキーのビンを持ってくる。そして、俺のグラスにウォッカ八割ウィスキー二割くらいの割合で入れる。
「ほらよ、ウーロン茶だ」
「これの何処にウーロン茶の要素があるんですか!?」
烏も龍も茶も不在だよ! チャイナ要素ゼロ! ロシアとスコットランドの要素しか見当たらない!
「ちゃんとウーロン茶の色をしてるだろう?」
「色以外の要素は!?」
「ほ~ら、火も着くんだぞ」
シュボッと百円ライターの火が移り、理科の実験を思い出す青白い炎がウーロン茶(仮)に灯る。
「可燃性のウーロン茶とか聞いたことないわ!」
全力で叫ぶ俺の横にグラスを持った猪上が並ぶ。そして、俺の方を見るとニヤリと意味ありげに笑う。なんだよ、俺がいじられてるのがそんなに面白いかよ、性格悪いなお前。
「ちゃんとサークル見学者を連れてきたから、約束通り僕は
…………何を言っているんだコイツは? 本日三度目の嫌な予感が身体中を駆け巡る。
猪上の問い掛けに応えるのはウーロン茶(可燃性)を持った黒先輩だ。
「ああ、サークル見学者を連れてきた者は、今回の飲み会で特別扱いをする。約束した通りだな」
「俺を売りやがったな猪上……!」
「悪いね航。僕も毎回こんなふざけた催しに付き合っていたら、身体がもたないんだよ」
此処に来る前に猪上が言っていたことを思い出す。『航が一番頼みやすいし、何より気が楽だからさ』。つまりこの言葉は、『航が一番(生け贄を)頼みやすいし、何より(騙したところで)気が楽だからさ』という意味だったのだろう。……コノヤロウ……! 普段は馬鹿の癖に、たいした策士っぷりじゃねえかよ……!
俺が心中に殺意の炎を灯していると、猪上が黒先輩に呼ばれる。嬉々として先輩に駆け寄る猪上の手に何やら黄色い半透明容器が手渡される。何か俺、あれに見覚えあるぞ。
「……あの、これは?」
困惑する猪上が持つ、半透明の黄色い容器。全体的に丸っこくて、それでいて頑丈そうな印象を受ける。てか、あれってアレじゃね?
「ん? ケロ○ンだが?」
「洗面器じゃん!」
そう、銭湯などでお馴染み、ケ○リン桶である。唖然している井上の両サイドから、ハンサムと金先輩がスピリタスをドバドバとケロリ○に流し込む。 ちなみにスピリタスとはポーランド原産のウォッカの一種で、そのアルコール度数はなんと95%~96%。驚くなかれ、実はこれ一般的な消毒用アルコールより度数が高いのだ。ちなみに、北米の一部地域では販売禁止だったりする危険物。だってWikiとかで調べると『消防法上の扱い』とか出てくるんだぜ。まじヤバくね?
そんな
「ちょっと待って! 僕を特別扱いしてくれるって話は何処にいったのさ!?」
我に返って抗議の声を上げる猪上に対して、先輩二人が心底不思議そうに首を傾げる。お前ら首を傾げ過ぎだよ。そんなに傾けまくってたら、世界だって傾いちゃうんじゃないか? ゾンビ溢れる世界に全裸の男が二人とか
「何を言っているんだ。十分特別扱いしているじゃないか」
金先輩の一言に猪上がハッとする。そして、もともと青かった顔から血の気がさらに引いていく。
――そう、先輩方も井上も
「僕だけが
うをぉいコルァッ!? 猪上てめえぇっ! 何言ってやがる!?
抗議(物理)しようと猪上のもとに向かう俺の両肩を、ハンサムと黒先輩が掴んでくる。
「うむ、一理あるな」
「ないないない! 全然一理ないっすよ!」
全力で否定してみるが聞き入れて貰えず、ケロ○ン弐号機の中が
持たされた
絶望感で目を腐らせていると――もともとだろとかいうツッコミは受け付けない―― いつの間にか横に立っていた猪上が、転生して戦場でライフルをブッ放す幼女よりも悪辣な笑みを浮かべていた。
「死なば諸共ってやつさ、航」
「お前、いつか絶対死なす……」
お互い瞳の奥にギラついた鈍い光を灯しながら悪態を吐く。今なら怒りで伝説の超戦士になれるレベル。
そんな俺達を見ながら、先輩二人とハンサムがさも愉快そうに笑っていた。おそらくは普通に宴会を楽しんでいる笑顔なのだろうが、疑心暗鬼と怒りに支配された俺の瞳には、俺達を見下し、嘲笑しているように写る。
この、裸族共が……これだからリア充ってのは嫌なんだよ。人を貶め、嘲り、自分達の愉悦こそが正義だと宣う。ならば、俺はそれに抗ってやる。けしてコイツらの
「っしゃあぁっ! なんぼのもんじゃこらぁ!」
「おー、亘お前、残り一枚でなかなか粘るな」
「余裕ですよ! むしろ、早く負けて俺のご立派様を披露したいくらいですわ!」
「ハハッ、何を言っているんだ。どうせつまようじだろう?」
「いやいやいや、待って! おかしくないかな!?」
「ぬわぁにがおかしいんだよ、猪上~」
「いや、もうこの際だから、まだ30分も経ってないのに染まるの早くない? とか、そういうツッコミは置いとくよ」
「お酒には勝てなかったよ……。って奴だな」
「うるさいな! 野球拳で航が負けたら脱いでいくのに、僕は服を着ていくっておかしくない!?」
「おかしくない! ここは総合ゲームサークルなんだろ? だったら、新しいゲームを考えるのも活動の内だ」
「そうなのか?」
「そうなんじゃないか?」
「そして、これは、俺が考えた新ルールの野球拳! 負けた人間は一枚ずつ服を着ていく『着る野球拳』だ! 酒が入ったら脱がざるをえないお前らに、効果的にダメージを与える罰ゲームなのさ!」
「なんて恐ろしいルールなんだ……!」
「亘、末恐ろしい奴だ……!」
「いや、1000歩譲って服を着るのは良いよ!」
「1000歩も譲らないと服を着たくないのか」
「堅二もだいぶウチのサークルに染まってきたよな」
「何で着るのがメイド服なのさ!?」
「ふっ、愚問だな……なあ、ハンサム?」
「ああ、愚問だ」
「「そこにメイド服があったからさ!」」
「意味が分からないよ! そこにメイド服があったという事実も! わざわざ声を合わせて名言っぽく言ったことも!」
「そんなことより猪上、お互いにライフは残り1。ラストゲームといこうじゃないか」
「ええ……そんな、かっこよさげに言われても……」
「いくぞ! アウトッ! セーフッ!」
「あー、もう! どうにでもなれ!」
「「よよいの、よい!!」」
「お、亘が勝ったな」
「よっしゃあぁっ!」
「うわあぁぁぁっ……」
「最後はウィッグか……ほらよ、亘」
「サンキュー、ハンサム。さて、このヘッドドレス付きのウィッグをつけてもらおうか」
「くっそぉ……………………ほら、つけたよ。これでいい?」
「「「「……………………」」」」
「……いや、黙ってないで何か言ってくれない? もしくは笑うとかさ。無言が一番心にくるんだけど……」
「…………集合。猪上以外な」
「え? 何で僕以外?」
(……ちょっと、シャレになってないんすけど)
(違和感が仕事してないな)
(お兄ちゃんと呼んで欲しいですね)
(普通に可愛いってどういうことだよ……)
「「「「……………………」」」」チラッ
「…………?」クビカシゲ
「よし、分かった。猪上、結婚しよう」
「航!? どうしちゃったの!?」
「おお、アイツいったぞ」
「猛者だな」
「……ご主人様、いや変化球でにぃにってのも……ブツブツ」
「どうもしていない、俺は本気だ」
「なお悪いよ!?」
「だって、しょうがねえじゃねえか! 大学入ってからまともに関わりがあるのなんてお前と西緒しかいないんだぜ!? じゃあもう、お前に決めるしかないじゃん!」
「しかなくはないんじゃないかな!? 早まらないで! まだ可能性は捨てないで!」
「なあ……いいだろ?」
「よくないよくない! いい声で言わないで! ていうか、三人も黙って見てないで助けてよ! ちょっ、航! 何処に手入れてんのさ!? や、やめ……イヤァァッ!」
――ガチャッ
小さな音だったが、妙に耳に響いた。その瞬間、靄がかっていた意識がクリアになっていく。音のした方に目をやると、6人の女子が突っ立っていた。
順番に見ていくと、一人目がピンクがかった長髪の女の子だ。髪はなんというか……なんていうんだっけ? あ、そうだ、ゆるふわパーマだ。高校のときにクラスの女子が言ってたのを寝たふりしながら聞いたわ。まあ、髪型と同じく、全体的な雰囲気もゆるふわしてた。あと、一部分の主張がスゴいです。
二人目はザ・ツンデレといった見た目の奴だ。茶色い髪をポニーテールにして、目は気の強さを現すようなつり目だ。ちなみに一人目と違って控えめだった。なにがとは言わない。ていうか、どっかで見たことあるような気がするんだが……。あ、そうだ、この間課題のこと教えてくれた奴じゃん。島……島……なんだっけ? まあ、いいや。
三人目と四人目は同じ見た目をしていた。いや、マジで。まだ意識が本調子じゃないのかと思ったが、どうやら双子かなにかのようだ。片方がジーンズで、もう片方がスカートだから分かった。活発そうなショートカットにつり目ぎみの瞳。二人とも文句なしの美少女である。
五人目はお嬢様然とした黒髪ロングの美女だった。こちらも先の三人どうよう慎ましいが、スレンダーでよろしいと思います。
六人目は……あ、コイツはさっき写真で見たな。ケバ子だケバ子。いや、ケバ子メイクはしてないけど。
そして、六人全員に共通するのが、全員が全員、顔を真っ赤にして唖然とした表情を浮かべていた。
よし、少し落ち着いてきたところで、今の自分の状態を確認してみる。服装はパンツのみ。目の前にはメイド服姿で赤面する猪上。目は涙で潤み、妙に色っぽい。俺はそんな猪上を左手で組伏せ、右手をスカートの中に突っ込んでいた。そして、その周りには全裸の野郎共。……あ、コイツら目逸らしやがった。
なんというか、うん。完全に最中ですね、はい。
おそるおそる、もう一度女子たちの方を見ると、双子のスカートの方がスッとスマホを取り出した。通報かな? そんなことを考えた瞬間、スゴい勢いでシャッター音が鳴りはじめた。え、なに!? 連写モード!?
「ち、違うんだ! これは誤解なんだよ! な、猪上?」
「そ、そうだよ!! 勘違いしないでよ、みんな!」
そこから小一時間ほど、猪上と俺とで釈明を行ったのだが、どれだけ信じてもらったかは分からない。……ともあれ、俺、亘航は、この歳になって黒歴史の1ページを増やしてしまったのでる。
翌日、二日酔いで痛む頭と、全身の気だるさに鞭を打ちながら講義室に向かう俺は、誰に言うわけでもなく呟くのだった。
「……やはり、
完
何故に今更分割したかと言いますと、読み返した時に「長っ、読みにくっ!」となったのと、こうしておけば別の番外編が書きたくなった時の投稿先として使えるかなと言う打算です。
意見、感想、指摘、批判などは随時受け付けております。
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