遊戯王GX 転生したけど原作知識はありません (ヤギー)
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試験デュエルと精霊

 転生なんて信じてなかったけど、私、保科優姫は少し前に転生した。しかも、遊戯王の世界に。

 こういうのは、物語の中だけだと思ってたけど、まさか自分がだなんて⋯⋯。転生した直後はそんな感情でいっぱいだった。

 生前、私は友だちに誘われて遊戯王カードはやってたけど、アニメは観てなかったので、今後、どうなっていくのかわからない。

 そのため、期待はあったが不安もあった。多分、危険なことが起こったりするんだろうし、それに巻き込まれるかもしれない。

 でも、不安はそこまで大きくない。主人公がなんとかしてくれると楽観視していた。

 

 

 

 そういうわけで、今はデュエルアカデミアで実技試験の順番待ち。私の受験番号は101番で、そろそろだ。

 

「——それでは、受験番号101番から110番、会場に来なさい」

 

 そのアナウンスに呼ばれて観客席を立ちあがり、会場に移動する。

 今からデュエルかー、緊張するなー。しかも、観客たくさんいるし、下手なデュエルはできないよ⋯⋯。

 心臓がバクバク鳴っていた。今までたくさんの人に見られながらデュエルなんてしたことなかったからすごく緊張する。

 会場に入ると、一人の試験官がいた。緊張もあって、いかつい顔が少し怖い。

 

「そんなに緊張しなくても良いよ。リラックス、リラックス」

「あ、あはは。ありがとうございます」

 

 見た目に反して、にっこりと気さくに笑う試験官のおかげで、少し緊張が解けた気がする。

 

「これは君の実力を見るデュエルだから、負けたからといってダメなわけじゃないからね。それじゃあ、始めようか」

「はい、お願いします」

「「デュエル!」」

 

試験官LP4000

保科優姫LP4000

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 あっ、先行ってもしかして、早い者勝ち? その場のノリで決めるものなんだ。

 

「俺はモンスターを一枚とカードを二枚伏せ、ターンエンド。君のターンだ」

 

試験官LP4000 手札3枚

セットモンスター1枚

セットカード2枚

 

 試験官のターンは始まってすぐに終わった。

 わからないカードが3枚。私がどう対応するのか見たいのだろう。

 

「私のターン、ドロー」

 

 6枚の手札を見る。

 私のデッキは悪魔族主体。この状況でそれが有利か不利かなんてわからないし⋯⋯、とりあえず攻めてみよう。

 

「私は《デーモン・ソルジャー》を召喚。伏せモンスターに攻撃します!」

 

 ソリッドビジョンの《デーモン・ソルジャー》が伏せられたカードに斬りかかる。するとモンスターが現れた。

 そのモンスターは、

 

「残念! 俺のモンスターは《ビッグ・シールド・ガードナー》だ。さらに、罠カード《D2シールド》を発動する! この効果で《ビッグ・シールド・ガードナー》の守備力を倍にする!」

 

 うわ⋯⋯。守備力5200⋯⋯。

 

保科優姫LP4000→700

 

 ライフ4000はやっぱり、キツイな。

 

「⋯⋯私はカードを二枚伏せてターンエンド」

 

保科優姫LP700 手札3枚

《デーモン・ソルジャー》

セットカード2枚

 

「俺のターン、ドロー。俺はモンスターを一枚伏せ、ターンエンドだ。さあ、どうする?」

 

試験官LP4000 手札3枚

《ビッグ・シールド・ガードナー》

セットモンスター1体

セットカード1枚

 

 またもや、試験官はすぐに終わった。

 向こうからは攻めてこないのかな。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 これは、ツイてる!

 

「私は《サイクロン》を発動! その伏せカードを破壊します!」

「なにっ」

 

 伏せられていたカードは《魔法の筒》。

 ヤバかったな。もしサイクロンを引けてなくて攻撃してたら、反射されて負けてた。

 それに、さっきのターン。試験官の伏せモンスターが、ダメージを倍にする《アステカの石像》だったら、それでも負けてた。試験官のデッキなら絶対入ってるカードだろうし⋯⋯。

 まあ、何はともあれ相手のバックはガラ空きだ。私のライフも少ないし、このターンで決めたい。

 

「私は《デーモン・ソルジャー》を生贄にして《軍神ガープ》を召喚します! ガープの効果でフィールドのモンスターは全て攻撃表示になります!」

「そう来たか」

 

 ガープの効果は裏側表示のモンスターにも適用される。

 開かれたモンスターは今さっき、危険視したばかりの《アステカの石像》だった。

 

《軍神ガープ》攻撃力2200

《ビッグ・シールド・ガードナー》攻撃力100

《アステカの石像》攻撃力300

 

「私は《軍神ガープ》の効果を発動! 手札の《冥府の使者ゴーズ》を見せて、攻撃力を300アップさせます」

「ほう、ゴーズが手札にあるのか。いくら攻撃力を上げるためとはいえ、俺にその情報を与えて良かったのか?」

 

 《ゴーズ》は直接攻撃されたとき、トークンと共に手札から特殊召喚できる強力なカードだ。それにその効果の特性上、相手の意表を突き、計算をずらすことができる。

 普通ならしない行動だと私もわかっているけど、

 

「良いんです。私は《闇の誘惑》を発動して、2枚ドローし、《ゴーズ》を除外します」

 

 ドローしたのは、《月の書》と《魔界発現世行きデスガイド》。

 良いカードだけど、このターンに限っては不要だ。特に《月の書》は、《ガープ》がいるうちは使ってもすぐ表側表示になっちゃうし、今は要らない。

 でも、このターンで勝てるならなんの問題もない!

 

「バトルフェイズ! 私は《ガープ》で《アステカの石像》を攻撃します!」

 

試験官LP4000→1800

 

「ぐっ、受けよう。しかし、破壊するのは《ビッグ・シールド・ガードナー》じゃなくて良いのかな? 《D2シールド》の効果はまだ続いているぞ?」

 

 この口ぶりから言って、私のターンが終わったら、《ガープ》をどうにかできるみたいだ。

 でも、あなたのターンはもうこないっ。

 

「わかっています。だから私は、伏せカードを発動します! 永続罠《闇次元の解放》! 除外された《ゴーズ》を特殊召喚! そのまま《ビッグ・シールド・ガードナー》に攻撃!」

 

《冥府の使者ゴーズ》攻撃力2700

 

 これで終わりだっ。

 

「なるほど、良い戦略だ。だが、まだだ! 俺は手札から、《虹クリボー》の効果を発動する! このカードを《ゴーズ》に装備し、その攻撃を封じる!」

「あっ。いや、だったら! 手札から《月の書》を発動! 《ゴーズ》を裏側表示にします! これで、《虹クリボー》は手札から破壊され、《ゴーズ》は《ガープ》の効果で表側表示になり、攻撃できます!」

 

 ごめん《月の書》! 要らないとか言って! ちょうど良いときに来てくれてありがとう!

 

「《ゴーズ》で攻撃! 今度こそ終わりです!」

「ぐわあああああ!」

 

 《ゴーズ》の攻撃が、モンスター越しに試験官に襲いかかった。

 

試験官LP1800→0

 

「くっ、見事だ」

 

 勝った、そう思った瞬間。

 

『うおおおおおおおお!』

 

 会場全体が大きな歓声で震えた。

 えっ、えっ、なにこれ。さっきまで他の人の試験デュエル観てたけど、こんなのなかったのに。なんで私のときだけ。

 

「はははっ、すごいじゃないか。みんな君のことを応援してくれてるんだよ」

 

 戸惑う私を見かねたのか、試験官は説明してくれたが、わからない。

 

「でも、他の人のときはこうじゃなかったですよ?」

「それは、君が良いデュエルをしたっていうのと——」

「優姫ちゃん、かわいいぃいいよぉおおお!」

「俺と付き合ってくれぇええええええええ!」

「私の妹になってぇええええええええええ!」

「食ああああべええええたあああいいいい!」

「——ってことだからかな⋯⋯」

 

 観客が口々に私に向けて自分の願望を叫んでいた。

 試験官は引き気味だし、私も、デュエルを評価されたのが、嬉しくないわけじゃないけど、怖い。特に最後の。

 

「あの、私、もう行ってもいいですか?」

 

 早くこの場を去りたい。

 

「ああ、良いよ。試験結果は後日伝えるが、まあ、合格だと思うよ」

「ホントですか! ありがとうございます。それでは失礼します」

 

 そう言って、私は足早に会場を後にした。

 やったー、合格だ。

 実は結構嬉しい私。

 アカデミアは海の真ん中にポツンとある島に建てられた、全寮制の学校だ。そんなところに通えるなんてすごくワクワクする。

 

「フフフッ」

 

 自然と笑みがこぼれたが、廊下には私以外誰もいないから気にすることもない。

 いやー、テンション上がってるなー、私。

 

『テンション上がってるねー、優姫ちゃん』

「うわああ! なにっ! だれっ!」

 

 誰もいないはずの廊下で、しかも耳元に声と息がかかり、思わず跳び上がった。

 

「うわああ! モンスターだあ!」

『モンスターだなんて失礼ね。まあ、モンスターなんだけど』

 

 そこにいたのはバスガイド風の服を着た、肌が白く髪が赤い女の子。

 

「ていうか、《デスガイド》じゃん! えっ、なんで? コスプレイヤーさん?」

 

 《魔界発現世行きデスガイド》、のコスプレ? にしてはクオリティー高すぎだけど。

 

『違うよ! あたしは本物のデスガイドよ。あなたの精霊のね?』

 

 デスガイドはウインクして答えてくれた。

 

「せ、精霊⋯⋯。聞いたことある、かも。見える人と見えない人がいるんだよね?」

 

 どうやら私は見える人らしい。

 生前の友だちが話してくれたことだけど、アニメの中にはカードの精霊というのがいて、主人公も見える人だそうだ。

 

『やっと見えるようになってくれたね。あたし、寂しかったんだから。いくら触っても触れないなんて』

 

 触る?

 

「やっとって、いつから一緒にいたの?」

『半年前くらいからかな。そのときから、ずっとだよ? 寝てるときも、お風呂に入ってるときも』

 

 うわー! 変態だー!

 

『優姫ちゃんは気づいてなかったけど、今は違う。⋯⋯ほら、触れる』

 

 頰を赤く染めて私の手を握ってきた。

 えー、この人、じゃなく、このモンスター、百合的なアレなのかな。否定はしないけど。

 

「あー、なんかよくわかんないけど、これからよろしく?」

『うん。よろしくねっ』

「うわっ、急にくっつかないでよ」

『急じゃなかったらいいの?』

「それは、まあ、いいけど」

 

 慣れっこだし。

 友だちにもよく腕にくっつかれてたし、普通だよね? 他の友だちはされてるとこ見たことないけど、普通だよね?

 

「でも歩きにくいから少し離れてね」

『このくらい?』

「⋯⋯うん、いいよ」

 

 あんまり離れてない。歩けるからいいけど。

 しばらく歩いてると、正面から猛ダッシュで走ってくる人影が見えた。

 かわそうと思って、右に寄ったけど向こうも同じ方に寄り、だったらこっちだ、と左に避けるが、また同じ方に避ける。

 数回のフェイント合戦のうちに距離はどんどん縮まり、最終的にはとうとうぶつかってしまった。

 

「いったー」

「いてて」

 

 派手にぶつかると思いきや、寸前でスピードを落としたみたいで、衝撃は小さい。しかしそれでも、転んで尻もちをついてしまった。

 

「スマン! 大丈夫か!」

「う、うん大丈夫」

 

 ぶつかった少年に手を引っ張ってもらい立ち上がる。

 

「俺、遅刻してさ、急いでるからまたな!」

「あ、うん」

 

 少年は、私の返事も聞かずに会場に向かって走っていった。

 

「あっ、あの人も精霊がいるよ」

『ホントだ。あれは《ハネクリボー》だね』

「意外と多いのかな、精霊持ち」

 

 遊戯十代。

 今会った少年が主人公だと知るのは、もう少し後のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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船上デュエル

 前方には見渡すかぎりの海と快晴の青空。

 私は今、船に乗っていた。その理由はデュエルアカデミアに行くためだ。

 人生で初めての船。波の音や風、匂い、全てが新鮮で清々しい気分だ。

 こんなに気持ち良いのなんて今まで経験したことないっ。

 

「ああ、やっぱりデュエルアカデミアに入学して良かった」

 

 感嘆の言葉が漏れたが、返答はなかった。

 デスガイドは精霊界で仕事があるらしくて、今ここにはいない。⋯⋯なんだかちょっと寂しい。

 

「おー、いたいた。ここにいたのか!」

 

 どこかで聞き覚えのある声がして振り向くと、昨日ぶつかった少年と、ちょっと小さいのと、すごく大きいのがいた。

 と言ってもそれは私目線の話しで、男の子としてなら小さい方はすごく小さいし、大きい方は普通くらいだろう。

 

「俺、遊城十代っていうんだ。この前は悪かったな、押し倒しちゃって」

「ん、大丈夫だから、気にしないで。私は保科優姫だよ」

 

 ちゃんと会話できるかな。

 実は私、男の子との会話ってあまりしたことないから、上手くできるか自信ない。

 しかも、3対1。デスガイドが居てくれたら、ちょっとは落ち着くかもしれないのに。

 

「俺は三沢大地だ。よろしく頼む」

「ぼ、僕は丸藤翔ッス。よよよよろしくっス!」

「う、うん。こちらこそよろしくね」

 

 すごくテンパってるけど、どうしたんだろう。

 

「どうしたんだ、翔? そんなに動揺して」

「だって、アニキ! 優姫ち⋯⋯、さんは、有名人なんだよ!」

「へえー、優姫って有名人だったのか」

「私って有名人だったの?」

 

 そんな自覚全然なかったけど。

 

「ははっ、翔は実技試験のことを言ってるんだろう? 保科君のデュエルの盛り上がりはとてつもなかったからな」

「アニキは遅刻していなかったけど、凄かったんスからね!」

「そんなに言うんなら、俺も見てみたかったなー。あっ、そうだ! 優姫、今からデュエルしよう! そしたら優姫の凄さが俺にもわかる!」

「ええっ、今から?」

 

 なんか、おかしな展開になってきた。

 

「みたいっス!」

「俺も同感だ。船も出たばかりだし。アカデミアに着くにはまだ時間がある」

 

 これはもしかして、逃げられない感じか。

 

「そこまで言うなら、やる?」

「よっしゃー! そうこなくっちゃな!」

「「デュエル!」」

 

保科優姫LP4000

遊城十代LP4000

 

「俺から行かせてもらうぜ! ドロー!」

 

 あっ、またとられちゃった。

 

「俺は、魔法カード《強欲な壺》を発動して、2枚ドローする。さらに《融合》を発動! 《E・HEROフェザーマン》と《E・HEROバーストレディ》を融合して、《E・HEROフレイム・ウイングマン》を攻撃表示で召喚する! そして、カードを3枚伏せて、魔法カード《悪夢の蜃気楼》を発動。相手のスタンバイフェイズに手札が4枚になるようにドローするぜ! ターンエンドだ。さあ、優姫! お前のデュエルを見せてくれ!」

 

遊戯十代LP4000 手札0枚

《E・HEROフレイム・ウイングマン》攻撃力2100

永続魔法《悪夢の蜃気楼》

セットカード3枚

 

「私のターン、ドロー!」

「このとき、俺は《悪夢の蜃気楼》の効果で4枚ドロー。さらに速攻魔法《サイクロン》で《悪夢の蜃気楼》を破壊だ」

「うん」

 

 ヒーローか。

 あんまり詳しくないな。

 いやいやいや、そんなことよりだよ!

 4枚ドローってズルくない? デメリットも消してきたしさ。

 

「手札から《封印の黄金櫃》を発動! デッキから《エンド・オブ・アヌビス》を除外する」

 

 でもヒーローといえば融合だ。

 エンドオブアヌビスなら、墓地を封じて、その再利用をできなくすることができる。

 手札には《D・D・R》があり、今すぐにでも召喚できるけど⋯⋯。

 まだそのときじゃないね。

 

「さらに《魔界発現世行きデスガイド》を召喚! その効果でデッキから、《クリッター》を守備表示で特殊召喚!」

 

《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000

《クリッター》守備力600

 

 どうでもいい話しだけど、クリッターとクリボーってちょっと似てない?

 そのうち羽クリッターとか出てこないかな。

 ⋯⋯出てこないか。

 

『デスガイドっ、召喚されましたぁー!』

「うわっ、喋った!」

 

 あっ、ヤバっ。

 

「すごいっ! デスガイドちゃんが喋ったッス!」

「ソリッドビジョンにしては自己主張が強すぎないか?」

 

 あれ、2人にも見えるんだ。ソリッドビジョンだから?

 

「そいつが優姫の精霊かー、よろしくな!」

『ヨーロシクッ!』

 

 十代くんとデスガイドはグッと親指を立てた。

 ていうか今、精霊って言った。十代くんもやっぱり見える人なんだね。

 

『優姫ちゃんっ。2人でデュエル、頑張ろうね?』

「あ、うん。フフッ。頑張ろう」

 

 なんかデスガイドがすごく頼もしく見える。

 

「よし、私はカードを2枚伏せてターンエンドだよ」

 

保科優姫LP4000 手札2枚

《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000

《クリッター》守備力600

セットカード2枚

 

「案外消極的なんだな」

 

 文面だけだと皮肉っぽいけど、すごい、ワクワクって顔だ。

 

「フフッ。勝負はまだこれからだよ?」

「それもそうだな。俺のターン、ドロー。俺は《カード・ガンナー》を召喚!」

 

《カード・ガンナー》攻撃力400

 

「《カード・ガンナー》の効果発動! デッキの上から、3枚墓地に送って攻撃力このターンのみ1500アップさせる!」

 

《カード・ガンナー》攻撃力400→1900

 

 良いカードだ。墓地肥やしできるし、破壊されたときドローもできる。

 ここからじゃ、なにが落ちたか見えないな。

 

「バトルだ! 《カード・ガンナー》で《クリッター》に攻撃!」

 

クリッターは守備表示だからダメージは入らない。

 

「《クリッター》の効果! デッキから《バトルフェーダー》を手札に加える!」

「次はフレイム・ウイングマンでデスガイドを攻撃!」

 

 ヤバい。

 フレイム・ウイングマンはダメだ。

 アレは絶対ダイレクトするマンだから、通さないよっ。

 ライフが4000でそれはしんどすぎる。

 

「罠発動! 《強制脱出装置》。フレイム・ウイングマンを手札に戻す!」

「くっ、防がれたか。やるな、優姫! ターンエンドだ」

 

遊城十代LP4000 手札4枚

《カード・ガンナー》攻撃力400

セットカード2枚

 

「今度はこっちから攻めるよ! 私のターン、ドロー!」

 

 十代くんのモンスターは《カード・ガンナー》だけ。伏せカードが2枚あるけど、こっちには《バトルフェーダー》がある。返しのターンは問題ない。

 攻めどきだ。

 

「私は《闇の誘惑》を発動! 2枚ドローし、《闇の侯爵ベリアル》を除外する! さらに《デーモン・ソルジャー》を召喚」

 

《デーモン・ソルジャー》攻撃力1900

 

 サイクロンが引きたかったけど、こないなら仕方ない。

 こんなところじゃ立ち止まらないよっ。

 

「手札を1枚捨てて装備魔法《D・D・R》を発動! さっき除外したベリアルを特殊召喚する!」

 

《闇の侯爵ベリアル》攻撃力2800

 

「えーと、優姫さんのモンスターの攻撃力の合計が5700で、アニキが400。アニキっ。このままだと負けちゃうッスよ!」

「いや、それはどうだろうな。十代にはまだ伏せカードが2枚ある。それにあの十代の楽しそうな顔を見てみろ。絶対なにかある」

 

 それは私もわかってた。私が展開していくほど、ワクワク顔は深まっていくばかりだ。

 つい、もっと楽しませてあげたくなってしまう。

 

「フフッ。でも勝つのはわたしだよっ」

「おっ、言ったな! だったら攻めてこいよ、返り討ちにしてやるぜ!」

 

 良し、行こう。

 

「バトル! まずは——」

 

 まずは、どうする。

 そう。されて困ることはなにかだ。

 伏せカードがミラーフォースとかだったらまだいい。《バトルフェーダー》があれば、直接攻撃はされず、バトルフェイズを強制終了できる。その後はこの手札と次のドローでどうとでもできる。

 けど、下手に私のモンスターが残って、バスガイドとかを素で立たせておいてもいいんだろうか。

 上から殴られてそのままライフが尽きるかも。その場合、直接攻撃じゃないから、《バトルフェーダー》じゃふせげない。

⋯⋯ヒーローについてもっと知っとけばよかった。

 知らないことは考えてもわからないし、とりあえず攻撃してみよう。

 

「まず、《ベリアル》で《カードガンナー》に攻撃するよ」

「ああ、いいぜ、通す」

 

遊戯十代LP4000→1600

 

「このとき、カードガンナーの効果発動! さらに罠発動《ヒーロー・シグナル》! 1枚ドローとデッキから《E・HEROスパークマン》を守備表示で召喚だ!」

 

《E・HEROスパークマン》守備力1400

 

「だったら、《デーモン・ソルジャー》で《スパークマン》を攻撃!」

「それはさせない! 罠発動! 《ヒーロー・バリア》《デーモン・ソルジャー》の攻撃を無効にする!」

「防がれたか。じゃあ仕方ない。永続罠発動!《闇次元の解放》。除外されている、《エンド・オブ・アヌビス》を特殊召喚! 《スパークマン》に攻撃!」

「くっ、スパークマンは破壊される」

 

 倒せなかった⋯⋯。《デスガイド》で攻撃しても600残る。

 なら攻撃しない。

 

「メインフェイズ、《デスガイド》を守備表示にしてターンエンド」 

 

保科優姫LP4000 手札2枚

《闇の侯爵ベリアル》攻撃力2800

《エンド・オブ・アヌビス》攻撃力2500

《デーモン・ソルジャー》攻撃力1900

《魔界発現世行きデスガイド》守備力600

 

「俺のターン。ドロー! ハハッ、優姫。どうやらこのデュエル、このターンで終わりみたいだぜ!」

「その6枚目の手札で私を倒すまでいけるって言うの? 一応言っておくけど、《ベリアル》の効果で《ベリアル》以外には攻撃も、効果の対象にもできないから。それに、《エンド・オブ・アヌビス》の効果で、墓地で発動する効果も、墓地に及ぶ効果も無効になるけど、それでも?」

「ああ、それでもだ。知らなかったか? ヒーローにできないことなんてないんだぜ?」

 

 それは⋯⋯。そうまで言うんなら。

 

「見てみたいな」

「見せてやる! まずは《E—エマージェンシーコール》を発動。デッキから《E・HEROスパークマン》手札に加え、召喚する。ヒーローがいなきゃ始まらないってな。そして、《R—ライトジャスティス》だ。《闇次元の解放》を破壊!」

 

《E・HEROスパークマン》攻撃力1600

 

「《闇次元の解放》を破壊ってことは、《エンド・オブ・アヌビス》も除外ってことッスね」

「ああ、対象がモンスターではなく罠カードだから《ベリアル》の効果は発動されない。良い手だ」

「でも、破壊するなら《ベリアル》の方が良かったんじゃないっスか? あっちの方が攻撃力が高いし」

「違うな、融合使いの十代にとっては《エンド・オブ・アヌビス》の方が厄介なんだよ。墓地が使えないってのは、それだけで痛手だからな」

 

 その通りだ。墓地は第2の手札とも言われている。

 

「そういうもんスかねぇ」

「ま、見てればわかるさ」

 

 ここまでは想定している。十代くんなら普通にやってのけるとわかっていた。

 問題はここから。墓地が解放されてからだ。

 

「俺は手札から《融合回収》を発動! 墓地の《融合》と、融合素材となった《E・HEROフェザーマン》を手札に加え、手札から《O—オーバーソウル》を発動。墓地の《E・HEROバーストレディ》を特殊召喚する」

「な?」

「アニキ⋯⋯、すごいっス! 墓地をこんなに活用するなんて!」

「手札の《フェザーマン》とフィールドの《バーストレディ》で融合! 《E・HEROフレイム・ウイングマン》を融合召喚!」

 

《E・HEROフレイム・ウイングマン》攻撃力2100

《E・HEROスパークマン》攻撃力1600

 

「まだまだ行くぜ! 《フレイム・ウイングマン》と《スパークマン》を融合だ! 《E・HEROシャイニング・フレア・ウイングマン》

!」

 

《E・HEROシャイニング・フレア・ウイングマン》攻撃力3700

 

 フレイム・ウイングマンが素材か。嫌な予感しかしない。

 

「《シャイニング・フレア・ウイングマン》の効果は、墓地のヒーローに1体につき300アップする。そして、戦闘で破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与えるぜ!」

 

 やっぱりか。

 

「でも、攻撃力3700なら私のライフは削りきれないよ」

 

 このターンさえ終われば、まだ勝機はある。

 

「仕上げはこの最後の手札さ。魔法発動! 《H—ヒートハート》《シャイニング・フレア・ウイングマン》の攻撃力を500アップさせ、貫通効果を与える!」

 

 負け、か。

 

「攻撃!」

 

保科優姫LP4000→0

 




 手札枚数の勘違いで後から無理やり捻じ曲げたりしたんで、不自然なとことかあるかもしれないけど、スルーでお願いします。

 


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ガッチャ?

 目覚ましの電子音で目を覚ますと天井ではなく、デスガイドが目に映った。

 身体を起こそうとしても動かないし、枕の脇にある両手も押さえつけられて動かせない。

 寝ぼけた意識が覚醒していくうちに、デスガイドが私の上に覆い被さっているんだと理解した。

 

『優姫ちゃんっ。朝だよ!』

 

 テンションの高い声が寝起きの耳に響く。

 デスガイドが起きたのはとうに昔のことのみたいだ。

 ていうか、精霊って寝たりするの?

 

「あ、うん。おはよ。なんで私の上にいるの?」

『優姫ちゃんの寝顔が可愛くてつい』

「⋯⋯かわいくないよ」

 

 真顔で言わないで。

 だらしない顔を見られてたと思うとすごく恥ずかしい。

 

『そんなことない、可愛いよ』

 

 情感をたっぷり込められた言葉に思わずドキリとしてしまい、ふいっ、と顔をそらす。

 

『あははっ。顔、赤くなってる! ⋯⋯そういうところも可愛いよ』

 

 くっ、からかわれてるっ。

 

「もう、どいてよ。そろそろ起きたいんだけど」

『えー、やだー。起きたいんなら、無理やりあたしを退かしてみれば?」

 

 はあ、仕方ない。

 じゃれ合いに付き合ってあげよう。

 両手に組まれたデスガイドの指をはがそうと手に力を入れる。

 が、全然びくともしない。

 

『フフフ』

「⋯⋯」

 

 なんか悔しい。

 遥か高みから見下されてる気分だ。

 こうなったら、手当たり次第に動いてやる。

 頭や肩、胸、肘など、動かせる部位を必死に動かした。上下左右に揺れ動いた。

 それでも全く拘束は外れない。息が上がるだけだった。

 

『ダメダメ。人間が精霊に力で敵うわけないんだから』

「はぁはぁ。疲れたー。それを早く言ってよ」

 

 どうやったってムリじゃん。

 批難の目でデスガイドを見つめる。

 

『優姫ちゃん』

 

 すると、改まって名前を呼ばれた。

 

「なに?」

『⋯⋯なんだか、抵抗する優姫ちゃんを無理やり押さえつけてるみたいで、すごい興奮してきた』

「はぁ?」

『今から襲っても良い?』

 

 上気した顔を向けてくるデスガイド。

⋯⋯えっ、本気で? 冗談じゃなく?

 もしかして貞操の危機?

 さすがにそれはまずいと、私は脚を浮かせる。

 私の腹の上に乗るデスガイドの真後ろからそっと忍ばせた。

 

『ねぇ、キスしてふぎゃっ!?』

「だめですっ」

 

 デスガイドの首に脚を引っ掛けて、そのままベッドに倒した。

 

『やーん。あたしをベッドに押し倒してどうするつもり?』

「どうもしないよ。そろそろ準備しないと授業に遅れるから」

『はーい』

 

 さすがは精霊というべきか、少し乱暴にしただけではなんともないみたいだ。

 

 

 

 デュエルアカデミアには、能力ごとに三つのコースがある。

 能力が高い順に、オベリスクブルー、ラーイエロー、オシリスレッド。ただ、女子は例外で、成績に関係なく、全員オベリスクブルーに所属している。私もそうだ。

 各コースの違いは、制服の色と寮。

 特に、寮のグレードの差が大違いで、見た目や内装の格差が激しく、提供される食事も段違いらしい。

 能力によって待遇に差をつけるのは実に実力主義で、この学校の創設者の性格が少し透けて見える気がする。

 

「——シニョール丸藤!」

「は、は、はいっ!」

 

 前の席の方で、クロノス教諭にイタリアチックに名前を呼ばれた人が立ち上がった。

 ってよくみたら船で会った翔くんだ。

 赤い制服。オシリスレッドなんだね。

 

「フィールド魔法の説明をお願いしまスーノ」

「えーと、その、あの⋯⋯」

 

 翔くんは緊張してしまって答えられない様子だった。

 

「おいおい、ドロップアウトはこんなのも答えられないのかよ!」

「幼稚園児でも知ってるぜ?」

 

 心無いヤジとそれに反応するように嘲笑の声が上がった。

 それらは主にオベリスクブルーの席から発せられている。

 

「うぅぅ」

「気にすんなって、翔」

 

 翔くんに話しかけたのは十代くんだ。

 十代くんもオシリスレッドの制服を着ている⋯⋯ 。

 結構強いと思ったけど、もしかして、ここの生徒ってとんでもなく強者揃いなのかな。

 だとしたら、十代くんに負けた私ってこの中じゃ、相当弱いってこと?

 

「よろしい、引っ込みなさイーノ。基本中の基本も答えられないトーハ、さすがオシリスレッド」

「でも先生、知識と実践は関係ないですよね。だって、俺もオシリスレッドだけど、先生にデュエルで勝っちゃったし」

 

 ニカッと笑いピースする十代くん。

 

「ヌゥー、マンマミーヤッ」

 

 クロノス教諭と十代くんのやりとりで、教室内にはドッと笑いが起こり、クロノス教諭は自前のハンカチを悔しそうに噛み締めた。

 

 

 

 時間は飛んで、今は夜。場所は大浴場。

 デスガイドと一緒に湯船に浸かっていた。

 周囲に人はいないが、少し離れたところに3人の女子生徒が談笑している。

 スタイルが良いとか胸が大きくなったとか、聞きたくもない話しが勝手に耳に入ってくる。

 

「⋯⋯」

『どしたの? あの3人を睨みつけて』

「⋯⋯別に。睨んでないし」

『あっ、わかった。あの金髪の人のスタイルがうらやましいんだっ。そうでしょ?』

「はっ? 別に? 違うけどっ?」

『絶対そうだよー。ちょー動揺してるしー』

「動揺してない」

 

 背が高くて羨ましいとか思ってないしっ。

 

『別に気にしなくていいじゃん。優姫ちゃんは胸が人より大きめなんだから』

「胸はいらないよ、変な目で見られるし。それよりも身長が⋯⋯、あっ」

『ほらっ、やっぱり気にしてた』

 

 バレちゃった。まあ、隠してるわけじゃないからいいけどね。

 

「はあ。身長伸びないかな。胸なんていらないから、身長伸びないかなぁ」

『ぜ、贅沢な悩みだね』

 

 なぜか困り笑いするデスガイド。

 

「なんで? ⋯⋯ああ、そっか。デスガイドはアレだもんね。気が回らなくてごめんね? 不謹慎だった」

 

 目線を落として、主にデスガイドの胸部を見つめて言った。

 

『あ、哀れまないで! あたしは普通くらいだから! 不謹慎とかそんな深刻な問題じゃないから!』

「そんなに強がらなくていい。大丈夫、デスガイドの胸がアレだってこと、私わかってるから。胸を張って生きよう!」

『絶対わかってないよっ。だいたい、アレってなに!?』

「アレはアレだよ。貧」

『あーあーあー。やっぱり言わなくていい。聞きたくない』

「聞くのも辛いよね。うんうん。もうデスガイドの前では、貧乳って言葉は使わないから」

『うわああ。今言った! わざと言った!』

「はははは!」

 

 デスガイド面白い。

 リアクションがいちいち良い。

 

『もー、あたしをからかってぇー』

「フフ。仕返しだよ。朝とかの」

 

 あー、楽しい。

 

「笑ったら熱くなっちゃった。そろそろ上がろうか」

『そう? じゃあそうしよう』

 

 私は立ち上がり、脱衣所に向かった。

 

「ホント今更だけど、精霊ってお風呂入るんだね」

 

 しかも、服もちゃんと脱いで。

 お風呂で服を脱ぐのは当然なんだけど、カードに描かれてる姿で印象が固定されてたから、こういうのって新鮮なんだよね。

 

『ううん、実際は入ってないんだよ。優姫ちゃんには見えるし触れるけど、あたしの身体は精霊界にあるからね』

「精霊界?」

『簡単に言うと、あたしたちカードの精霊が住む世界のこと。いろんな種族が存在するから、世界観がごちゃ混ぜなんだよ』

「精霊の世界かぁ」

 

 カードたちも精霊界で生きてるってことか。

 そういえば、カードのテキストとか絵柄にも物語が描写されてたりするもんね。

 

「楽しそうだね。そこって人間は行けたりしないの?」

『うーん、あたしは知らないけど行き来する方法はあるみたいだよ。でも、やめといた方がいいかな。悪い奴とか多いし』

「そうなんだ。確かに、悪魔族とかアンデッド族とかは怖そう」

『フフン、あたしも悪魔族だよっ』

 

 そこ自慢するとこ?

 

「わかってるけど、デスガイドは攻撃力1000じゃん。全然怖くないよ」

『そう言うけどね、あっちには、攻撃力1200だけど、かつては闇の全てを支配するほどの力を持っていた冥界の王もいるんだから』

「えー、昔のカードによくそんなのがあるけど、なんか嘘くさいんだよねー」

 

 『どんな攻撃でも防げる』とか『マッハ5で飛行する』とか。

 

『ホントだよ。⋯⋯多分、おそらく、きっと』

「わあ、すごく自信なさそう」

『うーん、よく考えるとこの話し、本人からしか聞いたことない⋯⋯。嘘だったのかなぁ」

 

 頭をひねるデスガイド。

 

『⋯⋯攻撃力1000の弱いあたしって、デュエルで役に立ってない?』

 控えめに問われた。

「えっ、なんでそんな話しになるの?」

『だって、あたし、あんまりデュエルで攻撃したことないし、この前だって攻撃力が足りなくて負けちゃったし⋯⋯』

 

 十代くんとのデュエルのことか。

 

「あれは、私の作戦ミスだよ。それに攻撃力の低さだってむしろ利点だし、デスガイドの1番良いところはその効果。万能なんだよ? ていうか、そもそも私は、『デスガイド』が使いたくて悪魔族のデッキを使ってるんだから。私がデュエルしてて1番楽しいときは、アドを取るときなの。だからデスガイドは強いし、役に立つよ!」

 

 後、イラストが可愛いっ。

 とは、口には出さなかったけど、長々と語ってしまった⋯⋯。

 引かれてないかな。

 

『ゆ、優姫ちゃん、そんなに言われると照れるよ⋯⋯』

「あー、とにかく、デュエルで負けるのは全部プレイヤーのせいで、デスガイドは気にしなくてもいいから。それだけっ」

 

 そんなに顔を赤くされると、こっちまで照れる。

 顔をそらすと、ちょうど大浴場に通じる戸が勢いよく開かれた。

 そこから2人が出てきて、テキパキとタオルで水気を拭き取り、着替えると猛ダッシュで脱衣所を出て行った。

 

「えっ、今のなに?」

『なんか、すごい急いでたね』

「あら? 保科さん?」

 

 呼ぶ声に反応して振り向くと、金髪の人。

 

「私は天上院明日香。明日香でいいわ」

 

 名前がわからずどう反応するべきか迷っていると、それを察したのか、自分から名前を教えてくれた。

 

「私も優姫でいいです。あの、聞いていいかわからないんですけど、2人はどうしたんですか?」

「同じ1年だし、敬語はいらないわ」

 

 そう言って、明日香は自分の着替えカゴのあるところまで歩く。

 1年生だったんだ。その身長で。

 

「覗き魔が出たのよ」

「の、覗き?」

「ええ。ジュンコとももえはその覗き魔を取り押さえに言ったのよ」

 

 さっきの2人はジュンコとももえっていうのか。どっちがどっちかわからないけど。

 

「私たちも行きましょう」

「う、うん」

 

 私は別に興味ないんだけどなぁ。

 

 

 大浴場から通路を通って、女子寮の無駄に広いエントランスに着くと、3人の生徒がいた。

 2人はジュンコとももえで、もう1人は翔くんだ。

 

「あっ、明日香さん、助けてくださいッス! この2人に説明してあげて!」

「なんのことかしら」

「明日香さんがくれたラブレターのことッス!」

 

 ラブレター! 明日香もそういうことするんだ。

 

「バカね、明日香さんがオシリスレッドのあんたなんかにラブレター書くわけないでしょ」

「嘘じゃないよ。女子寮の裏で待ってますってロッカーに、ほらっ」

 

 翔くんはポケットから手紙を取り出す。

 するとすぐにジュンコ(またはももえのどっちか)がそれを奪い取り、広げた。

 私も横から覗きこむと汚い字でお誘いの文がつづられていた。

 

「私、こんな汚い字は書かないわ。それに、宛て名が遊戯十代になってる」

「そんなこともわからないなんてね。明日香さん、このことを学園に通報しましょう」

「⋯⋯いえ、これは、遊戯十代と戦う、いいチャンスかもしれないわ」

 

 明日香はなにかたくらむような顔をしていた。

⋯⋯ラブレターは偽物で、誰かが十代くんをはめようとしたってことなのかな。

 そして、今の言葉から察するに、これを利用して明日香はなにかをしようと考えてる。多分、この後なにかをやるつもりだ。

 それは気にはなるけど、もう夜も遅い。

 夜間の外出は下手したら退学まであるらしいし、もう帰ろう。

 

 

 明日香たちに軽く挨拶をして自室に戻った。

 

『別れてきちゃってよかったの?』

「これからなにをするのかは気になるけど、もう夜だしね」

『じゃあ、あたしが見てきてあげようか?』

「えっ、いいの?」

『うん、あたしならバレることはないからね。それじゃあ見てくるから待ってて』

 

 デスガイドはスッと壁をすり抜けて出て行った。

 

 

 十数分の時間が経ち、デスガイドは戻ってきた。

 

「ごめんね、パシリみたいに使って。どうだった?」

『うーん。ボルテックサンダーで楽しいデュエルだったぜで今日はもう疲れターノネ、だった。ガッチャ?』

「えっと、⋯⋯ノーガッチャ」

 

 ちょっと意味わかんないです。

 



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月一試験 昼休みの出来事

 この学校には、月一試験というものがある。

 その名の通り月に1回試験があるらしい。

 試験には筆記と実技があって、良い成績を残すとオシリスレッドからラーイエローに、ラーイエローからオベリスクブルーに、という風に昇級できるようになっている。

 だから生徒たちは今日のために必死に勉強したり、模擬デュエルしたりするのだ。

 まあ、女子でオベリスクブルーの私には関係のない話しだけど。

 

 そんなこんなで、筆記試験が終わって今は昼休み。

 生徒たちは実技試験に備え新入荷したカードパックを買いに、売店に集まっている。

 私は売店には行かず、デスガイドと2人で——側から見たら1人で——教室に待機していた。

 

『優姫ちゃん、友だちいないの?』

「いきなりだね」

 

 しかも、鋭利。

 

『ちょっと気になって』

「⋯⋯デスガイドがいる」

『あたし以外で』

「⋯⋯」

 

 いない、と口には出したくなかった。

 いや、いないんだけどさ。

 

『あたし的には独り占めできるから別にいいんだけど、さすがに友だち0人は心配になってくるよ』

 

 こういうことで心配されるとすごいみじめだ。

 

「でも不便はしてないよ。授業でデュエルするときとか、誰かは誘ってくれるから最後まで余ったことはないし」

 

 教師の『2人組作って』攻撃は今のところちゃんと防げてるから大丈夫だ。うん。

 

『いやぁ、その人たちって友だちってよりはファンって感じだよね』

「ファン?」

『うん。互いを牽制し合ってローテーションで優姫ちゃんに近づいてるみたいだし』

「ローテーションって⋯⋯、気を遣われてたってこと?」

 

 今日はお前があいつに構ってやれよ、みたいな会話が私の知らないところであったり?

 それはそれでみじめなんだけど⋯⋯。

 

『そういう感じじゃなくて、みんな、優姫ちゃんと話す口実が授業しかないから順番を決めて話したがってるんだよ』

 

 絶対嘘だよ。私と話したってつまんないって。

 

「デスガイドの心遣いが身に染みるよ」

『そうじゃないんだけどなー。まいっか。それはそれとして、優姫ちゃん、筆記試験はどうだったの?』

 

 今度はテストの話か。

 そうそう、学生は友だちどうこうより勉強に気を配らなきゃ。

 

「筆記試験? 余裕だったよ。ほとんど常識問題だったし」

 

 魔法カードの種類を答えよ、とか。

 

「この感じだと、筆記だけなら学年1位もありえるかも」

『おおー、大きくでたね』

「それはあり得ませんわ! 保科優姫さん!」

「うわっ」

 

 唐突に、後ろから大きな声がして振り向くと、入り口に1人の女子生徒が仁王立ちしていた。

 

「縦ロールさん⋯⋯。じゃなくて常勝院さん」

 

 常勝院エリカ。私と同じクラス、同じブルーの生徒だ。

 お嬢様のような仕草と髪型だが、それがよく似合う人だというのが第一印象だし、今でもそう思う。

 

「なぜなら、1位はこのわたくしだからですわ!」

 

 常勝院さんは大仰な台詞と共にわたしに近づく。

 もしかして、話し聞かれてた? だとしたら、独り言を喋る変な人だと思われてるかも。

 

「あの、常勝院さん、話し聞いてたの?」

「たった今来たところですので、貴女たちの話しを盗み聞きしたりはしてませんわ」

 

 それなら良かった。

 ん? 貴女たち? たちって言った?

 

『あたしのこと、見えてるの?』

「当然ですわ。精霊を見ることなんて、このわたくしにとっては造作もないことですわ」

 

 常勝院さんの目はしっかりとデスガイドを捉えている。

 

「じゃあ、常勝院さんも精霊を連れてるの?」

「その通りですわ。⋯⋯アテナ、出てきなさい」

『何よ。なんかよう?』

 

 常勝院さんが虚空に呼びかけると、ふわっとその人物が出現した。

 

「これがわたくしの精霊のアテナですわ」

「おー、アテナだ」

 

 天使族の結構強いやつ。

 

『⋯⋯気安く私の名前を呼ばないでくれる?』

 

 アテナはこちらを冷たい目で見据えてくる。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 あれ、私嫌われてる?

 

『エリカ、帰っていいかしら』

「ええ、どうぞ」

 

 不機嫌そうなアテナは常勝院さんの言葉を聞くと、すぐに消えてしまった。

 

「ごめんなさいね、あの娘、機嫌が悪いみたいで」

「別にいいけど、私、なにかした?」

『優姫ちゃんがっていうより、あたしかな。天使族と悪魔族って仲が悪いから、あたしを連れてる優姫ちゃんの印象も悪いんじゃないかな』

「へぇー。じゃあ、デスガイドもアテナが嫌いなの?」

『嫌いというか、あの人は結構偉い人だからね、文句は言えないよ』

「上下関係ってやつか」

 

 精霊界にも、社会があるんだなぁ。

 

「そんなことはどうでもいいんですの。保科優姫さんっ。次の実技試験で勝負ですわ!」

 

 常勝院さんは私に向けて指をさして言った。

 

「え、勝負? でも、試験の対戦相手って先生が指定するもので、自分たちで勝手に決められないんじゃ⋯⋯」

「そこは大丈夫ですわ。わたくし、先ほどクロノス先生に頼み込んで了承を得てきたところですの」

 

 わざわざそこまでしたんだ。

 

「そうまでして、なんで私なんかと」

「貴女は! 少し可愛いからといって、ちやほやされすぎですの! ですので、どちらがより美しいのかデュエルで勝負ですわ!」

 

 ちやほやされてるんじゃなくて、気を遣われてるだけだし、美しさってデュエルで決まるものなの?

 

「まだありますのよ。わたくしたちのデュエルに、秘密ルールを設けますわ」

「ひ、秘密ルール」

「ええ。負けた方は勝った方の下僕となるんですの!」

「下僕に⋯⋯」

 

 焼きそばパン買って来いですの! とか言われるのかな。

 

「せいぜい覚悟しておきなさいな。それではわたくし、これで失礼しますわ!」

「ちょ、待って⋯⋯」

 

 常勝院さんは私の制止を聞かず、身をくるりと翻して行ってしまった。

 

「⋯⋯言うだけ言って出ていっちゃった」

 

 台風みたいな人だな。

 

『優姫ちゃんっ。ヤバイよ! 負けたら下僕にされちゃう!』

「いや大丈夫でしょ。下僕って、その場の勢いか冗談だと思うし」

 

 これだって、いわば常勝院さんなりの気遣いだと思う。

⋯⋯この学校。良い人しかいないな。

 

『大丈夫じゃないよ! もし本当に下僕にされたら、なにをされるかわからないんだよ? 口には出せないあんなことやこんなことをされちゃうかも』

 

 口には出せないこと。⋯⋯まさかっ。

 

「誰かを暗殺して来い、とか命令されるってこと?」

 

 だったら怖いけど、

 

『それはないでしょ。普通に考えて』

 

 だよね。

 

「じゃあ、口には出せないことってなに?」

『え、それはアレだよ、アレ。⋯⋯あはは』

「⋯⋯アレがなんなのかわからないけど、なんか変なこと考えてるのはわかった」

 

 なんか顔がいやらしいし。

 

『か、考えてないよ? そ、そう! 勝てばいいんだよ。勝てば』

「⋯⋯ごまかされた気がするけど、まあ、その通りだね」

 

 そう、勝てばいい。

 始めから負けた後のことを考えるのは弱気すぎる。

 

「勝つよ、私」

 

 勝ってデスガイドは強いってことを証明したい。

 

『やる気満々だね。⋯⋯はっ、もしかして、勝ってエリカを下僕にしてあんなことやこんなことを!』

「しないよ」

 

 この娘、ちょっと頭が⋯⋯。

 

「ああ、でも下僕はないにしても、勝ったらなにかあってもいいよね」

 

 向こうから言い出した、いわばアンティルールみたいなものだ。

 カードを寄越せとは言わないけど、なにか、軽めで負担にならないくらいの報酬があってもいいはずだ。

 

『それなら丁度いいのがあるじゃん』

「丁度いいの?」

 

 なんだろう、思いつかない。

 

『友だちになってもらえばいいんだよ』

「あっ、それはいいかも」

 

 ちゃんとした友だちができたら、もう気遣いでみじめな気持ちになることはない。

 

「俄然、やる気がでてきたよ!」

 

 まだ実技試験までは時間がある。

 私はデッキを取り出して、脳内シミュレーションを始めた。



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月一試験 デュエル開始

「待ってましたわ。よく逃げずに現れましたわね」

「そりゃあ、逃げたらサボりになるからね」

 

 時間になりデュエル場に出向くと、既に常勝院さんが指定の位置にいた。

 この広いデュエル場には、青、黄、赤の3色の制服を着た生徒がいて、それぞれ同じ色同士で向き合っている。

 この組み合わせは同じ実力同士でデュエルさせるために、学校側が決めたことだ。

 しかし、その中に1組だけ、青と赤の組み合わせがあった。

 赤の方、つまりオシリスレッドの生徒は十代くんだ。

 オベリスクブルーの生徒とデュエルするってことは、やっぱりそれだけ十代くんが強いデュエリストだということだろう。

 さすがは私に勝っただけのことはある、なんて、うそぶきの言葉が脳裏をよぎった。

 

「保科優姫さん。よそ見をしてないで、こっちを見なさいっ。貴女の対戦相手はこのわたくしですのよ」

「ごめん、なんだか緊張しちゃって」

 

 緊張しているというのは本当のことだ。

 デュエル場にはたくさんの人がいるが、それ以上の人数が観客席にいる。

 見られながらのデュエルはまだ慣れない。

 

「ダメですわね。そんなことでは、わたくしには勝てませんわよ」

 

 常勝院さんに気負いは全くなさそうだ。

 正直、そういうところは羨ましい。

 

「それでも、勝つのは私だけどね」

「あら、言いますわ」

 

 私は闘志を燃やし、常勝院さんも私に答えるように不敵に笑う。

 

『それでは、時間になったので、各々デュエルを始めてください』

 

 アナウンスが流れ、常勝院さんと目を合わせる。

 

「「デュエル!」」

 

 始まった。

 

常勝院エリカLP4000

保科優姫LP4000

 

「まずはわたくしのターンですわ! ドロー!」

 

 常勝院さんにはアテナの精霊がいる。ということは、天使族のデッキだろう。

 初手はどう来る。

 

「まずは永続魔法《神の居城—ヴァルハラ》を発動ですわ。そして効果発動! 手札から《光神テテュス》を特殊召喚!」

 

《光神テテュス》攻撃力2400

 

 テテュスか、アレはドローしたとき、そのカードが天使族なら追加でドローできるモンスター。

 仕事されるとかなり厄介だ。

 

「さらに《創造の代行者ヴィーナス》を召喚して効果を発動ですわ。500ライフポイントを払って、デッキから《神聖なる球体》を1体特殊召喚しますわ」

 

常勝院エリカLP4000→3500

《創世の代行者ヴィーナス》攻撃力1600

《神聖なる球体》攻撃力500

 

「次に《馬の骨の対価》を発動、《神聖なる球体》を墓地に送ってデッキから、2枚ドローですわ!」

「うわ、もう動いてきた」

「フフン、その様子だと《テテュス》の効果は知ってるようですわね。それなら、今ドローした2枚の内《オネスト》を見せて、ドロー! ドローしたカードは《テュアラティン》! よってさらにドロー! ⋯⋯ここで打ち止めのようですわね。わたくしはこれでターンエンド」

 

常勝院エリカLP3500 手札6枚

《光神テテュス》攻撃力2400

《創造の代行者ヴィーナス》攻撃力1600

永続魔法《神の居城—ヴァルハラ》

 

「わ、私のターン、ドロー」

 

 ヤバイ。今の常勝院さんのドローはヤバイよ。

《オネスト》に《テュアラティン》って。

 この状況で選んだかのようなカードたちだ。

 《オネスト》は自分の光属モンスターが戦闘するとき、戦闘する相手モンスターの攻撃力を自分の戦闘モンスターに加えることができるモンスターカード。

 この効果は手札から不意打ち的に発動できるのが強みだ。

《テュアラティン》は自分のモンスターがバトルフェイズ開始時に2体以上いて、1度のバトルフェイズで全て破壊されたときに特殊召喚できるモンスター。

 強いのはその効果だ。自身の効果で特殊召喚した時、属性を1つ宣言し、その全てを破壊する。そして《テュアラティン》が存在する限り、宣言した属性を相手に召喚、特殊召喚をできなくするという効果。

 これで闇属性を宣言されたら、もう私の勝ち目はなくなる。

 非常にやり辛い相手だ。

 私は思わず顔をしかめる。

 

「良い表情ですわ。その顔が見たかったんですの」

「くっ、でもやりようはいくらでもあるよっ」

 

 常勝院さんの手札の中にあるということがわかっているのは大きい。

 この状況においての情報アドバンテージはむしろチャンスだ。

 

「私は手札から《おろかな埋葬》を発動。デッキから、《魔サイの戦士》を墓地に送り、その効果で、《トリック・デーモン》も墓地に送る。そして墓地に送った《トリック・デーモン》の効果で《ヘル・エンプレス・デーモン》を手札に加える」

 

 《おろかな埋葬》は来ると1枚だけで結構回せるから良いよね。

 

「魔法カード《トレード・イン》を発動。《ヘル・エンプレス・デーモン》を墓地に送りデッキから2枚ドローする」

 

 さて、ここからだ。

 6枚の手札を見て考える。

 この手札枚数をもってしても、《オネスト》と《テュアラティン》がある以上、このターンで勝負を決めることはできない。

 でも《テテュス》はなんとかしなきゃ。

 

「私は墓地の3体の悪魔族モンスターを除外し、《ダーク・ネクロフィア》を特殊召喚する」

 

《ダーク・ネクロフィア》攻撃力2200

 

 これなら《オネスト》があったとしても《テテュス》をなんとかできる。

 

「そして《魔界発現世行きデスガイド》を通常召喚。効果で、デッキから《クリッター》を特殊召喚する。さらに魔法カード《二重召喚》を発動、このターン、もう1度通常召喚を行える。私は《デスガイド》と《クリッター》をリリースして《暗黒の侵略者》を召喚する」

 

《暗黒の侵略者》攻撃力2900

 

「《クリッター》の効果でデッキから《バトル・フェーダー》を手札に加え、バトルフェイズ。《ダーク・ネクロフィア》で《テテュス》を攻撃。⋯⋯《オネスト》は使う?」

「⋯⋯。使いませんわ」 

「なら、私の《ダーク・ネクロフィア》は破壊される」

 

保科優姫LP4000→3800

 

「私はこれでターンエンド。このとき《ダーク・ネクロフィア》の効果発動。《テテュス》の装備カードとなって、コントロールを奪う」

 

保科優姫LP3800 手札3枚

《暗黒の侵略者》攻撃力2900

《光神テテュス》攻撃力2400

 

 《テテュス》は封じた。

 それに《暗黒の侵略者》で速攻魔法も。

 天使族には《光神化》の速攻魔法カードがある。それがあるなら、《地獄の暴走召喚》もあるだろう。

 このターンでできるベストをやれたと思う。

 

「わたくしのターン、ドローですわ。⋯⋯そのモンスター、厄介ですわね」

 

 常勝院さんは忌々しげに《暗黒の侵略者》を見ている。

 

「速攻魔法でもドローしたの?」

「フン! なんの問題もありませんわ! フィールドの《創造の代行者ヴィーナス》の効果を2回発動しますわ。デッキから2体の《神聖なる球体》を特殊召喚。そのままリリースして《アテナ》を召喚ですわ!」

 

常勝院エリカLP3500→2500

《アテナ》攻撃力2600

 

 来たね、《アテナ》。

 心なしかこっちを睨んでるのが気になるけど。

 

「バトルですわ。《アテナ》で《テテュス》を攻撃!」

「《オネスト》は?」

「⋯⋯使いませんわ」

 

保科優姫LP3800→3600

 

「メインフェイズ。《アテナ》の効果を発動ですわ。《創造の代行者ヴィーナス》を墓地に送り、墓地の《光神テテュス》を蘇生しますわ。そして、天使族が召喚されたことで、貴女に600ポイントのダメージを与えますわ!」

 

保科優姫LP3600→3000

 

 くっ、これが強いんだよ、《アテナ》は。

 天使族の蘇生と天使族が召喚、特殊召喚されたときに600のバーン。

 ライフ4000で600は痛いし、蘇生の効果と噛み合っている。

 

「これで、ターンエンドですわ」

 

常勝院エリカLP2500 手札6枚

《アテナ》攻撃力2600

《光神テテュス》攻撃力2400

永続魔法《神の居城—ヴァルハラ》

 

「私のターン、ドロー」

 

 常勝院さんは《オネスト》を使って《暗黒の侵略者》を破壊しようとはしなかった。

 もし、手札に《光神化》があるなら、常勝院さん視点だと、勝利まで行けそうなのに。

 慎重な性格なんだろうか。

 なんにせよ、ありがたい。

 

「モンスターを伏せて、《暗黒の侵略者》を守備表示にする。これでターンエンドだよ」

 

保科優姫LP3000 手札3枚

《暗黒の侵略者》守備力2500

セットモンスター1体

 

 

「随分と弱気ですのね」

「⋯⋯これも作戦だよ」

「どうだか。わたくしのターン、ドロー。《光神テテュス》の効果で、ドローした《アテナ》を公開してさらにドロー、⋯⋯来ましたわ」

 

 な、なにが。

 

「墓地の天使族モンスターは4体。よって、手札から《大天使クリスティア》を特殊召喚ですわ!」

 

《大天使クリスティア》攻撃力2800

保科優姫LP3000→2400

 

「クリスティア⋯⋯」

「これで、わたくしも貴女も特殊召喚ができなくなりましたわ。貴女の手札にある《バトルフェーダー》の効果も発動できなくてよ」

 

 そうだ、《バトルフェーダー》は特殊召喚してから効果を発動するモンスターだ。

 ちょっとまずいかも。

 

「《クリスティア》の効果で墓地から《創造の代行者ヴィーナス》を手札に加えますわ。そして《ジェルエンデュオ》を召喚、《アテナ》の効果で600ポイントのダメージですわ」

 

《ジェルエンデュオ》攻撃力1700

保科優姫LP2400→1800

 

 どんどんライフが削れていくな。辛い。

 

「バトルですわ! 《アテナ》で《暗黒の侵略者》に攻撃! 次に、《クリスティア》でセットモンスターに攻撃!」

「《暗黒の侵略者》は破壊される。セットモンスターは《深淵の暗殺者》。よってリバース効果を発動、《クリスティア》を破壊する」

「くっ、油断しましたわね⋯⋯。破壊された《クリスティア》はデッキの1番上に戻りますわ。わたくしは《ジェルエンデュオ》で攻撃」

「手札から《バトルフェーダー》の効果を発動。特殊召喚してバトルフェイズを終了させる」

「メインフェイズ。《アテナ》の効果で《ジェルエンデュオ》を墓地に送り、そのまま特殊召喚しますわ」

 

保科優姫LP1800→1200

 

「溢れたカード捨ててターンエンドですわ」

 

 捨てられたのは《マシュマロン》か。

 これで墓地の天使族がまた4体。

 

常勝院エリカLP2500 6枚

《アテナ》攻撃力2600

《光神テテュス》攻撃力2400

《ジェルエンデュオ》攻撃力1700

永続魔法《神の居城—ヴァルハラ》

 

「さあ、貴女のラストターンですわよ?」

「確かに、最後だね。勝つにしても、負けるにしても」

「あら、まだ希望を持っていますの。1200のライフ、手札はドローを合わせて4枚。加えて、わたくしの手札には《オネスト》と《テュアラティン》。これでどう勝つつもりかしら?」

 

 わかってるよ。圧倒的に不利なのは。

 でもまだ、ドローがある。

 

「それは、このドロー次第かな。⋯⋯ドロー!」

 

 そのカードは⋯⋯ 。

 

「来たっ。《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》を通常召喚して効果発動。自分フィールドに《彼岸》以外のモンスターがいる場合、自壊する。そして墓地に送られることで効果発動。デッキから《グラバースニッチ》以外の《彼岸》モンスターを1体を特殊召喚する。私は《彼岸の悪鬼バルバリッチャ》を特殊召喚、そしてその効果発動。このモンスターも《彼岸》以外のモンスターがいる場合、自壊する。そして墓地に送られた《バルバリッチャ》の効果。墓地にある《バルバリッチャ》以外の《彼岸》を3枚まで除外し、1枚につき300のダメージを与える。私は《グラバースニッチ》を除外して、常勝院さんに300のダメージを与える」

 

常勝院エリカLP2500→2200

 

 まずは1段階。

 

「それで終わりですの?」

「ううん、始まりだよ。私は手札から《終わりの始まり》を発動! 墓地に7体以上の闇属性モンスターがいるとき、5体のモンスターを除外してデッキから3枚ドローする!」

 

 このターンでここまで展開してきたけど、結局、この3枚は運だ。

 勝てるかどうかはここで決まる。

 私は恐る恐る3枚のドローカードを見た。

⋯⋯なるほどね。

 

「ハハハ⋯⋯」

「⋯⋯それはなんの笑いですの」

「ごめん、今のドローでこのデュエルの終わりが見えたから」

「そう、ようやくあきらめたということかしら」

「⋯⋯除外されたカードは7枚以上、よって私は手札から《カオス・エンド》を発動! フィールドの全てのモンスターを破壊する!」

「なっ、貴女、ここから逆転するというの!?」

 

 《オネスト》も《テュアラティン》もモンスターがいなかったらなんの意味もない。

 ここがまともに攻撃できる、最初で最後のチャンスだ。

⋯⋯そうだとわかっているけど。

 

「バトルフェイズ。私は手札から《ジュラゲド》の効果を発動する。特殊召喚して自分のライフを1000回復する」

 

保科優姫LP1200→2200

《ジュラゲド》攻撃力1700

 

「《ジュラゲド》で攻撃」

 

常勝院エリカLP2200→500

 

「メインフェイズにカードを1枚伏せてターンエンドだよ」

 

 3枚のドローの中には、出せるモンスターはいなかった。

 蘇生や帰還のカードもこなかった。

 このターン、私にできることは、もうない。

 

保科優姫LP2200 手札1枚

《ジュラゲド》攻撃力1700

セットカード1枚

 

「今のは最後の悪あがき、ですわね?」

「⋯⋯」

「いえ、違いますわね。貴女はなにかを企んでいる。そのセットカード。あからさまに怪しいですわ」

「⋯⋯」

 

 私はなにも答えない。

 

「だんまりですのね。まあいいですわ。どうであれ、わたくしの勝利は決まってますの。ドローですわ」

 

 そのドローカードは《クリスティア》。そして他の手札は《アテナ》、《テュアラティン》、《オネスト》、《創造の代行者ヴィーナス》。

 残りの2枚は不明だけど、速攻魔法はあるだろう。

 この中で召喚するのはなにか。

 

「わたくしは《ヴァルハラ》の効果で、手札から《アテナ》を特殊召喚しますわ!」

「《アテナ》できたか」

「ええ、わたくしの大好きなカードですの。それに、貴女のセットカード対策でもありますわ」

「対策?」

「わたくし、貴女にもう攻撃はしませんわ」

「⋯⋯」

 

 私の伏せカードを警戒して、《アテナ》のバーンダメージだけで勝負を決めるということだろう。

 

「わたくしは、《コーリング・ノヴァ》を召喚。《アテナ》の効果を発動しますわ!」

 

 常勝院さん。残念ながら、その判断は間違っている!

 

「待ってたよ! この瞬間を! 伏せカード《強制脱出装置》を発動するよ!」

 

 そう、これが勝ち筋。

 

「対象は私の《ジュラゲド》!」

「は、はあ!? なにを考えているんですの!? そんなことをしたら貴女のフィールドは空に⋯⋯、あぁっ!?」

「気づいたね。私はフィールドが空の状態で《アテナ》の効果ダメージを受ける」

 

保科優姫LP2200→1600

 

「この瞬間、私は手札から《冥府の使者ゴーズ》を特殊召喚、そして効果発動! 今、私が受けた効果ダメージを相手にも与える! これで終わりだよ!」

 

 《ゴーズ》の珍しい方の効果。それが、私の活路だ。

 

常勝院エリカLP500→0

 

「勝てた⋯⋯」

「わたくしが、負けた?」

 

 がくりとうな垂れる常勝院さん。

 私も、ぎりぎりのデュエルが終わって、気が抜けてしまった。

 俯瞰するように周りを見渡すと、まだまだデュエルをしている組みがたくさんある。

 思ったほど時間は進んでいなかったみたいだ。

 私は常勝院さんの近くまで歩み寄る。

 

「常勝院さん。立って」

「⋯⋯なんですの?」

「秘密ルール、覚えてる?」

「ええ」

「アレ、なしにしよう」

「なにを言っているんですの。1度決めた取り決めを撤回するなんて、情けないですわ」

「だったら変更しよう。勝者のお願いを1つ聞くってルールに」

「⋯⋯貴女が良いなら、それでも構いませんわ」

「なら常勝院さんにお願い。私と友だちになってよ。常勝院さんはすごく強かった。だからさ、上とか下じゃなく対等な友だちに。ダメかな?」

「ダメもなにも、貴女が勝者なんだから、貴女に従いますわ」

「良かった。じゃあ、握手しよう」

「いいですわよ。はい」

「うん」

 

 こうして、この世界における初の人間の友だちが私にできた。




後から気づいたんですけど、ゴーズ出せませんよね。
直そうと思ったんですけど、デュエルの内容を大幅に変えないといけなくなりそうなので、このままにしておきます。戒めの意味も込めてね。
みなさんには悪いんですけど、最後の部分は脳内補完してくれると助かります。

すいませんでした。


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日常の一コマデュエル

「常勝院! 優姫さんを賭けて、俺と勝負だ!」

「受けて立ちますわ!」

 

 エリカと男子生徒が見合った。

 それを取り巻くように、周りには私とたくさんの人。

 

「デュエル場までついてこい!」

「ええ!」

 

 いきり立つ2人が歩きだすと、周りの人も一緒に動いた。

 

『あはは。なんか面白いことになったねー』

 

 デスガイドは他人事のように笑う。

 

「⋯⋯」

 

 こうなったのにはわけがある。

 

 

 

 それは数日前のこと。

 

「優姫さん。今日の授業のデュエル。一緒にやらない?」

 

 ある男子生徒が私に話しかけてきた。

 これはいつものことだ。私を気遣い、交代で誘ってくれている。

 

「あ、大丈夫だよ。私、組む人いるから」

 

 でも、私には、常勝院さん——エリカという友だちができたのだ。だからもう、気遣って誘ってもらう必要はない。

⋯⋯ありがたいことなんだけどね。

 

「え、でも、今日は俺の日なのに⋯⋯ 。一体、誰と組むんだ?」

「エリカだよ」

「あの人が⋯⋯。わかった、また今度誘うよ。じゃあね」

 

 

 

 こんな感じで、クラスメイト(主に男子生徒)が善意で私を授業デュエルに誘い、私はエリカとやるからと断る。

 エリカと授業デュエルをするようになってから、そんなやり取りが増えた。

 善意はもう必要ないからと誘いを断ってきたが、こう何度も続くとさすがに罪悪感もわいてくる。

 だから、たまにはエリカ以外の人とも授業デュエルをやることに決めた。

 もしかしたら、それが原因だったのかもしれない。

 

 

 

 時間は今日に戻る。

 

「優姫さん。今日は俺とやろうよ」

 

 今日も今日とて、懲りずに誘ってくれる生徒がいた。

 良心の呵責で誘いを受けようと口を開いた、丁度そのとき。

 

「優姫。今日もわたくしと授業デュエルをやりますわよ」

 

 横からエリカが口を挟んできた。

 

「あ、うん」

 

 その、あまりにも当然だと言わんばかりの口調に、つい、頷いてしまう。

 

「そ。では、行きますわよ」

「待てよ!」

 

 男子生徒は私を連れて去ろうとするエリカを呼び止める。

 

「なんですの」

「最近、いつもいつも優姫さんと一緒に⋯⋯。ずるいぞ! 順番くらい守れよ!」

 

 男子生徒は声を荒らげて言った。

 

「順番ってなんですの。第一、優姫はわたくしの友だちですのよ。他人にとやかく言われたくありませんわ」

「わわっ」

 

 エリカは私の肩に手を回し腕に引き寄せる。その拍子に少しよろめき、つい、声が出た。

 

「そうやって、金の力で優姫さんを脅して従わせてるんだろ! ⋯⋯優姫さん、今、俺が助けてやるからな!」

「聞き捨てなりませんわね。わたくしと優姫は、対等な友だちですの。貴方の言うような事実は存在しませんわ!」

 

 うわあ、ヒートアップしてきた。

 2人が大声を上げるから、周りの人もどんどん集まってきてる。

 

『恋は盲目とはよく言ったものだね』

 

 デスガイドもいつの間にか隣にいて、よくわからないことを呟いていた。

 その意味を聞きたかったけど、周りの目から見るとただの独り言にしかならないので、聞くことはしない。

 

「言っておきますけど、今後、1度だって貴方がたに、優姫を譲ることはしませんわ!」

「なんだと!」

「優姫もその方が良いんですわよね!」

「えっ、私?」

 

 飛び火がっ。

 

「優姫は、わたくしが、良いんですわよね!」

「う、うん」

「ほら、見なさい。優姫だって、こう言ってますわ」

 

 いや、完全に言わされたんだけど。

 

『エリカも大概、優姫ちゃんにハマってきたよね』

 

 デスガイドめ、他人事だと思って。

 

「わかった。こうなったらデュエルだ!」

「いいですわね!」

「常勝院! 優姫さんを賭けて、俺と勝負だ!」

「受けて立ちますわ!」

 

 こうして、冒頭に戻る。 

 

 

 

 一同はデュエル場に来ていた。

 

「俺が勝ったら、常勝院は優姫さんを独占しない」

「わたくしが勝ったら、優姫はわたくしのものですわ」

 

 2人は賭けの内容を宣言し合う。

 そして——。

 

「「デュエル!」」

 

常勝院エリカLP4000

沢木龍馬LP4000

 

「俺が先行だ、ドロー! 俺は、儀式魔法《高等儀式術》を発動する! 儀式モンスターとレベルの合計が同じになるように、デッキから通常モンスターを墓地に送り、手札から儀式モンスターを儀式召喚する。俺は《弾圧される民》と《逃げまどう民》を墓地に送り、儀式モンスター、《精霊術師ドリアード》を儀式召喚する!」

 

《精霊術師ドリアード》攻撃力1200

 

「⋯⋯貧弱なモンスターですこと」

「はっ、言ってろ。俺はカードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

沢木龍馬LP4000 手札3枚

《精霊術師ドリアード》攻撃力1200

セットカード1枚

 

 エリカはわかっただろうか。沢木くんの墓地に送られたカードを。

 私は何度かデュエルしたことがあるからわかるけど、気を抜いてたらすぐにアレを発動されちゃう。

 あまりナメてかかると負けるよ、エリカ。

 

「わたくしのターン、ドロー。手札から、《ヘカテリス》の効果を発動ですわ。このカードを墓地に捨てて、デッキから《神の居城—ヴァルハラ》を手札に加えますわ。そしてそのまま発動」

 

永続魔法《神の居城—ヴァルハラ》

 

「《ヴァルハラ》の効果で手札から《アテナ》を特殊召喚! さらに、《ジェルエンデュオ》を召喚しますわ。ここで、《アテナ》の効果。天使族が召喚されたとき相手に600ポイントのダメージを与えますわ!」

 

《アテナ》攻撃力2600

《ジェルエンデュオ》攻撃力1700

沢木龍馬LP4000→3400

 

「バトル! 《アテナ》で《ドリアード》に攻撃ですわ!」

「この瞬間、リバースカードオープン《風林火山》! フィールドに風、水、炎、地属性がいるとき、効果を選んで発動する! 俺は相手モンスターを全て破壊する効果を選択だ!」

「なっ! どこにその属性がいると言うの!」

「《ドリアード》は風、水、炎、地の4属性としても扱う。よって、常勝院のモンスターは全て破壊だ!」

「くっ。⋯⋯メインフェイズ、カードを1枚セットして、ターンエンド」

 

常勝院エリカLP4000 手札2枚

セットカード1枚

永続魔法《神の居城—ヴァルハラ》

 

「俺のターン、ドロー! 俺は手札から《逃げまどう民》を召喚する」

 

《逃げまどう民》攻撃力600

 

「バトルだ。《ドリアード》と《逃げまどう民》でダイレクトアタック!」

 

常勝院エリカLP4000→2200

 

「優しい攻撃ですのね!」

「その余裕がいつまで続くかな! 俺は魔法カード《馬の骨の対価》を発動する。フィールドの《逃げまどう民》を墓地に送り、2枚ドロー! ⋯⋯来たぜ。俺はカードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

沢木龍馬LP3400 手札3枚

《精霊術師ドリアード》攻撃力1200

セットカード1枚

 

 どうやら揃ったみたいだ。とすると、今伏せたあのカードはアレだろう。

 もしかしたらエリカがまともに動けるのはこのターンで最後かもしれない。

 

「わたくしのターン、ドロー! 《ヴァルハラ》の効果で、手札から《光神機—轟龍》を特殊召喚ですわ!」

 

《光神機—轟龍》攻撃力2900

 

「2900か。強いな」

「貴方のモンスターとは違いますのよ」

「そうだな。で、それだけか?」

「⋯⋯そうですわね。バトルフェイズに移行しますわ」

 

 攻撃力2900の《轟龍》を前にしても沢木くんは動じない。

 それに対して、エリカは不信感があるようだ。

 そしてエリカは通常召喚をしなかった。手札に下級モンスターがいないのだろうか。

 

「バトルですわ! 《轟龍》で《ドリアード》に攻撃!」

 

沢木龍馬LP3400→1700

 

 エリカは気を取り直すように攻撃を宣言した。《ドリアード》を破壊し、大ダメージを与えることができたけど、追撃するモンスターがいない。

 これで終わりなら、いよいよヤバそうだけど⋯⋯。

 

「わたくしはこれでターンエンドですわ」

 

常勝院エリカLP2200 手札2枚

セットカード1枚

 

「俺のターンだな、ドローだ。俺は手札から魔法カード《トライワイトゾーン》を発動。墓地のレベル2以下のモンスターを3体選び特殊召喚する。俺は《逃げまどう民》2体を攻撃表示で、《弾圧される民》を守備表示で特殊召喚する。そして、手札の《団結するレジスタンス》を召喚だ」

 

《逃げまどう民》攻撃力600 

《逃げまどう民》攻撃力600

《弾圧される民》守備力2000

《団結するレジスタンス》攻撃力1000

 

「雑魚モンスターの勢揃いですわね」

 

 エリカ、わかってないの? このモンスターたちの意味を。

 

「そう言えるのも今のうちだ! リバースカード《大革命》! お前の手札を全て墓地に送り、モンスターも全て破壊だ!」

 

 やっぱりそれだったか。

 内心、私は絶望した。

 私としてはエリカに勝って欲しい。それは賭けの内容どうこうじゃなく、単純に友だちとしてそう思うからだ。

 

「エリカ⋯⋯」

 

 私の口からは、勝手に心配の声が漏れる。

 

「優姫、大丈夫ですのよ。⋯⋯速攻魔法《光神化》を発動しますわ!」

 

 それは手札の天使族モンスターの攻撃力を半分にして、特殊召喚するカードだけど、

 

「無駄だ! 特殊召喚したところで、そのまま破壊される!」

「甘いですわね! わたくしが特殊召喚するのは《幻奏の音女レイジー》!」

 

《幻奏の音女レイジー》攻撃力1300

 

「このカードがフィールドにいる限り、特殊召喚された《幻奏》は効果では破壊されない。そして特殊召喚されたこのカードがいる限り、自分の天使族の攻撃力は300アップする」

 

 上手い。これなら《レイジー》1体は破壊を免れる。

 攻撃力も、今のフィールドでは1番高い。

 

「さあ、続きをどうぞ?」

「くっ、⋯⋯ターンエンドだ」

 

沢木龍馬LP1700 手札2枚

《逃げまどう民》攻撃力600

《逃げまどう民》攻撃力600

《弾圧される民》守備力2000

《団結するレジスタンス》攻撃力1000

 

「だがな、今のお前は手札0枚。ドローカード1枚でどうにかできなかったら、次の俺のターンで今度こそ俺の勝ちだぜ!」

 

 その言葉に、エリカは鼻を鳴らして答える。

 

「ダメですわね。貴方、まだ勝つ気でいますの? ⋯⋯まだ、勝負が五分五分だと思っていますの?」

「当然だ! お前こそ、祈らなくていいのか? 次のドローに!」

「祈らずとも、このわたくしなら勝利のカードを引けるに決まっていますわ! ドロー!」

 

 エリカは自信たっぷりにドローする。

 引けないわけがないと、自分は絶対勝つんだと、そのことをまるで疑ってないみたいだ。

 格好良ささえ感じるその姿勢は、この世の誰よりも、目の前のエリカに似合っていると思った。

 

「当然、来ましたわ。わたくしは《レイジー》をリリースして《光神テテュス》を召喚!」

 

《光神テテュス》攻撃力2400

 

「《テテュス》で《逃げまどう民》を攻撃! とどめですわ!」

 

沢木龍馬LP1700→0

 

 デュエルは終わった。

 沢木くんは立ち尽くし、エリカは何事もなかったかのように私のところに歩み寄る。

 

「優姫、行きましょうか」

「う、うん」

 

 実に自然な流れで手を差し伸べられたので、私は流れのままに手を重ねる。

 なんだかすごい様になっていて、ちょっとときめいてしまった。

 

「待て」

 

 呼び止めたのは気を取り直した沢木くん。

 

「まだ、なにか用ですの」

「今はない。だけど俺は、いつか強くなってお前に挑戦する。そのときはまた、こうしてデュエルしてくれないか?」

「ええ、良いですわ。それが強者の義務ですもの」

 

 そう言って、エリカは踵を返し、私の手を引いて歩く。

 私たちはその場にいた人を置き去りに、このデュエル場を後にした。

 

 

 



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デッキ構築と予兆

「——わたくしは《アテナ》でダイレクトアタック!」

「ぐあああああ!」

 

沢木龍馬LP0

 

「くっそー! 覚えてろよ!」

「ふう」

 

 この前の出来事を皮切りにして、沢木くんは1日に必ず1回はエリカに勝負を挑むようになった。

 エリカはその度に快く勝負を受け、その全てのデュエルに勝利してきた。

 丁度今も、デュエルに勝利したところである。

 

「エリカ、お疲れ」

「ええ、優姫、ありがとうですわ。でもわたくし、疲れてはいませんの」

「でも、こう毎日だとさすがに飽きてこない?」

「それはまぁ、そうですわねぇ」

 

 デュエルするときは毎回見てるけど、毎度毎度、飽きが来るほどに同じような展開だ。

 それでも、沢木くんにターンを回さずに勝負が着いたりと、物珍しいものが見れるときもある。

 

「そういえば、毎日見てて気づいたんだけど、エリカのデッキってアレとか入ってないよね?」

「アレ?」

「スペルビアとか。アテナと合わせたら絶対強いと思うんだけど」

 

 堕天使スペルビア。

 蘇生時に更に天使族を蘇生できる上級モンスターだ。

 それにスペルビアに限らず、堕天使ならエリカのデッキにはかなりマッチすると思う。

 なんで入れてないんだろう。

 

「わたくし、基本的に堕天使は嫌いですの。だから、いくら強くても、デッキには入れないことにしてますわ」

「こだわりってやつかぁ。それならわかるかも。私も悪魔族のデッキに悪魔族以外を入れたら、たとえデュエルで勝てるとしても負けな気がするし」

 

 ダムドとか、その辺。

 

「こだわりだけではなく、堕天使をデッキに入れると、途端にデッキが回らなくなるんですの」

「そうなの? そういうことってあるんだ」

「ええ。というか、優姫だってそうではなくて? 優姫も大概、おかしなデッキ構成ですわ」

「えー、そうかな。ちゃんと40枚だし、モンスター、魔法、罠のバランスも普通だと思うけど」

「普通はテーマを1つに絞って構成するものですわ。優姫は色々なところから、少しずつ取ってきてるでしょう?」

「うーん、これでも頑張って絞りに絞ってるんだけどなぁ」

 

 本当なら、もっといろんなカードを使いたい。けど、使いたいからといってどんどん入れていったら、デッキが回らなくなってしまう。

 確率的に、デッキを回すには、最低枚数の40枚が最適だ。

 だから私は渋々使うカードを切り詰めていた。

 

「あるいは、優姫はそんなことをしなくても良いのかもしれませんわね」

「というと?」

「優姫なら、入れたいカードを好きなように入れても、デッキが回ってくれるかもしれないということですわ」

「そんなこと、ある?」

「カードには普通の確率論では計れない部分が多くあって、人によっては、必ずしも40枚が最適とは限らないし、カードの相性もありますのよ」

「なるほど」

 

 確かに、世のプロデュエリストのデッキは見た目40枚より多そうだし、使用するカードの構成も、どこかオリジナルっぽいというか、それよく回せるね、と思う人はよくいる。

 中には普通にガチっぽいプロもいるけど、やっぱり、前世からの記憶や常識には捉われない方がいいのかもしれない。

 

「色々試してみるのもいいかもね」

「そういうことですわね」

 

 

 

 

 そして次の日。

 

「——《クリスティア》で攻撃!」

「うわあああああ!」

 

沢木龍馬LP0

 

「また負けた! 明日、もう1度勝負だ! 次は負けないからな!」

「ふう」

 

 沢木くんがいつものように負け、いつものように負け惜しみの台詞を残して去っていく。

 

「エリカ、お疲れ」

「ええ、ありがとうですわ」

 

 そして、いつものように私はエリカに労いの言葉をかけた。

 ここまでの流れはもう恒例行事のようになっているが、よく考えると、今日まで1度も負けがないのはすごいことだ。

 普通は手札事故とか起こしそうなものなのに、エリカには全然そんな気配はない。

 昨日言っていた、人によって違う最適なデッキ枚数とカードの相性。

 エリカはそれら全てを把握しているのかもしれない。

 

「エリカ、私、昨日の夜にデッキの調整をしてみたんだけど、今から試しデュエルに付き合ってくれない?」

「ええ、良いですわよ」

「まあ、調整って言っても何枚か突っ込んだだけだけどね。⋯⋯それじゃあ早速やろうか」

 

「「デュエル!」」

 

 

 

 

「——ありがとう、付き合ってくれて」

「それで、どうでしたの? デッキの調子は」

「うーん。悪くはないと思うよ。今までと同じ感じで回ってくれてるし」

 

 何回かエリカとデュエルしてみたけど、感覚的には前と同じだ。

 今のデッキ枚数は50枚。けど、これでもまだ遠慮はあった。一般的な確率論が脳内にあったから、デッキ枚数を増やすことに抵抗があったのだ。

 けど、50枚でこれなら、もっと入れても回るかもしれない。

 

「でもまた調整をしてみるよ。今度は思い切って60枚にしてみる」

「まだ増やすんですの。でも、優姫ならその素質がありますわね」

「素質か。そういえば、エリカはデッキをいじったりしないの? なんだったら、私もデッキ調整に付き合うけど」

「わたくしも細かい手直し程度にはデッキの調整はしますのよ。ただ、どんなカードがわたくしと相性が良いのかとか、わたくしにとっての適切なデッキ枚数とかは既に調べてあるから、大幅に変えることはしませんわね」

「ふーん。エリカの安定した強さの秘密はそこにあるんだね。そういうのって、いつ気づいたの?」

「小さい頃、父に教えてもらいましたわ。父はデュエルだけは滅法強くて、わたくしは1度も勝ったことがありませんの」

「それはすごいね。エリカでも1度も勝てないのはちょっと異常かも。あ、でも、私のお母さんも強いよ。私もお母さんには1回も勝ったことがないんだ」

 

 お母さんとは、今世のお母さんのことだ。

 小さい頃から何度もデュエルをしてきて、トータルで多分3桁はやってきたと思うけど、それでも1回も勝てたことがない。

 お母さんと戦うためだけの完全なメタデッキで挑んでも、勝つことはできなかった。

 今だから思うけど、いくら強いにしても1度も負けないのは結構大人げない。わざとでいいから1回くらい勝たせて欲しかった。

 

「大人って卑怯だよね。絶対なにか隠してる必勝法とかあるよ」

「そうですわねぇ。今思うと、このわたくしが1度も勝てないのは、確かに異常ですわ」

 

 世の中、悪い大人ばっかりだ。

 

 

 

 次の日。

 

「——どうした、常勝院。お前のターンだぜ? もしかして、打つ手がなくて困ってるのかぁ? おぉ? サレンダーしてもいいんだぜぇ?」

「⋯⋯うるさいですわね。ただの考えごとですの。わたくしは《光神化》で《アテナ》を特殊召喚。このとき、《地獄の暴走召喚》を発動。手札、デッキ、墓地から《アテナ》を可能な限り特殊召喚しますわ。《アテナ》の蘇生効果で天使族を特殊召喚して効果ダメージをたくさん与えて終わりですわ」

「うわああああ、雑にやられたああああ!」

 

沢木龍馬LP0

 

「覚えてろよー!」

「⋯⋯」

 

 沢木くん、今日は意外と接戦だった。

 いや、というより、エリカの調子が悪いみたいだ。どこか、心ここに在らずといった風に見える。

 

「エリカ、お疲れ」

「ええ、ありがとう」

 

 今でこそいつも通りだけど、さっきの不調は少し気になる。

 

「エリカ」「優姫」

 

 ⋯⋯ハモっちゃった。

 

「えっと、どうしたの?」

「⋯⋯優姫が聞きたいことは今のデュエルの不調のことですわね?」

「うん。集中できてないように見えたけど」

「ええ、言いますわね。わたくし、来週から休学することになりましたの」

 

 休学。

 ⋯⋯休学っ! 当分はエリカと会えなくなるってことだ!

 

「え、いつまで? ていうかなんで?」

「⋯⋯昨日の夜、父から電話があったんですの。話しによると——なんだか要領の得ない話し方でしたけど——期間は1日かもしれないし、1か月かもしれないし、はたまた1年かもしれないと。理由の方は家族で集まるからだそうですわ」

「そんな理由で?」

「わたくしもよくはわからないんですけど、主催者はわたくしの父方の祖父で、父が言うにはその方はとても自分勝手で、我儘だとか。そういう理由で期間がはっきりとしないらしいですわ。ですので、あまり心配は要りませんわ。⋯⋯父は気が弱いところがあって、きっとそのせいで話しがややこしくなっていますの」

「そうなんだ。つまり、ただの家族の集まりだからそんなに休学の期間は伸びないってことだよね」

「そういうことですわ」

 

 そう言ったエリカの表情に曇った様子はない。

 心配させたくないから嘘をついてる、ということはないみたいだ。

 

「それでも、当分は会えないってことだよね。寂しくなるなぁ」

「まあ。お土産を買ってあげるから、泣かないで待っていらして」

「⋯⋯泣かないよ」

「あら、そう?」

 

 それはエリカにしては珍しい冗談の声だった。

 

 

 

 夜になった。

 今日1日、60枚のデッキでいろんな人とデュエルしてみたが、デッキは良く回ってくれた。

 もしかしたら、70枚でも回ってくれるかもしれないが、残念ながらそれはルール違反だ。

 

『うわー、デッキ、だいぶ厚くなったね』

「だよね。これでも今のところ事故がないから、カードって不思議だよ」

 

 回る原理がわからないままデュエルしてるから、大丈夫だとわかってても、しっぺ返しが怖い。

 

「そういえばデスガイドって、デュエル中はどこにいるの? フィールドに召喚したら出てくるけど」

『そりゃあカードの精霊だから、デッキの中にいるよ。ちなみに手札事故がなかったり、ここぞというところで来て欲しいカードが来たりするのは、あたしたち精霊の力だったりする——こともある』

「そうなの? ていうか、こともある?」

『思い通りに操作できるわけじゃなくて、精霊が人に対して、勝って欲しいなーとか、喜んで欲しいなーとか思うと良い感じに良くなるんだよ』

 

 なんか曖昧だな。

 でも、それだけデッキに好かれてるってことか。

 

『いわば、あたしのラブパワーが優姫ちゃんを勝たせてるんだよっ。だから優姫ちゃんはもっとあたしに感謝するべきっ。具体的には——』

「はいはい。ちゃんと感謝してるから」

 

 たまにデスガイドは変なことを言いだすんだよな。

 いや、いつもか。

 

『あれ、携帯、だっけ? 震えてるよ?』

「ん、ホントだ。誰だろ」

 

 ベッドの上で携帯のバイブレーションが鳴っていた。

 学校の生徒ならPDAからかかってくるし、そもそも家族以外と番号を交換してないから、お父さんかお母さん以外は考えにくい。

 誰だろ、とか言ったのはただの見栄でしかなかった。

 携帯の画面を見ると案の定、母の文字が示されている。

 

「もしもし」

[もしー、お母さんだけど]

「うん、どうしたの?」

[元気にやってる?]

「うん」

[そっか、いじめとかない?]

「ないけど」

[あー、元気にやってる?]

「やってるって。なに、どうしたの?」

 

 どうしたんだろう。急に電話なんかかけてきて。

 それになんだか、歯切れが悪い。

 言っちゃなんだけど、お母さんは物事をズバズバ言うタイプだ。それは誰に対してでも、どんな内容であってもだ。

 少なくとも今までは見たことも聞いたこともない。

 

[もう、質問に対して一言で返さないでよ]

「それは、ごめんだけど。用事があってかけてきたんでしょ?」

[⋯⋯そうね。私らしくなかった。じゃあ、単刀直入に言うわ。あんた、しばらく学校は休みよ]

「はぁ? なんで。意味わかんないんだけど」

[⋯⋯ジジイに会いにいくのよ]

「じ、ジジイ?」

[優のお祖父さんのこと。詳しくはこっちに来てから話すわ、じゃあ]

「ま、待って! しばらくっていつまで?」

[⋯⋯しばらくはしばらくよ。1日かもしれないし、1か月かもしれないし、1年かもしれないってこと。じゃ、切るわよー]

「あ⋯⋯」

 

 電話は切れてしまった。

 言うだけ言って、謎だけ残してお母さんは会話を遮断したのだ。

 お母さんの言葉にはどこかで聞いたことがあるフレーズがあった。

 偶然だろうか。エリカと似た状況なのは。

 考えたってわかるはずもない。

 そのときがくればわかるか。そう思い、携帯をベッドに放った。

 

 

 



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お祖父さん

「優ー! そろそろ行くよー! 先車乗っててー!」

「わかった!」

 

 正午、久しぶりの自宅。

 と言っても、昨日の夜帰宅した後、疲れてすぐに寝てしまったから、自宅を堪能できたのは朝起きてから今までの数時間だけだ。

 だから今からどこに、なにをしに行くのか詳しい話しはまだ聞いていない。

 車の助手席に乗り込み、お母さんを待つ。

 私の持ち物はデッキとデュエルディスク。これはお母さんに指示されてのことだ。

 つまり、デュエルすることがあるということになる。

 すっかり忘れてたけど、ここはアニメの世界だ。どのくらい主要人物に関わってきたかわからないけど、あまり物語の進行を邪魔したくない。

 今から行く場所が物語と関わってなければいいんだけどな。

 

「お待たせ。それじゃあ、行こうか」

 

 お母さんが運転席に乗りエンジンをかける。

 車は目的地に向かって発進した。

 

「お母さん。教えてよ。今からどこに行って、なにをしに行くか。車で移動中に教えてくれる約束でしょ?」

「そうね。まず先に謝っておくわ。ごめん、せっかく学校に行ってるのに休学にさせちゃって。けどね、さすがの私もジジイには逆らえないのよ。そこはわかって欲しい」

「はあ。なにか理由があるなら、まあ、理由がなくてもお母さんのことを責めたりはしないけど⋯⋯」

「優しいのね。さすがは私の娘だ」

「この場合、さすがはお父さんの娘って感じだけどね」

 

 私が優しいとしたら、それはお父さん成分が入ってるからだ。

 

「あんたはお父さん好きだもんね。まあでも、親として優に悪いことしたって思ったから、1回だけ謝ったわ。⋯⋯それはそれとして、本題に入ろうか。まずこれから行くとこだけど、電話でも少し話したけど、あんたのお祖父さんとこに行くわ。あんたも昔、いったことあるのよ? 覚えてない?」

「少し覚えてる。山奥の大豪邸だったっけ」

 

 その記憶はかすかにある。かなり大きな家だ。

 アカデミアの女子寮くらい大きくて、入り口の門が山のふもとにあったのを覚えてる。

 今思うと、それって、山全体を所有してるってことだ。かなりの大金持ちなんだろう。

 

「お父さんは行かないの?」

「呼ばれてないからね。ジジイは自分の女と自分の血が通ってる人しか家族だと思わないからさ」

 

 お母さんは忌々しそうに吐き捨てる。

 お祖父さんのことで、なにか苦労でもしたんだろうか。

 

「家族を集めて、お祖父さんはなにをしようとしてるの?」

「それがねぇ、わかんないのよ。なんにも教えられてない。そういうとこあんのよ、あのジジイは。我儘で、自分勝手で⋯⋯」

「あはは、もしかしてお母さん、お祖父さんのこと嫌い?」

「そりゃ、嫌いよ! あんな奴のことが好きな人なんて⋯⋯、いるから私がいるのか」

「それって、お母さんのお母さんのこと?」

「そ。まあ、母さんだけじゃないけどね」

「というと?」

「ジジイにはね、6人の愛人がいるのよ。ちなみに私の母さんも愛人よ」

「はあ!? 愛人っ、しかも6人!」

「今はもうみんな歳で死んじゃったんだけどね」

 

 ジジイ以外は、と続けて言うお母さん。

 お祖父さんってそんな人だったのか⋯⋯。

 お母さんのこの態度もわかる気がする。

 

「なんか、不潔だ」

「同感。けど、本人たちはそれでいいみたいよ。むしろ、みんなすごく仲良くしてたし、ジジイも平等に愛してたらしい」

「ハーレムってやつか。それで上手くいってたってことは、それだけカリスマ性があるってことなのかな」

「確かに、カリスマ性はあるわね。良い意味でも悪い意味でも」

 

 金持ちで、たくさん愛人がいて、我儘で、カリスマ性がある。

 お母さんが言った特徴を並べてみると、碌な人じゃないな。うちのお祖父さんは。

 

「まあ、退屈はしなかったよ。愛人たちにはそれぞれ子供が1人ずついてね、私たちは全員腹違いの6人兄妹だったけど、みんなジジイの子供なだけあって癖の強い奴ばっかりだったよ」

 

 懐かしむように言うお母さんは口角がやや上がっている。

 お祖父さんの悪い思い出ばかりというわけではなさそうだ。

 

「あいつらももう子持ちかぁ。ちょっと想像できないな」

「その子供たちも来るんだよね。名前とかわからない?」

「名前? 苗字だったらわかるけど。私たち兄妹の内、1番目から3番目までは男だからそのまま夜闇で、4番目が私たち保科。5番目は男なんだけど、戸籍が変わって常勝院。6番目が三上だよ」

「常勝院⋯⋯」

 

 聞き覚えのある苗字だ。でもそんな予感はあった。

 エリカと同じ時期に休学になり、その理由も同じで祖父に会うためだ。無関係とは考えにくい。

 エリカだとまだ決まったわけではないが、常勝院なんて珍しい苗字はそういない。

 もしかしたら、私とエリカは従姉妹同士なのかもしれない。

 

「なんか気になることでもあるの?」

「うん。偶然かもしれないんだけど、常勝院って多分学校の友だちだよ」

「へぇー。どんな人? 男?」

「女。自信家だけど、いい娘だよ」

「そう。デュエルは強いの?」

「強いよ。私とは正反対の天使族のデッキでね」

「⋯⋯え。天使族」

「うん、そうだけど、どうしたの?」

 

 お母さんは固まってしまった。ブレーキを踏みしめたまま動かない。

 赤信号だったから良かったものの、下手したら事故ってたよ。

 天使族がどうしたんだろう。

 

「ほら、青に変わったよ」

「あ、うん。⋯⋯天使族かぁ、困ったな」

「なんかまずいの?」

「ジジイがちょっとね⋯⋯。うちって代々悪魔族のデッキを使ってきてるんだけど、ジジイはそこに誇りを持ってるっぽいのよ。だから、絶対機嫌が悪くなる。しかもよりにもよって、天使族か⋯⋯」

「うわぁ、すごい嫌そうな顔だね。そんなに酷いの?」

「酷い。私じゃ手に負えないくらい酷い。なんか変なオーラを放ってさ、威嚇してくるのよ。それに子供の頃だけどね、ジジイの機嫌が悪くなると下の2人はすぐ泣いちゃうし、それで私が慰めてると更に機嫌が悪くなるしで、ホント大変だった」

「お母さんも苦労したんだね」

「主にジジイのせいでね。でもジジイの扱いが1番上手いのが2番目の兄さんでさ、いつも困ってるときは助けてくれてたのよ」

「兄妹で助け合ってきたんだ」

 

 そういうのは少し羨ましい。私は一人っ子だから、兄妹がいる感覚がわからない。でもきっと、助け合ったり、競い合ったりするんだと思う。

 

「ほら、見えてきたよ」

「ホントだ」

 

 前方に目線をやると、関所のような門があった。

 門の横にはこぢんまりとした部屋があり、その中には警備員が1人いる。

 徐行で車をその横につけると、お母さんは警備員に名前を明かすことで門を開けてもらい、車を発進させた。

 

「ここに来るまでに1時間くらいか。意外と近いんだね」

「一応敷地内には入ったけど、ここからまだあるよ」

 

 その言葉の通り、敷地に入ってしばらくは家らしき建物を見ることはなかった。

 車はどんどん進むけど、山道特有の急なカーブや上ったり下ったりの繰り返しばかり。

 十数分、ジェットコースターの気分を楽しんでると、一直線の道に出た。

 その道の先にはようやく建物の屋根が見える。

 木々を抜けると小高い丘となっていて、中央に大きな豪邸。その脇に屋根付きの駐車場があり、お母さんはそこに車を止めた。

 

「さ、着いたよ」

「うわー、なんか緊張してきた」

 

 城のごとく顕在する豪邸。それと中に居るであろう家主を想像して、私は尻込みする。

 でもここまで来ておいて、今更引き返すことはできない。

 私は腹をくくってお母さんと車を降りた。

 

「よ、四葉姉さん、待ってたよ」

 

 お母さんの名前を呼ぶ声がして振り向くと、2人の人がそこにいた。

1人はお母さんの名前を呼んだ、気弱そうな男の人。

 そして、もう1人は、

 

「優姫!? どうしてここに!?」

「エリカ。やっぱりか」

 

 私の友だちだ。

 



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挨拶

「四葉姉さん、ちょっと困ってるんだけど⋯⋯」

「はいはい、その娘のことよね、困りの種は。⋯⋯えっと、名前はなんて言うの?」

 

 子供の頃お祖父さんにいつも泣かされていたという、エリカのお父さんが私のお母さんに縋りつき、お母さんはそれを軽くいなしエリカに問う。

 

「わたくし、常勝院エリカと申しますわ。優姫さんとは学校の友人でいつもお世話になっておりますの」

 

 エリカは普段のような堂々とした受け答えだ。口には出さないけど、隣の頼りなさそうな人とは真逆すぎて親娘には見えない。

 

「確かにこの気品と礼儀正しさは夜闇家にはないわね。それにデッキは天使族なんでしょ。こりゃ、ジジイの機嫌はだだ下がりだわ」

「だろう? 助けてくれよぅ」

「⋯⋯あんただってもう良い歳した親なんだから、自分でなんとかしなさいよ」

「無理だって! 他のことならともかく、父さん相手に上手く立ち回れるのは、四葉姉さんか二矢兄さんくらいだって」

「それは子供の頃の話しでしょ。⋯⋯まあいいわ、助けてあげるわよ。私たちと一緒に来なさい。そうしたら少しはフォローしたりできるから」

 

 うわぁ、情けない。エリカは父にはデュエルで勝ったことがないと言ってたけど、こんな人がエリカよりも強いのか。世の中いろんな人がいるもんだな。

 それにお母さんもなんだかんだ助けてあげることになってるし、大人になっても今までと同じように頼られるのが嬉しいんだろうね。

 

「紹介しておくわ。ほら」

「あ、うん。保科優姫です、よろしくお願いします」

「俺は常勝院五典って言うんだ。よろしくね。⋯⋯それにしても、子供の頃の四葉姉さんにそっくりだね」

「そうなんですか?」

「そうそう! あ、いや、ちょっと違うな。四葉姉さんから悪いところを全部取ったら似てるよ!」

「あれ、もしかして今、私に喧嘩売った? あんた私に逆らって良いと思ってんの?」

「うぇ、冗談だよ、冗談。さあ、行こうか、ぐずぐずしてると父さんに怒られる」

 

 エリカのお父さんは逃げるように歩き出し、私たちもそのあとを追う。

 

「お父様⋯⋯」

 

 エリカは先頭を歩く自身の父の背中を、哀れなものを見るような目で見ていた。

 

 

 

 渡り廊下を歩いているとお母さんが切り出した。

 

「今からジジイんとこに挨拶しに行くんだけど、特別取り繕う必要はないわ。普段の自分でいい。そんでエリカちゃんは聞かれたこと以外なるべく話さないこと。わかった?」

「わかりましたわ」

「よし、それならオーケー」

 

 お母さんは戸の前で足を止める。ここがお祖父さんの部屋なんだろう。

 つまり、戸の向こうにはお祖父さんが待ち構えてるってことだ。

 ごくり、と喉が鳴った。

 

「オラジジイ、私よ、入るわね」

「えぇー」

 

 お母さんはノック代わりに足で戸を小突き、返事を待たず部屋の中にずかずかと入っていく。

 さすがにそれは失礼だと思う。

 

「お、俺も居るよー」

 

 その後にエリカのお父さん——五典さんが半笑いで続く。

 

「し、失礼します」

「失礼しますわ」

 

 そして流れを止めないままに私、エリカと部屋に入り五典さんの横にならんだ。

 

「四葉、足でノックは止めろ。はしたないぞ」

 

 その重低音な声は、お腹に響くようだった。発信源の人物は、高そうな椅子に座り、これまた高そうな机に肘を乗せ指を組んでいる。

 この人がお祖父さんなんだろうか。想像以上に見た目が若い。

 短髪で白髪混じりのシルバーヘアときちんと整えられた髭、そして浅黒い肌はお爺さんというよりはおじさん。もっというならちょいワルおじさんといった風貌だ。これで70歳を超えてるんだから、すごいと言う他ない。

 

「なんで足でノックしたってわかるのよ⋯⋯。そんなことより、用を言いなさいよ。なんで私たちをここに呼んだのか」

「いちいち言わなければダメなのか? 俺が呼んだからお前らが来る、ただそれだけだろう?」

 

 えぇ⋯⋯。私とエリカは休学してまでここに来たんですけど。

 自分勝手すぎやしません?

 

「その理由を話せって言ってんの」

「同じことを何度も言うのは面倒だからな、全員が集まる夕食のときにでも話すさ」

「今言えってんだよ⋯⋯」

 

 お母さんは小声でぼやいたが、お祖父さんはスルーした。

 

「さて、五典。ここに着いてしばらく車の中にいたようだが、なぜすぐに俺に会いにこなかった」

「うぇ! 父さんわかってたの!?」

「当然だろう。ここは俺の家だ、俺がここで起こる出来事を知らなくてどうする。さあ、話せ」

「⋯⋯と、父さんが怖かったからだよ。昔、父さんに怒られたのがトラウマなんだよ。わかるだろ」

「そうだな。お前と六花はいつも俺に叱られた後泣いてたからな。でも良かったじゃないか。今は泣いてない。成長できたってことだな」

「⋯⋯そうだね」

 

 五典さんは拳を握りしめ震わせていた。

 それほど今のお祖父さんの皮肉めいた言葉が悔しかったんだろうか。

 過去になにがあったのかはわからないけど、怒るという言葉を叱るという言葉に変えたことに、闇のようなものを感じる。

 無意識なのか意図的なのか、どっちにしろお祖父さんと五典さんの親子関係にはズレがあるように見えた。

 

「次はお前だ。名前をなんという」

 

 お祖父さんと目があった。まるで心の中まで見透かすように鋭い目つきだ。

 だけどどこか暖かみのある表情をしている。穏やかに笑っているようにさえ見えた。

 

「保科優姫、だよ」

 

 敬語を使うか迷ったけど、一応孫なわけだし必要ないと判断した。

 

「そうか。ということは四葉の娘だな、よく似ている。いや、四葉の悪いところを取り除けば、だな」

「おい」

「あはは⋯⋯」

 

 さっき聞いたよ、それ。

 

「最後はお前だが」

「ねえ、ジジイ。私たち車で来て疲れてるからさ、早めに話し終わってくんない?」

「遮るな。黙っていろ、四葉」

 

 お祖父さんは視線をエリカに定めたまま、お母さんを封殺した。お母さんのフォローは後に続かず、黙ったままだ。

 鋭い眼光で睨みつけたまま数秒、その間お祖父さんは一言も喋ることをしなかった。

 そして口を開く。

 

「名前を言え。苗字は要らない」

 

 お祖父さんは真顔で言った。

 けど、それはどうでもいいことだ。問題なのはいつの間にか、部屋全体に黒いもやのようなものが漂っていることだ。

 ガスなのかなんなのかわからないけど、多分科学的なものじゃないと直感した。

 これのせいなのか、エリカはひどく怯えているし、五典さんもガクガクと震えている。

 車中でお母さんは、ジジイは変なオーラで威嚇してくる、と言っていた。ただの比喩だと思っていたが、こういうことだったのか。

 

「え、エリカと申します」

 

 表情こそ気丈に振る舞って答えたけど、その震えた声までは隠せていなかった。

 それでも五典さんに比べれば頑張っている方だと思う。五典さんの顔は青くなっていて、発作を起こしたように息が荒い。

 そんなに怖いんだろうか。なぜか私とお母さんはなんともないから、2人が怖がっている理由がわからない。

 

「⋯⋯天使か」

「えっ」

 

 あ、ヤバい。声が出ちゃった。

 お祖父さんの呟きに思わず反応してしまった。

 

「なんだ」

「なんでもない」

 

 ギロリと睨まれ私は即答する。

 絶対違うと今ならわかるのに、なんでそう思っちゃったかな。私。

 

「言え」

 

 うえー、まだ睨んでるよ。仕方ない、正直に言おう。

 

「口説いた、と思ったんだよ」

 

 天使か、って天使みたいに美しいってことだと思ってしまった。でもすぐにわかったよ、天使族のデッキのことを言ってるんだって。

 どうしてデッキを見ずにわかったかとかは知らないけど、変なオーラを出すこともできるし、この人はそういう人なんだろう。

 

「ふっ、ハッハハハハハハハハハ!」

「プッ、クククッ」

 

 あれ、すごい笑ってる。黒いもやも引っ込んでしまった。

 ていうか、お母さんまで笑ってるし。

 

「ックク。俺が口説いたと思ったのか?」

「そうだけど。一瞬だけだよ?」

「そうか、一瞬だけか。フッフフ」

「あんた、そんな天然だったっけ?」

「一瞬だけだって言ってるじゃん。そんな笑うようなことじゃなくない?」

「そうだな。スマンスマン。あぁ、五典とエリカも悪かったな」

「い、いえ、大丈夫でしたので」

「⋯⋯俺も平気」

「ねぇ、疲れてるってのはホントだからさ、休んでいーい?」

「ああ。みんな、もう行っていいぞ」

 

 場の盛り上がりに乗じてお母さんがさり気なく提案すると、あっさりと許可が下りた。

 

「ああ、優姫とエリカは少し待ってくれ。渡すものがある」

 

 と思いきや、まだなにかあるみたいだ。

 

「優姫にはこれ、エリカにはこれだ」

 

 それぞれに手渡されたものはカードだ。私には《暗黒界の龍神グラファ》のカード。エリカには《堕天使イシュタム》のカードだ。

 

「そのカードたちは特別製でな、6人の孫たちそれぞれに適したものを配ってる。いわばプレゼントみたいなものだ。受け取れ」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

「用はこれで終わりだ、行っていいぞ」

 

 今度こそ私たちは解放されこの部屋を出ることができた。

 

「はぁああ、助かった。ありがとうよ、四葉姉さん」

「あれで助かったっていうの? ま、私はなにもしてないけどね。優のおかげよ」

 

 お母さんはポンと私の頭を撫でる。

 偶然だったけど、あれで良かったらしい。

 

「エリカ、大丈夫だったか?」

「ええ、お父様よりは。でもさっきのはなんですの。黒くて凶々しい、湯気みたいなものは」

 

 そうだ。あれはただの黒いもやなんかじゃない。

 恐怖こそ感じなかったけど、妖しくも美しく、妙に魅かれるそれは、まるで——。

 

「優、やっぱりあんたは私の娘なんだね。アレが良いものだと思ってるんでしょ」

「どうかな」

 

 ——悪魔みたいだって思った。



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夜闇家の一族

 私たちは一旦解散して、各人に割り当てられた部屋にそれぞれ向かった。

 私は荷物を部屋に置いてすぐにエリカの部屋に出向き、今は2人で寛いでいるところだ。

 

「優姫は平気でしたのね」

「お祖父さんのこと? そうだね、なんでだろ。お母さんもなんともなかったし、遺伝的なものなのかな」

「さあ」

「それとも、お祖父さんが意図的にそうしたから?」

「どうかしらね」

 

 あれ、なんかそっけない。疲れたのかな。それなら仕方ないか、これから探険にでも行こうと思ったけど、1人で行くか。

 

「私、もう行くよ。エリカは時間まで休んでたら?」

「えっ」

「うわっと」

 

 立ち上がろうとしたらエリカに手を引かれ、そのままよろめいてさっきまで座っていたところに腰を落とした。

 掴まれた手はまだ離してくれない。

 

「えっと、どうしたの?」

「あっ。⋯⋯まだ居たら?」

「うーん。でもこの家を見て回りたいし、行くよ」

「そうですの」

 

 エリカは顔を伏せて答える。台詞的には了解を得たと思ったが、手は握られたままだ。

 

「優姫は平気でしたのね」

 

 さっきと同じ台詞。だけどエリカの意図が見えない。

 

「わたくしはあんなに辛かったのに、優姫は⋯⋯」

 

 そういうことか。

 エリカは負けず嫌いだ。それはデュエルに関わらず全てのことに置いてそうだ。

 単純にしんどかったのもあるだろうけど、エリカがこんなに落ち込んで気が弱ってるのは、さっきの一件で私に負けたと思ったからだろう。

 こういうエリカはちょっと可愛い。

 

「エリカ。私はエリカが好きだよ」

「き、急なんですの?」

「さっきのアレに耐えられた私はすごいけど、その私に好かれてるエリカはもっとすごいってことだよ」

「フフッ、もしかしてわたくしを励ましてくれているの?」

「うん」

「そう。フフ、フフフッ。フフフフッ」

 

 そんなに笑わないでよ。励ましの言葉が強引だったのは私もわかってるから。

 

「ごめんなさいね。でも元気は出ましたわ」

「それならいいんだけどね。元気が出たならエリカも一緒に行く?」

「わたくしは遠慮しておきますわ。優姫だけでいってらっしゃいな」

「そっか。じゃあ行ってくるよ」

 

 エリカは今になって、やっと手を離してくれた。

 

 

 

 1階から3階を端から端まで歩き回った。

 といっても各部屋には入らず廊下を通るだけだったので、そんなに時間は経ってない。

 全てを回り終えたと思ったが、どうやらこの家には地下室があるみたいだ。地下なんてデパートぐらいでしか行ったことがない。

 私は早速、地下室に向かった。

 地下にはデュエルコートがあり、そこには4人の人影があった。見た目の年齢からいって、4人とも私と同じ孫たちだろう。

 近づくと何やら言い争いをしているのがわかった。

 1人の男と1人の少女が言い合い、他の2人は困ったように眺めているという構図だ。

 

「あれ、君は?」

 

 横で見ていた2人のうちの1人が私に気づき、声を出すと他の3人もこちらに視線を向けてきた。

 

「保科優姫だけど」

 

 4人の視線に少し気圧される形で名前を告げる。

 

「僕は夜闇涼介。一応言っておくけど2番目の夜闇だよ」

 

 私に1番最初に気づいた人がそう述べた。優しそうな人だという印象だ。

 2番目というのは、お母さんたち6人兄妹の上から2番目の人の息子ということだろう。

 たしかお母さんの話しじゃ、6人兄妹のうち上3人の苗字は全員夜闇だ。2番目と言ったのは、その辺をわかりやすく覚えてもらおうという配慮か。

 

「オレは夜闇圭だ。⋯⋯あー、3番目だ」

 

 そう言ったのは横で見ていたもう1人で、無精髭を生やした少しだらしない見た目だ。

 

「俺の名前は夜闇統治。この中で最も夜闇の血を濃く受け継いだ男だ」

 

 どこか人を見下す話し方をする人。消去法でこの人が1番目か。

 夜闇の血とはどういう意味だろう。

 

「三上かなみです」

 

 ふてくされた女の子が簡素に言った。私と同じか下の年齢くらいだ。

 これで一通りの名前を知ることができた。

 

「それで、今言い争いしてなかった?」

「別に言い争いじゃあないさ。そこのハズレが俺に突っかかってきただけだ」

「だから! ハズレって言うのをやめろって言ってますよね!」

 

 統治の売り文句をかなみが買う。誰が見たって言い争いだ。

 

「ハズレってなに?」

「夜闇の血を引いているくせに夜闇を名乗ってない奴のことだよ。⋯⋯ああ、お前もそうだな? 保科優姫」

「そうだけど、それはそんなに大事なこと?」

「それだけではない。お父様たち兄妹の中で1番デュエルが強かったのがお父様で、1番弱かったのがこいつの母親だ。そういう意味でも、こいつは夜闇のハズレってことなんだよ」

 

 随分と選民意識が高い人だ。私は血がそんなに大事なものだとは思わない。デュエルの強さに親なんて関係ないはずだ。

 

「だったらこの娘とあなたでデュエルしてみたら? もしもこの娘が勝ったらこの娘はハズレじゃないってことでしょ?」

「そうです! 今からわたしとデュエルしてください!」

「ハッ、いいだろう。所詮ハズレはハズレだとわからせてやる」

 

 ちょうどここはデュエルコート。

 統治とかなみは所定の位置につき、残りの私たちは少し離れた場所に移動した。

 

「「デュエル!」」

 

夜闇統治LP4000

三上かなみLP4000

 

「わたしのターン、ドロー。わたしは《レスキューラビット》を召喚します!」

 

《レスキューラビット》攻撃力300

 

「《レスキューラビット》の効果を発動です。このカードを除外することで、デッキからレベル4以下の同名の通常モンスターを2体、特殊召喚します。わたしは《メルキド四面獣》を2体特殊召喚です!」

 

《メルキド四面獣》攻撃力1500

《メルキド四面獣》攻撃力1500

 

 おおっ、そのモンスターってことはアレだ!

 

「わたしは2体の《メルキド四面獣》をリリースして《仮面魔獣デス・ガーディウス》を特殊召喚!」

 

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

 

 うーん、強いっ。 私的にはその効果よりも、3300という攻撃力の方が好きだ。

 攻撃力3300は攻撃力3000よりも強い。当然のことだけど、私にはこれがすごく魅力的に見える。

 

「わたしはカードを1枚セットして、ターンエンドです」

 

三上かなみLP4000 手札3枚

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

セットカード1枚

 

「俺のターン、ドロー。ハッ、早速来たな。魔法カード《暗黒界の取引》を発動する。お互いカードを1枚ドローして1枚捨てる効果だ。ドローして、《暗黒界の龍神グラファ》を墓地に捨てる」

「わたしもドローして《仮面術師カースド・ギュラ》を墓地に捨てます」

「そして墓地に捨てられた《グラファ》の効果。《デス・ガーディウス》を破壊だ」

 

 《グラファ》か。私がお祖父さんからもらったカードだ。統治がもらったカードも《グラファ》だったのかな。私は元から持ってたけど、暗黒界のデッキなら統治もそうだろうな。

 ともあれ、《デス・ガーディウス》はその効果を使うことなく破壊だ。ちょっともったいない。

 

「そして《暗黒界の尖兵ベージ》を召喚だ」

 

《暗黒界の尖兵ベージ》攻撃力1600

 

「わたしはこのとき罠カードを発動します! 《悪魔の嘆き》! 相手の墓地のモンスターをデッキに戻し、自分のデッキから悪魔族モンスターを墓地に送ります。わたしは《グラファ》をデッキに戻し、自分のデッキから《メルキド四面獣》を墓地に送ります!」

「ちっ、わかったよ」

 

 上手い。《グラファ》はフィールドの暗黒界モンスターを手札に戻すことで何度でも墓地から特殊召喚できるカードだ。これで《グラファ》が出てくることがなくなった。

 

「バトルだ。《ベージ》でダイレクトアタック!」

「くっ、受けます!」

 

三上かなみLP4000→2400

 

「俺のターンはこれで終わりだ」

 

夜闇統治LP4000 手札4枚

《暗黒界の尖兵ベージ》攻撃力1600

 

「わたしのターン、ドロー。墓地の闇属性モンスターは5体! よって手札から《ダーク・クリエイター》を特殊召喚します! そして効果発動! 墓地の《メルキド四面獣》を除外することで同じく墓地の《仮面魔獣デス・ガーディウス》を特殊召喚です!」

 

《ダーク・クリエイター》攻撃力2300

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

 

「それで終わりだって言うのか」

「その通りです! バトル! 《デス・ガーディウス》で《ベージ》に攻撃!」

 

夜闇統治LP4000→2300

 

「とどめです! 《ダーク・クリエイター》でダイレクトアタック!」

「だからお前は、ハズレだって言うんだ! 手札から《バトルフェーダー》の効果を発動! このカードを特殊召喚してバトルフェイズを終わらせる!」

 

《バトルフェーダー》攻撃力0

 

「くっ、わたしはカードを2枚セットしてターンエンド」

 

三上かなみLP2400 手札1枚

《ダーク・クリエイター》攻撃力2300

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

セットカード2枚

 

「俺のターン、ドロー。魔法カード《暗黒界の雷》を発動。裏側のカードを破壊して、自分の手札を1枚捨てる。俺は右のセットカードを選択だ。そして手札から《暗黒界の策士グリン》を墓地に捨てる。《グリン》が捨てられたとき、フィールドの魔法、罠を1枚破壊だ。俺はお前の残ったセットカードを破壊する」

 

 かなみのフィールドに伏せられた2枚のカードはあっという間に破壊されてしまう。その2枚は《激流葬》と《聖なるバリア—ミラーフォース—》だった。

 両方共、強力な罠カードなだけに、かなみの絶望がありありとわかる。

 

「この局面で良いカードをセットしてたようだな、腐っても夜闇ということか。だがまあこれまでだ」

「これまで? このターンで勝つとでも言うんですか!」

「そうだ。たった2体のモンスターなど、すぐに破壊してくれる!」

「ふん。だとしても、無理ですよ」

「⋯⋯なるほどな。その反応から察するに、お前も《バトルフェーダー》を握っているようだな? だが関係ない! 俺はフィールド魔法《暗黒界の門》を発動。フィールドの悪魔族モンスターの攻撃力、守備力は300アップする。そして、1ターンに1度、墓地の悪魔族を除外して手札を1枚捨て、その後デッキから1枚ドローする。俺は墓地の《グリン》を除外し、手札の《グラファ》を捨て、デッキから1枚ドローする。このとき、墓地に捨てられた《グラファ》の効果を発動する。《デス・ガーディウス》を破壊だ!」

 

⋯⋯そういうことか。《デス・ガーディウス》の誘発効果は強制。つまり、

 

「《デス・ガーディウス》の効果、相手フィールド上のモンスター、《バトルフェーダー》を対象として発動です。デッキから《遺言の仮面》を装備カード扱いとして《バトルフェーダー》に装備します。そして《遺言の仮面》の効果発動。《バトルフェーダー》のコントロールを、得ます⋯⋯」

 

 攻撃力300の《バトルフェーダー》が、棒立ちのまま自分フィールドに来るということだ。

 統治の墓地には《グラファ》がある。そして手札は1枚。

 あれは《暗黒界の門》の効果でドローしたカードだ。だから、一般論からすれば、あのカードが暗黒界モンスターでない可能性はある。

 けどこういう局面のとき、強者なら引き入れるんだ。絶好の1枚を。

 少なくとも統治は、その部分を計算に入れてこのターン展開してきたはずだ。

 

「俺は《暗黒界の狩人ブラウ》を召喚。そして墓地の《グラファ》の効果発動。《ブラウ》を手札に戻し、墓地の《グラファ》を特殊召喚だ!」

 

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力3000

 

「終わりだ。《グラファ》で《バトルフェーダー》を攻撃!」

 

三上かなみLP2400→0

 

「これが俺とお前の差だ」

「っ⋯⋯!」

「ハズレはハズレなりに、せいぜい精進するんだな」

 

 そう言い残し統治は踵を返して行ってしまった。

 

「ぼ、僕もそろそろ戻ろうかな」

「オレも」

 

 涼介と圭も気まずい場から逃げるように去る。去り際、涼介が目線を送ってきた。多分、慰めてやれってことだと思うけどかなみとは今日が初対面だし自信がない。

 ただ、デュエルの提案をしたのは私だったから、そこに対する責任感はあった。

 

「⋯⋯」

 

 かなみの目尻には涙が溜まっている。それは悔しいからなのか傷つけられたからなのか、全く別の理由なのかはわからない。

 

「悔しい?」

「⋯⋯わたしに構わないでください」

 

 見られたくないか。まあ、そうだろうね。私が慰めたって知らない人に話しかけられてるだけだし。

 

「まあまあ、気を紛らわすと思って話しでもしようよ」

「⋯⋯」

 

 なにも言わないってことは、肯定したってことかな。そういうことにしておこう。

 

「あいつ、嫌な奴だったね」

「⋯⋯陰口は言いたくありません」

「あくまでデュエルで見返したいと?」

「⋯⋯」

 

 多分図星だろう。

 デュエリストとしての矜持だ。私もわからないではない。

 

「⋯⋯わたしは今までデュエルで負けたことがないんです。だから負けるのがこんなに悔しいなんて知りもしなかった」

「へぇー、井の中の蛙だったんだね」

「⋯⋯」

 

 うわあ、すごい睨まれてる。ここまで遠慮なしだといっそ清々しいな。

 

「あなたはわたしを励まそうとしているんでしょう。だったらわたしを怒らせるんじゃなく、気持ちよくしてください」

「ごめんごめん。あっ、じゃあ、私が仇をとってあげようか?」

「仇ぃ? あなたにできるんですか?」

「さあ。でもかなみよりは望みがあると思うよ?」

「⋯⋯」

 

 あらら、今度は拗ねちゃった。

 

「私だってバカにされたようなもんだからね、少なくとも苗字がどうこうってのは撤回させるよ」

「⋯⋯期待しないで待ってます」

「そうしてて。それじゃ、私たちも戻ろうか? かなみちゃん?」

「わたしに馴れ馴れしくしないでください」

 

 ちょっとは元気になってくれたかな。傷口を抉っただけな気もするけど。

 こういうのってやっぱり苦手だ。



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夜会

 時刻は18時45分。19時から夜会が開かれるので、その時間まで後15分。

 夜会というとオシャレに聞こえるが、実際に行われるのはただの食事会だそうだ。

 そろそろ頃合いなので部屋を出る。そのまま会場に向かおうとしたけど、道中、エリカの部屋が目についたので寄ることにした。

 もう部屋に居ないならそれでいいし、居るなら一緒に行こうと思ったのだ。

 

「エリカー、居る?」

 

 ノックして声を上げたけど、反応がない。もう居ないのかもしれないが、この目で確認したいという好奇心が湧いてきて、悪いと思いつつドアを開けた。

 居たら勝手に入ったことを謝るつもりで身体を室内に入れると、エリカは居た。しかし、ベッドの上で眠っている状態でだ。

 このまま放って置いたら、確実に遅れる。

 近づき呼びかけることにした。

 

「エリカ?」

「わた⋯⋯ゆ、き」

 

 寝言だ。ちょっといたずらしてみようかな。

 

「エリカー?」

 

 名前を呼びながら、頰をツンツンする。柔らかくてスベスベモチモチだ。なんだか癖になりそう。

 

「フフフ」

「⋯⋯」

 

 まだ寝てるよ。寝付きがいいのかな。

 

「んぅ? あむっ」

「うわあ! 食べられたっ! 舐められたっ!」

 

 いきなりエリカの口が開いたと思ったら、くいっと顔をずらし私の人差し指を咥えこんでしまった。

 その動きといたずらがバレてしまったことに驚き一歩後退し、エリカは上半身を起こし私をねめつける。

 

「今何をしていたんですの」

「ご、ごめん。もう時間だから一緒に行こうと思って来たんだけど、寝てて⋯⋯。だから起こそうといたずらを⋯⋯」

 

 冷静に考えると本気でダメなことをしてた。親しき仲にも礼儀ありだね。

 

「もしわたくしが同じことを優姫にしたら、優姫は許せる?」

「いや、ホントごめん。魔がさしたよ」

「わたくしは許せるかどうかを聞いたんですのよ?」

「⋯⋯正直なとこ、エリカにされることならなんでも許せると思う」

「わたくしもそうです、こんなことで本気で怒ったりしませんわ」

 

 それなら良かった。危うく友だちを失くすとこだったよ。

 

「でも」

 

 そう言ってエリカは立ち上がり、私のすぐ目の前まで詰め寄る。

 

「な、なにかな?」

 

 距離を保とうと後ずさるけど、その分エリカも一歩こちらに踏み出す。そんなことをしているうちに、壁際まで追い詰められてしまった。

 

「あはは、やっぱり怒ってる?」

「怒ってませんわ。ただ、わたくしはやられっぱなしは趣味じゃありませんの」

「ふぃあぁぃい!?」

 

 両頬をつねられた。結構強めに引き伸ばされ痛い。そしてあろうことかエリカは、痛がる私を見て嬉しそうにしている。

 

「ふう、気が晴れましたわ。それにしても優姫も意外とお茶目なことをしますのね」

「珍しかったからついね。あっ、時間だよ。行こう?」

「ええ」

 

 時刻は18時50分になった。

 

 

 

 会場に着くと、すでに私とエリカ以外は全員いた。

 テーブルはやや細長いコの字型に並べてあり、真ん中の奥にお祖父さんが座っている。

 入り口から見て右側はお母さんたち親の席みたいだ。手前から、2番目3番目に、五典さんお母さんという順番で座っていることから、奥から手前にかけて兄妹の順番になっていることが察せた。

 そして左側は少し不思議なことになっている。1番奥と手前から2番目が空席になっていた。これは私とエリカの席だとわかるが、なんで飛び飛びになっているんだろう。

 どっちに座ったものかエリカと悩んでいると、お祖父さんの低い声が会場に響いた。

 

「優姫がここに座りなさい」

「あ、うん」

 

 その指示を聞き、エリカはホッとしたように手前側の席に着く。よっぽど苦手なんだろう。

 対して私は席の後ろを通り、奥に移動する。すると、統治が身体ごとこちらに向けて睨みつけてきた。多分この席順が気に入らないんだろう。

 本来だったらここの席に統治が座る予定だったはずだ。それなのに私が座り、統治はお祖父さんと1席離される形になった。

 自分が最もお祖父さんに近い存在なのに! というのが統治の心の内か。そんなの気にするようなことじゃないのに。

 私は統治の睨みつける視線を浴びながら、彼の左隣に着席した。

 座ると同時にお祖父さんが口を開く。

 

「全員揃ったな。時間もちょうど19時だ。本来ならこうして、挨拶まがいのことはするつもりがなかったんだが、お前らが集めた理由を言えとうるさいからな。仕方ないから今話す。っと、その前に、おい、運んでくれ」

 

 お祖父さんの一声で入り口の脇に待機していたウェイターさんのような人たちが、テキパキと行動を開始した。これから料理を運ぶんだろう。

 

「さて、理由だが、単にお前らの顔が見たくなったからだ。こうして家族総出で飯でも食いたかった。ま、当初はそれだけだったんだがな。デカくなった孫たちを見たら、どんなデュエルをするか見たくなった。しかしそれは後日だ。まだプランはなにも考えていないからな。そういうわけでお前らはしばらくここにいろ」

 

 人の都合を考えない自分勝手な物言いだ。しばらくだなんて曖昧な言葉は、この場の全ての人の予定を狂わせているだろう。

 私はチラリと視線を右に移す。統治はじっと黙って傾聴していた。こんなデタラメなお祖父さんの血がそんなに誇らしいのか。

 正面を見ると、皆一様に諦観の表情だ。これを見るにもうどうしようもないことなんだと悟った。

 

「はあ、もうジジイの好きにすればいいじゃない」

「俺はもともとそのつもりだが?」

「ま、いいけどね。それより、なんで優がそこにいんのよ。ジジイが指定したんでしょ?」

「お前ならわかるだろ。気に入ったんだよ、優姫をな」

 

 私気に入られてたの。ていうか、右からの視線がすごく痛いんですけど。

 

「ジジイはそうかもしれないけど、優は違うんじゃない?」

 

 うわっ、お母さん変なこと聞かないでよ。

 

「そうなのか? 優姫?」

 

 ほらー、こうなる。困った質問が飛んできたよ。

 私は好きじゃない、と答えてしまっていいんだろうか。機嫌を損ねてまた変なもやをださせたくはない。

 けど、お母さんだってこうなるって予想はできただろうし、どう答えても大丈夫か。

 

「そんなことより、そろそろ食べてもいい?」

「おう、そうだな。皆、食ってくれ」

 

 旅館で出てくるような豪勢な料理がすでに各席に運ばれていた。お祖父さんの許可が出て、各々箸やお酒の瓶を手に取る。

 お祖父さんは特別さっきの質問を気にしてないのか、追求してくることはなかった。

 

「優姫、注いでくれないか?」

「うん」

「お祖父様! 俺が注ぎますよ!」

 

 そう発したのは統治だ。いつの間にか席を立ち、私とお祖父さんの間に割って入った。

 お酒の場でのマナーというやつか。そういうの私は全然わからない。多分だけど、今の統治みたいに自分から行かなきゃダメなんだろう。

 さすが、歳上なだけあってこういうときは頼りになる。まあ、歳上ってのは私の予想でしかないけど、2つか3つは上なはずだ。

 

「俺は優姫に頼んだんだがな」

「こんなやつより俺の方がいいですよ!」

 

 こんなやつって、随分嫌われたな。別にあなたの大好きなお祖父さんをとったりしないから。

 

「ハッハッハ。俺のやることにけちをつける奴がいるとはな。随分と久しいよ」

 

 笑い声を上げてはいるけど、目は鋭かった。もしかしたら怒る一歩手前なのかもしれない。

 

「す、すいませんでした⋯⋯」

 

 統治もそれを察したのか、すごすごと自分の席に戻る。戻りつつ、八つ当たりのように睨みつけられた。

 

「優姫、注いでくれ」

「上手くできるかわからないけど」

 

 傾けられたコップになみなみとビールを注いだ。

 

 

 

 夜会はつつがなく終わった。

 その帰り際、統治に因縁をつけられてうんざりしたが、話しの最後にデュエルで決着をつけようと提案してきたので、かなみとの約束もあり、私は好都合とばかりに乗った。

 お祖父さんは孫のデュエルを見たいと言い、そのプランを考えるとも言っていたので、そのときが統治とのデュエルになるだろう。

 私は部屋に戻ると、ベッドの上でぴっしりとしたシーツにデッキを広げた。

 60枚だけど自由自在に回ってくれる、あらゆる悪魔族のテーマを混合したデッキだ。

 

『ゆ・う・き・ちゃんっ』

「デスガイド?」

 

 私の背後からデスガイドが抱きついてきた。お腹に手を回され、肩口に頭を乗せてきている。お尻も太ももで挟まれて、完全に密着している状態だ。

 

『ここ、いいとこだねぇ。あたしたち悪魔族にかなり適した場所だよ』

「そうなんだ」

 

 人間の世界にも種族によって、良い場所、悪い場所があるんだ。

 

「あ、それだったら精霊のコンディションによってデッキの回り方も変わってくるとかある?」

『あるかもね。そういう意味ではここは悪魔族のデッキを使う優姫ちゃんにとって、1番力を発揮できる場所だってことだよ』

「そしてエリカにとっては1番力を出せない場所ってことか」

 

 それは悪魔族が好きな場所は天使族は嫌いだろうという、ただの予想でしかないけど、互いに正反対の存在だし、多分あってるだろう。

 

『あれ、そのカード何?』

「これ? さっきお祖父さんから貰ったカードだけど』

『ふうん。それはデッキに入れないの?』

「グラファはもう入ってるからこれじゃなくてもいいんだ」

『だったら入れ替えよう! そっちの方が絶対いいよ!』

「それって意味あるの?」

『んー、ないっ。けど入れ替えよう!』

 

 この強引さは怪しい。

 理由もなしに同じカードを入れ替える必要があるんだろうか。

 

「なんか企んでない?」

『企んでないから、ほらほらー』

「うわぁ! わかったから、胸から手を離して!」

 

 お腹に回されていた手で、胸や脇をくすぐられた。

 上へ下へと行ったり来たり。そんなにされたらズレるからっ。 

 

「もう、入れればいいんでしょ!」

『えへへ。まあ、そんなに悪影響はないから』

 

 そんなにって、少しは影響があるってことだよね。

 

「よし、デッキはもういいや」

 

 私はシーツに広がったカードたちをまとめて仕舞った。

 

「デスガイド、ちょっと離れて」

『あれ、もしかして怒ってる?』

 

 デスガイドから少し離れて向き合う。

 ちなみに怒ってはいない。

 

「怒ってるよ。だから——」

 

 こうしてやるっ。

 

『あ、ははははは! ちょ、優姫ちゃっ、やめっ! あはははは!』

 

 飛びかかって馬乗りになり、全力でくすぐった。いつもはやられっぱなしだから、ここぞとばかりにくすぐった。

 

『い、いつもはこんな、こんなことしないのにっ!』

「私だってたまにはやり返すんだから。どうだ、参ったか!」

『あっは! ゆ、優姫ちゃんっ! あっ、はぁっ、んっ、はははぁっ、あんっ、あぁっ、ごめん! ゆ、許してっ』

 

 わかればいいんだ。



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トーナメント

 夜会の日からもう一週間が経つが、お祖父さんからの指示はまだない。だから今日まで、各々自由な生活を送っていた。

 一週間もあれば、身近で過ごす人の性格や特徴も少しはわかってくるし、その関係性も進展するものだ。

 具体的に言うと、エリカとかなみの仲が良くなっていた。どうやらかなみは姉というものに憧れがあったらしく、1つ歳上のエリカに懐いてしまったみたいだ。

 私もエリカと同じく歳上だけど、かなみの私に対する態度はどこか冷めている。

 なんでだろう。

 

「なんでなの?」

 

 募った疑問を部屋にいるかなみにぶつけてみた。

 

「優姫さんはちんちくりんだし、いざってときに頼りにならなさそうだからです」

 

 聞くと辛辣な答えが返ってくる。冗談めかす振りもなく、真顔だ。

 

「確かに優姫は、頼られる姉と言うよりも、可愛がられる妹のような感じですわね」

「ですよねー、エリカさんっ」

 

 私に対するときとは打って変わって、エリカに笑顔を向けるかなみ。エリカも慕われて嬉しいのか頰が緩んでいるし、私は妙な疎外感に襲われた。

 ただ、だからといってかなみを好きになれないというわけじゃない。むしろ好ましかった。

 生意気な態度で接してくるけど、跳ねっ返りは可愛いのだ。そして、そう思える私は、存外姉気質な性格なのかもしれない。見た目はともかくとして。

 

「エリカちゃん、居る?」

 

 部屋の入り口から、ノックと共にエリカを呼ぶ声がした。部屋の主であるエリカは応対するために出向く。

 ドアが開かれると声を発した涼介とその隣に圭がいた。

 夜闇涼介と夜闇圭。エリカとかなみが仲良くなったように、この2人も一緒に談笑しているところをよく見る。

 年齢的に同じくらいだし、男同士で話しやすいんだろうか。

 そんな2人がエリカになんの用だろう。

 

「おっ、3人共ここにいたのか、丁度良かった。お爺さんがお呼びだよ、全員地下のデュエルコートに集合だって」

「ええ、わかりましたわ」

「それじゃ、僕たちは先に行ってるから」

 

 2人はこの場を去って部屋の中からは見えなくなった。

 ようやくこのときが来た。

 そう思ったら、心が妙に高ぶってくる。まるでデッキが早くデュエルをしろ、と急かしているような感覚だ。

 この一週間、こうなることがよくあった。その度にエリカやかなみとデュエルをすることで、自分を慰めて気持ちを落ち着けようとしてきた。

 しかしそれでも、心の疼きは止められなかった。

 物足りないんだ。エリカとかなみだけでは物足りない。もっとたくさんの人とデュエルしたい。

 そして、

 

「⋯⋯力を示したい」

「ん? 優姫さん、今なにか言いました?」

「ううん、なにも」

 

 私はどうしてしまったんだろう。

 

 

 

 デュエルコートに来た。

 そこにはすでに、私たち以外の従兄妹が集まっていて、それぞれの親の姿も見える。

 この場に全員が集まったのを見計らって、お祖父さんは口を開いた。

 

「さて、これからお前たちにはデュエルをしてもらうのだが、ただするのでは面白味に欠ける。よってトーナメント方式で戦ってもらうことにした。まあ、勝ったからといってなにか賞品があるわけではないがな。⋯⋯そこで、ここに6枚の紙が入った箱がある。紙には数字が書いてあるので、まず全員、引いてほしい」

 

 その言葉通り、私たちは順番に箱から紙を1枚取り出す。私が掴んだ紙には2と書かれていた。

 他は、1が圭、3が涼介、4が統治、5がエリカ、6がかなみとなっている。

 

「その数字はトーナメントの組み合わせに使われる。1と6はシード枠で、最初にデュエルするのは2と3、次は4と5の紙を持った者だ。そしてそれぞれ勝った方が1と6とデュエルして、そこで勝ち抜いた者が決勝に進むといった具合だ」

 

 つまり最初のデュエルは私と涼介ということか。

 

「さあ、早速始めてもらおうか。2と3は前に出ろ」

 

 よし、行こう。

 

「やあ、優姫ちゃん。お手柔らかに頼むよ」

 

 定位置につくと涼介が朗らかに話してきた。

 

「涼介は全力できてもいいよ」

 

 見た目の優しい印象もあって、その台詞が戦意に欠けているように聞こえたので、軽い挑発を混ぜて返す。

 

「いいのかい? 僕はこれでもプロなんだよ? まあ、なりたての新人なんだけどね」

「へえー、すごいね。だったらなおさら全力できなよ」

「見た目によらず、以外と好戦的だ。いいよ、早速始めようか」

「さあ」

「「デュエル!」」

 

夜闇涼介LP4000

保科優姫LP4000

 

「僕から行かせてもらうよ、ドロー! まずは魔法カード《トレード・イン》を発動。手札のレベル8モンスター、《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》を捨てて、二枚ドローだ」

 

 《デーモン》か。私のデッキにもその名のつくモンスターは入っている、骨っぽくていかついモンスターたちだ。そうじゃないモンスターもいるけどね。

 

「そして手札から《デーモンの騎兵》を召喚、さらに自分フィールド上に《デーモン》があるときこのカード、《デーモンの将星》を特殊召喚だよ」

 

《デーモンの騎兵》攻撃力1900

《デーモンの将星》攻撃力2500

 

「《デーモンの将星》は今の方法で特殊召喚したターン、攻撃はできない。まあ、1ターン目だから関係ないけどね。もう1つ、今の方法で特殊召喚したとき自分フィールド上の《デーモン》を破壊しなければならない。僕は《デーモンの騎兵》を破壊する」

「そしてカードの効果で破壊された《デーモンの騎兵》の効果で、墓地の《ジェネシス・デーモン》を特殊召喚?」

「その通りだよ、よくわかってるね。《ジェネシス・デーモン》を特殊召喚だ」

 

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000

 

 《デーモン》のボス格のモンスターだ。その攻撃力も大台に達していて迫力がある。

 

「《デーモンの騎兵》の効果で特殊召喚されたモンスターは、そのターン攻撃できないけど、これも1ターン目なら関係ない。僕はカードを1枚セットしてターンを終えるよ」

 

夜闇涼介LP4000 手札3枚

《デーモンの将星》攻撃力2500

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000

セットカード1枚

 

「私のターン、ドロー!」

 

 さあ、どうしてやろう。

 色々手はあるけど、まずはこれだね。

 

「《魔界発現世行きデスガイド》を召喚。効果でデッキからレベル3のモンスターを効果を無効にして特殊召喚する。私は《魔犬オクトロス》を特殊召喚」

 

《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000

《魔犬オクトロス》攻撃力800

 

「そして手札から魔法カード《トランスターン》を発動する。自分フィールド上のモンスターを墓地に送り、そのカードと同じ種族、属性でレベルが1つ高いモンスターをデッキから特殊召喚する。《オクトロス》を墓地に送り《メルキド四面獣》を特殊召喚。さらに、墓地に送られた《オクトロス》の効果で、デッキから悪魔族のレベル8モンスターを手札に加える。私は《仮面魔獣デス・ガーディウス》を加える」

 

《メルキド四面獣》攻撃力1500

 

「フィールドの《メルキド四面獣》を含む2体のモンスターをリリースして、手札の《仮面魔獣デス・ガーディウス》を特殊召喚!」

 

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

 

「君もそのモンスターを使うのか」

「悪魔族だからね」

 

 高い攻撃力とその効果。いると安心できるモンスターだ。

 まあ、かなみはその効果を利用されて統治に負けたんだけど。

 

「バトルだよ。《デス・ガーディウス》で《ジェネシス・デーモン》に攻撃!」

 

夜闇涼介LP4000→3700

 

「くっ、こうもあっさりとやられるとはね。だが、リバースカード発動《デーモンとの駆け引き》! 自分のレベル8以上のモンスターが墓地に送られたターンに発動できる速攻魔法だ! この効果でデッキから《バーサーク・デッド・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

《バーサーク・デッド・ドラゴン》攻撃力3500

 

「私はこれでターンエンド」

 

保科優姫LP4000 手札4枚

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

 

《バーサーク・デッド・ドラゴン》か。あのバカみたいに高い攻撃力は魅力だけど、アンデッド族だからなぁ。悪魔族だったらデッキに入れてたのに。

 

「僕のターン、ドロー。僕は《トランス・デーモン》を召喚する」

 

《トランス・デーモン》攻撃力1500

 

「《トランス・デーモン》の効果を発動。手札の悪魔族モンスターを1枚捨てて、このターンのみ攻撃力を500アップさせる。捨てるカードは《トリック・デーモン》だ。よって、捨てられたことで効果を発動する。デッキから《デーモン》のカードを手札に加える。僕が加えるのは《伏魔殿—悪魔の迷宮—》だ」

 

《トランス・デーモン》攻撃力1500→2000

 

 伏魔殿と書いてデーモンパレスと読むこのカードは《トリック・デーモン》でサーチ可能だ。《トリック・デーモン》はサーチ可能な範囲が広すぎるんだよね。発動条件もそこそこ緩いし。

 まあ、だからこそ私のデッキにも入ってるんだけど。

 

「そして、今手札に加えたフィールド魔法《伏魔殿—悪魔の迷宮—》を発動だ! このカードがある限り、自分フィールド上の悪魔族モンスターの攻撃力は500ポイントアップする」

 

《デーモンの将星》攻撃力2500→3000

《トランス・デーモン》攻撃力2000→2500

 

「次に魔法カード《デビルズ・サンクチュアリ》を発動、自分フィールドに《メタルデビル・トークン》を1体特殊召喚する。さらに《伏魔殿》の効果だ。自分フィールド上の《デーモン》と名のつくモンスターを選択して発動する。選択したモンスター以外の悪魔族モンスターを除外し、選択したモンスターと同じレベルの《デーモン》モンスターを手札、デッキ、墓地から選んで1体特殊召喚する。僕が選択するのは《デーモンの将星》で、除外するのは《メタルデビル・トークン》。そして、特殊召喚するのは《暗黒魔族ギルファーデーモン》だ!」

 

《暗黒魔族ギルファーデーモン》攻撃力2200→2700

 

 《ギルファーデーモン》とは渋い。しかもモンスターとしてフィールドに召喚するとは。なかなかやるね。

 

「バトルだ。《バーサーク・デッド・ドラゴン》で《デス・ガーディウス》に攻撃!」

 

保科優姫LP4000→3800

 

「くっ、でもこのとき、《デス・ガーディウス》の効果発動。デッキから《遺言の仮面》を相手モンスターに装備する。《バーサーク・デッド・ドラゴン》に装備。そして装備された《バーサーク・デッド・ドラゴン》のコントロールを奪うよ」

「わかってたさ。それなら《ギルファーデーモン》で《バーサーク・デッド・ドラゴン》に攻撃だ!」

「《バーサーク・デッド・ドラゴン》の方が攻撃力は高い。よって返り討ちだよ」

 

夜闇涼介LP3700→2900

 

「ここで、墓地に送られた《ギルファーデーモン》の効果発動だ。《バーサーク・デッド・ドラゴン》の装備カードとなり、その攻撃力を500ポイントダウンさせる」

 

《バーサーク・デッド・ドラゴン》攻撃力3000

 

「これで攻撃力3000! 僕は《デーモンの将星》で《バーサーク・デッド・ドラゴン》に攻撃!」

「両者同じ攻撃力のため、どっちも破壊される」

 

《ギルファーデーモン》はこのためだったのか。《デス・ガーディウス》が破壊されるにしても、《バーサーク・デッド・ドラゴン》まで対処されるとは思わなかったな。

 

「最後に《トランス・デーモン》でダイレクトアタックだ!」

「受けるよ」

 

保科優姫LP3800→1300

 

「フィールドがガラ空きでダメージを受けたこの瞬間、手札から《冥府の使者ゴーズ》を特殊召喚する! そして《ゴーズ》の効果! 今受けた戦闘ダメージと同じ攻撃力と守備力を持つ《冥府の使者カイエントークン》を特殊召喚!」

 

《冥府の使者ゴーズ》攻撃力2700

《冥府の使者カイエントークン》攻撃力2500

 

「厄介なモンスターが次から次へと出てくるね。僕はカードを1枚セットしてターンエンドだよ」

 

夜闇涼介LP2900 手札0枚

《トランス・デーモン》攻撃力2500→2000

セットカード1枚

 

「私のターン、ドロー!」

 

 ライフや手札から言って、デュエルは終盤、考え抜けばこのターンで決着をつけることができるかもしれない。

 セットカードを見なければ総攻撃で勝ちだけど、多分そうは行かないだろうな。まずはあのセットカードをなんとかしなきゃいけないけど、今の私に安全に処理する方法はない。

 かと言って攻撃しないのは問題の先送りにしかならないし、弱気すぎる。

 仕方ない、攻撃してから考えよう。モンスターの召喚もしない。場の2体だけで攻撃だ。

 なに、このターンがダメでも、次の自分のターンが回ってきたら攻めればいいんだ。

 

「よし! バトルフェイズ! 私は《ゴーズ》で《トランス・デーモン》に攻撃!」

「《トランス・デーモン》は破壊される」

 

夜闇涼介LP2900→2200

 

「《カイエントークン》でダイレクトアタック!」

「ここでリバースカード《デーモンの雄叫び》! 500ライフポイント払って発動する! 墓地の《デーモン》と名のつくモンスターを1体特殊召喚する。《トリック・デーモン》を守備表示で特殊召喚だ!」

 

夜闇涼介LP2200→1700

《トリック・デーモン》守備力0

 

「なら、そのまま《トリック・デーモン》に攻撃!」

「墓地に送られた《トリック・デーモン》の効果発動! デッキから《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》を手札に加える!」

 

 ヤバいカードをサーチされたな。でも《デーモンの雄叫び》で蘇生されたモンスターはエンドフェイズに破壊されるから、攻撃するにしろしないにしろ、効果は発動されてた。だから悪手ではなかったはずだ。

 

「メインフェイズ。魔法カード《おろかな埋葬》を発動。デッキから《ヘル・エンプレス・デーモン》を墓地に送る。そしてカードを1枚伏せてターンエンドだよ」

 

保科優姫LP1300 手札2枚

《冥府の使者ゴーズ》攻撃力2700

《冥府の使者カイエントークン》攻撃力2500

セットカード1枚

 

 結果論を抜きにしたら、そこそこ最良の手を打てたと思う。後は向こうがどう来るかだ。

 

「僕のターン、ドロー! いやあ、今のターンで負けるかと思ったよ」

「もしかしたら勝てたかもしれないけど、それは結果論だからね」

「いいや。結果論でも君は攻めるべきだったんだよ」

「まるでもう勝ったかのような口ぶりだね」

「まあ、見てなよ。僕は装備魔法カード《堕落》を発動だ! 君の《ゴーズ》のコントロールを奪う!」

 

《冥府の使者ゴーズ》攻撃力2700→3200

 

 《伏魔殿》の効果で《ゴーズ》の攻撃力は500ポイント上がる。

 

「そして手札から《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》を妥協召喚だ!」

 

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力1500→2000

 

「このモンスターはレベル8だけど妥協召喚することができる。そうした場合、攻撃力と守備力が元々の半分になりこのターンのエンドフェイズ時に破壊される。さらに僕は《伏魔殿》の効果を発動する。《ジェネシス・デーモン》を選択して《ゴーズ》を除外。そして墓地から《ジェネシス・デーモン》を選択して特殊召喚だ!」

 

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000→3500

 

「優姫ちゃん。君なら《ジェネシス・デーモン》の効果は知っているだろう?」

「《ジェネシス・デーモン》の効果。1ターンに1度、手札、墓地から《デーモン》のカードを1枚除外することで、フィールドのカードを破壊する、だね」

「そうだ。僕のフィールドには《ジェネシス・デーモン》が2体いる。君のカードも2枚だ。この意味、わかるだろ?」

 

 もちろんわかっている。効果を使われたらガラ空きになるということだ。

 さらに言えば、涼介にはわからないことだけど、私の手札にはもう《ゴーズ》のようなカードはない。

 でも、勝ちを確信するのはまだ早いんじゃない?

 

「《ジェネシス・デーモン》の効果発動! 墓地の《トリック・デーモン》を除外して、《カイエントークン》を破壊! そして2体目の《ジェネシス・デーモン》の効果! 墓地の《デーモンの将星》を除外してセットカードを破壊だ!」

「その効果にチェーンして伏せカードオープン《リビングデッドの呼び声》! 私は墓地のモンスターを特殊召喚する!」

「そのカードは!?」

「そう。私は《デス・ガーディウス》を特殊召喚する!」

 

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

 

「そいつは⋯⋯ っ!」」

「そうだよ。《リビングデッド》が破壊されたことで、《デス・ガーディウス》も破壊される。でもこの瞬間効果を発動する! デッキから《遺言の仮面》を攻撃力3500の《ジェネシス・デーモン》に装備してコントロールを得る」

 

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3500→3000

 

「そうか。なるほどね⋯⋯」

 

 涼介がそう呟いた。多分、負けを悟ったのだろう。手札は0枚、フィールドに残った《ジェネシス・デーモン》はターンの終わりに破壊される。

 もう打つ手はないんだ。

 

「僕はターンエンドだよ」

 

夜闇涼介LP1700 手札0枚

 

「私のターン、ドロー。《ジェネシス・デーモン》でダイレクトアタック!」

 

夜闇涼介LP1700→0

 

 終わった。



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無表情

 ふう、満足した。まあまあいいデュエルができたと思う。

 私はデュエルコートからみんなのいる方へはずれて、余韻に浸っていた。

 

「よし、では次のデュエルだ」

 

 すると、お祖父さんがそう言う。

 4と5。つまり、統治とエリカだ。2人は揃って前に出る。それを見ると私の中の余韻はたちまちに消えてしまった。

 この一週間、エリカと何度かデュエルしてきたけど、明らかにエリカの調子は悪い。この前のデスガイドの話しから察するに、やっぱりこの場では本来の力を発揮できないようだ。

 そんな状態で統治に、ひいては暗黒界に勝つのは難しい。エリカは統治を相手にどう戦うのだろう。

 

「「デュエル!」」

 

夜闇統治LP4000

常勝院エリカLP4000

 

 私の思考をよそにデュエルは始まる。先行はエリカからだ。

 

「わたくしのターン、ドロー。⋯⋯わたくしは、モンスターをセットしてターンエンド」

 

常勝院エリカLP4000 手札5枚

セットモンスター1枚

 

「俺のターン、ドローだ! 魔法カード《暗黒界の取引》を発動。お互い1枚ドローして1枚捨てる。ドロー! そして《暗黒界の龍神グラファ》を捨てる」

「わたくしも同じく」

「このとき墓地に捨てられた《グラファ》の効果を発動。セットモンスターを破壊する!」

「⋯⋯セットモンスターは《マシュマロン》。そのまま破壊されますわ」

 

 《マシュマロン》は戦闘では破壊されないモンスター。でも効果でなら容易く破壊される。

 

「《暗黒界の尖兵ベージ》を召喚。墓地の《グラファ》の効果で今召喚した《ベージ》を手札に戻し、《グラファ》を特殊召喚だ!」

 

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

 

「バトル! 《グラファ》でダイレクトアタックだ!」

「⋯⋯」

 

常勝院エリカLP4000→1300

 

「俺はこれでターンエンド」

 

夜闇統治LP4000 手札5枚

《暗黒界の龍神グラファ》

 

「わたくしのターン、ドロー! わたくしは魔法カード《トレード・イン》を発動。手札の《虚無の統括者》を墓地に送り2枚ドローしますわ。そして《天空の宝札》を発動ですわ。《神聖なる球体》を手札から除外して2枚ドロー! そして魔法カード《死者転生》を発動。手札を1枚捨てて、墓地の《マシュマロン》を手札に加えますわ。さらにわたくしはモンスターをセット、カードも1枚セットしてターンエンドですわ」

 

常勝院エリカLP4000 手札3枚

セットモンスター1枚

セットカード1枚

 

「それだけなのか? 今回は4枚も手札交換したというのに」

「⋯⋯貴方のターンですわよ」

「つまらんな。ドロー。カードを1枚セットし、《手札抹殺》を発動する。お互い、手札を全て捨てて、捨てた枚数分ドローする」

 

 《手札抹殺》は暗黒界におけるフィニッシュカードだ。このターンで決めにきたんだろう。

 

「今捨てたカードは《暗黒界の尖兵ベージ》、《暗黒界の軍神シルバ》、《暗黒界の龍神グラファ》が2体。よってそれぞれ効果発動だ。まずは2体の《グラファ》の効果でモンスターとセットカードを破壊する」

「チェーンしてセットカード、《光神化》を発動! 《ウィクトーリア》の攻撃力を半分にして、攻撃表示で特殊召喚!」

 

《ウィクトーリア》攻撃力900

 

「引き続き、《ベージ》と《シルバ》の効果だ。この2体を特殊召喚する」

 

《暗黒界の尖兵ベージ》攻撃力1600

《暗黒界の軍神シルバ》攻撃力2300

 

「そして特殊召喚した《ベージ》と《シルバ》を手札に戻し、墓地にいる2体の《グラファ》を特殊召喚だ」

 

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

 

 3体の《グラファ》がフィールドに揃った。

 だからと言ってなにかが来たりすることはないけど、これは壮観だ。正直統治が羨ましいし、私もアレをやりたい。

 

「攻撃力900のモンスターを攻撃表示か。あからさまだな」

「⋯⋯」

 

 まあ、そうだろう。普通にバレる。

 エリカは《オネスト》を手札に持っているんだろう。それかブラフとしてわざと攻撃表示にしたか。

 どっちにしろエリカは《グラファ》3体を前にして、まだ諦めていないということだ。

 

「だが関係ないな。俺は《暗黒界の取引》を発動する。1枚ドローして《暗黒界の導師セルリ》を墓地に捨てる」

「わたくしはドローしたカードをそのまま捨てますわ」

「墓地に捨てられた《セルリ》の効果を発動。相手フィールドに表側守備表示で特殊召喚だ」

 

《暗黒界の導師セルリ》守備力300

 

「そして《セルリ》が《暗黒界》の効果で特殊召喚したとき、相手は手札を1枚選んで捨てる。この場合、相手とは俺のことだ。俺は《暗黒界の軍神シルバ》を捨てる。そして《シルバ》の効果発動。特殊召喚する」

 

《暗黒界の軍神シルバ》攻撃力2300

 

「ここで《シルバ》の効果だ。相手の効果によって捨てられた場合、相手は手札を2枚選んで、デッキの1番下に戻す。その2枚の命綱をデッキに戻すんだな」

「くっ」

 

 エリカの手札は0枚だ。フィールドには攻撃力900のモンスター1体のみ。たとえ守備表示だったとしても、《グラファ》3体と《シルバ》がいたのでは、なににもならない。

 これはもうどうしようもない。エリカはここで、負けてしまう。

 

「バトルだ。《グラファ》で《ウィクトーリア》を攻撃」

「⋯⋯」

 

常勝院エリカLP1300→0

 

 エリカのライフが為す術もなく0になる。そのとき、ちょうどエリカと目が合ってしまった。

 私は慌てて感情を見られないように無表情を作る。そうしないとエリカを傷つけてしまうと思ったからだ。私の沈んだ顔を見ると、エリカが負けたことを重く捉えるという想像がついた。

 たった一敗かもしれないけど、負けず嫌いなエリカならそうなると思うし、なにより全力を出せずに負けたというのが大きい。

 こうなったら、そっとしておいて時間が解決するのを待つのが良いと判断した。

 デュエルが終わり、エリカと統治はこちらに向かってくる。統治がスタスタと歩くのに対して、エリカの足取りは重い。

 

「次だ」

 

 お祖父さんの短い言葉があり、私は真っ直ぐ向かう。

 エリカとすれ違いざま、「ドンマイ」となるべく感情を込めずに言うと、エリカはピクリと反応して離れて行った。

 所定の位置につく。私は対戦相手の圭と向き合うことで心をデュエルに集中させた。

 

「さて、始めるか?」

「うん」

「「デュエル!」」

 

夜闇圭LP4000

保科優姫LP4000

 

「私から始めるよ、ドロー。まずは《魔界発現世行きデスガイド》を召喚、効果でデッキから《魔サイの戦士》を特殊召喚する」

 

《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000

《魔サイの戦士》攻撃力1400

 

「そして《二重召喚》を発動、このターンもう1度通常召喚を行える。フィールドの2体のモンスターをリリースして《フレイム・オーガ》を召喚だよ」

 

《フレイム・オーガ》攻撃力2400

 

「墓地に送られた《魔サイの戦士》と召喚した《フレイム・オーガ》の効果を発動する。まずは《フレイム・オーガ》の効果でデッキからカードを1枚ドロー。次に《魔サイの戦士》の効果でデッキから悪魔族モンスター、《トリック・デーモン》を墓地に送る。墓地に送られた《トリック・デーモン》の効果で《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》を手札に加えるよ」

 

 よし、このくらいでいいか。初ターンで無駄に回しても意味ないしね。

 

「私はこれでターンエンド」

 

保科優姫LP4000 手札5枚

《フレイム・オーガ》攻撃力2400

 

「オレのターン、ドローだ。オレは《終末の騎士》を召喚、召喚に成功したとき、デッキから闇属性のモンスター、《ヘルウェイ・パトロール》を墓地に送る」

 

《終末の騎士》攻撃力1400

 

「墓地の《ヘルウェイ・パトロール》を除外して発動。手札から攻撃力2000以下の悪魔族を特殊召喚する。特殊召喚するのは《ディアバウンド・カーネル》だ」

 

《ディアバウンド・カーネル》攻撃力1800

 

 これはまた珍しいな。たしか効果は、攻撃宣言時に攻撃力を600上げるのと、相手モンスターの攻撃力を自身の攻撃力分下げて、その後自身を次のスタンバイフェイズまで除外するものだ。

 偏見だけど、レベル5で、攻撃力1800で、その渋い効果はどこか古臭いと言うか、懐かしさを覚えるカードだ。まあ、そこがこのカードの良いところでもあるけど。

 

「《ディアバウンド・カーネル》の効果だ。《フレイム・オーガ》の攻撃力を、このカードの攻撃力分下げて、このカードを除外する」

 

《フレイム・オーガ》攻撃力2400→600

 

「バトルフェイズに移行する。《終末の騎士》で《フレイム・オーガ》に攻撃だ」

 

保科優姫LP4000→3200

 

 こうして相手取ると《ディアバウンド・カーネル》は結構厄介だな。攻撃力1800ダウンは大きい。しかもこの効果は私のターンでも使える。

 対処しようにも除外で逃げられるし、難儀するよ、これは。

 

「私は戦闘ダメージを受けたとき、手札から《トラゴエディア》を特殊召喚するよ」

 

《トラゴエディア》攻撃力2400

 

「ちっ、そいつは面倒だ。オレはカードを2枚セットして、ターンエンドだ」

 

夜闇圭LP4000 手札2枚

《終末の騎士》攻撃力1400

セットカード1枚

 

「私のターン、ドロー」

「スタンバイフェイズ、除外されている《ディアバウンド・カーネル》が帰還する」

「《トラゴエディア》も手札が増えたことで攻撃力が上がるよ」

 

《ディアバウンド・カーネル》攻撃力1800

《トラゴエディア》攻撃力2400→3000

 

《トラゴエディア》の攻撃力は手札の枚数×600になる。けど、攻撃力に期待して特殊召喚したわけじゃない。

 

「《トラゴエディア》の効果を発動。手札からモンスターを墓地に送り、そのカードと同じレベルの相手フィールドのモンスターを奪う。私は《デーモン・ソルジャー》を墓地に送る。よって、レベル4である《終末の騎士》のコントロールを奪うよ」

「ああ、やるよ」

「そして2体のモンスターをリリースして《ヘル・エンプレス・デーモン》を召喚」

 

《ヘル・エンプレス・デーモン》攻撃力2900

 

「バトルフェイズに移り《ヘル・エンプレス・デーモン》で《ディアバウンド・カーネル》に攻撃する」

「《ディアバウンド・カーネル》の効果発動だ。《ヘル・エンプレス・デーモン》の攻撃力を1800下げて、このカードを除外させる」

 

《ヘル・エンプレス・デーモン》攻撃力2900→1100

 

「だったらダイレクトアタックだよ」

「いや、それは無理だ。《ディアバウンド・カーネル》の効果はダメージステップに発動できるから、巻き戻しは発生しないんだ」

「えっ、そうなの? 強いなぁ、それ」

 

 そうか、コンバットトリックになるのか。そういえば、除外が後だもんね。

 ああ、いよいよ欲しくなってきたな。私持ってないんだよなぁ。

 

「私はカードを伏せてターンエンドだよ」

 

保科優姫LP3200 手札2枚

《ヘル・エンプレス・デーモン》攻撃力2900

セットカード1枚

 

「ドロー、スタンバイフェイズ、《ディアバウンド・カーネル》が戻る」

 

《ディアバウンド・カーネル》攻撃力1800

 

「オレはリバースカード《リビングデッドの呼び声》を発動する。墓地の《終末の騎士》を特殊召喚だ」

 

《終末の騎士》攻撃力1400

 

「効果だ。デッキから、《暗黒の侵略者》を墓地におくる。そして《終末の騎士》をリリースして《死霊操りしパペットマスター》を召喚」

 

《死霊操りしパペットマスター》攻撃力0

 

「《死霊操りしパペットマスター》の効果。ライフを2000支払い、墓地の《終末の騎士》と《暗黒の侵略者》を特殊召喚する」

 

夜闇圭LP4000→2000

 

「っ、私はセットカード《悪魔の嘆き》をチェーンして発動。《暗黒の侵略者》をデッキにもどして自分のデッキから《暗黒界の龍神グラファ》を墓地に送る」

 

 これは多分、決めに来てる。《パペットマスター》で蘇生したモンスターはそのターン攻撃はできないけど、なにか勝ち筋があって攻めてきてるのがわかった。

 

「ちっ、オレは手札から《イリュージョン・スナッチ》の効果をチェーンして発動する。このカードを特殊召喚だ」

 

 圭には色々思惑があっただろうけど、それをどのくらい崩せたのか。

 

《イリュージョン・スナッチ》攻撃力2400

《終末の騎士》攻撃力1400

 

 今、圭のフィールドに特殊召喚されたモンスターはこの2体だ。そして、《ディアバウンド・カーネル》と《死霊操りしパペットマスター》もいる。

 トータルでこの4体。

 

「《ディアバウンド・カーネル》の効果。《ヘル・エンプレス・デーモン》の攻撃力を1800下げてこのカードを除外。そして手札から、《真魔獣ガーゼット》を自分フィールドのモンスターを全てリリースして特殊召喚する」

 

《真魔獣ガーゼット》攻撃力3800

《ヘル・エンプレス・デーモン》攻撃力2900→1100

 

「攻撃力3800か」

「本当なら、6700だったんだけどな。狙ったかのようなセットカードだったよ」

 

《悪魔の嘆き》のおかげだ。別の使い方をしたくて伏せてたけど、助かった。

 

「《真魔獣ガーゼット》で《ヘル・エンプレス・デーモン》を攻撃だ」

 

保科優姫LP3200→500

 

「《ヘル・エンプレス・デーモン》の効果発動。墓地の《トラゴエディア》を特殊召喚する」

 

《トラゴエディア》攻撃力1200

 

「だろうな。オレはこれで終わりだ」

 

夜闇圭LP2000 手札0枚

《真魔獣ガーゼット》攻撃力3800

 

「私のターン、ドロー」

 

《ディアバウンド・カーネル》攻撃力1800

 

「《トラゴエディア》の効果、手札にあるレベル8の《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》を墓地に送り、《真魔獣ガーゼット》のコントロールを奪う。そして《暗黒界の狩人ブラウ》を召喚、墓地の《暗黒界の龍神グラファ》の効果で《ブラウ》を手札に戻して、《グラファ》を特殊召喚する」

 

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

 

「バトルフェイズ。総攻撃で終わりだよ」

「ああ」

 

夜闇圭LP2000→0

 

 ふう、ちょっとヒヤヒヤしたけど勝てたな。

 これで私は決勝進出だ。私と決勝でデュエルするのは、かなみか統治。

 どっちが勝つのか、なんとなく予想はついていた。



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リベンジデュエル

「リベンジですよ、夜闇統治! あなたに勝ってあの言葉を撤回させます!」

「フン、俺に勝てたら撤回してやるよ。勝てたらな!」

 

 かなみと統治。どっちもやる気十分といった様子だ。前回のデュエルではかなみの負けだったけど、かなみはどう戦うつもりだろう。

 

「「デュエル!」」

 

夜闇統治LP4000

三上かなみLP4000

 

「俺が先攻だ、ドロー! 俺は魔法カード《封印の黄金櫃》を発動! デッキから《手札抹殺》を除外だ。《封印の黄金櫃》の発動後2回目の自分のスタンバイフェイズに《手札抹殺》を手札に加える」

 

 いきなり《手札抹殺》をサーチしてきたか。エリカのときもそうだったけど、暗黒界に置いて《手札抹殺》は勝負を決めるとても重要なカードだ。

 2ターンのタイムラグの後、多分統治は攻めに入るだろう。かなみはそれまでに勝つか、守りを万全にしておかないと、勝ち目はない。かなみや統治もそこはわかっているはずだ。

 今後の勝負展開はそこを意識したものになっていくと私は予想した。

 

「俺はモンスターとカードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

夜闇統治LP4000 手札3枚

セットモンスター1体

セットカード1枚

 

「わたしのターン、ドロー! わたしは儀式魔法《高等儀式術》を発動します。デッキから《メルキド四面獣》と《仮面呪術師カースド・ギュラ》を墓地に送り、そのレベルの合計と同じである儀式モンスター、《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》を儀式召喚です!」

 

《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》攻撃力3200

 

 《マスクド・ヘルレイザー》は確か、効果のない儀式モンスターの中では1番攻撃力が高いんじゃなかったっけ。

 切り札級の攻撃力だけどその反面、儀式モンスターということで単品では使いづらいモンスターだ。

 でも、かなみのデッキなら十分にシナジーすると思う。今みたいに《高等儀式術》でなら手札消費を抑えられるし、重要なカードを墓地に送れるからだ。

 まあ、私的には《仮面魔獣デス・ガーディウス》が入ってるなら無理やりにでも、このカードをデッキに入れるけど。多分かなみもこのカードをデッキに入れてるのは、こだわりに近いんじゃないかな?

 

「そして魔法カード《闇の量産工場》です。墓地の通常モンスターを2体手札に戻します。続いて、《メルキド四面獣》を召喚!」

 

《メルキド四面獣》攻撃力1500

 

「バトルです! 《メルキド四面獣》でセットモンスターに攻撃!」

「セットモンスターは《クリッター》だ、破壊される。ここで《クリッター》の効果発動だ! デッキから1500以下のモンスターを手札に加える。俺は《暗黒界の狩人ブラウ》を手札に加える!」

「わたしは《マスクド・ヘルレイザー》でダイレクトアタック!」

「罠発動、《バージェストマ・ディノミスクス》! 《マスクド・ヘルレイザー》を指定して発動だ。手札を1枚捨てて、そいつを除外する!」

 

 あのカードによって手札を捨てたのは、コストじゃなく効果だ。つまり暗黒界の効果に適応しているということだ。

 

「さらに、墓地に捨てられた《暗黒界の龍神グラファ》の効果を発動! 《メルキド四面獣》を破壊だ!」

 

 一気に2体も除去されてかなみの攻め手はもうない。

 

「くっ、わたしはカードを1枚セットしてターンエンドです」

 

三上かなみLP4000 手札3枚

セットカード1枚

 

「俺のターン、ドロー。このとき《封印の黄金櫃》の効果で《手札抹殺》が手札に加わるのが残り1ターンとなる。これは俺が勝つまでの、つまりお前が負けるまでのカウントダウンでもある。だからせいぜい足掻いてみせろよ?」

「そういうのはいいから、さっさと進めてください」

「ふん、そう急くなよ。俺は《暗黒界の尖兵ベージ》を召喚だ」

 

《暗黒界の尖兵ベージ》攻撃力1600

 

「だったらわたしは、セットカード《悪魔の嘆き》を発動! あなたの墓地の《グラファ》をデッキに戻し、わたしはデッキから悪魔族モンスターを墓地に送ります!」

「ちっ、またか」

 

 そういえば、この前のデュエルでも同じような光景を見たな。かなみなりに、統治の対策を講じてるということか。

 

「まあいいさ。俺は《ベージ》でダイレクトアタックだ!」

 

三上かなみLP4000→2400

 

「これでターンエンドだ」

 

夜闇統治LP4000 手札3枚

《暗黒界の尖兵ベージ》攻撃力1600

 

 かなみのターンだ。このターンどうするかで勝負は決まってくるだろう。

 できるなら守りに入らず、このターンで決めてしまうのがいい。統治のフィールドは攻撃力1600のモンスターが1体、セットカードはなしの状態。攻めるには絶好のチャンスだ。

 かなみの手札はドローを入れて4枚になる。4枚なら、勝ちまでもっていけることも可能だ。《デス・ガーディウス》、モンスター、蘇生カードでこと足りる。

 かなみならこのタイミングでキーカードを持っていると思うけど、どう動く?

 

「わたしのターン、ドロー。わたしはモンスターとカードをセットして、ターンエンドです」

 

三上かなみLP2400 手札2枚

セットモンスター1枚

セットカード1枚

 

 早い。終わるのが早い。なんの躊躇もないターンエンド宣言。

 これは作戦なんだろうか。それとも良いカードがなくて仕方なく守りに入った?

 もしそうだとしたら、いや、作戦だったとしてもこれは悪手だと思う。暗黒界はカード破壊の手段が豊富だ。しかも次の統治のターンには《手札抹殺》のカードが来る。

 たった2枚でどうにかできるとは到底思えない。かなみだってこの前のデュエルで身をもって知ったはずだ。

 まあ、今の時点でなにを思っても意味のないことだ。様子を見守ろう。

 

「俺のターン、ドロー。このとき除外されている《手札抹殺》を手札に加える。⋯⋯正直残念だな。さっきのターン、大きく動くと思っていたが、モンスターの召喚さえしないなんて。実際のところ、俺は前回のデュエルでお前のことを認めていたんだ。だが、このザマを見るに考え直す必要があるようだな」

「⋯⋯御託はいいからさっさと進めてください」

 

 統治はもう勝った気でいるようだ。統治の言い分はともかく、勝敗に関してはこのまま行けば統治が勝つと考えるのが自然だ。

 でも、かなみが逆転するような、なにかがあるなら見てみたい。

 

「ふん、俺はカードを1枚セットして、魔法カード《手札抹殺》を発動だ」

「いちいち長いんですよ。わたしはチェーンして発動します《リビングデッドの呼び声》!」

 

《リビングデッドの呼び声》? これは墓地のカードを蘇生する永続罠だ。なにを蘇生するつもりだろう。なにか有用なカードがあったっけ? 

 

「⋯⋯ さすがにわかっていると思うが、なにかを蘇生させたところでその足で破壊するから無駄だぞ? それとも、もう1枚のセットカードになにかあるのか?」

「見てればわかりますよ。わたしが蘇生させるのは《神殿を守る者》!」

「⋯⋯そいつがなんだ?」

 

 これは⋯⋯ 、面白い。

 統治はあのカードを知らない様子だ。

 それにしても、いつの間に? ⋯⋯そうか、《悪魔の嘆き》で落としたんだ。

 

「《神殿を守る者》の効果は、このカードがいるかぎり、相手プレイヤーはドローフェイズ以外ではドローできない、です。わたしは《手札抹殺》の発動にチェーンしたので、まずこのカードが特殊召喚されます」

 

《神殿を守る者》攻撃力1100

 

「そして、《手札抹殺》の効果を処理。でも、あなたは《神殿を守るもの》の効果で、ドローフェイズ以外のドローは禁じられているので、《手札抹殺》の効果は前半部分だけ適用されます」

「そうか! ⋯⋯ちっ、厄介なことを!」

 

 つまり、《手札抹殺》の効果で統治は手札を全て捨てて、その後の同じ枚数分のドローはできない、手札が0枚になるということだ。

 

「だが、墓地に捨てられた暗黒界たちの効果は使える! 捨てられたのは《暗黒界の龍神グラファ》が2体と《暗黒界の狩人ブラウ》だ! 2体の《グラファ》の効果で、《神殿を守るもの》とセットモンスターを破壊する! そして《ブラウ》の効果で1枚ドローだ!」

 

 《神殿を守る者》の効果は、相手にドローさせるような効果を持つ任意効果を発動できなくし、強制効果などで発動された効果を適用させなくするものだ。

 だから《ブラウ》の効果は強制効果だから発動していて、《グラファ》の効果で先に破壊してしまえば、《ブラウ》の効果は適用される。

 

「破壊されたセットモンスターは《ダンディライオン》!よって効果を発動です! 綿毛トークンを2体、守備表示で特殊召喚!」

 

綿毛トークン守備力0 ×2体

 

 ここでのトークン2体は強い。手札1枚の統治では、この壁を越えるのはかなり苦労する。全体破壊の効果でもない限り、全てのトークンを突破するには複数枚のカードが必要だ。

 《神殿を守る者》はこれっきりで破壊されたけど、これで万が一にもこのターンでかなみが負けることはなくなった。

 これはかなみのしてやったりだ。すごい。

 

「墓地の《グラファ》の効果だ。フィールドの《ベージ》を手札に戻し、《グラファ》を特殊召喚する!」

 

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

 

「バトルだ、《グラファ》でトークンを1体破壊! ⋯⋯俺はこれでターンエンドだ」

 

夜闇統治LP4000 手札2枚

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

セットカード1枚

 

「わたしのターン、ドロー。わたしは《メルキド四面獣》を召喚します。そして、《メルキド四面獣》とトークンをリリースして《仮面魔獣デス・ガーディウス》を特殊召喚です!」

 

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

 

 出た。絶好のタイミングだ。《手札抹殺》で手札交換してからのこのカードとは、さすがと言うほかない。

 手札が整っていない今の統治にとって、《グラファ》でも超えられないこの大型モンスターは絶望だろう。

 惜しむらくは、かなみの手札も少ないことか。追加のモンスターでもいれば、大ダメージを与えられたのに。

 

「わたしは《デス・ガーディウス》で《グラファ》に攻撃です!」

「くっ」

 

夜闇統治LP4000→3400

 

「わたしはこれでターンエンドです」

 

三上かなみLP2400 手札1枚

《仮面魔獣デス・ガーディウス》

 

 

「俺のターン、ドロー。俺は《ベージ》を召喚、墓地の《グラファ》の効果発動だ。《ベージ》を手札に戻し《グラファ》を特殊召喚する」

 

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

 

「これでターンエンドだ⋯⋯ っ」

 

 やっぱり強いな、《グラファ》は。手札消費0枚で攻撃力2700がポンと出てくるのは脅威でしかない。

 とはいえ、後に続くカードはなかった。《暗黒界》を動かす起点となるカードがないってことだ。

 

夜闇統治LP3400 手札3枚

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

 

 それでも統治の手札が徐々に増えてる。《グラファ》のみの召喚だからだ。

 そろそろかなみは大きく展開しないと、暗黒界がまた動き出す。

 

「わたしのターン、ドローです!」

 

 いいカードを引けただろうか。

 

「来ましたよ! 《死者蘇生》を発動!」

 

 おお、シンプルで強いカード。

 

「対象はわたしの墓地の《魔族召喚師》! 特殊召喚します!」

 

《魔族召喚師》攻撃力2400

 

 アレは《手札抹殺》で墓地に捨てられたカードか。

 

「《魔族召喚師》はデュアルモンスター、よって通常召喚扱いで再度召喚します。それにより効果モンスターとなったこのカードの効果を発動! 手札または自分か相手の墓地から、悪魔族モンスターを1体特殊召喚します。わたしはあなたの墓地にある《暗黒界の龍神グラファ》をわたしのフィールドに特殊召喚です!」

 

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

 

「さあ、バトルですよ! 《デス・ガーディウス》で《グラファ》に攻撃!」

 

夜闇統治LP3400→2800

 

「続いて《魔族召喚師》でダイレクトアタック!」

「ぐぅう!」

 

夜闇統治LP2800→400

 

 《バトルフェーダー》はない! これはいけるか?

 

「《グラファ》でとどめです!」

「まだだ! リバースカード《暗黒よりの軍勢》! 墓地から2体の暗黒界モンスターを手札に加える!」

「だからなんだって言うんですか! これで終わりなんですよ!」

「まだだと言っただろ! 俺はこれにチェーンして、墓地から《バージェストマ・ディノミスクス》の効果を発動だ!」

「なっ、墓地から!?」

「このカードをモンスターゾーンに特殊召喚する!」

 

《バージェストマ・ディノミスクス》守備力0

 

 《バージェストマ・ディノミスクス》の2つ目の効果。墓地にあるこのカードを、罠カードの発動にチェーンして発動することで、モンスターとしてフィールドに特殊召喚するというものだ。

 暗黒界にはこの効果はただのオマケでしかないけど、統治はここぞというときに使ってきた。

 素直に良い手だと思う。

 

「グ、《グラファ》でそれに攻撃です」

「ああ」

 

 かなみの勢いは削がれて、決着には至らなかった。

 

「わたしはこれでターンエンドです」

 

三上かなみLP2400 手札1枚

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

《魔族召喚師》攻撃力2400

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

 

「俺のターン、ドローだ。⋯⋯ここまでライフを削られるとはな、さすがだと褒めてやろう」

「そんなのはわたしに負けてから言ってください」

「それは無理だ。なにせ俺が勝つのだからな」

「自信があるんですね。ここから逆転できると思ってるんですか?」

「ああ、できる」

「っ! やれるもんならですよ!」

「フッ。みせてやる!俺は《魔轟神レイヴン》を召喚だ!」

 

《魔轟神レイヴン》攻撃力1200

 

「効果発動! 1ターンに1度、手札を任意の枚数捨てて、捨てた枚数分のレベルを上げ、捨てた枚数×400攻撃力をアップさせる! 俺が捨てるのは4枚だ!」

 

《魔轟神レイヴン》攻撃力1200→2800

 

 《魔轟神レイヴン》の手札を捨てるのは効果だ。だからこれでも暗黒界の捨てられたときの効果は発動できる。

 

「捨てたカードは《暗黒界の龍神グラファ》、《暗黒界の狩人ブラウ》、《暗黒界の術師スノウ》が2体。よってそれぞれ効果発動! まず《グラファ》の効果で《デス・ガーディウス》を破壊だ!」

「破壊された《デス・ガーディウス》の効果! デッキから《遺言の仮面》を《魔轟神レイヴン》に装備して、そのコントロールを得ます!」

「かまわない! 《ブラウ》の効果で1枚ドロー、2体の《スノウ》の効果でデッキから《暗黒界》と名のつくカードを手札に加える! 俺は、《暗黒界の門》と《暗黒界の魔神レイン》を手札に加える!」

 

 《デス・ガーディウス》が破壊されたけど、代わりに《魔轟神レイヴン》がかなみのフィールドに移った。依然、かなみのモンスターは3体のままだ。

 

「俺は《暗黒界の門》を発動する。このカードがある限り、フィールドの悪魔族モンスターの攻撃力、守備力は300ポイントアップする。そして効果発動だ。墓地の《スノウ》を除外して、手札の《暗黒界の導師セルリ》を捨て、デッキから1枚ドローする。これにより、手札から捨てられた《セルリ》の効果を発動! 相手のフィールドに守備表示で特殊召喚する!」

 

《暗黒界の導師セルリ》守備力300

 

「《セルリ》の効果、相手は手札を選んで捨てる。俺が捨てるのは《暗黒界の魔神レイン》だ! そして相手によって捨てられた《レイン》を特殊召喚!」

 

《暗黒界の魔神レイン》攻撃力2500

 

「《レイン》の効果! 相手フィールド上のモンスターか魔法、罠を全て破壊する! 当然、モンスターを全て破壊だ!」

「全て、破壊⋯⋯っ!」

 

 あれだけいたモンスターが全て消えてしまった。《デス・ガーディウス》はその効果の特性上、擬似的に1回分の破壊耐性があるようなものだ。

 その上で3体のモンスターを全て破壊してしまうとは、さすがは暗黒界だ。

 

「終わりだ! 《レイン》でダイレクトアタック!」

 

三上かなみLP2400→0

 

 決着がついた。

 

「俺の勝ちだ」

「⋯⋯っ」

 

 勝ち宣言。

 リベンジできなかったかなみの悔しさは、想像に難くない。

 でも、私は胸を張っていいと思う。これほどの勝負をして、これだけ力を示すことができたんだから。

 

「お前が俺に勝つには、1ターン遅かった。だが、お前は俺相手でも、十分健闘していた。誇っていいぞ?」

「⋯⋯だから言いましたよね。そういうのは、わたしに負けてから言ってくださいよ」

 

 労りの言葉を跳ねのけるかなみ。その負けず嫌いな姿勢がどこか愛おしい。

 優しくしてあげたいけど、多分そうすると、より負けず嫌いを拗らせると思う。それはそれで、見てみたいけど。

 捨て台詞を吐いたかなみは統治の前から去る。向かう先はエリカの下だ。

 エリカが優しく接するとかなみはすぐに笑った。ちょっとエリカが羨ましい。

 かなみがエリカばっかりに懐くのは残念だけど、そうなる理由もわかる気がした。同じ負けず嫌いだから、優しくされてもすんなりと受け入れられるんだと私は思う。

 

「おい、保科優姫。さっさと来い。決勝を始めようじゃないか」

 

 統治が私をお呼びだ。

 決勝か。ここで勝てば従兄妹たちの中で1番強いってことになるのかな。その称号は是非欲しい。

 

「連戦で悪いけど、勝たせてもらうよ」

「気にする必要はない。勝つのは俺だからな」

 

 私は前に出て、統治と向き合った。

 

「「デュエル!」」




わからないなら書くなって言われそうですけど、手札抹殺のときのブラウの効果でドローできるかちょっと曖昧です。

暗黒界の、手札をいっぺんに捨てたときの効果の処理のしかたがよくわかってないんですよね。多分、あってるとは思うんですけど。


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誰の勝ち?

「「デュエル!」」

 

夜闇統治LP4000

保科優姫LP4000

 

「保科優姫。よくここまで勝ち上がってきたな。これで直々に叩きのめせる」

「勝つのは私かもよ?」

「自信があるようだな。だが、それもわかる。お前のデュエルを2戦観てきたが、確かにお前は強い。それはこの俺も認めている」

 

 統治は落ち着いている。嘘偽りなく私を賞賛しているようだった。

 この前はあれだけ睨んできたのに、随分な評価の変わりようだ。

 

「その上で勝つのは俺だ」

 

 ああ、結局はそこに繋がるんだね。自分は強い、誰にも負けるわけがない。統治の表情は雄弁にそう語っていた。

 エリカもそうだけど、心の底から湧き出るようなこの表情は見ていて気持ちが良いものがある。

 統治は強い、だからこそこういう表情ができるんだと思った。

 

「フフッ、そろそろ始めようか。私のターン、ドロー」

 

 その上で勝つのは私だけどね、なんて。

 

「まずは《魔界発現世行きデスガイド》を召喚、効果でデッキから《儀式魔人デモリッシャー》を特殊召喚する」

 

《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000

《儀式魔人デモリッシャー》攻撃力1500

 

「そして魔法カード《儀式の下準備》を発動する。効果で、デッキから儀式魔法《善悪の彼岸》とこれに記された《彼岸の鬼神ヘルレイカー》を手札に加えるよ」

 

 善悪の彼岸って、ニーチェの本だったっけ。怪物と戦うとき、深淵を覗くのだ! みたいなやつ。違ったっけ?

 

「私は儀式魔法《善悪の彼岸》を発動! フィールドの2体のモンスターをリリースして《彼岸の鬼神ヘルレイカー》を儀式召喚!」

 

《彼岸の鬼神ヘルレイカー》攻撃力2700

 

「私はこれでターンエンドだよ」

 

保科優姫LP4000 手札4枚

《彼岸の鬼神ヘルレイカー》攻撃力2700

 

 好調だ。

 《ヘルレイカー》の攻撃力は2700。これは暗黒界の最高打点である《暗黒界の龍神グラファ》と同じ攻撃力だ。それに《ヘルレイカー》の効果は手札の《彼岸》モンスターを墓地に送ることで、相手モンスター1体の攻撃力と守備力を、墓地に送ったモンスター分下げるというものだから、戦闘で負けることはまずない。

 そして《デモリッシャー》を素材として儀式召喚した《ヘルレイカー》は相手カードの効果の対象にならないようになっている。

 暗黒界には効果破壊のカードが豊富にあるけど、殆どが対象を取るカードだ。中には対象を取らない全体破壊の効果を持つカードもあるけど、そういうカードは相応の工程を踏まないとダメなカードが多いし、そう簡単には《ヘルレイカー》は破壊されることはないだろう。

 手札消費2枚でここまでできたのは最高と言っていい結果だ。《ヘルレイカー》1体で完封勝利もありえるかも。

 

「俺のターン、ドロー! そのモンスター、厄介だな」

「もうなす術ないんじゃない?」

「まさか。俺は《暗黒界の取引》を発動だ。お互いデッキから1枚ドローして、1枚捨てる。俺が捨てたのは《暗黒界の術師スノウ》、よって効果を発動する!」

「だったら私も今墓地に捨てた《トリック・デーモン》の効果を発動だよ!」

 

 《暗黒界》の起点とも言える《暗黒界の取引》は確かに有用なカードだけど、自分にだけじゃなく相手にも効果が及ぶのは考えものだね。おかげで手札が1枚増えちゃった。

 

「私は《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》を手札に加える!」

「俺は《暗黒界の門》をサーチ、そして発動する」

 

《彼岸の鬼神ヘルレイカー》攻撃力2700→3000

 

 《暗黒界の門》の効果でフィールド全体の悪魔族の攻撃力、守備力が300上がる。

 

「《暗黒界の門》の効果を発動だ。墓地の《スノウ》を除外して、手札の《暗黒界の導師セルリ》を墓地に捨てて、1枚ドロー! このとき墓地に捨てられた《セルリ》の効果発動だ。相手フィールドに守備表示で特殊召喚する!」

 

《暗黒界の導師セルリ》守備力300→600

 

「《セルリ》の効果だ、俺は手札を1枚捨てる。俺が捨てるのは《暗黒界の魔神レイン》だ、よって特殊召喚する!」

 

《暗黒界の魔神レイン》攻撃力2500→2800

 

「《レイン》の効果発動だ! 相手フィールドのモンスターを全て破壊する!」

 

 万全だと思ってたけど、早々に突破されちゃったな。仕方ない。

 

「私はその効果にチェーンして《ヘルレイカー》の効果を発動! 手札から《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》を墓地に送ることで、《レイン》の攻撃力、守備力を《グラバースニッチ》のステータス分下げる!」

 

《暗黒界の魔神レイン》攻撃力2800→1800

 

「そして、破壊された《ヘルレイカー》と墓地に送った《グラバースニッチ》の効果発動! まずは《ヘルレイカー》の効果で、フィールドのカードを1枚選択して破壊する! 私は《レイン》を選択して破壊するよ! 次に《グラバースニッチ》の効果で、デッキから《グラバースニッチ》以外の《彼岸》モンスターを特殊召喚する! 特殊召喚するのは《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》!」

 

《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》守備力1200→1500

 

 《ヘルレイカー》は破壊されたけど、《レイン》を破壊できた。さらにフィールドにモンスターを残すこともした。

 統治にはまだ召喚権が残っているけど、このターンはそんなに動くことはできないはずだ。

 

「ちっ、後に繋いだか。俺は《暗黒界の尖兵ベージ》を召喚だ」

 

《暗黒界の尖兵ベージ》攻撃力1600→1900

 

「バトルだ。《ベージ》で《ガトルホッグ》に攻撃!」

「《ガトルホッグ》は破壊される。でもこのとき効果発動だよ! 《ガトルホッグ》以外の墓地の《彼岸》モンスターを特殊召喚する。私は《グラバースニッチ》を特殊召喚!」

 

《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》守備力1500→1800

 

 《ヘルレイカー》は《彼岸》と名のつくモンスターだけど、残念ながら儀式召喚でしか特殊召喚ができないから《ガトルホッグ》の効果で蘇生することができない。蘇生できたらすごい強いんだけどな。

 

「俺はカードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

夜闇統治LP4000 手札2枚

《暗黒界の尖兵ベージ》攻撃力1900

セットカード1枚

 

「私のターン、ドロー! 私は自分フィールド上に魔法、罠がないとき、《彼岸の悪鬼リビオッコ》を特殊召喚する!」

 

《彼岸の悪鬼リビオッコ》攻撃力1000→1300

 

「そしてフィールドの2体のモンスターをリリースして《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》を召喚だよ!」

 

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000→3300

 

「墓地に送られた《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》の効果発動、デッキから《彼岸》モンスターである《彼岸の悪鬼スカラマリオン》を特殊召喚! そして、自分フィールド上に《彼岸》モンスター以外のモンスターがいるとき《彼岸》モンスターは自壊する」

 

 《彼岸》モンスターの殆どは自身を特殊召喚する効果と、自分のフィールドに《彼岸》以外のモンスターがいるときに自壊する効果、さらに墓地に送られて発動できる効果を持っている。

 そして特殊召喚の効果と墓地に送られて発動できる効果は、1ターンに1度、いずれかしか発動できない。

 だから《リビオッコ》の墓地に送られたときの効果は発動できないんだ。

 十分強いんだけど、この辺がたまにもどかしいことがあるんだよね。

 それはさておき。

 

「私は《ジェネシス・デーモン》の効果を発動する。墓地の《トリック・デーモン》を除外して、セットカードを破壊するよ」

「それならチェーンして発動だ。《暗黒界に続く結界通路》! 墓地の《暗黒界の魔神レイン》を守備表示で特殊召喚だ!」

 

《暗黒界の魔神レイン》守備力1800→2100

 

 壁が出てきちゃったか。《暗黒界の門》を破壊した方が良かったかな。

 《ジェネシス・デーモン》の破壊効果は1ターンに1度だし、コストとして《デーモン》と名のつくカードを除外しなければいけないから、そんなにポンポンとは使えない。

 

「私は《ジェネシス・デーモン》で《レイン》に攻撃! 破壊する」

 

 《ベージ》に攻撃してダメージを優先するか迷ったけど、強いモンスターを減らした方がいいと判断した。

 

「そしてカードをセットしてエンドフェイズ。墓地に送られた《彼岸の悪鬼スカラマリオン》の効果を発動するよ。デッキから悪魔族、闇属性、レベル3であるモンスター、《暗黒界の狩人ブラウ》を手札に加える。これで終わりだよ」

 

保科優姫LP4000 手札4枚

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3300

セットカード1枚

 

「俺のターン、ドロー! 《暗黒界の門》の効果を発動する。墓地の《セルリ》を除外し、手札の《暗黒界の龍神グラファ》を墓地に捨てて、1枚ドローする。ここで墓地に捨てられた《グラファ》の効果を発動だ! 《ジェネシス・デーモン》を破壊!」

「私はそれにチェーンして伏せカード発動、永続罠《悪魔の憑代》! 通常召喚したレベル5以上の悪魔族モンスターが破壊されるとき、このカードを身代わりにする!」

「くっ、破壊できなかったか。それなら俺は墓地の《グラファ》の効果で、フィールドの《ベージ》を手札に戻し、《グラファ》を守備表示で特殊召喚、さらに手札からモンスターをセットする」

 

《暗黒界の龍神グラファ》守備力1800→2100

セットモンスター

 

「カードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

夜闇統治LP4000 手札1枚

《暗黒界の龍神グラファ》守備力2100

セットモンスター1枚

セットカード1枚

 

「私のターン、ドロー!」

 

 統治の手札は1枚。フィールドは《グラファ》とわからないカードが2枚。

 表情を上手く隠しているからそこからは察せないけど、これは多分守りに入ったってことだろう。

 だったら攻めていくべきだ。2枚の裏側カードをなんとかしたら、それでほぼ決着がつく。

 

「《ジェネシス・デーモン》の効果発動、手札の《デーモン・ソルジャー》を除外して伏せカードを破壊!」

「ああ、いいぞ」

 

 セットカードは《暗黒よりの軍勢》、ブラフだったか。

 

「私は《カードガード》を召喚するよ」

 

《カードガード》攻撃力1600→1900

 

「《カードガード》が召喚に成功したとき、このカードにガードカウンターを1つおく。このカードの攻撃力はガードカウンター1つにつき300アップする!」

 

《カードガード》攻撃力1900→2200

 

「バトル! 《カードガード》で《グラファ》に攻撃!」

「《グラファ》は破壊される」

「そして《ジェネシス・デーモン》で伏せモンスターに攻撃する!」

 

 まあ、これで勝負は決まっただろう。次のターン、多少の抵抗はあるだろうけど、手札枚数的に大したことはできないはずだ。

 案外あっさりだったな。

 

「かかったな」

「えっ?」

「もう終わりだと思ったか? まだだ! 俺のセットモンスターは《メタモルポッド》!」

「ああっ!」

 

 うわっ。完全に油断してた! 

 これは⋯⋯、これは恥ずかしいミスだ⋯⋯。暗黒界なら十分あってもおかしくないカードなのに。

 

「効果発動だ! お互い手札を全て捨てて、5枚になるようにドローする!」

 

 ああ、悔しいな。せっかく余裕な感じだったのに、手札を5枚まで回復させてしまった。

 《ジェネシス・デーモン》で破壊するべきだったのはモンスターの方だったな。うわー、うわー。

 

「今墓地に捨てたカードは《暗黒界の尖兵ベージ》、よって効果で特殊召喚だ!」

「あ、うん。私も《暗黒界の狩人ブラウ》が墓地に送られたことで効果を発動。1枚ドロー、さらに相手によって捨てられたから、追加でもう1枚ドロー」

 

《暗黒界の尖兵ベージ》攻撃力1600→1900

 

 2枚ドローだけど、全然嬉しくない。

 

「《カードガード》の効果を発動する。このカードに乗っているガードカウンターを取り除き、《ジェネシス・デーモン》に乗せる。これによって、ガードカウンターが乗せられたカードが破壊されるときに、ガードカウンターを取り除くことで破壊を防ぐことができる」

 

《カードガード》攻撃力2200→1900

 

「私は墓地の3体の悪魔族を除外して《ダーク・ネクロフィア》を守備表示で特殊召喚! これでターンエンドだよ」

 

保科優姫LP4000 手札6枚

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3300

《カードガード》攻撃力1900

《ダーク・ネクロフィア》守備力3100

 

 まあ、切り替えていくしかないか。統治の手札を復活させちゃったけど、私にも恩恵はあったしね。

 

「統治、多分次の私のターンで終わりだよ」

「それは挑発のつもりか?」

「そういう気持ちもあるけどね。けど、私が言いたいのはこのターンでできることは全部やっておいた方がいいよ、ってこと」

「ハッ、余計なお世話だ。お前に言われずとも、このターンでケリをつけるつもりだったさ! ドロー!」

 

 できるかな? 私は無理だと思うよ?

 

「俺は《暗黒界の門》の効果を発動する。墓地の《レイン》を除外して、手札の《グラファ》を捨てて、ドローする。墓地に捨てた《グラファ》の効果を発動だ! 《ジェネシス・デーモン》を破壊する!」

「《グラファ》の効果にチェーンして発動! 手札から《スカル・マイスター》を墓地に送ることで、墓地で発動する魔法、罠、効果モンスターの効果を無効にする!」

「ちっ、だがまだだ! 墓地の《グラファ》の効果でフィールドの《ベージ》を手札に戻し、特殊召喚する!」

 

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700→3000

 

「そして《手札抹殺》を発動! お互いに手札を全て捨てて、捨てた枚数ドローする! 手札を捨てて、5枚ドローだ!」

「私も、5枚ドロー」

「俺が捨てたのは《暗黒界の龍神グラファ》、《暗黒界の狩人ブラウ》、《暗黒界の武神ゴルド》、《暗黒界の尖兵ベージ》、《暗黒界の術師スノウ》、の5枚! よって効果発動! まず《グラファ》の効果で《ジェネシス・デーモン》を破壊だ!」

「《ジェネシス・デーモン》に乗ってあるガードカウンターを取り除き、破壊を無効にする!」

「次に《ブラウ》の効果で1枚ドロー! そして《ゴルド》と《ベージ》の効果で特殊召喚する! 最後に《スノウ》の効果でデッキから《暗黒界の刺客カーキ》を手札に加える! まだまだ行くぞ!」

「ダメだよ」

「なにっ? なにかあるのか?」

「私も墓地に捨てられたカードの効果を発動する! 《魔界発現世行きバス》の効果を発動! 《魔界発現世行きバス》以外の自分または相手の墓地のモンスターを1体デッキに戻す! 私が戻すのは《暗黒界の龍神グラファ》だよ!」

「くっ、邪魔しやがって!」

「そしてもう1枚、墓地に捨てられたモンスターの効果を発動する! それは《暗黒界の龍神グラファ》だ!」

「なんだとっ!?」

「《グラファ》の効果! 相手フィールドにいる《グラファ》を破壊する! そして相手によって手札から墓地に捨てられたことで、さらなる効果を発動だよ! 相手の手札をランダムに1枚確認して、そのカードがモンスターだった場合、私のフィールドに特殊召喚する!」

 

 デュエルディスクが作動する。

 数秒後、統治から見て右端のカードが指定された。

 

「くそっ、よりにもよって⋯⋯っ!」

「《グラファ》か。だったら攻撃表示で特殊召喚!」

 

《暗黒界の武神ゴルド》攻撃力2300→2600

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700→3000

 

 これでお互いの墓地に捨てられたカードの効果処理が終わった。統治は大きく動いてきたけど、私によって墓地の《グラファ》はデッキに戻されるし、手札の《グラファ》は奪われるしで堪ったものじゃないだろう。

 それでも統治の手札は6枚ある。まだなにかやってくるはずだ。

 にしても《グラファ》か。そんな予感はあったけど、ホントにこうなるとは思わなかったな。

 

「墓地の《グラファ》の効果、《ベージ》を手札に戻して特殊召喚!」

 

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700→3000

 

 このターンだけで《グラファ》大活躍だな。

 

「そして《魔轟神レイヴン》を召喚だ!」

 

《魔轟神レイヴン》攻撃力1200→1500

 

「やっぱり来るか!」

「当然だ! 効果発動、手札を任意の枚数捨てて、このターン中、攻撃力をその枚数×400アップさせ、捨てた枚数分レベルを上げる。俺が捨てるのは5枚! よって2000アップする!」

 

《魔轟神レイヴン》攻撃力1500→3500

 

「そして捨てた5枚の効果発動! 《暗黒界の刺客カーキ》の効果で《ジェネシス・デーモン》を破壊、《ブラウ》の効果で1枚ドロー、《シルバ》を特殊召喚、《暗黒界の鬼神ケルト》を特殊召喚だ! 5枚目に捨てたのは《ベージ》だが、フィールドには5体のモンスターがいるので特殊召喚はできない」

 

《暗黒界の軍神シルバ》攻撃力2300→2600

《暗黒界の鬼神ケルト》攻撃力2400→2700

 

 特殊召喚できないのに5枚捨てたのは、《レイヴン》の攻撃力を上げて《ダーク・ネクロフィア》の守備力を越えるためか。

 

「どうだ? このターンでケリがつきそうだぞ?」

「いやあ、5体も揃うなんて壮観だね」

「フン。バトルだ、まずは《グラファ》で《グラファ》に攻撃、相打ちとなる。次に《レイヴン》で《ダーク・ネクロフィア》に攻撃だ。そして《ケルト》で《カードガード》に攻撃!」

 

保科優姫LP4000→3200

 

 これで全滅か。

 

「《シルバ》でダイレクトアタックだ!」

「させないよ。手札から《バトルフェーダー》の効果を発動する! このカードを特殊召喚してバトルフェイズを終わらせるよ」

「ちっ、それならフィールドの《シルバ》と《ゴルド》を手札に戻して2体の《グラファ》を特殊召喚! これでターンエンドだ」

「エンドフェイズ時、《ダーク・ネクロフィア》の効果で《グラファ》のコントロールを奪う!」

 

 ふう、なんとかなったか。《手札抹殺》を使われる前は《冥府の使者ゴーズ》があったから安心してたけど、使われた後に《バトルフェーダー》が来てくれた。

 大丈夫とわかっていても、目の前でこんなに激しく動かれるとちょっと怖さがあるよ。

 

夜闇統治LP4000 手札4枚

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力3000

《暗黒界の鬼神ケルト》攻撃力2700

《魔轟神レイヴン》攻撃力1500

 

「私のターン、ドロー!」

「さて、お前のターンだが、このターンで決着をつけるつもりなんだろう? 俺には無理だと思うが」

 

 決着じゃなく、ほぼその状況だけどね。

 

「見てればわかるよ。私は魔法カード《終わりの始まり》を発動する! 墓地に7体以上の闇属性モンスターがいるとき5体のモンスターを除外して、3枚ドローする! そして自分のカードが7枚以上除外されているとき《カオス・エンド》を発動! フィールドの全てのモンスターを破壊する!」

「全てのモンスターだと!?」

「そして《終焉の精霊》を召喚!」

 

《終焉の精霊》攻撃力4200→4500

 

「攻撃力4500!?」

「このモンスターの攻撃力と守備力は、除外された闇属性モンスターの数×300になる。私と統治の除外されているモンスターは12体。よってこの攻撃力になるんだよ。⋯⋯さあ、とどめだよ。《終焉の精霊》でダイレクトアタック!」

「ま、まだだ! 手札から《バトルフェーダー》の効果を発動する! このモンスターを特殊召喚して、バトルフェイズを終わらせる! ハッ、いくら攻撃力が高かろうが、効果で破壊してしまえば問題はない! 次のターンで勝たせてもらうぞ!」

「そうはいかないんだよね。私は《D・D・R》を手札を1枚捨てて発動するよ! 《エンド・オブ・アヌビス》に装備して特殊召喚!」

 

《エンド・オブ・アヌビス》攻撃力2500→2800

《終焉の精霊》攻撃力4500→4200

 

「《エンド・オブ・アヌビス》がいる限り、墓地を対象にする効果と、墓地から発動する魔法、罠、モンスターの効果は全て無効になる。これでもう《暗黒界》の効果は使えないよ!」

「な、に⋯⋯っ? まさか⋯⋯」

 

 統治の威勢がここにきて初めて落ちた。それはそうだろう、この局面で《エンド・オブ・アヌビス》は暗黒界にとって痛すぎる。こうなれば統治は大したことはできないだろう。

 でも私は攻めの手を緩めない。

 

「私は3枚のカードを伏せてターンエンド」

 

保科優姫LP3200 手札0枚

《終焉の精霊》攻撃力4200

《エンド・オブ・アヌビス》攻撃力2800

装備魔法《D・D・R》

セットカード3枚

 

 《エンド・オブ・アヌビス》で墓地を封印されていて《暗黒界》の効果を使うことができないこの状況では、3枚の伏せカードは気が遠くなるほどの思いだろう。

 統治はこの伏せカードを私に使わせることでしか対処できないのだ。

 今、どんな心境なんだろう。まだ勝つ気でいるのかな?

 

「お、俺のターン、ドロー! 俺は《暗黒界の策士グリン》を召喚、墓地の《グラファ》の効果で《グリン》を手札に戻し、《グラファ》を特殊召喚する」

 

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700→3000

 

 《グラファ》の特殊召喚は効果じゃないから無効にはできない。それはわかってた。

 

「バトルだ! 《グラファ》で《エンド・オブ・アヌビス》に攻撃!」

「伏せカード《強制脱出装置》を発動。《グラファ》を手札に戻す!」

「くそっ。俺はカードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

夜闇統治LP4000 手札5枚

《バトルフェーダー》守備力0

セットカード1枚

 

「私のターン、ドロー。そろそろ終わりにしようか?」

「っ! 終わりだと? その油断が命取りだ!」

「油断じゃないよ、もう読みきったから。バトルだよ! 《エンド・オブ・アヌビス》で《バトルフェーダー》に攻撃!」

「俺はここで《バージェストマ・ディノミスクス》を発動だ! 手札の《グラファ》を捨てて、《エンド・オブ・アヌビス》を除外する! どうだ! これで墓地の封印は解かれた! 俺は墓地に捨てられた《グラファ》の効果を——」

「それだと思ったよ」

「は?」

「私は《闇次元の解放》を発動! 除外された《エンド・オブ・アヌビス》を特殊召喚する! これで《グラファ》の効果は不発だよ!」

「は? は? だったら、だったら! 俺が負けるじゃないか!」

「そうだよ。私は《エンド・オブ・アヌビス》で《バトルフェーダー》を攻撃。《バトルフェーダー》は自身の効果で特殊召喚された場合、フィールドから離れると除外される」

 

《終焉の精霊》攻撃力4200→4500

 

「やめろっ、やめろ! 俺は負けないんだ!」

「《終焉の精霊》でダイレクトアタック!」

「うわああああああああぁ!」

 

夜闇統治LP4000→0

 

「私の勝ちだよ」



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日常の一歩手前

「クククク。カーッハッハッハッハ!」

 

 低い笑い声が地下のデュエルコート中に響き渡り、私たち全員はその声の主であるお祖父さんを見る。

 周囲からの目線に構わず笑い続け、しばらく後満足したように笑い声を納めた。

 

「やはりな。俺の予想は正しかったようだ」

 

 誰に話すでもなく呟くお祖父さん。予想通りの結果がそんなに嬉しかったのだろうか。

 

「ああ、お前たち。もう帰っていいぞ」

「は?」

 

 唐突すぎるその言葉に各々から疑問の声が上がった。

 

「帰っていいと言ったんだ。俺にはもう用はないからな」

 

 淡々と告げるお祖父さんは、踵を返し入り口へ向かう。

 これで本当に解散なんだろうか。それはやはり自分勝手だと思う。格式張る必要はないけど、別れの挨拶のようなものがあってもいいのに。

 

「ああ、そうだ」

 

 お祖父さんが足を止める。

 

「お前たち。俺が渡したカードを大切にしておけよ。⋯⋯それではな」

 

 ニヤリと口角を上げて言うと、お祖父さんはデュエルコートを出て行った。

 

 

 

 これより、私たちはなんとも唐突感はあるけど、館を出てそれぞれの帰路に着いた。本当に行ってしまっていいのかと思ったけどお母さんたちは、お祖父さんの気が変わらないうちにさっさと帰ってしまおう、という風に意見をまとめていたので、それに従うことになった。

 善は急げということで、私たちの行動は早い。そのため、エリカとの別れの挨拶は呼びかけるくらいしかできなかったけど、学校に戻ればまたすぐに会えるし別段気にすることはしてない。

 ただ、エリカのどこか思いつめたような顔が心に引っかかり、離れなかった。

 

 

 

 家に着いたのが金曜日の夕方。一夜明けて土曜日は、家でゆっくりした。

 この日にお母さんが私の復学の手続きをしてくれて、月曜日からは授業に出られるようになった。嬉しいような、もっと休んでいたいような。そんな気分だ。

 そして日曜日になる。昼頃、お母さんとお父さんに挨拶して家を出た。

 電車に乗りバスに乗り換え港まで行き、船で島に着く頃には日が暮れていた。

 だいたい十日ぶりくらいの寮部屋。感慨はあまりないけど、旅疲れが溜まった身体を休めるには心地よい空間だ。

 ベッドに身を倒し、目をつむる。日常が戻ってきた感覚があった。お祖父さんの家とは違い、生温さのようなものを感じる。

 こうしてこことあの場所を比べてみると、あの場所の異常さがよくわかった。よくない空気がどこからか漏れ出てきているかのような空気感。まるで別世界繋がっているような⋯⋯。

 まあ、今日からまた高校生活を享受していく私にとって、関係のないことだ。

 それにしても——。

 それにしても、デュエルがしたい。その欲求が強まってきた。

 今日はもう寝てしまおう。

 

 

 

 次の日、日常は戻ったけど平穏ではなかった。

 私とエリカの同時期の休学、そして同じ日に復学。これをただの偶然ではないと勘ぐったクラスメイトたちが根掘り葉掘り聞いてきたのだ。

 代わる代わる聞いてくるクラスメイトに何回も事情を説明するのは骨が折れたけど、この日を丸ごと回答に費やすことでようやく質問の嵐が止んだ。

 そして復学から二日目、とある男子生徒が私に話しかけてきた。

 

「優姫さん。俺とデュエルしない?」

 

 その人の名前は沢木くん。そういえば前もこんなやり取りをしていたな、と記憶を振り返り、こうなったらエリカが飛んでくるぞと思った。

 しかしエリカが来ることはない。

 

「優姫さん?」

「あ、うん。いいよ」

「じゃあ、デュエル場に移動しようか」

 

 そう言いつつ、エリカに視線を向けると目が合った。エリカは口を開きなにかを言おうとしていたけど、それをやめて顔を伏してしまう。

 まだ負けたことを気にしているんだろうか。

 

 

 

「久しぶりだな、こうしてデュエルするのは」

「そうだね。十日ぶりくらいかな」

 

 前に沢木くんとデュエルしたのは、デッキを六十枚にしたときの調整でやったときか。思えば、あのときを除いてエリカと友だちになってからはエリカ以外、誰ともデュエルしてないな。

 案外このデュエルは珍しいことなのかもしれない。

 

「邪魔が入らないうちに始めようか」

「うん」

「「デュエル!」」

 

沢木龍馬LP4000

保科優姫LP4000

 

「私が先攻だよ、ドロー! 私は《魔界発現世行きデスガイド》を召喚。効果でデッキから《魔犬オクトロス》を特殊召喚する」

 

《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000

《魔犬オクトロス》攻撃力800

 

「魔法カード《トランスターン》を発動。《魔犬オクトロス》を墓地に送り、そのモンスターと同じ種族、属性でレベルが一つ高いモンスターである《メルキド四面獣》をデッキから特殊召喚」

 

《メルキド四面獣》攻撃力1500

 

「ここで墓地に送られた《魔犬オクトロス》の効果発動だよ。デッキから悪魔族のレベル8モンスター、《仮面魔獣デス・ガーディウス》を手札に加える。そしてフィールドの《メルキド四面獣》を含む二体のモンスターをリリースして《仮面魔獣デス・ガーディウス》を特殊召喚する!」

 

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

 

 私の中の《デスガイド》テンプレその一がこれだ。手札に《デスガイド》と《トランスターン》があるときはいつもこう動くことにしている。こうでもしないと私のでじゃ《デス・ガーディウス》なんて出せないからね。

 

「攻撃力3300⋯⋯」

「私はこれでターンエンド。沢木くんはこれをどう対処する?」

 

保科優姫LP4000 手札4枚

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

 

「1ターン目からこんなモンスターを出してくるなんて、さすがは優姫さんだ。でもなんとかできない俺じゃないぜ! ドロー! 自分フィールド上にモンスターがいないとき、手札から《フォトン・スラッシャー》を特殊召喚だ!」

 

《フォトン・スラッシャー》攻撃力2100

 

「《フォトン・スラッシャー》?」

 

 沢木くんのデッキは《大革命》のデッキだ。このカードって合うのかな。

 

「ああ、優姫さんはまだ知らなかったな。新しいデッキを作ったんだ」

「そうなんだ。どんなデュエルになるか楽しみだよ」

「ああ! 期待していいぜ。俺はフィールドの戦士族モンスターの《フォトン・スラッシャー》をリリースして《ターレット・ウォリアー》を特殊召喚!」

 

《ターレット・ウォリアー》攻撃力1200→3300

 

「このカードの攻撃力はリリースしたモンスターの元々の攻撃力分アップする!」

「《デス・ガーディウス》と攻撃力が並んだ!」

「そうだ! 《ターレット・ウォリアー》で《デス・ガーディウス》に攻撃!」

「くっ、相打ちになっちゃったか」

 

 相手フィールドにモンスターがいない状況で破壊されるとコントロールを奪えない。

 

「どうだ。対処したぜ?」

「さすがだね。《ターレット・ウォリアー》ってことは戦士族デッキ?」

「ああ、そうだ。俺は《切り込み隊長》を召喚する。その効果で手札からレベル4以下のモンスター、《切り込み隊長》を守備表示で特殊召喚だ」

 

《切り込み隊長》攻撃力1200

《切り込み隊長》攻撃力1200

 

「俺はこれでターンエンド。このモンスターは攻撃対象を自身に制限する効果をもっている。つまり攻撃できないってことだ。優姫さんはこれをどうする?」

 

沢木龍馬LP4000 手札2枚

《切り込み隊長》攻撃力1200

《切り込み隊長》攻撃力1200

 

 俗に言う切り込みロックってやつか。

 でも簡単、戦闘できないなら効果でどっちかを破壊すればいいんだ。

 

「私のターン、ドロー。こうするよ《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》を召喚!」

 

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力1500

 

「効果発動! 手札の《デーモン・ソルジャー》を除外して《切り込み隊長》を破壊する!」

「崩されたか!」

「そして《ジェネシス・デーモン》で残った《切り込み隊長》に攻撃!」

 

沢木龍馬LP4000→3700

 

「私はカードを一枚伏せてターンエンドだよ。このとき妥協召喚した《ジェネシス・デーモン》は破壊される」

 

保科優姫LP4000 手札2枚

セットカード1枚

 

「俺のターン、ドロー! 来たぜ! 俺は魔法カード《トレード・イン》を発動、手札の《フェニックス・ギア・フリード》を墓地に送り2枚ドローする!」

 

 来た、とは《フェニックス・ギア・フリード》のことかな。

 墓地に送ったということは蘇生手段があるということだ。

 

「そして《エヴォルテクターシュバリエ》を召喚だ!」

 

《エヴォルテクターシュバリエ》攻撃力1900

 

「さらに装備魔法《スーペルヴィス》を発動! 装備モンスターを再度召喚の状態にする! これにより効果モンスターとなった《エヴォルテクターシュバリエ》の効果発動だ! 《スーペルヴィス》を墓地に送り、セットカードを破壊する!」

 

 これはほっとくとまずいな。

 

「私はその効果にチェーンして伏せカードを発動《悪魔の嘆き》! 沢木くんの墓地にある《フェニックス・ギア・フリード》をデッキに戻して、私のデッキから悪魔族モンスターを墓地に送る!」

「なにっ!?」

「墓地に送るモンスターは《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》! よってこのモンスターの効果を発動する。デッキから《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》を守備表示で特殊召喚!」

 

《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》守備力1200

 

「くっそー! 倒せると思ったのになあ!」

 

 《スーペルヴィス》は墓地に送られたとき、墓地の通常モンスターを蘇生する効果がある。デッキに戻した《フェニックス・ギア・フリード》はデュアルモンスターで、墓地にいるときは通常モンスター扱いとなっているから、私に邪魔されなかったら蘇生できていた。

 《エヴォルテクターシュバリエ》の効果で私のフィールドをガラ空きにしてからの一斉攻撃で勝てると踏んだんだろう。

 

「残念だったね」

「まあいいさ! 俺は《エヴォルテクターシュバリエ》で《ガトルホッグ》に攻撃!」

「破壊された《ガトルホッグ》の効果。墓地の《グラバースニッチ》を蘇生させるよ!」

 

《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》守備力1500

 

「俺はカードを1枚セットしてターンエンドだ!」

 

沢木龍馬LP3700 手札0枚

《エヴォルテクターシュバリエ》攻撃力1900

セットカード1枚

 

「私のターン、ドロー! よし、魔法カード《儀式の下準備》を発動する! デッキから儀式魔法《善悪の彼岸》とこれに記された《彼岸の鬼神ヘルレイカー》を手札に加える! そして《善悪の彼岸》を発動! フィールドの《グラバースニッチ》と手札の《魔サイの戦士》をリリースして《彼岸の鬼神ヘルレイカー》を儀式召喚!」

 

《彼岸の鬼神ヘルレイカー》攻撃力2700

 

「墓地に送られた《グラバースニッチ》と《魔サイの戦士》の効果発動。デッキから《彼岸の悪鬼スカラマリオン》と《暗黒界の龍神グラファ》を墓地に送る!」

 

 これで準備はできたかな。

 

「バトル。《ヘルレイカー》で《エヴォルテクターシュバリエ》に攻撃!」

「そうはさせない! 罠発動《鎖付きブーメラン》! 《ヘルレイカー》を守備表示にして、このカードを攻撃力500アップの装備カードとして《エヴォルテクターシュバリエ》に装備する!」

 

《彼岸の鬼神ヘルレイカー》守備力2200

《エヴォルテクターシュバリエ》攻撃力1900→2400

 

「《鎖付きブーメラン》⋯⋯。そうか、《エヴォルテクターシュバリエ》の効果を活かすためにか」

「そういうことだぜ!」

「⋯⋯エンドフェイズ時、《スカラマリオン》の効果でデッキから悪魔族、闇属性、レベル3モンスターの《暗黒界の狩人ブラウ》を手札に加えて、ターンエンド」

 

保科優姫LP4000 手札2枚

《彼岸の鬼神ヘルレイカー》守備力2200

 

「俺のターン、ドロー! 《エヴォルテクターシュバリエ》を再度召喚! そして効果! 《鎖付きブーメラン》を墓地に送り《ヘルレイカー》を破壊する!」

「それなら破壊された《ヘルレイカー》の効果発動! 《エヴォルテクターシュバリエ》を墓地に送るよ!」

「くっ、破壊されたか。だったら魔法カード《二重召喚》を発動して《蒼炎の剣士》を召喚だ!」

 

《蒼炎の剣士》攻撃力1800

 

「バトル! 《蒼炎の剣士》でダイレクトアタック!」

「くぅっ!」

 

保科優姫LP4000→2200

 

「ターンエンド!」

 

沢木龍馬LP3700 手札1枚

《蒼炎の剣士》攻撃力1800

 

「私のターン、ドロー!」

 

 うん、いいカード。場も整ってるしそろそろ決着をつけよう。

 

「私は魔法カード《終わりの始まり》を発動! 墓地の闇属性モンスターが7体以上のとき、5体除外して、3枚ドローする! 次に《暗黒界の狩人ブラウ》を召喚、そしてこのカードを手札に戻して墓地の《暗黒界の龍神グラファ》を特殊召喚!」

 

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

 

「続いて装備魔法《D・D・R》を発動する、手札を1枚捨てて除外されている《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》にこのカードを装備して特殊召喚!」

 

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000

 

 後もう1枚!

 

「《死者蘇生》を発動! 墓地の《仮面魔獣デス・ガーディウス》を特殊召喚する!」

 

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

 

「う、うわ⋯⋯。3体も⋯⋯」

「まだ行くよ! 私は自分フィールド上の全てのモンスターをリリースして《真魔獣ガーゼット》を特殊召喚!」

 

《真魔獣ガーゼット》攻撃力9000

 

「やべぇ⋯⋯っ!」

 

 《ガーゼット》は必要なさそうだけど、出したかったんだ。攻撃力9000なんて滅多に見られないからね。ごめんね?

 

「《ガーゼット》で《蒼炎の剣士》に攻撃!」

「ぐわぁあああ!」

 

沢木龍馬LP3700→0

 

 うわあ、凄いな⋯⋯。モンスターとライフが一瞬で消し飛んだよ。リアルダメージがあってもおかしくないくらいの迫力だったな。

 

「沢木くん、大丈夫?」

「ああ、平気だ! いやあ、凄かったな、今の。いい一撃だったよ」

「そう? ありがとう」

 

 なんともないなら良かったよ。

 

「あっ、そろそろ時間だね。教室に戻ろうか」

「そうだな。⋯⋯なあ、良かったらまた今度デュエルしないか?」

「いいよ、エリカに止められなかったらね」

 

 あるいは私はそれを望んでいるのかもしれなかった。

 

 

 

 深夜。

 私は夢の中で目を覚ました。

 目の前にはエリカがいて、私に向けてなにか話している。よく聞こえなかったから耳を傾けたけど、それでも聞こえなかった。

 するとエリカは怒鳴りつけるように口を大きく開けた。その声も聞こえない。でもそれは私が無視したから怒ってるんだと思った。

 しばらくするとエリカは怒りを収め、表情が曇って行く。どんどん沈んで行き、ついには泣き顔になってしまった。

 なぜそうなっているのかわからなかったけど、私のせいなんだと直感した。

 慰めなければいけない。その思いにかられ私はエリカを抱きしめた。

 エリカも私の背中に腕を回す。ギュッと抱くその腕は力強い。その力はどこまでも、どこまでも強くなっていった。

 そして息苦しさを感じる辺りで私は異変を感じた。しかし離れようとしても、エリカがそれを許してくれない。

 圧迫感が極まったそのとき——。

 

『優姫ちゃんっ! 起きて! 目を覚ましてっ!』

 

 デスガイドの叫び声が聞こえた気がした。



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呪い

 目を開けずとも、体感で今が真夜中なんだと悟った。

 ずしりと腰辺りにかかる重みと眠りの中で聞いたデスガイドの声から、現状を頭の中で思い浮かべる。

 デスガイドがいたずらしてるんだ。

 いつだったかのように、私に跨って寝ている私にちょっかいを出しているんだと当たりをつけた。

 そんなのは無視だ。このまま寝てしまおう。私は眠いんだ。

 

『優姫ちゃんっ! お願い、起きて!』

 

 またデスガイドの叫び声が横から聞こえる。私の眠りを妨げないで欲しいと願った。と同時に、疑問が降って湧く。

——あれ、なんで横から? じゃあ上に乗ってるひとは誰?

 そこに思い至ると事態の異常さを予感して目を見開いた。

 私の上にいたのはエリカだった。

 ひとまず、身の危険はないと安心する。しかし、冷静になっていくうちに現状に対する懐疑心が膨れてきた。

 

「優姫」

「え、エリカ? なんでここにいるの?」

「⋯⋯」

 

 エリカは答えず、微笑むだけだ。

 私は現状を理解しようと首を横に向けると、そこにはデスガイドともう一人いた。

 褐色の肌、背中から生えるカラスのように黒い六枚の翼、そして頭上の赤い天使のような輪。

 堕天使イシュタム。その精霊だ。

 イシュタムはデスガイドを組み伏せて動けなくしていた。

 

『優姫ちゃん、エリカは今、カードにかかった呪いの影響を受けているんだよ!』

「カードの、呪い?」

 

 カードって、堕天使イシュタムのカードのこと? そういえば、エリカがお祖父さんからもらったカードは堕天使イシュタムだった。

 なにか関係があるんだろうか。

 

「優姫」

「な、なに?」

「わたくしを見て」

「え?」

「わたくしを愛して」

「あ、愛?」

 

 エリカはじっと私を見据えている。

 一体どうしたんだ。これが呪いの影響なんだろうか。

 

「ああ、優姫。わたくしを慕って。わたくしを頼って。わたくしを褒めて。わたくしを叱って。わたくしを信じて。わたくしを望んで。わたくしを理解して。わたくしを意識して。わたくしを贔屓して。わたくしを呼んで。わたくしを感じて。わたくしを受け入れて。わたくしを好きになって。わたくしを罵って。わたくしを慰めて。わたくしを慈しんで。わたくしを崇めて。わたくしを想って。わたくしを敬って。わたくしを称えて。わたくしを求めて。わたくしを——認めて」

 

 熱に浮かされたように囁くエリカ。まるで愛の告白だと思った。

 しかし狂気的に羅列される言葉には、寂しさや不安からくる、承認されたいという感情が痛いほど籠っている。

 

「エリカ。私はエリカのことをちゃんと認めているよ」

 

 なにか言ってあげるべきだと思った。

 

「認めてないっ!! 優姫は、優姫はっ! あのときからわたくしを見限ってしまいましたわ! 無様に! なにもできないままに負けてしまったから!」

 

 あのとき。エリカが統治と戦ったときか。

 

「そんなことないよ。私は無様だなんて思ってないし、見限ってなんかない」

 

 当然だ。そんなことで友だちを見限ったりするもんか。

 

「⋯⋯優姫は優しいんですのね。でもダメですわ。わたくしが、自分の力で優姫に認めてもらわなければっ! 施しを一方的に受けるなんてわたくしたちの関係じゃありませんわ! だから!」

「ええ、ちょっ、エリカ!?」

 

 エリカはおもむろに手を伸ばし、私のパジャマの第一ボタンに指をかけた。

 ボタンを外そうとしていることに気づき、私は止めようとエリカの手を掴むと、

 

「イシュタム」

『ええ』

「うわっ、腕がっ、勝手に⋯⋯っ」

 

 私の両腕は自由がきかなくなり、勝手に枕の上に動いた。腕を戻そうとしても固まって動かない。

 自分の意思とは無関係に、エリカに対して無防備な体勢になってしまった。

 

「エリカ、や、やめてぇ⋯⋯」

 

 ボタンはするする解かれていき、ついには全開になってしまった。

 

「え、エリカ。なんでこんなことを⋯⋯」

「優姫。わたくしに身も心も、全て委ねて? なにも、怖いことはありませんわ。ただ、わたくしを見て、愛して、頼って——。わたくしのところまで堕ちてきて? そうして二人で一緒に沈んで行きましょう」

 

 エリカは私の身体を包むボタンが解かれたパジャマを、花を剥くように開いた。

 露わになった身体をエリカにまじまじと見られ、恥ずかしさで目が潤む。その表情を見たエリカは恍惚とした笑みを浮かべ、それもまた恥ずかしい。

 

「触りますわよ?」

「え? あぁっ」

 

 両手の指が私のお腹を滑り、くすぐったさで変な声が漏れた。

 私の声に満足げな表情を浮かべ、指を上に向かって這わせるエリカ。

 胸に到達すると手のひらで覆うように撫で回される。

 

「ああ、優姫。優姫ぃ」

 

 形や弾力を確かめるように手のひらを吸い付かせるエリカは嬉しそうな声を漏らす。私はくすぐったさを耐えるように、目を固く閉じていた。

 

「目を閉じて⋯⋯。気持ち良いんですのね」

 

 違う、我慢してるんだ。

 

「え? な、なにっ?」

 

 突如首に違和を感じ目を開けると、エリカの頭が真近くにあった。

 

「んっ。んぅっ!?」

 

 首筋をなぞるように舐められたかと思うと、今度は吸い付くようにキスをされた。強めに吸い付かれ痛みがあり、まるで支配されているような感覚に陥る。

 しばらくするとエリカは唇を沿わせながら下に下がっていく。鎖骨を通り胸にたどり着くと顔を埋め、そのまま強く吸われた。

 私の反応を確かめるように胸中のあらゆる場所にキスするエリカ。一心不乱に私の胸を弄ぶ様は赤ちゃんのようだ。

 最中、エリカは空いた手で、私のあばらのみぞに指を沿わせたりヘソのくぼみを確かめたりした。それは私の反応を楽しもうとしているんじゃなく、私という存在を覚えこもうとしているようでなんともいじらしい。

 その姿を見ると私の心には余裕が生まれ、可愛いとさえ思えるようになった。

 ひとしきりキスし終わると、エリカは顔を上げる。

 

「満足した?」

 

 小さい子に話すように優しく問いかける。私の中の母性本能が私をそうさせていた。

 

「優姫こそ、どうですの?」

「どうだと思う?」

 

 私は挑発するような笑みを浮かべる。自分で自分をどうしたいのかわからなかった。ただ、このままエリカが優勢のまま事が進むことに悔しさを感じていた。

 エリカを手玉に取りたいという小悪魔的な欲求がふつふつと湧いて私を征服して行く。

 

「エリカはこの後、私をどうしたいの?」

 

 誘うような声で囁いた。

 そして、いつの間にか自由になっていた両手で、ネグリジェから覗くエリカの両脚の太ももをいやらしく撫で付ける。

 これがエリカの期待感を高める行為だとわかっていた。理性が挑発するなと言っている感覚もある。しかし、エリカよりも優位でありたいという想いがどうにも止めることができない。

 私もカードの呪いとやらに侵されているんだと今になって知った。

 

「あぁ、優姫っ。わたくしはぁっ!」

 

 太ももをギュッと閉じ、私の腰を横から挟み込み締め付けるエリカ。呼吸も荒らげている。

 どう見ても興奮していた。私の言葉や行為にエリカは感じている。私が支配しているんだと実感して気分が高まった。

 

「キスをしましょう! 気持ちよくしてあげますわ!」

「ふふっ、いいね。——でもダメだよ」

 

 かろうじて残っていた理性が、拒否の言葉を最後にくっ付けた。

 今、私の中にはエリカを惑わせて優越感に浸りたいという気持ちと、この状況をなんとかしないといけないという気持ちがある。

 本心は前者だ。前者なんだけど私は思い止まった。そうしないと後戻りできなくなってしまうと予感がしたからだ。

 

「もうやめにしよう」

「な、なぜ急に!? 優姫だって乗り気なんでしょう!」

「うん。うーん、今からデュエルしない?」

「は、はぁ? デュエル?」

 

 私の唐突な申し出にエリカは困惑した顔になる。

 

「エリカはさ、デュエルで負けたから見限られたって思ったんでしょ? だったらデュエルで見返すべきじゃない?」

「そ、それは⋯⋯」

「私を堕とすことで私と対等になろうとするなんて、もしかしてデュエルじゃ私に並べないと思ってる?」

「そんなことありませんわ!」

「だったらしようよ、デュエルを」

「⋯⋯」

 

 エリカはなにかを心中に抑え込むように黙り込んだ。その様子から私の言いたいことはきちんと伝わっているようだった。

 ただ、こういう状況にしてしまった手前、引くに引けなくなっていたように見える。

 

「⋯⋯ずるいですわ」

「えっ?」

「期待させるだけさせて、一番良いところで正論で止めるなんて! そんなのってありませんわ!」

 

 いやまあ、確かにそれは悪いと思う。つい直前まで私もノってたし、今もそういう気持ちを払拭しきれたわけじゃない。

 

「じゃあさ、特別なルールを設けようよ」

「ルール?」

「エリカが勝ったら私になにをしてもいいよ?」

「なにを、しても⋯⋯」

 

 エリカは私のお腹に手を置く。

 

「私にシたいこと、あるんでしょう?」

 

 誘うように囁くとお腹に置かれた手がピクリと反応した。

 

「ゆ、優姫⋯⋯」

「私に勝てたらね」

 

 私はエリカが変な気を起こす前に言葉で釘を刺す。

 私というご褒美はデュエルの後だとお預けにすることで、エリカを手懐けているかのような倒錯的な想いが頭を巡った。

 

「⋯⋯優姫はわたくしの知らないうちに悪い子になってしまったようですわね。でもまあ、その勝負乗りますわ」

 

 エリカは最後に私の胸の膨らみを触って確かめると、ベッドから降りて立ち上がる。

 

「デュエル場で待ってますわ。絶対に来るんですのよ」

 

 エリカが私の部屋から出て行き、静かな夜がもどってきた。

 

「はぁー」

 

 とりあえずの身の安全を確保ができて一息つく。

 

『優姫ちゃん、大丈夫?』

 

 デスガイドが様子を伺うように話しかけてきた。イシュタムの姿はもうない。きっとエリカについていったのだろう。

 私は身体を起こしデスガイドに向き合った。

 

「デスガイド、カードの呪いってなに?」

 

 この前デスガイドはお祖父さんにもらったカードには少しの影響があると言っていた。そのときは冗談めかしてたから深くは考えなかったけど、今の状況をカードの呪いが作り出したんなら、さすがにスルーできない。

 

『⋯⋯優姫ちゃんやエリカが渡されたカードにかかってる呪いは、使用者の本性とかそれに基づく願望が肥大化して表に出てくるものだよ。多分エリカはそのせいで自分をコントロールできなくなってるんだ』

 

 本性や願望が表に⋯⋯。

 なるほど。それは私にも当てはまることだ。

 今思うとエリカへの対抗心みたいのが普段より大きかった気がするし、私も自分をコントロールできてなかったかもしれない。

 

「これってずっとこうなの? だったら結構辛いんだけど」

『ひとは呪いに対する耐性を持ってるんだけど、メンタルがいつもと違ってたり、悩みを抱えてたりすると耐性が弱って影響を受けやすくなるんだ。優姫ちゃんたちは呪いの耐性がひとより高めだから、原因を解消したらほとんどの影響を抑えることができると思うよ』

「それって、私の場合はエリカに変なことをされそうになったから、自分がわからなくなってたってことだから、普通に生活する上では問題はないってこと?」

『感覚的に言えばそうだね。それで多分エリカは悩みがあってさっきみたいになってたから、それを解消してあげれば元に戻ると思う』

 

 悩みか。それは多分、私に認められたいってことだろう。統治とのデュエルで一方的に負けて私に見限られたと勘違いして、私と対等でいれないと思った。それが呪いにより暴走してさっきみたいな行動を起こしてしまったんだ。

 

「デュエルしたらエリカを元に戻せるかもってことか」

 

 私とデュエルして張り合うことで対等に戦えるんだとわかってもらえたら、エリカは自分を取り戻すかもしれない。

 

「でもなんでお祖父さんはこんなカードを私たちに渡したんだろう。嫌がらせかな?」

『理由はわからないけど、この呪いって、本心が表に出たりするのは副作用みたいなもので、本来の効果は精霊との親和性を高めるものなんだよ。だから理由があるとしたらそこに関係してると思う』

「そうなんだ」

 

 道理が見えてきたな。エリカが私にしたことは、私と真っ当な友だちでいたいと思う気持ちから来ているってことだ。それはとても嬉しいし、私もそれに応えたい。

 さっきは場の流れに流されなくて本当に良かった。きっとあのまま行ってたら、私とエリカは不純で誤魔化しの友人関係に成り下がっていたと思う。

 いや、まだその可能性が消えたわけじゃない。この後のデュエルでエリカが満足せずに勝ったら、エリカは私にそういう関係になれと命令するだろう。

 だから私がするべきことはエリカに勝つことじゃなく、デュエルを通してエリカに私はエリカと対等な関係だと思ってるってことをわからせることなんだ。

 なんとかしてみせるよ。それが友だちってものだと思うから。

 

『優姫ちゃん』

「なに?」

『ごめんね。あたしはこういうことになるかもしれないって、予想はできてたんだ。なのにそれを優姫ちゃんに伝えなかったんだよ⋯⋯』

 

 そうだ。デスガイドは呪いの効力のことをわかってて私にデッキに入れるように促したんだ。

 

「理由は?」

『⋯⋯呪いの、精霊との親和性を高めるってのに期待したから、だよ』

「それだけ?」

『う、うん。それだけ』

「そっかぁ」

 

 デスガイドは申し訳なさそうに佇んでいる。目が合わないように顔を伏せていた。

 どうやら私の反応を怖がっているみたいだ。

 

「デスガイド、こっちに来て」

 

 言われたまま、無言でこちらに来るデスガイド。

 

「両手、出して」

 

 またも言われた通りに両手を突き出す。私はその両手を掴みベッドに倒れこんだ。引っ張られて慌てたデスガイドは踏ん張ろうとしたけど、私はそれ以上の力でデスガイドを引き込む。

 いよいよバランスを崩したデスガイドは、片膝と両肘をベッドに突くことで私との衝突を防いだ。

 私に覆いかぶさるデスガイド。その頰を手の平で撫でると、ガラにもなく顔を赤く染めていた。

 

『優姫ちゃん?』

「私が怒ると思った? 怒らないよ。デスガイドは私ともっと仲良くなりたくてそうしたんでしょ? だったら怒らない。むしろ私は嬉しいよ」

『優姫ちゃん⋯⋯』

 

 デスガイドはホッとした顔になった。

 私に対する負い目が消えると、デスガイドは私とほぼ密着状況であることに気づき身を起こそうとする。でも私がそれを制止した。

 

「デスガイド。パジャマのボタン、留めてくれる?」

『いいけど、この体勢だとやりにくいよ』

「いいんだよ。その方が長くくっついていられるでしょ?」

『あっ⋯⋯、そうだね、優姫ちゃん』

 

 デスガイドはニッコリと笑ってくれた。この顔を見ることができただけで、呪いにかかったのも良かったと思えてくる気がする。

 

「デスガイド、可愛いよ」

 

 ボタンを留めるデスガイドの頭を撫でてそう言った。その言葉は半ば無意識のうちに出たものだ。

 

『えへへ。いつもはそんなこと言わないのに』

「呪いの副作用のせいだから仕方ない」

『そうだね。呪いの副作用のせいだから、もっと言ってくれてもいいんだよ?』

「ふふっ。可愛いよ、大好き」

 

 エリカを待たせてるかもだけど、それも呪いの副作用のせいだから仕方ないよね。



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エリカ

「待ってましたわ。ちゃんと逃げずに来たようですわね」

「そりゃあ、逃げたら実力行使でくるだろうしね」

 

 デュエル場。

 そこにはいつもの賑わいはない。だだっ広い空間の中に私とエリカただ二人だけ。

 深夜なんだから仕方がないけど、人がこうもいないと寂しさがある。そして、それと同じくらいワクワク感もあった。まるでこの世から私とエリカ以外消えてしまったかのような感覚になり、これからするデュエルに特別感や高尚さがあるように思えてくる。

 

「ボーッとして、眠いんですの?」

「ううん。ただ、エリカと初めてデュエルしたときと状況が似てるなって思ったんだ」

 

 エリカがいる立ち位置はあのときと全く同じだし、私が後からここに来たのも同じだ。会話の流れもどこか似ている。

 

「そういえばそうですわね。わたくしが勝ったら、今度こそ下僕にしてしまおうかしら」

「落ち着いてるから元に戻ったと思ったんだけどな⋯⋯」

 

 やっぱり、デュエルで目を覚まさせるしかないみたいだ。

 

「よし、早速だけどデュエルを始めようか」

「あら、もう会話は終わり? わたくしとしてはもっと優姫の可愛らしい声を聞いていたいのですけど」

「⋯⋯普段のエリカはそんなこと言わないんだけどな」

「人は変わって行くものですのよ?」

 

 私をからかうような澄まし顔を浮かべるエリカはデュエルディスクを構えてくれない。冗談ではなく本当に会話を続けるつもりだ。

 

「デュエル、したくないの?」

「いえ、そうではありませんわ。ただ、その前にもっと優姫とお話ししたいのですわ。⋯⋯手始めに。優姫、愛していますわ。わたくしのものになって?」

「⋯⋯⋯⋯」

「そう! そういう顔を見たかったのですわ! ⋯⋯愛する人の色々な表情を見たい。優姫もわかるでしょう?」

 

 正直に言うと照れる、悪い気はしない。

 でも今のエリカは目的と手段が入れ替わってしまっているのだ。私に認められる、対等になるという目的がどこかにいって、そのための手段であるはずの、私を誑し込んで堕とすというのが目的になってしまっていた。

 それでも、歪んではいるけど本来の目的に到達できるから、暴走した感情が勘違いしてそのまま遂行しようとしている。それは悪い方向に行くとは限らない。けど、目的と手段の認識のズレはきっと大きな綻びを作る。

 まずは本来の目的がなんなのか、無意識でもいいからわからせてあげなきゃ。

 よし。少しカマをかけてみよう。

 

「こういうエリカも嫌いじゃないんだけどね」

「そうでしょうとも! 優姫が望むなら、わたくしはなににだって」

「こういうペットみたいなエリカも嫌いじゃないよ」

「ペット、ですの?」

 

 食いついた。

 

「そうでしょ? 今のエリカは、ご褒美が欲しいがために私に媚びたりおだてたり、私に気に入られようとしてるようにしか見えないよ」

「わ、わたくしは⋯⋯」

「エリカは私のペットになりたかったんだね。いいよ? 私の下に置いてあげる」

「そういうつもりで⋯⋯」

 

 気づいて欲しい。本来の目的を、本来の悩みを。ペットになるのはその対極だということを。

 

「⋯⋯それもまた、良いですわね。優姫がそう望むなら、そうなりますわよ?」

 

 届かないか。本来のエリカなら私の下に甘んじるなんてありえない。これで無理なら後はもうデュエルしかないな。

 

「エリカ、デュエルしよ? 私が勝ったらそうしてあげる」

 

 心にもないことを言う自分が嫌になる。そんなエリカ、見たいわけがない。

 

「望むところですわ! 勝っても負けても、わたくしの願い通り! さあ、始めますわよ」

 

 そんなことを望むな!

 

「「デュエル!!」」

 

保科優姫LP4000

常勝院エリカLP4000

 

「わたくしから行かせてもらいますわ、ドロー! まずは《堕天使イシュタム》の効果ですわ! 手札のこのカードと《堕天使》のカードである《堕天使スペルビア》を墓地に送って発動、デッキから2枚ドロー!」

「堕天使⋯⋯」

 

 休学する前にエリカは、堕天使をデッキに入れたら回らなくなると言っていた。堕天使のカードを使ってるってことは、今はそうじゃないってこと?

 

「この力があればわたくしはどんな場所でだって、本領を発揮できますわ! わたくしはもうこの前みたいな無様なデュエルはしませんの!」

「そうか、カードにかかった呪いか。精霊との親和性が高まったことで、堕天使も使えるようになったんだね」

「理由はわかりませんが、わたくしは以前よりも戦力か上がり強くなりましたわ!」

「そうみたいだね。楽しくなりそうだよ、多分、今までで一番!」

 

 エリカの気分を盛り上げようとかじゃなく、純粋にそう思う。今まで以上に強いであろうエリカとの未知のデュエルが楽しみで仕方ない。

 

「ふふっ。わたくしは魔法カード《堕天使の戒壇》を発動、墓地の《堕天使スペルビア》を守備表示で特殊召喚しますわ!」

 

《堕天使スペルビア》守備力2400

 

「墓地から特殊召喚された《スペルビア》の効果で、墓地の天使族モンスターの《イシュタム》をさらに特殊召喚!」

 

《堕天使イシュタム》攻撃力2500

 

 手札消費1枚で上級モンスターが2体か。《スペルビア》が強いな。

 

「そして2体のモンスターをリリースして《堕天使アスモディウス》を召喚ですわ!」

 

《堕天使アスモディウス》攻撃力3000

 

「《アスモディウス》の効果を発動! デッキから天使族モンスターを1体墓地に送る。わたくしが墓地に送るのは《堕天使ゼラート》ですわ。最後にカードを1枚セットしてターンエンド」

 

常勝院エリカLP4000 手札3枚

《堕天使アスモディウス》攻撃力3000

セットカード1枚

 

「私のターン、ドロー!」

 

 堕天使。実はどんなカードがあるのかあまり知らない。だからどんな動きをするのかとかよくわかってない。それは楽しみが多いってことだからいいんだけど、今みたいに上級モンスターをポンポン出されるとさすがに慎重になってしまう。

 まずはあのカードで様子見だな。

 

「私は魔法カード《儀式の下準備》を発動! デッキから儀式魔法《善悪の彼岸》とこのカードに記されている《彼岸の鬼神ヘルレイカー》を手札に加える! そして《魔界発現世行きデスガイド》を召喚! 効果でデッキから悪魔族、レベル3モンスターの《儀式魔人デモリッシャー》を特殊召喚する!」

 

《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000

《儀式魔人デモリッシャー》攻撃力1500

 

「儀式魔法《善悪の彼岸》を発動、レベルの合計が6以上になるように、この2体をリリースして《彼岸の鬼神ヘルレイカー》を儀式召喚だよ!」

 

《彼岸の鬼神ヘルレイカー》攻撃力2700

 

「《デモリッシャー》を素材として召喚されたこのモンスターは、相手の効果の対象にならないよ! さらに効果発動! 手札の《彼岸の悪鬼スカラマリオン》を墓地に送り、《アスモディウス》の攻撃力を《スカラマリオン》の攻撃力分下げる!」

 

《堕天使アスモディウス》攻撃力3000→2200

 

「《ヘルレイカー》で《アスモディウス》を攻撃!」

「ふふふ。《アスモディウス》は破壊されますわ」

 

常勝院エリカLP4000→3500

 

「破壊されて墓地に送られた《アスモディウス》の効果。自分フィールドに《アスモトークン》と《ディウストークン》を特殊召喚しますわ!」

 

《アスモトークン》攻撃力1800

《ディウストークン》攻撃力1200

 

「2体のトークンは《アスモトークン》が効果で、《ディウストークン》は戦闘で破壊されない耐性をもっていますわ」

「場持ちがいいね。私はこれでターンエンド。このとき墓地に送られた《スカラマリオン》の効果でデッキから悪魔族、闇属性、レベル3のモンスター《魔犬オクトロス》を手札に加えるよ」

 

保科優姫LP4000 手札5枚

《彼岸の鬼神ヘルレイカー》攻撃力2700

 

「わたくしのターン、ドロー。ふふっ、多分優姫なら大丈夫だとは思いますけど、もしかしたらがあるかもしれませんわね」

「どういう意味?」

「もしも《ヘルレイカー》についた効果に胡座をかいているのなら、わたくし、このターンで勝ってしまいますわよ?」

 

 不敵な笑みを作るエリカ。それが私の不安を煽った。

 

「わたくしはセットカード《背徳の堕天使》を発動、手札の《堕天使アムドゥシアス》を墓地に送り《ヘルレイカー》を選んで破壊しますわ」

「えっ? 《ヘルレイカー》は対象にはできないよ」

「このカードは対象を取りませんの」

「なっ!? だったら、墓地に送られた《ヘルレイカー》の効果! 《アスモトークン》を墓地に送る!」

「いいですわよ。でもこれでガラ空きですわ」

「っ⋯⋯!」

 

 《デモリッシャー》の効果付与は意味がなかったというわけか。

 

「わたくしは《ディウストークン》をリリースして《堕天使ディザイアを召喚!」

 

《堕天使ディザイア》攻撃力3000

 

「攻撃力3000⋯⋯っ」

「このモンスターはレベル10だけど天使族1体のリリースで召喚できますわ。わたくしは魔法カード《堕天使の追放》を発動、デッキから《堕天使》と名のつくカード、《堕天使の戒壇》を手札に加えますわ」

 

 《堕天使》のサーチカードか。魔法、罠もサーチ可能とは範囲が広い。それに今持ってきたカードは⋯⋯。

 

「《堕天使の戒壇》を発動ですわ! 墓地の《スペルビア》を守備表示で蘇生! さらに《スペルビア》の効果で追加で《堕天使イシュタム》を特殊召喚ですわ!」

 

《堕天使スペルビア》守備力2400

《堕天使イシュタム》攻撃力2500

 

 《スペルビア》のコンボに繋がる。

 

「《堕天使の戒壇》で特殊召喚するモンスターは守備表示じゃないといけないから困りモノですわ」

「いや、充分過ぎるから」

「それもそうですわね。なにせ、それでもこのターンで勝負がつくんですもの! わたくしは《イシュタム》でダイレクトアタック!」

「私はこの瞬間、手札から《バトルフェーダー》の効果を発動する! このモンスターを特殊召喚してバトルフェイズを終わらせる!」

 

《バトルフェーダー》攻撃力0

 

「そうこなくては。それでこそわたくしの優姫」

「エリカのじゃないけどね」

「いずれそうなりますわ。わたくしはこれでターンエンド」

 

常勝院エリカLP3500 手札1枚

《堕天使ディザイア》攻撃力3000

《堕天使スペルビア》守備力2400

《堕天使イシュタム》攻撃力2500

 

「ドロー!」

 

 みんな数値が高いモンスターばかりだ。このモンスターたちを対処するのは骨が折れる。でもエリカの手札は1枚。セットカードはなく、あの3体さえなんとかできれば一気に有利になってくる。

 手札を補充される前にこっちから攻めよう。

 

「私は《魔犬オクトロス》を召喚する」

 

《魔犬オクトロス》攻撃力800

 

「そして魔法カード《二重召喚》を発動、このターンもう一度通常召喚を可能にする。フィールドの2体のモンスターをリリースして《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》を召喚!」

 

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000

 

「《魔犬オクトロス》がフィールドから墓地に送られたことで発動する。デッキから悪魔族、レベル8のモンスター、《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を手札に加える」

 

 《ラヴァ・ゴーレム》は相手フィールドの2体のモンスターをリリースして相手フィールドに特殊召喚するモンスターだ。つまり2体のモンスターを問答無用に破壊できるってこと。

 通常召喚したターンは特殊召喚できない制約があるけど、これで少しはモンスターを並べるのを抑えてくれるかもしれない。

 あるいは2体以上展開してきたイコール、勝負を決める手段がある、になったか。

 

「《ジェネシス・デーモン》の効果を発動! 手札の《ヘル・エンプレス・デーモン》を除外して《ディザイア》を破壊!」

「くっ」

 

 これで1体。このターンでもう1体、破壊する!

 

「私は《ジェネシス・デーモン》で《イシュタム》に攻撃!」

「ダメですわ! 《イシュタム》の効果、ライフ1000ポイントを支払い墓地の《背徳の堕天使》を対象に発動! その効果を適用しますわ!」

「墓地のカードをっ!?」

 

常勝院エリカLP3500→2500

 

「効果により《ジェネシス・デーモン》を破壊! その後墓地の対象にしたカードをデッキに戻しますわ。⋯⋯またガラ空きですわね。今度はどうするつもりかしら?」

「言ってくれるね。⋯⋯カードを1枚伏せてターンエンド」

 

保科優姫LP4000 手札2枚

セットカード1枚

 

「わたくしのターン、ドロー。⋯⋯さて、攻めと守りの比重をどうするべきか、悩みますわね」

「⋯⋯」

 

 きっとそうさせているのは伏せカードと《ラヴァ・ゴーレム》の存在だ。

 モンスターを2体以上並べると《ラヴァ・ゴーレム》の素材にされるし、《ラヴァ・ゴーレム》は自分のスタンバイフェイズに1000ポイントライフにダメージを与える効果を持っている。

 1000ポイントは痛い。避けたがるはずだ。このターンで決める算段がないなら。

 多分このターンでエリカができることは、何通りかあると思う。ここでどう動いてくるかで、勝負は決まる気がする。

 

「決めましたわ。まずは魔法カード《アドバンスドロー》、自分フィールドのレベル8以上のモンスター《スペルビア》を墓地に送り、2枚ドロー! さらに手札の《堕天使イシュタム》の効果、このカードと《堕天使マスティマ》を墓地に送り2枚ドローですわ! そして《貪欲な壺》を発動! 墓地の《イシュタム》、《アスモディウス》、《ディザイア》、《アムドゥシアス》、《ゼラート》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

「手札補充か!」

 

 これで手札4枚

 

「行きますわよ! 《死者蘇生》を発動! 墓地の《スペルビア》を特殊召喚! その効果でさらに《マスティマ》も特殊召喚ですわ!」

 

《堕天使スペルビア》攻撃力2900

《堕天使マスティマ》攻撃力2600

 

「さあ、バトルですわ! 《イシュタム》でダイレクトアタック!」

「この瞬間、罠発動《闇次元の解放》! 除外されている《ヘル・エンプレス・デーモン》を特殊召喚だよ!」

 

《ヘル・エンプレス・デーモン》攻撃力2900

 

「それ、でしたのね⋯⋯っ! いえ、わかっていて切り捨てた可能性ですわ⋯⋯」

 

 なにか読みを外したんだろうか。ひどく悔しそうな顔をしている。

 

「⋯⋯《イシュタム》の攻撃は取り止めますわ。わたくしはカードを1枚セットし、ターンエンド」

 

常勝院エリカLP2500 手札2枚

《堕天使イシュタム》攻撃力2500

《堕天使スペルビア》攻撃力2900

《堕天使マスティマ》攻撃力2600

セットカード1枚

 

「私のターン、ドロー!」

 

 どうするべきか。今度は私が悩む番だ。エリカのライフ、《ラヴァ・ゴーレム》の使い所、そしてあの伏せカード。

 まだだ、この手札じゃ決めきれない。

 

「私は《ヘル・エンプレス・デーモン》で《スペルビア》に攻撃! 相打ちになる!」

「わたくしはこの瞬間、《イシュタム》の効果を発動! ライフを1000ポイント払い、墓地の《堕天使の追放》の効果を適用しますわ!」

 

常勝院エリカLP2500→1500

 

「《堕天使の追放》?」

 

 アレは確か堕天使をサーチする効果。なんで今?

 

「わたくしが手札に加えるのは《堕天使テスカトリポカ》! そしてこのカードを墓地に捨てることで、戦闘破壊される《スペルビア》の身代わりにしますわ!」

「そうか。身代わりに⋯⋯。いや⋯⋯っ!」

 

 これは悪手だ! エリカのライフは1500。《ラヴァ・ゴーレム》で1000削るとして、残り500!

 

「私は破壊された《ヘル・エンプレス・デーモン》の効果で墓地から悪魔族、闇属性、レベル6以上のモンスターを特殊召喚する! 私が特殊召喚するのは《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》だ!」

 

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000

 

「ミスしたね、エリカ。私は《ジェネシス・デーモン》で《イシュタム》に攻撃!」

 

 《イシュタム》の攻撃力は2500。よってダメージは500だ。勝てる! 私の勝ちだ!

 

「このわたくしが、そんなミスをするなんて本当に思っていますの?」

「えっ?」

「罠発動《魅惑の堕天使》! 手札の《堕天使ユコバック》を墓地に送って、《ジェネシス・デーモン》のコントロールをエンドフェイズまで得ますわ!」

「こ、コントロールまで⋯⋯っ。ズルい効果ばっかりだ!」

 

 蘇生に、対象を取らない破壊、範囲の広すぎるサーチに、コントロール奪取。

 禁止や制限カードに近い効果しかないじゃん!

 

「私はエリカの《イシュタム》と《マスティマ》をリリースして《ラヴァ・ゴーレム》をエリカのフィールドに特殊召喚する!」

 

《ラヴァ・ゴーレム》攻撃力3000

 

「ターンエンド! このとき《ジェネシス・デーモン》は私のフィールドに戻るよ!」

 

保科優姫LP4000 手札2枚

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000

 

 でもまあ、これでエリカのライフはスタンバイフェイズに500になる。てことは、ライフコストが足りないから墓地の魔法、罠の効果を使うことはできない。そして手札もドローを入れて1枚。

 エリカのフィールドには2体のモンスターがいるけど、私のライフは削りきれないだろう。

 そしたら返しのターンで残り500を削ればいい。私ならできるはずだ。

 

「もしかしてこのターンを乗り切れると思っていますの?」

「⋯⋯思ってるよ。なにもできないでしょ」

 

 たった1枚で、できるわけがない。確かにエリカは強かったけど、ここで終わりだ!

 

「ダメですわね。優姫がそんなことを思うなんて。⋯⋯そんなことを思わせてしまうなんて!」

「なにを言っているの?」

「このわたくしに、不可能はないってことをですわ! ドロー!」

 

 

 エリカはドローする。

 優雅に、気品高く、そして自信たっぷりに。

 その1枚は起死回生のカードなんだと、なぜか私の頭は決めつけていた。

 

「⋯⋯スタンバイフェイズ、《ラヴァ・ゴーレム》の効果でエリカに1000ポイントのダメージを与える」

 

常勝院エリカLP1500→500

 

「良いカードを引けたっていうの⋯⋯?」

「当然ですわね。わたくしはフィールドの2体のモンスターをリリースしてこのカード、《堕天使ルシフェル》を召喚!」

 

《堕天使ルシフェル》攻撃力3000

 

 そのカードは、まだ見たことがない⋯⋯っ。どんな効果なんだ!

 

「召喚に成功したとき効果発動! 相手フィールドの効果モンスターの数まで手札、デッキから《堕天使》モンスターを特殊召喚する。わたくしはデッキから《堕天使テスカトリポカ》を特殊召喚ですわ!」

 

《堕天使テスカトリポカ》攻撃力2800

 

「さらに《ルシフェル》の効果! フィールドの《堕天使》モンスターの数だけデッキの上からカードを墓地に送り、《堕天使》カードの数×500ポイントライフを回復!」

「ライフ回復!?」

「フィールドの《堕天使》は2体。よって2枚のカードをデッキから墓地に送りますわ!」

 

 2枚とも《堕天使》なら1000回復。つまり墓地の魔法、罠の効果を1回使えるようになるってことだ。

 それはかなりまずい!

 

「墓地に送られたのは《堕天使ゼラート》と《堕天使降臨》! わたくしは1000ポイントのライフを回復しますわ!」

 

常勝院エリカLP500→1500

 

「続いて《テスカトリポカ》の効果発動、ライフを1000ポイント払い墓地の《堕天使降臨》の効果を適用しますわ!」

 

常勝院エリカLP1500→500

 

「早速使われたか!」

「相手フィールドのモンスターと同じレベルのモンスターを2体まで墓地から《堕天使》モンスターを特殊召喚しますわ!」

「2体も!?」

「わたくしが蘇生させるのは《堕天使ゼラート》と《堕天使スペルビア》!」

「《スペルビア》⋯⋯!」

「そう! 《スペルビア》が墓地から特殊召喚されたとき、さらに墓地から《堕天使イシュタム》を特殊召喚ですわ!」

 

《堕天使ゼラート》攻撃力2800

《堕天使スペルビア》攻撃力2900

《堕天使イシュタム》攻撃力2500

 

「なんだこれ、すごい⋯⋯」

 

 あっという間にフィールドには5体の堕天使が揃った。そのどれもが上級モンスターだ。

 強大なモンスターを前に私はただ呆然とする。それは絶望したからじゃなく、感服したからだ。

 これほどの力を従えるエリカに、私の魂が震えていた。

 

「これがわたくしの力ですわ」

 

 尊大な態度で放たれた言葉が私に突き刺さり、染みこんでくる。そうだ、これがエリカなんだ。

 

「やっぱりすごいね、エリカは」

 

 力を見せつけられて、私の心は踊る。

 

「ああ、そうでしたわ⋯⋯」

 

 ポツリとエリカが呟いた。

 

「わたくしは、その言葉が聞きたかったんですの。心のもやが晴れていくようですわ。思考が一直線に繋がっていく⋯⋯。こんな晴れやかな気持ちになれるなんて!」

 

 それってもしかして⋯⋯。もしかして治ってる? 私とのデュエルで治ったの!?

 

「エリカ! 正気に——」

「こんなデュエルどうでもいいですわ! さっさと勝って、優姫をわたくしのものにしてあげますわ!」

「そ、んな⋯⋯」

 

 舞い上がった心が、一気に地に叩きつけられた気分になった。

 これほどのデュエルをしたというのに、エリカは正気に戻ってくれない。それだけでなく、こんなデュエルどうでもいい、と言った。それがとても悲しい。

 私一人で楽しんでいたってことだったんだ。

 

「エリカはこのデュエル、楽しくなかったの?」

「こんなのただの賭けの勝負に過ぎませんわ」

「そうなんだね⋯⋯」

「——と、言うと思いましたわね?」

「え?」

「ふふふ。嘘ですわ」

「ええ?」

 

 悪戯っぽく笑うエリカ。意味がわからなかった。気持ちが上がったり下がったりで、理解が追いつかない。

 嘘とはどれが嘘? 正気に戻ったと思わせた言葉? それともこんなデュエルと言ったこと? エリカの意図がわからない。

 怖いけど、聞くのが早いか。

 

「エリカ、嘘って、なにが嘘なの?」

「このデュエルをただの賭けの勝負と言ったことですわ」

「じ、じゃあ、エリカも楽しかったってことだよね?」

「当然ですの。このわたくしと優姫のデュエルが楽しくないわけがありませんわ!」

「な、なんだぁ。騙すなんて人が悪いよ」

 

 エリカも楽しんでくれていた、それがわかっただけでホッとする。

 デュエルとは力の見せ合い。力を見せつけることができるから楽しいんだ。

 眼前には5体の堕天使。これだけやって楽しくないなんて、そんなの悲しすぎる。だから嘘で本当に良かった。

 

「なんでそんな嘘を。ちょっとひどくない?」

「ごめんなさいね。ただ、わたくしは優姫に悲しんで欲しかったんですの」

「悲しむ?」

 

 これは正気にはまだ戻ってないってこと? 

 

「わたくし今まで心が曇っていましたわ。でもデュエルをしていくうちにどんどんもやが晴れていって、思考が一直線になりましたの。そしてわたくしがしたかったことが二つ、はっきりと見えましたわ」

「二つ⋯⋯」

「一つはわたくしは強いということを優姫に認めてもらうことですわ。まあ、今考えればそれは当たり前のことで、優姫も当然わかっていることでしたわね」

「そうだけど、自分で言う?」

「それでもう一つが、あのとき、わたくしが成す術なく負けたとき、優姫に悲しんでいて欲しかったということ。思えばそのときから自分の思考が見えなくなっていましたわね」

「そうだったんだ」

 

 素直に悲しんでいれば良かったんだ。傷つけないように無表情を作ったけど、返って傷つけてしまった。

 

「私はあのときエリカに負けたことを大きく考えて欲しくなくて、表情を繕ったんだ。でも失敗だったよ」

「でも今となってはどうでもいいことですわ。この、わたくしと優姫のデュエルの前では」

「エリカ⋯⋯」

 

 晴れやかに笑うエリカは、なにもかも吹っ切れた表情をしていた。

 きっと呪いなんてもう跳ね除けているに違いない。じゃなきゃこんな良い笑顔にはなれないはずだ。

 

「もう特別ルールなんていらないね」

「あら? 負けそうになった途端、ルールを撤回するんですの?」

 

 正気に戻るやいなや挑発してくるエリカが可笑しかった。でも売られたものは買わなきゃね。

 

「勝つのは私だよ?」

「ふん、言ってくれますわね。デュエル再開ですわ!」

 

 堕天使5体に対して私のフィールドは《ジェネシス・デーモン》のみ。伏せカードもない。でも耐えきってみせる!

 

「バトル! わたくしは《ルシフェル》で《ジェネシス・デーモン》に攻撃!」

「攻撃力は同じで相打ちになるよ!」

「続いて《イシュタム》でダイレクトアタック!」

「受ける!」

 

保科優姫LP4000→1500

 

「自分フィールドにカードが無い場合、戦闘ダメージを受けたとき、手札から《冥府の使者ゴーズ》を特殊召喚! さらに効果で戦闘ダメージと同じ数値の攻守の《冥府の使者カイエントークン》も特殊召喚する!」

 

《冥府の使者ゴーズ》攻撃力2700

《冥府の使者カイエントークン》攻撃力2500

 

「そのカードがあることはわかっていましたわ! でも無駄ですの! わたくしの攻撃できるモンスターは残り3体! その2体では防ぎきれませんわ!」

「やってみなくちゃわからないよ⋯⋯っ!」

「負け惜しみを! 残りのモンスターで総攻撃! わたくしの勝ちですわ!」

「それはどうかな!」

 

保科優姫LP1500→1000

 

「な、なぜライフが⋯⋯っ。はっ、手札がない。まさか!?」

「そう。私は手札から《トラゴエディア》を特殊召喚していたんだ!」

「そんなカードが、都合よく⋯⋯っ」

「エリカも都合よく良いカードを引いたじゃん。エリカにできて私にできないことはないよ?」

「ふっ。わたくしはターンエンド」

 

常勝院エリカLP500 手札0枚

《堕天使テスカトリポカ》攻撃力2800

《堕天使スペルビア》攻撃力2900

《堕天使ゼラート》攻撃力2800

《堕天使イシュタム》攻撃力2500

 

「さすがだと褒めてあげますわ。でも2度は続きませんの! 優姫のフィールドにカードはない。手札も《ゴーズ》と《トラゴエディア》を使って今はゼロ。この状況を逆転するのは、優姫でも無理ではないかしら?」

「確かに、状況は厳しいよ。でもここから勝てたらすごいと思わない?」

「できたら、そう思いますわ」

「ふふふっ、見ててよ。今度は私がすごいってとこを見せる番だからさ! ドロー!」

 

 力を示したい。エリカだから力を示したい。私の大好きな友だちのエリカだから!

 そして楽しむんだ。この瞬間を二人で!

 

「魔法カード《終わりの始まり》を発動! 墓地に7体の闇属性モンスターがいるとき、5体を除外してデッキから3枚ドローする!」

「終わりの、始まり⋯⋯!」

 

 3枚の中に逆転のカードは、当然ある!

 

「まずは墓地の《善悪の彼岸》の効果! このカードを除外して手札の《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》を墓地におくり、デッキから《彼岸の悪鬼リビオッコ》を手札に加える! そして墓地に送られた《ガトルホッグ》の効果で、墓地にある《彼岸の悪鬼スカラマリオン》を特殊召喚!」

 

《彼岸の悪鬼スカラマリオン》攻撃力800

 

「次に手札から《リビオッコ》を自身の効果で特殊召喚、さらに《魔サイの戦士》を召喚する!」

 

《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》攻撃力1300

《魔サイの戦士》攻撃力1400

 

「《魔サイの戦士》がいる限り、このカード以外の私の悪魔族モンスターは戦闘、効果では破壊されない。よって《彼岸》モンスターは自壊しなくなる」

 

 よし、これで準備はできた。

 

「下級モンスターを並べて、それからどうするの?」

「こうするんだ! 私のフィールドの全てのモンスターをリリースして《真魔獣ガーゼット》を特殊召喚!」

 

《真魔獣ガーゼット》攻撃力3500

 

「《魔サイの戦士》の効果でデッキから《暗黒界の龍神グラファ》を墓地に送る」

「⋯⋯」

「バトル! 《ガーゼット》で《ゼラート》に攻撃!」

「⋯⋯」

 

常勝院エリカLP500→0

 

——私の勝ちだ!

 

 

 

 デュエルが私の勝利で幕が下されると、ソリッドビジョンが消えて再び辺りは闇と静寂に包まれた。

 目を閉じ立ち尽くすエリカに私は近づく。

 

「エリカ?」

 

 呼びかけるとエリカはゆっくりと目を開けた。その表情には落胆や悔しさはなく穏やかだ。

 

「負けたというのに、こんなにも清々しいのはなぜかしら」

「エリカはカードにかかった呪いの影響で、感情がおかしくなってたんだ。それの効きめが今のデュエルでなくなって、元のエリカに戻れたんだよ」

「イシュタムのカードにかかった呪いですわね。詳しい話しは後でイシュタムに聞いてみますわ。それより、特別ルールですわ」

「ああ、そうだね」

 

 なにも決めてないや、どうしよう。負けたエリカにお願いしたいこと、なにかあるかな。

 

「また、私とデュエルして、ていうのは?」

「そんなの当たり前過ぎますわ。もっと特別なものを」

「だよね。うーん、あるにはあるんだけど。うーん」

 

 多分それを言ったら絶対恥ずかしくなるんだよなぁ。

 

「煮え切りませんわね。言ってみたらどうですの?」

「わかったよ。じゃあ言うよ、し、親友になって欲しいな、って」

「それは⋯⋯」

「あ、いやだったら別にいいんだ。あはは」

 

 恥ずかしさと気まずさで嫌になる。後、撤回しようとしている自分にも。

 さらっと行きたかったよ。

 

「優姫、握手しましょうか」

「握手?」

「あの日、わたくしたちはここで友だちになりましたわ。だからそのときと同じように握手を」

「あ、うん!」

 

 勢いよく手を差し出すと、エリカはそれに応え握ってくれた。ギュッと握ると同じ強さで握り返してきて、それがまた嬉しい。

 

 

 今日、私には親友ができた。自信家で負けず嫌いで、でもちょっとだけ打たれ弱いそんな親友が。



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始まりの終わり

 私たちはあれから互いの自室に戻った。

 あっと言う間に一晩明けてしまい眠気を押しながら学業につく。

 そして今は昼休み。昼食を終えゆったりと微睡んでいるところだ。

 

「ゆ、優姫」

 

 隣から私を呼ぶ声がした。その声を発したのはエリカ。目を合わせると照れたように逸らされる。

 

「どうしたの?」

「時間が空いたから、昨日のことを話し合って整理しておこうと思って⋯⋯」

「それはいいけど顔が赤いよ?」

「⋯⋯一晩寝て、昨晩わたくしがしたことを振り返ったんですが、その⋯⋯、過激なことを優姫にしてしまったな、と思いまして。すいませんでした」

「気にしなくていいよ、私も気にしないから。全部、カードにかかった呪いのせいってことにしておこうよ」

 

 改まって謝られて、エリカは悪くないという風に答えた。

 

「そう言ってくれると助かりますわ」

「丸く収まったし。それで、呪いのことだよね」

 

 断片的にその情報は頭の中にあるけど、それらは繋ぎあってない。エリカの言う通りにここで整理しておこう。

 

「まず、発端はお祖父さんからもらったカードだね。これに呪いがかかってた。理由はわからないけどね」

「そして、呪いの効果は精霊との親和性を高めるもので、わたくしが堕天使をデッキに入れても回せるようになったのは、これのおかげというわけですわね」

 

 エリカもよく知ってるな。イシュタムからちゃんと話しを聞けたみたいだ。

 

「ただ、呪いには副作用があってそのせいでエリカは昨日みたいになってしまった、と」

「ま、まあそうですわね。本心や願望が大きくなり、それに忠実に行動するようになるから、普段しないようなこともしてしまうんですわ⋯⋯」

 

 エリカはバツが悪そうに解説する。見た目に変化がないからそこからはわからないけど、こうなってるってことは、やっぱり本当に元に戻ってるんだ。

 

「呪いに関してはこんなところかな。一度落ち着いてしまえば再発はないってデスガイドは言ってたし、エリカはもう大丈夫だと思うよ」

「そうなんですの?」

『そうだよー』

 

 いつの間にかデスガイドが現れて私越しにエリカに返答し、言葉を続ける。

 

『こういうのって一回克服したら大丈夫になるんだよ。自分の内面を理解することで、心が成長するから』

「⋯⋯なんとなく漠然としているけど、わかる気がしますわ。わたくしたちは子供で、その心もまだまだ成長過程の途中にあり弱い。呪いはそこにつけこんできたということですわね」

『ん? んー、うん、そうだよ』

 

 曖昧に答えるデスガイド。本当にわかって言ってるのかな。

 

「私たちって呪いの悪影響に対する耐性は元々高いから、平常時は大丈夫だけど心のキャパを越えるようななにかがあったときには、すぐに呪いの影響を受けちゃうってことでいいんだよね?」

『そうそう、そういうこと!』

 

 今度は合点がいったように頷いた。

 要は心の問題。どうしようもない悩みだとかを抱えてしまうことで変になってしまうわけで、普段からそうならないようにしておけばオッケーなんだ。

 

「優姫は悩みとかないんですの?」

「私は特にないかな。まあ、今の所だけど。でも他の従兄妹たちはどうだろうね。多分みんなが貰ったカードにも呪いはかかってるだろうし、危ない人もいるかも」

「そうですわね。でもここにいるわたくしたちにはどうにもできませんし、自力でなんとかしてもらうしかありませんわね」

『他のみんなも備わってる呪いの耐性は高めだし、必ずしも悪影響を受けるとは限らないしね』

 

 圭や涼介なんかは大人だし、自分の心に向き合って折り合いをつけられると思う。涼介に関してはプロの世界が厳しくて、ていう想像できるけど。

 反面、統治やかなみはちょっとヤバそう。二人はエリカに似てるとこがあるし、壁にぶつかったらすぐヘコみそうなイメージがある。

 まあでも、今なにか考えてもできることがあるわけでもないし、自分のことに気をつけておこう。

 

「そうだ、エリカ。エリカのデッキって今どうなってるの? 堕天使一色?」

「そうですわ。堕天使はアテナのデッキとは別に作りましたの」

「混合にしないの? その方が強そうだけど」

「わたくしもそう思うんですけど、アテナとイシュタムに反対されたから混ぜることはしてませんわ」

「そうなんだ。勿体無い」

『あはは⋯⋯。精霊って力が強いと、それだけ我も強いからねー』

 

 デスガイドは呆れ顔で言う。

 

「でもいつかは二人に納得してもらって混ぜ合わせたデッキを作りますの。そのときわたくしは最強になるんですわ!」

「おお、期待してるよ」

「ええ!」

 

 まだ見ぬ未来に想いを馳せるエリカは闘志を燃やした。エリカはまだまだ強くなる余地を残している。

 私と対等でないと思い込んだからエリカは呪いに侵されてしまったけど、私だってなにかのきっかけでそうなってしまう可能性はある。悩みなんて誰しも抱えているものだから、それは当然のことなんだ。

 大事なのはそうなってしまったときに、頼れる人がいるかどうか。呪いの有無は関係なく、人は独りでは生きていけないんだと私は思う。

 もしもこの先、私が呪いでおかしくなってしまうとしても、私に不安はない。だって、そのときはエリカが助けてくれると確信しているから。

 



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廃寮

 ここデュエルアカデミアは、当然のことながらデュエルについて学ぶ場所で、カードの種類や使い方、デッキ構築の仕方などについて知ることができる。それだけでなく、国語や数学などの一般の授業もある。普通に考えれば当然だ。

 しかし一つだけ常識的でない授業がある。その科目名を錬金術と言う。卑金属を貴金属に精錬したり、果ては人の身体や魂までも錬成したりできると言われるアレのことだ。

 全くもって嘘くさいけど、興味がないわけじゃない。意外と授業を聞いていると楽しかったりする。

 そんな錬金術学を教えてくれる人は大徳寺先生だ。糸目でメガネを掛けている飄々とした人で、語尾に”ニャ”をつける口癖がある。

 今日も錬金術の授業があり、蒸留の技術だとか宇宙がどうとか、それっぽいことをニャーニャー言いながら教授してくれた。一部の生徒は睡眠学習になってたけど。

 さておきこの学校には、大徳寺先生のように特徴的な個性を持つ人物が何人かいる。忘れがちだけどこの世界はアニメの世界だ。主人公がいてそのライバルやヒロインもいる。つまり、悲観的な言い方をするとこの世界は彼らを中心に回っているということだ。

 そしてアニメの世界だというなら、そこには明確な起承転結があり盛り上がりがある出来事が待ち受けているだろう。カードゲームの世界だから人の生き死にが左右されるような展開はないと思うけど、それでも私は本来の流れを変えないような配慮をするべきなのかもしれない。

 そう考えると不公平だと思う感情が湧いてきた。物語の主要キャラに関わらなければいいだけの話かもしれないけど、それにしたって多少の気は使う。

 この先、もしも主人公たちと交流する機会があるとして、それが今後の展開を大きく変えることになるのなら、私はどんな行動をするのか。そんなことは今の私にはわかるわけがないことである。

 

 

 

『優姫ちゃん。これから探険に行かない?』

「行かない」

 

 デスガイドから突発的な提案が出た。でもお風呂上がりのさっぱりした私には全く響かない。ふわふわのソファに身を沈め、開いた窓からそよぐ風を浴びるこのひとときは誰も邪魔をしてはいけない時間なのだ。

 

『即答? 行こうよー、そういうの好きでしょー?』

「だってもうお風呂に入っちゃったし、今は夜だよ? 明日にしようよ、休みだし」

『明日かぁ。うん、明日でもいいよ』

 

 考える素振りをしたデスガイドはすぐに納得してくれた。

 

「でもなんで急に探険?」

『なんかね、一人でこの島をふらふら飛び回ってたんだけど、怪しそうな場所を見つけたんだよ。結構いい雰囲気出てたから一緒に行きたいなって』

「怖そうなとこ?」

『うん。外観とかボロボロで廃れた建物だった』

「廃れた建物か。それって多分今は使われてない廃寮のことだね。そこに入った人は行方不明になるって噂の」

 

 この島のことを熟知してるわけじゃないけど、廃れた建物って言ったらそれしか思いつかない。確か、昔の特待生の寮で闇のデュエルの研究がされてた場所なんだっけ。ただの噂話だけど。

 

「うん、面白そう。明日の昼に行こうか」

 

 

 

 次の日、私とデスガイドは閉鎖寮に来た。

 建物前の庭は手入れが施されている形跡はなく、割れた窓ガラスもそのまま。門にはロープが張ってあり、立ち入り禁止の標識が吊るされてある。

 人が立ち入ることがない場所なのは一目瞭然だ。

 

「おおー、いい感じだね。ワクワクしてきたよ」

『早速入ってみよう』

「うん。バレなきゃ問題ないしね」

 

 標識にも書いていた通り、この場所は生徒の立ち入りを禁じていて、ここに来たことが先生にバレたら結構まずいことになるだろう。でもバレるわけない。何度もここに通うならそのうち見つかることもあると思うけど、たった一回だけなら大丈夫なはずだ。見たところ監視カメラの類もなさそうだし。

 私は中に入り、探偵の気分で寮内を探索する。全体的に埃は被っているけど、天井からシャンデリアが吊り下がってたり通路の脇にレトロな燭台が掛かっていたり、内装は豪華だ。

 

『明るいなぁ。やっぱり夜に来た方が良かったなー』

 

 デスガイドがぼやく。確かに、薄暗さはあるけど窓から差す陽の光のおかげで、完全な暗闇には程遠い。私としてはこれでも未知の空間で楽しいんだけどな。

 

「夜だと暗すぎてなにも見えなくなるよ」

『それがいいんじゃん。懐中電灯一本を頼りに闇の中を切り開いて行くみたいで』

「いやあ、ここに夜には来たくないよ。さすがに怖いし危ない」

『それがいいんじゃん! 優姫ちゃんの怖がるとこみたいな、そしてあたしがいるから大丈夫だよ、って言ってあげたいなぁ』

「ああ、そういう狙いがあったんだね⋯⋯。でも私はそう簡単に人前では醜態は晒さないよ」

『それはわかるかも。優姫ちゃん、なにかあってもあんまり動じないよね』

「”こういうこともある”って思うようにすると大抵のことは受け入れられるからね」

 

 案外、私の出来事に対する許容範囲が広いのかもしれない。色々思ってたりはするけどね。

 

『じゃあ、地下に行ってみようよ。地下なら窓はないし真っ暗だから、優姫ちゃん怖がって泣いちゃうかも』

「泣きはしないと思うけど、地下は結構怖そうだね。行ってみよう」

 

 ビビるというよりは怖いもの見たさが勝って楽しみだ。

 私たちは早速地下に向かう。

 地下に続く階段を下りると、そこには一本の通路があった。奥の方は完全な闇で見通すことができないため、懐中電灯の明かりを点けて進入する。通路の幅はそこまで広くないので懐中電灯でも十分な明かりがあった。しかし前方を照らしても端まで届く程の光量はない。

 自身の周りとほんの少しの前方だけが私の見える範囲。知らない場所でここまで視界を限定されると、さすがに恐怖を感じる。

 

「デスガイド、手繋ごっか」

『あれ、怖いの?』

「ちょっとね」

『怖がりなんだからぁ』

 

 言い方が鼻についたけど、空いた手でデスガイドの手を握ると少し安心した。これでなにかに襲われそうになったときに、デスガイドを盾にして逃げることができる。まあ、冗談だけど。でも人間いざってときには我が身が可愛いものだからなぁ。

 

『あ、分かれ道』

「ホントだ、どうしよう」

 

 前方には直進の道と右に曲がる道があり立ち止まる。

 

「とりあえず右に行こう」

『はーい』

「でも、もしもこの先にまた分かれ道があったら引き返した方が良いかもね。迷ったらかなりヤバそうだし」

『そうだね』

 

 ゲームだったらガンガン進むところだけど、生身の人間なら無策に進むべきじゃない。幽霊やモンスターが棲みついてる、なんてことは思わないけど、迷って出られなくなる可能性は十分にある。それを想像したら、それこそ泣くほど怖いしシャレにならない。

 しばらく道なりに進むと広いとこに出た。円状に広がる空間に懐中電灯の光を彷徨わせると、まず始めにたくさんの機械が目に映る。続いて蒸留釜。蒸留釜はお酒を造るために使われてるけど、それだけでなく錬金術にも応用するそうだ。授業で写真付きで学んだのを覚えている。そして視点を変えて光を照らすと、

 

「棺桶?」

 

 西洋風のシンプルなそれが、壁に立てかけてあった。

 

『中に誰か入ってるかも。開けてみない?』

「入ってるとしたら死んだ人だよ。ちょっと度胸がいるな⋯⋯」

 

 開けた途端、死体から湧いた虫が飛び出てきたりとかしたら嫌だし、そもそも棺桶を開けるって死者に対する冒涜のような気もする。⋯⋯棺桶に入ってたら虫は湧かないかな。

 ともあれ私は棺桶に近づく。直接触れることはせず、目視で確認したり臭いを嗅いでみたりしたけど特に変なところはない。

 

「開けてみようか」

 

 意を決して棺桶の蓋に手をかけると、

 

「っ⋯⋯!?」

 

 真っ暗闇だった周囲が突然、電気を点けたように明るくなった。事実、眩しさを堪えて天井を見ると白熱電球が光っていて、真っ白な輝きが私の目に突き刺さる。

 

「ここは生徒立ち入り禁止のはずなんだけどニャー?」

「えっ!?」

 

 光に眩む私に追い打ちをかけるように声が届き、グルリと振り向く。そこにいる人物の正体を、声や口調を耳で聞いて特定するのと、この目で確認して了知するのはほぼ同時だった。

 

「大徳寺先生⋯⋯?」

「ここでなにをしていたんですかニャ?」

 

 柔らかい口調だ。しかし内心では不信感でいっぱいだろう。私はなるべく心をオープンの状態で居直った。それができてるかは自信がないけど。

 

「い、いやあ、肝試しがてらここを探険してました。すいません、帰ります」

 

 教師にバレてしまっては興ざめだ。私は気まずさからも逃れるように、そそくさと入り口に向かう。

 

「ちょっと待つニャ」

「うっ、なんですか?」

 

 この先生はチョロそうだから怒られないで済むかと思ったけど、そこまで甘くはないみたいだ。

 

「棺桶の中を見ましたかニャ?」

「み、見てないです」

「本当ですかニャ?」

「えっと、噓じゃないです」

「⋯⋯」

 

 なにかおかしい。

 なぜ大徳寺先生は棺桶のことを聞くんだろう。それに先生こそなんでここに?

 

「あの、説教なら場所を変えませんか? ちょっと魔が差しただけなんです」

「⋯⋯」

 

 大徳寺先生は黙ったまま通路の入り口に立ち塞がり動かない。それはまるで私を逃さないようにしているようだった。表情こそ穏やかだけど、なぜか言い知れない恐ろしさがある。この場所の不気味な雰囲気も相まってそう思った。

 これは規則破りのことを怒ってるんじゃないと悟る。もっと別の、この人の禁忌に触れてしまったのかもしれない。

 禁忌とは? 決まってる、あの棺桶だ。棺桶の中身だ⋯⋯。もしかしたら私は、とんでもないことに首を突っ込んでしまったのかもしれない。

 

「私、もういきます」

 

 一刻も早くこの場を去りたくて、大徳寺先生の存在を半ば無視して通路に入ろうと強行する。しかし腕を掴まれ阻まれてしまった。非常に強い力で握られその瞬間に私の中で、この人は危険な人なんだと明確に定まる。

 

「話はまだ終わってないニャ」

 

 力で勝てるわけもなく私は抵抗をやめ、おとなしく大徳寺先生の正面に立った。

 こうして並ぶと身長差がはっきりとわかる。頭二個分くらいだろうか。見上げる形で大徳寺先生の顔を伺うと、困ったような表情になっている。なにかを考えているようだ。そこから、ひとまず問答無用で危害を加える気はないことはわかった。

 決めつけや希望的観測から推理すると、大徳寺先生はそこまで悪い人じゃないけど、あの棺桶に関する秘密を抱えていてそれが私にバレたと勘違いしている。だから私を無理矢理に引き止めたんだ。他の生徒に拡散するのを防ぐために。問題はその秘密がどのくらい重大なのかだ。きっと、それによっては私は命を落とすことだって有り得る。

 

「⋯⋯先生、私を殺す気ですか?」

「え? まさか。そんなことはしないのニャ」

 

 あっけらかんと言う大徳寺先生。どうやら私の灰色の脳細胞は早とちりしていたらしい。良かった。

 

「ただ、お願いがあるのニャ。あの棺桶のことは誰にも言わないで欲しい。あれは私にとって大切なもので、人に知られたくないものなのニャ。わかってくれるかい?」

「わかりました、棺桶のことは忘れます。その代わり、私が立ち入り禁止のここに来たってことは知らなかったことにしてくれませんか?」

「わかったニャ」

 

 棺桶になにが入っているかは知らないけど、私を殺すなり監禁するなりした方が秘密を守るのに最適だ。それでもお願いという形で私に持ちかけてきたのは、先生の譲歩なんだと思うことにした。

 いや、普通に考えたら殺すだの物騒なことには行き着かないと思うけど、場所が場所だし物も物だしで用心深くなるに越したことはない。大徳寺先生の申し出を受け、さらに交換条件を出すことで約束を強固に見せかけるのが最善だと判断した。

 うん、完璧。私ってもしかして探偵の才能があるのかも。それか詐欺師。探偵としては棺桶の中身が気になる所だけど、それを知る度胸は私にはないな。

 さて、話もまとまったし寮に戻ろう。

 

「それじゃ私は——」

「大徳寺先生。錬金術の担当教師でオシリスレッドの寮長」

「っ! 誰ニャ!?」

 

 ふと、後ろから声がした。感情を悟らせない淡々とした声。ゆっくりと振り返ると女の人がいた。

 

「またの名をアムナエル。セブンスターズの一員」

「なぜ、それを⋯⋯!」

 

 気配なんて感じなかった。いつの間にかそこにいた。立ち位置的に全体を俯瞰できるはずの大徳寺先生も、たった今気づいたような反応だ。

 

「そして、そこの棺桶に入っているのは、大徳寺先生本人」

「⋯⋯何者だ?」

 

 パンツタイプのダークスーツを着こなす女性は無表情のまま言葉を続ける。

 

「お初にお目に掛かります、優姫様。私は夜闇家の使用人。沙夜とお呼び下さい」

 

 沙夜と名乗る女性は、始終私を見つめていた。



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VS大徳寺 闇のゲーム

「さて、大徳寺先生。たった今優姫様は貴方の秘密を知ってしまいましたが、口止めしなくてもよろしいんですか?」

『うわー、あの人自分でバラしといてあんなこと言ってるよ』

 

 なんだこの状況は。あの人は誰なんだ。夜闇家の使用人とか言ってたけど、敵なの? ていうか敵ってなんだ。

 いや、今は一つずつ処理していこう。

 

「大徳寺先生。大丈夫です、私なにも言いませんから。むしろ大ごとである程口は固くなりますから」

「⋯⋯安心するニャ。君のことは信用しているニャ」

 

 いや、その顔は決めかねている顔だ。生徒と教師という間柄とはいえ、会話するのはほぼ初めてだし信用できるほど私のことは知らないだろう。

 さっき沙夜って人が言ったことは、大徳寺先生が抱える秘密のことだってことはわかる。でも正直あんまり意味は理解できなかった。棺桶にはいっているのは大徳寺先生本人って言ったけど、じゃあこの人は誰なんだって話だ。だからきっと、先生が私を信用するというのは、私が正しく理解できていないと思ったからだ。

 しかしこの後、そこら辺を丁寧に説明されて私がはっきり理解してしまうのはまずい。その前にこの場を去るのが得策だ。

 

「先生、私なにも知らないから今のうちに帰りますよ」

「そうはさせません」

「うぇっ!?」

 

 通路に向かって走り出すと、バチンとなにもないはずの空間に顔をぶつけよろめいた。

 

「なに、これ⋯⋯?」

『結界だね。こんなこともできるなんて、ホントに何者?』

 

 結界? そんな非現実的な。いや、それはあまり問題じゃないな、非現実的なことなんて身近に体現してるひとがそこに浮いてるし。

 きっと、夜闇の人らしいしなんか不思議なアイテムでも使ったんだろう。

 

「ふう、まどろっこしいことは苦手ですね。単刀直入に言います。今からお二人にはデュエルをしていただきます」

「デュエル?」

「私と先生が? なんで、ですか?」

「優姫様、私に敬語など要りません。理由は当主様がそう望まれたからです」

 

 当主様ってお祖父さんのことだよね。これは面倒事の予感がする。

 

「そ、それだけかニャ?」

「沙夜さん。もっと詳しく教えてよ」

「優姫様、私にさんなど要りません。当主様は優姫様の夜闇としての資質を調べろと私に命じられました。ですのでその方法として、優姫様にはこれより五戦、私が指定する方とデュエルしていただきます。ご理解いただけたでしょうか」

 

 つまり完全に家庭の事情で大徳寺先生は関係ないってこと? 棺桶のこととかは別件? まあ、デュエルしたらいいだけなら話しは早い。先生はとばっちりもいいとこだけど。

 

「わかったよ。⋯⋯先生、すいませんけど付き合ってもらえますか。後、棺桶のこととかよく意味がわからなかったんで大丈夫です」

「そういうことならいいですニャ。デュエルしましょうか」

「デュエルディスクはこちらに二つご用意しておりますので」

 

 沙夜は機械の上に置いてあったデュエルディスクを手に取り、仰々しく私に渡す。続いて同じようにもう一つを大徳寺先生に渡した。

 私たちはそれを腕にはめて十分な距離をとる。

 

「それでは始めて下さい」

「「デュエル!」」

 

保科優姫LP4000

大徳寺先生LP4000

 

「ああ、その前に。一つだけ言い忘れていたことがありました。この夜闇家特製の指輪の力により、このデュエルは闇のゲームになっておりますのでどうかご注意下さい、優姫様」

「闇のゲーム?」

「なっ、どういうことだ!」

「ご存知ありませんでしたか。闇のゲームとは命や精神を賭けたゲームのこと。今回のデュエルではライフにダメージが与えられたとき、同等の分だけ精神的ダメージも加わるというものになっております。さあ優姫様。貴女に備わる夜闇の力を私にお見せ下さい」

 

 沙夜は表情を変えずに説明する。そこからは本当のことなのか、からかっているだけなのか判断がつかないけど、大徳寺先生の反応を見るに闇のゲームとやらの存在自体はある可能性が高い。詰まる所、これはただのデュエルじゃないのかもしれないってことだ。

 精神的ダメージがどういうものかわからないけど、フレーズ的に危険なのは想像できるし律儀に言う通りにする必要はないな。

 

「ごめんだけど、そういうことなら私はサレンダーさせてもらうよ」

「それは不可能です。このデュエルに降参という手段は存在しません。⋯⋯どうやら優姫様は乗り気ではないご様子ですね。でしたらこうです」

「ぐぉおお⋯⋯っ!」

「先生!」

 

 大徳寺先生が突然、デュエルディスクを装着した方の腕を押さえつけて呻きだした。

 

「彼のデュエルディスクには、使用者が強制的に全力のデュエルをするようになる呪いがかかっています。ですので優姫様も本気でデュエルすることをお勧めします。でないと大ダメージを受けて死ぬことだって有り得ますよ? 私としては別にそれでも⋯⋯。おっと、口が滑りました」

「始めからこのつもりで⋯⋯っ!」

「私の先攻だ、ドロー!」

 

 大徳寺先生が威勢良くカードをドローした。普段の飄々とした表情は消え去り闘志を剥き出しでこちらを見据えている。こんなにも変わってしまうのか。もしかしたら普段の態度は偽りのものなのかもしれない。

 もう逃げ道はないか。こうなったら仕方ない。

 確かさっきライフダメージと同等の精神ダメージがあるって言ってたっけ。だったらなるべくライフダメージを細かく刻んでどっちかのライフをゼロにするのが最善か。

 

「私は永続魔法《練金釜—カオス・ディスティル》を発動! このカードにより私の墓地に行くカードは全て除外される」

「除外か」

 

 《カオス・ディスティル》は初めて見るカードだけど、除外効果があるということは次元ギミックが含まれるデッキってことだろう。

 

「魔法カード《鉄のランプ》を発動! このカードは《カオス・ディスティル》が場にあるとき《練金獣・鉄のサラマンドラ》を特殊召喚する!」

 

《練金獣・鉄のサラマンドラ》守備力500

 

「《練金獣》は通常召喚できない代わりに、相手へのダイレクトアタックを可能にする」

「ダイレクトアタックを⋯⋯っ」

 

 守備を固めてデッキ切れまで待つ戦法も考えてたけど、このデュエルに置いては無理そうだ。

 

「さらに魔法カード《銀の鍵》、《銅の天秤》を発動! 2枚のカードにより《練金獣・銀のムーンフェイス》、《練金獣・銅のウロボロス》を特殊召喚!」

 

《練金獣・銀のムーンフェイス》守備力500

《練金獣・銅のウロボロス》守備力500

 

 2枚の魔法カードが、ソリッドビジョンに映し出された練金釜に入れられ燃やされる。そしてそこから、それぞれのカードに対応した練金獣がモンスターとなって召喚された。

 

「私はこれでターンエンド」

 

大徳寺先生LP4000 手札2枚

《練金獣・鉄のサラマンドラ》守備力500

《練金獣・銀のムーンフェイス》守備力500

《練金獣・銅のウロボロス》守備力500

永続魔法《練金釜—カオス・ディスティル》

 

「成る程。錬金術のデッキなんだね、面白い。さすがは錬金術の先生だ」

「ふっ。そういえば君はよく熱心に私の授業を受けていたね。だが残念ながら錬金術の素質はないようだ。⋯⋯全く、彼も君のような生徒だったら良かったんだが」

「彼?」

「いや、こちらの話だ。続けなさい」

「はあ。ドロー!」

 

 彼が誰かはさておいて。

 先生のフィールドには弱小モンスターが3体。そのどれもが直接攻撃可能なモンスターだ。デッキ全体の内容がわからないからなんとも言えないけど、個として見た《練金獣》ははっきり言って弱い。

 しかしこれは闇のゲームだ。ダメージを受けたらその分精神にもダメージが入る。今はまだ正しく理解できてないけど、なにかしらの苦痛があると考えていいはずだ。

 直接攻撃可能なモンスターを前に壁モンスターは意味をなさない。それならあのカードだ。

 

「私は《魔界発現世行きデスガイド》を召喚。効果でデッキから《クリッター》を特殊召喚する!」

 

《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000

《クリッター》攻撃力1000

 

「そして2体のモンスターで《鉄のサラマンドラ》と《銀のムーンフェイス》に攻撃するよ!」

「私の破壊されたモンスターは墓地には行かず除外される」

 

 除外されたモンスターが練金釜の中へと吸い込まれて行った。これはただの演出ではないと思う。なにか意味があるんだ。そこを意識しておこう。

 

「私は魔法カード《二重召喚》を発動。2体のモンスターをリリースして《フレイム・オーガ》を召喚する!」

 

《フレイム・オーガ》攻撃力2400

 

「《フレイム・オーガ》と《クリッター》の効果で1枚ドローとデッキから《バトルフェーダー》を手札に加える。これでターンエンドだよ」

 

保科優姫LP4000 手札6枚

《フレイム・オーガ》攻撃力2400

 

 まずは《バトルフェーダー》を握りつつ様子見だ。《バトルフェーダー》は相手の直接攻撃を条件に発動できるカード。つまり《フレイム・オーガ》以上の攻撃力を持つモンスターが召喚されない限り、ダメージを受ける前に効果を使用できるのだ。この闇のゲームに置いては特に優秀なカードと言えるだろう。

 

「私のターン、ドロー! 《錫の魔法陣》を発動! デッキから《練金獣・錫アエトス》を特殊召喚する!」

 

《練金獣・錫のアエトス》攻撃力500

 

「そして《白の過程—アルベド》を発動! デッキから《黄金のホムンクルス》を特殊召喚だ!」

 

《黄金のホムンクルス》攻撃力1500→3600

 

「攻撃力3600⋯⋯っ! こんなモンスターがこうも簡単に」

「このカードは除外されている自分のカードの数×300ポイント攻撃力がアップする!」

「くっ!」

 

 私の《フレイム・オーガ》の攻撃力は2400。このままだとダメージは1200なる。それは1200の精神ダメージと同義だ。ライフの4分の1強と考えると大きい。

 さっき沙夜は大ダメージを受けたら死ぬことも有り得ると言っていたが、1200は大ダメージになるんだろうか。死を意識するとどうしても身が竦む。でもこれはもう逃れることはできない。覚悟を決めるしかないんだ。

 

「《銅のウロボロス》を攻撃表示にしてバトルフェイズだ! 《黄金のホムンクルス》の攻撃! ゴールデンハーヴェスト!」

 

 《黄金のホムンクルス》が腕を一振りした。すると無数の鋭く尖った石片が《フレイム・オーガ》に降りそそがれ、いとも容易く破壊される。

 立ち込める土煙の中、尚も石片の勢いは止まらず煙幕を飛び出し私に向かってきた。

 そして避けようのない痛みが私に到達する。

 

「あああああああああぁっ!」

 

保科優姫LP4000→2800

 

 ディスクに表示された数字は、いつもの様に淡白に変化を告げるがそれどころじゃない。今までにない痛みに頭が真っ白になっている。現象を理解しようと頭がぐるぐると高速回転している感覚があった。

 

「私は別に君を傷つけたいわけではないんだ。ただ、このデュエルに全力を尽くしたいだけなんだよ。だから攻撃の手を緩めたりはしない⋯⋯! 残りのモンスターでダイレクトアタックだ!」

「っ! さ、させない。手札から《バトルフェーダー》の効果を発動! このモンスターを特殊召喚してバトルフェイズを終わらせる!」

 

 ヤバイ、ヤバイ。呆けてる場合じゃない。

 すんごい痛かった。今でもまだ身体が痛がってる。でも身体に傷はない。不思議な感覚だ。これが精神的ダメージか。

 

「でも耐えられる。恐怖さえ忘れていれば、余裕で戦えるよ!」

「ほう、良い精神力だ。だが勝つのは私だ。魔法カード《黒の過程—ニグレド》を発動! このカードは場に《カオス・ディスティル》が存在し手札がゼロのとき、フィールドの《練金獣》を全て除外しその枚数につき2枚ドローする。私は2体の《練金獣》を除外したことによりデッキから4枚ドロー!」

「手札が一気に回復した⋯⋯っ」

「これこそが錬金術。無から有を創り出すということ。さらに私は自分のカードが4枚以上除外されていて、墓地にカードが存在しないとき魔法カード《カオス・グリード》を発動! 2枚ドローする!」

「また増強か」

「そして魔法カード《鉛のコンパス》と《水銀の砂時計》を発動、デッキから《練金獣・鉛のレオーン》と《練金獣・水銀のエケネイス》を守備表示で特殊召喚する! ここで忘れてはならないのが、ここまでに追加で除外されたカードは6枚、よって《黄金のホムンクルス》の攻撃力が1800アップしている。私はカードを2枚セット、これでターンエンドだ」

 

大徳寺先生LP4000 手札1枚

《黄金のホムンクルス》攻撃5400

《練金獣・鉛のレオーン》守備力500

《練金獣・水銀のエケネイス》守備力500

永続魔法《練金釜—カオス・ディスティル》

セットカード2枚

 

 攻撃力5400か、戦闘破壊は狙うべきじゃないな。ただあのモンスターはただの脳筋モンスターで壁さえあれば怖くない。そういう意味では《練金獣》の方が厄介だ。正直、もうダメージは負いたくないから早々に破壊したい。でもあの伏せカードによって破壊し損ねると、私の負けが決まる可能性があるし慎重に行こう。

 

「私のターン、ドロー! 私は魔法カード《おろかな埋葬》を発動! デッキから《魔サイの戦士》を墓地に送る。そして《魔サイの戦士》の効果でデッキから《暗黒魔族ギルファー・デーモン》墓地に送る。墓地に送られた《ギルファー・デーモン》の効果発動! モンスター1体の装備カードとなり、そのモンスターの攻撃力を500下げる!」

「たったの500でなにが変わる?」

「私は《練金獣・水銀のエネケイス》に装備する! 狙いはそこじゃないよ。私は装備魔法《堕落》を発動! このカードは自分フィールド上に《デーモン》と名のつくカードがなければ破壊される。そしてこのカードを《黄金のホムンクルス》に装備してそのコントロールを得るよ!」

 

《黄金のホムンクルス》攻撃力5400→1500

 

「成る程。だが君の除外されたカードはゼロだ。よって攻撃力は元に戻る」

 

 コントロール奪取に対してなにも動きを見せないってことは、あの2枚の伏せカードは《サイクロン》みたいな魔法、罠を破壊するカードじゃないってことかな。有る上で温存してるのも有り得る。

 不安の芽は早めに潰しておきたかったから、どっちかと言うと使って欲しかったな。

 

「次に私は《憑依するブラッド・ソウル》を召喚! このモンスターをリリースしてその効果発動! 相手のレベル3以下のモンスターのコントロールを全て奪う!」

 

 よし、《練金獣》は処理できた。ここまで妨害されなかったってことは、あの伏せカードは攻撃反応型のカード。少なくとも1枚はそうだろう。

 

「全てのモンスターのコントロールを奪われてしまったか。案外、性格の悪いデッキだな」

「たまたまだよ。それにしても余裕って感じだね。理由はその伏せカード?」

「それもあるが、君はそのモンスターたちでは攻撃しないつもりだろう? 返しのターンで私に攻撃されて、その超過ダメージを受けたくないからまず《練金獣》は攻撃してこない。さらに言えば《黄金のホムンクルス》でも攻撃しない。なぜなら攻撃力1500でも頼りないからだ。それほどに君は精神ダメージに怯えている」

「私がビビってるって? そう思われるのは癪だな」

「そしてダメージを与えることにも怯えているんじゃないか? カードゲームというフィルターを通しているとはいえ、我々がやっていることは傷のつけ合い。いや、殺し合いだ。それを普通の16歳の少女が怖がらないはずがない」

「⋯⋯」

 

 確かに殺し合いか。精神ダメージを加える側でもあるということを失念していた。このデュエルにおいて攻撃を宣言するということは、自分の意思で相手に危害を加えるということに他ならない。

 当然、罪悪感が生まれる。でも。

 

「でも、仕方ないよね。このデュエルは強制されてやってるだけだから! 私は《練金獣・鉛のレオーン》を攻撃表示にして、バトル! ダイレクトアタックだよ!」

 

 そんなことでビビってたりはしない。だって私は悪くないから! 私は自分の身を守るためにデュエルをしているだけなんだ!

 

「怯まないか。ならばこの瞬間、永続罠《マクロコスモス》! 自分フィールドの《カオス・ディスティル》を除外して発動する!」

「《マクロコスモス》?」

 

 《マクロコスモス》が開かれた途端、先生の背後に映し出されていた練金釜が赤く熱を持ちガタガタと震えだした。震えはどんどん激しくなっていき、それに伴う音や時節吹き出す蒸気が私の焦燥感を掻き立てる。

 

「一体なにが⋯⋯」

「これは私が辿り着いた究極の錬金術」

 

 練金釜が限界を迎えたように爆発した。爆風と閃光が放たれ私は腕で目を覆う。

 しばらくして目を開けると周囲の風景が一変していた。

 

「これは、ここは?」

「これより我々のデュエルは宇宙へと転換された」

「宇宙。だからマクロコスモスか。マクロコスモスとミクロコスモスである人間は、互いに影響し合う関係性という錬金術の思想を表すカード」

「そうだ。全は一なり、一は全なり。私たち錬金術師は単に物資を変成しているのではなく、宇宙そのものを変成してきたのだ。⋯⋯ふふふ、しかしよく知っているね。このまま錬金術の授業と行きたい所だが、それは後にしておこう。《マクロコスモス》の効果はまだ終わっていない! 私は効果でデッキから《原始太陽ヘリオス》を特殊召喚する!」

 

《原始太陽ヘリオス》攻撃力400

 

 《原始太陽ヘリオス》が召喚されると、そのモンスターの近くに集まるように大小、色様々な惑星が寄ってきた。

 

「このモンスターの攻撃力、守備力は除外されているモンスターの数×100になる。そして《マクロコスモス》がフィールドにある限り私の墓地に行くカードは除外される」

「でも練金獣はダイレクトアタックできる! 《鉛のレオーン》の攻撃は続行だよ!」

「私は《マクロコスモス》が存在するとき、もう1枚のセットカード《惑星直列》を発動! 相手フィールドのモンスターを全て破壊し、300ポイントのダメージを与える!」

 

 宇宙に漂う惑星が直線上に並ぶように移動した。するとその重力波により私のフィールド全体がモンスターごと歪んだ。それに耐えられずにモンスターたちは破壊され、余波が私を襲いライフを奪う。

 

保科優姫LP2800→2500

 

「私のモンスターと君の《バトルフェーダー》がフィールドを離れ除外されたことにより、《原始太陽ヘリオス》の攻撃力が上がる」

 

 

《原始太陽ヘリオス》攻撃力400→700

 

「全滅か。だったら私は私のフィールドに魔法、罠がないとき、《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》を守備表示で特殊召喚! ターンエンド」

 

保科優姫LP2500 手札3枚

《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》守備力1500

 

「私のターン、ドロー。魔法カード《黄色の過程—キトリニクス》を発動! 《原始太陽ヘリオス》をリリースしてデッキから《ヘリオス・デュオ・メギストス》を特殊召喚! さらに魔法カード《赤色化—ルベド》発動! 《ヘリオス・デュオ・メギストス》をリリースしてデッキから《ヘリオス・トリス・メギストス》を特殊召喚だ!」

 

《ヘリオス・トリス・メギストス》攻撃力2700

 

「このモンスターはお互いの除外されているモンスター×300の攻撃力、守備力になる。バトルだ! 《ヘリオス・トリス・メギストス》で《グラバースニッチ》に攻撃!」

「《グラバースニッチ》の効果発動! このカードが墓地に送られたとき、デッキから《彼岸の悪鬼スカラマリオン》を守備表示で特殊召喚する!」

 

《彼岸の悪鬼スカラマリオン》守備力2000

 

「《ヘリオス・トリス・メギストス》は相手フィールドにモンスターがいるときもう一度攻撃可能だ! 行け! ウルカヌスの炎!」

 

 攻撃力2700の追加攻撃持ちか。

 

「私はこれでターンエンド」

「このとき《スカラマリオン》の効果でデッキから《深淵の暗殺者》を手札に加える」

 

大徳寺先生LP4000 手札0枚

《ヘリオス・トリス・メギストス》攻撃力3000

 

「私のターンドロー! 私はモンスターとカードを1枚伏せてターンエンド」

 

 伏せモンスターは《深淵の暗殺者》だ。これは相手モンスター1体を破壊できるリバース効果を持っている。これであのモンスターは処理できるはずだ。

 

保科優姫LP2500 手札3枚

セットモンスター1体

セットカード1枚

 

「私のターン、ドロー。《ヘリオス・トリス・メギストス》でセットモンスターに攻撃!」

「伏せモンスターは《深淵の暗殺者》! よってリバース効果で《ヘリオス・トリス・メギストス》を破壊するよ!」

「無駄だ! このモンスターは破壊されたとき、特殊召喚する! そして復活する度に攻撃力が500ポイントアップする!」

「えっ!?」

 

《ヘリオス・トリス・メギストス》攻撃力2700→3200

 

「一度破壊されたこのカードに攻撃権が復活する。終わりだ! ウルカヌスの炎!」

「くっ、裏目に出たか! 私は永続罠《闇次元の解放》を発動、除外されている《バトルフェーダー》を守備表示で特殊召喚する!」

 

《バトルフェーダー》守備力0

《ヘリオス・トリス・メギストス》攻撃力3200→2900

 

「ちっ、攻撃は続行、破壊する。私はカード1枚セットしてターンエンドだ」

 

大徳寺先生LP4000 手札0枚

《ヘリオス・トリス・メギストス》

セットカード1枚

 

 破壊は無意味だったか。となると処理方法がかなり制限されるな。でも先生の手札はゼロ。あのモンスターが最後の砦だろう。手札を回復される前に攻めて行きたい。

 

「ドロー」

 

 これか。⋯⋯これか。いや、使っていいはず。来たってことはそういうことだ。

 

「私は墓地の闇属性モンスターが7体以上のとき、魔法カード《終わりの始まり》を発動する。5体の闇属性モンスターを除外して3枚ドロー」

「5体のモンスターが除外されたことで《ヘリオス・トリス・メギストス》の攻撃力がアップする」

 

《ヘリオス・トリス・メギストス》攻撃力2900→4400

 

 このカードが来るのか。まさにこの状況で一番輝くカードだ。もしもデッキに意志があるとしたら絶対、このターンで勝て、って言ってると思う。

 

「ドローはいいが、攻撃力を上げてよかったのか?」

「いいんだよ。おかげで良いカードが引けたからね。私は魔法カード《闇の誘惑》を発動。デッキから2枚ドローして闇属性モンスターを1枚除外する。私が除外するのは《ゴーレム》!」

「《ゴーレム》だと!?」

「そう。このカードが勝負を決めるよ。先生はLP4000分のダメージを覚悟しておいてくださいね」

「随分と自信があるようだがそう上手く行くかな?」

「さて、どうでしょう。私は手札を1枚捨てて装備魔法《D・D・R》を発動! 除外されている《ゴーレム》を特殊召喚する!」

 

《ゴーレム》攻撃力2500

 

「このモンスターがフィールドにいる限り、フィールドの光属性モンスターの効果は無効化される。《ヘリオス・トリス・メギストス》は光属性のモンスター。よって効果が無効化され攻撃力はゼロになる!」

 

《ヘリオス・トリス・メギストス》攻撃力0

 

「⋯⋯」

 

 先生は表情を消しているから反応は窺えないけど、多分まだこれじゃ不十分だ。まだ伏せカードが残ってる。

 行けるとこまで行ってみよう。

 

「私は《D・D・R》のコストで墓地に送った《ヘルウェイ・パトロール》を除外して効果発動! 手札から攻撃力2000以下の悪魔族モンスター、《カードガード》を特殊召喚する!」

 

《カードガード》攻撃力1600

 

「そのカードは⋯⋯!」

「特殊召喚時、このモンスターにガードカウンターを一つ置く」

「⋯⋯私はその瞬間、セットカード《グランドクロス》を発動。相手に300のダメージを与え、フィールドの全てのモンスターを破壊する⋯⋯!」

 

保科優姫LP2500→2200

 

「そして《ヘリオス・トリス・メギストス》を500ポイントの攻撃力を上げて復活させる!」

 

《ヘリオス・トリス・メギストス》攻撃力5200

 

 《ヘルウェイ・パトロール》が除外されたことでさらに300ポイント攻撃力が上がった。

 伏せカードはモンスター全破壊のカードだったか。確かに強力だ。でも使うタイミングは本意じゃなかっただろうな。《カードガード》は乗っているカウンターを他のカード移し替えてそのカード破壊を一度だけ防ぐ効果がある。きっと《ゴーレム》の生存を嫌ってカウンターを移し替える前に《グランドクロス》を発動したんだろう。

 でももう遅い。それだけじゃ私は止まらない。

 

「魔法カード《死者蘇生》。墓地の《ゴーレム》を復活させる!」

「くっ、やはりか⋯⋯ !」

 

《ゴーレム》攻撃力2500

《ヘリオス・トリス・メギストス》攻撃力5200→0

 

「さらに墓地のレベル5以上のモンスターである《フレイム・オーガ》を除外することで手札から《邪帝家臣ルキウス》を特殊召喚する!」

 

《邪帝家臣ルキウス》攻撃力1000

 

「《邪帝家臣ルキウス》をリリースして《軍神ガープ》を召喚!」

 

《軍神ガープ》攻撃力2200

 

「このカードがいる限りモンスターは全て攻撃表示となる。バトル! 《ゴーレム》で《ヘリオス・トリス・メギストス》に攻撃!」

「ぐああああああっ!」

 

大徳寺先生LP4000→1800

 

「《ヘリオス・トリス・メギストス》の効果!」

「無駄だよ。特殊召喚された所で攻撃力ゼロの状態で攻撃表示になる」

「くっ⋯⋯!」

「《軍神ガープ》で攻撃!」

「うわああああああああ!」

 

大徳寺先生LP1800→0

 

 私の勝負を決める一撃を喰らい、地に膝をつけ倒れる先生。

 

「せ、先生、大丈夫ですか?」

 

 デュエルが終わって先生の下に駆け寄り声をかけた。すると先生は顔を上げ口を開く。

 

「大丈夫ニャ。少し休めばすぐに回復するのニャ」

 

 口調や目つきは普段通りに戻ったけど、表情は疲れているようだった。今更ながらに私の罪悪感は膨れて、思わず謝罪の言葉が出る。

 

「君が気にすることじゃないのニャ。悪いのは——」

 

 そう言いかけ視線を彷徨わせる先生。その意図に気づき私も辺りを見回すとやはり沙夜の姿がなくなっていた。もうどこかに行ってしまったんだろうか。

 

「先生、帰りましょうか。帰って休んだ方がいいです」

「いや、私は残るよ。ここは私の実験室でね、休める場所もあるんだ」

「そう、ですか。じゃあ私は行きますけど⋯⋯、その、元気になってくださいね」

「ああ、君も」

 

 ぐったりする先生を放置していくのが申し訳なかったけど、しつこく食い下がると先生の秘密に抵触しそうだったから、私は渋々この場を後にした。その方が先生にとっても良いことだと思うし。

 寮に戻るまでの道中、大徳寺先生とのことを考える。思えば私は、人を傷つけたのはこれが初めてだ。もっと正しく言うなら、痛みを理解していながらなお、痛みを与えるのは初めてだ。無意識のうちに人を傷つけていたことはあるだろうけど、相手に傷を負わせてしまうとわかっていながら人を叩くというのは記憶にない。

 強制されていたとはいえ、さっきの私は我儘で図々しくて、愚かな行為をしていたと感じる。あの瞬間の私は先生と同じように被害者だったけど、デュエルに勝った私は善人とは言えない。先生は傷つけたことを許してくれたけど、だからと言って善人でいられるわけじゃないはずだ。

 私は、どんな理由があっても人を傷つけた人間は善人にはなれないと考える。人に危害を加えておいて許されようなんて、途轍もなく身勝手なことだ。

 でも先生は許してくれた。多分、私と先生の立場が逆転したら私も許すのだろう。それならば私は、身勝手なままでいいんじゃないだろうか。許してもらったら、その分許す。人に我儘だなんだと言われようが、これだって平等だ。

 うん、そういうことにしておこう。先生を傷つけてしまったけど、先生が許してくれたから自身を省みたり反省はしない。

 うだうだ悩んだけどハナから結論は決まっていた。結局、本心では先生にしたことを悪いとは更々思ってなかったんだから。反省なんてできるわけがないしする気もない。

 私とはそういう人間なんだ。そんなことを今になって気づいた。

 

 

 

 黙々と考え込む道のりは、往路よりも短く感じる。今は既に寮内で、目の前には自室の扉が見えてきた。脳内感覚では短く感じた距離だけど、身体は事実をしっかり理解しているようで、それに意識を向けると脚の疲労感が相応の運動量を必死に伝えてくる。

 部屋に入ったらとりあえずソファに座ってゆっくり休む。そう決めて入室したが、どうやらゆっくりはできないことをすぐに悟った。

 

「お帰りなさいませ、優姫様。どうぞこちらにお座り下さい」

 

 なぜなら、そこには姿を消したはずの沙夜がいたからだ。



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沙夜のお仕事

「おお? おおお? おおおおぉー?」

「力加減はいかがですか」

「おおお? 気持ち良いよ、なにこれ」

 

 ソファに座り脚をだらんと伸ばした状態。

 沙夜は私の前に正座して、自身の太ももに私の足を乗せマッサージしてくれていた。足首から太ももにかけて、肉を持ち上げるように指を擦ったり、靴下を脱がされ足指マッサージまでされたりして、気恥ずかしさがあったけど存外気持ち良い。

 リンパとかツボとか全く知らないし、正直マッサージなんて大した効果はないと今まで思ってたけど、これは良いものだ。こんなに気持ち良かったなんて、世の中の女性たちがこぞってマッサージ屋に通うわけだよ。

 まあ、それはさておき。

 

「なんでマッサージしてくれてるの?」

「これが仕事だからです」

「仕事。沙夜ってマッサージ師なの?」

「先程も申した通り、夜闇家使用人です」

「言ってたね。私を試すとか。拒否権はないの?」

「当主様のご意思ですのでありません」

 

 沙夜は私の質問に無表情で短く答える。自分からはなにも言わず私の脚を撫でるばかりだ。

 

「こうしてマッサージしてくれるのはありがたいんだけど、わざわざする必要のない仕事外のサービス的なやつだよね? さっきデュエル前に、私が死んでも構わない、みたいなこと言ってたし、やりたくないならやらなくてもいいよ」

 

 好き嫌いは人それぞれだし沙夜が私をどう思おうが勝手だからいいけど、自分の思いを殺してまで尽くされるのは虚しさを感じる。私の世話が仕事だって言うなら仕方ないけど、それならせめて許容できる範囲まで仕事の内容を狭めて欲しい。

 

「⋯⋯申し訳ありません。私は優姫様のお力を疑っていたのです。ただの小娘だと侮っておりました」

「私はその通りだと思うけどね。ちなみに今は?」

「失礼ながら、未成熟。その一言に尽きます」

「うーん、それって私に対して使用人っぽいことをするのが嫌ってこと? 嫌ならしなくていいんだけど」

「嫌ではありません。私はこうして人に尽くすことに喜びを感じるようにできているのです。それに未成熟とは言いましたが、優姫様には夜闇としての資質が多大に秘めておられていると私は推測します。その様なお方に仕えることができるのは、本望でございます」

「はあ、それならいいけど」

 

 沙夜は変わらず表情が出てないけど、それに関わらず褒め言葉だとは思わなかった。夜闇の資質があるって、多分世間一般じゃまともじゃないってことだ。将来、あの自分勝手で我がままなお祖父さんみたいな人になるよ、って言われてるようなものだし、あんまり嬉しくない。それともこう思うのってただの同族嫌悪ってやつなんだろうか。

 

「当主様は、命令遂行後そのまま優姫様に仕えるか、普段の仕事に戻るか選べ、と仰いました。今の時点では後者を選びますが、今後の四戦によっては前者となる可能性がございますので、ご了承下さい」

「四戦⋯⋯。後四回闇のゲームをしなくちゃダメなんだよね? 嫌なんだけど。なんでやんないとダメなの?」

 

 あの痛みを何度も食らうことを考えるとげんなりする。ともすれば死んでしまうかもしれないし、無関係の相手を死なせてしまうかもしれないのはどうにかして欲しい。死が伴うデュエルなんて怖すぎる。

 場合によっては形振り構わず拒否しよう。

 

「対戦相手の指定は私ですが、闇のゲーム、ないしそれに準ずるデュエルと指定をしたのは当主様です。ですのでその本意は当主様にしかわかりません。その上で、僭越ながらご意思を推察しますと、やはり優姫様にはお教えするべきではないと判断できますので、これに関しては優姫様には我慢していただく他ありません」

「ふーん。じゃあ私が逃げて誰にも見つからない場所に隠れたりしたらどうするの?」

 

 私は沙夜の太ももに乗せた足を挑発するように押し付ける。冗談めかした台詞と行為だけど、内心ではそうするのも一つの手だと思っていた。

 

「それは不可能です。この筋肉の薄い脚では私から逃げることなどできません」

 

 沙夜は両手で慈しむように私の両脚を掻き撫でる。顔こそ不動だけど手には雄弁なほどの感情が乗っていた。

 

「わかんないよ? もしかしたらできるかも」

「できるとしてもやめておいた方が良いです。でないと私は強引にでも命令を遂行しなければならなくなりますので」

「どんな風に?」

「例えば——」

 

 例えば。その台詞が少し上擦ったように聞こえた。顔は無。取り繕ったのではなく最初からそのままだ。

 そしてその代わりと言わんばかりに動いたのは指だった。優しい手つきなのはさっきと変わらない。

 手の動きが止まる。場所はちょうど両足首だ。手の平で包むように掴まれると何故か身が震え、薄っすらとした害意が伝わってくる。それは私の神経を鋭敏にさせ、指の蠢きを感じ取るとすぐにアキレス腱を探っているんだと気付いた。力なんて一切込められてないけど、それが恐怖感を煽る。今まで無防備にも脚を触らせていた事実に、今更ながらにもの恐ろしさが湧いた。

 私はこの人のことをなにも知らないのだ。加えて夜闇の人間。人を容易く殺せる人間なのかもしれない。そういう可能性があるというだけで血の気が引いた。

 

「いえ、言う必要は有りませんね。優姫様は賢い方だと信じておりますので」

「⋯⋯」

 

 怖い。なんでこんな思いしてるんだろう。ちょっと泣いちゃうかもしれない。思えばさっきだって死がすぐ隣にある状況だったんだ。そして今後も少なくとも四回その瞬間がやってくる。そう考えると私って世界で一番不幸な女だと思えてきた。

 

「はぁ、もうマッサージはいいよ⋯⋯」

 

 溜息と共に沙夜から足を引きぬき地に下ろした。放してくれなかったらどうしようかと想像したけど、すんなり解放してくれてホッとする。闇のゲームと脅しともとれる今の台詞から、私の中で沙夜は危険人物であることは確定したけど、無闇に襲われることは無さそうだ。

 

「なんでこんなことになったんだろうなぁ」

「優姫様、あまり悲観する必要はありません。要はダメージを負わずにデュエルに勝てば良いのです」

「簡単に言うね」

「簡単ですから。少なくとも、先程のデュエルに於いては。相手次第ではありますが、今後の四戦でも無傷かそれに近い戦績を残せると私は想察します」

「いや、簡単じゃなかったって。大徳寺先生は強かったよ」

 

 最大攻撃力は高かったし全体破壊の手段も幾つかあった。あと直接攻撃も。これでノーダメージで勝てるというのはさすがに買い被り過ぎだ。実際にさっきのは全力で戦った上であれだけのダメージを食らったわけだし。

 

「⋯⋯成る程、自覚が無いのですね」

「自覚? それって無意識のうちに力をセーブしてさっきのデュエルで本気を出せてなかったって言うの? あり得ないって」

 

 そんなのはアニメとかのキャラクターが、物語を盛り上げるために作者に指示されてやることで、生身の意思を持つ私には出来ないことだ。

 

「おそらく優姫様は相手の力に合わせて、本気の出し方を構想なされています」

「相手と同じくらいの力まで手加減してるって意味? 自分でもその理由がわからないけど」

「その理由は対戦相手の実力の底を見るためだと私は目算します。相手の実力の全容を知り尽くした上で勝利することこそが、真の勝利だとお考えになっているのではないでしょうか?」

「うーん、わかるような、わからないような。でも仮にそうだとして、私が意識して本気を出せたとしても、ノーダメージ勝利は厳しかったと思うよ」

「いいえ、可能です。優姫様は、初ターン目で彼のデッキは除外を多用して力を発揮するデッキだと気付けたはずです。それならば除外を封じるカードを使用したら良いだけのこと。《錬金釜—カオスディスティル》を破壊するカードでも良い。その様なカードを次ターンでドローするだけで労することなく勝てていたのです」

 

 それは確かにそうだ。その二種だけじゃなく、モンスター効果を封じたりモンスターの特殊召喚を封じたりするカードでも完封できた。そしてそれらのカードは全て私のデッキには入っている。

 

「だからって都合よくドローできるとは限らないよ」

「出来ますよ。現に優姫様はラストターンで完璧に勝負を決定付けるカードを引き込みました。これはあの時点で相手の底を見たと無意識に判断したからでしょう」

 

 言われると納得できる。この論にしっくり来てる自分がいた。そう思うのはやっぱり手加減してるからなんだろうか。言い包められてる気もしないでもないけど。

 

「言わば癖の様なものですね。しかしそれが無自覚だというのなら、直ぐに直すことは出来ません。また直すべきではないのかもしれません。癖のせいで勝利までの道のりが遠退いていますが、癖のおかげで強い力を発揮出来ているとも考えられますから。この癖とはつまり優姫様の思想でもあり、そういった部分にデッキが共感して望みに耳を傾けてくれているのかもしれません」

 

 カードの精霊とかの話しか。そういう力が働いているのはデュエルしてればイヤでもわかるけど、それを意図的に利用できるかと言えば私はできない。きっと世の中には自在にドローカードを操ったりできる人がいるんだろうな。

 

「あれこれ言ったけど、結局、今後の四戦はどれもしんどいってことだよね」

「そうなります。優姫様には覚悟を決めてもらう他有りません」

「仕方ないか⋯⋯。あっ、だったら対戦相手を教えてよ」

「それは出来ません。と言うより、まだ決まってないのです。一戦毎に優姫様に適した相手を選ぶ手筈になっておりますので。ただ、次戦に関してはその方針を決めましたので、それに見合う方を見つけ次第二戦目を執り行う予定です」

「そうなんだ。じゃあなるべく弱い人にしてね。⋯⋯って言っても意味なさそうだけど」

「検討します」

 

 そう言うけど絶対そうはならないだろうな。ま、仕方ない。過剰な攻撃さえしなければ死ぬことはなさそうだし、対戦相手には我慢してもらうしかないか。

 

「それはそうと。一つ、ご提案があるのですがよろしいでしょうか」

「なに?」

「優姫様、運動しましょう。優姫様はやや筋肉不足の傾向が有ります」

「運動? 面倒臭いからヤダ」

 

 話しの内容がガラリと変わったな。私にとって聞きたくない話しだ。

 

「いいんですか? このまま今と同じような生活を続けると、ブクブクに太ってしまいますよ? というかすでに⋯⋯」

「太ってないから。確かにここの食事は豪華で美味しいけど、太ってないから」

 

 決して太ってはいない。この胸のせいでそう見えるだけだ。ちょっとぷにぷにしてるとこがあるだけで、太ってるわけじゃない。⋯⋯まだ。

 

「原因は食事でしたか。ならばそれも改善する必要が有りますね。明日から優姫様には私が作った食事を食べていただきます。そして朝と夜、一日二回のジョギングをしましょう。拒否権はありませんよ」

「強制? ⋯⋯まあ、やれって言うならやるけどさ、なんで態々こんなことまでやらせようとするの?」

「それは私が夜闇の使用人だからです」

 

 微妙に答えになってないんだよなあ。自分のためにもなるし別にいいけどさ。

 

「だったら、ちゃんと最後まで面倒見てよね」

「ええ、勿論です。それが私の仕事ですから」

 

 仕事か。

 あれ、もしかして使用人ってメイドみたいなもの? 身の回りのことをお世話してくれる小間使い、もっと言えばパシリ。さらには奴隷? 

 言ったらなんでも言うことを聞いてくれるんじゃないだろうか。それがたとえどんなに嫌なことであろうとも。

 

「沙夜。ちょっとそこに跪いて私の足を舐めてみてよ」

「なにを馬鹿なことを言ってるんですか?」

「ごめんなさい⋯⋯」

 

 そりゃそうだね。



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VSカイザー 普通のデュエル

 沙夜が来てから数週間が経ち、私の生活は見事に改善された。前よりも随分と有意義な人生になった気がする。想像以上に沙夜は有能だったのだ。

 食事は美味しくてヘルシーになったし、朝と夜のジョギングも私の体力に合わせてしっかりとプランニングをしてくれて、無理なく今日まで続けてこられた。ひとえに沙夜のおかげであり、今では感謝の気持ちでいっぱいだ。

 今夜も当然ジョギングがあり、そろそろその時間となるので私は走る格好に着替えることにした。ベッドを見るとトレーニングウェアが綺麗に折り畳まれている。これらは沙夜が私に合わせて見繕ってくれたものだ。

 早速私は全裸になって用意されたスポーツショーツを履き、七分丈のランニングタイツを身につけ、ハードタイプのスポーツブラに首を通す。そしてナイロンジャケットを着た。

 上から下まで全てにおいて私にぴたりとハマる服だ。沙夜の有能さが窺える。これが使用人という職業なんだろうか、それとも沙夜個人だけなのか。沙夜の他に比べる相手を知らないからわからないけど、少なくとも沙夜は優秀だ。それはこの服や私の生活改善のことだけでなく、立ち居振る舞いとかなんか変なアイテムを持ってたりするとこもそうで、いざってときはすごい頼りになると思う。変なアイテムとかドラえもんみたいだけど。

 まあ、とにかく。闇のゲームのことさえなければ沙夜は私にとって良い奴ってことだ。

 準備もできたしそろそろ行こう。

 

「さよえもん、もう着替えたよ」

「はい。それでは参りましょうか、コロ助様」

 

 のび太呼びじゃないところに悪意を感じるんだよなあ。

 沙夜はこういうところもある。

 

 

 最近のコースは女子寮から灯台まで。

 沙夜と並走すること二十分、私たちは灯台付近まで辿り着いた。いつもはここで折り返して復路をまた走るんだけど、沙夜に制止をかけられ立ち止まる。

 

「どうしたの?」

「あちらに二人の人影があるのが見えますか」

 

 沙夜は灯台の根元を指差して言う。指の先には確かに二人いた。男と女、よくよく見ると見知った顔だ。

 

「明日香と三年のカイザーとか言われてる人だね。こんな時間になにしてるんだろ」

「優姫様、ジョギングは一旦終了してあの男性とデュエルしませんか」

 

 その提案に私は訝しげな表情を沙夜に見せた。考えを見透かそうとするけど、沙夜相手にそんなことができるわけもなく、ただじっと見つめる。

 正直、生徒の中で一番強いと言われてるカイザーとのデュエルはしてみたい。だから沙夜を見つめているのは、疑いよりもなにも企んでないことを証明してくれるならして欲しいという気持ちからの挙動に近かった。

 

「普通のデュエルです。これに嘘はありませんよ。強いて理由を上げるのなら、力のある方との接点作りといったところでしょうか。彼は将来プロデュエリストになる方ですので一度面識を得てコネクションを作ることが得策だと思ったのです」

 

 なるほど。それなら信じても良い理由になるな。

 

「でもあの二人、なんか良い雰囲気だし邪魔することになるよ」

「いいえ。二人に恋愛関係はありませんよ」

 

 きっぱりと言い切ったね。沙夜がそう言うならそうなんだろうけど。

 

「断られなかったらやるよ」

「大丈夫です。私が申し出たら、向こうの方がデュエルに積極的になりますから」

「わあ、意味深」

 

 なにかを含んだ物言いが少し気になったけど、問題はないと判断して私たちは灯台に向かった。

 沙夜は恋仲を否定したけど、行くまでの間になんかされたら気まずいから、大げさにならない程度に足音を立てながら近づく。その音に二人は気づくと意外そうな顔でこちらを見てきた。

 

「あら、優姫と⋯⋯、そちらは?」

「これは沙夜。私の使いパシリだよ」

「私は沙夜です。夜闇家の使用人でございます」

 

 沙夜は表情を変えずに私の紹介を訂正する。茶目っ気心をスルーされたみたいでちょっと寂しい。

 

「知り合いか?」

「ええ、まあ」

 

 カイザーの問いに明日香は曖昧に頷く。確かに私と明日香は自己紹介をしたし知り合いと言えるけど、それ以来会話は殆どしてない。だから今のところ、悪い印象はないけど良い印象もないのだ。

 

「俺は丸藤亮だ」

「カイザーだよね。二人はどうしてここに? そういう関係なの?」

「ち、違うわ。私はただ、相談を⋯⋯」

「相談」

「現在、行方不明の天上院吹雪のことです」

「沙夜には聞いてないけどそうなんだ」

 

 調べればすぐわかることだけど、ホント沙夜は物知りだ。もしかしたらその人の所在も知ってるかも。

 

「ちなみに沙夜はその人がどこにいるのかわかる?」

「わかりますよ。教えましょうか?」

「ああ、ホントにわかるんだね」

「⋯⋯それは本当なの?」

 

 明日香の怪しむ姿を見て沙夜の言葉が冗談事じゃないことに気づく。行方不明ってつまり人が一人居なくなったってことだ。これで嘘だったらさすがに不謹慎だけど、沙夜ならそうじゃないだろうな。

 

「この二人に教えないのなら、優姫様にだけ特別に教えて差し上げます」

「いや、教えてあげなよ。知ってるってのは嘘じゃないんでしょ?」

「本当のことにございます。ですがこれはおいそれと人に話して良いことではないので。大変に危険なことに巻き込まれかねないのですよ」

 

 知っていて教えない。または、知っていると思わせて期待を煽る沙夜に、明日香とカイザーの表情は険しくなる。二人からしたら、よく知りもしない人におちょくられてるようなものだし、こうなるのは当然だ。

 

「ですが、デュエルで勝つことができたなら吝かではありません」

 

 ああ、そういうつもりで。手段を選ばないというかなんというか⋯⋯。

 

「吹雪の所在を知っているのは本当なんだな?」

「はい」

「ならば俺が相手だ」

「はい。ディスクはこちらで用意しておりますが、デッキはお持ちですか」

「当然だ」

「それでしたらどうぞ。優姫様も」

 

 背負っていたバッグから二つのデュエルディスクを取り出し、私とカイザーに手渡す沙夜。わざわざ持ち歩いていたということは、この状況を見越していたんだろうか。用意周到なことだ。

 

「相手は優姫なのね」

 

 明日香が言った。

 言い出した沙夜じゃなく私。これはつまり私と沙夜はグルだと思わせる要因だ。実際私は沙夜を黙認してるわけだから否定はできないけど、嫌われたなら心苦しい。かと言って、わさと負けるつもりもないから頑張ってね、としか言えない。口に出して言うわけでもないけど。

 

「ごめんね。悪いのは全部沙夜だから。それより沙夜。このディスク、この前みたいに細工してないよね」

「はい。今回は試練ではなく普通のデュエルですので、優姫様は存分に楽しんで下さい」

 

 そうは言ってもこの二人にとっては重いデュエルっぽくて素直に楽しめない。いや、内心では楽しむけど。

 

「悪いがこのデュエル楽しむ暇はない。始めから本気で行かせてもらうぞ」

「いいよ。始めようか」

「「デュエル!」」

 

丸藤亮LP4000

保科優姫LP4000

 

「先攻は譲る!」

「じゃあ私のターン、ドロー!」

 

 威勢良く私に先攻を譲ってきたけど、後攻が良かったのかな。確かカイザーのデッキは《サイバー・ドラゴン》のデッキだったから、後攻ならその特殊召喚効果が使いやすいという考えか。もしくはいち早く攻撃を仕掛けたいからか。

 でも《サイバー・ドラゴン》の攻撃力は2100で、それだけでは大した脅威じゃない。警戒するべきなのは融合だ。そこまで詳しくはないけど、確か複数回攻撃できたり、攻撃力4000の貫通効果があったりするモンスターがいたっけ。さらに機械族だから《パワー・ボンド》とか《リミッター解除》もあるだろう。4000の倍の倍。攻撃力16000の貫通とか適所でやられたらそれで終わる。

 まあ、どちらも魔法カードでサーチ手段がないから一編に揃うことはそうないし極端に怯える必要はない。

 

「私は《魔界発現世行きデスガイド》を召喚、効果でデッキから《魔犬オクトロス》を特殊召喚するよ」

 

《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000

《魔犬オクトロス》攻撃力800

 

「《魔犬オクトロス》を墓地に送り、魔法カード《トランスターン》を発動! このモンスターと同じ種族、属性でレベルが1つ高いモンスターをデッキから特殊召喚する。私は《メルキド四面獣》を特殊召喚!」

 

《メルキド四面獣》攻撃力1500

 

「《魔犬オクトロス》かフィールドから墓地に送られたとき、デッキからレベル8、悪魔族モンスターを手札に加える。加えるのは《仮面魔獣デス・ガーディウス》。そしてフィールドの《メルキド四面獣》を含む2体のモンスターをリリースしてこのカードを特殊召喚する!」

 

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだよ」

 

保科優姫LP4000 手札3枚

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

セットカード1枚

 

「俺のターン、ドロー! 魔法カード《パワー・ボンド》を発動! 手札にある3体の《サイバー・ドラゴン》を墓地に送り《サイバー・エンド・ドラゴン》を融合召喚!」

「うわっ!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》攻撃力4000→8000

 

「《パワー・ボンド》によって召喚されたモンスターの攻撃力は、その元々の攻撃力分アップし、ターンエンド時、俺は上昇分のダメージを受ける」

「いきなり来たな⋯⋯!」

「言ったはずだ。楽しむ暇は無いと! 俺は《サイバー・エンド・ドラゴン》で《デス・ガーディウス》に攻撃!」

 

 攻撃力の差は4700。でもまだ大丈夫。

 

「この瞬間、私は手札から《ジュラゲド》を特殊召喚!」

 

《ジュラゲド》守備力1300

保科優姫LP4000→5000

 

「《ジュラゲド》の効果でライフを1000回復。さらにこのモンスターはリリースすることで、自分のモンスター1体の攻撃力をターン終了時まで1000上げることができるよ!」

「無駄だ! 攻撃を続行する!」

 

 この自信は《リミッター解除》もあるってこと? だったら負けるけど⋯⋯。

 

「⋯⋯私は《ジュラゲド》をリリースして《デス・ガーディウス》の攻撃力を1000上げる」

「破壊だ!」

 

保科優姫LP5000→1300

 

 ダメージは痛いけど、《リミッター解除》はなかった。とりあえずは助かったな。

 よし、ここからは私が攻める。

 

「墓地に送られた《デス・ガーディウス》の効果! 《サイバー・エンド・ドラゴン》を対象にデッキから《遺言の仮面》を装備するよ!」

「そうはさせない! 速攻魔法《融合解除》! 《サイバー・エンド・ドラゴン》を融合デッキに戻し、墓地の3体の《サイバー・ドラゴン》を蘇生させる!」

「なっ!? それはダメだよ! 罠発動《悪魔の嘆き》! 相手墓地の《サイバー・ドラゴン》を1体デッキに戻し、私のデッキから《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》を墓地に送る!」

「くっ⋯⋯! 防がれたか!」

「《融合解除》は素材になったモンスターが一式ないと特殊召喚できないからね。⋯⋯墓地に送られた《グラバースニッチ》の効果でデッキから《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》を守備表示で特殊召喚」

 

《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》守備力1200

 

 危ない、危ない。《リミッター解除》じゃなかったとは言え、宣言通りの手札構成だ。

 

「俺は《サイバー・ジラフ》を召喚、このモンスターをリリースしてこのターン受ける効果ダメージを0にする。⋯⋯ターンエンドだ」

 

丸藤亮LP4000 手札0

 

 でも防げた。結果論だけどたとえ《リミッター解除》があったとしても私にとどめを刺すことはできなかった。⋯⋯今回に限っては、だけど。

 きっと彼はこういった攻めをコンスタントにできるんだと思う。今回、私に対してはただの攻め急ぎに終わったけど、並みのデュエリストが相手だったら余裕で勝てたはずだ。それほどまでに優れたデュエリストだと誰が見ても思うだろう。

 とはいえ現状、カイザーのフィールドにモンスターはなく、手札もない。墓地にもフィールドに効果を及ぼすカードはなく、真の意味でのガラ空きだ。この隙を逃すほど私は間抜けじゃない。ささっと決着をつけよう。

 

「私のターン、ドロー。《ガトルホッグ》をリリースして《魔帝アングマール》を召喚!」

 

《魔帝アングマール》攻撃力2400

 

「召喚時の効果で墓地の《トランスターン》を除外し、デッキから同名カードを手札に加える。同時に《ガトルホッグ》の効果を発動。《グラバースニッチ》を墓地から特殊召喚。フィールドに《彼岸》以外のモンスターがいることで自壊して効果発動。デッキから《彼岸の悪鬼スカラマリオン》を特殊召喚。このモンスターも自壊する。そして墓地の3体の悪魔族モンスターを除外し《ダーク・ネクロフィア》を特殊召喚!」

 

《ダーク・ネクロフィア》攻撃力2200

 

「2体のモンスターで攻撃。終わりだよ」

 

丸藤亮LP4000→0

 

 まあ、こんなもんかな。さっき沙夜はコネ作りとか言ってたけど、十分力を示せたと思う。友好的になれたかはまた別だけど。

 

「あの亮が、負けた⋯⋯?」

「くっ。すまない、明日香」

 

 明日香の呟きに、申し訳なさと悔しさを滲ませて謝るカイザー。

 勝ってしまって気まずい。なにかしらフォローしたいけど、いい案が浮かばず半ば責任転嫁ぎみに沙夜を睨んだ。すると、沙夜が口を開く。

 

「さて優姫様。参りましょうか」

「え、もう行くの?」

「はい。用は済みましたから」

「うーん。教えてあげたら?」

「教えることは重要ですか。この方々の事情は我々には関係のないことです。意味がないのですよ」

 

 無関係だから余計なことはしない。これが沙夜の考え方、スタンスだ。それにケチをつけるつもりはないけど、良心に欠ける気がする。そういうのはなんだかんだ、後からしっぺ返しがあるというのが私の持論だ。

 損はしたくない。

 

「それでも教えて」

「⋯⋯わかりました。お二方、お聞き下さい。現在、天上院吹雪はとある組織に所属しています。そしてもう時期、その組織の一員としてこの学園にあなた方の敵として攻め入ってきます。ですので待っていればそのうち再開できるんじゃないですかね。それが良いことかはわかりませんが」

 

 私にとってはいまいち着いていけない話しだけど、二人にとっては大事だということは察せる。だからこそ沙夜の投げやりな台詞が気になった。二人に悪印象を与えないで欲しい。

 

「⋯⋯その話しが真実だという証拠は?」

「以上です。行きますよ、優姫様」

「待って! 兄さんはなぜ敵になったの? もっと詳しく教えて!」

「優姫様、少し失礼します」

「え? うわぁっ」

 

 沙夜はこの場にいる全ての人を無視し、私を横抱きにした。そして明日香の制止の声を背に走り出す。

 私は落ちないようにしがみ付くばかりだった。

 

 

 

「言いたくなかったの?」

 

 道中、無言で走り続ける沙夜に聞いた。表情こそいつも通りだけど、怒ってるように感じたからだ。

 

「⋯⋯あの情報は優姫様の為に手に入れたのです。それを有象無象の学生に、あろうことか気遣いのみで教えたのですよ。これではただの損失でしかありません。全くの無意味なのです」

「そうかな、私はそうは思わないよ。悪いことをしたら自分に返ってくるし、その逆だってそうだ。あの二人に対して最善を尽くせたとは思わないけど、情報を教えたのは少しは私たちにとって有益だったと思うよ」

「彼らに力試し以上の価値はありません。恩を売ったところで大した見返りは期待出来ないと私は考えます」

「仮にそうだとしても、ぞんざいな扱いをしてたら恨みを買っていた。それはさらなる損失に繋がると思わない?」

「思いません」

 

 きっぱり。

 沙夜には沙夜の言い分があるのはわかるけど、使用人ならもう少し私に同調してくれてもいいのに。

 

「しかし優姫様のお考えはよく分かりました」

「うん。私は損をしたくないんだよ」

「成る程。ですが間違っています」

「間違ってるかな? そう決めつけてると痛い目を見そうだけど」

「間違っています。自業自得とか因果応報とか、そんなものは無いんですよ。真に力を持つ者の前では」

「それって私のこと? それとも沙夜?」

「貴女や当主様のことです。あなた方は特別な人間で、その歩む道を凡人ごときが邪魔をしてはいけないのです。また、私が邪魔をさせません。そして優姫様。貴女も考え方を正すべきです」

「どうなれって言うの?」

「主我主義者にお成り下さい」

 

 唯我独尊、我田引水。要は我儘になれってこと。

 なぜか沙夜は私のことをすごい奴だって思ってるけど、私はそうは思わない。そんな私が自己中心的になれば当然のごとく反発されるだろう。痛い目を見るのは目に見えてる。

 

「考えておくよ」

 

 考えるまでもない。結局私は損をしたくないだけなんだ。



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VSレッド生 1対5

「長らく時間が開きましたが、今夜第二戦目を執り行います。準備は出来ていますね」

「もう忘れてるのかと思ったよ。相手は誰?」

「ご要望通りの相手となっております」

「それならまあ、前回よりは楽になりそうかな」

「ご健闘を祈ります」

 

 

 

 それが今朝の会話。

 真夜中、湖沿いの開けた場所に私たちはいた。少し時間が経つと、対戦相手のオシリスレッドの制服を着た人物が到着する。

 オシリスレッドということは比較的に弱いってことで、前に要望した通りの相手だ。私は嬉しかった。案外沙夜は頼めば都合を聞いてくれると思い、次回以降のデュエルも楽できると喜んだんだ。さっきまでは。

 

「揃いましたね」

 

 足音が聞こえる。

 来たみたいだ。五人目のレッド生が。ずらりと並ぶレッド生たち。皆、腕にはデュエルディスクを装着している。それは見学者などは居なく、この中の全員がデュエルすることを意味していた。

 

「揃いも揃って覇気の無い顔ですね」

「いや、それは洗脳状態にあるからでしょ。可哀想に」

「取るに足らない低水準の凡愚どもに同情など必要ありません。早速デュエルを始めましょう。ルールは先程申した通りです」

「口が悪い。⋯⋯でもまあ、やらなきゃ終わらないし、仕方ないか。やるよ」

 

 ディスクを構えると五人のレッド生も私に倣う。沙夜の仕業で五人共、活力がなくなっていたけどデュエルしようとする意思はあるようだ。

 考えてみれば当然か。闇のゲームとなっているこのデュエルを自分からやりたがる人はいない。強制的にデュエルをさせるために彼らはこんな状態になってるんだから。

 沙夜はデュエル後の後始末は万全だと言っていた。後始末とはこの五人に対するアフターケアのことだ。このデュエルが終わると彼らはそれぞれのベッドに移動し、今夜起こったことを頭の中で夢として処理するようになってるらしい。

 つまりこの人たちを殺しさえしなければ、今回は丸く収まる。前のデュエルでわかったけど、ダメージを受けても痛いは痛いが案外死なないものだ。この人たちは完全に巻き込まれた被害者だけど、負けてあげるつもりはない。私だって痛い思いはしたくないのだ。

 

「デュエル! 私は後攻でいいよ!」

 

 ともあれ始めよう。

 一対五の変則デュエル。フィールド、墓地、ライフは別々で、ターンの順番は交互じゃない。それならば一人の私が先攻を取るのは愚策だ。先攻1キルや、ガチガチのロックを形成できるなら先攻もありかもしれないけど、相手は五人いるからそれは不可能に近い。後攻で相手の出方を見るのが良いと判断した。

 

「ドロー、モンスターとカードを2枚セット。ターンエンド」

 

レッド生1 LP4000 手札3枚

セットモンスター1枚

セットカード2枚

 

 普通。でも情報が分からないのは困る。

 

「ドロー。《豊穣のアルテミス》を召喚。カードを三枚セットしターンエンド」

 

レッド生2 LP4000 手札2枚

《豊穣のアルテミス》攻撃力1600

セットカード3枚

 

 これはパーミッションか。あのモンスターからして、カウンター罠を多用するデッキだろう。結構上級者向けのデッキテーマだけどレッドのこの人に使いこなせるのかな。

 なんにせよ伏せ3枚は怖い。

 

「ドロー。モンスターとカードをセット。ターンエンド」

 

レッド生3 LP4000 手札4枚

セットモンスター1枚

セットカード1枚

 

 シンプル。

 

「ドロー。《電動刃虫》を召喚。《団結の力》を発動《電動刃虫》に装備し、カードをセットしてターンエンド」

 

レッド生4 LP4000 手札3枚

《電動刃虫》攻撃力3200

装備魔法《団結の力》

セットカード1枚

 

 デメリットがあるとはいえ、攻撃力は高いな。あのモンスターは気をつけないと。

 

「ドロー。行くぞ」

「セットカード《光の護封壁》発動」「チェーン、セットカード《スケープゴート》発動」「チェーン、セットカード《ウィジャ盤》発動」「チェーン、《サモンチェーン》発動」「チェーン、セットカード《積み上げる幸福》発動」

「えっ? えっ?」

 

 いきなりどうしたんだ?

 皆、同じような口調とテンションで、示し合わせたかのように台詞を重ねて言い出した。口を挟む間もない。

 とりあえずはチェーン処理の行く末を見よう。

 

「チェーン4以降に発動された《積み上げる幸福》の効果で2枚ドロー」

「チェーン3以降に発動された《サモンチェーン》の効果で、このターンの通常召喚権が三回までになる」

「《ウィジャ盤》が発動される」

「《スケープゴート》の効果で羊トークンを4体特殊召喚する」

「ライフを3000払い発動する。《光の護封壁》の効果で相手は支払ったライフ以下の攻撃力を持つモンスターでは攻撃できない」

 

 ああ、やっぱり《ウィジャ盤》って言ってたんだね。

 

「《マシンナーズ・ソルジャー》を召喚、召喚成功時手札から《マシンナーズ・スナイパー》を特殊召喚。《マシンナーズ・ディフェンダー》を召喚。《督戦官コヴィントン》を召喚」

 

《マシンナーズ・ソルジャー》攻撃力1600

《マシンナーズ・スナイパー》攻撃力1800

《マシンナーズ・ディフェンダー》攻撃力1200

《督戦官コヴィントン》攻撃力1000

 

 《サモンチェーン》を使ったのはこの人だ。

 

「《督戦官コヴィントン》の効果発動。自分フィールドの《マシンナーズ・ソルジャー》《マシンナーズ・スナイパー》《マシンナーズ・ディフェンダー》を墓地に送り、デッキから《マシンナーズ・フォース》を特殊召喚。ターンエンド」

 

レッド生5 LP4000 手札1枚

《督戦官コヴィントン》攻撃力1000

《マシンナーズ・フォース》攻撃力4600

 

 長いようで短かった相手ターンが終わり、今度は私のターン。ここでしっかり展開できないと次の相手ターンでその物量に押しつぶされる。

 状況を整理しよう。まずはわかりやすいことから。

 四番目と五番目だ。さっきのチェーンで《スケープゴート》と《サモンチェーン》を使ったのがこの二人。《団結の力》が装備された《電動刃虫》の攻撃力は今6400。《マシンナーズ・フォース》の攻撃力は4600で、どちらも脳筋。驚異ではあるけどセットカードがない分、個人別としてはわかりやすい。

 続いて三番目。《ウィジャ盤》を発動したのがこの人だ。まだなんとも言えないな。

 一番目の人は《光の護封壁》を貼った人だ。攻撃を制限することで他との連携を狙ってるのかもしれない。

 そして私が一番厄介だと思うのが二番目の人だ。三枚の伏せカードの内、一枚は《積み上げる幸福》だったけど、まだ二枚残ってる。きっとどっちもカウンター罠のはずだ。そのカードによってはこのターン、私はなにもできずに終わるかもしれない。

 まとめると、相手の中で一番怖いのは、バカみたいな攻撃力のモンスターではなく、特殊勝利カードの《ウィジャ盤》でもなく、未知数のパーミッションだろう。場合によっては、今の時点でもう詰んでいる可能性だってあるのだ。

 

「私のターン、ドロー」

 

 試しに動くか。もしかすると、ありもしない脅威にビビってるだけかもしれないし。

 

「私は魔法カード《闇の誘惑》を発動! デッ——」

「カウンター罠《魔宮の賄賂》を発動。相手が発動した魔法、罠の効果を無効にして破壊。相手は1枚ドローする。そして《豊穣のアルテミス》の効果発動。俺は1枚ドローする」

「あ、うん。ドロー。じゃあ魔法カード《封印の黄金櫃》を発動するよ」

「カウンター罠《神の宣告》ライフを半分にして、そのカードの効果を無効にして破壊する。《豊穣のアルテミス》の効果で1枚ドロー」

「いいよ」

 

レッド生2 LP4000→2000

 

 儲けた。《豊穣のアルテミス》の効果で得できるとはいえ、やっぱりレッドだ。マストカウンターの見極めがなってない。手札が6枚で次ターンが怖いけど、彼の伏せカードはなくなったし、このターンに限っては動きやすくなった。

 もうちょっと進んでみよう。

 

「《魔界発現世行きデスガイド》を召喚、効果でデッキから効果を無効にして《クリッター》を特殊召喚する」

 

《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000

《クリッター》攻撃力1000

 

「魔法カード《儀式の下準備》を発動する。デッキから儀式魔法《善悪の彼岸》とこれに記された《彼岸の鬼神ヘルレイカー》を手札に加える。そして《善悪の彼岸》を発動。フィールドの2体のモンスターをリリースして《ヘルレイカー》を儀式召喚!」

 

《彼岸の鬼神ヘルレイカー》攻撃力2700

 

「《クリッター》が墓地に送られたことで効果発動! デッキから《彼岸の悪鬼ファーファレル》を手札に加える。さらに手札から《ファイアークラッカー》を捨てて効果を発動! 相手ライフに1000のダメージを与える! 一番右のそっち!」

 

レッド生1 LP1000→0

 

 まずは一人だ。あの人は《光の護封壁》でライフを3000消費していたからこれだけでトドメを刺せた。できればこのターンでもう一人いきたい。

 

「バトル! 《ヘルレイカー》で《豊穣のアルテミス》に攻撃! ダメージ計算前、《ヘルレイカー》の効果を発動! 手札から《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》を墓地に送り、《豊穣のアルテミス》の攻守をその数値分下げる!」

 

《豊穣のアルテミス》攻撃力1600→600

 

「墓地に送られた《グラバースニッチ》の効果発動! デッキから《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》を特殊召喚する!」

 

《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》攻撃力1600

 

「《豊穣のアルテミス》を破壊! 超過ダメージで二人目撃破だよ!」

 

レッド生2 LP2000→0

 

 良かった。四人の中の誰かが手札誘発のカードを持ってたら防がれてたかもしれない。この段階で二人を倒せたのは大きいと思う。

 

「《ガトルホッグ》で《督戦官コヴィントン》に攻撃!」

 

レッド生5 LP4000→3400

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだよ!」

「この瞬間、《ウィジャ盤》の効果発動。《死のメッセージカード「E」》を魔法、罠ゾーンに出す」

 

保科優姫LP4000 手札1枚

《彼岸の鬼神ヘルレイカー》攻撃力2700

《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》攻撃力1600

 

 大分手札が減っちゃったな。《ファイアークラッカー》の効果で次のドローもできないし。五人相手にまあまあ上手く立ち回れてるとは思うけど、後二ターンの間手札、フィールドの四枚で耐えなきゃいけないのは不安だ。全員即ターンエンドしてくれないかな。

 

「ドロー。魔法カード《二重召喚》発動。このターン、二回通常召喚できる」

「えっ?」

「《ゴブリン突撃部隊》を召喚。2体のモンスターをリリースして《ラピードラゴン》を召喚」

 

《ラピードラゴン》攻撃力2950

 

「ええっ?」

 

 《ウィジャ盤》のデッキにそれ? なんかコンボがあったっけ。

 

「魔法カード《振り出し》を発動。手札を1枚捨てることで、フィールドのモンスターを1体デッキの上に戻す。戻すのは《彼岸の鬼神ヘルレイカー》」

「あ、ストップ。伏せカード《彼岸の沈溺》発動! 《彼岸》モンスターを2体墓地に送りフィールドのカード3枚を破壊する! 破壊するのは《ラビードラゴン》、《電動刃虫》、《マシンナーズ・フォース》! さらに墓地に送られた《ヘルレイカー》と《ガトルホッグ》の効果発動! 《ヘルレイカー》の効果で《ウィジャ盤》を墓地に送り《ガトルホッグ》の効果で墓地から《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》を守備表示で特殊召喚する!」

 

《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》守備力1500

 

 これで脳筋モンスターは軒並み倒した。《ウィジャ盤》も壊し、後続モンスターもフィールドに残した。でももうジリ貧だ。

 

「ターンエンド」

 

レッド生3 LP4000 手札0枚

 

 それにしてもなんだったんだ、今のは。《ウィジャ盤》はブラフってこと? そういうのもあるんだね。まんまと騙されたよ。

 

「ドロー。《電動刃虫》召喚」

 

《電動刃虫》攻撃力2400

 

 またそのモンスターか。

 

「装備魔法《団結の力》発動。トークンに装備。装備魔法《魔導師の力》発動。2体目のトークンに装備。装備魔法《魔導師の力》発動。3体目のトークンに装備。そしてこの3体を攻撃表示にする」

 

《羊トークン》攻撃力0→4000

《羊トークン》攻撃力0→1500

《羊トークン》攻撃力0→1500

 

 これはやばい⋯⋯。後がないな。

 

「《電動刃虫》で《グラバースニッチ》に攻撃」

「⋯⋯まず《電動刃虫》のデメリット効果で私が1枚ドローする。そして墓地に送られた《グラバースニッチ》の効果でデッキから《彼岸の悪鬼リビオッコ》を守備表示で特殊召喚する!」

 

《彼岸の悪鬼リビオッコ》守備力700

 

「攻撃力1500の《羊トークン》で《リビオッコ》に攻撃」

「破壊された《リビオッコ》の効果で手札から《彼岸の悪鬼ファーファレル》を守備表示で特殊召喚⋯⋯!」

 

《彼岸の悪鬼ファーファレル》守備力1900

 

「攻撃力4000の《羊トークン》で《ファーファレル》に攻撃」

「破壊された《ファーファレル》の効果で攻撃権が残ってる《羊トークン》を除外する」

「フィールドを離れたことで《魔導師の力》は破壊され、モンスターの数も減りトークンの攻撃力は下がる。ターンエンド」

 

レッド生4 LP4000 手札2枚

《電動刃虫》攻撃力2400

《羊トークン》攻撃力4000→3200

《羊トークン》攻撃力1500→1000

《羊トークン》守備力0

装備魔法《団結の力》

装備魔法《魔導師の力》

 

 いよいよフィールドが空になってしまった。《電動刃虫》の効果でドローできたのは良いカードだけど、さすがにしんどいな。

 

「ドロー。永続魔法《機甲部隊の最前線》を発動。モンスターをセットしてターンエンド」

 

レッド生5 LP3400 手札0枚

セットモンスター1体

永続魔法《機甲部隊の最前線》

 

「私のターン。《ファイアークラッカー》の効果でドローフェイズはスキップする」

 

 容易にトドメをさせるからといって、使うべきじゃなかったかも。《電動刃虫》の効果がなかったら、なにもできないで終わってたよ。ホント辛い。

 

「私は《憑依するブラッド・ソウル》を召喚!」

 

《憑依するブラッド・ソウル》攻撃力1600

 

「《ブラッド・ソウル》でガラ空きの君に攻撃!」

 

レッド生3 LP4000→2400

 

「このモンスターをリリースして発動! 相手のレベル3以下のモンスターのコントロールを全て奪うよ!」

 

《羊トークン》攻撃力3200→800

《羊トークン》攻撃力1000

《羊トークン》守備力0

 

 あの二種の装備カードは使用者のフィールドに依存するものだから、トークンがいなくなった分攻撃力も下がってしまう。

 

「全てのトークンを守備表示にしてターンエンド」

 

保科優姫LP4000 手札0枚

《羊トークン》守備力800

《羊トークン》守備力1000

《羊トークン》守備力0

 

 全員手札0枚。皆が皆、ジリ貧の状態だ。

 相手がレッドだからこうなってるんだろうと当たりをつけた。圧倒的に不利な人数差だったけど、相手の状況判断のミスやデッキの構成ミスが積み重なったおかげで互角の所で戦えているんだと思う。だからこのデュエル、私の勝機は相手のミスつけ込んで利用する所にあるのだ。

 

「ドロー、ターンエンド」

 

レッド生3 LP2400 手札1枚

 

 ほら、回せないくせに《ウィジャ盤》と上級ビートダウンを混ぜるからそうなるんだ。確かに意表は突かれたけど、メリットはそれしかない。

 

「ドロー。魔法カード《強欲な壺》発動。2枚ドローする。手札を1枚捨てて装備魔法《閃光の双剣—トライス》発動。《電動刃虫》に装備する」

 

《電動刃虫》攻撃力2400→1900

 

 願ったりだ。《トライス》は攻撃力を下げる替わりに二回攻撃を可能にするカード。《電動刃虫》のデメリット効果が2回あるってことだ。《強欲な壺》には驚いたけど、流れは私に味方してる。

 攻撃して来い!

 

「《電動刃虫》で《魔導師の力》が装備された2体の《羊トークン》に攻撃」

「待ってた。トークンは破壊されるけど《電動刃虫》の効果で2枚ドロー!」

「ターンエンド」

 

レッド生4 LP4000 手札0枚

《電動刃虫》攻撃力3200

 

「ドロー。《マシンナーズ・ギアフレーム》を召喚。効果発動、デッキから《マシンナーズ・フォートレス》を手札に加える。そしてセットモンスターを反転召喚」

 

《マシンナーズ・ギアフレーム》攻撃力1800

《マシンナーズ・ピースキーパー》攻撃力500

 

「《マシンナーズ・ピースキーパー》でトークンに攻撃。《マシンナーズ・ギアフレーム》でダイレクトアタック」

「ああああぁっ!」

 

保科優姫LP4000→2200

 

 忘れてた。これ闇のゲームだったんだ。レッド生が攻撃を食らっても全然反応がないから抜けてたよ。でも手札が2枚も増えたんだから安いものだ。

 

「《マシンナーズ・ピースキーパー》の効果でこのモンスターを《マシンナーズ・ギアフレーム》に装備。ターンエンド」

 

レッド生5 LP3400 手札1枚

《マシンナーズ・ギアフレーム》攻撃力1800

装備カード《マシンナーズ・ピースキーパー》

永続魔法《機甲部隊の最前線》

 

「私のターン、ドロー! 魔法カード《ダーク・バースト》発動、墓地から攻撃力1500以下の闇属性モンスターを手札に加える。私が加えるのは《魔界発現世行きデスガイド》! そして召喚! 効果でデッキから《魔犬オクトロス》を特殊召喚する!」

 

《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000

《魔犬オクトロス》攻撃力800

 

「《トランスターン》発動! 《魔犬オクトロス》を墓地に送り、このモンスターと同じ種族、属性でレベルが1つ高いモンスターをデッキから特殊召喚する! 《メルキド四面獣》を特殊召喚!」

 

《メルキド四面獣》攻撃力1500

 

「フィールドから墓地に送られた《魔犬オクトロス》の効果発動! デッキから悪魔族、レベル8のモンスターを手札に加える! 加えるのは《仮面魔獣デス・ガーディウス》! そしてフィールドの《メルキド四面獣》を含む2体のモンスターをリリースすることで《デス・ガーディウス》を特殊召喚!」

 

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

 

「バトル! 《デス・ガーディウス》で《電動刃虫》に攻撃!」

 

レッド生4 LP4000→3900

 

「《電動刃虫》と戦闘したことで1枚ドローする! ターンエンドだよ」

 

保科優姫LP2200 手札2枚

《仮面魔獣デス・ガーディウス》

 

「《コアキメイル・ウォール》を召喚。ターンエンド。このとき手札の《守護神スフィンクス》を公開して《コアキメイル・ウォール》の破壊を免れる」

 

レッド生3 LP2400 手札1枚

《コアキメイル・ウォール》

 

 あのカードは自身をリリースすることで魔法の発動を無効にできるモンスター。場合によってはあのモンスターが痛い所に刺さることも考えられる。《デス・ガーディウス》を突破されたらその状況が近づくだろうな。

 

「ドロー。魔法カード《アームズ・ホール》発動。デッキの上から1枚墓地に送り、デッキから装備魔法を1枚手札に加える。《自律行動ユニット》を加え、このカードを1500ライフポイント払い発動。相手の墓地のモンスターにこのカードを装備し自分フィールドに特殊召喚する。《メルキド四面獣》を守備表示で特殊召喚。ターンエンド」

 

レッド生4 LP3900→2400 手札0枚

《メルキド四面獣》守備力1200

装備魔法《自律行動ユニット》

 

「ドロー。手札からレベルが8の《マシンナーズ・メガフォーム》を墓地に捨てて《マシンナーズ・フォートレス》を特殊召喚」

「来たか。《マシンナーズ》の一番強い奴!」

 

《マシンナーズ・フォートレス》攻撃力2500

 

「《マシンナーズ・ギアフレーム》を《マシンナーズ・フォートレス》に装備。ターンエンド」

 

レッド生5 LP3400 手札0枚

《マシンナーズ・フォートレス》

装備カード《マシンナーズ・ギアフレーム》

永続魔法《機甲部隊の最前線》

 

「私のターン、ドロー!」

 

 ナイスドロー! 破壊耐性を持った《マシンナーズ・フォートレス》は厄介だけどこれでなんとかできそうだ。

 

「私は《スナイプストーカー》を召喚!」

 

《スナイプストーカー》攻撃力1500

 

「手札から《魔界発冥界行きバス》を墓地に送り《マシンナーズ・フォートレス》を選択して《スナイプストーカー》の効果を発動! サイコロを振り1か6以外が出たら破壊する。⋯⋯行け! ⋯⋯出目は4! よって破壊するよ!」

「《マシンナーズ・フォートレス》が破壊される代わりに装備カードの《マシンナーズ・ギアフレーム》を破壊する。そして《マシンナーズ・フォートレス》が相手モンスターの効果対象になったとき、相手の手札を確認して1枚捨てる」

「いいよ! 私の手札は《暗黒界の狩人ブラウ》のみ。よってこのカードが破壊される! ここで《ブラウ》の効果発動! デッキから1枚ドローし、相手によって破壊されたならもう1枚ドローする!」

 

 よし、逆手に取れた! まだまだ行く!

 

「《スナイプストーカー》の効果! 手札から《深淵の暗殺者》を捨てて《コアキメイル・ウォール》を選択してサイコロを振る! 出目は6! 破壊はされないけど、手札から墓地に送られた《深淵の暗殺者》の効果発動! このカード以外のリバースモンスターを墓地から手札に加える。私は《魔界発冥界行きバス》を手札に加え、また《スナイプストーカー》の効果を発動するよ! 《魔界発冥界行きバス》を捨て、《マシンナーズ・フォートレス》を選択してサイコロを振る! 出目は2! よって破壊する!」

「《マシンナーズ・フォートレス》が対象になったとき相手の手札を確認して1枚捨てる」

「私の手札は《暗黒界の龍神グラファ》だよ! よって効果発動! 《コアキメイル・ウォール》を破壊する! さらに相手によって破壊されたことで追加効果も発動! 私は唯一手札を持ってる君のその手札を確認する。そのカードがモンスターなら私のフィールドに特殊召喚できる! そのカードは《守護神スフィンクス》だよね。よって召喚!」

 

《守護神スフィンクス》攻撃力1700

 

「《マシンナーズ・フォートレス》が墓地に送られた場合、このカードを除外することで墓地から《マシンナーズ・メガフォーム》を特殊召喚する」

 

《マシンナーズ・メガフォーム》攻撃力2600

 

「バトル! 《デス・ガーディウス》で《マシンナーズ・メガフォーム》を攻撃!」

 

レッド生5 LP3400→2700

 

「《マシンナーズ・メガフォーム》が戦闘で破壊されたとき《機甲部隊の最前線》の効果発動。このモンスターよりも攻撃力が低く、同じ属性の機械族モンスターを特殊召喚する。《スクラップ・リサイクラー》を守備表示で特殊召喚」

 

《スクラップ・リサイクラー》守備力1200

 

「特殊召喚成功時、デッキから機械族モンスターを1体墓地に送る。《マシンナーズ・フォートレス》を墓地に送る」

 

 しぶとい。それにしっかりとチャンスを繋いできた。《マシンナーズ・フォートレス》は墓地からでも自身の効果で特殊召喚できる。しかもあれには相手の手札を捨てさせる効果の他に、戦闘破壊されたらカードを1枚破壊できる効果もある。《デス・ガーディウス》がいれば戦闘破壊は容易だし、向こうはそれを積極的に狙ってくるかもしれない。そうなれば《デス・ガーディウス》は効果で破壊され、私の守りが極めて希薄になってしまう。反面、相手は墓地の《マシンナーズ・メガフォーム》と《機甲部隊の最前線》で後に続いてくる。

 依然、負け筋はある。と言うよりあの人が勝ち筋を作ったんだ。ちょっと舐めてたかもしれない。

 

「《スナイプストーカー》で《スクラップ・リサイクラー》に攻撃。《守護神スフィンクス》で《メルキド四面獣》に攻撃。そしてメインフェイズに《守護神スフィンクス》の効果でこのカードを裏側守備表示にする。ターンエンド」

 

保科優姫LP2200 手札0枚

《仮面魔獣デス・ガーディウス》攻撃力3300

《スナイプストーカー》攻撃力1500

伏せモンスター(守護神スフィンクス)守備力2400

 

「ドロー。モンスターをセット。ターンエンド」

 

レッド生3 LP2400

セットモンスター1体

 

「ドロー。モンスターをセット。ターンエンド」

 

レッド生4 LP2400

セットモンスター1体

 

 この二人はもうあんまり気にしなくても良いだろうな。完全にほっとくのはまずいけど、後回しでいい。

 

「ドロー。手札のレベル8以上のモンスターである《マシンナーズ・カノン》を墓地に送り墓地から《マシンナーズ・フォートレス》を特殊召喚」

 

《マシンナーズ・フォートレス》攻撃力2500

 

 引いてきたか⋯⋯っ! 

 

「《マシンナーズ・フォートレス》で《デス・ガーディウス》に攻撃」

 

レッド生5 LP2700→1900

 

「戦闘で破壊されたとき《マシンナーズ・フォートレス》と《機甲部隊の最前線》の効果を発動。《マシンナーズ・フォートレス》の効果で《デス・ガーディウス》を破壊。《機甲部隊の最前線》の効果でデッキから《無頼特急バトレイン》を特殊召喚する」

 

《無頼特急バトレイン》攻撃力1800

 

「《デス・ガーディウス》の効果発動! デッキから《遺言の仮面》を《無頼特急バトレイン》に装備しコントロールを得る!」

「チェーンして墓地の《マシンナーズ・メガフォーム》の効果を発動。墓地に送られた《マシンナーズ・フォートレス》を除外してこのカードを特殊召喚する」

 

《マシンナーズ・メガフォーム》攻撃力2600

 

「《マシンナーズ・メガフォーム》でセットモンスターに攻撃」

「伏せモンスターは《守護神スフィンクス》。破壊される」

「ターンエンド」

 

レッド生5 LP1900 手札0枚

《マシンナーズ・メガフォーム》攻撃力2600

永続魔法《機甲部隊の最前線》

 

「私のターン、ドロー。墓地の3体の悪魔族モンスターを除外して《ダーク・ネクロフィア》を特殊召喚する!」

 

《ダーク・ネクロフィア》攻撃力2200

 

「バトル! 《ダーク・ネクロフィア》で《マシンナーズ・メガフォーム》に攻撃! 《ダーク・ネクロフィア》は破壊される!」

 

保科優姫LP2200→1800

 

「くぅっ! 《無頼特急バトレイン》で真ん中の人のセットモンスターに攻撃!」

「セットモンスターは《名工 虎鉄》よってリバース効果発動。デッキから装備魔法を手札に加える。加えるのは《戦線復活の代償》」

「それか⋯⋯」

 

 あのカードは自分フィールドの通常モンスターを墓地に送り、自分か相手の墓地のモンスターを蘇生させるカード。今の墓地の最高攻撃力は3300。仮に《戦線復活の代償》を使われたとしたら蘇生されるのは《デス・ガーディウス》だろう。私のライフは1800、とすると1500以外のモンスターは攻撃表示のままで相手にターンを渡せない。必ずしも次に通常モンスターをドローできるわけじゃないけど、《スナイプストーカー》で追撃はしない方が良いだろう。

 

「メインフェイズ、私は《スナイプストーカー》を守備表示にして、ターンエンド。このとき《ダーク・ネクロフィア》の効果発動。《マシンナーズ・メガフォーム》のコントロールを奪うよ」

 

保科優姫LP1800 手札0枚

《スナイプストーカー》守備力600

《無頼特急バトレイン》攻撃力1800

《マシンナーズ・メガフォーム》攻撃力2600

 

 全然事態が好転しない。その場凌ぎしかできない。それもこれも手札がないせいだ。それは相手もそうだけど、俯瞰的に見たら向こうは1ターンに3枚ドローできるわけだし、ターン経過するにつれて不利になっていくのを感じる。

 速く勝負を決めたい。でもその欲のままに動けば隙が生まれ負けるんだ。じっくり行こう。絶対向こうは隙を晒す。だってレッドだから。私の勝ち筋はそこにある。

 

「ドロー。魔法カード《浅すぎた墓穴》発動。自分と相手は墓地のモンスターを1体、フィールドに裏側守備でセットする。《守護神スフィンクス》をセット」

「私は《仮面魔獣デス・ガーディウス》をセット」

 

 良いぞ。《守護神スフィンクス》は怖いけどそれ以上のアドバンテージが私にある。

 

「ターンエンド」

 

レッド生3 LP2400 手札0枚

セットモンスター1体

セットモンスター(守護神スフィンクス)守備力2400

 

「ドロー。《ブラッドヴォルス》を召喚。装備魔法《戦線復活の代償》を発動。《ブラッドヴォルス》を墓地に送り、相手の墓地の《暗黒界の龍神グラファ》を特殊召喚」

 

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

 

 来ちゃったか。《デス・ガーディウス》じゃないとはいえ辛い。

 

「《グラファ》で《無頼特急バトレイン》に攻撃」

 

保科優姫LP1800→900

 

「うぅぅっ」

「《無頼特急バトレイン》が戦闘で破壊されたことで《機甲部隊の最前線》の効果発動。デッキから《スクラップ・リサイクラー》を特殊召喚する。そして効果発動、デッキから《マシンナーズ・フォートレス》を墓地に送る」

 

《スクラップ・リサイクラー》守備力800

 

 ああ、きっつい。ダメージもだけどマシンナーズのコンボもだ。

 

「ターンエンド」

「エンドフェイズ時《無頼特急バトレイン》の効果発動。デッキから機械族、地属性、レベル10のモンスターを手札に加える。加えるのは《除雪機関車ハッスル・ラッセル》」

 

レッド生4 LP2400

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

装備魔法《戦線復活の代償》

 

「ドロー。《スクラップ・リサイクラー》の効果発動。墓地の機械族、地属性、レベル4のモンスター2体をデッキに戻し1枚ドローする。《マシンナーズ・ソルジャー》と《マシンナーズ・スナイパー》をデッキに戻し1枚ドロー。そして《マシンナーズ・ギアフレーム》を召喚」

 

《マシンナーズ・ギアフレーム》攻撃力1800

 

「効果でデッキから《マシンナーズ・メガフォーム》を手札に加え、墓地の《マシンナーズ・フォートレス》の効果発動。手札の《マシンナーズ・メガフォーム》を墓地に捨てこのカードを特殊召喚する」

 

《マシンナーズ・フォートレス》攻撃力2500

 

「《マシンナーズ・フォートレス》で《スナイプストーカー》に攻撃。そしてメインフェイズ、《マシンナーズ・ギアフレーム》の効果でこのカードを《マシンナーズ・フォートレス》に装備。そしてカードを1枚セットしてターンエンド」

 

レッド生5 LP1900 手札2枚

《マシンナーズ・フォートレス》攻撃力2500

《スクラップ・リサイクラー》守備力1200

装備カード《マシンナーズ・ギアフレーム》

永続魔法《機甲部隊の最前線》

 

 万全って感じだな。あの守りを突破するのは骨が折れる。フィールドもそうだし、手札の《除雪機関車ハッスル・ラッセル》は直接攻撃されたときに特殊召喚できるモンスターだ。

 一人だけなんであんなに強いんだろう。

 

「私のターン、ドロー」

 

 おおっ? このカードは⋯⋯、いける!

 

「私はフィールドの全てのモンスターをリリースして《真魔獣ガーゼット》を特殊召喚する!」

 

《真魔獣ガーゼット》攻撃力0→5900

 

「このカードの攻撃力はリリースしたモンスターの合計値となる! そして墓地に送られた《デス・ガーディウス》の効果! デッキから《遺言の仮面》を《暗黒界の龍神グラファ》に装備してコントロールを得る! バトル! まずは《暗黒界の龍神グラファ》で裏側守備の《守護神スフィンクス》に攻撃して破壊。そして《ガーゼット》で《マシンナーズ・フォートレス》に攻撃!」

 

レッド生5 LP1900→0

 

 攻撃を受け、余波で倒れた。その姿を見て思い出す。

 3400は相当なダメージだ。生きてるだろうか。

 しばらく見てると、微かに動き直ぐに立ち上がった。さっきと変わらず虚ろな表情だ。多分、大丈夫だろう。

 

「私はこれでターンエンド」

 

保科優姫LP900 手札0枚

《真魔獣ガーゼット》攻撃力5900

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

《遺言の仮面》

 

 まあ、何はともあれ山は越えた。ここからはもう戦後処理だろう。

 

「ドロー。カードをセット。ターンエンド」

 

レッド生3 LP2400 手札0枚

セットモンスター1体

セットカード1枚

 

「ドロー、ターンエンド」

 

レッド生4 LP2400 手札1枚

装備魔法《戦線復活の代償》

 

「私のターン、ドロー。《暗黒界の龍神グラファ》でダイレクトアタック!」

 

レッド生2 LP2400→0

 

「ターンエンド」

「エンドフェイズ時、セットカード《ウィジャ盤》発動。デッキから《死のメッセージカード「E」》をフィールドに出す」

 

保科優姫LP900 手札1枚

《真魔獣ガーゼット》攻撃力5900

《暗黒界の龍神グラファ》攻撃力2700

 

「ドロー。モンスターをセット。ターンエンド」

 

レッド生3 LP2400 手札0枚

セットモンスター2体

永続罠《ウィジャ盤》

永続魔法《死のメッセージカード「E」》

 

「私のターンドロー。《ダーク・アサシン》を召喚。このモンスターを墓地に送り効果発動! 相手フィールドの裏側表示のモンスターを全て破壊する! そして《グラファ》でとどめ!」

 

レッド生3 LP2400→0

 

 やっと終わったよ⋯⋯。今日はもう帰って寝よう。



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セブンスターズ カミューラ

「優姫様、お話しが御座います」

 

 沙夜は湯気が立つコーヒーカップを私に手渡すと、そう切り出した。面倒臭そうな感じがしたけど、聞かない選択肢はないから素直に先を促す。

 

「以前にも話しに出てきたセブンスターズについてです。覚えていますか?」

「ああ、それか。確か、天上院吹雪って人とか大徳寺先生が関係してるんだっけ」

「はい。その軍勢が動き始めたので彼らの全容を前もって説明します。とはいえ難しい事はありません。まず彼らの目的ですが——各々の意図は別として——三幻魔を封印している七精門の鍵をデュエルにより奪い、それにより封印を解く事にあります。そして彼らの雇い主であるこの学園の理事長の影丸は、この三幻魔の力で若返り、さらには世界支配を図ろうとしているようです。⋯⋯まずはここまで理解出来ましたか?」

「⋯⋯はあ」

「気の無い返答ですね」

「いや、わかったけどさ。なんか現実的じゃないことが多すぎるなって」

 

 突拍子もない所に目をつむり、言ったことをそのまま受け入れればわかる。

 

「ですが言葉の通りです。続いて学園側の動きですが、本日、実力ある教師や生徒七人に学校長から七精門の鍵が託され、それぞれ一つずつ所持しています」

「そういえば授業終わりに呼ばれてたよ。確か、十代くんと、三沢くん、明日香と黒い制服を着た人と大徳寺先生だったっけ」

「はい。守護者はその五人と丸藤亮、クロノス教諭ですね」

 

 この七人か。一年生ばっかりだな。

 

「ていうか、黒幕がこの学校の理事長だったり鍵の守護者に敵であるセブンスターズの大徳寺先生が選ばれてたり、守護者側が不利過ぎて守れないんじゃない?」

「確かにそうかもしれませんね。ですがたとえ鍵を守り抜いたとしても守れなかったとしても、三幻魔の封印は解けるようになっています。理由は封印解除には鍵の他に、この島にデュエリストの闘志を満たす事が必要であり、この条件をクリアしたら、自動的に鍵が封印地へと向かうようになっているからです」

「デュエリストの闘志を満たすってのは、つまりデュエルさえしてればセブンスターズの思惑通りになるってこと?」

「はい」

 

 簡単に言い切る沙夜。それならばと私は疑問をぶつけた。

 

「それって、もう三幻魔復活は決まってるようなものってこと? さすがにやばいんじゃない? 三幻魔が復活したら世界征服とかできるんだったよね」

「そうですがあまり危険視するようなことではありません。封印が解けたら親玉である影丸が登場し、そのカードを手に入れるでしょう。そうなったら彼をデュエルで倒せば良いし、もしくは手に渡る前に横から掠め取れば難なく対処出来ます」

 

 後者とか邪道っぽいけど、それが一番手っ取り早いか。沙夜なら簡単にできそうな気もするし。

 いや、違う。そもそも手を出すべきじゃないのかもしれない。だって、これって多分物語の一部だ。サブタイトルをつけるとしたら『セブンスターズ編』か。下手に介入すると人物の成長の妨げになって、巡り巡って不利益を被ることもあるのが予想できる。だとしたら私はなにもするべきじゃない。

 

「じゃあ、とりあえずは様子見?」

「そうですね。此方からわざわざ助ける必要はありません。三幻魔のカードは魅力的ですが面倒事の種でもありますから、彼らの手に負えない場合にのみ手を出すのが最善かと」

「そうだね」

 

 関わってはいけないというわけではないとは思う。でも首を突っ込むのなら物語に最後まで付き合う責任が生まれるし、それは私の未来、将来をこの時点で決定付けることでもあるんだ。特別やりたい事があるわけでもないけど、今限定してしまうのは勿体無い気がする。

 責任感を度外視にして開き直るなら話しは別だけど。

 

「それはそれとして、此方側の事情にセブンスターズの誰かを巻き込むという可能性は大いにありますので」

「試練の話しか。誰彼構わないね」

 

 悪い奴だっていうなら、少しは気を使わなくていいから助かるけど。

 

 

 

 セブンスターズはその名の通り、七人いる。

  その内の一人は、洗脳状態にある天上院吹雪だった。この前沙夜からセブンスターズについて聞いていたときに十代くんがデュエルしていたらしい。——火山の中で。

 なにやってんの? とか思ったけど、結果は十代くんの勝ちで天上院吹雪は今保健室で意識不明の状態。意識がないのは彼らも闇のゲームのデュエルをしていたからだそうだ。

 そして息をつく間もなく(多分、鍵の守護者的にはそうだ)二人目が現れた。名前はカミューラ、その正体は吸血鬼だ。沙夜曰く、その昔、人間によって滅ぼされた吸血鬼の生き残りで、人間に対する復讐と吸血鬼再興のために三幻魔復活に加担しているらしい。

 その彼女とデュエルしたのはクロノス先生だ。結果、クロノス先生は負け、鍵を奪われた後人形にされた。私は現場にいたわけじゃないから詳しくは知らないけど、人形にされたというのは比喩でもなんでもなく言葉通りの意味だそうだ。吸血鬼による復讐劇の第一歩が踏み出されたってことなのかもしれない。

 

「優姫様、試練の三戦目の対戦相手が決まりました」

「誰?」

「カミューラにしました。ですので今夜、あの城に見学しに行きますよ」

 

 そして今では湖の上に立派な城が建っている。

 

 

 

 空は曇天、湖上には霧がかかっている。夜だということも相まって、湖に浮かぶ西洋風の城は不気味な様相で佇んでいた。

 湖のほとりからは、レッドカーペットが湖の中央にある城まで誘うように伸びている。それは沈むことなく、かと言って漂うように浮かんでいるわけでもない。板のごとく架かるそれに思い切って乗ってみると、絨毯特有の柔らかさを残しつつ、しっかりと私と沙夜を支えてくれた。どうやらきちんと橋の役割は果たしているようだ。

 長い道を歩き城内に入るとまた一直線の回廊が続いていたので、気を引き締めて進む。

 しばらく行くと視界の先には広そうな空間があった。そこには十代くん達鍵の守護者と他数名がいて、皆、上を見ている。回廊を抜けこっそりと同じように見上げると、吹き抜けになっている二階部分にはモンスターと二人の人物がいた。

 カイザーこと丸藤亮とカミューラだ。どうやら既にデュエル中だったらしい。それも、フィールドを見るに佳境だ。

 

「少し遅かったようですね。ですが肝心なところには間に合いました」

「肝心なところ?」

 

 十代くん達とはそんなに距離は離れてない。今の会話も十分聞こえる声量と距離だけど、夢中になっているのか聞こえなかったみたいだ。彼らにとってはこのデュエルがとても重要なものだから、それでいいと思う。

 

「ターンエンド」

 

 カイザーのターン終了宣言。

 カイザーのフィールドには相手の攻撃を一度だけ無効にできる《サイバー・バリア・ドラゴン》と自身より高い攻撃力を持つモンスターを破壊できる《サイバー・レーザー・ドラゴン》に伏せカードが一枚。対してカミューラのフィールドにはなにもない。ライフもカイザーが4000、カミューラは800で、戦況は圧倒的にカイザーが有利だ。観戦してる皆からも安心感が伺える。

 

「可愛さ余って憎さ百倍だわ! 私のターン、ドロー!」

 

 カミューラは裂けるほどに口を開き言うと、尖った歯と赤い舌が露出する。彼女は明らかに怒っていた。それほどこの状況が屈辱的だということが伝わって来る。

 

「手札から魔法カード《幻魔の扉》発動!」

 

 そう宣言すると首に着けている金色のチョーカーが赤く光り出した。そして音を立ててカミューラの背後に石でできた扉がせり上がる。

 見たことも聞いたこともないカードだ。それは私だけでなくカミューラ以外のこの場にいる全員が同じ意見だった。

 

「このカードの効果でまず相手のモンスターを全て破壊する!」

「くっ!」

 

 扉が開く。すると光が漏れ出しその閃光でカイザーのモンスターが全て消え去った。

 

「もっと良いことを教えて差し上げますわ! このカードはデュエル中に使用したモンスターを条件無しに特殊召喚することができる!」

「バカな! モンスター全滅に加えて、モンスターを無条件に特殊召喚を行えるカードだと!」

 

 カイザーが驚愕するけど無理もない。私だって驚いた。だって、つまりあのカードは禁止カードの《サンダーボルト》と制限カードの《死者蘇生》を合わせたカードなんだから。

 普通はあり得ない。

 

「もちろん、その代償は高いわよ。このカードの発動条件は私の魂! デュエルに負けたら私の魂は幻魔のもの!」

 

 魂が条件⋯⋯。デュエル外にデメリットを設けたカード。これはおかしい。異質だ。

 

「なんだけど、せっかくの闇のカードなんだからもっと闇のカードらしく使わせてもらうわ。例えば、貴方の弟に私の身代わりに頼むとか?」

「なっ!? 逃げろ、翔!」

 

 カイザーが叫ぶ。しかしそれよりも速くカミューラは二人になり、一人が一階に向かって跳んだ。

 

「遅い!」

 

 もう一人のカミューラは翔くんの後ろに回り首に噛み付く。そしてそのまま抱きすくめ元にいた位置まで飛び去り翔くんを攫った。

 

「この子の魂を生贄に《サイバー・エンド・ドラゴン》を召喚!」

「うああああぁあっ!」

 

 《サイバー・エンド・ドラゴン》が出現すると翔くんが苦しそうに呻き出す。翔くんと《サイバー・エンド・ドラゴン》は薄い光のようなもので繋がれ、それが《サイバー・エンド・ドラゴン》の方にどんどん流れているようだった。

 光が全て行き切ったのか発光が収まると、翔くんは首をガクッと下げ意識を失う。

 

「この《サイバー・エンド・ドラゴン》を倒してご覧なさい。蘇るために生贄にされたこの子の魂はもう二度と戻れなくなる。それでも良いかしら」

「くっ⋯⋯!」

 

 こうなってしまってはもうカイザーは手が出せない。もう勝負はついたようなものだ。《サイバー・エンド・ドラゴン》が生存した上での勝機はないわけじゃないけど、自発的に《サイバー・エンド・ドラゴン》を破壊できるカードを握られたらもうアウト。人質は殺され勝負にも負けるという最悪の未来だってある可能性もある。

 

「卑怯だぞカミューラ! なんで正々堂々と勝負しないんだ!」

 

 十代くんが吠えると、

 

「やぁねぇ。正々堂々なんて聞くと虫唾が走るわぁ」

 

 カミューラは煽るように見返す。

 多分これは、カミューラにとってはただの勝敗を決めるデュエルじゃないんだ。復讐。人間が自分たちにしてきた仕打ちに対する恨みが籠っている。

 その思いの丈は想像もつかないけど、吸血鬼の背景を教えられた身としては、十代くんのようには怒るに怒れない。

 

「行くわよ! 《サイバー・エンド・ドラゴン》でダイレクトアタック!」

 

 カミューラに命じられ《サイバー・エンド・ドラゴン》は攻撃動作に入る。

 

「さて優姫様。決着がついたようですし、帰りましょうか」

「えっ? うん、そうだね」

 

 このタイミングで? と思ったけど、そうした方が良いと判断して頷いた。別にこそこそしてるわけじゃないけど、私たちがここにいることがバレたら説明が面倒臭い。

 変な風に勘ぐられても困るし、私たちは見つからないように踵を返しこの場を後にする。

 しばらくすると、後方でカミューラの高笑いが響いた。勝負が決まったのだろう。ということは今カイザーは人形になってるってことだ。それを見てみたくはあるけど、その欲求を打ち消して城を出た。

 

「あれ、今日はカミューラと戦わなくていいの?」

 

 ふと気づく。

 確かに沙夜は見学するとだけ言っていたが、その後にデュエルするものだと思っていた。

 

「はい。デュエルはカミューラが負けた後にします。その方が都合が良いので」

「そうなんだ」

 

 まあ確かに今行けば、鍵取り合戦にちょっかいを出す形になるからその通りだ。それに《幻魔の扉》の対策のために入れたいカードがあったし、こっちとしてもちょうど良い。

 

「でも、ああやって他人の魂を人質に取れるならカミューラに負けはないんじゃない?」

「さて、どうでしょう。守護者の中に薄情者がいたらその限りではないですよ。それにたとえ全滅しようが私達には関係ありません。そうなった後にデュエルしたら良いだけのことです」

「わあ、沙夜が一番薄情者だ」

「優姫様こそ、何とも思ってないのでは?」

「私はなんとかなるって信じてるんだよ」

 

 なぜならここはアニメの中だから。捻くれた粗筋じゃない限り、誰かが死んでしまうなんてことはない。

 

 

 

 翌日。昨日よりも少し早い時刻。今日もまた湖上の城にやって来た。

 私たち以外にまだ誰も来ていない。城に入り、先日デュエルをしていた所の二階部分に行くと、城の主にばったりと出くわした。

 出くわす、というのは語弊があるかもしれない。私視点では問題はないけど、向こうはどうやら私たちの存在を知っていて、待ち構えていたっぽいからだ。

 

「今日も見学に来たのかしら?」

 

 カミューラが尋ねる。露出度が高く身体のラインが出るドレスを着こなす彼女は、妙に艶かしい。その様は正にこの城の女王といったところだ。

 

「それもありますが、一つ忠告があります。今のままデュエルに臨むと貴女はデュエルに負けて死んでしまいますよ」

 

 そう沙夜は告げた。その根拠は私も聞いてない。でも沙夜がそう言うなら、なにかしらの理屈があっての言葉なんだろう。

 

「私が負ける? まさか。そんなことはあり得ないわ。ましてや死ぬですって? 貴女は私が誰なのか知らないようね」

「全て知っています。貴女は吸血鬼。誇り高き吸血鬼。貴女方一族は有象無象の人間よりも遥かに高い身体能力があり、人には無い力を持っている」

「ええ、その通りね」

「しかしその強い力故に人間によって数の力で滅ぼされた。貴女は悪。最低の異端者。半端な力しか持たない劣等種族なのです」

 

 辛辣。淡々と人の弱みを抉る沙夜は、笑いも怒りも悲しんでもいない。

 でも、なぜだかそこに沙夜の心の機微を感じた。意図的に薄められ、感情の種類は分からない。それでも、隠されてはいたが強い想いが確かにそこにあったんだと確信した。

 

「貴女、死にたいのかしら。そこまで言っておいて、まさかただで済むとは思ってないでしょうね?」

 

 けどそれは、カミューラにとってはどうでも良いことだ。カミューラは馬鹿にされ、本気で怒っていた。ひりひりとした殺気が空間に広がる。

 

「貴女に私は殺せません」

 

 ぴしゃりと沙夜は言う。それはまるで眼前に見えない壁を張り、カミューラのなにもかもを否定しているようだった。

 

「貴女が数の力に劣る者なのは事実ですが、今は置いておきましょう。本題です。貴女の肉体の一部を貸しなさい」

 

 唐突な要求だった。それに意味がわからない。たとえ言葉通りの意味だったとしても理由が不明だ。

 

「当然、嫌よ。たとえ真っ当な理由があろうとも、貴女に協力するのはお断りよ」

「でしょうね。それならば力尽くで戴くとします」

「はっ。ただの人間に出来るとでも? もういい。殺すわ」

「戴きました」

 

 一触即発。その中で言葉の食い違いが気になった。なにが起こったかわからない。と言うより、なにも起こってないと思っていた所に沙夜の目的完遂の言葉があったので、場違い感が湧いた。

 すかさず私の脳内はズレを修正しようと自動的に思い直し、隣にいる沙夜を見る。

 沙夜の手には、血が垂れる手首が握られていた。

 それさえわかったら、私の理解は速い。私が認知できなかった数秒の間になにがあったのか、想像で補い事実を理解するのは難しくはなかった。

 カミューラの右手首をなんらかの方法で切断し奪い取った、これが現状の有様だ。

 と、思っていたが、カミューラの手を見るときちんとそれが備わってある。ならば沙夜が持つものはなんなのか、その段階で私の思考は行き詰まった。

 

「流石に初めて見ました、人体が再生する所は。とはいえ、一瞬過ぎてよく見えませんでしたね」

 

 驚いた素ぶりもなく呟く沙夜の言葉で合点がいく。吸血鬼の特性により、切られたその足で再生したんだ。手だけど。

 

「あ、あ、あ、貴女! 今何をしたの!」

 

 私の下らない思議はカミューラの狼狽する声に吹き飛ばされる。

 

「見たままの通り、貴女の手首を切り取ったのですよ。見てなかったんですか?」

 

 事も無げに言う沙夜。カミューラは再生した右手を胸に抱き、警戒している。

 

「⋯⋯ただの人間ではないのね。目的は何なの?」

「貴女に対する要求は、優姫様とデュエルしていただくことです」

「そこの小娘と? だったら手首を切った理由は?」

「貴女が鍵の守護者に負けてしまったときの為の保険ですよ。いずれ分かります」

「いずれ、ね。まあいいわ。どうやら次の獲物が来たようだし、貴女たちについては後回しにしてあげる。でも一つだけ良いかしら?」

「何でしょう」

「貴女は何者?」

 

 その問いは私も気になる所だ。沙夜の有能さは人並みを遥かに外れている。加えて闇のゲームを作り出す法外なアイテムや、今の理解不能な攻撃。吸血鬼でさえ欺く沙夜は、人によっては恐怖の対象にもなり得る。

 

「ただの人間ですよ。ある意味では貴女と同じではありますが」

 

 笑いも怒りも、悲しみも見当たらない顔。でもそこには確かに、さっきと同種の感情の変化が表れているのが、私には解った。

 

 

 程なくして十代くんを先頭に、カイザーを除く昨日と同じメンバーがやって来た。私と沙夜は彼らの死角となる通路に引っ込み様子を見る。

 

「来たぜ、カミューラ!」

「坊やよく来たわね。勇気を讃えて、可愛い人形にしてあげるわ!」

 

 威勢がいい十代くんに対して、同じく肩を怒らせるカミューラ。どうやら手首を切られたことによる不調はなさそうだ。

 

「御託はいい。お前は俺が倒す!」

「「デュエル!」」

 

 十代くんの先攻でデュエルが始まった。

 

「闇のゲームを操って、仲間の命を弄ぶ。俺はお前を許さない!」

「どう許さないのかしら。楽しみね」

 

 怒りの籠る言葉は届かない。カミューラは不敵に笑うばかりだ。

 

「行くぜ、魔法カード《融合》を発動! 手札の《フェザーマン》《スパークマン》《バブルマン》を融合して《E・HEROテンペスター》を召喚! 一枚カードを伏せてターンエンドだ!」

 

 《テンペスター》の攻撃力は2800。最初から比較的高めの攻撃力を持つモンスターを召喚したのは、強気な姿勢の証拠だ。

 

「元気があるのね。カード、ドロー! フフッ。《幻魔の扉》を発動!」

 

 カミューラは早速あのカードを使ってきた。

 石の扉が出現する。

 

「いきなりそれかよ⋯⋯!」

「説明するまでもないわね。カードの発動後、デュエルに負けたら私の魂は幻魔のものとなる! でも私、慎しみ深いから生贄の役割をお前の仲間に譲ってあげる。さあ、誰の魂を代わりにしようかしら」

 

 扉が開かれ、カミューラのチョーカーが光る。すると扉から黒い瘴気が漂い、十代くんの友人全員が苦しみの声を上げた。

 

「どうせなら、仲間たち皆を犠牲にしてあげてもいいわね。そして一気に鍵をいただくわ!」

「そんな、卑怯だぞ!」

「お前が負ければいいだけ。お前が勝ちに走れば、仲間たちはまた人形になるのよ!」

 

 十代くんには為すすべがない。そう思っていたとき。突如部屋中に光が満ちる。

 光でなにも見えない中、カミューラの叫び声が聞こえた。その後、がしん、と《幻魔の扉》が閉まったであろう音がした所で光が収まる。

 

「これ、なに?」

 

 沙夜なら知っているかもしれないと思い、聞く。

 

「彼の首に下げてある半分に割れた円石版が見えますか。光を起こしたのはアレです。アレは闇のアイテムで、カミューラの持つ闇のアイテムを無効化したようですね」

「流石、よく知ってる。頼りになるよ」

「有難う御座います」

 

 なんで知ってるのか、いつ調べたのか。そんなのの理由は、とうに私の中では『沙夜だから』になってるから特に驚きはない。それよりも今後の行方が気になった。

 

「お前の闇の力は破られた! もう仲間たちが犠牲になることはない!」

「くっ!」

「一度発動してしまった《幻魔の扉》は止める術はない。幻魔との契約は自分の魂でするんだな!」

 

 そう。これでカミューラは負けられなくなった。たとえ吸血鬼であっても、魂を抜かれたら再生能力は意味をなさない。カミューラにとっては、一瞬の内にして断崖絶壁の縁に立たされたようなものだ。

 カミューラがチラリとこちらを見る。正確には沙夜をだ。沙夜はこの事態を予期していた。だからこそカミューラが負けて死ぬと言ったんだ。

 

「でもデュエルに勝てば何のことはない」

 

 気が気ではないだろう。沙夜の言葉は多分正しい。カミューラはそれを自分自身のデュエルの実力のみで否定しなければならないのだ。

 

「このターンで終わらせる! 私は誇り高き吸血鬼一族の魂を、幻魔に預け発動! 相手フィールド上のモンスターを全て破壊する! さらに、その能力によって《テンペスター》を特殊召喚する! 手札から《不死のワーウルフ》を召喚!」

 

《テンペスター》の攻撃力は2800、《不死のワーウルフ》は1200。攻撃が通るなら、この二体でライフを削りきれる。

 

「《テンペスター》ダイレクトアタックよ! カオス・テンペスト!」

「ぐううぅっ!」

 

 闇のゲームによるダメージが十代くんを襲う。これでライフは1200だ。

 

「罠カード《交差する心》発動! このカードは相手モンスターの攻撃を受けたときに発動するカード。攻撃モンスターのコントロールを得るぜ!」

「何!?」

 

 つまり《テンペスター》のコントロールを取り返すってことだ。

 《幻魔の扉》が消え《テンペスター》が十代くんのフィールドへと飛びうつる。

 

「この裏切り者! ターンエンド!」

 

 カミューラは捨て台詞と共にターンの終了宣言する。十代くんに凌がれる形でターンが移った。

 

「俺のターン、ドロー! バトルだ。《テンペスター》で《不死のワーウルフ》を攻撃。カオス・テンペスト!」

 

《不死のワーウルフ》は容易く破壊され、その超過ダメージがカミューラに与えられる。ライフは残り2400になった。

 

「お前、忘れたわけじゃないでしょうね。《ワーウルフ》のモンスター効果で同名カードを攻撃力500アップさせて、デッキから特殊召喚!」

 

 《不死のワーウルフ》がその攻撃力を1700にしてリクルートされる。

 

「カードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

 ライフは1200と2400でカミューラが有利。でもフィールドの状況は十代くんの方が現状強い。

 カミューラのターンになり、その手札とドローカードでどう動くのかが重要な所だ。

 でもそれ以上に言及したいのは、本当ならカミューラはさっきの自身のターンで勝てていたということ。攻撃の順番を《テンペスター》からじゃなく《不死のワーウルフ》からにしていたら、たとえ《交差する心》を使われていたとしても勝っていたんだ。これは明らかなミス。

 これが動揺によるものなのか、単に実力不足だからなのかはわからないけど、このままだとカミューラは負ける。なぜならそれほどに十代くんは勝利を掴むなにかを持っているからだ。半端な力では勝てない。

 

「ドロー! 《強欲な壺》を発動! デッキよりカードを2枚ドロー。《不死のワーウルフ》を生贄に《ヴァンパイア・ロード》を召喚! さらに《ヴァンパイア・ロード》をゲームから除外して《ヴァンパイア・ジェネシス》を特殊召喚!」

 

 ヴァンパイア。カミューラの切り札だろうか。または思入れ深いカードか。そういうカードをこのタイミングで登場させることができたのは、カミューラにとってとても心強いことだろう。

 

「永続魔法《ジェネシス・クライシス》発動! このカードにより1ターンに1度、デッキからアンデッド族モンスターを1枚手札に加える。さらに《ヴァンパイア・ジェネシス》は手札のアンデッド族モンスター1体を墓地に送ることで、同族のレベルの低いモンスターを墓地から特殊召喚できる! 手札の《龍骨鬼》を捨て《不死のワーウルフ》を特殊召喚させる!」

 

 《不死のワーウルフ》が攻撃表示でフィールドに出現する。比較的強いとは言えないモンスターを攻撃表示ということは、このターンで決める勝算があるか、返しのターンに備えた守りのカードがあるということ、もしくはその両方か。十代くんのフィールドには伏せカードがあるし《テンペスター》の効果もある。この後カミューラはその二つを対処するつもりだろう。

 

「《テンペスター》はフィールド上のカード1枚を墓地に送ることで、戦闘での破壊を免れる効果があったわね。今お前の場にはカードが1枚伏せられてある。ならその効果、潰させてもらうわ! 手札から《ハリケーン》を発動!」

 

 上手い。《ハリケーン》はフィールド上の魔法、罠を全て手札に戻す魔法カード。これなら《テンペスター》の効果を封じられるし、1ターンに1度の制限がある《ジェネシス・クライシス》を使い回しすることができる。アドバンテージを取りまくりだ。

 

「バトルよ! 《ヴァンパイア・ジェネシス》で《テンペスター》に攻撃! ヘルビシャス・ブラッド!」

 

 《テンペスター》は破壊され十代くんは、差分200のダメージを受ける。ターン開始時のライフは1200だったからこれで1000か。このままだと《不死のワーウルフ》の攻撃で終わる。

 

「これで止めよ! 《ワーウルフ》でダイレクトアタック!」

 

 爪を掲げて突撃する狼。瞬きする間もなく十代くんの眼前に到達し、その腕が振り下ろされ切り裂いた。

 それはダメージを受けた証。攻撃が通ったことで起こるソリッドビジョンの演出だ。

 カミューラは勝ちを確信し、昨日と同じ高笑いを上げる。しかしそれはすぐに止まった。

 

「なぜ。なぜお前は人形になっていないのよ!」

 

 カミューラが勝利することで、対戦相手は人形になるというのがこのデュエル。それなら確かにこの状況はおかしい。

 

「ははは。面白いデュエルだぜ」

「なに?」

「罠カード《インシュランス》が場から手札に戻ったとき、俺のライフはその効果で500回復してたのさ」

 

 つまり今の十代くんのライフは300。ギリギリではあるが生存させたあのカードは、正にインシュランスということか。

 

「ちっ、しぶといわね。でも苦しみが長引いただけよ。《ジェネシス・クライシス》を手札から発動! デッキより1枚のアンデッド族モンスターを手札に加えてターンエンド!」

 

 カミューラが決めきれずにターンを終了する。フィールドは1ターン前とは打って変わってカミューラが優勢だ。ライフも半分以上残ってる。さらに十代くんの手札はドローを入れると3枚。その内1枚は《インシュランス》だから有用なのは2枚だ。十代くんが攻撃力3000の《ヴァンパイア・ジェネシス》を倒すには融合モンスターに頼るしかないけど、融合モンスターは基本的に《融合》と2体以上のモンスターの計3枚のカードを使うから、十代くんにとって現状かなりきつい。

 でも。圧倒的有利なこの状況を鑑みたとしても、カミューラはなんとしてもこのターンで決めるべきだった。勝つに至らないにしても、防御用の伏せカードがないのは致命的だ。

 きっと十代くんは巻き返しのカードを引く。ともすれば勝利まで持っていけるカードを。それが強者の証だと私は思う。

 

「俺のターン、ドロー! 《強欲な壺》を発動! その効果でデッキより2枚加える! さらに《闇の量産工場》発動! このカードの効果により、墓地の通常モンスター2体を選択して手札に加える! 選択するのは《フェザーマン》と《スパークマン》だ!」

 

 ほら来た。あからさまな手札増強と墓地回収。これは決めに入ってる。

 

「俺はフィールド魔法《フュージョン・ゲート》発動! このカードがフィールドにある限り、《融合》なしで融合召喚可能だ! 《フェザーマン》と《バーストレディ》を融合! 《フレイム・ウィングマン》を召喚! さらに《フレイム・ウィングマン》と《スパークマン》を融合し《E・HEROシャイニング・フレア・ウィングマン》を召喚!」

 

 二段階融合により召喚された《シャイニング・フレア・ウィングマン》は、その輝きでフィールド中の隅から隅まで照らした。

 以前、十代くんと戦い、あのモンスターで止めを刺されたから、その強さはよくわかってる。

 

「《シャイニング・フレア・ウィングマン》は俺の墓地にある《E・HERO》と名のつくカード1枚につき、攻撃力を300ポイントアップする!」

 

 効果は二つあり、一つは攻撃力増強。これにより現在の攻撃力は3100になった。

 

「《シャイニング・フレア・ウィングマン》で《ヴァンパイア・ジェネシス》に攻撃! シャイニング・シュート!」

 

 《シャイニング・フレア・ウィングマン》の拳が突き刺さり、爆散する。その余波がカミューラに微々たるダメージを与えた。

 大したことはない、とカミューラは息巻く。でも、それは違う。

 

「《シャイニング・フレア・ウィングマン》の効果は、戦闘で破壊した相手モンスターの攻撃力分のダメージを、相手プレイヤーに与える」

「なん、ですって⋯⋯っ」

 

 それが二つ目の効果だ。ライフ4000のデュエルにおいて、《シャイニング・フレア・ウィングマン》の高い攻撃力と効果は、相手に予期させないままに勝負を決めることができる。

 《ヴァンパイア・ジェネシス》の攻撃力は3000。だから3000のダメージを受けるということ。

 つまり、これはカミューラの負けを意味する。

 

「うわああああああぁっ!」

 

 強烈な閃光が、吸血鬼を焼いた。

 

 

 

 




デュエル中の原作キャラの台詞が丸パクリなんですけど、利用規約にある原作の大幅コピーってのに引っかかるのかな


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VSカミューラ 幻魔の扉

 カミューラが死んだ。幻魔の扉から伸びた腕に魂を持っていかれたのだ。その後カミューラは糸が切れたように倒れこみ、灰となって消えてしまった。

 主を失ったからか城が唸りを上げて崩れ出す。十代くんたちはカミューラのチョーカーと人形から元に戻ったカイザーを回収し、急いで脱出した。私も彼らの後をついていく。

 沙夜はここにはいない。幻魔の扉が出現したとき、カミューラの魂と一緒にその中に入っていったからだ。

 外に出てレッドカーペットを走る。その中腹辺りまで来た所で足場が消え去り、私は湖に落ちた。前方では岸に辿り着いた十代くんたちが湖を眺めている。消えたのはレッドカーペットだけじゃなく、背後にある城や霧さえも無くなっていた。まるで今までなにもなかったかのように、湖は静かだ。

 見つからないように潜水して岸まで泳ぐ。岸まで来て水面に顔を出し周囲を見ると、もう誰もいなかった。

 上陸してとある木まで歩くとそこにはバックパックがあって、中には私の着替えとタオルが用意してある。もう一度周りを見回し誰もいないことを確認した後、なんの疑いも持たずに服を脱ぎタオルで水気を拭き取ってから着替えた。

 当然のことながら、これは沙夜が用意したものだ。決着間際、沙夜から必要な物を用意してあるからこの辺りで待っていてくれ、という旨の話しを聞いたけど、それは私が湖に落ちることを予測していたということになる。

 改めて沙夜は万能だと思った。非常に好ましく頼もしい。しかしそれは私の横にいるからだ。私と沙夜が無関係になったり敵対関係になったりしたとき、きっと沙夜に対する私の気持ちは反転する。そうなってしまったときのことを考えると心がもやもやした。気をそらすように天を見ると、そこには雲一つない高い高い空があった。

 

 

 

 しばらく待つと、虚空に大きな闇が現れた。じっと見つめているとそこから沙夜が飛び出し、その後すぐさま闇は掻き消える。沙夜の手にはビンが握られてあった。

 

「只今戻りました」

「うん、おかえり。それってもしかして、カミューラの魂?」

 

 ビンを指差して言った。ビンの中では、微かに発光する球体が外に出ようと暴れている。

 

「はい。今よりこのカミューラの魂と先程借りた手首を融合させて蘇生します」

「そんなこともできるんだね」

 

 薄々は察していた。その方法までは知る由もなかったけど、魂を見せられては、なんらかの形で生き返らそうとしているのはすぐわかる。

 

「どうやるの?」

「所謂、錬金術というものを使います」

 

 そう言いながら沙夜は、バックパックから小さめのバケツを取りだし、湖の水をそれに汲んだ。

 

「水の入ったバケツに魂と手首、さらにこの融合石を入れます」

「融合石? なんか凄そう。でも手首に魂が宿ったとして、生きていられるの?」

「カミューラは吸血鬼ですから、一度生き返ってしまえば後は本人の力で勝手に再生してくれますよ」

「ああ、確かに。カミューラだからできる方法なんだね」

「はい。それでは入れます。融合反応の際、小規模な爆発が起こるので少し離れていて下さい」

 

 五歩離れた。沙夜は魂の入ったビンとカミューラの手首をバケツに入れ、私の隣まで離れてから最後に融合石を投げ入れる。

 初めに石が水面を叩く音がした。続いてブクブクと泡が立つような音がして、そのすぐ後、ボンッ、とくぐもった爆発音が出る。すると泡と煙がバケツから吹き出始めた。その二つの比率はすぐに煙だけになり、しばらくの間煙が周囲に立ち込める。

 煙の発生が止まると、風によって散って行き霧散する。そこには座り込んだ五体満足のカミューラと、ひっくり返ったバケツがあった。

 

「これは、成功?」

 

 カミューラは座ったまま動かない。息はしているけど放心状態だ。

 

「カミューラ」

 

 その一声に、カミューラは弾かれるように顔を上げ沙夜を見た。その次に私、周りの風景をその目で捉え立ち上がる。状況を把握したのか、その顔はもう緩んでない。

 

「私はなぜ生きているのかしら? どうやって私を復活させたの?」

「貴女の魂を幻魔より奪い取り、事前に借りていた貴女の手首に宿しました。どうやら上手くいったようですし、早速貴女には優姫様とデュエルしてもらいます」

「ああ、そういえば、そういう約束だったわね」

 

 カミューラは腰に手を当て、乾いた笑いを漏らす。

 

「嫌よ、面倒臭い。もう疲れちゃったわ。そんな義理もないし」

「貴女ならそう言うと思いました。ですが拒否権はありません。さあ、デュエルディスクを構えなさい」

 

 その命令に応じるように、カミューラの右手に嵌めてある指輪が光った。するとそれを切っ掛けにカミューラの腕元に蝙蝠が集い始め、見る見るうちにデュエルディスクへと変身していく。そしてカミューラ自身も肘を上げ、デュエルする態勢に入った。

 

「この指輪の力というわけね。腹立たしいわ。実に腹立たしい。でもこの私を操る程の力を持つ貴女に免じて、我慢してあげる」

「それは有難う御座います。一応言っておきますが、闇のゲームとなっておりダメージを受けた場合、同等の痛みが発生しますので」

「好都合よ。腹いせにボコボコにしてやるわ!」

「「デュエル!」」

 

カミューラLP4000

保科優姫LP4000

 

「貴女の言葉に合わせて動かすのでセットカードの使用の際は、右から何番目、という風に宣言して下さい。また、手札のシャッフルが必要な時も同じく宣言して下さい」

「いいわ。ドロー! 一番右のモンスターをセット、その隣のカードをセット、ターンエンドよ!」

 

 その声と身体の動きには、そんなに差はない。操られることによるデュエルへの支障はなさそうだ。

 

カミューラLP4000 手札4枚

セットモンスター1体

セットカード1枚

 

「私のターン、ドロー!」

 

 6枚の中には《ゴーズ》と《バトルフェーダー》のお守りカードがある。初手にこの2枚が並ぶのは、私としては珍しいことだ。

 

「まずは《魔界発現世行きデスガイド》を召喚するよ! その効果でデッキから悪魔族、レベル3のモンスター、《魔サイの戦士》を特殊召喚!」

 

《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000

《魔サイの戦士》攻撃力1400

 

 どうあれ、いつものジンクスを実行する。

 

「《二重召喚》発動! このターン、もう一度通常召喚を可能にする! 2体のモンスターをリリースして《フレイム・オーガ》を召喚!」

 

《フレイム・オーガ》攻撃力2400

 

「このモンスターが召喚されたことにより、カードを1枚ドロー! さらに墓地に送られた《魔サイの戦士》の効果でデッキから悪魔族モンスターを墓地に送る! 私は《トリック・デーモン》を墓地に送り、その効果を発動! デッキから《デーモン》と名のつくカードを手札に加える! 加えるのは《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》!」

「悪魔族のデッキってわけね」

「そうだよ。じゃあバトルフェイズ! 《フレイム・オーガ》で伏せモンスターに攻撃!」

「伏せモンスターは《ピラミッド・タートル》よ! 戦闘で破壊され効果発動! デッキより守備力が2000以下のアンデット族モンスターを特殊召喚する! 《ヴァンパイア・ロード》を特殊召喚!」

 

《ヴァンパイア・ロード》攻撃力2000

 

「そいつか。私はカードを1枚伏せてターンエンド」

 

保科優姫LP4000 手札4枚

《フレイム・オーガ》攻撃力2400

セットカード1枚

 

「私のターン、ドロー! フフフッ。どうやら早くも終わりのようね!」

「私はそうは思わないけど」

 

 良いカードでも引いたんだろうか。もしかしたら《幻魔の扉》かもしれない。

 

「まずは《ヴァンパイア・ロード》を除外することで手札から《ヴァンパイア・ジェネシス》を特殊召喚!」

 

《ヴァンパイア・ジェネシス》攻撃力3000

 

 やっぱり来たか。でもこれだけじゃ勝ちには届かない。まだなにかあるはずだ。

 

「永続魔法《ジェネシス・クライシス》を発動するわ! その効果によりデッキからアンデット族モンスターを1体手札に加える! 《闇より出でし絶望》を加えるわ! そして《ヴァンパイア・ジェネシス》の効果で《闇より出でし絶望》を捨てて《ピラミッド・タートル》を墓地から特殊召喚!」

 

《ピラミッド・タートル》攻撃力1200

 

「ここで魔法カード《生者の書—禁断の呪術—》を発動する! 墓地のアンデット族モンスターを特殊召喚して、相手の墓地のモンスターを除外するわ! 《闇より出でし絶望》を特殊召喚して《トリック・デーモン》を除外!」

「除外は痛いな」

「そんなこと気にしてる場合かしら? バトルよ! 《ヴァンパイア・ジェネシス》で《フレイム・オーガ》に攻撃! ヘルビシャス・ブラッド!」

「くっ」

 

保科優姫LP4000→3400

 

「《闇より出でし絶望》でダイレクトアタック!」

 

「手札から《バトルフェーダー》の効果を発動! このモンスターを特殊召喚し、バトルフェイズを終わらせるよ!」

 

 本当なら《ゴーズ》を出したかったけど、その場合、攻撃を受けて大ダメージを負うからこっちの方がいい。痛いのは嫌だってのもあるし。

 

「ちっ。大して動揺してなかったのは、こういうことだったわけね。右のカードを1枚セット、ターンエンドよ」

 

カミューラLP4000 手札1枚

《ヴァンパイア・ジェネシス》攻撃力3000

《闇より出でし絶望》攻撃力2800

《ピラミッド・タートル》攻撃力1200

永続魔法《ジェネシス・クライシス》

セットカード1枚

 

 随分展開されちゃったな。でも大丈夫。

 

「ドロー! 伏せカード《悪魔の憑代》発動! これがある限り、私は1ターンに1度、レベル5以上の悪魔族モンスターをリリースなしで召喚できるよ! この効果で《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》をリリースなしで召喚する!」

 

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000

 

「バトル! 《ジェネシス・デーモン》で《ヴァンパイア・ジェネシス》に攻撃! ⋯⋯何もないなら相打ち、そして《ジェネシス・クライシス》の効果でアンデッド族モンスターは全て破壊だ!」

「くっ、仕方ないわね」

「私はカードを伏せてターンエンド」

 

保科優姫LP3400 手札2枚

《バトルフェーダー》守備力0

永続罠《悪魔の憑代》

セットカード1枚

 

「ドロー! 《強欲な壺》発動! カードを2枚ドローする! 手札から《牛頭鬼》召喚、その効果によりデッキから《馬頭鬼》を墓地に送る! そして《馬頭鬼》を墓地から除外することで、墓地の《闇より出でし絶望》を特殊召喚!」

 

《闇より出でし絶望》攻撃力2800

 

「また出てきたか」

「今度こそ終わりよ! 《牛頭鬼》で《バトルフェーダー》に攻撃!」

「《バトルフェーダー》はフィールドを離れるとき除外されるよ!」

「《闇より出でし絶望》でダイレクトアタック!」

「罠発動《リビングデッドの呼び声》! 墓地から《ジェネシス・デーモン》を蘇生させる!」

 

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000

 

「ちっ。攻撃は中断、ターンエンド」

 

カミューラLP4000 手札2枚

《牛頭鬼》攻撃力1700

《闇より出でし絶望》攻撃力2800

セットカード1枚

 

 さっきカミューラは今度こそ終わり、と言っていた。でもたとえ私が《リビングデッドの呼び声》を使わなかったとしても、フィールドのモンスターだけじゃ、私のライフは削りきれない。

 あの台詞がブラフや意味のない言葉だとするなら話しは別だけど、そうじゃないならカミューラの伏せカードは《リビングデッドの呼び声》みたいな蘇生カード、または戦闘に加勢できるようなカードだ。それ込みで私を倒せる算段だったんだろう。

 まあ、だからといって私の方から特別なにかするわけじゃない。一応そのことを念頭に置くだけはしておこう。

 

「ドロー。《ジェネシス・デーモン》で《闇より出でし絶望》に攻撃!」

 

カミューラLP4000→3800

 

「カードを2枚伏せてターンエンドだよ」

 

保科優姫LP3400 手札1枚

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000

永続罠《リビングデッドの呼び声》

セットカード2枚

 

「もう終わり? 随分ささやかな攻撃だったわね。もう少し頑張ったらどうかしら?」

 

 これはこれは、あからさまな挑発。なにか言い返さないと失礼だね。

 

「そう言うカミューラはかなり押せ押せだよね。成果は出てないみたいだけど」

「あら、これが私のやり方よ。お前に守りのカードが無くなるまで攻撃し続けるわ」

「その前にガス欠になるのはカミューラだけどね」

「言ってなさい。ドロー! フフフ。今度は防げるかしらね? 《牛頭鬼》の効果でデッキから《ゴブリン・ゾンビ》を墓地に送る。そして手札から《ハリケーン》を発動! フィールド上の魔法、罠を全て持ち主の手札に戻すわ!」

「ここで来るのか⋯⋯! チェーンして発動《悪魔の嘆き》! 《ヴァンパイア・ジェネシス》をデッキに戻して、私のデッキから《彼岸の悪鬼グラバースニッチ》を墓地に送る!」

「どうやらこのカードが分かっていたらしいわね! 罠カード《リビングデッドの呼び声》! 《ゴブリン・ゾンビ》を蘇生させる!」

「やっぱりそれか!」

 

 予想が当たって良かった。本当ならこのタイミングに置いて《悪魔の嘆き》で戻すべきなのは《ゴブリン・ゾンビ》だ。でも今みたいに《リビングデッドの呼び声》をチェーンされて特殊召喚されたら、《悪魔の嘆き》の後半の効果が使えなくなってしまう。それを避けたかった。避けられるのが、自身の効果でしか特殊召喚できない《ヴァンパイア・ジェネシス》を対象にするしかなかったんだ。

 

「効果を処理するわ! まず私の《ゴブリン・ゾンビ》が特殊召喚される! そして《悪魔の嘆き》の効果が適用され、最後に《ハリケーン》の効果により魔法、罠が手札に戻る。これにより《リビングデッドの呼び声》の影響下にある私の《ゴブリン・ゾンビ》とお前の《ジェネシス・デーモン》は破壊されるわ。ここで《ゴブリン・ゾンビ》の効果よ! デッキから守備力2000以下のアンデット族モンスターを手札に加えるわ! 加えるのは《酒呑童子》よ!」

「その効果にチェーンして《グラバースニッチ》の効果発動! デッキから《彼岸》モンスターである《彼岸の悪鬼スカラマリオン》を守備表示で特殊召喚!」

 

《彼岸の悪鬼スカラマリオン》守備力2000

 

「ねばるわね。手札から《酒呑童子》を召喚、効果発動! 墓地の《ゴブリン・ゾンビ》と《ピラミッド・タートル》を除外してカードを1枚ドロー! そして速攻魔法《異次元からの埋葬》発動! 除外されている《馬頭鬼》、《ゴブリン・ゾンビ》、《ピラミッド・タートル》を墓地に戻し、《馬頭鬼》の効果発動! このカードを除外して、墓地から《闇より出でし絶望》を復活させるわ!」

 

《闇より出でし絶望》攻撃力2800

 

「バトルよ! 《闇より出でし絶望》で《スカラマリオン》に攻撃! 続いて《酒呑童子》でダイレクトアタックよ!」

「くぅっ!」

 

保科優姫LP3400→2000

 

「ダメージは受けるよ! でもこのとき手札から《冥府の使者ゴーズ》を特殊召喚! 効果で《冥府の使者カイエントークン》を守備表示で特殊召喚!」

 

《冥府の使者ゴーズ》攻撃力2700

《冥府の使者カイエントークン》守備力1400

 

「良い調子ね。《牛頭鬼》で《カイエントークン》を破壊! 右のカードをセットしてターンエンドよ」

「エンドフェイズ時、《スカラマリオン》の効果で、デッキから悪魔族、闇属性、レベル3のモンスター、《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》を手札に加えるよ」

 

カミューラLP3800 手札1枚

《牛頭鬼》攻撃力1700

《酒呑童子》攻撃力1400

《闇より出でし絶望》攻撃力2800

セットカード1枚

 

 どんどん私の守りが剥がされていく。カミューラは考えないで形振り構わずに展開してきて、手札は常に少ない。でも私だって猛攻に耐えるためには手札を使わざるを得ない。

 ここらで良いカードを引かなきゃそろそろやばいな。

 

「私のターン、ドロー! よし、良いカード! 魔法カード《トランスターン》発動だよ! 《ゴーズ》を墓地に送り、このカードと同じ種族、属性で、レベルが1つ高いモンスターを特殊召喚する! 私が特殊召喚するのは《ヘル・エンプレス・デーモン》!」

 

《ヘル・エンプレス・デーモン》攻撃力2900

 

「バトルするよ! 《ヘル・エンプレス・デーモン》で《牛頭鬼》に攻撃だ!」

「ぐっ! 大したことないわ!」

 

カミューラLP3800→2600

 

「モンスターとカードを2枚伏せてターンエンド!」

 

保科優姫LP2000 手札0枚

《ヘル・エンプレス・デーモン》攻撃力2900

セットモンスター1体

セットカード2枚

 

 手札は無いけど、フィールドは盤石。この守りを崩すには相当骨が折れる。これで今までみたいな攻めはできないはずだ。

 

「ドロー! 《酒呑童子》の効果で墓地の《牛頭鬼》と《ピラミッド・タートル》を除外して、1枚ドロー! モンスターを2体守備表示にしてターンエンドよ!」

 

カミューラLP2600 手札3枚

《酒呑童子》守備力800

《闇より出でし絶望》守備力3000

セットカード1枚

 

「私のターン、ドロー。《ヘル・エンプレス・デーモン》で《酒呑童子》に攻撃! カードを1枚伏せてターンエンド」

 

保科優姫LP2000 手札0枚

《ヘル・エンプレス・デーモン》

セットモンスター1体

セットカード3枚

 

「私のターン、ドロー! ナイスよ! 《生者の書—禁断の呪術—》発動! 《酒呑童子》を蘇生させてお前の墓地の《ジェネシス・デーモン》を除外する!」

 

《酒呑童子》守備力800

 

「また除外⋯⋯っ」

 

 《ヘル・エンプレス・デーモン》には破壊されたとき、墓地にある悪魔族、闇属性、レベル6以上のモンスターを蘇生できる効果がある。でも《ジェネシス・デーモン》が除外された今、墓地にある蘇生可能なモンスターは《ゴーズ》のみだ。蘇生対象があるだけマシだけど、《ゴーズ》は《闇より出でし絶望》より100攻撃力が少ない。これではすぐ戦闘破壊されてしまうのだ。

 

「《酒呑童子》の効果で、除外されている《馬頭鬼》をデッキの上に戻し、右から2番目のカードを1枚伏せてターンエンドよ!」

 

カミューラLP2600 手札2枚

《闇より出でし絶望》守備力3000

《酒呑童子》守備力800

セットカード2枚

 

 攻めてこない。でもなにか準備はされた。

 

「ドロー」

 

 良いカードだ。きっと勝負を決めるカード。でも使い所は今じゃない。私の思惑通りなら、使うべきタイミングはあの状況下だ。

 

「《ヘル・エンプレス・デーモン》で《酒呑童子》に攻撃、ターンエンド」

 

保科優姫LP2000 手札1枚

 

《ヘル・エンプレス・デーモン》攻撃力2900

セットモンスター1体

セットカード3枚

 

「私のターン、ドロー! そろそろそのモンスターには退場してもらおうかしらね! 《ヘルヴァニア》の効果発動! 手札の《馬頭鬼》を墓地に送り、フィールド上のモンスターを全て破壊!」

「セットモンスターは《ガトルホッグ》。このモンスターと《ヘル・エンプレス・デーモン》の効果を発動する! 墓地から《ゴーズ》と《スカラマリオン》を特殊召喚! 《スカラマリオン》は自分フィールドに《彼岸》以外のモンスターがいるとき自壊する!」

 

《冥府の使者ゴーズ》守備力2500

 

「馬頭鬼を除外! 《闇より出でし絶望》を特殊召喚するわ!」

 

《闇より出でし絶望》攻撃力2800

 

「さらに永続罠《闇次元の解放》発動! 除外されている《ヴァンパイア・ロード》を特殊召喚!」

「ってことはじゃあ!」

「そうよ、この瞬間を狙っていたわ! 《ヴァンパイア・ロード》を除外することで、手札から《ヴァンパイア・ジェネシス》を特殊召喚する!」

 

《ヴァンパイア・ジェネシス》攻撃力3000

 

 攻撃力3000⋯⋯! 《ジェネシス・デーモン》が除外されている今、その攻撃力に太刀打ちできるカードはない。

 

「バトル! 《闇より出でし絶望》で《ゴーズ》に攻撃! そして《ヴァンパイア・ジェネシス》でダイレクトアタック!」

「永続罠発動《リビングデッドの呼び声》! 《ヘル・エンプレス・デーモン》を蘇生させる!」

「知ってるわ! でも攻撃力は足りない、《悪魔の憑代》でそのモンスターの破壊を防ぐのかしら?」

 

 カミューラはきちんと把握している。この2枚は《ハリケーン》で戻されたカードだということを。

 

「使わないよ! 私は超過ダメージ100を受け、《ヘル・エンプレス・デーモン》の効果! 《ゴーズ》を復活させる!」

 

保科優姫LP2000→1900

《冥府の使者ゴーズ》攻撃力2700

 

「それくらいは残しておいてあげるわ! 私はこれでターンエンド。次がお前のラストターンよ!」

 

カミューラLP2600 手札1枚

《ヴァンパイア・ジェネシス》攻撃力3000

《闇より出でし絶望》攻撃力2800

永続罠《闇次元の解放》

セットカード1枚

 

「ラストターン、ね。それは少し違うよ」

「そう思うなら、さっさとターンを始めたら? どうせ負け惜しみだろうけど」

「そうだね。じゃあ、まずはエンドフェイズ時《スカラマリオン》の効果で《彼岸の悪鬼ファーファレル》を手札に加える。で、ドロー」

 

 これで揃った。

 

「伏せカード《悪魔の憑代》発動! これにより手札から《野望のゴーファー》をリリースなしで召喚するよ!」

「そいつは⋯⋯!」

 

《野望のゴーファー》攻撃力2200

 

「効果発動! 相手モンスターを2体まで破壊する! このとき相手は、手札のモンスターを見せることでこの効果を無効にできる。でも無理だよね、その手札はモンスターじゃないから」

「⋯⋯そうね。《ヴァンパイア・ジェネシス》と《闇より出でし絶望》は破壊されるわ」

「やっぱりね。バトルフェイズ、《ゴーズ》で攻撃」

「伏せカード《リビングデッドの呼び声》、《闇より出でし絶望》を特殊召喚よ」

 

《闇より出でし絶望》攻撃力2800

 

 うん、それはわかっている。そのカードも《ハリケーン》で戻されたカードだ。

 重要なのはここから。

 

「その手札のカード、最初のターンから今まで、ずっと握ったままだったから気になってたけど、やっとわかったよ」

「は? 急になに?」

「《幻魔の扉》でしょ」

 

 それ以外には考えられない。数ターンもの間、ずっと手札にあるのは、意図的に使おうとしなかったからだ。

 

「はっ、何を勘違いしてるのかしら。これが《幻魔の扉》ならもっと早くに使ってるわよ」

「ビビってるんでしょ。もし使ってまた負けたら、今度は助からない。だから使えずにいたんだ」

「話しにならないわね。さっさとターンを終えなさい」

「カードを伏せてターンエンド。次がカミューラのラストターンだよ」

 

保科優姫LP1900 手札0枚

《冥府の使者ゴーズ》攻撃力2700

《野望のゴーファー》攻撃力2200

永続罠《悪魔の憑代》

セットカード2枚

 

 使うにしろ使わないにしろ、カミューラのラストターンなのは変わらない。でもカミューラは使うべきだ。ここで使わなきゃ、一生かかっても人間への復讐なんてできないと私は思う。

 カミューラにとって、これはたかがデュエルだけど、それでも勝負事なんだ。勝ちを目の前にしてリスクを怖れるなんて愚行でしかない。

 

「だから使いなよ」

 

 いや。私にとって、復讐とかはどうでもいい。結局、カミューラのダサいとこが見たくないってのと、全ての力で向かってくるカミューラに勝ちたいっていう、ただの我儘だ。

 

「うるさいわね、ドロー!」

 

 ドローしたカードと元々持っていた手札を見比べるカミューラ。勝利に通じるルートを探っているんだろう。でも私には2枚の不明なカードが伏せてあるから、明確な勝利の道は見えないはずだ。防がれて返り討ちにあうかもしれない、それを考えるとあのカードを使うのは勇気が要るだろう。

 だったら発破をかけてあげるよ。

「吸血鬼は強い力を持っているばっかりに、自分たちさえもその力に振り回されて、挙句滅んだ。このデュエルにおいてもそうだよ。カミューラは最初から最後まで、ずっと《幻魔の扉》という強い力に振り回されてきた」

「⋯⋯」

「吸血鬼ってホント、哀れだね」

 

 それはカミューラの感情を逆撫でしようとした言葉。復讐対象である人間に同情されるなんて、この上なく悔しいだろう。そしてそんな状況に陥った自分が情けなくなるんだ。

 

「うるさい、バカにするな! そんなに使って欲しいなら使ってやるわよ! 《幻魔の扉》発動!」

 

 カミューラは私を睨みカードを振りかざす。

 その感情の発露からは、私は誇り高い吸血鬼だ。力に振り回されてなんかない。そういう想いが伝わってきた。

 ならば私は言ってやりたい。これは人間対吸血鬼ではなく、私とカミューラの一対一の戦いだということを。誰かが邪魔していいものじゃないんだと。そして、勝つのは私だということを。

 

「待ってた! 伏せカード《神の宣告》! ライフを半分支払い、《幻魔の扉》の発動を無効にして破壊する!」

「なっ!? 無効だと!?」

「ただ勝つだけじゃダメなんだ。私は全力を出すカミューラに勝ちたい。それを幻魔なんかに邪魔はさせない!」

「⋯⋯まだよ! まだ勝った気でいるのは早いんじゃないかしら!? 《ヘルヴァニア》の効果発動! モンスターは全て破壊よ!」

「良い足掻きだけど、そこまでだよ!」

「それはどうかしらね!? 《ヘルヴァニア》のコストで捨てたのは《馬頭鬼》! よって除外することで《闇より出でし絶望》を特殊召喚! ダイレクトアタックよ!」

 

 さすがだ。《幻魔の扉》に頼らずとも、しっかり逆転手を引き入れてる。だからこそ勿体無い。《幻魔の扉》を正しいタイミングで使っていれば、もしかしたら私に勝てたかもしれないのに。

 

「伏せカード《闇次元の解放》! 除外されている《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》を特殊召喚する!」

 

《闇より出でし絶望》攻撃力2800

《戦慄の凶皇—ジェネシス・デーモン》攻撃力3000

 

 これで終わりだ。カミューラにはもう、攻撃の手はない。

 

「ターン、エンド⋯⋯」

「ドロー。《彼岸の悪鬼ファーファレル》を召喚、《彼岸》以外のモンスターがいるから自壊、そして効果発動だ! 《闇より出でし絶望》をエンドフェイズ時まで除外する!」

 

 これでガラ空き。カミューラに私の攻撃を防ぐ手立ては消えた。

 

「終わりだよ! 《ジェネシス・デーモン》で止めだ!」

「うわああああああっ!」

 

カミューラLP2600→0

 

「楽しかった!」

 

 終わってみたら案外そう思えた。

 

 

 

 ここからは、カミューラのその後の話し。

 カミューラの目的は闇のアイテムであるチョーカーで人類の魂を人形に封じ込め復讐し、それを元に吸血鬼再興することだった。その念願はチョーカーを取り上げられたことで一旦は行き詰ったのだけど、カミューラは諦めることはしてない。

 そんなカミューラに私はある助言と提案をした。それは、復讐なんて大それたことをするなら協力者が必要だということ。そして私が協力者になるということだ。

 とはいえ大したことをするつもりはない。そう申し出た理由も大したものじゃない。ただ単に、吸血鬼という珍しい人種と懇意にできたら面白そうと思っただけだ。協力するというのも日常的なサポート程度のことでしかない。

 カミューラは今まで、棺桶の中で長い眠りについていたらしい。それなら現代の生き方なんて知らないだろうし、それを教えていけばそのうち心を開いてくれる。そういう浅い考えからの提案で、ダメ元で聞いただけだった。

 しかし意外にもカミューラは了承してくれた。出会ってから今まで、良い印象なんて少しもないはずなのに承知してくれたのは、多分沙夜も付いてくると思ってるからだ。有能な沙夜がいるからこそ、私みたいな小娘のたわごとを聞いてくれた。

 なんであれ、私はカミューラの協力者になったのだ。その手始めとして、まず携帯を持つことを勧めた。家は自分で創り出せるっぽいしお金も人から奪えばいい。カミューラには生きていく力は備わってるから、後は連絡手段が必要だ。細やかな助言を続けていくためにもそれが一番良いと考えた。

 そうなってから展開は早い。沙夜が携帯を用意したら、カミューラはすぐにこの島を出て行った。

 それから数日。私とカミューラは文通仲間になった。素っ気ない業務連絡みたいな返信しかしてくれないけど、メールを送ったら直ぐに返してくれるのがちょっと嬉しい。

 これが今話の顛末。おそらく、本来ならカミューラは幻魔に囚われたまま、助け出されないんだと思う。結果的に物語を捻じ曲げてしまったことになるが、あまり気にしてない。というより気にする必要はないと思っている。

 なぜなら興味がないから。ただそれだけの話しである。




取り敢えずここまで。しばらく投稿できないです。


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学園祭 恋人か友人か

 学園祭とは、模擬店や喫茶店を生徒たちの主導で催すことにより、公共の精神を培い連帯感を持たせるための課外活動である。堅苦しく言えばそうなるが、大体の生徒たちにはその意識はなく、皆思い思いに普段とは違う空気感を楽しんでしまうものだ。

 このデュエルアカデミアにも当然のことながら学園祭がある。今日がその日なんだけど、例に倣って生徒たちは浮かれていた。

 催し事は寮ごとに決まっていて、ブルーが喫茶店、イエローが屋台、そしてレッドがコスプレデュエルとなっている。レッドの出し物が気になるところではあるけど、生憎今の私はウェイトレス。お仕事真っ最中でコスプレデュエルとはなんなのか、確認することはできないのだ。まあ、蓋を開けずとも言葉通りのことをやっているのはわかる。でも折角のお祭りなんだから楽しみたい、というのが私を占めていた。

 それはさておき今は仕事に集中しよう。一時間毎のローテーションだから残り数分。結構繁盛してて大変だけど、これを乗り切れば後は自由時間だ。そうなれば思う存分学園祭を楽しめる。私とて、この学園祭を本来の目的を外れて満喫したがっていた。

 そういう思惑でいたとき、一人の男性客が目につく。その人は私の知っている人物だったが、ここに居るはずのない人間だ。なぜなら彼は学園には関係のない部外者だから。だったらなぜか。そのおおよその答えは私の中にはきちんとあった。

 その人に、手袋をはめた右手で手招きされ私は近づく。

 

「よう、久しぶりだな。元気してたか」

「うん。圭こそ元気そうだね」

 

 夜闇圭。お祖父さんの家で会った、私のいとこだ。

 

「なんでここにいるのか、とかはあえて聞かないよ。なんか私に用があって来たんでしょ?」

 

 挨拶もそこそこに、本題を提案した。教師でもなく、制服を着ているわけでもないこの人は他人の目を引く。そんな人と会話する私だって視線の対象になるから、なるべく早く問題を済ませたかった。それを察したかのように圭は口を開く。

 

「まあな。沙夜とかいう爺さんとこの使用人に雇われて、お前とデュエルすることになったんだ」

「やっぱりそれだったか。でも学園祭が終わってからでいいかな」

「ああ、元よりそのつもりだ。とりあえず今は顔見せだけってことで退散するわ。夜になったらまた来る。じゃあな」

 

 圭は白い手袋をはめた右手をヒラヒラと振り、席を立つ。後ろ姿を見送り壁に掛けてある時計を見ると、時間は十二時半を回っていた。私の労働時間は終わった。

 

 

 

 よくよく考えると、私の女友達はエリカしかいない。言葉を言い換えれば、心を許せる友達はエリカしかいない。さらに言葉を言い換えれば、学園祭を一緒に見て回る友達はエリカしかいない。自分で言っていて情けなくなるけど事実だ。

 エリカには仕事があった。そのせいで私と学園祭を共にすることはできないそうだ。こうなってしまっては、楽しいはずの学園祭は一変する。一気に疎外感に襲われた。ガヤガヤとした喧騒の地であるはすなのに、それが遠い所にあるような気さえする。

 まあ仕方ないと思い直り、あてもなく廊下を歩く。取り敢えずは昼食を食べようと思っていると、

 

「あ、見つけた。優姫さん!」

 

 前方に沢木くんがいた。沢木くんはなにか私に用事がある様子だ。

 

「どうしたの?」

「優姫さん、学園祭一緒に見て回らない? 嫌ならいいんだけど」

 

 願ってもない申し出だった。「いいよ」と肯定すると、「いいのか!?」と大きな声で返答されたので、また「いいよ」と言った。

 

「取り敢えずお昼にしない? 私、まだ食べてないんだ」

「ああ、俺もまだだ! よし、食いに行くか!」

 

 

 

 たこ焼き。焼きそば。お好み焼き。唐揚げ。焼き鳥。フランクフルト。パフェ。チョコバナナ。クレープ。

 各寮の外には様々な模擬店が連なり、いろんな食べ物の匂いが混ざり合っている。お祭り特有の匂いの中、私と沢木くんは昼食がてら飲食模擬店を見て回りつつ、気の向くままに買って食べた。

 お腹を満たし興味が食べ物から離れた頃、沢木くんの提案でレッド寮に行くことになった。私としても気になっていた所なので丁度良かった。

 レッド寮に着くと、そこには思っていたよりも多くの人が集まっていた。レッド寮は他の寮や校舎からは結構離れた所にあり、それだけ人が寄り付かない場所だ。だというのにこれだけの人数がいるのは、それほど興味を引くなにかをやっているのかもしれない。

 人が最も固まっている所に行く。頭越しに中央を覗くとデュエルが行われていた。

 片方はいまやレッド寮の代表とも言える十代くん。コスプレデュエルだと思っていたけど、十代くんはしてないようだ。

 そしてもう一方が、

 

「ブラックマジシャンガールだよな、あれ。クオリティが高いなぁ」

「⋯⋯うん、そうだね」

 

 ブラマジガール、おそらくコスプレじゃなく本物だ。コスプレ衣装の粗雑さがなく、精霊の異質感があるから多分当たってる。観客がいるということは誰にでも見えるようで、人を集めている要因は彼女にあるようだ。

 ブラックマジシャンガールはそのイラストの可愛らしさから多くの人々に人気がある。その為、観客皆がブラマジガールの応援に回っていて、対戦相手である十代くんは完全にアウェイって感じだ。今もガールのモンスターを破壊した十代くんに対して、観客全体からブーイングが飛んでいる。

 そんな中、なんだかんだありつつも十代くんの勝利でデュエルは幕を閉じた。ブラックマジシャンガールが、負けたけど楽しかった、という風な台詞と愛想を振りまいたことで、ガールを降した十代くんへ非難が寄せられることはなく、和やかな雰囲気が漂っている。私も珍しいものが見れて楽しい。

 そこで「優姫さん」と沢木くんに呼びかけられる。

 

「実は俺がここに誘ったのは、レッドの催し物を見る為じゃないんだ」

「そうだったの? でもここら辺でめぼしいのはコレぐらいだと思うけど」

「ちょっとついてきてくれるか?」

 

 私が頷くのを見て、生徒たちの輪から外れる沢木くん。私もその後について行く。本校へ続くあぜ道を少し戻ると直角に曲がり森の中に入った。

 木々や背の高い草花を避けてどんどん進む。沢木くんの目的に不安を感じ始めたぐらいの所で、私たちは広い空間に出た。言わば森に囲まれた公園。あるのは中央の一際大きい樹木と、隅の方にある一つの東屋。

 沢木くんは大樹の前で反転した。私と向き合う形になる。丁度そのとき、私の正面から柔らかな風が吹いた。木や草が揺れる音が清涼感を演出する。

 風が止んだとき、沢木くんは口を開いた。

 

「優姫さんは、この場所についてなにか知ってる?」

「え? 知らないけど」

「そっか。この場所にはとある言い伝えがあるんだよ」

 

 沢木くんはそう言ってから、意を決したように言葉を続ける。

 

「学園祭の時にこの木の前でデュエルをした二人は——、二人は結ばれるんだって」

 

 顔を赤く染める沢木くん。そして、

 

「だからさ、デュエルしないか? 俺と、ここで」

 

 私を貫かんばかりの視線で見つめてきた。

 

「もしかして、今のって告白?」

「うっ、そうだ」

「ちょっと待ってね」

 

 こんな状況は初めてだ。どうして良いかわからない。

 どうするべきか考えて、自分の気持ちに従うことにした。が、自分の気持ちもよくわからない。ハッキリしてるのは、沢木くんを傷つけたくはないということだけ。

 

「デュエルはしてもいいよ。でも、悪いけど告白は断らせてもらうよ」

「そうか⋯⋯。やっぱりそうか」

 

 落胆。嫌われただろうか。それはないと信じたい。

 

「じゃあさ——これは、気に障ったら聞き流してくれていいんだけど——デュエルで俺が勝ったら付き合ってくれるか?」

 

 気持ちが緩んだのか、どこか投げやりな質問。私は直ぐに答える。

 

「いいよ」

「だよな、って、⋯⋯え? いいって言ったの?」

「うん」

 

 自分が負けた場合のビジョンを考えたとき、それなら良いと思えた。もしかしたら私は、自分よりもデュエルが強い人が好きなのかもしれない。

 

「だったらもう一つ聞くけど——ちなみにこれは、俺の考えじゃないんだけど——ガチガチのメタデッキで挑んだとしたらどうだ?」

「ん、良いと思う」

「さすがにそうだよな、って、⋯⋯え? マジで?」

「マジで」

 

 困難なデュエルで、しかも重大なデュエル。自分はそういうものに魅かれる性質なのかもしれない。

 

「うん。そういう小狡さはむしろ好ましいよ」

「そっか。常勝院の奴に聞いた話しだったからアテにしてなかったんだけど、アイツも役に立つもんだな」

「エリカ?」

「うん。デュエルに絡めればチャンスがあるって聞いたんだ。最後の質問もアイツの案だったし」

「そうだったんだ。私のことよく知ってるなぁ」

 

 私以上に私のことを知ってるのかも。でも私だってエリカのことはよくわかってる。

 

「エリカは『それでも優姫が勝ちますわ』みたいなこと言わなかった?」

「ああ、言ってたよ。まさにその通りに」

「ふふ。やっぱり」

 

 的中したことに喜んだ。

 

「なんか、妬けるな」

「ん、なんか言った?」

「いや。デュエルしないか。もう一回聞くけど、俺のデッキは本当に優姫さんに対するメタデッキだし、勝ったら本当に付き合いたいと思ってる」

「いいよ。それでも勝つのは私らしいからね」

 

 私は笑い、沢木くんは真面目な顔になった。

 

 

 

沢木龍馬LP4000

保科優姫LP4000

 

「先攻は貰っていいか?」

「どうぞ」

「じゃあ遠慮なく。ドロー! まずは《聖なるあかり》を召喚だ!」

 

《聖なるあかり》攻撃力0

 

「早速か」

「このモンスターは闇属性モンスターとの戦闘では破壊されず、その戦闘による自分へのダメージはゼロになる。そして闇属性モンスターは攻撃宣言できず、お互い闇属性モンスターの召喚、特殊召喚ができなくなる」

 

 闇属性メタの代表的なカードだ。アレがいるだけで私の動きはだいぶ縛られる。

 

「カードを3枚セットしてターンエンドだ!」

 

沢木龍馬LP4000 手札2枚

《聖なるあかり》攻撃力0

セットカード3枚

 

「ふふ。ホントに対策してきたね」

「あー、やっぱり嫌だったか?」

「ううん。全然」

 

 特定の相手のみに勝つ為のデッキ——いわゆるメタデッキは、一般的には嫌われている。私も普段ならそういうデッキを使う人とはあまり戦いたくはない。でも私と付き合いたいがために——または目的の為に形振り構わない戦法を取るというのは、それはむしろ好きだ。

 しかし、手段を選ばずに作戦を実行した沢木くんを異性として好きだ、という所には繋がらない。きっとこの感情は受容してあげようと思う、母性のようなものだ。

 

「私のターン、ドロー! 私は《魔サイの戦士》を召喚する!」

 

《魔サイの戦士》攻撃力1400

 

 《魔サイの戦士》は地属性。《聖なるあかり》のロックには引っかからない。

 

「バトル。《魔サイの戦士》で《聖なるあかり》に攻撃!」

「さすがに抜けて来たか! でも罠発動《和睦の使者》! このターン、俺が受ける戦闘ダメージはゼロになり、モンスターも戦闘では破壊されない!」

「防がれたか。なら私はカードを伏せてターンエンド!」

 

保科優姫LP4000 手札4枚

《魔サイの戦士》攻撃力1400

セットカード1枚

 

「ドロー。《ライオウ》を召喚! そして《聖なるあかり》を守備表示にする」

 

《ライオウ》攻撃力1900

 

「《ライオウ》か⋯⋯」

 

 あのカードにはデッキからカードを手札に加えることを出来なくするのと、自身の効果での特殊召喚を《ライオウ》を墓地に送ることで無効にする効果を持っている。ヤバいのは前者だ。私のデッキには結構サーチカードが入ってるし、サーチすることを計算に入れてデッキを構築してるから、その機能が止まると私のデッキの回転力は極端に落ちる。引きたいカードが引きにくくなるのだ。

 

「《ライオウ》で《魔サイの戦士》に攻撃!」

 

保科優姫LP4000→3500

 

「墓地に送られた《魔サイの戦士》の効果を発動するよ! デッキから悪魔族モンスター《暗黒魔族ギルファー・デーモン》を墓地に送る! そしてその効果を発動!」

「そこまでだ! 永続罠《暗闇を吸い込むマジックミラー》を発動!」

「それは⋯⋯!」

 

 フィールド、墓地で発動される闇属性モンスターの効果を無効にするカード。あれも闇メタだ。

 

「なにか狙いがあったんだろうけど、徹底的にメタらせてもらうぜ」

 

 最初はどこか遠慮があった沢木くんだけど、そういうのはもう感じられない。純粋に勝負を楽しみ、勝ちを目指してるようだ。

 

「永続魔法《禁止令》発動! カード名を《サイクロン》と宣言する。このカードがある限り《サイクロン》はプレイ出来なくなる。さらに永続罠《生贄封じの仮面》発動、互いにリリースが出来なくなる。ターンエンドだ」

 

沢木龍馬LP4000 手札2枚

《聖なるあかり》守備力0

《ライオウ》攻撃力1900

永続罠《暗闇を吸い込むマジックミラー》

永続魔法《禁止令》(サイクロン)

永続罠《生贄封じの仮面》

 

 今の私のデッキには、魔法、罠を破壊する効果を持つカードは、モンスターを除くと《サイクロン》しか入ってない。

 モンスター効果は《暗闇を吸い込むマジックミラー》で止められてるから《サイクロン》さえ封じれば、バック破壊はされないと思っての《禁止令》だろう。

 そして《生贄封じの仮面》。アレは相手のモンスターをリリースして召喚する《ラヴァ・ゴーレム》対策か。

 さすがに沢木くんは、私のデッキをよく理解してるな。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 今、私が出来ないことは、

 闇属性モンスターの召喚、特殊召喚、攻撃。

 デッキからのサーチ。

 フィールド、墓地で発動する闇属性モンスターの効果。

 サイクロンの使用。

 モンスターのリリース。

 この中で一番厄介なのは一つ目、つまり《聖なるあかり》が持つ効果だ。アレのせいで手札のモンスターさえ満足に使えなくなっている。まずはあのモンスターをなんとかしたいけど、

 

「魔法カード《闇の誘惑》発動。2枚ドローして、手札の《エンド・オブ・アヌビス》を除外する。次に《トレード・イン》を発動する。手札の《闇の侯爵ベリアル》を捨てて2枚ドロー」

 

 打開できるカードは来た。でもこのターンは動けない。

 

「モンスターとカードを伏せてターンエンド」

 

保科優姫LP3500 手札3枚

セットモンスター1枚

セットカード2枚

 

「俺のターン、ドロー! 《月風魔》召喚!」

 

《月風魔》攻撃力1700

 

「バトル! 《月風魔》でセットモンスターに攻撃!」

「伏せモンスターは《彼岸の悪鬼スカラマリオン》! こっちの方が守備力は高いよ!」

 

《彼岸の悪鬼スカラマリオン》守備力2000

沢木龍馬LP4000→3700

 

「ダメージは食らうが《月風魔》の効果だ! 戦闘したモンスターが悪魔族かアンデット族だった場合、ダメージステップ終了時にそのモンスターを破壊する!」

「そんな効果がっ」

 

 上位互換のカードがありそうなのにそのカードを使うのは、あくまで私意識の私メタってことか。それほど愛されてるってことかな? なんてね。

 

「《ライオウ》でダイレクトアタック!」

「受けるよ!」

 

保科優姫LP3500→1600

 

「ターンエンドだ」

 

沢木龍馬LP3700 手札2枚

《聖なるあかり》守備力0

《ライオウ》攻撃力1900

《月風魔》攻撃力1700

永続罠《暗闇を吸い込むマジックミラー》

永続魔法《禁止令》(サイクロン)

永続罠《生贄封じの仮面》

 

「やるね、沢木くん。私結構ピンチだよ」

 

 フィールドを見れば一目瞭然。皮肉や嫌味の気持ちは少しもない。純粋な評価の言葉だ。

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ。でもやっぱりこの勝ち方は好きになれないな。王道のやり方で勝って、それで優姫さんを手に入れたかったよ」

 

 沢木くんは肩を竦めていた。まるでもう勝負が決したかのような反応——。

 

「あれ、勘違いしてない? 私は劣勢だけど負けたとは思ってないよ」

「逆転できるっていうのか?」

「まあ、見てなよ。ドロー! まずは伏せカード《強制脱出装置》発動! 《聖なるあかり》を手札に戻すよ!」

 

 《聖なるあかり》を戻せた。縛りが緩んだこの隙がチャンスだ!

 

「そして《トリック・デーモンを召喚する!」

 

《トリック・デーモン》攻撃力1000

 

「そして装備魔法《堕落》を発動! 《ライオウ》に装備してそのコントロールを奪う! さらにぼちの悪魔族3体を除外して《ダーク・ネクロフィア》を特殊召喚だ!」

 

《ダーク・ネクロフィア》攻撃力2200

 

「掻い潜って来たか⋯⋯!」

「バトルする! 《ライオウ》で《月風魔》に攻撃!」

 

沢木龍馬LP3700→3500

 

「《トリック・デーモン》、《ダーク・ネクロフィア》でダイレクトアタック! 終わりだよ!」

「まだだ! 手札から《クリボー》の効果を発動する! このカードを捨てて《ダーク・ネクロフィア》の攻撃で受けるダメージをゼロにする!」

 

沢木龍馬LP3500→2500

 

「耐えるか! ⋯⋯もうターンエンドしかないね」

 

保科優姫LP1600 手札1枚

《トリック・デーモン》攻撃力1000

《ライオウ》攻撃力1900

《ダーク・ネクロフィア》攻撃力2200

セットカード1枚

装備魔法《堕落》(ライオウ)

 

「見事に逆転されたな」

「このターンで勝つつもりだったんだけどね」

「ほぼ勝ったようなものさ。この手札だけじゃどうにも出来ない」

 

 諦めたかのような声色と姿勢。そのせいで私の気持ちは冷めていく。

 

「もう勝てないって思ってる?」

「半々ってとこかな」

 

 まだ諦める段階じゃない。私は心の熱を保とうと言葉を続ける。

 

「まだ、ドローがあるじゃん。負けが決まったわけじゃない」

「ああ、その通りだ。きっと、優姫さんなら逆転手を引けるんだろうね」

 

 デッキトップに指をかける沢木くん。

 

「俺も引くよ。じゃなきゃ優姫さんには釣り合わない」

「引けるよ。沢木くんは私の友達だから」

「ああ、今なら引ける気がする。ていうか引く。俺は優姫さんが好きだから」

 

 堂々と、面と向かって、真っ向勝負で。

 

「ドロー!」

 

 カードを引き抜いた。

 

「来なよ。私が勝つことに変わりはないけどね!」

「フッ、それはどうかな! まずは《堕落》の効果でスタンバイフェイズで800のダメージを受けてもらう!」

 

保科優姫LP1600→800

 

「そして手札から魔法カード《悪魔払い》発動! 悪魔族モンスターを全て破壊! フィールドから《デーモン》のカードがなくなったことで《堕落》は破壊され《ライオウ》は俺のフィールドに戻ってくる!」

 

 ドローしたのは《悪魔祓い》か。この上なく私対策に相応しいカード。

 

「どうだ。逆転だ!」

 

 沢木くんは引き入れた。おそらく沢木くんがこの状況で一番引きたかったカードだろう。

 

「凄いね」

 

 自分のことでもないのに、なぜだか嬉しい。

 

「でも勝てないよ。私の方が強い」

「っ! そんな顔初めて見たよ。良い笑顔だ」

「あ、笑ってた? 楽しいからね、この瞬間が。強い人の底力が見えるのが良いんだ」

 

 そしてそんな人たちに勝つのがなによりも良い。

 

「私は墓地に送られた《トリック・デーモン》の効果を発動する!」

「なにっ!? でも《暗闇を吸い込むマジックミラー》の効果で無効になるぞ?」

「それでもいいんだよ! 私はチェーンして伏せカード《闇次元の解放》を発動! 除外されている《闇の侯爵ベリアル》を特殊召喚!」

 

《闇の侯爵ベリアル》攻撃力2900

 

 沢木くんの手札には《聖なるあかり》がいる。あのモンスターを出される前に《闇次元の解放》を使わないとダメだった。そして《悪魔払い》の後でなくてもいけない。《トリック・デーモン》の効果を無駄打ちしたのは《悪魔払い》と《聖なるあかり》の召喚の間に隙間を作る為だ。

 

「沢木くんが《聖なるあかり》をターンが始まってから最初に出してたら、私は負けてたよ」

 

 もしくは攻撃力1800以上のモンスターを召喚されたら。私のライフは残り800で攻撃力1000の《トリック・デーモン》がいたからだ。

 

「ミスったか⋯⋯。俺は《ライオウ》を守備表示にしてターンエンドだ」

 

沢木龍馬LP2500 手札1枚

《ライオウ》守備力800

セットモンスター1体

永続罠《暗闇を吸い込むマジックミラー》

永続魔法《禁止令》(サイクロン)

永続罠《生贄封じの仮面》

 

「私のターン、ドロー! 《魔界発現世行きデスガイド》を召喚、《ライオウ》に攻撃。そして《ベリアル》でダイレクトアタック!」

 

沢木龍馬LP2500→0

 

 

 デュエルが終わってから私たちは、近くにある東屋の木製ベンチに腰掛け休憩することにした。

 

「いやあ、楽しかったよ。普通のデュエルでエリカ以外に苦戦したのは久しぶりな気がする」

 

 普通じゃないデュエル——つまり闇のゲームのデュエルも楽しくないことはないけど、痛みを伴うから素直に楽しめない。

 

「珍しくよく笑ってたしな」

「珍しいかな。自分ではそんなつもりはないけど」

 

 そう言うと沢木くんは苦笑しながら「珍しいよ」と返答して言葉を続ける。

 

「優姫さんは本当に楽しいときは、さっきみたいな顔で笑うんだな」

「いつもと違う?」

「ああ。なんていうか、嬉しかった。心を開いてくれたみたいで」

 

 うーん。その言い方だと、私が沢木くんを信用してないみたいだ。一年近くの付き合いになるのに。

 

「今まで、どうでもいい存在だった。ってことだよな」

「えっ?」

「責めてるわけじゃない。ただ、常勝院とそれ以外じゃ接し方が違うな、と思ったんだ」

「そりゃあエリカは親友だからね。違ってくるよ」

「そういうんじゃなくて、俺やクラスの奴らと接するときは、相手のことを深く知ろうとしてないっていうか、嫌われて損害を被らなければ後はどうでもいいって感じな気がするんだ」

 

 嫌われて損害を被らなければ、か。無意識だったけど、そうかもしれない。

 

「そういえばそうかもね」

 

 肯定することに抵抗はない。これは沢木くんに対しては『損害を被らなければどうでもいい』とは思ってないからだろう。私にとってどうでもいい存在じゃなくなったってことだ。

 

「沢木くんは友達だよ。どうでもよくない友達」

「⋯⋯今はそれでいいさ。むしろ進展したことを喜んでおくよ」

 

 沢木くんにはめげた様子はない。やる気が増した様にも見える。私はそれが嬉しかった。やっぱり人に好意を向けられるのは嬉しい。でも、この好意が反転してしまうのが怖かった。そういう未来を想像してしまうのは、きっと私の中に嫌われる要因が秘められているからなんだろう。

 満悦感と焦燥感が混ざったような感情が私を占める。

 そのとき二つの足音が聞こえてきた。その正体はわかってる。あの二人だ。

 沢木くんがいる今、来て欲しくなかった。だって、二人は私が嫌われる要因になり得るから。



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VS夜闇圭 仕方のない決断

「逢い引きしてるとこ申し訳ないんだが、そろそろいいか?」

 

 私、沢木くん、沙夜、圭の四人が対峙して、一番最初に口を開いたのは圭だった。対して、四人の中で唯一状況を理解できない沢木くんは困惑したように尋ねる。

 

「あの、二人は優姫さんと知り合いですか?」

「まあな。オレは従兄妹でコレはパシリみたいなもんだ」

 

 コレ、と指を指された沙夜が「私は夜闇家の使用人です」と素っ気なく訂正して、

 

「ですが貴方が覚える意味はありません。私たちは所用があるので、貴方はお戻りになったらどうですか?」

 

 と、丁寧な言葉使いで冷たく言い放つ。

 

「ごめんね沢木くん。所謂家庭の事情ってヤツでね」

「どうしても見学したいと言うなら、見ていってもいいですが」

「え?」

 

 付け足された真逆の言葉に、私は内心顔をしかめる。

 人にはあまり知られてはいけないことをするというのに、良いんだろうか。私はあまり良くない。かといって、私の口から沢木くんに一人で帰るように言うのは、中々難しい。

 黙っていることしかできなかった。

 

「いいって言うなら見てるけど⋯⋯」

「よし、それじゃあオレの方から話しをするぜ?」

 

 沢木くんは遠慮がちな一言で居残ることを決める。その後話しを続けたのは、沙夜ではなく圭だった。

 

「まずはデュエルのルールか。普通のデュエルじゃダメだってことなんで、今回のデュエルは、オレの職場で流行ってる特別ルールでやる」

「普通のデュエルじゃダメなの?」

「ダメなんだろ? そう聞いたが」

 

 圭の視線が沙夜に向いたことで、私は沙夜の指示が出ていることを察した。なぜダメなのかまではわからない。

 

「ま、その辺はソイツから聞いてくれや。ルール説明だ。まず、互いの初期ライフは25000。んで、相手にダメージを与えたらその分自分のライフは回復する。逆もまた然りだ。勝敗が決定するのは20ターン後で20ターンの間にどっちかのライフがゼロになっても、そこでは終わらない。青天井で続き、ライフはマイナスになる。⋯⋯まあ、稀なことだがな。こんなとこか。後は普通のデュエルだが、このルールだとデュエルディスクを通せないから手動だ」

「ふーん、面白そうだね。でもそれだけじゃないんでしょ? 闇のゲームに代わるなにかがあるんだよね」

「そうだな。負けた方はペナルティとして、ライフ25000を基準点として、そこからの差が5000につき指一本だ。シンプルだろ?」

「指? をどうするの?」

「そりゃもちろん、こうするんだよ」

 

 圭は白い手袋を着けた右手でチョキをつくり、同じく手袋を着けた左手でつくったパーをチョキではさむ。

 正しくそれは、指を切断するジェスチャーだ。

 

「切断する順番は左手の小指から始まり薬指、中指、人差し指、親指。それで足りなかったらさらに右手の小指から親指までのマックス10本だ」

「ち、ちょっと待ってくれ!」

 

 沢木くんが声を荒らげた。

 

「まさか、本気で指を賭けるわけじゃないよな!?」

「いやいや、本気に決まってんじゃん。あ、もしかしてお前、こういうの初めてか?」

「初めてに決まってるだろ!」

「私だって、ここまで重いデュエルは初めてなんだけど」

 

 正直言って頭を疑う。これなら今まで通り闇のゲームの方余程いい。

 

「優姫さん、もう帰ろう。こんなデュエルやる必要ない」

 

 沙夜の目つきが鋭くなる。視線の先は沢木くんだ。

 

「帰るなら貴方一人で帰って下さい。元々貴方には関係のない話しですから」

「いいや、二人で帰る」

 

 沢木くんはこの場を去ろうと私の手を引く。でも私は掴まれた手に力を入れ留まった。

 結局のところ、私には拒否権はないのだ。沙夜が力に訴えれば私なんかは簡単に捻り潰される。最悪沢木くんにまで被害が及びかねない。

 だから仕方なく物分かりのいいふりをして、デュエルすることにした。

 

「優姫さん?」

「やるよ、拒否権はなさそうだし。デッキの内容をちょっと変えていいかな?」

「ダメだって!」

「いいぜ。オレのデッキもこのルール用だしな」

 

 デッキから数枚のカードを抜き出し、サイドデッキから同じ枚数分のカードを入れる。

 

「これでいいかな」

「ダメだ!」

「え、デッキ内容、これじゃダメ?」

「そうじゃなくて、デュエルしたらダメだって! 負けたら指を無くするんだよ。それだけじゃなく、勝ったとしても相手の指を奪うことになるんだ! 優姫さんだって嫌だろ?」

「イヤだけどさ、もう決まったことなんだよ。沙夜がいるんじゃ抵抗は無意味なんだ。でも大丈夫。ライフ差が、プラマイゼロから5000以下なら誰も指を失うことはないから」

 

 私の勝利条件はそこ。勝ち過ぎず、負け過ぎないこと。逃げ道ならある。それと、

 

「ねえ。このルールって、圭が提案したんだよね。じゃあペナルティの方も?」

「オレの案だ」

「じゃあ指の一本や二本、とれても文句はないよね」

「まあ、そうだな。それに見合う大金も貰ってるしな」

 

 それならプラマイゼロを目指しつつ、無理そうなら多少ライフ差が大きくなって勝ってしまってもいい。

 

「そういうことだから、沢木くんは安心してて」

「安心出来るわけないって!」

「五月蝿いですね。排除しますか?」

「邪魔、しなくていいからね?」

 

 私の本意じゃないことをする沙夜が少しだけ憎い。しかし、指を賭けたスリル満点のデュエルを楽しみにしている自分も少しだけいた。

 

「始めようか」

「ああ」

 

 私たち四人は東屋に移動した。

 木製のベンチに座りテーブルにデッキを置く。デュエルは手動でやるため、立ったままではできず、ライフ計算も沙夜が持つ電卓で表示するように決まった。さらにイカサマ防止のためにデッキのシャッフルは相手と自分、計二回為される。

 そして細かいルールの取り決めを二人で話し合い、その後に互いに五枚の手札を持った。

 

夜闇圭LP25000

保科優姫LP25000

 

「先攻は貰っていいか?」

「どうぞ」

「サンキュー。あ、一つルール説明忘れてたわ。特殊勝利のカードについてなんだが、本来、特殊勝利ってのはその形成は困難だが、このルールでのコレは非常に簡単になってる。だから、特殊勝利のカードを揃えられたとしても、そこで勝敗は決まらず、一律8000のライフダメージとしていつもプレイしてるんだが、それでいいか? なんならダメージ量を増やしてもいいんだが」

「いや、そのままでいいよ」

「そうか。んじゃあ、オレの先攻でドロー。⋯⋯おっと、揃っちまったか。ほれ、《エクゾディア》とその手足だ。これで8000と」

 

 事も無げに、ドローしたカードと手札にある内の四枚を晒す圭。予定調和かのように開かれた五枚の手札は、ハッタリなんかじゃなく本当に《エクゾディア》とそのパーツだった。

 すなわちこの瞬間、私はライフ8000のダメージを受けるということ。普通のデュエルだったら、負けが決まっていたところだ。

 

保科優姫LP25000→17000

夜闇圭LP25000→32000

 

「あり得ないだろ!? イカサマだ!」

 

 麻雀で言うところの天和。初手に《エクゾディア》を揃えるのはそれよりも確率は高いとはいえ、それでも普通にやったら起こり得ない現象だ。

 でも実際に目の前で揃ってる。その理由が三つ思いついた。

 一つは単純に運。可能性は低いが万が一があるかもしれない。

 一つは精霊的な要因。そういったちからが働いたのかもしれない。

 そして、今沢木くんがいったようにイカサマ。これが一番可能性が濃厚だ。

 私は審判である沙夜に懐疑的な目を向ける。

 

「沙夜。今のって反則だと思うんだけど」

「そうかもしれませんが、そうでないかもしれません。圭様を手配したのが私であるという手前、信じていただけないかもしれませんが、いつ、何をしたのか、私には見えませんでした。ですので反則と指摘することは出来ません」

「ま、そういう事だ。説明を忘れてたが、イカサマが発覚したら8000のライフダメージだが、それでいいか?」

 

 とぼけた風にそんな事を言う圭に沢木くんは気を荒立てるが、私はそれを手で制す。

 

「ダメだよ。その場合、即負けにしなきゃ。ライフ差が8000以上で負けてるときに、デュエルが続行不可能になるような反則をされたら、その時点で負けが決まるからね」

「いいぜ。このルールはオマケみたいなものだしな。なんせ、誰もイカサマなんてしないだろうし」

 

 よくも抜け抜けと。でも沙夜でさえ見抜けないのならどうしようもない。私にも見えなかったし。

 

「そうだ。一つ聞きたいんだけど、《エクゾディア》の効果って何回でも使えるの?」

「いや、一種類につき一回だけだ」

 それは良かった。《エクゾディア》の効果で勝敗が決まらないとなると、連発できるかもしれないからね。

 

「さて、続行だ。オレは魔法カード《手札抹殺》を発動する。互いに手札を全て捨て、捨てと枚数分ドローする」

「早速、要らなくなったカードは交換してくるか」

「持ってても仕方ないしな。オレはさらに《終焉のカウントダウン》を発動する。2000ポイントのライフを支払い、20ターン後、デュエルに勝利する。つまり20ターン後にライフ8000のダメージを与える」

 

夜闇圭LP32000→30000

保科優姫LP17000→19000

 

「またやりやがった⋯⋯!」

「みたいだね」

 

 あのカードは多分、普通に引き入れたカードじゃないと思う。20ターンで終わるこのデュエルで、20ターン後が存在するのは最初のこのターンしかない。

 初ターン以降は完全に使えないカードになってしまうのにデッキに入れているのは、やっぱりイカサマをやってるからだ。

 沙夜に反応は見られない。本当にイカサマを見抜けていないのかはわからないけど、この先も指摘されることはないだろう。それだけ圭のイカサマ技術が優れているということだ。

 

「そして永続魔法《カードトレーダー》発動だ。これによりスタンバイフェイズにオレは手札を一枚デッキに戻すことで、デッキからカードを一枚ドローできる。要は手札交換だ」

「イカサマし放題ってことだね」

「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。《エクゾディア》も《終焉のカウントダウン》も《カードトレーダー》も、たまたまだって」

「まあ、デッキの順番を操作するだけだったらいいけどね。でもそれ以外はダメだよ。沙夜もちゃんと見ててよ」

「はい。両者のデッキと手札の枚数は常に把握していますので、お二人には卓上に存在してあるカードのみでデュエルしていただきます」

 

 デッキ操作のイカサマ込みの試練だと考えれば、文句もなにもない。それでも勝てるアテもあるし。

 

「ほう。見ただけでデッキ枚数もわかるのか⋯⋯。モンスターとカードをセットしてターンエンドだ」

「ん、その時墓地の《彼岸の悪鬼スカラマリオン》の効果発動。《暗黒界の狩人ブラウ》を手札に加えるよ」

 

夜闇圭LP30000 手札1枚 1ターン目

セットモンスター1枚

セットカード1枚

 

「じゃあ、私のターン、ドロー。魔法カード《ダーク・バースト》、墓地の《デスガイド》を拾って召喚。効果でデッキから《魔サイの戦士》を特殊召喚する」

 

《魔界発現世行きデスガイド》攻撃力1000

《魔サイの戦士》攻撃力1400

 

「魔法カード《二重召喚》、これにより2体のモンスターをリリースして《フレイム・オーガ》を通常召喚」

 

《フレイム・オーガ》攻撃力2400

 

「召喚時、《フレイム・オーガ》の効果で1枚ドロー、墓地に送られた《魔サイの戦士》の効果でデッキから《トリック・デーモン》を墓地に送る。《トリック・デーモン》の効果発動するよ。デッキから《ヘル・エンプレス・デーモン》を手札に加える。さらに《トレード・イン》発動、レベル8モンスターの《ヘル・エンプレス・デーモン》を墓地に送って2枚ドロー」

 

 よし、上出来。

 

「随分と調子が良さそうだな」

「普通だよ。バトル《フレイム・オーガ》で伏せモンスターに攻撃!」

「永続罠発動、《グラビティ・バインド—超重力の網—》。これでレベル4以上のモンスターは全て攻撃できないぜ」

「それか。じゃあターンエンド」

 

保科優姫LP19000 手札6枚 2ターン目

《フレイム・オーガ》攻撃力2400

 

「さて、オレのターンだな、ドロー。まずは《カードトレーダー》の効果、手札のカードを1枚デッキに戻し、シャッフル。⋯⋯シャッフルどうも。さらにイカサマ対策の為にもう一度デッキの所持者がシャッフルして、1枚ドロー。おー、いいカードが来たぜ」

「ちっ、こんなのデュエルじゃない⋯⋯っ」

「男のくせにそんな潔癖な事言うなよ。コイツだって楽しんでんだからさ」

 

 沢木くんのボヤキに、私に指を指して言う圭。

 

「そんなわけない。指切るんだろ? 常軌を逸しているっ」

「常軌を逸しているのがオレらだ」

「優姫さんが? アンタだけだろ?」

「おいおい。見てくれが良いからってあんまり幻想を持たない方がいいぜ。察しろよ。コイツはさっき、オレ提案だからってオレの指がとれてもいいよね、って言ったんだぜ? どんな理由があろうとも、仕方なかろうとも、普通は表情も変えずにそんな事は言えないって。解るだろ?」

「それは⋯⋯」

「ちょっと待ってよ」

 

 私は思わず口を挟んだ。

 

「誤解だよ。もうそういう状況になっちゃってるんだから。私だって嫌だと思ってる。でもなんとかするには仕方ない事だってある」

「仕方ないって? なるほどな」

 

 圭が合点が行ったように頷き口角を上げる。

 

「なにが、なるほど?」

「聞いた話しだと、お前は何度か今と似たようなデュエルをしてきたそうだが、その度に仕方ない、って思ってきただろ」

 

 頷く。

 闇のゲーム。対戦相手を傷つける事前提のデュエルを、私はやってきた。仕方ないとして罪悪感を薄めながら。

 

「はっ、違うな。罪悪感を薄める為じゃない」

 

 見透かすように圭は言う。事実思った事を言い当てられた。

 

「お前は少しも悪いと思っちゃいない。だからって何を思ってんのかは知らんがな」

「私は⋯⋯」

 

 言葉を返せない。

 

「祖父さんがそこの女をお前に遣ったのは、多分、お前がどんなタチなのかを自覚させる為なんじゃないのか?」

「さて、私には当主様の真の思惑は分かりませんが」

「ま、なんでもいいけどよ。オレが言いたいのはな。少年、コイツと付き合って行くなら、相応の覚悟が必要だって事だ。オレらの根本はどこまで行っても悪だからな」

「⋯⋯そんなの、アンタにどうこう言われるような事じゃない」

「そりゃそうだ。じゃあデュエル続行だ。モンスターを反転召喚《ステルスバード》、効果で相手に1000ポイントのダメージだ。それから——」

 

 私の根本は悪。

 反論するべきなのに、その言葉がぴたりとハマっている気がした。

 

 

 

 ターンは刻々と進む。

 私の心情はどうあれ、やることは変わらない。墓地を肥やしデッキを圧縮し、目当てのカードを手札に入れる。

 相手のモンスターやカードの対処は二の次だ。デッキの回転を最優先に余力が出た時だけ破壊する。そうしているうちに、私のライフは大きく削れ、反比例するように手札は潤沢だ。

 20ターン目。即ちラストターン。

 私のライフは9000、圭のライフは41000

 沢木くんの顔は蒼白だ。

 

「オレが言うのもなんだが、大丈夫か? いくら手札が7枚あるからって、この状況はどうにもならないだろ」

 

 私のフィールドには伏せカードが1枚。

 圭のフィールドには、沢山のカードが敷き詰められている。

 モンスターは3体。裏守備モンスターと守備表示の《プロミネンス・ドラゴン》2体。

 魔法、罠は5枚。《グラビティ・バインド》、《カードトレーダー》、《レベル制限B地区》、伏せカードが2枚。

 殆どが攻撃妨害カードだ。

 モンスターの攻撃でライフを削るとするなら、かなり骨が折れるだろう。

 

「大丈夫、策ならあるよ」

「ならその策、ミスらないように気をつけろよ。ミスったら指が飛ぶからな」

「わかってるよ、私は伏せカード《自爆スイッチ》発動! 自分のライフが相手より7000少ない時、お互いのライフはゼロになる!」

「いいぞ! これでライフ差は《終焉のカウントダウン》の効果を入れて、実質8000! この差ならなんとかできるぞ!」

「これか策か?」

「そうだよ」

「そうか。カウンター罠《盗賊の七つ道具》ライフを1000払い、罠の発動を無効にする」

「な、に⋯⋯!?」

 

夜闇圭LP41000→40000

保科優姫LP9000→10000

 

 大丈夫。

 

「まだだよ。私は永続魔法《魂吸収》を3枚発動する! そして《終わりの始まり》を3枚発動!」

「ほう」

「すげえ⋯⋯!」

「《終わりの始まり》の効果で、墓地に7枚以上闇属性モンスターがいる時、5枚除外して3枚ドローする! 20ターンもあれば当然ある! 墓地のモンスター15枚を除外して9枚ドロー! さらに《魂吸収》の効果! カードが除外される度に500ライフ回復する! 3枚だから1500、除外されたのが15枚だから私は22500ライフポイント回復するよ!」

 

保科優姫LP10000→32500

夜闇圭LP40000→17500

 

「逆転した!」

 

 嬉しそうに沢木くんが叫ぶ。《終焉のカウントダウン》のダメージを受ければ、マイナス500。負けはするが互いの指は切らなくて済むから、十分勝ちと言えた。そう思ってエンド宣言しようとした時、1枚の伏せカードが目についた。

 あれは、この一つ前に圭が伏せたカード。《カードトレーダー》で持ってきたカードだ。

 ならばブラフであるはずがない。

 

「気づいたか?」

 

 圭のしたり顔。

 

「一つ教えてやろう。このままターンエンドしたら、指が飛ぶぜ。勿論お前のな」

「そう」

 

 手ならある。多分このカードなら、確実に勝てる。負けはまずない。

 私が危惧してるのは、勝ちすぎてしまう事。圭の指を奪ってしまうという事。

 

「ま、流石に手札がそれだけあれば、どうにでもなるだろうがな」

 

 まるで他人事だ。どうにでもなったら、自分の指が危ないかもしれないのに。その異常さが目につく。

 でも異常なのは私も同じだ。いざ決着の時が来ると、指を切るという未知の領域に、沸々と興味が湧いてきた。指が取れた時、圭のスカした顔がどんな風に歪むのか見たがっていた。無邪気な悪鬼が私の中に居るのだ。

 ただ、前世の記憶に宿る常識が、その欲求を抑え込んでいた。普通の善良な人間だった前世の視点では、今抱いている気持ちは忌避するべきモノだ。だったらオモテに出さない方がいい。きっと沢木くんや大多数の人間に嫌われるだろうから。

 やっぱり、私の根本は悪、というのは正しいのだろう。前世の記憶がなければ迷う事なく悪の道を突っ走っていたはずだ。そして沙夜やお祖父さんは私にそうなって欲しいのだ。だから沙夜は私に闇のゲームを強いるのだろう。他人を傷つける事に慣れさせる為に。

 ハッ、だったらそれに反逆してみるのも面白そうだね。

 

「ターン——」

『優姫ちゃん、ダメだよ』

 

 耳元で囁かれ、エンド、とは発声出来なかった。デスガイドが後ろに居た。

 デスガイドは私の首に腕を回し、肩に頭を乗せる。

 

『何もしないでターンエンドしようとしたよね。そんなのあたしやデッキのミンナは望んでない。あたしたちはね、何にもとらわれずに我欲や好奇心を満たそうとする優姫ちゃんが好きなんだよ。優しくて可愛いくて良心的な優姫ちゃんもいいけど、それだけじゃ物足りないんだ。それに指を切るなんて言語道断だよ。大切なカラダなんだからさ』

 

 デスガイドは私の胸に爪を立てる。

 

『あたしたちは怒ってるんだよ。どーでもいい人間に気を使って優姫ちゃんの指を犠牲にするなんて。ダメだよ。絶対ダメ。全力を出してよ。あたしたちもそれに応えたいからさ。そしたらきっと凄くキモチイイよ。ね? 優姫ちゃん』

 

 ひとぐ甘い声が耳から脳に伝わってくる。まるで悪魔の誘惑のようだと思った。

 

『ほら、そのカードだよ。分かるよね。あたしたちはそのカードを使って欲しいんだ』

 

 わかる。10枚も手札があって、この1枚以外この場において全て意味のないカードだ。デッキがこのカードを使えと言っているんだ。

 

『お願い。あたしたちをキモチヨクさせて?』

 

 デスガイドがそう言う。デッキもそう言ってる。デッキの意図が正しく伝わっていてそれを無視するのは、私にはできない。

 じゃあもう、仕方ないよね。

 

「私は、融合デッキ15枚と手札9枚を裏側で除外して《百万喰らいのグラットン》を特殊召喚する!」

 

 これがデッキの意志だから、私がこうするのは仕方ない。仕方なく良心を引っ込めるんだ。私はデュエリストだから。

 

「なっ!?」

「これは⋯⋯」

『それでこそ、あたしの優姫ちゃんだよ』

 

 計24枚のカードが除外された事により、私のライフは36000回復し、圭のライフを36000減った。

 

保科優姫LP32500→68500

夜闇圭LP17500→−18500

 

「ターンエンド!」

 

 決着。

 

「まあちょっと待て。セットカード発動だ《D.D.ダイナマイト》、お前の除外されているカード1枚につき、300のダメージを与える。焼け石に水だがな。何枚だ? 41枚か。じゃあ12300、それと《終焉のカウントダウン》の効果で8000。全部合わせてオレのライフは1800だな」

 

 圭は動じない。淡々と効果処理をしていた。ライフ1800、つまり指4本分。指4本をこれから失うというのに、なんでこんなに平然といれるのだろう。

 

「あ、アンタ、やっぱり冗談だったんだろ?」

 

 沢木くんは縋るように尋ねる。デュエルが終わり熱が冷めていく今、私もその気持ちの方が強くなっていた。

 

「冗談じゃねえよ。指4本だろ? てことは左手の親指以外だ。左手のな」

 

 最初にそういう風に切る順番を決めた。

 

「でもなあ、この左手、義手でな? 切る指がないんだよ」

「は、義手?」

 

 圭は白い手袋を外す。たしかに生身の手はそこにない。メタリックで固そうな手だ。

 

「この指を切るってのも、なんか違うだろ? つーことで、無効な?」

「なんだ、それ⋯⋯。最初から優姫さんだけ、リスクを背負ってデュエルしてたってことか?」

「騙された、みたいに言うが、最初にルールは説明したし、異論があったら変更も考えてたんだぜ? 異論がなかったって事は納得したって事だろ」

「なんだよ、それ」

 

 呆れたように言う沢木くん。しかしホッとしているようでもあった。

 

「てことで、残念だったな、オレの苦しむ姿が見れなくて」

「別に。私は見抜いてたからね、義手だって」

「そうかよ」

 

 嘘を吐いた。私が異常者だと沢木くんにバレないように取り繕った。

 

「仕事はこれで終わりだ。帰る」

「私も、圭様を船で本土まで送り届けますので、これで失礼します」

「そう、わかった」

 

 圭は立ち上がると、沙夜を引き連れてそのまま踵を返す。二人がいなくなり私は軽く背もたれに背中を預けた。

 そしてしばらくの間、私と沢木くんは無言で過ごした。

 

「優姫さん、義手を見抜いたのって、嘘だよね」

 

 話しの口火を切ったのは沢木くんだった。その言葉に確信があるように感じ、誤魔化せないと悟った。

 

「はあ、そうだよ。あの瞬間、凄く暴力的な思考になってた。今だってそういう気持ちは完全には消えてない。また同じような状況になれば同じく行動すると思うよ。⋯⋯私自身最近になって気づいたんだけどね。失望して嫌いになったかもしれないけど、私はそんな奴だよ」

 

 指を切りたかった。切って圭の心を折りたかった。それがさっきのデュエルにおいて『勝つ』という事だ。

 勝利を追求した結果。そう言い訳できたかもしれない。そうしなかったのは、いっそ開き直ってしまおうと思ったから。自分に正直でいようと思ったから。

 うん。

 沢木くんに嫌われたなら今後もそうしよう。

 

「そっか」

「引いた?」

「うん、引いた」

 

 やっぱり。

 

「でも。それでも優姫さんを好きなのは変わらないよ」

「え?」

「俺はさ、優姫さんのデュエルを楽しむ姿に憧れて惚れたんだ。確かに優姫さんの、さっきみたいな一面は好きになれない。でもそれは関係ないんだよ」

「関係あると思うよ。私はデュエルするのが楽しいんじゃなく、デュエルで勝とうとするのが楽しいんだよ。そしてその『勝つ』っていう定義次第じゃ、またさっきみたいな事もあると思う。それが何度も続けばきっと沢木くんは私の事を嫌いになっていく。だったらいっそ、良心は切り捨てて沢木くんやほかの皆に嫌われてしまいたい。私にとって、普通の人は重荷でしかないんだよ」

 

 言葉にしてみて自覚した。これが私の素直な気持ちだ。普通の感性を持つ人たちの中で生きていくのは、私にとって苦痛にしかならない。

 

「優姫さんは勘違いしてる」

「勘違い?」

「勝ちたいって気持ちは誰にだってあるし、それがどんなに大きくたって、誰も嫌いになったりはしない。問題は環境だよ。さっきみたいな、デュエルで人を傷つけるような状況こそが悪いんだ」

「そう、なのかな?」

「絶対そうだ。もしかしたら優姫さんは、俺の知らないところでそんな場所にいるのかもしれない。そして多分、今の俺にはどうしようもできない事なんだ。でもいつか、俺がそんな場所から攫ってみせる。だからさ、今付き合ってとは言わない。その時まで待っててくれないか?」

 

 熱い告白。浄化されたような感覚だ。こんなに綺麗で純粋な情熱は、私にはもったいない。負い目さえ感じる。

 

「なんで私なんかに」

「優姫さんの、勝利に対する強い思いも大好きだからだよ」

「そう、なんだ」

 

 信じたいと思う。私の心情を異常たらしめているのは、環境のせいだという事を。攫うと言ってくれた事を。

 

「もうちょっとだけ、普通の人を演じてみるよ。良心に従ってね」

「ああ、待っててくれ。——⋯⋯帰るか」

「うん」

 

 

 

——着信音が鳴った。

 

『もしもし、沙夜です』

「どうしたの?」

『伝え忘れていた事が一つあります。次回の試練の対戦相手ですが、常勝院エリカ様にございます。これで最後ですのでどうか頑張ってください。それでは』



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VS常勝院エリカ 勝つ為には

 私に課せられた、ワケの分からない試練は先日で四回目を終えた。

 大徳寺先生、レッド寮生、カミューラ、そして圭。どのデュエルも人を傷つけるものだったけど、今になって考えれば、心の底では楽しんでいた。

 痛みが伴うと勝敗の実感が増幅する。だからこそ、いつも以上に勝ちたいと思ったし、楽しいと思った。

 でも。だとしても。

 エリカが相手ならそんな気持ちは引っ込む。当然だ。親友を傷つけるデュエルなんてしたいわけない。

 五戦目の相手はエリカ。変更するように言ったけど、却下された。しつこく食い下がったら脅された。

 心がもやもやする。いろんな感情が混じり合っているようだ。入り混じりそれぞれの判別が難しい。

 おぼろげに判っているのは、無力感と申し訳なさ、そしてもう一つ。

 

 

 

『あたしは、沙夜の存在は優姫ちゃんに良い影響を与えてると思うんだけどね、優姫ちゃんは沙夜の事、あんまり良く思ってはないでしょ』

 

 学園祭を終えてから最初の休日、死刑囚の気持ちで部屋にいる時、デスガイドののん気な声が聞こえた。

 

「良くは思ってない。でも、なんでか嫌いにはなりたくない」

『なんで? 優姫ちゃんにとっては、したくない事を強制させる人なのに』

「さあ。自分の気持ちを言語化するのって難しいからよくわかんないけど、なんかそう認めるのは悔しいって思ってる」

『ふうん。不思議、まあいいけど。優姫ちゃんはやっぱりエリカと闇のゲームで戦いたくない?』

「うん。デスガイドたちには悪いけどね」

 

 思い出すのは前回の指を賭けたデュエル。あの時デスガイドは、デュエルを放棄しようとした私に口出ししに来た。デスガイドには悪いけど、今回のデュエルは前回よりも乗り気じゃない。

 

『別に悪くはないよ? この前のはヤル気があるのに負けようとしたから出て来たけど、今回は心の底から嫌がってるでしょ? だったら何も言う事はないよ。あたしはね』

「そっか。じゃあいっそ、ワザと負けようかな。可能なら、だけど」

『難しいだろうね。沙夜は何かの意図があって相手をエリカにしたんだし、きっと、ワザと負けさせないような何かはあるはず』

 

 そこで『うーむ』と考え込み、少ししたら『うん』と頷く。そして、

 

『優姫ちゃん、ちょっと手を打っておこう』

 

 拍手したらいいのかな、違うか。

 

「どういうこと?」

『根拠はないけど、なんかイヤな予感がするんだよね。だから』

 

 デスガイドは両手の人差し指を私の額とお腹の中心に立てる。

 

「えっと、なに?」

 

 振り払う事はせずにその意図を聞く。

 

『まあ、お守りみたいなもの。精霊界にある呪術なんだけど、これで多少の無茶は通せるようになるから。でもちょっとだけ痛いから我慢してね』

「痛いって⋯⋯、っ!?」

 

 とん、と頭とお腹を押された途端、痛みが広がった。ズキズキとした痛みは我慢できない程じゃない。ただ、今までに経験した事のない痛みだった為、痛み以上に恐怖が大きかった。

 

「なんなの、これ⋯⋯っ」

『鏡、見てみて』

 

 言われた通りに部屋の隅にある全身鏡を見る。写し出された私の額には、幾何学な印が現在進行形で刻まれていた。

 

『完成したら痛みは消えるし見えなくなるから。⋯⋯ほら、消えた。それはさ、優姫ちゃんがホントにヤバイって時に一回だけ確定的に潜在能力を引き出す呪いだよ。これで、万一にも最悪の状況はなくなったはず』

「たしかに消えた。痛みもない」

 

 いや、焦った焦った。

 

「でも、最悪の状況って?」

『そりゃあ、優姫ちゃんが死ぬ事だよ。極端な想像だけどね』

「たしかに極端。さすがに死ぬような状況はないと思うよ」

 

 誰にとってもメリットがない。

 

『念のためだから。それに、これで何があっても完璧に完膚なきまでに全部上手くいくから』

「うわ、すごい自信。私にはなんでそんなに自信があるのかわかんないんだけど」

『まーまー。あ、そろそろ向こうで用事があるからあたしは行くね。それじゃ』

 

 行っちゃったか。

 まあ、これは私の問題だから別にいいけどね。

 

 

 

 夜。

 その時がやって来た。

 女子寮裏の人目がつかない所に、私、沙夜、そして洗脳状態にあるエリカの三人が集まっていた。

 やる事なんて決まっている。言わずもがなだ。

 

『一応見学に来たよ』

 

 一人増えた。

 

「さて、そろそろ始めましょうか。最初にルールの説明をします」

「ルール? いつもの闇のゲームのデュエルじゃないの?」

「闇のゲームに変わりありません。ただそのレベルを引き上げます。端的に、今までの痛みを伴うダメージ、その割合を増加させます。要するに、負けたら死にます」

「え?」

「負けたら死にます」

 

 え?

 

『ああ、やっぱり』

 

 やっぱり?

 

『なんでかって? そういう事もあるかなって思っただけだよ。前回指を賭けたデュエルをした今、たとえエリカが相手だとしても普通の闇のゲームをするのは今更感がある。そう考えると、前回と同じかそれ以上、つまり命が掛かってくるって可能性も出てくるかなって。あ、でも大丈夫だよ、負けても死なないから。ほら、さっきのね』

 

⋯⋯ああ、そういうこと。だったら話しは早い。

 

「じゃ、さっさとやってさっさと済ませようか」

「随分と淡白ですね。予想していた反応とは違います」

「いいから。ほら、エリカも構えて。⋯⋯はい、デュエル開始」

 

保科優姫LP4000

常勝院エリカLP4000

 

「私が先攻ね、ドロー、ターンエンド」

「お待ち下さい」

 

 沙夜が私とエリカの間に立った。

 

「なにかな。早く終わらせたいんだけど」

「死ぬつもりですか?」

「さあ。あ、もしかして狙い通りに行かなさそうで焦ってる?」

 

 もしそうなら、少しだけスッとする。

 

「いえ、手間が一つ増えるだけです」

「ぅっ⋯⋯!?」

 

 一瞬のうちに沙夜が私の目の前に来た。そしてその手の平を私の頭に触れさせた後、横にずれ待機するように居直る。

 

「今、優姫さまは思考はそのままに、身体のみ洗脳状態にあります。身体には、全力でデュエルしろ、と命じてあります。不本意ですが、優姫様が思っていたより根性無しなので仕方ありませんね。その教育はもう十分だと思っていたのですが⋯⋯。まあ、そこは追い追いということで。さあ、ターンの始めからどうぞ」

 

 なるほど。沙夜はどうあっても、私とエリカとで殺し合いをさせたいのか。

 腹立たしいな。

 

「わかったよ。ターンエンド」

 

 私は当然のように自分の口でそう言い、手札を持つ左腕を降ろした。

 

「今、なんと」

 

 沙夜は驚いていた。あの沙夜が。

 その反応に、私は大きい喜びを感じていた。

 

『沙夜はあたしの存在を認識出来てないみたいだね。さっきの呪術だよ。額に掛けた方のなんだけど、簡単に言うと洗脳予防だね。ホントはそれだけじゃないけど。ま、役に立って良かったよ。これで心置きなく負けられるね』

 

 流石、デスガイド。デスガイドがいれば沙夜にも対抗できるかもしれない。

 沙夜にも、勝てるかもしれない。

 

「何をやったのかは知りませんが、どうやら優姫様には洗脳は通じないようですね。ですがいいのですか? 負けたら死ぬんですよ。人間であるなら確実に。完璧に。絶対的に。そういう設定なのです。それでもワザと負けようというのですか?」

「はっ。私が死なないってことは、エリカが死ぬってことなんでしょ? だったら私がやることは決まってるじゃない。それにね、沙夜の言いなりってのもそろそろ我慢ならないんだよね。エリカを巻き込んだってのもあるし。もう、なんていうか⋯⋯、そう、私は怒ってるんだよ」

 

 私は怒ってる。もしかしたら、こうして人に怒りを向けるのはこれが初めてかもしれない。怒りを感じたことがないわけじゃない。しかし今までのそれは取るに足りない感情だった為、自然消滅するまで発露させることはなかったんだ。

 でも今回は別だ。もう、何かにぶつけなきゃ気が済まない。エリカを洗脳したことを、私の領域に土足で入り込んだということを、思い知らせてやらないとダメだ。

 ダメなのに。その力が私にはない。そのことも怒りに繋がっていた。

 

「もう自棄だよ」

「いいでしょう。それなら貴女はここまでです。無様にも死になさい」

「わたくしのターン、ドロー」

 

 エリカのターンが始まった。きっとこのターンで決着はつく。

 デスガイドが言うには私は負けても死なない。でもだからといって恐怖はあった。

 

「《ヘカテリス》の効果、このカードを捨て《神の居城—ヴァルハラ—》をサーチ、発動、効果で《光神テテュス》を特殊召喚、《トレードイン》発動、手札の《大天使クリスティア》を墓地に送り、デッキから2枚ドロー。そのうち《マシュマロン》を見せることで《テテュス》の効果によりさらにドロー、ドローしたのは《アテナ》よって《テテュス》の効果でドロー、ドローしたのは——」

 

 そこから、エリカは機械のようにドローを続けた。引くカードはことごとく天使族。一向に途切れる気配がない。

 

『デッキが怒ってるね。だからあんなに回るんだよ』

 

 気持ちはわかる。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

「——ドロー。《手札抹殺》発動。お互い手札を全て捨て、同じ枚数分ドローする。そして《ムドラ》を召喚」

 

《ムドラ》攻撃力1500→7300

 

 あれは自分の墓地の天使族モンスターの数かける200攻撃力を上げるモンスター。エジプトっぽい被り物をした筋骨隆々の男で、手には鋭く尖ったナイフがある。

 あれで私を刺し殺すんだろう。

 

「やっぱり怖いな。すごく痛そう」

 

 デスガイドは死なないと言った。私はそれを信じている。

 でも手が震える。脚も震える。鳥肌が立ち寒気がする。

 直感でわかった。あのモンスターは私を殺す。それだけの膂力を持っている。

 

『たしかに、あれを食らったら死ぬね。何もしてなかったらだけど。⋯⋯大丈夫だよ。あの程度のモンスターじゃ、優姫ちゃんは殺せない。格が違うんだから』

 

 私はデスガイドを信じている。だから私は、先のことを考える。

 すなわち、沙夜に対する報復だ。負けっぱなしなんて、私が廃る。

 

「沙夜、話しがある」

「何でしょうか。最期の言葉ですから聞きましょう」

「私が死ななかったら、覚えてろよ。絶対仕返ししてやるから」

 

 負けは認める。でも最後に勝つのは私だ。

 

「良い気概ですが、もう遅いのですよ。敗者は死ぬ。私が定めたルールは絶対です」

「つまり、死ななかったらまず一勝ってことだよね。⋯⋯いいよ。エリカ、攻撃して」

「⋯⋯⋯⋯《ムドラ》で攻撃」

 

 攻撃宣言がなされると、《ムドラ》は腰を落としナイフを構える。

 数秒間静止した後、《ムドラ》は息を吐き始動した。

 迫る、迫る、迫る。そして——。

 攻撃力7300のナイフがお腹を抉り、私の視界は真っ黒に染まった。

 

 

———————————————————————————————

 

 

 体感、これは夢の中だ。

 真っ白で何もない空間、存在するのは私だけ。独白の世界だ。

 

「見てよコレ、凄くない? 何だと思う?」

 

 それは私の声。私に向けられた、私の声だ。

 

「コレのおかげで私は死ななかったみたいだね」

 

 私の身体から、黒い霧のようなものが漏れ出ていた。

 

「こんなこともできるよ」

 

 黒い霧は自在に動かせた。腕の形にしておくのが一番しっくり来た。

 

「こんなの、ただの人間にはできないよね。何でできるんだろう」

 

 私にわかるわけがない。でも。

 

「でも、これは武器になる」

 

 そう。これがあれば、私は人の域を脱せる。

 

「沙夜に報復できる」

 

 報復? 違う。私がしたいのは。

 

「私がしたいのは」

 

 沙夜に勝つこと。

 

「そうだ。私は、沙夜に勝ちたいんだ」

 

 単純なことだった。だけど気づけなかった。だって、勝ちたいって気持ちは、負けてる人が思う感情だから。知らないフリをし過ぎて、本当に忘れてしまっていた。

 私は存外負けず嫌いなんだろう。だから、気づいた以上は、勝たなきゃいけない。

 

「目的がはっきりしたね」

 

 うん。

 

「まずは起き上がって、沙夜が決めた、敗者は絶対死ぬ、っていうルールを覆そう」

 

 そうだ。それでまず一勝。でもまだ足りない。それだけじゃ、勝ったことにはならない。

 

「どうしたら勝ったことになるの?」

 

 デュエルで勝つとか?

 

「それで足りる? 私にはわからない」

 

 だったら私にもわからないよ。エリカなら知ってるかな。

 

「かもね。でも聞いたら沙夜と私の一対一じゃなくなるんじゃない? 無意識のうちにそう思ったから、私はエリカに打ち明けなかったんだよ?」

 

 そういえばそうか。そう思ってたんだっけ。じゃあ、話すのはやめておこう。

 

「だね。多分怒られると思うし」

 

 そうと決まったら。

 

「そうと決まったら」

 

 起きよう。目を覚ましたら、きっと沙夜がいる。早速この力の出番だ。

 

 私は眼を瞑った。

 

 

 

———————————————————————————————

 

 

 極めて簡単で、要領の良い夢を見た。おかげで心の整理が出来た気がする。

 眼を開けると見覚えのある天井があり、軽く身動ぎをすると慣れたベッドの感触が私を支えた。身を起こし部屋を見渡すとデスガイドと沙夜がいる。私と目があったデスガイドはいたずらっぽく笑い、沙夜は泰然としていた。

 

「いやあ、良かったよ。もしかしたら、沙夜は挨拶もなく帰っちゃうのかもと思ったから」

 早速、私は口を開く。

 私は沙夜に、生きていたら覚えていろ、と小物悪役のようなセリフを言った。言ったのに五戦が終わったからと、私の事を気にもせずにとっとと帰られては、立つ瀬がない。

 そんな状況はないとは思っていたが、あったら嫌だなと思ったのだ。

 

「まさか、本当に死なないとは。この学園に来て初めての驚愕です」

「それも良かった。最初の反撃は出来たってことだからね」

「はい、そうですとも。そして次はデュエルで、でしょうか。付き合いますよ? それで満足するのなら」

「⋯⋯」

 

 なんだそれは。付き合うって、そんな意気の相手にデュエルで勝っても、『勝った』とは言えない。

 

「不服ですか。ですが今の優姫様では、真の意味で私には勝つ事は出来ませんよ。精々、闇のゲームで精神ダメージを与える程度。しかもその闇のゲームを作り出すのは私。私が付き合う、という形でしかデュエルは成立しないのです。——とは言え、私に侮りの気持ちはありません。あるはずもない。なぜなら貴女は、ただ強者としての人生経験が少ないだけで、その素質は誰よりも秘めていますから。それは恐らく、当主様以上に。ですので私の存在など、気にも止める必要はないのですよ」

『まあ、力はあるよね。だからあの攻撃を受けても生きてるんだし』

 

 たしかにそれは、デスガイドの言う通りだ。でも、

 

「認めてくれるのは嬉しいよ。でもなんでそう思うのかわからない。私は普通だよ。いや、沙夜が言うほど狂ってはない 」

 

 夢の中で見たあの力は今でも私の中にあるのを確認出来る。我欲に忠実であろうとする心も潜んでる。けど自制しようとする意識もしっかりあるんだ。

 

「まだ、そのように思っているのですか」

 

 私の言葉に、沙夜は目を細め珍しく感情を顔に出す。

 

「私は優姫様が自身を普通だと思っている事が、いえ、事実これまでそのように振る舞ってきた事が不思議でなりません。貴女程であれば、周囲の人間と足並みを揃えて溶け込もうなど考えにもないはずです。出る杭を打とうとする凡人らなどねじ伏せてしまえ、と考えるはずです。普通なら、貴女は普通ではいられない。だと言うのに、なぜ、そうまで和を乱さず生きてこられたのです」

 

 沙夜の言葉は不思議で仕方ないと言う感じだ。沙夜からしたら、そうだろう。

 私が普通でいられる理由は前世の記憶があるからだ。前世の記憶が普通であるべきだと主張しているから、私はそれに従っている。

 

「それは私だからだよ」

 

 明確な理由は答えなかった。

 沙夜は私に前世の記憶があることを知らない。だからこうして、疑問に思う。加えて、沙夜はここにデスガイドがいることも知らない。だから私が生き延びることが出来たということを知らない。

 完璧にも見える沙夜にも、知らないことはあるんだ。そう思うと、少しだけ勝利に近づけた気がする。 

 

「どうしても知りたかったら、私にデュエルで勝てたら教えてあげるよ」

「そう来ますか」

「やる気になった?」

「そうですね。優姫様に関して私に解らない事は、何故生きているのか、何故普通でいられるのか、の二つですから。⋯⋯貴女について、完璧に知りたい。当主様の命令を完遂した今、私の欲求はそこにあります」

 

 関心を向ける言葉を受け、私はニヤリと笑った。そして返す言葉を考える。

 

「じゃあ、二つの内、どっちかは今教えてあげるよ。どっちがいい?」

 

 ほんの少し、間があった。それは、沙夜が二択を迷ったから出来た間だ。

 

「⋯⋯何故、普通でいられるのか、の方を教えて頂けますか」

「そっちね。教えてあげるよ、何故生きているのか、の方を」

 

 選んだ方とは別の回答を提示すると言われ、沙夜は僅かにピクリと眉をひそめた。私はその変化を見た後に、「コレのおかげだよ」と言って、夢の中で見た名前も知らないあの力を、両腕の延長線上に露出させた。

 

「それは、その、お力は⋯⋯」

 

 沙夜の声はあからさまに動転していた。

 

「コレに守られたから生きてるんだよ。⋯⋯多分」

 

 今になって考えると、原理が分からないし、なんで自在に操れるのかも分からないけど、多分合ってる。

 

「⋯⋯成る程。死の危機に瀕した事で、生存本能により眠っていた精霊の力が覚醒した、とそんな所でしょう。そう考えると、こうなる事を狙っていた節があるのが気になりますが⋯⋯」

「あ、それはデュエルで負けたら教えるよ。いや、それより、精霊の力って言った?」

『それはあたしも気になってた』

 

 デスガイドも。

 

「気になりますか。ではデュエルで私に勝てたら教えて差し上げますよ」

「いいね。意趣返しってわけだね」

 

 良い。意志と意志がぶつかり合ってこそのデュエルだ。

 勝算が見えた気がする。デュエルじゃなく、沙夜自身に勝つ勝算が。

 

「うん。じゃあ、早速やろうよ。熱が冷めない内にさ。あ、もちろん闇のゲームでだよ」

 

 報復も忘れてはいけない。その思いも全てデュエルに込めるんだ。

 

「いえ、今すぐにはやりません」

「は。なんで」

 

 逸る私を見た沙夜は、不敵に笑う。

 

「然るべき時に、神を以って迎え討ちますので」

「ああ、そういうこと」

 

 私もつられて笑った。

 

 

 

『どういう意味なの、神って?』

 

 沙夜はデュエルをする現地の下見とプランニングをすると言って、部屋から出ていった。その後少しして、デスガイドから今の質問が出た。

 

「三幻魔のことだよ。今は封印されてるけどね。きっと復活するんだと思う」

『ああ、奴らか。ボスには相応しいね』

「だね」

 

 沙夜は本気だ。基本ポーカーフェイスな沙夜だけど、二択の時の沙夜の迷いは本物に感じられた。その辺だろう、勝ち筋は。

 三幻魔を打倒し、その後沙夜をどうにかして言い負かす。朧げなイメージしかないけど、それで勝ったと言える気がする。

 

「あーあ。本当はコレで一発殴ってやろうとか思ってたんだけどな」

 

 デスガイドにも見えるように、正体不明のどす黒い触手を伸ばす。今更ながら、夢で見た時より少し弱々しく感じた。

 

「コレ、何なのか、デスガイドわかる?」

『わかるよ。それは精霊の力、の源ようなモノだよ』

「やっぱりそうなんだね」

 

 精霊のデスガイドが言うんだから、そうなんだろう。でもなんで私の中に?

 

『不思議って感じだね。なんで優姫ちゃんがその力を使えるのか、沙夜は秘密にしたけど、あたしは一つしかないと思うよ』

 

 デスガイドは自信があると言うよりは、事もなく、そう考えるのが当然、というようなかんじだ。

 

「私にはわからないけど⋯⋯」

『単純に、優姫ちゃんに精霊の血が流れているんじゃない?』

「⋯⋯⋯⋯ん?」

 

 無難に話すデスガイドの言葉に耳を疑った。

 

「お、お父さんかお母さんが精霊ってこと?」

『ううん。それよりも、もっと前。少なくとも、あのお爺ちゃんよりもね』

「そうか⋯⋯、そういうこともある⋯⋯? いや、ていうか人と精霊で子を成せるの?」

『ん。出来そうではあるけど、そうじゃなくても、精霊が人に力を分け与える事は可能だよ』

「そうなんだ⋯⋯」

 

 たしかに、お祖父さんに初めて会った時、お祖父さんは得体の知れない力を部屋中に満たしてた。あれは精霊の力だったのか。

 お祖父さんが精霊に力を貰ったのか、もっと祖先の人が貰ったのかはわからないけど、納得のいく話しだ。

 

『先祖返りってヤツだね』

「そうなるか」

『それに、その精霊はかなり高位な精霊だよ』

「そうなの?」

『うん。魔王とか冥王とか呼ばれる類だと思う。どことなく、それぐらいのカリスマを感じる質だからね。⋯⋯ちょっと触ってもいい?』

 

 二つ返事で許可を出す。うっとりした顔で撫でさするデスガイドが少し気持ち悪い。

 

『うふふ、これこれ。なんだかんだあったけど、コレを出せるようになったんだから、沙夜には感謝だよねー』

「ええー、私、死にかけたんだけど?」

『そうだけどさ、これって凄いことだよ。優姫ちゃんは今、人以上の力を持つ存在なんだよ。世界征服だって夢じゃない。そっちの視野も広げた方がいいんじゃないかな』

 

 世界征服か。そんなの本気では考えたことはない。

 デスガイドが言いたいのは、力を持つ者の感覚を身につけた方がいい、ということだろう。私もそう思う。

 

『想像するだけでもいい。きっと、沙夜の気持ちも少しはわかるかもだから』

 

 沙夜に勝つ為には、沙夜の事を理解しなきゃいけない。人外めいた沙夜を知るには、人並みの考えじゃダメだ。人を外れた、それこそ人外の思考でないと。

 ならば役に立つはずだ。生まれた時から育て、抑え込んできた、私の思想が。

 

「デスガイドの言う通りだよ。言う通りなんだけど⋯⋯、そろそろ手を離してくれないかな」

『やだ』

 

 私は無理矢理触手を引っ込めた。デスガイドから名残惜しそうな声が漏れ聞こえる。

 

「これって、そんなにいいもの?」

『そりゃあもう最高だよ。優姫ちゃんに近づいたのも、その力に魅かれたからなんだから』

「そうだったんだ」

『だからさ、もう一回出してくれない?』

「やだ」

『うわぁもう、優姫ちゃんっ』

 

 デスガイドにじゃれつくように抱きつかれた。ふわりと甘い香りがする。

 

『ちなみにこうして触れるのも、優姫ちゃんに精霊成分が入ってるからなんだよ?』

「だったらこの血に感謝だね。この血のおかげでデスガイドは私の所に来てくれて、デスガイドが居てくれたおかげで私は今こうして生き延びている」

 

 デスガイドが施した呪いがなかったら死んでいた。落ち着いて思い出してみると、恐怖感が湧いてくる。

 

「ははは。私、今になってビビってるみたい」

 

 お腹をさする。傷はないが、ひりつく感覚が蘇った。

 

『もう寝ちゃったら?』

「それもそうだね。こんなの全然私らしくないし」

『それが解ってるなら大した問題はないよ。あ、でも、添い寝、してあげよっか?』

 

 それは甘い誘惑だ。ぬるま湯に浸かる、弱い自分をデスガイドに晒す事になる。

 

「んー、私はどっちでもいいけど、デスガイドがしたいならすれば?」

 

 デスガイドになら別にいいかな、と思った。



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VS沙夜 三幻魔

 私は今、影丸理事長と十代くんがデュエルしているのを、少し離れた所から見ている。海から少し離れた森の中の、開けた場所。そこには十代くんの他に彼の友人たちと鮫島校長が揃っていた。

 理事長のフィールドには復活した三幻魔が存在していて、十代くんは随分苦しめられているようだ。

 三幻魔はその特性上、罠の効果は受けず、モンスター、魔法の効果も発動ターンのみ有効で、中には蘇生が容易なモンスターもいる。一度召喚出来てしまえば猛威を振るう、厄介なモンスターたちだ。

 それに、厄介なのはフィールドの中だけの話しじゃない。彼らは、召喚されると世界中のカードの精気を吸うのだ。私のデッキは、私自身の精霊の力で包み込むことで、精気が流出するのを防げている。ただ、力が抜けていくようで鬱陶しい。

 

『優姫ちゃん、大丈夫?』

「しばらくは平気だよ。て言っても、決着は早そうだけどね」

 

 圧倒的に優勢な理事長のターンが終わり、十代くんのターン。勝つにしても負けるにしても、十代くんにとって最後のターンだろう。それだけ、次の理事長のターンを凌げるカードは揃ってないように見える。

 このターンで決まる。彼らの物語の一区切り、ということだ。そうメタ的に考えれば、十代くんが勝つんだろうけど。

 そして、その後は私だ。その為に私はここにいる。

 早く終われ、と気持ちが急いだ。

 

 かくして、勝負が決する。勝者は十代くん。《賢者の石—サイバティエル》というカードが決め手だった。意味深な名前と効果だったけど、私には関係ない。

 一帯には勝利の余韻や緩みがある。その中で校長が三幻魔のカードを回収して再封印しようと手に持っている。

 ここからは私の物語。私の出番だ。

 

「やあ皆、久しぶり。初めて会う人ははじめまして」

 

 私は茂みから躍り出る。黒幕のように大物然とした態度を演じて、皆の輪に向かって話しかけた。全員、私を見る。

 

「お、久しぶりだな、優姫。どうした。こんな所で」

 

 代表するように十代くんが応答した。

 

「いやあ、ちょっと用があってね」

「誰にだ?」

「それはね」そう言って木陰を見る。

「三幻魔のカードに、だよ」

 

 不意に登場した私を見ていて、皆は気付かない。音もなく、風もなく、沙夜が忍び寄っていることに。

 私からしか見えない位置から、沙夜は鮫島校長の背後まで近づく。そして三枚のカードを奪い取り、全員から距離を置く。

 反応は二つ。私の台詞に驚く声と、カードを奪われたことによる驚きの声。

 私のすることは注意を引くこと。果たしてその役割は達成できた。

 

「優姫。これは何のつもりかしら」

 

 私と沙夜の両方を知る明日香からの問い。その表情は厳しい。

 

「ごめんごめん。ちょっと借りるだけだから」

 

 今の私は、そんなことでは日和らない。早くデュエルがしたかった。

 

「すいません、校長先生。少しだけ三幻魔のカード、貸してください。終わったらすぐにかえしますので」

「い、いや。それはダメなんだ。そのカードを召喚すると——」

「我々もその現象は知っています。ですが目的はただデュエルする事ですので、貴方がたは黙って見ているか、帰って頂いて結構ですよ」

 

 信用はされないだろうな。

 

「し、しかしですな」

「いいじゃんか。ただデュエルがしたいだけなんだろ?」

「おお、流石十代くん、話しが早い。その通りだよ」

 

 理解してくれて、自然と笑みが出る。能天気だとも思うけど。

 

「完全に私たちのワガママだから、そう言ってもらえて嬉しいよ。納得してない人もいるけど、我慢してね」

 

 皆は押し黙る。一先ずは様子を見るのだと察した。

 

「さあ、やっとのこの時が来たよ。沙夜、始めようか」

 

「水を差すようで悪いのですけれど、少し待ってくださいまし? 優姫」

「え?」

 

 穏やかで優雅な声が、林の奥から私の耳に届いた。心がさざ波立つ。

 その人に向き直るも、目は合わせられなかった。

 

「き、奇遇だね、エリカ」

「奇遇なんかじゃありませんわ。わたくし、全てを知ってここにいますの」

 

 エリカは、彼女特有の高圧的な態度で私を見る。

 

「う⋯⋯、隠しててごめんなさい」

 

 観念して謝った。

 知ってるという証拠はないが、あれは本当に全部分かってる顔だ。きっとエリカは黙っていたことを怒っている。逆の立場だったら、私だって面白くない。

 大人しくその怒りを受けることにした。

 

「全てを知っていると言いました。優姫がわたくしに言わなかった理由も当然分かっていますわ」

 

 一人の力で勝ちたい。それが私の気持ちで、理由だ。私自身、気付いたのはつい最近なのに、エリカも理解しているというのだろうか。

 

「怒ってない?」

「当然ですわ。終わってから話しは聞きますけどね」

 

 ふ、と表情を崩すエリカ。

 心配しただろうに、私の意を汲んでくれている。それが私は嬉しかった。

 

「でも言いたいことが一つありますの」

「う、うん」

「ふふ。そう気構えなくても、簡単なことですから。わたくしはね、わたくしに優姫を傷つけさせたそこの使用人が気に入りませんの。ですから優姫にお願いがあります。わたくしの代わりに、彼女をぶちのめして欲しいのですわ」

 

 簡単でしょう、とエリカは微笑む。

 

「元からそのつもりだったけど、エリカにお願いされたら、頑張らないといけないね」

 

 理解者がいるって、良いことだと改めて思った。

 

「そろそろ良いでしょうか、優姫様。ずっと待っているのですが」

 

 苛立ち混じりの声色の沙夜。それを見てエリカはニヤリと笑う。

 私は気を取り直した。

 

「改めて、始めようか」

 

 私はデュエルディスクを構えた。

 

沙夜LP4000

保科優姫LP4000

 

「先攻を頂いてもよろしいでしょうか」

 

 かしこまる沙夜に私は頷く。

 

「それでは。ドロー。私は手札から魔法カード《エクスチェンジ》を発動します」

「《エクスチェンジ》? 珍しいな」

 

 互いの手札を一枚ずつ交換するカード。面白いカードだけど、使う側は手札一枚分損をするので、あまりデッキに入れてる人を見ない。メリットといえば、相手の手札を見れることだけど、それは両プレイヤーに言えることだ。

 沙夜もわかってるはずだ。だったら目的は、

 

「さて、手札を公開しましょうか。と言っても私が指定するカードは見る前から決まっていますが」

 

 私のキーカードを奪うこと。

 

「《魔界発現世行きデスガイド》。そのカードを指定します」

「そう来るか⋯⋯!」

 

 勝手に口角が上がった。新しい。今までに見たことがない戦略。

 言うならば、私メタ。私だけに通じる攻略法だ。

 

「正攻法で挑んでも、私では優姫様には確実に勝てませんので、このような戦法をとらせていただきました。よもや卑怯だなどとは⋯⋯」

「言ったりしないよ。当然」

「ふ。それでこそ。⋯⋯次は優姫様の番です。お選び下さい」

 

 公開されていた、沙夜の手札を見る。

 五枚、その内訳は《トランスターン》、《メタル・リフレクト・スライム》、《ヘルウェイ・パトロール》、《暗黒の召喚神》、《神炎皇ウリア》。

 いい手札だ。どのカードを奪えばいいか迷う。

 一番欲しいのは《トランスターン》、次点で《メタル・リフレクト・スライム》。《トランスターン》は私にとって有用だ。《メタル・リフレクト・スライム》も汎用的に使える。その他は奪ったとしても手札の中で腐らせるだけ。

 しかし一番目を引くのは《神炎皇ウリア》だ。アレを私の手札に封印しておきたいのもある。

 《ウリア》か《トランスターン》か。先の展開を踏まえて考える。

 

「決めた。《ウリア》を貰うよ」

 

 カードを交換する為に、私と沙夜は前に出る。交換してまた元の位置に戻った。

 

「続行です。私は《ヘルウェイ・パトロール》を召喚、そして《トランスターン》発動。《ヘルウェイ・パトロール》を墓地に送り、このモンスターと同じ種族、属性で、レベルが一つ高いモンスターをデッキから特殊召喚します。デッキから《暗黒の召喚神》を特殊召喚します」

 

《暗黒の召喚神》攻撃力0

 

「さらにこのモンスターをリリース。デッキから《降雷皇ハモン》を召喚条件を無視して特殊召喚」

 

《降雷皇ハモン》攻撃力4000

 

「早速来たね」

「まだです。墓地の《ヘルウェイ・パトロール》を除外することで、手札から攻撃力2000以下の悪魔族モンスター、《暗黒の召喚神》を特殊召喚。また、このモンスターもリリースし、デッキから《幻魔皇ラビエル》を特殊召喚します」

 

《幻魔皇ラビエル》攻撃力4000

 

 二体の巨大なモンスターが、私を見下ろす。上等だ、と私は睨み返した。

 

「悪手でしたわね」

「え?」

「ここからですよ。私は、幻魔に命ずる! 優姫様の精霊エネルギーを吸い取り、この私に変換しなさい!」

 

 沙夜が声を張り上げる。それに応えるかのように、《ハモン》と《ラビエル》は鼓動した。瞬間、私は身体が引っ張られるような感覚になる。

 

「な、なにこれ!」

 

 引っ張られているのは身体じゃなく中身。精霊の、あの力だった。

 ぐっと堪える。すると少しは力の流出を抑えられたが、止まることはない。

 

「私はカードを一枚セットしてターンエンド。準備は整いました。このデュエル、私が勝ちます」

 

 沙夜は私をしっかり見据えて言った。

 

沙夜LP4000 手札1枚

《降雷皇ハモン》攻撃力4000

《幻魔皇ラビエル》攻撃力4000

セットカード1枚

 

「どうしますの、幻魔が二体もいる状況で」

 

 エリカが楽しそうに言う。

 

「それはドロー次第かな」

 

 《デスガイド》がない今、幻魔に対抗できる手札は揃っていない。一枚足りない。

 

「ドロー」

 

 なら、引けばいいだけだ。

 

「私は魔法カード《儀式の下準備》を発動する! デッキから《善悪の彼岸》とこれに記された《彼岸の鬼神ヘルレイカー》を手札に加える! そして《魔犬オクトロス》召喚、《善悪の彼岸》発動! 《魔犬オクトロス》と手札の《彼岸の悪鬼スカラマリオン》を墓地に送り《彼岸の鬼神ヘルレイカー》を儀式召喚する!」

 

《彼岸の鬼神ヘルレイカー》攻撃力2700

 

「相手フィールドにモンスターが召喚された時、《幻魔皇ラビエル》の効果を発動します。私のフィールドに幻魔トークンを召喚」

 

《幻魔トークン》守備力1000

 

「《魔犬オクトロス》の効果発動、デッキから悪魔族、レベル8のモンスター、《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を手札に加える! バトルするよ! 《ヘルレイカー》で《ラビエル》に攻撃! この瞬間、《ヘルレイカー》の効果を発動、手札から《彼岸》モンスターを捨てることで、相手モンスター一体の攻守を、捨てたモンスターのステータス分下げる。私が捨てるのは《彼岸の悪鬼バルバリッチャ》! 《ラビエル》の攻撃力を1700下げて攻撃する!」

 

《幻魔皇ラビエル》攻撃力4000→2300

 

「《ラビエル》破壊!」

「ちっ。ドローしたのは《バルバリッチャ》でしたか」

 

沙夜LP4000→3600

 

 まずは一体。幻魔による私の精霊エネルギーの吸引力も弱まった!

 

「ターンエンド。この時墓地の《スカラマリオン》の効果発動。デッキから《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》を手札に加える」

 

保科優姫LP4000 手札4枚

《彼岸の鬼神ヘルレイカー》攻撃力2700

 

「そこそこ上々といった所ですわね」

「そこそこ、ね。私もそう思うよ」

 

 この状況は最低限良くやった、程度だ。現状、私の手札は全て沙夜に見えている。コレはマズイ。気を抜けば呆気なく負けてしまうこともあり得るのだ。

 ふう、と私は息を吐いた。

 

「こうも容易く幻魔を葬られるとは、やはり流石というべきですね」

 

 淡々と言う沙夜。

 

「《バルバリッチャ》、いえ、攻撃力1400以上の《彼岸》モンスターをドローできる確率⋯⋯。55分の2か3といった所でしょうか。確率論でいけば高いとは言えない数値です。ですが優姫様は当然の如く引き当てた。これは今回に限りません。特殊な力が働いているのだと私は推察します」

「まあ、あるよね」

「はい。そこで私は推察しました。その力の発生源を。それは、この力。精霊エネルギーです。これが優姫様の意を汲んでいるのです」

「かもね」

「ならば。私の身に宿したら。どうなるのでしょうね」

 

 沙夜は笑った。それは純粋な笑みに感じた。好奇心が働いているのだと私は思う。

 ちょっと可愛いかった。

 

「それでは、ドロー。——やはり」

「引きたいカードは引けた?」

「はい。わたしはフィールド魔法《失楽園》を発動します」

「そのカードか⋯⋯」

「敢えて情報を明かしましょう。わたしは今、52分の1を引き当てました。これよりは私と優姫様のデュエリストとしての力量は同等。いえ、幻魔の力がある限り、少しずつ私の力の方が上回っていきます。——勝利の方程式はここに揃いました」

 

 沙夜は宣言する。それを受け、私は心が躍る。と同時に身が震えた。

 それは恐怖からだった。沙夜がそう言ったのならそうなのだろう、と今までと同じように考えてしまったからだ。

 

「《失楽園》の効果を発動します。幻魔がフィールドに存在する時、1ターンに1度、カードを2枚ドローします。ドロー」

 

 沙夜の手札は3枚。どう来る。

 

「《幻魔トークン》をリリース。そして《エネミーコントローラー》を発動します」

「ッ⋯⋯!」

「《ヘルレイカー》のコントロールをエンドフェイズ時まで奪います」

「ち、チェーンして《ヘルレイカー》の効果発動! 手札の《彼岸の悪鬼ガトルホッグ》を墓地に送り《ハモン》の攻撃力を1600下げる!」

「良いでしょう」

「そして墓地に送られた《ガトルホッグ》の効果発動! 墓地の《スカラマリオン》を守備表示で特殊召喚する!」

 

《彼岸の悪鬼スカラマリオン》守備力2000

《降雷皇ハモン》攻撃力4000→2400

 

「バトルフェイズ。私は《ハモン》で《スカラマリオン》に攻撃します」

「⋯⋯破壊される」

「《ハモン》の効果発動です。戦闘でモンスターを破壊したとき、相手ライフに1000のダメージを与えます」

「っく⋯⋯っ!」

 

 痛い。いつもよりも。

 

「そして《ヘルレイカー》でダイレクトアタック」

 

 私は来たるダメージに身構える————。

 

「ターンエンドですよ、優姫様?」

「——え?」

 

 身構える? あれ。ターンエンド? 

 アタックしなかった?

 

「攻撃は受けましたわ。気絶、していましたのよ。短い間でしたが」

「え、うそ」

 

 エリカが微笑んでいた。

 

「2700程度なら気絶はしない、と考えていますわね。いいえ。今の優姫は精霊の力を奪われて、ダメージに対する耐性が普段より低くなっています。だから痛みに耐えかねて気を失ったのですわ」

 

 そう、だったんだ。結構ヤバイのかも。

 

「⋯⋯じゃあもっと心配した風にしたらいいのに。なんで余裕そうにわらってるの?」

「あら。わたくしは心配していますのよ。ただそれ以上に信頼していますから」

 

 そんな風に言われると嬉しくなる。

 

「倒れそうになったらわたくしが支えてあげますわ」

 

 エリカの優しい笑みが私を癒してくれた。

 

「ターン、エンドと、申したのですが」

 

 沙夜のトゲのある声が聞こえ前を向く。

 

「ごめんごめん。あ、問題なかったらでいいんだけど、巻き戻しの要求してもいいかな」

 

 フィールドと沙夜の手札を見て言う。《ヘルレイカー》のダイレクトアタック宣言から、変化の跡はない。それはつまり、メインフェイズ2は存在しなかったと予想できる。それなら要求は通るだろう。

 

「どうぞご自由に」

 

 またしてもトゲがある声色だったのが少し気になったけど、許可は得た。

 

「遠慮なく。戦闘ダメージを受けたとき、手札から《トラゴエディア》を特殊召喚する! ⋯⋯何かある?」

「いえ。変わらずターンエンドです」

「ん。じゃあエンドフェイズ時、《スカラマリオン》の効果でデッキから《クリッター》を手札に加える。そして《ヘルレイカー》は返してもらうよ」

 

沙夜LP3600 手札2枚

《降雷皇ハモン》攻撃力4000

 

「私のターン、ドロー!」

 

 はあーしんどい。ちょっとキツくなってきた。ライフは残り300だし、早く《ハモン》もなんとかしないと。

 その算段は一応ある。

 

「《トラゴエディア》の効果発動! 手札の《ウリア》を捨てて、同じレベルのモンスターのコントロールを奪う! 《ハモン》のコントロールを奪うよ!」

 

 通れば行ける。というか勝ちも見えてくる。

 

「残念ですが、それは通りません。手札から発動《エフェクト・ヴェーラー》。《トラゴエディア》の効果はこのターン無効です」

 

《トラゴエディア》攻撃力1800→0

 

「ダメか⋯⋯!」

 

 完全にペースは向こうだ。こうなってくると、何というか通用する気がしない。そのビジョンが見えてこない。

 一度、ふう、と息を吐き気持ちを落ち着けた。

 弱気になってるとか、諦め心が湧いたとかじゃない。

 こういうのは、以前に何度も経験があった。それは幼い頃だ。お母さんとデュエルすると毎回のように感じていた。

——格が違う。私じゃ勝てない。

 散々突きつけられた現実を反芻し、薄く笑みを作る。

 

「それは諦めから出たものですか?」

 

 沙夜は目ざとく私の変化に気づく。

 

「違うよ」

 

 今の沙夜が格上なのは認める。でも勝てないなんてことはない。少なくとも、今の私の心は折れてはいないんだ。

 

「プラン変更と行こうか。魔法カード《アドバンスドロー》発動。《トラゴエディア》をリリースして2枚ドローする!」

 

 そのカードを確認、ほくそ笑む。

 

「永続魔法《魂吸収》発動! そして融合デッキのカードを15枚、裏側のまま除外して《百万喰らいのグラットン》を特殊召喚!」

 

《百万喰らいのグラットン》攻撃力1500

 

「そして《魂吸収》の効果で、除外されたカード1枚につき500ライフポイント回復! 7500のライフポイント回復する!」

 

保科優姫LP300→7800

 

「バトル! 《グラットン》で《ハモン》に攻撃する! ダメージステップ開始時に発動、1ターンに1度、《グラットン》と戦闘するモンスターを裏側にして除外する! これで《ハモン》は封じたよ!」

「そのようですね」

 

 動じないか。でも事実、これでハモンは封じたはずだ。裏側除外からの帰還方法はそうない。

 

「《ハモン》が除外されたことにより500ライフ回復。モンスターを伏せてターンエンドだよ」

 

保科優姫LP8300 手札1枚

《彼岸の鬼神ヘルレイカー》守備力2700

《百万喰らいのグラットン》攻撃力1500

セットモンスター1体

永続魔法《魂吸収》

 

 ま、こんなとこだろう。まずはライフの確保。ここから体制を立て直す。

 

「私のターン、ドロー。《グラットン》ですか。確かに幻魔とはいえルールに縛られている以上、裏側のまま除外されては自身の耐性を発揮できませんね。故にそのカードは幻魔の天敵の一つ、と言えます」

「その割に余裕そうだね」

「はい。対処可能ですから。むしろ切り札の一つを削る事が出来たので、ますます私が有利になったのですよ」

 

 まあ、その通り。

 

「でも余裕が出てきたのはこっちもだよ。沙夜の手札は《デスガイド》とドローカードの2枚。実際の所、追い詰められてるのは沙夜なんじゃない?」

「ふっ、心にもない事を。優姫様ならわかっているでしょう。ドローカード1枚あれば、何をするにも不可能はない事を。魔法カード《命削りの宝札》発動。カードを3枚ドローします」

「それか⋯⋯」

「そして永続罠《メタル・リフレクト・スライム》を発動し《マジック・プランター》を手札発動します。《メタル・リフレクト・スライム》を墓地に送りカードを2枚ドロー。さらに魔法カード《貪欲な壺》を発動。墓地の《ラビエル》《ウリア》《エフェクト・ヴェーラー》《暗黒の召喚神》2枚をデッキに戻しカードを2枚ドローします」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 手札6枚。

 沙夜が本来持つデュエリストとしての力量に私の力を合わせると、こうまで自在に操ることができるのか⋯⋯。

 

「まずは《ネクロフェイス》を召喚して効果発動します。お互いの除外されたカードをデッキに戻し、戻したカードの枚数につきこのモンスターの攻撃力を100上げます」

 

《ネクロフェイス》攻撃力1200→2900

 

 《グラットン》の効果を利用された。それだけじゃなく《ハモン》も容易くデッキに戻った。

 

「続いて《二重召喚》発動、このターンもう一度通常召喚可能にし、《天帝従騎イデア》を召喚、効果発動します。デッキから《イデア》以外の攻撃力800/守備力1000のモンスターを守備表示で特殊召喚します。私はデッキから《冥帝従騎エイドス》を特殊召喚します。そして《エイドス》の効果によりこのターン私は、通常召喚に加えてもう一度アドバンス召喚が可能、よって《イデア》と《エイドス》をリリースし、《怨邪帝ガイウス》をアドバンス召喚」

 

《怨邪帝ガイウス》攻撃力2800

 

「《ガイウス》の効果発動します。《ヘルレイカー》と《グラットン》を除外します」

「⋯⋯除外されたことで《魂吸収》の効果発動、回復する」

 

保科優姫LP8300→9300

 

 《グラットン》の戦闘耐性も《ヘルレイカー》のカードの墓地送り効果も躱された。

 《命削りの宝札》の効果でこのターン私はダメージを受けないのが幸いだ。

 

「最後に魔法カード《異次元の指名者》発動。カード名を《溶岩魔獣ラヴァ・ゴーレム》と宣言。そのカードが相手手札にある場合そのカードを除外します」

「⋯⋯《魂吸収》で回復」

 

保科優姫LP9300→9800

 

「ターンエンド。この時《命削りの宝札》により手札を全て墓地に送ります」

 

沙夜LP3600 手札0枚

《ネクロフェイス》攻撃力2900

《怨邪帝ガイウス》攻撃力2800

フィールド魔法《失楽園》

 

「2、3ターンは持つと思ってたんだけどな」

「その間に逆転勝利の手札を揃える、優姫様ならそうするのでしょう。分かっていますよ、これまで観察してきましたから。だから強引にでもその守りを破らせていただきました。これで手詰まりですよ、優姫様」

「手詰まり、か。⋯⋯ちょっと長考させて」

「どうにもならないと思いますが、どうぞ」

 

 引きたいカードを想像する。具体的なカード名じゃなく、劇的な勝利を可能にするカードを。

 今まではそうしてきた。今回もそうする。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 カードを見る。当然、このカードだ。

 

「魔法カード《終わりの始まり》発動! 墓地に闇属性モンスターが7体以上いる時、5体を除外して3枚ドローする!」

「⋯⋯⋯⋯」

 

保科優姫LP9800→12300

 

「そして⋯⋯っ!」

 

 そして。その先に言葉は続かなかった。

 

「あ、あれ?」

 

 モンスターが1枚もない。内訳は《マインド・クラッシュ》《おろかな埋葬》《エネミー・コントローラー》。

 この状況では来ても仕方ないカードたちだ。

 勝つつもりでいたのに、なんでだろう。

 

「解らないでしょうね、優姫様には」

「何が?」

「良いカードが引けなかったのでしょう? その理由がです」

「⋯⋯たまたまでしょ」

「違います。貴女ならば、引きたいと願えば引ける。勝ちたいと願えば勝てる。貴女は間違いなくそういう存在です。でも今回に限ってはそうはなりません。何故なら優姫様の力の過半数が、既にこの身に宿っているからです。失礼ながら、この瞬間に於いては、私の方が上位の存在なのですよ!」

 

 語気を強めて沙夜が言った。そこで初めて、沙夜に負けるかもしれないと思った。

 私は自分の内側に意識を向ける。いつの間にか、自分の密度が小さくなっていた。

 いや、気づいていて知らないふりをしていたのだ。幻魔に奪われていく精霊の力から目を逸らしていたんだ。だって、意識したら気持ちが負けてしまうから。大切なモノが抜けて行っているのは理解できていたから。

 

「あーあ、そういうことか。⋯⋯引きたいカードが引けないって、こんな気分なんだね。ちょっとヤバイかも」

「あら、本当にそうかしら?」

 

 エリカは相変わらず高潔に笑んでいた。親友のピンチだっていうのに。自分の仇がとれなさそうなのに。それはどうなんだろう。

 半目でエリカを見る。

 

「可愛らしいこと。案ずる事など何もないというのに」

「簡単に言うね」

「優姫なら勝てますわ」

 

 意味が分からない。意味が分からなかった。

 

「私はカードを3枚伏せてターンエンド!」

 

 根拠を聞いてもいないのに安心している自分を不思議に思った。

 

保科優姫LP12300 手札0枚

セットモンスター1体

セットカード3枚

永続魔法《魂吸収》

 

「セットカードが3枚。ブラフですね」

 

 沙夜が見透かしたように言う。実際その通りだ。

 

「だと言うのに優姫様には随分と余裕があるご様子。それは、そう繕っているのではなく、本心からの表れだ。まさかとは思いますが、勝負を投げてはいませんよね」

「私は勝つ気でいるよ」

「分かっているでしょう。この戦況を。力量差を」

「分かってるよ」

「ならば何故、動じずにいられるのですか」

 

 沙夜はどこか焦っている。見た目こそ平常通りだけど、何となくそう感じた。

 

「沙夜こそ、分かってるんじゃない? 何で私が揺るがずにいられるか。⋯⋯まあ、敢えて言葉にしてみるけど、その理由はエリカが支えてくれてるからだよ。それだけで私は沙夜に勝てると思える」

 

 いやあ、照れ臭い。

 

「非常に疎ましい。その友情はただ目を曇らせているだけですよ」

「疎ましいのではなく、羨ましいのではなくて?」

 

 戯けたように横から言うエリカ。それを受けた沙夜は、一瞬、あからさまに目が鋭くなる。

 それは瞬きほどの速さだったが、私の目は捉えていた。そういう表情をするだろうという予想もあった。

 

「⋯⋯何でしょうか。私は優姫様と会話をしているのですが」

「何をそんなに苛立っているのかしら。貴女らしくないですわね」

「私らしく? 私の何を知っているのでしょうか。横槍を入れて私と優姫様のデュエルを乱すのはやめていただきたいのですが」

 

 エリカは小馬鹿にするように鼻を鳴らす。

 

「あまり、金持ちを舐めないで下さる? 貴女の事など既に調べ尽くしていますの。それに横槍ですって? このわたくしを巻き込んでおいて部外者扱いなんて、良い度胸していますわね。⋯⋯本当に、優姫が居なかったら潰してしまいたいのですが、まあ仕方ありません。どうぞ続行なさって? 一対一のデュエルを」

 

 その何かを含んだ物言いは、二人の間に不和の空気を生んだ。私は沙夜を見つめて考えを巡らせる。

 見当違いかもしれないけど、分かった気がする。沙夜に足りないもの。弱点。劣等感。それが私の勝利に繋がる。私を優位たらしめる。と、思う。

 

「言われずとも。ドロー、《終末の騎士》召喚。デッキから《暗黒の召喚神》を墓地に送ります」

 

《終末の騎士》攻撃力1400

 

「《終末の騎士》でセットモンスターに攻撃」

「伏せモンスターは《クリッター》。破壊されて効果発動! デッキから《彼岸の悪鬼ファーファレル》を手札に加える」

「はい。《怨邪帝ガイウス》と《ネクロフェイス》でダイレクトアタックです」

 

保科優姫LP12300→9500→6600

 

 二回、衝撃と激痛がこの身に走った。

 精神が悲鳴を上げているが、声を上げはしない。その行為に意味はないと、幾度の闇のゲームで私の脳が学習したからだ。

 でも痛いものは痛い。痛みを逃すように深呼吸した。

 

「ターンエンド」

 

沙夜LP3600 手札0枚

《ネクロフェイス》攻撃力2900

《怨邪帝ガイウス》攻撃力2800

《終末の騎士》攻撃力1400

フィールド魔法《失楽園》

 

 流石に意識が朦朧としてきた。限界が近いのだろう。震える指をデッキに掛ける。

 

「ドロー」

 

 霞む目が覚めた。

 

「《強欲なカケラ》発動! 2ターン後、カードを2枚ドローするよ。モンスターを伏せてターンエンド」

 

保科優姫LP6600 手札0枚

セットモンスター1体

セットカード3枚

永続魔法《魂吸収》

永続魔法《強欲なカケラ》

 

「勝負は2ターン後というわけですね」

「そうそう。話が早いね」

「まあ、それまで持てばの話しですが。ドロー」

 

 持たせる。中途半端な決着にはしないよ。

 

「バトル。《ネクロフェイス》でセットカードに攻撃します」

「破壊される。モンスターは《ファーファレル》、よって効果発動! 《ネクロフェイス》をエンドフェイズ時まで除外する。そして除外された《ネクロフェイス》の効果が発動される。お互いデッキの上からカードを5枚除外する! 除外されたことで《魂吸収》の効果を発動する」

「残りの2体でダイレクトアタックします」

 

保科優姫LP6500→12000→10600→8200

 

「ターンエンド」

 

沙夜LP3600 手札1枚

《ネクロフェイス》攻撃力1200

《怨邪帝ガイウス》攻撃力2800

《終末の騎士》攻撃力1400

フィールド魔法《失楽園》

 

 なぜか身体が痺れる。なぜか手足が震える。なぜか耐え難い程の眠気がある。

 いよいよヤバそうだ。自嘲で笑おうと思ったが、それさえ満足に出来ない。

 

「さすがに辛そうですわね。肩貸しましょうか?」

 

 エリカは平気そうに振舞っていた。努めて余裕を示す理由が今なら分かる。

 

「ん、ありがと。でも必要ないよ。一対一だからね」

「⋯⋯そう。優姫ならそうしますわね」

 

 断ると納得したように頷いてくれた。

 

「ドロー。モンスターを伏せてターンエンド」

 

保科優姫LP8200 手札0枚

セットモンスター1体

セットカード3枚

永続魔法《魂吸収》

永続魔法《強欲なカケラ》

 

「さあ。沙夜の最後のターンだよ。次のターン、私は仕掛ける。全力で備えなよ」

 

 宣誓。それは敬意の表れだ。

 

「そうですか。そうでしょうね。《強欲なカケラ》による最後の仕掛け。それが優姫様のラストチャンスとなるのでしょう」

 

 目を閉じ、そうして、

 

「そのターンが来るのなら、の話しですが」

 

 沙夜はぴしゃりと言いのけた。

 でも私は確信している。私のターンは来る。

 

「分かったんだよ、沙夜の攻略法がね」

 

 辛さ怠さを跳ね除けて、精一杯笑って見返した。



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VS沙夜 ラストターンの攻防

「どうしようもない弱点があるんだよ」

 

 自信を態度で示す。

 

「沙夜が纏ってるその力はさ、まだ私の味方をしてるんだよ。巡り巡って、だけどね」

「⋯⋯」

 

 真意を推し量ろうと沙夜はじっと私を見ていた。

 

「それは勘違いでしょう。もしかしたらという可能性に縋っているに過ぎないのでは。第一、これまで望んだカードが引けない事はありませんでした。これが良い証拠です」

「そうだよ。望んだカードが引けるんだ。でもそれは、つまり勝ちに繋がるカードを引ける、って事じゃないんだよ」

「望んだカードか引ける、ですか。その望みのカードこそが、勝利に繋がるカードなのですが」

「いや、勝つのを前提とした、ってこと。どうやって勝ちたいか、それを汲んでくれてるんだよ」

 

 勝手にね。と続ける。

 沙夜は思考をまとめるように目を瞑る。

 

「いえ、だとしてもそれが私の弱点にはならないと思うのですが。どうあれ、勝利には向かっているわけですから」

「弱点になるんだよ。だって沙夜の望みは、私を知り尽くして勝つことだからね」

 

 見透かすように沙夜の目を見た。

 

「⋯⋯。まずは何故私の望みがそうだと思ったのか、聞きましょうか」

「一つはあの夜、沙夜が私のことを完璧に知りたいと言ったから。

 そして一つは初手の《エクスチェンジ》。アレは起点である《デスガイド》を奪うだけじゃなく、私の手札のピーピングが肝要だったんだ。それはデュエルに於いても、私の手の内や策を完璧に把握したい、と予想出来る。この二つから私はそう思う」

「成る程。自分の気持ちというのは、時に自分より他人の方が正しく理解しているものですが、こうして優姫様に言われると、やはり納得行くものがありますね。それではさらに聞きましょう、それが何だと言うのですか」

「私は次のターンに仕掛けを作った。それに沙夜には分からない伏せカードも3枚ある。知りたがりの沙夜はコレを気にして確定的に勝利出来るカードが引けないんだよ。いくらそのことを理解していようが、意識しようが、コレらを解明するカードを引いてしまうんだ。それが今の沙夜の弱点だよ」

 

 宿主の想いに反応して応えているだろう精霊の力の作用は、そう簡単に切り替えることは出来ない。沙夜の”知りたい”という根源的な感情は、ちょっとやそっとじゃひるがえることはないと予想できる。

 しかし私もそう。私は多分、”劇的な勝利”を望んでいる。そういう自覚が薄々ある。同じく容易に切り替えることが出来る感情じゃないし、切り替える気もない。

 だからこのデュエル、互いに回り道をして勝利に向かっている構図となっている。どちらが先にゴール出来るか、が肝だ。

 

「よく理解出来ました。今までのデュエルを見るに信じるに足るものだと思います。ですが少々失望しました。その情報は私に教えるべきではなかった」

「うん」

「教えたところで何も変わらないと思っているのでしょうが、知った以上、私は対応できます。この感情を覆す必要はない。要は次ターンを耐え凌げる事が出来れば良いのですから」

「そうだね。次の私のターンが勝負の分かれ目だよ。越したら沙夜の勝ちで越せなかったら私の勝ち。ここが一番楽しい所なんだ。だから、全力で——殺す気で来て。私もそうするから」

 

 私は敢えて教えた。ハッタリだとか心理戦を仕掛けたとかじゃない。沙夜に、この瞬間を強く意識して欲しかった。

 

「良いでしょう。まずはこのターン、万全の態勢を整えましょう。ドロー。魔法カード《強欲な壺》発動です。カードを2枚ドロー。そして《ネクロフェイス》をリリースし《光帝クライス》を召喚、効果により《終末の騎士》と《怨邪帝ガイウス》を破壊、その枚数分ドローします」

 

《光帝クライス》攻撃力2400

 

 動き出した。手札はこれで4枚。手札を見て沙夜は薄く笑った。どう展開するか期待する自分がいる。

 

「魔法カード《太陽の書》発動、優姫様のセットモンスターを表側にします」

「《太陽の書》⋯⋯? 伏せモンスターは《暗黒のミミック LV1》。よってリバース効果発動、1枚ドローする!」

 

 太陽の書。裏側表示のモンスターを表側にするカード。ただそれだけの効果だ。無意味なカードじゃないのは分かる。無意味なカードを引く沙夜じゃないのも分かる。

 何かの準備をしたんだ。

 

「行きますよ。魔法カード《死者蘇生》発動、墓地の《暗黒の召喚神》を特殊召喚させます。そしてこの瞬間、さらに速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動します」

「そうか! その為に!」

「はい。その為だけの《太陽の書》です。《地獄の暴走召喚》は攻撃力1500以下のモンスターを特殊召喚した時に発動出来るカード。その効果により、手札・デッキ・墓地から特殊召喚したモンスターと同名モンスターを可能な限り特殊召喚します。そして相手は自身のフィールドの表側モンスターを選び、そのモンスターと同名モンスターを同じく可能な限り特殊召喚します。私は《暗黒の召喚神》をデッキから2体特殊召喚します」

「《暗黒のミミック LV1》は私のデッキに1枚しか入ってないから特殊召喚はしないよ」

 

 成る程、理解した。《太陽の書》は《地獄の暴走召喚》を発動可能にする為だったんだ。

 

「3体の《暗黒の召喚神》の効果発動。それぞれリリースし三幻魔全てを召喚条件を無視して特殊召喚します」

「来たか⋯⋯!」

 

《幻魔皇ラビエル》攻撃力4000

《降雷皇ハモン》守備力4000

《神炎皇ウリア》守備力1000

 

 再びその威圧感を伴って幻魔が降臨した。憎らしいほどに彼らは強大な存在感だ。

 怯える身体を力を込めて押さえつける。

 

「殺す気で来い、と優姫様は言いましたね。その場の勢いで言ったのなら、取り消す事をお勧めします」

 

 空気が凍る。沙夜は本気の目だ。

 これは最後通告。取り消さなければ沙夜は本気で殺しにくる。唾を飲み込み口を開いた。

 

「その場の勢いで言ったよ。でも取り消すつもりなんてない。あるわけがない。だってそれが楽しいんだから」

「よくぞ言いました。であれば遠慮はしません。——私は三幻魔に命ずる! 死に至るまで優姫様から力を奪い、その全てを私に還元しなさい!」

「く⋯⋯っ!」

 

 三幻魔は命令に応える。さっきよりも激しく奴らは私から力をを奪っていっている。

 ふらっ、と貧血のようによろめきかけた。この状況が続けば、そう経たない内に私は死ぬ。その前に殺さなきゃ。

 

「《ウリア》の効果を発動。私から見て優姫様の一番右のセットカードを選択。そのカードが罠カードなら破壊する」

「⋯⋯え、《エネミー・コントローラー》。速攻魔法だから破壊されないよ」

「ならば《失楽園》の効果で2枚ドロー。《神秘の中華鍋》発動、《光帝クライス》を墓地に送り、その攻撃力分ライフを回復。カードをセットしターンエンド」

 

沙夜LP5800 手札1枚

《幻魔皇ラビエル》攻撃力4000

《降雷皇ハモン》守備力4000

《神炎皇ウリア》守備力1000

セットカード1枚

フィールド魔法《失楽園》

 

「これで万全です。何が来ても受け切れ、何が来ても攻め切れる。そういう布陣です。——これが私の全力ですよ」

 

 沙夜らしさを感じる、万能で鉄壁なフィールドだ。

 それでこそ、攻略のしがいがある!

 

「まずは、力を奪う幻魔の処理からだ。私のターン、ドロー! 永続魔法《強欲なカケラ》の効果を発動、このカードを墓地に送り2枚ドロー! そして伏せカード《おろかな埋葬》! デッキから《暗黒魔族ギルファー・デーモン》を墓地に送る! ここで効果発動! 《ギルファー・デーモン》を《ウリア》に装備して攻撃力を500下げる!」

「1ターンのみ適用されます」

「装備魔法《堕落》発動! 《ラビエル》に装備してそのコントロールを奪うよ!」

「それも1ターンのみです」

「関係ない。伏せカード《エネミー・コントローラー》発動! 《暗黒のミミック LV1》をリリースして《ハモン》のコントロールを奪う。そして私のフィールドのモンスターを全てリリースして《真魔獣ガーゼット》を特殊召喚!」

 

《真魔獣ガーゼット》攻撃力8000

 

 幻魔の攻略。奴らの対策法は奴ら自身の力を逆手に取ること。他にもあるだろうけど、私はコレを選択した。

 

「このモンスターの攻撃力はリリースしたモンスターの攻撃力を合計した数値になる。で、貫通効果もある。⋯⋯どう? 後がないんじゃない?」

「まさか」

 

 沙夜が短く言い切る。そんなわけがない、と言われた気がした。当然、私も分かってる。

 

「だよね。じゃ、《ガーゼット》で《ウリア》に攻撃! さあどうする!」

「こうします。セットカード《針虫の巣窟》を発動。デッキの上からカードを5枚墓地に送ります」

「それか。《ウリア》は墓地の罠カード1枚につき1000の攻守を上げる効果がある。罠を墓地に送るためにそのカードを用意したんだね」

 

 《ウリア》の守備力は今は1000。《針虫の巣窟》も罠カードだから、《ガーゼット》の攻撃を耐え切る為には1枚以上墓地に落とす必要がある。けど、

 

「当然、5枚とも罠カードです」

 

《神炎皇ウリア》守備力1000→7000

 

「さすが。でも《ガーゼット》には及ばない。《ウリア》を破壊して超過ダメージを与える!」

 

沙夜LP5800→4800

 

「ふう、風が吹いたかのようなダメージですね」

「でももうガラ空きだよ」

「はい。ですがそちらももう攻撃の手がないのでは?」

 

 私のフィールドのモンスターは《ガーゼット》のみ。コレだけ見ればたしかにその通りだ。

 

「それこそまさかだよ。まだちゃんと手はある」

 

 手札を1枚掲げて息を吸い込んだ。

 

「速攻魔法《アクションマジック—ダブル・バンキング》発動! 手札を1枚捨てて、このターン戦闘で相手モンスターを破壊した自分のモンスターをもう一度攻撃可能にする!」

「ほう」

「そしてコストで墓地に捨てた《深淵の暗殺者》の効果で墓地からリバースモンスターの《暗黒のミミック LV1》を手札に加える」

 

 ようやく。これで後はもう攻撃するだけ。それだけで勝負が決まる。私の勝ちだ。

 一息つく。言っておきたいことがあった。

 

「沙夜。私は手加減なんてしない。この《ガーゼット》で思い切り殴りつけるよ。もちろん殺す気でね」

 

 高ぶった気持ちのまま話した。諌めるべき感情だと思えるぐらいには私の頭は正常だけど、勢いに身を任せる。

 

「ああでも、まだ人殺しにはなりたくないんだ。だから沙夜。しっかり耐えてね。私は殺す気で攻撃するけど、沙夜は死ぬの禁止だから。わかった? 言いたいことはそれだけ」

 

 なんとワガママなことを言っているんだ、と自分でも思う。

 でも抑えられない。自分を苦しめた恨みがある。エリカを軽んじた恨みがある。けどそんなことより、なによりただこの瞬間、気持ちよくなりたいだけだった。

 殴って、発散して、勝つ。それが今、目前にある。ようやくこの時が来た、と心が躍った。

 

「バトル続行」

 

 《ガーゼット》は自らの拳を腰に置く。パワーを、私の想いを溜めているのだ。

 背中を向ける目の前の下僕から、どんどん力が溢れてくるのが見える。威力8000は伊達じゃない。今の私がこれを受ければ確実に死ぬ。想像するだけで腰が引けそうだ。きっと沙夜もただでは済まないと思う。少なくとも無傷ではいられないはず。

 なんであれ、どうなるか楽しみだ。

 

「ん、そろそろかな。宣言する、《ガーゼット》、沙夜にダイレクトアタックだ! 沙夜、最期に言いたいことがあるなら、今のうちだよ」

 

 《ガーゼット》が攻撃動作に入る。

 これで最後。決着。沙夜に次のターンは回らない。

 

「それでは言わせて下さい。わたしは、《バトルフェーダー》の効果を手札から発動します。効果は、知っていますね」

「! ⋯⋯⋯⋯うふふ」

 

 なぜだか気持ち悪い笑いを発してしまう。全てがぴたりとはまった気がした。

 

「相手モンスターの直接攻撃時に特殊召喚し、バトルフェイズを終了させる⋯⋯。優姫様がどんなに上手く立ち回っても、このモンスターにかかれば確実に1ターンは凌げます。ここで打ち止め、かくして私のターンは回ってきます」

「そっか」

 

 攻撃がそのまま通るのだと思っていた。防がれるだなんて思ってもみなかった。早々に勝った気になっていたのを反省する。感心して得心する。今になってようやく理解出来た。

 

——ああ。使いどきは、ここか。

 

「伏せカード発動、《マインドクラッシュ》。カード名を《バトルフェーダー》と宣言する。そのカードが相手の手札にあった場合、破壊する」

「⋯⋯っ!」

「よって《バトルフェーダー》の効果は発動されず、《ガーゼット》の攻撃は妨げられない。————これで終わりだ」

 

 《ガーゼット》の拳が、沙夜を打ち抜いた。 沙夜LP4800→0

 

 

 

 空気を震わす爆音と巻き上がった土煙が収まると、防御態勢のまま膝をつく沙夜がそこにいた。

 攻撃が通りデュエルに決着が着いたとというのに、沙夜は肩で大きく息をする以外動かない。

 肉体的には死んでいないようだった。でも内面はどうだろうか。いい一発を与えた私には、もう沙夜に対する悪い感情は無い。素直に心配だった。

 

「さ——」

 

 沙夜、と。呼び掛けようとしたが、発声できなかった。何かに邪魔されたわけじゃない。デュエルが終わり緊張が解けたからか、大半の精霊の力を抜かれた事実と、受けた精神ダメージが、今になって襲ってきたんだろう。

 それでも、と私は私を奮い立たせる。まだやることがあった。朧げな思考でそれが何なのか分からないけど、沙夜に一言言わなきゃいけない。

 

「さ、沙夜」

 

 確認するように言う。今度は声が出せた。

 沙夜も苦しそうに頭を上げてこちらを見る。

 

「沙夜。この先⋯⋯いつになっても、いい⋯⋯。私と、一緒に⋯⋯世界、征服⋯⋯して⋯⋯み⋯⋯よう⋯⋯よ」

 

 視界が霞んでいく。どうにも意識が保てない。急激に精霊の力がなくなったからだ、と漠然と思った。

 それでも見えた。驚いた沙夜の顔。そして、その後の優しく微笑む様子が。

 満足した。きっと、これを以って、私の勝利と言える。

 そこでわたしの意識は途絶えた。 



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保科優姫は事情を知り、沙夜は北へ旅立つ

※視点が何度か変わります


 デュエルの力量は申し分無い。物事を考える力もある。武力も試練の中で目覚めたあの力を使いこなせれば、並みの人間とやりあえるだけの力は引き出せるだろう。

 しかし。彼女について気になる事があった。それは、彼女のアンバランスさだ。

 同年代と比べて低めの身長に、発育が進んだ体つき。幼さの残る顔立ちと裏腹に、大人のような思慮深さが見える表情。そして、生まれ持った強者としての悪性と、それに相反する平凡さ。

 肉体に関してはいい。ただ私が別の意味で気になったというだけだ。だが、後の二つ。これらに関しては、どうにも不自然に映る。具体的な事は分からない。ただ、何か重大な秘密がそこにあるという予感があった。

 今となってはそれを知る手段はない。私は彼女にデュエルで負けてしまったのだから。⋯⋯本当に、残念な事に。

 いつしか、私は彼女に惹かれていた。

——私と一緒に世界征服しようよ

 デュエルが終わった後、彼女に掛けられた言葉。私以外の人間には、唐突な台詞に聞こえただろう。息も絶え絶えに何を言っているんだ、と頭を疑っただろう。

 違う。私を見抜こうとしたんだ。私を理解してくれようとしたんだ。私の為に。私の、為に。

⋯⋯いや、それも違う。彼女は勝つ為にそう言ったのだ。

 世界征服とは、私が叶えられなかった野望。それは事実だ。その事を察した彼女は、上から目線で情けとして持ちかけた。

 弱みを突かれ優しくされたのだ。それで格の優位性が彼女に移った。それは敗北を意味する。また、彼女もそれで勝った、と思えたのだろう。

 なんにせよ、あの台詞は、私を理解していなければ出ない台詞だ。彼女には他人の本質を見抜く才能がある。私はその部分に惹かれたのだ。しかも今の彼女は目覚めたばかり、自覚したばかりだ。今後の経験によってはさらに大きく成長するのだろう。それが楽しみでもあった。

 ふ、と自身の内に気を向けると、幻魔を利用して得た、彼女の力がそこにある。たまらなく愛おしい存在が、私の中にある。

 この力を使えば、彼女とのデュエルで消耗した精神や傷を癒せるが、そうはしない。私ではこの力をこれ以上蓄えていくことが出来ず、消費する一方であり、有限だ。必要に迫られた時に使うべきなのである。

 では、その時はいつなのか。どのように使うべきなのか。大きな分岐点がそこまで来ている。ならば私はどうするべきか。決まっている。選ぶのは再び返り咲ける方だ。

 

 

 

「上出来じゃないか」

 

 報告書に目を通し終えた当主様が満足そうに頷いた。一先ず私は胸をなでおろす。

 

「予想以上だ。お前であればアレの意識を変える事は容易いとは思っていたが、まさか精霊の力まで発現させるとはな。良いじゃないか。実に良い」

 

 珍しく当主様は上機嫌だ。それ程に好都合なのだろう。

 

「これで統治に引き続き二人目か。流石、我が孫と言ったところだな。最初は何処の馬の骨のガキかと訝しんだ事もあったが、四葉の人を見る目は優れていた、という事か。いやいや、侮れん」

 

 目の前の私を気にもせず、当主様は独り言を言う。こんな時は黙っておくのが正解だ。下手に口を挟むとたちまち不機嫌になり、無理難題を押し付けられるからだ。

 

「お前はどう思う」

「はい。非常に喜ばしい事だと思います。優姫様はまだまだ成長の余地を残しています。当主様に匹敵する存在になり得るかと」

「お前もそう思うか。ならば尚良い」

 

 こうして問われた時に、当たり障りの無い言葉に少しの私の意図を混ぜて話す。これが当主様と良いコミュニケーションを取るコツだ。

 

「この歳になると、好敵手というものが滅多にいなくてな。人生に山が無いとつまらんのだよ。そこに今、二つの好敵手となる可能性がある。奴らが育つまで待つというのも、また乙なものだ」

 

 くくく、と喉の奥で笑う。

 

「それに、五典の娘のエリカ。アレもいい線をいっている。常勝院は気に食わないがそれはそれだ。実力者であるのに変わりはない。良い傾向だな」

 

 再度、納得したように首を縦に振る。

 そして独り言が止んだ。

 

「で?」

「⋯⋯っ」

「お前のその力はどうしたんだ?」

 

 空気が一変する。黒い瘴気が空間を汚染していく。発生源は当主様だ。当主様が持つ精霊の力だ。

 

「この報告書には書かれてないが、何故お前の中にその力がある。いや、それはいい。何故隠している。何の意図があって俺に伝えようとしなかったんだ」

 

 射抜くような視線はまるで毒のようだった。全身が腐っていくような錯覚を覚える。

 怒って精霊の力を行使したように見えるが、これは当主様のデフォルト。だからまだ、当主様の逆鱗には触れていない。重要なのはこの後の返答だ。間違ってはいけない。

 ダメージが抜け切らない精神にコレは正直きついのだ。

 

「⋯⋯未来の私の為です」

 

 本音を言う。おそらく正答。

 

「ほう。成る程な。合点がいった。お前らしい回答だ。つまりいずれお前は、俺の敵になるという事だな」

 

 部屋中に侵食ていたものは嘘のように消え去った。

 当主様は聡い方だ。そして妙な所で寛大でもある。だから短い言葉からでも勝手に私の内情を解釈する。臣下の私からでは言い辛い事を言わずとも、しかも好意的に理解してくれるのはありがたかった。

 

「お前は俺の発する力を、その力で防ごうとはしなかった。まさしくとっておき、という事だろうな。また、それだけの覚悟があったという事。くくく。今のお前も、俺の好敵手となり得る存在になりつつある。いいだろう、ならばお前に暇を出そう。期限は定めない。いいな」

 

 休暇、という事だろうか。こんな唐突に。おそらく気分で。

 私は一瞬迷う。が、当主様が決めた事だ、どうにもならないだろう。反論したところで、反感を買うだけに終わる。

 

「はい。有難く頂きます」

「ああ。今度会うときは敵として、か。ま、決着の末にはまた戻れ。では行っていい」

「はい」

 

 終始、当主様のペースのまま会話は終わった。私は部屋を後にした。

 

 

 

 私——保科優姫を記憶、肉体、精神の三要素に分けるとすると、記憶はその大半が前世のものであり、肉体は当然ながら今世のもの、そして精神は前世と今世を混ぜ合わせて出来きたものである。

 今回の一件でわかったことは、私の精神は割と複雑に出来ているということ。前世と今世の認識のズレが私を悩ませる結果になった。

 大人であり子供。成熟していて未熟。普通かつ特殊。その不安定さが私の中で揺らいでいた。

 とはいえ今ではそれなりには折り合いがついている。これでも大人を経験したことがあるので、自身を強制的に納得させるのには慣れているのだ。

 ただ、今の私は精霊の力を沙夜に抜かれている。密度が低くなっていた。これがどう影響するのかはわからない。それが少しの不安となっていた。

 

 

 

「——これが今回あったことだよ」

「ふむふむ。わたくしの調べと概ね同じでしたわね」

 

 事の顛末を話し終えると、エリカは優雅にコーヒーカップにつけた。

 

「今回のこと知ってたんだね」

「ええ。始めはセブンスターズが学園に来るというから、そっちを警戒していたのだけど、その過程で優姫の存在が見えて来ましたから。そこで、何か面白いことをしてるな、とね」

 

 エリカは誇るように胸を張る。

 

「調べるって具体的にどうやったの?」

「特別なことは何もしていませんわ。始めはアテナに頼んで島を見てもらいました。これにはセブンスターズの監視の意味もありましたわ。その中で沙夜という夜闇の使用人を見つけたので、家に調べてもらうように頼みました。次に優姫が何をしているか、誰とどんなデュエルをしているのか、ですけど、方々に聞き回りましたわ。これが一番大変でしたの。まったく、わたくし抜きで、随分と楽しそうでしたわね」

 

 冗談ぽく口を尖らせるエリカ。軽く謝った。

 

「別にいいですわ。それより精霊の力。今、どの程度残っていますの?」

「うーん。二、三割ってとこかな。こんな感じ」

 

 エリカの問いに精霊の力を外に出して答える。出したそれは最初に見た時より一段と薄くなっていて、吹けば飛んで行きそうだった。

 

「だいぶ薄くなっちゃった」

「それ、デュエルにも影響出ますわよ」

「え、うそ」

 

 考えもしなかった。

 

「優姫のその力——精霊エネルギーと言いましょうか——は精神を補強する効果があり、あればあるだけ補強率も高くなりますわ」

「そうだね。力を奪われる前と後で、精神ダメージの痛み方が違ってた」

「ええ。精霊エネルギーで精神が補強されているので痛みを軽減出来る。そういう仕組みですわ。そして軽減した分精霊の力は消費される、というわけです」

「消費⋯⋯、無くなっていくものってこと?」

「使えば使うだけ、ね。ただ、精霊エネルギーは先天的に備わっているのなら、自分で外部から取り込む機能も備わっていますわ」

「あ、じゃあ闇のゲームをしなければ、その内全回復するってことだね」

「いえ、そうとも限りませんわ。精霊エネルギーの役割はそれだけじゃないのです」

 

 それだけじゃない、か。というかエリカ物知りだな。お金持ちの情報網というヤツか。

 

「先程も言ったように、精霊エネルギーは精神を補強しますわ。ですがこれは、何もダメージの軽減だけに効果を及ぼすのではないのです。デュエリストがカードをドローする時にも精霊エネルギーは消費されるのですわ」

「狙ったカードをドローさせる為、か」

 

 なるほどなるほど。わかってきた。

 

「これって多分オートだよね、沙夜もそうだったし。ドローする度に私は勝手に精霊エネルギーを消費していくってことだ」

「そういうことですわね。それと勘違いしてはいけないのは、あくまで精霊エネルギーは精神にしか作用しないということです。補強された精神の力で、狙ったカードをドローしているのですわ」

 

 六十枚のデッキでも事故らす回るのは精神力のおかげ。要所で良いカードをドローできるのは精神力のおかげ。

 人は自身の精神力を以ってデュエルをする。私は精神を精霊エネルギーで補強しているから、その分他の人よりも自由に動けていた、ということか。

 

「ちなみにわたくしの中にも精霊エネルギーはありますわ。優姫のように自在に操ることは出来ませんけど」

「そっか、同じ夜闇の血だから」

「それだけじゃなく、常勝院の方にも由来がありますの」

「ハイブリッドだね」

「ええ、いいとこ取りですわ」

 

 ふふん、とドヤ顔のお嬢様。

 

「まあ、あまり深刻に考える必要はありませんわ。過剰に精霊エネルギーを消費しなければいいだけのことですから」

「本来は無いのか普通だしね」

「まずはこの話しは終わりですわ。ここからが本題です」

「本題?」

「わたくし、今回の起こった事実は全て把握しましたわ。ただ、分からないことが一つ。最後のデュエルが終わった後に言ってた世界征服、というのはどういう意味でしたの」

 

 それは意識が朦朧とした中で言った言葉。実のところ、私はあの時、何も考えていなかった。ただ感覚に従って言葉を紡いだ、言わば口からの出まかせだ。

 

「わたくしは沙夜の過去も調べましたわ。だからあの言葉が沙夜に対して、大きな意味を持っていることも察せました。でも優姫は沙夜の過去について知らなかったでしょう? ならば何故、あの言葉を使うことができたのでしょう」

「⋯⋯なんでだろう」

 

 エリカの問いに呟きながら頭を回す。

 世界征服という突拍子のない単語が、なんであの時思い浮かんだのか。それを理論立てて説明するのは難しい。しかし漠然と、その輪郭はきちんと理解している。私はそれをエリカに話すことにした。

 

「うん。ヒントがあったんだよ。これまで沙夜とは結構一緒にいたんだけど、沙夜はよく凡人をバカにするような言動をとっていたんだ。いや、バカにするってのとはちょっと違ってたけど、とにかく見下してた。

 それとカミューラの時。沙夜はカミューラに対してはどこか心を開いていたような気がしたんだよ。いや、これも心を開いてたってのとは違うと思うんだけどね。

 んで最後の一つが、デュエル中の沙夜とエリカの会話かな。あの時の沙夜はムキになってた。あの感じはなんていうか、あからさまだった。

 この三つを考慮して出てきたのが世界征服ってことになるのかな。これについて何で、て聞かれてもわからない。意識が朦朧とした中の感覚的な言葉だったしね」

 

 言葉にして整理してみてもやっぱり分からなかったけど、エリカは得心いった様子。エリカからしたら的を射た言葉だったようだ。

 

「世界征服なんて誰だって夢見るものだし、沙夜なら頑張れば手が届くかもしれない位置にいると思ったから、一緒に、なんて言ったのかも」

「ふふふ。それは面白い考えですわね。沙夜の過去、教えましょうか?」

「あ、うん。知りたい」

「ええ。と言っても、よくある才能人の悲運というだけの話し。沙夜は夜闇の使用人になるまで、その優秀さ故に集団生活において常に孤立していたのですわ。彼女は賢い。だからそうなる原因も原理も十全に理解出来ていましたわ。だからこそ、周りの凡人達に擦り寄ることが出来なかった。何故自分が、バカな人間に合わせないといけないのか、そういう心理ですわね。そして気づくのですわ、この世の中は弱者を中心に回っている、と。ならば変えなければいけない。誰が? 強者である私が。そこから世界征服の序章が始まりましたわ。まずは自身が身を置く集団から。ですが、そこから発展は出来ませんでした。阻まれたのですわ。阻んだ人は、沙夜よりも能力的には劣る人物。しかし他者からは愛されるような人。沙夜からしたらその人も弱者ですわ。でも負けた。それはその人が数の力を駆使したからですわ。数の力を意図して利用するぐらいにはその人は有能でした。正義を掲げ、悪とみなした沙夜を皆の力で討つ。そういうシナリオ。これで沙夜は一時萎えてしまいましたわ。それからしばらくした後、沙夜は夜闇と出会いました。お祖父様とですわね。そして今の沙夜に繋がる、と。沙夜の過去を簡略化して話すと、こんなところですわね」

「⋯⋯」

 

 沙夜の無念が想像出来た。具体的な場面を語られたわけではないのに、沙夜に共感を持てる。それだけ私と沙夜は同質なんだろうと思った。

 ともあれあの時の私の発言の意味は理解出来た。沙夜に対する同情心。それが大半だ。

 

「沙夜には人の上に立つ素質はなかった、と。そういう話しですわ」

 

 嫌いではないですけどね。とエリカは最後にそう締めくくった。

 

「あの沙夜でもできないことがあったんだね」

 

 しみじみ呟くと、エリカは意外そうな顔になった。

 

「どうやら優姫は、沙夜を過大評価し過ぎていますわね」

「と言うと?」

「沙夜の手品に魅せられている、ということですわ」

「⋯⋯、というと?」

 

 頭をひねる。まだよくわからなかった。

 

「沙夜の基本スペックが人よりも高いのは事実ですわ。ですが、所詮沙夜も人。人を超える力は持っていないということです。おそらく優姫は、カミューラとの一件で沙夜に対するあらぬ空想を抱いているのですわ」

「空想⋯⋯。あれかな、沙夜が目に見えない速さでカミューラの手首を奪い取ったヤツかな」

「それですわね。目にも見えない速さ、なんて有り得ませんわ」

「でも実際に手首は沙夜が持ってたんだよ。カミューラも驚いた感じだった」

「沙夜の凄さは、事前に準備をしているところですわ。先に起こることを予測して、その対策を前もって用意しているところ。おそらく沙夜は事前にカミューラの手首を回収していたのでしょう。カミューラが寝ている時にこっそりと、とか」

「事前に準備をして、か。思えば確かに、沙夜はそういうところが頼りになってたな」

「憶測に過ぎませんけどね。最初から沙夜とカミューラがグルだったのかもしれないし、カミューラが棺桶の中で永い眠りについてた時に、手首をいただいたという可能性もあるし。ただ確定しているのは、沙夜は人間業を超えたことは出来ないということですわ。それができるなら、それこそ世界征服は可能なんですから」

「だね」

 

 一通りは教えてもらっただろう。自分の気持ちも理解できた。

 

「これで沙夜に勝ったってちゃんと思えるよ」

 

 今回は、だけど。実際は精霊エネルギーを沙夜に奪われたままだ。沙夜はきちんと後に繋げている。次に戦うことがあるなら、沙夜は最大限に私の力を活用してくるだろう。私はそれが楽しみだった。

 

 

 

 当主様に出会い、様々な才能人に出会い、優姫様に出会った。彼等からは沢山の事を学び、自分の矮小さを思い知った。知識を溜め込み、武力を修め、デュエルを研究した。

 そして今、漸くチャンスが巡ってきている。私の中にある借り物の力、その活用法を思いついた。

 目指す地は青森。とある魔導人形技師の下だ。




疲れた。
次話から多分原作キャラ全く出てきません。舞台も変わるかも。


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