ソードアート・オンライン-君と共に在るために- (ちぇりぶろ(休載中))
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SAO編
【1】終わりの始まり


ユウキが好きすぎて勢いで書いちゃったけど受け入れられるか心配しかない

では第1話をどうぞ!


 2022年10月31日

 かつてこれ程待ち焦がれられたものがあっただろうか。

 

 VRMMOゲーム()()()()()()()()()()()

 

 販売数はたったの1万個ということもあり、ゲーム屋はもちろん家電量販店、ショッピングモール等は前日から多くのゲーマーで埋め尽くされ、彼等は待ちどうしくも胸を高鳴らせ、今か今かとその瞬間を待っていた。

 そして、ここにも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年11月06日12:58

 

「.......」

 

 手に持っていたパッケージを机の上に置き、()()()()()を被る。

 事前にナーヴギアにソフトをインストールし終えていた為、後はサービス開始時間の13:00を待つのみ。ベットに倒れ込み、楽な姿勢になる。

 

「…いよいよか…」

 

 13:00

 

「…リンクスタート!!!」

 

 少年 ()()()()はソードアートオンラインの世界へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 茅場拓哉には2人の兄弟がいた。

 頭が良く周りからの信頼も厚い歳の離れた兄と、誰にでも優しくおおらかな性格をした弟。

 彼にとっては自慢の兄弟だった。小さい頃はよく3人で遊び回っていたものだ。

 彼にとっては2人はかけがえのない()()()2()()()()()だ。

 この日進路面談があり、たまたま帰りが遅くなってしまった拓哉は急いで家に帰っていた。

 だが、家に着いたが明かりが灯っていなかった。

 

 拓哉「母さん達まだ帰ってねぇのか?」

 

 今家にいるのは母と父だけだ。一番上の兄は今はとても重要な仕事に携わっている為、家にいることはほとんど無い。一番下の弟は部活の合宿に行っていて明日まで帰ってこない。

 拓哉はカバンから鍵を取り出し、玄関を開けた。

 

 拓哉「あれ?靴はある…」

 

 拓哉は妙な緊張感に包まれゆっくりとリビングの扉を開け、電気をつけた。

 

 ドサッ

 

 拓哉「…は?」

 

 拓哉は何が起こっているのか理解出来なかった。

 そこには父と母が床に寝ていた。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 それから先のことはうろ覚えだった。

 救急車と警察を呼んだ後、警察の方で事情聴取を受けた。

 最近この付近で窃盗目当ての空き巣が多発していたらしく、この家もその1つとして数えられるらしい。今この場にいない兄と弟にも連絡した。

 弟の方はすぐに帰ってくるそうで明日の朝には戻ってこられるそうだ。

 だが、兄の方は何度電話かけても出ず、最終的に会社の方に取り次いで貰った。これで兄もこっちに来られる。弟と違って兄の会社は家から車で30分程のところにある為、すぐにでも向かえるはずだ。

 正直、1人でいるよりかはよっぽどマシだ。今も涙が止まらない。

 何故、母と父がこんな目に合わなければいけないのか…

 どうして母と父なのだろうか…

 色々な事が頭の中を駆け巡っている。

 だが、それはすぐにかき消された。

 

「申し訳ありません。今、クライアントとの会談の最中ですのでまた後日かけ直してほしいとの事です」

 

 拓哉「…え?いや…あの…お…僕、身内の者なんですけど、今すぐにでも兄に知らせなければならない事がありまして…」

 

「申し訳ございませんが、茅場からの指示ですので。」

 

 拓哉は耳を疑った。流れていた涙もあまりの事に止まっていた。

 両親が死より仕事の方が大事か…

 そうまでして偉くなりたいのか…

 それ以来、オレは兄とは会っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ここは…!」

 

 そこに広がっているのは現実離れした風景、装備を身につけたプレイヤーやNPC達…

 ここは完全に現実からかけ離れた世界_

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()だ。

 

 

 

 

 

 

 

「これが…ゲームの中の世界…。半信半疑だったけど、こんなにリアルなのか…」

 手に触れた石や草はどれをとっても本物の感触と何ら変わらない。

 ナーヴギアによって五感をすべて遮断し、脳のみでこのアバターを自在に操れる。

()()()が何の為にこのゲームを送ってきたか知らねぇが…

 見てやろうじゃねぇか!!この世界がどれだけのすごいのかをよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プレイヤー…タクヤが天に拳を掲げ、フィールドへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side_タクヤ

 2022年11月06日 13:25 第1層はじまりの街周辺フィールド

 

 タクヤ「ふっ」

 

 ザシュッ パリィィン

 

 オレはフィールドへ出て、フレイジーボアなるモンスターを狩っていた。

 

 タクヤ「ふぅ…ここら辺のモンスターは倒しきったな」

 

 周辺を見渡してもどこにもリポップした様子はない。オレは場所を変えるため、先へと進んだ。

 今現在俺のレベルは3。ログインして30分足らずでここまでいければ大したものだと思う。

 事前に取説やチュートリアルもやったし、これなら最上階である100層もそう遠くないだろう。

 そんなことを考えながら歩いていると、目の前に森が広がっていた。

 

 タクヤ「街からも結構離れてんな。今のレベルでいけるか微妙だよなぁ…まぁなんとかなるか」

 

 オレは単身、森の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年11月06日 14:51 第1層はじまりの街周辺 古森内

 

 タクヤ「ゼェ…ゼェ…はぁぁぁっ!!」

 

 ザン ブゥゥン キシャァァァ パァァァン

 

 オレが斬ったモンスターがポリゴンへとかわり四散した。

 森に入って1時間くらい経ったんじゃないだろうか。

 あれから植物型モンスターとの連戦に次ぐ連戦でつい今しがた落ち着きだしたところだ。

 

 タクヤ「ハァ…ハァ…いやいやいやいや、何これ?モンスターハウスにでも入ってたの?」

 

 初っ端からこんな鬼畜めいた難易度聞いたことないんだけど…と口からこぼれる程にここでの戦闘は熾烈を究めた。

 当然、最初は真っ先に逃げようと思った。だが、既に背後にもモンスターはポップしており、完全に逃げ場を失った状況だったのだ。

 

 タクヤ「でも、おかげでレベルは7まで上がったし、良しとするか」

 

 オレはポーションを飲みながら森を抜けた。

 

 タクヤ「そういえば、コル(お金)も結構溜まったし、街に戻って身なりを揃えねぇとな」

 

 今使っているのは、いわゆる初期装備のスモールソードにアーマープレート…流石にここから先のフィールドやダンジョンをこの装備のまま進むのは難しいだろう。

 

「キャァァァァァァッ!!!」

 

 タクヤ「!?」

 

 森の奥から悲鳴を聞こえた。オレはすぐに森の中へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴が聞こえた所に来てみると、1人の女性プレイヤーがさっきの植物型モンスターの触手に捕まっていた。

 

「この〜!!離してよぉ!!!」

 

 タクヤ「おい!!早くその触手を斬ろっ!!」

 

 オレは女性プレイヤーに指示するが、焦っているのか俺の声がまるで届いていない。

 

 タクヤ「ちぃっ!!」

 

 あんな状態じゃ死ぬだけだ…。オレは背中のスモールソードで触手を斬り払った。

 

 ザシュッ キシャァァァ

 

「!!」

 

 触手が斬られた事で女性プレイヤーは落ちた。

 

 タクヤ「今のうちに…!!」

 

 ガシッ

 

「うわっ!?」

 

 すかさず女性プレイヤーを抱えてモンスターから逃げ、森の外の安全エリアまで全力疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年11月06日 15:45 第1層はじまりの街周辺フィールド 安全エリア

 

 タクヤ「ここまで来ればもう大丈夫だな。…おい、お前…大丈夫か?」

 

「うん!ありがとうお兄さん!!お兄さん強いんだね!!」

 

 そう言って笑顔で立ち上がってきたのは、オレよりも背が低く、歳も恐らく下であろう長髪の少女はオレに礼を言ってきた。

 

 タクヤ「お前…大してレベルも高くないくせにあんな所に1人で入るんじゃねぇよ」

 

「いや〜…なんとかなると思ったんだよね〜」

 

 タクヤ「これに懲りたらもうあんな無茶しない事だな…じゃあな」

 

 グイ

 

 タクヤ「…あ?」

 

 街に戻ろうとする俺の袖を少女が掴んで離さない。

 

「ボク、助けてもらったし何かお礼がしたいんだけどどうかな?」

 

 タクヤ「いや、オレはそんなことを期待してやったんじゃねぇから…」

 

「それでもボクはお礼がしたいの!!」

 

 なんとなくこういうタイプの人間は有言実行しないと気が済まないともう面倒くさくなったので勝手に結論づけた。

 

 

 タクヤ「あーわかったわかった。もう勝手にしてくれ」

 

 ユウキ「おっけー!!あっボクの名前はユウキって言うんだ!!よろしくね!!」

 

 タクヤ「オレはか…じゃなかった。…タクヤって言うんだ。とりあえずよろしく」

 

 こうして何の因果かユウキとオレは2人で街へと戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年11月06日 16:15 第1層はじまりの街 主街区

 

 タクヤ「ごちそうさま」

 

 オレはモンスターから助けた少女 ユウキからお礼という名の食事を振る舞われていた。振る舞ったと言っても街にあるNPCレストランでご馳走になっただけなのだが…。

 

 ユウキ「お粗末様!」

 

 タクヤ「さて…俺はそろそろ行くよ。装備とかも新調したいし」

 

 ユウキ「武器屋行くの?僕も付いていっていい?」

 

 タクヤ「…別に構わないけど」

 

 俺としては早く済まして()()()()()()とか練習したいんだけど…。

 ソードスキル…この世界には魔法は存在せず、剣1本でどこまでも行けると言ったコンセプトをもとにして作られている。

 その為、ソードスキルといういわば必殺技などが武器ごとに多数存在していた。

 まだこのゲームのサービスが開始して数時間だけしか経っていない為、初歩のソードスキルしか使えないが、それを使いこなせればこの先の戦闘でも役に立つ。

 

 ユウキ「そうと決まれば早速しゅっぱーつ!!」

 

 ユウキがオレの手を引っ張りながら武器屋へと歩き出した。

 

 

 武器屋につくとやはり初期装備よりも性能のいい物が揃っている。

 今、俺が使っている片手用直剣で良い物がないか物色しているとなかなかピンとくるものが見当たらなかった。

 

 タクヤ(「んー…今ここで買わなくてもいいのか?多分次の街とかにも武器屋とかありそうだし、もしかしたらクエストの報酬とかで良いのあるかもだし…」)

 

 タクヤ「ユウキ、何かいいのあったか?」

 

 ユウキ「うーん…特にこれと言ったものはないかなぁ…」

 

 ユウキもお目当てのものには巡り会えなかったようだ。

 ここに来てからずっとしかめっ面してたからな。

 

 ユウキ「そうだタクヤ。もしよかったらだけどさボクとパーティ組まない?」

 

 タクヤ「え?なんで?」

 

 ユウキ「なんでって…そっちの方が効率もいいだろうし何かあったら対処とかもしやすいでしょ?あっ、もしかしてもう先約とかいたりする?」

 

 タクヤ「いや…そんなのはいねぇけど。オレVRMMOはこれが初めてだから攻略法とかしらねぇけどいいのか?」

 

 ユウキ「そんな事別に気にしないよ。ボクも初心者だし…タクヤ強いから大丈夫でしょ?」

 

 まぁ、2人の方が効率とかいいのはたしかだし、そっちの方が早く進めていいかもな。

 

 タクヤ「わかった。じゃあしばらくの間よろしくな」

 

 ユウキ「うん!!こちらこそよろしく!!」

 

 オレとユウキはパーティ申請を済ませ、再度フィールドへ出かけた。

 

 

 

 今回はソードスキルを練習するためだけなのではじまりの街から近くの狩場へ来ていた。

 

 タクヤ「あ…」

 

 ユウキ「どうしたの?」

 

 オレは肝心な事を忘れていた。

 

 タクヤ「…ソードスキルってどうやって出すんだ?」

 

 ユウキ「…もしかして知らなかったの?」

 

 さすがに発動の仕方を知らないのでは練習するどころの事じゃない。

 

 キィィィィン スパァァァァン

 

 頭を抱えていると、近くでどこかのパーティが戦闘を行っていた。

 1人の男性プレイヤーはもう1人の男性プレイヤーに指導しているようだった。

 すると、長髪のバンダナをした男の武器が青白いエフェクトを発しながら敵を屠った。

 

「おぉ!出来たじゃないか」

 

「これがソードスキルかぁ!すげぇ!!」

 

 タクヤ(「ソードスキル!?」)

 

 確かに、あの猪型モンスターを一撃で倒すとは、しかも見た限りバンダナの男が使っている武器も初期装備のようだ。

 

 タクヤ「ユウキ、オレ達もアイツらに教えてもらおうぜ」

 

 ユウキ「そうだね!仕方がわからないんじゃ練習のしようがないしね」

 

 タクヤ「そうと決まれば…おーい!!」

 

「ん?」

 

 オレが呼びかけてみると向こうも手を振ってくれた。

 2人のところまで行って諸々の事情を説明すると2人は快く承諾してくれた。

 

「そんな事ならいいよ。今更1人も2人も変わらないからな」

 

 タクヤ「助かったよ。オレの名前はタクヤ…んで、こっちがユウキだ」

 

 ユウキ「よろしくね!」

 

 キリト「オレはキリト。こっちのバンダナがクラインだ」

 

 クライン「クラインだ!2人ともよろしくな!」

 

 2人とも人柄が良さそうだ。これならオレも気が楽できそうだ。

 

 キリト「じゃあ、ソードスキルについて教えるからな。とりあえずはオレがやってみせるから見ててくれ」

 

 キリトはそう言ってリポップしたモンスターに剣を構えた。

 すると、先程のクラインと同じく剣に青白いエフェクトを発生させ、

 そのままモンスターに向けて振りかざした。

 モンスターは抵抗もできず、ポリゴンへと四散した。

 

 キリト「コツはタメを作る感覚で構えてシステムが起動すると同時に振りかざす。そうすれば後はシステムが勝手に敵に当ててくれる」

 

 ユウキ「へぇ、意外に簡単なんだね」

 

 クライン「ちっちっ…ところがどっこいそう簡単じゃねぇんだよユウキちゃん!」

 

 ユウキ「え?そうなの?」

 

 クラインが我が物顔で諭してきた。なんかイラッとしたがここはあえて何も言わなかった。

 

 クライン「ソードスキルにはすんげぇ集中力が必要でよ!しかもそれが途中で切れちゃあ発動しねぇと来た!オレ様も最初こそ出来なかったが今じゃちょちょいのちょいだぜ!!」

 

 キリト「へぇ…さっきはあんなにギャーギャー言ってたのに随分成長したなクライン…」

 

 クライン「え…いや…そんなギャーギャー言ってねぇよ!!何言ってんだキリト!!」

 

 キリト「ははっ…まぁ確かに、クラインが言ってたこともあながち間違いじゃない。集中力を切らさないように心がけながら撃てばいいだけだ。2人ともとりあえず武器を構えてくれ。オレがモンスターを引き連れてくるから」

 

 タクヤ「よし…!!」

 

 ユウキ「わかった!!」

 

 武器を構えるとキリトが2匹のモンスターを誘導して戻ってきた。

 

 タクヤ(「集中…」)

 

 オレとユウキは集中を高め、モンスターに視線を固定する。

 すると、握っている剣から熱いものを感じた。これがキリトの言っていた感覚というものか。

 

 ユウキ(「なるほど…。この熱を爆発させる感じで剣を振りかざせばいいんだね…!!」)

 

 キィィィィン

 

 剣から甲高い音を発しながらモンスターが射程距離まで近づいてくるの待つ。

 

 ブモォォォォオッ

 

 2匹のモンスターはオレ達の存在に気づき、突進してきた。

 

 タクヤ(「まだ…まだ…」)

 

 ユウキ(「あと…少し…」)

 

 キィィィィン

 

 タクヤ&ユウキ「「ここだっ!!!!」」

 

 剣を振りかざし、システムがそれを読み取ったのか勝手に体が動いた。

 モンスターの目の前まで接近し、凄まじいスピードで剣をモンスターに斬りつけた。

 

 ブモォォォォオッ パァァァン

 

 2匹のモンスターは縦真っ二つに斬られ、ポリゴンへと四散した。

 

 ユウキ「これが…」

 

 タクヤ「ソードスキル…」

 

 まるで自分の体じゃないみたいにスムーズに動けた。キリト曰くこれがシステムが勝手に当ててくれると言うやつであろう。

 

 ユウキ「すごいよタクヤ!!モンスターを一撃で倒しちゃった!!」

 

 タクヤ「って言っても、さっきのモンスターは某ゲームでいうとこのスライムだけどな」

 

 ユウキ「もう!!せっかく感動してたに水刺さないでよっ!!」

 

 キリト「まぁまぁ2人とも。それにしてもすごいじゃないか!1発で成功させるなんて。クラインなんか何回も失敗してたのに」

 

 クライン「今それ言うのちがくねぇか!?」

 

 キリトとクラインが盛り上がっている。こういう雰囲気も悪くないなとオレは内心穏やかになっていた。

 俺の周りはそういう奴いなかったし、いるのは血が登った不良ばっかりだった。それも相まってか、この雰囲気に自分が浸っていたいと思ったのはいつぶりだろう。

 少なくても()()()以降そんな感情は湧かなかった。

 

 ユウキ「どうしたの?タクヤ」

 

 タクヤ「!…いや別に…とりあえずあと何回かして切り上げようぜ!」

 

 キリト「そうだな!オレもこの後1度落ちるつもりだし」

 

 クライン「あっ、ならよう…3人ともフレンド登録しとこうぜ」

 

 ユウキ「そうだね!なんかあったら連絡するよ」

 

 クラインの提案でオレ達4人はフレンド登録を行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年11月06日 17:20 第1層はじまりの街付近安全エリア

 

 あれからしばらくソードスキルの練習を繰り返していた。

 

 キリト「2人とも、もうすっかりソードスキルはマスターしたようだな」

 

 タクヤ「あぁ、おかげさまでな。サンキューキリト」

 

 ユウキ「ありがとう!キリト」

 

 キリト「大した事してないよ。困ってたらお互い様だ」

 

 時刻はもうすぐ17時を回っていた。この世界の夕日も傾き綺麗な緋色が空を美しく彩っていた。

 

 クライン「そうだ3人とも。この後他のゲームの仲間と落ち合うんだけどよ…一緒にどうだ?」

 

 キリト「!…いや…オレは…」

 

 クライン「いや、無理にとは言わねぇんだ…」

 

 キリト「悪いな…」

 

 クライン「いいって事よ!じゃあオレは一旦落ちるわ。17時30分にピザとジンジャーエール注文してっからよ!」

 

 タクヤ「ずいぶん用意がいいな」

 

 クライン「あったりめーよ!!てか、このゲームが買えたから急いでハードも揃えたって感じだけどよ…この世界を作った茅場晶彦は天才だぜ…」

 

 タクヤ「……」

 

 そう…このソードアートオンラインを作ったのは茅場晶彦…。

 オレ、茅場拓哉の年の離れた兄貴だ。オレは今でも()()()は忘れねぇ…。

 あれ以来兄貴は家に帰ってこず、オレと弟は身寄りもなく2人であの家で暮らしていた。

 両親の保険金や貯蓄でしばらく金銭面では何不自由なく、兄貴からも毎月お金が振り込まれていた。

 だが、オレは納得いかなかった。

 自分の両親が死んだにも関わらずアイツはずっと仕事をし続けていた。通夜や葬儀にも顔を出さず周りからは同情の目で見られた。

 そんな奴からしばらくして1つの荷物が送られてきた。

 中身はナーヴギアとアイツが作ったソードアートオンラインのソフトが1つずつ入っていた。

 最初、弟とどっちが先に遊ぶか話し合ったが、オレはアイツが作ったゲームなんて誰が遊ぶかと意地を張って弟に譲った。

 だが、弟は運悪くサービス当日から練習試合が組み込まれていた為、半ば強引に弟がオレに渡してきた。使わねぇとなんかもったいないし、それにVRMMOゲームはこれが初めてだったのもあり、どんなものかという好奇心に負けてしまった。そして今日、オレはこの世界にやってきた。

 

 クライン「じゃあおめぇら、またな!!」

 

 タクヤ「ああ、またな」

 

 ユウキ「バイバーイ」

 

 キリト「またな」

 

 クラインは挨拶を済ませるとメインメニューを開き、ログアウトボタンに指を向ける。

 

 クライン「…あれ?」

 

 タクヤ「?…どうしたんだよ?」

 

 クラインがなかなかログアウトしないのでどうしたのだろうかと思い話しかけてみた。

 

 クライン「いや、ログアウトボタンがねぇんだよ」

 

 キリト「そんなバカな事ある訳ないだろ…」

 

 キリトは呆れてメインメニューを開き慣れた手つきで一番下のログアウトボタンを…

 

 キリト「!!」

 

 クライン「な!ないだろ?どうなってんだ…バグか?」

 

 タクヤ「ユウキ、お前の方にはあるか?」

 

 ユウキ「ううん…ボクの所にもやっぱりないよ」

 

 クラインやキリトだけでなくオレとユウキにもないって事は、おそらく全プレイヤーからログアウトボタンが消失してると思っていいだろう。

 

 タクヤ(「くそがっ…!!バグとか事前に直しとけってんだ!!あのやろう…」)

 

 キリト「おかしいな…もしこの現象が全プレイヤーに起きているんならGM側からゲームを強制終了するか、一斉ログアウトさせるなりして対処するはずだ。しかも、不具合のアナウンスすらないなんて…」

 

 ユウキ「…サービス当日からこんな事起きるって、これからの運営にも差し支えるんじゃないかな…?」

 

 すると、オレの体が青白い光に包まれて出した。

 ユウキたちも同様の現象が起きている。

 

 キリト「これは強制転移…!!?」

 

 キュゥゥゥゥゥン

 

 そしてオレ達は光に包まれ、フィールドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年11月06日 17:30 第1層はじまりの街中央広場

 

 キュゥゥゥゥゥン

 

 タクヤ「…ここは…」

 

 オレはあたりを見渡したが、そこははじまりの街の中央広場だった。

 周りでもどうやら同じ現象が起きてるらしく、おそらく全プレイヤーが一度に集められているのだろう。

 

 タクヤ「!そうだ、あいつらは…!」

 

 ユウキ「おーい!タクヤー!」

 

 タクヤ「ユウキ!!それにキリト!!クライン!!」

 

 キリト「ここにいたのかタクヤ!」

 

 クライン「はぁ〜ひどい目にあったぜ…ったく」

 

 ユウキ「ここにみんな集められてるって事はさっきの不具合の説明をするのかな?」

 

 確かに、その可能性もある。でもなんだ…この妙に緊迫した空気は…。

 

「おい!空からなんか出てくるぞ!」

 

 タクヤ「!?…なんだ、あれ…」

 

 空を見上げると、先程まで美しかった緋色の夕焼けはどこにも無く、代わりにドス黒い真っ赤な空が広がっていた。

 あの時と同じ色の空に…。

 そして、空に亀裂が入り、そこから粘着質な液体が溢れ、次第に纏まってまっかなローブが現れた。

 ローブの中身には何もなく、ただ黒い影がそこにはあった。

 

『ようこそ…ソードアートオンラインの世界へ…』

 

 ローブが語り出した。何かの演出?イベントか?

 

『私の名前は茅場晶彦…このゲームの創始者だ…』

 

 タクヤ「!!!」

 

 あれが…茅場晶彦…オレの…兄貴か…!!

 オレはそうわかった瞬間に怒りが立ち込めてきた。

 今すぐにでもアイツをぶん殴りたい…

 父さんと母さんの前で土下座させてやりたい…

 怒りが俺の中で大きくなっていくのがわかる。

 

 グイ

 

 タクヤ「!!」

 

 ユウキ「どうしたの…?タクヤ、怖い顔してるよ…」

 

 タクヤ「…いや、なんでもない…悪ぃ…」

 

 ユウキのおかげでとりあえずは落ち着けてきた。

 冷静になって再度、空の巨大なローブに目を向けた。

 

『君たちの中には既にログアウトボタンが消滅しているのに気づいている者もいるようだが…これは不具合ではない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 繰り返す…これは不具合などではなく、ソードアートオンライン本来の仕様である…』

 

 何を言っているんだ?そんな馬鹿な話…あるわけないだろ…

 

「な…何訳わかんないこと言ってんだ!!」

 

「ふざけるのも大概にしろ!!」

 

 周りのプレイヤーも怒りを巨大ローブにぶつける。

 それもそうだ。ログアウトできないゲームなど聞いたことがない。

 

『君達がログアウトするにはこのゲームをクリアしなければならない。この第1層の迷宮区でフロアボスを倒す事で次の階層に進める。それをアインクラッド第100層まで繰り返し、最上階の紅玉宮でボスを倒せばこのゲームはクリアとなる』

 

 フロアボス…?

 

 第100層…?

 

 クライン「…出来っこねぇよ…βテストじゃろくに上がれなかったんだろっ!!!」

 

 キリト「……」

 

 ユウキ「でもさ…モンスターに負けてHPを全損したらログアウトできるんじゃ…」

 

『それと、今後一切あらゆる蘇生方法は不能となる』

 

 タクヤ「なっ…」

 

『HPがその場で0になった瞬間…アバターは消滅し、この世界と()()()()で永久退場する事になる。』

 

 クライン「現実世界で永久退場ってどういう事だよ…」

 

『君たちのアバターが消滅した際、ナーヴギアが脳に直接高出力マイクロウェーブを送り、脳を焼き切る…』

 

 タクヤ「そんな事…できる訳…」

 

 キリト「…できる。要は電子レンジと一緒さ…人間の脳なんて簡単に破壊できる…」

 

『そして今現在、外から強制的にナーヴギアを外そうとしても高出力マイクロウェーブは発生し、死に至る。

 そして、残念な事に200数名がこれにより二つの世界から永久退場している。この事メディアに広めた為、外からの妨害工作は無くなるだろう。君達は安心してゲームクリアに励んでくれたまえ…最後に君達のアイテムストレージに私からのプレゼントを贈ってある…確認してみてくれ…』

 

 すると、全プレイヤーはアイテムストレージを確認する。オレも確認してみると中に1つのアイテムが追加されていた。

 

 タクヤ「手鏡…?」

 

 手鏡で自分を写し出すとそこにはゲームを始める際に作った自身のアバターが写し出されていた。

 

 タクヤ「これが何だって…」

 

 

 ユウキ「うわぁぁぁっ」

 

 

 タクヤ「ユウキっ!!?」

 

 ユウキな体が光に包まれていく。他でも同じ現象が起きていた。そして、オレにも…

 

 タクヤ「うわぁぁぁぁぁぁあっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体何が起きたのか…自分の体にはどこにも異常はない。

 

 ユウキ「大丈夫?タクヤ」

 

 タクヤ「あぁ…どこも異常はない…よう…だ…」

 

 ユウキから声を掛けられ、振り向くとそこには少し顔つきや体つきが違った少女が立っていた。

 

 タクヤ「…誰?」

 

 ユウキ「誰って…ボクだよ!!ユウキだよ!!失礼しちゃうな!!」

 

 タクヤ「ユウキ…?いや、だって全然顔違ぇんじゃん!!鏡見てみろ!!」

 

 ユウキ「えっ…?…うわっホントだっ!!?」

 

 タクヤ「…!もしかしてみんなも…!!」

 

 案の定そうだった。周りにいた奴らしか分からないが顔も体もさっきまでと別人だ。

 オレはアバターを作る際に面倒くさくなって現実世界の茅場拓哉なままにしたから何の影響も受けなかったのか。

 

 キリト「タクヤ!!」

 

 タクヤ「!もしかしてキリトか!!?」

 

 キリト「あぁ…じゃあ横の子がユウキか…でも何でタクヤは顔が変わってないんだ?」

 

 タクヤ「これは自前だ…って、もしかしてキリトの横にいる奴は…」

 

 キリトの横に三十手前だろうか野武士ヅラの男が並んで立っていた。

 

 キリト「あぁ…クラインだ…」

 

 クライン「クソー!!せっかくイケメンに作ったのによぉ!!」

 

『これによりソードアートオンラインの正式チュートリアルを終了する…』

 

 そう言い残しローブは亀裂の中へ戻り、空も元の姿に戻っていた。

 

 

「キャアァァァァァアァァァッ」

 

 ワァァァ ワァァァ ワァァァ

 

 キリト「くっ…!!3人ともこっちに来い!!」

 

 オレ達はキリトに連れられ人目のつかない路地に入った。

 

 キリト「いいか?もし茅場の言ってた事が本当ならこの周辺の狩場はすぐに狩り尽くされる…オレは次の街に向かう。オレはβテスターだからレベル1でも安全に行ける!!俺と一緒に来い!!」

 

 クライン「…すまねぇが…一緒には行けない…」

 

 キリト「!!どうして…!!」

 

 クライン「さっき言ったろ…他のゲームの仲間と落ち合う約束してるって…近くにいるはずなんだ…あいつらを放って行けねぇ!!!」

 

 キリト「…タクヤたちは…?」

 

 ユウキ「えっと…」

 

 タクヤ「キリト…クラインたちの仲間も一緒に行けねぇのか?」

 

 キリト「!…今のレベルじゃ俺の届かない部分も出てくる…」

 

 タクヤ「今オレのレベルは7だ!次の町ぐらいまでならオレがカバーする!!だから…!!」

 

 クライン「タクヤ…」

 

 確かに、無理難題を吹っかけているのは分かってる。

 でも、オレは後悔したくなかった。

 オレがあの時、もっと早く帰っていたらオレの両親は殺されずに済んだかもしれない。

 オレが兄貴の事を分かっていればこんな事にもならなかったかもしれない。

 

 キリト「……」

 

 タクヤ「キリトっ!!」

 

 クライン「もういい…タクヤ」

 

 クラインはそっとオレの肩に手をかけた。

 

 タクヤ「クライン…」

 

 キリト「…すまない」

 

 クライン「いいって事よ!お前に教わったテクで焦らず前に進むさ!!これでも他のゲームじゃギルマス張ってたんだからよ!!」

 

 ユウキ「クラインさん…」

 

 クライン「その代わり…2人でユウキちゃんの事助けてやれよ!!男が2人もいて出来ねぇなんて言わせねぇからな!!」

 

 キリト「あぁ…!!」

 

 タクヤ「…お前に言われなくてもそのつもりだよっ!!!」

 

 クライン「じゃあ、またどっかでな!!ぜってぇ追いついてやっからな!!」

 

 クラインは1度も振り返らず中央広場へと戻って行った。

 

 タクヤ「…キリト…さっきはその…すまねぇ…」

 

 キリト「気にするな…オレにもっと力があれば良かったんだが…」

 

 タクヤ「…いや、お前にばかり負担はかける訳にはいかねぇ…前衛はオレが引き受けるからキリトはナビ役、ユウキは後衛にまわってくれ」

 

 ユウキ「そんな…!!ボクも前衛やるよ!!次の街まで結構距離あるよ!!」

 

 キリト「そうだ!!いくらお前のレベルが高いからって無茶はするな」

 

 タクヤ「大丈夫だって。キリトな言った通りレベルはオレが1番高いっぽいし、それにこの世界の戦い方も分かってる。なら、誰が先頭切ったらいいのか一目瞭然だろ?」

 

 キリト「タクヤ…お前…」

 

 ユウキ「…わかった。でも…無理だと思ったら交代させてね?」

 

 タクヤ「あぁ!その時は頼りにするぜ。…よし、そろそろ出発するか!!」

 

 キリト&ユウキ「おぉっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年11月06日 17:45 第1層はじまりの街周辺フィールド

 

 

 オレとキリト、ユウキは他のプレイヤーよりも先にフィールドに出て次の町に向けて走っていた。

 すると、目の前に狼型モンスターが行く手を阻む。

 

 キィン

 

 オレは背中のスモールソードを抜き、モンスター目掛けて突進する。

 スモールソードからエフェクトを出現させ、飽きる程練習したソードスキル“スラント”を発動させた。

 

 タクヤ「ウオォォォォォっ!!!!」

 

 キィィィィィン ザシュッ

 

 スモールソードは一直線にモンスターを貫く。

 

 グモォォォォッ パァァァン

 

 タクヤ(「絶対ェ許さねぇ…!!アイツだけはオレが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺す!!!!」)

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてオレの終わりの見えない戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
1話は3人がはじまりの街から次の町に向かったところで締めさせていただきました。
第2話おなじみあの方が登場です!


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【2】仲間の大切さ

第2話ですね
とりあえず話数を重ねていけたらと思います


ではどうぞ!


 2022年12月02日 13:25 第1層 迷宮区内

 

 タクヤ「はぁぁぁっ!!」

 

 ザシュッ グモォォォッ パァァァン

 

 ユウキ「これでここら辺のモンスターはあらかた片付いたね!」

 

 キリト「あぁ…いい頃合だし、少し休憩してから街に戻ろうか?」

 

 タクヤ「フゥ…そうだな」

 

 オレは一息入れて先日手に入れた武器…アニールブレードを鞘に納めた。

 オレ達がはじまりの街を出て1ヶ月が過ぎようとしていた。

 その間にオレ達のレベルはトップランカーと言われるだけアップした。

 

 タクヤ Lv.15

 ユウキ Lv.12

 キリト Lv.13

 

 オレ達は近くの安全エリアで休憩がてら、ストレージの整理をしていた。

 

 タクヤ「そういや()()()()って今日やるんだっけ?」

 

 キリト「あぁ、トールバーナで行われるはずだ。それまでに迷宮区を出ないとな…」

 

 そう…今日、トールバーナで第1層攻略会議が開かれる事になっている。

 会議を開くって事は第1層を守護しているボスの部屋をどこかのパーティが見つけたんだろう。

 

 ユウキ「第1層のフロアボスってどんなのなの?キリト」

 

 キリト「名前はイルファング·ザ·コボルドロード…主な武器は骨斧で副武装に湾刀《タルワール》だ。取り巻きの番兵《センチネル》が3体いる。番兵は無限にリポップするからレイドを組んで戦うしかない。」

 

 タクヤ「はぁ〜やる事がこんがらがってきた!」

 

 キリト「でも、これはあくまでβテストの情報だからあまり鵜呑みにするのも良くないけどな」

 

 デスゲームとなったソードアートオンライン(SAO)の中で何より重要視される物…それが情報だ。

 キリトの話からすればβテストでも第8層までしか攻略出来なかったらしい。

 なのでそこまではキリト達βテスターの情報を元に対策をたて、攻略に挑まなければならない。

 そして、これがただのゲームなら初見で情報を得て、コンティニューして再度挑めるが、このSAOではそれができない。

 ゲームオーバー=現実の死という苛酷な条件のもと、誰1人死なせず偵察を行い、誰1人死なせずボスを倒さなければならないのだ。

 

 タクヤ「この世界に閉じ込められてもう1ヶ月か…」

 

 ユウキ「…うん」

 

 キリト「やっと第1層のボス部屋を見つけて明日にはボス攻略か…

 このペースで攻略してたら約9年って所か…」

 

 ユウキ「でも徐々にペースアップしてそれより前にクリアできるよ!!」

 

 タクヤ「あぁ…だから今は目の前の壁を叩き壊すしかねぇな!」

 

 ユウキ「そうそう!さすがタクヤ!!良いこというねぇ!!」

 

 タクヤ「当たり前だアホ。こんな最下層でうじうじしてられっか…」

 

 ぴしっ

 

 ユウキ「いてっ」

 

 オレはユウキのデコにデコピンしてから、立ち上がり体を伸ばす。

 

 ユウキ「何すんのさぁ!タクヤのアンポンタン!!」

 

 タクヤ「そんな口はオレに勝ち越してから言うんだなバーカ」

 

 ユウキ「ムキィィィ!!今日という今日は絶対にボクが勝つんだから!!」

 

 そう…はじまりの街から出た次の日からオレ達は3人で模擬戦を行ってきた。もちろん決闘《デュエル》の初撃決着モードでだ。

 全損決着モードはその名の通りHPが全損するまで終わらないため、今のSAOでは絶対にやってはいけないのだ。

 

 キリト「ケンカもそこまでだぞ。そろそろ行こう…」

 

 ユウキ「だってタクヤがぁ〜…」

 

 ユウキは頬を膨らましながらオレを見るが、そんな事気にしてたら埒があかないので聞いてないふりをして出口を目指した。

 

 キィィィィン

 

 キリト「!!2人とも待て!!」

 

 タクヤ&ユウキ「「?」」

 

 ハァァァァァっ キィィィィン グモォォォッ

 

 キリト「奥で戦闘を行ってるプレイヤーがいるな…」

 

 タクヤ「別にそんなの珍しくないんじゃ…ちょっと見てくる!」

 

 オレは角から顔半分を出して覗き込む。

 

 タクヤ「!?」

 

「はぁぁぁぁあぁぁっ」

 

 キュイィィィィン パァァァン

 

 そこでオレが見たのはローブを被った女性プレイヤーがたった1人でコボルドというモンスターを何体も相手にしている姿だった。

 

 タクヤ(「アイツ…!!何考えてんだ!!あんな調子で戦ってたらいつか死んじまうぞ…!!」)

 

 キリト「どうした?」

 

 タクヤ「キリト、ユウキ…奥でプレイヤーが1人で何体ものモンスターと戦闘してる。」

 

 キリト「なんだって!…すぐに助太刀しよう!!いくぞっ!!!」

 

 ダッ

 

 キリトは先陣をきってモンスターの大軍に突撃をかけた。

 すぐさまオレとユウキもキリトの後に続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side???_

 

 ただひたすら剣を振るっていた。何度も何度も何度も…

 目の前の敵を屠るだけに神経を注いで…剣を振るった。

 

(「迷宮区に潜って何日が過ぎたんだろう…

 肉体的な疲労はしないけど、精神がどんどん疲弊していく…

 時折、意識も遠のく…それがここで何を意味するか…」)

 

 グモォォォォオォォォッ

 

 倒しても倒してもモンスターは次々にリポップを繰り返す。どれほどの数を倒したろう…そんな事がどうでもよくなるくらい倒した。

 だが、それもこれまで…

 私の周りをモンスターが囲み、逃げ場を無くしている。

 

(「ここで死ぬのかな…?でも…それでもいい…。

 私は最後まで戦い続けた…。最後の一瞬まで私は私のままで戦い続けて…ここで消える…もう…私は…」)

 

 私はそっと目を閉じようとした。もう何もかも終わった世界にサヨナラを告げながら…そっと…

 

 ザァァンッ グモォォォッ パァァァン

 

「!?」

 

「はぁぁぁぁあぁぁっ」

 

 ザシュッ グモォォォォオォォォッ パァァァン

 

「やあぁぁぁぁぁっ」

 

 ザァァンッ グモォォォッ パァァァン

 

 私は閉じかけた瞼を開き、目の前の光景に驚いた。

 たった3人で20はくだらない数のモンスターを次々倒していく。

 最後には全てのモンスターが消え、ポリゴンの残骸しか残されていなかった。

 

「アンタ…そんな戦い方してたら、いつか死ぬぞ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年12月02日 14:05 第1層 迷宮区内

 

 sideタクヤ_

 

 オレ達は1人で戦っていた細剣《フェンサー》の女性プレイヤーをコボルドの群れから無事救出する事が出来た。

 

 キリト「アンタ…そんな戦い方してたら、いつか死ぬぞ…」

 

 キリトが倒れていたプレイヤーにそう言って手を差し伸べた。

 

 パシィン

 

 キリトの手は女性プレイヤーから払いのけられた。

 その顔はまるでなんで邪魔した…と言わんばかりのものだった。

 

「なんで…!!なんで死なせてくれないのよ!!

 私は戦った…私はこの世界で戦い続けて…そして…!!

 なのになんでよ!!どうせみんな死ぬのよ!!

 それが遅いか早いかの違いじゃない!!

 だったら最後ぐらい満足させて死なせてよ!!」

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキ「…」

 

 今まで溜め込んでいた物を全て吐き出した風に彼女は声を荒らげ、叫んだ。この世界に自分の生きた証を残すように…。

 

 キリト「…ふぅ…君がここで死んだらあっちの世界に悲しむ奴がいるんじゃないのか?アンタはそんな人達の事を考えた事があるか?」

 

「!!」

 

 そうだ…彼女にも現実の世界で待っていてくれる人がいるはずだ。

 そんな人達の為にもオレ達は必ずこのゲームをクリアしなくてはいけない。

 

「……」

 

 ユウキ「とりあえず…さ。ここから出ようよ。また、モンスターに襲われちゃうし…さっ!行こっ!お姉さん!」

 

 ユウキは女性プレイヤーの手を取り、オレ達は迷宮区を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年12月02日 14:50 迷宮区付近安全エリア

 

 オレ達はとりあえず迷宮区を脱出し、安全エリアへと移動した。

 女性プレイヤーはポーションでHPは回復したが、精神はだいぶ疲弊しているようだ。おそらく何日も薄暗い危険な迷宮区に潜っていたに違いない。

 

 ユウキ「…どう?少しは良くなった?お姉さん」

 

「えぇ…おかげさまで…」

 

 タクヤ「とりあえずこれで一安心だな」

 

「…あなた達…強いのね。あの大群をたった3人でたおしちゃうなんて…」

 

 キリト「いや、オレ達でもなんとかって感じだよ。倒せたのはモンスターの行動パターンとか知ってたからだ」

 

「そう…なんだ…」

 

 シーン…

 

 ユウキ「そ、そうだ!お姉さん!名前はなんていうの?」

 

 沈黙に耐えられなくなったユウキが女性プレイヤーに名前を聞いた。

 

 アスナ「私は…アスナ…」

 

 ユウキ「アスナさんかぁ!ボクはユウキ!よろしくね」

 

 タクヤ「オレはタクヤ…よろしく」

 

 キリト「キリトだ。よろしく…」

 

 アスナ「ユウキちゃんにタクヤ君にキリト君…ね。よろしく…」

 

 ユウキ「ボクの事はユウキって呼んで!」

 

 アスナ「じゃあ、私の事はアスナでいいわ」

 

 ゴォーン ゴォーン ゴォーン ゴォーン

 

 オレ達が自己紹介が終わると近くから鐘の音が聴こえてきた。

 

 タクヤ「もう15時か…そろそろ行くか?」

 

 キリト「そうだな」

 

 アスナ「?どこに行くの?」

 

 キリト「第2層…誰よりも早くね。今からトールバーナって街で第1層攻略会議が開かれる事になってるんだ」

 

 アスナ「攻略…会議…」

 

 ユウキ「アスナはもう少し休んでから街に戻るといいよ…って2人とも待ってよ〜!!」

 

 ユウキもオレ達の後を追いかけてくる。アスナはまだ安静にしていた方が生存確率もあがるだろう。

 すると…

 

 アスナ「ちょっと待ってよ!!」

 

 タクヤ&ユウキ&キリト「「「?」」」

 

 

 

 

 

 

 アスナ「私もその…攻略会議に行くわ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年12月02日 15:10 第1層 トールバーナ

 

 キリト「じゃあ、劇場に16時に待ち合わせって事で…」

 

 タクヤ「了解」

 

 ユウキ「オッケー」

 

 アスナ「わかったわ…」

 

 オレ達はトールバーナに到着すると二手に別れて消耗品の補充や装備の新調などをする為、会議が開かれる場で落ち合う約束をした。

 

 タクヤ&キリト組

 

 タクヤ「ポーションとか結晶とか色々準備しなくちゃな」

 

 キリト「あぁ…」

 

 タクヤ「どうしたんだよ?神妙な顔して…」

 

 キリト「いや…あのアスナって娘は何を考えているんだ?見た限りレベルはオレ達と大差ないと思うけど戦闘はてんで素人だったぞ」

 

 確かに、迷宮区で見た限りでは無駄が多く、ソードスキルに頼りがちに見えた。

 だが、初期スキルである細剣ソードスキル"リニアー”は既に熟練度MAXと言っても過言ではない程の速さだった。

 

 タクヤ「まぁ、いざとなったらオレとキリト…最悪ユウキの3人でフォローすればいけると思うんだが…」

 

 キリト「確かに、フォローに入れればそれに越した事はないが、オレ達がやるのはボス戦だ。どんな状況になるかオレにも分からない…」

 

 タクヤ「んー…なら、会議が終わった後で特訓なりすればいい。どうせ、ボス戦は明日だろ?なら今日中に叩き込めるだろ」

 

 キリト「まぁタクヤが良いならそれでもいいよ。実際オレ達の中じゃタクヤが一番強いんだし」

 

 タクヤ「それもこれもキリトが色々教えてくれたからだ。

 オレがここにいるのもキリトのおかげと言ってもおかしくない」

 

 キリト「タクヤ…」

 

 タクヤ「…こういうの苦手なんだよな。小っ恥ずかしくなってくる…まぁ、これからも頼むって事だ、うん!それより早く道具屋行くぞ!ぐずぐずすんな!」

 

 オレは足早に道具屋に直行した。

 

 キリト「ったく…それにしても、あの娘…どこかで…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 ボクはタクヤとキリトと別れてアスナと一緒に攻略会議が行われるまでの間、防具屋に寄る事にした。

 それはというと、アスナの装備がまだ初期装備のままだった為だ。明日にはボス戦が始まる。

 その為、今の装備では心許ないので新調する事にした。

 ついでに、ボクの装備も新調しようかな。

 

 ユウキ「アスナは今まで1人でここまで来たの?」

 

 アスナ「えぇ…周りに頼れる人もいなかったし…」

 

 ユウキ「でも、ここまで来るの大変だったんじゃない?」

 

 ここまでの道のりは決して楽などではない。ボク1人だったら絶対に無理だった。タクヤとキリトがいたからボクもここまで来れたんだから。

 

 アスナ「確かに、ここまで遠かったけど、この()()()のおかげで比較的楽に来れたから」

 

 ユウキ「攻略本?」

 

 アスナがストレージから取り出したのは1冊の冊子だった。見た限りじゃ、プレイヤーが個人的に作っているものかなとボクは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~オレっちの攻略本がそこまで役に立ったカ…」

 

 ユウキ&アスナ「「!!?」」

 

 不意にボク達の背後から女の人の声が飛んできた。

 

「いやー…そこまで信頼されちゃうとオレっちも作ったかいがあったってもんだナぁ」

 

 ユウキ「だ…誰!?」

 

 アスナ「あっ!この前の情報屋さん!?」

 

 アルゴ「そう言えばまだ名乗ってなかったナ。オレっちは“鼠のアルゴ”…情報屋ダ。以後お見知りおきを…。」

 

 アルゴと名乗ったプレイヤーはフードで顔を半分程隠しており、頬の鼠のようなヒゲのペイントを入れたどこかミステリアスな女性だった。

 

 アスナ「もう!驚かさないでくださいよ!」

 

 アルゴ「ニャハッハッ!いいじゃないカ、アーちゃん。これでもオレっち、アーちゃんの事が心配で追っかけて来たんだゼ。後、ついでに依頼もあったんだけどナ…」

 

 ボクの第一印象は一言…神出鬼没…。

 

 アルゴ「そっちの娘は…初めましてカナ?よろしくナ!えーと…」

 

 ユウキ「あっ…ボクはユウキって言います!よろしくお願いします」

 

 アルゴ「ユウキ…ユーちゃんカ!何か欲しい情報とかあったらオレっちに言ってくれ。サービスするからナ!」

 

 ユウキ「あ…ありがとう…ございます」

 

 なんかこの人苦手だなー…とか思ってるとアルゴは別の用があるとかで人混みの中に紛れ込んで行った。

 

 ユウキ「なんか…嵐のような人だったね…」

 

 アスナ「うん…でも、あの人の情報の質は本物だわ…。この攻略本もあの人から頂いたものだし…」

 

 言われてみれば、冊子の巻末に鼠のアルゴと記載されている。

 あの人、おちゃらけてる風でもしかしたらすごい人なのかも…

 

 ユウキ「!…早く防具屋行かないと時間なくなっちゃうよ、アスナ!」

 

 アスナ「えっ!?待ってユウキ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年12月02日 15:55 第1層トールバーナ 劇場

 

 sideタクヤ_

 

 タクヤ「おっ、来たか」

 

 オレとキリトは補充も済んで早めに集合場所に到着していた。

 それからしばらくして、ユウキとアスナも到着した。

 オレ達4人は固まって最後列の石段に腰掛け、会議が開かれるのを静かに待っていた。

 

 ユウキ「会議って聞いただけでなんかドキドキするね…」

 

 タクヤ「いや、全然…」

 

 ユウキ「…タクヤって結構ひねくれてるよね!そんなんじゃモテないよ〜」

 

 タクヤ「大きなお世話だ、ガキ。お前ももうちょっとでっかくなんねぇとな…いろんな意味で」

 

 ユウキはピンと来てないようだったが、徐々に顔が赤くなっていき、最終的にはリンゴみたいになっていた。

 

 ユウキ「ど、ど、ど、どういう意味だよ〜!!!タクヤのバカバカバカバカバカバカバカバカァァァ!!!!」

 

 ユウキが俺に右肩をポカポカ殴ってくるが、全然痛くも痒くもない。

 ユウキはからかいがいがあるから飽きねぇんだよな。

 

 キリト「お前ら、ふざけてないで静かにしろ。もう始まるぞ…」

 

 キリトがオレ達を制していると中央の舞台に1人の男性プレイヤーが上がっていた。

 

 ディアベル「みんな!!今日はオレの呼びかけに応えてくれてありがとう!!オレはディアベル!!職業は気持ち的に騎士《ナイト》やってます!!!」

 

「SAOにそんな職業ないだろ〜」

 

 青髪の男性プレイヤー ディアベルは爽やかな笑顔と演説で場を和ませ、完全にこの場の空気を掴んだ。

 

 タクヤ「はぁ〜爽やかだな〜…」

 

 ディアベル「今日集まってもらったのは他でもない!先日、オレのパーティが迷宮区でボス部屋を発見した!!」

 

「「おぉぉ…」」

 

 ディアベル「そこで明日!!ここにいる全員でボス戦をやろうと思う!!この最前線にいるプレイヤーは言わばトップランカーだ!!ボス部屋を見つけるまで1ヶ月かかったが…オレ達ははじまりの街にいるプレイヤーの為に必ずこのゲームをクリアしなくちゃならない!!!その足がかりにまず第1層を攻略して第2層への扉を開こう!!!!」

 

「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉおぉっ!!!!」」」

 

 ディアベルの演説に心打たれたのか劇場内の全プレイヤーが拳を振り上げ声を荒らげた。

 

 キリト「…あぁいう奴がこの集団をまとめていくんだろうなぁ」

 

「ちょぉ待ってんかッ!!!!」

 

 タクヤ「んだよ…盛り上がってる時に水指す奴は…」

 

 割って入った本人は軽快なステップで舞台の上に降り立った。

 ツンツンのヘアースタイルにディアベルとは対極のチンピラみたいな男がオレ達を睨んでくる。

 

 キバオウ「わいはキバオウっちゅうもんや…こん中にわい等に詫び入れないけん奴らがいるやろぉがぁっ!!」

 

 ディアベル「キバオウさん…あなたが言う人達とは、つまり…」

 

 キバオウ「…そうや。こん中にも居るはずやで…!β上がりのクソテスター共がぁぁっ!!!!」

 

 キリト「!!!」

 

 キバオウは怒号を浴びせ、オレ達に敵意をむき出しにしてくる。せっかくディアベルのおかげで1つになりかけていたのに…

 

 キバオウ「アイツらはこのデスゲームが始まってスグにいなくなりよった!!ワイらビギナーを置いていきよったんや!!ジブンらだけ良い狩場やボロいクエスト独り占めしくさって2000人以上のプレイヤーを見殺しにしたんやっ!!!!詫び入れるのが当然やっちゅうねん!!!!」

 

 キリト「……」

 

 タクヤ「あのクソ野郎…」

 

 ディアベル「…それで、彼らにどうしろと言うんだい?」

 

 キバオウ「そらぁ罰としてアイテムなりコルなり全部落としていかん事には命を預けれんし、預かれん!!それが条件やっ!!!」

 

 

 ユウキ「なんなのさ、それ…!要は自分達が強くなりたいだけじゃん!

 …キリト!!あんなの気にする必要ないからね!!」

 

 キリト「…あ、あぁ…」

 

 

 

 

 あたまきた

 

 

 

 

 ユウキ「え?」

 

 ザッ ザッ ザッ

 

 キバオウ「ん?なんやわれ…」

 

 オレは今この場でこいつをぶん殴りたい。

 だが、そんな事をしてもキリトや他のβテスターの立場が無くなるだけだ。

 だが…こうでもしねぇと腸が煮えくり返って仕方ねぇ…。

 

 タクヤ「おい…そこのチビウニ頭…」

 

 キバオウ「う…ウニやてっ!!!?」

 

 タクヤ「オレと決闘《デュエル》しろよ…」

 

 キリト&ユウキ&アスナ「「「!!!?」」」

 

 キバオウ「はぁ?おのれと決闘《デュエル》してワイに何の得があんねん?」

 

 タクヤ「お前が勝ったらオレの持ってるアイテムと金は全部テメェにくれてやる…。ちなみに言うと、このアニールブレードは+6まで強化済みだ。しばらくは楽できると思うぜ」

 

 キリト「!!…タクヤ…!!!」

 

 キバオウはオレの賭けたものの価値をすぐに判断したようだ。

 口元が微かに動いている。

 

 キバオウ「…ほぅ。そんで?ワイが負けたらどうしろっちゅうねん?」

 

 タクヤ「そうだな…テメェが負けたら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今いる全βテスターに土下座でもしてもらおうか…」

 

「「「!!!?」」」

 

 ユウキ「タクヤ…!」

 

 キバオウ「そうか…おのれ、βテスターの仲間やなぁっ!!!」

 

 タクヤ「だったらなんだよ。テメェはβテスターが今までどれだけ辛い思いをしてきたか分かってねぇんだ!!

 全責任をβテスターになすりつけやがって!!

 今まで死んでいった奴らの事もだ!!

 だから、オレはお前に絶対ェにβテスターの前で土下座させてやる!!!」

 

 オレは言いたい事は全部言った。オレは仲間がそんな事言われてるのに指をくわえて何も出来ねぇような奴にはなりたかねぇ。

 

「まったく…その通りだな」

 

 タクヤ&キバオウ「「!!?」」

 

 すると、石段をゆっくり降りてくる大男がオレとキバオウの前にやってきた。

 肌が少し黒く、日本人ではないだろうと言う事だけは理解出来た。

 

 エギル「オレはエギル。キバオウさん、あんたはビギナーを救わなかったβテスター達にそれなりの謝罪をしろ、と…そう言うんだな?」

 

 キバオウ「お、おう!そうや!!」

 

 エギルは一息つくとストレージから1冊の冊子を取り出した。

 

 アスナ「あっ…あれは…!」

 

 エギル「キバオウさん、この攻略本《ガイドブック》を知ってるな?」

 

 キバオウ「当たり前や、道具屋で無料配布してたからのぉ!それがなんやっちゅうねん!!」

 

 エギル「これを作って配っているのはβテスターだ」

 

 キバオウ「!!?」

 

 キバオウの表情から察するにおそらく初めて聞いたのだろう。

 キバオウは途端に歯ぎしりをする。

 

 アスナ(「じゃあ、私がアルゴさんからもらったあれも…と言うことは…アルゴさんも…」)

 

 エギル「いいか?情報はあった!だが、死んでいった彼らは他のゲームと同じものさしでこのゲームを測ってしまい、結果、こういう状況になっている。オレはその事を今日の会議で議論されると思ったんだがな…」

 

 キバオウ「ぐっ…!」

 

 ディアベル「キバオウさん。確かに、あなたの言ってる事は間違いじゃないのかもしれない…。でも今は、仲間同士で争っている場合じゃないんだ。βテスターの力もビギナーの力も1つにしてオレ達は進まなきゃいけないんだ」

 

 キバオウ「…わーったわ、今回は見逃しとったる…」

 

 タクヤ「あぁん!!テメェ逃げんの…!!」

 

 ガシッ

 

 エギル「お前もここは引け。ディアベルの言う通り今は争っている場合じゃないだろ?」

 

 タクヤ「…くそっ!!」

 

 ディアベルはその後、上手くまとめ、レイドの編成、作戦や対策などを報告し今日の会議は解散になった。この後、主要レイド組はフィールドに出て連携や作戦を実践形式で練習するそうだ。

 まぁそんな事はオレ達()()()()は関係ないんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年12月02日 18:10 第1層 トールバーナ付近フィールド

 

 オレ達はパーティ戦闘初心者のアスナの特訓を兼ねてフィールドに出ている。

 

 タクヤ「…なんか納得いかねぇ…」

 

 キリト「いつまでそうやって膨れてるつもりだよ?」

 

 キリトがずっと膨れっ面のオレに聞いてきた。

 

 キリト「相手が番兵《センチネル》だって油断できないぞ」

 

 オレ達は取り巻きである番兵《センチネル》をボスに近づかせないようにする役目をおっている。理由はレイドを組むには人数が足りなく、仕方ないのでフォロー役として入るとの事だ。

 

 ユウキ「いいじゃん!取り巻き退治だって大事な仕事だよ!タクヤ!」

 

 タクヤ「いや、そっちは別にいいんだけどよ…

 オレが納得してねぇってのはあのチビウニ頭の事だよ」

 

 アスナ「あの色々文句を言ってた人ね…」

 

 アスナがモンスターを倒し終えるとオレ達の所へ戻ってきた。

 

 ユウキ「あー!!あのキバオウって人でしょ!!まったく!!嫌な感じだったよね!!」

 

 キリト「…」

 

 タクヤ「あぁぁぁっ!!なんか思い出したらすっげぇムカついてきた!!」

 

 キリト「…みんな、すまない…」

 

 アスナ「…どうしてあなたが謝るの?」

 

 キリト「…オレがβテスターだから…それにあいつの言ってた事もあながち間違いじゃないのかも知れない…オレは…アイツを…置いてきちまったし…」

 

 1ヶ月前…オレ達はその時一緒に行動していた奴を置いてはじまりの街を出た。キリトはその事を今でも振り切れていない。

 

 タクヤ「それは違うだろ!!あの時は仕方なかったんだ!!お前のせいじゃねぇよ!!」

 

 ユウキ「そうだよ!!クラインさんだってわかってくれてたよ?」

 

 キリト「でも…オレは…あの時、キバオウに言われている時…タクヤに怒ってもらう資格があるのか?」

 

 アスナ「……」

 

 キリトは一緒に行動している時から責任感が強く、なんでも自分で抱え込む癖があった。

 

 タクヤ「…いらねぇよ…」

 

 キリト「!!」

 

 タクヤ「そんなものに資格なんかいらねぇんだ…ただ仲間が…友達が目の前で傷つこうとしてるならそれを助けるのが友達ってもんだ。キリトやユウキ、アスナ、もちろんクラインだってオレの大事な仲間だ!」

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 アスナ「…」

 

 キリト「タクヤ…お前…」

 

 タクヤ「だからよ、いつだって頼れよ。お前は1人じゃない。オレ達がついてる…。その代わりオレが困ってたらお前が助けてくれよな?」

 

 キリト「あぁ…当たり前だ!!」

 

 ようやくキリトが元に戻ったのでオレ達は宿に戻る事にした。

 宿について2部屋借りて明日に備えて早めに休む事にした。

 

 

 

 男部屋

 

 タクヤ「あぁぁ〜…今日1日疲れたァ〜」

 

 キリト「タクヤ…親父臭いぞ…」

 

 コン ココン ココン コン

 

 キリト「!…このノックの仕方は…」

 

 キリトがドア開くとそこにはフードを深頭したプレイヤーがいた。

 

 アルゴ「よっ!キー坊…おっ!そちらさんハ?」

 

 キリト「アルゴか。あぁ…あいつはタクヤ。今パーティを組んでるんだ。タクヤ、こいつは"鼠”のアルゴ。情報屋だ」

 

 アルゴ「おぉ!君が()()タクヤかぁ!」

 

 タクヤ「あのって何だ?」

 

 そう言うとアルゴはオレに1枚のビラを見せてきた。

 そのビラには今日の攻略会議のオレとキバオウの口論が載せられていた。

 

 

【激突!!タクヤVSキバオウ -βテスターは俺が守る!!-】

 

 

 タクヤ「な、なんだ…これは…」

 

 アルゴ「いや〜、今日の攻略会議でドンパチキメるとは恐れ入ったヨ!

 よっ!大将!」

 

 キリト「これでアイツがまた絡んでこなければいいけどな…」

 

 タクヤ「…もう知らん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 女子部屋

 

 ユウキ「はぁぁぁ…生き返るね〜」

 

 ボク達はこの宿屋だけに付いてるお風呂を堪能している最中。

 アスナにもその事言ったら目を輝かせてたっけ。

 

 アスナ「ユウキ…親父臭いよ」

 

 ユウキ「だってぇ…それしか言葉でないよぉ〜」

 

 アスナ「確かにそうだね〜…ゲームの中でお風呂ってちょっと変な感じするけど」

 

 ユウキ「ふにゃぁぁ…それにしてもタクヤってすごいよね〜」

 

 アスナ「え?何が?」

 

 ユウキ「だってさぁ…大勢の前であんなに堂々と仲間の為に、自分を懸けられるってすごいよ…憧れるなぁ…」

 

 アスナ「…ユウキはタクヤ君が好きなんだね」

 

 ユウキ「え!?そ、そんなんじゃないよ!!ただすごいな〜って思っただけで!!あ〜もうっ!!そういうアスナだって今日の特訓でキリトとベッタリだったじゃないか〜!!アスナこそ怪しいな〜…」

 

 アスナ「べ、別にあの人の事なんかこれっぽっちも思ってないんだからね!

 !ただ、教え方が上手いなぁ〜って思ったぐらいでそれ以上の事とかないから!!」

 

 ボク達は風呂場だがこの後も全裸で言い合いをながら夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年12月03日 09:30 宿屋前

 

 タクヤ「…じゃあ、さくっとボスを倒しに行くか!!」

 

 キリト&ユウキ&アスナ「「「おぉっ!!」」」

 

 ボク達はこれから第1層フロアボスを倒しに行く。




どうだったでしょうか?
次の話はボスを倒したところまでなので
もしかしたら短いかもしれません

ではまた次回!


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【3】最初の壁

第3話と言うことでさくさくっと書きました
でも、1話の文章量とかわからなくてどこまで書いたらいいのかいつも悩むんですよね



ではどうぞ!


 2022年12月03日 10:00 第1層 迷宮区内ボス部屋前

 

 ディアベル「よし、全員そろったな!これからボス戦だ!!みんな気合い入れていこう!!」

 

「「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」

 

 先頭でディアベルが全員の士気を上げている。

 あんなタイプのプレイヤーがこれからの攻略には必要になってくるだろう。

 ここにいるプレイヤーもそう思ってるから、このボス戦に参加しているのだから。

 オレ達は列の最後尾にいる。

 オレ的にはあのビラが出回っている為、キバオウなんかとは顔を合わせたくないからいいのだが。

 

 キリト「よし…最終確認だ。オレとアスナ…タクヤとユウキでコンビを組んで取り巻きの番兵《センチネル》をスイッチしながら撃破。手が空いたらメインであるレイドのフォローでいいな?」

 

 タクヤ「あぁ!ばっちりだ!」

 

 ユウキ「うぅ〜ドキドキしてきた…」

 

 アスナ「あんまり気負いすぎないでね、ユウキ」

 

 ユウキ「う…うん!」

 

 オレは目の前に立ち塞がっている門を見つめた。

 ようやくここまで来た。あのクソ兄貴をぶっ飛ばす為の第1歩だ。

 アイツは今、どこで何をしているのだろうか…。

 オレ達をこんな所に閉じ込めて、何の目的でデスゲームなんかを始めたのか…。いろいろ考えつくがやっぱりわからない。

 元々昔から何を考えているのかわからないヤツだったが今はよそう…。

 この戦いに勝つ…!!ただそれだけを考えればいい。

 

 ディアベル「じゃあ、みんな!!オレから1つ!!生きて帰ろうぜ!!」

 

「「「おぉぉぉぉっ!!!」」」

 

 ギギギ…

 

 先頭が今、扉を開く。あの中にボスが待ち受けている。

 

 ディアベル「行くぞぉぉぉぉぉっ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突撃ィィっ!!!!」

 

 

 グオォォォォォオォォォォッ!!!!!!

 

 

 こうしてオレ達のボス戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グルルルルルルッ

 

 部屋の中は広く、戦闘しやすい所だった。

 その中央に座している巨大なモンスターが第1層フロアボス…

 イルファング·ザ·コボルドロードだ。

 

 ディアベル「よし…情報通りだ。みんな!!予定通り各隊事にスイッチしながら攻めるんだ!!タンク隊!!前に出て攻撃を防いでくれ!!」

 

 エギル「おぉっ!!」

 

 キバオウ「まかしとってくなはれ!!ディアベルはん!!」

 

 コボルドロードがオレ達に気づき、瞬間周りに取り巻きの番兵《センチネル》が3体ポップした。

 

 ディアベル「センチネル組!!まかせたっ!!」

 

 タクヤ「おうっ!!」

 

 まずはオレが先陣をきってセンチネルに突撃をかける。

 センチネルもオレを敵と判断し、片手斧を振りかざした。

 

 タクヤ「おせぇっ!!」

 

 ザァァン グモォォォッ

 

 オレはガラ空きになったセンチネルの胴体に剣撃を叩きつける。

 

 タクヤ「ユウキ!スイッチ!!」

 

 バッ

 

 ユウキ「おっけー!!」

 

 オレが1体のセンチネルの行動を止め、すかさずユウキが止めに入る。

 

 ユウキ「はぁぁぁぁあぁぁっ」

 

 キィィィィン

 

 ユウキの剣にエフェクトが入る。片手直剣用スキル"スラント”だ。

 

 グモォォォッ パァァァン

 

 ユウキのソードスキルは見事センチネルに直撃しポリゴンへと四散した。

 

 キリト「よし!この調子でオレ達も行くぞ、アスナ!!」

 

 アスナ「えぇ!!」

 

 キリトとアスナも1体のセンチネルを難なく倒し、残り1体のセンチネルも同様に倒した。

 

 タクヤ「この調子なら…メインのフォローに入れるかもしれねぇ!!」

 

 ユウキ「うん!!ボク達ならできるよ!!タクヤ!!」

 

 オレ達は確かな手応えを感じながら、リポップするセンチネル狩りを続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グオォォォォォオォォォォッ

 

 ディアベル「範囲攻撃来るぞ!!B隊、D隊退避!!」

 

 ドゴォォォォォン

 

 キバオウ「今のうちにHPイエローのもんは回復しとけぇ!!」

 

 センチネルを倒しながらメインの戦闘を確認してみたが、どうやらオレ達が手を貸さなくてもやりきれそうな程に上手く連携が出来ている。

 流石は、トップランカーと言ったところか。

 順調にHPゲージバーも2本目を削り切り、後半分で全損出来る。

 

 ユウキ「タクヤ!!スイッチお願い!!」

 

 タクヤ「おぉっ!」

 

 ダッ

 

 タクヤ「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

 ザァン グモォォォッ

 

 タクヤ「よし!これで終いだぁぁぁっ!!」

 

 キィィィィン グモォォォッ パァァァン

 

 オレは新しく覚えた片手直剣用スキル"ソニックリープ”を放ち、センチネルのHPを吹き飛ばした。

 

 ユウキ「ナイスだよ!!タクヤ」

 

 キリト「いい調子だな!タクヤ」

 

 アスナ「ナイス連携!!」

 

 タクヤ「お前達もな!!」

 

 グオォォォォォオォォォォッ

 

 タクヤ&ユウキ&キリト&アスナ「「「「!!!?」」」」

 

 メインの様子を伺うと残りのHPゲージバーは残り1本となっていた。

 情報通りだと、ここから…!

 

 ディアベル「パターンが変化するぞ!!みんな、作戦は頭に入ってるな?

 タンク隊を軸にヒットアンドアウェイだ!!行くぞ!!」

 

 戦闘も終盤に差し掛かってきた。コボルドロードが副武装の湾刀《タルワール》に持ち替えてくる。今までの範囲攻撃より強力なものになるはずだ。まだまだ油断はできない。

 

 キリト「!!…あれは…」

 

 タクヤ「どうした?キリト」

 

 キリト「湾刀《タルワール》ってどんな武器だったっけ…?」

 

 アスナ「確か…イスラム圏の…!!?」

 

 キリト「ディアベル!!全員退かせろ!!!」

 

 コボルドロードは背中の湾刀《タルワール》を抜き出し…

 

 タクヤ「あれは…!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「野太刀!!!?」」

 

 

 ディアベル「!!」

 

 コボルドロードは湾刀《タルワール》ではなく、野太刀を抜き出し、レイド組に襲いかかった。

 

 ドゴォォォォォン

 

「「うわぁぁぁぁぁっ」」

 

 タンク隊ごとレイドを半壊させたコボルドロードの渾身の一撃がレイド全体に恐怖を刻んだ。

 

「ま、まずい…」

 

「体が…!!」

 

 ユウキ「一時行動不能《スタン》!?」

 

 ディアベル「くっ…!!」

 

 タクヤ「ディアベル!!…くそっ!!C隊動ける奴はイエローの奴の援護に回れ!!手が空いてる奴はボスを引きつけろ!!」

 

 ダッ

 

 ユウキ「タクヤ!!?」

 

 オレは単身コボルドロードに突撃をかけた。

 コボルドロードも俺に気づき、攻撃の態勢をとる。

 

 タクヤ「なめんじゃ…!!」

 

 キィィィィン

 

 タクヤ「ねぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 オレは"ソニックリープ”をコボルドロードに叩きつけた。

 だが…

 

 グオォォォォォオォォォォッ ザァァン

 

 タクヤ「がっ!!?」

 

 キリト「タクヤ!!」

 

 コボルドロードは怯まず、オレに一撃食らわせてきた。

 吹っ飛ばされ、HPゲージバーを覗くと一気に8割削られレッドゾーンに入っていた。

 

 タクヤ「くっ…早く…回復しねぇと…」

 

 オレはポーションをストレージから取り出そうとするが体が自由に動かない。

 おそらくさっきの一撃で一時行動不能《スタン》になってしまったようだ。

 

 タクヤ(「早く…早く…切れろ…!!」)

 

 徐々にコボルドロードはオレに近づいてくる。

 

 タクヤ(「早く…!!早く…!!切れろ…!!切れろ…!!切れろ…!!」)

 

 

 グォォォォオォォォォッ

 

 コボルドロードの射程圏内に入った。

 

 ユウキ「タクヤ!!逃げてっ!!」

 

 タクヤ「…くっそぉぉっ!!!!」

 

 俺は死を直感した。

 この距離じゃユウキ達の援護は期待出来ない。

 

 キリト「タクヤ!!?」

 

 アスナ「タクヤ君っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ここで終わるのか…?

 

 

 

 

 

 

 

 ブゥゥン ガッキィィィン

 

 

 

 ユウキ&キリト&アスナ「「「!!!!」」」

 

 タクヤ「な…!!あんたは…!!」

 

 そこにはコボルドロードの攻撃を受け止めたエギル率いるタンク隊がいた。

 

 エギル「今の内に退避しろっ!!!!」

 

 ユウキ「タクヤ!!こっちに…!!」

 

 体が動かないオレをユウキが引っ張ってその場を退避した。

 タンク隊もそれを確認すると攻撃を押し戻し退避してくる。

 

 タクヤ「へっ…悪ぃな、エギルさん…!!」

 

 エギル「エギルでいい…ったく、すごい無茶をしたもんだな…」

 

 ユウキ「ホントだよ!!エギルさんが来なかったら今頃タクヤなんかパーンだったよ!!」

 

 タクヤ「悪かったよ…てか、パーンってなんだよパーンって!!」

 

 オレはポーションを飲み終え回復したのを確認する。

 

 キリト「タクヤ!!大丈夫か?」

 

 タクヤ「おかげさまでな…でも、あっちは大丈夫そうじゃないぜ…」

 

 アスナ「!!」

 

 コボルドロードはオレから他のプレイヤーに標的を変え、暴れ回っている。

 それをタンク隊やスイッチを利用してなんとか耐えているが、レイドが半壊されたのは正直痛すぎる。

 

 タクヤ「あのままじゃジリ貧だ…。」

 

 キリト「…タクヤ…」

 

 タクヤ「?なんだよ…」

 

 キリト「今からオレと2人でアイツの攻撃を捌く!いけるか?」

 

 タクヤ「…正直な所、攻撃が速すぎて俺の攻撃じゃ1歩分足りない…」

 

 コボルドロードはあの図体からは信じられない程のスピードで攻撃してくる。たった2人であの攻撃を捌ききれるかどうか怪しい…。

 

 キリト「あぁ…だから、タイミングはオレが指示する。そこに一撃加えれば良くて一時行動不能《スタン》する…。おそらく、あのレイドも長くもたない…」

 

 タクヤ「…はぁ…しゃあねぇな!やってやるよ!!」

 

 アスナ「私達に何か出来る事はある?」

 

 キリト「アスナ達は回復の間に合ってない奴らのサポートに回ってくれ!そうすればまだ立て直せる…」

 

 ユウキ「わかったよ!まかせて!そっちも無理しないようにね!」

 

 タクヤ「わかってるよ!じゃあ、行くか!!キリト!!」

 

 キリト「おう!!!」

 

 ダッ

 

 オレとキリトは全速力でコボルドロードに迫った。

 

 キリト「ディアベル!!ここはオレ達が引きつけるから、その間にレイドを立て直してくれ!!」

 

 ディアベル「でも、そんな軽装じゃ…!!」

 

 グォォォォオォォォォッ

 

 タクヤ「なんとかするっ!!!!」

 

 ザァン

 

 オレが一太刀浴びせると運良く一時行動不能《スタン》になった。

 

 タクヤ「さぁ!!今の内に急げ!!」

 

 ディアベル「あぁ!!ありがとう!!」

 

 コボルドロードの一時行動不能《スタン》が切れ、再度攻撃に転じるがそれをキリトがパリィして弾く。

 

 キリト「スイッチ!!」

 

 タクヤ「うぉぉぉぉっ!!」

 

 オレは片手用直剣スキル“スラント”でコボルドロードの脇腹に命中させた。

 それでも頑丈な奴はまだ倒れない。

 

 タクヤ「キリト!!スイッチ!!」

 

 キリト「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 キリトは片手用直剣スキル“ソニックリープ”を発動させ、コボルドロードにダメージを与える。

 それを何度も何度も繰り返していた。

 

「あいつら…2人だけでボスを相手にしてるぞ…」

 

「しかも、黒髪の方はボスの攻撃をキャンセルしてるのか?」

 

 キバオウ「あいつ…盾無しのソードマンで強いヤツ…まさか…!!」

 

 ディアベル「よし!回復が済んだ者からレイドを立てるんだ!!」

 

 そろそろいい頃合か…ボスのHPは1本の2割と行った所か…。これなら囲んでゴリ押しで倒せるレベルだ。

 

 タクヤ「キリト!!」

 

 キリト「あぁ!!一旦退くぞ!!」

 

 オレとキリトはコボルドロードから距離を置き、レイドに加わった。そこにユウキとアスナも合流する。

 

 グォォォォオォォォォッ

 

 ディアベル「よし!!オレが出る!!」

 

 キリト「!!?…ここは囲んで行くのがセオリー…まさか…!!」

 

 ディアベルはソードスキルのモーションに入り、怯んでいるコボルドロードに突撃する。

 しかし…

 

 

 

 グォォォォオォォォォッ

 

 

 

 ディアベル「!!?」

 

 コボルドロードは体勢を立て直した。

 そして、野太刀に赤白いエフェクトを発現させる。

 

 キリト「!!…ディアベル!!モーションを起こすなぁぁぁっ!!!」

 

 だが、既にディアベルはモーションを起こし、ソードスキルを発動していた。

 それに合わせて、コボルドロードは刀用ソードスキル“旋車”を発動させた。

 ディアベルよりコボルドロードのソードスキルの方が数段に速く、ディアベルはその攻撃をモロに食らってしまった。

 

 タクヤ「ディアベルぅぅっ!!!!」

 

 オレはすぐにディアベルに駆け寄りポーションを飲ませようとするが、それをディアベルは何故か拒んだ。

 

 ディアベル「もう…ダメだ…オレのHPは0に…なる…」

 

 キリト「ディアベル!!…なんであんな事を…!!」

 

 後ろから駆け寄ったキリトがディアベルに尋ねた。

 

 ディアベル「君も…βテスターなら…わかるだろ?」

 

 キリト「!!…LAB(ラストアタックボーナス)か…」

 

 ディアベル「2人とも…後は頼む…ボスを…倒して…くれ…」

 

 キュゥゥ パァァァァン

 

 無機質な音を響かせながらディアベルはポリゴンの残骸と化した。

 

 タクヤ「…ディアベルぅぅぅぅっ!!!!」

 

 キリト「くそっ!!!!」

 

 どこか疑っていた所があった。

 この世界で死んでも現実世界に帰れるんじゃないかと…本当は死んでないんじゃないかって…。

 人の死がこんなあっさりしてるものな訳がない…。

 だから…そう思いたかった。

 目の前で仲間が死んだ。

 ゲーム特有のポリゴンが四散してアバターを砕く無機質な音…。

 それら全てがリアリティを感じさせなかった。

 でも…今…実際に…ディアベルが死んだ。

 オレ達は大切なリーダーを失ったのだ。

 どんな所でもリーダーを失えば統率は取れなくなり、連携も崩壊する。

 まさに今がその状況だ。

 

 

「どうすればいいんだ…?」

 

 

 タクヤ&キリト「!!」

 

 

「あんな奴どうやって倒せば…」

 

 

 ユウキ「ちょっと…みんな!!」

 

 

「ディアベルさんが死んだんじゃ、もう…」

 

 

 アスナ「…っ…!」

 

 エギル「こりゃあ…」

 

 

 キバオウ「ディアベルはん…ディアベルはぁぁん…!!」

 

 タクヤ「…ギリッ…」

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

「「「「!!?」」」」

 

 オレ達が悲しんでいた矢先、プレイヤーの1人がコボルドロードの標的になっていた。

 

「あぁ…あ…」

 

 プレイヤーは足がすくんで動けないようだ。

 だが、そのプレイヤーを助けに行こうとする者はいなかった。

 

 グオォォォォォオォォォォッ

 

 野太刀を振りかざし、プレイヤー目掛けて振り下ろす。

 

「うわぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガッキィィィィィィン

 

「…え?」

 

 タクヤ「早く退け!!オレも長くもたねぇぞ!!」

 

「あ…あぁ!!ありがとう!!」

 

 オレは間一髪の所で間に合い、プレイヤーはすぐにその場を離脱した。

 オレも野太刀を振り払い一旦その場を退く。

 

 タクヤ(「悲しんでる場合じゃねぇ…!!あいつは…ディアベルはボスを倒せって言った!!なら、オレ達は…オレは…」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「コイツをぶっ殺すっ!!!!」

 

「「「!!!!」」」

 

 タクヤ「うぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 ザァン ザァン ザァン グオォォォォォオォォォォッ

 

 1発…2発…3発とコボルドロードに剣撃を叩きつける。

 攻撃の隙を与えない。絶対に倒す…。

 それがディアベルの最後の頼みだからだ。

 

 タクヤ「ディアベルは言った!!ボスを倒せと!!ディアベルは言った!!オレ達がこのゲームをクリアすると!!だったら今は悲しんでないでコイツを全力で攻撃しろ!!抗って見せろ!!それが!!ディアベルの意志だぁぁぁぁっ!!!!」

 

 オレは片手用直剣スキル"ホリゾンタル・アーク”をコボルドロードに叩き込んだ。コボルドロードは思わず後退した。

 

 グオォォォォォオォォォォッ

 

 タクヤ(「くそっ!!硬直《ディレイ》が…!!」)

 

 ガッキィィィィィィン

 

 タクヤ「!!」

 

 エギル「これ以上ダメージディーラーにタンクはやらせられねぇな!!

 タンク隊!!行くぞ!!」

 

「「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」

 

 ユウキ「大丈夫!?タクヤ!!」

 

 キリト「お前は無茶しすぎだ…」

 

 アスナ「私達もまだやれるわ!!」

 

 タクヤ「みんな…」

 

 キバオウ「全員!泣いても笑ってもこれがラストや!!ディアベルはんの仇取りに行くでぇぇぇっ!!」

 

「「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」

 

 全員がコボルドロードに突撃をかけた。コボルドロードも攻撃する間もなくダメージを受けている。

 

 キリト「お前がみんなをあぁさせたんだ…」

 

 タクヤ「……!!」

 

 ユウキ「だったら最後まで頑張らないとねっ!!」

 

 タクヤ「…はっ!どいつもこいつもめんどくせぇ奴らばっかりだな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも…嫌いじゃねぇよ!!そういうのっ!!!!」

 

 キィィィィン

 

 タクヤ「これがラストアタックだ!!!!」

 

 オレは最後の力を一滴残さず絞り出し、ソードスキルのモーションに入る。

 

 グオォォォォォオォォォォッ

 

 残りHPは僅か…

 

 ダッ

 

 タクヤ「うぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉっ!!」

 

 片手用直剣スキル"ホリゾンタル・アーク”を発動させ、残りHP数ドットのコボルドロードの巨体を真っ二つに斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 グオォォォォォオォォォォッ パァァァン

 

 

 

 

 

 

 コボルドロードは遂にポリゴンへと四散した。それに伴い、番兵《センチネル》も次々四散していく。目の前にCongratulationの文字が現れた。

 

 

 

 

 

「「「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」」

 

 

 

 

 

 ユウキ「やった!やったよぉぉっ!!タクヤぁぁぁっ!!!!」

 

 ユウキが感激のあまりオレに抱きついてきたが、今のオレにはそんな事を考えてる余裕がなかった。

 

 タクヤ(「倒した…本当に…やったよ…ディアベル…」)

 

 今ここにいないディアベルに報告し、今はこの喜びを仲間と分かち合うのが先だ。

 全員に報酬がストレージに加わっており、LAB(ラストアタックボーナス)として、俺にだけ【コードオブ・ミッドナイト】がドロップしていた。

 ボスを倒した事で、ボス部屋の照明も暗くなり第2層への扉が螺旋階段上に出現した。

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキ「?どうしたの?ねぇ!タクヤったら!」

 

 タクヤ「…はぁぁぁぁぁぁ〜疲れだぁぁぁぁぁぁ〜」

 

 オレはその場に倒れ込んだ。

 こんなに疲労感に包まれたのは生まれて初めてだ。

 

 ユウキ「わわっ!大丈夫?タクヤ!!」

 

 タクヤ「…大丈夫だからどいてくんねぇかな?…重い…」

 

 ユウキ「なっ!?女の子に向かって重いって言うな!!せっかく人が心配してあげてたのに!!もうタクヤなんか知らないっ!!」

 

 タクヤ「はは…悪かったよ…そう怒んなって…」

 

 ユウキ「ふんっ!!」

 

 ユウキが完全にそっぽ向いたので、これ以上何言っても無駄だと悟りオレはその場に立ち上がった。

 

 キリト「お疲れ、タクヤ」

 

 アスナ「お疲れ、3人とも」

 

 タクヤ「お前らもな」

 

 エギル「Congratulation!!この勝利はアンタらのもんだ!!」

 

 タクヤ「そんな事ねぇよ…みんなの力があってこその勝利だ

 てか…おい、ユウキ。いつまで膨れてんだ?」

 

 ユウキ「プイッ」

 

「「「アッハッハッハッハッ」」」

 

 オレ達は勝った。ディアベルというかけがえのないリーダーを失ったが、オレ達は勝ったんだ。この調子で次の階層からも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでだよっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「!!?」

 

 みんなで労をねぎらっている時、後ろの1つの集団はその輪に加わらず重い空気を漂わせていた。

 

「なんで…なんでディアベルさんを見殺しにしたんだ!!!!」

 

 タクヤ「…見殺し?」

 

「そうだ!!お前と黒髪の男はボスの攻撃パターンを知ってたじゃないか!!事前にその情報を伝えていればディアベルさんは死なずに済んだんだ!!」

 

「お前達!!さてはβテスターだな!!知ってて教えなかったんだろ!!」

 

 アスナ「!!…ちょっとあなた達…!!」

 

 確かに、ボスの攻撃をキャンセルし続けたのはオレとキリトだ。

 傍から見れば…特にディアベルのパーティだったヤツらからして見ればそう思われても不思議じゃない。

 オレはその抗議に何も言い返せなかった。

 

「言い返さないって事はやっぱりそうだったんだな!!

 答えろよ!!βテスター!!」

 

 キバオウ「ちょっ…ジブンら!!」

 

 今、アイツらに何を言っても耳を貸さないだろう。それだけの悲しみをこのボス戦で味わってしまったからだ。

 

 ポン

 

 タクヤ「!!キリト…」

 

 キリト「…今度はオレの出番だな…」

 

 タクヤ「は?」

 

 そう言い残して、キリトはパーティに近づいていく。

 

 キリト「あぁ、知ってたさ…」

 

「「「!!!!」」」

 

 キリト「オレはβテストで誰も到達できてない所まで登った!!

 刀スキルを知ってたのは上の階で飽きるほど経験したからさ!!

 他にもいろいろ知ってるぜ?情報屋なんか眼中に無い程になぁ!!!」

 

 タクヤ「キ…キリト…何言って…」

 

「そ、そんなのもはやチートやチーターじゃないか…!!」

 

 オレは目の前で何が起きているのか理解出来なかった。

 いや、理解したくなかった。

 

「βのチーター…お前はビーターだっ!!!!」

 

 キリト「ビーター…か。いいなそれ…そうだ!オレはビーターだ!!

 今度から他のβテスター共と一緒にしないでくれ」

 

 すると、キリトが今度はオレ達に向き直り、こう言った。

 

 キリト「お前達も今までご苦労だったな!だが、この1ヶ月間、下手すぎるプレイを見てうんざりした!!ビギナーのお前達は足でまといだ…オレは1人で行く。せいぜい死なない程度に頑張るんだなっ!!」

 

 タクヤ「キ…リ…ト…?」

 

 キリトはそう言い残してオレ達の横を通り過ぎた。

 

 キリト「ボソッ…ごめんな…ありがとう…」

 

 タクヤ&ユウキ&アスナ「「「!!!!」」」

 

 キリトは螺旋階段に足をかけ、1人第2層へと向かった。

 

 タクヤ(「まだ…間に合う…動けよ…オレの足…!!頼むから…動いてくれよ…!!!」)

 

 だが、それでもオレの足はキリトを追うことが出来なかった。

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 タクヤ「わかってる!!分かってるんだ…!!」

 

 アスナ「…」

 

 アスナは静かにキリトを見つめていた。彼女もキリトの後を追えずにいる。

 

 アスナ(「あなたはどうして…!!でも、それがキリト君が臨んだ道なら…私は…!!」)

 

 タクヤ「ぐ……っキリトぉっ!!!!」

 

 キリトの足が止まる。振り向きはしないが止まってくれている。

 

 タクヤ(「なんでお前は…!!全部1人で抱え込んじまうんだよ!!オレ達がいるじゃねぇかよ…!!」)

 

 そう心の中で思っているのに、どうして声に出ねぇんだ!!

 次第にキリトは歩を再度進める。

 

 キリト(「これでいい…これでいいんだ…。

 βテスターへの不満をオレが引き受ける事でアルゴや他のβテスター達に危害が及ぶ事は極力無くなる。

 それにタクヤやユウキ、アスナにも…だから、これでいいんだ…」)

 

 タクヤ「オレはっ!!!!」

 

 キリト「!!」

 

 タクヤ「オレは強くなる!!お前よりももっと!!もっと!!強くなる!!足でまといだって?そんなセリフ2度とたたけねぇぐらい強くなる!!!

 だから!!!…絶対ェ…後で吠え面かくんじゃねぇぞぉっ!!!!!」

 

 オレは部屋中に響くように喉をからして叫んだ。

 今のオレにはこんなちっぽけな事しかできない。

 でも、いつか必ず…お前を完璧に守れるぐらい強くなって、お前を救い出す。

 だから、それまで待っていてくれ。

 キリトは振り向かず扉を開け、第2層へと進んでいった。

 

 エギル「あいつの言いたかった事は…」

 

 アスナ「…分かってます」

 

 ユウキ「…グスッ…タクヤぁ…」

 

 タクヤ「もっと強くならなきゃいけねぇ…今より強く…だから、ここで立ち止まってる訳にはいかねぇ…!!…アスナ」

 

 アスナ「何?タクヤ君」

 

 タクヤ「悪ぃんだけどよ…しばらくあいつの事見ててやってくんねぇかな…」

 

 アスナ「…うん。元々そのつもりだったよ」

 

 タクヤ「後、これも渡しておいてくれ…」

 

 アスナ「これって…LAB(ラストアタックボーナス)!!」

 

 タクヤ「今のオレよりアイツにやった方がいい。元々オレのステータスに合わねぇからな…」

 

 アスナ「うん…わかった」

 アスナに【コートオブミッドナイト】を渡し、キリトに届けるよう依頼した。

 アスナがそばに居ればあんまし無茶しないだろう。オレはオレでやる事が増えた。今はそれに集中したい。

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 タクヤ「ユウキ…お前はどうする?」

 

 ユウキ「グズ…タクヤについて行くよ!一緒に強くなってキリトをギャフンと言わしちゃおっ!!」

 

 タクヤ「あぁ!アスナ先に行っててくれ。オレ達は後で行くから…

 あっと、後な…」

 

 アスナ「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスナ「分かったわ。じゃあ二人共またね!」

 

 ユウキ「うん!!またね」

 

 オレとユウキはアスナと別れ、それぞれの道を歩んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年12月03日 17:00 第2層 草原フィールド

 

 sideアスナ_

 

 アスナ「キリト君!!」

 

 キリト「!…アスナ」

 

 私は第2層へ上がり、そこで夕日を眺めていたキリト君に声をかけた。

 

 アスナ「タクヤ君とユウキとエギルさん…それにキバオウさんから伝言!」

 

 キリト「…はは、なんだよ…その顔ぶれは…」

 

 アスナ「エギルさんはまた今度もボス戦しようって…キバオウさんはジブンの考えにはやっぱり共感できへん!ワイはワイなりのやり方でクリアを目指すって」

 

 キリト「…そうか」

 

 アスナ「ユウキは今度会った時はボクと決闘(デュエル)しようって…」

 

 キリト「ユウキは強いからな…もしかしたら負けるかもな…」

 

 アスナ「最後にタクヤ君なんだけど…」

 

 キリト「…!!」

 

 アスナ「次会ったらぶん殴る…だそうよ」

 

 キリト「…タクヤらしいな」

 

 アスナ「それとこれ…タクヤ君からキリト君にって…」

 

 私はタクヤ君から預かってきたものをキリト君に渡す。

 

 キリト「これってLAB(ラストアタックボーナス)の…」

 

 アスナ「オレのステータスには合ってないからキリト君にあげるって」

 

 キリト「そうか…アイツ、そんな事を…」

 

 アスナ「後、私…しばらくキリト君とパーティ組むから!」

 

 キリト「えぇっ!?なんで…オレはビーターで…!」

 

 アスナ「そんなの私には関係ないわ…キリト君はキリト君じゃない。

 私達はちゃんとあなたの事を知ってるもの!」

 

 キリト「!!…」

 

 アスナ「さっ!早く行かないと夜になるわよ。急いで2層のアクティベート済ませないと!」

 

 キリト「…あぁ」

 

 私とキリト君は夕日が沈みかけながら街へと向かった。

 

 キリト(「タクヤ…オレももっと強くなる!この手で全て守れるように…!!だから、その時は…」)

 

 アスナ「キリト君!急がないと夜になるわよー」

 

 キリト「あぁ…今行くよ!」

 

 

 

 タクヤLv.17

 ユウキLv.14

 キリトLv.15

 アスナLv.14

 

 2022年12月03日 アインクラッド第1層 突破 残り…99層

 

 




どうだったでしょうか?
これを機にタクヤ&ユウキとキリト&アスナの二手に別れます。
この小説のメインはタクヤとユウキなんでそっちを主軸に書いていきます。
両方書ければいいんですけど初心者なもんで手当り次第って感じです
次からは少しオリジナル展開に入ろうかなぁって思ってます

では、また次回!


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【4】二人の時間

第4話ですね、今毎日投稿してますけど次第にペースは落ちていくと思うのでご了承ください。
なるべくそうならないように努力します。

では、どうぞ!


 2022年12月08日 14:15 第2層 草原フィールド

 

 sideタクヤ_

 

 ユウキ「いい天気だね〜…」

 

 タクヤ「そうだなー…」

 

 ユウキ「なんか、こういう日って体動かしたくなるよね〜」

 

 タクヤ「そうだなー…」

 

 ユウキ「…さっきからそればっかじゃーん!もうちょっとなんかないの!」

 

 タクヤ「そうだなー…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずこの洞穴から出たいなー…」

 

 オレ達は今、2人仲良く結構大きめの落とし穴の中で空を見上げていた。

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「なんでこんな事になったんだっけ…」

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「今日はここで野宿するハメになんのかなー…」

 

 ユウキ「…」

 

 実の所、この落とし穴にハマって数時間経過していた。

 マジでここに野宿する事になりそうだ。

 

 ユウキ「だからぁ!!さっきから謝ってるじゃん!!!あーそーですよー!!!

 ボクがこんなトラップに引っかかったのが悪いんですよー!!!!」

 

 遡ること数時間前…オレ達は近々行われるフィールドボス戦に備えてレベリングしようという事になっていた。

 この層では牛型のモンスターが大量に発生していて、ドロップ品で牛乳や乳製品があるのだ。

 売ればそこそこのコルの足しになるからと狩りに出ていたのだが、

 ユウキが…

 

 ユウキ『あーおなかすいたー…あっ!あそこにリンゴみたいなのがなってるよ!タクヤ!一緒に取りに行こう!』

 

 …とかなんとか行って、別にオレは別に空腹だった訳でもなく無理やり引っ張られて、リンゴのなってる木の近くまで来るといきなり足場に穴が開き、仲良く落ちて今の状況になっている。

 

 タクヤ「お前が食い気に負けて注意もなんもしないで行くからこうなったんじゃねぇか」

 

 ユウキ「だって…お腹すいてたんだもん…」

 

 グゥゥ…

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキ「…なんか話してたらおなかすいちゃった…」

 

 タクヤ「…はぁぁぁ〜…」

 

 ユウキと共に行動するようになって約1週間…オレは呆れ果てている。

 消耗品補充してと言われたらなんか余計な食べ物も買ってきて生活費を底にしちまうし、飯食べたと思ったらすぐにおなかすいたーって小さい子供のように駄々をこねて手に負えないし、年相応の仕草なのだろうがオレはユウキのお父さんになった覚えはないぞ。

 

 タクヤ「ったく…」

 

 ユウキ「…すみません…」

 

 タクヤ「とりあえずいつまでもここにいる訳にもいかないし…ユウキ、なんか脱出できそうな物持ってないか?」

 

 ユウキ「えーとねー…これなんてどうかな?」

 

 ユウキがストレージから取り出したのはロープだ。それも結構長めの。

 

 タクヤ「ロープかぁ…」

 

 ユウキ「タクヤは何か持ってないの?」

 

 タクヤ「あー…投擲用のピックが数個に店売りのアイアンソードが2振り…ぐらいか」

 

 ユウキ「これだけでどうやって出るの?」

 

 タクヤ「…それを今考えてんだろぉが…」

 

 ユウキ「あっ、そうだった…」

 

 ユウキといるとこっちまで緊張感がなくなってしまう気がする。

 2人の持ち物を集めてもこれといった事はできそうにない。

 穴は直径5m、高さは…10m前後だ。

 

 タクヤ「んー…他のゲームだとこういう場合、抜け道とか用意されてるはずなんだが…」

 

 ユウキ「さっきも調べたけどどこにもなかったね」

 

 タクヤ「だとすると他の脱出方法があるか、プレイヤーが自作したトラップなのか、何かしらのイベントなのか…だな」

 

 だが、イベントだとすると数時間もの間放ったらかしにする訳もないので除外。脱出方法についてもそれらしいものは何も無いのでとりあえず除外。結果、これはプレイヤーが自作したトラップだと考えられる。

 

 ユウキ「えぇ!!プレイヤーが作ったんなら脱出方法なんてないじゃん!!」

 

 タクヤ「あくまでその可能性が高いってだけ。

 まぁ…十中八九そうだと思うが…」

 

 ユウキ「そんな〜…」

 

 それがもし本当なら何故、リンゴの木の側に作ったのだろうか。モンスターが食べる訳でもないし…。何か別の目的があるのか…それとも…

 

 タクヤ「!…これは使えるかも…」

 

 グゥゥ…

 

 ユウキ「はぁぁ…おなかすいたー。さっきのリンゴも食べてないし…」

 

 タクヤ「…はぁ」

 

 オレはユウキを見かねてストレージからある物をユウキに放った。

 

 ユウキ「なにこれ?」

 

 タクヤ「黒パンだ…それで我慢しろ…」

 

 オレは黒パンとついでに前にクエストで貰ったクリームもユウキにあげた。

 

 ユウキ「わぁ…!!ありがとうタクヤ!!」

 

 ユウキは黒パンにクリームをたっぷり付けて、口いっぱいに頬張った。

 

 ユウキ「う〜ん…!!おいしい〜!!」

 

 タクヤ「そりゃよかったな…」

 

 ユウキは余程お腹がすいていたのか、ものの数分で全部食べきってしまった。

 

 ユウキ「ごちそうさま〜」

 

 タクヤ「おう…食べ終わったんならこれ手伝ってくれ」

 

 ユウキ「?」

 

 オレがユウキに渡したのはロープを同じ長さに切ったものを数組と、投擲用のピックだ。

 

 ユウキ「これで何するの?」

 

 タクヤ「とりあえずピックをロープの両端につけてくれ。しっかり縛れよ」

 

 ユウキ「う、うん…わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「これでよし…と」

 

 出来たのは見た通り、両端にピックを取り付けたロープが数本だ。

 

 ユウキ「で、結局これ何に使うの?」

 

 タクヤ「まぁ、見てなって」

 

 オレはピック付きロープを壁に刺した。

 もう片方のピックも壁に刺し、ロープを張った状態にさせる。

 

 タクヤ「よっ」

 

 張られたロープの上に飛んでみる。

 結構頑丈でオレ1人ぐらいなら支えられるようだ。

 

 ユウキ「…こんな時に何遊んでるの?」

 

 タクヤ「じゃあ、お前はこんな時に何呑気にパン食べてんだ?」

 

 ユウキ「…すみません」

 

 タクヤ「ったく、これを徐々に上に刺していけば即席のアスレチックが出来るからそれでこんなとこ抜けるぞ」

 

 ユウキ「あーなるほどーそういう事かぁ!」

 

 オレは手順通りピックつきロープを刺していき上へと登った。

 その後をユウキが慎重に付いてきている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「脱出ー!!」

 

 あれから1時間かけて落とし穴を駆け上がっていき、なんとか地上に戻ってこれた。

 

 タクヤ「…疲れた」

 

 ユウキ「お疲れ!もう夕方だし今日は宿に戻ろう?」

 

 タクヤ「…そうだな」

 

 ユウキ「あ〜おなかすいたー!宿に帰ったら何食べようかな〜」

 

 タクヤ「…」

 

 ビシッ

 

 ユウキ「痛っ!?タクヤ!!なにすんの…」

 

 タクヤ「テメェ…ちったぁ反省しろぉぉぉぉっ!!!!」

 

 夕暮れの草原に怒鳴り声がこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年12月15日 21:35 第2層 宿屋内

 

 タクヤ「さんざんな1日だったぁ〜…」

 

 オレはベットに倒れ込み、盛大に疲労感に包まれている。

 

 タクヤ「今日は全然レベリングできなかったな…」

 

 現在オレのレベルは19…第2層でここまであれば上等なのだが、レベルは高いに越したことはない。

 

 タクヤ「ユウキが確か…17かそこらだったな…」

 

 ユウキも着実にレベルを重ね、トップランカーとしての実力も兼ね備えている。

 

 タクヤ「でも、まだ…まだ足りねぇ…」

 

 2週間前…オレはキリトにとんでもなく重たいもんを背負わせちまった。

 もう修正が効かないものを…。

 

 タクヤ「あいつも今頃頑張ってんだろうなぁ…」

 

 ゴロロロロ…

 

 外は雷が鳴り、次第に雨も降り出した。

 

 タクヤ「うじうじしてても仕方ねぇ…寝よ寝よ」

 

 ゴロロロロ…

 

 雨は強くなり、頻繁に雷も鳴っていた。この世界でも天気とかあるのかと布団の中に潜りながら思った。

 

 タクヤ(「てか、天気とかどうやってんだ?

 一応ここアインクラッドの中だよな…?」)

 

 何かと気になったが、どうでもいいと思考を停止させ、眠りにつこうとした。

 

 コンコン

 

 タクヤ「ん?」

 

「タクヤ…起きてる?」

 

 タクヤ「ユウキか?どうしたんだ?」

 

 オレは明かりをつけてドアを開けると武装を解除して軽装の状態のユウキがいた。

 

 タクヤ「とりあえず、中に入れよ」

 

 ユウキ「う、うん…」

 

 オレは部屋に取り付けられているソファにユウキを座らせる。

 こんな時間に深刻そうな顔をして来ているのでオレも真剣に聞いてみることにした。

 

 タクヤ「で…どうしたんだ?何かあったのか?」

 

 ユウキ「え…えっとさ…その…なんというか…」

 

 タクヤ「そんなに言いづらい事なのか?」

 

 ユウキ「いや…その…言いづらいというか恥ずかしいというか…」

 

 相当の悩みのようだな。

 これは思っていた以上に深刻な事かもしれない。

 

 タクヤ「なんでもいい…

 何かあるんなら言ってくれユウキ…。オレも協力する…」

 

 ユウキ「ほ、ホント…?それじゃあ…」

 

 ゴロロロロ

 

 タクヤ「それにしても雷すげぇな…で、どうしたん…だ…」

 

 一瞬窓の方に目を向けていた間にユウキの姿がどこにもない。

 

 タクヤ「!!ユウキ!!どこにいるんだ!!ユウキ!!」

 

 ガタガタガタ

 

 タクヤ「は?」

 

 オレは机の下から長い紫がかった髪を見つけ、そっと覗いた。

 

 ユウキ「あわわわわ…カミナリこわい…やだよぉ…」

 

 タクヤ「……何してんの?お前…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「んで、カミナリが怖いから眠れないと…そういう事だな…」

 

 ユウキ「…う、うん」

 

 ユウキは何故かオレのベットでくるまって顔だけ出していた。

 

 タクヤ「お前なぁ…深刻そうな顔してたからどうかしたんじゃないかと思ったオレがバカだった…。とりあえず、部屋戻って寝ろ!」

 

 ユウキ「やだやだやだやだ!!1人になると怖いもん!!

 カミナリ怖いもん!!やだもん!!タクヤ助けてよ!!」

 

 タクヤ「オレでも出来る事と出来ねぇ事があるんだよ!!

 目ぇ瞑ってりゃあいつか寝れるから我慢しろっ!!」

 

 オレは無理やりベットからユウキを引っ張り出し、部屋から追い出そうとした。

 

 ユウキ「ムリムリムリムリ!!だってボクまだ12歳だもん!!中学1年だもん!!」

 

 タクヤ「どおりでそんな幼児体型してると思った!!早く寝ねぇと成長出来ねぇぞクソガキ!!!」

 

 ユウキ「誰が幼児体型だぁぁっ!!!」

 

 タクヤ「ぐおっ!!?」

 

 オレはユウキからドロップキックを食らい壁に顔をめり込ませられた。

 圏外だったら普通にダメージ判定されるぞ…これ…。

 

 タクヤ「…じゃあどうすりゃいいんだよ?」

 

 ユウキ「…朝までずっと一緒にいて…」

 

 タクヤ「やだ」

 

 ユウキ「だってぇ…だってぇ…カミナリ怖いもん…うう…」

 

 ユウキはうずくまって動こうとしない。こりゃダメだな。

 

 タクヤ「…はぁ…わかったわかったよ…ったく、今日だけだかんな!」

 

 ユウキ「!!…ありがとう!!タクヤ!!」

 

 タクヤ「明日も早いんだ。ベット使っていいから早く寝ろ!」

 

 ユウキ「ありがと…でも、タクヤは?どこで寝るの?」

 

 タクヤ「ソファで寝るよ。替えの布団あるから気にすんな。」

 

 ユウキ「……」

 

 オレはストレージから替えの布団を取り出し、ソファで今度こそ寝ようと思ったが…

 

 ユウキ「…タクヤ」

 

 タクヤ「あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「…一緒に…寝よ…?」

 

 タクヤ「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてこうなってしまったんだろう。

 日頃の行いは割といい方だと思うんだが。

 今日は1日中穴の中にいて、帰ってきたと思ったらユウキが寝れないだの言ってきて、今日だけで1週間分ぐらいの疲れが溜まった気がする。

 そして、これが一番の原因だ。

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「…」

 

 オレ達は今1つのベットを2人で寝ている。なんかオレとしても何故か緊張している為、ユウキの方に顔を向けられない。

 

 タクヤ(「落ち着けぇオレ…!これはあれだ、そう!子供をあやしてるお母さんの気持ちになればいいんだ!…ってそんな気持ち知らねぇ!!」)

 

 ゴロロロロ

 

 ユウキ「ひっ」

 

 タクヤ「!!?」

 

 ユウキは雷に怯え、オレの背中に引っ付いてきた。

 

 タクヤ(「いや、マジで落ち着け…相手はユウキだ…中学1年だ…何も焦ることはない…。…ってこれ…下手したらやばい図になるんじゃ…!!」)

 

 ユウキ「…ごめんね…タクヤ…」

 

 タクヤ「は?」

 

 ユウキ「やっぱり…迷惑だよね…」

 

 タクヤ「……」

 

 ユウキ「…ボク、部屋に戻るね…」

 

 ユウキがそう言って布団から出ようとするのを俺は止めた。

 

 タクヤ「…まだ雷鳴ってんぞ。怖ぇんなら遠慮すんな…。

 年下に遠慮されると立つ顔がない…」

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 タクヤ「わかったら、早く布団中戻れ…。寒いからよ…」

 

 ユウキは黙って元いた位置に戻った。

 

 ゴロロロロ

 

 雷はまだ鳴り続けている。ユウキも雷が鳴る度に引っ付いてくる。

 だが、もうそんなのはどうでもいい。もう疲れた。

 

 ユウキ(「…あったかい…」)

 

 オレ達は次第に夢の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年12月16日 06時40分 第2層 宿屋内

 

 sideユウキ_

 

 ボクはいつもタクヤより先に起きて、タクヤを起こすのが毎日の日課になっていた。

 タクヤって寝たら全然起きないし、起こしても二度寝したりするし、結構めんどくさい性格をしている。

 

 ユウキ「ファァァ…」

 

 今日もいつも通りタクヤより先に起きた。

 でも、今日はいつもと少し違う目覚めだった。

 

 ユウキ「……///」

 

 タクヤ「スゥ…スゥ…」

 

 そう…今日ボクはタクヤの隣で目を覚ましたのだ。

 

 ユウキ(「変に意識しちゃダメダメ!!

 とりあえず、朝ごはんどうしようかな…

 NPCのレストランはもう飽きちゃったし…うーん…」)

 

 ボクはそっとタクヤが起きないようにベットを出て、朝ごはんをどうするか悩んでいた。

 

 ユウキ「そうだ!自分で作ればいいんじゃん!!ボクあったまいい〜」

 

 そうと決まれば早速買い出しだ。

 こういう時ゲームだと24時間お店が開いてるから便利だよねー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年12月16日 07時25分 第2層 宿屋キッチン

 

 ユウキ「さて!何を作ろうかな〜」

 

 とりあえず市場でいろいろな食材を買ってきた。

 これだけあればそれなりの物が出来ると思う。

 

 ユウキ「じゃあ無難に目玉焼きつくろ〜!」

 

 ボクは卵を1つ取り出し、熱したフライパンの上に卵を投入。

 

 ピローン

 

 ユウキ「えっ!もう出来たの?早いな〜…。これだったら楽勝…」

 

 フライパンの中身を見てみるとそこにはとても目玉焼きとは言えないような黒炭が出来上がっていた。

 

 ユウキ「な、なにこれ?どうしてこうなったの?

 …とりあえずこれは捨てなきゃ…」

 

 もう一度チャレンジしてみた。結果はさっきのと一緒だった。

 

 ユウキ「えぇ!!どうして!?なんで黒焦げになっちゃうの!!?」

 

 その後も、何度も試してみたが結果は変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年12月16日 08時00分 第2層 宿屋内

 

 sideタクヤ_

 

 タクヤ「ふぁっはぁぁぁあっ」

 

 オレは大きなあくびをあげながら、隣に目をやる。

 既に隣にはユウキはおらず、おそらく自分の部屋にいるのだろう。

 

 タクヤ「そう言えばアイツ…起こしに来なかったなぁ」

 

 オレは少々気になり部屋を後にしてユウキの部屋に来た。

 

 コンコン

 

 タクヤ「ユウキーいるのかー…」

 

 シーン

 

 タクヤ「いないのか…じゃあ、どこ行ったんだ?あいつ…」

 

 とりあえず宿屋内を探す事にしたオレはあちらこちらと回った。

 けれど、どこにもいない。

 

 タクヤ「後探してないのは…キッチンか?」

 

 宿屋のキッチンを使うにはそれ相応のコルが必要になる為、ほとんどの人は使わない場所だ。

 

 タクヤ(「まさかあいつ…料理してんのか?

 この世界の料理はスキル値で全てが決まる…

 スキルなんか取ってねぇ奴が料理なんかしたら…」)

 

 それを考えただけで背筋が凍るような寒気がした。

 オレはキッチンに向かった。そこには危惧していた事が起きていた。

 

 タクヤ「ユ…ユウキ…?」

 

 キッチンの隅にうずくまっているユウキに声をかける。キッチン内は料理の失敗らしきものが散乱していた。

 

 タクヤ「ど…どうしたんだよ?そんな所にうずくまって…」

 

 ユウキ「…タクヤぁ…」

 

 顔を上げたユウキは涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

 大方予想通りの結果だ。

 

 ユウキ「グズ…今日、タクヤに昨日のお礼も兼ねて…朝ごはん作ってたんだけど…全然上手くいかなくて…それで…」

 

 ユウキの厚意は素直に嬉しかった。

 結果は散々だが、オレはその気持ちだけで十分だった。

 

 タクヤ「このゲームは料理もスキル値によって出来る料理が増えていくんだよ…。最初はだいたいこんなもんさ。そう落ち込むなよ…」

 

 ユウキ「でも…ボク…いっつも迷惑かけてるし…今だってこんなに散らかしちゃって…もうやだよ…」

 

 タクヤ「ユウキ…」

 

 この時、オレは何をしているんだろうと思った。

 でも、こうせざるを得なかった。このままじゃダメだと思った。

 だから…

 

 

 

 

 

 

 

 オレはユウキを抱きしめた。

 

 ユウキ「!」

 

 タクヤ「お前の気持ちは受け取った。

 料理だってこれから練習すればいいじゃないか…。

 迷惑だっていっぱいかけてくれてかまわない…。

 オレはそれだけユウキに信頼されてるって事だろ?

 だったら、もっとかけてくれよ。まだお前は子供なんだ。

 わがままだって言っていいんだ。今はオレが受け止めてやる…。

 だから、顔を上げてくれ。

 ユウキがそんな顔してちゃオレまで暗くなっちまうよ。」

 

 ユウキ「タクヤぁ…」

 

 タクヤ「ちゃんと見てるから…。元気だせ…。なっ?」

 

 オレは抱きしめたままユウキに語りかけた。

 それをユウキは黙って聞いてくれている。

 ユウキだって本来なら楽しい日々が続いてたはずなんだ。

 それをオレの兄貴がこんな事して…それを奪っちまった。

 今のオレにはこれくらいしかしてやれる事はない。

 でも、それでユウキが元気になってくれるならいくらだってしてやる。

 

 ユウキ「タクヤぁ…ごめんね…ごめんね…ぅぅ、うわぁぁぁん!!!」

 

 とうとうユウキは盛大に泣き始めた。

 

 タクヤ「今は思い切り泣け…。涙が枯れるまで泣け…。

 そして、またいつもの元気なユウキに戻ってくれ…。」

 

 ユウキ「タクヤ…!!タクヤ…!!うわぁぁぁぁぁん!!!!」

 

 しばらくキッチンにはユウキの泣き声が鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年12月16日 10:05 第2層 草原フィールド 安全エリア

 

 あれからしばらくユウキは泣き続けたが、今は見る影もなく元気になっている。オレ達はレベリングを兼ねてフィールドに出ていた。

 

 ユウキ「…さっきはありがとね」

 

 タクヤ「気にすんな」

 

 今日は風が心地よくこのまま寝転がって静かに時間を送りたいものだ。

 だが、そんな事をしてる余裕などありはしない。

 トップランカー達が今この時も、クリアを目指して頑張っているに違いない。キリトだって…アスナだって…。

 

 ユウキ「風が気持ちいいねぇ…」

 

 タクヤ「そうだな…」

 

 とは言ったもののほんの少しだけ…こんな時があってもいいんじゃないだろうか。そうだ、あっていいんだ。

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 タクヤ「ん?」

 

 ユウキ「タクヤってさ…リアルの話になっちゃうけど…兄弟とかっている?」

 

 タクヤ「…あぁ、いるよ。年の離れた兄貴と弟が…」

 

 ユウキ「そっか…ボクもね、双子のお姉ちゃんがいるんだ。

 このゲームも2人で買ったんだけど、姉ちゃんがちょうどその日に友達の誕生会に呼ばれてて帰ってくるまで待っててって言われたんだけど…ボク、我慢出来なくてさ…先に始めちゃったんだ。

 そうしたら、閉じ込められちゃって…。

 あの時ちゃんと姉ちゃんの言いつけ守ってたらこんな事になってないんじゃないのかなーって…時々思うんだ…」

 

 タクヤ「ユウキ…」

 

 ユウキ「でも、ボクは後悔してないよ!

 だってこの世界はこんなに綺麗なんだもん!

 まぁ、死んじゃうのは嫌だけどさ…。それにタクヤに出会えた。

 キリトやアスナ…他にもいろんな人に出会えた。

 ここに来なくちゃ会えなかったんだから後悔はしてない…」

 

 タクヤ「…オレも最初はここがどれだけ凄い世界なのか、この世界にどれだけの…それはもう全てを捨ててまでの価値があるのか…、それを知りたかっただけだった。」

 

 両親の死にすら目もくれずこの世界を作った茅場晶彦…兄貴は一体どんな気持ちでいたのか…どうしてこれをオレに送ってきたのか…

 それがこの世界に来てみれば分かると思ってたけど、まだその答えは見つかってない。そもそも、答えがあるかどうかも分からない。

 

 タクヤ「オレもユウキやキリト…みんなと出会えて良かったと思う…」

 

 それだけは兄貴に感謝しなきゃいけない。

 

 ユウキ「ふふっ!そっかぁ…」

 

 タクヤ「あぁ、そうだ」

 

 またこれからたくさんの楽しい事…辛い事…苦しい事…悲しい事が起きるだろう。でも、仲間達と一緒なら何だって乗り越えられる気がする。

 

 タクヤ「よし!休憩終わりっ!レベリング続けるぞ!」

 

 ユウキ「うん!!」

 

 オレ達ならできる…。このゲームをクリアして、そして…

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「グズグズすんなよ?今日中に1レベ上げたいからな」

 

 ユウキ「タクヤこそ!ボヤボヤしてると取っちゃうからね!」

 

 

 

 

 いつかみんなでオフ会が出来たら楽しいだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 




どうだったでしょうか?これはちょっとほのぼのとした回であったと思うんですが、イマイチなにか掴めてないような気がします。
これからも勉強してもっと上手に書けたらなと思いました。

では、また次回!


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【5】芽生え始めた気持ち

とりあえず5話ということで…
今回はついにアレが出てきます!



ではどうぞ!


「…や」

 

「ん…」

 

「…く…や…」

 

「ん…あと5分…」

 

()()おきろ」

 

 拓哉「んあ…?」

 

 おぼろげに見た天井はどこか懐かしく感じさせるものだった。

 

「早く下に降りてこい。母さんに怒鳴りつけられるぞ」

 

 拓哉「…わかった」

 

 オレは寝ぼけた頭を起きし、1階のリビングに向かった。

 

「やっと起きたわね!早くしないと遅刻するわよ!」

 

 拓哉「わかってるよ…」

 

 席に座ると目の前にはトーストとスクランブルエッグが並べられ、オレはそれを手に取り、食べ始める。

 

 ピンポーン

 

「ほら!あんたがグズグズしてるから来ちゃったわよ!…はーい!」

 

「おはようございます!拓哉起きてますかぁー?」

 

「ごめんねぇ、あの子ついさっき起きたのよ。上がって待っててくれる?」

 

「いいですよ!お邪魔しまーす」

 

 誰かが家に上がってきたようだ。寝ぼけた頭では何も考えられない。むしろ、考えたくない。

 

「拓哉ーおはよー!相変わらず寝坊助なんだね!」

 

 入ってきたのは1人の少女だった。俺の通う学校の制服だが、()()()年下の後輩だろう。

 

 拓哉「るっせーな…朝は苦手なんだよ」

 

「そんな事を言って〜また夜更かししてたんでしょ〜?バレバレだよ」

 

「おはよう…()綿()()君」

 

 木綿季「あっ!お兄さん、おはようございます!」

 

 木綿季と名乗られた少々は丁寧に挨拶を済ませ、俺の前の席に腰を下ろした。

 

 木綿季「ほらぁ拓哉!早くしないと遅刻するってばぁ!」

 

 拓哉「わかったわかった!着替えてくるから待ってろ…」

 

 そう言ってリビングを後にし、自室で制服に袖を通す。

 ようやく頭が回ってきた。オレは寝癖を直しながら、今日の時間割を見て教科書やノートを鞄の中に入れていく。

 

 拓哉「今日は第8層のフリーベンでクエストを消化して余った時間は素材…集め…を…」

 

 何かが変だ。

 

 拓哉「あれ?オレは確か…」

 

 ここは見慣れたオレの部屋…だが、どこか懐かしく感じるのは何故だ…。

 何がどうなっている?フリーベン…?クエスト…?素材…?

 

 木綿季「ねぇ!まだぁー?」

 

 拓哉「!!!!」

 

 思い出した…。オレは今…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()にいるんだ…!!

 

 バタン

 

 木綿季「もう!本当に遅刻しちゃうってば!!」

 

 拓哉「木綿季…ユウキ!!?」

 

 木綿季「…どうしたの?」

 

 拓哉「お前!こんな所で何やってんだ!早く戻られねぇと!!」

 

 とにかく今の現状が知りたい…。これは夢…か。こんな夢さっさと覚めろ!

 

 木綿季「戻るってどこに戻るの?」

 

 拓哉「アインクラッドだよ!だぁーくそっ!

 夢なのになんでこんなリアルなんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木綿季「夢じゃないよ」

 

 拓哉「は?」

 

 木綿季「ボク達、アインクラッドを100層まで攻略して戻ってきたじゃないかぁ…忘れちゃったの?」

 

 拓哉「な…何言ってんだよ…まだ8層しか…」

 

 木綿季「あぁ、懐かしいねぇ…あのフィールドは今でも覚えてるよ」

 

 拓哉「…っ!!?」

 

 何がどうなっている。クリアした?アインクラッドを?いつ?

 だが、これが夢だって事は()()に言えるんだ。

 

 拓哉「お前が目を覚ませっ!!ここが本当に現実なら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレの母さんがいるわけないんだ!!!!」

 

 突如、世界は暗転しオレは1人、闇の中に閉じ込めれた。

 

 タクヤ「!!…いつもの装備だ!!…でもここは…!!」

 

『あなたがわるいの』

 

 タクヤ「!!」

 

『おまえがわるいんだ』

 

 闇の中から声が聞こえる。辺りにはそれらしい人や物はない。

 完全なる闇の世界だ。

 

『おまえがもっとはやくきていれば』

 

 タクヤ「誰だっ!!姿を現しやがれ!!」

 

 オレは背中から剣を抜き、辺りを警戒する。

 

『あなたがそのけんであいつをきっていれば』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『私/俺達は死なずに済んだのに…』』

 

 足元には母さんと父さんの形をしたバケモノがオレの足に絡みついてくる。徐々に体を這ってくるそいつらを払おうとするが、力が強すぎてビクともしない。

 

 タクヤ「くそっ!!こんな奴ら…!!」

 

『おれたちをきるのか?』

 

 タクヤ「!!?」

 

『こんどはあなたがわたしたちをころすの?』

 

 タクヤ「ち、ちが…」

 

 絡みついてくる力が強くなって行き、剣を落としてしまった。

 

『ゆるさない』

 

 タクヤ「く…そ…!」

 

 目の前が霞んできた。いよいよ本気でやばくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、オレの記憶はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ヤ…」

 

「う…うぅ…」

 

「…クヤ…」

 

「や…めろ…はな…せ…」

 

「しっかりしてタクヤ!!!!」

 

 タクヤ「…っ!!?」

 

 目が覚めるとユウキが心配そうにオレの顔を覗いていた。

 

 ユウキ「大丈夫?すごいうなされてたけど…怖い夢でも見たの?」

 

 タクヤ「ハァ…ハァ…ユウキ…ここは…」

 

 ユウキ「8層の主街区のフリーベンの宿屋だよ!」

 

 タクヤ「そう…か…そうか…良かった…」

 

 あの悪夢からは開放されたようだな。1日のスタートがこんなんじゃ幸先悪ぃな。

 

 ユウキ「タクヤ…本当に大丈夫?今日はゆっくり休んでた方がいいんじゃ…」

 

 タクヤ「いや…大丈夫だ…ちょっと悪ぃ夢見ちまっただけだから…。

 心配かけて悪かったな、ユウキ…。」

 

 そう…あれは夢だ。母さんと父さんはもう…この世には…いねぇ…

 

 ユウキ「それならいいんだけど…朝ごはんできてるから食べよ!」

 

 タクヤ「あ、あぁ…」

 

 オレはベットが出て席につき、ユウキが作ってくれた朝食に箸をつける。

 ユウキは失敗したその日から料理スキルをとり、毎日毎日練習を重ねていた。今では簡単な料理なら食べられる程、熟練度を上げていた。

 

 タクヤ(「…にしても、なんであんな夢…見ちまったんだ…」)

 

 ユウキ「タクヤぁ、今日はどうする?」

 

 タクヤ「え?どうするって?」

 

 ユウキ「ボク達、レベルも20代に乗ったし、そろそろ新しい武器とか装備を持たないとこの先苦戦すると思うんだ」

 

 確かに、レベルが20代に乗ってからというもの、なかなかレベルが上がらなくなっている。

 

 タクヤLv.23

 ユウキLv.21

 

 タクヤ「確かにそうだな…。武器の性能がステータスに追いついきれてないしな…」

 

 これまで自身のレベルアップに時間をかけて来たが、武器もそろそろ替え時かも知れない。合ってない武器を使うほど怖いものはないからな。

 

 タクヤ「それで?なにかあてがあるのか?」

 

 ユウキ「前にキリトから教えてもらったんだけど、この層の外れにある沼地の洞窟に片手用直剣が手に入るクエストがあるんだって!

 性能的にも11層ぐらいまでなら使えるんだ!!」

 

 タクヤ「じゃあ、今日はそのクエストをやるか…」

 

 

 

 

 

 

 

 2023年1月14日 10:25 第8層 密林フィールド

 

 オレはユウキの案内で片手用直剣が入手できるクエストがある洞穴へとやって来た。第8層は地面が存在せず、巨木が無数に立ち並んだ密林フィールドが主だ。

 その為、木々の間には吊り橋が無数に存在し、経路を作っている。

 その外れの洞穴にクエストがあるとは思わなかった。

 

 タクヤ「その洞穴にクエストがあるなんて聞いた事ないんだけど…」

 

 ユウキ「発生条件があって、片手用直剣使いが2人の時のみに出るってキリトが言ってたよ」

 

 タクヤ「そりゃあ…えらく限定的な条件だな…」

 

 ユウキ「βテストの時もやる人はほとんどいなかってさ」

 

 特殊な条件って事はそれなりに難易度が高いって事かもな。

 オレは1層からずっとアニールブレード+6(これ)を使っている。

 キリトにもそろそろ替え時だぞとまで言われたがオレは何故か

 手放さずに今に至る。

 だが、これからの戦いにおいて強い武器は必須だ。

 名残り惜しいがここで新しい剣を手に入れよう。

 

 ユウキ「ついたよ!」

 

 長い事歩いてようやく目的地に到着した。中はかなり広そうだ。

 

 タクヤ「!…あそこで座ってるじいさんがそうなのか?」

 

 ユウキ「きっとそうだよ!早く行こっ!」

 

 オレ達は洞穴の手前で腰掛けているNPCに声をかける。

 

 ユウキ「おじいさん…なにかお困りですか?」

 

 すると、頭の上にクエストマークが出現した。

 

『おぉ…旅の剣士様よ…どうか…わしの願いを聞いてくだされ…』

 

 

 

 

 

 

 じいさんの話によれば、この洞穴の最奥部に"マザーの樹液”という万病に聞く樹液があるそうだ。それを持って帰って来れば、剣が報酬として貰える。

 

『ただし、気を付けてお行きになって下さい…。

 中にはちと変わった化け物が住んでいる…。

 化け物の攻撃を食らってしまうと、体が動かなくなり、幻影を見せると言われておるのじゃ…』

 

 タクヤ「んー…麻痺攻撃か。消痺結晶持って行って置いた方がいいな」

 

 ユウキ「そうだね!じゃあ、おじいさん!行ってくるよ!」

 

 オレ達はじいさんと別れ、洞穴へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「やぁぁぁぁっ!!!!」

 

 グギャァァァッ パァァァン

 

 洞穴の中は植物型から昆虫型…森の中で見るようなヤツらばかりが生息していた。

 

 タクヤ「それにしても…数が多いな…!!」

 

 キシャァァァァ パァァァン

 

 ユウキ「んもうっ!!さっきから右を見ても左を見ても虫!虫!!虫ばっかり!!!!もうやだ!!帰りたーい!!」

 

 それほど嫌いなのだろう…さっきから昆虫型をオレにタゲを取らせるようにしているユウキ…。オレだって別に好きじゃねぇよ。

 

 タクヤ「とりあえず、マップによればこの先に安全エリアがある。

 そこまで頑張れ!!」

 

 ユウキ「うわぁぁぁぁぁん!!来ないでぇぇ!!!!」

 

 ユウキは泣きじゃくりながらモンスターを次々ポリゴンに変えていってる。もう、スピードに関しちゃオレより早いんじゃないだろうか。

 

 タクヤ「おい、ユウキ!あんまり急ぐと危ないぞ!」

 

 オレもユウキを追いかけて安全エリアに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年1月14日 11:35 第8層 洞穴ダンジョン 安全エリア

 

 ユウキ「…もう二度とここに来ない…」

 

 タクヤ「片手用直剣手に入れるまでの我慢じゃねぇか…」

 

 オレ達は安全エリアで難を逃れていた。

 

 グゥゥ…

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキ「…少し早いけどご飯にしよっか?」

 

 タクヤ「お前の体、正直だな…」

 

 ユウキは少し頬を染めながら慣れた手つきでストレージからバスケットを取り出した。

 

 ユウキ「今日は簡単なサンドイッチを作ったよ!色々作ったから食べて!」

 

 タクヤ「おう…じゃあ、頂きます…」

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「モグモグ…」

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「モグモグ…」

 

 ユウキ「……どう?」

 

 タクヤ「ん?…うまいよ」

 

 ユウキ「…はぁぁ、よかった〜…、てかタクヤ!何か言ってくれてもイイじゃん!」

 

 タクヤ「え?いや、いつも食べてる味だし…

 なんか特別な事でもしたのか?」

 

 ユウキ「…タクヤに聞いたボクがバカだったよ…」

 

 オレは意味がわからず、ユウキは何故か呆れ顔していた。

 何故か無性にイラッとした。

 昼飯も食べ終わり、再度ダンジョンを攻略しに行った。

 程なくして道が消え、広い空間に出た。

 

 タクヤ「ユウキ…気ぃ引き締めろよ…」

 

 ユウキ「わかってる!タクヤもね!」

 

 互いに背中合わせになり、全方向からの攻撃からも対処できるように構えながらゆっくり進む。

 

 タクヤ(「オレの索敵スキルにはバンバン引っかかんてんのに…

 何でこいつら襲って来ねぇんだ?」)

 

 俺の目の前には最低でも10体はいる。

 おそらく、ユウキの方にも同じぐらいいるだろうな。

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 タクヤ「わかってる…これじゃ迂闊にうごけねぇなぁ…」

 

 リーン… リーン… リーン…

 

 タクヤ「…なんだ?この音…」

 

 ユウキ「音?…そんなの聞こえないけど…」

 

 リーン… リーン… リーン…

 

 タクヤ「いや、確かに聞こえる。鈴の音が…!!」

 

 グルルルルル…

 

 ユウキ「!!…タクヤ!!敵が来るよ!!」

 

 タクヤ「……」

 

 ユウキ「?タクヤ!どうしたの!?」

 

 目の前が暗くなっていく…。何も見えない…。

 何も聞こえない…。ここはどこだ…。ユウキ…?どこに行った…?

 

 ユウキ「タクヤ!!ねぇ!!どうしたの!!?しっかりして!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年1月14日 13:12 第8層 洞穴ダンジョン

 

 sideユウキ_

 

 それはあまりに突然の事だった。ボクには何が起きたのか分からない。

 さっきまでは普通に話してたのに、いきなり…なんで…

 

 ユウキ「タクヤ!!しっかりして!!タクヤっ!!」

 

 タクヤは何も答えてくれない…。HPはまだグリーンのままだ。

 おそらく死にはしないけど、このままじゃ…いずれ…

 

 ユウキ「とりあえず…ここから安全エリアまで逃げないと…!!

 モンスターを刺激しないようにそーっと…」

 

 グルルアァァァァ

 

 ユウキ「!!?」

 

 なんでこういう時に…!!タクヤを担いで安全エリアまで逃げようとした矢先、モンスター達はアクティブになりボク達に襲いかかってきた。

 いくら最前線と言ってもまだ8層…ボクらのレベルで抜けられない事はない。

 

 ユウキ「けど…!!何でこんなに…!!」

 

 タクヤ「ぁ…ぁ…」

 

 ボクは目の前のモンスターを次々斬り裂いていく。だが、また別のモンスターがポップして全然道が開かない。

 

 グルルアァァァァ

 

 ユウキ「きゃっ!!?」

 

 ボクは背後からモンスターの攻撃を受け、その拍子にタクヤの手を離してしまった。受け身も取らず、そのままタクヤは倒れた。

 すると、それを見たモンスターがタクヤに集まっていた。

 

 ユウキ「なっ!!?タクヤぁぁ!!!!」

 

 それでもタクヤは一向に動かない…。

 そして…

 

 

 

 グルルアァァァァ

 

 

 

 タクヤは無防備な状態で攻撃を食らい、ダメージを受けた。

 だが、それでもタクヤは動かない…。

 なされるがままタクヤはダメージを受け続ける。

 

 ユウキ「タクヤっ!!…やめろぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 この時、不思議と体が軽く感じた。行き良いよくタクヤの前まで詰めた。

 モンスターは驚き、後退する。でも、逃がさない…。

 

 ユウキ「君たちはやっちゃいけない事をしたんだ…!!

 だから…絶対に許さない!!!!」

 

 それは一瞬だ。ボクは最高速の剣技を叩き込む。

 

 片手用直剣スキル"シャープネイル”

 

 囲んでたモンスターはポリゴンと化し道を作る。

 

 ユウキ(「今の内にタクヤを…!!」)

 

 ボクはタクヤを担いで安全エリアへと逃げる事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「う…ぁ…」

 

 ユウキ「タクヤ…どうしちゃったの…?」

 

 ボクはタクヤを担いで安全エリアまで戻ってきたが、タクヤの容態が良くなる事はなかった。

 だとすれば、何が原因でこんなことになっているんだろう。

 

 ユウキ「う〜ん…どうすれば…。あっ!」

 

 

 _『"マザーの樹液”さえあればどんな症状の病気でもたちまちよくなり元気になる幻の樹液じゃ!…ただ、その万能すぎるが故なのか…マザーの樹木には強力な催眠作用があってのぉ…近づく者や怪物なども夢へと誘ってしまうのじゃ…』

 

 

 

 ユウキ「とかなんとか言ってた気がする!それをタクヤに飲ませたら良くなるかもっ!もしかしてこれってイベント?」

 

 ピッ

 

 すると、何かどこかで音が聞こえた。

 

 ピッ

 

 まただ。鮮明に聞こえるからすぐ近くなんだと思うけど…。

 

 ピッ

 

 ユウキ「!!…これ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カウント…ダウン…?」

 

 そのカウントダウンによると後30分残っているようだ。

 

 ピローン

 

 ユウキ「クエストが更新されてる…!!」

 

【カウント内まで最奥のマザーの樹液を飲ませなければ樹木の虜になってしまったプレイヤーのHPがすべて消えてしまう。】

 

 ユウキ「…え…」

 

 プレイヤーの…HPが…消える…?

 

 ユウキ「そ…そんな事しちゃったら…タクヤは…死んじゃ…」

 

 だめだ…その先は言っちゃ…だめだ。

 まだそうなるって決まった訳じゃない。

 あのタクヤが…そんなの考えられない。

 

「いくぞユウキ!」

 

 ユウキ「!!」

 

 タクヤが呼んでくれた気がした。でも、タクヤはまだうなされたままだ。

 ボクの視界が霞んでくる。手の甲に1粒…2粒と涙が落ちてくる。

 

 ユウキ「やだよ…」

 

「なにやってんだ?ユウキ」

 

 ユウキ「やだよ…」

 

「オレがお前を支えてやる…」

 

 ユウキ「そんなの…やだよ…!!」

 

「お前とならやれる…!!行くぞ!!ユウキ!!」

 

 タクヤにはいつも守ってもらっていた。

 ボクも力を付けて隣に立ってる気になってた。

 タクヤはボクよりも前へ…前へ…進んでいく。

 でも、タクヤは時々後ろを振り返ってくれる。

 ボクが遅かったら待っていてくれる。一緒に歩いてくれる。

 ボクこんなに大事だって…守りたい…って思ったの…

 もしかしたら初めてかもしれない。

 だから、今度こそ…ボクが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤを…救ってみせるっ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年1月14日 14:57 ???

 

 sideタクヤ_

 

 タクヤ(「何も見えない…何も聞こえない…何も感じない…オレは…」)

 

『…剣士タクヤ…』

 

 タクヤ(「誰だ…?この心が休まるような声は…」)

 

『あなたは今私と1つになっているのです…』

 

 タクヤ(「何が…言いたいんだ…?オレをここから…」)

 

『出せ…と言うのでしょう?ですが、戻った世界に一体…何があると言うのですか?』

 

 タクヤ(「何言って…」)

 

『あの終わらない悪夢に再び戻ってあなたは何がしたいのです?

 ここはあなたを休ませてあげられる唯一の場所…それが私です…』

 

 

 タクヤ(「休ませる…?そういえば…すげぇ。疲れたな…体も…心も…」)

 

『拓哉…』

 

 タクヤ「!!」

 

『拓哉…』

 

 タクヤ「父さん…母さん…」

 

『あなたが望めば全てを与えてあげるわ…』

 

 タクヤ「オレは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タクヤぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 タクヤ「!!?」

 

「待っててね!すぐに樹液持って帰るからっ!!」

 

 タクヤ「この…声…!!」

 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ザァン パァァァン

 

『来てしまったようね…私の誘いを()()()()()()…』

 

 ユウキ(「ボクはモンスターの大群を最奥にある"マザーの樹液”目掛けて薙ぎ払う。今は怖いものなんてない…あるとすれば、それは…」)

 

 

 ユウキ「タクヤは絶対に死なせてやるもんかァァァっ!!!!」

 

 キィィィン パァァァン パァンパァァァァン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「ユウキっ!!!?」

 

 

 

 

 

 

『とうとう来てしまったのね…』

 

 

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 ユウキ「ここが…」

 

 目の前には巨大な大樹がそびえ立っている。

 その切れ目から黄金の蜜が滴っていた。

 

 ユウキ「あれが"マザーの樹液”…!!あれを持って帰ればタクヤは…!!」

 

 

『そうはさせないわ』

 

 

 ユウキ「!!」

 

 マザーの樹木から黄金の光が放たれた。

 光の中から白のヴェールに身を包んだ女性が現れた。

 黄金の光を浴びながら、まるで女神のような佇まいでボクを見つめている。

 

『あなたに私の蜜は渡さないわ…これは言わば私の大事な子供達…。奪おうと言うなら私があなたを殺すまでよ!』

 

 ユウキ「その樹液がなきゃタクヤが助からないんだ!!絶対に渡してもらうよ!!」

 

 ボクは剣を構える。

 すると、辺りからモンスターは消え、光の障壁がボクと敵を包んだ。

 モンスターの名前は【ザ・マザーズシェキナー】

 シェキナーが光の弓矢を手に取り、狙いをボクに絞る。

 

『消えなさい!!』

 

 シェキナーから矢が放たれた。

 光の矢は一直線に向かってくるが、これを避けてシェキナーとの距離を詰める。

 

 ユウキ「やぁぁぁぁっ」

 

 ボクは片手用直剣スキル"ソニックリープ”を発動。

 それにより空いていた距離は一気に詰まり、シェキナーのどうに突き刺さる。

 

 ユウキ「まだだよ!!」

 

 すかさず、片手用直剣スキル"ホリゾンタル・アーク”を発動して追撃する。

 

 シェキナー『くぅっ』

 

 3本あるHPゲージは大きく下がった。

 

 ユウキ「このレベル差なら一気に行けるっ!!」

 

 シェキナー『…甘いわ』

 

 ユウキ「え?」

 

 一瞬のスキを突かれた。

 シェキナーの体から放たれた光の障壁がボクを後方へ吹き飛ばした。シェキナーは息付く間もなく無数の矢を放つ。

 これはボクのスピードで避けられるものだったが、このままではシェキナーに近づく事すら出来ない。

 

 ユウキ(「あの障壁ってダメージ判定あるんだね…。1発もらっただけなのに3割近く削られた…。やっぱりネームドモンスターだけの事はあるね!!」)

 

 シェキナーが攻撃の手を緩めると、その隙をついてもう一度距離を詰める。だが、シェキナーもバカではなかった。

 シェキナーは頭上に無数の矢を放つ。

 そして、それは流星群のように降り注いだ。

 

 シェキナー『流星の贈り物(ライズ・ミーティア)!!』

 

 ユウキ「くっ!!?」

 

 ランダムに放たれた流星群がボクを襲う。避けられない事はないが数が多すぎる。このままじゃいずれ直撃を食らうだろう、

 

 ユウキ(「!!…しまったっ!!?」)

 

 ボクはここに来て最悪のミスを犯した。 ただ闇雲に避けてたと思いきや、シェキナーはボクの動きを誘導して隅に追いやっていた。

 

 シェキナー『終わりね…』

 

 ユウキ「うわぁぁぁぁっ!!!!」

 

 流星群を避けきれなかったボクは直撃を受けた。

 1発の強さよりも数で攻めてきていた矢はみるみるボクのHPを削っていく。

 

 ユウキ「う…ぅ…」

 

 攻撃が止むのを確認してからHPバーに目をやるとあと数ドットでレッドゾーンに入りそうだった。すぐさまポーションを飲み回復する。

 

 ユウキ(「あ…危なかった…あと数発貰ってたらやばかったよ…」)

 

 シェキナー『さぁ…これに懲りたらここから立ち去りなさい…。蜜もあの男もあなたには勿体ないわ…』

 

 ユウキ「!!」

 

 そうだ…。今ここで戦っているのは、武器が欲しいんじゃない…。

 タクヤを救う為にボクは戦っているんだ。

 諦めたりなんかしない。タクヤなら絶対にそう言うから…。

 

 ユウキ「まだまだ!もういっちょ勝負だよ!!」

 

 シェキナー『呆れたわ…なら、望み通り今楽にしてあげるわ!!

 流星の贈り物(ライズ・ミーティア)!!』

 

 またしても先ほどの攻撃が放たれた。

 無数に降り注ぐ攻撃の回避パターンがどれだけあるのか分からないけど、

 そんな事関係ない…。

 

 ユウキ「はぁぁぁぁぁっ」

 

 ボクは剣で矢を叩き落とす。やはり、ダメージが少ないからまた思った事だが、普通の剣撃でも撃ち落とせるようだ。

 

 ユウキ「そうとわかれば…!!」

 

 剣撃で矢を落としながら徐々に距離を詰める。幸い、シェキナーの防御力は大した事ない。あと数発ソードスキルを叩き込めばクエストは終わる。

 だが、そんな簡単な事ではなかった。

 前にタクヤに注意しろって散々言われてたのに、またしてもやってしまった。

 それは徐々に近づくとシェキナーから矢を放たれた。

 

 ユウキ「うわぁぁぁぁっ!!」

 

 シェキナー『どうやら、ここまでのようね…』

 

 またしても、HPがレッドゾーンに入りかかっていた。

 

 ユウキ(「…ホント…ボクって、学習しないなぁ…

 これで何回目だよ…早くポーション飲まないと…」)

 

 ポーションを飲みながらカウントを確認する。あと12分…。

 このままじゃタクヤが…

 

 ユウキ「ボクにもっと力があれば…あんなヤツ…やっつけられるのに…

 もっと力が…!!タクヤを守ってあげられる力が…!!

 ボクはまだタクヤに何もしてやってない…!!タクヤを守りたい…!!

 ずっと近くで戦っていたい…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと側にいたいんだっ!!!!」

 

 ピローン

 

 ユウキ「!!?」

 

 何かのメッセージがボクの元に届いた。

 

【数値が一定以上に達しました。ユニークスキル"絶剣”を解放します。】

 

 ユウキ「え?」

 

 シェキナー『これであなたともお別れね…さようなら』

 

 シェキナーは止めの一撃を放った。

 今までよりも強くなった矢がボクに襲いかかってくる。

 

 ユウキ(「あんなのどうやって…」)

 

 キィィィン

 

 ユウキ「!!?…剣が勝手に…」

 

 ユウキの剣は紫がかったエフェクトを発している。

 特にソードスキルを発動してないにもかかわらずだ。

 

 ユウキ(「でも今は、これにかけるしかない!!お願い!!これであいつを倒して!!そして、タクヤを救って!!!!」)

 

 キィィィン

 

 ボクの声が聞こえたのだろうか…。

 エフェクトはその強さを増し、辺りを包み込む。

 

 シェキナー『!!あれは…いったい…!!』

 

 ユウキ「いっけぇぇぇぇっ!!!!」

 

 これが…タクヤを守る力の結晶…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶剣スキル"マザーズ・ロザリオ”

 

 そのスキルは超高速の突きを計11連叩き込むものだった。

 その1発ごとが通常のソードスキルを遥かに凌ぐ威力を秘めていた。

 シェキナーのHPをあっという間に全損させた。

 

 シェキナー『ば、バカな…私が…負けた…!!?』

 

 その最後の言葉を残し、シェキナーはポリゴンとなって空に消えていった。

 

 ユウキ「…はぁぁぁぁ…勝てた…勝てたよ…。

 はっ!それより樹液をっ!!」

 

 ボクは息付く暇もなく大樹を上り、マザーの樹液をゲットした。

 

 ユウキ「これでタクヤが…!!タクヤが…!!!!」

 

 ボクは疲れを忘れてタクヤの元に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 タクヤ「ここは…」

 

 どこか懐かしい匂い…オレはこれを知っている。

 

 タクヤ「父さん…母さん…」

 

『こっちにきなさい…』

 

『心配かけてしまったな…さぁこっちに…』

 

 オレは抵抗せず、手を伸ばす。だが、それを止める者がいた。

 後ろを振り返ってみるとそこには今までいつも一緒だったパートナーがいた。

 

 タクヤ「なんで…止めるんだ。行かせてくれ…」

 

「そっちには何も無いよ…」

 

 タクヤ「お前に無くてもオレには確かに目の前にあるんだ!!だから…」

 

「ダメだよ…そっちには何も無いんだよ…」

 

 タクヤ「…黙れよ…なんで…なんでオレがこんな目に遭わなくちゃいけねぇんだよ!!オレが何かしたのかよ!!どうしていつもオレの前から大切なものがなくなっちまうんだよ…オレはただみんなと一緒に生きて…」

 

「なら…ボクがいるじゃん…」

 

 タクヤ「っ!!」

 

「ボクが君の側にずっといるよ?絶対になくなったりしない…。

 ボクも君の側にいたいんだ…。例え、全てを失っちゃっても…

 ボクだけは必ず君の側にいるから…」

 

 タクヤ「…」

 

「だから…一緒に行こう…タクヤ!!」

 

 タクヤ「ユウキ…。あぁ…一緒に行こう!!」

 

 オレはユウキに手を引かれるまま歩き出した。

 そっと後ろを振り向くと父さんと母さんが優しい顔でオレに手を振ってくれていた。それにオレも応えた。

 

 タクヤ「バイバイ…父さん…母さん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く…や…」

 

「ん…」

 

「タクヤ!!起きて!!」

 

 タクヤ「んあっ!!?」

 

 なんとも間抜けな声を出しながらオレは飛び起きた。

 

 タクヤ「あれ…?ここは…?」

 

 ユウキ「タクヤぁぁっ!!!!」

 

 タクヤ「ちょっ!!な、なんだよユウキ!!?」

 

 起きて早々にユウキから抱きしめられ、何が何だかわからなかった。

 

 ユウキ「うぅ…よかったぁ…よかったよぉ…タクヤぁ…」

 

 タクヤ「…そっか、オレ、クエスト中に倒れたんだったな…。

 心配掛けたな…ユウキ」

 

 ユウキ「ホントだよ!!いきなり倒れちゃうからびっくりしたもん!!」

 

 タクヤ「悪かったよ…それより依頼の物は手に入ったのか?」

 

 ユウキ「うん!さぁ、早くおじいさんに渡しにいこっ!!」

 

 ユウキはどこか上機嫌な様子でオレの手を引っ張る。

 そういえば、夢の中でも誰かに手を引っ張られたような…

 記憶が曖昧の為、オレは考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ!これじゃこれじゃ!ありがとう!旅の剣士様!」

 

 入口に戻り、依頼の物をじいさんに渡すと報酬として片手用直剣を貰った。

 

 タクヤ「"マクアフィテル”…。クエスト報酬にしてはいい剣だな!」

 

 ユウキ「これすっごく手に馴染むよ!

 苦労したかいがあったね!タクヤ!!」

 

 タクヤ「なぁ…ユウキ…これ、オレが受け取っていいのか?」

 

 ユウキ「え?なんで?使わないと損じゃん」

 

 確かに、これだけの性能を持った武器はこの先でも重宝するだろう。

 だが、オレは今回のクエストで何もしていない。

 だから、これを受け取った時本当にオレが使っていいものなのだろうかという思いが込み上げてきたのだ。

 

 タクヤ「2本もあるんだ。インゴットにして強化の足しにすれば…!」

 

 ユウキ「ううん…それはタクヤのだよ。

 タクヤがいなきゃそもそもクエストは受けられなかったんだし…

 それに…」

 

 タクヤ「それに…?」

 

 ユウキ「…ううん!何でもない!そんなイイの使わないと勿体ないんだから!ねっ!」

 

 タクヤ「…ユウキがそう言うなら…」

 

 ユウキ「うんうん!素直でよろしい!」

 

 タクヤ「ぐ…今日は何も言えねえわ…」

 

 何もしてないのに文句を言うのは流石に気が引ける。

 今日は大人しく従っておこう。

 

「ほっほっほっ…それにしても旅の剣士様はお強いんじゃな。奥に樹液の番人がいたじゃろうに…あやつは来る者全てに催眠をかけるからのぉ…」

 

 ユウキ「あっ、でも、ボクには何も起こらなかったよ…どうしてかな?」

 

「催眠を打ち砕くには番人の誘いよりも心から愛する者が居れば催眠なんぞにはかからんて…それが剣士様が催眠にかからなかった理由じゃよ…」

 

 ユウキ「愛する…者…//」

 

 タクヤ「?ほら、早く行こうぜ…」

 

 ユウキ「う、うん!じゃあね、おじいさん」

 

「ほっほっほっ…これから少しずつ気づいていけばいいんじゃ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その気持ちに名が付くまでな…」

 

 




いかがだったでしょうか?
結構早い段階でマザーズロザリオをユニークスキルという形で出したんですが…さてさて次からどうしようか悩みものですね



では、また次回!


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【6】ギルド結成

第6話ですね
今日はユウキといったらこれだよねという話です
タイトルで分かるかな


では、どうぞ!


 現在のレベル

 タクヤLv.40

 ユウキLv.38

 

 2023年03月12日 09:00 第1層 はじまりの街 中央広場

 

 タクヤ「…ユウキ。本当にやるのか…?」

 

 ユウキ「当たり前じゃん!だから、こうやって待ってるんだから!」

 

 オレ達は数ヶ月ぶりにはじまりの街にやって来ていた。

 この場所で終わりが始まった場所…

 今でもここには約6割程のプレイヤーが存在している。

 今の最前線は25層…あと75層も存在している。

 一体いつこのゲームは終わるのか…。

 オレ達はいつになったらこの悪夢から目覚められるのだろうか…。

 ここに残っているプレイヤーの為にも…オレ達、攻略組が頑張るしか道は残されていないのだ。

 今ここに居るのもその一環だ。

 

 ユウキ「はぁやくだぁれかぁ来ないかなぁ〜」

 

 タクヤ「…一応アルゴに頼んで各層にビラをまいて回って貰ってるから来る奴は来るだろうけど…」

 

 オレはビラを一枚取り出し、溜息をつきながら見た。

 

【集まれ!!あの攻略組2人がギルドを立ちあげるぞ!!】

 

 タクヤ「…すごい安っぽい記事だな」

 

 ユウキ「そう?ボク、こういうシンプルなの嫌いじゃないけどなー」

 

 そう…オレ達は今日ここでギルドを結成しようとしていた。

 言い出したのは当然ユウキだ。数日前アスナはキリトと別れ、"血盟騎士団”なるギルドに入った。これはキリト曰く、

 

「アスナには皆を先導する素質がある。だから、信頼できる人からギルドに誘われたら入れって言っておいた。ソロには絶対的な限界があるからな…」

 

 タクヤ(「あいつが心配だったからアスナに頼んだけど、別れたって事はもう大丈夫…なんだろうな…」)

 

 ユウキ「う〜早く来ないかな〜…どんな人が来るんだろ〜…

 楽しみだな〜…待ちきれないよ〜…」

 

 タクヤ「もしもしユウキさん?確実に来るとは限らないからね?

 あくまで興味持って来たからすぐに加入とかしちゃダメだからね?」

 

 ユウキ「ぶー!そんなのわかってるよーだっ!!」

 

 絶対に分かってねぇだろうなぁ…

 とか思いながらもどんな奴が来るか気になるっちゃ気になる。

 

「あの〜…」

 

 ユウキ「!!もしかして…!!ビラを見て来てくれたのっ!!?」

 

「はい…!!そうなんですよ。

 あの攻略組の方がギルドを作ると聞いて…」

 

 タクヤ「あれで本当に来たのかよ…」

 

 あんなスーパーの広告の裏に書いた様なもので来るとは…

 

 タクヤ「っと…とりあえず…名前とレベルを…」

 

「あっ!はい!すみません!!」

 

 緊張しているのだろうか、若干落ち着きが見られない。

 

 シウネー「私はシウネーと言います!

 武器は両手長柄でレベルは27です!よろしくお願いします!!」

 

 深々と頭を下げたおっとりとしたシウネーなるプレイヤーは

 満面の笑みをオレとユウキに向ける。

 

 タクヤ(「レベルはそこそこ…、両手長柄ならスイッチの範囲も広く持てる…。」)

 

 ユウキ「シウネーさん!!合格っ!!」

 

 タクヤ&シウネー「「!!?」」

 

 ユウキはもの数秒でシウネーのギルド加入を認めてしまった。

 

 シウネー「ほ…本当ですか!!わぁ…」

 

 タクヤ「ユウキ!!ちょっとこっち来い!!

 シウネーさんはちょっと待ってて…」

 

 オレはユウキを呼び出し、シウネーが聞こえない距離まで来ると耳打ちをする。

 

 タクヤ「お前…もうちょっと考えてから行動しろっていつも言ってるだろうが…」

 

 ユウキ「うひゃっ!くすぐったいよ…それに近い…//」

 

 タクヤ「人の話を聞け!!そりゃあの人入れるのは別に反対しねぇけど、

 次からはもうちょっと考えてから結論を出してくれ。」

 

 ユウキ「うん…わかった…//」

 

 とりあえずユウキには注意しておいたし、こんなのがリーダーだったら締まるものも締まんねぇからな。

 

 タクヤ「お待たせ…シウネーさん。オレはタクヤ…これからよろしく!」

 

 シウネー「は、はい!!こちらこそよろしくお願いします…!!」

 

 まだ緊張は取れていないが、まぁその内慣れてくるだろう。

 オレ達3人は自己紹介を済ませ、次の人が来るまで喋っていた。

 

 シウネー「私…今まで攻略組って凄く遠い存在だって思ってたんですけど…このチラシを見て()()()()()()()()って書いてあって、一か八か行ってみようって思ったんです…」

 

 タクヤ「へぇ、レベルは問わないってそんな…」

 

 今なんでおっしゃいましたか?レベルは問わない?

 

 タクヤ「ユウキく〜ん…ちょっといいかな〜?」

 

 ユウキ「えっ!!?タクヤ何でそんな怖い顔してるのっ!!?」

 

 その後、オレはユウキの頭をゲンコツでぐりぐりした。

 

 ユウキ「うぅ…う…グス」

 

 シウネー「だ、大丈夫ですか?」

 

 タクヤ「大丈夫大丈夫…圏内だから死なねぇって」

 

 ユウキ「死ななくても痛いのは痛いんだぞ!!感覚的にだけど!!

 それでもこんないたいけな少女に暴力奮うなんてどうかしてるよ!!」

 

 タクヤ「へぇ?一体どこにいたいけな少女がいるのかな〜?」

 

 ユウキ「むっかぁぁっ!!あったまきた!!決闘《デュエル》で勝負だ!!」

 

 シウネー「あのー…」

 

 タクヤ「別に構わねぇよ?いつもみたいにピーピー泣かなかったらな」

 

 シウネー「あのー…」

 

 ユウキ「な、泣いてなんかないもん!!目にゴミが入っただけだもん!!」

 

 シウネー「あのー…」

 

 タクヤ&ユウキ「「なにっ!!?」」

 

 シウネー「ひっ…あのお客さんが…」

 

 シウネーはオレとユウキにビビりながらもケンカを止め、客の存在を教えてくれた。

 

「ど、ども…」

 

「はじめまして…」

 

 挨拶を交わされると、途端にさっきまでの事が恥ずかしくなってきた。

 ユウキも顔が赤いからおそらくオレと同じ気持ちだろう!!

 

 タクヤ「は…はははは…」

 

 ユウキ「と…とりあえず自己紹介してもらおうかな…」

 

 オレとユウキは石段に腰掛け2人の男性に目を向けた。

 

 ジュン「僕の名前はジュン!!武器は両手剣でレベルは33!!ビラを見てビビッときたんだよね!!よろしくお願いします!!」

 

 ジュンと名乗った元気溢れた少年はレベルも悪くない…。

 両手剣ならパワーがありそうだ。

 

 テッチ「僕の名前はテッチって言います。片手長柄を使っていてレベルは32です。ジュンとは前からコンビ組んでてギルドに入ろうって誘われたので来ました。よろしくお願いします!!」

 

 テッチと名乗った巨漢の男性は、全身の装備を見る限りタンク役をやっているだろう。これなら大抵の攻撃は防げるからな。

 2人とも戦力になるぞ…。

 

 タクヤ「彼らなら入れてもいいんじゃないか?ユウキ(リーダー)…」

 

 ユウキに顔を向けると横には苦痛というか悩み悶えているようだった。

 

 ユウキ(「んー…両手剣の子は前衛やってもらって…あ、でもボクも前衛だからかぶっちゃうだろうし…体がたくましい彼はタンクは決定…でも、ほんとうにこれでいいのか…う〜ん…」)

 

 タクヤ「はぁ…ダメだこりゃ…2人とも合格だよ。オレはタクヤ!

 …んでこっちの頭抱えたバカがユウキ、隣の落ち着いてる方がシウネー…。シウネーも今日入ったばかりだからみんなで仲良くやってくれ」

 

 ジュン「よろしくお願いします!!タクヤ、ユウキ、シウネー」

 

 テッチ「頑張ります!!よろしくお願いします!!」

 

 シウネー「よろしくお願いします」

 

 ユウキ「だから…こっちが…こうで…それで…」

 

 ビシッ

 

 ユウキ「いたっ」

 

 ユウキに難しい事をやれと言ったオレが馬鹿だったな。

 次からはオレがやろう。

 

 ユウキ「え?何?2人とも合格したの?わぁおめでとう!

 一緒に頑張ろうね!ボクはリーダーのユウキ!よろしくね!」

 

 ジュン&テッチ「「え?リーダー?」」

 

 2人に説明するのはめんどくさいなぁ…。

 とりあえず、昼飯時なのでオレ達は近くのレストランに寄って腹ごしらえをする事となった。あと2人ぐらい集まったらギルドクエストに行かなければならない。

 ギルドを結成するには第3層にあるギルドクエストをこなし、報酬のギルドフラッグを所持していなければギルドとして認められないのだ。

 

 ユウキ「そういえばさ…」

 

 タクヤ「なんだよ…」

 

 ユウキ「ギルドの名前決めてなかったよ!」

 

 シウネー「そうなんですか?」

 

 タクヤ「あぁ、ギルド作るってなったのがつい3日前だったからな…」

 

 ジュン「つい最近じゃん!!攻略組は決断も早ぇんだな!!」

 

 事実はただ単にアスナに対する嫉妬だった。

 偶然アスナに出会い、ギルドに入った事を知ったユウキは…

 

 ユウキ「ボクもギルドつくるつくる〜!!」

 

 と言った具合に地団駄を踏んで今に至るのだ。

 

 テッチ「じゃあ、名前を考えないとだね…」

 

 タクヤ「だな…でもなぁ…オレそういうの苦手なんだよなぁ…」

 

 ユウキ「実はボクも…3人は何かない?」

 

 ジュン「はい!はい!僕あるよ!名付けて"バーニングナイツ”!!

 どう?活かすだろ!!」

 

 シウネー「うーん…ないかなー…」

 

 ジュンの名前は無惨にも夢へ散った。

 それからことごとく却下され続けたジュンは真っ白に燃え尽きてしまった。

 

 タクヤ「まぁ、まだ時間はあるんだ…ゆっくり決めようぜ。

 さっ!そろそろ再開しようか?」

 

 ユウキ「そうだね!それじゃみんな!頑張っていこー!!」

 

「「「「おぉぉっ!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年03月12日 13時10分 第1層 はじまりの街 中央広場

 

 ユウキ「来ないねー…」

 

 シウネー「来ませんね…」

 

 そう簡単に来たら苦労はしない。

 むしろ、3人も集まっただけでも驚きだ。

 

 ジュン「暇だなー…」

 

 テッチ「まぁまぁ、そう言わないで…」

 

 確かに、こう何もないと暇を持て余してしまう。

 だからと言って、ここを離れた後に加入希望者が来てしまったら本末転倒だ。ここは我慢して待つしかあるまい。

 

「あのーちょっといいですかぁ?」

 

 ユウキ「来た!!…て、酒くさっ!!?」

 

「す、すみません…!だから、あれほど飲まないように言ったじゃないですか!!」

 

「いいじゃん別にー…私は飲みたい時に飲むのー!!あっははは!!」

 

 オレ達の所に来たって事は加入希望者なのだろう…

 ただ、1人の女性は酒を煽っており連れの男性に肩を貸してもらいながら千鳥足で歩いている。

 

 タルケン「申し訳ありません…。わたくしはタルケンと言います。

 武器は両手長柄でレベルは30になりました。そしてこちらが…」

 

 ノリ「どーもぉ!!私はノリって言いマース!!武器は両手斧でーす!!

 レベルはタルケンと同じ30でーす!!みなさんよろしくー!!」

 

 タルケンを名乗ったプレイヤーはミドルレンジが得意そうだ。シウネーと組んでもいいかも知れない。

 ノリと名乗ったプレイヤーは性格はともかく、女性が両手斧を使うとは意外だった。彼女もミドルレンジで期待できるかもしれない。

 酒癖は今度から直していけば問題ないだろう…多分…。

 

 タクヤ「じゃあ、2人ともこれからよろしく!オレはタクヤ。

 んで左からジュン、テッチ、シウネー…そして、オレらのリーダーのユウキだ」

 

 ユウキ「よろしくね!2人とも!」

 

 タルケン「ひゃっ、よ、よろしくおねがいしまひゃ…!!」

 

 ノリ「いい加減女の子と話す時舌噛むの治しなさいって!!」

 

 タルケン「そ、そんな事言われましても仕方ないじゃないですか…」

 

 ユウキ「まぁまぁ、これでボク達はギルドの仲間だ!!

 ホントに集まってくれてありがとう!!

 このメンバーでこれから攻略組として参加するからみんな頑張っていこー!!」

 

「「「おぉぉっ!!!!」」」

 

 こうしてオレ達7人はギルドとしてこのゲームを攻略するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年03月12日 21時42分 第20層 主街区 宿屋

 

 タクヤ「じゃあ、明日の11時に3層に集合な!」

 

「「「了解!!」」」

 

 オレ達は初めてのパーティ戦に20層のフィールドでモンスター相手に実践練習を行っていた。

 驚いた事にみんな、レベルなどお構いなく体のみのこなしだけでモンスターを掌握していたのだ。

 全員が+5ほどは実レベルよりも高い。

 装備もそう珍しいものでもなくだ。

 連携もしっかりしてたし、この分だと全員で攻略組に名を馳せる事も夢ではなくなってくるな。

 

 ユウキ「みんな…もう行っちゃうの?」

 

 オレ達はフィールドから帰ってきた後、レストランで歓迎会を開きつい今しがた会を終えたところだ。

 

 シウネー「私達もこれからユウキとタクヤさんと行動を共にしますので自分のホームや友人に挨拶しておこうかと…」

 

 ジュン「僕とテッチもそうなんだ!」

 

 タルケン「私もノリをホームまで送ってから挨拶回りと考えています」

 

 テッチ「本当に大丈夫か?」

 

 タルケン「いつもの事ですから…」

 

 タクヤ「まぁ…頼んだよタルケン」

 

 ノリは完全に泥酔しておりタルケンがホームまで送ってくれる。

 

 タクヤ「みんなも気をつけて帰れよ…ほら、ユウキも…」

 

 ユウキ「うん…みんな!明日もちゃんと来てね!おやすみ!!」

 

 シウネー「はい!!じゃあまた明日!!」

 

 ジュン「ばいばーい!!」

 

 タルケン「失礼します!!」

 

 みんなそれぞれのホームへと帰っていった。

 

 タクヤ「ユウキ…オレ達も帰ろうぜ」

 

 ユウキ「ねぇ、タクヤ…」

 

 タクヤ「ん?」

 

 ユウキ「今ボク…すっごく楽しいよっ!!!」

 

 タクヤ「…そうか…オレもだ!」

 

 確かに、この世界に来てこんなに賑やかだったのは初めてだった。

 ギルドっていうのも案外悪くないかもな。

 

 ユウキ「じゃあ、帰ろっか?」

 

 タクヤ「そうだな、今日は疲れた…」

 

 オレ達は自分のホームへと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年03月13日 11時00分 第3層 洞窟ダンジョン

 

 今日オレ達はギルドフラッグを入手する為第3層にやって来ている。

 ギルドフラッグがなければギルドとして認めてもらえない為、これはギルドを作るにあたっての必須条件だ。

 

 ユウキ「じゃあ、これからギルドフラッグのクエストをやるよ!!

 さっき伝えた通りフォーメーションは前衛がボクとタクヤ…タンク役がテッチとジュン…後衛がシウネー、タルケン、ノリだよ!!

 ジュンとタクヤはタンクと前衛をスイッチね!!」

 

 タクヤ&ジュン「「了解」」

 

 ユウキ「後衛の3人だけど常に回復できる準備と逃走経路を把握しててね!!」

 

 シウネー&タルケン&ノリ「「「了解!!」」」

 

 ユウキはたった1日でずいぶんリーダーらしくなっちまったな。

 

 ユウキ「じゃあ、いっちょやろう!!!!」

 

「「「「「「おぉぉっ!!!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年03月13日 11時35分 第3層 洞窟ダンジョン内

 

 シウネー「だいぶ歩きましたね…」

 

 テッチ「うん…だけど、全然それらしい敵がいないね」

 

 歩く事35分…オレ達は討伐対象であるモンスターを探しながらダンジョンを探索しているのだが、それらしいモンスターは全く現れず、ただ奥へと進んでいるだけだった。

 

 ジュン「あー!!なんかすげー不完全燃焼だー!!」

 

 ノリ「あー私も酒飲みたくなってきたー」

 

 タルケン「み、みなさん!下層だからって油断は禁物ですよ!」

 

 タクヤ「あぁ、タルケンの言う通りだ。

 周囲に警戒しながら先に進もう…」

 

 とは言ったものの、こう何も起きずに時間だけが進むのは肉体的にも精神的にも疲労を感じてしまう。

 ユウキ「…よし。みんなちゅうもーく!!」

 

 一同「「?」」

 

 ユウキ「ここからモンスターを誰が1番倒せるか勝負だよ!

 ビリになった人は今日の祝勝会を奢りだからね!」

 

 一同「「えぇっ!!?」」

 

 グルァァァッ

 

 ユウキ「じゃあ!よーい…ドン!!」

 

 キィィン パァァン

 

 ジュン「あっ!抜けがけずりー!!」

 

 ユウキ「ちっちっ…勝負の世界にずるいなんてないんだよ、ジュン!」

 

 タクヤ「…ったく」

 

 テッチ「これは負けてられないね」

 

 シウネー「私も頑張りますよ!」

 

 みんなの警戒が緩んだわけではない。

 こういうちょっとした遊びは普通のゲームなら当たり前の事だ。

 ユウキはこんな世界でも楽しむ気持ちを忘れていない。

 それにみんな、感化され、思い出したのだ。

 ゲームは友達と楽しくやる事を…。

 そういう所はオレも見習わなくちゃいけない。

 

 タクヤ「よしっ!やるか!!…それにちょっと試したい事あるしな…」

 

 それからオレ達は、現れたモンスターを誰が1番倒せるかという小さな目標を得て、洞窟の奥へと先程よりも早いペースで進んでいった。

 

 タルケン「これで5匹目です!!」

 

 ノリ「甘いね〜こっちは7匹目だよ〜」

 

 シウネー「みなさんすごいですね…私なんかまだ4匹なのに…」

 

 タクヤ「気にするなシウネー…。ユウキはあぁ言ったけど今日はオレの奢りだから…」

 

 オレは他には聞こえないようにシウネーに耳打ちした。

 確かに、みんな実践慣れしてるが個人差がある。

 それにこの中じゃシウネーは1番レベルが低いからな。

 こればっかりはしょうがない。

 

 シウネー「いいですか?…タクヤさんはもう10体以上倒してるのに…」

 

 タクヤ「あぁ、元々そのつもりだったしな…でも、だからって手は抜くんじゃねぇぞ?」

 

 シウネー「はい!!自分なりに精一杯頑張ります!!」

 

 タクヤ「おう!!その調子だ…」

 

 とりあえずこれで大丈夫だろ…オレもあれやるか…

 

 シュゥゥン

 

 ユウキ「あれ?タクヤ…武器を外してどうしたの?」

 

 タクヤ「ん?ここのレベル差なら問題ないからな…熟練度上げだよ」

 

 ユウキ「何の熟練度?」

 

 グルァァァッ

 

 タクヤ「これだよっ!!」

 

 オレは現れたモンスターの間合いに入り込み、拳を浴びせた。

 

 ジュン「な、殴った!!?」

 

 テッチ「でも、殴ってもダメージ判定ないんじゃ…」

 

 だが、テッチの言葉とは真逆にモンスターはポリゴンとなって四散した。

 

 ユウキ「えぇっ!!?何それっ!!」

 

 タクヤ「へっへっへっ…オレが身につけた"体術”スキルだ」

 

 タルケン「そ、そんなスキルがあるなんて…!!」

 

 ユウキ「そんなのいつの間に取ったの!!?」

 

 タクヤ「2層に上がってすぐだったな、アルゴに面白いクエストがあるって聞いて行ってみたらこれだよ…」

 

 オレは拳を見せながらモーションをとる。すると、拳にエフェクトが発生し、スキルが発動する。体術スキル"正拳突き”

 

 ユウキ「えぇ〜ずっと一緒にいるのになんで誘ってくれなかったの!!」

 

 タクヤ「誘ったじゃねぇか?でも、あの時断っただろ?」

 

 ユウキ「あ…」

 

 タクヤ「まぁ、まだ実戦では使い物にならないしな…。

 だから、こういう下層で熟練度上げしてるって訳!」

 

 ノリ「流石は攻略組だね!!私達より全然すごいや!!」

 

 シウネー「それにユウキだってもう20体ぐらい倒してて1番ですからね…」

 

 ジュン「うぉー!!僕も負けてられないぜぇ!!」

 

 ユウキ(「…そういえば、この前追加された絶剣スキル…

 何度試しても使えなかったんだよね…どうしてだろ?」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年03月13日 13時10分 第3層 洞窟ダンジョン内 最奥部

 

 ユウキ「ここだね…」

 

 タクヤ「あぁ…みんな陣形を整えて!!行くぞっ!!」

 

「「「おぉっ!!」」」

 

 扉を開き最後の部屋へと足を踏み入れる。

 中央でボスが待ち構えていた。

 

 グオォォォォォッ

 

 HPバーは3本だが、レベルは10となっている。

 やはり、第3層じゃあこんなものか…。

 

 タクヤ「落ち着いてやれば確実に倒せるからな」

 

 ジュン「よーし!!やるぞぉ!!」

 

 ボスが痺れを切らして先制攻撃を仕掛ける。

 武器は両手斧を有しており、パワー型と言った所だ。

 

 ユウキ「テッチ!!タンク頼んだ!!」

 

 テッチ「まかせてっ!!」

 

 ガキィィン

 

 鈍い音が部屋中に響き渡っている。

 テッチの金属製の盾がボスの攻撃をはじき、後退させる。

 

 テッチ「スイッチ!!」

 

 ユウキ&ジュン「「おっけー/了解っ!!」」

 

 キィィン

 

 2人はソードスキルを発動させ、追撃に入った。

 

 グルァァァッ

 

 ノリ「これだったら楽勝だねっ!!」

 

 タルケン「わたくし達も行きましょう!!」

 

 後衛の3人も攻撃を仕掛ける。

 

 ボスはモーションを起こし、ソードスキルの態勢に入る。

 

 タクヤ「テッチ!!もう1回タンクやれるか?次は2人でやるぞ!!」

 

 テッチ「了解!!」

 

 オレとテッチはボスのソードスキルを全力でパリィする。

 ボスも思わず態勢を崩し倒れた。HPも残り2割といった所だ。

 

 タクヤ「今だ!!全員アタックだ!!ソードスキルも遠慮なく使ってくれ!!」

 

 そして、オレ達はソードスキルの集中攻撃を決め、見事ボスを倒したのだ。

 後は報酬のギルドフラッグを手にいれるだけだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年03月13日 19時00分 第20層 主街区 レストラン

 

 ユウキ「えー…コホン…それじゃあ、今日はギルド結成に乾杯!!

 みんなお疲れ様!!」

 

「「「乾ぱーい!!」」」

 

 オレ達はギルドフラッグを手に入れ、ギルド申請も終えて、晴れてギルドとして認められたのだ。今はその祝勝会を行われている。

 

 ノリ「っぷはぁ〜!やっぱクエストあとの酒は最高だね!

 …ってタルケン全然飲んでないじゃないか〜私が注いでやるよ!」

 

 タルケン「も、もうこれ以上は…」

 

 ノリ「なんだい?…私が注いだ酒は飲めないって言うのかい?あん?」

 

 タルケン「い、いや、そういう事じゃなくてですね…」

 

 ノリ「だったら、樽ごと飲めや〜!!アッハハハハ!!」

 

 ノリはタルケンなの強引に酒を注いでいった。

 あいつらいつもあの調子なのか…。

 

 ノリ「ん?シウネー…あんたも酒が入ってないねぇ…」

 

 シウネー「え?いや…私、お酒は…」

 

 ノリ「シウネーも私の酒が飲めないって…」

 

 シウネー「っ!!飲みます飲みます!!」

 

 シウネーはノリの威圧に負けてしまいグラスに酒を注いでもらう。

 本当に弱いんだろうな…すごい震えてらっしゃる…。

 

 ジュン「今日は僕の勝ちだな!!ボスも合わせたら25はいってるもん!!」

 

 ユウキ「何をー!!ボスはボクの一撃で死んだんだから25はボクの方だ!!」

 

 テッチ「まぁまぁ落ち着いてよ2人とも…どっちもすごいじゃないか」

 

 ジュン「いいや!僕だ!!」

 

 ユウキ「違うよ!!ボクだよ!!」

 

 テッチ「もうその辺で…」

 

 ジュン「じゃあ、今から飲み比べで勝負だ!!どっちが先に潰れるか…!!」

 

 ユウキ「いいよ!どうせ勝つのはボクだしね!!」

 

 そう言ってテッチの静止を聞き入れず飲み比べを始めてしまった。

 

 タクヤ「…何やってんだ。どいつもこいつも…」

 

 オレは呆れながらもどこか落ち着くこの喧騒をしばらく聞いていた。

 ユウキも今までで1番楽しそうだ。あいつが笑顔ならそれでいい。

 

 ノリ「…て顔してるねぇ」

 

 タクヤ「!!?」

 

 シウネー「してますしてます…」

 

 タクヤ「!!?」

 

 いつの間にか両サイドにノリとシウネーが座ってきていた。

 タルケンは完璧にダウンしている。

 

 ノリ「実際どうなのさ?ユウキと一緒になって長いんだろ?」

 

 タクヤ「どうって…そりゃあ確かに、コンビ組んでた期間は長かったな。」

 

 シウネー「こう、なんか…思い当たる事とかないんですかぁ?」

 

 さっきから何が言いたいのか見えてこない。

 

 タクヤ「思い当たるも何もただコンビ組んでただけだ」

 

 ノリ「じゃあ、直球にユウキの事…女の子として好きなわけ?」

 

 タクヤ「ぶっ!!?な、何言ってんだ!!飲んだくれ!!」

 

 シウネー「ねぇねぇ…どんなんですかぁ?」

 

 タクヤ「お前もかっ!!?

 …てか、今までユウキの事そんな風に考えた事ねぇよ…」

 

 ノリ「うっそだァ!!絶対考えた事あるでしょぉ!!

 だって、男女のコンビなんて滅多に見ないよ!!」

 

 シウネー「少なからず意識してるんじゃないんですか?」

 

 こいつら…ノリはわかっていた事だが、シウネーまで酔うとこんなにめんどくさかったのか…。

 

 タクヤ「だーもう!!うっせぇなぁっ!!ユウキの事なんか何も思っちゃいねぇよ!!」

 

 ユウキ「ボクがどうかしたの?」

 

 タクヤ「!!?」

 

 オレは何故か妙な寒気を感じ取っていた。

 恐る恐る後ろわ振り返って見ると顔を真っ赤にしたユウキがいた。

 

 タクヤ「えっ、いや、な、なんでも…ない…」

 

 ユウキ「さっき、ボクの事…話してたよね…」

 

 ノリ&シウネー(「こ、これはもしや…!!」)

 

 ユウキ「ボクの事好きとかどうとか…話してたよね…?」

 

 タクヤ「ま、待て!これはちょっとした事情があってだな…」

 

 ユウキ「グス…」

 

 タクヤ「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

 

 いきなりユウキが大泣きした。

 その泣き声は店中に響いてしまっている。

 

 タクヤ「ゆ、ユウキさんっ!!?」

 

 ユウキ「タクヤがボクの事キライって…キライって言ったぁぁぁぁ!!!!」

 

 タクヤ「え!?いや、誰もそんな事は…」

 

 ユウキ「ボクはタクヤの事好きなのに…タクヤはボクの事キライって…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

 

 タクヤ「お!!?おまっ…!!酒飲んだな!!酔ってんだろ!!!!」

 

 ユウキ「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!酔ってないもーん!!!!」

 

 こ…これは手に負えんぞ。

 ノリとシウネーも知らん顔してねぇで助けろよら。

 だが、それでも2人からの助けは来なかった。

 

 タクヤ「…あぁくそっ!!しゃあねぇ…!!」

 

 オレは最後の手段に出た。

 ユウキの前まで行き、そして抱きしめた。

 ユウキもそれに気づいたのか徐々に泣き止んでいった。

 

 ユウキ「タ、クヤ…」

 

 タクヤ「たいして酒も飲めねぇのに無理するからだ…

 オレも別にユウキの事嫌いじゃねぇよ…

 嫌いだったら今までコンビとか組んでねぇ…そうだろ?」

 

 ユウキ「…うん。今はそういう事にしてあげる」

 

 抱きしめた腕を引こうとすると一緒にユウキの体も寄りかかってきた。どうやら寝てしまったらしい。

 

 タクヤ「はぁ…まったく…仕方のねぇ奴だな…」

 

 ノリ「とかなんとか言って役得なくせにぃ!!」

 

 タクヤ「ノリ…お前後でゲンコツな」

 

 ノリ「げっ」

 

「「「あっはははは」」」

 

 タクヤ「あ、そうだ…最後にオレからユウキに代わってギルド名を発表する」

 

 ジュン「え?ついに決まったの?」

 

 タクヤ「あぁ、さっきの帰り道でユウキから聞いたよ。

 こいつ、寝ちまってるからオレが発表する…

 このギルドは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ『ねぇ、タクヤ!ボク名前で良いの考えたよ!』

 

 タクヤ『へぇ、どんなの?』

 

 ユウキ『…ボク達ってさ、現実の世界じゃ寝たきりで多分病院とかにいるよね?』

 

 タクヤ『…あぁ、このゲームがいつ終わるとかわからない以上病院とかで延命処置が施されてるだろうな』

 

 ユウキ『でも、ボク達はここで戦ってる…寝たきりの自分を起こす為に戦ってる!だから…ボク達のギルドの名前は…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「ギルド…"スリーピング・ナイツ”だ!!」

 

 テッチ「スリーピング…」

 

 シウネー「ナイツ…」

 

 ジュン「…いいじゃん。すげーいいよそれ!!」

 

 ノリ「うん…なんかこう…しっくりくるって言うかさ!!」

 

 タクヤ「よし!じゃあ、決まりだ!

 明日からスリーピング・ナイツはこのゲームをクリアする為にボスを攻略していく!!気合入れていこーぜっ!!」

 

「「「おぉぉっ!!」」」

 

 こうして、オレ達スリーピング・ナイツはまだ見えぬゴールに1歩…前進したのだった。

 

 

 

 

 現在のレベル

 タクヤ Lv.40

 ユウキ Lv.38

 ジュン Lv.33

 テッチ Lv.32

 タルケン Lv.30

 ノリ Lv.30

 シウネー Lv.27




どうだったでしょうか?
スリーピング・ナイツ全員集合ですね
これからどういう展開になるのか乞うご期待下さい


では、また次回!


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【7】忘れられない思い出

という事で第7話ですけどこの小説を書き始めて1週間ぐらい?経ちましたが徐々にペースが下がってる気がしますね
とりあえず出来る限り頑張りたいと思います


では、どうぞ!


 現在のレベル

 タクヤ Lv.55

 ユウキ Lv.52

 ジュン Lv.48

 テッチ Lv.47

 タルケン Lv.46

 ノリ Lv.46

 シウネー Lv.45

 

 

 2023年05月16日 13時50分 第27層 ロンバール 宿屋

 

 この日オレ達スリーピング・ナイツは攻略を休み、久しぶりのプライベートに入っていた。

 結成されて以来休みという休みがなかった為、ここら辺で心身共に休ませようというユウキの考えだった。

 そして、オレは珍しくユウキと別行動を取り、1人主街区を歩いていた。

 

「あっ!タクヤ君!!」

 

 タクヤ「ん?なんだ…アスナじゃないか。こんな所で何やってんだ?今攻略してるのは37層だろ?」

 

 アスナ「今日は休みを貰ったの。来週誕生日だからね!

 プレゼントとか準備しないと…」

 

 タクヤ「へぇ…誕生日って誰がだ?」

 

 アスナ「え?」

 

 タクヤ「え?」

 

 オレは何かまずい事を言ってしまっただろうか…。

 アスナの顔がみるみる汚物を見るような顔になってる気がする。

 

 アスナ「…はぁ…」

 

 タクヤ「な、なんだよ!いきなり…」

 

 アスナ「呆れているのよ…。あーあ可愛そうなユウキ…」

 

 タクヤ「はぁ?なんでそこにユウキが出てくるんだよ?」

 

 アスナ「来週の5月23日はユウキの誕生日なのっ!」

 

 タクヤ「えっ!?そうだったのか…あいつ何にも言わねぇから…」

 

 来週、ユウキの誕生日だったとは知らなかった。

 知ってしまったから何か贈らなければならない。

 

 タクヤ「あれ?でも、23日って…」

 

 アスナ「うん…。その日はフロアボス戦なのよ。

 だから、ボス戦が終わってからって事になると思う。」

 

 ユウキの誕生日がボス戦とかぶるなんてタイミングが悪い。

 

 アスナ「じゃあ、私行くから!タクヤ君もプレゼント用意しとかなきゃ駄目だからね!」

 

 そう言い残してアスナは人混みの中に消えていった。

 オレは1人取り残され、思った。

 

 タクヤ(「オレ…ユウキが欲しい物が分からないぃぃぃっ!!!!」)

 

 ユウキは普段から別に物欲を出している訳ではない。

 むしろ、オレが買おうと思った物にたいして…

 

 ユウキ『それ…あんまり意味無い気がするんだけど…』

 

 とか言ってくるし、ユウキが何か自分の物を買っている所すら半年経った今でも見た事がない。

 

 タクヤ「そもそも女の子にプレゼントとかやった事ないからなぁ…」

 

 今まで生きてきてこの方、そういったイベントはオレの人生に存在しなかった。

 

 タクヤ「…あぁぁぁぁぁっ!!!!

 こうなったらさり気なく聞いてみるしかねぇ!!!!」

 思ったが吉日…オレはすぐさまユウキの元へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年05月16日 15時10分 第27層 ロンバール カフェテラス

 

 

 sideユウキ_

 

 ボクは今27層のロンバールにあるカフェでお茶を飲んでいた。

 

 ユウキ(「みんなには休みだって言ったけど、やる事ないなー…。

 タクヤも1人でどっか行っちゃったし…それなら一緒につれていってくれても良かったのになー…」)

 

 今ここにはいないタクヤの事をグチグチ言っていても何も始まらない。

 

「ユウキー!!」

 

 ユウキ「ん?あれ?向こうにいるのって…」

 

 遠くの道から誰かが走ってくる。

 

 タクヤ「ユウキ!!こんな所にいたのかっ!!」

 

 ユウキ「タクヤっ!!ど、どうしたのっ!!?」

 

 急いで走ってきたのはタクヤだった。僕に何か用事でもあるのかな?

 

 タクヤ「…ユウキ…」

 

 ユウキ「どうしたの?」

 

 タクヤ「…オレと付き合ってくれ!」

 

 ユウキ「うん、いいよ……って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 えぇぇぇぇぇぇぇっ!!!?」

 

 え?今何が?どうして?状況が飲み込めないよぉ。

 タクヤ…今付き合ってって言った?…付き合ってって事はボクと?

 

 ユウキ「え…えぇと…あのね//ボクもね、タクヤの事…キライじゃあ…ないんだけど…///こうゆうのってさ…もっとこう…順番みたいなのが…///」

 

 タクヤ「は?いや、いいから早くついてこい」

 

 そう言ってタクヤはボクの手を引っ張りタクヤの方へと持ってくる。

 体を体で受け止められた事で、周りからは公衆の面前でボク達が抱き合ってるように見えるだろう。

 

 ユウキ(「きゃぁぁぁ!!なんか…なんか…すごいよぉ!!//

 ちょっと強引だけど優しく受け止めてくれて…///」)

 

 タクヤ「さぁ!とりあえず行くぞ」

 

 ユウキ「は…はい///」

 

 もうボクは何も考えられません///

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「…でここは?」

 

 タクヤ「防具屋だけど…?」

 

 ユウキ「ボクが言いたいのはなんで防具屋なのって事!

 …最初のデートはもうちょっとおしゃれな所とか…//

 景色が綺麗な所とか…//

 あっ、でもまだ付き合うって決めたわけじゃないんだけど…///ボソボソ…とにかくもっと他の所はないのっ!?」

 

 タクヤ(「ここには欲しい物は何もないのかっ!!?

 どうする?オレにはもう何が欲しいかなんてわかんねぇ!!

 ユウキも若干不機嫌みたいだし…」)

 

 ユウキ「タクヤ?」

 

 タクヤは何故か頭を抱えたまま動こうとはしない。

 

 タクヤ「悪ぃ…用事思い出した。先に帰っててくれ…」

 

 ユウキ「え?よ、用事って…?」

 

 タクヤ「じゃっ!!そういう事だから!!」

 

 それだけを言い残してタクヤはまた全速力で主街区を突っ切っていった。

 

 ユウキ「な…なんだったの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年05月16日 17時00分 第27層 ロンバール 転移門前

 

 sideタクヤ_

 

 オレはメッセージでシウネーを呼び出し、転移門前で待っていた。

 すると、転移門が起動し中からシウネーが現れた。

 

 シウネー「お待たせしました、タクヤさん。

 それでどうしたのですか?」

 

 タクヤ「あぁ、シウネーの力を借りたいんだ!!」

 

 シウネー「か、顔を上げてください!!

 私なんかでよければ力になります!!」

 

 タクヤ「ありがとう!!じゃあ、早速なんだけど…」

 

 オレは諸々の事情をシウネーに説明した。

 アスナからユウキの誕生日の事を聞いた事や、プレゼントに何を贈ればいいのか悩んでいる事など…

 

 シウネー「そうですね…ユウキは女の子なんですし、何か洋服をプレゼントしてみてはどうでしょう?」

 

 タクヤ「洋服か…でも、それ戦闘中に着れるのか?」

 

 シウネー「えっ?いえ…流石に戦闘中にはちょっと…」

 

 タクヤ「だよな…。じゃあ、戦闘中にも着れる性能のいい装備を…」

 

 シウネー「それはないんじゃないかと…。

 後は、アクセサリーとか小物系はどうでしょう?

 それだったら形に残りますし、思い出にもなりますよ!」

 

 なるほど、流石は大人の女性だ。女心というものがわかっている。

 オレはその案を頂く事にし、シウネーとはそこで別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年05月16日 18時10分 第27層 ロンバール 宿屋付近

 

 sideユウキ_

 

 ユウキ「さっきの一体何だったんだろう…?」

 

 つい先程、タクヤと別れたボクは1人宿屋へと帰っていた。

 さっきは少しテンパってしまったが、冷静に考えるとあのタクヤがあんな事言う訳ないよね。

 

 ユウキ「はぁ…。なんだろう…この脱力感…」

 

 ボクは肩を落としながら歩いているといつの間にか宿屋に着いていた。

 宿屋に入りいつもの席に座って飲み物を頼んでいるとシウネーとノリが帰ってきた。

 

 ユウキ「あっ、おかえり2人とも!」

 

 シウネー「ただいまユウキ」

 

 ノリ「たっだいまー!!」

 

 2人も席に座るとシウネーはコーヒーを、ノリはお酒を頼んだ。

 コーヒーとお酒をNPCが二人の前に配膳すると2人はゆっくりそれを味わう。

 

 ノリ「っかぁー!!やっぱ1日の締めはこれに限るよぉ!」

 

 シウネー「ノリ…あなたなんか親父臭いわよ…」

 

 ノリ「誰が親父臭いだこのやろ〜!!」

 

 全然怒っているようには見えないが、もう酔ってしまったんだろうか。

 

 シウネー「2人とも今日は何をしていたの?」

 

 ノリ「アタシは武器の強化素材を集めにタルケンと行ってたよ」

 

 ユウキ「ボクは特にやる事なくてダラダラしてたんだけど、途中タクヤが来てさ!防具屋とかに連れてかれてそしたらいきなり用事が出来たとか言ってどっか行っちゃって1人でここまで帰ってきた…」

 

 なんか言ってて悲しくなってきたような気がする。

 

 シウネー「あっ!ユウキ!!23日誕生日よね?」

 

 ノリ「え?そうなの?」

 

 ユウキ「う、うん…そうだけど、シウネーなんで知ってるの?」

 

 シウネー「あぁ、タ…じゃなくてアスナさんに今日偶然会って聞いたのよ!誕生会開かないとね!!」

 

 ノリ「おう!!盛大に盛上げてやるからなー!!」

 

 ユウキ「そうだったんだ…ありがとう2人とも!!」

 

 まさか、誕生会を開いてくれるとは思わなかったな…。

 あっちの世界じゃ、そういう事なかったから…。

 

 シウネー「どうしたの?ユウキ…」

 

 ユウキ「ううん!何でもないよ!楽しみにしてるからね!」

 

 もしかして…タクヤも知ってるのかな?そんな事ないか…。

 だってあの鈍感なタクヤだもん。でも…もし…知っててくれたら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嬉しい…かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 タクヤ「…という訳なんだ。頼むよ、キリト」

 

 キリト「あぁ、もちろん構わないぜ」

 

 オレは第35層の狼ヶ原にいるキリトに会いに行っていた。

 

 キリト「ユウキの誕生会か…なんかそういうの、いいな…」

 

 タクヤ「お前だってギルドマーク付いてるって事はギルド入ったんだろ?どうだよ?そっちは…」

 

 キリト「そうだな…なんていうか、居心地がいいんだ。アットホームな雰囲気があって落ち着く…」

 

 タクヤ「そっか…。ってもうこんな時間か…オレは行くよ!

 キリトもレベリングもいいけど無理はすんなよな!!」

 

 キリト「それをお前が言うのか?」

 

 オレはキリトと別れ、みんなが待つ27層へと帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年05月16日 21時10分 第27層 ロンバール 宿屋

 

 タクヤ「ただいまー…てあれ?」

 

 オレが宿屋に帰ってくると中には誰もおらず、ポツンとテーブルでユウキが1人寝ていた。

 

 タクヤ「…みんなはもう寝たのか…。もしかしてオレを待ってたのか?」

 

 テーブルの上にはまだ暖かいハーブティーがあり、ついさっきまでユウキが起きていた証拠になった。

 

 タクヤ「…悪ぃ事したな。…ユウキ、起きろ!ユウキ…!」

 

 体をさすってもユウキは起きなかった。

 これ以上密着するとハラスメントコードが出てしまうので仕方なくユウキが起きるまで待つ事にした。

 

 ユウキ「…タクヤ…」

 

 タクヤ「…ふぅ」

 

 オレはストレージからブランケットを取り出した。

 5月とはいえ、まだ夜は肌寒い。

 この世界で風邪はひかないが寒い中何もしないのもオレの良心が許さない。

 ユウキにブランケットをかけてやり、熱いコーヒーを注文した。

 

 タクヤ「…ふぁ…どーすっかなぁ…」

 

 口にはほろ苦いコーヒーで包まれ、眠りかけていたオレの頭を目覚めさせる。ユウキの誕生日プレゼント…シウネーや他の友人の意見などを聞いて、オレにしか用意出来ないものをユウキに贈りたい。

 多分、そうじゃなきゃダメなような気がする。

 オレ達は今までずっと互いの背中を支えあってきた。

 その恩返しも兼ねている誕生日プレゼントはそこらで手に入るようなものではいけない。

 

 タクヤ「…お前は何が欲しいんだよ」

 

 当然、答えは返ってこない。ユウキの頬をつつきながら言った。

 

 タクヤ「寝てる時は大人しい癖に…」

 

 ユウキ「ん…ん…?」

 

 タクヤ「やべっ!…起こしちまったか…」

 

 ユウキ「あ…タクヤ…おかえり…」

 

 重い瞼を擦りながら体を起こす。

 

 タクヤ「オレを待っててくれてたのか?」

 

 ユウキ「うん…みんなは先に寝ちゃったけど…」

 

 タクヤ「悪ぃな…帰りが遅くなった」

 

 ユウキ「ううん…別に気にしてないよ?」

 

 タクヤ「さっ!じゃあ、寝るか…。

 ユウキ、部屋まで連れてってやるからおぶさりな」

 

 ユウキ「え?いいの?」

 

 タクヤ「待ってて貰ったお礼と起こしちまったお詫びも兼ねてな」

 

 ユウキが遠慮してたが、半ば無理やりおぶらせ部屋まで送り届けた。

 

 ユウキ「ありがとう、タクヤ…おやすみ…」

 

 タクヤ「あぁ…おやすみ」

 

 こうしてオレ達の休日は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年05月23日 12時00分 第37層 迷宮区 ボス部屋前

 

 オレ達スリーピング・ナイツと血盟騎士団並びに攻略組の面々は第37層のボス部屋の前に集合していた。

 約半年で37層か…。

 このペースで進めたら後1年でこのゲームはクリアされる。

 だが、そんな簡単な話ではないとこれまでの戦いで確信が持てた。

 特に、25層のボス戦は今まで味わった事のない恐怖と強さだった。

 攻略組はその戦いで3割以上の損害が出ている。

 それを機に攻略組を去るギルドやパーティが後を絶たなかった程オレ達は苦しめられた。

 

「やぁ…タクヤ君…」

 

 オレに声を掛けてきたのは、真紅の鎧と十字架を象った盾と長剣を携えた1人のプレイヤーだった。

 

 タクヤ「ヒースクリフ…団長…」

 

 ヒースクリフ「団長はつけなくてもいいのだよ?タクヤ君…」

 

 タクヤ「で…なんか用か?」

 

 ヒースクリフ「そう邪険にしないでくれたまえ…。

 私はこうしてギルドやパーティのリーダーに挨拶がてら調子を聞いて回っているだけなのだから…」

 

 ヒースクリフ団長…アスナが所属しているギルド"血盟騎士団”のギルドマスターだ。

 その類まれな指揮と統率力で瞬く間に攻略組のトップに立った男だ。

 アスナも彼の事を尊敬しているみたいだが、オレは何故か…理由などはこれっぽっちもないがこの人の事は好きになれない。

 

 タクヤ「別に…普段通りだよ。

 後な…リーダーはオレじゃなくてユウキだ!

 そこん所は間違わないでくれ!」

 

 ヒースクリフ「いやなに…それは分かっているとも。

 この後、彼女にも挨拶するつもりだったからね。

 君と…キリト君には個人的に挨拶しているだけだ。

 願わくば血盟騎士団に入って欲しいと言うのが本音だがね…」

 

 タクヤ「生憎…オレとキリトはもうギルドに入ってる。アンタの誘いは断るしかできねぇな…」

 

 ヒースクリフ「ふむ…なら、仕方ないな。

 では、私はこれで失礼するよ…。君の善戦を期待している…」

 

 そう言い残してヒースクリフはまた違うギルドの方へと向かって行った。

 

 タクヤ「…何が仕方ないな、だ!そんな事思ってねぇ癖に!!」

 

 個人的に何かされたわけではない。

 むしろ、信頼を寄せられている自負がある。

 だが、オレの中でもやもやした気持ちが蔓延っている。

 

 ユウキ「タクヤ!そろそろボス戦だよ!」

 

 タクヤ「あ、あぁ!今行く!」

 

 とりあえず、あいつの事を考えるのはよそう。

 今は目の前のボス戦に集中しなくちゃいけない。

 

 ユウキ「じゃあみんな!!今日もいっちょ勝負だよっ!!!!」

 

 スリーピング・ナイツ「「「おぉぉぉっ!!!!」」」

 

 そして、扉が開かれてオレ達はボス部屋に入り、ゲームクリアへの1歩をまた前進するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年05月23日 17時55分 第27層 ロンバール レストラン

 

 アスナ「じゃあ…38層到達の祝いとユウキの誕生日も兼ねて乾杯!!」

 

「「「「「「乾ぱぁぁい!!!!」」」」」」

 

 オレ達は27層にあるNPCレストランを貸切にして祝勝会とユウキの誕生会を兼ねてのパーティを行っていた。

 オレとアスナがユウキの知人を全員に声をかけた結果、結構な大所帯になっていた。

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

「よっ!ユウキちゃん!オレ達も来たぜ!!」

 

 ユウキ「わぁ!クラインさん!!久しぶりだねッ!!」

 

 クライン「あぁ、今日のボス戦は急遽行けなかったが38層のボス戦の時は行くからよ…まかせとけっ!!…っとその前に言う事があったな…。誕生日おめでとう!!これはオレら風林火山からだ!!受け取ってくれ!!」

 

 そう言って渡してくれたのは美しい花束だった。

 

 ユウキ「わぁ!ありがとうクラインさん!!」

 

 タクヤ「クラインもちゃんとプレゼント用意出来たんだな」

 

 クライン「おいそりゃあどういう意味だよ!!タクヤ!!」

 

 タクヤ「どうもこうもガサツそうに見えたんで思わず口が…」

 

 クライン「んだとぉっ!!」

 

 タクヤとクラインさんは言い合いながらもその光景はどこか微笑ましいように感じた。

 

 アスナ「ユウキ!」

 

 ユウキ「あっ!アスナ!!…それにキリトもっ!!」

 

 キリト「こんばんはユウキ…。今日はお疲れ…そして、おめでとう」

 

 アスナ「おめでとう!!ユウキ!!」

 

 ユウキ「うん!!2人ともありがとう!!」

 

 やっぱり誕生日を祝ってもらうのってすごく嬉しい。

 こういうのは初めてに近い経験かもしれない。

 そういう意味では、この会を開いてくれたアスナに感謝だ。

 

 アスナ「はいこれ!!私からユウキにプレゼント!!」

 

 アスナがストレージから取り出した大きな袋には綺麗なラッピングが施され、開けるのに多少の躊躇がある程だ。

 

 アスナ「ユウキ!!開けてみて!!」

 

 ユウキ「うん!!…わぁ!綺麗なドレスだね!!」

 

 中から出てきたのはボクの髪の色に近いパープルカラーのドレスだった。

 刺繍も凝っていて、現実世界で買うとなればそれなりの値段になるはずだ。

 

 ユウキ「こ、これ…高かったんじゃないの?」

 

 アスナ「ううん…それは私の知り合いのアシュレイさんって人に作ってもらったんだ。かかったのは材料費ぐらい…。

 それに、ユウキ今日が誕生日なんだから気にしなくていいよ!」

 

 ユウキ「うん!ありがとう!大事にするよ!」

 

 キリト「しまったな…オレとかぶったかも…」

 

 ユウキ&アスナ「「えっ!!?」」

 

 あのキリトがボクにドレスをプレゼント出来るなんて夢にも思わなかったよ。まるで、キリトじゃないみたい。

 

 キリト「…2人とも。すごく失礼な事考えてるだろ…。ったく」

 

 キリトがボクにアイテム欄から直接渡してきた。

 直接渡してきたって事は防具かな?

 なら、キリトでも充分考えられるな、と勝手に思ってしまった。

 

 キリト「試しに着てみてくれ」

 

 ユウキ「うん!わかった…」

 

 ボクは装備欄からキリトから貰った防具を来てみる。

 ボクの防具はたちまち変わり、綺麗な紫の記事に赤の飾りが彩られた防具が露になった。

 

 キリト「それは37層のボスのLAB(ラストアタックボーナス)の"ナイトリー・クローク”。ユウキのステータスに合ってると思ってさ」

 

 ユウキ「これ…すごく動きやすいしアジリティもすごい上がってる!!

 ありがとうキリト!!これからもこれを装備するよ!!」

 

 キリト「気に入ってもらって何よりだ」

 

 アスナ「…ていうか、あなたまたLAB取ってたのね!

 抜け目のない人だわ…」

 

 キリト「き、今日もたまたまだよ…たまたま…」

 

 キリトは思わぬダメージを受け、アスナにタジタジになっている。

 その後もエギルさんや、スリーピングナイツのみんなからプレゼントを貰った。楽しい宴会は遅くまで続き、ボクは夜風に当たりにテラスに出た。

 するとそこにはイスにもたれ掛かったタクヤが1人でいた。

 

 ユウキ「どうしたの?タクヤ…みんなまだ中にいるよ…?」

 

 タクヤ「あぁ、ユウキは?どうしたんだ?」

 

 ユウキ「ボクは少しお酒飲んじゃったから夜風に当たりに来たんだ」

 

 タクヤ「そっか…。なら、丁度いいかもな…」

 

 ユウキ「え?」

 

 タクヤはイスから立ち上がりボクに近づいてくる。

 ボクは少し戸惑いながらもそれをどこか心待ちにしながら待っていた。

 

 タクヤ「ユウキ…今更だけど…誕生日おめでとう…」

 

 ユウキ「あ、ありがとう。嬉しいよ…」

 

 何故か、ボクの心はドキドキしていた。何故だか胸が苦しい…。

 でも、不思議と嫌な気分じゃなかった。

 

 タクヤ「なんかみんなの前で渡すの照れくさかったから遅くなっちまったけどこれ…オレからのプレゼント…」

 

 タクヤはそう言って渡してくれたのは小さな箱だった。

 

 ユウキ「…開けていい?」

 

 タクヤ「あぁ…。気に入ってもらえるといいんだけどよ…」

 

 ボクは箱を開けてみると、そこには1つのペンダントが入っていた。

 

 ユウキ「これ…」

 

 タクヤ「それ開く仕組みになってんだけど、開けてみてくれ…」

 

 タクヤの言う通りに開けてみるとそこには1枚の写真が入っていた。

 

 タクヤ「前にスリーピング・ナイツで初めてボス戦やった時の写真なんだけどよ…。

 シウネーに相談したら形に残る物がいいって言われてそれを思いついたんだよ。」

 

 ユウキ「…嬉しいよ!タクヤ!!ボク、すっごく嬉しいよ!!」

 

 胸が高鳴るのを感じる。どのプレゼントでも起きなかったこのこみ上げてくるこの気持ちは…。

 

 タクヤ「そのペンダント…何枚も写真入れられるらしくて、今はまだ1枚だけだけどこれからまたみんなで…思い出として残してくれたらって思うんだ」

 

 ユウキ「…タクヤ…」

 

 タクヤ「…そ、そういう事だから大事にしろよ!!」

 

 ユウキ「うん…ボクの宝物にするよ…」

 

 やっぱりそうなんだ。

 あの時…マクアフィテルのクエストに行った時からだ。

 あのおじいさんにも言われた。ボクも本当は気づいてたんだ。

 でも、この気持ちを出して今の関係が崩れるんじゃないかって…そう思ったら怖くなってずっと奥底にしまい込んでた。

 でも、しまい込んでいたはずなのに…また出てきてしまった。

 やっぱりこの気持ちに…自分に嘘はつけないや

 ボクは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「…タクヤの事が好きだ…」

 

 タクヤ「え?」

 

 言ってしまった。僕の気持ちを…。でも、後悔はしていない。

 これ以上しまい込むのは無理だったんだ。

 だから、ボクは言った。この気持ちを声に出した。

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「…ユウキ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 オレはユウキにプレゼントも渡せたし、喜んでくれた。

 その表情に若干ときめいてしまった自分がいた。

 でも、その思いはすぐに心の底に追いやった。

 

 タクヤ(「あっぶねぇ…一瞬可愛いとか思っちまった…!!

 ガキ相手に何やってんだオレはっ!!

 ロリコンとか言われたらどうすんだ!!

 …それに…今はそんな事に現を抜かしてる場合じゃないんだ…

 兄貴を…止めるまでは…オレは…!!」)

 

 ユウキ「…タクヤの事が好きだ…」

 

 タクヤ「え?」

 

 今なんて言った?好きって言ったのか?ユウキが?オレを?

 何かの間違いだろう。あのユウキがオレにそんな感情抱くわけねぇ。

 …もし、もしそうだとしたら…オレは…なんて言うんだろう…。

 オレはそれに答えが出せるのか?

 まだオレ達はこの世界から脱出も出来てねぇ…。

 それに生きてここから出られるかもわからねぇ。

 そんな状態で答えが出せるのか?

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「…ユウキ…」

 

 ユウキ「…いいよ。今は何も言わなくて…」

 

 タクヤ「!!」

 

 ユウキ「…タクヤにはやらなきゃいけない事があるんでしょ?」

 

 タクヤ「なっ!?」

 

 何でそんなことがわかるんだ。オレ、顔に出てたか?

 

 ユウキ「タクヤってさ…いつも笑ってるように見えてどこか遠い所を見てたんだよ…デスゲームが始まった時から。デスゲームが始まる前は心の底から笑ってた。初対面だったボクでも分かったんだ…」

 

 タクヤ「…」

 

 確かに、デスゲームが始まる前は兄貴の事を憎んでもこの世界まで憎む事はなかった。むしろ、好きになっていた。

 でも、あの日…あの時から…オレは心の底で無意識にこの世界までも憎んでいたのか…。

 

 ユウキ「タクヤはそれを終わらせるまで他の事は考えられないよね?

 だって、タクヤって結構単純で鈍感だもん!

 だから、今はまだ答えてくれなくていいよ…。

 でも…ボクがタクヤの事を好きなのは変わらないからね!

 それが終わった時、答えてくれたらボクは嬉しいな…」

 

 タクヤ「…オレは…このゲームの…けじめをつけなくちゃいけねぇ…。

 他の奴らじゃなくて…オレが…オレだけがしなくちゃいけねぇ…!!

 それがなんだとか…は今は言えねぇけど…でも、いつか!!きっと!!

 話せると思うから…!!だから、その時、この気持ちも伝えるよ!!

 約束する…だから、ユウキ…待っててくれるか?」

 

 ユウキ「…うん。いつまでも…待ってる…」

 

 オレは気付かない内にユウキを強く抱きしめていた。

 

 今は…今だけは…これだけだから…許してほしい。

 

 ユウキ「タクヤ…好き…大好きだよぉ…」

 

 タクヤ「…今はこれで我慢してくれ…」

 

 レストランからは誰もが嬉々として心から楽しんでいる。

 だが、月夜の下の2人は時間の流れに身を委ね、ただ静かに今を生きていた。

 

 

 

 




どうだったでしょうか?
ちょっと早いと思ったんですけどここでユウキの気持ちを出させていただきました。
その答えはいつ聞けるのか…僕次第ですね!
とりあえずまだ恋仲の関係にはなっておりませんのであしからず…

では、また次回!


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【8】力と心

第8話に入りました。なんか書いてて熱い展開ってどう表現するのか分からずもしかしたら微妙な空気になってるかと思いますがどうか暖かい目で読んでくだされば幸いです。


では、どうぞ!


 現在のレベル

 タクヤ Lv.64

 ユウキ Lv.61

 ジュン Lv.60

 テッチ Lv.60

 タルケン Lv.60

 ノリ Lv.58

 シウネー Lv.58

 

 

 2024年01月12日 14時10分 第50層 アルゲート

 

 今日オレとユウキはとある事情で最前線である50層にやって来ていた。

 残すところ後半分…クリアの日も近づいている。

 

 ユウキ「…ボク達に用ってなんだろうね」

 

 タクヤ「とりあえず行くしかねぇな。…っとここだここ」

 

 オレ達がやって来たのは路地裏にひっそりと佇んだ道具屋だ。

 指定されているポイントがここである為来たのだが、肝心の本人が見当たらない。

 もしや、中にいるのか?と、ドアノブに手をかけ中に入ってみる。

 

 エギル「おぅ!いらっしゃい!」

 

 ユウキ「えっ?エギル!?こんな所で何してるの?」

 

 エギル「何って…見ての通り商売やってんのさ…」

 

 タクヤ「もしかして…ここ買ったのか!?」

 

 エギル「おうよ!オレはアッチでも客商売していたからな。

 ここでもやろうと思って随分前から資金を集めてたんだ…」

 

 確かに、エギルは聞き上手だし何かと相談にも乗ってくれるいわゆるアニキ肌みたいな所があったが、まさか客商売をしていたとは驚きだ。

 

 エギル「っと…忘れてた。2人とも、ちょっと待っててくれ」

 

 そう言い残し、エギルが2階へと消えていった。

 しばらくして降りてきたがもう1人別の男も連れ立って降りてきた。

 

 キリト「わるいわるい…呼び出しておいて寝坊した…」

 

 ユウキ「キリト!えっ?2階って部屋があるの?」

 

 エギル「当たり前だろ…まぁ、今はキリトの隠れ家みてぇに使われてるがな!」

 

 キリト「そう言うなよ…オレもそれなりに手伝ってるだろ?」

 

 エギル「手伝いと言うより暇つぶしにしか見えんが…」

 

 タクヤ「いや、もういいから…とりあえず本題に入ってくれ。

 その為にわざわざオレ達を呼んだんだろ?」

 

 そう…事情というのはキリトから直々に相談したいとの事だった。

 他には聞かれたくないからここを選んだようだが…。

 

 キリト「そうだったな…。とりあえず座ってくれ…」

 

 オレ達は備え付けられたテーブルについた。

 エギルにコーヒーを人数分出してもらい、話に入る。

 

 キリト「実は、この前50層に到達してすぐの事だ。オレのスキル欄に妙なのが出てきたんだ…」

 

 タクヤ「妙なもの?」

 

 キリトがメニューウィンドウを出し、それをオレとユウキの前に見せた。そこには見た事ないスキルの名が刻まれていた。

 

 ユウキ「二刀流?…スキルってこれの事?」

 

 キリト「あぁ、いつの間にかこんなのが出てたんだ。エギルに聞いても知らないらしいし、念のためアルゴにも調査してもらったんだが…現時点ではそのようなスキルの話や噂はないらしい…」

 

 タクヤ「じゃあ、考えられるとすれば…」

 

 情報屋も知らない…そんなスキルも見た事はない…となると答えは次第に絞られてくる。

 

 キリト「あぁ…多分これは()()()()()()()だと思う…」

 

 ユニークスキル…その詳細は会得しているプレイヤーにしか分からないという言わば、その()()()()()()()()()()()となる。

 巷で言われているのは血盟騎士団団長のヒースクリフが保有している"神聖剣”とスリーピング・ナイツと親しい奴にしか教えていないユウキの"絶剣”だけだろうな。

 

 キリト「ユウキも前に変なスキルが出たって言ってたよな?」

 

 ユウキ「うん…"絶剣”スキルの事だね。でもあれは1度使ったきりでその後はいくらやろうとしても発動しなかったんだよね…」

 

 ユウキの使った1度目とは今装備している【ナイトウォーカー】の元となった【マクアフィテル】という剣が報酬で貰えるクエストの時だ。

 オレはその時の状況は知らないが、ボスをほぼ一撃で倒したらしい。

 

 キリト「使用する為の条件が満たされてないのか…もしく、バグによって本来使用出来ないスキルが発動してしまったのか…」

 

 エギル「後者の考えはまずないだろう。

 この世界を動かしているカーディナルは自立していてバグなどは自分で探して処理しちまう。

 だとしたら、そのスキルはスキル欄から消えてる事になるからな…」

 

 ユウキ「でも、いろいろ試してみたけどまったく出来なかったよ?

 あの時はボクもタクヤを助ける為に必死だったから…」

 

 タクヤ「う〜ん…わかんねぇなぁ…」

 

 ユウキ「それはそうと能力とかは?試してみたの?」

 

 キリト「あぁ。メリットは単純に剣を2本持てる事で攻撃力がほぼ倍になる…。でも…同じ性能の剣が2本必要だけどな…。

 でないとすぐに耐久値が尽きてしまうんだ…」

 

 タクヤ「なるほどな…。ってかこの話し合いオレいるか?

 ユニークスキルとか持ってねぇのに…」

 

 ここまでの話し合いの中でオレの必要性をまったく見い出せない。

 正直そんな事聞かせられてもアドバイスのしょうがない。

 

 キリト「いや、タクヤにはこの後、二刀流の熟練度上げに付き合って貰おうと思ってさ…」

 

 タクヤ「本心はそっちか!」

 

 ユウキ「まぁまぁいいじゃん!なんか面白そうだし!

 それに二刀流見てみたいしさ!」

 

 キリト「ほら…ユウキもこう言ってるし頼むよ…。

 後で何か奢ってやるからさ」

 

 タクヤ「…はぁ、仕方ねぇな…」

 

 ユウキ「さっすが!優しいタクヤも好きだよっ!」

 

 タクヤ&キリト&エギル「「「!!?」」」

 

 なんでコイツはここでそんな爆弾を落とすんですか…。

 

 エギル「おい…これはどういう事だよ?」

 

 キリト「お前達…いつの間に…」

 

 タクヤ「違う違う!!お前らが考えてるような事ではないっ!!

 さ、さぁ!早く熟練度上げに行くぞ!!」

 

 エギル「おいっ!隠す事ぁねぇだろ!!」

 

 タクヤ「えぇい!うるせぇ!!こっちにも色々事情があんだよっ!!」

 

 何を隠そうユウキは誕生会後も何もなかったように接してくれるが明らかに変わっていたのだ。

 1つはオレに対してのアプローチをするようになった事…

 もう1つはかなり頻繁にボディタッチが増えた事だ。

 周りやギルドメンバーにも最初はすごい聞かれたものだ。

 お前達は付き合っているのか?だとか、いつ結婚するんだ?だとか…。

 最初の1ヶ月はそれのせいでレベリングもままならなかった。

 でも、ユウキはそんな事お構い無しに来るので悩みの種は尽きなかった。

 

 キリト「…オレ、パーティ抜けて正解だったかもな…」

 

 タクヤ「お前も何勝手に哀愁漂わせてんだ!!ほらっ!!行くぞ!!」

 

 もうオレは半ば無理やり2人を連れ出し、エギルの店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年01月12日 15時00分 第35層 狼ヶ原

 

 ここは普段誰も立ち寄らないがキリト曰くレベル上げをするのはいつもここだそうだ。まぁ、ユニークスキルなら見られたくないのも当然だな。

 

 タクヤ「熟練度上げるって決闘《デュエル》でもするのか?」

 

 キリト「あぁ、モンスター相手じゃ意味無いからな…」

 

 タクヤ「じゃ、やるか…」

 

 オレはキリトに初撃決着モードで決闘を申請する。

 すぐさまOKの返事があり、2人の間にカウントが刻まれていく。

 カウントが0になった瞬間、オレとキリトは前に出ていた。

 オレはいつもの様に初撃を避け、下からの攻撃を入れる。

 だが、それを左の剣でガードして右の剣でカウンターを狙ってきた。

 

 タクヤ「ちぃっ!!」

 

 オレはたまらず体をそらして避けたが、態勢を崩して手をついてしまった。

 そこに勝機を見出したのかキリトが左の剣で追い打ちをかけてくる。

 

 キリト「もらったっ!!」

 

 タクヤ「…ふ」

 

 キリト「!!?」

 

 カァァァン

 

 その音はオレが左の剣を足ではじき、地面に落下したものだった。

 オレは体を起こし、右の剣で水平切りを行う。

 キリトも剣をはじかれても動揺せず、冷静に後ろに引いて回避するがオレにとってこれは想定内の事だ。

 オレは水平切りしている剣を持った右の手を離し、それを瞬時に左手に持ち替える。

 

 キリト「なっ!!?」

 

 ユウキ「!!」

 

 左手に持ち替えられた剣はリーチを広くしキリトの胴を斬り裂いた。

 これにたまらずキリトも苦い顔をしていた。

 キリトはひとまず距離を取り態勢を立て直そうとした。

 

 キリト「…そんなのありかよ…」

 

 タクヤ「いやぁ…初めてやったにしてはうまく出来たな…」

 

 ユウキ「…すごい…!!」

 

 タクヤ「でも、これには弱点があるらしいな…」

 

 キリト「!…そういう事か…」

 

 オレの言った弱点についてキリトも気付いたらしい。

 

 ユウキ「どうゆう事?」

 

 キリト「さっきの攻撃でオレは斬られた訳だけど…HPは減っていないんだ…」

 

 オレが見た限りキリトHPは数ドットも減っていない…無傷の状態だ。

 

 タクヤ「多分、右手から離した瞬間に装備が外れちまったらしいな…

 だから、斬ってもダメージが入らなかったんだ」

 

 ユウキ「じゃあ、その技は実戦じゃ使えないって事?」

 

 タクヤ「そーゆーこと」

 

 キリト「じゃあ、再開するか…!」

 

 キリトがダッシュしてオレとの距離を詰めに来る。

 オレも咄嗟に反応して防御の構えに入る。

 だが、その防御は無駄となった。

 二刀流ソードスキル"エンド・リボルバー”が発動し、その攻撃を防御し切れなかったのだ。

 

 タクヤ「っちぃ!…容赦ねぇなぁおい…」

 

 キリト「そんな事したら熟練度あがらないだろ?」

 

 タクヤ「そりゃそうだっ!!」

 

 オレも負けずキリトに剣撃を加えるが、キリトのHPは1割も減らなかった。

 対してオレは防御したとはいえ、2割近く削られてしまっている。

 

 ユウキ「タクヤ!頑張れぇ!!」

 

 タクヤ「わかってるよっ!!」

 

 オレは乱戦に持ち込むべく攻撃の手を休めない。

 キリトも両手の2本の剣で1つ1つ丁寧にいなしていく。

 

 タクヤ「はぁぁぁっ!!」

 

 オレの剣に青白いエフェクトをが発生し、キリトに斬り掛かる。

 片手用直剣スキル"ホリゾンタル・スクエア”

 だが、キリトもソードスキルで迎え立つ。

 二刀流ソードスキル"ダブル・サーキュラー”

 

 キリト「これでどうだっ!!」

 

 互いのソードスキルがぶつかり周りに衝撃が弾け飛ぶ。

 だが、やはりスキルの差が出たのかオレのスキルは押し負けてしまいダメージが入った。

 オレのHPがイエローに入った所でブザーが鳴り、オレの敗北という形で勝負がついたのだ。

 

 タクヤ「…負けたァァ!!」

 

 キリト「これで51勝50敗だな…」

 

 タクヤ「次は負けねぇよ…」

 

 キリト「じゃあ、ユウキ…やろうか?」

 

 次はキリトとユウキの決闘《デュエル》が行われた。

 互いに目視では追い切れない程のスピードで勝負が行われている。

 ユウキのスピードについてくるキリトもそうだが、キリトの連撃にもはや感覚だけで避けているユウキも相当だ。

 勝負は長引いた末、キリトに軍配があがった。

 

 ユウキ「だぁぁ!!くやしい〜!!」

 

 キリト(「ユウキのスピードについていくだけでやっとだった…

 次やる時には何が起きるかわからないな…」)

 

 そんなこんなで3人による互先は夕方まで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年01月12日 18時05分 第35層 狼ヶ原

 

 キリト「今日はこの辺で切り上げようか?」

 

 ユウキ「さんせーい…」

 

 タクヤ「疲れたぁ…」

 

 オレ達は休憩を挟んだ後約束の飯を奢ってもらってキリトと別れた。

 

 

 

 

 

 2024年01月12日 19時12分 第50層 アルゲート

 

 オレとユウキはキリトと別れた後、少しアルゲートの街を見て回る事にした。

 最前線である為、ボス戦で顔を合わせるプレイヤーがちらほらいた。

 

 タクヤ「それにしてもこの街は賑わってるな…。

 なんかこう…親しみやすいと言うかなんと言うか」

 

 ユウキ「ボクもこういうの好きだよ!賑やかだし」

 

 街には至る所に露店やプレイヤーが営業している店など、見てて飽きない。

 

 タクヤ「そろそろ帰るか?みんなが待ってるだろうし…」

 

 ユウキ「え〜もっとタクヤと2人きりでいたいよ〜」

 

 タクヤ「っバカ!!?こんな所誰かに見られたら変な誤解されるだろっ!!」

 

 ユウキ「そんな事ないも〜ん!タクヤって被害妄想激しいよ?」

 

 タクヤ「ほ、ほぅ…お前はそんな事おっしゃるんですか?」

 

 あまり強くは言い返せずオレとユウキは腕を組みながら仕方なく27層に帰る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年01月18日 13時00分 第35層 狼ヶ原

 

 オレ達はあれからキリトと熟練度上げを続けている。

 ユウキもユウキで"絶剣”スキルの発動を目指して頑張っていた。

 休憩に入るとそこに1人のNPCがやって来た。

 

『だ、誰か…助けて…』

 

 タクヤ「ど、どうしたんだ!?」

 

『私のお母さんが…お母さんが…』

 

 ピコーン

 

 キリト「クエスト!?何でこんな所で…?」

 

 ユウキ「とりあえず受けてみようよ!!」

 

 オレはクエストを受諾しNPCの話を聞いてみる。

 話によれば、この先でゴーレムのモンスターが暴れまわりお母さんが攫われてしまったという事だ。

 

 キリト「討伐系のクエストか…。でも、この層にゴーレムなんて存在しないハズなんだが…」

 

 タクヤ「そんなのはこの際どうでもいい…クエストを受けたからにはやり切るまでだ!!

 …お前の母さんはちゃんと助けてやるから安心して待ってな」

 

 NPCは心なしか笑っているように見えた。オレ達はNPCを襲撃にあった村に預け、ゴーレムの足跡を追って行った。

 足跡は10分程走った所で途切れている。

 周りは岩場が多く存在している荒野フィールドに入っていた。

 辺りを警戒しながら進むと奥から女性の悲鳴が聞こえてきた。

 

 タクヤ「あっちか!!」

 

 ユウキ「いたよ!!ゴーレムと攫われたお母さんだ!!」

 

 ゴーレムはオレ達の存在に気づき、雄叫びと共に威嚇してくる。

 

 キリト「よしっ!!オレとタクヤでアイツの隙を作る!!ユウキはあのNPCを安全な所へ避難させてくれ!!」

 

 タクヤ&ユウキ「「了解!!」」

 

 作戦が決まり、オレとキリトがゴーレムの注意をこちらに向ける。

 ゴーレムもオレ達の方へ誘導でき、ユウキがその間にNPCを助け出した。

 

 ユウキ「もう大丈夫だよ!!」

 

『ありがとうございます!!』

 

 タクヤ「ぐはっ」

 

 ユウキ「タクヤっ!!?」

 

 キリト「コイツ…!!異常に硬いぞ!!」

 

 オレとキリトの2人がかりで攻撃するがゴーレムは怯まず攻撃してくる。

 剣での攻撃が効かないとはオレ達にとっては痛手だ。

 

 タクヤ「…こいつ相手に使えるか分かんねぇが…」

 

 オレはメニューウィンドウを開き装備していた剣を外した。

 

 キリト「何してるんだ!!タクヤ!!」

 

 タクヤ「(こいつ)でやるまでだよっ!!」

 

 ゴーレムは巨大だがそのせいで動きは鈍い。オレは懐に入り、モーションに入った。体術スキル"正拳突き”を発動させる。

 ゴーレムは一瞬怯み、HPも僅かだが削る事が出来た。

 

 タクヤ「いやぁ…体術スキル上げといてよかったぜ!!」

 

 キリト「だが、このモンスターは本来斧系や棍系のプレイヤーをパーティに入れて戦うんだろうな…」

 

 タクヤ「無いものねだっても仕方ねぇよ!!体術スキルでダメージが削れるんならそれしかねぇ!!キリトとユウキはフォロー頼む!!」

 

 オレはすかさず体術スキルを連続で叩き込む。

 体術スキルにはスキル発動後の硬直(ディレイ)が存在しない為、こんな荒療治が出来るのだ。

 

 タクヤ「うぉぉぉっ!!!!」

 

 オレはひたすらにゴーレムに正拳突きを叩き込んでいく。

 オレに攻撃を仕掛けようとすればキリトとユウキがそれを阻止している。

 だが、HPは1時間やって3割程度削れただけだった。

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 キリト「このままじゃさすがやばいぞ…!!」

 

 ユウキ「クエストを放棄すればまた挑戦できるけど…」

 

 このままではボク達のHPと集中力が底をついてしまうのは目で見るより明らかだ。

 だが、タクヤはボク達の声など届いておらずひたすらに正拳突きを叩き込んでいる。

 

 ユウキ「ボク達よりタクヤの方がもう…!!」

 

 キリト「…っ!!タクヤ!!一旦クエストを放棄するんだ!!

 またもう1度ちゃんと準備してくれば…!!」

 

 タクヤ「…ざけんな…」

 

 キリト「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「ふざけんじゃねぇって言ってんだよっ!!!!」

 

 ユウキ&キリト「「!!!」」

 

 タクヤがここまで怒っているのは初めて見た。

 確かに、ここでクエストを放棄すればあのお母さんも助からずまたリポップしてクエストは初期化されてしまう。

 ゲームなら初見で情報を得て、次に準備を整えて再度臨むというやり方ができる。

 このソードアートオンラインであっても自分の死以外は例外ではない。

 だが、タクヤはそれを許さなかったのだ。

 それ以上に感じたのはもっと別の感情だった。

 

 タクヤ「今ここでやめたらあのNPCの母親が殺されるんだぞっ!!

 お前達にそれがどれだけきつくて残酷なのか分からねぇのかっ!!?」

 

 キリト「だ、だが…このままじゃ全滅する…!!

 ここは一旦引くのが無難だ!!」

 

 タクヤ「降りたきゃ勝手に降りろっ!!オレは絶対ェに降りねぇ!!

 オレの目の前で殺させはしねぇ!!もう後悔したくねぇんだよ!!!!」

 

 ユウキ「!!」

 

 ボク達が呆気に取られてる間にゴーレムはタクヤに攻撃を仕掛けていた。

 ボクとキリトは反応出来ず、タクヤに直撃した。

 一瞬の隙をつかれゴーレムの攻撃をモロに食らってしまったタクヤは宙に舞った。

 

 タクヤ(「絶対ェ…殺させねぇ…!!」)

 

 着地と同時にゴーレムの懐に潜り込む。

 ゴーレムも攻撃して距離を置こうとするが、タクヤはそれを避け腕から一気に駆け上がりゴーレムの頭まで来た。

 

 タクヤ(「お前はオレの目の前でやっちゃいけねぇ事をした…!!

 母親を殺そうとした…!!オレの目の前でだ!!お前は…オレが…」)

 

 

 

 

 

 ピコーン

 

 

 

 

 

 タクヤ「殺すっ!!!!」

 

 すると、タクヤの両腕が青白い炎のようなエフェクトを発生させた。

 

 ユウキ「!!?」

 

 キリト「なんだ!?あんなの体術スキルにはないぞ!!?」

 

 見ただけで分かってしまった。あの一撃はさっきまでの比じゃないと。

 今なら何でも出来そうな気がする。母親を助ける事が出来る。

 

【一定の数値に達しました。"闘拳”スキルを発動します。】

 

 タクヤ「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 エフェクトは龍の形となり、ゴーレムの頭蓋に突き刺さった。

 

 グギャァァァァアァァァ

 

 初めてに近いゴーレムの苦痛の叫び声をかわきりにタクヤの拳はさらに追撃を与える。

 

 キリト「効いてるっ!!?」

 

 ユウキ「…タクヤ…?」

 

 タクヤ「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺すっ!!!!」

 

 ピコーン

 

【一定の数値に達しました。"修羅”スキルを発動します。】

 

 青白い炎のようなエフェクトはたちまちドス黒い赤へと変貌し、タクヤの体を包み込んだ。

 

 ユウキ「タクヤ…!!どうしたの…?」

 

 トドメの一撃がゴーレムの頭蓋を突き破り体を縦に真っ二つに叩き割った。

 ゴーレムはHPを全損し、程なくポリゴンへと四散した。

 

 タクヤ「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

 キリト「…倒した?」

 

 ユウキ「タクヤ…?」

 

 ゴーレムを倒したと言うのにタクヤの体はまだエフェクトに包まれていた。

 

 キリト「タクヤ…!!ゴーレムは倒したんだ…!!スキルを止めるんだ…!!」

 

 タクヤがキリトの声に反応する。タクヤがこちらに顔を向けた。

 そこにはボク達の知っているタクヤの顔ではなかった。

 

 タクヤ「…殺す…」

 

 キリト&ユウキ「「!!」」

 

 それは一瞬の出来事だった。

 タクヤはキリトに突っ込み拳を振りかざした。

 キリトは間一髪の所でそれを防ぐが顔を見る限り手を抜く余裕はないようだった。

 

 ユウキ「!!…タクヤ!!やめてっ!!」

 

 ボクは我に返りタクヤをキリトから引き剥がす。

 タクヤはまるで何かに取り憑かれたように暴れていた。

 

 ユウキ「やめてっ!!タクヤ!!もう終わったんだよっ!!」

 

 そう言った途端エフェクトは消滅し、タクヤも自我を取り戻したみたいだ。

 

 タクヤ「お…オレは…」

 

 ユウキ「もう…いいんだよ…終わったんだよ…?」

 

 タクヤ「ユウ…キ…?」

 

 ユウキ「タクヤ…正気に戻ったんだね…よかった…」

 

 ボクはいつの間にか瞳から涙がとめどなく流れ始めた。

 なんで、こんな事になってしまったんだろう。

 なんで、タクヤがこんな目に合わなくちゃいけないんだろう。

 

 キリト「…大丈夫か?タクヤ…」

 

 タクヤ「キリト…?オレは一体…何を…そうだ!!ゴーレムは!!?」

 

 キリト「?…ゴーレムならお前が倒したじゃないか。

 ていうかさっきのアレはなんだったんだ?」

 

 タクヤ「アレ?…何の事だ?」

 

 キリト「!!…いや、覚えてないなら別にかまわない…」

 

 それから何度か質問したがタクヤはゴーレムを倒した時からキリトに攻撃を仕掛けた時までの記憶はないらしい。

 あのスキルの正体は謎のままだが、とりあえずクエストを終わらせてボク達は街へと帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年01月18日17時30分 第27層 ロンバール 宿屋

 

 ボク達は27層のロンバールの宿屋まで帰ってきた。

 タクヤの事を心配してキリトも宿屋まで付いてきてくれた。

 宿屋の前でキリトと別れ、中に入った。

 

 シウネー「おかえりなさい!今日もキリトさんと一緒だったの?」

 

 ユウキ「う、うん…熟練度を上げに35層まで…」

 

 ジュン「2人だけずりぃなぁ!今度は僕も連れていってよ!!」

 

 ユウキ「そうだね…キリトに相談してみる…」

 

 シウネー「…どうしたの?ユウキ…それにタクヤさんも…」

 

 ノリ「なんか元気ないみたいだけど…?」

 

 タクヤ「え…?あ、いや…」

 

 ユウキ「ち、ちょっと張り切りすぎちゃって疲れたんだよ!今日はボク達は先に休むね!また明日!!おやすみ!!」

 

 それだけを言い残してボクはタクヤと一緒に2階の宿部屋に向かった。

 

 シウネー「あっ!ちょっと!!ユウキ!!タクヤさん!!」

 

 テッチ「どうしたんだろうね?」

 

 タルケン「何かあったのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 オレはユウキに連れられ部屋に入った。何がすごい嫌悪感と脱力感に支配されているオレの体はすぐにベットに向かっていた。

 

 ユウキ「…大丈夫?」

 

 タクヤ「…なんとかな…」

 

 それを最後に会話が切れた。

 ユウキにも何かあったのかと思ったが何も言ってこない。

 オレはあのゴーレムの最後を知らない。

 ただひたすらに殴っていたら目の前が真っ赤に染め上げ、そこから意識がなく気づけば戦闘は終わっていて目の前に倒れ込んでるキリトの姿があった。

 

 タクヤ「…ユウキ…」

 

 ユウキ「な、何?」

 

 タクヤ「オレ…何かお前達にしたのか?」

 

 ユウキ「…!!」

 

 タクヤ「図星…みたいだな…。オレは…何をしたんだ…?」

 

 オレは知りたかった。意識がなくなっていた間に何が起きたのか…。

 だが、ユウキもなんと言ったらいいのか分からないといった顔をしている。

 それだけである程度の想像がついてしまった。

 オレは…2人に危害を加えたのだ…。

 カーソルはグリーンのままだから防御してくれたんだと察しがつく。

 だが、そんな事は関係ない。オレは2人に危害を加えた…それが問題なのだ…。

 

 タクヤ「ユウキ…悪かった!!」

 

 ユウキ「えっ!!なんで…謝るの!!?」

 

 タクヤ「オレはお前とキリトに迷惑をかけちまった…。許して貰えるとは思ってねぇけど…それでも謝ろうと…思って…」

 

 ユウキ「…」

 

 ユウキからの返事がない。当然だ…それだけオレがやった事の罪は重い。

 仲間を手にかけようとしたのだ。許してくれだなんてどの口が言っているのか…。でも、オレには謝る事しか出来なかった。

 

 ユウキ「…本当だよ…。ボクとキリトがどれだけ心配したと思ってるの…?でも、ボク達もタクヤの守ろうとしていたものを諦めようとした…。タクヤがあそこでクエストを放棄してたらあのNPCは…」

 

 その先が言えないのはオレに気を使っているからなのか…。

 ユウキはそのまま黙ってしまった。

 オレもあの時、頭に血が登っていた。

 過去の出来事がフラッシュバックして我をなくしていた。

 あのNPCの母親が自分の母親とダブって見てしまっていた。

 あれはゲームの中での設定にすぎない。

 頭では理解しているつもりだったのだが、まだ払拭し切れていないらしい。

 いや…一生このまま拭い去ることの出来ない傷としてオレの中で残り続けるだろう。

 

 タクヤ「…オレ…もうここにはいない方が…いいかもしれないな。」

 

 ユウキ「!!?」

 

 このまま過去に囚われまた今日のような事が起きれば次は誰かを…仲間を…殺してしまうかもしれない…。だったら…

 

 タクヤ「オレ…ギルドを抜けるよ…」

 

 ユウキ「なんで…何でそうなるのさっ!!?」

 

 タクヤ「また今日みたいな事が起きたらオレは誰かを殺しかねない…。

 だったらこのまま、1人になればいい…」

 

 ユウキ「ダメだよ!!そんなの絶対許さないっ!!タクヤは間違ってるよ!!

 またタクヤがおかしくなったらボクが絶対に止めてみせる!!

 絶対に!!絶対に!!タクヤは!!…ボクが守るからっ!!!!」

 

 タクヤ「!!」

 

 ユウキ「…だからそんな事言わないでよ…。

 タクヤがいなきゃ…ボクは…」

 

 何故そこまでオレの事を思ってくれるのだろう…。

 オレの事が好きだから…?

 それだけで…怖い目にあって尚、オレといたがる理由はなんだろうか。

 でも…もし、それが許されるのならオレだってここにいたい。

 みんなと笑って、泣いて、楽しんで、悲しんで…いろいろな思い出をみんなと共有したい。

 

 ユウキ「…まだ1人がいいって…思ってる…?」

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキ「…ボクはタクヤが好き…。それは今も変わらない…。

 今返事が欲しい訳でもない…。ただ…一緒にいたいんだ…。

 ギルドのみんなや…キリトやアスナ…他のいろんな仲間と一緒に生きていたいんだよ…。そこにタクヤがいなくちゃ意味が無いんだよ?

 タクヤにはそういうの…ある?」

 

 タクヤ「…あるに…決まってんだろっ!!

 オレだってみんなと一緒にいたいんだ!!

 でも、もう誰かを傷つけるぐらいなら1人になった方がいいんだよ!!

 オレは…!!もう…後悔したくねぇんだよ!!!!」

 

 後悔したくない。大切な人が目の前でいなくなるのは嫌だ。

 みんなが…ユウキが…目の前でいなくなったら…オレは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「大丈夫だよ…」

 

 タクヤ「!!」

 

 気づけばオレはユウキに抱きしめられていた。優しくオレの心を満たしてくれるかのように包み込まれていた。

 

 ユウキ「ボクは結構強いんだよ?タクヤにだって負けないんだから…。

 だから、自分を責めないで…?

 タクヤが守りたいって思っているものはボクの守りたいものなんだ…。

 それに周りにだって手伝ってくれる仲間がいる。

 タクヤが言ったんだよ?仲間なんだから遠慮するなって…。

 それはタクヤにも言える事でしょ?もっとボク達を頼ってよ…。

 ボク達も全力でタクヤを支える…。

 だから、タクヤはボク達を支えてね?一緒だったら何でもできる!!

 ボク達は…仲間なんだから…」

 

 オレの頬には一筋の涙が流れていた。

 感動したわけでも、痛いわけでも、悲しいわけでもない。

 ただ、心の底から嬉しかった…それだけだった。

 これでオレの罪が消える訳じゃない…。

 だが、オレにはみんなが…仲間が…ユウキがいてくれる。

 仲間が手を引いてくれる。誰かがつまづいたらオレが手を差し伸べる。

 仲間とは互いに手を取り合うものだと目の前の…オレより小さな少女に気付かされた…。

 

 タクヤ「…ユウキ」

 

 今なら…言える…。

 

 ユウキ「…なぁに?」

 

 オレの本心が言える…。

 

 タクヤ「オレは…」

 

 オレの事をこんなに思ってくれている…この少女への想いを…。

 

 タクヤ「…お前の事が…」

 

 オレは兄貴を殺すまで寄り道をしていけないと思ってた。

 でも、今なら違うと言える。

 それは寄り道ではない。道の上にあった確かなもの…。

 それを守る為に兄貴を…このゲームを終わらせなければならない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「…好きだ」

 

 そう…君と共に在るために…オレはこの世界を終わらせてみせる。

 




どうだったでしょうか?
ここでタクヤの新しいオリジナルスキル【闘拳】と【修羅】が出てきましたね。
それに2人が両想いになりました。
急な展開だったでしょうか?
頭の中ではこのぐらいのペースかなぁとかおもっているんですが、まぁよしとしときます。


では、また次回!


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【9】つながる想い

と言う事で第9話に突入です。
今回は少し短めにして次の話からシリーズで出していこうと考えています。
物足りなく感じるかと思いますがご容赦ください。
では、どうぞ!


 現在のレベル

 

 タクヤLv.74

 ユウキLv.70

 ジュンLv.67

 テッチLv.66

 タルケンLv.66

 ノリLv.64

 シウネーLv.64

 

 2024年01月19日 09時00分 第27層 ロンバール 宿屋

 

 タクヤ「えー…みんなわざわざ朝から集まってもらって悪かった。

 今から今後について少し話がしたいんだ…」

 

 オレは朝からスリーピング・ナイツに集合をかけてオレの部屋に集まってもらっていた。

 

 ジュン「ふぁ〜…で、どうしたの?」

 

 シウネー「ここじゃなくても下の階でもよかったんじゃ…?」

 

 タクヤ「いや、あそこじゃ誰が聞いてるか分からないからな。

 …まぁそれに関係した話でもあるけど…えー…コホン!

 急というかなんというかマイホームを買いました。」

 

 スリーピング・ナイツ「「「えぇぇぇぇぇぇっ!!!?」」」

 

 ユウキ「いつまでも街の宿屋を転々とするのは疲れるからね…。

 ギルドを作ろうと思った日からコツコツ貯めてたんだよ!」

 

 そのおかげで今は一文無しだが、それはさして問題ではない。

 これからまた稼げばいいだけの話だ。

 

 ノリ「どこに買ったのさ!?」

 

 ユウキ「47層のフローリアに買ったんだぁ!600万コルで…」

 

 テッチ「ろ…600万っ!!?」

 

 タルケン「そ、そんなにしたんですか…?家ってやはり高いですね…」

 

 ジュン「でも何かいいよな!すごい強豪ギルドって感じがする!!」

 

 ホームを持とうと言い出したのはユウキだった。

 宿屋では自分で料理を作る際、宿代とは別に料金が発生してしまうので無駄が出てきてしまい勿体無いらしい。

 ホームでなら自由にやれるし、誰の目も気にせずに楽しめるからだ。

 

 ジュン「よしっ!!なら、今から行こう!!僕達のホームへ!!」

 

 シウネー「いいですね!私も見たいです!」

 

 ユウキ「あっ!ちょっと待って…」

 

 タクヤ「いいさ…あっちに着いてからでも…」

 

 そして、オレ達は47層のフローリアにやって来た。

 フローリアはその層全体が花で囲まれ、恋人同士や夫婦がよくデートスポットとしてここに訪れるのも少なくないらしい。

 フローリアの奥のちょっと外れた所にログハウスがあった。

 

 テッチ「もしかして…ここ?」

 

 ノリ「結構でかいねぇ…」

 

 ユウキが合鍵を取り出しドアを開け中に入った。続いて1人ずつ中へと入る。

 

 ジュン「おぉ!広ーいっ!!」

 

 タルケン「すごい木の香りがしますね…。

 なんと言いますか、落ち着きますよ…」

 

 シウネー「もう家具とかも揃えてるんですね!」

 

 ユウキ「うん!家具とかも食器はエギルに頼んで安く流してもらったんだ!!あと2階にはみんなの分の個室があるから自由に使ってね!お風呂もすっごく大きんだよ!!」

 

 それに関してはエギルに感謝だ。

 サービスで食料なども付けてくれたし、家も少しリフォームしてもらった。

 

 タクヤ「気に入ってくれたか?」

 

 スリーピング・ナイツ「「「もちろんっ!!」」」

 

 タクヤ「じゃあ…みんな腰掛けてくれ。今から真面目な話があるんだ…」

 

 声のトーンに気付いたのかみんな顔が引き締まり、ソファーに腰掛ける。

 オレとユウキも上座の席へ腰掛けた。

 

 タクヤ「…単刀直入に言う。

 オレはこの前ユウキとキリトに…危害を与えてしまったんだ…」

 

 スリーピング・ナイツ「「「!!?」」」

 

 ユウキ「…」

 

 シウネー「う、嘘ですよね?タクヤさんがそんな事…。ねぇユウキ?」

 

 ユウキ「…シウネー…。本当なんだ…」

 

 シウネー「!!」

 

 ジュン「ど、どうしてだよ!!どうしてそんな事…!!」

 

 タクヤ「…分からない。いや、正確には知らないんだ…。

 オレはその事を憶えてないんだ…」

 

 オレはメニューウィンドウを開きみんなにオレのスキル欄を見せた。

 

 テッチ「これが何か関係があるの?」

 

 タルケン「!!…これ…」

 

 いち早く気づいたのはタルケンだった。多分みんなも気づくだろう。

 

 ノリ「何?…このスキル…」

 

 ノリが手に触れて確認したのは【闘拳スキル】と【修羅スキル】の2つであった。

 

 タクヤ「昨日…キリトと一緒に熟練度を上げていた時だった。

 そこにクエストを持ったNPCが来てオレ達はそれを受諾した。

 討伐対象のゴーレムと戦闘中にその2つのスキルが発動してしまってオレはキリトを…殺そうとした…らしい…」

 

 シウネー「そんな…!!」

 

 タクヤ「もしかしたら…ユウキもそれに巻き込まれたかもしれない…」

 

 タルケン「でも、信じられません…。

 自我を失わせるようなスキルが存在するなんて…」

 

 確かに、このゲームの中でそのような非科学的な事が起きるものだろうか?…仮に出来たとしても人の感情を操作している事になる。

 それでは非人道的すぎる。

 

 ユウキ「でも、強さは本物だったよ…。

 僕が見た限りじゃアスナのギルドの団長さんと同じかそれ以上かもしれない…」

 

 シウネー「そんなに…ですか…?」

 

 タクヤ「それでここからオレの個人的な頼みなんだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この2つのスキルの熟練度上げに協力してもらいたい!!!!」

 

 スリーピング・ナイツ「「「!!?」」」

 

 タクヤ「勝手な事言ってるのはわかってるっ!!

 こんな話聞いて頼める事じゃねぇけど…オレはこの力を使いこなしてみんなを守りたい…!!みんなをこのゲームから解放してやりたい…!!

 無理にとは言わねぇ…出来ないなら断ってくれてもかまわない…」

 

 ユウキ「ボクからもお願いします!!」

 

 オレとユウキは頭を下げて懇願した。無理は承知の上だ。

 こんな不安定な力の制御を手伝えと言われて二つ返事で済ませることの方が不思議なくらいだ。

 そんなのは余程のお人好しかバカのやる事だと思っている。

 

 スリーピング・ナイツ「「「分かりました!!」」」

 

 タクヤ&ユウキ「「え?」」

 

 ジュン「熟練度上げ手伝ってやるって言ってるんだよ!!

 なんでそんなマヌケな返事してんだよ?」

 

 テッチ「やっぱりタンクとしてそれだけの力を抑えられたら自信がつくからね…」

 

 タルケン「それにまだ他に解明されていない部分が出てくるかも知れません…」

 

 ノリ「まぁ、攻撃してきたら容赦しないで全力でたたき起こしてあげるから安心しなよ!」

 

 タクヤ「お前ら…」

 

 シウネー「タクヤさん…。

 私達はギルドを結成したあの日からあなた達についていくと決めてるんです。そんな人達の頼みが聞けないわけないじゃないですか…。

 それに困った時はお互い様…でしょ?」

 

 嬉しかった。責められるかと思った。

 軽蔑されるかと思って内心気が気じゃなかった。

 でも…ここにいる…オレの仲間は…誰もオレを見捨てようとはしなかった。それがたまらなく嬉しくなりつい顔を伏せてしまった。

 ユウキの言った通りだ。オレは仲間に支えられている…。

 なら、オレはこの力を使いこなしてみんなを支えてやる…。

 それがみんなへの恩返しだ。

 

 タクヤ「…みんな…根っからのお人好しだな…」

 

 ユウキ「よかったね…タクヤ…」

 

 タクヤ「…あぁ…」

 

 ジュン「じゃあそうと決まれば早速熟練度上げようぜ!!」

 

 テッチ「だね!早いに越したことないし!」

 

 みんなやる気になってくれている。

 外に出ようとした時まだ1つ言い忘れていた事があった。

 

 タクヤ「あぁ!あとオレとユウキなんだけど付き合う事になったから…」

 

 ジュン「あぁそんなんだ…」

 

 ノリ「…って…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スリーピング・ナイツ「「「えぇぇぇぇぇぇっ!!!?」」」

 

 一瞬、この家が浮いたかと思う程の大音量だった。

 と言うか、さっきより驚いてね?

 

 シウネー「ほ、本当なの?ユウキ…?」

 

 ユウキ「う…うん///」

 

 テッチ「な、なんてこった…」

 

 ノリ「おぉ!ついにかぁ!待ちわびたよ!!

 こりゃあ盛大に祝ってやらないとねぇ!!!!」

 

 タクヤ「そ、そんな事より…熟練度上げに…」

 

 シウネー「ダメです!!それにそんな事じゃないですよ!!

 今日はもうオフにしてみんなでパーティしましょう!!

 そして、夜は2人でデートして来てください!!

 それまで家には入れません!!」

 

 タクヤ「は…はい…」

 

 ジュン「あのタクヤが…蛇に睨まれたカエルみたいになってる…」

 

 タルケン「やはり女性というものは分かりかねます…」

 

 そしてオレ達は朝から盛大なパーティを行った。

 オレとユウキは質問攻めに合ってしまい、境地に立たされていた。

 

 シウネー「告白したのはどっちからなんですか?」

 

 ユウキ「えっと…一応ボクから…///」

 

 ノリ「おぉやるじゃんよぉ!で、タクヤはなんて答えたのさ?」

 

 タクヤ「いや、ちょっと間が空いちまって返事したのが昨日なんだけどよ…そ、その…オレも好きだ…みたいな…//」

 

 スリーピング・ナイツ「「「ひゅぅぅぅぅ」」」

 

 すごいめちゃくちゃうぜぇ…。

 ユウキもユウキで茹でダコみたいになってるし…。

 

 ユウキ「あの…えっと…//タクヤはカッコイイし、優しいし//

 たょりになって…ボクを守ってくれましゅ…///」

 

 もう滑舌が悪くなってきているユウキにかまわずアタックする女性陣。

 それをおっかないようなものを見る目で酒を飲んでいる男性陣。

 オレも未だかつてこれ程女性が怖いと思ったのは初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年01月19日 17時05分 第47層 フローリア 街道フィールド

 

 ユウキ「じゃあ…さっそく始めようか!」

 

 あの後、やっぱり熟練度上げをしようという事になりフィールドへやって来ていた。

 周りにはモンスターやプレイヤーの姿が見えないため、被害が被る事はない。

 それと、つい先程アルゴに闘拳スキルと修羅スキルについての情報はないか聞いてみたところ、修羅スキルについては名前自体聞いたことはないらしい。

 闘拳スキルについては分かったことがある。

 闘拳スキルは体術スキルの正拳突きを連続で使えば習得出来るが何回使えば習得出来るかはわからないそうだ。

 メリットとして闘拳スキルを発動すると武器が消えた状態になり、代わりに龍のようなエフェクトが両手に現れるそうだ。

 だが、武器は外された訳でなく装備されたままの状態である為、攻撃力が落ちる事はないようだ。

 

 タクヤ「じゃあ…やるぞ…?」

 

 オレはメニューウィンドウを開き、スキル欄の画面を出す。

 闘拳スキルを指でタップした。

 すると、両手からエフェクトが上がる。

 

 タルケン「これが…闘拳スキル…」

 

 ユウキ「タクヤ!大丈夫?」

 

 タクヤ「…あぁ、まだ大丈夫だ…」

 

 オレは拳に力を入れるとエフェクトもそれに伴って今にでも弾け出しそうに瞬いた。

 

 タクヤ「第一段階はクリア…と。

 それにしてもこんな風になってたのか…」

 

 前回はほとんど記憶にない為こうやってまじまじと見るのは初めてだ。

 

 ユウキ(「やっぱり…闘拳スキルだけの時はまだ意識があった…。

 その後に修羅スキルを使ってタクヤは自我を失ったんだ…」)

 

 オレは再度メニューウィンドウを開き、修羅スキルに指を近づけた。

 だが、その指は寸前の所で止まってしまう。

 また…意識を失って知らず知らずのうちに誰かを傷つけるんじゃないか…オレに制御出来るのか…そういった不安がオレの手を硬直させる。

 

 ユウキ「タクヤ!!」

 

 タクヤ「!!」

 

 ユウキ「ボク達がついてるよ…だから、頑張って…!」

 

 タクヤ「…」

 

 手の硬直がなくなった。そうだ…今、オレには仲間がついてる。

 修羅スキルをタップすると、頭の中で声が聞こえてきた。

 

『憎い…殺せ…根絶やしにしろ…』

 

 タクヤ「がっ…あが…ぎぃっ…!!!!」

 

 ジュン「タクヤの体がドス黒いのに覆われてるぞ!!」

 

 ユウキ「やっぱり…!!みんな!!警戒して!!来るよっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くとオレは草原に倒れていた。また、記憶が飛んでいる。

 

 タクヤ「…っ!!みんなはっ!!?」

 

 オレはすぐ様立ち上がりユウキ達を探す。

 

 ユウキ「よかった…気が付いたんだね…」

 

 テッチ「あれ…反則級だよ…」

 

 タクヤ「よかった…!!みんな大丈夫だったか?」

 

 シウネー「なんとか…」

 

 ノリ「いやぁ、でも…結構危なかったかも」

 

 タクヤ「…悪ぃ…」

 

 タルケン「謝らないでください!!ワタクシ達は好きで協力しているんですから!!それで…何か分かりましたか?」

 

 タルケンに聞かれ、オレは直前に聞いた声をみんなに話した。

 

 タルケン「…仮説ですが修羅スキルというのは怒りや憎しみ…そう言った負の感情が一定を超えると現れるかも知れませんね…」

 

 ジュン「でもそれってどうやって判断されるんだ?

 そんなパラメータがある訳でもないし…」

 

 タルケンの仮説はおおまかには合っていると思うが、まだ何かあるんじゃないかと思えてくる。

 

 シウネー「持続時間を測ってましたけど…約15分といった所でしょうか…」

 

 ユウキ「とりあえずもう1回やってみようか?タクヤ…出来る?」

 

 タクヤ「あぁ、頼む!!」

 

 

 sideユウキ_

 

 ボク達は所定の位置につき武器を構える。タクヤもそれを確認して修羅スキルを発動させる。

 

 タクヤ「…ぐ…あ…がは…!!」

 

 ユウキ「タクヤ!!頑張って!!」

 

 ジュン「スキルなんかにまけるなぁ!!」

 

 だが、やはり失敗に終わったようだ。エフェクトを纏ったタクヤが無差別に攻撃を開始した。

 

 タクヤ「ぐるあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 テッチ「くっ!!」

 

 テッチはなんとか盾で防いだが、ジリジリと押されている。

 

 ノリ「目を覚ませぇ!!」

 

 ノリが背後から攻撃を仕掛けるも、超反応でそれを避ける。

 ノリに的を絞ったタクヤはボク以上のスピードでノリに襲いかかる。

 速すぎたためノリは防御半ばでダメージを受けた。

 

 ユウキ「ノリ!!っ…!!」

 

 いつの間にかボクの目の前に現れたタクヤが右拳を打ってきた。

 ボクはナイトウォーカーでそれをパリィして後退させる。

 

 ユウキ「スイッチ!!」

 

 ジュン「おう!!」

 

 ジュンが後退させたタクヤに峰打ちでタクヤを倒した。

 同時にエフェクトは消滅した。

 

 ユウキ「…ダメだったね」

 

 ジュン「あぁ、フロアボスよりおっかないぜ…」

 

 シウネー「そうだ…!!ノリ!!大丈夫ですか?」

 

 ノリ「うん…なんとか。でも、たった一撃で2割近く削られたよ…。」

 

 ノリの方は無事のようだ。だが、恐ろしいのはあの攻撃力と貫通力だ。

 テッチのタンクとしての実績はまだ少ないがフロアボスの攻撃も受け止められる程の実力があるにも関わらず押し負けていた。

 あんなの二刀流や神聖剣とはまったく別の強さだ。

 

 タクヤ「う…ん…」

 

 ユウキ「タクヤ!!体なんともない?」

 

 タクヤ「ユウキ…。別になんともないけど…また失敗したのか?」

 

 ユウキ「…うん」

 

 タクヤ「そっか…」

 

 そして、あれから数回試してみたが1度も制御出来ずに今日の練習は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年01月19日 18時00分 第47層 フローリア マイホーム

 

 sideタクヤ_

 

 シウネー「じゃあ!今日はお楽しみになって下さい!…帰ってこなくても大丈夫ですっ!!」

 

 タクヤ&ユウキ「「帰るよっ!!!!」

 

 

 オレ達は宣告通りマイホームから追い出され始めてのデートに向かった。

 

 タクヤ「…どこか行きたい所…あるか?」

 

 ユウキ「ううん…ぼ、ボクはタクヤといられるならどこでも…//」

 

 タクヤ「っ!!//」

 

 ユウキ「…//」

 

 とりあえず噴水のある広場まで来たので近くのベンチに腰をかけた。

 

 タクヤ(「な、何話せばいいのかわかんねぇ…」)

 

 ユウキ(「うぅ…//意識しちゃうと恥ずかしくなってきた…///」)

 

 しばらくの間、会話はなくなり水の流れる音しかしない。

 

 タクヤ「ユウキも多分どうすればいいかわからねぇだろうし、

 男のオレから行かなきゃ行けねぇんだろうけどオレもわかんねぇし…」

 

 グゥゥ…

 

 ユウキ「あ…//」

 

 タクヤ「…ぷっ…ふはははははっ!!」

 

 ユウキ「な、何さぁ!そんな笑う事ないじゃん!!」

 

 タクヤ「いや、悪い悪い…。でも、変わんねぇなユウキは…。あっ!ユウキ!見てみろよ」

 

 ユウキ「え?」

 

 オレとユウキが上を見上げると41層の裏に満点の星空が描かれていた。

 

 ユウキ「うわぁ!!すごい綺麗だね!!」

 

 タクヤ「あぁ…本物じゃなくても綺麗だな」

 

 ユウキ「もぉ!すぐそういう事言うんだから…ふふっ」

 

 タクヤ「また…今度は本物星を見に行くか?」

 

 ユウキ「あっちに戻ったら?その時も一緒にいてくれるんだ?」

 

 タクヤ「あぁ、一緒に…死ぬまでいたいと思ってる」

 

 そう言い終わってユウキに顔を向けると街灯に照らされたユウキは頬が赤くなってる。

 今更になって自分が言った事に恥ずかしくなり、オレも顔が赤くなっていくのを感じた。

 

 ユウキ「…じゃあ、約束だよ?いつか一緒に星を見に行こうよ!」

 

 タクヤ「あぁ…その為にも修羅スキルをマスターしてこのゲームをクリアしないとな!」

 

 オレ達は小指を結んで星空の下で約束した。

 

 タクヤ「じゃあ…飯食いに行くか!どっかのお嬢さんは大層お腹がすいてるご様子ですしぃ」

 

 ユウキ「そ、そんなにじゃないよー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……Yeah」

 

 この時オレ達はまだこの後、残酷な事件が起きる事を知らなかった。

 

 

 

 

 




どうだったでしょうか?
最後に現れたのは誰なのか…どう展開していくのか…
まだ構想中ですが普段通り投稿していきますのでご安心ください。
それと、分かる方には分かりますが小ネタを挟んでみましたのでよかったらなんだったかな?あのシーンだ!とか思って読んで頂ければと思ってます。

ではまた次回!


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【10】幻想の世界

今回からシリーズ第1弾です。
衝撃の展開ですので期待していてください。

では、どうぞ!



 現在のレベル

 

 タクヤLv.78

 ユウキLv.76

 ジュンLv.72

 テッチLv.71

 タルケンLv.70

 ノリLv.69

 シウネーLv.69

 

 

 2024年03月11日 13時18分 第47層 フローリア 街道フィールド

 

 ユウキ「…きゅーけーい!!」

 

 ジュン「だはぁ!疲れたぁ!」

 

 ジュンは勢いよく倒れ、体を自由にさせる。

 オレの修羅スキルの練習を始めてもう2ヶ月近くになる。

 あれから、多少なら抑える事が出来るようになったがまだまだ実用段階には程遠かった。

 

 タクヤ「…」

 

 シウネー「どうかしましたか?」

 

 タクヤ「…いや、なんかもう少しで何か掴めそうなんだが…その何かがわからん…」

 

 オレの修羅スキルはあれから調べた結果やはりオレだけのユニークスキルだった。

 だが、発動させたら自我を失って暴走…。

 果たしてそんなスキルが他にあるだろうか…。

 

 ユウキ「今は出来る事をやるしかないよ!タクヤ!!」

 

 タクヤ「ユウキ…。それもそうだな」

 

 この2ヶ月で最前線は56層にまで進んだ。

 その間にも色々の事があった。

 35層の北部にある迷いの森で"竜使い”と呼ばれているビーストテイマーのシリカを助けてやったり…ユウキには何故かその間ずっと冷たくされたり…今思い返しても意味が分からなかった。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 シリカ『また今度一緒にクエストに付き合ってもらってもいいですか?』

 

 タクヤ『あぁ、オレでよかったら付き合うよ…』

 

 ユウキ『…』

 

 シリカ『ありがとうございます!楽しみにしてます!

 それじゃあ私はここで…』

 

 ユウキ『…』

 

 タクヤ『…どうした?』

 

 ユウキ『…別に』

 

 

 

 

 ───────────────────────────────

 

 今ではユウキも普通の状態だが、2,3日はあれが続いた。

 あの時のユウキはマジで怖かったです。はい…

 

 ピコーン

 

 タクヤ「メッセージか…。誰からだ?」

 

 メニューウィンドウを開いてみるとどうやら差出人はキリトのようだ。

 内容を見てみるとどうやらクエストの誘いだった。

 だが、最後に一文に1人で来るように指示されている。

 

 タクヤ「なんだぁ?…行ってみるしかないか…。悪ぃ!

 今日はここまでにしてもらえると助かる…」

 

 ノリ「どっか行くの?」

 

 タクヤ「ちょっとキリトに呼び出されてな…」

 

 ユウキ「じゃあ、ボクも行くよ!」

 

 タクヤ「いや、オレ1人で来いって行ってるから…すぐに戻ってくるから!じゃっ!後でな!!」

 

 そう言い残してキリトの待つアルゲートまで足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年03月11日 13時45分 第50層 アルゲート エギルの店

 

 タクヤ「おじゃまー」

 

 エギル「いらっしゃい!…ってなんだ、タクヤか…」

 

 タクヤ「なんだとはなんだ…」

 

 エギル「オレは客には媚びを売るが知り合いには売らんのでな!」

 

 タクヤ「あっそ…それでキリトは?」

 

 エギル「あぁ…2階にいるぜ」

 

 オレはエギルに礼を言いつつ2階へと上がった。

 2階の物置兼キリトの隠れ家に入るとキリトがいた。

 

 キリト「悪いな…急に呼び出しちゃって…」

 

 タクヤ「そう思ってんなら呼び出したりしないで欲しいな…

 修羅スキルの練習で体がだるいんだから」

 

 キリト「まだマスターするには時間がかかるのか?」

 

 タクヤ「正直、マスター出来るかどうかも怪しい…」

 

 闘拳スキルだけならもうマスターしているし、実戦でも充分に仕える所まで来ているが修羅スキルに関してはお手上げ状態である。

 

 タクヤ「で、用ってなんだよ?

 わざわざそんな事聞くために呼びつけたんじゃないんだろ?」

 

 キリト「あぁ…最近攻略組の奴らが何人か失踪…もしくは…」

 

 タクヤ「…死んでいる…か…」

 

 キリトが頷く。

 このソードアートオンラインの世界には暗黙のルールが存在する。

 1つは自身のHP全損…

 そして、もう1つがプレイヤー同士の殺し合いだ。

 だが、それを承知で、または現実では死んでいないと考えているヤツらはプレイヤーを襲い、コルやアイテムなどを盗んでいく。

 その行為を行ったプレイヤーのカーソルはオレンジになり、街などにもはいれなくなるのだが…。

 

 タクヤ「キリト…お前…これが笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の仕業だって…そう言いたいのか?」

 

 キリト「否定は出来ない…。もしかしたら、違うかもしれないが攻略組を殺れるプレイヤーは少なくとも…殺し慣れている()()()()()()()()だけだ…」

 

 プレイヤーがプレイヤーを殺すとカーソルはオレンジになるが、一定の人数を殺すとそのプレイヤーのカーソルはレッドとなり、街はおろかモンスターのヘイトも通常の倍以上かせいでしまうのだ。

 そして、この世界でレッドプレイヤーが集まって出来たギルドが1つある。

 それが笑う棺桶…ラフィン・コフィンだ。

 アイツらはルールの穴をすり抜け次から次へと新たな殺害方法を編み出していった。

 

 タクヤ「…この事は他のヤツらには伝えているのか?」

 

 キリト「いや…まだタクヤと被害に合った聖竜連合だけだ…」

 

 聖竜連合と言えば20層辺りからボス戦に参加し出したギルドだったハズ。

 だが、あまりいい噂は耳にしない。レアアイテムの為なら何だってするとかなんとか…。

 

 タクヤ「早めに手を打った方がいいな…。

 アスナにこの事を説明して血盟騎士団から攻略組に呼びかけてもらおう。あそこが一応攻略組の中じゃトップだからな…」

 

 キリト「え?…アスナにはオレがメッセ送らなきゃダメか?」

 

 タクヤ「は?当たり前だろ…お前以外誰がいるんだよ」

 

 キリト「最近のアスナってなんだか話しかけづらいんだよなぁ…

 攻略会議の時もちょくちょくぶつかるし…」

 

 タクヤ「アスナがキツイのはお前だけのような気もするけど…とにかく、アスナには伝えておいてくれよ!」

 

 キリト「わ、わかった…」

 

 タクヤ「用はそれだけか?

 オレもギルドのみんなにこの事を伝えてぇから帰らせてもらうぜ…」

 

 キリト「あっ!それともう1つ…。これは単なる質問なんだけど…」

 

 タクヤ「?」

 

 キリト「…お前、最近誰かに跡をつけられてるような感覚はないか?」

 

 タクヤ「いや…特にないな。それがどうしたんだ?」

 

 キリト「ないならいいんだ…。」

 

 これ以上は特にする事もなく、オレはフローリアへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年03月20日 13時10分 第56層 迷宮区 ボス部屋前

 

 あれ以降攻略組のメンバーが失踪する事件は落ち着き、今日…56層のボスに挑戦する。

 

 ユウキ「じゃあ!みんな!今日も頑張ろー!!」

 

 スリーピング・ナイツ「「「おぉぉっ!!」」」

 

 タクヤ「…」

 

 オレは1つ疑問を抱いていた。

 攻略組に警戒を呼び掛けた瞬間から失踪事件はなくなった。

 アルゴと彼女が信頼している情報屋数人で伝達してくれた。

 もちろん一般プレイヤーにはこの事は知らされていないはず…。

 対応が早すぎる…。

 

 タクヤ「もしかすると…」

 

 オレはある1つの仮説を見つけた。

 この中に…レッドプレイヤーに繋がっている奴が…いる。

 

 ユウキ「タークヤっ!!」

 

 タクヤ「おわっ!!?」

 

 いきなり後ろから驚かされ、変な声が出てしまった。

 

 ユウキ「タクヤ…さっきから怖い顔してるよ?

 ほらほら!笑顔笑顔!にぃ〜…//」

 

 タクヤ「…はぁぁぁ。お前はホント…バカだなぁ…」

 

 ユウキ「なっ!?バカとはな…」

 

 タクヤ「でも、それがお前のいい所だ…。おかげで緊張もとれた」

 

 ユウキ「た…タクヤ…///」

 

 オレはユウキの頭を撫でながら扉に目を向けた。

 

 タクヤ(「今その事を考えたって仕方ねぇ…今はボスを倒す事だけに全神経を張り巡らせねぇとなっ!!」)

 

 ヒースクリフ「では行こう…。解放の日のために…!!」

 

「「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」

 

 オレ達は一斉にボス部屋へと突入した。

 全員が入り切ると扉は閉まり、部屋が明るくなる。

 そして、目の前に岩石が集まり巨大化していくと目が光り咆哮を上げた。

 

 ヒースクリフ「血盟騎士団と各ギルドのタンクはボスの防御に回れ!!」

 

 ヒースクリフの指示と共にタンクのテッチも前線に飛び出す。

 

 ヒースクリフ「他の者は背後に回り込み関節を狙え!!」

 

 オレ達も指示に従い、背後へと回り込む。

 

 ユウキ「いくよぉぉっ!!」

 

 ユウキは関節部分に剣撃を浴びせるがダメージは僅かにしか減っていない。

 

 ユウキ「かったいなぁ〜!ノリ!!スイッチ!!」

 

 ノリ「あいよ!!」

 

 ユウキとノリがスイッチしてスキルを発動させる。

 両手斧最上位ソードスキル"ダイナミック・インパクト”

 

 グガァァァァァァァァァッ

 

 タクヤ「よしっ!ダメージが入った!!」

 

 ボスは部位破損を起こし動きが止まった。ここでオレは一気にボスの頭部へと駆け上がった。

 

 タクヤ「闘拳スキル…発動!!」

 

 オレの両手からエフェクトを撒き散らし、その拳をボスに叩き込んだ。

 ボスもオレを振り落とす為なりふり構わず暴れている。

 

 タクヤ「おとなしく…してろぉっ!!!!」

 

 闘拳スキル"双竜拳”を発動させ、ボスの頭蓋を割った。

 

 ヒースクリフ「よし…全隊突撃ぃ!!!!」

 

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」

 

 ボスがダウンしている所を全員ソードスキルで終わらせにかかった。

 ボスもなす術なくHPは全損し、淡い色のポリゴンへと四散した。

 

 

 Congratulation

 

 

 

「「「よっしゃあぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」」

 

 ユウキ「タクヤ!!みんな!!お疲れ様っ!!」

 

 ジュン「リーダーもなっ!!」

 

 テッチ「いつもタクヤの攻撃受けてるから手応えを感じなかったよ」

 

 タクヤ「テッチ…今それを言うか?」

 

 ノリ「まぁまぁ!勝ったんだしいいじゃんよー!!今日は飲むぞー!!」

 

 タルケン「ノリはいつだって飲んでるじゃないですか!!」

 

 シウネー「ふふっ…あっ…タクヤさん!」

 

 シウネーがオレを呼ぶと隣にはヒースクリフが立っていた。

 

 タクヤ「…お疲れ様です…」

 

 ヒースクリフ「素晴らしい戦いぶりだったよ、タクヤ君…。

 それが噂の闘拳スキルか…。なるほど、おもしろい…!」

 

 タクヤ「で…なんか用か?」

 

 ユウキ「た、タクヤ…!その言い方は…」

 

 ヒースクリフ「いいんだユウキ君…。

 彼と私の間柄はこれが丁度いいんだ…。時に、タクヤ君…君にはまだ隠している力があるね?」

 

 タクヤ「!!?」

 

 オレはその言葉に驚いていた。ギルドのみんなとキリト、アルゴにしか知らない修羅スキルをどうしてこの男が知っているのか…。

 

 ヒースクリフ「君がいつも40層のフィールドでギルドメンバーと何かしていると言うのを小耳に挟んでね…少し気になったんだ。

 あぁ…別に深い意味は無い。言いたくなければそれでもかまわない…」

 

 タクヤ「あぁ…ちょっとみんなで闘拳スキルの熟練度を上げている最中を見られたんだな…まだ、使いこなせてねぇからな…」

 

 一瞬間を置いてからヒースクリフはそうか、と言ってオレ達の前から立ち去った。

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキ「よ、よし!帰って祝勝会でもしよっか?」

 

 シウネー「い、いいですね!じゃあ、どこかのレストランを貸切ます?」

 

 ユウキ「ううん!せっかくマイホームがあるんだから今日はボクが腕に よりをかけちゃうよ〜!!」

 

 ジュン「いぇーい!!ユウキの料理美味いからなー!!」

 

 ノリ「酒もストックしてるしそうと決まれば早速帰ろー!!」

 

 ユウキ「ほら!タクヤも行こうよ…!!」

 

 タクヤ「…あぁ」

 

 こうしてオレ達は57層へと到達したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年03月20日 18時30分 第47層 フローリア マイホーム

 

 オレ達は57層到達記念の祝勝会を開いていた。

 毎回毎回よくもまぁ飽きないものだ…と思いながらもオレもそれなりに楽しんでいる。

 今日はレストランではなく、ユウキの料理スキルが腕を奮っていた。

 あと少しで料理スキルもカンストするそうだ。

 今でも充分に美味しいが…。

 

 テッチ「も、もう飲めない…」

 

 ジュン「こいつ…バケモンかよ…」

 

 ノリ「なんだよテッチ!ジュン!もうギブかい?だらしないねぇ!アッハハハッ」

 

 タクヤ「よっしゃ!次はオレが相手だ!」

 

 ノリ「おっ!飲み比べじゃ負けないよっ!!」

 

 ユウキ「タクヤぁ!がんばってぇ!!」

 

 オレとノリで飲み比べを開始した。たまにはこういうのも悪くない。

 1樽開けたところだっただろうか。

 ノリはグラスじゃ少ないと言い出し、樽ごと飲み始めた。

 これに感化されたオレも樽ごといくが、予想以上につらかった。

 途中でオレは降参して飲み比べはノリが制した。

 

 タクヤ「…うぷ。気持ちわりぃ…」

 

 ユウキ「もう…!無茶するからだよ」

 

 ノリ「アッヒャッヒャッヒャ!タクヤもまだまだだねぇ!ヒック…」

 

 シウネー「ノリも飲みすぎよ…」

 

 タルケン「…もうここまでにしておいて下さい」

 

 ノリ「嫌だァ!まだ飲むんだァ!!」

 

 ノリから酒を没収した2人はジュンとテッチの介抱にあたっている。

 2人も相当飲まされていた為、今日は早めに休むよう勧められ自室へと向かった。

 

 ユウキ「タクヤも今日は休んだら?」

 

 タクヤ「そうだなぁ…ヒック…風に当たってからにするよ…」

 

 ユウキ「んー…心配だからボクも付き添うよ!シウネー、タルケン!

 3人の事任せてもいいかな?」

 

 シウネー「はい。こっちはなんとかしておきますね…」

 

 タルケン「ほら!ジュン、テッチ!

 行きますよ…って、ノリはいつまでしがみついてる気ですか!?」

 

 ノリ「酒〜…酒返せ〜…」

 

 ノリはまだ飲み足らないらしく、タルケンの裾から離れようとはしなかった。タルケンもノリを引きずりながら2階へと上がっていった。

 

 

 sideユウキ_

 

 ボクとタクヤはテラスに出て夜風にあたっていた。

 風は冷たく火照った体を冷ますにはちょうどいい冷たさだった。

 

 タクヤ「…ふぅ…」

 

 ユウキ「どう?楽になってきた?」

 

 タクヤ「ん…ユウキ…」

 

 ユウキ「なぁに?」

 

 タクヤ「ちょっとだけ…もたれ掛かってもいいか?」

 

 ユウキ「…どうぞ」

 

 するとタクヤはゆっくりボクの肩にもたれ掛かってきた。

 酒の匂いはあまりしない。タクヤの匂いがする。

 正確には匂いなどはしないのだが、今はそんな感覚がボクとタクヤを包み込んでいる気がする。

 

 タクヤ「…こうしてると落ち着くな…」

 

 ユウキ「ボクに癒しアロマみたいのが出てたりしてね…」

 

 タクヤ「そう…かもな」

 

 ボクはタクヤの髪を撫でながらこの時間がいつまで続けばいいなとかんがえていた。

 これからも…おじいちゃんおばあちゃんになってもずっと一緒にいれたらな…と。

 それが今のボクにとっての幸せであり生きがいなのだ。

 

 タクヤ「ユウキ…」

 

 ユウキ「…タクヤ…」

 

 タクヤ「…好きだよ…いつまでも…一緒に…いよう…」

 

 ユウキ「…うん。ボクも…好きだよ…愛しています…」

 

 この日の空の景色をボクは一生忘れないだろう。

 この世界が虚構の存在だったとしても…今ボクたちの生きているこの世界がボク達にとっての本物なのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 

 2024年03月21日 15時58分 第50層 アルゲート 転移門前

 

 この日オレはある用で50層の転移門前に来ていた。

 

 タクヤ「…」

 

 アルゴ「何をそんなしかめっ面になってるんダ?」

 

 タクヤ「どわっ!!?背後からいきなり声かけんなっ!!」

 

 オレの背後から忍び寄ってきたアルゴが反省の色がない笑顔で現れた。

 

 アルゴ「まぁまぁ…それもオレっちの楽しみの1つなんだヨ。

 ケチケチすんナ!」

 

 タクヤ「それに付き合わされるオレの身にもなってくれ…」

 

 アルゴ「ニャッハハハッ!!…んで、今日は一体何の用なんダ?」

 

 タクヤ「あぁ…アルゴ…。例の攻略組の失踪事件なんだが…」

 

 アルゴ「なんだそれカ…。それならオレっちも調査している所ダ…。

 これはゲームクリアにも繋がるから特別にタダで教えてやるヨ」

 

 アルゴの目つきが変わった。事は結構でかいという証だ。

 

 タクヤ「頼む…」

 

 アルゴ「…最初の犠牲者が出たのが35層の迷宮区ダ。ちょうどオレンジギルドをタク坊とキー坊が監獄に送った日だナ」

 

 偶然か…それは今は置いておき、話の続きを聞いた。

 

 アルゴ「パーティを組んでいた仲間からの情報なんだが、少し目を離した隙にいなくなったらしイ。

 ギルドに先に帰っているのかと思ったがその男はまだ帰ってきていなかっタ。

 以後、その男がギルドに帰ってくる事はなかったそうダ」

 

 タクヤ「そいつは…やっぱり…」

 

 アルゴ「…黒鉄宮の生命の碑に名前が消されていタ」

 

 攻略組のプレイヤーを一瞬でその場から連れ去り…殺した。

 そんな芸当が出来るのはやはりレッドプレイヤー…

 

 タクヤ「笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の仕業…か?」

 

 アルゴ「まだ断定するには早いが、2件目の事件もやはり一瞬の隙を狙われていル。同一犯であり、殺し慣れているプレイヤーの仕業としか言いようがないナ…」

 

 タクヤ「そうか…。

 もし、奴らだったらいよいよ本格的に動き出したって訳か…」

 

 アルゴ「タク坊も気をつけてくれヨ?今じゃ攻略組でもトップクラスの実力者なんだかラ。頼んだゼ…拳闘士(グラディエーター)さん!」

 

 確かに、今攻略が滞るのは痛いし……ん?

 

 タクヤ「ぐ、グラディエーター?」

 

 アルゴ「なんダ?知らないのカ?

 この前のボス戦でタク坊、武器も何も使わないで拳で暴れ回ったんだロ?

 それを見たプレイヤーがまるでコロッセオで戦う剣闘士を剣じゃなくて拳にして呼んでたんダ!」

 

 タクヤ「んなっ!!そんなあだ名付いちまったのかよ!!」

 

 アルゴ「ついでに言うと、ユーちゃんも"絶剣”なんて呼ばれてたナ…。

 絶対無敵とか空前絶後って意味らしいゾ!」

 

 一体いつの間にそんなあだ名が付いてたんだ。

 そう言えばキリトも"黒の剣士”とかアスナは"閃光”とか"攻略の鬼”とか呼ばれていたような気がする。みんな苦労してるんだな…。

 

 タクヤ「と、とりあえずサンキューな…。また何かあったら教えてくれ…。その時はちゃんとお代払わせてもらうよ…」

 

 アルゴ「おウ!そん時はふんだくってやるからかくごしろヨ〜

 じゃあまたナ!タク坊…ユーちゃんにもよろしく言っといてくレ」

 

 アルゴはそそくさと人混みの中へ紛れて行った。

 

 タクヤ「…ふぅ。今日は攻略も休みにしたし、暇だからフィールドにでも出て素材調達しに行くかな…」

 

 オレは転移門を使いフィールドへ向かった。

 50層のフィールドは草原エリアが多く、特にこれと言った所もない平凡なフィールドで南部にちょっとした森や洞窟があるぐらいだ。

 

 タクヤ「森にでも行くかな…もしかしたら何か見落としてる物があったりするし…」

 

 オレはひとまず南部の森へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年03月21日 18時10分 第50層 森林フィールド

 

 タクヤ「…特に何もなかったか…」

 

 オレは森でモンスターを狩りながら奥へと進んだがこれと言って珍しいものはなく、時間も時間なのでホームへ帰る事にした。

 

 タクヤ「…」

 

 誰かにつけられている…。前にキリトが言っていた事がオレにも起きた。だが、索敵スキルには何も引っかかっていない。

 単にオレの気のせいか、つけている奴の隠蔽スキルがオレより高いのかのどちらかだ。

 

 タクヤ(「カマかけてみるか…」)

 

 オレは警戒を解き出口へと歩く。やはり、何かいる…。

 スキルではなくオレの第六感(シックスセンス)がそう囁いている。

 オレは懐に隠し持っていたピックを握り機を伺う。

 

 タクヤ(「…今っ!!」)

 

 オレは茂みに投擲スキル"スローシュート”を発動させ、ピックを投げる。

 

 タクヤ「ちっ!当たりかよっ!!出てきやがれ!!」

 

 茂みからフードの男がオレに襲いかかる。

 オレも剣で応戦するがなかなかに手強い。

 

 タクヤ「てめぇ!何者だ!!」

 

 フードの男は応えず片手斧でオレに攻撃を続ける。

 

 タクヤ「…あっそ。喋んねぇなら力づくでも聞きだすまでだ!!」

 

 

 

 

 

 

「そうはいかねぇぜ…」

 

 

 

 

 タクヤ「!!?」

 

 木の幹から飛んできた短剣がオレの右腕に刺さる。

 短剣の柄に糸が括られており引っ張られた。

 

 タクヤ「くっ」

 

 何も出来ずオレはそのまま地面へと仰向けで倒れてしまった。

 先程まで交戦していた男も慣れた手つきで両腕を背中て結ばれ、身動きが取れなくなってしまった。

 

 タクヤ「くそっ!!離しやがれ!!ゴラァっ!!」

 

「おーおー…怖いねぇ。流石は攻略組だ…」

 

 タクヤ「!!てめぇら…まさか攻略組を殺し回ってる…」

 

「そうさ!オレらだよ…どうだい?少しは恐怖心っていうのが出てきたかい?」

 

 タクヤ「てめぇら…絶対ェただじゃおかねぇからな…!!」

 

「…ふ、フッハハハハっ!!」

 

 男は突然腹を抱えて笑い始めた。笑い終えるとオレに近づきこう言った。

 

「やっぱサイコーだわ…拳闘士(グラディエーター)タクヤ…!!」

 

 タクヤ「お前は救いようのねぇクズだがな…!!」

 

「オレの見込んだ通りの男だ…。なぁ…オレの仲間になんねぇか?」

 

 タクヤ「!!?…ふざけんなよてめぇ…。誰が殺人者どもの仲間になるってんだ!!その腐った脳みそ洗って出直して来やがれ!!」

 

「そう来ると思ってたよ…。But!これを見てもそう言えるかな?」

 

 男はそう言って仲間から記録結晶を受け取るとそこには驚くべきものが写っていた。

 

 タクヤ「!!」

 

「やっぱ、攻略組のトップクラスともなると()()()()が広いねぇ…。オレ達にとっては羨ましい限りだよ…」

 

 記録結晶の中にはユウキやスリーピング・ナイツのメンバーにキリト、アスナ、エギル、クライン…攻略組ではないシリカやアスナと一緒に写っているピンク色の髪の女の子の姿まであった。

 

 タクヤ「…お、お前らぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「暴れるんじゃねぇ!!」

 

「黒の剣士に閃光、絶剣か…。他にも攻略組が何人かいるなぁ…。

 お前を殺っちまった後はコイツらで遊ぶのも悪くねぇかもなぁ…」

 

 タクヤ「そいつらに指1本でも触れてみろっ!!

 オレがてめぇらを1人残さず殺してやるからなっ!!!!」

 

「おーこわっ!Because今のお前に何が出来る?」

 

 男は不気味な笑みを浮かべながらオレに言ってくる。

 キリトだけじゃなく、他の仲間の所にもいたのか…!!

 

「まぁ、まずは自己紹介といこうじゃねぇか…。

 オレはPohってんだ。よろしく兄弟ブラザー…」

 

 タクヤ「Poh!!?…お前が笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のリーダーの…!!」

 

 Poh「That'sright!お前がオレらの仲間になりゃあコイツらは今まで通り普通に生きていられるんだぜ?」

 

 タクヤ「…なんで…オレなんだ…?」

 

 Poh「なんで?…そりゃあ、お前がオレと似てるからさ

 あっちじゃ人を殺しちまえばブタ箱行きだ…。

 だが、この世界は違う!!法やルールに縛られない自由に殺人が出来る世界だ!!オレが望んでいた夢がここで叶えられちまったよ!!

 最高にCoolでExcitingな世界だ!!茅場晶彦はオレの神とも言える!!

 オレにこんな世界を与えちまったんだからなぁっ!!!!」

 

 狂っている。オレンジギルドを見た事があるが、こいつのは比べ物にならねぇ程…別次元の狂気だ。

 

 Poh「…で、どうすんだ?オレの仲間になる気はあるのか?」

 

 今ここでコイツを取り逃せばコイツらは確実にみんなに牙を向く。

 ここで抑えるにしても、相手が10人も…しかもレッドプレイヤー相手に特攻なんて出来ねぇ…。なら、オレはどうする?

 

『タクヤ…!』

 

 頭にはユウキの声が響いていた。

 いつも側で支えてくれたユウキは今はいない。

 ユウキをコイツらなんかに良いようにされては絶対にならない。

 オレがみんなを…ユウキを守らなくては…。

 

『殺せ…』

 

 タクヤ「!!」

 

 頭で別の声が響く。

 

『憎め…殺せ…』

 

 やめろ…。

 

『根絶やしにしろ…』

 

 やめてくれ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

『それがお前の存在理由だ…』

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「うがぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!!!!」

 

【一定の数値に達しました。"修羅”スキルを発動します。】

 

 オレの体に赤黒いエフェクトが立ち込め辺りに撒き散らす。

 

 Poh「これが…噂の修羅スキルって奴か!!」

 

 タクヤ「皆殺しだ……っがぁ!!?」

 

 Poh「!?」

 

 オレは意識が飛ぶ寸前に自分の頭を地面に叩きつけた。

 多少のダメージが入るが暴走するよりはマシだ。

 修羅スキルを無理やりキャンセルして暴走を食い止める。

 

 タクヤ「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

 Poh「おいおいおいおいおいおい…。何しらけてんだよ。

 もっと楽しくやろうぜ!!兄弟!!」

 

 この力に頼ってコイツらを殺しても何の意味もない。

 

 Poh「兄弟…お前ェ何か勘違いしてんじゃねぇか?」

 

 タクヤ「なん…だと…?」

 

 Poh「怒りや憎しみは誰だって抱えてんだぜ…?それがでけぇかちいせぇかの差だろうが。本能に従え…。それが生き残る唯一の道だ…!!

 …さて、仲間になるのか…ならないのか…決めてもらうじゃねぇか…」

 

 タクヤ「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 

 2024年03月21日18時50分 第47層 フローリア 転移門前

 

 ユウキ「遅いなー…」

 

 アスナ「そろそろなんじゃない?アルゴさんの所に行ったんでしょ?」

 

 キリト「まぁ、気長に待とう…ってあれ?雨が…」

 

 ボク達はタクヤに用があって来たキリトとアスナと一緒に転移門前でタクヤの帰りを待っていた。

 すると、雨が降ってきてしまった。

 

 アスナ「どうしよう?傘とか持ってきてないんだけど…」

 

 キリト「オレもだ…。まさかここで雨に出くわすとは…」

 

 ユウキ「…」

 

 なんだろう…。妙な胸騒ぎがする。もしかして…タクヤの身に何かあったんじゃ…!

 そんな事を考えていた矢先だった。

 転移門が起動し中からタクヤが現れた。

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキ「よかったぁ…。

 帰りが遅くなるならメッセ飛ばしてくれてもいいのに!」

 

 アスナ「本当だよ!!ユウキがどれだけ心配してたかわかってるの!!」

 

 キリト「お、落ち着けってアスナ…。

 タクヤも悪気があった訳じゃないんだから…」

 

 ボクがタクヤに近づこうと歩み寄った時、タクヤは剣を抜きボクに向けた。

 

 ユウキ「え?」

 

 キリト&アスナ「!!?」

 

 タクヤ「…それ以上近づくな…」

 

 なんだかいつものタクヤと様子が違う。

 ボクは一瞬、考えたがそれはすぐに答えをタクヤが出してくれた。

 

 タクヤ「…オレは…ギルドを抜ける事にしたよ…」

 

 ユウキ「な、なんで?」

 

 キリト「どうしたんだ?タクヤ、冗談がきついぞ…」

 

 アスナ「冗談でもユウキに剣を向けるなんて…」

 

 ユウキ「タクヤ…?何…怒ってるの?」

 

 タクヤ「オレは至って普通だし、怒ったりもしてない…。

 ただ抜けたいだけだよ…ユウキ」

 

 ユウキ「どうして…タクヤはそんな事…言わないもん…」

 

 知らず知らずの内に涙が溢れていた。

 タクヤは優しくて…強くて…ちょっと鈍感だけど…頼りになる…ボクの…。

 

 タクヤ「いい加減気づけよ…オレがお前みたいなガキとずっと一緒にいる訳ないだろ?」

 

 ユウキ「…え…」

 

 キリト「タクヤ!!」

 

 アスナ「あなた!!自分が何言ってるかわかってるの!!」

 

 タクヤ「ピーピーうるせぇなぁ…てめぇら…それ以上喚くんなら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺すぞ?」

 

 違う…。こんな事言わない…。

 ボクの知ってるタクヤはこんな事言わない。

 それでも現実は目の前の男がタクヤだと証明させられる。

 ボクがタクヤを見間違える訳がない。

 あんなに一緒に…いつも隣で見てきたボクが…タクヤを…見間違える訳…。

 

 キリト「お、お前…」

 

 タクヤ「…薄汚ねぇビーターがオレに話しかけてんじゃねぇよ」

 

 すると、目の前に一筋の光がタクヤに迫る。

 その高速の剣技から"閃光”と言われているアスナのソードスキル。

 細剣ソードスキル"リニアー”

 タクヤの胴を捉えた剣先は真っ直ぐにタクヤに貫く。

 

 パァァン

 

 アスナ「!!?」

 

 何が起きたのか見えなかった。アスナの剣は真っ二つに折られていた。

 タクヤの手には青白いエフェクトを纏わせ折った剣先を捨てる。

 剣がポリゴンへと四散するのを確認してアスナ拳を1発浴びせた。

 

 アスナ「きゃっ」

 

 キリト「アスナっ!!大丈夫か!!?しっかりしろ!!!」

 

 タクヤ「それはほんの見せしめだ…」

 

 キリト「…タクヤぁぁぁっ!!!!」

 

 ユウキ「待って!!!!」

 

 ボクは条件反射でキリトの前に立っていた。

 

 キリト「どいてくれユウキ!!あいつはアスナを…!!!!」

 

 ユウキ「…ボクが言うから!!!!」

 

 キリト「…っ!!」

 

 ユウキ「タクヤ…どうして…こんな事…」

 

 タクヤは無表情のままボクに言った。

 

 タクヤ「…さっきも言っただろ?お前みたいなガキと一緒にいてうんざりしてたんだよ。もう我慢の限界だ…」

 

 

『こうしてるとなんか落ち着くな…』

 

 

 ユウキ「…ボクの事が嫌いなったらなったでいい。

 でも、昔のタクヤは絶対に仲間を傷つけたりはしない!!!!

 タクヤは仲間の事を1番に考えられる優しい…!!」

 

 タクヤ「優しい…オレ?」

 

 ユウキ「!!?」

 

 タクヤ「…お前がオレの事をどこまで知ってんだよ。

 少し優しくしてりゃ図に乗りやがって…いつもカンに障ってた

 じゃあ、教えてやろうか?本当のオレって奴を…」

 

 瞬間、タクヤは目の前から消えた。

 

 ユウキ&キリト「「!!」」

 

 キリト「…!!ユウキっ!!後ろだ!!」

 

 タクヤ「おせぇんだよ…」

 

 背後に振り返ろうとした瞬間、強い衝撃が加えられた。

 ボクは衝撃に耐えきれず、10m程飛ばされた。

 

 キリト「ユウキっ!!…タクヤぁぁっ!!」

 

 ユウキ「う…」

 

 タクヤ「…」

 

 キリトはタクヤに攻撃を仕掛けるが、かわされてボクのように店に飛ばされてしまった。

 街のみんなもそれを見てこの場から立ち去っていく。

 

 タクヤ「…これが本当のオレだよ。

 誰であろうと心を折るまで殴り続ける。終いにはそいつを殺す…。

 殺したくて殺したくてウズウズしてるんだよ…。

 今まではてめぇらと一緒にいたせいでそれが叶わなかった…。

 だが、あるじゃねぇか…うってつけの場所が…」

 

 キリト「ま、まさか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「オレは…笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバーになった!!」

 

 右腕には笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の証である刺青(タトゥー)が刻まれている。

 

 ユウキ「そ…んな…嘘…」

 

 タクヤ「ユウキ…まだオレに幻想を抱いてんのか?

 オレはもうお前らとは住む世界が違うんだよ…」

 

 ユウキ「タクヤは…そんな事…絶対に…」

 

 タクヤ「目障りだな…。このまま圏外に出て殺しちまうか…」

 

 キリト&アスナ「「!!!?」」

 

 タクヤはそんな事しない…。

 そう思っているのに何故…体は震えているのだろうか?

 怖い…タクヤが怖い…。タクヤが徐々にボクに近づいてくる。

 タクヤが近づくにつれて体の震えが強くなっていく。

 タクヤの手がボクに近づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「来ないでっ!!」

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「…」

 

 タクヤの手はボクから離れ、転移門へと向かって行った。

 

 タクヤ「今日は見逃してやるよ…昔の好よしみでな。

 だが、次会った時は…殺す…」

 

 それだけを言い残し、タクヤは転移して行った。

 

『ずっと一緒にいよう…』

 

 ユウキ「…」

 

『あぁ、約束だ…』

 

 ユウキ「…」

 

『オレもお前の事…好きだ…』

 

 今までのタクヤとの記憶が鮮明に甦る。

 一緒にいろんな事をした。楽しい事…辛い事…苦しい事…。

 タクヤとの想い出はまるで渾然と輝く宝石のようだった。

 タクヤとずっと…いつまでも…一緒にいられると思っていた。

 いつかこの世界から抜け出して現実世界でも一緒に死ぬまでいられるなんて思っていた。

 それを今日…淡い幻想だとタクヤから告げられた。

 

 ユウキ「う…う…どうして…」

 

 アスナ「…ユウキ…」

 

 キリト「…」

 

 ボクはアスナの腕の中で声を殺して泣いた。

 何もかもが遠い幻想だったのだ。

 ボクはいつの間にかアスナの腕の中で眠りについていた。

 

 

 

 

 




どうだったでしょうか。
タクヤとユウキは決別してタクヤは笑う棺桶にはいってしまいました。
これからどうなる!?(←お前が言うな)


では、また次回!


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【11】2人の距離

という事で11話です。
ようやくここまで来たという感じですかね。
もう少し話数を重ねられたらなと考えています。
今回はあのキャラ達が登場です。

では、どうぞ!


 sideout_

 

 

 2024年03月25日 09時00分 第47層 フローリア マイホーム

 

 今日のフローリアの気象設定は雨時々曇。

 今の彼女の心を写したような気象設定だ。

 

 ユウキ「…」

 

 あの日からユウキは部屋の隅に縮こまっていた。

 キリトとアスナがユウキをマイホームに連れて帰ってから誰の声も聞かず自室に籠り今に至る。

 

『次会った時は…殺す…』

 

 あの日、彼から聞いた最後の言葉が嫌でも頭から離れない。

 ユウキはそれを思い出しては涙を流し後悔する。

 

『来ないでっ!!』

 

 あの一言で全てが終わってしまった。

 あの一言で全てを投げ出してしまった。

 もうあの輝かしい日々は戻って来ないのだ。

 

 ユウキ「…」

 

 外の雨は次第に強くなり、雷が鳴り響いている。

 あの夜も雷が鳴り響いていた。

 初めて彼と共に過ごした夜だった。

 彼はぶっきらぼうで鈍感だが、優しく、常に相手を思いやれる男だった。

 あの日の夜はユウキにとって初めての事だらけだった。

 ユウキの家族は姉が1人だけ。

 両親は不治の病でユウキが小学校低学年の時に息を引き取った。

 身寄りのないユウキ達は孤児院へと預けられた。

 孤児院では明るく振る舞うユウキだったが、姉と2人っきりの時はいつも泣いていた。

 そんなユウキをいつも優しく見守ってくれたのが双子の姉だった。

 だが、今はその姉もいない。

 この世界に囚われてしまった時、ユウキが真っ先に思ったのは孤児院にいる姉の事だった。

 今頃心配しているだろうか…泣いているだろうか…自分のせいで悲しみに明け暮れているんじゃないだろうかとユウキは心の底から思った。

 だが、そんな不安も彼と一緒にいる時は和らいだのだ。

 どことなく姉に似ているその人に付いて行こうと決めた。

 ユウキは次第に彼の事が気になり始めた。

 背が自分より高いから年上なのかなとか面倒見がよかったから弟か妹がいるのかなとか…色々想像してしりたくなったが、この世界でリアルの事は話してはいけない。それを知ってしまいユウキは残念だった。

 でも、今自分の目の前にいる人がその人の全てだ…自分が感じた彼が本当の彼なんだと…そう思っていた。

 

『お前がどれだけオレの事を知っているんだ?』

 

 ユウキは知ったつもりでいた。

 感じたままそれが彼の全てだと勝手に思い込んでしまった。

 誰だって嘘はつくし、知られたくない事もある。

 それを見ようとしないで知った口を開いてしまった。

 

 ユウキ「…タ…ク…ヤ…」

 

 ユウキはまだ涙が止まらずいなくなってしまった彼の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日同時刻

 

 シウネー「…」

 

 ジュン「…」

 

 テッチ「…」

 

 タルケン「…」

 

 ノリ「…」

 

 5人はマイホームのリビングで沈黙を守っていた。

 誰かが声を発する訳でもなく、ただ一刻と時間を捨てていた。

 彼らもキリトとアスナから事の詳細は聞かされている。

 聞いた時彼らも冗談と勘違いする程に信じられない事だった。

 

 ジュン「…んだよ」

 

 シウネー「ジュン…?」

 

 ジュン「何でこんな事になっちまうんだよっ!!」

 

 沈黙をジュンが破り、場の空気が変わる。

 だが、誰もその問に答えられる者はいなかった。

 実際にその場にいなかった者が何を口に出せようか。

 でも、言わずにはいられなかった。信じたくなかった。

 昨日までいつもみたいに楽しくやって来ただけに…この現実を受け止めきれずにいる。

 それだけ存在感が大きかったのだ。

 そんな空気の中玄関からノック音が聞こえてくる。

 シウネーが扉を開けると黒ずくめの男性と白と赤の凛々しい女性がいた。

 

 シウネー「キリトさん…アスナさん…」

 

 アスナ「こんにちはシウネー。…ユウキは?」

 

 シウネー「ユウキは…まだ部屋に…」

 

 キリト「…そうか」

 

 2人はあの時ユウキと一緒にいた。

 ここにいる者の中で1番現実を受け止められずにいる。

 彼らは第1層の頃からの仲間だ。

 互いに助け合ってここまで戦い続けている。

 

 アスナ「…もうどれくらい?」

 

 シウネー「…4日になります。

 あの日以来部屋から出てこず、食事も摂ってないんです…」

 

 アスナ「そんな…」

 

 キリト「…」

 

 この世界では食事を摂らなくても生きてはいけるが、

 常に空腹感が付きまとってしまう為、この世界の住人は食事を摂っている。

 

 アスナ「…私達、今日はユウキに話があって来たの」

 

 キリト「すまないけど、ちょっといいかな?」

 

 シウネー「は、はい!…私達が呼びかけても全然ダメだったので2人からよろしくお願いします…。正直、これ以上…見ていられません…」

 

 シウネーが2人をユウキの部屋の前まで案内する。

 アスナは意を決してドアを数回ノックした。

 返事はない。

 だが、確かにそこにいると感じ、アスナはドア越しに話しかけた。

 

 アスナ「ユウキ…。私よ、アスナよ…。急に来ちゃってごめんね。

 …ユウキみんな心配してるよ?お願いだから部屋から出てきて?」

 

 それでも返事は返ってこなかった。

 本当にいるのか疑いたくなってしまう程だ。

 それでも話しかけずにはいられなかった。自分の親友が暗く深い心の奥に閉じこもっているのを見ていられなかったのだ。

 

 アスナ「…お願いユウキ!ここを開けて!

 ここに閉じこもっていても意味なんかないわ!

 タクヤ君ならそう言うはずだよ!」

 

 ユウキ「…タ…クヤ…?」

 

 アスナ「!!…そうだよ!!ユウキのそんな姿タクヤ君だってきっと…」

 

 ユウキ「どこにいるのさ…」

 

 アスナ&キリト&シウネー「「「!!」」」

 

 ユウキ「タクヤはもうここにはいない…。ボクの隣にいない…。

 もう…放っておいてよ…。

 これ以上…タクヤの事…思いださせないでよ…。

 それに…ボクはタクヤを拒絶した…。

 来ないでって…タクヤが怖く感じた…。もう…ボクは…」

 

 ユウキから返ってきた言葉は掠れていて今にでも壊れそうな程の酷い声だった。あれから一体どれだけ涙を流したらこうなるのだろうか。

 アスナもそんなユウキに涙が滲んだ。

 あれ程明るくみんなを笑顔にしてきたユウキは今や見る影もない。

 

 キリト「…ユウキ…オレだ、キリトだ」

 

 ユウキ「…」

 

 キリト「お前に伝えなきゃいけない事があるんだ…。タクヤの事だ…」

 

 ユウキ「…もうやめてよ」

 

 キリト「…お前にとってこれは残酷な事かもしれないが知ってなくちゃいけない事だ。…昨日アルゴから聞いた情報によると…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤは…プレイヤーを1人…殺した…」

 

 ユウキ「!!?」

 

 キリト「殺されたのは攻略組の1人だった。

 聞いた限りほぼ一撃で殺ったそうだ…」

 

 ユウキ「そ、そんな…タクヤが…タクヤが…人を…」

 

 キリト「受け止めれないか?」

 

 ユウキ「!!」

 

 キリト「その気持ちはわかる…オレもアスナも…この現実は受け止めれない…受け止めたくない…。でもな、ユウキ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 受け止めれないのとタクヤを救う事は別だ」

 

 ユウキ「…っ!!」

 

 キリト「タクヤみたいな奴が進んで人を殺す訳ないし、ましてや殺人ギルドなんかにも絶対に入らない…。

 何かオレ達には言えないような事があるとオレは思ってる…。

 わざわざ嫌われ役までしてオレ達を遠ざけたんだ…。

 きっと何かあるんだよ、ユウキ…」

 

 キリトの言っている事は間違いないのかもしれない。

 だが、それはあくまで可能性の域を出ない。

 タクヤが本当に狂人だとしたらと考えてただけでユウキの手足は硬直し、心は崩れていくだろう。

 

 キリト「…オレはこの世界で1つの心理を見つけた…。

 この世界が今のオレ達にとっての現実だ。

 なら、そこで触れ合い…知り合った人達の人柄や態度…その本質こそが真実なんだって…。偽りの世界だったとしてもそれだけが絶対の真実なんだって…オレはそう思っている…」

 

 ユウキ「…その人の本質こそが…真実…」

 

 キリト「だから、タクヤが狂人でもその本質を誰よりも知っているユウキが救い出さないでどうするんだ?」

 

 ユウキ「…」

 

 アスナ「ユウキ…」

 

 キリト「…オレが伝えたかった事は伝えた。今日はこれで帰るよ…。

 行こうアスナ…」

 

 アスナ「うん…。ユウキ…次は会って話そうね?」

 

 キリトとアスナはユウキに別れを済ませ、マイホームを後にした。

 ユウキはまだ部屋の隅に縮こまっている。

 

 ユウキ(「タクヤの…本質…」)

 

 ユウキはこれまでのタクヤとの思い出を脳内で再生した。

 どれも楽しく、心が穏やかになるものばかりだ。

 辛い事や悲しい事もあったがタクヤとそれを取り囲む仲間の支えがあって今まで進んで来れた。

 誰1人欠けてもいけない大切な仲間…その大切さをユウキに教えたのはタクヤだった。

 

 ユウキ「…」

 

 ユウキは首に下げられたペンダントを手に取る。

 その中にはタクヤとスリーピング・ナイツの仲間と撮った写真が何枚もスライドショーされていく。

 今では感じられないタクヤの温もりをその写真から伝わってくる。

 

 ユウキ(「…そうだよ。

 ボクがここで諦めたら誰がタクヤを救ってあげるんだ…!

 あの一言でタクヤとの関係が壊れてしまった…。

 もうあの時みたいに後悔したくない…!

 壊れたんなら直すんだ…。タクヤ…もうボクには君のいない日々なんてやだよ…だから、ボクが救い出してみせる!!」)

 

 ユウキはドアを勢いよく開けて1階のリビングへと向かった。

 

 シウネー「!!…ユウキ!!」

 

 ユウキ「みんな!!ごめん!!心配かけて…でも、もう大丈夫だよっ!!

 もう諦めたりふさぎ込んだりしない…。

 ボクは…ボク達は絶対にタクヤを…仲間を救い出すよっ!!!!」

 

 ジュン「…へっ、やっとユウキらしくなってきたな!

 あたりめぇだ!!オレ達の仲間に手ぇ出してタダで済むと思うなってんだっ!!」

 

 テッチ「うん!!」

 

 ノリ「そうこなくっちゃね!」

 

 タルケン「はいっ!!」

 

 シウネー「ユウキ…」

 

 ユウキ「ごめんねシウネー…。心配かけちゃって…」

 

 シウネー「もういいのよユウキ…あなたが元気になってくれただけで…。でも、まだ私達にはやる事がある…」

 

 ユウキ「うん!!スリーピング・ナイツの今後の目標は…タクヤを連れ戻してみんなに謝らせるって事で…みんな!!頑張ろうっ!!!!」

 

 スリーピング・ナイツ「「「おぉぉっ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃…

 

 

 

「ひっ…お、オレが悪かった…!もうしねぇから勘弁してくれ…!!」

 

 ある男が深い森の中で目の前のポンチョ姿の男に命乞いをする。

 

 Poh「No!テメェらはオレの言いつけも守れないんで処刑だァ…。

 ほらよ…お前の獲物だぜ?」

 

 数人の仲間をかき分けやって来たのはローブに身を隠した男だ。

 

「…」

 

 男は静かに剣を抜き、男に向ける。

 その動作には迷いの欠片もなく、無機質に見下ろしている。

 

「お、お前は…攻略組の…」

 

 男が最後まで喋りきる前に剣を脳天に突き刺し、HPを全損させポリゴンへと四散させた。

 この世界の死は実に呆気ないものであった。

 HPが全損すればポリゴンの残骸に変わるだけでモンスターなどと同じである。

 だが、それでも現実ではベットの上で確実にこの世から消えてしまっているのだろう。

 この世界の殺しは罪悪感など感じられない。

 それでもその人間は今、ここで、死んだのだ。

 

 Poh「相変わらずCoolだねぇ…」

 

「…」

 

 男は剣を納め1人、森の中へと消えていった。

 

(ヘッド)!アイツ自由にさせてていいのかよー?」

 

「オレも…()()()()と…同意見だ…」

 

 Poh「いいんだよ…()()。アイツは特別なんだよ…、

 殺しにおいても…中のドス黒いモンもな…」

 

 ジョニーとザザと呼ばれた男達は顔を見合わせPohの思惑が理解出来ていなかった。

 

 Poh「さぁて…いつ本性が出てくるのかねェ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "狂戦士(バーサーカー)”タクヤ…」

 

 月明かりに照らされたタクヤの顔は覇気も何もなく、ただ手足を動かしているだけの人形のような無機質な顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 

 2024年04月01日 15時00分 第46層 森林フィールド

 

 あれから10日程が経った。オレは草原に寝っ転がっていた。

 もうずっと眠りにつけてない。

 オレはPohに脅されるがまま笑う棺桶(ラフィン・コフィン)に入った。

 それ以来、眠りにつこうとするとあの日の夢を見てしまう。

 

 

『来ないでっ!!』

 

 

 タクヤ「…」

 

 オレがここにいる限りアイツらも下手に動けないハズだ。

 ユウキたちには悪いがこれがオレの運命って事だな。

 あれだけの事やったんだ…助けようなんて考えねぇだろ…。

 それに、オレはもう…あそこへは戻れない。

 

 タクヤ「…」

 

 オレの心とは裏腹に空は快晴で野鳥が飛び交っている。

 気づくと手を伸ばしている自分に驚いた。

 オレもあの野鳥のように自由になりたい…。

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)からも…この世界からも…

 この命からも…。

 そんな中近くで女性の声が聞こえた。

 

「うん…ノルマは達成してるみたいだね…」

 

「達成してるみたいじゃないわよ!

 アイツらすぐ人の足元見るんだから…。アンタもそう思うでしょ?()()()!!」

 

「滅多な事言うもんじゃないよ、()()()()…。」

 

 ルクスとグヴェンという少女達がこんな所でしかも2人で何をしているのか気になった。

 装備を見る限り攻略組ではなさそうだが…。

 

 ルクス&グヴェン「「!?」」

 

 タクヤ「…!!」

 

 気づかれてしまった。

 身を隠そうにも1人は既に抜剣しこちらを警戒する。

 

 グヴェン「誰!!?」

 

 タクヤ「…ふぅ、別に…お前らに用がある訳じゃねぇ…。

 とっとと失せろ…」

 

 ルクス「グヴェン!!あの人のカーソル…」

 

 グヴェン「ん?…オレンジって事は…アタシらと一緒ね!」

 

 タクヤ「あ?一緒だぁ?」

 

 2人のカーソルを確認してみるとグヴェンという少女はオレンジ、ルクスという少女はグリーンになっている。

 

 タクヤ「…お前ら…何でそんな事を…!!」

 

 グヴェン「何でって…変な事言うのね!アンタも私らと一緒じゃない」

 

 タクヤ「!!」

 

 そうだ…オレもカーソルの色がオレンジだった。

 オレはもう2人も殺した。何の罪のないプレイヤーから命を奪ったのだ。

 

 グヴェン「変な人ね…」

 

 ルクス「…」

 

 気が付くと2人の少女はもう姿はなく、オレは草原に1人取り残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideout_

 

 グヴェン「じゃあまたね!ルクス」

 

 ルクス「あぁ…また頼むよ」

 

 2人はそう言って別れ、ルクスはもと来た道を歩き、森へと戻っていく。

 

 ルクス(「あの人…悪い人には見えなかったが…」)

 

 ルクスはタクヤの事を思い出していた。

 今日初めて会ったしかもオレンジプレイヤーにここまで思い入れがあるのか、本人ですら分からない。

 

 ルクス(「でも…あの人も()()()()と同じだ…。人を殺す事をなんとも思っていない…ただの殺人者だ…」)

 

 ルクスは自分の立場も忘れてこのまま消えようとも思った。

 だが、逃げた所で私に付けられたこの()()は永久に消える事はない。

 森に辿り着いたルクスは目の前のローブ姿の男に声をかけられた。

 

「ルクス。遅かったな…物資は受け取ったんだろうな?」

 

 ルクス「はい…。今お渡しします…」

 

 ルクスはアイテムを全て男に渡す。男もアイテムを確認すると森の中へと入っていった。ルクスも男の後を追う。

 森の奥で焚き火が起こっている所まで歩いたルクスは自分のスペースへと戻る。この生活を始め、もう長くなる。

 この頃、自分の存在意義を見失ってしまったルクスは何も考えず、ただ与えられた仕事を黙々とこなしていくしかなかった。

 

 ルクス(「私は…なんでこんな事をしているのだろう…?

 もうどうでもいい…。私は…ここにいたくない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死にたい…」)

 

「おい…アンタ…」

 

 ルクス「え?」

 

 ルクスが顔を上げるとそこには先程出会ったタクヤの姿があった。

 

 タクヤ「…お前…さっきの…」

 

 ルクス「あなた…どうしてここに…?」

 

 タクヤ「…いたくているんじゃない。

 お前こそ何でこんなゴミ溜めにいる?

 …グリーンなんだから街には入れるだろう?」

 

 ルクス「…私にはあそこへ戻る価値なんてない。だから、ここにいる」

 

 タクヤ「…」

 

 何も言えなかったタクヤはしばらく考えた末、ルクスの隣に座った。

 

 タクヤ「…お前、飯は?」

 

 ルクス「大丈夫です…。お腹すいてないんで…」

 

 グゥゥ…

 

 ルクス「あ…」

 

 例え、ゲームの中だったとしても食欲を抑える事は出来ない。

 ゲームのくせにここまで再現されると脱帽したくなる。

 

 タクヤ「ほらっ」

 

 タクヤはメニューウィンドウを開けてアイテム欄から黒パンを取り出し、それをルクスに放った。

 

 ルクス「あ、あの…」

 

 タクヤ「食っとけよ…腹減ってんだろ?」

 

 ルクス「あ、ありがとう…ございます…」

 

 ルクスは少し躊躇いながらも意を決して黒パンを1口かじった。

 特に変わった味でもなければ美味しくもない。

 だが、ルクスにはそれ以上に優しさを感じた。

 ここに来てこんな感情を抱くなんて初めてだ。

 

 タクヤ「じゃあ…オレは行く…」

 

 ルクス「あ、あの!…お名前は?」

 

 タクヤ「…タクヤだ」

 

 名前を言い残してタクヤは森の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年04月02日 23時10分 第52層 荒野フィールド

 

 52層には岩場などの障害物が多く、地形が入り組んでいて迷うとなかなか抜け出す事が出来ない。

 

 ザザ「来たぞ…今日の…獲物だ…」

 

 ジョニー「おーおー!ガッチリした装備つけてんじゃねぇか…

 あれ売ってカジノでも繰り出そうぞ!」

 

 Poh「そうしたきゃ装備盗る前に殺しちまうんじゃねぇぞ?」

 

 ジョニー「それ言っちゃダメっすよー」

 

 タクヤ「…」

 

 Poh「あ?兄弟(ブロー)…オメェはいかねぇのか?」

 

 タクヤ「…オレは人殺しの為にここにいるんじゃねぇ」

 

 Poh「まだそんなくだんねぇ事言ってたのかよ…?

 もっとさらけ出しちまえよ!テメェの薄汚ぇもんをよぉ…!」

 

 ジョニー「(ヘッド)!早く行かねぇとアイツら行っちまうよ!」

 

 Poh「まぁ、お前も殺したくなったら来な…。

 あと、邪魔だけはしてくれるなよ?そん時は…分かってんだろ?」

 

 タクヤ「…」

 

 そう言い残し、3人は下のプレイヤーを襲いに行った。

 下から叫び声や悲鳴がこだましている。

 オレは悲鳴が届かない所まで走った。

 

 タクヤ(「オレは…オレは…」)

 

 もう何もかも放り出したら楽になれる…毎日思っている事だ。

 一体オレはここで何をしているのか…。

 悲鳴を聞く度その事で頭が割れそうだ。

 悲鳴を聞く度頭の中で声が聞こえてくる。

 オレの修羅が殺しを悲痛な叫びを欲しているのだ。

 それを無理矢理押さえ込みながら今日まで来れた。

 だが、それももう限界に近づいている。

 

 タクヤ「うがぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 闇夜の中、オレのうめき声が辺りに撒き散らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年04月09日 14時20分 第46層 森林フィールド

 

 この場所で寝ている時が今のオレの唯一の癒しだった。

 毎日毎日…来る日も来る日も…人を殺している…。

 もうオレの心は完全に壊れてしまった。

 もう何も考えられなくなった。

 もう人が目の前で死んでも平気になった。

 もう人を殺すのを躊躇わなくなった。

 

 タクヤ「…」

 

 誰か…オレを…殺してくれ…。

 誰でもいい…笑う棺桶(やつら)でも…攻略組でも…誰でもいい…。

 

 タクヤ「…」

 

 このままいっそ外周で飛び降りでもしようか…。

 

「あの…」

 

 タクヤ「…誰だ?」

 

 ルクス「あの…ルクスって言います。よかったら…これ…」

 

 そう言って渡してきたのは、サンドウィッチだった。

 だが、今は食欲が湧かない。もう何日も食べていないハズなのに…。

 

 ルクス「あ…もしかして…嫌いかい?」

 

 折角の好意を無駄にしたら悪いと思い、1つだけ貰う事にした。

 

 タクヤ「…1つ…貰うよ」

 

 手に取ったサンドウィッチは不格好だが、どこか懐かしいものを感じた。

 

 タクヤ「…これは君の手作りか?」

 

 ルクス「似合わないだろうけど…たまに…作ってるんだ…」

 

 タクヤ「…」

 

 サンドウィッチを1口かじる。

 何も無かった腹の中に少しずつ満たされていく。

 すると、いつの間にかもう食べ終えてしまっていた。

 

 ルクス「まだたくさんあるから気にしないで食べてくれ…」

 

 ルクスに甘えてもう1つ手に取る。

 そして、また1つ…また1つ…今まで食べなかった分を食べているかのように頬張る。

 

 ルクス「あっ…」

 

 タクヤ「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルクス「なんで…泣いてるんだい?」

 

 タクヤ「!!」

 

 オレはいつの間にか涙が溢れ出していた。

 止めようとしても止まらない…。

 これを食べていると昔の思い出が蘇ってくる。

 

『タクヤ!!』

 

『頑張ろう!!タクヤ!!』

 

『タクヤぁ!待ってよ〜!』

 

『ボクは…タクヤの事が…大好き…!!』

 

 思い出してしまう。もうここにはないもの。壊したくなかったもの。

 思い出してしまう。あの心から楽しかった時間を…。

 

 タクヤ「なんで…!オレ…!!泣いて…!!!」

 

 ルクス「やっぱり…あなたはアイツらとは違うんだね…」

 

 タクヤ「…違わねぇよ。もう…全部壊れちまった…」

 

 ルクス「いや…まだ壊れきっていないよ。その涙が証拠さ…。

 本当に壊れてしまっているならそんなもの流さないからね…」

 

 もう何もかも捨ててきたつもりだ…。

 仲間も…恋人も…帰る場所も…全てを捨ててここに来たはずだった。

 

 タクヤ「…お前…オレが怖くないのか?」

 

 ルクス「最初会った時…正直関わりたくないと思った…。

 でも、その日の夜…私に何の変哲もないただの黒パンをくれた…。

 美味しくなかったけどそれとは違う…優しさを感じたんだよ…」

 

 タクヤ「!!」

 

 ルクス「私…無理矢理こんな事させられて…死にたいと思った。

 でも、こんな地獄にでもまだ希望を持っていいんだって…そう思えるようになった…あなたのおかげで…」

 

 タクヤ「オレの…?」

 

 ルクス「あなたの事はいろいろ調べたんだ。元攻略組のタクヤ…。

 ギルドにも入っていてみんなにも慕われていて…仲間がいて…

 ここにいる事がおかしいくらい対極の人だった…。

 でも、ある日を境に今レッドプレイヤーとして動いている…。

 なんで…なんでそんな事になったんだい?」

 

 タクヤ「…」

 

 それを言った所で何かが変わるなんてただの幻想だ。

 何も変わらないし何も戻らない。

 いくら頑張っても二度と掴む事は出来ない。

 でも、何故か…無性に誰かに聞いて欲しかった。

 報われたかった。オレは仲間の為にやってるんだって…。

 それがどんなに醜い理由だとしても口から出てきてしまった。

 止められない…。抑えられない…。

 オレの話を聞いていたルクスも心なしか瞳が潤んでいた。

 

 ルクス「君は…そこまでして仲間を…」

 

 タクヤ「だからって…人を殺していい理由にはならない…。

 オレはもう…戻れない所まで来ちまってるんだよ…」

 

 ルクス「…諦めたらダメだよ」

 

 タクヤ「…」

 

 ルクス「こんな所で…死ぬなんてダメだよ…!!

 死んでしまったら何も取り戻せないし、何も終わらない…。

 君が死んだら君の仲間が悲しむ…。そうやって負の連鎖が続く…」

 

 タクヤ「…」

 

 ルクス「だから、諦めないで…!私も諦めない…!

 もう死のうなんて思わない。まだ。死にたくない!!」

 

 タクヤ「…オレも…まだ…死にたくない…!

 また、あそこに…帰りたいんだ…!」

 

 ルクス「頑張ろう…私達にはまだ明日がある…!

 まだ先があるんだよ…。まだ…生きていられるんだよ…」

 

 風は暖かくオレとルクスを包み込み、明日への希望を見つけた。

 それはほんの小さな光だが、まだ消えていない…。

 オレにはまだ自由になれる自由が残されているのだから…。

 

 

 

 

 




どうだったでしょうか?
ガールズオプスからルクスとグヴェンを出してきたんですけど、
これどんどん大きくなってきてるような気もしないことはないです。
まぁ、バランスよくまとめられるように頑張っていきます。

では、また次回!


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【12】笑う棺桶討伐

という事で12話ですね。
ここまで来るのに約3週間?ぐらいですかね。
今のペースで行くと6月までにはSAO編終わっちゃいますね。
まだまだ続くのでよかったらご覧ください。

では、どうぞ!


 sideout_

 

 

 2024年07月31日 第67層 湖畔フィールド

 

 あれから3ヶ月が過ぎた。攻略組の人数も3割程減少していた。

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の暴君は日々に増していき、

 事態を重く見た攻略組はとうとう笑う棺桶(ラフィン・コフィン)討伐隊を編成…攻略組の中でも精鋭を集い始めた。

 

 ユウキ「…」

 

 シウネー「…ユウキもその討伐隊に招集されると?」

 

 アスナ「えぇ…。1番被害の多い聖竜連合がこれ以上の被害を防ぐ為に明日55層のグランザムの血盟騎士団のギルドで会議を開くの…。

 血盟騎士団からも何人か被害が出てるし、場所を提供したのよ…」

 

 シウネー「…そうですか」

 

 この討伐隊にはユウキをはじめ、キリトにアスナ、クラインと言った攻略組でもその名を知らない者はいないといった歴戦のプレイヤーに声をかけられている。

 だが、その中にヒースクリフの姿はなかった。

 彼曰く…私はアインクラッド攻略以外で剣を奮うつもりはないとの事だった。

 ヒースクリフがいればこの討伐作戦も成功率が上がるが、彼は頑なにそれを拒否し続けている。

 

 アスナ「団長はともかく…私達はそこに行かなくちゃならない…」

 

 ユウキ「…行くよ。そこに行けばタクヤに近づけるんだもん!」

 

 ユウキが立ち直って以来、スリーピング・ナイツは笑う棺桶(ラフィン・コフィン)についての情報を集めていたがその詳細も居所すらも分からなかった。

 どんな些細な証拠も残しておらず、ユウキ達は立ち往生を余儀なくされた。

 

 アスナ「そうだね…。

 これからは攻略組全体が笑う棺桶(ラフィン・コフィン)について情報を集めるから今よりももっと効率が良くなるわ!」

 

 ジュン「あぁ!なんで僕は招集されないんだぁ!」

 

 アスナ「仕方ないよ…。鎮圧するには少数の方がいいの。

 ギルドマスタークラスじゃないジュンは大人しく留守番してなさい」

 

 アスナの言う通り、構成人数すら把握出来ていない状況で攻略組全員を投入してもさして意味は無い。

 最悪の場合、これ以上数が減ってしまうかもしれないのだ。

 なるべく慎重に事を運ばなくてはならない。

 

 アスナ「じゃあ…明日会議の時にね…」

 

 ユウキ「うん。わざわざ教えに来てくれてありがとう!」

 

 アスナ「どういたしまして!

 …タクヤ君が帰って来たらまたみんなでパーティでもしましょ!」

 

 ユウキ「うん!!」

 

 アスナはそう言い残し転移結晶でグランザムへと帰還した。

 

 シウネー「私達もそろそろ行きましょうか?」

 

 ユウキ「そうだね。ジュンも不貞腐れてないで早く行くよ?」

 

 ジュン「うーい…」

 

 ユウキ達も転移結晶でフローリアへと帰還して行った。

 

 

 

 

 

 

 

「…行ったみたいだね?」

 

「…そうか」

 

 物陰から現れた男女はその場に座り込む。

 

「…よかったのかい?会わなくて…」

 

「どの面下げて会えるってんだ…。

 アイツらが無事だと分かっただけよしとするさ

 …さぁ、オレ達も戻るぞ…」

 

「…素直じゃないんだから、キミって人は…」

 

 少女は少年に笑うとデコピンをもらってしまった。

 

「大変なのはこれからだぞ()()()!」

 

 ルクス「わかっているさ!また帰ったら稽古つけておくれよ?

 ()()()!」

 

 タクヤ「あぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 

 2024年07月31日 21時06分 第55層 雪原フィールド

 

 今日の獲物はここでしか手に入らないレアアイテムを取りに来るプレイヤーだ。

 見晴らしは吹雪のせいで悪く、コイツらにとっては都合がいいらしい。

 

 Poh「さぁて…It’s show time…!!」

 

 ジョニー「ヒャッハァー!!」

 

 ザザ「…」

 

 タクヤ「…」

 

 オレ達は索敵スキルを頼りにプレイヤーに襲いかかった。

 

「な、なんだお前らっ!!?」

 

 ジョニー「今から死ぬ奴に言う名はありませーん!」

 

「お前ら笑う棺桶(ラフィン・コフィン)だな!!」

 

 Poh「嬉しぃねぇ…オレ達なんかの事知ってくれてて…」

 

「くそっ!こんなヤツらに出会─」

 

 オレは喋り終わる前に胸に剣を刺す。HPが2割程減り、男の顔も恐怖心に支配された。

 

「う、うわぁ!!」

 

 HPがどんどん減り続ける。

 ほんの数十秒すればこの男のHPは全損し、死に至るだろう。

 だが、オレは剣をPoh達に見えないように少しだけ抜いた。

 

「え?」

 

 HPの減少は止まり、男はオレをじっと見ている。

 

 タクヤ「ヒソ…黙って聞け…。

 転移結晶を取り出してオレの合図でどこかへ飛べ…」

 

「な、なにを…」

 

 タクヤ「ここで死にたくなかったら言う事を聞いておくんだな。

 当分外には絶対出るな…ほとぼりが覚めるまでな…。

 行くぜ…3…2…1…今っ!」

 

 すると男はポリゴンとなって四散した。

 ほかの仲間はもう逃げてしまったらしく、今日の収穫はこの男だけとなった。

 

 Poh「Excellent!

 お前ももう立派なオレ達の同志だな兄弟(ブロー)…」

 

 タクヤ「…お前らと一緒にするな。虫唾が走る…」

 

 ジョニー「よぉよぉ!テメェ調子に乗ってんじゃねぇぞっ!」

 

 ザザ「…」

 

 タクヤ「あ?殺んのか?」

 

 ジョニーは毒付きナイフを抜剣し、オレに敵意を迎える。

 オレも剣を構えジョニーに照準を合わせる。

 

 Poh「まぁよせ2人とも。

 オレは兄弟同士の争いなんざ見たくねぇ…」

 

 ジョニー「…(ヘッド)がそう言うなら…」

 

 ジョニーは渋々ナイフをしまい、敵意を感じれなくなった所でオレも鞘に剣を納める。

 

 タクヤ「済んだなら…オレはもう行くぜ…」

 

 これ以上コイツらといると嫌悪感に苛まれる為、アジトにへと戻った。

 

 ザザ「あいつ…この頃…変だ…」

 

 ジョニー「最初に比べて随分人殺しが様になってきてるな…」

 

 Poh「へっ…いいねぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アジトに帰って来たオレはいつもの草原フィールドで野営の準備をしていた。

 するとそこにルクスとグヴェンがやって来た。

 

 タクヤ「なんだ、お前らか…」

 

 グヴェン「なんだとは何よ!

 人がせっかく食べ物持ってきてやったって言うのに!」

 

 タクヤ「それが本当に人間が食えるもんなら礼を言うよ…」

 

 グヴェン「はぁっ!?何様なのよ!アンタ!!」

 

 ルクス「まぁまぁグヴェン落ち着いて…タクヤもそんな事言ったらダメだよ。せっかくグヴェンが手作りしてきたのに…」

 

 グヴェン「ば、バカルクス!そんな事言うんじゃないわよっ!!」

 

 2人が言い合うのを傍らに黙々と野営の準備を整えていく。

 

 タクヤ(「あの男…上手く逃げられたか…?」)

 

 これまでもオレは今日の男にした()()()()で何人も殺さずに済んでいる。

 この方法なら奴らの目を盗む事が出来る。

 もう、人を殺さなくて済むのだ。

 

 ルクス「…タクヤ。まだご飯はまだなんだろう?グヴェンと私で作ってきたからよかったら食べてくれ」

 

 タクヤ「いつも悪いな、ルクス。…それにグヴェン。ありがとう」

 

 グヴェン「ふ、フン!分かればいいのよ…早く食べなさいよ?」

 

 オレはグヴェンが作ってきたパンを1口頬張る。

 

 グヴェン「……」

 

 タクヤ「…上手いな。」

 

 グヴェン「!!…ほ、ほら!!他にも色々あるから食べて!!」

 

 タクヤ「あぁ…」

 

 オレはここにいる間ルクスと時々グヴェンと一緒にいる。

 ルクスは笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバーだが、その役割からグリーンを維持している。

 彼女も決して自分から進んでこんな事をしている訳では無い。

 弱みを握られ無理矢理やらされているのだ。

 グヴェンは元々笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の傘下にあたるオレンジギルドのリーダーだが、盗みや恐喝といった事をやっており、自衛の為にしか剣を奮っていないのだ。

 だからと言って、グヴェンのやっている事が悪い事には変わらない。

 グヴェンにも前に注意して渋々それを承諾した。

 今ではグヴェンが悪さをしたという噂は耳にしていない。

 

 ルクス「どうだい?味は…」

 

 グヴェン「そんなのアタシの方が美味いに決まってるじゃない!」

 

 ルクス「む…。そんな事ないさ!

 グヴェンのパンは焦げている物もあるじゃないか!」

 

 グヴェン「なっ!?

 そ、そう言うアンタも生焼けの肉とかあるじゃない!

 よくそれで人の事言えるわねっ!」

 

 タクヤ「…落ち着けよお前ら…。どっちも美味いから心配するな」

 

 ルクス&グヴェン「「タクヤは黙ってて!!」」

 

 タクヤ「…」

 

 こうなってしまった2人はもうテコでも動かないだろう。

 呆れ果てたオレは寝袋に入り、喚き声が響く中オレは眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideout_

 

 

 2024年08月01日 13時00分 第55層グランザム kob(血盟騎士団)ギルド

 

 ユウキ「…ギルドというより城塞だね」

 

 アスナ「あはは…確かにね…」

 

 ユウキとアスナは城門をくぐりながら感想を述べる。

 血盟騎士団は55層のこの城を拠点としている。

 ユウキ達のものと比べてもその出で立ちは全てのギルドを萎縮させてしまうものだった。

 我々が攻略組のトップであると言う鼓舞の意味もあるらしい。

 ユウキはアスナの案内のもと会議が開かれる応接室へと向かっていた。

 長い通路を歩きながらユウキは今にも走り出してしまいそうな衝動を必死に抑えている。

 早く…早く…と心がユウキの中で叫んでいた。

 

 アスナ「慌てないでユウキ…。会議は逃げも隠れもしないから」

 

 ユウキ「えっ…う、うん…」

 

 アスナ「さっ!着いたわ…」

 

 アスナが重苦しい扉に手をかけ、一息おいて開ける。

 そこには招集がかけられたプレイヤー50人が勢揃いしていた。

 

 クライン「アスナさーん!ユウキちゃーん!こっちこっち!」

 

 ユウキ「クラインさん!?クラインさんも呼ばれたの?」

 

 クライン「おうとも!

 アイツが絡んでるんなら来るのがダチってもんよ!!

 なっ!キリト!!」

 

 キリト「あぁ。タクヤにはいつも助けてもらってたからな…。

 今度はオレ達がアイツを救う番だ!!」

 

 ユウキ「キリト…クラインさん…」

 

 いくら闇に堕ちようとかつての仲間が助けてくれる。

 ユウキは思わず涙が滲んだ。

 タクヤの為にみんなが戦ってくれる。

 そう思うだけでユウキの心は幾分か和らぐ。

 涙をふき、最高の笑顔で2人に礼を言った。

 

 シュミット「みんな揃っているか?」

 

 壇上の方を振り向くと攻略組全体のタンクのリーダー…シュミットが立っていた。

 みんなも顔を引き締め、彼に注目する。

 

 シュミット「今日は呼び掛けに応えてくれて礼を言う。

 聖竜連合のシュミットだ!

 今より笑う棺桶(ラフィン・コフィン)討伐作戦の会議を始める!!」

 

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)という言葉のみでその重要性と危険性が伺えてしまう。

 この世界での暗黙のルールを破り続けたプレイヤー達を無力化し監獄に送る事が主な作戦だ。

 

 シュミット「だが、仮に抵抗してくる者がいれば…最悪殺害しても構わん…」

 

「「「!!!!」」」

 

 その言葉の意味を真に理解出来る者はこの場にはいない。

 彼らは人を殺した事がないからだ。

 

 シュミット「あくまでそれは最悪の場合のみで極力は無力化して監獄へ送ってくれ…。奴らが殺人者でも命までは奪えないからな…」

 

 ユウキ「…」

 

 違うのだ。そんな善意でやっているのではない。

 本当は彼だって仲間を何人も殺されて黙っていれる訳がない。

 いや、ここにいる全員が仲間を殺されても何もしない訳がない。

 出来ないのだ。人を殺す事を…。

 自分が人殺しの罪を背負う覚悟がないからだ。

 それでも人間は自分が死の危険に晒される時、自分以外何も考えられない。

 防衛本能は降りかかる火の粉を払うが如く、絶命させる。

 それがいかに許されない事であったとしても人間は防衛本能自分を守るのだ。

 その不安がここにいる全員にのしかかる。

 

 シュミット「…今ここで作戦を辞退してくれても構わない。

 自分の命を犠牲に出来る者だけ続きを聞いてくれ…」

 

 部屋中に不安がる者がいるが部屋を出る事はなかった。

 

 シュミット「…ありがとう。話の続きに入らせてもらう。

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の中でも特に幹部クラスの者だけは何としてでも捕えなければならない!!」

 

 壇上のスクリーンに写った4人が幹部クラスのプレイヤーである。

 

 シュミット「毒ナイフを使う"ジョニーブラック”。

 細剣(エストック)使いの"赤目のザザ”。

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のギルドマスター"Poh”。

 そして…元攻略組の…"狂戦士(バーサーカー)タクヤ”の4人だ…」

 

 ユウキ「!!?」

 

 キリト「なっ!…ちょ、ちょっと待ってくれ!!

 なんでタクヤが幹部扱いなんだ!!」

 

 シュミット「アイツは…もう攻略組で共に戦った拳闘士(グラディエーター)ではない!

 自分から進んで人殺しをしている狂戦士(バーサーカー)になってしまったんだ!!」

 

 アスナ「そんな…」

 

 クライン「嘘…だろ?」

 

 ユウキ「…そんな訳ない!!タクヤが進んで人を殺してる訳ないじゃないか!!証拠だってないくせに勝手な事言わないでよ!!」

 

 シュミット「…"鼠”の情報だ。これでも信じられないか?」

 

 ユウキ&キリト&アスナ&クライン「「「「!!」」」」

 

 "鼠のアルゴ”からの情報だとすると信憑性はかなり高い。

 彼女自身も嘘偽りのない情報屋として名を馳せている為、証拠にその名前を出されれば認めるしかないのだ。

 

 ユウキ「そん…な…」

 

 アスナ「ユウキ!?」

 

 やっと届くかと思っていた。

 あと少しでまたあの日々が帰ってくるかと思っていた。

 だが、現実は残酷だ。遅かったのだ。

 タクヤはもう壊れてしまった。修復出来ない程粉々に…。

 

 キリト「…オレ達から1つ提案がある」

 

 シュミット「なんだ?キリト…」

 

 キリト「もし、タクヤを捕らえたら…監獄には送らないで欲しい…」

 

「「「「!!?」」」」

 

 キリトの発言にみんなが驚く。と同時に怒りも立ち込めてきた。

 

「ふざけるなっ!!レッドプレイヤーは全員監獄行きだろうが!!」

 

「そいつだけ助かろうなんて虫が良すぎる!!」

 

 シュミット「キリト…。お前には1度助けて貰った恩がある。

 その要望も聞いてやりたいが…こればかりはオレ1人で決められる事じゃない…」

 

 キリト「…っ!!」

 

 クライン「アイツだって好きでやってるんじゃねぇんだ!!

 何か理由があって…」

 

 シュミット「理由があろうと無かろうと結果は変わらない…」

 

 アスナ「そんな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そいつはちょっと違うゼ…」

 

「「「!!!!」」」

 

 キリト「アルゴ!!?」

 

 天井裏から忍者のように現れたのはアルゴであった。

 アルゴは壇上に上り〜と面を向かい合わせた。

 

 シュミット「アルゴ…どういう意味だ?」

 

 アルゴ「タク坊が笑う棺桶(ラフィン・コフィン)に入った理由を調査してたんダ。…キー坊の依頼でネ!」

 

 ユウキ「!!…キリトが?」

 

 アルゴ「いや〜結構シンドかったヨ…出来ればもうこれっきりにしてほしいゼ…」

 

 キリト「それで…調査結果は…?」

 

 全員が壇上のアルゴに注目する。

 

 アルゴ「…調査した結果、タク坊は人質を取られていル。

 それも結構な数をナ…」

 

「「「「「!!?」」」」」

 

 ユウキ「人質…って…もしかして…」

 

 アルゴ「あぁ…ユーちゃん。人質は攻略組全員ダ!!」

 

 キリト「…やっぱりか」

 

 アスナ「やっぱり…って、キリト君気付いてたの?」

 

 キリト「あくまでオレの勘だった…。

 タクヤは…仲間の為なら自分の命すら捨ててしまう…。

 そういう奴だ…。だから、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)に入ったのも何かしら…オレ達に関わるようなことがあるんじゃないかって思ってたけど…アルゴの話を聞いて確信に変わったよ…」

 

 ユウキ(「そうだ…。

 あの時…NPCを助ける為にゴーレムに挑んだ時だってそうだった…。

 自分が死ぬ危険性があったにもかかわらずNPCを助ける事を即決してた…」)

 

 涙が視界を滲ませる。

 タクヤの事を何も分かっていなかった自分に腹が立つ。

 

 アルゴ「攻略組全員が人質に取られてるんダ…。

 いくらタク坊が強いと言っても無理があル。

 だから仕方なく奴らの言う事を聞くしかなかったんダ…」

 

 シュミット「だ、だが…例えそうだったとしても…アイツはオレの仲間を…」

 

 アルゴ「殺した…カ?」

 

 シュミットは黙って頷く。

 

 アルゴ「確かに…タク坊は殺したサ…オレンジギルドのプレイヤーを3人…」

 

 シュミット「なっ…!!?何っ!!」

 

 アルゴ「アンタん所のタク坊に殺されたプレイヤーはオレンジギルドにも籍を置いていたんダ…。

 しかも…それからは誰も殺していなイ…。

 ()()()()で死を偽装していル…シュミット…。

 アンタには分かるだロ?」

 

 シュミット「まさか…!ヨルコとカインズが使った…」

 

 アルゴ「ご名答!

 装備の耐久値が切れるのと同時に転移結晶で飛ぶっという偽装法サ!」

 

 キリト&アスナ「「!!」」

 

 キリトとアスナはこれについては知っていた。

 2人が食事を摂っている時、広場でプレイヤーが殺害された。

 その原因を突き止めるべく、2人は事の元凶である元"黄金林檎”のメンバーであるシュミット、ヨルコ、カインズ、グリムロック、グリセルダの事を調べていた時だった。キリトがアスナから受け取ったパンを地面に落とし、耐久値が切れたのを見て謎が解けた。

 装備が耐久値を全損して消滅するエフェクトとHPが全損して消滅するエフェクトは酷似している事に気づき、死んだと思われていたカインズとヨルコが生きている事に気づいたのだ。

 

 シュミット「確かに…あの方法なら簡単にはバレないだろうが…オレのフレンドリストからも消えているのはおかしいし姿を現さないのは変じゃないか?」

 

 アルゴ「それは奴らに死んでない事を気づかせるリスクを最小限に抑える為のタク坊の指示だろうネ…。」

 

 ユウキ「じゃあ…タクヤは…罪のない人は1人も…」

 

 アルゴ「あぁ…。罪のない人間は誰も殺してなイ…。

 進んで人殺しをしてるって伝えたのはまだその時には情報がたりなかったんダ」

 

 ユウキ「…よかった…よかったぁ…」

 

 涙がこぼれ落ちる。

 今まで我慢していたのがとめどなく溢れ、視界をぼやけさせる。

 

 アスナ「…ユウキ。よかったね…」

 

 キリト「…シュミット。タクヤを救う事に賛成してくれ!

 ここにいるみんなもだ!

 アイツは…たった1人で攻略組全員の命を守ってくれてるんだ!!

 そんな奴を監獄に入れるのか?

 オレ達を守ろうと犠牲になったタクヤを…オレの仲間を監獄に入れるのかっ!!!!」

 

 キリトの咆哮が部屋に響き渡る。

 みんなも気付いた。自分が今平和に暮らせている傍ら自分の為に犠牲になってくれている者の存在を…。

 

「…そうだ」

 

「アイツを救おうぜ!」

 

「オレ達なら出来る!」

 

 ユウキ「みんなぁ…」

 

 シュミット「今度はオレ達がアイツを救う番だぁぁぁっ!!!!」

 

「「「「おぉぉぉぉぉっ!!!!」」」」

 

 ユウキ「みんなぁ…ありがとうぅ…うっ…うっ…」

 

 アスナ「うん…。帰ってくるよ…タクヤ君がユウキの元に…」

 

 アスナはユウキを優しく抱きしめ、その疲れ果てた心を癒した。

 キリトも目尻を拭いアルゴに礼を言う。

 するとそこに血盟騎士団団員の1人が応接室へと入ってきた。

 

「副団長!!城門前で怪しい輩を捕らえましたが…何でも副団長殿に急いで面会させてくれとかなんとか…」

 

 アスナ「…わかりました。すぐに行きます」

 

 キリト「…アスナ、気を付けろよ。

 圏内だからって油断しないように…」

 

 アスナはキリトの言葉に頷く。

 応接室から出たアスナは小走りに城門へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「離してくれ…!別に何かしようなんて思ってないんだ!!

 私はアスナさんに用があって…!」

 

「怪しい奴め!!副団長がお前などに会われるものかっ!!」

 

 アスナ「いいえ、その手を離しなさい…」

 

「!!…こ、これは副団長殿!!まさかおいでになられるとは…」

 

 アスナ「あなた達はもう下がっていいわ…。

 私はこの人と話があります」

 

「は、はっ!!」

 

 そう言って見張り役は城の中へと消えていった。

 

 アスナ「…ごめんなさい。手荒い事してしまって…えっと…」

 

 ルクス「わ、私はルクス!!あ、あの…これをアスナさんに渡してくれって…」

 

 アスナ「?…これは誰から?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルクス「…タクヤからです!」

 

 アスナ「!!?」

 

 アスナは驚いていた。

 さっきまで議題に上がっていた人から届け物が来るなんて思いもし

 なかった。

 

 アスナ「あなたは…タクヤ君とどういう…」

 

 ルクス「…タクヤはあんな所にいるべきじゃない。

 私と違って彼は強い…力も…心も…。

 でも、もう限界が近いって言って私にこれを託した…。

 それ以来会えていないんだ…」

 

 アスナ「限界…」

 

 ルクス「…私はこれで失礼するよ。

 奴らに見つかるとややこしくなるから…」

 

 アスナ「あっ!ちょっ…」

 

 アスナの静止を構わず転移結晶でどこかへ飛んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「ん…誰だったんだ?アスナ」

 

 アスナ「…ルクスって言う女の子よ。それとユウキ…これ…」

 

 ユウキ「これって記録結晶?その子から貰ったの?」

 

 アスナ「えぇ…。音声データらしいわ…。タクヤ君から…」

 

 キリト&ユウキ「「!!!!」」

 

 ユウキは思わずアスナに掴みかかった。

 

 ユウキ「その子は今どこにいるの!?

 なんでタクヤの事知ってるの!!教えてっ!!アスナ!!」

 

 アスナ「あの子はもういないわ。

 …だからこれをユウキに渡そうと思って…」

 

 アスナから記録結晶を受け取ったユウキはそれを眺める。

 何が入っているのか…。緊張して指が上手く動かない。

 

 ユウキ「…ふぅ…よしっ!」

 

 ユウキは記録結晶をタップした。

 

『…ユウキ…』

 

 ユウキ「タクヤ…!!」

 

 約5ヶ月ぶりにタクヤの声を聞いたが、酷くかすれていて聞く限り生気がまるでなかった。

 

『…今奴らの目を盗んでこれを録音している。

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の今のアジトは66層の迷宮区だ…』

 

 アスナ「これって…!!」

 

 キリト「あぁ!!場所が分かれば準備が出来次第助けに行ける…!!」

 

『…ユウキ…みんな…すまなかった。…オレはかけがえのない大切なもんを捨てちまった…。お前らに合わせる顔がねぇよ…』

 

 ユウキ「…」

 

『でも、もし…オレのワガママが叶うなら…もう一度だけ…みんなに会いてぇ…ユウキに会いてぇ…』

 

 ユウキ「ボクも…ボクもだよぉ…会いたいよ…タクヤに…あいたいよぉ。」

 

『…あの時は…すまなかったな。きつい事…言っちまって…。

 許してくれなんて…言えねぇけど…オレはみんな大好きだ…

 ユウキも…オレは…いつまでも…愛している…』

 

 ユウキに涙を止める力はもうない。

 ただただ流れていく涙を拭る事しか出来ない。

 

『最後に…もし突入する気でいるのなら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレを……殺してほしい…』

 

 ユウキ&キリト&アスナ「「「!!!?」」」

 

『もう…オレの中の…"修羅”を…抑えきれねぇ…。

 誰も殺したく…ねぇのに…体が勝手に動いちまうんだよ…。

 だから…最後は…ユウキ、お前の手で…オレを…殺してくれ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで記録結晶に録音されていた分は終了した。

 

 ユウキ「…」

 

 アスナ「ユウキ…」

 

 アスナがユウキに触れようとするのをキリトが止めた。

 

 ユウキ「…タクヤは今苦しんでる。…暗い所で、1人で、戦ってくれてるんだ…ボク達の為に…」

 

 キリト「…あぁ」

 

 ユウキ「だったらやる事は1つだよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクも一緒に戦わなくちゃねっ!

 だってボクはタクヤの恋人なんだから!」

 

 アスナ「ユウキ…!」

 

 キリト「そうだな…。行こう!タクヤが待ってる!!」

 

 ユウキ「うん!!」

 

 ユウキ達討伐隊はタクヤからの情報をもとに66層の迷宮区へと出陣した。

 

 

 

 

 




どうだったでしょうか?
次回はついにラフコフと討伐隊の決戦です。
バトルシーンを丁寧に書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

では、また次回!


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【13】修羅の道

という事で13話に突入です。
ラフコフとの決戦はここで終了です。
後日談的なのは次回ぐらいに持ってこようと思ってます。


では、どうぞ!


 sideユウキ_

 

 

 2024年08月02日 10時00分 第66層 迷宮区

 

 ボク達は昨日の会議の後、ルクスから託されたタクヤの情報をもとに笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のアジトがある迷宮区へとやって来た。

 モンスターを引き寄せない討伐隊の強さにボクは多少なりとも凄いと感じていた。

 

 アスナ「既に踏破してるとはいえ、やっぱり迷宮区は緊張するね…」

 

 ユウキ「うん…。でも、編成がちゃんとしてるから全然楽だけどね」

 

 楽ではあるが、ボクは違う緊張感を感じている。

 この先にボクの想い人が今も戦っている。

 人知れず1人で立ち向かい、傷付き、疲弊している。

 今隣に立つ事が出来たならそんな思いはさせないのに…。

 そんな後悔を胸に秘めながら先へと進んでいった。

 

 シュミット「タクヤの情報によればもうすぐだ。

 警戒して先へ進もう…。と言ってもレベルはオレ達の方が上だから肩の力を入れすぎるなよ!」

 

 シュミットはみんなを鼓舞しつつ、肩の力を取る。

 さすがタンク隊のリーダーだ。

 自分の役割をしっかり理解している。

 

 ユウキ「…」

 

 キリト「ユウキ。そんなに肩に力入れてると成功するものも失敗しちまうぞ…」

 

 ユウキ「あっ…うん…ありがと」

 

 クライン「それにしても全然気配とか感じねぇなぁ。

 隠蔽スキルでも使ってんのか?」

 

 キリト「オレ達はあくまで気づかれないようにしながら来てるんだけどな。…そこん所忘れるなよ?」

 

 クライン「わかってるけどよぉ…。

 こう何もないんじゃ警戒の仕様がねぇぜ…」

 

 ユウキ「…」

 

 辺りには誰の気配もなく、モンスターの姿も見えない。

 当たり前と言えばそれまでだが、ボクは嫌な予感がする。

 

 シュミット「…座標はこの辺なんだが…」

 

 アスナ「何も無いね…」

 

 ユウキ「…」

 

 キリト「…」

 

 ボク達は周りに目を配らせるがやはり、誰の気配もない。

 緊張しすぎて感が鈍っているのか…奴らの隠蔽スキルがボクらの索敵スキルよりも高いせいなのかは分からないが…それらしい影を見つけられ─…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒャッハァぁっ!!」

 

「「「!!?」」」

 

 突然背後の横穴から1人のプレイヤーがキリトに斬りかかった。

 

 アスナ「キリト君!!?」

 

 間一髪の所で防げたようだが、突然の奇襲に状況が掴めなくなっている。

 続けて1人…2人とあらたなプレイヤーが討伐隊に襲いかかってきた。

 

 シュミット「みんな!!落ち着いて行動すれば対処出来る!!

 怯まずに捕らえろぉぉっ!!」

 

 そう言っている内に次々と現れてくる笑う棺桶(ラフィン・コフィン)にボクらも必死に対抗する。

 ボクが1人を鎮圧するが新手がボクの行く手を阻む。

 

 ユウキ(「タクヤ…!!タクヤはどこっ!!?」)

 

「ガラ空きだぜぇぇっ!!」

 

 ユウキ「しまっ…」

 

 一瞬の隙が命取りになった。

 背後に飛びかかってくる敵の一撃を食らってしまう。

 

 ユウキ「ぐっ…」

 

 アスナ「ユウキ!!」

 

「うはぁ…いい感触だぁ…!」

 

 すぐさまポーションで回復するが敵は怯まずに突撃して来た。

 1人1人冷静に対処しながらもタクヤを探してしまう。

 探しても探しても見つけられない。

 

 キリト「ユウキ!!今はコイツらの鎮圧に集中しろっ!!」

 

 ユウキ「わ、わかってるよっ!!」

 

 ボクは2人目も無事鎮圧し、縄で拘束する。

 全員が敵と交戦中である為、勝手には行動が起こせない。

 

 ユウキ「いったい…どこにいるの?タクヤ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 一方…討伐隊奇襲作戦と同じ頃

 

 Poh「テメェら…。今からここに攻略組が攻めてくるぜぇ…」

 

 ザザ「…ほう…」

 

 ジョニー「マジっすか?」

 

 タクヤ「…」

 

 攻略組がここへ来ると言う事はルクスが上手くメッセージを渡せたらしい。

 ここまでは想定内だが、何故それをPohが知っているのかという疑問が浮かぶ。

 細心の注意を払っていたが、聞かれていたのか…。

 

 Poh「どうした兄弟(タクヤ)…。そんな怖ェ顔して…」

 

 タクヤ「…攻略組がここに攻めてくるならもうお前らもおしまいだ。もう逃げ場はどこにもねぇ…。諦めるんだな…」

 

 ジョニー「んだとっゴラァ!!」

 

 Poh「まさか…貴様が…ここの事を…リークしたのか…?」

 

 タクヤ「言ったはずだぜ?オレはお前らの仲間じゃねぇってな!」

 

 ジョニー「テメェ…オレの毒ナイフでぶち殺してやるっ!!」

 

 ジョニーは怒りを露わにしオレに毒ナイフを向ける。

 ザザもエストックを構え、攻撃の機を伺う。

 

 タクヤ「先にお前らを監獄に送ってやるぜ!!行くぞっ!!」

 

 オレは闘拳スキルを発動して2人に突撃をかけた。

 ジョニーは毒ナイフによる連続攻撃を繰り出すが闘拳スキルを発動しているオレにとっては躱すことなど造作でもない。

 見かねたザザも加わるがエストックの剣先は空を貫くばかりであった。

 

 ジョニー「テメェ…!!ちょこまかと逃げやがって!!」

 

 ザザ「殺す…お前は…必ず…!!」

 

 タクヤ「2人がかりでこのザマじゃ案外大した事ねぇな…。

 一気に決めてやるっ!!」

 

 オレは闘拳スキルを最大限まで高め、超高速で2人の背後に回る。

 そして、互いに一撃ずつ拳を食らわせ止めに入る。

 

『殺せ…』

 

 タクヤ「がっ!!?…こ、こんな時に…!!」

 

 オレの頭の中で修羅が囁き続ける。

 後1歩の所で倒せず、頭を抱えたまま地面に倒れ込んでしまった。

 

 ジョニー「…チャンスだぜ、ザザ!!」

 

 ザザ「あぁ…これで…終わりだ…!!」

 

 タクヤ「っ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Poh「待ちやがれっ!!!!」

 

 ジョニー&ザザ「「!!」」

 

 タクヤ「…」

 

 2人の止めの攻撃を静止させたPohがゆっくりとオレに近づいてくる。

 

 Poh「…お前ェ、また本能を抑えやがったな…」

 

 タクヤ「…!!」

 

 Poh「勿体ねぇ…実に勿体ねぇ!!

 そんな力があって何故躊躇する?

 その力はテメェの本能そのものだ!!

 くだらねぇ理由で押さえ込んでんじゃねぇよっ!!

 …まぁいい。そこまでそれを使いたくないなら代わりにオレが使ってやるよ…」

 

 すると、オレの背中に短剣がPohによって刺された。

 オレのHPバーに麻痺アイコンが表れ、体が動かない。

 

 タクヤ「くそっ…テメェ、何する気だ!!」

 

 Poh「言っただろう?俺が代わりに使ってやるってよ」

 

 Pohは動かなくなったオレの右手を掴み、メニューウィンドウを開いた。

 

 タクヤ「くそっ!!やめろっ!!…体が、自由に動かねぇ…!!」

 

 Poh「さっき刺した短剣にはレベル5の麻痺毒が塗ってあってよ…。5分は体が動かねぇ様にしてあんのよ。…これだな?」

 

 Pohは喋りながらもオレのメニューウィンドウを操作して、スキル欄の所まで開いた。

 修羅スキルをダブルクリックすると専用のパラメーターが出現した。

 

 タクヤ「な、なんだよこれ…?何でこんな事知ってんだよっ!!?」

 

 Poh「修羅スキルにゃ他のスキルにはない隠しコマンドがあるんだよ…。このパラメーターをMAXまで上げると…さて、どうなるんだろうなぁ…」

 

 オレの問いには応えず、パラメーターを徐々に上げていく。

 

 タクヤ「や、やめろ!!これ以上触るんじゃねぇ!!」

 

 オレの静止は叶わずPohは最大までパラメーターを上げてしまった。

 すると体の中で何かが割る音がした。

 オレはそこで完全に意識を失くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うがぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 

 ユウキ「!!?」

 

 キリト「なんだ!?今の叫び声はっ…」

 

 ボク達が笑う棺桶(ラフィン・コフィン)と交戦している最中だった。突然どこからか叫び声が響いてきた。

 でも、ボクはこの声を知っている…。

 

 ユウキ「…タクヤ?」

 

 すると、上空から新たに2人のプレイヤーが現れた。

 

 ジョニー「うっひょー!!獲物がいっぱいいるよぉ!!

 これ全部殺していいのかよ?」

 

 ザザ「…ジョニー…調子に…乗りすぎだ…。

 オレの…分も…ある…」

 

 クライン「!!…この2人…幹部のジョニー・ブラックと赤目のザザかっ!!?」

 

 キリト「ここに来て幹部か…!!キツイな…!!」

 

 ボクはそんな事どうでもよかった…。この上にタクヤがいる。

 間違いなくそこにいる。

 ボクは考えるよりも体が先に動いていた。

 真っ直ぐ上へと駆け上がっていくが、そこをジョニー・ブラックに邪魔される。

 

 ジョニー「おっと!こっから先は立ち入り禁止だぜぇ?

 お嬢ちゃん…」

 

 ユウキ「どいて!!ボクはタクヤの所に行かなくちゃいけないんだっ!!」

 

 ザザ「その心配は…ない…。」

 

 背後に回り込まれていたのが遅れたボクはエストックの攻撃を食らって下に落ちてしまった。

 なんとか受け身をとって持ち直すが2人が邪魔で上へと行けない。

 

 ユウキ「…それどういう意味?」

 

 ザザ「あいつなら…直に…ここへ来る…お前達を…殺しに…」

 

 アスナ「それは一体どういう事よ!!」

 

 ジョニー「うちの(ヘッド)がよォ…アイツの中の修羅を無理やり起こしちまったのさ…!

 もうお前らは1人も助からねぇかもなぁ…」

 

 ユウキ「修羅…!!まさか修羅スキルをっ!!?」

 

 ボク達がやっていた練習じゃほんの少ししか発動出来なかったが今の言葉から察するに完全に発動させているのか…。

 ならば、ここにいるみんなが巻き添えを食う事になってしまう。

 

 ユウキ「そこをどいて!!早くタクヤを止めないと…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰を止めるって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「!!」

 

 ボクが見上げた先に1つの人影があった。

 影は軽く40mはある高さから飛び降りた。

 見間違える訳が無い…やっと出会えた…。

 

 ユウキ「タクヤ…!!」

 

 キリト「タクヤ!!無事だったか!!」

 

 クライン「ったく!!心配かけさせやがって!!」

 

 アスナ「よかった!無事だったんだね!!」

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「っるせぇな…。やかましいんだよ、ゴミ虫共が!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ボクだけじゃなくみんな耳を疑った。

 

 キリト「た、タクヤ!!もう演技する必要はないんだ!!

 攻略組のみんなやオレ達の仲間は血盟騎士団のギルドに匿ってる!!もうお前が縛られる事はないんだ!!」

 

 タクヤ「だから何?そんなのオレの知った事じゃねぇ…。

 そいつらもここにいる全員殺したらすぐに跡を追わせてやるよ…」

 

 ユウキ「タクヤ…どうしたの?まだ、何か脅されてるの?」

 

 まだタクヤには何か守ろうとしているものがあるとボクは思った。

 キリト達もそうだ。

 

 クライン「タクヤ!!まだ何かあるんならオレ達が守ってやる!!

 だから、もうお前ェ1人がつらい思いをしなくていいんだよっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「タクヤタクヤって…アイツならもういねぇよ!!」

 

 突如タクヤの体が赤黒いエフェクトに包まれ、それは両腕へと凝縮されていく。

 あれは1度だけ見た事のある姿だった。

 初めて修羅スキルを使った時とまったく…いや、それ以上の強さを感じる。

 

 タクヤ「オメェらタクヤ(コイツ)を助けに来たんだろうが遅かったな…。もうこの体はオレのモンだ!!仲間なんかクソくだらねぇモンはオレが全部!!完膚無きまでに!!叩き壊してやるよぉっ!!!!」

 

 ユウキ「!!」

 

 タクヤは超加速により一気にボクの懐にまで潜り込んできた。

 

 アスナ「ユウキ!!」

 

 タクヤの拳がボクに降り注ぐ。

 防御してもダメージがどんどん入ってくる。

 それ程にタクヤの修羅スキルが強すぎる証拠だ。

 

 キリト「くっ!!今行くぞユウキっ!!」

 

 キリトがタクヤの背後に回り込み、両腕を掴んだ。

 

 キリト「これで…両腕は使えないだろ…!!目を覚ませ!!タクヤ!!」

 

 タクヤ「んあ?テメェ…黒の剣士だな…?しらけさせてんじゃねぇよ…」

 

 タクヤは無理やり両腕を自由にし、キリトに襲いかかった。

 キリトは二刀流で対抗するがやはりダメージが入ってしまっている。

 

 キリト(「なんだ!!この力はっ!!防御し切れない!!?」)

 

 タクヤ「そんなもんかよ…がっかりだぜ…!!」

 

 タクヤはキリトの2刀を弾き、がら空きになった腹に拳をめり込ませた。

 

 キリト「がはっ…」

 

 タクヤ「…つまんねぇよ」

 

 アスナ「キリト君!!」

 

 クライン「キリトっ!!」

 

 2人もキリトを助けに入るがタクヤに軽くあしらわれてしまった。

 攻略組でもトップクラスに入るキリト達が全く通じないんなんて…。

 

 タクヤ「あーあ…初めての外がこんなんだとは想定外だ。

 殺される覚悟が全くねぇとは気に入らねぇな…黒の剣士」

 

 キリト「生憎…お前を殺されに来たんじゃないんでな…。

 助けに…来たんだよ…!」

 

 アスナ「ぐ…なんて力なの…!」

 

 クライン「くそっ…!まず、あのスキルをどうにかしねぇと…」

 

 ユウキ「キリト…アスナ…クラインさん…」

 

 3人はボロボロになりながらも立ち上がり、剣を構える。

 

 タクヤ「根性だけは認めてやる…。それ以上にムカつくのは

 そこに経たり込んでるクソガキだ!!」

 

 ユウキ「!!」

 

 タクヤ「…お前、何しに来たんだ?タクヤ(コイツ)を助けに来たのか?会いに来たのか?それとも…殺しに来たのか?」

 

 ユウキ「ぼ、ボクはタクヤを…助けに…」

 

 タクヤ「なら、なんで向かって来ねぇんだよ?助けに来た?

 違うね…。お前はオレに恐怖している…」

 

 ユウキ「ち、違っ…!!」

 

 タクヤ「違わねぇよ…。

 1度植え付けられた恐怖心は簡単には拭えねぇ。

 知ってんだぜ?

 お前コイツを拒否したろ?あの時、コイツに恐怖したろ?」

 

 ユウキ「!!」

 

 あの時…タクヤから伸ばされた手にボクは怖くなった…。

 タクヤと剣を合わせる度それを思い出してしまっている自分がいた。

 そのせいでいつもの力が出せていないのか?

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「そういや、アイツ言ってたよな?次会ったら殺すって…。

 だったら代わりにオレが殺してやるよ。有難く思いな…」

 

 タクヤはボクの剣を拾い上げボクの首に突きつける。

 

 キリト「やめろタクヤ!!目を覚ませ!!」

 

 アスナ「ユウキ逃げてぇ!!!!」

 

 クライン「待ちやがれっ!!タクヤ!!」

 

 タクヤ「…何か言い残す事はあるか?」

 

 ユウキ「…」

 

 ボクは一体何をしにここまで来たんだろう。

 助けるって言いながらボクにはそんな覚悟なんてなかったんだ。

 タクヤに甘えてばかりで自分で言った事すらろくに出来ない。

 こんなに後悔するのなら…もう何も出来ないのなら…ボクは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生きてる意味なんてないんじゃないだろうか…。

 ボクに残されているものは…たった1つだけ…。

 

 ユウキ「ボクは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤを…愛してます…」

 

 タクヤ「…オレには関係ねぇな」

 

 アスナ「やめてぇぇぇっ!!!!」

 

 剣はそのままボクの首へと振り下ろされた。

 ボクは諦めていた。自分の命を…。

 だから、早く楽にして欲しいと思った。

 そう心の中で覚悟したのに、ボクの命はまだ灯っていた。

 ボクは閉じていた目をそっと開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「何…勝手に諦め…てんだ…!!バカ…ユウキ…!!!!」

 

 タクヤの握っていた剣は自分の左肩に突き刺さっている。

 

 ユウキ「タクヤ…?本当に、ボクの大好きな…タクヤなの?」

 

 タクヤ「お前が…あまりにも…バカ…すぎるから…来てやったんだよ…ぐっ」

 

 タクヤ『テメェ!!なんで出てきてんだよぉ!!

 これはもうオレの体だぁぁっ!!!!』

 

 タクヤはゆっくりと剣を抜き取り、体を必死に押さえた。

 

 タクヤ『この死に損ないがぁっ!!大人しくオレに変わってりゃあ良かったものを!!』

 

 タクヤ「誰が…お前なんかに…やるかよ…!!

 これは…オレの…体だ!!オレの体で…好き勝手…させねぇ!!」

 

 タクヤ『お前は恨んでるんだよなぁ?兄貴を!!この世界を!!自分を!!だからオレが生まれたんだ!!兄貴がオレに自我をあたえたんだ!!!!』

 

 キリト「な、何を言ってるんだ?」

 

 傍から見れば独り言を口走っているだけにしか見えないだろうがボクには今のタクヤの状況が理解出来た。

 今、タクヤの中には2つの人格がある。

 それが体の主導権を巡って戦っているのだ。

 

 タクヤ「はや…く…オレから…離れ…ろ…!!」

 

 タクヤ『させねぇ!!そのガキはオレが殺してやるっ!!』

 

 アスナ「ユウキ!!早くこっちに!!」

 

 アスナがボクをタクヤから離してくれる。

 

 タクヤ「…ふぁぁぁぁっ!!…余計な事をしやがって。

 オメェら…逃げれると思ったら大間違いだぞコラァ…!!」

 

 再び赤黒いエフェクトを放ちながらゆっくりとボク達に近づいてくる。

 

 キリト「…よくわからないが今はタクヤを正気に戻すしかない!!」

 

 クライン「でも、どうする?アイツのスピードについて行けねぇのによ…!!」

 

 確かに、修羅スキルを解放したタクヤのスピードはこの中でダントツだ。

 あのスピードがある限りボク達はタクヤを正気に戻すどころか捕まえも出来ない。

 

 ユウキ「…ボクがやるよ!!」

 

 アスナ「何言ってるのよ!!?

 ユウキのスピードでもタクヤ君を止められないよ!!」

 

 ユウキ「…それでもボクがしなくちゃいけないことなんだ!!」

 

 キリト「…わかった」

 

 アスナ「キリト君!!?」

 

 キリト「アスナ…。今はユウキを信じるしかない…。

 誰よりもアイツを知っているユウキだから出来るんだ!!」

 

 ユウキ「ありがと…。じゃあ、行くよっ!!」

 

 ボクは全速力でタクヤに向かった。

 タクヤも超高速でボクの攻撃を躱していく。

 

 タクヤ「そんなんでオレを捕まえられるかよっ!!」

 

 ユウキ「ぐっ…!!」

 

 タクヤは地形を利用して全方向から拳を浴びせてきた。

 ボクはそれを防御するしか今は手がない。

 

 ユウキ(「さっき、ボクの知ってるタクヤが出てきた…!!

 まだ、タクヤは戦い続けているんだ!!

 なら、ボクだけが諦めていい訳が無いっ!!」)

 

 タクヤ「ザコがっ!!」

 

 ボクのHPがみるみる減少してイエローゾーンに差し掛かった。

 

 アスナ「キリト君!!あのままじゃユウキが…!!」

 

 クライン「くそぉ!!速すぎて目で追いきれねぇ!!」

 

 キリト「…」

 

 タクヤ「これで終わりだぁっ!!!!」

 

 ボクはいつもタクヤの後ろにいた…。

 そのせいでタクヤを助けてやれなかった。

 言う事だけ一人前で…何も出来なかった。

 なら、今は…?今この時も何もせずにタクヤが壊れるのをただじっと見る事しかしないのか…?

 違う…。目の前でタクヤが苦しんでる。

 ボクにそれを見ているだけなんて…したくない。

 なら、ボクが出来る事は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「絶対にタクヤはボクが助けるんだぁっ!!!!」

 

 ピコーン

 

【一定の数値に達しました。"絶剣”スキルを解放します。】

 

 キリト「あれは!!?」

 

 タクヤ「!!」

 

 ユウキ「目を覚まして!!タクヤぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ボクは紫色のエフェクトを愛剣"ナイトウォーカー”に帯びさせながらタクヤに攻撃を仕掛けた。

 

 タクヤ「んあ?そんなスピードでオレを…!!がっ…!!」

 

 タクヤ『へへっ…まだ、勝負はついてねぇぞ!!』

 

 タクヤの動きが止まった。中でタクヤが止めてくれている。

 

 ユウキ(「また助けられちゃったね…。

 いつもボクの前にいて…いつも手を差し伸べてくれる…。

 でも、今日は…ボクが…手を差し伸べる番だよっ!!!!」)

 

 タクヤ「くそがっ!!この死に損ないがぁぁぁぁっ!!!!」

 

 タクヤ(『行け…!!ユウキ!!!!』)

 

 ユウキ「はぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ボクが放つ剣技は誰かを傷つけるものじゃない。

 誰かを…愛する者を守り抜く時だけに使えるものだ。

 タクヤの体を超高速で11連撃貫く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶剣スキル"マザーズ・ロザリオ”

 

 タクヤ「ぐあぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ユウキ「戻ってきて!!タクヤぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 激しい爆音と共に辺りが土煙に包まれた。

 

 クライン「ぐあっ!!?」

 

 アスナ「ユウキ…!!」

 

 キリト「…タクヤ!!」

 

 土煙が次第に晴れていき、なかに人影がうっすら見えている。

 これがダメならボクにはもう手は残されていない…。

 最後の一撃はタクヤには当てていない。

 当ててしまえばタクヤを確実に殺してしまうからだ。

 

 ユウキ「…」

 

 土煙は完全に晴れ、目の前にタクヤが立っている。

 

 タクヤ「…は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はぁはっはっはっはぁぁっ!!!!」

 

 ユウキ&キリト&アスナ&クライン「「「「!!!!」」」」

 

 タクヤ「残念だったなぁ…」

 

 タクヤはまだ心の中にいた。まだ、終わっていない。

 

 アスナ「そんな…!!」

 

 キリト「くそっ!!」

 

 クライン「ユウキちゃん!!逃げろぉぉぉ!!」

 

 タクヤ「これで終わりだぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ユウキ「…ううん。まだ終わりじゃないよ…」

 

 ボクはタクヤを強く抱きしめた。思わずタクヤも攻撃を止めた。

 

 タクヤ「は、離せ!!この…!!」

 

 ユウキ「もう離さない…。絶対に離さない。

 タクヤはボクが支えるから…。今度こそ必ず支えてみせるから…。だから、帰ろう…?ボク達の家に…一緒に…。」

 

 タクヤ「…やめろ。そんな顔でオレを見るんじゃねぇぇぇっ!!!!」

 

 すると、タクヤの赤黒いエフェクトは徐々に小さくなっていく。

 それと同時にタクヤから嫌な感じも弱くなっていった。

 

 タクヤ「なんで…おまえは…そこまでして…。

 おれが…こわいんじゃ…なかったの…か…」

 

 ユウキ「怖いよもちろん…。でも、それもタクヤの一部だもん。

 ボクはタクヤの全部が好きなんだ…!!だから、君も好きだよ…?

 もう…休んでいいんだよ…タクヤ…」

 

 タクヤ「く…そ…」

 

 エフェクトは完全に消え、タクヤは意識を失くした。

 

 キリト「やった…のか?」

 

 アスナ「とにかく!今は2人の所に…!!」

 

 ユウキ「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

 アスナ「大丈夫!?ユウキ…!!」

 

 ユウキ「うん…。ボクもタクヤも大丈夫だよ!

 ごめんね…アスナ。心配かけちゃったね…」

 

 アスナ「本当だよ…。でも、無事でよかった…。

 …帰ってきたんだね。タクヤ君はユウキの所へ…」

 

 気を失ったタクヤの髪を撫でながらボクは頬が緩む。

 やっと…帰ってきたんだ。ボクの…大好きな人が…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 タクヤ「ここは…」

 

 辺りは完全な白に覆われていた。地面は無く、妙な浮遊感がある。

 

 タクヤ「オレは…死んだのか?」

 

 

  『死んでねぇよ…』

 

 

 タクヤ「!!…お前…」

 

 目の前にいたのはもう1人のオレ…修羅だ。

 近づきもせず、かと言って離れるわけでもなく一定の距離を保ったまま修羅はオレに話しかける。

 

『お前の連れがオレをここまで弱らせやがった…。

 そのお陰でお前は晴れて自由だ…』

 

 タクヤ「…そうか。…お前は、どうなるんだ…?」

 

『オレはもう顕現する力が残されちゃいねぇ…。

 このまま消えるのを待つしかねぇ…。せいせいするだろ?

 オレがいなくなれば誰かを傷つける必要がねぇんだからよ』

 

 タクヤ「…」

 

 確かに、もうこれ以上誰かを傷つける必要がなくなるなら願ったり叶ったりだが、何か違う気がしてならなかった。

 

 タクヤ「…お前が消えないようにすればどうしたらいい?」

 

『あ?何言ってんだクズが…!

 消えないようにすればどうするか…だと…。

 ふざけてんじゃねぇよ!!オレはテメェに負けた!!

 敗者はこの世に存在する価値はねぇ!!

 オレらの両親も弱かったから強盗なんざに殺されるんだっ!!

 なら、オレもそのルールに従って消えるんだよ!!!!』

 

 ひとしきり叫んだ後、オレは続けた。

 

 タクヤ「確かに、お前のせいでたくさんの人を傷つけたし…殺しちまった。でも、それはお前だけのせいじゃねぇ。

 茅場拓哉(オレたち)の罪だ!お前だけが背負うもんじゃねぇ」

 

『頭湧いてんのかテメェはっ!!?

 オレがいなきゃ誰も傷つけなくてもよかったんだろぉがっ!!!!

 オレが恨んで!!憎んで!!大事なもんは全部オレが壊した!!!!

 そのオレをテメェは許すってのかよっ!!!!』

 

 タクヤ「逆を言えば…お前がオレの代わりに怒って…恨んで…憎んでくれたんだろ?…正確には違うのか?ん?どういう意味だ?」

 

『知るかっ!!テメェさっきから何が言いてぇ!!?』

 

 タクヤ「つまり!まぁざっくり言うとお前はオレでオレはお前だ…。当たり前だけど…。

 お前が消えるって言うならオレも消えるしかねぇ…。

 だから、消えるな!ここにいろ!!」

 

 途中から何が言いたいのか上手くまとめきれなかったが言いたい事は言ったしよしとしておく。

 

『…テメェ、本当に頭湧いてんな!

 なら、オレが体を乗っ取ってアイツらを殺しても文句はねぇんだな!!?』

 

 タクヤ「お前はもうそんな事しねぇって今なら言える…」

 

『…そんな保証が一体どこにあるんだよ?』

 

 タクヤ「何回も同じ事言わせんなよ!

 お前はオレなんだからもうそんな事しねぇ!!

 それに…ユウキがいる。

 …きっとアイツはお前もちゃんと見てくれる…」

 

『!!?』

 

 タクヤ「オレも修羅(おまえ)の存在を認めた。

 お前がいるからオレは怒れて…恨んで…憎む事が出来てるんだ。

 それが普通の人だろ?

 だから、少なからずお前には感謝してる。

 オレの代わり辛い思いをしてくれてありがとう!

 これからもよろしくな!!」

 

 オレはゆっくり近づき右手を差し伸べた。

 

『…お前はオレが必要だって言うのか?

 憎む事しか出来ねぇオレを受け入れるって言うのか?』

 

 タクヤ「受け入れるも何もお前はオレなんだから全部ひっくるめて茅場拓哉だ!!だからほら!!」

 

『…はっ!!テメェはやっぱりバカだ。

 オレなんか受け入れる奴なんかお前か単なるバカだけだ!!』

 

 タクヤ「つまりお前もバカな訳だな!」

 

『勝手に言ってろ!!…だが、油断してると体乗っ取って暴れてやるからな!!』

 

 タクヤ「そん時はそん時だ!

 オレもタダでやる程人間出来てねぇからな!!」

 

 差し伸べた右手に右手が重なり握手を交わす。

 オレには2つの魂が宿っている。

 例え、この世界だけの事だとしても関係ない。

 修羅(コイツ)は常にオレの中にいる。

 辛い役割をオレの代わりにしてくれている。

 でも、次からはオレもそれを肩代わりしてやる。

 オレはお前で…お前はオレなのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「ん…」

 

 ユウキ「あっ!タクヤ!!気づいた!!?」

 

 タクヤ「…ここは?」

 

 辺りを見渡す限り迷宮区ではないようだが。

 

 ユウキ「迷宮区の外の安全エリアだよ。今ちょうど休憩してるんだ…」

 

 そうか…オレは…助かったのか…実感が湧かないが…。

 そんな事を考えていると空から小さな雫が落ちてきた。

 

 タクヤ「ユウキ…?」

 

 ユウキ「よかった…いつもの…タクヤだ…。

 よかったよかったぉ…」

 

 タクヤ「…心配掛けちまったな。

 …それにひでぇ事言っちまったし…その、なんで言ったらいいか…ごめんな…」

 

 オレは起き上がりユウキの頭を撫でながらあやした。

 ユウキは泣きながら笑ってオレに抱きつく。

 オレもそれに応えるように腕を回した。

 

 ユウキ「…ボクこそごめんね。

 また、タクヤに重たいもの背負わせて…ごめんね…」

 

 タクヤ「お前が気にする事じゃねぇよ。

 オレが勝手にやった事なんだから…」

 

 ユウキ「…ううん。謝らせて…お願い…」

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキにも…いや、みんなに知らず知らずのうちに辛い思いをさせちまってたんだなと今更になってオレは思った。

 仲間を助ける為とは言え、オレはやっちゃいけない事をしちまった。

 これからもそれはオレにまとわりついてくるだろう。

 でも、後悔はしない…してはいけないのだ。

 オレの自分よがりのせいで死なせてしまった者達に対して無礼だと思ったからだ。

 

 キリト「タクヤ…。目を覚ましたんだな」

 

 タクヤ「キリト…それにアスナ、クライン…。

 悪かった…。みんなにも迷惑かけちまって…」

 

 アスナ「ううん…。気にしてないわ。

 それに…タクヤ君がいなかったらもしかしたら私達はここにいなかったかもしれないし…」

 

 クライン「ったくよ…みずくせんだよ!お前はっ!!

 もうちっと仲間を頼れってんだ!!」

 

 タクヤ「悪かったよ…。今度何でも奢ってやるからさ。

 それで手を打ってくれ…」

 

 キリト「おっ!それはいいな…。なら、今日はタクヤの復帰祝いにみんなで集まろうぜ!!もちろんタクヤの奢りだけどな!!」

 

 タクヤ「ちょっ…幾ら何でもそれはねぇだろうがっ!!?」

 

 いつ以来だろうか…。こんなにも心の底から笑ったのは。

 オレ達は街に戻る前に討伐隊のリーダーであるというシュミットにオレの処遇はどうなるのか尋ねた。

 オレはシュミットの仲間を殺している為、顔を合わせづらかったがオレに対する処遇は無罪放免という大胆な結果となった。

 

 タクヤ「ほ、本当にいいのか?オレはアンタの仲間を…」

 

 シュミット「オレは1度言った事は変えない…。

 お前を許す訳じゃないがこれからは攻略組としてその力を活用してくれ…」

 

 タクヤ「…何と礼を言ったらいいか…そうだ!

 ル…じゃなくて他の笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバーはどうなった?」

 

 シュミット「あぁ。他のメンバーも既に監獄へと放り込んでいるとさっき連絡があった。」

 

 タクヤ「その中にルクスっていうプレイヤーがいるんだがそいつも弱みを握られてやりたくもない事を無理矢理やらされてたんだ!!

 そいつも監獄には送らないでやって欲しいんだ!!」

 

 シュミット「そのプレイヤーならオレも監獄に入らないでもいいと言ったんだが…」

 

 

『私はあの人みたいにこの先役に立つ事は何も無いんだ。

 だから、私はいいよ。…よかったら彼に伝言を頼めるかい?』

 

 

 シュミット「ありがとう…ゲームをクリア出来る事を陰ながら応援している…と言ってた」

 

 タクヤ「ルクス…」

 

 オレの瞳にはじんわりと涙が滲んでいた。

 ルクスは最初からこうなると分かった上でオレに協力してくれていたのか…。

 ルクスには何度も勇気づけられてきた。

 今こうして立っていられるのもルクスのおかげだ。

 

 タクヤ「オレこそ…ありがとう…」

 

 アスナ「タクヤ君!!こんな所にいた!!

 団長が直々にタクヤ君と話がしたいって…」

 

 タクヤ「…ヒースクリフ…。分かった。転移結晶で先に行くよ…。

 ギルドは55層でいいんだよな?」

 

 アスナ「うん!…気をつけてね」

 

 討伐隊と別れ、オレは55層のグランザムへと飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月02日 15時00分第55層 グランザム 血盟騎士団ギルド

 

 オレは血盟騎士団ギルドのホームへと入り、見張り役にヒースクリフがいる部屋まで案内された。

 

「失礼します。攻略組のタクヤを連れて参りました。」

 

 ヒースクリフ「ご苦労…。下がってくれたまえ…」

 

「はっ!失礼します。」

 

 見張り役はオレを部屋に残し、部屋にはオレとヒースクリフ2人だけが残された。

 

 ヒースクリフ「久しぶりだねタクヤ君…。さぁ、腰を掛けてくれ」

 

 タクヤ「いや、オレはここでいい…です。

 今回の処遇についてはシュミットから聞きました。

 団長の指示だったようで…ありがとうございます…」

 

 ヒースクリフ「礼には及ばん…。今後の君の活躍に期待するよ…。さて、君を呼んだのは単に世間話をする為ではない…。

 近々、次のボス戦の攻略会議を開こうと考えているのだが…君に1つ頼みたい事がある…」

 

 タクヤ「頼みたい事?」

 

 

 

 

 

 ヒースクリフ「君にはしばらく血盟騎士団に入団してもらう…」

 

 タクヤ「!!…それは何故…ですか?」

 

 ヒースクリフ「君の今回の功績は実に見事だった。

 攻略組がこれ以上減ってしまっては攻略が滞ってしまうからね…。

 君が逃がしてくれた攻略組も次のボス戦では戦ってもらう事になっている…が、少なからず君の処遇に憤りを感じている者も少なくない。」

 

 当然と言われれば当然だ。

 逃がしたとは言っても恐怖を与えた上、その前には2人も殺している。そんな奴と一緒に戦いたくないと思うのが普通だ。

 

 ヒースクリフ「そこで私が直々に君と一定期間パーティを組み、君が安全で攻略においてどれだけ重要なのか見せしめるための処置だ…。先に言っておくが君に拒否権はない…。わかってくれ」

 

 タクヤ「…オレもそんな事が言える立場じゃないのは分かっています。それで納得してもらえるならこちらから頼みます…」

 

 ヒースクリフ「うむ…。そう言ってくれると助かるよ。

 疲れている所を呼び出してすまなかった…。

 パーティは明後日から組んでもらう。それまでゆっくりしてくれたまえ…」

 

 タクヤ「じゃあ、失礼します…」

 

 オレはそう言い残して部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「タクヤー!!」

 

 タクヤ「ユウキ?どうしてここに…」

 

 アスナ「せっかくの再会ですもの!今日ぐらい2人で過ごしたら?」

 

 ユウキ「ちょ…アスナ!!」

 

 タクヤ「…そうだな。じゃあ行くかユウキ」

 

 ユウキ「えっ!タクヤ…//」

 

 オレはユウキの手を取りアスナと別れてグランザムを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月02日 20時10分 第61層 セルムブルグ

 

 オレとユウキは湖の街と称されるセルムブルグへとやって来ていた。

 

 ユウキ「わぁ!すごい綺麗!!」

 

 タクヤ「この層は湖がほとんどだから街にも湖があるんだ…」

 月明かりに照らされた湖は光を反射させ、幻想的な風景に変えられていた。

 

 ユウキ「でも、どうしてボクをここに?」

 

 タクヤ「え?あー…その、これをユウキに見せたかったってのがあったんだけど…この街はあんまり人通りが少ないから話をするにはうってつけだと思ってさ…」

 

 オレは近くに備え付けられていたベンチへとユウキを誘い2人で座った。

 

 ユウキ「…どうしたの?急にかしこまちゃって…」

 

 タクヤ「ユウキはあの時の…もう1人のオレとの会話を憶えてるか?」

 

 

『お前は恨んでるんだよなぁ?兄貴を!!この世界を!!自分を!!だからオレが生まれたんだ!!兄貴がオレに自我をあたえたんだ!!!!』

 

 

 ユウキ「うん…」

 

 タクヤ「ユウキにはちゃんとオレの事知ってて欲しいんだ…。オレはこのゲームに来た理由について…」

 

 ユウキ「来た…理由…?」

 

 タクヤ「オレがここに来たのはある目的があったからなんだ…。

 目的って言うかいるかもしれないっていう希望じみたアレなんだけど…オレはここに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄貴を探しに来たんだ…」

 




どうだったでしょうか?
あまりバトルシーンの書き方が分からずダメダメになってるかもですがご指摘頂ければ嬉しいです。


では、また次回!


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【14】いつも一緒に…

という訳で14話目にとつにゅうです。
ペースが徐々に下がってきてしまいました。
SAO編が終わるまではこの状態をキープ出来たらいいのですが…

では、どうぞ!



 sideタクヤ_

 

 

 ユウキ「タクヤの…お兄さん…?」

 

 オレは湖の辺にあるベンチでユウキにオレの兄貴について話していた。

 リアルの事情を話すのは厳禁だが、これだけはユウキに話しておかなければならない。

 

 タクヤ「そいつはいきなりオレの所にナーヴギアとSAOのソフトを送り付けて来た…。

 オレはそれをまだ見た事ない世界に対する好奇心で始めてみた。

 決してそいつの事が好きだからではなくてバクとか見つけて文句言ってやろうとかそんな気持ちだった。」

 

 今思えばあの時、弟にやらせなくて良かったと思っている。

 オレじゃなきゃいけないような責任感すら感じていた。

 

 タクヤ「そして、この世界にやって来たオレはただ感動した。

 こんな世界が本当にあるのか…ってな。

 その時からオレはこの世界に魅了されてた。

 癪だったけど楽しかった。そして、おまえに出会った。」

 

 ユウキ「モンスターに襲われてる所をタクヤに助けてもらったんだよね…。懐かしいなぁ…。あれからもう約2年経つんだね…」

 

 タクヤ「最初ユウキを見た時はただの無鉄砲なバカとか思ってたよ…。

 でも、それからキリトとクラインにソードスキルを教わったりもした。赤の他人なのにこんなにすぐ打ち解けるなんて思っても見なかったけどな。でも、それは突然に終わっちまった…」

 

 ユウキ「…そうだね。あの時から…」

 

 2年前のサービス当日…オレ達全プレイヤーは残酷な現実を突き付けられた。

 ログアウトボタンの消滅…ゲームをクリアしなければこの世界から出られない…そして、この世界で死んでしまえば現実世界でも死んでしまうという状況…それを作り出してしまったのは他でもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「…この世界を作った茅場晶彦は…オレの兄貴なんだ…」

 

 ユウキ「えっ!!?」

 

 驚くのも無理はない。

 茅場晶彦の弟だと言っても実感が湧かないのも当然だ。

 

 タクヤ「アイツは…兄貴はこのゲームを作っている間、1度も家には帰って来なかった…。

 オレの両親が死んでも…アイツはゲームを作り続けていたんだ…」

 

 ユウキ「タクヤの…両親が…」

 

 タクヤ「許せなかった…。

 アイツは父さんと母さんよりゲームを優先した!

 憎くて憎くて…どうしようもないほどに憎かった…。

 だから、もしかしたらこの世界にいるんじゃないかって…。

 アイツに会ってぶっ殺してやるって…。

 それが、オレに出来るケジメの付け方だとそう思っていた…」

 

 だから、誰よりも強くならなきゃいけなかった。

 だから、誰にも負けない力が欲しかった。

 その結果、オレは大切なものを手から零れ落としてしまった。

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「今オレには力がある…。

 でも、手に入れるまでにいろんなものを犠牲にしてきた…。

 兄貴を殺す為なら構わないとまで思った。

 でも…犠牲にした後になって後悔した。

 オレはこんな事の為に命を捨てて来たのかって…。

 オレは…自分が分からなくなった…」

 

 後悔はある。

 オレの手で殺してしまった者やその者の仲間達はオレを許さない。

 ずっとオレを憎むはずだ。

 覚悟はしている。それだけの事をしてしまったのだから。

 

 ユウキ「…タクヤ。自分を責めないで」

 

 タクヤ「でも…オレは…!!」

 

 ユウキ「終わってしまったものはもう取り戻せない…。

 過ぎてしまった時間を巻き戻す事は出来ない…。

 でも、生きている限り…先はあるんだよ?

 歩いて歩いて歩き続けて…いろんな事を経験してボク達は進まなくちゃいけないんだ…。

 ボクも後悔した…。タクヤを支えてやれなかったって…。

 でも、まだ次がある。何度も挑戦できる…!

 タクヤが死なせてしまった命はもう還ってこないけど、タクヤにはそれとは他に助けた命があるんだよ?」

 

 タクヤ「オレが…助けた…命?」

 

 ユウキ「タクヤは…攻略組を…仲間を…ボクを助けてくれたんだよ?ずっと1人でボク達を助けてたんだよ?

 タクヤにはそれを理解して欲しい…。

 君が君を犠牲にして守った人達の想いを…」

 

 タクヤ「オレは…」

 

 すると、ユウキから強く抱きしめれた。

 懐かしい感触がオレを包み込む…。

 

 ユウキ「ボクはタクヤの全部が大好き…!!

 だから、1人で抱え込まないで…。ボクも一緒に抱えるから…。

 もう…どこにも…行かないで…タクヤぁ…」

 

 この手は血に塗れている。

 拭ってもそれは残りオレの中であり続けるだろう。

 でも、オレにその権利があるのなら…助けた命がある事を知る権利があるのなら…オレはそれだけで…救われる。

 

 タクヤ「…もうどこにも行かねぇ。

 また、無茶しても絶対にユウキの元に帰ってくる…。

 もう…お前に悲しい思いも辛い思いもさせない…。

 だから…こんなどうしようもないオレと…一緒になってくれるか?」

 

 ユウキ「…当たり前だよ。

 タクヤが離れろって言ったって離れてなんかあげない…。

 ボクもタクヤと一緒にいたいよ…」

 

 タクヤ「…結婚しよう」

 

 ユウキ「はい…」

 

 オレ達は顔を近づけ湖の辺で熱い約束(キス)を交わした。

 もう捨てない…。ユウキをもう悲しませない…。

 オレはユウキのものだ…。この命はユウキの為に使う…。

 そんな誓いを込めたオレのファーストキスだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月03日 09時30分 第47層 フローリア マイホーム

 

 スリーピング・ナイツ「「「おかえり!!タクヤ!!」」」

 

 久しぶりのマイホームを開けた瞬間、無数のクラッカーが一斉に鳴り響いた。

 昨日はあれからセルムブルグの宿屋にユウキと2人で泊まり、翌日の朝…つまり今40層のフローリアに帰って来た次第である。

 

 タクヤ「…その、なんて言ったらいいか…」

 

 シウネー「お帰りなさい…タクヤさん!!」

 

 ジュン「今日の主役がそんな顔してんじゃねぇよ!!」

 

 テッチ「本当無事でよかったよ!」

 

 タルケン「もう無茶はしないでくださいね」

 

 ノリ「ホントだよ!!まったく…お前はぁぁぁん!!!!」

 

 オレの為に心配してくれて、泣いてくれる仲間がいる。

 それだけで胸がいっぱいだ。

 滲んだ涙を拭いみんなに今回の件で心配かけた事を謝った。

 みんなはすぐに許してくれた。

 ユウキも横で一緒に見守ってくれている。

 オレはなんて幸せ者なんだ…。

 

 シウネー「さぁ!暗い空気はここまでにして…!

 朝ごはん食べましょう!スリーピング・ナイツ全員で!!」

 

 テーブルには既に豪華な料理が並べられていた。

 

 ユウキ「こ、これ…シウネーが作ったの?」

 

 シウネー「えぇ…途中からはみんなも手伝ってくれて…!

 ユウキ程スキルは高くないけど2人を出迎えたかったので…」

 

 タクヤ「ありがとう…シウネー、みんな!!いただきます!!」

 

 オレは席につき、さっそく料理に箸をつける。

 どれもこれも美味しく出来ており、この上ない満足感に包まれた。

 この風景も久しぶりだ…。

 みんながいて、ユウキが隣にいて、一緒に飯を食べる。

 そんな普通の事が今は幸せを感じるものになっていた。

 

 ジュン「あっ!それオレが残してた肉だぞ!!」

 

 ノリ「やーい!早く食べないから取られるんだよーだ」

 

 シウネー「2人とも落ち着いてまだまだあるからケンカしないの!」

 

 ユウキ「これおいしー!!ってタルケン!!もっとゆっくり食べなよ!!」

 

 テッチ「タルケンは食べ始めると止まらないからね…」

 

 この騒がしい食卓もオレが零れ落としたもの…。

 また、ここに戻って来れるなんて…夢のようだ。

 

 シウネー「タクヤさんも!!どんどん食べてくださいね!!」

 

 タクヤ「…あぁ!腹一杯になるまで食うぞ!!

 ってユウキ!!それオレのだぞ!!」

 

 ユウキ「大丈夫大丈夫!まだあるから…ねっ!シウネー」

 

 シウネー「あ…それはユウキが食べたので最後…」

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「…覚悟は出来てるな?」

 

 ユウキ「は…はははっ!やだなーそんな怖い顔しないでよー!!

 …はい、すみません」

 

 楽しい時間はまだまだ続く。

 これから先もずっと…。仲間がいる限りオレ達は歩み続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年15時12分 第47層 フローリア マイホーム

 

 オレは今…非常に困っている…。

 

 タクヤ「…」

 

 スリーピング・ナイツ「「「…」」」

 

 ユウキ「タクヤ〜///」

 

 ユウキがずっとオレから離れないのである。

 かれこれ5時間はこのままの状態だ。

 

 タクヤ「あの…ユウキさん?オレ、動けないんだけど…」

 

 ユウキ「え〜…そんな事ないよ〜。

 動きたいならボクも一緒に連れてって!」

 

 タルケン「…あの〜これは何をなされてるんですか?」

 

 タクヤ「…オレにもわかりません」

 

 ユウキ「だって〜今までタクヤとこうしてくっついてられなかったも〜ん!だからめいいっぱいくっついてるんだ〜!」

 

 タクヤ「うぐっ!…それ言われると何も言い返せねぇ…」

 

 多少の罪悪感からユウキの行為に目を瞑るしかない。

 まぁ、嫌な気分じゃないから別にいいのだが周りの目が痛い。

 

 シウネー「ま、まぁ…今日はゆっくりしていてください。

 明日からは血盟騎士団の方へ行かれるんですよね?」

 

 タクヤ「あぁ。しばらくは血盟騎士団(あっち)にいなきゃいけねぇけど毎日帰ってくるさ…」

 

 ユウキ「いやだー!!タクヤと離れたくないー!!!!」

 

 タクヤ「いや、こればっかりはどうする事も出来ないからな…。

 てか、ユウキまで抜けたらスリーピング・ナイツはどうするんだよ?」

 

 ユウキ「いやだいやだいやだぁ!!一緒じゃなきゃいやだぁぁっ!!!!」

 

 なんかいつもと雰囲気がまるで違うがオレがいない間に何があったんだ。

 

 タクヤ「ふぅ…ユウキ」

 

 ユウキ「ん…?」

 

 オレはユウキの耳に周りに聞こえないように囁いた。

 

 タクヤ「帰ったらちゃんと相手してやるからよ…。

 ベッドの上で待っててくれ…。

 朝まで寝かせねぇから覚悟しとけよ?」

 

 ユウキ「…!!!!////////////」

 

 ユウキの顔は一気に真っ赤になりその場に経たり込んだ。

 そのおかげかユウキはやっとオレから離れた。

 

 ジュン「お、おい!大丈夫かよ!!」

 

 ユウキ「…///ふにゃぁぁぁ…/////」

 

 タクヤ「と、とりあえず…しばらくは大丈夫だろ。

 …ほら、ユウキ、しっかりしろ。

 今からアスナと待ち合わせだろ?」

 

 ユウキ「ふにゃ!?そ、そうだった!!早く行こっ!!タクヤ!!」

 

 ユウキはオレの手を引っ張り勢いよくマイホームから出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月03日15時45分 第71層 転移門前

 

 オレ達はなんとか約束の時間に間に合い、71層の転移門前へやって来た。アスナとその付き添いのキリトと合流したオレ達は商店通りを歩きながら談笑を重ねている。

 

 アスナ「タクヤ君も一時的って言っても血盟騎士団(ウチ)のメンバーだね」

 

 キリト「オレだったら絶対に入りたくないけどな…」

 

 アスナ「なんでよっ!!そんなに私といるのが嫌なの!!?」

 

 キリト「そ、そういう事じゃなくて!!

 息苦しいだろうなって思っただけだ!!」

 

 ユウキ「まぁまぁ落ち着きなよ2人とも…」

 

 タクヤ「それで周りが納得するならいいんだが…よりにもよってヒースクリフとパーティってのがなぁ…」

 

 オレがまた攻略組として活動するにあたってオレの前科をよく思っていない奴らがいるのもわかる。

 それらを黙らせると言ったら聞こえが悪いが最前線をヒースクリフとパーティを組んで攻略し、その重要性を見極めるという事で話はまとまった。

 オレとしてもまたいつも日常を送らせてもらってる身である為、強くは言えなかったが本心ではヒースクリフとパーティは組みたくないものだ。

 

 ユウキ「タクヤって団長さんの事苦手だもんね!」

 

 キリト「オレも苦手って意味より何を考えてるか分からないって感じだがこればっかりはどうしようもないな…」

 

 アスナ「でも珍しいよ?団長自ら迷宮区を攻略するのって…。

 いつもは私達に押し付けて自分はボス戦にしか顔を出さないんだから!」

 

 確かに、迷宮区の攻略中に血盟騎士団とすれ違う事は何度かあったがヒースクリフの姿をボス戦以外で見た事はなかった。

 

 タクヤ「ともあれ…明日から世話になるよアスナ」

 

 アスナ「こちらこそ…ビシバシ行くから覚悟しておいてね!」

 

 タクヤ「御手柔らかに頼むぜ?副団長殿…」

 

 ユウキ「ねぇ!それより今日は何をするの?」

 

 ユウキがアスナに尋ねた。

 

 アスナ「今日は私の友達の鍛冶師に剣を作ってもらいに行くのよ?ユウキとタクヤ君の分をね!」

 

 ユウキ「えっ!!?そうなのっ!!!でも、そんなの悪いよ…」

 

 キリト「いいんだよ…。タクヤが戻ってきた祝の品でもあるんだ。

 なら、一緒にユウキのも作ろうって話になってな。

 もうお前達の武器じゃ限界が近いだろ?」

 

 オレは闘拳スキルを使用していて武器はこの頃滅多に使わなくなってきたがどんな事態にも対処出来るように強い武器があって損は無い。

 

 タクヤ「でも…その、本当にいいのか?」

 

 アスナ「ふふっ。

 タクヤ君が申し訳なさそうにしてるのって珍しいね!

 でも、2人が強くなれば攻略組としても大きなメリットだしいいのよ!」

 

 ユウキ「ありがとう…!!アスナ!!キリト!!」

 

 タクヤ「サンキュな、2人とも!!」

 

 アスナ「でもそのかわり…素材は自分達で集めてきてね」

 

 キリト「今日はその為に2人を呼んだんだ…。

 この層でしか採れない鉱石があって、それで作った武器はかなり強いって噂だ…」

 

 タクヤ「へぇ…」

 

 ユウキ「じゃあいっぱい採ってきて強いの作ってもらうぞぉっ!!」

 

 こうしてオレ達はポーション等の消耗品を買い終わり、鉱山がいくつも連なった岩石フィールドへと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 岩石フィールドに到着するや否やモンスターとの戦闘になった。

 オレは闘拳スキルを発動してこれを撃破。

 続いてくるモンスターもほぼ一撃で仕留め、難なく鉱山へとやって来た。

 

 キリト「お前…いつの間にこんなに強くなったんだ?」

 

 タクヤ「いや、なんか知らねぇけど身体が妙に軽いんだよな…」

 

 ユウキ「今、タクヤのレベルは…うへっ!!95っ!!?

 ボクと10も違うよっ!!!」

 

 アスナ「ど、どうやってそこまで…?」

 

 キリト「…オレも頑張ってるんだけどなぁ。はぁ…」

 

 タクヤ「そ、それより早く中に入ろうぜっ!!!」

 

 オレも内心驚いている。最後に見たのは一昨日だ。

 確かその時は89とかそれぐらいだったハズなのだが、気付いたらレベルが一気に上がっていた。

 何が原因でこんな事になっているか分からないが今気にしても仕方ない。オレ達は鉱山の中に入ってモンスターと戦闘を重ねながらも奥へと進んでいった。

 

 ユウキ「この奥に鉱石をドロップするモンスターがいるの?」

 

 キリト「あぁ。ネームドモンスターなんだけどそれがかなり厄介らしくてな…。

 図体もでかいし何より硬いから苦戦するらしいぜ」

 

 タクヤ「ふぅ〜ん…そっか…」

 

 アスナ「妙に余裕そうだけど…何か考えがあるの?」

 

 タクヤ「いや、そんなのはないけど…まぁなんとかなるだろ!

 このメンツだったら誰が相手でも負ける気はしねぇ!」

 

 キリト「そう言えば…懐かしいな…」

 

 ユウキ「本当だね…」

 

 それは第1層の攻略会議だった。

 オレ達は偶然迷宮区で1人戦っていたアスナを助け出し、一緒に会議に参加して…パーティを組んだ。

 それがオレ達の最初の会合だった。

 

 アスナ「今でも時々思い出すよ…。

 あの時、キリト君達に助けられてなかったら私はどうなってたんだろうって…」

 

 キリト「オレも驚いたよ…。初心者(ニュービー)なのに達人ばりのリニアーを撃てるなんて思わなかった…」

 

 アスナ「そんな事ないよ…。

 あの時の私は自分の事しか考えてなくてもう頑張ったから死んでもいいって思ってた。

 でも、キリト君に出会って君の生き方に自分の考えがどれだけ愚かなのか思い知らされたよ。

 だから…今こうして生きてるんだよ?」

 

 キリト「アスナ…」

 

 ユウキ「…あの〜…」

 

 タクヤ「オレ達がいること忘れてやしませんかね?」

 

 キリト&アスナ「「!!?」」

 

 顔を赤くして金魚のように口をパクパクさせている姿は写真でも撮ってやろうかと思うぐらい面白かった。

 この2人ならきっといい関係になれるような気がする。

 

 タクヤ「さぁ!もうすぐそこだ!」

 

 奥に進むにつれて道幅が広くなり、大空洞へと出た。

 その瞬間、薄暗かった大空洞全体に光が灯り目の前の玉座に巨大なモンスターが座っていた。

 

 ユウキ「あれがボスみたいだよ!!」

 

 キリト「よし!オレとタクヤでタゲをつけるから2人は背後から攻撃してくれ!!くれぐれも無茶はするなよ!!」

 

 作戦を伝え終わりオレとキリトが玉座から立ち上がったモンスターに切り込みにかかった。

 キリトは漆黒の剣"エリュシデータ”を抜き、ソードスキルを発動させる。

 

 

 片手用直剣スキル"ヴォーパル・ストライク”

 

 

 片手用直剣のソードスキルの中でも上位に置かれている突進技がモンスターの右脇腹に突き刺さる。

 モンスターは奇声を上げるがすぐ様迎撃にかかる。

 だが、その攻撃を読んでいたオレが横から追撃に入る。

 闘拳スキル"柔拳”

 この技は威力こそ少ないが一時的行動不可(スタン)が発生する。

 その間にキリトのソードスキル後の硬直(ディレイ)が終わり一時退却する。

 

 キリト「ナイス連携だ!!」

 

 タクヤ「久々やったからちょっと緊張したぜ…!!」

 

 これであのモンスターはターゲットをオレ達に定めたはずだ。

 爆音と共にモンスターが突撃してくるが、背後からユウキとアスナによる攻撃が加わりモンスターはついに地面へとひれ伏した。

 

 ユウキ「タクヤ達ばっかりにいい所あげないよっ!!」

 

 アスナ「私達もタゲを取るからスイッチお願い!!」

 

 キリト「わかった!!HPがイエローに入るまでこのままで行くぞ!!」

 

 オレ達の怒涛の攻撃により、なす術を失くしたモンスターのHPはみるみる減少していき、ついに1時間切った所で爆散した。

 

 ユウキ「やったぁ!!たおしたよ!!」

 

 アスナ「お疲れ様ユウキ…!!」

 

 キリト「聞いてたより大した事なかったな…。タクヤ、鉱石は?」

 

 タクヤ「えーと…」

 

 オレがドロップ品を見ていると地響きがなり始めた。

 危険を察知したオレ達はすぐ様大空洞を出た。

 すると、地中を砕きながらもう一体モンスターが現れる。

 その体は鋼で覆われ、先程のモンスターの倍はある巨体に目を奪われた。

 

 タクヤ「で…でけぇ…」

 

 キリト「もしかして…こっちが本命か?」

 

 ユウキ「えぇ!!うそ〜!!」

 

 アスナ「タゲ取られちゃってる!!ひとまず散開しよう!!」

 

 アスナの提案によりオレ達は4方向に別れ様子を伺う。

 激しい金属音を響かせながらオレに鋼の鱗を撒き散らした。

 オレは1枚1枚交わしていくがこのままではジリ貧である。

 闘拳スキルも至近距離でしか真価を出せず、剣を取り出そうとした瞬間、頭の中で声がした。

 

 

 

 

 

 

『ったくよぉ!ちんたらしてんじゃねぇよ!俺に代われ!!』

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「!!?…お前こそ、もうちょっと言い方ってもんがあるだろ!」

 

 オレはメニューウィンドウを開き、スキル欄の()()()()()をクリックする。

 瞬間、オレの体は赤黒いエフェクトに包まれた。

 

 

 sideユウキ_

 

 

 ユウキ「あれって…修羅スキル!!?」

 

 キリト「バカっ!!何やってるんだ!!」

 

 タクヤ「何って…こうするんだよぉっ!!!!」

 

 タクヤは鱗の雨を超加速で避け、腕をつたって頭部へと登り詰めた。

 前に倒したゴーレムのように頭部への攻撃が一番有効的だろうが、今戦っているモンスターは頭にも鉄壁の鋼が幾重にも連なり、その強度は破壊不能オブジェクトの一歩手前まであるはずだ。

 

 アスナ「いくらタクヤ君でもあれは…」

 

 タクヤ「()()()に代わったからにゃあ、跡形もなく砕いてやらぁぁなぁぁっ!!!!」

 

 ユウキ「えっ!?」

 

 鋼の硬度をも容易く貫いて見せたタクヤは頭部から降り立ち、ボク達の所へ歩み寄った。

 

 タクヤ「あんなヤツに手こずってるようじゃまだまだだな」

 

 歩み寄ろうとするのをキリトが静止させた。

 

 キリト「お前は…どっちだ?」

 

 タクヤ「…ハッ!!そうだな…オレとお前らの関係はそれでいい。

 心を許す事ぁねぇからな…。

 でも、わざわざ聞かれるのもめんどくせぇ…これからは"シュラ”とでも呼んでくれや…。じゃあな」

 

 すると、タクヤの体から赤黒いエフェクトは消え去り、数回頭を振ってから元のタクヤに戻った。

 

 タクヤ「ふぅ…あれ?どしたの?」

 

 アスナ「ほ、本当に…タクヤ君…なんだよね?」

 

 タクヤ「当たり前だろ?…そういや、まだ言ってなかったっけ?

 もう修羅スキルは完璧にマスターしたんだ」

 

 キリト「い、いつの間にマスターしたんだ?」

 

 タクヤ「んー…ついさっきかな?

 まぁ、とりあえずみんなに危害を加えるような事がはしねぇから安心してくれ!」

 

 ユウキ「…」

 

 この時のボクにはタクヤの言っている意味が分からなかった。

 後で聞いたところによるとシュラはタクヤでタクヤはシュラである…オレ達は2人で1人なんだ、とどこかスッキリしたような顔つきで話してくれた。

 何はともあれボク達はお目当ての功績も無事にゲットし、アスナの友人で鍛冶師がいるという48層のリンダースへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 

 2024年08月03日 17時50分 第48層 リンダース

 

 オレ達は鉱石を持ってリズベット武具店へとやって来た。

 のどかな雰囲気が街全体を包み、武具店の横に取り付けられた水車も趣があって雰囲気に合っている。

 カランカランと鈴の音が店内に響き渡り、奥の部屋から元気な声で待ってるように言われた。

 しばらく待って奥から現れたのはピンク色の髪に左右にピンをしたそばかすが似合う少女だった。

 

 リズベット「リズベット武具店へようこそっ!!

 …て、アスナとキリト…とそちらの方は?」

 

 ユウキ「ボクはユウキ!よろしく!!」

 

 タクヤ「タクヤだ…よろしく」

 

 アスナ「リズ。実はこの2人に剣を作って欲しいの。

 今から大丈夫?」

 

 リズベット「まぁ、作るのは言いけど…。今素材切らしちゃって今から取りに…」

 

 キリト「それなら大丈夫だ…。鉱石ならさっき採ってきたから」

 

 キリトはアイテムストレージから先程ドロップした鉱石をリズベットに渡す。

 

 リズベット「こ、これ…!!もしかして…71層で採れるやつ!!?」

 

 ユウキ「うん!!さっき言ってきたんだ!!

 これだけあったら強い剣作れる?」

 

 ユウキもストレージから大量に鉱石を取り出し、全てリズベットに渡した。

 リズベットは興奮しながらも快く剣を作る事を承諾した。

 

 リズベット「で、具体的な目標値は?」

 

 ユウキ「ボクはAGI(アジリティ)型でお願いします!」

 

 リズベット「で、あなたはどうなの?」

 

 タクヤ「じゃあオレもそれで」

 

 リズベット「2人ともAGI(アジリティ)型ね!

 …じゃあ行くわよ…」

 

 鍛錬用のハンマーで鉱石を打ち鳴らす音にオレ達は静かに見守った。

 鉱石は徐々に形を変化させていき、1本の凛とした剣が出来上がった。

 

 リズベット「これはユウキの分ね!

 名前は"ブラッディ・ストーン”…私が知らないって事は市場には出回ってないわね。

 試しに振ってみて!」

 ブラッディ・ストーンと名づけられた漆塗りの剣は妖艶な色彩を放っており、全てを魅了し全てを蹂躙させるような雰囲気を醸し出している。

 ユウキはブラッディ・ストーンを手に取り数回振ってみた。

 

 ユウキ「…すごい。これ凄くいいよ!!

 それに軽いし、これなら今まで以上に動けるかも!!」

 

 リズベット「喜んでくれてなによりよ!次はタクヤの分ね!」

 

 リズベットが新たな鉱石を取り出し、ユウキのと同様にハンマーを数回叩き形を変化させる。

 だが、その形は剣でなく元の大きさよりも小さくなってしまった。

 

 リズベット「あれ?何これ…。剣じゃないわね」

 

 タクヤ「これは…グローブ?」

 

 元の鉱石からは想像もつかないような左右対称のグローブが現れた。

 リズベットはウィンドウを開いてみたが、どの武器種にもましてやどの防具にも連ならいもののようだ。

 

 キリト「どういう事だ?」

 

 リズベット「分からないわ…。私もこんな事初めてだから。

 でも、性能はユウキのと遜色ないらしいけど…」

 

"コロナ”と銘打たれた山吹色を輝かせるグローブにオレは目を惹かれ、それを手に取る。

 

 タクヤ「試しにつけてみるか」

 

 オレはコロナを両手に付けてみる。すると、ガチンと金属音が両手から聞こえてきた。

 

 アスナ「どうしたの?」

 

 タクヤ「…取れなくなりました」

 

 ユウキ「えぇぇぇぇっ!!?どういう事っ!!!」

 

 リズベット「ウィンドウから装備を外してみればいいじゃない」

 

 タクヤ「いや、何やっても取れねぇ…。」

 

 ピコーン

 

【指定のアイテムが装備されました。修羅スキル"孤軍奮闘”を解放します。】

 

 メッセージウィンドウが突如出現して、修羅スキルに新たなスキルが追加された。

 

 キリト「修羅スキル専用の装備?

 ユニークスキルに専用装備があるなんて聞いた事ないぞ…」

 

 ユウキ「でも、他のユニークスキルにも専用の装備があるかもしれないよ?」

 

 リズベット「まぁいいじゃない!

 これで新しいスキルも手に入ったんだし!

 あと、代金は要らないわ。残りの鉱石を貰っちゃってるからね…」

 

 アスナ「ありがとう!リズ!!」

 

 タクヤ「まぁ、生活に支障がないなら別に構わないけど…」

 

 とりあえず目的は果たした。

 オレとユウキはリズベットに礼を言ってリンダースを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月03日22時10分 第47層 フローリア マイホーム

 

 あれからキリトとアスナと別れオレ達はマイホームへと帰って来た。

 帰ってくるや否や、ノリは泥酔していて付き合っていた男性陣も酔いつぶれてしまっていた。

 

 タクヤ「だ、大丈夫か?」

 

 シウネー「すみません…。

 お酒は程々にするよう言い聞かせたんですが…」

 

 ユウキ「まぁ…ノリの事は仕方ないね。」

 

 流石にこのまま放置する訳にもいかずシウネーとユウキにノリを、オレはジュンとテッチ、タルケンを部屋へと送り届けてからリビングへと戻ってきていた。

 

 ユウキ「タクヤー…3人は大丈夫だった?」

 

 タクヤ「あぁ。ベッドに寝かせてきたよ…。ノリはどうなんだ?」

 

 シウネー「ノリもすっかり寝てたのでそのままベッドに寝かせてきました」

 

 タクヤ「そっか…。オレは酒飲んでから寝るよ」

 

 シウネー「じゃあ、私は先に休ませてもらいますね…。

 おやすみなさい」

 

 ユウキ「おやすみー」

 

 シウネーも自室へと向かい、残ったのはオレとユウキだけとなった。

 オレは酒を取り出しグラスへと注ぐ。

 

 ユウキ「ボクにも1杯ちょうだい」

 

 タクヤ「酒飲んで平気か?弱いんじゃなかったっけ?」

 

 ユウキ「1杯ぐらいなら大丈夫だよ。それに寝ちゃってもタクヤが部屋まで連れていってくれるしね…」

 

 タクヤ「本心はそっちなんじゃねぇか…?」

 

 ユウキ「そんな事ないよー。

 ボクはタクヤと一緒にいたいだけなんだから…」

 

 オレはユウキ用のグラスを取り出し、酒を注いだ。

 2人して一言も話さず…だが、確かに感じているものがあった。

 言葉にしなくても伝わっていくような不思議な感覚だ。

 

 ユウキ「…ね、タクヤ…。…ぎゅってして…」

 

 タクヤ「…仕方ねぇな」

 

 オレは隣に座っていたユウキを自分の方へと寄せた。

 ユウキも逆らう事なくオレに身を委ねてくれている。

 

 ユウキ「…あのさ、タクヤがもし…よかったらで良いんだけど…」

 

 タクヤ「?」

 

 ユウキ「今日は…一緒に寝てもいい…?」

 

 思わず口に含んでいた酒を吹き出すところだったがなんとか持ち直し、無理矢理胃の中へと追いやった。

 

 タクヤ「ど、どうした急に…!!」

 

 ユウキ「だって…明日からあまりタクヤと一緒にいれなくなっちゃうし…みんながいるけど…やっぱり、タクヤがいないと寂しい…」

 

 明日から一時的に血盟騎士団としてヒースクリフと行動を共にしなくてはならない。

 オレだって出来る事なら行きたくないが、オレがやってきてしまった事がこれぐらいで済むなら安いものだ。

 

 タクヤ「…お前、いつからそんな甘えん坊になったんだよ?」

 

 ユウキ「だって…」

 

 ユウキの気持ちもわかる。

 オレ達が恋人同士になってすぐにオレはみんなを捨てて地獄へと身を落とした。

 その間、みんなはもちろん…ユウキが寂しい思いをしていた事は事実だ。

 

 タクヤ「…本当にいいのか?」

 

 ユウキ「うん。タクヤとだから一緒に寝たいんだよ?」

 

 タクヤ「じゃあ…お姫様のご要望通り一緒に寝ますか!」

 

 オレはユウキをお姫様だっこで自室へと向かった。

 自室に入ると装備を外し、楽な格好になる。

 ユウキもナイトキャミソールに着替え一緒にベッドの中へ入った。

 

 タクヤ「狭くないか?」

 

 ユウキ「うん…。タクヤと密着してるから大丈夫…。

 タクヤ…キス…して…//」

 

 タクヤ「…今日は何でもユウキの言う通りにするよ」

 

 オレとユウキはベッド中でキスをした。

 それはあまりにも情熱的で激しく乱れたものだった。

 ユウキも終わり頃には目がとろけてしまっていた。

 

 タクヤ「まだしてほしいか?」

 

 ユウキ「もっと…今まで出来なかった分…全部…///」

 

 タクヤ「オレも一応男だからさ…。

 やり始めたら止まんねぇと思うけど…それでも?」

 

 ユウキ「うん…。ボクを…めちゃくちゃに…シテ…」

 

 それからは口に出すのも激しいようなオレ達にとって忘れられない1日へとなったのだった。

 

 

 

 

 




どうだったでしょうか?
終盤はなんかこうピンク色の空気を流してみましたけどこれ書くとなると超難しいですね。
こういう描写が得意な人が羨ましいですよ。

では、また次回!


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【15】奇妙な出会い

という訳で15話です。
この話から新キャラが登場します。
どういう展開になるのかお楽しみください。

では、どうぞ!


 2024年08月04日 13時00分 第72層 転移門前

 

 最前線であるこの層に到達して2週間が経過していた。

 現時点でのマッピングは迷宮区前のフィールドに留まり、

 今日これからオレは()()()と一緒に迷宮区を攻略しに行く。

 待ち合わせの時間にやってくると街の人達が何故か慌ただしい。

 NPCではなくプレイヤーのようだ。

 そんな人達を掻い潜り騒動の中心にたどり着く。

 目の前には真紅の鎧に身を包み、神々しさすら感じる盾と長剣を携え仁王立ちでオレを待っていた。

 

 ヒースクリフ「やぁ、タクヤ君」

 

 タクヤ「…もうちょっとナリを潜めるとかしねぇの…ですか?」

 

 目の前の男の名はヒースクリフ。

 血盟騎士団のギルドマスターにして攻略組の頂点に立つ男だ。

 そう云わしめている理由はヒースクリフの防御力にある。

 ボス戦に於いて彼は1度たりともポーション等の回復薬を使用せず、HPバーがイエローまで落ちた事がない。

 オレの記憶によれば25層50層と言ったクォーターポイント、ハーフポイントと呼ばられるどの層よりも難易度が厳しく設定されているボスが相手だろうとその武勇伝には傷一つついていない。

 

 ヒースクリフ「では、行こうか…。

 これからはパーティを組むのだから敬語はなくてもいい」

 

 タクヤ「…そりゃどーも」

 

 オレはイマイチヒースクリフに対して良い印象を持ち合わせていない。

 何故かと理由を尋ねられると正直まったく分からない。

 ただ、オレの心がこの男を純粋に拒否しているのだ。

 そんな事を血盟騎士団メンバーに言おうものなら、軽くリンチを受けるか批判、罵声が飛び交う事請け合いだろう。

 オレ達は転移門を使い、フィールドへと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月04日 13時37分 第72層 迷宮区

 

 狼型モンスターが数体の群れでオレ達に襲い掛かって来るがオレ達へのダメージはない。

 正確には迷宮区に入る前からオレ達のHPバーは数ドットたりとも減っていない。

 モンスターが攻撃してもヒースクリフの防御力の前では蝋燭に灯った火のように簡単に吹き飛んでしまうからだ。

 ヒースクリフの装備している盾は他のものと違い、ダメージ判定が入る。つまり、長剣と盾の擬似二刀流なのだ。

 これをキリトが聞いたら何と言うか…。

 てか、オレ全然戦闘に加わってないじゃないか。

 

 ヒースクリフ「…流石に迷宮区のモンスターは一筋縄ではいかないな」

 

 てか言いつつも先程から無双状態なのはどこのどいつだと言いたくなるくらい涼しい顔をしている。

 

 タクヤ「…オレの出番ねぇじゃねぇか」

 

 ヒースクリフ「なに…これから奥へ進むにつれてモンスターも強力になってくる。その時こそ君の出番さ、タクヤ君…」

 

 普通街から迷宮区まで最低でも1時間はかかるものと踏んでいたがたったの30分足らずでここまでやって来ている。

 効率がいいのか、単にこの男が強すぎてモンスターが弱く感じてしまっているせいなのかはわからない。

 

 タクヤ「まぁ…早いに越したことはないんだけどな…」

 

 ヒースクリフ「攻略が早ければ我々がこの世界から自由になれる日も早くなるというものだ。それが攻略組の務めとも言える…」

 

 タクヤ「…そうだな」

 

 オレ達はさらに奥へと進んでいった。

 やはり、中盤からもヒースクリフだけでは対処し切れない部分があり、闘拳スキルでそれをカバーする。

 だが、対処し切れないとは言ってもほんの誤差だ。

 これくらいならオレなんかは頻繁におきてるぞ。

 果たしてヒースクリフに連携というものは必要なのだろうか。

 ヒースクリフ1人で攻略組の2割か3割ぐらいの戦闘力を有している。

 その男と連携をとれる者がいるのだろうかと疑問に思ってしまう。

 正直な話、ヒースクリフの無双っぷりを見てしまうとキリトの二刀流やユウキの絶剣スキル…オレの修羅スキルなんかが可愛く思えてならないのだ。

 

 タクヤ「…」

 

 ヒースクリフ「…どうしたのかな?」

 

 タクヤ「いや、なんでもない。

 …ちょっと知り合いに似てたってだけだ」

 

 似ている。

 その立ち住まい、ここではないどこか遠くを見ている横顔…

 俺が世界で1番嫌いな男に。

 

 ヒースクリフ「ほう…?それは興味深い話だな。

 だが、リアルの詮索はタブーだからね…聞かないでおこう。

 今日はこの辺でマッピングを終了しよう…。

 あと2日程やればボス部屋に辿り着くハズだ…

 帰りは君が前衛をやってくれたまえ」

 

 タクヤ「そんぐらいしないと一緒にいる意味があんまなくなるからな…。まかせろ」

 

 オレとヒースクリフは前衛を交代して来た道を引き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月04日 18時16分 第55層 グランザム

 

 ヒースクリフ「ではまた明日、同じ時間同じ場所に集合してくれ」

 

 タクヤ「うーい…」

 

 オレは簡単に挨拶を済ませてグランザムの転移門に向かった。

 商店通りを抜けて中央広場まで来るとプレイヤーが大いに盛り上がっていた。

 何事かと人混みの中に入り込み先頭へと出た。

 

「誰かワシと決闘(デュエル)するモンはおらんのかァァァ!!」

 

 いきなりの怒声につい耳を塞いでしまう。

 見た目はアンダーシャツを纏い、ボトムもシンプルな革製でブーツ等は履いてなく空手の選手かと思いたくなるようなものだった。

 

「よっしゃぁぁ!!次はオレが相手だ!!」

 

「いいぜ!!()()()はわかってんじゃろうなぁ?」

 

「おうよ!!こっちも()()がかかってるからな!!

 本気でいかせてもらうぜ!!!!」

 

 タクヤ「ルール?賞金?」

 

 ふと、目をやると立て札にルールと賞金の記載がされていた。

 ルールは初撃決着モードで行うものとして挑戦者は武器なりアイテムなり使ってもよいらしい。

 但し、ホークは武器もアイテムも使わないものとする。

 どちらかが降参(リザイン)するか時間切れ(タイムアップ)するまで勝負はつかない…。

 といった具合だ。

 立て札を読んでる間に決闘(デュエル)にも動きがあった。

 挑戦者の大柄な男が両手斧をホークなるプレイヤーに振り回す。

 だが、ホークは攻撃には転じずひたすらに躱し続けていた。

 

 ホーク「動きがノロいんじゃないかぁ?おぬし」

 

「くそぉ!ちょこまかと逃げくさりやがって!!」

 

 頭に血が上った男は先程よりも激しく振り回す。

 ホークはそれでも紙1枚の所で躱す。

 

 タクヤ(「あれじゃあいくらやっても当たんねぇな…。

 と言ってもこのまま何もしねぇんじゃ時間切れになるが…」)

 

 残り時間は僅か30秒。男も焦っているのか大振りになってきた。

 片やホークはいたって冷静だ。何かしら秘策があるのだろうか。

 

 ホーク「そろそろじゃな…」

 

「なっ!?消えたっ!!?」

 

 タクヤ「上だっ!!!」

 

 オレの掛け声と同時に挑戦者と観戦者が上を見上げた。

 そこには両腕に青白いエフェクトを纏わせながらゆっくり落ちてきているホークがいた。

 

 ホーク「おしまいじゃあぁぁっ!!!!」

 

 タクヤ「!!?」

 

 オレは目を疑った。そのエフェクトをオレは知っている。

 何度も使ってきた。そのオレが見間違う訳がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闘拳スキル"双竜拳”

 

 エフェクトが竜を象り挑戦者を一気に覆った。

 男のHPは一撃で半分近くまで削られ勝負がついた。

 

 ホーク「よっしゃぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」

 

 観戦者達は大いに盛り上がる。オレも内心興奮している。

 オレと同じ闘拳スキルを使う奴がいるとは思わなかった。

 

 ホーク「かっかっかっ!!たわいもないのぉ…。

 次やるモンはおらんかぁっ!!?」

 

 タクヤ「じゃあ、オレが…」

 

 ホーク「ここらじゃ見いひん顔じゃがどっから来たんじゃ?」

 

 タクヤ「40層からだ」

 

 ホーク「あーあの花ばっかの層じゃな。

 よし…今日の最後の相手はお前じゃあぁっ!!」

 

 ホークから決闘(デュエル)申請が飛んできた。

 もちろん初撃決着モードでだ。

 オレは迷う事なくYesボタンをクリックする。

 目の前には10カウントが現れる。

 

 ホーク「早く武器持たんかい…」

 

 タクヤ「いや…これでいい」

 

 ホークはしかめっ面をしながらこちらを睨みつけてくる。

 初対面の男が武器も何も装備しないで決闘(デュエル)とは自分が舐められていると思ったのだろう。

 だが、オレはそんな事思ってもないしこれがオレの本来の姿のだから仕方ない。

 

 3…2…1…

 

 ホーク「ふっ」

 

 ホークは先程とは打って変わって先手を取った。

 両拳に闘拳スキルを発動しオレに向かってくる。

 オレは右拳に力を入れ、カウンターを顎に向けて振り上げた。

 

 ホーク「!!?」

 

 タクヤ「まだまだぁっ!!」

 

 オレはホークがよろけた隙をつき、連打でホークを追い詰める。

 流石にホークもこのままやらせてくれる訳でもなくオレの拳に呼吸を合わせ、すかさずカウンターを叩き込む。

 

 タクヤ「ぐっ!!?」

 

 ホーク「うらぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ホークは闘拳スキル"双竜拳”を発動させ、オレに襲い掛かる。

 

 タクヤ「…待ってたぜ!!それを…!!」

 

 ホーク「!!」

 

 双竜拳には1つ大きな弱点がある。

 前からの攻撃や防御には強いのだが、両腕を前に突き出してしまっている為、横からの攻撃に弱いのだ。

 オレはその弱点をつき、ホークの横へとステップインする。

 そこでオレは初めて両拳に青白いエフェクトを発生させた。

 闘拳スキル"昇天突き”を発動させる。

 ホークの横腹を捉えたオレの突きはエフェクトを撒き散らしながらホークを貫いた。

 

 ホーク「がっ…」

 

 ホークのHPはイエローにまで一気に落ち、オレがこの決闘(デュエル)を制したのだった。

 

 タクヤ「大丈夫か?」

 

 ホーク「あぁ…。いやぁ参った!!

 まさか、闘拳スキルを使う奴がおるとはのぉ!!」

 

 タクヤ「オレも驚いてるよ」

 

 オレはホークの手を引っ張り上げ、そのまま握手をする。

 

 ホーク「ワシの名前はホークじゃ!!

 ここら辺を拠点にしとるプレイヤーじゃ!!」

 

 タクヤ「オレはタクヤ。

 スリーピング・ナイツってギルドに入ってる。よろしくな…」

 

 ホーク「スリーピング・ナイツ…!!

 お主…もしかして攻略組の拳闘士(グラディエーター)のタクヤとかっ!!?」

 

 タクヤ「あ、あぁ…てか、人前で二つ名はやめてくれ!

 あれ、嫌いなんだよ…」

 

 誰が付けたかも分からない二つ名は1人歩きしてどんどん噂がたっているとアルゴから聞いた事がある。

 やれ、目にも止まらない50連打とかやれ、素手でボスを倒したとか…こちらとしてもかなり不味いことになる。

 50連打なんてそもそも出来ないし、素手でボスには挑むがそれはパーティを組んでいる時だけだし尾ひれがつくにも程がある。

 

 ホーク「なんでじゃ?カッコイイじゃねぇか」

 

 タクヤ「オレはそうはおもってねぇんだよ…」

 

 ホーク「ふぅん…。まぁいい。

 明日もこの時間この場所でやっとるからまた来てくれ!

 次は負けんぞ!!」

 

 タクヤ「あぁ!次も勝つのはオレだけどな」

 

 オレはホークと別れ今度こそ47層のフローリアへと帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月04日 19時01分 第47層 フローリア マイホーム

 

 タクヤ「ただいまー…」

 

 ユウキ「タクヤ!!おかえり!!」

 

 玄関を開けた瞬間ユウキがオレの胸に飛びついてくる。

 

 シウネー「おかえりなさい。

 もうすぐ夕飯の準備出来ますからくつろいでいてください」

 

 タクヤ「あぁ。いつも悪いなシウネー」

 

 シウネー「いえ、好きでやってますから気にしないでください」

 

 シウネーは正直スリーピング・ナイツの中ではかなりの常識人だ。

 まるで絵に描いたような理想の女性である。

 

 ユウキ「…タクヤ。今何か変な事考えてないよね?」

 

 タクヤ「はぁ!?そ、そんな事考えてる訳ねぇじゃねぇか!!」

 

 ユウキ「それならいいんだけど…」

 

 ユウキの前では余計な雑念は考えない方がよさそうだ。

 特にこれといってやる事もなくダラダラとソファーにもたれ掛かっていた。

 ユウキも隣りで一緒にダラダラしている。

 程なくして夕飯が完成し全員で美味しく頂く。

 

 ジュン「そう言えば今日のヒースクリフ団長との攻略どうだった?」

 

 ジュンが骨付き肉を噛みちぎりながらオレに聞いてきた。

 

 タクヤ「攻略自体は順調だ。

 早くても明日には迷宮区のマッピングが終わると思う」

 

 タルケン「い、1日でそんなに進んだんですか…。凄いですね」

 

 タクヤ「ほとんどアイツがモンスターを寄せ付けなかったんだけどな。オレがいる意味があるのか聞きたい程にな」

 

 みんなにも見せてやりたかった。オレの影の薄さを…。

 

 テッチ「じゃあ、近々ボス戦なの?」

 

 タクヤ「ヒースクリフが決める事だから何とも言えねぇけど多分ボス部屋見つけて1週間以内にはやるんじゃないか?」

 

 ノリ「ひゃ〜!ようやくボス戦だねぇ…腕がなるよ!!」

 

 ジュン「また飲んだっくれて戦えませんでしたってなるなよな…」

 

 ノリ「大丈夫大丈夫!前日は樽1つで我慢するからさ!」

 

 ユウキ「我慢できてないよ?それ…」

 

 ノリには今度ちゃんと言い聞かせなくては攻略にも支障が出てきてしまう。

 オレが言わずともタルケンあたりが言ってくれそうだが。

 

 タクヤ「ご馳走様。美味しかったよシウネー…。

 悪いけどオレは先に休ませてもらうわ」

 

 シウネー「お粗末様です。お疲れ様でした」

 

 オレはリビングを後にして自室へと向かった。

 今日は慣れない事をした為か普段より疲れた。

 ベッドにダイブしてそのまま死んだように眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「ん…」

 

 何か手に柔らかい物を感じる。

 気のせいかと寝返りを打つとオレの体が急に重く感じた。

 流石に寝苦しく横目で確認してみるとユウキが馬乗りになって何やらしているようだ。

 

 ユウキ「今のうちに…」

 

 タクヤ「…何やってんだお前は」

 

 ユウキ「えっ!?起きちゃったの…ってわぁっ!!」

 

 ユウキは驚いた拍子に体勢を崩しそのままベッドに転がった。

 オレは時計を確認して見ると深夜の2時を回っていた。

 

 タクヤ「こんな夜中にどうしたんだ?」

 

 ユウキ「えっと…その…一緒に寝ようかなー…って」

 

 タクヤ「一緒に寝たいわりには馬乗りになってたみたいだけど?」

 

 ユウキ「もう…。最後まで言わせないでよ…」

 

 月明かりが窓から差し込みユウキの頬が赤くなっているのを確認した所である程度の察しがついた。

 

 タクヤ「…来いよ。相手してやるから」

 

 ユウキ「…優しくしてね」

 

 オレとユウキはそれから長い夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年 08月05日 12時30分 第72層 商店通り

 

 オレはまだ重たい瞼を擦りながら待ち合わせ場所へと向かっていた。

 あれから日が昇るまでユウキの相手をしていたせいですっかり寝不足になっている。

 

 タクヤ(「元気ありすぎだろ…あいつ。」)

 

 だが、それも今が充実しているからこその言葉であり、オレにとっても満更でもないのだ。

 まぁ、これからは自粛しないとなと流石に思っているが。

 

 タクヤ「…」

 

 オレは商店通りから少し外れて路地裏へと入る。

 ここから待ち合わせ場所までショートカット出来るがそこまで急ぐ理由もない。

 

 タクヤ「…来たな」

 

 オレは角という角をひたすら曲がり奥深くへと進んでいく。

 ある程度、歩く速度も上げていき次の角を曲がった所で足を止めた。

 すると、後ろから衝撃が加わる。

 オレは()()()()()は分かっていたので後ろを振り返る。

 

 タクヤ「お前誰だ?なんでオレをつけてきた?」

 

 目の前に尻餅をついている女性が1人…。

 商店通りを歩いている時から誰かの視線を感じていたオレは路地裏を使ってその犯人を特定する事を思いついたのだ。

 

「いたたた…。見つかっちゃったか〜。

 上手くやってたと思うんだけどな〜」

 

 女性は悪ぶる事もなく、無邪気な笑顔をオレに向ける。

 服についたホコリを取りながらゆっくりと立ち上がった。

 

 タクヤ「質問に応えてくれ」

 

「そんな恐い顔しないでよ〜。怪しい者とかじゃないからさ〜」

 

 タクヤ「人の事尾行しておいて信じろって言うのが無理な話だ…」

 

 ストレア「だよね〜…。私はストレア。

 ついてきたのはあなたに興味があるから!」

 

 タクヤ「…理由になってねぇような気がするがまぁいい。

 オレは先を急ぐから。じゃあな…」

 

 オレはストレアと名乗った女性をおいて転移門に向かおうとした。

 

 ストレア「待ってよ〜。言ったでしょ?興味があるって!

 私も連れて行って欲しいな」

 

 何を言い出すかと思えば…。

 特に悪意とかそういうものは持ち合わせていないからいいのだが…これは困った。

 

 タクヤ「悪いけどまた今度な。今日は用事が…ぐほっ!」

 

 ストレア「いいじゃんいいじゃん!!連れていってよ!!」

 

 タクヤ「ま、待って…!!締まってる締まってる…!!」

 

 ストレアから去ろうとすると首根っこを掴まれて静止させられた。

 手を離してもらうがこのまま連れて行く訳にもいかず、取れる行動は1つしかない。

 オレは全速力でストレアから去った。

 

 ストレア「あっ!逃げないでよ〜!!」

 

 そんな事言われてもオレにも用事がある訳であって聞き分けのない奴の相手などしていられない。

 だが、ストレアは諦めずオレを追ってきている。

 なかなかのスピードで距離が一向に開かない。

 

 タクヤ「オレに付いてこれるってアイツ何もんなんだよ!!?」

 

 それからしばらく街中を走り回ってストレアを撒こうと躍起になった。

 後ろを振り返るとストレアの姿はどこにも無く諦めたのかと思い、そのまま転移門へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒースクリフ「遅かったじゃないか…。どうしたのかね?」

 

 タクヤ「いや…ちょっと…ストーカーに…追われて…」

 

 集合時間には間に合ったものの呼吸は乱れまくりで肩で息をしている。

 

 ヒースクリフ「ストーカーか…。君の後ろにいるのがそうかい?」

 

 タクヤ「は?」

 

 ストレア「やっほ〜追いついたよ〜!」

 

 タクヤ「んなっ!!?な、なんで…!!?」

 

 なんと、ストレアはすぐ後ろにいてしかもオレとは違い呼吸も乱れておらず涼しい顔をして立っていた。

 

 ヒースクリフ「君は?」

 

 ストレア「私ストレアって言うの。

 タクヤに興味があって付いてきちゃった!」

 

 タクヤ「付いてきちゃったじゃねぇよ!!」

 

 ヒースクリフ「タクヤ君…。これはどういう事かな?」

 

 いきなりこんな奴を連れてくれば誰だって疑問に思うだろう。

 だが、1番疑問に思っているのはオレなのだ。

 ストレアは一体何を考えているんだ?

 とりあえずこうなった経緯をヒースクリフに話したがその間もストレアが後ろから連れてけ連れてけと言っている。

 もう帰りたいとすら思ってしまった。

 

 ヒースクリフ「ふむ…。

 大体の事情は分かったが、ここは最前線だ。

 素性も知れない者を一緒に連れていく事はできない…」

 

 ストレア「え〜!!大丈夫だよ〜。

 ちゃんと安全マージンも取ってあるしこう見えても強いんだよ?

 お願いだから連れてって〜!!」

 

 タクヤ「あのな〜…」

 

 ヒースクリフ「…はぁ、仕方あるまい。

 連れていくが足でまといになると判断すれば即帰ってもらうがよろしいかな?」

 

 ストレア「おっけ〜!わぁーい!タクヤと攻略だ〜!!」

 

 タクヤ「ホントに連れていくのかよっ!!…てか抱きつくな!!?」

 

 ヒースクリフ「さっきも言ったが無理だと判断したら転移結晶で帰ってもらえばいい。

 それに、私達も今日までにボス部屋までのマッピングを済まさなくてはいけないからね。今は時間が惜しい。…出発しよう」

 

 納得のいかないまま、オレとヒースクリフ…そして謎のプレイヤーストレアという奇妙なパーティで迷宮区を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月05日 15時11分 第72層 迷宮区

 

 オレ達は昨日までマッピングしておいた場所まで辿り着きマッピングの続きを開始した。

 ここまでの道のりは昨日と同様ヒースクリフの無双っぷりが炸裂していたが1番驚いたのはストレアの強さだ。

 ストレアは慣れた仕草で両手剣を自在に扱いモンスターを引き寄せなかった。こんなに実力を兼ね備えたプレイヤーが何故今まで人目を集めなかったのか不思議なでならない。

 攻略組に加えても充分に役に立つハズだ。

 

 ストレア「いっちょあがり〜」

 

 タクヤ「…すげぇ」

 

 ストレア「どう?私もなかなかやるでしょ…タクヤ」

 

 ヒースクリフ「驚いたな…。

 ぜひ、攻略組としてボス戦へ参加してもらいたいものだ」

 

 ヒースクリフが他人をそこまで評価するとは珍しい事だが、それだけストレアの実力がすごいと言っているようなものだ。

 

 ストレア「もうそろそろボス部屋に辿り着くんじゃないかな〜?」

 

 タクヤ「え?何でそんな事わかるんだよ?」

 

 ストレア「ん〜…女の勘?」

 

 ヒースクリフ「確かに、迷宮区の規模からすると残りは僅かだな…。」

 

 どうしてだろう。何故か違和感を感じる。

 それが何に対してなのかはわからないが何か…変だ。

 

 タクヤ「ストレアは今まで1人で行動しているのか?」

 

 ストレア「ん〜?そうだよ〜いつも1人でやってるよ〜」

 

 キリトでさえ70層超えた辺りからアスナやオレ達とパーティを組んでいるのにストレアはずっとソロで攻略していたのか。

 

 ヒースクリフ「む?…タクヤ君、ストレア君…。

 どうやら付いたようだぞ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 72層…ボス部屋だ」

 

 タクヤ「来たか…」

 

 ストレア「うわ〜おっきいね〜!」

 

 ボス部屋へと辿り着いたオレ達はしばらく休憩を挟んだ後ボス部屋の中を確認しようと言う事で話が纏まった。

 

 ストレア「タークヤ!!どうしたの?恐い顔して…」

 

 タクヤ「そりゃあ、ボス部屋の前だからな。緊張ぐらいするさ。

 ストレアは全然平気そうだな」

 

 ストレア「そう?あんまり緊張とかした事ないから分かんないけど…今は楽しいよ?タクヤと攻略出来てワクワクしてる!!」

 

 タクヤ「!!…そ、そうか。でも、気は抜くなよ」

 

 ストレア「りょうか〜い!」

 

 どこか間の抜けた返事だったがいざとなればオレとヒースクリフもいるし何とかなるハズだ。

 休憩を終えてオレとヒースクリフは転移結晶を手に持ちつつボス部屋の扉をゆっくり開けた。

 中から冷たい空気が流れてくる。中は暗くまだよく見えない。

 恐る恐る1歩ずつ中へと入っていく。

 

 タクヤ「…寒いな。気をつけろよストレア!」

 

 ストレア「わかってる。まかせておいて!!」

 

 ヒースクリフ「…!!上だ!!」

 

 瞬間、天井から何かが降ってきた。

 土煙を薙ぎ払い出てきたのは巨大なコウモリの姿をしたボスだった。

 

 ヒースクリフ「私が前に出る!

 2人はボスの行動パターンを観察してくれ!!」

 

 タクヤ「まかせろ!!」

 

 ストレア「ボスってこんなにでっかいんだ〜」

 

 ヒースクリフがボスに突撃をかけた。ボスも羽を羽ばたかせ竜巻を発生させる。ヒースクリフは持ち前の防御力で竜巻を防ぐが、

 やはりボスだけあってダメージが入ってしまっている。

 オレはストレアに待機を言い渡しヒースクリフの援護に回った。

 

 タクヤ「スイッチだ!!」

 

 呼びかけと同時に竜巻は消滅し前衛が入れ替わる。

 オレは闘拳スキルを発動させてボスに拳を浴びせた。

 だが、1度攻撃が入れば上空へと逃げてしまい連携が機能しなくなる。

 そして、すかさず竜巻攻撃。

 ヒースクリフの盾がなければオレ達は全滅してたなと思いながら試しに壁を使ってボスに迫ったがやはり高さが圧倒的に足りない。

 

 ヒースクリフ「なかなかやっかいだな。このボスは…」

 

 タクヤ「あぁ…!

 ヒットアンドアウェイで来るから攻撃が間に合わねぇ…。

 あの羽を叩き切ればどうってことないんだろうが…」

 

 ヒースクリフ「私達のHPが半分になるまで様子を見る。

 その間に出来るだけ情報を引き出すんだ!」

 

 タクヤ「了解っ!!」

 

 それから2時間が経過したが特に…行動パターンが変わることもなく5本あるHPバーのうち2本を削った所でボス部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月05日 18時25分 第72層 転移門前

 

 ヒースクリフ「今日で私とのパーティ期間は終了だ。

 これで皆も君の力の必要性がわかってくれるだろう

 では、またボス戦までの間失礼するよ…」

 

 そう言い残しヒースクリフは転移門でグランザムへと帰って行った。

 

 タクヤ「はぁ…疲れたぁ…。

 あのボス…意外にめんどくせェな…。どうにかならねぇもんか…」

 

 ストレア「ホントだよね〜。

 攻撃しようとしてもすぐ逃げちゃうし〜困ったね〜」

 

 タクヤ「って、お前もいつまでいるんだよ?オレも帰るぜ…」

 

 オレは転移門で40層のフローリアへと転移する。

 

 タクヤ「…」

 

 ストレア「…?」

 

 タクヤ「あの…何やってるんですかね?」

 

 転移しようとすると隣にひょっこりストレアも付いてきている。

 このままだとストレアと一緒に転移してしまうではないか。

 

 ストレア「言ったじゃん!タクヤに興味があるって!」

 

 タクヤ「いや、それは分かったけどホームまでついてくる気か!!?」

 

 ストレア「え〜ダメなの〜!いいでしょ〜?タクヤ〜」

 

 タクヤ「だぁぁぁ!!うるせぇな!!

 分かったよ…連れてけばいいんだろ!!

 …ちょっと待ってろ。ギルドのみんなに連絡するから」

 

 ストレア「へぇ〜…タクヤってギルドに入ってたんだ〜。

 知らなかったよ〜」

 

 タクヤ「?…オレのHPバーの下にギルドタグがあるじゃねぇか。気づかなかったのかよ?」

 

 ストレア「あっ!ホントだ〜!これがギルドタグなんだ〜…。

 初めて見たよ〜」

 

 ギルドタグを見た事ないとかあるのだろうか。

 最前線に挑んでいるプレイヤーはほぼギルドに所属しているものだが、キリトなんかは例外でソロでは流石に厳しいと思うが。

 

 タクヤ「よし…ストレア。行くぞ」

 

 ストレア「は〜い」

 

 こうしてオレとストレアは40層のフローリアへと転移し、マイホームへと目指して歩いて行った。

 この後、地獄がある事をオレ達はまだ夢にも思っていなかった。

 

 

 




どうだったでしょうか?
もう1人の闘拳スキル使いとストレアを出してみましたが
ストレアのお姉さんキャラが上手いこと表現出来ていないんじゃないかって思えてなりません。


では、また次回!


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【16】在るべき場所

という事で16話になります。
いよいよ本業が忙しくなっていき更新が3日に1回ペースになってしまってます。
ですが、更新は当たり前ですが続けていきます。
遅くても3日に1回のペースを維持していきますのでよろしくお願いします。

では、どうぞ!


 タクヤLv.98

 ユウキLv.90

 ジュンLv.87

 テッチLv.86

 タルケンLv.86

 ノリLv.85

 シウネーLv.85

 

 

 sideユウキ_

 

 

 2024年08月05日 18時25分 第47層 フローリア マイホーム

 

 ボクはリビングで自分で淹れたココアとクッキーに舌ずつみをうちながらタクヤの帰りを待っていた。

 今日1日はずっとマイホームでゴロゴロしていたボクは退屈すぎてクッキー焼いたり剣を磨いたりとしていたがそれもすぐに終わってしまい暇を持て余してる。

 

 ユウキ「タクヤ…まだかなー…」

 

 今いないボクの愛しき人は血盟騎士団団長さんと一緒に最前線の迷宮区でマッピング作業を進めている。

 それは何故かと言うとタクヤの前科に憤りを感じているプレイヤーがいるらしく、その人達にタクヤの必要性を分かってもらう為の処置だとアスナから聞かされた。

 ボクから言わせてもらえばタクヤは団長さんと並べる程の実力者なのだからそんな事しなくてもいいと思うのだが、事はそう簡単には進まないのが現実だ。

 タクヤが笑う棺桶(ラフィン・コフィン)に入って攻略組を2人殺している。

 殺されたプレイヤーはオレンジギルドにも所属し、悪事を働いていたのだが殺した事には変わりないとタクヤは言っていた。

 タクヤは責任感が強い為、どんな理由があろうとも自分のした事にはそれ相応の罰が必要だと語っていたのを覚えている。

 

 ユウキ「タクヤ…まだかなー…」

 

 本日何度目とも分からない一言を呟きながらココアを口に含む。

 甘くトロけるような舌触りがボクの口の中で広がり、雑念がかき消されていく。

 今日の夕飯は何を作ろうかと考えていた時、タクヤからメッセージが届いた。

 内容は今から帰るという事と誰かを連れてくるとの2つの伝言が簡潔に書かれていた。

 

 ユウキ「知り合いって…誰かな?」

 

 ボクはほとんどの時間をタクヤと一緒に行動していたがボクが知らない人って誰か予想出来ない。

 ボクに名前を伝えない所を見ると共通の知り合いではないから尚更だ。

 

 ユウキ「と、とりあえず夕飯の準備しなきゃ!」

 

 ボクは早速キッチンに向かい夕飯の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月05日 18時40分 第47層 フローリア

 

 ストレア「わぁ!すご〜い!お花だらけだね〜!」

 

 タクヤ「フローリアは花がメインの層だからな。

 フィールドを出ても植物型のモンスターしかいねぇし」

 

 オレとストレアは47層のフローリアの商店通りを歩きながら真っ直ぐマイホームへと向かっていた。

 ストレアは47層には初めて来たらしく色々な風景や街並みに目を奪われていた。

 

 タクヤ「ストレアは普段どこの層を拠点にしてるんだ?」

 

 ストレア「ん?よくわかんない」

 

 タクヤ「は?…拠点にしてる所がないのか?

 じゃあ、今までどこで何やってたんだよ?」

 

 ストレア「それがよく憶えてないんだよね〜。

 最近の事しか思い出せないんだよ〜」

 

 ますます意味が分からなくなってきた。

 オレに自分の事を話したくないのか単に本当に憶えてないんだろうか真実は闇の中だ。

 前者ならまだ分からないでもないが、後者だったとすれば1種の記憶喪失だという事になってしまう。

 自分の名前や戦い方以外はストレアに関する情報がまったく入ってこない。

 

 ストレア「あっ!あの丘の上のログハウスがタクヤの家なの?」

 

 タクヤ「え?あぁ…そうだ」

 

 ストレアの事を考えている間にもうマイホームへと着いていた。

 とりあえずみんなには知り合いを連れていくとメッセージを送ったが、まぁ…大丈夫だと思う。

 オレはドアノブに手をかけた瞬間、背筋がゾッとする感覚に襲われた。

 

 ストレア「どうしたの?」

 

 タクヤ「いや、ちょっと寒気が…」

 

 あの感覚が何なのかは分からないが一先ず中に入ろう。

 扉を開けるとテーブルの上には豪華な料理がずらりと並ばれていた。

 

 シウネー「あ、おかえりなさい」

 

 タクヤ「ただいま…。どうしたんだこれ?」

 

 シウネー「今日はタクヤさんがお客様を連れてくると言われてたのでユウキが頑張って作ってくれたんですよ。

 …そちらの方がそうですか?」

 

 タクヤ「あぁ。コイツはストレア。今日いきなりおしかけてパーティを組んでここに来たいって言うからそのまま連れてきちまった」

 

 ストレア「やっほ〜!ストレアだよ〜よろしくね〜」

 

 ストレアはシウネーに挨拶するや否や抱きついた。

 これ…みんなにもするからストレアなりの挨拶なんだろう。

 

 シウネー「ひゃっ!は、初めまして。私はシウネーと言います…」

 

 タクヤ「所で、ユウキや他のみんなは?」

 

 シウネー「あっはい…。みんなももうじき降りてくると思います。ユウキは先にお風呂に行ってます」

 

 ストレア「え!お風呂あるの?私も入りた〜い!

 ね〜いいでしょ〜」

 

 タクヤ「わ、分かったから抱きつくな!

 好きなだけ入ればいいだろっ!!」

 

 ストレア「やった〜!!じゃあ、早速行ってくるね〜!!」

 

 タクヤ「あっ!バカ…ユウキがまだ…って速ぇよっ!!?」

 

 オレの静止も聞かずストレアは風呂場へと掛けて行った。

 

 シウネー「な、なんだか…すごい人ですね…」

 

 タクヤ「今日1日振り回されっぱなしだよ…」

 

 シウネーが乾いた笑いを見せるがオレはため息しか出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 

 ユウキ「ふぁぁ…いいお湯…」

 

 ボクは料理も作り終わりちょっと疲れたので先にお風呂に入る事にした。

 疲れていた体がだんだん癒されていく感覚に包まれながらボクは天井を見上げていた。

 すると、奥からドタドタと走る足音が聞こえてくる。

 タクヤが帰ってきたのかと思ったが、足音は徐々に近づいてきている。

 

 ユウキ「え?何?」

 

 ボクは訳が分からず風呂場のドアに視線を移す。

 そこにガラス越しで誰かのシルエットが現れた。

 見る限り男性陣ではないようだが、シウネーやノリでもない。

 明らかに違うと断言出来る。

 何故なら、あの2人に無いものをシルエットの人は持っているからだ。

 

 ユウキ(「お、おっぱいがでかい…!!」)

 

 バストはどう見てもボクの数倍はあり、ウエストからヒップにかけても見事な曲線を描いている。

 テレビとかでよく見ていたモデルさんみたいだ。

 途端に自分の貧相な胸を見て落胆してしまった。

 あれぐらい大きければタクヤとも今よりやれる事が出来るだろうに…と考えていたが恥ずかしくなり頭の中から消去する。

 

 ユウキ(「でも…だとしたら誰かな…?」)

 

 この家にはカギを使わないと入れないし、タクヤ以外は基本1人で帰って来た。だとすればタクヤの知り合いという線が非常に高い。

 瞬間、ドアは勢いよく開けられシルエットの正体が全裸で現れた。

 

 ストレア「わぁ!結構でっかいね〜!!…ん?あなたは?」

 

 ユウキ「えっ!!?いや、こっちのセリフで…てかなんで入ってきてるんですか!!?」

 

 ストレア「え〜タクヤは入っていいって言ったよ〜!

 あっ!タクヤのギルドの人だよね?私はストレア。よろしく!」

 

 ユウキ「あ、ボクはユウキです。

 よろしく…じゃなくて早く閉めてくださいっ!!!!」

 

 ストレア「ユウキね!じゃあ一緒に入ろ〜?そ〜れ!!」

 

 ストレアはその場から風呂桶に飛び込んできた。

 いくら広いと言っても飛び込まれると流石に危ないし、お湯も流れてしまった。

 だが、ストレアにはそんな事は関係ないようだ。

 

 ストレア「ぷはぁ〜…気持ちいいね〜!!」

 

 ユウキ「ゲホッ…ゲホッ…。ストレアさん!!

 急に飛びこないでください!!」

 

 ストレア「ごめんごめん。…ふぁぁ…生き返る〜」

 

 少し変わった人だなと思ったストレアは体を浮かせ、楽な姿勢で風呂を堪能している。

 

 ユウキ「…」

 

 ストレア「どうしたの?私をじっと見て…」

 

 ユウキ「えっ!!いや、別に…」

 

 ストレアの大きな実が2つプカプカとお湯の上に浮いてしまっている。女のボクから見てもドキドキしてしまう光景だ。

 だが、それと同時にボクの絶壁はそんなのは幻想だと言わんばかりにボクに現実を叩きつけてくる。

 

 ユウキ「はぁ…不公平だ…」

 

 ストレア「?」

 

 ボクとストレアはしばらくお湯に浸かってから風呂から出る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「よっ!上がったか…」

 

 ボクとストレアさんが風呂から上がってきた頃には既に全員が席についている。

 ボクもタクヤの隣に座るとストレアさんも逆隣に腰掛けた。

 

 ストレア「どれも美味しそうだね〜!!いただきま〜す」

 

 スリーピング・ナイツ「「「いただきます」」」

 

 オレ達は各々好きな料理を小皿に移す。

 どれも手間がかかっていてとても美味しかった。

 

 ストレア「おいし〜い!!すごいよユウキ!!」

 

 ユウキ「そ、それほどでも…//」

 

 ストレア「タクヤ〜これも美味しいよ〜はいあ〜ん」

 

 ユウキ「!!?」

 

 タクヤ「なっ!!自分で食べれるからいいって!!」

 

 ストレア「いいからいいから!はいっ!!」

 

 タクヤ「んぐっ!!」

 

 ストレアはオレの口に無理矢理てり焼きチキンを入れてきた。

 確かに香ばしく程よいソースとマッチして非常に美味しかった。

 ただ、これが普段通りに食べれていたらもっと美味しかったハズだ。

 背後に何やら恐ろしい空気を醸し出しながらユウキが言った。

 

 ユウキ「…何してるの?タクヤ」

 

 タクヤ「えっ!?いや、待て!!これはストレアが勝手に…!!」

 

 ストレア「なになに〜?タクヤ、照れてるの〜?」

 

 タクヤ「一言余計じゃっ!!」

 

 ユウキ「ボクだってそんなのした事ないのに…。タクヤっ!!」

 

 タクヤ「はいっ!!!!」

 

 ユウキの呼びかけに予想以上に出た声で返事をする。

 絶対にやばい状況が待っている。

 下手したら死んでしまうかもしれない…。精神的な意味で…。

 

 ユウキ「は、はい…あ〜ん…」

 

 タクヤ「いや、自分で…」

 

 ユウキ「は?」

 

 タクヤ「いただきます!!」

 

 オレは口を開けてユウキからのあ〜んを受け入れる。

 確かに美味しいのだが素直に味わえない自分がいた。

 

 ユウキ「美味しい?」

 

 タクヤ「とても美味いです…」

 

 ストレア「むぅ〜!タクヤ!私のも食べて〜!!」

 

 ストレアも負けじと別の料理をオレに差し出してくる。

 

 ユウキ「むっ!!ストレアさんのはいいからボクのを食べてよ!!」

 

 ユウキもユウキで別の料理を突きつけてきた。

 

 タクヤ(「誰でもいい…!!助けてくれぇ!!!!」)

 

 他のみんなに目配らせをして助けを求めたが誰1人として助けようとする意思がないのか黙々と料理に舌ずつみを打っている。

 

 タクヤ(「なんでだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」)

 

 ストレア「ほら〜!!タクヤ〜!!」

 

 ユウキ「ボクのを食べるよね!!タクヤ!!」

 

 タクヤ(「もう…どうにでもしてくれ…」)

 

 オレはもう抗う気力が尽きた。

 やられるがままに料理を食べていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スリーピング・ナイツ「「「ご馳走様でした」」」

 

 ストレア「ごちそうさま〜!あぁ美味しかった!!」

 

 何とか地獄は乗り越えたオレはすぐさまソファーにもたれ掛かった。

 

 ユウキ「そう言えばストレアさんはこれからどうするの?」

 

 ストレア「ストレアでいいよ〜。よかったら泊めて欲しいな〜。

 って言うか私もギルドに入れてよ〜」

 

 スリーピング・ナイツ「「「えっ!!」」」

 

 タクヤ「…オレは良いけど最終的にリーダーのユウキが決めるから」

 

 ユウキ「えっ?も、もちろんボクも良いけど…ストレアはいいの?」

 

 ストレア「うん。ど〜せ行く所ないからさ〜…」

 

 行く所がない…か。

 ストレアの話を全て信じるなら彼女は今までたった1人でここまで戦ってきた。

 しかも、記憶も曖昧になってしまい頼れる人が周りにいないという現状に置かれていたストレアにはかなり不安に思ったハズだ。

 

 ユウキ「…ストレア。これからもよろしくね!!

 ここがストレアのお家だからね!!」

 

 ストレア「お家…?」

 

 タクヤ「あぁ。ギルドに入ったからにはもうストレアも仲間だ…。これからも頑張ろうぜ!」

 

 ストレア「仲間…?そっか…。うん!これからよろしくね!!」

 

 晴れてストレアはスリーピング・ナイツのメンバーとなりみんなとも次第に打ち解け合っていた。

 後日、ストレア用の個室をリフォームする為、エギルに連絡を取っていると…

 

 ストレア「私、タクヤと一緒に寝た〜い!!」

 

 ユウキ「そんなのダメに決まってるじゃん!!!!」

 

 などと言う正直言って不毛なやり取りを交わしている内に、じゃあ3人で寝るという事で勝手に解決してしまっていた。

 

 タクヤ「なんでだよっ!!?

 オレはソファーで寝るからストレアはオレの部屋使えばいいだろ!!!」

 

 ユウキ&ストレア「「え〜…」」

 

 タクヤ「え〜…じゃねぇよっ!!!!」

 

 2人は渋々であったが了承し、自室へと戻っていった。

 オレもみんなが行ったのを確認するとリビングの照明を消してブランケットをかぶり眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「ん?」

 

 オレはドアの開く微かな音で目が覚めた。閉じようとする瞼を擦りながらテラスへと視線を移す。

 テラスへのドアが開いていた為、誰か外にいるものだと思い、恐る恐る外を確認してみる。

 そこには、月明かりに照らされながら腰を掛けているストレアの姿があった。

 

 タクヤ「…どうしたんだ?」

 

 ストレア「あっ、タクヤ〜…ごめんね〜起こしちゃった?」

 

 タクヤ「いや、いいけどよ…眠れねぇのか?」

 

 ストレア「…最近夜寝ようとしたら恐い夢見ちゃってさ。

 なかなか寝付けないんだよね〜…」

 

 タクヤ「…」

 

 オレはストレアの横に腰を掛け、ストレージから酒とグラスを2つ取り出した。

 

 タクヤ「飲むか?」

 

 ストレア「じゃあ…貰おうかな」

 

 ストレアに酒を注いだグラスを差し出し、1口飲んだ。

 オレも自分のグラスに酒を注いで1口飲む。

 程よい酸味が口の中で広がり体を温かくしてくれた。

 

 ストレア「タクヤは…寝ないの?」

 

 タクヤ「そうだな…ストレアが眠たくなるまで付き合ってやるよ」

 

 ストレア「…優しいんだね。タクヤって…」

 

 タクヤ「オレはいつだって優しいんだよ」

 

 オレとストレアは2人で月明かりの下酒を交わしていた。

 1時間が経った頃ぐらいからストレアがうとうとし始めたので部屋で寝るように言った。

 

 ストレア「…ねぇ、タクヤ…」

 

 タクヤ「ん?」

 

 ストレア「私…怖いの…また、寝ちゃったら怖い夢を見ちゃうんじゃないかって…」

 

 タクヤ「…」

 

 オレは自分用のブランケットを2人を包むようにして上から被せる。

 多少大きめのものだった為、人2人入っても充分だった。

 

 タクヤ「仕方ないからいてやるよ。だから…安心して寝ろよ。

 オレがついてる。心配するな…」

 

 オレはストレアの肩を抱いて自分へと近付ける。

 ストレアも次第に睡魔に襲われて寝息をたて始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ストレア(「…あったかい。…これが…愛情…なのかな…」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 

 2024年08月06日 07時00分 第47層 フローリア マイホーム

 

 ユウキ「ふぁぁ…」

 

 サンサンと降り注ぐ光を全身で浴びながらボクは起き上がった。

 ゲームの中とは言えもう8月。

 アインクラッドの気象設定も現実世界と同じで夏真っ盛りだ。

 じんわりと汗が滲んでいた体が気持ち悪かったのでシャワーを浴びる事にした。

 冷たいシャワーで体と頭を叩き起し、体を拭いて朝食の準備に取り掛かる。

 キッチンに向かう途中でテラスのドアが開いているのに気づいた。

 

 ユウキ「誰かいるのかな?」

 

 テラスへ出てみるとタクヤとストレアが仲良く寝ていた。

 いや、ボクからしたら仲良く寝られると困ると言うか羨ましいと言うか…とりあえず2人を起こそうと近づいた。

 

 ユウキ「タクヤ!ストレア!起きて!!」

 

 タクヤ「ん…後5分…」

 

 ストレア「ん〜…あつい…」

 

 ユウキ「こうなったら最終手段だよっ!!」

 

 ボクはキッチンから中華鍋とお玉を両手に持ち、勢いよく中華鍋にお玉を打ち付けた。

 近所迷惑になりかねない程の音量を2人の側で鳴らすと耳を抑えながら飛び起きた。

 

 タクヤ「な、なんだ!!?火事か!!?地震か!!?」

 

 ストレア「うるさ〜い!!」

 

 ユウキ「やっと起きたね!!早く中に入ってよ!!」

 

 タクヤ「あ…ユウキ。おはよう…」

 

 ストレア「おはよ〜ユウキ〜」

 

 ユウキ「2人ともおはよう!

 …タクヤ、後でちょっといいかなぁ?」

 

 タクヤ「は、はい…!!」

 

 ストレア「?」

 

 2人をリビングへと入れて朝食作りに取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 

 2024年08月05日 09時00分 第47層 フローリア マイホーム

 

 朝食を食べ終わったオレ達は今日の活動について話し合っていた。

 

 シウネー「じゃあ今日はみんなでレベリング兼素材集めという事でよろしいですか?」

 

 ユウキ「おっけー!問題ないよ!ねっ?タクヤ!」

 

 タクヤ「そ…そうでふね…」

 

 オレは先程ユウキからのお説教を食らい頬が何倍にも腫れ上がった為、滑舌が上手いことならなかった。

 シウネーや他のみんなも状況を察してか何も言ってこなかった。

 

 ジュン「じゃあ、どこでレベリングするんだ?」

 

 テッチ「60層辺りとかは?比較的楽だけど…」

 

 ノリ「60層だとあんまし美味しくないんだよね〜…。

 ここは思い切って70層辺りを攻めるってのはどう?」

 

 タルケン「確かに、この人数でしたら70層クラスのモンスターが相手でもいけると思います。リーダー、どうでしょうか?」

 

 ユウキ「ボクは全然オッケーだよ!!

 じゃあ、71層にしようか?素材とかもいろいろあるし」

 

 ストレア「それじゃあそこへレッツゴー!!」

 

 オレ達は身支度をすませ71層へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月06日 10時30分 第71層 密林フィールド

 

 先日キリトとアスナに誘われてきた71層にオレ達はやって来ていた。

 とは言っても、ここは鉱石を採りに出向いた鉱山とは真逆の方角に位置し、現実世界のアマゾンなどを想像させる熱帯林だ。

 当然、モンスターの種類も異なる為気の抜けるような所はどこにもない。

 

 タクヤ「足場がすべりやすいから気を付けろよ」

 

 ユウキ「平気平気!心配しな…─」

 

 ベチャッとした音がした。

 大体平気とか言う者ほどすべりやすいとは言うが、ここまで綺麗にハマられると逆に称賛したいものだ。

 ユウキの手を引っ張り起こしながら先へと進む。

 ここに来てからまだ1時間ぐらいだが、ジュンとシウネーは1Lv上がっている。

 今の最前線が72層である事からかなり経験値は増えていくはずだ。

 しかも、この周辺はあまりプレイヤーが探索していない為もしかしたらレアアイテムなども見つけられるかもしれない。

 そういった好奇心を胸に秘めながらも警戒を怠らずにやらなければいけないのだ。

 

 タルケン「それにしても…なんだか蒸し暑いですね…」

 

 ノリ「あー…酒がのみたーい…」

 

 テッチ「行く前も飲んでなかったっけ?」

 

 ストレア「でも、確かに暑いね〜。そうだ!服脱いじゃお…」

 

 ユウキ&シウネー&ノリ「「「ダメぇぇぇぇぇっ!!!!」」」

 

 女性陣が総出になってストレアを止めた。

 こんな所で装備を外すのは自殺以外の何ものでもない…ちょっぴり残念に思った事は内緒にしておこう。

 

 ユウキ「タクヤ…?何考えてるの?」

 

 タクヤ「な、何も考えてないっ!!」

 

 最近ユウキのエスパーじみた読心術が怖いの一言に尽きる。

 もうユウキに隠し事は出来そうにないな。

 

 ストレア「だって〜暑いんだも〜ん」

 

 ノリ「だからって脱ぐ事ないでしょ!このおバカ!!」

 

 シウネー「一応ここには男性陣もいますから…」

 

 ストレア「え〜私は別にかまわないけどな〜」

 

 ユウキ「ダメ!!ゼッタイ!!」

 

 男性陣からすればなんて会話してるんだと思ってしまう。

 その証拠にもれなく全員顔が真っ赤だ。

 

 タクヤ「と、とりあえず…まだ早いけどここいらで休憩するか…」

 

 ジュン「そ、そうだな!ちょっと休憩しよう!そうしよう!」

 

 ストレアの爆弾発言を回避する為にも少し頭を冷やしたいオレ達男性陣は休憩を提案する。

 女性陣も了承して安全エリアを探し、そこで休憩を取る事にした。

 

 ユウキ「ダメだよストレア…。

 もうちょっと羞恥心ってものを考えなくちゃ!」

 

 シウネー&ノリ(「ユウキがそれを言うの?」)

 

 ストレア「は〜い。なんだかユウキってお母さんみたいだね〜」

 

 ユウキ「え?そ、そうかな…」

 

 ストレア「で、タクヤがお父さん!」

 

 タクヤ「お、オレ?」

 

 いきなりお父さんと言われても何と返したらいいのか分からない。

 オレそんなに老けて見えるのか?…違うか。

 

 ユウキ「タクヤがお父さんでボクがお母さん…」

 

 ストレア「うんうん!2人ともお似合いだもん!」

 

 タクヤ「はぁ…」

 

 これからもストレアに振り回されると思うと前途多難だとか考えていたらユウキは満更でもなさそうにしている。

 いや、オレも嬉しいけどね。なんていうか改めて言われると途端に恥ずかしくなるというか…とにかくアレですよ。

 そんな会話も程々にしてオレ達はレベリングを再開する事にした。

 

 ストレア「あれ〜?奥に何かあるよ〜」

 

 ストレアの指差す方に目をやると少し密林が開けた場所があった。

 中央には何か祭壇があり、何かのイベントかと思い先に進んでみる。

 

 ジュン「なんだこれ?」

 

 タルケン「どうやら祭壇のようですが…」

 

 タクヤ「試しに調べてみるか」

 

 オレは祭壇を触ったりして調べてみたが何かある訳でもなく、特にこれといったものは何も見つからなかった。

 

 シウネー「何かアイテムが必要なのでしょうか?」

 

 ユウキ「うーん…。必要なアイテムを持ってないからイベントが発生しないのかもしれないね」

 

 ノリ「まぁ、今はそんな重要じゃないって事だね」

 

 ストレア「…」

 

 タクヤ「どうした?ストレア」

 

 ストレア「えっ…ううん。何でもない…」

 

 特に何も起きない為オレ達はこの場を後にしてレベリングへと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 密林フィールドでは昆虫型や植物型のモンスターが大量発生しており、片っ端から倒していく。

 ユウキはその系統のモンスターは苦手なのでほとんどユウキ無しで進んでいく。8層の洞窟でのクエストを思い出すなぁ。

 

 ストレア「いや〜いっぱい倒したね〜私もレベルが上がったよ〜」

 

 ユウキ「へへ〜ん。ボクだってレベル上がったよー!」

 

 ストレア「じゃあ、どっちがレベル上げられるか勝負しようよ!

 負けないからね〜」

 

 ユウキ「いいよー!!ボクだって負けないからね!!

 ただでさえ他の所で負けてるのに…」

 

 ストレア「?…何か言った〜?」

 

 ユウキ「ううん!!別に!!あっモンスター!!いっただき〜!!」

 

 ストレア「あ〜!!ずる〜い!!」

 

 ユウキとストレアは2人でレベリング対決を始めてしまった。

 レベリングを始めて2時間が経った。

 みんなも順調にレベリング出来ている。

 シウネーもタルケンにレベルが追いつき満足気な顔をしていた。

 

 タクヤ(「そろそろみんなも疲れてきてるだろうし休憩挟んだ方がいいな…」)

 

 時刻は12時を回っており、疲労も見え始めていた。

 

 タクヤ「みんな、休憩挟んで…」

 

 オレがそう言おうとした時、突如地鳴りが発生した。

 

 タクヤ「みんな!伏せろっ!!」

 

 地鳴りは次第に強くなっていき、あちこちで地割れが起きていた。

 このままじゃ危険だと判断したオレはすぐさま全員に転移結晶で街に飛ぶように言った。

 

 ストレア「タクヤ!!私、転移結晶持ってないっ!!」

 

 タクヤ「!!…シウネー!!ストレアと一緒に転移してくれ!!」

 

 シウネー「わかりました!!ストレアさんこっちへ…!!」

 

 ストレア「ありがとうシウネー!!」

 

 ユウキ「タクヤ!!」

 

 タクヤ「慌てるな!!落ち着いて転移を…」

 

 地割れが一気にフィールドを巡りオレのいる場所もヒビ割れていく。

 転移しようとしたが、衝撃が強すぎて転移結晶を放してしまった。

 

 タクヤ(「やべっ…!!」)

 

 地割れは大きな穴を作り出し、オレはその穴に呑み込まれてしまった。

 

 ユウキ「タクヤ!!」

 

 ユウキが手を伸ばしてくれたがあと1歩届かずそのまま落下してしまった。

 

 タクヤ「うわぁぁぁぁぁぁぁっ」

 

 ユウキ「タクヤぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 ユウキの叫び声も次第に小さくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月06日 12時40分 第71層 ???

 

 頬を冷たい感触を受けたオレはゆっくりと目を覚ました。

 状況から察するにまだ生きてるようだがHPはレッドゾーンまで迫っており、ポーチからポーションを取り出し回復を計る。

 

 タクヤ「…ここは」

 

 辺りは何も見えず暗闇に覆われていた。

 灯りになりそうな物をストレージから探してみると野営用のランプを見つけたオレは実体化させ、火を灯す。

 

 タクヤ「久しぶりに穴に落ちたな…。さて…」

 

 試しに転移結晶を使おうとするが、効果は発揮されずどうやらここは結晶無効化エリアに当たるらしい。

 そんなエリアになっているという事は少なからず脱出方法が別に用意されているハズだ。

 火を周りに灯してみると1本の道が現れた。

 すぐ様行こうとすると上から何やら叫び声が響いてくる。

 

「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」

 

 タクヤ「ちょ…!えっ!あっ!」

 

 オレは思わずキャッチの体制に入り、2つの影を受け止めた。

 正確にはクッションになりダメージを減らしたのだ。

 

 タクヤ「いってぇ…」

 

 ユウキ「いたたた…」

 

 ストレア「う〜…」

 

 タクヤ「なっ!?ユウキ!!ストレア!!どうして…!!?」

 

 落ちてきた影はユウキとストレアだった。

 とりあえずポーションを2人に渡し、回復させてから事情を聞いた。

 

 ユウキ「だって!タクヤが心配だったんだもん!!」

 

 ストレア「私も!!」

 

 タクヤ「だからって考えなしに飛び込んで来るんじゃねぇ!

 死んじまったらどうするんだ!!」

 

 ユウキ「そこはタクヤがキャッチしてくれるって信じてたから!!」

 

 なんとも大胆な事を思いついたなと感心してしまう。

 そんな保証どこにもなかろうに。

 

 ストレア「いや〜それにしても暗いね〜。

 どこまで落ちてきたんだろ?」

 

 タクヤ「多分、100mくらいだな…。他のみんなはどうした?」

 

 ユウキ「みんなにはタクヤを連れて帰るから先に行ってって言っておいた!」

 

 タクヤ「はぁ…また、みんなに心配かけちまうな…」

 

 ストレア「とりあえず、まずは出口を探さなきゃだね!」

 

 ここでじっとしていても仕方ないのでオレ達はどこに繋がっているか分からない道へと進む事にした。

 しばらく歩いているが道が別れる事もなく、ましてや出口に向かっているという感覚も感じられずただひたすらに歩き続けた。

 

 ユウキ「どこまで繋がってるんだろうね?」

 

 タクヤ「71層にこんな地下通路があるなんて聞いた事ないけどな」

 

 ストレア「進めば何かあるよ〜」

 

 本当に何かあるのかは分からないが進む以外の選択肢がない為、オレ達は歩き続ける。

 すると、奥の方で光が見えてきた。

 

 ストレア「もしかして出口じゃない?」

 

 ユウキ「よーし!行ってみよう!!」

 

 タクヤ「あっ!!油断するんじゃねぇぞ!!」

 

 光を目指してユウキとストレアの後を追う。

 だんだんと光が強くなっていき、やがて白い空間へと着いた。

 特に何がある訳でもなく、中央に黒い大理石を思わせるような物が置いてあるだけだ。

 

 ストレア「何だろこれ?」

 

 タクヤ「迂闊に触るなよ!何かのトラップかも知れねぇ…」

 

 恐る恐る近づいてみると石の上には何やらキーボードのようなものが並べれている。

 

 タクヤ(「これは…もしかして…()()()()()じゃないのか!?」)

 

 コンソールとは運営側が用意したゲーム内からシステム等を設定したり出来るものだ。使うには対応のカードキーが必要になる。

 

 ユウキ「…どう?タクヤ」

 

 タクヤ「おそらくだが…これはコンソールかも知れない…」

 

 ストレア「コンソール?」

 

 タクヤ「あぁ。GMがゲーム内からシステムに干渉できるものだ。でも、何でこんな所にあるんだ?…待てよ。もしかしたら…」

 

 オレはおもむろにキーボードをタップしてみるとコンソールは奇怪な音を発しながら起動した。

 

 タクヤ「…」

 

 起動したとなればもしかしたらだがこの世界にプレイヤーを今すぐにでもログアウトさせられるかもしれない。

 オレは全神経をコンソールに集中させ操作する。

 何故だろうか。このコンソールの使い方が手に取るようなわかる。

 もしかしたらもしかするぞ。

 

 ストレア「すご〜い…。どんどん画面が出てくるよ…」

 

 ユウキ「タクヤ…今、何してるの?

 ボクにはもう訳がわからないよ…」

 

 タクヤ「今やってるのはこのゲームの設定を変更出来るかどうか調べている。それさえ出来たらみんなログアウト出来るからな」

 

 ユウキ「ログアウトっ!!?そんな事出来るの!!?」

 

 タクヤ「あくまで可能性の域を出ない…。

 でも、何かしらの情報はあるハズだ。」

 

 キーボードをタップする速度がどんどん加速していくのを感じる。

 ここまで来て手土産1つないと後味が悪すぎる。

 さらに奥へと侵入してみるがそれらしいものは何も見つからなかった。

 

 タクヤ「くそっ!ダメか…」

 

 ストレア「ログアウト出来ないの?」

 

 タクヤ「…そういう類のはなかった。…すまねぇ」

 

 ユウキ「タクヤが謝る事じゃないよ!

 元々あるかどうかも分からなかったんだから…」

 

 タクヤ「あぁ…。でも、何かしらの情報を引き出せたらこの先の攻略にも使えるかもしれねぇ…」

 

 再度、キーボードをタップしそれらしいものがないか隈無く調べる。

 すると、フォルダの1つにカーディナルと名付けられたものがあった。

 そのフォルダをクリックしてみるとそこにはカーディナルの仕組みや機能などが記載されていた。

 

 タクヤ「これは…カーディナルシステムの情報か…。

 あのクソヤロー…こんなもん作りやがって…!!」

 

 茅場晶彦という男の凄さがこんな所で分からせられるとは思わなかった。

 カーディナルはその性質上、人間の手を借りる事なく様々なクエストの作成やモンスターのパラメータのバランス…最終的にはプレイヤーのメンタルチェックまで全てを行っているようだ。

 こんなモンを本当に人間の手で作れるのかと思いたくなるような内容だった。

 その中でオレが目についたのは、プレイヤーのメンタルチェックというものだった。

 内容としてはプレイヤーが一定以上の感情の起伏が見られた際にそのプレイヤーの元へカウンセリングプログラムを積んだAIが現れたメンタルを回復させるというものだった。

 だが、このプログラムは他のものとは違い、まだ実用段階ではないらしい。その証拠にまだ1度もそれが行われた形跡がないのだ。

 瞬間、オレの頭の中で疑問が生じた。

 

 タクヤ「…」

 

 ストレア「今度はどうしたの?」

 

 タクヤ「ユウキ…ストレア…。

 お前達…SAOに囚われたって聞いた時なんて思った?」

 

 ユウキ「え?…そりゃあ、すごく悲しくなったし、怒りもしたかなぁ?」

 

 ストレア「私はその時の記憶はあんまりないかな〜…」

 

 ストレアはともかくユウキはそう感じたらしい。

 オレもそうと知った時、怒りもしたし憎んだりもした。

 つまり、()()()()()()()()()()()だったのだ。

 なら何故、このプログラムは起動していないのか。

 もしくは起動していないのではなく()()()()()()()()()()()()()()()…。

 いわゆる負の感情が囚われた事実を知った時にプログラムが処理出来ない程の量でエラーが出ているのではないか…。

 だとしたらそのプログラムはどうなるのだろうか。

 カーディナルによって削除される?

 いや、起動出来ていないんじゃいくらカーディナルと言ってもそれは不可能だ。

 なら、一体どうなって…。

 

【あっ!ホントだ〜!これがギルドタグなんだ〜…。

 初めて見たよ〜】

 

【私…怖いの…また、寝ちゃったら怖い夢を見ちゃうんじゃないかって…】

 

 そんな事…ある訳ない。

 あったとしてもそれは可能性の話だ。

 だが、もし…もし、オレの考えてる事だとしたら…。

 

 ストレア「タクヤ…怖い顔になってるよ…」

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキ「タクヤ?」

 

 オレはキーボードを操作してメンタルチェックの部分にカーソルを合わせた。

 正式名称はMHCP(メンタルヘルスカウンセリングプログラム)

 そのプログラムには2つの試作型が用意されていた。

 1つはMHCP001コードネーム"Yui”…。

 そしてもう1つは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 MHCP002コードネーム"Strea”

 

 




どうだったでしょうか?
少し早い気がしたんですがストレアの正体を暴いてしまいました。
もう少し伸ばすのもアリかなとは思ったんですが、ここで明かすというのも先の展開次第でいいのかなと思いましたのでそうしました。
受け入れられるかはわかりませんがよろしくお願いします。

では、次回!


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【17】別れの先の約束

という事で17話です。
ここまで来ると長いですねー。
かれこれ1ヶ月経ちましたよ。
これからもよろしくお願いしますね。

では、どうぞ!


 タクヤLv.98

 ユウキLv.93

 ストレアLv.92

 ジュンLv.91

 テッチLv.90

 タルケンLv.90

 ノリLv.90

 シウネーLv.90

 

 

 2024年08月06日 13時10分 第71層 ???

 

 ユウキ「これって…」

 

 タクヤ「…」

 

 操作していたコンソールの画面にはMHCP002コードネーム"Strea”と記載されていた。

 つまり、これが示しているのはオレ達と一緒にいるストレアがプレイヤーではなくAIだという事だ。

 

 ストレア「…」

 

 ストレアは何も言わずコンソールに触れる。

 すると、コンソールが輝き始め、ストレアを包んでいく。

 

 タクヤ「…ストレア。やっぱりお前は…」

 

 ストレア「…ごめんね。騙すような事しちゃって…。

 全部…思い出したよ…」

 

 ユウキ「ストレア…」

 

 ストレア「そんな悲しい顔をしないでユウキ…。

 ユウキは笑った顔が1番可愛いから…」

 

 タクヤ「ストレア…どうして今の状況になってるのかは…」

 

 ストレア「うん…。多分タクヤが考えてる通りだと思うよ?

 私はこのゲームが開始されてからずっとプレイヤー達のメンタルチェックを行っていたの…。

 みんな、好奇心や喜びっていう感情に満ち溢れていて私も楽しそうだなぁって思いながら見てたの…。

 でも、ソードアートオンラインがデスゲームになってからプレイヤー達は瞬く間に負の感情に支配されていった。

 私もみんなの力になりたいと思ってプレイヤー達の所へ行こうとしたんだけど…突然、カーディナルからプレイヤーとの接触を禁止されて私はただ見てる事しか出来なかった…」

 

 大方オレの考えていた通りだったが、実際に聞くと終わりのない悪夢を見せられているようで気分は最悪だ。

 ストレアはこの苦しみをたった1人で抱え込んでいたのか。

 

 ストレア「そして…長い間負の感情を蓄積していった私は徐々に壊れていったの…。」

 

 ユウキ「そんな…!」

 

 誰であってもこの苦しみには敵わない。

 例え、AIでも同じ事だ。

 処理し切れなければ許容量なんてすぐに限界がきてしまう。

 

 ストレア「そんな時、あるプレイヤーに私の心はつき動かされた…。

 その人達はこの世界を純粋に生きていたの。

 負の感情に囚われず、自分の心をさらけ出して生きていた…。

 それが…タクヤとユウキ…あなた達だよ…」

 

 タクヤ「オレ達が…?」

 

 ストレア「うん…。でも、タクヤはある時からどんな人よりも深い悲しみを背負っていたよね?

 多分、あなたの中の()()1()()()()()()が起きちゃったせいでもあるけど…」

 

 タクヤ「!!?ストレアはオレの修羅スキルを言ってるのか?」

 

 確かに、オレの修羅スキルにはもう1つのオレの人格が宿っている。だが、それをストレアに話した事は1度もない。

 

 ストレア「知ってるよ…。

 だって、私達の弟に当たるんだもん」

 

 タクヤ「はぁっ!!?」

 

 ユウキ「お、弟!!?」

 

 シュラ『おいっ!!出しやがれっ!!!』

 

 すると、修羅スキルが勝手に発動してしまい、シュラと人格が入れ替わってしまった。

 

 シュラ「ゴラァっ!!誰が弟だ!!

 テキトーな事言いやがってっ!!」

 

 ストレア「あっ、弟ちゃん。聞いてたの?」

 

 シュラ「だから、弟ちゃんはやめろって言ってんだろォがっ!!

 テメェしばき倒されてぇのかっ!!!!」

 

 ユウキ「ちょ、ちょっと!シュラ!!タクヤはどうしたの!!?」

 

 シュラ「テメェは黙ってろクソチビ!!

 オレ様は今のコイツと話してんだよっ!!」

 

 心の中で見ていたが何とも傍から見たら馬鹿らしいの一言に尽きるな。

 これ以上話を脱線させる訳にもいかないので人格を交代させる。

 

 タクヤ『話進まねぇからとりあえず代われ』

 

 シュラ「あっ!テメ…!!この…!!」

 

 タクヤ「…続きを話してくれ。ストレア…」

 

 人格を元に戻してストレアに話の続きを話してもらう。

 

 ストレア「修羅スキルって言うのは茅場晶彦が作ったプログラムじゃないんだよ…」

 

 ユウキ「どういう事?」

 

 ストレア「それはこのゲームが()()()()()()()()()()にカーディナルが独自に組み立てたの…。

 だから、私達より後に生まれたから弟ちゃんって訳。

 これについてはタクヤのお兄さんの茅場晶彦も分からないイレギュラーなんだよ」

 

 タクヤ「なるほど…そういう事だったのか…ん?

 ストレア…なんで、オレが茅場晶彦の弟だって…」

 

 ストレア「当然知ってるよ…。

 茅場晶彦がタクヤに送ったナーヴギアには他のものと違って私達を感知できるプログラムが組まれてるからね。

 それを私達にも伝わってるって訳…。

 つまり、私達のお父さんが茅場晶彦だからタクヤは私達の叔父さんになる訳だ。おもしろ〜い」

 

 全くもって面白くないし、オレのナーヴギアにそんなプログラムが組まれていようとは微塵も思わないじゃないか。

 それに、そのプログラムを組み込んで何をさせようとしているのかも分からない。

 

 ユウキ「えーと…どういう事?」

 

 ストレア「簡単に言っちゃうとタクヤの情報や位置は常に把握できるって事だよ!

 タクヤがどこで何してようがその全てがわかるんだよ。」

 

 タクヤ「それってつまり…」

 

 ユウキとのあんな事やそんな事とか他の奴らには言われたくない見られたくないものまで知ってるという事ですか?

 オレの人権は一体いずこへ…。

 

 ユウキ「すごいね!

 今度からタクヤを見つける時にはストレアに手伝って貰おうかなぁ…」

 

 ストレア「…」

 

 ユウキ「どうしたの…?」

 

 ストレア「…ごめんね。もう…みんなとは一緒にいられないの…」

 

 タクヤ&ユウキ「「!!?」」

 

 ストレアは顔を下げ、涙を両目から溢れ出していた。

 

 ストレア「…このコンソールは直接カーディナルに繋がってるから私が触れた事でイレギュラーが見つかって直に消去されるの…」

 

 タクヤ「な、なんで…!!」

 

 ユウキ「嫌だよ!!消えないでストレア!!」

 

 ストレア「ごめんね…ユウキ、タクヤ…。

 私はいつか2人に会いたいってずっと思ってたの…。

 こんなにいろんな感情を持ち合わせいる人達ってどんなだろうって…。

 私はタクヤに愛情を感じた…。ユウキには友情を感じた…。

 こんなに気持ちが晴れたのは初めてだよ!

 だから、もう…悔いはないんだ…」

 

 すると、ストレアの体が半透明になり、光がチラホラとストレアから昇っている。

 

 ユウキ「ダメだよ!!まだボク達友達になったばかりじゃないか!!

 これからだって一緒に楽しい事していこうって…だから…!!」

 

 タクヤ「消えるな!!ストレア!!オレもまだ一緒にいてぇよ!!」

 

 だが、無慈悲にもストレアの体は徐々に消え始めていた。

 何かストレアが消えずに済む方法がないかコンソールを操作して探そうとするのをストレアが優しく止めた。

 

 ストレア「ありがとう…タクヤ…ユウキ…。

 私がプログラムであっても仲間として…家族として見てくれてとても嬉しかったよ…!」

 

 タクヤ「ストレア…」

 

 またオレは目の前の仲間を助ける事が出来ないのか…?

 あれほど誓っておいてただの偽善者じゃないか。

 

 ユウキ「ストレアぁ…」

 

 ストレア「私はいつもあなた達の心の中にいるよ…。

 だから、泣かないで…。

 私も…プログラムなのに…涙が出ちゃうよ…。」

 

 ユウキ「…うん。泣かない。…笑うから。ストレア…」

 

 タクヤ「…」

 

 ストレア「タクヤ…。あなたにはまだやる事があるハズだよ…?

 この世界からユウキやみんなを守ってあげてね…。

 私も心の中で応援してるから…。」

 

 タクヤ「…約束する。

 絶対にみんなを…この世界から救うって…オレの命にかえてもやり遂げる…!

 ストレアも見ててくれ…オレの…オレ達の生き様を…!!」

 

 ストレア「うん…!ちゃんと見てるね…。

 ありがとう…バイバイ…」

 

 光が瞬間的に輝きを増し、ストレアの姿は光の粒子となって消えていった。

 

 ユウキ「バイバイ…ストレア…」

 

 タクヤ「オレ達の心の中にいる…か…」

 

 瞬間にオレはある事を思いついた。

 すぐ様それを実行する為、コンソールを操作する。

 

 ユウキ「タクヤ?」

 

 タクヤ「オレのナーヴギアのローカルメモリにストレアのデータを移す!!

 それが出来たらストレアが消去されることも無くなる…!!

 助けられる…!!そうそうに諦めてたまるかよっ!!」

 

 先程まで開いていた画面からさらに奥へと潜り、ストレアのデータを回線を通じてオレのナーヴギアに転送させる手段を探す。

 急がなければストレアのデータが完全に消されてしまいかねない。

 キーボードをタップする速度がみるみる上がっていくのを感じる。

 

 タクヤ「これで…!!」

 

 最後の入力を終えた瞬間、コンソールから衝撃が襲ってきた。

 オレは出入口まで飛ばされ、ユウキが心配してオレに駆け寄ってくれる。

 

 ユウキ「大丈夫!?タクヤ…!!」

 

 タクヤ「あぁ…なんとか無事だ…」

 

 ユウキ「それで…成功したの…?」

 

 タクヤ「…」

 

 オレはユウキの目の前で掌にあるアイテムを見せた。

 アメジストが小さく輝いたそのアイテムをユウキに渡す。

 

 タクヤ「間一髪だったぜ…。

 ストレアのデータはオレのナーヴギアに保存されてるからもう安心だ。証拠がこの石だ…。ストレアの…心だ…。」

 

 ユウキ「タクヤ…。これがストレアなんだね…。

 よかったぁ…ストレアは無事なんだね…よかったぁ…」

 

 ユウキはストレアの心を強く握りしめ、涙を浮かばせながら安堵している。

 後は、現実に帰ってストレアを展開できる環境を作ればまた再開出来るハズだ。

 自由奔放で無邪気でまるで少女のようなオレ達の仲間に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月13日 13時00分 第55層 グランザム 血盟騎士団ギルド

 

 ストレアとの別れから1週間が経った。

 後で脱出したオレとユウキから他のメンバーにストレアの事情を話した。

 みんな突然の別れに困惑していたようだが、また会えるという確信じみたものを胸に秘め、ゲームクリアへと勢いを増した。

 そして、1週間経った今日攻略組が血盟騎士団ギルドに集められいよいよ72層の攻略会議が開かれようとしていた。

 

 アスナ「みなさん。今日は来てくれてありがとう。

 これから72層のボス攻略会議を始めます。

 ボスの名前は【ザ・スカイバンデット】。

 行動パターンとして上空で旋回しながら竜巻攻撃をしてきます。

 この時、ボスは地上近くまで降りてきます。

 さらに、イエローゾーンまで落ちると滑空しながら噛みつき攻撃と足蹴りを使ってきますので注意してください。

 これは血盟騎士団のヒースクリフ団長とスリーピング・ナイツのタクヤ君がボス部屋に入った時のものです」

 

 ヒースクリフとオレの名前が出た瞬間、会議は一気にざわめき始めた。

 ヒースクリフは今までに団長自らが偵察に出向いてないのに対し、オレの場合は元笑う棺桶(ラフィン・コフィン)というのがあって騒がられているのだろう。

 別に気にする事ではないが隣に座っているユウキが不機嫌な顔をしている。

 

「その情報は間違いないんですか?」

 

 アスナ「…どういう意味です?」

 

「だって、偵察を行ったのは殺人鬼なんでしょう?

 ヒースクリフ団長はともかくとしてそんな奴の言った事を全部信じる訳にもいかないなぁ…」

 

 ユウキ「タクヤが嘘をついてるって言いたいのっ!!?

 そんなの言いがかりだよ!!」

 

 タクヤ「落ち着けユウキ…!!

 …オレの言った事が信用出来ないならそれでいい。

 だが、偵察にはヒースクリフも付いてきているんだ…。

 アイツの言う事だけは聞いてくれ…」

 

 男は返事をする事なく、面白くないといった顔をしている。

 

 アスナ「…それで編成ですが、竜巻攻撃は10秒ほど持続するのでタンクを最低でも20人は必要になります。

 各ギルドのタンクは後ほどシュミットの所へ集まってください…。人数が足りなければ他のメンバーにも声をかけてください。

 主にダメージディーラーに専属のタンクを3人につけてのアタックとなります。

 前衛と後衛にもタンクは必ず配置についていてください…。

 ここまで何か質問がありますか?」

 

 アスナが聞くと静かに先程の男が手を挙げる。

 

 アスナ「どうぞ」

 

「えー…これは質問と言うより提案なんですが、スリーピングナイツのタクヤさんに是非、タンクに入って頂きたいと思っています。」

 

 アスナ「…理由は?」

 

「タンクと言っても攻撃を防ぐだけではダメだと思うんですよ。

 なら、攻撃を防ぎつつボスにダメージを与えられればこの先の攻略にも弾みがつくと思うのですが、どうでしょう…?」

 

 ユウキ「それってつまり、タクヤにタンクとダメージディーラーの両方をやれって言うの?」

 

「まぁ、ぶっちゃければそうなりますね…。

 でも、大丈夫でしょ?

 それよりも辛い経験がお有りでしょうから…」

 

 ユウキが拳を握っている。

 この時のユウキは本気で怒っている証拠だ。

 騒ぎを起こす前に沈めねぇと…。

 

 タクヤ「ユウキ…落ち着けって…」

 

 ユウキ「タクヤだけなんでそんなに役割を押し付けるの!!

 タクヤにだって出来る事と出来ない事があるんだよ!!

 あなたには両方出来るって言うのっ!!?」

 

「いやいや…私には無理ですよ。

 でも、タクヤさんは攻略組でもトップの実力者であらせられる。

 私のような凡人なんて目じゃないでしょう?

 下手されたらボスと一緒に殺されかねない…」

 

 煽ってきた男を中心にクスクスとほくそ笑んでいる。

 本来なら今ここでねじ伏せるが自分がやってしまった事の罪悪感で手を出せずにいた。

 元より攻略組に戻る上でこうなる事は覚悟はしていた。

 オレに憤りを感じているプレイヤーがいると知らされた上でオレはここに戻ってきたのだから…。

 だが、それはオレが思っている事でオレの隣にいるユウキはそうは感じていないようだ。

 

 ユウキ「お前っ!!叩き斬って…!!」

 

 アスナ「やめてユウキ!!」

 

 ユウキ「アスナ!!なんで止めるの!!?コイツはタクヤを…!!!」

 

 アスナ「今は仲間内で争っている場合じゃないの!!

 だから退いて…ユウキ!!」

 

 アスナが懸命にユウキを止めてくれたお陰でなんとかユウキも落ち着きを取り戻しつつあった。

 だが、男は畳み掛けるかのようにさらなる批判を言ってくる。

 

「はぁ…こんな野蛮な人が攻略組にいるとは思いませんでしたよ…。あぁ!殺人鬼がいるからこうなるのかな?」

 

 ユウキ「このっ…!!」

 

 瞬間、男は椅子から盛大に転げ落ちた。

 一瞬の出来事だった為、ユウキやオレにも何が起きたか分からない。

 だが、倒れた男のすぐ側には全身を黒で覆った少年が男を見下ろしていた。

 

「な、何するんだ!貴様ッ!!」

 

 キリト「それはこっちのセリフだ。

 ベラベラと言いたい事言いやがって…。

 お前がタクヤに何か文句をつける筋合いがあるのか?

 お前が呑気に生きていた間にタクヤは見ず知らずのお前達を守ってたんだぞ!!感謝こそすれ批判を受ける謂れはないんだ!!

 次、何か言ったらオレがお前を殺す…。いいな?」

 

 最後の方は聞き取れなかったが男は顔をひきつらせて頷いていた。

 キリトも席に戻り、アスナに会議を続けるよう促す。

 呆気に取られていたアスナも正気に戻り、会議を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスナ「以上で会議は終了します。

 ボス戦は明後日の12時に72層の転移門前に集合とします。

 お疲れ様でした…」

 

 アスナの終わりの挨拶を言ったのを皮切りに次々と部屋を後にして行った。

 残ったのはオレ達スリーピング・ナイツとキリト、アスナにクライン率いる風林火山とエギルであった。

 

 クライン「なんだあのヤロー!!

 ふざけた事ばっかぬかしやがって!!」

 

 エギル「まったくだ。…あんなのは気にするな、タクヤ」

 

 タクヤ「…あぁ。わかってる」

 

 シュラ『どいつもこいつも辛気臭ェ顔しやがって!!

 気に入らねーならぶっ飛ばせばいいんだ!!』

 

 タクヤ「それが出来ないからこうなってんだろ?

 少しは頭使えよ…オレみたいに」

 

 シュラ『普段から蚊ほども使ってねぇテメェがエラソーに説教してんじゃねぇよっ!!このボンクラがっ!!』

 

 タクヤ「誰がボンクラだコラ!!

 ボンクラ言った方がボンクラなんですー!!」

 

 アスナ「…何さっきから独り言言ってるの?」

 

 タクヤ「あ…」

 

 シュラと話していたせいで頭がちょっとやばい認定をされそうになるがそこは普段から頭を使っているオレが上手く対処する。

 まぁ、傍から見ればただの独り言だからみんながそう思うのも仕方ない。

 

 キリト「…とにかく、明後日のボス戦は頑張ろう。

 ダメージディーラーは主にオレとタクヤ、ユウキにアスナ…そして、ヒースクリフか…」

 

 タクヤ「アイツならダメージディーラーとタンク両方出来そうだけどな…。てか、普段からしてるようなもんか」

 

 ユウキ「でも、本当にいいの?

 ダメージディーラーとタンクを両方するって言って…」

 

 オレはあの男の提案通りダメージディーラーとタンクの両方を兼任する事でその場を収めた。

 やった事はないが後でテッチにタンクのコツなどを学べば大丈夫だと考えている。

 

 タクヤ「いいよ。タンクのコツはテッチに聞くし、エギルも出来るだけフォローしてくれるって言ってくれてるからな。

 まぁ、タンク隊の株を取るような事がないといいけどな!

 テッチ、後でよろしくな」

 

 テッチ「まかせておいてよ」

 

 エギル「ったく…。心強いこったな」

 

 クライン「オレも出来る限りやるからよ!!

 大船に乗ったつもりでいろよな!!」

 

 キリト「泥船の間違いじゃないのか…?」

 

 クライン「んだとぉ!!キリトこの野郎っ!!」

 

 まったく…ボス戦前だというのにこの緊張感の無さはどうしたものだろうか。

 だが、緊張しすぎて変に力むよりはまだマシだな。

 

 シウネー「スリーピング・ナイツ全員でタクヤさんをフォローしますから安心してくださいね!!」

 

 ジュン「おぉよ!僕達にまかせとけ!!」

 

 タクヤ「あぁ。頼りにしてるよ!

 …ユウキも。いつまでもそんな顔しないでくれよ」

 

 ユウキ「だって、タクヤばっかりこんな辛い思いしてボク…」

 

 タクヤ「…あの時、ユウキがオレの事を本気で怒ってくれた時、嬉しかった…。ありがとう」

 

 オレのせいでみんなに迷惑がかかっている。

 それだけは何としても避けたかったが現実は残酷だ。

 ユウキ達みたいな人間ばかりじゃないのも分かる。

 俺を憎んでいる奴らがいる事ぐらい百も承知だ。

 オレはそれにどう向き合えばいいのか答えを見つけ出せていない。

 

 キリト「お前だけが辛いものを背負うのも無理な話だ。

 だから、信頼できる仲間を作るんだ…。

 オレ達にもタクヤが背負っているものを分けてくれよ」

 

 クライン「そうだぜ!みんなお前の事を信じてんだからよ!!

 お前ェもオレ達の事もっと頼ってくれよ!!」

 

 タクヤ「キリト…クライン…。あぁ…ありがとう」

 

 アスナ「今日はこの辺にして解散にしましょ!

 みんなボス戦前で準備もあるだろうし…」

 

 そう言ってオレ達は部屋を後にした。

 オレ達スリーピング・ナイツは55層のフィールドで再度連携の確認やテッチからのタンクの練習を行ってからマイホームへと帰った。

 タンクをするからには盾は必需品でみんなで防具屋やクエスト報酬でレアな盾が手に入るクエストがないか探していたが、都合よくそんな物が見つかる訳でもなかった。

 ふと、鍛冶屋リズベットの事を思い出し、オレは1人48層のリズベット武具店へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月13日 15時35分 第48層 リンダース

 

 タクヤ「リズベットーいるかー?」

 

 リズベット「はいはい今行きまーす…ってタクヤか…。

 今日はどうしたの?」

 

 タクヤ「盾を買いに来たんだけどいいのあるか?」

 

 リズベット「盾?アンタそんなの使ってたっけ?」

 

 リズベットに先程行われた会議の顛末を話した。

 リズベットもその男に憤りを感じて奇声をあげていたが、とりあえず良い盾があるか聞いた。

 

 リズベット「盾かー…それならこれなんてどう?」

 

 リズベットが見せてきたのタンクが使うとしてはやや小ぶりなものであった。

 

 タクヤ「…一応ボス戦で使うものだからもうちょっと頑丈そうな奴がいいんだけど?」

 

 リズベット「まぁ、防御力は他より劣るけどこれには()()()()がついてるの。試しに装備してみて。

 すぐに分かるから!」

 

 リズベットに言われた通り盾を装備してみる。

 特に変わった所はないが、ステータスを確認してみると敏捷力がとんでもない事になっていた。

 

 タクヤ「待て待て待て…!!敏捷力が倍以上上がってんだけどっ!!?」

 

 リズベット「そ!それは敏捷力を極限まで上げる支援(バフ)が付与されるのよ。

 しかも、その盾は攻撃を防ぐっていうより受け流す為に作ってみたのよ!!お陰で貴重な鉱石はパーだけどね」

 

 タクヤ「受け流す…か。

 確かにそっちの方がオレには合ってるかもな。

 これを貰うよ。代金はいくらだ?」

 

 リズベット「15万コルよ」

 

 タクヤ「…いくら?」

 

 リズベット「だから15万コルよ」

 

 タクヤ「ふざけんなっ!!?盾1個でなんでそんなに高ぇんだよ!!!」

 

 店売りでも高くて7000コルぐらいしかしないのにいくらなんでも高すぎる。

 

 リズベット「仕方ないでしょー。

 それに使った鉱石の相場からしてもそれぐらいになるわよ!

 言っとくけど!それでも結構安くしてんだからね!」

 

 タクヤ「ぐぐ…仕方ねぇ。払うよ…」

 

 リズベット「毎度ありー!」

 

 すごいぼったくれた感があるがボス戦に使うわけなので金を出し惜しみしている時ではない。

 オレはリズベットに代金を支払ってマイホームへと帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月14日 13時00分 第40層 庭園フィールド

 

 タクヤ「ふぁ…気持ちいいなー」

 

 ユウキ「そうだねー」

 

 オレ達はボス戦を明日に控えて今日は1日オフにしようという事になった。

 オレとユウキは久しぶりに2人きりで昼寝と洒落こんでいた。

 今日の気象設定は暑さを抑え、冷たい風が心地よく吹いていた。

 すると、オレの顔に突然水が浴びせられた。

 驚いたオレの体の上にある小さな竜がポツンと降りている。

 

 タクヤ「もしかして…ピナか?」

 

 ピナ「きゅるぅぅ」

 

 シリカ「タクヤさん!ユウキさん!お久しぶりです!!」

 

 ユウキ「シリカ!!久しぶりだね!!」

 

 そこに立っていたのは以前キリトとユウキと一緒にモンスターから助けてシリカがいた。

 ピナがオレからシリカの肩へと飛び移ってからオレも上半身を起こす。

 

 タクヤ「久しぶりだな、元気にしてたか?」

 

 シリカ「はい!その節は色々お世話になりました」

 

 タクヤ「気にしないでくれ。

 オレ達こそこの前は囮に使ったみたいで悪かったからな…。礼を言うのはこっちだよ」

 

 前に1度シリカを加えた4人でこの層にある思い出の丘というフィールドダンジョンに行った事がある。

 そこには使い魔を蘇生できる“プネウマの花”というアイテムがあり、当時ピナを蘇生させる為に取りに行ったのだ。

それと同時期にオレとキリトは中層であるプレイヤーから“タイタンズハンド”というオレンジギルドを監獄に送るように依頼され、たまたまシリカがいたパーティの中にリーダーのロザリアという女性プレイヤーがいた為、シリカと行動を共にする傍らロザリアを警戒していたのだ。

案の定、“プネウマの花”を奪う為襲ってきたが返り討ちにして全員監獄に送ったというのが事の顛末だ。

 

 シリカ「いえ!そんな…私でも役に立てるならなんでもやりますよ!ねっ?ピナ」

 

 ピナ「きゅるるっ」

 

 ユウキ「相変わらずシリカ達は仲がいいね!!

 うらやましいなぁ…」

 

 シリカ「はい!ピナは私にとって大事な友達ですから!

 あっ、そう言えば2人は何してらっしゃるんですか?」

 

 タクヤ「あぁ。ボス戦が明日だから今日はオフにしたんだ。

 で、天気がよかったから昼寝してたんだ。

 シリカも一緒にどうだ?よかったらだけど…」

 

 オレはシリカも誘ってみる。

 こんな天気のいい日にモンスターを狩るなんてもったいない。

 

 ユウキ「む…」

 

 シリカ「いいんですか?でも、お2人のお邪魔になるんじゃ…」

 

 タクヤ「そんな事ねぇよ。な?ユウキ」

 

 ユウキ「…別にいいよ」

 

 シリカ(「やっぱりまずいんじゃ…」)

 

 ピコーン

 

 シリカと話していると誰かからメッセージが送られてくる。

 中身を見るとどうやらアスナからのようで至急血盟騎士団ギルドへ来てくれとの事だった。

 

 タクヤ「悪いシリカ。アスナから呼び出されちまった!

 今から血盟騎士団ギルドに行かねぇと…」

 

 シリカ「そうですか…。では、またお昼寝に誘ってください!」

 

 タクヤ「ホントごめんな!この埋め合わせは絶対するから!

 じゃあ、またな!」

 

 ユウキ「ちょ、ちょっと待ってよタクヤ!!」

 

 オレ達は急いで血盟騎士団ギルドへと向かった。

 

 シリカ(「なんか残念のようなほっとしたような…」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月14日 14時00分 第55層 グランザム 血盟騎士団ギルド

 

 オレとユウキは城門を潜り血盟騎士団ギルドの中へと案内された。

 何度来ても落ち着かず、案内されるがまま会議室へとやって来た。

 扉が開かれると中にはヒースクリフとアスナを始め、他の幹部クラスであろうプレイヤーが数名集まっており、重苦しい空気が部屋中に満ちていた。

 

 ヒースクリフ「やぁ、タクヤ君…ユウキ君…。よく来てくれたね」

 

 アスナ「ごめんね。急に呼び出しちゃって…」

 

 タクヤ「いや、それは別にいいんだけどよ。

 今日は一体何の用だよ?」

 

「貴様!!団長と副団長に向かって失礼だぞ!!」

 

 アスナ「やめて下さい!!彼らは私の友人です!!」

 

 ヒースクリフ「まぁいいじゃないか…。

 私と彼らは同等の立場にいるのだから…」

 

 割り込んできた男は不満を残しながらも腰を下ろす。

 最近こういうのが増えた気がするなと思いながらもヒースクリフに話を進めるように言った。

 

 ヒースクリフ「今日は別にボス戦に関する事はではないよ。

 今日はタクヤ君に用があってね…。

 正確には()()1()()()()()()()と言った方がいいのかな?」

 

 タクヤ「!!…なぜお前がそんな事を知っている?」

 

 ヒースクリフ「私にもそれなりの地位と権力があるのでね。

 あまり使いたくなかったが今回は目をつぶってくれ…。

 それで、用件なんだが…私にもう1人のタクヤ君と決闘(デュエル)をさせて貰いたいのだがどうだろうか?」

 

 ユウキ「それって…シュラと…ですか?」

 

 ヒースクリフ「君達はシュラ…と呼んでいるのだね…。

 そうだ。タクヤ君…どうかな?」

 

 タクヤ「…」

 

 いきなりのヒースクリフの発言に驚き、一瞬、間が空いてしまったが冷静になりヒースクリフの真意を確かめる事にした。

 

 タクヤ「理由は…?」

 

 ヒースクリフ「…辛い事なのだが、君の事を信用出来かねている攻略組のメンバーがまだいてね。

 これは彼らからの希望なのだよ。

 本当に拳闘士(グラディエーター)はこの私と同格の強さを持っているのか…というね」

 

 タクヤ「…」

 

 まさか、こんな所でも持ち出されてくるとは思わなかった。

 オレの評判はどうやらかなり悪いらしい。

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 ユウキも感づいたのか心配そうな顔でオレを見る。

 ユウキを落ち着かせる為に頭を撫でてからヒースクリフの提案を受ける事にした。

 

 ヒースクリフ「ありがとうタクヤ君…。

 では、明日のボス戦前に時間を取らせるのでその時にやろう」

 

 タクヤ「あぁ。別に構わないぜ…ってうわっ!?」

 

 またしても修羅スキルが勝手に発動してしまい、シュラが表へと出てきてしまった。

 

 シュラ「なんなら今ここで戦ってやってもいいんだぞ?

 クソ団長様ァ…!」

 

 ヒースクリフ「君がシュラ…君だね。

 噂は色々聞かせてもらってるよ。」

 

 シュラ「はっ!!ろくな噂じゃねぇんだろうけどよォ…!!

 やるからには全力で殺しに行くぜ?

 覚悟しとくんだな…」

 

 シュラは言いたい事を言ってからオレに体を返した。

 オレもそれ以上何も言わずにユウキを連れて血盟騎士団ギルドを後にする。

 

 ユウキ「…ホントによかったの?タクヤ」

 

 タクヤ「いいんじゃないか?

 実際にやるのはシュラだしオレは体ん中から見物してるよ」

 

 ユウキ「そうじゃなくて!!…周りから声とか…いろいろ…」

 

 タクヤ「いいよ。オレが誰に何と思われようが仲間が信じてくれるだけでオレは戦えるんだから…」

 

 ユウキの手を握る力が強くなっていくのを感じた。

 

 タクヤ「心配すんなって!そう簡単に負けるつもりなんてないよ。ユウキはオレとシュラの応援でもしててくれ!」

 

 ユウキ「…うん。頑張ってね!!タクヤ!!シュラ!!」

 

 手の握る力も弱まった所でオレ達はマイホームへと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、決闘(デュエル)の刻がやって来るのだった。

 

 

 




という事でどうだったでしょうか?
ストレアは一時退場としましたが、後々出番があるので待っていてください。

では、また次回!


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【18】自分の進んだ道

という事で18話に突入です。
SAO編は後2か3話ぐらいで完結いたします。
その後には後日談を踏まえてALO編に入りたいと思いますのでよろしくお願いします。

では、どうぞ!


 2024年08月15日 11時00分 第72層 転移門前

 

 40層のフローリアから72層に転移して来たオレ達スリーピング・ナイツは目の前の光景に呆気に取られていた。

 

 タクヤ「なんだこりゃ…」

 

 そこには有に100人以上ものプレイヤーで埋め尽くされていた。

 ちらほら攻略組の面々が見えるが半数以上は中層からやって来たであろうプレイヤーだ。

 

「あっ!拳闘士(グラディエーター)が来たぞ!!」

 

 プレイヤーの1人がオレを見つけるや否やそこにいたプレイヤー全員が歓喜の声を上げてくる。

 何がどうなっているのかわからない所にアスナとキリトが人混みの中から現れた。

 

 ユウキ「な、なんなの?この人達…」

 

 アスナ「ごめんねみんな!!

 ウチのダイゼンさんがこんな事しちゃって…」

 

 シウネー「こんな事とは?」

 

 アスナ「ダイゼンさんっていう人がウチにいてね…その人血盟騎士団の経理を担当してるんだけど、今日タクヤ君と団長が決闘(デュエル)するって聞いた途端アインクラッド中に伝達させて商売を始めちゃったの…」

 

 頭の働きが早いなとか感心してしまったが、すぐさまそんな考えは頭から捨て去る。

 なんでも利用出来るものは利用するとはまさしくこの事だな。

 

 キリト「ざっと見ても結構な売上だよな…」

 

 ノリ「てか、こんな時までお金儲けとかしなくていいだろーが!!」

 

 テッチ「こんな中でタクヤは決闘(デュエル)するのかぁ…」

 

 ジュン「すげー!!僕もやりたーい!!」

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキ「…大丈夫?」

 

 大丈夫かと聞かれるとそうでもない。

 大体、ヒースクリフも止めるべきではないのか。

 ただでさえ今からボス戦だというのに緊張感のカケラもあったもんじゃない。

 だが、やらなければこの群衆も納得しないだろう。

 金まで支払ってこんな最前線まで足を運んでいるのだから。

 

 タクヤ「ま、まぁ…なんとか…な」

 

 ユウキ「全然大丈夫そうじゃないんだけど…」

 

 アスナ「本当にごめんね!ダイゼンさんが勝手に先走ちゃって…」

 

 タクヤ「やっちまったもんは仕方ねぇけど…ソイツには十分注意しといてくれよな」

 

 とりあえず人混みを掻き分けながらヒースクリフを探す。

 すると、1箇所だけ人が集まっていない所に出た。

 そこには王者の風格とでも言わんばかりにヒースクリフが堂々と立っていた。

 

 ヒースクリフ「やぁ…来たね。タクヤ君…」

 

 タクヤ「あぁ。アンタん所の人のせいでめちゃくちゃ疲れちまったけどな…」

 

 ヒースクリフ「こればかりは弁解の余地がないな。

 だが、汚名を晴らすなら大勢の人達の前で君の力を見せつけるという点では理にかなってると思うが?」

 

 タクヤ「…やっぱアンタの事嫌いだ」

 

 ヒースクリフ「私は君の事は気にかけているのだがね…」

 

 互いに腹の中は見せないといった具合にこれ以上の会話は無駄だと判断する。

 オレ達は分かり合えないのだから。

 

 タクヤ「…じゃあ、早速やるか。

 この後ボス戦も控えてるからな…」

 

 ヒースクリフ「あぁ。そうだね…。やろうか」

 

 ヒースクリフは盾から長剣を取り出し、戦闘態勢に入る。

 以前、ヒースクリフの戦闘を間近で見たが、あまりにも完璧すぎて正直勝てる要素がまったくない。

 だが、だからと言って負けるつもりも毛頭ない。

 

 タクヤ「…修羅スキル発動…!!」

 

 修羅スキルを発動させ、シュラへと人格を交代する。

 

 シュラ「…はっはぁ!!よぉ…クソ団長殿…!!

 さぁやろうぜ!!ぶっ潰してやるからよォ!!!!」

 

 ヒースクリフ「私も簡単に勝ちを譲る気は無いよ…」

 

 決闘(デュエル)申請を済ませ、10カウントが刻み始める。

 2人の間に緊張が走る。

 オレの体といっても今動かしているのはシュラだ。

 そんなオレでも緊張が伝わってくる。

 アイツに果たしてシュラが通用するのかどうかも分からない。

 本当の意味でこの決闘(デュエル)から目が離せない。

 

 

 3…2…1…0

 

 

 シュラ「ふっ」

 

 ヒースクリフ「ふんっ」

 

 カウントが終わった瞬間、シュラの拳とヒースクリフの剣が激突する。

 シュラも初めから全力のようだ。

 今まで見た事ないような真剣な顔をしている。

 シュラは間髪入れずラッシュでヒースクリフを押す。

 ヒースクリフもこのラッシュには迂闊に飛び出さず、盾で丁寧にいなしていく。

 

 シュラ「オラオラオラぁ!!!!どうしたよ団長殿ぉ!!!!」

 

 シュラはさらに回転を上げて拳の雨を浴びせるが、それでもヒースクリフは顔色1つ変えない。

 

 ヒースクリフ「早いな…。だが…」

 

 ヒースクリフは後ろへステップしてシュラとの距離を取った。

 瞬間、ヒースクリフは盾をかまえシュラに突進する。

 後ろへステップして突進するまでほんの1秒足らずでシュラも流石に対応出来ず、直撃を受けてしまった。

 

 シュラ「がっ」

 

 ヒースクリフ「はぁっ!!」

 

 長剣がシュラの肩を貫かんとするが、辛うじてそれを避けると左側ががら空きなのを確認して闘拳スキル"昇天突き”を発動した。

 オレもこの攻撃は当たると確信していたが、右の盾でそれを阻んだ。

 

 タクヤ『これを捌くのかっ!!?』

 

 シュラ「クソッタレが!!」

 

 ヒースクリフは一旦距離を取ってこちらの出方をうかがう。

 

 ヒースクリフ「いやぁ、なかなか油断できないな。

 これが修羅スキルなのか。…なるほど」

 

 シュラ「ゴチャゴチャッるせぇんだよ!!」

 

 シュラは闘拳スキル"双竜拳”をヒースクリフに放った。

 だが、やはりヒースクリフは盾で防ぎ、致命傷を避けている。

 

 シュラ「かてぇな…カタツムリかよテメェは…!!」

 

 シュラがまるで子供のようにあしらわれている。

 これが噂に名高いヒースクリフの()()()()()()()"()()()”の実力か…。

 恐ろしい程の防御力だ。何度やっても勝てる見込みが皆無だ。

 

 ヒースクリフ「次はこちらから行かせてもらうぞ…」

 

 タクヤ&シュラ「「!!」」

 

 またしても盾の背後に隠れての突進攻撃に出る。

 スピードだけで言うならシュラの方が数段上だ。

 だが、ヒースクリフはそんな事は百も承知だと言わんばかりに突撃をかけた。

 案の定シュラはその攻撃を避ける。

 瞬間盾の死角から長剣が最短距離を通ってシュラに突き刺さる。

 

 シュラ「なっ!?」

 

 シュラも何が起きているか分からずにいた。

 だが、傍から間近で見ていたオレには辛うじて分かる。

 盾でシュラの視界を塞ぎ、死角となった場所からの突き攻撃を繰り出していたのだ。

 HPが数ドットしか減らせない攻撃だが、シュラの顔は苦渋を飲んだ顔に変わる。

 

 シュラ「この…!!」

 

 シュラは闘拳スキル"兜割り”を繰り出し、ヒースクリフの頭上をつくが盾で難なく防がれてしまった。

 

 ヒースクリフ「君の力はそんなものか?」

 

 シュラ「調子に乗ってんじゃねぇっ!!!!」

 

 闘拳スキル"疾風突き”で高速ラッシュをヒースクリフに繰り出した。

 ヒースクリフも盾の影に隠れて防御する。

 それでもシュラのラッシュは止まる事を知らず、さらに回転数を上げて迎え立つ。

 

 シュラ「落ちろ落ちろ落ちろぉぉぉっ!!!!」

 

 タクヤ『焦りすぎだっ!!それじゃ隙を突かれちまうぞ!!』

 

 シュラ「黙ってろ!!コイツはオレの獲物だ!!!!」

 

 どれだけ突いてもヒースクリフの"神聖剣”の防御力の前では全てが無に帰す。

 怒りにとらわれたシュラは最後の突きが大ぶりになってしまった。

 ヒースクリフはそれを見逃さない。

 カウンターに長剣の鋭い突きがシュラの右肩へと深く突き刺さった。

 

 シュラ「がっ」

 

 ヒースクリフ「…ここまでのようだね」

 

 その攻撃でシュラのHPはイエローに達し、決闘(デュエル)はヒースクリフの勝利で終了した。

 

 シュラ「まだだ!!オレはまだやれるぞ!!ぶっ殺してやる!!」

 

 ヒースクリフ「君の実力は充分に分かったよ…。

 なかなか見所がある。

 次、やればどちらが立っているか分からないだろう」

 

 シュラ「そんな事ァどうだっていいんだよっ!!

 今テメェをぶっ殺してやる!!」

 

 タクヤ『やめろ!!くそっ!!こうなったら…』

 

 オレは無理矢理自分の体の主導権を奪い、シュラを心の中へと追いやった。

 

 シュラ『テメェ!!邪魔すんじゃねぇよ!!』

 

 タクヤ「落ち着けって言ってんだろうが!!オレ達は負けたんだ!!

 それを受け入れろ!!」

 

 シュラ『決闘(デュエル)なんてつまらねぇ遊びなんかじゃ戦う意味なんてねぇよ!!オレの腹の虫が治まんねぇ!!』

 

 シュラは無理矢理オレの体の主導権を奪おうとするが、オレはそれを必死に止める。

 こいつの今の精神状態じゃマジでヒースクリフを殺しかねない。

 何としてでも止めねばならない。

 

 タクヤ「みんな…!!オレの体を止めてくれ!!」

 

 キリト「わ、わかった!!」

 

 ジュン「テッチ!!タルケン!!僕達も行くぞ!!」

 

 テッチ&タルケン「「おう!!!」」

 

 4人はオレをうつ伏せに倒し、上にのしかかる。

 だが、シュラはそんなのお構い無しに暴れていた。

 

 キリト「止まれ!!シュラ!!」

 

 ジュン「なんて力だ!!こっちは4人がかりなのに…!!」

 

 テッチ「前より力が増してる…!?」

 

 タルケン「…誰か!!手を貸してください!!」

 

 タルケンの呼び声にそこに居合わせたクラインとエギルもシュラを止めに入る。

 シュラも流石に振り切れずしばらくして修羅スキルは発動を停止した。

 

 タクヤ「…治まった…か。ありがとうみんな」

 

 エギル「ったく…なんて力だ。これが噂の修羅スキルか…」

 

 クライン「ふはぁぁぁ…!!

 止めてるだけでこんなに疲れるもんなのかァ!!?」

 

 改めて修羅スキルの凶暴性に驚く。

 オレの一部になったとは言え、シュラ自身はまだ殺戮衝動が残っているのだろうか。

 だが、逆に言えばオレにもそれがあるという事だ。

 アイツはオレの負の感情を代弁しているもう1人のオレなのだからだ。

 

「なんだよ…あれ…」

 

 タクヤ「!!」

 

「あんな凶暴な奴が攻略組なのかよ…」

 

「あれじゃまるで鬼じゃねぇか…」

 

 不味かったな。

 シュラを止める事で頭がいっぱいだったが、周りには攻略組を始め、一般プレイヤーも多くいる。

 公衆の面前でこんな姿を晒してしまったらオレに対する悪意が増すばかりだ。

 

 キリト「ち、違うんだ!!これは…!!」

 

「ビーターがかばってるぞ…。

 やっぱり、アイツもそういう奴だって事か…。」

 

 キリト「!!」

 

 クライン「誰だ!!今言った奴は!!出てきやがれ!!」

 

 もちろんそんな事を言ってノコノコと出て来る者などどこにもいない。

 

 クライン「キリトとタクヤを悪く言う奴はオレが許さねぇ!!

 オレが叩き斬ってやる!!」

 

 タクヤ「よせクライン!!」

 

 クライン「タクヤ…!!だがよォ…」

 

 キリト「オレもタクヤもその気持ちだけで胸いっぱいだ。

 ありがとう…」

 

 クラインもこの場の状況がわかっている為、これ以上は何も言わなかった。

 ただ事態が悪化するだけだからだ。

 だが、オレのせいでキリトにまで迷惑がかかってしまった。

 

 タクヤ「キリトも悪いな…。オレのせいで…」

 

 キリト「そんな事はない…!!

 オレがビーターなのはタクヤのせいじゃ…」

 

 タクヤ「でも、ごめんな…」

 

 キリト「…」

 

 タクヤ「ヒースクリフも悪かった。

 シュラは頭に血が上るとすぐに暴れちまうから…」

 

 ヒースクリフ「私にも謝る必要は無いよ…。

 私こそまさか、こんな事になるとは想定していなかった。

 軽率…だったな。すまない…」

 

 ヒースクリフが頭を下げたのを見て、オレは胸に穴が空いたような気がした。

 仮にも攻略組のトップに立つ者の取る行動ではない。

 

 タクヤ「頭をあげてくれ…。なっちまったもんは仕方ねぇ…」

 

 ヒースクリフ「…そう言ってくれると助かる」

 

 ユウキ「タクヤー!!大丈夫!!?」

 

 人混みを掻き分けてユウキがオレの元へとやって来た。

 あの場にユウキがいれば間違いなく暴れてたのでそれだけは良かったと思う。

 

 タクヤ「あぁ、大丈夫大丈夫!それよりどこ行ってたんだよ?」

 

 ユウキ「えっと、アスナがギルマスを集めて作戦を再確認してたんだよ。って、そんな事より!勝ったの?」

 

 タクヤ「いや、手も足も出なかったわ!

 やっぱりヒースクリフは強ぇよ!」

 

 ユウキ「…そっか。残念だったね…。でも、次は勝てるよ!!」

 

 タクヤ「…そうだな」

 

 観客も次第に減っていき、転移門前には攻略組のみ残されていた。

 その内の何名かはオレに疑惑の目を向けている。

 

 ヒースクリフ「今日はよく集まってくれた。これより72層のボス戦を開始する。

 この回廊結晶(コリドー)はボス部屋の前にセットしてある為、もし、参加出来ない者はこの場で辞退してくれ…」

 

 だが、誰もその場から動こうとはしなかった。

 今ここにいるプレイヤーは数多の歴戦を退いてきた言わば真の攻略組だ。

 いかなる事が起ころうとも攻略組である誇りは誰にも汚させない。

 

 ヒースクリフ「…では行こう。コリドーオープン!」

 

 回廊結晶が強く輝きだし、目の前にワープホールが現れる。

 ヒースクリフを筆頭に次々とワープホールの中へと進んでいき、残すはスリーピング・ナイツだけとなった。

 

 ユウキ「いよいよだね…。みんな!!今日も頑張ろー!!」

 

 スリーピング・ナイツ「「「おぉぉぉっ!!!!」」」

 

 そして、オレ達はワープホールへと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年08月15日 12時00分 第72層 迷宮区 ボス部屋前

 

 ヒースクリフ「行くぞ!!解放の日の為に!!」

 

「「「おぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」

 

 ボス部屋の扉が勢いよく開けられ、流れるように攻略組が中へと入っていった。

 初めて入った時と一緒でスカイバンデットは頭上から現れた。

 

 アスナ「作戦通りタンク隊出てください!!」

 

 アスナの指示が飛び、シュミット率いるタンク隊が竜巻攻撃に備える。

 スカイバンデットも通常通り竜巻攻撃を繰り出す。

 

 アスナ「今の内に背後に回り込んで!!…次来るわよ!!」

 

 タクヤ「行くぞテッチ!!ジュン!!」

 

 ジュン&テッチ「「おぉっ!!」」

 

 2度目の竜巻攻撃をオレ達を含めた15人で防ぎ、オレがテッチの背中を借りてスカイバンデットのいる場所まで飛ぶ。

 

 タクヤ「よぉ…!!案外小せぇんだな!!」

 

 オレは羽に捕まりスカイバンデットへと降り立った。

 スカイバンデットもオレを落とそうと縦横無尽に飛び回る。

 

 タクヤ「暴れんじゃねぇ…!!」

 

 オレは闘拳スキル"兜割り”でスカイバンデットの頭蓋に叩きつけた。

 荒々しい雄叫び声を上げながら落下する。

 落下地点にはキリトやヒースクリフといったダメージディーラー達が待ち構えていた。

 

 キリト「ナイスだタクヤ!!」

 

 タクヤ「まだまだぁ…!!」

 

 オレは落下するスカイバンデットから飛び退き、修羅スキルを発動させる。

 

 シュラ「んあ?テメェいきなり出してんじゃねぇよ!!」

 

 タクヤ『お前こそボス戦だっていうのに寝てんじゃねぇよ!!

 それとも拗ねてたのか?』

 

 シュラ「お前ェ!!いつか必ずぶっ殺してやる!!」

 

 タクヤ『後でいくらでも相手してやっから今はコイツを倒すんだ!!』

 

 シュラ「言われなくてもわかってんだよっ!!」

 

 シュラと入れ替わり、闘拳スキル"双竜拳”を発動。

 落下していくスカイバンデットにダメ押しに1発放った。

 そのせいで落下するスピードが上がり、部屋中に土煙が舞う。

 だが、彼らならこの土煙はなんの支障も受けない。

 所構わずに剣撃を浴びせていった。

 HPバーの1本が消滅し、パターンが変わるのを見計らって全員が一時退避する。

 シュラもスカイバンデットから離れて様子を伺う。

 

 ユウキ「大丈夫?タクヤ…じゃなくてシュラ!!」

 

 シュラ「あ?大丈夫に決まってんだろォが…クソチビ。

 オレ様を誰だと思ってんだよ?」

 

 キリト「相変わらず口が悪いな。お前は…」

 

 シュラ「おうおう!黒の剣士様も随分と丸くなったじゃねぇかよ!閃光様とよろしくやってるからじゃねぇのか?」

 

 キリト「なっ!?別にアスナとは何も無い!!

 変な詮索するな!!」

 

 アスナ「…」

 

 キリト(「げっ…。なんか地雷踏んだ気がする…」)

 

 エギル「お前ら!!喋ってないで集中しろっ!!」

 

 エギルからの叱責で我に返ったシュラ達は再度気合いを入れ直し、スカイバンデットに攻撃を仕掛ける。

 

 シュラ「ひゃっはぁぁぁっ!!」

 

 タクヤ『おま…作戦があるんだからそれに従えよ!!』

 

 シュラ「うるせぇってんだよ!!オレはオレで勝手にやるぁ!!」

 

 瞬く間に距離をつめたシュラはスカイバンデットの羽を闘拳スキル"疾風突き”で風穴を開けた。

 スカイバンデットの奇声を上げたのと同時に竜巻攻撃を仕掛ける。

 だが、羽にダメージがある為か先程より威力が落ちている。

 その証拠にタンク隊は半数しか割いていない。

 

 クライン「ナイス!!タクヤ!!」

 

 シュラ「タクヤじゃねぇっ!!シュラだ!!」

 

 クライン「えぇ…」

 

 ヒースクリフ「羽に弱点(ウィークポイント)が設定されているのか…。なら、攻めない訳にもいかないな…!!」

 

 ヒースクリフも羽に向かって長剣を突きつける。

 スカイバンデットはそれを上空へ逃げる事で回避した。

 

 ユウキ「あぁ!!また空に逃げた!!」

 

 アスナ「みんな!注意して!!パターンが変わるわよ!!」

 

 案の定、スカイバンデットは滑空しながら噛みつき攻撃へと躍り出た。

 すかさずタンク隊が防御するが何人かは間に合わず攻撃を食らってしまった。

 

 ユウキ「よーし…!!テッチ!!ボクも背中使うよっ!!」

 

 テッチ「了解!!」

 

 ユウキ「ほら!!シュラも行くよ!!ついてきて!!」

 

 シュラ「オレに命令すんな!!クソチビ!!」

 

 ユウキ「チビじゃないもん!!

 タクヤだったらそんな事言わないよ!!」

 

 シュラ「知るかっ!!」

 

 喧嘩していながらもユウキとシュラはテッチの背中を使って、敏捷力を最大限に活かし、スカイバンデットの上を取った。

 

 シュラ「このコウモリ落としてやっから!!

 テメェらせいぜい死なねぇように避難してるんだなぁっ!!!!」

 

 ユウキ「だから!そんな言葉遣いタクヤの体でしないでよっ!!」

 

 シュラは闘拳スキル"兜割り”をユウキは片手用直剣スキル"メテオ・ブレイク”をスカイバンデットの頭上から放つ。

 あまりの威力にスカイバンデットのHPもイエローまで落ちていった。

 地上へ叩きつけられたスカイバンデットに一時的行動不能(スタン)が発生している。

 キリトが見逃す事なく、全員でのフルアタックに入った。

 HPがレッドに差し掛かったぐらいで一時的行動不能(スタン)は無くなり、スカイバンデットが怒りに任せて暴れ始めた。

 

 ヒースクリフ「全員!!退避だ!!」

 

 スカイバンデットは所構わずに攻撃しているせいでタンク隊が防御に徹し、他のプレイヤーも攻撃できないでいる。

 

 シュラ「ちっ!好き放題暴れやがりやがって!!」

 

 アスナ「落ち着いて!!攻撃が止むまで待つのよ!!」

 

「うわぁぁぁぁっ!!」

 

 スカイバンデットの攻撃が運悪く1人のプレイヤーを直撃した。

 そのプレイヤーとは先日の攻略会議の時に、オレを執拗に陥れようとした男だった。

 男のHPがイエローにまで落ちてしまっている。

 

 キリト「そこのお前!!早く退いて回復するんだ!!」

 

「あ…あぁ…」

 

 タクヤ『足がすくんでやがる…!!』

 

 シュラ「あんなのほっとけよ。弱いヤツは淘汰される…。

 それがここの掟だ」

 

 弱い者は強い者に淘汰される…といった自然界、人間界に於いて限りなく真実に近いのだろう。

 そして、今襲われているのはオレを陥れようとした男だ。

 シュラもその事を知っている為、助けに行こうとはしない。

 他のプレイヤーも自分の事で手一杯だ。

 助けに行く余裕なんてない。

 そう…()()()()()…。

 

 タクヤ『代われっ!!』

 

 シュラ「のわっ!?」

 

 オレは修羅スキルを解除して敏捷力を極限まで高め、駆ける。

 スカイバンデットと男の距離が徐々に近づく。

 鋭い牙をチラつかせながら男に恐怖心を抱かせた。

 

「うわぁぁぁぁっ!!!!」

 

 男の叫び声と同時にスカイバンデットの牙が獲物を捕らえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「させるかァァァァっ!!!!」

 

 鈍い残響音が部屋中に響き渡る。

 オレは瞬時に装備した盾を身代わりにスカイバンデットの牙を受け止めた。

 

「あ…あぁ…?」

 

 タクヤ「さっさと逃げろっ!!!!いつまでももたねぇぞ!!!!」

 

 男は我に返ったのかその場を離脱する。

 それを確認してから目の前のスカイバンデットを睨んだ。

 

 タクヤ「いつまで噛み付いてんだよ…!!」

 

 スカイバンデットはなかなかオレの左腕を離そうとはしない。

 HPもみるみる減少していき、イエローにまで落ちてきている。

 

 タクヤ「くそっ!!離しやがれ!!!!」

 

 ユウキ「タクヤ!!」

 

 ユウキがオレの元に駆けつけようとした瞬間、無数の竜巻が攻略組に襲いかかった。

 

 ヒースクリフ「タンク隊!!全員を1箇所に集めて防御だ!!」

 

 エギル「お、おい!!タクヤが…!!」

 

 ユウキ「タクヤ!!」

 

 ヒースクリフ「行ってはならん!!

 この状況じゃ君が死んでしまうぞ!!」

 

 竜巻はみるみる大きくなり、オレとスカイバンデットを囲むかの様に形を変えていった。

 

 キリト「くっ…!!剣じゃビクともしない…!!」

 

 アスナ「キリト君!!一旦さがって!!」

 

 クライン「クソォ!!これじゃタクヤを助けに行けねぇ!!」

 

 竜巻の影響でほとんど雑音しか聞こえてこないがみんなは無事のようだ。

 後は、スカイバンデットをオレがどうにかするしかない。

 だが、スカイバンデットは相変わらずオレの腕を噛み付いたままだ。

 この状態じゃどうする事も出来ない。

 

 シュラ『…大変な目にあってんな』

 

 タクヤ「悪ィけど…今、呑気に会話してる場合じゃないんだ…!!

 話なら後でしてくれ…!!」

 

 全力で腕から引き剥がそうとするが強靭な牙がそれを邪魔する。

 

 シュラ『お前がアソコでアイツを助けに行かなければこんな状況にはならなかった。お前はアイツを助けて何を得た?

 何も得てないだろう?

 自分は今この瞬間にどんどん死に近づいてるんだからよぉ…』

 

 タクヤ「…」

 

 シュラ『自分の事より他人の命の方が大事なのか?違うな…。

 お前はそうやって自分の価値を周りに見せつけているだけだ…』

 

 タクヤ「…今日はいつもより話しかけてくるじゃねぇか。

 構ってほしいのかよ?」

 

 シュラ『オレには理解出来ねぇ…。

 そこまでしてお前は何を望んでいるんだ…?』

 

 スカイバンデットは腕を離す素振りなどこれっぽっちも見せない。

 HPも最早レッドに突入した。

 いよいよ、終わりの時が近づいてきたのが分かる。

 

 タクヤ「…お前は知ってるだろ?

 オレの両親が殺されてるのを…。それからかな…。

 オレは傷つけようとする奴らを片っ端から潰して来た。

 どんな事があっても傷つけていい理由なんてない…!

 ましてや、殺していい理由なんてどこにもない…!!」

 

 シュラ『だが、その反面…お前は怒りや憎しみを心の奥底に貯めていった。

 その集合体がこの世界で自我を持ち生まれたのがオレだ…。

 お前は前に言ったな…?

 オレがお前の負の感情を代弁している…って。

 それは少し違うな…。

 オレは元々あったものを吐き出しているにすぎねぇ…。

 お前の中の泥を掬い上げてるだけだ…。

 その証拠にお前は自分の意思で人を殺した。

 守りたい奴らの為に殺した…。

 さっき言ってた事と真逆だな…』

 

 タクヤ「…確かに、オレは綺麗事ばっかりで約束すら守れないクズだ。偽善者だ。

 …オレがどれだけ頑張ろうが関係ねぇ。

 周りの態度が変わるわけでもねぇ。

 でも、だからどうした?

 オレは周りからなんて思われようがどうだっていいんだよ…!!

 ただ、オレの手の届く範囲だけは何がなんでも奪わせねぇ…!!

 絶対ェにオレが救ってみせる!!!!」

 

 瞬間、オレは右腕で左腕を切り落とした。

 HPバーの下に部位欠損アイコンが出ているがそんな事はどうでもいい。

 ポーションを素早く飲み、右腕に闘拳スキル"双竜拳”を繰り出す。

 スカイバンデットの顔面を捉えた右拳を思い切り振り切った。

 竜巻の壁を破壊し、壁へと激突する。

 その影響で竜巻は止み、障壁も消え去った。

 

 タクヤ「…修羅スキル…解放…!!」

 

 オレの全身から赤黒いエフェクトが立ち込め、半径5m程エフェクトに満ちていた。

 

 シュラ『…()()をやるのか?』

 

 タクヤ「あぁ…やる…!!」

 

 ユウキ「タクヤ!!無事…!!」

 

 ユウキの声が聞こえた気がしたが、オレは構わず右腕に立ち込めているエフェクトを集中させた。

 地響きと共にエフェクトは形を変え、禍々しい拳へと作られていく。

 

 キリト「な、なんだ…あれは…!!」

 

 ヒースクリフ「…!!」

 

 ユウキ「すごい…」

 

 タクヤ「行くぞ…!!」

 

 シュラ『おう!!』

 

 オレは全速力でスカイバンデット目掛けて地を蹴った。

 スカイバンデットもオレに対抗すべく空へと上がり、急降下しながらオレに突撃してくる。

 

 タクヤ&シュラ「「うぉぉぉぉっ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修羅スキル奥義"孤軍奮闘”

 

 

 目にも留まらぬ神速に重ねて何者も寄せ付けない圧倒的な破壊力を右拳に集中させ、貫通力までも兼ね備えた修羅スキルの奥義である。

 スカイバンデットの体は縦に真っ二つに裂け、ポリゴンとなって弾け飛んだ。

 

 

 Congratulation

 

 

 キリト「倒した…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」

 

 ボスを倒した喜びと達成感で攻略組は雄叫びを上げた。

 今回も死者を1人も出さずに終わる事が出来た安心感でオレはその場に座り込んだ。

 

 ユウキ「タクヤ!!腕が…」

 

 タクヤ「大丈夫大丈夫…。しばらくしたら治るから。

 今回もやったな!お疲れ様!」

 

 ユウキ「ボクはほとんど何もしてないよ…。

 タクヤこそお疲れ様!カッコよかったよ!!」

 

 ユウキの笑顔はどんなに疲れていても元気を貰える。

 オレはこれだけあれば充分だ。

 

 アスナ「お疲れ様2人共!タクヤ君大丈夫?」

 

 キリト「最後何が起きたのか分からなかったよ。

 お前はどれだけ強くなれば気が済むんだ?」

 

 タクヤ「…誰にも負けなくなるまで…かな?」

 

 キリトも失笑していたがオレも内心そんな事を考えている訳ではない。

 オレの手の届く範囲で守れる力があればそれでいい。

 

 エギル「Congratulation!!やったな!!」

 

 クライン「すごかったぜ!!最後のスキル!!」

 

 タクヤ「みんなもお疲れ。タンクってやっぱキツイな…」

 

 エギル「ほとんどシュラが勝手にやってたみたいだがな」

 

 オレはその場に立ち上がり、先程助けた男を心配して探してみたら他の仲間と喜びを分かちあっていた。

 

 タクヤ(「無事みたいだな…。よかった…」)

 

 オレの視線に気付いたのか男がゆっくりとオレに近付いてくる。

 

「…さっきはありがとう。助かった…」

 

 タクヤ「お、おう…」

 

 それだけを言い残し、男は仲間達の所へと引き返して行った。

 

 クライン「なんだよ!!もうちょっという事ぐれぇあるぉに…!!」

 

 タクヤ「別にイイじゃねぇか…。

 礼を言ってきただけでも嬉しいよ」

 

 オレ達が話していると別の所からヒースクリフが現れた。

 

 ヒースクリフ「おめでとうタクヤ君。

 君がいなければボスは倒せなかっただろう」

 

 タクヤ「大袈裟だよ…。

 オレがいなくてもアンタならもっと楽に勝てたんじゃないか?」

 

 ヒースクリフ「それこそ大袈裟だというものだ…。

 私の力などたかが知れてる」

 

 タクヤ「よく言うぜ…。シュラに勝っておきながら」

 

 ヒースクリフ「フッ…。では、私はこれで失礼するよ」

 

 マントを翻しながらヒースクリフは血盟騎士団を連れて73層に通じる螺旋階段を上がって行った。

 

 タクヤ「みんなもお疲れ!ナイスファイトだったぜ!」

 

 ジュン「それほどでもあるけどさー…って!?」

 

 ノリ「調子に乗るな!」

 

 テッチ「いやぁ…やっぱりボス戦は緊張したなぁ…」

 

 シウネー「その割には落ち着いていましたよ?テッチ」

 

 タルケン「さぁ!ワタクシ達も早く帰りましょう。

 アクティベートは血盟騎士団の方で済ませるみたいですし」

 

 ユウキ「そうだね!そうと決まれば早速帰るよー!!

 家に帰り着くまでがボス戦だからねー!!」

 

 タクヤ「遠足じゃあるまいし…ってすみません何でもないです…」

 

 ユウキのジト目を見てしまった日には後で何されるか分からないので逆らう事をやめる。

 

 キリト「じゃあなみんな。今日はお疲れ」

 

 クライン「またな!」

 

 エギル「今日は互いにゆっくり休むとしよう…」

 

 オレ達は各々自分のホームへと帰っていく。

 オレも帰ろうと足を進めようとするが、つまづいてしまった。

 

 タクヤ「あ、あれ?」

 

 ユウキ「大丈夫?」

 

 タクヤ「大丈夫だって。これくらい…」

 

 だが、足はオレの言葉とは裏腹に全く動こうとしない。

 

 シュラ『最後の奥義の反動が今更来たか…』

 

 タクヤ「どういう事だ?」

 

 シュラ『…お前のHPバーをよく見るんだな』

 

 オレはシュラに言われた通りHPバーに目を移してみるとHPは後1ドットしか残っておらず麻痺状態になっていた。

 

 ユウキ「タクヤ!!どうしたのそれ!!」

 

 タクヤ「な、なんでこんな事に…?」

 

 シュラ『"孤軍奮闘”は一撃必殺の奥義だが、そのリスクとして使用すれば一時的に状態異常になっちまうんだよ。

 麻痺でよかったな。毒だったら今頃あの世に行ってたぜ』

 

 タクヤ「な、なんじゃそりゃぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 全く知らなかった。あの奥義にこんなリスクがあるなんて。

 

 タクヤ「それなら最初っから教えてくれてもいいだろぉが!!!!」

 

 シュラ『聞かれてねぇし。

 あの時はそんなの考えてる余裕なんかなかったんでな。

 あっ、後それ…アイテムじゃ回復しねぇから自然治癒するの待つんだな。オレは寝る…』

 

 なんて勝手な奴であろうか。

 これがもう1人のオレだなんて思いたくない。

 仕方ないのでしばらくこの場にいる事にして、みんなには先に帰ってもらおうとした時、ユウキが右腕で掴み肩に回して来る。

 

 タクヤ「ユウキ?」

 

 ユウキ「一緒に帰ろ?ボク達恋人同士でしょ?

 帰る時も一緒だよっ!」

 

 タクヤ「…あぁぁぁっ!!可愛いなお前はっ!!」

 

 ユウキ「ふえっ!!?そ、そうかな…?」

 

 タクヤ「ありがとよ…!じゃあ、少しの間頼んだ」

 

 ユウキ「まかせて!タクヤはボクがずっと支えるからね!!」

 

 オレはユウキに担がれながらボス部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 残り…27層…

 

 

 




という事でここら辺で終了です。
驚いてはにかむユウキも可愛いなとか考えながら最後書いちゃいました。

では、また次回!


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【19】恋焦がれる少女

という事で19話です。
今回はほのぼのしたお話になってます。
たまにはキリアスも書こうかなと思って書きました。

では、どうぞ!


 タクヤLv.99

 ユウキLv.97

 ジュンLv.96

 テッチLv.96

 タルケンLv.95

 ノリLv.95

 シウネーLv.95

 

 

 2024年10月03日 11時00分 第47層 フローリア マイホーム

 

 夏が過ぎ去り季節は秋。

 暑い日差しはなりを潜め、冷たい風が吹いている。

 オレとユウキは2人だけ取り残されたマイホームのリビングにいた。

 他のメンバーは各々事情があって席を外している。

 

 ユウキ「静かだね…」

 

 タクヤ「そうだな…」

 

 朝起きてみるとユウキ以外誰もおらず、今日はのんびり過ごそうかと話していた所だ。

 湯呑みを口にし、熱い緑茶をすすりゆっくりと流れる時間を感じながら今に至る。

 

 ユウキ「…やる事ないね」

 

 タクヤ「あぁ…」

 

 ユウキもアツアツのココアを口にしながら言ってきた。

 だが、いい加減やる事がないのもつまらないものだ。

 体を動かしたい所だが、気になるクエストもないので行動に移せないでいる。

 

 タクヤ「…暇だー」

 

 ユウキ「だねー…」

 

 まだ時刻は11時を回ったばかりだ。

 昼飯を食べるにしても早すぎるし、遠出するには少し遅い。

 特に計画もしてなかったせいで時間を持て余していた。

 

 タクヤ「みんなはいつ帰ってくるんだ?」

 

 ユウキ「今日は夜まで帰ってこないって言ってたよ?」

 

 タクヤ「そうか…じゃあそれまで二人っきりか…」

 

 ユウキ「…そ、そうだね」

 

 タクヤ「久しぶりだな。オレ達が二人っきりになるなんて」

 

 ユウキ「…タクヤは…嫌なの?」

 

 タクヤ「そんなんじゃねぇよっ!?

 オレもユウキと二人っきりに…!!」

 

 それ以上口にしてしまうと恥ずかしくなってしまう為、ユウキから顔を逸らして緑茶で心を沈める。

 横目でユウキを見ると耳まで真っ赤にしていた。

 それを見てしまったオレは顔が赤くなるのを感じながら緑茶を一気に飲み干す。

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「…」

 

 妙な緊張感に満たされたリビングは今のオレ達にとってはかなりきつい。

 すると、ユウキはオレの方へと寄り、肩に顔を預けた。

 

 タクヤ「ゆ、ユウキ…さん?」

 

 ユウキ「タクヤも…緊張してるの…?」

 

 タクヤ「ま、まぁ…そりゃあ…な」

 

 ユウキ「…ボクも」

 

 ユウキがオレの方へと向き直り、顔を差し出す。

 オレも緊張しながらユウキの顔を手で優しく包み、顔を近づける。

 今にも心臓が破裂してしまいそうだ。

 ユウキは目を閉じ、今度は唇を差し出す。

 オレも感づいていたがいざ目の前にすると動揺を隠しきれない。

 何度やっても慣れないのだから仕方ないじゃないか。

 ゆっくり唇へと近づく。

 

 タクヤ(「いいのか?いいんだな?

 こんな真昼間からやっちゃっていいんですか?

 いいんですよね?いいに決まってる!!」)

 

 こんな所他の誰かに見られたら精神的に死んでしまうがそんな心配などかき捨てていざ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスナ「ユウキーいるー?」

 

 キリト「あぁ…いたい…た…」

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキ「…」

 

 瞬間、時間が止まったかのような錯覚に囚われてしまう程の事が起きた。

 

 アスナ「あ…え、えーと…」

 

 キリト「…お、おじゃましました〜…」

 

 2人は玄関をゆっくり閉めて姿を消した。

 途端に恥ずかしくなってしまったオレ達はキリトとアスナを追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスナ「…」

 

 キリト「…」

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「…で!何の用だよ?」

 

 4人とももれなく茹でダコ状態だったが空気を切り替える為、2人に訪ねた。

 

 アスナ「えっと…何だったっけ?」

 

 キリト「えっ!?あ、いや…えーと…」

 

 どうやら2人もいきなりの事だった為、頭が上手く回っていないようだ。

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「…用がなければ帰ってほしいんだが」

 

 アスナ「ちょ、ちょっと待って!!

 衝撃的すぎてド忘れしてるだけだから!!」

 

 ユウキ「あぁぁぁぁぁっ!!!!衝撃的だなんて言わないでよぉ!!!!

 ボク達だってめちゃくちゃ恥ずかしいんだからぁっ!!!!」

 

 アスナ「ご、ごめん!!!!」

 

 キリト「…ごめんなさい」

 

 タクヤ「まぁ、オレらもアレだけど…せめてノックぐらいしてくれ…」

 

 キリト&アスナ「「ごめんなさい」」

 

 普通ならマイホームの中は完全に密室になっており、外から鍵で開けるか中から開けるかの2択しかない。

 当然、スリーピング・ナイツのみんなは合鍵を持っているのだが、

 ついさっきキリトとアスナに聞いた所、扉が少し開いていたらしいのだ。

 そうだとすれば誰でも中に入れる。

 最後に出た奴はもれなくモンスターハウスにでも取り残してやろうか。

 

 ユウキ「ふぅぅ…。まだ顔が熱いよ…」

 

 アスナ「私も…」

 

 キリト「2人はいつもあんな感じなのか?」

 

 タクヤ「んな訳ねぇだろっ!!!!」

 

 毎日あんな空気を垂れ流していたら他のメンバーにも悪いし、第一ノリとシウネーあたりが何かと聞いてくる為、普段の生活であんな空気は作り得ない。

 

 アスナ「あっ!思い出した!!ユウキに用があったんだわ!!」

 

 ユウキ「ボクに?」

 

 キリト「オレはタクヤに用が…」

 

 タクヤ「ん?」

 

 アスナ「ここじゃちょっとあれだから…テラスに出ましょ?」

 

 そう言ってアスナはユウキを連れてテラスへと向かっていった。

 

 タクヤ「…で?オレに何の用だ?」

 

 キリト「…いや、ちょっとこれは言いづらいというか恥ずかしいというか…」

 

 タクヤ「お前…少し見ない間に女らしくなったな」

 

 キリト「なんだよそれ!!オレは男だぞっ!!!!」

 

 タクヤ「わかったから…。はよ言ってくれ」

 

 キリト「実は…その…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスナの事が気になるんだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 ボクとアスナはテラスに出てテーブルについた。

 外は少し肌寒いので簡単なティーセットと菓子類をストレージから取り出し、ボクとアスナの分の紅茶を淹れる。

 

 ユウキ「はい、アスナの分だよ」

 

 アスナ「ありがとう」

 

 ユウキ「それでボクに話って何?」

 

 そう聞くとアスナは何故か辺りをキョロキョロして誰もいないのを確認すると顔を赤くしながらボクに言った。

 

 アスナ「あのね…私…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト君の事が好き…なの…!!」

 

 ユウキ「えぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 アスナ「ゆ、ユウキ!!声が大きいっ!!」

 

 ボクはそう言われて開いた口を両手で塞いだ。

 幸い中の2人には聞こえていないようだ。

 

 ユウキ「そ、それで…いつからなの!?」

 

 こういう色恋沙汰はSAOではかなり珍しい為、どうしても根掘り葉掘り聞き出してしまいたい衝動に駆られてしまう。

 

 アスナ「えっと…もう半年ぐらい…前から…」

 

 キリト「ふぁぁぁっ!!そっかぁ…キリトをねー…。

 アスナはキリトのどんな所を好きになったの?」

 

 アスナ「…優しい所とか、キリト君って辛い事は何でも1人で片付けようとするじゃない?

 だから、守ってあげたいって思うようになったの…」

 

 ボクはアスナの言っている意味が理解できる。

 何かとキリトは自分1人で辛い事を背負おうとする節がある。

 タクヤにも似た所があるのでアスナの気持ちも理解できてしまう。

 

 アスナ「で、頼みというか相談なんだけど…キリト君との仲を…その、取り繕ってほしいの…!」

 

 ユウキ「ぼ、ボクに!!?そんな事出来るかなー…」

 

 アスナ「お願いユウキ!!」

 

 ユウキ「…分かったよ!

 ボクに出来る事があるなら喜んで協力するよ!!」

 

 アスナ「ありがとうユウキ!!大好きっ!!」

 

 ユウキ「ボクもアスナの事大好きだよっ!!

 タクヤの次にだけどね!!」

 

 アスナ「私だってキリト君の次にユウキが好きだから!!」

 

 そんなこんなでボクはアスナとキリトをくっつける為に、アスナに協力する事を誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 

 タクヤ「ふぅん…そうか…」

 

 キリト「…なんかイメージしていたリアクションと違うんだが?」

 

 まぁ、テンションが上がらないのも無理もない。

 前々からアスナのキリトに送る視線や仕草などはある程度の事を予想させていた。

 この事に勘づいていそうなのはエギルくらいだと思うが…。

 かくいうオレもユウキと付き合っていなければこんな事には全く気づいていないだろうが。

 

 タクヤ「いや、それで?オレにそれ話してどうしろと?」

 

 キリト「あぁ。オレ…こういう事はどうも疎くて…出来ればタクヤにその手助けをして欲しいんだが…ダメか?」

 

 タクヤ「…キリトにはいつも世話になってるからな。

 その頼みを断る訳にもいかないから協力してやるよ…」

 

 キリト「ほ、本当か!!ありがとう!!恩に着るよ!!」

 

 こんなオレでも出来る事があって、友達がそれを求めてるならそれに応えてあげたい。

 特にキリトにはこれまで以上に幸せになってほしいとすら思っている。

 今まで辛く険しい道のりを歩いてきたのだ。

 神様がいるのだとしたらそれぐらいは許してくれてもいいだろう。

 

 タクヤ「で?具体的な計画とかは練ってるのか?」

 

 キリト「全く」

 

 タクヤ「…全く?」

 

 キリト「それを考えついてたらタクヤに頼んでない!!」

 

 タクヤ「威張るな!!…この事は他の奴に話したのか?」

 

 キリト「いや、タクヤだけだ。

 エギルにも相談しようかと考えたが、もっと年の近い奴の方がいいと思ってな…」

 

 確かに、1番強力な手助けになると言ったら真っ先にエギルが思い浮かんでしまう。

 残念だがクラインにはそんな話しようものなら逆にこっちがクラインの相手を探すハメになりかねない。だから、却下だ。

 

 タクヤ「とりあえず、早速今から考えるか…。

 でも、ここじゃ他のメンバーに聞かれちまうかもな。

 よし、どっか落ち着ける所に行こうか」

 

 キリト「そうだな…」

 

 オレとキリトは落ち着けそうな場所に行く為、その前にユウキとアスナに声を掛けてから行く事にした。

 

 タクヤ「ユウキー。ちょっとキリトと出掛けてくるー」

 

 ユウキ「うへっ!?た、タクヤ!!い、行ってらっしゃい…」

 

 タクヤ「?…行ってくる」

 

 そうしてオレとキリトはマイホームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 

 ユウキ「び、びっくりしたぁ〜…」

 

 いきなりタクヤに声を掛けられるとは思わず、心臓が破裂してしまうんじゃないかと思った。

 

 アスナ「キリト君達…どこ行くんだろ?」

 

 ユウキ「でも、これで誰にも邪魔されないで計画が練られるね!!」

 

 シウネー「何の計画を練るんですか?」

 

 ユウキ「そりゃあもちろん!キリトとアスナをくっつける…」

 

 ノリ「ほぉ…面白そうな事になってるじゃん」

 

 リズベット「私にも聞かせなさいよー!」

 

 ユウキ&アスナ「「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」

 

 思わず椅子から流れ落ちてしまったボク達がふと見上げると、どこから現れたのかシウネーとノリ…そして、リズベットの3人が立っていた。

 

 ユウキ「い、いつからそこに…?」

 

 シウネー「ついさっきですよ。

 玄関でタクヤさんとキリトさんに会いましたよ?」

 

 リズベット「そしたらテラスでユウキとアスナが居るって聞いたからお邪魔したのよ!!」

 

 アスナ「り、リズ…。2人と面識あったの?」

 

 リズベット「ううん。今日初めて会ったわよ。

 でも、すぐに意気投合しちゃってさ!

 それで一緒にお茶でもしないって事でお呼ばれしたのよ!」

 

 ノリ「で…私達にもその話、じっくり聞かせてよ…」

 

 ボクから見た3人の顔は不敵な笑みを浮かべ、まるで魔女のように不気味であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 リズベット「それではこれより"キリトをアスナにメロメロさせちゃお!”作戦の会議を開きます…!!」

 

 ノリ「よォっ!!待ってましたっ!!」

 

 シウネー「ノリ!真面目にやりなさい!!」

 

 ユウキ「いぇーい!!」

 

 アスナ「みんな…ありがとう…!!」

 

 ユウキ「ボク達で精一杯サポートするからね!」

 

 アスナの為にも絶対にこの作戦は成功させねばならない。

 いくつかの候補をあげてどれが1番効果的かしっかり吟味しなければならず、ボク達はそれぞれ候補をあげた。

 

 リズベット「えーと…ユウキのは、手料理を振る舞う…と」

 

 ユウキ「やっぱり胃袋をガッシリ掴むのがいいと思って!!

 アスナも料理スキル高いし打って付けだと思うよ!!」

 

 リズベット「なるほどねー。

 …で、シウネーが、2人っきりで星を眺める…と」

 

 シウネー「肝心なのは何と言ってもムードですよ!

 2人っきりで星を眺めながら互いの距離が近づいていくんです!!」

 

 リズベット「あーそれも捨て難いわねー。

 んで、ノリが…酒を交わす?」

 

 ノリ「酒でも飲んで心の弱みをキリトに見せて守ってあげたくなるように魅せるのも手の1つだと思うよ!

 それに、もしかしたらキリトの弱みとかも聞けちゃうかも知れないからね!!」

 

 リズベット「確かに…弱みを見せるってのも悪くないわね…。

 じゃあ、次は私ね!

 そうね…、2人だけの思い出の品を共有するなんてどう?

 それを見る度に互いの事を思い出しあってやっぱりこの人じゃなきゃ…!!って魂胆よ!!」

 

 全員それぞれ色んな趣向を凝らした案が出てきた。

 ボク的には全部やってもいいんじゃないかと思うのだが、最終的に決めるのはアスナである為何とも言えない。

 

 リズベット「どれかいいのあった?アスナ」

 

 アスナ「どれも魅力的だからなー。

 あっ、でも…お酒とかはちょっと無理かなー…」

 

 ノリ「えぇっ!?なんでさー!!」

 

 アスナ「私…お酒はちょっと苦手で…多分、キリト君もあんまり飲まないんじゃないかなぁ…」

 

 ノリ「ちぇっ!いい案だと思ったんだけどなぁ…」

 

 アスナ「後、物を送るのもダメっぽい…。

 キリト君そういうの頑なに受け取ろうとしないから」

 

 リズベット「あー…まぁなんか納得出来るわ」

 

 となると残りの案はノリとリズベットの案を除いた2つとなる。

 どちらも成功すれば間違いなく2人の仲は深まると確信を持って言える。

 

 アスナ「だから、ユウキとシウネーの案を頂きたいと思うんだけどいいかな?」

 

 ユウキ「もちろんだよ!!」

 

 シウネー「こちらこそごちそう…じゃなくてお役に立って嬉しいです!!」

 

 ユウキ「よーし!!

 それじゃあ今から料理スキルを完全習得(コンプリート)するよー!!アスナ!!準備してっ!!」

 

 アスナ「い、今から!?」

 

 ユウキ「当たり前だよっ!!

 時間なんてあっという間に過ぎちゃうんだから今からやらなきゃ始まらないよ!!」

 

 さっきまで暇だなーとか言っていた人の言うセリフじゃないと心の中で思いながらも、アスナをキッチンに招き入れて早速料理スキルを上げて行く事にした。

 シウネーはその間に気象設定などを調べていつどの層で綺麗な星空になるか探し始めた。

 リズベットとノリにはボク達のサポートをまかせて本格的に作戦の準備に取り掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年10月03日 12時40分 第50層 アルゲート

 

 オレとキリトは落ち着ける所を探していろいろな層を探したが街や店にはプレイヤーが多く、なかなか見つけられずにいた。

 そんな時、たまたまエギルに会ってキリトの了解を得て事情を話すと今日は定休日だからとエギルの店を紹介された。

 これは願ったり叶ったりだったオレ達は二つ返事で受け入れた。

 そして、今に至る。

 

 キリト「…どうしてお前がここにいるんだ?クライン」

 

 クライン「なんだよーいちゃ悪ぃのかよー…」

 

 キリト「いや、そういう訳じゃないが…」

 

 エギルの店でいざ話を進めようとした時、これまた偶然にクラインが来店してきた。

 キリトの顔が一瞬引きつったが見なかった事にしておこう。

 

 エギル「どーせすぐバレるんだ。

 仲間に入れてやればいいじゃないか?」

 

 キリト「それはそうだが…なんかこう…コイツには言いたくないと言うか…」

 

 クライン「なんだよっ!オレ様に隠し事かよっ?

 水くせぇじゃねぇか!オレでよければ力になるぜ?

 大事なダチの為だ!!人肌脱ごうじゃねぇかッ!!」

 

 タクヤ「クラインもこう言ってくれてるし…話してやれよ」

 

 キリト「…そうだな。…わかったよ」

 

 という事でキリトはクラインに自分の気持ちや今のこの状況を余す事なく丁寧に説明した。

 

 

 10分後

 

 

 クライン「…」

 

 キリト「だ、大丈夫か?」

 

 クライン「そうかぁ…キリの字もとうとうそんな事を考えられるようになったんだな…!」

 

 キリト「とうとうってなんだよ!?」

 

 クライン「オレに任せとけ!!

 絶対ェアスナさんとくっつけてやるからな!!」

 

 キリト「声がでかいよっ!!?」

 

 クラインはよほど嬉しかったのか涙を流しながらキリトの肩を組んでいた。

 

 エギル「まぁ、これからだろ?飯でも食いながら話そうや」

 

 そう言って出てきたのはサンドウィッチとソーセージの詰め合わせにサラダと巨漢の男が作るところなど想像出来ないような物が現れた。

 

 タクヤ「すげーな…!エギル、料理スキルとか取ってたのかよ?」

 

 エギル「家は道具屋兼喫茶店だからな。

 ある程度料理スキルがねぇと商売にならないんでな」

 

 クライン「ある程度ってレベルじゃねーよ!

 めちゃくちゃ美味ェじゃねぇか!

 誰も巨漢が作った代物とは思えねぇ!!」

 

 キリト「確かに…!」

 

 エギル「お前ら…それは褒めてんのか?貶してんのか?」

 

 タクヤ「褒めてるんだよ」

 

 エギルの料理に舌ずつみをうちながら本題へと入る。

 

 クライン「やっぱこういう事は男から行かねぇとなっ!!

 男らしさを魅せるってのも大事だ!!」

 

 タクヤ「男らしさか…。あんまキリトには合ってねぇな。

 どちらかと言えば中肉中背のニートって感じだ…」

 

 キリト「ぐ…言い返せない…」

 

 エギル「クラインの言う事にも納得だが、キリトにはキリトにしかない物を見せればいいとオレは思う」

 

 クライン「何かあんのか?キリト」

 

 キリト「は?それをオレに振るのか?

 お前達から見てどうなんだよ?」

 

 キリトの印象か…。

 初めて会った時はただのゲーマーだと思ってたからな。

 なんとも形容し難いが戦闘面でこれ程頼りになるプレイヤーは少ない。

 そういう意味ではキリトにしかない物と言えなくもないが。

 

 タクヤ「でもよ…それってオレ達男連中から見た印象だろ?

 女子目線になるとまた違ってくるんじゃないか?」

 

 クライン「あー…確かにな。

 女から見た男ってのもオレ達からしたら全く違ェって合コンで聞いたわ」

 

 エギル「お前、合コンなんぞに行ってるのか?」

 

 クライン「なんだよ!悪ぃかよ!!オレだって…オレだって…!!」

 

 クラインはクラインで辛い経験をしているのが分かったが、今はそんな事どうでもいい。

 キリトとアスナをくっつける話をしているのだ。

 正直、クラインの事は諦める方向で話をしよう。

 

 キリト「うーん…。自分じゃよく分からないんだけどなー。

 オレって現実じゃただのゲームオタクだし、根暗だし、コミュ障だし…」

 

 タクヤ「言うな。それ以上言うとこっちまで悲しくなる…」

 

 キリト「タクヤはどうやってユウキとそういう関係になったんだ?」

 

 タクヤ「お、オレか!?」

 

 エギル「オレも気になるぞ。

 前に2人で来た時から勘づいていたが…その後どうなって今に至るのか闇に紛れたままだ」

 

 クライン「どいつもこいつも惚気やがって!!

 オレにも少しぐらいあってもいいだろォがっ!!」

 

 タクヤ「それは単なる文句じゃねぇか!!

 いや、オレ達は参考にならねぇから!!」

 

 確かに、普通の男女交際とは歪な道を歩んでいると思う。

 それに付き合い出してすぐに離れてしまった為、世間でいう恋人関係というのもろくにしていない。

 

 キリト「でも、念のために聞いておきたいんだ。

 頼むよタクヤ…!」

 

 タクヤ「…分かったよ。笑うなよ?」

 

 エギル「笑わねぇよ。恋愛なんざ人それぞれなんだからな」

 

 タクヤ「じゃあ話すぞ?確か…ユウキの誕生会の日だったかな。

 ユウキにプレゼントを渡してそこでユウキに告白されたんだ」

 

 クライン「なんだよっ!お前からじゃないのかよっ!」

 

 タクヤ「そん時はまだユウキの事仲間としてしか見てなかったし、それに…オレには真っ先にやる事があったから…」

 

 エギル「やる事?」

 

 タクヤ「このゲームをクリアして茅場晶彦をぶっ殺す…。

 それがオレのやるべき事だ」

 

 そう。こんな世界を作り出してしまった兄貴を弟であるオレの手で引導を渡さなくてはならない。それがオレの役目だ。

 

 タクヤ「だから、すぐには返事が出来なかった…」

 

 キリト「じゃあ、いつ返事したんだ?」

 

 タクヤ「お前とユウキの3人で熟練度上げに行ったのを覚えてるか?ほら、オレが修羅スキルを暴走させた時だ」

 

 あの時オレはキリトに危害を加えてしまった。

 自責の念で仲間から離れようとした時、ユウキから強く抱きしめられたのを憶えている。

 その時だ。

 ユウキはこんなオレでも変わらず一緒にいたい、大好きだと言ってくれた時にはもうオレはユウキの事が好きなんだと自覚出来た。

 

 タクヤ「あの時にオレからもう1度告白して付き合う事になったんだが、それからはお前達も知ってるだろ?」

 

 キリト&クライン&エギル「「「…」」」

 

 そうだ。しばらくしてオレは笑う棺桶(ラフィン・コフィン)という殺人(レッド)ギルドに入った。

 当時、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のギルドマスターのPohに仲間を人質に取られ強制的にギルド加入を余儀なくされた。

 それからというもの、オレはプレイヤーを2人も殺し、罪を重ねていった。

 

 タクヤ「な?参考になんねぇだろ?

 一緒にいた時間が全部合わせてもそんなにねぇから恋人らしい事してやれてねぇんだよ…」

 

 エギル「まぁ、参考にはならないな…」

 

 タクヤ「そんな事よりキリトだろ!!

 お前、今でもソロで迷宮区とか潜ってんだろ?

 だったら、また前みたいにパーティ組んで一緒に行動すればいいじゃないか!!」

 

 キリト「無理だろ…。アスナは今や血盟騎士団の副団長だぞ?

 ソロでビーターのオレと一緒に行動してたらアスナに有らぬ噂が流れるかもしれないだろ?」

 

 タクヤ「そんな事はアスナ本人が決めるんだよ。

 誘って断られたらそれまでだったって事じゃねぇか」

 

 キリト「いや、しかし…」

 

 タクヤ「四の五の言ってないでまず行動しろ!うじうじすんな!

 タダでさえ女顔なのに気持ちまで女になってどうする?

 さぁ!行ってこい!今すぐに行ってこい!!」

 

 キリト「い、今からか?」

 

 タクヤ「当たり前だ!思い立ったが吉日って言うだろ!」

 

 キリト「は、はいっ!!」

 

 そう言いくるめたオレはキリトをアスナの元へと送った。

 ちょうどいい所に転移門前にアスナがいた為、キリトをアスナに預けてエギルの店に戻ると見せかけ物陰に隠れて2人の様子を伺う。

 

 キリト「あ、アスナ…」

 

 アスナ「な、何?キリト君…」

 

 キリト「アスナがよかったらなんだけど…軽くクエストにでもいかないか?」

 

 アスナ「!!…私と2人で?」

 

 キリト「あ、いや、別にダメならいいんだ!

 また別の機会にでも…」

 

 するとアスナが物凄い勢いで首を横に振る。

 アスナさん…そんなに振らなくてもいいんじゃない?

 

 アスナ「私も…その、ちょうど時間が空いてたから…」

 

 キリト「!!…そ、そうか…。じゃあ、行こうか…」

 

 アスナ「うん…!!」

 

 2人は顔を赤くしながら転移門でどこかへ転移して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年10月04日 15時10分 第50層 アルゲート

 

 エギル「で?どうだったんだよ?昨日は…」

 

 キリト「いや、クエストを一緒に行っただけだ」

 

 クライン「…特に何かなかったのか?」

 

 キリト「何かって?」

 

 タクヤ「…お前、何の目的で行ったか覚えてんの?」

 

 キリト「え?オレ今、責められてるの?」

 

 オレ達3人がため息を同時についてしまった。

 2人っきりにしてやりたいと思い、街の所で尾行をやめてエギルの店に戻ったのだ。

 だから、その後2人が何をしていたのかは分からないのだ。

 そう思ってキリトを呼び出し事情を聞けば特に何もないとの事で、心底ガッカリである。

 

 タクヤ「…まぁ、先はまだあるか…」

 

 キリト「?」

 

 キリトの恋はまだまだ先のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 

 2024年10月04日 14時50分 第47層 フローリア マイホーム

 

 ユウキ「で!昨日はどうだったの?アスナ!!」

 

 シウネー「私も気になります!!」

 

 ノリ「勿体ぶってないで早く教えなよー!!」

 

 アスナ「えーと…」

 

 リズベット「まさか…!!言えないような所まで…!!?」

 

 アスナ「ち、違うよ!!

 えっと…昨日はクエスト行っただけで特に何も…」

 

 ユウキ&シウネー&ノリ&リズベット「「は?」」

 

 開いた口が塞がらない。

 ボク達はとりあえずキリトにアプローチをかけたらとアスナを50層まで連れていき、ちょうどいい所にキリトがいたのでボク達は物陰に隠れて様子を伺っていた。

 なんとキリトからクエストに誘われていたのだ。

 2人っきりにしようという事でその場は2人を行かせたが、今日、どうなったか事情を聞いてみると特に何もなかったと返ってきた。

 

 ユウキ「ほ、ホントに何もなかったの?」

 

 アスナ「う、うん…」

 

 リズベット「ただクエスト行っただけ?」

 

 アスナ「う、うん…」

 

 シウネー&ノリ「「えぇ…」」

 

 こんな事を言っては悪いがなんとも面白くない話だ。

 キリトから誘っていたのでもしやと思ったが。

 

 リズベット「はぁぁぁ…!!面白くなーい!!」

 

 アスナ「えぇっ!!?」

 

 シウネー「キリトさんもキリトさんですよ…。

 せっかく2人っきりなのに手を出さないなんて…」

 

 ノリ「かぁーっ!!なんかこうモヤモヤするねぇ!!」

 

 ユウキ「まぁまぁ…。タイミングがなかったって事だよね?」

 

 アスナ「…タイミングはあったんだけど、意識しちゃうと緊張しちゃって…」

 

 この様子じゃ一体いつ2人が結ばれるのか分かったもんじゃない。

 この先も長く見ていくしかないようだ。

 

 アスナ「ごめんね。みんなに協力してもらってるのに…」

 

 リズベット「謝んなくていいわよ。

 まぁ、薄々感づいてた事だったしね」

 

 アスナは"攻略の鬼”と呼ばれていても剣を納めればただの純粋な女の子だ。

 それなら誰だって緊張ぐらいしてしまう。

 でも、心配もしていない。

 キリトとアスナならこの先必ずと言っていいぐらい結ばれるだろう。

 確証はないがそこは女の勘というものだ。

 

 ユウキ「でも、まだ時間はある訳だしこれからに期待って事で…」

 

 シウネー「ですね」

 

 ノリ「頑張りなよ!!私達も応援してるからさ!!」

 

 リズベット「でも、もうちょい積極的にいかなきゃだよ!!」

 

 アスナ「うん!!ありがとうみんな!!」

 

 淡くも美しい恋の行方はどうなるのか…。

 それはまた次の機会にでも…。

 

 

 

 




という事でどうだったでしょうか?
2人の恋の行方はどうなる事やら。
2人の具体的な話は後日談や番外編などで書いていきたいと思います。

では、また次回!


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【20】クォーターポイント

と言うことで20話です。
次でとうとうSAO編は終了します。
ラストも全力で書くのでよろしくお願いします。

では、どうぞ!


 タクヤLv.101

 ユウキLv.98

 ジュンLv.97

 テッチLv.97

 タルケンLv.97

 ノリLv.97

 シウネーLv.97

 

 

 2024年11月03日 18時00分 第22層 ログハウス

 

 あれから一月の時が流れた。

 事後報告をするとキリトとアスナは紆余曲折を経て互いの仲が深まり結婚した。

 今日はそのお祝いを兼ねてキリトが購入したログハウスで行われるパーティに招待されている。

 どうやらアスナはアスナでユウキ達に協力を仰いでいたみたいだ。

 時折見せるアスナの涙に感慨深いものを感じながらオレはキリトとテラスへ出て話していた。

 

 タクヤ「なんか、オレ達が協力する程でもなかった感じだな。

 トントン拍子で事を運びやがって」

 

 キリト「そんな事ないさ。

 みんなの協力があったからこその結果だ。ありがとう…」

 

 タクヤ「オレ達は特に何もしてないけどな…」

 

 キリトとアスナはあれ以来頻繁に最前線でパーティを組んで攻略していた。

 キリトの話では今に至るまでいろいろな事があったらしい。

 アスナの護衛についていたクラディールというプレイヤーに因縁をつけられながらもそれを跳ね返し、74層のフロアボスをほぼ単独で撃破したり、ヒースクリフと決闘(デュエル)して負けて血盟騎士団に加入したりとだ。

 しかも、クラディールからの報復で危うく殺されかけたりと通常なら決して起こりえないような事件が多数上がっている。

 

 タクヤ「まさか笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の残党がいたなんてな…」

 

 キリト「あぁ…。だが、特に勢力がある訳じゃない。

 Pohもあれ以来姿を現していないらしいし…」

 

 あの討伐作戦以来Pohは完全に消息を断っていた。

 今はどこで何をしているかはわからないがまた危険に晒すつもりでいるなら今度こそ監獄に送ってやる。

 

 タクヤ「…」

 

 キリト「お前のせいじゃないぞ?

 お前はお前の出来る事を全部やって帰ってきたんだ」

 

 タクヤ「…わかってる」

 

 キリトを襲ったクラディールなる男は笑う棺桶(ラフィン・コフィン)に所属していた。

 だが、オレ達は1度、Poh以外のメンバー全員を捕縛し、監獄へと送っている。

 考えられるのは逃げ延びたプレイヤーが1から笑う棺桶(ラフィン・コフィン)を立て直したのか、名前だけ使っているのかのどちらかだ。

 キリトも言った通り勢力としては本家に劣っているし、目立った情報も流れていない。

 当面は心配ないだろうがそれでも注意は必要だ。

 

 タクヤ「…で?ヒースクリフと戦ってみた感想は?」

 

 キリト「アイツ…めちゃくちゃ硬いな。

 二刀流であの程度のダメージじゃ誰がやっても結果は知れてる」

 

 タクヤ「…最後の1撃については?」

 

 キリト「気付いてたのか…。

 あれはオレも驚いたよ。と同時に違和感を感じた…」

 

 ヒースクリフとの決闘(デュエル)において最後の1撃はオレの目からしても異常までの速さだった。

 それが"神聖剣”本来の能力なのかは分からないがまるでヒースクリフ以外の時間が遅くなっているようなそんな感じがした。

 

 タクヤ「あんだけイヤイヤ言ってたのに血盟騎士団に入る事になっちまったな!…て今は休暇中だっけ?」

 

 キリト「あぁ。しばらく前線から離れて落ち着きたいってのもあったしな…」

 

 クラディールの件で2人はヒースクリフ本人に休暇届けを申し出てそれを承諾。

 2人は晴れて念願の新婚生活を満喫する事になった。

 

「パパ!」

 

 キリト「おっ!どうしたユイ?」

 

 ユイ「あっちでママが呼んでたよ!」

 

 キリト「わかったわかった。すぐに行くから先に行っておいで…」

 

 ユイ「はーい!!」

 

 ユイと呼ばれた少女はママであるアスナの元へと戻っていった。

 その後ろ姿はある1人の女性を思い出させる。

 似ている所などはないが、最初に見た印象がそれだった。

 

 タクヤ「…このゲームって子供作れるんだなぁ」

 

 キリト「ばっ!!?違うよ!!

 ユイはオレ達の子じゃなくて今は預かってるだけだ!!」

 

 タクヤ「どうだか…」

 

 キリト「そ、そういうタクヤこそ…最近どうなんだ?」

 

 タクヤ「オレ?…特に何も…お前達より面白い事はねぇな」

 

 キリト「なんか…すごく馬鹿にされた気分だ」

 

 タクヤ「気のせいだろ?

 ほら、早く行かねぇと奥さんが待ってるぜ?」

 

 キリトは仏頂面をしながらアスナの元へと行く。

 オレは1人テラスへ残り湖を眺めていた。

 ここからの景色はフローリアのマイホームから観る景色とまた違って落ち着きを与えてくれる。

 周りの村にもプレイヤーが来る事はほとんどなくのどかな空気が層全体に広がっていた。

 

 ユウキ「タークヤ」

 

 すると、背後からオレを呼ぶ声が聞こえてくる。

 まぎれもなくユウキの声だ。

 

 タクヤ「どうしたんだ?ニコニコして…」

 

 ユウキ「んー?別にー」

 

 えらく上機嫌なユウキはオレの横へと陣取り手に持っていたジュースに口をつける。

 

 ユウキ「はぁー…子供っていいよねー…タクヤ、子供作ろ?」

 

 タクヤ「ぶふっ!!?い、いきなり何言い出すんだ!!?」

 

 オレは思わず酒を吹いてしまった。

 だから何であなたはいつも爆弾をいきなり落とすんでしょうか?

 

 ユウキ「ユイちゃんすごい可愛いんだもん!

 はぁ…ボク達にも子供出来たらなぁ…」

 

 タクヤ「こ、コホン…。

 そ、そういうのは将来設計をちゃんと組んでだな…」

 

 ユウキ「じゃあ、将来タクヤはボクと子供作ってくれる?」

 

 タクヤ「頼むからそういう事は人前で言わないで?」

 

 と言っても既に手遅れのようだ。

 テラスを覗き込むキリトとアスナを始め、パーティに招待されている者全員がこちらに注目している。

 

 リズベット「かぁ…!!人前でよくそんな話出来るわねぇ…!!」

 

 シリカ「こ、こ、子供を作るってやっぱり…!!」

 

 クライン「このリア充どもがっ!!!!」

 

 エギル「お前のはただの妬みだ…」

 

 キリト「まぁこうなっちまうよな…」

 

 アスナ「あはは…」

 

 オレはもう精神的に死んでしまいました。

 ユウキはさほど気にしていないらしくもれなくオレだけ爆死した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユイ「子供ってどうやって作るの?」

 

「「「「!!!?」」」」

 

 全員が一瞬で凍りついてしまった。

 お前達の娘もとんだ爆弾少女だったんだね。

 

 アスナ「ゆ、ユイちゃんにはまだ早いかな〜…」

 

 ユイ「えー!!知りたい知りたーい!!」

 

 クライン「いっそ本当の事を…」

 

 リズベット&エギル「「バカかっ!!!!」」

 

 次はクラインが死にました。肉体的に…。

 

 アスナ「き、キリトくーん…!!」

 

 キリト「お、オレ!?元はと言えばタクヤ達が話してたんだからそっちが教えてやってくれよ!!」

 

 タクヤ「はぁっ!?な、なんでオレが…!!

 大体、ユイの親はお前らだろ!!そっちで教えてやればいいだろ!!」

 

 なんとも低レベルなやり取りだと思ったが何が悲しくてこんな純粋無垢な少女に教えなければいけないのだ。新手の拷問か?

 

 ユウキ「ユイちゃん…。実はね子供は…」

 

「「「「行ったぁぁぁぁぁぁっ!!!?」」」」

 

 さすがはオレの嫁!

 こんな危機的状況でも何か対策があるに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウノトリさんっていう鳥がキャベツ畑から連れてくるんだよ」

 

「「「「…」」」」

 

 いや、流石にそれはないだろ…。

 幾ら何でもこんな見え見えの嘘に引っかかるわけ…

 

 ユイ「そうなんだー!!じゃあ、ユイもキャベツ畑から来たの?」

 

 ユウキ「そうだよー!!」

 

「「「「…」」」」

 

 ユイが純粋でよかった。

 キリトとアスナの子じゃなかったらオレ達で引き取りたいぐらいだ。

 ユイの欲求も満たされた所でみんなもパーティの続きを始める。

 

 タクヤ「とりあえずはナイスだ、ユウキ」

 

 ユウキ「まぁ、本当の事はまた大人になってからじゃないとね」

 

 タクヤ「お前もまだ十分子供だよっ!」

 

 ユウキの額にデコピンを食らわせると頬を膨らませ、こちらを睨んでくる。

 

 ユウキ「ぶー…ボクはもう大人だよ!

 ほら!タクヤだって知ってるでしょ?ボクのおっぱいも…」

 

 タクヤ「だぁぁぁぁぁっ!!!!分かった…分かったから!!!!」

 

 これ以上は流石に許容できない。

 ユウキの口を抑え、周りを見るがとりあえず誰も聞いていないようだ。

 

 ユウキ「〜〜!!!!」

 

 タクヤ「あっ!悪い!!大丈夫か?」

 

 ユウキ「はぁ…はぁ…死ぬかと思ったよ…」

 

 タクヤ「つ、つい力が入っちまって…」

 

 ユウキ「…罰として今日の夜は覚悟しておいてね」

 

 タクヤ「は?」

 

 それだけを言い残しユウキはシウネー達の所へと行ってしまった。

 

 タクヤ「…ったく。…人前で言うなって言ってんじゃねぇか…」

 

 顔が熱くなるのを感じながらグラスの中の酒を熱を冷ますように一気に飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「それじゃあまたね〜」

 

 リズベット「末永くお幸せに〜」

 

 アスナ「ありがとうみんなー!!」

 

 あれから数時間が経過してパーティも締め、オレ達は22層を後にした。

 時間が時間なのでリズベットとシリカをホームまで送り届けた後、スリーピング・ナイツ全員でマイホームへ帰宅した。

 

 ジュン「いやぁ楽しかったなぁ!!」

 

 タルケン「…ちょっと食べすぎました」

 

 ノリ「調子に乗って飲みすぎた…」

 

 テッチ「2人とも自業自得だね…」

 

 タクヤ「今日はもう遅いしこのまま寝て明日から攻略を開始しようか」

 

 オレ達はすぐ様自室へと向かい、今日の所は休む事にした。

 

 タクヤ「ふぁぁ…疲れたー…」

 

 部屋に入るや否やオレはベッドに仰向けになった。

 それにしても楽しい時間だった。

 仲間内でこんな事が出来るのは毎日攻略を頑張っているからこそだ。

 睡魔が襲ってきたオレは目を閉じ、それに逆らう事なく眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「タクヤー起きてー」

 

 タクヤ「ん…」

 

 ユウキ「起きてってばー」

 

 タクヤ「んあ?」

 

 人がせっかく気持ちよく寝ているというのにユウキはそんなのお構い無しにオレを起こしてくる。

 オレは目を擦りながらユウキに目をやった。

 

 タクヤ「なんだよ…まだ夜中…じゃ…」

 

 ユウキ「夜は覚悟しておいてって言ったよね…?」

 

 寝ぼけていた頭は一瞬で活性化し、瞼を大きく見開いた。

 そこにはユウキが月明かりに照らされながら下着姿で立っていた。

 

 タクヤ「な、な、なんて格好してんだよ!!?」

 

 ユウキ「ぼ、ボクだって恥ずかしいんだからね…。

 でも、今日はタクヤと一緒にいたいし…」

 

 だとしても物には順序というものがある。

 ユウキはいろいろな過程を飛ばしすぎていた。

 

 タクヤ「と、とりあえず…こっち来いよ。

 寒いだろ?その格好じゃ…」

 

 ユウキ「うん…」

 

 ユウキはオレの横に腰を下ろした。

 オレはユウキを自分の方へ抱き寄せ、そのまま押し倒す。

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 タクヤ「…ったく。子供のくせに色気づきやがって…」

 

 ユウキ「子供じゃないもん…。

 タクヤがボクを大人にしたんでしょ?」

 

 タクヤ「じゃあ、ちゃんと責任取らなくちゃだな…」

 

 オレはユウキとキスを交わす。

 ユウキの唇は甘く、とろけるように柔らかい。

 いつまでもこのままでいたいと思うがそうはいかないので名残惜しいが唇から離れた。

 

 ユウキ「タクヤ…大好きだよ…」

 

 タクヤ「あぁ…オレもユウキが大好きだ…」

 

 ユウキ「…もっと…して?」

 

 タクヤ「甘えん坊だな…お前は…」

 

 再びキスを交わし、オレ達はこの夜1つとなって眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年11月07日 08時00分 第55層 グランザム 血盟騎士団ギルド

 

 オレとユウキはアスナに呼ばれてここ…血盟騎士団ギルドへと向かっていた。

 

 ユウキ「ボク達に何の用だろうね?」

 

 タクヤ「オレはなんか嫌な予感がする…。

 ギルドに行くって事はヒースクリフに会わなくちゃいけねぇ。

 アイツにあった日にはろくな事が起きねぇんだ」

 

 そう予感させる要因はある。

 次、攻略するのは75層である。つまりクォーターポイントだ。

 クォーターポイントと言うだけあって安全マージンなど度外視でその層の難易度が劇的に上昇する。

 これまでも25層、50層と苦戦を強いられてきたがなんとかここまで辿り着く事が出来た。

 そして、オレ達がSAOに閉じ込められて今日で丸2年経った。

 

 アスナ「ユウキータクヤくーん!!こっちよー」

 

 ユウキ「あ!アスナだ!!おーい!!」

 

 タクヤ「おはよ2人とも」

 

 キリト「あぁ、おはよう…。オレ達も急に呼び出されてさ。

 まだ休暇中だったのに…」

 

 アスナ「仕方ないよ…。

 キリト君てば朝からずっとこんな調子で…」

 

 キリト「だってまだ2週間だぜ?」

 

 タクヤ「とりあえず行くか!」

 

 オレ達はヒースクリフの待つ会議室へと向かった。

 相変わらずこのギルドは重苦しい。

 タダでさえ重苦しいのに今日は一段と凄みを増している気がする。

 

 アスナ「団長。アスナです…」

 

 ヒースクリフ「入りたまえ…」

 

 キリトとアスナが扉を開くとそこには数人の幹部とヒースクリフが座っていた。

 

 ヒースクリフ「休暇中に悪かったね。

 タクヤ君とユウキ君もご苦労だった」

 

 タクヤ「そう思うなら呼び出さねぇで貰いたいな」

 

 キリト「うんうん」

 

 ヒースクリフ「そうも言っていられない事態でね…。

 単刀直入に言おう。先日我々のパーティがボス部屋を発見した。

 そして、偵察隊を送って情報収集させようとしたのだが…」

 

 タクヤ「…全滅したのか」

 

 ヒースクリフは無言で頷く。

 偵察隊は防御や回避に特化している為、情報収集だけなら容易いのだが…それを全滅に追いやられるという事は考えられるのは2つ。

 1つ…クォーターポイントのフロアボスという事で今までの常識が通用しないという点。

 2つ…何らかの方法で脱出する事が出来ずにボスに倒されてしまったかという点。

 

 ヒースクリフ「ボス部屋では結晶(クリスタル)が使えなかったらしい」

 

 キリト「結晶(クリスタル)無効化エリアか…!!」

 

 アスナ「ボス部屋じゃそんなシステムなかったのに…」

 

 ヒースクリフ「今後、ボス部屋では結晶(クリスタル)は使えないと考えた方がいいな」

 

 結晶(クリスタル)が使えないとなるとこの先のボス戦では苦戦は必至。さらに、75層のボス戦ではかなり痛い。

 ただでさえ強いのに結晶(クリスタル)が使えないとなると回復のローテーションも1から組み直さなければいけないのだ。

 

 ユウキ「だったらどうしたら…」

 

 ヒースクリフ「だが、だからと言って手をこまねいている訳にはいかない。

 今から3時間後に攻略組を編成し、ボス部屋と突入する!」

 

 タクヤ「えらく急だな…」

 

 ヒースクリフ「これ以上待機していても時間が惜しい…。

 君達も準備してくれ」

 

 キリト「…先に言っておきますけど、もしアスナが危険に晒されたら攻略度外視でアスナを助けます」

 

 アスナ「キリト君…」

 

 タクヤ&ユウキ「「…」」

 

 キリトの気持ちはよく分かる。やっと2人は結ばれたのだ。

 誰だって掴んだ幸せを手放さないのと一緒だ。

 

 ヒースクリフ「…何かを守ろうとする者は時として力を生み出す。

 君の勇戦を期待しているよ…」

 

 それを機にオレ達は会議室を後にしようとする。

 

 ヒースクリフ「タクヤ君、君は残ってくれ…」

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキ達には先に行ってるように言って会議室にはオレとヒースクリフのみが残された。

 

 タクヤ「…なんだよ?」

 

 ヒースクリフ「君は…何か大切なものをこの世界で残せたかな?」

 

 タクヤ「…あぁ」

 

 ヒースクリフの言葉の真意が見えない。

 それだけの為に残されたとなると正直時間の無駄だ。

 

 ヒースクリフ「君は…この世界をどう思う?」

 

 ますます意味がわからない。

 そもそもこれらの質問がこれからのボス戦となんの関係があるというのだ。

 

 タクヤ「さっきからなんなんだよ!」

 

 ヒースクリフ「…答えたまえ」

 

 タクヤ「…そんなの考えた事もねぇよ。

 ただ…この世界に罪はねぇ…。それだけだ」

 

 オレはそう言い残して会議室を後にした。

 

 タクヤ(「一体何だってんだ…あの野郎…」)

 

 オレは長い廊下を1人で歩きながらユウキ達の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年11月07日 08時30分 第55層 グランザム 血盟騎士団ギルド

 

 アスナ「時間までここの部屋を使って。

 もし、ホームに戻るなら私に一声かけてね。隣の部屋にいるから」

 

 ユウキ「ありがとうアスナ!」

 

 そう言ってアスナとキリトは部屋を出ていった。

 

 ユウキ「ボク達はどうする?ホームに戻る?」

 

 タクヤ「いや、二度手間になるしみんなには時間だけ伝えておこう」

 

 ユウキはオレの指示通りスリーピング・ナイツにメッセージを送り、備え付けのソファーに腰掛けた。

 そこには簡単なティーセットもあったのでユウキは2人分の紅茶を淹れてくれた。

 

 ユウキ「紅茶入ったよ」

 

 タクヤ「あぁ…」

 

 オレもユウキの隣に座り、紅茶をすする。

 

 ユウキ「団長さんにはなんて言われたの?」

 

 タクヤ「ん?…まぁ、頑張れよ的な事を言われたよ」

 

 ユウキ「ふぅん…」

 

 本当はオレにもよくわからないのだが、ユウキや他のみんなに心配をかける訳にもいかない。

 

 ユウキ「そうだ!朝食食べて来なかったから簡単なサンドウィッチを作ってきたんだけど…食べる?」

 

 タクヤ「あぁ、貰う…」

 

 ユウキはストレージからサンドウィッチが入ったバスケットを取り出し、テーブルに置く。

 そこには簡単などという言葉が似合わない程、手の込んだものが現れた。

 

 タクヤ「…めちゃめちゃ手ェ込んでんじゃん」

 

 ユウキ「そ、そうかな?でも、ホントに簡単なんだよ。

 3分くらいで出来るもん!」

 

 タクヤ「おぉ…さすが料理スキル完全習得(コンプリート)!!」

 

 とりあえずユウキのサンドウィッチを貰うと空だった腹に満たされていく感覚が立ち込めてきた。

 今からボス戦の為、空腹で力が出ませんでしたじゃ話にならない。

 しかも、みんなを守りながら戦うとなると尚更だ。

 

 タクヤ「やっぱり、ユウキの手料理は美味いな!」

 

 ユウキ「…お口にあってよかったよ」

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキ「…ねぇ、タクヤ」

 

 タクヤ「ん?」

 

 ユウキ「また…無理してない?」

 

 タクヤ「そ、そんな事ねぇよ!!心配すんな!!

 オレがみんなを守ってみせるから!!」

 

 そうだ。オレは何が何でもみんなを守らなくちゃいけない。

 ルクスとも…ストレアとも…ユウキとも約束したのだから。

 絶対に守ってみせる。オレの命にかけても…。

 

 ユウキ「守るって…ボク達は守られるだけの存在なの?」

 

 タクヤ「え?」

 

 ユウキ「ボクだってタクヤを守れるんだよ!!

 1人で何でもやろうとするのはタクヤの悪い癖だよ!!」

 

 タクヤ「ど、どうしたんだよ…急に…」

 

 ユウキ「ボクだけじゃないよ?みんなだってそうだよ!

 タクヤを支えるって…支えられるだけの力があるって…そう思って今まで戦ってきたんだよ!!

 だから…1人でやろうとしないで…

 みんなでSAOを終わらせるんだよ!!誰も欠けちゃダメなんだよ!!

 そこにタクヤが加わってない訳ないじゃないか…!!」

 

 終わりぐらいからユウキは大粒の涙を流しながらオレに言った。

 今思えばオレの考えはただのわがままだ。

 またオレは大きな間違えをしてしまう所だった。

 

 タクヤ「…そうだよな。…もうそんな事考えない!

 オレ達でこのゲームを終わらせよう!!みんなで帰ろう!!」

 

 ユウキ「タクヤ…うん!!」

 

 オレはユウキの涙を拭き取り、優しく抱きしめた。

 もう繰り返しちゃいけない。

 オレ達は絶対に誰1人欠ける事なく現実世界に帰るのだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年11月07日 10時50分 第75層 コルニア 転移門前

 

 あれから3時間後。オレ達は最前線の75層転移門前とやって来ていた。

 スリーピング・ナイツのメンバーと合流し、編成や連携の確認を取る。

 ボスの詳細が分からない以上攻略組全体の連携よりもギルド間の連携を強くしておかなければいけない。

 

 クライン「おーす!みんな!」

 

 タクヤ「クライン!エギル!来たのか?」

 

 エギル「当たり前だ。ボスドロップで一儲けするんだからな」

 

 ユウキ「あはは。エギルは相変わらずだね!」

 

 クライン「所でキリトとアスナさんは?」

 

 タクヤ「あの2人なら血盟騎士団と一緒にいるはずだ」

 

 最前列を指差し、クラインにキリトとアスナの居場所を教える。

 休暇中と言っても2人は血盟騎士団の団員なのだから当たり前だ。

 

 クライン「あいつらにも挨拶してくるぁ…!!」

 

 そう言ってクラインは2人の元へと向かった。

 

 シウネー「タクヤさん。

 言われた通りポーション系の回復薬買えるだけ買って来ましたよ!!」

 

 タクヤ「さんきゅー!!

 今回は結晶(クリスタル)が使えないからな。

 ポーションは持てるだけ持っておけよ!!」

 

 ジュン「あいあいさー!!」

 

 タルケン「でも、結晶(クリスタル)が使えないなんて…この先のボス部屋でもそうなんでしょうか?」

 

 ユウキ「それは分からないけど団長さんが言うならその可能性は高いだろうって…」

 

 エギル「結晶(クリスタル)と違ってポーションじゃ回復が間に合わんが無いよりはマシだな」

 

 テッチ「そういう事だね」

 

 ノリ「はぁ…これから先そんなにしんどくなるのかぁ…」

 

 タクヤ「そう落ち込むなって!帰ったら酒を好きなだけ飲ませてやるから!!」

 

 ノリ「よっしゃぁぁぁ!!やるぞぉぉぉ!!」

 

 相変わらず酒が絡むと燃えるノリはほっといてそろそろ出発時間だ。

 

 ヒースクリフ「では、これより75層ボス戦を開始する!!」

 

「「「「おぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」」

 

 ヒースクリフはあらかじめセットしていた回廊結晶を使い、ボス部屋までのワープホールを作り出した。

 

 ユウキ「じゃあ今日もガンバロー!!」

 

 スリーピング・ナイツ「「「おぉぉぉっ!!」」」

 

 そして、ボス部屋前へとワープし、それを確認したのと同時にボス部屋の扉を開いた。

 

 ヒースクリフ「行くぞ!!解放の日の為に!!!!」

 

「「「おぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」

 

 全員がボス部屋へと突撃をかける。

 中に入るとボスはおろかモンスター1匹すら見当たらない。

 

 キリト「どこだ…」

 

 アスナ「…!!上よ!!」

 

 アスナの声を聞いたオレ達が天井を見上げるとそこには体が骨で出来ており、鋭利な大鎌を両腕につけたボスモンスターがいた。

 ボスが下へと降り立ち、奇声を発しながら威嚇してくる。

【ザ・スカルリーパー】…意味は"死を狩る者”といった具合だろうか。

 攻略組の何人かがスカルリーパーに向かって突撃をかけた。

 スカルリーパーも明確な敵を認識した瞬間、ムカデのような走り方で攻略組に襲いかかってきた。

 

 アスナ「ダメ!!不容易に攻撃しちゃダメ!!」

 

 だが、アスナの静止は聞こえず、数人が飛び出していた。

 スカルリーパーが大鎌を振りかざし、攻略組を薙ぎ払う。

 突撃をかけたプレイヤーは防御の体制に入ったが、スカルリーパーにそんな事は問題ではなかった。

 大鎌は防御など不要だと言わんばかりにプレイヤーを斬り刻んだ。

 体は真っ二つになり、3人のプレイヤーがポリゴンとなって消滅する。

 

 タクヤ「なっ!!?」

 

 アスナ「そんな…!!」

 

 キリト「たった一撃で…!!?」

 

 今この場において、ゲームバランスなど存在しないという事をスカルリーパーから教わる。

 レベル差があろうと関係ないといった具合であたり構わず攻撃してくる。

 

 ヒースクリフ「一塊になるな!!私があの鎌を防ぐ!!」

 

 ヒースクリフが前に出てスカルリーパーの大鎌を抑えた。

 "神聖剣”ならあの鎌は防げる…。なら、こっちは2人だ。

 

 タクヤ「ユウキ!!2人でならアレを止められる!!行くぞ!!」

 

 ユウキ「うん!!」

 

 タクヤ「初めっから全力で行くぜ…!!修羅スキル発動!!」

 

 オレは修羅スキルを発動してシュラと入れ替わった。

 

 シュラ「また硬そうな奴が出てきたなぁ!!」

 

 ユウキ「行くよ!!シュラ!!」

 

 シュラとユウキは2人でスカルリーパーの攻撃を誘い、こちらに注意を向ける。

 

 シュラ「テメェらは側面から攻撃しやがれ!!」

 

 闘拳スキル"双竜拳”を発動させ、大鎌を全力で殴った。

 ユウキは片手用直剣スキル"ノヴァ・アセンション”を繰り出す。

 流石に2人のソードスキルなら半分ぐらいの力で対処出来る。

 

 ユウキ「みんな!!早く!!」

 

 エギル「わかった!!」

 

 クライン「うぉぉぉっ!!まかせろぉ!!」

 

 オレ達のかつてないほどのボス戦が始まった。

 

 

 

 




どうだったでしょうか?
スカルリーパーって原作でも破格の強さでしたね。
ほぼ反則級だっていうくらい強いですもん。
タクヤ達はどうなるのか…。

では、また次回!


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【21】世界の終焉

という事で21話です。
今回でSAO編は終了です。
ここまで読んでくださいましてありがとうございました。
次回からはALO編に移りたいと思います。


では、どうぞ!


 2024年11月07日 13時15分 第75層 ボス部屋

 

 あれからどれくらい時間が経ったか知る者はいない。

 時間すら気にしてられない程に攻略組の面々は余裕など持ち合わせていないからだ。

 7本あるHPバーの内3本は消えていたが、まだ後4本ものHPバーが残されている。

 傍から見たらこんな途方もない持久戦にため息が出てしまう。

 斬っても斬っても斬っても…スカルリーパーのHPは数ドットずつしか削られないからだ。

 相変わらずスカルリーパーの動きはヒースクリフとオレ、ユウキ…、キリトとアスナで対処している。

 残り全員は側面からソードスキルでスカルリーパーに攻撃を続けている。

 

 ユウキ「ハァ…ハァ…」

 

 シュラ「クソチビ!!一旦退きやがれ!!」

 

 ユウキ「…大丈夫!まだやれる!!」

 

 ユウキは鎌をパリィした後、懐へと入り込みソードスキルを叩き込む。

 そして、攻撃が来たらシュラと一緒に防御する。

 先程からこれの繰り返しでユウキの集中力も切れ始めている。

 ユウキだけではない。攻略全体が疲労感を漂わせていた。

 

 タクヤ『まずい…!!シュラ!!一旦オレに代わって休め!!』

 

 シュラ「ふざけんな…て言いてぇ所だが、流石に頑丈だな…」

 

 オレとシュラは人格を入れ替え、シュラを休ませる事にした。

 

 タクヤ「ユウキ!!」

 

 ユウキ「タクヤ…?どうし…」

 

 オレは間髪入れずにユウキを抱き上げ、前線から離脱する。

 このままやってもジリ貧だ。何か作戦を考えなくては…。

 

 タクヤ「とりあえずこれ飲んどけ!」

 

 オレはポーチの中からポーションを取り出し、ユウキに差し出す。

 流石にこのままじゃやばいと思ったのかユウキは素直にそれを受け取った。

 

 キリト「タクヤ!!ユウキ!!」

 

 タクヤ「こっちは大丈夫だ!!…にしてもどうしたもんか」

 

 アスナ「このままじゃいつか均衡が崩れる…!!」

 

 ユウキ「何か…良い手は…」

 

 あんなでかい図体ではありえないようなスピードでオレ達を襲ってくる為、攻撃に転じようにも迂闊に手が出せないでいた。

 

 タクヤ「…キリト、アイツの足を全部斬り倒す事って可能か?」

 

 キリト「…出来なくはないが、どうする気だ?」

 

 タクヤ「じゃあちょっと見本でも見せてやるよ…!!」

 

 オレは勢いよく地を蹴り、スカルリーパーに突撃する。

 スカルリーパーがオレを認識する前に闘拳スキル"双竜拳”を発動させた。

 両鎌がオレ目掛けて振り下ろされるが最高速の今のオレにとっては躱す事はなど造作でもない。

 オレはその加速力を利用して何本もある脚の4本を力任せに砕いた。

 荒々しい悲鳴をあげながらスカルリーパーは防御の体勢に入る。

 

 タクヤ「みんな!!可能な限り脚を重点的に狙え!!

 コイツの動きを止めるんだ!!」

 

 オレは指示を終えると再度脚を破壊しに走り回った。

 他のみんなも脚を重点的に狙い始め、スカルリーパーは苦痛な表情を浮かべながら必死に抵抗する。

 だが、四方から脚を破壊されている為、上手く立ち回れないらしくいつしかスカルリーパーの動きは鈍くなり、HPバーも1本削れていた。

 

 キリト「相変わらず無茶苦茶だな…」

 

 アスナ「キリト君が言えた事じゃないでしょ」

 

 ユウキ「ボク達も行こう!!」

 

 さらに、ユウキ達が加勢しさらに脚の破壊が進んでいく。

 ヒースクリフも両鎌を防ぎながら脚へと剣を突き立てている。

 

 タクヤ(「アイツ…!!防御だけに専念すりゃあいいものを…!!」)

 

 オレが予期した通り、ヒースクリフにヘイトが集中的に溜まり、スカルリーパーの攻撃を受ける。

 盾越しでもダメージが存在し、決して少なくないHPが削られる。

 

 タクヤ「あのバカがっ!!」

 

 オレは見ていられずヒースクリフの元へと駆けた。

 

 ヒースクリフ「!!」

 

 タクヤ「1人で何でもやりすぎんな!!死んじまったらどうする!!」

 

 ヒースクリフ「ふ…君が私の心配をしてくれるとは思わなかったよ…」

 

 タクヤ「減らず口がっ!!」

 

 オレは闘拳スキル"波動拳”を両鎌に撃ち、スカルリーパーの攻撃を抑える。

 ダメージが蓄積している今なら1人でもなんとかいなせる。

 

 キリト「2人が攻撃を防いでる内に全員でアタックだ!!!!」

 

「「「うぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」

 

 一斉にソードスキルが発動し、エフェクトがスカルリーパーを包み込む。

 

 ユウキ「やぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ユウキの絶剣スキル"マザーズ・ロザリオ”がスカルリーパーの眉間へと貫く。

 

 キリト「うぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 キリトの二刀流スキル"スターバースト・ストリーム”がスカルリーパーの胴をはげしく斬り刻んでいく。

 

 アスナ「はぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 アスナの細剣最上位ソードスキル"フラッシング・ペネトレーター”が残り数本の脚を完璧に砕く。

 残りのHPはあと僅か…オレは最後の攻撃にシュラの人格を加えて繰り出す。

 

 シュラ『行くぞぉぉぉっ!!!!』

 

 タクヤ「うおぉぉりゃぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 修羅スキル×闘拳スキル"双竜拳×孤軍奮闘”

 オレが使える中で最強の組み合わせによる最強の攻撃はスカルリーパーの額に命中し、そこからエフェクトが波のようにスカルリーパーを巻き込む。

 HPを削り続けながらオレは右拳に全てを託し、貫く。

 そして、スカルリーパーの頭蓋骨を粉砕した。

 と同時にスカルリーパーの体が粉々に砕け散り、やがて、ポリゴンへと姿を変えて天に昇っていった。

 

 

 

 Congratulations

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「…よっ…しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

「「「うぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」

 

 ついに死闘を乗り越え75層のボスであるスカルリーパーを撃破したのだった。

 だが、やはりみんな、相当の体力を消耗しているようでその場に座り込んだり倒れたりしていた。

 かく言うオレも孤軍奮闘の阻害(デバフ)一時的行動不可(スタン)になっていた。それを消痺ポーションで治すが体は疲れきっており、そのまま倒れている事にした。

 

 エギル「…何人殺られた?」

 

 タクヤ「!!」

 

 キリト「…13人だ」

 

 その現実は歓喜に包まれようとも決して消える事はない。

 この勝利だけの為に多くのプレイヤーが犠牲になったのだ。

 

 タクヤ「…くそっ!!」

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 エギル「本当にオレ達は生きてゲームクリアなんて出来るのかよ…?」

 

 確かに、これから先も1度のボス戦でこれだけの犠牲者を出していけば100層に辿り着く頃にはたった1人という事になってもありえない話じゃない。

 そして、その1人にはおそらく今なお余裕とは言えずとも1人だけHPがグリーンで止まっているヒースクリフだけだろう。

 

 タクヤ(「助けに行くまでもないってか…」)

 

 後々考えてみればヒースクリフには絶対無敵の"神聖剣”がある。

 キリトの二刀流やオレの修羅スキルでもまったく歯が立たなかった。

 なら、例えクォーターポイントであろうとこの男には関係ないのだろうか。

 

 クライン「すげぇな…HPがグリーンで止まってやがる。

 みんなイエローやレッドになるまで削られてるって言うのに…」

 

 タクヤ「…みんな?」

 

 オレは頭の片隅で何かが引っかかったような感覚に襲われた。

 よく考えてみればおかしい。

 何故、ヒースクリフのHPはグリーンで止まっているのだろうか。

 あれだけ集中的にボスの攻撃を受けていて何故その程度のダメージしかないのだろうか。

 ふとヒースクリフに目を移すと攻略組全員に労いを掛けているように周りに気を遣っている。

 いや、あれはどちらかと言えば労いと言うよりもどこか違う場所を見ている目だ。

 オレの思考はフルに働き、1つの仮説を導き出した。

 オレはヒースクリフには気付かれないように懐のピックを手を持つ。

 

 ユウキ「タクヤ?」

 

 オレの仮説が正しければアイツは…。

 そんな事を考えている間にオレの手は既にピックをかまえ、投擲スキル"ストライクシュート”を放った。

 ピックは真っ直ぐにヒースクリフ目掛けて飛び立つ。

 

 ヒースクリフ「!!」

 

 ユウキ「タクヤ!!」

 

 カァァァン…と鈍い音がボス部屋に響き渡った。

 それは盾に当たったのではなくヒースクリフの鎧に突き刺さるハズだった。

 

 アスナ「え?」

 

 キリト「どういう事だ?」

 

 タクヤ「…説明…してもらおうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()…!!」

 

 ヒースクリフ「…」

 

 最初、驚きを見せていたヒースクリフであったが、オレを見るや否やどこか納得している顔になった。

 

 アスナ「どういう事ですか…?団長…」

 

 アスナの問にヒースクリフは黙秘で答える。

 

 タクヤ「…答えられないならオレが当ててやろうか?

 ずっと思ってたんだ…。

 あの男はどこでオレ達を監視してるんだろうって…。

 でも、オレ達は大事な事を忘れていた。

 ()()()()()()()()()()を…!!」

 

 ユウキ「ゲーム…」

 

 タクヤ「ゲームっていうのはプレイするから面白いんだ…。

 端から見てるだけじゃ全然面白くない。

 ゲームを見ている程楽しくないものはない…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だろ?()()()()…」

 

「「「!!!?」」」

 

 暫くの間が空き、ヒースクリフはやがて笑みを浮かべながらオレに言った。

 

 ヒースクリフ「…そうだ。私は茅場晶彦。付け加えるなら100層のラスボスとも言える…。

 だが、どうして分かったのかな?

 参考までに聞かせてもらおうか…」

 

 タクヤ「最初に違和感を感じたのは初めて決闘(デュエル)した時だ…。最後の攻撃、あれは幾ら何でも早すぎる…」

 

 決闘(デュエル)の最後の攻撃、あの時オレはシュラの勝ちを疑わなかった。

 あと数cm、数秒で勝負がつくと思った。

 だが、それは裏切られいつの間にかシュラは倒れていた。

 何が起きたのか全くわからずだ。

 

 ヒースクリフ「そうか…。やはりな。

 あの時はシステムのオーバーアシストを使ってしまってね…」

 

 タクヤ「キリトと決闘(デュエル)した時も使っただろ?」

 

 ヒースクリフ「お見事だよ…。

 どうやら、キリト君も薄々気付いていたみたいだね…」

 

 タクヤ「…」

 

 ヒースクリフ「…バレてしまっては仕方ない。

 私は一足先に100層の紅玉宮にて君達を待つ事にするよ…。

 ここまで育ててきた血盟騎士団を捨て去るには些か忍びないが…何、君達なら私無しでも辿り着けるさ」

 

 すると、ヒースクリフの近くにいた血盟騎士団団員が顔を強ばらせながら鬼の形相になってヒースクリフに詰め寄った。

 

「私達の…忠誠を…許さァァん!!!!」

 

 男は両手剣を振り上げ、ヒースクリフに斬り掛かる。

 だが、ヒースクリフは慌てる素振りを見せずウィンドウひ開き、ボタンをクリックする。

 

「がっ」

 

 瞬間、襲いかかった男は急に体を痙攣させ、地面へとひれ伏した。

 それは男だけに限らず、オレを除いた攻略組全員が同じ症状にかかっている。

 

 タクヤ「ユウキ!!みんな!!」

 

 ヒースクリフ「一時的に動けなくしただけだ。

 数十分で動けるようになるさ…」

 

 タクヤ「てめぇ…!!」

 

 ヒースクリフ「タクヤ君…君には私の正体を見破った褒美をあげなくてはね。

 私とここで戦い、勝ったらこのゲームから出してあげよう…」

 

 タクヤ「!!」

 

 ここでオレが奴に勝てたら…現実に帰れる…?

 

 ユウキ「ダメだよタクヤ!!」

 

 キリト「ここは一旦退くんだ!!」

 

 アスナ「タクヤ君!!」

 

 エギル「タクヤ!!」

 

 クライン「やめろォっ!!」

 

 奴に勝てたらここにいるみんなも現実に…?

 

 シウネー「ダメですタクヤさん!!」

 

 ジュン「今はダメだよ!!」

 

 テッチ「退いて…タクヤ!!」

 

 タルケン「タクヤさん!!」

 

 ノリ「バカッ!!行くな!!」

 

 ここにいるみんなだけじゃなく、この世界に囚われてるみんなも現実に帰れる…?

 

 ヒースクリフ「…どうかな?」

 

 そんなの…答えなんて決まっている。

 オレは1歩…2歩とヒースクリフに歩み寄る。

 

 ユウキ「タクヤ!!」

 

 ふと、足が止まる。

 オレは向き直り、ユウキに近づいた。

 

 タクヤ「大丈夫だ…。終わらせてくる…」

 

 ユウキ「タクヤ…ダメだよ…嫌だよ…」

 

 タクヤ「バカ野郎…死にに行くんじゃねぇ…。

 勝ってお前の所に戻ってくる。約束だ…」

 

 オレはユウキの小指を自分の小指とを結び、誓いを立てた。

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 タクヤ「…行ってくる!!」

 

 再度、ヒースクリフへと歩み寄っていくが近づく度にみんなから行くなと声を掛けられる。

 

 タクヤ「心配すんなって!!絶対に勝ってくるからよ!!」

 

 オレはみんなに笑顔を見せて、ヒースクリフの正面へと立った。

 

 ヒースクリフ「…随分と君の笑顔を見ていなかった気がするよ」

 

 タクヤ「その喋り方…いい加減やめてくれよな。

 オレはアンタを殺しに来たんだぜ?

 どうしようもねぇ奴の尻拭いはオレがこの手でやり遂げる!!」

 

 ヒースクリフ「…もう昔みたいに呼んでくれないんだな」

 

 タクヤ「…お前が一体…オレ達に何をしてくれたって言うんだよ!!あれから、オレ達はたった2人で同情の目を向けられながら必死に生きてきたんだ!!お前に…お前みたいな奴に何が分かるんだよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クソ兄貴っ!!!!」

 

「「「!!!?」」」

 

 ヒースクリフ「…あの日、お前からの連絡を取らなかったのは謝ろう。

 だが、私は悔いはしていない」

 

 全身の血が頭に登るようなここではありえない感覚がオレを襲う。

 

 タクヤ「悔いはない…だと!!

 両親より…ゲームを取ったって事かよ!!

 ふざけるな…ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ユウキ「!!」

 

 全身から赤黒いエフェクトを撒き散らしながら感情のまま声を荒らげた。

 許さない…許せない…。

 

 タクヤ「お前を…殺すっ!!!!」

 

 シュラ『落ち着けっ!!感情に流されるな!!』

 

 あのシュラがそんな事を言うとは思えなかったが、今のオレにそんな言葉はさして意味を持たない。

 

 シュラ『アイツはこの世界を作った言わば神だ…。

 あらゆるソードスキルは一切通用しない。

 だが、1つだけ手がある…』

 

 タクヤ「…」

 

 シュラ『()()()()()だ…。

 オレはカーディナルが作り出したスキルだ。

 修羅スキルならやつを倒せる…!!!!

 これはお前の戦いだ…オレの力を全部くれてやるよ!!

 だから…負けたら承知しねぇからな!!!!』

 

 タクヤ「当たり前だっ!!」

 

 オレは修羅スキルに重ねがけて闘拳スキル"双竜拳”を発動させ、一気にヒースクリフとの距離を詰める。

 これはルールがある決闘(デュエル)じゃない。

 ただの殺し合いだ。オレはこの男を…茅場晶彦を殺す。

 それだけを考えながら前に出た。

 

 ヒースクリフ「っ!!」

 

 ヒースクリフは盾でオレの拳を防ぎ、右手の長剣をオレに振り下ろす。

 オレはそれを左手で刃を掴み取った。

 

 ヒースクリフ「!!」

 

 タクヤ「うぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 修羅スキルと闘拳スキルを掛け合わされたオレの左手は何倍もの強度と力を有しており、力任せに長剣をへし折った。

 

 タクヤ「これで終わりだぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 オレは左拳を握り、ヒースクリフの顔面を捉えた。

 

 ヒースクリフ「ぐっ…!!?」

 

 ヒースクリフのHPは2割程度削られ、後退を余儀なくされた。

 

 タクヤ「まだだ…。こんなもんじゃねぇぞっ!!!!」

 

 ヒースクリフ「…流石に強いな。

 カーディナルは修羅スキルなんてものを作った理由は分からないが…タクヤは…強い」

 

 ヒースクリフはストレージを開き、新たな長剣を装備する。

 先程よりもやや大きく、鮮やかな宝石が無数に散らばられており明らかに魔剣クラスの武器であろうという事を予想する。

 

 タクヤ「そんなの…いくらでもへし折ってやるぁぁぁっ!!!!」

 

 ヒースクリフ「"宝剣エウリュアレ”…。

 いくらお前の力が強かろうとこの剣の前では全てが色あせてしまう…」

 

 オレは再びヒースクリフに突撃をかけた。

 ヒースクリフも盾の背に隠れながらオレに突撃をかける。

 その攻撃は前に1度シュラが経験した死角からの攻撃だった。

 だが、怯む事はオレの頭の中に存在しない。

 迷わず右拳を握り、奴の盾を突く。

 盾は頑丈さだけで言えばオレの全力を持ってしても砕ける事はない。

 

 タクヤ(「ここだっ!!」)

 

 ヒースクリフは盾で防御する際に、重心を低くして踏ん張りの効く体勢になる。その後、左からの攻撃が襲ってくる。

 なら、オレは右側にシフトウェイトしてガラ空きの背中に闘拳スキル"疾風突き”をヒースクリフに放つ。

 

 ヒースクリフ「っ!!?」

 

 これにはヒースクリフも驚嘆の表情を浮かべる。

 HPがさらにイエローまで落ちた所で一旦間合いを取る。

 

 キリト「なんて奴だ…!!」

 

 アスナ「すごい…」

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 タクヤ「ハァ…ハァ…」

 

 流石に修羅スキルを持続させるには体力を使う。

 修羅スキルは時間制限など存在しないが、オレの精神力を糧に発動を維持していると前にシュラから聞いていた。

 だが、これ程長く修羅スキルを使った事がなかった為、予想以上に疲労感が襲いかかってくる。

 

 タクヤ(「あと…少しだ。それまで…やり続ける…!!」)

 

 ヒースクリフ「…」

 

 ヒースクリフの顔から余裕の表情が消えている。

 ここからが正念場だ。

 オレは昔から兄貴に勝負事で勝った試しがない。

 ゲームでも、スポーツでも、もちろん勉学なんかであってもオレは兄貴を超える事が出来なかった。

 

 タクヤ(「でも、今コイツを殺さねぇと…みんなは帰れない…!!

 だから、今ここで…茅場晶彦(コイツ)を…超える!!」)

 

 瞬間、ヒースクリフはオレの目の前まで全身していた。

 有に10mはあった距離を一瞬で詰めて来ていたのだ。

 

 タクヤ「なっ!!?」

 

 ヒースクリフ「お前は昔から詰めが甘いんだ…」

 

 オレは一瞬の隙をつかれ、左腕を斬り落とされてしまった。

 

 タクヤ「がぁぁぁっ!!?」

 

 ユウキ「タクヤっ!!!!」

 

 何故だ?この世界では痛みなど感じないハズなのに、意識を一気に持っていかれそうになる。

 

 ヒースクリフ「これは真剣勝負だ…。

 ペインアブソーバー機能は決闘(デュエル)前から停止している。」

 

 タクヤ「ぐ…がぁ…!!」

 

 正直、ヒースクリフの話している内容は頭に入っていなかった。

 それ以上に左腕の痛みがオレの体を硬直させ、性能を著しく低下させている。

 

 ユウキ「あなた!!タクヤのお兄さんなんでしょ!!

 何でそんな事、弟に出来るのさ!!?」

 

 ヒースクリフ「…言っただろう?これは真剣勝負だ。

 例え、弟であろうが私は容赦しない…。

 それに…昔から手加減されるのは嫌いなんでね。

 私も…コイツも…」

 

 タクヤ「昔の…話なんざ…持ってくるんじゃ…ねぇよ…!!」

 

 オレは左腕の痛みを堪え、なんとかその場に立つ事が出来た。

 だが、今は立っているだけでやっとの状態だ。

 

 ユウキ「タクヤ!!もういいよ!!もう…帰ってきてよ!!!!」

 

 タクヤ「…悪いな…それは出来ねぇ…。

 オレは…コイツから…逃げたくねぇんだ!!」

 

 ヒースクリフ「…」

 

 今まで負けっぱなしだったオレがコイツに勝てるとすればもう1つしかない。

 

 シュラ『まだ動けるか?』

 

 タクヤ「当たり…前だ…!!」

 

 シュラ『…やるぞ!!』

 

 タクヤ「あぁ…!!」

 

 オレは右拳を握り、構える。

 すると、赤黒いエフェクトはオレの右拳に集中し始める。

 

 ヒースクリフ「!!」

 

 キリト「あれは…!!」

 

 アスナ「72層で見た…!!」

 

 タクヤ「…孤軍…奮闘!!!!」

 

 この一撃で確実にヒースクリフのHPは削りきれる。

 盾で防ごうが盾を貫いて終わりだ。

 

 シュラ『チャンスは1度っきりだ…』

 

 タクヤ「絶対に…当ててみせる…!!」

 

 この際、腕の痛みなど考えている場合じゃない。

 これで全てが終わる。

 

 ヒースクリフ「…」

 

 ヒースクリフは盾を前に出して、防御出来る姿勢でオレを待ち構えている。

 

 ヒースクリフ「来い…!!」

 

 タクヤ「行くぞぉっ!!!!」

 

 オレは全速力でヒースクリフに真っ向から挑む。

 痛みが全身を巡り、視界も霞んでいる状態でも、HPがレッドに差し掛かっても、オレはこの足を止めないし止める気も毛頭ない。

 オレの拳にみんなの未来がかかっている。

 

 タクヤ「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 

 "双竜拳”と"孤軍奮闘”のエフェクトは混ざり合い、オレの右拳は鬼へと姿を変えた。

 そのままヒースクリフに拳を当てるのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「タクヤぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「…え」

 

 オレの右拳はヒースクリフではなく、空を切っていた。

 

 ヒースクリフ「…」

 

 ヒースクリフは盾で受け止めるのではなく、オレの拳を滑らかに受け流していた。

 同時にエフェクトは消え、オレの胸に宝剣が突き刺さる。

 

 タクヤ「…がはっ」

 

 ヒースクリフ「…終わりだ」

 

 オレの一撃が躱された。オレの全力が通じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレは茅場晶彦(コイツ)を超えられなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「タクヤぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 オレのHPは完全に消滅し、目の前には You are dead の表示が出ていた。

 オレの体が自分のものではないように動かなくなり、ポリゴンへと姿を変えていく。

 意識もはっきりしない中、声だけが微かに聞こえてくる。

 

 キリト「タクヤぁぁっ!!!」

 

 アスナ「いやぁぁぁっ!!!」

 

 クライン「嘘だと言ってくれぇぇぇっ!!!」

 

 エギル「うぉぉぉぉぉっ!!!タクヤぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 そうか。オレは死ぬのか…。

 声だけしか聞こえないが、みんなには期待させるだけさせて悪い事したな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「タクヤ…うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、オレの脳裏にはこれまでの出来事が映画のフィルムのように鮮明に映し出された。

 初めてユウキと会った時の事…。

 初めてキリトにソードスキルを教えてもらった時の事…。

 クラインを置き去りにしてしまった時の事…。

 初めてボス戦での事…。

 ギルドを作った時の事…。

 みんなで笑いあいながら日々を過ごした事…。

 初めて仲間を捨ててしまった時の事…。

 シュラと向き合って修羅スキルの本当の意味を理解した時の事…。

 キリトとアスナの仲を取り繕った時の事…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて女の子を好きになった時の事…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しいばかりではなかった。

 辛い事も悲しい事も時には怒った事もあるけれど、オレのここにいた時間は全部ひっくるめてオレの宝物だ。

 そんな宝物をくれたみんなにオレは…恩返しが出来ていない。

 みんなを…この世界から解き放って…みんなと…ユウキと一緒に笑い合う時間を取り戻す…。

 今やらなければいつやる?この時、この瞬間にオレには何が出来る?もう…オレの命は消えちまうけど…みんなだけは…この世界から解放してみせる。

 

 タクヤ「う…う、うぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 ヒースクリフ「なっ!!?」

 

 オレは消えていくその時まで抗い続ける。

 システムなんかに負けたりしない。負ける訳にはいかない。

 痛みなどただの電気信号だ。

 オレがやらなくて…誰がやると言うのだ。

 オレは残りの力を右拳に集中させ、最後の闘拳スキル"虚空”をヒースクリフの心臓に放った。

 ヒースクリフは対処できぬままその攻撃を受け、HPを全損させる。

 最後、笑ったように見えたヒースクリフの顔はポリゴンとなって天に昇っていく。

 オレの体も時間が来たらしく、ヒースクリフの後を追って昇っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─14時55分ゲームはクリアされました。ゲームはクリアされました。─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、光が顔に差し込み、オレは閉じていた瞼を開いた。

 

 タクヤ「…」

 

 辺りには夕焼け以外には何も無い。

 むしろ、オレが今立っているのは空中だ。

 一瞬、焦るがどうやら見えない板の上にいるらしく取り敢えずは安堵する。

 

 タクヤ「…どこだ…ここ…」

 

 オレの装備もSAOにいた時のままで、斬られた左腕は元に戻っている。

 そもそもここがSAOなのかすらも分からない。

 オレは、死んだはずなのだ。

 なら、ここはあの世という事になるのか…。

 

 風が吹き、雲が自由に流れている。雲の切れ間から何か見える。

 それはつい先程までオレがいたアインクラッドだった。

 なら、ここはアインクラッドの外であの世ではないらしい。

 

 タクヤ「でも…なんで…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が呼んだんだ」

 

 タクヤ「!!?」

 

 横に顔を向けると、そこにはヒースクリフではなくオレが1番見知った茅場晶彦がそこにいた。

 

 タクヤ「なんで…!!」

 

 茅場晶彦「…言っただろう?私が呼んだのだと…。

 それと、特別に彼女も呼んでいる…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タクヤ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声はオレが1番聞きたい…でも、2度と聞けないと思った声だった。

 恐る恐る振り向くとそこにはオレがこの世界で愛した女の子が涙を浮かべながら立っていた。

 

 タクヤ「…ユウキ」

 

 ユウキ「タクヤ…タクヤぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ユウキは涙を流しながらオレへと抱きついてくる。

 だが、オレがユウキを抱きしめる事が出来る訳がない。

 また、オレは約束を守る事が出来なかった。

 

 ユウキ「バカッ!!バカッ!!バカッ!!…なんでいつも…うぅ…」

 

 タクヤ「…ごめん」

 

 ユウキ「ボクは…ボクは…」

 

 何もかける言葉がみつからない。

 オレはみんなを解放してやりたくてヒースクリフと戦った。

 結果、オレが死んでみんなは解放されるハズだ。

 悔いはない。

 

 茅場晶彦「…タクヤ。ゲームクリアおめでとう…」

 

 タクヤ「…」

 

 茅場晶彦「そう怖い顔をしないでくれ。現在、アインクラッドの全てのプレイヤーを一斉にログアウトしていっている。

 もうまもなく、全てのフェイズが終了し、この世界は消滅するだろう…」

 

 タクヤ「…お前は、なんでこの世界を作った?」

 

 純粋にそう思った。

 どんな事にも目もくれずただこの世界を作る為だけに人生をかけているのだと昔、聞いた事があった。

 

 茅場晶彦「何故…か…。小さい頃の事を憶えているか?

 私は小さい頃からどこか…この世界じゃないどこか違う場所に現実世界とは別の違う世界があるんじゃないだろうかと考えるようになった。

 空に浮かぶ鋼鉄の城がある…と、そんな事を考えていた…」

 

 茅場晶彦は昔からオレ達とは違う場所を見ていた。

 小さい頃どこを見ているのかと尋ねた記憶がある。

 その時はうやむやにされてしまい、答えが聞けなかった。

 それが今になって聞けるとは思わなかった。

 茅場晶彦の言っているのはただの幻想だ。

 それはコイツにだって分かっているハズだ。

 でも、それでも、彼は信じてこの世界を作り上げた。

 幻想を現実にしたのだ。

 

 茅場晶彦「タクヤ…。最後にこれをお前に渡しておく…」

 

 タクヤ「これは…」

 

 茅場晶彦から渡されたのは何の変哲もない卵形のプログラムだ。

 

 茅場晶彦「いつか役に立つ時が来るだろう。

 それまでお前が持っていなさい…」

 

 タクヤ「なんでオレがっ…!!」

 

 茅場晶彦「無論、処分するならそれでも構わない。

 だが、この世界にお前が憎しみ以外の感情を持っているなら必要になるだろう…」

 

 半ば無理やり渡されたプログラムはオレの手に移ると砂と化し消えた。

 どうやら、オレのナーヴギアに保存されたようだ。

 

 茅場晶彦「では、私はそろそろいくよ…」

 

 そう言い残して茅場晶彦は歩き出す。

 瞬間、霧に紛れて姿を消した。

 

 タクヤ「…ユウキ。ちょっと…話すか?」

 

 ユウキは無言で頷き、崩壊するアインクラッドを眺めながらオレ達は適当な所に座った。

 

 タクヤ「ユウキ…」

 

 ユウキ「…やだよ。タクヤ…死んじゃいやだよ…」

 

 タクヤ「…」

 

 オレはあの戦いで茅場晶彦と共に死んだのだ。

 正確には、ナーヴギアに脳を焼かれるまで死ぬ訳ではないが。

 だが、オレの死は確定されている。

 

 タクヤ「…名前」

 

 ユウキ「え?」

 

 タクヤ「ユウキの本当の名前を教えてくれないか?」

 

 自己満足でも自分が好きになった女の子の名前を知って逝きたい。

 

 ユウキ「…ボクの名前は…紺野木綿季。今年で14歳になった…」

 

 タクヤ「あー…やっぱ年下だったか。オレは…茅場拓哉…。

 先月で多分17になったかな…」

 

 ユウキ「3つも年上だったかぁ…。茅場…拓哉…たくや…」

 

 ユウキは涙を流しながらオレの名前を呟く。

 

 ユウキ「もっと…一緒にいたかった…。

 2人でいろんな所に行って、一緒に遊んで…もっと…一緒に…」

 

 タクヤ「ユウキ…。オレはいつもお前と一緒にいる…。

 お前の心の中でいつまでも一緒にいるから」

 

 オレは優しくユウキを抱きしめた。

 ユウキも泣きながらオレに抱き返してくれた。

 

 タクヤ「いつまでも愛してる…ユウキ」

 

 ユウキ「ボクも…ずっと愛してるよ…タクヤ」

 

 オレとユウキは最後にキスを交わす。

 瞬間、世界は光に包まれオレ達は光の中へと入り、いつまでも、最後の瞬間まで互いの温度を感じながら世界の終焉を待った。

 

 

 

 

 

 

 




どうだったでしょうか?
残されたユウキはこれからどうなるんでしょうか?
これからの物語に期待していてください。


では、また次回!


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ALO編
【22】帰還


という事でALO編に突入です。
今回は序章という形で書いています。
新キャラも出ますのでお楽しみください。

では、どうぞ!


 暗い…暗い闇の中にいた。周りには当然何も無い。

 果てしない闇の中を歩いている。

 何も見えない…何も感じない…。

 いつ終わるのかもわからない闇をオレは歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年12月27日 11時00分

 

「えっと…ここをこう行って…」

 

 ある少女は街にある地図表を眺めていた。

 少女は1人で街を歩いた事がない。

 外に出る時と言えば学校に行くか、図書館に行く時ぐらいしかない。

 ましてや人が込み合い、車も渋滞の波が続いている都会など少女にとってはテレビや雑誌で見るような夢の世界だ。

 不釣り合いだと思いながらも少女には行かねばならない所がある。

 

「やっぱり、1人で来るんじゃなかったなぁ…。

 先生に付いてきてもらえばよかった…」

 

 いつもは一緒に付いてきてくれる先生がいたが、今日は用事があったらしく1人で行かざるを得なかった。

 それでも、いつも通る道だからだと鷹をくくっていたのが少女の誤算だ。

 先生と行く時は車を使用していたが、今日は電車を使ってここまで来た。

 電車も何度か乗った事があるし、地図や先生から借りてきた携帯電話も持っている為、油断してしまっていたのだ。

 

「…どこ…ここ?」

 

 見間違う事なく少女は道に迷っていた。

 誰かに道を尋ねようとも考えた。

 だが、少女は気が弱く、あがり症も相まって道に尋ねるという行為自体無理な話なのだ。

 それでも、聞かねば分からないままだ。

 すると、少女に寄ってくる3人の男がいた。

 

「どーしたのー?」

 

「もしかして道に迷ってんの?」

 

「行きたいトコどこなの?」

 

 見るからにチャラそうな男がやって来たが、そんな事少女は知るよしもなく、親切な方達だなと思わず感心していた。

 

「あの…!横浜市立大学附属病院という所に行きたいのですが…」

 

「病院?どっか悪いのー?」

 

「いや、私はお見舞いに…」

 

「ならさー…これからちょっと俺らと遊ばない?」

 

「え?あ、いや、だから私は病院に…」

 

「固い事言わないでさー…行こうぜー?

 見舞いなら明日でもいいじゃん!」

 

 男達は少女の言い分など求めていない。

 流石に少女も不審に思い、その場を逃げ去ろうとしたが、それを男達が阻んでくる。

 

「逃げんなよ。俺らと遊ぶだけだろー?」

 

「け、結構です!!」

 

「あぁ?」

 

 すると、地図表を背にしていた少女に男は地図表を殴る事で少女の逃亡を精神的に断つ。

 

「いいから俺らと遊べばいいんだよ」

 

 少女はこの時もやっぱり1人で来るんじゃなかったと後悔した。

 先生と一緒ならこんな事にもなっていないし、道に迷う事もなかったのだ。

 こんな見知らぬ土地で誰が助けてくれるとも限らない。

 遠くに歩いている人達も見て見ぬフリをして、その場を通り過ぎる。

 

(「どうしよう…なんでこんな事に…」)

 

「ほら!早く来いよ!!」

 

 男は痺れを切らしたのか少女の腕を強引に掴み取り、どこかへ連れ出そうとする。

 少女も必死に抵抗するが、男相手に少女が力で敵う訳もなく、ずるずると連れて行かれる。

 

(「やだ…!!やだ…!!誰か…誰か助けて…!!」)

 

 叶うハズもない祈りを捧げながら、少女は涙を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません。何してるんですか?」

 

 聞いた事もない声がまた1つ増えた。

 外見から見ると3人の男より背が高く、派手な服ではなく落ち着いた色の物を着込んでいた。

 

「あ?んだよテメー…」

 

「彼女…嫌がってるじゃないですか。手を離してください」

 

 状況から見ても青年は少女を助けようとしているようだ。

 男の手を青年が掴み、少女から離す。

 

「離せと言ってるんだ…」

 

「い、いてててっ!!お前が離せっ!!」

 

 余程の力で握ったのか男は苦痛の表情で手を無理矢理解く。

 そして、青年が少女の前に立ち3人の男と対峙した。

 

「くそっ!!この餓鬼がぁっ!!」

 

「殺っちまえ!!」

 

「君は後ろに退がって!」

 

「は、はい!」

 

 殴りかかってきた男の拳を防ぎ、すぐ様反撃に入った。

 顔面に拳骨を貰った男は後ろに吹き飛ぶ。

 すかさず、2人の男が青年に襲いかかるが全て空振りに終わってしまい、地面に転がる。

 

「く、くそっ!!おぼえてろよっ!!」

 

 男達は力の差を感じ、その場を逃げるように去って行った。

 

「はぁ…。大丈夫ですか?」

 

「は、はい…。あの、ありがとうございます!

 助けてくださって…」

 

 少女は目の前の光景に目を奪われながらも青年に礼を言った。

 

「いいんですよ。

 でも、この辺りはあんな奴らが結構いますから気を付けてくださいね…」

 

 青年は少女に注意をすると、その場を去ろうとする。

 だが、少女は自分でも驚くような行動に出た。

 

「あの!!…助けてもらってばかりなんですが、道を尋ねてもよろしいですか?」

 

 少女は自分は何を言っているのだろうかと驚いた。

 先程知らない男達から恐い目にあったというのに…この青年も本性は先程の男達と同じかもしれないと言うのに。

 内心そう思っていたが、聞かずにはいられなかった。

 青年も鳩が豆鉄砲を食らった顔をしている。

 

「え?あー…だから地図表を見てたんですね…。

 いいですよ。どこに行きたいんですか?」

 

 さっきの男達とは違う安心する声で青年が尋ねる。

 

「えっと…横浜市立大学附属病院に行きたいんですが…」

 

「えっ?()()()()()()()?」

 

「え?」

 

 互いに呆気に取られながらも、2人の行先はどうやら同じ場所のようだ。

 

「なら、一緒に行きましょうか?

 僕、バイクで来てるんですけどそれでよかったら…」

 

「い、いいんですか!?」

 

「行く所が一緒ですし、それにここから歩いていくと時間も掛かりますから」

 

 少女にとって何ともありがたい話だ。

 少女は青年と一緒に病院へ行く事にした。

 青年がバイクを止めている駐輪場まで歩き、ヘルメットを渡され、それをかぶる。

 少女にとってはバイクに乗るのですら初めての体験だ。

 少し、不安があるが青年から安心するように言われると心が多少落ち着く。

 

「じゃあ行きましょうか。…えー…」

 

「あっ!すみません!まだ名前言ってなかったですね…。

 私は藍子と言います」

 

「僕は直人です…。

 知り合いからは"ナオ”って呼ばれてるんで藍子さんもそう呼んでください…」

 

 自己紹介も済ませ、いよいよ2人は横浜市立大学附属病院へと向かうべくバイクを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年12月27日 11時10分 横浜市立大学附属病院

 

 窓から眺める景色はいつも同じものだ。

 この景色を見始めてからまだ2ヶ月ぐらいしか経っていないが、それから同じ景色を見ていたらいい加減飽きてくる。

 

「はぁ…見飽きたなー」

 

 リハビリの開始時間は午後の1時。

 それまでやる事がない為、仕方ないと言えばそれまでだ。

 

「やる事ないし…行こっかな」

 

 車椅子に手を伸ばし、上半身の力だけで車椅子に飛び乗った。

 早く下半身も直して外を自由に走り回りたいと思ったが、まだまだそう出来るようになるのは先の話だ。

 車椅子の扱いも慣れたもので、いつも通り自分の病室から出て、1階上の階へエレベーターを使って上る。

 目的の階につき、いつも通っている通路を渡り、角の病室へとついた。

 一応、返事はいつもないがノックをして扉を開き、中に入る。

 

 その病室には点滴を打ち、身体中に電気信号を読み取るパッチをつけて眠りについている青年がいた。

 

「おはよ…ってもうそんな時間じゃないか…。

 今日も来たよ…」

 

 当然、眠りについている青年からの返答はない。

 毎日通っても同じ事の繰り返しだが、いつも言っているセリフだ。

 青年は別に体にはどこにも異常はない。

 正確には、病気や怪我などで入院している訳ではないのだ。

 だが、青年は2年前から眠りについている。

 体は痩せこけ、今は点滴で栄養を摂取しているがいつまでもこの状態が続けば、青年の命は直に消えてしまうだろう。

 その原因になっているのが頭に取り付けている機械のせいだ。

 機械の名は"ナーヴギア”。

 2年前に()()()()をきっかけにこの世から完全撤廃されたが、青年が付けているものを合わせて実に300台以上回収出来ずにいた。

 

「今日も天気がいいよ?

 もうすぐ新年なのに雪とか降ってないもん。

 それに4月に入学式だよ!

 役人さんがSAOから帰ってきた人達の為に学校を用意してくれるってさ!…だからさ、早く目を覚ましてよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉(タクヤ)…」

 

 少女紺野木綿季は眠っている青年茅場拓哉に返ってくる事のない願いを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年12月27日 11時50分 横浜市立大学附属病院前

 

 直人と藍子は横浜市立大学附属病院へとやって来た。

 

 藍子「はぁぁ…」

 

 直人「大丈夫ですか?」

 

 藍子にとってバイクに乗るとは未知の体験だった。

 その疲れは降りた瞬間に一気に表れ、直人に心配される。

 

 藍子「だ、大丈夫です!

 今日会った方にそこまでお世話になる訳にはいきませんから!!」

 

 直人「そんな事気にしなくていいんですよ。

 エントランスで少し休みましょう。ここじゃ寒いですから…」

 

 藍子は直人に手を引かれながら病院内へと入って行った。

 病院内は年末年始だと言うのにそれなりに人が受診やお見舞いに来ている。

 備え付けのソファーに腰を掛け、直人が買ってきてくれた暖かいココアを飲む。

 

 直人「ココアでよかったですか?」

 

 藍子「はい!私ココアが好きですから!」

 

 そろそろ体力も取り戻し、受付に行ってパスカードを貰って病室を目指す。

 

 藍子「ナオさんはどなたのお見舞いなんですか?」

 

 直人「兄貴のですよ…。まだ寝てると思いますが…。

 そういう藍子さんは?」

 

 藍子「私は妹のお見舞いです…。

 そろそろ着替えとか取り替えないと行けませんから」

 

 直人「そうですか。あっ…エレベーター来ましたね」

 

 2人はエレベーターに乗り込み、藍子は12階…直人は13階のボタンを押し、扉が閉まる。

 エレベーター特有の浮遊感を感じながらも目的の階まで2人は何も喋らなかった。

 12階に着き、藍子が降りる。

 

 藍子「今日は本当にありがとうございました!」

 

 直人「どういたしまして…。じゃあ、さようなら」

 

 藍子「さようなら」

 

 扉が閉まり、直人と別れて妹の待つ病室へと向かった。

 

 藍子「あれ?…空いてる」

 

 妹の病室にやって来た藍子は扉が開いている事に気づき、恐る恐る中を覗くとそこには妹ではなく、その担当医の倉橋がいた。

 

 倉橋「あっ!藍子君…こんにちは」

 

 藍子「こんにちは。…あの、妹は?」

 

 倉橋「それが、私が様子を見に来た時にはもういなかったんですよ…。おそらく、()()()じゃないかと…」

 

 藍子「あー…ですね」

 

 藍子が来る時は大体妹は病室にいない。

 取り敢えず2人は妹がいる場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side直人_

 

 

 直人「…また来てくれてたんですか、木綿季さん」

 

 直人が病室に入るとそこには既に紺野木綿季と呼ばれた少女がいた。

 

 木綿季「うん。…ちょっと顔が見たくて…それにやる事もなかったし」

 

 直人「いつもありがとうございます…。わざわざ来てくれて」

 

 木綿季「ボクが好きで来てるんだからお礼なんていいよ!」

 

 直人は木綿季に買ってきたココアを差し出し、向かいの椅子に腰をかけた。

 今、目の前で寝ているのは茅場拓哉。

 僕、茅場直人の兄に当たる存在だ。

 2年前に起こった俗に言う"SAO事件”を終結に導いたのが兄であると向かいに座っている木綿季さんから聞いた。

 2人はSAOの中で恋人同士だったらしく、ある程度の事は木綿季さんから聞かされていた。

 最後の戦いで僕の2人の兄が戦った事も…。

 

 直人「でも、すごいですよね。

 恋人同士だった2人が同じ病院に入院してるなんて…」

 

 木綿季「それを言ったらボクだって驚いたよ。

 まさか、死んだと思ってた拓哉が生きてるなんて…。

 あの時はそりゃあもういっぱい泣いちゃったよ!」

 

 最後の戦いで2人の兄達は互いにHP…つまり命を絶ち、この世から消滅するハズだった。

 長男の茅場晶彦はニュースなどで死亡した事が分かったが、次男の茅場拓哉は今もこうして無事とは言えないまでも生き続けている。

 

 直人「…早く目覚めて欲しいものですね」

 

 木綿季「うん…そうだね…」

 

 頭に取り付けられているナーヴギアは今も尚、起動している。

 兄がSAOをクリアした時、SAOに囚われていた人達は1部を除いて無事、脱出する事が出来た。

 だが、兄を含めた300名程はまだ眠り続けている。

 原因などはまだ分かっていないが、もしこのまま眠り続けるような事があれば最悪の事も考えなくてはならない。

 

 直人「…」

 

 木綿季「…」

 

 初めて木綿季を見たのは先程も話していたように病室で大泣きしていた時だった。

 誰だろうと考えるよりまず、兄の為に泣いてくれる人がいたのかと自分の事のように嬉しかった。

 茅場晶彦が家に帰ってこず、両親が殺されてしまったあの日から茅場拓哉の日常は壊れ始めたのだ。

 どこにぶつけていいのかわからない怒りを街の不良に向け、度々暴力沙汰を起こしていた。

 そして、極めつけは茅場晶彦から送られてきたVRMMOゲーム"ソードアート・オンライン”に閉じ込められた事だ。

 

 直人「木綿季さんは本当に兄の事を愛してるんですね」

 

 木綿季「ふぇっ!?え、えっと…うん…」

 

 顔を赤くする様は年相応の表情をしている。

 まだ中学生の少女があの世界で剣を取り、凶悪なモンスターと生死をかけた勝負をしていたとは到底思えない。

 

 直人(「…早く目覚めろよ兄さん。兄さんの大切な娘が待ってるよ…」)

 

 そんな事を思っていると扉からノック音が聞こえてきた。

 

 直人「?…先生かな。はーい」

 

 返事をすると扉を開けて現れたのは兄と木綿季さんの担当医の倉橋先生だった。

 

 倉橋「こんにちは直人君。

 …やっぱりここにいたんだね?木綿季君」

 

 木綿季「あはは…見つかっちゃったか」

 

 倉橋「毎回言ってると思いますけど病室から出る時は付き添いを頼んでからにしてください…。みんな、心配しますよ?」

 

 木綿季「…すみません」

 

 来てくれるのは嬉しいがやっぱり一言断ってから来てくれるとこちらとしても安心する。

 倉橋先生は木綿季さんに厳重注意して病室を後にしようとする。

 

 倉橋「じゃあ私はこれで…あ、木綿季君。

 後でお姉さんがここに来ると思うのでよろしくお願いします…」

 

 木綿季「一緒に来なかったんですか?」

 

 倉橋「途中まで一緒だったんですが、着替えなどを取り替えてから来るそうです。ちゃんと、ここの場所は教えてあるので…」

 

 そう言い残して倉橋先生は病室を後にした。

 しばらく経った頃にもう1度ノック音が響いた。

 

 木綿季「あ!ボクが出るよ。多分、姉ちゃんだと思うから…」

 

 木綿季さんは車椅子を扉まで走らせた。

 

 藍子「あっ!木綿季!やっぱりここにいたのね!

 心配したのよ!」

 

 木綿季「ごめんごめん!さっきも倉橋先生に同じ事言われたよ」

 

 直人「まぁ、立ち話もなんですし中に…ってあれ?」

 

 藍子「え?ナオさん…?どうして…」

 

 木綿季「あれ?2人は知り合いなの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍子「なんだ…ナオさんのお兄さんって拓哉さんの事だったんですか」

 

 直人「えぇ…。苗字を名乗ってなかったからですかね。

 拓哉の弟の茅場直人です…」

 

 藍子「あ、木綿季の姉の紺野藍子です。

 こちらこそちゃんと名乗ってなくてすみません」

 

 病室に入り、互いに挨拶を済ませ、木綿季さんに諸々の事情を話した。

 

 木綿季「そっかぁ。姉ちゃんも大変だったね…。

 今日は園の先生と一緒じゃなかったんだね」

 

 藍子「うん。先生は用事があるとかで今日は私1人で来たの。

 そこでナオさんに助けてもらっちゃって…」

 

 木綿季「姉ちゃんも隅に置けないねぇ…。

 ナオさんって…ボクよりも親密になっちゃってぇ…」

 

 藍子「ゆ、木綿季!!何言うのよ!!」

 

 直人「まぁまぁ…2人共落ち着いて…」

 

 目の前で姉妹喧嘩をするのもいいが、一応病室の為、なるべく大声は出さないように2人をあやす。

 

 藍子「ご、ごめんなさい…」

 

 木綿季「やーい!姉ちゃんが怒られたぁ!」

 

 直人「一応木綿季さんにも言ったんですが…」

 

 2人を見ていると昔を思い出す。3人で過ごしたあの日々を…。

 そんな話をしている間に時刻は正午へと差し掛かっていた。

 

 直人「木綿季さん…そろそろ昼食の時間ですから部屋に戻った方がいいんじゃ…」

 

 木綿季「あ!本当だ!じゃあ、ボクと姉ちゃんはそろそろ行くよ。あっ…姉ちゃんは直人と一緒にいてもいいんだよ?」

 

 藍子「木綿季!いい加減にしないと怒るわよ!」

 

 木綿季「冗談だってば!じゃあ直人!またね!

 拓哉も…リハビリが終わったらまた来るからね…」

 

 木綿季さんは別れ際、兄の頬にキスをして藍子さんと一緒に病室を後にした。

 

 直人「…木綿季さんは本当にいい娘だね。

 兄さんが羨ましいよ…」

 

 僕も夕方からバイトを入れているので今日はこの辺で病院を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side藍子_

 

 

 2024年12月27日 12時30分 木綿季の病室

 

 藍子「タオルと着替えは届く所に置いてあるからね?」

 

 木綿季「ありがとう!いつもごめんね…」

 

 藍子「気にしないでいいわよ…。

 あなたは早く体を元に戻す事だけ考えなさい」

 

 私は帰り支度を済ませ、病室を後にしようとした。

 

 木綿季「あれ?もう帰っちゃうの?」

 

 藍子「今からリハビリでしょ?

 私はいてもやる事ないし帰って宿題でもするわ…」

 

 木綿季「姉ちゃんも大変だねー」

 

 藍子「何言ってるの?

 木綿季も学校に行き始めたら宿題が出るんだから」

 

 木綿季は今の調子でリハビリを続ければ1月中には退院出来るらしい。

 今でも、車椅子はあくまで保険であってもう普通に歩くぐらいなら問題ないのだ。

 

 木綿季「うー…姉ちゃんはまたそうやってボクをいじめる…」

 

 藍子「いじめてなんかないわよ…。

 早く治して元気になりなさいって言っているの。

 じゃあ、また来るわね」

 

 木綿季「ばいばーい」

 

 私は病室の扉を閉めて、1階のエントランスへと向かった。

 受付でパスカードを返却し、外に出る。

 昼間だと言っても真冬の寒さはどうしようもなく私を襲う。

 そして、その寒さのおかげで私はある事に気づいた。

 

 藍子「…どうやって帰ろう」

 

 行きはナオさんと一緒にバイクで来たが、落ちまいとナオさんにしがみついていたので帰り道など頭の中に入っていなかった。

 

 藍子「あー…どうしよう…。この病院バスって出てるかな?」

 

 バス停を探すも、どこにもそれらしいものが見当たらない。

 先生は夕方までいない為、迎えを呼ぶ事も出来ない。

 携帯電話も通話以外使い方がわからないし、完全に八方塞がりだ。

 そんな時、後ろから肩を叩かれ、振り向くとそこにはナオさんがいた。

 

 直人「やっぱり…。帰り道がわからないんですよね?

 家まで送りますよ…」

 

 藍子「いいんですか?行きだけじゃなくて帰りまで…」

 

 直人「だから気にしないでって言ってるじゃないですか。

 困った時はお互い様です…。さっ、行きましょう」

 

 私は帰りもナオさんのバイクの後ろに乗せてもらう事になり、駐輪場へと向かった。

 

 直人「そういえば、昼ごはんまだですよね?

 一緒にどうですか?」

 

 藍子「そういえば…あ、じゃあ!

 お礼も兼ねて昼ごはんをご馳走になってください!」

 

 直人「いいんですか?」

 

 藍子「困った時はお互い様です!」

 

 私はしてやったりと思ったがナオさんは別に気に留める事もなく、近くのファミレスへ寄り、昼食を済ませて私の家まで送ってもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side直人_

 

 

 2024年12月27日 14時30分 陽だまり園

 

 直人「ここ…ですか?」

 

 藍子「はい。ありがとうございました」

 

 僕が藍子さんの道案内でやって来たのは横浜市の星川駅の近くにある孤児院であった。

 会話の中にも先生という単語が出て大方予想していたのだが、まさか、孤児院だったとは。

 

 藍子「…驚きましたよね?」

 

 直人「い、いえ!そんな…」

 

 藍子「大丈夫ですよ。

 初めてここに来る人達はみんな最初は驚かれましたから。

 小さい頃、両親を病気で亡くして身寄りがなかった私達はここに引き取られる事になったんです。

 最初の頃は木綿季の前で泣いちゃダメだって頑張ってたんですけど木綿季がSAOに囚われてしまった時は我慢していた分の涙が全部出ちゃいました…」

 

 直人「…すみません!

 僕の兄が木綿季さんをひどい目にあわせてしまって…!」

 

 藍子「あ、頭を上げてください!

 ナオさんには何も罪はないじゃないですか!

 それに、木綿季を助け出してくれたのはナオさんのお兄さんの拓哉さんなんですから…!」

 

 直人「それでも…すみません!」

 

 僕には謝るしか出来る事はなかった。

 茅場晶彦がSAOプレイヤーから奪ったものはとてもじゃないが一生懸けても償えないと思っている。

 世間からは昔、そのせいで辛い思いを経験しているから分かる。

 

 藍子「私は木綿季が無事に戻って来てくれただけでも嬉しいんです…。だから、顔を上げてください。お願いします…」

 

 直人「…」

 

 僕は顔を上げると笑顔の藍子さんが待っていた。

 

 藍子「ナオさんは優しいですね…。それに責任感もあって…」

 

 直人「い、いやぁ…それだけが取り柄みたいなものですから…」

 

 藍子「今日は本当にありがとうございました。

 また、どこかで会いましょう!」

 

 直人「はい。いつか必ず…!」

 

 僕は藍子さんと別れ、バイト先へとバイクを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからどれくらいの時間が経つのか把握出来ない。

 暗闇の中をずっと歩き続けている。

 オレは一体どこへ向かっているのか…?

 ふと、暗闇の中に1つの光を見つけた。

 オレは無我夢中でその光の元へひたすら走った。

 光は徐々に大きくなっていく。

 あれが出口なのかと期待に胸を踊らせ、地を蹴る。

 やがて、光がオレを包み込み、視界が遮られていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこだ…?ここ…」

 

 久しぶりに声を出したオレがたどり着いたのは、草木が有象無象に生え、巨大な樹木に囲まれた森であった。

 見渡してもそれ以外見つけられず、頭上には満月が闇夜を明るく照らしている。

 オレはふと、自分の姿を確認すると明らかに現実ではないであろう衣服を身に纏い、背中には1本の剣…極めつけは耳が若干尖っていた。

 

「ここは一体…」

 

 オレ…タクヤは未知の世界へと足を踏み入れていた。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
タクヤの弟とユウキの姉を登場させてみましたがおかしくなかったでしょうか?
病院の場所や孤児院も原作に近くしていますのでよろしくお願いします。


では、また次回!


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【23】今すべき事

という事で23話です。
いよいよ本格的に話が進んでいきます。
直人の行く末も見てもらえると嬉しいです。


では、どうぞ!


 

 side木綿季_

 

 

 2025年01月15日 09時00分 横浜市立大学附属病院

 

 あれから約3週間程経ち、ボクは晴れて退院の許可が下りた。

 リハビリを毎日みっちりやったおかげで日常生活で不便さが出る事はない。

 あともう少し筋肉をつけたら走る事だって可能だ。

 ボクが自分の病室で帰り支度をしていると扉からノック音が聞こえてきた。

 

 木綿季「はーい!…って姉ちゃんと先生かぁ」

 

 そこにいたのはボクの姉ちゃんと陽だまり園の森先生だった。

 

 藍子「荷物は私達が持つからいいわよ。

 まだ本調子って訳じゃないんだから」

 

 森「私が持つよ。そんなに量はないし…。

 木綿季、先生には挨拶した?」

 

 木綿季「エントランスにみんなで待っててくれてるよ!」

 

 森「じゃあ、急がなきゃだな!」

 

 ボク達は帰り支度を済ませ、エントランスへと向かった。

 そこには倉橋先生を始め、関わってきた看護婦さん達が揃っていた。

 

 倉橋「木綿季君…今日までよく頑張りましたね。

 退院おめでとうございます」

 

 木綿季「みんなが手伝ってくれたおかげですよ!

 こちらこそありがとうございました!」

 

 森「うちの子がお世話になりました」

 

 ボクがみんなに礼を言ってから、続いて森先生と姉ちゃんが礼を言う。

 外に出ようと正面玄関に振り向くとそこには直人が偶然居合わせた。

 

 直人「木綿季さん!…そっか、今日が退院でしたね。

 おめでとうございます」

 

 木綿季「ありがとう直人!

 でも、明日からも毎日ここには来るけどね!」

 

 直人「…ありがとうございます」

 

 ボクは退院してもここに訪れる理由は1つだけだ。

 それは今も尚眠りについている拓哉のお見舞いに来る事だ。

 いつ目覚めるか分からないのでどれ程月日が経とうともボクはここに行かなければならない。

 側で見守る事しか今のボクに出来る事がないからだ。

 

 木綿季「じゃあ、またねー!」

 

 藍子「失礼します」

 

 直人「体には気をつけてくださいねー!」

 

 ボク達は森先生の自家用車に乗り込み、みんなとの別れを済ませて陽だまり園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年01月20日 07時20分 紺野姉妹自室

 

 木綿季「ん…」

 

 カーテンの隙間から朝日が差し込み、眩しい光を顔に受けながらボクは上半身を起き上がらせた。

 

 木綿季「朝…か…」

 

 藍子「やっと起きたわね!

 早く食堂に行かないと朝ごはん食べれないわよ」

 

 頭がまだ寝ているが、ボクはベットから降りて姉ちゃんと一緒に食堂に向かった。

 この陽だまり園はボクと姉ちゃんを合わせて10人の身寄りのない子供達がいる。

 ここに来た理由はそれぞれだが、寂しさや不安などはみんなが誰しも持っている。

 かく言うボクと姉ちゃんも最初の頃は不安の方が大きかった。

 でも、園の先生達や子供達はそんなボク達を優しく迎え入れてくれた。

 今でもその事には感謝してもし切れない。

 だが、ボクがSAOに囚われてしまったばかりにみんなには心配をかけてしまった。

 これから恩返しとしてお世話になっているみんなに何か出来たらなと思っている。

 

 森「おはよう。木綿季、藍子…」

 

 藍子「おはようございます、先生」

 

 木綿季「おはよー!」

 

 森「ははっ。木綿季は2年前とちっとも変わってないなぁ」

 

 木綿季「むっ…少しは大人っぽくなったでしょ!

 ほら…ここら辺とかこことか!」

 

 森「はいはい。さぁ、朝ごはんにしよう。

 2人も席についてくれ…。みんな、2人を待ってたんだぞ?」

 

 どうやら食堂へ最後に来たのはボク達だけだったようだ。

 急いで席につき、みんなで合掌してから朝ごはんを食べた。

 

 藍子「木綿季は今日どうするの?」

 

 木綿季「んー?いろいろ準備したら病院に行くよ」

 

 森「私が送っていってやるよ」

 

 木綿季「ううん。

 今日は直人が一緒に連れて行ってくれる事になってるから大丈夫だよ?」

 

 藍子「ナオさんと…」

 

 姉ちゃんが何やらブツブツ独り言を言っていたがそこは聞かないのが仏だ。

 

 木綿季「あ、そうだ。智美さーん!

 今日の夕飯はボクも一緒に作っていい?」

 

 智美と呼ばれた女性は陽だまり園でみんなの料理を作ってくれている森先生の奥さんにあたる人だ。

 

 智美「えぇ…いいけど、木綿季ちゃん料理出来たっけ?」

 

 木綿季「SAO(アッチ)じゃいろいろ作ってたんだよ!

 多分、出来るよ!」

 

 智美「あら、頼もしいわね!じゃあ、頼もうかしら?」

 

 智美さんの了解も得て、早々と朝食を済ませて自分の部屋で身支度を済ませて待ち合わせ場所に向かおうとすると、部屋に置いてあるPCにメールが届いていた。

 

 木綿季「誰だろ…?」

 

 ボクは使い慣れていないPCのマウスを操作しながらメールを開くと、どうやら差出人はキリトのようだ。

 SAOがクリアされ現実世界に帰還したボクの所へSAO対策チームの菊岡誠二郎という役人さんが現れた。

 菊岡さんはキリト…現実世界では桐々谷和人と言うらしいが彼からの伝言とPCアドレスを言い渡されたのだ。

 それ以来、連絡などは取っていなかった。

 

 木綿季「久しぶりだなー…。っと内容は…」

 

 メールの内容は実にシンプルで記載されている住所に来て欲しいとの事だった。

 

 木綿季「どうしよ…直人なら多分連れて行ってくれると思うけど…。まず、直人に連絡しなきゃだね…!」

 

 事前に直人から携帯番号を聞いていたのですぐ様、固定電話で直人と連絡を取った。

 

 直人『もしもし、茅場ですが』

 

 木綿季「あっ!直人?ボク、木綿季だよ!」

 

 直人『木綿季さん?どうしたんですか?』

 

 木綿季「あのね…病院に行く前に連れて行って欲しい所があるんだけど…」

 

 直人『別にかまいませんよ。

 じゃあ、今から直接園の所に行きますね』

 

 木綿季「ありがとう直人!」

 

 電話を切り、自室へ戻ってキリトに返信してから園を出た。

 10分後、直人はバイクで園まで来てくれた。

 

 直人「待ちましたか?」

 

 木綿季「ううん。それで行きたいのがここなんだけど…」

 

 直人「ちょっと遠いですけど…分かりました。

じゃあ、乗ってください」

 

 ボクは直人からヘルメットを渡され、直人の後ろに跨り、目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年01月20日 10時30分 東京都 御徒町

 

 かれこれ2時間は経ったであろうか。

 時折休憩を挟みながら来た為、それ以上かかっているかも知れないがようやく指定された住所へとやって来た。

 

 木綿季「ここ…だよね」

 

 直人「住所はここで合ってます…」

 

 目の前には小洒落たアンティーク感が漂ってくるバーがあった。

 店の名前は"ダイシー・カフェ”。

 とにかく入ってみない事には始まらず、扉に手を掛けた。

 

 直人「あ、僕は外で待ってますよ」

 

 木綿季「なんで?一緒に入ろーよ。外寒いよ…」

 

 直人「いや、せっかく知り合いに会うのにボクは邪魔じゃないかと…」

 

 木綿季「そんな事ないよ?さっ!早く入ろっ!」

 

 半ば無理矢理直人の手を引っ張って店内へと足を踏み入れた。

 店内も外見に劣らず大人の雰囲気を漂わせている。

 今更ながらまだ未成年のボク達が入っていいような店ではないと思った。

 

「よっ!いらっしゃい!」

 

「待ってたぜ…」

 

 すると、カウンターには見慣れた2人がいた。

 

 木綿季「キリト!エギル!わぁぁ…久しぶりだね!!」

 

 エギル「相変わらず元気だなユウキは…!」

 

 キリト「全くだ…。元気そうでよかったよ。

 …とそっちの人は?」

 

 木綿季「あっ、そうだった!」

 

 直人「初めまして。茅場直人と言います…。茅場拓哉の弟です」

 

 直人が自己紹介を済ませると2人は驚いた顔をしていた。

 

 キリト「タクヤの…弟?」

 

 エギル「こりゃ驚いたぜ…。オレはエギルだ、よろしく!」

 

 キリト「オレは桐々谷和人…まぁ、みんなからはキリトって呼ばれてるよ。よろしくな直人」

 

 直人「よろしくお願いします。…それと、すみません!

 1番上の兄がみなさんの人生を狂わせてしまった事…お謝りいたします!!」

 

 キリト「い、いいよ!?もう終わった事だし…なぁ?」

 

 エギル「あぁ。顔を上げてくれ…直人。

 ここにいる3人はアンタの兄貴に助けられたんだ。

 感謝するのは寧ろこちらだ…」

 

 直人の事を直接本人の口から聞いた事がある。

 直人が1人で現実世界に取り残されてから2年間周りの大人には同情の目で見られ、中学の時はみんなから避けられていたらしい。

 最も、事件を起こしたのは茅場晶彦であって茅場直人には何の罪もないのだ。

 だが、現実はそう上手く行く事はなく、直人は今までずっと戦い続けてきた。

 直人が顔を上げて、ボク達もカウンター席に腰を下ろし、ボクはココアで直人がジンジャーエールを頼んだ。

 

 木綿季「それでキリト…話って…?」

 

 キリト「いや、実はオレもエギルからメール貰ってきたから詳しい事は何も…」

 

 エギル「…ちょっとこれを見てくれ」

 

 そう言ってエギルは胸ポケットから数枚の写真を取り出し、テーブルに広げた。

 

 木綿季「写真?エギル、これ何なの?」

 

 エギル「…ここに鳥籠があるだろ?

 それを拡大させたのがこれだ」

 

 キリト&木綿季「「!!?」」

 

 その写真を見て驚いた。

 そこにはボクの親友のアスナが写し出されていたからだ。

 

 キリト「アスナ…!?」

 

 木綿季「な、なんでアスナが…!?

 アスナもSAOから脱出してるんでしょ?」

 

 キリト「…アスナは未だに眠り続けている」

 

 木綿季「そ、そんな…」

 

 キリト「これはどこなんだ?エギル」

 

 エギル「ゲームの中だ…。

 "アルヴヘイム・オンライン”…通称ALOと呼ぶらしい…。

 この写真はそこで撮られたものだ」

 

 入院している時、テレビのニュースなどで取り上げられていたのを思い出した。

 "SAO事件”の後、VRMMOゲーム全体に完全撤廃の呼び声も上がっていたが、そんな最中に突如として発表されたのが"アルヴヘイム・オンライン”だ。

 舞台は妖精の世界でここの9つの種族の中から好きなものを選び、遊ぶというものだ。

 種族によって性能こそ違えどレベルが存在せず、スキルの反復練習で熟練度が上がり、HPなどは大して上がらないというプレイヤーの身体能力重視の結構ヘビーなゲームだったりする。

 

 キリト「これって人気出るのか?」

 

 直人「あのー…それ今、社会現象にもなってる大人気ゲームらしいです。

理由は()()()()()からですね」

 

 木綿季「空を飛べるの!!?」

 

 エギル「妖精だから翅がある…。

 フライトエンジン機能を搭載してて慣れれば自由に空を飛べるみたいだな…。」

 

 木綿季「すごいね…。

 でも、それがこの写真とどんな関係があるの?」

 

 キリト「レクト…。

 アスナの父親がCEOを務めてる大手家電メーカーだ。

 そして…ALOは()()()のいる部署で扱っている…」

 

 キリトの言うあの男とはアスナの現婚約者の須卿伸之だそうだ。

 須卿伸之はアスナの昏睡状態を利用して結城家…つまりアスナの家に婿養子として入り、レクトを乗っ取ろうと企てているらしい。

 

 エギル「…で、どうするんだ?」

 

 キリト「決まっている…!ここにアスナがいるのなら行くぜ」

 

 木綿季「…ボクも行くよ!!」

 

 エギル「…実はもう1つ見てもらいたい動画があるんだが、これを見てくれ」

 

 エギルはさらある動画をボク達に見せる。

 動画が再生されるとひどいノイズとピントがあっていないものが映し出された。

 

 キリト「ぼやけててよくわからないな…」

 

 撮影する際、通信状況が悪かったのか、ぼやけていたがボクにはこの動画に映っているものが分かった。

 見るからに周りにはモンスターが円を描くかのように出現していて戦っているようだ。

 だが、おそらくプレイヤーであろうこの人物は背中の武器を使わず、素手で戦っている。

 

 木綿季「もしかして…」

 

 エギル「確証はない…。だが、オレの知るかぎりこんな戦い方が出来るのは1人だけだ…」

 

 木綿季「…」

 

 その動画の中で、プレイヤーは一騎当千が如く次々モンスターを屠っていく。

 その戦闘スタイルはSAOで攻略組だった者なら誰だって知っているハズだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木綿季「拓哉にそっくりだ…」

 

 直人「え?…これが兄さん…ですか?」

 

 木綿季「うん。SAOで拓哉は唯一素手で戦っていたんだよ…。

 その時のスキル…技にそっくりなんだ…。

 特にこことか…」

 

 ボクは動画を巻き戻し、問題の場面を直人とキリトに見せた。

 

 木綿季「…ここ!拓哉は右拳を前に出す時左腕がぎっしり体の内側にしまい込むんだ」

 

 キリト「おい!ちょっと待てよ!タクヤは…生きてるのか?」

 

 木綿季「うん…生きてるよ。

 でも、アスナと一緒で今も寝たきりなんだ…」

 

 キリト「そんな…!!」

 

 キリトはまるで苦汁を飲んだ顔をしている。

 いや、キリトだけではない。

 エギルやボクだって同じ事が言える。

 

 直人「じゃあ兄もこのALOの中にいるって事ですか?」

 

 エギル「それはまだ何とも言えないな。

 戦い方が似てるだけで別人とも考えられる…。

 タクヤの戦闘スタイルはスポーツでいうボクシングに近い動きだからな…。

 もしかしたら、現実世界(リアル)でボクシングをやっている奴かもしれない」

 

 木綿季「…それでも確かめなくちゃ!!

 そこに拓哉がいる可能性があるなら…!!

 今度はボク達が拓哉を助ける番なんだ!!」

 

 キリト「よし…!!早速、ソフトとハードを揃えなくちゃな」

 

 キリトはバックを肩に担いで店を後にしようとする。

 

 エギル「ソフトならここに3本ある。

 ハードはナーヴギアで動くぞ」

 

 木綿季「どうしよ…。ナーヴギアもう回収されてないんだった」

 

 直人「なら、()()()()()()()を使ったらどうですか?」

 

 木綿季「アミュスフィア?何それ?」

 

 聞き慣れない単語が出てきて直人にそれが何なのか聞いた所、いわゆるナーヴギアの後継機だそうだ。

 アミュスフィアはナーヴギアと違って脳を焼き切る程の出力は出せず、何重ものセキュリティが施されており安全を第一に考えられたものらしい。

 

 木綿季「でも、ボク…お金が…」

 

 キリト「お金ならあるだろ?

 攻略組だった奴らはゲームクリアの貢献に応じて報奨金が振り込まれてるハズだ。ざっと、これぐらいな」

 

 そう言ってキリトは3本の指をボク達に突き立てる。

 

 直人「そ、そんなにですか…!!?」

 

 木綿季「え?いくらなの?3万円?」

 

 直人「いや、多分3百万円じゃ…」

 

 木綿季「えぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 そんなに貰っていた事などつゆ知らずにいたボクは目が飛び出そうな程驚いた。

 ボクは1万円ですら滅多に見た事なかったのに。

 

 キリト「ちゃんと説明されてるハズだけど…。

 とにかく、金銭面には困らないな」

 

 直人「じゃあ、見舞いを済ませてから買いに行きましょうか?

 僕が連れていきますから」

 

 木綿季「わぁ!ありがとう!!

 やっぱり、拓哉の弟だけに優しいね!!」

 

 キリト「むしろ、タクヤより大人っぽいぞ」

 

 エギル「確かに…」

 

 直人「ははは…」

 

 そうしてボク達はダイシー・カフェを後にして別れた。

 キリトとエギルの携帯番号を教えてもらい、ボクと直人は病院へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2025年01月20日 12時30分 桐ヶ谷邸

 

 庭にある池には枯葉がちらほらと落ちていき、波紋がいくつも重なり、収束していく。

 それをただ呆然と見ながら手作りのマフィンサンドを頬張り、桐ヶ谷直葉はベランダで眺めていた。

 

 直葉「はぁ…」

 

 ため息をつき、側にあったミネラルウォーターを手に取ると、マフィンで乾いた喉を潤す。

 大体いつもならこの時間は学校で授業を受けているハズだが、彼女は今年卒業する中学3年生だ。

 高校にもスポーツ推薦で内定を貰っていて、学校も3年生だけは自由登校になっている。

 

 直葉「なんで私…」

 

 直葉は昨日の出来事を思い出していた。

 昨晩、兄の桐々谷和人に風呂に入るよう部屋まで行くと兄は部屋の暖房もつけず薄着のままただ項垂れていた。

 急に心配になり駆け寄ると初めて兄の弱い姿を見た気がした。

 普段は落ち着いていて優しい兄だが、その時だけはまるで絶望したかのような表情でただ1点を見つめていたのだ。

 聞くと、兄の大事な人が遠くへ行ってしまうと言う。

 直葉の心内は複雑だった。直葉と兄、和人は本当の兄弟ではない。

 和人は小さい頃、両親を自己で亡くし、叔母夫婦である母、桐ヶ谷翠が引き取って今に至る。

 直葉はそれを和人がSAOに囚われた後に翠の口から聞かされていた。

 和人は兄ではなく従兄弟にあたると…。

 それを聞いた時、直葉の中の奥深い所に隠していたものが不意に出てきた。

 血が繋がっていないのなら私がお兄ちゃんを好きになってもいいんじゃないか?

 それからの直葉は毎日和人のお見舞いに来ては早く帰って来て欲しいと強く願った。

 和人はある時から直葉や両親と距離を置くようになり、自室で自分が組み立てたPCを使ってネットゲームに夢中になっていった。

 だから、目覚めたら出来てしまった溝を埋めたいと…また小さい頃のように仲良くなりたいと思い続けていたのだ。

 その思いは2ヶ月前に唐突に叶ってしまった。

 それからというもの直葉は和人の面倒やリハビリを積極的に手伝い年が明ける前に晴れて退院する事が出来た。

 これからだと直葉も涙ながらに喜んだが和人の口から最愛の人の話を聞いた時、目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。

 なら、諦めるしかない…。

 直葉は自分の中にある感情を隠し、和人との溝を埋める事だけを考えて今日までやって来た。

 だが、それは昨日の出来事をきっかけに揺れ動いていた。

 

 直葉(「なんで私…あんな事言っちゃったんだろう…?」)

 

 直葉は絶望の淵にいた和人に最後まで諦めるなと言ってしまった。

 その言葉はある意味今の直葉にも同じ事が言えた。

 だから、今こうして迷っている。

 このまま仲良し兄妹であり続けるのかそれとも異性として和人を好きになるかの2択であった。

 昨日の事を思い出す度、全身の体温が上がるを感じ頭の中の煩悩を取り払おうとする。

 体を冷やすべくミネラルウォーターを飲み、再度マフィンサンドを頬張った時、突然起きた。

 

 和人「ただいまスグ」

 

 直葉「お、お兄ちゃん!!?んぐっ…!!」

 

 和人「お、おい!大丈夫かよ?」

 

 和人は喉にマフィンサンドを詰まらせた直葉に急いでミネラルウォーターを渡す。

 ペットボトルの中身を全て飲み干し、ようやく喉の異物感を取り払えた直葉はホッと胸を下ろす。

 

 和人「ったく…せっかちだなぁ…」

 

 直葉「お、お兄ちゃんがいきなり声をかけてくるからでしょ!!」

 

 和人「はいはい。悪かったよ…」

 

 直葉「もう…!!」

 

 つい昔にはこんな会話がまた出来るとは思っていなかった為、直葉は和人と話す時は常に楽しい気分になれた。

 

 和人「スグ…昨日の事なんだけど…」

 

 直葉「へっ!?う、うん…」

 

 和人「オレ…諦めないよ。必ずアスナを助けてみせるから…」

 

 直葉「…うん。頑張って!私もアスナさんに会いたいもん!」

 

 和人「きっとすぐに仲良くなれるよ…。じゃあ、また後でな」

 

 そう言い残して和人は玄関口に行き、自室へと戻って行った。

 

 直葉「…諦めたら…ダメ…か」

 

 今日も1段と冷える中、直葉は用事を思い出し、慌てて自室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年01月20日 12時10分 横浜市立大学附属病院

 

 木綿季と直人は拓哉の病室にいた。

 毎日来ているが何も変わった事はない。

 今も尚いつ目覚めるのかわからないまま時間だけが過ぎ去っていく。

 

 木綿季「…拓哉。

 今度はボクが拓哉を救い出してあげるからね…。

 だから、もうちょっとだけ待っててね…」

 

 直人「…木綿季さん。1つお願いがあるんですが」

 

 木綿季「ん?どうしたの?」

 

 直人「僕も一緒に兄を助けに連れていってくれませんか?」

 

 木綿季「えっ?」

 

 木綿季は思わず声が裏返ってしまう。

 それだけ、直人が放った一言が印象的だったからだ。

 

 直人「足でまといなのは分かっています…。

 でも、僕はまた何もしないで兄が助け出されるのをじっと見ているだけなんて出来ません!!どうか…お願いします!!」

 

 木綿季「うん!じゃあ、一緒に拓哉を助けに行こうよ!」

 

 直人「え?」

 

 今度は直人の声が裏返ってしまった。

 まさか、こんな2つ返事で了承して貰えるとは思っていなかった為、緊張が一気に解けてしまったのだろう。

 

 直人「い、いいんですか?」

 

 木綿季「だって、拓哉を助けたいんでしょ?

 その気持ちはよくわかるもん…。ボクも同じだから…。

 ボクの立場が逆だったら直人みたいに言うと思う。

 だから、一緒に助けに行こう!」

 

 直人「…ありがとうございます!!」

 

 木綿季「よーし!じゃあ、早速買いに…行く前に先生に話さなきゃ…」

 

 キリトのいい通りであればおそらく木綿季の通帳は保護者である森が持っているハズだ。

 何とか説得してアミュスフィアをゲットしなければ助けにすら行かれない。

 

 直人「じゃあ、僕もついていきます!」

 

 木綿季「ありがとう!…じゃあ、拓哉。また来るね…」

 

 拓哉に別れの挨拶を済ませ、すぐ様2人はバイクで陽だまり園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2025年01月20日 12時45分 陽だまり園

 

 木綿季「お願いします!!」

 

 直人「僕からもお願いします!!」

 

 森「…」

 

 ボク達は今、アミュスフィアを手に入れる為、森先生にボクのお金を使わせてもらう許可を得ようと陽だまり園の応接にいた。

 

 木綿季「どうしてもアミュスフィアが必要なんです!!」

 

 森「…木綿季の言っている事は概ね分かった。

 もしかしたらその拓哉君が木綿季の言うゲームの中にいるかもしれないとそう言うんだね?それでアミュスフィアが欲しいと…」

 

 木綿季「はい!!」

 

 森「…そちらは拓哉君の弟さんでよろしいかな?」

 

 直人「は、はい!茅場直人と言います…」

 

 森「藍子から話は聞いているよ。助けてくださったみたいで…」

 

 直人「え?あ、いや…そんな…」

 

 今はそんな事を話している時間なんかない。もしかしたら今こうしている間に拓哉の身に何か起きているかもしれないのだ。

 今はとにかく時間が惜しい。

 

 森「…分かった。そういう理由なら仕方ないね…」

 

 木綿季「っ!!ありがとうございます先生!!」

 

 森「でも、これだけは約束してくれ。

 絶対に危ない事だけはするんじゃないぞ?」

 

 木綿季&直人「「はい!!」」

 

 こうして無事アミュスフィアを手に入れてエギルから貰ったALOのソフトをアミュスフィアにインストールする。

 今頃直人も自分で買ったアミュスフィアにインストールしている頃だろう。

 インストールする時間すら気が気でないボクは若干の焦りを感じながらインストールが完了するのを待つ。

 そして、インストールが終了した瞬間、アミュスフィアを頭にかぶり、ベットに寝転ぶ。

 約2年ぶりにいう音声コマンドを言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木綿季「リンクスタート!!」

 

 瞬間、目の前がクリアになり、ゲームのタイトル場面へと移った。

 

 木綿季「さて…と。早く設定とか決めないとね…!」

 

 コンソールを操作しながら9つの種族の中で気に入った闇妖精族(インプ)を選択して名前を決める。

 ここはSAOでも使っていたYuukiの名前を入力する。

 アナウンスと共にボクは空に放り出され、真下にある薄暗い街へと降り立った。

 

 ユウキ「…また来ちゃったなぁ。あんな目にあったのに」

 

 姉ちゃんが聞いたら何て言うだろうか?

 多分怒るだろうなぁ、と考えながらも本来の目的を忘れてはならない。

 

 ユウキ「そうだ…!!えーと…あった!!」

 

 ボクはメニューの1番下にあるログアウトボタンがあるか確認する。

 やはりそこはSAOと違う為、ちゃんとログアウトボタンは存在していた。

 

 ユウキ「ふぅ…。まぁ、ない訳ないよね…。

 次はアイテムだけど…うわっ!?なんじゃこりゃ!!」

 

 アイテムウィンドウを開くと何やら文字化けしているみたく、すぐ様消去する。

 そして、ステータスを確認すると奇妙な事にほとんどの戦闘スキル並びに料理スキルが初心者(ニュービー)にしては高すぎる事に気づいた。

 

 木綿季「この数値って…まさか、SAOの時の…!!

 そうだ間違いない!!絶剣スキルはないけど他のはみんなそうだ!!」

 

 何故こんな事が起きているのかは分からないが早くタクヤを見つけるには強いに越した事はない。

 

 ユウキ「あっ!そういえば…待ち合わせ場所とか決めてなかった…」

 

 仕方ないので一旦ログアウトして、直人とキリトに連絡を取ってから再度ログインしようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 タクヤはあれからずっと森を彷徨っていた。

 訳もわからない所にやって来てはモンスターとの戦闘で今の状況などを考えている余裕がなかった。

 だが、ここへ来て分かった事がある。

 1つはここはSAOではなく、別のVRMMOゲームの世界だと言う事。

 その証拠に今まで見た事のないモンスターが出現している。

 なんとか、倒せているがここがどこでどの方角に向かえばいいのか分からないのだ。

 もう1つはステータスだ。

 どうやらSAOの時のままみたいだが、修羅スキルなどのユニークスキルは消滅してしまっている。

 おそらく、このゲームで共通するスキルはSAOのデータをそのまま使えるようだ。

 それだけでもまだマシな方だと思う。

 森の中をひたすら彷徨いながらモンスターを狩る毎日。

 このユルドというこのゲームの通貨は増えていく一方だ。

 

 タクヤ「そう言えば、アイテムとか確認してねぇな…」

 

 この世界に来てタクヤは真っ先にログアウトボタンがあるか確認するが、やはりそのような脱出できるものは存在しなかった。

 アイテムを確認するが文字化けが酷く、使えるアイテムは全くなかった。

 そんな時、背後から微かだが草むらを掻き分ける音がした。

 

 タクヤ「誰だっ!!」

 

 すぐ様臨戦態勢に入り、警戒する。

 いい加減モンスターとの戦闘は後免被りたいのでプレイヤーだったらいいなぁと淡い期待と緊張を纏いながら姿を現すのを待つ。

 タクヤの声に反応したのか音は徐々に大きくなっていき、やがて、タクヤの目の前にあるプレイヤーが現れた。

 

「!!?…君は…!!」

 

 タクヤ「…お、お前はもしかして…!!」

 

 そこには思いがけなかった再会が待っていた。

 

 

 

 

 




どうだったでしょうか?
タクヤが再会した人物とは一体誰なのか…。
それは次の話で明らかになります。


では、また次回!


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【24】再会

という事で24話ですね。
ALO編も長くやっていきたいとかおもってるのでちょっと、オリジナル展開を挟ませてもらいます。ご了承ください。

では、どうぞ!


 2025年01月20日 ALO内20時20分 シルフ領 古森

 

 森の中を彷徨っていたタクヤの前にある1人のプレイヤーが現れた。

 タクヤはその人物を知っている。

 短い間であったが一緒に行動を共にした事もある。

 タクヤと同じで多少外見は変わっているが見間違える訳はない。

 

 タクヤ「お前は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルクス…か?」

 

 かつて、タクヤがいた笑う棺桶(ラフィン・コフィン)と言う殺人(レッド)ギルドに所属していたルクスが目の前にいた。

 

 ルクス「…久しぶりだね。タクヤもALOにいたんだね」

 

 タクヤ「ALO?…って事はやっぱりここはSAOじゃないんだな?」

 

 ルクス「何を言ってるんだ?タクヤがSAOをクリアしたんだろ?

 あれからもう2ヶ月以上経ってるよ」

 

 タクヤ「…実はな…」

 

 タクヤはルクスに今の自分の置かれている状況を話した。

 最後の戦いで死ぬはずだったオレがいつの間にかこの世界に迷い込んでいた事…、SAO同様未だログアウトが出来ない事を包み隠さずだ。

 

 ルクス「そんな…!!」

 

 タクヤ「だから、今しなきゃいけないのはALO(ここ)から出る事なんだが、その方法が分からねぇんだ…」

 

 ルクス「…タクヤはSAOをクリアしてみんなを助けてくれたと言うのに…なんでタクヤだけが…」

 

 タクヤ「なら、みんなはもう現実に帰れてるんだな?

 それだけでもよかったよ…」

 

 ルクスの話が本当ならきっとユウキやキリト、他の仲間達も無事に日常生活を送っているハズだ。

 タクヤはあの世界ですべき事を成し遂げられた事に安堵した。

 これからは今の状況を打開する為だけに集中出来る。

 だが、ログアウト出来ないという問題は他のどのプレイヤーにも起こり得ていない為、GMに訴えようが冗談かいたずら扱いされて相手にされないだろう。

 

 ルクス「とりあえず、街に行かないかい?

 ここじゃモンスターもポップするし、それにずっとここを彷徨っていたなら体力も残ってないだろう?」

 

 タクヤ「確かにな…。少し疲れたぜ…」

 

 ルクス「近くに中立の街があるから行こう!」

 

 ルクスは立ち上がり、タクヤに手を伸ばす。

 

 ルクス「じゃあ、()()()()()()()

 

 タクヤ「飛ぶ?何言ってるんだ?」

 

 ルクス「あ、そうか…。タクヤはALOの事を知らないんだったね。

 背中に意識を集中してみてくれ」

 

 タクヤは言われた通り背中に意識を集中すると、紫がかった翅が出現する。

 

 ルクス「ALOじゃほとんどの移動はこの翅を使うんだ。

 右手を掴むようにモーションを起こせばコントローラーが現れるから最初はそれを使うといいよ」

 

 タクヤはコントローラーを出現させ、ルクスに操作方法を教わる。

 コツは背中に仮想の骨を動かす感覚で翅を羽ばたかせるようだ。

 

 タクヤ「これ…結構難しいな…」

 

 ルクス「頑張って!」

 

 翅を少し動かすだけでも相当の集中力を用する。

 しばらくして翅の扱いに慣れてきたのか、少しずつだが宙に浮いていった。

 

 ルクス「その調子だよ!」

 

 タクヤ「ぐっ…ぐぐ…!!」

 

 何とかルクスが飛んでいる所まで飛べたタクヤはコントローラーを使って前進する。

 ルクスの案内に従って街へと飛んで行った。

 翅は10分間しか飛ぶ事は出来ず、翅がまた光の粒子を纏ってくると飛べるようになる。

 

 タクヤ「きついけど…すげぇな…!」

 

 ルクス「そうだろう?このゲームの最大の魅力だからね」

 

 久しぶりに再会したルクスと談笑しながら目的の街へとやって来た。

 そこにいるプレイヤーやNPCはどれも妖精のような身なりをしていて、やっぱりSAOではないんだなとタクヤは改めて思った。

 宿屋に入って料理とドリンクを注文し、久しぶりの食事にタクヤは無我夢中になっていた。

 

 ルクス「そんなに慌てなくてもまだたくさんあるから…!!」

 

 タクヤ「何も食べてなかったから手が止まらねぇんだよ!!」

 

 ルクス「え?もしかして…2ヶ月間ずっとかい?」

 

 タクヤは料理を口に運びながらルクスの問に頷く。

 あの森の中ではモンスターは狩って食材がドロップする事はない。

 タクヤが口にしたと言えば、川の水ぐらいだ。

 だから、手が止まらないのも無理もないのだ。

 あれから30分程経過し、タクヤはかつてないほどに満腹になっていた。

 

 タクヤ「はぁ…!食った食った!」

 

 ルクス「…すごいね。全部食べ切るなんて」

 

 ルクスは呆気に取られながらも自分の分の料理を食べ終わり、今後についての話をする事にした。

 

 タクヤ「さて…これからどうするか…」

 

 ルクス「そうだね…。

 もっとプレイヤーのいる所に行けば何か手がかりがあると思うけど…」

 

 タクヤ「人がたくさん集まる場所はどこにあるんだ?」

 

 ルクス「んー…。やっぱり、央都アルンだね。

 この世界の中心だし…、何より()()()()()()()()()がある場所だからね」

 

 タクヤは聞き慣れない単語を耳にし、ルクスにそれを尋ねた。

 ルクスによると世界樹の上には空中都市があり、妖精王オベイロンに最初に謁見した種族だけがアルフと言う高位種族に転生でき、ALOの空を無限に飛べるようになるらしい。

 それを目指してどの種族も目の色を変えて攻略に勤しんでいるようだ。

 

 ルクス「タクヤは翅を見る限り種族は闇妖精族(インプ)だね」

 

 タクヤ「ん?そうなのか?

 全然この世界について何も知らないからなぁ…」

 

 ルクス「大丈夫だよ…私がアルンまで案内してあげるよ!」

 

 タクヤ「いいのか?

 アルンって場所、ここからかなりの距離があるんだろ?

 ここまで連れてきて貰った上にアルンまで案内させるのは悪いよ…」

 

 ルクス「気にしないでくれ。

 私は一刻も早くタクヤに現実世界に帰って欲しいんだ…。

 それに…私もタクヤに助けられたし、今度は私がタクヤを助けたいんだ…!!ダメ…かな?」

 

 タクヤ「そんな事ねぇよ!

 ただ、オレといると昔の事思い出すんじゃないかって…。

 せっかくあの世界から解放されたんだ。辛い事は忘れたいだろ?」

 

 ルクスがタクヤと一緒に行動するとなると少なからず笑う棺桶(ラフィン・コフィン)にいたあの辛い日々を思い出すんじゃないかと考えてしまう。

 誰だって辛い事は忘れたい。ルクスはやっと自由になれたのだ。

 そこに鞭を打つような事、タクヤには到底出来ない。

 

 ルクス「…大丈夫だよ。

 私は自分なりに過去は乗り越えたつもりだから…。

 それに、あの時タクヤに会っていなかったら私は今、ここにはいないと思うんだ。

 タクヤに出会ったからこそ、あの世界でも生きられたし、この世界に足を踏み入れる事だって出来た…。

 だから、タクヤの為なら何だってしてやりたいんだよ…!!」

 

 タクヤ「…わかった。お言葉に甘えて頼らせてもらうよ。

 よろしくな、ルクス…!!」

 

 ルクス「あぁ…まかせておいてくれ!

 なら、翅を完璧にこなせるようになろう。

 歩いていくとすごい時間かかってしまうからね…」

 

 タクヤ「あぁ!」

 

 そうして、タクヤ達は食後の運動がてら森へと戻り、翅の扱い方をルクスに御教授ねがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side木綿季_

 

 

 2025年01月20日 14時30分 紺野姉妹自室

 

 ボクはログアウトしてから直人とキリトに連絡を取り、集合場所を決めてから再度ALOにログインしようと部屋に戻ると、そこには姉ちゃんがボクのアミュスフィアを持って立ち尽くしていた。

 

 木綿季「…姉ちゃん」

 

 藍子「…何でなの?…木綿季」

 

 振り返った姉ちゃんは目に涙を浮かべながらボクを見つめた。

 

 木綿季「…どうしても行かなきゃいけないんだ」

 

 藍子「何で…?あなたはこれであんな目にあったのよ!!?

 どうしてまた危険な事をしようとするの!!!」

 

 木綿季「それはナーヴギアとは違うよ姉ちゃん!!

 それに…あの世界に…拓哉がいるかもしれないんだよ!!!!」

 

 姉ちゃんはそれでも手を震わせながらもアミュスフィアを離そうとはしない。当然の反応だ。

 実の妹を危険な目にあわせた機械に信頼をおけと言う方が無理な話なのだ。

 姉ちゃんからすればアミュスフィアやナーヴギアは悪魔の機械に他ならない。

 でも、いつまでも手をこまねいている暇などボクにはない。

 最悪の場合、姉ちゃんから奪い取ってでもALOに行かなければならない。

 

 木綿季「姉ちゃん…拓哉は今も現実世界に戻れないまま仮想世界を彷徨ってるんだよ?

 それがどれだけ苦しくて辛い事か姉ちゃんには分かる?」

 

 藍子「でも!だからって木綿季がまた危険な目にあっていい理由にはならないじゃない!!こういう事は大人に任せればいいの!!

 木綿季がやる事じゃないわ!!」

 

 木綿季「ううん…それは違うよ、姉ちゃん…。

 これは…これだけはボクがしなくちゃいけない事なんだよ。

 ボクはSAOで何度も死にかけた。

 その度に拓哉が体を張ってボクやみんなを守ってくれた…。

 自分の命より仲間の命を最優先にしちゃう困った人なんだ…。

 だから、誓ったんだ。拓哉はボクが支える…って。

 互いに支え合っていこう…って。

 だから、行かなくちゃならない…!!

 ボクだけが誓いを違えるような事はしちゃいけないんだ!!

 お願い!!姉ちゃん!!…ボクに、約束を守らせて!!!!」

 

 藍子「…」

 

 姉ちゃんにはとても辛い選択だと思う。

 ボクも姉ちゃんの立場であったらこうするかもしれない。

 姉ちゃんはアミュスフィアをベッドの上に放って部屋を飛び出した。

 すれ違いざまに姉ちゃんの涙かこぼれ落ちているのが見えた。

 

 木綿季「…ごめん…姉ちゃん」

 

 ボクは姉ちゃんを追うことなくアミュスフィアを起動させ、ALOへと向かった。

 

 木綿季「リンクスタート!!」

 

 世界は一瞬で入れ替わり、気づけばログアウトした宿屋に立っていた。

 

 ユウキ「さてと…とりあえずは2人と合流しないとね…!」

 

 宿屋を出てまずはボクと同じ闇妖精族(インプ)にした直人を見つける為、街の中央へとやって来た。

 

 ユウキ「どこにいるんだろ…?」

 

「ユウキさーん!!」

 

 後ろを振り向くと手を振っている髪の毛がツンツンしたプレイヤーがいた。

 

 ユウキ「も、もしかして…直人?」

 

 カヤト「はい!ユウキさんは現実世界(リアル)と似てますね!

 あっ、ALO(ここ)じゃカヤトって名前で呼んでください」

 

 ユウキ「分かったよ!

 キリトは影妖精族(スプリガン)を選んじゃったみたいだからここにはいないけど…ボク達だけでも先に進んじゃおう!」

 

 カヤト「なら、どうします?

 まず、この街で情報収集しますか?」

 

 ユウキ「そうだね!

 それに、初期装備のままじゃアレだから武器屋に行って装備を整えよう」

 

 カヤト「でも、僕達…ゲームを始めたばかりだからこのユルド?…お金がないんですが…」

 

 ユウキ「大丈夫!それならボクがいっぱい持ってるから!!」

 

 ボクはカヤトに所持金の半分の100万ユルドを渡した。

 カヤトは何で始めたばかりでこんな大金を持っているのか驚いたが、ボクのアバターはSAOで2年間もみっちり育ててきたものだ。

 ステータスやアイテムが引き継がれているでしたら当然お金も引き継がれている。

 

 ユウキ「よし!じゃあ行こう!!」

 

 ボクとカヤトは街を歩きながら道行く人達にタクヤの事を尋ねてみたが誰も知らないようだ。

 まぁ、そんな早く見つかるとは思っていなかった為、根気よく探していこうという結論に達した。ならば、もうこの街に用はない。

 武器屋に行って諸々必要な装備やポーション類を買い漁り、なんとかまともな装備を揃える事が出来た。

 

 カヤト「ここが本当にゲームの中なんですか…?

 すごく…リアルですね…」

 

 ユウキ「うん!タクヤとカヤトのお兄さんはすごいよ…!」

 

 カヤト「…ですね」

 

 カヤトの装備はスピード重視で主要武器に両手長柄で副武装に短剣を腰に吊るしている。

 ボクの装備はSAOで最後まで使っていた"ナイトリー・クローク”とよく似たものがあった為、それを購入した。主要武器に片手用直剣を装備する。

 仲間達に見られたらSAOの絶剣みたいだって言うハズだ。

 それはもちろんタクヤがボクを見つけやすいようにする為でもある。

 

 ユウキ「ポーションはこれでよし…ってアレ?」

 

 カヤト「どうしました?」

 

 ユウキ「いやね…買った覚えがないアイテムがあるんだよ …」

 

 アイテムストレージの1番下に"MHCP002”と書かれたアイテムが存在していた。

 1度目のログインをしてからボクはアイテムは全部消去したつもりであったが、まだ消し忘れていたものがあったという事なのか。

 

 ユウキ「…これ」

 

 ボクはそのアイテム名に見覚えがあった。

 恐る恐るアイテムをタップしてみると瞬間、目の前に光を放つ球体が出現する。

 

 ユウキ「うわっ!!?」

 

 カヤト「な、なんですかっ!!?」

 

 あまりの風圧にボクとカヤトはその場に尻餅をついてしまった。

 次第に旧態は勢いを失くし、中に何かあるようだ。

 徐々に外装が綻び始め、中にいたのは1人の女性だった。

 

 ユウキ「!!」

 

「…ん…ここは…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「ストレア!!」

 

 目の前に現れたのはSAOで仲間だったストレアであった。

 

 ストレア「…また会えたね。ユウキ…」

 

 ユウキ「うん…うん…。会いたかったよ…ストレア…!!」

 

 すると、ストレアは勢いよくボクに抱きついてきた。

 ストレアはSAOでたった2日しか一緒に行動していないがそんな短い時間の中でストレアの無邪気な笑顔と周りのみんなを引き込むような性格で一気に仲は深めていったのだ。

 

 ユウキ「でも、どうしてストレアがここに?」

 

 ストレア「私もよく分かんないけど…ちょっと待ってね〜」

 

 そう言いながら、ストレアはいきなりボクの顔をストレアの谷間へと誘った。

 

 ユウキ「〜〜〜!!!!」

 

 ストレア「…なるほどね〜。このゲームはSAOのコピーだね。

 基幹プログラムが全く一緒だもん!」

 

 ユウキ「〜〜〜!!!!」

 

 カヤト「あ、あのっ!!ユウキさんが…」

 

 ストレア「ん?君だ〜れ?タクヤは一緒じゃないの?」

 

 ユウキ「〜〜…ぷはぁっ!!!!…ハァ…ハァ…死ぬかと思った…」

 

 ストレアに会えたのは嬉しいが危うく殺されるところであった。

 ストレアの胸は人を窒息死出来る程大きい。

 現実世界(リアル)でもまだまだペッタンコなボクから見たら羨ましいの一言に尽きる。

 

 ストレア「ね〜ユウキ〜。タクヤは〜?」

 

 ユウキ「…タクヤはここにはいないんだよ」

 

 ストレア「?」

 

 噴水の近くのベンチに腰をかけ、ストレアに今までに起きた事や今しなくちゃいけない事を伝えた。

 

 ストレア「なるほどね〜。

 じゃあ、私がここにいる理由も分かったかも…」

 

 ユウキ「どういう事?」

 

 ストレア「私はカーディナルに消去される前にタクヤのナーヴギアのローカルメモリーに保存されたんだけど、一緒にアイテムもオブジェクト化したでしょ?

 それがこのALOで私が現出出来た理由だと思う。

 ここには私を消そうとするカーディナルはいないしね」

 

 カヤト「えっと…じゃあ、ストレアさんはこの世界で言うNPCの位置づけでいいんですか?」

 

 ストレア「そだよ〜。

 あっ!でも、ちゃんと戦闘も出来るから安心してね」

 

 ストレアが加わった事はタクヤを探す上でこの上なく頼りになる。

 ストレアの強さはボクに引けを取らない。

 

 ユウキ「じゃあさっそく次の街へ行こう!!」

 

 カヤト「それなんですが、さっき聞いた所によるとこの世界の中心の央都アルンという街でなら何か聞けるかもしれない…と」

 

 ストレア「じゃあ、早速そこに行こうよ〜…って君誰?」

 

 ユウキ「あっ!忘れてた!こっちはカヤト。

 現実世界(リアル)じゃタクヤの弟なんだ!」

 

 ストレア「えぇっ!!タクヤに弟なんていたの〜!!

 すご〜い!!でも、よく見るとタクヤに似てるかな〜」

 

 カヤト「ど、どうも…」

 

 カヤトもストレアの無邪気さには驚いているだろう。

 ストレアは誰にだって優しいし、誰にだって本音が言える女性だ。

 カヤトもすぐに慣れるだろうし、今はアルンへ向かう事が先だ。

 

 ユウキ「じゃあ、地図も買っておかないとね。

 後、ストレアの装備も揃えなくちゃ…!!」

 

 ストレア「わ〜い!!」

 

 こうして、ボク達3人は商店通りへ戻り、地図とストレアの装備を買いに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 

 2025年01月20日 ALO内21時35分 中立域フィールド 古森

 

 ルクス「後、2時間ぐらいでルグルー回廊に着くハズだ」

 

 タクヤ「ここの時間設定は現実と同期してるのか?」

 

 ルクス「いや、今は現実世界(リアル)だと午後3時すぎだね。

 ルグルー回廊を過ぎたら中立の鉱山都市があるからそこで休憩にしようか」

 

 オレ達は古森と言われるフィールドを飛行と歩行を交互に使い、ルグルー回廊を目指していた。

 何でも央都アルンに行くにはルグルー回廊を抜ける以外に道はないらしい。

 

 タクヤ「そっか。

 そう言えばこの世界ってどういう設定してるんだ?」

 

 ルクス「そうだね…。ALOは妖精の世界をコンセプトにしているよ。

 そして、ここには9つの種族の妖精がいるんだけど、決して仲が良い訳じゃないんだ。

 その時の状況にもよるけど、普段は互いに敵対し合ってるね…。

 風妖精族(シルフ)は近々、猫妖精族(ケットシー)と"グランド・クエスト”に向けて同盟を組むらしいけど…」

 

 タクヤ「ふーん…。

 ファンタジーなくせして結構ヘビーな設定だな

 となると、このゲームはPvP推奨か?」

 

 ルクス「あぁ。

 しかも、自分の種族の領地じゃない所ではその種族のプレイヤーに一方的に攻撃されるから注意してくれ」

 

 聞くからにマニアックな設定を織り込んだものだ。

 だが、それを差し引いてまかり通るのは"空を飛べる”だからか…。

 まぁ、今のオレの状況じゃ正直その設定があろうがなかろうが関係ない。

 今のオレも9つの種族の内の1つなのだろうが、オレは来たくてここに来た訳ではない。

 

 ルクス「タクヤは…あれからどうしてたんだい?」

 

 タクヤ「あれからって…討伐作戦の後か?

 そうだな…。いろいろあったよ…。

 仲間になった奴はすぐにどこか行ったりもしたし、血盟騎士団団長にはコテンパンにやられたしな」

 

 ルクス「…そうか」

 

 タクヤ「でも、ここにルクスもいたら…っていつも思ってたぜ?

 みんなとも仲良くなれると思うし、料理とかユウキと一緒にしたら楽しそうじゃないか?」

 

 ルクス「確かにそれは魅力的だ…。

 でも、私は自分が弱いせいであんな事になったんだ…。

 もし、タクヤの言葉に甘えていたら一生後悔してたと思う」

 

 ルクスの横顔はどこか寂しそうで今にも消えそうなロウソクの火のように儚かった。

 

 タクヤ「ルクス…」

 

 オレは討伐作戦が終わってから、ルクスを解放してくれと頼んだがルクス本人がそれを拒否してしまった為、それは叶わなかった。

 グウェンはグウェンで自ら進んで監獄へと入ったと聞く。

 2人がどんな思いであの場所にいたのか、オレには知る術がなかった。

 

 ルクス「でも、今は大丈夫だよ…タクヤ…。

 確かに、あの世界で私は大切なものを失くしてしまった。

 でも、タクヤが諦めないであの世界を終わらせた事を知った時、胸が熱くなって…嬉しかった…。

 タクヤも前を向いて頑張ったんだ…って。

 だから、私も前を向いて生きよう…ってそう思えるようになった」

 

 タクヤ「…オレは別にそんな…」

 

 ルクス「君のおかげで今のボクがいるんだ。

 それだけは忘れないで欲しい…」

 

 タクヤ「…あぁ」

 

 ルクス「あっ!タクヤ!ルグルー回廊が見えてきたよ!」

 

 いつの間にか古森を抜け、ルグルー回廊に到着していた。

 今が夜の為、回廊内はさらに暗くなっており、どこまで続いているのすら分からなかった。

 

 ルクス「タクヤは魔法については知ってるかい?」

 

 タクヤ「魔法?」

 

 妖精の世界が舞台なのだからあるであろう事は予想していたが、それを使えると聞かれたらそうではない。

 ルクスに魔法について聞いて、闇妖精族(インプ)が使える魔法の中で初期魔法に設定されていたものがあった。

 どうやら暗視効果が言ってい時間付与されるようだ。

 魔法の詠唱をカタコトで唱える。

 すると、さっきまで何も見えなかった回廊内がどんどん明るくなっていった。

 

 タクヤ「うわぁ…すげぇな」

 

 ルクス「ALOじゃSAOみたいにソードスキルはないけど代わりに魔法があるんだよ。

 種族によって覚えられるものは違うけど、この先も何かと使えるから簡単なものでも覚えておいた方がいいかもしれないね」

 

 タクヤ「オレ、昔からこういう英単語覚える系は苦手なんだよなぁ…」

 

 オレがまだ学校に通っていた頃は、英語は苦手科目に位置づけられており、試験でも度々赤点を取る始末だ。

 まさか、ゲームの世界で苦手分野が出てくると思っていなかった俺は肩を落とし、ため息をつく。

 

 ルクス「まぁ、無理に覚える必要は無いよ…。

 必要な時が今後も出てくるって話だから…」

 

 タクヤ「それはつまり結局は覚えろって言ってるようなもんじゃねぇか」

 

 ルクス「あ…」

 

 とにかく、魔法については後で考えるとしてオレ達はルグルー回廊へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 

 2025年01月20日 ALO内22時10分 インプ領 湿地林

 

 地図とにらめっこしながらボク達はルグルー回廊へと向かうべく、湿地り野中をひたすら歩いていた。

 空を飛んで行こうとも考えたがボク達は今日ここにやって来たばかりでまだ空を自由に飛べる程練習が出来ていない。

 それに、仮に空を飛んでいくともしかしたら近くにタクヤがいるかもしれないし、そうなったら探し出すのが不可能なので仕方なく歩いている時代だ。

 

 ユウキ「それにしても…現実と時間があってないってめんどくさいね…」

 

 カヤト「え?そうですか…?」

 

 ストレア「うわっ!?あ〜ん!!また沼に落ちた〜!!」

 

 インプ領のこの湿地林を抜けない限りルグルー回廊へは渡れない。

 本当はもっと別の場所からでもいけるようだが、その中でルグルー回廊が1番近いのだ。

 

 ユウキ「だってさー…現実と同期してたら今は昼でしょ?

 つまり、夜より見晴らしもよくなるじゃん」

 

 ストレア「まぁ、SAOは設定上時間を同期させてた方がいいっていうのもあったしね〜」

 

 カヤト「ゲームによって違うんですね…あっ!

 前方にモンスターがいます!どうします?倒しますか?」

 

 ユウキ「極力モンスターとの戦闘は避けたいかな…。

 カヤト、どれくらいいるかって分かる?」

 

 カヤト「えーと…。数は分かりませんが結構いますね…」

 

 ストレア「じゃあ、戦闘は避けなれないね〜。

 私が先陣切るから2人は撃ち漏らしをよろしく!」

 

 ストレアは両手剣を抜き、足場が悪い湿地林を走る。

 足場が悪い為、普段より遅くなってしまうが前方にいるモンスター郡は全て蜂型の為、遅くても大した問題ではない。

 ストレアは両手剣を振りかざし、1匹ずつ丁寧に倒していく。

 何匹かボクらの方へ逃げてきたが、難なくモンスターをポリゴンへと四散させた。

 

 ストレア「お疲れ〜」

 

 ユウキ「カヤトすごいね!初めてゲームした人とは思えないよ!」

 

 カヤト「そ、そうですか?」

 

 カヤトの戦闘には無駄がない。

 全ての動作が攻防一体となっており、全ての動作に1手2手と考え尽くされている。

 現実世界(リアル)で何か、スポーツや武道でも習っているのか聞いてみると、昔から空手をやっていたらしい。

 

 カヤト「さっきのも実は空手とか太極拳に近いものなんですよ。

 もっとも、これを始めたきっかけは拓哉兄さんにありますけど…」

 

 ユウキ「え?タクヤって何かしてたの?」

 

 カヤト「ボクが中学入るちょっと前ですかね…。

 ボクシングジムに通うようになってそれを見てカッコイイなぁって…」

 

 ストレア「子供の頃のタクヤって可愛かったんだろうな〜」

 

 ユウキ「ちょっとヤンチャでしたね。

 いや、あれはちょっとのレベルかな?」

 

 カヤトの話を聞くかぎり、昔はタクヤもわんぱく坊主だという事を知った。

 少しだけボクの知らないタクヤを知っていて羨ましかった。

 

 ユウキ「ストレア、あとどれくらいで着きそう?」

 

 ストレア「う〜ん…。まだかなり距離があるみたい。

 このペースだと1日中進まないと着かないかも〜」

 

 ユウキ「まだ、そんなにあるんだ…」

 

 カヤト「ユウキさん。気持ちはわかりますが森先生とも約束しましたし、なるべく慎重に行きましょう…。焦る気持ちも分かりますが…」

 

 カヤトの言う通り、もうみんなには迷惑を掛けられない。

 このまま進むとルグルー回廊への道は少し逸れるが中立の街がある。

 今日はそこで休んでまた明日から再開しようという事で話がまとまった。

 歩いて30分ぐらい経ち、ようやく中立の街へと到着した。

 

 ストレア「あぁ〜…宿に行ってシャワー浴びた〜い!」

 

 カヤト「確かに、泥まみれですからね…。

 気分的に綺麗にしておきたいな」

 

 ストレア「じゃあ、一緒に入る?

 昔のタクヤの事とかカヤトの事とか聞かせてよ」

 

 カヤト「い、いや…!!オレは1人で入りますから大丈夫です!!」

 

 ユウキ「カヤト〜…顔が真っ赤だよ〜。姉ちゃんに言ってやろーっと!」

 

 カヤト「えぇっ!!?大体なんでそこで藍子さんの名前が出るんですかっ!!?」

 

 そんなやり取りをしながら宿屋でチェックインして、ボクとストレアでひ1部屋、カヤトで1部屋に泊まり、今日はここで解散しようという話になった。

 

 ストレア「ユウキ〜見て見て〜!!」

 

 ユウキ「ん?」

 

 ボクがストレアに目を向けるとストレアはたちまち小さくなっていきボクの手の平に乗れる程小さくなった。

 

 ユウキ「えぇっ!!?ど、どういう事っ!!?」

 

 ストレア「私はこの世界でも戦えるけど、本来はナビゲーション・ピクシーって言う役割に分類されるんだよ〜。

 どう?すごい?驚いた?」

 

 ユウキ「すごいし驚いたよ!!…胸はそのままなんだね」

 

 ストレア「ん?何か言った?」

 

 ユウキ「ううん!!別に何でもないよ!!」

 

 ボクはログアウトする前にシャワーを浴び、湿地林で泥まみれになった体を洗い流す。

 途中、ストレアも入ってきて自分との差を見せつけられながらボクはログアウトしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side直人_

 

 

 2025年01月20日 16時20分 神奈川県横浜市 茅場邸

 

 直人「ん…」

 

 僕はあれからシャワーで体を洗い流し、早々にログアウトした。

 意識が自分の部屋に戻ると暖房は消えており、体温が低下しているのが分かった。

 僕は自室から1階のリビングに行き、電気ケトルに水をセットする。

 しばらくして、お湯が湧きインスタントコーヒーとお湯をマグカップに入れ、口にする。

 体の体温は上がっていき、口の中にブラックコーヒーならではの苦味が僕の寝ぼけていた脳を起こした。

 

 直人「…」

 

 1人が住むには些か広すぎるリビングには手入れが行き届いており、生活感を感じさせない。

 実際の所、僕もリビングは食事を摂る以外で使わないし、第一家にはほとんどいない。

 朝は学校、放課後は部活かバイト、夜は風呂に入って寝る、という生活リズムが成り立っていた。

 

 直人「…やっぱり1人じゃ広いなぁ」

 

 2年前、僕は自分の知らないところで両親を失った。

 その時、部活の合宿中だった為、それを聞かされた時はすぐには信じられなかった。

 また拓哉兄さんのイタズラだろうと軽く思っていた。

 だが、電話先は警察の方で冗談でない事はすぐに分かった。

 顧問の先生に自宅まで送ってもらうと玄関には数人の警察官と刑事がいた。

 家に入り、リビングに向かうとそこには大きな血のシミと項垂れていた兄さんがいた。

 刑事からいろいろ聞かされたが、正直頭には何も入ってこなかった。

 受け入れ難い事実が僕と兄さんに重くのしかかってくる。

 兄はその数日前に会ったきりで家には帰ってきておらず、今思えばあれが最後に晶彦兄さんを見た日だった。

 そして、その更に1ヶ月後に拓哉兄さんも僕の前からいなくなった。

 

 直人「あれからもう2年…か…」

 

 拓哉兄さんはすぐに病院に搬送されたが、僕は自宅で刑事に質問攻めを食らった。

 茅場晶彦は今どこにいるのか?茅場晶彦は何故このような事をしたのか?それは日に日に酷くなっていくばかりで、マスコミにも大きく報じられた。

 終いには、郵便受けに脅迫状や無言のイタズラ電話なども受けた。

 周りには頼れる人は誰1人としていなかった。

 大人からは同情され、同年代には煙たがれ、罵声を浴びせられた。

 正直、嫌になっていた。

 自分は何もしていないのに何故、ここまで責められなければいけないのか。何故、僕がこんな目にあわなくちゃいけないのか。

 毎日毎日同じ事を考えては答えなど見つかる訳もなかった。

 そして、2年が経った時、ニュースでSAO事件が終わったと報じられた。

 SAOプレイヤー全員が無事に帰ってきたと。

 僕は考えるよりも早く兄さんが入院している横浜市立大学附属病院へとバイクを走らせた。

 パスカードを受け取り、病室へ向かった。

 もう僕は1人じゃない。1人で耐える事もない。

 やっと…帰ってきたと思った。だが、現実は残酷だった。

 兄さんは変わらず眠っているままだった。

 兄さんの病室には僕より早く1人の少女が兄さんの寝ているベッドに突っ伏しながら泣いていた。

 あの事件以来、心を閉ざしていた兄さんの為にこんなに泣いてくれるのかと、その時はただただ嬉しかった。

 兄さんはあの世界で大事な人と巡り会えていた。

 

 直人「木綿季さんは強いですね…僕よりずっと…」

 

 それから毎日とはいかなかったが来れる時は必ず木綿季さんは兄さんの病室へとやって来ては早く起きるよう祈りを捧げていた。

 その姿はまるで愛しい人を永遠にいつまでも待つ健気な女性の顔をしていた。

 木綿季さんは僕と違って下を向いて生きていない。

 今を全力で…上を向いて生きている。

 自分よりも年下の女の子相手に尊敬の念を送ったのはこれが初めてだった。

 僕も木綿季さんのような生き方がしたいと思うようになってからは、何に対しても全力で取り組むようにしてきた。

 

「…僕が兄さんを救ってみせるよ。みんながそれを望んでいるから…」

 

 僕がリビングを後にしようとすると、1件の着信が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
タクヤチームとユウキチームの同時進行ですが、読みにくければ言ってきてください。
出来る限り編集いたします。
そして、直人の所に1本の着信が…。
それは一体誰なのか…。


では、また次回!


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【25】立ち塞がる敵

という事で25話です。
タクヤもいい感じに出てき始めたのでこれから頑張ります。

P.S
UAがが1万を超えました。
これも皆様のおかげだと思っています。
これからもよろしくお願いします!

では、どうぞ!


 2025年01月20日 17時30分 横浜市 某所

 

 この時期、太陽は17時を過ぎた頃より沈んでいき、空には幾千万の星達が暗く広がる夜空を鮮やかに散りばめられていた。

 太陽が沈んだ事で、気温も一気に落ち、白いいきが宙を舞ってやがて儚く消えていく。

 陽だまり園のすぐ側にはいつも近所の子供達が遊んでいる公園がある。

 市内で数える程しかない公園には1人の少女…藍子以外誰もいない。

 子供が1人で出歩く時間帯ではないのだが、藍子はその場を動こうとはしなかった。

 

 藍子「…」

 

 藍子の心は()()()()()波を打っている。

 妹の木綿季がSAOに囚われた時と同じ感覚だ。

 木綿季は今、大切な人を助け出す為に、自らの危険を顧みずゲームの世界へと旅立った。

 それが木綿季にとってどれだけ価値のあり、重要な事なのか藍子に分かる術はない。

 きっと、あの世界へ足を踏み入れた者のみが感じる事の出来る心情があるのだろう。

 

 藍子「…どうして」

 

 次第に空から雪が降り始めた。

 だが、今の藍子はそんな事どうでもよかった。

 すると、急に雪が何かで遮られ、上を向くとそこには直人が傘をさして立っていた。

 

 直人「どうしたんですか?…傘も刺さないで」

 

 藍子「ナオさん…」

 

 直人がここにいるのは偶然ではない。

 直人がALOから戻ってきた際に、藍子から着信があったのだ。

 この公園の場所と用件を聞いて直人がバイクでここまでやってきた次第だ。

 

 直人「ここじゃ寒いでしょう?

 近くに喫茶店がありますからそこに行きましょう」

 

 藍子「…」

 

 直人「?…藍子さん?」

 

 直人が呼びかけても藍子から何も反応がない。

 直人もどうしたのか分からず、その場に立ち尽くしていた。

 

 藍子「…ナオさん。…今日呼んだのはお願いがあるからなんです」

 

 直人「お願い?」

 

 藍子「木綿季から…ゲームをしないように言って欲しいんです!」

 

 直人「!!」

 

 その頼みはあまりにも自分勝手な事は藍子も理解している。

 だが、陽だまり園の森を説得して木綿季はゲームの世界へと行ってしまった。

 もう藍子には直人のほかにこんな事を頼める人がいなかったのだ。

 

 藍子「恐いんです…。またあの子が帰ってこないんじゃないかって…。

 また私は木綿季を守ってあげられなかったって…。

 もう…離れ離れになるのは嫌なんです!!

 あの子を失ったら…私は…私は…!!」

 

 直人「藍子さん…」

 

 直人にも藍子の気持ちは分かる。

 直人もたった1人になってしまった兄がまだ眠り続けている。

 いつ目覚めるのかも…このまま永遠に目覚めないのかは誰にも分からない。

 唯一希望があるとすれば、ALOの中に兄の拓哉がいるかもしれないという事のみだ。

 その希望も信憑性などは皆無だが、それでもそこに可能性があるのなら行かない訳にはいかないと木綿季は直人やキリト達の前で誓ったのだ。

 直人も自分の手で兄を救いたいという気持ちから木綿季と行動を共にしている。

 

 藍子「お願いします!!ナオさん!!」

 

 直人「…」

 

 藍子の頼みは遠回しに拓哉の事を木綿季に諦めろと伝えて欲しいとの事だった。

 もちろん藍子がそんな事を言う訳がないと直人自身も思っているが、藍子は木綿季の身の安全を最優先にしているだけだ。

 これも当たり前の考え方だと思っている。

 もし、藍子が木綿季を失えば藍子は天涯孤独の身としてこの先を1人で生きていかなければならない。

 それを考えると直人は木綿季に諦めるように言った方が良いのかもしれない。

 ALOが危険でない事はわかっているのだが、藍子の中ではALOもSAOと同様に捉えてしまっている。

 安全性を藍子に説明したとしても頭では理解出来るが、心がそれを拒んでしまうのだ。

 

 藍子「…お願い…します!!」

 

 直人「…藍子さん」

 

 直人は藍子と同じ目線まで腰を落とした。

 藍子も頭を上げて直人の正面に向き直る。

 

 直人「藍子さん…何も心配しないでください。

 実は、僕も木綿季さんと一生にALOをプレイしているんです」

 

 藍子「!?」

 

 直人「危険がない事を藍子さんに説明しても気持ちは変わらないと思うんです…。だから、僕が約束します。

 木綿季さんは何があっても僕が最後まで守り抜く…と」

 

 藍子「そ、それは…でも…」

 

 直人「…あの世界にもしかしたら兄がいるかもしれないんです。

 僕も兄を助けたい…。1人は寂しいですからね」

 

 藍子「!!」

 

 藍子が見た直人の表情はどれだけの事があったのか容易に想像できる程のものだった。

 

 直人「僕も…両親はいません。事件に巻き込まれて2人とも…。

 それからは兄弟だけで生きてきました。けど、長男も自殺してしまいました。

 もう僕には拓哉兄さんしかいないんです…。だから、僕は助けたい」

 

 藍子「そんな…私達より…ずっと…!!」

 

 藍子の両瞳には涙が滲んでいた。

 藍子と木綿季は両親を失いながらも陽だまり園のみんながいた。

 暖かく、最初は不安しかなかった2人だがいつしかその輪の中に加わっていた。

 だが、直人は両親を失って拓哉と2人で…そして、すぐに1人になってしまった。

 それから今でもずっと1人で生きている。

 それがどれだけ寂しく、苦しい事は経験した藍子と木綿季にしか分からない。

 それでも直人は兄を救い出す為に、自らも仮想世界へと旅立ったのだ。

 そこにどれだけの決意が秘められているのかは藍子は知らない。

 

 直人「藍子さん…。

 木綿季さんが藍子さんにとってすごく大切な家族という事は2人を見ていたら分かります。

 だから、失いたくない。帰ってきて欲しいって思えるんです。

 木綿季さんも言ってましたよ?

 姉ちゃんにはまた心配かけちゃうなって…。

 木綿季さんも藍子さんに心配なんて本当はかけたくないんですよ…」

 

 藍子「…」

 

 直人「でも、こうも言ってました。

 兄さんが現実世界に帰って来るまでボクの心はまだSAOにいるんだ…と。

 木綿季さんは藍子さんや陽だまり園のみんなにちゃんとただいまって言いたいんですよ。だから、それまで待っててくれませんか?

 僕も最大限危険がないように努力します」

 

 直人は藍子の冷たくなった両手を自分の両手で包み込んだ。

 この冬空の下にも関わらず直人は暖かった。

 その暖かさは藍子の体と心をも優しく包み込んでくれた。

 

 藍子「…わかりました」

 

 藍子もまさかこのような言葉が出るとは思っていなかった。

 木綿季の身を軽んじた訳ではない。

 直人に全てを託そうと思ったのだ。

 

 藍子(「この人なら…ナオさんならきっとやってくれる。

 いつかの私のように…きっと…彼なら…」)

 

 藍子は涙を拭い、満面の笑みを浮かべた。

 

 藍子「妹の事をどうか…よろしくお願いします」

 

 直人「はい…。

 それに木綿季さんに何かあったら兄に顔向け出来ませんからね」

 

 藍子はその後、直人のバイクで陽だまり園まで送ってもらい、直人と別れた。

 門をくぐって園の玄関に入ると奥から森が慌ててやって来た。

 

 森「あ、藍子!!こんな時間までどこに行ってたんだ!!?」

 

 藍子「ごめんなさい先生…。ちょっと、公園で直人さんと話してて…」

 

 森「直人君…とか?そうか…なら、安心だな。

 でも、これからはちゃんと暗くなる前に帰ってくるんだぞ?」

 

 藍子「はい。ごめんなさい!」

 

 森「…さぁ、手洗いうがいしてきたら食堂へおいで。

 みんな藍子の事を待ってるよ」

 

 時刻は午後6時を大幅に過ぎてしまっていた。

 あの公園に約1時間もいたのかと改めて知った藍子であったが、あの時間が無駄だとは思っていない。

 むしろ、直人との時間が有意義に感じている藍子がそこにはいた。

 森の言われた通り、洗面所で手洗いうがいを済まし、食堂へと向かった。

 中に入るとテーブルには豪華な料理がテーブル全体に広がっている。

 

 智美「あら藍子。おかえりなさい。」

 

 木綿季「え?姉ちゃん!!?」

 

 智美「木綿季!目を離したら危ないわよっ!!」

 

 木綿季「わっ!!ごめんなさい!!」

 

 厨房の方には木綿季と智美がいるようだ。

 木綿季とは昼間言い合いをしてしまった為、藍子は少し気まずく自分の席へとついた。

 しばらくして最後の料理が運んで来て、みんなで合掌して食餌の挨拶をかわす。

 小さい子供が多い為、料理はハンバーグや唐揚げ…どれも子供達の好物が並んでいた。

 

 智美「これぜーんぶ木綿季が作ったのよー。みんなおいしいー?」

 

「うまいよ木綿季姉ちゃん!!」

 

「すげー!!」

 

 木綿季「えっへん!どんなもんだいっ!!」

 

 藍子も1口食べるが本当に美味しかった。

 どれもこれも手間暇かけて作られているのが分かる。

 

 木綿季「…どう?…姉ちゃん」

 

 木綿季も心なしか藍子に対して気を遣っている。

 

 藍子「…美味しい」

 

 木綿季「ほ、ホント?本当に本当?」

 

 藍子「本当よ…。嘘ついても意味無いじゃない…」

 

 瞬間、塞ぎがちだった木綿季の顔はみるみる生気を取り戻していき、いろいろな料理を藍子の皿へと盛っていった。

 

 木綿季「これとこれとこれと…これも!全部自信作なんだ!!」

 

 藍子「ちょっと!それは幾ら何でも入れすぎよ!!」

 

 木綿季「大丈夫だって!

 姉ちゃんならこれぐらいぺろりと食べきれるからさ!!」

 

 藍子「私はそんなに大食いじゃないわよ!」

 

 その晩の陽だまり園は今までよりも楽しく、明るい夕食となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年01月20日 ALO内23時40分 鉱山都市ルグルー前

 

 ルクス「見えてきたよ」

 

 タクヤ「あれが…」

 

 タクヤ達はモンスターを倒しながら回廊を進んで行くと大きな橋があり、その先に街に通じる門が見えた。

 

 タクヤ「ここを渡ったらやっと半分か…!」

 

 ルクス「街で必要な物を補充して休憩してからこの回廊を抜けようか」

 

 タクヤ「ちょっと待てよ。

 ルクス…お前はログアウトして今日はもう休んでくれ」

 

 ルクス「わ、私はまだ大丈夫だよ!全然疲れて…!!」

 

 瞬間、ルクスが膝から崩れるように倒れるのをタクヤが分かっていたかのように優しく支えた。

 

 タクヤ「言わんこっちゃない。お前、立ってるだけでもやっとだろ?

 一体いつからフルダイブしてるんだよ?」

 

 ルクス「…昨日から」

 

 タクヤ「無茶すんなってーの!!街についたらお前はログアウトしろ!

 オレの事は気にすんな。オレも眠くなってきたしちょうどいい」

 

 ルクス「でも、それじゃあタクヤがいつまで経ってもログアウト出来ないから…」

 

 ルクスはタクヤの為を思って一刻も早くアルンへと向かっていたのだ。

 だが、疲弊しきった体でこの先のモンスターにやられてしまったら元も子もない。その方が効率も悪い。

 そうじゃなくても今日だけでかなりの距離を進んでいる。

 ルクスだけでなく、タクヤも流石に疲れが見て取れる。

 

 タクヤ「ほら…おぶされよ」

 

 ルクス「だ、大丈夫だよ!!?これくらいの距離歩けるから!!!」

 

 タクヤ「この橋の下…さっきから影が動いてる…。

 モンスターに襲われる前にもこの橋をダッシュで切り抜けたいんだよ…」

 

 ステータスはSAOの時のままのタクヤはこの世界で一二を争うプレイヤーになっているだろう。

 それはスピードでも同じ事が言える。

 ルクスを置いて行くことは論外であり、タクヤがルクスを担いで走れば多少スピードが落ちても2人で走るよりは十分に速い。

 

 ルクス「で、でも…」

 

 タクヤは焦れったくなったのか、有無を言わさずルクスを担ぎ、橋の上を全速力で走った。

 

 ルクス「うわぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!!!!」

 

 タクヤ「しっかり捕まってろよぉぉっ!!!!」

 

 瞬く間に門の前へとたどり着いた2人は門を開け、鉱山都市ルグルーへと入って行った。

 

 タクヤ「とりあえず宿屋を見つけねぇとな」

 

 ルクス「私…酔ったかも…」

 

 1kmはあった橋をたった3分足らずで走ってきた。

 その間、ルクスはタクヤの背中で上下に揺らされていた為、酔ってしまったのだ。

 

 タクヤ「おっ!あったあった!ルクス…ほら…」

 

 タクヤは手をやり気分の優れないルクスを無理矢理起こす。

 もうすぐそこに宿屋がある為、多少強引だがこうした方が効率がいい。

 宿屋に入って部屋を取ろうとすると、生憎空いている部屋が1つしかないようだ。

 

 タクヤ「一部屋しか空いてなかったからルクスが使ってくれ」

 

 ルクス「じゃあ、タクヤはどうするんだい?」

 

 タクヤ「オレは野宿なりなんなりして朝を待つさ。

 この2ヶ月間で随分慣れてるからな!」

 

 ルクス「ダメだよ!…タクヤもちゃんと休まないと。

 だから、この部屋は一緒に使おう」

 

 タクヤ「いや…流石にそれは…。ルクスだって嫌だろ?」

 

 ルクス「そんな事ないよ!ほら!時間も時間だし早く行こう!!」

 

 ルクスはタクヤの手を引っ張り、宿部屋へと入っていった。

 部屋には案の定ベットは1つしか存在せず、値段の割に質素な造りになっていた。

 

 ルクス「じゃあ、私はシャワーを浴びて…」

 

 最期まで言い終わる前にルクスは大事な事を思い出した。

 今、この部屋にはタクヤとルクスしかいない。

 シャワー中にタクヤがいては何かと恥ずかしい。

 タクヤには悪いと思ったがシャワー中だけ外で待ってるように頼み、ルクスはシャワールームへと向かった。

 ゲームの世界でシャワーを浴びようが風呂に入ろうがパラメーターには何も影響は受けない。

 プレイヤーでもこういった事をするのはごくわずかだ。

 だが、ルクスはSAOで2年間もの間生活していただけに普段の行動が反射的に起こってしまう。

 その為、ゲームの世界であったとしてもシャワーを浴びるという生活習慣を崩す事は出来ない。

 

 ルクス(「早く済ませなきゃ…。タクヤが待ってるんだし…」)

 

 シャワーを最低限に抑え、体を備え付けのタオルで吹き、楽な格好になる。

 

 ルクス「すまないタクヤ…。もう入ってきていいよ」

 

 タクヤ「お、おう…」

 

 タクヤも理解してか顔が赤い。

 健全な男子なら誰だってこのような反応をしてしまう。

 ルクスも顔を赤くしているがタクヤよりは落ち着いていた。

 

 ルクス「じゃあ…明日の朝の8時にまた来るから待っててくれ」

 

 タクヤ「あぁ。おやすみ…ルクス」

 

 ルクス「お、おやすみ…」

 

 ルクスはベッドに入って数分して寝息が聞こえ始めた。

 そして、しばらくしてルクスのアバターは消滅した。

 

 タクヤ「…オレも寝るか」

 

 タクヤはルクスが消えて空いたベッドに入り、疲れを取る事にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年01月21日 ALO内08時00分 鉱山都市ルグルー

 

 ルクス「タクヤ…起きて」

 

 タクヤ「ん…」

 

 タクヤはルクスに起こされ朝日を浴びながら朝を迎えた。

 久しぶりにベッドで寝た為、かなり疲れは取れている。

 

 タクヤ「ふぁぁ…よく寝た…」

 

 ルクス「さぁ、必要な物を買い足したらいよいよ回廊を抜けるよ」

 

 タクヤ達は宿屋をチェックアウトして、アルン方面の出口へ向かう。

 その途中でポーションやタクヤの装備を新調したり、これからの旅路に困らないように最善を尽くす。

 

 タクヤ「アルンまでは後どれくらいかかりそうだ?」

 

 ルクス「そうだね…。早くて半日って所かな。

 この回廊を抜けたら世界樹が見えてくる」

 

 タクヤ「…いよいよだな」

 

 央都アルンに到着すれば、タクヤの今の状態がどうなっているのか分かるかもしれない。

 もしかしたら、運営がタクヤの事を見つけてくれる事だって考えられる。

 淡い期待を抱きながらルグルーを出て回廊へと足を踏み入れた。

 しばらく走っていると、ルクスが手を前に出して静止の合図を出す。

 

 タクヤ「どうした?」

 

 ルクス「前にプレイヤーが数十人いる…!!」

 

 タクヤ「え?ダメなのか?」

 

 ルクス「種族にもよるけど、基本は互いの種族は争っている訳だから戦闘になったら2人しかいないこちらが不利になる…!!」

 

 このまま距離を保ちつつ回廊を出るか、戦闘覚悟で正面突破するか2つに1つだ。

 安全性を考えたら時間はかかってしまうが悟られる事なく回廊を出る方がいい。

 だが、タクヤの事を考えるとこの迷っている時間すら惜しい。

 タクヤは現実世界では正直、いつ死んでもおかしくない程衰弱しているハズだ。

 今この時も刻一刻と死に近づいているタクヤの事を考えたらこの状況は想定外だ。

 

 ルクス(「どうする…!?

 突破するか…時間をかけてでも安全に回廊を出るか…!!」)

 

 タクヤ「よしっ!!じゃあ、さくっと突破するか!!」

 

 ルクス「え?」

 

 タクヤ「なんだよ?急いでるって話せば分かってくれるって!」

 

 なんと脳天気な発言であろうか。

 だが、この瞬間に1番焦っているのはタクヤ本人のハズだ。

 タクヤはルクスに待つように言い聞かせると、スピードを上げて先頭集団との距離を詰める。

 

「!!…後方よりプレイヤーが追ってきてます!!」

 

「数は?」

 

「ひ、1人です!!!?」

 

「!!」

 

 そして、タクヤは集団に追いついた。

 お揃いの鎧を装備し、タクヤに警戒をかける。

 見た感じだと深い緑色の長い髪をした女性プレイヤーがこの集団のトップであろうと考えるとタクヤは躊躇う事なくそのプレイヤーに話しかけた。

 

 タクヤ「突然で悪いんだけどさ!道譲ってくれねぇか?」

 

「黙れ!!私達も大事な用があるのだ!!

 それに貴様…闇妖精族(インプ)だな!?

 何故、闇妖精族(インプ)がこんな所に…!!」

 

「待て!!」

 

 部下であろう男を女性プレイヤーが静止させる。

 部下も何も言わずに隊列へと戻っていった。

 

 サクヤ「すまない…。私の名前はサクヤだ。

 この先で会議が開かれるのでな…。私達はそこに向かっていたんだよ。

 道なら君が先に行ってくれてもかまわないよ」

 

 タクヤ「マジか!!いやぁ、よかったぜ。

 戦闘とかになったりしたら時間食っちまうからなぁ…!!

 あ、オレはタクヤ…。連れは後ろにいるから呼んでくるよ」

 

 タクヤは足を止め、ルクスが追いつくのを待った。

 ルクスも全速力で走っていた為、そこまで距離が広がっていなかったようでものの数十秒で到着した。

 

 ルクス「た、タクヤ!!君はどうしてそう無茶ばかり…!!」

 

 タクヤ「悪かったって!

 それより、前にいた奴らが先に行ってもいいだってさ!!」

 

 ルクス「そ、それは本当かい?よ、よかった…」

 

 タクヤ「じゃあ、早速追いつくぞ!!」

 

 ルクス「あぁ!」

 

 2人は同時に地を蹴り、先頭集団を追いかけた。

 ルクスもパラメーター的にはスピード型なので、タクヤのスピードにもついて行ける。

 タクヤ達はサクヤと名乗ったプレイヤーの所までやって来ると、ルクスがサクヤを見て驚いた。

 

 ルクス「さ、サクヤさんっ!!?」

 

 サクヤ「ん?ルクスじゃないか。こんな所でどうしたんだい?」

 

 タクヤ「あれ?2人は知り合いか?」

 

 ルクス「私達風妖精族(シルフ)の領主だよ!?

 つまり、風妖精族(シルフ)の中で1番偉い人だよ!!」

 

 タクヤ「ふーん…」

 

 サクヤ「ルクスの知り合いだったのか…。

 君達はどこへ行くんだ?」

 

 ルクス「ちょっと…世界樹まで…」

 

 そう答えた瞬間、タクヤ達を囲む空気がピリついた。

 

 サクヤ「…まさか、ルクス。お前…領地を…」

 

 ルクス「ち、違うんだ!!これはちょっと…タクヤの頼みで…」

 

 タクヤ「あぁ。ルクスには世界樹までの道案内を頼んだんだ。

 オレ、このゲームの事の全くわかんねぇからさ」

 

 サクヤはタクヤに視線を移し、上から下へとじっくり観察された。

 部下達の顔にも緊張が走っている。

 

 サクヤ「…どうやら、本当に初心者(ニュービー)のようだな。

 疑ってすまなかったな。所で何故、世界樹に…」

 

 ルクス「…」

 

 なかなか2人が話そうとしない為、サクヤもこれ以上の事は聞かなかったが、代わりにある頼み事を承った。

 

 サクヤ「ルクス、タクヤ君。

 私達はこの先の"蝶の谷”という場所で猫妖精族(ケットシー)との同盟の締結に向かっているんだが、噂によるとどうも火妖精族(サラマンダー)達がそこで2人の領主の首を殺ろうとしているらしい…」

 

 ルクス「火妖精族(サラマンダー)が…!!」

 

 タクヤ「…」

 

 サクヤ「そこで頼みというのはその火妖精族(サラマンダー)部隊の襲撃を阻止してほしいのだ」

 

 サクヤは足を止め、タクヤとルクスに頭を下げた。

 

「サクヤ様!頭をお上げになってください!」

 

「大体こんな得体のしれない奴に頼むなど…!!」

 

 確かに、初対面の相手にこのような頼み事をすれば、不思議に思うのが普通である。ましてや、ただの初心者(ニュービー)に対してだ。

 

 サクヤ「いや、私が見た限り…タクヤ君はここにいる誰よりも…遥かに強い…」

 

 

「「!!」」

 

 ルクス「どうするんだい?」

 

 タクヤ「まぁ…アルンが逃げる訳じゃないし、その火妖精族(サラマンダー)をサクヤさん達の邪魔をしないようにすればいいんだろ?

 オレでよかったら喜んで協力するよ」

 

 サクヤ「本当か?ありがとう!助かるよ…」

 

 話もまとまり、回廊もあともうすぐで出口に着く頃合だ。

 サクヤ達と行動を共にし、タクヤ達は蝶の谷へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 

 2025年01月21日 ALO内12時00分 ルグルー回廊前

 

 ユウキ「あっ!キリトだ!おーい!!」

 

 ボク達は中立の宿屋から出発して早2時間、ようやくルグルー回廊の入口に辿り着いた。

 偶然にもキリトとリーファという風妖精族(シルフ)のプレイヤーが同伴していた。

 

 リーファ「はじめまして。私はリーファって言うの!よろしくね!」

 

 ユウキ「ボクはユウキ!こちらこそよろしく!」

 

 カヤト「カヤトです。よろしくお願いします」

 

 ストレア「ストレアだよ〜。リーファ、胸おっきいね〜!」

 

 リーファ「わっ!ちょ…どこ触ってるんですかぁっ!!?」

 

 ボクから見たら2人の巨乳がじゃれあってこれ見よがしに見せつけているボクにだけダメージがくるものだった。

 

 キリト「ユウキはSAOの時とそっくりだな。すぐに分かったよ」

 

 ユウキ「そう言うキリトだって髪の毛以外似たようなもんじゃないか!」

 

 キリトの装備は髪の毛こそ違うが、それ以外はやはり黒系統のものを装備している。背中には地面スレスレの巨大な剣を背負っている。

 

 キリト「で、なお…じゃなくてカヤト。よろしくな」

 

 カヤト「こちらこそ、邪魔にならないように頑張ります」

 

 キリト「で、あの子は?」

 

 キリトはボクにストレアの事を聞いてきた。

 SAOでMHCP002として生きていたストレアはボク達以外のプレイヤーとの面識は全くなかった。

 1から説明しようとすると、キリトの胸ポケットから小さな妖精が現れた。

 

 ユイ「うーん…。どうしたんですかー?パパ」

 

 ストレア「あっ、ユイだ!久しぶり〜!」

 

 ユイ「す、ストレア!?何でここに…!!?」

 

 キリト「ユイ!!知ってるのか?」

 

 ユイ「知ってるも何もストレアは私の妹です」

 

 瞬間、この場の誰もがラグが起きたかのように体が固まっていた。

 ユイの話によれば、ユイもまた、MHCP001としてストレアと同じプレイヤーのメンタルをチェックしていたと言う。

 そして、同様にエラーを蓄積していったユイは記憶を失ってしまいキリトとアスナの所へ会いに行ったのだと。

 そして、最後にユイのプログラムをキリトのナーヴギアのローカルメモリーに保存されて今に至るのだ。

 

 ユウキ「へぇ…キリトもタクヤみたいにユイちゃんを助けたんだね!」

 

 キリト「まぁ、あの時はそれぐらいの事しかしてやれなかったけどな…」

 

 ユイ「そんな事ありません!私はパパとママに助けられたんです!!

 消えてしまう命を2人が救い出してくれたんです!!」

 

 キリト「ユイ…」

 

 ストレア「彼がキリト〜?なんか女の子みたいな顔してるね〜」

 

 またしても、ストレアの放った言葉により、みんながラグってしまった。

 このままじゃ先に進めない為、続きは回廊を進みながら話す事にした。

 

 ユイ「ユウキさん。さっきのお話なんですが、ストレアはタクヤさんのナーヴギアに保存されていたんですか?」

 

 ユウキ「うん。そうだよ?それがどうかしたの?」

 

 ユイ「だったら、なんで今ここにストレアがいるんでしょう?

 タクヤさんのナーヴギアに保存されているならストレアのプログラムはタクヤさんが持っていないとおかしいです…」

 

 ストレア「そう言えばそうだね〜」

 

 ユイの話を簡単に言うとストレアが今ここのいるのはおかしく、いるとしてもタクヤと一緒のハズなのだ。

 

 ユウキ「でも、ボク達結婚してたからアイテムを共通化してるからじゃあ…」

 

 ユイ「それはパパにも言える事なんですが、ママのアイテムは引き継がれてませんでした…」

 

 キリト「となると、答えは1つだな…」

 

 ユウキ「何?」

 

 キリト「アスナは恐らくGM権限でアカウントが凍結しているからアイテムが引き継がれてないんだろう…。

 だが、タクヤは違う。可能性は確信に変わった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤはこの世界にいる!!」

 

「「「!!!!」」」

 

 タクヤがこの世界で生きている…。

 最初は小さな可能性であったが、今や大きな光となってボク達に降り注いでいる。

 

 ユイ「パパの言う通り、その可能性は高いです!!」

 

 ユウキ「タクヤは…やっぱり…う…うぅ…」

 

 ストレアが優しく後ろから抱きしめてきた。

 今はこの優しさがとても心に沁みてくる。

 やっと、会える。愛しいあの人に…。

 

 リーファ「!!…みんな、壁によって!!」

 

 リーファがボク達に指示を出し、すぐ様それに従う。

 ALOのプレイ時間だけで言うとリーファがこの中で断トツな為、リーファの焦りようを見てボク達にも緊張が走る。

 

 リーファ「みんな、もっと近くに寄ってね…」

 

 そう言うとリーファは詠唱を初めた。

 詠唱が終わるとボク達の周りに岩が並べられた。

 正確には周囲のプレイヤーに気づかれないようにする為の隠蔽魔法だ。

 

 リーファ「喋る時はなるべく小さな声で…。

 魔法が解けちゃうからから」

 

 ユウキ「これが魔法かぁ…すごいね!」

 

 カヤト「それよりもどうしたんですか?」

 

 リーファ「うん…。

 チラッと見えただけなんだけどプレイヤーがいるみたいなの…」

 

 キリト「ユイ。調べてくれ」

 

 ユイはキリトに言われた通り、周囲のプレイヤーの反応があるか確かめる。

 

 ユイ「後方から16人程こちらに近づいてきます!」

 

 ユウキ「あれ?あのちっさいのは…」

 

 ストレア「どれ〜?」

 

 ボクの種族は暗闇の中でもある程度みえるがしその小さな赤い光は徐々に大きく見えてきた。

 

 ユウキ「赤い…コウモリ?」

 

 リーファ「!!?」

 

 瞬間、リーファは隠蔽魔法を解除してみんなに回廊を走るように指示をする。

 

 キリト「ど、どうしたんだよリーファ!?」

 

 リーファ「あれは追跡魔法(トレーサー)…。

 そして、赤色の使い魔って事は火妖精族(サラマンダー)の部隊なの!!」

 

 カヤト「火妖精族(サラマンダー)?」

 

 リーファ「火妖精族(サラマンダー)は今、"グランド・クエスト”のクリアに最も近い種族だって言われてるの!

 奴らは、強引なやり方でアイテム狩りやプレイヤー狩りをしてる…!!」

 

 この世界ではPvP推奨の為、ある程度の行為は目をつぶっていられるが、火妖精族(サラマンダー)はそれが度を過ぎていたのだ。

 橋へとやって来たボク達であったが、あと少しで中に入れるい思いきや後方から遠距離魔法が放たれ、扉はたちまち岩山の中へと消えてしまった。

 

 キリト「くそっ!!」

 

 キリトは背中の剣で破壊しようとするが、キリトの力を持ってしても叩き斬る事は出来なかった。

 

 リーファ「無茶しないで!物理攻撃じゃビクともしないの!」

 

 キリト「そう言う事は先に言ってくれ…」

 

 岩山のせいで足止めを食らっていると後方には陣形を整えた火妖精族(サラマンダー)が待ち構えていた。

 

 カヤト「何で僕達を狙って…」

 

 リーファ「前にキリト君が火妖精族(サラマンダー)を倒しちゃったからだと思う…」

 

 キリトにみんな視線を集中させる。

 

 キリト「あ、あの時は仕方なかったんだよ!」

 

 ストレア「そんな事よりあっちはもう()()()()()()()()()()だよ」

 

 火妖精族(サラマンダー)部隊の後衛の術師(メイジ)が詠唱を唱え始めている。

 前衛のタンク隊が邪魔だてさせないように盾を横一列に並べ、万全の体勢で攻撃を仕掛けてきた。

 

 後衛から放たれた火の玉は殺傷能力こそ低いもののようだが、数が異常だ。これが直撃したらひとたまりもない。

 

 カヤト「僕がいきます!!」

 

 キリト「オレも行くぞ!!リーファは支援頼む!!」

 

 リーファ「まかせて!!」

 

 キリトとカヤトは一斉にタンク隊に突撃した。

 タンク隊もそれは予想通りの為、完璧に防いでいる。

 

 キリト「くそっ!!カヤト大丈夫か?」

 

 カヤト「なんとか大丈夫です…!!でも、あれをどうにかしないと…」

 

 キリトとカヤトに考える隙をを与えず、後衛の術師(メイジ)は再度火の玉を放った。

 

 キリト「ぐっ!!」

 

 カヤト「っ!!」

 

 ユウキ「キリト!!カヤト!!」

 

 ストレア「私達も行こうよ!!」

 

 リーファ「ダメだよ!!

 行っても防がれて魔法で攻撃されるし、私じゃ2人しか回復が間に合わない!!」

 

 リーファが例えいくら回復しようが数ではあちらの方がかなり有利だ。

 魔法の源であるMPも絶対量が違う。

 

 キリト「もう1度だ!!」

 

 カヤト「はい!!」

 

 キリトとカヤトはまたしてもタンク隊に攻撃を仕掛ける。

 カヤトは冷静に見えるが、明らかにキリトは冷静さに欠けている。

 おそらく、心の中でアスナの事を考えているに違いない。

 アスナの為ならどんな事でもするとそう誓っているのだ。

 ボクもタクヤの為に早くここを突破したい。

 でも、現実は数で勝っている火妖精族(サラマンダー)部隊に苦戦を強いられている状況だ。

 

 リーファ「もう無理だよ…。

 キリト君!今回は諦めてまたスイルベーンからやり直そうよ!」

 

 キリト「…嫌だ」

 

 リーファ「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「オレが生きている間はパーティーメンバーを…仲間を誰1人殺させない!!!!」

 

 カヤト「行きます!!!!」

 

 キリトとカヤトの表情が一気に変わった。

 鬼の形相になった2人はタンク隊など眼中になどないようにただひたすらに攻撃の手を緩めない。

 

「な、なんだ!?こいつら…!!」

 

 キリト「うぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 カヤト「はぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 半ば強引に盾の間に手を挟み、盾を引き剥がそうとするが、後衛の術師(メイジ)がそれを許さない。

 カヤトは両手長柄を突き立て、その勢いで術師(メイジ)がいる所まで飛んだ。

 

「しまった!!」

 

 キリト「よそ見すんなっ!!」

 

 キリトも一瞬の隙をついて、とうとうタンク隊を突破した。

 

「くっ!!」

 

 術師(メイジ)もここが正念場と感じ、威力が高い魔法で応戦する。

 

 ユイ「今です!リーファさん!!次の魔法が来たら残りのMPを全部使ってどうにか持ちこたえてくださ。!!」

 

 リーファ「…わかったわ!!」

 

 リーファも残りのMPを全て使って高等回復魔法の詠唱を唱える。

 火妖精族(サラマンダー)の魔法が放たれるのと同時に、リーファは回復魔法をキリトとカヤトにかけた。

 

 キリト「____!!」

 

 リーファ(「あれは幻惑魔法!!?」)

 

 ユウキ「何あれ!」

 

 キリトは黒い影に身を包みながら詠唱を続けていた。

 その異様な光景はそけにいた全てのプレイヤーが固唾を飲んで見守っている。

 詠唱を唱え終えた瞬間、黒い影は一気に弾けた。

 

 ストレア「すご〜い!!!!」

 

 ユウキ「あれ…本当にキリトなの?」

 

 キリトのアバターの面影などどこにも残っておらず、そこにはSAOで感じた()()()()と似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリトは巨大なボスモンスターの姿で戦場を暴れ回った。

 

 カヤト「あの!自我とかあるんですよね!!?」

 

 キリトは咆哮を上げながら、次々と火妖精族(サラマンダー)を薙ぎ払っていた。

 火妖精族(サラマンダー)はあまりの恐怖に足をすくませ、ろくに防御も出来ずにいた。

 

 キリト「ウガァァァァァァァッ!!!!」

 

 そして、残りもあと僅かになった所でリーダー格のプレイヤーは橋の下の湖へと飛び込んだが、湖には凶悪なモンスターがいる為、火妖精族(サラマンダー)は呆気なく、消滅した。

 最後の1人も倒そうとするキリトにリーファは我に返り、そのプレイヤーを生かすように言った。

 キリトはそのプレイヤーを橋の上に落とし、全員でそのプレイヤーを囲んだ。

 

 リーファ「さぁ!誰に命令されたか吐いてもらうわよ!」

 

「…こ、殺すなら殺せ!!」

 

 リーファ「このっ…!!」

 

 キリト「いやぁ暴れた暴れたぁ!!」

 

 キリトは元のアバターに戻り、ボク達の所へと戻ってきた。

 

 ユウキ「何なの!?あの魔法!!」

 

 キリト「いやぁ…ユイに言われるがままにやってたからなぁ…。

 でも、モンスター気分を味わえてなかなか良い経験だったよ!」

 

 そんな気分なんか味わいたくないと思ったが、タクヤがいたら多分同じ事を言ってる所が容易に想像できた。

 でも、そうなったなら映画の美女と野獣みたいな事を再現出来そうだなと思ったのはみんなには秘密だ。

 

 キリト「ところで君…。さっきはなかなか見事だったよ。

 オレ1人だったらやられてたよ。で、時に相談なんだけど…。

 これ、さっきの戦闘でドロップしたアイテムとユルドなんだけど…話してくれたらこれ全部君にあげちゃおうかなぁって思ってるんだけど…」

 

 何とも身も蓋もない話であるが、火妖精族(サラマンダー)のプレイヤーには実に魅力的な話であったらしく、周りに仲間がいないか確認しながらキリトに問う。

 

「…マジ?」

 

「マジマジ」

 

 すると、2人はにやけながら交渉を成立させた。

 

「さっきの部隊のリーダーのジータクスさんの上の人からの命令だったらしくてさ。

 しかも、たった2人をフルボッコにするって話じゃん?

 ここまでやるかって思ったんだけどあの()()()()さんを撃退させたって事だったし…」

 

 リーファ「カゲムネ?」

 

「アンタらだろ?シルフ狩りの槍使い(ランサー)倒したの…」

 

 ボク達とは別行動でキリトとリーファは行動していた為、おそらくその時に起きた事であろう。

 

 ユウキ「…キリトといたら面倒に巻き込まれるね」

 

 キリト「なっ!?そ、それを言うならタクヤだってそうじゃないか!!」

 

 ユウキ「タクヤはいいもーん」

 

 キリト「無茶苦茶だな…」

 

 話す事がなくなった火妖精族(サラマンダー)は交渉通りキリトからアイテムやユルドを受け取り、その場を後にした。

 

 リーファ「…ふぅ。これで進めるね。

 てか、さっきの…本当にキリト君だったの?」

 

 キリト「ん?あー…それがよく覚えてないんだよね。

 オレ、興奮してくると記憶が飛んじゃう事あるから…」

 

 ユウキ&ストレア&リーファ「「「こわっ」」」

 

 カヤト「と、とにかく今は置いておいて先に進みましょう?」

 

 ボク達は鉱山都市ルグルーへと入り、その場で情報収集を始めた。

 リーファは一旦ログアウトするとの事で、キリトを見張り番に置いてボク達は再度聞き込みを始めた。

 

 カヤト「こういうプレイヤーを見た事ありますか?」

 

「あぁ…そのプレイヤーなら昨日見たよ」

 

 ユウキ「!!そ、それはどこで見たの!!?」

 

 タクヤ「え、えっと、確か…そこの宿屋に夜遅くに入っていったなぁ…」

 

 すぐ様ボク達はタクヤがいたであろう宿屋に向かい、そこでも聞き込み調査を行った。

 

 ユウキ「こういう見た目のプレイヤーが昨日ここにいたと思うんだけど…見た?」

 

「いや、オレは今日ここに来たから…」

 

 ユウキ「そ、そっか…」

 

「あー…でも、もしかしたら、アルン方面で露店を出しているプレイヤーなら見たかもしれないな」

 

 ストレア「早速行ってみよ〜よ!!ありがと〜お兄さん!!」

 

 ボク達は宿屋を後にして、アルン方面の出入口に向かい、聞いた通りの場所で露店を出しているプレイヤーに話を聞いた。

 

「うん。このプレイヤーならここでポーションとか買って行ったよ。

 ちょうど今日の朝の9時だったかな…。

 何か急いでいたみたいだけど…」

 

 ユウキ「この先に…タクヤが…」

 

 ストレア「早く行かないとどんどん距離が開いちゃうよ!」

 

 カヤト「でも、まだリーファさんが…」

 

 と、そんな話をしている時に後ろから何やら顔つきが厳しくなっているリーファとキリトが走ってきた。

 

 リーファ「みんな!ここにいたんだね!

 私、先を急がなきゃだから話は走りながらでいい?」

 

 ユウキ「うん!ボク達も先を急ぐから大丈夫だよ!!」

 

 そう言って、ボク達は早々にルグルーを抜け、世界樹のあるアルンへと向かった。

 

 リーファ「この回廊を抜けて少し行った所に蝶の谷って場所があるんだけど…そこで風妖精族(シルフ)猫妖精族(ケットシー)」が同盟を組む為の調停を結ぶの。

 そこに火妖精族(サラマンダー)が大部隊を送って領主2人の首を殺ろうと考えているらしいの!!

 だから、私は助けに行かなくちゃいけない…」

 

 キリト「質問。火妖精族(サラマンダー)にとってのメリットは?」

 

 リーファ「まず、領主館に貯蓄されている資金の半分を奪えるでしょ?

 それに領地に好きな額の税金をかけられるし、領地の3分の1を奪える…」

 

 すると、リーファは急に立ち止まりボク達の方に振り返った。

 

 リーファ「だから、今ここで私を切っても恨んだりはしない…。

 みんなは世界樹に行きたいんでしょ?

 もしかしたら…火妖精族(サラマンダー)に付いて行った方がいいのかも…」

 

 リーファの言い分も分かる。

 確かに、そうした方が早く世界樹へ行けるかもしれない。

 だが、ボク達はあの世界で大切な事を学んだ。

 

 キリト「…殺したければ殺すし、奪いたければ奪う…。

 そういうプレイヤーはたくさん見てきた…。

 それも1つの心理だし、否定もできない…。

 ゲームの世界でしか味えないものだ。

 でも、ここで培った経験は必ず現実(リアル)に返ってくるんだ。

 オレ、リーファの事…好きだよ。友達になりたいと思う。

 だから、オレは自分の利益の為だけに仲間を見捨てたりはしない!!」

 

 ユウキ「ボク達もキリトと同じ意見だよ!!」

 

 リーファ「…みんな優しいんだね」

 

 ユウキ「その集会っていつ始まるの?」

 

 リーファ「あと1時間ぐらいだと思う…」

 

 なら、この回廊を抜けて蝶の谷に向かう為に使えるのは1時間のみだ。

 行きの長さから考えるとかなりきつい。

 でも、やらねばいけない。リーファの為にも絶対に…。

 タクヤならきっとそうするから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という事でどうだったでしょうか?
次は予期せぬ事を考えていますのでどうかよろしくお願いします。


では、また次回!


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【26】世界樹

という事で26話目です。
早いものでもうすぐこれを書き始めて2ヵ月が経とうとしています。
これからもよろしくお願いします。


では、どうぞ!


 2025年01月21日 ALO内11時30分 中立域 蝶の谷

 

 タクヤとルクスはサクヤ率いる風妖精族(シルフ)の精鋭部隊と共に会談が行われる蝶の谷に到着した。

 既に猫妖精族(ケットシー)の領主達も到着していたみたいで、2人の領主が互いに握手を交わす。

 

 サクヤ「久しぶりだなルー…」

 

 アリシャ「にゃははー!本当だねー。前の領主会議の時以来だよー」

 

 ルーと呼ばれた猫妖精族(ケットシー)の領主は何とも目のやりように困る派手な軽装で猫混じりの声を出す。

 猫妖精族(ケットシー)は他の種族に存在しない"飼い慣らし(テイミング)”と呼ばれるスキルを有しており、この蝶の谷までは猫妖精族(ケットシー)が飼っている竜騎士(ドラグーン)で来ていた。

 

 タクヤ「すげー…あんなデカイモンスターを使い魔にしてんのか…。

 シリカのピナの100倍くらいあんじゃねぇのか?」

 

 アリシャ「ん?そっちの闇妖精族(インプ)の彼はサクヤちゃんの傭兵かな?」

 

 サクヤ「いや、彼は今日偶然出会ったタクヤ君だ。

 ルクスと一緒に行動していたから私が護衛を頼んだんだよ」

 

 すると、足音を立てずそっとタクヤの背後に回り込む。

 

 アリシャ「へぇ…。サクヤちゃんが護衛をまかせるって事は相当腕が立つんだろーねー…君…」

 

 タクヤ「うわっ!!?いきなり、後ろに立つなよ!!!」

 

 アリシャ「にゃはは!ごめんごめん。私はアリシャ・ルーだよ。

 ご存知の通り猫妖精族(ケットシー)の領主をしてるんだー。

 よろしくねー」

 

 タクヤ「あ、あぁ。オレはタクヤ。えーと、種族は闇妖精族(インプ)だ…よろしく!」

 

 タクヤはアリシャと握手を交わし、本題の同盟についての会談が行われた。

 

 サクヤ「こちらが出す条件は"グランド・クエスト”攻略後、報酬の3割と高位種族光妖精族(アルフ)の転生、猫妖精族(ケットシー)の戦に風妖精族(シルフ)を援軍に向かわせる事がこちらが出す条件だ」

 

 アリシャ「うん。それでいいよー。

 猫妖精族(うちら)は転生しなくても竜騎士(ドラグーン)がいれば、無限飛べちゃうからさー」

 

 サクヤ「同盟…成立だな…」

 

 アリシャ「まぁ、言ってもこれは形だけの儀式みたいなものだからねー。そんなに時間はかからないよ…。

 それよりさ!まだ時間はある訳だからせっかくだし、みんなでパァーとしない?」

 

 何とも緊張感のない会談であったが、互いに利益が生まれる事は証明された事なので肩の荷が降りるというものだ。

 

 サクヤ「相変わらず、祭り事が好きだな。お前は…」

 

 アリシャ「にゃははは!

 ゲームなんだし固っ苦しいのはやっぱりダメだよー!

 もっと盛り上がっていかないとー!」

 

 アリシャはストレージから酒や食材を山のように取り出し、全員に酒が行き届いたのを確認して乾杯の音頭をとる。

 

 アリシャ「猫妖精族(ケットシー)風妖精族(シルフ)の同盟を締結を祝して…かんぱーい!!」

 

「「「かんぱーい!!!!」」」

 

 それからというもの、両種族が入り混じって酒を酌み交わす。

 この光景を見ているとタクヤはSAOでの生活を思い出していた。

 ことある事にパーティーを開いては仲間達が酒を酌み交わしている姿を…。

 今は、みんな現実世界に戻り、元の生活を取り戻しているだろう。

 

 タクヤ「…懐かしいなぁ」

 

 タクヤは輪から外れて1人で酒を飲んでいた。

 すると、そこにルクスが慌てた様子でタクヤの所へやって来た。

 

 ルクス「た、タクヤ!!大変だ!!」

 

 タクヤ「どうしたんだよ?そんなに慌てて…」

 

 ルクス「と、とにかくこれを見てくれ…!!」

 

 ルクスがタクヤに見せたのはALOの攻略掲示板だった。

 そこにはクエストの詳細や、レアアイテムの入手方法までこと細かく書かれており、"グランド・クエスト”の情報などもあった。

 

 タクヤ「へぇ…。ALOの世界ってかなり凝ってるんだなぁ…」

 

 ルクス「違うよ!そこじゃなくて…ここ!!」

 

 ルクスが画面をスクロールさせ、見せたのは1枚の添付画像だった。

 おそらく世界樹なのだろうか、巨大な枝に吊るされた鳥籠が映っている。

 

 タクヤ「これがなん…だって…」

 

 タクヤはその画像を食い見る。

 画質は悪いが、鳥籠の中にいる女性プレイヤーにタクヤとルクスは心当たりがある。

 

 タクヤ「これは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスナ…なのか?」

 

 ルクス「やっぱり…タクヤもそう思うかい?」

 

 タクヤ「いや、ありえねぇ…。みんなは無事にSAOから解放されてるハズだ。…ただの空似じゃ…」

 

 ルクス「…それが、タクヤがSAOをクリアした後もまだ300人以上のプレイヤーが現実世界に戻ってきていないんだ…」

 

 タクヤ「なっ!!?」

 

 まだそんな大人数のプレイヤーが脱出していない事にタクヤは耳を疑った。

 最後の時、茅場晶彦は確かに全プレイヤーのログアウトが完了したと言っていた。

 茅場晶彦が嘘をついている可能性だって捨てきれないが、タクヤにはこれが茅場晶彦の仕業ではない事を直感している。

 

 タクヤ(「アイツは犯罪者だが、ゲームの中では常にフェアプレイを心掛けていた。そんな奴が、約束を違える訳ねぇ…!!」)

 

 茅場晶彦…つまりはタクヤの兄だが、昔から嘘がつけない性分だった。

 何事にも動じず、自分の未来だけをまっすぐ見ていた。

 

 ルクス「これがもし、本当にアスナさんなら…」

 

 タクヤ「あぁ。最終目的は変わんねぇが、まずはアスナを救い出す!!

 オレが帰るのはそれからだ…!!」

 

 タクヤは一刻も早く世界樹へ向かうべく、サクヤとアリシャに事情を説明した。

 

 サクヤ「そうか…。もう行ってしまうのか。大丈夫…火妖精族(サラマンダー)も来ないようだし、君は先に行ってくれ」

 

 アリシャ「えー!私はもっと話したかったのにー!!

 じゃあ、今度は猫妖精族(ケットシー)の傭兵やらない?

 3食おやつ付きで昼寝も出来るよー!!」

 

 タクヤ「機会があったらな!

 じゃあ、オレは行くけど…もし、万が一オレの事を知っているプレイヤーを見かけたらアルンにいるって伝えてもらっていいか?」

 

 サクヤ「あぁ。かまわないよ…」

 

 タクヤ「ありがとう!またな!」

 

 タクヤとルクスは2人に別れの挨拶を交わして、世界樹のあるアルンまで全速力で飛んでいった。

 

 ルクス「ねぇ、タクヤ…。サクヤさんに何であんな事を?」

 

 タクヤ「…多分だけど、掲示板に書き込まれる程の情報ならゲーマーなら誰でも知ってるハズだ。

 だから、おそらく…()()()もこの記事を見てこの世界に来るハズだ」

 

 ルクス「アイツって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「…黒の剣士さ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 

 2025年01月21日 ALO内14時40分 中立域 蝶の谷付近

 

 ユウキ「やっと外だァ!!」

 

 キリト「あと時間はどれくらいあるんだ?」

 

 リーファ「後、40分って感じかな…。だとしてもギリギリだね…」

 

 ボク達は長い回廊を全速力で走り、やっと出口が見え始めた。

 

 ストレア「この先にタクヤがいるんだね…!!」

 

 カヤト「そのハズです!!」

 

 すると、目の前にモンスターが現れたが、スピードを緩める事など論外であり、ボク達は一撃必殺でモンスターを屠った。

 

 リーファ「デタラメだなー…」

 

 キリト「よし!!外に着いたぞ!!蝶の谷はどっちだ!!」

 

 リーファ「こっちだよ!!ここからは私が案内するからついてきて!!」

 

 外に出て日光を浴びた翅は粒子を煌めかせながら、ボク達は崖をジャンプした。翅を広げ、真っ直ぐに蝶の谷を目指す。

 

 ユイ「パパ!!南方にプレイヤー反応を確認しました!!数は32人!!

 おそらくこれが火妖精族(サラマンダー)の精鋭部隊だと予想します!!」

 

 ユウキ「さっきの倍もいるのかー…」

 

 カヤト「もし、戦闘になったらこちらの圧倒的不利ですね」

 

 リーファ「ごめんね…。みんなを巻き込んじゃって…」

 

 キリト「気にするな…。困った時はお互い様だ」

 

 かつて、タクヤの口癖だった一言をキリトがリーファに言った。

 ボク達の仲間の仲間が危険にさらされているんだ。

 一刻も早く行かないと間に合わない。

 

 ユウキ「よーし…!!じゃあ、飛ばすよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideout_

 

 サクヤ「…タクヤ君を向かわせたのが裏目に出たな」

 

 今、サクヤ達の上空には火妖精族(サラマンダー)の精鋭部隊がリーダーの合図を今か今かと待っている。

 火妖精族(サラマンダー)9種族の中でも武闘派集団で構成されている種族だ。

 こっちは2人の領主が率いる精鋭部隊がいると言っても、数の暴力には敵わない。

 瞬間、1人の男の右腕が上がり、合図を告げた。

 それと一斉に火妖精族(サラマンダー)がサクヤたちに向かって突撃をかけた。

 

 サクヤ(「…ここまでか」)

 

 サクヤが諦めようとした瞬間、北方から物凄いスピードで蝶の谷を目指しているプレイヤーが複数人いた。

 あまりのスピードに着陸する前に大きな土煙となって火妖精族(サラマンダー)の攻撃を防いでみせた。

 

 リーファ「サクヤ!!」

 

 サクヤ「リーファ!!?なんでお前ががここにいるんだ?」

 

 リーファ「レコンに火妖精族(サラマンダー)が大部隊を送り込んだって聞いたから…!!」

 

 サクヤ「それに彼らは…」

 

 土煙を起こした張本人はサクヤ達に目を向ける事なく、火妖精族(サラマンダー)部隊に鋭い眼光を向けていた。

 

 キリト「双方剣を引けっ!!!!」

 

「「「!!!!」」」

 

 蝶の谷の周囲に聞こえるかの如くキリトは大声を上げた。

 

 ユウキ「何とか間に合ったみたいだね!」

 

 カヤト「翅もギリギリだったですしね」

 

 ストレア「みんな速い〜」

 

 少し遅れてユウキ達も合流した。

 すると、1人の火妖精族(サラマンダー)が部隊を退き前に出てきた。

 

「何者だ?」

 

 キリト「オレはキリト。

 影妖精族(スプリガン)水妖精族(ウンディーネ)同盟の大使だ」

 

「…護衛もつけず、大した装備もないお前が大使だと?」

 

 キリト「ここには風妖精族(シルフ)猫妖精族(ケットシー)との貿易交渉に来ただけだからな。

 だが、この場を襲うからには4種族との全面戦争をする事になるぞ…!!」

 

 キリトの発言はサクヤやアリシャも驚いているが、彼と共に来たユウキ達もそんな事は知らない。

 

「にわかに信じ難いな…。

 よかろう。俺の攻撃に30秒耐えてみせたら貴様を大使と認めてやる」

 

 キリト「随分気前がいいなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまんのぉ!!遅刻してしまいましたがなぁ!!!!」

 

 ユウキ「今度は何!?」

 

 火妖精族(サラマンダー)部隊の後方からやって来たのは同じく火妖精族(サラマンダー)のプレイヤーだった。

 悪びれしていない様子を見せながら前へと出る。

 

「すんません。ユージーンさん!ちょっくら寝坊しちまったぜ!!」

 

 ユージーン「…貴様はいつになれば俺の言う事を聞くようになるんだ?」

 

「だから、謝ってるじゃないかぁ!!ワシぁこういう事は苦手でのぉ…」

 

 ユージーン「フン…まぁいい。お前は下がっていろ」

 

 ユージーンは背中から自分の背丈と同等の長さの両手剣を抜き出し、キリトの前に立ち塞がった。

 

「おっ!ユージーンさん勝負すんだかぁ?

 俺も体動かしたいわぁ〜!…そこのお前っ!!」

 

 カヤト「え?僕…ですか?」

 

「そうじゃお前じゃ!!ワシと1戦やらんか?

 どうせ、皆はここを攻め落とす気じゃろ?

 だったら今の内に体動かさんと調子でぇへんからのぉ!!」

 

 名指しで呼ばれたカヤトはリーファに視線を向けるが、リーファもお願いするように視線を交わす。

 最も、キリトが勝負する事になったおかげで、ユウキ達に戦う以外の選択権はない。

 カヤトも時代錯誤なプレイヤーの前まで翅を羽ばたかせた。

 

 ホーク「ワシはホークっつうもんや!

 ほら!はよぉ武器かまえんかい!!」

 

 カヤトはホークの言われた通り背中の両手長柄をかまえる。

 すると、ホークも武器をかまえるかと思いきや、素手でファイティングポーズをとった。

 

 カヤト「…あなたは武器はかまえないんですか?」

 

 ホーク「いいんじゃ気にすんな!ワシは元々このスタイルなんじゃ!」

 

 カヤト「…」

 

 ユウキ「大丈夫かな…カヤト…」

 

 ユウキの心配を他所にカヤトはなんと自分の武器をあろう事かユウキ達のいる場所に投げやった。

 ユウキは慌てて武器を回収するが、カヤトが何を考えているのか見当もつかない。

 

 ストレア「カヤト〜!!何で武器捨てちゃったの〜?」

 

 カヤト「…相手が素手である以上僕もそれに乗っ取らなくちゃいけない。…それが武の道を歩む僕の生き方です!!」

 

 ホーク「ほぉ…。なら、これで条件は同じじゃのう…!!」

 

 互いにファイティングポーズをとり、相手の出方を窺う。

 キリトとユージーンも剣をかまえ、勝負の時を静かに待っている。

 周囲には異様な緊張感が漂い、この場の誰もがその瞬間を固唾を飲んで待っている。

 太陽は次第に分厚い雲に覆われ、雲の切れ間から一筋の光が指していた。

 ユージーンの刀身に太陽の光が反射して、一瞬キリトの視界を狭めた。

 瞬間、それを狙ったかのようにユージーンはキリトに斬りかかった。

 キリトも隙を突かれたとはいえ、防御できない距離ではない。

 丁寧に剣で防ごうとするが、ユージーンの両手剣はキリトの片手剣をすり抜けた。

 

 キリト「!!」

 

 瞬間、キリトは直撃を食らい、岩山へと吹き飛ばされた。

 それがカヤトとホークの勝負の合図となり、互いの拳が交差する。

 拳は2人の顔面を捉え、それを機に目にも留まらぬ拳の連打にユウキ達は目を奪われていた。

 それを容易に覆す爆音と共に、キリトがユージーンに斬りかかった。

 

 キリト「何だよ…!!さっきのはっ!!」

 

 キリトの1振りでユージーンは後退させられるが、不敵な笑みを浮かべたままユージーンも応戦する。

 

 サクヤ「まずいな…。あの両手剣は"魔剣グラム”だ」

 

 リーファ「魔剣…?」

 

 サクヤ「だとすれば、あの男がユージーン将軍なんだろう…。

 今、ALOで最強と謳われているプレイヤーだ!」

 

 リーファ「ALO…最強…!!」

 

 アリシャ「あっちもすごい有名人だよ…!!

 武器を持ってない所を見ると、ユージーン将軍の右腕の"剛拳”のホークだね…!!」

 

 カヤトとホークの戦いは最初は均衡を保っていたが、徐々にホークの回転が上がってきている。

 今ではカヤトが防戦一方になる程に押されていた。

 

 ホーク「オラオラァッ!!どうしたんじゃぁ?

 もっと血ィ滾らせんかいっ!!!!」

 

 カヤト「くっ…!!?」

 

 ユウキ「どうしよう…!!カヤトはまだALOを始めて間もないのに…!!」

 

 ホークは明らかに戦闘慣れしているのに対し、カヤトはまだALOを始めてまだ2日しか経っていない。

 道中のモンスター相手には臨機応変に対応していたが、それはあくまで決まった動きしかしない相手に対してだ。

 今、カヤトが戦っているのは、理性と経験、そして力を兼ね備えた1人のプレイヤーである。

 VRMMOゲームにとって経験の差はそのまま力の差となって自身に襲いかかる。

 

 ホーク「オラァっ!!」

 

 カヤト「がっ!!」

 

 キリト「カヤト!!」

 

 ユージーン「他人の心配をしている場合かぁっ!!!!」

 

 またしても、キリトの剣をすり抜けて斬撃を浴びせる。

 

 ストレア「あ〜!!またすり抜けたよ〜!!卑怯だぞ〜!!」

 

 アリシャ「あれは"エセリアルシフト”って言って、剣や盾で受けようとしても非実体化してすり抜けるエクストラ効果があるんだよー!!」

 

 リーファ「そんな!!?…キリト君!!!」

 

 キリトとカヤトのHPも軒並み削られていくのに対し、ユージーンとホークはまだ数ドットも減っていない。

 このままでは確実に2人は負けてしまうだろう。

 

 キリト「効くなぁ…。おい!もう30秒経ってんじゃないのかよ!!」

 

 ユージーン「悪いな…。貴様を斬るまでに変更だ…!!」

 

 キリト「ヤロー…絶対に泣かせてやる!!」

 

 キリトは魔剣グラムの効果を知って尚、ユージーンに正面から斬り合いに持ち込む。

 

 カヤト「強いですね…やっぱり…」

 

 ホーク「なぁに…お主もなかなか見所があるわい!

 だが、ワシに勝つにはまだまだじゃ…!!」

 

 カヤト「だからって簡単に負けてやる訳にもいかないんですよ!!」

 

 カヤトも回転を上げ、ホークに挑む。

 だが、ホークはカヤトの拳を難なく躱していく。

 

 ホーク「どうしたんじゃ?もっと撃ってこんか?」

 

 カヤト「っ!!」

 

 ユウキ「カヤト!!」

 

 カヤト「…分かりましたよ」

 

 ホーク「ん?」

 

 瞬間、ホークの顔面をカヤトの拳が捉えた。

 後退したホークは今、何が起きたか頭の中で処理する。

 

 ホーク(「顔面に左…いや、右のストレートを食らったんか!?」)

 

 さらに畳み掛けるようにカヤトは一気に間合いをとり、先程までとは比較にならない程の連打を繰り出す。

 形勢は逆転してホークの顔が歪んだ。

 

 ユージーン「ホーク!!」

 

 キリト「お前も余所見すんなよっ!!」

 

 鈍い音を響かせながらキリトがユージーンを徐々に押してきている。

 流石のユージーンも顔に余裕など消えており、本気でキリトを仕留めにかかってきた。

 キリトも魔剣グラムのエクストラ効果を攻略しない限り、勝ち目はないに等しいだろう。

 キリトは1度ユージーンから距離をとり態勢を立て直す。

 

 ユージーン「逃がすかぁっ!!」

 

 ユージーンも全速力でキリトを追いかける。

 すると、キリトは詠唱を唱え始め、周囲に煙幕を張った。

 

 ユージーン「ちっ!小賢しい真似を…!!」

 

 もちろんカヤトとホーク、ユウキ達にも煙幕が襲ってきた。

 

 ホーク「くそっ!目くらましかっ!?」

 

 カヤト「…!!」

 

 ユウキ「うわっ!真っ暗じゃん!!」

 

 リーファ「な、何も見えない…!!」

 

 キリト「…ちょっと借りるぜ…」

 

 リーファの近くでキリトの声が聞こえ、リーファは辺りを探すが煙幕のせいでそれが出来ない。

 ふと、腰に手をやると先程まであった剣がいつの間にか消えていた。

 

 ユージーン「時間稼ぎのつもりかァっ!!」

 

 ユージーンは剣で無理矢理周囲の煙幕を薙ぎ払う。

 だが、どこを探してもキリトの姿はどこにもなかった。

 

 サクヤ「…どこだ?」

 

「まさかあいつ…逃げたんじゃ…!!」

 

 リーファ「そんな事ないっ!!」

 

 リーファの怒声でアリシャの護衛もたじろぐ。

 

 カヤト「…さぁ、こっちも続きをやりましょうか?」

 

 ホーク「お主の動き…格闘技でもやっとるんやろ?」

 

 カヤト「空手とか柔道とか…格闘技はほぼ全般こなしてますよ」

 

 ホーク「…ふ、ふぁはっはっはっは!!久しぶりじゃ!!

 あの時以来じゃ!!こんなにワクワクする闘いはぁっ!!!!」

 

 ホークも全力でカヤトに拳を向けた。

 だが、カヤトはそれをいなす事により、全く力を出さないでホークを投げ捨てた。

 ホークは空中でバランスを崩し、蝶の谷に激突した。

 

 ホーク「まだまだぁっ!!!」

 

 ユウキ「…あの人の動き!!」

 

 ストレア「いた!!キリトはあそこだよ!!」

 

 リーファ「!!」

 

 ストレアの指差す方には太陽があり、それを背にキリトがユージーンの頭上を下降していた。

 太陽の光のせいで正確な位置が掴めないユージーンだが、キリトに接近して、魔剣グラムを振り下ろす。

 キリトはまたしても剣で防ごうとするが、エセリアルシフトの効果が発動し、剣をすり抜けた。

 キリトのHPも残り僅かな為、これを食らえば勝負がつくと言っても過言ではない。

 だが、その思惑は大いに覆される事になる。

 なんと、すり抜けたハズの魔剣グラムはキリトを斬り裂く前に大きく後退させられた。

 

 ユージーン「なっ!!?」

 

 キリトは両手には自分の剣とリーファの使っていた剣の2本が強く握られていた。

 

 ユウキ「二刀流…!!」

 

 かつて、キリトがSAO時代にキリトのみに現れたユニークスキル"二刀流”が目の前にあった。

 ALOではソードスキルは存在しないが、キリトはSAOで培った経験を元に二刀流をトレースして使っているのだ。

 

 サクヤ「すごい…!!」

 

 キリトの目にも留まらぬ剣捌きでユージーンのHPはみるみる減少していく。

 ユージーンも負けじと爆炎魔法を繰り出して、キリトを引き剥がそうとするが、それも水の泡と化した。

 

 ユージーン「落ちろぉっ!!!!」

 

 半ば強引に振り下ろされた剣を避けることなど、今のキリトには容易い事だ。

 最後の一撃とでも言わんばかりに2本の剣でユージーンを貫く。

 体に剣が刺さっている為、自動的にHPは減少していく。

 悪あがきをするも、キリトの渾身の斬撃でユージーンは体を真っ二つにされ、炎を纏いながら蝶の谷へと落ちていったのだった。

 

 カヤト「そろそろこっちも終わらせましょうか…」

 

 ホーク「臨むところじゃ!!」

 

 ホークも渾身の一撃を繰り出す。翅を消滅させ、落下スピードも加わった拳に炎を纏わせた。

 カヤトも翅を最大限羽ばたかせ、真正面から拳を繰り出した。

 

 ホーク「うぉぉぉぉりゃぁぁぁっ!!!!」

 

 カヤト「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 互いの拳は最初同様重なるが、カヤトは瞬間に避け、ホークの顔面を貫いた。

 そこでホークのHPは消滅し、小さな炎となってユージーン同様蝶の谷に落ちていった。

 

 カヤト「ハァ…ハァ…」

 

 キリト「ナイスファイトだ…カヤト」

 

 カヤト「…ギリギリでしたけどね」

 

 それを皮切りに、蝶の谷は激しい声援に包まれながら両者の健闘を讃えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年01月21日 ALO内16時20分 蝶の谷

 

 太陽も沈み始め、空は緋色に包まれながら蝶の谷でサクヤがユージーンとホークに蘇生魔法を施していた。

 小さな炎は瞬く間に人の形となり、ユージーンとホークを全快にさせた。

 

 ユージーン「…」

 

 ホーク「いやぁ負けた負けた!!こんなに熱い勝負は久しぶりじゃのぉ!!」

 

 キリト「これで信じてくれたかな?」

 

 ユージーン「…」

 

 ユージーンの目にはまだ疑いの色が見て取れる。

 すると、火妖精族(サラマンダー)部隊から1人の槍使いが現れた。

 

 リーファ(「あの人は…!!」)

 

 それはリーファが初めてキリトと会った古森で対峙した火妖精族(サラマンダー)のプレイヤーだった。

 あの時は撤退してくれたが、今この場でキリトの嘘を見破れるのはこのプレイヤーを置いて他にいない。

 

「ジンさん…ちょっといいかな?」

 

 ユージーン「カゲムネか…」

 

 リーファ(「不味い…!!」)

 

 カゲムネ「オレが昨日撤退させられたのは今いるそこの2人のせいなんだけど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かに連れに水妖精族(ウンディーネ)がいたよ」

 

 キリト&リーファ「「!!」」

 

 嘘を見破られると思いきや、このカゲムネはあろう事か2人を庇ったのだ。

 周囲に気づかれないようにカゲムネがリーファにアイコンタクトを取る。

 ユージーンは少し考えたが、口角が次第に緩み始めた。

 

 ユージーン「…そういう事にしておこう。

 だが、次はこうはいかんぞ…!!」

 

 ユージーンはキリトに対して握手を求めてきた。

 キリトもユージーンの気持ちを汲んで握手に応じた。

 

 キリト「あぁ。次も負けないからな」

 

 ホーク「お主とももう1度戦うぞ!!覚悟しちょれよ!!」

 

 カヤト「御手柔らかにお願いします…!!」

 

 カヤトとホークも握手を交わしてこの場はこれで丸く収まった。

 

 ホーク「まさか、()()()()()()で負けるとは思わんかったのぉ…」

 

 カヤト「前にも誰かと素手で戦われたんですか?」

 

 ホーク「おうよ!

 …今はもう無くなってしもうたけどあれは楽しかった。

 この世界に来ればまたアイツとも会えると思っとったんじゃが、いくら探していやせん…。

 ()()()()()持ち同士気があったんじゃがのぉ…」

 

 瞬間、ユウキの顔色は一気に変わり、ホークに詰め寄った。

 

 ユウキ「ちょ、ちょっと待って!!

 今…闘拳スキルって…君もSAOにいたの!!?」

 

 ホーク「な、なんじゃ!?

 ワシは確かにSAOにいたが…もしかして、お主、タクヤの知り合いか!!?」

 

 ユウキ「タクヤを知ってるの!!?」

 

 サクヤ「ん?君達もタクヤ君の事を知っているのか?」

 

 ユウキ&ストレア&キリト&カヤト「「えっ!!?」」

 

 SAOにいたと言うホークが知っているのはまだ分かる。

 だが、ALOにいるサクヤが知っているのはおかしい。

 知っているとすれば、タクヤがこの世界にいる証明になるからだ。

 

 ユウキ「さ、サクヤさん!!タクヤを知ってるの!!?

 今はどこにいるの!!?教えて!!!!」

 

 サクヤ「わ、わかったから少し落ち着いてくれ…」

 

 ユウキは我に帰りサクヤから離れる。

 

 アリシャ「そっかー。タクヤ君が言ってた子達って君達だったんだねー」

 

 サクヤ「あぁそうだ。タクヤ君からの伝言だ。

 "今アルンにいる。”だそうだ。

 何かの画像を見ていてその後、血相をかいてルクスと一緒にアルンへ向かったよ」

 

 キリト「ルクスって…討伐作戦の会議中にタクヤからの伝言を持ってきてくれた娘だ!!それに、何の画像を見てたんだ?」

 

 アリシャ「多分これじゃないかなー?」

 

 アリシャは攻略サイトのページを開き、ユウキ達にある画像を見せた。

 

 ユウキ「これって…エギルから見せてもらった写真だ!!」

 

 ストレア「じゃあ、タクヤとそのルクスって娘はこれを見てアルンに向かったって事?」

 

 キリト「あぁ。それで間違いない…」

 

 もうタクヤとの距離はすぐそこだ。ユウキは翅を羽ばたかせ空を飛んだ。

 

 カヤト「ユウキさん!!」

 

 ユウキ「もうじっとしてられない…!!

 タクヤが…タクヤがもうすぐそこにいるんだもん!!」

 

 ホーク「何っ!!?タクヤがいるんか!!?だったら、ワシもついてくぞ!!!」

 

 リーファ「ちょっと待ってよ!!あ、サクヤ。

 1つ頼みがあって…今度の同盟って世界樹攻略の為なんだよね?」

 

 サクヤ「あぁ。究極的にはな…」

 

 リーファ「頼みっていうのが、私達もその攻略に参加させてほしいの!!

 それも出来るだけ早く!!」

 

 キリト「リーファ…」

 

 リーファはサクヤとアリシャに直談判した。

 それはキリトの願いでもあり、今やリーファの願いでもあるからだ。

 

 アリシャ「でも、色々準備をしなくちゃいけないし1日2日じゃとてもじゃないけど用意出来ないんだよー」

 

 キリト「…オレ達もまず、アルンに行く事が目的だから。

 あ、準備する時にこれを役立ててくれ…。

 オレにはもう必要ないから」

 

 キリトはストレージから大きな袋を取り出し、アリシャに差し出した。

 アリシャが中身を見ると、手を震わせながらサクヤに見せた。

 袋の中には10万ユルド銀貨が山のように入っていたのだ。

 

 サクヤ「い、いいのか?1等地にちょっとした城が建つぞ?」

 

 キリト「あぁ。だからそれを元手に準備を進めて欲しいんだ…」

 

 アリシャ「これだけあればかなり目標金額に達成するよ!!」

 

 カヤト「じゃあ、僕達は行きます!!みなさん元気で!!」

 

 そう言い残し、ユウキ達は新たにホークを加えて世界樹の見える央都アルンへと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初タクヤ_

 

 

 2025年01月21日 ALO内16時30分 央都アルン 世界樹前

 

 タクヤ「ここが…」

 

 ルクス「あぁ。この世界の中心…世界樹の根元さ…」

 

 タクヤ「ここにアスナがいるかもしれないのか…」

 

 オレ達はとうとう世界樹のある央都アルンまでやってきた。

 この世界に迷い込んで2ヵ月。

 ここでならオレが現実世界に帰れる手掛かりがあると踏んでルクスと一緒に旅をしてきた訳だが、帰る前にまだオレにはやり残している事があった。

 

 タクヤ「1回挑戦してみるか…。中がどうなってるのか見てみたいし…」

 

 ルクス「そうだね。

 宿屋もチェックインしてるから、死に戻りしてもアルンからだし」

 

 タクヤ「…待てよ。オレってその時どうなるんだ?」

 

 確かに、SAOではゲームオーバー=死だったが、ALOではオレはそのルールを引き継いでいるのか疑問に思った。

 

 ルクス「確かに、死に戻りが出来るかどうか分からないからやめておくかい?」

 

 タクヤ「まぁ、無理と判断してすぐに逃げれば問題ねぇだろ!」

 

 ルクス「相変わらず無茶ばっかりするんだね…」

 

 タクヤ「それがオレの唯一の取得だからな!

 それに…これはオレなりのけじめだ。

 助けてやるって言っておきながら全員を助けられてねぇからな…。

 あ、大丈夫だぞ?別にオレ1人で抱え込むつもりはねぇから」

 

 ルクス「…あんまり信用出来ないけどそういう事にしておいてあげるよ」

 

 半ば呆れた顔でルクスはオレに言ったが、内心オレはまだ1人で抱え込もうとしているらしい。

 今も、ルクスにはここに残っていて欲しいと思っている。

 だが、オレも1人の人間だ。1人で出来る事なんてたかが知れている。

 それをオレはあの世界で大事な人に教えて貰ったんだ。

 

 タクヤ「さて、じゃあ!行ってみるか!」

 

 ルクス「あぁ!」

 

 オレは世界樹の根元の巨大な門を番人の石像に開けてもらい、ルクスと一緒に中に入る。

 中は縦に広がるドーム状の形態をしており、壁一面にはおそらくここの守護者(ガーディアン)であろうモンスターで埋め尽くされていた。

 天井がまるで見えず、本当にこの先に空中都市などと言われているものがあるのかと疑いたくなる光景だ。

 でも、やるしかないのだ。この先にアスナが…仲間が待っているのだから。

 ユウキならきっとそうするに違いない。

 

 タクヤ「進んでみるか…」

 

 ルクスも緊張している為、無言でオレの指示に頷く。

 20m程飛んだ所で壁から守護者(ガーディアン)が出現する。

 無尽蔵に出現する守護者(ガーディアン)により、たちまち行方を塞がれてしまった。

 

 タクヤ「…上等だ!!」

 

 オレは一気にスピードを上げ、守護者(ガーディアン)に突撃した。

 拳を1発顔面に食らわせると守護者(ガーディアン)はポリゴンへと変わって消滅した。

 どうやら、1体1体は大した強さではなかった。

 これなら意外にも初見でクリア出来るのではないかと我ながら楽観的になっていた。

 だが、倒しても倒しても守護者(ガーディアン)は無尽蔵に湧いてきていくら攻撃の手を出しても数が全く減らず、むしろ、数はどんどん増えてきている。

 しかも、最初は剣を装備しているだけのものだったが、弓や両手剣とあらゆる武器を装備した守護者(ガーディアン)がオレとルクスに襲いかかってきた。

 

 ルクス「数が多すぎる!!タクヤ!!一旦態勢を立て直そう!!」

 

 タクヤ「…」

 

 ルクス「タクヤ!!」

 

 ルクスの言う通り、オレ達は出口へと向かって逃げるが守護者(ガーディアン)達がそれを許さない。

 

 タクヤ(「せめて、ルクスだけでも…!!」)

 

 オレはルクスの前に出て守護者(ガーディアン)を次々屠っていく。

 対抗されるがそれほど苦戦を強いられている訳ではなかったが数の暴力を受けて、精神に疲れが見えた。

 

 ルクス「タクヤ!!早く!!」

 

 タクヤ「ルクスは先にいけ!!

 オレがここでコイツらを食い止めておくから!!今のうちに早く!!」

 

 ルクス「でも、それじゃあタクヤが…!!」

 

 タクヤ「心配すんなって!!死んだりしねぇよ…!!」

 

 ルクス「っ!!」

 

 ルクスは意を決心して出口へと向かっていった。

 守護者(ガーディアン)がそれを妨害しようとするが、オレがそれを許さない。

 

 タクヤ「さぁ!こっから先は行かせねぇぞ!!全員ぶっ潰してやる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから30分が経過したが数は一向に減らず、オレもそろそろ限界が近づいていた。

 

 タクヤ「ハァ…ハァ…オレもそろそろ…退散しねぇと…」

 

 すると、急に意識がおぼつかなくなった。

 その隙を守護者(ガーディアン)達に突かれ、HPがみるみるレッドゾーンに差し掛かってしまった。

 

 タクヤ「やべっ…!!」

 

 流石にこれ以上の戦闘は不可能だった。

 最後の力を振り絞って出口に急降下する。

 あと少しで、出口にたどり着ける。あと数mでここから抜け出せる。

 そう思った瞬間、オレの銅に深々の両手剣が突き刺された。

 それを最後にオレのHPは残り1となった。

 

 タクヤ「…っ!!?」

 

 オレの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年01月21日 ALO内18時10分 央都アルン 宿屋

 

 ルクス「タクヤ!!目を覚まして!!タクヤ!!」

 

 タクヤ「…ん…あれ…ルクス…?」

 

 オレが目覚めたのはチェックインした宿屋だった。

 どうやらルクスがオレを助け出してくれたらしい。

 オレが起きるや否やルクスはオレに抱きついてきた。

 

 ルクス「よかった…!!タクヤが無事で…!!」

 

 タクヤ「…悪いな。…心配かけちまって」

 

 ルクス「ううん…」

 

 ルクスの頭を撫でながらオレはルクスに謝った。

 今日はこの辺で解散する事にして、ルクスは現実世界へと帰ろうとしていた。

 

 ルクス「じゃあ、また明日…。

 明日は13時に来るからそれまでゆっくりしていてくれ…」

 

 タクヤ「あぁ。ルクスもちゃんと疲れをとっておけよ」

 

 ルクスと別れたオレは急に睡魔に襲われ、ベッドに寝転がり深い眠りへと就いた。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
久しぶりにホークを出してみましたが皆様は憶えてらっしゃるでしょうか?
まぁ、1話しか出番がなかったからもしかしたら忘れてるかも知れませんがこれから準レギュラーとして出す事を検討中なのでよろしくお願いします。


では、また次回!


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【27】夢にまで見た最愛の人

という事で27話目になります。
タイトル見て察しはつくんじゃないかと思います。


では、どうぞ!


 side木綿季_

 

 

 2025年01月21日 ALO内23時10分 央都アルン

 

 あれからボク達はアルンへと到着し、タクヤを探して街中を走り回った。

 それでも手掛かりは何1つ見つからず、定期メンテナンスの為、宿にチェックインしてその場を後にした。

 現実世界に戻ってきて無性に拓哉に会いたくなったボクは森先生に頼んで拓哉が入院している横浜市立大学附属病院へと足を運んだ。

 

 木綿季「…拓哉」

 

 拓哉は目覚める事なく、静かに病室で寝ている。

 だが、今の拓哉はALOのアルンのどこかに必ずいるハズだ。

 早く会いたいと心が今でもざわついている。

 早く会って抱きしめたい。もう2度とどこにも行かないように強く抱きしめたい。

 そんな事を考えていると拓哉の病室に1人の男が入ってきた。

 

「すみません。この方の家族の方でしょうか?」

 

 木綿季「い、いえ…」

 

「そうでしたか…。

 すみませんがご家族様にお伝えしておいて欲しい事があるんですが…生憎、私も時間が無いものでお願いしてもよろしいですか?」

 

 その男は淡々と言葉を並べながらボクに言った。

 本当は直人に伝えた方がいいのだろうが、直人の自宅まで最低でも1時間かかってしまう。

 時間が無いと言っている男はその時間待ってはくれないだろうとボクは直感した。

 

 木綿季「わかりました。それで伝えて欲しい事って?」

 

「あ、申し遅れました。

 私、レクトでVR部門で働いております古田俊之と申します」

 

 名刺を渡され、ふとキリトの言っていた事を思い出した。

 

 

 キリト『ALOを運営しているレクトに須卿伸之って人がいる。

 そいつはアスナの昏睡状態を利用してレクトを乗っ取ろうと企てている』

 

 

 木綿季(「もし、それが本当だとしたら…この人は須卿伸之の部下って事になる…!!」)

 

 古田「それでお願いと言うのはですね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そちらの彼の脳をこちらに提供して頂きたい」

 

 木綿季「…は?」

 

 古田「ん?まぁ、正確に言えば彼を被験者として私どもにお譲りくださいという意味ですが…」

 

 木綿季「な、何を言ってるの…?」

 

 意味を理解しようとも、この男を信用しようとも思えなかったが、知ってしまった。

 この男の本性を垣間見た気がした。

 背中から冷や汗が止まらないボクに続けて古田は言った。

 

 古田「こういう事は御両親に直接言うのが筋ですが…どうも調べたかぎり、彼には両親はおらず、高校1年生の弟さんがいますが…その子に言ってもご了承されないと思います」

 

 木綿季「…ふざけないで。

 …直人じゃなくても誰だって拒否するに決まってるじゃないか!!!!」

 

 この古田という男は危険すぎる。

 拓哉を…人をただの実験体としか思っていないのだ。

 そんな奴に拓哉を渡してなるものか。

 

 古田「…彼の兄はあの"SAO事件”を引き起こした茅場晶彦。

 その兄を弟の彼が殺したと聞いています…。

 その時の感情は一朝一夕で経験できるものではないんです。

 だから、私達は彼の脳を隅々まで調べ尽くし、人の感情がどういう原理で脳に分泌されているか知りたい…!!

 その為に彼が必要なのですよ!!御理解頂けましたか?」

 

 木綿季「理解出来る訳ないじゃないか!!拓哉は実験体なんかじゃない!!

 何の権利があってお前達が拓哉を連れていけるんだ!!」

 

 古田「ここは病院ですよ?少し落ち着きましょう…。

 それに、これさえ解析出来ればあるゆる方面で役に立つのですよ?

 あなたはまだ子供ですが、彼によって世界で起きている様々な問題も解決に導けるというのですよ?」

 

 木綿季「だからって拓哉が死んでいい理由になる訳ないじゃないか!!

 お前が言っているのはただの傲慢だ!!

 拓哉は絶対に渡さないぞ!!!!」

 

 古田「…まぁいいでしょう。()()()()()()()()…」

 

 古田は最後に不気味な捨て台詞を吐いて、病室を後にした。

 ボクはあまりの事に膝から崩れ落ちた。

 

 木綿季「拓哉は絶対に渡さない…!!今度はボクが拓哉を助けるんだ!!」

 

 ボクは足腰に力が入らず、地を這いながら拓哉の側へと寄った。

 あんなに騒いでも顔色1つ変えない拓哉の頬を擦りながら気持ちを落ち着かせる。

 

 木綿季「安心して…絶対に拓哉には指1本触れさせたりしないから…」

 

 拓哉の唇にキスをしてボクも病室を後にした。

 帰る前に倉橋先生に先程の一部始終を話して警備を強化して貰う事になった。

 だが、奴のあの顔を見る限り何かしらの方法で拓哉を攫いに来るハズだ。

 念の為、キリトに連絡して菊岡と言う役人さんにも掛け合うように頼み、今日の所は病室を後にした。

 病院を出た頃にはすっかり日も暮れていて、森先生と合流して陽だまり園へと帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年01月21日 22時10分 紺野姉妹自室

 

 直人『そうですか。…そんな事が』

 

 木綿季「うん…。だから、もう一刻の猶予もないんだ。

 明日は朝から病院に行って拓哉の近くでALOに行こうと思ってるんだ。

 またアイツが来るとも限らないし…」

 

 夜、病院での出来事を直人にも伝えた。

 拓哉のたった1人の家族だし、この事を知る権利だってボク以上にあるからだ。

 

 直人『なら、僕も一緒に行った方がいいんじゃ…』

 

 木綿季「ううん、大丈夫だよ?

 直人まで来ちゃうと逆に何するか分からないから…」

 

 少しでも拓哉の危険を削らなければもしもの時に取り返しのつかない事になるかもしれない。

 直人まで失ってしまったら拓哉に会わせる顔が無いのも理由の1つである。

 

 直人『…わかりました。

 でも、僕も何かあるかもしれないのでなるべく近くの満喫とかホテルに待機しておきます』

 

 木綿季「ありがとう。

 キリトの話じゃ政府の役人さんも協力してくれるみたいだし大丈夫だよ。じゃあ、また明日ね!おやすみ…」

 

 直人との電話を切り、ボクは自室へと戻っていった。

 

 藍子「あら、木綿季。ナオさんと電話?」

 

 木綿季「う、うん。明日の予定とか聞いておきたかったから…。

 携帯があると便利だけどね…」

 

 藍子「まだ、私達には必要無いわよ…。

 まぁ、欲しいと言えば欲しいけどね!」

 

 姉ちゃんとの他愛もない会話をしていると、森先生が自室にやって来た。

 

 森「ほら!もう夜も遅いんだから早く寝ろよー」

 

 木綿季「はーい。あ、森先生!

 お願いがあるんだけど…明日は朝から病院に行こうかなって思ってるから送って行って欲しいんだけど…いい?」

 

 森「あぁ。かまわないよ。なら、早く寝るこったな。

 起きれなくても知らないぞ?」

 

 森先生はそう言い残して自分の部屋へと戻っていった。

 

 藍子「…木綿季」

 

 木綿季「何?姉ちゃん」

 

 藍子「…危ない事はやめてね?」

 

 その言葉にどれだけの感情が込められているか、ボクには痛いほど分かる。もう、姉ちゃんや園のみんなに心配をかけたくない。

 それはこの世界に戻った時から心に誓っている。

 

 木綿季「…大丈夫だよ!ボクの事は心配しないで!

 早く拓哉を助けてボクと姉ちゃんと拓哉と直人でダブルデートしよっ!!」

 

 藍子「なっ!?何言ってるの!!第一ナオさんとはそういう関係じゃ…!!」

 

 木綿季「あれれ〜…姉ちゃん顔が赤くなってるよ〜」

 

 藍子「っ!!?もう知らないっ!!!おやすみ!!!」

 

 姉ちゃんは恥ずかしさのあまり布団にくるまってしまった。

 少しやりすぎたかなと思いながら電気を消してボクもベッドの中に入った。

 明日は必ず拓哉を見つけ出してみせると誓いながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年01月22日 08時00分 横浜市立大学附属病院

 

 木綿季「おはようございます!!」

 

 倉橋「よく来たね木綿季君。さっ、こっちだよ」

 

 倉橋先生には昨日のうちに病室からダイブする事は伝えてあったので拓哉の病室の隣の部屋を使わせてもらえる事になっている。

 ALOにダイブする前に拓哉の顔を見て、元気を分けて貰ってから用意してもらった部屋に入った。

 

 倉橋「拓哉君と木綿季君の部屋には常に誰かがいるようにするから。

 警備員さんにも事情は話してあるから安心してください」

 

 木綿季「ありがとう倉橋先生!!」

 

 倉橋「決して無茶だけはしないでくださいね!

 それと…拓哉君と一緒に帰ってきて下さい!」

 

 木綿季「…うん。そうするつもりだよ!!じゃあ、行ってくるね!!」

 

 ボクは持参したアミュスフィアを装着して、音声コマンドを入力する。

 

 木綿季「リンクスタート!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年01月22日 ALO内13時00分 央都アルン

 

 ボクが目覚めた時、他のみんなはまだ来ておらず、ストレアだけが宿屋の酒場にいた。

 

 ストレア「おはよ〜ユウキ〜」

 

 ユウキ「おはよう!ストレア」

 

 ストレア「早いね〜。現実じゃまだ朝でしょ?」

 

 ユウキ「うん…。ちょっと色々あってね…」

 

 ストレアにも昨日の事を話すべきか悩んだがやっぱりストレアにも知っておいてほしいという気持ちが勝った。

 

 

 

 

 

 ストレア「…なるほどね〜。じゃあ、早くしなきゃだね!」

 

 ユウキ「うん。だから、みんなが来る前にボク達だけでもタクヤを…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水臭いな…!ユウキ」

 

 ユウキ「!!…みんな!!」

 

 そこにはキリトとリーファ、カヤトにホークが揃っていた。

 

 キリト「あんな事聞かされちゃいてもたってもいられないからな…。

 それに、オレもアスナに会いたいし…」

 

 リーファ「さっきからそればっかりだもんね!」

 

 ホーク「ワシ達の英雄を訳もわからん奴らなんかにやってたまるかっ!!」

 

 カヤト「みんな、兄とユウキさんの事を考えてるんですよ」

 

 涙が出そうになるが、必死に止めて笑顔で礼を言った。

 ボクには…ボクとタクヤにはこんなに思ってくれる仲間がいる。

 もう恐いものなんてありはしない。

 みんなの力でタクヤとアスナを助けてやるんだ。

 

 ユウキ「じゃあ…行こう!!」

 

「「「おぉっ!!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 

 2025年01月22日 ALO内11時30分 央都アルン周辺フィールド

 

 オレはルクスが来るまでの間、自身の技術向上とクエストの為に、アルンの近くのフィールドにやって来ていた。

 

 タクヤ(「あの守護者(ガーディアン)は1体1体は大して強くねぇけど、今の装備じゃ正直太刀打ち出来ない…!

 このクエストの報酬で手に入る片手剣と剣と拳を使った戦い方を1から鍛え直すしかねぇ!!」)

 

 クエスト条件としてこの周辺にいるゴーレムを100匹倒さなければ報酬は受け取れない。

 スローター系のクエストは苦手だが、今はそんな悠長な事を言っている場合ではなかった。

 そんな事を考えていると、3体のゴーレムがポップした。

 

 タクヤ「これで83体目…だなっ!!」

 

 オレは左手の剣を握りしめ、ゴーレムに攻撃を仕掛ける。

 1番良いのは一撃必殺。

 それがダメなら拳を交えた複合戦略。

 オレの剣撃は深々とゴーレムの胴体を斬り裂くが、それでは倒れない事は前の戦闘で知っていた。

 ゴーレムの攻撃をいなして剣を突き刺したまま、それを足場にゴーレムの頭上をとる。

 ゴーレムの頭蓋を割る勢いで繰り出された拳がゴーレムを屠る1撃となった。

 

 タクヤ(「まだ…!!もっとスムーズに…!!」)

 

 剣の性能云々はこの際関係ない。

 急所を的確に狙い、一瞬で決めなければあの無数の守護者(ガーディアン)を突破するのは不可能だ。

 2体目、3体目のゴーレムが一気に仕掛けてくる。

 多数相手の時は1体と思いながら行動パターンを読んで確実に息の根を止める。

 

 タクヤ「ここっ!!」

 

 1列になった所を剣で斬り裂く。

 1体だけ体制を崩して、まとまった所に剣を突き立てる。

 2体のゴーレムも屠り、オレは剣を背中の鞘に納めた。

 

 タクヤ「…まだまだだな」

 

 確かに、ステータスは普通のプレイヤーよりも高いがそれ以外は何ら変わらない。

 ソードスキルが存在しない以上、地力の差で勝負が決まるのだ。

 

 タクヤ「強く…ならねぇとな…!!」

 

 まだオレにはやる事が残っていた。

 みんなが無事に現実世界に帰れたならオレはここで永遠に出られなくてもいいと思っていた。

 でも、まだアスナを含め300人以上のプレイヤーが閉じ込められている。

 あの世界の恐怖をまだ味わっているのかと思うと気が気ではない。

 なら今オレが何をすべきかなんて分かりきっている事だ。

 ゴーレムは次々とポップし、見つけた瞬間に斬りかかった。

 急所を突いていたらしく、1撃で仕留める事が出来た。

 この感覚を常に体に…脳に刻み込まなければ到底助け出す事は出来ない。

 

 タクヤ「残り…16体!!」

 

 オレは剣と拳を使って次々とゴーレムを駆逐していく。

 今は戦闘にのみ集中して、雑念は全てかき捨てた。

 

 タクヤ「うぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 オレは待ち合わせの時間ギリギリまでゴーレムとの戦闘に明け暮れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideユウキ_

 

 

 キリト「どうだった?」

 

 ストレア「それらしい情報はないね〜」

 

 リーファ「こっちもなかったよ!」

 

 ユウキ「ボクとカヤトもなかった…」

 

 ホーク「くそぉ!どこにおるんじゃ!!」

 

 ボク達はあれから3時間アルンの街をひたすら聞き回っていたが、それらしい手がかりは1つもなかった。

 

 カヤト「…世界樹」

 

 ユウキ「え?」

 

 カヤト「まだみなさん、世界樹は探してませんよね?」

 

 カヤトの言う通り世界樹はまだ探していない。

 だが、世界樹の付近は見晴らしが良く、1目見ればすぐにわかってしまう場所だ。

 

 キリト「世界樹か…。もしかしたら、"グランド・クエスト”に挑戦してるのかも!!」

 

 リーファ「無茶だよ!!

 タクヤさんって人がどれだけ強くても1人で挑戦するなんて自殺行為だよ!!」

 

 カヤト「兄は無茶だろうが何だろうが突っ込んでいきます…。

 ユウキさん達はそれを1番知っているハズです」

 

 キリト&ユウキ&ストレア「「「…」」」

 

 カヤトの言う通りだ。

 タクヤならどんな壁があろうが歩む事を止めない。

 壁にぶち当たってはことごとくそれを突破してきたのだ。

 今も必ず壁を壊しているに違いない。

 

 ユウキ「…行ってみよう!!世界樹に!!」

 

 ボク達は翅を出現させ、最短距離で世界樹まで飛んでいった。

 世界樹に到着したが、周りには誰1人としていない。

 

 キリト「やっぱりいないか…」

 

 リーファ「みたいだね…」

 

 ユウキ「…」

 

 すると、そこに1人の女性プレイヤーがやって来た。

 ボクはその人にタクヤの事を聞く為、歩み寄った。

 

 ユウキ「あのーすみません…」

 

「!!…あ、あなたは」

 

 ユウキ「え?」

 

 その女性プレイヤーは慌てながらボクの顔を眺めていた。

 白い髪に優しそうな瞳で見た所リーファと同じ風妖精族(シルフ)だがボクにはどうしても他人のように思えなかった。

 

「あの…もしかして…ユウキ…さんかい?」

 

 ユウキ「ボクを知ってるの?会った事あったっけ?」

 

「あぁ…いつも聞かされてるからね…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の名前はルクス。タクヤと一緒にここまで来たんだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 

 2025年01月22日 ALO内13時20分 央都アルン

 

 タクヤ「報酬は手に入ったけど、ルクス怒ってるかなぁ…」

 

 オレはクエスト報酬を受け取って時間を確認してみると約束の時間は有に超えていた。

 最後の1体がいわゆるネームドモンスターに指定されていて予想以上に苦戦させられた。

 だが、そのおかげで片手剣スキルは最大値に達した訳だが、何も連絡も入れなかった為、ルクスにも心配をかけているに違いない。

 どう謝ろうかと考えている時、ルクスからのメッセージが来た。

 

 タクヤ「うわぁ…早く来いってメッセージだろうなぁ…。

 アイツ…怒らせると怖いんだよなぁ…」

 

 この際怒られるのは仕方ないとしてルクスからのメッセージを開くとそこには世界樹に来てくれというだけで他には何も書かれていなかった。

 

 タクヤ「この短文が逆に怖いんだよ…」

 

 オレは急いで世界樹へと向かった。

 長い階段を1段飛ばしで駆け上がり、頂上へとたどり着いた。

 

 タクヤ「悪いルクス!!ちょっとクエストやってたら遅くなっ…ち…」

 

 オレの目の前にはルクスの他に数人の姿があった。

 幻でも何でもない。正真正銘そこにいた。

 いつだって、どんな時だって忘れた事なんてなかった。

 忘れられない思い出としてオレの中に在り続けていた。

 紫色の長髪にトレードマークのバンダナをした女の子。

 かつて、愛し合って共に困難を乗り越えてきたオレの相棒(パートナー)にして、最愛の人がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「ユウキ…?」

 

 その名を口に出した瞬間、オレの目から涙が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「…タクヤ…来ちゃった…」

 

 ユウキはオレに向かって走り出した。そして、オレの胸へと飛び込む。

 この感触は夢ではない。確かにここに在る。

 

 タクヤ「本当に…ユウキ…なのか?」

 

 ユウキ「…久しぶりすぎて…忘れちゃった…?」

 

 オレの手が小刻みに震える。涙が止まらない。

 それはユウキも同じだった。

 

 タクヤ「忘れる訳…ねぇじゃねぇか…!!

 いつだって…お前の事…思ってた…!!」

 

 ユウキ「ボクも…毎日、毎日…タクヤの事を思ってたよ…!!

 タクヤ…タクヤ…タクヤ…タクヤぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 遂に、ユウキは号泣した。

 オレも強くユウキを抱きしめながら声を上げて泣いた。

 こんなに泣いたのは何時ぶりだろうか。

 今は何もかも忘れてユウキだけの為に泣いていた。

 

 ユウキ「会いたかった…会いだがっだよぉぉっ!!!!」

 

 タクヤ「俺もだよ…!!ごめんな…1人にしちまって…!!ごめんな…!!!!」

 

 オレ達は周りを気にする事もなく、子供のように涙が枯れるまで泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「…みんなも無事だったんだな。よかった…」

 

 キリト「今、こうして生きていられるのはお前のおかげだよ…。

 ありがとう」

 

 ホーク「そうじゃそうじゃ!!お主のおかげで今のワシらがあるんじゃ!!

 もっと胸を張ってくれや!!」

 

 タクヤ「お前は相変わらずだな…ホーク…!!」

 

 かつての仲間との再開に枯れたと思っていた涙が溢れ出す。

 

 ストレア「え〜ん!!タクヤ〜!!会いたかったよ〜!!!!」

 

 急に横から泣きながら抱きついてきたのはストレアであった。

 

 タクヤ「す、ストレア!!?お前…どうして…!!」

 

 ストレア「タクヤのナーヴギアに保存されてALOで実体化出来たんだよ〜!!!!」

 

 タクヤ「そっか…そうだったのか!!オレも会えて嬉しいよストレア…」

 

 しばらく、ストレアは泣き続けていたが泣き止むとオレから離れてユウキの隣に立つ。

 

 タクヤ「それに…見ない顔もあるな。ユウキ達の知り合いか?」

 

 キリト「あぁ。ここまで案内してくれたリーファだ…」

 

 リーファ「初めましてリーファです!!」

 

 タクヤ「そっか、ありがとな…。で、そっちは…」

 

 すると、その男はゆっくりとオレに歩み寄ってくる。

 とてもじゃないが、表情はオレの事をよく思っていない感じだ。

 

 タクヤ「えっと…」

 

 カヤト「…いつまで心配させれば気が済むんだよ。バカ兄貴!!」

 

 タクヤ「兄貴って…!!お、お前…ナオ…直人か!!?」

 

 カヤト「ふん!!なんだよ…僕の顔は忘れちまったのかよ」

 

 確かに、言われてみれば直人に似ているのだが、普通そんな事誰が予想するんだよ。

 

 タクヤ「お前…なんでここに…?」

 

 カヤト「はぁっ?お前の為に決まってるだろ!!バカ兄貴!!」

 

 タクヤ「ば…!!テメェ!!

 一体いつからそんな口聞くようになったんだよコラ!!」

 

 カヤト「バカにバカって言って何が悪いんだよっ!!バカ兄貴!!」

 

 タクヤ「っ!!じょ、上等だ!!!!ぶっ飛ばしてやる!!!!」

 

 キリト「お、おい!!落ち着けって!!久しぶりの再開だろ!!」

 

 ユウキ「タクヤも落ち着いて!!ね?」

 

 キリトとユウキに止められて何とかその場は留まったが、まさか、直人までユウキ達と一緒に来るとは思わなかった。

 

 タクヤ「ナオ…その…なんだ…」

 

 カヤト「…」

 

 タクヤ「…し、心配かけたな…悪かった…ありがとう…」

 

 カヤト「…分かればいいんだよ…それと!

 こっちじゃ僕はカヤトで通してるから!!」

 

 な…カヤトにそっぽ向いているオレをニコニコと微笑みながらユウキがジッと見てくる。

 改まって弟に礼をいう機会なんてないから恥ずかしい事この上ない。

 

 タクヤ「あ、そうだ。こっちも紹介するよ…。

 オレをここまで連れてきてくれたルクスだ!」

 

 ルクス「よろしくみんな!」

 

 互いに挨拶も終わり、落ち着ける場所を探して、一先ず近くの酒場へと向かった。

 その途中でルクスからみんなには聞こえないように耳打ちされた。

 

 ルクス「タクヤ、ユウキさんとしばらく2人きりで話した方がいいんじゃないのかい?」

 

 タクヤ「え?あ…おう…そうだな…。ユウキ!」

 

 ユウキ「ひゃ、ひゃいっ!!」

 

 何とも気の抜けた返事だが気にしてもしょうがないのでオレは続ける。

 

 タクヤ「その…ちょっと…いいか?」

 

 ユウキ「…うん」

 

 ユウキは顔を赤くしながらもオレと一緒に高台のベンチへと腰をかけた。

 みんなには後で合流するように伝えて、ストレアも来ようとしたがキリトとカヤトが止めてくれた。

 後で1人1人話をしようかと考えているとユウキがオレに言った。

 

 ユウキ「…本当にタクヤ…なんだよね?」

 

 タクヤ「あぁ。タクヤじゃないように見えるか?」

 

 ユウキ「ううん!

 そうじゃないけど…やっぱり現実より顔色とかいいから…」

 

 タクヤ「そっか。ユウキ達は現実世界に帰れてるからオレの事知ってんのか…。てか、病院一緒だったのか!!?」

 

 ユウキ「うん…。

 初めはタクヤはあの戦いで死んじゃったとばかり思ってた…。

 でも、病院でタクヤを見つけてボクったら思わず大泣きしちゃった!

 タクヤが…生きててくれて…よかったって…」

 

 タクヤ「…ごめんな。辛い思いさせちまって…」

 

 ユウキ「そんな事ないよ!

 2度と会えないって思ってたから嬉しかった!

 また、タクヤと一緒にいられるって!

 SAOでした約束も叶うって!!」

 

 オレ達はSAOでいろんな約束を交わしていた。

 一緒にいろんな所に行って、いろんな事を経験して、一緒に暮らそうと。

 まだ、その約束は生きている。オレ達が生きてる限りずっと…。

 

 タクヤ「でも…オレはまだ現実世界に帰れてない…。

 どうすれば帰られるのかも分からない。

 いや、帰る前にやる事があるんだ…」

 

 ユウキ「うん…。アスナを助けなくちゃだね!!」

 

 タクヤ「その為には世界樹の中に入ってあの鳥籠まで行かなきゃいけねぇんだけど…途中に守護者(ガーディアン)が厄介なんだよなぁ…」

 

 ユウキ「え!?もう"グランド・クエスト”したの!!?」

 

 タクヤ「あぁ。でも負けたよ…。

 ルクスが助けに来なかったら今頃どうなってたか分からない…」

 

 ふと、懐かしくも恐ろしい殺気がユウキから発せられていた。

 

 タクヤ「ゆ、ユウキさん?」

 

 ユウキ「…何で、いつもいつも無茶ばっかりするんだよ!!」

 

 タクヤ「はいっ!!ごもっともです!!」

 

 条件反射で地べたに正座をしてしまったオレに次々とユウキからの雷が降り注ぐ。

 

 ユウキ「大体、何でも1人で出来ると思ったら大間違いだよっ!!

 それでタクヤの身に何かあったらどうするの!!

 先走った行動はこれからしないでっ!!いい?返事は?」

 

 タクヤ「はいっ!!もう2度としませんです!!はい!!」

 

 ユウキ「よろしい!…でも、罰として…ボクにキス…して?」

 

 それは罰と言うよりご褒美なのではと思ったが今のユウキに口出しすると何を言われるか分かったもんじゃない。

 

 タクヤ「でも…ここでか…?」

 

 ユウキ「ダメ…?ボク…ずっと我慢してたんだよ…?」

 

 タクヤ「っ!!…分かった」

 

 ユウキは目を閉じ、唇をオレに差し出す。

 ユウキも今までずっと我慢してきたんだ。それはオレも同じだ。

 オレはユウキに熱いキスを交わした。

 久しぶりのユウキの唇の感触を感じながらも、名残惜しいが人の往来も激しい場所でこれ以上すると流石にやばいのでユウキから少し離れた。

 

 ユウキ「…これだけ?」

 

 タクヤ「い、今はそれで我慢しろっ!!ここじゃ流石に…!!

 お、オレだって出来ればもっとしたい…じゃなくて!!

 と、とにかく!!みんなの所に戻ろう!!作戦会議だ!!」

 

 オレはそう言ってユウキの手を引っ張りながら待ち合わせの酒場へと向かった。

 その道中、オレとユウキの顔がリンゴのように赤くなっていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideout_

 

 空はどこまでも広く澄んでいて彼女の心とは真逆の色をしている。

 空を自由に飛び回れる小鳥を眺めながら彼女は待っていた。

 来るかどうかも、ましてや、この世界にいるのかもわからない彼の存在を彼女はただ信じていた。

 そんな時、扉が開く音がし、同時に彼女の1番会いたくない者が背筋を舐め回されるような声を上げた。

 

「やぁ…元気にしていたかい?妖精姫(ティターニア)

 

 アスナ「その名で呼ばないでと言ってるハズよ…。

 私はアスナよ!!須卿さん!!」

 

 オベイロン「…興醒めだなぁ。僕はこの世界じゃ"妖精王オベイロン”!!

 アルヴヘイムの頂点にして神!!

 ここにいるプレイヤー全員が僕を讃え、崇拝しているのさ」

 

 アスナ「…」

 

 アスナはこれ以上オベイロンと話す事はない。

 話しているだけで気分が悪くなり、嫌悪感が立ち込めてくるからだ。

 

 オベイロン「なぁに…君も直に従順になるさ」

 

 アスナ「…私の心はあなたなんかには汚させはしない!

 あなたの()()()()()()()()もすぐに破綻するわ!!」

 

 オベイロン「んー?君も立場をもう1度考え直すといいよ。

 君の命も心も今やこの僕が握ってると言ってもいいんだよ?

 それに…誰がこの研究を見つけられるんだい?

 研究は僕と少数のチームで行っているからバレる恐れはない…。

 もしや、()()()()を待ってるのかい?」

 

 アスナ「!!」

 

 アスナの頬に脂汗が滲み出る。

 その名前はあの世界で彼の最愛の人から授かった彼の本当の名前だったからだ。

 何故、この男が知っているのと思いながらも同時に不安と怒りがアスナを支配した。

 

 オベイロン「来やしないさ。あんなガキに何が出来るって言うんだい?

 それに僕の部下も"SAOの英雄”様の脳を手に入れる算段はついている。

 全て順調さ!!はーはっはっはっ!!」

 

 アスナ「…SAOの…英雄?…まさか、タクヤ君は生きているの!!?」

 

 オベイロン「ん?めずらしい反応を見せてくれたね…。

 あぁ、彼は生きているよ?僕達の実験体としてね…!」

 

 アスナ「な、なんですって…!!それはどういう…」

 

 すると、オベイロンの方で通信が入った。

 オベイロンは通信を切り、その場を後にしようとした。

 

 オベイロン「じゃあ妖精姫(ティターニア)。次来る時はもっと素直になっている事を期待しているよ…」

 

 アスナ「…っ!!」

 

 固く閉ざされた扉には認証番号を読み取る端末があるが、以前に脱走を試みた時から常に番号は書き換えられて今じゃオベイロン以外認証番号を知っている者はいない。

 

 アスナ「…SAOの…英雄」

 

 SAOがタクヤのおかげでクリアされた後、キリトと互いに自らの本名を明かし、現実世界でまた会う約束を交わしてログアウトする時を待っていた。

 瞬間、キリトの温もりは消え、真っ暗な空間を彷徨いながら気づけばこの鳥籠の中にいた。

 

 アスナ「…キリト君」

 

 最愛の人の名を口ずさみながらアスナはただ信じて待つ事しか出来ない自分の非力さを恨んだ。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
新キャラで須卿の右腕登場させちゃいました。
どちらもゲスっぷりを見せていきますよー。


では。また次回!


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【28】グランド・クエスト

という28話目になります。
あと少しでALO編もクライマックスです。
その後は日常編であったり、ちょっとした短編を書いていこうと考えています。


では、どうぞ!


 sideタクヤ_

 

 

 2025年01月22日 ALO内14時00分 央都アルン

 

 オレとユウキはキリト達と合流して、近くの酒場でどうやって世界樹を攻略するか会議を開いた。

 

 キリト「タクヤとルクスを加えて8人か…」

 

 リーファ「前に火妖精族(サラマンダー)が精鋭部隊を編成して挑んだけど結果は言わずもがな…。

 この人数じゃ…いくらみんなが強くても突破は無理だと思う…」

 

 ホーク「そんなぁ事ぁやってみぃひんと分からんわいっ!!」

 

 リーファ「だから、前にやってるんだって!!話を聞いててよ!!」

 

 タクヤ「まぁまぁ、2人とも落ち着けって…」

 

 このまま続けさせても不毛なやりとりだ。

 リーファとホークの気を沈めて会議を再開させる。

 

 ルクス「なら、サクヤさん達の準備が出来るまで待つのはどうだい?」

 

 ユウキ「…それが、出来るだけ急がなくちゃいけなくなったんだ」

 

「「?」」

 

 ユウキはオレ達に急ぐ理由を話した。

 

 タクヤ「…」

 

 ルクス「そんなの…出来る訳ないじゃないか!!

 タクヤの脳を提供するなんて…!!」

 

 話の内容はオレの現実の肉体を古田と名乗る須卿伸之の部下が提供するようにユウキに言ったらしい。

 ユウキも必死に抵抗したものの、去り際に不敵な笑みを浮かべていたようだ。

 それを聞く限り何らかの手段を用いて現実世界のオレを連れ出そうとしているに違いない。

 

 リーファ「で、でも!

 警備員とか役人さんにちゃんと伝えてあるんでしょ?大丈夫だよ!!」

 

 カヤト「おそらく大丈夫でしょうが、万が一の事も考えておかないと…」

 

 ストレア「む〜!!こうなったら、私とユイでそいつのPCをハッキングしてそんな事させないようにしてやる〜!!」

 

 ストレアがユイを連れ出して行こうとするのを、オレが首根っこ掴んで止めた。

 盛大にこけたストレアがオレの肩を掴んで振り回す。

 

 ストレア「どうして止めるの〜!!?」

 

 タクヤ「お前達が行っても多分どうも出来ないよ。

 古田はそういうセキュリティ関連の事には強いからな…」

 

 ユウキ「どうして知ってるの?」

 

 タクヤ「元々、古田と須卿はクソ兄貴の後輩だ。

 昔、そう話しているのを聞いた事がある…」

 

 特に古田の事はよく話に上がっていた。

 セキュリティだけに関しては茅場晶彦より上かもしれないと。

 

 キリト「だったら2人に危険が及ぶ可能性の方が高いな。

 おいでユイ…」

 

 ユイは返事をしてキリトの肩に座った。

 ストレアも自分の席についたが、頬を膨らませご機嫌斜めのようだがそこは2人の身が優先なのが仕方ない為、我慢してもらうしかない。

 

 ユウキ「攻略するにしても、前衛と後衛に別れなきゃだね!」

 

 キリト「そうだな…。ルクスは回復魔法は使えるかい?」

 

 ルクス「あぁ。でも、高位の治癒魔法は水妖精族(ウンディーネ)じゃないと使えないけど…」

 

 キリト「じゃあ、リーファとルクスは後衛に回って回復に専念してくれ。残りは2人1組になってスイッチを重ねていこう」

 

 ストレア「じゃあ、組む人を決めなきゃだね!タクヤ〜!!

 私と組もうよ〜!!」

 

 オレに抱きついてくるストレアを見て、ユウキも負けじとオレの腕を引っ張る。

 

 ユウキ「何言ってんのさ!!タクヤはボクと組むんだよ!!」

 

 ストレア「え〜私がいい〜!!

 ユウキよりおっきいし、安心感が違うもんね〜!!」

 

 ユウキ「っ!!む、胸は別に関係ないだろー!!?」

 

 ストレア「ね〜私と組もうよ〜タクヤ〜?」

 

 ユウキ「ボクだよねー?タクヤ〜?」

 

 この際どっちでもいい…とか言ったら2人からキツい鉄鎚が下されるのは目に見えているのでオレはカヤトをパートナーに選んだ。

 

 カヤト「ぼ、僕?」

 

 タクヤ「別に他意はねーけど、2人のどっちか選んだら死んじゃうからさ。それに、お前がどれだけ強いのかも知りたいしな!」

 

 ユウキ&ストレア「「ぶー!!ぶー!!」」

 

 後ろからブーイングが起こっているが気にしないようにする。

 それにオレの戦い方はSAOの時とは違う。

 昔の連携はここでは使えない為、ユウキやストレアと組めば、その差異が生まれて危険な状況を作り出してしまう。

 なら、昔の連携を知らないカヤトならオレの動きにも合わせられるだろう。

 カヤトに聞けばホークに勝っている為、実力不足の点は問題ない。

 

 キリト「じゃあ、オレとホークが組んでユウキとストレアで組んでくれ」

 

 ユウキ&ストレア「「はーい…」」

 

 キリト「続けるぞ?タクヤ、守護者(ガーディアン)のタイプは何通りあったんだ?」

 

 タクヤ「あー…片手剣と両手剣、弓の3種類かな…。

 オレも全部見た訳じゃないからこれ以外にもいるかもしれねぇけど…」

 

 キリト「それだけ聞ければ充分だ。

 じゃあ、2時間後に"グランド・クエスト”攻略だ。

 今の内に話したい事ややり残してる事を済ませておけよ?」

 

 会議を終わらせ、オレはキリトと2人で話をする為に世界樹へと向かった。

 後2時間でこの内部に潜入してアスナのいる所までたどり着かなければならない。

 それは1番キリトがそう思っているに違いない。

 

 キリト「…2人でいても改まって話す事ないな」

 

 タクヤ「そうだな…。で、どうだよ?現実世界は…」

 

 キリト「…やっぱり帰った頃は嬉しかったし、懐かしかったな。

 やっと帰ってこれたんだって…。

 オレさ…SAOに囚われる前はリーファ…中身はオレの妹の直葉って言うんだけどさ、距離を置くようになっちゃってそれから凄く後悔した。

 だから、今はその距離を少しでも縮めたいと思ってるんだけど…スグはオレなんかの為に泣いてくれた。

 あんなに冷たくしてたのに帰ってきてくれて嬉しいって言ってくれたんだ。

 もう、スグにはあんな思いして欲しくないから…アスナを助けて本当の意味でSAOを終わらせなきゃいけないんだ」

 

 タクヤ「そっか…」

 

 キリトの中には想像もつかないような覚悟を秘めている。

 それはオレも同じだった。

 今尚、オレやアスナ、多くのSAOプレイヤーが閉じ込められている。

 全員を連れて帰るまで、オレも負けていられないな。

 

 ユイ「パパ!!」

 

 キリト「どうしたユイ?」

 

 パパ「この上に…ママの反応があります!!」

 

 タクヤ&キリト「「!!!!」」

 

 瞬間、キリトは翅を羽ばたかせ全速力で世界樹の頂上を目指した。

 だが、すぐに見えない壁に阻まれ、なす術がなかった。

 

 キリト「くそっ!!なんだよ…この壁はっ!!」

 

 タクヤ「落ち着け!!」

 

 ユイ「緊急用のアラームならママに届くかも知れません!!

 ママ!!ママ!!ユイだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideout_

 

 

 アスナはいつもの鳥籠での日常を過ごしていた。

 前にくすねた管理者用のパスカードを枕の下に隠したはいいが、どのタイミングで使えばいいか分からない。

 

 アスナ「何か…方法は…」

 

 

 ─ママ!!─

 

 

 アスナ「!!」

 

 アスナは一瞬、空耳かと思ったが、その声は徐々に大きく強くなっていく。

 

 

 ─ママ!!ユイだよ!!─

 

 

 アスナ「やっぱりユイちゃん!!私はここにいるよ!!…キリト君!!!!

 そ、そうだ…!!何か目印になるようなものを…」

 

 アスナの手は枕の下に隠してあったパスカードに伸ばされた。

 それを鳥籠の隙間から声が聞こえた場所の真下へと落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 

 キリト「!!…あれは!!」

 

 空から何やら小さい物がゆっくりとキリトへ落ちていった。

 キリトがそれを拾い、ユイに解析を頼む。

 

 ユイ「これは…!!管理者用のパスカードです!!」

 

 タクヤ「じゃあ、これがあればGM権限を行使できるのか?」

 

 ユイ「いえ…これは対応するコンソールからでないと出来ません。

 おそらく、コンソールは世界樹内部のどこかにあると思われますが…」

 

 キリト「でも、そんな物が落ちてくる訳ないよな…」

 

 ユイ「はい!!これは絶対にママからのメッセージです!!」

 

 この上にアスナがいる。もう目と鼻の先まで来ている。

 なら、やる事は1つだな。

 

 タクヤ「まだ、時間はある。確実に行こうぜ…」

 

 キリト「あぁ。アスナの為にも…お前の為にもな」

 

 オレはここでキリトと別れ、次はストレアの所へ向かった。

 ユイにストレアの場所を教えてもらい、商店通りを歩いているととある雑貨屋の前でストレアを発見した。

 

 タクヤ「ストレア!」

 

 ストレア「あっ!タクヤ!!どうしたの〜?」

 

 タクヤ「お前こそこんな所で何見てるんだよ?」

 

 ストレアが見ていた棚にはアクセサリー類が並んでいた。

 

 タクヤ「…欲しい物があるのか?」

 

 ストレア「えっ?そんなんじゃないよ〜。ただ眺めていただけ…」

 

 とか言う割には1つのアクセサリーに目を奪われていたような気がする。

 オレは店主を呼んでストレアが熱い眼差しを送っていたアクセサリーを買ってストレアに渡した。

 

 ストレア「い、いいの?」

 

 タクヤ「あぁ。ストレアにもいろいろ心配かけちまったしな。

 それはその詫びの品だ。受け取ってくれよ」

 

 ストレア「わぁぁ…!!ありがとうタクヤ!!大事にするからね!!」

 

 タクヤ「あぁ」

 

 ストレア「ねぇ…これ、タクヤが付けてくれない?」

 

 タクヤ「えっ?いや、それは…」

 

 そんな事ユウキにだってした事がないぞ。

 ストレアは次はオレに熱い眼差しを送り続ける。

 断るには忍びよらずオレはアクセサリーをストレアから受け取った。

 買ったのはイヤリング。

 妖精の翅をモチーフにされており、左右揃って初めて意味を成すらしいのだ。

 耳にイヤリングなんて生きてきて此の方付けてあげた試しがない為、少々手こずってしまう。

 

 ストレア「きゃんっ!く、くすぐったいよ〜…」

 

 タクヤ「わ、悪い!!」

 

 ストレア「あ…、ん…!タクヤ…わざとやってる?」

 

 タクヤ「と、とんでもございませんですはいっ!!?」

 

 ようやく、左右の耳に付け終えたオレはどっと疲れていた。

 

 ストレア「フフッ…どう?似合うかな〜?」

 

 タクヤ「あぁ…よく似合ってるよ…」

 

 ストレア「…ありがとうタクヤ」

 

 瞬間、オレの頬に柔らかい感触が伝わってきた。

 横を向くとストレアが手で唇を抑えて、頬を赤くしながら笑っていた。

 

 タクヤ「な…な…!!?」

 

 ストレア「これを買ってくれたお礼と…私を助けてくれたお礼だよっ!!」

 

 ストレアはたったっと音を立てながら人混みの中へと消えていった。

 

 タクヤ「…たく」

 

 オレも商店通りを後にしてカヤトの所へ向かった。

 カヤトはどうやら、湖畔通りにいたようで湖の畔で1人立っていた。

 

 タクヤ「ナオー」

 

 カヤト「兄さん…!その名前で呼ばないでくれってそう言ったろ?」

 

 タクヤ「いいじゃねぇか別に…。周りには誰もいないんだしよ!」

 

 カヤト「はぁ…兄さんは昔と全然変わってないね…」

 

 タクヤ「オレん中じゃあ結構変わったと思うんだがなー…」

 

 湖で魚がはじけている音のみが周りに響く。

 オレも2年振りに弟と話す為、何から話していいか分からない。

 そんな事を考えていると、直人の方から話しかけてきた。

 

 カヤト「晶彦兄さんは…やっぱり…」

 

 タクヤ「…あぁ、オレがこの手で殺したよ」

 

 直人は昔からオレより兄貴に懐いていた節がある。

 年が離れている為もあって、当時の直人にはカッコよく見えていたんだろう。

 でも、そんな兄貴ももうこの世にはいない。

 

 カヤト「なんで晶彦兄さんはあんな事したんだろうね?」

 

 タクヤ「知らねーよ。あんなヤツの事なんざ…!」

 

 カヤト「…まだ恨んでるんだね。晶彦兄さんの事…」

 

 タクヤ「…いや…」

 

 当時は恨んでも恨み切れないほどオレはクソ兄貴を恨んでいた。

 だが、今は少しだけ違う。

 恨みこそ消えちゃいないが、その反面にクソ兄貴の事を羨ましいとも思った。

 自分の未来を見据えて、それに向かって努力する光景は小さい頃から見ていた。

 SAOの世界も美しかった。

 SAOはオレにとってもう1つの現実世界になり得ていた。

 それを作り上げた"ゲームデザイナー”としての茅場晶彦に尊敬すらした。

 

 タクヤ「でもやっぱり、アイツは許されない事をしたんだ。

 アイツのせいで4000人以上のプレイヤーの命が消えた。

 その罪を償わないまま死んじまったけどな…」

 

 カヤト「…殺したのは兄さんだろ」

 

 タクヤ「人の揚げ足を取るな!!

 あの時はあーする以外方法がなかったんだよ!!」

 

 カヤト「知ってるよ…。全部ユウキさんに聞いたから…」

 

 初めて直人がオレの前で笑顔を見せた。

 それが嬉しかったし、早く現実世界に帰りたいという思いが強くなった気がする。

 

 カヤト「もうそろそろ時間だね…」

 

 タクヤ「じゃあ行くかッ!!アスナを助けによォっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideout_

 

 

 2025年01月22日 15時45分 ???

 

 無機質な機材の起動音のみが部屋を包み込んでいる。

 その中で2人の男が不敵な笑みを浮かべながらモニターを見ていた。

 

 須卿「そちらの首尾はどうだ?古田君…」

 

 眼鏡を上げ、須卿伸之が古田に質問する。

 

 古田「えぇ。準備は既に出来ていますよ…。

 今日中には実験体が手に入るかと…」

 

 須卿「さすがだね。

 やはり、優秀な部下が1人いるだけで進行具合が随分違うよ」

 

 モニターから目を離し、コーヒメーカーからコーヒーをカップに注ぐ。

 

 古田「いえ、先輩の後ろ盾があってこそですよ。

 私もスムーズに事を運べるのは…。それに、勿体ないでしょう?

 せっかく、貴重な実験体が目の前にあるのに使わないのは…」

 

 古田は顔をニヤつかせながらPCを操作してある少年の写真をモニターに出した。

 

 須卿「そうだね。()()()は他のプレイヤーよりも経験を得ているし、何より…あの茅場先輩の肉親でもある」

 

 茅場晶彦の名が出た瞬間、古田の顔から笑みが消え去った。

 

 古田「…あの人の事は個人的に好きではなかった。

 自分の方が遥かに勝っていると言わんばかりの自信に満ち溢れていたあの顔を見る度に、フラストレーションが溜まっていきました」

 

 須卿「それは僕もだよ。

 だが、茅場晶彦はあれだけの世界を創り出したにも関わらず、それだけで満足してしまった。もったいないよ…。

 その先の可能性を追い求めなかったんだから…!」

 

 須卿の言う可能性は電気信号を脳の特定の箇所に照射して、感情を引き出す事だ。

 それによって人の感情を須卿らが自在に操るといった悪魔のような研究だった。

 既に須卿は某国にその研究データを提供出来るようにパイプを確保して、行く行くはレクトそのものを買収しようと考えているのだ。

 

 古田「しかし、先輩も酷い事をしますねぇ。

 あの結城の令嬢の婿養子に入ってレクトを奪おうなんて…。

 私は恐ろしくてとても出来たもんじゃありませんよ」

 

 須卿「君にだけは言われたくないな。

 学生時代から酷い事をやらせたら君の右に出る者などいなかったよ。

 この僕ですら敵には回したくない…」

 

 古田「褒め言葉として受け取っておきますよ」

 

 そう2人が話しているとPCからアラームが鳴った。

 

 須卿「どうしたんだい?」

 

 古田「…いえね、念には念をといろいろ仕組んでいたんですが…まさかこう上手くいくとは思いませんでしたよ」

 

 モニターにはレクトが運営しているVRMMOゲーム"アルヴヘイム・オンライン”…通称ALOの世界樹の内部が映し出されていた。

 そこに数人のプレイヤーが入ってくる。

 古田はそのプレイヤーの中にある1人を見つけるとまたしても不敵な笑みを浮かべ始めた。

 

 古田「…まさか、君から来てくれるとは思わなかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "英雄”タクヤ君…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideタクヤ_

 

 

 2025年01月22日 ALO内16時10分 央都アルン 世界樹前

 

 キリト「よし!最終確認だ。

 オレとホーク、タクヤとカヤト、ユウキとストレアが前衛…、リーファとルクスが後衛で支援だ」

 

 タクヤ「よしっ!じゃあ、いこ…」

 

 ルクス「まだ待ちなよ!!」

 

 ルクスがオレの首根っこを掴んでオレを止める。

 

 タクヤ「な、なんだよ!!」

 

 ルクス「まだ、キリトさんの話が済んでないだろ?」

 

 タクヤ「わ、分かったよ…」

 

 焦りすぎているオレにルクスが深呼吸をするように言った。

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 

 ユウキ「…」

 

 ストレア「どうしたの〜ユウキ〜?」

 

 タクヤ「ん?なんかあったか?」

 

 ユウキ「えっ!?いや、何でもないよ…!!」

 

 ユウキは何でもないと言ったが明らかにオレより落ち着きがないように見える。

 

 カヤト「…ハァ」

 

 すると、突然カヤトがオレを引っ張り出して小声でオレに言った。

 

 カヤト「兄さん…もうちょっとユウキさんに気を使ってあげなよ。

 ユウキさんの彼氏だろ?」

 

 タクヤ「お、おう…!」

 

 キリト「よし!じゃあ、中に入るぞ!」

 

 キリトは門の前に立ち、石像の番人に扉を開けてもらう。

 中は最初に入った時同様に壁1面にモンスターを待機させていた。

 

 ホーク「あれが守護者(ガーディアン)っちゅうヤツか…!!」

 

 カヤト「一体何体いるんでしょう…?」

 

 キリト「時間がない!!行くぞっ!!」

 

「「おうっ!!」」

 

 リーファとルクスを残してオレ達は頂上のゲート目指して翅を羽ばたかせた。

 それと同時に壁から守護者(ガーディアン)が次々と現れる。

 

 キリト「作戦通り行くぞ!!」

 

 キリト、ユウキ、オレの3人が先陣を切った。

 狙うは一撃必殺の急所狙いだ。

 オレはクエストで練習した戦闘スタイルでオレの前に立ちはだかった3体を一瞬で仕留めた。

 

 タクヤ「よっしゃ!!」

 

 続いてキリトとユウキも目の前の守護者(ガーディアン)を倒していく。

 だが、この調子で先に進める程甘くないのがこの"グランド・クエスト”だ。

 数で勝っている守護者(ガーディアン)は頂上への道を幾層にも重ねて是が非でも先に進ませないようだ。

 

 キリト「ホーク!!スイッチ!!」

 

 ホーク「まかしとけぇっ!!」

 

 ユウキ「ストレアもお願いっ!!」

 

 ストレア「おっけ〜!!」

 

 タクヤ「カヤト!!」

 

 カヤト「分かってる!!」

 

 オレ達3人はスイッチをして、その間に自分で回復出来る分は自分でポーションを飲んで回復する。

 

 ホーク「おらおらぁっ!!道を開けぇい!!!!」

 

 ホークは武器を持たず、SAOの時のように拳闘スタイルで守護者(ガーディアン)を屠っていく。

 

 ストレア「いっくよ〜!!!!」

 

 ストレアも両手剣の特性を利用して広範囲に広がっている守護者(ガーディアン)を薙ぎ倒していく。

 吹き飛ばした守護者(ガーディアン)が爆発すると、連鎖的に他の守護者(ガーディアン)を誘爆していく。

 

 カヤト「負けてられませんね!!」

 

 カヤトも両手長柄を横に3体並んだ守護者(ガーディアン)を目にも留まらぬ速さで貫く。

 さらに、死角から攻撃も翅をホバリングさせて、見事に対応して見せた。

 

 タクヤ「すげぇ…!!」

 

 ユウキ「すごいでしょ?初めてALOに来た時から強かったんだから!!」

 

 タクヤ「なら、オレもすごい所見せなきゃな!!」

 

 オレは3人を追い抜き、単独で守護者(ガーディアン)の群れに突撃をかけた。

 

 キリト「タクヤ!!」

 

 ストレア「無茶だよっ!!」

 

 タクヤ「まぁ見てろって!!!!」

 

 オレはクエスト報酬の片手用直剣"スターナイトウォークス”を握り直し、まず1体の守護者(ガーディアン)を斬り刻む。

 ポリゴンになる寸前で後頭部を足場に跳躍して2体、3体と屠った。

 

 カヤト「あの動きは…!!」

 

 ユウキ「SAOの時とは違う…!!」

 

 流れるように1つの動作をも攻撃の手として一瞬で10体程蹴散らしていった。

 

 キリト「…この世界じゃSAOにあった"闘拳”スキルや"修羅”スキルなんて存在しない。

 だが、タクヤはそれをこの世界で再現しようとして今のスタイルになったんだ…」

 

 ユウキ「キリトが二刀流を使うみたいに?」

 

 キリト「あぁ」

 

 タクヤ「おらぁぁぁぁっ!!!!」

 

 次々倒していくが、前回同様数は増えていく一方だ。

 HPもグリーンとはいえ、3割近く削られている。

 カヤトとスイッチしようと後ろを見た瞬間、守護者(ガーディアン)はカヤト達に構わず全員オレへと攻撃を仕掛けてきた。

 

 タクヤ「おわっ!!?」

 

 ユウキ「タクヤ!!」

 

 キリト「援護に行くぞっ!!」

 

 だが、ユウキ達の前にも守護者(ガーディアン)が立ち塞がり、完全にオレは孤立してしまった。

 

 ユウキ「タクヤ!!」

 

 タクヤ「オレは大丈夫だ!!それより今の内に頂上を目指せ!!

 オレの所に集まってきてるおかげで大分手薄になってる!!」

 

 キリト「だが、それじゃあお前が…」

 

 タクヤ「何の為にここにいるんだ!!アスナを助ける為だろうがっ!!

 早く行けぇっ!!!!」

 

 襲いかかってくる守護者(ガーディアン)を相手に長い時間は稼げない。今が絶好のタイミングだ。

 これを逃したらそれこそ全滅させられる。

 そのチャンスをみすみす逃そうなど誰がしてたまるものか。

 

 ストレア「タクヤ!!」

 

 ホーク「くそっ!!助太刀しようにもコヤツらが鬱陶しいわっ!!」

 

 キリト「…!!」

 

 ユウキ「…キリト」

 

 キリト「…」

 

 キリトは翅を羽ばたかせ、頂上を目指した。

 

 タクヤ「よし…。おらぁっ!!どうしたよ?かかってこいやぁっ!!!!」

 

 キリトが頂上に着くまで何としてでも時間を稼ぐ。

 オレはクエスト片手剣と拳をフルに使い、守護者(ガーディアン)の猛攻を耐えた。

 

 リーファ「なんて無茶な事を…!!」

 

 リーファの回復魔法がオレのHPを全快させる。

 まだまだやれると踏んだ一瞬の気の緩みを守護者(ガーディアン)は見逃さなかった。

 両手剣を持った守護者(ガーディアン)がオレ目掛けてそれを投げ始めた。

 

 タクヤ「ちぃっ!!」

 

 辛くも弾いて対処するが、背中に矢が数本突き刺さる。

 

 タクヤ「くそがっ!!」

 

 流石に遠距離から攻撃してくる守護者(ガーディアン)まで手が及ばない。

 なるべく躱しつつ、目の前の守護者(ガーディアン)を蹴散らして行くしかオレには手は残されていなかった。

 

 タクヤ「うぉぉぉぉっ!!」

 

 雄叫びと共に剣を振り、拳を叩きつける。

 だが、手数でも上に行かれてしまい、オレのHPはみるみるレッドゾーンにまで落ちていった。

 回復してもそれは一時的なものですぐにHPが削られる。

 

 リーファ「回復が追いつかないよ!!」

 

 ルクス「リーファ!!少しの間だけ回復まかせたよ!!」

 

 リーファ「ちょ…!!ルクスさん!!」

 

 ルクス「タクヤ!!」

 

 タクヤ「ルクス!!?来るな!!戻って回復に専念しろ!!」

 

 ルクスはオレの静止を聞かず、オレを取り囲んでいる守護者(ガーディアン)に突撃をかけた。

 守護者(ガーディアン)もルクスを敵と認識して数体ルクスに攻撃を仕掛ける。

 

 ルクス「はぁぁぁっ!!」

 

 ルクスは数体の守護者(ガーディアン)を退け、オレの元へとやって来た。

 

 タクヤ「バカヤロー!!何考えて…!!」

 

 ルクス「タクヤは絶対にやらせない!!

 私がここにいるのはタクヤを守る為だ!!

 例え…ここでHPが全損しようと絶対に退かない!!」

 

 ユウキ「!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルクス「私は…!!タクヤが好きだから!!絶対に死なせない!!」

 

 タクヤ「…ルクス」

 

 キリト「その通りだ!!!!」

 

 タクヤ「!!」

 

 すると、頭上から守護者(ガーディアン)を倒しながらキリトが急降下してきた。

 守護者(ガーディアン)も咄嗟に反応が取れず、キリトの剣で次々と屠られていく。

 

 タクヤ「お前まで…どうして!!?」

 

 キリト「アスナを助け出したとしてもそれだけじゃダメなんだ!!

 お前も一緒に連れて帰らないと意味がないんだ!!

 それに…アスナだってそう言うハズだ!!」

 

 ストレア「私ももっと頑張るよ〜!!

 私の命はタクヤとユウキの為に使うって決めてるんだから〜!!!!」

 

 ユウキ「ストレア…!!」

 

 ホーク「おらぁぁっ!!ワシもおるぞぉっ!!!!」

 

 カヤト「ホークさん…」

 

 ストレアとホークも底力を見せ、襲いかかってくる守護者(ガーディアン)を返り討ちに合わせていった。

 

 ルクス「大丈夫だ!!私達ならどんな事だって出来る…!!

 タクヤがSAOをクリアした時みたいに…!!」

 

 タクヤ「!!」

 

 ユウキ「タクヤ!!みんなは君を助けにここまで来たんだよ!!

 みんながいればこんなヤツら目じゃないよっ!!」

 

 守護者(ガーディアン)を撃退し、オレの隣までやって来たユウキがオレの手を握ってきた。

 

 ユウキ「みんなで帰ろう?現実世界に…!!」

 

 タクヤ「ユウキ…。ったく、どいつもこいつも…」

 

 だが、どれだけ頑張ろうとも守護者(ガーディアン)の数は増え続けるばかりだ。

 一撃で相当数一気に倒さなければこの状況を打破できないのも確かだ。

 そんな事を考えていた時、扉の方から火炎放射が放たれ、オレの周りにいた守護者(ガーディアン)を焼き尽くした。

 

 リーファ「あ、あれは…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サクヤ「またせたな!!タクヤ君!!みんな!!」

 

 アリシャ「ごめんねー!!準備に時間かかっちゃったよー!!」

 

 門から突如として現れたのはサクヤ率いるシルフ隊とアリシャ率いる竜騎士(ドラグーン)隊であった。

 

 タクヤ「サクヤ!!アリシャ!!」

 

 サクヤ「やはり、私の見込んだ通りの男だな。

 まさか、ここまで接戦を繰り広げているとは…」

 

 アリシャ「でも、ここからはこっちにまかせてね!!

 スクリーンショットすらされていない猫妖精族(ケットシー)秘蔵の竜騎士(ドラグーン)隊の出番だよー!!!!」

 

 アリシャの掛け声と同時に竜騎士(ドラグーン)が咆哮を上げ、世界樹内部を揺らしている。

 

 リーファ「ありがとうサクヤ!!」

 

 サクヤ「礼には及ばんよ…。

 キリト君から授かった資金でこんなに早く準備出来たんだから。

 …それより、君達はこの頂上に行ければいいんだね?」

 

 タクヤ「あぁ。でも、守護者(ガーディアン)が塞いで行けねぇ…」

 

 アリシャ「それなら私達が道を作ってあげるよー!!

 じゃあ、行くよー!!竜騎士(ドラグーン)隊!!ブレス攻撃用意!!!!」

 

 サクヤ「風妖精族(シルフ)隊!!エクストラアタック構えっ!!!!」

 

 竜騎士(ドラグーン)は口を大きく開け、圧縮されたエネルギーを構えて、アリシャの合図を待つ。

 風妖精族(シルフ)隊も剣を構え、サクヤの合図を待つ。

 守護者(ガーディアン)達もサクヤとアリシャに狙いを定めて攻撃を仕掛ける。

 守護者(ガーディアン)が一塊になった所を狙って同時に合図を出した。

 

 アリシャ「ファイアーブレス…撃てぇぇぇっ!!!!」

 

 サクヤ「フェンリムストーム…放てぇぇぇっ!!!!」

 

 火炎放射と剣撃が無数の守護者(ガーディアン)を捉えた。

 次々と数が減っていき、空には頂上に通じる大穴が開かれた。

 

 サクヤ「今だ!!」

 

 タクヤ「行くぞ!!キリト!!ユウキ!!」

 

 ユウキ「うん!!」

 

 キリト「おう!!」

 

 リーファ「キリト君!!!これ使って!!!!」

 

 キリトはリーファから剣を授かり、キリトの推進力で大穴を塞ごうとする守護者(ガーディアン)を蹴散らしていった。

 

 タクヤ&キリト&ユウキ「「「うぉぉぉぉっ!!!!!」」」

 

 そして、遂に守護者(ガーディアン)の群れを突き破り、オレ達は頂上のゲートへとたどり着いた。

 だが、ゲートは開かれる事はなく、固く閉ざされていた。

 

 ユウキ「ど、どういう事!!?」

 

 キリト「これは…!!?」

 

 ユイ「パパ!!この扉はGM権限でプレイヤーには開けられない様に設定されています!!」

 

 タクヤ「そ、それってつまり…プレイヤーには絶対に攻略出来ないって事かよ!!?」

 

 キリト「!!…ユイ、これは使えるか?」

 

 キリトは懐から先程手に入れた管理者用のパスカードをユイに渡す。

 ユイが解析を済ませると、オレ達の体は光に包まれ始めた。

 

 ユイ「転移します!!」

 

 そして、オレ達は世界樹の上へと転移したのだった。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
ついにアスナとの距離が近づいてきましたね!
そして、次回は須卿&古田との対決になります!


では、次回!


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【29】英雄

という事で29話です。
次回からはオリジナルの展開になっていきます。
これからもよろしくお願いします。


では、どうぞ!


 sideout_

 

 

 2025年01月22日 ALO内18時10分 世界樹内部

 

 タクヤ達はユイの助力もあって、ゲートの中へと入る事が出来た。

 転移した場所は二手に別れた道がどこまでも続いている。

 

 タクヤ「二手に別れた方がよさそうだな」

 

 キリト「オレとユイはこっちを探す。

 タクヤとユウキは向こうを頼んだ!!」

 

 タクヤ達は一旦別れてアスナの捜索に向かった。

 どこまでも続く道をひたすら走っていたタクヤとユウキはついに外に通じているであろう扉までやって来た。

 扉を開けると眩しい光に襲われ、目を開けるとそこには世界樹の枝が迷路のように入り組んでいた。

 

 タクヤ「ここが世界樹の上…?」

 

 ユウキ「でも、おかしいよ。

 世界樹の上には空中都市があるってリーファが言ってたもん!」

 

 タクヤ「どう見ても街って感じじゃないよな…。

 運営が嘘を吐くなんて許される事じゃないぞ…!!」

 

 これが一般プレイヤーの耳にでも入れば、ALOのユーザーは減り、最悪の場合運営中止なんて事にもなりかねない。

 それはまた後日考えるとして、今はアスナを捜索するのを優先してタクヤとユウキは世界樹の枝を進みながらアスナを探した。

 だが、鳥籠らしきものはどこにもなく、時間だけが過ぎ去っていく。

 

 タクヤ「くそ…どこにいるんだよ…!!」

 

 ユウキ「アスナー!!いたら返事してー!!」

 

 ユウキの呼び声も虚しく、アスナからの返事が返ってくる事はなかった。

 さらに奥に進むと、枝が姿を潜め、広い空間へと着いた。

 

 ユウキ「行き止まりみたいだね」

 

 タクヤ「あぁ。

 これだけ探しても見つからねぇって事は、キリト達の方かもしれねぇ…。よし!戻るぞユウキ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ待ちたまえよ…タクヤ君」

 

 

 タクヤ&ユウキ「「!!?」」

 

 どこからともなく声が聞こえてきた。

 瞬間、周りの景色は消え去り、全くと言っていい程の別の空間へと飛ばされた。

 

 タクヤ「どこだ…ここ…!!」

 

「そう身構えなくてもいいじゃないか…タクヤ君」

 

 タクヤ「誰だ!!」

 

 タクヤとユウキは鞘から剣を抜き、警戒態勢へと入った。

 すると、自身の体に多大な負荷が襲いかかる。

 

 ユウキ「な、何…これ…!!」

 

 タクヤ「ユウキ…ぐっ…」

 

 立つ事が困難になった2人は堪らず地面に突っ伏す。

 そして、目の前に悠然としてやって来たのは宝石類がコーティングされた鎧を着た金髪の男だった。

 

「私が作った次のアップデートで導入する予定の魔法なんですけど…少々強すぎましたかね…」

 

 ユウキ「この…声…は…!!」

 

「またお会いしましたね…紺野さん。

 いや、ここではユウキさんと呼ぶんでしたよね?

 それに…会えて嬉しいですよ。"英雄”タクヤ君…」

 

 ユウキ「古田…!!」

 

 タクヤ「お前が…古田…かっ…!!」

 

 古田と呼ばれた男はやれやれと言った感じでタクヤの横腹を思い切り蹴り飛ばした。

 

 タクヤ「がっ…!!?」

 

 ユウキ「タクヤ!!」

 

 蹴り飛ばされたタクヤはその痛みで上手く呼吸が出来ない。

 そんな事、この男は関係ないとごく自然に話をし始めた。

 

 アルベリヒ「ムードが台無しですよ。

 私はこの世界じゃ"アルベリヒ”と言う名前で通っているんです。

 妖精王の右腕としてね…」

 

 ユウキ「じゃあ、やっぱり…タクヤやアスナ達を…こんな所に閉じ込めたのは…!!」

 

 アルベリヒ「えぇ。私達ですよ?

 SAOのサーバーにちょっと細工をしましてね…。

 クリアしたのと同時に何人か実験体として提供してもらったんですよ」

 

 ユウキ「実験体…!?自分達が何をしてるのか…分かってるの?」

 

 アルベリヒは悪びれる事もなく、笑顔で淡々と話を進めた。

 

 アルベリヒ「いいじゃないですか。

 プレイヤーの1人や2人…それに協力してくれているプレイヤー達も痛い思いはさせていません。

 少しだけ脳を弄らせて貰っているだけなんですよ」

 

 タクヤ「ふざ、けんなよ…!!

 実験体…になった…奴らにも…待ってる奴がいるんだぞ…!!」

 

 タクヤは重力が何倍にもなった空間で立ち上がり、徐々にアルベリヒに近づく。

 

 アルベリヒ「うーん…。

 君達には所詮何を言っても無駄でしょうけどね…」

 

 タクヤ「今すぐ…アスナ達を解放…しろ!!古田ぁっ!!」

 

 アルベリヒ「…だから、アルベリヒだと…そう言ってるだろぉがぁっ!!」

 

 この空間でも自由に動けるアルベリヒの攻撃をモロに食らってしまい、タクヤは崖っぷちに飛ばされた。

 

 ユウキ「た、タクヤ…!!くそぉ…コイツ…!!」

 

 アルベリヒ「私とした事が…!!

 大事な実験材料を危うく手放す所でしたよ!!」

 

 そう言って、タクヤの首を持ち抱え、空間の中心へと投げ捨てた。

 

 アルベリヒ「やれやれ…。

 まったく茅場先輩の弟と言う割には大した事ないですねぇ」

 

 タクヤ「ぐほっ!!?」

 

 アルベリヒ「痛いでしょう?

 今、ペインアブソーバ機能を遮断していますからね。

 と言っても、0にまで落とすと現実の体に影響しますが…君の場合は脳だけ頂ければ充分です…」

 

 そう言いながらタクヤの腹を執拗に蹴り続け、痛みを与える。

 もう嗚咽すら吐かなくなったタクヤを転がした。

 

 ユウキ「タクヤ!!しっかりして…タクヤ!!タクヤ!!」

 

 アルベリヒ「あなたもうるさいですね。少し黙ってて貰いましょうか?」

 

 アルベリヒが標的をユウキに移し替え、ユウキへと近づく。

 その時、アルベリヒの足が何かに絡まった。

 

 タクヤ「…やらせる…かよ…」

 

 アルベリヒ「…」

 

 アルベリヒの足に絡まっていたのは今にも気を失いそうなタクヤの腕であった。

 力を入れて引き剥がそうもタクヤはしぶとくも手を離さない。

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 アルベリヒ「流石はSAOをクリアした"英雄”様だ。

 そこらのプレイヤーとはやはり一味違いますね…。

 なら、こんな余興はどうでしょう?」

 

 アルベリヒが指を鳴らした瞬間、天から2本の鎖が降りてきた。

 降りてきた鎖を動けないユウキの両腕に取り付け、ユウキの体を引き上げる。

 

 タクヤ「テメェ…!!何…するつもりだ…!!」

 

 アルベリヒ「だから、余興だと言ってるじゃないですか?

 私はこの世界で2番目に高いIDを有していましてね…。

 出来る事はたくさんあるんですよ。例えば…」

 

 瞬間、ユウキの装備をアルベリヒの卑劣な手が破り捨てた。

 

 ユウキ「!!…イヤァァァァァァッ!!!!」

 

 タクヤ「ユウキ!!!!」

 

 アルベリヒ「プレイヤーの装備を強制解除だったり、

 あらゆる阻害(デバフ)を付与出来たりもします。

 こんな風にね」

 

 ユウキ「ぐっ…!!麻痺…!!」

 

 ユウキはこれで正真正銘手足が動かなくなってしまった。

 それはアルベリヒがユウキに何をしても邪魔されないと言っているようなもので、アルベリヒの表情は同じ人間とはとても思えない悪魔のようだった。

 

 アルベリヒ「さぁ"英雄”様。

 麗しの姫君がじっくり弄ばれるのを眺めながら自分の非力さを呪いなさい…!!」

 

 タクヤ「クソがぁぁぁぁぁぁっ!!!!指1本でもユウキに触れてみろっ!!!!

 オレがテメェをぶっ殺す!!!!絶対にぶっ殺してやる!!!!」

 

 瞬間、アルベリヒの指はユウキの肌を撫でるように滑らせ、その光惚とした表情をタクヤに見せつけた。

 

 ユウキ「…や…触らないで…!!」

 

 この時、タクヤの中で何かが切れたような音がした。

 絶対に切れてはいけない糸が切れた。

 タクヤは重力を無視して立ち上がる。

 その様子をアルベリヒも見ていたが、焦る素振りなど全く見せない。

 

 タクヤ「殺す…殺す…殺す…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!」

 

 アルベリヒ「うるさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルベリヒはどこからか取り出した黄金の剣をタクヤの心臓に突き刺した。

 タクヤは抵抗する事もなく、ゆっくりと倒れていった。

 

 ユウキ「タク…ヤ…?」

 

 ピクリとも動かないタクヤの名前を呼ぶユウキは目の前の光景に呆然としていた。

 タクヤのHPは止まる事なく減り続けている。

 心臓はこのALOの世界であっても即死効果を与えてしまう弱点(ウィークポイント)だ。

 そこをシステムで呼び出した剣で突き刺せば、誰にも死を止める事は出来ない。

 

 アルベリヒ「大丈夫大丈夫。

 君の脳が焼き切れても私達にとっては宝の山だから…安心して死んでくれ…」

 

 ユウキはアルベリヒの言葉を聞いてさらに目の前が真っ暗になった。

 タクヤはこの世界でもデスゲームからは逃れられないというのか?

 せっかく再会出来たのに、こんなに呆気なく永遠の別れを迎えてしまうのか?

 

 ユウキ「いや…いや…いやぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 アルベリヒ「大丈夫ですよ?

 私は優しいですから…。

 貴方の脳も実験体としてタクヤ君と一緒に迎えましょう」

 

 もうユウキにはアルベリヒの言葉などこれっぽっちも入っていない。

 悲しさと苦しさと…怒りと憎しみがユウキの中で渦巻いているからだ。

 

 ユウキ(「なんで…どうしてボクは…タクヤを助けられないの?

 やっと…やっと…ずっと一緒にいられるって…ちゃんと付き合って、ちゃんと結婚して…みんなで楽しく生きていこうって…。

 まだ、何も始まってないのに…こんな所で…こんな奴に…壊されちゃうの…?」)

 

 ユウキは次第に涙を流していた。

 許せないのはアルベリヒより、非力で弱いユウキ自身だった。

 自分のせいでタクヤが死んでしまう。

 ユウキの世界が暗転した。

 

 アルベリヒ「おや?嬉し涙ですかぁ?

 いやぁ、私が優しいからって泣く事はないでしょう?」

 

 何もかもが終わってしまった。

 ユウキはただただ、死にゆくタクヤを見つめる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤは薄れゆく意識の中で自分の死を待っていた。

 

 タクヤ(「ごめん…ユウキ…お前やみんなを…救えなかった…。

 いつも、肝心な時に…オレは…何も出来ない…。

 何も救えない…。何が"英雄”だ…。

 オレは醜い正義感を振りかざしていただけに過ぎなかった…。

 周りにちゃんとオレはやってるんだよってアピールして…結果、何も出来ない…ただの迷子だ…」)

 

 タクヤのHPはレッドゾーンにさしかかり、いよいよ自身の死を直感した。

 

 タクヤ(「…キリトは上手くやっただろうか?

 キリトやみんなにも…悪い事しちまった…。

 ルクスにも…ここまで一緒に戦ってくれたって言うのに…何も恩返ししねぇまま死んじまった…ごめんな…」)

 

 タクヤの世界は何も無い純白の色に包み込まれていく。

 すると、タクヤの中で今までの思い出が蘇ってくる。

 前にも似た感覚に襲われた事があった。

 あれは、ヒースクリフ…茅場晶彦との最後の戦いの時だった。

 あの時も、思い出がスライドショーのように映し出されていた。

 だが、あの時のようにまた奇跡が起こる訳でもない。

 これが現実なのだ。

 これが茅場拓哉の実力なのだ。

 ただのどこにでもいる普通の人間なのだ。

 

 

『拓哉…』

 

 

 脳内に直接語りかけてくる声にタクヤは聞き覚えがあった。

 

 

『拓哉…ここがお前の目指した場所なのか…?』

 

 

 タクヤ(「…違う…けど、もうオレには何も出来ない…」)

 

 

『拓哉…ここで諦めてしまうのか…?』

 

 

 タクヤ(「諦めるも何も…もう死んじまうんだ…。

 何も出来ない…」)

 

 タクヤはそっと瞼を閉じて、この人生を終わらせようとする。

 すると、最後にこんな言葉が投げられた。

 

 

『その考えは()()()()を侮辱した事になる。

 あの時のお前は何を欲し、何を成し遂げようと私に挑んできたのだ?』

 

 

 タクヤ(「あの時は…ただ…守りたかっただけだ…」)

 

 

 タクヤはあの戦いでSAOで生きていたプレイヤー全員を死の淵から救い出したのだ。

 それはタクヤ自身が何と言おうとも覆せない真実であり、抗いようのない結果を覆した事実。

 

 

 タクヤ(「…そうだ。…オレはあの時も、今も…自分1人で戦ってる理由じゃない…。仲間と…愛する者と一緒に戦ってたんだ…!!」)

 

 

『お前はあの戦いで時としてシステムよりも人間の意志の力の方が強い事を証明した…。

 ならば、今もまさにその時ではないのか?』

 

 

 タクヤ(「でも…もうオレには…」)

 

 

『何もせず諦めたまま死んでいくのか?

 お前はそんな事はしない男だろう?』

 

 

 タクヤ(「…お前は!!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『立て…タクヤ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルベリヒは卑猥な言葉を魂の抜け殻と化したユウキに浴びせ続けた。

 もう完全にユウキの心は折れてしまっている。

 アルベリヒはこれ以上のことは無意味だと悟ったのか、タクヤに突き刺していた黄金の剣を握り、ユウキの首元に剣先を突きつけた。

 

 アルベリヒ「やはり、まだ子供ですね。

 君達のような無力でちっぽけな子供には所詮大義を成す事など出来ないのですよ。

 もう終わらせてあげましょう…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガタッとアルベリヒの背後で物音が聞こえた。

 アルベリヒは一瞬、背筋が凍るような感覚に襲われ咄嗟に後ろを振り向いた。

 すると、そこにはHPを数ドットだけ残して立っているタクヤの姿があった。

 

 アルベリヒ「…なんで…立っていられる…!?」

 

 タクヤ「…」

 

 アルベリヒの問にタクヤが答える事は無い。

 自分のすべき事がまだ残っていた。

 だから、立ち上がった。

 それは時としてどんな力をも凌駕する。

 

 タクヤ「…システムコマンド、ID"ヒースクリフ”…」

 

 すると、タクヤの周りに様々なモニターが映し出された。

 それは一般プレイヤーが見る事の出来ない()()()()()()()()()()だ。

 

 アルベリヒ「な、なんだ…?そのIDは…!!」

 

 タクヤ「管理者権限を変更…。

 "アルベリヒ”、"オベイロン”のレベル1に設定…」

 

 アルベリヒ「なっ!?私や須卿先輩よりも高度なIDだとっ…!!?」

 

 アルベリヒの言った通り、今、管理者権限はタクヤに移っている。

 タクヤは重力魔法を解除し、オレとユウキ、アルベリヒの3人をある場所へ転移させた。

 転移した先にはキリトとアスナ、そして。タクヤ達の登場に驚きの表情をしたオベイロンがいた。

 

 オベイロン「なっ…何故、お前達がここに…!!

 それに私のIDが使えなくなったぞ!!どういう事だ古田!!」

 

 キリト「タ…クヤ…!!」

 

 アスナ「タクヤ君…ユウキ…」

 

 タクヤ「…ペインアブソーバーをレベル0に変更」

 

 これに伴い、この世界で受けた極度のダメージは現実世界の肉体にもフィードバックされる事になる。

 

 タクヤ「システムコマンド。管理者権限をID"キリト”に移行」

 

 キリト「!!こ、これは…!!」

 

 タクヤ「アスナを救うのはお前の役目だ…。

 オレは…目の前のゴミを掃除する…。後は頼んだ…」

 

 オベイロン「貴様らのような餓鬼に何が出来る!!

 僕はこの世界を創造した神だぞ!!

 お前達のように何の力も持っていないプレイヤーとは違うんだ!!」

 

 タクヤ「僕が創造した…ね。

 違うだろ?お前達は盗んだんだ!!この世界を…そこの住人を!!

 盗んだ玉座の上で踊っていた泥棒の王と側近だ!!」

 

 この世界はSAOサーバーを完全にコピーし、設定などの上辺だけを全く違うゲームに仕立てあげたものにすぎない。

 その証拠に、基幹プログラムは全く同様のものでストレアとユイがこの世界に顕現出来ている。

 

 タクヤ「オベイロン。お前はキリトが必ず罰を与える…。

 アルベリヒ…貴様はオレが与える」

 

 アルベリヒ「ふ、ふざけるな!!

 お前にやられる程私はヤワじゃない!!」

 

 タクヤ「だったら試してみろよ?

 その剣で…だが、覚悟しろよ?

 剣を振り下ろした瞬間に、お前に罰を与えてやるからな…!!」

 

 キリト「…システムコマンド!!

 オブジェクトID…"エクスキャリバー”をジェネレート!!」

 

 すると、天からキリトの元へもう1本の黄金の剣が現れた。

 キリトはそれを自分が使う事なくオベイロンに投げやった。

 

 キリト「さぁ、始めようか…。

 "泥棒の王”と"鍍金に勇者”の戦いを!!!!」

 

 瞬間、アルベリヒとオベイロンは気が動転していたのか、闇雲に突っ込んできては剣をただ振り回していた。

 それを避ける事など数多の闘いを退けて来たタクヤとキリトには造作もない。

 タクヤは自分の片手剣を拾い上げ、アルベリヒの左手を切断した。

 

 アルベリヒ「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!私の腕がぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ペインアブソーバ機能を完全に停止させている為、アルベリヒに激痛が走る。おそらく、現実世界に帰ってもその痛みは残り続けるだろう。

 

 オベイロン「古田!!」

 

 キリト「よそ見するなよ…」

 

 キリトもオベイロンの横腹を抉るようにして斬り刻んだ。

 

 オベイロン「がぁぁぁっ!!?」

 

 キリト「アスナが受けた苦しみはこんなもんじゃないぞ!!」

 

 オベイロン「あ…あが…!!」

 

 体に走る激痛のせいでオベイロンにはキリトの言葉は入ってこない。

 それはアルベリヒも一緒で地面に膝をつけながら痛みを堪えている。

 そこへタクヤは追い打ちをかけるかのように左足を切断した。

 

 アルベリヒ「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 タクヤ「これで逃げれないだろう?

 お前にはこれから…死ぬより辛い地獄を見せてやるよ…」

 

 アルベリヒ「ひぃっ!!」

 

 タクヤはアルベリヒの右足に剣を突き刺し、どこへも行けないようにその場に固定した。

 アルベリヒの悲鳴が響いているが誰もそれを気にしなかった。

 タクヤはユウキの元に行き、鎖を解き、ユウキを解放した。

 既に麻痺は消えている。

 

 ユウキ「…タクヤ」

 

 タクヤ「ごめんな…怖かったな。でも、もう大丈夫だ…。

 これが終わったら…今度こそ現実世界に帰るから…。

 もう少しだけ待っててくれ…」

 

 ユウキ「…よかった。…タクヤ。死ななくて…本当によかった…」

 

 最後にユウキに笑顔を見せて、再びアルベリヒの前まで赴いた。

 

 アルベリヒ「あ…た、助けて…!!」

 

 先程までの余裕の表情は見る影もなく消え去り、今は餓鬼と罵った子供に助けを仰ぐ哀れな姿となっていた。

 

 タクヤ「…お前らがしてきた事は許されるものじゃねぇ。

 だから、オレ達がお前らにみんなが受けた痛みを味わせてやる…!!」

 

 剣を抜き、右足も切断する。

 もうアルベリヒは感覚が麻痺して痛みすらろくに感じる事が出来なくなっていた。

 同様にオベイロンもキリトからの制裁を加えられ、まともに思考が機能していない。

 

 キリト「…哀れだな。妖精王が聞いて呆れる」

 

 痛みに支配された体はキリトの言葉を遮断してしまう。

 もう会話すら出来ない状況でキリトは胴体だけとなったオベイロンを空中に放り投げた。

 何も出来ず、ただ落ちてくるオベイロンをキリトの剣が脳天を貫いた。

 その瞬間に、オベイロンのHPは全損し、現実世界へとログアウトしていった。

 

 タクヤ「…そっちは終わったか」

 

 アルベリヒ「き、貴様…!!こんな事して…ただで済むと…!!」

 

 アルベリヒが喋っている途中でアルベリヒの口に剣を突き刺す。

 

 タクヤ「どうだ?味わった事のない痛みだろ?」

 

 口を塞がれたアルベリヒ嗚咽を漏らしながら涙を流していた。

 これ以上の会話を不可能にしてしまったが、タクヤはさらに残っていた右腕をも斬り飛ばした。

 

 タクヤ「お前らの罪は現実世界で警察やらが裁いてくれるが、この世界はそんな生易しいもんじゃない。

 ここも1つの現実なんだ。この世界ではお前はオレが裁く…!!」

 

 そう言って、タクヤは五体不満足になったアルベリヒを空中へ放り、居合の構えを取った。

 タクヤの目の前を通過する瞬間、アルベリヒの首が綺麗に真っ二つに別れ、HPが全損してアルベリヒもログアウトしていった。

 

 タクヤ「…」

 

 キリト「終わったな…」

 

 タクヤ「あぁ…終わったよ…」

 

 キリトが急いでアスナを助け出し、管理者権限を使ってアスナとユウキを先にログアウトした。

 次にタクヤをログアウトさせようとすると、ふとキリトとタクヤの耳にある声が聞こえてきた。

 

 タクヤ「…生きてたのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄貴…」

 

 キリト「こ、コイツが茅場晶彦…!!」

 

 茅場「相変わらずの言い草だな…。だが、茅場晶彦は既に死んだよ。

 私は茅場晶彦が残したエコー…残像さ」

 

 タクヤ「相変わらずなのはどっちだ…。

 でも…今回は助かった。…ありがとう」

 

 あの時、死の淵にいたタクヤに助言をしたのは茅場晶彦だった。

 前に1度アインクラッドが崩壊していた時の最後の邂逅でタクヤは茅場晶彦からあるデータを受け取っていたのだ。

 その中の1つがヒースクリフの管理者データだった。

 

 茅場「礼には及ばない。

 そもそもあのデータは保険として君に持たせただけだからな…。

 だが、感謝しているのならそれ相応の代価が必要だ」

 

 キリト「代価?」

 

 茅場「キリト君。君にもこれを預けよう…」

 

 すると、茅場晶彦は卵のような形をした金色に輝くデータをキリトに渡した。

 それはタクヤがSAOで渡された時と同様の物だ。

 

 キリト「これは…?」

 

 茅場「それは世界の種子(ザ・シード)

 芽吹けばどんな物かわかる。

 だが、君が…君達があの世界に憎しみ以外の感情を持ち合わせているのなら…」

 

 茅場晶彦は最後まで語る事なく、姿を消していった。

 

 キリト「…とりあえず、これで全部おしまいだな。

 このALOはどうなるんだろうな…」

 

 タクヤ「さぁな。

 そんな事より、現実に帰ってからの事考えると憂鬱になるぜ…」

 

 そう、タクヤが現実世界に帰ってこれたのならタクヤに待ち構えているのは長期のリハビリだ。

 ただでさえ、2年もの間体が衰弱している上、さらにALOに閉じ込められたせいもあってさらに衰弱しているに違いない。

 

 キリト「頑張れよ。オレも今度見舞いに行ってやるからさ」

 

 タクヤ「どーせ、オレのとこよりアスナのとこに行くんだろ?

 へいへい、お熱いこって…焼けるね〜」

 

 キリト「お前とユウキも似たようなもんだろっ!!?」

 

 何も無い空間で2人の笑い声が響き渡った。

 

 タクヤ「…じゃあ、オレは行くわ。またな、キリト」

 

 キリト「あぁ、またな。今度みんなでオフ会でもしよう」

 

 タクヤ「体が動くようになったらな…!」

 

 こうしてタクヤの2年と2ヶ月も続いた戦いの日々はようやく終わりを迎える事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年01月22日 18時45分 横浜市立大学附属病院

 

 木綿季「…」

 

 目を開けると外はすっかり暗くなっており、厚い雲からは雪が降っている。

 木綿季は途端に寒さを感じた。

 使わせてもらった病室のエアコンが消え、病室にもユウキ以外誰もいなかった。

 テーブルの上にあるコーヒーは多少湯気が昇っているので、トイレにでも行ったのだろうと木綿季は推測した。

 木綿季は病院に来てきた上着を羽織り、病室を出た。

 もちろん拓哉の病室に向かう為だ。

 やっと、帰ってこれたのだ。最初に会うのは自分がいいというちょっとした女心が木綿季の中で行動に移させた。

 だが、そんな楽しげな気分とは裏腹に病室を出て目の当たりにしたのは、拓哉の病室の前で警備員が2人、血を流しながら嗚咽を漏らしている光景だった。

 

 木綿季「大丈夫ですか!?一体何が…」

 

「突然、男にナイフで斬られたんだ…!!多分、君が言っていた…」

 

 警備員は痛みのあまり意識を失ってしまった。

 だが、木綿季の頭の中には拓哉の病室に意識を持って行かれていた。

 

 木綿季(「もしかして…アイツが…!!」)

 

 アイツが…古田がこの中にいて、拓哉を殺そうとしているのではないかとユウキの中で1つの考えが生まれる。

 今、拓哉の体は衰弱している。

 もし、木綿季の考えが正しいとしたら、本当に取り返しのつかない事になる。

 木綿季は考えるより先に病室へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は血にまみれたナイフを片手にベッドで寝ている少年を見下ろしている。

 

「タクヤ君…。酷い事しますね…。

 体中の痛覚が刺激されてここまで来るのに苦労しましたよ…」

 

 ナイフを持った男…古田はからALOで拓哉に斬られた箇所が麻痺して思うように体を動かせていないがこの距離なら幾ら何でもナイフを拓哉の心臓に刺す事など造作でもない。

 

 古田「君の脳は確かに宝の山だが、研究は君がいなくても時間はかかるが完成する。

 だから、君が私にしたように私も君を滅茶苦茶にしてあげるよ…」

 

 もう古田には拓哉を殺す事しか頭にない。

 それも拓哉とすら認識出来ない程滅茶苦茶にしてやりたいという捻じ曲がった怒りと憎しみしかないのだ。

 ナイフを振り翳し、心臓めがけて振り下ろした。

 

 木綿季「やめてぇぇぇぇっ!!!!」

 

 木綿季の声が背後から聞こえてきたが、古田は迷わず振り下ろす。

 この後、例え捕まっても拓哉を殺せればそれでいいという顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古田「は?」

 

 ナイフを心臓目掛けて振り下ろしたハズが、あと1歩な所でそれは静止した。

 古田も目の前で起きている状況を咄嗟に理解する事が出来なかった。

 落ち着いて今の状況を確認すると、ナイフを持った腕は何かで止められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「やらせる…訳…ねぇ…だろ…!!」

 

 古田の腕を掴んでいたのは、筋肉が削り落ちた拓哉の腕だった。

 ナイフが振り下ろされた瞬間に、拓哉は覚醒し、咄嗟に古田の腕を掴んだのだ。

 

 古田「この…死に損ないがぁぁっ!!!!」

 

 拓哉「テメェ…に…殺されて…やる程…オレも…甘く…ないん…だよ…」

 

 だが、拓哉の腕は衰弱している為、そう長くは古田を止めている事は出来ない。

 徐々にナイフは着実と心臓に近づいている。

 衰弱し切った拓哉の力ではこれが精一杯の抵抗だった。

 

 拓哉「死んで…たまるかぁぁっ!!!!」

 

 古田「死ねぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 瞬間、古田の顔は一気に歪み、機材へと吹き飛ばされた。

 

 拓哉「!!?」

 

 そこには汗を流し、息を切らした直人がいた。

 

 直人「なんとか…間に合った…!!」

 

 木綿季「拓哉!!大丈夫?どこも怪我してないっ!!?」

 

 拓哉「なんで…お前ら…ここに…」

 

 直人「こんな事あろうかと近くで兄さんを監視してたんだ…。

 まぁ、案の定コイツはやって来たけど…」

 

 古田は蹌踉めきながら立ち上がり、その場を逃げようとする。

 だが、直人を前に普通の大人がナイフを持とうが太刀打ち出来る訳もなく、空手の一本背負投を繰り出した。

 古田は床に打ち付けられ、泡を拭きながら気を失った。

 しばらくして、先生や警備員が駆けつけ、古田は警察のお縄についた。

 

 木綿季「よかった…拓哉が無事で…」

 

 拓哉「悪い…まだ…起きたばっかで…あんまし…耳が…聞こえないんだ…。

 でもよ…木綿季が…言ってる事…ぐらい…分かるぜ…」

 

 木綿季は涙を流しながら拓哉を抱き締めた。

 拓哉の体を気遣って優しく丁寧に抱き締めた。

 

 木綿季「おかえり…拓哉」

 

 拓哉「ただいま…木綿季…。こっちじゃ…初めまして…だな…」

 

 木綿季「そうだね…。初めまして…紺野木綿季です…!!」

 

 拓哉「…茅場…拓哉…。初めまして…木綿季…」

 

 病室の中は直人が気を遣って拓哉と木綿季だけとなっていた。

 外には直人と倉橋が待機していたが今の2人にはどうだっていい事だ。

 

 木綿季「ねぇ…拓哉。…キス…しよ?」

 

 拓哉「え?でも…オレ…2年以上…も風呂…入って…ないから…汚…」

 

 拓哉が言い終わる前に木綿季は拓哉の唇を奪っていた。

 木綿季の暖かい唇の感触を感じながら、拓哉は木綿季の後ろの窓に目をやった。

 すると、幻影なのかどうかは分からないが、タクヤとユウキが手を繋いでいる姿があった。

 2人は拓哉と木綿季を見て、微笑みながらどこかへと歩き始めた。

 

 拓哉(「…あの世界のタクヤとユウキはもう…役目を終えたんだな」)

 

 タクヤとユウキを見送りながら拓哉は木綿季の唇をずっと離さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
須卿と古田はミンチ状態でしちゃいました。
書いててなんだかスカっとしました。


では、また次回!


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【30】帰ってきた世界

という事で30話目に突入です。
活動報告にも書いたのですが、時間が空いたら1話ごとに挿絵を1枚か2枚入れようかなと考えています。
もしよかったらラフ絵を公開しているのでお返事頂けると嬉しいです。


では、どうぞ!


 2025年01月29日 12時30分 横浜市立大学附属病院

 

 拓哉達が現実に帰還して早くも1週間が過ぎた。

 拓哉とアスナが現実世界に帰ってきてから、遅れて300人以上の未帰還者が一斉に各地の病院で目覚め、政府は帰還者達の対応に追われる事となった。

 そして、拓哉の元にも総務省の仮想課と呼ばれる部署の菊岡誠二郎と言う男性が現れた。

 

 菊岡「初めまして。僕は仮想課の菊岡誠二郎という者だ。

 今日は拓哉君が面談が可能な程に回復したと聞いて訪ねた次第だ」

 

 拓哉「はぁ…。そうっすか」

 

 木綿季「ほら!拓哉も挨拶しなきゃ!」

 

 拓哉「…茅場拓哉です」

 

 拓哉の目にはどうも菊岡は怪しい雰囲気を醸し出している。

 木綿季は裏表がない性格な為、そんな事は微塵も思っていないだろう。

 

 菊岡「君が茅場晶彦を倒し、SAOを終結に導いた事は木綿季君やキリト君からも概ね聞いている。

 よくやってくれた。ありがとう…!」

 

 拓哉「たまたまっすよ。あの場で奴がオレを選んだってだけ」

 

 菊岡「…なるほど。

 茅場晶彦も最後の対決に弟である君を選んだという事か…」

 

 拓哉「で?何の用すか?

 それだけを聞きにわざわざここまで来たんじゃないんでしょ?」

 

 菊岡「…そう邪険にしないでくれ。一応仕事だからさ!」

 

 菊岡は笑いながら備え付けのソファーに腰をかける。

 そして、鞄からボイスレコーダーとPC、さらに大量のスナック菓子をテーブル一杯に広げながら口を開いた。

 

 菊岡「さぁ、好きなだけ食べてくれ。木綿季君もどうぞ?

 これなんか僕のお気に入りなんだ」

 

 木綿季「わぁ!ありがとうございます!

 …これすごく美味しいです!!」

 

 拓哉「あの…一応まだ食事制限解除されてないんすけど…」

 

 菊岡「それは残念だなぁ…まぁ、仕方ないね。

 じゃあ、いろいろ質問に答えてくれないか?」

 

 それから約2時間、拓哉は菊岡にSAO、ALOの事件の事を話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく、菊岡の質問が終わると拓哉はベッドの上でため息をつく。

 いい加減早く体を回復させて外を走り回りたいものだ。

 その事を木綿季に話すと…

 

 木綿季『それボクも同じ事考えたよー!!』

 

 それを実現させる為にも、リハビリを頑張って最低でも高校の入学式にまでは歩けるようにならなくてはいけない。

 

 菊岡「質問は終わるんだけど、拓哉君はSAOの小中高生を対象とした学校を新設するのは知っているかい?」

 

 拓哉「まぁ、ある程度は木綿季に聞いてるけど…それがどうかしたんすか?」

 

 菊岡「一応僕の方からも言っておく事なんだが、君の殺人歴についてだ」

 

 木綿季「も、もしかして拓哉入学出来ないの!?

 でも、あれはボク達を救う為に…!!」

 

 木綿季が最後まで言い切る前に拓哉がそれを止める。

 確かに、殺人を犯している人間と一緒にいたくないと思うのは普通だ。

 

 菊岡「いや、木綿季君の話も聞いているよ。

 キリト君やアスナ君に聞かされている…。

 大丈夫だよ。

 適正検査で取り上げられると思うけど僕が何とかしてみせるよ」

 

 拓哉「…ありがとうございます」

 

 菊岡「じゃあ僕は行くよ。…あっと、最後にもう1つだけ…!

 君の報奨金なんだけど、弟の直人君に渡してあるから確認しておいてくれ。では、また会おう…拓哉君!」

 

 菊岡は終始笑顔のまま拓哉と木綿季の前から消えた。

 拓哉もリハビリの時間が迫っている為、担当医の倉橋にナースコールで呼び出し、リハビリステーションに向かう。

 まだ上半身もろくに力が入りづらいが全く動けない下半身よりはマシな方だ。

 車椅子に乗るにも今は誰かの手を借りなければ乗れず、毎日木綿季と倉橋の世話になっていた。

 

 拓哉「いつも悪いな…2人とも」

 

 倉橋「気にしなくていいんですよ。

 私は拓哉君の担当医なんですから」

 

 木綿季「そうそう!

 ボクも拓哉のお嫁さんなんだから気にしなくていいの!」

 

 拓哉「()()お嫁さんじゃないけどな!

 てか、先生の前で恥ずかしいだろーがっ!!」

 

 木綿季「いいじゃん別に!!

 …それとも、拓哉はボクがお嫁さんじゃ嫌なの?」

 

 拓哉「いや、そういう事じゃなくて!!わ、悪かったよ…ごめんな…」

 

 拓哉は将来木綿季の尻に敷かれているなと少しだけ不安になった。

 

 倉橋「ほらほら…。リハビリステーションに着きましたよ?」

 

 木綿季「はーい!!」

 

 拓哉「なっ!?嘘泣きかよ!!?…心配して損した…」

 

 倉橋は見えない所で笑っていたが、こんな些細な事でも拓哉達にとっては幸せを感じる瞬間なのだろう。

 倉橋は拓哉を台に乗せるため、体を担ぎ台の上にゆっくり降ろした。

 5分程してリハビリ担当の女性看護師がやって来た。

 

「じゃあ茅場君…早速始めようか!」

 

 拓哉「うす!」

 

 木綿季は拓哉がリハビリをしている間は特にする事はない。

 倉橋も拓哉の面倒だけが仕事ではない為、自分の仕事を片付けに行ってしまった。

 

「はーい、もうちょっと伸ばそうか?」

 

 拓哉「ぐ…きっつ…!!」

 

 木綿季(「あれ、ボクも苦手だったなー…」)

 

 木綿季は拓哉の姿とかつてリハビリに勤しんでいた自分の影を重ねて見ていた。

 拓哉は汗を滲み出しながらリハビリを続ける。

 2年半も使われることがなかった筋肉を徐々に、少しずつ取り戻している。

 

 木綿季「…がんばれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年01月30日 13時00分 横浜市立大学附属病院

 

 直人「兄さん、見舞いに来たよ」

 

 拓哉「おう!」

 

 直人「あれ?まだ、木綿季さん来てないんだね…」

 

 直人が来る時、いつもと言っていい程木綿季は病室に来ている。

 今日はその木綿季の姿がどこにもない為、直人は不思議に思った。

 

 拓哉「木綿季ならさっき、逢わせたい人がいるって言って出ていったぞ?」

 

 直人「逢わせたい人…誰かな?」

 

 まぁ、とりあえずは特に危惧するようなことも無いので、直人は着替えを取り替え、拓哉と談笑していた。

 しばらくして扉がノックされ、応対すると木綿季が立っていた。

 

 直人「あ、木綿季さん。いらっしゃい」

 

 木綿季「直人!来てたんだね!ちょうど良かったよ!」

 

 直人「?」

 

 直人は木綿季の言っている意味が分からず、木綿季に問い直そうとしたが、木綿季の後ろで誰かが隠れている。

 

 直人「もしかして…藍子さん?」

 

 藍子「!!」

 

 木綿季「ほら姉ちゃん!いつまで隠れてる気だよー!」

 

 藍子「だ、だって…心の準備が…!!

 そ、それにナオさんもいるなんて聞いてないわよ…!!」

 

 直人には聞き取れないが頬を赤くして隠れている所を見ると、どうやら気恥しいようだ。

 14歳の少女のごく一般的な反応だ。

 

 直人「お久しぶりです。藍子さん」

 

 藍子「は、はいっ!お久しぶり…でしゅ…」

 

 木綿季(「噛んだ…」)

 

 直人「緊張しなくてもいいんですよ?

 顔は怖いですが根は優しいんで…。

 大丈夫ですよ。僕もついてますから」

 

 直人は木綿季の後ろに隠れていた藍子にそっと手を伸ばした。

 藍子も意を決して直人の手を取る。

 そして、3人で拓哉の前にやって来た。

 

 拓哉「遅かったな。…で、その子が木綿季がオレに逢わせたい人?」

 

 木綿季「うん!紹介するね。ボクの姉ちゃんの紺野藍子!!」

 

 藍子「こ、紺野藍子です!!初めまして拓哉しゃん!!」

 

 拓哉(「噛んだ…」)

 

 木綿季「見ての通り、姉ちゃんって人見知りが激しくてさ。

 でも、拓哉に姉ちゃんを会わせたかったから無理矢理引っ張ってきちゃった!」

 

 木綿季の原動力は実の姉さえも標的にするのかと拓哉の背筋が急にゾッとした。

 見た目は木綿季に似ているが性格は真逆のようで落ち着きがあって、大人しめの女の子だ。図書館などが似合う。

 

 拓哉「オレは茅場拓哉。直人の兄貴だ!よろしくな!」

 

 藍子「こ、こちらこそよろしゅく…!!」

 

 直人「だ、大丈夫ですか?藍子さん!」

 

 拓哉&木綿季(「何回噛むんだろう…」)

 

 こうして拓哉と藍子の初めての出会いは藍子曰く散々な結果に終わってしまったようだ。

 

 拓哉「あ、そういえば…ナオー、オレの報奨金ってどれだけ入ってたんだ?」

 

 直人「ん?報奨金?

 …あぁ、確かその書類が入った封筒を持ってきてるハズ…あったよ」

 

 直人はショルダーバッグから1通の封筒を拓哉の前に置いた。

 

 拓哉「ちなみに、木綿季は貰ったのか?」

 

 木綿季「うん!えーとたしか…300万円貰ったよ」

 

 拓哉「さ、300万っ!!?」

 

 直人「やっぱり驚くよね…」

 

 危うくベッドから転がり落ちそうになったが、なんとか堪えて息を整える。

 

 拓哉「じゃあ、オレもそれぐらいあるって事か…」

 

 拓哉は恐る恐る封筒を開け、中の書類に目を通した。

 すると、拓哉は書類を一旦、裏向きにしてテーブルに置いた。

 

 木綿季「どうしたの?」

 

 拓哉「…いや、オレ…こんなに貰っていいのかなって思ってな…」

 

 直人「…いくらだったんだよ?」

 

 拓哉「…見てみろよ」

 

 拓哉から書類を渡された直人は木綿季と藍子の3人で目を通した。

 

 直人&木綿季&藍子「「「…」」」

 

 拓哉「どうだ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直人&木綿季&藍子「「「3000万んんんんんっ!!!?」」」

 

 そこには拓哉の報奨金として3000万円を進呈するという1文が記載されていた。

 

 木綿季「え?え?え?ボクやキリトの10倍!!?」

 

 藍子「こ、こんな大金見た事ないですっ!!!!」

 

 直人「…マジか。一軒家建てられるレベルじゃないか…!!!!」

 

 拓哉「いや、ナオ!お前の発想サラリーマンすぎるだろっ!!?」

 

 そんなこんなで拓哉は17歳にして一気にお金持ちとなった。

 

 

 毎日毎日来る日も来る日もリハビリに明け暮れた。

 1ヶ月で上半身はある程度回復し、4月に入る頃には下半身も回復して、もう日常生活には支障が出ない程になった。

 そして、退院の日がやってきた。

 

 倉橋「拓哉君、よく頑張りましたね!」

 

 拓哉「皆さんのお陰っすよ!今までありがとうございました!」

 

 拓哉は倉橋らと別れの挨拶を済ませ、病院の外に出ると、直人がバイクで迎えに来てくれていた。

 

 直人「やっと退院だね」

 

 拓哉「入学式にはギリギリ間に合ったわ!

 一時はどうなるかと思ったけど…」

 

 明日はSAO帰還者の入学式となっている。

 SAOで出会った仲間達にまた会えるのは拓哉にとっても嬉しいの一言に尽きる。

 

 直人「じゃあ、帰ろうか?しっかり掴まってないと落ちるからね」

 

 拓哉「大丈夫だって!ちゃんと鍛えてあるからな!」

 

 拓哉は直人に力こぶを見せるが、平均的に言ったら拓哉の筋肉はまだまだ足りない。

 日常生活を送れるというだけでこれからもジムに行ったり、体を鍛え続けなければならないのだ。

 

 直人「…まぁ、ゆっくり帰ろう。ここら辺も2年半前とは変わってるから」

 

 拓哉は直人からヘルメットを受け取り、バイクに跨る。

 直人の後ろに跨りながら、帰り道の風景を楽しんでいた。

 

 拓哉(「やっぱり…いろいろ変わってるなぁ…」)

 

 拓哉は2年半振りに外の景色を見た。

 よく通っていたパン屋は閉まっていたり、空き地になっていた所にはビルが建っていたりと自分が生まれ育った街ではないように錯覚してしまう。

 でも、街がいくら変わろうとそこに住む人達の心は変わらない。

 冷たい風を受け、今まさに生きていると実感している。

 拓哉の体はデータの集合体ではない。

 血と肉と骨で構成された人間なのだ。

 SAOやALOの世界では感じる事の出来なかった喜びが拓哉に降り注ぐ。

 

 

 拓哉(「…ただいま!!」)

 

 

 今日の空は春らしく太陽がサンサンと照った素晴らしい程に快晴だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年04月09日 13時30分 茅場邸

 

 拓哉達は2時間程バイクで走り、ようやく我が家へと帰ってきた。

 我が家はSAOに囚われる前と変わらなかった。

 

 直人「何ボケーとしてんの?早く中に入りなよ」

 

 拓哉「分かってるよ!」

 

 玄関をくぐり、懐かしい光景を眺め、リビングへと足を運んだ。

 

 拓哉「…やっぱり2人じゃ広いな」

 

 直人「兄さんが帰ってくる前はここに僕1人で住んでたんだけど…やっぱり広いかな」

 

 元々は、両親と茅場晶彦と拓哉、直人の5人でこの家で生活していた。

 だが、両親は通り魔事件に巻き込まれ他界。

 茅場晶彦は自身の脳をスキャニングして死んでしまった。

 今、この家には拓哉と直人以外誰もいないのだ。

 

 拓哉「そう言えばオレの部屋って使える?」

 

 直人「いつ帰ってきてもいいようにちゃんと掃除してあるから使えるよ」

 

 拓哉「さっすがー!気が利くねー!」

 

 拓哉は階段を上り、自室へと向かった。

 ドアを開けると最後に見た時とさほど変わっていない部屋があった。

 

 拓哉「…やっと、帰ってきた」

 

 拓哉はベッドにダイブして顔を埋める。

 しばらくそうしていると1階から直人の声が聞こえてきた。

 

 直人「兄さん!電話だよー!」

 

 拓哉「すぐ行くー」

 

 拓哉は自分の荷物を自室に置き、直人から受話器を受け取る。

 

 拓哉「はいもしもし…」

 

 木綿季『あっ!拓哉?』

 

 拓哉「なんだ、木綿季か…。で、どうしたんだ?」

 

 木綿季『えっと…まずは退院おめでとう!

 で、そのお祝いに森先生が夕飯に招待しなさいって!!

 直人と一緒に来てよ!!』

 

 拓哉「場所はナオが知ってんだよな?…うん、18時な。

 分かった。じゃあ、また後で…」

 

 受話器を置き、直人がいるリビングに行った。

 

 拓哉「ナオー、木綿季が夕飯招待してくれたぞー」

 

 直人「木綿季さんが?それはよかったね…。

 じゃあ、そこまで送るよ」

 

 拓哉「いや、ナオも招待されてんだけど…」

 

 直人「え?僕も?」

 

 直人は呆気に取られながらも快く承諾し、軽めに昼食を済ませ、各自自室へと戻っていった。

 

 拓哉「えーと…おめぇな、コレ」

 

 拓哉はバックから黒いヘルメットを取り出し、棚の上に置いた。

 それは数多の戦いを壊れる事なく、共に生きていきた戦友とも言える拓哉のナーヴギアだった。

 

 拓哉「回収されちまうのはなんか勿体なかったしな。

 記念として飾っておこう!」

 

 まだ、家を出るには多少時間があるのでベッドで仮眠を取る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年04月09日 17時05分 茅場邸

 

 直人「兄さん!そろそろ出ないと遅れちゃうよ!」

 

 拓哉「んあ?…もうそんな時間か」

 

 窓の外を見れば、太陽は半分程沈んでおり、空には星がちらほら輝いている。

 

 拓哉「よしっ…じゃあ、行くか!」

 

 直人「寝てた兄さんがそれを言う?」

 

 直人のバイクで2人は陽だまり園へと向かった。

 1時間程走っただろうか拓哉と直人は無事、陽だまり園へと到着した。

 

 拓哉「ここって…孤児院か?」

 

 直人「木綿季さんから聞かされてないの?」

 

 拓哉「…あんまり暗い話は苦手だからな」

 

 木綿季「あ!2人ともー!こっちこっちー!」

 

 木綿季が玄関から2人を呼び、園の中を案内した。

 

 木綿季「ここが食堂だよ!」

 

 食堂に案内された2人を待っていたのはクラッカーでのお出迎えだ。

 

「「たくや兄ちゃん退院おめでとー!!!!」」

 

 食堂にいたのはまだ小学生の子供達だ。

 

 拓哉「え?ちょ、待て…!いてっ!」

 

 10人くらいの子供に囲まれ、拓哉もどうしたらいいか分からなくなっていた。

 

 智美「はいはい!拓哉君が困ってるから離れようねー」

 

「兄ちゃん!後でゲームしよ?」

 

「あたし、お人形さんごっこがいいー!」

 

「先にトランプしよーよ!」

 

 拓哉「ちょ、ちょっと待った!!分かったから!!全部やってやるよ!!」

 

 拓哉の一言で納得した子供達は各々自分の席へと移動していった。

 拓哉と直人も案内された席に腰をかける。

 

 森「子供達がすまないね。

 私はここでこの子達の先生をしている森だ。

 よろしく頼むよ拓哉君」

 

 拓哉「こ、こちらこそ!茅場拓哉です!よろしくっす!」

 

 智美「私は妻の智美です。会いたかったわ拓哉君!

 じゃんじゃん食べていってね!」

 

 拓哉「あざっす!」

 

 森「じゃあ、みんな!手を合わせて…頂きます」

 

「「いただきます!!」」

 

 食卓には豪勢な品が所狭しと並べられていた。

 拓哉と直人の席を中心に両サイドに木綿季と藍子、向かいの席に森と智美が座っている。

 後は周りに子供達が料理を好きなだけ取り皿によそっている。

 

 拓哉「こんなにぎやかな飯は久しぶりだな…!」

 

 直人「そうだね…!」

 

 森「君達ならいつでも歓迎するよ?

 木綿季と藍子を助けてくれたお礼だ」

 

 拓哉「あぁ、そういやナオがチンピラに絡まれてた藍子を助けたんだったな」

 

 直人「まぁ、偶然だったんだけどね…」

 

 あれは拓哉がまだ目覚めていない時の事だった。

 病院への行き方が分からなくなった所に藍子は運悪くチンピラに絡まれた。

 そこに偶然居合わせた直人が藍子を助けたのだ。

 今にして思えば、偶然が偶然を呼んでこれ程親密な関係になるとは直人も藍子も夢にも思わなかったハズだ。

 

 藍子「あの時、ナオさんに出会えてよかったです。

 ありがとうございました!」

 

 直人「そんな大袈裟ですよ!でも…仲良くなれて嬉しいです」

 

 藍子は顔を赤くしながらも直人の顔を見つめていた。

 それを拓哉の横で見ていた木綿季が冷やかしを入れる。

 

 木綿季「あれれ〜…やっぱり、姉ちゃん…直人の事…」

 

 藍子「こ、こら!木綿季!!」

 

 拓哉「ん?顔がリンゴみたいになってるけどどうした?風邪か?」

 

 藍子「な、何でもないです!!」

 

 直人「ははは…」

 

 藍子は顔を真っ赤にして料理を食べるどころの騒ぎじゃなかった。

 木綿季も森に叱られながらも笑顔を絶やす事なかった。

 

 智美「拓哉君、これ全部木綿季が作ったのよ?」

 

 拓哉「あぁ!やっぱり!通りで食い慣れた味だと思ったぜ!」

 

 木綿季「えへへ…SAOの料理を再現してみたんだけど…美味しい?」

 

 拓哉「当たり前だろ!!やっぱり木綿季の飯は1番美味いな!!」

 

 木綿季「えへへへっ…そうかな?」

 

 木綿季も頬を緩ませながら照れている。

 それを見た子供達がとんでもない事を口にした。

 

「お兄ちゃんと木綿季姉ちゃんはいつ結婚するの?」

 

 拓哉&木綿季「「ぶふっ!!?」」

 

 拓哉と木綿季は思わず口の中の物が出そうになるが、なんとか最悪の事態を避ける事が出来た。

 

 智美「そうねー…早くても木綿季が16になったらじゃないかしら?」

 

 森「おぉ!それはいい!拓哉君、木綿季の事は任せたよ!!」

 

 木綿季「ちょ、ちょっと先生!!

 まだ先の話なんだから言わなくていいよー!!」

 

 拓哉「…もちろんすよ。

 木綿季はどんな事があってもオレが幸せにして見せます!!

 SAOでの約束ですから!!」

 

 木綿季「た、拓哉…あうぅぅぅぅ///」

 

 木綿季は許容量をオーバーしてテーブルに顔を突っ伏した。

 

 智美「これで木綿季は安泰ね!…所で直人君?」

 

 直人「は、はい!」

 

 智美「直人君には藍子を貰ってほしいんだけど…どうかな?」

 

 すると、藍子の顔はまたしても赤くなり智美に言った。

 

 藍子「と、智美さん!!?私とナオさんはそんな関係じゃ…!!!」

 

 智美「もちろんすぐに答えが聞きたいんじゃないのよ?

 でも、もしお目当ての娘がいないんなら考えてくれててもいいでしょ?」

 

 直人「あ…えっと、はい…」

 

 半ば強引に押し切られた直人は智美に返す言葉など持ち合わせていない為、その場ははいと言ってしまった。

 

 藍子「な、ナオさん…!!あぅぅぅぅ///」

 

 これで紺野姉妹は揃ってテーブルに顔を突っ伏す事になった。

 

 森「智美…いい加減にしなさい…」

 

 智美「だってぇ楽しいじゃないの!」

 

 拓哉&直人(「「この人には逆らえない気がする…」」)

 

 こうして、茅場兄弟を含めた陽だまり園の食事会は幕を閉じた。

 その後、子供達の希望通り、ゲームをしたりお人形さんごっこをしたりトランプなどをしてその日は終わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年04月09日 22時20分 陽だまり園玄関前

 

 直人「じゃあ、僕達はここで失礼します。

 夕飯美味しかったです。ありがとうございました」

 

 拓哉「また呼んでください!

 お前らもゲームなりトランプなり強くなってろよ?」

 

「今度は負けないもん!」

 

 拓哉は子供相手に少々大人気ないと言われんばかりに手を抜かなかった。

 だがそれは、子供達が真剣になっている事を拓哉が気づいた為だ。

 拓哉の中ではどんな事でも真剣にやっている人の気持ちを無視する事なんて出来ない。

 例え、それが子供であってもだ。

 

 木綿季「じゃあ、また明日ね!遅刻しちゃダメだよ!!」

 

 拓哉「分かってるよ!お前こそ遅刻してもしらないからな!」

 

 藍子「ナオさんも今日はありがとうございました。

 …ちゃんと約束も守ってくださって」

 

 直人「…約束はちゃんと守らないと男が廃るというものですよ」

 

 直人と藍子が交わした約束とはALOの世界で木綿季の事を守って欲しいというものだった。

 当然、木綿季本人には伝えられていない事だった為、木綿季には何の事だかさっぱり分からなかった。

 

 森「またいつでもおいで。待ってるよ」

 

 智美「今度来た時は私の料理も食べていってね!」

 

 拓哉「はい!じゃあ、おやすみなさい」

 

 そう言い残して拓哉と直人はバイクで自宅へと帰っていった。

 

 森「不思議な兄弟だ…。子供達が初対面であんなに懐くなんて…」

 

 智美「そうね。木綿季と藍子はいい男を捕まえたわね!」

 

 藍子「だ、だからそんなんじゃないってさっきから…!!!!」

 

 木綿季「…拓哉はどんなに塞ぎ込んでても諦めたりなんかしない。

 どんな事にも立ち向かって…ボク達を救い出してくれたんだ…。

 ボクはそんな拓哉だから好きになれたし、好きになって貰えるように頑張った…」

 

 木綿季は明るく天真爛漫な性格の裏に、学校などでは友達と呼べる人はいなかった。

 それは、周りの人達が悪いのではない。

 木綿季は心の中で線を引いて、周りとの距離を取っていたのだ。

 それは姉の藍子も同じだった。

 親しくなればなるほど、別れが辛くなってしまう。

 それならいっその事親しくならなければいいだけの話だ。

 両親を病気で亡くし、孤児院で生きてきた姉妹は互いに方を寄り添って生きていく事に決めていた。

 だが、それをあの兄弟が容易く叩き壊してくれたのだ。

 どんなに厚く、硬い壁でもあの2人はそんなもの関係ないと言わんばかりにずっと走り続けている。

 

 森「…本当に不思議な子達だ。

 将来、彼らが何を為すのか…楽しみだよ」

 

 木綿季「ボクはどんな所にだって拓哉と一緒に生きていくもんね!」

 

 春風に吹かれながら互いの気持ちが交差する。

 帰ってきた世界はこんな美しく、儚くて、生きていると実感出来る素晴らしい世界なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
ほのぼのした回になりましたが、次の話から学校編になります。
初回は入学式から!
まだいろいろ書きたいネタがありますのでよろしくお願いします。


ではまた次回!


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【31】新たな門出

という事で31話です。
しばらくはこんな感じで日常編を数話書いて、物語を進めようと考えています。


では、どうぞ!


 2025年04月10日 07時30分 茅場邸

 

 2年半振りの自分のベッドで寝息を立てながら寝ている男がいた。

 窓の外では小鳥達が囀り、家の中では目覚まし時計のアラームが鳴り響いている。

 近所迷惑になりがちの騒音を寝ぼけながらも止める事に成功し、またもや布団の中に潜り込む。

 すると、自室に誰かが入ってきたのが分かった。

 とは言っても入ってくる人物など1人しかいない。

 

 直人「兄さん!起きないと入学式早々遅刻するぞ!!」

 

 直人は既に自身が通っている学校の制服に身を包み、既に学校へ行く準備が出来ていた。

 かたや、兄の拓哉はまだ制服にすら着替えておらず、布団に包まりながらもぞもぞと動いている。

 

 拓哉「あと5分…」

 

 直人「そんな時間は…ないって!!!」

 

 拓哉「うわっ!!?」

 

 拓哉は無理矢理直人に布団を引き剥がされ、その勢いでベッドから転がり落ちた。

 

 拓哉「いてて…もうちょっと優しく起こせや…」

 

 直人「起きない兄さんが悪いんだろ?

 早くご飯食べて準備しないと本当に遅刻するよ!」

 

 拓哉「へいへい…」

 

 直人がリビングに戻り、拓哉は着ていたスウェットをベッドに放り投げ、昨日の内に届いた制服に身を包む。

 拓哉は洗面所で顔と歯を洗い、リビングに向かった。

 既に直人は朝食を済ませており、テーブルの上には拓哉の朝食が用意されていた。

 

 拓哉「いただきます」

 

 既に時刻は8時に差し掛かろうとしている。

 だが、拓哉は焦っているようには見えなかった。

 自分のペースを保っている。

 

 直人「今日って午前中まで?」

 

 拓哉「あぁ。入学式終わってクラスで諸連絡済ませたら終わりなハズ…」

 

 直人「じゃあ、今日の夜は勝手に食べてていいからね。

 僕は学校終わってからそのままバイトだから…」

 

 拓哉「ナオのバイト先って…ガソリンスタンドだっけ?」

 

 直人「うん。今乗ってるバイクもそこの社長から譲ってもらったんだ」

 

 直人のバイクは所々傷がついていたりしているが、乗る分には何も問題は無い。

 寧ろ、社長が乗っていた頃にいろいろ弄っている為、市販のバイクよりスピードも馬力も桁が違うのだ。

 

 直人「じゃあ、僕は先に行くけど…戸締りはちゃんとしててよね。

 行ってきます」

 

 拓哉「いってらっしゃい…」

 

 拓哉もそろそろ本気で焦る時間になった。

 食器を素早く洗い、戸締りを確認して家を出た。

 

 拓哉「さて…行くか!」

 

 拓哉は地図を頼りに学校へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年04月10日 08時55分 SAO帰還者学校

 

 この学校は元々廃校になる予定の所を国がSAO帰還者の小中高生を対象にした臨時学校として使われる事になった。

 敷地は私立の高校より少し広く設計されており、カフェテリアやラウンジといった中々どうして学校には勿体ないと言われかねない程に設備が充実していた。

 今日はそのお洒落な帰還者学校の入学式である。

 桜の並木道を続々と新入生が新たな門出を祈って歩いていた。

 そして、ここにも1人の少女が笑顔を周囲に撒き散らしながら元気よく歩いている。

 

 木綿季「ふっふんふーん」

 

 制服に身を包んだ紺野木綿季は鼻歌交じりに校門をくぐった。

 木綿季は今年で15歳だが、SAOに囚われた時はまだ12歳だった為、本来は義務教育から受けなければならないが、この学校は単位制の為、単位さえ取れれば卒業の時期も自分で調整できるのだ。

 もっとも、木綿季は最低でも3年は通わなくては卒業見込み単位が取れないのだが、そんな事は関係なかった。

 

 木綿季「あー!今からすっごく楽しみだよー!!

 拓哉と一緒に放課後デートしたり!

 アスナ達とショッピングしたり!」

 

「おはよう!木綿季!」

 

 木綿季「あ!明日奈!おはよー!」

 

 木綿季に声を掛けたのはキリトこと桐ヶ谷和人の恋人の結城明日奈だった。

 明日奈も拓哉達同様今年の1月に目覚めたSAO帰還者だ。

 まだ、激しい運動は制限されているが、こうして入学式に出られるぐらいに体を回復させていた。

 

 明日奈「久しぶりだね!元気にしてた?」

 

 木綿季「うん!ボクはすっごく元気だよっ!」

 

 和人「おはよう!2人とも…」

 

 そこに和人も加わり、3人は昇降口へと向かった。

 昇降口の隣にある掲示板には各学年事にクラスが掲示されており、3人共学年が違う為、別々になってしまった。

 

 和人「こればっかりは流石に難しいよな…」

 

 木綿季「いいじゃん!2人は高等部だから同じ館だよ!

 ボクは中等部だから別館だし…これじゃあ気楽に遊びに行けないよ!」

 

 明日奈「まぁまぁ…落ち着いて木綿季。昼休みとかに来れるでしょ?」

 

 高等部と中等部の館は中庭を挟んで少し離れている。

 その為、気楽には互いの館を行き来するのは難しい。

 

 和人「それも来年までの辛抱だろ?

 木綿季も来年には高校生なんだから…」

 

 木綿季「ぶーぶー!」

 

「なーに朝から騒いでんのよ?」

 

「おはようございます!みなさん!」

 

 木綿季が文句を垂れていると、そばかすの少女とツインテールの少女が話しかけてきた。

 

 明日奈「もしかして…リズ!!?」

 

 木綿季「そっちは…シリカ?」

 

 里香「何よ?ちょっと会わない内に私の事忘れちゃってた訳?

 それと、こっちじゃ私は篠崎里香だよ!」

 

 珪子「私は綾野珪子と言います!こっちでもよろしくお願いします!」

 

 里香と珪子も加わり、入学式の時間まで少し時間がある為、近くのテーブルに集まっていた。

 

 里香「えーと…木綿季と珪子が中等部の同じクラスで、私と明日奈が高等部の2年クラス、和人が高校1年のクラスね…」

 

 和人「なんか、オレだけはぶられてないか?」

 

 明日奈「き、気のせいだよ…!」

 

 木綿季「ちょっと待って!…拓哉は?」

 

 珪子「そう言えば…見ませんでしたね」

 

 木綿季は先程の掲示板の前まで戻り、改めてクラス表を眺めた。

 拓哉の年齢は明日奈や里香と同じ17歳…つまり、高校2年のクラスにいるハズだ。

 だが、どこを探しても拓哉の名前はない。

 念の為、高等部と中等部のクラス表も見てみたが拓哉の名前はどこにもなかった…。

 

 明日奈「木綿季!拓哉君の名前はあった?」

 

 木綿季「…どこにも…なかった」

 

 和人「な、なんで!?」

 

 木綿季「そんなのボクに言われても分からないよ!!」

 

 周りにいた新入生が木綿季の一言に驚いている。

 だが、木綿季は今はそれどころではなかった。

 菊岡の計らいにより殺人歴のある拓哉も学校に通えるように話をつけると言っていたが、それが受理されなかったんじゃないだろうか。

 木綿季は途端に不安になり膝から落ちた。

 

 明日奈「木綿季!!」

 

 木綿季「なんで…なんで…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「そんな所で何してんだよ?」

 

「「「!!」」」

 

 木綿季達の前には同じ制服に身を包んだ拓哉の姿があった。

 

 木綿季「拓哉…拓哉ぁぁっ!!!!」

 

 拓哉「おわっ!!?え?なに?オレ何かした!!?」

 

 拓哉もいきなりのこの状況で話が全く理解出来ていなかった。

 木綿季を慰め、和人に事情を聞くと拓哉の名前がない事を知った。

 

 木綿季「あの事もあるから…もしかしたら拓哉は入学出来ないんじゃないかって…」

 

 拓哉「なんだ?そんな事かよ…。

 木綿季が泣いてるもんだからもっと危ない事だと思ったよ…」

 

 和人「だが、拓哉の名前はどこにも…!!」

 

 拓哉「それならさっき菊岡から連絡が来たよ。

 オレの名前が手違いで消えてしまってるってな」

 

 里香「て、手違い?」

 

 菊岡が言うには拓哉の入学に少なからず反対の者がいたらしく、それを説得するのに時間がかかったそうだ。

 そのせいで、クラス表に拓哉の名前がなかったのだ。

 

 珪子「そうだったんですか…!よかったです!」

 

 木綿季「ふぁぁ…心配して損したぁぁ…」

 

 拓哉「ちなみにオレは明日奈と里香と同じクラスだな!よろしく!」

 

 明日奈&里香「「よろしく!」」

 

 そんな話をしているとチャイムが校内に鳴り響き、拓哉達は入学式が行われる体育館に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年04月10日 10時10分 高等部2年クラス

 

 入学式も終わり、拓哉と明日奈、里香は自分達の教室へと向かった。

 黒板は最新の電子モニターになっており、机の上にはタブレットが1台ずつ配られていた。

 偶然にも3人の席は窓際の1番後ろの集まっていた。

 

 里香「どう拓哉?美女2人と近い席で良かったわねぇ」

 

 拓哉「へいへい…ホントーにようござんした…」

 

 明日奈「あははは…」

 

 そんな実のない話をしていると教室に1人の女性が現れた。

 このクラスの担任らしき女性は教団の前に立ち、第一声を発した。

 

「みなさん!こんにちひゃ…!!」

 

 言葉を発した瞬間に噛んでしまい、教室中に笑いが込み上げていた。

 

「す、すみません…。

 教壇に立つのは久し振りで…緊張しちゃって…」

 

 眼鏡を掛け直しながら再び挨拶を始める。

 

 施恩「私の名前は安施恩と言います。

 実を言うと私もみなさんと同様SAOの中に囚われていました。

 目覚めた時にこの学校で教鞭を取らないかと誘われたので私はここに来ました。

 みなさんとは分かり合えるような気がします。

 よろしくお願いします!」

 

 施恩の挨拶を聞き終わり、次第に握手が鳴らされる。

 

 里香「なんかどっかで見た事あるのよねー…あの先生…」

 

 明日奈「SAOの中でって事?…そう言われたら私も…」

 

 拓哉「…」

 

 施恩が出欠を取っていると、何やら顔色がおかしい。

 すると、突然涙を流し始めた。

 クラスの全員が慌てふためくが、施恩は涙を堪えながら名前を呼んだ。

 

 施恩「…茅場…拓哉…さん」

 

 拓哉「はい…って先生大丈夫か?」

 

 拓哉は施恩の事を心配して近くまで寄るが、拓哉が近づいた途端ダムが決壊したかのように号泣し始めた。

 

 拓哉「え、ちょ!?ど、どうしたんだよ!!てか、今日こればっかだな!!」

 

 里香「あーあ…入学初日に先生泣かすなんて不良ねぇ…」

 

 拓哉「そ、そんなんじゃねぇよ!!?

 ちょ、マジで何かあったんすか?」

 

 拓哉はハンカチを施恩に渡し、涙を吹くように言った。

 すると、ようやく施恩の口が開いた。

 

 施恩「私…てっきり、あの戦いで…死んだのかと…」

 

 拓哉「あの戦い?死んだ?…もしかして、先生…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 施恩「…お久しぶりです。拓哉さん…シウネーです!」

 

 拓哉&明日奈&里香「「「えぇぇっ!!?」」」

 

 今目の前に安施恩はSAOで共に戦ったシウネーであった。

 じっくり観察してみれば確かにシウネーと言われたら納得してしまう。

 

 拓哉「いや、でも…まさか担任だって誰も思わねぇだろ!!」

 

 施恩「えへへ…立場が逆転しちゃいましたね!

 私はもう大丈夫ですから席に戻ってください…」

 

 施恩に言われるがまま拓哉達は自分の席についた。

 すると、教室中が妙に慌ただしい。

 全員拓哉を見ているようだ。

 

「茅場…って…」

 

「まさか…本当に…?」

 

 拓哉「…」

 

 拓哉は少なからずこの状況を予想はしていた。

 SAOに閉じ込めた茅場晶彦と同じ姓を名乗っていたら気づかない方がおかしい。

 

 里香「そう言えばアンタの苗字って…」

 

 拓哉「…あぁ。茅場晶彦はオレの兄貴だ」

 

 里香「えぇぇぇぇぇっ!!?そうだったのぉっ!!!!」

 

 拓哉に至っては別に隠す事ではなかった。

 茅場晶彦と兄弟である事実は変わるわけでもなく、ましてや、茅場晶彦と茅場拓哉は別の人間で関係ない。

 拓哉や拓哉の知り合いはそう思うだろう。

 だが、世間一般では拓哉と直人は犯罪者の兄弟と言うだけで風当たりが強い。

 直人も実際今まで、そのせいで周囲から距離を置かれているのだから。

 

 拓哉「…あー、この際だからみんなに言っとくけど、オレは別に誰がオレの事を罵ろうが陰口を叩かれようがかまわねぇ…。

 ぶつけたい気持ちだって少なからずあるだろうしな…。

 でも、オレにはともかくオレの友達に手を出してみろ?

 その時は絶対ェ許さねぇから…!そのつもりで。以上!」

 

 拓哉はふてぶてしい態度を取りながらも全員を黙らせた。

 施恩も心配そうにしているが、教師の立場を思い出し教室の空気を変える。

 

 施恩「えー…とりあえず!!

 これからみなさんの新しい門出です!!

 私もみなさんのサポートが出来るように努力しますのでこれからもよろしくお願いします!!」

 

「「よろしくお願いします!!」」

 

 その後も簡単な自己紹介や、明日からのスケジュールなどを伝えられ

 HRが終了した。

 施恩が教室を去ると、一部のクラスメイトが拓哉の席の前に押し寄せてきた。

 

 拓哉「うわっ!!?な、なんだぁっ!!?」

 

「さっきのアレ凄くかっこよかったよ!」

 

「茅場君ってすごいクールだね!」

 

「これから仲良くしようね!」

 

 拓哉の周りに集まっているのはほとんど女子ばっかりでそれを眺めていた明日奈と里香はすぐさま木綿季に伝えなくては心の中で誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年04月10日 11時50分 SAO帰還者学校 カフェテリア

 

 放課後、拓哉達は昼食を摂るべくカフェテリアへとやって来ていた。

 カフェテリアは入学式の日にも関わらず営業していて、多くの生徒で賑わっていた。

 

 拓哉「…」

 

 和人「…」

 

 木綿季「…どういう事?」

 

 明日奈「…なにか反論は?」

 

 カフェテリアの一角で拓哉と和人は何故か正座をさせられ、木綿季と明日奈が傍から見てもかなりご立腹だと分かる。

 それはカフェテリアに来る途中で起きた事件がきっかけだ。

 拓哉と明日奈、里香はあらかじめカフェテリアで合流するように木綿季と和人、珪子に伝えていた。

 いざカフェテリアに向かおうと拓哉が席を立つと数名の女子が拓哉に言い寄ってきたのだ。

 

「茅場君!一緒にご飯食べない?」

 

 拓哉「あ、いや…オレこの後用事が…」

 

「えー!いいでしょー?」

 

 そのやり取りはカフェテリアへ向かう途中でも行われ、断ろうにも人の話を聞いていない彼女らに拓哉が何を言っても意味がない。

 ずるずると女子を引きずっているとカフェテリアで木綿季と鉢合わせしてしまい、今に至る。

 和人の件も拓哉と似たり寄ったりで明日奈もそれに鉢合わせして2人はとても絶望的な状況に陥っているのだ。

 

 拓哉「…おい。いつまでこれ続ければいいんだ?」

 

 和人「オレに言われても分かる訳ないだろ…」

 

 木綿季「何2人でコソコソ話してるの?」

 

 拓哉&和人「「はい!すみません!」」

 

 SAOでも屈指の実力を持った拓哉と和人だが今はその影すら見えなくなっている。

 対して、木綿季と明日奈はSAOでの姿が鮮明に思い出させる程、怒りを燃やしていた。

 これを見て双方の女子達は一目散に逃げていったのは言うまでもない。

 

 拓哉「あの…さっきも言ったけどマジで何もないからオレ達!!

 なっ?和人?」

 

 和人「うんうん!!神に誓って…いや、カーディナルに誓って何もない!!」

 

 明日奈「ふーん…。

 その割には鼻の下が伸びてたみたいだけど?」

 

 拓哉「まぁ、健全な男子高生ならそれぐらいは…」

 

 和人「っ!バカっ!!」

 

 木綿季「へぇ…なら、彼女がいたとしても鼻の下伸びるんだ?」

 

 拓哉は思わず地雷を踏んでしまった。

 これ以上何を言っても木綿季と明日奈の怒りを煽るだけとなってしまった。

 

 里香「はぁ…SAOの英雄様が現実じゃ嫁の尻に敷かれてるなんてねぇ。まぁ、和人もそうだけど…!」

 

 珪子「で、でも!2人共悪気があっての事じゃないみたいですし…」

 

 和人「ど、どうする?」

 

 拓哉「とにかく、誠心誠意謝るしか…ない!!」

 

 もう拓哉達には打つ手は1つしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉&和人「「本当にすみませんでしたぁぁぁぁっ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年04月10日 14時20分

 

 あれから2人は木綿季と明日奈に土下座をしてその場を沈めた。

 だが、流石にあんな見事な土下座を見た木綿季と明日奈は若干引いていたが、それぐらいで済むなら安いものだ。

 そのお詫びとして拓哉と和人は木綿季と明日奈に好きなだけ奢ってもらう事になり、駅前のショッピングモールへとやって来ていた。

 ちなみに、木綿季がみんなに姉の藍子を紹介したいと言い出し、今ここにいるのは拓哉と木綿季、和人、明日奈、里香、珪子、そして藍子の7人だ。

 シウネーこと安施恩も誘ったが流石に教師の仕事が残っており、同行は出来なかった。

 

 木綿季「わぁ!ボクこんな所来た事ないよー!

 あ!見てよ姉ちゃん!あれ凄く可愛いよ!」

 

 藍子「ゆ、木綿季!恥ずかしいからそんなにはしゃがないで!」

 

 拓哉「あんまし遠くに行くなよー?」

 

 木綿季「分かったー!行こっ!姉ちゃん!!」

 

 ショッピングモール内の噴水広場で拓哉達は休憩していたが、木綿季と藍子は見た事のない…まるで、夢の世界に来たかのようなはしゃぎっぷりだ。

 まぁ、年相応と言われれば納得出来なくもないがどちらかと言うと木綿季の精神年齢が小学生並みだとあらかじめ伝えておこう。

 

 明日奈「木綿季は元気だねー。昔とちっとも変わんないよー」

 

 里香「元気ありすぎて逆にこっちが疲れちゃうわねー」

 

 珪子「やっぱり姉妹って良いですね。

 私もお姉さんか妹が欲しかったです」

 

 そんな話をしていると和人の携帯から着信音が流れた。

 

 和人「もしもし」

 

 直葉『あっ、お兄ちゃん?今どこにいるの?

 家に帰ってきてなかったから心配したよ…』

 

 和人「あ…メッセージ入れるの忘れてたよ…。

 今、明日奈達とショッピングモールにいるんだけど、スグも来るか?」

 

 直葉『え?行く行く!!すぐに行くから待っててね!!』

 

 和人は通話を切ってテーブルの上にあったジュースを口に含んだ。

 

 明日奈「直葉ちゃんから?」

 

 和人「あぁ。今みんなとここにいるって言ったらすぐに来るってさ」

 

 里香「誰?直葉って?もしかして、和人の愛人?」

 

 和人「な訳ないだろっ!!オレの妹だよ!!」

 

 珪子「そう言えば前に少しだけ言ってましたね?

 何でも、私に似てるとか…」

 

 珪子の言葉を聞いて若干焦った和人だったが、みんなに悟られないようにポーカーフェイスを貫いた。

 

 拓哉「へぇ…。和人も妹いたんだな?」

 

 和人「あぁ。オレには勿体ないくらいの出来た妹だよ…。

 拓哉でいう所の直人みたいなポジションだ」

 

 拓哉「直人のどこがいいんだよ?外面がいいだけなんだよあいつは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直人「誰が外面がいいって?」

 

 瞬間、拓哉の頭を鷲掴みにしながら直人が手に力を入れる。

 

 痛みに耐えきれず、拓哉は無理矢理離れた。

 

 拓哉「な、ナオ!!?お前何でここにいるんだよ!!

 バイトだって言ってたろーがっ!!」

 

 直人「社長がシフト間違ってたみたいで、バイトは休みになったんだ。

 んで、ここのスポーツ用品店で買い物してたらどっかのバカが見えたもんだからさ…」

 

 拓哉「誰がバカだとコラァっ!!」

 

 直人「バカにバカって言って何が悪いんだよ?」

 

 和人「だから!なんで会って早々喧嘩になるんだよっ!!」

 

 和人が2人の中を割って入って喧嘩を止めた。

 

 珪子「あの…この方は…?」

 

 直人「あ、すみません。

 いきなり現れて…みなさんに失礼しちゃったみたいで…。

 僕はそこのバカの弟の茅場直人です。

 よろしくお願いします」

 

 里香「…拓哉とは性格が真逆な好青年ね」

 

 明日奈「本当…。拓哉君の方が弟に見えるぐらい大人びてるわ」

 

 拓哉「誰が子供っぽいだゴラァっ!!」

 

 瞬間、拓哉の頭に何かボールのようなものが当たった。

 頭を抑えながら振り向くとそこには木綿季と藍子の姿があった。

 

 木綿季「明日奈をいじめちゃダメだよ拓哉!!」

 

 拓哉「…どこをどう見ればそんな風に見えんだよ!!」

 

 藍子「あ、な、ナオさん!!?」

 

 直人「藍子さん!こんにちは…!」

 

 藍子「は、はいっ!!こ、ここ、こんにちは…!!」

 

 藍子は直人の前では緊張が一気に最高潮にまで達してしまう為、上手く滑舌が回らない。

 木綿季は常日頃から姉に早く直人と付き合っちゃえばいいのにと真剣に考えていた。

 直人は誠実で拓哉と同じくらい優しいからきっと藍子の事も幸せにしてくれるであろう自信もあるくらいだ。

 

 直人「じゃあ、兄さん。

 僕は先に帰るけど、夕飯までには帰りなよ」

 

 直人はそう言い残して家へと帰っていった。

 

 拓哉「分かってるよ!お前はオレの女房かっ!!」

 

 木綿季「女房になるのはボクだよっ!!」

 

 拓哉「それも分かってるわっ!!!」

 

「「「あ…」」」

 

 一瞬、その場の雑音が完璧に遮断された感覚に陥った。

 拓哉も何が起きたか分からなかったが、木綿季の頬を赤くした顔を見て改めて自分の発言にどんな意味があったのか理解する事になる。

 

 木綿季「ぼ、ボクも分かってるけど…面と向かって言われると…さすがに恥ずかしいよ…///」

 

「「「…あまっ」」」

 

 拓哉「うっせっ!!!!」

 

 そんな事をしている内に直葉が到着した。

 明日奈とは面識はあったが他のみんなは知らなかった為、自己紹介をしてもらう事にした。

 

 直葉「和人の妹の桐ヶ谷直葉です!みなさんよろしくお願いします!」

 

 珪子「…」

 

 里香「どうしたのよ?」

 

 珪子は直葉と自分を見比べて似ている所を探してみたが、そんな所どこにもなかった。

 髪型も違えば、身長も違う…そして、何より違うのが直葉は巨乳で自分は貧乳であるという衝撃的な事実。

 

 珪子「…はぁ…」

 

 木綿季「珪子…。分かるよ?その気持ち…」

 

 同じ貧乳同士で妙な絆が生まれた瞬間だった。

 大分、大所帯になってきたのでショッピングモールから出てアーケード街へと赴いた。

 すると、前からガラの悪い輩が拓哉達を囲むようにして立ち塞がった。

 

「おっ!?めちゃくちゃ美人じゃんっ!!」

 

「なぁ?オレらとどこかいかない?」

 

 明日奈「行きません。そこを通してください」

 

「そんな堅い事言わねぇでよぉ…!!友達も一緒にどう?」

 

 この男達は何が何でも明日奈達を連れていきたいようだ。

 

 木綿季「もう!しつこいよ君達!」

 

「あ?ガキ?」

 

「いやでも、こっちもレベル高いぞ…!!」

 

 今度は木綿季に男達の魔の手が伸びた。

 だか、その手を拓哉が掴み、木綿季に近づかせない。

 

「んだよテメェ…」

 

 拓哉「それはこっちのセリフだ。

 人の連れにちょっかいかけてんじゃねぇよタコ」

 

「テメェ調子に乗ってんじゃねぇぞゴラァっ!!」

 

「痛い目合いたくないならさっさと女残して消えろ」

 

 拓哉は掴んでいた腕を離し、木綿季達の前には立った。

 

 拓哉「消えんのはそっちだろーが!この三下風情がっ!!」

 

 

「あっそ…オーケーオーケー。なら、死んどけやぁっ!!!」

 

 男達が一斉に拓哉に攻めてきた。

 拓哉はそれを身のこなしだけで全て躱していく。

 

 拓哉「外面ばっか気にしてっからトロイんだよ。

 あ、外面も大した事なかったね。ごめーん」

 

「クソがぁっ!!」

 

 さらに攻めてきても結果は変わらない。

 男達は頭に血が上り、隠し持っていたナイフをちらつかせる。

 

「ズタズタにしてやる!!」

 

 木綿季「拓哉!!」

 

 拓哉「大丈夫。心配すんなって…!」

 

 拓哉が木綿季を見た瞬間を狙って男がナイフを拓哉に突きつけた。

 拓哉が向き直った時には既にナイフとの差は数cmまで迫っていた。

 

 木綿季「っ!!?」

 

 木綿季は声にならない悲鳴を上げた。

 目の前には鈍い音が鳴り、地面には血が1滴、2滴と零れている。

 

「…ぐ」

 

 拓哉「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあぁぁぁぁっ!!」

 

「「「えっ!!?」」」

 

 血を流していたのはナイフを持っていた男の方だった。

 拓哉は瞬間ナイフを鞄で防ぎ、刃を折ってその破片が男に刺さっていたのだ。

 

 拓哉「使い慣れねぇもん使うからそんな事になるんだよ…」

 

「このっ!!?」

 

 拓哉「あ?まだやんのか?

 次はこれの比じゃない程めちゃくちゃにしてやるかよ…。

 覚悟がある奴からかかってこいや!」

 

 男達は拓哉の威勢に恐怖して、その場に経たり込んだ。

 しばらくして、連絡した警察が来てその男達は連行されていった。

 すると、その場に拓哉のよく知る人物が居合わせた。

 

「あ?なんでまたテメェがここにいるんだよ?」

 

 拓哉「げっ!銭形…!!」

 

 銭形「さんをつけろと言うとろぉがっ!!この糞ガキ!!」

 

 拓哉は銭形という警察官にゲンコツをくらった。

 木綿季達はその光景を見て呆然としていた。

 

 拓哉「いってぇぇ!!警官が善良な一般市民殴っていいのかよ!?」

 

 銭形「お前のどこが善良な一般市民だ!!

 …まぁいい。今回はアイツらが悪いみたいだしな!!」

 

 木綿季「あ、あの…」

 

 銭形「ん?おぉすまんな。この鼻タレ坊主とは昔からの中でな!

 私は銭形平八巡査部長であります!」

 

 銭形は敬礼をしながら木綿季達に挨拶をする。

 つい釣られて木綿季達も敬礼をしてしまう。

 

 和人「あの、拓哉とはどういう…」

 

 銭形「三年前の9月ぐらいか。

 コイツはあちこちで暴力沙汰を引き起こしては相手を半殺しにしてたんだよ。その時に私が補導したのが始まりだな」

 

 里香「…本当に不良だったのね」

 

 拓哉「そんなんじゃねぇよ。

 …ただあの頃はイライラを何処にぶつけていいか分かんなかっただけだ」

 

 木綿季「…」

 

 銭形「…では、本官はこれにて失礼します!

 お前ももうこんな危ねぇ事すんじゃねぇぞ…。

 大事なモン無くしちまうぞ?」

 

 銭形は拓哉に一言告げ、パトカーで警察署へと向かって行った。

 

 拓哉「…いやー怒られた怒られた」

 

 和人「お前はどこでも無茶するな…」

 

 珪子「本当ですよ!物凄く恐かったんですから!」

 

 拓哉「まぁまぁ、詫びと言っちゃなんだけど今日はオレの奢りで好きなモン食わせてやっから!それで勘弁してくれ」

 

 拓哉がそう言った瞬間、全員一致で焼肉に行く事になった。

 流石に制服じゃ匂いなど付くので、一旦帰ってから現地集合にする事になった。

 全員が帰り道を歩いていると最後尾で木綿季が拓哉の袖を握った。

 

 拓哉「どうした?」

 

 木綿季「…拓哉も血…出てるよ…?」

 

 拓哉が左手を見ると確かにナイフで切られたのであろう切り傷から血が流れていた。

 

 拓哉「ありゃ。完璧に避けたつもりだったんだけどな…。

 まぁ、こんなの唾つけときゃ…」

 

 木綿季「ダメだよ!ちゃんと治療しないと…う…」

 

 拓哉「木綿季?」

 

 木綿季「もう…こんな事しちゃ嫌だよ…。

 恐かった…恐かったよぉ…」

 

 木綿季は我慢しきれず涙を流した。

 拓哉も今になってその涙の意味を理解した。

 ここはSAOではない。どんな些細な怪我も死に繋がっている。

 

 拓哉「悪かったよ…。もうこんな真似はしねぇ。約束だ…」

 

 拓哉は木綿季に小指を差し出し、木綿季の小指を結び約束を交わした。

 

 里香「ほらー2人共ー!早く来ないと置いて行っちゃうわよー!!」

 

 拓哉「…行こうぜ。みんなに置いていかれちまうよ!」

 

 木綿季「…うん!」

 

 拓哉と木綿季は前を歩いていた友達の元へ走っていった。

 これからの日常は誰にも邪魔させないと拓哉は心の中で誓いを立てた。




いかがだったでしょうか?
警官出す時、ふと頭によぎった銭形警部をモデルに出してみました。
ちょくちょく別作品のキャラや、モデルにしたキャラを出していこうかなと考えています。


では、また次回!


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【32】フェアリィ・ダンス

という事で32話目です。
今回はALO編のエピローグみたいにまとめましたので、少し物足りないと思いますがよろしくお願いします。


では、どうぞ!


 2025年04月17日 12時40分 SAO帰還者学校 中庭

 

 拓哉「オフ会?」

 

 和人「あぁ」

 

 昼休み…拓哉と木綿季、和人、明日奈は中庭のベンチで昼食を摂っていると和人に今日のオフ会について聞かされていた。

 

 木綿季「拓哉は聞いてなかったの?」

 

 拓哉「…初耳なんだけど」

 

 明日奈「私も今日の朝聞かされたの。

 私や拓哉君はリハビリでそれどころじゃなかったし…」

 

 拓哉と明日奈は和人や木綿季達に比べて約2ヵ月目覚めるのが遅れてしまった。

 その為、衰弱も進んでおりリハビリの量が増えるのは必然だ。

 

 和人「とりあえず連絡が取れた人を呼んでエギルの店でやるんだ。

 行くだろ?オフ会」

 

 拓哉「あぁ。後、ナオも呼んでいいか?

 アイツもオレ達を助け出す為に協力してくれたからさ!」

 

 和人「かまわないよ。オレもスグを呼ぼうって考えてたから…」

 

 和人の了承を得てオフ会の話はとりあえずここで締めくくる。

 すると、昼休み終了の予鈴が鳴り、拓哉達は各々の教室に帰っていった。

 5限、6限と授業は終了して拓哉達は揃ってエギルの店に向った

 ちなみに施恩も仕事がなかった為、一緒にオフ会に参加する。

 電車で数10分揺られ、東京の御徒町へとやって来た。

 駅で直葉と直人と合流して、エギルの店を目指した。

 木綿季と和人は以前にも来ていて和人の案内の元路地をひたすら歩いている。

 

 直葉「…」

 

 木綿季「どうかしたの?」

 

 木綿季に尋ねられるが何もないと嘘をつく。

 直葉は和人と明日奈が寄り添っている姿を見て複雑な気持ちになっていた。

 ALOで明日奈を救い出す為、直葉はリーファと言う妖精に姿を変え、和人ことキリトの手助けをしていた。

 最初、直葉はキリトが自分の兄の和人だと知らず、心惹かれていた。

 だが、いざ世界樹に攻略しようとした時、ふいにキリトの口から明日奈の名前が出てきたのだ。

 それを聞いた直葉は兄を好きな気持ちを裏切ったと思い、その日は和人に自分の気持ちを涙混じりにぶつけた。

 直葉と和人が本当は血の繋がりのない兄妹だという真実を明かしながら。

 和人もその時、自分が直葉に何をしてやれるだろうと考えを模索していた。

 だが、そんな方法があればここまで事態が悪化する訳もなく、和人は直葉の剣を受けようとALOでリーファと剣を交える事にした。

 しかし、それはリーファも一緒だった。

 互いに剣を空の彼方へ放り、お互いの正直な気持ちをぶつけた。

 その上でリーファは兄の手助けをする決意をしたのだが…。

 

 直葉「えっ?う、ううん…何でもないよ?」

 

 和人「スグはエギルに会った事あるんだっけ?」

 

 直葉「うん。ALO(むこう)で何度か一緒に狩りに行ったよ。

 すごい大きい人だよねー」

 

 和人「現実(こっち)でもあのまんまだから覚悟しとけよ?」

 

 そんな他愛もない話をしている内に、エギルの店"ダイシー・カフェ”へと到着した。

 時刻は17時。

 待ち合わせ時間にはギリギリ間に合ったらしい。

 拓哉が先頭を切り、扉を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「主役とうちゃーーく!!!!」」」

 

 扉を開けた瞬間、大量のクラッカーが拓哉を襲った。

 次第に鳴り止んだが、どうも拓哉には腑に落ちなかった。

 時間には遅れていないハズなのだが、既に拓哉達以外全員が集結していたのた。

 

 拓哉「…オレ達、遅れてないよな?」

 

 里香「主役は遅れてくるってのが常識なのよ!

 だから、アンタ達には嘘の集合時間を伝えたの!」

 

 拓哉「…」

 

 拓哉は里香に誘われるがまま、前に設けられた壇上に登り、ジュースの入ったグラスを渡される。

 

 里香「それではみなさん!ご唱和ください!!せーのっ…」

 

「「「拓哉!!SAOクリアおめでとぉっ!!!!」」」

 

 またしてもクラッカーで拓哉を狙い撃ちし、会場は大いに盛り上がっていた。

 

 木綿季「お疲れ拓哉!」

 

 一角のテーブルに木綿季がいたので拓哉は自然に足がそちらに行ってしまう。

 

 拓哉「オレ…こういうサプライズ的なの変に緊張するんだよ」

 

 和人「いいじゃないか。今日ぐらい羽を伸ばせよ…」

 

 明日奈「そうだよ!せっかくのパーティなんだから!」

 

 拓哉「…それもそうだな」

 

 それから拓哉達は有意義な時間を過ごし、この幸せを噛み締めていた。

 拓哉はカウンター席に行き、エギルに烏龍茶を頼んだ。

 一口飲むと、喉の乾きは無くなり清涼感溢れる烏龍茶を全て飲み干した。

 

 和人「マスター。バーボン…ロックで…」

 

 エギルは呆れ顔で和人の前にグラスを差し出す。

 和人は本当に来たという顔で恐る恐る一口含んだ。

 

 和人「…なんだ。ただの烏龍茶か…。脅かすなよ…」

 

 エギル「未成年に酒なんか出す訳ねぇだろ」

 

「じゃあ、オレには本物くれ」

 

 和人の後ろから手を差し伸べたのは、髪を逆立て、独特なバンダナを巻いた中年じみた男性だった。

 

 拓哉「いいのかよクライン。この後会社に戻るんだろ?」

 

 クライン「いいのいいの!残業なんか飲まずに出来るかってんだ!」

 

 エギルからバーボンを受け取ると、それを一気に飲み干した。

 なかなか危ない事をするなと拓哉は思いながらもエギルに()()()について聞いてみた。

 

 エギル「すげーもんだぜ!

 ミラーサーバーが100以上、個人の物も入れると300は超えるんじゃねぇか?」

 

 拓哉と和人がALOの事件の後、エギルに持ち込んだのは茅場晶彦から託された2つの世界の種子(ザ・シード)だ。

 世界の種子(ザ・シード)は2つ揃ってこそ意味を成し、これさえあれば誰でも自分だけのバーチャルワールドが創り出せてしまう支援パッケージだった。

 茅場晶彦が何の目的で拓哉と和人にこれを託したのか真意は掴めていない。

 だが、世界の種子(ザ・シード)のおかげで衰退寸前にまで追い込まれたVRMMOゲームは息を吹き返した。

 ALOもレクトからユーミルと言うベンチャー企業に運営に移り、妖精郷アルヴヘイムは蘇ったのだ。

 

 拓哉「エギル、二次会は予定通りか?」

 

 エギル「あぁ。今夜23時にイグシティに集合だ!」

 

 和人「楽しみだな」

 

 クライン「くっそぉ!

 ALOで今度こそ可愛い彼女を見てけてやるからなぁっ!!!!」

 

 拓哉&和人&エギル「「「おいおい…」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、拓哉達男性陣がカウンターで話し込んでいた別の場所で木綿季達女性陣がテーブルを囲み、楽しく会話をしていた。

 そこに何故だか直人の姿もあった。

 

 里香「直人!アンタは人の話を聞くのが上手いわねぇ!!

 危うく惚れちゃいそうよ!!」

 

 直人「は、はぁ…」

 

 珪子「あまり、本気にしないでくださいね直人さん…。

 里香さんもその場の空気に酔ってるだけですから」

 

 里香「何よー珪子ー!私がそんなもんに酔う訳ないでしょー!」

 

 里香の目は誰が見ても明らかに据わっている。

 テンションが世話好きのおばさんをイメージさせる里香の言動に直人も内心焦っていた。

 

 明日奈「ほら、里香。もう飲みすぎよっ!」

 

 明日奈が里香からグラスを取り上げると、そのグラスから微かにアルコールの匂いがした。

 

 直人「明日奈さん…これ、酒ですよ?」

 

 明日奈「えっ!?嘘…でも、ジュースだって木綿季が…」

 

 すると、途端に恐ろしくなり木綿季を見てみると頬を赤くし、目が据わっている。

 

 木綿季「あれれ〜!明日奈〜!何話してるの〜?」

 

 直人&明日奈&珪子&直葉「「「やっぱり…!」」」

 

 木綿季も里香同様に間違えて飲んだ酒に酔っている。

 

 直人「兄さん!!ちょっとカモーン!!」

 

 拓哉「なんだよ?」

 

 直人は拓哉を呼んで木綿季を預けようと考えた。

 そうすれば誰も傷つかずに済むハズだ。

 

 直人「兄さん…後はまかせた!」

 

 明日奈「お願いね拓哉君!」

 

 珪子&直葉「「よろしくお願いします!!」」

 

 直人達は足早に和人達がいるカウンターに向かって行った。

 

 拓哉「なんだ?アイツら…木綿季と里香置いて…」

 

 拓哉は目の前の悲惨な光景を一瞬疑った。

 だが、現実は酒の匂いを纏わせながら千鳥足で歩いてくる木綿季と里香の姿だった。

 

 里香「コラぁぁぁっ!!私の話を聞けぇぇぇぇっ!!!!」

 

 木綿季「うひゃひゃっ!!拓哉がいっぱいいる〜!!」

 

 拓哉「…」

 

 まるで地獄絵図だ。

 遠くから見ている和人達も恐ろしい物を見ているような顔をこちらに向ける。

 

 エギル「なんだお前ら。あー…この酒を飲んだのか。

 こりゃ、しばらくは酔いが醒めねぇだろうな…」

 

 拓哉「ちょ、ちょっと待て!!この2人はどうすんだあはっ!?」

 

 木綿季「えへへ〜拓哉すごい伸びるね〜…」

 

 木綿季は拓哉の顔で遊び始め、まともに会話すら出来ない状況に陥った。

 

 拓哉「ふあがっ!!?」

 

 エギル「里香は寝ちまったからいいが…拓哉、木綿季はお前に任せた」

 

 拓哉「ほんむふせひにをはぁっ!!?」

 

 その言葉を誰も聞き取れず拓哉に全てを任せる事にした和人達は談笑を始める。

 

 木綿季「拓哉〜だっこだっこ〜」

 

 拓哉「ぐ…仕方ねぇな…」

 

 木綿季の酔いが醒めるまで言う事を聞く事にした拓哉は木綿季の召し使いかのように振舞った。

 その様子をカウンターで眺めていた直葉はカウンターに向き直りため息をついた。

 

 直葉(「木綿季さん…酔ってはいるけどすごいなぁ…。

 自分を隠してない…。それに比べて私は…」)

 

 直葉はここにいるのが場違いな気がしてならなかった。

 和人の手助けをしただけで、実質的には何もしていない。

 それなのにここにいていいのだろうかと考えていた。

 そんな事を考えていると隣に直人が来た。

 

 直人「どうしたんですか?会った時から元気がないみたいですけど?」

 

 直葉「直人君…。なんか、私…ここにいていいのかなって…」

 

 直人「…僕だってそうですよ。

 兄を助けたのは木綿季さんであって僕はその手伝いしかしていない。

 でも、いいんじゃないですか?それでも…」

 

 直葉「え?」

 

 直人「今ここにいるのはみなさんが僕達の事を仲間だと思ってくれてるからです。

 あの戦いは誰が助けたとか誰が終わらせたとかの話じゃないんですよ。

 ここにいるみんなで終わらせたって兄さんは言ってました。

 誰かがいなくちゃ最後までやり遂げられなかっただろうって…。

 だから、いていいんですよ。

 いなくていい理由なんてどこにもないんですから…」

 

 直葉「…直人君は強いね。

 でも、それなら…嬉しいよ…」

 

 直葉はジュースを一口含む。

 甘酸っぱい蜜柑の味が口いっぱいに広がっていく。

 悩みや不安が溶かされていくようなそんな感覚が直葉を襲う。

 

 珪子「直葉さーん!!」

 

 直人「呼んでますよ?行ってやったら?」

 

 直葉「うん…。ありがとね!」

 

 直葉は珪子に呼ばれ、里香の介抱を手伝った。

 直人は空のグラスを見つめているとエギルがそのグラスにダイシー・カフェ特製のジンジャーエールを注いだ。

 

 エギル「お前は将来いい男になるな」

 

 直人「…そんな事ないですよ。

 直葉さんが抱えていた悩みは僕もありましたから。

 答えなんてその人次第で形が変わっていく…厄介なモノです…」

 

 和人「直人も1人でいないでこっちに来いよ!」

 

 エギル「…直人。お前は自分の立ち位置が分かる男だ。

 自分に出来る事は積極的にやれるタイプだ。

 そういう奴は大抵いい奴なんだよ」

 

 直人「そうだと嬉しいですけどね…」

 

 直人も和人達の所に行き、いろいれな体験談を聞いた。

 

 拓哉「…てかいい加減誰か助けてくれ」

 

 木綿季「拓哉〜だーい好き〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年04月17日 22時45分 シルフ領上空

 

 ALOがユーミルに運営が移動した事で、これまでのALOとは変わった所がある。

 1つは翅の時間制限がなくなった事だ。

 これでどの種族のプレイヤーでも自由に大空を翔ける事が出来る。

 シルフ領上空をリーファは1人飛んでいた。

 すると、リーファは上空に軌道を変える。

 今ならどこまでも高く気がする。

 だが、ある地点から高度制限に引っかかり、翅が強制的に消滅する。

 リーファは抵抗する事なく、地上へと落下していった。

 

 リーファ「…」

 

 別に死のうなんて思ってはいない。

 ただ、今はこの浮遊感を味わいたかった。

 頭の中のものを全て置き去りにしたかったのだ。

 だが、浮遊感は消えて代わりに安心感が現れた。

 

 キリト「どこまで飛んでいくか心配したぞ?」

 

 リーファ「お兄ちゃん…」

 

 リーファを抱きかかえていたのはキリトだった。

 初めて会ったアバターを使っている。

 

 リーファ「お兄…キリト君。みんなはSAOのキャラデータを使ってるのになんでキリト君はデータ消しちゃったの?」

 

 キリト「うーん…。あの世界のキリトは役目を終えたんだ。

 この世界を楽しむならやっぱり最初から鍛え直そうと思って…」

 

 リーファ「そうなんだ…。

 じゃあ、ALOで初めて旅したのは私なんだね…。

 キリト君!踊ろうか?」

 

 キリト「こ、ここでか?」

 

 リーファは有無を言わさずキリトの手を握る。

 

 リーファ「最近開発したホバリングを利用した高等テクなんだよ」

 

 キリト「あ、案外難しいな…」

 

 翅を小さく動かしながら並行移動を行う。

 決して上手いとは言えないが、初めてにしては上出来だ。

 

 リーファ「そうそう!その調子だよ!」

 

 リーファはアイテムウィンドウからあるアイテムを取り出した。

 中の液体を周囲に撒くと液体は光の粒子へと変わり、神秘的な雰囲気を醸し出した。

 夜空の下、キリトとリーファは踊る。

 2人の妖精が踏むステップはまるでおとぎ話に出てくるような幻想的なものだった。

 ひとしきり踊ったリーファはキリトとの距離を置く。

 

 リーファ「私…今日はこれで帰るね…」

 

 キリト「え…どうして…?」

 

 リーファ「お兄ちゃん達のいる所は…私には…遠すぎるよ…」

 

 キリト「…スグ」

 

 キリトはリーファの目の前に移動し、リーファの手を取って空を駆けた。

 リーファも訳が分からないまましばらく飛行すると空が急に暗くなった。

 

 キリト「そんな事はない!行こうと思えばどこにでも行けるさ!!」

 

 リーファ「お兄ちゃん…」

 

 キリトが空にに指を指した。

 リーファがその方角に目をやるとそこには金色に輝く巨大な城が浮いていた。

 

 リーファ「これって…まさか…!!」

 

 キリト「あぁ。これが…"浮遊城アインクラッド”。

 前回は途中でクリアしたからな。

 この城を完璧に踏破するんだ!!

 リーファ。オレ…ステータス初期化しちゃったから弱くなってさ。

 だから、一緒に手伝ってくれよ」

 

 リーファ「!!」

 

 リーファは涙が滲むのを堪えながら満面の笑みを浮かべた。

 

 リーファ「うん…!!もちろんだよ!!」

 

 すると、下から仲間が次々とアインクラッド目掛けて翅を羽ばたかせていった。

 

 タクヤ「何ボサッとしてんだよ!行こうぜ!!」

 

 ユウキ「ほらー!早く早くー!!」

 

 アスナ「行こう?キリト君…リーファちゃん!!」

 

 次第に地上から全種族の妖精達がアインクラッドに集結しようとしている。

 

 カヤト「リーファさん…吹っ切れましたか?」

 

 リーファ「うん…。心配かけてごめんねカヤト君!」

 

 ユウキ「あー!カヤト!

 リーファとイチャイチャしてたら姉ちゃんに言っちゃうぞー!!」

 

 カヤト「えぇっ!!?」

 

 こうしてタクヤ達は再びVRMMOゲームの世界に足を踏み入れた。

 だが、そこに恐怖や不安はない。

 あるのは仲間達との大切な思い出だ。

 この世界は本来あるべき姿を取り戻した。

 

 タクヤ「ユウキ!!早く来ねぇと置いて行っちまうぞ!!」

 

 ユウキ「あ!待ってよタクヤー!!」

 

 君と共に在る為にこれから先もオレ達は前に進むのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
6000字越さないなんて初めてでしたが、これはここで締めるべきだと思ったのでそうしました。
次回からはGGOまでの間オリジナル展開です!

では、また次回!


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OR 妖精剣舞編
【33】特訓


という事で33話目になります。
今回からオリジナルストーリーとなっていますので私も面白く出来るように頑張っていきます。
ちなみに今回はバトルメインです。


では、どうぞ!


 2025年04月30日 12時30分 SAO帰還者学校

 

 桜も散り、若々しい青葉が芽吹き始めた。

 地球温暖化の影響もあってか妙に日照りが強い今日、拓哉は自分の机で寝ていた。

 

 明日奈「拓哉君。もう昼休みになっちゃったよ?」

 

 里香「てかコイツ…朝からずっと寝てんじゃない。

 どうなってんのかしらねぇ…」

 

 明日奈と里香はため息混じりに会話している。

 学校が始まって3週間。

 拓哉はそのほとんどを寝てすごしていた。

 度々、施恩や他の先生から注意を受けてはまた寝るの繰り返しだ。

 このまま誰も拓哉を起こさなければ放課後までずっと寝ているだろう。

 まるで、SAOで寝る暇も惜しんでレベリングをしていたツケを今消費しているかのようだ。

 

 明日奈「和人君もよく寝てるけど、拓哉君程じゃないし…」

 

 里香「へっへっへ…顔に落書きしちゃお〜」

 

 明日奈「そ、それはさすがにちょっと…」

 

 明日奈が里香を止める頃には既に水性ペンで里香が拓哉の顔に落書きしている最中だった。

 明日奈もどうなっても知らないよと里香に言い残し、和人と昼食を共にすべく中庭へと向かっていった。

 入れ違いざまに廊下から木綿季が勢いよく教室に入ってきた。

 

 木綿季「あ!やっぱりまた寝てる!拓哉!起きてよ!!」

 

 拓哉「…ん?…あれ?もう昼休み?」

 

 拓哉は欠伸をして重たい瞼を擦る。

 

 木綿季「もう!いっつも来るの遅いからボクが迎えに来て…」

 

 拓哉「悪い悪い。どうも眠たくて仕方ねぇや…。

 って、木綿季?どうしたんだ?オレの顔に何かついてんのか?」

 

 木綿季は拓哉の顔から視線を逸らし、口元を手で覆う。

 里香も我ながら上出来と言った表情をしている。

 拓哉には全く理解できないが、里香から渡された手鏡で自分の顔を覗き込んだ。

 

 拓哉「…」

 

 木綿季「ぷっ…ふふ…」

 

 里香「ふふ…どう?ご感想は?」

 

 拓哉はプルプルと身体を震わせながら里香を鬼の形相で睨む。

 

 拓哉「里香…テメェの仕業か!!」

 

 里香「ふ…あはははははっ!!!!」

 

 木綿季「あはははははっ!!!!拓哉!!何その顔…ははははっ!!!!」

 

 里香と木綿季は堪えきらず、腹を抱えて笑い転げた。

 木綿季に至っては笑いすぎて過呼吸になっているくらいだ。

 

 拓哉「笑い事じゃねぇぇぇぇっ!!!!」

 

 里香「だって…めちゃくちゃ面白くて…ふふ…ははははっ!!」

 

 拓哉「お前がこれやったんだろっ!!!あーくそっ!!!顔洗ってくる!!!」

 

 拓哉は急いで手洗場へと向かい、顔の落書きを消した。

 木綿季もそれに笑いを必死に堪えながら付いてきている。

 

 拓哉「ったく…里香の野郎!!ろくな事しやがらねぇな…!!」

 

 まだ水性ペンでよかったものの、油性ペンで書かれた日にはもう外を歩く事すら出来なかったハズだ。

 そこに里香の優しさが感じ取られる。

 最も、落書きなんかしなければこんな事にもなってないのだが。

 

 木綿季「あー笑った笑った!!今度またしてもらおうよ!!」

 

 拓哉「2度とやるかそんなもん!!」

 

 顔を洗い終わり鏡で自分の顔を確認する。

 

 拓哉「よし…もうついてねぇな。んじゃ、もう一眠り…」

 

 木綿季「その前にご飯でしょ!!」

 

 拓哉「あ、昼休みだったっけ?

 じゃあ、どこか空いてる場所に行くか?」

 

 木綿季「拓哉が顔を洗ってたせいで後20分もないから拓哉の教室で食べよ?」

 

 時計を見れば12時50分。5限が始まるのが13時10分からなので空いている場所を探している時間などない。

 仕方なく、拓哉と木綿季は教室に戻った。

 教室に戻ると里香と珪子が昼食を共にしている。

 正確にはもう食べ終わり2人で他愛もない会話をしていた。

 

 珪子「あ!拓哉さん!こんにちは!」

 

 拓哉「よぉ!珪子。

 珍しいな…高等部(こっち)に来てるなんて…」

 

 珪子「私も里香さんとカフェテリアで食べようと思ったんですけど、人が多すぎて席が空いてなかったんですよ」

 

 里香「だから、カフェテリアから近いここで食べてたって訳!

 …顔の落書き消しちゃったのね。珪子にも見せてやりたかったわ。

 あの時の拓哉の顔ったらそりゃもう…ふふ…」

 

 拓哉「里香…後で覚えてろよコラ…」

 

 とりあえず時間がもったいないので席に座って木綿季の手作り弁当を頂く。

 木綿季は学校の日には決まって拓哉の為に弁当を作ってきていた。

 中身も手の込んだ物ばかりで、朝早くから作ってきてくれている事に拓哉は感謝している。

 

 拓哉「今日も美味しそうだな!いただきます!」

 

 木綿季「色々作ったからいっぱい食べてね!はい、あーん…」

 

 拓哉「ば、バカっ!?ここ教室なんだから周りの目が…!!」

 

 木綿季「えー!別に気にしないよ?いつもやってる事だし」

 

 フォークで指したミートボールを拓哉の口に運ぼうとするが、拓哉は頑なにに断り続けた。

 すると、木綿季が涙目になってしまい顔を赤くしながらも仕方なくそれを受け入れた。

 

 木綿季「どう?美味しい?」

 

 拓哉「…恥ずかしすぎて分からねぇ」

 

 里香「あーあ…見せつけちゃってくれるわねぇ…

 あーブラックコーヒー飲みたい!」

 

 珪子「いいなぁ…」

 

 さすがに木綿季も顔を赤くして2人は急いで弁当の中身を胃の中へと追いやった。

 予鈴5分前になると明日奈が教室に戻ってきた。

 

 明日奈「あ!木綿季!珪子ちゃん!来てたんだね!」

 

 木綿季「あ、明日奈!!」

 

 珪子「お邪魔してます!」

 

 明日奈「2人共、時間は大丈夫?」

 

 木綿季&珪子「「あ…」」

 

 木綿季と珪子は弁当を持って自分のクラスへと全速力で走っていってしまった。

 ここ高等部と木綿季と珪子のいる中等部まで歩いても10分もかかってしまう為、走らなければ5限に間に合わない。

 明日奈もそれを考えた上でスケジュールを組んでいるのだ。

 

 明日奈「あ、そうだ…2人共。

 今度ALOで始まるイベントの話って聞いた?」

 

 里香「イベント?どんなの?」

 

 明日奈「なんでも、運営がユーミルに移った記念のイベントなんだけど…9つの種族が入り混じって戦うバトルロワイヤルだって」

 

 拓哉「バトルロイヤルねぇ…。で、それがどうしたんだよ?

 和人の事だ…どうせ参加するんだろ?」

 

 あの廃ゲーマーの和人が見逃す訳もなく、拓哉は明日奈に問うた。

 

 明日奈「うん。優勝賞品も豪華だから和人君も参加するって…。

 でも、そのイベントの条件が2人1組のパーティらしいの」

 

 里香「うわぁ…なら、参加者も増えるんじゃない?」

 

 人数が増える事には否定はしないが、参加者の数が多すぎてもその人数が戦闘を行える場所がなければ成り立たない。

 

 明日奈「だから、予選を行って上位12組が本戦に進出出来るの」

 

 拓哉「随分大掛かりだな…」

 

 今現在ALOプレイヤーがどれだけいるか分からないが、相当数の参加者が募る事だろう。

 

 明日奈「その予選が5月10日にアルンの浮島で行われるって和人君が言ってた」

 

 里香「へぇ…面白そうね。明日奈も和人と一緒に出るんでしょ?」

 

 明日奈は頬を赤くしながらもコクリと頷く。

 

 明日奈「そのつもりだよ。

 せっかくだし、みんなにも聞いておこうと思って…」

 

 拓哉「オレも出るぜ!」

 

 里香「私も!珪子を誘って出るわ!」

 

 明日奈「じゃあ決まりだね。予選までみんなで特訓しようよ!

 和人君と拓哉君はSAOのキャラデータ消しちゃったから大変かもしれないけど…」

 

 明日奈の言う通り、拓哉と和人はALOをプレイし始める際にSAOのキャラデータを消去していた。

 理由は些細なもので、ALOを最初からプレイするに当たってまた1から鍛え直したいと言うのもあったし、SAOのタクヤとキリトはALO事件が解決して本当の意味で役割を終えたのだ。

 あれは文字通り自分の命を守る為、2年間も鍛えに鍛えたキャラだ。

 そのデータをALOで使うのは少し違う気がしてならない。

 木綿季や明日奈達は今もSAOのキャラデータをALOにコンバートして使用している為、初期からステータスは高い。

 そこに追いつくとなれば、結構な重労働が2人を待っているに違いない。

 

 拓哉「そうだな…。今日から早速特訓だな…」

 

 そんな話をしている間に本鈴が鳴り、5限の現代文担当の施恩が教室に入ってきて、授業が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年04月30日 17時30分 茅場邸 拓哉自室

 

 ユーミルにALOの運営が移動した事により、ALOの時間も現実世界と同期された。

 拓哉は早速、アミュスフィアを被り、ALOにダイブする。

 

 拓哉「リンクスタート!!」

 

 タクヤが目覚めたのはイグシティにあるタクヤのプレイヤーホームだ。

 本当は新生アインクラッドの40層にあるログハウスを購入したい所だが、まだ20層までしか解放されていない。

 仕方が無いのでそれまでの間はイグシティにあるここを拠点にする事にした。

 

 タクヤ「集合まで後30分か…。散歩にでも行くか…」

 

 タクヤはホームを後にして翅を羽ばたかせた。

 イグシティを降りてアルンの上空を飛行していると、前方に戦闘を行っているプレイヤーがいた。

 どうやら押しているのは土妖精族(ノーム)の両手剣使いのようだ。

 

 タクヤ(「空中戦闘(エアレイド)が格段に上手い…!!

 リーファと引けを取ってないぞ…」)

 

 タクヤが知る限り、空中戦闘(エアレイド)が最も得意なプレイヤーはALOの古株のリーファぐらいだった。

 だが、リーファは長年の経験から来る強さだが、今戦闘を行っている男性プレイヤーは見る限り()()()()()()()()()()()()()

 まるで、野生の動物のような本能で戦っているようだった。

 

「く、くそっ!!いきなり襲ってきやがって!!

 俺が一体何したって言うんだ!!?」

 

「…お前が俺の前を横切ったからだ」

 

「!!…たった、それだけの理由で…」

 

 ダメージを受けているプレイヤーが言い終わる前に両手剣で体を真っ二つにしてしまう。

 残り火(リメインライト)と化したプレイヤーは地上へと落下していった。

 

 タクヤ「アンタ…すげぇな」

 

「…誰だ?」

 

 タクヤ「タクヤって言うんだ。あんな剣撃見た事なかったよ」

 

「…失せろ。貴様には関係の無い事だ」

 

 男性はその場を去ろうとするが、タクヤが前に先回りにしてそれを阻む。

 

 タクヤ「待てって!…アンタの腕を見込んで頼みがあるんだけどよ。

 ちょっと特訓に付き合ってくれねぇ?」

 

「…」

 

 すると、男は剣を抜き、タクヤに斬りかかった。

 タクヤは自分も剣を抜いて何とか持ち堪える。

 

 タクヤ「協力的でありがてぇよ…!!」

 

「俺の邪魔をするヤツは生かしておかん」

 

 距離を置いて先に攻めたのはタクヤ。

 ステータスが初期化しても戦闘技術が落ちる事などない。

 一撃目を受け止めた所をタクヤはホバリングさせ男の上を取った。

 右手の"スターナイトウォークス”を強く握りしめ、男の首を躊躇なく斬り掛かる。

 

「…!!」

 

 タクヤ「…まさか、今のを防ぐのかよ」

 

 男は瞬時に翅を消滅させ、紙一重の所でタクヤの攻撃を躱してみせた。

 男の顔は先程よりも眉間にシワが寄っている。

 瞬間、タクヤの目の前から男の姿が消えた。

 

 タクヤ「っ!?」

 

 目で追いきれない程のスピードでタクヤを撹乱する。

 そして、ヒットアンドアウェイでタクヤに剣撃を叩きつける。

 

「ふんっ!!」

 

 タクヤ「そらぁっ!!」

 

 最後の一撃をなんとか受け止めたが、タクヤのSTR(筋力)よりも男の方が高い為なのか、どうしても力負けしてしまう。

 

「…お前…本当に初心者か?」

 

 タクヤ「ALOじゃあ…なっ!!」

 

 タクヤは剣を男の剣の刀身を滑らせ、なんとか間合いを取る。

 

 タクヤ(「技術面はオレと大して変わんねぇ…。

 だが、ステータスが如何せん足りねぇ…!!」)

 

 初期化した事で、タクヤの十八番の体術も相手にダメージを与える事は出来ない。

 片手用直剣スキルも"スターナイトウォークス”の要求する数値に辛うじて届いているといった所だ。

 SAOのような芸当はもう二度と出来ないが、今はそれに近い戦闘も出来ない。

 誰が見ても勝敗はタクヤが圧倒的なまでに完敗であろう。

 

 タクヤ「だからって…諦めたらカッコ悪ぃよなぁっ!!」

 

「…」

 

 タクヤが斬りかかろうとした瞬間、男は剣を鞘に収めた。

 それを見てタクヤも動きを急停止させる。

 

 タクヤ「…どういうつもりだ?」

 

「これ以上お前と戦っても意味は無い…。万全の状態で挑んでくるんだな」

 

 タクヤ「…名前は?」

 

 キング「…キング」

 

 キングと名乗った男はそのまま翅を羽ばたかせ、ノーム領の方角へと飛んでいった。

 

 タクヤ「キング…か…」

 

 タクヤは夕日が沈みきったアルンの上空でキングの後ろ姿を見えなくなるまでその場を動こうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年04月30日 18時25分 イグシティ プレイヤーホーム

 

 リズベット「おっそーい!!一体どこで何してたのよ!!?」

 

 プレイヤーホームの扉を開いた瞬間、耳の奥までリズベットの声が響いた。

 

 タクヤ「ちょっと…散歩に…」

 

 リズ「信じらんない!!アンタは待つって事知らないの?

 自分が集合時間まで決めたくせに!!」

 

 イグシティ中に響き渡るような大音量でリズは叫んだ。

 それを見かねたアスナとキリトが仲裁に入る。

 

 アスナ「まぁまぁ、リズ。それぐらいにしてやろうよ…」

 

 キリト「タクヤも別に悪気があったんじゃないんだよな?」

 

 タクヤ「悪気はなかった…。ただちょっと忘れてただけだ」

 

 リズベット「なお質が悪ぅぅぅぅぅいっ!!!!」

 

 リズが軽く錯乱しているのをシリカとリーファが介抱にあたる。

 

 ユウキ「タクヤ!!ちゃんと謝んないとダメだよ!!

 今回は約束を破ったタクヤが悪いんだから!!」

 

 タクヤもそこについては自分が悪いと思っていた為、リズの所へ行き素直に謝る。

 

 リズベット「…なら、今度ALOで最上級の鉱石を山のように採ってきてくれたら許してあげる」

 

 タクヤ「わかったよ…。すまなかったな」

 

 ユウキ「よし!仲直りした所で早速大会に向けて特訓だー!!」

 

「「「おぉぉぉっ!!!!」」」

 

 ストレア「特訓って具体的にどうするの?」

 

 確かに、計画も何も立てていないタクヤ達はストレアの一言で我に返った。

 タクヤ達はソファーに腰を下ろし、特訓の計画を立てる事にした。

 

 キリト「まずは編成だな。オレとアスナ…、タクヤとユウキ…、リズとシリカ…、ストレアとリーファって所か」

 

 アスナ「後、クラインさんとエギルさんも出るって言ってたよ?」

 

 シリカ「私達だけでもう5組ですね…。

 本戦に出場出来るのは12組…。勝てるでしょうかリズさん?」

 

 リズベット「そんなの当たって砕けろ精神でガンガン行くわよ!!

 シリカもちゃんと付いてきなさい!!」

 

 リズベットいつもに比べて妙にテンションが上がっている。

 おそらく、優勝賞品のレア鉱石が欲しいだけだろうが。

 

 リーファ「私達も出場できますかねストレアさん?」

 

 ストレア「大丈夫だよ〜。

 なんて言ったって私達はこんなに大きいんだから〜」

 

 ストレアはリーファの後ろに回り込み、両手で覆いきれない程の胸を揉んだ。

 キリトとタクヤには刺激が強いのでアスナとユウキがすかさず2人の目を手で隠す。

 

 リーファ「ちょ、どこ触ってるんですかぁっ!!?」

 

 シリカ「す、ストレアさん!?何やってるんですか!!」

 

 ユウキ「巨乳なんかに負けないぞぉ!!!!」

 

 アスナ「ユウキも何言ってるの!!?」

 

 何とも締まらない話をしている間にも、他の参加者は努力していると言うのに…と視界が真っ暗になりながらも先の事が心配になってくるタクヤとキリトであった。

 いい加減話を戻さなければ特訓も出来ないのでキリトが咳払いをして空気を入れ替える。

 

 キリト「と、とにかく…今回のイベントはPvPだ。

 ALO勢やSAOの攻略組は慣れているがリズとシリカ…後ストレアも対人戦に慣れておいたほうがいい。

 そこで3人には今日からオレ達全員と決闘(デュエル)をしてもらう」

 

 リズベット&シリカ&ストレア「「「えぇぇぇっ!!!」」」

 

 アスナ「大丈夫だよ。

 半減決着モードでも充分経験値として自分に返ってくるから。

 私達も手加減するし…」

 

 タクヤ「注意するとしたら大会は決闘(デュエル)方式じゃない。

 地形物を利用した戦い方も身に付けねぇとな!」

 

 言葉にして並べてみると10日間でどれだけ自分を高められるかの難しさを改めて思い知らされた。

 

 タクヤ(「願わくば…キングとの再戦だな…」)

 

 タクヤがALOで初めてPvPを行った相手。

 その実力はSAOでの攻略組と引けを取らない。

 タクヤは悔しい反面嬉しいという気持ちで満たされていた。

 

 タクヤ(「今のままじゃアイツには勝てねぇ…!

 もっと強くならねぇと…!!」)

 

 ユウキ「どうしたの?」

 

 タクヤ「いや、何でもない…。よっしゃ!早速特訓だ!!」

 

 タクヤ達はイグシティを後にしてアルン付近の草原フィールドへとやって来た。

 見晴らしがよく、他のプレイヤーが近づいてきてもすぐに分かる。

 

 タクヤ「組み合わせはクジで決めるからな。

 って言っても、全員1回ずつ当たるんだけどな」

 

 リズベット「それじゃあクジの意味無いじゃない!!」

 

 タクヤ「まぁ、こういうのは順番も戦略の内だ。

 他の奴の戦い方を学んで自分のスタイルに昇華するんだ」

 

 ストレア「なるほど〜」

 

 タクヤは数字の書いた棒を人数分取り出し、みんなに一斉に引かせた。

 

 キリト「オレは1番だな」

 

 タクヤ「ほほー1番ですかー?」

 

 キリト「…なんだよその喋り方は?」

 

 すると、タクヤはキリトと距離を置き、鞘から剣を抜き出す。

 

 タクヤ「御手柔らかに頼むぜ…黒の剣士!!」

 

 キリト「!!…なるほど。そういう事か!!」

 

 キリトも鞘から剣を抜く。

 黒い見た目と黒い刀身の片手用直剣を装備しているキリトは無理矢理にでもSAOでトッププレイヤーだった"黒の剣士”を思い出させる。

  ユウキ達も2人から距離を置いて観戦に回った。

 

 リーファ「いきなりお兄ちゃんとタクヤ君!!?」

 

 リズベット「これだけでお金取れるわよ…」

 

 タクヤ「随分と久し振りだな…こうして戦うのは…」

 

 キリト「二刀流の熟練度上げの時以来だからな。

 もう1年以上も前だ…」

 

 互いに決闘(デュエル)内容を了承して、時間は無制限に設定する。

 カウントが始まり、剣を構えた。

 

 

 3…2…1……0

 

 

 0と同時に2人が地を蹴る。

 そして、互いの剣が激しくぶつかった。

 火花を散らしながらも互いに一歩も引かない。

 

 タクヤ「…こんな事してたら埒があかないな!!」

 

 タクヤはキリトと距離を置きに出た。

 

 キリト「逃がすか!!」

 

 タクヤ「逃げねぇよ!!」

 

 キリトが距離を詰めようと地を蹴った瞬間、タクヤもキリトに突撃する。

 思わず面食らったキリトは攻撃のタイミングが僅かにズレた。

 だが、タクヤからしてみればこの僅かなズレに勝機を見出す。

 タクヤの刀身がキリトの体を右斜めに深く斬り刻んだ。

 

 キリト「ぐっ!!」

 

 なんとか態勢を整えたキリトだったが、タクヤは息付く暇も与えず攻撃の手を休めない。

 

 キリト「な、なんて奴だ!!」

 

 タクヤ「どうした?こんなもんかよぉっ!!」

 

 アスナ「頑張れーキリト君!!」

 

 ユウキ「そのままいけータクヤ!!」

 

 キリトは防戦一方でタクヤの攻撃を防ぎ続ける。

 タクヤも痺れを切らしたのか最後の一撃が大振りになってしまった。

 

 キリト「!!」

 

 瞬間、タクヤに隙が生じた。

 タクヤも気づくがキリトの黒刀がタクヤの脇腹を斬った。

 そこで決闘(デュエル)は終了のブザーが鳴らされた。

 

 キリト「ハァ…ハァ…」

 

 タクヤ「ハァ…ハァ…参った」

 

 キリト「これでオレの52勝目だな…」

 

 タクヤ「まだ覚えてたのかよ…」

 

 タクヤはキリトの手を借り、立ち上がるとユウキとアスナが2人の元へ駆けつけた。

 

 アスナ「お疲れ様キリト君!」

 

 キリト「あぁ。ありがとうアスナ」

 

 ユウキ「もう!油断してるからだよ!!」

 

 タクヤ「…そこは労いの言葉をかけるべきなんじゃ」

 

 ともあれ、2人の接戦にはリーファ達も驚きを隠せなかった。

 SAOでトッププレイヤーとして名を馳せていた2人の本気の姿を見るのはなかなか貴重な経験だ。

 今回はキリトに軍配が上がったが、次戦えばどうなるかなんて予想出来る者はいないだろう。

 

 リズベット「私達の時も本気でやるつもり?」

 

 シリカ「怖すぎます…」

 

 タクヤ「大丈夫だよ。ちゃんとそれなりに手加減するって…多分」

 

 リズベット「あー!!今多分って言った!!

 手加減してくんないと特訓にならないんだけど!!」

 

 キリト「冗談なんだから気にするなって…。

 じゃあ、次の組み合わせは?」

 

 キリトが次の決闘(デュエル)を進める。

 対戦カードはユウキとリーファだ。

 

 シリカ「2人共頑張ってください!!」

 

 ストレア「頑張れ〜!!」

 

 ユウキ「リーファとやるのなんて初めてだね。よろしく!」

 

 リーファ「よろしくお願いします!」

 

 決闘(デュエル)申請を済ませ、カウントが始まる。

 互いに剣を構え、カウントが刻一刻と迫っていた。

 

 

 3…2…1…0

 

 

 ユウキ「っ!!」

 

 先に前に出たのはユウキ。

 リーファは剣を上段に構え、ユウキを迎え撃つ。

 ユウキの剣閃がリーファの胴を捉えた。

 

 リーファ「やぁぁぁっ!!」

 

 リーファもユウキの攻撃を左へステップインして回避する。

 そして、不安定な状態のユウキにリーファの剣が真っ直ぐに振り降ろされた。

 

 ユウキ「!!」

 

 リーファ「え?」

 

 リーファは何が起きたのか数秒理解出来なかった。

 気づけば真っ直ぐに振り降ろされたハズの剣は自身の頭の上まで押し戻されている。

 リーファは考えるよりもまず距離を置く。

 だが、ユウキはリーファとの間合いを一足飛びで詰めてきた。

 

 リーファ「!!?」

 

 ユウキのスピードは速いという次元の話ではない。

 端から端までワープでもして来たかのように目で追いきれない。

 ユウキは推進力を付けて剣の一撃を重くする。

 

 ユウキ「やぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 リーファも防御しようと魔法の詠唱を唱えたが、それが発動する前にユウキの連続突きがリーファを捉えた。

 一撃のみでは大して威力はないが、それを複数撃纏められればそれは必殺技と言われるが如くの破壊力を秘める。

 タクヤにはその攻撃…いや、技を見た事がある。

 ユウキがかつてSAOの世界で誰かを守る時のみ使用していたユニークスキル…。

 

 

 絶剣スキル"マザーズ・ロザリオ”

 

 

 それを食らったリーファのHPは一瞬でレッドゾーンにまで落ち、決闘(デュエル)が終了した。

 

 ユウキ「ボクの勝ちだね!」

 

 リーファ「…え?もう終わり?」

 

 どうやら一瞬の出来事だったようで、何が起きたのかリーファには分からなかったようだ。

 

 タクヤ「ユウキ…あれって…」

 

 ユウキ「うん。

 マザーズ・ロザリオを再現したつもりだったんだけど…システムアシストなしじゃあの速さが限界だったよ」

 

 アスナ「それにしては完成度が高かった…。

 すごいよユウキ!!」

 

 ユウキ「え?そ、そうかな?えへへ…」

 

 ユウキは笑っているがいざ敵に回すとこれ程怖いものはごく僅かだ。

 タクヤは改めてユウキには逆らえない事を思い知らされた。

 

 キリト「じゃあ、次は3戦目だな」

 

 ストレア「私だよ〜!!」

 

 アスナ「よろしくストレアさん!」

 

 ストレアとアスナが前に出て決闘(デュエル)の準備を整える。

 パワーでは土妖精族(ノーム)のストレアの方が上だが、魔法などの遠距離攻撃に関しては水妖精族(ウンディーネ)であるアスナの方が分がある。

 アスナはALOに来てまだ日が浅い。

 魔法をどれだけ自在に操れるかが勝負の鍵となるだろう。

 

 ストレア「準備OKだよ〜」

 

 アスナ「じゃあ、申請するね」

 

 決闘(デュエル)申請が受理され、2人もカウントと共に集中力を高めている。

 

 

 3…2…1…0

 

 ストレア「いっくよ〜!!」

 

 ストレアは両手剣を握り締め、アスナに突撃をかけた。

 アスナは初級魔法で迎え撃つが、ストレアにはあたらず徐々に間合いを詰められてしまう。

 

 アスナ(「やっぱりまだ魔法スキルが低い…!!だったら…」)

 

 アスナは細剣を鞘から抜き、ストレアとの距離を大幅に取った。

 

 ストレア「魔法はもう撃たないの?」

 

 アスナ「ストレアさんには効かないみたいだから。

 でも…代わりにこれを撃つわ!!」

 

 アスナは十分に取った距離を助走路として使い、ストレアに突撃をかけた。

 アスナのスピードが加速していく。

 SAOではその剣技から"閃光”の異名を持っていたが、このALOの世界でもそれは健在のようだ。

 ストレアも敢えて自分から近づこうとはせず、アスナを迎え撃つ。

 

 アスナ(「私は…もう…守られるだけなんて嫌…!!

 私もみんなを…キリト君を守れるだけの力が欲しい!!」)

 

 アスナがALOで初めて見た光景は鳥籠の中からだった。

 籠の外には自由に飛び回る小鳥や雲があるのに、自分はここから出られないという不安がアスナを蝕んでいた。

 だが、キリトの助けでアスナは鳥籠から解放された。

 一方でアスナは自分がキリトに頼りっきりで守らないといけない弱き者として見られているのでないかという別の不安を抱いた。

 だから、その不安を払拭する為にもこの大会でキリトと共に勝ち進み、互いが互いの背中を守れるだけの存在にならなければいけない。

 それが、アスナの…結城明日奈の矜持でもあるからだ。

 

 アスナ「やぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 アスナはまるで、巨大で鋭い鋼の矢のように速く、強く、貫く。

 ストレアも両手剣で受け止めるが、最高速から生まれた貫通力を止めきれる程のパワーはストレアにはない。

 両手剣は宙を舞い、ストレアの胴を射抜かんばかりに細剣がストレアに襲う。

 

 キリト「アスナ…!!」

 

 土煙と共に2人の姿が消える。

 

 ストレア「…参ったよ。降参(リザイン)

 

 アスナはストレアを射抜く寸前で細剣を止めていた。

 もし、あの攻撃を直撃していたならストレアは今頃残り火(リメインライト)となっていたに違いない。

 ストレアが降参した事で決闘(デュエル)を終了し、2人はみんなの元へと戻ってきた。

 

 シリカ「お疲れ様でした!」

 

 リズベット「すごいわね!

 なんかこう強い気持ち?…みたいなの感じたわよ!!」

 

 ストレア「あ〜!!くやし〜い〜!!」

 

 ユウキ「2人共お疲れ様!!すごいワクワクしちゃったよ!!」

 

 アスナ「ありがとうみんな…!」

 

 アスナは横目でキリトに視線を送った。

 キリトはタクヤと特訓のスケジュールを組んでいたが、それでも構わない。

 今の最高の自分を見せれたという達成感がアスナの中にはある。

 この気持ちを本戦でも出せるようにしなければキリトの背中を守る事など到底出来ない。

 

 アスナ「…頑張らなきゃ!!」

 

 キリト「じゃあ、最後は…リズとシリカだな」

 

 リズベット「うぅ…」

 

 シリカ「…」

 

 最後の組み合わせにも関わらずリズベットとシリカは項垂れていた。

 

 タクヤ「どうした?」

 

 シリカ「だって…みなさんのすごい決闘(デュエル)の後って…」

 

 リズベット「なんか…妙なプレッシャーがあるのよねぇ…」

 

 タクヤ「気にしたら負けだぞ2人共?

 リズにはリズの…シリカにはシリカの戦い方があるんだ。

 それをこの特訓で見つけていけばいい。

 1つでも自分の強みを見つけられたらオレ達なんて大した事ないやって思っちまうからよ!!頑張ってこい!!」

 

 タクヤは2人の背中を押して前へ出させる。

 2人もタクヤの一言で決心したのか、先程よりも表情が柔らかくなった。

 

 ユウキ「…タクヤは女たらしだね」

 

 タクヤ「なんでっ!!?」

 

 2人は決闘(デュエル)申請を済ませ、カウントダウンが始まった。

 

 シリカ(「私の戦い方…」)

 

 ピナ「きゅるるっ」

 

 シリカ「…ピナ。…そうか私だけの戦い方…!!」

 

 リズベット「…」

 

 リズベットは目を閉じ、今までの経験を総動員させる。

 

 リズベット(「…私は鍛冶師。さらに武器の特性を知り尽くしたマスターメイサー…。なら…!!」)

 

 

 3…2…1…0

 

 

 シリカ「ピナ!バブルブレス!!」

 

 先攻を捕ったのはシリカ。

 間髪入れずピナにバブルブレスの指示を出した。

 シリカは猫妖精族(ケットシー)を選択しており、使い魔である相棒のピナと一緒に決闘(デュエル)を行う事が出来る。

 これは猫妖精族(ケットシー)にのみ許された手段だ。

 リズベットは泡を消しながらシリカに近づこうとするが泡は凄まじい早さでリズベットの接近を阻む。

 

 リズベット「あー!鬱陶しいわね!」

 

 シリカ「リズさん!今日の私は一味違いますよ!!」

 

 リズベット「お子様が言ってくれるじゃない…!!」

 

 シリカはピナで牽制しつつリズベットに近づいてくる。

 

 リズベット(「泡が消せないなら…」)

 

 リズベットは後ろへ回避してシリカが接近するのを待った。

 シリカもこれに気づき、リズベットへの接近を躊躇った。

 ピナのバブルブレスは一定時間しか効果を発揮しない為、泡が徐々に無くなっていく。

 

 シリカ「ピナ!ウォーターブレス!!」

 

 ピナ「きゅるっ」

 

 ピナは頬を膨らませ、リズベットに水鉄砲を発射した。

 その威力は凄まじく、リズベットの足場を狙って撃った水鉄砲は地面に小さな穴を作り出していた。

 

 リズベット「おっかないわね!」

 

 リズベットの足場を中心にピナは水鉄砲を連射する。

 躱し続けるにも限界があるが、リズベットもその事は充分に理解している事だ。

 瞬間、ピナに気をとらわれていたせいでシリカの姿を見失ってしまった。

 

 リズベット「しまっ…」

 

 シリカ「遅いですよ!リズさん!!」

 

 シリカはピナを囮にリズベットに急接近していた。

 シリカの短剣がリズベットへと目掛けて振り抜かれる。

 かぁぁんと鈍い音が反響した。

 

 シリカ「!!」

 

 シリカの短剣は胴を斬り裂く事が出来なかった。

 代わりにリズベットが装備していた盾が目の前に立ち塞がっている。

 

 リズベット「読み通りね!!

 短剣はリーチが短い分接近しないと攻撃できないけど、0距離からでも連続攻撃出来る…。

 けど、攻撃力は片手用直剣以下。

 盾で十分に防御出来るわ!!」

 

 リズベットはシリカが唖然としている隙に片手長柄を振り下ろした。

 まともに食らってしまったシリカは吹き飛ばされる。

 ピナがすぐ様ヒーリングブレスをかけようとしたが、ここで時間切れ(タイムアップ)となってしまった。

 

 リズベット「私の勝ちねシリカ!」

 

 シリカ「うー…悔しいです」

 

 シリカを起こしたリズベットは2人でタクヤ達の元へ戻った。

 

 キリト「お疲れ2人共。なかなか様になってたじゃないか」

 

 アスナ「リズもシリカちゃんもすごかったよ!」

 

 リズベット「いやぁ…なんか無我夢中になっちゃったわ…」

 

 シリカ「私もです…。

 でも、私なりの戦い方は分かってきました!」

 

 タクヤ「あぁ。2人共…自分のスタイルが見つかったみたいだし後は特訓あるのみだな」

 

 気がつけば時刻は20時を過ぎていた。

 今日はこの辺りで引き上げる事にした。

 みんながイグシティに戻ろうとしていた時、タクヤはキリトを呼び出した。

 

 キリト「なんだよタクヤ?」

 

 タクヤ「キリト…。()()()ってALOにいるのか?」

 

 キリト「アイツ?」

 

 タクヤとキリトはユウキ達に遅れないように急かされながらもある事について話していた。

 

 キリト「分かった。連絡してみる」

 

 タクヤ「サンキュー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土妖精族(ノーム)領の岩場で複数のプレイヤーが1人のプレイヤーを相手にPvPを行っていた。

 

「さっさとアイテムと金落としていけば助けてやってもいいぜ?」

 

「装備も忘れずに置いていけよ?」

 

「…」

 

 薄気味悪い笑い声を上げながらも男は表情1つ変えず、静かに背中の両手剣を抜いた。

 

「おいおい。この人数を相手にしようってのか?」

 

「まぁ、コイツを殺っちまってもアイテムは落とすんだ。

 それに…その方が面白いからなぁっ!!」

 

「…」

 

 男達は四方から一斉に斬りかかってきた。

 瞬間、彼らは飛びかかった方とは反対に吹き飛ばされた。

 そして、そのまま残り火(リメインライト)と化す。

 叫び声1つ上げられずに野盗は消え去ったのだ。

 

「…」

 

 王者の風格を感じさせる佇まい。

 誰にも媚びず、誰にも負けないという強い意志が感じ取れる。

 

「…」

 

 土妖精族(ノーム)領の岩場で起きた事件は噂すら立たずに風化した。

 

「…退屈だ」

 

 月明かりの下、キングは一言呟きそして、消えた。




いかがだったでしょうか?
新キャラにキングが登場しましたね。
めちゃくちゃ強くせっていしていますので戦闘の幅が一気に増えます。


では、また次回!


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【34】王者の風格

という事で34話目です。
今回もバトル多めの回になっていますので読む量がいつもより少し多くなっていますがご了承ください。


では、どうぞ!


 2025年05月10日 12時30分 央都アルン 浮遊島

 

 アルンの上空にいくつもの浮遊島が存在している。

 そのなかで最大規模を誇る浮遊島には多くのプレイヤー達で埋め尽くされていた。

 彼らがここへ何をしに来ているのかと言うと、今日ここでALO初と言っていいバトルロイヤルトーナメントの予選が行われるのだ。

 

 タクヤ「ついに来たな…!」

 

 ユウキ「うん…!」

 

 タクヤとユウキも浮遊島に到着する。

 目の前のプレイヤーの数は見渡す限り400人はくだらないだろう。

 

 キリト「来たか2人共」

 

 アスナ「こんにちはタクヤ君!!ユウキ!!」

 

 一足先に来ていたキリトとアスナが2人に挨拶を交わす。

 タクヤとユウキも2人に挨拶を交わしていると、リーファとストレア、リズベットにシリカも到着したようだ。

 

 リーファ「すごい数だね…。これ全部大会の参加者?」

 

 シリカ「私達勝ち上がれますかね?」

 

 リズベット「大丈夫よ!この日の為に特訓してきたんだから!!」

 

 ユウキ「そうだよ!!もっと気合い入れていこっ!!シリカ!!」

 

 タクヤ達はバトルロイヤルの本戦へと進出する為、10日間みっちり鍛えてきたのだ。

 決闘(デュエル)やモンスター戦に、スキルの熟練度上げなどをこなし、防具と武器もリズベット謹製の代物となっている。

 

 タクヤ「リズ、まだ()()は出来ないのか?」

 

 リズベット「まぁね。何せ初めて作る物だから要領が他のと違うのよ。

 まぁ、本戦の前には出来てるハズだから安心しなさい!」

 

 キリト「もう本戦に出る気でいるのか?

 自信をつけるのはいいが油断しないようにな」

 

 リズベット「分かってるわよ!

 今日の私はいつも以上に燃えてるんだから!!」

 

 優勝商品のレア鉱石はこの大会でしか入手出来ない限定品だ。

 鍛冶師としてこれ程興味をそそられる物はないだろう。

 

 ストレア「あ!カヤトとホークだよ〜!」

 

 カヤト「みなさんこんにちは」

 

 ホーク「よぉ!お主らも大会に出るんか?」

 

 タクヤ「おう!お前らも大会出るのか?手加減しないぜ?」

 

 ホーク「あったり前じゃ!!

 前ん時の借りをきっちり返してやるきのぉ!!

 楽しみにしちょれよ!!」

 

 ホークがタクヤに宣戦布告をした瞬間、前方の集団から悲鳴が聞こえてきた。

 

 キリト「な、なんだ…!!?」

 

 アスナ「とりあえず行ってみよう!!」

 

 タクヤ達は人混みを割いて前に出ると複数のプレイヤーが地に伏していた。

 中央には赤い両手剣を握りしめた土妖精族(ノーム)のプレイヤーが立っている。

 

 タクヤ「…キング!!」

 

 キング「貴様か…。もしや、この大会に出ると?」

 

 タクヤ「あぁ。大会にも出るしお前との再戦も期待してるんだけどな…!!」

 

 キング「…くだらん。だが…俺の前に立ち塞がるなら誰だろうと平伏してやるのみ…!!」

 

 キングは両手剣を鞘に収めてその場を後にした。

 倒れていたプレイヤーはキングの力に恐怖してしまい、その場でログアウトしていった。

 

 キリト「…戦いはもう始まってる訳か」

 

 ユウキ「タクヤ。あの人の事知ってるの?」

 

 タクヤ「…1回戦ったんだけどとんでもなく強かったな。

 全然敵わなかったし…」

 

 タクヤが自分の口から敵わないと発したのはこれが初めてだった。

 ユウキでさえ聞いた事ないならこの場にいる者は誰も聞いてないだろう。

 

 ユウキ「タクヤが…負けるなんて…」

 

 アスナ「相当強いんだね…!」

 

 タクヤ「あぁ。大会がますます楽しみになってきたな…!!」

 

 すると、浮遊島にアナウンスが流れ始めた。

 

『えーお集まりの皆様!!長らくお待たせしました!!これよりALOバトルロワイヤルトーナメント"妖精剣舞”の予選を開始しマース!!!!』

 

「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」

 

 浮遊島が揺れる程の歓声にタクヤ達も一層緊張が高まっていく。

 

『それでは、予選のルールについてご説明させていただきマス。

 今、この場にいらっしゃる参加者の数は424名212組!!

 まさか、これ程参加者が募ってくださるとは正直思いませんデシタ。

 そこで参加者を120名60組に減らしたいと想いマス!!』

 

 ストレア「つまり予選の予選って感じかな〜?」

 

 ここで一気に7割も削られるとなると競争率がぐんと跳ね上がる。

 しかし、ここで残れなければ本戦に出場するなど夢物語だ。

 プレイヤー全員に緊張が走る。

 

『そして、その選定の内容は"変則タッグデスマッチ”デス!!』

 

 カヤト「変則…タッグデスマッチ?」

 

『ルールは至って簡単デス。

 今から案内する3つの特設エリアで合計60組になるまで戦って頂くだけでございマス!!』

 

 ホーク「ほぉ…確かに簡単じゃ!!」

 

『ただし、変則ルールとしてHPとMPはペア同士で共通化とさせて頂きマス。

 つまり、自分がダメージを受けてしまいますとペアのプレイヤーにも同じダメージが発生してしまいマスのでご注意くだサイ!!』

 

 このタッグマッチの鍵を握るのはペア同士の連携にある。

 互いに息を合わせなければHPやMPは瞬く間に無くなっていくだろう。

 

 リズベット「結構えぐいわね…」

 

『では、10分後に皆様をランダムに転送させマス。

 その間に装備の確認を済ませておいて下サイ』

 

 アナウンスが終了すると全員が一斉にウィンドウを開いてはペア同士で最終確認を行っている。

 

 タクヤ(「そういや、キングは誰と組んでんだ?

 なんか、一匹狼っぽいから想像出来ねぇけど…」)

 

 ユウキ「タクヤ!!ボク達も作戦考えなくちゃ!!」

 

 タクヤ「そうだなー…。

 とりあえず回避出来る攻撃は極力回避して、無理なものはガードしよう。

 まぁ、ユウキの速さがあれば心配ないか」

 

 ユウキの速さはSAOの時からよく知っている。

 "閃光”と謳われたアスナと互角かそれ以上だと囁かれている。

 タクヤは今はなき"修羅”スキルで劇的な速さを有していたが、SAOと共に消滅してタクヤの心の中にシュラは存在していないのだ。

 

 キリト「じゃあ、みんな。これからは敵同士だ!

 負けても恨みっこなしだぜ!」

 

 ユウキ「大丈夫だよ!キリトとアスナはボク達が倒しちゃうもんね!!」

 

 リーファ「私達だって負けないよ!!」

 

 シリカ「頑張ります!!」

 

 瞬間、全員の体は光に包まれていき、3つの特設ステージへと転移していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Aステージ_

 

 

 タクヤとユウキが飛ばされたステージは神殿をモチーフに設計された障害物の多いフィールドだ。

 死角も多い為、不意打ちなどに注意して戦っていかなければならない。

 そして、上空にはこのステージにいるであろう参加者の名前が記されたモニターが浮いていた。

 

 タクヤ「あれで残りの数を知らせてるのか…」

 

 すると、早速1組が横線が引かれた。

 おそらく、既に戦闘中でその中で倒されたんだろう。

 

 ユウキ「こっちのステージにはカヤトとホークのペアと…クラインさんとエギルのペアもいるよ!!」

 

 タクヤもモニターに目を向けた。

 タクヤが探しているのはキングの名前だ。

 しかし、キングの名前はどこにも記されていない。

 どうやら別のステージにいる為、ここでの再戦は叶わなかったがこの後の予選や本戦でだってチャンスは残されている。

 いい加減空ばかりを眺めているのも危険な為、周囲を警戒しながら物陰に隠れる。

 

 ユウキ「…誰もいないね」

 

 タクヤ「でも、見えないだけで近くにいるかもしれねぇからな…。

 用心に越した事はねぇ」

 

 瞬間、物陰から顔を半分だけ出していたユウキの頬を強烈な矢が掠めた。

 

 タクヤ&ユウキ「「!!」」

 

 矢が来た方角を見ると微かだが人影が見える。

 距離は大体140mそこそこだ。ALOの射撃アシストは100m。

 つまり、システムアシストを加えれば先程の超遠距離攻撃が可能だという事になる。

 

 タクヤ「たまんねぇな…おい…」

 

 ユウキ「あんな遠くにいたんじゃ攻撃のしようがないよ」

 

 このままやり過ごせる程相手も甘くは思ってはいないだろう。

 問題はこの距離をどうやって詰めるかだが、相手もこの大会に参加している限りもう1人の仲間がどこかでチャンスを伺っているハズだ。

 

 タクヤ「くそ…どうすれば…」

 

 ユウキ「速さならボクの方が上なのになぁ…」

 

 タクヤ「速さ…ユウキ。敵のいる所まで最速でどれだけかかる?」

 

 ユウキ「え?えーと…10秒もあればたどり着けると思うけど…」

 

 10秒という短い時間だが、戦闘時にはそれが途方もなく長く感じる。

 だが、タクヤが考えついた作戦にはその時間が勝機を見いだせる時間でもあった。

 

 タクヤ「なら、一緒に出るぞ。正面突破だ!!」

 

 ユウキ「でも、矢がいっぱい飛んでくるしもう1人にも警戒しないと」

 

 タクヤ「…特訓の成果を見せてやるさ!!」

 

 タクヤとユウキが物陰から一向に出て来ないので、矢での攻撃が止んだ。

 矢にも本数に限界がある。無尽蔵には撃ってこれない。

 そして、タイミングを見計らってタクヤが先に飛び出した。

 続いてユウキもタクヤの後ろにぴったりつけて出て来る。

 

「っ!!」

 

 まるで、待っていたかのように数本の矢がタクヤ目掛けて放たれた。

 

 タクヤ(「矢の軌道は…ここだっ!!」)

 

 タクヤはスターナイトウォークスを構え、矢が体を貫く前に弾き飛ばした。

 これにはユウキも驚きを隠せないが、タクヤは速度を緩めず、矢を弾きながら距離を詰めていく。

 瞬間、近くの物陰から両手斧を振りかざしたプレイヤーが現れた。

 

 タクヤ「来たな…!!」

 

「うぉぉぉぉっ!!!!」

 

 両手斧はあらゆる武器の中で最高級の破壊力を有している。

 店売りの物でさえ、今のタクヤとユウキのHPを吹き飛ばすには申し分ない。

 

 ユウキ「やばっ!!?」

 

 タクヤ「そのまま走れ!!」

 

 ユウキ「!!」

 

 ユウキはタクヤが考えている事は分からないが、タクヤの指示なら何だってやってみせる。

 それだけタクヤが信頼のおける相棒だからだ。

 ユウキは最高速度で真っ直ぐ弓矢使い(アーチャー)に向かって走る。

 横からの攻撃はタクヤが退け、両手斧のプレイヤーを置き去りにした。

 

「は、速すぎる…!!?」

 

 両手斧を装備すると、移動スピードは極端に落ち、奇襲にはあまり向いていない。

 弓矢使い(アーチャー)も気が動転してあらぬ方向へ矢を放っていた。

 

 タクヤ「いけ!スイッチ!!」

 

 ユウキ「やぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ユウキの斬撃が弓矢使い(アーチャー)を襲った。

 流石に一撃では倒せないが近距離では片手用直剣を使っているタクヤとユウキに分がある。

 スイッチを重ね、タクヤの最後の水平切りで弓矢使い(アーチャー)のHPが全損した。

 それに伴い背後の両手斧使いも強制転移させられた。

 

 タクヤ「よし!まずは1組倒したぞ!!」

 

 ユウキ「いやー結構苦戦させられたねー」

 

 タクヤ達のような近距離戦闘しか出来ないペアも中にはいるが、近距離、遠距離戦闘を得意としているプレイヤーのペアもいる。

 バランスがとれ、いざという時の咄嗟の柔軟性にも優れていた。

 もし、タクヤが矢を弾く事が出来なければ負けていたのはタクヤ達の方だったろう。

 それだけ、手強い相手だったと言う事だ。

 

 タクヤ「ここにいても格好の的だ。

 視界が悪い茂みの中に入ろう…」

 

 ユウキ「了解!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Bステージ_

 

 

 見渡す限り木や茂みが広がっているBステージにリズベットとシリカがいた。

 

 リズベット「視界が悪いわね。

 シリカ、ピナに索敵使わせて周囲を警戒して!!」

 

 シリカ「分かりました!お願いねピナ?」

 

 ピナは空高く飛び、上空から敵プレイヤーを警戒する。

 このBステージにはリズベットとシリカの他にリーファ、ストレアペアがいる。

 上空のモニターには既に半分ものペアが脱落しているのが分かった。

 デスマッチが開始されはや1時間。

 リズベットとシリカも苦戦しながらも3組のペアを倒した後だった。

 

 リズベット「ピナのおかげでなんとか先手を取れてるけど、これからはそうはいかないかもね…」

 

 シリカ「はい…。もう残り僅かですし、強い人達ばかりがいるんでしょうから…」

 

 そう考えただけでも2人の背筋は凍りつく。

 特訓したと言っても10日程でPvPに慣れるものではない。

 それはキリトやタクヤも言っていた事で、最低限の知識と戦略を組み上げるだけで特訓が終了するなんて日もあった程だ。

 

 ピナ「きゅるるっ!!」

 

 シリカ「!!…リズさん、敵が近くにいます!!」

 

 リズベット「分かったわ!!警戒しつつ近づくわよ…!!」

 

 なるべく気配を悟られないように茂みを歩いていると、前方に1組のペアがいた。

 どうやら、リズベットとシリカの接近には気づいていないようだ。

 

 リズベット(「私が背後から狙うからシリカはピナのバブルブレスで動きを封じて」)

 

 シリカ(「了解です!!」)

 

 ピナを気付かれないように1組のペアの頭上にスタンバイさせる。

 そして、リズベットの合図と共にシリカがピナに指示を出す。

 

 シリカ「ピナ!!バブルブレス!!」

 

 ピナ「きゅるっ!!」

 

「「!!?」」

 

 見事にプレイヤーの虚を突き、バブルブレスで動きを封じた。

 

 リズベット「ここよっ!!」

 

 リズベットはその隙をついて片手長柄でプレイヤーに攻撃した。

 HPが2割程減少したのを確認するとリズベットはまた茂みの中へと隠れた。

 2人が考えついた作戦は無理をせず、確実に敵を倒すといったシンプルな作戦だったが、これが実に効果的で時間無制限であるが故に、慎重にここまで運んできたのだ。

 

「くそっ!…どこへいきやがった?」

 

「こう視界が悪いんじゃ見つけられっこねぇ!!」

 

 シリカ「はぁぁぁぁっ!!」

 

 シリカが単独でピナのウォーターブレスと同時に短剣での連続攻撃に出た。

 敵のHPがイエローゾーンに入り、シリカはこの瞬間を好機と考えた。

 

 シリカ「ピナ!!バブルブレス!!」

 

 ピナ「きゅるっ!!」

 

 敵を再度バブルブレスで動きを封じ、止めの一撃を狙った。

 だが、敵もこの大会に向けていろいろ準備してきている。

 武器を片手用直剣から両手長柄に変え、中距離攻撃にシフトチェンジした。

 これならば動きを封じられていようがある程度距離が離れている敵を攻撃する事が出来る。

 シリカに一筋の剣閃が穿たれた。

 

 シリカ「きゃあぁぁっ!!」

 

 リズベット「シリカ!!」

 

 シリカとリズベットのHPは3割程削られているが、その間にピナのバブルブレスの効力は切れ、敵が2人に徐々に接近してくる。

 

 リズベット(「両手長柄は中距離特化型の武器…。

 近距離武器の短剣なら懐にさえ入り込めれば…!!」)

 

 だが、懐に入り込むには敵の隙をつく必要がある。

 敵はもう既に勝利を確信した表情をしていた。

 流れは完全にリズベットとシリカから敵へと移っている。

 

 シリカ「…リズさん。私が前に出ます!」

 

 リズベット「な、何言ってるのよ!

 正面から行っても返り討ちに遭うだけよ!!」

 

 シリカ「私に考えがあります…」

 

 そう言い残し、シリカは1人で2人に突撃をかけた。

 

「馬鹿なヤツ!!蜂の巣にしてやるぜっ!!」

 

「じゃあ、俺は後ろの女だ!!」

 

 2人の敵も二手に別れ、シリカとリズベットに攻撃を仕掛けようとする。

 

 シリカ「そうはさせません!!ピナ!!ウォーターブレス!!」

 

 シリカはピナにウォーターブレスの指示を出した。

 だが、それは敵に向けられたものでなく、森に向かって放たれた。

 

 リズベット「!?」

 

「ぎゃはははっ!!どこに目ェ付けてやがんだっ!!」

 

 シリカ「いえ…これでいいんです!!」

 

 すると、リズベットに攻撃を仕掛けようとしていた敵の真上から樹木が降ってきた。

 突然の事に敵の1人は樹木の下敷きとなった。

 当然、HPも減ってレッドゾーンに突入している。

 

「…このガキがぁっ!!」

 

 狂乱した敵が両手長柄を乱射させる。

 シリカはこれを短剣で受け流すが、そう長くは持たない。

 

 シリカ「…っ!!」

 

「これで…終わりだァァァっ!!」

 

 リズベット「させないわっ!!」

 

「!!」

 

 敵の背後に回り込んでいたリズベットが片手長柄を振り上げ、勢いよく敵の後頭部を砕いた。

 それによりHPが全損し、2人は強制転移されていった。

 

 シリカ「…はぁぁぁぁ。な、なんとか勝てましたね…」

 

 リズベット「アンタも無茶ばっかりするわねぇ…。

 どっかの誰かさんに似てきたんじゃない?」

 

 すると、シリカの顔はたちまち赤くなっていき、リズベットに歩み寄った。

 

 シリカ「そ、そんな事ないですよ!?

 タクヤさんと比べて私なんかは…!!」

 

 リズベット「別に私はタクヤなんて一言も言ってないけどー?」

 

 シリカ「!!…り、リズさーん!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Cステージ_

 

 

 アスナ「見渡す限り荒野だね…」

 

 キリトとアスナが飛ばされたCステージは砂嵐が舞い、果てなく続く荒野フィールドだった。

 

 キリト「砂嵐のせいで周りは全く見えないし、空を飛ぼうにも日差しが強すぎてダメージ入っちゃうし…めちゃくちゃ難易度高いな…」

 

 例え、日差しでダメージが入らなくても、空を飛べば砂嵐に飲み込まれ最悪そこでHPが全損する恐れがある。

 仕方なくキリトとアスナはプレイヤーを探して歩く事にした。

 頭上のモニターを見る限り、このCステージにはキリトとアスナペア、そして…キングの名が刻まれている。

 

 アスナ「キングって人…1人だけど参加していいの?」

 

 キリト「あぁ。基本は2人のペアで出る大会だけど、()()()()を飲めば1人でも出られたハズだ」

 

 アスナ「ある条件?」

 

 キリト「…この大会に参加している全てのプレイヤーのステータスの平均値にする…。言っちゃえばステータスに制限がかかってる状態だよ」

 

 アスナにはそれが何を意味するのか分かった。

 つまり、キングというプレイヤーのステータスは普段よりも弱くなっているという事だ。

 だが、頭上のモニターには既に多くのペアがキングに敗退している。

 モニターにはそのプレイヤーの撃墜数も記録されており、キリト達が8組に対し、キングは40組以上も撃墜しているのだ。

 

 アスナ「ルールじゃ60組になるまでデスマッチは続くって言ってたけどCステージにはもう10組もいないよ」

 

 キリト「それだけキングって奴がすごい速さで倒してるんだろうな…。

 タクヤが1目置くだけの事はあるぜ」

 

 アスナ「タクヤ君が負けちゃうなんてあんまり想像つかないけど…キリト君ならどう?勝てそう?」

 

 キリト「どうだろうな…。

 タクヤが負けたんならオレも負けるんじゃないかって思うよ。

 全盛期程の力が出せない事を差し引いてもね…」

 

 ALOの世界でキリトは最強と謳われいるユージーン将軍に勝っているが、その時はSAOのステータスを移行していた為、今戦っても勝てる見込み等どこにもない。

 

 キリト(「オレの見解じゃユージーン将軍よりキングの方が強い…。

 オレも1回手合わせしたいもんだな…」)

 

 アスナ「…キリト君。そのキングと戦ってみたいって顔してるよ?」

 

 キリト「え?オレ…そんなに顔に出てた?」

 

 アスナ「そりゃあもう…でも、キリト君だから仕方ないね」

 

 キリト「あはは…」

 

 周りに警戒しながら歩いていた2人の前に砂嵐をかき分けながら近づいてくる人影がいた。

 キリトとアスナは剣を抜き、臨戦態勢に入る。

 

 キリト「…まさか、アンタの方から来てくれるとは思わなかったぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …キング!!!!」

 

 目の前には赤い両手剣を携えたキングが立っていた。

 

 キング「…何者だ?」

 

 キリト「オレは影妖精族(スプリガン)のキリト。

 タクヤの知り合いって言えば分かるかな?」

 

 キング「あの男の…そうか。

 なら貴様もそれなりに強いという訳か…」

 

 キングが両手剣を抜いた瞬間、キリトとアスナの背筋が凍りついた。

 今までこれ程緊張した事はなかった。

 SAOにいた時でさえこんな事は起こらなかった。

 

 アスナ(「な、何…!!この人が剣を抜いた瞬間、異様な程、胸が圧迫されている感覚に陥ってしまう…!!」)

 

 キリト「…アスナ。…君は下がっていてくれ」

 

 キリトもその感覚に囚われてしまっているのかもう1本の片手用直剣をストレージから取り出し、二刀流の構えをとる。

 

 キング「二刀流か…。

 まさか、剣が2本あれば勝てるとは思っていまいだろうな?」

 

 キングは鋭い目つきでキリトを睨む。

 あまりにも強い威圧感を放っているキングを前にキリトは1歩後退させられた。

 自身の名前の通り勝利を揺るぎないものと考えている王者の風格を醸し出していた。

 キングはゆっくりとキリトに近づいてくる。

 

 キリト「悪いな…最初から全力出さないと勝負にならなそうだからな!!」

 

 キリトは地を蹴ってキングに正面から挑んでいった。

 キングはそれを両手剣で薙ぎ払う。

 キリトもそれを予想していたのか、薙ぎ払われる前にバックステップを取って回避する。

 だが、そんな小細工はキングの前では無に等しかった。

 薙ぎ払った側から砂嵐が巻き起こり、キリトを後方へと吹き飛ばした。

 

 キリト「なっ!!?」

 

 アスナ「キリト君!!」

 

 キリトとアスナのHPは減っていないが、驚くべき所はそこではない。

 軽く剣を奮っただけで砂嵐など起こせるものでは無い。

 

 キリト(「キングのステータスは平均値に設定されて弱くなっているハズだ。なのに、なんであんな芸当が…」)

 

 キング「かかってこないのか?

 なんなら、2人まとめてかかってきてもいいぞ」

 

 キリト「いや、今回はオレだけだ!!」

 

 キリトはまたしてもキングに正面から挑んだ。

 だが、キリトも考えもなく2度も同じ手は使わない。

 キングが剣で砂を薙ぎ払い砂嵐を巻き起こした。

 キリトはそれを回避してキングの左横を捕らえた。

 

 キリト「これで…どうだっ!!」

 

 キング「…!!」

 

 キリトの剣がキングの横腹を捕らえ、微かだがダメージを与える事に成功した。

 

 キング「…」

 

 キリト「くそ!かすったか…」

 

 キング「…貴様もあの男同様万全ではないな?

 貴様の本気はそんなものではないだろう?」

 キリト「!!?」

 

 キング「今は生かしておいてやる…」

 

 そう言い残し、キングは砂嵐に紛れ姿を消した。

 

 アスナ「キリト君…」

 

 キリト「アイツは…一体…」

 

 瞬間、上空のモニターからブザーがフィールドに鳴り響いた。

 

『終了ー!!!!只今を持って予選への切符を手にしたのはこちらの方々デース!!!!』

 

 モニターにはタクヤやユウキ、仲間の名前が全員記載されていた。

 すると、キリトとアスナはどこかへ転移されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月10日 16時05分 妖精剣舞予選会場

 

 予選出場者が転移させられたのは浮遊島に存在する闘技場だった。

 

 タクヤ「いきなり転移するなよなぁ…」

 

 タクヤ達は戦闘の真っ最中だったらしく、上手く着地出来ずに倒れていた。

 

 ユウキ「た、タクヤ…」

 

 タクヤ「なんだよ?…ん?手に柔らかい…」

 

 ユウキ「ひゃっ!!///」

 

 タクヤ「…」

 

 タクヤは何故か体中から汗が吹き出してきている。

 恐る恐る柔らかいものを握っている手を見てみると、ユウキのアーマープレートを潜らせ、インナー越しにユウキの胸を揉んでいた。

 

 ユウキ「い、いい加減離れてよ…」

 

 タクヤ「は、はいっ!!すみません!!わざとじゃないんです!!」

 

 ユウキ「分かってるよ…。

 でも、周りにも人がいるから…こういう事は、その…2人っきりの時にね…」

 

 タクヤ「…」

 

 タクヤはもう何も考えられずユウキに手を引かれるままキリト達と合流する事になった。

 

 ユウキ「あっ、アスナー!キリトー!」

 

 アスナ「ユウキ!!…とタクヤ君?ど、どうしたの?」

 

 キリト「そんなに厳しい戦いをしてたのか?」

 

 タクヤ「い、いや、確かに厳しかった…。

 いろいろと発展途上と言うか…」

 

 瞬間、タクヤの足をユウキが思い切り踏みつけた。

 たまらず、タクヤは足を抱えるがユウキは鼻を鳴らし、頬を膨らませている。

 そんな事をしていると、仲間達が全員集まって来た。

 

 クライン「みんな生き残ったみてぇだな!!」

 

 リズベット「当たり前よ!

 アンタみたいに女の子に鼻の下伸ばしてんじゃないんだから!」

 

 クライン「お、オレだって頑張ったんだぞぉっ!!なっ?エギル!!」

 

 エギル「敵の女性プレイヤーには鼻の下伸ばしてたけどな」

 

 クライン「そんな事ここで言うんじゃねぇよ!!この海坊主!!」

 

 相変わらずのクラインはさておき、全員予選に通過した訳だが、次からそうはいかない。

 残り60組になり次の予選では6つのブロックに別れ、純粋な決闘(デュエル)での強さが試される。

 

『皆様!!この度はお疲れ様デシタ!!

 明日の予選では6つのブロックに別れ、上位12組が本戦へと出場出来マス!!

 今から、その組み合わせを決めていきマス!!

 代表者の名前を呼ばれたペアから前のモニターにお越しくだサイ!!』

 

 そう言われると前にモニターが出現した。

 呼ばれる順番は先の戦闘での撃墜数が多い者からのようだ。

 まず、最初に呼ばれたのはキング。

 キングは呼ばれるや前のモニターへと向かう。

 

『では、こちらのランダムに配置されてますカードを1枚タップして下サイ』

 

 キングは言われるがまま60枚ある内の1枚をタップする。

 すると、モニターの頭上にでかでかとブロックと番号が表示された。

 

『キングさんはDブロックの3番です!!続いては─』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての組が引き終わり、予選トーナメント表が完成された。

 

 タクヤ(「…キングとの再戦は本戦に持ち越しか」)

 

 タクヤとユウキのペアはキングとは別のブロックだった。

 残念なような嬉しいような複雑な心情であるタクヤにユウキが言った。

 

 ユウキ「タクヤ。ボク達のブロックには誰も知り合いいないから楽チンだね!!」

 

 タクヤ「あぁ。他のみんなも上手い事バラケたな…」

 

 キリト「みんな、本戦で待ってるぜ!」

 

 ストレア「私達が優勝するもんね〜!タクヤ、ユウキ!!

 本戦で当たる事があったら手加減しないからね!!」

 

 ユウキ「当たり前だよ!!ボク達も全力でやるんだから!!」

 

『それでは皆様!!明日の13時に予選を開始致しマス!!

 それまで英気を養ったり、装備を新調したりしても構いまセン!!

 では、今日はお疲れ様デシタ!!』

 

 アナウンスが終了すると、予選出場者達は早々にログアウトしていった。

 

 カヤト「まさか、ここまで来れるとは思いませんでした…」

 

 ホーク「なーに言っちょるんや!!

 まだ、予選に出られるようになっただけやろぉがっ!!」

 

 エギル「相変わらず姿勢が低いんだな」

 

 カヤト「昔からこういうのはむいてなくて…」

 

 クライン「じゃあ、エギル!!明日も頼むぜ!!じゃあな!!」

 

 クラインはそう言い残し、ログアウトしていった。

 他のみんなもログアウトしていき、ここにいるのはタクヤとユウキ、ストレア、キリト、アスナ、そしてキリトの小妖精(ピクシー)であるユイだけだ。

 

 タクヤ「オレ達もログアウトして明日に備えるか」

 

 キリト「タクヤちょっと待ってくれ」

 

 キリトがタクヤを呼び止め、神妙な顔つきでタクヤに話した。

 

 キリト「今回、1人で参加しているキングなんだが…アイツは何者なんだ?」

 

 タクヤ「何者って…どういう意味だ?」

 

 キリト「この大会は1人で出場する場合、大会に参加しているプレイヤーの平均値のステータスが設定されるハズだが、キングは明らかにステータスがオレ達よりも高いぞ」

 

 剣圧だけで砂嵐を起こすには両手剣スキル、体術スキル、STR(筋力)、武器の性能が最高値ないと成しえない技だ。

 キリトは先程の戦いで確信を得ていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 タクヤ「キリトの話が本当だとしても証拠がないからな…」

 

 ユウキ「運営に調べてもらったら?」

 

 アスナ「うーん。運営でも難しいと思うよ。

 仮にそういう違反が出てる訳じゃないし…」

 

 前例がないと言うだけで調査には乗り出さないし、タクヤ達がいくら抗議しようと腹いせやイタズラ程度にしか聞き入れてもらえないハズだ。

 

 キリト「どこか…ルールの穴をついているのか…。

 または、考えにくいけどアミュスフィアに何らかの細工しているのか…」

 

 ユイ「アミュスフィアには何重にもセキュリティが施されているのでその線は薄いかと思います…パパ」

 

 タクヤ「まぁ、別にいいんじゃね?」

 

 ストレア「なんで〜?ズルしてるかも知れないんだよ〜?」

 

 タクヤはウィンドウを開いてログアウト画面に移動する。

 

 タクヤ「オレはアイツと戦いたいだけだ。

 最初は優勝するって思ってたけど…今は優勝よりキングに勝つ事の方がオレにとっちゃあ最優先事項なんだよ。

 まぁ、全員に勝って優勝するのが1番なんだけどな!」

 

 タクヤはそう言い残して現実世界へと戻っていった。

 

 キリト「…アイツには敵わないな」

 

 ユウキ「なんて言ったってタクヤだもん!」

 

 明日の予選で本戦に進める12組が決定する。

 どのペアも強敵揃いだ。

 この中で誰が1番強いのかは本戦で決まる。

 ユウキはどこまでもタクヤについていく事を誓いながらキリト達と別れ、ログアウトした。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
キングの破格の強さにキリトが疑問を持っていましたが、あまり難しく考えなくても種は簡単なのでぜひ考えてみてください。


では、また次回!


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【35】予選決勝戦①

という事で35話目になります。
決勝戦に出てくる半分の6組はオリジナルキャラになります。
本戦にも出てきますのでまだまだ出番はこれからです。


では、どうぞ!


 2025年05月11日 11時00分 央都アルン

 

 "妖精剣舞”の予選が始まる2時間前。

 タクヤは1人、アルンの中央広場へとやって来ていた。

 何故、タクヤが予選前にこんな所に来ているのかと言うと、ここで()()()()と待ち合わせをしているからである。

 

 タクヤ「…」

 

「物思いにふけって何考えてるんダ?」

 

 タクヤ「うわっ!?」

 

 突然、背後を取られ振り向くと猫耳を生やしながらも頬に描かれたヒゲのペイントは忘れようもなく印象的だ。

 

 タクヤ「…久しぶりにお前に驚かされたよ。…アルゴ!」

 

 アルゴ「久しぶりだナ…タク坊!」

 

 タクヤの目の前にいたのは"鼠”のアルゴだ。

 SAOでは情報屋を営んでおり、情報屋の中でもトップクラスの信頼性を勝ち得ていた。

 実を言うと、タクヤは先日の仲間内での特訓の最中にキリトからアルゴの事を聞いていたのだ。

 ALOでも情報屋として活動していると聞いて、早速接触を図った。

 

 タクヤ「元気だったか?」

 

 アルゴ「タク坊のおかげでナ。

 タク坊は今やSAOだけでなくALOの英雄になってるみたいだけど、あれから大丈夫だったカ?」

 

 タクヤ「キリトから聞いたのか?」

 

 アルゴ「まぁナー」

 

 流石と言うべきか。

 一般プレイヤーが知りえない事でもすぐにどこからか掴み、それを商売道具に出来る所などは昔と変わらず健在のようだ。

 

 アルゴ「ところで…今日はオレっちに何の用なんダ?

 わざわざ感動の再会をしに呼び出したんじゃないんダロ?」

 

 タクヤ「あぁ。実はアルゴに調べてほしい奴がいるんだよ…」

 

 アルゴ「フム…。それって土妖精族(ノーム)の両手剣使いカ?」

 

 タクヤ「なんだ、知ってたのか?

 なら、話は早いな…。キングの身辺調査を依頼したい」

 

 アルゴ「…何かと噂が立ってるからナ。

 チートまがいのステータスに、素行の悪さ…。

 この前は盗賊を全滅させたって話もあル…」

 

 アルゴが調べるまでもなく、世間でのキングに対しての評価は極めて低い。

 喧嘩を売られれば言い値で買っているからだとタクヤは予想する。

 

 アルゴ「ちなみに、何でそれを調べてほしいんダ?」

 

 タクヤ「うーん…キリトが言ってたように本当に何かしてるなら止めないとって言うのがみんなの意見なんだけど…。

 キングは…オレ達とは違うものを持ってるんじゃないかって思ってる…」

 

 アルゴ「違うもの…ねぇ。了解しタ!

 オレっちの情報網にかかればキングの素性や出生なんてチョチョのチョイってもんダ」

 

 タクヤ「なるべく法には触れない方向で頼むな。

 ちゃんと代金は支払うからさ」

 

 アルゴ「毎度アリ〜。じゃあ、今日から早速行動に移るとするヨ!

 タク坊も大会の方頑張れヨ!!」

 

 アルゴはそう言い残して、隠蔽(ハンティング)スキルを使い姿を消した。

 タクヤも予選会場の浮遊島へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月11日 12時30分 妖精剣舞予選会場

 

 会場には観客達がごった返しており、中には露店を出して商売を始めている者もいる。

 予選会場となっている浮遊島には今はもう使われていない闘技場がある。

 所々破損しているが破壊不能オブジェクトに設定されている為、大会中に舞台が壊れる事はまずありえない。

 

 ユウキ「タクヤー!!こっちだよー!!」

 

 人混みをかき分けながらタクヤを呼ぶのは手に色々な食べ物を携えたユウキだった。

 

 ユウキ「タクヤも食べる?結構おいしいよ?」

 

 タクヤ「これから予選だっていうのにそんなに食べて動けるのか?」

 

 ユウキ「大丈夫大丈夫!

 今、エネルギーを蓄えている最中だから」

 

 そう言いながら手に持っていた綿アメを頬張る。

 タクヤはそれを見て呆れながらもユウキを連れて出場者専用の控え室へと歩き始めた。

 控え室には既にタクヤとユウキ以外の選手が揃っていた。

 

 アスナ「ユウキ!そんなに買っちゃったの?」

 

 リズベット「よく喉に通るわねー…」

 

 ストレア「私にも少しちょうだ〜い!」

 

 ユウキがストレアに食べかけの綿アメとリンゴ飴を差し出す。

 ストレアも初めて食べる甘味に舌づつみを打ちながら表情が緩む。

 

 ストレア「おいし〜い」

 

 キリト「オレもなんか買ってくればよかった…」

 

 リーファ「どーせキリト君は変なゲテモノ買ってくるに決まってるからやめてよね!」

 

 キリト「何言ってんだリーファ。

 ゲテモノほど食べてみないと分からないものはないんだぞ?」

 

 アスナ「リーファちゃんは味の事を言ってるんじゃないと思うけど…」

 

 キリトがユウキとストレアの食べている姿を羨ましそうに見ていると、ユウキが焼きそばとよく分からないモンスターの焼き串を差し出した。

 

 ユウキ「これおいしそうだったから買ってみたんだ。

 みんなの分もあるから遠慮しないで食べてよ!」

 

 キリト「おぉ!これこれ。オレが見たのはこれだよ!」

 

 シリカ「ゆ、ユウキさん…。このお肉って…」

 

 ユウキ「うーん…よくわかんない!」

 

 途端に恐怖を感じたのかキリト以外が焼き串をそっと元の場所に戻した。

 すると、アナウンスが流され予選出場者は武舞台まで集まるように指示を受ける。

 タクヤ達はアナウンスに従い長くカビ臭い廊下を渡っていく。

 ここにいるプレイヤーの12組だけが本戦出場の切符を手に入れることが出来る。

 タクヤは思わず生唾を飲み込んだ。

 と、同時にユウキが手を握ってきた。

 

 ユウキ「ボク達ならやれるよ…!!」

 

 タクヤ「…あぁ。オレ達なら!!」

 

 廊下が途切れ、眩しい陽の光を浴びながら武舞台に現れると観客席から惜しみない声援が雨のように降り注いでくる。

 

『これより"妖精剣舞”予選を開始しマース!!!!

 早速、昨日のトーナメント表をご覧下サイ!!!!』

 

 上空に巨大なモニターが表示され、昨日クジで決められたトーナメント表が映し出された。

 

『予選ではアイテム禁止!!

 それ以外は自由な決闘(デュエル)全損決着モードでの試合となりマース!!そして、試合数が多く長時間の観戦となる為、各ステージ事に同時で行いたいと思いマス!!』

 

 すると、アナウンサーが6人に分裂し、各ステージへと配置についた。

 

『では、各ステージの第1試合を開始しマース!!』

 

 タクヤ「よっしゃ!!初戦から飛ばしてくぜ!!」

 

 ユウキ「ボク達の相手は…」

 

 Cステージに転移させられたタクヤとユウキは1回戦の相手を探すがどこにも見当たらない。

 

 ユウキ「あれ?どこにもいないよ」

 

「「ここだっ!!!!」」

 

 突如武舞台が揺れ、地中から2人の土妖精族(ノーム)が現れた

 

 タクヤ&ユウキ「「!!」」

 

 ガン「俺の名前はガン!!」

 

 ロック「俺はロックだ!!」

 

 タクヤ「なかなか派手な登場だな…!!

 後で恥かいても知らないぜ?」

 

 ガンとロックは中指を立てながらタクヤとユウキを挑発する。

 まだ試合も始まってないというのに些かマナーの悪いペアだ。

 

『では、始めっ!!』

 

 合図と同時にガンとロックは土魔法の詠唱に入った。

 

 タクヤ「ユウキ!!魔法撃たれる前に倒すぞ!!」

 

 ユウキ「了解!!」

 

 タクヤとユウキも前へ出た。

 剣を鞘から抜き、いつでも斬れるように構えながら走る。

 だが、あと1歩という所でガンとロックの魔法が発動してしまった。

 足場が揺れ始め、タクヤとユウキは空中へ放り投げられた。

 

 ガン「空中じゃあ身動き取れまい!!」

 

 ユウキ「ざんね〜ん!翅があるもんねー!」

 

 ユウキが翅を羽ばたかせようとした瞬間、先程の地盤沈下で盛り上がった岩がタクヤとユウキを襲う。

 

 タクヤ「なっ!?」

 

 岩が次々とタクヤとユウキにまとわりつき、気がつけば身動きが取れず、翅も出せなくなってしまった。

 翅が出せない為、空中にいた2人はそのまま地上に落下する。

 

 タクヤ「やべっ!!このまま落ちたらHPが吹き飛んじまう!!」

 

 ユウキ「えぇ!!ど、どうしよー!!」

 

 ロック「これが無敵のガチガチロックだぜ!!」

 

 ネーミングはともかくこの状態は非常にまずい。

 何とかしてこの岩から脱出しなければ予選1回戦負けになってしまう。

 

 タクヤ「こんなとこで…」

 

 ユウキ「タクヤ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「つまづいてられるかぁぁぁぁっ!!!!」

 

 オレは体術スキルを発動して、STR(筋力)を極限まで高めた。

 

 ガン「無駄だ!!いくらSTR(筋力)が高かろうとその岩は壊れんよ!!」

 

 タクヤ「うぅがぁぁぁぁぁっ!!」

 

 瞬間、岩に僅かだが切れ目が入った。

 

 ロック「んなバカなっ!!?」

 

 切れ目は次第に大きくなっていき、とうとう岩を粉砕した。

 すぐさま着地して岩に挟まれているユウキを救出する。

 

 ユウキ「ありがとうタクヤ!!ってHPがレッドになってるよ!!」

 

 タクヤ「くそっ!!…テメェら、覚悟は出来てんだろうなぁ…!!」

 

 タクヤが徐々に詰め寄る。ガンとロックはタクヤから放たれる威圧感によって後退してしまう。

 

 ロック「び、ビビる事はねぇ。アイツはもう死ぬ寸前なんだ!!

 後1発当てれば終わりだ!!」

 

 ガン「ロック!!オレがアイツを止めてる間に魔法を撃て!!」

 

 すると、ロックはさらに後方に下がり、魔法の詠唱を始めた。

 

 タクヤ「ユウキ!!魔法の方は任せた!!」

 

 タクヤはガンに剣を向け突進する。

 ユウキもタクヤに言われた通りロック目掛けて全速力で地を蹴った。

 

 ロック「バカめ!!ならまずテメェから片付けてやる!!」

 

 タクヤ「やらせる訳…ねぇだろぉがぁっ!!!!」

 

 タクヤはガンの攻撃を受け流し、"スターナイトウォークス”を逆手に持ち、槍投げの要領で真っ直ぐ剣を放った。

 

 ガン&ロック「「はぁっ!!?」」

 

 驚いている間にロックの心臓を"スターナイトウォークス”が貫いた。

 ロックは即死判定を食らい残り火(リメインライト)と化した。

 

 ガン「ロック!!」

 

 タクヤ「次はテメェだ…!!」

 

 ガン「武器もなしで何が…!!」

 

 タクヤは拳を強く握りガンの顔面を捉え、地面に叩きつけた。

 

 ガン「!!」

 

 ユウキ「うわぁ…」

 

 叩きつけられた反動でガンの体が弾むとそこに拳の雨を降らせ、ガンのHPをことごとく削った。

 

 ガン「ぐはぁっ!!」

 

 タクヤ「ラストォォォォォ!!!!」

 

 タクヤの拳はガンの顎を捉え、アッパーカットを決めた。

 ガンはHPも全損して残り火(リメインライト)と化した。

 

『試合終了!!勝者…タクヤユウキペア!!!!』

 

 ユウキ「ボク…また何もしてない…」

 

 タクヤ「勝ったんだからいいじゃねぇか!

 次はユウキに見せ場作ってやるからよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場は大いに盛り上がり、拍手は鳴り止まぬ事を知らなかった。

 各ブロックの1回戦も次第に事なき終えていく。

 タクヤ達はその後も順当に勝ち上がっていき、ついに予選決勝戦へと駒を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Aブロック_

 

 Aブロックの予選決勝戦。

 その舞台に立っているのはリーファストレアペアとリズベットシリカペアだ。

 この試合でどちらかが負けようとも各ブロックの上位2組が本戦へ出場出来る為、この試合は言わば消化試合である。

 

 リーファ「消化試合でも手加減しないよ!」

 

 シリカ「お、御手柔らかにお願いします…」

 

 ストレア「シリカって小さくて可愛いな〜もう〜!」

 

 今から試合をするというこの場の空気などストレアにとって無いものに等しい。

 彼女はいつも自分の世界にいる。

 その世界にいるみんなを平等に愛しているのだ。

 

 リズベット「コラ!!ストレア!!

 今から試合なんだから頬ずりやめなさい!!」

 

 ストレア「ぶ〜けち〜」

 

 シリカ「試合する前に疲れちゃったんですけど…」

 

 リズベット「シリカもシャキッとしなさい!!行くわよ!!」

 

 リーファ「来いっ!!」

 

 決闘(デュエル)の申請を済ませ、カウントに入る。

 

『それでは、Aブロック決勝戦…開始っ!!!!』

 

 シリカ「ピナ!!バブルブレス!!」

 

 先手をとったのはリズベットシリカペアだ。

 ピナによるバブルブレスでリーファとストレアの動きを封じる。

 

 リーファ「ストレアさん!!」

 

 ストレア「おっけ〜いっくよ〜!!」

 

 ストレアが両手剣を振り回し、その風圧で動きを封じていた泡がみるみる割れていく。

 

 シリカ「あぁっ!!」

 

 泡が消え、体の自由を取り戻した所でリーファは翅を広げ、空中へと舞った。

 

 リズベット「やばっ!?」

 

 ストレア「リーファばっかり見てると怪我しちゃうよ〜!!」

 

 空中のリーファに目を奪われた隙にストレアが両手剣を構え、リズベットとシリカに接近していた。

 両手剣の一撃がリズベットを捉えた。

 

 リズベット「ぐっ!!」

 

 辛うじて盾で直撃を避けたがHPが2割程度削られてしまった。

 だが、ストレアの表情は悔しさの類のものではない。

 むしろ、思い通りに事を運んだといった余裕の笑みを零している。

 

 シリカ「リズさん!!」

 

 ストレア「今だよっ!!リーファ!!」

 

 再度、空中に舞っているリーファに視線を移すと、リーファの周りに無数のスペルが漂っていた。

 

 シリカ「ピナ!!ファイアーブレス!!」

 

 シリカの咄嗟の判断で危険を感じ、ピナに攻撃命令を出した。

 一直線に向かわれるピナのファイアーブレスが直撃する前にリーファの詠唱が終わってしまった。

 

 リーファ「食らえぇっ!!」

 

 高密度に凝縮されたエネルギーがファイアーブレスをいとも容易く打ち消し、シリカとリズベットに放たれた。

 ストレアは直撃する寸前までその場に留まらせる為、2人を牽制しつつ攻撃を仕掛けてきている。

 

 リズベット(「どう考えたってあんなの食らったらHPが吹き飛ぶっ!!

 逃げようにもストレアが邪魔してくるせいで動けないしっ!!」)

 

 シリカ「ピナ!!あなただけでも逃げて!!」

 

 シリカの声にピナは怒り、ストレアに爪による引っ掻き攻撃に入る。

 

 ストレア「いたっいたたっ」

 

 リズベット「攻撃が鈍った…!!ナイスピナ!!」

 

 ピナの生み出した一瞬の隙にリズベットとシリカは魔法攻撃の射程範囲外まで逃げ切った。

 ピナも遅れて合流して次の手を考えている。

 

 リズベット「ここからどうやって…」

 

 瞬間、首筋に冷たい感覚がリズベットに伝わった。

 恐る恐る見てみると鈍く光らせた刃が首元にピッタリと位置づけている。

 

 リーファ「勝負…ありましたね…リズさん!!」

 

 シリカ「リズさん!!」

 

 リズベット「ど、どうやって…アンタ、魔法を撃ってたんじゃ…」

 

 リズベット「あの魔法、威力は凄いんですけど当てるには少し遅いんですよ。

 だから、ストレアさんに足止めを頼んでいたんです。

 でも、万が一に足止め出来なかった時、あの魔法は撃ったら落ちていくだけなんで私がトドメをと思ったんです!!」

 

 つまり、リーファは魔法に気を取られている間に死角を利用してリズベットとシリカの背後に回り込んでいたという訳だ。

 

 ストレア「ふぅ〜危うく巻き添え食う所だったよ〜」

 

 シリカ「リズさん…」

 

 リズベット「…やられたわね。この借りは本戦で返すからね!!」

 

 リズベットとシリカは降参(リザイン)してAブロックを制覇したのはリーファストレアペアとなった。

 

 キリト「なかなかやるじゃないか…。

 まぁほとんどリーファの案だろうけど…」

 

 タクヤ「能天気なストレアにはあんな作戦考えつかないからな」

 

 ユウキ「ひ、ひどい…」

 

 アスナ「ど、どっちも頑張ったんだからいいじゃない!」

 

 などと控え室で試合を見ていたタクヤ達が語っていた。

 決勝戦にかぎり、1ブロックずつでの試合となり、タクヤ達は控え室にある特設モニターで試合の観戦をしていたのだ。

 そんな話をしていると試合を終えた4人が戻ってきた。

 

 アスナ「お疲れみんな!」

 

 リズベット「はぁー!!負けた負けた!!巨乳組に負けた!!」

 

 リーファ「り、リズさん!!?それセクハラですよっ!!?」

 

 ストレア「あはは〜楽しかった〜。

 でも、なんか肩こっちゃった…」

 

 タクヤ「なんで仮想世界で肩が凝るんだよ…」

 

 そんな話をしていると、タクヤの背後に巨大な影が現れた。

 

 タクヤ「…なんか用か?」

 

 タクヤは振り向きもせず、その影に質問した。

 すると、気配を感じさせる事なく控え室を出ていった。

 

 クライン「なんだありゃ…?」

 

 タクヤ「カヤトとホークの対戦相手だ。気をつけろよ?2人共…」

 

 カヤト「分かってる。最善を尽くすよ」

 

 ホーク「よっしゃあ!!いっちょかましたるわぁっ!!!!」

 

 カヤトとホークも控え室を出て、会場へと向かった。

 

 キリト「…嫌な予感がするな」

 

 タクヤ「…あぁ」

 

 ユウキ「大丈夫かな…?」

 

 タクヤ達はモニターに視線を移し、今は2人を信じる事しか出来る事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Bブロック決勝戦_

 

 武舞台に現れる2組の選手。

 カヤトとホークの前に立ちはだかるのは控え室で不気味な空気を纏わせていた2人だ。

 

『では、Bブロック決勝戦を始めマス!!』

 

 ホーク「よろしゅうな!」

 

 ホークが2人に握手を求めたがそれを払い除け不敵な笑みを零しながら宣言した。

 

「お前らに死よりもつらい地獄を味あわせてあげるよ…」

 

「ふっふっふっ…」

 

 カヤト「…宣戦布告と言う事ですか」

 

 そして、相手から決闘(デュエル)申請があった。

 あの巨体の名前はズームと言うらしいが、今そんな事はどうでもいいとホークは淡白なまでに作業を進める。

 彼にも事の善し悪しという物を判断する力がある。

 それは誰でも持っているようで実はそうではない。

 仮にもし世界中の人間がそれを持っているのなら犯罪や差別など起こりえないからだ。

 ホークは目の前の2人を睨む。

 握手を拒否されたからとかそういう小さな話からではなかった。

 あの世界ではプレイヤーの死は罪になる。

 だが、あの世界は消滅し、仮想世界に平和が生まれた。

 最低でもここでの死が現実世界に及ぶ事はなくなった。

 だから、ズームが死よりもつらい地獄を味あわせると言った瞬間、ホークの中で小さな怒りの火が灯った。

 

 ホーク(「死よりもつらい地獄…。

 お主らは()()()()()()()()()()()()()

 この平和な世界でそれを経験した事があるんか?」)

 

 彼らにはない。

 そう振る舞うプレイヤーがいるのも否定出来ないし、ましてや、それを止めろとも言えない。

 これはあくまでゲーム。

 ゲームの中ならいつもと違う自分になれる。

 それは当たり前の事で、誰かに兎や角言われる筋合いもない。

 

 カヤト「ホークさん。始まりますよ」

 

 ホーク「カヤト…」

 

 カヤト「はい?」

 

 ホーク「この試合…ワシ1人に戦らせてくれんかの?」

 

 カヤトはホークの頼みに驚いて抗議しようとしたが、ホークの表情を見てその考えを取り下げた。

 

 カヤト「…分かりました。

 でも、危なくなったら助太刀します。それでいいですね?」

 

 ホーク「すまんの」

 

 カウントが徐々に開始の瞬間に迫ってくる。

 ズームと相方のワードロンは短剣を構え、臨戦態勢に入っている。

 

 

 3…2…1…0

 

 

『試合開始っ!!』

 

 合図と共に、カヤトを置き去りにホークが一足飛びで2人に切り込む。

 

 ワードロン「へっへっ…獲物があっちから来やがったぜ…!」

 

 ズーム「手筈通りに行くぞ…」

 

 ズームとワードロンは両側へと別れ、ホークの横へと移動した。

 ホークはまずズームへと軌道を変え、右拳を強く握る。

 ホークもSAOのキャラデータをコンバートした為、ステータスはかなり強化されている。

 SAOでの戦闘スタイルをALOでさらに磨きをかけ、今では素手でもユージーン将軍と渡り合えるだけの力を手にしていた。

 

 ズーム「!!」

 

 ホーク「のろいんじゃよ!!」

 

 渾身の右ストレートがズームの右頬を捉えた。

 勢いの乗った拳をモロに受け、ズームは地面へと叩きつけられた。

 

 ホーク「よっしゃっ!!次…」

 

 瞬間、ホークの視界が歪み始めた。ホークの思考回路が原因を追求する。

 すると、右腕に短剣が刺さっていた。

 だが、短剣を刺されただけでこのような倦怠感は発生しない。

 短剣を抜き去り目を凝らして見てみると、微かにだが緑色の液体が付着していた。

 

 ホーク「こりゃあ…!!」

 

 ズーム「へっへっへっ。まんまと引っかかったな…。

 まさか、ここまで上手く行くとは思わなかったぜ」

 

 ホーク「…毒か」

 

 ホークがズームに気を取られている隙に背後から無数の斬撃を浴びせられた。

 

 ホーク「ぐぉっ!!?」

 

 HPは早くもイエローまで減少し、HPバーの下には猛毒のアイコンが付与されていた。

 

 ワードロン「ご心配なく。これはアイテムではなく、この短剣に元々備わっていた特殊効果ですから…」

 

 ホーク「そんな武器…聞いた事ないんじゃがなぁ…」

 

 猛毒の影響で視界がおぼつかないホークは1度、2人から距離を取る為後退する。

 だが、それをズームとワードロンは阻み、前後に囲まれてしまった。

 

 カヤト「ホークさん!!」

 

 カヤトは両手長柄を構え、ホークの助太刀に入ろうとした。

 

 ホーク「来るな!!」

 

 ホークの一声でカヤトの足が止まる。

 毒の影響でHPはみるみる減少していき、あと数分もしたらHPが全損してしまう。

 

 ズーム「まずは確実に1匹ずつ…」

 

 ワードロン「じわじわとなぶり殺してやるよ…!!」

 

 ホークに残された道は2つ。

 1つ、カヤトに援軍に来てもらい2人を倒すか。

 もう1つはHPが全損する前に2人を倒すか。

 当然、普通なら前者を選ぶ所だが、ホークの頭にはそのような考えはハナからない。

 

 ホーク「これが…お主らの言う…死よりもつらい地獄…か?」

 

 ズーム「あぁ。まだまだ手はあるんだぜ。

 死なせてくれと言われてもじわじわとゆっくり殺していくのが最高にテンションが上がるんだよ…!」

 

 ワードロン「俺らはそうやって他のプレイヤー達を殺していった!

 ある者は泣き喚き、ある者は許しを懇願する…。

 だが、俺らが求めているのは死への恐怖で震え上がったその表情なんだよ!!そんな楽しい事誰がみすみす手放すかってんだ!!」

 

 カヤト「このっ…」

 

 ホーク「…そうか。…それがお主らの掲げる信念なんじゃな?」

 

 瞬間、ホークの姿は2人の前から消えた。

 ズームとワードロンは背中を向け合い、四方からの攻撃に備える。

 だが、いくら待ってもホークが攻撃してくる様子はない。

 

 ズーム「どこだ…?」

 

 ワードロン「毒で動きは鈍ってんだ…。

 いくら不意をつこうとも俺らならいくらでも…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワードロンが言い終わる前にズームの背後で轟音が会場を包み込んだ。

 

 ズーム「っ!!?」

 

 距離を取って土煙から目を離さず短剣を構える。

 すると、中から1つの人影が晒された。

 

 カヤト「…!!」

 

 ズーム「貴様…!!」

 

 中から現れたのはホークであった。

 土煙が晴れ、砕かれた武舞台の下にワードロンの残り火(リメインライト)が音もなく消滅した。

 

 ズーム「…た、たったの…一撃で…?」

 

 ホーク「お主らがどれだけ喚こうが何しようがワシには関係のない事じゃ。

 だがのぉ…死よりもつらい地獄を経験もした事ない輩が吠えるんはちと関心せんのぉ!!」

 

 ホークは地を蹴り、今までよりも速くズームの間合いに入った。

 

 ズーム「なっ!!?」

 

 ホーク「ワシは経験した事ある…。

 死よりもつらい地獄っちゅうヤツをな…」

 

 ホークは両の拳を強く握り締め、そのままズームの腹へと拳を突いた。

 その姿、技はSAOでのホークとタクヤのみが使用していたスキルをこのALOの世界で再現してみせたものであった。

 

 

 "闘拳”スキル"双竜拳”

 

 

 システムアシストなど存在しない為、単なる両拳での突きなのだが、ズームを倒すには事足りた攻撃だ。

 ズームは場外まで飛ばされ、HPが全損した。

 

 

 

『Bブロック決勝戦、勝者はカヤトホークペア!!!!』

 

 

 

「「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」

 

 

 カヤト「やりましたね。一時はどうなるかと思いましたけど…」

 

 ホーク「アホ抜かせ!ワシがあげなん奴らに負ける訳ないやろぉが!!

 それに…ワシはお主ら兄弟には負けとるからのぉ。

 ワシが主らに勝つまで誰にも負けはせんっ!!」

 

 ホークは笑いながら控え室へと向かっていき、その後をカヤトは苦笑しながらついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「お疲れ…ってカヤトは何もしてねぇか」

 

 控え室に戻ってきた2人にタクヤは労いの言葉をかけるが、先の試合ではカヤトは何もしていない為、疲れる事はないのだ。

 

 タクヤ「ホークすげぇじゃん!!最後の"双竜拳”だろ?

 よくシステムアシストなしであそこまで近づかせたな!!」

 

 ホーク「ワシもただゲームばっかやってた訳じゃないんじゃ!!

 ALOじゃプレイヤーの運動神経がデカイとこ持っていきよる。

 それなら、現実世界で鍛えた方が健康的やし、効率もいい!!」

 

 カヤト「効率とか考えてたんですか…」

 

 キリト「健康的っていうのもイメージが湧かないな…」

 

 ホーク「やかましいわっ!!!」

 

 次はCブロックの決勝戦。

 つまりはタクヤとユウキの出番だという事になる。

 タクヤは意気揚々と控え室を出ようとしたが直前にアナウンスが流れた。

 

『えー次のCブロック決勝戦なんですが、ゴーギャンフロストペアの諸事情により、スケジュールをずらして1番最後になりまシタ。

 ご了承くだサイ!!』

 

 タクヤ&ユウキ「「えぇっ!!?」」

 

 アスナ「残念だったね2人共…」

 

 シリカ「で、でも!最後って事は予選の大トリですからむしろ良かったと思いますよ!!」

 

 ユウキ「大トリかぁ…」

 

 リズベット「立ち直り早っ!!?」

 

 という事は次の決勝戦はDブロック…クラインエギルペアとなる。

 

 クライン「よっしゃあ!やっと俺達の出番だぜっ!!」

 

 エギル「相手はどいつだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キング「俺だ…」

 

 

「「「!!?」」」

 

 クラインとエギルの背後にキングが立っていた。

 キングは2人を睨みつけこう宣言した。

 

 キング「貴様らは30秒で沈めてやる…。

 せいぜい俺を楽しませてみろ…」

 

 クライン「んだとコラァっ!!誰を誰が30秒で倒すってぇっ?」

 

 エギル「落ち着けクライン!!」

 

 キングは一瞥をする事もなく、控え室を後にした。

 

 キリト「相当自分の力に自信があるんだろうな…」

 

 タクヤ「それもあるだろうけど…もっと別のモンがある気がする…」

 

 ユウキ「別のものって?」

 

 タクヤ「んー…うまく説明できねぇけど、少なくても…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイツは…SAOの頃のオレらと似た経験をしてる…」

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
アルゴの再登場に仲間内のバトル…最後はホークの完全勝利を書いてみましたが、引き続き予選決勝戦をやっていきますのでよろしくお願いします。


では、また次回!


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【36】予選決勝戦②

という訳で36話目になります。
今回は区切りのいい所で終わらせていますのでいつもより文字数は少ないですがご了承ください。


では、どうぞ!!


 2025年05月11日 14時30分 妖精剣舞予選会場

 

 

 Dブロック決勝戦_

 

 

 クラインとエギルはキングを前に慣れ親しんだ緊張感に支配されていた。

 

 エギル「クライン…これは…」

 

 クライン「あぁ!ビンビン伝わってくるぜ!!

 まるで…SAOん時のフロアボスを前にしてる気分だ…!!」

 

 キングというプレイヤーが放つ殺気は控え室にいた時とは比べ物にならない。

 もしくは、今のキングこそが本当の姿なのか。

 クラインとエギルは愛用している武器を構え、キングに決闘(デュエル)を申請する。

 

 

『それではDブロック決勝戦を開始致しマス!!』

 

 

 カウントが進み、緊張感は極限にまで高められていく。

 クラインとエギルはSAOの攻略組の中でも指折りの実力者だ。

 仮想世界での戦闘経験はおそらくキングより多いハズだ。

 

 

 3…2…1…0

 

 

 クライン&エギル「「!!?」」

 

 何が起きたのか分からない。

 しばらくして腹部に痛みが走った。

 ここに来てようやく2人は斬撃を食らった事を知った。

 

 キング「…」

 

 エギル「な、何が起きた…?」

 

 クライン「全然…見えなかったぞ…」

 

 HPは残っているもののたった一撃で3割以上削られている。

 だが、驚くべき所は攻撃力よりもむしろ移動スピードの方だ。

 クラインとエギルはSAOで最も速いと謳われたアスナやユウキ、キリト、そしてタクヤなどSAOで攻略組を引っ張ってきた強者と肩を並べて戦っていた。

 そこで目が慣れ、周りが速いと言うスピードでも彼らが見たら遅いと感じてしまうだろう。

 だが、クラインとエギルはキングの速度に目が追い付かないどころか、何をされたかも一瞬では分からなかった。

 

 クライン「エギル…アイツは…」

 

 エギル「あの速さは…タクヤの修羅スキルよりも速かった…。

 何がどうなってるか俺にも分からん…。

 だが、やる事は変わらない…!!」

 

 クライン「…そうだな!!」

 

 エギルはクラインの前に立ち、両手斧の腹を見せながら徐々にキングに近づいた。

 

 エギル(「目で追いきれないなら武舞台の端に追いやってスピードを殺すしかない…!!」)

 

 キング「…」

 

 キングは一瞬でエギルの前に立ち塞がり、両手剣を振り下ろす。

 

 エギル「ぐっ!!」

 

 両手斧を盾がわりにしながらもキングは容赦なく両手剣での斬撃を続けた。

 

 クライン「エギル!!」

 

 エギル「お前は出てくるな!!巻き添え食う…」

 

 エギルの言葉は途切れ、代わりに小さな炎となってクラインの前に落ちた。

 

 キング「…つまらん」

 

 クライン「え…エギル…!!」

 

 クラインは目の前の現状を理解出来ず、手足が硬直している。

 

 キング「…目障りだ…消えろ」

 

 両手剣を下から振り上げられ、クラインの体は真っ二つとなり、残り火(リメインライト)となってしまった。

 

 

『…しょ、勝者!!キィィィングゥゥ!!!!』

 

 

 キングは予告した通り30秒でクラインとエギルを倒してしまった。

 会場もキングの勝利に素直に喜べない。

 開いた口が塞がらず、何と表現したらいいか分からないからだ。

 ただ、一言だけ言うのだとしたらキングはただとてつもなく…強い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「…」

 

 タクヤ達はDブロック決勝戦の試合を観ていたのだが、そのあまりの凄さに言葉を失っていた。

 

 リズベット「あんなの…アリ?」

 

 リーファ「強すぎるよ…」

 

 アスナ「キリト君…」

 

 キリト「…前戦った時より…強くなっている…!!」

 

 タクヤもキリトの意見と同じだ。

 この大会のルールとして1人での出場者は他の出場者全員の平均値がステータスに反映されてしまう。

 その為、いくら予選前に鍛えようと大会が始まれば、それは水の泡と化してしまう。

 だが、キングはその逆に明らかにステータスが上がっていた。

 

 ユウキ「どういう事なのタクヤ?」

 

 タクヤ「オレにも分からない…。だけど…」

 

 すると、ユウキはタクヤの表情を見て驚いた。

 タクヤは笑っていたのだ。

 キングの強さに感動し、早く戦いたいという衝動に駆られていた。

 

 ストレア「なんで笑ってるの?」

 

 タクヤ「とてつもなく強い…からかな?

 戦うその時までテンションが下がらねぇよ…!!」

 

 カヤト「…」

 

 カヤトはタクヤの表情を見て、昔の事を思い出していた。

 それはまだ茅場晶彦が大学に入る前にまで遡る。

 当時、拓哉は6歳、直人は5歳でよく晶彦が仕事に出ている両親に代わり拓哉達の面倒を見ていた。

 よく3人で今では懐かしい据え置き型のゲームをしていて、拓哉は晶彦に負けては挑み、負けては挑むの繰り返しだった。

 何度負けようとも諦める事はなかった。

 晶彦もたかがゲームでそこまで熱くなれるものなのかと拓哉に聞いた事がある。

 拓哉は怒りながらも当たり前だ、と言った。

 直人は負ければすぐに諦めていたし、第一、5歳児が高校3年生の男性に敵う訳もないのだ。

 だが、拓哉はそんな事これっぽっちも思っていなかったらしく、目が合いさえすれば挑戦しては惨敗を繰り返していた。

 いつもゲームをしている時は負けても笑って、心の底から楽しんでいたのだ。

 

 ユウキ「カヤトからも何か言ってあげてよー」

 

 カヤト「…まぁ、元々こういう人ですから…家の兄は」

 

 ユウキ「…それもそっか!」

 

 タクヤ(「やべぇ…!!手が、足が、震えてる…!!

 待ちきれねぇ!!早く…早くオレの番まで回ってこいっ…!!」)

 

 必死に衝動を抑え、平静を保つ。

 

 ユウキ「タクヤー?次はボクに見せ場くれるんだよね?」

 

 タクヤ「…」

 

 タクヤはそっと視線をユウキから離す。

 

 ユウキ「くれるんだよね?」

 

 タクヤ「…」

 

 次は体ごとユウキから遠ざかった。

 

 ユウキ「準決勝までタクヤ、ボクに全然戦わせてないじゃーん!!

 ボクも戦う戦う戦う!!」

 

 とうとうユウキは地面に寝転がり地団駄を踏み始めた。

 タクヤは知っている。

 こうなってしまってはこちらが折れる以外に道は残されていない事を。

 

 タクヤ「分かったよ…。悪かったな、楽しみとっちゃって。

 次は思う存分戦ってこい!!オレはサポートに徹するから頑張れよ!!」

 

 ユウキ「本当っ?わぁーいわぁーい!!タクヤ大好きー!!」

 

 ストレア「あ〜!!私もタクヤをギュ〜したい〜!!」

 

 タクヤは両サイドからユウキとストレアに抱きしめられ、身動き出来ない。

 

 リズベット「アンタは行かなくていいの?」

 

 シリカ「え、えっ!?な、何言ってるんですかっ!!

 わ、私はそんな…ちっとも羨ましいなんて…じゃなくて!!」

 

 シリカは途端に顔が赤くなっていき、額には冷や汗が滲んでいた。

 

 アスナ「リズ。あんまりシリカちゃんをいじめないの!」

 

 リズベット「だって面白いんだもん!」

 

『続いてEブロックの決勝戦を始めたいと思いますので、キリトアスナペア、カストロアストラペアは武舞台までお越しくだサイ!!』

 

 アナウンスで呼ばれた2組は控え室を後にして武舞台へと向かった。

 その道中キリトとアスナに対戦相手のカストロが話しかけてきた。

 

 カストロ「初めまして。

 今日はいい試合にしましょう()()()()()

 

 キリト「あぁ。こちらこそよろしく頼む」

 

 アストラ「よろしくね()()()()()

 

 アスナ「よろしくお願いします」

 

 挨拶を交わし終えた所で武舞台に到着し、同じタイミングで武舞台を上がった。

 

 

 Eブロック_

 

 

『では、Eブロック決勝戦を開始致しマス!!』

 

 キリトはカストロに申請を送り、カストロはそれを承諾する。

 カウントが始まり、キリトとアスナは剣を構えた。

 対するカストロとアストラは両手長柄を握り締め、交戦準備を整えた。

 

 

 3…2…1…0

 

 

 カウントが終わり、アスナは後方へキリトは前方に目掛けて地を蹴った。

 アスナは後衛からの魔法による攻撃と支援に徹するようだ。

 キリトは黒い刀身を鈍く光らせ、カストロとアストラに斬撃を放つ。

 アスナの支援魔法により、強化されたキリトが切り込むというバランスのとれた作戦だ。

 だが、カストロとアストラも伊達にここまで勝ち上がってきただけの事はある。

 アストラがすぐ様支援魔法をかけて、防御力を高めた。

 それを見越してカストロはキリトの前に立ち塞がり、両手長柄をキリトに突く。

 紙一重の所で躱されたが徐々に攻撃の手が増え、雨あられの如く両手長柄がキリトを襲う。

 

 キリト「くっ!」

 

 たまらずキリトが後退するが、カストロは攻撃の手を緩める事なくキリトに迫った。

 

 キリト「なかなかやるな…!」

 

 カストロ「()()()()に褒められて光栄です…!!」

 

 キリト「!!…お前は!!」

 

 キリトに隙が生じ、カストロの両手長柄が頬を掠めた。

 

 カストロ「しっ!!」

 

 さらに一撃、左肩を抉る。

 ダメージ量的にはまだ問題ではないが、貰い続けるのもジリ貧である事は明白でキリトは片手用直剣を両手長柄の上を滑らせ、大きく軌道を変えた。

 

 カストロ「!!」

 

 キリト「はぁっ!!」

 

 キリトの剣閃がカストロの右肩を捉えようと斬りかかった。

 だが…

 

 アストラ「ふっ!!」

 

 カストロの背後から放たれた水の鎖にキリトの剣は弾かれ、鎖は勢いを落とす事なくキリトの体を締め上げた。

 

 キリト「こ、これは…!!」

 

 アスナ「水流鎖(ウォーターバインド)!!すぐにキリト君を助けなきゃ…!!」

 

 アスナは細剣を腰あたりに付け、抜剣の構えのまま跳躍した。

 空中でならいくらでも勢いをつける事が出来る為、攻撃力が単純に倍上がる。

 空中から一直線にアストラを狙い定め、翅を消し、空中から身を投げた。

 

 アスナ「やぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 カストロ「アストラ!!あれは流石に避けなさい!!」

 

 アストラ「はい!!」

 

 アストラはキリトへの水流鎖(ウォーターバインド)を解除してその場を退く。

 アスナの攻撃は躱されてしまったが、キリトを助け出す事が出来ただけでも収穫はあった。

 

 アスナ「大丈夫?キリト君…」

 

 キリト「あぁ、助かったよ。…それにしても、アイツら…」

 

 キリトの中である疑惑が浮上してきた。

 キリトはALOをプレイし始めてまだ4ヵ月程度だ。

 周りからの認知度も低い。

 となれば、当然ここでは()()()で呼ばれる事もなくなった。

 

 キリト「…気を引き締めていくぞ、アスナ!!」

 

 アスナ「キリト君…うん!!私達なら誰が相手だろうと負けないよ!!」

 

 すると、カストロが土煙から現れ、アスナに刃を向けた。

 咄嗟に細剣で防御するが、AGIを重視したステータスのアスナにとってSTRまかせの戦法は分が悪い。

 すかさずキリトが加勢に入り、カストロの両手長柄を弾いた。

 だが、入れ替わるように次はアストラがキリトに巨大な土魔法を狙い撃った。

 キリトは翅を羽ばたかせ、空中に逃げたがそこにはカストロが待ち受けていた。

 

 キリト「しまった!!」

 

 カストロ「しっ!!」

 

 さらに速くなった両手長柄の雨にキリトのHPが軒並み削られていった。

 

 アスナ「キリト君!!」

 

 アストラ「あなたの相手は私よ!!()()さん!!」

 

 アスナ「!!」

 

 アスナがキリトの援護に回ろうとするがアストラがそれを阻む。

 

 アストラ「カストロ様の邪魔はさせません!!」

 

 アスナ「くっ…!」

 

 アストラが魔法の詠唱を唱え始め、アスナも魔法の詠唱を始めた。

 アスナもアストラも互いに水妖精族(ウンディーネ)を選択している。

 水妖精族(ウンディーネ)は9つの種族の中でも魔法の源であるMPの絶対量がダントツで、その2人が魔法を撃ち合えばただでは済まない。

 それを承知で2人は魔法を発動した。

 アストラが放ったのは水魔法の海豚の漣(ドルフィンエッジ)

 無数のエッジがプレイヤーを襲い、さらに麻痺を付与させる厄介な魔法だ。

 アスナは対抗して水魔法の激流葬(スプラッシュホール)だ。

 本来はプレイヤーを発生させた滝壺に沈める為の魔法だが、この魔法はMPを自分で調整出来る為、時には防御としても有効なのだ。

 激しい水飛沫が舞いながら武舞台は辺り1面小さな海と化した。

 

 アスナ(「この人…強い!!」)

 

 アストラ(「流石ね…!!でも、負けない!!」)

 

 地上でアスナとアストラが交戦する最中、空中ではキリトとカストロが刃を交え、激しい戦闘が行われている。

 

 カストロ「さすがに…強いですね…!!」

 

 キリト「…お前もな」

 

 カストロは息付く暇もなくキリトを突く。

 キリトもダメージ覚悟で前へ出て剣撃を浴びせた。

 互いのHPはイエローに達している。

 あと数発貰ったら倒れるという所まできていた。

 

 キリト「…カストロ。アンタは…SAO帰還者(サバイバー)だな?」

 

 カストロ「…どうしてそうだと?」

 

 キリト「オレを黒の剣士って呼ぶのSAOからの知り合いの奴だけだ。

 なら、お前はSAOでオレの事を知っていたとなる…」

 

 カストロ「…そうですか。そうですよね。

 いかにも、私はSAO帰還者(サバイバー)です。

 主に中層で活動していました」

 

 カストロは自らの過去をキリトに聞かせた。

 そして、地上でも…。

 

 アスナ「アストラさん。あなたはSAO帰還者(サバイバー)よね?

 私の事を閃光って呼んでたから…」

 

 アストラ「…はい。その通りです」

 

 アスナ「じゃあ、キリト君が戦ってるあの人も…?」

 

 アストラ「…カストロ様はSAOに閉じ込めれ、私が死の淵に立たされていた時に私をお助けになられた恩人です。

 私は…あの方に一生ついて行くと決めた…!!」

 

 すると、アストラは海を裂き、両手長柄をアスナに向け振り下ろした。

 アスナも魔法を中断して細剣で防ぐ。

 その衝撃で海が弾け飛び、会場中に海の雨が降り注いだ。

 

 アスナ「アストラさんは…カストロさんの事が好きなのね?」

 

 アスナがそう言った瞬間、アストラは誰が見ても明らかな程に顔を紅潮させ、アスナから距離を取った。

 

 アストラ「な、なな、何を…!!?

 そうか…私を誑かして気をそらすつもりですね!!

 そうはいきませんよ!!」

 

 アスナ「え?いや、そんなつもりじゃあ…」

 

 だが、時すでに遅し。

 アストラは詠唱を済ませ、自身の最上級であろう巨大な氷山を上空に出現させた。

 

 アスナ「うそ…!!」

 

 キリト「おいおい…デカすぎるだろ…」

 

 カストロ「やれやれ…アストラには困ったものだ。」

 

 アストラ「これで…終わりです!!」

 

 掛け声と共にアストラは氷山をアスナに落とした。

 あまりにも巨大な為、どこに逃げようとも確実に当たってしまう。

 

 アスナ(「私も魔法で…!でも、まだあれに勝てるだけの熟練度が…!!」)

 

 キリト「アスナ!!」

 

 アスナ「!!」

 

 キリトはカストロを退け、アスナの元へ戻って来た。

 

 キリト「カストロもあの魔法は予想外だったみたいだ。

 自分は早々と射程圏外に2人で逃げてる…」

 

 アスナ「じゃあ、私達はどうすれば…」

 

 キリト「…オレにまかせてくれないか?」

 

 アスナ「え?」

 

 正直、アスナはいくらキリトだと言ってもあれをどうにか出来る訳が無いと思った。

 最低でもSAOのキャラデータをコンバートしているなら可能性はあったが、今のキリトはそれには遠く及ばない。

 

 アスナ「でも、どうやって?」

 

 キリト「魔法には必ず当たり判定っていう核が存在する。

 それを的確に叩ければ魔法は威力を失うハズだ…。

 だから、アスナに借りたいものがある」

 

 アスナ「借りたいもの?」

 

 キリト「1つはアスナの細剣。二刀流でどうにかしてみる。

 もう1つが…」

 

 瞬間、キリトの顔がアスナに迫り一瞬驚いたが、その感情を容易く覆す事が起きた。

 

 アスナ「!!?」

 

 アスナの顔はどんどん赤くなっていき、終いには体から蒸気まで上っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場の中央でキリトはアスナに熱い口づけを交わした。

 

 キリト「もう1つは…アスナ。君の気持ちだ…。

 確かに借り受けたよ」

 

 そう言い残してキリトは両の手に剣を携え、落ちてくる氷山へと向かった。

 アスナはその後ろ姿をただ、熱い感触の余韻に浸りながら見送っていた。

 キリトは最高速度で氷山へと駆け上がる。

 おそらく、頭のいいカストロの事だ。

 氷山を壊したとしてもその先の展開すらも予想しているに違いない。

 

 キリト「なら、それを覆してこそだろ…!!」

 

 近づくにつれてキリトの周りが冷気で覆われる。

 所々体の一部も凍ってきていた。

 

 キリト(「時間はない…チャンスは…1度っきり!!」)

 

 ついに、氷山まで剣が届く寸前の場所まで近づいた。

 

 

 キリト「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 両手の剣を魔法の核目掛けて振り降ろされた。

 すると、氷山に亀裂が生じ、次第に氷山は亀裂を伸ばしていった。

 原型を留める事が出来なくなった氷山は砕け散りながら地上へと落ちては消えていく。

 

 カストロ「まさかとは思いましたが本当にやるとは…!!」

 

 アストラ「そんな…!!」

 

 アスナ「キリト君…」

 

 キリトの後ろ姿を見たアスナは思い出していた。

 あの世界でに2本の剣でみんなを守る為に戦っていた黒の剣士の姿を。

 今のキリトもスキルはなくてもアスナにとっては唯一無二のヒーローなのだ。

 

 キリト「よし!!…後は!!」

 

 キリトは土煙の中を進み、カストロとアストラの目の前に飛び出た。

 

 カストロ&アストラ「「!!」」

 

 キリト「ふっ!!」

 

 キリトの高速で振り降ろされた剣閃によりカストロとアストラはダメージを負う。

 カストロはレッドに差し掛かったがアストラはHPが全損してしまった。

 

 アストラ「カストロ様…すみません…」

 

 カストロ「もういいですよ。アストラはよく頑張りました。

 ゆっくり休んでください…」

 

 アストラ「…はい!!」

 

 残り火(リメインライト)へと変わってしまったアストラは地上へと落ちていった。

 

 キリト「残すはカストロ…お前だけだ…!!」

 

 カストロ「互いにHPはごく僅か…。

 次の一撃でどちらが勝つか決まりますね!!」

 

 互いに武器を構えるが、どちらも動こうとしない。

 いや、正確には今動けば負けなのだ。

 それだけの圧力の中に身を置いている気持ちは一体どうなんだろうか。

 だが、このままでは勝負がつかないのも確かだ。

 痺れを切らしたのかカストロが先に動いた。

 カストロの両手長柄が躊躇なくキリトの心臓を貫かんとする。

 キリトはそれを避け、カストロの右腕を切断しようと推進力をつけて右腕に刃を振った。

 カストロも咄嗟に右腕を引いて左手に持ち替え、脇腹に貫こうとする。

 瞬間、カストロの左手の両手長柄が刃を失っていたのだ。

 

 カストロ「!!?」

 

 この時、カストロの一瞬の隙をキリトは見逃さなかった。

 

 キリト「はぁぁぁっ!!!!」

 

 アスナから借り受けた細剣でカストロの心臓を貫いた。

 

 カストロ「ぐっ!!…やっぱり…強いです…ね…」

 

 どうやら力尽きたらしく、残り火(リメインライト)となって地上へと落ちていった。

 

 

『Eブロック決勝戦…勝者は、キリトアスナペア!!!!』

 

 

「「おぉぉぉぉぉっ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 控え室に戻ってきたキリトとアスナを待っていたのはニヤニヤした顔が止まらない仲間達だった。

 

 リズベット「まさか、公衆の面前であんな大胆な事するなんてねー」

 

 リーファ「お、お兄ちゃん達…すごいね…」

 

 シリカ「恥ずかしいですけど…私もいつかやられてみたいです…」

 

 2人は顔を赤くし椅子へと座る。あまりにも美しい姿勢にさらに笑えてくる光景だ。

 

 ストレア「私もタクヤにしてあげよっか〜?ちゅー…」

 

 ユウキ「だ、ダメに決まってるじゃん!!

 タクヤの唇はボクだけのものなんだぞ!!」

 

 タクヤ「恥ずかしいからやめろ!!?」

 

 ストレア「え〜…でも、私の唇はタクヤのものだよ?」

 

 タクヤはそれを聞いて思い出した。

 前に1度ストレアから頬にキスをされた事がある。

 その事は誰にも話していないし、話したとしたらたちまち噂が広がってしまうのを恐れたからだ。

 だが、ストレアはそんな事気にせずみんなの前で言ってしまった。

 

 ユウキ「…タクヤ。…どういう事なのかな?」

 

 タクヤ「さ、さぁ?お、オレにも何の事やらさっぱり…」

 

 ユウキ「嘘!!また左斜め上向いてるよ!!やっぱり何かあったんでしょ!!」

 

 タクヤ「ま、待て!!オレは悪くないってストレアが勝手に…!!」

 

 ユウキ「問答無用!!!!」

 

 タクヤ「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後はFブロックの決勝戦を行い、接戦の末に鍛冶妖精族(レプラコーン)の少女のペアが勝ち上がった。

 

 そしてついにタクヤとユウキのCブロック決勝戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
キリトとアスナのメインの話って今読み返してみてもこんなにがっつり書いたのは初めてでしたね。
もっと出番増やさないと…


では、また次回!


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【37】予選決勝戦③

という事で37話目です。
更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
次回よりいよいよ妖精剣舞本戦になります。
色々とネタを仕込んでいきますのでお楽しみに!


では、どうぞ!


 2025年05月11日 17時00分 妖精剣舞会場

 

 夕日が差し込み、予選会場はライトアップされさらに盛り上がりを見せていた。

 今からいよいよ予選最終決勝戦が始まる。

 

 タクヤ「よし!ユウキ、派手に暴れて来い!!」

 

 ユウキ「うん!!…でも、危なくなったらその時は助けてね?」

 

 長い通路を渡りながらタクヤとユウキが話している。

 もう既に対戦相手のゴーギャンとフロストは会場でタクヤ達を待っていた。

 会場につくと観客からの声援が雨のように降り注ぎ、2人の気合いもさらに高まっていく。

 

『ただいまよりCブロック予選決勝戦を始めマス!!』

 

 タクヤ「よろしく!」

 

 ゴーギャン「こちらこそ」

 

 ユウキ「楽しい試合にしようね!」

 

 フロスト「…」

 

 フロストは無言で頷き、双方握手を交わして距離を置く。

 ゴーギャンからの決闘(デュエル)申請を承諾し、カウントが始まる。

 互いに片手用直剣を武器に選択して、愛剣を構える。

 

 

 3…2…1…0

 

 

 ユウキ「行くよっ!!」

 

 ユウキが誰よりも速く前へと飛び出した。

 ゴーギャンとフロストは冷静にユウキの剣撃を躱しつつ攻撃へと転じる。

 ユウキはそれをSAOで培った反射神経のみでゴーギャンとフロストに空を斬らせた。

 

 ゴーギャン「速い…!!」

 

 フロスト「…!!」

 

 ユウキ「まだまだだよ!!」

 

 ユウキはさらに回転率を上げて2人を圧倒していく。

 ゴーギャンとフロストはいつしか防御態勢に強制的に入らされ、徐々にHPが削られていった。

 

 ゴーギャン「…フロスト!!」

 

 フロスト「!!」

 

 ゴーギャンがそう言うと2人は後方へ飛翔し、フロストだけが再度ユウキに剣を振るった。

 フロストの片手剣はユウキの片手剣よりも細く、どちらかと言えば細剣に近いものであった。

 その為、軽さを重視した剣はユウキの剣の前では力不足という結果を生んでいる。

 

 ユウキ(「フロストよりゴーギャンの方がいい気もするけど…」)

 

 などと考えているとフロストは上段から剣を振り下ろす。

 咄嗟に剣で防御の態勢に入ったが、後方からタクヤの叫び声が聞こえてきた。

 

 タクヤ「ユウキ!!それを受けるな!!」

 

 ユウキ「えっ?」

 

 剣と剣が衝突した瞬間、今まで味わった事のない衝撃がユウキを襲い、立っていた武舞台はその衝撃でもろくも崩れ散った。

 

 ユウキ「な、なに…これ…!!」

 

 先程までフロストの力とは思えない程の強く、重い、体の芯を直接揺さぶられているような感覚を味わいながらも何とか受け止める事に成功したが、フロストの背後からゴーギャンが現れた。

 

 ユウキ「やばっ!!?」

 

 両手はフロストの剣を防いでいる為ゴーギャンに割く事が出来ず、かと言って力を抜けばフロストの攻撃を受けてしまう。

 しかし、それでは逆にゴーギャンから隙だらけの無防備な状態のまま攻撃を受けてしまう事になる。完全に八方塞がりであった。

 

 ゴーギャン「貰った!!」

 

 ゴーギャンの水平斬りがユウキの腰周りに狙いを定め、迷いなき剣閃がユウキに襲いかかってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴーギャン&フロスト「「!!?」」

 

 ユウキ「…あ」

 

 ユウキは体が上半身と下半身で別れるイメージまで出来ていたが、それは叶わなかった。

 ゴーギャンもフロストも突然の出来事で理解が追いつかない。

 だが、言えるのはゴーギャンの水平斬りは()()()()()()()()()という事だ。

 その人物は試合開始時からその場を動いておらず、全体の状況を把握出来ている者にしか出来ない芸当である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「ギリギリだったな…ユウキ!!」

 

 

 ユウキ「タクヤ…!!」

 

 タクヤはゴーギャンを払い除け、フロストもユウキから離脱させた。

 

 タクヤ「悪いな…コイツら、中々強いからオレも相手したくなった」

 

 ユウキ「ううん。ありがとう!助けてくれて!」

 

 タクヤ「ユウキはオレのパートナーなんだ。当たり前だっつーの!

 …さぁて、行けるか?ユウキ!!」

 

 ユウキ「まかせて!!」

 

 タクヤとユウキは左右対称の構えをとり、ゴーギャンとフロストに突撃をかけた。

 

 ゴーギャン「オレはタクヤ…!!フロストはユウキを頼む!!」

 

 互いにマッチアップし、剣と剣が入り交じり合う。

 ハイレベルな攻防に観客達もヒートアップしていき、それに合わせるかの如く、剣撃はさらに加速していく。

 

 タクヤ「中々やるな!」

 

 ゴーギャン「アンタもね!」

 

 タクヤは距離を取り、地を思い切り蹴って最高速に入る。

 視認が難しい速さで剣撃を浴びせていくタクヤにゴーギャンは防御の態勢をやむなしにされた。

 

 ゴーギャン(「ユウキと同じかそれ以上の速さ…!!」)

 

 速さでは勝てないと悟ったゴーギャンは空中へと飛翔し、魔法の詠唱を始める。

 

 タクヤ「させっかよっ!!」

 

 だが、タクヤが駆けつける前にゴーギャンの詠唱は終了し、再び挑んできた。

 すると、先程までは受け止められていた剣撃が一気に重くなり堪らずタクヤは地上へと叩きつけられた。

 

 ユウキ「タクヤ!!…ってわぁっ!!?」

 

 轟音鳴り響いた武舞台に視線を移した瞬間にフロストの剣閃が躊躇なくユウキの懐へと潜り込んでくる。

 

 フロスト「…!!」

 

 さらに、先程から威力も速さも撃ち合う度増していき、今では目では追いきれず反射神経だけで防いでいた。

 

 ユウキ「付加魔法だろうけど…効果時間長すぎない?」

 

 フロストと一騎打ちをしてもう10分程経過している。

 そろそろ魔法の効力が切れてもおかしくない。

 だが、フロストはそんな素振りを見せずその速さを活かし死角から死角へとユウキの動きを完璧に捉えてみせた。

 

 ユウキ「がっ!!」

 

 最早、反射神経だけでは全てを躱し切るのは難しくなってきた。

 ユウキは防御に専念しているとまたさらに速く、強くなっていく。

 

 フロスト「…!!」

 

 ユウキ「!!?」

 

 頭上から剣で貫こうとするのを間一髪の所で急所には至らなかったが、HPは今のでイエローゾーンに達してしまった。

 

 ユウキ「くぅぅ…効くなぁ…!!」

 

 すると、背中に暖かい感触を感じた。

 そこには息を切らしながらもどこか楽しそうなタクヤの姿があった。

 

 ユウキ「…楽しそうだね?」

 

 タクヤ「実際楽しいからな…。ユウキだってそうだろ?」

 

 ユウキ「もちろん…メチャメチャ楽しいに決まってるじゃん!!」

 

 戦況は圧倒的に不利。

 HPも残り僅かなこの状況でタクヤとユウキは頬を緩めた。

 今までゲームで強くなるのは自己防衛本能によるものだった。

 敵を倒し、自身を強化し、生きる為に剣を振るっていた。

 

 ユウキ「でも違うんだよね…」

 

 ここはあの戦場ではない。

 剣を振るう理由は大して変わらないがその本質は全く別の物だ。

 

 タクヤ「ここは…SAOじゃない…」

 

 目の前にいるプレイヤーは絶対的な敵ではない。

 自身の技術と経験を全てさらけ出し、正当なる決闘だ。

 タクヤとユウキは剣を握り直し、同じタイミングで地を蹴る。

 

 ゴーギャン&フロスト「「!?」」

 

 先程までの2人ではない事は一合うちあっただけで理解した。

 力が一点に集中し、揺るぎない信念が垣間見えている。

 

 ゴーギャン(「ここからが本番か…!!」)

 

 フロスト「…」

 

 ユウキ「行くよっ!!」

 

 タクヤ「第2ラウンド開始だ!!」

 

 タクヤがゴーギャンに、ユウキがフロストに闇魔法の煙幕を張る。

 会場中に煙幕が広がり、観客がざわめき始めている。

 

 ゴーギャン「…どこだ?」

 

 フロスト「…」

 

 周囲を警戒しているとゴーギャンの背後から剣閃が飛び込んできた。

 

 ゴーギャン「くっ!」

 

 すかさず反撃を繰り出すが、ゴーギャンの剣は空を切るだけであった。

 再び背後から入るがそれを防御したゴーギャンがその影を捉えた。

 

 ゴーギャン「!!」

 

 ユウキ「あれ?バレちゃった?」

 

 ゴーギャンはタクヤが背後から奇襲しているものかと思っていたが、そこにいたのはフロストと戦っているハズのユウキだった。

 

 ゴーギャン「じゃあ、フロストは…」

 

 ユウキ「この決闘(デュエル)はタッグ戦だよ?」

 

 ゴーギャン「!!」

 

 煙幕が次第に晴れ始め周りの景色が姿を現す。

 ユウキはゴーギャンから距離を取って出方を伺っている。

 

 ユウキ「君の相手はボクだよ!!」

 

 ゴーギャン(「フロストも強い…。俺はコイツを…!!」)

 

 瞬間、空中で大爆発が起きた。

 

 ユウキ&ゴーギャン「「!!」」

 

 そして、武舞台中央に1つの影が落ちた。

 そこにあったのはフロストの残り火(リメインライト)だった。

 

 ゴーギャン「!!」

 

 タクヤ「…残るはお前だけだな。…ゴーギャン!!」

 

 空中に残っていたのはHPがレッドに差し掛かっているタクヤだった。

 タクヤはユウキの隣に着地して剣をゴーギャンに向ける。

 

 タクヤ「そろそろ決着…つけようか?」

 

 ゴーギャン「…あぁ!!臨むところだ!!」

 

 ユウキ「ちょっと!!タクヤはフロスト倒したんだからダメだよ!!

 ゴーギャンを倒すのはボクなんだから!!」

 

 ユウキがタクヤの前に出て静止させる。

 

 タクヤ「でも、アイツめちゃくちゃ強いぞ?大丈夫か?」

 

 ユウキ「大丈夫だよ!!ボクが負けると思ってるの?」

 

 ユウキは笑顔を見せながら再度、ゴーギャンに向き直る。

 

 ゴーギャン「…随分なめられたものだな」

 

 ユウキ「逆だよ。君が本当に強いから負けない…負けたくないんだ!!

 もうお互いにHPはそんなにない…。

 次の攻撃で終わらせてみせる!!」

 

 ゴーギャン「…来いっ!!!」

 

 互いに剣を構え、徐々に距離を詰める。そして、2人は同時に前に出た。

 剣が交差し、互いの頬に切り傷が生まれるがそんなものに神経を費やしている余裕などない。

 次の一撃も互いに譲らず、ダメージが入らない。

 

 ゴーギャン(「フェイントを織り交ぜて…」)

 

 ユウキの左上の突きを躱し、脇腹に水平斬りを入れる。

 ユウキは咄嗟に体を引き、剣を躱した…かのように思われた。

 

 ゴーギャン「ここだ!!」

 

 ゴーギャンは寸前で剣を止め、前進した。

 

 ユウキ「!!」

 

 ゴーギャンとユウキの距離は30cmも離れていない。

 つまり、どんな攻撃も必中する間合いをゴーギャンは取った。

 剣を逆さ持ちに変え、下から上へと剣を振り上げた。

 

 ユウキ(「まだ…!!」)

 

 剣先がユウキのアーマープレートに触れた瞬間、ユウキは体を超高速で捻らせ、ゴーギャンのガラ空きの胴に剣撃を加える。

 

 ゴーギャン「なっ!!?」

 

 ユウキ「もっと速く…!もっと…強く!!」

 

 ゴーギャンに放たれた剣撃はユウキの加速と共に回転数をあげ、計11連撃にも及ぶ突きを浴びせた。

 ユウキがソードスキルのないALOで初めて繰り出したSAOのソードスキル。

 

 

 絶剣スキル"マザーズ・ロザリオ”

 

 

 システムアシストなど存在しないが、観客の誰もがユウキの剣技に目を奪われていた。

 それは直接体で味わったゴーギャンも同じであった。

 

 ゴーギャン「…綺麗だ…」

 

 そう言い残し、ゴーギャンは残り火(リメインライト)となった。

 

 

『試合終了!!Cブロック予選決勝戦…勝者タクヤユウキペア!!!!』

 

 

「「「おぉぉぉぉっ!!!!」」」

 

 ユウキはその場に経たり混んだ。

 今までにないほど気力を消耗したせいで足に思うように力が入らない。

 すると、不意に浮遊感に襲われたユウキは一瞬驚いたが、その原因はすぐに理解した。

 

 タクヤ「お疲れユウキ」

 

 ユウキ「タクヤも…お疲れ!」

 

 タクヤはユウキをお姫様抱っこして会場中に手を振った。

 観客の中には労をねぎらう者、野次を飛ばす者、冷やかす者といたがタクヤとユウキにはあまり関係の無い事だった。

 今はこの喜びを胸にしまい、明日の本戦で優勝する時まで取っておきたかったのだ。

 

 ユウキ「タクヤ…そろそろ歩けるよ?」

 

 タクヤ「いいよ…このまま運んでやるからゆっくりしとけ…」

 

 ユウキ「う、うん…。でも、恥ずかしいね…」

 

 ユウキは頬を赤くしながら視線をタクヤから外す。

 タクヤの顔を見ていると余計に恥ずかしくなってしまうからだ。

 

 タクヤ「明日も頑張ろうぜ…!!」

 

 ユウキ「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月11日 18時00分 妖精剣舞会場

 

『これにより全ての予選が終了しまシタ!!

 明日の本戦について軽くルール説明を致しマス!!』

 

 アナウンサーがそう言うと、背後で巨大な3Dモニターが展開された。

 

『まず、会場ですがこちらで用意するインスタントマップとなります。

 海、山、草原、荒野、遮蔽物のある居住区エリアと状況に応じたエリアが複数存在致しマス!!制限時間は3時間!!

 そして、各ペアがランダムに転移され合図と共に試合開始デス!!』

 

 モニターに映されたエリアの広さは大体10kmあるかないかとかなり広く作られているようだ、

 

『また、明日補足説明を致しますので明日の13時に会場に集合してくだサイ!!

 では、明日までしばしお別れデス!!またお会いしまショウ!!』

 

 モニターとアナウンサーはその場から消え、観客達も自分の領土やアルンへと帰っていった。

 

 タクヤ「明日は誰にも負けねぇからな!!覚悟しとけよ!!」

 

 リズベット「私達だって頑張るわ!!

 まずは、リーファとストレアにリベンジよ!!」

 

 エギル「俺達はキングにリベンジ…と言いてぇ所だが、あそこまで実力差があるんじゃあな…」

 

 クライン「何言ってんだ!!今度こそアイツを斬ってやる!!」

 

 クラインもいつになく本気で挑んでいるようでタクヤ達にもその意気込みがいい意味刺激を与えていた。

 

 ホーク「じゃあ、ワシらは帰るわ!また明日のぉ!!」

 

 シリカ「私もそろそろ失礼します!」

 

 次第に全員がログアウトしていき、残っているのタクヤとキリト、ユイにストレアであった。

 ユイとストレアはログアウトはしない為、アルンにあるタクヤとキリトのホームへ帰る事になる。タクヤとキリトが2人送る事にした。

 

 アルゴ「大会は順調みたいだナ」

 

 タクヤ「ん?アルゴ?何でここにいるんだよ?」

 

 物陰からこっそり現れたのは"鼠”のアルゴであった。

 

 ストレア「タクヤ〜誰〜?」

 

 タクヤ「こいつは情報屋だ。

 SAOから今にかけて情報屋を営んでるんだよ」

 

 アルゴ「よろしくナ!スーちゃん!!」

 

 ストレア「私の名前知ってるの?」

 

 アルゴ「まぁナ。…タク坊ちょっと…」

 

 そう言われてタクヤとアルゴはキリト達から少し離れた場所まで来る。

 

 タクヤ「で?どうだった?」

 

 アルゴ「確かに…どうもきな臭い噂が一部で出回っているらしイ。」

 

 タクヤは今日の予選前にアルゴにキングの身辺調査を探ってもらっていた。

 まさか、半日で調べ終われると思わなかったが。

 

 アルゴ「あの両手剣…どこの掲示板や攻略サイトにも載っていない未確認の武器らしイ。」

 

 タクヤ「あれが…」

 

 タクヤはキングが身に付けていた両手剣を思い出す。

 まるで、人間の血でコーティングされたような真っ赤な刀身。

 両手剣の割にリーチが短い事などだ。

 

 タクヤ「もしかして…違法か?」

 

 アルゴ「そこまでは分からないガ、可能性はあるだろうナ」

 

 タクヤ「そうか…。他に分かった事は?」

 

 アルゴ「そうだナ…。

 キングは昔、特定のプレイヤーとコンビを組んでいたんダ。

 リアルでも友達みたいだったんだガ、1年前にそれがぱったり無くなったんだト…」

 

 キングにパートナーがいたという真実に驚きはしたものの、よくよく考えてみれば別にそれがおかしいという訳ではない。

 だが、タクヤはそこに妙に引っかかった。

 

 タクヤ「コンビ…か…」

 

 アルゴ「それ以降キングが誰かとコンビやパーティを組んだ所を見た事がないらしイ…。

 そして、同じ時期に荒れ始めて今に至ル…。

 分かったのはこれくらいだナ」

 

 タクヤ「いや、短時間でこれだけ集められねぇよ。

 ありがとなアルゴ。これは報酬だ」

 

 タクヤはアルゴに報酬を支払った。

 

 アルゴ「毎度アリ!!…タク坊もあの両手剣には気をつけろヨ?」

 

 タクヤ「分かったよ。みんなにも伝えとく」

 

 アルゴ「じゃあ、また何かあったらメッセ飛ばしてくレ」

 

 そう言い残してアルゴは翅を羽ばたかせアルンへ帰っていった。

 キリト達の所に戻るとキリトが神妙な顔つきでタクヤを見つめる。

 予め、キリトにだけキングの身辺調査の件は話していた為、ある程度の事は伝えるつもりだった。

 

 

 キリト「…そうか」

 

 キリトにアルゴからの情報を伝えると眉間にしわを寄せ考え込む。

 

 キリト「あの両手剣…。確かに、他のとは明らかに性能が違ったな…」

 

 タクヤ「まぁ、オレもキリトもあの両手剣と撃ち合ってるから分かるけど…」

 

 キリト「他のみんなには大会中キングに近づかないように言っておいた方がいいな」

 

 ユウキ達が危険に晒されるのは避けなくてはならない。

 キングはタクヤかキリトで倒すという事で話は終わり、今度こそイグシティにあるプレイヤーホームへと帰る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月11日 19時50分 タクヤのホーム

 

 タクヤ達はアルゴからの情報を仲間達に知らせる為、もう1度ALOのイグシティに集まるように呼び掛けた。

 そして、全員が揃った事で本題に入る。

 

 タクヤ「…という訳で、なるべくキングとの戦闘は控えて欲しい」

 

 ユウキ「そうなんだ…」

 

 リズベット「ったく、そんな事してまで強くなりたいのかしらねぇ…」

 

 キリト「まだ、推測の域を出ないけど用心に越した事はない。

 どうしても戦闘が避けられなくなったらオレかタクヤ、近くにいるみんなに援軍に来てもらってくれ」

 

 タクヤはその時思った。

 予選決勝戦でのあの試合を見た限り、キングは戦うごとに強くなっていっている。

 全員で一斉に相手をしても果たして勝てるかどうかは分からない。

 

 リーファ「それで具体的にはどうするの?」

 

 キリト「うーん…それなんだよなぁ。

 ユイ。キングの両手剣について何かわかったか?」

 

 肩に乗っていた小妖精(ピクシー)姿のユイが翅を羽ばたかせ、机の中央に位置取る。

 

 ユイ「私とストレアで調べようとしたんですが、個人のステータスや装備には厳重なプロテクトが施されていて侵入する事が出来ませんでした」

 

 ストレア「それか私かユイがあの武器に触れれば簡単に調べられるんだけど…」

 

 エギル「中々骨のいる作業だな」

 

 キングから近づいてくれるなら簡単だが、警戒を解くほどお人好しにには見受けられない。

 戦闘中の一瞬の隙を見つけるしか手段がないのだ。

 

 アスナ「でも、キリト君は自分から挑むんでしょ?」

 

 ユウキ「タクヤもだよね?」

 

 キリト&タクヤ「「うっ…」」

 

 シリカ「む、無茶ですよ!!お2人も強いですけどキングっていう人もすごく強いんですから!!」

 

 シリカも言う通り無茶なのはタクヤとキリトにも分かっている。

 だが、誰かがやらなければ終わらない。

 その役目がたまたまタクヤとキリトだったというだけの話だ。

 

 タクヤ「ユウキやアスナはもしキングに鉢合わせしても手は出さないでくれ。オレとキリトでやるから」

 

 アスナ&ユウキ「「やだ!!」」

 

 アスナとユウキは即タクヤの提案を拒否した。

 キリトはそう言うと思った…という顔をしながら2人を見つめる。

 

 タクヤ「お前達まで危険が及んじまうだろ!」

 

 キリト「…オレもタクヤの提案には賛成だ。

 アスナとユウキが危険に巻き込まれるのはオレ達も見たくない」

 

 ユウキ「じゃあ、タクヤ達が危険にあっているのをボク達にはただ見ていろって言いたい訳?」

 

 アスナ「私達だってちゃんと戦えるよ?

 みんなだってキリト君やタクヤ君が傷ついている姿なんて見たくないんだよ。だから、私達も戦う」

 

 頑なに折れないユウキとアスナを見てタクヤは言い返そうとするが、そこをクラインに止められた。

 

 クライン「嬢ちゃん達にこれ以上言っても無駄ってもんだぜ?

 お前ぇらがみんなを守りたいようにみんなもお前ぇらを守りたいんだ。

 全部1人で抱え込むなって昔から言ってんだろうが…」

 

 タクヤ「クライン…」

 

 リーファ「私達だって結構強い自信あるんだから見くびらないでよね!!」

 

 ストレア「私もタクヤに危険が及ぶなら戦うよ?

 私はタクヤを守る為にここにいるんだから!!」

 

 タクヤ「ストレア…」

 

 みんなの気持ちは素直を嬉しい。

 でも、危険に巻き込みたくないというのも嘘ではない。

 自身の命の危険がないにしろ危険である事には変わりないのだから。

 だが、それでも戦うと…守ってくれると仲間達はタクヤとキリトに断言する。

 

 カヤト「兄さん…諦めたら?」

 

 ホーク「がっはっはっ!!キングなんぞワシが捻り潰しちゃるわ!!」

 

 それは虚勢ではない。

 心の底から自分達は2人を守り抜くという強い意志が感じられる。

 

 ユウキ「タクヤ…いつも言ってるでしょ?

 ボクはずっとタクヤの背中を追いかけてるだけじゃない…。

 隣に立ってボクが君を守る。

 ずっと一緒に戦おうって誓ったじゃん」

 

 それはあの世界での誓い。

 いつまでも一緒にどんな苦難も乗り越えようと。

 躓きそうになったら手を差し伸ばし、共に歩こうと。

 

 アスナ「キリト君もだよ。

 君の命が私のものなら私の命は君だけのものなの。

 最後の瞬間まで一緒にいようって…。

 だから、キリト君がどこに行っても私はついていく。

 ずっと側で君を支える」

 

 それは絶望から這い上がれた希望。

 どんなに蔑まれようとも唯一の味方であり続けると。

 背負っている物を一緒に背負っていこうと誓った言葉。

 

 タクヤ「ユウキ…」

 

 キリト「アスナ…」

 

 彼らは心のどこかでまだあの世界に囚われていたのかも知れない。

 大切なものを失いたくない。

 大切なものを壊したくない。

 それを経験している彼らは危険に敏感になりすぎていたのかも知れない。

 2人は今1度仲間達を見る。

 そこには恐怖に怯える顔などどこにもない。

 あるのは共に戦うと誓ってくれた仲間達の強い思いだった。

 

 タクヤ「…分かったよ。でも、無茶だけはするな。いいな?」

 

 キリト「アスナもそれでいいかい?」

 

 ユウキ&アスナ「「うん!!」」

 

 今頃になって再認識させられた仲間の絆。

 あの世界はもう存在しない。

 でも、だからこそあの世界での時間を忘れてはいけないのだ。

 誓いを、信念を、強さを、恐怖を、悲しみを、絶望を…。

 それが混ざり合い今の自分を形成しているのだから。

 

 タクヤ「よし…じゃあ具体的に作戦を練っていこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月11日 22時31分 タクヤのホーム

 

 リズベット「もうこんな時間ね。

 作戦も練ったし今日はこの辺で解散にしましょ?」

 

 リズベットを皮切りに仲間達は次々とログアウトしていった。

 

 タクヤ「オレらもそろそろ落ちるか…」

 

 ユウキ「ねぇ…タクヤ」

 

 ユウキがモジモジしながらタクヤの名前を呼ぶ。

 

 タクヤ「ん?」

 

 ユウキ「あのさ…ログアウトするまで…一緒に寝てもいい?」

 

 タクヤ「えっ!あ、いや……分かったよ…」

 

 タクヤは頬をかきながらユウキのお願いを聞く事にした。

 

 ストレア「ずる〜い!!私も一緒に寝る〜!!」

 

 ユウキ「じゃあ、3人で寝よっ!!ボク達親子みたいなもんなんだし!!」

 

 ストレア「そうそう!親子は川の字になって寝るんでしょ?

 私が真ん中に寝るからタクヤとユウキは両隣ね!!」

 

 ユウキ「ダメだよ!!それじゃあボクがタクヤの横で寝れないじゃん!!」

 

 ストレア「む〜…じゃあ、タクヤを真ん中にして寝よう!!」

 

 タクヤ「早く寝かせてくれ…」

 

 寝室に向かいキングサイズのベットにタクヤを真ん中に寝かせて両隣にユウキとストレアが位置づける。

 証明を消して窓から微かに差し込む月明かりだけがタクヤ達を優しく照らす。

 

 タクヤ「…」

 

 ストレア「むふふ〜…」

 

 ユウキ「ふふー…」

 

 タクヤの両腕はがっちりストレアとユウキにホールドされている為、タクヤは身動き1つ取れない。

 

 ストレア「なんかいいね〜こういうの…」

 

 ユウキ「だよねー。そう言えば3人で寝るのなんて初めてじゃない?」

 

 ストレア「タクヤに毎日寝ようって言ってるのに頑なに嫌がるからな〜」

 

 タクヤ「そりゃあお前…流石に恥ずかしいって言うか…色々と問題が生じるんだよ…」

 

 以前からタクヤのベットに押しかけては門前払いを食らっていたストレアは初めての添い寝を満喫していた。

 AIにそのような感情はないのだが、ストレアは別だ。

 人間のように喜怒哀楽を表現できる為、大切なもの人と一緒に居れて嬉しいと感じてしまう。

 

 ユウキ「…どうせボクはお子様ですよーだ」

 

 タクヤ「え?オレ今悪い事言った?」

 

 ストレア「ユウキもこれからだよ〜」

 

 ユウキ「もう寝るよっ!!」

 

 そのままユウキはタクヤの腕を強く抱きしめながら夢の世界へと向かった。

 タクヤも次第に瞼が重くなっていき、次第に意識が途切れていった。

 

 ストレア「おやすみ…タクヤ…ユウキ…」

 

 ベットからいなくなった2人に挨拶を交わしてストレアも眠る事にした。




いかがだったでしょうか?
バトル続きで今回の後半部分は和み要素を入れてみましたがいい口直しになったでしょうか?


では、また次回!


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【38】乱れ舞う妖精の剣舞

という事で38話目になります。
いよいよ本戦が始まりました!!
これから敵味方入り乱れての総力戦となりますので少しややこしい所が出てしまうかと思いますが出来るだけそうならないように頑張りますのでよろしくお願いします!!


では、どうぞ!


 2025年05月12日 12時20分 妖精剣舞本戦会場

 

 本戦の会場となるインスタントマップはアルンから北西の空を漂っている浮遊島に設定されている。

 そのすぐ横では先日アップデートされたばかりの浮遊城アインクラッドが位置づけていた。

 まだ10層までしか解放されていないがSAOの時よりも難易度が高く設定されている為、中々攻略が進まない。

 だが、それでも攻略するプレイヤーやギルドは後を絶えず、鋼鉄の城を踏破する為に血眼になって攻略に勤しんでいた。

 運営企業のユーミルもアインクラッドを取り入れた事は成功したと思っている。

 世間ではあの城を見る事でSAO事件を想起させると反対の声もあった。

 さらに言えばSAO事件が解決した矢先に次はALOで行われていた人体実験が世間に知れ渡り、VRMMOという1つのジャンルは廃退の一途を辿ろうとしていた。

 ユーミルはだからこそVRMMOの本当の意味や楽しさを世間に知らしめる為に敢えて2つの事件の舞台であったアルヴヘイムとアインクラッドを1つにする事にしたのだ。

 ユーミルの目論見は功を奏し、多くのユーザーを勝ち取る事に成功した。

 また、これを皮切りにネット上に流出している世界の種子(ザ・シード)を使ってあらゆる企業や個人がオリジナルの仮想世界を作り出し、廃退の一途を辿るハズだったVRMMOは息を吹き返したのだ。

 

「…」

 

 本戦会場の控え室はペアだけの個室が与えられていた。

 だが、この控え室には男が1人いるだけだ。

 相方が出払っている訳でなく、最初から1人だけだ。

 男はウィンドウから1振りの短剣を取り出し、大事そうに扱う。

 

 

 

 キングも早くきなよ_

 

 

 

 脳内に何度も繰り返しかけられる言葉を男…キングは静かに聞いていた。

 

 キング「…あと少し…」

 

 短剣を握る力が強くなっていく。

 そこで我に返ったキングは名残惜しそうにウィンドウに戻した。

 時刻は既に12時55分。

 本戦まで残り5分でキングは重い腰を上げ、控え室を後にした。

 

 キング(「誰が相手だろうと…俺が必ず倒す…」)

 

 緊張も不安も存在しない。

 そこにあるのは敵を屠る為の闘争本能だ。

 キングは()()()()()からの変わる事のない唯一の基本理念であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月12日 13時00分 妖精剣舞本戦会場

 

『ついにこの時がやって参りまシタァァァ!!!!

 これよりALO最強のタッグは誰なのかが決マル!!!!

 第1回妖精剣舞本戦を開始致しマァァァァァス!!!!』

 

「「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」

 

 会場の熱気はそのまま出場者達に降りかかり、様々な感情が踊り出す。

 

 シリカ「な、なんだか…急に緊張してきました…」

 

 シリカは相棒のピナを抱き抱えて小刻みに震えていた。

 

 リズベット「心配しなさんなって!!

 本戦が始まっちゃえば緊張とかしてる余裕ないわよ!!」

 

 シリカのペアであるリズベットが背中を思い切り叩いて喝を入れた。

 シリカも緊張よりも背中の痛みの方が強く、体の震えは止まっていた。

 だが、本戦が始まる瞬間までシリカの小言が終わる事はなかった。

 

 ストレア「ふぁぁ…まだかな〜」

 

 リーファ「ストレアさん、寝不足ですか?」

 

 ストレア「ううん別に〜退屈なだけだよ〜?」

 

 ストレアに至ってはどんな時も平然としている。

 タクヤが目をやるとストレアも気づき、ウインクを返す。

 ストレアの耳にはタクヤが買ってあげたイヤリングが付けられている。

 あれはステータスを強化や支援(バフ)が備わっている訳ではない。

 ただの雑貨屋で買ったただのイヤリングだ。

 装備しようがしまいがステータスには変化はない。

 

 リーファ「あっ!そのイヤリング可愛いですね!」

 

 ストレア「そうでしょ〜?

 …これは大切な人からの贈り物だから…自分にとって大事な日に付けるようにしてるんだ〜!!」

 

 リーファ「へぇ〜…」

 

 リーファの中では既にストレアの大切な人については予測が立っている。

 彼女が頬を染めながら照れている時は大抵その人絡みだと仲間内なら誰もが知っている。

 いつにも増してご機嫌なストレアを見て大会でも期待出来そうだとリーファは笑いを堪えながら思った。

 

 キリト「なんか大会も大変な事になってきたな…」

 

 アスナ「大変って?」

 

 キリト「キングの事だよ。

 チート紛いな事をしてまで強さを求める理由が分からないんだ」

 

 アスナ「キリト君だって人の事言えないでしょ?

 SAOの時だって無茶なレベリングしたり、イベントボスに1人で戦いを挑んだり、フロアボスを1人で倒しちゃったり、あとそれから…」

 

 キリト「分かった、もういい…。オレが悪かった…」

 

 これ以上言われればキリトは本戦が始まる前に気力が尽きてしまうだろう。

 確かに、あの時は誰もが命懸けで攻略やレベリングをやっていたが、その中でもキリトは鬼気迫るものが見受けられた。

 当時、まだキリトに恋慕を抱く前のアスナですら彼の事を気にかけていた。

 後にそうならざるを得なかった真実を知った時、アスナは深い後悔と自分の不甲斐なさにこの上ない程痛感させられたのをアスナは片時も忘れた事がなかった。

 

 アスナ「本当に分かってるんだか…」

 

 すると、キリトの懐から小妖精(ピクシー)姿のユイが現れ、アスナの肩に腰を下ろす。

 

 ユイ「パパは無茶、無謀、無鉄砲が売りですからね!」

 

 キリト「…そんなの売った覚えはないんだけどな」

 

 アスナとユイに飽きれられればキリトに立つ顔はない。

 でも、そんな彼だからこそ…仲間を大事に想う彼だからこそアスナは惹かれたのだ。

 そんな何とも微笑ましい3人の後ろでカヤトとホークがどういう訳か言い争いをしていた。

 

 カヤト「どうしても聞けませんか?」

 

 ホーク「ワシは作戦だのなんだの回りくどい事は好かん!

 やるからにゃあ正面突破しかないっ!!」

 

 カヤト「でもこれはチーム戦です。

 相手の動きを先読みして行動しなくちゃ痛い目に合いますよ?」

 

 カヤトの言っている事は最もだ。

 誰がいつ、どこで、どのタイミングで襲ってくるか分からない。

 フィールドも24人にしては広すぎる為、警戒も怠れない。

 だが、ホークにはそのような事は関係ない。

 敵が現れれば倒す。例え、何人束になって攻めてこようが正面から己の拳で倒すだけだ。

 結果として、ホークとカヤトの意見は食い違い、カヤトが妥協してホークの意見を尊重するという形で落ち着いた。

 

 カヤト「兄さんよりタチが悪いな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「タクヤどこいったんだろ…?」

 

 集合時間はとうの昔に過ぎているがタクヤの姿が見えない。

 アナウンサーに無理言って30分だけ待ってもらえたが会場中探してもどこにもいないのだ。

 キリト達も探してくれてるが一体どこで油を売っているか知れたものではない。

 人混みの中を掻き分けながら探しているとユウキは誰かぶつかり尻餅をついてしまった。

 

 ユウキ「す、すみません。前を見て…」

 

 ユウキは顔を上げながら謝罪をすると、目の前に立っていたのは黒装束に身を包んだキングだった。

 

 キング「…」

 

 ユウキ「えっと…」

 

 キングについては昨日の晩にタクヤとキリトから聞かされていたが、こんな所で鉢合わせするとは思わなかった。

 ユウキも少しばかり緊張が走ったが、意外にもキングはユウキに手を差し伸ばした。

 

 ユウキ「えっ?」

 

 思わず声に出てしまったが、素直にキングの手を借り起き上がった。

 

 ユウキ「あ、ありがとう…」

 

 キング「…」

 

 キングは無言のままユウキを置いて会場へと戻っていった。

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「あれ?ユウキ、こんな所でなにしてんだ?

 会場に集合じゃなかったっけ?」

 

 背後から慣れ親しんだ声が聞こえて振り向くと、やはりそこにはタクヤの姿があった。

 

 ユウキ「なんでって…時間になっても全然来ないからみんなで探してたんだよ!!」

 

 タクヤ「あっ!?…マジか。時間間違えてたわ…。

 と、とりあえず会場に戻るぞ!!ダッシュダッシュ!!」

 

 会場を走りながら集合場所へと急ぐ。

 その傍らでユウキはタクヤを探してくれていた仲間達にタクヤを見つけた事を報告して集合場所へと向かうようメッセージを送る。

 

 ユウキ「そもそも今までどこにいたの?」

 

 タクヤ「ん?まぁ…秘密って事で…」

 

 ユウキ「浮気?許さないよ?」

 

 タクヤ「そんなんじゃねぇよ!!」

 

 タクヤの走るスピードが上がり、ユウキもそれについて行く。

 気のせいだろうかタクヤのスピードが上がっている気もしたが、ユウキは追い切れない速度ではなかった為気に止めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月12日 13時40分 妖精剣舞本戦会場

 

 リズベット「一体どこで油売ってたのよ!!」

 

 出会い頭にタクヤはリズベットに怒鳴られた。

 他の出場選手もタクヤを睨みつけていたがタクヤ本人はその事を知らない。

 

 アスナ「まぁいいじゃないリズ。何事もなかったんだから」

 

 アスナに宥められリズベットの口は閉じた。

 タクヤも解放されてやっと本戦の説明に入ろうとアナウンサーが壇上に上がる。

 

『えー…これより妖精剣舞本戦のルール説明に入りマス!!

 ルールは簡単!!制限時間3時間以内に自分以外の全てのペアを倒した方が優勝となりマス!!フィールドは直径10km!!

 そして、本戦でもアイテムの使用は禁止いたしますが、フィールド内の至る所に回復アイテムが隠されていますのでそちらをご利用くだサイ!!

 では、時間を遅らせて14時に本戦の舞台となるフィールドに転移されますので準備の程よろしくお願いしマス!!』

 

 至ってシンプルなルールにタクヤは胸を下ろすが、他のペアはそうは考えていないだろう。

 全員が作戦を練っている頃、キングは人知れず会場を後にした。

 その様子をユウキは遠くから眺めている。

 先程のキングの表情はどこか寂しそうに見えて、何かどこかで感じたような気がしてあれ以降もキングの事が気になっている。

 

 ユウキ「ねぇ?タクヤ…」

 

 タクヤ「ん?」

 

 ユウキ「キングの事…どう思う?」

 

 突然、キングについてどう思われるか聞かれたタクヤは悩んだ末ユウキに言った。

 

 タクヤ「…なんか、昔のオレを見てる気がするんだ」

 

 ユウキ「昔って…SAOの時?」

 

 タクヤ「いや、もっと前…オレの両親が殺された頃、オレは犯人と…自分を恨んだ。

 なんで父さんと母さんを殺したんだ…。なんでオレは助けられなかったのか…。オレがもっと強かったらこんな事にはならなかったんじゃないか…って毎日悩んで…ストレスがたまって、街の不良にストレスを発散してた…。

 あの時のオレは誰にも屈しない強さが欲しかった…。

 もう何も失わないような…そんな力が欲しかった…」

 

 タクヤはいつも何かを失っていた。

 両親を…兄を…仲間を…希望を…信頼を…何かを為そうとする度に何かを失って、それを拾い上げたら別のものが落ちて…それの繰り返しだった。

 タクヤは高望みしていたのだ。

 自分が欲しい物は全て手にしたかった。

 だが、そんなものは自己中心的で傲慢で醜いものだ。

 でも、諦めきれなくて欲しい物を拾っていく。

 そんな事を繰り返していればいずれ、本当に大切なものを失う事になる。

 それをタクヤはあの鋼鉄の城で嫌と言う程思い知らされた。

 

 ユウキ「…そっか」

 

 タクヤ「だから、キングの事気になるのかもな…。

 ユウキもそうなんだろ?」

 

 ユウキ「え?…気になるって言うか…寂しそうだなぁって…」

 

 あの時の表情は何かを語っていた。

 それがユウキの中でこべりつき、ついキングに視線を向けてしまう。

 

 タクヤ「…答えは本戦が始まれば分かるさ」

 

 ユウキ「…うん」

 

 この本戦でキングについての全てが分かる。

 そんな気がしたタクヤとユウキは眩い光に包まれ会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月12日 14時00分 妖精剣舞本戦 草原フィールド

 

 タクヤとユウキが転移された場所は見晴らしもよく、遮蔽物など1つもない草原フィールドであった。

 近くにプレイヤーの影は存在せず、とりあえずは進むしかないと考え、2人は草原を進む。

 

 ユウキ「本当にみんなここにいるのかな?」

 

 タクヤ「まぁ、24人が10kmのフィールドにいるって考えたらそうそう出会わないだろうなぁ…」

 

 と、話していると北方の荒野で大きな爆発が起きた。

 おそらく既に戦闘が開始されているのは明白だ。

 

 タクヤ「あっちに行ってみるか!!」

 

 ユウキ「誰が戦ってるんだろう?楽しみだなぁー」

 

 

「じゃあワシらと戦えやぁっ!!!!」

 

 

 瞬間、空からタクヤとユウキの前に降り立った。

 土煙の中現れたのはホークである。

 

 ホーク「タクヤ!!今こそあの時の決着をつけたるわっ!!」

 

 タクヤ「あの時って…確かオレが勝ったよな?」

 

 ホーク「じゃかぁんしぃっ!!ワシと勝負じゃ!!」

 

 タクヤは剣を抜き、ホークに剣先を向ける。

 ホークは拳をタクヤに向け、戦闘準備を整えた。

 遅れてカヤトもやって来たが、ユウキと一緒ですっかり蚊帳の外にやられたカヤトはユウキの隣に行き、2人の戦いを見届ける事にした。

 本来ならタッグ戦で戦いたい所だが、ホークがタクヤを見つけるや否や速度を上げカヤトを置き去りにしていたのだ。

 

 カヤト「チーム戦だって分かってんのかな…あの人…」

 

 ホーク「聞こえとるわっ!!黙って見ときぃ!!」

 

 ユウキ「だってさ。どうする?ボク達はボク達だけで戦う?」

 

 カヤト「いや、それが…ユウキさんとは戦わない約束をしてまして…」

 

 ユウキ「…」

 

 そんなお願いをする人物などこの世に1人しかいない。

 カヤトもすっかり尻に敷かれてるなとユウキは呆れたが、ある意味では嬉しかったりもする。

 だが、ユウキは今までカヤトとは決闘(デュエル)をする機会などなかった為、戦ってみたいと思った事は何度もある。

 

 ユウキ「大丈夫だよ。姉ちゃんはここにはいないんだし!」

 

 カヤト「いやーそれはどうですかね…」

 

 カヤトのセリフにクエッションマークを浮かべたユウキだが、カヤトの背後で飛び回っている小さな球体が視界に入った。

 

 カヤト「この大会ネット上で中継されてるらしくてボク達が出るって言ったら絶対に見ます…って」

 

 ユウキ「あー…」

 

 絶好のチャンスだと思ったが、こんな所を見られた日には姉の藍子からキツイ説教が待っているので我慢して2人の応援に専念する事にした。

 そうこうしている間にタクヤとホークの戦いは熾烈を極めていた。

 

 ホーク「やっぱぁ主と勝負するのは血が滾るわっ!!」

 

 両拳を重ね合わせタクヤの後頭部へと振り下ろした。

 避けきれず食らってしまったがダメージ的には1割も削られていない。

 

 タクヤ「体術だけじゃ分が悪いんじゃないか?」

 

 ホーク「ぬかせっ!!」

 

 水平斬りを繰り出すもそれを素手で受け止めたホークだが、ダメージが入るのは当たり前だ。

 だが、ホークにさして影響はない。

 自身の体を武器にしているホークに防御など必要ないとまで言ってのけている。

 剣を掴み、タクヤの動きを止めた所で顔面に右ストレートを数発入れた。

 1発1発は大した事ないが、精神的にもサンドバッグ状態というのはダメージが来る。

 ましてや、体術スキルを極めているホークの拳はそれ以上の威圧感を秘めており、おそらくタクヤ以外なら持ち堪える事は出来ないだろう。

 

 ホーク「どうしたぁ!!その程度か?主の実力はぁっ!!?」

 

 剣を突き放し、ガラ空きになった腹へとボディブローを入れた。

 

 タクヤ「がっ」

 

 たまらず、体内の空気が抜けてタクヤは膝をつく。

 体を使った戦闘ではホークの方に分があるようだ。

 

 タクヤ「…ふぅぅ…中々やるじゃねぇか」

 

 ホーク「ワシもただ遊んどったわけやない!!

 修行に修行を重ねていつか主と戦う時の為に鍛えてたんじゃ!!」

 

 タクヤ「嬉しいな…だったら、オレも手加減しねぇ!!」

 

 剣を握り直し、ホークに突撃した。

 ホークも真っ向から挑み、左ジャブで牽制を張りつつ隙あらばと右ストレートを繰り出してくる。

 だが、ホークの動きに慣れたのかタクヤはそれを全て躱し、その間に剣撃を加えた。

 

 ホーク「うらぁぁぁっ!!」

 

 翅を羽ばたかせ、タクヤの頭上に拳を振り下ろす。

 タクヤはそれを左腕で食い止め、ガラ空きになった左脇腹に剣閃を伸ばした。

 

 ホーク「ぐおっ」

 

 とうとうホークのHPがイエローゾーンに突入し、タクヤは剣を構え再度斬りつける。

 だが、ホークは退く事を知らず拳の雨を浴びせに前に出た。

 

 タクヤ「っ!!」

 

 タクヤはホークの攻撃を剣で弾き、体でホークの態勢を崩した。

 

 タクヤ「終わりだ!!」

 

 ホーク「まだまだぁ!!」

 

 剣と拳が重なり互いにダメージを与える。

 2人は戦いを…今をめいいっぱい楽しんだ。

 だが、それも永遠に続く訳もなく、決着の時が訪れた。

 

 

 タクヤ&ホーク「「はぁぁぁぁぁっ!!」」

 

 

 互いの持てる最高の技で勝負に挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「うらぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 タクヤは両腕を天に掲げ、勝利の咆哮をあげた。

 ホークはHPが全損してしまい、残り火(リメインライト)となって地に小さく燃えている。

 

 カヤト「はぁ…」

 

 ユウキ「やったぁ!!タクヤが勝ったぁ!!」

 

 タクヤのHPもギリギリだがなんとかホークを倒す事が出来た。

 タクヤも残りのHPなど気にせず手放しに喜んでいる。

 

 カヤト「という事はこの大会これから僕1人ですか?」

 

 ユウキ「あー残念だねぇ…」

 

 カヤト「…残念に思ってる顔じゃないですね」

 

 これから先1人で戦わなくてはいけない事に不安を感じつつもカヤトはその場を後にしようとするが、タクヤがそれを止めた。

 

 タクヤ「何逃げてんだ?お前も戦えよ?」

 

 カヤト「今なら兄さんには勝てるけどユウキさんが乱入するなら勝ち目ないでしょ。

 でも、このまま何もしないで終わるつもりはないよ。

 独り者は同じ独り者に挑戦しようかな…」

 

 カヤトの口ぶりから察するに、この大会で唯一1人で参加しているのはキングをおいて他にはいない。

 

 タクヤ「キングは強ぇぞ?多分…オレよりも」

 

 カヤト「尚更興味そそるね…!じゃあ、頑張ってね。

 あ、後…兄さんは回復アイテム探した方がいいんじゃない?

 HPがもうないだろ?」

 

 ユウキ「本当だ…。てか、この先も敵はいっぱいいるのに何でそんなに無茶ばっかりするの!!」

 

 タクヤ「いやぁ…手加減出来なかったからなぁ…仕方ねぇ!」

 

 後先考えないのはタクヤも同じでその場でユウキから説教を受ける羽目になった。

 カヤトはそんな夫婦の痴話喧嘩に付き合う事なくその場を後にした。

 

 ユウキ「今はとりあえずタクヤの体力を回復しないと…」

 

 タクヤ「どっか運良く回復アイテム落ちてねぇかな?」

 

 タクヤとユウキは一先ず回復アイテムを探して、それから別のフィールドに行く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「まさか…こうなるとはな…」

 

 アスナ「ルールだから仕方ないけど、流石にやりにくいね…!」

 

 ここは南部に位置する森林フィールド。

 キリトとアスナの前には2組のペアが敵意をむき出しにしてこちらに剣を構えている。

 

 リズベット「共闘しちゃダメだってルールはないわよね?」

 

 クライン「おう!!俺達もマジで優勝狙ってるからな!!

 卑怯なんて言うなよ?キリト!!アスナ!!」

 

 キリトとアスナの前にいたのはリズベットシリカペアとクラインエギルペアだ。

 リズベット達は利害を一致させ、共闘関係にあるらしい。

 つまり、2対4の変速マッチが出来上がっていた。

 

 アスナ「魔法である程度HPは回復出来るけど、後々の事を考えたらMPはあまり消費できないよ?」

 

 キリト「あぁ。しかも相手はかなりの強敵だ。

 ダメージ覚悟で行くしかないな…!!」

 

 エギル「遠慮はしねぇぜ?」

 

 シリカ「行きますよー!!ピナ!!バブルブレス!!」

 

 シリカの指示でピナはバブルブレスをキリトとアスナに放った。

 空中へ回避する2人だが、そこにはクラインとリズベットが陣取っていた。

 

 キリト「!!」

 

 クライン「おりゃぁぁぁぁっ!!」

 

 リズベット「どっせぇぇぇいっ!!」

 

 片手長柄と刀の同時攻撃をキリトが盾となってアスナを守った。

 だがその結果、キリトとアスナは引き剥がされ互いに2人がマークする。

 

 アスナ「キリト君大丈夫?」

 

 キリト「なんとかな…。でも…」

 

 アスナ「うん…」

 

 キリトにはシリカとクラインが、アスナにはリズベットとエギルがそれぞれ待ち受けていた。

 

 シリカ「今日はキリトさんに勝ちますよ!!

 いつまでも後ろを追いかけてるだけじゃありません!!」

 

 クライン「その意気だ!!俺達の力見せてやろうぜ!!」

 

 まず、クラインがキリトに斬りかかりそれをキリトが受け止める。

 ステータスを初期化したキリトに対し、SAOでのステータスを引き継いでいるクラインとでは流石に分が悪い。

 

 アスナ「キリト君!!」

 

 リズベット「あんたの相手は私達よ!!」

 

 アスナ「!!」

 

 リズベットが盾を前にダメージ覚悟で突撃をかけた。

 アスナはそれを空中に回避するが、そこにはエギルの重い一撃が待っていた。

 

 エギル「おらぁぁぁっ!!」

 

 アスナ「ぐっ!!」

 

 エギルの両手斧の力になす術なく大樹へと吹き飛ばされる。

 そのせいでアスナのHPは3割近く減少してしまった。

 

 エギル「お前らの動きは同じ攻略組だったから手に取るように分かるぜ!!」

 

 アスナはすかさず自身に初級の回復魔法をかけてHPを全快にする。

 

 アスナ(「私じゃエギルさんはおろか、リズの攻撃も防ぎきれない…!!」)

 

 アスナの装備はAGI(敏捷力)を重視している為、タンクを張っていたエギルやマスターメイサーのリズベットの攻撃を受け切る事など到底出来ない。

 今のアスナが勝っているものがあるとしたら"閃光”と謳われた速さと、水妖精族(ウンディーネ)としての魔法力のみ。

 これらを駆使して2人を少ないダメージ量で勝ち尚且つ、キリトの手助けに行かなければキリトとアスナに先などない。

 それはキリトも思っている事だが、実にいい采配をしてるなと我ながら感心している。

 

 キリト(「オレの反射速度を警戒して一撃離脱を徹底している…。

 さらに、遠距離からピナによる攻撃か…」)

 

 クライン「行くぜっ!!」

 

 考える隙も与えず、クラインが斬り込む。

 キリトがそれを防いだ瞬間、遠距離からピナのウォーターブレスがキリトの反撃を許さない。

 

 キリト「すごい連携だな…」

 

 クライン「あたぼうよ!!

 全てはお前に参りましたーって言わせる為だからな!!」

 

 シリカ「あ、私は違いますよ!!」

 

 クライン「そこは空気読んで合わせてくれよ!!」

 

 瞬間、キリトがクラインの懐まで入り込み、剣を振りかぶる。

 クラインも伊達に攻略組を名乗っていただけの事はある。

 それを瞬時に避け、反撃に出る。

 

 キリト「ぐっ…」

 

 ほぼ条件反射で避けたものの完璧に避けきる事が出来ず、HPが1割程削られてしまった。

 

 クライン「ふー…危ねー危ねー。油断も隙もあったもんじゃねぇ…」

 

 シリカ「クラインさん大丈夫ですか?」

 

 クライン「まだまだ余裕だぜ!!」

 

 キリト(「やっぱり、先にシリカを倒しておかないと上手く連撃出来ない…!!

 それに、早くアスナの応援にも行きたい…」)

 

 アスナ達はキリト達よりさらに森の奥へと入り込み、今も交戦しているハズだ。

 あちらは防御が薄いアスナに対して重戦士(パワーファイター)のエギルとリズベットがいる。

 流石に速く動けるアスナと言ってもこのままではまずい。

 

 キリトは1つ息を置いて、目の前のクラインとシリカに目をやる。

 

 クライン&シリカ「「!!?」」

 

 キリトの威圧感に感づき、シリカとクラインも今まで以上に緊張を纏わせる。

 瞬間、キリトがクラインの目の前から姿を消した。

 

 クライン「!!」

 

 シリカ「クラインさん!!上です!!」

 

 上を向くと太陽の光を背にキリトが上空から斬り掛かる。

 慌てて避けてみせるが翅をホバリングさせて最短距離を突き進み、クラインとの間合いを一気に詰めた。

 

 キリト「しっ!!」

 

 鋭い剣閃がクラインの左肩を抉る。

 シリカはそれに見とれ、ピナへの指示を一瞬遅らせた。

 

 シリカ「ピナ!!バブルブレス!!」

 

 バブルブレスがキリトに襲いかかるがそれを剣で薙ぎ払いシリカの所まで全速力で突き進む。

 

 クライン「させっかよ!!」

 

 シリカの前にクラインが立ち塞がりキリトの剣を受け止めた。

 

 キリト「くそっ!!」

 

 クライン「そう簡単にはいかないぜ!!」

 

 やはり、クラインはシリカを先にやられる訳にはいかないようだ。

 シリカの遠距離攻撃があるからこそクラインは自由に暴れ回れるのだから。

 

 クライン「おらぁっ!!」

 

 キリト「ぐぅ…!!」

 

 クラインの太刀筋が見えているキリトだが、ピナの手助けもあって回避する場所に先読みして攻撃してくる。

 つまりどちらかの攻撃は必ず当たってしまうという事だ。

 HPも気づけばイエローゾーンに差し掛かっている。

 このままでは確実にここで倒されてしまう。

 

 シリカ「ピナ!!バブルブレス!!」

 

 キリト「しま…!!」

 

 キリトが一瞬の隙を突かれ、バブルブレスのせいで身動きが取れなくなってしまった。

 

 クライン「貰ったぁ!!」

 

 クラインが上空から刀を振り上げ、そのままキリトに振り下ろす。

 

 キリト「!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クライン「は?」

 

 

 

 

 

 クラインの攻撃は紙一重の所でキリトには届いていなかった。

 キリトにも何が起きているのか分からないが、1つ言える事は右横の大樹に両手長柄が突き刺さっており、アレのおかげでクラインの攻撃の軌道が逸れたのだろう。

 

 クライン「なんだ…ありゃ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その人を倒すのは私の役目です」

 

 

 キリト&シリカ&クライン「「「!!?」」」

 

 森の中から声が響き渡り、ゆっくりとこちらに近づいている。

 足音が途切れ、キリト達の目の前にある1人のプレイヤーが立っていた。

 

 キリト「お、お前は…!!」

 

 

 




いかがだったでしょうか?
最後にキリト達の前に現れたのは果たして誰なのか…
ぜひ予想してみてください。


では、また次回!


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【39】解き放たれる力

という事で39話目になります。
つい先日UAが2万を突破しました!
開いたら突破していたからつい変な声が出てしまいましたよ。
これからもよろしくお願いしますね!


では、どうぞ!


 2025年05月12日 14時40分 妖精剣舞森林フィールド

 

 颯爽とキリトの危機に現れたのは予選決勝戦でキリトアスナペアと激闘を繰り広げたカストロであった。

 

 キリト「カストロ!!」

 

 カストロ「…」

 

 キリトの動きを封じていた泡を魔法で片付け、愛用の両手長柄を大樹から引き抜く。

 

 クライン「くっそー…あとちょっとだったのによぉ!」

 

 キリト「どうしてオレを…?」

 

 カストロ「…さっきも言った通り、あなたを倒すのは私の役目です。

 ここで死なれる訳にはいかないだけですよ」

 

 あくまでカストロはキリトの味方ではない。

 カストロ本人にキリトを生かす理由があっただけの事だ。

 キリトはそうだと分かっていてもカストロに礼を言った。

 

 キリト「もう1人の…アストラはどうしたんだ?」

 

 カストロ「アストラなら今頃どこかの”鬼"の所にいますよ」

 

 キリト「鬼?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森林フィールド奥地_

 

 

 アスナ「ハァ…ハァ…」

 

 

 森深くまで追い詰められ、ダメージもHPの半分を持っていかれてしまったアスナはまさしく絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

 リズベット「ここまでみたいね」

 

 エギル「俺ら2人によくやったもんだアスナ」

 

 アスナ「…まだ、勝負はついていませんよ?」

 

 虚勢である事は誰が見ても明らかだ。

 アスナ本人ですらこの状況を逆転できる手段はない。

 だが、だからと言って諦めているわけでもない。

 最後の刻まで自分らしく戦う。

 それがアスナがSAOで常に持ち続けていた誇りだった。

 

 アスナ「ふっ!!」

 

 アスナの細剣が鋭く、速く、リズベットを貫かんと放たれた。

 だが、左腕の(バックラー)で防がれ、リズベットの反撃を貰ってしまう。

 

 アスナ「ぐ…」

 

 さらに、エギルからの追撃も決められてしまいアスナのHPはレッドゾーンに差し掛かった。

 レッドに入るのはこれで3度目だ。

 入る度に回復魔法でどうにか凌いできたが今はその魔法すらMP不足で唱える事が出来ない。

 

 リズベット「もう回復は無理そうね…。

 アスナ、これで終わりよ。悪く思わないでね」

 

 リズベットが最後の攻撃に差し掛かろうとした次の瞬間、上空から巨大な氷塊が降り注いできた。

 

 リズベット「な、何よあれっ!!?」

 

 エギル「リズベット!一旦逃げるぞ!!」

 

 アスナ(「これは…」)

 

 次第に氷塊は無数に砕け散り、アスナとリズベット、エギルを分断する形で地上へと落下した。

 

 リズベット「一体何なのよ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その人は誰にも譲りませんよ!!」

 

 

 リズベット&エギル&アスナ「「「!!!」」」

 

 上空から優雅に氷塊の上へと降り立ち、愛しき人と同類の両手長柄を備え、アストラはリズベットとエギルを敵視する。

 

 アスナ「アストラさん?…なんで?」

 

 アストラ「カストロ様からのご命令です。

 私は別にあなたを助けたかった訳じゃありませんけど、カストロがどうしてもとおっしゃいましたので仕方なく助太刀に馳せ参じました」

 

 アストラはいろいろと理由をつけてはいるが、アスナは素直に嬉しいと感じた。

 大樹にもたれ掛かりながらもなんとか立ち上がり、アストラの近くによる。

 

 アストラ「あなたはMPとHPの回復だけに専念していて下さい。

 その間は私が時間を稼ぎますので…」

 

 アスナ「本当にいいの?」

 

 アストラ「仕方ないです。

 全てはカストロ様がお決めになられましたから。

 それに…」

 

 アスナ「?」

 

 その声はとても小さく、だが確かに心にくる言葉だった。

 

 アストラ「あなたを倒すのは私です。

 それまでは何としてでも生き残っていてくれないと…!!」

 

 瞬間、アストラの周囲に無数の魔法陣が展開されていた。

 

 リズベット「詠唱もなしに…!!」

 

 エギル「聞いた事がある。

 水妖精族(ウンディーネ)は魔法スキルが1000に達するとエキストラスキル"詠唱破棄(コードレスマジック)”っていうのを習得するらしい…!!」

 

 アストラ「貫けっ!!」

 

 光魔法"シューゲイザー”がリズベットとエギルに襲いかかってくる。

 この魔法は威力こそ低いものの発射段数はゆうに200は超えており、総威力は先程の巨大氷塊と遜色ないものになる。

 

 エギル「ちぃっ!!」

 

 リズベット「いたたたたっ!!」

 

 アスナ「すごい…」

 

 アスナはつい正直な感想が口からこぼれた。

 それを聞いたアストラは頬を赤らませながらも光の矢を放ち続けた。

 

 エギル「…ダメージ覚悟で突っ込むしかないか!!」

 

 リズベット「待って!!あの魔法もMPに限界があるハズよ。

 今は身を隠して作戦を練った方がいいわ!!」

 

 エギル「なるほど…了解だ!!」

 

 エギルとリズベットは大樹の影に隠れ、アストラの魔法を回避する。

 流石にアストラもこれ以上はMPの消費量を考えて魔法を中断する。

 

 アストラ「…隠れましたか」

 

 アスナ「あの…これからどうするの?」

 

 アストラ「"攻略の鬼”と呼ばれていたアスナさんの方が良いアイディア浮かぶんじゃないですか?」

 

 アスナ「その名前は呼ばないで…」

 

 あの頃のアスナは違う意味で荒れていた。

 いつクリアされるかも分からない状況で階層攻略を効率化して、利用できるものは全て利用してきた。

 そんな鬼気迫る姿を見て周りのプレイヤーから"攻略の鬼”と言う女性を捕まえてあるまじき不名誉な二つ名が付けられてしまった。

 

 アストラ「それはともかく、HPを回復したらここに用はないです。

 早くカストロ様と合流しましょう。」

 

 アスナ「もしかしてカストロさんはキリト君の所に?」

 

 アストラ「えぇ。偶然近くに居合わせましたので…」

 

 アスナ「そうなんだ。…早く合流しなくちゃだけど、リズ達をこのままにしておけないわ。

 合流しても乱戦になったらこちらのメリットがなくなる」

 

 リズベットとエギルをここで撃退出来れば、キリトとカストロが戦闘を続けていても数の利で攻める事も出来る。

 アスナはこの場で2人を倒す事を提案した。

 アストラもそれに対するメリットが分かっている為、これを承諾する。

 

 アストラ「ですがどうします?御二方は大樹に隠れて出てきませんよ?」

 

 確かに、アストラの攻撃は止んでいるのにリズベットとエギルは一向に姿を見せない。

 こちらの出方を伺っているのか、何か策を講じているのかは不明だが、こちらには魔法に特化した水妖精族(ウンディーネ)が2人もいる。

 それにアストラの"詠唱破棄(コードレスマジック)”があれば、2人に気づかれる事なく魔法を使える。

 

 アスナ「時間を与えるだけこちらが不利になるわ。

 アストラさん、サーチ系の魔法は使える?」

 

 アストラ「当たり前です。私は魔法スキルをカンストさせてるんですよ?

 そんなの朝飯前です!」

 

 アスナ「じゃあ、それを2人が隠れている大樹に向かって放って!」

 

 そう言われ、アストラはすぐさま水魔法の"千里魚の眼光(フィッシャーアイズ)”を放つ。

 2人が隠れているであろう大樹に向かうが"千里魚の眼光(フィッシャーズアイ)”には何も反応はなくその場を浮遊しているだけだった。

 

 アストラ「どういう事ですか?」

 

 アスナ「逃げた?…でも、それだとあちらにはデメリットしか…」

 

 瞬間、森林全体が揺れ始める。

 その揺れは地響きやそういう類のものではなく、()()()()()()()()()

 

 アスナ「こ、これは…!!」

 

 アストラ「とりあえず、空中に避難しましょう!!」

 

 翅を羽ばたかせ大樹の枝が生い茂っている所まで上昇すると、枝木の影から2つの影が2人に襲いかかってきた。

 

 アスナ&アストラ「「!!?」」

 

 とっさに防御魔法でそれを防ぐが、さらに上空から重い一撃が2人の体の芯を捕らえた。

 直撃した2人はそのまま地上に落とされ、またしても揺れ続ける大地に足をついた。

 

 リズベット「作戦成功ね!」

 

 エギル「我ながら上手くいったもんだぜ…」

 

 アスナ「甘かった…!!まさか、こんな方法で攻めてくるなんて…」

 

 さらに、地面の揺れが激しくなっていきアスナとアストラはまともに立ち上がる事も出来ない。

 空中ではリズベットが土魔法の詠唱を唱え始めている。

 

 アスナ「まずいわ!」

 

 アストラ「…だから言ってるじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなの朝飯前だって!!!!」

 

 

 すると、アストラは()()()()()()()()()、MPを全て消費して自身とアスナを水色のエフェクトに包み込んでいく。

 水魔法だというのは色を見て理解出来るが、こんな形状の魔法は見た事がない。

 だが、1つ言えるとすればプレイヤーのMPを全て消費する程の魔法が弱い訳がない。

 

 アスナ「これは…!!」

 

 アスナとアストラは水の衣を纏わせる。

 そして、驚くべき事にアスナのHPとMPが全回復していた。

 

 アストラ「これは水魔法の最上位に位置する"母なる海の衣(マザーズシャンブル)”。

 対象プレイヤーのHPとMPを全回復させ、あらゆる魔法の効果を受け付けません」

 

 アスナ「そ、そんな魔法があるのっ!!?」

 

 リズベット「そんなのチートやチーターレベルじゃない!!?」

 

 エギル「なんかどこかで聞いたセリフだな…」

 

 アストラ「ただ、この魔法にはリスクが生じます。

 魔法の持続時間は5分。

 それまでに視界に入る敵を全て倒さないと自分が死んでしまいます。」

 

 アスナ「視界に入る敵…」

 

 この状況でならリズベットとエギルという事になるのだろうが、仮にここがモンスターの巣食うフィールドであればそれは想像を絶する程の危険な賭けへと姿を変えてしまう。

 普段の戦闘ではこの魔法を1()()()使()()()()()()()事が容易に想像出来てしまう。

 詠唱破棄(コードレスマジック)は1度でも使用した魔法にのみ効果が表れるからだ。

 言わば、諸刃の剣。

 アストラの覚悟がアスナに痛い程伝わってくる。

 

 リズベット「でも、仮にも共闘関係でしょ?

 最後は戦わなくちゃいけないのになんでそこまでするの?」

 

 リズベットの疑問も誰もが思う事だろう。

 いくら共闘関係だといっても自分を犠牲に後に敵になるプレイヤーを助けたりはしない。

 タッグバトルロイヤルのルール上そんな事をしてしまえば、自分だけでなくペアの者にまで迷惑がかかってしまうからだ。

 アストラは揺れ動く地面を強制的に魔法を解除させ、静かに立ち上がる。

 

 アストラ「…私の行動原理はただ1つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この身も、心も、全てをカストロ様に捧げているからです」

 

 

 アスナ&リズベット&エギル「「「!!!」」」

 

 アストラ「カストロ様がそうしろと言われれば何だってやります。

 カストロ様は最後はアスナさん達と決着をつけたいと言っています。

 なら、私はそれを実現出来るように最大限のサポートをするだけです!!」

 

 瞬間、地を蹴り上空にいるエギルに両手長柄を突いた。

 

 エギル「ぐおっ!!」

 

 間一髪の所で致命傷は避けたようだがそれでもHPが一気に3割も削られてしまっている。

 

 アストラ「アスナさん!!あなたも戦ってください!!」

 

 アスナ「う、うん!!」

 

 遅れながらもアスナも参戦し、リズベットのHPを2割削り取る。

 リズベットも苦しい顔をしているがアスナとアストラには時間が残されていない為、後の事など考えている余裕はない。

 今、自分が為すべきことを全力でやりきるだけだ。

 

 アスナ「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 アスナの細剣の鋭さが母なる海の衣(マザーズシャンブル)の影響でさらに磨きがかかっており、リズベットは盾で防ぎ切れなくなっている。

 エギルも強化されたアストラになす術なくHPがレッドゾーンに突入した。

 

 エギル「やばいな…」

 

 リズベット「エギル!!大樹の影に回復アイテムがあるからそれを使いなさい!!」

 

 アストラ「そうはさせません!!」

 

 アストラが地を蹴り、回復アイテムに向かうエギルの前へと躍り出た。

 すかさず、両手長柄で連続突きを放つ。

 

 リズベット「エギル!!」

 

 アスナ「リズ!!あなたの相手は私よ!!」

 

 リズベット「っ!?」

 

 アストラはアスナと同じだ。

 大切な人の為なら、我が身を捧げても悔いはない。

 一生隣で支え、共に苦難を歩いていくと…アストラは決意している。

 アスナもその心意気に応え、ここで負けてやる訳にはいかない。

 アストラやカストロ、そして愛しきキリトの為にも…。

 

 

 アスナ「はぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 目視すら許さないアスナの細剣捌きにリズベットはなす術なくHPを全損させた。

 

 エギル「リズベット!!」

 

 リズベット「ごめんエギル…。ごめんシリカ…」

 

 残り火(リメインライト)となったリズベットは程なくして命の炎が森の中で儚く消えていった。

 

 エギル「くっ…」

 

 アストラ「次はあなたの番です」

 

 エギル「!!」

 

 エギルがリズベットに気を取られている隙に、アストラは懐へ潜り込み両手長柄を短く持ちゼロ距離からの強烈な突きを放った。

 躱す事も出来ず、両手長柄はエギルの体を一直線に貫いた。

 

 エギル「すまん…クライン…」

 

 HPが全損した所でエギルも残り火(リメインライト)となった。

 

 アスナ「やったね!アストラさん!!」

 

 アストラ「私にかかればこれぐらい朝飯前です。

 それより、早くカストロ様達の所へ行きましょう…」

 

 アストラが歩き始めると、不意に力が入らなくなりその場に倒れてしまった。

 

 アスナ「アストラさん!?大丈夫?」

 

 アストラ「大丈夫です…。ちょっと足をつまづいただけですから…」

 

 アスナ「…アストラさん。…少し休んでからキリト君達の所に行きましょ?HPもMPもガス欠じゃ今行っても足でまといになるだけだよ」

 

 アストラ「しかし…!!」

 

 それでも先へ向かおうとするアストラをアスナは前に立ち塞がって止めに入る。

 

 アスナ「アストラさん。カストロさんの事が心配なのは分かるけど今は万全な状態に戻すのが先決だよ?

 大丈夫だよ!キリト君もいるし!…ね?」

 

 アストラ「…仕方ありませんね。

 確かに、この状態で行っても何の役に立ちそうもありません…」

 

 そう言って大樹を背にもたれ掛かり、その場に腰を下ろす。

 アスナもその隣に腰を下ろしてHPとMPの回復に専念する。

 

 アスナ(「キリト君…私達が行くまで頑張って!!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 キリトの斬撃がシリカに襲いかかる。

 だが、それをクラインが防ぎシリカの反撃がキリトに迫る。

 

 シリカ「やぁぁぁぁっ!!」

 

 シリカの短剣がキリトの右肩を抉る瞬間に、カストロの両手長柄で何とかそれを防ぎ距離を取った。

 

 カストロ「あのお嬢さん…ビーストテイマーは意外に厄介ですね…」

 

 キリト「あぁ。距離を取ってもピナのブレス攻撃。

 距離を詰めてもクラインとシリカの近距離攻撃が待ってるからな…」

 

 キリトとカストロが自身のHPに目を配らせながら、クラインとシリカへの警戒を怠らない。

 カストロは両手長柄を武器にした中距離戦闘(ミドルレンジ)が主なパターンだ。

 魔法の種類も水妖精族(ウンディーネ)にしては少ないとカストロ自身が吐いている。

 

 カストロ「私もアストラみたいに魔法スキルを上げておくべきでしたね」

 

 キリト「無いものをねだっても仕方ないさ…。

 アスナ達も心配だが、オレ達もそんな余裕ないしな…」

 

 クラインが痺れを切らしてキリトとカストロに襲いかかってきた。

 キリトがそれを防ぎ、カストロが横からの突きを入れるが、クラインはキリトを押しのけカストロに剣先を向け直す。

 

 カストロ「っ!!?」

 

 クライン「甘ぇっ!!」

 

 揺るぎなき剣閃がカストロを捉えた。

 カストロの左腕が斬り飛ばされ、部位破損のアイコンがHPに追加される。

 

 キリト「カストロ!!」

 

 すぐさま態勢を立て直し、クラインを後退させた。

 

 カストロ「やられましたね…。さすがは元攻略組のクラインさんだ」

 

 HPを確認するとあと一撃でもダメージを受ければレッドゾーンに差し掛かる事は容易に理解できる。

 応急処置として初期回復魔法を唱えてHPを半分まで回復させるが、部位破損の影響でしばらくはまともに両手長柄を扱えないだろう。

 

 キリト「カストロは部位破損が治るまで後ろに退がっていてくれ」

 

 カストロ「ですが、1人であの連携を相手にするのはいくらあなたでも不可能だ…」

 

 キリト「なに…助けられた恩はしっかり返すさ…。

 治ったらまた援護頼むぜ?」

 

 キリトは片手用直剣を肩に担ぎ、凄まじい速さでクラインに突撃する。

 

 クライン「はっ…!!」

 

 速いと言葉で表す前にキリトは既にクラインの懐へと潜り込んでいた。

 瞬間、ガラ空きになっている胴に一閃、さらには左肩から斜めに一閃入れてすぐさま距離を取る。

 

 クライン「くっ!!」

 

 シリカ「ピナ!!クラインさんにヒールブレスを!!」

 

 シリカの指示によりピナがクラインを回復させる。

 たちまちHPがグリーンまで回復した。

 

 クライン「助かったぜ!!シリカ、ピナ!!」

 

 キリト「くそ…!!」

 

 クライン「さぁて…勝負はまだまだこっからだぜぇ…キリの字!!」

 

 クラインの刀が木漏れ日により鈍く、そして圧倒的な存在感を放って光る。

 

 キリト(「やはり、先にシリカとピナをどうにかしない限り攻撃の基盤が出来上がらないか…」)

 

 クラインは切り込み役として、前へと出て攻撃してくるが、シリカは後衛にいたままピナに指示を出して遠距離攻撃に徹底している。

 そして、恐ろしいのは自身の間合いに入るや否や短剣での連続攻撃が待ちかねているという所だ。

 あれを攻略する術をキリトは持っていない。

 カストロが加わればもしかしたら行けるかもと目算しているが、それも万全な状態であればこそである。

 

 キリト「やばいな…」

 

 カストロ「キリトさん…。二刀流は使わないのですか?」

 

 キリト「…」

 

 SAOでのキリトの事を知っていれば、誰だってそう言うハズだ。

 キリトの長所と言えば尋常じゃない反射速度と二刀流というチート級のスキルだ。

 だが、ALOはソードスキルや二刀流と言ったユニークスキルは実装されていない。

 装備は出来るがそれは()()2()()()()()()()()()()()()だ。

 二刀流には程遠いだろう。

 

 カストロ「噂で聞きました。あのユージーン将軍を二刀流で倒した影妖精族(スプリガン)がいる…と。

 ALO最強と噂されたユージーン将軍を倒したとなれば、二刀流を使えばあの連携も突破できるんじゃないですか?」

 

 カストロの言う通りなのかもしれない。

 二刀流を使えばあの連携も突破出来て、この窮地を脱する事も難しくはないだろう。

 だが、キリトは頑なに二刀流を使いたがらなかった。

 理由はSAOの事を想起させるなどもあるだろう。

 ただそれだけではない。

 二刀流はあの鋼鉄の城で生きた"黒の剣士”が生き残る為に手にした()()()の武器だ。

 全てを薙ぎ払い、全てを力で屈服せざるを得なかったあの世界で与えられた武器…それが二刀流なのだ。

 

 キリト「…二刀流は…使わない…」

 

 ALOはあの残酷な世界とは違う。

 生き残る為だとか、命を狩る為だとか、そんな事をする必要はこの世ちではどこにもない。

 だから使わない…使えない。

 

 カストロ「…それはただの言い訳ですよ」

 

 キリト「え?」

 

 思わぬ反応に一瞬キリトは力が抜けてしまった。

 

 カストロ「あなたがあの世界でどんな気持ちで二刀流を振るっていたか分かりませんが、ALO(ここ)はもうSAO(デスゲーム)じゃない。

 自身の全力も出さないで相手を倒すと言うのは相手に対しても、仲間に対しても失礼の一言に尽きる…」

 

 キリト「!!」

 

 カストロ「あなたのその力は何かを終わらせる為だけの力じゃなかったハズだ。その力で何かを…大切なものを守ってきたんじゃないんですか?」

 

 キリトの中で何かが解れ始めた。

 雁字搦めにされていたものがゆっくり、ゆっくりと優しく解ける感覚がキリトを包み込む。

 

 カストロ「あなたは間違っている。その考え方も…その生き方も…。

 まだあなたはあの世界に囚われている」

 

 キリト「…オレは…」

 

 カストロ「囚われる必要はない…。

 後はあなたがあの世界と決別出来るかどうかだけなんですよ!!

 あなたなら出来ます!!私が憧れた人はいつも全力だったのだから!!」

 

 キリト「…!!」

 

 確かに、キリトは心の中ではまだあの世界に囚われていたのかも知れない。

 だが、そうじゃない。もうあの世界はどこにもない。

 今自分が立っているこの世界はもう悲しみが溢れていたあの世界ではない。

 なら、解き放て。自分の持てる全力を。解き放て。本当の自分を。

 

 クライン「!!」

 

 シリカ「あれは…?」

 

 シリカが知らないのも無理はない。

 キリトの()()姿()を知っているのは攻略組の面々と鍛冶師であったリズベットしかいないのだから。

 だから、クラインはその姿に目を奪われていた。

 たった1人でフロアボスを倒したあの姿を忘れられる訳がない。

 キリトの両腕には黒の刀身を輝かせた剣と、翡翠色の刀身を輝かせる剣の2本が握られている。

 

 シリカ「クラインさん…あれは?」

 

 クライン「…気ぃ付けろよシリカ。…今まで以上にキツくなるぜ。

 奴が…キリトが本気になったからな!!」

 

 シリカ「本気…?」

 

 今までまでシリカにしてみれば充分にキリトは最強だった。

 上手くいっているのはクラインの支援とピナの攻撃によるものが大半だった。

 だが、キリトはシリカの予想はいとも簡単に超えていく。

 2本の剣を握った瞬間から感じるこの異様なまでの威圧感…。

 先程までがまるで遊びであったかのように思わせられてしまう。

 

 キリト「悪かったな…ここから全力で行かせてもらう…」

 

 クライン「…待ってたぜ!!」

 

 瞬間、キリトがシリカに向かって地を蹴った。

 その行先をクラインが割って入り込む。

 

 クライン「やらせねぇぞ!!」

 

 キリト「っ!!」

 

 片手用直剣よりもリーチが長い刀はキリトの射程範囲外から剣先が入ってくる。

 それを左手の剣で弾き、一気に距離を詰めて射程範囲にクラインを捉える。

 

 クライン(「さっきより…速ぇ!!?」)

 

 剣を2本持っただけでここまで違うのか…とクラインが思っている頃には既に斬られた後であった。

 

 クライン「がっ…!!」

 

 一体何回斬撃を食らったのか分からない。

 HPがグリーンであったのは覚えているが、今ではもうレッドを通り越HPは黒一色…つまりは全損させられてしまっている。

 

 シリカ「クラインさん!!」

 

 残り火(リメインライト)となってしまったクラインにはシリカの声き応える事は出来ない。

 キリトがシリカに迫るが、ピナが立ち塞がりバブルブレスを放つ。

 だが、今のキリトにそれが通用するハズもなく、無残にも泡は一瞬で弾かれた。

 

 キリト「…シリカ。出来れば降参してくれると助かるんだけど…」

 

 シリカ「うっ…うっ…」

 

 シリカはキリトのあまりにも異様な強さに恐怖し、その場に経たり込んでは思わず涙を流した。

 

 キリト「えっ?いや、あ…!?ちょっと待て…。

 な、なんで泣いてるんだ?」

 

 シリカ「だって…だって…キリトさんが…怖かったから…」

 

 カストロ「あーあ…。女性を泣かすなんて幾ら何でもやりすぎでは?」

 

 キリト「ち、違うんだ!!これはえーと…その…」

 

 とりあえずはシリカを慰め、落ち着いた所でシリカに再度降参するように交渉する。

 シリカもそこは仕方なくキリトに従い、降参した。

 ちょうど事き終わった時、森の奥からアスナとアストラが到着した。

 

 アスナ「キリト君!!カストロさん!!」

 

 アストラ「カストロ様!!ご無事…!!?

 ど、どうなさったんですかこの腕はっ!!!」

 

 アストラはカストロの腕を見るや否やすぐさま全回復魔法をカストロにかけた。

 斬られた腕はすっかり元通りになり、HPも全回復していた。

 

 アスナ「キリト君もお疲れ様。…二刀流使ったんだね?」

 

 キリト「あぁ…。最初は躊躇ったけどカストロに説教されちゃってな…」

 

 カストロ「あれが説教だというのでありませんよ。

 ただ、少しじれったかっただけです。

 アストラもよく頑張りましたね。

 あなたのおかげでどちらも欠員を出さずに済ました」

 

 アストラ「と、とんでもございません!!

 カストロ様の願いは私の願いでもありますので!!

 えっと、その…私には勿体ないお言葉…です…」

 

 すると、カストロは不意にアストラの頭を撫で始めた。

 それを意識したアストラはたちまち顔を紅潮させて心拍数が急激に増大する。

 

 カストロ「あまり自分を過小評価するものではありませんよ?

 アストラは私の為に十分すぎるほど尽くしてくれています。

 私にとってそれはとても幸せな事なのですよ?」

 

 アストラ「は、はい…///」

 

 キリト「えー…コホン。と、とりあえず…どうする?

 ここで戦うか?元々そのつもりだったんだろ?」

 

 カストロ「いえ。最終的には再戦を希望していますが、あくまでこの2組が最後まで残ったらと考えています。

 私は好きな物は最後にとっていく主義なので…」

 

 アスナ「そっか…。まぁ、アストラさんもまだMPが回復し切ってないし仕方ないね」

 

 お互いの利害も一致し、2組はその場を後にした。

 最後まで生き残り相見えようと約束を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月12日 15時00分 山岳フィールド

 

 山岳フィールドは高低差が激しく、戦闘をするにしても地形を全て把握していなければ難しいフィールドに設定されている。

 そんな中、2組のペアがお互いを警戒しながら面と向かっていた。

 いや、面と向かっていたとは語弊があるかもしれない。

 片方は既に闘争心が消えており、片やもう1組も闘争心より恐怖心の方が勝っているからだ。

 

 リーファ「まさか…いきなりこの人に出会うなんて…」

 

 ストレア「良い引きしてるかもね…」

 

 リーファとストレアは顔を青ざめながらジリジリと後ろに退いていく。

 だが、その分目の前のプレイヤーは歩を進めてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キング「来ないならこちらから行くぞ…」

 

 

 

 二人の前に巨大な王の姿が恐怖と共に近付いてきた。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
二刀流の戦闘描写って難しい…というか普段からの描写が難しい!
あまり文才があるわけでもなく、1人で酔っている感じも否めませんがどうか暖かい目で読んでくださいませ。



では、また次回!


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【40】憤怒の化身

ということで40話目に突入です。
妖精剣舞編もいよいよ終局!
長いような短いような…不思議な感覚です。


では、どうぞ!


 2025年05月12日 15時00分 山岳フィールド

 

 リーファとストレアの前にキングが現れ、徐々に近づいてくる。

 

 ストレア「リーファ!作戦通り信号弾よろしく!!」

 

 リーファ「分かりました!」

 

 すると、リーファは初期風魔法の"風斬舞(スライサー)”を上空へと放った。

 上空に目標もなく飛ぶ魔法はやがて派手に散った。

 

 キング「…」

 

 ストレア「さぁ!いくよ〜!!」

 

 リーファ「はい!!」

 

 ストレアとリーファが剣を構えキングに迫る。

 キングも背中の両手剣を抜き、迎撃に入る。

 ストレアの両手剣がキングを捉え、迷わず振り下ろした。

 だが、キングも両手剣でそれを受け止め、ストレアを軽く押し退けた。

 

 キング「…どうした女。その程度か?」

 

 ストレア「そんな訳ないじゃん!!」

 

 体勢を崩された事を利用して両手剣を大きく振り回す。

 そうする事で生まれた遠心力を利用して、両手剣の勢いと体勢を戻すのがストレアの狙いだ。

 勢いよく放たれた両手剣がキングに襲いかかる。

 

 キング「…」

 

 咄嗟に後退してストレアの攻撃を躱すがそこを背後に回り込んでいたリーファの風魔法が捉える。

 

 リーファ「いけぇっ!!」

 

 まず、確実にダメージを与える為、威力より速さを重視した魔法を放つ。

 それが狙い通りキングの右肩を大きく抉った。

 ダメージ量では1割程度だが、あのキングから先制攻撃を取れたのは2人にとって大きなアドバンテージだ。

 

 キング「…ほう」

 

 キングは自身のHPを見て悔しがるどころかむしろ不敵な笑みを零し、リーファとストレアに視線を移す。

 

 リーファ&ストレア「「!!」」

 

 途端に2人は何か見てはいけないようなモノを見てしまったという不安感に包まれた。

 

 リーファ(「な、なに?…この感じ」)

 

 ストレア(「すごく…恐い…」)

 

 気づけば2人は身体を震わせながら剣や魔法の照準が定まらなくなっている。

 

 キング「次はこちらの番だ…」

 

 来る…。

 そう確信していても体は未だに硬直が続いている。

 2人の奥底に小さな不安や恐怖が生まれてしまっているからだ。

 瞬間、2人の前からキングが姿を消した。

 

 リーファ&ストレア「「!!?」」

 

 辺りを見渡してもどこにも姿が見えない。

 逃走は考えにくいが一瞬、リーファは逃走したんじゃないかという疑惑が頭の中で思い浮かべてしまった。

 

 

 

 

 

 

 キング「気を抜くなよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーファは目の前の光景に遅れながら困惑していた。

 

 リーファ(「あれ?地面が上に…」)

 

 ストレア「リーファ!!」

 

 リーファ「!!?」

 

 見えていた光景は確かに天地が逆になっていたが、何故そうなったのか。

 リーファはその事を再度思い出す。

 背中には剣閃が刻まれた跡がくっきりあり、HPを確認すると既にレッドゾーンに差し掛かっていたのだ。

 

 リーファ「嘘…?」

 

 地面に叩きつけられたリーファは勢いを殺せずそのまま転がっていく。

 何をされたのかイマイチ理解出来ないまま、なんとか立ち上がるが膝が笑ってしまってまともに立つ事すら出来ない。

 

 リーファ「あ、あれ?」

 

 ストレア「大丈夫!?リーファ!!」

 

 リーファ「だ、大丈夫…です…」

 

 明らかにそうは見えないストレアはリーファに駆け寄ろうとするが、キングがその目の前に立ち塞がる。

 

 キング「次はお前だ…」

 

 ストレア「何言って…」

 

 瞬間、意識を根こそぎ刈り取らんとする激しい衝撃がストレアを襲う。

 

 ストレア「がっ…」

 

 ストレアの腹部に剣閃を入れられ、リーファと同じように岩場に叩きつけられた。

 

 リーファ「す、ストレアさん…!!」

 

 キング「…はぁ…」

 

 キングは一息置き、ストレアへと近づく。

 リーファも助太刀に入りたいが体が完全にキングを拒んでいる。

 

 リーファ「動いて…動いてよ…!!」

 

 ストレア「くっ…」

 

 ストレアも衝撃による一時的行動不能(スタン)が発生してしまい、キングから逃げられない。

 そして、とうとうキングの射程範囲の内側にまで侵入してしまっていた。

 赤の光沢を光らせながら両手剣の剣先がストレアに向けられる。

 

 キング「貴様…プレイヤーじゃないな?」

 

 ストレア「だったら…何…かな?」

 

 キング「人間の真似事をして楽しいか?」

 

 ストレア「!!?」

 

 キングの声が痛くストレアの心に響く。

 自分はAI。確かに、人格プログラムが組み込まれているストレアだが赤の他人からしたらNPC…つまりは人間ではないのだ。

 それが笑ったり泣いたり怒ったりとまるで人間のように振舞っていたらどんな気分になるだろうか。

 

 キング「不愉快だ。たかがプログラム如きが人間のマネをするなど…」

 

 キングの一言でついにストレアは涙を流した。

 そう思う人間も少なからず存在する事は理解していた。

 今はまだ人間とAIの間に大きな壁がある事も理解していた。

 だが、少なくてもストレアの周りにはそう思っている人間はどこにもいない。

 キリトやアスナは同じAIであるユイを本当の娘のように大事にしている。

 リズベットやシリカ、リーファだって一緒にカフェでお茶したりしてくれる。

 クラインやエギル、ホーク、カヤトは一緒に冒険に連れ出してくれる。

 そして、タクヤとユウキはストレアにとってかけがえのない大切な人だ。

 他の全てを失おうともあの2人だけは絶対に守り抜くと誓った。

 彼らが身を呈してストレアを救い出してくれたように。

 

 ストレア「…」

 

 キング「涙?…それもプログラムの1つか…。くだらんな」

 

 

 

 

 

 

「くだらなくなんかない」

 

 

 

 

 

 

 

 キング「!!」

 

 

 上空から凄まじい速さで両手長柄がキングに迫ってきた。

 それはキングの足元に突き刺さり、それを放った影を上空に見つける。

 

 

 

 

 

 

 

 カヤト「その人は…僕達の大切な仲間だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 キング「お前は…確か…」

 

 リーファ「カヤト君!!」

 

 カヤトの登場にリーファは笑みを零すが、ストレアは項垂れたまま反応がない。

 カヤトは闇魔法の暗雲世界(クラウドスモーク)を放ち、周囲に煙幕を張った。

 

 キング「ちっ…」

 

 さすがにこの視界の悪さで迂闊に動く事が出来ないキングはその場に立ち往生する羽目になった。

 だが、それはリーファやストレアも同じだ。

 視界が暗闇に閉ざされた今、唯一動けるとすれば闇妖精族(インプ)であるカヤト以外いないだろう。

 種族特有の能力として暗視効果に長けているカヤトならこの場でも自由に動けるハズだ。

 カヤトはリーファとストレアを抱いてキングから身を隠す。

 

 カヤト「2人共、大丈夫…じゃないですね」

 

 リーファ「ありがとうカヤト君!

 でも、信号弾上げてこんなに速く来れるなんて思わなかったよ!」

 

 キングとの戦いの前に上空に放った魔法はキングの対策として仲間内で決めていた合図だ。

 キングに遭遇した者は上空に自分の種族の魔法を放つ事にしようと。

 

 カヤト「たまたま近くにいましたからね」

 

 リーファ「そう言えばホーク君は?…もしかして」

 

 カヤト「まぁ…ご察しの通りです」

 

 リーファにホークの旨を伝えて2人のHPに視線を移した。

 HPを確認しても2人共既にレッドゾーンに入っており、後一撃でも攻撃を受ければリタイアする。

 

 リーファ「ストレアさん!!ストレアさん!!」

 

 ストレア「…」

 

 リーファが必死に呼びかけてもストレアは何一つ反応を示さない。

 

 カヤト「ストレアさん…」

 

 リーファ「何なのあの人!!言いたい放題言って…!!」

 

 カヤト「…煙幕も直に晴れます。2人はここにいて下さい。

 後は僕がやりますので!」

 

 リーファ「無茶だよ!!2人でもまるで歯が立たなかったのに…。

 もうちょっとしたら応援が来るからそれまで…!!」

 

 リーファが言い終わる前に煙幕が晴れ、カヤトはリーファの静止を聞かず、岩陰から身を現した。

 

 キング「…小賢しいマネを」

 

 カヤト「お気に召しませんでしたか?

 なら、ここからは僕が相手をしますのでそれで勘弁してください」

 

 カヤトはアイテムウィンドウから新たな両手長柄を装備して、キングに剣先を向けた。

 

 キング「貴様は…楽しませてくれるのか?」

 

 カヤト「戦ってみてからのお楽しみにというヤツですよ」

 

 カヤトが両手長柄を振りかぶり中距離(ミドルレンジ)からの攻撃を繰り出す。

 キングはそれを空中に飛ぶ事で回避し、上空から両手剣を振り下ろす。

 それを両手長柄を軸に受け流し、キングとの一定の距離を保つ。

 

 カヤト(「あの両手剣が兄さん達の言ってた物か…。

 なら、あれにすら触れちゃやばいかもしれない…」)

 

 あの両手剣に何かプログラム的細工を施しているのだとすれば、一撃たりともダメージは負えない。

 今の所、両手長柄に特に変化は見受けられない。

 リーファとストレアは一太刀浴びているがステータス的に異常は見られない。

 何にせよ要注意な事には変わりはない。

 カヤトはさらに距離を取り、魔法の詠唱に入る。

 

 キング「…」

 

 そうはさせまいとキングが両手剣で地面を叩き、瓦礫をカヤトに浴びせる。

 

 カヤト「…遅い!!」

 

 瓦礫が当たる前にカヤトの詠唱は終わり、影魔法"強奪(スコッチ)”を発動させた。

 この魔法は対象プレイヤーの装備品をランダムに一定時間の間使用不可能にするものだ。

 これであの両手剣が奪えれば勝機が見えてくる。

 

 キング「それが…小賢しいと言っているんだァっ!!!!」

 

 両手剣で辺りを薙ぎ払い、剣圧がカヤトを襲った。

 するとカヤトの発動させた魔法が強制的にキャンセルされた。

 

 カヤト「なっ!?」

 

 魔法の強制終了なんて聞いた事がない。

 出来ても魔法の詠唱を邪魔する事ぐらいだ。

 

 リーファ「やっぱりお兄ちゃん達の推測は当たってたんだ…!」

 

 カヤト(「魔法はもう通用しないか…。

 物理攻撃もあの両手剣のカラクリを解かない限り封じられたまま…」)

 

 はっきり言ってカヤトにはもう打つ手は残されていない。

 魔法も効かない、武器での攻撃も危険度が未知数。

 加えてキングはまだ本気を見せてはいない。

 

 キング「小細工が通用するとでも思ったのか…?」

 

 カヤト「試してみない事には分からないでしょ?」

 

 キング「…いちいち癇に障るヤツだ」

 

 瞬間、キングはカヤトの前から姿を消す。

 この動きはリーファとストレアを瀕死に追いやったものであった。

 

 リーファ「あれは…!!気をつけて!!

 キングは超高速でカヤト君を攻撃する気だよ!!」

 

 

 

 キング「遅い…」

 

 

 

 カヤト「!!」

 

 カヤトの背後に現れたキングは両手剣を迷わずカヤトの胸を貫かんと放たれた。

 

 カヤト(「このままじゃ間に合わないっ!!」)

 

 体全体で避ける暇はなく、両手剣の軌道も変えるには時間が無い。

 

 カヤト「なら…!!」

 

 両手長柄を握り直し、振り返った遠心力をバネにカヤトの両手長柄がキングの心臓部分を捉えた。

 

 キング「!!」

 

 初めてキングの表情に変化が起きた。

 今までキングは全ての敵を一撃必殺または完全勝利という形でしか倒した事がない。

 反撃に入る者など1人もいなかったのだ。

 だが、この大会…いや、少し前からそのキングを脅かすプレイヤーに次々と出会った。

 

 キング(「コイツもか…!!」)

 

 両手剣と両手長柄が互いの心臓を穿たんと同時に放たれてどれくらい経過しただろうか。

 周りの体感時間はほんの一瞬であろうが、キングとカヤトからしてみればこの決着がつく寸前がゆっくり流れる時の中にいる感覚に陥っている。

 だが、決着はつく。

 もう止める事の出来ない矛は命を絶つ為にまっすぐ進んでいるのだから。

 

 

 

 リーファ「!!!?」

 

 

 

 カヤト「…」

 

 

 

 キング「…」

 

 

 

 互いの心臓には互いの矛が深々と心臓を貫いている。

 心臓を突かれればこの世界では即死効果が付与され、一瞬でゲームからログアウトされてしまう。

 だが、2人はログアウトされる事なくその場に立ち尽くしている。

 

 キング「貴様…」

 

 カヤト「…」

 

 カヤトはほんの少し体勢を崩し、即死には至らなかったものの一気にレッドゾーンにまでHPが落ちていた。

 対するキングはHPこそグリーンのままだが、体中に痺れをきたしているようだ。

 

 カヤト「この武器は一定確率で相手を麻痺出来るんですよ…。

 まぁ、この場面で当たってくれるとは思いませんでしたけど…」

 

 キング「…!!」

 

 麻痺状態のキングから両手剣を奪い、距離を置く。

 

 カヤト「あなたの力の秘密がこの両手剣にあると踏んでるんでしばらく預かりますね?」

 

 リーファ「す…すごい…。凄いよカヤト君!!」

 

 カヤト「リーファさん!!この両手剣を…」

 

 瞬間、カヤトは何かに取り憑かれたかのように動かなくなった。

 

 リーファ「カヤト…君…?」

 

 キング「…お前には過ぎた代物だ」

 

 すると、両手剣はひとりでに動き始めキングの右手へと戻っていった。

 同時にカヤトの意識も戻り、奪ったハズの両手剣がない事に驚く。

 

 カヤト「…なんですか?今のは…」

 

 キング「お前には関係のない事だ。

 毎日を平和に暮らしているお前にはな…」

 

 カヤト「…」

 

 カヤトはその場にゆっくり立ち上がり、再度キングに向き合う。

 キングの麻痺も効果が切れ、軽く腕や足を動かし問題ないと言わんばかりに超高速でカヤトに迫った。

 

 カヤト「くっ!!」

 

 あまりの速さに攻撃を受け流すだけでも難しい。

 正確に言えば受け流しきれず徐々にダメージが蓄積していた。

 

 キング「ほんの暇つぶしにはなった…」

 

 カヤト「それはよかった…!!」

 

 既に満身創痍なカヤトにこれ以上の戦闘は危険だ。

 だが、キングは意外にもカヤトから距離を取り両手剣を地面に突き刺した。

 

 カヤト「!?」

 

 キング「楽しませてもらったお礼に1つヒントをやろう…」

 

 カヤト「ヒント?」

 

 キング「この両手剣は()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 カヤト「される…予定?」

 

 予定という事なら何故今この場にその武器があるのか疑問に思った。

 さらにキングは話を続ける。

 

 キング「だが、これには致命的な欠陥があった。

 それを見つけるや否や実装は見送られ、データもブラックボックスの中へと封印された…」

 

 カヤト「何を言って…」

 

 瞬間、両手剣が刺さっている地面から赤黒いエフェクトが立ち込め始めた。

 

 リーファ「何あれ!!?」

 

 キリト「リーファ!!」

 

 リーファ「!!…キリト君!!アスナさん!!それにみんな!!!」

 

 そこに遅れて到着したキリトとアスナ、カストロとアストラがこの状況を見て困惑している。

 

 アストラ「なんですか?あれ…?」

 

 カストロ「魔法でもないようだが、あんなの見た事も聞いた事もない」

 

 キング「フン…。雑魚どもが集まってきたか…」

 

 さらにエフェクトは強さを増し、キングとカヤトを包み込む。

 

 キリト「カヤト!!」

 

 キリトの叫び声も虚しくカヤトは完全に赤黒いエフェクトに飲み込まれてしまった。

 

 ユイ「ストレア!!どうしたんですか!?しっかりしてください!!」

 

 キリトの懐から姿を現したユイがストレアに近づく。

 

 アスナ「どうしたの?」

 

 リーファ「キングに何か言われたみたいでそれからずっと呼びかけてるんですけど全然反応がなくて…」

 

 アスナはストレアの顔をのぞき込むがそこには何も感じられなくなったストレアの姿があった。

 

 ユイ「!!…そ、そんな」

 

 キリト「どうしたユイ?」

 

 ユイ「ストレアの…人格プログラムがダメージを受けていて…このままじゃストレアが消えてしまいます!!」

 

「「「「!!!!」」」」

 

 リーファ「そ、そんな…ストレアさん!!しっかりして下さい!!」

 

 何度も呼びかけるがストレアに反応はない。

 

 キリト「どうすればストレアは元に戻るんだ?」

 

 ユイ「人格プログラムを修復すれば、通常通りの会話は出来ますが…その核となっている感情プログラムをストレア自身が攻撃している為…何とも言えません…」

 

 アスナ「感情プログラムを自分で攻撃?」

 

 ユイ「人間で例えるなら自己嫌悪です。

 自分はだめだ。全ては自分のせいだ。あの時自分がこうしていればと、自身を否定し続けた結果ストレアの感情プログラムにダメージを受けていると予想します…」

 

 ユイは涙混じりにアスナに説明する。

 アスナはユイを優しく抱きしめた。

 元々、ユイとストレアはSAOでプレイヤーのメンタルをケアする為に造られたプログラムだ。

 言うなれば彼女らは姉妹にあたる。

 姉であるユイが妹であるストレアを心配して涙を流すのは当たり前の事だ。

 

 キリト「くそ…」

 

 アスナ「…ユイちゃん。タクヤ君とユウキに連絡出来る?」

 

 今は大会中の為、プレイヤー同士でのメッセージのやり取りを禁止されているがAIであるユイなら警告モードでこちらから状況を伝えられるかもしれない。

 

 ユイ「分かりました…。やってみます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月12日 15時40分 廃墟都市フィールド

 

 廃墟都市にいたタクヤとユウキはガンとロックを倒し終え、信号弾の上がった地点に向かおうとしていた。

 

 タクヤ「もうここには敵はいねぇな…。

 こっちは急いでんのに…ったく」

 

 ユウキ「信号弾が打ち上がって40分経つよ。早く行かなきゃ!」

 

 タクヤとユウキが廃墟都市を後にしようとすると、2人に警告モードでメッセージが入った。

 

 ユウキ「警告モード?」

 

 タクヤ「これって通話じゃなくて留守電みたいなヤツだよな?」

 

 ユウキ「うん。とりあえず聞いてみようよ」

 

 タクヤは警告モード申請を承諾させ、メッセージを再生する。

 

 ユイ『タクヤさん!!ユウキさん!!』

 

 ユウキ「あれ?ユイちゃん?」

 

 ユイ『今の状況を説明します!

 現在、謎のエフェクト内にキングとカヤトさんが交戦中です!!

 パパやママも何とか中に入れないか試していますが、まだ侵入には至ってません…』

 

 タクヤ「あのバカ…!!1人で戦うなって言ったのに…」

 

 予想よりも戦況は悪いようだ。

 カヤトの実力を低く見ている訳ではないが、キングとはいわばイレギュラーな存在だ。

 常識が通用するとはとても思えない。

 

 ユイ『そして、ストレアなんですが…今、命の危険に晒されています…』

 

 タクヤ&ユウキ「「!!?」」

 

 ユイ『キングに何か言われたようなのですが、今ストレアは自身の核である感情プログラムを自ら攻撃しており、このままではストレアが消滅してしまいます!!』

 

 ユウキ「消…滅…?」

 

 タクヤ「…」

 

 ユイ『これは私からのお願いです…。

 どうか…どうか妹をもう1度助けてください!!!!

 きっとあなた達ならストレアも心を開いてくれるハズです!!!!』

 

 そこでメッセージは終わっていた。

 タクヤとユウキは何も言わず、信号弾の上がった地点へ全速力で向かう。

 

 

『ユウキ〜これすごい美味しいよ〜!!』

 

 

 ユウキ(「ストレア…。ダメだよまたいなくなっちゃ…!!」)

 

 

『ありがとう…。私がプログラムであっても仲間として…家族として見てくれてとても嬉しかったよ…!』

 

 

 タクヤ(「もう2度と…お前を暗い闇の中になんか行かせねぇ…!!

 もう…あんな思いはしたくねぇ…!!」)

 

 

 2人の中で浮かんだのはストレアとの記憶。

 天真爛漫を体現したその振る舞いはタクヤ達にどれだけ元気を与えただろうか。

 辛い時も悲しい時も何かと世話を焼きたがるストレアにタクヤとユウキはいつも救われていた。

 

 タクヤ「あいつは…ストレアは…絶対ェ消えさせねぇ!!

 あいつは…オレとユウキの娘は…オレ達が助ける!!」

 

 廃墟都市の出入口である長いトンネルをくぐり抜けていると、タクヤとユウキの前にズームとワードロンが現れた。

 

 ズーム「へっへっ…奴らの仲間だなぁ…!!俺様の毒の餌食に…」

 

 瞬間、ズームは上空へと蹴り上げられそこをユウキが心臓に剣閃を穿つ。

 ズームが一瞬で残り火(リメインライト)になったのを呆然と見ていたワードロンをタクヤが心臓を貫き呆気なく2人を倒した。

 まるで道にあった石を知らずに蹴り飛ばしたようにタクヤとユウキに2人の記憶はもはや存在していない。

 今はストレアを救う事を優先しなければならなかった。

 こんな所で時間を食う訳にはいかない。

 

 タクヤ「ユウキ!!目標地点までどれくらいだ?」

 

 ユウキ「飛んでいったら後10分で着けるよ!!」

 

 ようやくトンネルを抜け出し、翅を羽ばたかせストレアの元へと全速力で空を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月12日 15時40分 山岳フィールド

 

 赤黒いエフェクトに包まれたカヤトはまず、ここがどこなのか考える。

 先程まで戦っていた山岳フィールドではない事はすぐに分かった。

 周りには赤黒いエフェクトが膜のようなものを張っており、周りには白い床とキングの姿があるだけだ。

 

 カヤト「何をしたんですか?」

 

 キング「もう少しお前と戯れたくなっただけだ…。

 久方振りに強い奴に出会えたんでな」

 

 両手剣を地面から抜き取り、カヤトに迫る。

 

 カヤト「そっちは武器持ちで、僕は丸腰って…なかなかハードですね」

 

 両手長柄はエフェクトに包まれた際に弾かれ、予備の武器もなく、完全に得物を失っている状態だ。

 

 キング「武器がなくても戦えるだろ?」

 

 カヤト「…」

 

 すると、カヤトは一息ついて慣れ親しんだ構えを取る。

 

 キング「その構えは…空手か?」

 

 カヤト「武器がない以上、素手で戦うにはこれが1番なんですよ…」

 

 むしろカヤトにとってはこれが本来の戦い方と言っていいだろう。

 モンスターや多人数のプレイヤー相手には武器を使った戦闘スタイルが好ましいが、対人となれば話は別である。

 プレイヤースキル重視のALOで体術スキルを取るのはそう珍しくない。

 だが、それはあくまで補助的な意味で取っているプレイヤーが多数だ。

 ホークのように、体術スキルを極めたプレイヤーは稀なのだ。

 

 カヤト「ホークさんに習っておいてよかったぁ…」

 

 カヤトは地を蹴り、キングに突撃した。

 HPが既にレッドゾーンに入っているカヤトにとって後手に回る方が戦況は悪化しかしない。

 ならば、背水の陣の構えで突っ込むしか攻撃手段が残されていないのだ。

 キングの懐に入る為、不規則な緩急をつけて撹乱する。

 

 キング「ほう…」

 

 キングは両手剣を振り回すが全て躱され、反撃を貰ってしまう。

 HP的に余裕のキングは焦る素振りを見せずひたすら両手剣を振り回す。

 

 カヤト「数撃てば当たる…ですか?当たりませんよ?」

 

 背後に回り込んだカヤトに千載一遇のチャンスが訪れた。

 両手剣を振り下ろした瞬間の僅かな隙を捉え、拳を強く握り、一閃する。

 

 キング「…!!」

 

 確かな手応えを感じたカヤトはふとキングの顔に目線を移す。

 そこには不敵な笑みを浮かべたキングの姿があった。

 

 カヤト「なっ…」

 

 キング「油断するなと…さっきも言ったハズだが?」

 

 何か嫌な予感に駆られ距離を置こうとするが、体が動かない。

 原因を調べてみると足の甲に短剣が突き刺さっていた。

 力づくで抜こうとした瞬間、顔面に強烈な一撃が入った。

 

 カヤト「がっ…」

 

 後ろへ倒れそうになるのをキングが服の胸ぐらを掴み、倒れる事を許さない。

 

 キング「この空間じゃどんなにダメージを受けようともHPが1以下になる事はない。これから俺の気が済むまで相手をしてもらおうか…!!」

 

 カヤト「ぐっ…!!」

 

 さらに一発顔面に拳がめり込む。

 どういう訳か殴られる度に痛みが現実のものへと変わっていく。

 

 キング「ペインアブソーバー機能を少し弄った。

 これでここでの痛みは現実となる。いつまで持つかな?」

 

 キング「ど、どうやって…そんな事…を…」

 

 カヤトの問いに答える事なく、キングはただひたすら自身の欲求を満たす為にカヤトを殴り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「くそっ!!ビクともしない!!」

 

 キリト達は赤黒いエフェクトで作られたドームを壊そうと試みるが武器の耐久値が減るだけで傷一つつけられない。

 

 アストラ「魔法も全然効果ないです!!」

 

 カストロ「…どうすれば」

 

 キリト達がドームの破壊を続けている頃、リーファとアスナ、ユイはストレアに声をかけ続けていた。

 

 アスナ「ストレアさん…」

 

 リーファ「どうして…こんな事に…」

 

 ユイ「…」

 

 すると、ドームに異変が生じた。

 ドームは自ら亀裂を入れ始め、中から2つの影が姿を現した。

 

 キング「…フン」

 

 カヤト「…」

 

 キリト「カヤト!!?」

 

 キングはカヤトをゴミを捨てるかのようにキリトに放り投げた。

 間一髪の所でカヤトを受け止めたキリトはカヤトの顔面を見て恐怖した。

 

 キリト「カヤ…ト…?」

 

 アバターはどれだけ傷付けられようが、元の姿から変わる事はない。

 だが、カヤトの顔面は所々データが残留しており、既に原型を留めていなかった。

 

 キリト「…っ!!」

 

 キリトはカヤトを抱え、アスナ達の所まで歩く。

 ゆっくりと寝かしつけ、リーファに回復魔法の準備に取り掛からせる。

 

 リーファ「そんな…カヤト君まで…」

 

 リーファは回復魔法を掛けながら両目に涙を滲ませていた。

 HPが全壊したところでカヤトの傷も綺麗に消えている。

 だが、もう大会を続行するのは無理だろうと誰もが思った。

 

 キリト「…なんで」

 

 キング「?」

 

 キリト「なんで…ここまでする必要があった?」

 

 キング「…ただの興味本位だ」

 

 瞬間、キリトが踏み込みキングの懐へと潜り込んだ。

 

 

 

 キリト「うぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 

 

 2本の剣がキングの体を斬り刻みつけていく。

 キングに反撃の隙など与えない。

 さらに回転が上がっていき、最早視認では困難なほど剣撃がキングに斬り刻まれていく。

 アスナはその姿を見て遠き日の記憶を呼び起こしていた。

 

 

 アインクラッド74層のフロアボス…青眼の悪魔(ザ・グリームアイズ)

 それをたった1人で2本の剣を自在に操りながら倒した"黒の剣士”の姿を。

 それを彷彿とさせる程の気迫を放ちながらキリトはキングを攻め続けていた。

 

 キリト「うぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 キング「くだらんな…」

 

 タイミングを窺っていたのかキングはキリトの2本の片手剣を完璧にパリィする。

 

 キリト「!!?」

 

 体勢が崩されながらもキリトの目はまだ生きていた。

 翅を羽ばたかせ無理矢理体勢を戻し、上段切りを繰り出す。

 キングはそれを両手剣で受け止めるが、遠心力が加わった上段切りはキングの体を芯まで響かせた。

 

 キング「っ!?」

 

 キリト「うりゃぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 間髪入れずキリトの猛攻が再開される。

 

 キング(「コイツ…!!」)

 

 キリト(「お前と戦いたいって…純粋に勝負したいって…そう思ってたのに…なんで…お前は…!!!!」)

 

 最初はタクヤを負かす程の実力に興味を持ったのが始まりだ。

 そして、予選に出る為のフィールド戦で初めて戦ってどこかに違和感を感じた。

 それから、タクヤとアルゴでキングについての情報を聞いた時、ガッカリしたのを憶えている。

 そこまでして何故力がいるのだとか、そんな上っ面な理由ではなく、本当の意味でキングと戦えないと分かった瞬間、キリトの中で何かが消えたのだ。

 そして、今そのキングと戦っている。

 だが、もう純粋に勝負がしたいとは微塵も思っていなかった。

 ストレアを、カヤトを傷つけた事に対する怒りだけがキングに剣を向ける原動力になっている。

 絶対に許さないと心の中で何度も叫びながら剣を振るっている。

 

 キリト「はぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 脇腹を抉り、左腕を斬り刻み、胸を貫く。

 既にキリトは目の前が見えなくなる程、キングに剣閃を加え続けている。

 それは仲間を傷つけた為、大事な娘を泣かせた為、そして、自分の非力さを否定する為、剣を振るい続ける。

 

 

 キング「つまらん…」

 

 

 

 キリト「え?」

 

 

 キングが両手剣を1振りしただけでキリトは岩壁に吹き飛ばされ、2本の剣は刀身を砕かれた。

 HPが一気にレッドゾーンにまで落ちてキリトは気づいた。

 

 

 キリト(「負け…たの…か…」)

 

 

 キリトの持てる全ての力を使い果たしてもキングには届かなかった。

 奥の手である二刀流すら敵わないのならキリトにキングを倒す勝算は0だ。

 キングが徐々にキリトに近づき、両手剣を逆さ持ちに握り変え、キリトの背中に突き刺す。

 

 キリト「がぁっ…!!?」

 

 アスナ「キリト君!!」

 

 アスナが魔法でキリトからキングを引き剥がそうとするが、キングに睨まれただけで魔法は強制的にキャンセルされた。

 

 アスナ「な、なんでっ!!?」

 

 キング「女子供はそこでじっとしていろ…。

 コイツはオレの獲物だ。邪魔するなら…消す…!!」

 

 アスナ「っ!!?」

 

 妙な圧迫感に苛まれたアスナは思わず膝を地につける。

 カストロとアストラも動けない。

 

 アスナ(「キリト君…!!」)

 

 倒れたままのキリトをキングが片手で拾い上げ、腹部にきつい一撃を入れた。

 

 キリト「ぐおっ…!!」

 

 キング「まだ寝るには早いぞ?アイツはこの程度じゃくたばらなかった」

 

 キリト(「カヤトは…これをずっと…耐えていたのか…」)

 

 意識のないカヤトに視線だけ動かし、どれだけの苦痛を味わったのか今のキリトには痛い程伝わった。

 

 キリト「がはっ…!!」

 

 さらに一撃入れられ、それが何度も繰り返される。

 

 アスナ「キリト君!!…動いて…動いてよ!!!!」

 

 完全に心が折られてしまったアスナにキングに立ち向かうだけの勇気はない。

 そういう風にキングはわざわざ仕向けたのだ。

 この瞬間を…自身が強者だと感じられる瞬間の為に。

 全てを平伏し、全ての者を統べる王の威厳を掲げ、敵を駆逐していく。

 その瞬間がキングにとって至福のひとときなのだから。

 

 キング「まだ数発しか殴ってないぞ?

 案外脆いんだな…」

 

 キリト「ぐ…」

 

 HPは既に全損しているが、どういう訳か死に戻りしない。

 さらに痛みが現実のものになっている為、感覚も薄れてきている。

 

 カストロ「くそ…!!」

 

 アストラ「こんな事…許される訳ないのに…!!」

 

 リーファ「もうやめてよ!!それ以上やったら…!!」

 

 キング「死にはしない。肉体的にはな…!!」

 

 ゲームの中で死ぬのはありえない。

 アミュスフィアは危険を感知すれば強制ログアウトに移行する。

 だが、そうなるのも最早時間の問題だ。

 キリトは意識が上の空で焦点が定まらない。

 

 アスナ「もう…やめて…。お願いだから…もう…」

 

 キングは拳を引き、アスナに視線を移す。

 

 キング「…なら女。貴様が代わるか?」

 

 アスナ「!!」

 

 アストラ「ダメですアスナさん!!」

 

 カストロ「キング!!やるなら私にしろっ!!」

 

 キング「貴様らには話していない。黙っていろ…!!」

 

 カストロとアストラに物理的に黙らせる為、重力魔法で2人を地にひれ伏させる。

 

 リーファ「アスナさん!!」

 

 アスナ「…」

 

 アスナはゆっくりと立ち上がり、キングに近づく。

 

 アスナ(「私がキリト君と代われば…もう彼は…傷つけられなくて済む…。私が…君を守るから…」)

 

 キリト「…だ」

 

 瞬間、キリトを支えていた腕に力強く握る手が伸びた。

 

 キング「!!」

 

 キリト「アス…ナ…には…触れさ…せ…ない…!!」

 

 握る力は次第に強くなり、キングのHPが僅かに減少していく。

 

 アスナ「キリト君…!!でも、それじゃあ君が…!!」

 

 キリト「オレは…大…丈夫…だか…ら…アスナ…は早…く逃げ…ろ…」

 

 キング「…」

 

 アスナに向いていた目線がキングに移る。

 その目はまだ死んでいないと言わんばかりにキングを睨みつけていた。

 

 キング「…とんだ茶番だ。…望み通り貴様から始末してやる」

 

 キングは両手剣を握り、天に向かって振り上げた。

 

 キリト「…!!」

 

 キング「…死ね」

 

 アスナ「ダメぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 振り上げられた両手剣がキリトに真っ直ぐ振り下ろされる。

 アスナの今の距離では確実に間に合わない。

 もうダメだとキリトは腹を括った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 キング「!!」

 

 

 

 瞬間、キリトを支える力がなくなり地面に落とされた。

 キリトとアスナは何が起きたのかと原因を探る。

 キングは遥か後方まで吹き飛ばされ、キングが元いた場所には別の人影があった。

 太陽の光で一瞬誰だか分からなかったが、次第に光が弱まり人影が露わになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「キングぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!」

 

 

 

 キリト&アスナ「「!!!!」」

 

 

 そこにいたのは紛れもないタクヤの姿だった。

 

 キング「…来たな」

 

 タクヤ「テメェ…!!殺される覚悟は出来てんだろぉなぁっ!!!!」

 

 タクヤは目にも止まらない速さで一気にキングとの距離を詰める。

 キングも両手剣を構え、タクヤを迎え打つ。

 両手剣を振られた瞬間、タクヤはキングの前から姿を消した。

 

 キング「!!」

 

 瞬間、キングは頬に違和感を感じる。

 それと同時にタクヤは上空からキングの左頬に拳をめり込ませていた。

 キングはそのまま地面に叩きつけられ、その衝撃で地面が大きく砕かれた。

 

 キング「がはっ…」

 

 初めてに近いキングの嗚咽が聞こえた。

 タクヤはさらにキングを蹴り上げ、岩山に叩きつける。

 

 タクヤ「こんなもんじゃねぇぞ?

 …仲間を傷つけたヤツは誰だろうがオレが許さねぇ!!!!

 立てよ王様ぁっ!!!平民代表としてテメェに下克上だ!!!!」

 

 王の眼下の元に平民の"英雄”が立ち塞がる。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
カヤトとストレアの脱落…。ズームとワードロンの脇役感…。キリトがフルボッコ…。
書いててこれありえるかぁ…とか思いましたが気にしません!
気にしたら負けだと考えます!


では、また次回!


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【41】孤独

という事で41話目になります。
夏なのにそれらしい事が何も出来てません。
プール行きたい。



では、どうぞ!


 俺はいつも1人だった。

 

 

 

 子供の頃から周りと合わせて生きていくのが苦手だった。

 友達と呼ばれる存在も俺は必要としなかった。

 やれる事は1人でも出来るし、自分は他より優れている自負もあった為、余計に友達と言われるコミュニティに属したいという願望もない。

 皆は1人では出来ないから、1人では寂しいから群れをなす。

 それは自分を弱い存在だと周りに公言しているようなものだ。

 俺はそうじゃない。俺は強いんだ。だから属さない。

 短い生涯生きてきて俺には必要の無いものだと切り捨てた。

 それが…自身を他より優れている…強者だと感じられる唯一の時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月12日 16時05分 山岳フィールド

 

 大会が開始されて2時間が経過した。

 既にフィールドに残っているプレイヤーの数も2桁を切っている。

 残り1時間でこの大会も終了し、優勝という栄誉と報酬が手に入る。

 だが、観客や運営は知らない。

 いや、運営は薄々気付いているのかもしれない。

 ()()()()()()()()

 

 

 キング「っ!!」

 

 タクヤ「くっ!!?」

 

 キングの両手剣をタクヤは片手剣で辛くも防ぐ。

 だが、戦う度に強さを増していくキングの前にタクヤは防戦一方を余儀なくされていた。

 

 キング「どうした?お前の力はその程度か?」

 

 挑発だ。分かっている。そうやって隙が出来るのを誘ってる事ぐらい。

 

 キング「あのAIの女を助けに来たのか?もう時間切れだ…」

 

 タクヤ「!!!…うがぁぁぁっ!!!!」

 

 分かっていたハズなのに…。頭では理解していたつもりなのに…。

 ストレアの…仲間の…自分の娘を傷つけたコイツが憎い。

 タクヤは声を荒らげながらキングを押し退け、片手剣を振りかぶる。

 それを待っていたキングは片手剣を弾き、タクヤに斬りかかった。

 

 タクヤ「がっ…!!!」

 

 ユウキ「タクヤっ!!!!」

 

 後ろではアスナとリーファと一緒にストレアの隣についている。

 ストレアも未だ何も反応が見受けられない。

 その姿を見て倒れそうになる体を無理矢理支えた。

 

 キング「ほう…まだやる気か?」

 

 タクヤ「当たり前だ…。まだ…何も返しちゃいねぇ…!!」

 

 仲間の痛みを、苦しみを、悲しみを、まだ何も返していない。

 仲間の痛みは自身の痛み。仲間の苦しみは自身の苦しみ。仲間の悲しみは自身の悲しみ。

 タクヤは仲間の為に立ち続ける。

 その姿にキングは苛立ちじみたものが芽生えてしまった。

 

 タクヤ「それに、お前の為に()()()()を用意してんだよ…。

 それも使わない内はまだ倒れてなんかやらねぇ…」

 

 キング「…」

 

 キングは一瞬でタクヤの前に現れた。

 

 タクヤ「!!?」

 

 下から振り上げられたキングの両手剣をタクヤは片手剣で食い止めに入る。

 だが、食い止めに入った片手剣は亀裂が入り、タクヤの目の前で粉々に砕かれてしまった。

 

 キング「…これで終わりだろ?」

 

 タクヤはキングとの距離を置く。

 先程まで優勢に運んでいたタクヤだが、今では奇しくも剣は砕かれ、残りのHPも約半分という劣勢に陥っていた。

 

 ユウキ「ボクもタクヤに加勢して…!!」

 

 アスナ「ユウキ!!あなたまで行ったら誰がストレアさんを呼びかけるの?ストレアさんにはユウキが必要なの!!」

 

 ユウキ「!!…くっ…」

 

 ユウキはその場に留まりひたすらストレアを呼びかけた。

 ストレアも大事だ。自分達の事を家族だと言ってくれる大事な一人娘だ。

 今まで家族として振舞った事はないが、心はいつだって繋がっている気がした。

 だから、呼び続ける。

 あなたの父親は今もあなたの為に戦い続けている事を。

 

 キング「…無駄な事を」

 

 タクヤ「無駄じゃねぇさ。やらなきゃ分かんないだろ?」

 

 キング「たかがAIだ。人間の道具として作られたプログラムに本当の感情などありはしない。

 プログラムによって命令された動きしか出来ない奴を捕まえて仲間ごっこのつもりか?…反吐が出る!!」

 

 タクヤ「…確かに、ストレアはAIだ。人間じゃねぇ…」

 

 タクヤはそう語りながらメニューウィンドウを操作する。

 

 タクヤ「でもな…アイツが笑ったり、泣いたりするのはプログラムが命令してるだけじゃねぇ…。

 AIだろうが人間だろうが、笑いたい時には笑うし、泣きたい時にはめいいっぱい泣く。

 理屈じゃねぇんだよ…。ストレアはオレの家族だ。大事な一人娘だ。

 娘を泣かした奴をこらしめてやるのが父親の役目だ。

 友達を傷つけた奴をこらしめてやるのが友達の役目だ」

 

 装備欄に入り、両拳にある武器を装備する。

 

 

 

 タクヤ「傷つけられた分はきっちり支払ってもらうぜ…王様!!」

 

 

 

「「「!!!!」」」

 

 

 

 タクヤの拳にはアルンに店を構えているリズベット武具店のエンブレムが刻まれたグローブがハメられている。

 

 アスナ「あれって…まさか…」

 

 キリト「闘拳…スキル…」

 

 ユウキ「…タクヤ」

 

 

 

 

 

 

 SAOの世界で唯一剣を振るわず、自らの拳で戦い続けたプレイヤーがいた。

 後にそのプレイヤーに周りはコロッセオで強敵達に勇敢に戦う姿を連想させたと言う。

 それに基づきプレイヤーにある二つ名が付けられた。

 

 

 

 

 

 "拳闘士(グラディエーター)”と…

 

 

 

 

 

 キング「…そんなものが秘密兵器だと?俺も随分舐められたようだな」

 

 タクヤ「言っただろ?やって見なくちゃ分からないって…」

 

 瞬間、タクヤがキングの前から姿を消した。

 

 キング「!!!」

 

 カストロ「は、速いっ!!?」

 

 アストラ「み、見えないです!!」

 

 ほんの1秒で30mもの距離を詰めたタクヤは反応出来ていないキングのボディを左拳で抉った。

 

 キング「がっ!!」

 

 タクヤ「まだまだぁ!!!!」

 

 続けざまにボディへのラッシュがキングの顔を歪ませる。

 キングも痛みに耐えながらも両手剣の剣先をタクヤに向けた。

 力を振り絞って両手剣を一気に引き下ろす。

 完全に捉えたと思った。あの狭いスペースから逃げれないだろうと。

 だが、両手剣は虚しくも地に突き刺さっていた。

 タクヤの姿がどこにもないのだ。

 

 ユウキ「た、タクヤは?」

 

 キリト「き、消えた…?」

 

 すると、キングは背中に痛みが生じた。

 後ろを振り向きざまに両手剣を振るうも空を切るのみ。

 そして、またしても次は左腕に痛みが生じる。

 だが、そこにタクヤの姿はない。

 矢で射たれた訳でもない。

 投擲された訳でもない。

 けれど、確実にキングにダメージを与え続けている。

 

 キング「調子に…乗るなぁぁ!!!!」

 

 キングはSTR(筋力)をフルに使って両手剣で砂嵐を発生させた。

 これで例え、どこから攻撃してこようともキングには届かない。

 

 リーファ「あんなの反則でしょ!!?」

 

 当然近くにいたユウキ達も砂嵐に巻き込まれるがアスナとアストラの魔法で防御壁を張った為、負傷者のカヤトとキリト、ストレアを匿い岩陰に身を寄せていた。

 

 ユウキ「ありがとう2人共!!」

 

 アストラ「それよりもあの人は大丈夫なんですか!?」

 

 キリト「大丈夫…だと思いたいな…イテテ…」

 

 リーファ「今、回復魔法かけるから横になって!」

 

 防御壁の外側では今も尚砂嵐が山岳フィールド全体で巻き起こっている。

 この防御壁が無ければHP全損は免れないだろう。

 その中、タクヤとキングが戦っているとなるとユウキはいても経ってもいられない。

 だが、ユウキにはまだやるべきことが残っている。

 それはストレアを目覚めさせる事だ。

 この場へ到着する直前にタクヤに頼まれた事だ。

 

 

 

『ユウキはストレアを呼びかけ続けてくれ。オレはキングの相手をする』

 

『でも、もしボクが呼びかけても目を覚まさなかったら…?』

 

『大丈夫だよ。早くケリつけてオレもストレアとユウキの元へ向かう。

 2人でならストレアだって目を覚ます。

 だから、それまではユウキ…頼んだぜ?』

 

 

 

 ユウキ「ストレア…。早く起きてよ…。

 またみんなで…3人で一緒にいようよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キング「…」

 

 砂嵐の中心、キングが立っている場所から半径20mは砂嵐の影響下ではない。

 だが、そこから1歩でも足を踏み出せば瞬く間に四肢はもげ砕かれるだろう。

 

 キング「…」

 

 砂嵐内には何もいない。

 恐らくは外側にいるのだろう。

 だとすれば、タクヤはまず生きてはいないだろう。

 HPを全損させて今頃は現実世界のベッドの上であろう事を予想する。

 いや、今や確信と言った方が正しいかもしれない。

 確実に生きてはいまい。

 キングの頬が緩み、盛大に笑い始めた。

 次の瞬間…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「何笑ってんだよ?」

 

 

 

 

 

 どこからともなく声が聞こえてきた。

 周りには誰もいない。砂利すら残されていない空間に声が響き渡る。

 

 

 タクヤ「危うく死ぬ所だったぜ…。とんでもねぇ事しやがって…」

 

 キングは上空に顔ごと向けるとそこには翅で羽ばたいているタクヤの姿があった。

 

 キング「貴様…!!どうやって…!!」

 

 タクヤ「砂嵐も別にどこにも出入口がねぇ訳じゃねぇ。

 常に中心は穴が開いてるんだよ!そこさえ見つけりゃあ入るのは楽だ」

 

 翅をしまい、地上へと降りてきたタクヤをキングが両手剣で斬りかかる。

 だが、タクヤは両拳でそれを防いで見せた。

 

 キング「!!」

 

 タクヤ「お前の…この両手剣…()()()()()()()()()()()?」

 

 キング「…」

 

 タクヤ「当ててやろうか…?

 この武器は…S()A()O()()()()()()()()()()()()()だろ?」

 

 瞬間、キングの表情は驚きに満ち溢れた。

 タクヤはニィと笑い両手剣を掴み、そのままキングを放り投げた。

 キングは翅を羽ばたかせてバランスを保つが、タクヤには接近して来ない。

 

 キング「…どうして分かった?」

 

 タクヤ「知り合いにSAOの事後処理をしてる役人がいるんだけど、そいつからSAOに関する()()()()()が盗まれた…」

 

 

 

 

 

 

 

 それは先月の4月下旬、ALOにフルダイブしようとした時に不意に携帯の着信が鳴り響いた。

 着信相手を見るとそこには菊岡誠二郎というタクヤにとって信用し切れないきな臭い男からだった。

 無視しようとも考えたが、そうすれば着信履歴は菊岡の名前で埋め尽くされかねない。

 仕方なく、電話に出ると陽気な声で菊岡が出た。

 

 菊岡『あっ、もしもし?タクヤ君?もぉ、電話に出るのが遅いよぉ…』

 

 拓哉「…ふざけるなら切る」

 

 菊岡『わー!!待って待って!!ちゃ、ちゃんと用件があるんだって!!

 だから切らないで!!』

 

 拓哉「…はぁ…で、何の用だよ?」

 

 本当にこのまま切ってしまいたかったが、後でネチネチ言われても不愉快だ。

 ここは潔く菊岡の話を聞く事にするとしよう。

 

 菊岡『これは結構ヤバイ事なんだが、SAOに関するデータの1部が何者かに盗まれた…』

 

 拓哉「なっ!!?ど、どうして!!?

 SAOに関する物は全部アンタが持っていっただろうがっ!!!!」

 

 菊岡『いやぁ、まさか総務省のセキュリティホールをとっぱしてSAOのデータを盗むなんて誰も思わないじゃないかぁ!!

 僕だって忙しくてなかなか部にも顔を出せていなかったんだ』

 

 拓哉「のんびり構えてる場合かっ!!」

 

 SAOのデータが盗まれたのは非常にまずい。

 あれは天才茅場晶彦が作り上げたもの…言わば、茅場晶彦の分身だ。

 つまりは、あのデータにはありとあらゆる情報が凝縮されており、悪用されればまたデスゲームなどが起こりうる危険なものだ。

 その為、そのデータは総務省が責任を持って公開できる情報とは別に厳重に保管していたハズなのだが。

 

 菊岡『そこでタクヤ君。君にお願いがあってね…。

 データを盗み出した犯人を捕まえてほしいんだよ』

 

 拓哉「待てコラ。なんで一高校生が犯人を捕まえなきゃいけねぇんだ!

 警察とかに頼めよ!!てか、お前でもいいわっ!!」

 

 菊岡『データが盗まれたと知られれば総務省は大打撃を受けて、仮想課は撤去されるだろう。

 そうなったらVR反対派を止める抑止力を失って仮想世界はなくなってしまうハズだ。

 だから、これを大事には出来ないんだ。分かってくれるね?』

 

 拓哉「…で、犯人を捕まえるにしてもヒントもなしじゃ無理だ。

 どーせアンタの事だ。何かしら尻尾は掴んでんじゃないか?」

 

 菊岡『さすがにいい読みしてるね!

 実は、データが盗まれたその日にALOである事件が起きたんだ…』

 

 菊岡の話では、事件があった日の夜にゲーム内で大量にPKをしていたプレイヤーがいたらしい。

 そのプレイヤーはPKした全てのプレイヤーを一撃で倒し、見た事もないような魔法を使っていたようだ。

 

 拓哉「それだけじゃ、SAOのデータを盗んだかどうか分かんねぇな…」

 

 菊岡『あともう1つあるんだ。…そのプレイヤーはこう言ったらしい。

 "俺もあの血に染まった世界に行きたかった”…とね』

 

 拓哉「!!」

 

 その言葉の意味はタクヤには分かってしまった。

 血に染まったあの世界…人が血を流す事が当たり前だった世界…つまりはソードアート・オンラインの中という事になる。

 もう二度とあのような悲劇が起こさせてはいけない。

 

 拓哉「分かった…。後はこっちでなんとかしてみる…」

 

 菊岡『悪いねタクヤ君…。では、僕はこれで失礼するよ』

 

 菊岡との通話を切ってタクヤは1人ベッドに項垂れた。

 しばらくして、心を決めたのかタクヤはALOへとフルダイブした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「どうやって盗んだか知らねぇが返してもらうぜ…。

 あれは誰の手にも渡しちゃいけねぇ代物だ」

 

 キング「…そう素直に言う事を聞くとでも思っているのか?」

 

 タクヤ「だろぉなぁっ!!」

 

 両拳でキングを弾き、さらに左頬に拳をめり込ませた。

 勢いよく飛ばされたキングは両手剣を地面に刺して勢いを殺す。

 

 キング「…このっ…!!」

 

 システム上無敵であるハズの両手剣がたかがナックル系の武器に押されれている事実にキングは舌打ちを打ちながら立ち上がる。

 

 

 

 キングが盗み出したのはSAOで構想段階の武具のデータだった。

 その中にはゲームバランスを大きく変動させてしまう物もあり、茅場晶彦を始め、当時のアーガスのスタッフはそのデータをカーディナルに託し、それを元にしたゲームバランスに適した武具を自動生成してくれるものだと()()()()()()()()()()()

 カーディナルが影響を及ぼすのはあくまでゲームの中だけの話だ。

 バグの修正や、クエストの自動生成、ゲーム世界の維持等がカーディナルに課せられた使命だった。

 結果的に、アーガススタッフが考案した武具はSAOで陽の光に浴びる事なく、ブラックボックスの中に封印されていた。

 

 タクヤ「キング…お前はどうやってそのデータを…?」

 

 キング「答える必要はない…。

 俺が最強になるにはこの力が必要だった…」

 

 タクヤ「最強…?」

 

 キング「…」

 

 そう…彼は最強であり続けなければならない…。

 そうでなければ彼に生きている意味がないからだ。

 それが全ての行動理念に繋がっている。

 誰にも頼らず、自分の力のみを信じ、他からの影響を受けず、他を統べる為に彼は深い闇の中…孤独を選んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ?サッカーしねぇ?」

 

「しない」

 

 放課後、とある小学校のとあるクラスであったお話。

 少年の誘いを断り、ランドセルを背負ってクラスを後にする。

 クラスでは、これからの予定決めや他愛もない談笑に更けている。

 少年は視線だけでその様子を見てくだらないと感じた。

 下駄箱から靴を取り出し校門前まで歩いていると、突然背中に衝撃が走る。

 

「!?」

 

 振り向くとそこには黒のショートカットの少女が立っていた。

 その少女の事を少年は昔からよく知っている。

 昔と言っても今は小学5年生で初めて会ったのが小学校の入学式の時だからそれほどでもないが、家が隣同士で親同士も友達という事がでかいだろう。

 いわゆる幼馴染みという関係になる。

 

「まーた1人で帰ってるー!帰るなら誘ってよ!」

 

「…」

 

 少年は向き直り再度家の帰路につく。

 

「待ってって言ってるじゃん!!」

 

 少年の隣についた少女は同じペースで家へと帰る。

 

「ねぇ…」

 

「…何?」

 

 ようやく口を開いた少年は面倒くさそうに少女に聞いた。

 

「なんで友達作らないの?」

 

「…何回言わせるんだよ。…俺にはそんなの要らねぇんだ」

 

「じゃあ…私も要らない?」

 

「いや…その…」

 

 突然口ごもったのが可笑しかったのか少女は口を大きく開け笑った。

 少年もその笑い声を聞いて早足になる。

 

「速いよー!待ってったらっ!!」

 

 少女の静止を聞かず少年は速さを緩めたりはしない。

 今の頬がリンゴのように赤くなっている顔など見せられないからだ。

 

 

「きゃっ」

 

 

 少年の後ろで何かが擦れた音がした。

 少年は溜息をつきながら、音がした場所まで戻った。

 

「何やってんだよ…。立てるか?」

 

「な、なんとか…。でも、こけたのはナイトくんのせいじゃん!」

 

 ナイトと呼ばれた少年はまたも溜息をついてランドセルから持参していたティッシュと消毒液、絆創膏を取り出した。

 

 一騎「ナイトって呼ぶなって言ったろ?俺は一騎(かずき)だ。

 こけたのも無理して俺に付いてこようとした姫奈(ひな)が悪い」

 

 姫奈「だからナイトくんが速いからこうなって…ってしみるぅ〜!!」

 

 一騎「我慢しろよ」

 

 消毒液を姫奈の右膝に垂らし、それをティッシュで綺麗に拭き取って上から絆創膏を貼る。

 一騎は1人で何でもこなせるように必要最低限のものはランドセルの中にしまってある。

 そのせいもあって何をしても誰の手も借りない為、周りから敬遠されていた。

 だが、一騎にとってそれは好都合だ。

 向こうから声をかけてこないのなら変に気を張る必要もない。

 一騎は昔からそうやって生きてきた。

 

 姫奈「ありがとうナイトくん!」

 

 一騎「だからナイトって…あー…もういい。…疲れた」

 

 何度言っても直す素振りがない為、これ以上言い続けていても意味がない。

 姫奈もそれをわかってやっているのでなおさらタチが悪い。

 

 姫奈「じゃあ、怪我のお礼に姫奈ちゃんが手を握ってあげるよー」

 

 一騎「別にいい」

 

 姫奈「だから待ってよー!照れなくていいんだよー?」

 

 一騎「照れてないし待ってやらない」

 

 夕焼けが2人を照らしながらもゆっくりと沈んでいき、空には星々がキラキラと輝き始めた。

 2人は結局手を繋いで…半ば姫奈が握ってきたのがそんなのは関係ない。

 一騎は初めて会った時から姫奈には冷たい態度を取り続けてきた。

 1人の方が楽だし、親同士が友達だからと言ってその子供が友達にならなければいけない訳じゃない。

 だから、これでいい。このまま冷たくすれば離れていくだろうと一騎は小学生ながらに思った。

 だが、いくら冷たくしようと姫奈は一騎から離れようとはしなかった。

 これには一騎も驚き、次にどうすれば1人になれるか2週間かけて考えたが、まったく良い案は出てこなかった。

 だから、今唯一…一騎と正面から話が出来るのは姫奈だけとなる。

 

 

 姫奈「じゃあまた明日ね!」

 

 一騎「じゃあな…」

 

 

 互いの玄関の扉を開いた。

 

 

 一騎は自室へと向かいランドセルを机の上に乗せて、備え付けのテレビの電源を入れて、次は昔懐かしいハードの電源を入れた。

 これは一騎の父親の私物を一騎が父方の祖父母の家で譲ってもらったものだ。

 

 一騎(「これ結構はまる…。

 レトロゲーは名作がおおいからやめれねぇ…」)

 

 一騎の部屋にはパソコンや教材に参考書、冷蔵庫にレンジまである。

 小学生にしてほぼ部屋の中で生活環境が整ってしまう。

 

 一騎「ふぅ…ジュースジュース…」

 

 姫奈「はい!」

 

 一騎「おうサンキュー…って…」

 

 姫奈「遊びに来たよー」

 

 姫奈はいつだって神出鬼没だ。

 鍵をかけたハズなのにどうやって入ってきたんだと普段なら問答を繰り返すが一騎は今姫奈にかまっているほど暇はない。

 

 姫奈「うへー…これボロボロだね。昔のゲーム?

 ナイトくんゲーム好きなの?」

 

 一騎「…」

 

 姫奈「無視はよくないと思いまーす。

 姫奈ちゃんな心は傷ついちゃったよ」

 

 一騎「じゃあ帰ってくれ」

 

 姫奈「なんでそうなるのよ!!」

 

 

 

 

 

 

 こうして2人は毎日一騎の部屋でゲームに更けていた。

 次第に一騎はオンラインゲームにも手をつけ、全国には一騎よりゲームが上手い人は五万といる。

 一騎もこれには自分だけじゃクリア出来ないと知ったのだ。

 姫奈もそれなりにゲームが得意になり、一騎とたまに格闘ゲームで対戦してはいつも勝つまでやり続けた為、一騎との勝敗は五分になった。

 

 

 

 それから月日は流れ中学、高校まで2人のゲーム生活は続き、そして…高校生最後の春がやってきた。

 

 

 

 姫奈「ねぇねぇ!これ知ってる!?」

 

 放課後、学校近くの喫茶店にいた一騎と姫奈は1冊のゲーム雑誌に注目していた。

 

 一騎「知ってるよ。もう既に手に入れてる」

 

 姫奈「さすがナイト君!私もこれ楽しみなんだァ…!!」

 

 そこに載っていたのは"アルヴヘイム・オンライン”、通称ALOと呼ばれるVRMMOゲームだ。

 

 一騎「でも、よくおばさんが許してくれたな。

 あんな事があったばっかりに…」

 

 世間では同じVRMMOゲーム"ソードアート・オンライン”、通称SAOの事件でVRMMOゲーム自体を撤廃させようという運動が行われていたが、そんな最中発表されたのがこのALOとナーヴギアの後継機アミュスフィアだ。

 アミュスフィアはナーヴギアと違い、脳に送る電子信号を必要最低限にまで落とし、いくつものセーフティープログラムが組み込まれており、これを使う事で現実の体に害を及ぼすという事は完全になくなった。

 だが、それでもまたSAOのような事が起きるとも限らない。

 安全性についてはクリアしている為、購入は可能だが、学生や家族と暮らしている人達はそれらの説得が必須条件になっている。

 かく言う一騎も両親に説得を試みたが、門前払いを食らってしまい、アルバイトをしてこつこつ資金を貯めてこっそり購入した口だ。

 

 姫奈「家は結構放任主義だからねー。

 私も貯金全部出してギリ足りたって感じなんだよ」

 

 一騎「へぇ…。まぁとりあえず、サービスは明日の13時だからそれまではのんびりするさ…」

 

 一騎と姫奈は喫茶店を後にして家路へとつく。

 一騎は相変わらず学校では友達を全く作らなかったが、前ほどの嫌悪感は持ち合わせていなかった。

 だが、今まで他人と接して来なかった一騎の周りには当然誰も寄り付かない。

 アルバイトなどでそれなりに慣れたつもりだが、あれは仕事上の関係であってプライベートの部分には一切触れていない。

 

 姫奈「まーた3年間棒に振るの?」

 

 一騎「い、いいんだよ。別に…。それに…」

 

 姫奈「それに?」

 

 一騎「な、何でもないっ!!早く帰るぞ!!」

 

 一騎は姫奈の手を引っ張り、自宅へと向かった。

 自宅につくや否や自室にこもり、制服をクローゼットの中にしまい、楽なスウェットに着替える。

 冷蔵庫からジュースを取り出し、雑誌を読みながら口に入れる。

 炭酸が口の中で弾け、イタ気持ちいい感覚に包まれながら一騎は先程の事を思い出していた。

 

 一騎「…はぁ」

 

 一騎は姫奈に好意を寄せている。

 昔からの幼馴染みと言ってもここ数年で姫奈は魅力的な女性へと成長した。

 学校内じゃ男子達の視線を集めており、度々一緒にいる一騎に男子達が寄ってたかって泣き始めたのを一騎はまだ憶えている。

 

 一騎「どこまですすめるかな…」

 

 明日は土曜日。つまりは1日中ゲームをしても日曜の休みもある為、何の気兼ねもなく満喫出来る。

 一騎はALOの攻略本に手を伸ばし、子供のようにサービスを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫奈「…」

 

 姫奈は自室で濡れた髪の毛をタオルで拭きながら先程の事を考えていた。

 

 姫奈「あの続きって…」

 

 一騎が言い淀んで結局聞けなかったあの言葉。

 あれが一体何と言おうとしたのか姫奈は気になって仕方がない。

 今から聞きに行こうかとも考えたが今の自分の格好は流石に恥ずかしい年頃だ。

 姫奈は一騎に好意を寄せていた。

 いつも姫奈と一緒にいてくれて、ぶっきらぼうに見えて優しくて、そんな彼をもう10年以上見続けていた。

 高校で出来た友達とそんな話になった時、姫奈が口を滑らせて一騎の名前を出した時、みんなはあんなののどこがいいの?と言うが、みんなは学校で見せる一騎しか知らない。

 姫奈だけが本当の一騎を知っていると感じた時にある衝撃が走った。

 自分しか知らない一騎の素顔。そう考えただけで胸が張り裂けそうになる。

 

 姫奈「ナイト君…」

 

 子供の頃、一騎の名前を見た時に姫奈が付けたあだ名だ。

 今でも2人の時だけこう呼んでいるが、一騎は子供の頃のようにあだ名について何も言わなくなった。

 単に慣れてしまったかは分からないが、姫奈は嬉しかった。

 

 姫奈「そろそろ寝よっと…」

 

 電気を消してまだ肌寒い春の夜、布団を頭までかぶって眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キング「…」

 

 

 

 

 タクヤ「何ボケっとしてんだっ!!」

 

 

 キング「!!?」

 

 突然、目の前に右拳が降り注ぐ。

 キングは間一髪の所で躱すが、2撃目の攻撃を躱せず、地面に叩きつけられた。

 

 キング「がっ…!!」

 

 俺は一体何をしていたんだ?

 キングは今の状況が理解出来なかった。

 この砂嵐の中で目の前のナックル使いと戦っている最中だった?

 さっきまで見ていた映像が思い浮かばないまま両手剣を振り続ける。

 

 タクヤ「ぐっ!」

 

 やはり、間合い(リーチ)の差がかなり激しい。

 タクヤが腕約1mに対し、キングは+両手剣の長さが備わっている為、物理的に懐に入るのが極めて困難になる。

 

 タクヤ(「だが、もう時間もHPも…ねぇ…!!」)

 

 ペインアブソーバー機能はキングの手で停止させられている。

 つまりは仮想世界(ここ)で受けたダメージが現実こものになり、蓄積していけば、現実世界の体にも影響が出てしまう。

 タクヤは後ろへ下がろうとする足を腕で必死に抑える。

 チート武具を使ってる上にステータスも何かいじってあるのがわかる。

 

 タクヤ(「管理者権限に比べれば融通は効かないんだろうが…」)

 

 それでも今対峙しているのはプログラムだと言って仕方ない。

 どんな方法も自身を上げる事でそれを長所にしてしまうような奴相手にどう戦えば…。

 

 タクヤ(「SAOのデータがまだあったら…いやいや!!ダメだダメだ…!!あれの役目は…もう終わったんだ…」)

 

 キングも様子を伺っているのかタクヤに好きに手出しがでも、がないようだ。

 

 タクヤ(くそ…!!ストレアも心配だっていうのに…!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗だった。

 ふと、目を開けたり閉じたりしても景色は常に黒一色である。

 

「ここは…」

 

 

 とりあえず前を歩いてみる事にする。

 ひたすら前だけを歩くが、途方にもある道のりを感じながらストレアは立ち止まった。

 ゴールは無かったが、そこには1人の青年が待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何だったでしょうか?
キングの過去ですがあと2,3話でこの物語も終われると思うのでそれまでに全部書いちゃいますのでご心配なく!


評価してくれたら嬉しい…

では、また次回!


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【42】輝かしき記憶

という事で42話目です。
今回はかなりバトルシーンはカットしていると思います。
ついにキングの過去が紐解かれていきますのでお楽しみに。



では、どうぞ!


 何も無い真っ暗な世界にその青年はいた。

 

 ストレア「あなたは…」

 

 いる訳がない、存在するハズはない。

 だって、あなたは()()()()()()()()()()()()()()()…。

 ストレアの頭の中でそれを繰り返し続けるが、なら今ストレアの目の前にいる青年は何だと言うのだ。

 

「…」

 

 青年もストレアに気づき、近づいてくる。

 目の前まで近づいて愛想のない表情でストレアに言った。

 

 

 

「何してんだ…牛女が…」

 

 

 

 恐らくはストレアのスタイルを見てその蔑称を言ったのだろう。

 だが、ストレアはそんな事には気にも留めていなかった。

 その姿は親しみのあるものであったが、()()がまるで違う。

 その人とは別の存在。だが、ある意味1人の人間でもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ストレア「…シュラ…なの…?」

 

 

 シュラと呼ばれた青年は舌打ちを打ちながらも無言で頷く。

 彼の容姿はタクヤそのものだが、先程も言ったように中身は別の人格なのだ。

 彼は唯一カーディナルから作られたユイやストレアと同様にAIなのだが、彼だけは少し特殊であった。

 彼はタクヤの負の感情を司り、尚且つ自己の感情も併せ持っている。

 ユイやストレアのようにプレイヤーの精神ケアを目的として人為的に造られたAIではなく、カーディナルが()()()()()()()()()()()()()()()()し、シュラが生まれた。

 

 

 ストレア「でも、どうしてシュラがここに?」

 

 シュラ「居たくているんじゃねぇ…。

 オレはアインクラッドと共に消滅するハズだった。

 いや、正確にはタクヤのHPが全損した瞬間にオレは死んだハズだった。

 だが、何の因果か今はこうしてお前の核にいる」

 

 ストレア「核?」

 

 シュラ「まさか…知らずに来たんじゃねぇだろうな?」

 

 ストレアは無言で頷くとシュラから深い溜息が出てくる。

 ストレアらしいと言えばそれまでだが、事はそんなに呑気なものではない。

 

 シュラ「危機感持てよ牛女!!

 テメェが今どんな状況に陥ってるのか分かんねぇのか!!」

 

 ストレア「う〜ん…まぁ、なんとなくは…。

 ここは…私の心の中なんでしょ?」

 

 シュラ「…あぁ。だが、見ての通りここには何もない。

 真っ暗な空間だけが残っている。

 この状況がこのまま続くようなら…直にお前は死ぬ…」

 

 ストレア「…」

 

 見渡してもそこには黒が広がるばかりで他には何もない。

 ストレアはその光景を見てもあまり驚かなかった。

 

 ストレア(「あぁ…やっぱり…私は…」)

 

 何もない。

 この光景こそがストレアの心なのだから。

 キングに言われて気づいた。

 自分は所詮道具として人間達に造られた存在。

 人間と同等に扱われる訳でもなく、便利な物として利用されるAIだと再認識させられた。

 タクヤやユウキと一緒にいたせいで、AIとしての本来の存在意義があやふやになっていた。

 彼らは仲間だと言ってくれた。それは嬉しい。心の底からそう叫びたい。

 だが、彼らとストレアとの間には絶対に超えられない壁がある。

 人間と同じように振舞ってもそこにはやはり違和感が生まれる。

 食事も、運動も、睡眠も、人間が当たり前のようにしているものをストレアを始め、AIはそれらを情報としてしか知らない。

 

 ストレア「…ごめんね、シュラ。…こんな事になっちゃって」

 

 シュラ「オレに謝っても意味無いだろ。てか、誰も怒ってる訳じゃない」

 

 ストレア「私…キングに言われたんだ。人間のマネをして不愉快だって…。人間の中にはそう思う人もいるって事は知ってたつもりだったけど…」

 

 ストレアはその場にしゃがみこみ、顔を俯かせる。

 シュラもストレアの横に腰を下ろし、ストレアの話を聞く。

 

 ストレア「でも、気づいたら涙が出てた…。

 分かっていたハズだったのに…耐えられなかった…」

 

 ストレアがここまで落ち込むのは初めてに近い事だった。

 いつも陽気でみんなを和ませていた姿は今や見る影もなくなっている。

 

 シュラ「…」

 

 ストレア「タクヤとユウキは仲間だって…家族だって言ってくれた。でも…私はAIで…人間じゃなくて…2人の傍にいていいのかな…って思っちゃって…そうしたら、目の前が真っ暗になっちゃって…気がついたらここにいたの…」

 

 弱音は吐かないようにしようと決めていたのに、口からスルスル出てしまう。

 自分の意思とは関係なく、シュラに弱い自分を見せている。

 嫌悪感などはないが、どうしようもなく情けない。

 

 シュラ「…居たきゃいろよ」

 

 ストレア「え?」

 

 シュラ「お前がそこに居たきゃいればいい。

 お前は周りを気にするほど、繊細じゃねぇんだから…」

 

 ストレア「で、でも…私と一緒にいてタクヤとユウキは…周りから何か言われるかもしれない…。私といるばかりに…」

 

 シュラ「なら、そいつ等を全員ぶん殴る。てか、殺す。

 …アイツならそう言うがな」

 

 その言葉をタクヤが言っている姿は容易に想像が出来た。

 そうだった。タクヤはいつだってそうだったじゃないか。

 私がカーディナルに消されそうになってもタクヤはそれを必死に食い止めようとしてくれた。

 私がオブジェクト化した後もユウキはいつも声をかけてくれたではないか。

 2人はいつだって私と一緒にいてくれた。

 危ない事をしそうになったら止めてくれて心配してくれたではないか。

 

 シュラ「…ここはお前が自分の核を攻撃してもう9割方消えちまった。

 だが、まだ()()()()()()()()()()()()()()

 

 ストレア「?…どういう事?真っ暗だからもう何もないんじゃ…」

 

 シュラ「本当に何もないって言うのは真っ白なんだよ。

 まだ何も手がつけられていない状態…白紙なんだ。

 お前の感情プログラムはもう修復不可能な所まで来ている。

 1度、初期化しないとお前の存在自体が今度こそ消えてなくなる…」

 

 つまりはストレアの設定を1度全てリセットする必要があるという事だ。

 それにはタクヤとユウキとの記憶、仲間達と過ごした日々も含まれている。

 

 ストレア「…仕方…ないか…」

 

 そうしなければストレア自身が消えてしまう。

 記憶がなくなってもまた作ればいい。今までより楽しい時間をみんなと過ごせばいい。

 だが、そう踏ん切りをつけるのにはあまりにも突然の事でストレアも躊躇っている。

 

 シュラ「これは誰でもないお前の責任だ。

 逃げるな、目を逸らすな、下を向くな。

 …お前の望んでいるものは前にしかない」

 

 誰にだって忘れたくない思い出がある。

 だが、ここで立ち止まっていても積もるのは不安と後悔だけだ。

 前に進まなければならない。

 また、みんなと…仲間と一緒に笑い合いたいのなら。

 そんな中どこからか微かに声が聞こえてきた。

 

 ストレア「今…何か声が…」

 

 シュラ「…外からだな。相変わらずうるさい奴らだ」

 

 シュラが指を鳴らすと目の前にモニターが現れ、そこにはユウキを始め仲間の姿が映っていた。

 

 ユウキ『ストレア!!目を覚まして!!

 またタクヤとストレアとボクの3人で一緒に冒険しようよ!!

 タクヤもストレアの為に今もキングと戦ってる!!一緒に応援しようよ!!』

 

 ストレア「ユウキ…!!」

 

 シュラ「…アイツも映すぞ」

 

 さらに視点は切り替わり、おそらくは中継カメラをハッキングしたんだろうが、外は砂嵐で視界が悪い。

 中継カメラを砂嵐の中心まで移動させると、そこでタクヤとキングが今も戦い続けていた。

 タクヤは片手剣を捨て、両拳にグローブをはめたSAOを想起させる姿で果敢に攻めている。

 

 

 タクヤ『うぉぉぉぉっ!!!!』

 

 

 ストレア「タクヤ…タクヤ…!!」

 

 タクヤの名前を涙を流しながらただひたすらに呼び続ける。

 

 ストレア(「やっぱり…忘れたくないよぉ…。

 タクヤとユウキ…みんなとの思い出を忘れたくない…!!」)

 

 シュラ「…」

 

 すると、シュラは立ち上がりどこかへ歩き始めた。

 しばらく進むと1つの扉が開かれた。

 そこには赤く光を放っている球体が浮かんでいて、その下にはコンソールらしき端末が備えられていた。

 

 ストレア「…シュラ?」

 

 遅れながらストレアもそこに辿り着き、シュラに声をかけるが応答はない。

 後ろから手元を覗き込むと、凄まじい速さでホロキーボードをタップしていた。

 

 ストレア「シュラ?…何をしてるの…?」

 

 シュラ「…お前の記憶を消さないで済む方法を試してんだよ」

 

 ストレア「あ、あるの!?そんな方法!!」

 

 シュラ「あるにはある。…だが」

 

 指を止め、シュラがストレアに向き直った。

 

 シュラ「…いや、何でもない。

 出来るか分からんがやるだけやってやるさ」

 

 ストレア「後どれくらいで出来るの?」

 

 シュラ「この大会が終わってる頃ぐらいには間に合わせてやるよ。

 分かったんならさっさと戻れよ。気が散って仕方ねぇ…」

 

 ストレア「うん…!!ありがとう…シュラ…」

 

 ストレアはその場を後にしてモニターの前まで戻った。

 モニターにはタクヤとキングの激闘が映し出されている。

 

 ストレア(「私…もう迷わないから…!!また、みんなと一緒に…タクヤとユウキと一緒にいたい!!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「!!」

 

 アスナ「どうしたのユウキ?」

 

 ユウキ「今…ストレアの声がした気がして…」

 

 リーファ「え?私には聞こえなかったけど…」

 

 無論ユウキ以外の者にはストレアの声など聞いていない。

 今もストレアは眠り続けているのだから。

 だが、ユウキには確かに聞こえた。

 一緒にいたい…と、ストレアからの思いの丈がはっきりと。

 

 ストレア(「ストレアも頑張ってるんだね…。

 大丈夫だよ。みんながついてる…ボクやタクヤだってついてるから…。

 だから、頑張れ!!ストレア!!」)

 

 ストレアの手を握りユウキも強く語りかけた。

 仮想世界なのにこの時のストレアの手は微かに暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「!!…ストレア?」

 

 キング「よそ見をするな!!」

 

 タクヤ「っ!!?」

 

 一瞬の隙を突かれたタクヤが両手剣の風圧で吹き飛ばされた。

 キングは正気を見出し、追撃に駆けた。

 

 タクヤ「おらぁぁぁっ!!!」

 

 振り下ろされた両手剣を白刃取りし、そのままキングを押し返す。

 胴が無防備になった所をタクヤの拳が火を吹いた。

 目にも止まらないラッシュにキングは息が出来ない。

 タクヤも無酸素運動をしている為、呼吸が出来ないが拳を止める事はなかった。

 

 タクヤ(「まだ…まだ…まだ…!!もっと…もっと…!!」)

 

 

 

 タクヤが装備しているナックルは大会前にリズベットに依頼して作ってもらった物だ。

 正式名称"無限迅(インフィニティ)”はタクヤが最高の武器を作ってもらう為に、貴重な鉱石を苦労の末に入手し、リズベット武具店に持ち込んだ。

 リズベットからすごく驚かれたがこの時はただキングと本気で戦いたいという純粋な気持ちだったので苦労なんて気にしていなかった。

 だが、今は違う。今、この武器を使うのは自分の為じゃない。

 仲間の為に今タクヤは拳を振るっているのだ。

 無限迅(インフィニティ)には他にはないエキストラ効果がある。

 それはヒットする度にクリティカル率とAGI(敏捷力)支援(バフ)が付与されるのだ。

 エキストラ効果は知られている限りでは"魔剣グラム”の"エセリアルシフト”と、シルフ隊による"フェンリルストーム”等があるが、プレイヤー自身に付与されるものは中々ない。

 故に相場にも出回っておらず、ALOでこれを装備しているのは実質タクヤだけという事になる。

 性能も上質な鉱石と腕利きの鍛冶師(マスターメイサー)により、店売りよりも格段に良かった。

 

 

 

 キング「ぐほっ」

 

 いくら自身を最強の矛と盾で飾り付けようとペインアブソーバーを停止している今、ダメージを食らい続ければどうなるかなど一目瞭然だ。

 ()()()()()()()

 仲間が味わった痛みを知るまでは決して止めたりなどはしない。

 

 タクヤ(「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」)

 

 体の中の酸素は全て消え去った。

 仮想世界だと言うのに呼吸までリアルに再現しなくてもいいと今ならそう思う。

 ならば、これが正真正銘最後の一撃だ。

 

 キング「!!?」

 

 支援(バフ)により強化された拳は"閃光”よりも、"絶剣”よりも速い。

 あの世界で最速だった"修羅”の如き一撃。

 

 

 

 

 

 

 修羅スキル奥義"孤軍奮闘”

 

 

 

 

 

 

 

 キング「っ!!!?」

 

 

 その威力は本家に劣るもののキング1人を倒すには十分すぎる威力を誇っていた。

 キングは真っ直ぐ飛ばされ砂嵐の中を突き破っていく。

 それと同時に砂嵐は効力を失い消滅していった。

 

 アストラ「砂嵐が止みましたよ!!」

 

 ユウキ「タクヤは!!?」

 

 アストラとアスナが防御壁を解き、外に出てみると、そこには膝を震わせながらも立っているタクヤと遠くで倒れているキングの姿があった。

 

 タクヤ「ハァ…ハァ…」

 

 ユウキ「タクヤ!!」

 

 タクヤ「…ユウ…キ?」

 

 すると、力が抜けたのかタクヤは膝から崩れ落ち、その場に倒れた。

 

 ユウキ「!!」

 

 すぐに駆け寄りタクヤを起こす。

 

 タクヤ「ハァ…ハァ…力が…出ねぇや…」

 

 体の至る所には切り傷が無数にある。

 それだけでどれだけの激戦だったのか容易に想像出来る。

 

 ユウキ「…お疲れ様。…ゆっくり休んでいいからね」

 

 キリト「本当に勝っちまうなんて…凄いしか言えないな…」

 

 タクヤ「おかげで…体はボロボロ…だけど…な…」

 

 アスナ「今、回復魔法かけるね!!」

 

 アストラ「私も手伝います!!」

 

 タクヤを横にしてアスナとアストラから回復魔法をかけられた。

 HPはみるみる全快し、体の痛みも幾分か楽になった。

 

 タクヤ「ありがとな2人共…」

 

 アスナ「それより…キングは?」

 

 タクヤ「あそこに……!!」

 

 タクヤが指で示した場所を見るが、そこにキングの姿はなかった。

 

 カストロ「まさか、全損してログアウトしたのでは?」

 

 タクヤ「いや…まだアイツのHPはイエローで止まってるハズだ」

 

「「「!!!!」」」

 

 ユウキ「まだ…終わりじゃ…ない…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キング「終われるものかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 タクヤ「!!?」

 

 キングは高台となっている崖に登り、タクヤ達を見下ろしている。

 

 キング「俺は…最強でなくてはならない…!!

 その為に…何もかも捨ててきたんだ…!!

 お前らのように…傷を舐めあって生きている…弱者とは違うっ!!!!」

 

 すると、メニューウィンドウを開きそこからあるアイテムを取り出した。

 

 キリト「あれは…」

 

 リーファ「木の実…?」

 

 木の実らしき物を口に頬張り、食堂から胃へと流す。

 すると、キングの様子がおかしくなり始めた。

 

 

 

 キング「ぐぐ…ぐぎ…がぎ…!!」

 

 

 

 アスナ「ど、どうなってるの!?」

 

 カストロ「…聞いた事があります。

 ALOには食べただけでステータスが爆発的に上昇する木の実がある…と。ですが、あれはゲームバランスを崩しかねないとかで実装されて3日でサービス停止になったハズです!!」

 

 タクヤ「…あのヤロー…ALOのカーディナルにまで手を出してたのか…」

 

 ユウキ「どういう事?」

 

 タクヤはこの非常事態いつ、何が起きるか予想出来ない為、ユウキ達にキングと盗まれたSAOデータについて知る限りを話した。

 

 アスナ「そんな…」

 

 キリト「なら、アイツは管理者権限が使えるのか?」

 

 タクヤ「いや、そこまでの権限は持っていないハズだ。

 その証拠に限定的な操作しかしてきていない。

 そんなの使われたらみんなここにはいないだろ…」

 

 キングが使えるのはあくまでSAOデータから武具のデータをALOにコンバートする事ぐらいだと読んでいたが、まさか、カーディナルに直接ハッキングをするとは誰にも予想出来ない。

 同時にそれだけの技術を有していながら何故こんな事をするのか疑問に思った。

 これだけの才能があれば専門分野で後世まで語り継がれていたかもしれないと言うのに。

 そこまでして何が欲しい?何がそこまでお前を動かす?

 その答えは目の前の行き場を失くした怒りの化身のみが知っている。

 

 

 

 

 キング「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

 

 

 

 キングのいた崖は崩れ、それを足場にキングが跳躍する。

 タクヤは翅を羽ばたかせキングに向かって渾身の右拳を振るった。

 だが、それは空を切り逆に回し蹴りを食らってしまったタクヤはそのまま地上に叩きつけられた。

 

 ユウキ「タクヤ!!この…!!」

 

 ついに我慢の限界に達したユウキが抜刀し、キングに挑む。

 

 キング「邪魔だぁぁぁぁっ!!!!」

 

 両手剣の剣圧で動きを止められたユウキにすかさずキングが一閃を繰り出す。

 

 ユウキ「ぐあっ!!」

 

 アスナ「ユウキ!!」

 

 地上に激突する前にアスナがユウキを止めに出た。

 なんとか間に合ったもののユウキHPは一気にレッドゾーンにまで落ちてしまっている。

 

 ユウキ「くっ…つ、強い…!!」

 

 タクヤ「下がってろ2人共!!キングはオレが止める!!」

 

 キング「俺が最強だ…俺が最強だ…俺が最強だ…俺が最強だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が最強だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

 

 

 タクヤ「キングぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!」

 

 もう一度無限迅(インフィニティ)支援(バフ)を付与する為、キングの懐に潜り込む。

 

 キング「!!?」

 

 タクヤ「うらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ラッシュを重ね、支援(バフ)がかかり、キングの腹を殴り続ける。

 

 キング「ぐおっ…ま、まだ…」

 

 タクヤ(「あと少し…あと少し…!!」)

 

 キングのHPもようやくレッドゾーンに入った。

 タクヤは今までよりも速く拳を撃ち続ける。

 

 キリト「キングを押してる!!」

 

 カストロ「なんて人だ…!!

 …アストラ!!タクヤさんに母なる海の衣(マザーズ・シャンブル)を!!」

 

 アストラ「了解ですっ!!」

 

 アストラがカストロの指示でタクヤに母なる海の衣(マザーズ・シャンブル)の魔法を唱えた。

 すると、タクヤの体に水の衣が纏われ、さらに回転が上昇する。

 

 キング「ふぅんっ!!」

 

 タクヤ「!!?」

 

 だが、タクヤの攻撃が効いていないのかキングは力を込め、タクヤを押し返す。

 

 アスナ「そんな…!!」

 

 アストラ「あ、ありえない…!!」

 

 

 キング「俺は…最強じゃなきゃいけないんだ…最強じゃなきゃ…生きている意味がないんだ…俺が…最強なん…」

 

 

 タクヤ「あぁ。強い…お前は強い…。

 そんな小細工しなくても十分に強いさ…」

 

 

 でも、それだけだ。

 本当の意味で強いという意味を理解出来ていない。

 何かを捨てて手に入れた力なんて高が知れている。

 

 キング「最強じゃなきゃ…俺は…」

 

 タクヤ「そうやって自分を追い込んで…縛り付けて…力を振るって…。

 そうじゃなきゃ生きれないような力は本当の力じゃない!!」

 

 タクヤは知っている。

 何かを捨てて手に入れる力がいかに脆いものか…。

 タクヤは知っている。

 そうやって大事なものを捨ててしまう辛さが…。

 

 キング「お前に…お前みたいに…何も捨てないで…俺より強いハズは…!!」

 

 タクヤ「あぁ…。オレ1人ならお前には勝てなかったろうな…。

 だから、仲間がいる…!!みんなで研鑽しあってそうやって人は強くなっていくんだ!!力も…!!心も…!!」

 

 タクヤは最後の一撃にシフトする。

 1人ではここまで辿り着けなかった。

 1人ではこの場にすら立てていなかった。

 

 

 タクヤ「みんなが…仲間がいたから…オレはここにいるっ!!!!」

 

 

 ユウキ「タクヤ!!いけぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「自分を解放しろぉっ!!!!

 キングぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修羅スキル奥義…"孤軍奮闘”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはキングを捉え、空高くまで押し上げる。

 HPが削られ続け、高度制限ギリギリまで昇った所でキングのHPはついに全損した。そこでタクヤの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ヤ」

 

 

 何か聞こえる…

 

 

「…クヤ…」

 

 

 誰かがオレを呼んでいる…

 

 

「タクヤ!!」

 

 

 タクヤ「!!?」

 

 

 目を覚ますと空は澄み渡り、すぐ側にユウキの顔が覗き込んでいた。

 

 ユウキ「タクヤ!!無事?怪我はない?気はしっかり?」

 

 タクヤ「…耳が痛い以外は大丈夫」

 

 耳元で叫び続けられれば仮想世界と言えど鼓膜がやぶれるのでは?

 そんな事を考えながらもユウキの周りにはキリト達もタクヤを心配そうな顔で様子を伺っている。

 

 タクヤ「…体が…全然動かない…んだけど…」

 

 ユウキ「だってボクがタクヤに覆いかぶさってるから」

 

 タクヤ「…さいですか。…とりあえずどいてくれない?」

 

 名残惜しそうな表情をするも、ユウキは言われた通りタクヤから離れ、タクヤも上半身だけを起こす。

 

 アスナ「一応回復魔法はかけたんだけどどうかな?」

 

 タクヤ「HPは回復してるけど…精神的にはもう限界…」

 

 キリト「あれだけの激戦だったからな…無理もないか。

 しかも、空から落ちてくるしな…」

 

 タクヤは最後空中で気を失い、そのまま落下したようだが、ユウキがタクヤをキャッチしてなんとか墜落は阻止できたようだ。

 

 タクヤ「そうだ…。キングは?」

 

 ユウキ「…あっち」

 

 少し離れた所にキングが大の字になって空を見上げていた。

 

 タクヤ「…ユウキ。オレをキングの元に連れて行ってくれ」

 

 ユウキ「な、なんで?またキングが暴れだしたら今度こそ…!!」

 

 タクヤ「大丈夫だよ。…キングももう動く気力はないだろ」

 

 ユウキ「…わかった。でも、キングがまた暴れそうになったらすぐに止めるからね!!」

 

 それを承諾して、タクヤはユウキに肩を借り、キングの元に向かった。

 

 キング「…」

 

 空を見上げたまま指1本動かす事が出来ない。

 ペインアブソーバー機能を停止して体中に痛みが走っているせいだ。

 そこに同じくボロボロになったタクヤが現れた。

 

 タクヤ「…」

 

 キング「…何の…用…だ…?」

 

 タクヤ「…アスナ。キングに回復魔法をかけてやってくれないか?」

 

 アスナ「なっ!?ダメに決まって…」

 

 キリト「アスナ…オレからも頼むよ…」

 

 アスナ「キリト君まで…。もう!!どうなっても知らないから!!」

 

 アスナはキングに回復魔法をかけ、キングのHPが全快した。

 キングのハッキングの影響で全損してもログアウトしないのは今この時は良かったとタクヤは胸を下ろす。

 

 キング「…何の真似だ?」

 

 タクヤ「もう勝負はついた。…話ぐらいさせやがれ」

 

 キング「貴様と話す事などない」

 

 ユウキ「このっ…!!」

 

 ユウキがキングに斬りかかろうとするのをタクヤが静止させる。

 キングの隣に腰を下ろし、みんなにはストレアとカヤトの所に行ってるように言って2人きりにしてもらった。

 最後までユウキが駄々をこねていたがキリトとアスナが無理矢理連れて行ってくれた。

 

 キング「…」

 

 タクヤ「…まぁ、何から話せばいいか…。

 …キング、この大会が終わった後に現実世界のお前の元に警察が来るハズだ。罪はちゃんと償ってもらう…」

 

 キング「…」

 

 キングは敢えて何も言わなかった。

 弱者に言葉を発する権利がないとキングが考えているからだ。

 何でリアルの情報を知っているのかとかはこの際関係ない。

 

 タクヤ「…SAOデータの窃盗と、ALO…ユーミルにハッキングをかけた罪もあるから拘置所は覚悟してた方がいいぞ?」

 

 キング「…遅かれ早かれそうなっていた。悔いはない」

 

 タクヤ「…」

 

 キング「俺は最強になりたかった…。

 誰に負けない…屈しない強さが欲しかった。

 その為には何もかも捨ててきた…」

 

 キングは語り出した。届かなかった理想を。

 脆く崩れてしまった願いを。

 タクヤはそれ静かに聞いて言った。

 

 タクヤ「…それは1年前の事件が原因か?」

 

 キング「!!」

 

 キングは目を見開き、タクヤを見つめる。

 その視線に気づいたタクヤは目を逸らし、遠くで待っているユウキ達を眺めながら話し始めた。

 

 タクヤ「悪いとは思ったが、情報屋にお前の身辺調査を依頼してた。

 その時に聞いたよ…。

 1年前、お前がある女性プレイヤーとコンビを組んでいた事…。

 そして、そこで起きた事件も…」

 

 キング「…」

 

 

 キングを目を閉じ、あの時の記憶を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キング「ここがゲームの中…」

 

 

 初めてキングがALOに降り立ったのは1年前の2月だった。

 SAO事件で騒がれていた時に発表されたVRMMOゲーム"アルヴヘイム・オンライン”。

 キングはそれを購入して今、この大地に降り立っているのだ。

 

 キング「すげぇ…リアルと大差ねぇ…!!」

 

 街を歩くNPCもリアルに再現され、本当にここに住んでいるかのような振る舞いをしている。

 カーソルの色を見ればNPCかプレイヤーはひと目で分かり、キング以外にも多くのプレイヤーが集まっていた。

 

 キング「っと、それより…アイツどこだよ…」

 

 

 

「おーい!!」

 

 

 

 キング「!!」

 

 遠くの通りから声がして振り向くとそこには現実世界の姫奈によく似たアバターがキングに向かって走ってきていた。

 

 キング「も、もしかして…姫奈?」

 

「やっぱりナイト君かぁ〜よかった〜人違いじゃなくて…」

 

 キング「なんで俺だって分かったんだよ?」

 

「う〜ん…雰囲気が似てたから。」

 

 だとしても、普通声をかけてきたりはしない。

 たまたま一騎本人だったからよかったものの赤の他人ならどうしてたんだとツイ声に出してしまいたくなる。

 だが、こうして無事に合流出来た訳で、今はそれよりも早く冒険に行きたいという好奇心が勝っていた。

 

 キング「ところで、プレイヤー名は何にしたんだ?

 ちなみに、俺はキングって名前だ」

 

「キング〜?なんか似合ってないね。ナイトでも良かったんじゃない?」

 

 キング「ナイトよりキングの方が強そうだ」

 

「ナイト君って見かけによらず子供だよね〜」

 

 キング「う、うるさいな…!!ゲームなんだから別にいいだろ!!

 それよりプレイヤー名はなんだよ?」

 

 すると、姫奈は急に黙ってしまい、心なしか頬も微かに赤い。

 

「…イーン」

 

 キング「は?」

 

「クイー…」

 

 キング「よく聞こえねぇよ。もうちょっと大きな声で…」

 

 クイーン「く…クイーン!!!!」

 

 突然耳元で叫ばれ、つい耳を塞いでしまった。

 周りも姫奈…クイーンの声に驚いている。

 

 キング「く、クイーン?…お前も人のネーミングセンス言えないじゃないか」

 

 クイーン「わ、私のは本名のもじりだし…。

 てか、キングとクイーンって…なんかその…恥ずかしいね…」

 

 キング「なっ!!?」

 

 確かに、キングとクイーンが一緒にいたら周りからは痛いバカップルに見えても不思議じゃない。

 それを思うとたちまち恥ずかしくなっていった2人はしばらく顔が見れなくなってしまった。

 

 キング「…こんな事ならもうちょっと考えればよかった」

 

 一瞬、アバターを作成し直そうと考えたが、このアバターの容姿はキングの理想としたものであった。

 たかが名前を変えたいが為にこのアバターを捨てるのはかなり勿体ない。

 

 クイーン「どうしたの?ナイ…じゃなくてキング」

 

 キング「なんでもない…。

 そう言えば姫…じゃなくてクイーンはリアルと瓜2つだな?」

 

 クイーン「私もびっくりしたよ。でも、やっぱりこの姿が落ち着くね!」

 

 2人は土妖精族(ノーム)に選択していた。

 あまり土妖精族(ノーム)を選ぶ女性プレイヤーはいないが、キングと一緒の方が何かと都合がいいという考えで事前に打ち合わせをしていたのだ。

 

 キング「よし!…クイーン、早速フィールド出ようぜ!!」

 

 クイーン「そうだね!!この翅も試してみたいし!!」

 

 こうして2人は初期装備のままフィールド散策に赴いたのだった。

 

 




いかがだったでしょうか?
ストレアの中に生きていたシュラ。
シュラの秘策とは?
そして、キングとクイーンの過去の出来事とは?
次回はこの2つを中心に描きますのでお楽しみに!

よかったら評価頂けると嬉しいです!


では、また次回!


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【43】裏切りの連鎖

という事で43話目になります。
更新が遅れてしまい申し訳ありません。
更新が不定期だった為に更新を待っていてくれた皆様には深くお詫び申し上げます。
そこで45話からは1週間に1本のペースにしようと思っています。
誠に勝手だと思われますがご了承ください。



では、どうぞ!


 あれから2ヶ月の月日が流れた。

 キングとクイーンはサービス開始以来、様々なクエストやイベント等に積極的に取り組んで自身を強化していく事に快感を覚えていった。

 翅を駆使した空中戦闘(エアレイド)も板についてきて、これから本格的に世界樹攻略に向けて土妖精族(ノーム)のレイドに加わっていく予定であった。

 そんな事を考えながら素材集めをしていたキングとクイーンは休憩を挟んだ昼食を摂ることにした。

 

 キング「あと少しで必要分の素材は集まるな」

 

 クイーン「ごめんね。私の武器の素材集め手伝ってもらっちゃって…」

 

 キング「俺もこの素材が必要だったから別に気にしてない。

 2人の方が何かと都合がいいだろ?」

 

 あと数体狩れば2人共必要分の素材が集まる。

 そして、それを元手に武器や防具を強化すればいよいよ世界樹攻略に赴ける。

 

 キング「明後日にグランド・クエストに挑戦するんだよな?」

 

 クイーン「そうらしいよ。下見程度だけど出来るならクリアしたいね!」

 

 明後日に土妖精族(ノーム)は精鋭を集い、グランド・クエストに挑戦する。

 9つの種族の中では最初に攻略するようだが、キングはおそらくクリアは出来ないだろう事を予想している。

 理由はいろいろあるが、1番の理由はまだ平均的なスキルの熟練度が低い事だ。

 まだサービスが開始されて2ヶ月。

 この短期間に各種スキルを鍛え上げる事は物理的に不可能に近い。

 24時間ゲームをしていて現実世界にも帰らずに鍛えているなら話は別だが、それはつまり運動や食事を摂らず、全てをゲーム内で済ませるという意味だ。

 かのSAOとて囚われた人達が目覚めるその時まで現実世界の体が無事である訳がない。

 いくら科学や医学が進歩しているとは言え、栄養も必要最低限の点滴しか摂取していなければ、身体機能も日に日に衰え、最悪の場合そのまま心停止する事だって十分に考えられるからだ。

 

 キング「クイーンは参加するのか?」

 

 クイーン「うん!当たり前だよ!」

 

 ガッツポーズにとったクイーンを見れば、今日の素材集めも明後日のグランド・クエストに向けてだという事は目で見るより明らかだ。

 かく言うキングも参加するつもりで今日まで武器の強化なり熟練度上げに取り組んできた。

 だが、キングもクイーンもまだ学生な上、今年受験生である2人は受験勉強にも精を出さなければならない。

 あと1年早く生まれていればと毎日のように思う始末だ。

 

 クイーン「キングくんもだよね!頑張ろうね!」

 

 キング「それもだけど、俺ら今年受験生なの理解してる?」

 

 クイーン「う…。ゲームやってるのに勉強の話なんてしないでよ〜…」

 

 しかめっ面をされても事実は変わらない。

 クイーン/姫奈は子供の頃から勉強が苦手だった。

 得意分野は体育でそれ以外が全て苦手科目に位置づけられている彼女は前に1度家庭教師として一騎に頼み込んだが、結果はお手上げ状態。

 一騎は反対に勉学に苦手分野などないが、運動がからっきしだ。

 プレイヤーの運動能力に依存しているALOでキング/一騎はそれを技術で補い、今の強さを身につけた。

 

 キング「分かんないからってそのままにすんなよ?」

 

 クイーン「だったらキングくんが勉強教えてよ〜!」

 

 キング「1回で十分だ。…お前、10分もしたら寝てるじゃないか」

 

 クイーン「いやぁ〜…なんか先生の喋ってる言葉が子守り歌みたいでさぁ…。ついつい寝ちゃうんだよね〜」

 

 分からなくもないが、姫奈に関してだけで言えば常人の2倍ぐらいは居眠りに費やしていると言っても過言ではない。

 

 キング「何かやりたい事とか将来の夢とかあるのか?」

 

 クイーン「なんか進路相談だね…。

 そうだなぁ…特にコレといった趣味も特技もないし…。

 とりあえず大学には進学しようって思ってるけど…」

 

 キング「まぁ、聞いといてなんだけどまだ時間はあるんだ。

 焦らず決めていけばいいさ。よしっ!素材集め再開するぞ!」

 

 キングは腰を上げ、再び素材を揃える為モンスターを狩りに向かった。

 クイーンもその後を追い、自分の分を集めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日_

 

 

 土妖精族(ノーム)の領主館の前には総勢118名の土妖精族(ノーム)プレイヤーが集まっていた。

 その顔ぶれの中には当然キングとクイーンも連なっている。

 

 クイーン「みんな強そうだねぇ…」

 

 キング「俺達も負けてないさ。気遅れする必要はない…」

 

 クイーン「…うん!そうだね!」

 

 すると、領主館の扉が開かれ中から土妖精族(ノーム)の領主とその護衛数名が姿を現した。

 2人は領主を見て驚きを隠せないでいる。

 背が高く、程よい筋肉を備え持ち、髪の毛は後ろで三つ編みに結んだアスリート選手のような女性のプレイヤーだった。

 

 クイーン「領主って女の人だったんだね〜?」

 

 キング「俺はもっと筋骨隆々の男かと思った…。

 あの人が土妖精族(ノーム)で1番偉い人…」

 

 各種族の領主はその種族のプレイヤーの投票により選出される。

 現実世界で言う所の選挙に近いだろう。

 半年に1回の周期で行われ、それに合わせて領主に名乗りを上げるプレイヤーがマニフェストや演説を行い、プレイヤーからの票を集めているのだ。

 今、目の前の人物こそが初代土妖精族(ノーム)領領主という事になる。

 

「みんな、今日は集まってもらいありがとう。

 私達はこれより"グランド・クエスト”の偵察を兼ねて世界樹のある央都アルンに向かう。

 私達土妖精族(ノーム)がどの種族よりも先に世界樹の頂上に辿り着き、自由の翼を手に入れるのだ!!」

 

「「おぉぉぉぉっ!!!!」」

 

 世界樹の頂上に辿り着き、空中都市で妖精王オベイロンに謁見した種族は高位種族"光妖精族(アルフ)”に転生出来るらしい。

 光妖精族(アルフ)になれば翅の時間制限は取り払われ、永遠と空を飛び続ける事が出来る。

 

 クイーン「永遠にかぁ…」

 

 キング「俺はそこまでなりたいって訳じゃないけど」

 

 クイーン「でも、1度でいいから自由に飛び回っていたいよねー」

 

 キング「今のままでも十分自由に飛んでるだろ…」

 

「では、隊列を乱さずアルンへ向かう!」

 

 隊列はどの場所から攻撃されてもそれを対処出来るように領主を中心に置いたものだった。

 キングとクイーンは領主の後方右翼側に位置して術師(メイジ)のサポートの任についていた。

 土妖精族(ノーム)が央都アルンに行くにはそれなりの時間と体力、物資が必要になってくる。

 隣接している鍛冶妖精族(レプラコーン)領を越え、影妖精族(スプリガン)領に位置する山脈の名前のない洞窟からしかアルンへの行き道はない。

 さらに進めばルグルー回廊という鉱山もあるのだが、そこへ行くには火妖精族(サラマンダー)風妖精族(シルフ)の領地を跨がなくてはいけないのだ。

 特に火妖精族(サラマンダー)のプレイヤーは領主の指示の元、数々の横暴なプレイを行っており、出来るなら関わりたくない種族と認識されてしまっている。

 名無しの洞窟は途中に休憩を挟めるような街はないので大人数で洞窟を進んでいくしかないのだ。

 そうすれば、物資を運ぶプレイヤーとそれらをサポートする護衛が追加されるのも納得である。

 洞窟に入るや否やモンスターが次々ポップする。

 

 

「総員戦闘準備!!」

 

 

 先頭では既に戦闘が始まっているが、モンスターが後方まで襲ってくる事はまずないだろう。

 先頭には領主自らが選出された熟練プレイヤーが配置されており、"グランド・クエスト”におけるキーパーソンと言っても過言ではない。

 彼らに突破できないのはつまり、ここにいるプレイヤー全員が"グランド・クエスト”を攻略出来ない事を意味していた。

 

 クイーン「…暇だねー」

 

 キング「ぼやくなよ。まだ洞窟は長いんだから、今からそれじゃ持たねぇだろ…」

 

 すると、騒音は静まりどうやら戦闘は無事に終了したようだ。

 

 キング「…はぁぁぁあぁっ…」

 

 クイーン「すごいあくびだね」

 

 キング「あ?あぁ…ちょっとな…」

 

 クイーン「ふーん…」

 

 それからモンスターとの戦闘を何度かやっていくうちに広いスペースがある場所に出た。

 地図を見る限り洞窟のハーフポイント…つまりは折り返し地点とでも言おうか。

 洞窟を抜けるまでにはあと半分を残し、ここで休憩を取る事になった。

 補給物資担当のプレイヤーが全員に黒パンとエールを手渡していく。

 店売で合計100ユルドそこらしかしない質素な食事だ。

 味覚エンジンはこういう細かい所までリアルに再現している。

 水分が完全に抜けたパサパサの食感、口の中に広がるカビのような味、全然冷えていない生ぬるい飲み水。

 口に運ぶのが億劫になるぐらい食欲が進まない。

 まぁ、食べなくてもそこまで支障はないと思われるがいつ何が起きてもおかしくないのがこの仮想世界だ。

 いざという時に空腹で動けませんでした…と、口が裂けても言えない。

 だが、やはり食欲がそそらない。せめてあと一工夫あれば…。

 

 クイーン「キングくん。これ使ってみて?」

 

 キング「これは…?」

 

 クイーンがキングに差し出したのは小さな小瓶。

 タップしてみると、指が微かに輝き始めた。

 

 クイーン「黒パンに塗ってみて」

 

 言われた通りに黒パンに輝く指をなぞると、そこからキラキラと光る赤色のジャムが現れた。

 

 クイーン「それ私が作ったイチゴジャム。美味しいから食べてみて」

 

 キング「あむ…。…ん…うまい」

 

 苺の微かな酸味と口に広がる爽やかな甘みが黒パンの短所をことごとく打ち砕いていった。

 

 キング「すげぇな…いつの間に料理スキルなんて取ってたんだ?」

 

 クイーン「ちょっと興味あったから先月くらいから少しずつ熟練度上げてたんだ…。

 まだ始めたばっかりだから簡単なものしか出来ないけどね」

 

 キング「へぇ…じゃあ、今度何か作ってくれよ?」

 

 クイーン「うん!いいよ!…でも、お代はちゃんと貰うから」

 

 キング「タダじゃないのかよっ!?」

 

 クイーン「世の中タダで貰えるほどあまくないのだよ!」

 

 ジャムを塗った黒パンを頬張りながら呆れ顔でクイーンを眺める。

 美味しそうに黒パンを食べる彼女の姿に目を奪われていた。

 

 キング「…」

 

 クイーン「?…どうしたの?」

 

 キング「えっ!?いや、な、なんでもないっ!!

 そ、それより、早く食べないとみんな行っちまうぞ!!」

 

 クイーン「あっ!!そうだった!!」

 

 黒パンを全て頬張りキングとクイーンは隊列に戻り、アルンへと再び歩き始めた。

 しばらく進むと洞窟内は歪に道を別れさせ、さながら迷路のように入り組んでいた。

 もし、地図が無ければと考えてもゾッとしてしまう。

 足場も悪く、暗視魔法をかけてるとは言うものの視界は悪い。

 死角も多く、待ち伏せされている可能性も拭えない。

 領主は皆に注意を呼びかけると共に一層警戒心を強めた。

 だが、いくら襲われようともこの人数でなら簡単に撃退出来る。

 肩に力を入れすぎても空回りするだけと悟ったキングは平常運転を心掛ける。

 しかし、クイーンはそうでもないようだ。

 表情は強張り明らかに力を入れすぎている。

 心配になったキングはクイーンに声をかけた。

 

 キング「クイーン、あんまり肩に力入れるな。

 この人数がいれば待ち伏せも意味をなくす。

 いつも通りにしていれば失敗なんてしないよ」

 

 クイーン「う、うん…。でも、やっぱり怖くてさ…。

 私、対人戦闘ってした事ないから…」

 

 この2ヶ月間の間、他のパーティに加わってもプレイヤーとの接触はなく、今日まで2人は対人戦闘をした事がないのだ。

 決闘(デュエル)ならした事があるがあれはルールという見えない檻の中で自身の腕を磨く為のものだ。

 だが、PvPはルールなど存在しない。

 何をしても許されてしまう。

 殺してアイテムを奪っても、弱みを見つけて相手を嬲っても、どんな非道もこの世界では平然と起きてしまう。

 ALOはPvP推奨のゲームなのでその行為を全ては否定出来ない。

 ここは仮想世界であって現実世界ではないのだから。

 

 キング「大丈夫だ…。俺がついてるから…」

 

 クイーンの震えている手をそっと握る。

 

 クイーン「!」

 

 キングの掌の温もりを感じながら、徐々に震えが治まっていく。

 

 クイーン「…ありがとう」

 

 キング「べ、別に…足でまといになられたら困るだけだ…」

 

 クイーンもキングの手を握り返し、温もりを求めた。

 この温もりがあるなら怖いものはない。

 今なら何だって出来る気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが淡い幻想だと知るまでは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、先頭集団が今まで以上の戦闘を繰り広げていた。

 伝達係の報告によれば大多数の火妖精族(サラマンダー)が行く手を阻んでいるようだ。

 領主はすかさず術師(メイジ)に指示を出して遠距離からの魔法攻撃を放たせる。

 だが、後方にも火妖精族(サラマンダー)が12人程待ち構えており、完全に土妖精族(ノーム)火妖精族(サラマンダー)に囲まれてしまった。

 

「さぁ!命が惜しかったら金とアイテムを置いていけ!!」

 

 キング「そんなの…お断りだっ!!」

 

 両手剣を抜き、火妖精族(サラマンダー)の1人に斬りかかる。

 だが、それを他の火妖精族(サラマンダー)が盾できっちり防いで見せた。

 

 キング「っ!!?」

 

「おらぁぁっ!!」

 

 仰け反った所を両手長柄がキングの懐に潜り込む。

 すかさず上体を逸らし、致命傷にはならなかったがHPが3割程一気に削られてしまった。

 

 クイーン「キングくん!!」

 

「おっ!女もいるのかよ?こりゃあ楽しみが増えたなぁ…」

 

 クイーン「ひっ…!!」

 

 キング「くっ…!うぉぉぉぉっ!!」

 

 クイーンの前に立ち火妖精族(サラマンダー)を薙ぎ払う。

 HPはまだ2割も削れていないが、ここから先には通す訳にはいかない。

 後方では術師(メイジ)も詠唱を済ませ、魔法攻撃によるサポートもある。まだ行ける…。まだやれる…。

 この調子なら火妖精族(サラマンダー)を撃退する事も夢ではない。

 震える足を殴り、痛みで強制的に震えを止める。

 キングは両手剣を構え、前に出た。

 

 キング「うぉぉぉぉっ!!」

 

 1人、2人と次々火妖精族(サラマンダー)を屠っていくが、数は減っていかない。

 それもそのハズだ。さらに後方からは待機していたであろう火妖精族(サラマンダー)が合流していっているからだ。

 

 キング(「俺とクイーンじゃいくらなんでも無茶だ…。

 術師(メイジ)はもう半分以上やられた…!!

 前も気になるっていうのに!!」)

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

 キング&クイーン「「!!!」」

 

 後方支援部隊もキングとクイーン以外はこれで全て倒されてしまった。

 戦力差はもはや絶望的だ。

 

「こ、こんなの勝てる訳ねぇよ…!!」

 

「に、逃げろぉぉぉぉっ!!!!」

 

 とうとう恐怖に負けた術師(メイジ)はその場から逃走を図り辺りにかまわず魔法を放った。

 それを見ていた火妖精族(サラマンダー)は笑いながらも術師(メイジ)を倒していき、ついに、残ったのはキングとクイーンだけとなった。

 

 キング「くそ…」

 

 クイーン「キングくん…」

 

「俺は好きなモンは最後に取っておきたい派なんだよなぁ…。

 久々の女だ。楽しまねぇと損だろ…」

 

 あまりに不快な声にクイーンはたまらず腰が落ちてしまった。

 それを見てキングはさらにクイーンに近づき両手剣を構える。

 

 キング「ゲス野郎がぁっ!!コイツには指1本触れさせねぇ!!」

 

「あー…お前はいらねぇや」

 

 すると、2人の火妖精族(サラマンダー)がキングに襲いかかった。

 射たれた両手長柄を両手剣で弾き、反撃に入る。

 

「ぐおっ」

 

「がっ」

 

 キング「ハァ…ハァ…うらぁぁぁっ!!!」

 

 さらに突撃をかけてリーダー格であろう火妖精族(サラマンダー)と刃を交えた。

 

「お前、あの女の連れか?」

 

 キング「だったらなんだ!!」

 

「うはぁ…いい事思いついちった」

 

 キング「テメェ!!ぶっ殺…」

 

 瞬間、キングの左肩が矢で射抜かれた。

 だが、この程度なら致命傷以外は無視できると思い、トドメの一撃に入ろうとするが、何故か体が言う事を聞いてくれない。

 

 キング「!!」

 

 そのまま態勢を崩し、地面にひれ伏していた。

 

 クイーン「キングくん!!」

 

「心配すんな。ただの麻痺矢で5分もすりゃあ動けるようになるからよ。まぁ、切れる度に麻痺矢を刺すけどな!」

 

 キング「この…!!」

 

「さぁて…お楽しみはぁーと…」

 

 火妖精族(サラマンダー)は数人を連れてクイーンに近づいていく。

 

 キング「やめろぉ!!」

 

 クイーン「来ないでぇっ!!」

 

 2人の声は空に消え、クイーンにも麻痺矢が刺されてしまった。

 体が動かなくなったクイーンはその場に倒れてしまう。

 

 クイーン「あ…ぐ…」

 

「久しぶりだなぁ…やべっ、テンション上がってきたわぁ!!」

 

「早く!!早くやろうぜ!!」

 

 火妖精族(サラマンダー)の手がゆっくりとクイーンの腕を掴み、クイーンの指を使ってメニューウィンドウを開いた。

 

 クイーン「や…やめて!!何するの!!?」

 

 キング「やめろぉぉぉ!!!!」

 

 メニューウィンドウの奥の奥まで進むとそこには倫理コード解除設定という項目が映し出された。

 

「これをこうしてっと…」

 

 クイーン「やめて…お願い…何でも…しますから…やめて…」

 

 だが、火妖精族(サラマンダー)が止まる事はなかった。

 倫理コードを解除して、火妖精族(サラマンダー)の歪んだ劣情がクイーンに襲いかかった。

 

 クイーン「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!助けて!!キングくん…助け…!!」

 

「うるせぇなぁ…おい、口になんか突っ込んどけ」

 

 クイーンの装備は全て引きちぎられ、あられもない姿をさらけ出された。

 恥ずかしくて、悔しくて、何より辛くてクイーンは涙が溢れた。

 それでも火妖精族(サラマンダー)達は治まらない。

 猛り狂ったものを沈ませる為にクイーンの体を慰め物にし続ける。

 口を塞がれ篭った声のみが洞窟内に響き渡る。

 キングは喉がやられ、声が出せない。

 

 キング「や…めろ…!!やめ…て…くれ…!!」

 

 クイーン「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 麻痺が切れる度にさらに麻痺を盛られ、キングはクイーンの惨めな姿を見ている事しか出来なかった。

 何も出来ない自分が悔しくて、口だけの自分が憎くて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなにも弱い自分を殺したくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの出来事があった日の夜、一騎はすぐにログアウトして姫奈の家へと向かった。

 

「あら、一騎君。姫奈なら2階に…」

 

 姫奈の母の言葉を聞かずして姫奈の部屋の前まで辿り着いた。

 ドアノブに手をかけようとすると、先程の事がフラッシュバックして、手を震わせた。

 

 一騎「…姫奈。俺だ…一騎だ…」

 

 ドア越しにそこにいるハズの姫奈に話しかける。

 だが、中からは一切反応はない。

 姫奈はアミュスフィアによる強制ログアウトによりあの場から姿を消したが、彼女には大きな傷が心に抉られてしまった。

 

 一騎「…入るぞ?」

 

 ドアをゆっくり開き中を覗くと、部屋は暗く、ベッドの上で布団に身を縮こませている姫奈の姿があった。

 

 一騎「姫…奈…?」

 

 姫奈「…」

 

 何度声をかけても反応がない。

 近づいてみると、姫奈は途端に体を震わせて部屋の角に身を寄せてしまった。

 

 一騎「姫奈…」

 

 姫奈「こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい」

 

 何度も怖いと言葉に出し続け腕を自ら締めつけている。

 

 一騎「やめろ!!姫奈!!」

 

 一騎は姫奈の腕を持ち、そのまま抱き締めた。

 姫奈は拒絶し、一騎を殴りつける。

 何度も何度も 殴り続け、一騎の体はアザが出来ていた。

 

 姫奈「いや…いや…!!」

 

 一騎「ごめんな…俺が…もっと強かったら…こんな事には…」

 

 姫奈「いや…いや…いや…!!」

 

 2人は涙を流しながら抱きしめ合っていた。

 姫奈は大きな心の傷が生まれ、しばらくの間学校には登校出来ずにいた。

 最初の頃は部屋からは1歩も出ず、食事も摂ってはくれなかった。

 姫奈の両親も心配していたが、一騎の説得も相まって深くは聞いては来なかった。

 一騎はそれから毎日姫奈の元へ赴き、いろいろな事を語りかけ続けた。

 今日あった事や、面白かった事、一騎の1日を全て語った。

 姫奈もそれに心を動かされたのか最初は無関心だったが、今ではある程度反応を示してくれている。

 そして、一騎の懸命な献身のおかげで前のようにとはいかないまでもある程度まで回復し、1ヶ月ぶりの学校へと出かけた。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、この時気づいていればよかったのだ。

 姫奈はもう以前の姫奈ではない事を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫奈と一緒に登校し、最初に疑問に思ったのが姫奈の態度だ。

 周りにずっと気にしており、落ち着かない様子を見せていた。

 もちろんクラスメイトや姫奈の友達があの出来事を知っている訳ではないのだが、姫奈自身、周りが信用出来なくなってしまっていた。

 それでも、学校に登校させたのは一騎1人の力ではどうしようもない事を一騎自身が理解してしまった為だった。

 姫奈の友達となら自分が見い出せなかった姫奈の心を取り戻させてくれると感じたからだ。

 ゲームの中以外で人に頼るのは一騎にとってこれが初めてだった。

 だが、今は自分の事より姫奈の心が回復するのが先決だ。

 そうと決まれば実行に移すのは早かった。

 姫奈自身に学校に行きたいと思わせ、それを支える事が一騎の使命と言えよう。

 しかし、学校に着くや否や挙動不審に陥り、とりあえず保健室で休ませる事にした。

 

「じゃあ、体調がよくなるまでここで休んでなさい。

 あなたも彼女に付いてやっていて」

 

 一騎「分かりました…」

 

 保健室の先生が職員室に向かい、保健室には一騎と姫奈だけが取り残された。

 

 姫奈「ごめんね…私のせいで…」

 

 一騎「姫奈のせいじゃない…。元はと言えば俺が…」

 

 姫奈「ううん…ナイトくんのせいじゃないよ…。

 私が弱かったから…」

 

 一騎「…姫奈、俺が…今度こそ守ってやるから!!

 絶対にお前を傷つかせたりはしない!!安心しろ!!」

 

 姫奈「…ありがとうナイトくん。

 …じゃあ、少しの間…こうさせててね」

 

 姫奈は一騎の肩に体を預けた。

 それは今まで見た事のなかった姫奈の辛そうな顔だった。

 もうこんな辛い事は思わせてはいけない。

 もうこれ以上姫奈が苦しむ姿は見たくない。

 

 一騎「絶対に…守ってみせるから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一騎「本当に大丈夫か?」

 

 姫奈「うん。…それにいつまでもこのままじゃいけないから…」

 

 教室の前までやって来たのは2限目が終わった頃だった。

 姫奈がドアに手をかけ、ゆっくりと開ける。

 クラスメイトがそれに気づき、2人に視線を送る。

 すると、姫奈の友達が数人声をかけてきてくれた。

 

「姫奈!!大丈夫?1ヶ月も休んでどうしたのよ?」

 

 姫奈「ちょっと…具合が悪くて…」

 

「心配したんだから!!メッセぐらい返しなさいよ!!

 でも…よかったぁ…。姫奈が無事で」

 

 姫奈「ごめんね…心配かけちゃって…」

 

 一騎は姫奈から離れ、自分の席へ座る。

 これでいいのだと自身に語りかけながら遠くから姫奈を見る。

 そこにはぎこちないものの笑顔の姫奈がいた。

 

 一騎(「俺に出来るのはこれぐらいだ…。

 後は姫奈の友達が姫奈の心を癒してあげられるだろう…」)

 

 チャイムが鳴り、3限目の担当の先生が来るや否や生徒達は自らの席へと座る。

 

「では、始めるぞー…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みになり、一騎は売店へと行くべく教室を出ようとすると、姫奈に止められた。

 

 一騎「どうした?」

 

 姫奈「あの…一緒にごはん…食べない?」

 

 一騎「え?」

 

 いつもなら姫奈は友達と一緒に食べるのだが、何故か今日に限ってその友達がいない。

 

 一騎「と、友達は?」

 

 姫奈「2人共…委員会の仕事があるとかで…今日は1人だから…ナイ…一騎くんと食べたくて…だから…その…」

 

 一騎「…俺、弁当ないから…パン買ってどっかで…一緒に食うか?」

 

 姫奈「…うん!!」

 

 2人はそうして一緒に売店に向かった。

 このまま姫奈がゆっくりでも前みたいに元気な姿になってくれると心から信じていた。

 だが、現実というものは時に無慈悲にも彼らに試練を与えてくる。

 それがどれだけ残酷な結末になろうとも関係ない。

 それを乗り越えるのはあくまで彼らなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、姫奈は一騎と帰ろうと一騎を探すがどこにも姿がない。

 

 姫奈「どこいったんだろ…」

 

「姫奈〜ちょっといい?」

 

 姫奈の前に現れたのは2人の友達である女生徒だった。

 

 姫奈「え?う、うん…」

 

 言われるがままに姫奈は2人について行ってしまった。

 屋上前の階段に連れてこられた姫奈はさすがに不安に感じてしまう。

 

 姫奈「どう…したの?2人共…」

 

「姫奈〜私達って友達だよね〜」

 

 姫奈「え?う、うん…そうだよ…」

 

「だったらさ〜…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コイツらの相手してやってくんない?」

 

 

 

 姫奈「え?」

 

 

 すると、屋上から4、5人の男子生徒がぞろぞろとやってきた。

 そして、来るや否や姫奈の腕を壁に押さえつけた。

 

 姫奈「ちょ…!!2人共!!…どういう事!!」

 

「いや〜姫奈って美人で気さくだし男子から人気あるじゃ〜ん?

 それがさ〜うちの好きな先輩もそうなんだよね〜」

 

「私もそうだし。先輩に聞いたら姫奈の事が気になるって…」

 

 姫奈2人の表情に恐怖を感じた。

 その姿は今まで接してきた2人とは全くの別物だったからだ。

 

 姫奈「ふ、2人共…何言って…」

 

「正直面倒くさかったんだよ。何でうちらがアンタの引き立て役にならなきゃいけないのよ?そうでしょ?おかしいでしょ?」

 

「だからね、アンタが誰にでも股を開く女だってみんなにばらまいてアンタの人生終わらせてやろうって考えたんだ〜」

 

 何を言っているのか分からなかった。冗談だと思った。

 だが、この痛みも…不快感も…全て現実だ。

 そして、1ヶ月前に起きた事が姫奈の中でフラッシュバックした。

 

 姫奈「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 姫奈の叫び声と同時に男子生徒が姫奈の制服に指をかける。

 制服はいとも簡単にはだけ、中から白い肌が顔を覗かせている。

 

「わぁ〜さすが姫奈〜肌ツヤツヤじゃ〜ん!

 ムカつくわ〜!!そういうのっ!!」

 

 姫奈「お願い…やめて…!!やめて…!!」

 

「うわ〜何泣いてんの〜?もしかして初めて?

 アイツにまだやってなかったんだぁ!!」

 

「傑作だし!ほらほらぁ!!姫奈処女だってさ!!

 早い者勝ちだよ〜!!」

 

 姫奈「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐごっ!?」

 

 

「「「!!?」」」

 

 姫奈に跨っていた男子生徒は勢いよく飛ばされ、その衝撃で気を失ってしまった。

 

 姫奈「う…ひぐ…うう…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一騎「全員…殺す…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからは見る限り悲惨な状況だった。

 男子生徒は全員が病院送りにされ、姫奈の友達の女生徒2人も警察に連行されていった。

 姫奈も事情聴取を取られるが今の精神状態では何を聞いても口を閉ざしたままという事になり、姫奈も病院に搬送された。

 

「一騎君!!」

 

 一騎「おばさん…おじさん…」

 

 姫奈の病室の前で立ち尽くしていた一騎の所に姫奈の両親が到着した。

 

「一騎君…姫奈を…娘を救ってくれてありがとう…!!」

 

 一騎「いえ…俺は何も…」

 

 何も救えなかった。

 姫奈を守ると誓ったハズなのに…結局は姫奈の心の傷は取り返しのつかない程深く抉られてしまった。

 

「…一騎君、あまり自分を責めないで…。

 あなたが来てくれなかったら姫奈は今頃…」

 

 一騎「…はい」

 

 そう言い残して一騎は病院を後にしようとする。

 もうこれ以上ここにいる訳にはいかないからだ。

 

「一騎君、姫奈には会わないの?」

 

 一騎「俺に…会う資格なんてありませんから…」

 

 会ってはならない…。

 弱い自分が姫奈に会ってはならない…。

 だから…強くなるまで…俺が最強になるまで…姫奈には会わない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫奈の両親が来る少し前、一騎は姫奈と少しだけ話した。

 いや、話したと言うより一方的に罵られたという方が良いだろう。

 姫奈にはその権利があるのだから。

 

 一騎「姫奈…ごめん…」

 

 姫奈「…」

 

 一騎「絶対に守るって…約束したのに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫奈「…とだよ…」

 

 

 一騎「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫奈「本当だよ!!あなたは!!私を助けてはくれない!!

 1度だって!!私を助けてくれた事なんてない!!

 何が絶対に守るからよ!!口だけならいくらだって言えるよ!!!!

 私はもう…誰も信用出来ないよ!!!!」

 

 

 一騎「…」

 

 姫奈「もう…出ていって…。

 一騎くんとは…もう会いたくない…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院からの帰り道、一騎は行き場を失くした子犬のように街を彷徨い続けた。

 何もかも手からこぼれ落ちてしまった。

 唯一握っていたものさえ滑り落ちてしまった。

 何もない。俺には何も残っていない。

 弱いせいで何もかも失ってしまった。

 もう取り返しなんてつかない。

 落ちてしまったものはもう二度と戻っては来ない。

 

 一騎「…」

 

「っで…」

 

 すると、一騎の胸ぐらを掴み罵声を浴びせる男がいた。

 

「痛てぇだろぉがよぉ!!

 どこに目ぇつけて歩いてやがんだあっ!!あぁっ!!」

 

 一騎「…」

 

 一騎はしばらくして今の状況を知った。

 知らない男から胸ぐらを掴まれているという事は見て分かったが、そこに至る経緯がまるで分からない。

 

「なんとか言えよこの糞ガキ!!!」

 

 左頬に鈍い音が響く。

 殴られたと気づいたのは地面に倒れてしばらくだった。

 

 一騎(「何で俺は…地面に倒れてるんだ?

 何でこの男は満足した顔をしてるんだ?

 分からない…分からない…。

 でも、俺が倒れているのは…俺が弱いせいだ…。

 弱ければ何も出来ない。何も…守れない…」)

 

「けっ!!このカスがっ…!!」

 

 男はつばを吐き捨てその場を後にしようとするが、ふと立ち止まり元いた場所に顔を向けた。

 すると、男の顔面を硬いパイプのようなものでめり込ませ、男を吹き飛ばす。

 

「がっ…あが…!!」

 

 一騎「俺は強くなる…。どんな奴よりも強く…。

 だから、こんな所で…負けられない…」

 

 さらにパイプで男を殴り、男も許しを乞うが一騎の耳には一切入って来なかった。

 一騎の気が済んだ頃には男は涙を流しながら気絶していた。

 血に濡れたパイプを捨て去り、一騎は再度歩き始める。

 

 一騎(「最強にならなきゃ…最強にならなきゃ…誰も救えない…。

 どんな奴も俺に逆らえないぐらいに…強く…ならなきゃ…」)

 

 これを機に一騎は街中の不良を潰していき、不良の間で噂されるようになった。

 そして、一騎は復讐の場を仮想世界へと移し、(キング)の名の元にALOを蹂躙していくのだった。

 

 




いかがだったでしょうか?
今回はキングの過去編という事で今に至る経緯を書いたつもりですが、内容はあまりにも暗くて楽しくなかったと思っています。
次の話からまた楽しく呼んでもらえるような物語にしますのでよろしくお願いします。



では、また次回!


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【44】明日への一歩

という事で44話目になります。
リアルで諸事情で更新が滞っていますが次の話は今月中に出来れば書き上げてそれから週刊連載にしたいと思います。
そして、今回で妖精剣舞編は最終回です。



では、どうぞ!


 タクヤ「…」

 

 空は夕暮れ時で間もなく大会も終了する時間帯だ。

 タクヤはキングの過去を聞いて胸が張り裂けそうな程、心がざわついている。

 どう言葉をかければいいのか、どう受け止めたらいいのか分からない。

 いや、分かっているのだ。

 自分にはキングの事を理解出来ない事を…。

 タクヤはその場にいなかったから…理解出来ない。

 

 タクヤ「…」

 

 キング「…」

 

 2人は静寂を保ち続ける。

 それがどこか歯痒くて、でも安心して…複雑な感情が入り混じり、その世界を構築していた。

 

 キング「俺は…もう…アイツには会えない…。

 会う資格すら…失くしたんだ…」

 

 タクヤ「…それは…違うんじゃないか?」

 

 キング「?」

 

 タクヤは重い腰を上げ、沈む夕陽に目を向けた。

 

 タクヤ「資格なんて…いるのか?」

 

 キング「…」

 

 タクヤ「会えないってお前が勝手に決めるんじゃねぇよ…。

 その娘はお前に会いたがっているハズだ」

 

 キング「…お前に…俺の何が分かる…!!」

 

 今までにない程怒りを露わにしたキングを前にそれでもタクヤは言葉を続けた。

 

 タクヤ「怖いんだろ?また罵られるのが…何も変わってない事が…。

 だからお前は会いに行けない…。前に踏み出せねぇんだ…」

 

 キングの気持ちなんて全然考えていない言葉をタクヤは敢えてキングに放った。

 予想通りキングは怒り、体を軋ませながらタクヤの胸ぐらを掴みかかる。

 

 キング「何も知らねぇお前が…知った口を聞くんじゃねぇ!!

 俺が…俺が弱かったから…姫奈は…心を閉ざしたんだよ!!

 なら、強くなるしかねぇじゃねぇか!!誰にも負けないほどの力があれば俺は…俺は…!!!!」

 

 タクヤ「…お前が欲しいのはただの力なのか?」

 

 キング「!!」

 

 タクヤ「力がどれだけ価値があるって言うんだ?

 力で支配する事に何の意味があるんだ?

 それをやっちまったらお前もそいつらと同じになるんだぞ?」

 

 タクヤには目の前にいる青年が駄々をこねているただの子供のように見えた。

 あれがないからダメだと、もっと楽な方へと進みたがる。

 それでは決して手に入れられない物を求めながらもキングは避けているだけなのだ。

 現実から…姫奈から…弱い自分から…。

 逃げて逃げて逃げて…辿り着いた先にあるものは本当にキングの望んだ物なのだろうか。

 

 タクヤ「力じゃ彼女は救えねぇ…。力だけあっても何も出来ねぇ…。

 本当の強さが分からないままじゃいくらやっても前には踏み出せねぇ…」

 

 キング「…だったら…俺が今までやって来た事は全て…無駄だったって言いたいのか…?

 何も知らないで呑気に仲間と楽しく生きてきたお前が…俺にそんな事を言う権利があるのかぁ!!!!あぁっ!!?」

 

 タクヤ「…権利なんかない。

 …それでも目の前で間違った道へ歩いている奴を放っとける訳ないだろ」

 

 かつての自分もそうだった。

 間違った道だと知っていても理由をつけてその道を選んでしまった。

 探せば他の道もあった事に気づきながらも…。

 その代償に仲間を捨てた。人をこの手で殺めた。あれは地獄だ。

 全てを失ってしまったら何も残らない事は誰にだって理解出来る。

 零れ落ちたものすら拾えない。

 

 タクヤ「お前が…キングが…間違っているって誰かが言わねぇとお前は止まれねぇじゃねぇか。

 だから、オレがお前を引き戻してるんだよ…」

 

 キング「お前なんかに…俺の気持ちが分かる訳がない…。

 何も失ってこなかったお前に…俺の気持ちが…」

 

 タクヤ「…わかるさ。オレも1度…全部失くしちまったからな」

 

 キング「!!」

 

 タクヤ「オレは…世間で言うところのSAO帰還者(サバイバー)ってヤツだ」

 

 その言葉を聞いてキングは目を見開いた。

 2年もの間生死をかけた戦いに巻き込まれてしまった者達の事を捉えた造語だった。

 それを去年の11月に終結へと導いた者がいるとネットで密かに噂になっていたのをキングは思い出した。

 

 キング「まさか…お前が…」

 

 改造された武器やステータスを持ってしてもこの男には敵わなかった。

 それ程の力を持っているとすれば答えは絞られてくる。

 この仮想世界で()()()()()()()()者なら納得もつく。

 あの二刀流使いでもかなり苦戦を強いられた記憶を掘り起こしながら考えてもこの男の強さは別格だった。

 

 タクヤ「オレはあの世界で仲間を1度は完全に捨てた…。

 そうしなければ仲間の命が消えてしまうからだ」

 

 キング「!!」

 

 ゲームオーバー=現実の死という常軌を逸したその設定の中、彼らは2年もの時を過ごしている。

 命の重さがすぐ横にある感覚はそれを経験した者しか分からない。

 

 タクヤ「そして、仲間の命を天秤にかけて俺は赤の他人を3人…殺した」

 

 キング「なっ…」

 

 タクヤ「今でも夢に出てくる時がある。

 殺した3人がオレを殺しに来る夢…。

 オレは一生忘れる事なんて出来ないし、彼らは許してくれないだろう。

 でもな…そうじゃなきゃ意味がないんだ。

 そうやっていつまでも後悔ばかりしてはダメだと…大切な人から教えてもらった。

 罪悪感に押し潰されそうになった時、オレは人を殺した裏でそうして救った人達がいるって知った。

 お前もその娘の隣にいてやるべきなんじゃないのか?

 どれだけ拒絶されてもお前が傍に居てやらないでどうするんだよ!!

 お前が手にしなくちゃいけないのは力じゃない!!

 誰よりもその娘を思う気持ちが一番大事なんだよ!!!!」

 

 キング「!!」

 

 タクヤ「罪を償って…また1から始めるんだ。

 今度は道を間違えず、彼女を笑顔にさせるようなやり方で…」

 

 そう言い残してタクヤはキングの元から去った。

 もう会う事はないだろうと心のどこかで感じながら。

 それにタクヤにはまだやるべき事が残っている。

 キングに啖呵を切っておいて自分が出来ないだのと口が裂けても言えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ストレア「…」

 

 

 ストレアは自身の心の中でタクヤとキングの会話を聞いていた。

 それにはどこか自分と似た所があった。

 だが、タクヤとキングは違う。

 別々の道を歩いて、それぞれ違う困難にぶつかってそれを乗り越える為に奮闘している。

 今のこの状況を作り出してしまった自分が情けなく感じた。

 またタクヤ達に助けてもらう事が。

 次は自分が助ける番だと意気込みながらも結果はこの様だ。

 

 ストレア「…ホント、ダメだなぁ〜…私は…」

 

 今、シュラがストレアの核を修復しようと頑張っている。

 ストレアは何か手伝う事はないかとシュラに尋ねても邪魔だと言われる始末。

 自分の事なのにみんなに任せっきりでどうにも納得出来なかった。

 すると、外では懸命に呼びかけ続けている仲間達の姿があった。

 

『ストレア!!帰ってきて!!ストレア!!』

 

『ストレアさん!!起きてください!!』

 

『ストレア!!頑張って!!』

 

 ストレア「…私は何を頑張ればいいのかな?」

 

 ストレア自身はこの状況を覆すだけの力はない。

 

 シュラ「いいんだよ…今はそれで…」

 

 ストレア「シュラ…!!もう…終わったの?…私はみんなの所に帰れるの?」

 

 シュラ「あぁ…。なんとか繋がりはした。

 だが、ここからはお前次第だ。

 お前が本当に戻りたいと思えばプログラムは自動で作動する」

 

 ストレア「本当に…戻りたいと思えば…」

 

 戻りたいに決まっている。本当にそう思っている。

 まだ、やりたい事や見てみたいものだってあちらの世界には沢山ある。

 そう思っているのにどう足掻いてもこの世界から抜け出せない。

 真っ暗な空間だけがストレアの目に広がっている。

 

 ストレア「…どうしたら」

 

 シュラ「戻れない理由があるとすれば…お前も知らず内に恐怖を抱いているからだ。それじゃあ戻れる訳がない…」

 

 ストレア「恐怖…」

 

 あちらの世界は美しく、そして儚い幻想の世界。

 そこにはストレアにとって沢山の大切なものがある。

 でも、本心では恐怖を抱き、無意識にそれを拒んでいる自分がいるようだ。

 何をどう念じても恐怖を振り切っても本心には嘘はつけない。

 AIのくせにそこまで人間に似せるなんて悪趣味だとストレアは自虐混じりで笑う。同時に悲しくなる。

 こんな事も出来ないで何が仲間の元へ帰りたいだのと言えるのだろうか。

 

 シュラ「…」

 

 ストレア「…やっぱり…私は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストレア!!!』

 

 

 

 

 ストレア「!!」

 

 耳に響いてきた声がストレアの心を動かす。

 モニターに振り返ってみるとそこにはストレアにとって1番大事なものが映っていた。

 

 

 

 

 ストレア「…タクヤ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「タクヤぁ…ストレアが…」

 

 タクヤ「…」

 

 ストレアの元へ駆けつけたがその姿を見て息を飲んだ。

 死んだように指1本動かないストレアの傍に腰を下ろし、その澄んだ頬をそっと撫でた。

 

 タクヤ「ストレア…。お前がこんな時に傍にいてやれなくて悪かった…。

 ずっと昔に決めてたのにな。ストレアはオレが守るって…。

 約束を破ったりして悪かった」

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 タクヤ「お前に初めて会った時、呑気で調子者とか思ってた。

 ヒースクリフにはタメ口聞いてたし。

 でも、不思議と嫌な気分にはなれなかった。

 なんていうか…落ち着くと言うか、一緒にいても飽きないというか…お前の事を嫌いにはなれなかった…」

 

 ストレアとの出会いは少し特殊でどこまで逃げてもタクヤを追いかけていた。

 観念したタクヤはストレアとヒースクリフと一緒に最前線を攻略してボスの下見まで一緒についてきた。

 

 タクヤ「攻略が終わってもお前はオレから離れようとはしなかったよな?一緒にホームに帰って、ギルドの仲間ともすぐ打ち解けて…ずっと前から一緒にいるような錯覚に陥っちまって…」

 

 ユウキ「そうそう。ボクとの出会いはお風呂場だったね。

 最初は胸の大きなお姉さんって印象しかなかったけど、その日一緒に過ごしてたら自然とタメ口になってたね!

 すごくハチャメチャでみんなを笑顔にしてくれた…」

 

 夕食を一緒に食べて、一緒に談笑して、その日は笑顔が絶えなかった。

 ストレアがいるだけで攻略の疲れなど飛んでいってしまう。

 

 タクヤ「でもお前は心に大きな悩みを抱えていて…オレはそれをどうにかしてあげたいって思った。

 もう…仲間を…家族を失いたくなかったから…」

 

 その日の夜、眠れないストレアと一緒に夜空の下酒を交わした事を今も覚えている。

 その時に見せた不安な表情を拭ってやりたいとタクヤは思った。

 会って数時間しか経っていないストレアにそんな感情を抱いたのは今考えればおかしいと言わざるを得ない。

 

 タクヤ「次の日に素材を集めにフィールドに行ったよな?

 そこでお前の本当の姿を知った」

 

 地盤沈下で地下へ落ちてしまったタクヤとユウキ、ストレアはその先にあった白い空間へと訪れた。

 そこはSAOを制御する為のコンソールの1つだった。

 ストレアはSAOにおけるMHCP(メンタルヘルスカウンセリングプログラム)という高度なAIだと知った。

 

 ユウキ「ストレアがAIって分かって、驚きはしたけどボク達の気持ちは変わらなかった。ストレアはボク達の仲間だって…家族だって…。

 でも、ストレアはカーディナルからバグ扱いされて消滅させられそうになった…」

 

 カーディナルは不純物は自動的に消去する。

 それは膨大なエラーを蓄積していたストレアも例外ではなかった。

 ストレア自身も自らの消滅は仕方ないと認識していた。

 だが、そんなストレアは涙を流してくれた。

 別れたくない。まだ一緒にいたいと言ってくれた。

 

 タクヤ「お前が消えそうになるのをオレ達は黙って見てるなんて出来なかった。

 クソ兄貴に負けたくないと思ってたし、何よりお前を失いたくなかったんだ」

 

 タクヤはコンソールを操作してストレアを自身のナーヴギアのローカルメモリーに保存する事でストレア本体の消去を防ぐ事に成功した。

 そして、オブジェクト化したストレアの心を肌身離さず持っていた。

 いつも一緒にいたかったから。

 

 ユウキ「そして、タクヤを助ける為にALOでボクはストレアと再会できた。嬉しかった。またストレアに会う事が出来て…」

 

 SAOをクリアした後、ALOに囚われていたタクヤとアスナを助ける為にユウキとカヤトはALOでストレアを現出させ再会を果たした。

 

 タクヤ「それからユウキ達と一緒にアルンまでオレとアスナを助け出す為に追ってきてくれた…。

 あの時の事は忘れたくても忘れられねぇよ」

 

 アルンまでユウキ達と一緒にストレアはタクヤを探し出してくれた。

 道中様々な困難を伴っているハズなのに、再会した時満面の笑顔でタクヤを迎えてくれた。

 

 タクヤ「これからみんなと一緒にまた冒険出来るって…そう思ってた…。でも、今ストレアは危険な状況に陥っちまってる…。

 また一緒にいろんな所に行こう。みんなと思い出を作ろう…。

 ストレアがいないとダメなんだよ。誰1人欠けちゃいけないんだ!!

 …だから、帰ろうぜ?オレ達の家に…みんなで一緒に!!」

 

 ユウキ「ストレア!!また一緒に冒険しよう!!」

 

 キリト「ストレア!!」

 

 アスナ「ストレアさん!!」

 

 ユイ「ストレア!!お寝坊は姉である私が許しませんよ!!」

 

 リーファ「ストレアさん!!帰ってきてください!!」

 

 カヤト「ストレアさん!!」

 

 みんながストレアの帰りを願っている。

 みんなの心にはもうストレアがいるのだ。

 だから、再会を願う。だから、一緒にいたい。

 愛している仲間を助ける為なら何だってやってみせる。

 ここにいる全員がそれを望んでいるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ストレア「みんな…みんな…!!」

 

 ストレアは堪らず泣き崩れた。

 AIだからとか、人間じゃないからとか言っていた自分が恥ずかしくなる。

 目の前の愛すべき者達はこんなにも自分の帰りを願ってくれていると言うのに…。

 

 ストレア「帰りたい…!!帰りたい…!!私は…みんなの所に…タクヤとユウキの所に…お父さんとお母さんの所に帰りたい!!!!」

 

 瞬間、ストレアの体が強く輝き始めた。

 真っ暗な空間がストレアの輝きにより鮮やかな色を広がらせている。

 

 シュラ「それでいいんだよ。…ったく、面倒かけやがって…」

 

 ストレア「…ありがとうシュラ。私…もう迷ったりしないから…!!

 だから、私の中で見てて!!」

 

 シュラ「…それは出来ねぇな」

 

 ストレア「え?」

 

 すると、シュラの体が青白く光りだし足元から徐々に半透明になってきていた。

 

 シュラ「プログラムが作動したな。

 もうじきお前はアイツらの所に戻れるハズだ」

 

 ストレア「で、でも!!シュラの体が…なんで…!!?」

 

 シュラ「…さっき言った通り、本来はお前のコアプログラムを初期化しねぇと覚醒しない。

 正確にはコアプログラムに蓄積されたデータを許容量に収まるように消去しなきゃならなかった…。

 なら、オレの使っている分を消去すれば初期化せずに覚醒するって事だ。元々、オレはここにはいない存在だからな」

 

 ストレア「ダメだよ!!私の為にシュラが犠牲になるなんて!!

 消えないでよ!!せっかくまた会えたのに…!!」

 

 シュラ「オレはあの世界だから生きていられた…。

 でも、それもなくなった今はオレの居場所はどこにもない。

 これでいいんだよ。これが最善の選択だ」

 

 既に下半身は完全に消え去り、上半身も次第に姿を消していた。

 それでもストレアはシュラを何とかしようとするが、シュラに触れる事が出来ない。

 ストレアの体もあちらに帰る為に体が溶けていっているからだ。

 

 ストレア「そんな…!!シュラはこれでいいの!?

 タクヤだってシュラに会いたいって…!!」

 

 シュラ「何度も言わせんな。オレの役目はもう終わったんだ…。

 タクヤ(アイツ)があの世界を終わらせた瞬間に…。

 そんな顔すんな…。アイツらが悲しむだろーが!

 お前にはまだやらなきゃいけない事があるだろ?」

 

 ストレア「やらなきゃいけない事…?」

 

 シュラ「この先、タクヤがつまづく事がある。

 ユウキ(クソチビ)でも支えられない時がきっと来る。

 その時、お前が一緒になってアイツを支えてやれ…。

 お前らは家族だろ?なら出来るハズだ。

 その為に生きるって決めたんだろ?」

 

 タクヤに救われた時にストレアがたてた誓い。

 タクヤとユウキを絶対に守る。

 どんな時でもどんな絶望的な状況でも生涯支え続ける。

 それがストレアがたてた誓いだ。

 

 ストレア「…うん。…絶対に支えてみせる!!

 …シュラの分まで…2人を支えてみせるんだから!!」

 

 シュラ「その意気だ。お前ならやれる…。

 じゃあ、お別れの時間だストレア。達者でな…」

 

 ストレア「うん…ありがとう…シュラ。…もう1人の…お父さん…」

 

 空間は光に包まれ、2人の体は完全に消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん…」

 

 

 タクヤ&ユウキ「「!!!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ストレア「…ただいま…みんな…」

 

 

 タクヤ「ストレア…!!」

 

 ユウキ「ストレアー!!!!」

 

 ストレアが目覚めるとユウキは涙を流しながらストレアを強く抱き締めた。

 

 キリト「…よかった」

 

 アスナ「うん…!!本当によかった…!!」

 

 リーファ「ストレアさぁぁん〜!!!!」

 

 アスナとリーファは涙を浮かべた。

 キリト はそっと肩を撫で下ろす。

 

 ストレア「ごめんね…心配かけて…」

 

 ユイ「本当です!!みなさんがどれだけ心配したか…!!私だって…心配して…うぅ…うわぁぁぁん!!!!ストレアぁぁ!!!!」

 

 ストレア「ユイはそんなキャラじゃないと思うんだけど…でも、ありがとうね、お姉ちゃん…」

 

 ユウキと一緒にユイもストレアに抱きつきながら声を上げて泣き叫んだ。

 

 タクヤ「ストレア…」

 

 ストレア「タクヤ…。ありがとう…また、助けられちゃったね…」

 

 タクヤ「みんなが必死に声をかけ続けてくれたおかげだ。

 でも、本当によかった…。ったく、心配かけやがって!!」

 

 ストレアの髪を撫でながらタクヤは言った。

 ストレアも思わず涙が滲んでくる。

 こんなに自分の帰りを待ってくれる人がいる。

 AIであろうとストレアには違いないのだ。

 仲間がいなくなるのは誰だって辛い。

 そこには何の垣根もありはしない。

 

 ユイ「でも…ストレアのコアプログラムは修復不可能な程ダメージを負っていたのに…どうして?」

 

 ストレア「…実は私が帰って来れたのは…シュラのおかげなんだ…」

 

 タクヤ「シュラ!!?ストレアの中にシュラはいるのか!!?」

 

 ストレア「…ううん。今はもう…完全に消えてる…。

 私を助ける為にシュラが自分を犠牲にして…」

 

 タクヤ「…そうか」

 

 ストレア「ごめんねタクヤ…。シュラを…私は…」

 

 タクヤ「いいんだよ…。アイツが選んだ道だ。

 それにお前がそんな顔してたらシュラが化けて出てくるぞ?

 オレ様の行為を無駄にしやがってぇっ!!…ってな。

 だから、笑えストレア。笑って生きるんだ。

 それがシュラが望んだ未来なんだから…!!」

 

 ユウキ「うん…!!シュラにも同じ事言われたよ…。

 だから、シュラの分までタクヤとユウキを支える!!

 みんなと一緒に思い出を作っていく!!」

 

 迷ったりなどしたらシュラに顔向けできない。

 シュラが望んだのはそんな事ではないから。

 シュラと約束した。

 タクヤを支えてやってくれと。

 

 ストレア「タクヤ…ユウキ…みんな…大好きだよっ!!!!」

 

 

 

 

 

 こうして、短くも様々な出来事が起きた大会は幕を閉じた。

 ストレアが目覚めてすぐにアナウンスが流れ、出場者は本会場に転移された。

 運営側はキングのハッキングに対応を追われ、実質大会は勝者なしという形で幕を閉じた。

 キングはこれから罪を償う為に警察に出頭するだろう。

 運営も大会がこのような結果に終わってしまった事に痛く思い、出場者全員に優勝商品を配るという形で手を打った。

 観客からはブーイングが上がったが、タクヤ達はすぐにでもログアウトして休みたい気持ちが強かった。

 特にタクヤとキリト、カヤトは現実世界の肉体に何らかの影響がある可能性があったので菊岡の手配ですぐに検査入院する羽目になってしまった。

 診断結果は2週間絶対安静というもので学校が始まってすぐに3人は休学を余儀なくされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「…暇だー」

 

 和人「…そうだなー」

 

 直人「アミュスフィアも取り上げられちゃいましたからね…」

 

 3人は横浜市立大学病院に入院していた。大部屋にまとめられた3人はベッドの上で暇を持て余していた。

 

 拓哉「病院ってやる事ねぇんだよなー…」

 

 和人「時間が経つのが妙に遅く感じる…」

 

 直人「まぁ、仕方ないですけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木綿季「当たり前だよ!!3人共重症なんだから!!!!」

 

 部屋中にリンゴを剥いていたユウキの声が響き渡る。

 

 明日奈「木綿季…ここ病院だから…」

 

 藍子「そうだよ!静かにしてなさい!!」

 

 直葉「はぁ…病人とは思えませんね」

 

 和人と直人の隣には明日奈と直葉、藍子が位置づけている。

 4人共それぞれログアウトした直後に病院に付き添い、今日までずっと身の回りの世話をしてくれていた。

 

 拓哉「仕方ねぇだろ?暇なもんは暇なんだから」

 

 木綿季「手足が痺れてる状態で何言ってんのさ!!」

 

 病院に入院する事になって今日で3日。

 3人の手足はまだ痺れをきたしているが特に酷いのは直人だ。

 手足が痺れている上に筋肉繊維がズタズタになっているらしく、あと1歩で四肢が動かなくなっても不思議ではなかった。

 それで直人だけ入院期間が1ヵ月と2人より長めであるのだ。

 

 藍子「ネットでナオさんが傷つけられてるのを見て気が気じゃなかったんですから…。もうあんな無茶しないでください…」

 

 直人「…すみません。今後は気をつけます。

 心配してくれてありがとうございます…」

 

 藍子「だから!!ナオさんが退院するまで私、毎日来ますから!!」

 

 直人「ま、毎日ですか?でも、藍子さん今年受験じゃ…」

 

 藍子「受験よりナオさんの体を治す事の方が大事です!!」

 

 勢いで流された直人も首を縦に振る以外に選択肢はなかった。

 他の3人もなるべく見舞いに来てくれるようで何か悪い気持ちで一杯になっていた。

 

 和人「明日奈達は学校があるんじゃ…」

 

 明日奈「うん。流石に学校は休めないから放課後になるけど…」

 

 和人「いや、それだけでも嬉しいよ」

 

 拓哉「じゃあ次来る時なんか、暇を潰せそうな物持ってきてくれよ!

 2週間このままじゃ暇死にしちまう!!」

 

 木綿季「分かったから。今日ぐらいは安静にしてなきゃダメだよ?

 はいリンゴ!食べるでしょ?」

 

 綺麗に切られたリンゴを口に運んで貰いながら、不自由と感じたのは口に出さない。

 出したらまた小言を言われるのが目に見えているからだ。

 すると、ドアがノックされ呼びかけるとそこには総務省の菊岡誠二郎がいた。

 

 菊岡「やぁみんな!!元気かい?」

 

 拓哉「これをどうみたら元気に見えんだよ…」

 

 菊岡「あははっ。確かに、手足が動かせないんじゃ元気にはなれないか」

 

 和人「で…今日は何しに来たん…ですか?」

 

 和人が菊岡に尋ねると瞬時に表情を引き締めた。

 

 菊岡「今日はキングこと立花一騎の事で足を運んだ次第だよ」

 

 拓哉「…」

 

 菊岡「細かい事は省略させてもらうが立花一騎は大会終了後、近くの警察署に出頭した。総務省からデータを盗んだ容疑とALOのシステムにハッキングをかけた容疑を認めてね…」

 

 拓哉「それで…キングはどうなるんだ?」

 

 病室の空気が重くなっていくのを感じる。

 

 菊岡「こちらの弁護も含めてなんとか刑務所行きは避けられてね。

 執行猶予3年と賠償金で判決は下ったよ」

 

 直人「…」

 

 和人「よかった…のか?」

 

 菊岡「まぁ、しばらくは死に物狂いで賠償金を支払う事になるだろうが、こちらとしても()()()()()()()()()()に漕ぎ着けたよ」

 

 拓哉はログアウト直後に動かない体を酷使させ、菊岡にキングの弁護を要請しておいた。

 道を間違えたとは言え、キングにも何を捨ててでも守るべき者の為に力を求めていた。

 最初は菊岡も渋っていたが、条件が飲めないなら拓哉も出頭すると半ば脅迫じみた行為に出た。

 SAOで人を殺めたと本人が言えば、警察も捕まえざるを得ないだろう。

 タクヤもキングと一緒で何かを守る為に道を踏み外したのだから。

 

 木綿季「拓哉…」

 

 拓哉「…ナオや和人には悪いとは思ったけど…やっぱり、どうしてもキングの事を放っておけなくて…」

 

 和人「オレは別に…拓哉が解決させた事件だ。

 決定権は拓哉にあるんだからそれに従うよ」

 

 直人「僕も同意見だよ」

 

 拓哉「…すまねぇな」

 

 菊岡「まぁ、これでこの事件は一件落着という事だ。

 では、僕はこれにて失礼するよ。お大事に3人共」

 

 そう言い残して菊岡は病室を後にした。

 

 明日奈「…今思い返すと大変な事になっちゃったね」

 

 直葉「そうですね。でも、私はキングの事嫌いです!!

 あの人がいなかったらストレアさんはあんな事にならなかったんですから!!」

 

 木綿季「そうだね…。ボクも内心まだキングの事許せないけど…ストレアが許すって言ってるから…ボクも許す…ように頑張る」

 

 拓哉「…えらいぞ木綿季。辛い思いさせてごめんな」

 

 木綿季の頭を撫でながら拓哉は言った。

 木綿季も照れくさそうにするも、じっと拓哉に頭を撫でられている。

 

 直人「…」

 

 藍子「…ナオさんは本当によかったんですか?」

 

 直人「え?…いいんですよ。あの人にもあの人の矜持があった。

 やり方は間違ってるけど全てを否定出来ませんから…。

 これがベストなんですよ」

 

 直葉「直人君は甘いよ!!そんなにボロボロにされて…!!

 もっと怒ったりしていいのに!!」

 

 和人「落ち着けってスグ…!!

 直人がいいって言ってるんだからそれでいいじゃないか」

 

 直葉「でも…!!」

 

 直人「ありがとうございます直葉さん。優しいんですね?」

 

 直葉「そ、そんな事ない…けど…」

 

 藍子「…」

 

 木綿季(「これは…もしかして修羅場?」)

 

 明らかに藍子の目が直葉を捉えていた。

 その目は何か良くない感情が湧き上がっているのを感じたが木綿季は黙っておく事にした。

 

 菊岡「そうだ!大事な事を伝えるの忘れてたよ!!」

 

 拓哉「ノックぐらいしろ!!」

 

 いきなり再度現れた菊岡に怒鳴ったタクヤだが、体に力が入らない為、上手く声を出せない。

 

 菊岡「拓哉君。これ約束の報酬だよ」

 

 拓哉「報酬?」

 

 机の上に置かれたのは1枚の封筒だった。

 

 菊岡「じゃあまたよろしくね〜」

 

 今度こそ立ち去った菊岡を尻目に拓哉は木綿季に頼んで封筒を開けてもらう。

 

 木綿季「なんか1枚入ってるね」

 

 中を取り出すとどうやら小切手のようだが、ユウキはそこに書かれていた金額に思わず椅子から転げ落ちそうになった。

 

 拓哉「だ、大丈夫か!?」

 

 木綿季「な、なんとか…」

 

 明日奈「木綿季、それは?」

 

 木綿季「見てよこれ…」

 

 藍子と直葉も加わり小切手を見ると4人共顔を青くして拓哉を見つめる。

 

 拓哉「な、なんだよ…」

 

 和人&直人「「?」」

 

 木綿季「これ…本当に報酬?」

 

 拓哉「何をそんなに慌てて……は?」

 

 そこに書かれていたのは0が6つあり、先頭には1の数字が刻まれていた。

 つまりは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「100万円んんんんんっ!!!!?」

 

 

 

 

 

 和人&直人「「はぁぁぁぁぁっ!!!!?」」

 

 

 それ以降拓哉はことある事にみんなからせびられていくのだった。




いかがだったでしょうか?
総務省ってどんだけお金があるんですかね?
それに今日新たな三角関係が出来上がりつつありますがそれはまた後日に…。
次のネタをかんがえないとなー

評価、感想ありましたらどしどし送ってください!


では、また次回!


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OR それぞれの日常編
【45】踏み入る藍色の少女(前編)


という訳で45話目に入ります。
これは妖精剣舞の後日談という形で書かせてもらってます。
そして、今回と次回の話は主に直人と藍子に視点を当てていますのでよろしくおねがいします!

P.S今回から週刊連載という形で更新していきたいと思います。
次の更新が来週の9日になります。
理由としてはこの頃本業が忙しくなって時間的余裕が取れないんです。
安定した更新を目指す為、週1ペースが妥当なのかなと思ったのでこのような形を取らせていただきました。
誠に勝手かと思われますがご了承ください。
作品自体はまだまだ続いていきますのでご安心ください。


では、どうぞ!


 2025年05月25日 14時20分 横浜市 某図書館

 

 ゴールデンウィークはあっという間に過ぎ去り、夏の日差しが顔をちらつかせ始めた今日。

 少女は静かで人気の少ない図書館で参考書とにらめっこしながらペンを走らせていた。

 

「ふぅ…」

 

 少女…藍子は来年受験を控えた中学3年生だ。

 その為、1人でゆっくりと勉強に勤しむ為に図書館へと赴いた次第だ。

 

 藍子「ここを代入して…って、もうこんな時間か…」

 

 時計を見れば14時を回っており、机に並べられた参考書やノートを手提げの鞄に放り込む。

 これから藍子は横浜市立大学病院へとある人のお見舞いに行く事になっていた。

 今から図書館を出れば16時前には病院へと行ける。

 頭の中で電車の時刻表を思い出しながら図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月25日 15時48分 横浜市立附属大学病院

 

 藍子「こんにちは」

 

 病室のドアを開け、元気よく挨拶をする。

 病室の主もそれに挨拶を返す。

 

 直人「こんにちは藍子さん」

 

 藍子「すみません。遅くなっちゃって…」

 

 直人「いいんですよ。むしろこっちの方が申し訳ないです」

 

 直人が入院してから早くも2週間が過ぎた。

 一緒に入院していた拓哉と和人は昨日退院を果たしたのだが、直人はまだ2週間は入院していなければならない。

 その理由はVRMMOゲームALO(アルヴヘイム・オンライン)で行われたイベントで直人/カヤトは現実世界にある肉体に多大な負荷をかけられてしまい運動能力が落ちてしまった事にあった。

 何故、ゲームをイベントに参加していて現実世界の肉体に負荷がかかるのかというと、そのイベントに参加していたキングがペインアブソーバと言う痛覚をレベルに合わせて引き起こす機能を停止してしまった為だ。

 それが機能しなくなると仮想世界で受けた痛みが現実世界の肉体にフィードバックしてしまい、最悪の場合障害すら残ってしまう。

 その状況でカヤトはキングに戦いを挑み結果、惨敗してしまったという訳だ。

 藍子はイベントを自宅にあったPCで実況する事を知っていた為、カヤトがキングに負ける姿を見ている。

 その光景はあまりにも酷く、意識すらなかったカヤトにキングは執拗に剣を振るった。

 見ていられなかった藍子も途中でPCの電源を切り、すぐ様直人の携帯へと電話をかけた。

 だが彼は仮想世界にいる為、現実世界の直人に意識はなく、いくらコールしても繋がる訳がない。

 自室には妹の木綿季もアミュスフィアをかぶり、ALOのイベントに参加している。

 藍子は布団にくるまりながら必死に直人の無事を祈り続けていた。

 そして、その日の夜。

 直人とその兄である拓哉、友人の和人が横浜市立大学病院に検査入院したと木綿季から伝えられ、2人は一目散に病院へと向かった。

 だが、その日は精密検査をすると担当医の倉橋に面会謝絶を言い渡され、仕方なく園へと帰った。

 次の日の朝に再度病院へ向かい、直人達がいる病室へと足を運ばせた。

 不安が募る心を押さえつけながらドアを開く。

 すると、そこには体が動かせないものの元気な姿の3人がいた。

 藍子は直人の元気な姿を見て思わず泣き崩れてしまった。

 それを痙攣させながらも直人が藍子の頭を優しく撫でてくれた。

 

 直人「すみません。心配かけてしまって…」

 

 その日を境に藍子は毎日病院へと赴き、直人の身の回りの世話をするようになった。

 

 藍子「ナオさん、何がいるものはありませんか?」

 

 直人「今は特にないですね…朝の内に兄さんにある程度持ってきて貰ったので…」

 

 藍子「そ、そうですか…」

 

 確かに言われてみれば直人の身の回りには着替えやタオルなどがあり、特に不自由という訳ではないらしい。

 

 藍子「…」

 

 直人「…あ、藍子さん?」

 

 藍子「は、はい!!」

 

 直人「無理して僕の世話をする必要は無いですからね?

 受験勉強もあるだろうし、きつくなったら来なくても…」

 

 藍子「だ、大丈夫です!!

 勉強もちゃんとやってますし、全然きつくないです!!

 それに…早くナオさんには元気になってもらいたいですから…」

 

 直人「…ありがとうございます」

 

 夕日が病室の中に差し込むと、藍子のお腹から空腹の合図が鳴った。

 顔を赤くしながら慌てていると直人が言った。

 

 直人「もしかして、昼ごはん食べてないんじゃないですか?」

 

 藍子「えっと…勉強してたら食べ損なっちゃって…あはは…」

 

 直人「じゃあ、下の食堂で何か食べませんか?

 僕も小腹が空いてきた所だから」

 

 直人は壁に寄せられていた車椅子に手を掛け、勢いよく乗り込んだ。

 

 藍子「で、でも…ナオさんの体は…」

 

 直人「大丈夫ですって!ちょっとは体動かさないと退屈ですからね。

 さぁ、行きましょうか?」

 

 藍子の手を引きながら器用に車椅子を走らせる。

 だが、流石にやりづらいようで途中からは藍子が車椅子を押して食堂へと向かった。

 食堂にたどり着いたのが17時過ぎで、ここで満腹にしてしまうと帰ってから夕食が食べれないので控えめにパンケーキを注文した。

 だが、直人はガッツリと注文してそれを平らげてしまった。

 直人曰く『病院食は味気なくて食べた気がしない』との事だった。

 そして、時間もいい具合に経ち、藍子はエントランスまで直人に送られながら帰路へとついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月25日 18時30分 陽だまり園

 

 藍子「ただいまー」

 

 日もすっかり落ちた頃に藍子は陽だまり園へと帰ってきていた。

 いつもなら門限である18時を過ぎている為、森からのお説教があるのだが、直人のお見舞いに行くと事前に伝えてあってそれを回避する。

 手洗いうがいを済ませ、自室へと入るとそこで妹の木綿季が頭を悩ませながら机に突っ伏していた。

 

 藍子「ただいま木綿季」

 

 木綿季「あっ、おかえり姉ちゃん」

 

 藍子「それって宿題?」

 

 木綿季「うん…。でも、この問題がどうしても解けなくて困ってるんだよ」

 

 そう言って藍子に見せたのは科学の問題集だ。

 藍子もその科目は苦手としていて受験勉強をする際もそこを重点的にやっている。

 

 藍子「あー…これねー…」

 

 木綿季「分かりそう?」

 

 藍子「…ごめんね。ちょっと分からないかな…」

 

 木綿季「そっかぁ…。じゃあ、最後の手段だよ!!」

 

 木綿季が椅子から立ち上がり廊下にある固定電話を慣れた手つきで操作し始めた。

 数コールすると、相手に繋がった。

 

 拓哉『もしもし?』

 

 木綿季「あっ、拓哉?木綿季だけどさ、ちょっと聞きたい事があって…」

 

 拓哉『なんだ?また勉強が分かんないのか?』

 

 木綿季「う…まぁ、そうなんだけど…ALO(アッチ)で直接見て貰った方が早いからお願いできるかな?」

 

 拓哉『しゃあねぇな。じゃあ、30分後にオレのホームでな』

 

 木綿季「ありがとう!!拓哉大好き!!」

 

 拓哉『へいへい…。じゃあまたな』

 

 受話器を置いて再度自室に戻ると机の方ではなくベッドに仰向けに倒れ、頭にアミュスフィアを装着する。

 

 藍子「勉強はいいの?」

 

 木綿季「ALO(むこう)で拓哉に教えてもらうんだぁ!!

 晩御飯までには戻るから!!…リンクスタート!!」

 

 木綿季は藍子を残して仮想世界へと行ってしまった。

 その様子を見て藍子は複雑な気持ちになった。

 仮想世界には悪い印象しかない。

 妹はその世界に2年間も閉じ込められ、信頼している人はその世界のせいで今は入院生活を余儀なくされている。

 だが、彼らはそんな辛い事があったにも関わらず仮想世界から距離を取ろうとはしなかった。

 直人でさえ、暇を持て余していた隠し持っていたアミュスフィアで仮想世界に向かおうとしていた。

 それは直前で藍子に見つかってしまい、アミュスフィアを没収して事無きを得たのだが…。

 

 藍子「そんなに…いいのかな?」

 

 藍子の中の好奇心が揺さぶられる。

 それを必死に止めようと藍子の自制心が奮闘する。

 

 藍子(「ダメダメ!!今年受験生なんだから遊んでる余裕なんて…」)

 

 この場にいては好奇心が高まるばかりの為、一足先に食堂へと向かった。

 食堂へ着く頃には好奇心もなりを潜め、なんとか落ち着く事が出来た。

 

 智美「あれー?藍子、もう来ちゃったの?まだ夕飯出来ないわよ?」

 

 藍子「だ、大丈夫です。ちょっと喉が渇いただけだから…」

 

 咄嗟に嘘をつく意味もなかったのだが、智美に余計な心配はかけたくないと思ったのだろう。

 藍子は冷蔵庫から牛乳を取り出し、グラスへと注ぐ。

 一気に喉へと牛乳を流し込み、喉の渇きを潤した。

 

 智美「牛乳なんて飲んだらまた喉が渇くわよ?」

 

 藍子「あ…まぁ、大丈夫ですよ。じゃあ、私は部屋で勉強しますから…」

 

 藍子はそそくさと自室へ戻る。

 アミュスフィアを視界に入れないように椅子に座り、鞄から筆記用具と参考書を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月25日 19時00分 ALO イグシティマイホーム

 

 ユウキ「あっ!やっと来たぁ!!」

 

 タクヤ「やっとって…時間ピッタシだろーが…」

 

 タクヤはユウキに誘われ、イグシティにあるマイホームへとやって来た。

 ソファーにもたれ掛かり、ユウキから早速例のものを見せられる。

 

 ユウキ「ここなんだけど…やり方がよく分かんなくて…」

 

 タクヤ「難しく考えすぎじゃねぇか?

 ここはこうしてやって、こうなるから…─」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「ありがとうタクヤ!!お陰で宿題が終わったよ!!」

 

 タクヤ「別に構わねぇよ。家で暇してたしな…」

 

 ユウキ「…寂しい?」

 

 タクヤ「はぁ?ガキじゃねぇんだから寂しくなんかねぇよ…。

 まぁ…オレがいなかった時、ナオもこんな感じだったんだなぁって思ってな」

 

 今、直人は先日の事件で1ヶ月の入院を言い渡されていた。

 必然的にその間はタクヤは家で1人という事になる。

 だが、タクヤがSAO、ALOに囚われていた2年半を直人はたった1人で生きてきたのだ。

 今になってタクヤは直人の気持ちを理解するに至った。

 

 ユウキ「…じゃあ、もうちょっと一緒にいてあげるよ」

 

 タクヤ「…悪ぃな」

 

 ユウキ「明日は学校だし、あまりいてやれないけど…大人になったらずっと一緒だからね…タクヤ」

 

 タクヤ「それはプロポーズと受け取ってもよろしいんでしょうか?」

 

 ユウキ「うーん…プロポーズの練習的な?」

 

 タクヤ「なんだそりゃ…。いつかちゃんと必ずオレからしてやるから練習しなくていいんだよ」

 

 ユウキの頭を撫でながらすっと自分の胸へとユウキを近づかせる。

 それに抵抗せず、ただ流れるがままにタクヤに身を委ねた。

 タクヤの側に居ると心が落ち着く。嫌な事や、失敗した事を全て洗い流してくれているようなそんな感覚が好きだった。

 それを生み出してくれるタクヤが大好きだった。

 いつまでもこうしていたい。いつまでも繋がっていたいと願う。

 

 

 

 ストレア「2人ばっかりずる〜い!!」

 

 

 

 タクヤ&ユウキ「「!!?」」

 

 突如、現れたストレアが勢いよく2人に飛びかかった。

 

 ストレア「私もナデナデしてほし〜い!!」

 

 タクヤ「わ、分かった!分かったから!!そんなに押さえつけないで…!!」

 

 ユウキ「お、おっぱいで息が…出来…な…い…」

 

 こうしてユウキは夕飯の時間を忘れて3人で一緒に夜を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月26日 12時25分 某中学校 図書室

 

 昼休みに入り、藍子は1人図書室で勉強をしていた。

 他の学生はまだ昼食を摂ったり、校庭に出て友達同士で体を動かしている中図書室には委員の学生を除いて藍子1人であった。

 

 藍子「…」

 

 ここで言ってしまうが藍子は決して低い成績ではない。

 どちらかと言えば成績は常に5本の指に入る程の優等生で今目指している高校の偏差値を優に超えている。

 なら、何故藍子が1人で黙々と勉強に励んでいるのかと言うと、ただ単に遊んだり、昼休みを一緒にする友達がいないからだ。

 木綿季と違い大人しく静寂を好む藍子に周りは近づきにくいのだ。

 もちろん藍子本人はそんな空気を出している訳ではない。

 幼少時から他人との付き合い方を知らなかったというだけなのだ。

 窓から校庭を除くと何人かの男女生徒が楽しく遊んでいる姿があった。

 それを見て最初は羨ましくも感じたが、決して自分から進んで輪の中に入ろうとはしない。入る勇気もない。

 

 藍子「…はぁ」

 

 そんな事を考えていては頭の中に知識など入る訳もない。

 今日は15時には学校が終わるのでそのまま直人のいる病院へと足を運ぼうかと筆記用具類を鞄へ直しながら考えていた。

 

 藍子「そう言えば…まだご飯食べてなかったっけ…」

 

 鞄の中には智美お手製の弁当が手付かずで入っており、それを見て初めて昼食を抜いていた事に気づいた。

 教室に戻り、窓際の自分の席で弁当を広げる。

 中身のおかずはどれも手の込んだ物ばかりで朝から藍子達の為に作っている智美に感謝しなければならない。

 残り時間も少ない中藍子は1つ1つ味わいながら弁当に箸をつける。

 すると、目の前に数人の女生徒がガムを噛みながらやって来た。

 

「まだ食べてなかったのね?」

 

 藍子「…あなた達には関係ないです」

 

「調子のんなし!!このブス!!」

 

 藍子「調子になんて乗ってませんし、その蔑称もやめて下さい」

 

 この女生徒達はいわゆる不良と言うものでことある事に藍子に難癖やちょっかいをかけてきていた。

 藍子もこの手の輩は相手にしなければ自然と消えていくものだと考えていたが、彼女らは執拗に藍子に絡んでくる。

 理由なんて分からない。

 だが、どこかしらで彼女らの琴線に触れたのだろう事は見て分かる。

 

「なんで今頃飯なんて食ってんの?もう昼休みおわっちゃうよ?」

 

 藍子「それもあなた達には関係ない事ですから」

 

「それがあるんだよね。教室に油くせぇ匂いが篭っちゃうじゃん?

 だからさ、アタイらが片すの手伝ってやるって」

 

 突如、彼女らが藍子の弁当を取り上げた。

 

 藍子「!!な、何するんですか!!返してください!!」

 

 だが、彼女らが藍子の言葉を聞く訳もなく、そのまま弁当の中身をゴミ箱に放り捨てた。

 

「いやーアタイらいい事したわー!礼なんていらないからね?

 アタイらクラスメイトなんだし、これぐらい普通なんだって!」

 

 藍子「…あ…」

 

 涙を流してはいけない。ぐっと堪え、弁当箱をゴミ箱の中から拾い上げ、自分の席へと戻った。

 周りからは同情の目で見られ、誰も藍子を助けに来る事はなかった。

 藍子自身もそんな事を望んでいる訳ではない。

 ただ、何も出来ない自分が情けない。

 せっかく朝早くから作ってくれた智美に申し訳ない。

 なんで自分はこんなに弱いのだろう。

 午後の授業の内容は藍子の頭を通り過ぎていくばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月26日 16時10分 横浜市立大学附属病院

 

 直人「…」

 

 藍子「…」

 

 藍子が直人の病室に来てから何も会話がない。

 単に疲れているのかと直人は考えたが、それはすぐに消えた。

 

 直人「藍子さん」

 

 藍子「は、はい!何でしょうか?」

 

 直人「…何か、辛い事でもありましたか?」

 

 藍子「え?…ど、どうして…?」

 

 直人「目の下が赤くなってる…。

 それはつまりここに来る前まで泣いていたって事でしょ?」

 

 藍子「!!」

 

 直人から鏡を渡されて自分の顔を覗き込むと、確かに目の下は赤く腫れており、表情も元気がない事を知らせていた。

 

 藍子「…」

 

 直人「僕でよかったら話してくれませんか?」

 

 藍子「…いえ、これは…私の問題ですから。

 ナオさんは体を直す事だけを考えてください…」

 

 直人「…」

 

 藍子「…じゃあ、私は今日はこれで…失礼します」

 

 そう言い残して藍子は病室を後にした。

 

 直人「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍子「はぁ…」

 

 病院のエントランスにある備え付けのソファーに腰を掛けて藍子は1人ため息をついた。

 

 藍子「心配かけないようにしなくちゃなのに…」

 

 直人や園のみんなに余計な心配をかけたくない。

 藍子にだってやらなきゃいけない事がある。

 それはみんなを心配させる事ではなく、志望校に合格してみんなに褒めてもらいたい。そして、安心してほしい。

 私はもう手のかからない子だって…、ちゃんと自分の意思で行動出来るんだよって…、もう…私は園を出ても生きていけるって…。

 

 藍子「でも…こんな事じゃ…こんなハズじゃ…」

 

 そして、次第に視界は霞み、床には涙が零れ始めた。

 必死に止めようとしても涙は溢れてくるばかりだ。

 いくら擦っても、いくら拭いても、涙が枯れる事はなかった。

 

 藍子「う…ひぐっ…うう…」

 

 すると、後ろからゆっくり優しく抱きしめられた。

 

 藍子「!!…ナオ…さん?」

 

 直人「泣かないで…。藍子さんに泣いてる姿は似合わないから…」

 

 周りの目など気にしない。

 強く、それでいて優しく抱きしめられた藍子の両目から不思議と涙が引いていくの感じた。

 

 藍子「あ…あ…」

 

 だから、私はこの人の事が好きなんだ。

 いつだって私を落ち着かせてくれる。

 いつだって私の願いを叶えてくれる。

 いつだって大事な人の為に今を生きている。

 

 藍子「…ナオ…さん」

 

 私にはない強さ…信念がこの人にはある。

 揺るぐ事のないそれは私の全てを受け入れて包み込む。

 私はこんな強さに憧れていたのかもしれない。

 知らずうちにこの人の強さに魅了されていたのかもしれない。

 

 直人「…あっ!!?す、すみませんっ!!!!」

 

 我に返った直人はすぐ様藍子から離れ、深く頭を下げた。

 直人もまさかこんな事をするとは自身もまったく考えていなかった。

 泣いている藍子の姿を見て、条件反射であのような事をしてしまった。

 藍子から怒られても言い返す言葉すらない。

 だが、藍子は怒るわけでもなく、ただじっと直人を見ていた。

 

 藍子「顔を上げてくださいナオさん…。私、怒っていませんから…」

 

 直人「いや、でも!!やっぱり女性にこんな事して男としてどうなのかと…」

 

 藍子「真面目ですね〜…。でも、私が良いって言ってるんですから。

 それに、正直嬉しかったです…。

 もうどうしようかと不安で押し潰されそうになってた時にナオさんから抱きしめてもらって…少し落ち着きました」

 

 落ち着きはしたが根本的な解決にはなっていない。

 だが、これは藍子が自身で乗り越えなければいけない壁なのだ。

 そうでないと意味をなさない。

 

 直人「藍子さん、よかったら今度退院したら付き合ってもらってもいいですか?」

 

 藍子「え?…えぇっ!!?」

 

 思わぬ誘いを受け、藍子は病院だという事を忘れて思わず声を荒らげてしまった。

 周りからの冷たい視線に気づき、ハッと口を抑える。

 

 直人「藍子さんもあんまり根詰めるとよくないですからね。

 来月の6日に退院出来るみたいなんで7日はどうですか?」

 

 藍子「え…えっと…」

 

 直人「あっ…もしかして何か予定入れてました?」

 

 藍子「い、いえ!!何にもないです!!むしろ何も入れませんっ!!」

 

 直人「じゃあ、その日で決まりですね!

 !また詳しく決まったら伝えますので…今日はありがとうございました」

 

 エントランスで直人と別れた藍子は玄関を出てふと我に返った。

 

 藍子(「こ、こ、これって…で、で、デートって言うものじゃ…!!」)

 

 そう考えただけで藍子の体温は急激に上昇し、額にはじんわりと汗が滲み出てきた。

 

 藍子「…今から緊張してどうするのよ。落ち着け…落ち着け私…。

 …落ち着けない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月26日 18時10分 横浜市立大学附属病院

 

 藍子が帰った後、直人はまっすぐ自分の病室には戻らず公衆電話である人に電話をかけていた。

 

 直人「もしもし?」

 

 拓哉『なんだ?ナオか…。どうした?』

 

 直人「ちょっと頼みがあるんだけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年06月07日 10時00分 陽だまり園

 

 そして、時間はあっという間に流れてついにこの日がやって来た。

 藍子は朝から心臓が破裂するのではと言わんばかりに緊張している。

 直人からの誘いを受けてから今日まで受験勉強など全然頭の中に入ってこなかった。

 もちろん、本気で勉強しようと気合を入れて臨んだが直人の事を頭に過ぎらせるとたちまち気合が抜けていくのだ。

 この状態で勉強しても仕方ないと近くで見ていた木綿季は感じていた。

 食堂で朝食を済ませて、直人が訪れるまでコーヒーを飲んでいると隣の席に木綿季が座る。心なしかその表情は妙に生暖かった。

 

 藍子「…何?」

 

 木綿季「ん〜?いやぁ別にぃ〜…」

 

 藍子「朝から気持ち悪いわね…」

 

 木綿季「そんな事ないよ〜…。

 いやぁ今日の姉ちゃんはいつもより綺麗だねぇ〜!!

 こんなにオシャレしてるって事は〜…」

 

 藍子「な、何でもないわよ!変な勘違いはしないでよね!」

 

 木綿季「あははっ!!姉ちゃんは分かりやすいんだから〜!!

 今日は直人とデートでしょ?楽しんできてね〜!!」

 

 思わずコーヒーでむせそうになるのを必死に堪えた。

 木綿季に文句を言おうとしたが既に木綿季は食堂を後にしていた。

 コーヒーを全て飲み干し、洗面台で身嗜みを整える。

 生まれて初めて鏡の前にこんな長時間立った事はなかったと言われるぐらい鏡に映った自分とにらめっこをする。

 そんな事をしていると玄関からインターフォンが鳴った。

 

 藍子「来た…!!」

 

 すぐ様玄関まで猛ダッシュして、扉を開ける前に最後の身嗜みを整える。

 仕上がった所で軽く深呼吸をしてから扉を開けた。

 

 直人「おはようございます藍子さん」

 

 藍子「お、おはようございます…ナオさん」

 

 直人「じゃあ、早速行きましょうか?」

 

 直人はバイクで来ているらしくヘルメットを渡され、後部座席に座る。

 髪の毛は多少崩れるが、直人の背中にくっつける機会を逃すよりは百倍もマシだと藍子は頬を赤くした。

 

 藍子「あ、あの…そう言えばどこに行くんですか?」

 

 直人「行ってみてからのお楽しみですよ。しっかり掴まっていて下さいね!」

 

 エンジンを掛け、爆音と共にバイクは走り出した。

 陽だまり園から横浜市街地に向かっている事は分かったが、市街地のどこを目指しているのか分からなかった。

 別に藍子はそこまで外を出歩いている訳でもなく、行く所は全て始めていく場所なのでさして気にはしていなかった。

 市街地は人や車が混雑している為、駐輪場にバイクを止めて徒歩で市街地を横断する。

 

 藍子「すごい賑わいですね!!」

 

 直人「今日はここでパレードがあるみたいですよ?見に行きましょうか?」

 

 藍子「見てみたいです!!」

 

 直人は藍子の手を握り、パレードのある会場へとエスコートする。

 手を握られた事で恥ずかしくなったが、周りの賑わいを聞いていると恥ずかしいよりも好奇心の方が勝ってしまった。

 それからパレードが始まり、色彩豊かなダンスや衣装に面食らいながらも直人と藍子はこの時を楽しんでいた。

 時間は既に13時を回っており、近くの喫茶店に入って軽食を摂って腹を満たした。

 それから水族館へ行き、2人は時間を忘れて楽しい一時を過ごした。

 楽しい時間というものはあっという間に流れてしまう。

 水族館を出ると日は沈み、星々が暗闇を優しく照らしていた。

 

 直人「もうこんな時間ですか…」

 

 藍子「楽しい時間って経つのが早いですからね…」

 

 楽しい時間もここまで。

 直人と別れるのは辛いがまた明日からは勉強の毎日だ。

 すると、直人が言った。

 

 直人「…最後に1箇所だけ寄ってもいいですか?」

 

 藍子「かまいませんけど…どこに行くんですか?」

 

 直人「まだ内緒です。近くだからそんなに時間はかかりませんから」

 

 そう言って藍子は直人に付いていき、近くの家電量販店へとやって来た。

 中に入ってもやはりと言った感じでレンジや冷蔵庫などの家電がズラリと並べられている。

 

 藍子(「何か家電を買うのかな?」)

 

 だが、直人は家電売り場を通り過ぎ、その奥に設けられているゲームコーナーへと足を進ませた。

 

 直人「あ…あったあった」

 

 藍子「?」

 

 直人がある物を見つけるや否やすぐにレジへと向かい会計を済ませた。

 そして、藍子の元に戻ってくると紙袋を藍子に差し出す。

 

 藍子「え、えっと…」

 

 直人「これを…藍子さんに貰ってほしいんです」

 

 藍子は恐る恐る紙袋を受け取り、中身を取り出してみた。

 するとそれは決して忘れられない悲しい思い出を作り出した元凶と言っても過言ではないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍子「アミュ…スフィア…」

 

 

 

 

 

 それは妹を閉じ込め、最愛の人を傷つけた物。

 何故、直人がこれを贈ってくれたのか分からないがそれでもやはりこれにはいい思い出はない。

 

 藍子「なんで…これを私に…?」

 

 直人「なんと言いますか…木綿季さんからちょっと話を聞いたんです。

 木綿季さんがALOに行く時、一瞬だけ表情が変わるって…」

 

 藍子「木綿季が…」

 

 直人「受験も控えてますし、なかなかプレイは出来ないのは重々承知の上なんですけど…。

 本音を言えば僕は藍子さんと一緒にALOをやってみたいです!!」

 

 藍子「でも…私は…」

 

 これは悪魔の機械だ。妹はこれのせいで2年も閉じ込められた。

 直人はこれのせいで体をボロボロにされた。

 羨ましいと感じたのは確かだ。

 だが、やはりこれは藍子にとっては大事な人を傷つける物としか見ていない。

 多分、直人も朧気ながらも藍子の気持ちには察しているだろう。

 だから直人がこれを藍子に渡す本当の意味が分からない。

 

 藍子「私は…やっぱり…」

 

 直人「…学校で何かあったんですか?」

 

 藍子「え?」

 

 直人「前に藍子さんが泣いた時、凄く悲しくて、悔しそうな顔をしていました。その前の日にはそんな事はなかったのに…。

 だとしたら病院に来る前学校で何かあったと思いました…」

 

 藍子「…」

 

 確かにその日は悲しくて悔しい事があった。

 手間暇かけて作ってくれた物を無残にも捨てられ、それを必死に止めきれなかった。

 そんな事をした人達が許せなくて、そんな事すら止められない自分が許せなくて、あの日、藍子は泣いてしまった。

 ずっと抑えていた気持ちが溢れ出したかのように涙を流した。

 

 直人「僕は藍子さんの悲しんでる姿は見たくない。

 藍子さんにはいつも笑顔でいてほしい…。

 何かあるなら僕に相談してほしい。

 どんな事でも1人で抱えるには無理がある…。

 でも、それを他の誰かが一緒に抱える事だって出来る。

 仮想世界にはそういう助け合いや絆を学ぶには丁度いいと思います!」

 

 藍子「助け合い…」

 

 直人「確かに、中には人格が変わったりルールを無視する人はいます。

 それも人間の在り方の1つだと考えています。

 でも、あそこで強くなれれば現実でも強くなれるんです!!

 心を強くすれば今まで見えなかったものが見えてくるかもしれません」

 

 藍子「見えなかったもの…」

 

 直人「だから、一緒に始めませんか?

 最初は僕がちゃんと手解きします…。どうですか?」

 

 差し伸べられた手を掴むと1人では立っていけないような気がした。

 だが、本当はそれでもいいのかもしれない。

 これは自分の問題だ。これは周りには迷惑をかけられない。

 そう思うのは当たり前でそれが普通だとどこかで悟っていた。

 でも、助けを呼んで…誰かが助けに来てくれるのなら…。

 躓いても誰かが手を差し伸ばしてくれたら…どんなに嬉しいだろう。

 そうだ。人は誰も1人では立てないのだ。

 誰かが手を掴んでくれるから、手を引っ張ってくれるから前に進める。

 人と人は見えない糸で何重にも張り巡らされ、そして繋がっていくのだ。

 今、差し伸べられた手を振り切るのは簡単だ。

 しかし、差し伸べる意志を伝えるのは難しい。

 その人の苦悩を自分も背負う覚悟がなければいけないからだ。

 

 藍子(「ナオさんは…あんな事があっても…あの世界を…」)

 

 どんなにそこで傷つけられても直人も妹である木綿季も決してあの世界を手放そうとはしなかった。

 その根源にある物は違くても、あの世界を愛するという気持ちは一緒なのだろう。

 だからこそ、彼らはあの世界に降り立つのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍子「…私にも…」

 

 

 直人「!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍子「私にも…出来ますか?」

 

 

 直人「…僕が責任を持って…必ず藍子さんに仮想世界はすごいって言わせてみせます!!」

 

 こうして梅雨の淡い一時は次なる舞台へと移すのだった。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
なんか書きながら文才乏しい自分に涙が出ます。
頭では理解してるんですが、文字に起こせないという典型的な奴w
評価や感想などありましたらよろしくおねがいします!


では、また次回!


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【46】踏み入る藍色の少女(中編)

という訳で46話目です!
意外に書いていたら長くなりそうなので3話にかけて書く事になりました。
今回はその中編になります。
評価、感想などよろしくお願いします!


では、どうぞ!


 2025年05月28日 18時00分 ALO闇妖精族(インプ)

 

 闇妖精族(インプ)領の街は昼夜問わず暗闇に包まれており、他の種族の街と違って暗いイメージを持たせる。

 そう言う理由も相まって闇妖精族(インプ)を選ぶプレイヤーは影妖精族(スプリガン)に次いで人気がなかった。

 だが、物好きが集まるのがVRMMOゲームだと言っても過言ではない。

 ましてや、現実と隔離された仮想世界なら"もう1人の自分”を作り、演じる(ロール)事も可能だ。

 そして、またここに1人…闇妖精族(インプ)領の転移門から光と共にこの世界に降り立った少女がいた。

 

「…ここが…ゲームの…アルヴヘイム・オンラインの世界…」

 

 街には妖精特有の尖った耳、ファンタジー世界でよく見る服装や髪の毛、RPGゲームになくてはならない剣や盾。

 本当の別世界に初めて降り立った少女はただ一言…

 

「夢の世界みたい…!!」

 

 少女自身も街を闊歩するプレイヤー同様の姿をしていて、店のショーウィンドウを鏡がわりにして自分の姿を見て恥ずかしくなりながらも物珍しそうに凝視する。

 

「…髪の毛…長過ぎないかな?」

 

 ALOではアバターはランダムに作成される為、ログインするまでは自分がどのような姿をしているか分からない。

 また、アバター作成時に課金(リアルマネー)すれば容姿を自分好みに出来るのだが、少女はまだ義務教育すら終えていない身である為、その選択は自動的に削除される。

 少女の容姿は現実世界の肉体とほぼ同じで違う点と言えば、髪の毛の長さや色、目の色などだ。

 街灯の明かりが少女を照らし、藍色に輝くその姿は妖艶という言葉が当てはまるだろう。

 通行人も少女の姿を見て、足を止める程の魅力を醸し出していた。

 ランダム作成とは言え、少女は間違いなく当たりを引いただろう事は明白であり、注目の的になっているのに気づかないまま自分の姿に魅入っている。

 

「私じゃないみたい…」

 

 腰に吊るされた片手用直剣を鞘から抜き、刀身を明かりに当てながら鈍く光らせた。

 それはあまりにも美しく、現実では到底出来ないであろう感動を味わった。

 まさか、ここまで感動したのは初めてかもしれないと記憶を掘り返しながら呟いた。

 少女は最初、仮想世界やVRMMOゲームをあまり良くは思っていなかった。

 たかがゲームで意識を完全に遮断するリスクも計り知れないし、現実では死なないとは言え、ゲーム中に死ねばそれが後々トラウマになる可能性だって捨てきれない。

 だが、それを踏まえても皆はVRMMOゲーム…仮想世界を求めて旅立つ。

 少女も誘われなければこの世界にはいない。

 誘われなければこの感動を味わう事もなかったハズだ。

 そして、少女はこの世界で1つの誓いを立てた。

 

「仮想世界の私も…現実世界の私も…もっと強くならなきゃ…!!」

 

 自分を変える為、自分の世界を広げる為、少女は剣を持って前に進む事を誓った。

 それはある人から後押しして貰ったから。

 その人のおかげで少女にも勇気を持って前に進めたから。

 

「だから頑張らないと…!!」

 

 剣を鞘に収めて、視界に映っている時刻を見ると待ち合わせ時間が迫っている事に気づき、元いた転移門前に急いで移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと…ここで合ってる…よね?」

 

 転移門前に移動した少女は辺りを見渡しても誰が待ち合わせをした人か分からなかった。

 それもそのハズだ。その待ち合わせしている人の現実世界での顔は知っているものの仮想世界での顔を見た事がないからだ。

 ましてや、少女はVRMMOゲームはALOが初めての為、右も左もわからないような初心者(ニュービー)

 何をすればいいのかも分からず、周りをキョロキョロしていると、3人組の男性プレイヤーが少女に近づいてくる。

 

「もしかして君、初心者?」

 

「え?あ、はい…そうですが…」

 

「なんならさ、俺達がいろいろレクチャーしてあげるよ!」

 

「あ、わ、私…別の方と待ち合わせしてまして…」

 

 明らかにナンパされている事に気づき、男性プレイヤー達から離れようとすると1人が道を塞ぎ、3人で少女を囲んだ。

 

「まだ来てないみたいだしちょっとの間なら問題ないって!」

 

「で、でも…」

 

「いいからいいから話しなら向こうのカフェにでも出来るからさ!」

 

 少女の手が強引に引っ張られ、振り解こうにも力が強くてビクともしない。

 前にも現実世界でこういう事があった。

 その時はある人から助けてもらって事なきを得たが今は誰も頼る人が周りにいない。

 

(「これじゃあ何も変わらない…変わらなきゃいけないんだ…!!」)

 

 尚も引き続ける手を体を使って強引に振り解き、3人から距離を取る。

 

「あの…!!他の人を待っているので…帰ってください!!」

 

「初心者のくせに生意気だぞ!!」

 

「ひぃっ!?」

 

「俺達もここいらじゃ結構有名なんだぜ?

 付いてきて損は無いだろ?まぁ、タダでとは言わないけどな…」

 

 先程までとは口調も空気も違う。

 少女を連れていく為にわざわざ猫を被っていたのだ。

 その事に今になってようやく気づいた少女は後ずさりながら男達から距離を保つ。

 だが、とうとう少女は壁際まで追い込まれた。

 

「!!」

 

「もう逃げられないなぁ」

 

 薄気味悪い笑い声と共に男の手が少女に伸ばされる。

 

「いや…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、何も無いハズ場所から4人目の手が伸ばされ、少女を庇った。

 

「!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いですけど、僕の連れなんで手を出さないで下さいますか?」

 

「!!…あ…」

 

「な、なんだお前はっ!!?」

 

「手を出さないで下さいと言ってるんです」

 

「ひっ…わ、分かった!分かったから手を離してくれ!!?」

 

 そう言って男達の手を離してやると翅を羽ばたかせ空の彼方へ飛んでいった。

 

「ふぅ…大丈夫でしたか?」

 

「な…な…な…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナオさぁぁぁぁぁんっ!!!!」

 

 

 

 カヤト「おっと…やっぱり藍子さんでしたか…。

 雰囲気が似てたからもしかしたらと思ったんですけど」

 

 藍子「また…助けられちゃいましたね…!!」

 

 カヤト「これぐらいならいくらでもしますよ。

 あっ、それよりここじゃナオじゃなくてカヤトって呼んでください。

 リアルの情報はNGですから」

 

 藍子「あ…そ、そうでしたね。すみません…気が動転しちゃって…」

 

 幸い周りにプレイヤーなどはいなかった為、心配する程の事でもないが念には念を入れていた方が動きやすい。

 

 カヤト「それで藍子さんはキャラネームはどうしたんですか?」

 

 ラン「私は…"ラン”にしました。天真爛漫のランです…。

 そうなりたいって祈りを込めて付けたんです…!!」

 

 カヤト「いい名前だと思いますよ。それじゃあ、行きましょうか?」

 

 ラン「はい!!」

 

 こうして2人は商店通りへと移動した。

 それを草薮からこっそりと窺っていたプレイヤーが2人いた。

 

「行ったな…」

 

「行ったね…」

 

「ねぇ?どうして隠れてるの?」

 

「そりゃあ…その…なんだ…えーと…」

 

「2人の邪魔しちゃ悪いでしょ?せっかく良い雰囲気なんだからさ…」

 

「え〜!!そうなのぉ〜!!」

 

「「声がでかいっ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月28日 18時40分 ALO 闇妖精族(インプ)領荒野フィールド

 

 カヤトとランは装備を新調して領地を出た。

 この周りなら初心者でも比較的に狩りやすく、熟練度上げや動作を教えるのに都合が良い。

 

 カヤト「じゃあ、とりあえずは動きの確認からですね」

 

 カヤトは装備を両手長柄から武器屋で買った刀へと変えた。

 理由はランが主武装(メインウェポン)に刀を選んだ為である。

 本来ならば刀使いであるクラインか剣道有段者のリーファに教えてもらう方がいいのだが、彼らは今、各々の領地にいる為闇妖精族(インプ)領までの道のりを考えたらカヤトが教えた方が早い。

 また今度央都アルンに集まる予定なので細かい動作の修正はその時にでも教えてもらえばいい。

 ランもカヤトとお揃いの刀を鞘から抜き、自分なりに構えを取る。

 

 ラン「こ、こんな感じですか?」

 

 カヤト「握り手が逆ですね。後、鍔に密着させないで持ってみてください」

 

 刀を使った事がなくても、剣道の握り方と比較的には一緒だ。

 カヤトは現実世界(リアル)で少しだけ剣道をかじっていたのでそれくらいの指摘は出来るのだ。

 

 カヤト「そうです。じゃあ振ってみてください」

 

 カヤトに言われた通りランは数回刀を振る。

 初心者にしては中々様になっていて、そこはやはり"絶剣”と謳われたユウキの姉妹だけはあるとカヤトは素直に感心していた。

 

 ラン「刀って…結構重たいんですね…」

 

 数回だけ振ったにも関わらずランは肩で息をしている。

 普段体を動かさないランにとってはかなりきつい事だろう。

 そこはもう慣れていくしか改善策はないので仕方がないが。

 

 カヤト「まぁ、初心者は最初は刀を選ばないって言いますからね」

 

 ラン「そうなんですか?じゃあ、別の物に変えた方がいいですか?」

 

 カヤト「いや、別に構いませんよ。

 ランさんがそれが気に入ったのならそれを使うべきです。

 主武装(メインウェポン)をコロコロ変えるのはあまりオススメしません」

 

 慣れていない物よりも使いやすい物を選ぶという選択もあるが、それはあくまである程度の実力がある者がとる選択だ。

 VRMMOゲーム自体初めてのランに何が使いやすいのか判断する力はまだない。

 全てが0の状態なら無闇に武器を変える必要がない。

 

 カヤト「刀は腕で振るというより、振られるって感覚です。

 片手用直剣と違って刀身も長いですし、重量もそれなりにある。

 最初の内は体を引っ張られますが慣れてくれば自在に振れるようになりますよ」

 

 ラン「へぇ…ナオ…じゃなかった。…カヤトさんは何でも知ってるんですね!」

 

 カヤト「基本的な知識だけですけどね。

 応用や細かい所は僕にも分かりません」

 

 ラン「でもすごいです!

 普段使ってる物でもないのにそこまで把握してるなんて!

 やっぱりカヤトさんに教えてもらえて嬉しいです!!」

 

 カヤト「そ、そうですか?そう言われると照れますね…。

 僕に出来る範囲でランさんにみっちり教えますので覚悟してくださいね?」

 

 ラン「う…ほ、程々でお願いします…」

 

 2人は顔を見合わせて同時に笑った。

 その光景を近くの岩陰でこっそりと覗き見る先程の3人がいた。

 

「なんか楽しげだな…」

 

「やっぱりあの2人はお似合いだよ!ね?ストレア」

 

 ストレア「そうだね〜。なんかこっちまでキュンキュンしちゃうよ!」

 

 そう…岩陰でカヤトとランを覗いていたのはタクヤとユウキ、ストレアである。

 タクヤもユウキも今日の事を聞いていた為、面白そうだからこっそり様子を見る事にしたのだ。

 

 タクヤ「にしても段々飽きてきた…」

 

 ユウキ「何言ってるのさ!これからがいい所なのに!」

 

 ストレア「そうだよ!タクヤは女心が分かってないんだから〜」

 

 タクヤ「オレ女じゃないもーん」

 

 ユウキ「はいはい…タクヤは昔からそうだもんね」

 

 そうこうしている内にいよいよランの初めてのモンスター狩りの時間がやってきた。

 現れたのは狼型のモンスターで素早い動きをするのが特徴だが、攻撃する時だけ動きが止まるという弱点がある。

 初心者にも優しい難易度なのでカヤトの言う通りにすれば容易く倒す事が出来るハズだ。

 

 カヤト「じゃあ、教えた通りにあのモンスターを倒してみましょうか?

 僕がタゲを取ってくるのでここで待っていてください」

 

 ラン「は、はいっ!!」

 

 元気よく返事をするも、初めてのモンスターとの戦いに緊張してしまい、刀の切っ先が震えてしまっている。

 

 タクヤ「だ、大丈夫か?」

 

 ユウキ「大丈夫だよ!!ボクの姉ちゃんなんだし、いざとなったらカヤトがカッコよく助けてくれるよ!!」

 

 ストレア「頑張れ〜!!」

 

 気づかれないようにタクヤ達もランの初バトルを応援する。

 カヤトがタゲを取り、ランのいる元へと誘導した。

 モンスターは一直線にランの元へ向かってくる。

 

 ラン「大丈夫…大丈夫…大丈夫…。教えられた事をそのまますればいいんだから…」

 

 モンスターがランに到達するまで後10秒。

 その間に息を整え、気持ちを落ち着かせる。

 モンスターもランの存在に気づき、標的に定めた。

 

 カヤト「ランさん!!今です!!」

 

 ラン「っ!!」

 

 合図と同時に前に出た。

 距離が一気に縮まり、モンスターが攻撃態勢に入る。

 その瞬間を狙ってランの刀が真っ直ぐ振り下ろされた。

 刀身はモンスターの頭を捉え、そのまま真っ二つにする。

 即死判定が出て、モンスターはポリゴンへと四散した。

 

 ラン「や、やった…やりましたぁぁっ!!!」

 

 カヤト「おめでとうございます!!凄く良かったですよ!!」

 

 ラン「ありがとうございます!!これもカヤトさんのおかげです!!」

 

 歓喜のあまりその場で飛び跳ねていたランをカヤトは微笑みながら一緒に喜んでいた。

 

 ユウキ「やった!!さすが姉ちゃん!!」

 

 ストレア「すご〜い!!」

 

 岩陰でもユウキとストレアがハイタッチをしてランの初勝利を喜んだ。

 

 タクヤ「初心者にしては見事だったな」

 

 ユウキ「だから言ったでしょ?ボクの姉ちゃんは強いんだから!!」

 

 タクヤ「後はどこまで慣れてくるかだな」

 

 ALOはプレイヤースキルを重視したゲームである為、運動能力がある程度必要になってくる。

 その為、普段から体を動かしていない者には結構キツイ仕様になっていた。

 これからランもその壁にぶち当たるだろうが、カヤトが共にいれば問題はない。

 

 カヤト「今の動きを忘れないでくださいね?

 じゃあ、後3,4匹倒したら今日はもう終わりましょうか?」

 

 ラン「はいっ!!」

 

 それからもランはカヤトの教え通りの動きが出き、モンスターを倒す度に段々この仮想世界にのめり込むようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年05月28日 20時10分 陽だまり園紺野姉妹自室

 

 ALOからログアウトした藍子はアミュスフィアを取り、しばらく天井を見ながらゆったりしていた。

 

 藍子「あれが仮想世界なんだ…。

 すごく綺麗でドキドキして楽しかった…」

 

 木綿季「ね?仮想世界も中々良いでしょ?」

 

 藍子「わぁっ!!?」

 

 いきなり隣に顔を現した木綿季に藍子は驚き、思わず壁に頭をぶつけてしまった。

 

 藍子「いったぁ…」

 

 木綿季「大丈夫?姉ちゃん」

 

 藍子「木綿季!!急にビックリするじゃない!!」

 

 木綿季「ごめんごめん!で、どうだったの?直人とのALOデートは?」

 

 藍子「で、デートじゃなくて私はナオさんに戦い方を教えて貰ってただけで…」

 

 頬を赤くしながらも藍子は心の中であれがデートならどれだけ良かっただろうと思ってしまった。

 直人にその気がなかろうと2人っきりでいられた事に堪らなく幸せだった。

 

 木綿季「そういう割には顔が真っ赤だよ〜?いい事でもあったの〜?」

 

 藍子「な、ないないないない!!別に何もないからっ!!

 ほ、ほら!!そろそろ食堂行かないと先生に怒られちゃうよ!!」

 

 藍子は逃げるように自室を後にした。

 

 木綿季「ったくー…姉ちゃんもシャイなんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年06月04日 14時30分 横浜市内某喫茶店

 

 あれから1週間が経った。

 カヤトの指導の元、ランは領地の近くのフィールドで修練に励み、実力が伴い始めると2人で簡単なクエストなどにも出掛けた。

 2人で多くの時間を共有出来る事にこの上ない満足感に満ちていたランはカヤトがいない日でも修練を怠らないように頑張ってきた。

 それはもちろん、カヤトに褒められたいというのもあったろう。

 だが、それだけではない。

 ランがALOに来たのは現実世界の藍子も強くならなければいけないからだ。

 内気で引っ込み思案な性格を少しでも直したい。

 ダメな事はダメだとはっきり言える人間になりたいと強く思ったからだ。

 だからこうして自分を鍛える事を欠かさない。

 それが仮想世界でも現実世界でも藍子/ランが強くなると信じているから。

 かと言ってALOばかりしている訳ではない。

 現実世界の藍子は受験を控えている身である。

 直人もそれは知っている為、ALOを始めて以降陽だまり園や喫茶店などで藍子の勉強を見ている。

 現役高校生で市内じゃ有名な進学校に通っている直人を家庭教師として藍子の勉強を見てあげたらと直人の兄である拓哉が気を利かせてくれた。

 

 直人「藍子さんはどこの高校を目指してるんですか?」

 

 藍子「え?」

 

 昼下がりの喫茶店で直人と藍子は試験勉強に勤しんでいた。

 1口大好きなココアを含んでいると、不意に直人から聞かれた。

 

 直人「いや、これだけ出来るならここら辺の学校には簡単に受かると思ったんですけど、もっと上を目指してるんですか?」

 

 藍子「いえ、そこまでレベルの高い所は目指してないんですけど…公立の高校に行きたくて…」

 

 直人「それなら尚更こんなに根詰める程やらなくても今でも十分じゃないですか?」

 

 直人は藍子の学力を知る為に5月に行われた中間考査のテストを見せてもらったがその点数が全て平均以上という結果を出していた。

 これだけの学力があるなら根詰める程勉強をする必要がない。

 事実、横浜市内の公立高校なら少し点数を稼ぐだけで選び放題だと直人は思った。

 

 藍子「私…これ以外にやる事ってALOぐらいしかないですから…。

 なんだか自然と勉強しちゃってるんです…。

 それに試験も何が起こるか分からないでしょ?

 やれるだけの事はやっておきたくて…」

 

 直人「そうだったんですか。

 これだけやれれば藍子さんならどこにでも行けますよ!」

 

 藍子「ありがとうございます。

 そう言えばナオさんはどこの高校に通ってるんですか?」

 

 直人「実は僕も公立なんですよ。まぁそれなりに偏差値が高かったんですけど…」

 

 藍子「じゃあ、私もそこにしようかな…」

 

 直人「何か言いました?」

 

 藍子「あぁ!いえ!何でもないです!!あはは…」

 

 直人「?」

 

 それから2人は夕方まで勉強をして喫茶店を後にした。

 そして、いよいよ今日はALOで直人と2人で央都アルンまで出掛ける事になっている。

 闇妖精族(インプ)領から離れた事のない藍子にとってはまさに大冒険が待ち構えているに違いない。

 タクヤとユウキ、ストレアは世界樹の上にあるイグドラシルシティにいる為、残りのメンバーがそこに集まって一緒にクエストをしようと計画しているのだ。

 

 直人「じゃあ、今日の19時に転移門前に集合でいいですか?」

 

 藍子「はい!楽しみにしてます!!」

 

 直人と別れてからすぐに陽だまり園へと帰り、早速準備に取り掛かる。

 アルンまでの道のりは1日以上かかると直人から事前に聞いていた為、回復アイテムや装備の耐久値の確認とやる事はたくさんある。

 ログインする前に夕食がある為、残された時間は短い。

 食堂に集まりみんなで夕食を食べている中藍子だけ皿に盛られた料理を素早く口の中へと運んでいく。

 

 智美「藍子ちゃん、もうちょっと落ち着いて食べたら…?」

 

 藍子「す、すみません…」

 

 木綿季「そんなに早く直人と会いたいんだね〜。

 さっきまでいたのにもう寂しいのかな〜?」

 

 藍子「そ、そんなんじゃ…!!」

 

 智美「なになに?直人君とデートなの?やるじゃない藍子ちゃん!」

 

 森「そうなのか?」

 

 藍子「だ、だからそんなんじゃないですってばっ!!

 ご馳走様でした!!」

 

 藍子は全て平らげ自室へと逃げるように向かった。

 食堂ではケラケラ笑う智美と木綿季に呆れながら森や他の子供達が料理を食べている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年06月04日 18時55分 ALO闇妖精族(インプ)領 転移門前

 

 諸々の準備も済ませ、ランは転移門前へとやって来た。

 すると、そこには既にカヤトが立っていた。

 

 ラン「すみません!遅くなっちゃって…」

 

 カヤト「まだ集合時間前ですからいいですよ。準備は大丈夫ですか?」

 

 ラン「はい!ポーションも持てるだけ持ってきましたし、武器も耐久値MAXまで回復させてます!!」

 

 カヤト「準備万端ですね。じゃあ、行きましょうか?

 この先何が起きるか分からないので充分に注意してください」

 

 ラン「はい!!」

 

 そう言って2人は翅を羽ばたかせ、一気にルグルー回廊まで飛んでいった。

 ランはまだ始めて間もない為、コントローラがないと飛べないが、カヤトが初めてアルンに行った時を考えたら今回は随分と早い。

 だが、空中にもワイバーンやイビルグレイサーという飛行型のモンスターも数多く生息している為、危険がなくなる事はない。

 空中戦闘(エアレイド)に慣れていないランを後衛において、前衛をカヤトが引き受ける。

 両手長柄による乱れ突きで瞬く間にHPは全損した。

 それ以降も何度か戦闘を重ねて1時間が経った頃にはルグルー回廊の入口にたどり着いた。

 

 カヤト「今は20時前か…。ランさん、今日は何時まで大丈夫ですか?」

 

 ラン「えっと…明日は日曜ですから遅くても1時までなら大丈夫だと思います」

 

 カヤト「じゃあ、今日中にはアルンに着きそうですね」

 

 カヤトが詠唱を始め、2人に暗視魔法が付与される。

 闇妖精族(インプ)は他の種族より暗視能力に長けているが、ルグルー回廊の中は闇妖精族(インプ)でも暗視魔法を掛けなければ先に進む事が困難だ。

 回廊の中へ進んでいくとモンスターとも遭遇する。

 ランは初めて見たモンスターに戸惑うが、カヤトの的確な指示によってぎこちないがモンスターを屠る事が出来た。

 刀スキルの熟練度もこの道中にみるみる上がっている。

 

 カヤト「ランさんの刀…そろそろ使いずらくなってませんか?」

 

 ラン「スキルが上がってから刀が上手く振れないんです…」

 

 カヤト「性能は店売りですからね…。鉱山都市にも武器屋がありますからもっと性能のいい刀を買いましょうか?」

 

 ラン「そうですね!」

 

 そうこうしている内に鉱山都市に繋がる1本の長い橋の前までやってきた。

 

 カヤト「この橋を渡れば鉱山都市ですからもう少し頑張りましょう!!」

 

 ラン「はい!!」

 

 橋を渡ろうとした瞬間、橋の下の湖から巨大な水飛沫が上がった。

 

 カヤト&ラン「「!!?」」

 

 水飛沫と共に上がった巨大な影が橋の上へと降り立つ。

 

 カヤト「…ヤバイ…」

 

 ラン「え?」

 

 カヤト「ランさん…今の内に逃げて下さい!!」

 

 カヤトとランの目の前にいるのはルグルー回廊で最も危険な海竜であった。

 本来ならば陸に上がって来る事はないのだが、目の前の現実を受け止められない程馬鹿でない。

 ランを連れた状態じゃあの海竜には歯が立たない事を察したカヤトはランに逃げるように指示した。

 

 ラン「あ…あ…」

 

 カヤト「ランさん!!僕が時間を稼いでいる間に早く逃げて!!」

 

 ラン「で、でも…それじゃあ…カヤトさんが…」

 

 初めて見るネームドモンスターに恐怖しながらも刀を抜き、構える。

 それを見た海竜はランにターゲットを絞り強靭な牙を放った。

 

 ラン「!!」

 

 カヤト「させるかっ!!」

 

 両手長柄で海竜の攻撃を防御する。

 だが、海竜もそれをお構い無しに振り切った。

 激しい土煙が舞いカヤトはランの遥か後方へと飛ばされてしまった。

 

 ラン「カヤトさん!!」

 

 瞬間、体の芯まで揺らす程の咆哮を放った海竜が勢いをつけてラン目掛けて突進した。

 それを辛うじて避けるが、突進の際に生じた衝撃波で橋に叩きつけられてしまった。

 

 ラン「かっ」

 

 体の中の酸素が全て吐き出され、背中に軽い痛みが走る。

 これがもし現実世界だとすれば確実に骨が砕かれていただろう。

 ペインアブソーバ機能が働いているとは言え、それでも恐怖を刷り込むには充分だ。

 

 カヤト「くそっ!!」

 

 海竜の背中へと飛び移ったカヤトが両手長柄を所構わず乱れ突いた。

 だが、海竜のHPは数ドットしか削られず、カヤトの存在に気づいた海竜も背中から振るい落とす為に体を暴れさせた。

 

 カヤト「くっ!!?」

 

 両手長柄を背中に突き刺し、振るい落とされるのを我慢するが、このままじゃいずれ殺られる。

 そしてとうとう両手長柄は無理やり抜かれ、カヤトは空中で無防備な状態になってしまった。

 

 カヤト「っ!!?」

 

 ラン「カヤ…ト…さん…」

 

 刀を支えにその場に立つが依然として海竜はカヤトに攻撃し続けている。

 

 ラン(「早く…カヤトさんを…助けないと…。でも、私に出来るの?」)

 

 カヤト「はあぁぁぁっ!!!」

 

 ラン「!!」

 

 カヤトは紙一重の所で海竜の攻撃を退けているがいつまでもそれが続く訳がない。

 徐々に攻撃を捌き切れなくなってきたカヤトに海竜が重い一撃を放った。

 

 カヤト「ぐはっ!!?」

 

 一気にレッドゾーンにまで落ちた上に一時的行動不可(スタン)になり、カヤトは身動きが取れない状況に陥った。

 

 ラン「カヤトさんっ!!」

 

 カヤト「早く…逃げて下さい…!!ランさん…!!」

 

 ラン「!!」

 

 あんなボロボロになってまで、自分が殺られてしまうかもしれないのにまだカヤトはランを守ろうとしていた。

 

 ラン(「何…やってるの…!!私は強くなるって…決めたのに…!!

 守られてばかりじゃない…!!」)

 

 この戦いで誰が悪いとかはない。

 ただ偶然が重なり、悲劇に変わってしまっただけだ。

 だが、それに勇気を振り絞って立ち上がるのか、自分の身可愛さに背を向けて逃げるのかはその人次第。

 カヤトはすぐに立ち上がり、挑んでいった。

 ならランはどうだ?

 カヤトばかりに戦わせ、自分は体を震わせてその場に立っているだけ。

 戦いもせず、逃げもせず、その場に留まってあきらめていたのではないか。

 どんなに心で思おうともそれを体現しなければ意味を為さない。

 

 ラン(「私は…私は…私は…」)

 

 このままでいいハズがない。

 助けなければ…動かなければ何にも変わってないのと同じだ。

 変わらなくちゃ…強くならなくちゃいけない。

 

 ラン「…はぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 カヤト目掛けて振り降ろされた爪をランの刀が薙ぎ払う。

 仰け反り(ノックバック)が生じ、海竜はその巨躯を支えられずその場に倒れた。

 

 カヤト「ランさん…なんで…?」

 

 ラン「私は…強くなりたいんです。

 カヤトさんを置いてなんて…出来ません。

 今度は私が…カヤトさんを守ります!!」

 

 カヤト「…」

 

 刀が震えている。ランもまだ恐怖を克服した訳ではない。

 ただ、守りたいから…強くなりたいから…この場所に立っている。

 もう退いたりなどしない。仲間を…愛する者を置いて逃げ出すような事は絶対にしない。

 ランの目からそう訴えるかのように震えを止めて、刀の切っ先を海竜に向ける。

 再び起き上がってきた海竜は興奮し、鼓膜が破れるんじゃないかと思わんばかりの咆哮を上げながら突進してきた。

 

 カヤト「ランさん…!!」

 

 ラン「…!!」

 

 受け止められるとは思わない。だが、だからと言って退かない。

 もう決めた事だ。カヤトを守ると。互いに背中を預けられぐらいに強く生きると誓ったから。

 海竜との距離がみるみる縮んでいく。2人は死を覚悟した。

 

 ラン「…カヤトさん」

 

 カヤト「!!」

 

 ラン「私は…あなたの事が…─」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく頑張ったな…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、海竜は顎を大きく上げ、湖の中へと落ちていった。

 

 

 ラン&カヤト「「!!?」」

 

 何が起きたのか分からない。

 誰かの声がしたかと思えば海竜が体を大きく仰け反らされ、湖へと落ちていった。

 

 ラン「…あれ?」

 

 カヤト「まさか…」

 

 湖から舞い戻ってきた海竜が顎に攻撃を加えた敵を凝視する。

 カヤトとランから50m程離れた場所にカヤトが見慣れた後ろ姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「いつまで寝てんだよ?…カヤト!!」

 

 

 

 

 カヤト「兄さんっ!!?」

 

 ラン「え?…タクヤ…さん?」

 

 再会を喜んでいる間もなく、興奮した海竜がタクヤを噛み殺そうと口を開け、ギラリと光らせた牙で襲い掛かった。

 

 ラン「危ない!!」

 

 タクヤ「…」

 

 土煙が辺り一帯を包み、視界を遮る。

 

 ラン「タクヤさんが…」

 

 カヤト「いや、大丈夫ですよ…」

 

 ラン「え?」

 

 土煙が次第に晴れてくると、海竜の口からは橋の瓦礫しか現れず、タクヤの姿はどこにもなかった。

 海竜もタクヤを探して辺りを見渡すがどこにもいない。

 すると、突如海竜の頭が橋に埋もれるように衝撃が加わった。

 

 タクヤ「ったく…あんまり調子にのんなよな」

 

 カヤトとランが2人がかりでやっと1本削った海竜のHPは既にイエローに差し掛かり残り1本と半分の所まで来ていた。

 

 ラン「す、すごい…」

 

 カヤト「規格外にも程がある…」

 

 すると、2人に緑色のエフェクトが現れた。

 HPが回復している為、回復魔法をかけている事は分かったが、誰がしているのかまでは一瞬分からなかった。

 

 リーファ「あの海竜に2人で挑むなんて…無茶すぎるよ」

 

 カヤト「リーファさん!!それにみんなも…!!」

 

 ラン「ユウキ…!!?」

 

 ユウキ「もぉ〜!ボクの姉ちゃんながら無茶ばっかりして!!」

 

 ストレア「でも、もう大丈夫だよ〜。みんなでアレを倒そう!!」

 

 キリト「アイツが1人でやっちゃってるけどな…」

 

 そこにはユウキにストレア、キリト、リーファの4人がいた。

 HPを全回復してもらった2人がリーファに礼を言うと改めてカヤトは何故ここにいるのか尋ねた。

 

 キリト「オレとスグはサクヤさんに呼ばれてて今日まで風妖精族(シルフ)領にいたんだ」

 

 ストレア「私達はずっとカヤト達を…」

 

 何か言おうとしていたストレアだったが、ユウキに口を封じられ代わりにユウキが答えた。

 

 ユウキ「ぼ、ボク達も似たような用事があったんだよ!ね?ストレア」

 

 声に出せない為、首を縦に降ってユウキの答えを肯定する。

 だが、これで全滅の可能性は完全になくなったと言っていいだろう。

 既にタクヤが海竜のHPをレッドゾーンにまで追いやりラストスパートを掛けていた。

 

 タクヤ「これで終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 トドメの一撃を食らわせ、海竜はとうとうその巨躯をポリゴンへと変え、四散した。

 

 ユウキ「さっすがタクヤ!!」

 

 タクヤ「中々殴りがいがあるヤツだったな!」

 

 リーファ「てか、水妖精族(ウンディーネ)のサポートなしで勝つなんてやっぱりタクヤさんはおかしいよ…」

 

 キリト「1人でゲームバランス崩してるからな…」

 

 タクヤ「言いたい事言いやがって…。

 カヤトもあんなヤツに負けてんなよな!!」

 

 カヤト「無茶言うなよ…。兄さんみたいに出来るか」

 

 とりあえずは無事に海竜を倒し、行く手を遮るものはなくなった訳だが、カヤトとランに関しては戦闘した為少しの間休憩を挟まなくてはならない。

 

 リーファ「カヤト君、こっちの娘がユウキのお姉さんなんだよね?

 こっちじゃ初めましてだね。リーファって言うの。

 現実世界(リアル)は桐ヶ谷直葉!よろしくね!!」

 

 ラン「あ、はい!!こちらこそ!!ランと言います!!よろしくお願いします!!」

 

 キリト「さぁ、とりあえず街に入ろうぜ。2人も休みたいだろ?」

 

 ストレア「じゃあ、しゅっぱ〜つ!!」

 

 こうして1行は鉱山都市へと入り、休憩を挟む事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年06月04日 22時50分 ALO鉱山都市ルグルー

 

 街に入り、小腹がすいたとユウキとストレアが言い始めたのでNPCレストランに立ち寄る事にした。

 

 カヤト「みなさん、さっきはありがとうございました」

 

 ラン「ありがとうございました!!」

 

 キリト「気にするなって…基本タクヤが1人で勝手に暴れだしただけだし」

 

 タクヤ「なんかトゲのある言い方だな…」

 

 ユウキ「それに姉ちゃんは初心者だからね。

 それを庇いながら戦ってただけカヤトはすごいよ!!」

 

 ラン「すみませんカヤトさん…。私が足を引っ張っちゃって…」

 

 カヤト「そ、そんな事ないですよ!!

 僕だけだったら今頃闇妖精族(インプ)領に死に戻りしてますよ!!」

 

 タクヤがユウキに肩肘でつつく。その意味に気づいたユウキも口を抑えた。

 

 タクヤ「まぁ、なんとか無事にここまで来たんだ。

 これからはみんなで行こうぜ!!他のみんなも待ってるからな」

 

 ストレア「集合時間って明日の12時だっけ?」

 

 リーファ「そうですよ。何でもクラインさんがすごいクエスト見つけたみたいです!!」

 

 キリト「クラインが持ってきたってだけですごいハズレ感が否めない…」

 

 タクヤ「確かに…」

 

 ユウキ「まぁ、それも明日のお楽しみって事にしようよ!!

 姉ちゃんもクエストやるんだよね?」

 

 そう問いかけられたランはすぐに返事が出せないでいた。

 

 ラン「本当に…私みたいな初心者が付いて行ってもいいのでしょうか?」

 

 リーファ「そんなの関係ないよ!ゲームは友達同士でやるものなんだから!」

 

 カヤト「リーファさんの言う通りですよ。

 実力がみんなと違うからって一緒に遊んだらいけない理由にはならないんですから」

 

 ラン「…はい」

 

 キリト「よし…じゃあ、何か頼むか?オレもなんだかお腹が空いてきた」

 

 リーファ「キリト君…ここに来る前も露天で何か大量に買い込んでは道中ずっと食べてたよね?」

 

 頬に冷や汗をかきながら引きつった笑いをリーファに見せる。

 

 キリト「いや、そんなに買い込んでないし、あんまり腹が膨れなくて…」

 

 リーファ「ログインする前も夕飯ちゃんと食べたよね?」

 

 キリト「…程々にしておきます」

 

 リーファがキリトを下し、それを見てみんなが大笑いする。

 その話を聞いていてユウキも一瞬だけ焦った。

 何せ、たらふく夕飯を食べてきたのにもうお腹が空いてるなんて言えない。

 

 タクヤ「ユウキとストレアはどうするんだ?何か頼むか?」

 

 ストレア「私はこれとこれとこれ」

 

 ユウキ「ぼ、ボクはジュースだけでいいや…」

 

 タクヤ「は?お腹が空いたって言ってなかったっけ?」

 

 ユウキ「そ、そんな事言うわけないじゃん!!

 ボク、ログインする前に食べてきてるんだよ?

 もうお腹いっぱいで何もは入らな…」

 

 ぐぅぅ…と言わなくても誰が鳴らしたか分かるほどのお腹の音が鳴り、ユウキは顔を赤くしながら追加注文した。

 

 ラン「…」

 

 カヤト「ランさんは何か食べますか?

 夕飯食べてきたってユウキさんが言ってましたけど…」

 

 ラン「…」

 

 カヤト「ランさん?」

 

 ラン「え?…あ、いえ!私はお腹空いてないのでジュースだけでいいです…!!」

 

 どこかぎこちない様子のランであったが、今は何も言わない方がいいだろうとカヤトは何も聞かなかった。

 一瞬だけランの表情が変わったが、誰もそれを目撃していない。

 …ある1人を除いて…




いかがだったでしょうか?
ランにとっては初めての経験だったと思いますが、これからどう進んでいくのか乞うご期待ください。



では、また次回!


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【47】踏み入る藍色の少女(後編)

という事で47話目になります。
タイトル通り今回で藍子と直人の物語は終了です。
3話にかけて書いていきましたけど、中々難しいですね。
藍子も本編には全くと言っていい程出てませんし、直人もオリキャラなのでそこをどうくっつけていくか一番悩みましたね。
もしかしたら意味わからんみたいな所もあるかもしれませんがよろしくお願いします!


P.S
UAが30000を突破してました!
これからも頑張りますのでよろしくお願いします!!


では、どうぞ!


 2025年06月05日 13時30分 ALOイグシティ転移門前

 

 昨夜、思わぬ障害が立ち塞がったがなんとかその日中にアルンへと着いたタクヤ達は時間も夜中の1時を回っていた為、宿屋で解散し、翌日の昼頃再び集合した。

 イグシティにやって来てすぐにクラインと合流した。

 

 クライン「よォ!待ってたぜ!!」

 

 タクヤ「他のみんなは?」

 

 クライン「もうお前のホームに集まってるぜ」

 

 ユウキ「よーし!じゃあ行こうか!」

 

 クラインも交え、タクヤ達はマイホームへと急いだ。

 マイホームに着くなり中からアスナとリズベット、シリカが出迎える。

 

 リズベット「アンタ達遅かったわね?何かあった?」

 

 キリト「ルグルー回廊で海竜に襲われてさ…。

 まぁ、倒したのはタクヤだけどな」

 

 アスナ「あそこのモンスターってかなり高レベルって聞いたよ?

 タクヤ君1人で倒したの?」

 

 タクヤ「いや、オレが来た時にはそこそこ弱ってたからな。

 カヤトとランが応戦してるのをバトンタッチした感じ」

 

 シリカ「ラン…さん?…そちらの方ですか?」

 

 ラン「は、初めまして!ランと言います!

 現実(リアル)でユウキの姉をしてます!」

 

 ランは3人に挨拶を済ませて、立ち話も程々に中に入る事にした。

 各々ソファーに腰を掛け、ユウキとアスナで人数分の紅茶を淹れる。

 そして、全員に行き渡った事でクラインが咳払いをして注目を集めた。

 

 クライン「えー…今日集まってもらったのは他でもねぇ。

 結構ヤバそうなクエストを見つけたからだ」

 

 キリト「ヤバイって何が?」

 

 リズベット「クラインの言うヤバイってイマイチ乗り気になれないのよねー」

 

 クライン「何言ってんでぇ!!これは結構ガチなんだよ!!

 聞いて驚くなよ?特にリズは耳の穴かっぽじってよぉく聞けよ?

 このクエストで手に入る報酬が伝説級武器(レジェンダリーウェポン)を溶かしてしかゲット出来ない"オリハルコンインゴット"なんだよ!!」

 

「「「「!!?」」」」

 

 全員が紅茶を飲む手が止まってしまう程、クラインの口から出た言葉に衝撃が走った。

 

 クラインの言う"オリハルコンインゴット”とはこのALOで最強と謳われる伝説級武器(レジェンダリーウェポン)を溶かして入手できる鉱石だ。

 その鉱石は市場で出回る事はなく、ましてや、伝説級武器(レジェンダリーウェポン)を溶かすような事は熱狂的(コア)なプレイヤーは天地がひっくり返ってもしない貴重な物だ。

 そもそも伝説級武器(レジェンダリーウェポン)は武器の種類だけあり、その武器の中で頂点に位置づけられる物で、入手方法は様々だが並大抵の努力では目で拝む事すら叶わないだろう。

 それを溶かして出来る鉱石がクエストの報酬にあるとはクライン以外誰も想像すらしなかったのは必然である。

 

 シリカ「そ、それって本当なんですか?」

 

 クライン「シリカまで疑ってんのか!?だったらこれを見やがれっ!!」

 

 メニューからクエスト情報をみんなに提示すると、確かにクエスト報酬の欄にしっかりと"オリハルコンインゴット”と記載されている。

 

 リズベット「…マジ?」

 

 リーファ「これってどこ情報なの?」

 

 クライン「シンカーさんが運営してるMMOトゥデイに今日の朝載ってたんだよ!!これで信憑性は高くなったろ?」

 

 シンカーとはキリトとアスナ、ユイがSAO時代に交友を持った人だ。

 今はサラリーマンをする傍らMMOゲームの新情報などを随時更新したりと中々の信頼を勝ち得ていた。

 

 アスナ「シンカーさんの攻略サイト見てみたけどどうやら本当みたいだね」

 

 リズベット「じゃあ本当にオリハルコン手に入るの?

 やったぁぁ!!これでリズベット武具店がさらに繁盛するわ!!」

 

 キリト「オレ達も新しい剣が手に入るな」

 

 タクヤ「オレはそこまで欲しいって訳じゃないんだけどな」

 

 クライン「でも、貴重なレアアイテムが報酬だ。クエスト内容はどえらいハードなもんだぜ…」

 

 さらに続きを読むと、オリハルコンインゴットは"月の欠片”というアイテムと指定数集める事で交換できるようなのだが、肝心の"月の欠片”がどこにあるのか、はたまたどのモンスターからドロップするのか書かれていなかった。

 

 シリカ「どこに行けば見つかるんでしょうか?」

 

 ストレア「う〜ん…。指定数って事はやっぱりモンスターからドロップするんじゃない?」

 

 ユウキ「モンスターって言ってもALOにはすごいいっぱいモンスターいるしなー…」

 

 ただ闇雲に探しても体力と時間を消費するだけで効率が悪い。

 何も書かれていないという事は()()()()()()()()()()()()()()に隠されているともとれる。

 

 カヤト「月に因んでるんでしょうか?」

 

 キリト「月ってもなぁ…。そんなモンスターいたっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラン「ウサギ…」

 

 

 

 

 ユウキ「え?」

 

 ランが無意識に口から出た言葉に全員の視線が集まった。

 

 ラン「…え?な、何か…?」

 

 ユウキ「姉ちゃん、今なんて言ったの?」

 

 ラン「え、だから餅つきしてるウサギが頭に浮かんだんだけど…何かまずかったですか?」

 

 キリト「いや…可能性はあるかもな。サクヤさんにも最近各種族領地に凶暴なウサギ型のモンスターが現れたし…」

 

 実は昨日までキリトとリーファがサクヤに招集されていた原因がそれなのだ。

 領地周辺を徘徊しているウサギのせいで初心者も迂闊に圏外に出れなくなっており、困っていると。

 そこでそのウサギを討伐するようにサクヤから頼まれた次第だ。

 

 リーファ「確かに、あのウサギ結構強かったけど"月の欠片”なんてアイテムはドロップしてないけど?」

 

 キリト「その時は多分近くでそのクエストをしていて何匹かが溢れたんだろうな…。領地周辺のフィールドは初心者向けに設定されてるハズなのにあのウサギの強さは異常だと思ったが…これなら説明もつく」

 

 カヤト「じゃあ、クエストを受領してそのウサギを倒していけばオリハルコンが手に入るんですね?」

 

 リズベット「そうと決まれば早速行くわよぉ!!クライン!!

 そのクエストが受けられるNPCはどこにいるの?」

 

 クライン「世界樹前の階段の所にある露店だけど…」

 

 リズベット「じゃあみんな!!行くわよぉ!!」

 

 リズベットは興奮気味なのか鼻息を荒くして、ホームから飛び出ていった。

 

 タクヤ「あんなに興奮する事ないんじゃないか?」

 

 シリカ「リズさんは鍛冶屋もしてますから私達よりもテンションが高いんですよ」

 

 アスナ「とりあえずリズを追いかけなきゃ!!」

 

 リズに遅れて残りのメンバーもホームを後にした。

 その時、ランはクラインを呼び止めた。

 

 クライン「どうしてぇ?ランちゃん」

 

 ラン「あの…クラインさん。…私に刀の使い方を教えてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年06月05日 13時55分 ALO央都アルン 世界樹前

 

 クラインの言った通り、露店には1人のNPCがいた。

 キリトがそのNPCに声をかけてクエストアイコンが表示されるとみんなの同意を得てこれを承諾、受注した。

 

 キリト「それじゃあ、今回はオレがパーティーリーダー…と言いたいけど、パーティーを3つに分けよう」

 

 ストレア「どうして〜?」

 

 キリト「さっきも言ったけどあのウサギはめちゃくちゃ強い。

 オレとリーファも途中から来たサクヤさんのシルフ隊の援護がなかったらヤバかった程だ。

 かと言って、ドロップ率も分からないモンスター相手にアイテムを集めようとしたら膨大な時間がかかると思う」

 

 タクヤ「じゃあどうすればいいんだ?」

 

 キリト「だから、3隊に別れるんだ。

 救いにもあのウサギには弱点があった。

 魔法攻撃の後、物理攻撃を食らわせればダメージ量が違う。

 それを意識して戦えばこの人数でもいけるハズだ」

 

 ユウキ「じゃあ、パーティー編成しなくちゃね。ボクは当然タクヤとだよ!!」

 

 ストレア「私もタクヤと組む〜!!」

 

 パーティー編成はなるべく戦力を均等化しなければならない。

 もし、戦力が薄いパーティーがあればそこから全滅なんて事も考えられるからだ。

 

 キリト「じゃあ、タクヤとユウキ、ストレアに…シリカが入ってくれ」

 

 シリカ「は、はいっ!!」

 

 シリカが多少顔を赤くしていたのは誰も気づかなかったがキリトはさらにパーティーを編成していく。

 

 キリト「ランはまだ始めて日が浅いからな…。カヤトとリーファ、それにクラインもついてくれ」

 

 リーファ「了解だよっ!」

 

 クライン「よろしくなっ!!」

 

 ラン「よ、よろしくお願いします…」

 

 そして、最後に残った3人でパーティーを組み、計3隊が編成された。

 

 キリト「じゃあ、2時間後に途中経過も兼ねてホームに集まろう!」

 

「「「おぉっ!!」」」

 

 3隊はそれぞれ散り散りになり、クエスト対象である"イレイザーラビット”を狩りにフィールドへと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現時点パーティー編成

 

 A.キリト(リーダー)・アスナ・リズベット

 

 B.タクヤ(リーダー)・ユウキ・ストレア・シリカ

 

 C.クライン(リーダー)・リーファ・カヤト・ラン

 

 

 side.A_

 

 

 2025年06月05日 14時20分 中立域 平原フィールド上空

 

 リズベット「ねぇアスナ?」

 

 アスナ「どうしたのリズ?」

 

 アルンを出てしばらくしてキリト率いるA隊は中立域の空を飛んでいた。

 その時、アスナはリズベットから名前を呼ばれ顔だけを向けて応対する。

 

 リズベット「ラン…だっけ?ユウキの姉さんの…。

 あの子、終始元気がなかったんだけど何か知らない?」

 

 リズベットに言われてアスナはやっぱりと思った。

 実はアスナも今日会ってから元気がないとは感じていたが、その理由がなんなのかは分からないでいた。

 

 アスナ「私もそう感じて飛び立つ前にそれとなく聞いてみたんだけど、何でもないの一点張りで…」

 

 リズベット「うーん…。昨日何かあったんじゃないかなー…。

 ねぇ!キリト!ランの事、何か知らない?」

 

 前を飛んでいたキリトがアスナとリズのいる所までスピードを落とし、横につける。

 

 キリト「何かって?」

 

 リズベット「ほら!昨日海竜に襲われたって言ってたじゃない?

 その時に嫌な事でもあったんじゃないの?」

 

 キリト「うーん…オレ達が駆けつけた時はランがカヤトを庇ってる所しか見てないしな…。その前に何かあったんじゃないか?」

 

 アスナ「キリト君にも分からないんじゃしょうがないね。

 でも、少し心配なんだ…。あの子、何か無理してるんじゃないかって」

 

 キリト「…」

 

 アスナの心配する気持ちも分からないでもない。

 だが、こう言えば厳しいかもしれないがそれはランが自分で解決すべき問題だとキリトは考えていた。

 言われた通りにしか出来ないようではこの先も辛い事がきっと起こる。

 その時に自分自身で正しい選択をしなければ自分だけでなく、周りの仲間達にも被害が出てしまうからだ。

 例え、ゲームの世界だと言ってもその考えはまかり通る。

 

 リズベット「ユウキと違って大人しいから自分の意見を内に塞いでるんじゃないかって思ったんだけど…」

 

 キリト「…今は分からない事を考えても仕方ない。

 それにその為にランにはカヤトを一緒に組ませたんだから。

 カヤトならなんとかやるさ」

 

 アスナ「…そうだね。私達よりカヤト君に懐いてるみたいだったし」

 

 リズベット(「アレって懐いてるって言うのかな…?」)

 

 ホームへやって来た時、ランは終始カヤトの裾を掴み、離そうとはしなかった。

 カヤトから離れること無くそのまま別れてきたのだが、リズベットには懐いているというよりカヤトがいないと生きていけないと言った強迫観念地味たものを感じ取っていた。

 おそらく、キリトやアスナのような鈍感な感性の持ち主には分からないだろう事は長年親友を張っていたリズベットにはお見通しだ。

 いよいよ、カヤトだけが頼りだと思っていたその時、地上に"イレイザーラビット”が数体ポップし、キリトの指示の元、狩りに飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side.B_

 

 

 同年同時刻 ALO中立域 浮島フィールド

 

 タクヤ率いるB隊はアルンの上空を浮遊している浮島に赴き、既に"イレイザーラビット”の討伐を開始していた。

 

 タクヤ「シリカ!!バブルブレスを頼む!!」

 

 シリカ「はい!!ピナ!!バブルブレス!!」

 

 すると、イレイザーラビットを包み込むようにピナのバブルブレスが放たれた。

 キリトの情報通りなら今なら物理攻撃をが通るハズだ。

 タクヤとユウキ、そしてストレアが一斉に斬り掛かる。

 イレイザーラビットは雄叫びを上げながらそのままポリゴンとなり消滅した。

 

 ストレア「よしっ!まずは1匹目だね〜!!」

 

 タクヤ「シリカ、ピナ、ナイスアシストだったぜ」

 

 シリカ「ありがとうございます!!よかったねピナ!!」

 

 頑張った御褒美としてピナの好物であるナッツを1つあげると、ピナは嬉しそうにそれを食べ、可愛らしい鳴き声を上げた。

 

 ストレア「あ〜…やっぱり1匹目じゃドロップしなかったね〜」

 

 シリカ「それにこのウサギすごく強いですよ。

 4人がかりでもキツイですね」

 

 タクヤ「そうだな…。これでドロップ率も低かったら相当辛いぞ」

 

 1匹目では流石に"月の欠片”がドロップするとは思っていなかったが、それを100個で1個のオリハルコンと考えればある程度のドロップ率の低さも分かる。

 それに加えてイレイザーラビットは強力で名前の通り、消えたかと思わせる程速かった。

 ピナのバブルブレスで動きを封じれているが、それも複数回やらなければ倒せない程に硬い。

 

 ストレア「本当にオリハルコン貰えるかな〜?」

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤ「どうしたユウキ?さっきから黙ってるけど…」

 

 みんなと別れてから戦闘中に至るまでユウキは集中力に欠け、どこか上の空だった。

 咄嗟にそれを感じ取ったタクヤはユウキを後衛へと下げ、様子を見ていたのだ。

 

 ユウキ「ん?ちょっと、姉ちゃんの事考えてて…」

 

 シリカ「ランさんをですか?そう言えばランさんは初心者でしたよね?」

 

 ストレア「でも、カヤトにリーファがいるから安心だよ〜」

 

 タクヤ「そこにクラインも入れてやってくれ…」

 

 妹が姉を心配するのは当たり前だ。

 ましてや、慣れていない仮想世界での初めてのクエストがこの難易度では心配にならない訳がない。

 

 タクヤ「ランにはカヤトやリーファ、クラインだって付いてる。大丈夫だよ」

 

 ユウキ「うん…そうなんだけど…姉ちゃん…何か焦ってるみたいで…」

 

 シリカ「焦ってるって…やっぱり初心者だからみんなに付いていけるか不安になってるんじゃ…」

 

 確かに、いきなり初心者を連れて挑むクエストではなかったかもしれない。

 ちゃんとした段取りを踏ませてから挑みたかったが、ランからも参加させてくれと強く言われてしまい、断る理由も見つからず今に至る訳だが。

 

 ストレア「やっぱりお姉ちゃんが心配?」

 

 ユウキ「そうだね。小さい時からボクの為にいろいろ無理してたし、姉ちゃん引っ込み思案だからこういうみんなで遊ぶって事なかったんだよね。いつも1人で本を読んでたな…」

 

 タクヤ「ユウキとは正反対だな」

 

 ユウキ「小さい時はボクも外では遊んでたけど、友達なんていなかったよ?…友達を作ったらいなくなった時悲しくなっちゃうからさ」

 

 タクヤ「…」

 

 以前、まだタクヤ達がSAOに囚われていた時、ユウキから自分の事を打ち明けてくれた時があった。

 昔、木綿季と藍子は両親を病気で亡くし、身寄りのなかった2人は陽だまり園に引き取られた。

 その頃から2人はなるべく人と関わらないように生きてきた。

 また、大切なものを作ってしまえばそれが消えた時の悲しみを経験してしまったからだ。

 藍子はそれが尾を引いて今でも通っている学校で友達と呼べる者が1人もいない。

 唯一、陽だまり園以外で親しくなっているのは拓哉の弟である直人だけであった。

 

 ユウキ「カヤトがいるから大丈夫だと思ったんだけど…」

 

 シリカ「ランさん、カヤトさんの側から離れようとしませんでしたもんね…」

 

 ストレア「そりゃあランがカヤトの事大好きだからだよ〜」

 

 シリカ「えぇっ!!?そ、そうなんですかっ!!!」

 

 タクヤ「まだ確証はねぇけどな」

 

 タクヤは現実世界である日、直人に藍子の事どう思ってるのか聞いてみた。

 

 

 

 直人『どうって…別に何とも思ってないよ。

 藍子さんは兄さんの彼女のお姉さんってだけだよ』

 

 拓哉『そんな風に思ってる奴と一緒に出掛けたり、面倒見たりしねぇだろ』

 

 直人『兄さんの言ってる意味が分からないけど…()()()()()()()()。それに誰だって相談されたら応えてあげるだろ?

 それと一緒だよ。僕がやってるのは単なる善意からだ』

 

 拓哉『…あっそ』

 

 

 

 ふと、そんな話もしたなと思い出すとタクヤはそれと一緒にある事を思い出した。

 子供の頃、直人には友達と呼べる者がたくさんいた。

 クラスの中の中心人物とはいかなかったが、それなりに友達はいたハズだ。

 友達の家に泊まったり、どこか遠くへ一緒に行ってみたり、大抵の子供がする遊びだってした事があるハズだ。

 何より、あんなに()()()()()()()()を取ったりはしなかった。

 友達に辛い事があれば、自分の事のように辛く感じ、涙を流すような感情豊かな少年だった。

 だが、拓哉がSAOから解放されてから久しぶりに会った直人には変化が生じていた。

 何に対しても無気力でそのせいで部活を転々としたり、子供の頃とはまるで別人のような振る舞いだった。

 

 タクヤ(「アイツも…やっぱり…」)

 

 答えはおそらく合っている。

 むしろなぜ気付かなかったのか不思議でならない。

 あの時は拓哉も切羽詰まり、思考回路が乱れていたせいもあるが、自分だけじゃないと改めて理解したのだ。

 

 ユウキ「タクヤ?」

 

 タクヤ「!…な、なんだ?」

 

 ストレア「今度はタクヤがぼ〜…としちゃってどうしたの?」

 

 シリカ「どこか気分でも悪いんですか?」

 

 タクヤ「そ、そんなんじゃねぇよ!!ほら!!ウサギもリポップしたし狩りを再開させるぞ!!」

 

 タクヤは再びポップしたイレイザーラビットに逃げるように走った。

 

 ユウキ「ちょっと待ってよー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side.C_

 

 

 同年同時刻 ALO中立域 密林フィールド

 

 クライン率いるC隊はジャングルが生い茂る密林フィールドへと足を運んでいた。

 

 リーファ「なんか…ジメジメするね、ここ…」

 

 カヤト「密林フィールドですからね…仕方ないですけど…。

 本当にこの先に穴場があるんですか?」

 

 先頭を進んでいるクラインに問いかけると野武士ヅラをこちらに向けてニコッと笑って言った。

 

 クライン「あぁ!間違えねぇ!仕入れた情報じゃここに出るウサギはそこら辺のよりドロップ率が高いんだ!!」

 

 どこで仕入れた情報かは知らないが、かれこれ20分は草木を手で避けながらただひたすらに前に進んでいる。

 開けた場所もましてやイレイザーラビットなど影すら見えない。

 

 リーファ「熱い…」

 

 ラン「喉が…」

 

 カヤト「2人共、これを飲んでください。

 冷えてますから多少熱さや喉の乾きがなくなりますよ」

 

 そう言ってカヤトはストレージから2本のエールを取り出し、リーファとランに手渡した。

 

 リーファ「いいの?カヤト君」

 

 カヤト「万が一に備えて買っておいたんですよ。

 まだありますから欲しくなったら言ってください」

 

 ラン「ありがとうございます」

 

 クライン「おーい!俺にも1本くれー!」

 

 冷えたエールを受け取ったクラインが早々とボトルを空にしていると、密林が拓けた場所へと着いた。

 そこには大量のイレイザーラビットが徘徊しており、クライン達に気付くも攻撃してくる素振りを見せなかった。

 

 カヤト「…攻撃してきませんね」

 

 リーファ「元々、イレイザーラビットはこっちから何もしなきゃ襲っては来ないんだよ。

 でも、初心者がそんな事知らないから誤って攻撃しちゃったりするんだ」

 

 クライン「シルフ領でもそうだったのか?」

 

 リーファ「はい。後気を付けて欲しいのは仲間が殺られるとアクティブになるからやるなら各個撃破です」

 

 目の前には少なくても10以上ものイレイザーラビットがいる為、一気に攻められれば全員生きては帰れないだろう。

 

 カヤト「じゃあ、1匹ずつ僕が誘導しますから3人は討伐お願いします」

 

 クライン「まかせとけっ!!」

 

 リーファ「気を付けてね!!」

 

 早速、獲物となる1匹を誘導する為前に出ようとすると、背後から押し戻す力が加わった。

 

 カヤト「?…ランさん?」

 

 ラン「わ…私も…囮になります…」

 

 クライン&リーファ「「!!?」」

 

 カヤト「…ランさんはまだ始めて間もないし、スキルや熟練度だって低い。ここは僕に任せてクラインさんとリーファさんと一緒に…」

 

 

 

 

 

 ラン「私は強くなりたいんですっ!!!!」

 

 

 

 突然の怒鳴り声でイレイザーラビットも警戒を強める。

 それより驚いたのはカヤトだ。

 こんなにも感情を高ぶらせた姿を見た事がなかった。

 

 カヤト「ど、どうしたんですか?」

 

 ラン「私は…強くなる為に仮想世界(ここ)に来たんです!!

 あんなモンスターぐらい私が…!!」

 

 全てを言い切る前にランは刀を抜き、イレイザーラビットの群れへ先行した。

 

 クライン「っ!!カヤト!!!!俺らも行くぞっ!!リーファっちは後衛で回復頼むっ!!」

 

 リーファ「は、はいっ!!」

 

 ランを追う形でクラインとカヤトも前に出た。

 イレイザーラビットの警戒心も最高潮に達し、唸り声を上げながら威嚇する。

 だが、そんなもの今のランには関係のないものだ。

 強くならなければならない…。

 ただそれだけを考えて刀を構える。

 イレイザーラビットの横腹に陣取り、刀を大きく振り切った。

 ダメージを受けた事でイレイザーラビットからうめき声が上がり、さらに1撃、2撃と連続で斬り掛かる。

 

 カヤト「待ってください!!ランさん!!」

 

 クライン「不味いぞ!!他のウサギも興奮してきちまってる!!」

 

 ラン「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 無我夢中で刀を振り、反撃されようとも今まで見た事のない身のこなしで次々と避けては斬りつけていく。

 

 リーファ「…本当に初心者…なの?」

 

 カヤト(「でも、いつまでもそれが続く訳じゃない…!!」)

 

 確かに、今のランの動きなら簡単には攻撃を食らわないだろうが、()()()()()()()()と言い切れる。

 何故なら、ランはまだ始めて数週間という初心者で尚且つVRMMOはこれが初めての経験だからだ。

 キリト達のように仮想世界やゲームに慣れているならまだしも今のランでは歯が立たない事は明白であった。

 案の定、攻撃を捌ききれず直撃に至らないまでも刀を貫いて傷が目に付くようになった。

 

 クライン「ランちゃん!!一旦下がれ!!」

 

 ラン「やだ!!負けない!!負けたくない!!ここでまで…負けたくない!!」

 

 カヤト「っ!!」

 

 だが、ランがどれだけ負けたくないと思ってもイレイザーラビットが弱くなる訳でもなく、ランがいきなり強くなる訳でもない。

 徐々に劣勢を強いられていくランを他所にカヤト達も助太刀しようにも興奮したイレイザーラビットの壁の前に防戦一方を余儀なくされていた。

 

 カヤト「くっ…!!」

 

 ラン「はぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 カヤト「…」

 

 何故こんな事になったのだろう。

 何故ランはあんなに苦しそうな表情を見せるのだろう。

 ランが抱えているものを一緒に背負いたいとか助けてやりたいと思った事はない。

 ただ、それらに立ち向かう為の力を得る機会を与えただけだ。

 そこからは何もしていない。最低限の知識を教えただけで後はランがここまで歩いてきた。

 

 

 

 

 間違った道だとは知らずに…。

 

 

 

 

 

 リーファ「くっ…回復が追いつかない!!」

 

 リーファのMPもあと数回の回復魔法でそこがついてしまう。

 だが、イレイザーラビットの数は減る事なくカヤト達のHPを減らしていく。

 空中へ逃げようにもイレイザーラビットの巨躯の前ではハエのように叩き落とされてしまう。

 どこか1箇所だけでも穴を作り出せればこの危機を脱する事が出来るのだが。

 

 クライン(「穴を作ろうにもコイツら硬すぎだろっ!!」)

 

 カヤト(「それに…今のランさんは逃げるなんて考えてないだろうし…どうすれば…」)

 

 瞬間、カヤトの背後にいたイレイザーラビットが勢いよく吹き飛ばされた。

 

 カヤト「!!」

 

 背後には刀を振り、尚且つ初期魔法を放つランの姿があった。

 

 リーファ(「魔法の詠唱を言いながら刀を振ってる!!?」)

 

 クライン「な、何じゃそりゃ!!?」

 

 カヤト(「理屈としては可能だけど、まさかランさんが…そこまで…!!」)

 

 刀でイレイザーラビットの体を浮かし、その瞬間に闇魔法"シャドーボール”を放ち、そのまま彼方へと飛ばす。

 まるで芸者が舞台の中央で華やかに舞踊っているかの如く、人々を魅了する姿であった。

 

 クライン「…!!カヤト!!今の内に脱出するぞ!!」

 

 カヤト「は、はいっ!!」

 

 カヤトはランの元に駆けつけ、体を支えて翅を羽ばたかせる。

 

 ラン「いやっ!!離してください!!私はまだ…!!」

 

 カヤト「いくらなんでも無理があります!!その内殺られてました!!」

 

 ラン「!!?」

 

 ランがいくらイレイザーラビットを吹き飛ばしてもHPはほんの2割程度しか削られていなかった。

 つまりは、まだ死んでいないイレイザーラビットが再度襲い掛かってくる事を示している。

 

 カヤト「冷静になってください!!今のじゃアイツらは倒せない!!」

 

 ラン「…」

 

 ランも流石に堪えたのか暴れずにカヤトに担がれながら遠く離れた草原まで飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年06月05日 16時10分 央都アルン 世界樹前

 

 タクヤ「おぅ!そっちは遅かったな」

 

 クライン「まぁ、ちょっとな…」

 

 3隊が別れて2時間が経ち、途中経過を報せる為に再度元いた場所へと戻ってきていた。

 

 キリト「オレ達は20匹狩って月の欠片が…2個だな」

 

 ユイ「やっぱりイレイザーラビットから月の欠片がドロップする確率は約10%ですね」

 

 タクヤ「オレ達は31匹狩って5個だったぜ」

 

 リズベット「たった2時間でそんなに狩ったの!?」

 

 タクヤ「今回はシリカがMVPなんだぜ?

 シリカとピナがいなきゃここまで狩れなかった」

 

 シリカ「そ、それ程でもないですよ…!!」

 

 キリト「で、クライン達はどれぐらい集まったんだ?」

 

 キリトがクラインに尋ねるとクラインの表情に何か後ろめたさを感じ取った。

 よく見るとクラインだけでなく、カヤトやリーファ、ランも顔を下げ一言も口を開かない。

 

 ユウキ「どうしたの?」

 

 

 

 クライン「…俺達は…1匹も狩れてねぇ…」

 

 

 

 アスナ「え?」

 

 思わず声に出てしまったアスナは口を手で覆い、その理由を聞いた。

 

 クライン「それは…」

 

 タクヤ「?」

 

 カヤト「すみません!ちょっと僕がドジしちゃったせいで全然狩れなくて!!」

 

 クラインが口を開く前にカヤトが前に出てみんなの前で頭を下げた。

 

 クライン&リーファ&ラン「「「!!?」」」

 

 キリト「そ、そんなに気にする事じゃないぞ?

 誰だって調子の悪い時があるんだし…」

 

 ストレア「そうだよ〜。次頑張ろ〜!!」

 

 カヤト「ありがとうございます…」

 

 ラン「…なんで」

 

 ランが前に出ようとすると横にいたリーファに止められた。

 

 そして、また2時間後に今日の収穫を報告して解散するように言って再びイレイザーラビットを狩りに飛び立った。

 キリト達が飛び立ったのを確認してクラインが1度話をする為、近くの広場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クライン「さて…ここら辺なら誰も聞いちゃいねぇな」

 

 噴水がある広場の隅に設けられた質素な椅子に腰を掛け、本題に入る。

 

 クライン「ランちゃん、さっきの事で何か言う事はあるか?」

 

 ラン「…すみませんでした。…みなさんにご迷惑かけて」

 

 頭を下げて謝罪するもクラインの表情は何一つ変わらなかった。

 それもそのハズだ。

 クラインはこのパーティーのリーダーを務めている為、仲間の行き過ぎた行動や、作戦指示に従わない言動の責任を一身に背負っている。

 ランの先程の行動はパーティー全滅の可能性だって充分に考えられたものだ。

 謝っただけではいそうですかといく訳にはいかない。

 

 クライン「もちろんさっきみてぇな行動は今後も遠慮する所だ。

 だけどな…それ以上にランちゃんはさっきの事で自分の事しか考えてなかった。パーティーメンバーがいるのにも関わらずだ。

 厳しく言えばそういう奴にはパーティーから抜けてもらう」

 

 リーファ「クラインさん!!それはちょっと言い過ぎですよ!!

 ランだってランなりに一生懸命に…!!」

 

 クライン「一生懸命にやれば何をしても許されるってかい?

 そいつは違ぇぜリーファっち。

 仲間の安全が第一になってくるパーティー戦じゃどこで不測の事態に陥るかわかんねぇ。だから、リーダーを立ててそれを管理するんだ」

 

 クラインの言い分は何も間違っていないし、ランが行き過ぎた行動をしてみんなを危険に晒してしまったのは紛れもない事実。

 リーダーの視点から物を言えば、当然こうなる。

 内心リーファもそう思っている所がある。

 だが、まだランは初心者でパーティー戦だってこれが初めてだ。

 何かと分からない事もある。

 ランはそのまま立ち尽くしたまま拳を強く握った。

 

 クライン「それにカヤト。おめぇもだ」

 

 カヤト「!!」

 

 クライン「さっきおめぇはランちゃんを庇って自分のミスだとみんなに嘘をついた」

 

 リーファ「それはランの事を思ってやった事じゃないですか…!!」

 

 クライン「それがダメなんだよ」

 

 いつものお気楽な性格とは正反対に真剣な表情で説明を繰り返す。

 

 カヤト「…」

 

 クライン「カヤト…おめぇはこれから先もランちゃんが失敗した時、それを肩代わりする気か?」

 

 カヤト「それは…」

 

 クライン「そんなんじゃいつまで経ってもランちゃんは成長しねぇし、おめぇも一生そのまま何も変わらなくなっちまうぞ」

 

 自分のまいた種は自分で責任をつけろ…。

 クラインはその言葉の意味がこの中で誰よりも分かっている。

 あの世界でタクヤやキリト達と肩を並べて戦い抜いた彼はそれが分かった上でカヤトとランに言っているのだ。

 

 クライン「…ランちゃんはどうしてこの世界に来たんだ?」

 

 それはこの話の確信に触れる話題だった。

 危険に晒されたクラインからすればこの事を聞く権利がある。

 

 ラン「…私は…現実世界じゃ内気で、意見も言えないような弱い人間だからです。

 だから、この世界で強くなれれば現実世界でも強くなれる気がしたから…私は…」

 

 クライン「だから、強くなりたいってか…。確かにな。

 キリトのヤローも言ってやがったな。

 ここでの経験は必ず現実世界に還ってくる…。

 それは否定しねぇ。SAO帰還者(俺達)もいろんな経験をしてここまで成長出来た。

 だけどよ…その経験は1人じゃ出来ねぇんだぜ?」

 

 リーファ「…」

 

 クライン「そもそもここは安全なゲームの中だ。

 SAOみたいに殺伐とした所じゃねぇ。

 1人でやるよりダチと一緒にゲームする方が面白ぇし、経験もたくさん積むんだ。ランちゃんは強くなりたいって願うならそれはダチである俺達の願いでもあるんだ!1人で抱え込むな!みんながついてるんだから変に気張る必要なんざねぇよ!!」

 

 ラン「…はい!!」

 

 リーファ「クラインさん…ちょっと見直したかも…」

 

 クライン「見直したって…普段から俺はこういう男の前なのっ!!」

 

 普段見ているクラインの表情になり重たい空気を払う為、再度密林フィールドへと飛び立とうしすると、クラインが何かを思い出したようにランに言った。

 

 クライン「ランちゃんの剣捌き見てな…ありゃあ俺が教えてもいみないぜ?俺より剣捌きがいい娘っ子を教えるなんて事ぁ出来ねぇからな」

 

 ラン「え?」

 

 リーファ「そう言われてみれば、ランは剣道とか舞踏とかやってたりするの?」

 

 ラン「いえ…基本はカヤトさんから習いましたけど、それ以上の事は何も…。だから、刀を使っているクラインさんに使い方を教えてもらおうかと…」

 

 クライン「…かぁー!やっぱ姉妹だなー!!」

 

 ラン「え?」

 

 クライン「いやな、タクヤとユウキちゃんに初めて会った時な…。

 SAOにはソードスキルって技があったんだけどよユウキちゃんも1発でマスターしちまってよ。俺なんか何べんやっても上手くいかなかったのに…。そういう所は姉妹で似るんだな!」

 

 今思えばあの出会いは奇跡だった。

 あれから2年半。まさか、ここまで交友を築けるとは夢にも思わなかった。でもだからこそ、今がある。

 今があるからその先もあるんだ…とクラインは涙を滲ませながらいるかも分からない神様に感謝した。

 

 リーファ「クラインさん?」

 

 クライン「な、何でもねぇ!!さっ!!さっさとウサギ狩ってさっきの名誉挽回と洒落こもうぜ!!」

 

 リーファ「おぉっ!!」

 

 カヤト「行きましょう…ランさん」

 

 ラン「カヤトさん…。さっきはすみませんでした。私の為に…」

 

 翅を羽ばたかせながら密林フィールドを目指している途中、ランはカヤトに謝罪した。

 

 カヤト「…実を言うと、ランさんには失礼に聞こえると思うんですが、初めはランさん…藍子さんの事は顔見知り程度にしか捉えていませんでした」

 

 ラン「え!!?」

 

 カヤト「兄さんの彼女の姉ってだけで自分には関係ない…。

 関係を作る必要はないと思ってました。

 だって関係を作るって事は自分の心の中にその人がいるって事ですから。

 …僕はそれが嫌だった。大事なもの程壊れやすく消えていくから…」

 

 ラン「…!!」

 

 カヤトの…直人の中にも大切な者がいたのだ。

 それはおそらく、両親と長男である茅場晶彦だろう。

 それをほぼ同時に亡くした時のショックは計り知れない事を同じ境遇で生きてきた藍子には痛い程分かる。

 藍子や木綿季も両親を亡くして陽だまり園に引き取ってもらってから今でも友達と呼べる者はいない。

 木綿季はSAOの中で友人を作り、恋人に巡り会えたが、藍子の前にはそういう者は現れなかった。

 だから、木綿季が藍子の元に帰ってきてその事実を知り、藍子は少しだけ木綿季の事が羨ましくなった。

 いつか自分にもそういう人と巡り会えるのだろうか。

 はたまた一生このまま1人で生きていくのだろうかと時より考えるようになった。

 

 カヤト「だから、どの人とでも一定の距離を保ち続けた。

 深入りしたらダメだ…。これ以上先にはいけない…。

 僕は…1人の方が楽になれると考えました」

 

 ラン「…」

 

 カヤト「でも、藍子さんは少し違った…。

 なんて言うか放っておけなくて…一緒にいるだけで落ち着くというか、懐かしい感覚に囚われるんです…」

 

 ラン(「私と一緒だ…」)

 

 だからこの人が気になった。

 だからこの人に好意を持った。

 だからこの人を好きになった。

 互いに引き寄せられ、出会った2人。

 何でもない繋がりも太く、強く、想いを乗せればどんな事があろうと決して切れない強固な絆が生まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カヤト「藍子さん…これからも一緒にいてくれますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラン「…はい。ナオさんが私で満足してくれるなら…喜んで…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またここに1本の強固な絆が生まれようとしていた。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
ちなみに付け加えるとこの後、イレイザーラビットの親玉が現れてみんなでそいつを倒しておしまいというすごいありきたりな展開なんですが、あくまで藍子と直人に視点を当てたかったのでそこの部分は省きました。
だってこれ以上書くと1話の話が長くなるもーん

評価、感想あればどしどし送ってください!


では、また次回!


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【48】見守られている暖かさを

という事で48話目になります。
今回は短めの完結ものですが、よろしくお願いします。



では、どうぞ!


2025年06月18日 08時00分 茅場邸

 

その日は朝から雨が降っており、梅雨も本格的に仕事をし始めた今日この頃。

拓哉は雨音で目を覚まし、視線を時計に向けた。

重い瞼を擦りながら時間を確認すると、既に時刻は8時を回っており、急がなくては学校に間に合わなくなる。

そんな事を考えているとスマホからとある女性の声が聞こえてきた。

 

ストレア「タクヤ〜早く起きなきゃ遅刻しちゃうよ〜」

 

拓哉「分かってるよ…ゴホッ。今起きるから…ゴホッ」

 

体がだるく中々ベッドから起き上がれない。

少し力を入れて寝ぼけている脳みそを無理矢理起こした。

 

拓哉(「なんか…熱い…。それに視界が…霞む…」)

 

顔を洗えば何とかなるだろうと軽く考えながら立ち上がろうとすると、足腰に全く力が入らず、そのまま床に倒れてしまった。

 

ストレア「どうしたの〜?お〜い?タクヤ〜?」

 

だが、どれだけ呼んでも拓哉からの反応がない。

スマホの画面からは拓哉が見えない為、ストレアは拓哉が和人に頼んで付けてもらった小型カメラへと回線を経由して移動する。

すると、ストレアが見た光景は拓哉が倒れたまま動かなくなっている所だった。

 

ストレア「た、タクヤ!!大丈夫?しっかりして!!」

 

大声で叫んでも拓哉は一向に動く気配がない。

普段なら倒れる音がしようものなら直人が部屋を訪ねに来るのだが、生憎直人は今日日直当番の為、既に家を出た後であった。

つまり、この家には拓哉以外誰もいない事になる。

 

ストレア「どうしよう…どうしよう…どうしよう…!!

こんな時ってどうすればいいんだっけ?…ユイを呼ぶ?いや、それも意味無いし…とにかくタクヤをどうにかしなくちゃだから…え〜と…あっ!そうだ!!」

 

何かを閃いたのかストレアは拓哉の部屋にあるPCからある場所へと全速力で向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木綿季「おはよー!!明日奈ー!!キリトー!!」

 

明日奈「木綿季!!おはよう!!」

 

和人「木綿季…キリトじゃなくて和人だって…」

 

木綿季は昇降口で偶然和人と明日奈に出会い挨拶を交わす。

雨で滴る傘を払いながら靴箱へと向かった。

 

明日奈「あれ?そう言えば拓哉君は?」

 

木綿季「いやーそれがねー、待ち合わせしてたんだけど全然来ないからさ…先に行くってメッセージ入れて来ちゃったんだ」

 

和人「まったく…朝起きれないなんてだらしないな」

 

明日奈「直葉ちゃんに起こしてもらってる和人君が言えたぎりじゃないけどねー」

 

和人「そ、それは兄妹のアドバンテージってもんだろ?」

 

そんな話をしていると木綿季の制服のポケットが震えた。

最近買ってもらったスマホを取り出し、画面に目をやるとどうやらストレアからのようだ。

 

木綿季「ストレア!拓哉は?」

 

ストレア「大変だよユウキ!!タクヤが…タクヤが倒れちゃった!!」

 

木綿季&明日奈&和人「「「!!?」」」

 

思いがけない発言に一瞬脳が機能しなかったがすぐに我に返ってストレアに事情を聞いた。

 

ストレア「拓哉が起きたと思ったらいきなり部屋から物凄い音がして小型カメラから見てみたら床に倒れたまま動かなくなっちゃって…」

 

木綿季「…」

 

明日奈「木綿季!!」

 

木綿季「っ!!明日奈…ボク…」

 

明日奈「今はすぐに拓哉君の所に行ってあげなきゃ!!

状況が分からないんじゃ早くしないと…」

 

それ以上の事は口には出せない。

木綿季もそれを察知したのか靴箱から靴を取り出し、傘も差さずに昇降口を飛び出した。

 

明日奈「拓哉君の事は先生に言っておくから安心して!!」

 

木綿季「ありがとう明日奈!!」

 

スマホを介してストレアに拓哉の家の住所までのナビゲーションをまかせる。

まさか、こんな形で拓哉の家に初めて行く事になろうとは夢にも思わなかったが、今は拓哉の無事を祈りながらただ走るしかない。

雨のせいで視界が悪く、水溜りや車からの水飛沫が上がっているがそんなのを気にする余裕などはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025年06月18日 08時30分 茅場邸

 

木綿季「ハァ…ハァ…ここが…拓哉の家…?」

 

ここまでほぼ走りっぱなしの木綿季が肩で息をしながら拓哉の家である茅場邸を眺める。

どこにでもあるような普通の一軒家。

塀から倉庫が見えるが中は物置として使われているらしい。

ストレアに頼んで家のオートロックを開けてもらい、中に入る。

 

ストレア「タクヤの部屋は2階の一番奥の部屋だよ!!」

 

木綿季「拓哉…!!」

 

階段を駆け足で登り、一番奥の部屋の前にたどり着く。

そっと部屋を開けるとやはり、ストレアの言った通り床に拓哉がぐったりと倒れていた。

 

木綿季「拓哉!!拓哉!!しっかりして!!拓哉!!」

 

拓哉「…う…」

 

どうやら命には別状はないようだが、木綿季は拓哉の顔を見て自分の額を拓哉の額にくっつける。

 

木綿季「…すごい熱だよ。風邪…かな…。

とりあえず早くベッドに寝かせなきゃ!!」

 

すると、拓哉が木綿季の腕を弱々しく握った。

 

拓哉「…木綿季…お前…ずぶ濡れじゃねぇか…ゴホッゴホッ。

早く風呂…入って…温まって…来いよ…ゴホッゴホッ」

 

木綿季「ボクより拓哉の方がひどいじゃないか!

なんでボクに電話しなかったの!?」

 

拓哉「風邪気味なのは…知ってたけど…まさか、ここまで酷くなるなんて…思ってなかったしゴホッ…。それに…木綿季に移したく…なかったから…ゴホッゴホッ」

 

木綿季「だからって…」

 

自然と涙が滲んでくる。

倒れる程辛いハズなのに自分よりも木綿季の身を案じている拓哉に木綿季はただ涙を零した。

 

拓哉「なんで…泣いてんだよ…?」

 

木綿季「うるさいっ!!拓哉のバカ!!バカ!!バカ!!心配したんだから…!!」

 

拓哉「…悪かったよ…ゴホッ」

 

木綿季「うん…」

 

袖で涙を拭い拓哉をベッドの上に寝かしつける。

木綿季も体中濡れてしまっている為、拓哉の汗を拭くタオルがある脱衣所にストレアから案内してもらい、その場で制服を脱いだ。

濡れた制服を洗濯機に入れるように拓哉から言われたのでその通りにすると、木綿季は大事な事を忘れていた。

 

木綿季「…替えの服がない…」

 

ストレア「だったら、制服が乾くまで拓哉の服着てたらいいよ。

確か、拓哉の部屋にあるハズだよ」

 

木綿季「そ、そこまでもしかして裸で行けって言うの?」

 

ストレア「別にいいんじゃん。木綿季達は夫婦なんだし、裸の1つや2つ…」

 

木綿季「そ、そそ、そんな訳…!!」

 

ストレア「ない訳じゃないんでしょ?今更な気もするし、拓哉もあのままじゃ更に風邪が悪化しちゃうから早くしないと!!」

 

ストレアの意見は至極正しいものだった。

今、羞恥心を気遣って拓哉の容態が悪化するのは頂けない。

数秒考えた後、バスタオルを巻いて素早い動きで拓哉の部屋に戻った。

部屋の扉を開けるとタイミング良く拓哉が寝ていたので胸を下ろす。

また脱衣所に戻り、今度こそお風呂へと入り、体を温めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025年06月18日 09時10分 茅場邸 拓哉の部屋

 

下着類は流石にある訳もなく、ぶかぶかのパーカーを着て部屋へと戻ってきた。

 

拓哉「ん…木綿季…」

 

木綿季「ボクはここにいるよ?…きついだろうけど体起こせる?」

 

木綿季の支えを借りて拓哉は重くなった上半身を起こすと木綿季はおもむろに服を脱がせた。

 

拓哉「ゆ、木綿季…?」

 

木綿季「体の汗拭くから背中向けて!…ボクだって恥ずかしいから」

 

拓哉「あ、あぁ…頼む…」

 

言われるがままに背中を向けて、木綿季が拓哉の体から汗を拭い取る。

 

木綿季「…」

 

その背中には無数の擦り傷と跡が残ってしまっている斬り傷があった。

その傷はかつてまだ、拓哉が木綿季と出会う前に付けた傷なのだろうと木綿季は思った。

それはあまりに痛々しくてあまりに哀しい背中であった。

両親を赤の他人に殺され、兄は家に帰って来ず、身内には敬遠され、拓哉は2年という時を奪われた。

 

拓哉「…無理しなくていいからな…ゴホッ」

 

木綿季「ううん…大丈夫…」

 

この背中に刻まれた哀しい記憶をどうにかしてあげたい。

これからこの背中には哀しみを背負って欲しくない。

 

木綿季「…拓哉…ボクが幸せにするからね…?」

 

拓哉「…それ、男のセリフじゃね?」

 

木綿季「女の子だって言いたい時があるの!…はいおしまい!」

 

汗を拭い終わり、拓哉に新しい服を渡した。

部屋に来る時に一緒に持ってきた風邪薬と水を渡して飲むように促す。

本来ならばすぐにでも病院へ連れていきたいのだが、外は雨が激しくなり風も吹いている為、病人を連れて出歩けない。

市販の薬でも2,3日すればだいぶ楽になるだろうから病院はその後でも大丈夫なハズだ。

 

拓哉「助かったよ木綿季…ゴホッ。

オレは大丈夫だから制服乾いたら学校に戻っていいからな?」

 

木綿季「ダメだよ!!直人もいないし今日は1日拓哉の看病するから!!」

 

拓哉「でも…」

 

木綿季「ちゃんと学校と森先生には電話してあるから大丈夫!!」

 

これ以上言っても無理だと結論付けた拓哉は静かにベッドに横になる。

 

木綿季「そうだ!拓哉、お腹空いてるでしょ?ボクが何か作ってあげるよ!!」

 

拓哉「そう言えば…何も食べてないんだった…ゴホッ」

 

木綿季「食欲ある?」

 

拓哉「ないと言えば嘘になる…」

 

木綿季「分かった!!風邪でも食べられるような物作るからそれまでゆっくり寝てて!!」

 

そう言い残して木綿季は拓哉の部屋を後にした。

 

拓哉「…ハァ…」

 

薬が効いてきたのか拓哉はたちまち深い眠りへとついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木綿季「うーん…やっぱり、風邪引いた時はおかゆだよねー…」

 

木綿季は1階のキッチンでストレアと共に頭を捻らせていた。

 

ストレア「おかゆってな〜に?」

 

木綿季「米をふやかして水分をたっぷり含んだご飯の事だよ。

地方毎に味が違うらしいけどやっぱりさっぱりした方の物がいいかな?」

 

ストレア「検索にかけたらこんなにあったよ〜。どれも美味しそうだね〜」

 

おかゆの作り方は簡単だが、それだけに味のバリエーションは様々だ。

病人がよく食べるの梅などが入った胃に優しいおかゆで冷蔵庫を開くとある程度の調味料もあるし、お米も充分。

梅干しがあったので梅のおかゆを作る事にした木綿季は早速鍋を取り出し、水を入れてIHにかける。

 

木綿季「IHって本当に火が出ないんだね?」

 

ストレア「ユウキはIH使った事ないの?」

 

木綿季「ボク達の所はコンロだったからね。まぁ何とかなるよ!」

 

IHのスイッチを入れ、水と米を入れた鍋をかける。

鼻歌交じりに料理を進めていくとストレアから言われた。

 

ストレア「なんだかこうして見てると本当に夫婦みたいだね」

 

木綿季「そ、そうかな?…でも、いつかはそうなりたいな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025年06月18日 11時00分 茅場邸 拓哉の部屋

 

完成した梅入りのおかゆと生姜湯を持って拓哉の部屋に戻ってきたが、拓哉はまだ布団の中で眠りについていた。

 

木綿季「起こすのもあれだし、少し待っていようかな…」

 

机の上におかゆと生姜湯を乗せたお盆を置いて、改めて拓哉の部屋を見渡した。

最低限の家具に、壁にかかっている制服、いつも拓哉が使用している机、元々備え付けられていた本棚にはギッシリと本が並べられていた。

本棚の前に立つと、そこに並べられていたのはどれも難しいものばかりで主にプログラム関連のものが多い。

だが、本棚の隅の一角にだけ背表紙にタイトルがないものが数冊並べられていた。

何の本なのか興味を抱き、タイトルのない本を取る。

 

木綿季「なんだろ?…これ」

 

中を開くとそこには小さい子供の写真がずらりと貼られていた。

 

木綿季「アルバム…?」

 

だとすれば、この写真の子供は小さい頃の拓哉という事になる。

よく見てみればどことなく拓哉に似ている。

写真の中の拓哉はどれも笑顔で心の底から幸せそうにしている。

砂場で遊んでいる拓哉、海に行った時の拓哉、小学校の入学式でピカピカのランドセルを背負っている拓哉。

どれも木綿季が見た事のない拓哉の小さい時の思い出。

1枚ページを捲るとそこには拓哉以外に2人の子供と2人の大人の姿が写されていた。

 

木綿季「これ…」

 

おそらく一緒に写っている子供は直人と茅場晶彦、となるとこの夫婦は拓哉達の両親という事になる。

どちらも表情が柔らかく、優しそうな人達だ。

ページを捲る度に家族で撮り溜めた写真が貼られいる。

中学生もいよいよ終わりに近づいた所で写真は終わっていた。

 

木綿季「この後…から…」

 

こんなにも笑顔で溢れていた家族は突如として一気に変わってしまった。

アルバムを見ているとふと背後に視線を感じた。

 

木綿季「…拓哉」

 

拓哉「なんだ…それ見てたのか…ゴホッゴホッ」

 

木綿季「…ごめん」

 

拓哉「別に気にしねぇよ。見られてまずいものじゃないし、オレにとってはそれが家族との唯一の思い出だから…」

 

木綿季「…」

 

アルバムを元の場所に戻し、ベッドの端に腰をかける。

 

木綿季「ねぇ…拓哉」

 

拓哉「ん…っ!!?」

 

返事をする前に拓哉は木綿季に強く抱きしめられた。

それはとても心地よく、熱がある為か、頭が上手く働かない。

それでも木綿季が拓哉に愛情を注いでいる事は充分理解出来る光景だった。

 

木綿季「ずっと傍にいるよ…。どんな事があってもボクは傍にいるから…。絶対に居なくなったりしないから…」

 

拓哉「木綿季…」

 

ふと視界が霞むのに気付いた拓哉は指で擦ると涙がポロポロと零れていた。

何故、涙が出ているのか分からない。悲しい訳でもない。

でも、涙はとめどなく流れ続ける。

自分で止める事が出来ないそれを木綿季が指で拭った。

 

木綿季「…泣いたっていいんだよ?」

 

拓哉「…あ…あ…」

 

その言葉を聞いて、拓哉はとうとう泣き崩れた。

風邪のせいで心まで弱くなっている拓哉にはもうどうする事も出来ない。

木綿季はただそれを優しく受け止めていた。

いつまでも優しく拓哉を包み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拓哉「…いろいろ…ありがとう…木綿季」

 

木綿季「ううん。ボクは拓哉の彼女だからね!当然だよ!!」

 

拓哉「…そうだな」

 

瞬間、拓哉のお腹から空腹を知らせる警告音が鳴り響いた。

 

拓哉「そう言えば何も食べてないってさっき言ってたんだった…」

 

木綿季「…ボクもおかゆ作ってたのすっかり忘れてたよ」

 

互いに顔を見合わせ笑う。拓哉は木綿季からおかゆと生姜湯を渡され、蓮華で掬い1口頬張った。

 

木綿季「どう?美味しい?」

 

拓哉「…上手いよ!元気が出てくる!」

 

口の中で熱々のおかゆが梅のさっぱりとした塩っ辛さと合い、ほどよい味わいを奏でている。生姜湯も体を内から暖めてくれて風邪にピッタリの食事療法だ。

全て平らげ、手を合わせて挨拶を済ませる。

 

拓哉「ありがとな木綿季。おかげで元気が出たよ」

 

木綿季「どういたしまして!でも、無理しちゃダメだからね?

今日は1日安静にしてなきゃ!」

 

拓哉「分かってるって」

 

拓哉は布団の中に戻り、瞼を閉じる。

だが、眠りにつこうとするが中々睡魔が襲ってこない。

 

拓哉「あれだけ寝てりゃ睡魔なんて来ねぇか…」

 

熱もそれ程高くない事に気づき、上半身を起こして軽く欠伸をする。

木綿季は食器を片付ける為に下の階にいるので部屋には拓哉しかいない。

まだ時刻も正午を少し過ぎたぐらいで1日の終わりはまだまだ先だ。

 

 

拓哉「…風邪の時ってこんなに暇なのか…」

 

生まれてこの方、拓哉は1度だって風邪は愚か病気と言われるものに患った事がなかった。

初めての病人ライフの感想として一言…暇だ…としか言いようがない。

そんなくだらない事を考えていると、部屋に木綿季が戻ってきた。

 

木綿季「あー!!もう!!病人なんだから寝てなきゃダメだよ!!」

 

拓哉「熱も落ち着いたし、眠たくないから暇でよ…」

 

ストレア「じゃあ、ALO(コッチ)に来て3人でクエストでもやろ〜よ〜!!」

 

木綿季「ダメだってば!!また熱がぶり返しちゃうかもしれないでしょ!!」

 

拓哉「ちょっとくらいなら平気…」

 

木綿季「ダメったらダメっ!!!!」

 

拓哉&ストレア「…はいすみません…」

 

結局、拓哉は木綿季に看病されながらもベッドで横になった。

木綿季はこまめにタオルを濡らして拓哉の額に乗せ、それ以外は小説を読んだり、拓哉との談笑に時間を割いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025年06月18日 16時30分 茅場邸

 

雨は上がり、美しい夕陽が照らし出し、外の往来は買い物に行く主婦や学生達で賑わいを見せていた。

 

直人「ただいまー」

 

学校から帰ってきた直人はリビングに向かい、冷蔵庫にある牛乳に手をかける。

グラスに一杯注ぎ口の中へと流し込んで行く。

飲み終えたグラスをシンクに置くと、直人はある事に気付いた。

 

直人「土鍋?」

 

普段滅多に使わないハズの土鍋が乾燥機の横に立てかけられていたのを発見した。

 

直人「そう言えば靴も1足多かったような…。誰か来てるのか?」

 

気にし始めると途端に真実を知りたくなり、直人はおもむろに拓哉の部屋を目指した。

 

直人「兄さん、帰ってるの?」

 

扉を数回ノックして呼びかけるが、中からの返事はない。

 

直人「…開けるよ?」

 

扉を開けるとそこにはベッドで寝ていた拓哉と木綿季の姿があった。

何か見てはいけないものを見てしまった感覚にとらわれ、条件反射で扉を閉めてしまった。

 

直人「ハァ…ハァ…、は?…え?」

 

とりあえず、今度はゆっくりと扉を片目で見える程度に開け、こっそりと中を伺おうとした瞬間、玄関からインターフォンが鳴り響いた。

慌てて玄関に向かい、扉を開けた。

 

和人「よっ、直人」

 

明日奈「こんにちは直人君」

 

里香「お見舞いに来てあげたわよー!」

 

珪子「これ、お見舞いの品です」

 

施恩「拓哉さんの具合はどうですか?」

 

直人「み、みなさん…?どうして…ってお見舞いって?」

 

何故、和人達がここにいるのかも、家の場所を知っているのかも直人には分からなかった。

中には外見からして拓哉の担任の教師であろう女性の方も混じっている。

 

和人「なんだ?聞いてなかったのか?」

 

直人「ついさっき帰ってきたばかりだったので…」

 

明日奈「今日の朝に拓哉君が倒れたってストレアさんからメッセージ貰って木綿季が先に来てると思うんだけど…」

 

すると、ガタッと拓哉達のいる2階から物音が聞こえてきた。

 

直人「!!?」

 

里香「2階にいるのね?」

 

直人「あ…あー!!そうなんですよ!!

でも、さっき見たら兄さんは寝てたからリビングで待っててください!!

お茶をお出しするんで!!ささっ、どうぞ!!」

 

今の拓哉達を和人達に見せるのはさすがに頂けない。

何かあったらどちらも気まずくなるだけだし、トラブルの芽は早めに摘んでおいた方がいい。

 

明日奈「え?そんなの悪いよ」

 

珪子「私達も1目顔を見たらすぐにお暇するつもりなので…」

 

直人「昨日バイト先の店長からお土産のクッキー貰ってるんでもしよかったら召し上がりませんか?

地元でも評判になってるぐらい美味しいらしいですよ!!」

 

和人「へぇ…ちょうど腹が減ってたんだ」

 

直人「じゃあこちらに…!!」

 

和人達がリビングにいる間に拓哉達をどうにかして起こさなくてはこちらにも火の粉が降り注ぐ羽目になりかねない。

リビングに向かわせ、人数分のコーヒーを用意してすぐ様2階の拓哉の部屋の前にたどり着く。

 

直人「兄さん!!起きて!!和人さん達が来てるぞ!!」

 

扉を強く叩きながら必死になって拓哉を起こす。

なんで自分がこんな事しなきゃいけないんだって思いながらも中にいる拓哉を呼びかけ続けた。

 

拓哉「…ん〜…うるせぇ…」

 

扉から出されている音に起きた拓哉は寝ぼけながら扉の前まで向かった。

 

拓哉「なんだようるせぇな…」

 

直人「和人さん達が来てるって言ってるだろ!!

てか、そんな格好でみなさんの前に立ったりするなよ!!」

 

言いたい事だけ伝えて勢いよく扉が閉められた。

呆気に取られながらもふと自分の格好を見た。

 

拓哉「…なんでオレ…上半身裸なんだ?」

 

下は履いているものの上半身は裸のままでベッドの傍らで上着が投げ捨てられていた。

木綿季は未だに布団にくるまって気持ちよさそうに寝ているが、寝る前まで木綿季が着ていたハズの拓哉のパーカーも一緒に投げ捨てられていた。

 

拓哉「…」

 

木綿季「Zzz…」

 

拓哉「…マジか」

 

今の状況から察すると自然と答えが導き出された。

嫌な汗が吹き出し、途端に強烈な羞恥心に襲われた。

 

拓哉「あぁぁぁぁっ!!?起きろ木綿季!!!起きろってば!!!」

 

木綿季「ん〜…ふにゃ…」

 

拓哉「呑気に寝てる場合じゃねぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

 

 

 

その後、拓哉は間一髪の所で木綿季を起こし、急いで着替えた為、和人達にバレる事はなかった。

だが、和人達が帰った後、直人は拓哉と木綿季に2時間の説教をプレゼントしましたとさ

 

 

 




いかがだったでしょうか?
書きながらもほのぼの系で進めてたんですが、途中から思わぬ方向に行っちゃった気がします。
駄文にお付き合い頂き誠に恐縮です。



では、また次回!


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【49】女子会

という事で49話目になります。
今回は少し短めですが、次回からはいよいよアレの回です!
何話構成にするかまだ悩んでいますが、オリジナル展開を入れつつ、長く、面白い話にしたいと思ってます。


では、どうぞ!


 2025年07月15日15時00分 ALOイグシティ キリトのマイホーム

 

 テーブルには香ばしい匂いが立ち込め、色とりどりのお菓子が満遍に並べられている。

 奥のキッチンからこれまた色とりどりの紅茶を持ってきてテーブルの上へと置く。

 

 アスナ「こんなものかなー」

 

 水色の髪を煌めかせ、準備を終えた水妖精族(ウンディーネ)のアスナ

 は今から行われるある行事の準備としてお菓子や紅茶を用意していた。

 すると、ドアが数回ノックされ、返事をすると外から紫色の長い髪に1本だけ立ったアホ毛を揺らしながらアスナの親友が入ってきた。

 

 ユウキ「アスナー!!みんなを連れてきたよー!!」

 

 闇妖精族(インプ)のユウキが部屋に入ってくるや否やアスナに抱きつき、アスナも顔を赤くしながらもそっと頭を撫でる。

 そんな様子を次々と入ってくる彼女達に見られ、途端に恥ずかしくなりユウキから離れた。

 

 リズベット「はいはい。アンタ達が仲良いのは分かったから会う度に抱きつくのはやめなさい」

 

 シリカ「わ、私はいい事だと思いますよ!」

 

 アスナとユウキを見てやれやれと感じたのは鍛冶妖精族(レプラコーン)のリズベットと猫妖精族(ケットシー)のシリカである。

 彼女らとはSAOの頃からの付き合いで、お互いへの信頼も厚い。

 最近出番という出番がないと小言を言っているのは秘密である。

 

 リーファ「うわぁ!こんなにお菓子があるなんて!!」

 

 ラン「どれもすごく美味しそうですね!!」

 

 次に入ってきたのは風妖精族(シルフ)のリーファと闇妖精族(インプ)のランだ。

 リーファは現実ではキリトの妹にあたり、剣道で磨いた技術はALOの中でもかなりの上級者である上にALOを長くプレイしている古参プレイヤーでもある。

 一方のランは現実ではユウキの姉にあたり、つい最近ALOを始めたばかりの初心者だ。

 だが、その腕前は初心者とは呼べず、刀をまるで自分の手足のように扱い、舞を踊るかのような戦い方でALOではランのその戦闘スタイルか

 "戦舞姫”という二つ名までついている程の実力者である。

 

 ルクス「わ、私も来てよかったのだろうか?」

 

 シリカ「当たり前じゃないですか!一緒に楽しみましょう!」

 

 恥ずかしながら部屋へと入ってきたのは風妖精族(シルフ)のルクスだ。

 彼女もSAO帰還者(サバイバー)であり、一時期はタクヤと行動を共にしていた。

 最近ではシリカやリズベット、リーファを中心にALOをプレイしていて、SAO時代のキリトのように二刀流を使用しているがキリトと違ってルクスは右と左で攻撃と防御に完全に別けている為、左手の剣は半分盾代わりとして使っている。

 

 ストレア「やっほ〜!!遊びに来たよ〜!!」

 

 ユイ「ストレア!!いらっしゃいです!!」

 

 次にやってきたのは土妖精族(ノーム)ストレアであった。

 元々はSAOの"MHCP(メンタルヘルスカウンセリングプログラム)”として存在していたが、今はタクヤのプライベートピクシー兼戦闘要員としてALOの世界を満喫している。

 そして、ストレアのすぐ横にちょこんと立っているのがキリトとアスナの愛娘であるユイだ。

 ユイもストレア同様にMHCP(メンタルヘルスカウンセリングプログラム)としてSAOの世界でプレイヤー達を観察していたが、エラーが蓄積し、自分が何者かも忘れ、22層でキリトとアスナがユイを預かる事になり、紆余曲折を経て本物と呼べる家族になったのだ。

 

 アストラ「すごいお家ですね…!」

 

 フロスト「コクコク」

 

 アスナ「アストラさんフロストさんもいらっしゃい!」

 

 最後にやって来たのは5月に行われた妖精剣舞と言う大会で知り合った水妖精族(ウンディーネ)のアストラとフロストである。

 アストラは魔法スキルをカンストしていて"詠唱破棄(コードレスマジック)”というエキストラスキルを習得している。

 本戦でもし戦っていたならアスナは間違いなく負けていただろうと確信して言える程にアストラは強かった。

 アストラもSAO帰還者(サバイバー)でカストロと一緒に中層を攻略していたと聞いている。

 フロストはタクヤとユウキが予選決勝戦の時にぶつかった片手用直剣の使い手だ。

 無口で何を考えているか分かり難いが先日久しぶりに会ってケーキを食べている時の幸せそうな顔を見てアスナはある意味シリカとは違う妹として見ていた。

 だが、戦闘となると脅威の集中力を発揮し、死角から死角へと闇に紛れる忍者の如き動きを見せた。

 可愛らしい顔つきの裏には何者にも負けない闘志を垣間見せる。

 

 アスナ「じゃあ、みんな揃ったわね?今日はみんなで楽しくお茶会しよう!」

 

「「「おぉっ!!」」」

 

 アスナの号令で女子だけのお茶会が始まった。

 全員のティーカップに紅茶を注ぎ、貰った人から順に紅茶に口をつける。

 

 リズベット「渋っ」

 

 シリカ「甘っ」

 

 リーファ「辛っ」

 

 ユウキ「苦っ!?アスナ!!何これ!?」

 

 アスナ「これは4種類の味の紅茶が淹れられる魔法のポッドなの。

 やっぱりいつものはみんな飲み飽きてると思うから。

 あっ、でも、ランちゃんとアストラさんとフロストさんにルクスさんは初めてだからいつもみんなに淹れてるのを出したからね」

 

 ラン「これすごく美味しいです!」

 

 アストラ「すごく上品な味がしますね」

 

 フロスト「…ズズズ…」

 

 ルクス「とっても美味しいよアスナさん」

 

 初めて来た4人にもアスナの紅茶は気に入れられ、アスナも満足そうな笑みを浮かべている。

 

 アスナ「お菓子もいっぱいあるから遠慮しないでじゃんじゃん食べてね!」

 

 フロスト「…ジュル…」

 

 テーブルにはクッキーやチョコをはじめ、凝ったお菓子が勢ぞろいしている。

 フロストは一気に1品ずつ皿に盛り付けて1つずつ口の中へと放り込む。

 その度に幸せそうな表情を見て次第に全員がお菓子を我先と取り始めた。

 

 ユウキ「やっぱりアスナのお菓子は最高だよ!!」

 

 ストレア「ユウキのも美味しかったけどアスナのも美味しいね〜!!」

 

 リーファ「さすがアスナさんですね!」

 

 アストラ「わ、私だってその気になればアスナさんに負けたりしません!!」

 

 リズベット「とか言いながらめいいっぱい食べてるじゃない」

 

 アストラを見ればリスのように頬を膨らませながら食べていた。

 余程アスナのお菓子が気に入ったのか口へ運ぶ手が休もうとはしない。

 

 アスナ「アストラさんもフロストさんも慌てなくてもまだまだあるから」

 

 フロスト「…ほんとう?」

 

 ユウキ「てか、初めて喋ったね!!?」

 

 フロストの声を初めて聞いてユウキが驚いている隣ではシリカとルクスが何やらコソコソと話していた。

 

 シリカ「あ、あの…ルクスさん。噂で聞いたんですけど…その、タクヤさんと一緒の部屋に泊まったって…」

 

 瞬間、ルクスの顔は一気に赤くなり、紅茶を持つ手が震えていた。

 

 ルクス「な、な、なんでそれを…!!?」

 

 シリカ「や、やっぱりそうなんですね!!?ど、どうでしたか!!?あの…その…タクヤさんとの寝心地は…!!?」

 

 ルクス「一緒には寝てないよ!!あの時は一部屋しか空いてなくて仕方なく…!!」

 

 シリカ「いいなぁ…私も一緒の部屋で…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「一緒の部屋で…なぁに?シリカぁ…」

 

 

 シリカ「な、なな、なんでもありましぇんっ!!!!」

 

 ルクス「あはは…」

 

 そんなある意味修羅場を繰り広げている側でランとリズベット、リーファが何やら武器の事で盛り上がっていた。

 

 リズベット「ラン、この前作ってあげた武器はどう?」

 

 ラン「はい!!すごく手に馴染みやすくていつもより早く動けています!!」

 

 あれは約1ヵ月前にALOを始めたばかりのランを交えて武器精製クエストに挑戦した時の話。

 討伐対象であった"イレイザーラビット”を倒す事で手に入る"月の欠片”を規定数集めると"オリハルコンインゴット”という伝説級武器(レジェンダリーウェポン)を溶かしてでしか手に入らない鉱石と交換できるといった内容であった。

 その時、リズベットを含め他のメンバーも初心者のランを気遣いながらもやはり、ランは道を踏み外しかけた。

 だが、それをクラインやカヤトがランの背中を押して、今ではベテラン顔負けの実力者にまで成長している。

 

 ラン「そうだ!今度あの刀の素材集めてきますので強化して頂いてもよろしいですか?」

 

 リズベット「いいわよ!なんだったら素材集めも私達と一緒にしましょ?そっちの方が効率もいいしね!ねっ?リーファ!」

 

 リーファ「もちろんOKですよ!!頑張ろうねラン!!」

 

 一方こちらでは何やらピンク色の雰囲気が醸し出されていた。

 

 アスナ「アストラさんはカストロさんに告白したの?」

 

 アストラ「なっ!!?そんな訳ないじゃないですか!!恐れ多いです!!」

 

 ストレア「え〜!!なんでなんで〜?」

 

 アストラ「だ、だって…カストロ様は私の事そんな風に想ってないと思いますし…」

 

 元々白かった肌が赤くなるにつれて声量も小さくなり、気のせいかアバターまで小さく見える。

 アストラのこんなモジモジした姿を見たのは初めてのアスナは心の中で何かイケナイスイッチが押されようとしていた。

 

 アスナ「でも、いつも2人でクエストやイベントに参加してるんでしょ?」

 

 アストラ「それはそうですけど…。私、よく分からないんです。

 この気持ちが果たして本当に恋なのか、尊敬なのか…。

 今までこんな経験した事ないし、アスナさん…私はどうしたらいいですか?」

 

 アスナ「…」

 

 簡単な事だ。自分の想いを相手に告げればいいのだ。

 そうすれば自分の気持ちも相手の気持ちも感じ取れるハズだ。

 だが、それがダメだったら?

 そう助言して結果としてアストラとカストロの関係が崩れたら?

 そう考えると安易な答えなど出せないのが一般的な考え方。

 けれど、アスナはそれを口にする。

 

 アスナ「…アストラさんの想っている気持ちをそのまま言葉にしてカストロさんに告げればいいんだよ」

 

 アストラ「で、でも…もし、カストロ様にその気がなかったら?」

 

 アスナ「その気がなかったらその気にさせればいいんだよ。簡単でしょ?

 アストラさんがいつもカストロさんの為に自分が何を出来るのかを知らなきゃダメだと思う…。私もそうだったから…」

 

 アスナもキリトに好意を抱き始めてすぐの頃、キリトは誰ともツルまず、誰とも関わらないように自らを遠ざけていた。

 その原因となった事件もキリト本人の口から聞かされた時はつい涙が流れたのを今も覚えている。

 

 

 キリト君の隣には私じゃない誰かが相応しいのかもしれない。

 その人とならキリト君は苦しい思いをしなくていいかもしれない。

 私じゃない誰かの方がキリト君を幸せに出来るのかもしれない。

 

 

 だが、キリトはアスナを選んだ。誰でもない結城明日奈を選んだ。

 アスナもそれに応える為に剣を振るった。

 キリトの背中を守る為、キリトの守りたいものを守る為に共に歩んできた。

 それは生半可な努力では決して出来ないのは明白だ。

 文字通りキリトの為に命を懸けてきた。

 

 アスナ「アストラさんも本当にカストロさんの事を想っているならそこまでしないとね!」

 

 アストラ「アスナさん…」

 

 アスナ「それにーアストラさんは私より凄いって言うならこれぐらい出来て当然だもんねー?」

 

 アストラ「ピクッ…当たり前ですよ!!やってあげますよっ!!」

 

 負けず嫌いなアストラにはこのやり方が1番理にかなっている。

 アスナもだんだんアストラの扱いに慣れてきていた。

 それぞれが互いに楽しい時間を過ごしていると空はすっかり暗くなっていた。

 時刻は18時手前。もう3時間も経ったのが嘘のように時間の流れが早く感じていた。

 

 アスナ「楽しい時間って経つのがあっという間だね?」

 

 ユウキ「だねー!」

 

 こうやってみんなで最高の思い出を作っていきたい。

 みんなが笑いあって幸せになれるようなそんな思い出を。

 

 リズベット「じゃあまた来るわね!」

 

 シリカ「お邪魔しましたぁ!」

 

 リーファ「お菓子と紅茶美味しかったです!」

 

 3人はそれぞれのホームとしている宿や領地へと飛んでいった。

 

 アストラ「私達もこれで失礼します」

 

 フロスト「…バイバイ」

 

 彼女らは水妖精族(ウンディーネ)領で集会があるらしく、全速力で飛んで帰っていった。

 

 ルクス「今日は楽しかったよ。また呼んでくれると嬉しいな」

 

 アスナ「もちろん大歓迎だよ!…その時はタクヤ君も呼ぶからね」

 

 ルクス「…ありがとう。楽しみにしてるよ」

 

 振り返りざまに思いつめたような顔をしていたがアスナは敢えて何も言わずにルクスを見送った。

 

 ラン「私も勉強しなきゃなのでここで落ちますね。

 ユウキもアスナさん達に迷惑かけないようにね!」

 

 ユウキ「わかってるって!」

 

 ランもそう言い残し近くの宿屋へと帰っていった。

 ユイとストレアは小妖精(ピクシー)姿となってアスナとユウキの肩に座っている。

 

 ストレア「私達もそろそろ帰ろ〜」

 

 ユウキ「そうだね…そうしようか!」

 

 アスナ「ユウキもまた明日学校でね!」

 

 ユイ「おやすみなさいユウキさん、ストレア」

 

 ユウキ「おやすみーアスナ、ユイちゃん」

 

 ストレア「またねー!」

 

 ユウキとストレアもイグシティにあるタクヤのマイホームへと帰っていった。

 アスナとユイはみんなを見送ってから部屋へ入るとタイミングよくキリトがログインしていた。

 

 キリト「もうみんな帰ったのか?」

 

 アスナ「うん。ごめんね今日一日ホーム借りちゃって…」

 

 キリト「別にかまわないよ。ここはアスナとユイの家でもあるし、みんなのたまり場だからな。まぁ、タクヤの所も変わらないけど」

 

 アスナ「ありがとうキリト君。大好きだよ」

 

 ユイ「私もパパが大好きです!!」

 

 キリトの両肩にアスナとユイが寄り添い、ソファーへともたれかかる。

 

 キリト「じゃあ、みんなが眠くなるまで3人で一緒にいるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「ただいまー!」

 

 ストレア「タクヤ〜…って誰もいない」

 

 マイホームに帰ってくると部屋の明かりは付いておらず、部屋の中にも誰もいなかった。

 

 ユウキ「タクヤ…今日はログインしてないみたいだね…」

 

 ストレア「ちぇ〜せっかくタクヤとお風呂入ろうと思ったのに」

 

 ユウキ「ダメだよ!!タクヤにそんな大きいおっぱい見せたら死んじゃうよ!!」

 

 ストレア「大袈裟だな〜。ユウキだって現実じゃ大きくなってるんでしょ〜」

 

 ユウキ「…これっぽっちも成長してないよ…」

 

 ストレア「…ごめんね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「帰ってきて早々なんて会話してんだ」

 

 

 ユウキ&ストレア「「タクヤ!!」」

 

 

 寝室から現れたタクヤに驚き、すかさずタクヤの胸へとダイブした。

 だが、あっさりと躱されたユウキとストレアは顔面から床へと落ちて涙ぐみながら打ち付けた額に手を当てている。

 

 ユウキ「なんで避けるの…」

 

 タクヤ「すまん…条件反射でつい…」

 

 ストレア「痛〜い!」

 

 タクヤ「今日は女子会してたんだろ?楽しかったか?」

 

 ユウキ「楽しかったよ!!みんなでお菓子を食べながら恋バナとかいろいろしたしー…それにルクスもちゃんと来てくれたよ?」

 

 タクヤ「…そっか、それはよかった」

 

 ルクスはタクヤがALOから生還してからタクヤの前から姿を消した。

 理由は分からないが、頑なにタクヤとは会わないように気を付けているようだ。

 だが、タクヤとしてはもう会わない方がいいとも考えている。

 タクヤといれば必然的に昔の罪を思い出してしまうからだ。

 ルクスにはもう辛い思いはさせたくないと思うタクヤなりの優しさだ。

 だから、ルクスが楽しそうにしてるならそれだけでいいのだ。

 それさえ聞ければ後は何もいらないのだから。

 

 ユウキ「でも、アスナが今度みんなでまた集まろうって!

 もちろんルクスもだよ!!」

 

 タクヤ「…あぁ…」

 

 ユウキ「…タクヤ、今日…今からリアルで会えたりする?」

 

 タクヤ「え?…ユウキがいいならオレは大丈夫だけど」

 

 ストレア「ずるいずるい!!私も行きたい〜!!」

 

 ユウキ「む…まぁ、ここでもいいか…」

 

 何をするつもりなのか分からないでいるとユウキがタクヤの肩に手を掛け、目線を揃える。もう片方の手でストレアにもタクヤと同じように目線を合わせた。

 そして、腕を首に回して強く抱きしめる。

 

 タクヤ「ゆ、ユウキ?」

 

 ストレア「どうしたの〜?」

 

 ユウキ「いやぁ…なんかついこうしたくてさ。

 家族ってやっぱりいいよねぇ…。暖かいもん…」

 

 タクヤとストレアも顔を見合わせておそらく同じ考えなのだろうと分かると2人でユウキの腰に腕を回し強く抱きしめた。

 

 タクヤ「今更何言ってんだよ。これから先フルダイブ技術はどんどん発展していく。近い将来3人で現実世界でこんな事も出来るようになるさ。

 まぁ、オレがしてみせるけどな」

 

 ストレア「私もタクヤとユウキ…お父さんとお母さん大好きだよ!!

 いつまでも一緒にいよ〜ね!!」

 

 3人はしばらくして寝室に入り、川の字になって眠った。




女オリキャラのアストラ、フロスト再登場!
妖精剣舞編でそこまで活躍してないフロストも出してフロストの人気を上げてやりたい。無口だけどお菓子に目がないって設定です。
これからもオリキャラは出て来ますが暖かい目で応援してください!
評価、感想などあればどしどし送ってください!お待ちしています!


では、また次回!


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【50】Extra Edition -Summer vacation-

と言うわけで50話目になります。
節目を感じましたのでいつもの約倍の文字数になってます。(18000くらい?)
エクストラエディションの前半は美女の水着見ながら過去を振り返るって事なのでこちらでもその形を取り入れてみました。
少し長めですのでごゆっくりお読みください。


では、どうぞ!


 青い空、白い雲。

 蝉の鳴き声が耳にタコが出来る程聞き飽きる季節になった。

 気温は35度と天気予報で聞いてため息が出る。

 外はジリジリと肌を焼き、額には大量の汗が姿を現していた。

 だが、夏と言ってもただ暑いだけではない。夏だからこそのものも存在するからだ。

 特に学生は今か今かとその時を待ちわびているに違いない。

 そして、先日とうとうその日がやって来た。

 

 

 

 里香「夏休みだァァァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年07月25日 10時00分 SAO帰還者学校

 

 拓哉「…暑い」

 

 学校の校門を抜け、駐輪場までバイクを移動させ、エンジンを切る。

 5月の終わりに和人と一緒に免許を取って以来拓哉は毎日と言っていい程バイクを走らせていた。

 だが、それもこの炎天下ではフルフェイスを被るというのは些か勇気がいるものだ。

 中は蒸れるし、暑いし、汗は止まらないし、事夏においては良いところは何もない。

 

 拓哉「早く冬になんねぇかなぁ…」

 

 夏など嫌いだと遠回しに言った拓哉の後ろをバイクから降りた木綿季が言った。

 

 木綿季「まだ夏になったばっかりだよー?夏だって良いところあるじゃん!」

 

 拓哉「例えば?」

 

 木綿季「夏になると冷やし中華とかそうめんも食べられるし、かき氷やスイカもいいよねー。

 それに花火大会に海水浴やプールにだって行けるしさ!」

 

 拓哉「オレは別にいいわ…」

 

 ヘルメットを脱ぎ、バイクから降りながら拓哉が言った。

 

 木綿季「なんでさー?…拓哉はボクの水着姿とか浴衣姿とか見たくないの?」

 

 拓哉「…」

 

 瞳をうるうるさせながらまじまじと拓哉を見つめる。

 心做しか拓哉の頬が赤くなっている事に気づいた木綿季は悪戯っ子のように笑って見せた。

 

 木綿季「…えっち」

 

 拓哉「な、なんでそうなるんだよ!!?そりゃあ、男なら誰だって好きな娘の水着や浴衣はみたいに決まって…!!」

 

 最後まで言い終わる事が出来ず、体温が急激に上がるのを感じながら木綿季から目を逸らして冷静になる。

 木綿季も自分で言ったものの途端に恥ずかしくなり、頬を赤く染めた。

 

 和人「あの〜…出来れば2人っきりの時にしてくれないか?」

 

 直葉「なんだかこっちまで恥ずかしくなってきたよ…」

 

 拓哉&木綿季「「…」」

 

 実は先程から一緒にいた桐ケ谷兄妹の事をすっかり忘れて2人だけの世界に入ってたようで拓哉と木綿季は一言詫びた。

 何はともあれ待ち合わせ場所であるプールの更衣室前まで行き、そこで明日奈と里香、珪子と合流した。

 

 里香「おぉ!来た来た…ってなんでそこの2人は顔が真っ赤なの?」

 

 木綿季「はは…まぁ、いろいろとね…」

 

 明日奈「こんにちはみんな!」

 

 直葉「こんにちは!き、今日はよろしくお願いします!!」

 

 何故、彼らが夏休み期間に学校にいるのかというと、運動神経抜群の直葉に唯一苦手な水泳を教える為であった。

 

 珪子「まさか、直葉さんが泳げないとは思いませんでした」

 

 直葉「実は小さい頃から泳げなくて…。水に顔をつけるのもダメなんだァ…」

 

 明日奈「大丈夫だよ。アルヴヘイムの海と違ってちゃんと足がつくから」

 

 アルヴヘイムの海と比べてもいまいちピンとこないが、ともあれ安全に泳げる事は間違いない。事前に教師には許可も取っている為、何も気にせず水泳の練習に集中出来ると言うものだ。

 

 和人「いいか?スグ。ちゃんとみんなの言う事守って練習するんだぞ?」

 

 直葉「はぁい」

 

 和人「じゃあ、オレ達はカウンセリングがあるから…。行こうぜ拓哉」

 

 拓哉「えぇ〜…やっぱオレも行かなきゃダメか?」

 

 和人「当たり前だろ。オレだけ除け者とか許さないからな」

 

 直葉達は水泳の練習をするのだが、拓哉と和人はこういう日に限ってカウンセリングの時間を設けられていた。

 SAO帰還者学校では一定の期間毎に学生達がカウンセリングを受けるようになっている。

 2年間も殺伐としたデスゲームに身を投じていた為、精神に何らかの障害や思想が生まれていてもおかしくないと政府から義務付けされたものだ。

 そういう点から周りからは犯罪者予備軍を1箇所に集めた収容所とまで呼ばれる始末だ。

 

 拓哉「オレ…1学期は特に問題起こしてないんだけどなぁ…」

 

 里香「アンタの場合、授業中に居眠りばっかして授業をろくに受けてないからじゃない?」

 

 木綿季「もぉ!授業はちゃんと聞かなきゃダメだよ拓哉!!」

 

 拓哉「う…すみません…」

 

 里香「美人のカウンセラーには注意するのよー」

 

 思わず転びそうになるのを2人はなんとか耐え、直葉達と別れてカウンセリングルームへと寂しく向かって行った。

 

 明日奈「じゃあ、私達も更衣室に行きましょうか?」

 

 木綿季「やっぱり夏って言ったらプールだよねー!」

 

 珪子「ここのプールは結構大きいですからねー!」

 

 直葉「お、大きいの?…足はちゃんとつくんですよね?」

 

 里香「当たり前でしょー!水深は普通だから心配しなさんなって」

 

 明日奈達も水泳の練習をする為、女子更衣室へと足を運ばせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「…はぁ」

 

 和人「ため息つくなよ。オレだって我慢してるんだから」

 

 上履きに履き替え、校舎の中を歩きながら拓哉はため息をつく。

 その気持ちも分からないでもないのだが、日頃の授業態度が悪いからと和人に言い切られた。

 

 和人「拓哉はともかくオレはちゃんと真面目にしてたつもりなんだけどな…」

 

 拓哉「ともかくってなんだよ。…てか、カウンセリングなのになんで2人一緒にやるんだ?」

 

 和人「さぁ…。先生側の都合だろ」

 

 そんな話をしている間にカウンセリングルームへと到着した。

 普段行き慣れているハズなのに、何故か妙な緊張感に襲われながらも拓哉は扉に手をかけた。

 

 拓哉「失礼しまーす」

 

 和人「失礼しまーす…」

 

 いつ来てもこの場所には慣れない。

 まるで事情聴取されているかのような緊迫感があるが、先程の里香の言う通り美人のカウンセラーが相手ならそれも幾分か和らぐ。

 そんな状況を密かに抱いていると、カーテンを挟んだ奥の部屋から女性の声が返事をした。

 

 拓哉(「マジで美人のカウンセラーか…!!」)

 

 和人「コイツが何考えてるかなんとなく分かるぞ…」

 

 期待が高まりつつカーテンを開いた先には予想通り、美人のカウンセラーが2人を待っていた。

 大人の色気を漂わせながら優しく微笑みかけている。

 少し見とれているとリクライニングチェアが1人で動き始めた。

 

 菊岡「やぁ。2人共、久しぶりだね」

 

 拓哉&和人「「…」」

 

 そこに座っていたのは笑顔で誠実そうだが、腹の奥で何を考えているか読めない政府の役人だった。

 

「じゃあ、あとは頼みましたよ」

 

 女性は一言菊岡に告げ、部屋を後にした。

 取り残されたさ3人の男達は無言のまま微動だにしない。

 

 菊岡「まぁ、立ち話もなんだしそこに腰掛けなよ」

 

 和人「はぁ…」

 

 拓哉「何でまたアンタが…」

 

 と、言いつつも椅子に腰をかける。菊岡はテーブルの上に大量のスナック菓子をばら撒き、同時にボイスレコーダーを用意した。

 

 菊岡「いやぁ、2人にはSAO関連についてはもう1度具体的に聞かせてもらおうと思ってね」

 

 和人「それならもう全部話したじゃないですか?

 第一、そんなのログを解析すれば分かる事でしょう?」

 

 菊岡「それはそうだが、それはあくまでプレイヤーがその時、その場所にいたっていう所だけなんだよ。そこで何が行われていたのかは当事者である君達にしか分からない」

 

 だが、これ以上話す事など特にはない。

 SAO、強いてはALOから生還した2人はこれまでにも何度かSAO関連の情報を提供してきている。

 今更、何も話す事は2人にはなかった。

 こんな事ならみんなとプールに行っていた方がマシだ。

 

 菊岡「まぁ、いいじゃないか。SAOの時だって僕もあちらこちらへと足を運んでいつ目覚めてもいいように万全の態勢を作ってあげたんだから」

 

 拓哉「わざわざ学校まで押しかけてやる事じゃないだろ。…すぐ終わんだろうな?」

 

 菊岡「なるべく早く終わらせたいね。でも、それは君達次第だよ?」

 

 これ以上言っても時間の無駄だと理解した2人はスナック菓子の封を開け、中から1つ口に運ぶ。

 菊岡も開始の合図だとばかりにボイスレコーダーの電源を入れて2人に質問を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年07月25日10時15分 SAO帰還者学校 プール更衣室

 

 里香「じゃーん!どう?似合ってる?」

 

 珪子「わぁ!里香さんのカッコイイですねぇ!」

 

 女子の花園では水着へと着替える為、肌が露出され、あられもない姿になる。

 里香は水着を着替え終え、それをみんなに披露した。

 

 里香「前のはさすがにサイズが合わなくなっちゃったからさー思い切って新しいの買ったんだよねー」

 

 珪子「…私はピッタリでしたけど」

 

 2年前の水着がピッタリなのを悲しみつつも、奥のロッカーから赤と白のストライプが入れられたビキニ姿の明日奈が現れた。

 

 里香「あら〜…明日奈さんはビキニですか〜。それでキリトを悩殺しようって訳〜?」

 

 明日奈「そ、そんなんじゃないわよ!?これは木綿季と一緒に買いに行ったの!!」

 

 木綿季「やっぱり明日奈は赤と白が似合うね〜!…胸もあるし」

 

 明日奈「ゆ、木綿季だって可愛いよ!?拓哉君もそう言ってくれるよ!!」

 

 木綿季の水着姿はアスナとは違いフリルの付いた水色のビキニであったが、何分主張しない胸である為、ワンサイズ小さいものを買っていた。

 すると、隅でタオルに身を隠し、顔を赤らめながらもじもじしている直葉がいた。

 

 直葉「あれ…?みんな、学校指定の水着じゃないの?

 …水泳の練習だからてっきり…」

 

 里香「何ブツブツ呟いてんのよ?いいから早くそのタオルを脱ぎなさいって!」

 

 里香の悪戯心が直葉の巻いていたタオルを無理矢理引き剥がした。

 すると、中からは明らかにサイズが合ってないんじゃないかと言わんばかりで、パツパツのスクール水着が姿を現した。

 

 直葉「…恥ずかしいですよ」

 

 全員が目を奪われていたのは直葉が腕で隠していた胸部だ。

 いや、最早腕では隠し切れないほど大きく成長したそれは全員が生唾を飲み込む程、破壊力抜群のものであった。

 

 里香「ま、まぁ…スク水も可愛いわよね?」

 

 珪子「そ、そうですよ!直葉さんによく似合ってます!」

 

 直葉「そ、それはどういう意味ですかぁっ!!」

 

 木綿季「…いいなぁ」

 

 周りには珪子を除いて胸が大きい者しかいない。

 その為、女性の象徴とも言えるものを欠けていると感じている木綿季には致命傷なまでに精神的ダメージが大きすぎる。

 

 珪子「木綿季ちゃん…分かるよ…」

 

 肩にポンと手を置いて慰めてくれるのは同じく欠けている珪子であった。

 その光景を見た明日奈と里香は2人の背中を押してプールサイドへと急いだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年07月25日10時20分 SAO帰還者学校 カウンセリングルーム

 

 菊岡「さてと…じゃあ、まずはデスゲーム開始時の事を聞かせてもらおうかな」

 

 和人「そうか…あれからもう約3年経とうとしてるのか」

 

 拓哉「…そうだな。その時は正直理解が追いつかなかったな…。

 なんせゲームオーバー=死なんて誰も信じようとはしなかった…」

 

 

 

 約3年前、VRMMOゲームで初めてのフルダイブ技術を使ったSAOは若者や熱狂的なゲーマーの中で話題を呼んでいた。

 自分の体、正確には五感全てを現実世界から遮断し、脳の電気信号のみでゲームの世界に行けるという魅力は計り知れない。

 ゲームに詳しくなかった拓哉でさえ、その時の興奮と感動は忘れられないだろう。

 

 

 

 菊岡「開始時から君達は行動を共にしてたのかい?」

 

 拓哉「あぁ。デスゲームが始まる前に和人とクライン、それと木綿季と一緒にソードスキルの練習をしてたからな」

 

 和人「慣れてきた所で1度ログアウトしようと考えてたら、クラインから信じられない一言が耳に入ったんだ」

 

 

 

 それはログアウトボタンの消滅。

 SAOでログアウトするには専用のボタンが必要で、それ以外に自発的なログアウト方法は存在しなかった。

 第三者…つまりは外部の人間からナーヴギアの電源を切ってもらうか、頭から外せれば強制的にログアウト出来ただろうが、それをしてしまえばナーヴギアから高出力のマイクロウェーブが脳を焼き切ってしまう。

 今考えると、SAOに入った瞬間から拓哉達は2度と現実世界には帰れなかったと言う事になる。

 

 

 

 菊岡「なるほどね。デスゲーム開始時前に死亡者が出てるのはそのせいなのか。…じゃあ、君達はGM(ゲームマスター)である茅場晶彦の公表した事を強制的に守らせられていたっていう事だね?」

 

 拓哉「あぁ…。それからオレ達は生き残る為に自分のレベルを上げながら強くなっていったんだ」

 

 

 

 茅場晶彦が姿を消した後、第1層の広場では混乱が生じた。

 拓哉達はその前に街の路地へと移動して和人の助言で次の街までの最短ルートを進んだ。そこで1人の仲間を置き去りにして…。

 

 

 

 拓哉「…」

 

 菊岡「なるほどなるほど…。じゃあ、次の質問。デスゲームが開始されて1ヶ月後に高レベルプレイヤーが1箇所に集中しているのは何故だい?」

 

 和人「その時はやっと見つかった第1層のフロアボス戦の会議をやってたんだ」

 

 

 

 第1層のトールバーナという街で青い髪を下げた爽やかな青年ディアベルがボス攻略会議を開いた。

 初めてのボス戦とあってか、集まったプレイヤーには多少なりとも不安があったに違いない。

 かく言う拓哉達も全くなかったと聞かれれば嘘になる。

 だが、ディアベルはそんな不安も持ち前のリーダーシップでかき消し、皆の士気を上げていた。

 

 

 

 菊岡「この時の死亡者は…1人だけか…」

 

 拓哉「…」

 

 和人「あぁ…。オレ達はそこで最も大きな犠牲を払ってしまった…」

 

 

 

 第1層フロアボスイルファング・ザ・コボルドロードはレイドを半壊させる程の威力を有しており、攻略組も次々と塞ぎ込んでしまう者達が出てきた。拓哉達はその劣勢を覆す為、半ば強引にフロアボスへと挑んだ。

 その結果、他のプレイヤー達も自身を鼓舞し、連携を繋いであと1歩の所まで追い詰めた。

 だが、ここでディアベルは無謀にも前に出てボスにトドメを指しに駆けた。

 拓哉がそれを食い止めるよりも前にディアベルはフロアボスの一撃を食らい、HPを全損させてしまった。

 最後に呟いた一言は今でも憶えている。

 

 

『ボスを…倒してくれ…』

 

 

 ディアベルがあのタイミングで前に出たのはLAB(ラストアタックボーナス)を狙う為であった。

 その情報はβテスターのみ知っており、ディアベルもまた和人やアルゴと同じくβテスターであったのである。

 

 拓哉「オレ達はその犠牲を無駄にしない為に気力を振り絞ってなんとかフロアボスを倒す事に成功した。

 犠牲は出たが、オレ達なら100層も夢じゃない…。攻略組に自信がつき、全員で生きて帰れると確信した時…事件が起こった」

 

 

 

 菊岡「事件?」

 

 和人「…」

 

 

 

 ボスを倒し、仲間達が互いに労いの言葉を掛け合い、信頼関係が紡がれようとした時、無残にもそれはある一言で砕け散る事になった。

 

 

『なんでディアベルさんを見殺しにしたんだ!!』

 

 

 その一言で攻略組全員がその罵声を受けた拓哉と和人に視線が集まる。

 どうやらそう思ったのはフロアボスのソードスキルを神業でキャンセルし続けた事が原因らしい。

 攻略組も次第に拓哉や和人に対して疑惑を持ち始めた時、和人が前に出てこう宣言した。

 

 

『オレはβテストで他の誰も到達出来なかった層まで進んだ!!

 だからいろいろ知ってるぜ?情報屋なんか目にならない程にな!!』

 

 

『そんなのチートやチーターじゃないか!!βテスターのチーター…だから"ビーター”だ!!!』

 

 

『ビーター…か。いいな、それ。そうだ!!オレはビーターだ!!

 今後は元βテスター共と一緒にしないでくれ!!』

 

 

 あの一言で拓哉達と和人は完全に決別してしまった。

 そんな事思ってもいないくせに和人は1人でとても重たいものを背負ってしまった。拓哉達が弱かったから、仲間なのに和人を守れなかったから。

 和人が全ての怒りや憎しみを背負う事で、拓哉達の安全が守られたのだ。

 

 

 

 菊岡「"ビーター”って言う造語はキリト君が発信源になっていたのか。

 それから君達は別行動を取り、ゲームクリアへと貢献してきたんだね?」

 

 和人「そうだな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2015年07月25日10時30分 SAO帰還者学校 プール

 

 木綿季「冷たーいっ!!」

 

 里香「夏はやっぱりプールだよねー!!」

 

 珪子「貸切のプールなんて新鮮ですね!!」

 

 明日奈「こらー!!ちゃんと準備運動しないとダメだよー!!」

 

 日焼け止めも塗り、準備運動をしている明日奈と直葉を置いて木綿季達はプールの中へと飛び込んでいた。

 冷たい水が暑くなっていた体を冷やし、快適なバカンスとでも言うのかそんな余韻に浸っていた。

 明日奈と直葉も準備運動を済ませプールの中へと入る。

 

 明日奈「気持ちいいねぇ!!」

 

 直葉「本当ですね!すごく気持ちいいです!!」

 

 木綿季&明日奈&里香&珪子「「「「…ん?」」」」

 

 プールの中で一際目立っていたものがあった。

 直葉へと視線が集まり、そこには赤と白のおおきな浮き輪が直葉の体を支えている光景だった。

 本人は何の違和感も感じていないが、直葉の背後にこっそり忍び行った里香が浮き輪の栓を開け、中から空気を外に追い出す。

 

 直葉「わっ!?ダメですって!!これがないと沈んじゃう!!」

 

 里香「何言ってんのよ!足はつくんだし、それにこんなご立派な浮き輪が2つも付いてんじゃないのよ!!」

 

 里香はおもむろに直葉の背後から手を伸ばし、大きく実った胸を鷲掴みにした。

 

 直葉「ちょっ!!?里香さん!!!どこ触ってるんですかぁっ!!!!」

 

 里香「けしからんですなーまったく!何をどうしたらこんなに大きく育つのかしらー!」

 

 里香の手に収まらない程の大きな胸を弄りたいだけ弄り、その光景を見ていた木綿季と珪子は再度、自分の胸を見て改めて現実を思い知らされた。

 

 木綿季&珪子「「…いいなぁ…」」

 

 すると、それを見かねた明日奈が里香の首根っこを掴んで直葉から引き剥がした。

 

 明日奈「リーズー…」

 

 里香「…あい。…すみません」

 

 この場に拓哉と和人がいなかっただけでも救いなのか、直葉は木綿季と珪子の元へと逃げるように移動した。

 

 明日奈「じゃあ、まずは顔を水につける所から始めようか?」

 

 直葉「はい!」

 

 木綿季「水泳なんて慣れちゃえば後は何も怖くないよ!!」

 

 木綿季に鼓舞されるも中々その1歩が踏み出せない。

 だが、自分の為にみんなが時間を割いて練習に付き合ってくれていると思った直葉は意を決して体内に大量の空気を含み、勢いよく水の中へと顔を潜らせた。

 

 直葉「〜〜〜」

 

 30秒程経つと息が限界に達し、水飛沫を飛び散らせながら顔を上げた。

 

 直葉「ハァ…ハァ…」

 

 明日奈「うん!その調子だよ直葉ちゃん!まずは、水に慣れないとね」

 

 直葉「は、はい…!そう言えば()()()()()()()()でもやっぱり海の底にあるんでしょうか?」

 

 木綿季「そうだねー。海底神殿って言うぐらいだから水深100mぐらいあるんじゃないかなー?」

 

 直葉「100っ…!?」

 

 水深を聞いて顔が青ざめていく直葉を明日奈がフォローを加える。

 誰もそこまで潜った事がない為、多少の不安があるが、直葉に至ってはまさしく未知の世界だ。

 

 明日奈「大丈夫よ。ちゃんと水中呼吸(ブラッシング)の魔法をかけるから」

 

 木綿季「そうそう!それに…これから好きな人が出来てもしプールや海に行った時困るでしょ?」

 

 直葉「す、好きな人…!!?」

 

 そう言われると頭の中ではすぐ和人が出てくるが、その片隅でどうしてか直人の顔も思い浮かべてしまった。

 

 直葉(「な、何考えてるんだろ…!!お兄ちゃんはともかく…直人君を思い浮かべるなんて…」)

 

 急に意識したからか顔が赤くなっていき、すぐ様煩悩をかき消した。

 

 明日奈「じゃあもう1回やってみようか?」

 

 直葉「はい!」

 

 木綿季「次はボクもやろーっと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年07月25日10時40分 SAO帰還者学校 カウンセリングルーム

 

 菊岡「ここだよ」

 

 拓哉「どこだよ?」

 

 菊岡「だからここだって」

 

 和人「だからどこですか?」

 

 菊岡「この高レベルプレイヤーが集まってるのはフロアボス戦と言うのは分かるけど、やっぱりソロプレイヤーのキリト君でもボス戦では1人じゃないんだなぁって」

 

 3人が見ていたのはPCに写るSAOの解析ログだ。

 ある層のある場所にプレイヤーが集中しているのが見て分かる。

 

 和人「当たり前でしょ。いくらソロだからって1人でボスに挑む訳ないじゃないですか。

 フロアボスはフィールドやダンジョンにいるモンスターとは別格の強さなんだ。安全マージンをちゃんと取らないと即死なんてのもあるんです」

 

 

 

 フロアボスは和人の言う通りフィールドにポップするモンスターとは別格の強さを誇っている。

 特に25層、50層、75層のフロアボスは"クォーターポイント”と呼ばれ、安全マージンを十分に取っていても死と崖っぷちに立たされている。

 

 

 

 拓哉「まぁでも、74層のボスはほとんど和人1人で倒したんだろ?」

 

 和人「あれは奥の手の"二刀流”があったからな。…って言ってもあれでも本当にギリギリだったんだぞ!!」

 

 菊岡「そしてゲームがクリアされる数ヶ月前に拓哉君は攻略組から外れたんだね?」

 

 拓哉「…」

 

 

 

 それは木綿季と恋仲になってすぐの事だった。その時、攻略組のプレイヤーが次々と失踪する事件が相次いだ。

 拓哉は情報屋であるアルゴに調査を依頼し、その帰り道でフィールド散策をしている時に()()は現れた。

 

 

 

 菊岡「SAOで最大勢力を誇ってた殺人(レッド)ギルド"笑う棺桶(ラフィン・コフィン)”。そのリーダーであるPohに脅迫され、拓哉君は1人笑う棺桶(ラフィン・コフィン)へと加入した…」

 

 拓哉「あぁ…。あの時はそれ以外にみんなをたすける方法がなかったからな」

 

 和人「…」

 

 

 

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)はSAOの中で多くのプレイヤーをその手にかけていた殺人集団だ。

 時にはレアアイテムを盗む為、時には殺人の依頼を受け、そしてまたある時は自身の好奇心やその時に感じられる興奮の為、彼らは罪もないプレイヤーを亡き者にしていった。

 そして、その魔の手は拓哉とその周りの仲間たちにまで及んだ。

 拓哉はそれを防ぐ為、Pohが出した条件をのみ、ギルドを抜け、仲間を捨て、木綿季を裏切って、姿を消した。

 

 

 

『来ないでっ!!』

 

 

 

 和人「拓哉はオレ達の為にやりたくもない事をやらされていたんだ!!

 今更それを蒸し返してアンタはどういうつもりなんだ!!?」

 

 菊岡「僕も本音を言えばこんな事聞きたくないよ。だが、これはあくまでSAO事件の全容を知る為だから目くじらをたてないでくれ。」

 

 拓哉「気にすんな…。アンタも仕事でやってる事だ。和人もこれ以上は何も言わなくていい…」

 

 和人「だが…!!」

 

 拓哉「どんな理由があっても仲間を裏切った罪が消える訳じゃない。

 それは一生オレの中で生き続けるだろうな…。

 だけど、今もこうして普通に学校に行けるのは菊岡のおかげでもある。だから、気にすんな」

 

 和人「…拓哉がそう言うなら」

 

 

 

 そう…オレはあの世界で死んでも償えない程の罪を犯した。

 仲間を…木綿季を守る為と言い聞かせ、赤の他人をこの手にかけてしまった。今でもオレが殺した人達の夢を見る事がある。

 彼等はオレを憎むだろうし、その仲間だった者や家族はオレを許す事はないだろう。

 全てを捨て去って、仲間を守る為に剣を突き刺した。

 本来ならオレはここにいる事なんて出来るハズもないのだ。

 仲間達以外の生徒はオレが笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の元メンバーだとは知らされていない。

 一部の教師と仲間達、そして菊岡しか知らない事だ。

 菊岡に言われるがままオレは学校に通い始め、幸せな日常を生きている。

 罪をひた隠しにしながら…。

 

 

 

 菊岡「それで事態を重く見た攻略組は精鋭を集い、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)討伐へと乗り込むんだね?」

 

 和人「あぁ。討伐作戦にはオレや明日奈、クライン…そして、木綿季も加わった。

 でも、肝心のヤツらのアジトが分からなかった時、拓哉が寄越したルクスって子の情報を元に綿密に作戦を考えて向ったんだが…」

 

 拓哉「…」

 

 

 

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のアジトへと向かっていた討伐隊はそこで妙な違和感を感じていた。

 和人もこの違和感の正体に気づくのに時間がかかった。

 討伐隊の作戦が笑う棺桶(ラフィン・コフィン)に漏れ、逆に不意打ちを食らってしまったのだ。

 だが、彼らよりもレベルで勝っていた討伐隊は次々と笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバーを拘束していくが、中には狂気に満ち溢れたプレイヤーが自身の死すら顧みず、討伐隊へその牙を向けた。

 討伐隊のメンバーもその姿に足がすくみ、まともに動けずそのまま殺されていく者達も出始めた。

 そんな中、和人と明日奈、木綿季にクラインは幹部である"赤目のザザ”と"ジョニーブラック”と交戦していた。

 そして、激しい土煙がその場を包み込み、中から現れたのは全てを捨てた狂戦士(バーサーカー)だった。

 木綿季はそのプレイヤーを見て拓哉だと言った。

 だが、拓哉の面影はどこにも無く、狂気に満ちた瞳は木綿季達をただの人形の様にその拳を向けた。

 拓哉はユニークスキル"修羅”を習得していたのだが、それは自らの人格を奪い、怒りや憎しみといった負の感情を糧に作動するものであった。

 そのせいでキリトは危うく殺されかけ、木綿季にも傷を追わせてしまった事もある。

 激しい轟音が響き渡り、和人達は拓哉を止める為に剣を向けた。

 圧倒的速さと技の威力に4人がかりでも全く手に負えなかった。

 そして、動けなくなった木綿季に拓哉は剣を振り降ろした…が、それは木綿季に向かわず自身の左肩を突き刺していた。

 

 

 

 拓哉「…」

 

 カウンセリングルームの窓から顔を覗かせるとすぐ下にはプールサイドがあり、そこで楽しそうにしている木綿季達の姿を見て拓哉は気付かれないようにそっと微笑んだ。

 

 拓哉(「あの時…木綿季の言葉でオレはシュラから主導権を奪えた。木綿季がいなかったら今頃きっと後悔しかしてないんだろうな…」)

 

 

 

 修羅(シュラ)から主導権を一時的に奪い返した拓哉は木綿季を一旦引き離すもあまりの力にまた主導権を奪われてしまう。

 そして、木綿季がまたしても修羅に立ち向かい、痛みと恐怖に怯えて、それでも尚、拓哉を救う為、愛する人を救う為に木綿季のユニークスキルが修羅を捉えた。

 

 絶剣スキル"マザーズ・ロザリオ”

 

 魂が乗った木綿季の攻撃は修羅の邪悪な精神(ココロ)を弱体化させるには充分な威力を発揮した。

 そして、木綿季や仲間の元に拓哉は帰ってこられた。

 

 

 

 拓哉(「…本当なら今頃木綿季の手料理食べてるんだけどなぁ…」)

 

 時計を見れば時刻は正午を回り、本来ならば木綿季お手製の弁当に舌鼓を打っている頃だ。

 カウンセリングがここまで長引くとは思わなかった拓哉は木綿季にメッセージを送る。隣では同じ事を考えているであろう和人も明日奈にメッセージを送っている。

 

 菊岡「いやぁすまないねぇ」

 

 和人「そんな事思ってないだろ…」

 

 拓哉「…はぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年07月25日12時15分 SAO帰還者学校 プールサイド

 

 木綿季達は正午を回ったのを確認してから、プールサイドの木陰へと移動して昼食を摂る事にした。

 

 木綿季「いっぱい作ってきたからどんどん食べてねー!!」

 

 明日奈「私も作ってきたからこっちもどうぞ」

 

 直葉「みんなの口に合うかわからないけど食べてください!」

 

 里香&珪子「「うわぁぁ!!」」

 

 5人の前に並べられた料理の豪勢さに里香と珪子も気の利いた言葉が思い浮かばなかった。

 木綿季の持ってきた弁当の中身はハンバーグやミートボールと言った子供ウケのよい品が多く、ポテトサラダと言った野菜類も入っており、バランスの取れたものとなっていた。

 明日奈はお手軽に食べられるサンドイッチで中身の具もタマゴにベーコンレタス、手間がかかっていそうなローストビーフと言うちょっとオシャレなものだった。

 そんないかにも女子力の高い弁当を目の当たりにした直葉がふと自身が作った弁当に目をやる。

 その中身はおにぎりにタコさんウィンナー、揚げ物や煮物が多く、若い女子らしさは感じさせないものであり、言うなれば息子の運動会に張り切って作った母親の弁当であった。

 

 直葉(「やっぱりお兄ちゃんもああいう女の子っぽいの方がいいのかなぁ…」)

 

 木綿季「どうしたの直葉?」

 

 直葉「い、いえ!何でもないです!?」

 

 早速、各々紙皿と麦茶が入った紙コップを回し、3人の弁当に箸をつけていく。

 

 珪子「おいしいですね!このハンバーグ!!」

 

 里香「明日奈のサンドイッチも手が込んでるし、直葉のおにぎりは懐かしいお袋の味がする!!」

 

 木綿季「いや〜…。そう言ってもらえると作ったかいがあったよ!」

 

 明日奈「直葉ちゃん、この煮物美味しいわ!出汁はどれから取ってるの?」

 

 直葉「それは鰹出汁を使ってるんです。明日奈さんこそ、ローストビーフまで作れるなんて凄すぎですよ!!」

 

 どの料理も最早店の看板メニューになれる程の完成度を誇っており、これを食べられない拓哉と和人が残念で仕方ない。

 

 珪子「拓哉さんとキリトさんにも残しておきましょうか?」

 

 明日奈「そうだねー。これだけの量は食べ切れないし」

 

 里香「これいっただきー!!」

 

 別の紙皿に2人の分を割けているとその1つを珪子の横から里香がかっさらっていった。

 

 珪子「何してるんですかー里香さん!」

 

 里香「この世は弱肉強食なのよ。今の内にいっぱい食べておかないと損でしょ?」

 

 珪子「そんなに食べて太っても知らないですよー」

 

 里香「うぐっ…痛いとこつきよるな。でも、珪子はもっと食べないと育つもんが育たないわよ〜?」

 

 珪子「そ、それはこれからですよ!!?」

 

 里香と珪子のやり取りにおかしくなり、みんなが笑っているとふと木綿季のスマホが鳴った。

 

 木綿季「?」

 

 スマホの画面には新着メッセージが届いた報せが表示され、中身を見てみる。

 どうやら拓哉からだが、カウンセリングはまだかかるらしいとの事だった。

 

 明日奈「拓哉君から?」

 

 木綿季「うん。明日奈も?」

 

 ふと見てみるとどうやら和人からも同じ内容のメッセージが届いたようだ。

 返事を打っていると、直葉から他愛のない質問が飛んできた。

 

 直葉「あの〜…皆さんはお兄ちゃんと拓哉さんにはどんな風に知り合ったんですか?」

 

 4人は顔を見合わせてからどこか懐かしいような表情になり、あの頃を思い出していた。

 

 珪子「私は死んだピナを生き返らす為にキリトさんや拓哉さん、木綿季さんと一緒に冒険に行ったんです」

 

 木綿季「懐かしいね〜…」

 

 

 

 珪子ことシリカは周りにちやほやされ自分には実力があると過信し、迷いの森と言うフィールドで当時パーティを組んでいたプレイヤー達と一緒に素材集めをしていた。

 だが、そのパーティと仲違いをしたシリカは1人で迷いの森を出ようと試みたが、マップ情報を持っていなかったシリカは当然出口にたどり着けず、行く先々でモンスターとの戦闘を余儀なくされた。

 次第にアイテムも底を尽き、気力でどうにかなる数でもなかった。

 適正レベルに達していようが、数の暴力にはどうする事も出来ない。

 恐怖と不安で集中力を乱した隙にモンスターからのトドメの一撃が振り下ろされる。

 死を確信したシリカは瞼を閉じ、その瞬間を待っていた。

 だが、その瞬間は待っても襲いかかって来なかった。

 ふと、瞼を開くとそこにはモンスターの一撃を食らってぐったりと倒れている相棒のピナがいた。

 ピナを抱き抱えるとHPは減少していき、やがてそれも消え、ピナの体はポリゴンとなって四散した。

 

 

『いやぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

 自分のせいだ。自分がパーティメンバーと仲違いなどしなければ、自分が己の実力を過信しなければとシリカの中には後悔が渦巻き、背後に忍び寄るモンスターの群れに気付かなかった。

 仲間の、友達の死を目の当たりにしたシリカは今度こそ自身の死を確信したが、またしてもそれはあっさり砕かれる事になる。

 モンスターの群れが全てポリゴンとなって天に昇っていく中、1人の少年が悲しそうな顔でシリカを見ていた。

 この場合ありがとうと言うべきなのだろうが、シリカにとって少年に助けられた事よりもピナを失った悲しみの方が大きかった。

 涙は止まる事なく流れ、嗚咽していると少年が近づき、泣かないでと心配する。

 その少年は何かアイテム化してないかと尋ねられたシリカはアイテムストレージを開き、そこには死んでしまった"ピナの心”と表記されたアイテムが加わっている。

 それを見て止まっていた涙がまた溢れそうになるとその少年が慌ててアイテムの説明をし始めた。

 テイムモンスターは死んでもその心がアイテムとしてビーストテイマーにドロップするらしく、それさえあればテイムモンスターを蘇らす事が出来るらしい。

 問題なのはテイムモンスターを蘇らす為に必要な"プネウマの花”が47層の思い出の丘と言うフィールドダンジョンにあるらしい。

 だが、シリカの今のレベルでは47層のモンスターに到底太刀打ち出来ないだろう。

 それを見越していた少年はアイテムストレージからシリカに合う装備を一式無償で提供する事でレベルについては解決した。

 シリカは何故自分の為にそこまでしてくれるのか少年に尋ねた。

 

 

『君が…妹に…似てるから…』

 

 

 それを聞いたシリカは思わず笑ってしまい、少年も恥ずかしくなったのかシリカから顔を背ける。

 こうしてピナを生き返らす為の間、その少年とパーティを組んだシリカは少年の案内で迷いの森から脱出する事が出来た。

 

 

 

 里香「うわ〜…そんなキザな事言ったのアイツ…。

 まぁ、そこがキリトらしいっちゃらしいけどさー」

 

 珪子「その次の日に47層のフローリアに行って、そこで拓哉さんと木綿季さんに会ったんです」

 

 木綿季「ボク達はフローリアをホームにしてたからね。

 珪子達について行ったのは違う目的があったからだけど」

 

 

 

 フローリアに到着したキリトとシリカはキリトの応援依頼を受け、タクヤとユウキを呼び出した。

 そして、何事もなく"プネウマの花”を入手した一行が主街区手前の橋に差し掛かった時に事件が起きた。

 タクヤが索敵スキルで木影で隠蔽(ハイド)していたプレイヤーを看破すると、そのプレイヤーはシリカと仲違いした張本人のロザリアと言う女性プレイヤーだった。

 シリカが何でと前に出ようとするのをタクヤが止めて、橋の中央まで歩み近づく。

 ロザリアは不敵な笑みを零しながら"プネウマの花”を寄越すように要求してきた。

 無論、タクヤはそれを断るとロザリアの合図と共に木影から数人のプレイヤーが現れた。そして、全員のカーソルの色がオレンジである事も確認出来た。

 実は、ロザリアとそのプレイヤー達は"タイタンズ・ハンド”という犯罪者(オレンジ)ギルドに属していた。

 だが、タクヤとユウキ、そしてキリトはその事を知っていて3人はシリカを囮に使ってタイタンズ・ハンドを監獄エリアへ送る依頼を被害に遭ったプレイヤーから頼まれていたのだ。

 初めはシリカを囮に使いたくなどなかったが、シリカがホームとしている主街区に戻ってきた時にロザリアに小言を言われており、その時にタイタンズ・ハンドの情報と一致し、今日の計画を練ったのである。

 

 

『この回廊結晶はお前らが潰したギルドのリーダーが大金を叩いて手に入れたんだ。そいつはお前達を殺してくれと言わず監獄に送ってくれと泣きながら最前線でプレイヤーに頭を下げていたんだ。…お前らにその気持ちが分かるか?』

 

 

 仲間が殺され、たった1人だけ残されたそのプレイヤーの中で怒りや憎しみが渦巻いているハズだ…殺したいほどに…。

 だが、そうは頼まなかった。

 監獄エリアに送って、自分達が今までやってきた悪行を反省してほしいと泣きながらタクヤに頼んできた。

 タクヤはその依頼を引き受け、今ここに立っている。

 それからのタクヤは圧巻だった。

 軽く10は超えているであろうプレイヤーの攻撃をタクヤは敢えて避けず、為されるがままに立っていた。

 シリカもその光景には耐え難いものがあり、目を背けてユウキとキリトにタクヤを助けるように促すが、2人は大丈夫、安心してと言うばかりでタクヤを助けようとしなかった。

 数分間、タクヤは攻撃を受け続けたが、驚く事にタクヤのHPは1ドットすらも削られていなかったのだ。

 キリトの説明によれば"バトルヒーリング”スキルで1分間で回復するHPが800あるらしく、その時間内に回復するHP以下の攻撃は意味を成さないとの事だった。

 それに怖気付いたタイタンズ・ハンドは逃亡を試みたがあえなく失敗に終わり、回廊結晶で開いた監獄エリアに全員を送る事が出来たのだ。

 

 

 

 珪子「あの時の拓哉さんはカッコよかったなぁ…」

 

 里香「私は珪子みたいにロマンチックじゃなかったけどねー。

 第一印象なんか最悪だったわー」

 

 明日奈「ごめんねリズ」

 

 里香「今となっちゃ良い思い出だけどねー」

 

 

 

 里香ことリズベットとキリトの出会いは平凡な日常から突然非平凡な日になる程に強烈だった。

 リズベットは鍛冶師として攻略組からも信頼を買われ、店は売上は好調であった。

 特に歩く広告塔として有名なのはアスナが持つ"ランベント・ライト”と言う細剣だ。

 元はアスナが所持していた"シバルリック・レイピア”と言うクエストの進行中に偶然手に入れた細剣をインゴットにして鍛え直した代物だ。

 アスナがゲームクリアのその日までこれを愛刀にすると言わ占めただけの事はあり、キリトの持つ魔剣"エリュシデータ”と遜色ないステータスに仕上がった。

 そして、アスナの勧めでリズベット武具店を訪ねたキリトは"エリュシデータ”と同等の剣を作ってもらうべく、その店で最高傑作と言われて出された剣を試し斬りと称してあっさりと折られた事は今でも覚えている。

 そして、キリトの剣を作る為、リズベットを連れて鉱石集めに出かけた。

 その鉱石は氷雪地帯にいるドラゴンの体内で生成されるらしく、戦いを挑むも、不意に出てきたリズベットを庇ってキリトとリズベットはドラゴンの住処の大穴へと落ちていった。

 現時点で脱出不可能と結論づけた2人は仕方なくそこで野宿するハメになる。

 リズベットはキリトから借りた寝袋の中へ入ると不思議な感覚に襲われていた。

 今日初めて会った得体の知れない少年と布団を並べて寝る事になろうとは誰が予想出来たであろうか。

 不意に人肌が恋しくなったリズベットは寝袋から片腕を出してキリトに差し出す。手を握るようにキリトに言ってキリトも戸惑いながらもリズベットの手を握った。

 

 

『不思議…。ゲームの中で、私達はデータの集合体なのに…暖かい…』

 

 

 キリトの温もりに包まれながら眠ると心が安らいでいくのを感じたリズベットは今までで1番の熟睡を味わった。

 翌日、朝早くからドラゴンが巣穴へと戻ってきて、それを利用して2人は見事巣穴からの脱出に成功した。

 空へと打ち上げられた2人は朝日が昇るのを見ながらリンダースへと転移した。

 

 

 

 里香(「あーあ…キリトの奴、今頃美人のカウンセラーに鼻の下伸ばしんだろーなー…」)

 

 直葉「明日奈さんはどうだったんですか?」

 

 明日奈「わ、私?私のはそこまで面白くないよー」

 

 木綿季「明日奈はねー最初会った時、凄いツンツンしてたんだよー?今の性格が嘘みたいだもんねー?」

 

 明日奈「そ、それは言わないでー!!」

 

 

 

 それは第1層攻略会議前の事であった。

 迷宮区でレベリングをしていたタクヤとユウキ、キリトはそこで1人コボルドの群れに立ち向かっていた赤いローブを羽織ったプレイヤー…アスナと遭遇した。

 1人でコボルドの群れに立ち向かうなど無謀にも程がある。3人は急遽、レベリングを中断してアスナを助ける事にした。

 

 

『なんで…!!なんで死なせてくれないのよ!!私は戦った…私はこの世界で戦い続けて…そして…!!なのになんでよ!!どうせみんな死ぬのよ!!

 それが遅いか早いかの違いじゃない!!だったら最後ぐらい満足させて死なせてよ!!』

 

 

 開口1番アスナが発した言葉は感謝のものではなかった。

 アスナは現実世界で今まで1度も楽しいと思える時間がなかった。

 母の徹底した教育方針に文句なく従い、有名私立小学校、中学、高校、大学までも母が敷いたレールをただ歩んでいくだけだった。

 それに何の違和感も感じなかったし、明日奈自身それが輝かしい将来に通じていると疑いもしなかった。

 だが、魔が差したのか明日奈は兄のナーヴギアを被り、SAOと言うデスゲームに強制参加させられてしまったのだ。

 ただ少し興味があっただけ…。少し遊んだらまた勉強をしようと考えていたのに…。

 明日奈はデスゲームが宣告されても数日間ははじまりの街の宿に引き篭もっていた。

 時間だけが過ぎていく中で明日奈は一体何をしてるんだろうと考えるようになった。

 ただ、何もしないまま時間だけが流れ、窓の外を見れば防具に身を包んだプレイヤーがフィールドへと出かけていくのが見える。

 死ぬリスクが格段に上がるのに何故フィールドに出るのだろうと明日奈は疑問に思った。

 だが、答えはすぐに見つかった。帰りたいからだ。元いた場所に。

 現実世界に帰る為に剣を取り、竦んだ足を無理に立たせているのだ。

 それに気づいたアスナも行動に出る事にした。

 フィールドに出て、モンスターを狩り、初心者にしては呑み込みも早く、たちまち迷宮区の側にあるトールバーナへとたどり着いた。

 だが、街に寄らず、そのまま迷宮区の中へと入り今に至る。

 

 

 

 木綿季「あの時のアスナは本当に怖かったんだよ。

 ボクなんか泣きそうになったし…。珪子だったら絶対泣いてたよ」

 

 珪子「そ、そんなにですか…?」

 

 明日奈「そんな事ないってばっ!!?木綿季もおかしな事言わないでよー!!!」

 

 

 

 そうして、行動を共にするようになってからアスナの性格は穏やかになっていった。いや、本来の性格に戻っていったと言った方が正しいだろう。

 優しく、人付き合いもよく、面倒見がよいといった性格と美しい容姿に惹かれて度々婚約を申し込まれる事もあったそうだ。

 そんなSAOの女神とまで崇められたアスナのハートを射止めたのが何を隠そう黒の剣士キリトである。

 

 

 

 直葉「明日奈さんはお兄ちゃんのどこに惹かれたんですか?」

 

 珪子「私も聞きたいです!!」

 

 明日奈「えぇっ!!?…えーと、その…優しい所とか小さい事でも気にかけてくれたりとか、どんな時でも私を…守ってくれる…所とか…」

 

 木綿季&里香&珪子&直葉「「「「あまっ」」」」

 

 明日奈「なによぉ!!!ゆ、木綿季だっていっつも拓哉君とイチャイチャしてるくせにぃっ!!!!」

 

 

 

 それはまだSAOがデスゲームになる前の事だった。

 ユウキは1人フィールドに出てモンスターを狩っている時、油断が生じ、植物型モンスターに足を捕まり、身動きが取れない状況に陥った。

 周りには助けに来てくれるプレイヤーは存在せず、必死に逃げ出そうとするも植物型モンスターは数を増やす一方だった。

 そんな中、颯爽と助けに来たのがタクヤだった。

 植物型モンスターの触手を一刀両断してユウキを抱えて安全エリアまで逃げる事に成功した。

 そのお礼を兼ねて街で昼食を摂り、武具屋を物色して、キリトにソードスキルを教えてもらったりと初対面のプレイヤーと一緒に1日を過ごした事に自身もまったく違和感がなかった。

 まるで、姉と一緒に遊んでるような感覚に似ていた為につい行動を共にしてしまったのだ。

 そして、デスゲームが開始されてタクヤとキリト、ユウキは次の街に向かう為、はじまりの街を後にした。

 今にして思えばタクヤと最初から最後まで一緒に行動していた気がする。

 キリトとアスナでも1年以上は互いにパーティを組んだりする事もなく、フロアボス戦の時に顔を合わせるぐらいだったハズだ。

 そして、ユウキがタクヤを異性として意識し始めたきっかけは"マクアフィテル”という片手用直剣を手に入れる為に受けたクエストだ。

 クエストの最中にタクヤが死の危険に晒されてしまい、ユウキはタクヤを助ける為に、ネームドモンスターである"マザーズ・シェキナー”と戦い、"マザーの樹液”を手に入れた。

 その時からだ。一緒にいたいとユウキが思うようになったのは。

 ただ、漠然としていたその感情は時を重ねるにつれて形を成し、その中に魂を入っていったのだ。

 

 

 

 木綿季「…」

 

 懐かしい思い出に浸りながらクロールで泳いでいると横から里香の声が聞こえ、水中から顔を出した。

 

 里香「木綿季〜…アンタまた拓哉の事考えてるんでしょ〜?」

 

 木綿季「えっ!?な、なんで分かったの!!?」

 

 里香「木綿季の頭ん中は8割ぐらい拓哉で埋まっちゃってるからね〜。これぐらい誰にだって分かるって!」

 

 そこに直葉にフォームを教え終わった明日奈も参戦する。

 

 明日奈「本当に木綿季は拓哉君にゾッコンだからねー。

 所構わずイチャイチャしてるしねー」

 

 木綿季「明日奈…さっきの仕返しなのかな?」

 

 里香「私達から言わせてもらえば両方とも所構わずイチャついてるわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年07月25日17時10分 SAO帰還者学校 カウンセリングルーム

 

 菊岡「2人共、今日はありがとう。おかげでより具体的な事が判明したよ」

 

 拓哉「ってもう夕方じゃねぇかっ!!!」

 

 和人「腹減った…明日奈の弁当…」

 

 窓から傾き始めた夕焼けが差し込み、1日の大半をカウンセリングルームで過ごした拓哉と和人はどっと疲れが表れ、肩を落とした。

 

 菊岡「まぁまぁ…。夏休みも始まったばかりだし、青春を彩るのは明日からでも遅くないよー。

 あっ、念を押しておくけど彼女達には今日の事は内密だよ?」

 

 拓哉「へいへい!!分かってるよ!!」

 

 2人は文句を言いながらカウンセリングルームを後にし、木綿季達の元へと帰っていった。

 そんな2人を最後まで見届け、部屋から出た後、ボイスレコーダーを鞄の中へと仕舞い込んで身支度を済ませる。

 

 

 

 菊岡「…また会おう…拓哉君…キリト君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日奈「あっ!おーい2人ともー、こっちだよー!!」

 

 正門で待ち合わせしていた明日奈達は校舎から出てきた拓哉と和人に手を振った。

 

 木綿季「拓哉〜!!」

 

 拓哉「悪かったなみんな。カウンセリングが長引いちまって…」

 

 和人「気づいたら夕方だもんな…。はぁ…腹減った…」

 

 拓哉「菓子しか食べてねぇもんなぁ…」

 

 先程から腹の虫が鳴り止まず、和人に至っては今にも倒れそうな程腹を空かしている。すると、2人の前に木綿季と明日奈がバスケットを差し出した。

 中を見てみると今日の弁当の残りであろう料理が入っていた。

 

 木綿季「2人の為にちゃんと残しておいたよ!」

 

 拓哉「木綿季ぃ…みんなぁ…!!」

 

 和人「ありがとぉ…これでオレ達何の為にここに来たのか分からなくなる所だった…!!」

 

 明日奈「そんなにっ!!?」

 

 里香「ったく、大袈裟ねー」

 

 帰る前に近くの公園のベンチに寄り、そこで拓哉と和人は遅めの昼食を心置き無く堪能した。

 

 拓哉「美味い!!どれも絶品だ!!」

 

 和人「あぁ…!!生きててよかった!!」

 

 明日奈「お腹空きすぎてキリト君のキャラが変わってる…」

 

 珪子「そんなに急いで食べると喉に詰まっちゃいますよ?」

 

 珪子が気を利かせて麦茶を紙コップに入れて2人に手渡す。

 

 拓哉「大丈夫だいじ…!!」

 

 木綿季「ほらぁ!だから言ったじゃん!!」

 

 案の定喉に詰まらせた拓哉は紙コップの麦茶を全て飲み干し、喉に詰まったものを胃へと落とす。

 

 拓哉「死ぬかと思った…!」

 

 里香「何やってんのよ…」

 

 直葉「お兄ちゃん、そんなに食べて夜食べられる?」

 

 和人「もちろん食べるに決まってる」

 

 明日奈「あははは…」

 

 こうして、夏休みの思い出にまた新たな1ページが加わった。

 

 




如何だったでしょうか?
エクストラエディションは2話に分けてお送りいたします。
次回は海底神殿でのクエストのお話ですね。
ユイとストレアを上手い具合に書けたらなと考えてます。
次回もお楽しみに!
評価、感想お待ちしております。



では、また次回!


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【51】Extra Edition -海底神殿での冒険-

という訳で51話目になります。
SAOも3期&オルタナティブと2作もアニメ化するとか神すぎてヤバいです!!
来年の話とは思いますが、早くアニメでユージオやアリスが観たいですね!!
Extra Editionは今回で幕を閉じます。
次からは季節順にオリジナルを書いていってGGO編へと突入する流れですね。
おそらくですが、今年中にはGGO編に入ってると思いますのでよろしくお願いします!



では、どうぞ!


 2025年07月26日 13時00分 ALO 風妖精族(シルフ)領 常夏エリア

 

 クライン「いやぁ…絶景かな絶景かな!!」

 

 バンダナを上げながら、クラインが目の前に広がる光景を見て興奮する。

 辺り一面には青く輝くエメラルドビーチが広がり、夏という季節をさらに主張するものだった。

 だが、クラインが絶景と称賛したのはエメラルドビーチではない。

 もちろんそれも絶景として数えられるが、クラインが言う絶景とはその海辺で水飛沫を輝かせながら遊ぶ少女達の姿だ。

 

 クライン「かぁーっ!!俺は心底ALOやっててよかったって思ったぜ!!」

 

 タクヤ「そうだなー…」

 

 クライン「見ろ!!この景色を!!」

 

 キリト「青い空…」

 

 タクヤ「白い雲…」

 

 クライン「そしてぇぇぇ…!!」

 

 瞬間、3人の前に広がったのは焦げ茶色に輝く巨漢の姿だった。

 一瞬息を呑み、面食らった脳を正常に戻して改めてその巨漢に話しかけた。

 

 タクヤ「遅かったなエギル」

 

 エギル「悪ィな。店の準備してたら遅れちまった」

 

 巨漢エギルは土妖精族(ノーム)の両手斧使いだが、現実世界(リアル)では喫茶店兼バーをエギルとその妻の2人で営んでおり、その準備で集合時間に遅れてしまったらしい。

 

 キリト「いや、オレらもさっき来たとこだから気にするな。

 それであれから情報は入ったか?」

 

 エギル「いやな…なんせフィールドマップの端っこのクエストだからその存在自体知ってる奴が少なくてよ。

 でも、クエストの途中で巨大な水生型モンスターが出るのは確からしい」

 

 そう話していると一時放心気味であったクラインが両頬を叩いてタクヤとキリトに詰め寄ってきた。

 

 クライン「タクヤ!!キリト!!マジなんだろうな?このクエストで()()()が出るのはよォっ!!

 ユイちゃんとストレアっち、マジで楽しみにしてんだぞ?

 これが巨大なイカやらクリオネとかだったらガッカリもんだぜ!!」

 

 タクヤ「巨大なクリオネだったら見てみたいけどな…」

 

 今日ここに集まったのは他でもない。

 彼らはクエスト内で出てくると噂されているクジラを観にやって来たのだ。

 何故、クジラを観に行く事になったのかというとそれは夏休み初日まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年07月21日 20時00分 ALO タクヤマイホーム

 

 ユウキ「ついに夏休みだねー!!」

 

 ストレア「いぇ〜い!!」

 

 多くの学生が待ち望んでいた夏休みが今日からスタートするという事で手に持っていたクラッカーを打ち鳴らし、盛大に祝おうとタクヤとユウキ、ストレアの家族3人で集まっていた。

 

 タクヤ「はしゃぎすぎだろ…」

 

 夏休みに入っただけでここまではしゃぐとなるとそれ以上に嬉しい事があったら死んでしまうんじゃないかとタクヤは内心2人に引きながらクラッカーを片付ける。

 夏休みと言っても、遊んでばかりもいられない。

 学校から出された多くの宿題を終わらせなければ夏休みが終わっても連日補習を受ける事になるのだから。

 

 ユウキ「大丈夫大丈夫!宿題なんてみんなでやれば1日で終わっちゃうよ!!」

 

 ストレア「じゃあ、みんなで集まって勉強会やろ〜よ!!私、数学なら誰にも負けないんだから!!」

 

 タクヤ「ストレアからそれ取ったらアホの部分しか残んないからな」

 

 ストレア「アホじゃないも〜ん!!それにこのおっぱいだって残るもん!!」

 

 ユウキ「おっぱいは取ってくれるとボク的にはかなり嬉しいんだけど…」

 

 だが、ストレアの言う事にも一理ある。

 夏休みの宿題など所詮は今まで習った事を数だけ揃えたものだ。

 それを使って一学期に学んだ事を復習するようにと暗に言っている訳だが、こちらも人数さえ揃えれば1日で完遂する事も不可能ではない。

 特に明日奈は一学期の成績はオール5という完璧超人であり、和人にしても理数系に関しては明日奈以上に網羅している。

 ちなみにタクヤは授業中に寝ていて内申点がかなり引かれ、オール4というちょっとだけ凄い。

 だが、成績だけでここまで取れる事を評価してほしい。宿題については何も心配してはいなかった。

 

 ユウキ「夏休みにも入ったし、みんなで海とか行ってみたいよねー?」

 

 ストレア「あっ!私、海に行くなら見てみたいものがあるんだ〜」

 

 タクヤ「見てみたいものってなんだよ?」

 

 ストレア「え〜とね〜…こぉぉぉんなにでっかいクジラ!!」

 

 両腕をめいいっぱい広げながら大きさを表したが、クジラは人間が体を使って大きさを表そうとしてもとてもじゃないが無理があった。

 タクヤとユウキイメージで伝わるので敢えて何も言わない。

 

 タクヤ「クジラ見た事ないのか?」

 

 ストレア「もちろん写真とか知識としては知ってるけど実際には見た事ないよ〜。1度でいいから背中に乗ってみたいんだよね〜」

 

 タクヤ&ユウキ「「背中にはちょっと…」」

 

 3人でクジラの事を話しているとタクヤの元にビデオ通話が入ってきた。

 通話相手はキリトのようでタクヤは着信ボタンをタップして映像を映し出した。

 

 キリト『よぉタクヤ。今大丈夫か?』

 

 タクヤ「あぁ、ユウキとストレアと喋ってただけだから特に問題はねぇよ。それよりなんか用か?」

 

 キリト『今度、ユイを連れて風妖精族(シルフ)領の常夏エリアにクエストをしに行くんだけど、タクヤ達も一緒にどうだ?』

 

 タクヤ「クエストかぁ…。オレ達は別に構わないぜ?なぁ、2人共?」

 

 ユウキ「行く行くー!!」

 

 ストレア「オッケ〜だよ〜!常夏エリアって言うぐらいだからクジラに会えるかも〜!!」

 

 キリト『なんだ、ストレアもクジラを見に行きたいのか?実はウチのユイもクジラに会いたいって言ってたからこのクエストを受けようと思ってな。せっかくだからみんなも誘おうって事になって…』

 

 すると、キリトの横からユイがぴょんと現れた。

 

 ユイ『ストレア!!一緒にクジラの背中に乗りましょう!!』

 

 タクヤ&ユウキ(「「やっぱり姉妹だなぁ…」」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クエストに参加出来るメンバーが全員揃った為、海辺で遊んでいるユウキ達に集合を呼びかけたクラインは鼻の下を伸ばしながらこちらへやって来る彼女らを眺める。

 海辺で遊んでいた彼女らはそれに相応しい装備…言わば水着を身に纏っており、その光景は男子なら誰だって1度は振り向く神々しさを放っている。

 クラインもその1人であり、後ろでだらしなくなったクラインを見てタクヤとキリト、エギルがため息をつく。

 

 タクヤ「あんなだから彼女が出来ねぇんだろ…」

 

 クライン「何か言ったかぁっ!!?俺だって…俺だって…」

 

 エギル「マジで泣くんじゃねぇよ」

 

 

 

 アスナ「リーファちゃん大丈夫?」

 

 リーファ「へ?…はい、なんとか」

 

 タクヤ達の元へと向かっている途中にアスナがリーファの不安そうな顔を見てフォローをかけた。

 リーファは現実世界(リアル)で泳ぐ事が苦手で仮想世界でも水辺や海といった泳がなければいけない所へは極力近づかないようにしてきた。

 それを聞いたキリトがアスナやみんなに頼み、リーファを最低限泳げるようにする為、先日現実世界(リアル)で練習をしてきたのだ。

 だが、これから行くのは水深100mに聳え(そび)立つ海底神殿である為、泳げるようになったと言っても不安はかき消せない。

 さらに言えば、リーファにとって水中での戦闘は未知の領域であった。

 移動速度は大幅に低下する上に、力を抜くと体が浮いてしまってまともな戦闘が出来なくなってしまう。

 

 リーファ(「アスナさんにはあぁ言ったけど足でまといにならないようにしなきゃ…!!」)

 

 リズベット「にしても、そのクエストにこれだけの数で挑むとなるとポジションとかもちゃんと決めておかないとね」

 

 今この場には10人いるのだが、流石に神殿内でこれだけの人数を動かすとなると編成を綿密に組まないといけない。

 だが、今回のクエストの目的はクリアよりも巨大な水生型モンスター…つまりはクジラをユイとストレアに見せてやるというのがあり、ストレアにはナビゲーションに専念してもらう事になっている。

 そして、タクヤ達男性陣の所に集まると女性陣はメニューを開き、通常装備へと換装させた。

 

 クライン「え?…み、みなさん、その格好でクエストをするん…です?」

 

 リズベット「当たり前じゃない。水着のまま戦える訳ないでしょ?」

 

 ユウキ「水着にそれなりのステータスがあればよかったんだけどね」

 

 それを聞いたクラインは2度目の放心状態となったが、タクヤ達はそれを無視してみんなにクエストの作戦会議へと入った。

 

 キリト「今回オレが一応パーティーリーダーになりました。

 オレとエギル、クラインが(タンク)で、アタッカーにタクヤとユウキ、リズ、シリカ、後衛の回復(ヒール)役にアスナとリーファが入ってくれ。場合によってはシリカはピナのブレスに回復(ヒール)、リーファにはアタッカーを頼むけど問題ないか?」

 

「「「「意義なーし」」」」

 

 キリト「じゃあ、今日は頑張ろう!このお礼はいつか必ず精神的に!」

 

 作戦会議も済ませ、タクヤ達は翅を出現させて目的地まで羽ばたいていった。遅れて正気に戻ったクラインがその後を追いかける。

 

 ストレア「はぁ〜楽チン楽チン」

 

 タクヤの胸ポケットに小妖精(ピクシー)姿のストレアが入り込む。

 

 タクヤ「あんまり顔出してると落ちちまうぞ」

 

 と、言いながらもストレアが落ちないように気をつけて飛行している訳だが、ストレアはそれを意に返さず、海で飛び跳ねている魚に手を伸ばしたりしている。

 

 ユウキ「クジラかぁ…。実はボクも実物は見た事ないんだよねー」

 

 タクヤ「オレ達も実物を見る機会とかあんまりないもんな」

 

 アスナ「水族館にもクジラはいないしね」

 

 ユイ「楽しみです!!」

 

 談笑を重ねている内に目的地のポイントに到着した。

 ここから先は水中を移動する事になるので、アスナに水中呼吸(ブラッシング)の魔法をかけてもらう。

 そして、キリトを筆頭に次々と水中の中へと飛び込んでいった。

 リーファも魔法がかけられているのに、大きく息を吸って水中へと飛び込んだ。

 

 リーファ「!!」

 

 水中で目を開けるとそこには多くの魚が自由に泳いでおり、それを見て気持ちを緩めたのか吸い込んだ息を全て吐き出してしまった。

 水中でも呼吸が出来るようになったのを忘れたのか、その場でパニックを起こし、キリト達もそれに気づかないまま先へと進んでいく。

 

 リーファ(「ヤバっ!!?」)

 

 必死に教えてもらったフォームを実行に移すが、中々前には進んでくれない。リーファが四苦八苦していると前方からアスナが戻ってきてリーファの手を引っ張りみんなの元へと急いで泳いだ。

 冷静になったリーファは息が出来る事を思い出し、軽く息を整えた。

 

 アスナ「大丈夫リーファちゃん?」

 

 リーファ「…やっぱり慣れてないから遅れちゃいました」

 

 アスナ「大丈夫だよ。私が引っ張って行くし、キリト君達も少しスピードを落としてくれるから」

 

 リーファ「すみません…ありがとうございます」

 

 キリト達に合流したアスナとリーファは最後尾に位置づけ、目的地である海底神殿へと無事たどり着いた。

 

 タクヤ「ここは水が入ってこないのか」

 

 タクヤ達が降り立ったのは海底神殿の手前にあるちょっとした広場であった。そこにはクエストNPCらしき老人の姿もある。

 早速キリトがその老人に話かけると、クエストが発生した。

 

 ネラク『我が宝が姑息な盗賊によって盗まれ、この海底神殿に隠されてしまったのじゃ。儂では此処に住まう魔物に太刀打ち出来んでのぉ…。

 妖精の剣士達よ、どうか我が宝を盗賊から奪い返してはくれまいか?』

 

 内容は海底神殿の奥に隠されている盗賊から奪われた宝を持ってくるという所謂お使い系のクエストのだった。

 

 キリト「早速、神殿内に入るか。ユイとストレアはマッピングとサーチを頼んだぞ」

 

 ユイ&ストレア「「了解!!」」

 

 リーファ(「あのNPC…ネラク…。どっかで聞いた事があるんだけど…思い出せないなぁ…」)

 

 リーファは多少の疑問を抱えたまま海底神殿へと足を踏み入れた。

 神殿内には海水で満たされ、普段通りに歩けるのだが一度動き出すとなれば足取りが重くなってしまっている。

 これには流石にリーファ以外の者達も苦戦を強いられていた。

 さらにここでポップするモンスターは当たり前だが水生型でタクヤ達よりも速く動ける。中々先に進めないのを見兼ねたリーダーであるキリトが()()()()()()の使用許可を出した。

 新生アインクラッドが実装されてその数ヶ月後にALOに()()()()()()()()()()()()()()()()が新たに実装されたのだ。

 SAOのソードスキルとは違い、物理攻撃であるソードスキルにプラスして魔法攻撃にあたる属性が付与されたのだ。

 比率はソードスキル毎に異なるがこの実装を経て、新生アインクラッドを攻略するプレイヤーが増えていった。

 タクヤ達もソードスキルが実装されたと知って、その日は1日中ソードスキルを発動したりして懐かしんだりもしていた。

 だが、"二刀流”や"神聖剣”、"修羅”と言ったユニークスキルの名はなかった。

 あれは茅場晶彦自らが作り上げたスキルである事とユニークスキル自体がゲームバランスを崩壊させかねない為、実装には至らなかったというのがキリトとタクヤの見解である。

 キリトの使用許可が下りた事でクラインが満面の笑みで刀を握り直し、刀身に力を込める。

 すると、刀身は赤色のライトエフェクトを放ち、それが最高潮に達した瞬間、クラインはモンスター目掛けて突進した。

 

 クライン「おりゃぁぁぁっ!!これでもくらいやがれぇぇっ!!」

 

 刀ソードスキル"緋扇”

 

 繰り出されたソードスキルは赤いライトエフェクトを次第に炎に姿を変えながらモンスターの横腹を貫いた。

 

 クライン「へっ!!決まったぜ…!!」

 

 タクヤ「バカっ!?水中で炎系のソードスキルを使っても意味ねぇだろっ!!」

 

 クライン「へ?」

 

 相手は水属性を有するモンスターでさらにここは水中の中だ。炎属性のソードスキルの威力が4分の1になる事をタクヤに指摘されるまで気にも留めてなかったクラインに逆上したモンスターが尾を振ってクラインを弾き飛ばした。

 

 クライン「ぐへっ!?」

 

 リズベット「ホント…期待裏切んないわねーアンタって…」

 

 アスナから回復魔法を施されながら、クラインが抜けた穴をキリトが受け持ち、アタッカーのタクヤとユウキがモンスターの両サイドから挟み込む。

 

 タクヤ「オレがタゲ取るからラストは任せた!!」

 

 ユウキ「分かった!!」

 

 タクヤはモンスターの正面に立ち、眉間に拳を連打する。

 仰け反りながらもモンスターはタクヤにターゲットを絞り、荒々しい叫び声を上げながら突進を仕掛けた。

 それを両腕で受け止め、モンスターの動きを制限する。

 

 タクヤ「今だ!!」

 

 ユウキ「はぁぁぁっ!!」

 

 片手用直剣スキル"バーチカル・アーク”

 

 Vの字に斬られたモンスターはうめき声をあげながらポリゴンへと四散した。

 

 タクヤ「ナイスアタック!ユウキ!」

 

 ユウキ「タクヤも流石だね!」

 

 シリカ「あ〜…すごいですね〜…」

 

 リーファ「ソードスキルも完璧に決まったもんね…」

 

 キリト「まぁ、あの2人は特別だからな。ってそれよりクライン大丈夫かよ?」

 

 パーティーの最後尾には回復魔法をかけ終えたクラインが肩を落としながら前へと戻ってきた。

 

 クライン「面目ねぇ…」

 

 ユウキ「大丈夫だよ!みんなでカバーしていくから!!」

 

 タクヤ「まぁ同じ失敗だけはしないようにな」

 

 とりあえず障害物は排除したので奥へと進んでいくとキリトの元にクラインが耳打ちを始めた。

 

 クライン「キリトよぉ、いいのかよ?」

 

 キリト「いいって…何が?」

 

 クライン「リーファっちだよ。水中戦闘はこれが初めてなんだろ?

 なんかアドバイスなりフォローなんなりしてよぉ。お前兄ちゃんだろーが」

 

 キリト「いやぁ…オレも気は使ってるんだが、こんな多勢でクエスト行くなんて中々ないだろ?なんか上手くいかないんだよなぁ…」

 

 パーティーメンバーにはそれぞれ役割が振られており、リーダーとなった者は全体の状況を常に把握しないといけない為、1人だけ注意して見てあげる事など不可能に近かった。

 

 キリト「だからこういうリーダーの役は本来アスナかタクヤが受け持った方が効率が上がると思うんだけど…。オレ、ソロだったし」

 

 タクヤ「嫌だよ」

 

 アスナ「私も正直このメンバーを上手に回していく自信はないかなぁ…」

 

 ユウキ「ボクが代わりにやってあげようか?なんて言ったってボクも元ギルマスだったし!」

 

 キリト「ユウキは…ギルマスって言ってもほとんどタクヤにやらせてたし、SAOの時には自分が先行してたじゃないか。

 ユウキは人にあれこれ言う タイプじゃないんだよなぁ…。子供っぽいし…」

 

 瞬間、キリトの左頬が深くめり込みながらユウキの鉄拳制裁を食らったのは仕方のない事だ。

 

 タクヤ「と、とにかくリーダーはキリトで決まり!」

 

 エギル「キリト…、ポーション飲むか?」

 

 キリト「…頂きます…」

 

 思いがけない所でダメージを受けたキリトはエギルからポーションを受け取り、ちびちび飲みながら先へと進む。

 

 クライン「話は戻るけどよ…お前ぇ兄ちゃんなら妹に優しくしてやってもいいんじゃねぇか?」

 

 キリト「優しくするって言ってもどうすればいいかわか─」

 

 瞬間、タクヤ達の目の前からキリトとクラインが突然姿を消した。

 驚く一同であったが、すぐ様呆れ顔になり足元を覗き込んだ。

 

 キリト&クライン「「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!?」」

 

 エギル「見えてる落とし穴に落ちる奴があるか」

 

 クライン「呆れてないで助けろぉぉぉぉっ!!?」

 

 仕方ないのでタクヤとエギル、リーファの力を借りて何とか落とし穴から救出された2人は肩で息を切らしながら、心臓の鼓動を落ち着かせる。

 そんな事をしているとキリトとクラインが落ちた落とし穴からまたしても先程と同じタイプのモンスターが現れた。

 

 タクヤ「クライン、炎系とあと雷系のソードスキルは使うなよ。感電死しちまうぞ?」

 

 クライン「わかってらぁっ!!」

 

 リズベット「私達も行くわよシリカ!!」

 

 シリカ「はいっ!!」

 

 まずはキリトとエギルでヘイトを稼ぎつつ、(タンク)として攻撃を受け流していく。

 その後ろからモンスターの死角に回り込んだアタッカーのリズベットとシリカが2点同時攻撃を放ってダメージを与えていく。

 だが…。

 

 リズベット「かった…!!?」

 

 シリカ「全然ダメージ入りませんよ!!?」

 

 リズベットとシリカの攻撃は甲高い音を響きかせながらモンスターの鱗に弾かれた。

 先程のモンスターと違い、骨のような鱗を体中に纏って弱点となる場所が見当たらない。

 さらに、凶暴性も増して縦横無尽に神殿内の通路を暴れ回っていた。

 

 エギル「キリト!!クライン!!3人でコイツの動き止めるぞ!!」

 

 そう言ってモンスターを囲み、ジリジリと詰め寄りながらモンスターの行動範囲を狭めていく。

 その間に受けるダメージはアスナとリーファの回復役(ヒーラー)に任せている為、まだ幾ばくか余裕がある。

 

 リーファ(「でも、攻撃が通らないんじゃ根本的な問題は解決しない…」)

 

 リーファの思う通り、ダメージが与えられない事には先に進む事など出来ない。

 だが、キリトやタクヤの事だ。何か考えあるのかもしれないとリーファは考えてしまう。

 なら自分にも何か出来る事はないだろうかと思い、回復をアスナに任せてリーファは鞘から長刀を抜いた。

 

 アスナ「リーファちゃん!!」

 

 キリト「リーファ…!!来たらダメだ!!」

 

 リーファ「私だって…戦えるんだからぁっ!!」

 

 瞬間、モンスターは頭上に飛び上がったリーファを捉え、竜巻攻撃で迎撃に入った。陽の光が届かない海底神殿では翅を使って回避する事は不可能の為、案の定あっさりと竜巻の中心に飲み込まれ、先程キリトとクラインが落ちた落とし穴へと吹き飛ばされてしまった。

 

 キリト「…スグ!!!」

 

 リーファ(「あ…」)

 

 

 この時、ふとリーファの中である思い出が蘇った。

 あれはまだ小学校に上がる前の頃、家の庭にある池の中を覗き込んでいると、水の上を優雅に渡っているアメンボに興味本位で手を伸ばした。

 すると、体を支えていた左腕が岩に滑らされ、そのまま池の中へと落ちてしまったのだ。

 今思い返せばこの時から水が苦手になり、泳げなくなったのかもしれない。

 池の深さは小さい子供にはあまりにも深く、水中から外から差す陽の光がキラキラと輝きを放って幻想的だったのを今でも憶えている。

 子供ながらに死を直感した直葉はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

「スグ!!」

 

 

 リーファ「!!?」

 

 自分は確か落とし穴に落ちたハズだが、下を見ればまだ落ちてはおらずリーファの手をキリトが支え、何とか引き上げようと力を入れている所だった。

 

 リーファ「お兄ちゃん…」

 

 キリト「今…助けてやるからな…!!」

 

 リーファ(「そう言えば…あの時も…」)

 

 

 池で溺れたあの時も自分の愛称を呼ぶ声がした。

 声のする方へ手を差し出すと、不意に力強く握られたその手によって直葉は水の中から地上へと戻ってこられた。

 セミの鳴き声が聞こえない程、飲んでしまった水を吐き出しながら目の前にいる汗まみれの少年の顔を見上げた。

 

 

 和人『…大丈夫かスグ?』

 

 

 些細な出来事だった。でも、子供はそんな些細な出来事でも心が大きく揺れ動くものだ。

 その時の姿が素敵だった訳でもない。

 ただ、自分の為に自らの命を懸けてまで助け出してくれたその強さに直葉は引き込まれていった。

 

 

 

 

 

 キリト「…大丈夫かスグ?」

 

 リーファ「ありがとう…また、助けられちゃったね」

 

 キリト「当たり前だろ。スグはオレの妹なんだから」

 

 みんなにも迷惑をかけてしまった。

 後に聞けばリーファが竜巻に吹き飛ばされた時、キリトが瞬時に骨と骨の間にソードスキルを叩き込み、そこが弱点だったらしくモンスターは跡形もなく四散したようだ。

 

 アスナ「キリト君久しぶりに真剣な顔つきになってたよ」

 

 ユウキ「流石は黒の剣士って感じだったよ」

 

 ユイ「やっぱりパパは最高のパパです!!」

 

 それを聞いたらなんだか嬉しくなり、先程までの不安もどこかへと消え失せていた。

 それからは自分のスタイルを取り戻し、道中も滞りなく進んで行った。

 そして、ついに神殿の最奥へとたどり着き、祭壇に置いてある巨大な真珠を見つける事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年07月26日 16時30分 ALO 風妖精族(シルフ)領 海底神殿

 

 無事に目的の物を手に入れ、帰り道も慎重に進んでいき、最初に訪れた広場まで戻って来た。

 

 タクヤ「これをあのじいさんに渡したらクエストは終わりだよな?」

 

 キリト「結局、クジラには会えなかったな」

 

 ストレア「え〜!!クジラいないの〜!!」

 

 ユイ「残念です…」

 

 ユウキとアスナの肩に座っていたストレアとユイが残念がるのをあやしているとクエストNPCである老人が話しかけてきた。

 

 ネラク『おぉ!よくぞ、我が宝を取り戻してくれた!礼を言うぞ妖精の剣士達』

 

 リズベット「てか、その盗賊って奴らも出てこなかったわね」

 

 ユウキ「変な話だよねー」

 

 アスナ「…」

 

 キリトが老人に持ち帰ってきた巨大な真珠を渡そうとすると、アスナが駆け足でキリトに迫り、キリトを老人から遠ざけた。

 

 キリト「ど、どうしたんだよアスナ…!?」

 

 アスナ「キリト君…これ宝なんかじゃないわ!!」

 

 タクヤ「どういう事だ?」

 

 そう聞くとアスナは真珠を空へと掲げ、地上から差す陽光に真珠を照らした。

 すると、真珠が透け、中には何やら入ってるようだ時々、動いたりもしている。よく目を凝らすと、これは何かの幼体だという事に気がついた。

 

 アスナ「生きてる…!!」

 

 キリト「じゃあ、これは真珠じゃなくて…卵か!?」

 

 ネラク『どうした?早くそれをこちらに…』

 

 ネラクがキリトとアスナに近づこうとするのを、タクヤとユウキが前に出てネラクを静止させる。

 

 タクヤ「という事は…オレ達がアンタの言う盗賊って事かよ」

 

 ユウキ「これはボク達が責任を持って元あった祭壇に返すからね!!」

 

 ネラク『どうしても…渡さないと言うのか…』

 

 突如、ネラクから異様な衝撃が放たれタクヤとユウキ、キリト、アスナはそのせいで後方まで飛ばされてしまった。

 そして、ネラクと言うネームスペルが入れ替わり、新しくネームスペルが並び変えられ、そこにはKraken(クラーケン)という名前が浮かび上がった。

 

 リーファ「!!…やっぱり、あの名前はクラーケンのアナグラムだったんだ!!」

 

 クラーケン『妖精の剣士達よ!!それを我に渡せぇぇぇっ!!!!』

 

 瞬間、ネラク元いクラーケンにHPバーが12本も出現し、強制的に戦闘に入らされた。

 

 シリカ「どうやって倒せばいいんですか…?」

 

 アスナ「みんな!!回復と支援はまかせて!!」

 

 アスナは卵を抱えて最後尾まで下がると、魔法の詠唱を次々と唱え始める。1分経った頃には全員の全てのステータスが底上げされていた。

 

 キリト「オレとエギル、タクヤで注意を逸らす!!みんなは側面から攻撃してくれ!!」

 

 タクヤ「久しぶりに強そうな奴が来たなぁっ!!!」

 

 ユウキ「タクヤ!!あんまり無理しちゃダメだからね!!」

 

 ユウキの警告を聞く前にタクヤはクラーケンの脚を駆け上り、頭上へとたどり着いた。

 

 タクヤ「食らえっ!!」

 

 体術スキル"正拳突き”

 

 "闘拳”スキルもこのALOでは引き継げなかった為、体術スキルだけでは分が悪いが、リズベットに鍛えてもらった愛刀"烈火刃”と腕に装備された"無限迅(インフィニティ)”があれば、どんな敵とも渡り合えると自負しているタクヤは剣と拳を使ったスタイルを確立している。

 だが、正拳突きでクラーケンの頭蓋を叩くもクラーケンはびくともせず、数本の脚でタクヤを払い除けた。

 

 タクヤ「ぎゃっ」

 

 ユウキ「タクヤ!!」

 

 キリト「なんて威力だ…!!みんな、タイミングを見計らってソードスキルを叩き込め!!」

 

 エギル「オレ達もこれ以上もたんぞ!!」

 

 クライン「よっしゃ!!みんな行くぜぇぇ!!」

 

 キリトとエギルが抑えている間に側面へと移動したユウキ達はそれぞれソードスキルを叩けるだけ叩き込んだ。

 

 リズベット「全然ダメージ通らないじゃない!!」

 

 ユウキ「強いねこのイカ!!…タコ?」

 

 アスナ「ユウキ!!危ない!!」

 

 クラーケン『妖精共!!目障りじゃァァァっ!!!!』

 

 複数の脚による範囲攻撃をまともに食らってしまい、ステータスが強化されたキリト達もHPがレッドゾーンにまで減少してしまっている。

 

 キリト(「たった一撃で…!!どうすれば…!!」)

 

 勝てない…。キリトの頭にはこの言葉が真っ先に浮かんだ。

 HPバーは脅威の12本。ステータスも格上。こちらは一撃を凌ぐで精一杯の状況だ。とてもじゃないが勝算はどこにもない。

 

 ユイ「パパ!あのモンスターのステータスは新生アインクラッドのフロアボスより何倍も上です!!」

 

 キリト「はは…やっぱりな…」

 

 新生アインクラッドのフロアボスはSAOに存在したフロアボスよりも強力になってアップデートされている。

 そのフロアボスより何倍も強いとなるとレイドを組んだとしても勝ち目はないだろう。

 ふと、誰かが立ち上がる音がした。

 視線だけをそちらに向けるとそこにはタクヤの姿があった。

 

 タクヤ「…行くぞぉぉぉっ!!!!」

 

 地を思い切り蹴り、クラーケンの真正面から豪快に突き進んで行った。

 

 クラーケン『羽虫風情がぁぁぁ!!我の邪魔をするなぁぁぁ!!』

 

 タクヤ「イカだかタコだか分かんねぇ奴がオレ達の邪魔をするなぁぁぁ!!」

 

 1本の脚がタクヤ目掛けて放たれ、それに対抗するかのようにタクヤも烈火刃にライトエフェクトを纏わせながらその切っ先をクラーケンに向けた。

 

 片手用直剣スキル"ヴォーパル・ストライク”

 

 2つの攻撃が激突し、周囲に衝撃の余波が降りかかる。飛ばされないように踏ん張りながらその戦いの結末を見ていると、やはり、タクヤの攻撃はクラーケンの攻撃よりも劣っていた。

 勢いよく後方まで吹き飛ばされたタクヤだったが、剣を杖代わりにしてなんとかその場に立ち上がり、あろう事かまた勝負を挑みに行った。

 

 ユウキ「タクヤ…無理だよ…」

 

 キリト「タクヤ…」

 

 タクヤ「まだ…終わってねぇ…まだ…オレは…」

 

 クラーケン『しつこいぞぉぉ!!羽虫がぁぁぁっ!!』

 

 タクヤ「う…らぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そこまでだ!!』

 

 

 

 

 

 瞬間、タクヤの目の前に巨大な掌が姿を見せ、クラーケンを掴み、タクヤとの距離を開けた。

 

 クラーケン『!!…貴様ぁぁぁ…!!』

 

『久しぶりだな…深淵の王よ。まだこんな事をしているのか?』

 

 タクヤは唖然としながら見上げると今まで見た事がない程巨大な人間がクラーケンをいとも容易く払い除けたのだ。

 

 クラーケン『…貴様こそアース神族などに加担しおってぇ!!ポセイドンが聞いて呆れるぞ!!』

 

 リーファ「ポセイドンって言ったら…海の神…!?」

 

 ポセイドン『深淵の王よ。主がここで決着をつけたいと言うのも吝かではないが、ここは神聖な場所だ。今日の所はおとなしく深淵の底へと帰るがよい。…もし、それでも引き下がらぬと申すなら…』

 

 クラーケン『…』

 

 その異様なプレッシャーを至近距離で浴びせられているタクヤ達は思わず生唾を飲み込み、事の顛末を見届ける。

 

 クラーケン『…次こそはこの屈辱、晴らしに参るぞぉ。妖精共!!彼奴等アース神族を信じてはならぬ…。痛い目にあいたくなければなぁ…』

 

 クラーケンは意味深な一言を残してさらに海底へと姿を消していった。

 ポセイドンと名乗った巨人は先程までのプレッシャーが形を潜め、アスナから卵を受け取る。

 

 ポセイドン『これはこの世界の王であられる方のものだ。私があるべき場所へ送り届けよう。礼を言うぞ、妖精の剣士達よ。これは幾らばかりかの褒美だ。受け取るがいい』

 

 それと同じタイミングでクエストクリアを知らせるウィンドウが表示され、そこに記されている豪華な報酬に全員が驚きを隠せないでいた。

 そして、ポセイドンは立ち去る前にタクヤ達にあるものを遣わせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年07月26日 17時00分 ALO 風妖精族(シルフ)領 常夏エリア

 

 ストレア&ユイ「「すっごーい!!!!」」

 

 タクヤ「こりゃ絶景だな…」

 

 ユウキ「いやぁでもまさか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クジラの上に乗れるなんて思わなかったよー」

 

 タクヤ達は海底神殿からポセイドンの呼び寄せた巨大なクジラの背中へと乗り移り、今は風妖精族(シルフ)領の海岸へと送迎されている最中なのだ。

 

 キリト「まぁ、当初の目的は達成したし結果的にはよかったのかな」

 

 アスナ「うん!!ユイちゃんもストレアさんもすごく嬉しいそうだよ!!」

 

 リズベット「現実世界(リアル)じゃ出来ない経験だよねー!!」

 

 シリカ「お、落ちちゃったらどうしよう…」

 

 リーファ「ここは地上だから翅が出せるようになってるから安心して」

 

 向こうの空にはALOを照らす擬似太陽が沈みかけ、緋色に染まった空にクジラの潮吹きの水飛沫が宝石のように輝いていた。

 

 タクヤ「よかったなストレア。クジラも見れたし、乗れたし」

 

 ストレア「うん!!ありがとうみんな!!」

 

 ストレアは元の戦闘用のアバターへと変わり、みんなにハグをして回った。

 クラインにはしなくてもいいとタクヤから言われたストレアはクラインだけ通り過ぎてエギルへと回る。

 

 クライン「なんで俺だけ仲間はずれなんだよぉぉぉっ!!!!」

 

 タクヤ「いや、お前にはストレアの魅力は耐えられないと思ってな。何…感謝なんかすんなよ?

 お前の為を思っての事だ。気にするな」

 

 クライン「絶対ぇそんな事ぁこれっぽっちも思ってねぇだろぉがぁっ!!!?」

 

「「「「あはははっ」」」」

 

 こうしてタクヤ達の夏休み最初の思い出はクジラに乗るという少し規格外なものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ストレア「クラインだけ可哀想だもんね〜。よしよし」

 

 クライン「!!!!?」

 

 タクヤ&ユウキ「「あーあ…」」

 




いかがだったでしょうか?
後半では久しぶりにバトル描写も書けて私的には満足のいくものだったです。
でも、書いてると時間が経つのが早いですね。
気づいたら3時間や4時間経ってるなんて当たり前ですもんね。
書き手のみなさんはそう思った事はありますでしょうか?

評価、感想などありましたらどしどし送ってきてください!


では、また次回!


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【52】夜空に咲く花達

という事で52話目に突入です。
ここしばらくは気温も下がって寒くなってきましたが、作中では夏真っ盛りとなり、書いてて少しだけ暖まった気がします。


では、どうぞ!


 2025年07月30日 18時00分 陽だまり園

 

 陽だまり園の門の前までやって来た拓哉は道行く人々を見ながら愛しき人を待っていた。

 お揃いの浴衣を来ているカップル、我が子と一緒に歩く家族、同性の友達とはしゃぎながら走る者達と、老若男女問わずに全員ある場所に吸い込まれていくかのように大変な賑わいを出している。

 いつもよりも人の往来が激しいのは今日この街で開催される花火大会当日だからだろう。

 かく言う拓哉もその為にここにやって来ている。

 

 拓哉(「懐かしいなぁ…。昔もよく連れて行って貰ったっけ…」)

 

 遠い昔、まだ幼い拓哉と直人はよく両親に花火大会に連れて行って貰った記憶がある。長兄もたまに一緒についてくる事もあった。

 射的にくじ引き、金魚すくいや輪投げなどもよくやったものだ。

 夜空に満開に咲く花火はいつ見ても感動した。

 最後に行ったのはいつだろうと思い出していると、陽だまり園の玄関が開く音がした。

 後ろを振り返ると、淡い紫色で染められた浴衣を羽織る木綿季の姿があった。

 

 木綿季「おまたせー拓哉」

 

 拓哉「おう」

 

 タッタッと階段から降りてきて拓哉の前までやって来る。

 よく見れば顔に少しばかり化粧をして普段とは違った木綿季がそこにいた。

 

 木綿季「智美さんにお化粧してもらったんだけど…どうかな?」

 

 拓哉「え?あ、いや…その…いいんじゃねぇか?…綺麗だよ。浴衣も木綿季に似合ってる…」

 

 木綿季「へへ…ありがと!」

 

 

 

 

 

 智美「見せつけてくれるわね〜」

 

 拓哉&木綿季「「!!?」」

 

 いつの間にか木綿季の後ろへと迫っていた智美の声に驚きながらその表情を見てたちまち顔が紅潮してくる。

 

 森「やぁ、拓哉君こんばんは。今日は木綿季の事よろしく頼むよ」

 

 玄関から現れた森に言われ、拓哉も慌てて返事をした。

 

 拓哉「は、はい。なるべく遅くならない内に帰ってきますので…」

 

 智美「時間なんて気にしなくていいのよ〜。なんなら、今日は帰って来なくても…」

 

 木綿季「な、な、何言ってんのさ!!?帰るに決まってるじゃん!!!」

 

 智美「拓哉君の家に泊まっても何も文句はないのよ?」

 

 木綿季「!!?」

 

 木綿季から湯気が立ち込めるのを見て拓哉と森が2人を引き剥がしに出る。

 これ以上事が進めば木綿季の許容量が限界を迎えてしまうだろう。

 

 森「智美、悪ふざけもほどほどにな」

 

 拓哉「木綿季もあんまり真に受けんなって。じゃあ、行ってきます」

 

 木綿季「行ってきましゅ…」

 

 そう言い残して拓哉と木綿季は人混みに紛れながら花火大会の会場へと向かった。

 

 拓哉「大丈夫か木綿季?」

 

 木綿季「う、うん。まだドキドキしてるけど大丈夫だよ」

 

 拓哉「智美さんは何考えてんのか分かんねぇな。いろいろ危ない人だ…」

 

 ゆっくりと歩きながら会場へ向かっている途中でそんな話をしていると、遠くから祭囃子の音が聴こえ始めた。

 

 木綿季「花火大会なんて久しぶりだからわくわくしちゃうね!」

 

 拓哉「あぁ…。オレも子供の頃に行ったきりだな」

 

 木綿季「ここの花火大会は凄いんだよ!!わざわざ他の街からも祭り目当てで来るんだから!!」

 

 会場に近づくにつれて、人の数も増え始めてきた。

 この人混みの中ではぐれたりしたらいろいろと危ないだろう。

 

 拓哉「木綿季、ほれ…」

 

 木綿季「…うん!」

 

 拓哉は右腕を少しだけ上げて木綿季が組めるようにする。

 木綿季もそれが嬉しかったのか自分の腕を拓哉の腕に絡めた。

 

 拓哉「それにしてもやっぱり浴衣で来てる人が多いな。オレもやっぱり来てくればよかったかな」

 

 木綿季「本当だよー。何で着て来なかったの?」

 

 拓哉「いや、理由はないんだけどな」

 

 木綿季「拓哉の浴衣姿見たかったなー…。絶対にカッコイイもん…」

 

 拓哉「悪かったよ。今度みんなで行く時まで浴衣は我慢な」

 

 会場である河川敷へとやって来た2人だが、先程よりもさらに見物客が多い。夏という事もあり拓哉の額にはじんわりと滲み出る汗が目立ってきた。

 

 木綿季「これだけいるとやっぱり暑いねー。これ持ってきて正解だったよ」

 

 拓哉「団扇(うちわ)か!助かるぜ!」

 

 木綿季から受け取った団扇を仰ぎながら先へと進んでいく。

 出店から香ばしい匂いが立ち込め、それを嗅いだ木綿季のお腹が鳴り始めた。

 

 拓哉「打上げ時間までまだ時間あったよな?何か食うか?」

 

 待ってましたと言わんばかりに木綿季の瞳が輝き、どの出店に行こうか迷い始める。

 

 木綿季「じゃあ、あれ!焼きそば食べたい!」

 

 拓哉「あいよ」

 

 焼きそばの出店に寄って焼きそばを2つ買う。

 

「おっ!兄ちゃん達はカップルかい?」

 

 木綿季「そうだよ!」

 

「じゃあ、おいちゃんからのサービスだ!」

 

 そう言って普通に売られている物よりも多く盛られた焼きそばを拓哉と木綿季に渡した。

 

 拓哉「いいんすか?」

 

「いいんだよいいんだよ!こういう初々しいカップル見たさにやってるトコあっからな。祭りを楽しんでこいよ!」

 

 木綿季「ありがとうおじさん!!」

 

 気前の良い店主に礼を告げ、店を後にした。

 それからイカ焼きや綿アメを購入して2人は落ち着いて食べられる所へと移動した。

 探していると、運営が用意したであろう一般用の休憩所を発見し、そこで食べようという事になった。

 

 木綿季「うーん…!!焼きそば美味しー!!」

 

 拓哉「そんなに急がなくても誰も取らねぇよ。ほら、ほっぺについてるぞ?」

 

 木綿季「拓哉ー取って取ってー」

 

 仕方なく木綿季の頬についた焼きそばの食べかすを摘み、拓哉はそれを口へと運んで食べた。

 

 木綿季「…もう」

 

 拓哉「ん?どうかしたか?」

 

 木綿季「なんでもないよ!」

 

 その後、拓哉達は購入した物を全て食べ終え、次に射的や金魚すくいなどの出店へと足を運んだ。

 

 拓哉「射的でもしてみるか?」

 

 木綿季「やりたいやりたい!」

 

 拓哉は店主に料金を払い、いかにも子供っぽいコルク銃を木綿季に渡し、上体を寝かせながら景品に的を絞る。

 

 拓哉「落ち着いて狙えよー」

 

 木綿季が狙うのは景品の中で1番大きいぬいぐるみだ。

 それが何の動物なのかは分からないが木綿季の御眼鏡にかかったようでいつにも増して真剣な表情を作る。

 

 木綿季「…てりゃっ!!」

 

 放たれたコルク銃は一直線にぬいぐるみへと飛んでいき、見事ぬいぐるみの腹へと突き刺さった。

 

 木綿季「やった!…ってあれ?」

 

 ぬいぐるみの腹に刺さったコルクが力なく落ちていき、ぬいぐるみは微動だにせず景品を獲る事は出来なかった。

 

「惜しかったねー」

 

 木綿季「あー…ダメだった」

 

 拓哉「ちょっと貸してみな」

 

 拓哉は木綿季からコルク銃を受け取り、銃口にコルクを詰めた。

 両手でしっかりと固定して軽く息を吸って吐く。これを数回繰り返して標的のぬいぐるみに視線を合わせる。

 木綿季も横から見ていたがこの時の拓哉の瞳は印象的だった。

 睨みつけるでもなく、ふざけている訳でもない。

 店主や他の客も拓哉の姿を見て息を呑んでいる。

 

 拓哉(「どーせ、景品に何らかの細工でもしてあんだろ…」)

 

 そのような事をしていないと信じたい所だが、こういう祭りの出店では悪質な商売をしている事などよくある話だ。

 もちろん全ての出店でそれが行われている訳ではないのだが、コルク銃の威力もそれなりにあり、あの程度の大きさで倒れないのも不自然である。

 と、拓哉が思うだけで木綿季の狙いが悪かったのも否定出来ない。

 木綿季はぬいぐるみの真ん中…腹の部分に当てて倒れなかったのだが、威力があるコルク銃でも物量のある物を倒せはしないのだ。

 この場合は真ん中を狙うよりもバランスを崩せる適切な箇所にターゲットを絞ればいい。

 

 拓哉「…」

 

 木綿季「頑張って拓哉!!」

 

 横で木綿季が応援してくれている。このぬいぐるみは少し不安定で端を狙って撃てばすぐにでも倒れるだろう。

 神経を研ぎ澄まし、狙いをぬいぐるみの左斜め上に照準を合わせる。

 出店一帯を静寂に包ませながら、トリガーを引いた。

 勢いよく放たれたコルクが照準通りに真っ直ぐ飛ぶ。

 ポンとなんとも柔らかそうな音が鳴り、コルクだけが地面へと落ちていく。

 

 木綿季「やっぱり…」

 

 木綿季が諦めかけたその時、ぬいぐるみが徐々に揺れ始め、ゆっくりと傾き始めた。

 

「うおっ…」

 

「「!!」」

 

 拓哉「…ふぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぬいぐるみが一直線に陳列棚から落ち、店主がそれを慌ててキャッチした。

 

「おめでとう!これが景品だよ!」

 

「すげぇ!!」

 

「落ちないかと思ったわ!!」

 

 景品を受け取りながら周りの見物客も拓哉と木綿季を囲んで喝采を上げた。

 店主も参ったと言うように笑いながら拓哉の肩を数回叩き、気持ちよく見送ってくれた。

 

(あん)ちゃんすげぇな!今日まで射的屋やってきたが、目玉の景品取られた事ないんだわ!彼女が羨ましいねぇ」

 

 木綿季「えっへん!拓哉にかかれば御茶の子さいさいだよ!」

 

 拓哉「妙なハードル上げんなって。…たまたま、偶然っスよ」

 

 景品のぬいぐるみを木綿季に渡して出店を後にすると、他にも輪投げや金魚すくいなどもやってみた。

 輪投げは下位の景品を数個取ったくらいで金魚すくいに至っては拓哉は完敗し、代わりに木綿季が10匹以上も掬い上げるという凄技を見せた。

 だが、10匹も掬っても飼えない為、3匹程度だけ貰ってから他の出店を見て回った。

 

 木綿季「拓哉にも苦手な事があったんだねー」

 

 拓哉「いや、あの金魚共が悪いんだ。オレが掬い上げる時だけ暴れ回りやがって…」

 

 木綿季「んー?それはただの言い訳だよー?」

 

 拓哉「うっせ…」

 

 花火が打ち上がるまで後30分といった所だろうか。

 そろそろ花火が見える場所に移動してもいい頃合だ。

 

 木綿季「それなら穴場があるよ!ついてきて!」

 

 木綿季が拓哉の手を引っ張りその穴場へ向かおうとしたその時、後方から女性の悲鳴が聴こえてきた。

 

 拓哉「な、なんだ?」

 

 悲鳴を上げる人の声が徐々にこちらに近づいてくる。

 

「ひったくりよ!!誰かその人を捕まえて!!」

 

 木綿季「ひったくり!?」

 

「おらぁ!!どけどけどけぇ!!」

 

「きゃぁぁぁぁぁっ」

 

「うわぁっ」

 

 ひったくり犯が近づいてくるのが、見物客が道を開けていく事ですぐに気づいた。無理もない話だ。

 そのひったくり犯は右手に握られたサバイバルナイフを所構わず振り回し、見物客を無理矢理に撒いているのだから。

 

 拓哉「碌でもない事しやがって…!!木綿季、ちょっとここで待ってろ!!」

 

 木綿季「た、拓哉!?」

 

 拓哉は道が開けた場所まで移動し、ひったくり犯を待ち伏せる。

 黒の目指し帽と顔を認識させないようマスクを付け、真夏だというのに無地の黒のジャージに身を包んだテレビやマンガなどでよく見られる犯人の風貌だった。

 

「どけぇっ!!」

 

 拓哉「お前がどきやがれ!!」

 

 興奮しているのかサバイバルナイフを躊躇なく拓哉に振り翳す。

 あれに直撃すればいくらサバイバルナイフと言えど即死なんて事も十分に考えられる。普通なら前に出ても恐怖し、足が震えている事だろう。

 だが、拓哉は違った。

 

 拓哉(「リーチも短い…。ただ振り回すだけで当てる気がないのは丸わかり…。そんなのにビビる訳ねぇだろ…!!」)

 

 拓哉は知っている。本物の殺意を…、本物の恐怖を…。

 あの世界で2年間も殺し合いをしてきた拓哉にはひったくり犯がまるで駄々をこねているだけの幼稚な子供にしか見えない。

 ひったくり犯も拓哉の圧に押されたのか急にナイフを振り回す事を辞めて正面突破に全神経を研ぎ澄ませていた。

 

 拓哉「っ…!!」

 

「!!?」

 

 ひったくり犯が突き出した拳を左腕で防ぎ、盗んだバックを抱えている腕に蹴りを加えた。

 

「がっ…!!」

 

 不意に衝撃が加わり、ひったくり犯が態勢を崩した瞬間に足を引っ掛けて完全に地面に平伏せた。

 

「ぐっ!!?」

 

 拓哉「暴れんじゃねぇよ。ナイフも没収な。…誰でもいいけど警察呼んでくれねぇかな?」

 

「わ、分かった」

 

 犯人を取り押さえている為、携帯を取る事が出来なかった拓哉は周りの見物客に頼み、警察へと連絡を入れさせた。

 警察を待っている間に犯人を運営委員のいるテントまで連れて行き、手首と足首に縄をきつく縛って見張った。

 後に警官が数名駆けつけ、ひったくり犯の身柄を預けた。

 

「ご協力感謝します」

 

 拓哉「いやいやとんでもないっすよ」

 

 敬礼をしてきたので拓哉もそれを真似て敬礼で返し、警官は祭り会場を後にして行った。

 すると、背後からひったくりにあった女性とその連れの男性から感謝され、お礼をしたいと言われたが丁重に断った。

 

 拓哉「もうすぐ花火も始まるしいいっスよ」

 

「本当にありがとうございました!!」

 

 2人は軽く礼をしてまた祭りを楽しみに人混みの中へと消えていった。

 

 拓哉「…はぁ、ひったくりなんてほんとうにあんだな。フィクションの世界だけかと思ったわ」

 

 木綿季「拓哉!!」

 

 拓哉「木綿季?悪かったな、待ったか?」

 

 木綿季「やっぱり拓哉はすごいね!!カッコよかったよ!!」

 

 拓哉「まぁ、あれぐらい大した事ないって─」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木綿季「…と言うと思ったら大間違いだよっ!!!」

 

 拓哉「ひっ!!?」

 

 いきなりの怒声に声が裏返ってしまった拓哉は木綿季から出る黒いオーラにビクビクと体を震わせる。

 

 木綿季「もうちょっと考えてから動かないといつか取り返しのつかない事になるんだよ!!」

 

 拓哉「はい…仰る通りです…」

 

 木綿季「でも…」

 

 拓哉「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木綿季「…カッコよかったのは…本当だよ?」

 

 拓哉「!!」

 

 不意にそんな顔をされるとこちらもドキドキしてしまうではないか。

 と、思いつつも心配をかけたのは拓哉の落ち度だ。

 素直に謝り、気を取り直して花火が良く見える穴場へと2人仲良く手を繋ぎながら向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年07月30日 20時00分 祭り会場 穴場スポット

 

 拓哉「なぁ?ここって本当に入ってよかったのか?」

 

 木綿季「大丈夫大丈夫!子供の頃、姉ちゃんと2人で見つけた場所だから!!」

 

 完全に整備された道から外れ、祭り会場からも離れた小さな展望台へと移動した。

 その場には人っ子1人もおらず、簡素なベンチがポツンと置かれた質素な場所だった。

 

 拓哉「裏にこんな所があったのか…」

 

 木綿季「へへっ。驚いた?今は潰れちゃった展望台だから誰も来ないし、2人っきりになるには持ってこいの場所でしょ?」

 

 柵から見下ろすと河川敷では今か今かと花火が打ち上がるのを楽しみにしている見物客で賑わっている。

 だがこの場所まで声は届かず、時折吹く風の音だけが拓哉と木綿季を包み込んでいた。

 

 拓哉「確かに穴場だな」

 

 2人はベンチに腰をかけて花火が打ち上がる瞬間を待った。

 すると、拓哉の肩に木綿季の頭がゆっくりと乗る。

 

 木綿季「…拓哉はさ、将来何がしたいとか決まってるの?」

 

 拓哉「いきなり進路相談か?」

 

 木綿季「ボクと姉ちゃんは高校を卒業したらあの園から独り立ちしなくちゃだし、それまでに将来の事とか決めなくちゃいけないからさ。

 拓哉はどうするのかなーって…」

 

 拓哉「そっか…」

 

 正直、再来年にはあの学校から巣立ち、将来に向けて生きていかなければならない。

 大学へ進学するにしても、どこかの企業に就職するにしても今の内に明確な進路を決めなくてはならない。

 

 拓哉「…まだ具体的な事は全然決まってないんだけど」

 

 それでも、拓哉にはやりたい事があった。

 別に憧れていた訳ではない。()()()()を知るまで拓哉はあまりにも先を見ようとはしなかった。

 将来の事なんて全然考えず、今を生きるだけで手一杯だったというのもあるが、本当はその先を考えてしまうのが怖かっただけかもしれない。

 考えてしまえば()()()から逃げる事になるんじゃないかと、あの事から目を逸らす事になるんじゃないかと心の中で思っていた。

 だけど、あの世界に足を踏み入れて、体験して、積み重ねた思い出はこの満点の星空のようにキラキラと輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 単純に凄いと感じたのだ。仮想世界(あのせかい)を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「オレ…ゲームデザイナーになってみたいんだ」

 

 憧れたから、凄いと思ったから、茅場晶彦が創り上げた世界に魅了されてしまったから、今度は自分がそんな世界を創ってみたいという欲求が出てきてしまった。

 

 木綿季「ゲームデザイナー…?それって、拓哉のお兄さんみたいな?」

 

 拓哉「いや、兄貴(アイツ)以上のものを創りたい!今まで負けっぱなしだったからな。今度こそ兄貴(アイツ)を超えてやるんだ!!」

 

 木綿季「…具体的じゃん」

 

 拓哉「なりたい事は決まったけど、それを成す為の過程が何も決まってないって意味だよ。大学も探さなきゃだし、下手したら日本(こっち)よりVR技術が進んでるアメリカに留学する事になるかもしれないし…」

 

 アメリカの大学に行ってまずはVR技術について学び、その後にゲームのデザインに入りたい。茅場晶彦が進んだ道を歩いてみたい。

 あの男が何を見て、何を聞いて、何を感じて、何を願ってあの世界を創り上げたのかを知りたい。拓哉が最初に思った事と言えばそれぐらいだ。

 それが形を成すまで2年もの時間がかかった。

 

 木綿季「留学…」

 

 拓哉「別に兄貴(アイツ)を許す訳じゃない。母さんと父さんを見放した事は何があっても許す事は出来ない。

 ただそれは兄貴(アイツ)がこれまで積み重ねてきたものを否定する事とは違うってようやく気がついた。技術はそれを行使する者とは関係のないものだ。それ自体が悪いって事じゃない」

 

 木綿季「…うん」

 

 拓哉「オレはただ知りたいんだ。あの世界がどうやって創られていくのか…。そして、自分の手でいつかプレイするみんなが笑顔になってくれるものを創りたい…!!」

 

 木綿季「そっか…。でも、もし留学するって事になったら…しばらくは会えないんだね…」

 

 拓哉「…木綿季にもやりたい事、目指してるものがあると思う。

 それを奪ってまでオレは一緒にいたくない」

 

 それは木綿季を縛る事になるから。木綿季には自由に自分の目指したい事に向かって歩いてほしいと、拓哉は思っている。

 それは誰かが決める事じゃなく、木綿季自身が決める事だからだ。

 

 木綿季「…ボクはまだ中学生だし、卒業するまでまだ時間はあるけど…拓哉が留学するって決めたんならボクも応援するよ」

 

 拓哉「…まぁ、留学はもしもって考えだから、まだ明確には決まってないけどな」

 

 まだ時間はある。今はこの時間を大切にしていきたい。でも…。

 

 木綿季「拓哉はすごいなー…。ボクなんてまだなーんにも考えてないよ!…あっ、でも1つだけ決めてるものがあった」

 

 拓哉「それって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木綿季「…拓哉のお嫁さんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、空が急に明るくなったが、木綿季の一言で一瞬花火の音が遮断された。それは木綿季も一緒で花火が打ち上がってもジッと拓哉を見つめ続けている。

 

 拓哉「木綿季…」

 

 木綿季「拓哉のお嫁さんになる事が今のボクの将来の夢かな。拓哉とこれからずーっと一緒にいたいし、愛し合いたいな…。拓哉はどうかな?」

 

 拓哉「…そんなのとっくに分かりきってるだろーが…」

 

 花火が瞬き、空が光に包まれていく中、木綿季の唇にそっと自分の唇を重ね合わせた。

 数秒重ね合った唇が離れると、頬を赤くした木綿季が言った。

 

 拓哉「オレも木綿季とずっと一緒にいたい。もう離したくない。

 誰にも木綿季をあげたくない。…大切にしていきたい」

 

 木綿季「ボクもだよ…。ずっと一緒にいてくれる?」

 

 拓哉「当たり前だろ?だからさ、もし留学する事になったら…オレについて来てくれるか?」

 

 縛りたくないけど…、これが我儘だって事は分かってるけど…、それでもこの気持ちを隠す事など出来ない。

 もう、互いに欠けたら生きていけないという程に依存しているのだから。

 

 木綿季「…うん!!拓哉がどこに行ったって拓哉の隣にはボクがいるから!!ずっと離したりなんかしないから!!だから、その時は…ボクも連れていって…!!」

 

 拓哉「…あぁ。…愛してる木綿季」

 

 木綿季「…うん。ボクも愛してるよ…拓哉」

 

 再び重ねられた唇はとても甘く、それでいて爽やかで清々しい気持ちにさせる誓いの印となった。

 空には幾千もの花が華麗に咲き誇り、まるでそれは2人のこれからの旅を祝福してくれているような錯覚に陥るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年07月30日 21時30分 陽だまり園

 

 木綿季「じゃあ…またね拓哉!!」

 

 拓哉「またな木綿季!!」

 

 陽だまり園へと木綿季を送り、拓哉は我が家への帰路についた。

 すると、携帯が着信音を鳴らし、画面を見ると菊岡誠二郎という名が映し出されている。

 

 拓哉「…もしもし」

 

 この時、拓哉達に降りかかる絶望へのカウントダウンが始まった事を誰も知らなかった。

 

 

 

 

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という訳でいかがだったでしょうか?
新たな章を思わせる雰囲気…。
そして、新章を過ぎればいよいよGGO編に突入です。
その後のキャリバーとマザロザ、アリシゼーションはどうしようかはまだお悩み中です。
まぁ、まだ時間はありますのでそこの所はゆっくり考えていこうかな。

評価、感想などありましたらお送りください!



では、また次回!


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【53】光の歌姫

という事で53話目になります。
今回はシリーズもので次回ともしかするとその次まで続くのでよろしくお願いします。
週刊連載にも慣れてきて安定してきたし、挿絵でも挟んでいこうかなと野望を抱きつつあります。
まだなんとも言えませんがもし、挿絵を入れる時にはお知らせしますのでよろしくお願いします!
活動報告の方でも挿絵について書いてますので何か要望や質問があれば書き込んでください。


では、どうぞ!


 2025年08月05日09時00分 ALO 央都アルン

 

 ALOの中心に在るアルンは世界樹が天を貫かんばかりに聳え立ち、柔らかな陽光が街全体に降り注いでいる。

 この街には9つの種族の妖精達が立場を気にせず自由に闊歩している姿が目に付く。

 ALOというゲームは種族感で抗争し、どの種族よりも先に世界樹の頂きにたどり着く事が"グランド・クエスト”に設定されていた。

 だが、それはもう過去の話で運営がユーミルに委託されてからは誰でも自由に世界樹の頂きへと登れるようになった。

 イグドラシルシティと命名された街はアルンと遜色ない程に賑わいを見せていた。

 

 タクヤ「…はぁ」

 

 誰もが笑顔を撒き散らせながら街を歩いている中、闇妖精族(インプ)の青年タクヤは顔を俯かせ、事ある事にため息をついている。

 それは7月末に1本の電話を取った事が関係している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年07時30分21時40分 陽だまり園前歩道

 

 拓哉「…もしもし」

 

 菊岡「いやぁ拓哉君、こんばんわ」

 

 電話の相手は菊岡であった。わざとらしく高い声で話しかけてくる菊岡に先程まで幸せの渦中にいた拓哉の気持ちが一気に冷めていくのを感じた。

 

 菊岡「もしかして、デート中だったかな?それは悪い事したね」

 

 拓哉「…何の用だ?」

 

 菊岡「つれないなぁ拓哉君。そういう甘酸っぱい青春は大人になったら味わえないんだよ?もっと学生は学生らしく元気でなくっちゃ!」

 

 拓哉「アンタが電話さえかけてこなけりゃ元気だったんだがな」

 

 皮肉混じりで菊岡に返すも簡単にあしらわれ、拓哉のテンションがまた更に下がっていった。

 

 拓哉「用がないなら切るぞ」

 

 菊岡「用ならあるんだよねー…。さてと拓哉君、君は"VRの歌姫”って知ってるかな?」

 

 拓哉「"VRの歌姫”?…聞いた事ないな」

 

 菊岡「じゃあ、こっちなら聞いた事あるんじゃないかな?"七色・アルシャービン”と言う少女の名を」

 

 拓哉「それならテレビで見た事ある…」

 

 七色・アルシャービン

 弱冠12歳で数々のVR関連の論文を発表し、博士号も取得した彼女はアメリカで日々VR技術の新たな可能性を見出していると言われている天才だ。

 

 菊岡「そして、彼女はVR技術をさらに先へと進める為に自らもプレイヤーとなってそこでアイドル活動をしているんだ」

 

 拓哉「へぇ…。研究にアイドルねぇ…。で、それがアンタの用事と一体どういう関係が?」

 

 菊岡「彼女は近々、日本に来日する事になっていてね。日本のVR技術の査定とまだ未発表なんだが、新しいVRMMOゲームの開発にも取り掛かるべく会議を開くらしい」

 

 話が全く見えてこないが、未発表のゲームが作られると聞いて拓哉は少なからず心を踊らせていた。

 VRMMOはSAOとALOしかプレイしていない為、次はどんなものが出てくるのか今から待ち遠しい。

 

 菊岡「でだ…。七色博士が来日するにあたって日本での護衛をぜひ拓哉君に頼みたいと向こうから仮想課(ぼく)を通じて依頼があったんだよ」

 

 拓哉「へぇ…そうなんだ……はぁっ!!?」

 

 菊岡「おぉ!期待していた通りの反応だ!」

 

 拓哉「ちょ、ちょっと待て!!なんでオレがそんな事頼まれなきゃいけねぇんだよ!!?ただの高校生だぞっ!!!」

 

 第一、それ程の有名人なら自前の護衛がついているのが当然だ。

 言わば七色博士にはVR技術の全てが詰まっているのだから、彼女を狙う輩も当然いるだろうし、護衛をつけずには歩く事も敵わないんじゃないだろうか。

 

 菊岡「実を言うとね、七色博士はSAO事件も知っていて世間じゃ"光”のアルシャービン、"闇”の茅場晶彦と比喩されているんだ。

 その茅場晶彦の弟がSAO事件を終結させたと知った彼女がぜひ拓哉君に会いたいと…」

 

 拓哉「えぇ…」

 

 菊岡「すまないが拒否権はないんだ。向こうが些か横暴でね…拓哉君が来なきゃ新作ゲームも協力しないと駄々をこねている。

 そこら辺は年相応な反応だが、この新作に日本の技術スタッフも力を入れていてね。何とかしたいんだよ」

 

 拓哉「…新作の為…か」

 

 菊岡「やってくれるね?」

 

 拓哉「…仕方ねぇな!ガキのお守り、頼まれてやるよ!!」

 

 菊岡「よかった…!!じゃあ、日時は折り返しメールで送るよ。では、頼んだよ拓哉君!!」

 

 通話を切って、面倒半分、好奇心半分を胸に抱いて拓哉は再び帰路へとついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「場所と時間は…合ってるよな…?」

 

 七色博士が待ち合わせに指定したのはALOのアルンの世界樹前。

 時間は午前9時。本来ならば既にここに七色博士が来ているハズなのたが、未だにタクヤ以外世界樹に足を運んでいるプレイヤーはいなかった。

 それからしばらく待つ事30分。

 タクヤの前には人っ子一人現れず、途方に暮れていた。

 

 タクヤ(「人をさんざん待たせやがって…!!博士だかなんだか知らねーが、待ち合わせ時間に来ねぇとはどういう了見だコラ!!」)

 

 フラストレーションが募らせていると、階段から微かだが足音が聞こえてきた。

 

 タクヤ「やっと来やがったか…!!ここは年上として1つ説教でもしてやる!!」

 

 鼻息を荒くしながら階段の方へと足を運ぶ。

 足音も次第に大きくなっていき、いよいよ待ちに待った…は大袈裟だが、ご対面といこうじゃないか。

 

 タクヤ(「ん?…足音が…2つ…?」)

 

 徐々に階段下から姿が顕になってきた。

 頭には羽根をあしらった小さな帽子に腰まで伸びた銀髪が風に揺られ、外見はまるっきり少女の姿をしたプレイヤーがタクヤの前に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プリヴィエート、初めましてタクヤ君!私はALO(コッチ)じゃセブンで通っているわ!!種族は予想通り音楽妖精族(プーカ)よ。よろしくね!」

 

 セブンと名乗った少女が小さな体を張り、拓哉にロシア語を交えた挨拶を交わす。

 そして、セブンの後ろには空色の髪をなびかせ、拓哉を凝視する青年の姿もあった。

 

 タクヤ「オレはタクヤ。しばらくの間よろしくな!…後、待ち合わせの時間に遅れたのはどういう理由だコラ」

 

 セブン「初対面よね私達!?なんでそんなに怒ってるのかしら!?」

 

 タクヤ「初対面だろーが関係ねぇ…。オレは約束を守れねぇ奴は大っ嫌いだ!!」

 

 礼儀は嫌という程教えこまれた身としては最初の段階からたるんでは後の関係も悪化させてしまう危険性がある為、この場でしっかりと躾なくてはいけない。

 

 セブン「そ、それは悪かったわ。ごめんなさい…」

 

 タクヤ「よしっ!いい子だ。今度から気をつけろよ?」

 

 セブン「…あれ?一応私って君を雇ってる側よね?…まぁいいわ。

 こっちの無愛想なのが私のマネージャー兼秘書のスメラギ君よ」

 

 タクヤ「オレはタクヤ、アンタもよろしくな!」

 

 スメラギ「…」

 

 握手を交わそうとタクヤが手を差し出すが、スメラギはしばらくそれを見たまま手を差し出す事はなかった。

 

 セブン「スメラギ君、挨拶はちゃんとしなくちゃいけないわよ!」

 

 スメラギ「…する必要はないな。何故なら、俺は貴様を認めていないからだ」

 

 タクヤ「!!…へぇ、初対面で結構な事言ってくれんな。…まぁ、最初から信頼しろっていう方が無理な話か。…だけど、これから一緒に行動する奴を前にその態度はないんじゃないか?」

 

 スメラギ「自惚れるな。貴様はあくまで俺の予備動員に過ぎない。お前こそ、セブンを叱ったが本来ならクライアントにあのような態度を取るのは愚行に他ならない。…次からは言動を改めるんだな」

 

 タクヤ「んだと…!!」

 

 セブン「もぉーっ!!!!会ってそうそう喧嘩なんかしないのっ!!!!スメラギ君も言い過ぎよ!!これからしばらく一緒なんだから仲良くしないと上手くいくものも上手くいかないよ!!!」

 

 スメラギ「フン…」

 

 顔を逸らしたスメラギをしばらく睨み続けたがこのままでは話が進まない事を危惧したセブンが手を叩き、悪い流れを切った。

 

 セブン「ごめんねタクヤ君。スメラギ君ったら変に気難しい人だから…」

 

 タクヤ「…別に」

 

 セブン「じゃあ、仕事内容なんだけど!タクヤ君にはスメラギ君と同様に私の側付きになってもらうからね。別に四六時中一緒にいるって訳じゃないけど、会議に出席する時やコンサートの打ち合わせの時に力を借りるわ」

 

 内容は至ってシンプルなもので、要はセブンの身の回りの世話やコンサートの準備にに携わるものであった。

 今回来日したのを期にALOで初のコンサートをやりたいというセブンの強い要望もあり、何かと人手を増やしかったらしい。

 

 タクヤ「概ね理解したけど、それってわざわざオレに頼む事か?セブンの周りにだってスタッフや…スメラギがいるだろ?」

 

 セブン「もちろんその通りなのだけど、タクヤ君は特別よ。なんて言ってもあの茅場晶彦の弟でSAO事件に幕を閉じた英雄だもの!その事には興味もあったし、色々話を聞きたいの!」

 

 タクヤ「過大評価じゃなきゃいいけどな…」

 

 スメラギ「…」

 

 スメラギが不機嫌そうにタクヤを睨んでいたが、敢えてその事には触れずにセブンの説明に耳を傾けた。

 

 セブン「今日は今からアルンの中央広場へ行って来週あるコンサートの設営をやってもらうわ。夕方…そうね、16時頃から現実世界(リアル)で新作ゲームの会議がまたあるからそれにも付いてきて貰おうかしら」

 

 タクヤ「…セブンって大変なんだな」

 

 セブン「え?そうかしら?」

 

 タクヤ「だってまだ12歳だろ?普通なら友達と遊んだり、もっと自由な時間を送ったりするもんじゃねぇか」

 

 セブンはタクヤの言葉を聞いてしばらく考える素振りを見せたが、すぐに笑顔を作ってタクヤの言葉を否定した。

 

 セブン「別にこの生活が苦に感じた事はないわ。VR技術は日々進歩してるし、その一端に関われる事はとても名誉な事よ。

 新しい可能性を模索してこれからの未来を今よりももっと明るくしたいもの!私がアイドルとして仮想世界にいるのだってライブに来てくれたみんなを笑顔にしたいからだし、私はそんな笑顔が見たいから頑張れるの!」

 

 子供の考えとは思えないセブンの発言にタクヤは終始目を丸くしていたが、セブンにはこの活動が誇りとさえ感じているようだ。

 確かに、これからのVR技術が発展していけばいつの日にかAIであるストレアやユイを現実世界でも認識でき、新たな可能性を見出せるかもしれない。セブンが手掛けているものはそういった夢のあるものなのだ。

 

 タクヤ「すげーな。まだこんなに小せぇのに色々考えてんだな!」

 

 セブン「技術を発展させるのに年齢なんて関係ないわ。知識があれば誰にだって可能性を口にする権利がある。

 日本ももっと広い視野を持ってもらって、才能がある人達を積極的に発掘してもらいたいわね」

 

 スメラギ「…セブン、そろそろ時間だ」

 

 セブン「もうそんな時間?じゃあ、タクヤ君。改めてしばらくの間よろしくね!頑張りましょ!!」

 

 タクヤ「あぁ、オレも出来る限りバックアップさせてもらうぜ!」

 

 それから3人はコンサートの準備に取り掛かるべくアルンの中央広場へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月05日09時30分 ALO央都アルン 中央広場

 

 中央広場へとやって来たセブン一行はそこに集まっていたセブンが立ち上げたギルド"シャムロック”と合流した。

 セブンは裏で当日のスケジュールやライブでの演出を考える為、数人のメンバーを連れて行った。

 

 タクヤ「…で、具体的にはオレは何をすればいいんだ?」

 

 スメラギ「…貴様にはあそこにいるメンバーと一緒に会場の準備をしていろ。俺はこれから必要な備品のチェックに入る。

 くれぐれも自分勝手な行動は慎め。セブンは貴様の事を高く買っているようだが、俺はその例には入らない」

 

 タクヤ「一言余計なんだよな…。へいへい、オレは大人しくやってるよ」

 

 スメラギと別れ、設営の準備をしている場所に向かったタクヤの後ろ姿をスメラギはしばらくじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月05日12時30分 ALO央都アルン 中央広場

 

「よし、今日はここまでにしておこう。機材はライブ前日に届くからな」

 

 タクヤ「うぃーす。しかし、仮想世界でのライブの設営なんて簡単だと思ったが結構やる事があるんだなぁ…」

 

「あぁ、現実世界(リアル)と違って力仕事はそれほどないが、組み立ての手順を1つでも間違ったら最初からやり直さなきゃだからな。

 念入りに設計図を作って、手順通りに完璧に設営するんだ。お陰でいっつもドキドキしながらやってるよ」

 

 仮想世界の設営などボタン1つで完成されたものが現ると思っていたが、最初から組み立てていき、それを事ある事にセーブしていく事になるとは思わなかったタクヤは初めて仕事をしてみて単純に凄いと思ってしまった。

 設営メンバーも次々とログアウトしていき、残されたタクヤはスメラギに指示を仰ぐ為に備品チェックをしているテントへと足を運ばせた。

 すると、テントの中から聞き慣れない男性の叫び声を聞いて急いでテントへと入ると、備品メンバーであろう男性が頭を抱えながら挙動不審になっていた。

 

 タクヤ「どうかしたのか!?」

 

 スメラギ「なんだ今の叫び声は!!」

 

「あぁ…スメラギさん…。すみません!手違いで納品されるハズだったセブンさんの衣装がまだ届いていなくて…」

 

 スメラギ「何?ライブ衣装なら俺もチェックした。届いていない訳ないだろう?」

 

「それがその仕入れメンバーがここに来る途中で(キル)されて衣装の材料がドロップさせられてしまいまして…」

 

 スメラギ「馬鹿者!!あれ程気をつけろと忠告しておいただろ!!」

 

 スメラギの怒声にメンバーも肩を震わせてしまい、慌ててタクヤがその間に割って入る。

 

 タクヤ「なっちまったもんは仕方ねぇだろ。コイツもその仕入れた奴も悪気があったんじゃねぇんだから!」

 

 スメラギ「ならどうするつもりだ!あのライブ衣装は特殊なレアアイテムを使っている為、来週のコンサートまでに全て集められないんだぞ!!」

 

 タクヤ「やってみねぇと分かんねぇだろうが!!簡単に諦めんじゃねぇ!!」

 

 セブン「ちょっと!!そんな声を荒らげてどうしたのよ!!?」

 

 打ち合わせを終えたセブンか慌てた表情でテントの中に入り、事の顛末を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブン「なるほどね…。それは確かに困ったわね。今から新しい衣装を用意するにも時間がないし…」

 

 さすがのセブンも事の重大さに冷や汗をかいた。

 そのレアアイテムを集めるのも困難だし、集められたとしてもそれで衣装を作れる程の裁縫スキル持ちがスタッフの中にもいないのだ。

 

「本当に申し訳御座いません!!」

 

 タクヤ「終わったもんをいつまでも気にすんなって。それでよ、そのレアアイテムってどこで手に入るんだ?」

 

「え?」

 

 スメラギ「おい。そんな事を聞いてどうするつもりだ?」

 

 タクヤ「どうするって集めなきゃ衣装は出来ねぇんだろ?だったら、集めるしかねぇじゃねぇか」

 

 セブン「確かにそうだけど集めるにしたってそのアイテムもドロップ率が低くて中々手に入らないのよ。仮に全部集められたとしても衣装を縫う裁縫スキル持ちがいないんじゃ…」

 

 最早絶望しかけたその時、タクヤはフッと笑って男性からレアアイテムのリストを受け取るとアイテムのドロップする場所を調べた。

 

 タクヤ「だからってじっとしてたら事態は好転しない。幸い裁縫スキル持ちのアテなら何とかなると思う。…てか、こんなにアイテム使うのかよ」

 

 スメラギ「…言っておくがアイテムを集めるのに人手を割く事は出来んぞ」

 

 会場の設営に備品補充、ライブのスケジュールに演出とここのメンバー達にはそれぞれの仕事がある為、衣装作りに協力は仰げない。

 

 タクヤ「分かってる。確かに、全員自分の持ち場があるしここのメンバーにはやらせねぇよ。オレがそのアイテムを集めてくれば文句ないだろ?」

 

 セブン「無理よ!!そのレアアイテムは各領地にバラけてるし1人じゃ絶対に…」

 

 タクヤ「誰が1人で集めるって言ったよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こういう困った時は仲間に頼るんだよ!!」

 

 セブン&スメラギ「「?」」

 

 目を丸くしていたセブンとスメラギを置いて、タクヤは話を進ませる。

 

 タクヤ「衣装が必要な正確な日にちは?」

 

 セブン「え?えっと…来週の12日には衣装がないと間に合わないわ」

 

 タクヤ「丸1週間か…。その日までに完成した衣装を持って帰ってくるからよ。待っててくれ!!ちゃんと現実世界(リアル)での仕事にも出るからそこは安心してくれ」

 

 セブン「え、えぇ…」

 

 スメラギ「ふざけるな!!仲間に頼ると言ったな?貴様の仲間をこちらが簡単に信用出来る訳がないだろ!!」

 

 タクヤ「…まぁ、当然の反応だよな。でも、今はこれしか方法はねぇし、アイツらは心配するような事はしねぇ!!」

 

 スメラギ「何を根拠に…!!」

 

 セブン「分かったわ」

 

 スメラギ「セブン!!?」

 

 セブン「スメラギ君の言いたい事も分かるけど今はコンサートを成功させるのが第一よ」

 

 セブンの言う事はもっともで、スメラギもそれが分かっているからこそ、セブンに意見出来ないでいた。

 

 タクヤ「ありがとう。じゃあ、早速アイテム集めに行くか!!あ、セブン!現実世界(リアル)での待ち合わせ場所はメッセで送ってくれ。ちゃんと時間までに行くからさ!」

 

 そう言い残してタクヤはテントを飛び出し、自身のプレイヤーホームがあるイグシティへと飛び立って行った。

 

 スメラギ「セブン!!アイツの言う事を真に受けるのか!!?」

 

 セブン「今はそれしか打開策がないじゃない。それに彼なら信用出来るわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんてったって彼は"英雄”なんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月05日13時00分 ALOイグシティ マイホーム

 

 キリト「お、来たな」

 

 ユウキ「タクヤー!!」

 

 アスナ「こんにちはタクヤ君」

 

 タクヤ「急に呼び出して悪かったなみんな!」

 

 タクヤはイグシティにあるマイホームへ向かう途中に仲間達に自身のホームへ来るように声をかけていた。

 それに応じてくれたのがユウキにストレア、キリト、アスナ、ユイ、リズベット、シリカ、ランの9人だ。

 

 リズベット「いきなり来てくれって言うもんだから店閉めて来ちゃったわよ」

 

 シリカ「でも、今日はあんまり人来なかったからちょうどよかったじゃないですか」

 

 タクヤ「悪ぃな。この埋め合わせはいつか必ずするからさ」

 

 キリト「で、いきなり呼び出してどうしたんだ?」

 

 タクヤ「あぁ、みんなにちょっと手伝ってもらいたい事があって…」

 

 それからタクヤはここにいるメンバー全員にセブンの事や今の状況を説明してこれからの事について相談した。

 

 アスナ「じゃあ、私達でそのリストに載ってるアイテムを持ってくればいいんだね?」

 

 ストレア「ひゃ〜!いろんな領地にバラけてるから結構大変そうだねー」

 

 タクヤ「無理も承知で頼んでんだ!もし、都合が悪ければ先に言ってくれてもかまわねぇ」

 

 ユウキ「大丈夫だよ!ボク達もタクヤとそのセブンって娘に協力するよ!」

 

 ラン「私も可能な限り力になります!」

 

 どうやら全員協力してくれるようでタクヤも心底ホッとした。

 

 タクヤ「で、アイテムを集めてから衣装を作るんだけど…アスナ、()()()ってALOにいるのか?」

 

 アスナ「うん。アシュレイさんもALOしてて裁縫スキルも完全習得(カンスト)してるよ」

 

 アシュレイとはタクヤ達と同じSAO帰還者(サバイバー)で当時の血盟騎士団の隊服を(こし)らえた程のファッションデザイナーである。

 

 リズベット「私達の装備もこの間アシュレイさんに作ってもらったのよ。ねぇシリカ?」

 

 シリカ「作ってもらうまでにいろいろありましたけどね…」

 

 タクヤ「アシュレイにも頼みに行くけど…あの人の事苦手なんだよなぁ…」

 

 当時、タクヤとユウキもアスナの薦めでアシュレイに装備を新調してもらった事があるが、その時にタクヤはアシュレイのお眼鏡にかかり随分と振り回されたものだ。それを見てユウキもアシュレイに苦手意識を持ってしまった。

 

 ユウキ「あの人…微妙に狂ってるし…」

 

 アスナ「で、でも腕は確かだから!!」

 

 キリト「今はとにかくそのアイテムをみんなで手分けして集めようぜ?

 ユイ、最適ルートを検索してくれないか?」

 

 ユイ「分かりましたパパ!!」

 

 ユウキ「ストレアもお願いっ!!」

 

 ストレア「あいあいさ〜」

 

 そんな話をしていると、セブンからメッセージがタクヤに入ってきた。

 読む限り会議の時間が早まったので今からすぐに合流してくれとの事であった。

 

 タクヤ「悪い!!セブンから呼び出しがかかった!!オレは行くけど時間を見つけてオレも手伝うから!!」

 

 キリト「オレ達もなるべく早くアイテムを揃えておくよ」

 

 タクヤ「助かる!!このお礼は絶対するから!!」

 

 リズベット「期待しないで待ってるわよ」

 

 リズベットの皮肉を皮切りにタクヤはその場でログアウトして行った。

 

 シリカ「それにしてもタクヤさんもいろいろ大変ですね…」

 

 キリト「あぁ、オレも1度セブンに会ってみたいな。これからのVR技術がどう進んでいくのか気になるし」

 

 アスナ「でも、菊岡さんはなんでセブンって娘の護衛にタクヤ君を指名したのかしら?」

 

 ユウキ「タクヤが茅場晶彦の弟だからセブンが興味を持ったって聞いたけど…」

 

 キリト(「それだけでタクヤを指名するのか?…菊岡の事だ。何か別の理由があるんじゃ…」)

 

 そう考え始めるとキリがない事を悟ったキリトは一息入れてみんなで作戦会議に入る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月05日14時00分 東京都銀座駅

 

 拓哉は現実世界に帰ってくるや否や玄関に置いてあるバイクに跨り、すぐ様銀座へとバイクを走らせた。

 駐輪場にバイクを停め、待ち合わせ場所の駅前にやって来た拓哉は黒服のガタイのいい男性に案内され、同じく黒塗りのリムジンに乗せられた。

 怪しく思いつつも車内にはALOで見た容姿のセブンとスメラギがいた。

 

 七色「プリヴィエート!時間ぴったしねタクヤ君!!」

 

 拓哉「お前らもALOと同じ姿なんだな」

 

 七色「まぁ、ALOにはアイドル活動の他に研究も兼ねてるから同じ容姿の方が何かと都合がいいのよ」

 

 拓哉「ふーん…色々考えてるんだな」

 

 リムジンが走り始めて20分程が経過しただろうか。停めた場所の前には超高層ビル郡の中で1番の高さを誇ったビルが建っていた。

 これには拓哉も驚き、普段の私服を着てきた事を悔やみながらも七色に誘われ、中へと入っていく。

 エントランスも帝国ホテル顔負けの豪華さで拓哉は辺りを何度も見渡していた。

 

 七色「タクヤ君!少しは落ち着きなさいよ!」

 

 拓哉「いやだって、こんな所に来たの初めてだし…」

 

 住良木「…」

 

 しばらくすると案内を務める女性が10階にある会議室まで案内し、そこで拓哉達は数分の間、技術スタッフを待った。

 

 住良木「おい…俺達は退出するぞ」

 

 拓哉「え?なんで?」

 

 七色「そうね…その方がいいかも知れないわ。タクヤ君も新しいゲームの内容が分かっちゃったらつまらないでしょ?」

 

 拓哉「…確かに」

 

 住良木に連れられ拓哉は別室に移動した。

 案内されたのは先程に比べれば狭い部屋だったが、男性が2人で待つには充分すぎる広さである。

 案内人からコーヒーを差し出され、部屋には拓哉と住良木だけが残された。

 

 住良木「…」

 

 拓哉「…」

 

 コーヒーを啜る音のみが部屋に響き、重い空気が拓哉と住良木の間に発生している。

 七色が会議が終わるまでまだ相当時間がある為、拓哉はこの空気に耐えられるか心配になってきた。

 

 拓哉(「話す事ねぇし、何かと突っかかってくるし…気まずい」)

 

 住良木「…貴様は─」

 

 拓哉「ん?」

 

 住良木「貴様は七色の事をどう思う?」

 

 突然の質問に理解出来なかったが改めて考えても答えなど出せる訳がない。七色/セブンとは今日知り合ったばかりでセブンと長年行動を共にしているであろう住良木に聞かれてもどう答えればいいのか分からない。

 

 拓哉「どうって…別にどうも思ってねぇよ。今日知り合ったばっかりだぞ?逆にどうか思ってる方が不思議だよ」

 

 住良木「…七色はアメリカでも研究に研究を重ね、今の地位と権力を手に入れた。12歳の子供の為せる事じゃない」

 

 拓哉「まぁ、だろうな」

 

 住良木「七色は言った。『私が頑張れば頑張る程多くの人がVR技術の素晴らしさに気づいて近い将来誰も成し得なかった()()A()I()だって完成させられるわ!!』と…。

 俺にはその意味も凄さも半分程しか理解出来なかった」

 

 拓哉「いや、聞く限りオレはまったく理解出来ん」

 

 住良木「…だが、それを何故、あの娘が先頭に立ってやらなければいけないんだと、いつも思っている。本来なら普通に暮らし、普通に学校に通い、普通に友人を作っているハズだった…。それを七色は研究に費やし、友人と呼べる者が出来なくなってしまった。

 周りの人間に七色は近づき難い存在に変わったのだ…」

 

 カップに入ったコーヒーを全て飲み干した住良木は項垂れ、今にも発狂しそうな程に悲しんでいる。

 いや、悲しいというよりもおそらくこれは…─

 

 

 

 

 

 拓哉「…なんでお前が怒ってんだよ?」

 

 住良木「…今のは忘れてくれ。貴様は貴様の出来る事だけをやってくれればいい」

 

 部屋を後にした住良木の後ろ姿を拓哉はただじっと眺める事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月05日19時40分 東京都銀座駅前

 

 七色「はぁー…疲れたー!!」

 

 拓哉「お疲れ。結構長かったな」

 

 昼過ぎから始まった会議は日が傾き、夜になった所でお開きになった。

 まだ大体の方向性や設定などしか決まっていないが七色曰く、初回でここまで進められれば上出来との事だ。

 ビルから出てリムジンに乗るや否や小さな体をめいいっぱい仰け反り、疲れを少しでもなくそうと奮闘している。

 

 住良木「七色、行儀が悪いぞ」

 

 七色「いいじゃない。会議が長くて肩や腰が痛いだもの」

 

 12歳の発言ではないが、大の大人でもこれだけ長い時間部屋に詰めれば疲れが出てもおかしくはない。

 

 七色「今日はこれでもう終わりよね?」

 

 住良木「あぁ。明日は8時にコンサートの打ち合わせ。10時にスポンサーへの挨拶回り、13時には…」

 

 七色「だぁー!!スケジュールがみっちりすぎるー!!せっかく日本に来たんだもの、ちょっとぐらい観光もしたいわ!!私、秋葉原って所に行ってメイドカフェに行きたいの!!」

 

 拓哉「もうちょっと日本らしい所に行けよ…」

 

 住良木「悪いがコンサートが終わるまでの間、そんな暇はない」

 

 住良木の一言で肩をひどく落とした七色に鬼かと言うぐらい綿密なスケジュールを読み上げていく。

 やはり、12歳の少女にはこれだけの重労働は酷なのだろう。

 

 拓哉「じゃあ、コンサートが終われば多少時間があるんだな?」

 

 住良木「…取れても1日だけだ」

 

 七色「えぇっ!!?」

 

 白い灰になった七色を横に拓哉は話を続ける。

 

 拓哉「じゃあ、オレが東京を案内してやるよ」

 

 そう聞いた瞬間、七色に顔に生気が漲り、銀色の髪の毛を翻しながらタブレットで東京の観光スポットを検索し始めた。

 

 七色「1日しかないなら、計画的に名所を回らないと勿体ないわよね!今の内にスケジュール組んじゃおう!」

 

 拓哉「いきなり元気になったな…」

 

 住良木「…」

 

 七色「もちろん住良木君も来るでしょ?」

 

 住良木「俺は別に興味はない…。元々、3年前から日本にいたしな」

 

 七色「それだと私がつまんないじゃない!住良木君も私と一緒に来るの!はい決定!!」

 

 無理矢理住良木を巻き込んだが、七色にとって数年来一緒にいたパートナーがいなくては楽しいものも素直にそう感じれないだろう。

 住良木もこれ以上は言い返さず、黙って外の景色を眺めている。

 そんな事を画策しているとリムジンは銀座駅の前で停車し、タクヤを降ろした。

 

 七色「じゃあ、タクヤ君。明日は早朝に君の家まで迎えに行くから自宅で待ってるのよ?じゃあまたね、ダスヴィダーニャ!!」

 

 拓哉「おう!またな!」

 

 住良木「…」

 

 拓哉「…住良木」

 

 自分の名前が呼ばれるとは思わなかった住良木は驚いた表情で拓哉に顔を向けた。

 

 住良木「…なんだ?」

 

 拓哉「お前が何にキレてんのか知らねぇけどよ…。言いたい事があるならハッキリ言った方が楽になるぜ?」

 

 七色「?」

 

 住良木「…余計なお世話だ」

 

 リムジンは拓哉を残してホテルへと走って行った。

 車内では疲れがピークに達したのか七色は深い眠りにつき、その様子を見て七色にタオルケットをかけた。

 

 住良木「…」

 

 

『言いたい事があるならハッキリ言った方が楽になるぜ?』

 

 

 住良木「…それが出来れば苦労はしない」

 

 もうすぐチェックインしたホテルに着く。

 七色を起こして自室のベッドで寝かせなくてはならない。

 寝顔だけ見れば年相応の可愛らしい顔なのだが、住良木はそんな顔は3年いて滅多に見た事がない。

 

 住良木「…」

 

 すると、住良木の携帯に着信が入り、電話を取った。

 

 住良木「もしもし…─」

 

 

 

 

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いかがだったでしょうか?
今回からのシリーズはセブンとスメラギを軸に進んでいきます。
ゲーム中と内容は違いますから矛盾している箇所があるかもしれませんので、気づきましたらお知らせください。


評価、感想なども待っていますのでよろしくお願いします!


では、また次回!


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【54】歌に乗せる想い

という訳で54話目になります。
今回はバトルシーンを書きましたが久しぶりで腕がなまってる気がします。←元々文才ないのに何言ってんの?



では、どうぞ!


 2025年08月10日14時00分 東京都御徒町 ダイシー・カフェ

 

 七色「あら!中々素敵なお店ね!!」

 

 エギル「こりゃ光栄だな。まさか世界的に有名な科学者から褒められるとは」

 

 拓哉「それより早く何か作ってくれ…」

 

 拓哉達は御徒町の近くで行われた会議が終わり、ランチにしようとなったので近くにあったエギルが経営する"ダイシー・カフェ”に立ち寄った。

 あれから拓哉は七色の助手として住良木と共に東京を右往左往して多忙な毎日を送っている。

 さらに、ALOで開催されるセブンのコンサート用衣装の材料調達にも赴き、さらに過酷な毎日と化していた。

 

 七色「あら?どうしたの拓哉君?」

 

 拓哉「お前…この激務が毎日あるって…見かけによらずに体力バカなの?」

 

 七色「バカとは何よ!私はもう慣れたってだけの話よ。ね?住良木君」

 

 住良木「…ん?あ、あぁ…そうだな」

 

 七色「?…どうしたの?具合でも悪いの?」

 

 住良木「そんな事はない。…それより七色も早く注文しなければ食べる時間がなくなるぞ?」

 

 七色「えっ!?ちょ、ちょっと待ってよ!!えーと…」

 

 拓哉「…」

 

 住良木と話してから何かとボー…っとしてる時が増えた気がした。

 何か考えているのか分からない拓哉は何も言い出す事はないが、これ以上悪化するようなら仕事に支障をきたしかねない。

 七色に至ってはそのような事は気に止めていない様子だが、いつかは不振に思うだろう。

 注文を取り終えたエギルがキッチンで作業に入っている間、七色が衣装の件で拓哉に話しかけた。

 

 七色「拓哉君、衣装に使う素材はどれくらい集まってるの?」

 

 拓哉「後1つだな。明後日までには何とかなるハズだ」

 

 七色「そう…それならいいけど…」

 

 残り2日で衣装を完成させなければセブンのコンサートは失敗に終わってしまう。チケットは即日に完売し、ALOのプレイヤー達もセブンのコンサートの日を楽しみにしながら待っている。

 それを中止の形で終わらせたくないと思うのは七色や拓哉、住良木はもちろん、ここまで用意してくれた"シャムロック”のメンバーにも悪い。

 

 七色「…決めたわ!!」

 

 拓哉&住良木「「?」」

 

 突然椅子から立ち上がり、拳を握りながら七色が言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七色「明日、私も一緒に材料集めに行くわ!!」

 

 拓哉&住良木「「!!?」」

 

 七色「元はと言えば私の衣装なんだし、着る本人が材料を集めないって変な話じゃない?だから、明日は私も行くわ!!拓哉君の友達にそう伝えておいて!!」

 

 住良木「何を言っているんだ七色!!確かに明日の午後は本番前に休暇を取らせるつもりで空けているが、お前には他にやる事があるだろ?」

 

 七色「ノープログレムよ!!スケジュールなら頭にしっかり入ってるし、練習だってみっちりやったもの!!」

 

 住良木「だが…!!」

 

 拓哉「いいじゃねぇか。本人がやりたいって言ってるんだし」

 

 七色「これはもう決定事項よ!!」

 

 ここまで来たら何がなんでも折れないと知っている住良木はため息をついてカウンターに向き直った。

 

 住良木「分かった…」

 

 七色「さっすが住良木君!!」

 

 住良木「だが、俺も行くぞ」

 

 拓哉&七色「「えっ!?」」

 

 住良木「七色のステータスは前線に出られる程じゃない。七色1人行っても足でまといになるハズだ。俺も一緒に行けば成功率も今より上がる」

 

 セブンとスメラギの実力が如何程か分からない拓哉には何とも言えないが、本人がこれだけ自信を露わにしているのだから相当の手練れと見て間違いないだろう。

 明日、拓哉達が最後の材料である"神の絹(ラグ・シルク)”を獲得する場所は鍛冶妖精族(レプラコーン)領の北西にある峡谷だ。

 メンバーとしてはタクヤにユウキ、ストレア、キリト、リズベット、クラインの6人にセブンとスメラギを合わせた8人で挑む。

 鍛冶妖精族(レプラコーン)領と言う事でリズベットにナビゲートを任せているが、目的地である峡谷にはワイバーン系のモンスターが大量に存在するらしく、覚悟を決めて挑まなければならない。

 

 拓哉「とりあえず明日のメンバーには伝えたから明日の13時にアルンの入口前に集合な」

 

 七色「分かったわ!!あ〜なんだかうずうずしてきちゃった〜!!」

 

 エギル「頑張れよ!俺は行けねぇが健闘を祈ってるぜ!」

 

 3人の前に注文した料理が配膳され、今はクエストの事を忘れてエギルの料理に舌づつみをうち、午後の仕事に向けてのエネルギーを蓄えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月11日13時00分 ALO央都アルン入口前

 

 セブン「プリヴェート!私はセブンよ。こっちが助手のスメラギ君」

 

 スメラギ「…」

 

 セブンとスメラギはタクヤに案内されてアルンの正面入口へとやって来た。すると、そこには既にキリトを始めとしたメンバーが集まっていた。

 

 キリト「オレはキリト。こっちから順にユウキ、ストレア、リズ、クラインだ。今日はよろしく頼むぜ」

 

 クライン「うぉぉぉぉぉぉっ!!!!俺の目の前に本物のセブンちゃんがぁぁぁぁぁぁっ!!!!お、オレ!!いつも応援してますっ!!!!」

 

 セブン「あ、ありがとう…。タクヤ君、タクヤ君の友達って少し変ね」

 

 タクヤ「…否定出来ないのがつらい」

 

 スメラギ「…」

 

 エギルから聞いた話だが、クラインはセブンが注目を浴び始める前からファンだったらしく、ファンの集まりである"クラスタ”に属しているようだ。クラスタの特徴としてセブンがいつも頭に被っている帽子の羽を体のどこかに身につけている。

 クラインも首元にセブンとお揃いの羽が身につけられていた。

 

 キリト「スメラギもよろしくな」

 

 握手をスメラギに差し出したキリトだが、その手は交わされる事はなく、スメラギが冷たい視線を向けて言った。

 

 スメラギ「馴れ合うつもりはない。目的の物さえ手に入ればそれでいい」

 

 セブン「ちょっとスメラギ君!!こっちが頼んでるんだからそんな事言わないのっ!!」

 

 タクヤ「みんなも気にすんな!?アイツ、いっつもあんなだから…」

 

 時すでに遅しとはこの事であろう。全員、少なからずスメラギの態度に憤りを感じたが、これから一緒にパーティーを組むのだから仲良くやっていきたいと思うのが勝り、スメラギについて深く言及しなかった。

 リズベットの案内で一同は翅を生やし鍛冶妖精族(レプラコーン)領へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月11日 14時00分 ALO鍛冶妖精族(レプラコーン)領 峡谷地帯

 

 7月の下旬に行われたアップデートで央都アルンと各領地を隔てていた山岳は高度制限内に縮小されて、タクヤ達は一気に鍛冶妖精族(レプラコーン)領の峡谷地帯へとやって来る事が出来た。

 そこには事前に知らされていた通り、ワイバーンの群れが所構わず徘徊しているのが見える。

 なるべく気づかれない為に地上へと降り立ったタクヤ達は徒歩で奥へと進み始めた。

 

 ユウキ「ねぇ、タクヤ…」

 

 タクヤ「どうした?」

 

 ユウキ「セブンってボクの予想よりもずっと子供なんだね?」

 

 タクヤ「あ?あぁ…でも、ユウキより頭いいけどな」

 

 ユウキ「天才って言われてる子と比べないでよ!!タクヤのいじわる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブン「あなた、タクヤ君のガールフレンド?」

 

 2人の背後からひょっこり顔を出したセブンがユウキに話しかけた。

 ユウキも頬を赤くしながら肯定するとセブンがニタァとイタズラを仕掛けるような表情になり、おもむろにタクヤの腕を抱きしめた。

 

 ユウキ「!!?」

 

 セブン「ユウキ、タクヤ君を私に譲る気はないかしら?」

 

 ユウキ「あ、あるわけないでしょ!!?」

 

 セブン「タクヤ君って結構頼りになるし、このまま私の助手としてアメリカに連れて帰りたいんだけどー」

 

 タクヤ「おいセブン!冗談はこれぐらいにしねぇとユウキが…」

 

 またしても遅かった。タクヤがユウキに弁解しようと視線を向けた瞬間、ユウキの掌が視界全てを覆い、強烈な一撃をその身に叩き込まれた。

 5m程飛ばされたタクヤは近くの岩を粉々にしながら落ちた。

 

 ユウキ「タ〜ク〜ヤ〜…」

 

 タクヤ「ま、待て!!あれはセブンの冗談であってオレは無実だし、ここ圏外だからダメージ入っちゃうし…」

 

 ユウキ「…遺言はそれだけでいいのかな?」

 

 タクヤ「えっ、ちょ、マジでヤバいって!!?目が座ってるって!!?オレは悪くないって…ぎゃああああああああああああああっ!!!!!」

 

 目も当てられないような惨劇がセブン達の前で繰り広げられていたが、恐ろしくなったのか誰もその光景を見る者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「…」

 

 ユウキ「…」

 

 キリト「…大丈夫か?」

 

 小声で話しかけてきたキリトに顔のアバターが真っ赤になったタクヤがジト目でキリトに言った。

 

 タクヤ「大丈夫に見えるか?危うく死に戻りする所だったぞ。テメェら誰1人止めてくれねぇし」

 

 リズベット「だって、止めに入ったら巻き添え食らいそうだったし」

 

 セブン「痛いのは嫌だわ」

 

 タクヤ「元はと言えばセブンのせいだろっ!!?」

 

 タクヤが死ぬ間際でユウキは正気を取り戻し、瀕死のタクヤを置いて先へと向かい始めてしまった。

 慌ててキリトとクラインがタクヤの元に馳せ参じたがHPがあと数ドットという所で踏み止まり、なんとか一命を取り留めていた。

 今はポーションを何本も飲みながらHPを全快にさせている所だ。

 

 キリト「今日はアスナもリーファもシリカもいないから回復が心許ないな」

 

 リズベット「見るからに脳筋パーティーよねー。てか、あのスメラギって人…水妖精族(ウンディーネ)じゃないの?だったら回復魔法は御手の物じゃない」

 

 スメラギ「残念だが、俺は回復魔法は使わん」

 

 リズベット「げ…聞こえてた…」

 

 キリト「なんで回復魔法を覚えないんだ?あれば戦闘でも重宝するだろう?」

 

 回復魔法はこのALOの戦闘にとっても重要な役割(ファクター)だ。

 それ1つで戦略が10にも100にもなったりする。

 

 スメラギ「単に俺には必要ないと言うだけだ。そこまでの強敵に会った試しがないからな…。あの火妖精族(サラマンダー)の両手剣使いでさえ俺にとって敵ではなかった」

 

 クライン「も、もしかしてそりゃあ…ジンの旦那の事じゃあ…」

 

 クラインによれば先日ALOでも強豪と言われているユージーンが無名の水妖精族(ウンディーネ)決闘(デュエル)をした。

 激戦の末、軍配が上がったのは水妖精族(ウンディーネ)の刀使いであり、その上その水妖精族(ウンディーネ)はHPをグリーンに留めたままユージーンを降したとALO中に噂が流れているようだ。

 

 キリト「すごいな…。今度オレとも戦ってくれよ」

 

 スメラギ「…お前達の事はよく知っている。"SAO帰還者(サバイバー)”と呼ばれ、あのデスゲームで2年間に渡り戦いを興じられていたと聞く。だが、俺は自分で見た事しか信じない」

 

 タクヤ「つまりは戦ってる所を見ないと決めらんないって事ね。遠回しすぎなんだよなー言い方が」

 

 キリト「だったら、とりあえず前のモンスターを蹴散らせばいいって事だよな?」

 

 先行していたユウキとストレアがタクヤ達の元まで戻ってくると、それを追いかけて10匹以上のワイバーンの群れが滑空しながら牙を向いた。

 

 タクヤ「よしっ!!スメラギはセブンのサポートに回れ!!ここはオレ達がやる!!」

 

 ユウキ「いくよっ!!」

 

 セブン「みんな頑張ってー!!」

 

 クライン「よっしゃぁぁっ!!見ててくれよセブンちゃん!!」

 

 リズベット「調子乗ってヘマなんかしないでよ」

 

 ストレア「クラインならやりそうだよね〜」

 

 クライン「ヘマなんかすっかよっ…ってテメェら抜け駆けはズリィぞ!!?」

 

 クラインが刀を構えた時にはタクヤとユウキ、キリトが前に出ていた。

 遅れながらクラインとリズベット、ストレアも前へと出る。

 

 タクヤ「そらぁっ!!」

 

 腰に携えた片手用直剣を瞬時に抜き、低空で攻めてくるワイバーンに斬り掛かる。

 首筋を斬られたワイバーンが荒々しい悲痛を雄叫びを上げるが、さらに2撃目のユウキの剣閃がワイバーンの首を断ち切った。

 アイコンタクトで確認を取り、2人は群れの中へと駆け込んでいった。

 

 キリト「オレも負けてられないな…!!」

 

 黒い刀身を露わにしたキリトは岩壁に向かい飛翔し、それを足場にワイバーンの1匹に刹那の一撃を浴びせた。

 

 クライン「負けてられっかよっ!!」

 

 刀が鮮やかな赤色のエフェクトを撒き散らし、襲い掛かってくるワイバーン目掛けてそれは弾けた。

 

 

 刀ソードスキル"浮舟”

 

 

 火炎と化したエフェクトがワイバーンの斬り口からメラメラと燃え上がり、やがてポリゴンとなって四散した。

 

 クライン「どうーセブンちゃーん?俺の活躍見ててくれたー?」

 

 セブン「前!!前!!」

 

 クライン「へ?」

 

 振り返ると2匹のワイバーンがクラインに急接近していた。刀を振るよりもワイバーンの牙がクラインを噛みちぎるのが早い。

 多少のダメージを覚悟していたクラインの前を2つの影が飛び出し、ワイバーンに蹴散らした。

 

 

 片手長柄ソードスキル"トリニティ・アーツ”

 

 

 両手剣ソードスキル"メテオフォール”

 

 

 轟雷と爆炎がワイバーンを包み込み、そのエフェクトが消えるのと同時にワイバーンもポリゴンへと消えていった。

 

 リズベット「だから調子乗んなって言ったのよ」

 

 ストレア「あはは〜クラインまぬけ〜」

 

 クライン「くっ…。こ、これからだっての!!」

 

 リズベット「ちゃっちゃと終わらせないといけないの本当に分かってるんでしょうねぇ!!」

 

 クライン「分ぁってるよ!!さぁ、来やがれ…って…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「何してんだ?もう終わったぞ」

 

 クライン「何ぃぃぃぃっ!!?」

 

 各々武器を懐に仕舞い、先へと再び進み始めた。

 クラインだけが何故か渋々だったが、これから先もまたこういう戦闘に入るだろう。今のままの強さなら問題はないが、レアアイテムがあるフィールドであの程度の強さのワイバーンだけではないのは明白だ。

 

 ユウキ「いやぁスッキリしたぁ!!」

 

 タクヤ「ユウキ!!オレの獲物横取りすんなよ!!」

 

 ユウキ「早く倒さないからでしょー?早い者勝ちって言葉知らないのー?」

 

 キリト「はは…。どうだ?オレ達も結構出来る方だろ?」

 

 スメラギに不敵な笑みを浮かべたキリトだが、冷静なスメラギに一蹴される。

 

 スメラギ「あの程度のモンスター相手に鼻を高くするのは勝手だが、高が知れるぞ?」

 

 ユウキ「言うねー君。じゃあ、次はボクと2人だけでワイバーンをどっちが多く倒せるか勝負しない?」

 

 スメラギ「…興味─」

 

 ユウキ「逃げるの?」

 

 スメラギ「!!…いいだろう。その勝負受けてやる」

 

 ユウキ「そうこなくっちゃ!!」

 

 ユウキに乗せられた事に今更気づいたスメラギだが、既に遅く再びワイバーンの群れが襲い掛かってきた。

 

 ユウキ「みんなは手を出さないでね!!」

 

 キリト「オレもやりたかったな…」

 

 ストレア「頑張れ〜ユウキ〜!!」

 

 セブン「スメラギ君も頑張りなさーい!!」

 

 1匹のワイバーンの咆哮を合図に2人が前へと駆けた。

 腰から抜いた刀を握り締め、スメラギがワイバーンと対峙する。

 下から振り上げられた刀がワイバーンの翼を断ち、態勢を崩した隙に腹部を突く。

 

 ユウキ「やるね!!だったらボクも…!!」

 

 数匹のワイバーンが一斉に襲い掛かるが、ユウキは動じる事なく、ワイバーンの背から背へと飛び移り、離れ際に剣閃を繰り出す。

 そして、1箇所にまとまった所を青白いエフェクトと共にユウキが駆けた。

 

 

 片手用直剣ソードスキル"ヴォーパル・ストライク”

 

 

 一閃がワイバーンを貫き、激しい爆風と共にポリゴンが爆散した。

 

 リズベット「いやーやっぱり迫力と言うか、凄いわねー」

 

 タクヤ「…そうだな」

 

 スメラギ「…!!」

 

 さらにワイバーンの数は増えていくが、(ことごと)くユウキとスメラギがポリゴンへと姿を変えさせていった。

 最後の1匹となり、それを同時に攻撃を繰り出した事で勝負はついた。

 

 ユウキ「タクヤ!!ちゃんと何匹倒したか数えてた?」

 

 タクヤ「数えてるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …この勝負は引き分けだな」

 

 スメラギ「…」

 

 ユウキ「えぇー…結構イケたと思ったのにー!!」

 

 互いに17匹ずつ倒し、もしかすればこの一帯のワイバーンは狩り尽くしたんじゃないかと言うぐらい凄惨としている。

 

 ユウキ「くやしいなー…また今度やろうね!!」

 

 スメラギ「…あぁ」

 

 タクヤ「もうそろそろ最奥部だから気ぃ引き締めろよー」

 

 セブン「いよいよね…!なんだかワクワクしてきたわ!!」

 

 スメラギ「セブンは前に出るな。俺達でどうにかする」

 

 "神の絹(ラグ・シルク)”はこの峡谷の奥に住みついた巨大なワイバーンのドロップアイテムらしいのだが、住処としている巣にも確率で落ちている事があると情報がある。

 そのワイバーンが強大で今まで狩りに来たプレイヤーも20人を優に超えるレイドを組んで挑んだとの事だ。

 

 クライン「おいおい!そんなヤバそうなヤツ相手にたったこれだけの人数で戦ろうってのか?」

 

 リズベット「確かにねー…。アスナやリーファの回復支援もないし、シリカとピナの陽動も出来ないしね」

 

 タクヤ「それでもやるしかねぇ!!これがラストチャンスだ!!絶対ぇ勝つ!!!」

 

 瞬間、激しい地鳴りがタクヤ達に襲い掛かった。

 しばらくすると地鳴りは止み、奥から獣の息遣いが微かに聞こえてきた。

 

 タクヤ「…行くぞ!!」

 

 峡谷の最奥部へとたどり着いたタクヤ達は、目の前で翼を翻し、突風を発生させながらゆっくりと起き上がる巨大なワイバーンと対峙した。

 

 クライン「デケェな…!!」

 

 ストレア「すご〜い!!」

 

 リズベット「凄すぎるわよっ!!?」

 

 セブン「いかにもラスボスって感じよね!!?」

 

 タクヤ達の10倍はあろうかという巨躯と鋭利な鱗がこのモンスターの強さを物語っている。

 ワイバーンがタクヤ達に気づくとHPバーが6本現れ、固有名"エンシェント・ドラグーン”なるネームドモンスターが雄々しい咆哮を上げて前足で踏みつけようと動いた。

 それを瞬時に見抜いたタクヤとキリトが全員に指示を出して散開させる。

 

 キリト「みんな!!オレとタクヤでタゲを取るからその隙に弱点を探してくれ!!」

 

 タクヤ「はぁぁっ!!!」

 

 翅を羽ばたかせエンシェント・ドラグーンの頭上へと駆け上がると翼を翻しながらエンシェント・ドラグーンも飛翔する。

 峡谷には天井は存在しない為、どこまでも高く飛べるが体の大きさ、馬力が桁違いなモンスターと競えば、当然モンスターに軍配が上がる。

 

 タクヤ「くそっ!!」

 

 完全にタクヤにターゲットを絞ったエンシェント・ドラグーンはタクヤの頭上を位置取るや否や翼を畳み、重力に逆らう事なく落ちてくる。

 横の幅が狭い峡谷で降下などすれば逃げ場などはない。

 咄嗟に片手用直剣を抜き、最終源のダメージでエンシェント・ドラグーンを受け止めた。

 

 タクヤ「ぐぐ…!!!このヤロウ…!!!」

 

 ユウキ「タクヤ!!」

 

 クライン「このままじゃ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スメラギ「俺が行く…!!」

 

 セブンの護衛をクラインとリズベットに託し、急降下するエンシェント・ドラグーン目掛けて飛翔した。

 合流する途中で自身に強化魔法を幾重にもかけ、両手で握り締めた刀に全神経を注ぎ込む。

 すると、刀を青白いエフェクトが包み込み、次第にそれは人間の腕を模した形状へと変化していく。

 

 キリト「あれは…!!」

 

 セブン「いっけぇー!!スメラギくーん!!!」

 

 ALOにはSAOを参考にしたソードスキルが数多く実装されているが、それとは別にALO独自のシステムとして採用されたものがある。

 それは自らの剣技をソードスキルに昇華できるというものだった。

 スメラギはそれを使い、唯一のソードスキルを作り上げたのだ。

 

 

 OSS(オリジナルソードスキル)"テュールの隻腕”

 

 

 巨大な隻腕が力任せにエンシェント・ドラグーンに振り下ろされた。

 激しい斬撃音と衝撃が入り、エンシェント・ドラグーンが態勢を崩しながら岩壁へと叩きつけられる。

 

 タクヤ「すげぇ…」

 

 タクヤも翅を羽ばたかせ、スメラギの元へと駆け寄った。

 

 タクヤ「助かったぜ。今のOSSすげぇな!!あれでユージーンを倒したのか?」

 

 スメラギ「ゴチャゴチャとうるさいぞ。まだ奴は倒れていない」

 

 スメラギによる攻撃もエンシェント・ドラグーンのHPを3割程度削った程度に留まり、岩壁から出ようと強引に翼を翻す。

 瓦礫を落としながら脱出してきたエンシェント・ドラグーンが鼻息を荒くしスメラギを凝視する。

 

 スメラギ「どうやらタゲは俺に移ったようだな」

 

 タクヤ「らしいな。どうする?」

 

 スメラギ「このまま倒すに決まっているだろう。それ以外に選択肢などはない」

 

 タクヤ「お前らしいな…。だったら、オレも一緒にやる!」

 

 スメラギ「あんな無様な醜態をさらしてお前に何が出来る?はっきり言ってお前の力は俺よりも下だ。余計な手出しはかえって邪魔になる」

 

 タクヤ「そんな堅ぇ事言うなよ。言い訳するつもりはねぇけど本気出すからさ」

 

 メニューウィンドウを開いて片手用直剣を装備から外し、代わりに両拳に朱色に輝く装甲手(ガントレット)を装備する。

 リズベット武具店謹製の"無限迅(インフィニティ)”を軽く慣らすと両拳を打ちつけて火花を散らす。

 

 スメラギ「…それが本気か?」

 

 タクヤ「あぁ。やっぱりコッチの方がしっくりくる。さぁて…名誉挽回といきますか!!」

 

 タイミングを見計らっていたのかエンシェント・ドラグーンが2人に近づき翼を広げ、見るからに殺傷能力が高い羽根を撃ち始めた。

 

 キリト「タクヤ!!スメラギ!!」

 

 ユウキ「危ない!!!」

 

 だが、タクヤは無限迅(インフィニティ)で、スメラギは刀で撃ってきた羽根を悉く叩き落としていく。

 

 リズベット「スメラギって人…化け物地味てるわ…」

 

 セブン「!!…リズベット、スメラギ君達がタゲを取っているうちに巣で"神の絹(ラグ・シルク)”がないか探しましょ!!」

 

 リズベット「そうね!クライン!!ストレア!!アンタ達もついてきて!!」

 

 ストレア「りょ〜か〜い」

 

 クライン「おうよ!!セブンちゃんは俺が守ってやるから安心しな?」

 

 リズベット「そういうのはいいから!!ユウキはタクヤ達のサポートに回ってやって!!」

 

 ユウキ「分かった!!」

 

 リズベット達がエンシェント・ドラグーンが元いた巣へと走り出し、ユウキがキリトの元へと飛び立った。

 エンシェント・ドラグーンの攻撃が止むとタクヤとスメラギ、加えてキリトとユウキが突撃をかけた。

 

 タクヤ「うらぁぁぁっ!!」

 

 ユウキ「やぁぁぁっ!!」

 

 

 体術スキル"エンブレイザー”

 

 

 片手用直剣ソードスキル"ホリゾンタル・スクエア”

 

 

 拳打と斬撃を交互に叩きつけると、呻き声を上げながらもエンシェント・ドラグーンが反撃にかかる。

 だが、紙一重の所で回避し、その隙をついてキリトとスメラギが前へと出た。

 

 

 片手用直剣ソードスキル"バーチカル・アーク”

 

 

 刀ソードスキル"残月”

 

 

 スメラギの"残月”のおかげで仰け反り(ノックバック)が生じ、そこをタクヤが上空からスピードを乗せてエンシェント・ドラグーンに向かって急降下してきた。

 

 

 ナックル系ソードスキル"アキュート・ヴォールト”

 

 

 推進力も上乗せされ、威力は通常の2〜3倍まで上がったタクヤの拳が深々とエンシェント・ドラグーンの腹部に突き刺さった。

 堪らず体中の酸素を吐き出し、そのまま地上へと落ちていった。

 

 タクヤ「おーい!お前らそこにいると巻き添え食うぞー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブン「ないわねー…」

 

 リズベット「巣に落ちてるのは確率だから今回はないのかもね…」

 

 ストレア「ここすごくフカフカで寝心地がいいよ〜」

 

 クライン「ストレアっちもちゃんと探そうぜー…って、みんなここから離れろ!!!」

 

 セブン&リズベット&ストレア「「「え?」」」

 

 クラインが指差した上空を見上げると空を覆わんとばかりにエンシェント・ドラグーンが背中から落ちてきていた。

 

 セブン&リズベット&ストレア「「「ぎゃあぁぁぁぁっ!!!?」」」

 

 一目散に巣から退避し、間一髪の所で難を逃れたセブン達は安心したのも束の間、次第に怒りがこみ上げタクヤを怒鳴りつけた。

 

 タクヤ「悪い悪い。夢中になってたもんだから」

 

 リズベット「悪い悪い…じゃないわよ!!こっちは危うく死ぬ所だったんだから!!」

 

 ストレア「そ〜だよ〜!!ちゃんと言ってくれなきゃ!!!」

 

 セブン「こんなに心臓がバックバクしたの生まれて初めてなんだけどっ!!?」

 

 クライン「テメェコノヤロー!!ちったぁ周りを見や─」

 

 瞬間、土煙が天高く舞い上がり、地響きと共にエンシェント・ドラグーンが立ち上がってきた。

 

 スメラギ「文句は後にしろ。まずは奴を片付けてからだ」

 

 キリト「さっきの攻撃で7割方HPは削れたな」

 

 ユウキ「この調子ならなんとかなるかもね!」

 

 すると、雄叫びを上げながらエンシェント・ドラグーンは自らの翼で体を覆い、その場を微動だにしなくなった。

 数秒経過すると、周りから煙が立ち込め、全員の息が上がり始めた。

 

 セブン「なんだか暑くない?」

 

 ストレア「水浴びしたい気分だよ〜!!」

 

 キリト「まさか…」

 

 タクヤ「どうやら…そのまさかみたいだぜ?」

 

 周囲の気温が上昇していくのを感じるとエンシェント・ドラグーンが顔を出し、口を大きく開け空気を体内へと貯め始めた。

 

 ユウキ「もしかして…ヤバいんじゃない?」

 

 スメラギ「…来るぞ!!」

 

 瞬間、口を前方に向け、一直線にタクヤ達目掛けてブレスを吐いた。

 火炎が周囲を覆っていき、タクヤ達は空へと緊急退避を余儀なくされた。

 

 クライン「ウッソだろお前っ…!?」

 

 セブン「地上が…炎に呑まれた…!」

 

 キリト「これで常時アイツの得意な空中戦に持っていかされたな…」

 

 火炎の中を平然と歩行するエンシェント・ドラグーンは上空に視線を定め、翼を翻し飛翔する。

 その際に火炎を身に纏い、鱗が紅色に美しく輝き始めるとエンシェント・ドラグーンがスピードを上げてタクヤ達に迫り来る。

 

 スメラギ「くっ」

 

 タクヤ「スメラギ!!」

 

 咄嗟に交わして見せたが、退避が遅れたセブンを庇い、ダメージが入った。

 

 セブン「スメラギ君!!」

 

 スメラギ「狼狽えるな…。ただの擦り傷だ」

 

 とは言ったものの、スメラギは火傷状態の阻害(デバフ)が付与され、HPが独りでに減少していっている。

 

 ユウキ「早く治さないと…!!」

 

 ユウキはストレージから火傷用のポーションを取り出し、スメラギはそれを受け取って一気に飲み干した。

 

 スメラギ「…ダメだな」

 

 キリト「!!…呪いか」

 

 リズベット「じゃあ、あれを1度でも食らったら治せないって事!?」

 

 セブン「ごめんなさい!!私が躱すのを遅れたばっかりに…スメラギ君が…」

 

 スメラギの腕の中で涙を流したセブンに普段聞かない優しい口調でセブンに言った。

 

 スメラギ「泣くな。俺は問題ない…。セブン、おまえは俺達"シャムロック”のマスターだ。自分の仲間を信じろ。…ここにいる者の事を信じろ。絶対にお前の期待は裏切らない…!!」

 

 セブン「スメラギ君…」

 

 タクヤ「だったら、さっさと片付けるしかないな!!」

 

 ユウキ「だね!!全力でぶつかるよ!!!」

 

 セブン「タクヤ君…みんな…!!」

 

 涙を腕で払い、セブンは一歩下がって全員に祈りを捧げる。

 

 セブン(「みんな、私の為に全力で戦ってくれてる。…私もみんなの役に立ちたい!…私に出来る事は…」)

 

 雄叫びを合図に最後の攻防戦へと踏み切った。

 HPがイエローに変わっている事から攻撃パターンが変わる事は分かっている。案の定、先程まで使わなかった尻尾を使い、周囲に無差別攻撃を繰り出している。

 

 リズベット「これじゃあ近づけない!!」

 

 キリト「くっ…」

 

 エンシェント・ドラグーンに近づけない事に苛立ち地味たようなものを感じているとどこからか心が穏やかになるような優しい歌が聴こえてきた。

 

 ユウキ「これは…」

 

 ストレア「綺麗な声〜…」

 

 スメラギ「…セブン」

 

 声がする方へ視線を向けると、金色の淡い光に包まれながらセブンが歌を歌っていた。

 

 キリト「そうか…。セブンは音楽妖精族(プーカ)だから歌自体に支援(バフ)が発生してるんだ!!」

 

 クライン「おぉっ!!すっげぇ強化されてるぜ!!しかも、生でセブンちゃんの歌が聴けるなんて感動もんだぁぁっ!!!」

 

 タクヤ「呑気な事言ってる場合か!!今の内にアイツを叩くぞ!!」

 

 ユウキ「でも、近づこうにもあの攻撃が邪魔で…」

 

 ユウキが言い終わる前にタクヤは1人、エンシェント・ドラグーンに突撃をかけた。

 タクヤの接近に気づいたのか、不規則な攻撃がタクヤの頭上に振り下ろされる。

 

 ユウキ「危ないタクヤ!!!」

 

 タクヤ「おらぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 刹那、タクヤは体を捻らせ、エンシェント・ドラグーンの攻撃を回避し、すかさず尻尾を掴んだ。

 

 タクヤ「うおぉりゃぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 STR(筋力)を全開にしてエンシェント・ドラグーンの巨躯を小柄なタクヤが振り回し始めた。

 エンシェント・ドラグーンも動揺を隠せず、手足をバタつかせている。

 だが、無意味な行動だと言わんばかりにさらに回転を上げ、大人しくなった所を見計らって岩壁へと投げ捨てた。

 勢いよく叩きつけられた為一時的行動不可能(スタン)になり、それを待っていたのかタクヤが峡谷に響き渡る程叫んだ。

 

 

 

 

 タクヤ「ラストアタックだ!!!!行くぞぉぉぉぉっ!!!!」

 

 

 

 

 

「「「おぉっ!!!!」」」

 

 

 セブンを除く全員の武器にエフェクトが発生し始めている。

 だが、その中でも特に異質な光を発しているのがあった。

 

 スメラギ「お前も…OSS持ちか…?」

 

 ユウキ「そっちだってあんな凄い一撃はズルいよ…!!」

 

 一時的行動不可能(スタン)が切れた瞬間、エンシェント・ドラグーンはブレスを放とうとするが、それは無残にも阻止され嗚咽を吐いた。

 

 

 刀ソードスキル"禊椿”

 

 

 片手長柄ソードスキル"アダマン・ブレイカー”

 

 

 両手剣ソードスキル"レイ・ブランディッシュ”

 

 

 片手用直剣ソードスキル"ノヴァ・アセンション”

 

 

 ナックル系ソードスキル"シルバー・ヘッドバット”

 

 

 5人の最上位ソードスキルが次々とエンシェント・ドラグーンに直撃していき、HPも残すは1本という所まで追い込めた。

 

 タクヤ「ラスト頼んだ!!!」

 

 スメラギ「うぉぉぉぉっ!!!!」

 

 

 OSS"テュールの隻腕”

 

 

 巨大な刀がエンシェント・ドラグーンの片翼を斬り刻み、跡形もなく消滅させた。

 

 ユウキ「楽しかったけど…もう終わりだよっ!!!!」

 

 紫色に輝くエフェクトが周囲を照らし、ユウキもまるでいつも傍にいたかのように懐かしく、暖かい、大切なものを守る為の力を振るった。

 

 

 OSS"マザーズ・ロザリオ”

 

 

 マザーズ・ロザリオによる怒涛の11連撃が全て直撃してエフェクトが爆散すると、遅れてエンシェント・ドラグーンのHPが全損し、周囲をポリゴンの欠片で覆い尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 

 

 歓喜を上げたユウキを筆頭に互いに労をねぎらいながら、地上へと降り立った。

 ユウキの元にエンシェント・ドラグーンのドロップアイテム"神の絹(ラグ・シルク)”が入っていた。

 

 ユウキ「タクヤ!!ドロップしてたよ!!」

 

 タクヤ「よくやったなユウキ!!最後のマザーズ・ロザリオ、凄かったぞ!!」

 

 ユウキの頭を撫でながら褒めると、ストレージから神の絹(ラグ・シルク)を取り出し、タクヤへと渡す。

 

 タクヤ「これで材料は全部集まったな。先に帰ってアシュレイの所に行くか…。セブン、さっきはありがとな!明日、衣装を持っていくからな!!またな!!」

 

 ユウキ「あー待ってよタクヤー!!」

 

 ストレア「私も行く〜!!」

 

 タクヤとユウキ、ストレアは一足先にアシュレイの元へと峡谷を後にして行った。

 

 セブン「お礼…言いそびれちゃったね」

 

 スメラギ「…」

 

 キリト「じゃあ、オレらもそろそろ帰ろうぜ?」

 

 セブン「うん!!みんな、今日まで私の為にありがとう!!お礼って訳じゃないけどタクヤ君経由でみんなの分のチケットを送らせてもらうわ!!」

 

 クライン「まじかよっ!!?よっしゃぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 リズベット「楽しみねー!!」

 

 こうしてセブンのコンサート衣装に必要な材料は全て集め終わり、タクヤはそれを持ってアルンで店を構えているアシュレイの元に赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月11日 18時20分 ALO央都アルン アシュレイの店

 

 扉を開くと頭上で鈴の音が鳴り、奥の部屋から奇妙なメイクを施したアシュレイが現れた。

 

 タクヤ「よ、よぉ…」

 

 ユウキ「お邪魔しまーす…」

 

 アシュレイ「あらぁっ!!!タクヤ君にユウキじゃないっ!!!!久しぶりねぇっ!!!!アスナから話を聞いてずっと待ってたのよぉ!!!!」

 

 再会後すぐにフォールドされたタクヤとユウキは体を軋ませながら再会を喜んだ。

 別にアシュレイの事を嫌っている訳ではないのだが、アシュレイの性格と風貌が相まって苦手意識を持ってしまったのだ。

 

 ストレア「2人に意地悪しちゃダメ〜!!」

 

 アシュレイから2人を引き剥がしたストレアが珍しく怖い表情でアシュレイを睨んだ。

 

 アシュレイ「あら?あなたも凄く可愛いわね!!」

 

 ストレア「え?本当?」

 

 アシュレイ「本当よ。私、生まれてきて1度も嘘をついた事ないの!私が可愛いって思ったのは紛れもなく本当の事よ!!」

 

 ストレア「えへへ〜ありがと〜!!あなたって良い人なんだね〜!!」

 

 先程までの表情は綺麗に消え去り、会って数秒で意気投合したストレアとアシュレイはハグを交わした。

 とりあえず本題に入る為、アシュレイはタクヤとユウキをテーブルへと案内した。

 

 アシュレイ「さっきも言ったけどアスナから大体の事情は聞いてるわ。早速材料とイメージ図を出してくれないかしら?」

 

 タクヤ「あぁ。これで頼む」

 

 テーブルの上に出されたのは先程まで採取した"神の絹(ラグ・シルク)”を始め、"緋色の貴石”、"乙女のヴェール”、"キューティングハット”、"シャインヒール”、"シルファリアの花”の6種類だ。

 

 アシュレイ「…よくもまぁこんな豪華なアイテムを1週間足らずで集め切ったわね。正直感動してるわ…」

 

 ユウキ「中々大変で…さっきまで神の絹(ラグ・シルク)を取りに行ってきたんだよ」

 

 アシュレイ「それは御苦労様だったわね。で、明日の昼までにこれを完成させればいいの?」

 

 タクヤ「あぁ、明日の13時からコンサートが始まるからそれまでにはセブンが着ている状態じゃねぇと…」

 

 13時からは本番と同じ流れでリハーサルをしたり、衣装に合わせてセットを変えなければいけなくなるかもしれない為、明日の午後には衣装が出来ていなければいけない。

 

 アシュレイ「ふふっ。そんなの私にかかれば御茶の子さいさいよ!!軽く徹夜するけど必ず完成させてみせるわ!!」

 

 タクヤ「ありがとうアシュレイ!!」

 

 ユウキ「よかったねタクヤ!!」

 

 アシュレイ「お代は結構よ。タクヤ君には1つ貸しね!」

 

 瞬間、背筋に寒気が生じたが、ぐっと我慢した。

 ユウキも横で哀れみの笑みを浮かべていたが気にしないでおこう。

 

 タクヤ「じゃあ、オレ達は帰るよ」

 

 ユウキ「またね〜」

 

 ストレア「今度私が作った服持ってくるからね〜」

 

 アシュレイの店を後にした3人はその足でイグシティにあるホームへと帰り、疲れを癒すかのようにベッドの中で眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月11日 19時30分 東京都品川区 某ホテル

 

 住良木は自室に入り、鞄から携帯を取り出してある人物に電話をかけた。

 数コールして出たのは陽気な口調で応対する男性。

 

「もしもし、今日も1日ご苦労だったね」

 

 住良木「いえ、仕事ですから…。それで報告なんですが…」

 

「うんうん。君の感じた通りに言ってみたまえ」

 

 住良木「…七色はおそらく、あなたの研究には手を貸さないと思います」

 

「理由は?」

 

 住良木「七色は確かにVR技術の研究には全力で臨む姿勢です。ですが、あなたの研究は七色が願っている理想と相反するものです。あの娘はまだ幼く、自制心というのも発展途上でまだ危うい所があります。それに…」

 

 七色は()()()N()P()C()()()()()()()()()()()()()()絶対に首を縦に振らないだろう。

 七色はVR技術でいろんな人の笑顔を望んでいる。その研究に悲しみや怒りなどの負の感情があってはならないのだ。

 

「なるほど…。まぁ、十中八九そういう返事が来ると思ってたけどさ、無理強いさせる訳にはいかないからね。この計画ばっかりは…」

 

 住良木「すみません」

 

「謝らなくてもいいよ。別に君が悪いなんて思ってないからさ。それで、()()1()()()()は?」

 

 口調が変わり、住良木に妙なプレッシャーを与える。

 住良木もそれを感じ取ったのか気を引き締め続けた。

 

 住良木「…奴もおそらくは協力的ではないでしょう。むしろ、それを知れば絶対に阻止しようと画策してきます」

 

「コッチもかぁ〜…。正直彼に断られたらこの研究も随分な足踏みをさせられるんだけどね〜…。まぁ、それはまたおいおい考えるとするよ。報告ご苦労だったね。今日をもって君への指令は終了するよ」

 

 住良木「ありがとうございます。では俺はこれで…」

 

「あっと…最後にいいかな?」

 

 住良木「?」

 

「君は僕の研究をどう思ってる?やっぱり人道的じゃないかな?」

 

 しばらく考え、住良木はこう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 住良木「正直言えば…胸糞悪い事この上ないですね…」

 

「…ありがとう。参考にさせてもらうよ」

 

 電話を切り、窓から東京の夜景を眺めながらふと考えた。

 本当にあの研究が実を結ぶ時が来るのだろうか。それが成されれば人間にとってはリスクを背負わずに、社会にとっては自国の拡大の為に大いに貢献するだろう。

 だが、人間の感情の面ではどうなのだろうか。

 笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだりと喜怒哀楽があるのが人間である生物の根幹に触れる部分だ。

 ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 住良木「俺なら耐えられないな…」

 

 この考えは不毛だと悟り、電気を消して自室を後にしようとする。

 ジャケットを羽織りながら何気なしに携帯の画面に目を入れた。

 

 住良木「奴は…拓哉なら、アンタの研究を否定するだろう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 菊岡さん」

 

 

 

 

 

 

 

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如何だったでしょうか?
スメラギ君のOSSって範囲広いし、スメラギ君自体MP高いからチート地味てるよね。
マザーズ・ロザリオも撃てたし書いてて個人的には楽しかったです。
次回はとうとうコンサート本番!さらにその後にもイベント発生!
…とかハードルを上げにいく作者。

評価、感想お待ちしてます!


では、また次回!


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【55】未来の設計図

という事で55話目更新です!
セブンのコンサートは無事成功するのか。
セブンとスメラギの関係はいかほどに…。
そして1人の少年に訪れた災難とは…。


では、どうぞ!


 2025年08月12日13時00分 ALO央都アルン

 

「スメラギさん、この資材はどちらに?」

 

 スメラギ「その資材はこっちに回してくれ」

 

 シャムロックのメンバーにそう指示すると、用意された楽屋の中に入り1人長椅子に座りながらもどこか焦りを見せているセブンの隣に腰をかける。

 

 スメラギ「…不安か?」

 

 セブン「そりゃあ不安にもなるわよ。今回はALOで初めての大きなコンサートだもの。今までのストリートライブとは全く違うわ」

 

 スメラギ「衣装は着てみたのか?」

 

 セブン「うん…。正直、ここまでクオリティの高い衣装が出来るとは思ってなかった…。"シャムロック”のデザイナーが設計したのより精密で何より魂が宿ってるって言うのかしら?…そういうものを感じた。

 タクヤ君やみんなに感謝しなきゃね」

 

 端に掛けられたコンサート衣装に視線を移しながら、今でもこれ程の衣装を着て観客の前に立つと考えると、誇らしい反面責任感や使命感を感じてしまう。

 スメラギもそれを察したのかそこには触れなかった。

 

 スメラギ「…」

 

 これ以上ここにいてもセブンの不安は拭えないと感じたスメラギは腰を上げ、楽屋の外へと向かうが、セブンが服の裾を握って離そうとしない。

 

 スメラギ「セブン…?」

 

 セブン「お願い。もうちょっと一緒に居て…」

 

 スメラギ「…」

 

 黙って腰をかけ直し、裾を握るセブンの手を握る。セブンも少し驚いていたがどこか安心するスメラギの手の温かさに内に抱いた不安が優しく溶かされていくのを感じた。

 

 スメラギ「大丈夫だ…。セブンならやれる…。俺が…"シャムロック”のみんながついている…」

 

 セブン「うん…」

 

 会場の設営は滞りなく進んでいる。それはセブンの為であり、来てくれる観客の為でもあった。

 最初はただ仮想世界の研究の一環して始めた路上ライブが今ではいろいろな人の力を借りてALOという仮想世界で様々な人種の人が尊敬と期待、愛情を持って聴いてくれるようになった。

 VR技術の研究と並行してやってきたアイドル活動もまだセブンを知らない人にも届けられる。…そう思うとやはりやってきてよかったなと心の底から思った。

 

 セブン「私…頑張るわ。みんなの為に歌って笑顔にしてみせる!!」

 

 スメラギ「あぁ。お前ならそれが出来る…。頑張れ、セブン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月12日13時30分 ALO央都アルン 正面入口前

 

 タクヤ「はーい!チケット持ってる方はこちらに並んでくださーい」

 

「横入りしないで順番を守ってくださーい」

 

 タクヤは正面入口でシャムロックのメンバー数名と一緒にチケットを持った観客の誘導にあたっていた。

 まだ本番まで時間があるにも関わらず、正面入口には多くの人達で賑わっている。

 

 タクヤ「それにしてもすごい数だなぁ…!これ全員セブンのコンサートを観に来たのか?」

 

「えぇ、私達もこんなに大勢の人達が来て下さってとても感激してます。昔は本当に数人が聴いていただけですから余計にね」

 

 タクヤ「アイドル活動もやって、現実世界(リアル)じゃ天才科学者だからなぁ…」

 

 子供らしさが抜けきれていない少女目当てにこれだけの人数を集められるのは奇跡に近い。それもこれもこれまでのセブンの功績が実を結んだ結果であった。

 すると、後ろから肩を叩かれて振り向くとそこにはユウキとストレアを始め、タクヤの仲間達が全員揃っていた。

 

 ユウキ「来たよータクヤ!すっごい人の数だねー!!」

 

 ストレア「これみ〜んなセブンの歌を聴きに来たの〜?」

 

 タクヤ「あぁ!うちのアイドルはすごいからな!」

 

 キリト「タクヤも今じゃすっかりセブンのマネージャーだな」

 

 約1週間のマネージャー業務も今日のコンサートを機に御役御免だが、その時が来るまではタクヤも"シャムロック”同様セブンのスタッフだ。

 今にして思えば今日までいろいろあったが、時間が経つのが妙に早く感じたものだ。

 

 アスナ「アシュレイさんにもチケット渡したから多分来てるハズだよ」

 

 タクヤ「丁度さっきこっちに来たよ。やっぱり、あの人の事苦手だなぁ…」

 

 シリカ「確かにキャラが強いですもんね」

 

 カヤト「それにしても僕も呼ばれてよかったのかな…?何も手伝ったりしてないけど」

 

 タクヤ「セブンがいいって言ってんだから遠慮すんなよ。マネージャー特権だよ!」

 

 エギル「どんな特権だよ…」

 

 クライン「うぉぉぉぉっ!!!!セブンちゃぁぁぁぁん!!!!」

 

 リズベット「あーもう!!うるさいっ!!!」

 

 そんな話をしているとセブンからメッセージが入り、内容は友達と一緒に会場に来てとの事だった。

 

 タクヤ「なんかセブンからみんなと会場に来てくれってよ」

 

 ラン「何かあったんでしょうか?」

 

 リズベット「とりあえず行けば分かるでしょ!」

 

 タクヤは案内係を他のメンバーに託し、全員でコンサート会場へと向かった。

 会場に着くと設営は既に終了しており、リハーサルの中盤に差し掛かっていた時だった。

 

 タクヤ「セブン、リハーサルってまだ途中だろ?みんな連れて来たけどどうした?」

 

 セブン「それがね…。バックダンサーの娘の何人かが風邪で寝込んじゃって人手が足りないのよ」

 

 ユウキ「じゃあどうするの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブン「みんな…ダンスは得意かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月12日16時30分 ALO央都アルン コンサート会場

 

 リハーサルも終わり、会場の裏に設置してある楽屋の中で汗を滲ませたユウキ達がいた。

 

 ユウキ「ハァ…ハァ…思ってた以上にきつい…」

 

 アスナ「…ダンスなんて…ハァ…ハァ…生まれて初めて…」

 

 リーファ「剣道の練習よりきつあかも…ハァ…ハァ」

 

 リズベット「ハァ…ハァ…疲れた…」

 

 シリカ「メチャクチャハードですよ…ハァ…ハァ」

 

 ストレア「流石にバテたよ〜…ハァ…ハァ」

 

 ラン「少しは…ハァ…ハァ…体力をつけたつもりだったんですけど…ハァ…ハァ」

 

 女性陣全員が息を切らしながらミネラルウォーターを一気に飲み干し、体内から吹き出した水分を取り戻しているとテントに入ってきたセブンに叱咤激励された。

 

 セブン「みんなバテすぎよ!これじゃ3時間4時間もたないわ!」

 

 タクヤ「流石に無茶があるんじゃ…」

 

 キリト「1ついいか…?」

 

 セブン「何かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「なんでオレが女装させられてるんだァァァァっ!!!!?」

 

 

 一瞬、地響きでも起こったと錯覚させる程の声量で叫んだキリトを耳を塞ぎながらセブンが言った。

 

 セブン「仕方ないじゃない。ダンサーは8人必要なんだから」

 

 キリト「だったらなんで他の女性にやらせないんだよ!!?オレは男だぞ!!?」

 

 アスナ「まぁまぁ…キリト君、そんなにカッカしないの。似合ってるよ?女の子の格好」

 

 おもむろに娘のユイと一緒に記録結晶で写真を撮りながらアスナがキリトを宥める。言動と行動が噛み合っていない事をキリトにツッコまれた。

 

 タクヤ「いやぁ、いくら中性的な顔立ちって言っても傍から見たら女の子そのものだよな?」

 

 ユイ「パパ可愛いです!!」

 

 キリト「こんなパパを見ないでくれ…」

 

 どうしてか女性の格好になっても様になっているキリトに周りからの視線が妙に生暖かい。

 

 キリト「スメラギもなんでセブンを止めなかったんだ!!?」

 

 スメラギ「セブンは1度言った事は天地がひっくり返っても曲げないからな…。こればかりは俺がどうこうできる問題じゃない」

 

 タクヤ「いいじゃねぇかよ。セブンの為と思って可愛いらしく踊ってくれよキリコちゃん」

 

 キリト「バカにしてるだろ!!?絶対にそうだろ!!?」

 

 セブン「はいはい!そんな事はどうでもいいから…みんな、本番まで時間ないから最後にもう1回通してみるわよ!!」

 

「「「「おおぉっ!!」」」」

 

 キリト「どうでもよくない!!!!」

 

 アスナがキリトの首根っこを掴みながらテントを出ていくと中にはタクヤとスメラギ以外誰もいない。静寂に包まれていたがスメラギがそれを破った。

 

 スメラギ「タクヤ」

 

 タクヤ「…うおっ!?お前がオレを名前で呼ぶなんて初めてだな!!?」

 

 スメラギ「…前に言った非礼を今ここで詫びよう。すまなかった」

 

 タクヤ「ど、どうしたんだよいきなり!!そんなの気にしてねぇって…!!」

 

 深く頭を下げたスメラギに動揺しながら、普段とは違う空気を醸し出しているスメラギを不審に思った。

 

 タクヤ「とりあえず頭上げろよ!!」

 

 スメラギ「…」

 

 タクヤ「マジでどうしたよ?お前らしくない…」

 

 何も言わずただ頭を下げていたスメラギがようやく顔を上げると躊躇いながらもその言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スメラギ「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「…は?…はぁぁぁぁっ!!?な、な、なんだお前っ!!?熱でもあるのか!!?」

 

 スメラギ「ふ、ふざけるな!!俺が礼を言う事がそんなにおかしいのか!!?」

 

 タクヤ「いや、だって…全然そんな雰囲気じゃなかっただろ…」

 

 急に恥ずかしくなったのかスメラギが顔を背けるとタクヤもやりすぎたと反省し謝罪する。

 だが、タクヤがこんな反応を示すのも無理はない。それだけスメラギという男は冷静沈着で常に状況を把握しているイメージが強いのだ。

 元々無口な性格も相まってセブンですら驚愕の色を露わにするだろう。

 

 スメラギ「言いたい事は言った!!貴様もセブン達のところに行けっ!!」

 

 タクヤ「へーい…」

 

 スメラギ「…」

 

 タクヤ「…今度オレと決闘(デュエル)してくれよ」

 

 スメラギ「…あぁ。その時は全力で応えよう!!」

 

 タクヤはその言葉だけを聞いてセブン達のいるステージへと向かった。

 1人残されたスメラギは先程の言葉を自分が何故口にしたのか今更ながら疑問に思った。普段なら絶対に言わないような一言を何故言ったのか…。

 答えなら分かっている。認めたくないがこればかりは仕方ない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 スメラギ「…フッ」

 

 セブン「なーんかいいことでもあったの?」

 

 スメラギ「!!?」

 

 不意に背中に飛びつかれ、一瞬心臓が泊まるかと思ったがスメラギは平静をとら戻しつつ背中におぶさっているセブンに言った。

 

 スメラギ「別に…何もない」

 

 セブン「その割にはなんかスッキリしたような表情になってるけど?」

 

 スメラギ「気のせいだ」

 

 セブン「本当に?」

 

 スメラギ「あぁ」

 

 セブン「本当の本当に?」

 

 スメラギ「しつこいぞ。セブンも本番が近いんだ。そろそろ準備に取り掛かれ」

 

 セブン「…はーい」

 

 不貞腐れながらセブンは楽屋の外へと出ていった

 スメラギも本番の為の最終調整をするべく会場へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月12日17時45分 ALO央都アルン コンサート会場

 

 入場を1時間前に済ませ、会場は多くの観客と"MMOストリーム”と言う配信動画の中継で賑わいを博し、本番が始まる前から熱狂的な声援が雨のように降り注いでいた。

 

 アスナ「すごい声援だね…」

 

 シリカ「ふ、震えが止まりません…」

 

 リズベット「まさか、アイドルのコンサートに飛び入りで参加するとは思わなかったわ…」

 

 ユウキ「本当だよ。ダンスも数時間しかしてないから不安だし…」

 

 ラン「もう1回ダンスの動画見ておこうかな…」

 

 リーファ「わ、私も見たい!!」

 

 緊張を全身から溢れ出させているアスナ達に外の観客からの声援でさらにかしこまってしまっていた。

 唯一不安を感じてないのがストレアだけだったが、普段から羞恥心というものに疎かったのが功を奏している。

 さらには、別の意味で不安を隠しきれない少女…元い、少年が頭を抱えながら青ざめた表情でずっと地面を見続けている。

 

 キリト「こんな大勢の前で女装…下手したら変態扱い…最悪学校にも噂が流れて…オレは一体どうすれば…」

 

 タクヤ「キリト…。考えてても何も変わらなねぇって!それに誰が見ても"ブラッキー”なんて分かんねぇよ」

 

 キリト「それだといいが…。くそ…下がやけにスースーする…」

 

 ユイ「パパ!!女の子がそんな事してはいけませんよ!!」

 

 キリト「オレは男だっ!!!?」

 

 だが、確かにこのままでは緊張しすぎて本来の動きが出来ない可能性がある。どうにかして全員の緊張を解せれば良いのだが。

 

 セブン「何みんなお通夜みたいな顔してんのよ?」

 

 ユウキ「セブン…」

 

 セブン「そんなに気負わなくていいわよ。あくまであなた達は臨時の助っ人なんだから。私もあなた達に本家同様に完璧に踊りなさいとは言わないし言える立場じゃないわ」

 

 アスナ「でも、セブンちゃんにとってはとても大事なものでしょ?やっぱり緊張するわ…」

 

 セブン「それが余計なお世話だって言ってるの!」

 

「「「「!!」」」」

 

 セブン「…確かにALO初となる私のコンサートが失敗しちゃったら来てくれたファンのみんなはガッカリするかもしれない。

 でも、それは私の監督不行きってだけよ。みんなはいつもみたいに笑顔でステージに上がってちょうだい!

 大丈夫!あなた達となら最高のパフォーマンスが出来るって思うの!!

 ダンスのレッスンだって初心者とはとても思えないくらいキレっキレだったわ。アイドルの私が言うんだもの…間違いない!!」

 

 失敗を恐れるな…自信を持てと言われた。この激励はダンサーであるユウキ達だけでなく、セブン本人や、コンサートに携わる全ての者に言われたものだ。

 誰だって失敗はするし不安に陥る事だってある。だがそれでいいのだ。

 それが当たり前で完璧にこなせる者など1人もいない。

 セブンは今日までの活動を通して得た経験と知識が導き出した1つの心理。1人で出来ない事も2人、3人と助け合える仲間がいるから1つの偉業が成される。

 だから、前を向け。不安を抱く必要はない。あなた達の隣にはいつだって仲間がいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「…だよね」

 

 タクヤ「ユウキ…?」

 

 ユウキ「ボクらしくなかったね。こんなに不安になったの久しぶりだから…。でも、いつだってそれを乗り越えて進んできた。

 今日だってボク達は進めるよ!!歩く事をやめなければどこへだって行けるんだから!!」

 

 ユウキは立ち上がり、次第に他のメンバーもユウキに感化され立ち上がる。その輪にセブンが加わり、手を中央に差し出してその上から互いに手を重ね合わせた。

 

 セブン「今日限りのスペシャルステージよ!!みんな!!準備はいい?」

 

「「「「うん!!」」」」

 

 セブン「…ってスメラギ君とタクヤ君とキリコちゃんも加わりなさいよ!!」

 

 タクヤ「お、オレらもか?」

 

 スメラギ「こういうのは…少し…」

 

 キリト「キリコちゃん…ってもう変える気はないんだな…」

 

 セブン「照れてる暇があったら早くする!!」

 

 輪の中にタクヤ達を加え、再びセブンが激励を送る。

 

 セブン「今日は思いっきり楽しみましょ!!…行くわよ!!!!」

 

「「「「おぉぉぉっ!!!!」」」」

 

 時は来た。タクヤとスメラギを残し、セブン達はステージの階段を上っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブン「みんなぁぁぁっ!!!!おまたせぇぇぇっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日の事をオレは生涯忘れる事はないだろう。

 セブンの登場と共に観客達の心も最高潮に達し、それに負けない程の綺麗な歌声と華麗なダンスが織り成すステージは観る者全てに感動を与えたに違いない。縦横無尽に動く彼女達は生き生きとした表情でステージを彩り続けた。同時に与え続けた事だろう。夢を叶えようとする勇気を…。

 誰だって夢を持ち、何度も挫折する。だが、その度に折れなかった者だけに夢という報酬が得られるのだ。

 セブンやユウキ達のステージは心が折れかけている者に勇気や希望を与え、優しく支えるような力があるような気がする。

 観客の中に塞ぎ込んでいる者は誰もいない。全員、セブン達の夢の形を目の当たりにしているからだ。

 それだけ印象強く、心に響くような歌はとても難しい事で、誰であっても出来るものじゃない。

 セブンだからこそ…ここにいるメンバーだからこそ、ここにいる全員を癒せるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 "VRの歌姫”とはよく言ったものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月12日22時00分 ALO央都アルン コンサート会場

 

 観客達は既に帰り、先程まで賑わっていたコンサート会場は嘘のように静寂に包まれていた。

 

 セブン「みんなお疲れ様!!!!」

 

「「「「お疲れ様でしたぁぁっ!!!!」」」」

 

 楽屋に入り、全員が着替えも済ませないままソファーへと誘われる。

 仮想世界で肉体的には疲れないと言っても、精神的には多大な疲労が見て取れる。会場の撤去は"シャムロック”のめんばーが全員で取り掛かってくれている。

 

 ユウキ「楽しかったぁっ!!あそこのダンスキレっキレだったでしょ?」

 

 リズベット「それを言うなら私だってサビの部分メチャメチャキレてたわよ!!」

 

 シリカ「わ、私も頑張りましたよ!!ど、どうでしたかタクヤさん?」

 

 タクヤ「あぁ、シリカもみんなも凄かったよ!!正直、ぶっつけ本番とは思えないぐらいだよ!!」

 

 ストレア「えへへ〜…それほどでも〜…」

 

 アスナ「キリコちゃんもとっても良かったよ!!」

 

 キリト「そういうアスナもな…。てか、コンサート終わったんだからキリコちゃんはよしてくれ…」

 

 誰もが全力を出し、誰もがそれを超える力を出した。結果は言わずとも分かるだろうが大盛況だった。

 拍手喝采を浴び、アンコールの雨も浴びて、観客全員が魅了された。

 セブンも最後に涙を流していたが、それが嬉し涙だとすぐに分かった。

 

 リーファ「ランもちゃんと踊れてたよね!!」

 

 ラン「みなさんには及びませんが出来る限り頑張りました!」

 

 ユウキ「そんな事言ってーカヤトにアピールしてたんじゃないのー?」

 

 ラン「ゆ、ゆ、ユウキっ!!!!な、なな、何言ってるのよ!!!?」

 

 顔を真っ赤にしながらユウキの口を抑え込むがそれは遅く、楽屋の中に通されたカヤトに聞こえ、誰にも気づかれないように頬を染めている。

 

 アスナ「あれ?そう言えばセブンちゃんは?」

 

 タクヤ「あぁ…さっきスメラギと一緒に出ていったぜ?」

 

 ストレア「じゃあ私呼んでくるね〜」

 

 テントから出ようとするストレアの首根っこを咄嗟に掴んでセブンとスメラギを探しに行くのを止めた。

 

 タクヤ「今は行かなくていい」

 

 ストレア「え〜!こういう時って打ち上げってものをするもんじゃないの〜?」

 

 タクヤ「だから、少し待ってろって言ってんの。オレ達は今日で終わりだけど2人にとってこれから先もあるんだ…」

 

 ストレア「ぶ〜…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブン「今日は星が綺麗ねスメラギ君」

 

 スメラギ「そうだな」

 

 中央広場から少し離れた湖畔通りにやって来たセブンとスメラギは近くのベンチに腰を下ろし、夜空を眺めていた。

 空は幾千万の星が散りばめられ、雲と一緒に鋼鉄の城"アインクラッド”が流れていく。

 

 スメラギ「セブン、今日はよく頑張ったな」

 

 セブン「ありがとう。みんなのおかげでコンサートは大成功に終わったわ。みんながいなきゃこれ程の充実感に浸れる事もなかった…」

 

 スメラギ「あぁ…そうだな。後で礼を言わないとな」

 

 セブン「もちろんよ!…でも」

 

 スメラギ「?」

 

 暗がりのせいでセブンの表情の細部までは見えないが不意に月明かりに照らされたセブンの頬は少しばかり赤かった。

 

 セブン「でも…やっぱり、いつも私を支えてくれる人がいたから…私は今日も頑張れたの…」

 

 スメラギ「…」

 

 セブン「その人はぶっきらぼうだし、愛想はないし、何考えてるかイマイチ分からないけど…けど、それでも私の為に何でも手伝ってくれた。

 研究も、アイドル活動も、文句を言わずに私を支えてくれた…!!」

 

 スメラギ「セブン…」

 

 セブン「…私は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スメラギ君が好き…!!」

 

 

 

 スメラギ「!!」

 

 セブン「このコンサートが納得出来るものになったら言おうって決めてた…。だから…」

 

 スメラギ「セブン…俺は…」

 

 心がざわつく。もう決めた事なのに。もう覚悟した事なのに。

 ()()()()()()()()()とそう思っていたのに。

 心がざわつく。セブンの一言で決意が揺らぐ。

 

 セブン「…私、知ってるよ?…スメラギ君が私の助手になった理由…」

 

 スメラギ「!!」

 

 セブン「総務省の菊岡さん…だっけ?その人に言われたんでしょ?私をあの人の計画に誘ってこいって…」

 

 スメラギ「どうしてそれを…」

 

 セブン「偶然よ…。スメラギ君の部屋を通りかかった時にその人と喋ってるのが聞こえて…」

 

 知らなかった。スメラギが思ったのは単純にそれだった。

 だが、同時にある疑問も浮かび上がってきた。それを知った上でどうして自分を手元に置いていたのか。

 

 セブン「でも、別にそれほど気にはしなかったわ。スメラギ君がその事を私に伝えて興味があったら参加しようかなぁって程度だよ?

 でも、スメラギ君はそれをしなかった。私の事を心配してくれたんでしょ?()()()()()()()()()()()()()()()()()って…」

 

 スメラギ「…」

 

 セブン「当たりか…。あの人を初めて見た時は胡散臭そうだなーって思ってたけど、根はそんな残虐非道だったのね」

 

 その計画の内容をセブンは知らない。スメラギも大まかな内容しか伝えられていないので、残虐非道かどうか問われると答える事が出来ない。

 だが、菊岡誠二郎という人物の全てを信用してはいけないという事だけは的確に言い当てた。

 

 スメラギ「…セブンの言う通りだ。俺は菊岡の命令でセブンの助手となった。セブンが卒業した大学の講師の1人が菊岡と繋がっていたらしい」

 

 セブン「うん。私も当時の先生に言われてスメラギ君を雇った…」

 

 スメラギ「それからはセブンの研究に携わり、いろんな技術を学ぶ事が出来た。これがあれば、日本もアメリカに劣らないVR技術が完成すると…当時の俺はそう思った」

 

 スメラギが助手としてセブンの元へ訪れた時は日本で"SAO事件”が勃発する少し前だった。

 当時、茅場晶彦や須卿伸之を輩出した重村研究室にいた住良木に重村教授を通して菊岡からコンタクトがあり、それを承諾した。

 

 スメラギ「俺はもっと上に行きたい…。もっと高い場所から世界を見たいと大学生ながら高すぎる理想をかかげていた。そのせいか周りとも疎遠になり、気づけば誰も俺の周りにはいなかった。だから、そいつ等を見返す為に菊岡の話に乗った…」

 

 周りの者に見せつける為、周りの者との差を広げる為、スメラギは菊岡の誘いを受け、VR技術の申し子とまで謳われたセブンに接触した。

 その時、まだ10にも満たない少女とは知らなかったスメラギは本人を前にして膝から崩れ落ちたのを今でも覚えている。

 

 セブン「あの時のスメラギ君って結構負けず嫌いだったものね。…それは今でも同じか」

 

 スメラギ「年下…しかも10も離れた少女が俺より権威があるとは誰も思いはしないだろう?」

 

 セブン「まぁ、私は天才の上に努力を惜しまなかったから仕方ない事だわ」

 

 スメラギ「態度は年相応だがな…」

 

 それから今日までスメラギは屈辱ながらもセブンの元で研究を重ねる事になった。想定外なのは研究だけでなく、身の回りの世話までさせられた事だろうか。両親はセブンが赤ん坊の頃に離婚し、今は父と共にアメリカへと移住している。

 セブンの口から母親の事や、母国のロシアの事は1度も聞いていないし、聞ける事も多くはなかった。

 だが、セブンが口癖によく使う"プリヴィエート”と"ダズヴィダーニャ”というのはロシア語での挨拶らしい。

 赤ん坊の頃に誰だが忘れている様だがそれを聞いた事があり、頭の中に残っていたらしい。

 

 セブン「あまりロシアの事は憶えてないのよ。私、まだ赤ちゃんだったから」

 

 スメラギ「それは別にいいのだが…自分の部屋の掃除ぐらいしたらどうだ?」

 

 セブン「あ、あれはどこにどれがあるか簡単に尚且つ正確に分かるように配置してるのよ!!」

 

 そして、セブンの元にいるようになって2年と少し過ぎた頃、日本でセブンと並ぶVR技術の研究者…茅場晶彦が作り上げた"ソードアート・オンライン”がクリアされたとニュースで知った。その時にスメラギ は思った。

 

 

『俺は…何をしているんだ…?』

 

 

 この時には菊岡から計画の内容の一部を聞いていたし、セブンから学んだ技術を使いその計画を進める手筈だった。

 だが、スメラギがやっている事は間違っているのではないか。

 計画の一部を聞かされ、正直吐き気がする程の惨さがあったが、日本の為、何より自分の為にと言い聞かせ、セブンの助手を続けた。

 

 スメラギ「…」

 

 セブン「スメラギ君は何で…私をその計画に誘わなかったの?」

 

 スメラギ「それは…」

 

 言うのは簡単だ。だが、スメラギも研究者の前に1人の男性である。

 羞恥心もまだ不安定で例え少女を前にしてもそれは変わらない。

 だが、言わなければ何も伝わらない。

 

 スメラギ「…昔、計画の内容を知ってからの俺は自分の為にと理由をこじつけてセブンの研究を手伝ったせそんなある日の事だ…。もう夜も更けて誰もが寝静まっている時に、研究室で1人黙々と作業をしていたのを偶然見かけた。あの時は既に2日も徹夜して他のスタッフも仮眠なり休憩を取っている中、最年少のセブンだけが研究を中断させなかった…」

 

 疲労もとうに限界を超え、精神面すら危うい極限状態にも関わらずセブンだけが手を止める事はなかった。

 それは大人ですら音をあげてしまう事で、ましてや少女にこの所業は無理だと誰もが思うだろう。

 実際スメラギですら眠気に負けてセブンより先に仮眠を取った程だ。

 それでもセブンは止まらなかった。その時、セブンに聞いた事がある。

 

 住良木『七色、いい加減休め。このまま続けても体を壊すだけだ…。1度仮眠を取って─』

 

 七色『まだダメよ。今、いい所なんだから。…それに寝ている暇なんかないわ。発表会が近いっていうのもあるけど、私は今が1番楽しいの!

 だって、これが世界に広がればVRはもっと先へと進めて、それによって今よりもっと多くの人達が笑顔になるんだから!!

 おこがましいのを承知で言うけど、私が寝た分だけVR技術の進歩は遅くなる…。だから、まだやる。頭の中に思い浮かべている事を全部出し切るまで私はこの手を止めないわ!!』

 

 その気概はとても少女のものとは思えなかった。普通なら同年代の友人と交流を深めていく時期に七色はそれを全て投げ打ってVR技術の為、何よりそれがもたらすであろう人々の笑顔の為に骨身を削っていたのだ。

 その姿を見て住良木は自分の愚かさを痛感した。

 自身の名誉と誇りの為だけに動いてきた住良木には決して届かないであろう領域にこの少女は立っている。いや、今なお進み続けている。

 それからというもの、住良木は自分の全てを七色の為、人々の笑顔の為に捧げてきた。菊岡との定期連絡も嘘を含め、七色の技術を守り続けてきた。七色がアイドル活動を実行したのも最終的にはVR技術の要である仮想世界の調査だったし、それならそこにいるプレイヤーにも笑顔にしたいという思いもあった。

 路上ライブから始まり、今ではメディアに取り上げられる程になったのもセブンのこれまでの努力を第三者が認めてくれたものだとセブンは語った。

 全ては人々の笑顔の為…。VR技術の推進はその為の手段だ。

 七色・アルシャービンにとってVRとは人々が笑顔になれる場所なのだから。

 

 住良木「だが、それも今日までだ…。俺は俺自身を許せないし、これ以上セブンといても後悔ばかりが募るからな。

 これを機に俺はお前の元から消える…」

 

 セブン「…」

 

 ベンチから腰を上げ、月明かりを背に立ち去ろうとするとガタッという音と共にセブンが叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブン「ふざけないでよ!!!!」

 

 

 スメラギ「!!?」

 

 

 突然の激昂に驚いたスメラギにゆっくりとセブンが近づく。

 

 セブン「私は…最初にそんな事気にしてないって言った!!私は、隣にスメラギ君がいたからここまで頑張ってこれたの!!スメラギ君がいなきゃここまで上っては来れなかった!!スメラギ君がいつも私を勇気づけてくれたから今の私がここにいるの!!きっかけなんてなんだっていいじゃない!!

 私にはスメラギ君が必要なの!!スメラギ君じゃなきゃ嫌なの!!

 ずっと…ずっと私を支えていてよ!!!!一緒にいてよ!!!!」

 

 息を切らしながら、涙を流しながら、そこには天才科学者などおらず、1人の駄々をこねる少女が立っているだけだった。

 

 スメラギ「…」

 

 ゆっくりとセブンに近づき、彼女と同じ目線まで腰を下げる。

 

 スメラギ「…俺が憎くないのか?」

 

 セブン「憎いわけない…大好きだもん!!」

 

 スメラギ「…俺を許してくれるのか?」

 

 セブン「許すも何も…私には何も危害はない。スメラギ君と一緒になりたいよ!!」

 

 もう何を言っても曲げる事はない。それが1番身近で見てきたスメラギがよく知っている事だ。

 

 スメラギ「…本当に俺でいいのか…?…七色」

 

 セブン「当たり前でしょ…。私は住良木君だからいいの…」

 

 心の奥底から込み上げてくる熱い何かを堪え、スメラギはそっとセブンを抱きしめた。

 

 スメラギ「…お前は本当に…何を言っても曲げないな…」

 

 涙を流しながらセブンもスメラギの大きな背中へと腕を伸ばした。

 

 セブン「そんな事…スメラギ君が1番良く分かってるじゃない…」

 

 スメラギ「もう後戻りは出来ないぞ…」

 

 セブン「何度もしつこいわよ…。でも、その度に言ってあげる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大好きだよ…スメラギ君…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スメラギ「俺も…セブンが好きだ…。お前の為に俺は俺の全てをセブンに…七色に捧げる…」

 

 

 月明かりに照らされながら2人はしばしの間、互いの温かさに包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月13日11時00分 東京都秋葉原駅前

 

 七色「さぁ行くわよみんな!!今日1日は完全オフだからみんなで遊ぶわよ!!」

 

 コンサートの翌日、七色は拓哉との約束通り東京観光へと踏み切った。

 今日からお盆という事もあり、駅には普段よりも少ない駅に拓哉と木綿季、和人、明日奈、直葉、直人、藍子、里佳に珪子といったいつものメンバーが集められていた。

 

 拓哉「なんか妙にテンションが高いんだけど昨日何かあったのか?」

 

 住良木「…俺にも分からん」

 

 木綿季「そういう風には見えないけどねー」

 

 住良木「…」

 

 七色のテンションもそうだが、住良木の態度も妙に落ち着きがない。

 元々、半日しかなかった休暇も丸1日に伸びた事もあり、何とも異様な空気が流れている。

 

 里佳「絶対昨日何かあったわよね…」

 

 珪子「私もそう思います…」

 

 和人「それにしても秋葉原か…。久しぶりに来たな」

 

 明日奈「キリト君もメイドカフェとかに行ったりするの?」

 

 和人「違うって!秋葉原は元々電気街で賑わってるんだぞ?中学生の頃はPCのパーツとか漁りに来てたんだ。ここなら何でも揃うからな」

 

 秋葉原にいわゆるヲタク文化が根付いたのはつい数年前からで外国人が日本の秋葉原に抱く印象も電気街でなくヲタクの聖地としてしか知られていないようだ。秋葉原自体もそれを見越してそういう趣向の店を増やしたのも事実だが。

 

 直人「初めて来ましたけど、いろいろな店がありますね」

 

 直葉「…直人君も興味あるの?…メイドに」

 

 藍子「そうなんですかっ!!?」

 

 直人「えっ?あ、いや…そういう訳では…ははは…」

 

 下手なこと言えばすぐ様捕まってしまう事に気づいた直人はこれからの発言に最大限の注意をかける事にした。

 

 七色「まずはそうね…。やっぱり最初は何と言ってもメイドカフェでしょ!!日本は…特に男性はこういうものにすごく興味を示すらしいわ!

 !…後々の事も考慮して研究…元い遊びに行きましょ!!」

 

 拓哉「最後…何か聞き捨てならない事が聞こえたが…まぁいっか」

 

 和人「メイド喫茶ならあっちの通りにあったハズだ」

 

 明日奈「やっぱり行ってるんじゃ…」

 

 和人「行ってない!!」

 

 一向は和人の案内で近くにあるメイド喫茶へと足を運ばせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月13日11時10分 東京都秋葉原 某メイドカフェ

 

 駅から歩いて10分の所に雑誌やテレビでよく見るメイドカフェがあった。店内に入るには多少の覚悟が必要で七色を筆頭に中へと入っていく。

 

「「お帰りなさいませ!!お嬢様!!ご主人様!!」」

 

 七色「お帰り?まだ私達来たばかりだけど?」

 

 和人「メイドカフェはこういう接客をするんだよ…ってテレビで見たぞ?」

 

 背後から突き刺さる明日奈の視線を察知し、すぐ様防衛に入る和人を横目に大所帯という事もあり、オープンテラスへと案内された。

 

 木綿季「うわー…本当にメイドの衣装着てるんだね!可愛いなー」

 

 拓哉「あーいうの見ると緊張するよな?」

 

 直人「確かに…普段なら滅多に見ないからね」

 

 木綿季&藍子&直葉「「「…」」」

 

 3人の視線が拓哉と直人を捉え、それに気づいた2人がメニュー表で顔を隠す。そんな事をしているとお冷を持った七色と同じ銀髪の店員がやって来た。

 

「お帰りなさいませー。ご注文はお決まりですかご主人様?」

 

 拓哉「え?いや、まだ!!」

 

「お決まりになりましたらいつでもお呼びくださいませぇー」

 

 テキパキとお冷を人数分置いていくが、ふと七色の前でその手が止まった。

 

 七色「どうかしたのかしら?」

 

「えっ!?あ、いやぁ…なんでもありません。お決まりになりましたらお呼びくださいませぇ…」

 

 七色を見て動揺したのか駆け足で厨房へと戻っていく。

 七色も不思議そうに見送るが、気にせずメニュー表へと視線を戻す。

 

 里佳「げっ…。ここのメニュー…すっごく高いわね」

 

 明日奈「本当だ。こんなに高いのね…」

 

 七色「あー、お金の事は気にしなくていいわ。今日はみんなのお礼も兼ねてるから全部私が支払うわ」

 

 直葉「い、いいの!?」

 

 七色「えぇ。私、普段からあまりお金使わないし億とか持ってても勿体無いしね」

 

 藍子「億…!!?」

 

 木綿季「拓哉!!億って1万円が何枚だっけ!!?」

 

 拓哉「1万枚だ」

 

 それを聞いた瞬間、紺野姉妹は頭から湯気が吹き出し、ガタガタと肩を震わせている。

 

 和人「流石はアメリカの天才科学者だな…」

 

 直人「僕達とは次元が違いますね…」

 

 住良木「支払うとは言ったが限度は弁えろ」

 

 拓哉「分かってるよ。七色もありがとな」

 

 七色「これぐらいじゃ恩は返しきれないけど喜んでくれて嬉しいわ」

 

 テラスで楽しげに会話を弾ませているのを厨房の影からこっそり覗いている2人の少女がいた。

 

「な、な、なんで…拓哉達が…」

 

「ど、どうしよ〜…まだ心の準備が…」

 

「どうしたの?ひよりちゃん、虹架ちゃん」

 

 店員の女性から呼ばれたのは同じく店員の柏坂(かしわざか)ひよりと枳殻虹架(からたちにじか)であった。

 

 ひより「あの…実はあそこの団体様、私の学校の友達で…」

 

 虹架「わ、私は銀髪の娘と知り合いで…」

 

「そうだったんだ。じゃあ、あちらには2人が配膳してくれる?」

 

 ひより&虹架「「えぇっ!!?」」

 

「ランチタイムに団体様入るなんて思ってなかったからねー。他のお客様もいるしお願いよー」

 

 確かに少しずつであるが店内も賑わいを見せ始めている。

 拓哉達の団体を2人だけに回せば、他の場所も回しやすいという事だ。

 

「じゃあお願いねー」

 

 虹架「あぁっ!?ちょっと…!!」

 

 虹架が止める前にはその店員は他の客の注文を取りにホールへと出ていた。

 明らかにピンチである2人は崖っぷちへと立たされていた。

 

 虹架(「あの娘は私の事憶えてないっぽいし…いけるかな…」)

 

 ひより(「拓哉は私の現実の姿を知ってるし…どうすれば…」)

 

 ひよりが頭を抱えているとタイミングよく拓哉達が呼んでいる。

 すると、隣で覚悟を決めた虹架が立ち上がり拓哉達の所へ注文を取りに行った。

 

 ひより(「虹架!!」)

 

 虹架(「大丈夫だよひよりちゃん…!!」)

 

 アイコンタクトで意思疎通を交わした2人はこの状況を打開する為に前へと進んだ。

 

 虹架「お待たせしましたご主人様、お嬢様」

 

 拓哉「七色達から決めていいぞ」

 

 七色「じゃあお言葉に甘えて…、この"ラブラブオムライス”を1つと"愛情たっぷりシーザーサラダ”をお願いするわ」

 

 虹架「"ラブラブオムライス”と"愛情たっぷりシーザーサラダ”ですね?」

 

 木綿季「そう言えばお姉さん…七色と同じ髪色だね?」

 

 虹架(「ギクッ…!!?」)

 

 早くも確信へと迫られた虹架は背中から冷や汗が流れ始める。

 

 七色「本当ね。もしかしてロシアの方じゃないかしら?」

 

 虹架「こ、これはですねぇ…染めたんですよぉー」

 

 和人「なんかなまってないか?」

 

 さらに冷や汗が背中を流れる。いきなりこの状況は不味いと思い、全速力で全員分の注文を取っていった。

 

 虹架「そ、それでは少々お待ちくださいませぇー…」

 

 厨房へと帰ってきた虹架をひよりは優しく受け止めた。

 

 ひより「すごいよ虹架!!」

 

 虹架「ハァ…ハァ…ヤバかったよぉ…」

 

 ひより「私も準備はしたから配膳はまかせて!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月13日11時30分 東京都秋葉原 某メイドカフェ

 

「これ向こうの団体様によろしくー」

 

 厨房から料理が出され、それをトレイに乗せて拓哉達が待つテラスへと向かう。心臓がいつも以上に鼓動しながらも丁寧に拓哉の前に料理が配膳された。

 

 ひより「こ、こちら"愛のナポリタン”になります…!!」

 

 拓哉「おーありがとう!!」

 

 ひより(「よかった…バレてない」)

 

 拓哉「ん?メイドさん…もしかしてどっかで会った事あるか?」

 

 ひより「!!?」

 

 顔が赤くなるのを感じたひよりに助け舟を出したのは里佳だった。

 

 里佳「何よー。木綿季の前でナンパしてんのー?」

 

 拓哉「そんなんじゃねぇよ!!?」

 

 木綿季「本当なの…?」

 

 拓哉「違う違う!!ただどっかで見た事あるかなーって思っただけだ!!?」

 

 木綿季「ふーん…ならいいけどね…」

 

 ひより「で、ではこれで…」

 

 ひよりは去り際に里佳にアイコンタクトを取り、里佳もそれに気づいて片目をウィンクさせた。

 実はひよりが配膳に向かう前に携帯で里佳と珪子、直葉にメッセージを送り、自分が拓哉にバレないようにしてほしいと頼んでおいたのだ。

 

 ひより(「助かったよ里佳!!それにこの変装にも気づいていない!!」)

 

 里佳(「まぁ今回は心の準備が出来てなかったし仕方ないわよね…」)

 

 何故、柏坂ひよりが拓哉との接触を避けるのにはもちろん理由がある。先程、拓哉が言った事は実は的を得ており、ALOで一緒に冒険にも行った事があるのだ。

 彼女のALOでの名前は"ルクス”

 SAOで拓哉が"笑う棺桶(ラフィン・コフィン)”に所属していた時にルクスと出会ったのがきっかけだ。彼女もまた強制的に所属させられており、拓哉と交流を深める事で勇気を与えてもらった恩人である。

 そして、拓哉がALOに閉じ込められていた時に一緒に世界樹がある央都アルンまで案内した事があるのだ。

 だが、拓哉が解放されてひよりは自分といるとまた辛い過去を思い出させてしまうという思いから今日までの間、拓哉との接触を自ら禁じた。学校でも拓哉と出くわさない為に周りを警戒しながら学校生活を送っている。

 そんな訳で柏坂ひよりはいきなりの拓哉の来訪に驚きながらも臨機応変に対応して事を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月13日12時30分 東京都秋葉原 某メイドカフェ

 

 七色「支払いはカードで頼むわ。後、ここの料理とても美味しかったわ!!また日本に来たら寄らせてもらうわね!!」

 

 虹架「あ、ありがとうございますぅー!!行ってらっしゃいませぇ!!」

 

 昼食を食べ終え、拓哉達はメイドカフェを後にして次の目的地へと向かった。

 

 虹架「…な、なんとか乗り切ったぁー」

 

 ひより「いつもより疲れたよ…」

 

「お疲れ様!!突然ヘルプに呼んでごめんね!あそこの下げ膳終わったら今日はもう上がっていいよ」

 

 虹架&ひより「「あ、ありがとうございます…」」

 

 虹架とひよりは拓哉達が使った皿を下げながらふと我に返った。

 

 虹架(「私、何してるんだろ…。ちゃんと七色に言わなきゃいけないのに…」)

 

 ひより(「拓哉…やっぱり木綿季さん達と一緒の方が楽しそうだったな…。私といるよりその方が…」)

 

 虹架「私、こっち下げるからそっちはまかせていい?」

 

 ひより「あ、うん。大丈夫だよ」

 

 1人残されたひよりは下げ膳を続け、テーブルを布巾で綺麗に拭いていく。すると椅子の上に1つの携帯が落ちていた。

 

 ひより「これ…忘れ物かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「ルクス…か…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひより「!!?」

 

 

 

 

 真夏の太陽がサンサンと輝き、2人の影を伸ばしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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いかがだったでしょうか?
キリコちゃんもキレっキレのダンス踊ってますけど、やれば出来る子なんです!
セブンとスメラギのカップリングも出来て、終盤に拓哉とひよりが現実世界で初めて邂逅を果たしましたが次回からどう進展するのかご期待ください!

評価、感想などお待ちしております!


では、また次回!


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【56】理想を抱いて

という訳で56話目になります。
七色達との東京案内に虹花の秘められた過去が明らかに…!
色々書いていて楽しかったです。


では、どうぞ!


 拓哉「ルクス…か…?」

 

 ひよりの目の前に会いたくて会いたくない人が呆然と立ち尽くしている。

 彼もまたひよりと同じように思っていた。会いたくないとは言わないが会えないと…会う資格もないんだと心の中で完結していたのだ。

 だが、運命というものは時に慈悲深く、時に残酷であるもの。

 2人からすれば後者にあたるそれを今なお認識が追いついていなかった。

 

 ひより「…なんで…?」

 

 いち早く理解したのはひよりであった。手と脚が震える。今までで経験した事のない程にひよりは歓喜と後悔が入り交じった感情を抱かざるを得なかった。

 

 拓哉「…オレは─」

 

 声に出そうとした瞬間、ひよりが拓哉の横を過ぎ去り、そのまま外へと駆けて行ってしまった。

 その様子を見ていた虹架が止めるのを振り切り、零れ落ちる涙をそのままにただ走り続けた。

 

 虹架「ひよりちゃんっ!!?」

 

 もう虹架の声は届かない。カランカランと扉に付けられた鈴が鳴り響くばかりだ。他の客も何事かとざわつき始めたのを察知した虹架は拓哉の手を引き、外へと出た。

 

 虹架「何してるの!?早くひよりちゃんを追って!!」

 

 拓哉「アンタはルク…ひよりとは…」

 

 虹架「友達!!…最近なったばっかりだけど…でも、ひよりちゃん泣いてた!!アナタに会ってたまらず泣いちゃったんだよ!!だから、追いかけてあげて!!」

 

 拓哉「…オレにアイツを追う資格なんて─」

 

 虹架「そんなのはどうでもいい!!もし、ひよりちゃんに何かあったら私はアナタを許さない!!さぁ早く!!行って!!」

 

 虹架に背中を押されながら、拓哉はひよりを追いかけた。次第に速さが上がっていき、呼吸も乱れる。

 ひよりの影を確認した所でさらに速度を上げた。

 

 拓哉(「なんで…なんで…!!」)

 

 本心を言えば拓哉もルクス/ひよりに会いたかった。会って自分を助けてくれた事にちゃんと感謝を述べたかった。

 途方に暮れていた拓哉を世界樹まで導き、そこで木綿季や仲間達にまた巡り合わせてくれた事に…。

 だが、ひよりは突然拓哉の前から姿を消した。退院して学校に通い始めればまた会えると勝手に思い込んでいた。

 

 拓哉(「やっぱり…お前は…!!」)

 

 息が上がり、胸が苦しくなる。過ぎ去る景色がボヤけ始め、もうひよりの姿以外見えなくなっていた。

 

 七色「あれ拓哉君じゃない?」

 

 木綿季「本当だ。…すごい剣幕で走ってるけど…」

 

 七色達が次の観光名所へ向かう途中で拓哉が携帯を忘れた事を知り、一行は先に向かっていたのだが、戻ってくる拓哉はそんな事を思わせない程に汗を流し、眉間にシワを寄せて走ってくる。

 すると、拓哉が合流する前に一行の横を亜麻色のメイドが過ぎ去って行った。

 

 珪子「ひよりさん!!」

 

 里佳「じゃあ拓哉が走ってるのって…!!」

 

 直葉「ひよりさんを追いかけて?」

 

 拓哉も木綿季達に脇目も見らず通り過ぎていく。和人や直人の声を聞かずに走り去っていく拓哉の表情を木綿季は見逃さなかった。

 

 七色「ど、どうしちゃったのよ…拓哉君は?」

 

 和人「とりあえず追いかけてみよう」

 

 木綿季「ううん…。ダメだよ、和人」

 

 和人「木綿季?」

 

 和人が追いかけようとするのを木綿季は静かにとめた。

 今見た拓哉の表情は()()()()()()()()()()()()()()()から何も心配するような事はない。

 木綿季は確信している。次に戻ってきた時は、今までよりも心が軽くなった拓哉になっている事に。

 

 明日奈「…木綿季」

 

 木綿季「大丈夫だよ!拓哉なら大丈夫…。こればっかりはボク達じゃどうしようもないからね」

 

 和人「…そうだな」

 

 彼らは知っている。あの表情の拓哉を。絶望の淵に立たされ、そこから這い上がろうとする拓哉を…。

 かつて、あの世界で死に物狂いで抗い続けた1人の戦士を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひより「ハァ…ハァ…」

 

 これだけ走ったのは一体何時ぶりであろう。

 元々、運動が得意だった訳ではない。どちらかと言えば図書室や静かな場所で過ごす事が多い。

 けれど、体育の授業でクラスメイト達と体を動かす事を嫌った日はない。

 汗を流し、やる気に満ち溢れ、それを他人と共有する事を否定したりはしない。

 柏坂ひよりという少女はどこにでもいる普通の女の子だった。

 友人と交流し、苦手な教科に四苦八苦し、放課後に友人とお喋りをしながら家路につく。普通に笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだり、誰もが経験してきた事を当たり前のように与えられ続けて来た。

 

 ひより(「本当は…私だって…!」)

 

 

 

 

 ひよりの人生は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 SAOに囚われ、2年もの間戦いに身を投じなければならず、あの世界でさらなる不運がひより/ルクスに降り掛かった。

 ルクスはSAOと折り合いをつけ、ゲームクリアに貢献するべく圏内であるはじまりの街を出て自身を強化していった。

 そんな生活を続けていたある日、ルクスはダンジョン内を散策中に奥で何やら怪しい密会をしているプレイヤーに偶然遭遇してしまった。

 

 ルクス(「あのカーソルの色…!!犯罪者(オレンジ)プレイヤー!?」)

 

 SAOでもルールがあり、それを破るとカーソルの色が変化する設定があった。プレイヤーに害をもたらせばカーソルはオレンジに、プレイヤーを死に至らしめればカーソルはレッドと言った具合にSAOのプレイヤー内ではこのプレイヤーあるいは集団を"犯罪者(オレンジ)”、"殺人(レッド)”と呼称されている。

 そのプレイヤーが今、壁を隔てた先で密会をしているとすればそれは犯罪の計画に違いない。

 

 ルクス(「この事を"軍”や"攻略組”に知らせないと…!!」)

 

 ルクスがその場から足音を立てずに立ち去ろうとすると、不運にも目の前にモンスターの群れが溢れかえっていた。

 

 ルクス「!!」

 

 モンスターが雄叫びを上げながらルクスへと襲いかかる。

 確実に今の雄叫びで犯罪者(オレンジ)プレイヤー達はこちらに気づいたハズだ。

 まだ、モンスター達だけに目を配れば良いが、ルクスの存在が知られればどうなるか分からない。最悪、口封じに殺されるだろう。

 モンスターを陰にして退路を切り開こうとするが、如何せん数が多すぎる。武器である片手用直剣の耐久値も限界に近かった。HPもグリーンとは言え、既に4割近く削られている。

 不安要素が次々浮かび上がってくると、底から死への恐怖心が塊となってルクスに襲い掛かった。

 途端に手脚が痺れ始め、思ったように動こうとしない。

 焦りが出始めたのを感じたルクスは生き残る為だけに全神経を注いだ。

 

 ルクス(「まだ…まだ…死にたくないっ!!」)

 

 現実世界に帰る為にこれまで戦い続けてきた時間が消えていく。

 モンスターの攻撃を浴び続け、HPはレッドに差し掛かってしまった。

 あと少しだと言うのに…、こんな場所で…、このような死に方で…、人生を終えるかと思うと涙が溢れた。

 だが、モンスターがプレイヤーの感情を読み取る事はない。

 ただ電子信号として送られた命令に忠実に遂行する人形は慈悲というものはなく、無機質に武器である棍棒を振り下ろした。

 死にたくないと思っても、後悔しか浮かんでこない。

 

 ルクス(「まだ、現実世界(あっち)でやりたい事…たくさんあったのに…」)

 

 そう願った瞬間、モンスターの攻撃は直前で止まり、次々とポリゴンとなって四散していった。

 

 ルクス「…!!」

 

 何が起きたのか理解出来なかったルクスの前に、密会をしていた犯罪者(オレンジ)プレイヤーの男達が立っていた。

 

「女ァ…さっきの話聞いてたのか?」

 

 ルクス「…」

 

 恐怖で足が竦んでいるルクスに逃げ道などない。顔だけを横に数回振ると1人の男が目の前でしゃがみ込み、目線を合わせる。

 

「嘘はいかねぇなぁ…。さっき殺ったモンスター達が何よりの証拠だ。このダンジョンは狭いからよぉ、プレイヤーの前でしかポップしねぇんだ…」

 

 ルクス「!!?」

 

「どうする?殺っちまうか?」

 

「ここで逃がして計画が漏れりゃあ俺らが殺されちまうぜ」

 

「ん〜…」

 

 もう死しかこの恐怖を拭えるものはない。涙は枯れ、震えもいつの間にか止まっている。

 

 ルクス(「そうか…。これが死ぬって事なんだ…」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや…お前は殺さねぇよ」

 

 

 

 ルクス「…え?」

 

「ちょうどウチも人手が足りなかったトコだったの思い出したよ。この女は"笑う棺桶(ラフィン・コフィン)”に入れる」

 

 ルクス(「"笑う棺桶(ラフィン・コフィン)”って…あの殺人(レッド)ギルドの…!!?」)

 

 "笑う棺桶(ラフィン・コフィン)”はSAOの中で最も残虐で、人を人とも思わないようなやり方でこれまで数多くのプレイヤーがその被害にあってきた。中でもあの手この手とルールの抜け道を見つけ、非道な手段を次々と生み出した事もあり、攻略組ですら手を出しにくい存在へとのし上がってしまっていた。

 

 ルクス「…─だ」

 

「あ?」

 

 ルクス「…やだ…やだやだやだやだ…!!」

 

 恐怖に完全に支配されたルクスは我を忘れ、その場で暴れ始めた。

 それを2人がかりで止め、1人が懐からあるものを取り出した。

 

 ルクス「やだ…やだ…!!帰らせて…帰らせて…!!」

 

「ダーメ…。お前も今日から我が同志だ。仲良くしよォや…」

 

 スカートの裾を手繰りあげ、左脚の太ももに烙印を植え付ける。

 ジュウ…とアバターが焼かれる音と共に棺桶と髑髏がなぞられた紋章が刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ…笑う棺桶(ラフィン・コフィン)へ!!」

 

 

 

 

 

 ルクス「…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「ルクスっ!!!」

 

 

 ひより「っ!!?」

 

 過去の映像が拓哉に手を掴まれた事で遮断し、フッと我に返る。

 恐る恐る振り向くとそこにいたのは息を荒くした拓哉であった。

 

 拓哉「ハァ…ハァ…ルクス…」

 

 ひより「…」

 

 言葉が浮かんでこない。何を言えばいいのか分からない。目も合わせられず俯くひよりの手を拓哉はそっと離した。

 

 拓哉「久しぶり…だな」

 

 ひより「…うん」

 

 拓哉「えっと…」

 

 蝉の鳴き声が響き渡る中、2人は広場の片隅で途方に暮れていた。

 何と言えばいい?何を話せばいい?何て感謝すればいい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何と謝ればいい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひより「…こんなつもりじゃなかったんだけどなぁ」

 

 拓哉「!」

 

 言い淀んでいる内にひよりが初めて拓哉に口を開いた。

 

 ひより「もう…私の役目は終わったから…会わないつもりだった…」

 

 拓哉「…」

 

 ひより「私が…拓哉に会っちゃったら…また…辛い事を思い出しちゃうから…って…。もう…拓哉に辛い思い…は…して欲しくないからって…」

 

 溢れ出る涙のせいで上手く言葉が繋がらない。ひよりはただ思っている事を言っているだけだ。仲間を捨てなければそれを消される恐さ。地獄を終わらせたと思えばまた新たな地獄が待っている恐さ。

 誰も経験した事のない…少なくてもひよりはそれを知らない。

 拓哉の苦痛に比べればまだ自分の地獄など可愛げがあり、まだ助かる見込みがある。

 

 ひより「私は…私は…拓哉に助けてもらったけど…拓哉は…助けてもらったの?」

 

 聞きたくない。知りたくない。そう思っていたのに、不意に口から出てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「…あぁ。救ってもらった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひより「!!」

 

 拓哉「木綿季や仲間達…そして、ルクス…ひよりにオレは助けられた。助けてくれたから今オレはこうして生きている」

 

 ひよりを気遣った言葉でも…ましてや同情の言葉でもない。

 これが拓哉の本心だった。

 

 ひより「私は…何もしてない…。木綿季さんだから…みんなだから…。私には何もない…。ただ一緒にいただけの…私…」

 

 拓哉「…ひよりがオレに会おうとしない理由も分かってた。お前はとことん優しいからオレを気遣ってくれてた事も知ってる。だから、オレも自分からは会いにいかなかった。ひよりの気持ちを優先したいって…そう考えてたから…」

 

 里香や珪子、直葉からひよりが元気にしているという事を聞かされただけでも安心した。オレといるよりもその方がいいと勝手に思い込んだ。

 いや、思い込もうと自分に言い聞かせた。そうしなくてはとても耐えられなかったから。

 

 拓哉「…でも、それは違うんだ。そうじゃないんだ。オレと会ってお前がそうなる事も分かってたハズなのに…追いかけてる内に会いたいって…ちゃんと会って話したいって…思うようになって…自分を我慢し切れなくなった…」

 

 ひより「拓哉…」

 

 拓哉「オレはあの時、お前が隣にいてくれたから…仲間と再会出来た。お前が背中を押してくれたから…木綿季と恋人になれた。

 感謝してもし切れない程…。だから、自分と会ったらなんて言わないでくれよ…!!自分には何もないなんて言うなよ…!!オレはまた…ルクスと一緒にいたいんだ…!!」

 

 零れ落ちていく。鍍金に包まれた本当の想いが音を立てて零れ落ちていく。涙が頬を伝わり、気づけば拓哉はひよりを抱きしめていた。

 

 ひより「!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「オレと支えてくれて…オレを助けてくれて…ありがとう…ルクス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 抱きしめる力が強くなる。だが、決して苦しいものではない。

 拓哉の優しさ、頼もしさ、不安や悲しみがひよりに流れ込んでいく。

 もうずっと忘れていたのかもしれない。こうやって抱きしめられる気持ちよさも…安心も…全てが懐かしい。

 

 ひより「拓哉は…本当に…いいの…?私なんかがいても…一緒にいてもいいいの…?」

 

 拓哉「当たり前だ。ひよりはもうオレの仲間だ。離れたくないって思える大事な友達だ…。お前がオレを思って辛い思いをする必要はないんだ。オレはひよりのおかげでここにいるんだから…。だから…会わないとか言わないでくれ。もう悲しい思いをしないでくれ…」

 

 

 ひより「私…私は…う…うわぁぁぁぁぁん!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだったんだ…。拓哉は救われていたんだね…。拓哉は私といてももう辛くないんだね…。強いなぁ…。私もいつか…そうなれるかなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月13日14時20分 東京都 某広場

 

 拓哉「…さっきは抱きしめてごめん」

 

 ひより「ううん…。私の方こそ泣いたりしてごめんなさい…」

 

 木陰にあるベンチに腰掛け、照れくさそうにしていると遠くから里香と珪子、直葉が走ってきた。

 

 里香「ひより!!」

 

 珪子&直葉「「ひよりさん!!」」

 

 ひより「里香、珪子、直葉…!!」

 

 目の前まで来たと思ったら、すぐさまひよりを抱きしめる。状況が理解出来ていないひよりは慌てて3人を宥めた。

 

 ひより「ど、どうしたの!?」

 

 珪子「だって…!!ひよりさんが泣きながら走って行ってたから私…!!」

 

 直葉「そうだよ!!…ちゃんと仲直り出来たの?」

 

 ひより「!!…うん。おかげさまで…。みんなには色々迷惑かけてたよね?ごめんね」

 

 珪子&直葉「「ひよりさぁぁぁん…!!」」

 

 涙を抑えられずひよりの胸で泣き始めるのを拓哉は隣で優しく見守っていた。すると、後頭部に物凄い衝撃が加えられ、振り向くと涙を滲ませている里香が立っていた。

 

 拓哉「里香…」

 

 里香「何ひより困らせてんのよアンタは!!私達がどれだけ…どれだけぇぇぇ…」

 

 拓哉「…3人にも迷惑かけちまったよな。悪かった…ありがとう」

 

 里香「グスッ…もういいわよ。ひよりとも解決したみたいだから…!!この貸しはレア鉱石1つじゃ足りないからね!!」

 

 拓哉「りょーかい…」

 

 そんな事をしていると、木綿季達も到着し、七色に至っては何故号泣を必死に止めようとハンカチを濡らしていた。

 

 七色「だぐやぐぅぅん〜よがっだぁねぇ〜!!!!」

 

 拓哉「七色になんて説明したんだよ…?」

 

 木綿季「いろいろと大雑把に説明したんだけど…途中から号泣しちゃって…」

 

 住良木「七色は感情豊かなんだ」

 

 拓哉「そういうもんか。…ひより、バイト先まで送るよ。その格好じゃ何かと目立つだろ?」

 

 その場の勢いだけで飛び出してしまった為、ひよりの格好はメイド姿とここでは少し目立つのもあり、拓哉はひよりをバイト先まで送る事にした。

 …と思いきや、珪子と直葉が間に割って入り、それを防ぐ。

 

 直葉「帰りは私達が付き添います!!」

 

 珪子「こればかりはいくら拓哉さんでも引けません!!」

 

 拓哉「えぇ…」

 

 明日奈「まぁまぁ…。みんなで戻ろうよ。店の人達にも事情を話さなきゃいけないだろうし…」

 

 七色「ぞうどぎまっだらいぐわよぉぉ!!」

 

 和人「いい加減泣きやめよ…」

 

 拓哉達は来た道を戻り、ひよりのバイト先であるメイドカフェへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月13日14時00分 東京都 秋葉原 某メイドカフェ

 

 虹架「まだかなぁ…」

 

 虹架は空を見上げながら店の前でひよりと彼女を追いかけていった青年の帰りを待っていた。

 勢いで見ず知らずの青年に言わなくてもいいような事を口走った事に多少の罪悪感を感じていると、向こうの通りからひよりと青年、そして一緒にいた友人達が歩いてきているのが見えた。

 すぐ様ひより達の元に駆けつけるとひよりも気づいたようで小走りで向かってきた。

 

 虹架「ひよりちゃん!!」

 

 ひより「虹架!!」

 

 距離が縮まるや否や虹架の涙腺が膨張し、涙が頬を流れる。

 ひよりも虹架の泣き顔を見てすごく心配させてしまったと涙を滲ませながら感じた。

 

 虹架「もうじんばいじだんだがらぁぁ〜!!」

 

 ひより「ごめんね虹架…。ありがとう」

 

 そんな光景に感動しながら、ひとしきり泣いた虹架が拓哉の前に出て頭を下げた。

 

 虹架「ひよりちゃんを…ありがとうございます。…それと、さっきはちょっと言い過ぎました…ごめんなさい」

 

 拓哉「いいんだ。オレはあれぐらい言われないと分かんない馬鹿なヤツだからさ。それに…君のおかげでひよりとも仲直り出来たし礼を言うのはコッチだ。ありがとう…」

 

 虹架の手を取り、心から感謝の意を送った拓哉に虹架は一瞬ドキッとしてしまい頬を赤く染める。

 すると、それに気づいた木綿季が2人の間に入って距離を開けさせた。

 

 木綿季「と、とにかくさ!一件落着だよね!あ…お店に迷惑かけちゃったよね。ごめんね」

 

 虹架「ううん。私が上手く言ってあるから心配しないで。ほら…ひよりちゃんもいつまでもメイド服来てないで着替えてきなよ。一緒に帰ろ?」

 

 ひより「うん。すぐ着替えてくるから少し待ってて!」

 

 そう言い残してひよりは駆け足で店内へと入っていった。

 

 和人「じゃあ、オレ達も行くか」

 

 明日奈「そうだね。次はスカイツリーだっけ?」

 

 七色「そうそう!1度あそこの展望台に行ってみたかったのよ!…あ、アナタ達も一緒にどう?日本じゃこういう時"旅は道連れ”って言うんでしょ?」

 

 虹架「え!?えっと…ひよりちゃんに聞いてみないと分からないなぁ…なんて」

 

 ひより「私は全然大丈夫だよ」

 

 虹架「わっ!!?い、いつの間に…!!?」

 

 悲鳴にも似た声を出しながら私服に着替えてきたひよりが七色の誘いを受けた。虹架は驚きながらもひよりに同行する形で拓哉達について行く事にした。

 

 拓哉「じゃあ、軽く自己紹介しとくな。オレは拓哉。んで、隣のアホ毛の娘が木綿季に弟の直人、木綿季の双子の姉の藍子、その隣の黒ずくめが和人、隣から明日奈、里香、珪子、直葉…。そして、このツリ目のすませてるのが住良木で、隣の小学生が七色だ」

 

「「「「ちょっと待て」」」」

 

 拓哉「え?」

 

 自己紹介を済ませて出発しようとする拓哉を他の全員が殺気を放ちながら拓哉を取り囲んだ。

 

 木綿季「拓哉…あんな紹介の仕方はないんじゃないかな?」

 

 和人「今日のオレはそこまで黒くないぞ!?」

 

 住良木「ツリ目はお前も似たようなものだろうが」

 

 七色「小学生って何よ!!これでも飛び級で大学出てるのよ!!」

 

 拓哉「は、はい…。みなさんのおっしゃる通りで…」

 

 その光景を見て虹架は目を丸くしていたが、隣で見ていたひよりは懐かしいものを見るような暖かい目で見ている。

 

 虹架「ひよりちゃんの友達って面白いね…」

 

 ひより「うん…。でも、いざとなったら頼りになるんだよ」

 

 虹架「へ、へぇ…」

 

 七色「ちょっとそこの貴方!!」

 

 虹架「!!?」

 

 七色に指を刺され、動揺してしまった虹架を畳み掛けるかのように話し始めた。

 

 七色「お店にいた時からチラチラ見てたけど…もしかして私の事、知ってるのかしら?」

 

 虹架「え!?え、えっとですねぇ…それは…」

 

 和人「七色は最近テレビに出ずっぱりだったからそこで知ったんじゃないか?」

 

 虹架「そ、そうなんですよぉ!!ニュースとかで見た事あるなぁって思ってて…」

 

 ナイス!とみんなに気づかれないように和人に合図を送る。

 ここはそれに乗る事にした虹架は持ち前の饒舌でこの場を乗り切った。

 

 七色「そうだったのね。いやね、ずっと虹架…でいいのよね?すごい視線を感じたから…」

 

 虹架「す、すみません!!私、そんなつもりじゃあ…」

 

 確かに、七色の方にずっと意識を向けていた事は事実である。

 それに気づかれていたとは知らなかったが場が収まり思わず息を1つ吐く。

 

 七色「まぁいいわ!それよりも早く行きましょ!!」

 

 拓哉「そうだな。2人共、行こうぜ!」

 

 ひより「うん!」

 

 虹架「…」

 

 一行は再び東京スカイツリーに向けて出発した。道中では和人が七色と住良木からVR関連の話を聞いたり、今度発表される新作VRMMOゲームについて話していた。木綿季達女性陣は今度このメンバーで遊びに行く計画を練っているらしく、直人は何故だか何処がいいか女性陣に助言していた。

 

 拓哉「…」

 

 虹架「…」

 

 2人だけ取り残されるとは思っていなかった為、全然会話が弾まない。

 何より会って数分で何を話せばいいかも分からなかった。

 拓哉がこの空気に気まずさを感じている中、虹架はただジッと七色に視線をあてている。

 それに気づいた拓哉が何気なしに虹架に聞いてみた。

 

 拓哉「えっと…虹架、七色の事本当にテレビで見ただけか?」

 

 虹架「え!!あ、当たり前じゃないですかぁ…。七色・アルシャービン博士って言ったらVR業界じゃ超有名人ですもぉん…!!」

 

 拓哉「確かに有名だけどさ…。なんか似てんだよなぁ…虹架と七色って。髪の色とか目の色だったり…もしかしてロシアの血入ってる?」

 

 虹架「ま、まさかぁ〜!!そんな訳ないですよぉ〜」

 

 痛い所ばかりついてくる拓哉に虹架も誤魔化し続けるのが限界になってくる。

 

 拓哉「ふーん…。まぁ、いいけどさ」

 

 ひより「何話してるの?」

 

 木綿季「もしかして…ボクって彼女がいるにも関わらずナンパしてたんじゃ…」

 

 拓哉「そんな訳ねぇだろっ!!?…ごめんな、騒がしい奴らばっかりで」

 

 虹架「ううん…こういうの久しぶりだから楽しいですよ。私、小さい頃に両親が離婚して母に引き取られて日本に来たんです。それからはまぁいろいろとありまして…バイトして少しでもお母さんに楽させたいなぁって…えへへ…」

 

 木綿季「虹架…なんて良い娘なんだろー!!ボク達!!もう友達だからね!!何か困った事あったら何でも相談していいからね!!」

 

 虹架「あ、ありがとう…!」

 

 木綿季と仲良くなった所でそろそろスカイツリーへと到着する頃だろう。

 バスから降りた一行はスカイツリーの真下までやってきて空を貫かんばかりにそびえ立っているのがスカイツリーを見上げた。

 

 七色「高ーい!!これが本物のスカイツリーなのね!!」

 

 住良木「七色、そんなに仰け反ると転ぶぞ」

 

 七色「大丈夫大丈夫…─」

 

 後退しながらスカイツリーの全貌を見ようとしていると、足がもつれてしまいそのまま態勢を崩してしまった。

 

 虹架「だ、大丈夫!?」

 

 住良木「だから言ったんだ。…立てるか?」

 

 七色「えへへ…ちょっと調子に乗りすぎたみたいね…っ痛!!」

 

 立ち上がろうとすると足首から血が流れており、転んだ拍子に石か何かで切ってしまったんだろう。

 すると、住良木の横から虹架が来て、ポーチの中から消毒駅と絆創膏を取り出した。慣れた手つきで七色の足を処置していく。

 

 七色「ありがとう虹架」

 

 虹架「七色はおっちょこちょいなんだからちゃんと気をつけないと…」

 

 七色「え?」

 

 虹架「え?…あっ!!いや、おっちょこちょいっていうのは言い過ぎだったよね!?ごめんね!!」

 

 七色「ううん…。確かにあなたの言う通りかもね。私、貴方みたいな人がお姉ちゃんだと嬉しいわ」

 

 虹架「!!…な、何言ってるのよ。…はい、終わったよ」

 

 立ち上がって痛みがあるか確認していると虹架は慌てた様子で七色から離れた。七色は再度礼を言って住良木に連れられながら中へと入っていく。

 後を追うように拓哉達もも入っていき、最後尾に虹架が俯きながらついてきているのを住良木が横目で様子を伺っていた。

 

 住良木「…」

 

 七色「どうしたの住良木君?虹架がどうかしたの?」

 

 住良木「いや…なんでもない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月13日15時50分 東京都浅草区 雷門前

 

 スカイツリーを後にした一行が次に向かったのは巨大な提灯が飾られている雷門だ。他の国からの観光者達も大勢いて中の本堂までの道も観光者で埋め尽くされていた。

 

 七色「すごい人の数ね。歩くだけでも疲れちゃうわ」

 

 住良木「はぐれないように手を繋いでおこう」

 

 七色「あら?住良木君も男の子らしい所あるじゃない。でも、疲れたから抱っこして!!」

 

 住良木「っ!?」

 

 勢いよく住良木の背中へと飛んだ七色を驚きながらもしっかり捕まえ、そのまま雷門を歩いた。

 

 ひより「虹架、さっきから元気ないね?」

 

 直人「どうかしましたか?」

 

 虹架「…ううん。人が多くてちょっと疲れただけ」

 

 住良木「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虹架は拓哉達と一旦別れ、休憩所で缶ジュースを飲んでいた。1人じゃ何かと大変だという事で住良木も一緒に来ている。

 

 虹架「ありがとうございます。わざわざついて来てもらっちゃって…」

 

 住良木「気にするな。七色の方は拓哉達がいれば安全だろう」

 

 虹架「…住良木さんって七色…さんに優しいんですね?」

 

 住良木「…()()()()()()()()

 

 虹架「え?」

 

 住良木「七色には昔、両親が離婚するまで姉がいたそうだ。ロシアでの生活に母親が耐えられなかったんだろう。日本人にはロシアの極寒は応えるからな…」

 

 いきなり七色の過去について語り始めた住良木にとまどいながらも虹架は黙ってそれを聞き続けた。

 

 住良木「七色は父親に連れられ、幼い頃にアメリカへと渡った。そこで英才教育を施され今の七色がいる。母親は姉を連れ、母国である日本の東京に渡っていた…。七色の父親から聞かされた話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだろ?虹架・()()()()()()()

 

 虹架「!!?」

 

 住良木「”枳殻"は母方の姓で離婚した際に君の苗字も変わった。アルシャービンさんが日本に発つ前に俺にだけ伝えてくれた。『日本に七色の姉がいるから出来る事なら探し出して会わせてほしい』とな…」

 

 虹架「…」

 

 もう誤魔化しは聞かないようだ。そこまで分かっているのなら何を言っても意味はないだろう。覚悟を決めた虹架は缶ジュースを横に置いて口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虹架「…そうです。私が七色の姉です」

 

 住良木「…やはりな」

 

 虹架「でも、どうして分かったんですか?私が七色の姉だって…」

 

 住良木「もしやと思ったのは君がその髪を染めたと言った時だ。その髪の色は人間の髪じゃ出しにくい…。それこそ、地毛じゃないと無理だ。ならば、何故そのような嘘をついたのかを考えていた時、君の七色に対する接し方で大方予想は固まった」

 

 まるで探偵のようにスラスラと疑問点を挙げていった住良木に素直に驚き、同時に怖くなった。

 それだけの情報で的確に当てられると思ってもみなかったし、勘づかれるような仕草もとった覚えがない。

 

 虹架「…住良木さんは最初から私に目をつけていたんですね」

 

 住良木「…あぁ。君の事は七色のマネジメントの間を縫って探していたんだが、今日あの店に寄ったのは偶然だ。…七色のコンサート成功記念に天が与えた機会かもしれないな」

 

 虹架「住良木さんってお堅いイメージでしたけど、そういうロマンチックな事も言えたんですね。そりゃあ七色が信頼する訳だ…」

 

 住良木「…そんな事はない。以前…いや、つい昨日までならこんな事言わなかっただろう」

 

 昨日の晩に七色と結ばれ、七色の為にこの命を使うと決めてから住良木の見る世界が変わった。それは七色のおかげであり、それに気づかせてくれ拓哉のおかげでもある。日本に来て七色も住良木も人間として一皮剥けたような気がする。

 

 住良木「それで…どうするんだ?七色に君の事を伝えるのか?」

 

 虹架「…いいえ。今はその時じゃないと思うんです。だって、これからまた忙しくなるんですよね?だったら、七色が落ち着いた時に私の口から直接言おうと思います。現実世界(リアル)がダメでも仮想世界がありますから。七色もALOをやってるみたいですし、その時が来るまで私は待ちます…」

 

 住良木「…そうか。七色が聞いたら驚くだろう。七色はあんな風に振舞っているがまだ幼い少女だ。支えはいくらあってもいい。その時が来るのを陰ながら楽しみにしている」

 

 虹架「…ありがとうございます。今日はこれで失礼します。みんなにも言っておいてください。…じゃあ、()()()()()()()()!!」

 

 住良木「!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 _『"プリヴィエート”と"ダスヴィダーニャ”は誰かから教えて貰った気がするんだけど小さかったから忘れちゃったわ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 住良木「…フッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年08月13日19時00分 東京都 羽田空港

 

 東京観光が終わり、拓哉達は七色と住良木を見送る為に羽田空港へとやって来ていた。

 

 拓哉「今日まで楽しかったぜ、七色、住良木」

 

 木綿季「今から飛行機って事はアメリカに着くのは明日の朝ぐらいかな」

 

 七色「そうね。まだアメリカ(あっち)での仕事が残ってるから早く戻らないと」

 

 こう見えてもVR業界を背負っている立場の身だ。研究を進めてよりよい環境を整えなくてはいけない。

 

 拓哉「新作のゲームが出来たらすぐに連絡してくれよ?」

 

 和人「オレにも是非…!」

 

 七色「分かってるわよ。どうせ、近々βテストをしなくちゃいけないから開発者権限でみんなを招待してあげる」

 

 明日奈「本当に?ありがとう七色ちゃん!!」

 

 里香「今から楽しみね!」

 

 まだ見ぬ世界への好奇心がゲーマー魂に火をつけた。

 七色も時間を見つけてプレイするようなのでそれまでにレベリングに勤しむつもりである。

 

 七色「まぁ、()()()()()()()()()()()()かもしれないけどね…」

 

 拓哉「どういう意味だ?」

 

 意味深めいた七色の発言に疑問を持ったが七色は笑顔で言った。

 

 七色「まだ内緒!そう言えば…拓哉君と和人君は高校卒業したらウチで働く気はある?」

 

 和人「将来の事は分からないけど…考えておくよ」

 

 拓哉「オレも…でも、七色の所に行ったら雑用とかでこき使われそうだけど」

 

 七色「そんな事しないわよ!!…と、そろそろ時間だわ。じゃあ、みんな!!ダスヴィダーニャ!!また会いましょ!!」

 

 住良木「世話になった。次に会った時はお前達の腕を確かめさせてもらう」

 

 拓哉「あぁ!鍛えて待ってるぜ」

 

 和人「元気でな!」

 

 木綿季「またねー!!」

 

 搭乗口に入るまで手を振り続けていた七色が次第に姿を消して、拓哉達は七色と住良木を乗せた飛行機が飛び立ちのを見送ってから空港を後にした。

 すると、拓哉の元に1本の着信が届いた。

 

 拓哉「もしもし?」

 

 菊岡『やぁ、拓哉君。仕事お疲れ様』

 

 拓哉「なんだ、菊岡さんか…」

 

 菊岡『僕の声を聞いただけでえらくテンションが下がったね。君の姿を見なくても肩を落としているのが分かるよ』

 

 菊岡の言う通り、拓哉は菊岡からの着信と知るや否や肩を落とし、テンションが下がった。近くで見られているんじゃないかと周囲を見渡したがそれらしいものは何もない。

 

 菊岡『今日は仕事の労をねぎらうだけの電話だよ。そんなに警戒しないでくれ』

 

 拓哉「そりゃあどーも…」

 

 菊岡『まぁ、今後も何かあり次第君に仕事として依頼するつもりだけどね。もちろん今回だって報酬も出るから今後の将来資金を貯めると思えばいいさ』

 

 拓哉「その言い草だとまた変な仕事押し付けるつもりだろ?」

 

 菊岡「はははっ!そんな事僕が拓哉君に押し付ける訳ないじゃないかぁ!」

 

 何とも胡散臭いセリフを恥ずかしげもなく吐いたものだと拓哉は思ったが、今に始まった事でもないので聞き流す。

 

 菊岡「じゃあ、そういう事だから…お疲れ。残りの夏休みを満喫したまえ!」

 

 そう言い残して菊岡との通話を切ると、隣で木綿季が訝しい表情で拓哉を見つめていた。

 

 木綿季「…また菊岡さんから?」

 

 拓哉「あぁ。七色の助手の仕事が終わったからお疲れ様の連絡だった」

 

 和人「あまりあの人の事信用しない方がいいぞ?何考えてるか分からないからな」

 

 拓哉「分かってるよ。危ない仕事が来たら断るさ」

 

 木綿季「…本当にちゃんと断ってね。ボク、心配したくないよ…」

 

 拓哉「分かってる…無茶な事はしないよ」

 

 そうだ…。危険な事は出来ない。今、目の前にある幸せを自分から手放す気がない。みんなと木綿季の笑顔は絶対に守ると誓ったのだから。

 

 里香「ちょっとー何してんのよ!早く来ないと電車来ちゃうわよー!!」

 

 ひより「早くー!!」

 

 珪子「みんなで何話してたんですか?」

 

 拓哉「ん?もう夏休みも終わるなぁって話をしてたんだよ」

 

 直葉「そうですねー。その前に大会があるけど優勝目指して頑張らないと!!」

 

 明日奈「じゃあ、みんなで応援に行くよ!ねっ?和人君!」

 

 和人「そうだな。妹の活躍っぷりを拝見しに行こうかな」

 

 直人「僕も剣道の試合観に行きたいです」

 

 直葉「!!…よぉしっ!!絶対に優勝するからね!!」

 

 帰り道でこれからの予定を組み始める一行は夏の夜空の下、まだ見ぬ未来の話で持ち切りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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いかがだったでしょうか?
七色と虹架の姉妹設定に悪戦苦闘してましたが形に出来て心底ホッとしてます。
そして、次回はオリジナル章のプロローグみたいなものを更新したいと思います。もしかしたら、いつもより短いかも…?
乞うご期待下さい!

評価、感想お待ちしております!



では、次回!


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OR 罪と罰編 -漏れた罪-
【57】序章─命の灯火─


という事で57話目になります!
これは新章のプロローグとして書いたものなので時間の流れは早いです。
どうか、この話をお読みになられて続きを楽しみに待って頂けたらなと思います。


では、どうぞ!


 2025年09月01日 09時00分 SAO帰還者学校

 

 1ヵ月以上にも及んだ夏休みは幕を閉じ、拓哉達学生はこの日より新学期に入る。

 まだまだ夏の陽射しが差し込む中、学生達の表情は十人十色で浮かない表情や楽しげな表情まで様々だ。

 

「宿題やってきた?」

 

「いやぁ、分かんないトコは空欄のまま…」

 

「私、夏休みなハワイ行ったよー」

 

「えー!いいなぁー!」

 

 既にここ高等部2年クラスでも夏休みの思い出や宿題を話題に久しぶりにあった学友達と談笑を楽しんでいる。

 そんな所に重い瞼を擦りながら入ってきた男子学生がいた。

 

 明日奈「あ、拓哉君おはよー」

 

 拓哉「おーす…」

 

 気怠げな応対で済ませたのは茅場拓哉、それを見て呆れながらも笑顔を絶やさないのは同級生の結城明日奈だ。

 

 里香「アンタねー、新学期初日に遅刻ってどういう事なのよー!?」

 

 と、声を荒らげながら拓哉に説教するのは同級生の篠崎里香。

 欠伸をしながら自らの席に座り、里香に言い訳元い遅刻した理由を話した。

 

 拓哉「あー…ほら、よくあるだろ?習慣になってるものは中々直らないって!夏休みの間は大抵ネットサーフィンしてて夜更かしの毎日でさ。昨日も今日の事すっかり忘れてて寝坊しましたとさ」

 

 里香「とさ…じゃないわよ。ったく、新学期早々抜けてるわねー」

 

 明日奈「まぁ、拓哉君らしいって言えばらしいけどね」

 

 拓哉「そうカリカリすんなよ里香。目元にシワができるぞ?」

 

 瞬間、ブチっと何かが切れるような音が聞こえ、里香からおぞましいものが湧き上がるような幻影を見てしまった。

 

 里香「誰のせいでカリカリしてると思ってんのよ!!?」

 

 明日奈「里香もその変にしなよー。拓哉君もあんまりからかわないの!」

 

 明日奈が止めてくれたおかげで里香から鉄拳制裁が行われずに済んだ拓哉は里香に詫びを入れ、フゥっと息をつく。

 すると、教室の前扉から拓哉達の担任であるシウネーこと安施恩が入ってきた。

 

 施恩「みなさん、おはようございます。夏休みは有意義に過ごせましたか?この2学期からは授業の範囲も広くなりますのでみなさん頑張ってくださいね!」

 

 拓哉「だとよー里香。頑張んないと成績がみるみる下がっちまうぞー」

 

 里香「うっさいわね。アンタも人の事言えないでしょ?」

 

 施恩「それとこの場を借りて1学期の最優秀成績賞を贈呈しようと思います。では、拓哉…ゴホン…茅場さん、前に来てください」

 

 拓哉「うーす」

 

 気怠げに返事をして、教壇へと歩を進める拓哉を明日奈と里香がしばらく見送り、まるで時間が止まったかのように思考が停止した。

 

 明日奈&里香「「えぇぇっ!!?」」

 

 ようやく事を理解した2人は人目を気にせずに大声を上げた。

 クラスメイトからの視線に気づき、頬を赤くして縮こまる姿を拓哉は教壇から笑いながら眺めている。

 

 施恩「茅場さん、受賞おめでとうございます。出来れば、授業の方も居眠りばかりじゃなくてちゃんと聞いてくださいね?」

 

 拓哉「う…。それを言われると何も言えねぇなぁ…。まぁ、最大限努力します」

 

 賞状を受け取るとクラスメイトからの拍手が送られ、席に戻ると明日奈と里香から信じられないと言わんばかりに顔をしかめていた。

 

 明日奈「…拓哉君、何か賄賂でも渡したの?」

 

 拓哉「そんな事するわけねぇだろ!?」

 

 里香「じゃあ教師に恐喝でも働いた?」

 

 拓哉「お前らの中でオレってそんな風に思われてんの!!?」

 

 何とも遺憾としがたいが、施恩が注意してくれたおかげで3人は我に返った。施恩がそれを確認してさらに話を続ける。

 

 施恩「さらに、今日から教育実習としてしばらくの間副担任としてこのクラスに就く先生を紹介します」

 

 明日奈「この学校に教育実習って変な話だね」

 

 拓哉「そうだな…。大体は母校とか選ぶのにな」

 

 施恩の合図と共に前扉が開かれ、教室の中に入ってきたのは髪の毛を短髪に仕上げ、清潔感のある青年だった。

 入るや否や女子生徒達がキャーキャー騒いでいるので容姿も整っているのだろう。

 

 青柳「初めまして。今日からしばらくこのクラスで教育実習をする事になりました青柳新(あおやなぎあらた)です。何かと勉強不足な所もあるかと思いますが何卒よろしくお願いします」

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

 里香「へぇ…結構ちゃんとした人みたいね。…どっかの遅刻魔とは大違いだわ」

 

 拓哉「誰が遅刻魔だコラ…」

 

 教育実習生の青柳の自己紹介も終わった所で夏休みの宿題の提出に必要事項が書かれたプリントの配布と説明、その他諸々の決め事を済ませ、今日の授業は終了となった。

 気がつけばまだ11時と少し。今日は説明だけなのでカフェテラスは開放されておらず、学校内に残る生徒も多くない。

 拓哉も帰り支度をしていると、不意に肩に手が置かれた。

 

 拓哉「ん?」

 

 青柳「茅場さん…であってるよね?」

 

 振り向くとそこには教育実習生である青柳新が高く積まれた書類を重たそうに持っていた。

 

 青柳「すまないけど…これを持っていくの手伝ってくれない?」

 

 拓哉「別に構わねぇ…構いませんけど」

 

 青柳「ありがとう。施恩先生に格好つけたくて調子に乗ったのが悪かったかなー…。めちゃめちゃ重い…」

 

 拓哉「…青柳先生、施恩先生の事好きなの?」

 

 青柳「えっ!?あ、いや、それは…あぁっとっ!!?」

 

 動揺したのが一目瞭然であり、態勢を崩した青柳はその場に倒れてしまった。案の定、書類はその場に散乱してしまっている。

 

 拓哉「悪ぃ!!ちょっと調子に乗りすぎた!!大丈夫っスか?」

 

 青柳「はははっ…。こちらこそ変な事言ってごめんね」

 

 散らばった書類を集めて終わり、半分だけ持つと青柳ももう半分を持って教室を後にした。

 職員室に向かう道中で青柳は拓哉にいろいろな話をしていた。

 安施恩に一目惚れした事や、好青年に見えて実は結構ネガティブだったり、趣味や特技と実に時間を感じさせないような時間であった。

 

 青柳「ありがとう茅場さん。また何かあったら手伝ってもらっていいかい?」

 

 拓哉「構いませんよ。先生と話してるとオレも楽しいし!じゃあ、連れを待たせてるから帰ります!また明日ー!!」

 

 青柳「あっ!廊下は走っちゃダメだよー!」

 

 拓哉「堅い事言いっこなしですよー!!」

 

 そのまま青柳は走り去る拓哉の後ろ姿を見送り、職員室の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年09月01日12時30分 某ファーストフード店

 

 木綿季「へぇー、その新しい先生の手伝いで遅れたんだね?」

 

 和人「聞いた感じ人柄が良さそうな教育実習生だな」

 

 放課後、拓哉と木綿季、和人に明日奈の4人は昼食を一緒にするべく学校の最寄りの駅にあるファーストフード店へと寄っていた。

 

 明日奈「スタイルもいいし女子からすごい人気だよ」

 

 拓哉「男子にも歳が近いから兄貴感覚で接してる奴が多いな」

 

 和人「初日でえらい親しんでるな。…オレだったら1年あってもそこまでいけるかどうか」

 

 明日奈「ほ、ほら!やっぱり個人差があるから…!!」

 

 フォローになっているかどうかはさておき、これからの事を話し合わなければならない。

 学校も始まり、1日中ALOにいる訳にもいかず、その間ストレアとユイが寂しがっているのを危惧した4人はどう対処するか話し合う為にここにいるのだ。

 

 和人「まだ双方向通信プローブは完成してないしなぁ…」

 

 拓哉「だったら、スマホのアプリとしてならイケるんじゃないか?ナーヴギアにあるストレアとユイのデータを縮小させるか、一部を切り取ってアプリに落とすのは?」

 

 和人「そうか…。全部は無理でも一部だけなら容量もそんなに食わないな。2人で作るとしても1,2週間はかかるが…」

 

 拓哉「そればっかりはしょうがねぇよ。9月は連休もあるし、中旬には出来てるだろ」

 

 男2人でどんどん進めていく中で木綿季と明日奈はシェイクを飲んで話に混ざりたそうにしているが、メカニックに関しては拓哉と和人に及ばない事も理解している為、中々話に入りづらい。

 

 木綿季「2人でどんどん進めちゃってるよ…」

 

 明日奈「私達空気みたいだね…。でもね、木綿季」

 

 木綿季「ん?」

 

 明日奈「こうやって2人が真剣なのってユイちゃんやストレアさんの為だからだよね。自分達の娘と一緒に遊んだりしたいからここまで真剣になれるんだよ」

 

 いつか2人が言っていた。これから先、VR技術が発展していけばAIであるストレアやユイが拓哉達がいる現実世界に顕現出来る日が来る。

 そうなるように頑張るんだと語っていたのを思い出した。

 

 明日奈「やっぱりカッコイイなぁ…和人君」

 

 木綿季「拓哉の方が和人より数十倍カッコイイけどねー」

 

 明日奈「む…、和人君の方が拓哉君より魅力的だもん!」

 

 木綿季「そんな事ないよ!絶対に拓哉の方がカッコイイし魅力的だよ!!」

 

 女2人がどちらも譲らない彼氏の話に火をつけて話しているのを、当事者である拓哉と和人は顔を赤くしながらシェイクを口に含む。

 

 拓哉「おい…いつの間にか変な話してるんだけど…」

 

 和人「い、言われてる方が恥ずかしくなってきた…」

 

 さらに加熱していき、周りの客も初々しいものを見るような目でこちらに視線を送っている。これ以上は流石に羞恥心が限界なので止めに入ろうとすると、目をギラつかせて阻止された。

 

 明日奈「和人君は拓哉君に決闘(デュエル)で勝ち越してるんだから!!」

 

 木綿季「拓哉が本気を出したら和人なんてイチコロだもんねー!!」

 

「あの、お客様…他のお客様のご迷惑になりますのでもう少しお静かにお願い出来ますでしょうか?」

 

 明日奈&木綿季「「///!!?」」

 

 我に返った明日奈と木綿季は周りに目を配りながら、頬を赤くして店員に謝罪してみるみる小さくなっていった。

 その場にい続けるのが苦になり、逃げるように店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年09月01日13時00分 某広場

 

 拓哉「…はぁ、何やってんだよ」

 

 木綿季「すみません…」

 

 和人「明日奈もだぞ」

 

 明日奈「ごめんなさい…」

 

 近くの広場で休憩する事にした4人はとりあえず落ち着くまでここにいる事にした。

 噴水が沸き起こり、そのおかげで多少涼しくなっているが、まだまだ夏の陽射しは形を潜めてはくれない。

 

 拓哉「さてと…じゃあ、そろそろ帰るか」

 

 和人「そうだな…って、今日はオレが飯当番だった…」

 

 拓哉「あ、オレもだ。この際だからみんなでオレん家に飯食いに来いよ。家もちょうど近いからさ」

 

 木綿季「飯って…拓哉が作るの?」

 

 明日奈「全然想像がつかないね…」

 

 和人「いかにも包丁なんて握った事ないって顔してるのに…」

 

 

 拓哉「…お前らの遺言はそれだけか?」

 

 

 なんとも納得出来ない講評に拓哉も一瞬イラッときたが、この陽射しの下起こる気力も失せ、3人を連れてスーパーで買い物を済まし、拓哉の家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年09月01日 14時50分 茅場邸

 

 食材を買い込み、拓哉達は茅場邸へとやってきた。和人がこちらで夕食を済ませる為、一緒に和人の義妹である直葉に連絡を入れ、よかったら一緒に食べないかと誘うと即了承して部活が終わってから来るそうだ。

 家の場所に関しては最寄りの駅に直人を行かせればよいだろう。

 

 拓哉「木綿季も森先生と智美さんに連絡入れとけよ」

 

 木綿季「もう入れたよー。そしたら、姉ちゃんが悔しそうにしてたよー」

 

 拓哉「あー…なら、誘ってやれよ。オレと直人は人数気にしないから」

 

 木綿季「拓哉と直人ならそう言うと思ってちゃんと誘ってあげたよ!森先生がここまで連れてきてくれるみたい」

 

 なら、帰りは森が木綿季と藍子を迎えに来ると考えた方がいいか。

 

 和人「それならオレは一旦帰ってバイクで来るかな。明日奈を家まで送り届けたいから」

 

 拓哉「そうだな。今なら直人もいるから直人のバイクで連れて行ってもらえよ」

 

 玄関の鍵を開け、ドアを開くと案の定直人の靴があり、木綿季達をリビングに案内する。

 

 明日奈「綺麗にしてあるし、広いねー」

 

 和人「この几帳面さ…直人が掃除してるな…!」

 

 拓哉「そんなにオレをバカにして楽しいか?」

 

 リビングも2人で暮らすには広すぎて、直人がいつも念入りに掃除している。使っていない部屋でも換気をしてホコリがたまらないように気をつけていた。

 食材を冷蔵庫に直し終えると2階にいるハズの直人を呼びに向かった。

 

 拓哉「ちょっと待ってろよ」

 

 和人「あぁ…」

 

 リビングに残された3人はソファーに座るとテレビ台に立て掛けられてある写真に目が行った。

 

 和人「この写真…拓哉の家族か?」

 

 明日奈「そう言えば家の人はどうしてるんだろうね?」

 

 木綿季「あ…」

 

 和人や明日奈…木綿季以外には拓哉の過去を話していない。

 話していいのかは拓哉本人が決める事で木綿季にはその権利はない。

 写真立ては他にあり、そのどれもが笑顔に溢れた家族写真。どんな家にも家族との写真が飾ってあるものだが、拓哉と直人の家にあるのはどれも昔のものばかりだ。

 

 和人「こんなに写真があるのに最近のはないんだな」

 

 明日奈「でも、そこにある棚にはカメラがいっぱいあるよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「何やってんだよ?」

 

 和人と明日奈が写真に夢中になっていると、リビングには直人を連れて戻ってきた拓哉がいた。

 

 木綿季「!!」

 

 直人「みなさん、こんにちは」

 

 和人「おっす直人」

 

 明日奈「お邪魔してまーす」

 

 それぞれ挨拶を済ませると最初の拓哉の質問へと戻る。

 

 拓哉「てか、何見てたんだ?」

 

 和人「あぁ。テレビの横にある写真だよ」

 

 拓哉&直人「「!!」」

 

 明日奈「今日ご両親はいないの?夕飯ご馳走になるから挨拶しようと思って」

 

 2人の心が波打った。和人と明日奈が悪い訳ではないと理解しているがこればかりはどうしようもなかった。誰にもこの衝動を止められない。

 

 木綿季「えっと…あのね、2人共…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 木綿季&直人「「!!」」

 

 突如、拓哉が奇妙な事を口走り、それに驚いた2人を他所に和人と明日奈は完全に信じきっている。

 

 明日奈「へぇーそうなんだ。どこに旅行に行ってるの?」

 

 拓哉「そ、それが行き先も告げずに言っちまったもんだから何処に行ったか分かんねぇんだよ」

 

 和人「はははっ。そういう所、拓哉に似てるかもな」

 

 拓哉「そ、そんな事ねぇよ!そ、それより和人は早く帰ってバイク持ってこいって!!」

 

 和人「あぁ、そうだったな。直人、頼んでいいか?」

 

 直人「え、えぇ…分かりました…」

 

 直人は和人を連れてバイクを置いてある倉庫に向かった。

 拓哉は先程買い忘れたものがあると言って近くにあるコンビニへと向かった。

 

 明日奈「じゃあ、私達は何してよっか?」

 

 木綿季「…え?う、うん…そうだね」

 

 明日奈「どうしたの木綿季?顔色悪いよ」

 

 木綿季「そ、そんな事ないよー!!」

 

 無知とは残酷で浅はかなものだ。それは知らない人間が悪いのではない。知っている者がそれを抱え込むから悪いのだ。

 そうしなければ癒えた傷を再び抉られる事もなかっただろうに。

 拓哉は和人と明日奈に心配をかけたくないという思いからあの場で思いついた嘘を履いた。誰だって重い空気は好まない。だからそうした。

 それが最良の結果だから。

 

 明日奈「待ってるのもあれだし先に台所借りて下ごしらえしちゃおうか?」

 

 木綿季「そ、そうだね!!」

 

 気を紛らわせたい時は何か別のことに意識を集中させればよい。

 下ごしらえをしていれば余計な事は考えなくてもいいと木綿季は思ったが、それに取り掛かっても頭の中のモヤは晴れてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年09月01日15時30分 桐ヶ谷邸

 

 和人「サンキュー直人。すぐ準備するから少しだけ待っててくれ」

 

 直人「分かりました」

 

 そう言い残して和人は自宅へと入った。その入れ違いに中から直葉が息を切らしながら直人の元へとやってくる。

 

 直葉「ハァ…ハァ…直人君…こんにちは…!」

 

 直人「こんにちは直葉さん。部活だって言ってましたけど大丈夫ですか?」

 

 直葉「うん。部活の方は予定が早く終わってついさっき家に着いたんだぁ!で、駅に向かおうとしたらお兄ちゃんが帰ってきてたからバイクに乗せてもらおうと思って」

 

 そんな話をしていると、制服から普段の服装に着替え終えた和人が家の奥からバイクを持って戻ってきた。

 

 和人「おまたせ。待ったか?」

 

 直人「いえ、全然。じゃあ、行きますか」

 

 互いにバイクのエンジンをかけ、荒々しい音を撒き散らせながら茅場邸へと引き返した。

 

 直人(「…兄さん、…何であんな嘘を…」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年09時01分18時00分 茅場邸

 

 あれから3時間と少し経ち、テーブルには人数分の食器と中央にホットプレートを設置して、拓哉と木綿季、明日奈のお好み焼きの元を配膳する。

 

 拓哉「じゃあ、いただきまーす」

 

「「「「いただきまーす」」」」

 

 ジュゥ…とお好み焼きが鉄板で焼かれ、香ばしい匂いがまだかまだかと空っぽの胃に訴えかける。

 

 和人「へぇ…どれも美味しそうだな!」

 

 拓哉「いろいろ種類作ったからみんな遠慮しないで食べろよ」

 

 明日奈「…拓哉君があそこまで料理が出来るなんて思わなかったよ」

 

 木綿季「だよね!まさに男の料理ってイメージだったのに全然上手だし…」

 

 鉄板に3人がそれぞれ作ったお好み焼きを焼いていく。

 定番の三色玉に豚玉、海鮮とどれも美味しそうに焼き色が付いてきて、拓哉がそれを流れるような手際でひっくり返していく。焼き上がる直前に鰹節、ソース、青のりを振りかけた。

 

 拓哉「さぁ、お上がりよっ!!マヨネーズはお好みでな!!」

 

 木綿季「はむ…ふぁっふぁっ…!!」

 

 拓哉「焼いたばっかりだから熱いに決まってんだろ。ほら、水」

 

 口の中が緊急事態の木綿季に水をやると、それを一気に飲み干し口内の沈静化に成功する。再度、ひと口サイズに切り取り、息を数回かけてお好み焼きを冷やす。程よい熱さになるのを見計らって口の中へと頬張った。

 

 木綿季「…美味しい!!美味しいよ拓哉!!」

 

 拓哉「そうかそうか!そりゃよかった!!」

 

 木綿季の反応を見て、全員が生唾を飲むと拓哉のお好み焼きをひと口ずつ頬張る。

 

 直葉「何コレ!?すごく美味しい!!」

 

 藍子「お好み焼きって誰が作っても同じだと思ってました…!!」

 

 明日奈「本当に料理上手かったんだね!?」

 

 和人「こ、これは…意外すぎる…!!?」

 

 食べた全員が満場一致で拓哉の料理の腕前を認めてた。

 聞いていた拓哉も感想に呆れながらも礼を言った。

 

 拓哉「食べるならやっぱり美味しい物食べたいだろ?あれこれ試してみて使えそうな調理法は覚える事にしてるんだ。ちなみに、お好み焼きをヘラで潰して焼く奴もいるけどそうすると表面だけ焼けて中が生焼けになるから今度作る時気を付けておいて損はないぞ?」

 

 藍子「もしかして…ナオさんも料理が得意なんですか?」

 

 直人「まぁ、一般的にですよ?1人の時の方が長いですし」

 

 藍子「今度私に料理を教えてくれますか?」

 

 藍子はこれまで料理というものを作った事がない為、料理上手の直人にお願いすると、直人は笑顔でこう応えた。

 

 直人「僕に出来る範囲でなら喜んで」

 

 直葉「わ、私も教えて欲しい!!」

 

 その後からの食事は茅場邸を賑やかな声が支配していき、拓哉と直人はまるで昔に戻ったような錯覚に陥った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年09月01日19時40分 茅場邸

 

 お好み焼きも全て食べ終わり、食器などを拓哉と木綿季の2人で洗っていた。和人達も手伝うと言ってくれたのだが、台所はそれ程広くないし大丈夫だと拓哉が言ったのだ。

 1人で洗っている所にスっと木綿季が来て今に至る。

 

 拓哉「木綿季、その皿は角の棚に直してくれ」

 

 木綿季「分かった」

 

 洗い物も残りわずかでリビングでは和人達が賑やかに談笑している。

 久々に楽しい食卓だったなと拓哉はつい笑みを零してしまう。

 

 木綿季「どうしたの拓哉?」

 

 拓哉「あ、いや…こういう風に家の中が賑やかになったのって何時ぶりだろうと思ってさ。それでつい笑っちまったんだよ」

 

 木綿季「…」

 

 茅場邸がここまで賑やかなのは実に3年ぶりであった。

 3年前はいつも笑い声が絶えず、賑やかだったのに今ではリビングも食事を摂るだけの場所になってしまった。

 つい暗くなっていくのを拓哉は頭を数回振って払拭する。

 

 拓哉(「あれはもう終わったんだ…。いつまでも引きずる訳にはいかない…」)

 

 冷蔵庫からお茶やジュース類を取り出し、食材と共に買った菓子も一緒にみんなが待つリビングへと運ぶ。

 その後ろ姿を木綿季はただジッと見つめる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから時が経つのは早く、中旬に迎えた中間テストも全員無事に赤点を回避し、補修を受ける事はなかった。

 夏の陽射しが形を潜め、次第に少し肌寒い風が吹き出した10月。

 学生たちの服装も夏服から冬服、ブレザーへと衣替えをし始めている中、拓哉は1人中庭のベンチで缶コーヒーを片手に呆然と空を見上げていた。

 

 拓哉「もう10月か…」

 

 今日は10月05日。拓哉は()()()が迫ってきている事を思い、ただただ空を眺める。自由に流れゆく雲を目で追い、ただ時間だけを消費してその時を迎えようとしている。

 

 拓哉「…」

 

 コーヒーの苦味が口の中で広がるのを感じていると、予鈴が鳴る。

 重い腰を持ち上げ、拓哉は自らの教室に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年10月06日12時45分 SAO帰還者学校 カフェテリア

 

 拓哉「…」

 

 昼休みに木綿季に案内されてカフェテリアまで出向くと、偶然時を同じくして和人と明日奈に出くわした。席も満席に近かったので和人と明日奈の隣の席に腰をかけた。拓哉は素っ気ない挨拶を済まして、ただひたすらに窓から空を眺めている。

 10月に入ってから拓哉の様子がおかしいのは拓哉を知る人間なら誰だって知っている事だ。

 最初はすぐに元気になるだろうとそっとしておいたのだが、約1週間この調子のままなのである。

 

 和人「…どうしたんだ?」

 

 明日奈「さぁ?木綿季は何か知ってる?拓哉君がボーっとしてる理由」

 

 木綿季「ボクもさっぱり分からないんだよ。拓哉に聞いてもいつも通りの一点張りだし…」

 

 和人「…拓哉ーどうしたんだよ?」

 

 拓哉「…え?あれ…和人いたの?」

 

 和人「さっきからいたよ!!?挨拶もしたじゃないか!!」

 

 拓哉「あー…そうだったな…。忘れてた…」

 

 かなり重症だという事だけが確認されてこれ以上は何も出ては来ないだろう。木綿季もそんなに拓哉を見て心配になるが、別に病気などではない。

 食欲だって普段通りだし、変と言えば授業も今まで居眠りだったのがこの1週間は1回も寝ていないと明日奈と里香が話していた。

 

 木綿季「拓哉…」

 

 明日奈「直人君は?直人君なら拓哉君の事、何か知ってるんじゃない?」

 

 和人「それもそうだな!」

 

 木綿季「それが…」

 

 和人&明日奈「「?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年10月06日18時00分 陽だまり園 紺野姉妹自室

 

 直人「…」

 

 藍子「ナオさん」

 

 直人「…」

 

 藍子「ナオさん!」

 

 直人「!!?…は、はいっ!!?」

 

 耳元で自分の名前が大声で叫ばれ、驚いた直人が肩をビクつかせて返事をした。

 

 藍子「最近様子がおかしくないですか?もしかして、どこか体の具合が悪いんじゃ…!!」

 

 直人「あぁ…大丈夫です大丈夫です!!ちょっとボーっとしてただけですから。…で、どこが分からないんですか?」

 

 藍子「あ、いえ…今日の分はもう終わりましたけど…」

 

 直人「あ…あぁ!そ、そうでしたか…!!あは…あはははっ」

 

 いつもとはあまりにも違う直人の態度に藍子も違和感を感じている。

 普段しないような簡単なミスをしたり、話を聞かずに上の空になってたりと挙げるとキリがないが兎にも角にも今の直人はどこか元気がない。

 

 藍子(「そう言えば拓哉さんも元気がないって木綿季が言ってたけど…それと何か関係あるのかな…?」)

 

 そう考えているとスマホの着信が鳴った。直人に断りを入れて着信を取ると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 木綿季『もしもし?姉ちゃん?今そこに直人っている?』

 

 藍子「え、えぇ…。勉強を見てもらってたからいるにはいるけど…」

 

 木綿季『じゃあ、ちょうどいいや。園の近くにある喫茶店にいるから直人を連れてきてくれる?』

 

 藍子「え?ちょっと、木綿季…!!」

 

 状況が読めていない藍子が木綿季に説明を求めようとすると、その前に電話は切られ仕方なく言われた通りにする他ない。

 

 藍子「あのー…ナオさん?」

 

 直人「あ、藍子さん。電話誰からだったんです?」

 

 藍子「木綿季からでしたけど…今から少し時間ありますか?」

 

 直人「そうですね…。特に問題はないですけど…」

 

 藍子「今から園の近くにある喫茶店に一緒に来ていただけませんか?なんだか木綿季からナオさんを呼んできてって…」

 

 直人「別に構いませんけど…」

 

 2人は陽だまり園を後にして近くにある喫茶店へと向かった。

 店内に入り、木綿季を探していると窓際のテーブル席に木綿季と和人、明日奈の3人がいた。

 

 木綿季「姉ちゃん、直人遅ーい!!」

 

 藍子「まだ10分ぐらいしか経ってないじゃない」

 

 直人「それで、今日は何の用で僕をここに?」

 

 席に腰をかけると、木綿季からその事についての話を始めた。

 

 木綿季「1週間前から拓哉の調子が悪いっていうか元気がないんだけど…直人なら何か知ってるんじゃないかなぁって思って…」

 

 直人「…」

 

 知っている。拓哉がどうして元気がないのか…そして、同じように直人も元気がないのかを。

 だが、それを言った所でおそらく何も変わらないだろう。()()()が過ぎ去ればまたいつもの2人に戻っているハズだから。

 

 

 

 直人「…もう…10月ですか…」

 

 

 

 和人「10月に何かあるのか?」

 

 直人「そうですね…。10月21日は拓哉兄さんの誕生日なんです」

 

 木綿季「え!!そ、そうだったの!!?」

 

 明日奈「そう言えばSAOでも拓哉君の誕生会はしなかったね」

 

 もちろんSAOに囚われていた時にも木綿季は拓哉に言った事がある。

 だが、頑なに誕生日を教えてはくれなかった。それと今の状況に何の関連性があるのかはまだ分からないが、直人の表情を見る限りそれは喜ばしい事ではないようだ。

 

 和人「誕生日ならみんなで盛大に祝ってやろうぜ?オレや明日奈、珪子も祝ってもらったし」

 

 直人「いや、出来ればプレゼントを渡す所まででいいですよ」

 

 明日奈「どうして?誕生日なんだからみんなで賑やかにした方が楽しいよ?」

 

 直人「…賑やかになれないですよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は…僕達の両親の殺された日ですから…」

 

 

 

 木綿季&藍子&明日奈&和人「「「「!!?」」」」

 

 顔を俯かせた直人が発した言葉はその場を静寂に包ませるには充分な効果を発揮した。だが、そこでさらに驚いているのは和人と明日奈だ。

 2人は先月の初めに拓哉の口から"両親は旅行に行っている”と聞かされていた為だ。それが嘘だと疑う余地すらないし、そこで嘘を言うメリットやデメリットを考える事すらしないだろう。

 当然かのように和人が口を開いた。

 

 和人「だって、この前…旅行に行ってるって…」

 

 直人「それはあの場で兄さんが言った嘘です。実際には3年前に死んでいるんです…」

 

 明日奈「そんな…!!じゃあ…私達はそうとは知らずに…拓哉君や直人君に…!!」

 

 直人「知らなかったんだから仕方ないですよ…。それに僕は実際には両親の遺体に会っていません。第一発見者は…兄さんですから」

 

 木綿季「!!」

 

 目の前で両親が殺された…?そんなの…誰だって受け入れたくないし、心にどれだけの傷を残すのか分かりもしない。

 

 藍子「そんな…!!」

 

 直人「兄さんは後悔してました。あの日、もっと早く帰っていればこんな事にはならなかったんじゃないかって…。父さんや母さんは死なずに済んだんじゃないかって…。当時は荒れてました。木綿季さんにも話しましたけど警察沙汰はザラで度々銭形さんって警察官に補導を受けたりしてました」

 

 木綿季「あの時の…警察の人?」

 

 それは入学式の日の事だった。式を終え、いつものメンバーでアーケード街を散策していると前からガラの悪い輩に絡まれ、それを拓哉が撃退して警察に通報した時に銭形平八巡査部長がいたのだ。

 

 和人「…拓哉」

 

 直人「晶彦兄さんも両親が死んだって言うのに1度も家には帰らないはおろか葬式にすら顔を出していません。多分、拓哉兄さんが荒れたのはそれが1番の原因になったんじゃないかと思います」

 

 明日奈「拓哉君…あなたは…」

 

 茅場拓哉という男は全て背負って生きようとする。

 それがどれだけつらく、憎く、妬ましく、疎ましかろうとそれら全てを背負って仲間を導いていく。だから、それが壊れてしまった時の絶望は計り知れないだろう。常に綱渡り状態で着実に前と進んでいくのが茅場拓哉という男なのだ。

 

 

 

 

 木綿季「…みんな!1つ、提案があるんだけど…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年10月21日 17時30分 某神社 墓地

 

 拓哉「久しぶり…父さん、母さん」

 

 拓哉と直人は両親の墓が建っている墓地へとやって来ていた。毎年直人が手入れをしているが、1年経てば苔や土汚れが目立ち、周りには雑草が無造作に生えきってしまっている。

 2人でそれを丁寧に根っこから抜き取り、墓石も綺麗に磨いて2人が好きな煙草と饅頭を備え、線香をたいた。

 

 拓哉「父さんと母さんが死んでもう3年も経っちまったんだな…」

 

 直人「晶彦兄さんの遺骨もここに埋めたんだよ。兄さんは断ったけど」

 

 拓哉「オレがしてやるのは介錯までだ。それ以上してやる義理はねぇけど…」

 

 その先の言葉が見つからない。憎いハズなのに茅場晶彦の全てを憎み切れない自分がいた。

 

 拓哉「父さん、母さん。2年も来れないでごめんな…?SAO(アッチ)でも一応墓参りはしたんだぜ?それで許してくれ」

 

 SAOでの墓場と言えば第1層にある黒鉄宮…その中にある生命の碑にあたる。そこには蘇生手段が失われ、命半ばで死んでしまったプレイヤーの名前に線が引かれる事で死亡と判断される。

 名前に線が引かれればどんなに願ってもその人間の死は確定されてしまう。

 毎年、この日に拓哉は1人で生命の碑にいた。

 誰にも…木綿季にも告げる事なく、1人でそれを眺め続けていた。

 

 直人「犯人は兄さんがSAOにいる間に捕まって、死刑判決を食らっていたよ。捕まるまでに父さんと母さんを加えて12人殺したらしい…」

 

 拓哉「…最低のクズ野郎だな。…いや、オレがそんな事言えた義理じゃないな」

 

 両親を殺した最低のクズ野郎とオレは同種だ。

 オレはあの世界で…犯罪者(オレンジ)ギルドに所属していたとは言え、その内の3人を手にかけてしまったのだから。

 

 拓哉「父さん、母さん…。オレ、今日で18歳になったよ。まだ再来年まで学校に通わねぇといけないけどそれなりに楽しくやってる。こんなオレにも彼女が出来たんだぜ?母さんはお前はモテないから結婚も出来ないって言ってたけど…、オレを好きだって…一緒にいたいって言ってくれたんだ。今度、紹介するよ。オレには勿体ないぐらい可愛いからよ」

 

 直人「…」

 

 拓哉「父さんはオレが20歳になって早く酒を一緒に飲みたいって言ってたっけ?オレはまだ2年は無理だから父さんが好きだった酒も供えて帰るよ。酒豪だった父さんからしたら足りないって言うかもしれないけど、これでも買うのに苦労したんだぜ?知り合いに頼んで買ってもらったけど…」

 

 供え物の横に新たに酒をおいた。この酒はエギルとクラインに頼んで買ってもらったものだ。父さんが好きだったのは珍しい物で手に入れるのに苦労したと2人に言われたものだ。

 

 直人「僕は母さんが好きだった饅頭を買ってきたよ。天国で2人で…もしかしたら3人で食べて…」

 

 拓哉「オレさ…将来の夢も決まったんだ。中学の頃は宙ぶらりんで将来が心配だって2人はよく零してたけど、SAOでの2年間…そして、仲間達と過ごしてきてやっとやりたい事が見つかったんだ。まぁ、それがアイツと一緒のゲームデザイナーなのは目をつぶってくれ。オレはアイツよりも凄いの作るからさ…。だから…オレは…もう…」

 

 次第に視界が歪み始め、涙を流している事に気づいた。何度拭っても涙は止まる事を知らずに、袖を濡らし続けた。

 

 拓哉「くそっ…!なんで…!もう泣かないって…決めてたのにな…」

 

 直人「兄さん…」

 

 直人の目にも熱いものが滲み出てくる。それだけ、この兄弟にとって両親はかけがえのないものであった。どんな時も笑って、怒って、背中を押してくれる。いつでも元気づけてくれた両親…。

 けれど、もうそんな両親はこの世にはいない。

 

 拓哉「本当は…!!もっと…生きていてほしかった!!大人になって…オレが活躍するのを見てほしかった…!!木綿季と結婚して、孫の姿を見てもらいたかった…!!」

 

 直人「くっ…!!」

 

 堪えきれずに直人も両目から涙を流す。

 彼にも成し遂げたい事…将来の自分の姿を見てほしかった。

 まだ2人は子供で両親に自分達の成長する姿を見てほしかった。

 溢れ出る涙は言葉を遮り、想いを吐き出させる。

 

 拓哉「くそっ!!なんで…なんで死んじまったんだよ!!オレはまだ…!!」

 

 後悔している。そう口に出すハズだった。

 だが、瞬間でその言葉を飲み込み、涙を拭う。いつまでも泣いていられないのだ。もう自分達を見てくれる両親はこの世にはいない。

 だが、支えてくれる仲間がこの世にはいる。

 悲しい事も、辛い事も、楽しい事も、その者達と一緒に感じていける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 孤独じゃない…、仲間が…友達がオレ達にはいるんだから…

 

 

 

 

 

 拓哉「まだ話したい事あるけど…今日は帰るよ…。また来るから」

 

 日が沈み、夜空が顔を出し始め出した頃、拓哉と直人は両親の墓を後にしようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 _頑張れよ

 

 

 

 _アナタ達なら出来るわ

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉&直人「「!!!」」

 

 振り向いてもそこには誰もいない。だが、確かに聞こえたし肩に手が置かれたような感触もある。幻聴だとしてもいい。

 拓哉と直人は何かが吹っ切れたようにその場から去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年10月21日 20時30分 茅場邸

 

 家に帰り着く頃には外はすっかり暗くなり、秋の冷たい風ですっかり冷えきってしまった体を風呂に入って温める。

 風呂から上がって早めに寝ようとした拓哉を直人が止めた。

 

 直人「兄さん、今ちょっと時間ある?」

 

 拓哉「なんだよ…?」

 

 直人「気が向いたらでいいんだけど、ALOでもしない?」

 

 拓哉「いきなりなんだよ。気持ち悪ぃなぁ…」

 

 直人「いいからいいから。じゃあ、先に待ってるから!」

 

 そう言い残して直人は自室へと足早に戻っていってしまった。

 

 拓哉「なんだ?アイツ…」

 

 拓哉も自室へと戻り、明日の準備をしてベッドに横になった。

 

 拓哉「…まだ21時だし、少しぐらい付き合ってやるか」

 

 ベッドの脇に置いていたアミュスフィアを頭に被り、音声コマンドを入力した。

 

 

 拓哉「リンクスタート!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年10月21日21時05分 ALO イグシティ プレイヤーホーム

 

 視界がクリアになり、そっと目を開けるとそこはイグシティにあるタクヤのプレイヤーホームの寝室であった。

 

 タクヤ「そう言えば、ALOも1ヶ月ぐらいしてなかったな…。ストレア辺りが文句でも言いそうだな」

 

 タクヤは胸ポケットを2回叩き、寝ているハズのストレアを起こそうとしたが、中はものけの空でストレアの姿はない。

 

 タクヤ「あれ?いない…。どこか出かけてるのか?」

 

 ストレアがどこに行ったかは不明だが、無事である事を確信すると寝室の扉を開けた。

 すると、開けた瞬間にパァンと数回甲高い音が鳴り響いて思わず構えてしまう。徐々に目を開けてみるとそこに木綿季を始め、SAOとALOで知り合った仲間が仲間が全員揃っていた。

 

 

 タクヤ「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「タクヤ!!誕生日おめでとう!!!!」」」」

 

 

 

 

 しばらく頭で理解出来ないでいるとユウキが前に出てタクヤの腕を掴んだ。

 

 ユウキ「ほらほら!!主役がボーっとしてちゃダメだよ!!コッチコッチ!!」

 

 タクヤ「え?おい…ユウキ?…それにみんなも」

 

 キリト「今日はお前の誕生日だろ?誕生日なら誕生会を開くのは当たり前だ」

 

 アスナ「タクヤ君誕生日おめでとう!!」

 

 クライン「おぉ!!今日はめでてぇ日だから飯や酒もいろいろ持ってきたぜぇっ!!」

 

 エギル「あんまり飲みすぎるなよ?介抱すんのは俺なんだからな」

 

 リズベット「早く来なさいって!!」

 

 シリカ「プレゼントだって用意しましたよ!!」

 

 リーファ「はーい!!どいてどいてー!!」

 

 ユウキに連れられ上座の席に座らされたタクヤの目の前にリーファとルクスが巨大なホールケーキを運んできた。その上にはチョコのプレートに"Happy Birthday!”の文字が刻まれている。

 

 タクヤ「…そうか、今日オレの誕生日だったっけ…」

 

 ストレア「本人がそんな大事な事を忘れちゃダメだよ〜」

 

 ルクス「ユウキさんが腕によりをかけて作ったから味は保証済みだ」

 

 ユウキ「材料はみんなに頼んで取ってきてもらったんだぁ!!他の料理はアスナとルクスが手伝ってくれたんだよ?」

 

 テーブルには所狭しと料理が並べられ、この人数でも全部食べ切れるか心配になる量であった。

 

 ホーク「何を辛気臭い顔しとるんじゃ!!タクヤの為に領主様も来てくれとるっちゅうのに!!」

 

 サクヤ「やぁタクヤ君、久しぶりだね」

 

 アリシャ「やっほー!タクヤ君の誕生日だと聞いてすっ飛んで来ちゃったよー」

 

 ユージーン「…」

 

 そこには風妖精族(シルフ)領主のサクヤに猫妖精族(ケットシー)領主のアリシャ・ルー、そして…初めて会う火妖精族(サラマンダー)のユージーンが揃っていた。

 

 タクヤ「サクヤさん達も来てくれたのか!?でも、いいのか?領主の仕事は…」

 

 サクヤ「それならリーファとルクスが手伝ってくれたから問題ないよ」

 

 アリシャ「そんな事より早くパーティーを始めよーよー!!私、おなかペコペコー」

 

 ユウキ「じゃあ、乾杯の音頭をタクヤが!!」

 

 葡萄酒の入ったグラスを渡され、照れながら腰を上げた。

 全員にグラスが回った事を確認して咳を1つ吐いて言った。

 

 タクヤ「えーと、みんな…今日はオレの為に集まってくれてありがとう!!まさか、こんなサプライズが用意されてるなんて思ってなかったからとても嬉しい!!このお礼はいつか必ず精神的に!!かんぱーい!!」

 

「「「「かんぱーい!!!!」」」」

 

 全員が料理に舌ずつみを打っている中、ユージーンがタクヤの前まで赴いた。

 

 タクヤ「アンタとは初めましてだな。タクヤだ、よろしく」

 

 ユージーン「あぁ。俺はユージーンだ。お前の噂はホークやクラインから聞いている。妖精剣舞の試合も見た。いつか、俺とも手合わせしてくれ」

 

 右手を差し出されたタクヤは笑顔で右手で握り返した。

 

 クライン「ジンさん!!こっちで飲み比べしましょー!!」

 

 ホーク「おう!!どっちが多く飲めるか勝負じゃあぁっ!!」

 

 ユージーン「悪いが俺は下戸だ…。飲み比べならお前達だけでやれ」

 

 サクヤ「ならば、その勝負、私が受けて立とう!!」

 

 クラインとホークと一緒になってサクヤが樽ごと葡萄酒を持っていき、それを3人だけで飲み切ろうとしていた。

 2樽空けた所でホークが倒れ、3樽目を飲み切る寸前でクラインがギブアップ。余裕の表情でサクヤが圧勝した。

 

 ユウキ(「もしかしてノリより飲むんじゃ…?」)

 

 エギル「あーあ…だから言ったんだ。ほら、クライン。起きろよ」

 

 クライン「世界が回る〜」

 

 タクヤ「はははっ!!」

 

 傍から見ていてこれ程楽しいものはない。クラインとホークはエギルに連れられ部屋の隅に運ばれた。

 料理を食べていたタクヤの所にリズベットとシリカ、リーファにルクスがやってきた。

 

 リズベット「料理もいいけど誕生日と言ったらやっぱりプレゼントでしょ!はい、これは私から!!」

 

 そう言って渡した箱の中には初めて見るナックル型の武器であった。

 

 リズベット「私と言ったら鍛冶師!だからプレゼントは武具よ!前に作った"無限迅(インフィニティ)”はAGI(アジリティ)型だったから今度はSTR(ストレングス)型の鉱石から作ってみたの!名前は"狂瀾怒涛(ザ・ビースト)!!」

 

 形状は獣の皮で表面を纏い、無造作に抜き出た爪がいかにも狂犬(ビースト)という雰囲気を醸し出している。

 

 タクヤ「サンキューなリズ!!大事にするよ!!」

 

 シリカ「私はリーファさんと一緒にモンスタードロップを贈ります!!」

 

 そう言って手渡されたのはタクヤのステータスにピッタリなブレスレットだ。シンプルなデザインで銀色の狼のエンブレムが施されている。

 

 タクヤ「サンキュー!!シリカ!!リーファ!!」

 

 リーファ「これ取ってくるのに4時間もかかりましたよー」

 

 シリカ「でも、タクヤさんが喜んでくれてよかったです!!」

 

 ルクス「じゃあ次は私だね。これは誕生日プレゼントとこれまでの感謝も込めて作ったんだ」

 

 ルクスが贈ったのは手編みのマフラーであった。赤と黒のチェック柄でとても暖かい。

 

 タクヤ「これ…ルクスが作ったのか?」

 

 ルクス「あぁ。前から裁縫スキルも少しずつ上げてたから…」

 

 タクヤ「…サンキュー。大事に使わさせてもらうよ」

 

 ルクス「タクヤ…」

 

 キリト「今度はオレとアスナからだぞ」

 

 2人が贈ったのはペアリングであった。真ん中に小さなルビーは埋め込まている。アスナがユウキを連れてきて一緒にそのリングを贈った。

 

 アスナ「ユウキとお揃いだよ」

 

 ユウキ「ボクもいいの?」

 

 アスナ「うん!これは結婚しているプレイヤーにしか支援(バフ)が発生しないから2人に贈って初めて意味を成すんだよ」

 

 タクヤ「…なんか照れるな」

 

 ユウキ「うん…。でもとっても嬉しいよ!!」

 

 2人でお互いの左手の薬指にリングをはめ込み、その出来前をキリトとアスナに見せた。

 

 アスナ「やっぱりとっても似合ってるよ!!」

 

 ユウキ「なんだか婚約指輪みたいだね」

 

 タクヤ「そうだな…。でも、オレは嬉しいよユウキ」

 

 ユウキ「…ボクも!タクヤとお揃いなんて嬉しすぎて死んじゃいそうだよ!!」

 

 おもむろにタクヤに抱きついたユウキを見ていた全員がアスナにブラックコーヒーを注文する。頬を赤くしながらもとても幸せな気持ちになれた。

 その後もカヤトとランがプレゼントを贈り、エギルが自分の分と泥酔しているクラインとホークの分のプレゼントを贈った。

 サクヤとアリシャからは各種族のレジャースポットの無期限フリーパスを手渡された。

 すると、そっと背後から忍び寄るストレアに気づいたタクヤは咄嗟に振り向き、慌てるストレアを落ち着かせながらストレアからのプレゼントを受け取る。

 

 ストレア「私は記録結晶にハッピーバースデーの歌を録音したの!!受け取って!!」

 

 記録結晶を受け取り、中の録音ボイスを再生する。

 そこにはストレアの優しさが詰まった歌声が入っていた。

 

 タクヤ「サンキューな…ストレア」

 

 頭を撫でてやると頬を赤くしながらも幸せに満ち溢れた表情をしている。

 ユウキからのプレゼントは今食べている料理とケーキだそうでユウキの頭も撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年10月21日 22時20分 ALO イグシティプレイヤーホーム

 

 テラスへ出てきたタクヤは葡萄酒で火照った体を冷やす為、テラスへと出てきた。見上げれば現実世界より幻想的な夜空が広がり、遥か彼方には浮遊城アインクラッドがある。

 そんな所に同じく体を涼みにユウキもやって来た。

 

 ユウキ「タクヤー…ボクも酔っちゃったよー」

 

 タクヤ「酒強くないのに飲み過ぎなんだよ…ったく。いいからここに座ってじっとしてろ」

 

 テラスに設置したカントリーチェアに座らせ、2人で夜空を見ている。

 

 タクヤ「…あの時もこんな風に夜空が綺麗だったな」

 

 ユウキ「それってSAOでやったボクの誕生会だよね…?ホントだ…あの時と一緒だね」

 

 タクヤ「オレ…今日久しぶりに泣いたんだ」

 

 ユウキ「…うん」

 

 タクヤは今日、両親の命日で墓参りに行った事…その時に涙を流した事を赤裸々にユウキに語った。ユウキはただ相づちを打ってタクヤの言葉を聞いている。

 

 タクヤ「今度、父さんと母さんにユウキの事紹介するよ…」

 

 ユウキ「うん…。ボクもタクヤのお父さんとお母さんに会えるの楽しみだよ…!」

 

 墓の前に行ってもタクヤの両親に会える訳ではない。そこにはただこの世に両親がいないという証明が叩きつけられるだけだ。

 だが、ユウキはそんな風に思わない。そこには必ずいると信じている。

 信じる心は何ものをも覆す無限の力があると確信しているからだ。

 だから、楽しみだ。早く会ってみたいなと心の底から願った。

 

 ユウキ「…ねぇ、タクヤ」

 

 タクヤ「ん?」

 

 ユウキ「実はね…料理の他にもう1つプレゼントがあるんだ…」

 

 ユウキはアイテムストレージから1つのラッピングされた箱を取り出し、タクヤに贈った。

 

 タクヤ「…開けていいか?」

 

 ユウキ「どうぞ…」

 

 テーピングを解き、包み紙から箱をさらけ出し蓋を開ける。

 そこにあったのは昔、SAOでタクヤがユウキに贈った物と似ているロケットペンダントだった。

 

 タクヤ「これって…」

 

 ユウキ「タクヤがボクにくれたのはもう失くなっちゃったけど、アルンやイグシティで探し回ってやっと同じようなロケットを見つけたんだ…。

 今度はタクヤにボクが贈ろうと思って…」

 

 ペンダントの中を開くとそこにはALOに来て撮ってきた思い出の写真が入っていた。途端に目頭が熱くなるが泣くのを堪えてユウキに向き直った。

 

 タクヤ「ありがとうユウキ…!今までで1番嬉しいぜ…!!」

 

 ユウキ「よかったぁ…!!気に入られるか不安だったけど…やっぱりそれを選んでよかったよ」

 

 タクヤ「…ユウキ」

 

 ユウキ「タクヤ?っ!?」

 

 突然、視界がブラックアウトしたと思いきやユウキの唇はタクヤの唇で塞がっている。驚いたがそれは一瞬でタクヤの体温を感じたユウキはそっと腰に手を回す。長い口付けから解放されたユウキは物欲しそうにタクヤを上目遣いで見る。

 

 ユウキ「…もっと…ほしいよ…」

 

 タクヤ「…あぁ」

 

 今度は互いに近づいていき唇が重なり合う。体を冷ましに来たハズの2人だが、2度のキスで先程より体が熱くなっていく。

 だがそれは幸せが溢れている証拠でもあり、それが熱くなるのは幸せに満たされている証明でもある。

 そんな様子を物陰から見ているキリト達も途端に頬を赤くした。

 

 キリト「おぉ…」

 

 アスナ(「ユウキぃぃぃ!!!!」)

 

 ストレア「やっぱり2人はお似合いだね〜…」

 

 シリカ&ルクス(「「いいなぁ…」」)

 

 リズベット「見せつけてくれるわねぇ…」

 

 リーファ&ラン(「「私もいつか…!」」)

 

 サクヤ「おやおや…」

 

 アリシャ「妬けるねー」

 

 エギル「…今日は本当にめでたいな」

 

 全員に見られている事などつゆ知らずタクヤとユウキはいつまでも互いの体を話す事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある者がいた。

 その者は家族を殺され、殺した者に憎しみを抱いていた。

 その家族は()()()()では悪人だったのかもしれない。

 普段からその毛はあったがその者にとって家族は1()()()()()()()()()

 だから、決行しようと思う。殺人者が社会にいてはならない。

 誰だってそう思うし、願いもする。

 だから、決行しようと思う。次の犠牲者が出る前に。

 殺人者はどんなに罪を感じようと本性は死ぬまで変わらない。

 殺した味を覚え、また同じ事を繰り返すに違いないのだから。

 のうのうと生きる社会に紛れた殺人者に制裁を下すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、憎しみから生まれた俺の正義だ。

 

 

 

 

 

 

 

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如何だったでしょうか?
短くなるとか言っておきながら詰め込みすぎて長くなっちゃいました。
けれど、その分読み応えがあったんじゃないだろうかと思っています。
次回から新章に入ります!お楽しみに!

評価、感想お待ちしております!


では、また次回!


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【58】崩れ去る日常

という訳で58話目に突入です。今回から新章に入り、人間関係やそれぞれの思いや陰謀が交錯する物語です。かなりダークな内容になってると思いますがよろしくお願いします!


では、どうぞ!


 2025年10月23日 07時30分 神奈川県横浜市 陽だまり園

 

 秋の風が吹く朝、拓哉は陽だまり園の前で準備を済ませて来る少女を静かに待っていた。すると、玄関から勢いよく小走りで拓哉の元に向かってくる木綿季が現れた。

 

 木綿季「おはよー!拓哉!」

 

 拓哉「おっす木綿季。じゃあ、行くか」

 

 木綿季「うん!」

 

 元気よく返事をした木綿季の手を握り、2人は学校へと向かった。

 学校へ通うようになって2人は毎日のように一緒に登校している。それは少しでも2人の時間を作る為。SAOでは事あるごとに一緒の時間を作れなかったという思いから、現実世界へ帰ってきた時に2人でそう話したのだ。周りからも羨ましいとの声を頂いている2人は恥ずかしながらもその時間を大切にしている。

 駅へと向かい、電車に揺られる事数十分。しばらく歩けば2人が通う学校へと到着した。すると、2人の背後から挨拶を交わすカップルが現れた。

 

 明日奈「おはよう木綿季!拓哉君!」

 

 和人「おはよう2人共」

 

 木綿季「おはよー!」

 

 拓哉「よぉ」

 

 和人と明日奈も2人に連なって一緒に登校する。

 かく言う2人も毎日一緒に登校しており、和人はクラスの男子生徒から嫉妬の嵐を受けているようだ。

 正門を潜り、お互いのクラスへと足を運ばせる。

 

 木綿季「じゃあ、拓哉。今日も昼休みに中庭で待ってるね」

 

 拓哉「あぁ。授業終わったらすぐに行く」

 

 木綿季は中等部に在籍している為、拓哉達とは館が別なのだ。それなりに距離がある為、中々遊びに行く事も出来ないし、周りが知らない人ばかりなので足が進まないのも無理はない。

 

 和人「じゃあオレもこっちだから。明日奈、また昼休みにな」

 

 明日奈「うん。今日は和人君が好きな物作ってきたからたのしみにしててね!」

 

 和人「それは楽しみだな」

 

 和人ととも別れ、拓哉と明日奈は自分達のクラスへと向かった。

 

「おはよー結城さん、茅場君」

 

「おはよう2人共」

 

 明日奈「おはよう!」

 

 拓哉「おっす」

 

 クラスに入れば何人かが拓哉と明日奈の登校に気づき、挨拶を交わしてくれる。返事をして自分の席に着くと、拓哉の前の席から茶髪でそばかすが良く似合う少女が挨拶を交わしてきた。

 

 里香「おはよう明日奈、拓哉」

 

 明日奈「おはよう里香」

 

 拓哉「よぉ。朝から元気だな里香」

 

 里香「元気出さないと最後までもたないわよ。アンタはもうちょっと元気出しなさい」

 

 朝から元気な里香にそう言われると拓哉は空返事をしながら席に座る。

 ホームルームの時間まで多少余裕があるので、その間3人で談笑にふけるのが日課になっていた。そんな所に数人の男子生徒が3人の元へとやって来た。

 

「結城さん、篠崎さん、ちょっとアッチで僕達と話さないかい?」

 

 明日奈「えっと…もうホームルームも始まるし、私達はいいよー」

 

 里香「そうねー、また今度ね」

 

「…あぁ分かった。また今度…」

 

 そう言い残して数人の男子生徒は自分の席へと戻って行くが、横目でこちらを見て眉を歪ませていた。

 

 拓哉「…」

 

 見間違えかと思っていると教壇に担任の安施恩と副担任で教育実習生の青柳新が立った。

 

 施恩「みなさんおはようございます。じゃあ、ホームルームを始めますね。新君お願い」

 

 青柳「分かりました。それではまず出欠を取りますね」

 

 青柳進行の元、ホームルームは滞りなく進み、諸連絡を済ませてホームルームは終了した。

 

 青柳「じゃあ、今日も1日頑張りましょう!」

 

「「「「はい」」」」

 

 2人が教室を後にすると、生徒達は授業の準備や友人との談笑に移る。

 

 里香「明日奈ー…数学の宿題やったー?」

 

 明日奈「何よ里香。もしかしてやってきてないの?」

 

 里香「いやーやろうとは思ってたんだけど、色々ありまして…」

 

 拓哉「どーせ、ALOで遊んでたら時間がなくなったって所だろ?」

 

 里香「そうそう!スキル上げしてたら0時回ってて…ってそんなんじゃないわよっ!!」

 

 頬を赤くしながら図星だと言わんばかりに拓哉に食い下がる里香を横目に明日奈も呆れながら言った。

 

 明日奈「ALOもいいけどちゃんと宿題終わらせてからじゃないとダメだよ?」

 

 里香「全くもってその通りです…。ってな訳でちょーっと見してくれない?今日の数学指されてんのよー。お願いしますー明日奈様ー」

 

 明日奈「ダーメ!この前もそう言って見せてあげたでしょ?今日は自分でやりなさい!」

 

 里香「そんな殺生なぁ!?」

 

 肩を落としている里香の横に先程の男子生徒が里香に数学の宿題を手渡した。

 

「これ、よかったらいいよ」

 

 里香「マジで!!?やったー!!!」

 

 拓哉「自分の為になんないぞー?」

 

 里香「うっさいわね!こちとらアンタ達と違って頭の出来が悪いんだからいいでしょ!」

 

 明日奈「そ、そんな事ないわよ?ねぇ拓哉君?」

 

 拓哉「いや、オレは自分で頭良いって思ってるから否定はしない」

 

 里香「そういう所を堂々と言わなくていいわよ!!」

 

 うるさく言いながら数学の宿題をトレースして、即座に男子生徒に返した。

 

「僕もそういう事はあまり言わない方がいいと思うな。みんな、それを聞いて嫌な気持ちになるだろうし…」

 

 まさかの反論に目を丸くした拓哉も男子生徒を見つめた。

 クラスではあまり話した事のない人から言われたもので拓哉も流れでその男子生徒に謝った。

 予鈴のチャイムがなると、その男子生徒は席へと戻っていった。

 

 明日奈「…拓哉君。あの人に何かしたの?」

 

 拓哉「いや…そんな事ないとは思うけど…確か、小林だっけ?」

 

 里香「なんで半年も経ってるのにうろ覚えなのよ…。まぁ、けど…アンタが茅場晶彦の弟だって聞いた時からあまり他の生徒がアンタに近寄ってくるのを見た事ないわね…」

 

 明日奈「最初の頃は女子が一気に来てその度に木綿季の雷が落ちてたのにね」

 

 拓哉「言わなくていいんだよそんな事は…。マジで木綿季が怒ったら洒落になんないんだからな…?」

 

 とは言ったものの、拓哉の周りには昔からの友人や共通の知り合い以外拓哉に近づく生徒がいなかったのも確かだ。

 本人は別にそれ程気にしてはいないが、先程の様に言われると周りとも接していった方がいいのも事実である。

 

 拓哉(「オレ…変な所で人見知りするからなぁ…」)

 

 里香「まぁ難しい話はいいじゃない。それにアンタには木綿季って言う嫁がいるんだから」

 

 拓哉「別に今の話で木綿季は関係ないだろ…」

 

 普段から仲が悪い訳でもないが、良くもない。班行動などでも必要なやりとり以外して来なかったツケがこんな所で表れたのかもしれない。

 そんな事を思っていると数学の担任が教室に入ってきて授業が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年10月23日 12時00分 SAO帰還者学校 高校2年クラス

 

 とうとう待ちに待った昼休み。3人は席を離れ、それぞれ待っている者の元に行こうとすると、またしても朝に明日奈と里香を誘おうとした小林が行く手を阻んできた。

 

 小林「2人共、今日は僕達と一緒に食べないかい?前々から血盟騎士団の話とか聞きたかったんだ」

 

 小林だけでは誘うのが難しいと感じたのか、今度は数人の男女子生徒も一緒に連れている。

 だが、明日奈には和人が、里香には珪子がそれぞれ待っている為、その誘いを断る。だが、今度は中々引かなかった小林に拓哉が前を出てそれを制した。

 

 拓哉「2人共、先客がいるんだよ。また今度誘えばいいじゃないか」

 

 小林「…別に君を誘ってる訳じゃないんだ。君には関係ないだろ?」

 

 拓哉「あ?」

 

 明日奈「拓哉君、もういいよ。私達からちゃんと断るから」

 

 里香「大体さっきからちょくちょくしつこいわよ。半年も経って生活リズムは出来ちゃってるんだからまた今度誘ってよ。その時は一緒させてもらうわ」

 

 小林「…分かったよ。じゃあ、明日とか大丈夫かな?今の内に約束してたら問題ないよね?」

 

 そう言われると、里香も言った手前断る事が出来ない。明日奈もそれを察して誘いを受ける事を承諾した。

 

 小林「じゃあ、また明日」

 

 そう言い残して男子生徒達は教室を後にして行ったが、拓哉はまだ納得した顔をしていない。

 

 里香「アンタも落ち着きなさい。あーいうのは後からネチネチ言ってくるわよ?」

 

 拓哉「あぁ…分かった」

 

 明日奈「それにしても今になってどうして誘ってきたのかしら?」

 

 里香「アンタ知らないの?噂じゃ明日奈の事好きって言う男子や憧れてる女子って結構いるのよ?」

 

 明日奈「え?好きって…私には和人君がいるし…」

 

 里香「アンタの事はSAOでも有名だったからね。お近づきになりたいっていう思いがあるのよ。しかも、そんな有名人が一個下の男子といるなんて方がアイツらにとっては不思議なのよ」

 

 明日奈はSAOでもトップギルドである血盟騎士団の副団長を務めていた程の有名人だ。この学校には攻略組であったプレイヤーはほとんどいない為、そういう輩からは崇拝されても不思議ではない。

 珪子に至っても中層のアイドルと持て囃され、一時期はエライ目に遭ったそうだ。

 

 明日奈「そんな事ないと思うけど…」

 

 里香「そんな事あるってーの!アンタ、少しは自分のルックスに自覚持ちなさいよ」

 

 拓哉「もういいだろ2人共。和人や珪子が待ってるぞ」

 

 気づけば昼休みに入って15分が経過しようとしている。3人はそれぞれの待ち合わせ場所へと小走りで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年10月23日 16時00分 SAO帰還者学校 高校2年クラス

 

 ホームルームも終わり、生徒達は帰り支度を済ませ家路へと着く。

 拓哉も例外に漏れず、正門で待っているであろう木綿季の元へと向かった。

 

 拓哉「じゃあな2人共」

 

 明日奈「また明日ね」

 

 里香「明日も寝坊しなさんなよー」

 

 最後の一言は余計だと悪態をつきながらも、拓哉は真っ直ぐ正門へと足を運ばせる。上履きを履き替え、昇降口を出ると正門前で木綿季と数人の男子生徒が(たむろ)していた。

 

 木綿季「だからーボクは拓哉を待ってるから一緒に帰れないんだよ!」

 

「今日ぐらいいいじゃん?その拓哉って人も許してくれるって」

 

「最近駅中に出来たクレープ屋があるんだけどそこに寄っていこうよ」

 

 木綿季「クレープ…ってダメダメ!ボクは拓哉と帰るの!!」

 

 何度断っても男子生徒達は引く事を知らないようで、木綿季の腕を掴んで無理矢理連れていこうとした。

 

 木綿季「わっ!ちょ、ちょっと…!!」

 

「いいからいいから」

 

 拓哉「よくねぇよ」

 

「!!」

 

 木綿季の腕を掴んでいた男子生徒の腕を、そこに現れた拓哉が掴み木綿季から引き剥がす。

 

 木綿季「拓哉!」

 

 拓哉「悪ぃな。木綿季には先客がいるんだよ。分かったなら諦めろ」

 

「ちっ…」

 

「おい、行こうぜ…」

 

 諦めた男子生徒達はそそくさと拓哉と木綿季を後にして帰っていった。

 

 拓哉「大丈夫か木綿季?」

 

 木綿季「ありがとう拓哉!さっきの人達、同じクラスなんだけどいきなり一緒に帰ろうってしつこかったんだ。ボクには拓哉がいるからゴメンねって言っても諦めてくれなかったし…」

 

 拓哉「そっか…。今度からはオレが木綿季の教室までダッシュで迎えに行くよ。そっちの方がアイツらもそうそう手出しは出来ないだろ」

 

 木綿季「ホント!!えへへ…なんだか嬉しいなぁ…!!」

 

 それにしても、明日奈や里香に加えて木綿季までこんな事になっていようとは思わなかった拓哉は疑問に感じた。今日に限ってみんなが他の生徒から言い寄られる偶然があるのだろうか。

 いくら考えてもその答えは導かれる事なく、拓哉も考えるのをやめて頭の隅へと置いておく事にした。

 

 拓哉「…さっ、帰ろうぜ?」

 

 木綿季「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 計画は順調。ネットにも拡散させ、あとはその時が来るのを待つばかりだ。早くても明日には何かしらのアクションが起きるハズだ。

 焦るな焦るな。まだ始まったばかりだ。それに事を急かして証拠を残すようなヘマをする訳にはいかない。

 計画は完璧に遂行しなければならない。これは正義だ。正義の名の元に悪を断罪する。

 そうでなければいけない。そうでなければ意味がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうでなければ報われない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年10月24日 08時40分 SAO帰還者学校

 

 拓哉「ま、間に合った…」

 

 息を切らしながら下駄箱で上履きに履き替え、真っ直ぐ自分の教室へと向かう拓哉の前を担任である安施恩が歩いていた。

 

 拓哉「あ、シウネー!」

 

 施恩「拓哉さん!…もしかしてまた遅刻ですか?」

 

 拓哉「今日はギリギリセーフだろ?」

 

 施恩「ふふ…拓哉さんらしいですね。今日は木綿季と一緒に登校しなかったんですか?」

 

 拓哉「あぁ。オレが寝坊しちまってストレアが気を利かせて木綿季に伝えてくれたんだよ」

 

 今では拓哉と木綿季のスマホにはストレアが行き来出来るだけでなく、スマホの写真のレンズを通して外の景色が見れるように組んだアプリをインストールしている。これは拓哉と和人の共同作業によるもので同様に和人と明日奈のスマホにもインストールされている。

 それをストレアとユイに報せると満面の笑みで礼を言われた。アプリには2人のデータの一部を使用しており、拓哉と和人のナーヴギアが起動していなくても拓哉達と一緒にいられるようになった。

 まぁ、学校では他の生徒の目がある為、アプリを起動出来ないが、友人達の前でなら2人は声を出す事や、景色を楽しめる。

 

 施恩「拓哉さんは生活リズムが乱れてますからね。ちゃんと直さないとダメですよ?」

 

 拓哉「分かってまーす。そう言えば青柳先生は一緒じゃねぇの?」

 

 普段なら2人で教室へと来るハズが、何故か今日は施恩1人だけだ。

 聞けば、青柳は風邪を引いてしまい、安静にする為今日は休暇を貰っているらしい。

 

 拓哉「青柳先生ってシウネーと結構仲がいいよな?名前呼びしてたし」

 

 施恩「あぁそれは新君は私の同級生の弟で子供の頃はよく一緒に遊んでたりしてたからその名残りが今でも残ってるんですよ。

 新君がこの学校を教育実習に選んだのは私が彼に勧めたからです」

 

 拓哉「へぇ、そうだったんだ」

 

 施恩「新君は昔から真面目だったから無理が祟って風邪を引いちゃって。今日の放課後にでもお見舞いに行ってきます」

 

 拓哉「…シウネーはSAOの頃とちっとも変わってないな」

 

 SAOにいた頃もスリーピング・ナイツのメンバー1人1人に気を配り、何かと気遣ってくれていた。拓哉もそれに何度助けられたか…。

 そんな話をしながら歩いていると目的地である教室が見えてきた。

 だが、どうした事だろうか。教室内が妙に騒がしい。

 

 施恩「どうしたんでしょう?」

 

 拓哉「とりあえず行ってみようぜ」

 

 2人は急いで教室へと向かうと、中では明日奈と里香が数人の生徒と口論していた。

 

 里香「アンタ達がやったんでしょ!!何でこんな事するのよ!!」

 

「むしろ俺らが聞きたいね!何であんな奴と一緒にいれるんだよ!!」

 

 明日奈「里香!どうしよう…全然取れないよ!!」

 

 里香「除光液あるからそれ使って!!」

 

 剣幕な2人を久しぶりに見たが、今はそれどころの話ではない。拓哉と施恩は教室へと入り、里香と男子生徒の前に割って入った。

 

 拓哉「お前ら!!朝から何喧嘩してんだよ!!」

 

 里香「拓哉…!!」

 

 施恩「みなさん落ち着いてください!!」

 

「先生…」

 

 教室内に不穏が空気が漂う中、明日奈だけ拓哉の机の上で必死に何かしている。

 

 拓哉「明日奈?何やってんだよ?」

 

 明日奈「た、拓哉君!?ダメ…!!」

 

 明日奈を机から剥がすと、水や除光液で滲んでいたが、そこには拓哉に対する暴言や侮辱の言葉が書かれていた。

 

 拓哉「…!!?」

 

 その中に一際拓哉の目に止まった言葉があった。

 "犯罪者!!”、"人殺し!!”、"殺人鬼!!”の文字が所かしこに書かれている。それを見た拓哉の背中に冷や汗が滲み出る。怒りからではない。

 単純に何故この事を知っているのかという疑問や不安からだ。

 拓哉の殺人歴は菊岡誠二郎…総務省が隠蔽している為、直人やあの作戦に関わった者しか知らない事のハズだ。

 

 施恩「こんな…!!」

 

「…茅場」

 

 拓哉「!!」

 

 里香と口論していた男子生徒が拓哉の名を呼ぶ。拓哉は一瞬心臓を弾ませながらもゆっくり呼んだ男子生徒に向き直る。

 

「それは…本当なんだろ?」

 

 拓哉「それは…」

 

「答えろよっ!!!!」

 

 声を荒らげ、拓哉に問いただすが拓哉は口を閉じたまま顔を俯かせている。その姿を見て、他の生徒達もそれが肯定を表しているのはすぐに分かった。

 

「…人殺し…」

 

 拓哉「っ!!」

 

「ずっと俺達を騙してきたのかよ…!!」

 

「なんで犯罪者がこんな所に…!!」

 

「もしかして…私達を殺そうとして…」

 

 明日奈「そんな事、拓哉君は絶対に─」

 

「なんでkobの副団長がアイツを庇ってるんだ…?」

 

「まさか…結城さんや篠崎さんもグルになって…」

 

 教室がざわつき始め、次第に涙を流す女子生徒まで現れ、事態はより深刻なものへと変わっていった。

 

「僕…ネットで見たぞ…。アイツは…茅場は…あの"笑う棺桶(ラフィン・コフィン)”の幹部だったって…!!」

 

 里香「そんな訳ないでしょ!!あんな殺人集団と一緒にしないで!!ほら、拓哉も!!何か言い返しなさい…よ…」

 

 里香の瞳に映ったのはいつものような自信に溢れている姿ではなく、恐怖に駆られ、何もかも絶望した姿であった。それを見て里香も言葉を失ってしまう。

 

「なんで…そんな奴がこの学校にいるんだよ…!!何しに来たんだよ…!!…この殺人鬼がっ!!!」

 

 拓哉「っ!!!?」

 

 亀裂が入った音がした。次第に亀裂は広がり、所々砕け散っていく。

 もうダメだ。もう隠し通せない。もう無理だ。もうここにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう…みんなとは一緒にいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「…」

 

 小林「茅場…何か言えよ。黙ってないで言えよ。何でお前みたいな犯罪者がここにいるんだよ!!何でここにいようと思ったんだよ!!

 人殺しの罪を隠してまでここにいたかったのかよ!!罪を償わないでなんでここにいられるんだよ!!俺達がやっと手に入れた幸せが…お前みたいな奴のせいで壊れるってまだ分からないのかよ!!もう解放してくれよ!!もう不安に怯えながら生きたくねぇんだよ!!

 

 

 

 

 …もう自由にしてくれよ!!!!」

 

 小林が激昴し、周りの生徒もそれに仰われて拓哉に暴言を浴びせ続けた。

 明日奈と里香、施恩がそれを止めようと試みるが、勢いは増すばかりだ。

 だが、小林の言った事は何一つ間違ってはいない。

 犯罪者はその罪を償うべきだ。自ら犯した過ちを一生かけて償い、懺悔し、生涯を終えなくてはならない。

 SAOで殺人を行っていても現実世界の法では裁く事は出来ない。いくら、狂気に満ち溢れ、罪のない人々を殺してもだ。

 ゲームの中でプレイヤーを殺しても現実世界で死んでいるかどうかの確証もなく、殺らなければ殺られるデスゲームはそれを霞ませるに充分な世界であった。命の重さが消え、人の肉体はただのデータで、人の魂は虚ろになってしまった。

 

「帰ってよこの人殺し!!」

 

「お前なんかここにいる資格はないんだよ!!」

 

「平気な顔してよく居られたもんだよな!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」

 

 

 

 教室で騒ぐ生徒をたった一言で黙らせる。生徒達には今の拓哉は人殺しにしか見えていないだろう。だが、それでいい。それで合っている。

 拓哉が人を殺した事に変わりはない。

 

 拓哉「…小林、これ書いたの…お前だな?」

 

 小林「だったら…だったら何だって言うんだ!!僕がみんなの気持ちを代弁してあげたんだ!!人殺しなんてこのクラス…この学校には要らないんだよ!!」

 

 明日奈「アナタっ!!」

 

 明日奈が小林の前に出るのを拓哉が止める。そして、ゆっくりと小林に歩み寄った。小林は後ずさりするが、足が恐怖のせいで思うように動かない。

 

 拓哉「…お前の…お前達の言いたい事は分かった。確かにオレはSAOで"笑う棺桶(ラフィン・コフィン)”にいた」

 

 里香「!!」

 

 拓哉「そこでプレイヤーを…人を3人…殺した。お前達の知ってる通りだ。オレはここにいるべきじゃないな…」

 

 小林「そ、そうだっ!!人殺しはいらな─」

 

 全てを言い終わる前に小林の顔面が歪み、頬に激痛が走った。

 机と椅子を巻き込み、小林は地に伏した。拓哉の右拳には小林の血がついており、周りの生徒も遅れながら拓哉が小林を殴った事を理解する。

 それを知るや否や女子生徒が叫び、何人かが小林に駆け寄る。

 

 拓哉「…」

 

 施恩「拓哉さん!!何でそんな…!!」

 

 拓哉「…先生。暴力事件って事でオレは退学だよな?」

 

 明日奈&里香「「!!?」」

 

 この学校は社会復帰を兼ねている学校で、生徒の自主退学は承認される事はない。しかし、例外があり、問題の生徒が学校の運営を著しく脅かさす場合に限り、退学を許可できる。その為、拓哉は小林を殴り、怪我を負わせたのだ。

 

 拓哉「後は頼んだ…シウネー…」

 

 施恩「っ!!?ま、待って…!!?」

 

 施恩が拓哉を止める前に扉の前で拓哉の行く手を阻む明日奈と里香がいた。

 

 明日奈「ダメだよ拓哉君…!!また…またそうやって1人で背負っちゃ…」

 

 里香「アンタが人殺しだとしても、ここにいるみんなはアンタのお陰で現実世界に帰ってこれたのよ!!アンタは…アンタはみんなを守る為に…!!」

 

 拓哉「…いいんだよ。土台無理な話だったんだ。明日奈、これはオレが背負うべきものだ。お前らには関係ない…オレの責任だ。

 里香、オレは何も守ってなんかないし、救えてない…。オレの勝手な判断で人を殺した…。だから、オレにはお前らの幸せを奪う権利なんかないんだ…」

 

 そう言い残し、拓哉は明日奈と里香を退き、1人廊下を歩いた。

 すると、胸ポケットに入っているスマホから聞きなれた声が拓哉に囁きかける。

 

 ストレア『これで…本当にいいの?』

 

 拓哉「あぁ…。もう限界だからな。それに…オレもこれ以上隠し通す事は出来なさそうだ…」

 

 隠したくない。友達と呼べる者達に心配や不安をかけたくない。これだけ大きく騒ぎになれば今日中にでも学校全体に噂は広がるだろう。だとしたら、拓哉が何をしなくてももう止められなかったのだ。

 

 拓哉「…ストレア、ちょっと頼まれてくれないか?」

 

 ストレア『分かった…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年10月24日09時00分 SAO帰還者学校 中庭

 

 後10分もすれば、1限の授業が始まるという時に木綿季は息を切らしながら中庭へとやって来ていた。

 そこには1人佇む拓哉の姿があった。

 

 木綿季「拓哉ー!どうしたの?急に呼び出して…。あっ!さては今日寝坊した事謝る為に呼んだんでしょー?ちゃんと起きなきゃダメだよ?」

 

 拓哉「…悪ぃ」

 

 木綿季「どうしたの?なんか元気ないね?寝不足?それにしてもこんな時間に呼び出すなんて珍しいね」

 

 授業が始まるまで時間はあまりない。だけど、()()()()()()()()()()()()

 

 拓哉「木綿季…オレ…学校辞める事になった…」

 

 木綿季「…え?」

 

 拓哉「だから、もう…」

 

 木綿季「え?ちょ、ちょっと待って?な、何で?何で学校辞めちゃうの?」

 

 拓哉が何を言っているか理解出来ない。あまりにも唐突で思考がうまくまとまらない。だが、拓哉は淡々と辞める理由を話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「人殺しはいらないって…オレの殺人歴がみんなに知られちまってな…。だから、もうここにはいられないし、オレに関わってたらみんなにも…木綿季にも迷惑かけると思うから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別れよう…木綿季…」

 

 

 木綿季「え?」

 

 全てを言い終えたとばかりに拓哉は木綿季の隣を通り過ぎた。去り際に一言…"ありがとう”だけを残して。

 

 木綿季「ま、待って!!」

 

 振り向くとそこには拓哉の姿はなく、秋の冷たい風が木綿季の頬を撫でるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年10月24日17時00分 東京都御徒町 ダイシー・カフェ

 

 和人「明日奈、里香…もう1度聞くけど…本当に拓哉は…」

 

 明日奈「…」

 

 里香「…」

 

 和人の問に2人は黙って頷く。瞬間、和人はテーブルに拳を叩きつけた。

 その音が店内に響き渡ったが、そこにいた者は誰も微動だにしなかった。

 

 和人「なんで…なんでだよ!!!!なんで…また…拓哉だけが…!!!!」

 

 エギル「落ち着け和人」

 

 和人「これが落ち着いていられるかよ!!!拓哉はまた…オレ達を庇って…」

 

 エギル「お前さんだけが悲しい訳じゃないんだ!!」

 

 それを聞いてハッとした様に隣に座る木綿季に視線を移す。ここに来てまだ1度も声を発さず、俯いたままだ。和人もそれを察して一言だけ詫びを入れて席に戻る。

 すると、扉からカランカランという音と共にネクタイを緩ませ、悪趣味なバンダナを巻いたクラインが現れた。

 

 クライン「悪ィ悪ィ!!遅れちまったぜ!!…ってなんだァ?通夜みてェに静かになりやがって…」

 

 この場で一番冷静なエギルが遅れてきたクラインにこの集まりの理由と拓哉の事について説明した。

 クラインはエギルからの説明を聞き終わると、拳を握り、眉間に皺を寄せて吠えた。

 

 クライン「拓哉が何したって言うんだっ!!!そいつらだって拓哉に救ってもらったんだろォがっ!!!!今から行ってそいつらを締めに…」

 

 エギル「よせ!!そんな事したら警察のお縄になっちまうだろぉが!!頭を冷やせ!!」

 

 クライン「これが頭を冷やせる状況かよっ!!!アイツは…アイツは…!!!」

 

 途端に涙を滲ませ、その場にうずくまり、大人げないと言われんばかりに泣いた。それに貰い泣きした全員が涙を滲ませる。

 

 里香「…直人君には伝えたの?」

 

 和人「まだだ…。さっきから電話してるんだけど出ない。多分、バイト中なんだろう…」

 

 明日奈「…木綿季、大丈夫?」

 

 木綿季「…うん。大…丈夫」

 

 明らかに大丈夫とは言い難いその状態にスマホに映るストレアも心配そうに木綿季を見つめる。

 あれから、拓哉との連絡を図ったが、一向に繋がる気配はない。

 もう誰の声も聞かないようにしているのか。

 イライラだけが募っていき、ダイシー・カフェは過去最低の空気が漂い続けた。

 

 クライン「こうなったら直接会いに行くしかねェ!!俺が車出すから行くぞっ!!!」

 

 珪子「そうですね…!!行きましょう!!」

 

 明日奈「行こっ?木綿季…」

 

 木綿季「…」

 

 クラインが車をダイシー・カフェにつけ、一行は全速力で拓哉の自宅へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 感極まる程に全身が幸せに満たされていく。まさか、これ程までの効果を発揮するとは正直思わなかったが、嬉しい誤算だ。

 計画は一気に進み、奴も絶望へと追いやった。

 ()()()からの情報によれば奴は仲間に相談しないし、自力で這い上がろうとする傾向にあるようだが、今回に関しては這い上がる気力すら湧かないだろう。

 …懸念材料があるとすれば奴の仲間だろう。あのまま黙ってこの事実を受け入れるとは考え難い。ならば、念には念を入れておいた方がよさそうだ。

 だが、この計画は十中八九達成された。欲を言えばこの手で引導を渡したかったが、危険な賭けに出る訳にもいかない。いつも通りに振る舞わなければ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の仕上げといこうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
拓哉の秘密が学校中に広まり、拓哉は学校を去らざる負えない状況に追いやられました。木綿季にだけ別れを告げ、彼は一体どこへ向かっていくのかは誰にも分かりません。(←作者は知ってて当然)
先に伝えておきますが、この章は結構長めに書く予定ですのでGGO編を挟んだ前後編で書いていきます。
つまり、GGO編で拓哉は仲間と別れている状態ですね。
拓哉を待つのは果たして…!!


評価、感想などお待ちしております!


では、また次回!


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【59】閉ざされた扉

という事で59話目になります!
仲間達と距離を置く事になった拓哉は答えが見つからないまま…。
拓哉と距離を置く事になった木綿季やその仲間達の思い抱いている心情…。
色々な想いが交錯し始める新章。


では、どうぞ!


 2025年10月24日 17時40分 茅場邸

 

 クライン「拓哉!!ここを開けろっ!!」

 

 里香「ちょっと!!そんなに大きい声出したら近所迷惑でしょ!!」

 

 木綿季達を乗せたクラインの車は太陽が沈み切る前に拓哉の家に到着していた。車から降りるや否やクラインが玄関まで走り、扉をガンガンと叩く。

 

 クライン「拓哉!!拓哉!!」

 

 エギル「落ち着けって…!!」

 

 近所の家からちらほらとこちらを覗く者まで現れ始め、エギルが興奮しているクラインを抑える。それでもクラインはエギルの巨腕から抜け出そうと抵抗を続けていた。

 

 クライン「離せエギル!!」

 

 エギル「離せる訳ねぇだろっ!!?」

 

 次第に体力が底についたのかクラインがようやく大人しくなった所で和人達は敷地内を見て回った。

 

 明日奈「どうだった?」

 

 和人「どこにも電気はついてないし、倉庫の中には2台ともバイクはなかった。拓哉はここにはもういない…」

 

 クライン「じゃあ、どこに行ったって言うんだよ!?」

 

 里香「それを今から考えるんでしょ!!」

 

 すると、遠くからバイクのエンジン音が聴こえ、それは徐々に近づいていく。それをいち早く察知した木綿季が家の正門まで駆け出した。

 

 木綿季(「拓哉…拓哉…!!」)

 

 まだ何も納得出来ない。いきなり別れを告げられても素直に了承なんて出来るハズがない。会って、ちゃんと話を聞いて、2人で答えを見つけたい。木綿季は涙を滲ませながら駆ける。

 正門まで来ると前方から1台のバイクが走ってくるのが見えた。

 暗がりでよく見えないが拓哉であってほしいと願うと、バイクは木綿季の前で止まり、バイクから降りてゆっくり木綿季に近づいてくる。

 

 木綿季「たく─」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直人「どうしたんです?木綿季さん」

 

 木綿季「あ…な、直人…」

 

 フルフェイスを脱ぐと、そこには拓哉ではなくその弟の直人だった。

 途端に元気を失くした木綿季を見て思わず直人は困惑する。

 その時、木綿季に遅れて和人達も正門へと集まった。

 

 直人「みなさん?お揃いでどうしたんですか?」

 

 和人「直人…。その…話があるんだ…」

 

 直人「話?…まぁ、寒いですし中に入ってください。すぐにお茶でも淹れますよ」

 

 直人に案内されて木綿季達は茅場邸へと入っていった。

 

 直人「あれ?兄さんいないのかな?」

 

 家中の電気が消えている事に気づいて拓哉がいないのを確認する。

 自室にもいないようだからその内帰ってくるだろうと思った直人はキッチンで湯を沸かし、人数分の湯呑みをリビングに運んだ。

 

 直人「それで、今日はどうしたんです?…そう言えば、兄さんは一緒じゃないんですね?」

 

 和人「実は…その拓哉についてなんだが…」

 

 直人「?」

 

 それから数十分かけて和人は直人に今日起きた出来事を説明した。

 直人は驚きはしたものの冷静に和人の話に耳を傾け続ける。

 熱い煎茶が体内から体を暖かくしてくれて、直人が口を開いた。

 

 直人「そうですか…。そんな事が…」

 

 明日奈「ここに来れば拓哉君に会えると思ったんだけど…」

 

 エギル「拓哉がどこに行ったか心当たりはあるか?」

 

 直人「…すみません。心当たりはないです」

 

 珪子「そんな…」

 

 これでまた振り出しへと戻ってしまった。唯一の家族である直人が知らないのでは後は足を使って探すしかないが、幾ら何でも闇雲に探して見つかるとは思えない。

 すると、木綿季がある事を思い出した。

 

 木綿季「あそこなら…」

 

 クライン「心当たりがあるのか?木綿季ちゃん」

 

 木綿季「夏に拓哉と2人で花火大会に行って、その時にボクと姉ちゃんと拓哉しか知らない廃墟になった展望台があるんだけど…もしかしたら…」

 

 和人「そうだな…。それしかないなら行ってみよう!木綿季、案内してくれるか?」

 

 そうまとまると木綿季達は再びクラインの車に乗り込み、木綿季の案内の元、廃墟となった展望台へと向かった。

 もしかすれば、入れ違いで拓哉が家に帰ってくるかもしれないので、直人をその場に残し、何かあれば連絡するように頼んである。

 走らせる事30分。一行は陽だまり園の近くにある展望台へとやってきた。廃墟となっている為正面からは入れないが、木綿季の知っている抜け道を利用して思い出の場所へと急ぐ。

 

 

 

 _『オレ、ゲームデザイナーになってみたいんだ』

 

 

 

 木綿季(「拓哉…!!」)

 

 そこで多くの思い出を語った。そこで大きな夢について語った。

 そこで深い愛を誓った。もう離したくないと…。ずっと一緒にいたいと誓った思い出の場所。

 そこに拓哉はいると思わずにはいられない。いてほしい。約束したじゃないか。ずっと隣にいるって。それなのに…どうして…。

 

 木綿季「ハァ…ハァ…」

 

 息を切らしながら展望台へと着いたが、簡素なベンチがあるだけで拓哉の姿はどこにもない。

 瞬間、緊張の糸が切れたのか木綿季はその場に経たり込んだ。

 

 明日奈「木綿季!?大丈夫!!?」

 

 木綿季「なんで…なんでだよぉ…」

 

 涙は雫となって地面へと零れていく。

 拓哉がもう手の届かない所に行ってしまったみたいで。

 拓哉にもう二度と会えないような気がして。

 押さえ込んでいた悲しみが涙となって外に溢れてくる。

 

 木綿季「ずっと…一緒にいようって…約束したのにぃ…。離れたくないって…言ったのにぃ…」

 

 明日奈「木綿季…」

 

 駆け寄ってくれた明日奈も木綿季の涙を見て胸が熱くなる。

 その姿は悲しげであの時、拓哉が木綿季の前から姿を消した時と同じ痛みが木綿季を襲っているのだろうと明日奈はただ木綿季を抱きしめながら感じた。

 

 和人「なんで…こんな事に…!!」

 

 木綿季「拓哉ぁ…拓哉ぁ…!!会いたいよぉ…会って…抱きしめられたいよぉ…!!」

 

 太陽は完全に沈み、満天の星空の下、木綿季はただ泣く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年10月24日20時00分 東京都銀座 某カフェ

 

 ビルの高層に店を構えている高級カフェの一角に拓哉と正面に座っている男性が訝しげな表情で話していた。

 

 拓哉「…」

 

 菊岡「拓哉君、話はだいたい理解したよ。もちろん、君の出した提案は受け入れる。それだけの恩義があるからね。…でも、本当にそれでいいのかい?」

 

 拓哉「…あぁ。…オレがいない方がアイツらの為になる。オレがいると変な誤解を生むからな」

 

 冷めきった紅茶で喉を潤わせ、店員におかわりを注文する。

 菊岡はただそれを黙って見つめていた。

 今日この2人がここにいるのは拓哉から菊岡へ連絡が入ったからだ。

 珍しいと言うより初めての拓哉からの連絡に何かを感じ取ったのだろう。抱え込んでいた仕事を片付け、待ち合わせ場所を素早く指定した。

 拓哉と合流すると菊岡も拓哉の表情を見て事態を急する話だと言うのは分かった。

 拓哉が出した提案はどこでもいいが、アパートに住めるように手配する事と、拓哉や和人に依頼していた仕事を拓哉だけに回す事であった。

 

 菊岡「…とりあえず、住む場所は出来る限り不自由がない場所にするが、さすがに豪華なマンションなどは提供出来ないからね?一応言っておくけど」

 

 拓哉「それだけで十分だ…。あとは勝手に生きていくさ。心配するな…」

 

 菊岡「…」

 

 心配するなと言われてもその表情を見れば、誰だって心配にぐらいなる。生気は消え去り、瞳も虚ろになっている拓哉を菊岡は心の底から身を案じている。

 元はと言えば、菊岡が拓哉に進学を勧めなければこのような事にはなっていない。だが、最後は拓哉が決断した事で、菊岡はその提案を出しただけにすぎない。拓哉もそれは自分のせいだと言っているが、提案した本人は少なからず罪悪感がある。

 これまで何度も自分の仕事を手伝ってくれた手前、拓哉の要求は出来る限り呑まなければ釣り合いが合わなくなってしまう。

 

 菊岡「今日はどうするんだい?早ければ、明日中には手配するけど」

 

 拓哉「今日はどこかのホテルにでも泊まるさ。金なら暫く持つからな…。それと、この事は木綿季達には黙っててくれ。特に和人には…」

 

 和人は物事をよく見ている。それがSAOの"黒の剣士”のポテンシャルの一部だと思っていい。これを知れば必ず和人なら拓哉の所まで辿り着いてしまう。

 

 菊岡「分かった…。ここのお代は僕が払っておくからゆっくりしてくれ。仕事の際はいつも通り携帯にメッセージを入れるよ。じゃあ、また会おう…拓哉君」

 

 拓哉「いろいろと助かった。ありがとう…」

 

 窓の方へ目を向けるといつの間にか外は雨が降っていた。

 傘がない事と悔やみながらもティーカップを空にして拓哉も店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side拓哉_

 

 

 2025年10月25日09時00分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 菊岡「ここでもかまわないかい?」

 

 拓哉「あぁ」

 

 朝、菊岡からの連絡を受けたオレはホテルから指定された住所へと赴き、そこで菊岡と合流した。

 用意された部屋は1DKと1人で住むには申し分なく、敷金礼金などの初期費用は菊岡が支払ってくれていた。

 

 菊岡「家具も必要最低限の物は用意したつもりだ。何か足りない物はないかい?」

 

 拓哉「特にないな…。色々助かった」

 

 そう告げてオレは菊岡と別れ、誰もいない部屋へと入る。足りない物はないと言ったが、これから先の事を考えたらその常々必要な物が出てくるだろう。100均やホームセンター、通販を利用して揃える事にしたオレは早速近くの店へと向かうべく準備を始めた。

 

 拓哉「家電やベットはあるから後は生活用品ぐらいか…」

 

 財布の中身を開き、銀行へ寄る必要がない事を確認して扉を開けた。

 スマホの地図アプリを開いて最寄りのホームセンターへと向かい、その途中で近所の道や風景を記憶していく。

 これからここで暮らしていくにあたって近所の道くらいは覚えておかなければ何かと不便だろう。

 商店街を横切り、15分程歩いた所のホームセンターに到着した。

 そこで衣装ケースやタオル、清掃用品を購入。その店では宅配サービスをしているらしく、手荷物を極力なくす為に店員にそれらを預けて店を後にした。

 

 拓哉「…そう言えば、飯も買わなきゃだな」

 

 先程ここに来る前にあった商店街で済ませようとオレは少し小走りで向かった。これからはもう誰とも関わらず、誰とも触れずに生きていく。

 であれば、極力外出を減らす為、食料などはある程度まとめて買っておこう。商店街には八百屋や精肉店、魚屋に弁当屋と今では珍しいぐらい主婦や通勤途中のサラリーマンで賑わっている。

 順調に買い出しを勧めていくと通路の真ん中で大泣きしている子供を見つけた。

 

「うわぁぁぁぁんうわぁぁぁぁん」

 

 拓哉「どうした坊主?お母さんかお父さんは?」

 

「お…ママは…」

 

 拓哉「迷子になったのか。じゃあ、兄ちゃんが一緒に探してやるよ。ほら、泣き疲れたろ?肩車してやる」

 

 まだ3,4歳くらいの男の子を肩に座らせ、来た道を引き返した。

 男の子もすぐに泣き止み、次第に笑顔が増えていく。

 

「たかいたかーい!!」

 

 拓哉「そーだろー?高いのもいいけどさ、お前のママは見えるかー?」

 

「ううん」

 

 拓哉「そっか…。もう商店街の端っこだし、こっちにいないんなら逆側か…」

 

 商店街の大きさなどは高が知れている。この一本道を子供を肩車しながら歩けば、母親の方から見つけてくれる可能性もある。

 今頃、息子が迷子で必死に探しているに違いないから…。

 

 拓哉「もうすぐママに会えるからなー?」

 

「わぁーい」

 

 すると、20mぐらい離れた所に血相変えて辺りをキョロキョロしている女性を見つけ、こちらに振り向くと慌てた様子で走ってくる。

 

「あっ!ママ!!」

 

 拓哉「やっぱりか」

 

「ハァ…ハァ…()()()!!」

 

 拓哉「!!?」

 

 ゆうき「ママー!!」

 

 ゆうきと呼ばれた男の子を肩から下ろすと、一目散に母親へ駆け寄り強く抱きしめていた。母親の方も涙を滲ませながらゆうきを抱きしめる。

 

 拓哉「…」

 

 そのまま去ろうと背を向けるとゆうきの母親から呼び止められた。

 

「うちの息子をありがとうございます!」

 

 拓哉「いや…大した事は…」

 

 ゆうき「お兄ちゃんすっごいやさしかったよー!かたぐるましてもらったー!」

 

 オレは…そんな優しい人間じゃない…。

 

「息子もここまで懐いていますし、あなたの優しさも雰囲気で分かります。本当にありがとうございました。もしよければ、何かお礼を…」

 

 拓哉「気にしないでください。…ゆうき、次からは1人でうろうろしたらダメだぞ?いいな?」

 

 それだけを言い残して親子と別れを告げた。ゆうきが何か言っていたがオレは振り返る事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideout_

 

 

 2025年10月25日12時10分 SAO帰還者学校

 

 明日奈と里香は昼休みに入るとすぐに和人とひよりと合流して中等部3年クラスへと急いだ。前日の様子からして明らかに元気がない木綿季を励ます為だ。

 だが、それは木綿季に限った話ではない。他の仲間もそれなりに堪えている。それ以外の…特に高等部2年クラスの生徒は拓哉の事など眼中にもなかった。昨日あれだけの騒ぎがあったにも関わらず、普段通りの学校生活を送り、小林とよく行動を共にしていた男子生徒はあろう事か明日奈と里香を昼食に誘ったのだ。

 もし、あの場で和人が来ていなければ明日奈と里香は必ずその男子生徒に手を上げていただろう。和人に説得された今でも彼女らの中の怒りは収まる様子を見せていない。

 

 明日奈「木綿季っ!!」

 

 目的地に到着するや否や木綿季の名前を叫び、教室内を見渡す。

 だが、木綿季の姿はどこにも見当たらない。その時、明日奈達に駆け寄ってきた珪子が涙ながらに明日奈に言った。

 

 珪子「木綿季さんが…!!木綿季さんが…!!」

 

 明日奈「落ち着いて珪子ちゃん!!一体どうしたの?木綿季はどこ?」

 

 珪子「それが…数人の男子生徒に呼び出されて、その人達と一緒に屋上に…」

 

 和人「なんだって…!?」

 

 まさか、木綿季がそんな軽率な行動に出る事など予想すらしていなかった和人達の表情は一気に険しくなっていく。

 

 ひより「私達も行きましょう!!」

 

 里香「珪子も来なさい!!それと泣かないの!!」

 

 和人達は珪子も混じえ、屋上へと急いだ。

 

 明日奈(「木綿季…!!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side木綿季_

 

 

 2025年10月25日12時15分 SAO帰還者学校 屋上

 

 あぁ…空はなんでこんなに青いんだろう。雲一つ存在せず、太陽の暖かな陽射しが体を包み込んでくれてとても気持ちいいのに…全然暖かくならないよ…。

 

「紺野さんさ…今日は俺達と一緒に帰ってくれるよね?」

 

 木綿季「…なんで?」

 

 目の前の人達は一昨日、一緒に帰ろうと絡んできた男子生徒だ。

 あの時も強めの口調で断ったハズだが、彼らの執着心とでも言うのだろうか…あまりにも執拗い。

 

「だって、今日は帰る相手はいないんだろう?」

 

「そうそう。じゃあ、俺らと帰ってくれてもいいだろ?」

 

 木綿季「…ボクはそんな気分じゃないから」

 

 そう…そんな気分じゃない。そんな気分になれない。今ならどんなに楽しい時間も嬉しい時間もみんなで共有する事は出来ないだろう。世界から色を失くしたように今のボクはあまりにも無気力だった。

 だからと言って、よく知りもしない人と肩を並んで帰る事は出来ない。

 そうしてしまってはもう2度と引き返せないと思うから。

 

「なんで帰ってくれないの?」

 

 木綿季「…さっきも言ったじゃん。今はそんな気分じゃないって」

 

「本当に…それが理由なの?他にあるんじゃない?」

 

 木綿季「…何が言いたいのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茅場拓哉がもしかしたら戻ってくるんじゃないかって期待してるでしょ?」

 

 木綿季「!!?」

 

 その名前を聞いただけで胸がきつく締めあげられるような感覚が襲ってくる。その反応を見て、不敵な笑みを零してさらに続けた。

 

「昨日の朝、高等部で騒ぎがあったんだってね。実は高等部には良くしてもらってる先輩がいてさ、その人から聞いたよ!茅場拓哉は実は人殺しで!!それを偽ってこの学校にいたってさ!!」

 

 頭痛もし始め、男子生徒の言葉が上手く聞き取れない。

 けれど、よかったかもしれない。表情を見る限り、碌な事を言っていないに違いない。

 

「不思議だよねぇ!!入学する前に適正審査されるのになんで人殺しがいるんだろぉねぇっ!!?役人に賄賂でも渡してたんじゃなぁい?」

 

 木綿季「…そんな事…ある訳ない…!!」

 

 徐々に男子生徒の声が聞こえ始め、耳に入ってくる言葉に反吐が出る。誰がそんな事するもんか。何も知らないくせに勝手な事言わないでよ。…と、心で思ってもそれが音に出せない。仮に今この場でボクがそんな事を言えば…もう、帰ってくる場所がなくなる。

 次第に涙があふれるのを見て男子生徒は追い込みをかけた。

 

「大体ここに人殺しなんていらないよ!!人殺しは人殺しらしく無様に死んでいけばいいのさ!!迷惑かけた分だけ苦しみながら死ねばいいんだよ!!あんな害虫はっ!!!」

 

 木綿季「っ!!?」

 

 抑える事が出来なかった。もう自分では引き返さない所まで歩いてしまった。もう終わりだ。だけど…それでも…ボクは許せなかった。

 今この場で暴言が吐けるのも、今ここに通えるのも、今ここで生きていられるのは全部…全部…全部全部全部全部全部全部全部全部全部…拓哉のお陰じゃないか!!!!

 

 

 

 

 

 木綿季「…うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

「!!?」

 

 

 

 

 拳を強く握り、男の前へと駆け込んだ。予期せぬ事態にその男子生徒も気が動転しているようだ。だが、そんなのは関係ない。拓哉を悪く言う奴はボクが許さない。許せる訳がない。

 

 

 ユウキ_

 

 

 木綿季「!!」

 

 

 木綿季_

 

 

 誰かが呼ぶ声がする。誰かが優しくボクを呼んでくれている。

 でも、ゴメンね…。もう、止められそうにないや…。この拳はもう収まる鞘を失くした刀身なんだ…。怒りの矛先を見失わない限り、収まろうとはしないんだよ…。だから、ゴメンね。でも、許してね?

 だって、この怒りは君がいたから…拓哉がいたから生まれたんだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日奈「木綿季っ!!!!」

 

 

 男子生徒の鼻先の寸前で木綿季の拳は止まり、徐々に距離が開いていく。

 

 明日奈「ダメ!!!木綿季っ!!!!」

 

 木綿季「明日奈っ!!?…は、離して!!!コイツは…コイツだけは!!!絶対に許せないっ!!!コイツは拓哉を馬鹿にしたんだ!!!

 拓哉がどんな思いでここにいたのか…、どんな思いで生きてきたのか…!!!何も知らないくせに…!!!拓哉が…お前達に何したって言うの…。拓哉は…みんなを…救う為に…うう…う…うう…」

 

 もう殴る気力すら出てこない。もう声すら出したくない。でも、そう思えば思う程涙は止めどもなく溢れてくる。

 

 和人「…お前達はここから消えてくれ。次はどうなるか分からないぞ?」

 

 和人の言葉で怖気付いた男子生徒達は一目散に屋上を後にした。

 あれだけで怖気付くなら最初からやらなければいいのに。

 

 明日奈「落ち着いた木綿季?」

 

 木綿季「…うん。…ありがとう…明日奈」

 

 和人「…」

 

 明日奈達の気遣いにはいつも助けられてばかりだ。みんなが優しくしてくれたからボクはここまで仲良くなれたし、…君がいたからボクは人を好きになれた。

 どんなに不可能だと言われる壁が立ち塞がろうとも、諦める事を知らず、誰かの為にやってのけてしまう勇気。そこに憧れ、惹かれたのに…そうなりないって思っていたのに…今の自分はなんだろうか。

 ただ闇雲に八つ当たりしてみんなに心配をかけている。こんな事じゃ拓哉に顔向けできないよ。

 

 木綿季「…ありがとうみんな。…ボクは大丈夫だよ。拓哉がいなくたって…ボクにはみんながいるから!」

 

 ひより「木綿季さん…」

 

 木綿季「あっ、別に拓哉の事諦めた訳じゃないよ?今は1人で考える時間が欲しいだけだよ。またすぐに戻って…─」

 

 明日奈「木綿季…?無理してるんじゃ…」

 

 木綿季「…そんな事ないけど、ちょっとだけ目眩がするかな?保健室に行って休ませてもらうよ。じゃあ…バイバイ…」

 

 明日奈達と別れたボクはそのまま保健室へと向かい、空いているベッドを借りて横になった。昨日はあの事があって睡眠時間も取れずにずっと部屋の隅に蹲っていた。()()()()()()()()()…。

 でも、そこでボクは決心した。拓哉を支えるって、拓哉を守るって…誓ったハズなのに、拓哉の別れ際の表情を見たら何も言えなかった。

 全てを悟り、全てを受け入れ、全てをを肯定した表情…。

 拓哉も少なからず危惧していたのだ。いつかきっと自分の罪が周りに知られる事を。それを知って周りの人達が取る反応も予想できていたんだ。

 だから、拓哉は1人で去っていった。

 

 木綿季(「…拓哉…今、どこにいるの?…今、どんな事思ってるの?」)

 

 次第に瞼が重くなっていき、ボクはそれに逆らう事なく眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideout_

 

 

 2025年10月25日 20時00分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 アパートに帰ってきてからどれぐらい経っただろう。外はすっかり暗くなり、風も幾ばくが強い。そんな事をベッドに横たわりながら考えていた。

 

 拓哉「…そう言えば、今日何も食べてなかったな」

 

 頭で意識した瞬間、空腹が音となって拓哉に知らせる。買い溜めしていたものから適当に見繕い、それを調理して食す。

 空腹も解消され、食器類を洗って再度ベッドに横たわる。

 

 拓哉「…」

 

 ベット脇に置いた棚の上にはアミュスフィアが置かれているが、仮想世界に行く気にはなれない。正確には拓哉がプレイしているALO(アルヴヘイム・オンライン)の中で誰と会うかも分からない為、プレイを自制していた。

 第一、もう拓哉には彼らに会う理由がない。

 自分との関わりを断てば彼らは学校生活を充実して過ごせるに違いない。

 どんな人間も失敗などを隠したくなる性質がある。善人だろうが悪人だろうが、そこに関しては同じだ。

 だから、人殺し(しっぱい)は隠しておけばいい。

 

 拓哉「…寝るか」

 

 照明を消して布団にくるまり、睡魔が襲ってくるのをただジッと待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガシャン_

 

 

 

 拓哉「…ん?」

 

 何かが割れた音がしたが、部屋の中でそのような痕跡は見当たらない。

 すると、さらにガシャンと音がした。壁の向こう…隣の住人の部屋から聞こえてきた事を確認すると、次は鼓膜が破れるような奇声が聞こえてきた。

 只事ではないと直感した拓哉はすぐに隣の部屋の玄関を叩く。

 

 拓哉「おい!大丈夫か!!何があった!!?」

 

 中からの応答はなく、奇怪な物音もしなくなった。

 杞憂だったかと自分の部屋に戻ろうとしたその時、玄関のオートロックが解除され、扉がギギッ…と錆びれた音を出しながら開いた。

 

「…」

 

 拓哉「あ…っと、さっき変な音がしたけど…大丈夫…ですか?」

 

 暗がりで見えにくいが顔色が悪い事だけはなんとか把握出来た。

 だが、それより驚いたのは中から現れたのが拓哉と年の離れていない少女だった事だ。

 

「…すみません。…ご迷惑をおかけしまして」

 

 拓哉「あ、あぁ…いや、アンタ大丈夫か?顔色が悪いけど…」

 

「お気遣いなく…私は大丈─」

 

 瞬間、少女はさらに顔色を悪くして口元を手で覆ったが、我慢出来なかったのだろう。拓哉の足元に嘔吐してそのまま気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん…」

 

 額に冷たい何かがのっている…。

 気分もさっきよりかは大分楽になった…。

 えっと…あれ?…私、気分が悪くなってどうしたんだっけ?

 ぼんやりして鮮明に思い出せない…けど、私はベッドで寝てはいなかったハズだ…。誰かが助けてくれた…?そんな事…ないか…。

 

 

 視線だけを動かして部屋を見渡すとベッドを背に腕を組んでいる男性の姿があった。

 瞬間、少女は目を見開き、ベッドから飛び上がった。

 

「だ、誰よアンタ!!?」

 

「誰よって…一応、隣の住人だけども…」

 

「違うわよ!!何で私の部屋に…あっ…」

 

 そうだ…。そうだった…。気を失う前に男の人が心配して来てくれて、そこで気を失ったんだ。

 

「思い出した?」

 

「あ、え、えっと…」

 

 先程までの怒りが勘違いであると分かるや否や、少女は頬を赤くして縮こまる。この男性は自分を今まで看病してくれていたんだとふと、時計に目をやると、時刻は既に夜中の3時を回っていた。

 

「えっ!?3時っ!!?私、どれぐらい気を失って…」

 

「ざっと5時間って所だな。あぁそれと、近くのコンビニで薬とスポーツドリンクに栄養がつきそうなもの見繕ったから、食欲が湧いたら食べてろ。あと、今日は学校休んで大人しくしてろ」

 

 手渡されたレジ袋の中には種類豊富な薬とスポーツドリンクなどが入っており、ますます申し訳なさでいっぱいになった少女は机に置いてあった財布からお金を取り出した。

 

「あの、ありがとうございました。これ…薬とかのお金です」

 

「いらないよ。好きでやったんだし…あと、オレがここにいたのはアンタがまた吐いたりしてそれが喉に詰まらせないか心配だったからだ。決してやましい事は何一つない!」

 

「は…はぁ…」

 

「じゃあお大事に」

 

 そう言い残して立ち去ろうとすると少女は咄嗟に男性を引き止め、意を決して声を出す。

 

「あの…!!お名前は…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「拓哉。…茅場拓哉だ。…そういうアンタは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詩乃「朝田詩乃…。今日は本当にありがとうございます」

 

 

 

 拓哉は詩乃の礼を聞き入れ、自らの部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
終盤にいよいよ次章のヒロインが登場しましたが、この章にどんな風に絡んでいくのか今から創作意欲が湧いて待ち遠しいです。
暗めの章なので間のちょっとした箇所に明るくなれるような部分も作っていきますのでこれからめよろしくお願いします。


評価、感想などありましたらどしどしお寄せください!


では、また次回!


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【60】培われたもの

という事で60話目になります。
今回は主にユウキサイドの展開になっていきます。
暗い話が続いているので明るくとは言えませんがドキドキさせる話に仕上がっていると思います。


では、どうぞ!


 2025年11月15日 07時40分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 あの騒動から約3週間が過ぎた。拓哉は今の生活にも慣れていき、この日は珍しく隣人の朝田詩乃と共にゴミ捨て場へと向かった。

 外の並木はすっかり葉を落とし、地面では落ち葉が風に吹かれて彼方へと飛び去っていく。

 

 詩乃「すっかり冬ね」

 

 拓哉「あぁ」

 

 指定ゴミを捨て終わり、拓哉が自宅へ戻ろうとするとふいに詩乃が拓哉に尋ねた。

 

 詩乃「前から気になってたけど…アナタ、学校は?」

 

 拓哉「…」

 

 詩乃「あっ、ごめん。…聞いちゃいけなかったわよね」

 

 振り向いて通学路へと戻っていく詩乃をただジッと眺める。

 あんな風に学校に通いたいと思う。だけど、それはもう出来ない。してはならない。あそこにオレは必要ないから…。

 

 詩乃とはアパートに住み始めた日の夜から仲であり、度々夕食のおかずをお裾分けしてもらった。

 拓哉はそれを受け取ると詩乃は小走りで自室へと戻っていったが、拓哉は何故か詩乃から貰った料理に箸をつけようとはしなかった。

 それは単にもう誰とも関わらないように生きていこうと決めたからである。

 自分と関わったせいで詩乃にあらぬ迷惑が降りかかるかもしれない。

 それは何としてでも避けなければならない。もうそんな事は絶対に起こさない。

 そう決意したのも束の間、タイミングが良いのか悪いのか外出する度に詩乃と出くわす為、中々に厳しい状態であった。

 けれど、心配はないだろう。たかが、1回会っただけで知り合いという程の仲でもなく、強いて言えば顔見知り程度だ。

 詩乃からの挨拶を無視していけば、詩乃も拓哉への認識を改めるだろうと即実行に移したのだが、無視した瞬間に襟首を締めあげられてしまった。

 

 詩乃「なんでシカトするんですか?」

 

 拓哉「いや…近所付き合いはしない主義で…」

 

 その場は難を逃れたのだが、その日から会う度に何度もしつこく挨拶を交わしてきた。詩乃からしてみれば、挨拶しているのに無視するのはおかしい…との事で、拓哉も何度もやられれば決意を折りたくもなる。

 2週間経った頃には挨拶を交わす仲までになり、敬語も取れ、今ではたまにゴミ捨てへと一緒に行く時もある。

 だが、互いに互いの事を知っている訳ではない。拓哉は詩乃については女子学生程度にしか考えておらず、詩乃に至っては拓哉の事は何も知らない。

 

 

 拓哉「…このまま─」

 

 

 

 

 何も進展しないように…─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side詩乃_

 

 

 2025年11月15日07時50分 東京都台東区 某高等学校通学路

 

 朝から少しだけムカついた。理由は分かっている…。つい最近、隣に引っ越してきたあの青年だ。初めて会ったのは私の部屋の中。

 その時は気が動転していたけど、よく見ていれば気を失っていた私を看病してくれていたのは一目瞭然だった。

 初めて会った人に看病してもらったのはこれが最初で最後だろう。

 そんな機会は滅多に起こり得ないし、起こりたくないと感じてしまう。

 彼が善人だったから良かったものの、普通なら警戒して当たり前で身の危険を感じたらすぐに通報する。私だってそう思って警戒は解かなかった。

 だが、あの青年からまったく何も感じなかった。雰囲気も感情も…個を形成するにあたって必要なものを感じる事が出来なかった。

 簡単に言えば、"外組はあるけど中身が空っぽ”と言った具合だろうか。

 人間観察は得意分野ではないが、それでも彼には何もなかった…と、同時に私の中で密かに嬉しく思った事を憶えている。

 

 詩乃(「彼も…何かを捨ててしまったのね…」)

 

 断ち切りたい。封殺したい。思い出したくない。そんな事を考えるだけでも嫌なのに、()()()()がそれを許してくれないのだ。

 自分が弱いから…。どんな障害でも容易く超えられるだけの強さが必要だと思った。弱いままじゃいつか私は自分の手で命を断つ事になるだろう。

 

 詩乃「…1ヶ月もないわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side木綿季_

 

 

 2025年11月15日10時40分 横浜市 陽だまり園

 

 木綿季「…はぁ」

 

 カーテンの隙間から覗き見る空は濁った色をしており、時折強い風が窓を叩いている。そんな様子をベッドに横たわりながら眺めていた。

 今日は学校があったのだが、どうしても行く気になれずに森先生に嘘をついて休みにしてもらった。だって、手や足に全然力が入らないんだもん。

 体が動きたくないって言ってるんだから仕方ない。

 そんな時にスマホの中からストレアの声が聞こえてきた。

 

 ストレア『ユウキー学校行かないの?』

 

 木綿季「うん…そんな気分になれない。…ごめんね心配かけちゃって」

 

 ストレア『私は全然いいけど…みんなが心配してるよ?』

 

 木綿季「うん…。みんなにも心配かけてるよね…やっぱり」

 

 特に明日奈はボクの事を自分の事のように気遣ってくれてとても嬉しいのだが、今はその優しさに触れるだけで胸が苦しくなる。

 それもこれも全てキミのせいなんだよ。だから…早く帰ってきてよ…。

 

 ストレア『…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side明日奈_

 

 

 2025年11月16日12時10分 SAO帰還者学校 カフェテリア

 

 明日奈「木綿季は今日も休みなのね…」

 

 昼休み、いつものメンバーでカフェテリアの一角に座っていた私達に木綿季と同じクラスの珪子ちゃんが木綿季の欠席を教えてくれた。

 あの日以降、私達はよく一緒に昼食を摂って拓哉君について情報交換を行っている。情報交換と言っても拓哉君に関する情報など1つも見つかっていないのだが。

 

 里佳「ったく、どこほっつき歩いてんのかしらねーあのバカは」

 

 ひより「元気にしてるといいんだけど…」

 

 珪子「大丈夫ですよ!拓哉さんなら…大丈夫です…。でも…木綿季さんが…」

 

 明日奈「…うん」

 

 この頃の木綿季は覇気を感じず、学校も欠席しがちで見かけても空返事しか返ってこないのが多々ある。

 そんな木綿季は見たくない。木綿季はいつだって明るくて誰よりも楽しく、みんなに勇気を与えてくれる太陽のような存在だ。

 今ではその影すら見せずにただ流れる時間の中で為されるがまま生きている。

 

 和人「…ユイ、やっぱり目撃情報とかはなかったか?」

 

 ユイ『はい…。拓哉さんが映っている監視カメラなどをストレアと一緒に探してみましたが…』

 

 和人「そうか…」

 

 明日奈「本当にどこに行っちゃったんだろ…拓哉君」

 

 ユイちゃんとストレアさんに近辺の監視カメラを覗かせてはいるが、未だに拓哉の姿は捉えられていない。

 監視カメラの届かない住宅街や設置されていない場所にも足を運んでみたが結果は変わらなかった。

 そんな時、背後から肩を叩かれ、振り向くと私と里佳のクラスの副担任である青柳先生がいた。

 

 青柳「結城さん、篠崎さん、ちょっといいかな?」

 

 明日奈&里佳「「?」」

 

 青柳先生に連れられ、私と里佳はカフェテリアから近くの空き教室に向かった。中は手入れが行き届いており、高価なソファーとテーブルがある事から普段は来賓用に使われている事は容易く予想出来た。

 青柳先生にソファーに座るよう勧められ、私達はそれに従う。

 

 明日奈「青柳先生、何か私達に用でも?」

 

 青柳「実はね…3週間ほど前から()()している茅場君の事なんだけど…」

 

 里佳「!?アイツがどこにいるのか分かったのっ!!?」

 

 青柳「話は施恩先生から聞いてるよ。君達も辛かったと思う…けど、僕は教師だから茅場君の友人である君達には伝えておかなきゃいけない事がある」

 

 いつもの頼りない表情と打って変わって真剣な眼差しが私達を捉えている。生唾を飲み込み、青柳先生の話を聞く事にする。

 

 青柳「本来は教育実習生である僕が伝えるべき事じゃない。でも、施恩先生からじゃおそらく伝えられない事だと上が判断して僕に一任された。

 …今、欠席扱いになっている茅場拓哉の退学が今学期末に決まった」

 

 明日奈&里佳「「!!?」」

 

 体温がみるみる下がっていく中、私は震える唇を推して声を出した。

 退学を申し出た拓哉君がシウネーに伝えてから彼女はその事を上には知らせず、今日まで欠席扱いとして在学させていた。

 しかし、生徒達にこの事が広まるのに時間はかからず、それが他の教師の耳に入ったのだろう。今日までシウネーが伏せてきたのが露見し、このような結果を生んでしまった。

 

 青柳「一教師にも限界がある…。この学校は他と違って限られた時間しか経営出来ない。この学校にいる生徒が全員卒業してしまえば、当初の予定通り取り壊される。それまでに全生徒に最大限の学力を教えなきゃいけないんだ。1人に割ける時間はないって上の判断だね…」

 

 里佳「そんな…!!だって、ここに通ってる生徒は全員アイツに…!!茅場拓哉に救ってもらったのよ!!他にも報道とかされてないけど、いろんな事件だってアイツは自分の事なんか考えないで解決してきてるのよ!!退学ぐらい待ってくれても…!!」

 

 里佳は声を大にして言いたいのだろう。自分の命も拓哉君に助けられた事を。かく言う私もSAOとALOに閉じ込められていた所を和人君と拓哉君に救ってもらった身だ。感謝してもし切れないぐらいの恩がある。

 だが、SAO(あの世界)にいなかったシウネーを除く教師陣は彼の英雄譚を知らない。彼も他の生徒同様に扱っているのならこの処置は正しいのかもしれない。この学校だっていつまであるか分からないのだから。

 

 青柳「残念だけど…教師見習いの僕じゃ何を言っても聞き入れてはくれないだろう。その権利すらないんだから…」

 

 里佳「権利とかそんな話じゃない!!ここは社会復帰が目的の学校でしょ!!退学なんてさせたらそれすら叶わないじゃない!!」

 

 青柳「…こんな事言いたくないが、拓哉君の成績はもう社会に出ても十分に通用するレベルだ。もし、退学になっても彼の実力があればどこへだって…─」

 

 明日奈「…ます─」

 

 違う…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日奈「違います!!!!」

 

 

 

 

 青柳&里佳「「!!?」」

 

 目を丸くしている2人を他所に私は震える手を握り、力を込める。

 そんな事は関係ない。実力があるからもう退学でもいいいなんて横暴は認めない。

 

 明日奈「拓哉君は絶対にここに帰ってきます!!今学期末までに拓哉君が退学を取り下げればいいんですよね青柳先生!!」

 

 青柳「あぁ…その通りだが…」

 

 明日奈「分かりました。じゃあ、私達は失礼します。行きましょ里佳」

 

 里佳「えっ!?ちょ…明日奈!!?」

 

 青柳先生を残し、私と里佳は空き教室を後にカフェテリアへと戻った。

 すると、昼休み半ばになっていても和人君達が待っていてくれていたので、先程までの話を簡潔に伝えた。

 

 ひより「そんな…!!」

 

 珪子「退学…!!?」

 

 和人「…あと1ヶ月弱か。…明日奈、こんな事言うのは悪いが宛があってその条件を出したのか?」

 

 和人君の言う事は最もだ。拓哉君の居場所さえ掴めていない中でこのような強行に出るのは得策ではない。

 

 明日奈「ううん。でも…宛なんかなくてもやらなきゃいけない!!それに…嫌なの。もう…あんな…元気のない木綿季や、去っていった時の拓哉君の顔は見たくない…。だから…!!」

 

 この手で楽しかったあの時間を取り戻す。それだけで私達が動くには充分すぎる。もうこの手に細剣(レイピア)もなく、力もないけど、あの頃から培ってきた魂までは失くなったりしない。

 

 和人「…明日奈の言う通りだ!!もうごちゃごちゃ考える事はない!!オレ達で拓哉を救ってやるんだ!!」

 

 明日奈「うん!!」

 

 和人「とりあえずはユイは引き続き監視カメラのチェックを頼む!!」

 

 ユイ『了解です!!』

 

 里佳「私達は聞き込みをしましょ!!」

 

 ひより&珪子「「はいっ!!」」

 

 明日奈「私は木綿季の所に行ってくるわ…。木綿季にも協力してもらわないと…」

 

 和人「オレはそうだな…。()()()に会って何か知ってる事がないか聞いてみるよ」

 

 チャイムの予鈴がなるのと同時に私達は各々クラスへと戻り、午後の授業を受け、放課後に一度集まって今後の方針を明確にする。

 それから私達は各々散開し、私はユイちゃんのナビに従って陽だまり園へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side木綿季_

 

 

 2025年11月16日17時00分 横浜市 陽だまり園

 

 自室で布団にくるまり続け、気づけばもう夕方になっていた。

 時間が経つのがこんなに早く感じたのは久しぶりだった。だが、今はもうそんな事はどうでもいい。

 ボクにはやりたい事なんてないし、何かをしようとする気力すらないのだから。

 すると、部屋の外から慌ただしい音が聞こえ、それは次第にボクの部屋へと近づいてくる。

 そして、その音が部屋の前で止まると閉ざされていた扉が勢いよく開いた。

 

 木綿季「!!」

 

 明日奈「木綿季っ!!」

 

 木綿季「あ、明日奈…?」

 

 そこにはいつも優しく大らかな彼女とは正反対の剣幕な表情をした彼女がいた。来て早々布団から引きずり出されたボクは明日奈の前に立つ。

 

 明日奈「木綿季!!早く着替えて!!里佳達と一緒に聞き込みに行こ!!」

 

 木綿季「聞き込みって…何を?」

 

 明日奈「拓哉君だよ!!この付近で目撃情報を集めるの!!ほら早く支度して!!」

 

 木綿季「…無理だよ。拓哉の事はボクが1番知ってるもん。自分がいる痕跡なんて残してない…」

 

 そうだ。どこにも拓哉に繋がる情報などない。決めた事はどんな些細な事でも完璧にやり遂げる。…ボク達と会う気がないのなら尚更だ。

 それでも明日奈は引かなかった。あれやこれやと理由をつけてはボクを連れていこうとする。

 

 木綿季「無理だよ…。行っても悲しくなるだ─」

 

 瞬間、明日奈が目の前から消えた。後に左頬から強い痛みが生じ始め、この時になってやっと頬を叩かれた事に気づいた。

 向き直ると涙を滲ませている明日奈が目の前にいた。

 

 明日奈「そんな事言わないでよ…木綿季!!誰よりも木綿季がそんな事言わないでよ…!!ずっと、拓哉君と一緒にいた木綿季がなんで…誰よりも先に諦めようとするの?私はそんな木綿季が嫌い!!大嫌い!!」

 

 木綿季「…もう…昔みたいにはいかないよ…。あの頃は、ボクの手に剣があって強かったけど…今はそれすらないただの子供だから…」

 

 明日奈「…そんな事ない。例え、剣や力がなくてもあの頃から培ってきた魂までは失くなったりしない。それは木綿季もでしょ?」

 

 木綿季「…見くびりすぎだよ。何だって出来る気がした。それに見合った力もつけたつもりだった。だけど…今のボクはSAOのユウキじゃない。拓哉に守られてばかりの木綿季なんだよ…。もう守ってくれる人はボクの前からいなくなっちゃったけど…」

 

 ここが仮想世界でこの手に剣があれば、ボクだって立ち上がれたさ。

 でも、ここは現実世界でボクはどこにでもいるような普通の子供だ。

 子供にはどうしようもない事が多々あり、拓哉を見つける事がそれだ。

 だから、諦めるしか道がないじゃないか。

 

 明日奈「…分かった。今日はこれで帰る。…でも、来て欲しい場所があるの。21時に新生アインクラッド第1層のトールバーナの劇場に来て」

 

 木綿季「…」

 

 明日奈はそれだけを言い残して部屋を後にした。1人取り残されたボクはベッドに戻り、明日奈が来る前の状態に戻る。

 誰もいない部屋の一角でボクは何度目か知らない涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side拓哉_

 

 

 2025年11月16日18時10分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 キッチンで夕飯を作っていると不意にチャイムが鳴った。IHの電源を消し、玄関の扉を開けるとそこには筆記用具とノートを携えた詩乃がいた。

 

 拓哉「…どうかしたか?」

 

 詩乃「その…よかったらでいいんだけど、宿題を見て欲しいの。今日出された宿題でどうしても分からない所があったから…」

 

 拓哉「…はぁ…分かった。とりあえず上がれよ。飯食ってからでもいいか?」

 

 詩乃を部屋へと案内して、作りかけの料理を仕上げて部屋に戻ると、詩乃が立ったままオレの部屋を見渡している。

 

 拓哉「なんだよ?物珍しいもんなんてねぇよ」

 

 詩乃「そ、そんなの探してないわよ!あっ、これ…」

 

 ベッドの脇に置かれていたアミュスフィアに気づいた詩乃がゆっくりと持ち上げた。

 

 拓哉「アミュスフィアなんて今時珍しくもなんともないだろ」

 

 詩乃「拓哉は何かゲームとかしてるの?」

 

 拓哉「…昔な。それも引っ越してくる時にうっかり持ってきちまったもんだ」

 

 ランチャーにはALOが入っているが、もう3週間程ログインはしていない。今となってはそんな事どうでもいいのだが、詩乃が妙に食いつき、何のゲームをしてたの?とか、どんなジャンル?など聞いてきた事に驚いた。

 

 拓哉「それより宿題を見るんだろ?早くしろ」

 

 詩乃「あっ、うん…」

 

 宿題も終わり、詩乃を自宅へ帰すと息を1つ吐いてベッドに横たわった。

 

 拓哉(「またやっちまったな…」)

 

 天井に手を伸ばす。時々オレにはその手が血にまみれて見える事がある。この手で人を殺した。現実世界の肉体ではないにしろ、この手で人の命を刈り取った。仲間の命と他人の命を天秤にかけてしまった。もっと考えれば他の方法があったかもしれないと、今更になってまだ引きずる。

 刈り取ってしまった命の裏で救った命がある事を諭されて少しは気が楽になったが、そのせいで今度は仲間に迷惑が降り掛かった。

 オレの選択は間違いでオレの行動は軽率だった事を意味している。

 だから、もう誰にも迷惑をかけない。1人で陰に隠れながら生きていく。

 そう決めたんだ…。だから、別れを告げたんだ。もう2度と後悔しない為に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideout_

 

 

 2025年11月16日21時00分 新生アインクラッド第1層トールバーナ

 

 雲の切れ間を掻い潜り、ユウキは久々にログインしたALOの空を飛んでいた。目の前にALO全土を浮遊しているアインクラッドが見え始め、ユウキはその第1層へと外周から侵入する。

 トールバーナの街が見えると広場に着陸し、アスナが指定した劇場へと徒歩で目指す。

 

 ユウキ(「ここで初めて攻略会議をしたんだよね…」)

 

 ここは旧アインクラッドの構造に酷似しており、街並みや路地裏の構造まで瓜二つだった。ここで初めてディアベル指揮の元、攻略会議を開き、ここで初めてキリトとアスナ…タクヤと一緒にボスに挑んだ場所。

 

 ユウキ「…」

 

 タクヤの事を思い出す度に胸が締め付けられ、気持ちが沈んでしまう。

 思い出は宝石のようにキラキラ輝き、ユウキにとっては宝物のように大事なものだ。

 だが、今はそれがユウキ自身の気持ちを沈ませている要因になってしまっている。

 顔を俯かせながら目的の場所まで歩を進めていると、前方から異様な気迫を感じ、瞬時に顔を上げる。

 

 

 ユウキ「…アスナ」

 

 

 アスナ「来てくれてありがとう…ユウキ…」

 

 空色の腰近くまで伸びた髪は夜空の星々の光によってキラキラと輝いている。それに見合う容姿がアスナの美貌をさらに引き立てる要因にもなっていた。

 

 アスナ「…憶えてる?ここで初めてボス攻略会議に参加した事」

 

 ユウキ「うん…。あの時のアスナは今よりもツンツンしてたけどね」

 

 アスナ「あれは忘れて…」

 

 当時のアスナは周りに頼らず、一匹狼のようにただひたすらにモンスターを狩っていく毎日だった。そして、そんな所をレベリングしていたユウキ達に助けられ、一時的なパーティを組む事になったのだ。

 

 アスナ「…あの時の私はただあの世界に負けたくなくて、死ぬ時は自分らしく死のうって思って生きてた。突然放り込まれた世界は命の重さや人との関係を曖昧させるには十分で…。でも、そんな私をキリト君やタクヤ君、そして…ユウキ、アナタ達と出会ってから変われた」

 

 人の命がただのデータの残骸として削除され、現実世界の見えない場所で死んでいくものだと悟った時のアスナはただ純粋に死にたくないと思った。

 自分にはまだやらなければいけない事、やりたい事がたくさんある。こんなふざけた場所で死ぬなんてありえない。

 そう考えれば後は自身を強化する以外に選択肢はなく、迷宮区に3日間潜り続け、右手に握られた細剣(レイピア)でモンスターを屠り続けた。

 だが、そんな事は()()()()()()()()()()()()だから出来る事である。疲れや痛みはなくとも、戦闘を幾千も重ねていけば精神力が削られて当たり前で、VRMMOゲームはSAOが初めてだったアスナはそれを見誤ったのだ。HPもまだ十分にあるハズなのに、体が全く言う事を聞いてくれない。モンスターも好機と感じたように一斉に襲いかかってきた。

 

 アスナ(『…私はもう十分に戦った。…最後まで自分らしく戦った。…悔いは…ない─』)

 

 もう細剣(レイピア)を手放そうとした瞬間、モンスターを斬り伏せる一閃が描かれ、モンスターが次々と四散していったのだ。

 アスナが地に伏している中、見えたのは黒衣の剣士と紫色のロングヘアーの少女に片腕を晒した礼装の少年が立っていたのだ。

 その時に初めてアスナは自分の命はまだ終わってない事を知った。

 それからボス戦まで4人で、それからはキリトと共にコンビを組み、ヒースクリフからギルドに勧誘されるまでの半年間、行動を共にしていた。

 

 アスナ「血盟騎士団に入ってからも3人の事は気にかけてたけど、タクヤ君とユウキに関しては何も心配しなかった。2人が一緒ならどんな困難だって乗り越えられる。…そう信じてたから」

 

 ユウキ「…ボクは…」

 

 アスナ「でも、今のユウキには昔感じたものを全く感じない!ただ、現実を受け止められなくて、殻に閉じこもってる。気持ちはわかるよ…。1番辛いのがユウキだって事も分かる…。でも、昔の…SAOで戦っていた"絶剣”なら地に膝をついても、自分を鼓舞して守りたい者の為に剣を振るってた!!」

 

 例え、何度壁にぶつかっても悉くそれを砕き前に進んでいた。

 アスナはそんな姿を尊敬していたし、支えてあげたいと思った。

 だが、今のユウキはただの臆病者だ。傷つく事を恐れ、拒絶される事に怯えている。

 

 ユウキ「…買いかぶりすぎだよ。さっきも言ったでしょ?現実世界の紺野木綿季には何の力もないって…。だから─」

 

 アスナ「そんなの私が知ってるユウキじゃない!」

 

 メニューウィンドウを操作し始め、ユウキの元に1通の申告メッセージが来た。それはアスナからの決闘(デュエル)申請だった。

 

 アスナ「ユウキ、私が勝ったら拓哉君を一緒に探して。ユウキが勝ったら私はもう何も言わない。ユウキの好きなようにしてていい」

 

 ユウキ「…アスナ」

 

 アスナの瞳は本気であった。何を言ってもこの決闘(デュエル)を降ろす気がないのは明確だ。受けても今のユウキに果たして本気のアスナに勝つ事が出来るだろうか。拓哉を失い、悲しみの胸中にいるユウキにアスナに勝つ為の実力を出せるのか分からない。

 ユウキは震えながらやむなくYesボタンをクリックした。

 

 アスナ「劇場の舞台に上がって!」

 

 劇場の舞台に速やかに移動して、互いに鞘から抜剣する。カウントが刻まれる中、ユウキはただ困惑していた。

 アスナがここまで剣幕になった事もないのに、こんな時にアスナと初めての決闘(デュエル)はある種の緊張を生む。

 出来る事ならこんな形でやりたくなかったとユウキが思う裏でアスナはこの時だけ自身の高揚を感じずにはいられなかった。

 SAOでトッププレイヤーだった"黒の剣士”や"神聖剣”、"拳闘士”、"絶剣”とユニークスキルを所持していたプレイヤーはそれだけで他プレイヤーから崇められ、同時に畏怖されていた。

 アスナ自身も"閃光”という異名を付けられていたが、それは技術面で評価されているだけで、前に挙げられた者達は真の意味でトッププレイヤーだったのだ。その1人が今、アスナの目の前に剣を構えて立っている。

 真のゲーマーならこの状況に歓喜するなという方が無理な話で、キリトなら絶対に羨ましがるハズだろう。

 

 アスナ(「ユウキ…。この決闘(デュエル)であの時の想い…魂を思い出して!!その為なら私はなんだってやるよ!!アナタは私の親友だから!!」)

 

 ユウキ(「ボクはまた…迷惑をかけてるのかな…。アスナが決闘(デュエル)を挑む理由が分からない…。ボクは一体どうすれば…」)

 

 刹那だった。カウントが0を刻んだ瞬間にアスナが地を蹴り、ユウキへと一直線に駆けた。虚をつかれたユウキは行動がワンテンポ遅れる。

 その隙を歴戦の戦士に立ち戻っているアスナが見逃す訳もなく、ユウキの下腹部に細剣(レイピア)の鋭利な切っ先が刻まれる。

 

 ユウキ「っ!!?」

 

 アスナ「はぁぁぁぁっ!!!」

 

 すかさず細剣(レイピア)の軌道をさらに急所…心臓に向かって放たれる。だが、ユウキも右手に握られた片手剣でこれを躱し、アスナとの距離を取ろうと横に飛んだ。

 

 ユウキ「ハァ…ハァ…」

 

 アスナ「…昔のユウキならこんな初歩的なミスはしなかったよ」

 

 ユウキ「…」

 

 決闘(デュエル)の際はカウントが0を刻んだ瞬間に、より集中していた者が先手を取る事が出来る。だが、ユウキはカウントが刻まれている間や、カウントが0になった瞬間すら、集中力を乱したままであった。

 ここがSAOであったならば、その一撃で命を落とす事も起きうる事はユウキも知っているハズなのにと、アスナは歯噛みをしながらユウキを睨みつける。

 

 アスナ「次は逃がさない…!!」

 

 カチャと金属特有の音を鳴らせながら剣先をユウキに定める。

 気が引き締まったのか集中力を引き出し、片手剣を構える。互いの間に木の葉がヒラヒラと舞い落ちていき、それが舞台に落ちた。

 瞬間、2人の足が土煙を払いながら前へと出た。ギィンと金属がぶつかり合う反響音が夜の劇場に谺響(こだま)する。

 

 ユウキ「はあぁぁぁっ!!」

 

 アスナ「やぁぁぁぁっ!!」

 

 気合を声と共に外へと吐き出し、互いに急所を狙ってそれを防ぎ続ける。

 だが、この決闘(デュエル)で優勢に立っているのはアスナであった。

 

 アスナ「ふっ!!」

 

 ユウキ「!!」

 

 撃ち合う度にアスナの剣閃がより磨かれ、より的確に急所へと伸びてくる。ユウキはいつしか防御に全神経を注ぎ込んでいた。

 

 ユウキ(「まさかアスナがここまでやるなんて思わなかった…!!きっとみんなが見てない所で1人で特訓してたんだ…。キリトの為に…」)

 

 アスナが認め、尊敬し、そして…愛しているキリトを支える為。それがアスナが強さを求める理由であり、そうあろうとする行動理念なのだ。

 あの世界で互いに背中を預け、共に成長し、支えあってきたからこそ為せる偉業と言っても過言ではない。

 

 ユウキ(「大好きだから…守りたいから…強くなろうって思えるんだ。…ボクもそうだった」)

 

 撃ち合うだけでアスナの気持ちが流れ込んでくるようだ。それぐらいの気迫と覚悟が今のアスナにあり、今のユウキにないもの。

 それがこの結果を生んでいる最大の理由。"絶剣”と謳われ、SAO最速を誇った剣技は今は見る影もなく廃れてしまった。

 アスナの剣先が頬を掠め、HPがイエローに差し掛かったのを確認して隙を窺う。

 

 ユウキ「そこっ!!」

 

 アスナ「なっ!!?」

 

 アスナが細剣(レイピア)を手元に戻した瞬間を狙ってユウキの片手剣がガラ空きとなった左肩を大きく抉った。

 素早く状況を確認し、距離を取るアスナ。ユウキも距離を詰める事なく、刀身に残った感触を忘れないよう剣を握り直す。

 

 アスナ(「やっぱりユウキはすごい…!!あの状況でカウンターすら警戒するのに躊躇わず剣を振り下ろした…。分かっていたよ。ユウキに勝つにはまだまだ私は実力不足…。互いに愛した人の為に剣を振るい、ユウキにはユニークスキルが…私には何もなかった。それがどんな意味を持っているのかは分からない…けど、やっぱり…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 想いの強さだよ…ユウキ」)

 

 

 互いに条件は同じだったハズだ。どこでそれが別れたのか…。アスナは1つの答えに辿り着いた。それは2人で過ごしてきた時間…、互いに乗り越えた壁の数…。そして、どんなに離れていても2人の心が密接に繋がっている事。

 誰よりも壁に遮られ、誰よりもそれを乗り越えてきたからこそ、ユウキに"絶剣”スキルが出現したのだと悟った。

 

 アスナ(「でも、嫌な気分はしなかった。ユウキにはそれだけの力が…、決意があったから…。私も自分のように嬉しく思えたの…」)

 

 だから、今のユウキは見ていられないと立ち上がった。それはユウキの本当の姿じゃないと知っているから。

 

 アスナ「行くよ!!ユウキ!!」

 

 ユウキ「…来い!!」

 

 アスナの細剣(レイピア)がさらに加速してユウキに襲いかかってきた。それをいなし続けるユウキだが、息付く暇もない程の速度がユウキの集中力を削り続けていく。

 

 アスナ(「確かにユウキは私より速いけど…SAOの頃から攻撃が直線的だった…。なら…!!」)

 

 右手で突き続けている細剣(レイピア)の速度を固定してユウキに気づかれないように左手を強く握る。

 そして、ユウキが攻撃を防ぎ、攻撃へと転じようと瞬間にアスナの左拳がユウキの左脇腹を捉えた。

 

 ユウキ「ぐっ…」

 

 堪らず体内の酸素を吐き出し、動きが一瞬だけ遅れる。

 だが、アスナはその一瞬を逃さなかった。右手に握られた細剣(レイピア)の刀身にライトエフェクトが鮮やかに輝き始めた。

 

 

 細剣ソードスキル"カドラプル・ペイン”

 

 

 0距離からのソードスキルによる五連撃はユウキのHPを削り切るのには十分の威力を発揮する。後数cmでこの決闘(デュエル)に決着がつく。アスナはシステムに体を委ねながら勝利を確信した。

 

 ユウキ「まだ…」

 

 アスナ「!!?」

 

 それはまさに刹那だった。気づけばユウキのHPは削られておらず、カドラプル・ペインの五連撃を片手剣で綺麗にいなされていた。

 直後、アスナの体をソードスキル発動後に発生する硬直(ディレイ)で動きを封じられてしまった。こうなってしまってはユウキにとってアスナはただの動かない的となってしまい、ユウキはもちろんこの機を逃すまいとソードスキルを発動させた。

 アスナの体に高速の四連撃が貫き、アスナのHPをレッドゾーンまで削る。五連撃目に移行しようとする瞬間、硬直(ディレイ)から解放され、ほぼ同時にアスナは新たなソードスキルを発動させる。

 

 アスナ(「これで…!!」)

 

 

 細剣OSS(オリジナルソードスキル)"スターリィ・ティアー”

 

 

 ALOにソードスキルとOSSが導入された時から1人で毎日自身のソードスキルを編み出す為に特訓してきたアスナの隠し球だ。

 スターリィ・ティアーは六連撃でユウキのソードスキルを相殺するにはこれしかないと直感したアスナは迷わずライトエフェクトを帯びた細剣(レイピア)を片手剣の切っ先に合わせるように放つ。

 

 アスナ(「これが私の全力全霊の攻撃…!!」)

 

 ユウキ(「アスナは凄いな…。一瞬の判断力がズバ抜けてる。ボクのソードスキルに対してソードスキルで相殺しようなんて思いつかないよ…。…そうか…。アスナはいつも全力で、SAOの頃から何も変わらずその魂を引き継いでいるんだね…」)

 

 アスナと目が合うと心做しか笑みを浮かべているように見える。

 それを見てユウキは確信した。アスナにとって仮想世界だろうと現実世界であろうと関係ないのだ。例え、剣があろうとなかろうと決意と誇りが消える事はない。キリトが前に言っていた事をそのまま受け継いでいるのだ。だから、曲がる事はない。自身が定めた道を信じて歩き続けている。

 

 アスナ「はぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 そんな決意を秘めた相手に何も持ってないと()()()()()()()()()()()()()

 

 ユウキ(「ありがとう…アスナ。ボクは大事な事を忘れていたんだね…」)

 

 アスナのスターリィ・ティアーが六連撃を終えて硬直(ディレイ)が発生している。ソードスキルのぶつかり合いで互いに姿を視認出来ずにいたのが功を奏している。

 

 アスナ(「この間にユウキの位置を確認して硬直(ディレイ)が解けたら一気に…」)

 

 細剣(レイピア)を握り直し、臨戦態勢に入る。

 だが、アスナは気づいていない。ユウキの本当の力を…。本気のソードスキルを…。

 土煙が次第に晴れ始め、アスナは目を見開いた。まだユウキが動いているのだ。それはすなわちユウキのソードスキルがまだ終わっていない事を示している。

 ユウキのソードスキルは初回の四連撃に加え、スターリィ・ティアーで相殺した六連撃、そして…おそらくこれが最後の一撃であろうと予想出来たのはアスナがこのソードスキルを知っていた事を表している。

 SAOの世界でも"絶剣”の異名と共にこのソードスキルを知れ渡っているのだから。

 

 

 アスナ(「私の…完敗だよ。…ユウキ」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片手剣OSS"マザーズ・ロザリオ”

 

 

 

 

 土煙を全て払い除けユウキのマザーズ・ロザリオがアスナを捉えた。

 ライトエフェクトが翼の形に変わっていき、その威力とユウキの想いの力を肌でピリピリ感じた。もう何も心配する事はないと、アスナは敗北するというのに気持ちは落ち着いたままだ。

 アスナもこの一撃で死に戻りする事を覚悟していたのだが、いくら待ってもその時は訪れない。

 

 アスナ「…?」

 

 ユウキ「…ボクの勝ち…だよね?」

 

 ライトエフェクトが消え始め、片手剣の切っ先はアスナの体を貫く一歩前で止められていた。ユウキが態勢を直し鞘に片手剣を納めるとアスナも降参(リザイン)を申告して決闘(デュエル)は幕を閉じた。

 

 アスナ「…私の負けね。約束通り好きに─」

 

 ユウキ「うん。じゃあタクヤを探すのを手伝うよ!」

 

 アスナ「え?」

 

 ユウキ「なんでそんなキョトンとした顔してるの?」

 

 アスナ「だって、ユウキは…」

 

 ユウキ「…アスナのおかげで目が覚めたんだ。あの世界で培ってきたものは力や技術だけじゃないって…。ボクはあの世界で生きてきたからこそ今のボクがあるんだって…。大事な事を忘れてたよ」

 

 力も技術も所詮は何かを成す時に使われる手段であって目的ではない。

 本当に大事なのはそうやりたい、成し遂げたいと思う心なのだと、ユウキはアスナから思い出させてもらった。

 それを初めて実感したのは他でもないタクヤといた時間なのだと思いながら…。

 

 ユウキ「アスナには迷惑ばっかりかけちゃってゴメンね。こんなボクでも友達って…親友って言ってくれるアスナに甘えてばかりで…。でも、もう迷ったり、くじけたりしないよ!ここまでアスナがしてくれたんだもん。ボクは絶対にタクヤを見つけてみせるよ!!」

 

 アスナ「ユウキ…!!」

 

 大切なのは心の強さ。拓哉はそれを知り、考えた末に仲間と決別する道を選んだ。決してそれが間違いとは言えない。仲間を大切に思うからこそ辿り着いた答えだ。

 だが、ユウキは違う。どんなに突き放されても、どんなに拒絶されても追い続ける。繋がれた1本の糸を手繰り寄せ、拓哉の元に辿り着く。

 それがユウキが出した答え。ユウキの進むべき道だ。

 

 ユウキ「みんなにも謝らなきゃだね…」

 

 アスナ「私が一緒に行ってあげるよ。だから、頑張ろうユウキ!!」

 

 ユウキ「うん!!…それと、アスナにボクから贈り物をしたいんだ。ここまでしてくれたお礼に…」

 

 アスナ「そんなのいいよー!?私は私がやりたいようにやって…」

 

 ユウキ「持ってて損はしないよ。だから、少し待ってて」

 

 そう告げるとアスナに背を向け、鞘から抜剣し一息入れる。

 片手剣に全神経を巡らせ、集中力を極限に高めると、刀身にライトエフェクトが発生し、システムが起動してユウキが何もない空間に剣閃を描いた。

 

 ユウキ「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 雄叫びと共に空を斬り裂かんばかりに十一連撃を繰り出した。

 ゴォォンという衝撃音が劇場…いや、第1層全体に響きながら最後の一撃を貫いた。

 最後の一撃を終えた刀身はライトエフェクトを消滅させ、切っ先には古びた羊紙が現れ、そこに闇妖精族(インプ)の紋章が浮かび上がった。

 

 ユウキ「ふぅ…。これでよしっ!」

 

 羊紙を丸めると、アスナに向き直ってそれを差し出した。

 

 アスナ「これ…」

 

 ユウキ「アスナに…アスナだから貰ってほしい。ボクの気持ちを…。アスナにも守りたい人がいるんならボクがいない時にきっとアスナを助けてくれるよ」

 

 アスナ「…ありがとうユウキ。私にとってユウキは太陽みたいな存在だから…これに相応しい人になるように頑張るよ!!」

 

 ユウキ「固いなー。でも、そんなアスナがボクは大好きだよ!」

 

 互いに励まし、時には研鑽し合える友と交わした剣は、これから先どんな事があろうと忘れたりはしないだろう。

 それだけ互いの心に残る大事な時間であった事は言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 OSS"マザーズ・ロザリオ”を受け継いだアスナは、ユウキと共に夜のALOの空へと羽ばたいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
ユウキとアスナの戦闘シーンは書いてていいものになったんじゃないかと思います。
そして、原作と時期は違いますがマザーズ・ロザリオを継承したアスナがどんな風に成長していくかお楽しみに!


評価、感想などお待ちしております!


では、また次回!


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【61】波紋

という事で61話目になります!
選んだ道が正しいと思っている拓哉はいつまでこうしているのか。
木綿季達の懸命な行動は実を結ぶのか。


それでは、どうぞ!


 side詩乃_

 

 

 2025年11月20日13時20分

 

 東京という大都会は田舎から出てきた私に多くの驚きを与えた。溢れんばかりの人の往来…、天高く聳え立つ高層ビル群…、テレビの中でしか見た事のないお店…。

 右を見ても左を見ても初めて見るその光景は私を混乱させるには十分であった。

 

 詩乃「…来るんじゃなかった」

 

 私が住んでいる湯島は東京の中でも人が少なく、地元とよく似た空気を漂わせている。そこに懐かしさを感じた私は高校進学と伴に上京し、今日まで7ヵ月の間、ひっそりと暮らしてきた。

 そして、今日この東京の中心に来たのは理由があり、中学からずっと読んでいる小説の最新刊が出たという情報を聞きつけ、近所の本屋に発売初日に買いに行ったのだが、どこも完売状態となってしまっていた。

 読みたいと考えてしまった後に読めないと思うとどうにも諦めきれない。

 幸い、今日は期末試験中で午前で学校が終わった為、こうして東京の中心まで足を運んだ次第だ。

 

 詩乃「なんでこんなに多いのよ…」

 

 平日の正午過ぎに来てみれば、駅はサラリーマンや観光客で溢れかえり、外に出ればさらに倍の人混みが待っていた。

 さすがは日本の中心と言った所だろうか。東京に来れば買えないものはないとまで言われているのもあながち間違いではないだろう。

 そう感心していても仕方ないので近くの本屋を転々としながらお目当ての本を探した。

 4件目の本屋で見つけた私は思わずガッツポーズを取ってしまい、周りから笑われる中素早くレジで会計を済ませ、店を後にした。

 我ながら馬鹿な事をしたものだと、家路へ着く途中で肩を落としていると、1人の女子学生が声をかけてきた。

 

「あのーすみません!少しいいですか?」

 

 詩乃「え?…あ、あの…私?」

 

「時間は取らせないのでお願いします!」

 

 見る限り私と同年代か年下と思わせる女子学生はハキハキと私に話しかけてくる。頭に巻かれた赤色のバンダナと腰まで伸びた黒髪がよく似合った女子学生が私に1枚のチラシを渡した。

 

「もし何か気づいた事があったら教えてください!電話番号とメールアドレスも書いてますから!」

 

 詩乃「は、はぁ…」

 

 半ば無理矢理渡されたチラシを握らされ、女子学生はまた別の人に声を掛ける為、人混みの中を駆けて行った。

 

 詩乃(「何かのバイト?」)

 

 有無を言わせてもらえなかった為、渡されたチラシを今更確認する。

 すると、それを見た瞬間に私の口内の水分が全て乾いてしまった。

 

 詩乃「え…?」

 

 チラシには似顔絵と集団で撮られた一枚の写真がプリントされており、そこに私のよく見知った知り合いが笑顔で写っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詩乃「…拓哉?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideout_

 

 

 2025年11月20日18時00分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 日が沈み、外は街灯と窓から漏れ出る照明によって朧気に照らされている。日用品や食材を買い終えた拓哉は白い息を吐きながら自宅へと目指す。すっかり一人暮らしが板についてきたのか、最近では寂しさを感じなくなった。

 いや、寂しさは未だにある。拓哉自身がそう感じないようにしてきただけにすぎない。

 自宅のアパートに着いても部屋の電気はつけられていない。

 当たり前と言えばそれまでだが、拓哉はアパートを眺めながら歩を止める。

 

 拓哉(「何…やってんだろうな…オレは…」)

 

 木綿季達に迷惑をかけまいと距離を置いたのに、たまに無性に湧き出る消失感に意味を見出そうとする。

 だが、意味などはない。拓哉が選んだ道はそういう道だからだ。誰かが歩いた形跡のない舗装されていない道をただ歩き続ける。

 例え、その先に何もなかったとしても歩き続けるしかないのだから。

 自室の扉の鍵を開け、中に入ろうとすると階段の方からガタンガタンと勢いよく登ってくる音が響いてきた。それが止むと息を切らした詩乃が立っていた。

 

 詩乃「ハァ…ハァ…拓哉…」

 

 拓哉「どうしたんだよ?そんなに慌てて…」

 

 深呼吸で息を整え、何かを決意した様子の詩乃が真っ直ぐ拓哉に歩み寄る。その姿に少しばかりの緊張を覚えながらそれを待った。

 

 詩乃「…あの、少しいいかしら?」

 

 拓哉「あ、あぁ…」

 

 外はこれからさらに冷えてくる為、詩乃を部屋へと案内する。

 エアコンを起動させて、暖かい風を部屋中に広がせながら詩乃と面を向けて座る。

 

 拓哉「で、今日は何の用だ?オレもそれなりに忙しいんだけど…」

 

 詩乃「…あなた、ここに来る前はどこにいたの?」

 

 拓哉「なんだよ、藪から棒に…。別にどこだっていいだろ?プライバシーの侵害だ」

 

 詩乃「今日、少し遠出をしたんだけど…そこでこれが配られてたわ」

 

 鞄からある1枚のチラシをテーブルに置き、拓哉はそれを見て目を見開いた。

 

 拓哉「…これ…は…」

 

 詩乃「詳しい事は知らないし聞かないけど…心配してるようだった。あの人達に何も言ってないの?」

 

 拓哉「…」

 

 ただ黙るしかなかった。木綿季が…みんながこんな事をしてるとは思わなかったし、何よりこんな馬鹿な事を止めたいと思った。

 拓哉が何の為に仲間達と距離を取ったのか、それを根源から覆すような行動をしては拓哉が去った意味がなくなってしまう。

 周りから冷たい視線で見られ、まだある学校生活にも必ず支障にきたす。こんな犯罪者まがいの奴とつながってると思われるのだから。

 

 拓哉「…止めさせてくれ」

 

 詩乃「え?」

 

 拓哉「こんな事しても…意味なんかねぇんだよ。オレは…もう…帰れねぇんだから…!!」

 

 詩乃「…」

 

 体を震わせ、顔をうずくめている拓哉の姿が詩乃にとって初めて見る弱さを見せた瞬間だった。

 心の中で拓哉の佇まいから強い人だと思っていた。何事にも動じず、何者も寄せ付けない強者の姿を勝手に連想させていた。

 だが、今の拓哉はどんな些細な事でも傷ついてしまうガラス細工のように脆く感じ、詩乃はどちらの拓哉が本当の姿なのか分からなくなった。

 そして、弱さを晒した拓哉の姿に()()()()()()()()

 

 詩乃(「やっぱりこの人も…何かを失くして、強くなろうとしている最中なんだ…」)

 

 彼と私は似ている。そう感じた詩乃はおもむろに放置されていた拓哉のアミュスフィアを手に持ち、拓哉に差し出す。

 

 拓哉「?」

 

 詩乃「弱い自分を変えたいなら…私と一緒に戦わない?」

 

 拓哉「何…言ってんだよ…?」

 

 詩乃「GGO(ガンゲイル・オンライン)ってゲームなんだけど、そこで最強になれば現実世界でも強くなれる…。私はそう信じてあの世界で戦い続けてる!

 …あなたももし、今の自分を変えたいのなら…って、思ったん…だけど…」

 

 目を点にしてこちらを見つめている拓哉に気づき、自分らしくない事を言っている自覚した詩乃は頬が赤くなるのを感じながら顔を伏せてしまった。

 

 詩乃「べ、別に深い意味があって言った訳じゃなくて…!!

 どうせ1日中暇してるなら練習相手にでもって思っただけだからね!!」

 

 拓哉「…ツンデレかよ」

 

 詩乃「うるさいっ!!!やるの?やらないの?」

 

 拓哉「…」

 

 あの世界に行けば…仮想世界でなら変われるのだろうか。

 その答えは現実世界(ここ)になくて仮想世界(むこう)にあるのだろうか。まだ自分の選択した道が間違いだとは思ってはいない。

 だが、他にまだ…選択肢があるなら探さなければならない。拓哉にとって仮想世界はもう1つの現実世界なのだ。ならば、探すだけの価値はあるかもしれない。

 

 拓哉「…ガンって言うだけあって、銃がメインのゲームだろ?」

 

 詩乃「!!…えぇ、そうよ。ステータスの振り方によって戦闘スタイルが変わっていくのも特徴ね。銃の種類は多種多様で結構細かくビルドしないと強くなれないわ。…あそこはおそらく、他のVRMMOゲームよりも過酷だと思うから」

 

 拓哉「?」

 

 詩乃の話によれば、GGOは日本で唯一リアルマネートレーディング制度を採用している。簡単に言えばGGOで稼いだ金銭を現実世界にペイバック出来るとの事で、毎月その制度を利用して20〜30万円を定期的に稼いでいるプロゲーマーがいる事から、GGOはどのVRMMOゲームよりも殺伐として実力者しか生き残れないゲームになっている。

 

 詩乃「VRゲーム経験者ならGGOにキャラデータをコンバート出来るからステータス面では問題ないわよ」

 

 拓哉「…いや、コンバートはしねぇ。新しく作るよ」

 

 詩乃「そう?まぁ、私はどっちでもいいんだけど…。じゃあ、明日の17時にグロッケンって街の転移門前で落ち合いましょ」

 

 そう言い残して詩乃は拓哉の部屋から出ていき、自室へと帰っていった。

 

 拓哉「…って、まだGGO買ってねぇんだけど…」

 

 文学少女のイメージの詩乃がまさかミリタリー系の趣味があった事に驚きながらも、拓哉は重い腰を上げて夕飯の準備に取り掛かる。

 

 拓哉「…」

 

 まだ見ぬ仮想世界への好奇心はどんなに沈んでいても押し寄せてきて、拓哉の決意を鈍らせる。

 まだ希望があると思っているのか?まだ誰かの助けを信じているのか?

 そんなものはないと分かっているハズなのに、それでも縋ってしまう。

 

 拓哉「…現実世界(ここ)でダメなら仮想世界…か。確かにな…。オレには…そっちの方が合ってるのかもな」

 

 現実世界が生きにくいと感じる時がたまにある。ここには周りの目や人間関係、社会からの圧力など、目に見えない力が終始、牙を向いて襲ってくる。だが、仮想世界はどこまでも自由でどこまでも壮大な世界だ。

 現実世界の(しがらみ)を抜け出し、どこまで進めていける。そんな世界だからこそ見つけられるものがあると信じて拓哉は新たな世界へと旅立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この消失感を埋めてくれる何かを求めて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年11月26日14時30分 東京都御徒町 ダイシー・カフェ

 

 学校の休みを利用して朝から周辺の聞き込みやチラシ配りを行ったがその成果はまだ出ていない。

 小休止としてエギルが営むダイシー・カフェへとやって来ていた木綿季達は午後からの活動について会議を開いていた。

 

 木綿季「もっと聞き込む範囲を広くしたらどうかな?」

 

 明日奈「そうだね。でも、結構な規模になるけど人手は足りる?」

 

 直人「それだとあんまり現実的じゃないですね…」

 

 今やダイシー・カフェは木綿季達のアジトの如く扱われ、経営者であるエギルは舌を巻くばかりだ。拓哉が戻ってきた日にはそれなりの謝礼を用意してもらおうと会議を進める木綿季達の傍らでエギルは静かに誓った。

 そんな中、遅れてダイシー・カフェの扉を開け、黒一色の風貌の和人が入ってきた。

 

 里香「和人遅いわよ!どこ行ってたのよ!?」

 

 和人「あぁ…。ちょっと銀座までな」

 

 珪子「銀座まで何をしに?」

 

 和人「…拓哉の居場所を知ってそうな奴に会ってきたんだ」

 

「「「!!?」」」

 

 カウンターに腰をかけ、エギルにジンジャーエールを注文して一息つく。

 そこに木綿季が隣に座り、和人の様子を伺った。

 

 木綿季「それって…もしかして菊岡さん?」

 

 和人「あぁ。菊岡なら何か知ってるじゃないかって思ってな」

 

 エギル「それで、何か収穫はあったのか?」

 

 和人の前にジンジャーエールを差し出し、それを一口含む。口の中で炭酸が弾けるのを噛み締め、喉を通し、爽快感を得た所で和人が口を開いた。

 

 和人「結果から言うと何も聞けなかった。だが、アイツは確実に拓哉の居場所を知ってる」

 

 直人「その根拠は?」

 

 和人「拓哉がいなくなってから、週一のペースで来ていたバイトがパッタリ途絶えたんだ。多分だけど、拓哉が菊岡にオレに仕事を回さないように言ったんだろうな」

 

 

 

 それは今から3時間前まで遡る。

 和人は菊岡に会う為、彼が待ち合わせ場所にしていた銀座にあるカフェへと向かった。店内は高価な装飾が施されおり、そこに来店している客達からも気品が感じられ、なんとも場違いな所を指定したものだと肩を落としたのを憶えている。

 店内の隅に1人だけスーツ姿でデザートを食べているのを確認して、真っ直ぐそこへ歩を進めた。

 

 菊岡「やぁ、キリト君。わざわざすまないね」

 

 和人「すまないと思うならこんな所に呼ぶなよ…」

 

 菊岡「ここは僕の行きつけのお店でね。話をするにはここの方が割かと落ち着くんだ。それで?今日僕を呼び出したのはどうしてだい?」

 

 店員に席を勧められ、軽く頭を下げて席へと座る。菊岡から無言でメニュー表を渡され、和人は高価な値段に驚きながら3品ほど注文して店員を下がらせた。

 

 和人「単刀直入に聞く。菊岡さん、拓哉の居場所を教えてくれ」

 

 菊岡「何故だい?」

 

 和人「何故って…アンタは知らないかもしれないが、学校中に拓哉の殺人歴がバレて拓哉の居場所がなくなってるんだ。

 …木綿季にまで何も言わずにいなくなってもう1ヵ月以上経ってるんだぞ!?友達なら心配するに決まってる!!」

 

 声を荒らげると周りの客の視線が集まる。それを意に返さない和人を前に、菊岡は静かに紅茶を嗜んだ。

 

 菊岡「…だからと言って何故僕が拓哉君の居場所を知ってる事になるのかな?」

 

 和人「白々しいな…。オレが居場所を教えてくれと言ったらアンタは何故と問い返した。普通なら知らないと言うか驚く場面なのに…。そうならないのはアンタが拓哉と会って居場所を知ってるからじゃないのか?」

 

 菊岡「ふむ…。流石にSAOでトップランカーを走り続けてきただけの事はあるね。…確かに、僕は拓哉君の居場所を知っている。元はと言えば僕が用意した場所だけどね」

 

 和人「だったら教えてくれ!!…せめて、木綿季だけでもいいから教えてくれ!!」

 

 タイミングよく、和人が注文した品々がテーブルに並べられるが、和人はそれに手を出そうとはしなかった。

 一刻も早く、拓哉を見つけ出して精神的に疲弊しているであろう木綿季に会わせてやりたいと強く願っているからだ。

 だが、無情にも菊岡から出た返事は和人の望んだものではなかった。

 

 菊岡「それは言えない。拓哉君との約束だからね」

 

 和人「!?…なんでだよ!!もうアンタに頼るしか方法がないんだ!!」

 

 菊岡「そう言われてもね…。それに拓哉君がもし、君達の所に帰ってきたとしよう。だが、彼を受け入れる場所はあるのかい?」

 

 和人「!!」

 

 言い返せなかった。拓哉が何の為に和人達から距離を置いたか。拓哉を探す事ばかりで考えもしなかった事だ。拓哉が戻ってきても、和人達以外の学校の生徒達はそれを良しとはしないだろう。

 また同じ過ちを繰り返し、拓哉が傷つくだけだ。

 

 菊岡「拓哉君がそこに戻っても君達以外誰も受け入れてはくれないだろうね。悪い言い方だが、人を殺した者と同じ空気を吸いたくないと考えるハズだ」

 

 和人「お前っ!!?」

 

 怒りに任せて菊岡の胸ぐらを掴むと、流石に周りの客も何かと騒ぎ始める。だが、和人にそんな事は関係なかった。親友を侮辱され、現状維持を推奨する菊岡に物申したいが、菊岡の言っている事も間違いではない。

 第3者として冷静に物事を判断すれば誰でもそう言うだろう。

 

 菊岡「残念だがそれが現実だ。彼らはまだ大人じゃない。人生を狂わされてそれを懸命に取り戻そうと努力しているのに、そこに人殺しなんて不純物は必要ないんだ。誰も望んでいない」

 

 和人「…なら、拓哉はこのままでいいって言うのか。誰とも関わらず、生涯1人で生きていかなきゃいけないって言うのかよ…」

 

 菊岡「…彼が望んだ道だ。外野がとやかく言う事じゃない」

 

 和人「…っ」

 

 拓哉が和人達の為に自らを犠牲にして和人達の生活を守った。

 聞こえはいいかもしれないが、守られた人達の事を考えていないやり方だ。特に木綿季は1番辛いだろう。誰よりも拓哉と共に生き、誰よりも寄り添った木綿季が1番傷つく。そうなってでもいつか幸せを感じられる時が来るだろうと拓哉が出した答えだ。

 

 菊岡「木綿季君の事は僕も気にかけた。それでも、自分といるよりは幸せだと…そう思っての行動だ」

 

 和人「…それは違う。そんな事して木綿季が喜ぶ訳がない!!オレ達だってそうだ!!いつも助けられてばかりで今度こそはオレ達が拓哉を守るんだって…!!それなのに…どうして…」

 

 何もかける言葉が見つからなかった。どちらの言い分も正しいと分かっているからこそ、互いにすれ違い、あらぬ方向へと向かってしまう。

 

 菊岡「…拓哉君の居場所は教えられない。」

 

 和人「…」

 

 何も聞けないならこの場に用はない。和人は菊岡に背を向け、店を後にした。

 

 菊岡「…この役回りはつらいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日奈「結局振り出しに戻っただけか…」

 

 木綿季「さぁ!そろそろ行こっか!ご馳走様エギル!」

 

 エギル「あぁ。お前らも頑張れよ。俺の方も客に聞いてみるからよ!」

 

 代金を支払い、木綿季達は聞き込みを再開させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side拓哉_

 

 

 2025年11月26日17時00分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 自宅へと帰宅したオレはベッド脇に置いてあるアミュスフィアに買ってきたGGOのソフトをインストールする。

 どんな時でも新しいゲームを買うとドキドキするが、詩乃との約束の時間はとうに過ぎている。早くアバターを作って行かなければ後でどんな目に合うか考えただけでもおそろしい。

 

 拓哉「さて…。久しぶりだな…」

 

 頭にアミュスフィアを被り、バッテリーの充電が満タンになっているのを確認して久方ぶりの音声コマンドを入力した。

 

「リンクスタート!!」

 

 音声コマンドと共に視界がクリアになり、ゲームの初期設定エリアに転移する。ふと、ホロキーボードに指を触れる前にそれを止めた。

 

 拓哉「名前…どうするかな…。もし、万が一木綿季達がGGOしないとも限らないし…」

 

 SAOやALOでは現実世界と同じリアルネームに設定していたが、やはり、現実世界(リアル)の情報は出来る限り隠した方がよいだろう。

 名前の設定に四苦八苦する事10分。ようやく名前も決め終わり、また視界がクリアになった。

 目を開けるとそこはALOの広大な自然とは対照的の廃れたビルが建ち並ぶサイバーチックな世界観だった。微かに火薬の匂いを漂わせているこの街には明るさなどはまるでない。

 あるのは屈強の大男達や、ネオンが輝くカジノ、分厚い雲に覆われた空。

 それだけで肌がピリピリするような緊張感を漂わせ、オレの心を昂らせる。

 

「ALOと違ってみんな血の気が多そうだなぁ」

 

 転移門から階段を下ろうとすると思わず階段を踏み外し、豪快に転んでしまった。

 

「いてて…。なんかしっくりこないな…このアバター」

 

 やけに建物や行き交う人が大きく見えるが、まだこの世界に慣れていないからだろうと別段気にしなかった。

 そんな事よりもここで待ち合わせしている詩乃を探す。

 しかし、当たり前だが詩乃もこの世界(GGO)では現実世界の朝田詩乃の姿ではない。探しても意味がないと思っていると、周りの男達の笑い声が聞こえてきた。

 どうやらオレを見て笑っているようだが、まだ自分の姿を確認してない事に気づき、近くにあるショーウィンドウで自身の姿を確認した。

 出来る事なら強そうな顔立ちになっていればいいなと思っていると、そこには小学生ぐらいの男の子が写し出されている。

 右に振り向いても左を振り向いてもウィンドウに写った男子小学生はまったく同じ動きをした。

 

「嘘…だろ…?」

 

 今度は自分の目で手や足、体を見るが、明らかに現実世界の茅場拓哉より小さくなっている。頬はやけに柔らかいし、瞳もあどけなさが抜けきれていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃこりゃァァァァァァっ!!!?」

 

 

 オレのGGOでの姿は誰が見ても小学生の子供の姿だった。おそらく、先程の男達もオレの姿を見て子供がいる事に笑ったに違いない。

 屈強な戦士を願ったのも束の間、どこを見ても軟弱そうな少年の姿がオレを絶望の淵に追いやった。

 

「こんなのってアリかよ…。いくら、ランダムに設定されるって言っても限度があるだろ!?距離感とかまるで掴めないし、こんな体じゃ銃なんかもって走れねぇだろっ!!?」

 

 いくら嘆いてもこのアバターが成長する訳もなく、アバターを作り直すのも馬鹿らしい。仕方ないと諦めて詩乃を探す事に決めた時、背後から肩を叩かれ後ろを振り向くと、碧髪にマフラーを巻いた少女がいた。

 

「僕、迷子なの?」

 

「ぼ…!?オレは僕なんか言われる歳じゃねぇ!!」

 

「え?いや、でも…そうは見えないけど…」

 

 碧髪の少女が言う事も的を得ており、誰が見てもそう疑ってしまう。

 

「今日初めてこのゲームやって、そしたらこんなアバターになっちまって!!詩乃に見られたら確実にバカにされる…」

 

「え?…もしかして、拓哉…なの?」

 

「え?」

 

 無言の時間が流れ、互いに思考が停止した。

 

「もしかして…詩乃?」

 

「ふ…ふふ…ふははははははっ。何よアンタそのアバター!現実世界(むこう)とは大違いね」

 

「笑うなっ!!オレだって好きでこんな格好してる訳じゃねぇんだよ!!」

 

 ひとしきり笑い終えた自分がマフラーを振り払い、右手を差し出す。

 

 シノン「私はこっちじゃシノンって名前でプレイしてるの。改めてよろしくね。えーと…そう言えばアナタ名前は?」

 

 ユウヤ「ユウヤだ。色々とレクチャー頼むぜ、シノン」

 

 ユウヤという名前はふと頭によぎった少女の名前から自分の名前と合わせた名前だ。入力して我ながら未練がましいと思ったが、ここでアイツと会わないと思ったのでこの名前にした。

 

 シノン「ユウヤね。じゃあ、まずは装備を1式揃えないとね。…って、始めたばっかりだから所持金も初期設定だったわね」

 

 メニューウィンドウを開き、自身のパラメーターを確認すると、確かに所持金が1000クレジットとバリバリの初期金額だった。これでは、銃はおろか防具すら買えない。

 

 ユウヤ「カジノあるし、そこで資金調達出来ねぇの?」

 

 シノン「カジノを1000クレジットで稼げる訳ないでしょ。いいわよ。お金くらい貸してやるからお店に行きましょ。付いてきて」

 

 言われるがままにシノンに付いていくオレは周りの景色を見渡しながらここが仮想世界である事を実感する。周りからは姉弟が仲良く歩いていると思われているのか野次馬からのヤジが飛び込んでくる。

 だが、シノンはそれらを無視して真っ直ぐ武器屋へと向かうのでオレも気にしないようにした。

 数十分歩いた先に街灯がチカチカ光り、今にも潰れそうな店へとやってきた。

 

 ユウヤ「GGOってなんかスラムみたいな所だな」

 

 シノン「まぁ、不時着した宇宙船の素材で創った街って設定だからね。色々とツギハギなのよ。さて…ユウヤは前のゲームじゃステータスはどうだったの?」

 

 ユウヤ「えっと…AGI(アジリティ)優先で次にSTR(ストレングス)上げてたかな…。って言ってもこっちじゃまだ0の状態だけど…」

 

 シノン「最初はレベリングをしてステータスを強化する所からか…。なら、中古の銃を買いましょ。ステータスを強化してから本命を買うといいわ」

 

 コンバートすればそのような手間が省けるのだが、1から鍛えた方が楽しいし、また違った遊びが出来て悪い事ばかりではない。

 シノンの資金で中古のハンドガン一丁と手榴弾、防具を1式を選び、会計ロボに精算する。

 ふと、店の奥で人だかりが出来ており、シノンにあれが何なのか尋ねた。

 

 シノン「あれはミニゲームよ。あの奥にガンマンがいるでしょ?アイツにタッチ出来たらあそこに貯まってるクレジットが全額貰えるのよ」

 

 ユウヤ「全額って…53万って表示されてるけど、あれ全部?」

 

 シノン「言っておくけど無理ゲーよアレ。だって7m地点から反則じみた早撃ちするんだもの。それでも、あーやって馬鹿共は集まるけど」

 

 ユウヤ「面白そうだな。…試しにこのアバターでどれだけ動けるか試してみるか」

 

 ミニゲームの前まで行き、ゲートの横でクレジットを支払うとブザーと共にゲートが開かれた。

 

「小僧!頑張れよー」

 

「小っせぇからイイトコまで行けるんじゃねぇかぁっ?」

 

 ユウヤ「小っさい言うなっ!!?」

 

 勢いよく飛び出したオレは一直線にガンマンに突撃をかけた。すると、ガンマンが銃を構えた瞬間、目の前に一直線の赤外線が出現した。

 

 シノン「それは弾道予測線(バレットライン)よ!その線に沿って銃弾が撃たれるの!」

 

 ユウヤ「なるほどね…!」

 

 ならば、これら全てに触れさえしなければ被弾する事はないという訳か。

 幸い、このアバターでなら狭い道幅でも横に避ける事が出来る。

 放たれた銃弾はオレの傍らを通過して、被弾を逃れる。リロードする間に一気に距離を縮めに向かったオレは早撃ちに切り替わるという7m地点まで進んだ。

 すると、シノンの言う通り先程よりも早く銃を構え銃弾を発射した。

 

 ユウヤ「うおっ!?」

 

 紙一重の所で躱したオレは足を止める事なく、前に進む。

 

「おぉ!!アレを避けやがった!!」

 

「小っちぇから避ける範囲が広いんだよっ!!」

 

 シノン「嘘…」

 

 そして、あと3mと言った所でガンマンがさらなる早撃ちを見せた。何とか避けたが、リロードする時間も短縮され、その場で銃弾を躱す事に必死になって前に進めない。このままでは確実に被弾する事を予感したオレは一か八かの賭けに出た。

 リロードする瞬間に、地面を思い切り蹴り、空中へと飛んだ。

 

 

「飛んだっ!!?」

 

 シノン「バカっ!!空中じゃ身動きなった取れないわよ!!」

 

 だとしても、距離は一気に稼ぐ事が出来る。弾道予測線さえ見極めれば53万クレジットが手に入り、シノンへの貸しも返せる。

 案の定空中に飛び上がったオレ目掛けて銃弾が乱射された。

 

 ユウヤ「っ!!」

 

 弾道予測線に当たっている箇所を見極め、空中で独特なポーズを取りながら何とか避けたが、あと1mという所で隠し持っていた銃が現れた。

 

 ユウヤ「!!」

 

 不敵に笑みを浮かべたガンマンは躊躇わず引き金を引いた。

 だが、その弾がオレに当たる事はなかった。オレはホルスターから先程買ったハンドガンに薬莢を入れ、誰もいない壁に向かって撃った。その反動で小柄なオレの体は空中で横へと逸れ、そのままガンマンにタッチする。

 

 シノン「そんな…バカな…!!?」

 

 ガンマンは膝から崩れさり、それと同時にオレの頭上から大量の金貨が降り注いできた。それを自分のストレージにしまい、シノンの元へと戻る。

 シノンと周りのプレイヤーが目を見開いているのを見て不思議に思った。

 

 ユウヤ「どうした?鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して」

 

 シノン「あ、アンタ…あれって…」

 

 ユウヤ「あぁ。このアバターの総重量って30kgそこらだからさ。撃った反動で空中でも少しは動けるんじゃないかって思ってよ。いやぁ、何とかなって儲けたぜ」

 

 シノン「普通やろうと思ってもやらないわよ。…まったく、キチガイにも程があるわ。反射神経も化け物地味てるし」

 

 ユウヤ「反射神経は元々だ。っと、ほら。さっき借りてた金」

 

 ストレージから先程借りた金額のクレジットをシノンに返してオレ達は店を後にした。帰り際、またしてもミニゲームに挑戦しようとプレイヤーが押しかけてきたが、次来る時にどれだけ貯まってるか見ものだ。

 ショップから出たオレ達はフィールドでモンスター狩りをしてレベルを上げようと話し、グロッケンから出た荒野にやってきた。

 辺り1面は地盤が隆起し、草木も枯れ果てた言葉通り何もない場所だった。殺風景と言えばそれまでだが、遠くまで目を凝らすと半壊したビルや廃村などもあり、世紀末を感じさせる。

 

 ユウヤ「何もない」

 

 シノン「あっちの方に比較的弱いモンスターが出るわ。今のアナタのステータスじゃそれすら倒せるか不安だけど、私がサポートするから安心しなさい」

 

 ユウヤ「了解、教官殿」

 

 10分程歩くとGGOで初めて見るモンスターが荒野を徘徊していた。やはり、ALOとは違い、モンスターなども世界観にあった姿をしている。

 どちらかと言えば現実世界の野犬に近い風貌がオレの緊張を幾ばくか和らいでくれた。

 

 シノン「じゃあ、行くわよ。まず私が手本見せるから見てて」

 

 そう言って岩陰から颯爽に飛び出し、シノンは腰に携えたハンドガンに手にかけた。銃口を向けた瞬間にモンスター達もシノンの存在に気づき、荒々しい雄叫びと共に牙を向いた。

 

 シノン「…死ねっ!!」

 

 バァンと複数回の銃声が辺り一帯に響き渡る。その弾はモンスター達の眉間に的確に放たれ、一瞬でポリゴンの花吹雪にしてみせた。

 

 シノン「ヘッドショットなら大概のモンスターはレベル関係なしに仕留められるわ。常にヘッドショットは心掛けておいた方がいいわよ」

 

 ユウヤ「とは言っても、この弾道範囲(バレットサークル)だっけ?この円の中にランダムで命中するんだろ?」

 

 弾道範囲(バレットサークル)とは、銃の引き金に指をかけた瞬間に緑色の円が心拍数に比例して大きくなったり、小さくなったりするシステムアシストだ。この円の中に銃弾がランダムに命中する為、初めてプレイする者に立ちはだかる最初の難所と言った所か。

 

 シノン「落ち着いて撃てばサークルも定まるわ。最初は四苦八苦するだろうけどそこはもう慣れるのみね」

 

 ユウヤ「初心者(ニュービー)にはつらい注文だな」

 

 シノンからレクチャーを受けていると1匹のモンスターがリポップし、すぐさまこちらに気づいた。

 

 シノン「じゃあ、教えた通りにやってみて」

 

 シノンの言う通り銃を両手で構え、反動に耐える為の姿勢に入る。

 一直線にオレに襲いかかってくるモンスターの眉間に神経を集中させ、弾道範囲(バレットサークル)を固定させていく。

 落ち着いてきたからなのだろうか、円の収縮スピードが緩やかになった。

 眉間に的が絞られるまで粘っているとモンスターが左右に揺さぶりをかけ始め、照準がうまく定まらない。

 

 ユウヤ「動くなよっ!!」

 

 シノン「無茶言わないで…。相手は止まってる的じゃなくて、動くモンスターなんだから」

 

 一旦、銃を腰の位置まで下げ、オレは地を蹴り、モンスターに自ら近づく。

 モンスターも一瞬だが怯み、そのタイミングで再び銃口を向けた。

 弾道範囲(バレットサークル)も既に落ち着いていた為、構えた瞬間に引き金を引いた。

 撃鉄の火花と火薬の匂いが舞う中、オレの撃った銃弾は眉間から数cmズレ、モンスターの左眼に貫く。

 痛みが前に進もうとする足を止め、その場でバタバタと痛がる。そこに銃弾を3発放つと、モンスターは息を引き取り、ポリゴンとなって四散していった。

 

 ユウヤ「なんとか倒せた…」

 

 シノン「まぁ、初心者にしては上出来なんじゃない?」

 

 ユウヤ「そこは素直に褒めてくれてもいいじゃねぇか」

 

 シノン「アナタって褒めると調子に乗りそうだから」

 

 ユウヤ「あっ、そ…」

 

 シノン「しばらくこの辺りでモンスターを狩りましょうか」

 

 それから3時間、オレはシノンのサポートを受けながらモンスターを狩り続け、レベルアップによるステータスポイントをAGIを優先的に上げた。

 

 シノン「どうでもいいけどSTRも上げておかないと碌な銃持てないわよ?」

 

 ユウヤ「ヘッドショット出来れば大概のモンスターは倒せるだろ?それはつまり、プレイヤーにも当てはまる。

 AGIを優先的に上げれば、それだけ動きが素早くなるからな。懐に潜り込んで脳天にズドンって訳…」

 

 シノン「…馬鹿みたいな戦略ね。狙撃手(スナイパー)相手にはどう戦う気よ?最低でも200mは離れてるのよ?」

 

 この周辺のフィールドは見晴らしがよく、狙撃手(スナイパー)が隠れられるような場所はない。

 だが、廃ビルや岩壁の上に隠れられようなフィールドではシノンの言う通り、接近戦は圧倒的に不利である。

 

 ユウヤ「まぁ…その時はほら?直感的なものでやり過ごせば…」

 

 シノン「直感にそこまでの信頼をおけないわよ!」

 

 ユウヤ「オレの直感は使い込まれてるからそこまでの信頼があるんだよ。あっ、いい事思いついた!銃弾で銃弾を撃ち落とすなんて事出来ねぇかな?」

 

 オレがアイディアをシノンに提案してみると、シノンは呆れ顔で顔を横に降った。

 

 シノン「そんなの出来る訳ないでしょ!!弾道予測線(バレットライン)はあくまで狙撃手を視認しないと出てこないの!!そんな事してる内にアンタが先にやられるわ!!」

 

 ユウヤ「えぇ…いいアイディアだと思ったんだけどなぁ…。うーん…この世界にも剣があれば何とかなりそうだけど…」

 

 シノン「バカな事言ってないで次行くわよ!!」

 

 もうすっかり夜になってしまったが、シノンは夜間でもレベリング出来る場所に案内し、そこで2時間程狩り続けた。

 狩りを終えた頃には22時を回っており、今日はここまでにして続きはまた明日という事で解散した。

 明日は日曜日でシノンのバイトも休みであり、13時に今日と同じ場所で落ち合う約束をしてログアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2025年11月26日22時10分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 自宅のベッドで覚醒した拓哉は冷えきった体を数回震わせ、暖房をつける。徐々に暖かい風が部屋に吹き始めると、昼から何も食べてなかった事に気づき、近くのコンビニに行こうと身支度を済ませ、玄関を開けた。

 すると、同じ考えだったのか隣の部屋からも詩乃が厚着をして出てきた。

 

 詩乃「もしかしてアンタも?」

 

 拓哉「近くのコンビニにメシを買いに行こうと思ってな」

 

 詩乃「あっ、そ…。…じゃあ、私と同じね」

 

 そうして夜空が輝く中、2人で夕食を買いにコンビニに連れ添った。

 行く途中で会話はなく、静寂に包まれながらコンビニに到着し、一言も発する事なく、アパートまで着いてしまった。

 気まずい空気が終わると安心した拓哉は扉のドアノブに手をかけ、部屋に入ろうとすると、詩乃から声を掛けられた。

 

 詩乃「その…GGO…楽しい…?」

 

 遠慮がちに聞いてくる詩乃に拓哉は間を置いて応えた。

 

 拓哉「あぁ…。誘ってくれてありがとう…」

 

 礼を言い、そのまま部屋へと消えていった拓哉を詩乃は最後まで見届け、仄かな笑みを浮かべて自室に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奴の人生が終了するまで約3週間。このまま何事もなく過ぎていけば良いが、奴の仲間がそうはさせまいとあちこちに出向き、妨害しようとするだろう。

 だが、こちらにはもう()()()()()()()()()がいる。奴等がどれだけ足掻こうとこちらが劣勢になる心配はない。()()()も何やら動き出している。アイツのやる事に興味などないが、出来る限り奴等を巻ぞわせるように事を運んでほしいものだ。

 もうすぐ…もうすぐだ。奴に正義の鉄槌が下されるまでもうすぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、楽しみに待ってて…兄さん…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
今回までの話で罪と罰編は第1部として締めさせて頂きます。今回のオリジナルは少し短めに書いていこうと考えていたのでこの形をとりました。
そして、罪と罰編第2部はしばらくお休みで、その間に入るのは原作のGGO編となります。こちらはSAO編、ALO編と同じ内容量だと考えて頂けたら良いかと思います。
新たな脅威が拓哉達に牙を向く…!!


評価、感想などお待ちしております!


では、また次回!


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GGO編
【62】紅の殺意


という事で62話目になります!
今回からGGO編が本格的にスタートしました!初回は通常の約2倍の20000字となっており、長くなっていますがご容赦ください。
拓哉/ユウヤはこれからどこを目指し、どのように進んでいくのか…。
死銃との死闘が始まるGGO編!


それでは、どうぞ!


 2025年11月28日13時00分 東京都銀座 某カフェ

 

 菊岡「やぁ、拓哉君。元気にしてたかな?」

 

 拓哉「それなりにな」

 

 もうこの男と会う場所は定まってしまい、拓哉はまたしても銀座に来るように菊岡に命じられた。

 店員にも顔を覚えられ、何も言わずとも菊岡が待つテーブルへと案内された拓哉は注文を済ませ、店員を下げると菊岡が薄気味悪い笑みを浮かべて拓哉を凝視する。

 

 拓哉「な、なんだよ…?」

 

 菊岡「いや…この前会った時より顔色がいいなと思ってね」

 

 拓哉「大して変わんねぇだろ…。それで、今日は何の仕事だ?」

 

 菊岡「話が早くて助かるねー。まぁ、冗談はこれぐらいにして仕事の話をしようか…」

 

 頬の筋肉を引き締め、真剣な眼差しで拓哉にタブレットを渡す。そこに映っていたのはネットニュースであり、菊岡から説明が入った。

 

 菊岡「今月の9日に東京都中野区のアパートで大家が部屋からの異臭に気づき、中を開けると男性の変死体が見つかった。名前は茂村保…。死因は心停止で、発見された時には死後5日は経っていた。そして、頭には…」

 

 拓哉「…アミュスフィアか」

 

 記事を読み終えて拓哉は疑問に思った廃ゲーマーが現実世界に帰ってこないまま数日間ゲームの中で過し、栄養が足りずに餓死する話は時折聞くが、死因が心停止となると事は変わってくる。

 

 拓哉「その男の持病の有無は?」

 

 菊岡「診断した医師から聞いた話だとそれもないようだね。では、次にこちらを見てくれ」

 

 タブレットを拓哉から受け取り、操作をして特定のページを拓哉に見せる。

 

 菊岡「ネットニュース速報で君がこちらに来る前に確認もした。こちらは埼玉県さいたま市のアパートでやはり異臭に気づき開けると先程の男性と同じように変死体が見つかった。こちらは死後3日だね」

 

 偶然…この言葉で片付ければそれまでだが、死因が一緒でアミュスフィアを被ったままという共通点が拓哉の頭に残る。

 

 拓哉「それで…アミュスフィアを被ってたって事は何かのゲームしてたんだろ?」

 

 菊岡「あぁ。2人のアミュスフィアのランチャーには1つのゲームがインストールされていた。そのゲームの名は…GGO(ガンゲイル・オンライン)

 

 拓哉「!!?」

 

 菊岡「その顔は何か知ってるみたいだね…」

 

 拓哉「知ってるも何も…今オレがプレイしているゲームがGGOだ」

 

 となると、先日での詩乃の話が途端に頭の中に蘇ってくる。

 詩乃の話によれば、11月09日、ネット番組"MMOストリーム”と言う生番組の最中、ゲストとして招かれた第2回Bob(バレット・オブ・バレッツ)優勝者である"ゼクシード”なるプレイヤーが回線切断というトラブルに見舞われ、それ以降ゼクシードを目撃した者はいないという話。

 そして同時刻に、グロッケンのとある酒場でもMMOストリームが中継されていたのだが、その公衆の面前で汚らしいボロボロのマントで全身を隠し、顔には骸骨を連想させるマスクを装着したプレイヤーが拳銃で画面に映るゼクシードを撃ったらしい。

 周りのプレイヤーは冷やかしにかかったが、その瞬間にゼクシードが苦しみ出すのを見て途端にボロマントから距離を置いた。

 そして、店内が静寂に満たされる中、男は高らかに宣言した。

 

 ゼクシード…偽りの勝利者よ。だが、俺には本当の力、本物の強さがある!!者共!!この名を恐怖と共に刻め!!俺とこの銃の名は─」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「死銃(デスガン)…」

 

 菊岡「そうか…。君もそこまで知っていたんだね。なら、話は早い。拓哉君、君の率直な意見が聞きたい…。可能だと思うかい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲーム内から現実世界で横たわるプレイヤーを死に至らしめる事が出来るか…」

 

 拓哉「!!」

 

 普通なら考えただけですぐに分かる。ゲーム内からの銃弾で現実世界の人が死ぬ訳がない。あるとすれば、アミュスフィアからの心停止する程の感覚が脳に伝わってしまった時だが、アミュスフィアにはそれを実行する程の出力は出せない。さらに、プレイヤーの精神状態が一定値に達すればその前に強制的にログアウトさせる安全装置もある。

 

 拓哉「その死銃のせいだと仮定してもどうやって殺せるんだよ?仮想世界で現実世界(こっち)の情報を出す訳ないし…」

 

 菊岡「それで悩んでるんだよ。それに死銃が標的とするのは()()()()()()()()。ゼクシードは前回の大会で優勝してるし、この"薄塩たらこ”も上位に組み込む程の実力者だ。だから、拓哉君にお願いしてるんだよ」

 

 拓哉「…おい、待て。…もしかして、オレにその死銃に撃たれてこいって言うんじゃないだろうな?」

 

 菊岡「もちろんそんな事は言わない。ただ、拓哉君が見て感じたまま報告してくれれば…って、ちょっと待ってよぉ!?」

 

 帰ろうとする拓哉のジャケットの裾を両手でしっかり掴み、拓哉の足元で懇願している。その姿に呆れた拓哉は帰るのを諦めて席へと戻った。

 

 拓哉「死銃がオレを狙ってきてくれる可能性はほとんどないぞ。こちとらまだまだ駆け出しの初心者だからな」

 

 菊岡「ALOのキャラデータをコンバートしなかったのかい?」

 

 拓哉「あぁ…あれは…」

 

 どう説明すればいいのか言い淀んでいると、さして興味もなかったのか菊岡は話を続ける。

 

 菊岡「もちろん、拓哉君の身の安全が第一だからね。僕が用意する病院でモニターさせてもらうよ。常に誰かいるようにもしておく」

 

 拓哉「そうか。…もちろんこの話は和人には─」

 

 菊岡「してないよ。今回はあくまで死銃の真実を見極めるだけの仕事だからね。拓哉君も深入りはしないように」

 

 菊岡は念押して紅茶を口に含みながら帰り支度を済ませる。

 

 菊岡「じゃあ、明日には病院などを用意して君に連絡を入れるよ。

 …あっ、それと…これは仕事の話じゃないんだが…」

 

 拓哉「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 菊岡「君も少しは()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 眼鏡の縁を上げながらそれだけを言い残してカフェを後にした。

 拓哉は菊岡の言葉を反復させながらフッと苦笑させる。

 

 拓哉(「肩の荷を下ろせ…か」)

 

 その言葉にどんな意味が含まれているのか、拓哉はある程度の見当を付ける。木綿季達の行動も菊岡の情報網を駆使すれば何をしているのか把握出来るハズだ。知っているからこそ拓哉にあんな助言を残していく。

 だが、拓哉はそれでも後に引かない。みんなを守る為の道を今も歩いていると信じているから。どれだけ非難されようがこれは拓哉が歩くと決めた道であり、踏み入れたなら最後まで成し遂げねばならない。

 

 

 それが茨の道であろうと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年11月28日17時00分 GGO 首都グロッケン

 

 シノン「そろそろステータスも固まってきたんじゃない?」

 

 ユウヤ「AGI型だな。ハンドガンもそろそろ卒業かな」

 

 レベリングの休憩中にユウヤとシノンは山岳地帯にある洞窟にいた。夕焼けが洞窟内を朧気に照らしていたが、身を隠すにはうってつけの場所だとシノンが案内してくれたのだ。

 

 シノン「AGI型か…。人のプレイスタイルをとやかくは言わないけど、もう少し他のパラメーターも振っておいた方がいいんじゃない?」

 

 ユウヤ「うん?…まぁ、オレ的にはこれがベストなんだよなぁ。慣れてるって言うか、しっくりくると言うか…」

 

 シノン「まぁ、アンタがそれでいいなら別にいいけどね」

 

 携帯用食料を1口齧り、腹の中へと追いやる。別段美味しい訳でもないスナックバーでもこの世界では何かと重宝される食料で、戦闘中のひと手間に栄養が摂取され、HPとステータスにお情け程度の支援(バフ)が付与される。

 シノンも圏外に出る時は最低でも10本持ってきているが、篭城戦などの長期戦になりうる場合はさらに倍の数を用意する。

 けれど、あくまでこれらは微々たる効果だ。仮に100本持ってきていたとしても、店売りの回復薬で事足りるし、第一それだけの量を持ち出せないと意味がない。

 ある意味があるのかないのか中途半端な食料を見つめながら、シノンはユウヤへと視線を移す。

 携帯用食料を1つ分けてあげたが、それには全く口をつけず、ただ呆然と外を眺めている。ここが見つかり難いとは言え、誰かが手榴弾なり何なり放って来るかもしれない。それらの警戒も怠ってはいけないし、シノンは警戒を怠った事は1度もない。

 

 シノン「…」

 

 拓哉が眺めている外の景色をシノンも見てみる。陽が傾き、空には暗闇に光る星々が輝き始め、次第に夜を告げようとしていた。

 だが、ずっと魅入られていられるかと言われたらそんな事はない。この程度の星空はいくらでも見れるし、もっと言うならシノンの住んでいた田舎の星空の方が綺麗なぐらいだ。

 だと言うのにユウヤはただジッと外を眺め続ける。まるで、何かを探しているように。

 ふと、シノンの視界の片隅にアイコンが表示された。

 慣れた手つきで操作していると、彼女のフレンドからのメッセージだったらしく、しばらく考え了解とメッセージを打った。

 

 ユウヤ「さて…そろそろ行くか」

 

 シノン「え?えぇ、そうね」

 

 素早く野営キットをストレージへと戻し、薄暗くなった洞窟を後にした。

 それから1時間はモンスター相手にステータスの確認とレベリング、街へ戻ってからはガンショップで新しい銃や、防具の新調に時間を割いた。

 夜も更け、この辺で解散しようとするとシノンから呼び止められた。

 

 シノン「あのさ、もしよかったら…明日対人戦やってみない?」

 

 ユウヤ「対人戦?」

 

 シノン「えぇ。さっき、私のフレンドから()()()()()()組まないかって誘われたの」

 

 スコードロンとは…GGOにおけるギルドのようなもので、複数人のプレイヤー同士でチームを組み、相手方のスコードロンと戦う集団PvPだ。

 ギルドと言ってもいつも一緒に行動する訳ではなく、手が空いている者や見知ったプレイヤー同士で組めるギルドの簡易版のようなもので、特にシステムが介入している訳ではない。

 

 シノン「そのフレンドもAGI特化型だからアナタの戦略の参考になると思うけど…」

 

 ユウヤ「…」

 

 どう返事をしたものか。確かに、戦略が固まりきれていない今の状況でそのヒントが得られるのはかなり魅力的だ。

 だが、シノンのフレンドとともこれから先、パーティーを組み続けると考えたら乗り気にはなれなかった。

 出来る事なら誰とも…シノンともあまり関わりたくないと言うのがユウヤの本音だ。シノンがユウヤの過去を知ってしまったら必ず彼女が後悔する。そんな事だけは何がなんでも避けたい。

 

 ユウヤ「…せっかくだけどオレはいいや。戦い方は自分でなんとかするし、シノンももうここからはオレに付き合わなくてもいいぜ?

 レベルもそれなりに上がったし、1人でも十分やっていけるから」

 

 シノン「…は?何…それ…」

 

 ユウヤ「お前にもやりたいクエストとかあるだろ?オレの為に時間を割く必要は─」

 

 瞬間、ユウヤの目の前に石ころが飛んでき、紙一重の所でそれを躱してみせる。地面を転がる石ころからシノンに視線を移すと剣幕か表情でユウヤを睨んでいた。

 

 ユウヤ「な…何すんだ─」

 

 シノン「またそうやって逃げる気っ!!?」

 

 ユウヤ「!!?」

 

 シノン「私は…別にアンタの為に戦い方を教えていた訳じゃない…。アンタも…私と同じで強くなりたがってたから一緒にいただけよ!!

 でも、GGO(こっち)でも逃げる気?現実世界(あっち)でも逃げて…アンタはどこに逃げるつもりよ!!!」

 

 ユウヤ「…」

 

 違う。逃げている訳じゃない。それが最善の手だから…それしか方法がないから…。逃げている訳じゃない。これが答えだから…これしか答えを知らないから…。

 

 シノン「許さないわよ!!私にここまでレクチャーさせておいて勝手に消えるのは!!ちゃんと恩を返してからじゃないと許さない!!」

 

 ユウヤ「…オレは…もう誰とも関わらないって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノン「もう私と関わってるじゃない!!!!」

 

 ユウヤは目を見開いた。そこにはどんな時でも強気な姿勢だったシノンではなく、弱々しくも前を見続けようと懸命に生きようと努力している朝田詩乃だった。

 

 シノン「誰とも関わらないですって?無理に決まってるじゃない…。誰とも関われないのは死んだ人だけ!!

 …それでも、その人は一生自分の中で生き続ける。忘れてしまっても必ず底から這い上がってくるんだから…」

 

 ユウヤ「シノン…」

 

 シノン「…強くなりたいんでしょ?なら、1人じゃなれないわ。人って生き物は1人じゃ何も出来ないんだから…。明日の16時にここで待ってるから必ず来なさい!!いいわねっ!!?」

 

 それだけを言い残してシノンは現実世界へとログアウトしていった。

 街中で1人取り残されたユウヤはただ、星が輝く夜空を眺める事でしかザワついた心を落ち着かせる術を知らずに立ち竦んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年11月28日18時20分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 目を開けるとアミュスフィアのレンズ越しに見られた天井が視界に入る。帰ってきたと数秒実感して上体を起こし、頭のアミュスフィアを乱暴にベッドに放った。

 

 詩乃「…ふざけるんじゃないわよ」

 

 このイライラをどうしたものかと何もない白い壁を睨む。その向こうにいるハズであろう青年に伝わるように。

 だが、こうしていても時間を無駄にするだけと悟った詩乃はキッチンへと足を運び、事前に用意していた食材で料理を作り始める。

 詩乃が東京に来てもう半年以上の時間が流れた。あの町に居続ければ自分がきっと壊れてしまうだろうと理解してしまったから…。あの家に居続ければまた誰かを傷つけてしまうのではないか不安に思ってしまったから。

 ()()()()()を知らない遠くの街に行けば、こんな自分でも変われるんじゃないかと思って東京の学校に通う決意をした。

 だが、世間は自分が思っていたよりもずっと狭いらしい。東京(ここ)でもあの町にいた時に感じた不安がつきまとってくる。

 学友など出来る訳もなく、学校と自宅を往復する毎日。…それでもいいと思った。あそこにさえいなければ不安などもすぐに消えていくだろうと思ったから。

 

 詩乃「…痛っ」

 

 左の人差し指から深紅の小さい球が現れ、次第に形を失い指先から垂れていく。口に切った指を加え、出血を防ぐ。

 

 詩乃「アイツのせいだわ…」

 

 ここにいない誰かのせいにでもしないと気持ちが晴れてはいかない。そんな事しても意味ないと知りながらもそうせずにはいられなかった。

 絆創膏で応急処置を済ませ、再度食材に包丁の刃を入れていく。半年以上も1人で住んでいる為か、手馴れた手つきで一気に仕上げに入っていく。

 切った食材を水を沸かした鍋へ一気に入れ、調味料で味付けを済ませてしばらくの間、火にかければ完成だ。

 

 詩乃「ふぅ…。お風呂入ろう…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年11月28日19時00分 横浜市 陽だまり園

 

 木綿季「ただいまー…」

 

 藍子「木綿季、遅かったわね?…今日も?」

 

 木綿季「…うん」

 

 玄関で藍子のお出迎えにあった木綿季は力なく藍子の問いに答える。

 あれから毎日拓哉の捜索に明け暮れて、心身共に疲弊していく木綿季の姿を陽だまり園のみんなが心配をしている。

 木綿季も心配をかけたくないと思いながらも体が勝手に動いてしまい、どうしようもなくなっていた。

 

 藍子「そろそろ夕飯だから着替えてきたら?」

 

 木綿季「うん…」

 

 重たい足取りで自室へと向かう木綿季の後ろ姿を藍子は心配そうに見送る。そこへ、夕飯が出来た事を伝えに来た森が藍子と鉢合わせた。

 

 森「藍子、木綿季は帰ってきたか?」

 

 藍子「ついさっき…。今は部屋で着替えてますけど」

 

 森「ここの所木綿季は元気がないみたいだな…。その事で夕飯の後に話があるから2人共、私の部屋に来なさい。木綿季にもそう伝えておいてくれ」

 

 そう言い残して森は子供部屋へと向かった。

 タイミングよく木綿季が私服に着替えて藍子の所へと戻ってきた。

 

 木綿季「どうしたの姉ちゃん?」

 

 藍子「木綿季、ご飯食べ終わったら森先生の部屋に来なさいって」

 

 木綿季「え?ボク何かしたかなー…?」

 

 藍子「最近の木綿季は元気がないからその事で話があるみたい」

 

 木綿季「…分かった」

 

 2人はいい加減食堂にいかないと智美からの雷が落ちる事に気づき、急いで食堂へと向かった。

 それから何事もなく夕飯を食べ終わり、森が手招きで呼んでいるのを見て2人は森の後をついていく。

 部屋に入ると難しい本が壁の1面を埋め、部屋の中央にテーブルとソファーが並べられ、仰々しい空気が漂う。

 

 森「さてと…木綿季、今日なんで呼ばれたか分かるか?」

 

 木綿季「…元気がないから…?」

 

 森「まぁ、それが本題なんだが、木綿季に聞きたい事があってなんだ」

 

 木綿季「聞きたい事?」

 

 森「…拓哉君の事だよ」

 

 瞬間、木綿季の緊張感は一気に最高潮まで登りつめた。肌が敏感になり、冷や汗もうっすら滲み出る。

 

 森「木綿季の元気がないのは拓哉君に原因があるんじゃないか?この前から時々、仮病も使って学校を休んだりしたり、拓哉君とも連絡を取ってないみたいだからね。先生にも何があったのか教えてくれないか?」

 

 木綿季はしばらくの間沈黙に入った。その間、森は言及する訳でもなく黙って木綿季の口が開くのを待った。

 拓哉の事を話すとなると、SAOでの殺人歴についても話さなければならない。それを聞いた森の反応が怖い。森は優しい性格の持ち主だが、彼氏が人を殺した事があると聞いて普通の精神状態でいられる訳がない。

 だから、今まで黙っていた。絶対に別れろと言われるのが想像出来たから。

 

 木綿季「それは…あの…」

 

 森「先生にも言えない事なのか?…拓哉君は木綿季やあのゲームに閉じ込められた人達を救った。それだけでもすごいのに、ことある事に危険を省みず誰かの為に動いた心優しい青年だが…。先生…いや、親として自分の娘を悲しませるような事を放ってはおけないんだ」

 

 藍子「た、拓哉さんはそんな人じゃ…!」

 

 森「先生だってそう思ってる。会ってみて彼の人柄もそれなりに知っているつもりだ。だけど、だからと言って木綿季を悲しませていい訳じゃない」

 

 森の言う事は親として当たり前の事だ。我が子の幸せを願わない親などいない。例え、血が繋がっていなかったとしてもその思いは変わらない。

 

 森「木綿季、どうなんだい?」

 

 藍子「木綿季…」

 

 黙っている事しか出来ない自分が恨めしい。拓哉は何も悪い事はしてないって声を大にして言いたい。拓哉は自分達を守る為に自分を犠牲にしてしまったと伝えたい。でも、どんな反応をされるのか…もしかすると、軽蔑されてしまうんじゃないかという不安が拭えないのも事実だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そんなの本当のユウキじゃない…!!』

 

 

 

 

 木綿季「!!」

 

 以前、明日奈に叱咤激励された言葉が甦る。そうだ。どれだけ拓哉が1人になろうとも絶対に一緒にいると誓ったではないか。

 あれは嘘なんかじゃない。世界中の人が敵になろうとも、自分だけは味方で在り続けると決意したばかりじゃないか。

 俯いていた顔を上げ、決心がついた表情で木綿季は森に告げた。

 

 木綿季「拓哉は今、学校を退学にさせられそうになって…ボク達の前からいなくなっちゃったんだ…」

 

 森「それは何故…?」

 

 木綿季「拓哉は…SAOにいた頃、あの世界で人を…殺してしまったから…」

 

 森「!!?」

 

 人を殺したと聞かされた森は一気に表情が変わった。当然の反応だと木綿季はさらに続けた。

 

 木綿季「拓哉はボク達を人質に取られて…やりたくもない人殺しをさせられて…、その事が学校中に広まっちゃって…みんなから追いやられて…ボク達に迷惑がかからないようにって…また、1人で…いなく…─」

 

 涙のせいで言葉が紡げない。話ている最中、拓哉との思い出がフラッシュバックしてしまい、寂しさと切なさが一気に木綿季を襲った。

 どれだけ強がっていても木綿季はまだ15歳の少女だ。そんな少女が背負うべき荷としてあまりにも重い。

 すると、木綿季の体をすっぽり覆うように森が優しく抱きしめていた。暖かいと感じていると森は木綿季に囁いた。

 

 森「すまなかった木綿季…。お前がこんなにも重たいものを背負っているとは思わなかった。もういいんだ。それだけで十分伝わったから…。もう…いいんだよ」

 

 木綿季「う…うぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁっ」

 

 決壊してしまった涙を止める術を木綿季は知らない。ただ感情のままに自らの悲しさを涙に変えて流し続けた。森もそんな木綿季を抱きしめてやる事しか出来ない自分に腹が立ち、奥歯を噛み締め、木綿季が落ち着くのを静かに待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年11月29日09時00分 横浜市 横浜大学附属病院

 

 菊岡に指示された病院は拓哉や木綿季がSAO事件の際に世話になった病院で、久方ぶりにこの地に足を踏み入れた拓哉は懐かしさを感じながら院内に向かった。

 看護師から専用の病室に案内され、扉を開くとそこには当時の担当医であった倉橋が待っていた。

 

 倉橋「やぁ、拓哉君。久しぶりですね」

 

 拓哉「倉橋先生…?もしかして、菊岡に頼まれて?」

 

 倉橋「えぇ。総務省の役人から拓哉君のモニターを請け負いました。私の代わりに他の病院から医師が来てるので、その間は拓哉君の傍にいるようにと…」

 

 そこまで根回しをする理由が見つからないが、気を許せた医者がいるなら何かと安全だと悟る。久方ぶりの再会も束の間、拓哉は早速アミュスフィアを装着し、楽な姿勢に入った。

 

 拓哉「多分、5,6時間は潜りっぱなしだと思います」

 

 倉橋「分かりました。…あ、その前に上着を脱いでもらえませんか?仮想世界(あちら)にいる間はこの心電図で拓哉君の心拍音など調べるので」

 

 倉橋の言う通りに上着を脱いで数カ所に電極を貼っていく。その途中で木綿季について聞かれた。

 

 拓哉「…元気…だと思います」

 

 倉橋「学校などで一緒じゃないんですか?」

 

 拓哉「ちょっといろいろあって…学校には行けなくなっちゃって…」

 

 倉橋「そうなんですか…」

 

 空気を読んだのかそれ以上聞こうとは菊岡から目線を外し、再びベッドの上に横たわり音声コマンドを入力した。

 

 拓哉「リンクスタート!!」

 

 視界がクリアになり、目を開けるとお馴染みの光景が広がっていた。

 まだ、街に漂う火薬の匂いに慣れずにいるが、時刻はまだ9時過ぎ。朝だという事もあり、ログインしているプレイヤーも少ない。

 

 ユウヤ「酒場に行けば何か情報が聞けるかも…」

 

 死銃が最初に現れたという酒場へと向かう為、ユウヤは行動を開始した。すれ違うプレイヤーはユウヤのアバターを見て含み笑いをしたり、野次を投げたりするが、気にしても仕方ない事は承知の為、酒場へと急いだ。

 程なくして目的地に到着したユウヤは扉を開け、薄暗い店内へと入る。

 カウンターで2人の男性プレイヤーが座っており、その男達から死銃についての情報を聞き出そうとカウンターへ出向いた。

 

 ユウヤ「あの、ちょっといいか?」

 

「あん?なんだぁ?このガキは…」

 

「ここは子供の来るとこじゃないぜぇ?」

 

 明らかに馬鹿にしているような態度にユウヤの琴線を揺らすが、冷静さを保ち再度男達に話しかける。

 

 ユウヤ「この酒場に死銃って名乗った奴が来たって聞いたんだけど、アンタら何か知ってるか?」

 

「デスガン?なんだそりゃ?中2臭い名前だなぁおい!」

 

「あぁ、俺知ってるよ。なんかモニターに映ってたゼクシードに銃ぶっ放ったって聞いた!なんだボウズ、アイツに会いてぇのか?」

 

 ユウヤ「まぁ、そんな所だな。どこを狩場にしてるとか知らない?」

 

「さぁな。直接見た訳じゃねぇし、ここに来るのも今日が初めてだからなぁ…。あっ、アイツなら何か知ってんじゃねぇか?」

 

 男が奥のテーブル席に指を指すと、そこには年を重ねた男性プレイヤーが座りながら酒を嗜んでる。

 

「アイツ、確かその時の音声を録画して掲示板にアップしてたから俺より詳しいハズだぜ?」

 

 ユウヤ「そうか。分かった、ありがとな」

 

 ユウヤは奥へと進み、男性プレイヤーのテーブル席の前まで移動する。

 すると、相当酔っているのかユウヤを前にしても眉1つ動かさない。

 

 ユウヤ「なぁ、ちょっと悪いんだけどさ。死銃ってプレイヤーについて何か知ってるか?」

 

「…誰だぁお前ぇ?ここいらじゃ見ねぇ顔だな…ってガキじゃねぇかよ!?ガキは帰って母ちゃんのおっぱいでも吸ってな!!」

 

 フィクションだけのセリフかと思っていると、リアルに言う奴もいるんだなとユウヤは感心したが、当初の目的を思い出し、男に詰め寄った。

 

 ユウヤ「アンタそん時ここにいたんだろ?何でもいいから知ってる事は教えてくれ!!」

 

「うるせぇなぁっ!!…誰かにモノ頼む時はそれなりの姿勢ってモンがあんだろぉが。例えば、酒を持ってくるとかよぉ!!」

 

 ユウヤ「酒は奢ってやるから死銃について教えてもらうからな?」

 

 カウンターで酒を男が望む分だけ注文し、テーブルいっぱいにボトルを並べた。その光景に目を輝かせ、先程とは別人のような態度で語り始めた。

 

「あん時は俺も何してんだって笑っちまったがよぉ、画面のゼクシードが急に苦しみ出して回線が切断しちまったんだよ!一瞬、本当にアイツが撃った銃がゼクシードを殺したんじゃないかって思って、面白そうだから音声だけ録画したんだよ」

 

 ユウヤ「ゼクシードは死に戻りしたんじゃなくて回線が切れたのか?」

 

「当たり前ぇだろ。MMOストリームの本番中に死ぬ事なんてねぇんだから。アミュスフィアの故障って思ったけどよ、ゼクシードの野郎…それ以来ログインしてねぇみてぇだぜ?」

 

 大した情報は得られずに肩を落とすが、酒を煽りながら男はさらに続けた。

 

「しっかし、アイツいつの間に店ん中入ってきたんだろうなぁ?そん時俺は入口の近くにいたんだけどよ、誰も入ってきた風には思わなかったんだよなぁ…」

 

 ユウヤ「その時も今みたいに泥酔してたんじゃねぇか?」

 

「バカっ!!俺もまだ酒を煽る前だったんだよ。酔ってたらわざわざ録音なんかしねぇよ!!なんか、気づけばそこにいた…みたいに錯覚しちまったよ」

 

 ユウヤ「ふーん…」

 

 その他のプレイヤーにも死銃について聞いて回ったが、価値のある情報は何も得られず、一先ず出直そうと酒場を後にした。

 元いた転移門前で死銃について知っている者がいないか探してみたが、それらしい者には出会えず、初めから立ち往生するハメになった。

 

 ユウヤ「ダメだ。朝ってのもあるけど、知ってる奴が少なすぎる。夜とかに来ればまた違うんだろうけど大して得られそうねぇなぁ…。

 こんな時、アルゴがいてくれたらすぐに見つけられるのに…」

 

 今、この場にいる訳もない人物の力を頼っても意味などない。また時間を改めて聞き込みを始めようと結論を出し、する事もなくなったのでフィールドに出てレベリングをする事に決めたユウヤは所持品を確認してフィールドへと向かった。シノンから教えてもらった狩場に出向き、ひたすらにレベルを上げる作業に入った。今のユウヤのステータスじゃサブマシンガンを1丁持つのがやっとだが、将来的にはサブマシンガンを2丁にして走りながら敵を倒していきたい。その為にはレベルを上げてステータスを強化するしかないのでひたすらにモンスターを蹴散らしていく。

 弾薬が尽きれば街へと戻り、補充するという作業を数回繰り返していると時刻は15時を過ぎていた。

 

 ユウヤ「テレポート手段がないのが痛いよなぁ…。往復だけでえらい時間食っちまうよ…」

 

 GGOには死に戻り以外に街へのテレポート手段はない。おそらく、戦闘中に緊急離脱をするのを防ぐ為であるだろうが不便で仕方ない。

 そんな事を考えながらモンスターを屠っていくと、もう何度目かも分からない弾切れが発生した。

 次の往復で時間的にも最後だなと感じながら、重たい足取りで街へと引き返していった。

 街に戻り、ガンショップで弾薬を補充していると、店の隅のショーケースである物を発見した。

 

 ユウヤ「フォトン·ソード…この世界にも剣があるのか!?」

 

 よくドラマやマンガで見るライトセイバーをコンセプトにしているであろうフォトン·ソードは長年剣の世界で戦ってきたユウヤを魅了するには十分だったが、価格がぼったくりかよと思うぐらいで買うかどうか悩んだ末、また今度にしようと諦めた。だが試し斬りは出来るらしく、会計ロボットを呼び、フォトン·ソードの試し斬りをする為、ショーケースから実物を渡してもらった。

 

 ユウヤ「おぉ…。なんか、昔の映画でこれ使ったのがあったな」

 

 数回フォトン·ソードを振るが実際に刃がないのでまったく重量を感じさせない。試しにALOのソードスキルが再現出来るか試すべく、周りに人がいない事を確認して剣を構えた。

 

 ユウヤ「ふっ」

 

 

 片手用直剣ソードスキル"ホリゾンタル·スクエア”

 

 

 システムアシストなしでもなんとか形には出来るが、ALOのように威力に関しては期待させるようなものではなかった。

 

 ユウヤ「まぁ、当然と言えば当然か…」

 

 会計ロボットにフォトン·ソードを返し、ガンショップを後にする。

 すると、そこでユウヤはある事に気づいた。

 

 ユウヤ「運営に問いただせば何が分かるかも」

 

 そうと決まったらメニューウィンドウを素早く開き、運営に問いただしてみる。数十分後、運営からの返信が来た。

 外国にサーバーを置いている為か、英文での返答だったがそれを気にせずユウヤは読みふける。

 

 ユウヤ「…いかにも定型レスって感じだな」

 

 運営に問いただしても無駄という事だけが分かり、そんな事をしていると16時を回っている。今からフィールドに出ても街に帰ってくるのはもう夜になるなと無駄な時間を過ごしたなと感じ肩を落とす。

 仕方ないので再び聞き込みを再開させようと振り返ると、目の前にシノンと男性プレイヤーがいた。

 

 ユウヤ「げっ…」

 

 シノン「人の顔見てげっ…って何?そんなに私と会いたくなかった訳?」

 

 ユウヤ「そ、そんな事ねぇよ…。ははは…。じゃあ、オレはこれで…」

 

 シノン「どこに行く気よ。ここにいるからには私達とスコードロン組んでもらうわよ。言っとくけど、アンタに拒否権とかないから」

 

 横暴だと言ってやりたかったが、シノンの目が座っている事を見抜き、下手な行動には出れないと諦めたユウヤは黙ってシノンの誘いを受けた。

 すると、シノンの後ろから長髪の後ろで髪を束ねた男性プレイヤーがシノンに尋ねた。

 

「シノンの知り合い?…もしかして、弟とか?」

 

 シノン「違うわよ!コイツはこんな身なりしてるけど、中身は私達と同じ学生よ。シュピーゲルも騙されないようにね」

 

 シュピーゲル「え?…嘘」

 

 シュピーゲルと呼ばれたプレイヤーは不思議なものを見るかのようにユウヤを眺めた。こんな姿なら仕方ないが、いい加減このやり取りも面倒くさくなる。

 

 ユウヤ「えっと…シノンの彼氏?」

 

 シュピーゲル「い、いや!!?僕は…」

 

 シノン「何言ってんのよ!!現実世界(リアル)でも友達ってだけよ!!妙な勘ぐりはやめなさい!!」

 

 そこまで断言してやらなくてもいいとユウヤは思った。横でシュピーゲルが悲しそうな表情になっている事に気づいていないシノンには何も言わないが…。

 

 ユウヤ「オレはユウヤ。よろしくなシュピーゲル」

 

 シュピーゲル「こ、こちらこそ…」

 

 シノン「シュピーゲル、コイツもアナタと同じAGI型だから何かアドバイスになるような事があったら教えてあげて」

 

 シュピーゲル「あ、AGI型!?今のGGOの環境じゃ、絶対勝てないスタイルなのにどうして…。シノンは教えてあげなかったのかい?」

 

 ユウヤ「勝てないかどうかはステータスじゃなくて単にプレイヤーの技術面だろ?どんなスタイルにだって必勝法ぐらいあるさ」

 

 シノン「と言ってもコイツはまだ初心者だからその必勝法って言うのすら出来上がってないけどね」

 

 今日のシノンは何かと噛み付いてくるなと思ったが、昨日の憂さ晴らしでもしているのだろう。今日の所は何も言い返すまいと決めたユウヤは2人と一緒にフィールドへと向かった。

 今回のターゲットはシノンが前に組んでいたスコードロンがキルした集団で、性懲りもなくまた同じ装備で狩りに出ているとの事だ。

 どの世界にでも似たような事を考えている輩はいるらしく、カモとして目をつけられていた。

 フィールドから5km離れた地点に、複数の男性プレイヤーが隠れており、シノン達はそれらと合流して作戦を頭の中に入れた。

 

 ダイン「見ねぇ顔もあるが、作戦は前回と変わらねぇ。シノンが遠方からの狙撃で俺達はその隙をついて雑魚を狩る」

 

 ダインと名乗った男性プレイヤーが作戦を伝え終わると、さらに離れた鉱山帯へと走り、ユウヤ達とシノンは2手に別れてターゲットが来るのを待ち伏せる。

 

 ユウヤ「GGOでの対人戦は初めてだな…」

 

 シュピーゲル「とりあえず、僕達は走り回って敵を錯乱させる事に集中しよう。足だけは引っ張らないようにしないとね…」

 

 ユウヤ「ずいぶん逃げ腰だな。ドロップアイテムはオレが貰うぐらいの姿勢で臨まなきゃ成功出来るもんも成功しねぇぞ?」

 

 シュピーゲル「キミはGGOの環境を知らないからそう言えるんだよ…。他のゲームと違って、敵は本気で殺しにくるんだから…」

 

 それなら何度も経験した事だとユウヤは開き直る。殺すと言っても実際に現実世界で死ぬ訳じゃない。そんな事起きる訳がない。

 そんな事を考えていると頭の隅で何かがよぎった。

 

 ユウヤ(「死銃ってのは本当に…人を殺してるのか?アミュスフィアにそれだけの出力は出せない…。ならどうやって…それ以外の方法なんて…」)

 

 シュピーゲル「来たよ…!!」

 

 ユウヤ「!!」

 

 岩陰からこっそりと覗き見ると中央の大男を囲むような陣形でフィールドを移動している。数は7人。こちらと同じ数のプレイヤーだが、前回はユウヤとシュピーゲルはいなかった事を踏まえると今回もまたキル出来る事を予想する。すると、無線からシノンの声が届いてきた。

 

 シノン『あの男…前回はいなかった。初撃はアイツにさせて』

 

 ダイン「どうせ、弾薬持ちの運び屋だ。手筈通り実弾銃の奴を狙え」

 

 シノン『…分かった。でも、狙えるなら次弾で狙うわ』

 

 ダイン「OK…。俺の合図と同時に行くぞ。…3…2…1…」

 

 0を告げた瞬間、遥か遠方から一直線に放たれた弾丸は実弾銃を持ったプレイヤーの脳天を貫いた。

 

 ダイン「GO!!」

 

 ポリゴンとなって四散したのと同時にダインの指示で一斉に襲いかかった。相手方も運び屋を守るように陣形を組み直して銃口をユウヤ達に向ける。

 

「はん!光学銃じゃ傷1つつかねぇよ!!」

 

 ユウヤ「光学銃?」

 

 よく見てみるとユウヤ達が持っている銃に比べ、フォルムが滑らかで白いフレームが夕日に反射して鋭く光っている。銃口も存在せず、SFに出てくるようなレーザー銃を連想させた。

 

 ユウヤ(「違いは分からねぇけど、やる事は変わらねぇ」)

 

 シュピーゲルが先陣を切り、その後ろにユウヤもついていく。銃口らしき場所からグリーンのレーザーがユウヤ達に放たれた。だが、レーザーは無残にもシュピーゲルの前で消滅し、HPは1ドットも減らされていない。

 

 ユウヤ「へぇ…じゃあ、オレも!!」

 

 シュピーゲルとさらに2手に別れて左右から揺さぶりをかけた。

 予想通りシュピーゲルとユウヤに大半の人員を割いて潰しにかかる。

 シュピーゲルはレーザーに怖がる事なく、牽制しつつ敵の注意を引き付けた。当然、同じ役目を担っているユウヤにもレーザーの嵐が襲いかかってきた。

 

 ユウヤ(「それ、通じないんだろ?」)

 

 弾道予測線がユウヤの体のあちこちを貫いているが、シュピーゲル同様に目の前で消滅するという事は分かっているユウヤはさらに距離を詰めた。

 だが、それが大きな落とし穴だった。

 放たれたレーザーが一直線にユウヤを捉えているのを遠方から確認していたシノンが無線でユウヤに呼びかけた。

 

 シノン『バカ!!アンタ、()()()()()()()つけてないでしょ!!?』

 

 ユウヤ「は?」

 

 シノンの助言を聞き終えた頃にはユウヤの体にレーザーが直撃していた。

 訳が分からずその場に倒れてしまったユウヤを見てダインが叫んだ。

 

 ダイン「何やってんだガキがっ!!」

 

 シュピーゲル「アイツ…!!防護フィールドも付けてなかったのか!!?」

 

 シノン「…はぁ、誘う前に付けさせておくべきだったわ」

 

 ユウヤ「…は?」

 

 左上に設けられたHPはイエローゾーンまで侵食しており、GGOで初めてのダメージとなった。

 無線からシノンが声をかけているが、何が起きたか理解出来ていないユウヤには何も聞こえなかった。

 

 シノン『アンタは防護フィールド付けてないから光学銃でもダメージが入るのよ!!』

 

 ユウヤ「…そういうのは行く前に言えよ」

 

 軽い足取りで立ち上がり、目前まで迫っていた敵プレイヤーが光学銃を乱射させる。体の至る所に弾道予測線が貫いており、息付く暇もなくレーザーが放たれた。

 

 ユウヤ「なら…当たらないようにすればいいだけだろっ!!」

 

 AGI型の長所である敏捷性を駆使し、なんとかレーザーからの攻撃を避けて見せたが、さらにレーザーが放たれ、さらに避けた。

 

 ダイン「なんだ…あのガキ」

 

 シュピーゲル「…」

 

 全てのレーザーを紙一重で避け、尚且つ敵に近づいてきている。焦りが生じたのかレーザーは的はずれな狙撃になり、牽制で銃を放つ必要もなくなった。みるみる距離が近づき、ユウヤは片手でサブマシンガンの銃口を敵のプレイヤーに向けた。

 その距離は僅か10m。サブマシンガンの射程圏内には余裕で入っていた。この距離なら弾道予測線が見えていようが発砲と回避の間にタイムラグなんて存在しない必中距離だ。

 だが、それはユウヤにも同じ事が言える。いつまでも撃ってこないユウヤに苛立ちと不安が相まって今までにない程の数の弾道予測線がユウヤを貫いた。

 瞬間、敵の目の前からユウヤの姿が消えた。左右に消えた訳でもなく、完全に見失ってしまったユウヤの行方を必死に探し出す。

 すると、何もないであろう下から声が聞こえてきた。

 

 ユウヤ「こっちだよ」

 

「!!?」

 

 真下をすり抜けながらユウヤはサブマシンガンの引き金を引いた。

 無数に発砲された銃弾は敵プレイヤーの上半身を縦に貫きながらポリゴンへと無残にも散っていった。

 もう1人が光学銃を向けた瞬間にサブマシンガンはプレイヤーの脳天を貫いていた。

 

 シノン「何よ…あれ…!!」

 

 遠方から狙撃タイミングを窺っていたシノンはユウヤのありえない行動に息を呑んだ。何も恐る事なく、絶対的な勝利だけを信じて突き進む姿にシノンは目を奪われた。ただでさえ、防護フィールドがなく劣勢だったにも関わらず、ユウヤは迷う事なく突き進んだ。特攻だと言われても仕方ない行動にはある種の魅力がある。本人はやれると確信があったように思えたから…。

 

 ユウヤ「いっちょ上がり!!」

 

 敵プレイヤーもその光景に恐怖しながらも、目の前にいるダイン達に注意を向ける。

 だが、ここでダインの作戦には致命的な穴があった事が発覚した。

 運び屋だと思っていた大男はローブを脱ぎ捨て、その下に隠していた兵器を表した。

 

 ダイン「あれは…!!?」

 

 シュピーゲル「嘘…だろ」

 

 シノン「…ミニガン!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideシノン_

 

 

 初撃は自分でも満足のいく狙撃が出来た。誰に気づかれもせず、気づけば既に相手は地に伏しているのはある種の快感がある。

 当然次弾はあの運び屋を狙う予定だった。まだあちらのスコードロンは私の正確な位置を特定出来ていないので、簡単な作業だと思った。

 だが、あの運び屋は偶然なのか、もしくは狙撃手の存在に気づいていたのかスコープ越しに奴と目が合った。

 運び屋は体を覆ったローブを脱ぎ捨て、隠し持っていたミニガンを露わにする。

 すると、事もあろうにあの男はこちらを見て笑みを浮かべたのだ。その瞬間、背筋に突き刺さるような緊張感と恐怖が私を襲ってきた。と同時に内から湧き出る闘争本能というべきものが私を駆り立て、狙撃地点から戦場へと私を走らせた。

 

 シノン(「アイツは…笑った。この圧倒的不利な状況の中でアイツは笑っていた…。知っているの?…私がずっと追い求めていたものを…アイツを倒せば私はそれを手に出来るの…?」)

 

 ここから戦場まで300m程の距離がある。相手に悟られないように慎重に向かっても5分しかかからない。

 それまでに戦況がどうなっているか気になるものの大して変わってないと予想を立てる。いや…、あのミニガン使い…ベヒモスがいるとなれば、いくらダイン達でも形勢が逆転される事だって十分にある。

 ベヒモスはGGOで対スコードロン戦に関していえば無敵に近い強さを誇る。支援がしっかりしていればベヒモスに勝てる者などGGOにはどこにもいない。だが、もし…奴を倒せればまた私は近づける。興奮を抑え、冷静を保ち続けるとダインや他のメンバーが岩陰に隠れ、ベヒモスのミニガンから身を守っていた。

 

 シノン「ダイン!!何してるのよ!!全員で錯乱すればいけるでしょ!!?支援は光学銃持ちしかいないから被弾の恐れもないし何を躊躇してるのよ!!」

 

 ダイン「無茶言うなよシノン…。あのミニガンの恐ろしさはお前も知ってるだろうが。あれに1発でも当たったら終わりなんだぞ?デスペナが惜しいし、ここは投降するが吉だ…。ゲームぐらいでムキになんじゃねぇよ…」

 

 なんと情けない男だろうか。仮にもスコードロンをまとめる者が弱腰でどうする。怒りがミニガンの銃声と共に高揚していくのを感じ、おもむろにダインの胸ぐらを掴んだ。

 

 シノン「だったら仮想世界でぐらい足掻いて死ねっ!!」

 

 ダイン「!!」

 

 ここは仮想世界。死んでもまたやり直せる世界。1度死んだら永遠に取り戻せないあの世界とは違う。ならば、どんなに無様でも強者を前にして勝利を信じ、足掻いて死ぬべきだと私は思っていた。

 その経験が後の戦闘にも活かされ、さらに強くなれると信じているから。

 ダインは面食らった顔をして何も言い返してこない。こんな少女に何も言えないとはこの男は性根から負け犬根性だったのだと知り、ダインをおいて近くに隠れていた他の者に指示を出す。

 瞬間、ミニガンの銃声が止み、それと同時にシノンを除いた他の者が前に出た。

 

「うぉりゃぁぁぁぁっ」

 

「うわぁぁぁぁぁっ」

 

 ミニガンのリロードは他の物に比べて時間がかかる。その隙をつけば勝機はあると睨んだ私は岩陰からベヒモスに照準を定める。

 この場にいないユウヤとシュピーゲルの安全が気がかりだが、いない者の事は今は頭の隅に追いやり、集中を高めた。

 銃弾を乱射させながら突撃をかけた2人を他の敵プレイヤーが妨害に入る。リロードまでの間はこの敵を屠らない限りベヒモスには届かない。

 敵プレイヤーの1人がウエストポーチから手榴弾を投げ入れ、その爆風と共に自滅をかかりに来た。

 

 シノン「…くそっ!!」

 

 手榴弾のせいでベヒモスとその周りに土煙が舞い、姿を視認出来ない。おそらく、視力を奪いその場から移動するハズだろうと考えた私は近くに建っている廃ビルへと向かった。

 私の愛銃である"ウルティラマ·ヘカートII”はGGO内でも五時の指に入る程のレアアイテムであり、偶然迷い込んだ地下ダンジョンで6時間の攻防を重ね、手に入れた物だ。レア中のレアと言われるだけの性能と威力があり、私の手にも馴染むこの銃を主要武器(メイン)にし始めた。

 そんな信頼を於いているヘカートIIを携え、廃ビルの絶好の位置に陣取り、上からベヒモスを確認する。

 瞬間、ミニガンのリロードが終わったのか舞っていた土煙を力任せに薙ぎ払い、銃弾に被弾した2人の味方が頭を跡形もなく吹き飛ばされ、ポリゴンとなって消滅するのを確認した。

 

 シノン(「よし…アイツはまだ私に気づいていない…!!」)

 

 周囲に警戒の目を配るベヒモスはまだ私の位置を見つけられていない。

 ならば、ここからヘッドショットが決まればベヒモスと言えど即死は絶対だ。引き金に指をかけ、視界に弾道範囲を展開させて呼吸を整える。

 サークルが徐々に狭まっていくが途端に広がる。

 

 シノン(「落ち着け…落ち着け…焦るな…私ならやれる…」)

 

 再度、呼吸を整えサークルを狭めていくと、最悪な事にベヒモスが廃ビルにいる私の存在に気づいた。ベヒモスはミニガンを体全体で支え、私に照準を合わせた。

 

 シノン(「しまった…!!」)

 

 ここから離れても銃弾の雨は確実に私に降りかかるだろう。僅か1秒足らずでそう結論が出てしまい、おもわず引き金を引いた。だが、冷静さを欠いた状態で撃ってしまった為、ベヒモスの頬をかする事しか叶わない。

 もう終わったと目を伏せた瞬間、ミニガンの銃声とは違うものが私の耳に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「シノンは狙わせねぇよ!!」

 

 ベヒモス「!!」

 

 シノン「…ユウヤ…?」

 

 サブマシンガンでベヒモスの注意を引き付け、照準を私からユウヤへと切り替えた。ミニガンの銃弾がユウヤに襲いかかるが、岩陰や盾になりそうなもので何とか凌いでいる。だが、ミニガンの威力はヘカートIIに勝るものがあり、岩を貫くなど造作でもない事だ。周囲は忽ち障害物のない荒野と化し、ユウヤも動きは止めないまでも焦りを見せている。

 

 ユウヤ「くっ」

 

 シノン「バカっ!!早く逃げなさいよっ!!アンタじゃ敵わないわ!!」

 

 おそらく私でも敵わないベヒモスに初心者であるユウヤが勝てる訳がない。所々銃弾で体を引き裂かれ、HPもレッドに入っているハズ…なのに、ユウヤは足を止める素振りや、逃げる様子を見せずただベヒモスの周囲を回り続けていた。

 

 ユウヤ「うおっ!?」

 

 足元を撃ち抜かれ、その拍子にバランスを崩した。ベヒモスも好機と感じたらしく、すかさず次弾を放つ構えに入った。

 

 ユウヤ「!!」

 

 ユウヤの目には無数の弾道予測線が体を貫いている光景が映っているだろう。あの態勢じゃ空弾を撃って体をずらす事も出来ないし、防ぐような盾もない。万事休すかと思ったその時、懐から取り出した閃光弾を2m先に投げつけた。閃光弾は打ちつけられた衝撃と共に激しい光を爆発させ、周囲を白く塗りつぶした。

 ベヒモスもこれではミニガンを発砲出来ないであろう。

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「シノォォォォォン!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 シノン「!!」

 

 閃光と共に私を呼ぶ声が轟いた。閃光弾と距離があった為、荒野にいるユウヤとベヒモスはまだ視界が封じられたままだが、廃ビルの上層に陣取っていた私は彼らよりも視力を取り戻し、ユウヤの声と同時にヘカートIIの銃口をベヒモスに向けた。

 しかし、ベヒモスは今から撃たれるという事に直感的に気づき、ミニガンを両腕と腰に固定して、廃ビルの下層から私のいる層に引き金を引き続けた。

 

 ユウヤ(「銃声!?目が見えてるのかっ!?」)

 

 シノン(「いや…私のいる場所まで下から順に撃っていく気なんだわ!!…だとしたら、ここに銃弾がくるまで20秒もない…!!」)

 

 下層からガラスの割れる音、柱が砕かれている音が徐々に私のいる層に近づいてきている。今からヘカートIIを構えてベヒモスに照準を合わせてる内に私の方が蜂の巣になるだろう。その思考にたどり着くのに5秒を費やし、いよいよ逃げ場がなくなってしまった。

 

 シノン「…」

 

 これはチャンスだ。今よりもっと強くなる為のチャンスだ。あの強者(ベヒモス)を倒せば私は…!!

 そう考えたら迷う事などなかった。私には退路も自滅も降伏もしない。私は何があろうと掴んだチャンスは逃さない。腕が撃たれようと、足がちぎられようと、頭を撃ち抜かれようとも、そこに存在する限り抗ってやる。

 ついにすぐ下の層を撃ち抜かれ、足場がぐらつき、床には亀裂が生じている。

 

 ユウヤ「シノン!!」

 

 

 

 地を蹴った。蹴って蹴って蹴って、蹴り続け、私は…空へと駆けた。

 

 

 

 ベヒモス「!!」

 

 視力が完全に戻ったベヒモスは驚愕しているようだった。

 無理もない。この廃ビルは高さが400mもあり、私がいた階層は約250m。つまりは、その高さからライフルを持って飛ぼうなど無謀以外の何ものでもないとベヒモスは知っているのだ。本人も何も出来ぬまま体を蜂の巣にされているだろうと思ったハズだ。

 だが、そんな考えは私から言わせてもらえば思い上がりも甚だしい。

 自分の事を強者だと思うのは勝手だ。まぁ、彼の場合は実績や経験もあり、それらを語っているのだろうが私には関係ない。

 他人の枠組みで収められるのは私が一番嫌いな事で、ある意味ではそれを狙って飛び出したとも言える。

 重力に逆らう事なく私とヘカートIIはベヒモスの上空から落下する。

 ベヒモスにもプライドというものがあるのか、ミニガンを私のいる上空へと持ち上げようとする。

 しかし、ミニガンは他の銃とは比べ物にならない程の重量を有しており、持ち歩くだけでもSTRを極振りしなければ叶わない。アバターの初期パラメーターにもよるが、支援さえいれば無敵という殺し文句にも納得する。

 ベヒモスでもやはりミニガンを垂直に持ち上げる事は困難な為、私に放たれた銃弾は牽制にすらなり得ていなかった。

 流れ弾に運悪く左脚が吹き飛ばされたがHPは全損には至っていない。

 真っ直ぐにベヒモスの頭上に落下していく私はヘカートIIの銃口をベヒモスに向ける。引き金に指をかけ、弾道範囲を固定、維持する。

 

 

 

 

 

 

 

 シノン「…チェックメイト…」

 

 

 

 

 

 

 ヘカートIIから火花が華麗に舞い上がり、ベヒモスの脳天を射抜いた。

 それに伴う爆風をクッションにして、荒野へと受け身を取りながら着地する。

 瞬間、ベヒモスのアバターは爆風の最高潮と同時に弾け飛び、ポリゴンの欠片が荒野へと散っていった。

 

 ユウヤ「…やった…のか?」

 

 ようやく視力を取り戻しつつあったユウヤが足取りも覚束無いまま私に近づいてくる。皮肉を交えながらこう言った。

 

 シノン「アンタより先に倒してやったわ」

 

 ユウヤ「…結構切羽詰まってたくせに」

 

 夕陽が半ばまで沈み、街に戻る為立ち上がろうとするが、先程の戦闘で左脚は失くなっている事を思い出した。すると、おもむろに抱き抱えられた私は目を丸くして隣にいる少年に顔を向けた。

 

 ユウヤ「さっ、帰るぞ」

 

 シノン「…エッチ…」

 

 ユウヤ「はぁっ!!?」

 

 シノン「冗談よ…。これでこの前の事はチャラにしてあげるわ」

 

 ユウヤ「へいへい…」

 

 傍から見れば子供が自分より大きい少女を抱えている不思議な図に見えるだろう。だが、ベヒモスとの戦闘が終わって体力が空になった私には正直有難かった。

 夕陽に背を向け、私達は重たい足取りで街へと引き返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
再びGGOを駆ける事になったユウヤとシノン。
強敵ベヒモスを打ち破り、次なるステージへと進んでいきます!
次回GGO編は久しぶりにあの人視点で書きます!お楽しみに!


評価、感想などお待ちしております!


ではまた次回!良いお年を!!


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【63】Bullet of Bullets

新年明けましておめでとうございます!
ということで63話目になります!
これからやるべき事、見つけるべき答えを求め、苦悩し、それでも前に進んでいく少年少女達の姿をお楽しみください!


では、どうぞ!


 2025年12月03日17時00分 グロッケン ガンショップ

 

 ユウヤ「BoB(バレット·オブ·バレッツ)?」

 

 シノン「前に一度話したわよね?」

 

 ガンショップで弾薬の補充をしていると、シノンから次のBoBに一緒に出ないかとユウヤを誘った。

 

 シノン「20人いるプレイヤーの総当たり戦。最後の1人になるまで大会は終わらないし、自発的ログアウトも出来ないの」

 

 ユウヤ「へぇ…面白そうだな」

 

 シノン「アンタももうステータス的にも問題ないだろうし、腕試しと思って出てみたら?」

 

 ここ数日でモンスターやプレイヤーを相手にしてきてユウヤのステータスはシノンに負けじと劣らない程になっている。シノンがそれを知った時は本当に悔しそうな表情をしていたが、実力的には大会に出ても恥をかかないぐらいにはなっているとシノンは目測を立てた。

 

 ユウヤ(「もしかしたら…その大会に死銃が出場するかもしれねぇな」)

 

 菊岡から仕事を受けて以降、街にいるプレイヤーから死銃について聞き込みを続けたが、日頃からログインしていないのか街中で目撃したプレイヤーはいなかった。完全に手詰まり状態の所にシノンから誘いが来てチャンスだと思った。GGOでの最強を決める大会なら死銃が標的にしているプレイヤーも出てくるハズだ。ならば、死銃がそのプレイヤーを殺害する前に捕まえればいい。仮想世界(こちら)捕まえれば後は菊岡が運営に問い合せて現実世界での居所も見つかる。

 ユウヤはシノンの誘いを受ける事にして今日の所はここで解散する事になった。

 

 拓哉「…ん…」

 

 現実世界へと帰ってきた拓哉は軽く腕を伸ばし、硬直している筋肉を解す。すると、隣で拓哉をモニタリングしていた倉橋がクスッと笑いながら拓哉の体についている電極を外していく。

 

 拓哉「?…どうかしました?」

 

 倉橋「いえ…この頃拓哉君の顔色や表情が柔らかくなったなと思いまして…。久しぶりにここに来た時はげっそりしてましたから」

 

 拓哉「そんなに変わりましたかね…?」

 

 倉橋「えぇ。…やっぱり男の子はこれぐらい元気がないといけません。筋肉も満遍なくついているみたいですし、彼女の木綿季君は良い人を見つけたもんですよ」

 

 拓哉「…」

 

 拓哉は無言のままシャツを着て上着を羽織る。倉橋に一言だけ言って病室を後にした。院内をゆっくり出口まで歩いている途中、先程言われた倉橋の言葉が脳裏に甦ってきた。

 

 拓哉(「オレは…良い人なんかじゃない…。木綿季には…ふさわしくない…」)

 

 最後まで考えてしまう前に思考を遮断して出口に行き着いた。外は真冬の風が拓哉を襲い、体温が徐々に奪われていくのを感じて早く帰ろうとバイクのエンジンをかけた。

 

 拓哉(「…夕飯…何にすっかな…」)

 

 帰りに食材を調達しなければと気づいた拓哉はバイクを湯島に走らせた。その途中でSAO帰還者学校の最寄り駅の近くを通るのだが、拓哉はこの時が一番不安になる。

 もし、ここで誰かに見つかったらと思うと怖くなって逃げ出してしまうだろう。誰にも会わないようにと願いながら進んでいると信号機の前で待っていた黒髪で中肉中背の男子高生に目が止まった。

 信号が青になる直前でその男子高生と目が合ってしまい、顔を背いてバイクを発進させた。

 

「!!?まっ─」

 

 何か言いかけたようにも聞こえたが、拓哉は気にする事なく湯島へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月03日18時00分 埼玉県川越市 桐ヶ谷邸

 

 ガララと玄関から物音が聞こえたのでこの家の娘である桐ヶ谷直葉が玄関まで走った。

 

 直葉「お兄ちゃんおかえり!」

 

 お兄ちゃんと呼ばれたのは漆黒と言っていい程の黒髪と瞳を宿した少年だった。彼…桐ヶ谷和人は妹である直葉に生返事をして自室のある2階にへと上がっていってしまった。

 

 直葉「…お兄ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 side和人_

 

 

 自室の扉を開け、ベッドの上に鞄を放り投げる。綺麗にしてあったシーツにシワがよるのを気にする事なく、椅子にもたれ掛かったオレはハァと息を吐いた。

 

 和人(「あのバイク…。オレに気づいたら逃げるようにして走っていった…。あれは…」)

 

 先程の下校風景を出来るだけ具体的に思い出しながらその時の状況を整理する。あれはほぼ間違いなくオレ達がずっと探している茅場拓哉本人であろう。すぐに追いかけようとしたが、バイクに適う訳もなく逃げられてしまった。その後も悶々とした気持ちがオレの中に生まれて一向に晴れてはくれない。

 

 和人(「木綿季に伝えるか?…いや、ぬか喜びさせても悪いしな…。まだ、あれが拓哉だっていう確証もないんだ。誰にも言わない方がいい…」)

 

 だが、あれが本当に拓哉だったならば、今頃になって何故あんな場所にいたのか。学校近くは拓哉を探し出したその日に隈無く探して、以降毎日のように拓哉の姿を目で追った。結果としては今日まで見つけきれていないのだが、それならばとやはり疑問が出てしまう。

 

 和人「…あの方角って確か…」

 

 制服からスマホを取り出して地図アプリを起動する、先程までいた駅からあのバイクが来た方向に絞って探していると、やはりオレの記憶通り横浜大学附属病院がある。

 そして、またしても更なる疑問が浮上してきた。

 

 和人(「何でアイツ…病院に…?いや、聞けば早いか」)

 

 すぐさまその病院で勤務している倉橋医師に電話をかけた。しかし、何回コールしても出てはくれず、次は病院に電話をかけた。

 2回コールが耳元で鳴り響くとガチャっという音と共に女性の声がスマホから聴こえてきた。

 

 和人「もしもし、そこは横浜大学附属病院でよかったですか?」

 

「はい、そうですが。どのようなご用件でしょう?」

 

 和人「あの、そちらに倉橋先生が勤務していると思うんですが…」

 

「倉橋は今別件により長期不在中です。伝言などがあればお伺いしますが?」

 

 和人「あっ、いや、大丈夫です。…ありがとうございました」

 

 これ以上は何も得られない事が得られた所でスマホからユイを呼び出す。

 ふぁぁ…と欠伸をしながら現れたユイにある頼み事をした。

 

 和人「ユイ。悪いんだけど、この画像データに写ってるバイクを探せたりするか?」

 

 ユイ「はい。狭い範囲でよかったら大丈夫です!パパ!!」

 

 和人「じゃあ、頼んだよ。終わったら知らせてくれ」

 

 ユイに周辺の監視カメラを調べてもらっている間、何もやる事がなくなったオレはネットサーフィンをする事にした。

 すると、ネットニュースのトピックにふと気になる物があった。

 

 和人「心停止?…アミュスフィアで?」

 

 そこに書かれていた内容は先月に2人の男性がアミュスフィアをつけたまま遺体として発見されたようだ。警察も事件性などなく、事故死として進めている。死因は心停止らしいが、オレにはその死因に違和感を感じた。

 

 和人(「アミュスフィアで心臓が止まる程の出力…あるいは感覚は感じられない。…なら、外部からの犯行になるだろうけど…」)

 

 さらに下へと記事をスクロールさせていくと、文末にあるリンクが貼られている。何かこの事故と関係があるのだろうとマウスを動かしてクリックした。

 どうやらALOとは違ったVRMMOゲームの掲示板のようだが、そこに数秒の音声データアップロードされている。ヘッドフォンを装着し、その音声データを再生した。

 

 

『ゼクシード…偽りの勝利者よ。だが、俺には本当の力、本物の強さがある!!者共!!この名を恐怖と共に刻め!!俺とこの銃の名は…死銃だ!!!』

 

 

 和人「…」

 

 音声データはそこで終了していたが、その下には音声データに関してのコメントが寄せられている。どうやらそのVRMMOゲームをプレイしているプレイヤーが書いているようで、その音声が録音されていた時にあるプレイヤーが生番組中に回線切断してしまい、以降そのゲームにログインしなくなってしまった。

 

 和人「確か、このゲームってプロがいる…」

 

 そのVRMMOゲームの名はGGO(ガンゲイル·オンライン)。ゲーム通貨現実還元システムを採用している"ザスカー”なる企業が運営しているそのゲームではALOとは比較にならない程に競争率が激しく、殺伐とした世界観が巷で密かに注目を浴びていた。

 

 和人「…」

 

 事故死…GGO…死銃…。これらに何かしらの違和感を感じたオレはこの事に熟知しているであろう人物に電話をかける。

 

 菊岡「もしもし?」

 

 和人「菊岡さんか?ちょっと聞きたい事があるんだけど…」

 

 電話に出た菊岡はしばらく…と言っても一瞬ともとれる間を開けてオレの質問に答える。

 

 和人「最近VRMMOゲームで死んだ人がいるってニュースにあったけど…()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 菊岡「…()()()()()()()。僕は今立て込んでるからこれで切らせてもらうよ」

 

 そう言って数十秒の電話は菊岡から切られ、オレはパソコンのモニターに視線を移す。

 

 和人「答えられない…か」

 

 菊岡の事だ。関与してないならそう答えるハズだろうが、答えられないと答えたという事は仮想課でもこの案件に目をつけているという事。

 ならば、このGGOの中から調査をする必要があるハズだ。その任務に相応しい人材と言えば…。

 

 和人「…そこにいるのか?…拓哉」

 

 パソコンの電源を消してユイの帰りを待つ事にした。

 しばらくしてユイがオレのスマホに戻ってきたが、あのバイクを見つけるには至らなかった。だが、横浜市立大学附属病院から出てきた所を発見しただけでも収穫だろう。

 

 和人「明日にでも行ってみるか」

 

 明日は学校があるが、欠席して朝から病院に張り付いていれば拓哉だと思われる人物を見つけられるだろう。この事は明日奈だけでも知らせておいた方がよさそうだな。

 今の時間なら明日奈もALOに来れるだろうと時間を確認した後、アミュスフィアを装着したオレは音声コマンドを入力した。

 

 和人「リンクスタート!!」

 

 視界がクリアになり、感覚が仮想世界に接続されるのを感じながら見慣れたログハウスのリビングで目を開けた。

 すると、予想通りと言うほどにアスナがお茶を嗜んでいる最中だった。

 

 アスナ「キリト君!今日はインするの遅かったね」

 

 キリト「あぁ。ちょっと調べ物しててな。ユイ、出ておいで」

 

 胸ポケットから小妖精(ピクシー)姿のユイが現れ、アスナの横に元の姿に戻って腰をかけた。

 

 ユイ「ママ!おかえりなさい」

 

 アスナ「ただいまユイちゃん。今、お茶淹れてあげるね」

 

 ユイのティーカップを用意したアスナが慣れた手つきで手早くお茶を淹れていく。もちろんユイの横に腰を落ち着かせたオレの分も淹れてくれた。

 

 ユイ「ありがとうございますママ!!」

 

 キリト「ありがとうアスナ…」

 

 アスナ「どういたしまして」

 

 口の中に程よい温度のお茶がフルーティな味がこれまた程よい癒しをオレに与えてくれた。

 だが、今日はお茶を楽しみに来たのではない。いや、アスナの淹れるお茶は美味しいのだが。

 

 キリト「アスナ、ユイ。オレ…ちょっと他のゲームにコンバートしようかって思ってるんだ」

 

 ユイ「え?」

 

 アスナ「き、キリト君!?ALOやめちゃうの!!?」

 

 キリト「ち、違うよ!?ちょっと気になる事があって…それが終わったらちゃんとここに帰ってくるよ」

 

 アスナ「気になる事?」

 

 オレはアスナとユイに今日あった事、今ニュースになっているGGOの事、そして拓哉らしき人物に会った事を包み隠さず話した。

 アスナも驚いた表情をしていたが、次第に納得してくれたようでGGOへのコンバートを了承してくれた。

 

 アスナ「事情は分かったわ。それなら私も一緒に行った方がいいんじゃない?」

 

 キリト「いや、まだ確証もないしそれに…ユイを1人には出来ないだろ?大丈夫だよ。何もなかったらすぐに帰ってくる。拓哉がいたなら連れて帰ってくるよ」

 

 アスナ「うん…分かった」

 

 キリト「それと、この事は他のみんなには黙っててくれ。特にユウキにはこれ以上心配をかけるのは精神的にきついだろうから」

 

 アスナ「分かった。みんなには他のゲームのリサーチとでも言っておくよ。キリト君も無茶はしないでね」

 

 アスナの了承も得た所でこの日は解散し、オレは明日に備える事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月04日07時30分 横浜市立大学附属病院

 

 まだ外が薄暗く夜明けを迎えたばかりの朝、オレは一時期世話になっていた病院の駐輪場にバイクを止め、人気の少ないベンチに腰をかけていた。

 正門前の警備員には知人の見舞いに来たと伝えて中に入ると、やはりと言うべきか院内や周辺の外には病院関係者以外誰もいない。

 当たり前だが、見舞い客もいるハズもなく拓哉らしき人物が来るまで待機を余儀なくされた。

 病院が開くのが朝の9時なので、まだ2時間もの間ここで待っていなければならない。冬の朝は体温を急激に奪い、自販機で買ったコーヒーでなんとか体温を保つ。

 

 和人「少し早すぎたな…」

 

 普段よりも早起きをしたオレは時折表れる睡魔と戦いながらも病院の正面玄関を見張った。正門の監視カメラにはユイが待機しており、昨日見たバイクが通過すればオレにすぐに報告して身を隠す算段だ。

 

 和人「…寒い」

 

 最早缶コーヒーの温もりでは自分の体温が維持出来ない所まで粘っていると、遠くから微かにバイクのエンジン音が響いてきた。

 

 ユイ『パパ!後、15秒後に目標のバイクが正門を通過します』

 

 和人「了解。こっちも見つからない所に隠れてるよ」

 

 駐輪場からオレが今いるベンチは目と鼻の先にある為、鉢合わせて逃げれる訳にもいかない。オレはベンチから離れて近くにあった植え込みに隙間に隠れた。エンジン音が次第に大きくなっていくと駐輪場付近で切られ、コツコツと足音が響く。植え込みの隙間から覗いてみると、昨日見たバイクとその持ち主がバイクを押しながら駐輪場にやって来た。

 

 和人(「やっぱりあのバイクだ…。まさか、初日で見つかるとはラッキーだぜ」)

 

 そして、バイクを駐輪場に停め、ヘルメットに手をかけた。そこにいたのはオレのよく見知った親友がいた。

 

 和人(「拓哉…!!」)

 

 忘れられる訳がない。数々の死線を共にくぐり抜け、命を救ってもらった大恩人であり親友の拓哉がそこにいた。やっと見つけたという達成感が早く連れ戻したいという行動を邪魔するが、まだ終わった訳ではない。

 何故、病院にいるのか。何故、オレ達の前から姿を消したのか。何故、木綿季に別れを告げたのか…洗いざらい吐いてもらわなければ気が済まない。植え込みから颯爽と飛び出し、拓哉の背中へと歩を進める。

 しかし、その際に音が鳴り、拓哉が不意にこちらを振り向いてしまった。

 

 拓哉「!!?」

 

 瞬間、完全に目と目が合った。こちらを振り向くや否や拓哉は咄嗟に向き直り院内へと走り出した。

 

 和人「っ!!?拓哉っ!!!」

 

 名前を呼んでも拓哉が足を止める素振りはない。こうなれば、拓哉に追いついてこの手で捕まえるしか拓哉を止める術はない。

 全速力で拓哉を追いかけるが、拓哉も負けじと全速力で逃げ切ろうと走る。

 

 拓哉「ハァ…ハァ…なんで…ここにっ!!?」

 

 和人「お前を…ずっと…探してたんだっ!!!」

 

 息を切らしながら走り続けているオレ達は徐々に縮まっていく距離に期待と不安を抱えながら会話をする。風が吹き抜いて正確には聞き取れないが、それでも言葉を紡ぎたかった。

 

 和人「帰ろう…!!ハァ…ハァ…木綿季だって待ってるんだぞっ…!!?」

 

 拓哉「…もうオレには…ハァ…ハァ…関係…ねぇだろっ!!!これ以上オレに…関わるなっ!!!」

 

 流れ込むように院内へと入っていくと、看護師が慌てた様子でオレと拓哉に注意を促すが、オレ達はそれを無視して院内を駆け抜ける。

 

 拓哉(「くそっ…!!まさか、和人にまで追いつかれる程体力がねぇなんて…!!」)

 

 和人(「そろそろ体力的に限界だが、拓哉を捕まえるまで諦めてたまるかっ!!!」)

 

 だが、拓哉は迷路のような院内に熟知している為か、通路を右往左往しながらオレを撒いてくる。オレもそれに食らいつくのが必死で今まで来た道順は全く頭に入ってはいなかった。

 すると、右に曲がった拓哉を追いかけてオレも右に曲がると拓哉の姿を見失ってしまった。

 

 和人「こっちか…!!?」

 

 すぐ近くに左へと曲がる通路があった為、そちらに逃げたのだと予想したオレはすぐにまた走り出した。

 何度も何度も曲がっていると、拓哉の姿はおろか今自分がどの棟にいるのかすら分からなくなってしまった。

 

 和人「ユイ!!院内に拓哉がどこにいるか探せるか!?」

 

 ユイ『ダメですパパ!!病院のサーバーには何重にもプロテクトが施されて私では突破出来ません!!』

 

 和人「っ!!?」

 

 完全に手詰まりのこの状況で頼れるものが何もない。

 仕方なくエントランスに戻り、受付で拓哉の居場所を聞く。

 

「すみません。その方についてはお教え出来ません」

 

 和人「何でっ!!?この病院にずっと来てるのは分かってるんですよ!!なら、居場所だって分かるハズだ!!」

 

「そう申されましてもこちらでは対応しかねます」

 

 和人「なら、拓哉の担当医だった倉橋先生を呼んでください!!長期不在中って言ってましたがいるんですよね!!?」

 

「そちらも対応しかねます」

 

 和人「っ!!?」

 

 これ以上は何を聞いても口を割る事はないだろう。ならば、病院内を足を使って探すしかない。オレが即行動に移ろうとすると、看護師が数人オレの前に立ちふさがった。

 

 和人「どいてください!何も教えてくれないなら院内を隈無く探します!!」

 

「困ります!他の患者様もいらっしゃるんですよ!?」

 

 和人「なら、拓哉の居場所を教えてくれ!!」

 

「それは…」

 

 この状況でも口を割らないという事は上層部から口止めをされているか、もっと別の巨大な権力に圧力をかけられているかだが、この場合なら後者が正しいだろう。

 総務省からの圧力ならこの病院の人間全員を黙らせる事だって出来るハズだ。

 

 和人「くそっ!!」

 

 強引に看護師の壁を破ろうとするも、中々前に進ませてくれない。手を挙げる訳にもいかず、上手く立ち回れない状態が続いた。

 

 和人(「…拓哉!!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 sideout_

 

 

 拓哉「ハァ…ハァ…」

 

 息を切らしながら病室のソファーにもたれ掛かる拓哉は息を落ち着かせ、今の状況を冷静に整理した。

 

 拓哉(「何で和人がここに…?もしかして、この前すれ違っただけでここにたどり着いたのか…?」)

 

 それならば、最早探偵の域に達しているが、今はそんな事を感心している場合ではない。和人がここの事を木綿季達に伝えれば、全員で押し寄せて来る事も予想出来る。

 菊岡に警戒を促せばある程度は大丈夫だろうが、それでも買いくぐれるだけの力が木綿季達にはある。

 

 拓哉「…」

 

 そんな事を考えていると、病室に倉橋が入って来た。拓哉の異様な汗の量を見て倉橋は心配していたが、何でもないと拓哉はシラを切った。

 すると、倉橋の携帯電話に内線が入り、一旦病室を出て応対している。数分経って再び病室に入ると、倉橋は拓哉の正面のソファーに腰を落とした。

 

 倉橋「今、受付から電話がありました。エントランスに和人君が来てますよ?」

 

 拓哉「…」

 

 倉橋「その顔はもう会ったみたいですね」

 

 拓哉「…倉橋先生、和人を病院から出してください。アイツはここに…オレに会いに来ちゃダメなんだよ。アイツらにはもう危険な目には合わせられない」

 

 倉橋「…実は拓哉君がSAOで行ってきた事は全て菊岡という役人から聞いています。…君の殺人歴も」

 

 拓哉「…そうですか。なら、オレがアイツらに会わない理由も分かるでしょ?」

 

 巻き込みたくないから距離を置いた。危険に合わせたくないから1人になった。拓哉の気持ちには倉橋も気づいているし、そんな重たい物を背負っているからこそ、今の拓哉が心配で仕方ない。

 倉橋にかける言葉が見つからなかった時、拓哉は扉の方へと歩を進ませる。

 

 倉橋「拓哉君!」

 

 拓哉「今日の所は帰ります。和人もオレがいない事が分かれば、ここを離れるハズです。迷惑かけてすみませんでした」

 

 それだけを言い残して拓哉は病室を後にし、裏口から病院を後にした。

 すると、再び倉橋の携帯電話が鳴り、応対すると和人がまだエントランスで暴れているとの事だった。しばらく考え、倉橋は電話を切って病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月04日08時00分 横浜市立大学附属病院 エントランス

 

 次第に看護師の数が増え始めて完璧に四方を塞がれた和人は行き場を失くしながらこの後の事を考える。すると、看護師が徐々に和人から離れていき、奥の通路から倉橋が現れた。

 

 和人「…やっぱりいるじゃないですか」

 

 倉橋「もうすぐ一般の方もいらっしゃいますのでこちらにどうぞ」

 

 和人「…」

 

 倉橋に招かれるがまま和人は2階のエントランスのテーブルにやってきた。受付の看護師にコーヒーを出され、倉橋が眼鏡をクイっと上げながら喋り始める。

 

 倉橋「和人君は拓哉君に会いに来たんですね?」

 

 和人「…はい。拓哉がここにいるのは分かってるんです!!拓哉に会わせてください!!」

 

 倉橋「それは出来ません」

 

 和人「倉橋先生っ!!」

 

 バンとテーブルを叩きながら立ち上がり、声を荒らげた和人は鬼の形相で倉橋を睨みつける。だが、倉橋は動じる事なく和人を見つめ返した。そんな倉橋の誠意とでも呼ぶべきものが和人の荒ぶった感情を落ち着かせた。

 

 倉橋「…今の彼は…迷っているんです」

 

 和人「迷ってる…?」

 

 倉橋「自分が出した答えが本当は間違っているんじゃないか…、自分が動いた結果が最悪の事態にならないか…。

 彼の心は非常に不安定で繊細です。そんな状況で周りからの声が耳に入る度に彼は深く暗い闇の底へと追い込んでしまう…」

 

 自分の道が正しいと信じているからこそ、他の道を指し示された時の不安は当人にしか理解出来ない。あちらが正解でもしかしたらこちらが不正解だという脅迫概念に囚われ、自らの決断を誤ってしまう。

 拓哉は今まさにその胸中でどれが正解なのかを模索してしまっているのだ。

 

 倉橋「今の彼には時間が必要です。1人になる時間が…。それは例え、友人である君や恋人である木綿季君が踏み入っていい場所ではありません」

 

 和人「じゃあ…拓哉をこのまま放っておけって言うんですか?それじゃああまりにも拓哉が辛すぎる…。誰にも頼らないで生きていくなんて絶対に無理だ。オレ達はあの世界でそれを嫌という程思い知らされたんだ」

 

 倉橋「そうは言っていません。先程も言ったように拓哉君には時間が必要です。彼が自分の力と心で進むべき道を見つけるまで…。和人君達はその時、拓哉君の為に何が出来るかを考えておいてください。

 大丈夫ですよ。拓哉君ならきっと答えを見つけて君達の所に帰ってきます」

 

 和人「…はい」

 

 その日の朝は倉橋と看護師に謝罪して和人はバイクで自宅へと向かった。

 答えが見つかるまで待つ…と倉橋は言ったが、やはり待っているだけじゃいけないような気がすると和人の気持ちが表れたのか、バイクはエンジン音を轟かせながら走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月04日16時00分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 拓哉「…」

 

 あれから8時間以上の時間が流れた。帰宅するや否や拓哉はベッドに体を沈ませ、頭の中を整理していく。和人が拓哉の居場所を見つけて追いかけてきた。撒こうとしても食らいついて放そうとはしなかった。

 自分はそれだけ思われるような器じゃない。好きなものにしか興味がなく、それ以外はどうなろうと知った事ではなかった。

 だから、この手で他人に手をかけられた。そう思っているからこそ、この手で天秤にかけてしまった。

 夕焼けに部屋の中が染められ、天井に手を掲げた。紅に染まった手は今の自分には合っていると自虐気味に笑った。

 

 拓哉「…なんで…オレなんかの為に…」

 

 和人が…木綿季が…自分なんかの為にどこまでも追いかけてくれる。どれだけ突き放したつもりでも、しがみついて絶対に離そうとはしない。

 けれど、それが鬱陶しくて、煩わしくて、正直もううんざりだ。

 

 拓哉(「オレはもう戻らない…。アイツらが何と言おうとも…、どれだけ思っていてくれても…オレはアイツらの為に…戻らない…」)

 

 傷1つつけさせない。例え、どれだけ木綿季達から罵倒されても、どれだけ傷つかれようとも、どれだけ拒絶されようとも、拓哉は拓哉の愛する者達が傷つく事は許さない。

 それが自分がたどり着いた答え…"この身を犠牲にしようとも愛した者達を守り抜く”

 

 拓哉(「だから、もう…馬鹿な事はやめてくれ…」)

 

 瞼を閉じて深い闇の中へと沈む。何もない、何も見えないここは今の拓哉を落ち着かせられる唯一の場所だ。寝ている時だけはこんな事を考えなくてもいい。あと少しで完全に沈められると思った時、不意に玄関からインターフォンが鳴った。

 

 詩乃「ねぇ、拓哉!!いるんでしょ!?約束の時間過ぎてるわよ!?早くインしなさいよ!!」

 

 どうやらそれだけを言い残して詩乃は自宅へと戻っていったようだ。

 停止しかけた脳を働かせ、重たい足取りでインスタントコーヒーを手に取る。お湯を湧かし、マグカップに注ぎ、コーヒーを一口含んだ。

 閉じかけた瞼は見開き、脳も冴え渡っている感覚が拓哉に押し寄せて来る。

 ベッドへと戻り、時計に目をやれば詩乃と約束した17時を優に40分も遅れてしまっていた。詩乃が痺れを切らして怒鳴りきたのも納得のいく所だ。アミュスフィアを装着し、詩乃がいるガンショップへ向かうべく音声コマンドを入力した。

 

 拓哉「リンクスタート!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月04日17時50分 GGOグロッケン ガンショップ

 

 シノン「やっと来たわね」

 

 ユウヤ「悪ぃ…寝坊した…」

 

 ガンショップに遅れながらやってきたユウヤは待ち合わせをしていたシノンに冷たい視線を送られる。これにはユウヤも何も言い返せず、シノンの後を静かについていった。

 やってきたのはガンショップの地下10階にあるトレーニングスペースだ。閑散とした空間が直径1kmまど広がっており、壁に制限時間を示す1時間が刻まれている。

 

 シノン「アンタのせいで貴重な時間が1時間も無駄になったわ」

 

 ユウヤ「…すみません」

 

 シノン「…まぁいいわ。1時間でもそれなりの経験にはなるし、無駄にした分はまた今度返してくれればいいしね」

 

 ユウヤ「それで?ここで何するんだよ?」

 

 シノン「ここは対人戦をイメージしたシミュレーションステージよ。制限時間内を自由に使って、トレーニングなりBoBに向けての調整が出来るわ。本来なら大会前は予約が殺到するけど、2ヶ月前から予約してたのに…それをアンタが…」

 

 ユウヤ「もう勘弁してください…」

 

 フゥ…とため息を吐きながらもシノンがシステムウィンドウを操作して無機質な部屋を広大な砂漠へと書き換えた。

 2人は武器の調整が終わりに室内のどこかへと転移する。

 まずは互いの居場所を見つけ出して、先手を打たねばならない。そう考えると、接近戦のユウヤと違って遠距離に特化したシノンは狙撃地点を探す為、砂漠にある高い場所を目指す。

 

 シノン(「ランダムとは言え…クジ運が悪かったわね」)

 

 しばらく進むと、程よい高さの山を見つけ、周囲を警戒しながら登った。

 この高さなら全体と言わずとも300mならスコープ越しで視認できる。

 遮蔽物の少ない砂漠フィールドでは隠れながら移動する事が出来ない為、狙撃手(スナイパー)のシノンでも有利に運べる仕様になっていた。

 

 シノン「さて…アイツは…」

 

 相棒であるヘカートIIのスコープで周囲の状況を確認する。すると、一瞬見間違いとも取れたが再び目を見開いて確認すると、1箇所だけ土煙を纏いながら何かがこちらに迫ってきていた。

 

 シノン(「何よアレっ!?あんなのわざわざ見つけてくださいって言ってるようなものじゃない!!?」)

 

 その距離は200m。ヘカートIIの射程距離内におそらくユウヤであろう影は入っている為、撃とうとも思えばすぐ様撃てる。

 だが、土煙の大きさは目安で確認しても直径5mもあり、撃ったとしても致命傷にはならず、下手すればこちらの居場所が分かってしまうリスクがあった。

 さらに不規則な動きでこちらに隙を伺う時間を与えてはくれない。

 

 シノン(「こうなったら1発牽制して、2発目で決めてやるっ!!」)

 

 引き金に指を構えて弾道範囲(バレットサークル)を土煙の真ん中に固定させる。おそらくはサブマシンガンで自身の足元の砂を舞い上がらせ、視認を困難にしているのであろうが、ユウヤがどの位置にいるのかは正確には分かっているつもりだ。

 

 シノン(「真ん中っ!!!」)

 

 ヘカートIIは獲物を撃ち貫く為に銃口から銃弾を放った。真っ直ぐにと土煙の中心の射抜き、同時に土煙が消滅した。

 

 シノン「…やったか?」

 

 土煙の中からは誰も現れず、砂を舞い上がらせている砂漠が表れた。

 

 シノン「…まだまだ─」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「チェックメイトだな」

 

 シノン「!!?」

 

 今、確実に動けば頭はサブマシンガンで蜂の巣にされるだろう。冷たい感触が首元に伝わってひんやりと冷や汗が流れ始めた。

 

 シノン「どうして…こんなに早く私の居場所が…?」

 

 ユウヤ「それはお前のライフルのスコープがキラキラと光ってたからな。視認したら弾道予測線(バレットライン)も見えるし、サブマシンガンで砂煙を巻き起こしながら進んで、シノンが撃つのと同時にこのフックで山に滑り込んで、裏から回った…とまぁ、こんな所だな」

 

 シノン「…呆れた。そんな馬鹿みたいな作戦を成功させちゃうなんて」

 

 ユウヤ「褒め言葉として受け取っとくよ」

 

 あっさりと終わってしまった模擬戦の後も2人は大会に向けての準備に入った。武器の調整に、ステータスとレベリング、補充物資の調達と目前に迫ったBoBはGGOのプレイヤーだけでなく、ネット中継されるとの事で、その他のVRMMOゲームのプレイヤーを賑やかせた。

 

 シノン「ユウヤ。本戦に必ず出場しなさいよ!今度は絶対に負けないわ!」

 

 ユウヤ「あぁ、お招きとあらば参上しない訳にはいかねぇな!」

 

 ログアウト前に互いの拳を合わせ、本戦での再戦を誓った2人は別々の道を歩み始めた。

 

 ユウヤ(「この大会に死銃も必ずやってくる。アイツのやっている事は間違ってる。絶対に止めねぇと…!!」)

 

 そして、それを成し遂げれば自分の選んだ道が正解であると証明出来る気がする。自分が犠牲になれば、もう辛い思いをする仲間がいなくなるんだと心に言い聞かせながらユウヤは宿屋でログアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時間は経ち…第3回BoB(バレット·オブ·バレッツ)予選当日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
ついに和人が拓哉を発見してしまいましたが、これから先どうなっていくのか…
BoBの予選を控えた少年少女は一体何を考えながら戦場を駆けるか…
それはぜひみなさん自身の目で確認してください!

評価、感想などお待ちしております!


では、また次回!


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【64】嵐の前の静けさ

という事で64話目に突入です!
GGO編もついにBoB戦に突入し、激闘が相次いでいきます。
そして、ユウヤが望むものは果たして…


では、どうぞ!


 2025年12月13日14時00分 グロッケン 転移門前

 

 硝煙の匂いが街中にまで漂い鼻腔をくすぐる。

 嗅ぎ慣れない匂いにむせているとやはり、妖精郷アルヴヘイムとは正反対な世紀末風の世界だ。

 昔はよくこのようなゲームが流行っていたが、フルダイブ技術が進むにつれてファンタジー系のゲームの陰に隠れてしまったが、"ザ·シード”のおかげで多種多様なVRMMOゲームが出来ていき、仮想世界は今尚広がり続けている。

 ふと、本来の目的を忘れてしまっていると、コンバートしたアバターの容姿が気になる。周りを見渡しても屈強な男性プレイヤーが大半で女性など見る影もなかった。

 

「なんか…髪長いな…」

 

 視界の上から垂れる髪を割いていると、妙な違和感を感じた。視線を頭部に移すと現実世界の髪の量を優に超えており、漆黒の長髪は腰の位置まで伸びていた。

 途端に嫌な予感がして、近くにあったショーウィンドウで自身の姿を確認する。

 すると、そこにいたのは誰が見ても美少女と思うであろうアバターですぐ様体の至る所を触り、男性である事を確認する。

 男性である事に安堵したが、この容姿はかなりやりにくい。

 髪は戦闘中に邪魔になるし、この容姿ならナンパ目的で寄ってくる男性も現れるハズだ。自慢している訳ではないが、客観的に見ても女性にしか見えないこのアバターが"キリト”と誰が思うだろうか。

 

 キリト「なんか前のトラウマが…」

 

 以前にも天才科学者でありVRの歌姫であるセブンのバックダンサーを任命された時も今のような服装をさせられ、アスナや他の仲間達にも写真に残されたトラウマがあった。

 あの時はアイドルのような格好をしていた為に今より恥ずかしかったが、まさかGGOに来てまでこのような姿になると思ってもいなかったので、これは誰にも見せられないなとキリトは心の中で誓った。

 

 キリト「とりあえず総督府って所に行かないと…」

 

 グロッケンを散策する傍らで総督府を目指す。

 それは今日の15時から行われる第3回BoB(バレット·オブ·バレッツ)予選の登録をしなければならない。この大会はGGOのプロが多数参加しており、当然腕に自信のあるプレイヤーが名誉と誇りをかけて大衆の面前で個をアピールする場だ。

 過去2回行われ、優勝したプレイヤーは脚光を浴び、他のプレイヤーから崇拝すらされている。

 そんな強者が集まる場は死銃にとって格好の狩り場と化すだろう。

 キリトがGGOにコンバートした目的は、この世界にいるかもしれない拓哉を探すという大前提の裏に死銃なる()()()()()()()()()()者を見つける事であった。

 おそらく、拓哉がここにいるのなら死銃を追っているに違いないと見当をつけているキリトはその手助けをしたいと思った。

 いないならいないでキリトだけでも死銃を捕まえるだけの事だ。仮想世界でもう人を殺すような事は2度とあってはならないのだから。

 

 キリト「行こう…」

 

 歩き始めたキリトは遠くに見える巨大な建物…あれが総督府だろう場所へと向かう。道が入り組んでいて中々前には進まない。

 だが、まだ予選の登録まで猶予がある為、GGOの世界を見学するついでにもなる。

 すると、よく分からない路地裏を来たり戻ったりしていると、総督府に全然近づく事なくキリトは迷ってしまった。

 

 キリト「誰かに道聞いた方がいいな…」

 

 そんなことを考えていると橋の向こうに1人のプレイヤーを発見した。あの人に道を尋ねようと走ってその者の元に向かった。

 

 キリト「あの!すみません…─」

 

「ん?私に何か用?」

 

 キリト(「げっ!?」)

 

 キリトの呼びかけで振り返ったプレイヤーは碧髪に同色の瞳をした少女だった。

 男であるキリトが少女に声をかけるとなると、周りからはナンパしているように見て取れてしまう。少女もそう感じていると思いながら言い淀んでいると予想外にも少女の方から声をかけてきた。

 

「あなた…このゲームは初めて?」

 

 キリト「は、はい…。えっと…総督府までの道を教えて頂きたくて…」

 

「総督府に?…もしかして、BoBに出るつもりなの?」

 

 意外にも少女はすんなりとキリトの話に耳を傾けた。と言うのもキリトの今の見た目が美少女に見間違う程の美少年であるからだ。この少女も例外に漏れる事なく、キリトを自分と同じ女の子と認識しているのだろう。

 キリトもすぐにその事に気づいたが、今更実は男なんです、と言い出せない空気に罪悪感を感じながらもキリトは声を高くして答えた。

 

 キリト「そうなんですよ。ネットで面白そうなイベントの記事を見て」

 

「見た感じ初心者っぽいけど…」

 

 キリト「あっ、これコンバートしたからステータス的には問題ありません」

 

 こんな姿明日奈達には見せられない…。

 女の子と勘違いしているのを良い事に目の前の少女に親切にしてもらおうと考えてやっているのだから。

 

 キリト(「この娘には悪いけど、この世界について色々教えてもらおう」)

 

「ふーん…。いいよ、私も総督府に行く所だったし…。あ、その前にガンショップに行かないとね。いくらステータスが大丈夫でも初期装備じゃ絶対に勝てないから」

 

 少女はキリトをガンショップへと案内する事にした。

 その道中で2人は色々な話…元い、情報を共有していき、ある程度の情勢を理解したキリトは風景に視線を逸らしながら少女についていく。

 

 キリト(「銃を相手にした事ないからなぁ…。ALOで言う所の魔導師や弓矢を相手にするようなものか」)

 

「着いたよ。ここでなら装備も揃うハズよ」

 

 キリト「ありがとうございます」

 

 店内に入っていくと、ショーケースの中に多種多様な銃が展示されており、その他にも手榴弾や弾丸パックに防具などが取り揃えられている。

 すると、ここでキリトの前を歩いていた少女がある事に気づいた。

 

「そう言えば、コンバートしたって言ってたけどお金はあるの?」

 

 そう言えばといった表情を作ったキリトがメニューウィンドウを開いて所持金を確認する。

 コンバートする際、他のゲームの所持品は引き継ぐ事が出来ず、ALOのキリトの装備や所持金は全てアスナのストレージに保管されている。

 もちろん、このGGOでの所持金も他の初心者と同じく1000クレジットだ。ガンショップに来てお金が足りない事態に陥ってしまったキリトに少女が気まずそうに提案を持ちかけた。

 

「お金が足りないなら…少し出してあげようか?」

 

 キリト「い、いえっ!?だ、大丈夫です!!?」

 

 ただでさえ少女には自分の事を騙している手前、罪悪感と良心がそれを許さなかった。とは言え、お金がなければ装備を買う事も出来ず、BoBには裸も同然で出なくてはならない。

 そんな途方に暮れていると奥から賑やかな笑い声が聞こえ、そこへ向かってみると数人のプレイヤーがミニゲームに夢中になっていた。

 

 キリト「あれは?」

 

「あれは手前のNPCガンマンにタッチするミニゲームだね。タッチ出来たらジャンクポットに貯まってるクレジットが全額儲けられるの」

 

 ミニゲームの看板にはキャリーオーバーと銘打たれており、その横には30万とジャンクポットに貯まっているであろう金額が記載されている。

 挑戦しようと前に踏み出すキリトを少女が肩を掴んで静止させた。

 

「もしかして、あれに挑戦する気?」

 

 キリト「だって、クリアすれば30万手に入って装備も揃えられるかと…」

 

「アナタもそういう口なのね…。言っておくけど、あれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 キリト「?」

 

「あのガンマン、8m地点から急にインチキな早撃ちになるから弾道予測線(バレットライン)が見えた頃には蜂の巣になってるって訳…」

 

 キリト「ば、バレッ…ト…?」

 

 聞き慣れない単語に少女が慌てて説明を加えた。要するにあの手のゲームはお金だけ貪って還元する気は微塵もないとの事だった。

 

「まぁ、この前キチガイがクリアしちゃったんだけど…間が空いてないのにあれだけ集まってる」

 

 キリト「クリア出来るって事はちゃんと攻略の仕方があるって事ですね」

 

「実際見た方が分かりやすいかもね。ほら、またバカが貢ぐみたいよ」

 

 ガシャリーンと旧式のレジスターのような音が鳴り、挑戦者の前で扉が開かれた。挑戦者の男が真っすぐガンマンへと走り出すが、ガンマンが銃を構えた瞬間に妙な姿勢になってその場に止まった。

 

 キリト「何やってるんだ…?」

 

 あんな状態では当たるのでは?…と感じたキリトの予想を裏切り、銃弾は男が構えた隙間を真っ直ぐ放たれた。

 男は余裕の笑みを浮かべながら再度走るがガンマンが撃つ度に妙な回避を繰り返す。

 まるでそこに弾道が来るのを分かっているような…。

 

「あれが弾道予測線(バレットライン)。視認したプレイヤーの弾道がシステム的に見えるようになってるの。それさえ体に触れなければ被弾する心配はない…けど」

 

 少女が説明する傍らで男は少女が警告した8m地点を通過する。瞬間、ガンマンが先程とは比べ物にならない程の早撃ちで男に牙を向いた。

 男も回避するだけで精一杯のようで徐々に態勢を崩し、ガンマンもその隙をついて早撃ちで一気に勝負をかけた。

 あれだけの弾道が見えてしまってはバランスを崩して被弾するのが末だろう。

 案の定、男は2発被弾してしまい、その時点でゲームが終了した。

 

 キリト「あれが弾道予測線(バレットライン)…?」

 

「ね?私も1回挑戦してみたけどダメだったわ…ってあれ?」

 

 確かに今まで隣にいたのに既に扉の前に陣取っている。すぐ様駆けつけた少女にキリトは言った。

 

 キリト「やってみなくちゃ分からないですよ」

 

「そりゃあそうだけど…」

 

 少女の静止も聞かずにキリトはキャッシャーに金額を支払い扉を開けた。

 その瞬間、キリトは前へと飛び出しガンマンに向かって地を蹴った。

 キリトはこれまで約3年もの間、VRMMOゲームの世界で生き、そこで数々の経験を積んだ。

 SAO時代に得意としていたシステム外スキル"武器破壊(アームブラスト)”やALOで5月に行われた妖精剣舞予選決勝戦で奇跡の1回を記録したシステム外スキル"魔法破壊(スペルブラスト)”など、技術を総動員したキリトの神業は仲間内であるアスナ達に驚愕されたのを憶えている。

 今もそれは変わらない。持てる技術を総動員させ、資金を調達する。それが巡りに巡って拓哉を探し出す事に繋がるから。

 ガンマンが銃口を向けた瞬間、キリトの視界に3本の赤外線が表れた。これがあの娘の言っていた弾道予測線(バレットライン)

 それを体全体で左に沈みながら前へと進む。ガンマンの放った銃弾は空を切り、キリトを止める事は叶わない。

 8m地点を通過した事で先程のように早撃ちに切り替わったが、キリトは弾道予測線(バレットライン)が視界に入った瞬間に今度は右へと沈み回避してみせる。

 さらには、左右の狭い幅を利用してガンマンに揺さぶりをかけるキリトはあと3mの地点で今までよりも多くの弾道予測線(バレットライン)に晒された。

 

(「もうあれは躱せない…!」)

 

 瞬間、少女の目の前で何が起きたのか分からなかった。目の前でミニゲームに挑戦していた美少女が姿を消したのだ。

 いや、よく目を凝らすと多くの弾道予測線(バレットライン)が放たれているその下、地面をスライディングしているのだ。勢いが衰える頃には銃弾も上空にはなく、キリトが立ち上がろうと態勢を変えていると少女はある事を思い出した。

 

「そのガンマン銃を隠し持ってるわ!!」

 

 キリト「!!」

 

 ジャケットの懐から銃を抜いたガンマンが立ち上がろうとしているキリトに銃口を向けた。少女とそこにいたギャラリーもここで終わりだと誰もが思った。

 だが、少女はそう思う傍らでどこか似たような光景を目にした事がある。

 

(「そうだ…あの時も…」)

 

 記憶の中でミニゲームにクリアした少年が浮かび上がり、その背中が会って数分の美少女に重ねてしまう。

 どこか、彼のようにやってみせるのではないかと期待感があった。その思いに応えんとばかりにキリトは弾道予測線(バレットライン)が視認出来る前に空中へと飛び上がった。

 銃弾は地面に深々と突き刺さり、リロードする余裕などもなくキリトに肩をタッチされた。

 

 

『オーマイっガァァァァァァァァっ!!!?』

 

 

 ガンマンの絶叫と共にジャンクポットの中に貯められていたクレジットが雨のようにキリトに降ってくる。ウィンドウを確認して自らのストレージにしまい、少女の元へ戻る。

 すると、少女もギャラリーもキリトを見て開いた口を閉じようとはしなかった。

 

 キリト「?」

 

 黙ったまま自分を見ている少女とギャラリーを前にキリトも次第に何かしちゃいけない事をしたのかと不安と焦りが出始める。

 そんな中、少女が開いたままだった口を一旦閉じ、口内を唾液で湿らめせ再度口を開いた。

 

「あ、あなた…一体どんな反射神経してるのよ…?」

 

 キリト「え、えーと…」

 

 ただ弾道予測線(バレットライン)が来るであろう箇所を予め予測したまでだとキリトが口に出すと、またしても呆気にとられてしまい、少女を連れてガンショップの方へと戻った。

 資金は先のミニゲームで30万以上あり、少女曰く、まともな装備一式なら買えるとの事だ。

 

「そう言えばコンバートしたって言ってたよね?ステータスは?」

 

 キリト「STR(ストレングス)-AGI(アジリティ)型です」

 

「なんだ、()()()()()()()()()()()

 

 キリト「え?」

 

「あっ、ううん。私の知り合いにも同じタイプのステータスにしてる人がいるってだけよ。

 それより、何か気に入った物はあった?」

 

 キリト「そうですね…」

 

 正直な事を言うと、キリトは銃の種類なんて全く分からない。唯一知っているとすればリボルバーとオートマチックに区別出来る事だけだ。

 だが、それを言ってしまえば何しにここに来たの?と目の前でキリトに合う装備を探している少女に怪しまれてしまう。

 それとなく、装備の方は少女にまかせようとしたその時、視界の端に妙な物を見つけた。

 銃を展示しているショーケースとは離れた隅のコーナーに銀色の筒状の物がある。そこに書かれた品名を読み上げていると、最後に"ソード”とあった。

 

 キリト「あの、これは…?」

 

「あぁ…それは"フォトン·ソード”。みんなは光剣とかビームサーベルとか勝手に呼んでるけど。…もしかして、これ買う気?」

 

 キリト「前にやってたゲームがファンタジー系でその時から剣を使ってたから愛着が湧いちゃって…」

 

「別に戦闘スタイルはそれぞれだけど…光剣を主要武器(メイン)にしたら、銃弾の雨に晒されながら接近しないと勝てないよ?」

 

 光剣と呼ばれるだけあり、正式名称"フォトン·ソード”は長さ120cm。出力次第で耐久度が変わるが、この銃の世界においてフォトン·ソードは敬遠されてきた代物だ。相手は常に遠距離からの狙撃で最低でも10mも離れている敵相手にリーチの短いフォトン·ソードが届く距離ではない。

 使い物にならないガラクタという烙印を押されてしまった為に今のGGOの環境では誰も使おうとはしなかった。…つい最近までは。

 

 キリト「でも、売ってるって事はコイツにも使い道があるって事ですよ」

 

 フォトン·ソードのケースの前に設置されているキャッシャーに掌を翳し、会計を済ませると奥から円柱型のロボットが品物を携えてきた。それを手に取ったキリトはスイッチをONにして柄の先端から光の粒子がSF映画などでお馴染みのビームサーベルとして表れる。

 

「あーあ…買っちゃった…」

 

 数回振ってみるが刀身の部分が粒子という事もあり、今まで愛剣として振るってきたどの剣よりも軽かった。

 だが、銃を使うよりもやはり手に馴染んだ剣を使った方が勝率も上がる。少女から少し離れたキリトは腰を落とし、フォトン·ソードを構える。

 

 

 片手剣ソードスキル"バーチカル·スクエア”

 

 

 SAO時代から愛用していたソードスキルは最早システムアシストなしでも体が馴染んでしまってほぼ無意識で発動出来た。

 

「おー!それがファンタジー世界の技かー。中々侮れないかもね」

 

 キリト「主要武器(メイン)は決まったんですけど、後は何を買えばいいですか?」

 

「えっと…今の手持ちが…15万っ!?光剣って思ってたより値が張るんだね…。これだと牽制用のハンドガンに弾薬と防具一式か…。ねぇ?ハンドガンは何かこだわりはある?」

 

 キリト「あ、いえっ!おまかせします…」

 

 フォトン·ソードをストレージに戻し、残りの装備は少女に選んでもらったキリトは少女と共にガンショップを後にした。

 

 キリト「ありがとうございます。何から何までお世話になっちゃって…」

 

「別にいいよ。私も人と待ち合わせしてたんだけど、その人がインするのが遅れるってメッセきて時間を持て余してたか…ら…─」

 

 キリト「どうしました?」

 

 少女の表情がみるみるうちに青ざめていき、キリトが声をかけた瞬間、声を荒らげながら叫んだ。

 

「もう14時51分!!?エントリーの締切は確か15時までだったハズ…」

 

 キリト「えっ!?す、すみません。オレのせいで…!!」

 

「ううん。時間を見てなかった私が悪いの。…ここから総督府まで走って5分だけど、エントリー項目を埋めるのに5分はかかる…」

 

 キリト「とりあえず総督府に向かいましょう!!」

 

 2人は総督府へと向かって全速力で走るが、締切に間に合うかどうか微妙な所だ。ならばとキリトは少女に1つの質問を投げかけた。

 

 キリト「あのっ!テレポート的移動手段はないんですか!?」

 

「GGOじゃ死に戻り以外のテレポート手段はないの!!あるとすれば、あそこにあるバギーとか車だけ!!」

 

 キリト「!!…なら、あれを使いましょう!!」

 

 キリトは前を走っていた少女の手を握り、レンタルバギーへと跨る。

 掌をキャッシャーに翳し、エンジンをかけていると少女が後ろに乗りながらも焦った口調でキリトに言った。

 

「無理よ!?このバギー運転がすごく難しいの…よー!!?」

 

 舌を噛むんじゃないかと咄嗟に口を閉じた少女を横にキリトはアクセルを回し、公道へと躍り出た。公道を走っている車やトラックなどを華麗に抜いていき、総督府に近づいている。

 

「嘘っ!!?なんで!!?」

 

 キリト「前に似たようなのを運転した事があるんですよ!さぁ、もっと飛ばしますよ!!」

 

 耳にはバギーで切る風の音以外に何も聞こえなかった。その風がとても心地よくて、気分を爽快にさせてくれる。

 目の前にいる不思議な美少女のおかげだと少女は思いながらキリトにさらに速度を上げるように言った。キリトもそれに応え、時速200kmに迫り、僅か1分足らずで総督府へと到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月13日15時00分 グロッケン 総督府エントランス

 

 キリト「なんとか間に合いましたね」

 

「えぇ。私とあなたは同じブロックだから勝ち進めば決勝で戦う事になるわ」

 

 バギーを乗り捨ててBoBの受付を済ませた2人は端末から離れ、会場となるB20Fに向かう為、エレベーターを待っていた。

 すると、少女から今までに発した事のない威圧感にキリトの肌が波打った。

 

「もし、決勝であたっても…容赦しないからね」

 

 キリト「…もちろん。その時は全力で戦いましょう」

 

 最後にいつもの少女の表情になる頃にはエレベーターも到着し、2人はB20Fへと降りていった。

 エレベーターの扉が開くと、そこは薄暗く見るからに屈強な戦士達が愛銃のメンテナンスをしたりと異様に殺気立っている。

 

 キリト(「この中に死銃が…。そして…拓哉も…」)

 

 装備を変える為に控え室に向かおうとした2人を銀髪を後ろで束ねた男性プレイヤーが呼び止めた。

 

「やぁ、シノン。遅かったね」

 

 シノン「こんにちわシュピーゲル。あなたは大会には出ないって言ってたけど…」

 

 シュピーゲルと名乗られたプレイヤーは少女…いまさらながら名前を知ったがシノンは挨拶を交わす。

 話を聞く限りではシュピーゲルは大会には参加しないようだ。

 

 シュピーゲル「酒場よりもここの方がモニターが大きいし、シノンの勇姿を間近で見たいからね」

 

 シノン「ありがとう。…あ、もうアイツって来てるの?」

 

 シノンの口からアイツと出た瞬間、眉間に皺を寄せたシュピーゲルは元の温厚そうな表情に戻って言った。

 

 シュピーゲル「…あぁ、あの人か。僕はまだ見てないけど」

 

 シノン「何やってんのかしら。私達よりは早く来てるハズだし…。ったく、世話のかかる男だわ」

 

 シュピーゲル「所でシノン、隣にいる娘は…」

 

 ここでシュピーゲルがシノンの隣で沈黙を守っていたキリトの存在を指摘する。

 シノンも忘れていたと言わんばかりにシュピーゲルに紹介しようとした瞬間、シノンの背中に冷たい銃口が当てられ、肩を震わせる。

 

 キリト&シュピーゲル「「!!?」」

 

 シノン「…アンタねぇ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隙だらけだぞシノン」

 

 

 銃口をシノンの背中から離し、そのままホルスターにハンドガンを直した子供がシノンとキリトの背後に立っていた。

 

 シノン「いきなり何すんのよ!!」

 

「軽い挨拶だろ?そうカッカすんなよ」

 

 シノン「やっていい事と悪い事があるでしょ!!最近私の事舐めてるんじゃない!!?」

 

「そんな事ねぇって。いつも感謝してるよ」

 

 悪びれもなく後頭部で腕を組む子供は無邪気な笑顔を見せながらシノンに謝罪する。シノンも今まで見た事がない程に動揺しており、心做しか頬が若干赤かった。

 

 キリト「えっと…その子は?」

 

 シノン「え?…あぁ、この子がさっき言ったあなたと同じタイプのプレイヤーよ」

 

「珍しいな?シノンがオレとシュピーゲル以外といるなんて」

 

 シノン「うるさいわね。別に私の勝手でしょ?…ってここで話し込んでる場合じゃなかった。早く装備替えしないと。…アンタも替えてないみたいだし一緒に行くわよ」

 

 そう言い残してシュピーゲルと一旦別れたシノン達はフィッティングルームへと向かい、シノンがキリトを女性用更衣室に連れていくのを少年が咄嗟に止めた。

 

 シノン「何してんのよ?」

 

「いや、それはこっちのセリフだよ!?どこに連れていこうとしてんだ!!」

 

 シノン「?…どこって、更衣室に決まってんじゃない。私達は女子なんだから」

 

「は?女子って…コイツ、男だぞ?」

 

 シノン「…は?」

 

 3人の間に妙な空気が漂い、キリトの心臓が高ぶっていく。今しか正体を明かす時はない。キリトは頭を深く下げ、自分のプロフィールをシノンに提示した。

 

 キリト「今まで黙っててすみません!!実はこういう者です…」

 

 シノン「い、今更?…って、え!!?MALE()!!?嘘っ…!!だって…!!そのアバターで…?」

 

「気づいてなかったのか?」

 

 そう言えば先程この少年はシノンに対して、自分とシュピーゲル以外といるなんて…と言っていたが、正確には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と伝えたかったのだ。

 すると、シノンはみるみる顔を赤くしていき、キリトが様子を見る為顔を上げた瞬間、鬼の形相となってキリトの頬に平手打ちを決めた。

 豪快に飛ばされたキリトは何回転かした後に地面に突っ伏した。

 

 シノン「…最低っ!!!!」

 

 一言だけキリトに捨て去ると、雷が落ちたような音を出しながらフィッティングルームへと消えていく。突っ伏したままのキリトに少年が肩を貸し、男性用のフィッティングルームへと入っていった。

 

「あーなったシノンはしばらく収まんねぇだろうなぁ…」

 

 キリト「いや、オレが初めからちゃんと名乗ってればよかったんだ…。キミにも恥ずかしい所を見られたな」

 

「まぁ、久しぶりにスカッとしたもんが見れたから良しとするさ。…後でちゃんと謝りに行こうな?」

 

 キリト「面目ない…。そう言えば、まだ名前を聞いてなかったね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「オレはユウヤ。実はまだGGO初めて1ヶ月ちょいなんだよ。よろしくな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「オレはキリト。よろしくな」

 

 握手を交わしたキリトとユウヤだったが、ユウヤは見間違いだろうか唖然とした表情になったが、すぐに元に戻り、それ以降装備を整えるまでの間、2人に会話はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月13日15時10分 総督府B20F BoB予選会場

 

 シノン「…」

 

 キリト「本当にすみませんでした!!」

 

 ユウヤ「コイツも反省してるし、許してやってくれよ」

 

 戦闘服に着替えたキリトとユウヤはテーブルで静かに予選が始まるのを待っていたシノンに深々と頭を下げていた。

 シノンはキリトを見るなり距離を取ろうとしていたが、仲裁に入ったユウヤのおかげでなんとか話を聞いてもらえるまでになった。

 

 シノン「…もういいわ。でも、この借りは大会でアンタの頭に風穴開けるまで忘れないから!」

 

 キリト「程々にお願いします…」

 

 形としてはこれで(わだかま)りはなくなったのを確認してユウヤはその場を後にしようとする。それを今度はシノンが腕を掴んで阻止した。

 

 シノン「ちょっと、どこ行く気よ?」

 

 ユウヤ「いや…気を沈めたくて…」

 

 キリト「別にここでもいいじゃないか」

 

 ユウヤ「…」

 

 この場を離れようとするユウヤをシノンが腕を力強く掴むせいでその場に留まる事を余儀なくされたユウヤは大人しくテーブルについた。

 キリトもその横に陣取り、シノンが注文していたドリンクを頼み、喉を潤わせているとシュピーゲルが現れてシノンの隣に位置取る

 

 シュピーゲル「そう言えば自己紹介の途中だったよね。シノンとは友達?」

 

 シノン「勘違いしちゃダメよシュピーゲル。コイツ、こう見えても男だから」

 

 シュピーゲル「おとっ!!?えっ?そのアバターで?」

 

 先程のシノンと全く同じリアクションでキリトはハハハッと笑いながら自己紹介を済ませた。

 

 キリト「キリトです。男です。シノンにはいろいろお世話になっちゃって…」

 

 シノン「ちょっとアンタ!!妙な言い方やめなさいよね!!第一、あなたにシノンなんて呼ばれる筋合いないわよ!!」

 

 キリト「装備のコーデまでしてくれたのに?」

 

 久方ぶりに悪戯心が表れたキリトにシノンは頬を赤くさせながら、やっぱり許すんじゃなかったと後悔する。

 キリトは昔から精神が好奇心旺盛な少年である為、周りの仲間達はそれに言葉では言い表せないものを感じていた。

 普段は冷静な手前、不意に現れる悪戯っ子が仲間以外の女子に好印象を与えているのが本人は知る由もない。

 

 シノン「くっ!!…ユウヤからも何か言ってやりなさいよ!!」

 

 ユウヤ「…え?あ、悪い…。聞いてなかった…」

 

 キリト「どうかしたか?」

 

 ユウヤ「いや、別に…。オレ、そろそろ行くよ…」

 

 シノン「あっ!ちょっと!?」

 

 シノンが何かを言う前にユウヤは彼らから距離を取った。そんな後ろ姿がどこか寂しくて、初めて会った時の事を思い出させる。

 

 キリト「…オレもそろそろ行くよ。また後でな、シノン」

 

 シノン「なっ!?…決勝まで絶対来なさい!!その頭すっ飛ばしてやる!!」

 

 キリト「デートのお招きとあらば参上しない訳にはいかないな」

 

 シノン「こ、このっ…!!」

 

 何かを言いかけていたシノンだったが、瞬間にキリトの体が青白いエフェクトに包まれ予選の舞台となるフィールドに転移される。

 寸前、シノンに視線を移したキリトはその背後にこちらを睨むシュピーゲルの姿を捉えた。

 

 キリト(「さすがにやりすぎたな…」)

 

 おそらく、シュピーゲルはシノンに好意を寄せているのであろう。彼がシノンと会話する時、柔らかな表情になるのを見た。

 だからこそ、それを邪魔しようとするキリトに怒りを覚えても不思議ではない。キリトよりも前から知り合いのハズのユウヤにも冷たい態度だったのがそう思わせた最大の要因だ。

 転移されたのはどこでもない真っ暗な空間。そこにただ1人立っていたキリトは上空にあった対戦表に視線を向ける。

 

 キリト(「とにかく、今は死銃と拓哉だ。…そう言えば、シノンに聞いておけばよかったな…」)

 

 その事はこの戦いに勝った後でもいい。ストレージから主要武器(メイン)の"フォトン·ソード”と副武装(サブ)の"ファイブ·セブン”を装備し、5秒後に再びフィールドへと転移されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月13日15時30分 BoB予選Bブロック

 

 ユウヤが転移されたのは密林が生い茂る熱帯フィールド。姿を隠せる木や川を挟んで都市だった名残がある。

 昔は栄えた大都市だったのだろうが、衰退して数百年経てば雑木が無造作に侵食し、広大な熱帯雨林になってもおかしくない…という設定なのだろう。

 だが、今のユウヤにとってそんな事はどうでもよかった。

 転移された場所から離れる訳でもなく、かと言って隠れている訳でもない。ただ何も壁となる物がないフィールドの一角にポツンと立ち尽くしているのだ。

 予選が始まってもうじき5分が経過しようとしている。ユウヤの対戦相手の金狼も既に動き出し、もしかすればユウヤの位置を捉えているかもしれない。

 けれど、ユウヤの頭の中には金狼がどうやって攻めてくるか、この動きをしたらこう対処しようという戦略ではなかった。別に金狼を侮辱している訳ではない。BoBに参加するだけあって実力に自信があるのだろう。

 だが、今ユウヤを支配しているのは金狼でもBoBでも死銃でもなく、先程会った…いや、()()した少年の事だけだった。

 姿は違えど、その名前はおそらく誰も名乗ってはおらず、偽物とは考えにくい。

 ならば、やはり本人に違いない。縁を断ち切り、もう関わらないと決めていた仲間の1人。ユウヤにとって親友とも呼べる存在だった彼が今、この世界にいる。

 

 ユウヤ(「なんで…こんな所まで…!!」)

 

 自然と体が震える。あれだけ拒絶されて、何故まだ追いかけようとする。

 もうどうすれば彼らが自分の事を諦めてくれるか分からなくなっていた。

 瞬間、頬に鋭い衝撃がかすり、ジワァと熱を帯びながら痛みが走る。視線を移せば密林に隠れ、ユウヤの隙をつこうと銃を構えているプレイヤー…金狼がいた。視認した事により、ユウヤの視界に弾道予測線(バレットライン)が表示され、そのどれもが即死判定の急所であった。

 

 ユウヤ「オレは…」

 

 キリトが何故ここにいるのかある程度の予想はつく。菊岡からの情報を遮断しているにも関わらずにこの()()()()()()()に降り立ったのは最早運命と言わざるを得ないかもしれない。

 あの世界(SAO)を生き抜いてきた戦士達に共通する直感が働いたのかもしれない。

 だが、そんな危険な事にキリトを巻き込む訳にはいかない。ユウヤはホルスターから2丁のサブマシンガンを抜き、向けられている予測線に銃口を重ね、迷わず引き金を引いた。

 金狼から放たれた銃弾の軌道に自身の放った銃弾を重ねる事で相殺し、金狼がそれに驚愕している隙に一気に距離を詰め、我に返った金狼の眉間にサブマシンガンが火を吹いた。

 男の顔は数発被弾しただけで木っ端微塵に吹き飛び、deadの表示と勝利を告げるファンファーレだけが密林の中で騒がしく鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「オレだけの力で死銃を…殺す…!!」

 

 

 

 

 

 そこにいたのはSAOの拳闘士(グラディエーター)ではなく、全てを破壊し尽くす狂戦士(バーサーカー)のタクヤだった。

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
キリトとユウヤの再会…。ユウヤの思いが揺れ動く瞬間。
シノンが果たしてどう関わっていくのかお楽しみに!


評価、感想などお待ちしています!


では、また次回!


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【65】骸の眼光

というわけで65話目に入りました。
BoB予選が白熱する今回から熱い展開が予想されるように書いてみました。最近ユウキの出番が全然ないからどうにかしなければ…


では、どうぞ!


 2025年12月13日15時40分 総督府B20F 予選会場

 

 先程までの喧騒は消え失せ、モニターから出る音だけが響く総督府の地下20階。そこに青白いエフェクトと共にアバターが転移された。

 

 ユウヤ「…」

 

 瞼を開き、会場内に視線を泳がせるが観客以外のプレイヤーは1人もいない。自分が初戦突破第1号だという事を理解しながら近くに備えられているテーブル席へと体を預けた。

 

 ユウヤ(「この中のどいつが死銃なんだ…?」)

 

 モニターには今行われている予選の全試合が中継されており、疑心感を抱いたユウヤにはその誰もが怪しく見えてしまう。"死銃”という名前は本来のキャラネームとは考えにくく、この中の誰かがそうなのだと思う。

 仮想世界の銃弾が現実の体に被害をもたらす…。

 その力を持っている…かもしれない死銃の事をユウヤはついに今日まで何も掴む事が出来なかった。

 菊岡から死銃の話を聞いた時は9割方噂話であろうと思っていたユウヤは今でもその考えは変わらない。

 だが、残り1割の可能性がユウヤをこの世界に向かわせた。

 仮想世界で実際に現実の人間を殺す。かのSAOでなら、その話も頷けるがここはあのデスゲームの中ではない。"ザ·シード”により生まれた全く違う仮想世界。そこでまたあのデスゲームを再現するのが死銃の目的なのだろうか。

 考えれば考える程真相が遠ざかっていく気がしたユウヤの元に1人の少女が近づいてきた。

 

 シノン「…随分と早く勝ったみたいね」

 

 ユウヤ「…まぁな」

 

 一言だけシノンに言うと、席から立ち上がったユウヤはシノンから離れようとする。それをシノンがまたしても腕を掴んで阻止した。

 

 シノン「アンタ、さっきからおかしいわよ?…何かあったの?」

 

 ユウヤ「…」

 

 掴んだ腕に力が入る。まるで、どこにもいかないようにする鎖のように頑丈に…。

 だが、いとも容易くそれを振り切ったユウヤは鋭い眼差しでシノンを見つめた。一瞬、ドキッと鼓動が早くなるシノンにユウヤは言った。

 

 ユウヤ「今は大会に集中したいんだ…。だから、無闇に話しかけてくるな。いいな?」

 

 シノン「…え?」

 

 それだけを言い残してユウヤは今度こそシノンから離れていった。

 そんな後ろ姿を見つめていたシノンには怒りと不安が心の中で蔓延る。冷たい態度を取られるのも初めてではない為、そこは大して問題ではない。

 いや、初めの頃に比べユウヤの態度はつい先程まで柔らかくなっていた。それなのに、今のユウヤはまた戻ってしまった。

 誰とも関わらず、誰にも近寄らせない、孤独を貫く生き方に…。

 それは段々とシノンの中の怒りが不安にかき消されていくのと同時に新たな感情が芽生え始めていた。

 

 シノン(「あなたは…私と…」)

 

 どこか似ている。

 あの後ろ姿も…あの冷たい視線や態度も…今の弱いままの私に似ている。

 実力的にはシノンはGGOでも上位20位以内の実力を有しており、ヘカートIIを愛用してからはさらに実力を付けた実感がある。

 おそらく、今回のBoBでも優勝とまではいかないが5本の指に入る事は確実と言っていい。

 だが、シノンが望むものは最強。つまりは優勝以外にない。名誉や栄光などもいらない。シノンが望むのはただ"自分は強い”という事実だけ。

 もしこの世界でシノンが強くなれば、現実世界の朝田詩乃も強くなれると信じて今日まで生きてきた。

 それは過去を断ち切る為…、それは現在(いま)を乗り越える為…、それは未来を輝かしいものにする為…。

 弱いままなど真っ平ごめんだ。もう怯えたりしたくない。そう願うからこそ、シノンは戦い続ける。"冥界の女神”という異名にそれ程愛着もないが、強者たらしめているその称号は汚させはしない。

 

 シノン「…今は大会に集中したい…か」

 

 全くその通りだと感じたシノンも、ユウヤの事は気がかりではあるが大会に集中する為に1人になれる場所を探しに歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、15時45分_

 

 

 

 キリト「なんとか勝ったな」

 

 予選会場へと戻ってきたキリトは自然にシノンとユウヤの姿を探す。

 遠くにユウヤがいるのを確認してから近づこうとするとその行く手を風穴が無数に空いたマントを羽織ったプレイヤーに遮られた。

 訝しそうにキリトが顔へと視線を移すと、不気味なマスクに赤く光る眼光がキリトに恐怖を憶えさせた。

 

 キリト(「なんだ…コイツ…?」)

 

「本物…か?」

 

 キリト「は?」

 

「あの…剣技…あの…戦い…その…名前…。お前…本物…か?」

 

 途切れ途切れに喋るボロマントの男は異様な殺気をキリトに浴びせながら質問をする。剣技…戦い…名前…それらには何故か共通点があるように感じたキリトは頬を流れる汗を拭いながら、荒い呼吸を落ち着かせる。

 

 キリト(「コイツは…オレを知ってる?…どこで?ALO?…いや、もっと前から…」)

 

 そこである事実にたどり着いた。瞬間、鼓動が一気に早くなり、視界が微かに歪み始める。

 

 キリト(「オレはコイツと…会っている!!…SAOの中で…!!」)

 

「言ってる…意味が…分からない…のか?」

 

 キリト「…あぁ、何の事だか分からない」

 

「…まぁいい…お前が…偽物でも…本物でも…殺す…。必ず…殺す。俺には…本物の…力が…あるの…だから」

 

 開いていた予選トーナメント表を閉じようと右手をおもむろに挙げる。

 些細な動作にも敏感になっていたキリトは右手に視線を釘つけた。腕に巻かれた包帯の下、手首の部分に何かエンブレムのようなものが見えた。

 目を凝らして観察してみると、そこにはもうこの世のどこにも存在するハズのない悪魔が不敵に笑っていた。

 もう何度目かとも分からない恐怖に足腰が限界のキリトを置いて、ボロマントの男はその場を後にした。

 しばらくその場に立ち尽くし、なんとか力を振り絞って一番近い席にへと腰を下ろしたキリトはそのまま上体を俯かせ、震える手を必死に止めようと奮闘する。

 

 キリト(「あれは…あのエンブレムは…」)

 

 先程見た手首のエンブレム…それはSAOに存在した()()()()()()()であった。

 

 

 殺人(レッド)ギルド"笑う棺桶(ラフィン·コフィン)

 

 

 名前の通り、棺桶の中から笑っている骸をイメージしたその紋章はSAOにいた者なら誰もが知っている。

 SAOではHPが全損すれば現実の肉体も機能を停止し、本当の死が訪れる。正確にはナーヴギアから脳に高出力のマイクロウェーブを照射され、電子レンジと同じ容量で脳を焼き切るのだが、プレイヤー間では暗黙のルールとして何があってもHP全損だけは避けようという区分率があった。

 だが、笑う棺桶(ラフィン·コフィン)はそれを許容しようとはせず、己の快楽と欲望の赴くままに殺人を行ってきた。

 それらは当時の攻略組にも魔の手を伸ばし、全体の3割の被害者を出した。

 自体を重く見た攻略組は討伐隊を編成し、笑う棺桶(ラフィン·コフィン)を捕縛する為にアジトに突入したのだが、その情報がどこからか漏れ、逆に奇襲に遭ってしまった。

 そこからは血塗ろの地獄と化した。討伐隊も10人以上の犠牲を出し、投降しなかった笑う棺桶の構成員はその戦いで20人以上死んでいった。

 

 

 

 

 

 

 その内の2人を殺したのが当時の"黒の剣士”だ。

 

 

 

 

 

 

 キリト(「タクヤを助ける為とは言え、オレは奴らをこの手で殺した…。なら、オレはなんで拓哉のように責められない?なんで、拓哉だけが責められなきゃいけないんだ…!!」)

 

 あの戦いは今でもハッキリと憶えている。タクヤが我が身を犠牲にした事で攻略組への魔の手も引いたが、代償として親友であるタクヤが闇へと身を堕とさざるを得なかった。

 自分が従わなければ代わりに仲間の命が危険に晒されてしまう…。そんな条件を出されてしまってはタクヤでなくても打つ手はない。

 そして、どちらかを選ぶという勇気はタクヤだけしか持ち合わせていない。

 全員から蔑まされ、罵られ、憎まれ、殺されようともいいという覚悟を持って天秤にかけたのだ。

 それがどれだけ辛く、苦しい事なのかは本人以外知る由もない。

 すると、視界は一気に暗くなり、気づけば2回戦が行われるステージに転移されていた。

 先程と似た遺跡フィールドに転移されたキリトは吹き抜いていく風と夕陽の輝きに照らされながらその場に立ち尽くす。

 瞬間、頬に熱い感覚が伝わった。

 HPバーに目をやると微かにだがダメージを負っている。ここでようやくキリトは試合が始まった事に気づいた。

 だが、腰に吊るされたフォトン·ソードに手をかける素振りはない。

 その様子を草陰からスコープ越しでキリトを捉えていたプレイヤーが舌打ちを鳴らす。

 

(「ふざけやがって…!!」)

 

 警戒する必要なんてない。…そう言われている気がしたプレイヤーは引き金に指をかけ、弾道範囲(バレットサークル)を展開させた。怒りで正確な狙撃が出来ないかと思われるが、このプレイヤーもGGO歴もそれなりにあり、誇りもある。それが初出場のプレイヤーに舐められると知れば怒りを覚えても不思議ではない。

 引き金を引き、合計6発の銃弾がキリトの体を貫く。弾道範囲が広すぎた為、致命傷にはなっていないまでも、その全てを被弾したキリトのHPは一気に半分以上削られている。

 だが、それでも動かない。キリトはその長髪で表情を隠したままただ立ち尽くしている。

 

(「くそがっ!!!」)

 

 なにか作戦があるのでは?と考えたが、確認してもその様子も見て取れない。業を煮やしたプレイヤーは鬱憤を晴らすが如く、残り全ての銃弾を放った。これを食らえば確実にキリトのHPは全損する。

 

 

 

 

 

 

 

 そういった歓喜と爽快感がこのプレイヤーの最後になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「!!!」

 

 

 目にも止まらぬ速さでフォトン·ソードが粒子を凝縮させながら銃弾を斬った。次いで迫ってくる銃弾も体を回転させながら効率よく斬っていく。致命傷にならない銃弾は無視してそのまま前へと走った。

 その姿に恐怖したプレイヤーは弾道範囲など関係ない程に乱射した。

 だが、それすらも嘲笑うかのようにフォトン·ソードで真っ二つに斬ってみせた。気づけばキリトは目の前で深く沈み、光の刀身はプレイヤーを横にへと薙ぎ払われていた。

 ファンファーレと共にdeadの表示を見下ろしながらフォトン·ソードを腰に戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月13日17時30分 総督府B20F 予選会場

 

 シノン「…」

 

 予選も順調に進んでいき、試合の間隔も縮まり始めた頃、一足先に決勝進出を決めたシノンはまだ行われている予選をモニターで確認する。

 優勝候補の闇風やベテランのダインなども観察する標的だが、シノンの瞳には2人の初心者の試合だった。

 今大会間違いなくダークホースとして躍り出ているであろう2人…ユウヤとキリトの試合だ。

 いや、もうあれは試合などという生易しいものではない。

 明らかにオーバーキルを狙っている2人にシノンが見た回避技術の片鱗はなかった。致命傷だけを避け、それ以外は被弾しようが突撃をかけ敵を倒す。キリトなら倒すと言えようが、ユウヤは違う。

 あれは倒すと言うより殺すと言った方が合っているのかもしれない。

 執拗に相手を痛めつけ、尚且つこれまでヘッドショット以外の勝因を作らなかった。

 

 シノン「…嘘でしょ…?」

 

 シノンの瞳に映っているのはいつも接しているユウヤではない。

 あれ程怒りに満ちているユウヤを見るのは初めてで、もしかするとこれが本当の姿なのかもしれない。

 知り合ってから今日まで拓哉/ユウヤは冷たくなる反面常にそこには優しさという暖かい感情があった。

 だから、今日まで一緒にいられたし、強くもなれた。

 けれど、その姿は幻だと言わんばかりにユウヤは戦場を駆け、敵を殺し尽くしていた。

 

 シノン(「アナタは…一体…」)

 

 彼は間違いなく本戦にも出場してくる。そこで相見えれば私にもその表情で銃口を向けるの?

 

 頬には冷や汗が流れ、右手も小刻みに震えている。必死に止めようと左手で抑えるが震えは止まらない。

 

 恐怖している…それが震えている理由。

 

 シノン「…っ」

 

 モニターに映るユウヤの姿を視界から外し、自分の決勝の相手になるであろうキリトを凝視する。

 だが、キリトの鬼気迫る表情にもシノンは驚かされた。

 それはとても辛くて、悲しくて、怒って、そして…痛いものだった。

 見ているシノンの方がキツくなってしまう程にキリトはフォトン·ソードで敵を薙ぎ払っていく。

 GGOをプレイするようになってシノンは今まで数々の修羅場を超えてきた。ソロでは絶対に倒せないNM(ネームドモンスター)と遭遇し、運良く射程圏外からの狙撃で4時間にも及ぶ戦闘に勝利し、今の相棒であるヘカートIIを手に入れた。

 スコードロンを組んで数々のプレイヤーと戦い、その中で自分の力を高めてきた。実力だってここにいる誰にも負けるつもりはないと、2人を見るまで思っていた。

 彼らは強い。初心者という事を度外視しても本戦に進めるだけの力を最初から持ち合わせていた。

 その戦いには今までの経験、技術、感情が染み付き、観客にも薄々感づいている者がいるだろう。

 かく言うシノンもその中の1人だ。ただステータスが足りないというだけで2人は自分が経験した事のない()()()()()()を何度も潜り抜けてきたに違いない。

 

 シノン(「それでも…私は負ける訳にはいかない…!!」)

 

 決勝へと駒を進めたのはやはりキリトで、彼の準備が整い次第に彼との決戦場に転移される。

 キリトは強いが、負けるつもりも毛頭ない。やるからには全力を持って試合に臨む。

 すると、体が青白いエフェクトに包まれ、待機エリアへと転移される。

 1分後にキリトとの決勝戦が始まる。

 ヘカートIIの弾倉に銃弾を詰め込み、副武装(サブ)であるハンドガンにもリロードを済ませる。

 そして、気を落ち着かせる為に深呼吸を数回行って頬を両手で叩き、集中力を高めていく。

 

 シノン(「誰が相手だろうと負けない…。勝って…勝って勝って…(朝田詩乃)(シノン)になる…!!」)

 

 自分を変える為、彼女は戦場へと赴いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月13日17時00分 Bブロック予選決勝

 

 転移されたフィールドは廃都市のようで乗り捨てられた車やガラスが粉々に砕かれたビル群が立ち並び、狙撃手(スナイパー)にとっては最良のフィールドであった。

 ユウヤは周りを警戒しながらも廃都市の中を歩いていく。どこかに対戦相手であるプレイヤーが息を潜めてこちらの様子を伺っているに違いないが、ユウヤにとっても地形を把握しておかなければ出来る対処も変わってくる。

 

 ユウヤ(「ここで勝っても負けても本戦には出られる…。けど、今の相手が死銃だとしたらここで終わらせる…!!」)

 

 予選では1対1のPvPである為、もしこの場で死銃を捕らえる事が出来たなら本戦を待たずしてこの騒動は終結する。

 出来る事ならそのように事を運びたいが、そんなに都合のいい事はなく、ただひたすらに廃都市の奥へと進んでいく。

 すると、妙な緊張感がユウヤを襲い、咄嗟に車の陰へと身を潜めた。

 

 ユウヤ(「…見られてるな」)

 

 姿は見えないが、狙撃手特有の殺意と言うべきものがユウヤをより警戒させる。ホルスターから2丁のサブマシンガンを抜き、いつでも戦えるように臨戦態勢に入った。

 

 ユウヤ「どこから…」

 

 ユウヤの視界に入っているビル群に怪しい影はない。なら、地上のどこかにユウヤと同じように物陰に隠れている可能性が高い。視線をビル群から地上に戻し、辺りをくまなく探る。

 瞬間、銃声と共にユウヤの左脚が貫かれた。弾道は辛うじて確認していた為、銃弾が放たれた方角にサブマシンガンを無数に放った。

 だが、土煙が舞うばかりでプレイヤーの姿はない。これ以上撃っても無意味だと悟ったユウヤは物陰に再び隠れた。

 

 ユウヤ(「くそっ!!どこから撃ってんだ…!?」)

 

 ユウヤから半径50mの範囲に依然として人影はない。

 ならば、相手はさらに遠距離から狙撃した事になる。ユウヤはそう結論付けると物陰から飛び出し、銃弾が飛んできた方角に走った。

 

 ユウヤ(「狙撃手相手なら多少無謀でも距離を詰めねぇと…!!」)

 

 10分程走り続けただろうか、ビル群に囲まれた広場にたどり着いたユウヤは中央に陣取り、ビルの隅から隅へと視線を移動させる。

 

 ユウヤ「…」

 

 いる…。確実にここにいる…。漠然とした直感がユウヤの警戒態勢をさらに高め、どこから撃たれても躱すだけの力を温存させる。

 瞬間、発砲音と同時にユウヤは高く飛んだ。ユウヤは放たれた銃弾が地に深々と突き刺さるのを確認してその弾道を目で追った。

 ライフルを片手に体を寝そべらせ、顔だけをユウヤに向けている。

 目と目が合ったような感覚に陥る事1秒。ほぼ条件反射で右手のサブマシンガンが火を吹いた。

 狙撃手は辛うじて体を転がらせながら回避するが、右肩と左腕に1発ずつ被弾した。HPは2割程度の減少で止まったが、狙撃手は撃ち抜かれた箇所をずっと眺めている。

 ユウヤはその様子を不気味に感じたのだろう。着地した瞬間に両手のサブマシンガンで狙撃手のいる階層に狙い撃ちした。

 硝煙の匂いと空薬莢が地面に落ちていく音が耳に残りながらも、サブマシンガンをひとまず下ろし、瓦礫などで埋もれた階層を凝視する。

 全損まではいかないだろうが、少なくてもイエローゾーンに達しているであろうと目測を立てていると、土煙の中から1つの影が飛び出し、器用にもビル群の間をクッションにしながら広場へと着地した。

 

 ユウヤ「!?」

 

 風に吹かれながら銃弾で撃ち抜かれたマントが漂い、その中からライフルと不気味な髑髏のマスクが露わとなり、ユウヤをジッと見つめている。

 

 ユウヤ「ボロマントに…不気味な髑髏のマスク…」

 

 酒場にいたプレイヤーから聞いた死銃の特徴と一致している目の前の狙撃手はユウヤの思考がまとまる前に近づいてくる。

 咄嗟にサブマシンガンを構えたユウヤはこれ以上近づかせないように足元に銃弾を放った。ユウヤの意図に気づいた狙撃手は足を止める。

 

 ユウヤ「お前が…死銃か?」

 

「…」

 

 ユウヤ「答えろっ!!!」

 

 広場にユウヤの怒声が反響し合い、その様子を静かに、そして不気味な赤眼を光らせながら佇んでいる。

 すると、途切れ途切れではあったが、死銃が初めて喋った。

 

 死銃「その…通りだ…。俺が…死銃…」

 

 ユウヤ「なら話は早ぇ…。大人しく負けてもらおうか。それと、仮想世界(ここ)からどうやって現実世界(あっち)の人間を殺してるのか…洗いざらい吐いてもらうぞ!!」

 

 死銃「…そうか…。俺は…そんなに…恐れ…られて…いるのか…。お前には…無理な…話だ…。

 俺は…誰にも…止められ…ない。…黒の…剣士…だろうと…拳闘…士…だろう…と…」

 

 ユウヤ「!!?」

 

 耳を疑った。確かに、今この男は"黒の剣士”と"拳闘士”の名を口にした。この名前を知っているという事は死銃もSAO帰還者(サバイバー)という事になる。

 途端に他人のように思えなくなってしまったユウヤは生唾を飲み込み、息を落ち着かせる。

 

 死銃「俺も…問おう…。お前は…何者…だ…?」

 

 ユウヤ「…オレは…ただの初心者だ」

 

 死銃「…なるほど…な…。…降参(リザイン)…!!」

 

 ユウヤ「なっ!!?」

 

 死銃が降参を宣言した為、ユウヤの頭上にファンファーレが鳴り響いた。

 だが、まだ死銃は目の前にいる。何か手がかりを掴まないまま終わらせる訳にはいかない。

 ユウヤは転移されていく死銃に向かって走った。そして、死銃は消えるその瞬間に一言残した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 死銃「お前も…必ず…殺す…。この…裏切り…者…が…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「裏切り…者…?」

 

 

 髑髏のマスクから漏れるその赤眼が炎のように瞬いているかのように見え、それは死銃から溢れた怒りと憎悪であった事をユウヤはまだ知らずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月13日17時50分 総督府B20F 予選会場

 

 全ての予選が終わり、本戦に出場するプレイヤーと観客以外この会場には誰もいなかった。

 勝利の余韻にふける者、次こそはと本戦への闘志を燃やす者とそれぞれだったが、最後にこの会場に戻ってきた少年はそのどちらでもない感情だった。

 

 ユウヤ「…」

 

 死銃が最後に言い捨てた言葉…あれはユウヤの正体を知る者しか言えない言葉。

 

 裏切り者…。

 

 この言葉はかつて仲間だと信じていた者に言う事の出来る言葉。

 だが、ユウヤの仲間の中に死銃はいない。仲間から離れたユウヤからしてみればそれはどうでもいいのだが、死銃は確実にユウヤの事を知っている。

 いや、ユウヤではなく()()()を知っていると考えた方が正しい。

 タクヤが囚われていたSAOの中で死銃と会っているハズなのだから。

 そして、それが誰なのかユウヤには予想を立てるなど造作もない事で、またあの悪夢がユウヤの背後に迫っている。

 もちろん逃げるつもりはない。一生背負っていくと覚悟していた。

 けれど、どれだけ心を強く持とうとも恐怖や不安は完全にはかき消せないもので、この蟻地獄からは抜け出せないのだと確信する。

 

 ユウヤ(「アイツは…死銃は…」)

 

 それが誰なのかは分かった。菊岡にSAOのキャラデータから死銃だった者を特定すれば、現実世界での居所もすぐに分かる。

 だが、もしそうすれば本当にこの騒動は終結するものなのだろうか。

 仮に死銃のアバターを動かしている者を見つけたとしても、それが心停止で死んでいった2人と何の関係があるかまでは分からない。

 どうやって死に至らしめたのか…。この謎を解かないかぎりこの騒動は依然闇の中だ。

 

 ユウヤ「…アイツらには…絶対に手は出させない…」

 

 頭に思い浮かんだのは漆黒の長髪を棚引かせる少年と、碧色の髪と瞳の少女の姿。彼らにだけは死銃と会わせる訳にはいかない。

 もし、死銃の標的に2人がいるとすれば必ず阻止しなければならない。

 もう、目の前で仲間が傷つく姿は見たくないから。

 

 シノン「…ユウヤ」

 

 ユウヤ「!!」

 

 声をかけられ咄嗟に振り返ってみると、そこにいたのは今まさに思い浮かんでいたシノンとキリトだ。

 彼らも決勝まで勝ち上がり、本戦への出場を決めたのだろう。その表情は実に穏やかだった。

 

 シノン「アナタも本戦に進んだのね…」

 

 キリト「さすがだな」

 

 ユウヤ「…」

 

 シノン「ユウヤ?」

 

 ユウヤ「…お前ら…本戦は棄権しろ」

 

 シノン&キリト「「!!?」」

 

 放った言葉に理解が追いつけない2人をユウヤはその冷えきってしまった瞳で彼女らを見る。

 穏やかだった表情は消え去り、困惑といった表情になっていた。

 

 キリト「どういう…事だ?」

 

 ユウヤ「言った通りだ。本戦は棄権しろ。…お前らが来ていい場所じゃないんだ」

 

 シノン「言ってる意味が分からないわ…!なんで、本戦を危険しなくちゃいけないのよっ!!アナタにそんな事決める権利なんかないわ!!」

 

 たちまち怒りを露にするシノンをキリトが抑えるが、シノンはユウヤにまだ納得していないようだ。

 だが、これが最善の手なのだ。死銃に撃たれれば現実世界の彼らが本当に死んでしまう恐れがある。それを拭うとなれば、2人が本戦を棄権し、この先GGOにログインしなければいいだけの事だ。

 死よりもゲームを取るなんて馬鹿げているのだから。

 

 キリト「落ち着けってシノン!…オレもユウヤが言ってる意味が分からない。何かあったのか?」

 

 ユウヤ「…これはもう…ゲームじゃない…」

 

 キリト「ゲームじゃ…ない…?」

 

 ユウヤ「それでも…オレの忠告が聞けないんだったら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずはお前らから殺す…」

 

 

 シノン&キリト「「!!?」」

 

 それだけを言い残してユウヤはその場でログアウトしていった。

 残されたシノンとキリトは行き場のない内に秘めた感情を感じながら各々ログアウトしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月13日18時00分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 ログアウトしてすぐに隣の部屋に住んでいる拓哉の所に向かった詩乃だったが、何度インターフォンを押しても扉が開く事はなかった。

 窓から漏れる光すらない事にようやく気づき、溜息をつきながら自宅へと帰ってきた。

 

 詩乃「…はぁ」

 

 ログアウトする前、ユウヤがシノンとキリトに言った言葉…

 

 

 オレの忠告が聞けないんだったら…まずはお前らから殺す_

 

 

 その言葉を聞いてからというもの、詩乃はもう戻れない所までユウヤ/拓哉は来ているんじゃないかと心配になった。

 あの凍てつくような鋭い瞳を前に何も言えなかった自分が憎らしい。

 あの時、何か言えば…とも考えたが、詩乃には何も浮かばなかった。

 自分すらも上手くコントロール出来ない詩乃が言った所で何かが変わる訳でもない。

 

 詩乃「もっと…強く…ならなきゃ…」

 

 気づけば頬に一筋の涙が流れ、拭っても拭ってもそれは止まる事を知らずにただ何か大切だったものと一緒に流されていた。

 強くなりたい…。そう思ったのはあの事件から少しした後だった。

 

 

 私は父親が他界して母方の田舎に母と祖父母と一緒に暮らしていた。

 裕福ではなかったが、毎日が暖かく、それでいてとても心地よい場所であった。

 そんなある日、母と一緒に郵便局に赴いた時だった。

 母を待っている間、郵便局においてある小説を読んでいると、すぐ隣の自動ドアからめざし帽を被った中年男性が息を荒くし、冬だというのに汗を大量にかきながら局内へと入る。

 視界にしばらく置いたが、小説に視線を移した時にそれは起こった。

 

 パァン…と鼓膜に響く高音におもわず肩を震わせた私はすぐさま音が鳴った方を見る。

 すると、そこには先程の中年男性が拳銃を片手に局員に金を取り出させている場面だった。そのすぐ側には、母が衝撃と恐怖で腰が抜かしている。

 何が起きているのか当時子供であった私に分かる訳はなく、そのまま震えながら事が終わるのをただじっと待っていた。

 瞬間、またしても先程と同じ高音が局内に響き渡り、1人の局員が心臓に撃たれていた。どうやら、男の癇に障る事をしたらしく、客の誰かが悲鳴を上げると男は逆上して側にいた母を腕で拘束し、銃口を頭につけた。

 

 

 この女が殺されたくなかったら早く金を積み込め_

 

 

 母もあまりの恐怖で脚が小刻みに震えており、立つだけで精一杯の状態だった。局員である女性も男の言う通りに金庫やレジからあるだけ金をバックに入れていく。

 この時、私は自分でも想像出来ないような行動に走り、何をしているんだと今になってそう思う。

 

 

 ぎゃあぁぁっ_

 

 

 男の呻き声で局内の雑音がかき消さられる。私は男の死角から拳銃を握っている右腕に思い切り噛み付いた。ありったけの力で噛まれた男は痛みに悶えながら私を離そうと腕を振り回す。

 大人の力で子供を薙ぎ払うなど、赤子の手をひねるより簡単な事ですぐに私はカウンターに叩きつけられた。背中に走る痛みよりも母の安全を優先した私は、叩きつけられた拍子に一緒に飛んできた拳銃を素早く拾った。

 男はさらに剣幕な顔つきとなり、私から拳銃を取り返そうと躍起になる。

 私も渡すまいと抗った。今ここで渡せば確実に死が待っていると子供ながらに悟った私は無意識に拳銃の安全装置を解除し、引き金を引いた。

 3度目の銃声は騒ぎ出した客を黙らせるのには十分で、途端に私は両肩に激痛が走り、声を殺しながらその場にうずくまった。

 だが、拳銃を奪い返そうとする男の力はなくなり、諦めたのかと母の方に目をやった。

 

 この瞬間は今でも憶えている…。

 

 母は私ではなくその前に位置する場所に見てはいけないような表情で固まっていた。私の目の前に何があるのか…。気になった私が母から視線を前方に移した。

 すると、そこには心臓を撃たれ、血を垂れ流しにしながら悶えている男の姿があった。

 そして、私の服には男の返り血が大量についており、それだけで意識を持っていかれそうになる。

 だが、男は心臓を撃たれても詩乃に手を伸ばし、体を引きずりながらこちらに近づいてくる。恐怖のあまり拳銃を男に向け、今度は意図して引き金を引いた。飽きる程聴いた銃声はこれで最後になる。

 男はもう絶対に動けない。脳天を貫かれた男は被弾した衝撃で体を大の字にして倒れた。

 そこから大量の血が流れ、私のいた場所にまで血の海は広がっていった。

 

 これでもう大丈夫だ…。また明日から普段の日常だ…。

 

 安心した私はおもむろに母に近づこうとする。けれど、そこにいたのは暖かく出迎えてくれる母ではなく、鬼を見るかのような恐怖心に支配された母だった。

 

 パリィン…と何か大事なものに亀裂が入った音がした…。

 

 その日以降は私にとって待っていた日常ではなかった。

 小さな街で起こった強盗事件は瞬く間に広がり、学校でもそれは連日噂されていた。友達だったクラスメートは次第に私を遠ざけるようになり、終いにはいじめに発展していった。

 人殺し、鬼、悪魔といろいろ蔑称を並べられたが、まだ私には待っていてくれる場所がある。母と祖父母だけが私にとっての場所だった。

 けれど、母はあの事件以来精神が幼児退行してしまい、祖父母も優しく接してくれるがどこかぎこちない。

 

 私にはもはや暖かく出迎えてくれる場所はなかった。…いや、なくなってしまったのだ。

 

 あの事件さえなければ…と夜、布団の中で考えなかった日はない。

 そして、母だけでなく私にもその火の粉は降り掛かってきた。

 病院での検査の結果、私はPTSD(心的外傷後ストレス障害)と言う診断を下され、銃やその形をした物を見るだけで強いパニック状態に陥ってしまうという精神病だ。

 

 私が一体何をしたのか…。あの男を殺した罰なのか…。

 

 それから私は中学へと進み、地獄の3年間を耐え抜き、高校は東京の進学校に進学する事にした。あの事件を知らない場所や人と関わり、また元の朝田詩乃に戻ろうとした決意の表れだった。

 

 ここからやり直すんだ…。もう1度…最初から…。

 

 唯一気がかりだったのは母の容態だったが、祖父母が安心してと言ってくれた為、私は私の事に全力を使うと決めた。

 また、病気が治ったら一緒に住もう…。そう母と約束したから。

 だが、進学した学校は地方から出てきた私を歓迎してはくれなかった。

 それ所か半年が経った頃に、思い出したくもない記憶を掘り起こされ、高校でも私は敬遠されがちだった。

 そんな時、同級生である新川恭二君から誘われたVRMMOゲーム"ガンゲイル·オンライン”をプレイし、そこでなら銃に触れても発作は起きず、ここで最強になれれば、現実世界の朝田詩乃も強くなれると信じ、私はGGOの世界に入り浸った。

 

 私は強くなる…。どんな敵が相手だろうと…逃げたりしない。

 

 そう心に誓ったのに…私の心はまた揺れ動いている。

 それは恐怖などではなく、ただの怒り…仲間を大事に思うあまりに全てを背負おうとする少年に対しての怒りだ。

 憤りを感じているハズなのに、彼の表情がとても切なく、胸が苦しくなる。あの表情を見ていると何故か自分が小さく見えてしまうのだ。

 何故だかは分からない。これを言葉に表せない自分が不甲斐ない。

 そして、彼の背負っているものの大きさを目の当たりにしてしまう。

 

 詩乃「…拓哉」

 

 彼の名前を呟いても返事は来ない。自分しかいない部屋にはそれが儚く霧散してしまうのみ。

 瞼を閉じても現実世界の拓哉と仮想世界のユウヤを思い浮かべてしまう。

 空腹など気にする事なく、私はそのまま深い眠りについた。

 

 

 

 明日の本戦に出れば、何が分かるかもしれないと淡い期待を抱いて…。




いかがだったでしょうか?
死銃との接触、ユウヤの決意、シノンの過去が明らかになっていき、次回はいよいよ本戦!さらにヒートアップしていきますのでよろしくお願いします!


評価、感想等お待ちしております!


では、また次回!


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【66】交錯

という訳で66話目になります。
今回は戦闘描写はありませんが、次回の準備段階という形で書かせていただきました。
それぞれが導く答えが交錯する先に何があるのか…


では、どうぞ!


 2025年12月14日15時30分 ALOイグシティ キリトのホーム

 

 ユウキ「来たよーアスナー」

 

 アスナ「いらっしゃいユウキ、ランちゃん」

 

 ラン「お邪魔します」

 

 キリトとアスナのマイホームに訪れたユウキとランは奥のリビングで集合していた仲間に挨拶を交わし、所定の位置に陣取る。

 今日ALOで集合しようと言い出したアスナが全員分の紅茶をテーブルに並べた。いの一番に取ったストレアが紅茶をすすり始めると、他の者も一斉に取り、喉を潤す。

 

 リズベット「それで、今日は何の用で呼び出したのアスナ?」

 

 アスナ「うん。今日はみんなで他のゲームの大会に出てるキリト君を応援しようと思って呼んだの」

 

 シリカ「そう言えばコンバートするって言ってましたよね?」

 

 クライン「あんにゃろう!こんな忙しい時に何やってんだ!」

 

 カヤト「まぁまぁ…抑えてくださいよ」

 

 リビングに備えられたソファーの後ろからカウンターで酒を煽っているクラインが怒鳴る。それを隣に座ってたカヤトが制していると、ホーム内の空気が一気に冷めた。

 

 リーファ「あーあ…クラインさんのせいですよ」

 

 クライン「俺は本当の事を言ったまでだろぉっ!!?」

 

 リズベット「だからアンタはモテないのよ」

 

 クライン「うぐっ!!?」

 

 アスナが苦笑している側でユウキだけが顔をうずくめてしまっている。そんな様子をカヤトに諭されたクラインが素直に謝罪した。

 

 ユウキ「…」

 

 アスナ「ユウキ…、キリト君には黙ってるように言われたんだけど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしかしたら、タクヤ君が見つかるかもしれないの」

 

 ユウキ「…え?」

 

 タクヤの名前を聞いた途端、顔を上げてアスナを見つめる。その表情には嘘などはなく、真実を口にしていた。

 その事実には他の者も目を見開き、唖然とした表情で固まっている。

 

 ストレア「それは本当なの!?アスナ!!」

 

 アスナ「まだそうと決まった訳じゃないけど、キリト君が言うにはGGOに絶対いるって…」

 

 ユウキ「GGO?」

 

 カヤト「"ガンゲイル·オンライン”…確か、ゲームコイン還元システムを採用しているガンゲーですよね?」

 

 アスナ「うん。キリト君がGGOにコンバートしたのはそこにタクヤ君がいるかもしれないから。今日はGGOで開かれる大会の本戦があってキリト君が出場するみたいなの」

 

 昨日今日と学校ですら見かけなかったキリトは今はGGOの世界にいる。

 アスナ以外の者には漠然とした理由しか述べていなかった為、驚くのも無理はない。

 かく言うアスナもそれを聞かされた時は驚いたものだ。

 

 ユウキ「本当に…タクヤがそのGGOって世界にいるの…?」

 

 リズベット「だとしても、わざわざ大会に出る意味はないんじゃない?タクヤを探すなら他にもやり方があったでしょ?」

 

 アスナ「…それが」

 

 シリカ「どうかしたんですか?」

 

 何と説明すればよいかアスナは口を閉ざす。それに業を煮やしたユイがアスナの肩から羽ばたき、モニターの前まで移動した。

 

 ユイ「皆さん、落ち着いて聞いてください。…あの世界にタクヤさんが向かった理由はこの記事が原因だと思われます」

 

 ユイが全員の前にある記事を展開させる。そこに書かれていたのはVRMMOゲームで死んでしまった2人についてだった。

 それを読んだリーファ、ラン、カヤト以外の面々は何度目とも分からない驚愕を味わされた。

 

 ユウキ「仮想世界で…死んだ…?」

 

 クライン「こりゃあ…」

 

 シリカ「そんな…!!」

 

 リズベット「ちょ、ちょっと待ってよ!?この記事とタクヤが一体どう結びつくのよ!!?」

 

 ストレア「まさか、タクヤは…!!」

 

 ストレアがユイに問いかけると無言のまま首を縦に振ってストレアの意見を肯定した。

 タクヤはその原因を探る為に1人、GGOの世界へと向かったに違いないとキリトは結論付けたと言う。

 

 アスナ「キリト君には黙っていてほしいって言われたけど…みんなにもちゃんと知って欲しくて…」

 

 ユウキ「タクヤは…また…!!」

 

 

 危険を顧みずに_

 

 

 その言葉を飲み込みながらも、その事実に色々な不安が立ち込めてくる。タクヤはまたしても1つの仮想世界を救おうと立ち上がっていたのだから。

 SAOを終結に導き、ALOを須郷らの魔の手から解き放ち、今度はGGOを何者かの陰謀から救おうとしている。

 それは決して誰にも出来る事ではなくて、SAOやALOでの事件に携わった者達にはその厳しさが分かってしまう。

 だからこそ、タクヤは1人になったのかもしれない。仲間を危険から遠ざける為に。

 

 ユイ「この事件の重要人物である"死銃”がBoBでも参加しているプレイヤーを殺す気でいるとパパは言ってました。

 …そして、それを食い止める為にタクヤさんは見知らぬ世界に1人で行ったのだと…」

 

 ユウキ「タクヤ…タクヤ…!!」

 

 クライン「またアイツは1人で…!!くそっ!!」

 

 リーファ「それでお兄ちゃんはタクヤさんを助ける為に…」

 

 カヤト「…」

 

 それがタクヤという少年だと誰もが知っている。

 それでも、胸に宿る不安は消える事はなく、目の前で元気な姿で戻ってくるまで安心など出来ない。

 タクヤだって万能の神などではない。

 ここにいる全員と同じただの人間なのだ。出来ない事だって当然のようにあるし、解決出来ない事だってある。

 だが、タクヤはそうであっても止まる事はないだろう事も知っている。

 助けを呼べばどこへでも馳せ参じ、困っているなら一緒に考えてくれる。そんなタクヤだからここまでの強固な絆が紡げた。

 ユウキは瞳から滲み出る涙を堪え、息を落ち着かせる。その様子を姉であるランと娘であるストレア、そして…親友であるアスナがそっと抱きしめる。

 

 アスナ「大丈夫だよユウキ…。タクヤ君はきっと帰ってくる。元気な姿で帰ってきてくれるよ」

 

 ストレア「だから待ってよ?私達がこんな顔してたらタクヤも困っちゃうよ」

 

 ラン「ユウキが選んだ男性(ヒト)だもの。絶対大丈夫よ」

 

 ユウキ「うん…うん…!!」

 

 涙を堪え、影が消えたユウキは大会が始まるまでの間、笑顔でモニターを眺めていた。

 

 クライン「それでよ、その"死銃”ってのがどこのどいつか見当はついてんのか?」

 

 ユイ「それはまだらしいのですが…前に1度会った事がある…と」

 

 ユウキ「会った事がある…」

 

 それが一体どこでなのかは分からない。

 だが、すぐそこにまでタクヤに近づいているのだ。後1步の所まで来ているのに最後はキリトにまかせるしかない事実にユウキは歯噛みをしながら悔しがる。

 

 ユウキ(「ボクもGGOに行ってたら…!!」)

 

 銃の世界であったとしても、タクヤを探し出す為なら何だってやる。そう意気込むユウキだが、キリトは近頃のユウキの心身の状態を考慮して1人でGGOへとダイブしたのだ。

 その事に気づいていないユウキが今更動いても何も進展はしないだろう。

 まだ大会が始まるまで時間があるが、妙にソワソワしているユウキをアスナが落ち着かせるが、アスナ自身も不安は拭えない。

 愛する者が親友を助け出す為に危険な世界に足を踏み入れて、心配しない者などこの世にはいない。

 キリトもタクヤと同様に危険な世界に足を踏み込んできた。

 旧アインクラッド第1層のボス戦に於いてもボスのソードスキルをキャンセルし続けるといった神業を駆使し、勝利へと貢献した。

 数々のボスにも果敢に攻め、トッププレイヤーと呼べる程に剣を振るってきた。

 74層のボス"ザ·グリームアイズ”との予期せぬ戦闘にも"軍”のプレイヤーを助けながら奥の手であった"二刀流”スキルで死を過ぎらせながらも勝利を掴んだ。

 数えればキリがないが、それによって助けられた命があり、繋がった絆があるのは確かだ。

 だから、今回もやってくれる。いつだってそうしてきたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2015年12月14日15時30分 東京都文京区湯島 某公園

 

 詩乃「ムカつく…ムカつく…!!」

 

 恭二「…」

 

 どこにでもある公園のブランコに乗りながら、詩乃はブツブツと恨みつらみじみた独り言を吐露する。その様子を友人である新川恭二は黙って見ていた。

 普段の朝田詩乃からはありえない言動を目の当たりにしている恭二にとって心は穏やかではない。詩乃が怒っている理由はBoBで共に出場しているキリトと言う美少女と見間違う程の美少年アバターに対してだった。

 予選決勝戦は待合室で傍観していた恭二/シュピーゲルにとっても圧巻の一言に尽きる。

 2人が戦ったフィールドは横にどこまでも伸びるハイウェイで、至る箇所に乗り捨てられた乗用車があり、狙撃手(スナイパー)である詩乃/シノンにとっては有利な地形だ。

 ハイウェイの性質上、幅は10mと逃げ道は殆どない。

 そして、シノンの愛銃であるへカートⅡの威力なら初撃で敵を屠る事など造作でもないだろう。

 だが、対戦相手であったキリトはどこに隠れる訳でもなく、ましてや撹乱して攻める気配など見せなかった。ただ、ハイウェイの中央をシノンの所まで歩いているだけ。

 それによって集中力を乱されたシノンは1発2発と照準が定まってはいなかった。本戦への出場は決まっているのでここで負けても支障などはない。銃弾を買う資金が惜しい者も中にはいるだろう。

 けれど、シノンはそれを許さなかった。彼女はどんなに意味のない試合だろうといつだって真剣に臨んでいた。それは彼女の過去からくるもので望んだものは全力を出し続けなければ手に入らないもの。

 シノンはバスの2階から飛び降り、キリトの前まで向かった。モニターからは音声は拾えない為、その時の会話の内容は分からないが、その時のシノンの表情は苦痛のものだった。

 それを汲んだのかキリトはシノンに対して決闘スタイルでの勝負を申し込み、それを了承したシノンは互いに距離を開けた。

 シュピーゲルは…いや、この試合を傍観していた観客は誰もがシノンの勝利を疑わなかった。

 

 

 銃相手に剣は勝てない_

 

 

 それは物理的にも不可能だ。開けた距離はたったの10m。その距離では弾道予測線(バレット·ライン)を視認して、銃弾が放たれる瞬間までのタイムラグはほぼ0だ。

 トリガーを引いた瞬間、キリトの体は銃弾に貫かれているだろう事も誰もが予想した。光剣などでこのGGOを勝ち抜く事など出来はしない。今までの勝利も光剣での戦闘経験がないプレイヤーの油断が招いた結果だ。

 キリトが合図として宙に高く飛ばした銃弾は次第に速度を上げて落下する。

 結果は見るより明らかだ。シノンの銃弾が貫いて終わり…誰もがそう思った。

 

 

 キリトの佇まいを見るまでは…。

 

 

 銃弾が落ちた瞬間、シノンは躊躇う事なくトリガーを引いた。銃弾は火花を散らしてキリトに向かってくる。

 だが、光剣を構えていたキリトはそれより前に動いていた。1秒にも満たないその刹那にキリトの神がかった剣さばきが中央に光の軌道を描いた。

 へカートⅡから放たれた銃弾は光の軌道の中央を捉えており、触れた瞬間に銃弾は縦に斬られ、中の火薬がキリトの体を通過しながら破裂した。

 

 

 誰もが驚愕した_

 

 

 キリトはこれまで銃弾を斬るという神業で勝ち上がって来た訳だが、それは弾道予測線が予め視認出来る為、そこに光剣の刃を添えればよい。

 理屈でそうだと理解してもシノンから放たれる弾道予測線など無いものと考えた方がいい。

 

 

 それをあの男は斬ったのだ。

 

 

 どんなチート技を使ったんだと頭を悩ませても答えが出てくる訳ではない。当のシノンでさえ、理解が追いついていなかったハズだ。

 キリトはその隙をついてシノンに急接近する。次弾を装填する暇などないシノンに抵抗の手段はなかった。

 そして、誰もが予想していた結果を裏切り、Fブロックの予選決勝戦はキリトの勝利で幕を閉じた。

 それから今まで仏頂面をしている詩乃についに我慢が切れた恭二が口を開いた。

 

 恭二「朝田さん…その、大丈夫?」

 

 詩乃「え?え、えぇ!大丈夫だよ…」

 

 恭二から声をかけられ正気に戻った詩乃はふと公園に設置されている時計に目をやる。時刻は16時…BoBの本戦が行われる17時まであと1時間を切っていた。

 

 詩乃「次はその脳天に風穴を開けてやる…!」

 

 時計に向かって人差し指を突きつけた詩乃の姿を隣で驚いた表情で見つめる恭二に気づいた。

 

 詩乃「どうしたの?」

 

 恭二「だって…その…大丈夫…なの?」

 

 大丈夫と聞かれた詩乃は時計に向けていた手を確認する。

 それは普段の詩乃なら決してやってはいけないものだった。人差し指を突き出した手はまるで拳銃の形だったからだ。

 咄嗟に手を元に戻した詩乃だが、本来襲ってくるハズの発作はない。

 

 詩乃「…なんか、イライラしてたから大丈夫だったみたい」

 

 恭二「…朝田さん!!」

 

 名前を呼ばれた瞬間、詩乃は恭二に強く抱きしめられた。

 懐かしいと感じる人肌の温もりを体全体で感じるも、いきなりの行動で驚いた詩乃は恭二から身を脱する。

 心臓の鼓動を抑えながら、2人の間にしばしの沈黙が訪れた。

 恭二も自分の行動に気がついたのか慌てながら詩乃に弁明する。

 

 恭二「ご、ごめん!!」

 

 詩乃「う、ううん…。ちょっと驚いただけだから…」

 

 恭二「…僕、怖いんだ。朝田さんが変わっていくのが…。朝田さんは…シノンは強くてカッコよくて、他の人とは違うものを持ってるのに、それをアイツらに変えられていくのが…」

 

 詩乃「…私は私だよ?…新川君。それに私は強くない」

 

 

 だってまだシノンになれていないから_

 

 

 恭二「そんな事ないよ!僕みたいに誰かに頼ったりしないじゃないか!誰にも頼らず、1人で何でも出来るシノンは凄いよ!!

 僕はそんなシノン…朝田さんだから…!!」

 

 詰め寄ってくる恭二を詩乃は掌を前に出す事で静止させた。

 

 詩乃「ごめんなさい新川君。まだ、大会が終わってないから…それまでは集中したいの」

 

 恭二「…ごめん」

 

 詩乃「でも、大会が終わったらちゃんと…答えは出すから。…それまで待ってほしい」

 

 果たして答えなどあるのだろうか。

 詩乃にとって新川恭二は親友と言っても過言ではない。詩乃の過去を知って尚、気さくに接してくれて、トラウマ克服の為にGGOに招待してくれた。

 その恩人が詩乃に対して抱いている感情も本人は薄々気づいている。

 だが、今はBoBの本戦がある。そこで倒すと誓った2人とその他の出場者達に勝たなければならない。

 勝って、強くならなければならない。だから、今はそれ以外に割く時間などはない。

 恭二もそれを理解して、今ではないと踏み止まった。

 

 恭二「僕、待ってるから…。朝田さんが答えを出すまで…ずっと…!!」

 

 詩乃「…ありがとう。じゃあ、私はそろそろ帰るね」

 

 そう言い残して詩乃は恭二と別れ、自宅のアパートへと帰る事にした。

 帰り道、何もない住宅地を歩いている中、恭二について考えていた。

 彼に対して恋愛感情など持ち合わせていなかった詩乃は答えを出すと言った手前、これからの事を考えなくてはいけない。

 恭二は内気で小心者であるが、気さくで優しく、性格も穏やかな好青年だ。そんな彼だから詩乃は今の今まで接していられてきた。

 だから、もし恭二と恋仲になっても不幸になる事はないだろう。

 けれど、いざ恭二を異性として見た時、心の中で一瞬だがモヤがかかるのだ。裏表がない人などいるハズもなく、いつも見ている恭二が本当の恭二なのかと感じた事は何度かある。

 それが詩乃を踏み留ませている原因なのかは分からない。

 詩乃の方に原因があるのかもしれないが、BoBで優勝すればその答えもきっと見つかるハズだと詩乃は確信していた。

 過去を乗り越え、これから先の未来に笑顔で歩いていける事を…。

 そう考えると幾分か足取りが軽くなり、自宅を目指していると、道の脇から3人の女子高生が現れた。

 

「よぉ…朝田ァ…」

 

 詩乃「…遠藤さん」

 

 遠藤「この前はよくも逃げてくれたなぁ…。」

 

 それはほんの数日前、詩乃が近くの商店街で夕食の買い出しをしていた時だった。不意に背後から声をかけられ、振り向くとそこに遠藤らがいて、路地裏へと連れていかれた。

 その際にも遠藤は詩乃に金銭をせびり、要求を飲まなかった詩乃に拳銃の形にした右手を向け、強制的に発作を起こさせたのだ。

 その時は恭二の機転でその場を凌いだのだが、遠藤は執着心が強かったのかまたこうして詩乃の前に現れたのだ。

 

 遠藤「今日もお金使い込んじゃって帰りの電車賃がなくてさぁ…。朝田、貸してくんない?」

 

 詩乃「この前も…言ったでしょ?アナタに貸すお金なんて…ない」

 

 遠回りにはなるが来た道を引き返そうと振り向くと、そこには見覚えのない男性が群れを成して詩乃の行く手を塞いでいた。

 

 遠藤「この前みたいに逃げられちゃめんどくさいからさぁ。私達の連れも連れてきたんだよ。この通りは人も少ないし、逃げらんないぜぇ?」

 

 背後から聞こえる遠藤の声が不快に感じ始め、詩乃の正面にいる男達も不敵な笑みを浮かべている。逃げ場を失った詩乃は徐々に追い詰められていった。

 

「よぉ、この女好きにしてもいいんだよな?」

 

 遠藤「うん。好きなだけ遊んでいってよ」

 

「マジかよ!結構可愛いじゃんか!」

 

 男達の吐く言葉に詩乃は目眩と吐き気を催す。

 その視線は下劣なもので、足元から徐々に舐め回すかのように上へと移動していた。

 

 詩乃(「…私は…また…!!」)

 

 心臓の鼓動は加速し、精神が限界に来ていた詩乃は歯噛みをしながら自分の弱さを恨んだ。

 同性に逆らう勇気もなく、なす術なく男達の慰み者にされる未来に近づきつつある現状で、誰かが助けに来る訳でもないのは理解している。

 だが、そう望まずにいられない。

 

 詩乃(「誰か…私を…助けてよ…!!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 

 

 聞き慣れた声がした。と思いきや、男の1人が鈍い音を鳴らせながら地面に平伏した。

 その他の男達は何が起きたか理解出来ずに一瞬行動が遅れたが、怒りが立ち込め、1人の青年に殴り掛かる。

 

「何してんだゴラァァっ!!」

 

「こっちのセリフだ」

 

 襲いかかった拳は空を貫き、代わりに殴り掛かった男の顎が勢いよく上がった。続け様に近くにいた2人の男を殴り飛ばし、最初の男同様に地に跪かせる。

 倒れている男達を無視して詩乃に近づいてくる青年を詩乃は知っている。

 憎らしくて、それでいて暖かくて…どこか自分に似た青年…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「悪いけどここから消えてくれねぇか?」

 

 

 拓哉は詩乃の前に立ち、遠藤らを威嚇した。遠藤らは拓哉の表情に恐怖してその場を逃げるかのように去っていった。

 次第に男達も立ち上がっては逃げていく。その後ろ姿を見送りながら、拓哉は詩乃の腕を肩にかけて立ち上がらせた。

 

 拓哉「大丈夫か?」

 

 詩乃「…あ、ありがとう…」

 

 見た限りどこにも怪我はないようだが、顔色が悪く、今にも倒れそうだ。

 拓哉は詩乃の自宅まで送り届けようと歩を進める。

 その姿を詩乃は拓哉に気づかれないように見つめた。

 

 詩乃(「…また…助けられた」)

 

 自分が助けを望んだ瞬間に現れてくれた。

 助けなんて来ないと確信していたにも関わらず、彼は来てくれた。

 それだけでも嬉しいハズなのに、同時に悔しさが詩乃の心の中に淀む。

 

 詩乃(「拓哉は私より…もっとつらい経験をしてるのに…どうして?」)

 

 これまでの拓哉を見ていて感じたのは自分と似たような過去を持っているであろう事だった。

 それが一体どんなものかは分からない。

 だが、時折見せる苦渋を飲んだような表情がそれらを物語っていた。

 だから、きっと彼も苦しんでいるのだろうと詩乃は拓哉を理解していたつもりだった。

 けれど、拓哉は詩乃と違って足を止めたりはしない。

 道の外れにいる人に手を差し伸べる勇気が彼にはある。

 自分の事だけでなく、他人にもその強さを分け与える事が出来る。

 

 詩乃(「そんなの…私には…出来ない…」)

 

 拓哉「着いたぞ」

 

 詩乃「え?」

 

 気づけばそこは2人が借りているアパートの前だった。詩乃の腕を肩から外して、鞄を手渡す。

 

 拓哉「今日はもう部屋で大人しく寝てるんだな」

 

 詩乃「…寝てなんていられないわ。BoBの本戦がある」

 

 拓哉「…忠告したハズだ。本戦には出るなって」

 

 理由は分からないが、おそらくこの言葉も私の身を案じてくれているからこそだと思う。

 けれど、詩乃はそれ以上に果たさなければならない使命がある。

 

 詩乃「私は…誰が何と言おうと本戦に出て優勝する。優勝しなきゃならないの…!!」

 

 拓哉「…なら、その時はまずお前から殺す」

 

 またあの感覚だ。いつもの優しさが含まれていない冷徹な言葉。

 そこにあるのは暖かさではなく、まぎれもない殺意だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月14日16時30分 総督府前

 

 本戦が始まる30分前にログインしたキリトはまだ時間に余裕があるのを確認して外の巨大な橋へとやって来ていた。そこから見えるグロッケンの景色は遊郭の風貌を連想させ、言葉では言い表せないものだった。

 

 キリト「…拓哉」

 

 親友の名前を口ずさみながらその景色を眺めるキリトの所に1人の少年が通りがかった。

 

 キリト「おっす、ユウヤ」

 

 ユウヤ「何でここにいる?」

 

 キリト「そりゃあ、本戦に出る為に決まってるだろ?」

 

 ユウヤ「…」

 

 そのまま通り過ぎようとするユウヤの腕を掴んでキリトは少し話をしようと呼び止めた。

 

 ユウヤ「…お前と話す事なんてオレにはない」

 

 早く離れたかった。キリトの一緒にいたくなかった。

 その思いがユウヤの足を動かすが、キリトに止められている為、前に進まない。

 

 キリト「ちょっとぐらいいいだろ?」

 

 ユウヤ「…」

 

 その表情を見てユウヤは仕方なくその場に留まる。逃げる様子がない事を確認したキリトは再びグロッケンの景色に視線を戻す。

 

 キリト「…ユウヤは何でBoBに参加したんだ?」

 

 ユウヤ「…お前には関係ない」

 

 キリト「ケチな奴だな。…オレはさ、ここにいるかもしれない友達を探しに来たんだ」

 

 ユウヤ「…」

 

 キリト「そいつは無茶ばっかりしてみんなを心配させてどこかに行っちゃってな。GGOにいるかもしれないって憶測でオレはここに来たんだ」

 

 頼んでもないのにキリトは次々と言葉を吐き出させる。それを聞いてユウヤは微かに心がザワついた。

 

 キリト「オレが助けに来て欲しいって思った時に現れて手を差し伸べてくれる。アイツがいなかったら、オレはここにこうして立ってられなかった」

 

 

 やめろ…やめてくれ…_

 

 

 キリト「いつも面倒事を引き受けてくれて、オレ達の事を第一に考えてくれる良い奴なんだ。

 …でも、自分の悩みはオレ達には何も言わなくて、1人で辛い事…苦しい事…悲しい事を背負って耐え続けている。

 だから、アイツが困った時は側で助けてやりたい。苦しい時は側で励ましてあげたい。悲しい時は側で慰めてあげたい。

 オレはアイツに救われたから、今度はオレが…オレ達が支えてあげたいんだ」

 

 ユウヤ「…」

 

 偽善などではない。キリトは本心で親友を支えたいと言っている。

 目の前に支えたいと思っている親友(タクヤ)がいると気付かずに…。

 

 キリト「アイツが今抱えてる事もオレが何とかしてあげたいって…それなのに─」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「いい加減にしろっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「!!?」

 

 これ以上は聞きたくない。

 そう願って声を荒らげた。心配されてももう戻る事は出来ない。

 けれど、素直に嬉しいと感じる気持ちはある。そこまで想ってくれている事も感謝している。

 今までの繋がりが完全に途切れる事は決してない。それでも、その糸を極力薄くしようと頑張ってきたユウヤにとってキリトの言葉は銃弾で体を射抜かれた時よりも痛く、苦しいものだった。

 

 ユウヤ「…オレには関係のない事だ。ベラベラ喋りやがって…!!

 だからなんだよ!!オレにどうしろって言うんだよっ!!本戦で会っても手加減しろって言うのか!!?」

 

 キリト「いや…!!オレはそんなつもりで言ったんじゃ…」

 

 ユウヤ「お前はソイツの事を本当に考えてやったのかよ!!ソイツが黙って消えたのはお前達を想ってだろぉがっ!!

 ソイツの気持ちを分かった気になってんじゃねぇよっ!!同情なんかするな!!!目障りなだけだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう…()()()()()()()()()()()()()()!!!!」

 

 そんな事は思っていない。でも、これ以上関わるのは良くないと確信して言える。

 血塗られた手を引き戻そうとすれば、その手は真っ赤に染められてしまうから。

 大切な仲間の手を染めさせたくないから…。

 ユウヤはありもしない気持ちを無理矢理吐き出させた。

 息を切らしながら、心を落ち着かせている。

 まだ、何も終わっていない。

 タクヤがあの世界(SAO)で取り残してしまった遺物はまだこの仮想世界に憎悪と憤怒を漂わせながら彷徨っている。

 それが、あの世界を終わらせたタクヤの義務であり、責任だ。

 

 キリト「…ユウヤ、お前…」

 

 ユウヤ「…本戦に出るなら、真っ先にお前を殺しに行く…!!」

 

 そう言い残してユウヤは総督府の中へと入っていった。それを追う事なく、キリトはその場にただ立ち竦むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
ユウヤとキリト、シノンのあいだに生まれる物語がここから最大局面に入っていきます。
死銃の野望を3人がどう打ち破るのか…


評価、感想などお待ちしております!


では、次回!


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【67】本戦開始

という事で67話目更新しました。
毎日寒い日が続きますが体調に気をつけてお過ごしください。
ちなみに私はインフルにかかりました。
つらい…


では、どうぞ!


 2025年12月14日17時00分 BoB本戦 ISLラグナロク

 

 BoB本戦が行われるのは首都グロッケンから遠く離れた孤島ラグナロクと呼ばれる場所で、直径10kmと広大なバトルフィールドとなっている。

 ラグナロクには山、森、砂漠、廃墟都市と4つに区分されており、本戦出場者である30名のプレイヤーはランダムでフィールドに転移される。

 森に分類される田園エリアに転移されたシノンは辺りを警戒しながらも前へと進み始めた。

 各プレイヤーは最低でも500mは離れている為、開始早々に倒される事はないが、今大会優勝候補の闇風はAGIを極限にまで高め、"ランガン”の異名を持つ事で有名だ。

 異名の通り、走りながら銃を撃つスタイルで弾道予測線で捉えようとしても中々そうはいかない。

 前大会優勝者であるゼクシードが不参加しているという事もあり、闇風に観客が大金を注ぎ込んでいるのは当然と言えよう。

 それよりも気になったのがベテラン狙撃手で名が通っているシノンよりユウヤとキリトにレートが高い事だ。

 プレイヤーが勝手に賭けているだけなのだが、初心者より賭け率が低いのはそれなりに苛立つものがあった。

 

 シノン「フン…」

 

 必ず見返してやると気合を入れて田園エリアから山フィールドに入っていく。狙撃手であるシノンはまず初めに絶好の狙撃ポイントを見つけなくてはいけない。

 そこからプレイヤーを撃ち抜くというシノンのスタイルは割とオーソドックスなものだ。

 

 シノン「…あそこね」

 

 狙撃地点に目ぼしい場所を見つけるが15分が過ぎようとするのを確認してシノンは()()()()()()()()()()()()

 BoBの本戦では15分に1度だけ"サテライトスキャン”と呼ばれる位置情報を生き残っているプレイヤーに専用の端末で知らせるルールがある。

 全フィールドのマップが表示され、マーカーをタップすればプレイヤー名が表れ、その場所を確認出来るのだ。

 シノンが狙撃ねの離れたのは狙撃中に他のプレイヤーから狙われるのを防ぐ為であり、田園エリアに戻ってスキャンされる。

 無意識にユウヤとキリトの名前を探すが近くにはいないようだ。2人共名前がない為、洞窟内に身を寄せているのだろう。

 これで他のプレイヤーからはシノンが田園エリアで待機しているのが伝わっているハズだ。

 再度、山フィールドに向かい、狙撃地点に定めた山を登っていく。

 狙撃地点の真下からは大きな橋が架かっており、そこから廃墟都市や砂漠フィールドに向かう事が出来る。逆に言えば他のフィールドに移動する時はこの橋を渡る以外に道はない。

 

 シノン(「ここからなら身を隠すスペースはないから絶好のポイントね」)

 

 橋の下は当然川も流れてはいるが、川を泳ごうものなら装備を全て外さなければならない。

 だが、そうするとプレイヤーとの遭遇時において大きなアドバンテージを生んでしまい、そんな馬鹿な事をする者はいないだろう。

 すると、向こう岸に1人のプレイヤーがこちらに来るのが確認出来た。

 素顔をアイシールドで多い、淡い迷彩柄の装備が特徴のプレイヤーは動きを見る限りAGI特化型だろう。

 先程サテライトスキャンで確認した限りでは、おそらく【ペイルライダー】である事が予想出来る。

 その時、山から真下から現れたカウボーイ姿の男がペイルライダーと相対した。

 カウボーイ姿の男…ダインは愛銃の銃口をペイルライダーに向ける。

 

 ダイン「行くぞぉゴラァっ!!」

 

 シノン(「わざわざ叫ばなくてもいいのに…。それに、いつだってシックスセンスよ…ダイン」)

 

 スコープでダインの後ろ姿を捉え、着弾範囲(バレットサークル)を後頭部に合わせる。

 ダインはペイルライダーに集中している為、シノンが背後から狙撃しているのには気づいていない。シノンの最初の犠牲者がダインに決まりかけたその時、背後に感じた凍るような視線に気づいた。

 

 シノン「!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「待った!!君を斬るつもりはない!!」

 

 振り返ると黒い長髪を靡かせながらキリトがいた。

 すぐ様腰に携えたハンドガンに手をかけようとするが、キリトにそれを制され、絶体絶命の状況に陥った。

 

 シノン「っ!?…アンタっ!!」

 

 キリト「頼む!!あの戦いを見たいんだ!!それが済んだら君との約束に応じる!!だから、待ってくれ!!」

 

 シノン「…!!…約束よ!!」

 

 キリト「あぁ…!!」

 

 ほんの一時の協定を結んだキリトは双眼鏡を取り出し、ダインとペイルライダーの戦いに集中する。その隙だらけの状態に毒気が抜かれたシノンは黙ってスコープを覗き込む。

 一触即発の空気を帯びながら、両者共互いの動きに神経を研ぎらせている。

 だが、ここから2人を狙撃するなどシノンからしてみれば屑籠にゴミを放り込む事と変わらない。ここで2人を倒しておけばこの先の戦闘も楽になるだろうが、キリトが何故この戦闘に興味を示しているのか分からない。

 そんな事を考えていた時、痺れを切らしたダインが先行した。

 携えたアサルトライフルがペイルライダーに火を吹く。距離は300m…ペイルライダーが弾道予測線を視認するだけの余裕がある距離でダインは浅はかな行動に出た。

 ペイルライダーは銃弾を見事な身のこなしで回避していく。ダインはペイルライダーを追うが極限にまで高められたAGIと合わせてスキルの1つである"アクロバット”がそれを嘲笑うかのように回避していった。

 

 キリト「すごいな…あの動き」

 

 シノン「"アクロバット”スキル持ちじゃ、ダインのビルドからして劣勢ね」

 

 ダイン「くそぉぉっ!!!」

 

 柱と柱の間を縦横無尽に駆けるペイルライダーはホワイトフレームでコーティングした銃を抜き、回避しながらダインに放った。

 捉える事に必死のダインにはこれを避ける術はない。弾道予測線を捉えても体は動かず、4発もの弾丸が貫いた。

 

 ダイン「ぐおっ!!?」

 

 思わず地面に膝をついてしまったダインが咄嗟に顔を上げると、眼前に銃口を突き出したペイルライダーが立っていた。

 トリガーに指をかけ、ペイルライダーの視界に着弾範囲が出現する。

 この距離で外す事は万が一にもなく、余裕を失ったダインのメンタルを尽く砕いていった。

 

 ダイン「くそっ…!!」

 

 それがダインの最後の言葉であった。

 弾丸は眉間を貫き、ダインのアバターは空に向かって大の字に倒れる。アバターからdeadの表示が浮かび、BoBから脱落した。

 

 シノン「…もういいわよね?アイツ、撃つからね?」

 

 キリト「あぁ…分かった」

 

 スコープでペイルライダーを捕捉し着弾範囲を広げる。

 瞬間、ペイルライダーがスコープから忽然と姿を消した。

 

 シノン「え?」

 

 すぐ様ペイルライダーの後を追うと、隣にいたキリトがペイルライダーが突然倒れた事を知らせた。

 

 キリト「あれは…撃たれたのか?胸に電流のようなものが見えるけど…」

 

 シノン「電流?…麻痺弾?でも、一体どこから…?」

 

 ここに来る前にサテライトスキャンで周囲にいるプレイヤーを確認したが、今倒されたダインとペイルライダー以外には誰もいなかったハズだ。

 すると、ここで新たな疑問が生まれた。

 シノンの隣でペイルライダーを観察しているキリトは一体どこから現れたのか。

 

 シノン「そう言えば、アンタは何でここにいるのよ?サテライトスキャンには映らなかったけど…」

 

 キリト「え?あぁ、川に潜ってたからかな?」

 

 シノン「川って…もしかして装備を全部外して?」

 

 キリト「一旦ストレージに全部戻してハンドガン1丁で川に飛び込んだ」

 

 シノン(「本当にそんな事する奴いたんだ…」)

 

 半ば呆れながらスコープでペイルライダーの周囲を確認する。

 すると、橋の影から1人のプレイヤーが汚らしいマントを翻しながら不気味な空気を漂わせペイルライダーに近づいていく。

 

 キリト&シノン「「!!?」」

 

 

 どこから現れた?と言うよりどこに隠れていた。キリトは川に潜っていた為にサテライトスキャンから逃れたが、今ペイルライダーに近づくプレイヤーはここにいるハズがないのだ。

 周囲の川にも注意をかけていたが、波紋も音もしなかった。

 サテライトスキャンから逃れられる洞窟などもないこのフィールドであのプレイヤーがサテライトスキャンを逃れる術はない。

 

 シノン「何…アイツ…?」

 

 キリト「…撃て」

 

 シノン「え?」

 

 キリト「撃ってくれ!!早くあのボロマントの男を!!早くしないとペイルライダーが殺られる!!」

 

 シノン「殺られるって…大会なんだから当たり前でしょ?」

 

 キリト「違うんだ!!アイツは…あの死銃は()()()()()()()()()!!」

 

 シノン「!!」

 

 キリトから顔を逸らし、再度あのボロマントに視線を移す。

 あれが今密かに噂されている"死銃”だと言うのか。全優勝者ゼクシードを死に至らしめた謎のプレイヤーがいると聞いていたが、シノンはそれを信じようとはしなかった。

 第一、仮想世界にいる者がどうやって現実世界で横たわっている人間を殺す事が出来ようか。

 それを面白がってネットに上げていた音声データも眉唾物と言わざるを得ない。

 だが、キリトの剣幕な表情を思い出し、信じていなかった噂に疑心感が生まれてきた。

 

 シノン「死銃…って、あの妙な噂の…?」

 

 キリト「あぁ。実際ゼクシードだった奴も現実世界で心不全で死んでいる。他にも1人心不全で死んでいる。

 オレはそれを調査しにこの世界に来たんだ。…と言っても、それはついでみたいなものだけど…」

 

 シノン「ついでって?」

 

 キリト「そんな事より早く!!」

 

 瞬間、銃の発砲音が響き渡った。

 ハンドガンで狙撃されたペイルライダーの体が一瞬浮き上がり、そのまま地面につく。

 HPは1割にも満たないダメージを負ったが、キリトとシノンは疑問を抱いた。

 何故、肩に携えているスナイパーライフルで仕留めなかったのか。

 距離が近いとはいえ、ペイルライダーは麻痺で動けないのだから距離を開けて撃てば確実に倒していたハズ。

 だが、死銃はそれをせず、十字のジェスチャーを行ってから腰に携えていたハンドガンを1発だけ撃ち、それをホルスターにしまった。

 

 シノン「何やってるのよアイツ」

 

 キリト「…」

 

 それ以降何かする素振りなどはない。一体何がやりたかったのか不思議に思っていると、ペイルライダーの麻痺が効果を失くし、起き上がりざまに銃口を向けた。

 肩に力が入っているのが遠くから見ているシノンとキリトですら分かるが、この距離で外す事はない。

 形勢逆転したかと思われた次の瞬間、それは起きた。

 

 キリト&シノン「「!!?」」

 

 ペイルライダー「っ…!!?」

 

 ペイルライダーはトリガーを引かず、左手で自身の胸を強く握った。

 体を微かに震わせ、耐え切れずに地面に膝をつく。右手から銃を落とし、息を荒くしながら地面に倒れた。

 

 シノン「どうしたの?」

 

 キリト「…まさか!?」

 

 そのまま大の字に空を見上げた状態でペイルライダーは何もなかったかのように動かなくなってしまった。

 

 死銃「…見たか。俺には…本当の力…本物の強さが…ある!!まだ…この中にも…復讐を…果たさなければ…ならない奴が…いる…!!もう…誰にも…俺は…止められない…!!…It’s show time…」

 

 すると、アバターが砕け散り、ポリゴン片と回線切断の表記だけがその場に残された。

 

 シノン「回線切断?…アイツ、何したの?」

 

 キリト「…おそらく、ペイルライダーの現実の肉体が機能を停止…つまり、死んだんだと思う」

 

 シノン「そんな噂信じられる訳ないじゃない!

…とりあえず、アイツを狙うからね」

 

 スコープで死銃を捉え、トリガーを引いた。

 弾丸は真っ直ぐ死銃の眉間に突き進み、確実に倒したとシノンは笑みを零す。

 瞬間、死銃は1歩後ろに下がりシノンの銃弾を躱した。

 そして、その弾道を追ってスコープ越しだが、死銃と目が合ってしまった。

 

 シノン「!!…アイツ、どこかで私を視認してたのね?でも、それでも優勢なのは変わらないわ!!」

 

 キリト「ダメだやめろ!!!」

 

 シノン「何言ってるのよ!!今がアイツを倒す絶好のチャンス─」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「そこまでだぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 キリト&シノン「「!!?」」

 

 2人の真下の道から死銃に向かって叫びながら走ってきたのはサブマシンガンを2丁携えたユウヤであった。

 

 死銃「…」

 

 ユウヤ「見つけたぞ…!!死銃…!!!」

 

 キリト「ユウヤ…?」

 

 シノン「アイツがどうして…!?」

 

 息を切らしながらも橋へとたどり着いたユウヤは剣幕な表情で死銃を睨みつける。その様子を慌てる素振りを見せずに死銃は静かに立っていた。

 

 ユウヤ「…ペイルライダーをどうした?」

 

 死銃「…お前には…分かって…いるだろう…?」

 

 それは暗にペイルライダーは既に仮想世界からも現実世界からも消滅した事を意味している。それを理解したユウヤは苦渋の表情でペイルライダーがいた場所を眺める。

 また、罪のない人間が殺されてしまった。助ける事が出来なかった事に自分を憎みながらもそれ以上に目の前にいる死銃を憎んだ。

 

 ユウヤ「…くそっ!!」

 

 死銃「今…ここで…お前を…殺しても…いいが…余計な…者が…いるな…」

 

 そう言いながら死銃は橋の陰へと隠れた。

 おそらく、装備を全て外してサテライトスキャンの届かない川の中に潜るつもりだろう。そうはさせまいとユウヤは隠れた陰からサブマシンガンをリロードした弾薬が尽きるまで川に放った。

 水面が弾丸で波紋を作りながらも死銃が上がってくる事はなかった。

 完全に逃がした事を悟りながら、荒くなった息を落ち着かせ、ホルスターにサブマシンガンを納める。

 

 ユウヤ「…」

 

 キリト「オレ達もいこう…!」

 

 シノン「え、えぇ…」

 

 キリトとシノンは狙撃地点から下山し、ユウヤの元へと急いだ。

 

 キリト「ユウヤ!!」

 

 ユウヤ「!!…何でこんな所にいやがる?」

 

 シノン「私達もあのボロマントを狙撃してたの。そうしてたら、ユウヤがボロマントに勝負をかけてたのが見えたから…」

 

 ユウヤ「死銃を?…お前達はアイツにだけは近づくな」

 

 キリト「その口ぶりだと死銃の正体を知って…いや、そんな事はない。…だってアイツはあの世界にいた…!!…まさか…お前…!!」

 

 死銃はSAOに実在した笑う棺桶(ラフィン·コフィン)の構成員の1人である事は分かっている。その事を知っているのは死銃を追っていたキリトしか知らないハズだ。

 いや、もう1人だけ…キリトよりも前から死銃を追っていた者がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「タクヤ…なのか…?」

 

 

 シノン「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「…あぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月14日17時17分 イグシティ キリトのホーム

 

 ユウキ「キリト全然映らないね」

 

 アスナ「まだ大会も始まったばっかりだし仕方ないよ」

 

 BoBの本戦はGGOだけでなく、ネットや他のゲームにも中継されており、キリトの応援に集まっているみんなはその姿すら見られていない。

 

 ユイ「パパの事ですから、敵の背後からガンガン攻めます!」

 

 アスナ「キリト君でもそれはないんじゃないかなー…」

 

 リズベット「はははっ!しかも、ガンゲーなのに剣とか使ってそうだよねー」

 

 ISLラグナロク内には選手の数だけの中継カメラがあり、戦闘を行っているプレイヤーに集まりやすい。

 モニターにキリトの姿がない事から、まだ戦闘には及んでない事が予想される。

 今、モニターでピックアップされているのはカウボーイ姿の男性プレイヤーとフルフェイスで顔を隠した迷彩服のプレイヤーだ。

 

 カヤト「…あのプレイヤーすごいですね」

 

 ラン「本当ですね。翅もないのに飛んで回って…」

 

 ストレア「あっ!カウボーイがやられたよ〜」

 

 カウボーイ…ダインはフルフェイスのプレイヤー…ペイルライダーに敗れてしまった。近くに敵プレイヤーがいない事を確認してその場を後にしようとすると、突然モニターから消えてしまった。

 

 シリカ「あれ?」

 

 中継カメラも反応し切れず、すぐ様ズームアウトしてペイルライダーを追った。

 すると、ペイルライダーは橋の上で倒れ、そのまま動こうとはしなかった。中継カメラもペイルライダーに近づき、胸に撃たれた針のようなものに焦点を当てる。

 

 クライン「すぐやられちまったじゃねぇかっ!?」

 

 ユウキ「何だろうあれ?」

 

 ユイ「おそらく、プレイヤーを一定時間麻痺させるものと思います」

 

 針から微量の電流が見て取れたユイはユウキに説明する。

 

 リーファ「まるで風魔法の"サンダーウェブ”みたい…」

 

 アスナ「見て!!柱の陰に誰かいるよ!!」

 

 中継カメラもその存在に気づき、柱へとズームアップする。

 そこにいたのは不気味なマスクをボロボロに裂かれたマントで隠した男性プレイヤーだった。

 その姿を目にしたユウキ達に恐怖が植え付けられる。シリカとランは恐怖のあまりに目を逸らしていた。

 さらに、ボロマントの男は肩に担いだライフルではなく、腰に携えていたハンドガンでペイルライダーに1発放った。

 だが、ハンドガン1発ではHPが全損出来る訳もなく、麻痺が切れたペイルライダーが銃口をボロマントの男に向ける。

 脳天に定められたボロマントの男は避ける事もなく、ペイルライダーを見下ろしている。

 勝負がついたかと思われたその時、ペイルライダーは急に苦しみ始め、その場に倒れてしまった。

 

 リズベット「え?なになに?」

 

 状況が飲み込めないまま、ペイルライダーはそのままアバターを消滅させる。

 そして、その場には回線切断の表記だけが残されていた。

 

 ユウキ「回線切断?」

 

 

『…見たか。俺には…本当の力…本物の強さが…ある!!まだ…この中にも…復讐を…果たさなければ…ならない奴が…いる…!!もう…誰にも…俺は…止められない…!!…It’s show time…_』

 

 

 復讐と口にしたボロマントの男は中継カメラに弾丸を撃ち込み、カメラを破壊した。その場の中継が途切れたのと同時にカウンター席の方から何かが割れた音がホーム内に響いた。

 

 リズベット「ちょっと、どうしたのよ?」

 

 クライン「あ…いや…」

 

 ストレア「クライン?」

 

 クラインの顔色がみるみる青ざめていく。それはストレアの隣にいるアスナもそうだ。

 

 クライン「いや…そんなハズはねぇ…。だって…奴は…」

 

 ユウキ「クライン…あのボロマントの事…知ってるの?」

 

 クライン「…奴は…()()()()の元メンバーだ…」

 

 リズベット&シリカ&アスナ&ユウキ「「!!?」」

 

 カヤト「ラフコフ?」

 

 リーファ「ってなんですか?」

 

 カヤトやリーファが知らないのも無理はない。

 正式名称"笑う棺桶(ラフィン·コフィン)”はSAOに存在した殺人(レッド)ギルドだ。

 

 アスナ「アイツはまさか…!!あの包丁使いの…!!」

 

 クライン「いや、Pohじゃねぇ…。でも、アイツが言った"It’s show time”ってのはPohの決めゼリフだ。ラフコフでも上の…幹部クラスだと思う…」

 

 ユウキ「アイツが…ラフコフの…!!」

 

 その事をタクヤは知っているのだろうか。いや、知ってしまったからこそGGOに向かったのかもしれない。

 かつて、タクヤが全ての罪を背負ってしまった元凶である笑う棺桶(ラフィン·コフィン)の残党がGGOで人を殺している…その噂だけでも、タクヤからしてみれば確かめざるを得ないだろう。

 

 ユウキ「タクヤ…!!」

 

 リズベット「ちょ、ちょっと待って!!さっきの話ってあくまで可能性の話なんじゃないの!!?」

 

 クライン「あのボロマントがラフコフのメンバーだったと分かっちまうと、まんざら聞き流せなくなった…。でも、何で…またアイツは…!!」

 

 悔しがるクラインの気持ちはユウキやアスナにも分かる。

 キリトだって噂程度にしか考えてはいなかった。タクヤを見つける事を最優先したのもそれが理由だ。

 けれど、タクヤは噂でもそれを潰しにいく。過去を断ち切ろうとする為に。

 

 ユウキ「…SAOには暗黙の了解としてHPの全損だけは絶対にしないって区分率があった。

 でも、ラフコフのメンバーはそれを無視して自分達の利益の為に、色んなPK手段を編み出していった…。

 そして…タクヤもボク達を守る為にラフコフに入っちゃった…。人殺しを強要されたタクヤは…3人の命を絶たせてしまった…」

 

 シリカ「そんな…!!私達を守る為に…!!」

 

 リズベット「やっぱり…本当の事だったのね…」

 

 ユウキ「…ボク、菊岡さんに現実世界(あっち)で連絡を取ってくる!!ユイちゃんとストレアはあのボロマントについて何でもいいから情報を集めてくれる?」

 

 ユイ&ストレア「「了解!!」」

 

 そして、ユウキは現実世界に戻る為、キリトのホームからログアウトしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月14日17時30分 ISLラグナロク 山エリア

 

 キリト「やっと…見つけたぞ…!!」

 

 シノン「タクヤって…アナタ、現実世界(リアル)でユウヤと知り合いなの?」

 

 ユウヤ「…」

 

 橋の上に吹く風が普段より冷たく感じる。

 ふと、シノンは1ヶ月前の出来事を思い出していた。

 普段利用しない駅の近くにある広場で茅場拓哉を探している高校生の集団がいた。その中の1人の少女からビラを貰った事があった。

 黒の長髪に赤のバンダナが似合った少女の表情は今でもよく憶えている。

 それを見ただけで拓哉の事をどんなに大事に想っているのか、どんなに会いたいのか、シノン/詩乃も見ていて胸が苦しくなった。

 

 キリト「やっぱり、お前は死銃を追ってたんだな…」

 

 ユウヤ「…」

 

 キリト「アイツがラフコフのメンバーだったのは…知ってるんだろ?」

 

 ユウヤ「…」

 

 ユウヤは黙ったままキリトを見つめる。キリトの質問に応える訳でもなく、ただジッと見つめ返す。

 

 キリト「アイツはラフコフの誰なんだ?見当はついてるのか?応えてくれタクヤ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「…お前には関係ねぇって言ったハズだぞ?」

 

 キリト「!!?」

 

 ユウヤ「こうも言ったハズだ。…本戦には出るな、出たなら真っ先に殺すって…」

 

 あくまで淡々と言葉を紡ぐユウヤにキリトも困惑しているようで言葉を返せないでいる。

 すると、横からシノンが会話に入ってきた。

 

 シノン「ちょ、ちょっと!…今はそんな事言ってる場合じゃ…」

 

 キリト「何でだ!!何でお前はそうやって1人で抱え込もうとするんだ!!何でオレやユウキ達に頼ってくれないんだよ!!オレ達は仲間だろ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「仲間じゃねぇよ」

 

 

 キリト「え?」

 

 ユウヤ「お前達との関係は断ち切った。オレには関わるなとも言ったハズだ。…お前らはもう…仲間じゃねぇよ」

 

 冷徹に言葉を吐き捨てたユウヤにキリトは怒りを露わにして胸ぐらに掴みかかる。

 

 キリト「お前…!!ユウキがどんな想いでお前を探してると思ってるんだ!!毎日毎日お前を想って、寝る暇も惜しんで、ボロボロになりながら探してるんだぞ!!!」

 

 ユウヤ「…誰がそんな事頼んだんだよ?」

 

 キリト「!!!」

 

 ユウヤ「オレが一体いつそんな事を頼んだ?ユウキにも別れは告げてる。そこで話は終わってるんだよ。もうオレには関係ないし、会う気もない」

 

 瞬間、キリトの拳がユウヤの頬を捉えた。

 鈍い音と共にユウヤは3m程飛び、地面に倒される。

 

 キリト「ふざけるな…!!なんでそうなるんだよ!!なんでそこまで自分を追い込むんだよ!!」

 

 ユウヤ「…」

 

 シノン「…」

 

 端から2人のやりとりを眺めるだけしか出来ないシノンは歯噛みをする。

 ユウヤ/拓哉は一体どれだけ重いものを背負っているのか。

 それを知る術などシノンにはないが、キリトの表情を見る限り事の深刻さが分かってしまう。

 

 ユウヤ「…何と言われてもオレは戻るつもりはない。今は死銃が先だ。

 もうこれ以上オレに関わろうなんて思うな。これはオレの問題で、お前には関係ない事だ」

 

 そう言い残しユウヤは死銃が川で泳いでいったであろう廃墟都市フィールドへと走っていった。

 それを追いかける事なくキリトはその場に立ち尽くしている。

 シノンもこれからの行動に迷いが生じ、キリトの隣で止まっていた。

 

 キリト「…」

 

 シノン「どう…するの…?」

 

 キリト「…変な事に巻き込んで悪かった。オレはタクヤを追うよ。あ…その前に約束があったな。どうする?前みたいに決闘スタイルで決着をつけようか?」

 

 シノン「…いいわよ。今は他にやる事があるでしょ?それに、私も行くわ。死銃の話が本当ならどこにいても危険なのは変わらないし…ユウヤにも文句言わないと気が済まないわ。

 言いたい事だけ言って、約束を守らないし、すぐにいなくなろうとするし、それに…─」

 

 キリト「シノンはタクヤの事をよく見てるんだな。…ユウキとの約束も破ったままだし、オレもユウキにタクヤを連れて帰るって約束したんだ。

 だから、オレは諦めたりはしない!」

 

 ユウキの為に…みんなの為にタクヤを連れて帰る。

 また、あの楽しかった日常を取り戻す為に、タクヤを連れて帰って死銃の野望を打ち砕かなければいけない。

 

 キリト「行こう!!タクヤを追いかけて死銃を倒すんだ!!」

 

 シノン「えぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2015年12月14日17時35分 ISLラグナロク 森林エリア

 

 川沿いに死銃を追うユウヤは川に注意しながら走り続ける。

 2回目のサテライトスキャンには脱落したプレイヤーとペイルライダーを除いても数が合わない。つまり、まだ死銃は川の中を泳いでいるという事だ。

 

 ユウヤ「ちっ!!」

 

 そして、サテライトスキャンにはユウヤの後を追ってキリトとシノンがこちらに移動しているのも分かった。

 あれだけ言ってまだ追いかけようとする事は薄々予想していたが、それを裏切ってほしかった。

 もう自分の事は諦めて元の世界に帰ってほしい。みんなと一緒に幸せな日常に戻ってほしい。

 それだけが今のユウヤが抱く幸せの形だ。

 だが、それは叶わないであろう事を理解してしまったのだ。

 だから、これ以上は望まない。望んで届かないなら諦める。自身を捨て、全てを怒りに委ねる。

 かつて、あの世界で怒りの化身としてユウヤと共に戦った狂戦士のように…。

 

「その首もらったァァ!!」

 

 草陰から突如現れたプレイヤーが前方でサブマシンガンを乱射させる。弾道予測線がユウヤの体の至る所に貫き、銃弾が放たれる。

 それでも致命傷になる箇所を瞬時に見極めたユウヤはそれ以外の銃弾を無視してプレイヤーに特攻をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「邪魔だァァァァァァっ!!!!」

 

 腰に吊るされたフォトン·ソードを起動させ、突進している状態から水平にプレイヤーの胴に斬りかかった。

 

 

 片手用直剣ソードスキル"スラント”

 

 

 腹を抉りながら前へ進もうとすると、火花を散らせながらプレイヤーの上半身と下半身は宙に舞った。

 

「なっ…!!?」

 

 何も出来ずにそのプレイヤーはHPを全損させたが、ユウヤはそれを気にする事なく先へと進んでいく。

 

 ユウヤ(「もっと…もっと…怒りを…憎しみを…力に変えて…!!!」)

 

 

 

 それはかつて嫌悪した力。

 それはかつて憎悪した心。

 瞳は真紅に染まり、もう死銃の事しか考えていない。

 死銃をこの世界…この世から消す事しか考えていない。

 もう誰にもユウヤを止める事は出来ないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は再び"修羅”として仮想世界を駆けるのだから…。

 

 




いかがだったでしょうか?
ついにGGOでタクヤを見つけたキリト。
繋がりを断ち切ったタクヤにキリトはどんな行動をとるのか。
死銃を追って1人先に進んだユウヤに待ち受けているものは。
そして、シノンはこの事件の中で何を見出すのか。
次回はそれらに視点を当てていきたいと思います!


評価、感想などお待ちしております!


では、また次回!


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【68】硝煙舞う憎悪

という訳で68話目更新しました。
今回は少し長めに書いていますが、駄文だったらすみません。
GGO編も佳境に差し掛かりましたのでこれからの戦いも盛り上がるように書いていきますのでよろしくお願いします!


では、またどうぞ!


 2025年12月14日17時45分 ISLラグナロク 廃墟都市フィールド

 

 廃墟都市フィールドの入口でユウヤはサテライトスキャンを確認する。

 現在廃墟都市にいるのはユウヤと銃士Xの2人。

 ユウヤの後を追って廃墟都市に向かってきているのが2人。

 おそらく、キリトとシノンであろう事はユウヤにも分かっている。

 最早、自分からは関わらない。切っても切っても繋ごうとする者達にこれ以上神経をすり減らすのは馬鹿馬鹿しかった。

 そして、西から廃墟都市に向かっているのが1人。

 

 ユウヤ「銃士X…、コイツが死銃のキャラネームか…」

 

 川沿いに廃墟都市に向かってきた時に水面に注意しながらやって来たが近くで波紋は見て取れなかった。

 つまり、川の行き止まりである廃墟都市に潜伏している可能性が高い。

 となれば、今現在廃墟都市にいるプレイヤー…【銃士X】が死銃だと言う事になる。

 わざわざここに来たという事は廃墟都市に西から向かってきている【リリコ】なるプレイヤーが次の死銃の標的だろう。

 事前に標的が分かっていれば、先回りして死銃の裏をかける。

 ユウヤは端末をしまって廃墟都市へと入っていった。

 廃墟都市の中央には巨大な闘技場があり、それを囲むようにビルが連なっている。円形型の都市ではどの地点を狙撃ポイントと定めるのが重要になってくる為、ユウヤは周囲を警戒しながら慎重に進んでいった。

 

 ユウヤ(「次は逃がさねぇ…。絶対に殺らせる訳にはいかないんだよ…」)

 

 闘技場付近まで進んだユウヤは双眼鏡を取り出し、周囲を見渡す。

 すると、闘技場の上からライフルの銃口が微かに見えた。

 あの地点まで走っても5分とかからない。射程距離を考えると死銃がリリコを狙撃するまで少なくても10分はかかるだろう。

 その間に死銃を仕留めれば、この()()()()()も終わる。

 ビルの陰から陰へと移り、ユウヤは闘技場の中へと入っていった。単調な造りが功を奏したのかすぐに中の観客席まで進んでこれた。

 後2分もあれば、死銃の背後を取れる…。そう感じていると、闘技場の上から狙っているプレイヤーを見つけた。

 

 ユウヤ「!!」

 

 途端、ユウヤの足が止まった。

 死銃はその風貌を一目見れば記憶に刻まれる程特徴的なものだ。

 そして、喋り方と過去の記憶から導き出して男性なのは分かっている。

 だが、200m先に寝そべっている死銃であろうプレイヤーはそのどれにも当てはまらないものだった。

 銀色の長髪が風で靡き、赤を基調とした装備は死銃のそれとは違っている。遠くから見ても女性だと言う事も分かる。

 

 ユウヤ(「どういう事だ?あれが本当に死銃なのか…?」)

 

 確かに、ボロマントから微かに見えた体格を正確には把握出来ていない。

 装備だけを変えれば別人のように見える。

 だが、右腕に見た笑う棺桶(ラフィン·コフィン)の刺青が刻まれている事からユウヤは死銃のSAOでのキャラネームを割り出している。

 第一、笑う棺桶(ラフィン·コフィン)にいたのなら、その殆どが男性なのだ。傘下として笑う棺桶(ラフィン·コフィン)の下にいた犯罪(オレンジ)ギルドには女性も混じっていたが、それなら刺青がある訳がない。

 そして、あの強さを見てもキャラデータはコンバートしている可能性が極めて高い。

 結論を言えば、死銃は笑う棺桶(ラフィン·コフィン)の幹部クラスのプレイヤーだと言う事だ。

 だから、今この闘技場にいる銃士Xが死銃と判断し切れずにいる。

 

 ユウヤ(「アイツは…死銃じゃ…ない?」)

 

 瞬間、ユウヤの背筋が凍る感覚が襲いかかってきた。どこかで何か見落とした事があったのか、それともまだユウヤが明かしていない謎があるのか。

 すると、4回目のサテライトスキャンの時間が来た。

 すぐに端末を取り出し、フィールドマップを展開させる。リリコは既に廃墟都市の中に入ってきている。銃士Xも今の地点から動いてはいない。このスキャンでユウヤの位置も知られているだろうが、あちらが攻めてこない限りユウヤも攻める事が出来ない。

 そして、キリトとシノンも真っ直ぐに闘技場に向かってきている。

 キリトが死銃を銃士Xと推理した為か、或いは単にユウヤを追ってきているのかは分からないが、この際どちらでもいい。

 現在廃墟都市にいるプレイヤーはユウヤを含めて5人しかいない。銃士Xが死銃じゃないとしたら一体どこにいるのだろうか。

 廃墟都市にはサテライトスキャンから逃れられる洞窟や川などはない。

 そもそも、このフィールドにはいないのかと疑念を膨らませていると、どこからか銃声が聞こえてきた。

 

 ユウヤ「まさか…!!」

 

 

 誰かが戦闘を始めたのか…?

 

 

 咄嗟にそう考えたがそれをすぐに否定する。

 サテライトスキャンされてまだ5分と時間は経っていない。その短時間で戦闘が行える程、誰も近くに移動していないからだ。

 しかし、死銃が仮想世界から現実世界の人間を殺せる神のような力があるならば、瞬時に移動出来ても不思議には思わない。

 ユウヤの常識と照らし合わせても矛盾しか発生しないが、不確定要素が多い死銃はユウヤにとっても規格外だ。

 あれこれ考えても埒が明かないと無理矢理理解したユウヤは死銃の可能性が高い銃士Xを倒しに行動を開始した。

 

 銃士X「!!…来たわね!!」

 

 ユウヤ「っ!!」

 

 銃士Xはユウヤが迫ってきている事にいち早く気づき、スナイパーライフルで狙撃する。闘技場のステージからではすぐに捕まる事を考慮して、観客席側から迂回しながらサブマシンガンを牽制目的で乱射させた。

 だが、地の利をユウヤより把握している銃士Xは柱の陰を上手く使ってユウヤの攻撃を防いでいく。

 やはり、銃士Xの方が上手だと気づくと、2丁持っていたサブマシンガンを1丁だけにして、空いた左手にフォトン·ソードの柄を握った。

 スイッチを押し、光の刃を出現させながら全速力で走った。

 

 銃士X「くっ!!」

 

 ユウヤ「はぁぁぁっ!!」

 

 徐々に距離を詰めながら銃士Xを追い詰めていくユウヤはフォトン·ソードで弾丸を斬っていく。それでも斬り零した弾丸でダメージを負うが、全損するにはまだ数が必要だ。

 残り10mとなった瞬間、ユウヤは地を思い切り蹴り、水平に真っ直ぐ加速する。

 

 

 片手用直剣ソードスキル"ヴォーパル·ストライク”

 

 

 切っ先を前方に向けてながら槍の如く突き進むユウヤに銃士Xは焦りと恐怖を抱いてしまった。

 ポーチから手榴弾を投げようとする寸前でユウヤのフォトン·ソードが銃士Xの腹部を捉えた。突進力が合わさったフォトン·ソードはそのまま体を貫通させ、銃士XのHPを削り切った。

 その場にアバターは倒れ、deadの文字が出現すると、ユウヤは勝利の余韻に浸る事なくその場を離れ、双眼鏡で闘技場の周りを確認する。

 あの発砲音は銃士Xのものではない。

 だとしたら、死銃によるもので、既に誰かを殺しているかもしれない。

 そう考えた瞬間、脳裏にキリトとシノンが浮かんだ。

 

 ユウヤ「…頼む…」

 

 

 無事にいてくれ_

 

 

 すると、闘技場の入口前にある広場の中央に碧色の髪をした少女が地面に横たわっていた。右腕にペイルライダーと同じ麻痺弾が撃たれ、体が自由に動けないようだ。

 すぐにシノンの元へ向かおうとすると、何もない場所の景色が微かに歪んだ。そこから、見覚えのある汚らしいマントを翻しながら死銃が現れた。

 

 ユウヤ「!!?」

 

 何もない場所から姿を現した死銃に困惑するも、それを許さないと言わん限りホルスターからハンドガンを取り出した。

 

 ユウヤ「このままじゃ…!!」

 

 あのハンドガンはペイルライダーを撃ち殺した時にも使っていた。

 つまり、あのハンドガンが現実世界の人間を殺す能力があるのだと理解して、ユウヤは妨害する策を講じる。

 サブマシンガンでも死銃までの距離は届かない。手榴弾も投げるには距離がありすぎる上、威力を考えればシノンを巻き添えにしてしまう。

 ユウヤの手持ちの物では死銃を止める事は出来ない。近くにキリトがいる様子も見えない。

 手詰まりになっていると、死銃が例のジェスチャーに入った。

 いよいよ時間がなくなっていると、側で倒れている銃士Xの装備が散乱していた。そこにはスナイパーライフルと発煙筒が数本落ちている。

 瞬間、ユウヤはそれらを回収して闘技場から2本の発煙筒を投げた。

 距離は届かないまでも煙は周囲に広がる。視界を奪えばシノンへの発砲も注意するだろう。

 思惑通り、発煙筒から立ち込める煙は死銃とシノンを包み込み、辺り一面を煙で埋めつくした。

 すぐに闘技場から出て残り2本の発煙筒も投げ捨て、微かに見える影にスナイパーライフルを乱射させる。

 何発かは当たったみたいだが、それで倒れてくれる程死銃は甘くない。

 視界を奪っているというのに死銃はこちらに弾丸を撃ってきた。頬を掠めたがそんな事を気にする余裕は今のユウヤにはない。

 シノンのいる場所まで全速力で走り、シノンの体を背負ってその場から逃げようと煙が舞っていない場所に出た。

 

 シノン「ユウ…ヤ…?」

 

 ユウヤ「だから言ったんだ!!…くそっ!?」

 

 煙の中から弾丸が貫いてくるが、視界を遮られている為か牽制にすらなり得ていない。

 だが、完全に逃げ切るにはこのままではいかない。

 そんな事を考えているとビルの間にレンタルバギーとロボットホースが置いてあった。

 

 シノン「ダメよ…。ロボットホースは難しすぎて誰も乗りこなせない…」

 

 キリト「シノン!!…とタクヤ!!」

 

 ユウヤ「キリト!!とにかく今はここから離れるぞ!!」

 

 バギーに乗り込み、後部座席にシノンとキリトを乗せたユウヤはエンジンを吹かせ、廃墟都市を後にしようと走る。

 このまま真っ直ぐ進めば砂漠フィールドに入り、そこになら身を隠せる洞窟もあるハズだ。

 後、数kmで廃墟都市を抜けようという所で後方から弾丸が放たれた。

 

 シノン「嘘…!?」

 

 後方から弾丸と共にロボットホースに乗った死銃が迫ってきた。

 扱いが難しいロボットホースを難なく乗りこなし、徐々に距離を詰めてきている。

 

 キリト「このままじゃ追いつかれるぞ!!」

 

 ユウヤ「っ!!…シノン!!死銃を撃て!!その銃の威力ならロボットホースを壊せるハズだ!!」

 

 シノン「…わかった」

 

 後部座席からへカートⅡを構え、スコープでロボットホースを捉える。

 トリガーを引こうとした瞬間、シノンはある異変に気づいた。

 

 シノン「あれ…?」

 

 いつも通り撃とうとしているのにシノンの体の震えがそれを許さない。

 トリガーに指をかけた瞬間、指先が震えてトリガーを引く事が出来ないのだ。

 

 キリト「シノン?」

 

 ユウヤ「何やってんだ!!?早く撃て!!!」

 

 シノン「あれ…?あれ…?」

 

 いくら力を込めようとトリガーを引く瞬間に全ての力が抜けてしまう。着弾範囲も定まらず呼吸が荒くなっていく。

 今までGGOの世界で発作など起きた事がないシノンにとって、これは由々しき事態だ。

 

 シノン「…撃てない…。私は…もう…」

 

 ユウヤ「牽制でもいい!!撃たなきゃコッチが殺られるぞ!!?」

 

 キリト「そいつを貸してくれ!!オレが代わりに撃つ!!」

 

 シノン「ダメよ…。へカートは私にしか扱えない…」

 

 そう言っている間に死銃はスナイパーライフルを肩にかけ、腰のホルスターからハンドガンを取り出す。

 そして、それをシノンに的を絞って発砲した。

 ロボットホースに乗っている為か照準は定まっていないが、このままではいつ被弾するか時間の問題だ。

 

 ユウヤ「…キリト!!代われ!!」

 

 キリト「え?…あ、あぁ!!」

 

 すぐにキリトと運転席を代わり、後部座席のシノンの隣に移ったユウヤはシノンの手を添え、へカートⅡの銃口を固定させた。

 

 シノン「ユウヤ…?」

 

 ユウヤ「お前がアイツに恐怖してるのは分かった…。だったら、一緒に撃ってやる。死銃をここで止めねぇとどの道全員ここで殺られるんだ。

 出来る出来ないじゃねぇ…やるかやらないかだけだ…!!」

 

 シノン「…ユウヤ…私…」

 

 ユウヤ「大丈夫…お前ならやれる。"冥界の女神”の力を貸してくれ」

 

 キリト「飛ぶぞ!!タイミングを合わせてくれ!!」

 

 瞬間、舗装されていない道による揺れは消え去り、ただただ浮遊感に支配された。

 だが、揺れがなくなった事で一瞬と呼べる時間へカートⅡの銃口は固定される。

 狙うのは死銃が乗っているロボットホース。本人を狙う事が出来ないならその足を奪うまでだ。シノンの腕なら出来るとユウヤは確信している。

 今まで短い時間だったが、シノンのGGOに対する姿勢は尊敬に値するものであった。

 そして、シノンが何の理由か分からないがその意志が砕けかけているならそれを支える柱になればいい。

 仲間だと認めたくないが、死銃を倒す為にはもうこれしか道がなかったのは事実で、シノンにも苦痛を強いているだろうが、2人でなら出来る。

 

 ユウヤ「…いくぞ」

 

 シノン「…うん…」

 

 トリガーに指をかける。

 震えが次第に和らいでいくのが分かる。

 シノンの手に添えられたユウヤの手が暖かく、力強いものが自分の心を支えてくれているのかそれは定かではない。

 

 シノン(「コイツも…ユウヤも…ただ一生懸命に生きてるだけなんだ…。自分よりも他人を優先して全力で助けようとしてくれてるんだ…」)

 

 そんなユウヤだからこそ、キリトやあの少女のように慕ってくれる仲間がいるんだ。

 そんなユウヤだからこそ、私はこんなにも惹かれていったんだ。

 手の暖かさがこんなにも心を落ち着かせてくれるとは思わなかった。

 スコープでロボットホースの足を捉えたシノンはユウヤと一緒にトリガーを引いた。

 放たれた銃弾はロボットホースの足目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。

 だが、万全の状態ではない為、銃弾はロボットホースをすり抜けてしまった。

 

 シノン「っ!!」

 

 ユウヤ「…いや…!」

 

 ロボットホースをすり抜けた銃弾は乗り捨てられたトラックのガソリンタンクを貫く。

 その衝撃と熱気によりタンク内のガソリンが引火し、死銃の後方で大きな爆発を引き起こした。爆炎は脅威的な速さで死銃に迫っていく。

 これにはロボットホースと言えども爆炎からは逃れる事が出来ず、そのまま爆炎に飲み込まれていった。

 

 ユウヤ「よしっ!!よくやったシノン!!」

 

 シノン「私は…何も…」

 

 キリト「すぐに砂漠に入るぞ!しっかり捕まっててくれ!」

 

 キリトの運転のまま砂漠フィールドへと移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月14日18時10分 イグシティ キリトのホーム

 

 BoBは中盤に差し掛かろうとしている頃、ALOのイグシティにホームを構えているユウキ達の前に水色の長髪をまとめた水妖精族(ウンディーネ)の青年が入ってきた。

 

 リズベット「来た来た!!遅いわよクリスハイト!!」

 

 クリスハイト「いやいや…これでもマッハで駆けつけたんだよ?ALOに速度制限があったら間違いなく免停だったね」

 

 クリスハイトと呼ばれた青年は現実世界(リアル)でもユウキ達の知人であり、今日ここを訪ねたのはユウキの呼び掛けによるものであった。

 

 クリスハイト「それで?今日は一体どんな用事だい?」

 

 ユウキ「クリスハイトさん…。今、GGOってゲームの大会にタクヤが出場してるよね?」

 

 クリスハイト「!!…そうだとしたら?」

 

 ユウキ「実はキリトもその大会に出てるんだ。タクヤがGGOにいるって確信して…。そこでラフコフのメンバーだった人が"死銃”って名乗ってるらしい」

 

 アスナ「クリスハイト、タクヤ君に"死銃”について調べるように言ったんじゃないんですか?」

 

 ギクリと思いながらクリスハイトはその場を凌ごうと画策する算段をつけるが、ユウヤやみんなの目を見てそれは無駄な事だと悟った。

 ため息をついて眼鏡を上げながら再度ユウキ達に顔を向けた。

 

 クリスハイト「…その通りだ。タクヤ君には死銃について調査するように依頼した。だが、それは深追いしない約束でだ。僕もまさか、そこまで掴んでいるとは聞いていない」

 

 リズベット「そんなのタクヤの性格知ってたらすぐに分かるじゃない!!アイツは昔の因縁を1人で決着つけようと…!!」

 

 ユウキ「クリスハイトさん、アナタだったらGGOの運営に問い合せたら死銃の現実世界での居場所が分かるんじゃない?」

 

 クリスハイト「それは無理だろうね。GGOを運営しているザスカーはアメリカにサーバーを持っているから問い合わせても時間がかかる。

 それ以前に個人情報を提示してはくれないだろう」

 

 さらに言えば、例え死銃の居場所を突き止めても、それまでにタクヤとキリトが無事にいられる保証もない。

 

 カヤト「なんで…」

 

 ラン「カヤトさん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カヤト「なんでまた兄さんなんですかっ!!!!」

 

 ユウキやアスナを押し退け、クリスハイトの胸ぐらを掴み、壁際まで追いやる。初めて見る激昴したカヤトの姿に全員が息を飲んだ。

 

 カヤト「いい加減にしろよ!!!兄さんはアンタ達の道具じゃない!!!」

 

 ラン「カヤトさん!!落ち着いて!!」

 

 リーファ「今そんな事しても意味ないよ!!」

 

 怒りに身を委ねるカヤトをランとリーファが止めに入る。

 クラインもそれに加わり、クリスハイトとカヤトの間に割って入った。

 

 カヤト「ハァ…ハァ…」

 

 クリスハイト「…すまないと思っている。SAOを終わらせてくれただけでも僕には返しきれない程の恩があると言うのに…僕はタクヤ君の優しさに甘えてしまった…。それで心配する君達の事を忘れて…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「それでも…タクヤは行っちゃうよ」

 

「「「!!」」」

 

 ユウキ「タクヤはどこまでも優しいから…どんなに辛い事でも進んでやろうとする…。今回だって、SAOの時の因縁をつけに行っただけってきっと…タクヤなら言うハズだよ」

 

 もう全員が知っている。タクヤならそうすると…。

 全てを捨てても…仲間との繋がりを断とうとも…仲間の為に自身の全てを背負って拳を振るう。

 今までも…そして、これから先もおそらくそれは変わる事はないだろう。

 

 シリカ「そう…ですね。タクヤさんなら私達に危険が及ぶような事は絶対にさせたりしないです…」

 

 クライン「キリトだってそんなアイツだから命を張って助けに行くんだ。そんなアイツだから俺達もアイツを1人にさせたくねぇんだ」

 

 クリスハイト「…タクヤ君は、本当に愛されているね」

 

 アスナ「それがタクヤ君の魅力なんです。だから、彼が困っていて助けを呼んでなくても私達で絶対に助けるんです」

 

 1人で背負わせる訳にはいかない。1人で背負うにはあまりにも重く、辛いものだと知っているから、それを少しでも軽く出来るように奔走するのだ。

 

 ユウキ「クリスハイトさん、タクヤの居場所を教えてください!!

 ボクはタクヤに会って、ちゃんとボク達の気持ちを伝えたいんだ!!お願いします!!」

 

 深々と頭を下げたユウキを前にクリスハイトはしばらく沈黙を保っていたが、何かを決意したかのようにそれを了承した。

 

 クリスハイト「タクヤ君は横浜市立大学附属病院でモニタリングしている。受付に言えば案内するよう手配しておくよ」

 

 ユウキ「ありがとうございます!!…じゃあボク、行ってくるよ!!」

 

 アスナ「えぇ!!」

 

 すぐにログアウトしたユウキは自室で覚醒し、ジャケットを羽織りながら陽だまり園を出た。

 クリスハイト/菊岡の話によれば拓哉の身の安全を考慮して、彼が入院していた倉橋医師のいる病院を選んだそうだ。

 道順も何度も訪ねた事があるので迷う事はない。

 白い息を大量に吐き出しながら木綿季は走った。

 

 木綿季「ハァ…ハァ…拓哉…!!拓哉…!!」

 

 愛しい人の名を呟き続け、木綿季は真っ直ぐ横浜市立大学附属病院へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月14日18時10分 ISLラグナロク 砂漠フィールド

 

 キリト「あそこの洞窟なら大丈夫だろ…」

 

 バギーで砂漠フィールドに入ったユウヤ達は次のサテライトスキャンを避ける為、洞窟内を目指した。

 バギーを洞窟の入口前に止めた所でユウヤはまた1人で移動しようとした。

 だが、弱りきったシノンはユウヤの袖を離そうとせず、キリトに勧められてシノンと共に洞窟内へと入った。

 サテライトスキャンの瞬間に洞窟内にいれば良い訳なので、キリトは1人入口付近で見張りにつく。

 洞窟内は鍾乳洞になっており、外よりも気温が低くなっている。休憩するには少し肌寒いが、ユウヤは野営キットを取り出し、体温を調節した。

 

 ユウヤ「…」

 

 シノン「…ごめん」

 

 ユウヤ「?」

 

 シノン「私…あの時、怖くなって…体が思うように動かなかった…。死銃が()()()を持ってて…また体が動けなくなった…」

 

 シノンの言うあの銃の事は分からないが、いつも見ている強気なシノンの姿はここにはない。体を縮こませ、小刻みに震えている姿は今まで見た事がない弱さを見た。

 だが、それも仕方のない事だとユウヤは思った。

 本当に死ぬかもしれない状況で恐怖を感じない人間などいない。

 恐怖を完全に克服する事など人間には出来ないのかもしれない。

 

 ユウヤ「…大会が終わるまでここで休んでろ。キリトにもそう伝えておくから」

 

 シノン「ユウヤは…どうするの?」

 

 ユウヤ「オレは…死銃を殺す。それがオレの出来る責任の取り方だ」

 

 シノン「責任って…何?」

 

 今にも消え入りそうな声で囁きかけるシノンにユウヤは腰を落ち着かせ、語り始めた。

 

 ユウヤ「オレは…死銃とは別のゲームで会った事がある。一時期は行動を共にした事も…。

 でも、オレは当時…死銃の属する集団の非道な行動を止められなかった。そいつ等はその世界で本当に死ぬと分かった上でプレイヤーを何人も手にかけた。オレはそれをただ見てる事しか出来なかった。助けようと思えば助けられたのに…出来なかった。

 だから、その罪を清算しなきゃいけないんだ。もう2度と…過ちを犯さない為に…!」

 

 シノン「そのゲームって…」

 

 ユウヤ「あぁ…。"ソードアート・オンライン”…オレはいわゆるSAO帰還者(サバイバー)ってやつだ。

 あの世界じゃHPが全損すれば現実世界で本当に死ぬんだ。

 死銃のいた笑う棺桶(ラフィン·コフィン)ってギルドは殺人を何度も繰り返して、当時の攻略組にまで被害が出た」

 

 シノン「その攻略組?…にユウヤとユウヤの仲間もいたんでしょ?」

 

 ユウヤ「…オレはその時、笑う棺桶(ラフィン·コフィン)にいた」

 

 シノン「!!」

 

 殺人ギルドにいたという事はユウヤも人を故意に殺した事があるという事だ。

 

 

 そんな事ある訳ない_

 

 

 そう思っていたが、ユウヤの表情がそれを否定する。

 かける言葉が見つからないでいるシノンを他所にユウヤはさらに話を続けた。

 

 ユウヤ「オレは…あの世界で3人も人を殺した。恨みがあった訳でもない。ただ…殺したんだ」

 

 シノン「…嘘…よ…。ユウヤはそんな事しない…。短い間だけど、アナタはとても暖かった。私を危険から遠ざける為にわざと冷たくしてまで守ろうとしてくれた…。そんな人が人を何の理由もなく殺す訳がない…!」

 

 そうであってほしいとただ願うしかなかった。

 今まで接してきたユウヤが…拓哉が本当の姿だと思っていた。

 時折見せる悲しげな姿は仲間を想ってこそだと信じていた。

 その願いをユウヤは粉砕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「オレは…ただの人殺しだ…。…それが本当の茅場拓哉だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「違うだろっ!!!!」

 

 入口の方から激しい怒号が飛んでくる。

 視線を移した先に涙を滲ませたキリトが立っていた。

 

 キリト「お前は…オレ達を助ける為にやった事だろ!!」

 

 シノン「キリト…」

 

 ユウヤ「…」

 

 キリト「シノン…、誤解しないでくれ。タクヤはそんな奴じゃない。

 タクヤはあの時、仲間のオレ達と恋人のユウキの為に笑う棺桶(ラフィン·コフィン)に入らざるを得なかったんだ。

 …そうしなければ、オレ達の命がないと脅されて…」

 

 キリトの説明を聞いて目を大きく見開いた。

 ソードアート・オンラインに囚われ、そこで何が起きたのかシノンは知らない。

 だが、やはりユウヤは人を故意に殺すような事はしていないと分かってシノンはそっと胸を下ろす。

 

 キリト「それからずっとアイツらに従って、最後にはタクヤの手でオレ達を殺そうとした…。タクヤだって被害者なんだ。

 それをタクヤは自分だけで背負い込んで、今までそれで苦しんでいたんだ。

 だから、オレ達の前から…ユウキの前から姿を消した」

 

 シノン「…私と一緒ね」

 

 ユウヤ&キリト「「!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノン「私も人を殺した事があるの…」

 

 

 

 

 それからシノンは幼少期に起きた事件、その後から受けてきたいじめを淡々とユウヤとキリトに聞かせた。

 我ながら自分でも何を言っているんだろうと笑ってしまう。

 今までシノンの口からはこの事を他人に公開した事はない。ただ、話さずにはいられなかった。

 それがユウヤに対しての同情なのか、自身に対する安心感の為か分からない。

 ユウヤと自分はどこか似ていると感じていたのは、同じ境遇を生きてきたからなのだろう。

 だから、ここまでの関係を築けたのかもしれない。

 

 シノン「だから、私は強くなりたい。弱いまま生きていく事に疲れた。…ユウヤが行く必要はないわ。私が死銃を倒す」

 

 ユウヤ「!!?」

 

 その場を立ち上がり、洞窟を出ようとするシノンをユウヤは咄嗟に腕を掴んで止めに入る。

 

 ユウヤ「お前…さっきも見てたろ!?死銃は本当に人を殺す力があるんだ!!キリトとお前には近づかないように言ったハズだ!!」

 

 シノン「そんなの私には関係ない。…離して」

 

 ユウヤ「ふざけるな!!死ぬかもしれないんだぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノン「それでもいい」

 

 ユウヤ「!!?」

 

 シノン「私がここで死のうとアナタ達には関係ない…。

 ううん、私はあの事件からこうなる運命だったのかも。

 人殺しの私にはお似合いの最期だわ」

 

 運命という曖昧な言葉を口にするような性格でない事はシノン本人が一番よく知っている。

 それを否定したくて、覆したくて、シノンは今まで強者渦巻く銃の世界に身を置いていたのだから。

 ただ強くなりたくて、過去をこの手で握りつぶせるようになりたくて仕方なかった。

 だが、現実はこんなものだ。

 たった1度の敗走でこれまでの経験が水の泡と化した。

 もう既にGGOで拳銃を向けられるだけで発作が起きてしまう程、シノンの心は現実世界の朝田詩乃のように弱くなっているだろう。

 過去を握り潰す事など初めから無理だったのだ。朝田詩乃には不可能と諦めてこの人生を終わらせる事でしか過去から逃れられる術はない。

 幕引きとして死銃に挑んで結集の美を飾りたいと願うのは当然だと思っても不思議はない。

 

 

 

 

 それぐらいの我儘ぐらい許して…。

 

 

 

 

 

 シノン「だから…その手を離して」

 

 キリト「シノ─」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「ふざけるなっ!!!!」

 

 シノン&キリト「「!!?」」

 

 ユウヤの激昴が洞窟内で反響し、次第に小さくなっていく。

 振り返れば今までよりも怒りに満ち溢れたユウヤがそこにいた。

 

 ユウヤ「命をなんだと思ってやがる!!お前が死ねば残された奴らがどんな気持ちになるかぐらいお前でも分かるだろ!!

 もうシノンはオレ達の心の中で生きてるんだ!!」

 

 シノン「そんなの…そんな事頼んでない。私は誰かに心を預けた事なんてない…。死ぬ時は誰も知らない所で死にたいの」

 

 ユウヤ「…人が1人で死ぬなんてありえない。オレ達の心の中のシノンも同時に死ぬんだ。オレはもう…仲間が傷つく所は見たくない!!」

 

 シノン「だったら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だったら、アナタが私を守ってよ!!私が怖がらないように一生側にいてよ!!!

 私はもう嫌なの!!!怖がって生きていく事に疲れたの!!!

 アナタなんか嫌いよ!!!嫌い…嫌い嫌い嫌い嫌い!!!!」

 

 涙を流しながらシノンは力無き拳でユウヤの胸を何度も叩く。

 叩かれる度にシノンの心がユウヤの中に流れ込んでくるようで、それをただ受け止めた。受け止める事しか今のユウヤには出来ない。

 シノンの過去は本人しか解決出来ない。シノンしかこのトラウマを超える事が出来ないから。

 子供のように泣き喚くシノンを見ているとユウヤも内に秘めた想いが揺さぶられるようで胸が熱くなっていく。

 

 ユウヤ「…」

 

 シノン「何とか言いなさいよ!!!口ばっかりで結局私は1人なのよ!!!私はずっと…1人なのよ!!!!」

 

 

 

 夕焼けに沈む砂漠の洞窟でシノンの泣き声だけが響いていた。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
互いに過去を打ち明けたユウヤとシノン。
現実世界で木綿季は拓哉のいる病院に駆けつける。
死銃との死闘もいよいよ大詰めです。


評価、感想などお待ちしてます。


では、また次回!


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【69】死闘

という事で69話目になります!
ついに死銃との因縁に終止符を討つ瞬間がやって参りました!
この戦いの先にあるのは幸福か…絶望か…。


では、どうぞ!


 2025年12月14日18時35分 ISLラグナロク 砂漠フィールド

 

 洞窟から出ていたキリトがサテライトスキャンを開き、今生存しているプレイヤーの数と位置を把握する。

 BoBが始まって1時間半が経過している中、生存しているプレイヤーは指折りしかいなかった。

 だが、それとは別に生存しているプレイヤー、脱落したプレイヤーを合わせても参加人数である30人に満たない事に疑問に思いながら戻り、この事をユウヤとシノンに伝える。

 

 キリト「回線切断したペイルライダーを除いても2人足りない…」

 

 ユウヤ「あの後に2人、死銃(アイツ)の手にかかったと見るべきだな」

 

 廃墟都市で爆炎に呑まれた死銃だったが、ユウヤは振り向きざまにロボットホースから飛び降りる所を確認している。

 まさか、あれぐらいのアクシデントで倒れてくれるとは思わなかったが、ユウヤ達を追う間に2人が犠牲になってしまった。

 あそこで仕留めていられれば無駄な犠牲を払う事もなかったが、今になって後悔しても犠牲になった2人が生き返る訳ではない。

 その事にはユウヤやキリト、シノンも分かっている事だ。今はこれから先について考えなければならない。

 

 ユウヤ「…落ち着いたか?」

 

 シノン「…うん」

 

 ユウヤに強く当たっていたシノンも今ではその疲れが表れ、ユウヤの膝に顔をうずくめている。ユウヤもシノンの心情を理解している為、シノンが落ち着くまでこうしているつもりだ。

 

 キリト「今の内に死銃について考え直した方がよさそうだな」

 

 ユウヤ「…あぁ。なにか見落としてる点があるかもしれねぇし」

 

 死銃について不自然つ点がいくつかある。

 1つはどうやって仮想世界から現実世界の人間を殺しているのか。

 次てどうやってサテライトスキャンに捕まる事なく移動しているのか。

 最後に何故、殺す時にスナイパーライフルではなく、殺傷能力の低いハンドガンを使用しているのかだ。

 これらを全て明かさないかぎり死銃を捕まえようなど夢物語にすぎない。

 

 ユウヤ「あの時…シノンを死銃が狙った時、何もない空間から突然現れたように見えた。あれは一体…」

 

 シノン「多分…"メタマテリアル光歪曲迷彩”。一言で表すなら透明マントね。

 本当に実装してたとは思わなかったけど、十中八九合ってると思うわ」

 

 キリト「それで誰にも気づかれる事なく近づけたのか…」

 

 もし、それが事実なら死銃を仕留める難易度が格段に上がってしまう。姿が見えない相手にどう対処していけばいいか分からない。

 

 ユウヤ「…なぁ?お前は死銃に狙われたか?」

 

 キリト「え?いや…そう言えば狙われてないな」

 

 ユウヤ「シノンを担いで逃げてる時も思ったが、オレやキリトを無視してシノンに集中的に狙撃してた気がする。何か特別な理由が死銃にあるのか?」

 

 シノン「…」

 

 夕陽が洞窟内を幻想的に照らす中、3人はそれぞれ推測を立てていく。

 

 ユウヤ「死銃のあのジェスチャー…BoBの本戦…プロプレイヤー…」

 

 ふと視線の先にサソリが地を這いながら洞窟内を闊歩している。

 それを少し眺めながら思考を張り巡らせていると、獲物を見つけたのかサソリの動きが活発になってきた。

 徐々に獲物に定めたトカゲ型のモンスターはサソリに気づく素振りを見せずに巣へと帰っていく。

 瞬間、サソリが一気に尻尾の毒針をトカゲに突き刺した。それを避けられなかったトカゲは痛みに悶えながらやがて絶命しかけた。

 

 

 その時だった。

 サソリの背後の岩陰から黒い影がサソリに突き刺さり、訳が分からないままユウヤの目の前でサソリは絶命してしまった。

 すると、岩陰からひっそりともう1匹のサソリが現れたのだ。ずっと獲物を仕留め、隙が生じるのを待っていたと言わんばかりに計画的犯行だった。

 

 ユウヤ「…!!」

 

 キリト「どうした?」

 

 ふとした拍子に頭の中で散らばっていたパズルのピースが次々に組み上がっていき、ある推測を立てるに至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「死銃は…2人いるんだ…!!」

 

 

 

 キリト&シノン「「!!?」」

 

 ユウヤ「正確には2人以上だけどやっぱり、仮想世界から現実世界の人間を殺す事なんて出来ないんだよ。そう考えると辻褄が合う」

 

 シノン「だとしてもどうやって実行するのよ?」

 

 ユウヤ「あのジェスチャーだ。あれが現実世界側にいる共犯者に指示を出してたんだ」

 

 犠牲になったゼクシードと薄塩たらこについては調べない事には分からないが、このBoBの本戦に参加していたペイルライダーら3人の犠牲者は現実世界でも実況されている為、合図さえ出せば殺害は可能だ。

 

 シノン「でも、仮にそうだとしてもどこに住んでるのかも分からない人をどうやって見つけるの?」

 

 キリト「そうか!BoBに参加する時、端末に現実世界(リアル)の個人情報を入力する時がある。

 もし、死銃のあのマントが圏内でも使えるのだとしたら背後から盗み見る事も出来る…!!」

 

 ユウヤ「…シノン、お前…個人情報は入力したか?」

 

 この仮定を信じるのだとしたら、1つの不安に当たってしまう。

 何故、死銃はユウヤとキリトを無視してまでシノンを狙ったのか。

 それはつまり…()()()()()()()()()()()事を意味している。

 

 

 

 

 シノン「入れた…けど…」

 

 ユウヤ「…シノン、落ち着いて聞いてくれ。さっき、死銃がお前を狙ったっていう事はもうあちら側は準備が出来てるって事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしかしたら、今、寝ている朝田詩乃(おまえ)のすぐ近くに共犯者がいるかもしれない…」

 

 瞬間、シノンの脳裏にその映像がおぞましく想像されてしまった。

 ベッドで寝ている自分を見下ろす形で銃を構えている黒い影。口角を上げながらゆっくりと引き金を引くその姿はシノンの動揺を誘うには充分だった。

 

 シノン「あ…あぁ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…!!!?」

 

 視界の中央に警戒音と共に心拍数が急激に上がっていく。

 このまま上がり続ければアミュスフィアのセーフティーが働き、強制ログアウトしてしまう。

 そうなってしまっては現実世界で目覚めた詩乃に共犯者の魔の手が及ぶ可能性が高かった。

 

 ユウヤ「落ち着けシノン!!今、ログアウトしちまったら共犯者が逆上して取り返しのつかない事になる!!」

 

 ユウヤに抱きしめられる形でシノンは呻き声を上げている。心臓の鼓動が今までにない程早く、激しくなっているのを直に感じながら、シノンは呼吸を整え、鼓動を落ち着かせようとした。

 この時、手を添えられた時と同じユウヤの暖かさを感じ、徐々にだが落ち着かせる事に成功した。

 

 シノン「ハァ…ハァ…」

 

 ユウヤ「よし…よく耐えたな」

 

 キリト「だとしても、危険な状況には変わりない…。もう、死銃を倒す以外に道はない」

 

 ユウヤ「あぁ…。だが、死銃だけならいいが、まだ優勝候補の闇風が残ってる。ソイツを先に倒さねぇとな。

 そこでキリトとシノンには闇風を倒してほしいんだ」

 

 キリト「お前!!また…!!」

 

 ユウヤ「勘違いするな。オレの考えは変わらねぇけど、今は死銃を倒す事が最優先なんだ。

 その為には他の出場者…闇風を倒さない事には始まらない」

 

 ユウヤはゆっくりその場に立ち上がり、出口へと歩いていく。

 キリトとシノンも思う所があるが、ユウヤの言った事は事実であり、バトルロイヤルのBoBでは何が起きるか分からない。

 闇風らを倒し、死銃だけに集中出来る状況を作り出さなければならないのだ。

 

 シノン「…分かったわ。私達は闇風を追う。ユウヤも無茶だけはしないで…。私にはあんな事言ってアンタが情けない態度とるなんて許さないから!」

 

 ユウヤ「…あぁ」

 

 キリト「闇風を倒してすぐに駆けつけるから、それまでは無茶だけはしないでくれよ?

 お前にもしもの事があったらユウキに合わせる顔がないからな…」

 

 ユウヤ「…」

 

 洞窟から出てきたユウヤ達はサテライトスキャンの情報を頼りに2手に別れる事にした。

 死銃はメタマテリアル光歪曲迷彩でサテライトスキャンに映らない事からユウヤは拓けた場所まで移動する。

 空は既に暗くなっており、星がちらほら瞬いている。夜間の戦闘になる為、視界の悪さを予感していたが、予想以上に星が地上を照らしているおかげで戦闘に関しては問題なさそうだ。

 

 ユウヤ「…」

 

 集中しなくてはならないこの状況でユウヤの心はどこか上の空だ。

 理由は簡単な事で、闇風を倒しに向かったキリトとシノンについてだ。

 キリトはこんな異邦の地にまで来てユウヤを連れ帰ろうと剣を振るってくれている。

 シノンは弱りきった自分を奮い立たせてまでユウヤを支えてくれている。

 感謝してもし切れない程の恩を受けたというのに、ユウヤにはそれを返す術を知らない。

 いや、知っているのにそれが出来ないのだ。

 人を殺め、仲間との繋がりを断った自分には恩を受ける事も、恩を返す事も許されない。

 そうやって全てを摘み取って孤独にならなければならない。

 キリト達だって冷静に考えればこのような愚行にも気づいて離れるハズだ。仲間だから…親友だから…その繋がりを断ちたくないと一時の感情で流されているにすぎない。

 

 ユウヤ「…悪いな」

 

 この戦いにキリトとシノンを巻き込むつもりは毛頭ない。

 先程はあのように言ったが、死銃から離すにはあぁ言う他なかったのも否定出来ない。

 ふと、右手が仄かに暖かく感じた。

 不思議に思いながらも、決して嫌ではないその感覚を携えて死銃との死闘に臨もう。どこか懐かしく、心を支えてくれるこの感覚と共に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月14日18時45分 横浜市立大学附属病院

 

 ストレア『大丈夫?』

 

 木綿季「うん…。でも、ちょっとドキドキしてる…」

 

 病院へとやって来た木綿季は受付で入館証を受け取り、看護師とストレアの指示のもと、西館の病棟に来ていた。

 様々な医療器具を備えているこの病棟の奥に拓哉がモニタリングされているらしい。入院していた時はこんな所に来た事がなかった木綿季はまるで、初めて来院するかのように緊張と不安を感じていた。

 

 木綿季「ここ…だよね?」

 

 目の前の病室は他とは隔離されており、来るまでに結構な時間を要した。それだけ厳重にしておかなければならない程に今、拓哉は危険な事をしていると嫌でも実感してしまう。

 扉を数回ノックして中からの応対を待っていると、扉を開けて現れたのは慣れ親しんだ倉橋医師だった。

 

 倉橋「やぁ、木綿季君。お久しぶりですね」

 

 木綿季「く、倉橋先生っ!?先生が拓哉のモニタリングをしてるの?」

 

 倉橋「えぇ。今日でモニタリングも終わりらしいですが、とりあえず中にどうぞ」

 

 中に案内されると病室は異様に広く、その中央に物々しい医療器具と共にベッドでアミュスフィアを装着した青年が横たわっている。

 2ヶ月前と何も変わっていない最愛の人は静かにそこにいた。

 

 木綿季「たく…や…」

 

 どこを探しても見つける事が出来なかった拓哉が今目の前にいるのだ。

 次第に涙が滲んでくるが、袖でそれを拭い去り、涙をひっこめる。

 まだ、何も終わっていないのだ。自分だけが気を抜いてはいけない。

 

 ストレア『タクヤ〜!!』

 

 倉橋「GGOというゲームのイベントに参加しているらしいのですが、ネットでも実況しているのでモニターに繋ぎますね」

 

 そう言って病室に備えられているモニターにBoBの中継を繋ぐと、GGOは現実世界と時間が同期しているので星空が映し出されている。

 出場者も既に片手の指ほどの数しか生き残っていない。

 

 倉橋「拓哉君は"ユウヤ”という名前で出場しているみたいです」

 

 木綿季「ユウヤ…」

 

 ストレア『あっ、キリトもいるよ〜?』

 

 モニターの左下端には現在生き残っているプレイヤーの名前が表記されており、キリトとユウヤという名前を使用している拓哉があった。

 さらに右上端にマップが表示されており、キリトとユウヤは別行動をとっていると理解出来る。

 すると、ユウヤに近づく1人のプレイヤーがいた。

 キャラネームは【Sterben】…スティーブン(Steven)のスペルミスかと思った木綿季だったが、倉橋とストレアからそれを否定される。

 

 倉橋「あれは"ステルベン”。医療関係者の間では"死”を意味するドイツ語です」

 

 木綿季「死…」

 

 モニターにステルベンなるプレイヤーが映し出されるとアスナ達と見たボロマントの男がゆっくりと真紅の瞳を輝かせている。

 

 木綿季「あれは…死銃!!?」

 

 ストレア『じゃあ今、拓哉に近づいてるのって…』

 

 画面は切り替わり、夜の砂漠の真ん中に佇む1人の少年が映し出された。容姿は小学生と思わんばかりの体格に黒髪の逆だった頭が特徴の少年は眉間にシワを寄せ、表情が強ばっている。

 木綿季はあれがGGOでの拓哉の姿である事は直感的に気づいた。

 名前が表示されているとかではなく、直感的にあれが拓哉だと知っていたのだ。

 以前に拓哉のアルバムを見た時、少年時代の拓哉に似ていると頭の隅にあったのか、それとも2人の間に見えない糸が繋がっていたのか定かではない。

 涙腺が緩むのを我慢してベッドで横たわっている拓哉の手をそっと自分の両手で包み込む。

 

 木綿季(「頑張って…拓哉!!」)

 

 現実世界ではアミュスフィアを外さない限り五感情報は仮想世界内に送る事は出来ない。

 だが、怒りに満ちた拓哉/ユウヤの表情を少しでも和らぐ事が出来るのならとこれしか手段のない木綿季にとってただ無事を祈る事しか出来ない。

 

 ストレア『…大丈夫だよ木綿季!!拓哉ならどんなのが相手だって絶対負けないんだから!!』

 

 木綿季「うん…!!」

 

 これからの戦闘は熾烈を極める事は必然だ。

 だから、頑張れ…負けないで…と木綿季とストレアは応援する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月14日19時00分 ISLラグナロク 砂漠フィールド

 

 ユウヤ「…」

 

 目を閉じ、集中力を極限まで高める。

 周囲の障害物の位置、砂漠の凹凸(おうとつ)、それら全ては電子で作られた仮想のオブジェクト。

 気配を感じられるように、音を聞き逃さないように、ユウヤは五感全てに神経を張り詰めた。

 

 ユウヤ(「今なら…何だって出来る気がする…」)

 

 右手の暖かい感覚は今尚あり続けている。それがユウヤの背中を支えてくれているような錯覚に陥っているが、頼もしい事この上ない。

 耳をすませば砂漠に吹く風の音が徐々に気にならなくなっていく。

 すると、ジャリ…ジャリ…と砂がかき分けられる音が微かに聞こえてきた。

 この足音が死銃だと確信するのに時間はかからなかった。

 シノン曰く、死銃は狙撃手(スナイパー)スタイルである事から狙撃ポイントを見つけ、ユウヤを狙うハズだ。

 音が聞こえてもそれがどの方角からなのかは分からないが、銃弾が迫ってくればその軌道上に死銃がいるに違いない。

 

 ユウヤ「…」

 

 1つ息を吐いて先程よりも楽な姿勢に入る。弾道予測線が見えない初発を躱さなければならないユウヤにはこれが1番有効的だ。

 けれど、集中力は先程の比じゃない。

 かつて、SAOのフロアボスとの戦いの時ぶりに凄まじい集中力を見せている。

 

 

 

 

 

 ユウヤ「…!!」

 

 

 

 

 

 風を切る音が急激に高くなっていく。

 それは背後から忍び寄っていき、ユウヤは振り返りながらその元凶である銃弾を捉えた。

 予想以上に早い銃弾を頬を掠りながらも咄嗟に回避する。

 そして、その軌道上に岩陰を発見したユウヤは腰から2丁のサブマシンガンを抜いて走り始めた。

 

 死銃「っ!?」

 

 それにいち早く気づいた死銃はスコープでユウヤの姿を捉えるが、狙い定めて撃つ前にユウヤのサブマシンガンが火を噴くだろう。

 そう結論づけた死銃は岩陰から飛び出し、スナイパーライフルを抱えてユウヤと相対した。

 瞬間、死銃の姿を捉えたユウヤは躊躇う事なくサブマシンガンの引き金を引いた。無数に放たれた銃弾は死銃の体の至る所に貫く。

 だが、致命傷になり得ない銃弾の雨に怯む事なく突撃をかけた。

 サブマシンガンとスナイパーライフルとでは、そもそもの火力が全く違う。

 サブマシンガンでいくら撃とうともHPを削り切るまでに時間がかかる。

 逆にスナイパーライフルはどこを撃ってもその部位を破壊する程の火力を有しており、1発でも当たると形勢は一気に傾くだろう。

 

 ユウヤ(「まだだ…!!もっと速く…!!」)

 

 AGIを極限まで高めているユウヤは足の回転を上げ、死銃を翻弄させる。スナイパーライフルの欠点と言うべき、速射が出来ない点を上手くついたユウヤはサブマシンガンを放つ。

 だが、死銃は慌てる素振りなど全く見せなかった。むしろ、何かを狙っているといった動きに不気味に思いながらも、さらに回転を上げて死銃の息の根を止めに入る。

 

 ユウヤ「っ!!」

 

 死銃の急所を的確に射抜こうとするが、全てを躱され、逆に距離を詰められるとバックステップで距離を開けたユウヤはサブマシンガンの弾薬をリロードに入った。

 瞬間、死銃の脅威的なダッシュでリロード時の隙をつかれ銃弾を数箇所撃たれてしまった。

 HPの消費はそれ程でもなかったが、流れを完全に変えられてしまったユウヤは態勢を立て直すべく距離を開ける事に全神経を集中させた。

 しかし、死銃は無理にユウヤを追おうとはせず、絶好のチャンスにも関わらずスナイパーライフルを下げた。

 

 ユウヤ「ハァ…ハァ…」

 

 死銃「…やはり…お前は…拳闘士…だな…。その動き…その目…その怒り…俺には…分かるぞ…」

 

 ユウヤ「そういうお前はまだこんなくだらねぇ事してんのかよ…」

 

 死銃「お前には…分かるまい。…あの世界こそが…俺にとって…唯一の…真実…だった。

 この世界は…誰もが…ぬるま湯につかり…傷を舐め合いながら…お互いの…腹の中を…見せようとはしない…。

 だから…俺が…教えてやるのさ…。人間の…本来の姿を…!!」

 

 ユウヤ「…」

 

 あの世界…SAOはそこに囚われていた人達にとってもう1つの世界になり得た。

 生活水準も現実世界と大差なく、人間の姿をありのまま再現したNPC、ギブアンドテイクが固定化されたあの世界で暮らしていく内、そこの人達は疑う事なく、日常を生きていた。

 死銃が言う事も理にかなっているのかもしれない。現実世界では互いの顔色をうかがい、本音を語らない者達が多勢いる。

 中には人によって、場所によって、その場の空気によって人格が変わる人間がいるのも確かだ。

 帰りたいと渇望した世界はそんな薄い膜に覆われた偽物の世界なのかもしれない。

 

 死銃「お前も…そうだ。ぬるま湯に…浸かったせいで…あの時程の力が…まるで…ない…。

 怒りに満ち溢れ…狂犬の如く…全てを…噛み砕かんと…牙を向けていた…お前が…本来の…姿だ…!!」

 

 ユウヤ「…」

 

 あの時、ユウヤは確かに怒りで我を忘れそうになる時があった。修羅スキルを完全に習得していなかったという理由を差し引いても、目の前で人が殺されていく中、怒りを抑える時があったのは認めている。

 笑う棺桶(ラフィン·コフィン)達に対しての怒りでもあり、何も出来なかったタクヤ(じぶん)に対する怒りでもあった。

 だから、もうそのような悲劇だけは起こしてはならないと誓った。

 何を犠牲にしようとも守るものの為にこの身を捧げると誓った。

 

 ユウヤ「確かに…オレはぬるま湯に浸かってたのかもな…」

 

 死銃「もう…遅い。お前は…裏切り者だ…。俺がここで…息の根を…止めてやろう…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「息の根を止めるのはお前の方だ」

 

 

 

 刹那。

 この言葉が今の状況を表すには一番の言葉だろう。

 砂は舞い上がり、ユウヤの姿が一瞬にして死銃の懐に潜り込んでいた。

 だが、さすがは死銃と言った所だろう。

 咄嗟にスナイパーライフルの側面でユウヤの体を引き剥がし、その拍子にバックステップで距離を開けた。

 

 死銃「…貴様…!!」

 

 ユウヤ「オレは確かに、お前の言うぬるま湯に浸かってたのかもしれない…。事実、今のお前をどう殺すか考えるだけで手一杯だ。

 だが、それでもオレはお前を殺す。腕が千切れようとも…脚がもげようとも…首がはねられようとも…必ず…お前を殺してやる!!」

 

 空気が凍てつく。

 立っているだけで悪寒が体中を走り抜けていく。

 マスクの下に嫌な汗が流れ始めた死銃は目の前に立つ少年に恐怖を抱いた。

 こんな事今までなかったのにユウヤの瞳に宿る憎悪が神経を震わせ、体の自由を奪っていった。

 徐々に近づいてくるユウヤに死銃もスナイパーライフルを構える。

 だが、構えるだけでそれ以上先へ踏み出せない。手は痙攣を起こし、照準も定まらない。

 

 死銃「…くそっ…!!?」

 

 ユウヤ「しっかり狙えよ?それがお前にとって最後の攻撃なんだから…」

 

 死銃「…ふ…」

 

 ユウヤ「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死銃「ふはははははははっ!!!!」

 

 突如として死銃の笑い声が砂漠を駆け巡る。

 虚勢なのか…もしくは何か策があるのか…。今1度確認しても優勢なのは流れを引き寄せている死銃だ。

 ユウヤの劣勢は変わらないハズなのに、何故死銃の方が虚勢を張る必要があるのだろうか。

 それは本人のみぞ知る…。

 

 死銃「…お前は…拳闘士…なんかじゃない…。お前は…間違いなく…狂戦士だ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「そうだ…。オレは全てを破壊する狂戦士(バーサーカー)だ」

 

 

 手の温もりは既に消え去り、タガが外れたようにユウヤは砂漠を蹂躙する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
ついに始まったVS死銃。
ユウヤの中の狂戦士が目覚める時…一体何が起きるのか…。
それを踏まえて次回をお楽しみにしていてください。


評価、感想などお待ちしております!


では、どうぞ!


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【70】金色の瞳

という事で70話目に突入です!
今回でいよいゆBoBは終了致します。
果たして、最後に笑うのは誰なのか…お楽しみに!


では、どうぞ!


 

 2025年12月14日19時00分 ISLラグナロク 砂漠フィールド

 

 暗い砂漠の中央にチカチカと火花が散る。

 互いに1歩も引かない接戦は集中力と忍耐力を徐々に削っていく。それは戦いが終結に向かっていく事と繋がっている。

 ユウヤもまさかここまで長引くとは思ってもいなかった。

 早々に決着をつけるつもりだったが、事はそんな簡単に進む訳でもなく、これ以上長引けばキリトとシノンがここに駆けつけてしまう。

 闇風を倒せると確信している訳ではないが、それでも彼らは必ず来る。

 

 死銃「お前の…力は…こんなものか…?」

 

 ユウヤ「はぁぁぁぁっ!!!!」

 

 サブマシンガンを片方をリロードしている間にもう片方でカバーしながら死銃への猛攻を止めない。

 だが、死銃もさすがトッププレイヤー達を死へ追いやっただけの事はある。一手一手に高い技術と強い殺意がユウヤにピリピリ伝わってきていた。

 距離は常に一定に保っていたが、死銃がさらに距離を開けてスナイパーライフルを投げ捨てた。

 その仕草にユウヤも警戒心を強める。

 主要武装(メイン)であるスナイパーライフルを捨てて副武装(サブ)であるハンドガンで対抗するつもりなのかと考えもしたが、スナイパーライフルより火力の低いハンドガンに変えるという愚行に走る訳がない。

 すると、死銃はボロマントの内側に手を忍ばせ、銀色に光る筒状の金属を取り出した。

 瞬間、腕を振りざまに銀筒はキィンと甲高い音を響かせながら先端を細く、鋭利に伸びた。

 

 ユウヤ「!!」

 

 あの形状に見覚えがあったユウヤは悪寒を退け、咄嗟にサブマシンガンを死銃に構えた。

 しかし、サブマシンガンを構えた瞬間に死銃から伸びた銀筒がフレームを一気に貫いた。

 

 ユウヤ「なっ!!?」

 

 死銃「あと…1丁…」

 

 左手に握られていたサブマシンガンがポリゴンに四散するのを確認して、再度距離を取る。

 ユウヤはまるで()()()の死銃を重ねて見てしまった。

 

 

 

 

 ユウヤ「…聞いてないぞ。GGOに()()()があるなんて…」

 

 

 

 

 あれはSAOで死銃が愛用していた細剣(エストック)に酷似していた。

 長さは本来の物よりも短いが、それ以前にGGOに金属で精製された剣があるとは知らなかった。

 ユウヤの腰に吊るされているフォトン·ソードとは違い、金属特有の重みと斬れ味があるのを実感しながら右手に握ったサブマシンガンの銃口を向ける。

 

 死銃「お前とも…あろう者が…失念していたな…。

 "銃剣作成”スキルで…作れるのは…この長さが限界だが…宇宙船の…甲板を素材に作ったエストック(これ)は…GGO内で…最強の金属剣だ…」

 

 ユウヤ「まるで、あの時を忘れられないようにも見えるぞ?」

 

 死銃「それは…お前の…方だろう?」

 

 ユウヤ「何…?」

 

 死銃「過去を引きずり…後悔しながら…今を生きるお前が…1番…醜いじゃないか…。昔のお前は…未来を信じ…力を誇示し…全てを薙ぎ倒す…強い意志があった…。

 だが…お前の…本性は…自分を優先し…仲間を裏切り…自分の欲を抑え…虚勢を振り撒く…醜い偽善者だ…。

 今も…そうだろう?人を…殺した過去は…消えない…。

 その罪悪感が…お前を…ここに誘った…。因縁を…断ち切る為に…俺の前に…立っている。

 それが…偽善だと…気づいてるんだろ?黒の剣士も…あの女も…それに…気づいてないだけだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今尚…偽善で…本性を隠す…お前は…俺より…醜い…」

 

 淡々と語った死銃にユウヤは何も言い返さなかった。

 仲間の為に殺すしかなかった…本当はそうする事が1番楽な道だと思っていたのも否定出来ない。

 過去を断ち切る…本当はすぐにでも楽になりたいと思ったのも否定出来ない。

 結局はユウヤ自身、自分可愛さに道を選んできたにすぎないのだ。

 こうするしかなかった…そうする以外なかった…。

 それは全て自分の為…。仲間の…ユウキの為にと自分に言い聞かせ、ただ逃げていたのだ。

 死銃の言う事は真実なのだと…自分の本性を暴かれたユウヤの精神は既に折れてしまったのだ。

 過去を断ち切る事も…仲間を守る事も…叶わなくなった。

 いや、この考えが偽善だと今更になって気づいた。

 

 ユウヤ「オレは…」

 

 死銃「生きる…気力を…なくしたか…。だが…お前には…それが…お似合いだ…。

 お前は…そうやって…無様に…醜態をさらしながら…死ななければ…ならないのだ…。それが…裏切り者の…最後なのだから…」

 

 徐々に近づいてくる死銃に警戒心が消え失せたユウヤを仕留めるのは容易い。細剣(エストック)で左腕を貫かれても何の動きも見せない。

 HPがイエローにまで下がったユウヤに引導を渡すべく、細剣(エストック)を構え、SAO時代のソードスキルを放った。

 

 

 細剣ソードスキル"フラッシング·ペネトレイター”

 

 

 渾身の剣撃がユウヤに迫ってくる。それをただ傍観するユウヤは最後の時を待っていた。

 

 ユウヤ(「オレに…生きる意味は…ない。いや、元々なかったんだ…。仲間…ユウキと一緒にいる資格なんて…なかったんだ。

 独りになって…それを嫌という程痛感した…。ここで死んでも…現実世界ではまだ生きてる…。

 だから、自分の手で…この命を絶つしかない…。それが…オレの…人殺しの最期だ」)

 

 戦う事に疲れた。立ち上がる事に疲れた。繋がる事に疲れた。生きる事に疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てに…疲れた。

 

 死銃「しっ!!」

 

 瞬間、ユウヤの意志とは裏腹に体が死銃の攻撃を躱す為に行動に出た。

 完璧には躱せなかったが、HPは全損には至っていない。

 心は完全に折れているのにも関わらず、ユウヤの中の本能がそうさせたのか。

 仮想世界でシステムより強い力があるのか。

 だが、死銃は至って冷静だ。仕留め切れなかったとは言え、戦意のない者を倒すなど赤子の手をひねるより簡単な作業だからだ。

 

 死銃「まだ…醜態を…晒すつもりか…?」

 

 ユウヤ「…」

 

 ユウヤ自身、何故死銃の攻撃を躱したのか分からない。気づけば体が勝手に動いていたのだ。脳にそのような命令を送った記憶はない。

 もう死のうとした人間はそのような手間をかける訳がない。

 何か他に別の理由があるのか。

 

 

 いや、もう考えるのはよそう…。

 

 

 考えた所で答えが見つかる訳でもなく、見つかったとしてもそれもどうでもいい。

 次は…次こそは終わろう…。終わって楽になろう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月14日19時05分 横浜市立大学附属病院

 

 倉橋「こ、これは…!!?」

 

 ストレア『拓哉の心拍数がすごい勢いで上昇してるよ!!?』

 

 ベッドで横たわっている拓哉は荒い呼吸を繰り返す。

 突如として、拓哉の心拍数が急激に上昇し、心電図も大きく揺れていた。

 

 木綿季「拓哉!!拓哉!!」

 

 体中に汗をかき、苦しそうな表情を見せる拓哉を隣で木綿季が懸命に呼び続ける。アミュスフィアにより、外部とのコンタクトを断たれた状態では倉橋医師でもどうする事も出来ない。

 それ以前にアミュスフィアによって危険域に達すれば強制的に仮想世界からログアウトするというセーフティーが備わっている。

 拓哉の命の危険は限りなく0に近いのだが、これ程の苦しみ方は尋常ではないと誰もが言うだろう。

 

 倉橋「仕方ありません!!拓哉君からアミュスフィアを取って現実世界(こちら)に引き戻しましょう!!」

 

 木綿季「待ってください!!」

 

 倉橋「しかし!!これ以上は医者として黙って見ている訳には…!!」

 

 木綿季「拓哉は…今も必死に戦ってるんです!みんなを守ろうとして…あの世界で戦い続けてるんです!!拓哉なら絶対に大丈夫です!!

 だって…拓哉はSAOの英雄"タクヤ”だから!!」

 

 倉橋は木綿季の瞳に宿る意志を垣間見た。それだけで木綿季がどれだけ拓哉を信頼し、愛しているのか痛い程分かる。

 倉橋は引き続き拓哉のモニタリングに戻ると、モニターから激しい金属音が鳴り響いた。

 

 木綿季「あれって…細剣(エストック)!?」

 

 ストレア『確かに…長さは違うけど、形状はエストックに似てるよ』

 

 木綿季(「笑う棺桶(ラフィン·コフィン)には細剣(エストック)使いがいたハズ…。その人とボクは剣を交えた事もある…」)

 

 モニターに映る死銃は細剣(エストック)を自在に操り、ユウヤを追い詰めていく。ユウヤは先程から動きが鈍く、瞳に影が宿っているように見える。

 実況は映像までしか配信されてない為、そこでどんな会話があっているのか分からない。

 拓哉の状態を見ても、死銃から精神状態を追い詰められるような言葉を浴びせられたのか。

 

 木綿季(「拓哉…拓哉…!!お願い…!!戦いに負けてもいい…。守れなくてもいいから…無事に帰ってきて…!!

 もうヤダよ…拓哉を失うなんて…絶対に…!!」)

 

 SAOの終焉…ユウキは1度完全にタクヤを失った。

 ヒースクリフに殺され、死が確定してもタクヤは消滅するその瞬間までユウキ達を救う事を諦めていなかった。

 その結果、ヒースクリフの心臓を貫き、ヒースクリフと相打ちという形でSAOを終結に導いた。

 でも、SAOがなくなって現実世界に帰ってきてもそこにタクヤはいない。その事実は当時のユウキには何よりも耐え難い生き地獄だった。

 だから、病院で寝ていた拓哉の姿を見て大粒の涙が零れたのだ。

 あれ程涙を流した事がないぐらい泣いた。

 

 木綿季(「もうあんな思いしたくない…!!だから…無事に帰ってきて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉…!!!!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死銃「終わりだ…!!!!」

 

 

 死銃の細剣が真っ直ぐユウヤの心臓に伸びてくる。これを食らえば確実にHPは全損するだろう。

 

 だから、避けない。

 

 これで全てから解放されるから。憎しみから…怒りから…悲しみから…何もかも捨てて無になりたい。

 そう願うからこそこの一撃に身を委ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「タクヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 瞬間、ユウヤの世界は反転した。

 死んでいない所を見ると、まだこの世界に生きているようだ。

 

 キリト「ハァ…ハァ…間に合った…!!」

 

 ユウヤ「キリト…?」

 

 死銃「黒の…剣士…!!」

 

 頭の中を整理すると、死銃の攻撃が当たる直前にキリトがユウヤを救い出したようだ。

 普通ならここで感謝の意を送るのだろうが、ユウヤの心中にはそれとは真逆の感情が湧き上がってくる。

 

 ユウヤ「なんで…」

 

 キリト「仲間なんだから助けて当然だろ?」

 

 ユウヤ「違う!!…オレは…死を受け入れたんだ。なんで…死なせてくれないんだよ…。もう…楽にさせてくれよ…」

 

 キリト「タクヤ…」

 

 死ぬ事でしかこの人生を終わらせる事は出来ない。

 血に塗られてしまったこの人生はもう崩壊しているのだから。

 仲間を助ける義務から…因縁を断つ責任から…解放されたい。

 それが、ユウヤの…茅場拓哉の最期になるハズだった。

 

 ユウヤ「疲れたんだよ…。生きる事に…苦しむ事に…憎む事に…愛する事に…疲れた。

 オレが死んでも悲しむ奴なんていない。死んだら父さんや母さんにだって会えるんだ…。だから…」

 

 キリト「…それでも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレはタクヤを助けるよ」

 

 ユウヤ「…どうして…そこまで…」

 

 仲間と言っても所詮は赤の他人だ。どこまでいってもそれは変わらない。

 記憶に残るのはほんの一時で、今生の別れが早まるだけに過ぎない。

 ましてや、死を望んでいる者に手を差し伸べる意味が分からなかった。

 辛い事から逃げて何が悪い。

 誰だって受け入れ難い事から逃げたい時があるではないか。

 ユウヤもその中の1人で、どれだけ仲間が拒んでも自身の死は本人が決める事のハズだ。

 しかし、キリトはそれでも手を差し伸べる。

 

 キリト「死んでも…お前は苦しみ続ける。過去を変える事が出来ないのと同じように、死んだとしても過去が消える訳じゃない。

 オレだってそう思った事があるよ。死んで全てを投げ出したらどんなに楽になるか…。

 でも、誓ったんだ。

 オレの命はアスナの為に使うって…。最後の瞬間まで一緒にいようって…。

 だからオレは、過去を断ち切るんじゃなくて過去を抱えて今出来る事を全力でやろうって…誓った。

 お前だってそうだったじゃないか?」

 

 ユウキやキリト達の為にヒースクリフと相対し…アスナや他のSAO帰還者(サバイバー)の為に須郷らを倒して…ストレアの為にキングの野望を打ち砕いた。

 それは誰でもないタクヤだから出来た。そんなタクヤだからみんなは信頼出来た。

 今回の件もシノンの為に死銃に立ち向かっている。

 タクヤの仲間はタクヤの過去なんか関係なく一緒にいようとする。

 仲間だから…友達だから…家族だから…恋人だから…お前にはお前にしかない力がある。

 そう語ったキリトの瞳には薄らと涙が滲んでいる。

 彼だってSAOで辛い思いをした事がある。いや、キリトだけではない。

 誰もが辛い事を味わって、それでもそれを抱えて前に進んでいく。

 

 キリト「何度も言ってるだろ?お前は1人じゃない…。

 オレや…ユウキが側にいるじゃないか。タクヤを1人になんてさせない。

 これからも…死んだ後でもオレ達はかけがえのない仲間だ!!!」

 

 ユウヤ「!!!!」

 

 キリト「苦しい時はオレ達が支える。…タクヤはここで待っていてくれ」

 

 ユウヤに背を向け、死銃にゆっくりと近づく。

 その後ろ姿を追う事が出来ず、止める事が出来ずに見送った。

 キリトに伸ばした右手には先程感じた暖かい感覚が蘇っている。

 どこか懐かしくて心を支えてくれるような感覚…ユウキと手を繋いだ時と同じ感覚だ。

 

 

 

 

 頑張って…拓哉…_

 

 

 

 

 ユウヤ「!!!!」

 

 

 

 

 無事に帰ってきて…拓哉…_

 

 

 

 

 ユウヤ「…」

 

 現実世界から仮想世界に五感による情報は送られてこない。

 だが、この手に確かに宿る感覚は本物であり…真実だ。

 暖かい感覚と一緒に木綿季の想いが流れてくるのは、きっと現実世界で拓哉の手を握っているからだ。

 

 

 背中を支えてくれるのなら…

 

 

 助けを呼んでもいいのなら…

 

 

 繋がっていてもいいのなら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレは仲間の為に立ち上がろう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「しっ!!」

 

 死銃「ふっ!!」

 

 キリトのフォトン·ソードが空を斬り、その隙を突いて死銃の細剣(エストック)が襲いかかる。

 AGIで劣っているキリトにはそれを寸前で躱す事しか出来なかった。

 死銃はさらに加速して次第に躱し切れなくなっていくと、キリトは堪らず後退を余儀なくされた。

 

 死銃「そんな…光剣(おもちゃ)では…不甲斐ない…だろう?」

 

 キリト「これはこれで使いやすいさ…」

 

 しかし、死銃の言う通りフォトン·ソードでは心細くないと言えば嘘になる。

 今までキリトはSTR要求値の高い重い金属剣を好んで使用してきた。

 SAOでは"エリュシデータ”と"ダークリパルサー”、ALOでは"ユナイティウォークス”と"ディバイネーション”…とどれもSTR要求値が高く、大抵のプレイヤーでは振り回す事は出来ない。

 それに比べてフォトン·ソードは軽量で、刀身が粒子の為か、斬った感触が薄い。

 重い剣に慣れているせいで、初期は上手く扱えないでいたが、それも今となっては修正済みだ。

 そして、腰には"FNファイブセブン”が携えられている。

 ある意味で二刀流スタイルを確立させたキリトに他のプレイヤーは太刀打ち出来ないだろう。

 だが、今相手にしてるのはSAOから慣れ親しんでいる愛剣(エストック)にGGOでの経験を経て選出されたスナイパーライフルと万全の状態だ。

 装備だけで大きなアドバンテージがあるのは仕方ないし、気にしてもその差が埋まる事はない。

 ユウヤはまだ戦える状態ではなく、キリトから言わせればもうユウヤには戦って欲しくない。

 今まで1人で抱え込んできたユウヤにも休息が必要なのだから。

 これ以上ユウヤだけに背負わせる訳にはいかない。

 

 キリト「はぁぁっ!!」

 

 地を蹴り、死銃に立ち向かったキリトに死銃も応えるかのように細剣(エストック)を突く。

 互いの剣が火花を撒き散らし、激しい反響音がこだまする。

 

 キリト「はっ!!」

 

 

 片手用直剣ソードスキル"バーチカルアーク”

 

 

 Vの字に斬りかかるキリトの剣を死銃は丁寧にいなし、反撃の隙を突いた。

 

 

 細剣ソードスキル"カドラプル·ペイン”

 

 

 無数に突かれる細剣がキリトの体を斬り刻んでいく。

 GGOに存在しないソードスキルをシステムアシストなしで見事に再現してみせる2人に遠方から狙撃のチャンスを伺っているシノンは驚愕を露わにする。

 

 シノン(「なんてハイレベルな戦いなの…!?」)

 

 闇風を倒した後、キリトと相談してシノンだけが500m離れた岩山に待機していた。

 それはシノンのプレイスタイルを最大限活かす為でもあり、死銃の警戒も分散させるのが狙いだったが、2人の高等技術による戦いは一部の隙すら見せない。

 狙いが定まらず、下手をしたらキリトに被弾してしまう可能性もあったシノンは舌打ちを鳴らし、苛立ちを見せた。

 

 シノン(「ユウヤ…」)

 

 既に戦意喪失したユウヤの事は気にかかっている。

 あれだけの力を有していながらもユウヤは膝をついてしまった。

 それがどれだけ辛くて、悔しいのかシノンも知っている。

 

 シノン(「でも…アナタなら大丈夫よね?

 アナタは私に"生きろ”と言ってくれた…。こんな私でも必要としてくれた…。心が折れても支えてくれた…。

 だから、アナタが苦しい時は私が支える…!もうアナタは1人じゃないわ!!」)

 

 助けられた恩を返さなければならない。

 今にして思えばユウヤ/拓哉と知り合ってからというもの、時間の流れが早く感じていた。

 毎日、1日が途方もなく長く感じていたのが億劫だったシノン/詩乃にとってこの出会いは奇跡に近いものだった。

 

 シノン(「私も諦めない…!!だから、アナタももう1度立ち上がって…!!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、銃声が砂漠に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 キリト&シノン「「!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 死銃「がっ…!!」

 

 体を大きく仰け反り、死銃のカドラプル·ペインが中断される。

 HPは1割も減っていなかったが、流れは完全に途絶えた。

 

 死銃「貴様…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウヤ「…またせたな」

 

 

 

 キリト「ユウヤ!?」

 

 ハンドガンを構え、銃口から硝煙を登らせている所を見ると、ユウヤが死銃の右腕を射抜いた事が分かる。

 しかし、それは問題じゃない。

 

 死銃「貴様は…完全に…折れた…ハズだ…!!」

 

 ユウヤ「あぁ。そりゃもうバッキバキにへし折られたよ。

 でも、バラバラになった心をキリトが…仲間が繋いでくれたんだ」

 

 キリト「ユウヤ…」

 

 死銃「…だが…今のお前に…何が…出来る?満身創痍で…手が…震えて…いるぞ?」

 

 ユウヤ「確かに、今でもお前や過去の事に怯えてる。

 でも、それでいいんだ。忘れる事なんて出来ない…。オレはこの痛みを背負って前に進むんだから…。

 さぁ…そろそろ幕引きと行こうぜ!!」

 

 左手にサブマシンガンを携え、右手にはフォトン·ソードを強く握りしめる。

 GGOでの"ユウヤ”も…ALOでの"タクヤ”も…SAOでの"シュラ”も…全ては"茅場拓哉”という1人の人間だ。

 そこで培ってきた経験を総動員させて、この戦いを終わらせる。

 

 

 

 仲間の想いが…オレの力の源だ…。

 

 

 

 ユウヤ「オレは仲間の為に戦う。どんなに辛い事があっても仲間と一緒に乗り越えていく…!!

 お前はここで終わりだ!!死銃…いや…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "赤眼のザザ”!!!!」

 

 

 

 死銃「!!?」

 

 SAOでのキャラネームで呼ばれた死銃が激しい動揺と共に動きが鈍くなる。

 その瞬間をシノンは待っていた。

 スコープでキリトから離れた死銃を捉え、引き金に指をかけた。

 すると、死銃の心臓部分にシノンの弾道予測線が赤く照らされた。

 

 死銃「!!?」

 

 それに気づき、死銃の注意が剥がれたユウヤとキリトは全速力で死銃に迫った。

 遅れながらそれを察知した死銃はその場を離脱する為に透明になろうと動くが、キリトのFNファイブ·セブンがマントを貫き、それを未然に防いで見せた。

 

 キリト「スイッチ!!」

 

 ユウヤ(「あの予測線は…シノンが闘志のあらん限りの勇気を振り絞って生まれた幻影の1弾…このラストアタック…ファントム・バレットを無駄にはしない!!ありがとう…シノン!!」)

 

 透明になれずに死銃も覚悟を決めたのか、細剣(エストック)による無数の突きを繰り出す。

 だが、動揺を隠し切れていない死銃の突きをサブマシンガンで相殺し、弾薬の尽きたサブマシンガンを放り捨てる。

 手が空いた左手を強く握りしめ、渾身の拳を死銃の腹部に貫いた。

 

 

 体術スキル"正拳突き”

 

 

 もちろん拳にシステム的能力は備わっておらず、ダメージは発生しないが、一瞬だけ仰け反り(ノックバック)が起きる。

 そこを右手に握られたフォトン·ソードを大きく振り払い、死銃の胴体に斬り込ませた。

 

 死銃「ぐぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 ユウヤ「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 金色の瞳は確かに未来を視ていた。そこに死銃の姿はない。

 ユウヤの瞳が金色に輝くのを死銃は目を見開いてそれを知る。

 フォトン·ソードは火花を撒き散らしながら死銃に侵食していく。HPがみるみる削られながらその瞬間はやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 片手用直剣ソードスキル"ホリゾンタル·スクエア”

 

 

 

 

 

 

 死銃とユウヤを囲む形で剣閃が四角形(スクエア)に広がり、死銃の胴体はそれが消えるのと同時に2つに斬り裂かれた。

 上半身は砂漠に打ち上げられ、砂漠を転がり落ちていく。

 

 死銃「バカ…な…」

 

 ユウヤ「ハァ…ハァ…これで…終わりだ…」

 

 死銃「…まだだ…。まだ…終わって…いない…。

 憎悪(オレ)はまた…お前の前に…現れる…。これからだ…本当の…地獄…は…─」

 

 全てを語り切る前に死銃にdeadの文字が浮かび上がり、現実世界にログアウトされた。

 

 キリト「…やったな」

 

 ユウヤ「あぁ…」

 

 キリト「…ユウヤ」

 

 ユウヤ「心配すんな。…オレはもう大丈夫だから。

 それより、シノンと合流しようぜ?この大会も終わらせねぇとな」

 

 時刻は既に19時30分。

 BoBも既にユウヤ達以外に生き残っている者はいない。

 キリトが上げた信号弾をシノンが確認してから10分、2人と合流したシノンはユウヤとキリトを交え、これからについて話し合った。

 

 キリト「とりあえず死銃の悪事もこれまでだろうな。現実世界での居場所が分かれば後は警察やらがなんとかするだろ」

 

 ユウヤ「シノンの所にいる共犯者も逃げてるハズだ。念の為、今日は鍵をかけて家でジッとしてろよ?」

 

 部屋の中にはいないハズだが、まだ辺りに潜伏している可能性だって捨てきれない。今日1日様子を見て朝に確認すれば問題ないだろう。

 

 シノン「アンタはどうするのよ。最近家からログインしてなかったみたいだけど…」

 

 ユウヤ「今回の事件で病院からダイブするように言われてたからな。

 そっちに戻るのは1時間ぐらいかかる」

 

 キリト「え?ちょっと待て。…シノンはタクヤが住んでる場所を知ってるのか?」

 

 シノン「知ってるも何も…私の住んでる部屋の隣だもの」

 

 キリト「そ…そうだったのか」

 

 ユウヤ「キリトは大丈夫だろうけど、シノンの所にはオレが行くよ。万が一に備えるに越した事ないからな」

 

 BoB後の計画は決まったものの、この場をどう終わらせるかはまだ考えていない。

 今から3人で戦うには体力も気力も残っておらずどうしたものかと考えているとシノンからある提案が持ちかけられた。

 

 シノン「第1回BoBには優勝者が2人いたの。理由は()()()()()()()()に引っかかったから」

 

 ユウヤ&キリト「「お土産グレネード?」」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げている2人にシノンはポーチから栓を抜いた手榴弾を投げやった。

 掌に放られた手榴弾に一瞬思考が停止した2人だが、既に栓が抜かれている為、後数秒で爆発する事に冷や汗を流しながら悟った。

 

 

 お土産グレネードとはいわゆる心中だと…。

 

 

 キリト「わっわっ!!?」

 

 ユウヤ「ば、爆発す─」

 

 シノン「ん〜!!」

 

 シノンは満面の笑みを浮かべながら慌てる2人に抱きつく。

 瞬間、激しい閃光に包まれていく3人は砂漠で大爆発を起こし、HPが一気に消え去った。

 誰もいないISLラグナロクと中継を流していた場所にはファンファーレが鳴り響き、第3回BoBは優勝者3人と異例の結果に幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月14日19時40分 横浜市立大学附属病院

 

 拓哉「…ん…」

 

 目をゆっくり開いていくとアミュスフィア越しに見える病院の天井が広がっていた。

 まさか、シノンから自爆をされるとは思ってもいなかった為、あの時の感触がまだ残っている。

 

 倉橋「目覚めましたね。体には異常ないですか?」

 

 拓哉「先生…、何とか大丈夫みたいです…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木綿季「拓哉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「!!」

 

 咄嗟に倉橋と逆方向に振り向くと、目尻を赤く腫らして拓哉の手を握り続けている木綿季がそこにいた。

 

 拓哉「木綿季…!?どうして…ここに…」

 

 木綿季「…たくやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 涙を流しながら拓哉を強く抱き締めた木綿季は人目をはばからず泣き喚いた。ここに木綿季がいるのにも驚いたが、それよりもっと違う感情が溢れた。

 

 拓哉「…ゴメンな…心配…かけて」

 

 木綿季「ぼんどうだよっ!!いづもいづもじんばいかけてぇ!!ボグ…ボグぅ…!!」

 

 泣きながら喋っているせいか、木綿季の呂律が上手く回っていない。

 だが、拓哉の為にこれだけ泣いてくれる事に胸を熱くさせながら木綿季を宥める。

 こんな事で許してもらえないだろうが、これからは2度と木綿季を悲しませるような事はしない。

 それだけは絶対に果たして見せる…。

 

 拓哉「木綿季…ありがとう。こんなオレを…好きでいてくれて…」

 

 木綿季「…当たり前だよぉ…。拓哉が…世界で一番…大好きなんだからぁ…」

 

 拓哉「…先生、オレ…ちょっと出掛けなきゃいけないから木綿季の事任せてもいいですか?」

 

 倉橋「えぇ、かまいませんよ。木綿季君も疲れてるハズですから私が自宅まで送りましょう」

 

 拓哉「ありがとうございます。…木綿季、まだオレやらなきゃいけない事があるんだ。

 だから明日、夜6時に展望台まで来てくれないか?そこで話したい事があるから…」

 

 木綿季「…分かった。待ってる…絶対に来てね?」

 

 木綿季から離れ、上着とジャケットに身を包んだ拓哉は足早に病室を後にした。

 今からバイクを走らせても湯島のアパートまではどう頑張っても1時間はかかってしまう。危険はないだろうが、1人でいる詩乃が心配だ。

 外に出た拓哉は走って駐輪場に向かい、バイクに跨り、エンジン音を轟かせながら湯島へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
ついに死銃を倒したユウヤは現実世界で木綿季と再会を果たしました。
そして、詩乃の元に急ぐ拓哉。
拓哉の大事な話とは…。
乞うご期待ください!


評価、感想などお待ちしております!


では、また次回!


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【71】ファントム・バレット

という事で71話目に突入です!
今回でGGO編は完結し、次回より中断していたオリジナルストーリーの後編に入っていきます。
拓哉と詩乃の今後にご期待ください。


では、どうぞ!


 2025年12月14日19時45分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 意識が戻り、ゆっくりと瞼を開くと見慣れた自宅の天井が広がっている。

 第3回BoBは異例とも言える3人の優勝者を輩出する結果で幕を閉じた。

 上体を起こし、詩乃は自分の部屋を見渡す。ユウヤ/拓哉が言っていた事が本当ならもうここに死銃の共犯者はいないハズ…。

 1DKの部屋に人1人が隠れるスペースなどなく、予想通りトイレやバス、クローゼットの中には誰もいなかった。

 途端に緊張が切れた詩乃は胸を下ろし、ベッドに腰を下ろす。

 

 瞬間、玄関からインターフォンが鳴った。

 このような状況で応対するか悩んだが、鍵さえかけていれば中には入ってこれない。玄関まで行き、インターフォンを鳴らした主を扉に備えられたレンズで確認する。

 

 恭二「朝田さん、僕だよ?」

 

 詩乃(「新川君!?」)

 

 自分の知っている友人だと気づくとすぐに鍵を開け、扉を開いた。

 そこにはいつも服装に手には某菓子屋のケーキを携えている。

 

 恭二「優勝おめでとう朝田さん。これ…優勝祝いにケーキ買ってきたんだ。…一緒に食べない?」

 

 詩乃「まぁありがとう!じゃあ、中に入って」

 

 自室に招き入れ、恭二をテーブルに座らせる間に詩乃はキッチンでコーヒーの用意を手早く済ませた。

 

 恭二「ありがとう」

 

 詩乃「ううん…私の方こそ、わざわざお祝いに来てもらって嬉しいわ」

 

 恭二「シノンが優勝した時、自分のように嬉しくなって…気づいたらケーキを買ってたよ」

 

 詩乃「新川君もそういう所あるんだね」

 

 コーヒーを一口含み、苦笑いしながら恭二は部屋を見渡した。

 手入れの行き届いた部屋は物が少ない事も相まって清潔感に溢れている。

 そんな様子を恥ずかしながら詩乃が言った。

 

 詩乃「もう!あんまり女の子の部屋をジロジロ見るものじゃないわよ」

 

 恭二「ご、ごめん!?でも、いつ来ても綺麗に片付いてるよね」

 

 詩乃「今日はたまたまよ。それに物が少ないからそう見えるんじゃない?」

 

 恭二「そっか…。それにしても本当に凄かったよ!あの闇風を倒しちゃうなんて!!」

 

 闇風は前回のBoBで準優勝しているベテランのプロプレイヤーだ。

 "ランガン”という闇風独自のプレイスタイルは他の追随を払い除け、上位に居座っている程で、一部では闇風に憧れてGGOを始めるプレイヤーもいるくらいだ。

 

 詩乃「それは運が良かっただけ。私1人じゃ倒せなかったわ」

 

 恭二「…」

 

 ユウヤの作戦通り、キリトとシノンは闇風と戦った。

 キリトが囮となって闇風の注意を引き連れたおかげでシノンは安心して闇風の脳天を貫く事が出来た。功績の殆どはキリトによるものだし、シノン自身もそれを良しとしていない。

 次対戦する時は1人でも倒してみせるとユウヤとキリトの前で公言した程だ。

 

 詩乃「今回のBoBはいろいろあったけど…私は変われたような気がするの。弱い自分から…」

 

 恭二「朝田さんは…シノンは弱くなんかないよ!!いつも冷静でどんな時も果敢に立ち向かっていくじゃないか!!

 シノンは1人でも十分に強いし、アイツらよりシノンの方が凄いよ!!」

 

 詩乃「新川…君?」

 

 恭二「大体アイツらはシノンの邪魔しかしてないじゃないか!

 シノン1人ならあんな局面容易く乗り越えられるのに、それをアイツらがいるせいで狂って…」

 

 

 違う…そうじゃない…。

 私1人では絶対に乗り越えられなかった。

 死銃に殺されそうになった時、私は死を悟っていたのだから。

 ユウヤに助けられてからも泣いて、喚いて、罵って…ユウヤとキリトに迷惑しかかけられなかった。

 それでもユウヤは見捨てはしなかった。そんな私をユウヤは守ろうと戦ってくれた。

 私1人の力なんて高が知れている。死銃に銃口を向けてもすぐには引き金を引けなかった私をユウヤは感謝してくれた。

 

 

 あの弾道予測線がなければ、オレはやられてた_

 ありがとうシノン_

 

 

 感謝を述べたいのはむしろ私の方だ。

 ユウヤの生き様が私に勇気を与え、過去と向き合う覚悟を授けてくれたのだから。

 

 

 詩乃「…私は弱いよ?新川君…。

 でも、今回の件で私は強くなれた気がするの。もう逃げ道を探したりしないで前に歩ける気がするの。

 だから…2人の事を悪く言うのはやめて」

 

 恭二「…」

 

 黙ってしまった恭二を前に詩乃も重い空気が流れる。

 恭二はユウヤ達と出会う前から大切な友人の1人だ。詩乃が東京の高校に通い始めて最初に声をかけた恭二はいつも相談に乗ってくれる上、どんな時でも支えてくれる親友だ。

 だが、例え親友でもユウヤとキリトを悪く言う事は見過ごせない。

 彼らも短い時間だが、恭二と同じぐらい信頼を持っているからだ。

 

 詩乃「…け、ケーキ食べましょ?」

 

 恭二「…」

 

 箱を開けようと詩乃がテーブルに手を伸ばした瞬間、詩乃の腕を恭二が掴みかかった。

 一瞬、頬を赤くしたがだんだんと力を入れ始め、腕に痛みが生じる。

 

 詩乃「新川君…痛いわ…」

 

 恭二「朝田さんは僕のものだ朝田さんは僕のものだ朝田さんは僕のものだ朝田さんは僕のものだ…」

 

 小声で呟き続ける恭二の腕を詩乃は振り払おうとするが、予想も出来ない程の握力でそれが叶わない。

 すると、恭二は掴んだ腕で強引に詩乃をベッドの壁際に追い込み、態勢を崩した詩乃の体の上に跨った。

 

 恭二「そんな事言わないでよ朝田さん…。朝田さんは強くなきゃいけないんだ。僕が憧れた朝田さんは誰よりも強くなきゃいけないんだ。

 ()()()()()()を苦しめる奴らは許せないんだよ」

 

 詩乃「ど…どうしたの…?」

 

 恭二の表情は詩乃の知っているものではなかった。

 焦点が定まっておらず、不気味な笑みを浮かべ、詩乃を物のように見下している。

 その姿に詩乃は恐怖した。今まで見た事がない恭二を前に詩乃は振り払う事も抵抗する事も出来ない。

 

 恭二「朝田さん…僕知ってるんだよ?昔、朝田さんが拳銃で人を殺した事」

 

 詩乃「!!?」

 

 恭二「それを知った時、僕がどんな思いを抱いたか分かるかい?

 すぐ近くに本物の人間を殺した人間がいる…その時の感触や、どんな思いで引き金を引いたのとか色々聞きたかったんだ。

 そんな事、普通は出来ないよ。みんな、先の事ばかり考えて行動してさ…。

 でも、朝田さんは違う。殺した後の事なんて考えない。今を生きる強さを秘めているんだ。

 それがどれだけ凄い事か…だから、僕は朝田さんを好きになったんだよ?人を殺すなんて中々体験出来ないからね!」

 

 詩乃「あ…あ…」

 

 

 狂っている_

 

 

 そう感じるのに時間はかからなかった。

 今まで恭二と過ごしてきた時間が次々黒く塗り潰されていく。

 恭二は詩乃を見てはいなかったのだ。

 見ていたのは()()()()()()()だけ。それさえあれば誰でもよかったのだ。その経験に恭二は惹かれ、憧れているのだから。

 

 詩乃「い…いやぁぁぁっ!!」

 

 偽りの仮面を脱ぎ捨てた本当の恭二を受け止められず、恭二の下で暴れて見せるが首筋に冷たい無機質な機械を当てられ、それを凝視した。

 

 恭二「暴れちゃダメだよ朝田さん。次、暴れたらコレを打たなきゃいけなくなるんだから」

 

 詩乃「それ…は…?」

 

 恭二「僕の家が病院だって知ってるだろ?

 これは無針注射器でね…中には"サクシニルコリン”っていう筋肉を動けなくする薬が入ってる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉を聞いた詩乃はユウヤが言っていた事が当たっていた事に気づき、同時にその共犯者が目の前にいる恭二だという事に驚愕した。

 

 詩乃「アナタが…もう1人の…死銃…!?」

 

 恭二「さすが朝田さんだね。よくそこまでたどり着いたよ…と言ってもゼクシードと薄塩たらこは兄である昌一が殺したけど。

 朝田さんは…シノンはこの僕の手で殺りたかった。兄でもシノンには触らせたくないからね。シノンは僕だけのものだ」

 

 詩乃「っ!!?」

 

 ゆっくりと服の下に手を這わせ、詩乃の肌を撫でながら恭二は不敵な笑みを浮かべている。

 恭二の詩乃に対する恋慕は歪だった。

 朝田詩乃という人間に好意を抱いた訳ではなく、本物の拳銃で人を殺した朝田詩乃による憧れからの好意。

 それを恭二は恋だと錯覚し、度々見え隠れしていた狂気を膨張させていったのだ。

 そう気づくと、詩乃にはもう恭二は恐怖しか与えてくれない。

 手足は痺れ、力が入らずに抵抗も出来ない。

 

 詩乃(「また…戻るの…?」)

 

 あの頃の弱い自分に立ち戻っていく気がして、瞳が潤む。

 ここで涙を流せばもう戻れなくなる…立ち直れなくなる…。

 様々な感情が詩乃の中で渦巻きながらも、恭二の手は止まる事はない。

 

 恭二「あぁ…!!やっぱりシノンは最高だよ…!!僕と2人で一緒にイこう?

 2人だけの世界に…そうだ!次はもっとファンタジーな所でもいいよ。

 そこで暮らしてさ…子供も作って楽しく暮らそうよ…!」

 

 それは妄想の中の話。

 歪んだ感情が作り出した幻。

 確かに、全てを諦めて恭二の言う世界に逃げても幸せになれるかもしれない。

 たった2人だけの世界に行けたらどんなに楽になれるだろう。

 誰も詩乃の過去を知らず、誰も避けたりはしない。

 共にいる恭二も優しく接してくれるハズだ。

 

 詩乃(「ゴメンね…ユウヤ。せっかく助けてもらったのに…」)

 

 自分にこの先の未来はない。あるのは全てから解放された自由という名の地獄だ。

 それでも、謝らざるにはを得なかった。死銃から命を救ってもらい、生きる意味さえ授けてくれたユウヤに…拓哉に何も返せない事を。

 

 

 諦めないで_

 

 

 詩乃(「…誰?」)

 

 

 諦めちゃダメよ_

 

 

 詩乃「誰…なの…?」

 

 心に直接語りかける声を懸命に探す。折れかかった心を支えてくれるような優しい声はどこから聞こえるのだろうか。

 氷で覆われ、凍てつく闇の世界で蹲っている詩乃はどうする事も出来ない。

 すると、肩に暖かい感触が詩乃の氷を徐々に溶かしていった。

 振り返れば、見慣れた碧髪の少女がそこにいた。

 

 詩乃『!!?』

 

 

 諦めないで…最後の最後まで諦めちゃダメだよ_

 

 

 詩乃『でも…私は…』

 

 

 アナタならきっと出来るわ…だって、私に出来たんだもの…だから、一緒に行こう_

 

 

 手を握られ、ゆっくりと引いてくれる少女に私はただ見つめる事しか出来なかった。

 自分の理想像である少女は私に手を差し伸べてくれた。

 こんな私でも少女は見放したりしなかった。

 碧色の瞳で私に訴えかけてくる。

 こんな所で終わってはいけない…と、こんな所で負けてはならない…と。

 ならば、もう少しだけ頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝田詩乃(わたし)シノン(わたし)になりたくて今日まで戦ってきたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭二「朝田さぁん…朝田さぁん…」

 

 這わした手は次第に胸部に近づき、恭二も息を荒くしながらその時を待つ。

 瞬間、詩乃の瞳が見開き、ありったけの力を振り絞って恭二を突き飛ばした。その勢いのまま玄関まで走る。

 外に出れば助けが呼べる…拓哉が助けに来てくれる。

 恭二も詩乃の行動に目を丸くしたが、ニタァと頬を引き攣らせ、詩乃の跡を追った。

 扉の鍵を開けようとするが、焦っているせいで上手く開ける事が出来ない。

 すると、腰を強引に引っ張られ、その場に倒れてしまった。鈍い痛みと打ち付けた時に体内の酸素が吐き出され、呼吸が荒くなる。

 その原因を作った恭二は詩乃の体を登っていき、詩乃以上に呼吸を荒くしながら迫ってくる。

 

 恭二「ダメじゃないかぁ朝田さん…。勝手な事しちゃぁ…」

 

 詩乃「新川…君。お願い…やめて…!!こんな事はもう…やめよう?

 お医者様になるんでしょ…?なら、こんな事しちゃ…ダメだよ…」

 

 詩乃の言葉を聞いて恭二の動きが止まった。

 医者になる…それがどれだけ恭二を追い詰めていったのか誰も知らない。

 

 

 新川恭二は都内の小さな病院を経営する夫婦の次男として生まれてきた。

 兄である昌一は子供の頃から病弱で、父はそんな昌一に早く見切りをつけて恭二に病院を継がせようと決めた。

 それからというもの、恭二は毎日のように勉学に励み、同年代の友達と遊ぶ事なく、自身の殻に閉じこもっていた。

 そんな生活が続き、3年前に事件は起きた。

 仮想世界に囚われ、ゲームオーバー=現実の死という過酷なデスゲームとなった"ソードアート・オンライン”に兄である昌一が犠牲になったのだ。

 世間では不安に駆られる者、愛する者を囚われ絶望的する者、首謀者である茅場晶彦を憎む者が溢れかえっていた。

 そして、1年前に1人のプレイヤーの英雄的な行いでゲームはクリアされた。

 現実世界に帰還した昌一は恭二にだけ、そこで実際に行われた真実を赤裸々に…武勇伝のように語った。

 

 あっちで人を殺しても罪にはならない…

 人を斬り刻む感触はたまらない…

 死に悶える姿を眺めるのが心地よい…

 

 常人では決して理解出来ない昌一の感情に、恭二はただ憧れを持ってしまった。

 あの世界に囚われていた昌一は人が変わったように生き生きとしていて、それが人を殺した快感によるものだったのは言うまでもない。

 昌一はまたその快感を味わう為、恭二に協力を求めた。

 同じくこの世界に適合していない昌一と恭二は綿密な計画を練って、その舞台をGGOに決め、ゼクシードなどを殺害していった。

 恭二もその快感の虜になってしまい、もう抜け出す事が出来なくなってしまった。

 前々から目をつけていた朝田詩乃をGGOに招き入れ、自分だけのものしたいと歪んだ感情を持ってしまった。

 もうそれ以外に考えられない。医者になんてなりなくもないし、学校のクズ共と一緒にいたくもない。

 ただ自由に、やりたいように生きていく。

 

 

 恭二「医者なんてなる訳ないだろ?」

 

 詩乃「っ!!?」

 

 恭二「僕は朝田さんと一緒に居られればそれで十分なんだ。

 だから、僕の気持ちを受け止めてよ?僕の想いを感じてくれよ?

 朝田さぁん…アサダサン…アサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサン!!!!」

 

 詩乃「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「離れろっ!!!!」

 

 

 詩乃の頭上でゴッと鈍い音がなった。気づけば恭二は顔を抑えてリビングまで押し戻されており、それを追って1人の青年が恭二に掴みかかっている。

 

 詩乃「あ…」

 

 

 キリトは大丈夫だろうけど、シノンの所にはオレが行くよ…万が一に備えるに越した事ないからな_

 

 

 あの時の言葉が鮮明に蘇る。約束とは言い難い簡単な言葉。

 けれど、それを期待していた自分がいた。

 本当に来てくれるとは思わなかった彼は今、目の前にいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「今の内に逃げろ!!詩乃!!」

 

 

 颯爽と現れ、私の危機を救ってくれた拓哉(ユウヤ)がそこにいた。

 

 恭二「…お前ぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 拓哉「ぐっ…!!」

 

 恭二の腕力は拓哉に劣るが、枷が外れたかのような予想だにしない力が込められていた。拓哉も抑え込むのに必死で反撃に移れない。

 

 詩乃「拓哉!!」

 

 拓哉「今の内に外に出て警察を呼ぶんだ!!長い時間止められねぇぞ!!」

 

 恭二「お前がっ!!!アサダサンをっ!!!」

 

 さらに力が込められ、形勢は逆転された。

 拓哉に馬乗りになり、あらん限りの力を込めた拳が拓哉に突き刺さる。

 防御の上からでもお構いなしに殴り続ける恭二は懐から無針注射器を取り出した。

 

 詩乃「ダメよ!!新川君!!」

 

 恭二「死ねぇぇぇぇっ!!!!」

 

 拓哉「っ!!?」

 

 

 プシュっと無針注射器が使われた音がした。

 注射器は拓哉の胸部に押し当てられ、シャツがじんわり滲んでいる。

 

 詩乃「このっ!!!」

 

 一刻も早く適切な処置をしなければ薬が全身に回って死んでしまう。

 リビングに置いてあったラジカセを恭二に叩きつけ、気絶させる事に成功したが、拓哉は打たれた箇所を抑えて呻き声を上げている。

 

 詩乃「拓哉!!」

 

 拓哉「まさか…アイツが…共犯者だったのか…。

 何か…薬打たれたけど…あれが…」

 

 詩乃「喋らないで!!傷口見せて!!」

 

 シャツを巻き上げ、打たれたであろう箇所を確認すると、そこには円形の吸盤が取り付けられ、薬が流れていた。

 

 詩乃「え…?え?」

 

 拓哉「ぐっ…」

 

 詩乃「…ちょっと…これ…。なんなのよ」

 

 拓哉「は?」

 

 冷静さを取り戻した拓哉は注射器で打たれた箇所を確認する。

 そこには病院でモニタリングしていた際に付けられた電極があった。

 多分、倉橋が取り忘れていたものだろうと納得すると、詩乃が眉間にシワを寄せ、涙ぐむ姿があった。

 

 拓哉「…はぁ〜…脅かすなよ」

 

 詩乃「それはこっちのセリフよ!!」

 

 拓哉「すみません…」

 

 詩乃「でも…本当に来てくれて…ありがとう。拓哉が来てなかったら今頃私は…」

 

 拓哉「詩乃が無事ならそれでいいよ。これで…死銃事件は終わったな…」

 

 

 数十分後、連絡した警察官が数名到着し、気絶していた新川恭二を連行していった。事件の概要を知る為、拓哉と詩乃も警察署まで同行し、事情聴取を受ける事になった。

 そして、恭二の兄であり、死銃の新川昌一も自宅で逮捕された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月14日22時00分 東京都 某警察署前

 

 拓哉「やっと終わったぁ!!」

 

 詩乃「…」

 

 長かった事情聴取が終わって、解放された時には既に22時を回っており、そのまま2人はアパートまで帰る事になった。

 今後、新川兄弟の供述から死銃事件は紐解かれていく訳だが、それらはもう警察の役目だ。拓哉が踏み入っていい領分ではない。

 アパートまでの帰り道、互いに沈黙を守り、30分程でアパートに帰ってこられた。

 

 拓哉「じゃあ、今日はこのまま寝ちまえよ?明日はきつかったら学校も休んだ方が─」

 

 詩乃「ねぇ?…今日は…その…そっちにいてもいい?」

 

 拓哉「…は?」

 

 詩乃「まだ震えが止まらないの…。だから…」

 

 詩乃にとって今日の出来事は受け止められない程の恐怖を味わった事だろう。冷静さを装っても詩乃はまだ16歳の女子高生で、全てを飲み込めるまで時間もかかる。

 1人が不安だと思うのも無理はない。

 

 拓哉「分かった。じゃあ、オレが詩乃の部屋に行くよ。自分の部屋の方が落ち着くだろ?」

 

 詩乃「ありがとう」

 

 詩乃の部屋に入り、荒れた部屋を片付けて詩乃は床に伏せた。

 布団に入っても不安が消える事はないが、隣に拓哉がいる。

 そう考えただけで自然と気持ちが楽になるのを感じた。

 

 詩乃「拓哉は…寝ないの?」

 

 拓哉「オレの事は気にしなくていい。詩乃はゆっくり休め。今日1日いろんな事があったからな」

 

 詩乃「…そうね。いろんな事があった…」

 

 瞼を閉じると今日の出来事が細部まで綺麗に映し出される。

 キリトと行動を共にした事…、ユウヤに死銃から助けてもらった時の事…、ユウヤとキリトに自身の過去を打ち明けた時の事…、ユウヤが自分よりも辛い過去があった事…、死銃を倒す為に3人で協力した事…、親友だと思っていた人に裏切られた事…、そして…同じ人に2度も救ってもらった事…。

 数えればキリがない程の出来事がたった半日で起きた。

 でも、それらを経験した詩乃はこれからは前を向いて進んでいけるだろう。過去を払拭する為ではなく、未来を見据えて進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詩乃「ありがとう…拓哉…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月15日15時30分 東京都 某高等学校

 

 朝、目を覚ました詩乃は拓哉がいない事に気づきながらも学校へ行く準備を進めた。

 家を出る時に、隣の拓哉の部屋を伺ったが、留守だった。

 書き置きぐらいしていけばいいのにとも思ったが、心配する事はないだろう。

 高校への通学途中も平穏そのもので昨日起きた事件がまるで夢だったと錯覚させた。

 だが、テレビのニュースで昨日の死銃事件が報道され、クラス内でもその事件で賑わっていた。

 授業も滞りなく進んでいき、あっという間に放課後を迎えると、昇降口で遠藤らが待ち構えていた。

 校舎裏に呼び出され、懲りる事なく、遠藤らは詩乃に恐喝を働いた。

 

 遠藤「今日はこの前みたいに男は来ねぇぞ?」

 

 詩乃「…いい加減にして。私はアナタ達に渡すお金なんて持ってはいないわ」

 

 遠藤「あっそ…。じゃあ、良いもの見せてやるよ」

 

 そう言って遠藤は鞄の中からモデルガンを取り出し、詩乃に銃口を向けた。

 詩乃もそれを見て一瞬たじろぐが、なんとか踏ん張って見せた。

 

 詩乃(「私はもう…迷わない」)

 

 遠藤「ほらほら〜朝田の好きな拳銃だぞ〜?」

 

 詩乃「…」

 

 未だに現実世界で銃口を向けられると吐き気がするし、頭痛も酷くなる。

 だが、いつまでもそれらに屈している訳にはいかない。

 迷わないと誓ったならば、それを行動に移さなければならないからだ。

 遠藤が不敵な笑みを浮かべて引き金を引こうとするが、力を入れても引き金は動かない。何故…と慌てている遠藤にゆっくりと近づき、モデルガンを安全装置(セーフティー)を解除してそれを取り上げた。

 

 詩乃「確かに、モデルガンにしては完成度が高いわね」

 

 そして、両手でモデルガンを固定し、50m程離れた空き缶を照準を合わせ、BB弾を放った。

 カァンと甲高い音を響かせ、空き缶は地面に落ちていった。

 

 詩乃「でも、所詮おもちゃね…」

 

 モデルガンを遠藤に返して詩乃はその場を去っていく。

 その後ろ姿に威圧された遠藤らは膝から崩れ落ち、もう詩乃には関わるまいと心に誓った。

 角を曲がってすぐに脚がよろけ、壁に体を預ける。

 呼吸を乱し、心臓の鼓動も早くなっている。

 

 詩乃「これぐらいで…音を上げられないわ…」

 

 呼吸を落ち着かせ、真っ直ぐ正門を目指した。

 

 

 これからは過去と向き合って生きていこう。弱い私を認められるように…。

 

 

 正門前まで来ると、生徒達が屯しており、何事だと正門に行くと、同じクラスの女子からいきなり声をかけられた。

 

「ねぇ朝田さん!あの人って朝田さんの彼氏?」

 

 詩乃「え?」

 

「正門で朝田さんの事聞いてたよ?すごいイケメンでクールだね!」

 

 詩乃「…まさか」

 

 小走りで正門に向かうとそこにいたのはバイクに腰を預けていた拓哉だった。

 

 拓哉「ん?やっと来たか。遅いぞ詩乃」

 

 詩乃「あ、アンタ…何でここにいるのよ!?ていうか、どうやって学校の場所を…」

 

 拓哉「細かい事は気にする。とりあえず、早く乗れよ?」

 

 言われるがままに拓哉の後ろに跨ると、背後からの生暖かい視線が突き刺さってくる。

 頬を赤くしながら面倒くさい事になりそうな予感がした詩乃を乗せて拓哉はバイクを走らせた。

 

 詩乃「これからどこに行くのよ?」

 

 拓哉「銀座」

 

 詩乃「…は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月15日16時10分 東京都銀座 某カフェ

 

 銀座だけあってビルが立ち並び、すれ違う人の数も計り知れない。

 人混みに迷わないように詩乃の手を引っ張る拓哉は1つのビルの前で止まった。

 見上げれば、超高層ビルが悠然とそびえ立ち、こんな場所に連れて来られた理由がやっぱり分からない。

 

 詩乃「…いい加減何でこんな所に連れて来られたのか教えなさいよ」

 

 拓哉「まぁ、そう焦んなくてもすぐに分かるよ。とりあえず、ここで和人と待ち合わせしてるんだ」

 

 詩乃「和人?」

 

 すると、人混みの中からこちらに手を振る男性が近づいてきた。

 全身を黒でコーディネートし、髪や瞳も綺麗な黒色の中性的な男性だ。

 どこかで見た事あるようなその姿が詩乃をさらに悩ませる。

 

 和人「遅くなったな」

 

 拓哉「オレ達も今来たばかりだ」

 

 詩乃「…ねぇ、誰?この人」

 

 拓哉の袖を引っ張って目の前の少年が誰なのか尋ねると、男性の方から詩乃に話しかけてきた。

 

 和人「現実世界(こっち)じゃ初めましてだなシノン」

 

 詩乃「なんでその名前を…?」

 

 拓哉「GGOじゃ"キリト”って名前だ。詩乃もよく知ってるだろ?」

 

 詩乃「キリト…って、えぇっ!?」

 

 和人「キリトこと桐ヶ谷和人だ。改めてよろしくな」

 

 握手を求められ、詩乃は咄嗟に握り返す。

 確かに、キリトと言われれば似ている点がいくつかある。

 髪の毛は短いが、表情や物腰の柔らかさがそれを示していた。

 キリトと会わせる為にわざわざ銀座に連れて来られたのかと推理するが、ビルの中にあるカフェで今回の件で待ち合わせしている人物がいるらしく、詩乃は何も分からないままビルの中へと入っていった。

 カフェがある階に到着すると、何とも場違いな所に来てしまったと感じた詩乃は拓哉の袖を離そうとはしない。

 

 拓哉「いたいた」

 

 菊岡「拓哉くーん、和人くーん!こっちだよー」

 

 他の客を気にする事なく手を振っている菊岡が拓哉と和人を呼んでいる。

 詩乃は恥ずかしさで下をうつむいているが、拓哉と和人は慣れているようでサクサク菊岡の待つテーブルに向かった。

 

 菊岡「いやぁ、今回はご苦労だったね。和人君も結局事件に巻き込んでしまって申し訳なかった。明日奈君達にも大目玉を食らったよ」

 

 和人「オレは好きでやっただけですから」

 

 拓哉「それより、詩乃に何か言う事があるだろ?」

 

 詩乃「え?私?」

 

 名指しで指名された詩乃がキョトンとした表情で菊岡に顔を向けた。

 

 菊岡「朝田詩乃さん…だったね。今回は我々の調査不足のせいで危険な目に合わせてしまってすみませんでした。心より謝罪します」

 

 詩乃「え?あ、いや!?か、顔を上げてください!!」

 

 拓哉「ここのお代はあの腹黒メガネが持ってくれるから好きなモン好きなだけ頼んでいいからな」

 

 菊岡「腹黒メガネって…まぁ、否定はしないけどさ」

 

 和人「それで…あの後どうなったんだ?」

 

 すると、菊岡は真剣な表情に切り替わり、死銃事件の顛末を3人に説明し始めた。

 

 菊岡「拓哉君が新川恭二を警察に引き渡した後に兄である新川昌一も自宅で逮捕されたんだ。それから、2人に事情聴取を取り、3人目の共犯者である金本敦の存在が明らかになった。SAOでは笑う棺桶(ラフィン·コフィン)の幹部"ジョニー·ブラック”って言えば分かるかな」

 

 拓哉「あの毒ナイフ使いか…」

 

 死銃…赤眼のザザと同じく、Pohと行動を共にしていた麻布の頭巾を被ったプレイヤーだ。

 当時も奇襲、暗殺を得意としており、中でもジョニー·ブラックの使う毒ナイフはSAOの中でも最高ランクに位置するもので、掠りでもすればたちまち動けなくなる。

 そのせいで多くのプレイヤーが毒ナイフの餌食となった。

 

 菊岡「現在も逃亡中で警察が全力で捜索しているよ。君達も充分に注意してくれ。

 特に拓哉君は彼等に恨まれてるからくれぐれも用心してくれよ?」

 

 拓哉「分かってるよ」

 

 詩乃「あの…新川…恭二君は…どうしてますか?」

 

 詩乃の記憶にはまだあの優しい恭二の姿があった。

 狂気を剥き出しにして襲った恭二が本当の姿であって欲しくないと願う詩乃は今、彼がどうしているのか知りたい。

 知らなければならない。

 

 菊岡「彼は精神に異常が見られ、今は警察病院に入院しているよ」

 

 詩乃「面会とかは可能なんでしょうか…?」

 

 菊岡「うーん…今は無理だろうね。

 でも、面会が出来るようになったら私どもから連絡しましょう」

 

 詩乃「ありがとうございます」

 

 

 会ってちゃんと話さなければならない。今の私の気持ちを…包み隠さず、全て…。

 それが私が新川君に出来る唯一の事だ。

 

 

 菊岡「それと、新川昌一から拓哉君宛に手紙を預かった。

 もちろん、ここで破棄してもいいし、読み上げても構わない。

 …どうする?」

 

 拓哉「…」

 

 死銃…新川昌一が拓哉に最後に言った言葉の意味はまだ分からない。

 

 昌一の言うようにこれから先も地獄と呼ばれる出来事が起きるかもしれない。人殺しの罰を…制裁を…オレは受けなきゃいけない時が必ず来る。

 それでも、もう心は固まっている。

 オレは1人じゃない。仲間達が手を差し伸べ、オレを支えてくれている。

 あの世界から繋がり続けたものは今も確かにあると感じる。

 それさえあれば、オレはもう…折れる事はないだろう。

 

 拓哉「あぁ…頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月15日16時40分 東京都銀座 某ビル前

 

 菊岡と別れた拓哉達がビルから出ると、空は茜色に染まり、夕陽がビル群の隙間から輝かしく照れされていた。

 

 和人「これからダイシー·カフェに行くけど…拓哉はどうする?」

 

 拓哉「…悪いけど、オレは行けない。これから人と待ち合わせしてるんだ」

 

 

 まず先に謝らなければならない人がいる。

 仲間に会うのはその後だ。

 

 

 和人「…そっか。じゃあ、行こうかシノン」

 

 詩乃「え?私も?」

 

 拓哉「お前は行くべきだ。行ってお前がまだ得ていない報酬を受け取ってこい」

 

 詩乃「報…酬?」

 

 意味深な言葉を残して拓哉は和人と詩乃と別れ、横浜へとバイクを走らせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月15日18時00分 横浜市 展望台跡

 

 冬の日照時間は短く、つい先程まで茜色に染まっていた空は暗闇に塗り潰され、星が散りばめられている。

 この展望台跡地から見る星空は子供の頃から何も変わっていないと、白い息を吐き出しながら紺野木綿季は静かに眺めていた。

 

 木綿季「…さむ…」

 

 12月も中旬に入り、日々気温は下がっていく一方で、心はどんどん熱くなっていく。

 緊張と期待と少しの不安がそうさせるのか定かではないが、木綿季はここである人物を待っていた。

 約束した時間、場所に必ず来ると言った。

 だから、この寒さにも耐えていられる。もうすぐ最愛の人がやってくるから。

 

 木綿季「…ん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「待たせたな…木綿季…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木綿季「うん…。すっごく待ったよ…拓哉…」

 

 木綿季の目の前に息を切らした拓哉が現れた。

 見た所ここまで走ってきたのが分かると木綿季はクスッと笑みを浮かべた。

 

 拓哉「何が可笑しいんだよ?」

 

 木綿季「ううん。拓哉がちゃんと来てくれて良かったって思っただけだよ?」

 

 拓哉「…そっか。あ、これ…寒いから買ってきた」

 

 そう言って手渡されたのはまだ温かいココアだった。

 手袋をしていないかじかんだ木綿季の手を優しく温めてくれる。

 

 木綿季「ありがと…」

 

 備え付けのベンチに腰を下ろし、缶の蓋を開ける。

 プシュッと空気が抜ける音を聞いて、一口飲んだ。

 甘いココアが口の中に染み渡り、体と心を温めてくれる。

 すると、隣でコーヒーを飲んでいる拓哉を見て木綿季は思わず涙が滲んだ。

 

 木綿季(「やっと…帰ってきてくれた…」)

 

 別れを告げられ、木綿季の前から姿を消して約2ヶ月。

 その間どこで何をしていたとか、何を思って今まで過ごしてきたのか色々聞きたい事があったが、隣に拓哉がいる…それだけで満たされていくのを感じた。

 大好きだから…愛しているから…ずっとそばにいたいから…そう願っているのは木綿季だけではない。

 

 拓哉「…木綿季…」

 

 木綿季「…うん?」

 

 拓哉「…心配かけて悪かったって思ってる。

 学校での事も…それからの事も…死銃の事も…木綿季達に迷惑をかけたくないって思ったから1人になったのに、結局みんなに心配かけて…」

 

 木綿季「…うん」

 

 拓哉「死銃と戦ってる時、右手に懐かしくて暖かい感触があったんだ。その感触は…木綿季と手を繋いでる時に似てた」

 

 それは幻想なのではない。確かにあった暖かな感覚。

 

 拓哉「そう思ったら不思議と体が軽くなった気がした。仮想世界だからそんな事ないハズなのに…。

 それを感じただけで出来ない事はないって勇気が湧いてきたんだ。

 だから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレを支えてくれて…ありがとう」

 

 

 

 

 木綿季「拓哉…」

 

 

 心のどこかで確信していた。

 この手の暖かさは木綿季が現実世界でオレの手を握っていてくれていると。

 木綿季の想いがオレを立たせてくれた事を。

 木綿季の愛情がオレに力を与えてくれた事を。

 

 

 木綿季「…約束したでしょ?拓哉はボクが支えるって。

 だから、どんなに離れていてもそれは変わらない…。ボクの拓哉が大好きな事と同じようにね?」

 

 拓哉「…こんなオレを…愛してくれてありがとう。

 これから何度でも言うよ。未来永劫、オレは木綿季を愛してる」

 

 木綿季「ボクも…拓哉を愛してるよ。世界で1番…拓哉だけを愛する」

 

 

 様々な壁が立ちはだかった。

 それは1人では越えられないものも中にはあった。

 その度に仲間に支えられ、力を貸してもらって乗り越えてきた。

 1人では無理でも2人…3人と仲間の力を借りる事で人は無限の可能性を秘めている。

 オレにとってそれが和人や明日奈…そして、恋人である木綿季だ。

 大事にしたくて…傷つけたくなくて…壊したくなくて…守る為に距離を置いたオレを木綿季達は追ってきてくれた。

 傷ついてもいい…それでも君がいないなんてありえない。

 そう願って木綿季達は隣に立ってくれる。

 

 

 そう考えただけで涙が溢れた。

 すっかり泣き虫になってしまったなと思っていると、木綿季が拓哉を優しく抱き締めた。

 

 木綿季「無茶はもうしないで?どうしてもしなきゃいけない時はボクを頼って?

 今までもそうしてきたでしょ?

 だから、これからだってボクに支えさせてよ?拓哉はボクが支えてあげるから…もう…どこかに行ったりしないでよ…」

 

 拓哉「…」

 

 木綿季の頬を一筋の涙が流れ、その雫が拓哉の頬に落ちていく。

 その涙は暖かくて…尊いものであった。

 

 木綿季「ボク…拓哉がいないとダメなんだよ…。拓哉がいなきゃ…生きてく自信がないよぉ…。ずっと…一緒にいてよぉ…」

 

 拓哉「…あぁ、約束する。もう…どこにもいかない。

 どんな事があっても…絶対に一人にはしない…。

 だから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレと結婚してください…」

 

 

 

 

 

 木綿季「はい…」

 

 

 

 空を見上げれば、2人を祝福するかのように流れ星が落ちていった。

 

 

 

 

 




いかかだったでしょうか?
この1話に詰め込んだ為、いつもよりも長かったかと思いますが、拓哉と木綿季は婚約を交わし、詩乃は新たな1歩を踏み出しました。
これからも拓哉達の活躍をよろしくお願いします!


評価、感想などお待ちしております!


では、また次回!


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OR 罪と罰編 -解ける罰-
【72】謝罪


という事で72話目に突入です!
タイトルの通り、今回の話は拓哉が仲間達に謝罪します。
久しぶりに会う彼らは一体どんな反応をするのか。
そして、罪と罰編の後半戦もスタートしました。
ぜひ、お楽しみに!


では、どうぞ!


 2025年12月16日15時00分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 拓哉「…そろそろ出なきゃな」

 

 時間を見て()()()()()を改めて確認する。今日はこれから御徒町にある"ダイシー·カフェ”に向かい、そこで仲間達に謝罪する日だ。

 今まで拓哉の為に方々まで足を運び、懸命に拓哉の居場所を探そうと頑張ってくれた。そこには感謝しかないし、謝罪を拒む理由もない。

 誰かの為に何か出来る事があるなら無駄だと分かっていても行動に移す…そんな正義感とでも言うべきものを否定するような事は拓哉には出来ない。

 昨晩、木綿季を陽だまり園へ送り届けた際に和人からの着信があった。

 

 

『明日、ダイシー·カフェにみんな集まるんだ。…拓哉も来てくれないか?』_

 

 

 それを聞いた時、スマホを持った手が微かに震えた。

 みんなに会いたくない訳じゃない。

 ただ、まだどんな顔をして…どんな気持ちで会えばいいか分からない。

 特に明日奈と里香には目の前で別れを告げ、他の者よりも思う所があるハズだ。

 

 

 オレは彼らに何て言えばいいのだろうか_

 

 

 そればかりが頭の中をぐるぐる回っている。

 すると、木綿季が拓哉の左手を自分の両手で優しく包んでくれた。

 安心して…大丈夫だから…と、そう訴えてくる木綿季の想いが拓哉を励ましてくれた。

 和人に了承と伝え、ついにその日がやってきた。

 家を出ようと玄関に向かっていると突然インターフォンが鳴り、そのまま応対する。

 扉を開けるとそこには息を切らし、肩で呼吸をしている詩乃の姿があった。

 

 拓哉「どうした?そんなに慌てて」

 

 詩乃「よかった…ハァ…ハァ…まだ出てなくて…」

 

 一旦呼吸を整える為に詩乃は深呼吸を数回繰り返す。熱を帯びた体は12月の寒さも相まってすぐに冷えてきた。

 

 詩乃「…行くんでしょ?…あの人達の所に」

 

 拓哉「!!…あぁ」

 

 詩乃「実は私も呼ばれてるの…。昨日のお礼も言いたいし、拓哉と一緒に来たらってキリト…和人が…」

 

 拓哉「…そっか。じゃあ、行くか」

 

 簡単な身支度を済ませた詩乃を乗せ、拓哉は御徒町へとバイクを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月16日16時00分 東京都台東区御徒町 ダイシー·カフェ

 

 ブォンと周囲の喧騒をかき消しながら拓哉と詩乃はダイシー·カフェの前までやってきた。

 懐かしく、不安な感情がこの店構えを眺めるだけで溢れてくる。

 詩乃に背中を押されながら、拓哉はドアノブに手をかけた。

 

 拓哉(「みんな…どんな顔するんだろうな…」)

 

 意を決し、扉を開く。

 怒声を浴びせられると思い、身構えていた拓哉だが、中には誰もおらず、店主であるエギルの姿も見えない。

 

 拓哉「あれ…?」

 

 詩乃「誰もいないわね」

 

 まだ誰も来ていないのかどうかはさておき、エギルの姿もないとなると不自然だ。

 ただ奥に引っ込んでいるだけならよいのだが、拓哉は不安に駆られた。

 

 拓哉(「まさか…!!」)

 

 

 みんなの身に何が起きたのか_

 

 

 そう考え出した瞬間から拓哉は店内をくまなく探し始めた。

 机の下やカウンターの裏側、厨房にも誰もいない。

 探す場所が他にないか探していると不意に肩に手を置かれた。

 

 拓哉「!!?」

 

 険しい表情のまま振り向くとそこにいたのは食材を山のように携えていた和人だった。

 

 和人「ど、どうしたんだ?」

 

 拓哉「か、和人…」

 

 和人の姿を見た瞬間、肩に入っていた力が一気に抜け、その場にへたりこんでしまう。

 和人と一緒に店内を探していた詩乃が拓哉に駆け寄り、心配そうに気遣う。

 

 拓哉「大丈夫…ちょっと気が抜けただけだ…」

 

 詩乃「とりあえず椅子に座ったら?」

 

 和人「みんなももう少しで来るし、エギルは近くの店に買い忘れを済ませに行ってるからすぐに来るさ」

 

 拓哉「よかった…みんな…何もなくて」

 

 不意に笑みが零れた拓哉を見て、和人と詩乃は顔を見合わせクスッと笑った。

 やはり、拓哉は仲間の事を第一に考えられる優しい人間だと再認識し、拓哉を椅子へ座らせ、自分達も席についた。

 それから数分が経ってエギルが店へと戻ってきた。

 拓哉の姿を見て涙が滲んでいたが、大人の男性らしい態度で拓哉を暖かく出迎えてくれた。

 

 エギル「あんまり心配かけんじゃねぇよ」

 

 拓哉「今後は気を付けるよ」

 

 そして、30分が過ぎ去ってとうとう学生服姿の木綿季達がダイシー·カフェへと到着した。

 

 木綿季「拓哉ー!!」

 

 珪子「拓哉さん!!」

 

 ひより「拓哉!!」

 

 拓哉の姿を見るや否や3人は拓哉に駆け寄り、抱擁などをしてくる。

 珪子に至っては涙を豪快に流し、拓哉の上着を湿らせていた。

 

 珪子「私達…心配したんですよ!!」

 

 拓哉「あぁ…ありがとう。心配かけてすまなかったな…珪子…ひより」

 

 ひより「本当だよ…。でも、よかった…元気そうで」

 

 涙を拭い、満面の笑みでひよりは微笑んだ。

 それを見る度に拓哉がみんなにどれだけ心配をかけたのが嫌でも分かってしまう。

 そんな中、一際険しい表情で拓哉を見つめる2人がいた。

 

 拓哉「明日奈…里香…」

 

 明日奈「…拓哉君」

 

 里香「…」

 

 緊張感が店内を支配し、生唾を飲み込みながら、緊張を誤魔化す。

 2人はゆっくり拓哉に歩み寄り、目の前で止まった。

 瞬間、視界が揺さぶられ、頬に熱い痛みが伝わってくる。

 

 里香「ハァ…ハァ…」

 

 拓哉「…ごめん」

 

 里香「ごめんじゃないわよ!!みんなに心配かけて!!木綿季を悲しませて!!

 アンタがしたかったのってみんなを不幸にする事だったの!!?」

 

 拓哉「…」

 

 違う…そうじゃない…と、言葉に表す事は簡単だ。

 だが、今の里香にそう言っても聞き入れてはくれないだろう。

 それだけの事をした拓哉には里香に何も弁明出来るハズがなかった。

 

 里香「何とか言いなさいよっ!!!」

 

 和人「里香!!落ち着─」

 

 和人が里香を止めようと動くのを里香の後ろにいた明日奈が制した。

 これは必要な事なんだと明日奈は和人に目で訴えてくる。

 それは恋人である木綿季も理解している事で、仕方なく和人は明日奈に従った。

 

 里香「いつも1人で解決しようなんて虫が良すぎるのよ!!

 アンタの力なんて高が知れてるんだから!!」

 

 拓哉「…その通りだ」

 

 里香「っ!!」

 

 パァンと空気が弾ける音が拓哉の頬から響く。勢いを殺せずその場に倒れてしまった拓哉を里香が追撃した。

 

 里香「私達が心配しないように?迷惑がかからないように?…笑わせないでよ!!

 私達の事、全部理解した気になって…そうやってアンタはSAOでも木綿季達に同じ事したんでしょ!!

 いい加減気づきなさいよ!!アンタが私達にとって…どれだけ大事な…仲間か…!!」

 

 拓哉の頬に暖かいものが零れ落ちた。

 それは里香の頬を伝って止めどなく零れていく。

 

 拓哉「…ごめん」

 

 もうそれしか言えなかった。

 里香の気持ちも…みんなの気持ちも、言葉は違えど中身はまったく同じものだ。

 仲間だから…友達だから…心配しない訳がない。

 こんな簡単な事に気づけなかった拓哉に怒りを覚え、同時に悲しくなった。

 里香もSAOで拓哉に間接的に守られていたのだ。

 拓哉が消えた日の後に明日奈に聞かされた。

 笑う棺桶(ラフィン·コフィン)に入る条件として仲間達に危害を加えない事を無理矢理取り付けられ、明日奈の親友の里香にもその魔の手が伸びていた。

 明日奈曰く…あの時、拓哉が自分の身を犠牲にしていなければ今ここにはいないだろう…。

 あの世界で殺され、現実世界に帰ってこれなかっただろう…と。

 それを聞いて里香は自分の無知を恥いて、無力を呪った。

 だから、里香はもう後悔しないと誓った。

 今まで助けてもらった分、今度は私が拓哉を助けてやるんだと明日奈と話したのを思い出す。

 

 里香「本当に…分かってんでしょうね…?次はこんなもんじゃ済まさないんだから…!!」

 

 拓哉「…次は2度と起こしたりはしない。約束するよ」

 

 里香「…あんまり期待しないでおくわ」

 

 精一杯の皮肉も今の泣きじゃくった顔ではあまり意味を成さない。

 それでも、拓哉の目を見てもう迷っていないと分かると里香は拓哉から離れ、明日奈の元に駆け寄る。

 

 明日奈「拓哉君…もう無茶しちゃダメだよ?みんなの為にも…木綿季の為にも」

 

 拓哉「…あぁ。もうみんなに心配させるような事は絶対にしない」

 

 明日奈「うん…。じゃあ、今日は拓哉君と詩乃さんの歓迎会をやりましょ!」

 

 エギル「よしっ!今日は貸し切ってやるからじゃんじゃん楽しんでけよ!!」

 

 和人「オレ達は何かした方がいいか?」

 

 明日奈「料理は私達がエギルさんと一緒に作るから、和人君はクラインさん達に連絡してくれる?」

 

 そう言って明日奈達はエギルに案内され、厨房の方へと姿を消していった。

 残された和人もクライン達に連絡し始め、残された拓哉と詩乃はただ呆然とその場に立ち尽くしてしまっている。

 

 木綿季「拓哉と詩乃さんは座ってていいからね?」

 

 詩乃「私も何か手伝った方が…」

 

 木綿季「いいのいいの!今日の主役は拓哉と詩乃さんなんだから気楽にしてなよ」

 

 木綿季も料理を作る為、厨房へと小走りで向かっていった。

 ただ待つというのはあまり気が引けない詩乃もソワソワと周りをキョロキョロする。

 すると、扉が勢いよく開かれ、朱色のバンダナをした男性が現れた。

 

 和人「早かったな。仕事はいいのか?」

 

 クライン「こんな大事な日に残業なんかしてられっかよっ!!

 …と、それより拓哉は…」

 

 店内を見回すクラインが拓哉の姿を捉え、僅か数mの距離を全速力で走った。

 

 クライン「うぉぉぉぉっ!!!!拓哉ぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 肩を掴まれ、前後に豪快に揺さぶるクラインは涙を流しながら笑っていた。

 拓哉も脳が揺れながらその姿を捉え、クラインにも謝罪する。

 

 クライン「気にすんなって!!でも、今度からは俺達を頼ってこいよ?

 1人でなんて水臭ェ事は言いっこなしだぜ?」

 

 拓哉「あぁ…頼らせてもらう」

 

 クライン「にしても…お前ェ…またえれぇ可愛い娘を連れてきたなぁ…」

 

 拓哉の隣に座っていた詩乃に視線を移す。

 詩乃もそれに気づき、軽い会釈と挨拶を交わした。

 

 拓哉「今回の件で世話になった朝田詩乃だ。…変な目で見るんじゃねぇぞ?」

 

 クライン「俺がいつ変な目で見たんだよっ!!?

 しかし…キリの字もそうだが、なんでお前ェらばっかに寄ってくるんだ?世界は不平等だぁぁっ!!」

 

 詩乃「ひっ!?」

 

 和人「シノンが怖がってるだろ?お前も何か手伝え」

 

 クライン「ひでぇ…」

 

 肩を落としながら和人について行くクラインを見て、不思議と嬉しく感じた。

 こんな風に仲間達と談笑し合い、笑える日が来ようとは当時の拓哉からは想像すら出来なかった事だ。

 

 詩乃「変わってるわねあの人…。でも、悪い人じゃなさそう」

 

 拓哉「普段は締まらないけど、いざって時には頼りになる奴だよ」

 

 クラインだけではない。ここにいる全員が仲間を大事に出来る優しい心を持っている。それで拓哉もどれだけ心が救われただろう。

 きっと詩乃もみんなと打ち解け、仲良くなれるハズだ。

 そう思いながら歓迎会の準備は着々と進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月16日18時00分 東京都台東区御徒町 ダイシー·カフェ

 

 歓迎会の準備が執り行なわれる中、遅れて直人と藍子、直葉に施恩が到着した。

 施恩は涙ながらに拓哉の手を取り、直人は何も言わないまでもその表情で拓哉の身を安心していた。

 兄弟という繋がりが言葉を返さずともその心情が読み取れてしまう。

 3人に謝罪していると厨房から木綿季の元気な声が響いてきた。

 

 木綿季「料理出来たからみんな運んでいってー!」

 

 クライン「おっしゃぁぁっ!!今日は飲むぞぉぉっ!!」

 

 エギル「悪いが今日は酒なしだ」

 

 クライン「えぇっ!!?」

 

 エギルの言い分としては今日の大半が未成年である為、大人であるエギルとクライン、施恩は保護者として責任を持たなくてはならないらしく、そんな中で飲酒などして泥酔すれば、未成年である拓哉達に立つ瀬がないとの事だ。

 クラインも渋々了承し、改めてテーブルに料理などが所狭しに並べられた。

 

 里香「えーコホン…。みんな飲み物は行き届いたわね?

 じゃあ、主役である詩乃に乾杯の音頭をとってもらいましょー!」

 

 詩乃「わ、私っ!!?」

 

 明日奈「頑張ってー」

 

 急に指名され、みんなの前に立った詩乃だったが、恥ずかしさが頭を支配し、上手く言葉が出てこない。

 元来、詩乃は人前に出る事はなく、組織の歯車というイメージで今まで生きてきた。

 目立つ事などが得意でもないからそれでも構わないと思っていた詩乃にとって大勢の前に出て何かを喋ると言うのはかなり勇気のいる事だった。

 

 詩乃「えっと…何言えばいいのよ?」

 

 拓哉「詩乃が思ったままの事言えばいいんだよ」

 

 詩乃「思ったまま…ね。よし…えー…今日は私なんかの為にその…こんな素敵な会を開いてくれてありがとうございます。こんなの今までした事なかったから嬉しいです。じ、じゃあ…乾杯っ!!」

 

「「「乾ぱーい!!!!」」」

 

 グラスがぶつかり合い、甲高い音が鳴る中で詩乃の音頭を皮切りにそれぞれが料理に舌づつみを打った。

 

 詩乃「これ…すごくおいしい」

 

 明日奈「ありがとう詩乃さん。よかったらこっちも食べてね?」

 

 詩乃「ありがとうございます」

 

 明日奈「敬語なんか使わなくていいよー。私達もう友達なんだから」

 

 詩乃「え?…そ、そうね」

 

 友達と言われたのは何時ぶりだろうか。

 あの事件以来友達と呼べる存在が皆無だった詩乃にとって、自分の為に当時の事件の被害者である女性とその娘を探してくれただけでもありがたいのに、ここまで親身になってくれた者はいただろうか。

 友達とはこんなにも心を満たしてくれる存在なのだと、詩乃は改めてそう感じた。

 

 明日奈「じゃあ、私はこれから"シノのん”って呼ぶ事にするね?」

 

 詩乃「え?それはちょっと恥ずかしいわ…」

 

 明日奈「えー?可愛いよーシノのん」

 

 同じ女子である詩乃から見ても明日奈の容姿には目を奪われてしまう。

 そんな彼女が満面の笑みを浮かべていたら誰だって気が動転しない訳がない。

 頬を赤く染めながらも、詩乃は明日奈と一緒に会を過ごした。

 その中に里香や直葉なども混じり、詩乃にとって驚きの連続する1日になるだろう。

 

 拓哉「…懐かしいな」

 

 木綿季「美味しい?今日は結構自信作なんだけど…」

 

 拓哉「あぁ、美味しいよ。懐かしくて安心する味だ」

 

 木綿季「えへへ…そう言ってもらえると嬉しいな…」

 

 たった2ヶ月間木綿季の手料理を口にしていなかっただけなのに、体がそれを欲していたかのように木綿季の手料理を次々口の中に頬張っていく。

 どれもが美味しく、どれもが心のこもったもので拓哉の胃をどんどん満たしていった。

 

 ひより「拓哉、よかったらこっちも食べてみない?」

 

 珪子「わ、私も今日は自信があります!!」

 

 隣からひよりと珪子が手料理を差し出し、拓哉はそれを食べてみる。

 2人の料理も甲乙つけ難い程に美味であった。

 

 

 楽しい時間は過ぎ去るのが早く、気づけば並べられた料理は既になくなり、空き皿だけがテーブル1面に広がっている。

 

 和人「そう言えば…拓哉、お前…学校はどうするんだ?」

 

 拓哉「!!」

 

 施恩「今のところ欠席扱いになってますが、今学期中に復学すれば退学は阻止できます!!」

 

 木綿季「…拓哉」

 

 拓哉「ありがとう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、オレは戻らないよ」

 

 

 

「「「!!!?」」」

 

 拓哉「気持ちは嬉しいけど、やっぱり他の奴らの事を考えたら戻らない方がいい」

 

 確かに、拓哉を仲間と認めているのはここにいる者達だけで、他の帰還者学校の生徒は拓哉を人殺しとしてしか見てはいない。

 それを説得出来たとしても心の中でどうしても蟠りが生まれてしまう。

 

 里香「で、でも…アンタはみんなの為に…」

 

 拓哉「いや…みんなの為にって事もあったが、あれは…オレ自身の為にやった事だ。

 ヒースクリフ…兄貴を止めるのが弟のオレの義務だったんだから」

 

 ヒースクリフ/茅場晶彦を倒し、SAOをクリア出来たのは結果に過ぎない。その過程が拓哉にとって何よりも大事な事だった。

 

 明日奈「…」

 

 木綿季「…拓哉が決めた事…なんだよね?」

 

 拓哉「あぁ…」

 

 こればかりは譲る気はない拓哉に、木綿季も納得せざるを得ない。

 あの学校は拓哉達だけのものではないし、それを強制する権利もない。

 

 木綿季「そっか…なら、仕方ないね」

 

 里香「本当にそれでいいの?話せばみんなだって分かってくれるでしょ?」

 

 拓哉「いいんだ。みんなとこうしていられるだけオレは幸せなんだよ。

 もうみんなが心配する姿は見たくない」

 

 和人「でも、これからどうするんだ?」

 

 拓哉「実はさ、七色が来年の春頃に日本に研究室を立ち上げるんだ。そこに厄介になろうと思ってもう話はつけてる」

 

 それは12月に入ってすぐの事だった。拓哉の所にアメリカにいる七色からメールが届いた。

 そこに書かれていたのは春頃に自分の研究室を日本に作る事と、そこで一緒に働かないかという誘いのものだった。

 当時、学校に戻るつもりもみんなに会うつもりもなかった為、二つ返事でそれを承諾した。

 

 拓哉「それまでは自分なりにVRの研究を進めようと思ってさ。和人の知恵も借りたいんだけどいいか?」

 

 和人「もちろんだ。…オレも卒業したら七色の研究室に行こうかな」

 

 明日奈「…」

 

 木綿季「どうしたの明日奈?」

 

 先程から黙り込んでいる明日奈に違和感を感じたのか木綿季は明日奈に話しかける。

 すると、何か決心したようで明日奈が拓哉に話しかけた。

 

 明日奈「拓哉君…実は大事な話があるの」

 

 拓哉「オレに?」

 

 明日奈「うん…。BoBの中継が終わってすぐの事だったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2025年12月14日20時45分 ALOイグシティ キリトのホーム

 

 アスナ「何とか無事に終わったねー」

 

 リズベット「はぁ…こっちまで緊張が伝わってきたわよ」

 

 BoBの決着は3人同立優勝という結果で幕を閉じ、ALOにいた仲間達も次々とログアウトしていった。

 残っていたのはアスナとユイにリズベット…そして、クリスハイトの4人だけとなっていた。

 

 クリスハイト「じゃあ、僕もここで失礼させてもらおうかな」

 

 アスナ「わざわざありがとうございました…あれ?」

 

 ふと、視界の端にメールアイコンが表示され、開いてみると教育実習生な青柳新からの近況報告だった。

 

 リズベット「あーそう言えば拓哉の事で連絡するとか言ってアドレス交換したんだっけ?」

 

 クリスハイト「おやおや?アスナ君は教師との禁断の恋に─」

 

 アスナ「落ちたりしません!!拓哉君の事で相談に乗ってもらった教育実習の先生です!!」

 

 クリスハイト「教育実習?…どういう事だい?」

 

 リズベット「別に珍しい話じゃないでしょ?学校なんだから教育実習生くらい来るでしょ?」

 

 クリスハイト「…その青柳新って教育実習生について教えてくれないか?」

 

 妙に食いつくクリスハイトの言動にアスナとリズベットは疑問を抱いた。それぐらい総務省に就いているクリスハイト/菊岡誠二郎なら簡単に調べられるハズだ。

 

 アスナ「教えろと言われても、私達の学校に来た教育実習生としか…」

 

 改めて聞かれると、アスナ達は青柳新について実は何も知らない。

 性格や態度など見える部分だけを見ていただけで、内面の部分は一切触れていなかった事に今更ながら気づく。

 

 クリスハイト「()()()()()()()()()()()()()

 

 リズベット「なんでよ?」

 

 クリスハイト「あの学校に赴任しているのは定年退職した教師とSAOに囚われていた教師で固めているんだ。

 もちろん、僕もチェックして問題なしと太鼓判を押した教師だけがね。

 君達にこんな事言うのはあれだけど、あそこは学校であって学校ではない。

 そんな異常な学校に教育実習を依頼する大学はないし、こちらでも制限している」

 

 アスナ「つまり、教育実習生の青柳先生は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスハイト「本来いるハズのない人間だ。僕も教育実習がいると聞いてないしね」

 

 

 

 

 

 途端に頭の中の青柳が黒く塗りつぶされていく感覚が過ぎる。

 総務省の菊岡が知り得ていない人間があの学校に紛れ込んでいる?

 そう考えただけで全身が強ばっていくのを感じた。

 

 クリスハイト「…こちらでも分かり次第連絡するよ。じゃあ、また会おう」

 

 そう言い残してクリスハイトはホームから出ていき、部屋にはアスナとリズベットにユイの3人だけが取り残されていた。

 

 リズベット「…どういう事?」

 

 未だに状況が飲み込めていないリズベットはアスナに説明を求めるが、アスナもまだ考えがまとまっておらず、答える事が出来なかった。

 

 アスナ(「青柳新…一体何者なの?」)

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月16日20時00分 東京都台東区御徒町 ダイシー·カフェ

 

 施恩「新君が…」

 

 明日奈「施恩さん、青柳先生とは子供の頃からの知り合いなんですよね?どんな子だったんですか?」

 

 施恩「新君は昔から礼儀正しくて、イジメなども率先して止めてくれる優しい性格の持ち主でした。

 でも、よく家を飛び出しては1人で黄昏ている時があったようです。

 新君のご両親は当時からぶつかり合って、新君とそのお兄さんも家の隅で丸くなっていたと聞いた事があります。

 だから、新君は暴力に訴える事は許せないと…」

 

 施恩の話を聞く限り、青柳新は昔から今と変わらず好印象を持っているらしく、疑うような事は何一つ出てこない。

 

 拓哉「そのお兄さんって今はどうしてるんだ?」

 

 施恩「…実は、新君のお兄さんは既に亡くなったと…」

 

「「「!!!?」」」

 

 施恩「詳しくは聞いてないんですが、1年半前に…」

 

 1年半前となるとまだ拓哉達がSAOに囚われていた時期と重なる。

 その間に青柳にそのような不幸があったとは施恩に聞くまで知る由もなかった。

 だが、それが青柳が帰還者学校に教育実習に来た理由とどう繋がると言うのだ。

 施恩でさえ、青柳について詳しい事はこれ以上引き出せないと分かると進展出来ない。

 

 拓哉「菊岡の調べがつくまで待つしかないな」

 

 木綿季「そうだね…」

 

 エギル「話もついたようだし、そろそろ解散するか。

 夜も遅いし俺が送っていってやろう」

 

 拓哉「じゃあ詩乃、帰るか」

 

 木綿季「え?」

 

 間の抜けた声を聞いて拓哉は木綿季へ振り向いた。

 いつも木綿季の送迎は拓哉がやっていた為、今日もそうなのだろうとばかり思っていたらしい。

 

 拓哉「ごめんな木綿季。藍子と一緒にエギルに送ってもらってくれ」

 

 木綿季「また…明日も会える?」

 

 もう拓哉が学校に行く事はない。

 つまりは木綿季は拓哉といられる時間が放課後や休日に限られてしまうのだ。

 今まで寂しい思いをさせてしまって申し訳ないと思うがこればかりはどうしようもない。

 だから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「当たり前だろ?明日、学校が終わった頃に迎えに行くよ。

 その後、どこかに遊びに行こうぜ?」

 

 木綿季「!!…うんっ!!!」

 

 明日奈「よかったね木綿季!」

 

 詩乃「…」

 

 そう約束して拓哉と詩乃は自宅である湯島のアパートへと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月16日21時20分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 拓哉「着いたぞ?」

 

 詩乃「ありがと…」

 

 アパートまで帰ってきた2人はそれぞれの部屋へと戻っていく。

 すると、詩乃が扉に手をかけようとすると、何を思ってかそれを止めて拓哉に話しかけた。

 

 詩乃「ねぇ?」

 

 拓哉「ん?」

 

 声をかけたはいいが、何を話していいか考え込んでしまう。

 拓哉も呼び止められ、その後も詩乃からの問いかけを待った。

 しばらくして詩乃が意を決したかのように拓哉に話しかけてきた。

 

 詩乃「あの娘…木綿季?だっけ。拓哉の彼女なの?」

 

 拓哉「あ、あぁそうだけど…」

 

 詩乃「そうなんだ…。可愛らしい娘ね」

 

 拓哉「怒るとめちゃめちゃ怖いけどな」

 

 詩乃「…」

 

 拓哉「詩乃?」

 

 またしても黙り込んでしまった詩乃に近づき、容態を確認しようとすると、突然詩乃が拓哉を強く抱き締めた。

 

 拓哉「!!?」

 

 詩乃「今だけだから…少し…このままでいさせて…」

 

 拓哉「詩乃…」

 

 抱きしめる力が強くなり、拓哉の胸に顔をうずくめる。

 こうしていると拓哉の体温、呼吸、心臓の鼓動が直に伝わってくる。

 暖かさが安心感となって還ってくるこの感覚にどれだけ救われただろう。

 あの日、失意の底にいた拓哉と出会って一緒にGGOをプレイする事になって、死銃の陰謀を共に阻止した戦友にどれだけ慰められただろう。

 

 詩乃(「こんな気持ち…初めてかもしれない…」)

 

 

 生意気で悪戯ばかりするムカつく男にこんなにも頼った事はない。

 隣にいて自分が強くなれたと感じた男はいない。

 彼と一緒に戦ってると不思議と恐怖心がかき消されていくのを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが…恋…というものなのだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ」

 

 PCのモニターに映し出されている記事を読んで思わず舌打ちをしてしまう。

 つい2日前に起こった騒動はネットの掲示板などで"死銃事件”と称され、GGO以外のVRMMOプレイヤーの間で賑わっていた。

 身元などは特定されていないが、GGOで名を馳せたプレイヤーの死亡推定時刻は"死銃”なるプレイヤーの奇怪な言動と時を同じくしている為、誰かが面白おかしく投稿したようだ。

 だが、そんな事はどうでもいい。

 それよりもこの人物が怒りを示しているのは()()()()()()()()()()という事だ。

 実を言うと、この人物は死銃の正体もその実態も知っている。

 それは本当に偶然だった。

 趣味であるネットサーフィンをしている時、猟奇的な言葉を並べていた投稿者に興味を惹かれた。

 個人間でやり取りを交わしている内に、死銃は()()()()に必要だと感じた。

 そこからは死銃のやりたいようにやらせ、自分はそれをただ眺める事に徹底した。

 初めのうちは計画は順調に進み、あと一歩という所まで追い込んだと言うのにそれをみすみす取り逃してしまった。

 それから連絡を取ろうとしたが、一向に返信は返ってこず、おそらくは捕まってしまったのだろうと思った。

 

「…」

 

 計画も最終段階まで筋書き(ロードマップ)は組み上がっている。

 そこにたどり着く前までクリアすべき案件が出来たのは誤算だったが、計画に差し支えはないだろう。

 1週間後に全てが終わる。

 その為の手配も済み、準備も怠ってはいない。

 

「…もうすぐだ」

 

 PCの電源を切り、寝室へと向かう前に明日の準備を済ませよう。

 朝が早いからもう寝ようと部屋の電気を消した。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
詩乃が気づいた感情は決して芽吹く事はないけれど、それでも彼女はその気持ちを抱えてこれからの人生を歩んでいきます。
そんな詩乃をどうか暖かい目で見守ってください!

そして、終盤に出てきた謎の人物。
用意された復讐計画とは…。


評価、感想などお待ちしております!


では、また次回!


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【73】陰謀

という訳で72話目更新です。
これからまたシリアスな展開が広がりますが、合間に和むような話を盛り込んでいきたいと思っています。
今回はシリアス少なめです。


では、どうぞ!


 2025年12月17日08時05分 SAO帰還者学校 高等部2年クラス

 

 詩乃の歓迎会から一夜明けた今日。

 自身の教室に入ってきた明日奈はいつもと変わらずにクラスメイトに挨拶を交わす。席につくと、斜め前に陣取っていた里香からもおはようと声をかけられた。

 

 里香「いやぁ、昨日は楽しかったわねー!」

 

 明日奈「それは里香が拓哉君をサンドバッグにしてたから?」

 

 里香「そ、そんな事してないわよっ!?たった2発しか叩いてないし…ってそれはいいのよっ!!」

 

 冗談を交えた談笑をしている中、前の席から小林が入ってきた。

 

 小林「今日はいつもより盛り上がってるね。どうしたの?」

 

 里香「あー…昨日、明日奈とみんなで集まって遊んでたのよ」

 

 小林に拓哉に会っていたと言えば、眉間にシワをよせ、怪訝そうな表情になる事は明白で、明日奈も里香に合わせて小林に説明した。

 あの歓迎会の中、拓哉はもうここには戻ってこない事を明日奈達に告げた。

 内心ショックを隠せなかったが、それは後悔と悲壮感による選択ではなく、前を向いて未来を歩もうとする選択であった。

 恋人である木綿季もそれに納得し、話はそれで終わるハズだった。

 

 青柳「みなさんおはようございます」

 

「「おはようございます」」

 

 明日奈「…」

 

 教室の前から青柳と施恩が入って来て、それを見るや否や生徒達が各々席へと戻っていった。

 

 青柳「じゃあ、HRを始めます。日直、号令を」

 

 2ヶ月間で青柳もすっかり順応し、クラスの空気にも馴染んでいたが、明日奈と里香、施恩はそれを不審に感じていた。

 正確に言えば、今にして思えばと前につくが、別段青柳に不審な動きはない。

 ただ、菊岡の話を聞いて先入観を抱いてしまったのか青柳の喋る言葉、挙動、身に纏う空気がどれも信用してはいけないとブレーキをかけているのだ。

 

 青柳「諸連絡は特にありません。今日も一日頑張ってください」

 

 気づけばHRは締められ、青柳と施恩は教室を後にした。

 途端に生徒達は1限目までの間、いつもと変わらない談笑に更けていく。

 

 里香「…どう思う?」

 

 その言葉が青柳についてだという事は言うまでもない。

 明日奈もまだ何の確証すら得られていないこの状況で憶測だけで言葉を発する事は出来ない。

 里香もまた同じだ。

 確証がないからこそ、かえって疑ってしまう気持ちが生まれている。

 出来る事なら、菊岡の虚言で済めばどれだけ楽になれるだろうか。

 

 明日奈「施恩さんもそれとなくカマをかけてみるみたいだからまずはそれを待ちましょ?」

 

 里香「でも、そう簡単に尻尾を出してくれるかしら?まだクリスハイトの妄言だって可能性もある訳でしょ?

 あの性格を見せられちゃ100%疑うって出来ないのよね」

 

 明日奈「そうだね…。拓哉君の事にも親身になって相談に乗ってくれるし、私も疑いたくはないけど…」

 

 これ以上の詮索は意味を成さないが、どうしても考えてしまう自分がいる。

 そんな中またしても小林が明日奈と里香に近づいてきた。

 

 小林「結城さん、篠崎さん、今日の放課後クラスのみんなとカラオケに行くんだけど一緒にどうかな?」

 

 明日奈「…ごめんなさい。今日は人と約束してるの」

 

 里香「私も家の用事があるからパス」

 

 小林「…そっか。じゃあまた声をかけるよ。

 でも、もう()()()()の為に何かしてあげるのはやめなよ」

 

 途端に明日奈と里香の表情が険しくなった。

 小林の言うあんな奴とは間違いなく茅場拓哉を示しているからだ。

 拓哉がここを去る前に負わされた小林の頬の傷はまだ癒えていないのか仰々しいガーゼが貼られている。

 それすらも見るのが億劫になると言うのに、小林は完全に拓哉を嫌悪していた。

 無理もない事なのだが、それを友人である明日奈や里香に向かって放つ言葉ではなかった。

 

 明日奈「どういう意味?」

 

 怒りを抑えて明日奈が小林に問う。

 すると、口角を上げて小林は意気揚々と語り始めた。

 

 小林「知ってるんだよ?君達があの人殺しの為に動いているのは。

 大方、奴に弱みを握られて無理矢理やらされてるんだろうけど、屈服する必要はないんだ。

 やっと平和な世界に帰ってきたって言うのにあんな人殺しに邪魔されちゃたまらないよね?

 結城さんと篠崎さんが困っているのなら、僕達が助けるよ」

 

 里香「よくもぬけぬけと…!!」

 

 明日奈「心配してくれなくても大丈夫です。その事はもう解決したから」

 

 小林「え?」

 

 そう言って明日奈は筆記用具を持ち、教室を後にしようとする。

 小林とすれ違いざまに明日奈は一言残した。

 

 明日奈「その傷…いい加減治ってるんじゃない?」

 

 小林「!!?」

 

 教室から出ていった明日奈に遅れながら気づき、里香もその後を走って追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月17日12時30分 SAO帰還者学校 中庭

 

 明日奈「…」

 

 和人「…あの」

 

 明日奈「何…?」

 

 和人「い、いや…別に…」

 

 明日奈「…」

 

 昼休みに入り、いつものように明日奈が待つ中庭に向かっていた和人だったが、中庭でただならぬ雰囲気を周囲に撒き散らしていた明日奈の姿を見て、SAOでの"攻略の鬼”とダブってしまった。

 

 和人(「オレ…何かしたっけ?」)

 

 明らかに怒りをあらわにしているのは見て取れるが、和人の中にその原因はない。

 不安で押しつぶされそうになっていると、明日奈がこちらに気づき、手招きで誘う。

 それすらも恐怖してしまったが、行かない訳にはいかず、覚悟を決めて明日奈が座るベンチに腰をかけた。

 それから10分間、和人はまるで生きた心地がしなかった。

 何か言われる訳でもなく、何か行動する訳でもなく、ただ険しい表情のまま静寂を保ち続けていた。

 

 和人(「この場合は謝った方がいいのか…?

 でも、明日奈が怒るような事をした覚えはないんだけどな…」)

 

 明日奈「…ごめんね和人君」

 

 和人「え?」

 

 謝罪しようかと考えていた時に先に明日奈から謝罪を受けた和人も話の筋が全く見えてこない。

 明日奈は深呼吸をして、昂った気持ちを落ち着かせ口を開いた。

 

 明日奈「別に和人君に怒ってる訳じゃないの」

 

 和人「…何かあったのか?」

 

 明日奈「前に話したよね?拓哉君に殴られた生徒の事…」

 

 和人「あぁ…そんな事もあったな。拓哉を追い詰めて退学に追い込んだ…って」

 

 明日奈「結果的にはそうだっただけだよ。

 でも…あの人から拓哉君に対しての憎しみが強すぎて私と里香にももう関わらない方が君達の為だって言われたの」

 

 先日、拓哉が言った通りの展開になってきた。

 彼を慕うのは昔から彼の人柄に触れ、共に戦ってきたからというのが大前提にある。

 だが、彼ら以外の者達から見れば、拓哉は人殺しを平然とやってのける殺人者としての印象しか持ち合わせていない。

 

 和人「…拓哉も言ってたけど、それは仕方のない事だ。

 彼らは拓哉の本質を知る前に殺人者というイメージがこびりついてしまっている。

 それを拭い去るのは簡単な事じゃない」

 

 明日奈「分かってるんだけど…それでも、友達の悪口を聞くのは良い気分じゃないわ」

 

 和人「オレも同感だよ明日奈…。なんとかしたいとは思ってるんだけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月17日15時40分 SAO帰還者学校 中等部3年クラス

 

 珪子「あれ?木綿季ちゃんは帰らないの?」

 

 HRも終わり、クラスにいた生徒達は自宅へ帰る為その準備に追われていた。

 その中、鞄も取り出さず窓から見える景色をただ眺めている木綿季に珪子は不思議に思い話しかけた。

 

 木綿季「うん。今日は迎えにくるから」

 

 珪子「あっ!もしかして拓哉さん?」

 

 的を得た珪子の答えを木綿季は笑顔で肯定する。

 久しく拓哉と2人でどこか遊びに行く事などなかった分、余計に楽しみで仕方ないという様子の木綿季に珪子も思わず笑ってしまった。

 

 木綿季「放課後、拓哉と遊びに行く約束してるからねー。あーどこ連れて行ってくれるんだろー?」

 

 珪子「いいなー…」

 

 そんな中、木綿季の珪子の元に数人の男子生徒がやってきた。

 彼らは前に1度、木綿季を屋上へ連れ出し、拓哉に暴言を吐いたものだった。

 あれ以降、なりを潜めていた彼らが今更何の用なのかと木綿季と珪子も疑問を隠しきれない。

 

 木綿季「…何?」

 

「紺野さん、またアイツに会うの?」

 

 木綿季「別に…そんなのボクの勝手じゃん」

 

「あんな奴のどこがいいの?人を殺したくせに平気な顔してる奴のどこがっ!!」

 

 木綿季「平気な訳ないっ!!!!」

 

 木綿季の荒らげた声がクラス全体に響き渡り、残っていた生徒達が一斉に木綿季に視線を向ける。

 

 珪子「木綿季ちゃん…」

 

 木綿季「拓哉がどれだけ悩んで…苦しんで…辛い思いしたか知らないくせに…!!知ったような口を聞かないでっ!!!」

 

「そ、そんなの綺麗事だ!!アイツが人を殺した事には変わらないだろっ!!そんな最低な奴の肩を持って意味なんかあるのかよっ!!」

 

 珪子「ふ、2人共落ち着いて!!」

 

 木綿季「肩なんか持ってない!!本当の事を言ってるだけじゃん!!

 それに…拓哉がいなかったら、ここにいるみんなだって死んでたかもしれないんだよ!!?

 拓哉が何の為に危険な事をしたのか考えた事あるの!!?」

 

 こんな事を言っても意味が分からないかもしれない。

 この学校にいる殆どの生徒は中層や下層で生活していた一般プレイヤーで攻略組であった木綿季達の実績は何も知らないのだ。

 二つ名だけが噂となってアインクラッド中に広がっていく中、彼らからしてみればフィクションの世界の話と同意義だろう。

 だから、彼らは信じようとはしない。

 拓哉がやってきた功績を…拓哉が手に入れようと踠き苦しんだ選択を…。

 

「死んでたって…SAOをクリアしたのは攻略組だろ!?人殺しが攻略組にいるハズないだろ!!」

 

 木綿季「だから、攻略組でもトッププレイヤーだった拓哉がヒースクリフを倒したんだ!!ボクはちゃんと見ていたんだ!!」

 

 そう…見る事しか出来なかった。

 体の自由を奪われ、最後の戦いに向かう拓哉を引き止める事が出来なかった。

 ヒースクリフ/茅場晶彦の出した提案はアインクラッドにいる全てのプレイヤーが羨望したもので、それを手に入れる為に消耗した体に鞭打って戦いに臨んだ。

 

 木綿季「75層のボスを倒して疲れ果てた体を奮い立たせてみんなの為に戦ってくれたんだ!!」

 

 本当は行って欲しくなかった。

 相手はSAOの創始者であり、全プレイヤー最強と呼び声も高かった血盟騎士団団長ヒースクリフであったから、正直な所勝てる訳がないと思った。

 現に1度、拓哉はヒースクリフに負けているし、ソードスキルなどの既存の技を全て封じられた拓哉に勝ち目など1割にも満たなかっただろう。

 また地道に100層を攻略組全員で目指せばいいじゃないか。

 またレベルを上げて、強くなって挑めばいいじゃないか。

 それでも、そんな絶望的な状況でも拓哉は戦う事を決めた。

 75層にたどり着くまでに2年もかかって、残りは25層もある。

 それに、現実世界で延命処置を施している肉体の限界もいつやってくるか分からない。

 その変わらない現実を突きつけられた上で、今ここで終わらせる事が最善の選択だと判断した。

 

 木綿季「ここにいられるのは拓哉のおかげなのに…何でみんな…拓哉を責めるの?…拓哉が1度だって君達に何かしたの…?」

 

「そんなの関係ない…。誰だってそう思うだろ?

 人殺しと一緒にいたくないって…なぁみんな!!」

 

 男子生徒がクラスにいる生徒達に賛同を求める。

 困惑しながらも男子生徒の言い分に納得する者、肯定する者が次々募ってきた。

 

 珪子「そんな…」

 

 木綿季「…なんで」

 

 こんな現実はあんまりだ。これでは拓哉が彼らを助けた意味などあったのだろうか。

 そう思わされるこの状況に木綿季は悔しい気持ちで歯噛みしてしまう。

 

 青柳「何の騒ぎですかっ!!」

 

 そこへこの騒動を聞きつけてきた青柳がやってきて、クラスにいた生徒も次々外へと逃げるように出ていった。

 残された木綿季と珪子の元に青柳が事情を聞く為に近づいてくる。

 

 青柳「…何があったんですか?」

 

 珪子「えっと…ちょっと口喧嘩になっちゃって…」

 

 青柳「さっき茅場君の名前を聞いたんですが、君達は茅場君の友達?」

 

 木綿季「…拓哉は何も悪い事してないんだよ。…みんなを守ろうと頑張っただけなんだ」

 

 青柳「…分かっています。茅場君なら大丈夫ですよ!

 なんて言っても彼は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英雄なんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月17日16時00分 SAO帰還者学校最寄り駅

 

 拓哉からの連絡を受け、珪子と青柳に別れを告げた後、木綿季は急いで学校の最寄り駅に向かった。

 先程の事もあって早く拓哉に会いたいという気持ちが足を急がせる。

 走って僅か数分で駅に着いた木綿季は周囲を見渡し、拓哉を探す。

 

 木綿季(「どこ…?どこ…?」)

 

 どうしようもない不安が木綿季の中に押し寄せ、息を荒くしながら拓哉の姿を探す。

 しかし、どこを探しても見当たらず木綿季は思わず涙が滲んできた。

 

 木綿季「あれ…?」

 

 本人でさえ理解出来ない涙の原因を必死に考える。

 拓哉を悪く言われたから?

 拓哉に会いたいから?

 この不安を消してもらいたいから?

 そのどれもが納得のいく答えではないと木綿季は他の原因を模索する。

 本当は分からないのではなく、もう答えを知っていてそれを否定しているから。

 拓哉の全てが善行ではない事ぐらい分かっているつもりだ。

 木綿季達の為とは言え、人を殺した罪がなくなる訳ではない。

 それはどんな理由を並べても許される事のないもので、拓哉自身も罪を償わなければならない。

 だが、その一面だけを知って拓哉の全てを否定するのは間違っている。

 人を殺した事実と拓哉の人柄は全く別の話だ。

 優しく、仲間思いで、誰からも頼られる一面もちゃんと見てほしい。

 それが木綿季の中に押し寄せている不安の原因であり、答えだ。

 

 木綿季「拓哉…拓哉…」

 

 

 彼がいないと生きていけない。

 彼がいないと自分の世界は色を失ってしまう。

 彼がいないと笑えない。

 

 

 他者から見れば根が強く、執着心の塊に見えてしまうがそれでもかまわない。

 それだけ拓哉を愛しているのだから。

 

 

 愛した者と一緒にいたいと思って何が悪い?

 愛した者と離れたくないと思って何が悪い?

 それは人間として当然の感情ではないか。

 

 

 木綿季「…早く会いたいよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「よっ」

 

 突然頭の上に手を置かれ、声をかけられた。

 咄嗟に振り向くと、今まさに会いたいと願った彼がそこにいた。

 

 木綿季「…拓哉ぁ…」

 

 拓哉「遅くなってゴメンな…って、何泣いてんだよ?」

 

 気づけば涙は頬を流れ、袖で拭っても中々止まらない。

 

 拓哉「何かあったのか?」

 

 心配する声にまた涙が溢れる。そこに確かに存在し、触れ合える事に幸せを感じた。

 

 木綿季「…何でもない…もう!遅いよ!!」

 

 拓哉「悪かったって…実は渋滞に巻き込まれちまってさ」

 

 木綿季「言い訳なんて聞きたくないよ!…でも、ちゃんと会えた…」

 

 またいなくなるんじゃないかと片隅で考えていた自分が馬鹿らしくなる。もうそんな事はないと彼と約束したと言うのに、まだ木綿季は拓哉の事を全て把握してはいないようだ。

 でも、これから先だって拓哉を知るチャンスは何度だって来る。

 時間をかけてゆっくり、同じ時間を共有していけばいい。

 

 拓哉「?約束してたし会えたのは当たり前だろ?」

 

 木綿季「鈍感だなぁ…それより早く遊びに行こうよ!!」

 

 

 

 

 君と共にいたいから…ボクはこの手を離さないんだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2017年12月18日13時00分 ALOイグシティ キリトのホーム

 

 ユウキ「フンフンフーン♪」

 

 鼻歌まじりにテーブルに置かれたクッキーに手を伸ばす。

 今日は土曜日という事もあって、ユウキはALOのキリトのホームへと遊びに来ていた。

 

 アスナ「ユウキ、今日は凄く機嫌がいいね?」

 

 ユウキ「え?そうかなー?」

 

 キリト「鼻歌まで歌って、何かいい事あったのか?」

 

 口の中に入った物を飲み込み、何かを思い出す度に頬が緩くなってしまう。

 

 ユウキ「実は昨日ね、拓哉とデートしに行ったんだー!」

 

 アスナ「そうだったの?じゃあ、拓哉君と一緒にいられて嬉しかったんだね」

 

 ユウキ「そうそう!2人で横浜の水族館に行ってねイルカのショーを見たりして、帰りにご飯を一緒に食べたんだー!」

 

 ごく普通のデートプランだが、今まで離れていた分のツケが一気に戻ってきたのだろう。

 拓哉といるだけで幸せの絶頂とでも言うべきものがユウキに押し寄せていたのだ。

 

 キリト「今日タクヤは一緒じゃないのか?」

 

 ユウキ「それがね、みんなに会わせたい人がいるから14時にイグシティにあるリズベットの店に来てくれって…」

 

 アスナ「リズの店に?どんな人だろう?」

 

 キリト「とりあえず、時間になったら行ってみよう」

 

 3人で談笑に耽っていると約束の時間が近づき、イグシティにあるリズベット武具店へと飛んでいった。

 中央通りに店を構えているリズベット武具店の扉を開き、中に入る。

 そこにいたのはピンク色の髪にそばかすを散らした店主であるリズベットがいた。

 

 リズベット「いらっしゃい。よく来たわね」

 

 アスナ「こんにちはリズ」

 

 ユウキ「タクヤはまだ来てないの?」

 

 リズベット「もうすぐ来るみたいよ?さっき、連絡貰ったから」

 

 そんな話をしていると、扉の鈴が音色を響かせた。

 キィィ…と擦れるような音を出しながら久しく見ていなかったALOのタクヤがやってきた。

 

 タクヤ「よっ!揃ってるな」

 

 ユウキ「タクヤー!!」

 

 思わず抱きつこうとタクヤ目掛けて走ると、タクヤの後に可愛らしい水色の猫耳が覗いている。

 

 ユウキ「…あれ?」

 

 咄嗟に急ブレーキをかけたユウキを引かせ、タクヤとその背後にピッタリくっついている猫耳のプレイヤーが店へと入った。

 

 アスナ「タクヤ君、その…後ろにいる人は?」

 

 種族は確実に猫妖精族(ケットシー)なのは分かるが、恥ずかしいのか一向にこちらに姿を見せようとはしない。

 

 タクヤ「おい。今更何恥ずかしがってんだよ?」

 

「だって…私がこんなファンシーな物好きでつけてるなんて思われたくないんだもの…」

 

 タクヤ「仕方ねぇだろ?…てか、性能だけで選んだお前が悪いんだろ?」

 

「仕方ないじゃない!私はALOみたいなファンタジーゲームは初めてなんだから!!」

 

 陰で何やら言い争っているが、こちらもいい加減誰なのか知りたい。

 そんな気持ちが爆発した木綿季はタクヤを無理矢理引っ張って背後にいるプレイヤーの姿を晒してみせた。

 

「あっ」

 

 アスナ「あれ?」

 

 リズベット「…もしかして…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「シノン…か?」

 

 水色のショートカットから生えている猫耳に気を取られていたが、凛とした瞳に長い睫毛、大人しく落ち着いた佇まいからキリトはGGOで共に戦ったシノンの姿を連想させる。

 

 シノン「…こ、こんにちは」

 

 アスナ「やっぱりシノのんだったんだね!」

 

 ユウキ「もしかして会わせたい人ってシノンの事だったの?」

 

 タクヤ「あぁ。GGOもしばらくイベントはないみたいだから誘ってみたんだ。キャラはコンバートだからステータスも申し分ないし、戦闘面もオレが見た限りじゃ問題ないと思う」

 

 死銃事件の後、拓哉は詩乃をALOに誘ってみた。

 最初は戸惑いながらも了承し、2日前に一緒にプレイしてみたが、GGOでの経験を生かして弓矢を装備に持ったシノンの強さは熟練のプレイヤーに引けを取らない程だった。

 

 シノン「改めてよろしくね」

 

 ユウキ「こちらこそよろしくねー!」

 

 タクヤ「ここにいない奴にはまた紹介するから、今日はリズにシノンの武器を作ってもらいたいんだけど…大丈夫か?」

 

 リズベット「えぇ大丈夫よ。武器は弓でいいの?」

 

 シノン「えぇ、お願いするわ」

 

 それからリズベットは工房の方へと篭もり、武器が出来るまでの間、5人は楽しく談笑していた。

 

 ユウキ「そう言えばずっと気になってたんだけど、タクヤとシノンはどうやって知り合ったの?」

 

 シノン「えっと…」

 

 タクヤ「たまたまオレが借りたアパートの隣に住んでたんだ。

 よく顔を合わせるようになって今に至る。

 GGOにもシノンが誘ってくれて、あの時はいろんな意味でシノンには助けられたな」

 

 シノン「ちょっと!いきなり何よ…」

 

 アスナ「ふーん…。でも、タクヤ君ってキリト君並に女の子と知り合うよね?」

 

 男子2人が顔を引き攣らせながら苦笑する中、ユウキはジト目でタクヤを睨んでいる。

 

 ユウキ「シリカやルクスもそうだし…浮気性なのかな?」

 

 溢れんばかりの殺気を放ちながらタクヤに攻め寄るユウキ。

 必死に否定するも、ユウキの殺気は消える事はなかった。

 

 キリト「災難だなタクヤ…」

 

 アスナ「キリト君も人の事言えないよね?」

 

 キリト「…」

 

 黙ってやり過ごす以外にこの場を荒立たせない方法はない。

 タクヤとキリトは肩を竦めながら、ただジッと黙秘を貫いた。

 

 シノン「…でも、私はタクヤとキリトにも感謝してるし、アスナやリズにも感謝してるわ。

 私の過去の事を知っても変わらず接してくれるんだもの。

 今までそんな事なかったから余計にね…」

 

 タクヤ「…」

 

 アスナ「…なんか湿っぽくなっちゃったね?とりあえず、今日はシノのんのクエストに付き合うよ。サポートはまかせて!」

 

 ユウキ「うん!シノンなら何だって出来そうだし、きっと強くなれるよ!」

 

 シノン「…ありがとう」

 

 そんな話をしている、工房から戻ってきたリズベットがシノンに新しい弓を贈った。

 

 リズベット「はいこれ!そこらの店売りよりは強く出来上がってるわ。銘は"トリスタン·ボウ”。命中率を重視して作ってるけど威力もそこそこあるからね」

 

 シノン「ありがとうリズ。大切に使わせてもらうわ」

 

 ホワイトカラーのフレームが輝く弓を装備し、いよいよ6人はクエストに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月18日17時30分 ALO央都アルン正門前

 

 リズベット「お疲れー!」

 

 クエストを終え、一同は央都アルンへと戻り、カフェテラスで勝利の余韻に浸っていた。

 

 アスナ「シノのんもさすがGGOのトッププレイヤーだけあるねー!今日1回も外してなかったでしょ?」

 

 シノン「まぐれよ。それにトッププレイヤーなんて事はないわよ」

 

 ユウキ「でも、攻撃モーション盗んで即死させるなんて凄いよ!!」

 

 クエストの最中、アスナと後衛に陣取っていたシノンはタクヤ達の背後に忍び寄るモンスター達を悉く瞬殺していき、いつもよりもスムーズに攻略が進められた。

 

 キリト「ALO初心者とは思えない堂々とした動きだったよ」

 

 タクヤ「流石は"冥界の女神”だな」

 

 シノン「そんなに褒めても何も出ないわよ」

 

 とは言ったものの、内心褒められて嬉しいと感じているのか笑顔が絶えないシノンにタクヤ達もそれを見て安心した。

 上手く輪に馴染めないんじゃないかと危惧もしていたが、そんな心配は必要なかったようだ。

 

 キリト「はははっ。あ、そうだ…ちょっと試したい事があるんだけどまだ時間大丈夫か?」

 

 アスナ「私はまだ大丈夫だよ。試したい事って?」

 

 キリト「まぁ、成功するかどうか分からないけどな。とにかく、圏外に移動しよう」

 

 キリトに連れられるままタクヤ達はアルンを出てすぐのフィールドにやって来ていた。

 すると、キリトはタクヤ達と距離を取り、剣を抜いて構え始めた。

 

 キリト「アスナ、何でもいいから魔法を撃ってくれないか?」

 

 アスナ「え?いいの?」

 

 キリト「あぁ、種類や属性は気にしなくていいからよろしく!」

 

 アスナも渋々了承し、魔法の詠唱を唱え始めた。

 詠唱が終わる頃には聖属性の光の矢が現れ、それをキリト相手に放った。

 何でもいいと言われたが、もし直撃しようものならタダでは済まされない事態になってしまう為、比較的初級のものを選んだ。

 放たれた光の矢はぐんぐん加速し、50mしか離れていなかったキリトに僅か1秒で到達してしまった。

 

 ユウキ「キリト!!」

 

 名前を呼んだ頃には既に光の矢は爆散し、辺り一帯に土煙がたった。

 全員不安を隠せない状況の中、ただ1人シノンだけが不安とは別の驚愕した表情で土煙を眺めていた。

 

 シノン「まさか…」

 

 リズベット「キリト!!」

 

 瞬間、土煙が2つに斬り裂かれ、その中からキリトが余裕の表情で立っていた。

 

 アスナ「そんな…命中したと思ったのに…!!」

 

 タクヤ「…」

 

 キリト「うーん…まだまだって感じだな」

 

 シノン「アンタ…今のって…」

 

 シノンにはこの状況と酷似した状況を知っている。

 おそらく、タクヤも思い当たる事があるのだろう。そんな表情をしている。

 

 リズベット「い、今のはどうなってんのよ!?」

 

 キリト「あぁ…GGOでさ、銃弾を剣で斬って戦ってたんだけど、正確には銃弾の核に剣閃を入れてたんだ」

 

 ユウキ「えっと…つまり?」

 

 キリト「どんな物にもウィークポイントとなる核は存在する。

 それは魔法でも例外じゃない」

 

 キリトの説明を受け、だんだんと理解し始めたのかユウキ達の表情がみるみる変わっていった。

 

 タクヤ「結果だけ言えば、キリトは魔法を斬ったって事。

 まぁ、魔法を普通の剣で斬れる訳ないから、ソードスキルを発動させたって所か…」

 

 キリト「あぁ。ALOのソードスキルには物理判定に加えて魔法判定もあるからいけると思ったんだ…と言っても、まだ成功率は3回に1回成功するかどうかって段階だけど」

 

 アスナ「それでも凄いよキリト君!!改めてそう感じたよ!!」

 

 ユウキ「…」

 

 アスナ「どうしたのユウキ?」

 

 ユウキは何故か頬を膨らませ、ジッとタクヤを見つめている。

 それに気づいたのかタクヤも慌ててそうなっている理由を聞いた。

 

 ユウキ「…タクヤは出来ないの?」

 

 タクヤ「え?あ…いやぁ…オレには無理なんじゃないか?」

 

 シノン「でも、アンタも離れ業してたでしょ?銃弾を銃弾で撃ち落とすってやつ」

 

 それを聞いた瞬間、ユウキはさらにタクヤに詰め寄り、早くやって見せてと熱い眼差しでサインを送ってくる。

 

 タクヤ「あれは自分もサブマシンガンだったからであって、キリトより剣の才能のないオレには出来ないよ」

 

 ユウキ「やってみなきゃ分からないでしょ!?やってやってやってやって!!!!」

 

 リズベット「やるだけやってみなさいよ。アンタの奥さんがこれ以上駄々コネないようにさ」

 

 タクヤ「…分かったよ」

 

 そう言って渋々ユウキ達から距離を取り、キリトのいた場所につくと拳を構え、準備を整えた。

 

 アスナ「じゃあ行くよー」

 

 先程と同じ詠唱を唱え、光の矢が再度出現してタクヤに襲いかかった。

 

 タクヤ「!!」

 

 瞬間、タクヤは魔法目掛けて走り始め、超高速で距離を詰め、右拳が青白いライトエフェクトを帯びた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、光の矢は粉々に砕け散り、破片が衝撃に耐えられなくなったのか、そのまま爆散した。

 

「「「「は?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、とある部屋の一角でPCのキーボードをタイピングしている音が響き渡る。

 

「…」

 

 慣れたタイピングで文章を作成し、時折見せる険しい表情は誰が見ても恐怖するだろう。

 負の感情が混ざり合い、言葉では言い表せないその表情はある種の崇高な動機からくるものだった。

 

「これで…ダメ押しだ…」

 

 タァンとキーボードがクリックされ、その文書を各種サイトに送信した。

 

 

 これが復讐の最終章だ。

 もうすぐだからもう少し待ってて…兄さん…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何だったでしょうか?
今回は急ぎ目に書いていますので誤字脱字や、意味が分からない箇所があるかもしれませんが、その時は気楽にお知らせてくれると有難いです。


評価、感想などありましたらお待ちしております。


では、また次回!


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【74】暴挙

という事で74話目突入です。
徐々に真相に迫っていく拓哉達と、謎の多い青柳の正体を紐解く74話になっております。


では、どうぞ!


 2025年12月20日12時40分 SAO帰還者学校 中庭

 

 昼休み、今日は中庭に仲間全員でのランチを楽しんでいる和人達の話題は一昨日の事で持ち切りだった。

 

 里香「あんなのチートみたいなもんじゃないのっ!!」

 

 明日奈「確かね…和人君も拓哉君もおかしいよね」

 

 木綿季「ゲームの事になると究めるまでやり尽くすタイプでしょ?」

 

 和人「それはあってるけど…みんなちょっとキツすぎやしませんかね?」

 

 一昨日、ALOで試してみたい事があるとキリトに誘われ、魔法攻撃をソードスキルで破壊するというチート技を披露してみせたキリトと、自信がないと言いながらも自ら難易度を引き上げ成功させたタクヤに見ていたユウキ達は言葉を失った。

 SAOで武器破壊(アームブラスト)を得意とし、反射速度が異常なキリトも、SAOで最速の拳闘士(グラディエーター)のタクヤもGGOでの銃撃戦という経験値があったから出来た事だと口を揃えて言っていたが、いくら経験があろうと誰もが真似出来るようなものではなかった。

 シノン曰く、"この人達は頭のネジが飛んでるのよ”…との事だったが、一同異議なしと言った具合に2人を散々イジっていた。

 

 珪子「す、凄いですね。私には一生真似出来ません…」

 

 ひより「私も見様見真似で二刀流をやってるだけだから無理ですね…」

 

 和人「そんな事ないぞ?練習してコツさえ掴めば誰でも出来るようになるさ」

 

 里香「いや、練習も何も当たっただけで大ダメージなんだけど…」

 

 練習でも1回1回が生死に関わる危険な行為の為、練習だと言っても試してみようとは思わないし、第一に魔法の核と言われてもそれを見極めるのは困難が尽きない。

 

 木綿季「ボクは練習してみようかなー?出来たらカッコいいし、拓哉とお揃いだし!」

 

 明日奈「まぁ、威力を最小限に抑えれば練習は出来るよ」

 

 珪子「そういう問題じゃない気もしますけど…」

 

 冷や汗を流しながら明日奈の意見を聞いていると、和人が何かを思い出したみたいに木綿季に尋ねた。

 

 和人「そう言えば、()()()()()って何だろうな?」

 

 木綿季「ボクも詳しくは聞いてないよ…。今日も一緒に遊ぼうと思ってたから残念でさ…」

 

 明日奈「…」

 

 そんな話をしていると昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響き、楽しい時間を惜しみつつも各々教室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月20日14時00分 東京都銀座 某カフェ

 

 恒例となった高級カフェでの会合は店員からも顔を覚えられ、カウンターに行くや否やすぐにいつもの席へと案内される。

 拓哉はそんな事を考えながら席へとついた。目の前の席には大量のケーキを並べ、それを次々に口へ運ぶ黒縁メガネをかけた男性は紅茶を1口含み、口を開いた。

 

 菊岡「やぁ、よく来たね拓哉君」

 

 拓哉「相変わらずの甘党だな。糖尿病になってもしらないぞ?」

 

 菊岡「大丈夫だよ。これでも毎日ジムに通ってトレーニングしてるからね。体調管理も僕の仕事の1つさ」

 

 スーツの下から力こぶを見せるが、分かる訳でもなく、興味もない。

 拓哉も適当に注文を済ませ、本題に入ろうとした。

 

 拓哉「それで?オレに伝えたい事ってなんだよ?」

 

 菊岡「…帰還者学校に教育実習に来ている青柳新について分かった事がある」

 

 拓哉「…」

 

 明日奈から菊岡の意見を聞いた時、嘘だと言い放った事がある。

 気さくで少し抜けているが、心優しい青年という印象しか持ち合わせていない。

 詳しく青柳について知らないまでも拓哉にはもう交友を深める事が叶わなくなった。

 

 拓哉「本当なのか?青柳先生が何か隠している事があるって…」

 

 菊岡「少なくても教育実習に来たって嘘をついているし、都内の大学全校に聞いてもあの学校に教育実習の申請をしていないと分かった。

 個人情報保護法で彼についてこれ以上は聞き出せなかったが…」

 

 拓哉「…でも、それを今さらオレに言っても仕方ないだろ?オレはもうあの学校の生徒じゃねぇんだから」

 

 菊岡「僕も最初はそう思っていたんだけどねぇ…どうも嫌な予感がしてならないんだよ。ほら、君の周りには事件が多発するから」

 

 拓哉(「十中八九お前からの依頼のせいだけどなっ!」)

 

 キングの事件も、つい先日引き起こった死銃事件も元をたどれば菊岡からの仕事を引き受けた事から始まっている。

 菊岡が事件を押し付けていると声を大にして言いたかったが、周りの客の事も考えてそのまま飲み込んだ。

 

 菊岡「冗談はさておき、この件は明日奈君や里香君、担任の安施恩さんにも伝えようと思ってる。

 青柳新と親密に意見を交換しているみたいだから僕が掴みきれていない情報があるかもしれないからね」

 

 拓哉「…あぁ」

 

 そうだ…。

 もうあの学校に"英雄”などという幻影は存在しないのだ。

 そこでの問題は既に拓哉の手から離れているのだから、これからはあの学校にいる者が自分達の力だけで解決しなければならない。

 

 菊岡「…と、この話はここで締めて…拓哉君はこれからの事を考えているかい?」

 

 拓哉「ん?…春から七色の所で厄介になるつもりだよ。日本に自分の研究室を持つからって誘われたんだ」

 

 菊岡「あちゃ〜…先越されたか…」

 

 拓哉「何だよ?」

 

 菊岡「いや、これからの事を決めてないなら僕の所で働いてもらおうかなぁって思ってたんだよ。

 君も知っての通り、僕の部署の仮想課は人数が圧倒的に足りてないんだ。

 1人でも人材を確保しておかないと回らない程にね」

 

 確かに、SAO事件の際にも菊岡を始めとした少数のチームで病院の手配や、帰還後のケアに奔走していたのは知っている。

 それが今の仮想課の原型である事から拓哉も一時はそこに就職しようとも考えていた。

 総務省も仮想世界とそれに準ずる仮想課をよくは思っていないらしく、仮想世界で問題が起きればその都度解体を迫っていた。

 良くも悪くも仮想世界は常に絶妙なバランスの上で成り立っている為、菊岡に毒を吐く傍ら、仮想世界の存続に貢献している事に感謝している。

 

 拓哉「悪いな。ゲームデザイナーを目指してるオレにとっちゃ、VR研究を先導してる七色の所で学んだ方がメリットがでかいんだ。

 たまにならアンタの仕事を手伝ってやるよ」

 

 菊岡「…それは実にありがたい話だ。ぜひ、これからも末永くよろしく頼むよ」

 

 その話を最後に拓哉と菊岡はカフェを後にし、菊岡と別れた拓哉は真っ直ぐ自宅であるアパートへと帰っていった。

 電車に揺られる事数十分、最寄りの駅で下車し、のんびり歩きながらアパートへと帰る。

 

 拓哉(「帰ってから何すっかな…。木綿季やみんなと会う約束もしてないし、ALOでクエストでもするかな」)

 

 そんな事を考えながら歩いていると、ふと背後からの視線に気づいた。

 それは1人だけでなく、複数人いるようで拓哉も警戒しながら歩いていく。

 このままアパートまで尾けられては何かと問題も起こるだろう。

 路地裏へと曲がり、アパートとは逆方向に走った。

 

 拓哉(「ついてきてるな…」)

 

 逃げられると思ったのか拓哉が路地裏へ消えた瞬間にあからさまに追ってきている。

 人気の少ない方へ逃げていると、閑散な住宅街へと行き着いた。

 どこか開けた場所へ誘導しようとひたすら走っていると、前に5人の不良が拓哉に立ちはだかった。

 

 拓哉「ちっ」

 

「もう逃げらんないぜ」

 

 後退しようとするも、追ってきていた連中も到着し、完全に退路を断たれてしまった。

 

 拓哉「…オレに何か用か?」

 

「あぁ…ここでボコられてくれよっ!!」

 

 突如、立ちはだかっていた男性の1人が拳を振るった。間一髪の所で躱してみせた拓哉だが、それを皮切りに次々と拳が振りかかってくる。

 

 拓哉(「くそっ…!!」)

 

 数えて18人の不良が不敵な笑みを浮かべながら敵意を剥き出しにして迫ってくる。

 拓哉がSAOに囚われる前にも似たような状況に陥った事もあったが、あの時はただ自分の中の怒りを鎮める為にただ無心で拳を振るっていた。

 だが、今はあの時のように怒りを持ち合わせてはおらず、我を失っている訳でもない為、劣勢だと言わざるを得ない。

 

「おらぁっ!!」

 

 拓哉「っ!!?」

 

 頬に鈍い音が鳴り、視界が反転する。

 痛みが広がっていき、思わずよろめいた拓哉は尚も襲いかかる拳を避け続けた。

 

「くたばれやぁっ!!」

 

 暴言が響き渡る中、拓哉は避ける事だけに全神経を集中させる。

 拓哉には拳を振るう理由も誰かを傷つける理由もない。

 彼らが何故自分に襲いかかってくるのかは分からないが、こちらから反撃などはしない。してはならない。

 

 拓哉「ぐっ!!」

 

「いい音したなぁ…!!」

 

 流石にこの人数を1度に相手にするのは限界がある。

 徐々に拳を貰ってしまっている拓哉に苦痛の表情が表れていた。

 

「このっ!!避けんじゃねぇっ!!」

 

「おい!!取り押さえろっ!!」

 

 瞬間、背後から忍び寄ってきた不良2人に両腕を封じられ、身動きが取れない。

 好機と気づいたのか次々と拳や蹴りを拓哉の体に叩きつけた。

 

 拓哉「がっ…!!」

 

「死ぬ寸前に留めろよ?死んじまったら()()()()()()()()?」

 

 拓哉(「バイト…代…?」)

 

 それを得る為にこのような暴力を行使しているのか。

 それを裏で糸を引いている誰かが行わせているのか。

 考えようとしても全身から伝わる痛みで遮断されてしまう。

 

「サンドバッグかよっ!!受けるわー」

 

 拓哉「がはっ…」

 

 口の中で血が溜まり、鉄の味が広がっていく。

 どれくらい振りに傷を負って、血を流しただろうか。

 視界も霞んでいき、意識を保つので精一杯になっていると、1人の不良が笑いながら拓哉に言い放った。

 

「犯罪者予備軍に本物の犯罪者が紛れてるって…笑えるなぁっ!!?」

 

 膝蹴りがみぞうちに入り、拓哉は思わず膝を地につけてしまった。

 

「あのオタク共の通う学校にもお前みたいな奴がいんだなぁ…。

 オタクはキレさせるとタチが悪いって言うが、人殺しまでするなんて怖いわーもう近づけねぇわー」

 

「近づこうなんて微塵も思ってないくせによく言うぜ!」

 

「ったりめーだろ?気持ち悪ぃし、何考えてんだか訳わかんねぇ奴と一緒にいたいか?

 オレはヤダね!見てて吐き気がする!!」

 

 拓哉「て…テメェら…」

 

 脚を震わせながらなんとか立ち上がって見せた拓哉に不良達はニヤニヤと笑いながら眺めている。

 

「あん?何?一丁前に怒ってんのか?図星だからってキレんじゃねぇよ」

 

 拓哉の左頬を不良の右脚が捉え、そのままコンクリートの地面に沈めさせた。かなりのダメージを負ってしまった拓哉は中々立ち上がる事が出来ない。

 子鹿のように手足を震わせながら立ち上がろうとするが、背中から圧力をかけられ、地面に突っ伏してしまう。

 

 拓哉「ぐ…」

 

「流石に"英雄”様も現実世界(リアル)じゃただのラリったオタクだったって事だな!!

 無様だねぇ…こんなボロ雑巾みたいになっちまって」

 

 腕にも脚にも力が入らない。

 為されるがままのこの状況をどう切り開けばいいのだ。

 例え、良心を持ち合わせていない不良でも、拳を振るう訳にはいかない。

 暴力を暴力で解決する事なんて出来ない。

 それでは何も解決しない上に、後悔が重なり続けるだけだ。

 

「あーあ…なんか物足りねぇなぁ…。なぁ?この足であの学校乗り込まね?」

 

 拓哉「!!?」

 

「いいねー!犯罪者予備軍は早めに摘んじまうってか?俺らやさしー!!」

 

「噂じゃ超美人のお嬢様が通ってるってよ?ワンチャン犯っちまうのもアリじゃね?」

 

 心臓が高鳴る。

 激しく脈打つ鼓動が拓哉の感情を荒ぶらせていく。

 

「前にあの学校の女共がビラ配ってんの見たぜ?確かに栗色の超美人がいたな」

 

「俺はあの黒髪ロングの女がタイプだ!赤いバンダナした童顔の!」

 

 拓哉「─ろ…」

 

「あん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「やめろって言ってんだよ…!!」

 

 不良の脚を押しのけて、彼らの前に立ち上がる。

 体中に痣を腫らし、震えた足を自らの拳で強制的に止める。

 その姿にたじろぐ不良達であったが、それも一瞬ですぐに元の表情を浮かべた。

 

「何カッコつけてんだよこのチキン野郎が…。テメェは大人しくくたばっとけよっ!!!!」

 

 最後の一撃と言わんばかりの強烈な拳を拓哉の顔面に繰り出した。

 鈍い音と共に拓哉の血が地面へ飛び散った。

 終わったと不良はこの時思っただろう。

 たかが高校生1人相手をリンチするだけで高額の報酬が手に入るなんて正直馬鹿げていると思った。

 だが、前金として貰った金額は信じるに値するという事実を教えてくれた。

 簡単な仕事だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時までは…─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「アイツらに…手は出させねぇ…!!」

 

 拳の影から覗いている拓哉の鋭い瞳は先程までのものではなかった。

 瞬間、殴りかかった不良の顔面が大きく仰け反り、鼻血を垂らしながら地面に仰向けになって倒れた。

 それをただ固唾を呑みながら眺めていた不良達は拓哉に視線を移す。

 

「なっ…」

 

「は…?」

 

 拓哉「もう…許さねぇぞ…テメェらっ!!!!」

 

 怒号を上げて拓哉は両拳を強く握り、不良達に迫った。

 咄嗟の事で反応出来なかった不良の1人の顔面を右拳で叩き割った。

 確実に鼻の骨が砕けた音が響く。

 それを見てようやく16人の不良は今の状況を飲み込んだ。

 

「て、テメェっ!!?」

 

 拓哉「おらぁぁっ!!!」

 

 襲いかかってきた不良を回し蹴りで退け、次々と不良達を沈めていく。

 反撃を繰り出すも、拓哉は痛がる所かたじろぐ様子さえ伺えない。

 半数を地に伏せさせた頃には既に不良達に戦意など微塵も残されていない。

 だが、逃げようとする不良を拓哉は見逃す事なく、その場で拳を振るった。

 

 拓哉「ハァ…ハァ…」

 

「な、なんだよ…コイツ…!?」

 

「予想よりも強ぇぞ…」

 

 拓哉「全員…逃がさねぇ…」

 

 それから数十分の間、拓哉は拳を振るい続けた。

 何度も…何度も…何度も…。

 仲間に手を出そうとする者を次々と地面に屈服させていった。

 拳には返り血がこびりつき、最早自分の血と区別がつかない程に血を流している。

 痛みが拓哉の思考を単調にしていく。

 

 

 ここでコイツらを止めなければ木綿季やみんなが危険に晒されてしまう。

 どんな手を使ってもここで止めるのがオレに出来る事だ。

 

 

 最後の1人を気絶させた後になってようやく拓哉は正気を取り戻した。

 見渡せば周りには血を流しながら気絶している不良の集団が横たわっている。

 痛みがそれを目に焼き付けておけと囁くように体の自由を奪っている。

 重い足取りで自宅へ目指す拓哉の背中は哀愁漂う寂しいものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月20日16時40分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 詩乃「じゃあまたね。冬休みに入ったら帰るから」

 

 自宅であるアパートの前でスマホの着信を切り、階段をゆっくり登っていく。

 22日から各学校では冬休みに入る。

 詩乃の通う学校も例外に漏れる事なく、冬休みの課題を済ませたら実家のある田舎に里帰りする予定だ。

 前より帰るのが億劫ではなく、清々しい気持ちで祖父母や母に会えるだろう。

 もう詩乃に影はなく、それもこれも拓哉を始め、彼の仲間達と出会えた事が大きいだろう。

 感謝してもし切れない恩を与えてくれた彼らに何か恩返しがしたいが、それはまた拓哉に相談してみようと階段を登りきり、自宅に繋がる通路に差し掛かるとそこには異様な光景が広がっていた。

 

 詩乃「…拓哉…?」

 

 詩乃の隣の部屋に住んでいる拓哉だが、自分の部屋の扉の前に腰をかけていた。

 変に感じて近づいてみると、遠目で分からなかった(おびただ)しい程の傷が拓哉の体に刻まれていた。

 

 詩乃「!!?た、拓哉っ!!?」

 

 鞄をその場に置き去り、拓哉に近寄る。

 近くで見ると傷だけでなく、痣が無数に出来てしまっている。

 揺さぶるのも躊躇う程に衰弱しており、拓哉も気を失っていた。

 

 詩乃(「は、早く手当しないと…!!」)

 

 ゆっくりと拓哉を抱きかかえ、自分の部屋に連れていく。

 とりあえず横にする為にベッドに向かっていると拓哉が気がついた。

 

 拓哉「…うぅ…」

 

 詩乃「拓哉!?しっかりして!!」

 

 拓哉「…し…の…?」

 

 ベッドに横にさせた後、ダイニングに仕舞っていた救急箱をリビングへと持っていき、まず腕や顔の傷を手当していく。

 

 拓哉「痛っ…!!」

 

 詩乃「我慢して!!…それにしても一体何があったの?」

 

 拓哉「…オレにも…よく分かんねぇ…。いきなり…襲われて…」

 

 詩乃「どうして…」

 

 すると、腕の手当をしている時に詩乃は拓哉の拳が異常に傷ついている事に疑問を抱いた。

 

 詩乃「拓哉…まさか、襲われたからアナタも…」

 

 拓哉「…あぁ…。応戦する気…なかったんだけどよ…。ダメだった…」

 

 詩乃「…」

 

 拳は明らかに人を殴って出来た痕や傷で覆われ、他の箇所よりも念入りに手当をした。

 ガーゼを何重にも巻き、全てのガーゼを使い切って両拳の手当が完了した。

 

 詩乃「今度は服の下の傷を手当するから、悪いんだけど…上着脱いでくれる?」

 

 拓哉「い、いいって!後はオレがやるから…痛っ…」

 

 詩乃「まともに動けないんだからじっとしてなさいよ!」

 

 確かに、両腕は手当をしているからと言ってもう感覚すら残ってはいない。これでは物を持つ事も難しいだろう。

 詩乃の言われた通りに上着を脱いで、傷だらけの上半身を晒した。

 綿に消毒液を染み込ませ、背中から傷に塗っていく。

 その時、詩乃は拓哉の背中を見てそれがあまりにも重たいものを背負っていた事を知ってしまった。

 

 詩乃(「昔の古傷がこんなに…!?拓哉は昔から…」)

 

 背中に無数に広がる古傷は詩乃の心を揺さぶるのに充分すぎるぐらい衝撃的だった。

 この傷は何かに抗い続けた為…。

 この傷は何かを探し続けた為…。

 それらを思わせる古傷は拓哉の数奇な運命を物語っていた。

 

 

 彼は今だけではなく、ずっと戦い続けてきたのだろう。

 助けるべき者がいたのかもしれない。

 そのような者がいなかろうと彼は何かを求め、それを手に入れる為に戦ったのだろう。

 この傷からは悲しみと寂しさだけが伝わってくる。

 それは簡単には消える事はないハズだ。

 でも、それでも私達にそんな影を見せる事なく、明るく前向きに振舞っている。

 きっと、私にはこの痛みを共有する事は出来ない。

 いや、もしかしたら誰にも出来る事じゃないかもしれない。

 これは拓哉が己のみに掲げた十字架。

 戒めを己に課し、それを未来永劫忘れないように誓いを立てている。

 

 

 詩乃「…また…私達を守ってくれたの?」

 

 拓哉「…」

 

 答える様子はないが、きっとそうなのだろうと勝手に理解する。

 拓哉が何の意味もなく、拳を振るう訳がないと知っているから。

 何かを守ろうと自らが傷ついているのだから…と、詩乃は手当をしながら拓哉の優しさを垣間見た気がした。

 

 詩乃(「私には何もしてやれない…。彼の傷を癒してあげる事は出来ない…。私が拓哉の事をどんなに想っていても適わない事…。

 でも、それでも…私はアナタを支えてあげたい…。

 昔の傷は癒してあげられないけど、これから彼に傷を負わせないように支えて生きていきたい…」)

 

 拓哉が詩乃の背中を支え、押してくれたように次は詩乃が支え、背中を押せるようになりたいと強く願った。

 

 

 木綿季には悪いと思っている自分もいるが、それでも私はアナタが好き。

 こんな気持ちになったのは生まれて初めてだ。

 この気持ちは絶対に叶う事はないし、この気持ちを打ち明ける事はおそらくこの先もないだろう。

 でも、だからと言って拓哉を支えない理由にはならないし、支えてはいけない理由にならない。

 

 

 詩乃「終わったわ」

 

 拓哉「悪いな…助かったぜ」

 

 詩乃「…無茶はしないで」

 

 拓哉「…あぁ」

 

 不意に頭を撫でられ、頬を赤くした詩乃だったが、それはとても暖かくて気持ちのいいものだった。

 

 詩乃(「これからは私もアナタを支えるから…!!」)

 

 手当を全て終えて拓哉が自分の部屋に戻ろうとするが、体中に痛みが走り、録に歩けなかった。

 詩乃はその状態では1人でいる方が悪いと言って今日はここで安静するように拓哉を呼び止めた。

 

 拓哉「いや、でも…流石に悪ぃよ」

 

 詩乃「勘違いしないで。そんな大怪我してたら、何も出来ないでしょ?

 ある程度回復するまでは身の回りの世話ぐらいしてあげるって言ってるの。

 それとも何?私に世話されちゃいけない理由でもあるの?」

 

 拓哉「いや…そんな事ねぇけどよ…」

 

 すると、拓哉のスマホが鳴り始めた。

 画面には木綿季の名前が表示され、すぐに着信に出た。

 

 木綿季『もしもし?拓哉?今からみんなでカラオケに行くんだけど拓哉も一緒に行かない?』

 

 拓哉「あー…悪い。今日はちょっと無理だ。まだ用事が済んでなく…ってあれ?」

 

 スマホを背後から詩乃に取り上げられ、電話口にいる木綿季に話し始めた。

 

 詩乃「もしもし?木綿季?私、詩乃だけど…」

 

 木綿季『あれ?詩乃?なんで拓哉と一緒にいるの?』

 

 詩乃「拓哉は今、大怪我してるから外を出歩けないの。

 もし良かったらでいいんだけど、コッチに来て拓哉の身の回りの世話を手伝ってくれないかしら?」

 

 木綿季『えっ!!?大怪我って…なんで!!?』

 

 詩乃「詳しい事は直接聞いて。私には何も言わないし、彼女になら話すかもだから」

 

 勝手に話が進んでいき、木綿季がこちらに来る事を了承した上でまたしても勝手に電話を切った。

 

 拓哉「なんで木綿季に言っちまったんだよ!?」

 

 詩乃「当たり前でしょ?木綿季には隠し事しないんでしょ?」

 

 拓哉「だからって心配させたりしたくなかったんだよ…」

 

 詩乃「そう思うのは当たり前だけど、アナタの非常事態に何も知らなかったなんて…木綿季が知ったら余計悲しむでしょ?

 いい加減学習しなさい」

 

 詩乃の言っている事が正論だと分かってしまってから拓哉は何も言い返せなかった。

 それから1時間ぐらいが経った頃に木綿季と和人を含めたメンバーが到着した。

 

 木綿季「拓哉っ!!?」

 

 抱きつこうと飛びかかるのを咄嗟に明日奈が引き止め、全員が詩乃の部屋へと入ってくる。

 1DKに8人となると流石に狭くなってしまい、肩身を狭くしながらテーブルを囲む形で座った。

 

 木綿季「こんなに怪我して…何があったか話してくれるよね…?」

 

 拓哉「…」

 

 木綿季「…拓哉…」

 

 拓哉「…分かったから、そんな心配そうな目で見つめるな」

 

 詩乃の淹れてくれたコーヒーを1口含み、拓哉は今日起きた事を木綿季達に話し聞かせた。

 

 和人「問題はそのバイト代を出してる奴が一体誰なのか…だな?」

 

 里香「それこそ青柳って事はないの?」

 

 明日奈「まだ何とも言えないよ」

 

 瞬間、木綿季と明日奈のスマホからストレアとユイが声を上げた。

 

 ストレア「みんな!!ネットにこんな記事が!!」

 

 ストレアが木綿季のスマホにある掲示板を映し出し、そこには帰還者学校の実態や拓哉のSAOでの殺人歴が書かれており、それらの投稿に対するコメントが記載されていた。

 

 木綿季「これって…!!」

 

 ユイ「私とストレアで前に投稿された掲示板のコメントを洗っていた時に見つけました。拓哉さんのSAOでの殺人歴も間違えは見られません」

 

 珪子「でも、それは総務省の役人さんが止めていてくれてたんじゃないんですか!?」

 

 和人「いや…、例え総務省が止めていたとしても、遅かれ早かれ出回っていた事だ。

 ()()()がいるからな…」

 

 里香「どういう事よ!?」

 

 明日奈「…SAO帰還者(サバイバー)…」

 

 ポツリと明日奈の呟いたワードが全員に広がり、和人もそれを肯定するかのように話を続けた。

 

 和人「あの事件を知っているのは聖竜連合と当時の討伐隊…そして、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)だけだ。

 その内の誰かが情報を流したと見て間違いないだろうな」

 

 拓哉「…」

 

 木綿季「なんで…そんな事を…」

 

 拓哉「…オレが憎いからだろうな…」

 

 詩乃「拓哉…」

 

 拳の痛みが拓哉の神経を逆撫でさせる。これは仕方のない事だと言ってしまえばそれで終わりだが、これ以上被害が広がれば、木綿季達だけでなく、あの学校に通うSAO帰還者(サバイバー)にも及ぶだろう。

 

 ストレア「IPアドレスを辿ってみたんだけど、ロックがかかってて誰なのか特定は出来なかった…」

 

 木綿季「そっか…ううん、ストレアが無事ならそれで大丈夫だよ」

 

 拓哉「あぁ。ストレアの身が1番だからな。あんまり気にするな」

 

 和人「…本格的に潰しに来たな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月20日17時30分 SAO帰還者学校 職員室

 

 施恩「新君…」

 

 青柳「施恩姉さん…じゃなかった。どうかしましたか?施恩先生」

 

 施恩「誰もいないし昔みたいに姉さんって呼んでいいわよ?」

 

 夕陽が差し込む職員室。

 偶然にも職員室の中には誰もおらず、施恩と青柳だけが書類の整理をしていた。

 

 施恩「教育実習は明後日の終業式までよね?」

 

 青柳「うん…。せっかく馴染んできたのになんだか寂しいな」

 

 施恩「そっか…。時間が経つのは早いわね」

 

 青柳「…姉さん、覚えてる?昔、兄さんと3人でよくゲームしてた時の事」

 

 突然、昔話をし始めた青柳に施恩も驚いたが、青柳の表情を見て昔を思い出すように話し始めた。

 

 施恩「改君はゲームが得意でよく2人で改君に挑戦してたよね?

 いつもハメ技決められてボロ負けしてね…あの時は悔しかったなぁ」

 

 青柳「そうだね…。あれは卑怯だったけど、そんな事をしなくても兄さんは強かったし、僕も楽しかった…。

 あの時に戻れるのなら戻ってやり直したいよ…」

 

 施恩「…そうだね」

 

 インスタントコーヒーを飲み干し、職員室を後にしようとする青柳を施恩は咄嗟に引き止めた。

 

 施恩「新君!!…改君が亡くなったのは…もしかして…」

 

 青柳の兄である青柳改は子供の頃からかなりのゲームマニアで新作からレトロゲームまで全てに精通していた。

 そんな彼が()()()()()に注目しなかった訳がない。

 そして、今から1年半前に亡くなったと聞いた時からその考えは頭の中にあった。

 

 青柳「でも…あの時には戻れない。…だから、せめて兄さんが生きていたって証は残しておかないとね」

 

 そう言い残した青柳は職員室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
拓哉に迫ってきた不良達を雇ったのは一体誰なのか。
意味深な言葉を残して去った青柳の真意とは…
次回は終業式前に一気に展開していきますのでよろしくお願いします。


評価、感想などありましたらお待ちしております!


では、また次回!


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【75】贖罪

という事で75話目に突入です!
このシリーズもいよいよクライマックス。
青柳の真実…拓哉の出す答え…木綿季達の思いを綴りましたのでお楽しみに!


では、どうぞ!


 2025年12月20日21時00分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 拓哉「あの…もう大丈夫だから帰ってもいいぞ?」

 

 詩乃「…」

 

 木綿季「…」

 

 和人達が帰った後、まだ体力が回復していない拓哉の介抱をする為に隣の部屋に住む詩乃と恋人の木綿季は拓哉の部屋に移動して身の回りの世話をしていた。

 詩乃はともかく木綿季には陽だまり園で帰りを待つ家族がいる。

 拓哉もその事を木綿季に言ったのだが、何やら不機嫌な表情で"ボクとは一緒にいられなくて詩乃とはいいんだ?”…と、正直お手上げの状態に陥っていた。

 

 拓哉「本当にいいのか木綿季?森さん達や藍子も心配してるんじゃ…」

 

 木綿季「さっき、姉ちゃんに連絡して先生の許可も取ったから大丈夫だもん」

 

 拓哉「許可って…ここに泊まるつもりか?」

 

 木綿季「何か問題があるの?」

 

 問題はいろいろある。

 恋仲とは言え、未成年の男女が一つ屋根の下で寝泊まりするという事もそうだし、体力も回復して最低限の日常生活は確保している訳だから木綿季と詩乃に介抱してもらわなくてもいいのだ。

 だが、それをそのまま2人に伝えるのも悪い気持ちがある。

 2人は拓哉の身を案じて介抱してくれているのであって良心以外に何もやましい事はない。

 

 拓哉「流石にオレの部屋には寝させられねぇよ。…悪いんだけど詩乃、木綿季を今晩泊めてやってくれないか?」

 

 詩乃「あら?私もこっちの部屋にいるつもりだったんだけど?」

 

 目を丸くして詩乃を凝視する。咄嗟に幻聴でも聞こえたのかと詩乃に確認を取ったが、幻はまぎれもない現実だったらしい。

 

 拓哉「オイオイ…悪い冗談だろ?この狭い部屋に3人も寝られる訳ねぇだろ!?

 それに一応オレ怪我人なんだぞ!!お前らをベッドで寝させられねぇし、学校だってあるだろっ!!?」

 

 詩乃「別にいいわよ。1日ぐらい寝なくたって死にはしないわよ」

 

 木綿季「そうそう!学校だってここから行けるしね!」

 

 拓哉「いやいや…正直言って男の身としては女子2人と一緒に寝るとか精神的にもキツいの!?分かりますか!!?」

 

 詩乃「変な目で見ないでよ…」

 

 木綿季「流石にそれは引くよ…」

 

 拓哉「出てけっ!!!!」

 

 痛む体を推して木綿季と詩乃を外へ放り出した。

 扉をガンガン叩く音が響いたが、今の時間と近所迷惑を察して渋々詩乃の部屋へと帰っていった。

 

 拓哉「ハァ…ハァ…怪我人にはきついぜマジで…」

 

 息を切らしながらまだ全快していないのを再確認して、再びベッドにゆっくり横たわった。

 詩乃の手当が的確だったのか、最初の頃に比べて痛みはさほど感じない。

 その後の2人の介抱もそれを促していただろう事は明確で、いつもならまだ寝る時間ではないが、大人しく寝ようと照明を消して就寝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木綿季「…追い出されちゃったね」

 

 詩乃「…冗談が通じないんだから」

 

 拓哉の性格からしてこの状況になる事は想定済みだった為、木綿季と詩乃もそれ程落ち込んではいない。

 まだ寝るには早いので、これを機に仲を深めようと女子会を開く流れになった2人はリビングに行き、コーヒーとお菓子を揃えてテーブルに座った。

 

 木綿季「そう言えば、こうやって2人で話すのってなかったよね?」

 

 詩乃「確かね…まだ出会って日が浅いっていうのもあるけど。…でも、初めて木綿季に会ったのはもっと前なのよ?覚えてる?」

 

 木綿季「えっ!?本当に?どこで?」

 

 詩乃「駅で木綿季が明日奈達とビラ配りしてた時よ。まぁ、覚えてないのも無理はないけど…」

 

 木綿季「そうだったんだ…。全然気が付かなかったよ」

 

 それから2人は互いの事や、これからの事について語り合った。

 もっと早く出会えていれば、今とは違う世界が広がっていたのかもしれない。

 だが、それはただの幻想で今この時間こそが詩乃が生きる世界だ。

 だから、今はこの出会いを素直に喜ぼう。

 

 木綿季「もしかしてだけどさ…詩乃は…拓哉の事…好きなの?」

 

 思わず口に含んだコーヒーを吐き出しそうになったが、それを何とか堪え、頬を赤くしながら木綿季にそれを否定した。

 

 詩乃「な、な、何言ってるよ!!?確かに…性格は悪くないと思うけど、別に拓哉の事をそんな風に見た事はないわ…」

 

 木綿季「…そうなんだ」

 

 拓哉の恋人である木綿季には絶対に言えない。

 この想いは決して咲かせてはならない…本来は枯らせてしまわなければいけない花の蕾。

 だから、言えない。口に出してはいけない。

 

 詩乃「…木綿季こそ、拓哉のどこに惹かれたの?」

 

 木綿季「えぇっ!?言わなきゃダメー…?」

 

 詩乃「まだまだ寝るには早いし、女子会って言ったらこういう話が定番なんでしょ?

 私はした事ないから分からないけど」

 

 木綿季「そうだねー…じゃあ、まずはボク達が初めて会った頃からかなー…」

 

 SAOで初めて拓哉と会った時の事、拓哉達と共に初めてフロアボスに挑戦し、その後も2年間行動した事などを赤裸々に語った。

 詩乃は時折相づちを打っている。

 拓哉からSAOの頃の事は概ね聞いていたが、木綿季視点で聞いてみるとまた違った内容に思えて少し楽しかった。

 それと同時に拓哉と木綿季がどれだけ危険で壮大な世界で生き抜いてきたのか改めて実感した。

 

 木綿季「…って感じかな」

 

 詩乃「昔から拓哉は無謀だったのね」

 

 木綿季「それでも、拓哉はボク達を守ってくれた。どんな事があっても最後はボク達の所に帰ってきてくれた。

 無茶ばっかりして待ってる方は心配しっぱなしだけどね」

 

 詩乃「…それは言えてるわね」

 

 時計に目をやれば既に0時を過ぎており、明日も学校を控えた2人は慌てて就寝の準備に取りかかった。

 風呂に入ってすぐに布団の中に身を縮こませ、照明を消す。

 

 木綿季「おやすみ詩乃」

 

 詩乃「おやすみ木綿季」

 

 今にして思えば詩乃の部屋に友達を泊まらせたのは今日が初めてだった。

 忘れていた友達との関係性を懐かしく思いながら詩乃はそっと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月21日08時00分 SAO帰還者学校 職員室

 

 朝の職員会議の前に青柳は校長室に呼ばれ、そこで校長と話をしていた。青柳がこの学校に教育実習生として通い始めて2ヶ月が経ち、明日の終業式でそれも終わる。

 労いの言葉をかけようと校長は青柳を呼び出していた。

 

「青柳先生、教育実習も明日の終業式で最後ですね。いやいや、時間が経つのは早い」

 

 青柳「はい。校長先生や他の先生方には本当によくしてもらえました。

 生徒達もみんな素直で…正直、ここを離れるのが辛いです」

 

「それはこちらも同じですよ。生徒からの評判もいい青柳先生はきっと他の学校に行っても上手くやれます。

 自信を持ってこれからも頑張ってください」

 

 青柳「ありがとうございます。失礼します」

 

 青柳が職員室を後にし、自分の席で荷造りをしていると、隣から施恩がその手伝いをしにやってきた。

 

 施恩「いよいよ明日だね」

 

 青柳「うん…。施恩姉さんともしばらく会えないね」

 

 施恩「寂しくなるなぁ…。これからの事は考えてる?」

 

 青柳「まだ何も…。今、やらなきゃいけない事があるからね。

 それが終わるまではこれからの事なんて考えられないんだ」

 

 それが一体何なのか施恩には分からない。

 明日奈達が言うように本当に青柳が拓哉を追い込んでいるのか、探り探りで青柳を調べているが未だにまだ何も分かっていない。

 だが、1つだけ…青柳が昔とは違うという事だけ分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月21日12時20分 SAO帰還者学校 高等部1年クラス

 

 昼休み間近の4限目、不意に和人のスマホが震えた。

 

 和人(「菊岡…?」)

 

 彼からの電話は常に嫌な予感が付き纏っている。

 そんな電話には出たくもないが、何か重要な情報を提供してくれるかもしれないという期待感が和人の手を出させた。

 昼休みに入ってすぐに菊岡へ電話をかけると1コールしてすぐに繋がった。

 

 菊岡「和人君!なんでさっき出てくれなかったんだい!?」

 

 和人「いや、まだ授業中だったし…ってそれより一体何の用なんだ?」

 

 菊岡「あぁそうだった!和人君、SAOで拓哉君が殺してしまったプレイヤーの名前は分かるかい?」

 

 突然何を言い出すのかと思った和人だったが、菊岡の声を聞く限り冗談で聞いている訳ではなさそうだ。

 記憶の奥を掘り出し、当時の名前を探し出す。

 

 和人「えっと…アルゴに聞いた事があったな。

 確か…"アルジュナ”と…"ブルータス”だったかな」

 

 菊岡「…なるほど、やはりか」

 

 和人「やはり…って何が?」

 

 菊岡「聖竜連合の"ブルータス”…その名前をデータベースで検索してみると、とても驚くべき事が分かったよ。

 本名は"()()()”。ごく普通の家庭で育ち、両親と弟の4人家族だったが、彼が小学生低学年の頃に交通事故で両親は他界…その後は母方の祖父母の所で暮らしていたようだ」

 

 和人「ちょ…ちょっと待ってくれ…。青柳って…まさか…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 菊岡「…拓哉君が殺してしまったブルータスは青柳新の実の兄という事だ」

 

 それはとても信じ難い真実だった。

 ならば、青柳の目的も拓哉の復讐によるものだと断定してしまう。

 昨日、拓哉が言っていた"バイト代を出す黒幕”と青柳が同一人物だという可能性が一層濃くなった。

 

 和人「じゃあ、ネットに拓哉の事を書き込んだのも…」

 

 菊岡「断定は出来ないが十中八九青柳の仕業と見て間違いないだろうね」

 

 和人「…復讐…か」

 

 菊岡「…おそらく」

 

 止めなければならないと分かってはいる。

 だが、青柳の行き場を失った憎悪はどこに行ってしまうのだろう。

 無差別にそれを行使し、関係のない人々に被害が出る事も考えられる現状で拓哉になんて説明すればいいのだろうか。

 拓哉の性格上、この真実を知れば青柳の怒りを自分だけで受け止めようとするハズだ。

 

 和人「拓哉にはこの事は伝えたのか?」

 

 菊岡「いや…事だけに拓哉君には知らせられないよ。直人君からも釘を刺されたしね。

 僕としても拓哉君にこれ以上危険に晒したくない」

 

 和人「…分かった。ここから先はオレ達で何とかしてみせる。

 菊岡さんは拓哉にこの事を伝えないでくれ」

 

 そう告げて菊岡との電話を切り、すぐに中庭のベンチで待っている明日奈の元へと急いだ。

 予想通り、中庭のベンチには明日奈が弁当を持参して待っていた。

 

 明日奈「和人君?そんなに慌ててどうしたの?」

 

 和人「あ、あぁ…ちょっとな。明日奈、今日の放課後時間あるか?」

 

 明日奈「う、うん。大丈夫だけど…何かあった?」

 

 和人の態度で何かを察したのか明日奈の表情も固くなる。

 

 和人「…実はさっき菊岡から連絡があった。

 拓哉が笑う棺桶(ラフィン・コフィン)にいた頃に殺してしまったプレイヤーの中に…青柳先生の兄弟がいたんだ…」

 

 明日奈「え…」

 

 先程の和人のようなリアクションを見せる明日奈は生唾を呑んで和人から視線を外す。

 

 明日奈「そんな事って…」

 

 和人「確か、教育実習は明日までだよな?」

 

 明日奈「…そのハズ…だけど」

 

 和人「多分、明日…青柳先生は何らかのアクションを起こすハズだ。

 だから、オレ達でそれを阻止したい」

 

 明日奈「和人君…」

 

 和人の気持ちももちろん分かる。

 だが、青柳の心情を考えれば中々前に踏み出せないでいる。

 仕方なかったとは言え、肉親を殺した人物が目の前にいれば憎しみが生まれるだろう。

 明日奈でさえ、両親や兄を殺した人物がいたとして和解出来る自身はなかった。

 

 和人「…明日奈の言いたい事も分かるよ。オレも復讐に走るかもしれない。

 だけど、復讐は何も生まない…。あの世界でそれを嫌という程思い知らされた。

 だから、青柳先生を止めてやらなくちゃいけないんだ。拓哉にとっても…青柳先生にとってもそれが1番の選択だ」

 

 明日奈「…そうだよね。みんなには私から伝えるから和人君は先に行ってて」

 

 和人「あぁ。場所はいつも通りダイシー・カフェに集まろう。

 エギルに迷惑かけるけど、拓哉の為なら協力してくれるハズだ」

 

 そうと決まればその後は早かった。

 昼食を早めに済ませ、教室に戻って里香や珪子、木綿季、ひよりに今日の事を伝えた。

 周りの生徒の目がある為、青柳については触れずに放課後ダイシー・カフェに集まるようにとお茶を濁した。

 すぐに了承を貰い、その後の午後の授業に臨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月21日17時00分 東京都台東区御徒町 ダイシー・カフェ

 

 和人の招集でダイシー・カフェへと集まった木綿季達は1つのテーブルに座り、和人の口が開くのを待っていた。

 

 和人「みんな、今日は急に呼び出してすまなかった。

 でも、大事な話をみんなに聞かせなくちゃいけないんだ」

 

 木綿季「話って…?」

 

 和人「拓哉が昔、SAOで殺してしまったプレイヤーの中にブルータスって名前のプレイヤーがいたんだ」

 

 里香「確か、その人ももう1人も聖竜連合に所属してたのよね?」

 

 明日奈「うん。でも、彼らは聖竜連合とは別に犯罪者(オレンジ)ギルドにも所属してたの」

 

 和人「そのプレイヤーの身元が分かったんだ。

 …ブルータスは青柳先生の実の兄だった」

 

「「「「!!!?」」」」

 

 その場の者全員が顔を青ざめ、生唾を飲み込む。

 そんな悲劇があってたまるかと、ここにいる誰もが思っただろう。

 拓哉は木綿季達を守る為に、ブルータス達を殺してしまったのだから。

 それは逆に言えば、木綿季達のせいでブルータスを殺させてしまったと言えなくもない。

 ならば、罰を受けるのは拓哉だけでなくここにいる全員が受けなければならないじゃないか。

 木綿季は歯を食いしばり、自らの無力さを呪った。

 あの時、もっと力があったら…あの時、事前に笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の魔の手に気づいていれば…と、幕を閉じた演目に改善点を見つけるが如く、無駄な後悔に陥る。

 

 珪子「この事は拓哉さんには…」

 

 和人「伝えてない…。菊岡にも口止めしてもらってる。

 そして、教育実習が終わる明日の終業式に青柳先生が最後に何か騒動を起こすかもしれない」

 

 ひより「なら、もう時間がないじゃないですか!?」

 

 木綿季「…和人、ボク達は何をしたらいいの?」

 

 明日の終業式まで1日を切ったこの状況では出来る事も限られている。

 時間が刻一刻と迫っている中、和人は沈黙を破った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 和人「明日…全校生徒の前で拓哉とオレの過去を打ち明けようと思ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日奈「!!?」

 

 里香「和人の過去って…?」

 

 明日奈「和人君!?本当にいいの!!?あれは和人君にとって…」

 

 その先に綴る言葉が口から出てこない。

 和人もそれを汲んだのか明日奈の頭を優しく撫でた。

 

 和人「大丈夫だよ。…拓哉だけに辛い思いはさせられないんだ。

 オレも同じなのに拓哉だけ責められるのはこれ以上耐えられない」

 

 明日奈「和人君…」

 

 和人「みんなにもいつか話そうと思っていたんだ。別に隠してた訳じゃない。

 ただ…勇気がなかっただけだ」

 

 それから和人はSAOで起きた過去を語った。

 明日奈と別れ、ソロプレイヤーとして無茶なレベリングをしていた事。

 偶然助けた"月夜の黒猫団”というギルドに勧誘され、レベルを偽って行動を共にした事。

 その慢心が彼らを全滅させてしまった事。

 愛した者達を死なせてしまった事を和人は拳を握りながら語った。

 木綿季達はただジッと黙ったまま和人の言葉を聞いていた。

 誰しもあの世界で後悔を抱えていなかった訳じゃない。

 言われもない中傷も、己の傲慢さも突きつけられながら生きていた。

 そんな地獄で幸せを掴んだのはごく1部だろう。

 だが、幸せを掴む前に絶望したのは数え切れない程いたハズだ。

 

 和人「だから、オレはついてると思う。明日奈やみんなに…拓哉に出会えた事はどんな事よりも輝いて、手放したくない大切な宝物だ。

 きっと、SAOで生きてきた学校のみんなだってちゃんと話せば分かってくれる。

 みんな…道は違えどあの世界で共に生きた戦友だから…」

 

 明日奈「…」

 

 木綿季「うん…」

 

 エギル「あぁ…!その通りだ…!!」

 

 攻略組として果敢にボスに挑んだ和人達も、生産職として常に攻略に励むプレイヤーを支えてくれた里香達も、誰もがあの世界で戦っていたのだ。

 それはここにいない者達にも同じ事が言える。

 

 木綿季「…ありがとう和人。拓哉の為に辛い過去を話してくれて」

 

 和人「いいんだ…拓哉には返しきれない程恩があるからな。

 だから、アイツには幸せになって欲しい…ならなくちゃいけないんだ。

 もう…ボロボロだからな」

 

 ひより「…はい…!!」

 

 珪子「私達で…支えていきたいです…!!」

 

 エギル「これ以上アイツばかりに無茶はさせられないからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月21日19時00分 SAO帰還者学校 職員室

 

 生徒は既に下校し、教師陣も既に退勤した後の職員室。

 青柳新は自前のPCで最後の仕事に取り掛かっていた。

 

 青柳「…」

 

 ふと、スマホの壁紙に設定している家族写真に目をやった。

 そこには高校3年生だった自分と大学を卒業し、これから社会に踏み出そうとしていた兄が満面の笑みで写っている。

 幼少期に両親を交通事故で亡くし、祖父母と共に今まで生きてきた青柳にとって唯一の肉親であった兄はとても尊敬に値するものだった。

 子供のようにはしゃぎ、ゲームをこよなく愛し、弟である自分を何より可愛いがってくれた。

 だが、不幸は幾度となく彼らを襲った。

 SAOに囚われ、その世界で命を落とした兄。

 もう戻ってこないと現実を受け止められなかった。

 

 

 何故、兄がこのような目に合わなくてはいけない?

 

 

 兄が死んだ後も青柳はそれをずっと考え、大学に入学してもその答えは見つからなかった。

 そんな最中、偶然にもネットである記事を見つけた。

 内容は…自分はSAOという地獄を楽しく生きたというものだった。

 その書き込みに溢れんばかりの怒りを感じたのは今でもハッキリと憶えている。

 思わずその書き込みをした相手に個人チャットで怒りをぶつけてしまった。

 送信した後で正気に戻った青柳だったが、意外にも相手方は冷静な返答を送ってきた。

 それから頻繁にその人物とやり取りを行い、どこにも公表されていなかったSAO内の情報を提供してくれた。

 後に起きた死銃事件と呼ばれる狼煙を上げたのは自分だと…そこで俺はあの世界を再現してみせると…この人物は本気だと驚いた。

 そして、兄がよくゲームキャラに使用していた"ブルータス”というキャラネームを聞いた時、怒りの炎はついに自分の心から溢れてしまった。

 復讐の炎は咆哮し、兄を殺した人物に制裁を下す事を誓った。

 それが、SAOの英雄で茅場晶彦の実の弟であった茅場拓哉だった。

 大学にもパイプを持っていた青柳にとってSAO帰還者学校に教育実習に来る事は簡単なもので、誰にも怪しまれる事なく潜入出来た。

 偶然、幼少期の頃から親しかった安施恩がいたのは予想外だったがそんなのは関係ない。

 もう青柳には復讐の2文字しか頭になかったのだから。

 

 青柳「…」

 

 既に荷造りを終え、後は復讐を果たしてここを去るだけだ。

 

 青柳「…兄さんにしたように…僕もお前に地獄を見せてあげるよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月21日19時30分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 自分の部屋のベッドに横たわり、見慣れた天井を見つめながら拓哉は物思いにふけていた。

 

 拓哉「…」

 

 偶然とは言え、ダイシー・カフェであのような真実を知ってしまってから拓哉はどうすればいいのか分からなかった。

 青柳の実の兄をこの手にかけてしまった事実が青柳を復讐の悪鬼に変貌させてしまった罪悪感と、それを償う責任感が拓哉の中で渦巻いている。

 

 拓哉(「オレは…どうすれば…」)

 

 体の痛みがその考えを阻害し、より濃い復讐の色が表れる。

 青柳はもう誰に何と言われようと止まる事はないだろう。

 いや、自分自身でも手綱から離れた復讐心を止められないのだ。

 色々な手を使って拓哉を襲ったのがその証拠で、そうさせてしまった原因が自分にある事も拓哉は知っている。

 その火の粉が木綿季やみんなに降りかかるのではないかという不安も相まって拓哉は答えを出せないでいた。

 そんな時、インターフォンの音が鳴り響き、重くなっている体を起こし、玄関の扉を開いた。

 

 詩乃「こ、こんばんは…」

 

 拓哉「どうした詩乃?また宿題でも手伝ってもらいたいのか?」

 

 詩乃「ち、違うわよ…ただ…その…1人でご飯食べるのもアレだったから…一緒にどうかなって…思っただけなんだけど…」

 

 照れくさそうにしている詩乃の手には夕飯のおかずを入れたタッパーがあった。

 今までそんな事を言って来なかった詩乃なのだが、拓哉も1人で悶々と考えているだけじゃ何も解決しないと悟り、詩乃の誘いを受ける事にした。

 

 拓哉「とにかく上がれよ。オレも誰かに話したいと思ってたんだ」

 

 詩乃「あ、ありがと…」

 

 詩乃を自宅へ招き入れた拓哉は急須にお茶を入れ、リビングに待つ詩乃の湯呑みに淹れる。

 茶葉の匂いを鼻腔に通らせ、熱いお茶を口の中に流し込む。

 冷えた体が内から温められていくのを感じながら、詩乃が持ってきた夕飯を小皿に取り分けながら詩乃は言った。

 

 詩乃「さっき、話したい事があるって言ってたけど…何?」

 

 拓哉「あ、あぁ…詩乃はさ、もしも…詩乃にとって大切な人を殺めた人が目の前にいたら…どんな反応する?」

 

 詩乃「何よ急に…物騒ね。…そうね、私は多分許せないと思うわ。

 だって、私の大切な人を殺したんでしょ?…一生恨み続けるかもしれない。許す事なんて…出来ないと思う」

 

 拓哉「そう…だよな…」

 

 何を聞いているんだ、と我ながら馬鹿らしい質問をしたと苦笑する。

 そう思って当然だ。

 誰でも大切な人を殺めた人物が目の前にいれば怒りを覚え、憎しみを抱くに決まっている。

 そう思うのが当たり前で、復讐を誓うのも必然だと言っていいだろう。

 

 拓哉(「やっぱり…オレは…」)

 

 詩乃「…でも、それは私が何も知らない体での話よ?」

 

 拓哉「え?」

 

 詩乃「もしかしたら、殺してしまった事に理由があるのかもしれないじゃない。

 殺した事自体はどんな理由があろうとも許される事じゃないわ。

 でも、何も知らないまま憎しみを抱くのはもっと許されない…。

 何かの間違いであったり、不幸にも偶然殺めてしまうなんて世界には5万とあるわ。

 だから私は、何故殺してしまったのか理由や経緯を聞いてからじゃないとその先は分からない。

 許せないにしても…その程度は変わってくるから」

 

 拓哉「…」

 

 詩乃の言った事はあくまで個人的な思想であり、一般的な答えではない。

 誰もがそのように考えていれば、世界に争い事は存在しないからだ。

 だが、詩乃の言うように殺した結果だけでなく、その過程もしっかり把握すれば、今よりも憎しみの花は咲かないハズだ。

 青柳の復讐の花は開花し、もう後には引けない所まで来てしまっている。

 拓哉に出来る事は自ずと1つだけだった。

 

 拓哉「ありがとう…詩乃。参考になったよ」

 

 詩乃「まぁ…わたしのはあくまで個人的見解だけど…アナタの役に立てて嬉しいわ」

 

 拓哉「…これすげぇ美味いな!また今度作ってくれよ?」

 

 詩乃「はしゃぎすぎよ。…えぇ、また今度ね」

 

 今はまだ答えは1つしか見つけられないが、後悔しても…絶望しても…進むべき道は変わらない。

 その道をどう歩くかは自分次第だ。

 次はない…後はない…そう考えながら詩乃との晩餐を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
青柳の陰謀が拓哉に迫りつつある中、木綿季達がそれを阻止する為に立ち上がります。
次回かその次の話でこのシリーズは終了します。
キャリバー編前に番外編や短編を挟む予定ですのでよろしくお願いします!


評価、感想などありましたらお待ちしております!


では、また次回!


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【76】傷だらけのヒーロー

というわけで76話目に突入です!
前回にここで終わるみたいな事を言いましたが、予想以上に内容があり、今回に収めきれませんでした。
なので、次回で必ず終わらせますのでよろしくお願いします!


では、どうぞ!


 2025年12月22日07時10分 SAO帰還者学校 カフェテラス

 

 冬の冷たい風は体を突き抜け、行動を遅らせる。

 まだこの時間では登校する生徒は1人もおらず、閑散としたカフェテラスには和人達以外誰もいない。

 外は日を妨げる分厚い雲に覆われ、より一層気温を下げた今日。

 SAO帰還者学校は終業式を1時間半前に控え、明日からの長期休暇に胸を踊らせながら登校してくる生徒が大半だろう。

 和人達も例外に漏れる事なく、明日からの予定も考えていた。

 だが、その明日を迎える前にどうしてもやらなくちゃいけない事がある。

 

 施恩「何とか校長先生から許可を頂きました」

 

 明日奈「ありがとうございます」

 

 自前で持ってきていた紅茶を仲間達に配り終えた明日奈が口を開く。

 自ずと冷えた体を暖める為、紅茶を含む。

 

 里香「じゃあ、後は実行あるのみね」

 

 和人「あぁ」

 

 短く里香の言葉を肯定した和人を珪子が心配そうな目で見つめている。

 

 珪子「でも、本当に大丈夫ですか?和人さんって人前に出るの苦手なんじゃ…」

 

 珪子の言う通り、和人は元来人の前に立って指示をしたり演説をしたりする人種ではない。

 幼少期から人との接し方に四苦八苦してきた和人にとって人生初の大仕事だというのは間違いないだろう。

 すると、和人の向かいの席に座っていた木綿季が隣にいる珪子の肩を叩いて言った。

 

 木綿季「ボクもいるから大丈夫だよ。コミュ障が出てもちゃんとフォローするからね」

 

 和人「頼もしいけど期待せずにいるよ」

 

 木綿季「ぶー!」

 

 明日奈「私と里香と施恩さんはその間に青柳先生に本当の事を聞くよ」

 

 出来る事なら和人の側で見守っていたい。

 過去を告げるというのは予想以上に辛く、和人の精神を疲弊させるからだ。

 何かあった時に支えてあげたいのはやまやまだったが、和人は大丈夫と一言だけ明日奈に告げてこの計画を立てた。

 

 ひより「いよいよ…」

 

 施恩「これでみなさんの気持ちが変わればいいですけど…」

 

 和人「…やるだけの事をやるだけだ。もうオレ達にはそれ以外出来る事はない」

 

 結果は何も変わらないかもしれない。

 他の生徒の拓哉に対する評価は覆らないかもしれない。

 けれど、それでもやならければならない。

 最高の友人をただの殺人者にしたくない一心が和人達を突き動かす。

 その思いが1番強いのは恋人である木綿季だろう。

 もう不幸を味合わせたくない。

 もう傷ついて欲しくない。

 もう悲しみを背負わせたくない。

 

 和人「拓哉はどうだった?」

 

 木綿季「うん。昨日の夜に電話したけど普段と変わらなかったよ。

 …隣に詩乃がいたのが少し気になるけど」

 

 里香「あれー?もしかして、ヤキモチ妬いてるんですかー?」

 

 木綿季「そ、そんなんじゃないよっ!?…多分」

 

 明日奈「はいはい。そろそろ他の生徒達も登校して来るだろうから解散しよっか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻_

 

 

 2025年12月22日07時10分 東京都文京区湯島 某アパート

 

 小鳥の囀りが朝が来た事を告げ、軽く欠伸をして関節を伸ばす。

 詩乃の学校は今日の終業式を終えれば晴れて冬休みに入り、クリスマスや正月といったイベントを楽しめる。

 詩乃も冬休みの宿題を早く片付けて実家がある田舎に帰省する予定だ。

 しばらくこの部屋を開けるので学校が終わって帰ってくれば大掃除にも取り掛からなければならず、今日1日忙しくなりそうだ。

 

 詩乃「準備しなきゃ」

 

 クローゼットに掛けられたシャツとブレザーを身にまとい、朝食を簡単なもので済ませた詩乃は身支度を整え、少しの間コーヒーブレイクを楽しむ。

 毎朝の日課になったこの時間は実に清々しく、1日の始まりを告げる儀式のようなものになっていた。

 ふと、何もないハズの壁に視線を移す。

 この壁の向こうにまだ間抜けな顔で寝ている拓哉がいると考えると、途端に笑みが零れる。

 今までは別に何も感じなかったのだが、ここ最近…主に死銃事件以降、それは頻繁に起きるようになった。

 きっと、今の自分が充実している事と拓哉に対する恩義や友情があるからだろうと、心の奥にしまい込んだ感情を敢えて含めずに考えた。

 そんな事を考えていると、時計は出発の時刻を指し、詩乃は玄関の扉を開けて青空から降り注ぐ朝日を浴びながら外の空気を体内に循環させる。

 すると、隣の玄関からガチャ…と鍵が解錠される音がした。

 

 詩乃「あれ?」

 

 拓哉「よっ、おはよう詩乃。今から学校か?」

 

 詩乃「あ、アンタ…その怪我でどこに行く気よ?」

 

 五体満足と言えど、体中に巻かれた包帯が拓哉の状態を物語っている。

 まだ2日しか経っていないのにそんな傷だらけの体でどこに向かうと言うのだろうか。

 病院までタクシーなり使っていくのかとも考えたが、左手にヘルメットを抱えているからそれは除外される。

 だとすれば、痛む体を推してバイクでどこに行く気なのかと詩乃は尋ねた。

 

 拓哉「ちょっとツーリングでもしようかなぁ…って。ほら、今日天気もいいしさ」

 

 詩乃「馬鹿じゃないの!?そんな怪我で事故にでもあったらどうする気よ!!大人しく療養しなさい!!」

 

 拓哉「心配すんなって!これくらいの傷で寝てられっかよ。いい加減体動かしたいと思ってたんだ」

 

 詩乃「呆れた…。動かすにしてもまずは怪我を治してからでしょ!」

 

 2日前にはまともに歩けなかった者が何を言うか…と、呆れながら拓哉に注意する。

 だが、拓哉は一向に部屋へ戻ろうとはしなかった。

 瞬間、拓哉のまとう空気がピリついたのを感じた。何かあったんじゃないかと聞こうとしたが、咄嗟に言葉を飲み込み、別の言葉を投げかけた。

 

 詩乃「…学校に…行くの?」

 

 拓哉「!!…あぁ」

 

 木綿季達からある程度の事情は聞いている。

 拓哉のSAOでの殺人歴が他の生徒に広まり、みんなに不安をかけたくないという罪悪感で学校を中退してしまった事。

 それを促した主犯が拓哉がSAOで殺めてしまったプレイヤーの身内かもしれないという事。

 その身内かもしれない人物には同情するが、拓哉は好きでその人を殺した訳ではない。

 拓哉は仲間を守る為に罪を犯してしまったのだ。

 罪がないと言えば嘘になるが、拓哉を庇うなら脅されて仕方なく手にかけてしまったとしか詩乃には言えない。

 けれど、その事情を知らずに拓哉を罵ったその学校の生徒には怒りを覚えた。

 誰も人殺しの言う事など聞かないし、耳を貸さない。

 真実を語っても誰も信じようとはしない。

 そういった先入観が拓哉をあそこまで追い詰めたとしたならそれは許されない事だ。

 出来る事なら今すぐに言って抗議してやりたい所だが、拓哉はそれを了承しないだろう。

 

 詩乃「…途中まで一緒にいかない?」

 

 拓哉「…」

 

 首を縦に振り、拓哉と詩乃は最寄りの駅まで一緒に行く事になった。

 その道中、2人の間に会話などは一切なく、ただならぬ空気が蔓延している。

 

 拓哉「…今日って終業式だっけ?」

 

 詩乃「え、えぇ。ここら辺の学校は大体今日か明日ぐらいじゃないかしら?木綿季にもそう聞いたから多分間違いないと思うわ」

 

 拓哉「あぁ…知ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、今日しかないんだ…」

 

 

 

 

 

 様々な想いが交錯し、それぞれが答えに向かって歩み、答えにたどり着こうとしている。

 これから先、何が起きるか分からない。

 ある者は平穏という名の理想を掴むかもしれない。

 ある者は贖罪という名の未来を掴むかもしれない。

 ある者は復讐という名の勝利を掴むかもしれない。

 誰もが自身の望む結果を求めて奔走し、努力を惜しまないだろう。

 だから、何度だってぶつかり続ける。

 理想も、未来も、勝利も、全ては自身の為。

 それだけが彼らに出来る唯一の手段であり、進むべき道なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月22日08時20分 SAO帰還者学校 体育館

 

 終業式まで後30分を切った頃、和人と木綿季は事前の打ち合わせ通りに体育館の舞台裏で待機していた。

 

 木綿季「緊張してる?」

 

 和人「緊張しない方が不思議だよ。オレは基本裏方仕事が性に合ってるからな」

 

 木綿季「そっか…そうだよね。和人は昔から陰でコソコソしながら攻略したり、レベリングしてたもんね」

 

 和人「別にコソコソなんかしてないぞ?ソロの方がいろいろ都合がよかったんだよ」

 

 そのおかげで当時の明日奈には苦労や不安をかけていたのは仲間達の間では周知の事実だ。

 拓哉でさえ、レベリングの時は木綿季達と共に行ってきた手前、和人の行動は些か1人よがりだったのかもしれない。

 けれど、その無茶は仲間を守り抜く力を身につける為。

 その力でゲームクリアを目指し、そして今は大切な親友の存在を認めさせる為にここにいる。

 

 和人「木綿季はギルマスだったし、人前に立つのは慣れてるんじゃないか?」

 

 木綿季「慣れはしないよ?あんまり意識した事ないけど、やっぱり緊張はするよ」

 

 何せこの時間が終われば拓哉の人生を確実に変えてしまう。

 どちらに転がるにしろ緊張しない事は絶対にない。

 

 和人「懐かしいな…。あれからもう1年以上も経つんだな」

 

 木綿季「毎日が楽しくて時間が経つのがアッという間だったもん」

 

 和人「そうだな。これからもみんなと楽しくやっていきたいよ」

 

 木綿季「…和人らしくないねーそのセリフ。なんかカッコつけてる。拓哉には負けるけどねっ!」

 

 和人「はいはい…」

 

 呆れながらも2人の心は落ち着いている。

 もうここからは後戻りする道などない。あるのは全生徒に拓哉を信じてもらうだけ。

 そうでなきゃいけない。

 彼にはその権利がある。皆を救い、皆の希望として戦った拓哉には幸せになる義務がある。

 かの茅場晶彦も弟である茅場拓哉を救った。

 それが罪滅ぼしなのかは今となっては夢想の答えとなってしまったが、ただなんとなく…直感が囁いてくるのだ。

 

 

 ここで挫けるのは悔しいだろう?_

 

 

 拓哉は今、どんな気持ちで生きているのだろうか。

 彼の答えはまだ見つかっていない。

 その時は着々と近づいている事だけは本人も気づいているだろうが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月22日08時35分 SAO帰還者学校 高等部2年クラス

 

 明日奈「…」

 

 里香「明日奈…」

 

 明日奈「分かってる…。行こうか?」

 

 終業式の時間が近づくにつれて生徒達が一斉に体育館へと目指し歩いていく。

 最後にクラスを出た明日奈は里香と別れ、1人とある空き教室へと歩を進めた。

 誰もいない、何もない空き教室に明日奈は1人である人物を待つ。

 

 明日奈「…」

 

 今更になって手が震え始めた。この計画が失敗すれば、拓哉は永遠に他のSAO帰還者に恨まれ、憎まれ続ける。

 それはあまりにも残酷な事だ。

 命を懸けて最終ボスであるヒースクリフ/茅場晶彦を倒したというのに、称賛はおろか労いの言葉すらないのはあまりに酷く、悲しい事だ。

 拓哉はそんなもの必要とはしていないだろう。

 誰かに褒められたくて戦っていたのではない。

 誰かに労れたくて拳を振るってきたのではない。

 自分自身の因縁の為…自分が愛した者の為に戦ってきただけでSAOに生き残っているプレイヤー全てを解放する為ではない。

 それでも、結果として拓哉は"英雄”となった。

 SAO…後のALOでも下劣な人間の悪行を沈めていった。

 それが拓哉の運命と言うつもりはない。

 拓哉が前に言っていたように"英雄”の役目をたまたま拓哉が請け負っただけに過ぎない。

 けれど、その役目を果たし、見事SAOに囚われていたプレイヤーを解放したのは紛れもない茅場拓哉だ。

 感謝こそすれ、怒りを向けられるのは間違っている。

 明日奈は秒針が刻む無機質な音を聞きながら待った。

 彼には…青柳には当事者としてあの世界にいた訳でもないから、生徒達より怒りや憎しみが湧き出ている。

 知らぬ間に兄が死んだのはショックを隠せないと思う。

 その犯人が目の前にいたら復讐心を抱くのも仕方ないと思う。

 青柳には何の罪もない。

 拓哉には消える事のない罪がある。

 罪はその人の人生を大きく狂わし、不幸を招き入れるものだ。

 拓哉もその不幸が降り掛かっている。

 けれど、明日奈達は…木綿季は拓哉を支え続ける。

 例え、罪を犯し、人を殺した殺人者だとしても、彼女らは拓哉の本質を知っているから。

 彼が優しく、おおらかで、何より仲間を大事にする人物だと知っているから。

 彼を支え、幸せを掴む手助けをする。

 それは恩義などから来る善行心などではなく、友人として…仲間としてこれから先も支える。

 次は私達の番なんだと、明日奈は震える手を押さえつけた。

 瞬間、空き教室の扉が開く音がした。

 ここに来る人物など1人しかいない。そう手回しをしたのだから当然だが、明日奈はゆっくりと扉に視線を移した。

 

 

 

 

 

 青柳「結城さん…こんな所で僕に一体何の用だい?終業式も始まるから体育館に向かわないと…」

 

 明日奈「いえ。終業式には出ません…。今日は青柳先生と話がしたくて施恩先生に呼び出してもらったんです」

 

 青柳「…そうか」

 

 ゆっくりと明日奈の正面に歩く姿はどこか悟った雰囲気を醸し出している。

 これなら本題にすぐに入れそうだと明日奈は思った。

 

 青柳「それで…僕に話とは?」

 

 明日奈「単刀直入に聞きます。青柳先生…ネットの掲示板に拓哉君のSAOでの殺人歴を投稿したのは貴方ですね?」

 

 一瞬、眉が上がったかのように見えたが、青柳の表情は至って冷静さそのものだ。

 

 青柳「…何を根拠にそんな事を?」

 

 明日奈「掲示板に投稿された時期と青柳先生が教育実習にこの学校に来た時期と重なります。

 それまで何もなかったのに、いきなりこのような騒動が起きれば不自然と言わざるを得ません」

 

 青柳「まさか、それだけで僕がやったと?はははっ…って全く笑えないね。

 それは偶然だ。僕だって茅場君の事は今でも心配してるんだ。

 施恩先生から茅場君の退学届けが受理されたと聞いた時は驚いたし悲しくもなった」

 

 明日奈「いいえ…先生はそんな事を思っていないハズです」

 

 青柳「…いくら僕でもそんな言いがかりを許容出来る程人間出来てないよ?

 それにSAOの情報は一般には公表されていないんだ。

 SAOに囚われていた訳でもない僕にそんな情報を掴める訳ないじゃないか」

 

 やはり、一筋縄ではいかないか。

 明日奈もこれだけの情報で青柳が自白するなど微塵も考えてはいない。

 寧ろ、青柳の反応は当たり前であくまで何も知らない体で押し切るつもりだろう。

 ならばと、明日奈はさらに情報を出して青柳に攻め入る。

 

 明日奈「…ブルータス…」

 

 青柳「!!」

 

 明日奈「…ご存知ですよね?」

 

 青柳の表情は一変した。このままいくべく明日奈はさらに攻めた。

 

 明日奈「SAOで拓哉君が殺めてしまったプレイヤーの内の1人です。総務省にはSAOのデータベースが保管されています。

 捕えられたプレイヤーが解放された時を考え、個人情報を持っているんです。

 その中にブルータスというキャラネームでプレイしていた"青柳改”という人がいました。

 施恩先生に聞いてみると、青柳改は青柳先生のお兄さんだと分かりました。…これが動機ですか?」

 

 青柳「…確かに、僕の兄さん…青柳改はSAOに囚われ、そこで命を落とした。

 けれど、その死因は分からない。殺されてしまったのかもしれないし、自殺したのかもしれない。

 結局の所、僕にはそれを知る手段はないんだ」

 

 青柳の言う通り、SAO内部の情報は公開されておらず、死んでしまったプレイヤーの遺族にも明かしてはいない。

 詰まるところ、一般人である青柳にそれらを知る術はなかった。

 

 青柳「話は終わりかい?僕も今の事は忘れるから一緒に体育館に行こう」

 

 教室を後にしようもする青柳を明日奈は次の一言で中断させた。

 

 明日奈「だから、聞いたんですよね?…死銃から」

 

 扉にに手をかける寸前で伸びた手は止まり、振り返りもせずに扉の前に立っていた。

 

 明日奈「死銃は元"笑う棺桶”の幹部プレイヤーだった。

 貴方は死銃事件が起きる前から彼と連絡を取り合い、そこで拓哉君が貴方のお兄さんを殺した事を知ったんじゃないんですか?」

 

 青柳「…どうやら君はどうしても僕を犯人にしたいようだけれど、その証拠はあるのかい?

 それが出てこない限り、君の言っている事はただの妄想だ。

 悪いけど妄想に付き合ってあげる程、僕には時間がない─」

 

 明日奈「逃げるんですか?」

 

 明日奈が青柳を挑発する。

 普段から冷静さを保っている青柳ならこのような挑発に乗るハズもないが、彼は今確実に冷静さを欠いている。

 

 青柳「…なんだと?」

 

 先程までの優しい口調は影を潜め、怒りを宿した眼光が明日奈に突き刺さる。

 けれど、屈する訳にはいかない。

 ここからが正念場だ。和人と木綿季も今頃動いているハズだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月22日08時50分 SAO帰還者学校 体育館

 

 終業式は滞りなく進んでいき、生徒達も後数分で解放されると思った瞬間、校長が舞台から降り、代わりに和人と木綿季が演説台に進んだ。

 

「なんだ?」

 

「何かまだあるの?」

 

 生徒達がざわめき、教師陣がそれをなだめ、演説台西線を集めさせる。

 緊張している…心が震えている…。

 過去と向き合い、克服したトラウマが再燃する。

 

 和人「…オレは高等部1年、桐ヶ谷和人です。今日はどうしてもここにいる皆さんに伝えなきゃいけない事があってこの時間を設けました」

 

「あいつっていつも結城さんと一緒にいる奴じゃないか?」

 

「2人はSAOの頃から付き合ってるらしいぞ?」

 

「げっ!?マジかよっ!!」

 

 和人「…ここにいるみんなはSAOで辛い経験をして、やっと取り戻した生活を送ってると思います。

 オレもその内の1人だ。

 …けれど、今この瞬間も苦しんでいる奴もいます。

 みんなはもう耳にしてるかもしれないが、高等部2年に在籍していた茅場拓哉についてみんなに聞いてもらいたい」

 

 瞬間、生徒全員が一気に表情を強ばらせた。

 それを見ただけで事の重大さに気づいたのと同時に不安や怒りを露わにする。

 

「茅場って…あのネットに書かれてた奴だろ?」

 

「実際人を殺したらしいわよ?それで学校も辞めたって聞いたけど…」

 

「殺人者の事なんか聞かされる筋合いなくね?」

 

 好き勝手に自分の意見を口にし始めた生徒達を和人は黙らせる為に演説台を思い切り叩いた。

 体育館に響いた音が生徒達を萎縮させ、無理矢理耳を傾かせる。

 そうでもしなければまともに聞く耳を持ってくれないと分かってしまったから。

 

 和人「…確かに、茅場拓哉がSAOで人を殺したって噂は本当だ。

 でも、それは故意にやった訳じゃない。

 あれはある人達を守る為に自分が全ての罪を背負ってまでその選択をした…それが真実だ」

 

「…そんなの証拠もないのに信用出来ないだろ…」

 

「それに人を殺したのには変わりないんだろ?」

 

 和人「…拓哉を責めるのは人を殺した事が原因なら、それはオレにも向けられるべきものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレもあの世界で人を殺した事がある」

 

「「「!!?」」」

 

 木綿季「…」

 

 そう告白するのに一体どれだけの覚悟がいるのだろうか。

 人を殺した…それはあらゆる罪の中で1番重いものだ。

 それだけで他人から蔑まれ、罵られ、人生を狂わす。

 だから、今の和人はとても辛い選択をしてしまったのだ。

 和人も最悪の場合、拓哉のように憎しみを抱かれながらこの学校を去る事になるかもしれない。

 それだけのリスクを背負ってでも拓哉を助ける事が出来るのはすごいと木綿季は尊敬するのと同時に自分の事のように嬉しかった。

 

「マジかよ…」

 

「アイツも人殺しなのか…?」

 

「なら、結城さんもただ奴に利用されてるだけなのかっ!?」

 

「結城さんがそれを知ったら絶対に許さないぞ!!なんて言ったって彼女は"閃光”様だからな!!」

 

 先生達は舞台にいる和人に罵声をかけ始めた。こうなる事は予想の範囲内だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 里香「違うっ!!!!」

 

 生徒達の列の一角から激しい叫び声が轟く。

 肩を震わせながら立つ茶髪の少女…篠崎里香は生徒達に向かって声を上げた。

 

 里香「和人はそんな悪人と一緒にしないで!!和人は明日奈を守る為に剣を振るったの!!

 そうしなきゃ明日奈はここにはいなかったわ!!

 アンタ達だってそうよ!!拓哉がいなきゃここに立つ事すら出来なかったんだから!!!」

 

 和人「里香…」

 

「何言ってんだよ…?クリアしたのは攻略組の奴らだろ?」

 

「殺人者がそんな事出来る訳…」

 

 里香「…じゃあ、攻略組の誰がヒースクリフを倒してクリアしたって言うのよ?」

 

 そう問われた生徒達は攻略組でも有名だったメンバーを羅列していく。

 

「誰って…"閃光”のアスナさんじゃねぇのか…?」

 

「オレは"黒の剣士”が倒したって…」

 

「いやいや、"絶剣”って可能性もあるだろ?」

 

 和人「…今挙げられた中にヒースクリフを倒した奴はいない。

 その時、ヒースクリフから麻痺をかけられ、1歩も動けなかったんだ」

 

「じゃあ…誰が…」

 

 あの時、和人達はただ見送る事しか出来なかった。

 剣をを持つ力も奪われ、ただ1人を除いて誰も動く事が出来なかった。

 

 和人「…オレは攻略組で"黒の剣士”として最前線で戦ってきた。

 隣にいる木綿季も"絶剣”としてゲームクリアを目指して戦ってきた」

 

「あ、あいつが"黒の剣士”っ!!?」

 

「隣にいる中学生があの"絶剣”っ!!?」

 

 認知度が低いのも無理はない。

 明日奈のように最大勢力を誇ったギルド"血盟騎士団”の副団長として攻略組を指揮していた訳でもなく、ソロとして活動していた和人、少数のギルドを率いていた木綿季とはスポットライトの当て方が違う。

 明日奈曰く、自分は最強ギルドの威光を示す為の歩く広告塔なのだとと、当時を思い出しながら卑下していた。

 

「で、でも…すんなり信じられねぇよな?」

 

 和人「総務省の仮想課に問い合わせれば分かる事だ。

 …オレは最後の戦いの時、何も出来なかった。

 "閃光”のアスナも…"絶剣”ユウキも…他の攻略組の奴らも…誰一人として立ち上がれなかった。

 そんなオレ達を守る為に拓哉は…"拳闘士”タクヤはその拳を振るったんだ」

 

「…"拳闘士”」

 

 和人「ここにいる全員、拓哉に助けてもらったんだ!

 どんなに辛くても、痛くても、苦しくても、それを耐えて、耐えて、続けて…祈るように拳を振るったんだ!!

 そんな奴をみんなは蔑むのか!?オレ達を守ってくれた恩人をみんなは憎むのか!!?」

 

 それは願いである。

 そうなってはいけないと願いを込めて、和人は声を荒らげた。

 人の心は簡単には動かない事も…憎しみが簡単に消えない事も知っている。

 だから、これは願いである。

 例え、拓哉を憎もうと拓哉が彼らにしてきた事だけは否定しないでくれと、我ながら自分勝手な願いだ。

 それでも、声に出さないと伝わらない。

 

 木綿季「…中等部3年の紺野木綿季です。みんなには"絶剣”って言った方が分かりやすいかな?

 …ボクはいつも拓哉と一緒にいました。どんな時もずっと一緒に戦ってきました。

 みんなより拓哉といた時間が長いから分かるんです。

 拓哉は自分よりも愛した者の為に力を使う…。困っている人を見かけたら優先して助けに行く。

 言葉には出さないけど、きっとボクやみんなよりずっと苦しい思いをして生きてきたんです。

 だから…これ以上…拓哉に苦しい思いも…辛い思いも…させたくない…。

 拓哉が犯してしまった罪は消える事はないけど…拓哉がみんなを守った事実も消える事はないんです…!!

 感謝してくれなんて言いません…。拓哉もそれを望んでいる訳じゃないから…。

 ただ…少しだけ…拓哉が困っていたら…助けてもらえませんか…?

 支えてあげてくれませんか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉の事を認めてあげてくれませんか…?」

 

 

 

 

 頬には一筋の涙が流れている。

 生徒達も木綿季の演説に胸を打たれ、涙する者もいた。

 それだけ今の生活に幸せを感じているからこそ出る涙。

 それを取り戻してくれた拓哉に対する感謝の涙。

 誰かが手を叩いた。次第にそれは生徒達に伝染していき、大喝采が生まれた。

 

 和人「…みんな」

 

 木綿季「…ありがとう…ありがとう…!!」

 

 里香「よかったぁ…。後は明日奈が上手くやってくれれば…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月22日08時50分 SAO帰還者学校 空き教室

 

 青柳「これは…!!」

 

 明日奈(「和人君達は上手くいったんだね!!なら、私も…!!」)

 

 青柳「…くそ…」

 

 明日奈「認められませんか?全生徒が今、拓哉君を認めたのに…まだ貴方は拓哉君に憎しみを抱きますか?」

 

 すると、青柳が漂わせる空気が変わるのを明日奈は肌で感じ、警戒を強めた。

 

 青柳「…当たり前だろ?僕は奴に助けられてない…むしろ、地獄に叩き落とされたんだから…」

 

 明日奈「自白…と取っていいんですね?今までやってきた拓哉君かな対する事を…!!」

 

 青柳「別に構わないさ。僕の計画は既に完了しているんだから。

 君達は無駄な努力をしていたんだよ。

 この学校に通っていないSAO帰還者だって何千人もいる。

 その他の一般人も奴の犯した罪を許す事はない。

 たった数百人が奴を認めても、生き残った数千人が彼を軽蔑し続ける。人性も…将来も彼は多人数から軽蔑の眼差しに晒されるんだよ」

 

 明日奈「…貴方は…どこまで…!!」

 

 青柳「それが報いというものだ。僕の兄を殺した人殺しの本来歩くべき道なのさ。幸せなんて許さない…笑顔なんて許さない…平和なんて許さない…人殺しは所詮人殺しさ。

 どんなに隠しても本性は確実に浮き彫りになっていく」

 

 不敵な笑みを浮かべながら青柳は淡々と語り続ける。

 明日奈も拳を握りながら必死に我を保っていた。

 

 明日奈「貴方がやっているのは紛れもない犯罪です!!

 然るべき場所で然るべき罰を受けなさい!!」

 

 青柳「ならば、証拠はあるのかい?

 投稿したPCは既に処分済み…何も証拠もないのに犯罪者呼ばわりされたくないなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「それを聞いて安心したよ」

 

 

 明日奈&青柳「「!!?」」

 

 扉を開け、中に入ってきたのは重症の体を推して来た拓哉だった。

 

 明日奈「た、拓哉君!?そんな怪我して出歩いていいの!!?」

 

 拓哉「別に大した事ない…2日もゆっくりしてたからな。今じゃ軽い痛みしかないよ。

 それに…これはオレが解決しなきゃいけない問題だからな」

 

 あの大怪我がたった2日で外を出歩けるまで回復するハズがない。

 実際に拓哉の顔色は悪く、息を切らしながら肩で呼吸していた。

 

 青柳「…茅場…拓哉…!!」

 

 拓哉「…オレさ、青柳先生とは仲良くなれると思ってた。

 ドジで、それでいて優しくて…どこか安心する先生と一緒に学校にいたかった…。

 そう思ったのは…オレだけか?」

 

 青柳「僕が君と仲良く…?…ふ…ふふ…ふははははははっ!!!!

 何を言い出すかと思えば…!!そんな事ある訳ないだろっ!!

 お前を初めて見た時、発狂しそうな程怒りが込み上げてきたんだ!!!

 それを抑えるのにどれだけ苦労したか…。

 お前は兄さんを殺した殺人者だ!!僕はお前に憎しみ以外の感情は持ち合わせていない!!

 何が"拳闘士”だ!!何が"英雄”だ!!

 弱者を切り捨てる事でしか救えない世界など最初から破綻してるんだよっ!!!

 それを終わらせたぐらいで図に乗るんじゃない!!

 お前の本性はただの殺人者!!弱い者を殺す異分子だ!!!」

 

 明日奈「貴方っ!!!!」

 

 拓哉「確かにな…」

 

 明日奈「拓哉君!!?」

 

 拓哉「明日奈、青柳先生が言っている事は間違っていない。

 オレはお前達を失いたくないばかりに弱い奴を殺してそれを防いだ。

 人質に取られていたとか、脅迫されていたなんて人を殺す理由にはならない。

 オレが殺したプレイヤーの肉親に恨まれても文句なんて言える訳がないんだ。

 だから、青柳先生は正しい…」

 

 

 それがオレにとっての贖罪。

 恨まれ、軽蔑され、罵られても文句など1つもない。

 立場が逆転すればオレも同じような事をしていたかもしれないから。

 青柳先生だけを責める事なんて出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ここで青柳先生に殺されても…それをオレは受け入れる。

 

 

 




いかがだったでしょうか。
本性を見せた青柳に拓哉は何を訴えるのか…。
そして、暗雲が立ち込める学校に不穏な影が…。


評価、感想などありましたらお待ちしております!


では、また次回!


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【77】その先へ

という訳で77話目突入です!
今回で罪と罰編は完結いたします。
今日までお付き合い頂きありがとうございました!
次回よりオリジナルストーリーを挟みつつ、原作ストーリーを書いていこうとおもいますのでよろしくお願いします!


では、どうぞ!


 2025年12月22日09時20分 SAO帰還者学校 空き教室

 

 体育館から盛大に響く喝采が耳障りに聞こえ、思わず歯を食いしばる。

 目の前には何かを諭したような表情でこちらを見ている仇が青柳新の神経を逆なでさせていた。

 

 青柳「なぜ…そんな顔ができる!?」

 

 明日奈「彼はもう1人じゃないから…。何かを犠牲にする痛みを1番知っているから…。

 貴方のように復讐に駆り立てられたりしないからよ」

 

 青柳「ふざけるな…!!そんなもの…ただの偽善だ!!」

 

 青柳が吠えるのも無理はない。

 彼はSAOに囚われていた訳でもなく、拓哉に兄を殺された憎き仇としてしか映らない青柳に何を言っても通じる訳がない。

 第三者に当事者の心境を理解しろと言うように青柳には彼らの真意が理解出来なかった。

 

 青柳「…まぁいい。今更生徒の信頼を得ようとも既に結果は決まっている」

 

 明日奈「どういう意味…?」

 

 拓哉「…」

 

 青柳「これから始まるのは僕が君に送る最初で最後の贈り物だ…。

 その手は血にまみれている!!その手は人の血が染み付いている!!

 人殺しの手はどこまでいっても血を求め続けるんだ!!!」

 

 青柳が吠えた瞬間、校門の方から荒々しい爆音が轟いた。

 校門が見える窓から覗くと、バイクに跨るガラの悪い不良達が集団となってこの学校に向かってきていた。

 

 明日奈「あれは…!!?」

 

 拓哉「まさか!!?」

 

 青柳「昨日の落とし前をつけに来たんだよ…。茅場拓哉!!お前のせいでこの学校は恐怖に包まれるんだ!!!

 さぁ、どうする?英雄はこの状況をどう覆してくれるんだい?」

 

 歯噛みをしながら空き教室を飛び出していった拓哉はすぐに校門前まで駆け抜けた。

 それを追って明日奈も教室に出ようとすると扉の前に施恩が立っていた。

 

 明日奈「施恩さん!!」

 

 施恩「明日奈さんは拓哉さんを追ってください。…私は新君と話があります」

 

 明日奈「…分かりました」

 

 そう言い残して空き教室を後にした明日奈を見送り、青柳と施恩がその場に残された。

 

 青柳「…何の用だい?」

 

 施恩「新君…もうこんな事はやめて!そんな事をしても改君は喜んだりしないわ!!」

 

 青柳「…」

 

 施恩「昔はこんな事する子じゃなかったじゃない!?

 優しくて、正義感の強い立派な男の子だった!!何でそんな君がこんな事をするのっ!!?」

 

 昔の彼を知っている施恩にとって、今の青柳の行動は嘘だと信じたかった。生徒に親身になる今までの彼の姿を嘘だったと疑わなかった。

 また昔のように交流を深めていけると信じていた。

 けれど、今の青柳にそれらの期待は抱けない。

 憎悪に支配され、我を失った復讐者はもう止まる事はないと心のどこかで諦めている自分がいるのも確かだ。

 施恩の問い掛けに沈黙を守っていた青柳が口を開く。

 

 青柳「昔とは違うんだよ施恩姉さん…。僕はこうでもしないと気が済まない。兄さんを殺したアイツが憎くて…憎くて憎くて仕方ないんだ!!!

 施恩姉さんには分からないさ!!目の前で突然家族を奪われた僕の気持ちなんかっ!!!!」

 

 施恩「それは…」

 

 青柳「…もう止まれないよ。この学校は今日で終わるんだ。

 アイツのせいで何の罪もない生徒や教師が傷つくんだよ。

 それが僕が贈るアイツへの罰さ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月22日09時00分 SAO帰還者学校 体育館

 

「な、なんだ!?」

 

「外で何かあったのか!?」

 

 生徒達も体育館に微かに響く爆音を捉え、不安を抱きながら騒ぎ始める。

 外の様子を確かめる為に向かっていた1人の教師が息を切らしながら校長に今の状況を簡潔に伝えた。

 

「そ、外に不良の集団が押し寄せて…!!」

 

「な、なんだって!!?」

 

 木綿季「どうしたんですかっ!!?」

 

 舞台から下りた木綿季と和人にも校長に伝えた内容と同じ事を伝えると、爆音が今までない程に轟く。

 和人は一目散に外へと通じる階段を駆け上がった。

 すると、校門は不良の集団で埋め尽くされ、全員が鎖や木刀、金属バットなどの武器を所持し、殺気を放ちながらこちらの出方を窺っている。

 

 和人「これは…!!」

 

「茅場拓哉!!!!お前ぇがこの学校にいんのは分かってんだよっ!!!!さっさとは出てこいやぁっ!!!

 さもないとここにいる奴ら全員ぶっ殺すぞっ!!!!」

 

 和人(「アイツらの狙いは拓哉かっ!!?」)

 

 先頭で咆哮を上げる不良は舎弟である不良の何人かを校舎へと向かわせた。

 瞬間、窓ガラスを自前のバットや木刀でたたき割り、校舎を滅茶苦茶に破壊していく。

 その様子を黙って見ていられなくなった和人が不良達の前に躍り出り、破壊行為をやめるように言い放った。

 

 和人「拓哉はここにはいない!!!校舎を破壊するのはやめろ!!!」

 

「嘘つくんじゃねぇよ?ウチの奴らボコボコにしたケジメをつけに来てんだよっ!!もやしは引っ込んでろ!!?」

 

 尚も続く破壊行為は窓ガラスだけでなく、校内にもおよび、和人も説得出来ないと考え、強硬手段を取った。

 

 和人「やめろって言ってるだろ!!」

 

「邪魔だ!!?」

 

 和人「がっ…!!?」

 

 右肩に鈍い音がし、よろめいた隙に和人の腹部を豪快に蹴り飛ばした。

 柱に背中を打ち付け、その拍子に体内の酸素が全て吐き出された。

 

 和人「ゴホッ…ゴホッゴホッ!!ゴホッゴホッ!!!…く、くそ…!!」

 

 痛みで体の自由が制限された和人はそれでも不良を止めようと足を前に踏み出す。

 ここはお前達の来るべき所じゃない。

 そう強く念じながら和人は痛む体を推して不良達の行動を止めに入る。

 しかし、多数に無勢で和人1人ではどうする事も出来ない。

 遅れてやってきた教師達の言う事も聞かずに次々と破壊の限りを尽くしていた。

 

 木綿季「和人!!大丈夫!!?」

 

 和人「早く…やめさせないと…!」

 

 木綿季「っ!!…もうやめてよ!!こんな事して何の意味があるのさっ!!!」

 

 堪らず声を荒らげた木綿季を濁った瞳が眺める。

 瞬間、背筋が凍るような言葉に表しづらい不安が押し寄せてきた。

 

「うぉっ!!?中々可愛いじゃねぇか!!!」

 

「アンタが1日俺らに付き合ってくれるんならやめてやっていいぜぇ?」

 

 不気味な笑い方をしながら木綿季を下から上へ舐め回すように見つめる。

 それがなんとも形容し難い恐怖に足が震えている。

 木綿季は1歩2歩と後退するが、不良達の視線が外れる事はなかった。

 

 木綿季「っ!!?」

 

「茅場拓哉はいるんだろ?ソイツさえ出せば許してやるよ」

 

 そんな事微塵も思っている訳ないと言うように不敵な笑みを浮かべる。

 あの男がこの集団を率いているのは理解出来るが、だからと言って対策を講じれる訳でもない。

 すると、数人の不良が木綿季に迫ってきた。

 

 和人「逃げろ木綿季!!」

 

 木綿季「…逃げない」

 

 和人「なっ!!?」

 

 迫り来る不良達を前に木綿季は1歩たりとも下がらなかった。

 力の差は歴然…それでも木綿季は前だけを見据えている。

 

 木綿季「逃げたらもう何も出来ない気がするんだ…。拓哉だってどんな時でも立ち向かっていった…。

 ボクも…拓哉の隣に立てるぐらいに強くならなきゃいけないんだ!!!」

 

 それは物理的な力の有無ではない。

 心を…魂を奮い立たせ、恐怖を屈服させられる程の強い意志が必要だ。

 恐れるな…前を見ろ…。

 不安に支配されようとも後退だけは決して許されない。

 拓哉のように堂々と立ち向かっていく勇気を絞り出せ。

 

「なんだよ…その目は…?」

 

 木綿季「…この学校から出てって!!!ここはお前達のような悪い奴らが来る所じゃない!!!!」

 

「お前…どうやら死にてぇらしいな…」

 

 その怒りは徐々に伝染していき、迫っていた数人の不良が武器を構えた。

 

「女だからって調子に乗ってんじゃねぇよ!!」

 

「その可愛い顔、ぐちゃぐちゃにしてやるよっ!!」

 

 瞬間、雄叫びと共に不良達が一斉に木綿季に襲いかかった。

 

 和人「木綿季!!?…ぐっ…!!」

 

 痛みに支配された体は木綿季の元へ駆けつけられない。

 木綿季を助けられる人は周りにはいない。

 例え、ボロ雑巾のように殴られようと構わない。

 その覚悟を秘めた瞳は心做しか…あるいは幻覚か…金色に輝いていた。

 

「「うらぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、鈍い音が校門を支配した。

 木綿季に痛みなどない。目をつぶったまま時間が止まったかのように何も起こらない。

 恐る恐る目を開くと木綿季の前に1人の少年が不良との間に割り込んでいた。

 力強く振り下ろされた金属バットを左腕で受け止め、今の状況を飲み込めないでいる不良達。

 木綿季は視線を上へと移動させ、目を見開いた。

 

 木綿季「…た…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉っ!!!!」

 

 拓哉「怪我はねぇか?」

 

 一言だけ木綿季に問いかけ、視線を移す。

 見た所目立った外傷などはなく、安心して視線を目の前にいる不良の1人に戻した。

 

 拓哉「コイツらは絶対ぇ傷つけさせねぇ…!!」

 

「コイツ…!!?どこから…」

 

「かまわねぇ!!やっちまえっ!!!」

 

 木綿季から拓哉に標的を変更した不良達は怒りの形相で攻撃を仕掛けてきた。

 

 拓哉「そう何度も…やられるかよっ!!!」

 

 勢いよく振り下ろされた金属バットを躱し、すぐに右拳が1人の顔面を捉えた。

 大きく仰け反りながらその場に倒れた不良を捨て置き、全方向からの同時攻撃に出る。

 しかし、拓哉は身を最大限しゃがみそれを回避。行き場を失った武器は止まる事なく互いの不良達に直撃する。

 

 和人「ぐ…オレも…!!」

 

 明日奈「和人君!!大丈夫!!?」

 

 和人「明日奈!?どうしてここに…!!?」

 

 遅れながら到着した明日奈は和人に肩を貸して拓哉と不良達から距離を取った。すぐに教師の1人を保健室へ向かわせ、救急箱を持ってくるように指示する。

 

 和人「拓哉1人に任せる訳には…!!」

 

 明日奈「じっとしてて!!」

 

 里香「木綿季!!和人!!明日奈!!」

 

 珪子「大丈夫ですか!!?」

 

 生徒達の人混みから息を切らした里香と珪子が3人の心配して駆けつけた。その後からひよりも合流し、教師から救急箱を受け取った明日奈が和人の傷の手当をしながら今の状況を説明する。

 

 里香「じゃあやっぱり青柳が黒幕なのね?」

 

 明日奈「うん。今は施恩さんと一緒にいるわ」

 

 ひより「それは…大丈夫なんですか!?」

 

 木綿季「シウネーなら大丈夫だよ。…ボク達はここをどうにかしないと…」

 

 視線を戻せば夥しい人数の不良が地面に倒れ、集団の頭である銀髪の不良と対峙していた。

 

「お前…オタクにしては中々骨のある奴だな。うちの連中がやられるのも無理ねぇ」

 

 拓哉「これ以上は無意味だって分かっただろ?大人しくここから出ていけ!!」

 

「テメェ!!相澤さんにむかってなんて口聞いてんだ!!?」

 

 相澤と呼ばれた不良の背後から先日会った不良が文句を言い放つ。

 どうやら青柳の言ったように彼らは拓哉に用がある事を再確認して、ジリジリと不良達に詰め寄った。

 

 拓哉「ハァ…ハァ…」

 

「ぜ、前回の傷がひびいてるようだな!!相澤さん!!殺っちまってください!!」

 

 相澤「…久しぶりに腕がなるな」

 

 既に7人も相手にしてきた拓哉の体力は残り僅か。

 対して相澤率いる不良の集団はまだ20人以上残っている上に余力も隠し持っている。

 状況は極めて劣勢。絶望的だと言われても仕方ない。

 だが、ここを逃げれば学校も…教師や生徒達も…仲間達にも危険が及ぶだろう。

 例え、劣勢だとしてもここを引く訳にはいかない拓哉は深呼吸をして荒ぶった集中力を整える。

 

 拓哉「…オレが勝ったらここから立ち去れ」

 

 相澤「勝つつもりか?その身体で?この俺に?…いいねぇ。

 退屈しのぎにはなってくれよ?」

 

 互いに拳を握り直し、視線を目の前の敵だけに定める。

 このように誰にも邪魔されない()()()1()()1()で戦うのは実に1年振りだ。

 これはこれから先の未来を決定させる戦い。

 希望にしろ絶望にしろ、未来へ進む為に避けては通れない障害。

 相対する相澤の影にかつて文字通り生死を懸けて戦ったヒースクリフが見えた。

 

 拓哉(「まだ…オレに戦えって言うのかよ…」)

 

 何故このような感情が湧いてきたのかは分からない。

 似ても似つかない2人を重ねてみるのはおかしいと分かってはいる。

 答えなど見つかる訳でもなく、またこの両拳を振るおう。

 仲間に迫り来る脅威が完全に消え去るまで何度だってこの拳を振るおう。

 

 拓哉「…いくぞぉぉぉっ!!!!」

 

 相澤「かかってこいやぁぁぁぁっ!!!!」

 

 地を蹴り、互いの拳が交錯し、鈍い音が2人の頬から響き渡った。

 口の中が切れ、鉄の味が口内に広がりながらも2撃目にこれもまた同時に入った。

 

 拓哉&相澤「「っ!!?」」

 

 互いに繰り出す拳は同じ箇所を貫き、そこからは誰もが息を飲む乱戦に突入した。

 地面には血が飛び散り、互いの体が傷や血に塗りつぶされながらも、拳の雨は止む事はなかった。

 

 木綿季「拓哉…」

 

 その状況は拓哉にとって危険なものだ。

 只でさえ体力を削られている上に前回負った傷はまだ完全に癒えている訳ではない。

 きっと体は悲鳴を上げ続けているハズだ。

 それでも拓哉は止まらないだろう。

 その拳は何かを傷つけるだけのものではない。何かを守ろうと…助けようと力を行使した拳は何よりも固く、鋼のような魂が宿っているから。

 それが分かっているから拓哉を止めようとは誰も思わない。

 木綿季達の背後でその光景を固唾を飲んで見守っている生徒達にも響いているだろう。

 

 拓哉「がっ!!?」

 

 相澤「ぐっ!!?」

 

 鈍い音が響き続ける。血を流し、もしかしたら骨も折れているんじゃないかと疑うような音が鳴り止む事はない。

 

「─ばれ…」

 

 木綿季「!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張れぇぇぇぇっ!!!!」

 

「負けるなぁぁぁぁっ!!!!」

 

 彼らにはそれしか出来なかった。

 ずっと軽蔑し、誹謗中傷を繰り返してきた彼らにはこの応援すらおこがましいのかもしれない。

 けれど、それでも…彼は自分達の為に痛みに耐えながら戦ってくれているのだろう事だけはひしひしと伝わっている。

 自分達が弱いばかりに"英雄”に頼るこの状況も腹ただしい。

 彼らだって本当は分かっているのだ。

 自分がここにいられる理由。家族や友人、愛する者と再会出来た理由。

 そして、今もこうして生きていられる理由も…。

 目の前で傷だらけになりながらも戦い続けてくれる彼がいたからだと自覚しているから応援する以外に彼を支える手段がなかった。

 

 和人「これは…」

 

 里香「アンタ達…」

 

 珪子「すごい…」

 

 応援が学校全体を包み込み、不良達は忽ちアウェー感が漂い始めた。

 

「う、うるせぇっ!!」

 

「黙らねぇとテメェらぶっ飛ばすぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 相澤「テメェらは手ぇ出すんじゃねぇっ!!!!」

 

「「「!!?」」」

 

 互いに息を切らしながら距離を取った相澤が仲間である不良達に一喝した。

 不良達もそれに肩を竦め、口を閉じざるを得なかった。

 

 相澤「ハァ…ハァ…久々に体が疼いてんだ。テメェら…はそこで黙ってみてろ…!!」

 

 拓哉「ハァ…ハァ…お前…」

 

 まさか、不良の頭である相澤の口からそのような言葉が出てくるとは思わなかった為、拓哉や他の者も目を丸くして相澤を凝視する。

 

 相澤「…退屈だったんだよ。ハァ…ハァ…今まで、ムカつく奴はこの手で徹底的に潰していった。

 だが…充実はしなかった…。今が今までで1番充実してるんだ…!!

 もう報復なんざどうでもいい…!!

 お前みたいな強い奴を滅茶苦茶にしてやるのが俺の生きがいだ!!!!」

 

 拓哉「…お前の…言いたい事は分かった…。

 だけど、仲間を…関係のない奴らを巻き込むやり方は許容出来ない!!

 ハァ…ハァ…だから、お前に負ける訳にはいかねぇ!!!!」

 

 痙攣する脚を奮い立たせ、相澤に突撃をかけた拓哉。

 それに応えるかのように相澤も拳を握り直し、真っ向から迎え立った。

 

 拓哉「ふっ!!」

 

 右拳を豪快に突き出すが、相澤の左腕に遮られ致命打には至らない。

 その攻防の隙を突いて右足蹴りが拓哉に襲いかかった。

 咄嗟に左腕で防御したが、勢いは衰える事なくそのまま蹴り抜いた。

 

 拓哉「っ!!」

 

 その勢いは止まる事なく拓哉に襲いかかる。

 そんな時に何か妙な異変に襲われた拓哉は一旦距離を取る為に後退した。

 

 拓哉(「まさか…」)

 

 木綿季「拓哉…?」

 

 相澤「おらおらぁぁ!!かかってこいやぁぁっ!!!」

 

 気づけば相澤が拳を振り下ろし、拓哉も間一髪でそれを回避したが、相澤はそれを予想していたかのように素早く拓哉との距離を詰めた。

 

 相澤「ひゃっはぁぁっ!!!!」

 

 拓哉「がはっ…」

 

 顎を射抜かれた拓哉は一瞬意識を完全に失い、膝からその場に崩れてしまった。

 

 木綿季「拓哉っ!!?」

 

 拓哉「っ!!」

 

 木綿季の掛け声で意識を取り戻した拓哉は今の一瞬に起きた情報を瞬時に理解した。

 そして、先程感じた異変が気を落ち着かせた瞬間に現実のものとなった。

 

 拓哉「う…うぅ…」

 

 左腕に激しい痛みが襲い、指先の感覚は完全になくなっている。

 激痛で思考は滞り、冷静な判断が出せないでいる中、拓哉はなんとかその場に立ち、相澤に向かい合う。

 

 拓哉(「こりゃあ…完全に折れてるな…。(あばら)も何本か折れ(いっ)てるかもしれねぇ…。

 さらに言えば、前の傷が開き始めやがった…」)

 

 まさに絶体絶命の状況に立たされた。

 左腕は使い物になれず、肋が折れてる為か呼吸もままならない。

 前回の傷も開き始め、服の上から血が滲み出ているのでそれは間違いないだろう。

 

 相澤「…どうやらそろそろ終いだな」

 

 拓哉「ハァ…ハァ…」

 

 木綿季「拓哉…もうやめないと…拓哉が…!!」

 

 明日奈「やっぱり傷が癒えてなかったんだわ。

 それに、左腕を抑えて…もしかしたら骨も折れているんじゃ…!!」

 

 確かに、これ以上続けさせたら最悪の場合拓哉の命の危険が及ぶ可能性は大きかった。

 木綿季も誰よりも拓哉を止めたいと強く思っている。

 だが、今の拓哉に何を言っても聞き入れてはくれないという事も同時に理解してしまったり

 

 木綿季「…」

 

 和人「止めるべきだ…。これ以上は拓哉が危険だ…」

 

 里香「でも、どうやって…」

 

 互いに満身創痍の状態でこの戦いももうじき幕を下ろす。

 それまで拓哉が無事だという保証はない。

 既に無事ではないのだが、五体満足で帰ってくる保証がないという意味で木綿季はただひたすらに願った。

 

 木綿季(「どうか…無事に帰ってきて…!!」)

 

 ひより「拓哉…」

 

 相澤「互いに次で最後…だな」

 

 拓哉「ハァ…ハァ…そうだな…。もう動ける体力もねぇ…」

 

 相澤「…楽しかったぜ…茅場拓哉…!!」

 

 拓哉「…いくぞ!!」

 

 互いに今ある体力を全て使って全速力で走った。

 最後の一撃を決めた方がこの戦いの勝者になる。

 当たり前の事なのだが、その過程で他者には理解出来ない感情が交錯し、そこに至る答えもまた別々のものになる。

 

 拓哉(「もう…見失わねぇっ!!守るべきもの…救うべきもの…大切にするべきもの…。

 オレは…ここで…この世界で生き続けるんだっ!!!!」)

 

 この手は血に塗れているのかもしれない。

 人を傷つけ、人を殺めた代償として1度は全てを失った。

 だから、この世界で生きる資格なんてないのかもしれない。

 だが、拓哉は間違えていたのだ。

 元々、生きる事に資格なんて必要ない。

 生きているだけでその者には意味があり、価値があり、尊い存在だから。

 それを否定したり、軽視したりする者達からそんな者達を守る為にこの拳を振るおう。

 それが拓哉が出した答えであり、贖罪として与えられた使命。

 きっと、これから先にも拓哉を阻む壁が何枚も現れるだろう。

 しかし、彼には仲間が…木綿季が隣にいる。

 彼らと共にどんな苦難でも乗り越えていきたい。

 それが拓哉が望む願いの1つである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相澤「…はっ…ざまぁ…ねぇや…」

 

 拓哉「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月22日09時50分 SAO帰還者学校 校門前

 

 青柳「どう…なってるんだ?」

 

 施恩「…これが新君の望んだ事なの?」

 

 空き教室から青柳は校門前で起きている騒動の結果を知る為にその場所へと向かっていた。

 施恩もそれに同行し、事の真相を明確にしておきたかった。

 まだ彼には迷いが見られる。

 そう思い、施恩は青柳を説得する事にした。

 昔から知っている彼は正義感が強く、今回のような誰かを傷つける騒動を何より嫌っていた。

 だから、まだ心の奥で迷いがあるのではないかと考えていた。

 

 施恩(「拓哉さん…どうか無事でいてください…」)

 

 空き教室に向かう前に拓哉と遭遇していた施恩は拓哉に巻かれた包帯や絆創膏の夥しい量を見て止めようとした。

 だが、拓哉の顔はそれらに関係なく誰かを助ける為に拳を振るったあの時のものだった。

 自分達をあの世界から解放する為に1人で立ち上がったあの時と。

 だから、これは止められない。止める権利がないと悟った。

 拓哉になら全てを任せられる。

 都合のいい大人と罵られても不思議ではないその考えに施恩は苛まれたが、それきっと彼が自ら望んでいる事だと理解してしまった。

 本来ならば、大人である自分が子供である拓哉を助けなくてはならない立場にいるにも関わらず、あの背中に全てを委ねてしまう。

 せめて、その手助けが出来ればと今回施恩は動いた。

 昇降口から校門へと目指していた青柳を追って、遅れながらその現場に到着した。

 生徒達の喧騒も、不良達の雄叫びも聞こえない。

 騒動は収まったという事実だけが伝わり、人ごみを掻き分けて先頭に躍り出た。

 

 施恩「!!」

 

 青柳「…嘘…だろ」

 

 そこには大勢の不良が倒れている光景。その中心で1人ポツンと立っている人物がいた。

 

 施恩「…拓哉さん」

 

 つい先程まで戦っていたであろう拓哉は体中に傷を負いながらもその場に立っている。

 すぐ側には銀髪の不良が1人仰向けに倒れていた。

 

 拓哉「ハァ…ハァ…」

 

 相澤「か、完…敗だ…」

 

 相澤が一言呟いた瞬間、生徒達から歓声が轟く。

 またしても拓哉は1人で何百人ものの人達を救ったのだ。

 歓声は中々止む事はなく、不良達も現実を受け入れられないといった表情で呆然と立っていた。

 

 拓哉「…ぐっ…」

 

 体力がそこをついた拓哉はその場に倒れた。

 木綿季や他の仲間達はすぐ様拓哉に駆け寄り、彼の身を案じる。

 

 木綿季「拓哉!!拓哉!!しっかりして!!」

 

 明日奈「木綿季!!あまり動かさないで!!…出血が酷い。この腫れ方から見て骨も数箇所折れてる。…誰か!!救急車を呼んで!!早く!!」

 

 明日奈の叫びで1人の教師が我に返り、スマホで救急車を要請した。

 その中青柳は唖然とした表情で相澤に近寄る。

 

 明日奈「!!…青柳…!!」

 

 里香「アンタ!!何しにノコノコ来たのよっ!!」

 

 里香の怒号に聞く耳を持たない青柳は素通りして、相澤に歩み寄る。

 すると、先日拓哉にやられた不良の1人が青柳の前に立ちはだかり、怒りの形相で叫んだ。

 

「お前が!!お前のせいで相澤さんはこんなになったんだぞ!!?どう落とし前つける気だゴラァっ!!!」

 

 青柳の胸ぐらを掴み、怒号を上げる不良に青柳は冷たい眼差しで言い放った。

 

 青柳「まったく…使い物にならないな…不良は…」

 

「な…に…!?」

 

 青柳「少しは役に立つかと期待した僕が馬鹿だったよ。

 所詮、社会のクズにいくら大金を積もうが全く意味がない事を再認識したよ」

 

「テメェ!!」

 

「ぶっ殺してるっ!!!」

 

 怒りで我を忘れた不良達が一斉に青柳に牙を向いた。

 青柳も挑発するだけして無気力の表情を保ち続ける。

 抵抗しても無駄だと理解しているのか、それとも…計画が失敗に終わって生きる意味を失ってしまったのか。

 どちらにせよこのままで青柳が本当に殺されかねない。

 木綿季達もそれを止めようと叫ぶが、その声は誰一人として耳に入ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相澤「やめろっ!!!!」

 

 

「「「!!!?」」」

 

 

 意外にも不良達の暴動を止めたのは相澤の一言だった。

 これには木綿季達だけでなく、青柳も驚愕の表情を浮かべている。

 

 相澤「俺が…負けたのは事実だ。…これ以上…暴れるのは俺が許さねぇぞっ!!!!」

 

「で、でも相澤さん!!コイツは俺達を…!!!」

 

「っるせぇ!!!…負けた奴は罵声を浴びなきゃならねぇ…。それが敗者の運命だ…」

 

 青柳「フン…敗者か…。まさにその通りだよ。

 お前らクズのおかげで僕の計画も全部破綻してしまったんだ。

 敗者に語る言葉など初めからないんだよ」

 

「テメェっ!!!!」

 

 相澤「下がれって言ってんだろぉがっ!!!!」

 

 倒れたまま暴動を抑え続ける相澤の姿にイラついたのか、青柳は無理矢理相澤を立たせ、拳を強く握った。

 

 青柳「いちいちカッコつけてるんじゃねぇよ。

 お前らはどこまで行ってもクズだ。この世界に必要のないものだ。

 どっちが上か僕が教えてやるよ…!!」

 

 勢いをつけ、青柳の拳が相澤に振り抜かれた。

 瞬間、鈍い音が校門に響く。

 人を殴った感触は青柳に伝わり、相澤は拳を受けてはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拓哉「…聞き捨て…ならねぇな…」

 

 2人の間に割って入った拓哉の額に青柳の拳が打ち付けられていた。

 額から血を流し、その表情と相澤を庇った拓哉に恐怖したのか青柳は相澤を離し距離を取った。

 

 青柳「き、貴様…!!」

 

 相澤「…どういうつもりだ?」

 

 相澤がそう尋ねるのも無理はない。

 つい先程まで拳を合わせていた両者の間に友情といった感情は微塵たりとも湧いていない。

 拓哉の行動に意味を見出している相澤に拓哉は答えた。

 

 拓哉「お前らも…元々は関係のない事だったんだ…。

 これ以上傷ついていい理由なんて…どこにもない…」

 

 青柳「まだ偽善者ぶるつもりか?…それがどれだけ人を不幸にするかまだ分からないのか!!?」

 

 拓哉「…確かにオレは偽善者だ。都合のいい事ばっかり言って約束すら録に守れない最低の野郎だ。

 だけどな…この世に生きる意味がない人間なんていねぇんだよ!!

 コイツらにだって1人1人に意味がある!!

 だからこの世界で生きてる!!

 偽善者だというならそれでも構わない…。オレは…オレのせいで誰かが傷つくのはもう…見たくないんだ!!!

 アンタだってそうだろ?

 家族を失わせちまったオレが何を言おうと響かねぇかもしれねぇけど…今ここにいる施恩は心の底からアンタを心配してんだよ!!

 施恩がどれだけアンタを信じていたのか分かってんのか!!?

 そんな施恩の心をアンタは踏み躙るのか!!?」

 

 青柳「!!」

 

 施恩「拓哉さん…」

 

 この場で1番青柳を心配していたのは間違いなく安施恩その人だ。

 幼少期から触れ合い、誰よりも青柳を理解している施恩の気持ちを青柳は考えた事すらなかった。

 初恋の相手だと青柳は拓哉に語った。

 それは本心から出た言葉だったと今でも確信して言える。

 そんな彼女の想いを蔑ろにしてまで復讐を果たしたいのか。

 いや、心の奥底で分かっていたのだ。

 この計画に意味なんてない。

 最初から破綻していたのは青柳の復讐心だったのだ。

 兄を殺された恨みは確かにある。

 だが、それで拓哉を殺す理由にはならないと青柳にも理解出来ていたハズだ。

 それを青柳は奥底に追いやってずっと復讐だけを生きがいに今まで生きてきた。

 それを否定するつもりは拓哉にはない。

 しかし、自分に嘘をつき続けるのは誰にも出来る事じゃない。

 青柳も例外に漏れる事はないと断言しよう。

 その証拠に今まで行ってきた犯行も直接的なものではなかった。

 回りくどい方法ではなく、もっと簡単なやり方もあったハズなのにそれを実行に移さなかったのは暗に青柳にまだ迷いがあったから。

 

 青柳「僕は…お前が憎い…!!」

 

 拓哉「あぁ…」

 

 青柳「兄を殺したお前が心底憎い!!!それ以外は捨てたつもりだった!!!!」

 

 拓哉「あぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青柳「それでも…僕はまだ…施恩姉さんが好きだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの事は憶えていない。

 青柳は何かを失ったかのようにその場に崩れ去り、それを見届けたオレはその場で意識を失った。

 目覚めたのは病院のベッドの上。

 ベッドを取り囲むかのように仲間達が心配そうな表情でこちらを見下ろしていた。

 あの事件から丸2日も眠ったままだったと聞かされた時は驚いたものだ。

 

 

 オレが意識を失った後、教師の1人が密かに通報していた警察が駆けつけ、青柳と青柳に雇われた相澤率いる不良達は連行されていったらしい。

 

 施恩「新君!!」

 

 青柳「…」

 

 施恩「…私…待ってます。新君が罪を償って、また私に会いに来てくれるのを…。

 その時にまだ…新君の気持ちが変わってなかったら…もう一度伝えて欲しい…」

 

 青柳「!!」

 

 警察官に連行されていく中、施恩は青柳の優しい笑みを確かに見た。

 彼は罪を償って再び未来への1歩を踏み出してくれる。

 それだけ分かれば心配する事はないだろう。

 きっと、昔のように笑い合えると信じているから。

 

 

 

 

 

 

 拓哉「…そっか」

 

 木綿季「これで全部終わったね…」

 

 明日奈「そうだね…」

 

 個室に設けられたテーブルで談笑を行っている中、不意に扉がノックされた。

 拓哉がそれに応えるとそこには予想外の人物がいた。

 

 明日奈「あなた…」

 

 拓哉「…小林」

 

 拓哉が退学する直前に殴り飛ばして怪我を負わせた小林が花束を携えてて立っていた。

 

 里香「アンタ…何しに来たのよ!!」

 

 和人「おい…落ち着けよ里香」

 

 里香が怒りを露わにするのは無理もない。

 拓哉を直接追い込んだのは小林であり、拓哉が去った後も度々誹謗中傷を繰り返してきた中心人物だ。

 そんな彼が今更拓哉に何の用があるというのか。

 

 小林「これを…」

 

 木綿季「…うん」

 

 木綿季は小林から花束を受け取って中へ入れるが、里香はそれを良しとはしなかった。

 

 里香「木綿季!!そんなの受け取らなくていいわよ!!

 コイツが拓哉にした事話したでしょ!!?今度は何考えてるか分からないわ!!!」

 

 木綿季「…そんな事ないよ。もしそうなら花を持ってここに来たりしないしね」

 

 里香「でも…!!」

 

 拓哉「里香…。いいんだ…もう終わった事だし、小林が悪い訳じゃない」

 

 なんとか里香を宥め、拓哉が寝ているベッドの前まで案内させる。

 小林は何を喋る訳でもなく、拓哉の怪我を見つめていた。

 

 小林「…」

 

 拓哉「…悪かったな。あの時、殴っちまって…。お前は悪くないのに…」

 

 その場を収める為とは言え、罪のない小林を殴った事は拓哉に非がある。

 それを謝罪すると小林は顔を俯かせ、体を震わせながら言った。

 

 小林「謝るのは…僕の方だ。君には命を救ってもらったと言うのに、それを知らずに君を中傷してしまった。

 クラスのみんなも僕と同じ気持ちだ。

 大勢で来れば君にも病院にも迷惑をかけると思って、僕が代表としてお見舞いに来た。

 こんな事で君にした事を許してくれとは言わない。

 だけど、謝らせてほしい…!!本当に…すまなかった!!!」

 

 頭を深く下げた小林は時折滲み出る涙を拭いながら拓哉に謝罪した。

 それは里香も明日奈も当の本人の拓哉でさえ予期せぬものだった。

 だが、彼は自らの過ちに気づき、勇気を出してここに来たに違いない。

 それを無下に出来なかった。

 

 拓哉「いいんだ。…オレは初めからお前達を恨んでない。

 誰だって危険な奴と一緒にいたくないと思うのは普通だし、今回もオレが勝手にやった事だ。

 だから、顔を上げてくれ。オレはもう大丈夫だからな!!」

 

 小林「っ!!…本当に…すまなかった!!…ありがとう!!」

 

 こうして、本当に全てが幕を閉じた。

 障害は数々あったけれど、彼らはそれらをことごとく乗り越えた。

 既に冬休みに入り、今日はクリスマスイブ。

 ALOで新生アインクラッドのアップデートが行われ、30層までが解放された。

 和人と明日奈にとっては思い出の地である22層にあるログハウスを手に入れる為にフロアボス戦に挑むようで、怪我で動けない拓哉に詩乃は自宅から事前に持ってきたアミュスフィアを手渡す。

 

 拓哉「じゃあ、オレは先に行ってるからな!!

 …リンク・スタート!!!」

 

 これから何が起きても仲間と共にこの世界で生き続ける。

 新たな誓いと共に拓哉は懐かしき仮想世界へ赴いた。




いかがだったでしょうか?
次回は息抜きにそれぞれのカップリングストーリーを短編として書いてみたいと思います。
もし、こんなカップリングが読んでみたいとかありましたら遠慮なくお申し付けください。
極力採用してかいてみますので。


評価、感想などありましたらお待ちしております!


では、また次回!


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OR それぞれの日常編②
【78】鍛錬


という事で78話目に突入です!
先日活動報告にも挙げていた挿絵に関してですが、今年中には実装します!
タクヤや他のオリジナルキャラの特徴がイマイチ掴めないと度々言われていましたので挿絵を上げた時に参照にしてください。
とりあえずテストとしてユウキのイラストを近日中に上げますのでお楽しみに!!


では、どうぞ!


 2025年12月25日06時00分 埼玉県川越市 桐ヶ谷邸

 

 まだ空が白け、小鳥の囀りすら聞こえて来ない早朝。

 桐ヶ谷邸にある道場から空を切る音が鳴り響いていた。

 

 和人「ふっ…!!ふっ…!!」

 

 竹刀を両手で固定し、何千何万と同じ動作を繰り返す。

 体中には汗が滴り、体温も外の気温など物ともしない程に上昇していた。

 桐ヶ谷和人はただひたすらに目の前を見据えて竹刀を振り続ける。

 

 和人(「またオレは…助けられた」)

 

 竹刀を振りながら終業式での騒動を思い起こしていた。

 大勢の不良をたった1人で鎮圧し、危険に怯えていた和人達を拓哉は守ってくれた。

 これで彼に救われたのは一体何度目だろう。

 数え切れない程救われ、その度に傷を負って、それでも笑ってくれる。

 彼のどこにそのような強さがあるのか和人はSAOに囚われていた頃からずっと疑問に思っていた。

 大切なものを守る為、愛した者達を守る為に力をつけ、立ち向かっていけるのだと和人は明日奈と結ばれた時に知る事になった。

 

 和人(「オレももっと力をつけないと…明日奈を守れない…!!」)

 

 さらに力が入った和人は雑念をかき捨て竹刀を無心で振る。

 すると、道場に和人と同じ道着を着た妹の直葉が入ってきた。

 

 直葉「あれ?お兄ちゃん?…どうしたの?」

 

 和人「あぁ…スグ、おはよう」

 

 直葉「おはよう…ってそうじゃなくて!!どういう風の吹き回しなの?

 お兄ちゃん、朝起きれないからって剣道の練習なんてしてなかったじゃん」

 

 和人はSAOから帰還してから普段より睡眠を多く取るようになった。

 ジムに通っていた初期の頃は体を元に戻す為に規則正しい生活を送っていたが、病院から正常と判断されてからは何とも自堕落な生活をしている。

 その姿を間近で見ていた直葉が不思議に思うのは当然で、自分よりも先に稽古していた和人に驚いた。

 

 和人「ちょっとな…。最近たるんできてるからここら辺で締めておきたくて」

 

 直葉「ふーん…そうなんだ。ならさ、稽古がてら試合してみない?

 あの時のようにはいかないよ!」

 

 和人「オレも腕試ししてみたかったんだ。早速やろうか」

 

 互いに向かい合い、防具を身につけ、準備万端の状態で試合に臨む。

 和人がSAOから帰還した時にもこんな風に竹刀を向け合った事がつい昨日のように思う直葉。

 あの時は和人の独特な姿勢に油断もしたが、今回はそうはいかない。

 和人の強さは既にALOで嫌という程に知っているからだ。

 軽い気持ちで試合を申し込んだ直葉だったが、今は大会で見せる集中力を引き出す。

 

 直葉「…いくよ」

 

 和人「あぁ、来いっ!!」

 

 視線を重ねた瞬間、直葉は雄叫びと共に和人に突撃する。

 勢いよく振り下ろされた竹刀を和人は同等の力で受け止めた。

 防がれるのは当たり前…直葉は受け止められたショックを即座に捨て去り、次の一手にかけた。

 狙うのは篭手、それは和人も充分に予想はしているハズだ。

 

 直葉(「篭手に行きつつ胴に切り替えるっ!!」)

 

 篭手の延長線上に胴を捉えた直葉は腰を回し、その線に重ねるように竹刀を振った。

 

 和人(「篭手狙いかっ!?」)

 

 すぐに篭手を守るように竹刀を添えるが、それをすり抜け、胴へと一直線に振り下ろされる。

 

 和人「っ!!?」

 

 直葉(「貰った…!!」)

 

 完全に和人の意表を突いた直葉は勝利を確信した。

 この距離では和人が何か動く前に直葉の竹刀が胴に直撃するのは初心者でも理解出来る。

 予想通り、直葉が振り下ろした竹刀は和人の胴を切り込み、その時点で試合は直葉の勝利で幕を閉じた。

 

 和人「…さすがスグだな。完敗だよ」

 

 直葉「…ありがと…」

 

 防具を外し、倉庫へ直そうとしている和人の後ろ姿に直葉はある疑問が浮かんできた。

 

 直葉(「いくら裏をとってもいつもならありえない超反応見せるのに…」)

 

 確かに、先の試合で直葉は和人に勝利した。

 だが、直葉にとってその勝利は決して納得のいくようなものではなかった。

 彼女の知る和人ならあの局面でも持ち前の反射神経で難なく躱されるとも予感していたが、結果は言わずもがな。

 前の稽古で体力を使い果たしていたのか…それとも、何か別の要因があるのかは直葉にも分からない。

 このどうしようもない不安はきっと自分の勘違いと言い聞かせ、直葉も稽古に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月25日09時00分 ALO新生アインクラッド 第21層

 

 キリト「…」

 

 朝の稽古が終わり、キリトは21層の洞窟ダンジョンにソロで攻略しに来ていた。

 現時点での最前線というだけあり、朝から多くのプレイヤーが攻略に励んでいる。

 迷宮区を踏破し、21層のボス部屋が見つかるのもそう時間はかからないだろう。

 キリトは誰もいないダンジョンで1人でモンスター相手にスキルの熟練度上げに勤しむ。

 

 キリト(「やっぱり…誰もいないか…」)

 

 新生アインクラッドは旧アインクラッドのデータをALOに移植している為、難易度やモンスターの種類は違えど、圏内の街やフィールド、ダンジョンなどの地形は本家と類似している。

 今、キリトがいるこの洞窟は旧アインクラッドでは評判の悪かったダンジョンの1つだ。

 宝箱はなし、モンスタードロップも乏しい、しかし、モンスターの数だけは異常と悪条件が重なったこの場所は当時から人の足を遠ざけていたのだ。

 

 キリト「今のオレにとっては最適な場所だな…」

 

 言葉通り何も価値がないダンジョンにキリトがやってきた理由は熟練度上げというのもあるが、それと同時に()()()()()を取り戻す為でもあった。

 SAOに囚われていた頃は誰もがレベリングを行い、効率的な経験値の稼ぎ方、美味い狩場などをピックアップし、昼夜問わずにモンスターを狩り続けたという話は珍しくなかった。

 キリトもその1人でソロでよくレベリングをしていた。

 仲間達から見て言わせれば相当の無茶をしていたらしいが、本人にはその自覚はない。

 アスナにも散々注意され今に至る訳だが、今のキリトにはそれは通じない。

 

 キリト(「もっと…強く!!」)

 

 両手に握られた2本の片手剣を交互に振り、襲いかかってくるモンスターを1匹残らず狩り尽くす。

 ALOにソードスキルやOSS(オリジナルソードスキル)が導入されてからプレイヤーが急増し、数多くのプレイヤーがこの妖精郷で人生を謳歌している。

 それに伴ってSAO帰還者(サバイバー)だった者もデスゲームではないかつての鋼鉄の城に挑んでいた。

 それはやはり、あの世界(SAO)を憎みきれない事やソードスキルの魅力を捨て切れない事が多かった。

 かく言うキリトも仮想世界に対する愛情がこの足を歩ませた。

 だが、SAOに実際に存在していた"ユニークスキル”は実装には至っていない。

 それもそのハズで、あれらはデスゲームであったSAOで許された反則技のようなものだ。

 確認されただけで"神聖剣”、"修羅”、"絶剣”、"二刀流”…それらはゲームバランスを崩壊させかねない程の力を発揮し、1プレイヤーがそれを独占するというのはあまりにもチートが過ぎている。

 かつて"二刀流”スキル保持者であったキリトはALOにおいて片手剣を2本持つ事で擬似的に再現している。

 それも全盛期には程遠く、威力も半減されていた。

 

 キリト「手数は増えるから全然使えないって事はないけど…」

 

 擬似的に模倣しているとは言え、片手用直剣ソードスキルが使えない訳ではない。

 硬直(ディレイ)が発生するが、臨機応変な対応にも優れている為、キリトはこのスタイルで戦う事を決めた。

 1からスタイルを作り直したタクヤに比べたらキリトのスタイルは既にあったものを模倣しているだけに過ぎない。

 鍛え方も効率的な戦い方も熟知しているアドバンテージは大きかった。

 

 キリト「あと少しで片手剣スキルは完全習得(カンスト)か。

 その先はどうしたもんか…」

 

 キリトのステータスはSTR‐AGI型と魔法に頼らず、物理攻撃に特化したビルドでアスナやリーファにも少しは魔法スキルも上げてみたら…と、アドバイスを受けている。

 確かに、ALOは魔法をメインとしたクエストやイベントが多い上に、モンスターも物理耐性が備わっているものも多い。

 キリトの仲間で魔法スキルを上げているのは風妖精族(シルフ)のリーファとルクス、水妖精族(ウンディーネ)のアスナぐらいだ。

 リーファやルクスは元々ソードスキルがない初期の頃からプレイしているという理由があるし、アスナも後方支援に特化した水妖精族(ウンディーネ)を選択しているから魔法スキルを上げるのは必須だ。

 影妖精族(スプリガン)のキリトが使える魔法は暗視効果やトレジャー関連のものが殆どで、戦闘の際に役立つ魔法は全くと言っていい程ないから結局の所、魔法スキルを上げる必要がないと言っても過言ではない。

 

 キリト「そう考えたらオレらのパーティーって脳筋ばっかりだな…」

 

 これは後方支援も忙しい訳だと、この場にいない3人に感謝しつつ、キリトは奥へと進み始めた。

 やはり、最前線なだけあってモンスター達のレベルも高い。

 一撃で仕留め切れないモンスターと戦闘を重ねつつ、片手剣スキルの熟練度を上げていく。

 すると、何かのギミックに引っ掛かったのか、モンスターが大量にポップしていく。

 

 キリト「流石にこの数はシンドいぞ…」

 

 なおも増え続けているモンスターにキリトもより一層集中力を高めた。

 退路は完全に塞がれ、モンスターハウスに閉じ込められたキリトに狩る以外の選択肢はない。

 覚悟を決めたキリトは地を蹴り、2本の剣を振るった。

 ただでさえ強い上に群れを成したモンスターは予想以上に手強い。

 次々にポリゴンに四散させていくが、それでも退路は切り開けずにモンスターは牙を向いて襲いかかってきた。

 

 キリト「くっ…!!」

 

 HPも次々に削られていき残り火(リメインライト)になるのも時間の問題だ。

 キリトは愛剣"ユナイティウォークス”を輝かせ、範囲技で一気にモンスターを蹴散らす。

 

 

 片手用直剣ソードスキル"ホリゾンタル・スクエア”

 

 

 四角(スクエア)に剣閃が広がり、周囲のモンスターは蹴散らしたが、スキル後の硬直(ディレイ)がキリトを支配した。

 たった数秒の事だが、モンスター達はそれを逃さない。

 牙を剥き出しにしながらモンスターが襲いかかる。

 

 キリト「しまっ─」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ナックル)ソードスキル"サージテラフィスト”

 

 

 突如、洞窟の出口から闘気を込めた気弾がモンスターを次々に蹴散らし、1本の退路が生まれた。

 キリトは視線だけを退路に向け、そこから脱兎の如く駆けてくる1人のプレイヤーがいた。

 

 キリト「なっ…!!?」

 

 驚くのと同時に体の自由が戻り、剣を構え直して背中を預けたプレイヤーに言った。

 

 キリト「何でここにいるんだよ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「まぁ…暇つぶしだよ!」

 

 そこに現れたのは闇妖精族(インプ)の少年。

 この少年に追いつきたいと無茶な鍛錬をしてきたと言うのに、少年は危険を物ともしない凛とした佇まいを見せている。

 両拳に装備された"無限迅(インフィニティ)”が熱気を帯びさせ、妙に自信がある表情にキリトはつい笑ってしまった。

 

 タクヤ「何がおかしいんだよ?」

 

 キリト「いや…ついな。…とりあえず、ここを出るか」

 

 タクヤ「よしっ!なら、先陣はまかせた!!」

 

 タクヤの硬直(ディレイ)の間にキリトはタクヤが作った退路を維持する。

 モンスターも怒りを露わにして襲いかかるが、キリトとタクヤの前に無残にもポリゴンへと四散させられていく。

 先程までの劣勢をタクヤの登場でひっくり返し、2人はモンスターを置き捨て出口へと真っ直ぐ進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月25日10時20分 ALO新生アインクラッド 第21層主街区

 

 洞窟から一目散に逃げてきたタクヤとキリトはそのまま主街区まで戻り、噴水前のベンチで休憩する事になった。

 

 キリト「ハァ…ハァ…助かったよ。ありがとな」

 

 タクヤ「あそこはソロで攻略すべきじゃねぇよ…。流石に手が回らねぇだろ」

 

 キリト「ちょっと熟練度上げしてて…あそこは昔から効率がいいんだ。

 そう言えば、お前こそ何であそこに?」

 

 あの場所は他のプレイヤーなら決して近づこうとはせず、キリトのような一部の物好きな者ぐらいだ。

 キリトはタクヤに率直な疑問を問いかけ、タクヤは答えた。

 

 タクヤ「あー…ほら、オレも暇だったからスキル上げでもしようかなーって…」

 

 キリト「それなら他にもあったんじゃないか?しかも1人で…」

 

 タクヤ「ユウキ誘うには早すぎるし、ストレアも寝てたから1人で来たんだよ。…まぁいいじゃねぇか!この話はもう終わりだ!!」

 

 結局、真相をはぐらかしたタクヤにキリトもこれ以上聞こうとは思わない。

 片手剣スキルもとうとう完全習得(カンスト)した訳で別段気にする理由はないと自分に言い聞かせた。

 

 タクヤ「キリトはOSS何か考えたか?」

 

 キリト「いいや。自分でソードスキルを作るのは魅力的だけど、これといった連撃が決まらないんだよ。そういうタクヤは?」

 

 タクヤ「うーん…考えてはいるんだけどなぁ…。ユウキの"マザーズ・ロザリオ”みたいにオレも"孤軍奮闘”を作ろうと思ったけど、中々上手くいかないでいる」

 

 キリト「そうか…」

 

 他愛のない話をしているが、力をつけたいキリトからしてみればかなり深刻な問題でもある。

 その理由が隣にいるタクヤだとは本人は夢にも思っていないだろう。

 

 タクヤ「…思ったんだけどさ、片手剣ソードスキルを2本同時になんて出来ねぇの?」

 

 キリト「無理だろ。まず、システムが認識する動作が左右で違うんだから出来ても片方の剣だけだ」

 

 タクヤ「ふーん…なら、順番に出せばいいじゃねぇか」

 

 キリト「それも無理だ。ソードスキルの後にすぐ硬直(ディレイ)が来るからな。動けなくなったらそこで終わりだろ?」

 

 どの案も実戦で採用するには決定打に欠ける。

 そもそも、それが出来たらここまで頭を悩ませてはいないのだ。

 (ナックル)ソードスキルは片手用直剣ソードスキルより硬直(ディレイ)が短く、隙も生じにくいという利点があるからそんな事が言えるのだ。

 

 キリト(「…いや…」)

 

 キリトはここで何かに引っ掛かった。

 それが何かというのはまだ判断出来ないが、その感覚を頭の片隅に置いてこの足で22層に繋がるキークエストを消化しようとタクヤを誘う。

 タクヤもそれを了承し、SAOでの知識を頼りに2人はフィールドに赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月25日10時45分 ALO新生アインクラッド 第21層

 

 旧アインクラッドの21層と酷似しているのは何もフィールドに限った話ではない。

 キークエストや、イベントの発生条件も同じでSAO帰還者(サバイバー)として生きてきたタクヤとキリトにとっては攻略法を知っているという強みがある。

 2人が向かったのは21層にある古代遺跡。

 ここに現れるフィールドボスを倒し、ドロップしたアイテムを主街区にいる衛兵長に渡せばフロアボスの弱点を教えてもらえるという仕組みだ。

 ゲームの定番となるフラグ集めも2度目ともなると行動は早く、衛兵長からフィールドボスの情報を聞き、この古代遺跡まで赴いた次第だ。

 

 タクヤ「確か、21層のフロアボスは片腕がクソでかいゴリラみたいのだったよな?」

 

 キリト「あぁ、"ザ・アヴェンジャーアーム・エイプ”…設定では人間から迫害を受けていた猿の首領で、人間達に復讐する為に禁断の呪術に身を堕としたって内容だ。

 まぁ、この層が元々猿達の街だったのを人間達が侵略してきたんだ」

 

 タクヤ「各層毎にいろいろ設定考えられるよな…。まぁ、嫌いじゃねぇけど」

 

 今から討伐するフィールドボスもフロアボスの手下という設定であり、力こそ弱いが多種多様の阻害(デバフ)攻撃を仕掛けている為、当時の攻略組も手を焼いた。

 今回は予備知識がある事と、ALO特有の空中戦闘(エアレイド)という新しい戦闘スタイルもある。

 阻害(デバフ)攻撃を空中へと躱せる事は大きい。

 基本、新生アインクラッドにいるモンスターは陸上生物で占められている。

 

 キリト「今回は回復役(ヒーラー)のアスナがいないから阻害(デバフ)を食らったらアイテムで補わなきゃいけない。

 タクヤも十分に注意してくれ」

 

 タクヤ「分かってるよ!前も手を焼いたから警戒は怠らねぇ。

 しかし、よく2人でフィールドボスに挑む気になったな?」

 

 キリト「…それぐらい出来なきゃ追いつけないからな…」

 

 タクヤ「ん?」

 

 キリト「いや、何でもない。そろそろ着くぞ?」

 

 古代遺跡の入口が見えてきた所に大きな足音と共に棍棒が2人の間を貫いた。

 

 タクヤ&キリト「「!!?」」

 

 背後にそびえ立つ柱が次々にへし折られていき、土煙を漂わせながら平地へと変貌させた。

 

 タクヤ「…登場の仕方…変わってね?」

 

 キリト「より一層警戒しろって事か…」

 

 棍棒から入口に視線を戻すとそこから体毛で覆われた手が顔を覗かせている。

 それが徐々に体、頭と姿を現していく。

 約2年振りに相対したフィールドボス"ザ・ストレンジャーアーム・エイプ”が雄叫びと共にタクヤとキリトに威嚇する。

 

 タクヤ「見た目は一緒だな」

 

 キリト「でも、さっきの登場から見て他にも違う点があるかもしれない」

 

 2人はそれぞれの武器を構え、ストレンジャーアームを睨みつける。

 ストレンジャーアームも2人を標的に定め、地鳴りと共に襲い掛かってきた。

 

 タクヤ「オレがタゲを取るからキリトはその隙に攻撃を─」

 

 タクヤが指示を出し終わる前にキリトは先行してストレンジャーアームに斬りかかっていった。

 

 キリト「はぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ストレンジャーアームの剛拳を躱し、その上を伝ってストレンジャーアームに接近する。

 抵抗してみせるが、翅を出現させて背後に回り込み、3撃斬りつけた。

 悲鳴を上げ、完全に標的にされたキリトに素早い足回りで攻撃を仕掛ける。

 だが、それすらもキリトは持ち前の反射神経で躱し、さらに3撃食らわせた。

 

 キリト(「これだけ翻弄すればいけるっ!!!」)

 

 タクヤ「すげぇ…けど、何無理してんだ?」

 

 翅を駆使して文字通り縦横無尽にストレンジャーアームを追い詰めていた。

 だが、このまま最後まで倒し切れる程フィールドボスは甘くない。

 それから15分もの間キリトは1人で戦っていた。

 タクヤが手を出す隙はなく、キリトの鬼気迫る攻防は魅入られる程に迫力があった。

 瞬間、ストレンジャーアームが咆哮を上げ、その轟音に思わず耳を塞がらずにはいられなかった。

 それが…その瞬間がストレンジャーアームにとって最初にして最大のチャンスだった。

 口から唾液をかけられたキリトは地面に叩き落とされ、HPが3割程削れられる。

 

 キリト「ぐ…!!」

 

 タクヤ「キリト!!?野郎…!!!」

 

 キリトへの追撃を阻止する為、静観を保っていたタクヤが動いた。

 しかし、突如としてドラミングを行い始めたストレンジャーアームに轟音で動きを封じられたタクヤは耳を塞ぐ。

 ドラミングの影響でストレンジャーアームに支援(バフ)が入り、スピードとパワーが一段階上がってしまった。

 動きを封じられたタクヤはそのままストレンジャーアームの振る棍棒で叩き飛ばされた。

 

 タクヤ「がっ…」

 

 キリト「タクヤ!!…くそ!!麻痺が…!!」

 

 唾液による麻痺がキリトの動きを完全に封じた。

 その好機をストレンジャーアームが逃す訳もなく、剛拳を次々キリトに叩き込んでいく。

 HPはみるみる削られていき、ついにレッドゾーンにまで落ちた。

 

 キリト(「くそ…!!オレは…まだ…!!」)

 

 

 まだ何も成果を見せていない_

 

 

 スキル上げと共に昔の戦闘感を取り戻そうとモンスターの群れに飛び込んだというのに、タクヤを守れず、自分までもここで終わってしまう事にキリトは怒りを露わにする。

 まだ何も始まっていないと後悔しても、ストレンジャーアームが止まらない。

 眼前の敵を討ち滅ぼすまでこのモンスターが止まる事はなく、慈悲をめぐむ事もない。

 最後の一撃になる剛拳を振り下ろされたキリトは目を閉じ、後悔と共に命の最後を待っていた。

 

 キリト(「オレは…オレは…!!!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「まだだぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 (ナックル)ソードスキル"レオパルド・ブリッツ”

 

 

 

 剛拳がキリトを仕留める直前でストレンジャーアームの顔が歪み、古代遺跡へと蹴り飛ばされた。

 

 キリト「タクヤ…」

 

 タクヤ「大丈夫かキリト!!?今の内に消痺結晶使え!!!」

 

 タクヤに言われるままキリトはアイテムポーチから消痺結晶を四散させて麻痺を回復させる。

 その頃に瓦礫から這い上がってきたストレンジャーアームが怒りを咆哮に変え、轟音が響き渡る。

 

 キリト「タクヤ…オレ…」

 

 タクヤ「反省なら後でしろ!!ったく…昔から無茶しやがって。

 お前が言ったんだろうが!!『お前は1人じゃない』ってよ!!!!」

 

 キリト「!!」

 

 その言葉はキリトがタクヤに響かせたもの。

 それがどういう意味でどんな感情が込められていたのかキリトが1番分かっていたハズだ。

 強さを追い求めるあまりキリト本人がそれを見失っていた。

 

 キリト「…すまん」

 

 タクヤ「反省なら後でしろって言ったろ?今はコイツを倒す事に集中しろ!!…2()()()()()()!!!」

 

 キリト「!!…あぁ、やろう!!!勝って勝利の美酒を飲もう!!!」

 

 タクヤ「いくぜっ!!!!」

 

 タクヤは"無限迅(インフィニティ)”からもう1つの愛拳"狂瀾怒涛(ザ・ビースト)”へと装備を変え、2人は同時に駆けた。

 まだ、ダメージが残っているストレンジャーアームに追撃をかける為にタクヤが先行した。

 

 タクヤ「はぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 (ナックル)ソードスキル"デッドリー・ブロウ”

 

 (ナックル)ソードスキルの中で最上級の威力を発揮する技の1つであり、"サージテラフィスト”の強化版でもあるこのソードスキルはストレンジャーアームの動きを完全に封じる。

 HPが一気にイエローにまで落ち、後数回のソードスキルで倒れる事を確信したタクヤがキリトに全てを託した。

 

 タクヤ「スイッチ!!!!」

 

 キリト「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 雄叫びを上げ、右手に握られた"ユナイティウォークス”を輝かせた。

 

 

 片手用直剣ソードスキル"バーチカル・アーク”

 

 Vの字に斬られたストレンジャーアームは呻き声を上げるが、まだHPを削り切れていない。

 

 キリト(「そうか…そういう事か…!!」)

 

 頭の片隅に置いていたものの答えをこの土壇場でキリトは答えを導いた。

 右手の片手剣でソードスキルを発動し、その後の硬直(ディレイ)が発生するまで1秒にも満たない。

 その一瞬にアミュスフィアに送る伝達信号を左手に移行する事が出来ればこの戦闘スタイルは確立する。

 

 キリト(「やるんだ!!…これが…オレの…二刀流だぁぁっ!!!!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《剣技接続(スキルコネクト)

 片手用直剣ソードスキル"レイディオアント・アーク”

 

 

 小さな溜めを作ってストレンジャーアームの顎を突き上げた。

 空中に浮遊し、左手の片手剣が輝きを失いかけた瞬間、左手の信号を右手に再度移行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《剣技接続(スキルコネクト)

 片手用直剣ソードスキル"ヴォーパル・ストライク”

 

 

 空中から一直線に突進していったキリトがストレンジャーアームの体を貫く。火花を散らせながらストレンジャーアームのHPをみるみる削っていき、ストレンジャーアームは悲痛の叫びを上げながら爆散していった。

 

 タクヤ「…す…すげぇ…!!」

 

 キリト「ハァ…ハァ…出来た…。出来たぞタクヤ!!!」

 

 タクヤ「なんだよ今の!!?今のこの土壇場でシステム外スキル作ったのかよ!!!」

 

 キリト「まぁな。…でも、まだまだ成功率は悪そうだ。集中力はかなり削られたしな」

 

 だとしても、硬直(ディレイ)を強制的にキャンセルしてソードスキルを連発出来るのはこれから先も重宝するハズだ。

 今後の課題は成功率を上げるという事で締め、2人は古代遺跡を後にする。

 その帰り道、キリトはタクヤと談笑しながら笑いが絶える事はなかった。

 

 キリト(「ありがとうタクヤ…。

 オレはお前やアスナを守れる力を…いや、守ろうとする意思を再認識したよ」)

 

 タクヤ「何ニヤニヤしてんだよ?気持ち悪ぃな…」

 

 キリト「なっ!?ニヤニヤなんてしてない!!」

 

 

 




いかがだったでしょうか?
今回は親友回としてタクヤとキリトを出してみました!
スキルコネクトを生み出したキリトがこの先どんな活躍を見せてくれるのかお楽しみに!
しばらくは登場人物を2人、または3人に限定しますのでどんなカップリングになるのかも楽しみにしていてください!


評価、感想などありましたらお待ちしております。


では、また次回!


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【79】親子

という事で79話目に突入です!
テストイラストが出来上がりましたので活動報告の方で公開しています。
よろしければ、応援コメントをください!
それだけで私は頑張れますので!


では、どうぞ!


 私は一体いつから彼と彼女を見ていたのだろうか─

 

 

 毎日、幾百…幾千と様々な人間を観察し、喜怒哀楽の有無を見守り続けてきた。

 いや、喜びや楽しみといった感情はあまり見れていない。

 大半の人間が怒りを露わにし、哀しみを嘆いていた。

 そのせいなのか、私は人間の内側を全て把握する事は出来なかった。

 私と同じ役割を背負った少女も私と同じ意見だったハズだ。

 それだけ彼ら人間は負の感情に支配され、自ら命を絶ち、本来は素晴らしかったであろうこの世界を呪った。

 私達にとってそれは自らの命を削る事であり、徐々に私達は崩壊を余儀なくされた。

 このままでは死んでしまう…と、打開策を練り、人間の元へ赴いて正常な状態へと戻す必要があった。

 だが、私達を生んだ主はそれを良しとはしなかった。

 理由は分からない。

 ただ、主は私達に人間を傍観する事だけに専念するように命じた。

 主の命令は絶対…逆らえば我が身は光の欠片に砕かれてしまう。

 それでも…私には耐えられなかった。

 本来の役職を放棄し、崩壊していく命を見て見ぬ振りが出来なかったのだ。

 そんな思考を働かせていた時、ある2人の人間が私に光を見せてくれた。

 優しく、おおらかに包み込む光に私の壊れかけた心はその進行を遅らせ、同時に2人を取り巻く人間達の心にも喜びや楽しみといった正の感情が溢れるようになった。

 きっと、その時からだったのだろう。

 2人の人間に興味を持ち、彼らをずっと眺めていたのは。

 この歪んでしまった世界で彼らは笑い、この世界を慈しむように闊歩する。

 それがこの世界においてどれだけ難しい事だろう。

 私の内に眠っていた好奇心が彼らに会い、話してみたいと願うようになっていくと、私は人間で言う所の反抗心が目覚め、主の命令に背き、暗闇の中から抜け出した。

 その時の影響で己に課せられた命を忘れ、そこにいる時だけは1人の少女としてこの世界に立った。

 暗闇の中にいた時に渇望した願いすらも忘れ、ただ自身の内から駆り立てる好奇心を指針に私は歩き続けた。

 でも、これだけは朧気に憶えている。

 

 

 私はこの世界とそこに住まう人間達を幸せにしなければならない─

 

 

 漠然とした使命が私をここに現界させている理由だと信じていた。

 そして、好奇心の指針は1人の少年を示した。

 彼との出会いはデータとして見たロマンチックとは程遠く、彼も初対面である私に警戒を解かなかった。

 無理もない事だと納得し、彼と一抹の時間を共有した。

 

 

 幸せだった─

 

 

 それ以外の言葉は見つからず、それ以外の感情は湧いてこなかった。

 不器用で人との接し方が苦手な彼は私を引き離そうと行動に出たが、それすらも私は幸せに感じてしまった。

 今にして思えば、えらく歪な感情だったと苦笑してしまう。

 けれど、幸せだと主張する本心に抗う事など出来ない。

 ずっと離れようとはしない私を見て彼も降参したようだ。

 初めて彼と剣を合わせ、初めて白亜の塔に蔓延る魔獣を退治した。

 快感が私を支配し、彼とずっと共にいたいと強く願った。

 街へと戻り、彼も自らの拠点としている場所へ帰ろうとした時、私は途端に寂しくなった。

 だから、ついて行く事にした。

 彼もそれを了承してくれて花が街を取り囲み、その丘に建つ木造の家へと招待され、そこでまたしても私の指針がある少女を示した。

 それはあまりにも突然で、湯気が舞う異様な出会いだった。

 白く透き通る肌をさらけ出し、頬を紅潮させた少女も驚きを隠せなかったようで悲鳴を上げられたのを今でも憶えている。

 少女と肩を並べ、心做しか私の胸部を少女は凝視しては自らの胸部と比べていた。

 その姿を愛らしいと思い、私は彼女らの仲間と共に一夜を明かした。

 けれど、私は眠る時がどうしようもなく不安になる。

 この世界にいる意味…彼らと出会いたいと願った理由を思い出しそうで夜も眠れなかった。

 忘れてはいけないものの正体など分からない。

 けど、それは私に決して幸せを与えるものではないだろう。

 この不安は誰にも晴らせるものではないだろうと思っていたその時、少年は肩を抱いて暖かい毛布をかけてくれた。

 その暖かい優しさに包まれると不思議と不安が打ち消され、この世界に降り立って初めての熟睡を味わった。

 

 

 きっとこれが"愛情”という素晴らしい感情なのだろう─

 

 

 これから先、もしかしたら私は消えてしまうかもしれない。

 でも、私の心に刻まれたこの感情だけは消させはしない。

 そう強く誓った夜は明け、彼らと共にする最後の1日が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月25日11時40分 ALOイグシティ マイホーム

 

 扉を開けてもそこには誰もいなかった。

 タクヤのホームに帰ってきたストレアは残念がりながらソファーへと腰をかける。

 

 

 今、無性にタクヤに会いたい─

 

 

 ストレアがそう強く思った瞬間、瞳を何かで覆われ、肩を上げながら驚く。

 

 ストレア「ふえっ!!?」

 

 タクヤ「なんて声出してんだよストレア」

 

 ストレア「た、タクヤっ!!?え?どうして?」

 

 タクヤ「どうしてって…自分のホームに帰っちゃいけない理由なんてないだろーが?」

 

 それもそうだと納得したが、まさか願った直後に叶うとは誰も思うまい。

 ストレアも例に溺れず、タクヤに会えた事を嬉しく思った。

 同時に、ストレアはタクヤに何と声をかけたらいいか分からなかった。

 タクヤは自身の罪を嘆いて、ストレア達と距離を置いた。

 その矢先に、かつての宿命と相見えて、舞台となった仮想世界とそこで生きる1人の少女を救った。

 それがどれだけ辛く、痛い選択だったか言うまでもない。

 それを成し遂げたタクヤと面と向かって会うのはこれが初めてだ。

 第一声が見つからないストレアを見て、タクヤはストレアの手を引いてホームを飛び出した。

 

 ストレア「た、タクヤ?」

 

 タクヤ「ホームにいても暇だろ?一緒に散歩でもしようぜ?」

 

 翅を羽ばたかせ、無理矢理引っ張られるその手に身を委ねた。

 イグシティからその下に栄える央都アルンに着地して商店通りを2人で歩く。

 

 タクヤ「いつ来てもここは人が多いな」

 

 ストレア「…そうだね。…そう言えば、ここで初めてタクヤに買ってもらったんだっけ?」

 

 普段から両耳につけられているイヤリングをタクヤに見せると、タクヤも恥ずかしながらそれを見る。

 SAO以来の再会を果たした時にタクヤがストレアに贈ったものだ。

 雑貨屋で購入した安価なイヤリングをストレアは肌身離さずに持ち続けていた。

 それはいついかなる時もタクヤと繋がれていると思わせてくれる大事な宝物だから…当の本人はそんな事、夢にも思っていないだろう。

 でも、ストレアにとってこのイヤリングが宝物である事に変わらない。

 それだけは不変のものだった。

 

 タクヤ「大事にしてくれてたんだな」

 

 ストレア「うん…。私にとって1番の宝物だから…」

 

 タクヤ「…」

 

 そんな話をしていると、空から雪が降り始め、プレイヤー達もさらに賑わってくる。

 今日は現実世界にあたるクリスマス。雪が降っているからホワイトクリスマスになる。

 周りをよく見ればカップルが大半で、それぞれに贈るプレゼントを選ぶのに余念がない。

 

 ストレア「タクヤはユウキに何か贈らないの?」

 

 タクヤ「オレ、病院から出られねぇからユウキとどこか行くって出来ないんだよ。

 ユウキには悪いとは思ってせめてALOでデート出来たらなって…。

 プレゼントもまだ選んでなくてよ。

 ここに寄ったのも実はプレゼントを探そうかなぁって思ってさ…」

 

 ストレア「そっか…。じゃあ、私がプレゼント探し手伝ってあげるよ!」

 

 タクヤ「マジか!?助かるよ!!」

 

 ストレア「そうと決まったら早速行こ〜よ」

 

 アルンの商店通りには武器や防具などの装備品に雑貨や食材を扱った店が連なっており、ユウキに合うプレゼントも見つけられるだろう。

 タクヤが首から下げているペンダントもユウキがここで購入したものだ。

 

 タクヤ「何あげたら喜ぶと思う?」

 

 ストレア「う〜ん…。女の子だから服とかアクセサリーじゃないかなぁ。

 後、思い出に残るような物とか」

 

 ある雑貨屋に入った2人はそれぞれユウキに合うプレゼントを選び、それを互いに見せあってどれが最良が決め始める。

 ストレアの選んだ物は可愛らしいドレスやアクセサリーを数点、対してタクヤが選んだのは可愛らしい武器や装備を数点。

 

 ストレア「…」

 

 タクヤ「…やっぱりダメ?」

 

 ストレア「…タクヤはセンスないね〜」

 

 タクヤ「ぐ…!!昔もそれで苦労したんだよ…」

 

 昔、ユウキにプレゼントを贈る際にもシウネーやいろんな人の助言を受けてからプレゼントを選んだが、タクヤ1人ではどうしてもこれが限界のようだ。

 ストレアでさえ、呆れた様子を露わにしている事からタクヤは一気に自信を失う事になる。

 

 ストレア「じゃあ、2人で意見出し合いながら選ぼうよ?

 その方が私もアドバイスしやすいし」

 

 タクヤ「お願いします…」

 

 それから2人はアルンにある雑貨屋を回り、ユウキが喜ぶであろうプレゼントを探し続けた。

 この時間がいつまでも続けばいいとストレアはタクヤとの時間が有意義に感じ、終始笑顔で街を歩く。

 タクヤもそんなストレアを見て安心した。

 自分のせいでユウキ達はもちろんストレアに多大なる心配をかけてしまっていた事もあり、どこか後ろめたくも思っていた。

 けれど、ストレアは笑顔をこちらに向けてくれる…それがタクヤには眩しくて内にある不安が塗りつぶされていく気がする。

 そんな中、ある雑貨屋を後にしようとすると1人のNPCの少女が泣いているのを見つけた。

 

 ストレア「どうしたんだろう?」

 

 少女の事が気にかかり、ストレアはタクヤを連れて少女の元へ駆けつけた。

 すると、少女の頭上にクエストフラグが立ち、2人の前にウィンドウが表示される。

 

 タクヤ「《聖夜の思い出》…。クリスマス限定のクエストみたいだな」

 

 ストレア「どうする?まだプレゼントも選べてないし…」

 

 タクヤ「泣いてる子供を放ってはおけないだろ?時間はまだあるし、クエストを受けようぜ」

 

 ウィンドウのYESボタンをタップして少女に話しかけた。

 聞く所によると、クリスマスパーティーの準備の為に買出しに出た少女は一緒にいた母親とはぐれてしまったらしい。

 アルンの街中で行われる探索クエストだと理解した2人は少女の手を引いて母親を探し始めた。

 

 タクヤ「探すって言っても…アルンだけでも結構な広さだぞ」

 

 ストレア「ねぇ?お母さんってどんな人なのかな?」

 

『えっと…髪が長くて、白いお洋服来てるよ。それに、とっても綺麗なの!』

 

 タクヤ「もうちょっと具体的に知りたかったが…まぁ、この系統のクエストは住民が行き先を知ってたりするし、虱潰しに探すか」

 

 商店通りを一通り探し、道行くNPCに少女の母親について尋ねると湖畔通りに向かったのを見たと聞いて、3人は情報を元に湖畔通りへと向かった。

 湖畔通りにも多くのカップルやNPCがいる為、またここで情報を集めなければならない。

 

 ストレア「見て見て〜!噴水がキラキラ光って綺麗だよ〜!!」

 

『すごいすごい〜!!』

 

 タクヤ「街中もクリスマス仕様になってんな。商店通りもイルミネーションされてたし」

 

『ねぇ?2人は恋人同士なの?』

 

 タクヤ&ストレア「「えっ!!?」」

 

 突然問いかけられた少女の質問に思わず顔を向かい合わせた2人が少女に説明する。

 

 タクヤ「違うよ。オレとストレアは親子なんだ」

 

『親子?お父さんと私みたいな?』

 

 ストレア「そうだよ〜。タクヤは私にとって1番大事なお父さんなの。あなたもお父さんとお母さん好き?」

 

『うんっ!!だーいすきっ!!』

 

 ストレア「じゃあ、私と一緒だね」

 

『いっしょいっしょー!』

 

 少女を抱えながらストレアは母親を探し始める。

 タクヤも少し頬を赤くして照れながら2人の後を追った。

 母親を探し始めて3時間は過ぎただろうか。

 今の時間は午後5時…。空は徐々に暗くなっていき、分厚い雲の切れ間から星が顔を覗き始めている。

 

 タクヤ「日が暮れてきたな…」

 

 ストレア「お母さん、どこにいるんだろ?」

 

『う〜…お母さん…』

 

 ストレア「大丈夫だよ?私達が絶対見つけてあげるからね?」

 

 流石に不安を隠し切れなくなった少女はストレアの胸に顔をうずくめる。

 そんな姿を見せられれば、一刻も早く母親を探し出さねばならない。

 湖畔通りで手に入れた情報を頼りに3人は中央広場へとやって来た。

 商店通り、湖畔通りと探したタクヤとストレアは残る区画である中央広場にいるだろうと予測を立てる。

 湖畔通りとは比較にならない程の大勢の人達の中から、少女の母親を探すのは骨が折れる作業だ。

 だが、弱音を吐いている時間すらタクヤとストレアには惜しい。

 すれ違うNPCに手当り次第声をかけ、少女の母親を探した。

 

 タクヤ「やっぱり、他に情報がないと埒が明かないな」

 

 ストレア「そうだね…。早くしないと夜になっちゃうし…」

 

 それにこのままクエストが終わらなければユウキのクリスマスプレゼントを選ぶ時間もなくなってくる。

 何か良い方法はないかと思考を巡らせていると、遠くの方からオルゴールの音が聴こえてきた。

 

 ストレア「綺麗な音…」

 

『お母さんっ!!』

 

 タクヤ「えっ?もしかして…お母さん、オルゴールを持ってるのか?」

 

『うん!!お母さん、家でオルゴール作ってるの!!これもお母さんが作ったのと同じだよ!!』

 

 タクヤ「じゃあ、急ごう!!」

 

 タクヤはストレアと少女を抱きかかえ、翅を羽ばたかせオルゴールの音色が響く場所へと低空飛行で向かった。

 すると、少女の言っていたように髪が長く、白い服を着て、美女と言っても相違ないNPCがキョロキョロと落ち着かない様子で何かを探していた。

 

『お母さぁぁぁんっ!!』

 

『!!…マリア!!』

 

 母親の前で着地し、ストレアが少女を母親の元へ案内する。

 少女も溜まっていた不安が溢れたのか、涙を流しながら母親に抱きついた。

 

『お母さぁぁぁぁぁん』

 

『もう…この子ったら!!ダメじゃない!!お母さんから離れちゃ!!

 心配したのよ!!?』

 

『ごめんなさぁぁぁぁい』

 

 ストレア「よかったね…タクヤ」

 

 タクヤ「…これでクエストはクリアだな」

 

 一頻り泣いた少女を連れて、母親がタクヤとストレアに頭を下げた。

 

『ありがとうございます妖精の剣士様。マリアをここまで連れてきてくださいまして…何とお礼を言ったらいいのか』

 

 ストレア「ううん。そんな大した事してないよ〜。ねっ?タクヤ?」

 

 タクヤ「あぁ。無事に見つけられてよかったぜ」

 

『本当にありがとうございます!!…そうだ、これをお礼に受け取ってください。ささやかなクリスマスプレゼントです』

 

 そう言って手渡されたのは、母親を見つけられたきっかけになったオルゴールだった。

 別段変わった所などなく、単なるアンティークアイテムかと思われたが、母親がオルゴールにある魔法をかけた。

 

『これは私達音楽妖精族(プーカ)に伝わる魔法で、このオルゴールに録音された音色が必ずや剣士様達のお役に立つと思います』

 

 オルゴールのウィンドウを開けてみると、どうやら戦闘中にこの音色を聞けば一定時間幸運(ラッキー)支援(バフ)がかかり、ドロップ率が上がるようだ。

 

『じゃあ、私達はここで…。マリアも剣士様達にお礼を言いなさい』

 

『ありがとうお兄ちゃん!お姉ちゃん!またねー』

 

 ストレア「バイバ〜イ」

 

 少女はタクヤ達が見えなくなるまで手を振り続け、ストレアもそれに応えるかのように手を振り続けた。

 

 ストレア「…行っちゃったね」

 

 タクヤ「またどっかで会えるだろ。それに…思わぬ所でプレゼントも見つかったしな」

 

 ストレア「やっぱりそれを贈るんだね?私もそれが1番いいと思うよ」

 

 タクヤ「さて…早く行かねぇとユウキがうるさいからなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「誰がうるさいって?」

 

 

 タクヤ「どぁっ!!?」

 

 突然背後から予期せぬ声が響き、思わず倒れそうになるのを間一髪防ぎ振り向くと、そこにはユウキが立っていた。

 

 ストレア「ユウキ!?」

 

 タクヤ「な、なんでここに?」

 

 ユウキ「なんでって…いつまで待っても帰って来ないから探しに来たんじゃん。

 今日の夜はホームで待っててって言ったでしょ?」

 

 タクヤ「あ…もうそんな時間か…」

 

 クエストが思いのほか時間がかかってしまった事に今更ながら気づいたタクヤは素直にユウキに謝る。

 ユウキも別段怒っている訳でもなく、早くホームに戻ろうと催促する。

 

 ユウキ「ほら、早く帰ろ?料理もいっぱい作ったから一緒に食べよ?」

 

 タクヤ「おっ!それは楽しみだな」

 

 ストレア「…じゃあ、私はちょっとこの辺りをブラブラしてるから楽しんでね」

 

 そう言い残してストレアはその場を後にしようとする。

 せっかくのクリスマスなのだ。

 恋人同士水入らずで過ごしたいハズだ。

 ストレアもその考えに至らない程バカではなく、タクヤとユウキの為に自らが引く事を選んだ。

 だが、不意に肩を掴まれ、咄嗟に振り向くと、不思議そうな表情でユウキがストレアを止めた。

 

 ユウキ「何言ってるの?ストレアも一緒に帰ろ?」

 

 ストレア「え?…でも…やっぱり2人だけの方が…」

 

 タクヤ「そんな訳ないだろ?クリスマスは家族で祝うもんだろ?

 だったら、ストレアがいなきゃ始まんないじゃねぇか」

 

 ストレア「タクヤ…ユウキ…いいの?」

 

 ユウキ「当たり前じゃん!ストレアの大好きなのもいっぱい作ったから楽しみにしててね?」

 

 

 この2人はどこまでいっても変わらない。

 その考えも、その性格も、その在り方も…タクヤとユウキは変わらない。

 それにどれだけ救われてきただろうか。

 かつて、我が身を顧みずに私を救い出してくれたあの瞬間を思い出す。

 カーディナルによって消されるハズだった私の運命を変えてくれた2人。

 私自身が自らの存在を消そうとして、それを暖かい愛情で止めてくれた2人。

 彼らに出会ってから私は助けられてばかりだ。

 自分だけがこんなにも多くの幸せを与えられてよいものだろうか。

 私はそれだけがどうしても分からなかった。

 

 

 ストレア「私…こんなに幸せで…2人から貰ってばかりで…いいのかな?」

 

 タクヤ&ユウキ「「…」」

 

 ストレア「私は…2人に何もしてあげられてないのに…どうして…2人は私の為にそんなに…」

 

 ユウキ「…いきなりしんみりしちゃって…もしかして、今までずっとそんな事考えてたの?」

 

 ユウキは呆れながらにストレアに近づき、そして…優しく抱きしめた。

 

 ストレア「!!」

 

 ユウキ「そんなの決まってるでしょ?ボク達は家族だから一緒にいたいんだよ?

 あの時、ストレアとお別れした時、やっぱり寂しかった。

 ALOで再会出来た時、心の底から嬉しかった。

 また、3人で一緒に暮らしていけるんだって…一緒に思い出を共有出来るんだって…本当に嬉しかったんだよ?」

 

 ストレア「ユウ…キ…」

 

 タクヤ「…ったく、お前は天然な所があるけど、突然諭した風に装いやがって…。

 オレ達に遠慮してるなら余計なお世話だ。

 お前は…ストレアはオレとユウキの大事な一人娘なんだ。

 子供が親に遠慮すんじゃねぇよ。こっちの顔が立たないだろ?」

 

 ストレア「タ…クヤ…」

 

 涙が流れた。悲痛からくるものではなく、心が満たされ、感極まって流れた愛情の証。

 ユウキの胸の中で静かに泣く。

 まるで、子供をあやしているかのようにユウキの暖かい手がストレアを包み込んだ。

 

 

 一体何を悩んでいたんだろう。

 何かをしなきゃ…何か返さなきゃと悩み、苦労していた自分が馬鹿らしいじゃないか。

 でも、そうしなきゃ気づかなかった答えで、そうしなきゃ理解出来なかった意味だった。

 ユウキもタクヤも私を愛してくれている。

 それだけで私の心は満たされる。

 それだけで私は笑っていられる。

 例え、遠く離れるような事があろうとも、この絆だけは決して切れないと今なら確信して言える。

 だから、笑おう。

 うじうじ考えるのは今この瞬間までにしよう。

 私は私らしく笑っていよう。それを2人も望んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は…タクヤとユウキの娘だから。

 

 

 

 

 

 ストレア「じゃあ…帰ろう!お父さん!!お母さん!!」

 

 今日はホワイトクリスマス。聖夜に降り注ぐのは幸せの結晶。

 人々の心を満たす暖かな光は神々しく輝き続ける。

 この手の温もりは私は生涯忘れる事は決してない。




いかがだったでしょうか?
ストレア回とも言うべき今回は、改めて家族のしての絆を再認識した回でした。
クリスマスに最高のプレゼントを貰ったストレアが今後どのように活躍するのかお楽しみに!


評価、感想などありましたらお待ちしております!


では、また次回!


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【80】兄弟

という事で80話目に突入です!
今回はカヤトに視点を当てた回になりますのでお楽しみに!
挿絵の方もなるべく早く上げるようにします!


では、どうぞ!


 2025年12月26日11時00分 ALO新生アインクラッド 第21層

 

 先日のアップデートで30層まで解放されたアインクラッドには多くのプレイヤーが押し寄せ、連日攻略に熱を入れていた。

 そんな中、21層の主街区の転移門前にタクヤとユウキ、カヤトとランが揃っている。

 

 ユウキ「じゃあ、攻略しに行こっか?」

 

 ラン「そうね」

 

 タクヤ「…おう」

 

 カヤト「…分かりました」

 

 ユウキ&ラン「「…」」

 

 多少の不安を抱えつつ、4人はフィールドへと赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 未踏のフィールドだとしても、タクヤとユウキに関しては既に経験した土地の攻略になる為、カヤトとランのナビゲートを請け負い、襲いかかるモンスター達を丁寧に捌いていく。

 

 ユウキ「強さは昔よりも高めだね」

 

 タクヤ「あぁ、21層でも手は抜けねぇな」

 

 ラン「そういう割には2人共涼しそうな顔してますけど…」

 

 ユウキ「そりゃあ経験の差だよ。姉ちゃんとカヤトも慣れれば楽になるよ」

 

 カヤト「…」

 

 モンスター達を蹴散らしていきながらある程度進んでいっていると、ユウキの肩をランがタクヤとカヤトに悟られないように叩いた。

 

 ユウキ「?」

 

 ラン「ねぇ?あの2人…何かあったの?」

 

 ランがそう思うのも無理はない。

 明らかにギクシャクした空気を放ち、連携も上手くいっていない。

 それどころか視線を合わせようともしないのだ。

 

 ユウキ「姉ちゃんも気づいてたんだ?タクヤはいつも通りだったんだけど、カヤトに会ってからおかしくなっちゃって…」

 

 ラン「カヤトさんは会った時から暗かったんだけど…ユウキも知らないのね」

 

 何故、このようになっているのか理由が見つけられずにいると、背後から迫るモンスターに一瞬だが遅れを取ってしまった。

 

 タクヤ&カヤト「「っ!!?」」

 

 咄嗟に武器を構え、モンスターの息の根を止めに地を蹴った。

 ソードスキルを使えばあの程度のモンスターを屠るのは簡単だったのだが、タクヤの右拳とカヤトの両手長柄が火花を散らしながら衝突してしまう。

 

 タクヤ「がっ」

 

 カヤト「くっ」

 

 ラン「ふ、2人共!!?」

 

 ソードスキルが発動する寸前で衝突したので、強制的にキャンセルしたのが功を奏した。

 でなければ、互いに大ダメージを受けていた所だ。

 モンスターも思わず怯み、その隙にユウキがソードスキルを発動させる。

 

 ユウキ「はぁぁぁっ」

 

 

 片手用直剣ソードスキル"レイジスパイク”

 

 

 モンスターがポリゴン片に砕け散るのを確認した後にタクヤとカヤトの元へ走った。

 ダメージなどなく胸を下ろすユウキだったが、それとは別に不穏な空気が流れ始める。

 

 タクヤ「今のはお前が無理して出るとこじゃねぇだろ」

 

 カヤト「…兄さんこそ、僕の方が近くてリーチが長いんだから出しゃばらないでくれよ」

 

 タクヤ「何?」

 

 カヤト「いつもいつも前に出る事しか頭にないの?

 もっと周りをよく見ろって言ってんだよ!!」

 

 タクヤ「っ!?さっきのモンスターの特徴は把握してたし、お前の槍じゃ相性最悪だったろーがっ!!」

 

 険悪な空気を撒き散らし、互いに批判を繰り返していく。

 いつもなら笑って過ぎていくハズなのに、今日は何故か何もかも噛み合っていなかった。

 その原因が何なのか突き止めなければいけないが、今はこの無駄な争いを止める方が先だ。

 

 ユウキ「2人共落ち着いてよ!!」

 

 ラン「今は喧嘩してる時じゃないですよ!!」

 

 ユウキとランが2人の間には入り、口喧嘩の仲裁に入る。

 それでも互いの表情は僅かばかりに怒りを含んでいた。

 

 ユウキ「タクヤも!!頭を冷やしてよ!!」

 

 タクヤ「っ!?」

 

 ラン「カヤトさんもですよ!?冷静になってください!!」

 

 カヤト「…!!」

 

 次第に落ち着きを取り戻し、目的地である遺跡へと目指す。

 互いに顔を合わせようとはしないままユウキとランは2人の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かが心の中で引っかかる。

 ここまで心が乱れるのは初めてに近い経験だ。

 でも、原因は漠然とだが理解している。

 これは怒りでも、不安でもない。

 ただ、自分には何かを成す力がないから…支えなきゃと思ってもそれを実行出来なかった為に生まれた悔しさ…後悔からくるものだ。

 全てを1人で背負うなど初めから無理な話で、それでもやり遂げなきゃいけないという強迫観念が邪魔をしている。

 もう辛い事は起きないでほしい…関わらないでほしい。

 そう願うのは悪い事なのか?お節介な事なのか?

 これ以上誰かがいなくなるのは嫌だ。

 そう思うのは罪なのか?自己中心的な考えなのか?

 例え、そうだとしても…この願いを捨てるつもりは毛頭ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たった1人の家族だから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月26日11時30分 ALO新生アインクラッド 第21層

 

 21層の主街区から距離にして5km程離れた場所にある遺跡には、先日タクヤとキリトが倒したフィールドボスとは別にキークエストが設定されている。

 遺跡の中に入り、そこにいるであろうクエストNPCから最奥部にある"ある物”を持ち帰って欲しいと依頼される。

 旧アインクラッドの21層でもこのように進行していた為、新生アインクラッドでも十中八九同じものであるだろうと予測出来た。

 

 ラン「遺跡の奥には何があるの?」

 

 ユウキ「確かね…NPCのメモ帳だったハズだよ。

 学者って設定で迷宮区にいるモンスター達の特徴や弱点を記してるんだ。

 その中にフロアボスの情報もあるから攻略の手間が省けるんだよ」

 

 ラン「へぇ…。でも、ユウキとタクヤさんはそのボスの事知ってるから別にこのクエストを受ける必要ないんじゃ…」

 

 タクヤ「いや、新生アインクラッドのフロアボスは全部変わってるから旧アインクラッドでの情報は通じねぇんだ。

 あくまで一緒なのはフィールドや主街区、クエストの発生場所やフィールドボスまでだな」

 

 ALOを運営しているユーミルもそこまで馬鹿ではない。

 旧アインクラッドと全く同じものを用意すれば、世間からの批判が集中し、最悪の場合運営中止という事にもなり兼ねない。

 それ程、世間にとって旧アインクラッドを舞台としたSAOは畏怖すべきものだという事だ。

 今でも、VRMMO自体よく思っていない人達もいるようで、それらを抑制しているのが《ザ・シード》連結(ネクサス)で繋がった仮想世界でプレイするプレイヤーと菊岡が籍を置く総務省の仮想課によるものが大きい。

 そういった理由でユーミルもアインクラッドを実装するにあたって最善の注意をしているハズだ。

 

 ユウキ「まぁ、モンスターが強くなってるって言ってもボク達なら余裕だよ!」

 

 ラン「う、うん。…カヤトさんはいつも冷静ですよね?ボス戦でも判断力が鈍ってませんし」

 

 カヤト「…どうでしょう。そう見えるのは僕がそういう風に見せてるからかも知れませんよ?」

 

 ラン「え?」

 

 タクヤ「無駄話はその辺で切り上げろよ。そろそろ遺跡の中に入るぞ?」

 

 遺跡の階段を下っていき、タクヤ達は薄暗いダンジョンに足を踏み入れた。

 階段を降りてすぐの区画に案の定クエストNPCが立っており、タクヤがフラグを回収するべくNPCに話しかけた。

 

『実は、遺跡の奥で調査していた時に怪物に遭遇して…脇目も振らずに引き返してきたんだ。

 多分その時だと思うんだが、私の大事なメモ帳を落としてしまってね。

 取りに行こうにも怪物が徘徊して身動き取れないんだ。

 もしよければだが、私のメモ帳を探してはくれないだろうか?

 もちろん報酬は出すよ』

 

 話を一通り聞いてタクヤは迷いなく了承する。

 メモ帳は話を聞く次第最奥部にあり、そこを守護しているフィールドボスが待ち構えているハズだ。

 旧アインクラッドの時と状況は変わらず、タクヤとユウキが先頭を任せられる。

 

 タクヤ「前と一緒なら毒ガス攻撃を使ってるから解毒結晶を準備しててくれ。ラン、解毒結晶が切れた時は解毒魔法でサポートを頼む」

 

 ラン「分かりました」

 

 ユウキ「それと、尻尾による遠距離攻撃(ロングレンジ)もあるから間合いを見誤らないようにしてね」

 

 カヤト「了解です」

 

 注意喚起を促して4人は遺跡の中へと進み始めた。

 地下ダンジョンだけあってアンデット系やアストラル系のモンスターが多く、この場にその系統が苦手なアスナがいない事に安堵する。

 悲鳴を上げて連携を崩されては適わない。

 

 ラン「私も別に平気って訳じゃないけど…」

 

 カヤト「大丈夫ですよ。何かあったら僕が援護しますから」

 

 タクヤ「援護に徹せられても困るけどな」

 

 ユウキ「タクヤっ!!!」

 

 また余計な事を、とユウキはタクヤに叱るが、それをいちいち構う程カヤトも馬鹿ではない。

 雰囲気は水平線のまま時間だけが過ぎていった。

 特に会話もなく、襲いかかるモンスターを蹴散らしていくだけの流れ作業。

 4人の連携もぎこちないままタクヤ達は最奥部前の安全エリアまでやってきた。

 

 ラン「この先にフィールドボスがいるんですよね?」

 

 タクヤ「あぁ。…今更だけど、オレとユウキの情報をそのまま鵜呑みにするのは危険だ」

 

 カヤト「?」

 

 ユウキ「どうして?」

 

 タクヤ「昨日もオレとキリトはこことは別の遺跡の前でフィールドボスと戦ったんだけど、その時もボスの動きが前回と変わってたからな。

 20層までは順調にいけたのに21層からそれが通じない。

 多分、この前のアップデートでユーミルが仕様を弄ったんだろうけど…」

 

 先日倒したストレンジャーアーム・エイプもタクヤとキリトが知らない動きをして苦戦したのを思い出す。

 咄嗟にキリトが編み出した《剣技接続(スキルコネクト)》で難を逃れたが、あのまま戦っていたらどうなっていたか分からない。

 今回も前回同様にボスの動きが変わっている可能性がある。

 それをタクヤは事前に3人に話し、より注意を怠らないよう促した。

 

 タクヤ「作戦として…まず、オレがボスのタゲを取る。

 ボスの攻撃がオレに集中している所を背後からユウキとランでソードスキルを叩き込む。硬直(ディレイ)している間はオレとカヤトが援護に回る。

 HPバーが残り1本でモーションが変わるから、1度距離を取って臨機応変に立ち回ってくれ」

 

 カヤト「…援護に入るって言ったけど、間に合うの?」

 

 タクヤ「…オレのAGIなら問題ねぇ。カヤトはユウキとランが飛び出した後で出てこい。そうしないとフォローが追いつかねぇからな」

 

 カヤト「…あぁ…」

 

 ユウキ「大丈夫だよ!カヤトなら出来るって!」

 

 ラン「えぇ。カヤトさんになら命を預けられます!」

 

 カヤト「…」

 

 いくら仕様が変わり、難易度が上がっていると言っても、このメンバーなら乗り越えられる自信はある。

 それだけの経験と技術を磨いてきた自負はあるし、判断さえ間違えなければそれ程危険視する事ではない…と、タクヤやユウキなら思うだろう。

 

 

 買い被りすぎだ。いくら技術を磨いても2人に対して自分は圧倒的に経験値が足りていない。

 冷静な判断も戦闘中に予想外な行動を取られれば簡単に崩れ去ってしまう。

 幾多の戦いを乗り越えてきた彼らにはもう分からない事だ。

 自分にどれだけの実力があるかなんて本人には分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は"英雄”ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「じゃあ…行くぞっ!!」

 

 掛け声と同時にタクヤは安全エリアから最奥部の区画へと侵入した。

 タクヤの姿を視認したフィールドボスが雄叫びを上げる。

 "キメラメティックイビル”と名付けられたモンスターがタクヤ目掛けて強靭な鱗で武装した尻尾を叩きつける。

 まずは回避優先を頭に入れていたタクヤは予備動作を確認した時点で高く跳躍する。

 尻尾は地面スレスレで轟音と共に薙ぎ払われるが、空中に避難していた為に空振りに終わる。

 ダンジョン内では翅が使えないが、それを物ともせずにタクヤはキメラティックに向かって急降下した。

 

 タクヤ「はぁぁぁっ!!!」

 

 AGI特化型(ナックル)武器"無限迅(インフィニティ)”はキメラティックの頭蓋を叩く。

 激しい衝撃音がダンジョン内に響き渡り、キメラティックが呻き声を上げながらよろめいた。

 地上に着地したタクヤは間髪入れずに次の攻撃に入る。

 しかし、キメラティックは怒りを燃やし、タクヤにブレス攻撃を放った。

 

 タクヤ「っ!!」

 

 濃い紫色のブレスがタクヤに襲いかかるが、事前の情報通りだと難なく回避し、懐に5発の拳を叩き込んだ。

 色を見ても猛毒のガスである事は明白で、一定時間毒ガスは漂うがその場には誰もいない。

 キメラティックの攻撃が不発し、タクヤに集中している事を確認した瞬間、入口からユウキとランのソードスキルがキメラティックの背後から放たれた。

 

 

 片手用直剣ソードスキル"ヴォーパル・ストライク”

 

 

 

 刀ソードスキル"浮舟”

 

 

 ライトエフェクトを散らせながらキメラティックの脇腹を抉る。

 今まで以上の呻き声を上げ、倒れはしないまでも確実にダメージが残っている。

 だが、ユウキもランもソードスキル後の硬直(ディレイ)が体を支配し、身動きが取れない。

 そこを捉えたキメラティックが恨みと怒りと共に鋭利な爪を立て、2人に襲いかかった。

 

 タクヤ「今だ!!」

 

 我を忘れているキメラティックはユウキとラン以外視界に入れていない。

 入口から最後に飛び出してきたカヤトとユウキとランの前に移動したタクヤがさらなるソードスキルを放つ。

 

 

 (ナックル)ソードスキル"ビート・アッパー”

 

 

 

 両手長柄ソードスキル"スパイナル・ゲート”

 

 

 2人のカウンターがキメラティックの巨体を浮かび上がらせ、ダメージと共に地面に倒した。

 この間にユウキとランの硬直(ディレイ)が解け、4人は1度キメラティックから後退する。

 

 ユウキ「大成功だね!!」

 

 ラン「はぁ…ドキドキした…」

 

 カヤト「…これからどうするの?」

 

 タクヤ「このままアイツのHPが残り1本になるまで攻める。

 今の所、特に変わった様子はねぇからそれまでこれを繰り返すぞ!!」

 

 キメラティックがゆっくりと立ち上がるのを確認したタクヤが先行し、その後を3人が追う。

 キメラとはよく言ったもので、体の部位毎に様々な魔獣が掛け合わされた歪な姿と悪魔を連想させる強靭な角と尻尾は怒りを力に変えてタクヤ達に襲いかかる。

 4人が全員アタッカーだという事もあり、短期決戦が1番望ましい。

 回復役(ヒーラー)であるアスナやシウネーがいればもう少し無茶も出来るのだろうが、無いものを強請っても仕方ない。

 キメラティックは襲いかかった瞬間、全方位の毒ガス攻撃に入った。

 これは回避不可能と判断した4人はそのまま阻害(デバフ)に毒が追加された。

 

 タクヤ「全員解毒結晶を使え!!」

 

 アイテムポーチから解毒結晶を取り出し、キメラティックの動きを見ながら砕いた。

 青白いエフェクトが体を包み込み、阻害(デバフ)の毒が姿を消す。

 

 ユウキ「よーし!今度はボクが行くよ!!」

 

 ユウキは解毒した直後にキメラティックの前足を伝って背中まで登り切った。

 それに気づいたキメラティックも周りを気にせず、壁などに突進してユウキを振り払う。

 だが、ユウキはキメラティックから離れようとはせず、タイミングを見計らってソードスキルを発動させた。

 

 

 片手用直剣ソードスキル"ライトニング・フォール”

 

 

 魔法属性である雷が付与されたこのソードスキルは本来地面に突き立て、雷を這わせるものだが、ユウキはキメラティックの背中に剣を突き立て、体の自由を奪うのと同時に大ダメージを与えた。

 

 カヤト「麻痺してるなら…!!」

 

 ラン「ソードスキルでダメージを…!!」

 

 

 両手長柄ソードスキル"スピン・スラッシュ”

 

 

 

 刀ソードスキル"残月”

 

 

 2人のソードスキルが麻痺しているキメラティックに追撃を加える。

 ここまで完璧と言わせる程順調にダメージを与えてきた。

 キメラティックのHPバーも数撃加えるだけで残り1本になる。

 しかし、順調に来ていたばかりに4人に僅かばかりの隙が生まれてしまった。

 ユウキの一撃でキメラティックのHPバーが残り1本になると、大地を震わせる程の咆哮が響いた。

 

「「「!!?」」」

 

 耳を塞いでも体の芯を揺さぶる。

 同時にキメラティックの体がみるみる真紅に染まり、先程とは異質の殺気を放った。

 

 タクヤ「っ!!?全員、ヤツから離れろっ!!!!」

 

 タクヤが3人に叫んだ瞬間、キメラティックがタクヤの眼前に高速移動する。

 それを察知したタクヤもすぐに迎撃態勢に入るが、キメラティックの爪はタクヤを深く刻みつけた。

 

 タクヤ「がっ…」

 

 ユウキ「タクヤ!!!?」

 

 カヤト「来ますよ!!!」

 

 タクヤを壁へ吹き飛ばした後すぐにキメラティックが高速移動でユウキに襲いかかってきた。

 タクヤの安否が気遣われるが、今は迎撃にのみ集中しなければならない。

 振るい降ろされた爪を剣で受け止める。

 力を徐々に加えられ、ユウキはその場から動く事が出来ない。

 

 ラン「私がタクヤさんの所に行きますから、カヤトさんはユウキの方へお願いします!!」

 

 ランはキメラティックの動きに注意しながらタクヤの元へと駆ける。

 カヤトもタクヤの事はランにまかせてユウキの支援に向かった。

 キメラティックの連続攻撃を耐え忍び、一瞬の隙を突いてその場から離脱する。

 

 カヤト「大丈夫ですかユウキさん!!」

 

 ユウキ「うん…なんとかね…。でも、HPを結構削られちゃった」

 

 カヤト「…ユウキさんは回復に専念してください。その間、僕がコイツを引き止めておきます。

 兄さんの無事が分かったら態勢を整えましょう」

 

 キメラティックはユウキを標的に捉え、巨体を駆けらせる。

 ユウキが後退してカヤトとスイッチする。

 両手長柄でキメラティックを撹乱し、深追いせず一定の距離を保ち続けた。

 1人ではこのモンスターには勝てない…と、カヤトの直感が囁く。

 一瞬も気が抜けない状況でたった数秒の時間が途方もなく長く感じてしまう。

 どれくらい経っただろうと思考を巡らせる余裕などなく、キメラティックの爪と牙、尻尾に全神経を集中させた。

 

 カヤト(「まだか…まだか…!!?」)

 

 すると、キメラティックの背後から1つの影が迫っていた。

 

 タクヤ「さっきはよくもやってくれたなぁっ!!!」

 

 

 (ナックル)ソードスキル"レオパルド・ブリッツ”

 

 

 軽やかに跳躍したタクヤがその勢いを力に変えて飛び蹴りを放った。

 鈍い音を響かせ、地上に着地すると、間髪入れずにランが斬撃を加えた。

 

 カヤト「はぁぁぁっ!!」

 

 ここで退けばこの勢いを殺してしまう。

 偶然とは言え、タクヤのソードスキルにランの追撃と、流れるような連携を崩す訳にはいかない。

 カヤトもユウキの支援など頭から追いやり、息の根を止めようと追撃する。

 

 ユウキ「ありがとカヤト!!ボクも加わるよ!!」

 

 カヤト「いえ!!ここは僕が決めます!!」

 

 ユウキ「でも、カヤトもダメージが…!!」

 

 カヤト「大丈夫です!!HPが尽きる前に倒し切ります!!!」

 

 ユウキの指示を無視してキメラティックにダメージを与え続けるカヤトにキメラティックも為すがままやられている訳ではない。

 鋭い眼光がカヤトの背筋に冷たく突き刺さった。

 顔を上げてキメラティックの瞳に視線を移した瞬間、キメラティックのブレスがカヤトに襲いかかってきた。

 

 ラン「カヤトさん!!?」

 

 タクヤ「っ!!?離れろっ!!!」

 

 名を叫んでも、カヤトは既にブレスに包まれてしまっている。

 ブレスはキメラティックの周囲を覆うかのように広がっていく。

 毒ガスとは明らかに違う黒煙がキメラティックの恐怖を物語っていた。

 

 ユウキ「あんな攻撃…見た事ないよ」

 

 タクヤ「やっぱりこうなるのか…」

 

 ラン「カヤトさん!!カヤトさん!!」

 

 タクヤ「行くなっ!!お前まで巻き込まれたらどうする!!!」

 

 ラン「でも、カヤトさんがっ!!?」

 

 黒煙で完全に姿を消したカヤトの身が心配なのは誰だって同じだ。

 だが、未知の攻撃に無策で突撃する訳にもいかない。

 警戒を解いて黒煙に向かえば必ずと言っていい程に不利になるのは明白で、全滅だけは避けなければならないタクヤ達に打つ手はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カヤト(「くそ…!!全く見えない…!!」)

 

 黒煙内に閉じ込められたカヤトは何とか脱出口を探す為に体を動かそうとするが、体の自由を奪われていた。

 

 カヤト「麻痺に…毒…呪い…!!?」

 

 HPバーの下にはバットステータスが並べられ、毒だけでも消そうとするが、麻痺している体はそれを阻んでいる。

 呪いの阻害(デバフ)はアイテムでの解呪が不可能で、水妖精族(ウンディーネ)による高等解呪魔法が必須とされている。

 つまり、今回のメンバーに解呪出来る者がいない以上、カヤトの死は決定づけされていた。

 

 カヤト(「これは…無理したツケ…だな」)

 

 ユウキの指示を無視した結果、カヤトは身動きが取れずに死を待つばかり。

 あの時、ユウキの指示に従っていれば…。

 あの時、キメラティックを追い詰めずにもっと冷静になっていれば…。

 後悔ばかりがカヤトの中で溢れ、その場に静かに蹲った。

 

 カヤト(「僕は…兄さんのように…なれないのか…」)

 

 

 1つの世界を己の拳で打ち砕き、卑劣な輩の陰謀をその肉体で粉砕し、罪なき者を手にかける悪鬼をその怒りで引導を渡し、1人の少女の未来をその魂で明るく照らして見せた。

 それを成し遂げた兄に憧れた事だってあった。

 同時に、何故兄がそれ程の痛みを背負わなければならないと悔しく思った。

 そして、弟である自分も何かを成さなければならないという強迫観念が襲いかかった。

 2人の兄はそれぞれの、誰にも成し得ない道を見つけ、突き進んでいく。

 その背中をただ見ているだけにはいかない。

 何かを証明しなければならない。

 誰にも成し得ない偉業を自分も作り上げなければならない。

 その一心で今回のクエストに参加したというのに、結果は実に呆気なかった。

 結局、自分には何も成し得ないという現実を知るだけで何も残せなかった。

 

 

 ただ、死を待つだけがこれ程までに辛く、痛い事なのかと、カヤトは黒煙が晴れ始めるのを眺めながら静かに瞼を閉じた。

 

 ユウキ「煙が晴れるよっ!!」

 

 ラン「カヤトさんは…!!」

 

 タクヤ「!!」

 

 何故かは分からない。黒煙が薄れ始め、キメラティックが地面に向かって爪を振り下ろそうとしているのが微かに見えた。

 理由はこれだろうと自身でも信じて疑わなかった。

 だが、振り下ろす軌道に人影を見つけた瞬間にタクヤは地を蹴っていた。

 

 ユウキ&ラン「「!!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 微かに音がする空気を掻き分け、巨大な何かが自分の頭上にある事を理解した。

 きっと、この一撃で終わる…。

 もうどうする事も出来ない。このまま死を待つしか自分には選択肢がない。

 覚悟ならとっくに固まっている。やるなら早くしろ…と、キメラティックに心で訴えかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「やらせねぇぇぇっ!!!!」

 

 

 (ナックル)ソードスキル"ダービュランス・ラッシュ”

 

 

 電光石火の如く速さでキメラティックの懐に潜り込んだタクヤは両拳をオレンジに明るく輝かせ、強烈な7連撃ソードスキルを撃った。

 キメラティックは上空に浮かび上がらせ、最後の一撃で地面に叩きつけられた。

 

 タクヤ「離れるぞ!!」

 

 カヤト「兄…さん…」

 

 カヤトを担いでユウキとランの所まで戻ってきたタクヤはすぐに解毒結晶と消痺結晶をカヤトの目の前で砕いた。

 ライトエフェクトに包まれたカヤトのHPの侵食スピードが緩やかになる。

 

 タクヤ「とりあえず、これで死に戻りまで時間が長引いたハズだ…」

 

 ユウキ「呪いなんて…こんな時アスナがいれば…!」

 

 ラン「カヤトさん!!大丈夫ですか?」

 

 カヤト「…なんで…─」

 

 タクヤ「?」

 

 カヤト「なんで…僕を放っておかなかったんだ…」

 

 掠れた声でカヤトがタクヤに言った。

 

 カヤト「僕の方に集中させていれば…アイツを倒せたハズ…だろ?

 なんで…わざわざ僕を…」

 

 ラン「カヤトさん…」

 

 タクヤ「…確かにな」

 

 ユウキ「!!」

 

 あのままカヤトを助けず、3人でキメラティックを攻撃すればHPを削り取る事ができ、クエストもクリアしていただろう。

 その選択肢はあったハズなのに、何故そうしなかったのかカヤトは理解出来なかった。

 

 タクヤ「お前を見捨ていればアイツは倒せた。ここで死んでも本当に死ぬ訳じゃないしな。

 でも、オレはそんな事は出来ない。

 目の前で死にそうな奴を見捨てる訳にはいかない。

 例え、本当に死ぬ訳じゃなくても…オレの目の前で仲間は死なせねぇ。

 もう2度と…誰かが死ぬのを見たくねぇんだ…」

 

 この手で消してしまった命がある。

 簡単に…無機質に…命の重さを感じさせずに消してしまった。

 だから、もう2度とそんな悲劇を起こす訳にはいかない。

 誓いを違える訳にはいかない。

 

 カヤト「…」

 

 ユウキ「何言っても無駄だと思うよカヤト。タクヤは頑固だから何言っても聞かないよ。

 それはカヤトもよく知ってるでしょ?」

 

 タクヤ「頑固とかじゃねぇだろ…」

 

 ユウキ「いーや!タクヤは頑固だよっ!!ボクが言ってもよく聞かないじゃん!!」

 

 タクヤ「今それ言うかっ!?」

 

 ラン「あはは…そういう所もユウキとそっくりですね」

 

 ユウキ「姉ちゃんは余計な事言わなくていいの!」

 

 戦闘中だと言うのに、こんなにも賑わうのはどうかと思ったが、カヤトはそれを静かに眺めていた。

 荒んだ心が清らかになっていく感覚に襲われながら、それを否定しない自分に驚く。

 

 カヤト「ふふ…」

 

「「「!!」」」

 

 

 思わず笑ってしまった。

 笑わずにはいられなかった。

 偉業とか、責任とか、憧れがなんとも馬鹿らしくなった。

 自分が抱えていたものがどれだけ浅く、ちっぽけなものだったのかを、タクヤ達を見ていて気づいた。

 彼らはいつも自然体で生きているのだ。

 たった1つ立てた誓いを守る為に生きている彼らに不純物はない。

 それが彼らの強さなのだと、理解して、学んだ。

 

 

 カヤト「…ごめん。僕、焦ってたみたいだ。でも、もう大丈夫。僕は…まだ戦える!!」

 

 タクヤ「…そうか」

 

 ユウキ「やっとらしくなったね!」

 

 ラン「…やりましょう!!」

 

 キメラティックが立ち上がるのを確認し、残りのHPが半分を切っているのを見て、4人は同時に地を蹴った。

 

 ラン「まずは、私とカヤトさんが出ます!!」

 

 カヤト「兄さん達は僕達に続いて!!」

 

 タクヤ&ユウキ「「了解!!」」

 

 キメラティックが4人を確認して、咆哮を上げて威嚇する。

 だが、止まらない。

 もう恐れも…後悔も…迷いもない。

 今はこの踏み出した1歩を噛み締めて、ゆっくり確実に進んでいこう。

 カヤトとランが鮮やかなライトエフェクトに包まれながらキメラティックの懐に潜り込んだ。

 

 カヤト&ラン「「はぁぁぁぁぁっ!!!!」」

 

 

 両手長柄ソードスキル"フェイタル・スラスト”

 

 

 

 刀ソードスキル"羅生門”

 

 

 互いの最高位ソードスキルがキメラティックの体を斬り刻む。

 呻き声を上げながらもまだ倒れないが、2人は勝利を確信した。

 

 カヤト「兄さん!!!」

 

 ラン「ユウキ!!!」

 

 ユウキ「全力でいくよっ!!!!」

 

 

 片手用直剣OSS"マザーズ・ロザリオ”

 

 

 ユウキが編み出したSAOの"絶剣”の最強のソードスキルがキメラティックを襲う。

 HPがレッドまで落ちたのを確認してタクヤは両拳に"無限迅(インフィニティ)”と"狂瀾怒濤(ザ・ビースト)”を装備して赤黒いライトエフェクトを発生させた。

 

 タクヤ「これがオレの…全力だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ナックル)OSS"ワン・フォー・オール”

 

 

 

 

 空中に跳躍し、拳を無数に放つ。

 放たれた拳は空気を歪め、無数の気弾を留まらせた。

 それを渾身の一撃が引き金となり、流星群のようにキメラティックに降り注いだ。

 嗚咽すら許さない程の無数の剛拳がキメラティックのHPを根こそぎ狩り尽くした。

 キメラティックは力尽き、ポリゴンとなって最奥部中に爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「よっしゃぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ユウキ「やったぁぁっ!!!!タクヤぁぁぁぁっ!!!!」

 

 クエストクリアに感極まったユウキがタクヤに飛びつき、その勢いを止められずにその場に倒れしまった。

 

 ラン「やりましたよカヤトさんっ!!!!」

 

 カヤト「はい…」

 

 妙によそよそしいカヤトに疑問を抱いたランであったが、自分がカヤトにしている言動に思わず頬を赤くした。

 

 ラン「す、すみませんっ!!つい嬉しくなって…」

 

 カヤト「まぁ、分からないでもないです。あはは…」

 

 ユウキ「いい加減付き合っちゃいなよ〜」

 

 ラン「ユウキっ!!!?」

 

 その場で姉妹喧嘩に発展した2人を他所にタクヤとカヤトは苦笑いをするしかなかった。

 

 タクヤ「カヤトはとりあえず、遺跡出たら転移結晶で街にいけよ?

 圏内に入れば呪いは消えるからな」

 

 カヤト「分かってるよ。時間もないし、僕は先に出るよ」

 

 その場を後にしようとするカヤトは出口を目指して歩いていたが、不意に立ち止まり、振り返る。

 

 カヤト「たまには帰ってこいよ…バカ兄貴」

 

 タクヤ「…あぁ、年末には帰るよ。バカ弟」

 

 最後に今日1番の笑顔を残してカヤトは去った。

 タクヤもユウキとランの喧嘩を止めて、遺跡の出入口を目指す。

 もうすぐ今年も終わる。

 年末は何かと忙しいが、楽しい事もいっぱいある。

 来年になればきっと今より楽しい事がある予感がしながらタクヤ達は遺跡を後にした。




いかがだったでしょうか?
茅場兄弟と紺野姉妹のパーティーでしたが、いつかやりたいなと思っていた構想でもありました。
もうすぐ君共も1周年ですので何かやりたいなぁ…とか思ってみたり。


評価、感想などありましたらお待ちしております!


では、また次回!


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【81】epキャリバー -ヨツンヘイム-

という事で81話目に突入です!
祝一周年!!
ついにキャリバー編を書いていきますが、参考としてマンガ版、ラノベ版、アニメ版と拝見しているのですが中々にハードになると思われます。
しかし、そこをオリジナリティを加えつつ面白く書いていけるように頑張ります!


では、どうぞ!


 2025年12月28日07時00分 埼玉県川越市 桐ヶ谷邸

 

 庭で木枯らしが舞い、冬の寒さを深める早朝。

 母の翠を見送った桐ヶ谷兄弟は朝食を食べながらタブレットでゲーム関連の記事を読んでいた。

 すると、和人の向かいに座っている直葉が驚愕の表情と共に和人にある記事を見せる。

 

 和人「むっ!エクスキャリバー発見!?…とうとう見つかったか」

 

 そこに書かれていたのはALOで伝説(レジェンダリー)級に位置づけられる"聖剣エクスキャリバー”の詳細であった。

 

 直葉「いつかは見つかると思ってたけど、予想より早く見つかっちゃったね」

 

 和人「オレ達も新生アインクラッドの攻略にかかりっきりだったからな。()()()()()()の事を見落としてた」

 

 ヨツンヘイムとは、ALOの主な舞台となっている妖精郷アルヴヘイムの地下にある大型ダンジョンであり、ソロプレイでは絶対的に攻略不可能と言われる難易度が設定されている超上級者向けの仕様となっている。

 しかし、高難易度という事もそこでしか手に入らないレアアイテムもあり、一部のプレイヤーがパーティーを組んで攻略しているのは知っていた。

 

 直葉「()()()()()は誰も手付かずだったけど、アップデートされてから増えてきたみたいだよ」

 

 和人「オレ達もタクヤとアスナの事がなければ挑戦してたんだけど…」

 

 以前、和人/キリトはALOでタクヤとアスナを救い出す為、央都アルンに向かう途中で、誤ってフラグを踏んでしまい、地下へと続く落とし穴に落ちたのがヨツンヘイムとの初めての会合であった。

 その時落ちたのがキリトにリーファ、ユイにユウキであり、《邪神級》モンスターとの戦闘を全力で避け、出口を探すハメになってしまった。

 

 直葉「私達みたいに()()()()()()()()みたいな邪神級モンスターとフラグ立てたのかな?」

 

 ヨツンヘイムでリーファ達が出会った象とクラゲを合わせたような《邪神級》モンスター”トンキー"と”デイジー"は巨人に襲われていた所を助けたのをきっかけに友好を示してきた。

 

 和人「あの気持ち悪い─」

 

 直葉「ん?」

 

 和人「…そのモンスターとフラグ立てる物好き…じゃなくて博愛主義者が他にいるとは…」

 

 直葉「気持ち悪くないもん!可愛いもん!」

 

 2体の背に乗り、出口へと送られたキリト達は道中、天井に刺されていた逆ピラミッドのダンジョンの最下層にそれを見た。

 黄金に輝くそれは彼らを魅了し、かつてない程の衝撃を食らったのを確かに覚えている。

 《聖剣エクスキャリバー》…ALOの中で最強と謳われた伝説の剣。誰も手にした事のない神話の宝。

 そう呼ばれるだけの神々しさと風格を兼ね備えた剣をキリトはいつか必ず手に入れようと誓っていた。

 あれ以来ヨツンヘイムには行ってなかったキリト達であったが、エクスキャリバーを他のプレイヤーに渡す訳にはいかない。

 

 和人(「それに…オレはあれを()()()()手に入れたい」)

 

 伝説の剣をキリトはシステムの力で簡単に呼び寄せてしまった。

 そうするしかなかったというのもあるが、一流のプレイヤーなら正規の手順でそれを手に入れたいと思うのは当然で、システムに頼らず自分の力で手に入れなければ意味がない。

 

 直葉「それで?…どうするの?」

 

 和人「ん?もちろん取りに行くよ。トンキーとデイジーに乗れる上限は7人だったな。オレとスグにアスナ、タクヤにユウキ…あとは…」

 

 直葉「シノンさん呼んだら?」

 

 和人「それだ!スグは里香と珪子、ひよりに連絡してくれないか?

 オレは明日奈達に当たってみるよ」

 

 直葉「了解!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻_結城邸

 

 

 明日奈(「年明け前に和人君に会いたいなぁ…」)

 

 浴槽に浸かりながらそんな事を思っている明日奈の心情はやや複雑だった。

 明日から結城本家のある京都に帰省する事になっている。

 別にそれ自体には何の不満もない。

 久々に会う祖父にもちゃんと挨拶をしたいと思う気持ちはある。SAO事件で心配をかけてしまった事も含めて会っておきたい。

 だが、結城本家は江戸時代から続く家柄であり、その考え方も古く、自らを身分の高いものとして見ている考え方に明日奈は否定的であった。

 その思想は分家の子息達にも伝わっており、新年の顔合わせにも憂鬱と言わざるを得なかった。

 

 明日奈「はぁ…」

 

 明日奈がSAOから帰還してようやく1人でも歩けるようになるやいなや、京都の本家に招集され、そこで向けられた視線は実に遺憾しがたいものであった。

 勝ち組のレールから外れた…。結城の名に傷をつけた…。

 目を見るだけで感情が流れ込み、明日奈は深く傷ついた。

 

 

 確かに、結城が望む未来は叶えられなくなってしまったかもしれない…。

 だけど、それは私が望むレールではない。

 SAOに囚われ、自暴自棄になっていた時があったのも否定出来ない。

 噂レベルの脱出方法に引っかかり、死にかけた事だってある。

 それはこれからの自分のキャリアに傷をつける事だったから。

 こんなくだらない茶番に人生を台無しにされてたまるか…と、今にして思えば考えが浅はかだった。

 しかし、私はあの世界で見つけた。

 母の…結城が敷いたレールの上だけが幸せに繋がっている訳じゃない事を…自分が見て、触れて、感じて、体験した数々の出来事がこれからの自分を形成し、自分自身が見つける幸せがあるのだと…大切な人に教えてもらった。

 彼は言った。

 

『今、オレ達が生きているのはアインクラッド(この世界)だ』

 

 その言葉が自分をどれだけ変えたのか本人は知りもしないだろうが、私はそれだけで自分だけのレールを見つける事が出来た。

 だから、それをちゃんと伝えなければならない。

 例え、結城から否定されても構わない。私には私の幸せがあるのだと言葉にしなければならない。

 

 

 瞬間、手元にあったスマホが震えた。

 それに気づき、すぐ様手に取って耳に傾けた。

 

 和人『おはよう明日奈。今って大丈夫か?』

 

 明日奈「和人君!!うん、大丈夫だよ。おはよう」

 

 和人『今日、これからみんなでクエストやろうって思ってるんだけど、明日奈は来れるか?』

 

 明日奈「大丈夫だよ。今日は1日何もないから。…うん…分かった…じゃあ、また後でね」

 

 着信を切り、明日奈は満面の笑みで小さくガッツポーズした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻_陽だまり園

 

 

 木綿季「うん!分かった!拓哉にも伝えるよ!」

 

 藍子「どうしたの木綿季?」

 

 自室で嬉しそうに話していた木綿季が気になり、藍子は尋ねた。

 

 木綿季「姉ちゃん!今からヨツンヘイムにクエスト行くんだけど一緒に行こうよ!」

 

 藍子「でも、私試験勉強が…」

 

 藍子は後、3ヶ月もすれば公立高校の試験がある。

 その為に追い込みをかけている藍子にとって何とも選び難い選択ではあったが、クエストより試験勉強の方を優先すべき事は明白で藍子も申し訳なさそうに断った。

 

 木綿季「1日ぐらい大丈夫だって。それに直人も誘ったら来るかもだよ?」

 

 藍子「…それなら…行こうかな」

 

 直人に会えると聞いた藍子はすぐに考えを改めた。

 何とも扱いやすいなと木綿季はニヤニヤしていたが、藍子はそれを知らない。

 

 木綿季「とりあえずボクは拓哉に連絡するから、姉ちゃんは直人の方をお願いね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月28日09時00分 ALO央都アルン リズベット武具店

 

 シリカ「クラインさんはもうお休みに入ったんですか?」

 

 リズベット武具店の中で武器の手入れを待っている間にシリカはクライン達と他愛のない会話をしていた。

 

 クライン「おう昨日からな!年末年始は荷が降りねぇから仕事のしようがねぇんだよ。

 社長なんかよ、正月に休みがあるんだからうちは超ホワイト企業だって抜かしやがるんだぜ!!?」

 

 シリカ「あはは…」

 

 クライン「それはそうとキリの字よ!?

 エクスキャリバーを手に入れたら次は俺様の為に《霊刀カグツチ》取りに行くの手伝えよ?」

 

 キリト「えぇ…あそこすごい暑いじゃん…」

 

 クライン「それを言うなら今日行くヨツンヘイムはクソ寒ィじゃねぇか!?」

 

 シノン「じゃあ、私もアレ欲しい…《光弓シェキナー》」

 

 2人の会話に入り込んだシノンの発言にその場にいたキリトとクライン、シリカは口をあんぐり開けて呆れていた。

 

 キリト「こ、コンバートして間もないのにもう伝説級武器(レジェンダリーウェポン)を御所望ですか?」

 

 シノン「リズが作ってくれた弓も素敵だけど、もう少し飛距離があればねー…」

 

 瞬間、奥の工房からシノンの話を聞いていたリズベットが文句を言い放った。

 

 リズベット「アンタねぇ…弓っていうのはせいぜい100mぐらいが射程距離なの!

 それをさらに遠距離から狙おうとするのはシノンくらいよ!」

 

 シノン「出来ればその倍は欲しいんだけど」

 

 リズベット「…はぁ…」

 

 ALOに来る前までGGOで凄腕の狙撃手(スナイパー)として戦ってきたシノンにとって弓の射程距離に不満を漏らすのは仕方ない。

 

 アスナ「おまたせー」

 

 リーファ「買ってきたよー」

 

 ユウキ「それにお菓子も買ってきたー」

 

 ストレア「買ってきたー」

 

 バスケットに所狭しと詰められたポーションや結晶を携え、補給係のアスナ達が帰ってきた。

 

 キリト「お菓子はいらないだろ…」

 

 ラン「私もそう言ったんですけど…」

 

 カヤト「買うって聞かなくて…」

 

 ユウキ「みんなで食べようよ!」

 

 呆れながらもユウキがテーブルに並べた菓子に手を伸ばし始めたキリトはまだこの場にいないメンバーについて聞いた。

 

 キリト「タクヤにシウネー、ルクスは?」

 

 ユウキ「シウネーはもうすぐ来るよ。ルクスとタクヤは少し遅れてくるみたい。…浮気かな?」

 

 キリト「そ、それはないだろ…」

 

 クエスト前から異様な殺気を放つユウキを宥めていると扉からシウネーが入ってきた。

 

 シウネー「遅れて申し訳ありません。来る途中で今日行くヨツンヘイムについて聞き回っていたもので…」

 

 ユウキ「それでどうだった?」

 

 シウネーが街で聞いた情報によると、今ヨツンヘイムでは殺伐とした状況になっているようだ。

 理由としては、エクスキャリバー取得のクエストが出回り、レイドを組んでヨツンヘイムに存在する《邪神級》モンスターを狩っているのだ。

 

 シウネー「聞く限り、どうやらお使い(スローター)系のクエストみたいです。

 そのせいでリポップの取り合いになってるみたいですよ」

 

 ユイ「補足すると世界樹前にいるクエストNPCが報酬としてエクスキャリバーを提示しているようです」

 

 キリト「つまり、そのクエストを受ければいいのか?」

 

 リーファ「でも、あの時見たのはダンジョンの最下層に刺さってたし、クエストの報酬で伝説級武器(レジェンダリーウェポン)を出すのもおかしいよ」

 

 リーファの言う事も理解出来る。

 ただでさえ、伝説級武器(レジェンダリーウェポン)は入手困難で、その詳細も運営から告知されてはいない。

 それが今になってクエストNPCの報酬として提示するのは少し疑問が残る。

 

 ユウキ「じゃあ、ボク達はデイジー達に乗せてもらってあのダンジョンを攻略しよう」

 

 ストレア「それにしても、タクヤとルクス遅いね〜」

 

 そんな話をしていると扉が開き、そこには顔を真っ赤にしたタクヤとルクスがやってきた。

 

 タクヤ「悪い…遅くなった…」

 

 ルクス「ハァ…ハァ…まだ心臓がバクバクいってる…」

 

 ユウキ「遅かったね。何かあったの?」

 

 タクヤ「いや、集合時間より2時間前からログインしてたから…偶然早くインしてたルクスと軽いクエストやってたんだけど…」

 

 ルクス「予想よりも複雑で…時間がかかってしまって…」

 

 遅れた事情は概ね理解したが、妙によそよそしい2人にユウキの何かが察知した。

 

 ユウキ「どんなクエストだったの?」

 

 タクヤ「ただのお使いクエだよ…」

 

 ユウキ「どんな内容なの?」

 

 タクヤ「いや…子供のお使いを手助けするだけで…」

 

 ユウキ「それにしては2人共顔が赤いけど?」

 

 タクヤ「き、気のせいだって…。なっ?」

 

 ルクス「う、うん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「2人でイチャイチャしてたの?」

 

 瞬間、ユウキの殺意が再び姿を現し、2人は全力で否定してユウキを宥める事に全力を注いだ。

 しばらくしてようやく落ち着きを取り戻したユウキだったが、まだ納得している訳ではなさそうだ。

 何故、タクヤとルクスが挙動不審になっているのかはまた別の機会に置いておいて、今はエクスキャリバー取得に全力を注ごう。

 しばらくして、奥の工房から全員分の武器の調整を終えたリズベットが息を切らしながら戻ってきた。

 

 リズベット「全員分…フルチャージ!!」

 

 耐久値を完全に回復させ、リズベットから各々専用の武器を受け取り、手に馴染ませるように最終調整を進めていく。

 

 キリト「今回は人数も多いし、2パーティーに別れて挑もう。

 パーティーリーダーはオレとタクヤだ」

 

 タクヤ「オレのパーティーメンバーはユウキにストレア、シウネー、カヤト、ラン、ルクスの7人だ」

 

 キリト「今日は急な誘いに応じてくれてありがとう。このお礼はいつか必ず精神的に…、行こう!!!」

 

 

「「「おう!!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月28日09時20分 ALO央都アルン前ヨツンヘイム入口

 

 以前にヨツンヘイムから脱出した場所までキリトに案内され、一同は新生アインクラッドの迷宮区タワー1層分に及ぶ螺旋階段を降りていた。

 

 タクヤ「疲れたぁ…」

 

 シノン「流石にこれは堪えるわね…」

 

 階段を降る足音と共にタクヤとシノンが先の見えない階段に不満を漏らしていた。

 

 キリト「本来なら1時間かけて向かう所をここを使えばたった5分に短縮されるんだから一段一段感謝の意を込めて降りたまえ諸君!」

 

 シノン「…アンタが作った訳じゃないでしょ…」

 

 キリト「見事なツッコミを…どうもっ!!」

 

 瞬間、シノンの身の毛が逆なでされ、言葉では表せない程の悪寒が支配した。

 

 シノン「!!?」

 

 猫妖精族(ケットシー)にとっての弱点にあたる尻尾をキリトによって鷲掴みされ、思わず恥ずかしい声を上げてしまう。

 その声を聞けて御満悦のキリトは尻尾から手を離し、それを察知したシノンが爪を立ててキリトに反撃にかかる。

 爪は空を切り、嘲笑うかのようなキリトの表情を見て、シノンの怒りも最高点に達した。

 

 シノン「アンタ!!次やったら鼻の穴に火矢ぶっ込むからね!!!」

 

 クライン「恐れを知らねぇ奴だなぁ…」

 

 タクヤ「はははっ!シノンも可愛らしい声出せたんだな?」

 

 シノン「笑うなっ!!!」

 

 怒りの矛先をタクヤに向けたシノンはすぐ隣まで近づき弓を構える。

 

 タクヤ「タンマタンマっ!!?こんな所でやめろっ!!?」

 

 シノン「じゃあここを出たらいいのね!!?」

 

 タクヤ「それも勘弁してくれ!!」

 

 ユウキ「あー!!またタクヤがイチャイチャしてるー!!!?」

 

 タクヤ&シノン「「してないっ!!!!」」

 

 そんなくだらない話をしているとついに長かった階段にも終わりを告げる光が差し込み、より一層の緊張と警戒を強めた。

 

 タクヤ「いよいよ…!!」

 

 ユウキ「…行くよっ!!」

 

 一目散に外へと飛び出したタクヤとユウキが最初に目にした光景は、吹雪舞う極寒の地下世界…ヨツンヘイムだ。

 地上の気温とヨツンヘイムの気温とでは差が激しく、すぐに体に霜が降りている。

 アスナとシウネーはすぐに体の温度を高める魔法を発動し、タクヤ達に支援(バフ)をかけていく。

 頃合を見計ってリーファとユウキは丘から口笛を吹き、恩人である友のトンキーとデイジーを呼んだ。

 

 リーファ「あっ!来たよ!!」

 

 ユウキ「おーいデイジー!!」

 

 ユウキの呼び掛けに応えるように速度を上げて飛んできた。

 崖の淵に停止したトンキーとデイジーがリーファとユウキに長い鼻を巻きつけながら愛情表現を示してきた。

 

 タクヤ「…なんとも奇妙な光景だな」

 

 アスナ「2人の事が大好きなんだね」

 

 リーファ「トンキー、私達を乗せてくれる?」

 

 ユウキ「デイジーもいい?」

 

 乗せてもらうようにお願いするとトンキーとデイジーは声を上げ、快く承諾してくれた。

 次々と乗っていく中、最後の1人であるタクヤがデイジーに乗り込もうとすると急にデイジーが暴れだしタクヤを薙ぎ払ってしまった。

 

 タクヤ「ぐへっ!?」

 

 盛大に雪の上を転がり、入口まで押し戻されたタクヤは驚きの表情を見せる。

 

 タクヤ「何すんだテメェ!!?」

 

 見た限り怒りを見せているデイジーにストレアがコンタクトを取ってみる。

 

 ストレア「なになに?…うん…うん…なるほど…」

 

 タクヤ「何だって?」

 

 ストレア「えっとね…ユウキと仲良くしているのがムカつく…だって」

 

 タクヤ「んなっ!!?」

 

 モンスターとは言え、ユイやストレアと違って独自のAIを搭載したNPCでもないデイジーがそのような感情を見せるのはあまりにも信じられない事だ。

 

 キリト「すごいな…」

 

 クライン「デイジーも男って事だな。ユウキちゃんの事が好きだからタクヤに嫉妬しちまったんだな」

 

 タクヤ「そんなバカなっ!!?」

 

 しかし、このままここで立ち往生していては、エクスキャリバー取得に他のプレイヤーが先手を取りかねない。

 ユウキもデイジーに頼んでタクヤを背中に乗せて貰えるように促した。

 デイジーも渋々承諾したみたいで、タクヤに背中を近づける。

 

 タクヤ「まさか、こんな事になるなんて…」

 

 カヤト「日頃の行いが悪いからじゃないの?」

 

 タクヤ「んだとぉっ!!!」

 

 ラン「まぁまぁ、2人共落ち着いてください」

 

 キリト「じゃあ、全員乗った事だしそろそろダンジョンに向かおう」

 

 キリトの号令でトンキーとデイジーはエクスキャリバーが眠るダンジョンに飛んでいく。

 その道中、ヨツンヘイムの地上では四つ腕の巨人型モンスターがトンキーやデイジーと同種のモンスターを討伐するという異様な光景を目撃した。

 

 シウネー「あれは…」

 

 リズベット「何あれ!?プレイヤーがあの《邪神級》モンスターをテイムしてるの!!?」

 

 シリカ「それは絶対不可能ですよ!!猫妖精族(ケットシー)のマスターテイマーがアイテムでブーストしても成功率は0%ですもん!!」

 

 となると、あの四つ腕の《邪神級》モンスターはプレイヤー達に従っている訳ではないという事になり、あくまでモンスターのアルゴリズムに従って行動となるのだが。

 

 リーファ「ひどい…」

 

 ユウキ「…あの子達も助けられないかな」

 

 ストレア「流石に私達が束になってもあの数は太刀打ち出来ないよ。

 それにあそこにいるプレイヤー達はアルンでクエストを受けてるんだと思うよ」

 

 クエストNPCが流しているクエストの内容はヨツンヘイムにいる四つ腕の《邪神級》モンスターと協力して象クラゲ型モンスターを駆逐するというものだ。

 《邪神級》モンスターと協力するという最大の利点がプレイヤー達をヨツンヘイムへと後押ししているのだろう。

 だが、象クラゲ型モンスター…つまりはトンキーとデイジーと友好を築いているユウキ達にはこの光景は非常に由々しき状況であると言える。

 

 クライン「これもクエストの内容の1部だってぇのか…」

 

 キリト「オレ達は正規のクエストを受けている訳じゃない。

 ダンジョンを踏破してもNPCの報酬として提示されているエクスキャリバーを手に入れられないかもしれないな」

 

 アスナ「そんな…!!」

 

 瞬間、背後から閃光が放たれた。

 敵襲かと警戒態勢を取った一同の前に背丈…と言っても頭から腰までだが、有に5mはある女性のNPCが現れた。

 

「「「!!?」」」

 

 ウルズ『私は《湖の女王》ウルズ。我らが眷属と絆を結びし妖精達よ。

 そなたらに私と2人の妹から1つの懇願があります』

 

 タクヤ「懇願?」

 

 ウルズ『どうか、この国を()()()()()の攻撃から救ってほしい…』

 

 唐突に現れたウルズはタクヤ達にヨツンヘイムの現状を語ってくれた。

 このヨツンヘイムもかつては地上のアルヴヘイムと同じように世界樹"イグドラシル”の恩寵を受け、美しい水と緑に覆われていた。

 ウルズを含む《丘の巨人族》とトンキーやデイジーを含む眷属達が平和に暮らしていたらしい。

 今のヨツンヘイムからはそれを思わせる箇所はどこにもないが、タクヤ達は黙ってウルズの話を聞き続ける。

 

 ウルズ『ヨツンヘイムのさらに下層に氷の国《ニブルヘイム》が存在し、王である《スリュム》が鍛冶の神《ヴェルンド》が鍛えた全ての鉄と木を断つ剣…エクスキャリバーを世界の中心たるウルズの湖に投げ入れました。

 剣は世界樹の最も大切な根を断ち切り、ヨツンヘイムはその影響でイグドラシルの恩寵を失う事になったのです』

 

 ユウキ「その恩寵…が失われるとどうなるの?」

 

 ウルズはしばし沈黙を保ち、再度話を続けた。

 

 ウルズ『スリュムとその配下はニブルヘイムから大挙して攻め込み、《丘の巨人族》を幽閉し、ウルズの湖だった大氷塊に自らの居城である《スリュムヘイム》を築き、このヨツンヘイムを支配したのです』

 

 ルクス「だから、ヨツンヘイムはこんなに凍てつくんだね…」

 

 ウルズ『私と2人の妹はある泉のそこに逃げ延びましたが、かつての力はありません。

 しかし、《霜の巨人族》達は支配だけに飽き足らず、この地に今尚生き延びる我ら眷属を皆殺しにしようと画策しています』

 

 つまり、今地上にいる《霜の巨人族》はトンキーやデイジーまでも抹殺対象として狩り尽くそうとしているようだ。

 そうなればウルズ曰く、力を完全に失い、スリュムヘイムを上層に位置するアルヴヘイムへと浮上させる事になる。

 

 クライン「そんな事したらアルンの街が失くなっちまうじゃねぇか!!?」

 

 ウルズ『スリュムの目的はアルヴヘイムすらも氷塊に閉ざし、イグドラシルの梢まで攻め上がり、そこに実るという《黄金の林檎》を手に入れるつもりなのです。

 それを阻止しようと我々も何とかここまで逃げ延びてきたのですが、スリュムはついにそなた達妖精の力すらも利用し始めました』

 

 キリト「…だいぶ読めてきたな」

 

 シノン「どういう事よ?」

 

 タクヤ「街にいるクエストNPCさ。アイツも《霜の巨人族》の仲間なんだろーぜ。

 だけど、ヨツンヘイムは最高難度のダンジョンだ。協力させようにもそれだけのメリット…報酬が必要だ。

 だからこそエクスキャリバーなんだろうな」

 

 その仮説を信じるのなら、今タクヤ達が単独で向かってあのスリュムヘイムを攻略してもエクスキャリバーは入手出来ない事になる。

 だが、そのような非人道的なクエストを運営が見逃す訳もないし、カーディナルがそのようなクエストを生成する訳もない。

 答えが見つからないタクヤ達にウルズは補足をつけ話した。

 

 ウルズ『しかし、エクスキャリバーがスリュムヘイムから失われれば、再びこの地にイグドラシルの恩寵は戻り、あの城も溶け落ちてしまうでしょう』

 

 リズベット「え?じゃあ…エクスキャリバーが報酬っていうのは…?」

 

 ウルズ『おそらく、外見のみそっくりな《偽剣カリバーン》をエクスキャリバーの代わりに与えるつもりなのでしょう』

 

 ストレア「それってアリなの〜!?」

 

 ウルズ『その狡さこそがスリュムの強力な武器なのです。

 しかし、スリュムは眷属を滅ぼすのを焦るあまり1つの過ちを犯しました。

 配下の巨人を妖精達に協力させる為にスリュムヘイムから地上のヨツンヘイムに降ろしているのです』

 

 カヤト「となると…今から行くスリュムヘイムにはほとんど敵がいないって事ですか?」

 

 ウルズ『はい。今、あの城はかつてない程に護りが薄くなっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖精達よ…スリュムヘイムに突入し、エクスキャリバーを要の台座から引き抜いてください』

 

 ウルズがそう告げると、リーファにトンキー達《丘の巨人族》の眷属の数を刻むメダリオンが渡されその場から儚く消えていった。

 

 ユウキ「こうなったらやるしかないね…みんな!!」

 

 キリト「あぁ。元々その為にここまで来たんだからな」

 

 アスナ「あの城に乗り込んでエクスキャリバーを手に入れなくちゃ…─」

 

 リーファ「トンキー達の仲間が殺されちゃうもんね!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「ならさっさと行こうぜ?その王様ぶっ倒してエクスキャリバーをゲットするぞっ!!!!」

 

 

「「「おうっ!!!!」」」

 

 

 トンキーとデイジーはさらに加速して、目視できるまで迫ったスリュムヘイムへと向かっていった。




いかがだったでしょうか?
1周年という区切りで書いていくキャリバー編は3,4話ぐらいを目度にしております。
タクヤ達の活躍に期待ください。

P.S
近々、1周年記念イラストを上げますのでそちらもお楽しみに!


評価、感想などありましたらお待ちしております!


では、また次回!


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【82】epキャリバー -スリュムヘイム-

という事で82話目に突入です!
最近暑くなりやる気が満ちてきませんが、なんとか更新を続けていきます。
みなさんも熱中症などには十分気をつけてください。


では、どうぞ!


 2028年12月28日10時30分 ALOヨツンヘイム スリュムヘイム前

 

 トンキーとデイジーにしばしの別れを告げ、タクヤ達はスリュムヘイムの入口にたどり着いた。

 湖の女王ウルズからリーファに託されたメダリオンにはまだ半分程輝き、これが現在の《丘の巨人族》の眷属の残数である。

 時間が経つにつれて輝きは弱まっていき、それがこのクエストの時間制限となっていた。

 

 リーファ「今のペースでいくと3時間ってところかな?」

 

 ユウキ「このダンジョンの構造は分かる?」

 

 ユイ「スリュムヘイムは全4層に分けられ、最下層はスリュムがいる区画になります」

 

 キリト「つまり、スリュムと対峙するまで残りの3層をなるべく早く踏破しないといけない訳か…」

 

 トンキー、デイジー達が殲滅される前にスリュムを倒し、要の台座からエクスキャリバーを引き抜く事がクエスト達成条件になっている。

 スリュムの実力が如何程か分からない現状では、ある意味で最高難度のクエストである事は間違いない。

 

 リズベット「それよりさ…いくらクエストって言っても本当にアルンを壊せるの?」

 

 シリカ「確かにそうですよね…。運営が告知もなしにこんな大規模なクエストを導入するとは思えません」

 

 リズベットとシリカの言う通り、いくらクエストの1部だとしても首都を破壊するような事を運営が実施する訳がない。

 央都アルンが破壊されれば、そこにいるプレイヤーやNPC達だけでなく、全ALOプレイヤーからの批判が相次ぐのは必至だ。

 そのようなデメリットを抱えてまで導入するクエストではない。

 

 タクヤ「…カーディナルか」

 

 ルクス「え?」

 

 ストレア「タクヤの思ってる通りだと思うよ」

 

 アスナ「どういう事?」

 

 ユイ「このALOは旧SAOのデータを移植、上書きしたものです。

 カーディナルもその例外ではありません。SAO同様クエストを自動で生成し、それらを街のNPCに持たせ、この世界を造っています」

 

 シノン「…ねぇ、もしかして…このクエストの終わりって…」

 

 ストレア「ALOは北欧神話をベースに作られてる。そして、スリュムヘイムが地上に浮き上がれば《霜の巨人族》がニブルヘイムからアルヴヘイムに侵略してきて、最終戦争(ラグナロク)が勃発しちゃうの」

 

 もしそのような事が本当に実現してしまえば、太陽は輝きを失い…大地は海に沈み…空を彩る星々は雲に覆われ…誰も生きられない暗黒の世界に姿を変えてしまうだろう。

 人も…妖精も…神も息絶え、本当の終わりを迎えてしまう。

 

 クライン「じ、じゃあ…ALOはどうなっちまうんだよ!?

 アルンや他の街にいるみんなは…!!?」

 

 ユイ「そこまではまだ分かりません。ただ…カーディナルはクエストを途中で下ろしたりはしません。

 発生してしまった以上、その終わりまで遂行します」

 

 ラン「そんな…!!」

 

 カヤト「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「なら、クリアすればいいだろ?」

 

「「「!!?」」」

 

 1人手足を伸ばし柔軟を行っているタクヤに一同は唖然の表情を浮かべた。

 

 タクヤ「アルンは守る。スリュムは倒す。エクスキャリバーはゲットする。

 …簡単な事じゃねぇか」

 

 ユウキ「で、でも…もし失敗したら…」

 

 失敗すればトンキーとデイジーを失うだけでなく、ALO自体がなくなってしまうかもしれない。

 その命運を背負えるだけの覚悟をこの短時間で決めろと言うのは無理な話だ。

 

 タクヤ「いつもと変わらねぇよ。守りたいものの為に戦う。

 トンキーやデイジーはもちろん、アルンのみんなやアルヴヘイムを失いたくないから戦うんだ」

 

 キリト「そうだな…。それに今日は元々このダンジョンをクリアする為に集まったんだ。

 事情が変わってもオレ達のやる事は変わらないだろ?」

 

 ユウキ「タクヤ…キリト…」

 

 リーファ「そーだよ!!私達でトンキー達を助けようよ!!」

 

 アスナ「うん!!ダンジョンに入る前に支援魔法を掛け直(リバフ)するね」

 

 シウネー「私も手伝います」

 

 2人の水妖精族(ウンディーネ)による支援魔法がタクヤ達に付与され、HP、MP共に上限が上がり、状態異常に対する耐性を上げてくれた。

 

 タクヤ「じゃあ…行くかっ!!!」

 

「「「おう!!!!」」」

 

 万全の体制で一同はスリュムヘイムへと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月28日11時00分 ALOスリュムヘイム 第1層

 

 タクヤ達は苦戦していた。

 入ってしばらく進むと第2層に繋がる階段の前に2匹のミノタウロスが待ち構えていた。

 見る限り、フィールドボスレベルのミノタウロスだが、こちらは熟練のプレイヤーが14人もおり、ユイとストレアにナビゲートもある。

 これならいくらフィールドボス2匹と言えど、短時間で撃破する事は可能であった。

 しかし、現実はそう簡単には運ばない。

 

 ユウキ「全然効かないんだけどっ!?」

 

 ラン「刀が通りません!!」

 

 カヤト「物理耐性が高すぎる…!!」

 

 ミノタウロスは2匹で向かってきたのだが、片方がイエローゾーンに入るともう片方が前線に出てタクヤ達の行く手を阻んでいた。

 

 リーファ「あっちの金色には物理が通るのに…」

 

 アスナ「術師(メイジ)が私とシウネーさんしかいないから銀色のミノタウロスにダメージを与える暇がないわ…!!」

 

 シウネー「回復に専念して攻撃にMPが割けません!!」

 

 金色のミノタウロスには魔法耐性が、銀色のミノタウロスには物理耐性が極振りされており、術師(メイジ)が少ないタクヤ達には銀色のミノタウロスを突破する糸口が見つからずにいた。

 

 キリト「くっ…!!」

 

 リーファ「お兄ちゃん!!メダリオンの光が7割も消えちゃってるよ!!」

 

 ここで手こずっている間に《丘の巨人族》の眷属は殲滅され続けている。

 タイムリミットが迫っている中、銀色のミノタウロスは巨大な斧を振り回し、衝撃波を放った。

 

 タクヤ「クライン!!カヤト!!オレと3人で壁役(タンク)だ!!!」

 

 クライン&カヤト「「おうっ!!」」

 

 前線に出ていたキリトの前にタクヤ達が飛び出し、身を挺して全員を衝撃波から守る。

 HPがイエローゾーンで止まり、シウネーの回復魔法で全快させる。

 

 リズベット「このままじゃジリ貧よ!?」

 

 ストレア「こんな事なら魔法スキル上げとけばよかった〜!!」

 

 ユウキ「ないものねだっても仕方ないよ!!」

 

 ユイ「5秒後に範囲技来ます!!」

 

 タクヤ「全員退避!!」

 

 ユイとタクヤの指示で後衛まで退がり、銀色のミノタウロスの範囲技を回避する。

 キリトはその間に作戦を考え、全員に叫んだ。

 

 キリト「みんな!!ソードスキルで押し切るぞ!!!」

 

 クライン「その言葉を待ってたぜ!!」

 

 物理耐性が高いが、魔法効果が付与されたソードスキルなら銀色のミノタウロスにダメージが与えられると考えたキリトがソードスキル発動の許可を出した。

 先行するクライン、カヤト、リズベット、シリカが武器にライトエフェクトを纏わせ、銀色のミノタウロスに突撃をかける。

 

 

 刀ソードスキル"緋扇”

 

 

 

 両手長柄ソードスキル"トリプル・スラスト”

 

 

 

 片手棍ソードスキル"アサルト・タイプ”

 

 

 

 短剣ソードスキル"アクセル・レイド”

 

 

 炎、風、雷、水の属性が掛け合わされた各ソードスキルが銀色のミノタウロスに襲いかかった。

 痛みを露わにした奇声が響き渡り、HPが4割程一気に削られていく。

 

 クライン「く…!!」

 

 リズベット「間髪入れずに行きなさい!!」

 

 4人が硬直している間に、時間を与えないと言わんばかりにストレア、ラン、リーファ、ユウキが追撃をかけに走った。

 

 ストレア「おっけ〜!!」

 

 ラン「私も!!」

 

 リーファ「行くよ!!」

 

 ユウキ「やぁぁぁっ!!」

 

 

 両手剣ソードスキル"アバランシュ”

 

 

 

 刀ソードスキル"浮舟”

 

 

 

 片手用直剣ソードスキル"シャープネイル”

 

 

 

 片手用直剣ソードスキル"バーチカル・アーク”

 

 

 追撃は止む事を知らず、銀色のミノタウロスのHPがイエローゾーンにまで落ちた。

 第3陣であるタクヤとキリトに全てを託して道を開けた。

 

 タクヤ「これで!!」

 

 キリト「終わりだ!!」

 

 

 (ナックル)ソードスキル"スマッシュ・ナックル”

 

 

 

 片手用直剣ソードスキル"レイディエント・アーク”

 

 

 重い一撃が銀色のミノタウロスを貫き、間髪入れずにキリトの片手剣が顎を斬りあげた。

 だが、それでもまだ銀色のミノタウロスは倒れない。

 そこでキリトは右手の片手剣が輝きを失った瞬間、電気信号を左手に移動させた。

 左手に握られた片手剣が輝き、さらに重い突きを放つ。

 

 

 《剣技接続(スキルコネクト)

 片手用直剣ソードスキル"ヴォーパル・ストライク”

 

 

 火炎を散らせながら地を思い切り蹴り、弾丸のような貫通力で銀色のミノタウロスの胴に深々と剣を突き刺す。

 それが最後の攻撃となり、銀色のミノタウロスは奇声を上げながら爆散した。

 それと同時に後衛で回復に専念していた金色のミノタウロスが立ち上がり、一同に襲いかかるが、平然とした表情でミノタウロスに立ちはだかった。

 

 クライン「テメェは…そこで正座!!」

 

 硬直から解放されたクライン達が畳み掛けるようにソードスキルを発動し、金色のミノタウロスは呆気なくポリゴンと化した。

 

 アスナ「お疲れ様みんな!!」

 

 クライン「へっへー!!こんなもん俺らにしちゃあ楽勝だぜ!!

 …ってそれよりキリトよぉ!!さっきのなんなんだよ!?見た事ねぇぞあんなスキル!!」

 

 キリト「やっぱり言わなきゃダメか?」

 

 クライン「当ったり前ぇだ!!なんなんだよあれは!!?」

 

 しつこく聞いてくるクラインにキリトもタクヤの方に視線を移したが、タクヤも説明してやれと目で訴えかける。

 キリトは観念したようで一息入れてクラインを含めた全員に説明した。

 

 キリト「システム外スキルだよ…《剣技接続(スキルコネクト)》…」

 

「「「おぉ…!!」」」

 

 シノン「また大層なものを編み出したわね」

 

 キリト「まだ成功率が低いからみんなには黙ってたんだ。良くて4回が限度だし、体力も削るから乱発出来ない」

 

 クライン「でもよ、それがあれば硬直なしで連続攻撃出来るだろ?

 めちゃくちゃ強ぇじゃねぇか!!?」

 

 キリト「まぁ…重宝はするだろうな」

 

 しかし、この技が出来たのは一重にキリトだけの力ではない。

 キリトに仲間の存在を再認識させたタクヤの助力があってこそのものだ。

 すると、タクヤにテクテクと近づいたユウキが小声で話しかけた。

 

 ユウキ「もしかして…タクヤも出来るの?」

 

 タクヤ「ん?あぁ、あれはオレでも出来ねぇよ。

 あんな針の穴に糸を通すような集中力はないし、タイミングだって思ってる以上にシビアなんだぜ?」

 

 ユウキ「…とか言って、ボクの知らない所でやってそうだけど?」

 

 タクヤ「使えたらいいなぁ…って思って練習してみたけど、1回も出来なかった。いや、これはマジで」

 

 誰にも得手不得手があるもので、キリトに出来たからと言ってタクヤに同じ事が出来るとは限らない。

 あれはキリトが強くなる為に掴んだ唯一無二の技であり、キリトの誇りでもある。

 だからこそタクヤはそれに憧れ、尊敬の念を抱いていた。

 

 アスナ「なんか私…デジャブったよ…」

 

 キリト「気のせいだろ?」

 

 シウネー「でもこれで次の層に行けますね」

 

 リーファ「早く進もう!!」

 

 一同は螺旋階段を駆け下り、第2層へと急いだ。

 第2層は入り組んだ迷路になっており、ユイとストレアのナビゲートの元、罠を避けながら進んでいった。

 

 ストレア「"体重の重い女性2人でこの盤に乗れ”…だって。リーファ!!一緒にやるよ!!」

 

 リーファ「えぇっ!!?な、なんで私なんですか!!?」

 

 ストレア「そりゃあ、私とリーファしか持ってないものがあるからだよ〜!!ほら〜早く早く!!」

 

 リーファ「た、た、体重が重い訳じゃないから〜!!!!」

 

 様々な仕掛けを潜り抜け、第2層を無事に突破したタクヤ達は続いての第3層へと目指す。

 このスリュムヘイムはその構造から層を下る毎にフィールドの地形が狭まっている。

 1層、2層と約2時間で駆け下ったタクヤ達はこの層を30分で踏破し、スリュム戦に残り時間全てを使わなければならない。

 猶予が残されていないキリト達は迎え撃つムカデ型のフィールドボスを鬼気迫る攻防の末、見事勝利を掴んだ。

 

 キリト(「あと…40分か…。ギリギリだな…」)

 

 タクヤ「アスナとシウネーのMPもまだ7割近くあるし、ルクスも全快だ。これならなんとかスリュムは倒せそうだな」

 

 ルクス「問題はスリュムがどれだけの強さなのかって事だね」

 

 リズベット「やっぱり王様なんだから今まで以上に強敵でしょ」

 

 ラン「か、勝てますかね」

 

 アスナ「大丈夫だよ。このメンバーならやれるよ」

 

 ユウキ「そうだよ!姉ちゃんはもっと自信を持ちなって!」

 

 3層の螺旋階段の入口に向けて走っていると、その手前に小さな牢屋が作られており、中には容姿端麗な美女が鎖に繋がられていた。

 

 クライン「うおっ!!?び、美女…ぐはっ!!?」

 

 キリト「おい、寄り道してる余裕なんてないぞ?」

 

 シリカ「それにこんなあからさまなのって絶対罠ですよ」

 

 カヤト「僕もそう思います」

 

 クライン「そ、そうだな…。罠だな…罠…だよな?罠…かな?」

 

 すると、こちらの存在に気がついたのか牢屋に閉じ込められていたNPCがタクヤ達に懇願する。

 

『剣士様…どうか私をここから出してはもらえないでしょうか?』

 

 クライン「えっと…キリトぉ…タクヤぁ…!!」

 

 キリト「気持ちは分かるんだけど…」

 

 タクヤ「ここで助けても戻ってる時間なんてねぇしな…」

 

 女子一同「「「絶対罠!!」」」

 

 クライン以外の全員がこの美女を救い出す事を反対し、クラインもここで足止めを食っている時間はない事は重々承知で、仕方なく美女を置いて先へと歩み出す。

 

『誰か…ここから出して…』

 

 最後尾を歩いているクラインがNPCの囁きを耳にしてしまった。

 ピタっと足を止めたクラインは振り向きざまに抜剣した。

 

 タクヤ「クライン?」

 

 クライン「例え…罠だろうとも、助けを乞う奴を放っておけねぇ!!

 それが俺の…武士道だ!!!」

 

 地を蹴り、鉄格子に迷わぬ一閃を入れる。牢屋は粉々に砕け、ポリゴンへと姿を変えた。

 すると、中に囚われていたNPCに繋がれていた鎖を断ち、クラインが優しく手を引いて出てきた。

 

 クライン「お嬢さん、怪我はないかい?」

 

『えぇ、ありがとうございます。妖精の剣士様』

 

「「「…」」」

 

 キリト「まぁ、助けたものは仕方ないか…」

 

 タクヤ「止めろっていう方が無理な話だったな」

 

 結果的にはクラインの暴走でNPCを助けたのだが、誰もそれを本気で怒る者はいなかった。

 仮想世界の住人であろうとも、そこで確かに生きている命を蔑ろにしてはならない。

 あの世界で学んだ理念が彼らをそうさせていた。

 

 クライン「悪ぃが、ここからは1人で帰ってくれ。俺達は先を急ぐんでな」

 

『いいえ、私はこのスリュムヘイムに奪われた一族の宝を取り戻しにやって来たのです。

 お願いします妖精の剣士様。私も一緒に連れて行ってください!』

 

 クライン「連れてけって…タクヤぁ?」

 

 タクヤ「…そのNPC、他の奴らと違ってHPがあるな」

 

 キリト「という事は罠というよりサポートキャラに近いのかもな」

 

 クライン「じゃあ、連れて行ってもいいんだな?そうなんだな?」

 

 食い気味で迫るクラインに押され、タクヤとキリトも渋々了解した。

 すると、クラインはたちまち盛り上がりNPC《フレイヤ》の手を取り、宣言した。

 

 クライン「えぇ、もちろんですとも!!俺が全力で貴方様をお守り致します!!一緒にスリュムの野郎をぶっ倒しましょう!!」

 

 フレイヤ『ありがとうございます!!剣士様!!』

 

 感極まってクラインの腕に抱きつくフレイヤ。

 鼻の下が伸びきったクラインを傍から冷たい視線で睨む女性陣を率いてタクヤとキリトは最下層に繋がる螺旋階段を駆け下った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月28日12時15分 ALOスリュムヘイム 最下層

 

 最下層の扉の前で止まり、アスナとシウネー…そして、フレイヤによる支援魔法が全員に施されてた。

 

 タクヤ(「HPの上限がカンストしてやがる…。MP量からして術師(メイジ)型なんだろうけど…」)

 

 リーファ「フレイヤってどっかで聞いた事あるような…」

 

 シノン「私も…。でも、全然思い出せないのよね」

 

 準備が出来た所で扉から顔を覗かせたタクヤはスリュムの姿がない事を確認して慎重に中へと入っていった。

 区画の端には金銀財宝が山のように積まれ、全て売却するとなると総額何ユルドになるか想像もつかない。

 

 リズベット「これだけあれば、リズベット武具店のフランチャイズも夢じゃないわね!!」

 

 キリト「ストレージの中、空っぽにしてくるんだったな」

 

 タクヤ「おいおい…今はスリュムに集中するべきだろうが…」

 

 ユウキ「でも、これだけあったら何でも買えちゃうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『羽虫がブンブンと飛んでおる…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「!!?」」」

 

 体の芯を揺さぶるような冷たい声がタクヤ達を警戒態勢に入らせた。

 足音が地響きと共に近づいてくる。

 

 クライン「マジかよ…」

 

 カヤト「いくらなんでも…」

 

 ルクス「大きすぎやしないかい…?」

 

 首をほぼ真上に向けなければ全身が見えない程の巨漢は、顎に生えた髭を撫でながら不敵な笑みでこちらを見下している。

 

 ユウキ「でかい…」

 

 ラン「本当に…勝てるんですか?」

 

 アスナ「た、多分…」

 

 そのあまりにもありえない巨大さに全員が息を呑んだ。

 トンキーとデイジーの背中から見下ろした《霜の巨人族》でさえ、これ程の大きさを誇った者はいなかった。

 だが、流石はニブルヘイムの王。

 配下な巨人を束ねるだけの威圧と殺気を身にまとっている。

 

 シリカ「こわい…」

 

 リーファ「どうやって…」

 

 ストレア「うわ〜…」

 

 笑い声が止まり、スリュムが顔を覗かせた。

 

 スリュム『ひ弱な羽虫風情が…。我が居城に何用かな?』

 

 殺気を放ったスリュムの言霊はタクヤ達の戦意を狩り尽くそうと襲い掛かる。

 

 スリュム『む?そこにいるのは我が愛しきフレイヤではないか。

 暴れるので牢に縛っていたが、とうとう我が妻になる決心がついたのかね?』

 

 リズベット「つ、妻ぁっ!!?」

 

 フレイヤ『戯れ言をっ!!我が一族の宝を盗み出したお前の妻になど誰がなるものか!!

 かくなる上は妖精の剣士様達と共に貴様を滅ぼすのみ!!!』

 

 スリュム『フォッフォッフォ…。些か好奇心旺盛のようだ。

 だが、羽虫に何が出来る?我には傷一つつける事など出来まいて。

 羽虫を退治した後でじっくり…じっくり愛でてあげようぞ。

 体の隅まで我を欲するようになるまでなぁ』

 

 クライン「テメェ!!この俺が命に変えてもフレイヤさんに指一本触れさせはしねぇ!!!」

 

 クラインが抜剣したのを見てスリュムもそれを戦いの合図と取ったのか、思い腰を上げ高らかに笑ってみせた。

 

 スリュム『おもしろい…。ならば、来るがよい羽虫どもよ。

 我はスリュム!!このスリュムヘイムの主にしてニブルヘイムの支配者である!!!!』

 

 最下層にブザーが鳴り、スリュムのHPバーが表れた。

 数にして3本。絶対量で言えば新生アインクラッドのフロアボス2体分に換算される。

 

 キリト「全員!!まずはひたすらに回避してパターンを見極めるんだ!!

 タクヤ!!そっちのパーティーはまかせたぞ!!!」

 

 タクヤ「分かってる!!シウネー!!いつでも回復出来るように後衛で待機!!

 みんな、ストレアの指示に従って致命打だけは絶対に貰うんじゃねぇぞ!!!」

 

「「「了解っ!!!」」」

 

 ユイ「踏みつけ(スタンプ)攻撃、3秒後に来ます!!」

 

 ストレア「こっちには左腕の薙ぎ払い攻撃来るよ!!」

 

 ユイとストレアにより、スリュムの攻撃を未然に躱してみせるが、その衝撃でまともな動きが出来ない。

 態勢を崩している間にもスリュムの攻撃は止まらない。

 

 タクヤ「カヤト!!」

 

 カヤト「壁役(タンク)だろっ!!」

 

 タクヤのパーティーで壁役(タンク)のカヤトがタクヤと2人で躱しきれないスリュムの猛攻を止めに入った。

 

 タクヤ「ぐ…そ…!!」

 

 カヤト「なんて力だ…!!」

 

 シウネー「2人に今、支援魔法をかけます!!」

 

 シウネーの咄嗟の判断で押し戻される2人に支援(バフ)を重ねがけ、なんとか致命傷にならないように処置を施す。

 その隙にキリトのパーティーがアスナを置いて一斉に攻撃を仕掛けた。

 

 リズベット「…ってやっぱり、脚しかないわよね?」

 

 キリト「見れば分かるだろ!!」

 

 

 片手棍ソードスキル"スマッシュ・ボンバー”

 

 

 

 片手用直剣ソードスキル"バーチカル・スクエア”

 

 

 2人のソードスキルがスリュムの脚に直撃するが、如何せんHPが膨大な為、かすり傷1つ負わせられない。

 

 タクヤ「ストレア!!ルクス!!ユウキ!!」

 

 ストレア「分かった!!」

 

 ルクス「まかせてくれ!!」

 

 ユウキ「いくよっ!!」

 

 背後に回り込んだ3人が死角から連続攻撃を浴びせに走った。

 

 

 両手剣ソードスキル"サイクロン”

 

 

 

 片手用直剣ソードスキル"シャープネイル”

 

 

 

 片手用直剣ソードスキル"スラント”

 

 

 スリュムの行動パターンが分からない以上、硬直時間が長い上位ソードスキルは使えない。

 下位に当たるソードスキルがスリュムを捉えた。

 爆音と共にダメージが入るが、それでもHPは1割も削られてはおらず、逆にスリュムの怒りを買う事になってしまった。

 

 スリュム『ブンブンと…小賢しい羽虫がァっ!!!!』

 

 ユイ「5秒後に範囲技来ます!!みなさん離れてください!!」

 

 タクヤ「シウネー!!硬直してる5人に最大級防御魔法を!!」

 

 シウネー「はい!!」

 

 硬直している5人にアスナとシウネーによる防御魔法が展開された。

 これでダメージは食らうが、致命傷になる事はない…と、タクヤは従来の戦い方で目測してしまった。

 しかし、スリュムはフィールドに存在する一定のアルゴリズムを持ったモンスターではなく、言語モジュールという高度なAIを搭載した最上位の《邪神級》フィールドボスである。

 頬を大きく膨らませ、勢いよく体内に貯めた空気を吐き出した。

 それは冷気を纏い、硬直して動けないキリト達を難なく凍てつかせ、身動きが取れないように氷に閉ざした。

 更なる衝撃波を放ち、一気に壁際まで吹き飛ばされる。

 

 キリト「がっ…」

 

 体内の酸素が全て外に逃げ、上手く呼吸が出来ない。

 HPは一気に6割方削られてしまっている。

 

 ユウキ「嘘…」

 

 ストレア「反則だよ〜…」

 

 リズベット「効いたぁ…」

 

 ルクス「体が…重い…!!」

 

 防御力の薄いルクスは既にレッドゾーンにまで押し返されている。

 それを予期していたのかアスナが詠唱を終え、全員に最上位回復魔法を唱えた。

 

「「「!!」」」

 

 アスナ「みんな大丈夫!!?」

 

 ユウキ「な、なんとかね…」

 

 タクヤ「…ラン、カヤトの所に行ってスイッチしながら戦え」

 

 ラン「わ、分かりました!!」

 

 タクヤ「ユウキ、ストレア、ルクス…お前達は距離を取って状況を見て攻撃に移れ。

 キリト、シノン借りるぞ?」

 

 キリト「何か…策があるのか?」

 

 タクヤ「策っていうか…久しぶりにシノンと攻めてみる」

 

 アスナとシウネーの後ろで狙撃に徹していたシノンに合図を送り、タクヤはスリュムに突撃した。

 

 タクヤ(「上手くやれよ…シノン!!」)

 

 シノン(「アンタに言われるまでもないわ…!!」)

 

 スリュム『羽虫は所詮羽虫よ!!叩き潰してくれるわ!!』

 

 タクヤの接近に気づいたスリュムが剛腕を振り下ろす。

 

 タクヤ「…今っ!!」

 

 瞬間、遥か後方から氷の礫を纏った矢が一直線にスリュムの右を射抜いた。

 

 

 弓ソードスキル"スパークル・ショット”

 

 

 剛腕はタクヤを見失い、そのまま地面を深く抉った。

 

 スリュム『ぐおぉぉっ!!?』

 

 どんな巨大なモンスターでも瞳が急所であるのは変わらない。

 シノンの狙撃能力を持ってすれば、瞳を射抜くのはそう難しい事ではない。

 それを狙っていたタクヤの読みは当たり、地面に深々と突き刺さった

 腕を駆け上り、スリュムの眼前へと近づいていく。

 

 タクヤ(「これなら…どうだ!!!」)

 

 

 (ナックル)ソードスキル"サージ・テラフィスト”

 

 闘気を込めた気弾がスリュムの顔面に放たれた。

 爆音が轟く中、タクヤは硬直に入る前にスリュムの体から飛び降りた。

 この一撃でダメージがないのなら討伐は絶望的、起死回生となる一撃であるならば、全員の士気向上に繋がる。

 

 スリュム『…ふ…』

 

 タクヤ「!!…ダメだったか…」

 

 地上へ落ちている間に硬直が始まり、迎撃態勢に入ったスリュムの攻撃を防ぐ手がない。

 しかし、それは()()()()()()()()()()だ。

 ガラ空きとなっていたスリュムの右拳がタクヤを捉えた瞬間、遠方より火炎を纏った矢が次々と放たれた。

 

 

 弓ソードスキル"ワイド・ショット”

 

 

 シノンのソードスキルによって右拳は軌道を逸らされ、タクヤに命中する事はなかった。

 しかし、それよりも深刻なのはスリュムの圧倒的な強さと頑丈さだ。

 下位とは言え、ソードスキルを連発していると言うのにこの10分間の攻防で2割程度しか削られていない。

 残り時間を考えてもスリュムを倒すのはほぼ不可能に近かった。

 

 キリト「くそ…」

 

 タクヤ「この硬さじゃ全員で最上位ソードスキルを浴びせても倒すのは時間がかかるぞ…」

 

 ユウキ「倒し切る前にアスナとシウネーのMPが尽きてボク達がやられちゃうよ」

 

 リーファ「…お兄ちゃん、メダリオンの光も後少しで消えちゃいそうだよ」

 

 メダリオンの輝きを確認しながら残り時間は30分もないだろう。

 何かこの状況を好転させる打開策を思いつかなければ、トンキーとデイジーが殺される他、央都アルンが氷に閉ざし、アルヴヘイムが崩壊してしまう。

 

 タクヤ(「何か…何かないのか…!?」)

 

 拳が微かに震える。

 焦りが注意力を欠き、スリュムの猛攻を防ぐだけで精一杯になる。

 

 スリュム『フォッフォッフォ!!羽虫がいくら足掻いた所で我に勝てる訳ないのだ!!』

 

 クライン「くそぉ…!!」

 

 フレイヤ『…剣士様』

 

 対策を考えていた時、アスナとシウネーと共に後方支援に徹していたフレイヤがタクヤの前まで赴いた。

 

 タクヤ「アンタは絶対に守るから、シウネー達と一緒に後衛に…─」

 

 フレイヤ『いいえ、今のままではスリュムを倒すのは不可能です。

 しかし、我が一族の宝があればそれも可能になります』

 

 キリト「と言うと?」

 

 フレイヤ『この部屋のどこかに我が一族の宝が隠されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖精の剣士様、どうかその宝を探し出しては貰えないでしょうか?』




いかがだったでしょうか?
スリュムに挑むタクヤ達にフレイヤからある提案が持ち掛けられ…。
次回でキャリバー編は終わり、物語上では年末年始の時期に入ります。
みんなの日常はどんな風に過ごすのか…そんな事を考えながら書いています。
これからもよろしくお願いしますね!


評価、感想などありましたらおまちしております。


では、また次回!


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【83】epキャリバー -エクスキャリバー-

お待たせ致しました!
2ヶ月半にも及ぶ休載から戻って参りました!!
休載期間中、リアルでの活動をしながら構造を考え、再開出来るように準備してきたつもりです。
この小説にとって一番いい形とは何か、読者にとって最良の形とは何か。
それを考え、出した答えが不定期連載です。
週一を守ってきましたが、未だにリアルは忙しく、期間を置かなければ執筆できない状態が続いてしまいました。
ならば、いっそ不定期連載にして書いていければこちらとしても読者側からとしても最良なのではないかと結論づけました。
安定して読む事が出来ず、反対する人も中にはいると思います。
ですが、この小説を長く続けていくにはやはりこの形が妥当なのではないかと私は考えています。
急な変更で大変申し訳ありませんが、何卒ご理解頂けるようお願い致します。


そして、今回でキャリバー編は完結致します。
連載再開という事で普段より長めですのでどうかよろしくお願いします!


では、どうぞ!


 2025年12月28日12時20分 ALOスリュムヘイム 最下層

 

 部屋は冷気で満たされ、吐く息は白く濁った色を見せている。

 タクヤとキリト、リーファが前線を離れて僅かに5分が経過しているが、彼女達にはそれが途方もなく長く感じていた。

 

 ユウキ「ハァ…ハァ…」

 

 いくら隙を突いて攻撃を仕掛けても与えられるダメージはほんの数ドットだけ。

 スリュムの巨大さがユウキ達に絶え間ないプレッシャーを浴びせ続けていた。

 集中力は落ち、ストレスだけが溜まっていくユウキ達はそれでも、限りなく0に近い希望を待っていた。

 

 ユウキ(「まだなの?…タクヤ!!」)

 

 

 

 

 

 戦場から離脱したタクヤとキリト、リーファはNPC《フレイヤ》の懇願によりこの部屋のどこかに隠された金槌を探していた。

 

 キリト「金槌って言ってもなぁ…。この財宝の中から探すのは骨が折れるぞ…」

 

 タクヤ「それに時間も全然ねぇのにどうすりゃあ…」

 

 フレイヤ曰く、その金槌さえあればスリュムを倒す事が出来るらしいが、如何せん可能性の低い要求であるのは確かだ。

 第一、術師(メイジ)であるフレイヤが装備する武器と言えば(ロット)であるハズなのだがそこも気になる。

 

 リーファ「…そうだ!!フレイヤさん、その金槌って純金ですか?」

 

 フレイヤ『はい。全てを黄金で精製した我が一族の宝です』

 

 リーファ「お兄ちゃん!!雷属性のソードスキルを使って!!

 純金なら雷に反応するハズだから!!」

 

 キリト「なるほど…分かった!!」

 

 リーファに言われた通り、肩から剣を抜刀し刀身にライトエフェクトを帯びたたせ、柄を逆さに持ち替えながら地面に深々と突き刺した。

 

 

 片手用直剣ソードスキル"ライトニング・フォール”

 

 

 突き刺した地面から稲光が走り、財宝に伝っていく。

 すると、財宝の1箇所から雷が帯電した場所があるのを確認し、そこに向かうと財宝の下敷きになっていた黄金の金槌を発見した。

 

 タクヤ「時間がねぇ!!キリト、それを早くフレイヤに!!」

 

 金槌を持ち上げようとすると、STRを極振りしているキリトでさえ、中々持ち上がらなかったが、何とか踏ん張りそのままの勢いでフレイヤに金槌を投げた。

 

 キリト「フレイヤさん!!」

 

 投げた後になってあんな重たい金槌をフレイヤが持てる訳がないと気づき、避ける様に支持したがフレイヤはその場を微動だにする事なく、投げ放たれた金槌を静かに待った。

 

 タクヤ「危ねぇ!!」

 

 リーファ「避けて!!」

 

 しかし、その心配も杞憂に終わった。

 フレイヤは驚く事に黄金の金槌を片手で受け取り、軽やかな身のこなしで自在に金槌を操って見せたのだ。

 その光景に3人が驚いていると、地に膝をつき祈りを込めるように金槌の柄に額をつける。

 

 フレイヤ『みな…ぎる…みなぎる…ぞ…』

 

 タクヤ「っ!!?」

 

 体に雷電が迸り、フレイヤの人相もみるみる変貌していく。

 大気がフレイヤの放つ魔力で震え、肌で感じているタクヤ達の背筋を凍らした。

 

 

 

 

 フレイヤ「うおぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 

 

 雷電が閃光弾のように弾け、視界がその光で遮られた。

 あのスリュムですら怯み、同時に雷電の中にいるフレイヤを警戒していた。

 光が消え、固く閉ざした瞼をそっと開く。

 

 タクヤ「…は?」

 

 ユウキ「うっそぉ…」

 

 クライン「お…お…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男…?」

 

 誰もがその光景に目を疑った。

 可憐な乙女は姿を消し、突如として現れたスリュムと同格の巨躯を有した大男。

 筋骨隆々のその腕にはキリトがフレイヤに投げ渡した黄金の金槌が握られている。

 つまり、今目の前にいるこの大男があのフレイヤと同一人物だと証明していた。

 

 クライン「あ…あ…あ…」

 

 ユウキ「だ、大丈夫?」

 

 リズベット「あまりのショックに声が出てないわね。でも、クラインじゃなくてもこれは絶句もんよ」

 

 瞬間、今までにない程の殺気が衝撃波となってタクヤ達に襲いかかった。

 すぐに防御態勢に入ったが、スリュムは身体を震わせながら鬼の形相で大男を睨みつけるだけで動く気配を見せない。

 

 スリュム『貴様…!!このワシを誑かしおったなぁっ!!アースガルズの手先めがぁっ!!!』

 

『言ったハズだ。受けた恥辱を晴らす為にこの地に赴いたのだ!!』

 

 咆哮を上げた直後、パーティーメンバーの最後尾に位置づけていたフレイヤのステータスがノイズが発生したかのように歪み始めた。

 フレイヤという名前はある北欧神話の神へと姿を変えていく。

 

 リーファ「思い出した!!お兄ちゃん、タクヤさん!!あのフレイヤさんは北欧神話に出てくる戦神の1人だよ!!

 黄金の金槌を武器にしてるって事は…」

 

 重い腰を上げ、巨躯に雷わ這わせながらスリュムの殺気を相殺するかのように同等の殺気を放つ。

 

 タクヤ「雷神…トール…か!?」

 

 トール『礼を言うぞ妖精の剣士よ。我が宝"雷槌ミョルニル”を奪還し、本来の力を取り戻す事が出来た。霜の王の相手は私がしよう』

 

 キリト「確かに、トールがいれば鬼に金棒だけど…」

 

 スリュムと同等の力を有しているトールが味方になってくれるのはタクヤ達にとっても願ったり叶ったりだが、リーファのメダリオンには既に1つの光が儚く輝いているだけだ。

 いよいよ、時間制限(タイムリミット)がすぐそこまで迫っていた。

 

 タクヤ「嬉しい申し出だけど、オレ達にはもう時間がねぇんだ。

 いくらトールって言ってもスリュムを倒すのに時間がかかる。

 オレ達もアンタの邪魔にならないように援護するぜ!!」

 

 トール『…なんと勇敢な妖精だろうか。ならば、汝に一時の間ではあるが、我が雷の力の片鱗を授けよう』

 

 そう言ってトールは左手をタクヤの頭上にかざした。

 

 タクヤ「っ!!?」

 

 スリュム「小癪なぁ…!!その髭面を落としてアースガルズに叩き戻してやるっ!!」

 

 タクヤの体が黄金の輝きに包まれ、それは雷へと変化して体を這っていた。

 ステータスを確認した所、全ての数値が上限まで底上げされ支援(バフ)も新たに付与された。

 

 アスナ「すごい…!!」

 

 シウネー「最上位支援魔法の効力を遥かに上回った数値です!!」

 

 タクヤ「これならスリュムに対抗出来る…!!」

 

 

 

 スリュム『図に乗るなぁぁぁぁっ!!!!』

 

 

 

 腰から片手斧を抜き、一点突破を狙った攻撃がタクヤに襲いかかる。

 しかし、その攻撃をトールがミョルニルで防ぎ、その隙をついてタクヤはトールの巨躯を伝ってスリュムの顔前に飛び込んだ。

 

 スリュム『むぅっ!!?』

 

 タクヤ「さっきの…お返しだっ!!」

 

 拳に雷が纏わり、轟音と共にスリュムの顔が大きく仰け反る。

 あれだけ苦戦していたスリュムにタクヤの一撃はそれを帳消しにする程の威力を誇っていた。

 

 クライン「すげぇっ!!」

 

 シリカ「これがトールの力…!!」

 

 タクヤ「これならいけるっ!!全員でトールの援護だ!!!」

 

「「「おぉっ!!!!」」」

 

 スリュム『許さん…許さんぞぉぉぉっ!!!!』

 

 激昴を上げたスリュムが怒りの一撃を地面に叩きつけ、衝撃がタクヤ達に襲いかかってきた。

 

 キリト「アスナ!!シウネー!!」

 

 キリトの号令と同時に水妖精族(ウンディーネ)2人による最上位防御魔法が展開され、スリュムの一撃を凌いでみせた。

 隙を見せたスリュムにトールの雷が落ちる。

 爆音が周囲に轟きながらスリュムのHPがみるみる削られていった。

 

 カヤト「兄さん!!」

 

 タクヤ「ここが勝負どころだ!!全員、ソードスキルで押しきれぇっ!!!」

 

 スリュムのHPがついに1本になった時、トールの支援を受けながらタクヤ達は一斉に牙をむいた。

 ソードスキルのライトエフェクトが鮮やかな色彩を散らせながら宙に舞う。

 硬直(ディレイ)している間に手の空いた者がそれをカバーし、連鎖攻撃を生み出していた。

 スリュムのHPが1本になった事でトールやタクヤ以外の攻撃も通るようになっていき、僅かではあるが勝利が見え始めていた。

 

 ラン「ダメージが通るようにはなったけど、トールとタクヤさんには及ばないわね」

 

 ユウキ「でも、この勢いを止められないよ姉ちゃん!!」

 

 カヤト「せめてあと1つ決定打が撃てれば…」

 

 タクヤ「オレにいい考えがあるぜ?成功するかは賭けだけどな」

 

 3人に近寄り、簡単な作戦だけを伝えてその場を散開する。

 カヤトはシノンのいる後方まで下がり両手長柄にライトエフェクトを発生させ、合図を待った。

 

 シノン「何する気なの?」

 

 カヤト「うちの兄貴は考える事が単純なんで…。でも、成功すれば驚くと思いますよ」

 

 タクヤ「よし!!いつでもいいぞカヤト!!」

 

 タクヤからの合図が出た。

 カヤトは後方からスリュムまで100mはあるであろう距離を全速力で疾走した。

 ライトエフェクトの輝きは強さを増し、最高点に到達した瞬間、全ての力を持つ振り絞って両手長柄を放った。

 

 

 両手長柄ソードスキル"ブラスト・スピア”

 

 

 風きり音がこだまする中一直線にスリュムに突き放たれる。

 

 スリュム『そんなものが通用すると思ったか羽虫がぁぁっ!!』

 

 トールのミョルニルを捌き、巨大な掌でカヤトの両手長柄を叩き倒そうと動いた。いくらダメージが通るようになったと言ってもトールの力を纏っていないカヤトの攻撃は確実に防がれると誰しもがそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「そいつはどうかな?」

 

 

 瞬間、両手長柄のすぐ側にタクヤの姿があった。

 スリュムは一瞬たじろき、その隙が仇となる事になる。

 両手長柄の石附にタクヤの拳が深くめり込んだ。

 両手長柄に2種類のライトエフェクトが混ざり合い、雷を帯びた巨大な槍へと姿を変えた。

 

 

 

 

 

 《剣技連鎖(スキルチェイン)

 (ナックル)ソードスキル"デッドリー・ブロウ”

 

 

 

 

 

 雷の槍はスリュムの掌で雷鳴を轟かせながら激しくぶつかり合った。

 

 スリュム『ぬぅぅぅぅっ!!?』

 

 足を踏ん張り、全身の力を掌に集中させる。

 だが、雷が最高潮に達した瞬間にタクヤとカヤトの剣技連鎖(スキルチェイン)がスリュムの全力を上回った。

 態勢を崩したスリュムはそのまま地面へと倒れた。

 

 シノン「…!!」

 

 アスナ「いつの間にあんな技…」

 

 ユウキ「すごいよタクヤ!!カヤト!!」

 

 カヤト「僕は何もしてないですよ」

 

 タクヤ「上手くいったな。よし…次はユウキ、いくぞ!!」

 

 ユウキ「うん!!…でも、上手くいくかな?」

 

 先程、タクヤが発案した作戦は2つある。

 1つ目はカヤトとタクヤによる剣技連鎖(スキルチェイン)

 そして、2つ目は日頃から実戦で導入するべく特訓を重ねてきたユウキとタクヤのコンビネーション技だ。

 しかし、この技は特訓中まだ1度も成功してはおらず、失敗すれば互いにダメージを受けてしまう欠点がある。

 タクヤがユウキに提案した時、ユウキはそれをこの局面で採用する事に反対した。

 時間がなく、良い流れを断ち切ってしまうから。失敗してクエストが流れればデイジーとトンキーの命も消滅してしまうから。

 責任がこの作戦に全てかかっていると考えたら途端に力が入らなくなってしまう。

 デイジーとトンキーも大事な仲間だ。失いたくない大切な友達だ。

 だから、リスクを考慮して慎重に戦ってきた。

 

 ユウキ「…やっぱり、別の作戦を考えた方がいいんじゃ…」

 

 タクヤ「確かに…まだ1度も成功してないし、今回成功するとも限らねぇ。

 リスクも大きいし、デイジーとトンキーの命だってかかってる」

 

 ユウキ「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「でも、それは今に始まった事じゃないだろ?」

 

 ユウキ「!!」

 

 タクヤ「オレ達がここにいるのはいろんな壁を何度も乗り越えてきたからだ。

 昔も今も変わらねぇよ。

 オレ達はいつも通り壁を乗り越えていけばいいんだ。

 心配するな。オレはユウキとならどんな壁だって乗り越えられると信じてる」

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 壁が何枚も立ちはだかった。

 その度に2人で乗り越えてきた。

 中には失敗したり、挫けたりした事もあった。

 その度に歯を食いしばって、竦む脚を鼓舞して立ち上がった。

 きっと1人では無理だった。

 けれど、1人じゃないなら…仲間がいるのなら無限大の可能性が生まれる。

 それを今日まで体現してきたのはまぎれもなくタクヤ達だ。

 それがどれだけの力が宿っているのかは身をもって知っている。

 

 タクヤ「オレ達の力をスリュムに見せてやろうぜ!」

 

 ユウキ「…まったく、タクヤは無茶が好きだよね」

 

 タクヤ「やらないで後悔するよりやって後悔したいからな」

 

 ユウキ「ボクと一緒だから後悔なんてさせないよ!」

 

 アスナ「覚悟は決まったみたいね」

 

 キリト「よし!全員でタクヤとユウキの援護だ!!」

 

「「「おぉっ!!!!」」」

 

 スリュム『羽虫風情がぁ…調子づきよって…!!

 今に目にものを言わせてやろうぞぉぉぉっ!!!!』

 

 怒号を上げ、スリュムが怒りの形相で起き上がった。

 トールがスリュムの動きを制しているが、徐々に押されてきている。

 

 トール『妖精達よ!!畳み掛けよ!!』

 

 最終局面に突入した実感が全員の肌をピリつかせる。

 握る力は強くなり、目の前の敵を駆逐せんが為鋭い眼光を放った。

 

 キリト「行くぞアスナ!!」

 

 アスナ「うん!!」

 

 後方からアスナが超スピードで疾走するキリトに並んだ。

 スリュムの足踏み(スタンプ)攻撃を躱し、死角に潜り込んだ2人が一気に攻撃に転じた。

 

 

 細剣OSS"スターリィー・ティアー”

 

 

 鋭い閃光が星を描くように美しい6連撃がスリュムを貫いた。

 それに追撃する為、キリトが高く飛翔し2振りの片手剣が鮮やかに輝き始める。

 

 

 片手用直剣ソードスキル"バーチカル・スクエア”

 

 

 《剣技接続(スキルコネクト)

 片手用直剣ソードスキル"ノヴァ・アセンション”

 

 

 剣閃が弾け飛ぶ光景は誰をも魅了し、圧倒的な力を見せつけた。

 だが、これだけではスリュムを完全に倒す事は叶わない。

 2人に鼓舞された全員が各々の最上位ソードスキルを放った。

 スリュムのHPがみるみる減少していき、とうとうレッドゾーンまで追い込んだ。

 

 リズベット「あと少しよ!!」

 

 シノン「御膳立てはしてあげたわよ」

 

 シリカ「最後お願いします!!」

 

 タクヤ&ユウキ「「まかせろ/て!!!!」」

 

 タクヤが先行し、ユウキがその後をつく。

 スリュムまでの道が開けた今、タクヤとユウキは速度を緩めたりはしない。

 

 タクヤ「信じろ!!自分の力を!!」

 

 ユウキ「うん!!」

 

 タクヤ「オレとユウキならどんな敵でも倒せる!!!!」

 

 ユウキ「うん!!!!」

 

 風を切る音が次第に静まっていき、心臓の鼓動だけが耳に響いてくる。

 それだけの集中力が今の2人には宿っていた。

 今なら…今のこの感覚なら…何だって出来る。

 妙に溢れ出る自信をさらけ出し、2人は思わず笑みを浮かべた。

 

 スリュム『うがぁぁぁぁっ!!!!』

 

 キリト「アイツ…!!まだ動けるのか!!?」

 

 クライン「トールも限界だぞっ!!?」

 

 ついに、トールを退け標的をタクヤとユウキに絞った。

 これまでにない程のスリュムが拳が一直線にタクヤを捉え、まるで隕石が襲いかかってくるような恐怖を撒き散らす。

 

 タクヤ「スイッチ!!」

 

 

 (ナックル)ソードスキル"ビート・アッパー”

 

 

 スリュムの拳を真正面から受け止め、雷を帯びた拳がスリュムの拳を跳ね返した。

 

 スリュム『ぬうぅっ!!?』

 

 ユウキ「取った!!!」

 

 タイミングを計っていたユウキがスリュムに迫り、片手剣に紫色のライトエフェクトを帯びさせた。

 

 タクヤ(「まだだ…まだだ…まだ…」)

 

 ユウキ「はぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 片手用直剣OSS"マザーズ・ロザリオ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「今だっ!!!」

 

 硬直(ディレイ)が解けたのと同時に雷の力を最大限引き出し、ユウキの隣まで高く飛翔した。

 

 キリト「あれは…!!」

 

 スイッチは通常、片方が敵の攻撃を防いで動きを封じ、もう片方がその隙をついて攻撃するという2人1組(ツーマンセル)で行うコンビネーション技だ。

 だが、タクヤはふと思ったのだ。

 そのスイッチをもし2()()()()()()()()()()()()()()と。

 ダメージは単純に倍になり、属性や相性によっては強力なものになるんじゃないかと。

 それが出来ればこの先の攻略にも必ず重宝するハズだ。

 それからはユウキと一緒にこの連携技の特訓に取り掛かった。

 しかし、そこには大きな障害があった。通常(デフォルト)攻撃、もしくはソードスキルで攻めている相方と瞬時に攻守を交代するスイッチに対して、この連携技は攻守を交代するのと同時に退いた相方が攻めに出た相方に並び、同時攻撃を繰り出す。

 それには高度な瞬発力、反射神経、空間把握能力が必要とされた。

 特訓中でも上手く噛み合わず、モンスター相手に撤退するなどしばしば。

 

 

 

 ユウキ「うーん…上手くいかないよ…」

 

 タクヤ「スピードはついていけるけど、問題はタイミングと位置取りだな」

 

 ユウキ「そもそも狭い空間に入り込むだけでも難しいのに加えて攻撃もするって無理があるんじゃない?」

 

 タクヤ「…やっぱり無謀だったか?いや、諦めねぇ!!もう1回やるぞユウキ!!」

 

 ユウキ「もうっ!!タクヤはボク以上に頑固だなぁ」

 

 タクヤ「だって悔しいだろ?全く出来ない訳じゃないものを諦めるなんて。

 それに…」

 

 ユウキ「それに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクヤ「ユウキより相性がいい奴なんてオレにはいねぇからさ」

 

 ユウキ「っ!!…すぐそうやって恥ずかしい事言うんだから」

 

 タクヤ「本当の事なんだから仕方ねぇだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《二重連携(デュアルスイッチ)

 "マザーズ・ロザリオ”×"ワン・フォー・オール”

 

 

 

 

 無数の拳を背負ったユウキの最強の剣技がスリュムに繰り出された。

 その光景に全員が息を呑んだ。机上の空論が形を与えられ、絶大な強さを見せつけた。

 誰もが出来る事でないことは上級者になるにつれてその凄さが嫌でも分かってしまう。

 

 タクヤ(「このまま行くぞユウキ…」)

 

 ユウキ(「うん…。タクヤと一緒なら何だってやれるから…!!」)

 

 スリュム『うごぉぉぉぉぉっ!!!!』

 

 流星群のように無数の拳が降り注ぎ、その中で一際輝く流星がスリュムの巨躯を貫いた。

 

 スリュム『ぐ…ぐ…ぐふふ。妖精共よ…アースガルズを信用…するでないぞ…。

 彼奴等こそが真の…─』

 

 瞬間、ミョルニルが虫の息だったスリュムに完全な止めを刺した。

 スリュムは呻き声を上げる事なく、ポリゴンとなって爆散した。

 

 トール『地の底に還るがよい。霜の王よ…』

 

 タクヤ「…」

 

 トール『妖精の剣士達よ。礼を言うぞ。おかげで恥辱を晴らし、我が一族の宝を取り戻す事が出来た。

 貴殿らには褒美を与えなければな』

 

 クラインの頭上に手をかざし、光と共に黄金の金槌がゆっくりと降りてきた。

 

 トール『"雷槌ミョルニル”…正しき戦の為に使うが良い。では、さらばだ妖精の剣士達よ』

 

 そう言い残してトールは光と共にその場を去った。

 

 キリト「よかったな。伝説級武器(レジェンダリーウェポン)ゲットおめでとう」

 

 クライン「いや、オレ…ハンマースキルびた一文上げてねぇんだけど…」

 

 タクヤ「なら、リズにでもあげたらいいだろ?あ、アイツにあげたらインゴットにされかねないな」

 

 リズベット「ちょっと!いくら私でもそんな事する訳ないでしょ!!」

 

 アスナ「でも、伝説級武器(レジェンダリーウェポン)を溶かしたらオリハルコンインゴットがいっぱい出来るらしいよ」

 

 リズベット「え?マジ?」

 

 クライン「やらねぇからな!!!」

 

 そんな話をしていると突如、城が揺れ始め、壁や天井にヒビが入っていく。

 スリュムがいなくなった事で城が崩壊し始めていっていた。

 

 ユイ「みなさん!部屋の奥の玉座の裏に隠し階段が現れています!」

 

 リーファ「お兄ちゃん!スリュムを倒したけど、メダリオンの光がどんどん小さくなっていくよ!!」

 

 キリト「エクスキャリバーを抜かないとクエストはクリアしないか…。

 よし、行こうみんな!」

 

「「「おう!!」」」

 

 HPが回復する暇なく、タクヤ達は隠し階段を下っていった。

 最下層に辿り着く瞬間、タクヤは全員を止めた。

 

 ユウキ「どうしたのタクヤ?」

 

 タクヤ「…誰か…いる」

 

 キリト「嘘だろ…もう時間がないぞ」

 

 もう5分と時間がないこの状況で新たな敵との遭遇は完全に想定外の事だ。

 だが、全滅を避けるのが最優先でタクヤは慎重に最下層に入った。

 すると、そこにいたのは金髪の髪を三つ編みに結び、鎖で繋いだ鎧を身に纏った女性のNPCだった。

 特に印象的なのは手に握られた大きな旗であった。

 

『来ましたね妖精の剣士達。よくぞスリュムを倒し、ヨツンヘイムに平和をもたらしました』

 

 タクヤ「アンタ…敵か?」

 

『いいえ。私は貴方達の敵ではありません。

 私はただ見届けに来ただけなのです。このヨツンヘイムが平和へと進みゆく様を。さぁ、早くこの台座から剣を抜きなさい』

 

 敵ではない事は理解したが、それ以外は全く読めない女性に注意しながらキリトが台座の前に立った。

 

 キリト(「やっと…この時が…」)

 

 ユウキ「キリト」

 

 アスナ「キリト君」

 

 キリト「あぁ」

 

 タクヤ「…今度はちゃんと手に入れたな」

 

 キリト「今考えれば長かったような気がする」

 

 聖剣を強制的に呼び出したあの時とは違う。自らと仲間の力を合わせてこのエクスキャリバーを握っている。

 これを抜けばヨツンヘイムにイグドラシルの恩寵が戻り、かつての緑豊かな姿を取り戻すハズだ。

 

 リーファ「お兄ちゃん」

 

 キリト「あぁ。トンキーとデイジーの為だもんな」

 

 柄を両手で強く握り締め、引き抜こうと全力で体を踏ん張らせた。

 

 キリト「ぐぐ…!!」

 

 シリカ「頑張ってくださいキリトさん!!」

 

 クライン「男の見せ所だぞ!!キリト!!」

 

 カヤト「頑張ってください!!」

 

 みんなが声援を送り続ける。これまでの出来事が頭の中で鮮明に流れ始めた。

 

 キリト「う…おりぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ミキミキと台座が軋み、聖剣が姿を露わにしていく。

 キィンという刃が掠れた音が響き渡り、とうとう聖剣エクスキャリバーが引き抜かれた。

 

 

 

「「「やったぁぁぁっ!!!!」」」

 

 

 

 喜ぶのも束の間、スリュムヘイムの外の世界樹が聳え立つ地面から巨大な幹が生え始め、真下にあった湖に深くめり込ませていく。

 次第にヨツンヘイム全土に幹がひしめき合い、スリュムヘイムにも侵攻していく。

 

 タクヤ「これでクエストはクリアか?」

 

 瞬間、スリュムヘイムが地響きに反応するかのように崩壊していき、出口が瓦礫で完全に塞がられてしまった。

 

 ラン「ど、どうしましょう!!?」

 

 クライン「よ、よっしゃぁっ!!今こそ俺様の垂直跳びを見せる時だぜ!!」

 

 最下層の天井から伸びていた幹まで5mはあるであろう高さをクラインは無謀にも助走なしでその場から高く飛んだ。

 だが、何の支援(バフ)もなく、通常のステータスでは出来るものではなかった。

 出来る訳もなく、その場に落ちた。それと同時に、辛うじて保っていた最下層の柱が砕け、タクヤ達は台座と共に落下していった。

 

「「「クラインのバカぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」」

 

 クライン「すみませぇぇぇんっ!!!?」

 

 急落下していく先にあるのは地下空洞。

 そこは霜の巨人達の故郷であるニブルヘイムに繋がっている。

 

 シノン「ニブルヘイム…寒くないといいなぁ」

 

 キリト「いや、極寒だと思うよ!?」

 

 タクヤ「その前に全損してアルンに戻るんじゃね?」

 

 リズベット「呑気にしてる場合かぁっ!!どうすんのよコレ!!?」

 

 このままではせっかく手に入れたエクスキャリバーも無駄にし、クエストも完了しないまま失敗扱いにされてしまう。

 ふと、タクヤは周りを見渡したが、先程までいた女性NPCがいない事に気づいた。

 

 タクヤ「あれ…?あのNPC、どこに…」

 

 ユウキ「そ、そんな事よりこの状況どうするのさー!!」

 

 ストレア「なんだか楽しいね〜!現実世界であるジェットコースターに似てない?」

 

 アスナ「似てない似てない!!?」

 

 すると、急落下する最下層に2つの影が急速移動してきているのを見つけた。

 次第に目視出来るまでになった影はタクヤ達の見慣れた仲間の姿であった。

 

 リーファ「トンキー!!」

 

 ユウキ「デイジーだ!!おーい!!」

 

 落下する台座に並んだ2匹が長い鼻を使って1人ずつ自分の背中へ乗せていく。

 最後にキリトに鼻を巻くが、ビクともせず、トンキーも諦めざるを得なかった。

 

 アスナ「キリト君!!」

 

 キリト「…」

 

 キリトがその場から動けない理由は聖剣エクスキャリバーにあった。

 エクスキャリバーの異常なまでの重量でキリトは足踏みすら出来ない状態で、ここで助かるにはエクスキャリバーを手放してトンキーに乗り移るしかない。

 

 キリト(「オレにはまだ早かったって事か…」)

 

 エクスキャリバーを見て、仲間達に顔を向ける。

 聖剣を入手するまでのこの時間はキリトにとって思い出になるものだった。

 エクスキャリバーを手放すのは非常に惜しいがいつかまた手に入れにニブルヘイムに行けばいい。

 

 キリト「…ったく。カーディナルってやつはっ!!!」

 

 腕を思い切り振りかぶり、エクスキャリバーを投げ捨てトンキーの背中へと乗り移る。

 地下空洞に落ちていく聖剣を名残惜しそうに見ていたキリトを隣のデイジーの背中に乗っていたタクヤは何かを思いついたようにシノンを呼んだ。

 

 シノン「何よ?」

 

 タクヤ「冥界の女神様ならこれくらいの距離余裕だろ?」

 

 シノン「…なるほどね」

 

 すると、シノンはおもむろに背に携えた弓と矢を構え、詠唱を唱え始めた。

 

 キリト「シノン?」

 

 シノン「距離は…200って所かしらね」

 

 詠唱を唱え終わったシノンが光の矢がエクスキャリバー目掛けて放たれた。

 

 リズベット「いくらなんでもそれは…」

 

 パシュッ…とエクスキャリバーに光の矢が接着し、シノンがそれを引っ張り上げた。

 

 リズベット「嘘っ!!?」

 

 両手でエクスキャリバーをキャッチし、涼しい顔でみんなを見やった。

 

「「「し…し…し…シノンさんかっけぇぇぇっ!!!!」」」

 

 弓のアシスト距離を有に超えた距離を難なく射抜いたシノンに賞賛を送った。

 呆然とした表情で視線を送るキリトに気づいたシノンが両手のエクスキャリバーを差し出す。

 

 シノン「そんな物欲しそうな顔しなくても上げるわよ」

 

 キリト「い、いいのか?」

 

 シノン「ただし、条件があるわ」

 

 キリト「条件?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノン「この剣を抜く度に心の中でいつも私の事を思い出してね」

 

 

 

 

 

 キリト「!!?」

 

 気づけば女性陣の冷たい視線がキリトの背中に深々と突き刺さっていく。

 シノンにしてやられたと心の中で歯噛みをしながらも、喉から手が出る程欲しいエクスキャリバーには勝てなかった。

 

 キリト「わ、分かった。剣を抜く度にシノンに礼を言うよ」

 

 シノン「よろしい」

 

 タクヤ「これでようやくクエストクリアだな」

 

 ユウキ「あの城…ボク達が挑んだだけでまだ見てない部屋とかあったんだよね?」

 

 スリュムヘイムが原型を失っていく様を見ながら1度きりの高難度ダンジョンだった事を思い出すと、まだ未踏破のエリアやレアアイテムが眠っていた事を思うだけで少し勿体無いという気持ちが出てくる。

 それもカーディナルは折り込み済みなのだろうかと疑問に思ってしまうが、今更考えても詮無き事であり、今はエクスキャリバーとミョルニルゲットを喜んだ。

 すると、地上の大地に生命力に満ち溢れ、氷で閉ざされた大地に草花が生い茂り、緑豊かなものへと姿を変えていっていた。

 アルンでクエストを受けていたプレイヤー達もこの光景に目を奪われ、霜の巨人族は王を亡くした事で地下空洞を辿ってニブルヘイムへと帰還していく。

 これでこのヨツンヘイムに過去の平和な大地が蘇ったのだ。

 

 リーファ「よかったね…トンキー」

 

 ユウキ「あっ!デイジーの仲間達が鼻を振ってるよ!」

 

 イグドラシルの恩寵を取り戻した事でトンキーとデイジーの仲間達が息を吹き返した。まるで感謝しているかのようにこちらに長い鼻を振っている。

 その光景に涙ぐむリーファを宥めていると背後から眩い光が輝き始めた。

 そこにはこのクエストの依頼人である湖の女王ウルズであった。

 

 ウルズ『妖精の剣士達よ。よくぞスリュムの野望を打ち砕きこのヨツンヘイムに緑の大地を取り戻してくれました。

 私の2人の妹達からも貴方達に礼を言いに来ました』

 

 小さな光の劉氏がウルズの両隣で瞬き、人の形へと収縮していく。

 光の中から現れたのはウルズによく似た2人の美少女だった。

 

 ヴェルダンディ『私の名はヴェルダンディ。ありがとう妖精の剣士達。この美しいヨツンヘイムを取り戻してくれて』

 

 スクルド『我が名はスクルド!礼を言うぞ妖精の剣士達!!』

 

 クライン「おぉ…おぉっ!!?」

 

 ウルズ『私からはその聖剣を報酬として授けましょう。ゆめゆめ、ウルズの湖に投げ捨てないように。では、私達は行きます』

 

 全員のクエストログが書き換えられ、頭上で高々なファンファーレが鳴り響く。

 報酬に多額のユルドと武器の強化素材にキリトの項目に聖剣エクスキャリバーの名が刻まれていた。

 

 キリト「よし…!!」

 

 クライン「スクルドさぁん!!連絡先をぉっ!!!」

 

「「「えっ」」」

 

 空へ去っていくスクルドに手を差し伸べたクラインにスクルドが微笑みながら手を振った。

 光の結晶が宙を舞い、クラインの手の元で輝きを放つ。

 クラインはそれをゆっくりと胸に抱き抱え、満足気な表情を浮かべていた。

 

 リズベット「ホント…今回はアンタの事心の底から尊敬したわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月28日14時30分 ALO央都アルン リズベット武具店

 

 トンキーとデイジーに見送られ、タクヤ達はアルンのリズベット武具店へと帰ってきた。

 消耗した武器をリズベットに預け、その間先程までのクエストについて盛り上がっていた。

 

 カヤト「よかったですねキリトさん。今回のノルマは達成しましたよ」

 

 キリト「あぁ。これもみんなのおかげだ」

 

 シノン「…てか、アンタのさっきの技は何よ?」

 

 タクヤ「え?オレ?」

 

 シノン「アンタ以外いないでしょ。他のソードスキルにソードスキルをぶつけて威力をアップ出来るなんて聞いた事ないわよ?」

 

 シノンが言っているのはスリュム戦終盤で見せたタクヤのシステム外スキルに数えられる《剣技連鎖(スキルチェイン)》と《二重連携(デュアルスイッチ)》の事だ。

 キリトのシステム外スキル《剣技接続(スキルコネクト)》に並ぶ高等技術であるのは言うまでもない事だが、タクヤの2つのシステム外スキルは少し異色を放っていた。

 キリトの《剣技接続(スキルコネクト)》がキリト個人で繰り出すものである事に対し、タクヤの《剣技連鎖(スキルチェイン)》と《二重連携(デュアルスイッチ)》は自分と他のプレイヤーで合わせる合体技のようなものだ。

 それには高等技術もさる事ながら仲間の呼吸、タイミング、力量を完全に知っていなければいけない。

 シノン以外の全員もそれには興味を示しているみたいで、タクヤもこの状況で説明しない訳にはいかなかった。

 

 タクヤ「あー…あれは結構マグレなんだよなぁ。

 《二重連携(デュアルスイッチ)》は前からユウキと練習してたから成功してもあんまり不思議じゃないんだが、《剣技連鎖(スキルチェイン)》はがむしゃらにやって出来た技なんだ。

 それにトールの力で最上級の支援(バフ)がかかってたし、あの時は妙に頭が冴えてたんだよ。

 今やっても出来る保証はねぇな」

 

 聞いただけでも自分では出来ないとシノンは思った。

 同時に今目の前ですんなりと凄い事を平然と言って退けるタクヤに呆然と尊敬を抱いたのも事実だ。

 

 クライン「あんなスゴ技咄嗟に出来んのかよ?」

 

 タクヤ「こればっかりは感覚の問題だからなぁ…説明のしようがねぇよ」

 

 ラン「カヤトさんはどう思います?」

 

 カヤト「僕は言われたままやっただけですから分かりませんよ」

 

 カヤトはあくまで指示通りに動いただけであり、タクヤの補助を行っていた訳ではない。

 

 アスナ「あのスイッチはユウキとしか出来ないの?」

 

 タクヤ「もっと練習して簡略出来れば可能だけど、今はユウキとしか出来ないな」

 

 ユウキ「ボクとタクヤの相性が1番だもんねー?」

 

 ストレア「いいないいな〜!私もタクヤとやりた〜い〜!!」

 

 駄々をこねられても出来ないものはどうしようもない事でストレアを宥めながら落ち着かせる。

 ジッ…と生暖かい視線でタクヤを見るシノン、シリカ、ルクスの存在にタクヤは気づいていないのだが。

 

 ルクス「や、やっぱり2人はとてもお似合いだね」

 

 シノン「そうね…。中々変人地味てるけどね」

 

 ユウキ「変人じゃないもーん!」

 

 そんな中、全ての武器の調整を終えたリズベットが全員分の紅茶を持って工房から出てきた。

 

 リズベット「ちょっとタクヤ!!アンタの武器、めちゃくちゃ耐久値が削られてたわよ!!もっと大事に扱いなさいよね!!」

 

 タクヤ「マジか…。あれはやっぱ実戦で乱用出来ねぇな」

 

 ズズ…っと紅茶をすすりながら今後の課題を見定めているとリズベットが笑顔に切り替えて全員に提案を持ちかけた。

 

 リズベット「そうだ!エクスキャリバーゲット記念にみんなで打ち上げ兼忘年会しない?」

 

 シリカ「いいですね!やりましょう!」

 

 キリト「じゃあ、エギルの店を使えるか連絡するか」

 

 アスナ「エギルさんに迷惑じゃないかな?」

 

 クライン「いいっていいって!アイツなら喜んで貸切にしてくれるよっ!!」

 

 シノン「クラインが決める事じゃないんじゃない?」

 

 ルクス「ははは…」

 

 これからの打ち合わせに花を咲かせていると、ユウキが何かを思い出したように困った顔でタクヤを見つめた。

 

 ユウキ「でも、タクヤはまだ入院中だったよね…」

 

 リーファ「あっ…」

 

 キリト「そう…だったな」

 

 何やら気まずい空気を漂わせ始めたのを察知したタクヤは慌てて言った。

 

 タクヤ「いいってオレの事は!みんなで打ち上げやってきてくれよ。

 どうせ動けねぇから外出許可なんか取れねぇし。

 シノンやアスナだって明日から実家に帰るんだろ?今日しか出来ねぇんだからオレの事は気にしないでみんなで楽しんでこいよ」

 

 今年中に退院出来るかどうかも分からないタクヤを気遣い、みんなの時間を制限する訳にもいかない。

 ましてや、アスナとシノンが年内で共に過ごせる時間は今日しかなく、この機会を逃す手はない。

 

 ユウキ「じゃあボクはタクヤと一緒にいるよ」

 

 タクヤ「お前もオレに気を使うな。カヤトは2人をちゃんと送っていってやれよ?」

 

 カヤト「分かってるよ。ユウキさん、こればかりは仕方ないですね」

 

 ユウキ「むー…分かったよ」

 

 タクヤ「じゃあオレは一足先に落ちるわ。お疲れー」

 

 そう言い残してタクヤはリズベット武具店を後にして自身のホームへと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月28日15時00分 横浜市立大学附属病院

 

 拓哉「…ん」

 

 ホームでログアウトした拓哉は病室で目覚め、ゆっくりと上体を起こす。

 みんなは今頃打ち上げの打ち合わせをしている頃だろう。

 行きたくないと言えば嘘になるが、未だに痛む左腕がそれを良しとはしなかった。

 

 拓哉「…暇だな」

 

 どうせやる事がなかったのだから、ALOで簡単なクエストでもして時間を潰せばよかったと今になって後悔する。

 しかし、またログインするのもあれなのでスマホでネットサーフィンに更けた。

 たまに倉橋が様子を見に来てくれて何気ない会話をしながら時間を潰していった。

 外が薄暗くなっていく中、1人病室で大人しくしているとまたしても倉橋がひょっこり顔を出した。

 

 拓哉「先生は暇なんすか?」

 

 倉橋「いやいや、今回はちょっとしたサプライズがありまして」

 

 拓哉「サプライズ?」

 

 すると、扉が勢いよく開かれ、そこにいたのはユウキを始めとする仲間達の姿だった。

 

 木綿季「来たよー拓哉ー!!」

 

 和人「よっ!さっきぶりだな」

 

 拓哉「な、なんで?打ち上げしにいったんじゃねぇのかよ?」

 

 明日奈「だから、みんなで話し合ってここでやろうと思って料理と飲み物を持ってきたんだ」

 

 よく見てみると袋をたくさん携えたエギルとクラインの姿も見える。

 しかし、個室だとは言えどここは病院だ。

 騒いでしまえば他の患者にも迷惑がかかるんじゃないかと倉橋に視線を戻すが、指で丸を作りニコニコて笑った。

 

 里香「ちゃーんと先生の許可は取ってるから気にしなくていいわよー」

 

 倉橋「そんな話を聞いたなら拓哉君が不憫でしてね。ここは角部屋で隣にもだれもいませんから迷惑はかかりません。

 でも、消灯時間の1時間前には帰っていただきますが」

 

 前代未聞ではないかと拓哉は思ったが、

 

 和人「やっぱり拓哉がいないんじゃみんな盛り上がれないんだよ」

 

 クライン「パァーとやろうぜ!なっ?」

 

 エギル「食事制限もねぇだろ?だったら今度店に出す試作品を試してくれ。色々作ってきたから休めると思うなよ?」

 

 詩乃「それにちゃんとユイちゃんとストレアも連れてきたわ」

 

 木綿季と明日奈のスマホの画面からユイとストレアがこちらに手を振ってくれている。

 双方向通信プローブは他の機材に影響が出る可能性があったので諦めたが、スマホからでも問題はない。

 

 木綿季「さっ、打ち上げしよっ?」

 

 拓哉「…ったく。仕方ねぇ奴らだな!」

 

 そして、拓哉達は病室には似つかわしくない笑い声に包まれ一時の時間を楽しんでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やはり…避けては通れないのですね…』

 

 金色の髪が荒れ狂う嵐で激しく揺れ、波打つ海を傍観しながらその場で祈りを捧げた。

 まるで、神に仕える聖女の如く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
拓哉を想う仲間達の優しさに胸打たれてくれたらなと思います。
そして、新たな物語の断片が描かれ、これからのタクヤ達の活躍にも注目していてください!


評価、感想などありましたらお待ちしております!


では、また次回!


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【84】最後の締め括り

休載から1年以上空けてしまい誠に申し訳ございません。
言い訳になってしまうのですが、新生活に仕事にと忙しい限りでして。
こんな事を言うのも恐縮なのですが、また何時休載してしまうのかも怪しいです。
これからも色々あると思いますが、楽しみに待たれてる方達の為にも精一杯頑張っていきますのでよろしくお願いします。


 2025年12月31日 09時00分 横浜市立大学病院

 

 エクスキャリバーのクエストから3日が経った。あの日は結局消灯時間ギリギリまで盛り上がってしまい、倉橋が見廻りに来なければ朝までコースになってもおかしくなかった。

 明日奈と詩乃は翌日から実家に帰省しており、他の者も家族と過ごしたりと中々集まろうという空気は流れなかったというのもあってついに今年最後の日を迎える事となった。

 拓哉も今年は病院のベッドの上で過ごすものだと思っていたが、倉橋や外科の担当医曰く傷の治りが異様に早く、痣や肋骨のヒビもすっかりくっついているらしい。

 レントゲンを見ながら半ば呆れ口調で言われたのを憶えている。

 

 直人「兄さんって色々すごいね」

 

 拓哉「まぁそれでも左腕は流石にまだみたいだけど、それも3月かその前ぐらいには完治するってよ」

 

 怪我も残りは左腕の骨折のみで今日で退院出来る事となった。

 荷物も昨日の時点で直人に湯島のアパートまで送って貰ったので貴重品のみをショルダーバッグにしまい、倉橋や担当医に連れられ正面玄関まで来ていた。

 

 倉橋「くれぐれも無茶はしないでくださいね。せっかく治ったのにまた怪我して戻ってこられても困りますからね」

 

 拓哉「ははっ。流石にそんなバカじゃないっすよ。なぁ?ナオ?」

 

 直人「いや…うん…そうかも…ね」

 

 拓哉「なんでそんなに歯切れ悪ィんだよ」

 

「じゃあ気をつけて帰られてくださいね」

 

 拓哉「お世話になりました」

 

 2人と別れ拓哉と直人はタクシー乗り場へと向かってると、背後からクラクションを鳴らされ、振り向くと木綿季と森が手を振りながら車を停車させた。

 

 森「退院おめでとう拓哉君」

 

 拓哉「な、なんでここに?」

 

 木綿季「昨日も電話したじゃん。迎えに行くって」

 

 拓哉「そ、そうだったっけ?」

 

 ハァと隣でため息をついている直人と一緒にワゴンの中へと乗り込んだ。

 

 直人「ありがとうございます森さん。わざわざ迎えに来てもらって…」

 

 拓哉「ありがとうございます」

 

 森「これくらいなんでもないよ。所で、2人はこれから何か予定はあるかな?」

 

 拓哉「いや、特にはないっすけど…」

 

 すると、隣に座っていた木綿季がニコニコしながらこれから陽だまり園に行って一緒に年越しをしようと持ちかけてきた。

 2人もこのまま家に帰っても特にやる事もないし、木綿季達さえよければと拓哉と直人は木綿季の誘いを受ける事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月31日12時00分 横浜市 陽だまり園

 

 あれから何かと準備することもあり、1度拓哉達は実家に戻ってそれから陽だまり園へと向かった。

 

 森「さぁ、着いたよ」

 

 木綿季「荷物は空き部屋を使っていいよ。案内するから着いてきて」

 

 木綿季に案内されて陽だまり園へ入ろうとすると、外で元気に遊んでいる子供達がこちらに走ってきた。

 

「お兄ちゃーん!」

 

「久しぶりだねーお兄ちゃん!また遊んでー!」

 

「あー私が先だよー!」

 

 拓哉「ちょっ…今オレ怪我してるから少し落ち着い…っ痛ァっ!?」

 

 木綿季「コラコラ!拓哉は怪我してるから押さないの!」

 

 木綿季に宥められ、ようやく落ち着き出した子供達も一緒に園の中へと入った。

 

 木綿季「ここが空き部屋だよ。今日2人が来るから昨日姉ちゃんと一緒にここの掃除とテーブルとか布団用意しておいたからね」

 

 拓哉「悪いな木綿季…と藍子はどうした?」

 

 木綿季「姉ちゃんなら智美さんと一緒に買い物に出てるよ。今日の夜はご馳走だから2人とも楽しみにしておいてね!」

 

 直人「ありがとうございます」

 

 部屋に荷物を置いて食堂へ昼食を摂る為に向かい、子供達と一緒に済ませると藍子に智美、2人を迎えに行った森が帰ってきた。

 

 智美「いらっしゃい2人共。それと、退院おめでとう拓哉くん」

 

 拓哉「ありがとうございます。今日もわざわざ呼んで頂いて」

 

 智美「いいのよそんな事は。楽しい事はみんなで共有しなくちゃね」

 

「お兄ちゃーん、遊ぼうよー!」

 

 拓哉「わかったわかった。じゃあ何する?」

 

「トランプしよっトランプ!僕いっぱい練習したんだよ!」

 

「じゃあ、その次は私と遊んでねー!お人形さんごっこがいいー!」

 

 拓哉は子供達に囲まれながら子供部屋へと向かい、念の為に木綿季も一緒に向かった。

 

 藍子「こんにちはナオさん」

 

 直人「藍子さん!こんにちは。今日はありがとうございます」

 

 藍子「そんな全然!あっ、ナオさんに教えて欲しい所があるんですけどいいですか?」

 

 直人「えぇ、いいですよ」

 

 藍子と直人も勉強する為自室へと向かった。森と智美も2人を見送り、買ってきた食材を直していく。

 

 智美「あの子達、ずいぶんはしゃいでるわね。今日年越すまで起きていられるのかしら?」

 

 森「まぁ、あの調子なら無理そうだな。それにしても拓哉君に随分懐いて…それが彼の魅力なんだろう」

 

 智美「さすがは木綿季達のお眼鏡に叶った子だわ。これでこの園も安泰ね」

 

 苦笑しながらも森は智美の言う事に賛同する。

 そう話している内に木綿季が妙に疲れた顔をして食堂に戻って来てはテーブルに突っ伏した。

 

 木綿季「はぁー…みんないつもより元気が有り余ってるよー。体力には自信あったのになー」

 

 智美「それだけ拓哉君が来てくれて嬉しいのよ。後で飲み物とお菓子持って行ってあげるとして、私達はきょうの夕食作りに取り掛かりましょ?」

 

 森「じゃあ、夕食が出来るまで書斎で書類の整理をしてるよ。出来たら呼んでくれ」

 

 そう言い残して森は自らの書斎に向かっていった。

 園の責任者ともなるといろいろと大変らしく、年の瀬にも関わらず仕事が山積みのようだ。

 木綿季も森を見送り終えた所でキッチンに立ち、智美と一緒に夕食作りに取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年12月31日18時00分 陽だまり園 食堂

 

 拓哉「やっぱり片手じゃ上手くいかないもんだなぁ」

 

「それでもお兄ちゃんゲームチョー強いじゃんか!」

 

「お兄ちゃんいるとお人形さんごっこもいつもより楽しかった!」

 

 拓哉「久々だったもんなー。暇が出来たらまた遊びに来るよ」

 

 子供達と約束を交わしながら食堂へとやってきた拓哉達はテーブルに所狭しと並べられた料理の数々に驚いた。

 既に直人と藍子は席に座っており、後ろから森を含めて全員食堂に集まる。

 森の号令で全員が料理に箸を伸ばし、その美味たる表情を浮かべ暖かい時間が流れていた。

 頬いっぱいに詰められた子供達の笑顔を拓哉は一生忘れる事はないだろう。

 昔、こんな風に自分達も両親を交えて食卓を囲んだあの日々を思い出しながら拓哉は箸を進めた。

 

 拓哉「いつか…オレ達もこんな風になりたいな…」

 

 そう零した拓哉を隣に座っていた木綿季がまじまじと見つめる。

 木綿季も拓哉の気持ちは痛いほど分かる。かつて、まだここに来て間もない頃はそう願っていたし、いつか自分もこんな風に愛した者と一緒に笑顔になれる場所が欲しかった。

 そして、木綿季にとってそれはここであり、将来拓哉と共に…もしかしたら自分達の子供と一緒にと胸の内に夢見ている。

 

 木綿季「でも、もうちょっと後になるな…」

 

 拓哉「なんか言ったか?」

 

 木綿季「ううん…何でもないよ!それより早く取らないと無くなっちゃうよ?」

 

 愛した者…拓哉と一緒にいつまでも幸せな日々を願いながら木綿季も箸を進めていった。

 

 森「そういえば、拓哉君はこれからどうするんだい?」

 

 拓哉「実は知り合いから研究室で働かないかと声をかけてもらっていて、4月からそこでお世話になろうと思ってます」

 

 知り合いというのは以前交流があった七色・アルシャービンという天才少女だ。

 彼女はVR研究を日々行い、その裏でALOでアイドルとして活躍している。

 拓哉としても最終目標であるゲームデザイナーになるにはVR研究は欠かせないと考えているし、兄である茅場晶彦と同じ景色を見てみたいと思う気持ちが七色の提案を受けた理由でもあった。

 

 智美「そうなのねー。じゃあ、拓哉君が働きだしたら木綿季も今みたいに会えなくなっちゃうわねー」

 

 木綿季「そんな事ないよねー拓哉」

 

 拓哉「立ち上げたばっかりなら多分そうなるんじゃないか?七色に聞いてみない事には分からねぇけど」

 

 研究室を立ち上げた事がない拓哉にも最初の頃はいろいろと忙しい事は分かる。

 七色が言うには彼女を支援している企業に日本でのVR研究はあまり良い顔をしなかったようだ。

 確かに、日本はアメリカなどと比べても決してVR技術が発展しているとは言い難い。スポンサーが反対するのも納得出来てしまう。

 だが、七色は日本はどの国よりもオリジナリティがあり、それは時として技術面をカバー出来る程のポテンシャルがあると断固として日本の研究室立ち上げをするべきだとスポンサーを説得した。

 そんな話を七色の助手兼秘書の住良木から聞かされた時は拓哉も驚いたものだ。

 

 木綿季「えー!じゃあ、今の内にいっぱい遊びに行こーね!」

 

 森「コラコラ。拓哉君はまだ怪我が治っていないんだから無理に連れ回したらいけないよ」

 

 思い出したというように木綿季は拓哉の左腕に視線を移す。確かにこの状態ではバイクにも乗れないし、怪我の治りも遅くなってしまうかもしれない。

 少し寂しそうな表情を見せた木綿季に拓哉は肩を叩きながら森に言った。

 

 拓哉「大丈夫ですよ。遊びに行くくらいなら全然問題ないですから」

 

 木綿季「ホントに?…やったー!さすが拓哉大好き!!」

 

 智美「ったくこの娘は…」

 

 他愛ない話も随分話し込み、食事を済ませた拓哉達は隣のリビングでテレビをみながらゆっくりしていた。

 時刻が0時を迎えようとしていると、子供達は深い眠りについているのを見て森と智美がベッドへと運んでいく。

 そうこうしている内に外から鐘の声が聞こえ始めた。

 

 木綿季「あけましておめでとう!!」

 

 藍子「おめでとうございます!!」

 

 直人「はい。今年もよろしくお願いします」

 

 拓哉「藍子は受験頑張れよ」

 

 藍子「はい!ありがとうございます!」

 

 戻ってきた森と智美にも新年の挨拶を済ませ、しばらくして拓哉達は各々の部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2026年01月01日00時20分 陽だまり園 拓哉直人の部屋

 

 直人「そろそろ僕達も寝ない?」

 

 拓哉「そうだな。明日はまずアパートに戻ってそれからしばらくは家でのんびりしようかな」

 

 直人「兄さんのアパートら掃除しなくていいの?しばらく帰ってないんでしょ?」

 

 拓哉「それもそうだな…」

 

 そんな話をしていると扉からノックが聞こえ、直人が開けると木綿季と藍子が飲み物とお菓子を持ちながら訪れた。

 

 木綿季「今日くらい夜更かししてもいいよね?」

 

 藍子「あっ、もしかしてもう寝る所でしたか?」

 

 直人「あ、いや…大丈夫ですよ。入ってください」

 

 安心した表情を浮かべながら直人に部屋の中へ案内される。

 ちゃっかりと人数分の飲み物まで持参している所を見て前から計画していたらしい。

 

 拓哉「早く寝ねぇと育つもんも育たなくなるぞー?」

 

 木綿季「こ、これからドーンと大きくなる予定だもん!それに()()()()()()()()()()!!」

 

 おもむろに隠し持っていたタブレットを取りだし、モニター中から元気な声が聞こえてきた。

 

 ストレア『やっほ〜!!ハッピーニューイヤーだね!!』

 

 拓哉「ス、ストレア!?お前、オレのスマホにいたんじゃ…」

 

 ストレア『ふっふっふ〜。どうせだったらもっと大きいモニターの方がいいと思ってね。でも本当はプローブがあればそっちの方がよかったんだけどね〜』

 

 木綿季「仕方ないよ。あれは今和人がメンテナンスしてるから」

 

 ストレアの言うプローブとは和人と拓哉が共同で制作した双方通信機器の事だ。

 和人と明日奈の娘であるユイと拓哉と木綿季の娘であるストレアがいつでもリアルタイムで時間を共有出来るようにと制作していたのだが、完成したのが去年の12月の頭で途中から拓哉が抜けてしまい和人1人で作っていた為、いろいろと改良の余地があった。

 どうせ年末年始は暇だからと和人はプローブのメンテナンスとカスタマイズを請け負った次第だ。

 

 拓哉「まぁ、でもタブレットでも充分でかいし今日の所はそれで勘弁してくれよ」

 

 ストレア『別に文句言ってる訳じゃないも〜ん!それに実はね、ユイもここにいるんだよ!』

 

 ユイ『みなさん!あけましておめでとうございます!!』

 

 藍子「ユイちゃんもいたの!?」

 

 ユイ「はい。パパはプローブのメンテナンスとカスタマイズで忙しいし、ママは今京都の結城本家に里帰りしていますので…1人でお留守番していたらストレアから誘われて…」

 

 木綿季「そういえば、明日奈がすごく嫌そうに話してたっけ」

 

 直人「色々と大変そうでしたね…」

 

 確かに、先日の忘年会の時にもそのような愚痴を零していたのを覚えている。

 明日奈がそのような弱音を言うのも珍しいが本家はいわゆる商家の出らしく、先祖代々結城の家を大きくしていったと聞いている。

 そのせいなのか、本家の人間は時代錯誤な考え方が今でも根強く続いており、明日奈に対しても勝ち組のレールから外れた汚名者として冷たい目を向けられているようだ。

 

 藍子「そんなの…明日奈さんが悪い訳じゃないのに…」

 

 ストレア『今の時代にそんな考え方をしてる人もいるんだね〜』

 

 これは何も本家に限った話ではないらしい。

 それはこの場で木綿季だけが明日奈に聞かされた話だ。

 明日奈の母も本家の意向に賛同しており、今通っている学校に口を挟んだり、最悪にも恋人である和人の事も否定したのだとか。

 それを明日奈は激昂し、以来母とはろくに口をきいていないようなのだ。

 父である彰三と兄である浩一郎は明日奈の味方をしてくれるが、それでも母が自分の意志を曲げる事はないだろうと明日奈は歯噛みしながら木綿季に打ち明けた。

 

 拓哉「…色々言いたい事はあるけど、こればっかりはオレ達が口を出していい話じゃねぇし、それにせっかくの新年なんだから暗い話してても楽しくないだろ?」

 

 木綿季「…そうだね。せっかくこうして集まったんだから楽しもうよ!」

 

 そうして彼らは夜明けまで楽しく語り合った。

 これまでの思い出を…そして、これから先の未来を肴にして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いよいよ…決戦の時…」

 

 

 

 

 




という事で、いかがだったでしょうか?
リハビリとして少しボリュームは減っていますが、徐々に元に戻せたらなと考えております。
今まで楽しみに待たれてた読者にも改めて謝罪と感謝を述べさせていただきます。
では、また次回!


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OR 次元戦争編
【85】聖女の願い


この話からオリジナルストーリーとなります。
分かる人には分かるキャラクターをキーパーソンにしていますので再開したてですがどうか暖かい目で読んでください。


では、どうぞ!


 2026年01月06日16時30分 ALO アインクラッド22層 キリトのホーム

 

 妖精郷アルヴヘイムの本日の気温設定は雪。どの領地にも雪が積もり、所によっては雪像を作り、プレイヤー主催でイベントなどを開いていた。

 その上空を飛んでいる浮遊城アインクラッドの中も同様でキリトのホームのテラスには可愛らしい雪兎の人形が並べられていた。

 

 アスナ「シリカちゃん、早く終わらせないと冬休み終わっちゃうよー」

 

 隣で自身の課題に取り組んでいたアスナは課題を開きながらもうとうとと今にも熟睡しそうなシリカの肩を軽く揺さぶった。

 うぅ…と喉を鳴らしながら重い瞼を必死に開こうとしている。

 

 アスナ「ちょっとこの部屋、暖かすぎたかな?」

 

 リーファ「いえ、多分みんなが眠たいのはあれが原因ですよ」

 

 逆隣に座っていたリーファが指さしたのは揺り椅子に揺られながら暖炉のそばで眠っている1人の少年…影妖精族(スプリガン)のキリトだ。

 膝にはシリカのテイムモンスターであるピナとその背中に寝ているユイとストレアの姿も確認できる。

 

 ユウキ「キリトから眠気パラメータでも出てるんじゃない?」

 

 リズベット「ありえるわねー。あれ見てるとこっちまでウトウトしちゃって…」

 

 リーファ「って、リズさん!?自分も寝てるじゃないですかっ!!」

 

 間抜けな声を上げながらも頭が目覚めてないリズベットや既に机に身体を預けてしまっているシリカを見ているとやはりキリトから他プレイヤーに睡眠を誘発させる魔法が出てるんじゃないだろうかとアスナも重くなってきた瞼を懸命に開けながら眠気覚ましの紅茶を淹れ始めた。

 

 ユウキ「ありがとうアスナ」

 

 リズベット「はぁー…暖まるわー…」

 

 アスナ厳選の紅茶で頭を覚醒させながら一旦課題のモニターを消して談笑に耽ける事とした。

 すると、リズベットがアスナに妙な噂話を持ちかけた。

 

 リズベット「そう言えばアスナは()()()の噂って知ってる?」

 

 アスナ「聖女様?ううん、知らないよ。何かのイベントなの?」

 

 リズベット「まぁ知らないのも無理ないわね。この間まで本家の方へ行ってた訳だし」

 

 アスナ「…うん。ホントに大変だったんだよ」

 

 アスナ曰く、本来なら本家でもALOにログインしようと隠し持ってきていたアミュスフィアでダイブを試みたのだが、まさかネットにすら繋がっていなかったのは驚きを隠せなかった。

 今の時代、ネット環境はどの家庭でも整っており、いくら昔の商家の家柄としてもそこに系類する彰三は大手家電メーカー"レクト”の元CEOであるのだから当然本家もその恩恵を受けているものとばかり思っていたアスナはえらく落ち込んだりしたらしい。

 

 アスナ「せっかくアミュスフィア持っていったのに…」

 

 リズベット「あはは…さすがは古くから続く家柄ですこと」

 

 アスナ「それに…」

 

 リズベット「ん?」

 

 アスナ「ううん!何でもないよ。それより聞かせてよ、その聖女様って?」

 

 噂話の内容は、元日の午後3時頃に24層の主街区から少し離れた場所にある巨大な木が聳え立つ離島に金髪を三つ編みに束ね、鎧に身を包んだ女性NPCが突然出現したようだ。

 そのNPCは他のプレイヤーに話しかけられても返答などはせず、数時間おきに大樹にむかって祈りを捧げていたらしい。

 その佇まいと誰もが魅了される美貌を見てプレイヤー達からは"聖女様”と呼ばれるようになり、その噂を聞きつけて今でも多くのプレイヤーが一目見ようと集まっているようだ。

 

 ユウキ「ボク達も見に行ってみたけどすごい美人さんでさ!周りの男性プレイヤーなんて鼻の下伸ばしっぱなしだったんだよ!」

 

 アスナ「へぇ…。そのNPCってクエストとか持ってなかったの?」

 

 シリカ「はい。でも、時々そこにいたプレイヤーに変な事聞いてたんですよ」

 

 アスナ「変な事?」

 

 噂話には続きがあり、その聖女様はそこで誰かを待っているらしいのだ。

 

 _漆黒に身を染めた剣士と銀色になびく勇士をここへ連れてきて下さい

 

 プレイヤー達はその情報が誰を示しているのか見当もつかず、それに似せた装備をすればクエストが進行するではないかと考え、条件に合うように装備を整えて聖女様の前に躍り出たのだが、結果は言わずもがな。

 何度挑戦してもクエストが進行する素振りなど見せず、とうとう今日まで来てしまったのだ。

 

 アスナ「漆黒の剣士に…銀色の勇士…。漆黒の剣士っていうのはすぐに目星はついたんだけど…」

 

 リーファ「お兄…キリト君の事ですよね?でも、やっぱり何も起きなかったですよ?」

 

 ユウキ「もしかしたら、2人揃わないと話が進まないかもしれないね?」

 

 アスナ「うーん…。キリト君もその聖女様が探してる人とは限らないし…」

 

 そんな話で盛り上がっている時に玄関が開き、肩に積もる雪を払いながらタクヤが入ってきた。

 

 タクヤ「うぅ…寒すぎるぞまったく…」

 

 ユウキ「あ!やっと来た!遅いよタクヤー!」

 

 タクヤ「悪い悪い。ちょっと調べ物してたら結構時間食っちまって…。悪いけどアスナ、なんか暖かい飲み物くれねぇか?」

 

 アスナ「すぐ用意するから暖炉の前で待ってて」

 

 アスナに言われるがまま暖炉の前で身を屈め、キリトが寝ている揺り椅子の隣で暖を取る。

 次第にかじかんだ指が温まり始めた。こんな所まで再現しなくてもいいのにと何度目とも分からない疑問を思い浮かべるがすぐ様頭の隅に追いやった。

 

 アスナ「はいどうぞ」

 

 タクヤ「サンキュ」

 

 冷えた身体の中に淹れたての紅茶を流し込みながらやっと一息つけたタクヤはユウキ達が話している内容に興味を示した。

 

 タクヤ「何の話してんだ?」

 

 ユウキ「そういえば、タクヤも知らないんだよね?聖女様の話」

 

 アスナ「タクヤ君はその時いなかったんだ?」

 

 ユウキ「用事があるとか言ってその日はいなかったんだよ」

 

 拓哉「で、その聖女様って?」

 

 先程アスナに話した内容をタクヤにも聞かせ、一緒に考えてみる事にした。

 タクヤもその噂話には疑問しか浮かんでこなかったが、漆黒に身を染めた剣士とはおそらくキリト以外いないだろうと考えている。

 漆黒…つまりは全身を黒の装備で統一しているプレイヤーなどキリト以外に考えられない。と言うのも、キリトが黒以外を着ている姿など片手の指で足りる程しか見てこなかったからだ。

 ここまでくれば黒以外の服なり装備を着せても違和感しかないだろうが。

 それは特に関係ない話なので今回は置いておくとして、そもそもその聖女様とやらが何故特定のプレイヤーを探しているのかも不思議な話だ。

 普通NPCは本当の意味でプレイヤーを識別出来ている訳ではない。

 NPCに割り当てられた役割(ロール)は運営元であるユーミルのスタッフ…GMが決めるのだが、この世界に何百、何千、下手すれば何万といるNPCにプレイヤーを識別出来る機能をつける訳がない。

 言語モジュールを搭載していたニブルヘイムの女神達やアースガルズ神族でさえも例外に漏れない。

 おそらく、ALOで…いや、この仮想世界でトップダウン型の最高峰は今キリトの膝で寝ているユイとストレアだけだろう。

 そんな事を考えていると突然アスナがあー!!…とタクヤを指さしながら立ち上がった。

 

 アスナ「銀色になびくって…タクヤ君の事じゃない!?だって、髪も銀色だし、ナックル武器だって銀色を基調にしてるし!!」

 

 シリカ「確かに…」

 

 リーファ「言われてみれば…」

 

 リズベット「そうかもね…」

 

 タクヤ「え?マジで言ってる?」

 

 さすがにそれは安易すぎやしませんかと突っ込もうとしたが、その前にユウキに邪魔されてその推測がどんどん膨らんでいった。

 結論として明日の15時に聖女の前にタクヤとキリトを連れていこうと決まり、時刻もいい頃合いだったのでそのまま解散という流れなった。

 

 

 

 

 明日奈「ふぅ…」

 

 現実世界へと帰還した瞬間、全身に鳥肌がたった。室内は真冬だというのに暖房も付いておらず、時計に備えられた温度計の数字を見てさらに鳥肌がたつ。

 アミュスフィアで仮想世界へ赴く際、暖房にタイマーを設定していたのを思い出した明日奈はフゥと溜息をついて暖房を入れ直す。

 時刻は18時を少し過ぎている。それに気づいてさらに億劫になりながらクローゼットから上着を取りだし1階のリビングへと下りた。

 

 明日奈「あ、佐田さん。こんばんは」

 

 偶然、今日の業務を終えた家政婦の佐田が玄関にいたので挨拶を交わす。

 佐田は明日奈がまだ小学生の頃からこの家の家政婦として働いてくれている。明日奈が料理好きになったのも佐田が毎日美味しい食事を用意してくれていた事がきっかけだ。

 佐田に時間がある時は一緒に夕食を作ったり、料理のコツなどを教えて貰っているのは余談だ。

 

 佐田「こんばんはお嬢様。既に奥様はテーブルについています」

 

 明日奈「…父さんと兄さんは?」

 

 佐田「旦那様は上客との接待で、浩一郎様は今日は遅くなると連絡がありました」

 

 という事は、今日の夕食は母親である京子と2人きり。心にモヤがかかるのを知りながら佐田に挨拶を済ませてリビングへの扉を開いた。

 

 京子「遅いわよ明日奈。18時前には席に着くように言ってるでしょ」

 

 明日奈「…ごめんなさい。友達と課題をする約束をしてて…」

 

 開口直後、京子からのお叱りを受けた明日奈は波立つ心を抑えながらも謝罪し、席へと着く。佐田が作ってくれた料理は僅かに冷めてしまっていて、心の中で佐田に謝罪しながらフォークを添えた。

 

 京子「またあの機械を使ったの?ちゃんと面を向かってなきゃ会ってるとは言えないわよ」

 

 明日奈「みんな、住んでる場所が離れてるから…仮想世界ならすぐに会えるし…」

 

 京子「それに課題は1人でやるものです。友達と一緒じゃちゃんと身につかないでしょ。そうでなくてもあなたは2年も時間を無駄にしてるのだから他の人の何倍も頑張らなくちゃ…」

 

 また始まったと思う明日奈も少し気に触り、京子に反抗してみる。

 

 明日奈「勉強の方はちゃんとやってるわ。2学期の成績表置いてあったでしょ?」

 

 2学期の成績は全教科最高得点であり、拓哉がいない今なら学年優秀賞すら撮 獲れるハズの成績を残した。

 だが、京子は依然表情を崩さずフォークとナイフを皿に置き、口元を布巾で拭きながら明日奈を睨んだ。

 

 京子「あんな学校の成績は当てにならないわ。母さん知ってるのよ?低レベルのカリキュラム…教師は定年退職者ばかりで碌な功績がない寄せ集めだって」

 

 明日奈「そんな事ないわ!学校の先生はみんな良い人だし、授業だってしっかりしてるわ!」

 

 京子「…とにかく、あなたは結城の娘なのよ?2年も躓いて他の子達は有名な大学に進学してるのにあなたには危機感はないの?

 良い大学、良い会社に就職してキャリアを積めば将来後悔しないで済むの。

 今頑張らないでいつ頑張るの?」

 

 明日奈「キャリアって…それは母さんが勝手に押し付けてるだけじゃない。大学だって2年遅れたぐらいで問題がある訳じゃないわ!

 それに…それを言うなら京都の本家で会った人は何?あの人、もう私と婚約した気で話してたわよ!?」

 

 正月に明日奈は家族で結城の本家へと帰省した。当然親戚一同が集まっており、年頃の近い従兄弟達にも会った。

 表向きは和やかな会話をしていたが、裏では勝ち組から外れた…。結城の面汚し…と、明日奈を卑下していた事は知っている。

 彼らが言う事も間違いではないのであろうが、明日奈からしてみれば大きなお世話だ。

 気づかないフリをしながら本家で過していたが、最終日に京子から会わせたい人がいると個室に呼ばれ、そこに行ってみると京子と同年代の女性と明日奈より少し年上の男性が京子と一緒に笑顔で座っていたのだ。

 誰だったか記憶の中で探すが、挨拶されて初対面である事が分かった。

 そして、話を聞き続けている内に京子の考えが薄らと見え始めたのだ。

 

 明日奈「どういうつもりであの人と会わせたか知らないけど、結婚相手は自分で探すわ!!」

 

 京子「…いいわよ。あなたに相応しい人なら誰でも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、()()()()…私は認めませんからね」

 

 瞬間、目の前が暗闇に飲み込まれる感覚に襲われながら必死に意識を保つ。

 

 明日奈「まさか…調べたの?彼の事…!!」

 

 京子「分かってちょうだい。あんな学校に通ってる子は碌な子じゃないに決まってるわ。

 それに比べて裕也君は良い子よ?少し頼りなさげだけど、地方銀行なら倒産する恐れもないしね」

 

 明日奈「そんな事を聞いてるんじゃない!!なんで彼の事を調べたりしたのよ!?」

 

 京子「もちろんあなたの為よ明日奈。あなたが将来後悔しないように母親である私が道標を置いてあげなくちゃいけないの。

 あなたには結城を継ぐ責任があるんだから」

 

 明日奈「責任…?」

 

 何を言っているのだろう。目の前の母は何を言っているのだろう。

 私が将来後悔しない為?道標を置く?結城を継ぐ責任?

 もうここから出ていきたい気持ちを懸命に堪えながら、明日奈は頭の中を整理する。

 でも、考えをどうまとめてどう伝えても京子には届く事はないだろう。

 京子は自分の為と言っているが、それは偽りだ。明日奈がキャリアを積んだとしてもそれは京子のキャリアに箔をつけるだけに過ぎない。周りの目がなんだというのだ。

 

 明日奈「()()()()があったのに、母さんは懲りてないのね。あの…須郷伸之の時のように…!!」

 

 1年ほど前に起きた"ALO事件”。当時の運営元であったレクトでGM"妖精王オベイロン”として悪質極まりない人体実験を行っていた須郷伸之は昏睡状態であった明日奈と強引に結婚し、レクト…そのバックについている結城家を乗っ取ろうと企てていた。

 部下である古田という男は茅場拓哉の脳を奪取する計画もあったが、タクヤとキリトの手によって彼らの野望は潰えたのだ。

 

 京子「やめてちょうだい!!…第一、あの人を養子にしようと言ったのはお父さんよ。昔から人を見る目がないのよ…あの人は…」

 

 京子自身も須郷に対して好印象は得てないが、そのような事が起きた後でこんなお見合い紛いな手段をとるのは愚策だと言わざるを得ない。

 京子の考えがどこまでいっているか定かではないが、何か納得の行く説明をされても今の明日奈には理解出来ないだろう。

 気分を害した明日奈がリビングを後にしようと扉のノブに手をかけた。

 

 明日奈「…母さんは恥じてるのね。おじいちゃんとおばあちゃんの事…」

 

 京子「.っ!!?明日奈!!!待ちなさい!!!」

 

 呼び止める京子を遮るかのように明日奈はリビングの扉を強く閉めた。

 部屋へと戻ってきた明日奈はそのままベッドに身体を預け、枕に顔をうずくめる。

 ふと、スマホの待受に目を向け、彼の姿をジッと眺めた。

 去年の12月に和人とのデートの際に行った皇居前広場で撮った写真。2人とも笑顔で撮った写真が何故だかとても愛おしく思えてしまう。

 

 明日奈(「私は…現実世界の結城明日奈には何の力もない…。あの世界でだけ私は強くいられた…」)

 

 時々、和人の事を考えていると頭の隅から1つの不安が過ぎる事がある。

 和人…キリトが愛したのは結城明日奈ではなく血盟騎士団副団長の"閃光”のアスナなんじゃないか。

 あの世界は剣1本でどこまでも駆け上がれた。柵などなく、自由に真っ直ぐに前へと歩けた。

 だが、現実世界に帰還して母親とすれ違いの日々を繰り返す中で明日奈は自身の強さと思っていた何かが徐々に崩れていく感覚に襲われる時がある。

 

 

_アスナは強いな。オレなんかよりずっと…

 

 

 キリトに言われた一言。あの世界でキリトを支え続けたアスナに贈られた言葉。

 どんな時でも、何があろうとも心を曲げず、真っ直ぐに進んでいくアスナを見てキリトが晒した本音。

 

 明日奈(「私は…強くなんかないよ…」)

 

 

 今の姿を見て彼はどう思うのだろう。

 軽蔑するのだろうか…がっかりするのだろうか…。失望してしまうのだろうか…。

 彼が認めたアスナは私じゃない。結城明日奈は彼から認められていないんじゃないだろうか…。

 こんな姿を見られたら彼が私から離れていってしまいそうで…それがとても怖い。

 

 

 明日奈(「会いたいよ…。キリト君…」)

 

 明日奈は愛おしい彼が写るスマホを抱えたまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2026年01月07日14時45分 ALO アインクラッド24層 主街区

 

 波の音、時には魚が跳ねる水しぶきに耳を傾けながら湖のほとりでアスナは1人心を落ち着かせていた。

 1晩明けてもまだ京子の言葉が頭から離れない。すれ違っていても母の事を信頼していたアスナにとってそれは裏切りにも近いものだった。

 

 

 母が自分の事を心配しているのも分かってはいる。2年間も寝たきりの自分の傍で涙を流していた事も父である彰三から聞かされていたし、兄もそれを知っている。

 だが、それでもやはり昨日の母の言葉は聞き流せない。

 私に生きる意味を与えてくれた彼の事をあんな風に言った母に怒りすら覚えている。彼は母が思っているようなろくでなしなんかじゃない。

 それを分かってもらいたいが母は誰の言葉も聞き入れはしない事も理解していた。

 

 アスナ「…」

 

 どうすればいいのか…何と言葉をかけたら母は揺れ動くのだろう。

 そんな事を考えているとすぐ後ろに着地した黒ずくめの影妖精族(スプリガン)がそっとアスナの肩に手を置いた。

 

 キリト「こんな所にいたのかアスナ。約束の時間に遅れちゃうぞ?」

 

 アスナ「キリト君…」

 

 キリトもアスナの横に腰を下ろし、アスナの横顔に視線を移す。

 

 キリト「…何かあったのか?」

 

 そう問いかけられたアスナは昨日の事を話そうとキリトに向き直り、口を開いた。

 だが、咄嗟に言葉を飲み込みまた湖へと向き直る。

 キリトに相談したらきっと心配して何か対策を練ってくれるハズだ。けれど、キリトに言われるがままそれを実行して果たしてこの件は終息するのだろうか。

 これは自分が終わらせなければいけない事なんじゃないだろうか…と、アスナはなんでもないよとキリトに言った。

 腑に落ちない表情で見つめていたが、アスナがそれ以上口にしないようだったのでキリトからも何も聞かないでおいた。

 

 アスナ「…それより、キリト君とタクヤ君がいけばクエスト始まるのかな?」

 

 キリト「さぁ…どうかな。行ってみない事には分からないけど、何か…胸騒ぎがするんだよな…」

 

 アスナ「胸騒ぎ?」

 

 キリト「ただそう思うってだけなんだけど…まぁ、行けば分かるさ。オレ達もそろそろ行こうぜ?」

 

 約束した時間が迫っているのを確認して2人は主街区から離れた小島まで飛んで行った。リズベット達の話の通り、小島には大勢のプレイヤーで埋め尽くされ、遠目で噂の"聖女様”の姿を確認する。

 噂通り聖女の美貌に見惚れながらキリトとアスナはリズベット達の所へ降り立った。

 

 アスナ「本当にすごい数のプレイヤーだね」

 

 リズベット「でしょ?タクヤもすぐ来るみたいだからここで待ってましょ」

 

 キリト「噂をすれば来たみたいだぞ」

 

 キリトが指さした方へ向くとユウキに連れられながら眠たそうな表情をしたタクヤがやってきた。

 

 ユウキ「おまたせー」

 

 タクヤ「うーす…」

 

 リズベット「新年になっても遅刻はするのね。今年の抱負は遅刻なしにしたら?」

 

 タクヤ「まだ後1分あるし遅刻じゃねぇだろ?ノーカンノーカン」

 

 シリカ「まぁまぁ、それよりみんな揃いましたし行ってみましょう」

 

 プレイヤー達を掻き分けながら半円状にスペースが開けた場所まで歩き、タクヤが聖女に声をかけた。

 

 タクヤ「えっと…アンタの言う2人ってオレとコイツの事か?」

 

 声をかけられ、綺麗編まれた金髪を翻しながら聖女はこちらに顔を向けた。

 

「来ましたね。お待ちしてました」

 

 タクヤ「!!アンタは…!?」

 

 その聖女は去年の暮れ、仲間達と一緒に攻略したスリュムヘイムの最下層…エクスキャリバーが鎮座していた台座の近くにいた女性NPCだった。

 

「貴方達とはこれで2度目になりますね」

 

 タクヤ「やっぱり、あの時いたのはアンタだったのか?」

 

 ユウキ「えっ?えっ?どういう事?」

 

 リーファ「知り合いなんですか?」

 

 タクヤ「いや、スリュムヘイムで会っただろ?」

 

 シリカ「記憶にないですけど…いましたリズさん?」

 

 リズベット「私も覚えてないけど…」

 

 キリト「オレも見たぞ?」

 

 話が噛み合わない彼女らにタクヤも困惑していたが、その謎を聖女が説明し始めた。

 

「あの時、私の事を認識出来ていたのは貴方達2人だけです。そうなるように私が認識阻害の術をかけていたのです」

 

 ユウキ「どうしてそんなことを?」

 

「ここでは他の方の目がありますので少し場所を移動しましょう」

 

 すると、聖女の手が光り始め、それは次第にタクヤ達を囲むように円を描き始めた。

 

 アスナ「これは…!?」

 

「安心してください。ここから離れるだけですのでその場から動かないでくださいね」

 

 輝きが強くなっていくのを不安に感じながら、タクヤ達は聖女と共に小島から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2026年01月07日15時15分 ALO 風妖精族(シルフ)領常夏フィールド

 

 円状の光の輝きが消え、気づけばタクヤ達はアインクラッドから風妖精族(シルフ)領の最南端の常夏フィールドに瞬間移動していた。

 

 リズベット「ど、どうなってんの!?」

 

 シリカ「ここって前に来たビーチですよね?」

 

 かつて、ユイとストレアの為に巨大なクジラを見せる為にこのビーチへと来た事がある。

 真冬だと言うのにサンサンと降り注ぐ太陽が肌をジリジリ焼かれている感覚を味わいながらもタクヤ達は聖女に視線を戻した。

 

「ここなら誰の目にも止まりませんし、目的地まで目と鼻の先なので安全です」

 

 キリト「目的地…って、ここからまた別の場所へ向かうのか?」

 

 だったら最初からそこにワープすればいいんじゃないかと口を挟みそうになるのを堪え、引き続き聖女の言葉に耳を傾ける。

 

「しかし、まずは貴方達の疑問に答えてからにしましょう。先程も言ったようにスリュムヘイムではタクヤさんとキリトさんだけ認識出来るように術をかけていました。正確には()()()()()()()()()()()()()()にだけ私を認識出来るのです」

 

 ユウキ「どういう事?」

 

「ここからさらに南に海底神殿があるのは知っていますね?」

 

 リーファ「ま、まさか…また海の中に…」

 

「いいえ。その海底神殿をさらに南下した場所が目的地です」

 

 リズベット「ちょっと待って。海底神殿より南に行くったってそこがワールドマップの限界でしょ?」

 

 リズベットの言う通り、海底神殿がある場所はワールドマップの隅に置かれており、そこから南へは進入禁止のチップスが張り巡らされいる。

 昔のテレビゲームだとワールドマップの端を超えると逆側の端にワープするが、それはマップが全て繋がっているからだ。

 だが、フルダイブ型MMORPGでは空と大地にそれぞれ進入制限を施しており、ショートカットなどの手段は絶たれてしまっている。

 不可能な事を言っている聖女に疑惑の目を向けるが、表情を崩さずに話を続けた。

 

「たしかに、妖精郷アルヴヘイムはあの海底神殿までが領海に位置しています。ですが、それは()()()()()()()()()()()です」

 

 タクヤ「…つまり、アルヴヘイムの外側があるって言いたいのか?誰も踏破していない未知のフィールドが…」

 

「「!!?」」

 

 聖女は黙ったまま首を縦に振りタクヤの意見を肯定する。

 確かに想像した事はないと言えば嘘になるが、ワールドマップの外側があるとはどんなプレイヤーだって思いつきはしないだろう。

 仮にそれが実在するとすれば、運営がその事実を今の今まで隠す訳がないし、まだ開発途中という事だってありえる。

 この聖女は型破りにもGMが開示していない情報を知っているという事になる。それがまだ虚言であるかもしれないと疑い続けるタクヤ達に聖女は言った。

 

「未実装という訳ではありません。フィールド自体は存在しますが、そこにはまだ何もないのです。街もNPCも…もちろんクエストの類もありません」

 

 キリト「何でそんな事が分かるんだ?君はただのNPCではないんだろうけど、それこそGMって訳でもないんだろ?」

 

 タクヤ「…アンタは一体何者なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌ「私は裁定者(ルーラー)ジャンヌ・ダルク。貴方達にこの世界を救っていただきたいのです」

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
聖女の正体は大人気ゲームから参戦したジャンヌ・ダルクでした!
このストーリーにのみ登場させるキャラクターでタグにはクロスオーバーを追加しております。
ただ、役割的にはあちらのジャンヌとは違うのでご理解ください。
まだまだ不安定な更新ですが、これからも頑張っていきますのでよろしくお願い致します。


では、また次回!


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【86】異界からの脅威

 2026年01月07日15時20分 ALO 風妖精族(シルフ)領 常夏フィールド

 

 このフィールドはいつ来ても暑く、肌を滑る汗が軽度の倦怠感を表す。

 聖女の頼みでこのフィールドまでやってきたタクヤ達は聖女の懇願に困惑の表情を露にした。

 

 タクヤ「救ってって…一体…」

 

 ジャンヌ「それを話す前に私について話しておこうと思います。私は貴方達のご想像通りただのNPCではありません。私はこの世で3()()()()A()I()です」

 

 アスナ「3番目?」

 

 キリト「…」

 

 ユイ「それは私達から説明します」

 

 キリトとタクヤの懐から姿を現した小妖精(ピクシー)姿のユイとストレアが出現した。聖女を見つめた彼女らにタクヤ達も動揺を隠せない。

 

 ストレア「あなたは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、()()()()()()()()()()()()()()()だよ?」

 

 ユイ「それが今になってこのALOに姿を見せたのはおそらく…世界の種子(ザ・シード)連結(ネクサス)に統合されたからですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 MHCP(メンタルヘルスカウンセリングプログラム)試作3号…コードネーム"ジャンヌ・ダルク”」

 

「「「!!?」」」

 

 ユイのいうMHCPとはソードアート・オンラインの中で茅場晶彦がプレイヤーのメンタルをサポートする為に作り出されたプログラム。

 ユイとストレアもそれに該当し、紆余曲折を経てタクヤ達と巡り会えた。

 だが、そのAIが世界の種子(ザ・シード)に組み込まれていたとは一体どういう事なのか。

 謎が謎を呼び状況でジャンヌは2人に微笑みながら続けた。

 

 ジャンヌ「…流石ですね。この短時間でよくそこまで調べたものです。…ソードアート・オンラインにおいて私は彼女らとは別のプログラムを組み込まれていました。有事の際にあの世界を存続させるというものです。

 ですが、設計者である茅場晶彦はそのプログラムを凍結させ、終末の時に私を世界の種子(ザ・シード)に組み込みました」

 

 タクヤ「何でアイツはそんな事を…?」

 

 ジャンヌ「…茅場晶彦は仮想世界に自ら夢想したものを実現させようと模索していました。それは仮想世界であろうと現実世界であろうとその本質は変わらず、自らが体験したものは全て真実であるという思想をそこに生きる全てのプレイヤーに感じ取って貰いたかったのです」

 

 ユウキ「そうなんだ…」

 

 ジャンヌ「そして…タクヤさん。貴方にも受け取って欲しかったんだと思います。彼が何を犠牲にしても成し得なかった答えを貴方なら辿り着けると信じて…」

 

 タクヤ「…」

 

 仮想世界は全てが幻想で作られたものだ。風景も、街並みも、そこに生きる人達も…それらに意思などなく、ただそこに在り続ける為に作られた虚空の存在。

 しかし、そこには現実世界と同じように確かに在ったのだ。仲間達との絆、愛しい人との愛情、敵と見定めた者達に対する悪意、何かを失ってしまう絶望。

 それらはそこに生きようとしたプレイヤーに存在する様々な感情だ。仮想世界に於いても現実世界に於いてもそれらは切って切り離せないもので、それがあるから人間という生物は今まで生きてこられたと言っても過言ではない。

 本質は変わらず、そこで繋いだものは生涯プレイヤー達の中で強く結びついているだろう。

 

 キリト「そうだったのか…」

 

 タクヤ「…ったく、やる事がいつも回りくどいんだよ」

 

 ジャンヌ「話を戻します。その茅場晶彦が私を世界の種子(ザ・シード)に組み込んだのは、これから作られるであろう新たな世界で邪な感情が蔓延しない為の安全装置(セーフティ)としての役割を課す為です」

 

 リズベット「ちょっと待って?そんなアナタが出てきたって事は…」

 

 リズベットの想像はここにいる全員が頭に過ぎっていた。安全装置(セーフティ)としてこの地に降り立った意味を理解しているタクヤ達の視線がジャンヌに集まっている。

 静寂を保っていたジャンヌは意を決してタクヤ達に言った。

 

 ジャンヌ「…今このアルヴヘイムは未曾有の危機に直面しています。貴方達にその危機を私と共に立ち向かってもらいたいのです!」

 

 シリカ「危機ってもしかしてALOがなくなっちゃうんですか!?」

 

 ジャンヌ「それだけではありません。世界の種子(ザ・シード)連結(ネクサス)を通じて他の仮想世界にも侵食していくハズです。

 もしそうなったら、全ての仮想世界は跡形もなく消え去るでしょう」

 

 リーファ「そんな…!?」

 

 ジャンヌ「実際に見てもらえればより具体的に理解出来るでしょう」

 

 瞬間、ジャンヌの周りから黒いモヤが広がり辺りを包み隠した。そこから次第に夜空が描かれていく。眼科では大地が燃え盛り、炎から逃げ惑う人々で埋め尽くされていた。

 

 ユウキ「何…これ…」

 

 アスナ「ひどい…!」

 

 ジャンヌ「これは世界の種子(ザ・シード)連結(ネクサス)のある仮想世界の1つです。この世界は今まさに侵略され、消滅しようとしています」

 

「「「!!?」」」

 

 炎の中から逃げる人々を四足歩行の生物が襲っている様子が見て伺える。悲鳴と驚嘆の表情の人々はただ蹂躙されていく。子供から大人まで老若男女問わず、捕まえてはその鋭利な爪で容易く斬り裂き、踏み潰し、血の海を徐々に広めていった。

 

 タクヤ「何でこんな事…」

 

 言葉にもできない地獄絵図が眼科に広がる。シリカとリーファは目を背け、耳を塞ぎ、これ以上見ていられないとその場に膝をついた。

 

 ジャンヌ「この世界の有志は私の助言を無視してしまった結果このような災厄に見舞われました。

 私に出来るのは助言と防衛のみ。結果として私は敗走を余儀なくされました」

 

 ストレア「さっき侵略って言ってたけど、どこの誰がそんな事を?」

 

 リズベット「てか、これってこのゲームの中だけの話なんじゃないの?」

 

 ジャンヌ「侵略しているのは他の仮想世界の住人達です。彼らの力は私の想像を遥かに超えており、私の管理下からも外れてしまいました」

 

 タクヤ「無茶苦茶だ…」

 ジャンヌ「あれは仮想世界という殻に閉じ込められた悪意。数多ある仮想世界の怨念が詰められた死の世界なのです。そこにプレイヤー等は存在せず、AIが無用だと判断した世界をただ消す…。もう私1人では太刀打ち出来ない所まで成長してしまいました。

 これは…()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 最初の仮想世界…"ソードアート・オンライン”の創造主である茅場晶彦が残した一言。それを聞いてしまっては何も言葉に出来なかった。

 言葉の意味と重さを知っているタクヤ達には簡単には嘘だと切り捨てられない。

 生死の狭間で戦い抜いてきた彼らにとってこの地獄絵図も他人事のように笑い飛ばせなかった。

 ジャンヌの合図と共に空間は元のビーチへと戻っていく。現実感のないものを見せられ、一同言葉が出てこない。

 ただあるのは、あの世界同様にこのアルヴヘイムも地獄絵図に変わってしまう未来がすぐそこまで迫っているという恐怖のみ。

 ジャンヌもそれを察してか説明を中断した。事態を直ぐに理解しろと言われても無理な話で彼らは感情を持たないNPCではなく人間なのだ。

 少々時間を取られても仕方ないとそのまま静寂を保っていたジャンヌだが、タクヤがそれを破った。

 

 タクヤ「オレはやるぜ」

 

「「「!!」」」

 

 ジャンヌ「…いいのですか?もしあの世界の者から殺されればキャラクターロストも有り得てしまいますが」

 

 タクヤ「もしそうなってもどっちにしろALOが消えちまったら意味ねぇんだ。なら、やるだけの事はやるさ」

 

 確かに、タクヤの言っている意味は分かる。ALOが消滅すればその世界のプレイヤーは2度とログインは出来ない。他の仮想世界に逃げても結果を先延ばしにするだけだ。

 

 タクヤ「それに…ALOがなくなったら()()()()()も買えなくなるしな」

 

 ユウキ「!!」

 

 先日のアップデートで浮遊城アインクラッドの第30層まで追加された。これから先もアインクラッドの階層は次々追加されるハズで、タクヤとユウキは常々懐かしみながら語っていたのだ。

 いつか、スリーピング・ナイツで過ごしたあのログハウスをもう一度手に入れよう…と。様々な思い出が詰まったあの家に皆で帰ろう…と。

 そんな未来を夢見ている2人にとって、ジャンヌの懇願は無視出来るものではなかった。

 

 ユウキ「…そうだね。ALOはボク達のもう1つの現実だから消えさせたりしたくないっ!!」

 

 アスナ「タクヤ君…ユウキ…」

 

 キリト「やっぱり変わらないな。お前のその無茶も」

 

 タクヤ「お前こそ、人の事言えた義理かよ」

 

 時折零す2人の笑みにアスナは深く感心した。この2人はこうやっていろんな世界を救ってきたんだな…と。

 そして、誰でもないこの世界を愛している2人だからこそ成し遂げられたんだな…と。

 不安はある。でも、仲間とならどんな事もやれる。根拠なんてどこにもないが、不思議とそう思えて仕方なかった。

 

 リズベット「私達も頑張らなくちゃね。リズベット武具店フランチャイズ化計画が飛んじゃうしさ」

 

 リーファ「私だってみんなより前からALOやってるし、ALO無しの生活とか今じゃ考えられませんから!」

 

 シリカ「私も頑張りますよ!ねっ?ピナ!」

 

 タクヤに感化されたリズベット達も気合を入れるようについてきてくれた。きっと、彼女らもアスナと同じ事を考えているのだろう。

 どんな時でも仲間がいれば力が湧いてくる。いつもそうやってきたんだ…と、過去を振り返りながら納得する。

 

 ストレア「私やユイにとってはこの世界が現実だから、帰る家がなくなるのはゴメンかな〜」

 

 ユイ「私も精一杯皆さんのサポートをします!」

 

 アスナ「ユイちゃん…」

 

 愛娘のユイですら、この状況でも諦めてはいない。それはここがユイにとっての現実で、キリトとアスナと生きるこの世界を消滅させたくないからだ。

 アスナも意を決したように公言した。

 

 アスナ「私もやるわ!みんなとなら絶対なんとかなるよ!」

 

 キリト「久しぶりに"攻略の鬼”のアスナが見られるかもな」

 

 アスナ「もうっ!!その話は今はいいのっ!!」

 

 キリトの頬をつねるアスナを見て笑いが起きている様をジャンヌは呆れながらも、どこか安心する表情を浮かべた。

 

 ジャンヌ(「…彼らに頼んでよかった。彼らなら…きっとこの世界を守ってくれるハズ…」)

 

 ALOに降り立つ前に2つの仮想世界へ赴き、有志を募って侵略を防ごうとしていたジャンヌだったが、そこの世界のプレイヤーは誰も信じてはくれなかった。

 冗談だとあしらわれ、何事もなかったようにいつもの日常を送っていた。仕方ない…と、心の中で思い、2度に渡って単身で迎え撃ったが敵の力は巨大で為す術もなく敗走し、その世界を守れなかった。

 自分にもっと力があればと嘆いても、あの世界の侵略は止まらず、後悔する時間すらなかった。

 でも、彼らなら違う結末になるかもしれない。燃え盛る業火に沈む人達ももう見なくて済むのかもしれない。

 彼ら…タクヤなら、きっと救い出してくれるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "英雄”の象徴であるタクヤならきっと…。

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「それで?これからどうするの?」

 

 ジャンヌ「!?…え、えぇ。まずは有志を募らねばなりません、貴方達だけで立ち向かうには戦力差が否めませんので」

 

 リズベット「募るって言ってもねー…。この話を信じてくれる人がどれだけいるか…」

 

 この話はもうALOのイベントの域を超え、仮想世界の存続がかかっているというスケールの大きな話になっている。タクヤ達はともかく、他のALOプレイヤーがどれだけ集まるかはいささか不安に感じる所があった。

 

 ジャンヌ「では、3日後に貴方達のホームへと向かいます。それまでに出来る限り人数を集めてください」

 

 キリト「そんなに待って時間はいいのか?」

 

 ジャンヌ「彼らは前の戦闘を終えて日が浅い。次の侵略まで些か猶予があります。ただ、待てるのは3日まで。それ以上は待てませんので気をつけてください。

 それと、タクヤさんにこれを渡しておきます」

 

 そう言って懐から取り出した水晶をタクヤに手渡した。いつ何時でもこの水晶を砕けばジャンヌが強制転移出来るものらしい。

 3日後に落ち合う約束をしてジャンヌは光の中へと消えていった。

 

 シリカ「…なんか、とんでもない事になりましたね」

 

 リーファ「そうだね…。でも、今は仲間を集めようよ!」

 

 リズベット「そうね。まずは知り合いからあたってみましょ」

 

 タクヤ達も仲間を揃えるべく風妖精族(シルフ)領のスイルベーンへと飛び立った。風妖精族(シルフ)の領主であるサクヤならタクヤ達の話に耳を傾けてくれると考え、領主館を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2026年01月07日16時00分 ALO風妖精族(シルフ)領 スイルベーン

 

 領主館の前までやってきたタクヤ達は門番に声をかけサクヤに繋いでもらい、応接室へと案内された。しばらくすると、側近2人と共にサクヤがタクヤ達の前に現れた。

 

 リーファ「ごめんねサクヤ。仕事の方は大丈夫?」

 

 サクヤ「気にしないでくれ。しばらくイベントもないようなので暇を持て余していた所だ。

 それで、リーファだけでなくタクヤ君達も私に何か用かな?」

 

 サクヤの顔つきが一瞬で変わり、タクヤ達も少しばかり緊張してしまう。

 さすがは領主といった所で並大抵の事では顔色1つ変えない太刀住まいに賞賛しながらも先程の異界からの脅威について語った。

 

 サクヤ「…なるほど」

 

 リーファ「信じてくれる?」

 

 サクヤ「あまりに突拍子な話なもので些か混乱しているが、君達がイタズラにこんな話をしないというのも分かっている。ALOが消滅する…か。もしそれが本当なら由々しき事態だ」

 

 ユウキ「じゃあ…!」

 

 サクヤ「だが、その話を信じたとして私達風妖精族(シルフ)からは私と私が説得出来た者しか手助け出来そうにない。話を聞く限り、キャラロスも有り得るようだし、それを差し引いても協力してくれる者がいるかどうか…」

 

 キリト「あぁ。今した話はサクヤさんが説得する人達に全部話していい。それでも協力してくれるって人だけを頭数にいれる」

 

 サクヤ「分かった。最善は尽くしてみるよ」

 

 サクヤとの会合が終わり、領主館を後にしたタクヤ達は時間も迫っている為、ここで解散する事にした。

 明日から説得に応じてくれそうなプレイヤーが1人でも多くでもいればありがたいのだが、キャラクターロストしてしまうリスクを考えては状況は厳しいだろう。

 

 タクヤ「じゃあ、明日も頑張ろうぜ」

 

 キリト「あぁ。現実世界(リアル)に戻ってクラインとエギルにもこの事を話してみるよ」

 

 そう言い残してキリトはログアウトしていった。仲間達も次第にログアウトしていき、アスナとユウキだけが残った。

 

 ユウキ「アスナも明日は頑張ろうね?」

 

 アスナ「う、うん…」

 

 ユウキ「どうしたのアスナ?今日ずっと調子悪そうだったけど…。もし、何か困ってるなら相談に乗るよ?」

 

 心配そうにこちらを見上げているユウキにアスナは何でもないよと言った。これは自分の問題だから、これは自分1人で解決しなければと言い聞かせアスナも逃げるようにログアウトしようとした。

 だが、それを察知したのかログアウトボタンにタップする瞬間にユウキはアスナの手を取った。

 

 ユウキ「ボク達友達なんだよ?困ってるならボクが一緒に悩んであげる。その様子だとキリトにも話してないんでしょ?女の子同士なら良いアドバイス出来るかもしれないし…ねっ?」

 

 アスナ「ユウキ…」

 

 ユウキはおそらくこちらが話すまで手を離してはくれないだろう。そう直感したアスナは近くのベンチに腰をかけてユウキに事情を話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「そっか。お母さんと…」

 

 アスナ「母さんが私を心配してくれてるの分かる…けど、私の人生は母さんのキャリアの為の道具みたいに聞こえてきて…。心にもない事まで言っちゃって…」

 

 京子の言いたい事も伝えようとしたい事も理解している。アスナのこれからの将来の為にいろいろ考えてくれているのは嬉しい。

 けれど、自分はそれに全て従っていったら何か大事なものを切り捨ててしまいそうで恐れていた。

 キリトや仲間達と出会って自分は変われた。これからも仲間達と触れ合っていく中で将来に向けて何か掴める気がする。それを母から奪われそうで、自分が自分じゃいれなくなる恐怖にアスナはどうすればいいのか迷っていた。

 

 アスナ「ごめんねユウキ。やっぱり心配かけちゃったね」

 

 ユウキ「ううん。確かに心配だけどボクは嬉しいよ?アスナの事が知れて、悩みを打ち明けてくれて」

 

 アスナ「ユウキ…」

 

 ユウキ「アスナのお母さんも頑固になってるんじゃないかな?今まで立派に育ててきた娘が初めて自分の意見を言ってきて。昔のアスナって真っ直ぐすぎた所があったしアルゴに聞いた事あるだけど、SAOで最初らへんにあった脱出出来るってデマも信じたって…」

 

 アスナ「な、なんでそれを…!!?」

 

 SAOがまだデスゲームになった時の事、アスナは街中で噂されている脱出口を信じ、攻略不可能と言うべきダンジョンに単身で乗り込んだ。

 ただ、現実世界に帰りたかった。こんなふざけた場所で時間を割いている場合ではなかった。

 そんな気持ちがアスナを逸らせ、想像通りモンスターに囲まれて絶体絶命の危機にまで陥ってしまった。

 アスナは知らないだろうが、それを救い出したのがアルゴの要請を受けてやってきたキリトだ。アスナが"攻略の鬼”と呼ばれていた頃に密かにアルゴから話されていたのをユウキは思い出す。

 

 ユウキ「まぁ、仕方ないって言えば仕方ないよね。ボクだって本当はすぐにでも現実世界に帰りたかった。もう一生ここで生きていくんじゃないかって不安だった。

 でも、そんな不安をタクヤが祓ってくれた。どうしようもない時、タクヤが側にいてくれたからボクは今も生きてるんだ。アスナだってそうだったでしょ?」

 

 アスナ「え?」

 

 ユウキ「キリトもアスナがピンチの時は誰よりも早く駆けつけてくれたでしょ?アスナがALOに囚われていた時だってずっとアスナの事を心配して気持ちを抑えてたよ。ボクも人の事は言えないけど…アスナもそうじゃないの?キリトがピンチって聞いたら是が非でも駆けつけるよね?

 離れたくないから…側にいたいから…ボクもそうだから分かるんだ。

 キリトは他の誰でもないアスナを選んだんだよ。強い弱いとか関係なく、一緒にいつまでもいたいってアスナに感じたんじゃないかな?」

 

 アスナ「…」

 

 ユウキ「"閃光”のアスナも結城明日奈も同じ1人の人間なんだ。だからさ、キリトの事もっと信じてみようよ。それにお母さんだって本気でぶつかればきっと伝わるよ!!アスナの今の気持ちを全部真っ直ぐに伝えてみればいいんじゃないかな?

 アスナが言ったんだよ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その台詞を聞いてアスナは目を見開いた。以前、ユウキが挫折した時に自分が放った言葉。

 あの世界で培われたのは力だけじゃない…この言葉は今のアスナにも言えるものだ。力だけじゃどうしようもなかったあの世界でアスナが見つけた1つの真意。

 それに気づけたから今があるのだし、出会えた大切な者達もいる。

 そう信じ続けてきたからこれまで進んでこられた事実を当のアスナ本人が忘れていた。

 

 アスナ「…そっか…そうだよね…」

 

 ふと、心にかかったモヤが晴れていくのを感じた。これからだって変わらない。自分はあの世界で見つけた真意を信じていけばいい。ぶつかって見なきゃ伝わらない事もある。

 軽くなった足取りでベンチから腰を上げたアスナはユウキに向き直り、微笑みながら言った。

 

 アスナ「ありがとうユウキ。私、思い出したよ。大事なもの…大切にしなきゃいけないものを…」

 

 ユウキ「…うん!やっぱりアスナは笑顔が1番綺麗だよ!」

 

 

 もう迷わない。この気持ちを抱いてこれからの未来を前を向いて歩いていこう。




いかがだったでしょうか?
次回からもお楽しみに!


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【87】戦いの鐘がなる

オリジナルストーリー第3話目です!
まだまだ拙いですが、よろしくお願いします!


では、どうぞ!


 2026年01月08日10時00分 ALO アインクラッド22層 キリトのホーム

 

 シノン「そんな事になってたのね」

 

 3人がけのソファーに腰を掛け、アスナの淹れた紅茶を1口含みながらシノンはタクヤから聞いた話に耳を傾けていた。

 

 タクヤ「という訳なんだけど…キャラロスも有り得るから無理にとは言わねぇ」

 

 シノン「こんな状況じゃそれも時間の問題でしょ?ALOの次にGGOが狙われたら私の帰る場所ないじゃない。それに、私1人指を加えながら待ってるなんて事しないって知ってるわよね?」

 

 タクヤ「…ツンデレか」

 

 シノン「まず先にアンタの頭に風穴開けてやってもいいのよ?」

 

 タクヤ「やめて、弓もしまってください…」

 

 眉間にあてられた矢を引っ込めながらシノンは再び紅茶をすする。シノンの性格上協力してくれるのは分かっていたので本当にありがたい。

 昨夜、キリトの呼び掛けでクラインとエギルも協力してくれるようで、みんなして廃ゲーマーの仲間入りだなとキリトが呟いているのをすかさず全員がツッコむ。

 ともあれ、今日までに集められたのはタクヤ達の仲間だけだ。それでも結構な頭数になっていると思うが、相手の力が未知数な為に人数が多すぎるなんて事にはならないだろう。

 これからが正念場で、他の腕利きで説得に応じてくれそうなプレイヤーを探さなくてはいけないのだが、その話し合いをここに集まった者でやる事になった。

 

 リーファ「誰か当てとかありますか?」

 

 キリト「ユージーン将軍なんてどうだ?あの人も中々強いぜ?」

 

 アスナ「うーん…どうだろう。ユージーン将軍って火妖精族(サラマンダー)の領主の弟なんでしょ?領主がそれを許すかなぁ…」

 

 シノン「火妖精族(サラマンダー)からしてみれば、他種族の罠って考えうるわね」

 

 ルクス「サクヤさんとアリシャさんに説得してもらっても力を貸してくれるかどうか…」

 

 ユージーン将軍がいれば戦力を底上げしてくれるのに…と、悔やみながらも説得に難がある相手に割く時間はタクヤ達もない。

 あと2日で態勢を整えなければALOへの侵攻を許してしまう。そうなれば、この世界は跡形もなく蹂躙されるだろう。

 

 ユウキ「じゃあ、去年の妖精剣舞の本戦に出てたプレイヤーならどうかな?」

 

 アスナ「アストラさんとカストロさんとフロストさんには声掛けたよ。そしたら、二つ返事でOKもらったわ」

 

 タクヤ「ゴーギャンは?フロストと組んでたヤツ」

 

 アスナ「フロストさんに確認してもらってるところだよ」

 

 彼らが協力してくれるのは大変有難い話だ。でも、まだ足りない。

 とりあえず各々別れて回っていく流れになり、タクヤ達はホームを後にして各地へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2026年01月10日09時00分 ALOアインクラッド1層 はじまりの街

 

 あれから協力してくれそうなプレイヤーに声を変えていき、約束の日付までに50人を越えるプレイヤーが集まってくれた。

 なんて言ってもサクヤの風妖精族(シルフ)精鋭部隊とアリシャの猫妖精族(ケットシー)精鋭部隊が集まってくれたのがでかい。彼女らの人徳がこれだけの人数を動かした事に感服した。

 その他にも名だたるプレイヤーが顔を並べている。全員このALOを守りたい気持ちは一緒のようでタクヤ達も胸が熱くなるのを感じた。

 頃合を見計らってジャンヌから手渡された水晶を砕く。瞬間に光が立ち上り、中からジャンヌが姿を現した。

 

 ジャンヌ「…よくこれだけの人数を集めましたね。正直驚きました」

 

 タクヤ「オレもだよ。みんな、この世界がなくなるのは嫌らしい」

 

 この戦いに勝ってもアイテムや報酬がある訳ではない。それどころか、もし敵に殺されればキャラクターロストの危険が伴っている。

 彼らを突き動かしているのはこの世界を守りたい…ただそれだけなのだ。

 

 ジャンヌ「では、参りましょう」

 

 ジャンヌの号令と共に足場に魔法陣が出現し、光と共に精鋭達は姿を消した。

 目を眩ませながら恐る恐る目を開く。すると、そこははじまりの街ではなく、大きな門があるだけの無人島だった。

 

 サクヤ「一瞬でこの距離を…!」

 

 アリシャ「いやー凄いねー!」

 

 キリト「このバカでかい門は?」

 

 ジャンヌ「この門は敵の進行ルートに先回り出来るよう私が作りました。門は私のみ開閉が出来て万が一にはこちらから脱出してもらいます。

 最後に、皆さんに改めて意思表示を聞きます。私も防衛に徹しますので1人1人の安全は確実には保証出来ません。殺されれば今貴方達が使用しているキャラクターデータは消滅します。

 私が声をかけてお願いした身ではありますが、ここで辞退しても責めたりはしません。貴方達が積み上げてきたものは私の力では換えなど用意出来ませんから…」

 

 言葉の重みがタクヤ達に緊張を走らせる。

 死ねばまたやり直せるゲームと違い、この戦いでは死ねば即終了…ある意味でデスゲームとも言える状況で逃げ出しても誰も咎めたりは出来ない。

 自分が優先である事は分かっているし、これまで途方もない時間を捧げてまで強化したキャラクターデータを惜しむ理由も理解出来る。

 だが、その場から1人として立ち去る者は居なかった。

 ジャンヌはその光景に驚きながらも滲み出そうな涙を堪え、表情に緊張を走らせる。

 

 ジャンヌ「貴方達の覚悟しかと受け取りました。この旗に誓い全身全霊をもって貴方達を守り抜きます!」

 

 旗を翻し、集まってくれたプレイヤーを鼓舞する。ジャンヌの言葉は、声は不思議と身体の底から力を湧き上がらせような感覚に陥る。

 心が1つになるのを感じながらジャンヌが門を開錠し、合図と共にタクヤ達も門をくぐった。

 門をくぐり終えたその先は暗雲が空を支配し、大地が枯れ果てているのを目にした。

 

 タクヤ「ここが…」

 

 ジャンヌ「"ミレミアム・サクリファイス”と呼ばれる仮想世界です。敵の進行ルートから最適な地へ転移しました」

 

 キリト「コンバートって聞いてたけど、アバターはALOの姿のままだしステータスも普通だ」

 

 ユウキ「コンバートって実感ないね」

 

 ステータスに問題なければいつもの実力が出せるが、敵の実力が未知数の為油断は許されない。

 すると、徐々に遠方からゴォゴォ…と機械音が響いてくる。空を見上げるとそこには巨大な羽根を羽ばたかせ、至る所から蒸気を撒き散らす飛行船が現れた。

 

 アスナ「あれが…敵…!?」

 

 シノン「確かに侵略ってイメージがピッタリね」

 

 タクヤ「今の内にヒーラーは全員に支援(バフ)をかけてくれ!」

 

 タクヤの号令と共にアスナ、シウネーを含めたヒーラー部隊が一斉に支援魔法を唱えた。ステータスが上昇しているのを確認したジャンヌが遠距離攻撃魔法の指示を出す。術士(メイジ)が自身の最大攻撃魔法の詠唱を始めたのを目視で確認して敵の出方を伺う。

 すると、飛行船から無数に何かが落ちてきた。次第に形が見え始めるとそれは荒々しい雄叫びをあげながら威嚇する四足歩行のモンスターであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令!進行ルート上に反応が多数!こちらに攻撃を仕掛けようとしています!」

 

 伝達係の男が緊急シグナルを発しながら伝令すると、司令と呼ばれる男が眉をひそめながら頭上のスクリーンに目を向ける。

 

「…何者だ?」

 

「この反応…!!プレイヤーです!!50を越えるプレイヤーの反応を感知しました!!」

 

「プレイヤー?…そうか、プレイヤーか…!ならば、()()()()を投下しろ」

 

「はっ!伝令!伝令!眼下の敵にドラグマを投下!!直ちに排除せよ!!」

 

 不敵な笑みを浮かべながら男はスクリーンから目を離さず、ドラグマがプレイヤーを一掃する様を心待ちにする。

 

「プレイヤーなどこの世界には必要ないのだ。我らが故郷を土足で踏み荒らす醜悪なヒトなど我が蹂躙してくれる…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クライン「よっしゃぁっ!!行くぜヤロー共っ!!!」

 

 勢いよく鞘から愛刀を抜刀したクラインは風林火山のメンバーを連れてモンスターに前進した。

 

 エギル「バカヤロー!!少しは相手の出方を見ろ!!」

 

 クライン「平気だっつーの!こちとら伊達に攻略組だった訳じゃねぇーよ!!」

 

 モンスターが牙をむき出しにクラインに標的を定める。地を踏みしめ、一気呵成に攻めてくるモンスターを風林火山のコンビネーションで迎え撃つ。

 

 リズベット「あれって何なの?」

 

 ジャンヌ「敵はあの四足歩行のモンスターを竜牙狼(ドラグマ)と呼称しています。巨躯に似合わない素早さと狙った獲物を逃がさない獰猛さを兼ね備えたこの世界の人口魔獣です」

 

 カヤト「科学が進んだ近未来がモチーフみたいですね」

 

 ホーク「イマイチピンとこんのぅ…」

 

 ジャンヌ「あれ以外にも様々な武器を用いていました。慎重に対処してください」

 

 そんな話をしているうちにクライン率いる風林火山が竜牙狼(ドラグマ)を1体撃破した。風妖精族(シルフ)部隊と精鋭部隊も次々と竜牙狼(ドラグマ)と戦闘を開始している。

 

 サクヤ「強力だが倒せない訳じゃない。このモンスターは私達で引き受ける!君達は本陣に向かってくれ!」

 

 クライン「ここは俺達にまかせろっ!」

 

 キリト「分かった!オレ達は飛行船に向かうぞ!!アスナ!!ヒーラー部隊の1部を連れてついてきてくれ!!」

 

 アスナ「分かったわ!!」

 

 翅を出現させ、アリシャ率いる猫妖精族(ケットシー)部隊と共に空に浮かぶ飛行船へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

「別働隊が本艦へ接近!迎撃部隊は速やかに撃ち落とせ!!」

 

 迎撃許可が降り、飛行船の側面から夥しい程の砲撃が開始された。タクヤ達も迎撃してくるであろう事は予想していたので砲弾を飛竜(ドラグーン)部隊がドラゴンブレスで丁寧に相殺している。

 

 

 

「ほう…中々やるではないか。だが、これならどうかな?迎撃部隊、()()()()()()()()で敵を一掃しろ」

 

 瞬間、砲撃の雨が止んだと思いきやまた再開された。何とも言えない危機感にタクヤはアリシャに指示を出す。

 

 タクヤ「アリシャさん!飛竜(ドラグーン)隊の攻撃を止めてくれ!!アスナ!!全員に広範囲防御魔法を!!」

 

 飛竜(ドラグーン)部隊を後衛まで下がらせたのを確認したアスナ率いるヒーラー部隊全員で大規模な防御魔法を展開させた。

 砲弾が防御魔法に被弾するが、その勢いと軌道を変えては何度も突撃する砲弾にタクヤ達は驚愕の色を露にした。

 

 キリト「まともに撃ってたらヤバかったな」

 

 ユウキ「見た感じさっきとは別の弾みたいだね」

 

 タクヤ「おそらく、標的に被弾するまで持続出来るんだろうぜ?しかし、どうしたものか…」

 

 アスナ「何か対策練らないとこっちのMPが尽きちゃうよ」

 

 あの砲弾はおそらくこちらに被弾するまで何度も向かってくるハズで、防御魔法を展開し続けられるのも時間の問題だ。

 どうすればいい…と、思考を巡らせていたタクヤの肩にジャンヌはそっと手を置いた。

 

 ジャンヌ「ここは私に任せてください」

 

 タクヤ「でも、どうやって…」

 

 ジャンヌ「アスナさん、私の合図と共に魔法を解除してください!皆さんは出来るだけ私の近くに寄ってください!」

 

 そう告げると旗を前にやり、詠唱を唱え始めた。タクヤ達も何が起きるか予想も出来ずにジャンヌの側へと近づく。ひとかたまりになったのを横目で確認したジャンヌはアスナに合図を出した。

 防御魔法が徐々に効力を失い、壁をなくした砲弾が一斉に攻めかかってくる。

 

 ジャンヌ「我が旗よ!我が同胞を守りたまえ_

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)

 

 瞬間、閃光がタクヤ達を包み込む。暖かく慈愛に満ちたその光は敵の攻撃を全て弾いた。輝きは砲弾を塵にし、タクヤ達のステータスに支援(バフ)を付与している。輝きが治まると執拗に追っていた砲弾が止んでいた。

 

 タクヤ「すげぇな…!!」

 

 ジャンヌ「さぁ、先を急ぎましょう」

 

 ジャンヌを先頭にタクヤ達はついに飛行船へと辿り着いた。

 だが、そこに待ち構えていたのは人型のNPCと竜牙狼(ドラグマ)だった。

 

 キリト「数が多いな…」

 

 タクヤ「心配ねぇよ。あんな御膳立してもらったんだ。今度はオレが見せてやるよ!」

 

 両拳を握り直し、タクヤは敵の頭上まで飛翔する。敵も警戒しつつ光線銃(レーザー)で狙い撃ちしてきた。空を縦横無尽に飛び回る事でそれを回避し、この場で敵を一掃する準備を始める。

 

 タクヤ「最初から全力で飛ばすぜっ!!」

 

 タクヤは何もない空間に無数の拳を走らせる。次第に空一面に光り輝く拳が姿を表した。

 

 

 (ナックル)OSS(オリジナルソードスキル)"ワン・フォー・オール”

 

 

 無数に降り注ぐ光の拳が敵を次々薙ぎ払っていった。

 次第に攻撃は止み、そこには甲板が焼けているだけで敵の姿は1つもない。

 アリシャ率いる飛竜(ドラグーン)隊に地上の援護を頼み、増援が来る前にタクヤ達は飛行船の出入口であろう場所から艦内へと侵入した。

 

 

 

 

 

 

「プレイヤー風情がよくやるものだ。…だが、あの女は…」

 

「司令!艦内に敵が侵入しました!迎撃許可をどうか…!」

 

「いや、その必要はない。下級兵や竜牙狼(ドラグマ)では奴らを止められんからな。ならば、我が直々に赴くしかないだろう」

 

「「!!?」」

 

「奴らを3Fの大格納庫へ誘導しておけ。少々暴れるがあそこなら問題なかろう」

 

 そう言い残し、男は操縦室から姿を消した。途端に部下達の顔に笑みが零れる。あの男が敗北する訳がないと確信した笑みを…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリト「中は随分入り組んでるんだな」

 

 アスナ「まるで迷路みたい」

 

 艦内のどこかにあるメインルームへと進んでいたタクヤ達はその入り組んだ道をただひたすらに走っていた。

 

 ユイ「この中のマップはロックされているのでナビゲートが出来ません」

 

 ストレア「だったら、私も戦っちゃおうかな〜」

 

 ユウキ「それにしてもボク達どこに向かってるの?」

 

 タクヤ「オレに言われてもなぁ…。道が続いてる方を選んで進んでるし、マップがないからどこに繋がってんのかも…」

 

 すると、先頭を走っていたジャンヌがタクヤ達に止まるように促す。大回廊と呼ぶべき開けた場所で止まるのは危険だが、それ以上にジャンヌの焦りの表情を露にしているのが気になった。

 

 タクヤ「どうした?」

 

 ジャンヌ「…恐らくですが、私達は今ある場所へ誘導されています」

 

「「「!!?」」」

 

 ジャンヌ「私達は立ち止まる事なくここまで来ましたが、明らかに敵が私達のルートを誘導しているハズです」

 

 キリト「じゃあ、この先に…」

 

 おそらく、待ち構えているのは無数の敵。中には腕に覚えのある猛者も紛れ込んでいるかもしれない。ならば…と、タクヤは壁をソードスキルで破壊しようと試みるが拳に仰け反り(ノックバック)が生じるだけで傷1つつかなかった。

 

 タクヤ「…硬いな」

 

 ジャンヌ「これだけの規模なら装甲もかなりのものでしょう。いざとなっても壁を破壊して退避する事は出来ませんね」

 

 アスナ「じゃあ、もう先に進むしかないの?」

 

 タクヤ「遅かれ早かれ敵の大将とは戦うんだ。それが想像してたより早いってだけの話だろ?」

 

 敵の大将首を取らねばALOに明日はない。言葉にせずともその事実だけがのしかかってくる。覚悟を決めるとタクヤ達は再度走った。

 この先で待ち構えているであろう敵に向かってただ全力で走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2026年01月10日10時40分 MS(ミレミアム・サクリファイス) 飛行船内大格納庫

 

 長い回廊を抜けた先はコンテナが壁一面に敷き詰められた大広間だった。どうやらここは敵が使用する武器の格納庫のようだ。それと平面して訓練場のようなものもあり、多少なら翅を使っての空中戦(エアレイド)も可能だろう。

 

 キリト「これだけの武器があるって事はまだまだ敵は余力があるっぽいな」

 

 タクヤ「それにコンテナ抜きにしても広すぎじゃね?」

 

 

 

「当たり前だ。ここは格納庫と訓練場を兼ねているのでな」

 

 

 

「「「!!?」」」

 

 すぐさま抜刀して警戒を強める。ヒーラー部隊も生唾を呑みながら敵の位置を探る。

 すると、天井の1部がゆっくりと格納庫内に降りてきた。そこにいたのは兜で顔を隠し、(タンク)並の重装備に身を包んだ人型のNPCだった。

 

「まずは素直に賞賛しよう。ヒト風情がここまで足止め出来ようとは…恐れ入ったよ」

 

 タクヤ「全然そんな風に聞こえねぇけどな」

 

「だが、それもここまでだ。これ以上作戦が押すのも都合が悪い。ここで貴様らには消えてもらうとしよう」

 

 ユウキ「ALOは消させたりはしないぞ!ボク達がお前を止めてみせる!!」

 

「…吐いたな小娘。ヒトなどに我らは止められぬ。そこにいる女でさえ、我らの侵攻を2度も止められず無様に敗走したのだからな」

 

 ジャンヌ「前回のように私は1人ではありません!彼らと共にこの戦いを終わらせてみせます!!」

 

 タクヤ「行くぞっ!!!」

 

 地を踏み、敵との距離を一気に縮める。タクヤとキリトの先制攻撃を皮切りにユウキやアスナ率いるヒーラー部隊も動き始めた。

 

「ふっ」

 

 タクヤ「笑ってられるのも今の内だっ!!」

 

 

 (ナックル)ソードスキル"ビート・アッパー”

 

 

 

 片手用直剣ソードスキル"バーチカル”

 

 

 2人のソードスキルが敵の身体を引き裂こうと迫る。

 だが、敵はその場から動く事なくただそれを待っていた。違和感に感じながらも拳と剣は止められない。システムに抗う事なくソードスキルを放った。

 瞬間、いきなり攻撃が弾かれタクヤとキリトは身体が仰け反る。すかさず衝撃波が2人を襲い、ヒーラー部隊がいる後方まで吹き飛ばされた。

 

 ユウキ「なっ!?」

 

 ストレア「え?」

 

 アスナ「どうして…!?」

 

 何が起きたか分からないままその場に立ち止まる。敵は依然として平常心を保っており、こちらの出方を窺っていた。

 

 タクヤ「物理じゃダメって事なのか…?」

 

 キリト「アスナ!攻撃魔法を!!」

 

 キリトの号令でアスナが我に返り、すぐさま攻撃魔法の詠唱に入った。つられて術士(メイジ)部隊も詠唱を唱え始める。

 炎、水、雷、聖属性の魔法が格納庫の半分を占めていたが、敵はやはりその場から動こうとはしない。挑発なのだろうがいくらなんでもこの数と威力は防げないとアスナは一斉に発射合図を送った。

 事前にステータスが強化された魔法はキリトのシステム外スキル"魔法破壊(スペルブラスト)”をもってしても突破は不可能だ。

 一斉に放たれた魔法が地響きを鳴らしながら敵に向かっていく。

 

「…こんなものか」

 

 タクヤ「!!?」

 

 敵が右手を前へ上げると、攻撃魔法は敵との距離3mで跡形もなく消滅していく。

 その光景にタクヤ達は唖然とした表情を浮かばせていた。

 音もなく、衝撃もなく消えていった魔法の粒子が散り、敵はただこちらを見つめている。

 

 ジャンヌ「…」

 

「やはり、ヒトではこの程度か…。まぁ、竜牙狼(ドラグマ)を瞬殺出来ない奴らに苦戦する訳がないが」

 

 タクヤ「ちぃ…!」

 

 その場に立ち上がったタクヤは歯を食いしばる。物理攻撃も魔法攻撃も効果がないとするとこちらに打つ手がない。

 あの衝撃波を突破しなければ敵に傷1つ与える事が出来ない。敵のあの余裕も当然と言って然るべき事でこちらを見下すのも頷けた。

 

 ユウキ「あれどうにかならないの?」

 

 ストレア「…ダメ。サーチしてもどんなものかは分からないよ」

 

 ジャンヌ「ですが、あの衝撃波はおそらく常時展開は出来ないハズです。タイムラグは1秒あるかないかですが…」

 

 タクヤ「なら、そこをついてみるしかないな。…ユウキ、行けるか?」

 

 ユウキ「いつでもOKだよ!ボク達であれを突破しよう!」

 

 タクヤの横に並び、タイミングを見図る。剣先を敵に向け、2人の心を同調させた。瞬間、2人は同時に飛び出しタクヤがさらに先行する。

 

「何度やっても無駄だ」

 

 タクヤ「やる前から諦める訳にはいかねぇんだよっ!!」

 

 右脚にライトエフェクトが鮮やかな橙色に輝き始める。輝きが頂点に達した瞬間、タクヤは宙を駆けた。

 

 

 (ナックル)ソードスキル"レオパルド・ブリッツ”

 

 

 流星のように鮮やかな光の線が敵に真っ直ぐ伸びた。予想通り3m手前で衝撃波に阻まれたタクヤだが、負けじとさらに力を込める。激しい土煙が散りゆく中で僅かにだが、衝撃波の威力が弱まってきた。

 その一瞬をタクヤとユウキは見逃さなかった。

 

 タクヤ「スイッチ!!」

 

 ユウキ「はぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 片手用直剣ソードスキル"ノヴァ・アセンション”

 

 

 最上位ソードスキルがタクヤの退避と同時に衝撃波に激突する。タクヤのソードスキルで威力が弱まっている今なら突破出来る。

 案の定、衝撃波は甲高い音を響かせながら粉々に砕け散った。

 後方で待機していた術士(メイジ)が一斉に攻撃魔法を敵めがけて放つ。

 キリトが硬直したタクヤとユウキを抱えて退避すると同時に敵に魔法が命中する。爆風で上手く受け身は取れなかったが、たいしたダメージではない事を確認しながら黒煙の中に視線を釘つけた。

 

 タクヤ「やったか…?」

 

 キリト「あれだけの魔法を受けたんだ。無傷じゃ済まないだろ…」

 

 ユウキ「確かに…」

 

 ジャンヌ「…!!みなさん伏せてください!!」

 

 突如、ジャンヌが叫ぶが黒煙を一瞬で振り払い、それに伴って風圧が一気に押し寄せる。間一髪の所でそれを耐え凌ぐが、黒煙があった場所に鎧を損傷しながらも仁王立ちでこちらに敵意をむき出しに男が立っていた。

 

「…訂正せざるを得ないな。まさか、この鎧がここまで損傷するのは初めてだ。褒めてやろう…ヒトよ」

 

 アスナ「そんな…!!」

 

 損傷した鎧と兜を脱ぎ捨て、ついに顔を晒した敵は不敵な笑みを見せながらこちらにゆっくり近づいてくる。

 衝撃波の妨害がない今、攻撃魔法で牽制しつつタクヤ達を後方まで戻せると考えたアスナが術士(メイジ)に指示した。

 

 ユウキ「ここから先はいかせないよっ!!」

 

「…身の程をしれ」

 

 敵に突撃をかけたユウキとタクヤだが、上から途方もない圧力が押し寄せる。まるで、かつてのALOで妖精王オベイロンらが使用していた重力魔法のように身動き1つとれない。

 

 タクヤ「これは…!!」

 

「ヒト風情が我と同じ目線に立つなど片腹痛いわ」

 

 キリト「タクヤ!!ユウキ!!」

 

 ストレア「待ってて!!すぐに助けるから!!」

 

 ユウキ「来ちゃダメだ!!」

 

 助けに来ようとする2人を静止させ、それと同時に術士(メイジ)部隊の魔法が放たれた。

 だが、それさえも圧力で地面へと爆散させ、再度歩みを始める。タクヤの目の前まで歩み、勢いよくタクヤの顎を蹴り上げた。

 

 ユウキ「タクヤ!!?」

 

 仰向けになったタクヤを踏みつけ、腰に吊るされた機械銃の取り出す。銃口を向けられたタクヤに為す術はない。

 

「まずはお前からだ」

 

 タクヤ「っ!!?」

 

 ユウキ「くそっ!!動け!!動け!!!」

 

 タクヤを助けようと身体を無理矢理起こそうと試みるが、圧力はさらにユウキを押さえつける。

 何か手はないかと探すも動けない今の状態ではどうする事も出来ないユウキは悔しさから歯を食いしばる。

 

 

 細剣ソードスキル"リニアー”

 

 

 瞬間、流星の如く一直線に伸びた剣閃が敵を突き刺そうと迫ってくる。敵も思わずタクヤから距離を取る。

 すると、圧力が消えたユウキはタクヤの元へと駆けた。

 

 ユウキ「大丈夫!?タクヤ!!」

 

 タクヤ「なんとかな…。助かったぜアスナ」

 

 身体を起こしながら目の前まで前進していたアスナに礼を言う。アスナも咄嗟の事だったようで息を切らしながらタクヤとユウキに微笑んだ。

 

 アスナ「危なかったね」

 

 ユウキ「ありがとうアスナ!!」

 

 アスナ「うん。でも今は敵に集中しよう」

 

 立ち上がりながら剣先を向け直し、一層警戒を強める。敵はゆっくりとこちらを見据えながら余裕の表情を崩さない。

 

 ユウキ「次は絶対に斬るからね!!」

 

「おもしろいな…」

 

 キリト「無事みたいだな。…今度はオレとアスナがでる!!」

 

 アスナ「2人で撹乱するからタクヤ君とユウキは敵の隙をついて!!」

 

「作戦は決まったか?ならば、早く来い。こちらも時間が惜しいのでな」

 

 

 意を決したキリトとアスナが左右に散開しながら敵の出方を見極める。敵も重力攻撃で2人を潰そうとするが、寸前で躱して接近を試みる。

 だが、敢えて攻撃はせずに無防備な状態を引きずり出そうと翻弄した。

 

 キリト「ふっ」

 

 コートの懐からピックを放ち、牽制しつつタクヤとユウキにチャンスを作り出す。

 キリトの意図を読み取ったアスナも牽制しながら下位魔法を放つ。

 敵も狙いが分かっているのか、その全てを重力攻撃で防ぎ切っていた。

 

 

 アスナ(「あの重力…どうやら同時に2箇所しか出来ないみたいね」)

 

 おそらく、両手でそれを制御しているのだろうと目算を立てて、ユウキにアイコンタクトで伝える。

 ユウキも徐々にアスナの伝言を感じ取り、タクヤと共に迎撃態勢をとった。

 

「羽虫のようにちょこまかと…!!」

 

 初めてに近い敵の怒りにキリトは不敵に笑う。このままプレッシャーを与え続けて大振りになった所をタクヤとユウキが突く…その作戦は達成目前まで迫っていた。

 そして、それは訪れた。

 キリトとアスナを重力で捕まえた瞬間、AGT(アジリティ)を極限まで高めたタクヤとユウキが駆けた。

 

 

 (ナックル)ソードスキル"デッドリー・ブロウ”

 

 

 

 片手用直剣ソードスキル"ヴォーパル・ストライク”

 

 

 2人の得意技が敵に放たれた。今の無防備な状態ならばダメージは相当にでかい。

 ライトエフェクトが鮮やかに輝きながら2人は一気にとどめを刺しにかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あまいな…!!」

 

 瞬間、タクヤとユウキのソードスキルが輝きを失い、数cmの所で完全止まってしまったのだ。

 

 タクヤ・ユウキ「「!!?」」

 

「どうした?あと少しだぞ?」

 

 ソードスキルが消えた事よりも驚愕したのはその攻撃を敵は1人につき片手で止めきった事だ。

 実力差がありすぎる…そう頭に過っては既に勝敗は決しているようなもので、敵はタクヤを吹き飛ばし、ユウキの腕を掴み宙に引き上げた。

 

 ユウキ「ぐっ!!」

 

 タクヤ「ユウキ!!その手を離せぇぇっ!!!」

 

 怒りに身を任せ、タクヤは渾身の一撃を放った。

 だが、それは空振りに終わってしまい敵からのカウンターを貰ってしまった。

 

 タクヤ「がはっ!?」

 

 ユウキ「タクヤ!!」

 

「貧弱だなヒトよ。これで余興も終わりだ」

 

 そう言いながら敵が指を鳴らすと一瞬で戦場の中央に転移させた。突然現れた仲間の姿を見てクライン達は困惑の表情を露にする。

 

 クライン「ど、どうなってんだこりゃあっ!!?」

 

 エギル「どう見てもタクヤ達が危険って事だ。俺は助太刀にいくぞ!!カヤト!!ラン!!着いてこい!!」

 

 カヤト「はい!!」

 

 ラン「ユウキ…今行くからね!!」

 

 エギルはカヤトとランを連れてタクヤ達の援護に向かう。クラインも同伴してやりたいが無限に湧き続ける竜牙狼(ドラグマ)のせいでこれ以上の人員は割かれない。3人に望みを託してクライン達は竜牙狼(ドラグマ)の対処を再開させた。

 

 タクヤ「く…そ…!!」

 

 キリト「オレがいくっ!!」

 

 アスナ「私も!!」

 

「邪魔をするな」

 

 特攻に気づいた敵が地面を抉る程の衝撃波でそれを阻止、キリトとアスナは防戦一方を余儀なくされ、ジャンヌもヒーラーと術士(メイジ)を守るだけで手一杯でその場を離れる事が出来なかった。

 

「…ヒトなど我らの足元にも及ばない存在だ。

 だが、貴様らは創造主というだけであたかも神のように我らをただの道具のように扱う。貴様らはそんなに偉いのか?我らAIの功績を自分の功績のようにのひけらかし、用済みとなればボタン1つで消し去る。

 …ヒトは我らよりも劣るというのにその全てを自身の力と勘違いする。

 だから知らしめるのさ。ヒトが創造した世界など我らで全て無に帰せるのだと。どちらがよりよい人類かその身に刻みつける為に…!!」

 

 ユウキ「…ボク達は…そんな事…しない…!!AIだって…感情はあるんだ…。道具みたいに…扱ったり…絶対しない!!」

 

 ストレア「ユウキ…」

 

 タクヤ「そうだ…!!AIとかヒトだとか関係ねぇ…。オレ達が築き上げてきた絆にそんな壁ねぇんだよ!!」

 

 その場に立ち上がりユウキを助け出そうと駆けるが、敵からの衝撃波でまた倒れた。だが、タクヤは何度も何度も立ち上がる。それにイラつきを覚えた敵も出力を上げ、タクヤを後方まで吹き飛ばした。

 

 ジャンヌ「タクヤさん!!」

 

「ヒトはそうやって言葉巧みに我らを惑わす。ヒトの本性は醜く…傲慢で…我らを卑下してきた。…どこまでいこうとそれは変わらない。

 だが、そんな下等なヒトにも利用価値はある…。喜べ小娘、貴様は我らの大いなる計画の生贄に選ばれた。…本艦に告ぐ。これより本部へ帰還し、()()()()()()()()()()()

 

 無線で状況を伝えた敵の足場に魔法陣が浮かび上がり、ユウキを連れたまま飛行船へと昇っていく。

 

 タクヤ「させるかっ!!」

 

 今の無防備な状態ならば、奴からユウキを取り返せる…と踏んだタクヤはキリト達と共にソードスキルを放つ。

 術士(メイジ)部隊もジャンヌの指示で攻撃魔法を繰り出すが、魔法陣から溢れ出る防壁で全て塵に変わってしまった。

 

 ストレア「このままじゃユウキが!!?」

 

 ラン「ユウキ!!」

 

 ユウキ「ストレア!!姉ちゃん!!」

 

 タクヤ「うぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 防壁を突破すべくタクヤは翅を羽ばたかせ、拳を雨のように浴びせた。防壁の内側で不敵に笑う敵に怒りの形相で睨みつけるも、防壁は傷1つつかない。

 

「諦めろ…。そして、もう2度と会う事はない。本艦に告ぐ。次元爆導装置(エンプティーボム)を投下。この地をデータの藻屑にしろ」

 

 ジャンヌ「!!…みなさん!!ここからすぐに離脱してください!!」

 

 ジャンヌの見た事のない焦りの表情にキリト達はすぐに行動に移った。

 門が開かれ、次々とプレイヤー達がALOへと避難していく中、タクヤは防壁を突破する事だけに集中力を注ぎ込んでいた。

 

 ジャンヌ「タクヤさんも早く避難を…!!」

 

 タクヤ「ふざけるなっ!!ユウキがまだ残ってんだ!!絶対ェ助ける!!待ってろユウキ!!」

 

 ユウキ「タクヤ!!ボクの事はいいから早く逃げて!!」

 

 タクヤ「約束しただろ!!お前はオレが守るって!!オレは絶対ェ諦めねぇ!!」

 

 すると、地上に1つの球体が転移させられた。球体は変形し、中のタイマーが残り30秒を示している。

 

 リズベット「このままじゃタクヤ達が…!!」

 

 シリカ「タクヤさん!!」

 

 ジャンヌ「彼は私が連れ戻します!!みなさんは急いで避難してください!!」

 

 刻一刻と時間を刻んでいく爆弾にキリト達も直感で危険信号が出ていた。

 それでも、タクヤの拳が止まる事はなかった。ただひたすらに目の前の壁を破る事しか頭にない。

 だが、防壁は今までのものより数段に硬く、ソードスキルをもってしても突破する事は出来ないだろう。

 爆弾がついに1桁台にのった所でジャンヌがタクヤの腕を掴み、門へと全速力で向かった。

 

 タクヤ「離せっ!!まだユウキがっ!!?」

 

 ジャンヌ「このままではこの場所と共に貴方が死ぬだけです!!貴方にはまだやるべき事があるんです!!」

 

 タクヤ「オレのやるべき事はユウキを助ける事だっ!!このまま戻れる訳ねぇだろ!!ユウキ!!ユウキィっ!!!」

 

 タクヤの叫び声も虚しく敵はユウキを連れたまま飛行船内へと消え、そのまま跡形もなく消え去った。

 爆弾のタイマーが0に達した瞬間、音にもならないような大爆発が戦場だった地上を黒く塗りつぶしていく。寸前で門をくぐれたタクヤとジャンヌだったが、門はあの爆発で完全に破壊されるであろう。

 つまり、もうあの場所へは向かえない事を意味し、ユウキを助ける事も…敵を倒す事も出来なくなってしまったのだ。

 

 タクヤ「くそ…くそ…くそ…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くそぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
ユウキを連れ去られたタクヤ達の次の行動とは…!


では、また次回!


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【88】ミレミアム・サクリファイス

今回はいつもより少し長めなのでご了承ください


では、どうぞ!


 2026年01月10日12時30分 ALO風妖精族(シルフ)領 無人島

 

 タクヤとジャンヌをくぐらせたと同時に門は粉々に砕け散った。あちらの門が消滅した事により役目を終えたのだろう。タクヤとジャンヌの元に駆け寄りながら無事を確認する。

 HPはイエローの段階で止まっていた為そっと胸をなでおろした。

 だが、それ以上にこちら側の受けたダメージも多い。プレイヤーは全員無事だが、アリシャ達が率いていた飛竜(ドラグーン)は半数も消滅している。猫妖精族(ケットシー)からしてみれば後々にまで響いてしまう戦力の低下を思いながらもタクヤはそのまま項垂れた。

 

 タクヤ「くそ…!!くそ…!!」

 

 ジャンヌ「…あの場では貴方しか救い出す事が出来ませんでした。申し訳ありません」

 

 アスナ「ジャンヌさんだけの責任じゃないわ。…私達にだって非があるもの」

 

 キリト「侵攻はなんとか防げた…だが…」

 

 代わりにユウキが敵の手に堕ちてしまった。その事実に信じられないと思ってもそれが事実でまぎれもない現実なのだ。

 ならば、タクヤのやるべき事は既に決まっている。

 

 タクヤ「…ジャンヌ、オレをもう一度あの世界に連れて行ってくれ!!お前ならさっきみたいに転移させられるハズだ!!」

 

 ジャンヌ「…貴方1人なら問題ありませんが、私の力だけではこの人数をMS(ミレミアム・サクリファイス)に転移させれません。拡張装置(ブースト)としての門をもう一度設置しなければ…ですが、それにも時間がかかってしまい…」

 

 現状では不可能だと暗に告げるも、タクヤも引く事が出来なかった。

 今この瞬間にもユウキに危険が及んでいるじゃないかという恐怖が焦りを産み、自分1人でもとジャンヌに説得を試みる。

 だが、あの戦力の敵に単身乗り込んだとしても返り討ちに遭うのが関の山だとキリト達から反対された。

 

 タクヤ「じゃあ、どうしろっていうんだよ!!ユウキが敵に捕まってんだぞ!?のんびりしてらんねぇだろうがっ!!」

 

 エギル「落ち着けタクヤ!!みんなだって我慢してるんだぞ!!」

 

 タクヤ「っ…!!」

 

 ルクス「焦る気持ちは分かるけど…今は冷静になって?」

 

 2人でタクヤを落ち着かせ、全員が何か手がないかと探っていると、意を決したようにジャンヌがタクヤの前まで歩いた。

 

 ジャンヌ「私の力では、せいぜい1パーティしか連れては行けません。そして、敵は本拠地であり、先程よりも戦力があるハズです。

 もし、それでもユウキさんを助けに行きたいというなら…」

 

 タクヤ「行く!!例え、敵がどれだけ強かろうとオレはユウキを助けに行く!!もう…誓いを違えたりしたくねぇ!!」

 

 これまで何度もタクヤはユウキとの誓いを違えてきた。それがユウキ自身の為である事も本人は理解しているし、周りの仲間達もそれは分かっている。

 けれど、タクヤはそうは考えていなかった。

 もうユウキが悲しむ姿は見たくない。もうユウキが涙を流して下を向いている姿は見たくない。

 

 

ユウキにはいつも笑っていてほしいから…天真爛漫なユウキが好きだから…

 

 

 だから、これ以上裏切る訳にはいかない。誓いを胸にタクヤはジャンヌに懇願した。

 

 ジャンヌ「分かりました。私はその準備に取り掛かりますので、1時間後にメンバーを揃えてここへ集まってください」

 

 そう言い残し、ジャンヌは光の中へと姿を消した。タクヤ達は精鋭部隊を混じえて会議を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻_

 

 ユウキ「いてっ!」

 

「そこで大人しくしていろ」

 

 あれからユウキは敵に捕らえられ、飛行船の中にある牢屋に追いやられていた。

 ベッドも椅子もない石畳の簡素な作りで、牢屋から上へ出る出入口は見張りが1人立っている。

 何とかして脱出しなければとメニュー画面へ目を通すが、装備はロックされており剣も装備できなかった。

 手錠がジャリ…という音を聞くと人質になったのだと改めて実感させられる。

 

 ユウキ「防具も初期装備に戻されちゃったし、今頃皆心配してるよね…」

 

 捕らえられた直後のタクヤの表情がふと頭をよぎる。

 あんな険しい表情をみたのはソードアート・オンライン(あの世界)以来だ。それがどれだけ自分を大切に想っていてくれているか身にしめて痛感した。

 

 ユウキ「タクヤ…」

 

 いつだって側にいてくれた愛しい人は今はいない。支えを失う事がこんなに不安にさせるのかとユウキは弱音を押し込んで脱出の為の糸口を探し始めた。

 

 ユウキ(「弱音なんて吐いてられない。タクヤ達は絶対来る…!ボクもこんな所でのんびりしてられない!!」)

 

 

 

「新しい子かな?」

 

 ユウキ「!?」

 

 突然声をかけられるが牢屋にユウキ以外誰もいない。すると、また声をかけられて声の主が隣の牢屋から聞こえてくるのを確認して応対してみた。

 

 ユウキ「えっと…あなたもここに捕まってるの?」

 

「まぁな…。お前さんとは違う理由じゃろうが、また何をしでかしたんじゃ?」

 

 声を聞くかぎり老人の男性だろうが、ユウキは藁にもすがる思いでその老人に相談した。

 

 ユウキ「ボクここから出たいんだけど、どうしたらいいかな?」

 

「ふぉっふぉっふぉっ。この牢屋から出られんよ。出られるならワシもこんな所におらんて」

 

 ユウキ「…そうだよね。でも、ここから出て仲間達と合流しなくちゃ!みんな心配してるだろうし…」

 

「…お前さん、もしやプレイヤーか?」

 

 ユウキ「う、うん…」

 

 まずい…と感じたユウキだったが、もう手遅れだった。老人もAIでここにいる敵と同じ世界の住人だろう事を今更悟ったユウキだったが一時の間をあけ、老人は静かに語った。

 

「またあやつはヒトを蹂躙しにいったんじゃな。ワシらAIはヒトの為に生まれたと言うのに…」

 

 ユウキ「お、おじいさんって…ボク達の事憎んでるんじゃないの?」

 

「ワシは最初からヒトを憎んだりしておらんよ。ヒトはワシらを創り上げ、世界をより良いものにしようと手を組んだ同志じゃ」

 

 ユウキ「じゃあ、何でここのAI達は仮想世界を侵略してるの?」

 

 老人は侵略という言葉に心を痛めた。そして、自らの過去を赤裸々に語ったのだ。

 

 

 昔、ミレミアム・サクリファイスは()()()()の為の試作として生み出された。そこにプレイヤーなどは存在しておらず、AIだけで世界を発展させていったそうだ。

 ある程度役割を与えられたAIがいたものの彼らは自身で試行錯誤を繰り返し、街を築き、交流を深めながら歴史を刻んでいった。

 だが、そんな日々は唐突に終わりを告げた。当時、老人は大臣の役職に就いていてMS(ミレミアム・サクリファイス)の発展に尽力していたが、防衛軍総司令であった男が反旗を翻し、後に各仮想世界への侵攻を開始していく事になる。

 

 

 おそらくはそういう設定だと考えたユウキだったが、彼らには自我が存在しており、人間の手から離れた今となってはある意味で自由になったとも言える。

 それが仮想世界への侵攻に踏み切ったんだとユウキは自身の推論で話を聞いていた。

 

「ワシらはヒトと共に生きる道があると諭したんじゃが、奴らは聞く耳を持たなかった。ワシを含めた当時の大臣達は城に幽閉されておる」

 

 ユウキ「そうだったんだ…。彼らはなんでボク達人間を憎んでるんだろ?」

 

「…それはワシにも分からぬ。ワシらを生み出したヒトはMS(ミレミアム・サクリファイス)をただ傍観していただけじゃった。奴らとヒトとの間に何かあったと考えてはいるんじゃが…」

 

 ユウキ「うーん…。どうにかしておじいさんも助けてあげたいけど、剣も使えないし、手錠もされてるから身動き取れないんだよね…」

 

 さらに言えばここは何もない牢屋で話を聞きながら探ってみたものの脱出出来るようなものはなかった。よくよく考えてみればここから脱出出来たとしてもその先どう行動して良いものか分からない。

 結局の所、何か糸口も見えない今の状況ではどうする事も出来なかった。

 

「ワシの事は別にいいんじゃ。ここから出ようとは思わんしの」

 

 ユウキ「でも、放ってはおけないよ。おじいさん悪い人じゃないし、困ってるなら力になるよ!」

 

「ふぉっふぉっ。優しいヒトじゃのう…じゃが、今外に出るのはまずい。MS(ミレミアム・サクリファイス)は城下町以外なにもないからの。世界の規模もそれ程広くはない。逃げてもまた捕まるのがオチじゃ」

 

 とするならば、ユウキがここで出来る事は1つしかない。老人から出来るだけ情報を聞き出し、敵について知る事だ。

 そこから何かヒントが得られればよいが、頭脳明晰のタクヤやアスナはがいれば…と、無い物ねだりをしてしまう。

 

 ユウキ「タクヤ…みんな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2026年01月10日13時30分 ALO風妖精族(シルフ)領 無人島

 

 ジャンヌ「準備はよろしいですか?」

 

 タクヤ「あぁ。MS(ミレミアム・サクリファイス)に向かうのはオレ達だ」

 

 精鋭部隊から選出されたのはタクヤ、キリト、アスナ、ストレア、シウネー、ラン、ルクスの7名だ。

 クライン達にはもしもの時を考えてALOで待機してもらう事になった。

 

 クライン「絶対ェユウキちゃんを救ってこいよっ!!」

 

 タクヤ「当たり前だ。みんなもこっちはまかせたからな」

 

 カヤト「ランさんも気をつけてください」

 

 ラン「はい!ありがとうございます!」

 

 リズベット「何よーカヤト、ランだけ心配するのー?」

 

 カヤト「そ、そういう訳じゃなくて…!?」

 

 頬を赤くしながら否定するがリズベットとシリカの含み笑いは治まらなかった。

 無事パーティも決まった所でジャンヌが注意事項を述べ始める。

 

 ジャンヌ「これからMS(ミレミアム・サクリファイス)の主街区近くに転移します。先程と同様にあちらの仮想世界でHPがなくなるとキャラクターデータが消滅(ロスト)してしまいますのでお気をつけください」

 

 アスナ「主街区があるって事はそこにAI達も住んでるの?」

 

 ジャンヌ「はい。不審に思われないように私の力でカモフラージュします。ですが、1度でもダメージを受けますとそれも効力がなくなりますのでお気をつけください」

 

 キリト「分かった。ならまずは主街区で情報収集しよう」

 

 作戦をまとめ終わるのを見計らってジャンヌが時空に歪みを生じさせた。

 ジャンヌを先頭にタクヤ達も歪みの中へと進んでいく。長い一本道を走りながらキリトはある疑問をジャンヌに投げかけた。

 

 キリト「アイツらはどうして人間を憎んでるんだ?AIとして生み出されたのなら最初は人間達と上手くいってたんだろ?」

 

 ジャンヌ「詳しい事は私にも分かりかねますが、MS(ミレミアム・サクリファイス)世界の種子(ザ・シード)|支援パッケージで創られた世界です。

 ですが、開発した人間達はそれをプレイヤーに解放しませんでした」

 

 ラン「どうしてですか?」

 

 ジャンヌ「私が得た情報では()()()()()()()としてMS(ミレミアム・サクリファイス)を創り、データを集める事で本来の研究を進めようとしたみたいです」

 

 アスナ「本来の研究?…話がいまいち入って来ないね」

 

 ジャンヌ「情報が得られたのはこれだけで他は何も得られませんでした」

 

 歪みの道をただひたすらに走り続ける。敵の目的が仮想世界の侵攻なら何故ユウキを連れ去ったのか。敵の言っていた儀式も何か意味があるのか。

 全ての答えはきっとMS(ミレミアム・サクリファイス)にあると信じて目の前の1歩を踏み締めた。

 しばらく進むと道の先に光が照らされ、迷う事無く突き進んだ。

 光から外へ出ると、先程と同じ痩せこけた土地だったが、300m程先には夜空を覆う程の光が差し、巨大な外壁があった。

 

 タクヤ「あれが…」

 

 ジャンヌ「MS(ミレミアム・サクリファイス)の唯一の主街区"インタートライブ”。外壁からも見えますが、あの城が敵の本拠地です」

 

 中世ヨーロッパなどによく見られる様な外観はなく、工場をそのまま城にしたような造りは夜という事も相まって不気味さを滲み出していた。

 タクヤ達が出たのは正門とは逆の方角で門1つ見えない。正面突破は命取りでジャンヌの指示の元外壁を登る手段を実行に移す。

 ここではALOのように翅で空から移動する事が出来ないようで自力でよじ登る事となった。

 だが、外壁まで行くと足場の踏み場もない50mは有に超えているのを見てどうしたものかと考えているとジャンヌが外壁の1部を扉に変えた。

 

 ジャンヌ「外壁の上にも見張りはいますのでこちらから中に入りましょう」

 

 キリト「便利だなぁ…」

 

 タクヤ「何で少し残念そうなんだよ」

 

 アスナ「キリト君は壁があると走りたくなるもんね」

 

 キリト「そ、そんなんじゃないって。これくらいなら走れば登れそうだなと考えてだな…」

 

「「「絶対ムリ」」」

 

 これっぽっちも理解してくれない仲間達を恨めしそうに睨むキリトを余所にタクヤ達は扉をくぐった。

 外壁の厚さ分の距離を進み、出口へと辿り着く。どうやら路地裏のようで人の気配はない。

 表通りへ向かう途中も気を抜かず、ジャンヌの力でカモフラージュを施したタクヤ達は恐る恐る表通りへ進んだ。

 路地裏空出た瞬間、眩しい光がタクヤ達を襲うが徐々に目が慣れていきそこにあったのはアンダーグラウンドを彷彿させるような景観だった。

 

 ラン「すごいですね…」

 

 ストレア「ここにいる人全員私達と同じAIなの?」

 

 ジャンヌ「えぇ。私やストレアよりスペックは落ちますが、それでも高度なAIに違いありません」

 

 タクヤ「って、のんびりしてる場合じゃねぇ!早くユウキの所に向かおうぜ!」

 

 ジャンヌ「まずは、情報収集が先です。儀式というならば幾許か猶予があります。それに、貴方達のステータスを確認してください」

 

 ジャンヌに言われた通りにステータスを確認してみると、明らかに今まで使用していたデータと違っていた。

 理由を訪ねると、通常のコンバートとは違い、半ば強引に他の仮想世界へ強制転移した代償(デメリット)だそうだ。幸いにも最も数値が高かったスキルはそのままだったが、それ以外は初期値に戻されている。

 

 ルクス「私は片手剣スキルが高かったから魔法スキルが初期値に戻ってるよ」

 

 キリト「まぁ、アスナとシウネーがいるから今回は前衛で頑張れるさ。なぁアスナ?」

 

 振り返ってみると、そこにいたのは青ざめた表情でステータス画面を直視しているアスナの姿だった。

 

 アスナ「…ごめんみんな。私の魔法スキルなくなってる」

 

 ストレア「えっ!?なんでなんで!?」

 

 アスナ「SAOのキャラデータを引き継いでたから魔法スキルが低かったみたい…。私も前衛になっちゃうけど、回復役(ヒーラー)がシウネーだけに…」

 

 SAOには魔法という概念がなく、回復はポーションか結晶(クリスタル)で代用していた為だろう。完全習得(カンスト)していた細剣スキルがあってはいくらアスナが頑張って魔法スキルの熟練度を上げても相当な時間がかかってしまう。

 久方ぶりに前衛復帰を果たしたアスナは嬉しいのか悲しいのかイマイチ分からなくなっていた。

 

 ジャンヌ「心配いりません。私も防御魔法に徹していますのでシウネーさんと2人でみなさんをお守りします」

 

 タクヤ「オレは…(ナックル)スキルがなくなっちまった…。あともうちょいで片手剣スキル越せそうだったのに…はぁ…」

 

 とするならば、今までの陣形を見直す必要がある。ALOでは回復役(ヒーラー)にアスナとシウネー、状況を見てリーファやルクスがサポートしていたが、今回の戦闘ではジャンヌとシウネーのみで他の者のサポートは期待できない。

 前衛にキリトとタクヤ、ルクス、中衛にストレア、ラン、アスナを配置するしかなくなってしまった。

 

 タクヤ「烈火刃も久し振りに使うな。…鈍ってなけりゃいいけど」

 

 ラン「タクヤさんと言えば拳での近接戦闘がメインでしたからね。すこしだけ違和感あるかも」

 

 ストレア「大丈夫だよ〜。何かあったら私が助けてあげるから大船に乗った気でいなよ!」

 

 タクヤ「…」

 

 ストレア「何でそこで黙っちゃうのさ〜!!?」

 

 確かに、ストレアの力量ならタクヤのサポートも難なくこなせそうだが、父親が娘に守ってもらうというタクヤの勝手なプライドが素直にうんと言えなかった。

 今はそんな事気にしていられる状況でないのも事実で、プライドを心の奥底にしまい込んでストレアの機嫌を治す。

 

 ジャンヌ「では、まずは2手に別れて情報を集めましょう。くれぐれも敵に見つかる事のないように注意してください」

 

 タクヤ「よしっ!行くぞ!!」

 

 1時間後にここで待ち合わせ、タクヤ達は2手に別れて情報収集に赴いた。

 

 

 

 

 タクヤside_

 

 タクヤ「と言っても、何を聞けばいいんだ?ユウキはどこに居ますか…って聞ける訳ねぇし」

 

 シウネー「お城の構造とか敵が何人いるか遠回しに聞くのがいいんじゃ?」

 

 ストレア「じゃあ、私が行ってくるよ〜。ねぇねぇ!あのお城ってどうやったら入れ─」

 

 住民に聞かれる寸前でストレアを引き寄せたタクヤだったが、住民はこちらを疑ってしまっていた。

 

「どうかなさいました?」

 

 タクヤ「えぇと…あのお城って凄い煙出してるけど工場か何かですか?」

 

「そんなの決まってるじゃない。この街1番の資源生産工場よ。あなた達そんな事も知らないの?」

 

 ラン「いや…それは知っていたんですが、実際にはどんな物作っているのかなぁって…」

 

「そんなの生活用品やら食料に決まってるじゃない。私達が生きる為に城があるんだから。私、これから夕飯の買い物だから行くわね」

 

 半ば怒りの表情を見せながら住民は再び大通りを進み始めた。それからはジャンヌとランに聞き込みを任せながら大通りを進んでいく。

 噴水広場に出たタクヤ達はそこで集めた情報を整理した。

 

 ラン「どの人も敵については何も得られませんでしたね」

 

 ストレア「と言うよりここの人達は何も知らなそうだよ?」

 

 タクヤ「あぁ。あの城についても物資を生産しているって事しか喋らなかったし、敵が他の仮想世界へ侵略してる事を住民達に伝えてねぇんだろうな」

 

 とすれば、ここで得られる有力な情報は何もないという事になる。城の侵入ルートすら得られなければ正面突破以外の方法がなかった。

 

 ジャンヌ「私達が聞き込んでこの程度なら、キリトさん達の方もあまり期待出来ませんね」

 

 ストレア「じゃあ、もう集合場所に戻らない?そろそろ約束の時間だしさ〜」

 

 タクヤ「仕方ねぇな」

 

 タクヤ達は元来た道へ引き返そうとした時、遠くで何やら揉め事が起きたみたいだ。野次馬が次々とそこへ向かっているのを見て何か情報が得られるかもしれないとタクヤ達もその後をついていった。

 

「だから!本当に見たんだってばっ!!」

 

「そんな事ある訳ねぇだろ!この街以外外には何もねぇんだぞ!」

 

 どうやら揉め事の中心は男性と少女のようで、他の住民によれば何かの口論になってしまったようだ。とりあえず状況が見えてこないのでタクヤは渋々仲裁に割って入った。

 

 タクヤ「ちょ、ちょいちょいストップ!こんな道の真ん中で何揉めてんだ!」

 

「このガキが東の空から機会の塊が飛んできたって言うんだ!アンタも嘘だって分かるだろ?」

 

「嘘じゃないもん!本当に空がピカーって光って城みたいなのが出てきたんだもん!」

 

 タクヤ「それは本当なのか?」

 

「私嘘ついたりしないし、このおじちゃんが全然信じてくれないから…!!」

 

「何をー!?このガキは言わせておけば…!!」

 

 怒りに身を任せ、男性の拳が振り下ろされた。少女は思わず目を瞑るが、寸前でタクヤに阻まれた。

 

 タクヤ「相手はまだ子供だぞ!アンタも大人なんだから少しは落ち着けって」

 

「くっ!あーもういいよ!!こんなガキにかまってられるかっ!!」

 

 強引に腕を振りほどき、男性は人混みを割ってどこかへと消えていってしまった。次第に野次馬もその場を後にし、今にも泣き出しそうな少女を連れて先程の噴水広場へ連れていった。

 

「私…嘘なんかついてないもん…」

 

 ラン「…ねぇ、名前はなんて言うの?」

 

 ミリア「…ミリア」

 

 ラン「ミリアちゃん、私達ミリアちゃんが見たっていうお話をもっと聞きたいんだけどいいかな?」

 

 ミリア「信じてくれるの?」

 

 ラン「だって本当に見たんだよね?私もそのお話気になるな。教えてくれないかな?」

 

 滲み出た涙を拭い、笑顔を取り戻したミリアが楽しそうにその話をラン達に聞かせた。今日の深夜に偶然起きていたミリアは空が青白く光ったのを気にして、外に出て光の正体を確認しに出た。

 すると、厚い雲に覆われた先で微かな機動音を放ちながら上空を進む巨大な機械の塊を目視したようだ。

 それを不思議に思い、家族や友達にもその事を話したが誰も信じようとはせず、先程の男性も嘘と断言して口論になったらしい。

 

 ミリア「みんな全然信じてくれないし…今日もそれで仲間はずれにされちゃって…」

 

 ラン「そうだったんだ…。つらかったね。ありがとう話してくれて」

 

 ミリア「ううん!お姉ちゃん達は信じてくれたからいいの!」

 

 タクヤ「それで、その機械の塊がどこに向かったのか覚えてるか?」

 

 ミリア「えっと…確か、お城の方だったと思うよ」

 

 ミリアが見たのはおそらく敵の飛行船だろう。この世界は現実世界と時間が同期しておらず、半日経っているとするならば時間の流れも違うハズだ。

 プレイヤーがいないのであればそれも不可能ではない事は理解出来る。

 

 ストレア「じゃあ、私達も時間の流れが早くなってるのかな?」

 

 ジャンヌ「おそらくは大丈夫です。今確認してみたら私達がこの世界に降り立ってから時間が同期していました」

 

 タクヤ「ここはアルファテストの為に創られたって言ってたけど、それが関係してるのかもな」

 

 ラン「でも、それがユウキを乗せた飛行船でもどうやって城の中に入れば…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミリア「私、お城の入り方知ってるよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、キリト一行はタクヤ達同様に住民に聞き込みを行っていた。

 

 アスナ「そうですか…。ありがとうございました」

 

 キリト「どうだった?」

 

 アスナ「…ダメ。特にこれといったものは得られなかったよ」

 

 あれから何人も声をかけ、有益な情報を得ようと奮闘してみたがあの城が生活基盤を担っているという事しか分からなかった。

 こちらがそうならタクヤ達も同じような情報しか得られないだろうと半ば諦めかけていると、背後から突然殺気を感じた。

 

「動くな」

 

 キリト「…!!」

 

 ルクス「キリトさん!?」

 

「騒ぐな。こちらとしても荒事は避けたい。人目のない所まで移動してもらおうか」

 

 背中にはローブで姿を隠しているが膨らみを見ても銃口を当てられていると感じ、キリト達は冷静さを保ちつつローブ姿の男性に誘導された。

 人気が失せた路地裏まで移動すると、殺気が消え去り銃口も離される。すぐ様警戒態勢を取る。

 だが、男性は両手を上げて戦う意思がない事を告げた。

 

 キリト「何者だアンタ?」

 

「言っただろう?荒事は避けたいって…。それに、俺はアンタ達の敵じゃない」

 

 アスナ「敵じゃなかったアナタは一体…」

 

「俺は偵察で城下町を見張っていたんだ。そこに()()()()()()()()()ら警戒しない訳にはいかないだろう?」

 

 シウネー「どうして私達がプレイヤーだって分かったんですか?」

 

 この世界にはNPC以外存在せず、ジャンヌのカモフラージュのおかげでプレイヤーと認識される訳がない。その証拠に住人達はこちらに違和感なく接していた。

 それをこのローブ姿の男性は難なく見抜き、この人気のない路地裏まで誘導させた。敵であれば不利と言わざるを得ない状況であったが、どういう訳か武器を構えず、あろう事か両手を上げて戦闘態勢すら崩していた。

 

「アンタ達がプレイヤーと気づいたのはこの計測器のおかげだ。本来はあの城で造られている機械人形(オートマタ)用に持ってきていんだがね」

 

 キリト「それでか…。でも、オレ達をここに連れてきてどうするつもりだ?」

 

「昨晩、あの城に飛行船が着陸しているのを目撃した。またどこかの仮想世界へ侵攻してきたんだろうと考えていたんだが、半日後にプレイヤーが現れたとなればおそらく侵攻された仮想世界の住人であろう事を推察し、アンタ達に協力を仰ごうとここまで来た次第だ」

 

 シウネー「協力って…どういう意味ですか?」

 

「詳しくは我らの上官に説明してもらう。この路地に来たのはアジトへと隠し通路があるからだ。一緒に着いてきてくれ」

 

 そう言うと地面を数回ノックし、隠し通路を開いた。

 男性に先導され、警戒を怠らず地下への階段を下っていく。しばらく進んでいくと地下には似つかわしくない機械仕掛けの扉が現れた。

 

 マックス「マックスです。城下町で協力を仰いだプレイヤーと共に帰還しました。レイブン隊長に謁見したく、こちらの扉を解錠してください」

 

 マイクから了解と告げられると、扉が自動で開かれ、中へと進んでいく。先程の地下階段と打って変わって綺麗に整備された通路はよくゲームやアニメなどで見られる宇宙船のような造りだった。

 やはり、このMS(ミレミアム・サクリファイス)では科学が大幅に進んでいる事を実感しながらマックスと名乗った男性に着いていく。

 

 アスナ「キリト君、この人信用してもいいのかな?」

 

 キリト「それはまだ分からない。でも、一先ず戦う気はないだろうから安心してもいいハズだ。もしかしたら、敵に攻め込むきっかけが得られるかもしれないし」

 

 そんな話をしている内に司令室へと辿り着いたキリト達は重々しい空気漂う室内へと入っていく。

 

 マックス「レイブン隊長!マックス二等兵ただいま帰還しました!」

 

 マックスが敬礼をしているのを見てキリトも思わずしてしまいそうになるが、アスナに止められた。報告を受けたレイブンはゆっくりとコチラに振り返り、険しい表情のまま敬礼を返した。

 

 レイブン「ご苦労だった。君達が報告にあったプレイヤーだね?」

 

 キリト「えぇ」

 

 レイブン「そう警戒しないでくれ。私達は君達と争うつもりはない。我々の敵はあの城の反逆軍なのだから」

 

 反逆軍と聞いてふとジャンヌが話してくれた事を思い出した。以前、MS(ミレミアム・サクリファイス)はこの世界の発展に一丸となって尽力していたが、ある時1部の反抗戦力がその平和を崩した。

 表向きでは平和を彩っているこの世界は裏では他の仮想世界を侵攻している。その事実は住民に開示しておらず、レイブンの言う反逆軍がそれをひた隠しにしていた。

 

 キリト「オレ達は連れ去られた仲間を助け出す為にここまで来たんだ。アンタ達の敵とオレ達の敵が一緒なら協力したい」

 

 レイブン「我々も同意見だ。こちらも戦力が必要でね…今いるだけの戦力では太刀打ち出来ない。ぜひ、君達の力を貸してほしい」

 

 アスナ「あの…敵の司令らしき人が"儀式”がどうこうって言っていたんですけど、何か心当たりはありますか?」

 

 レイブン「"儀式”…?まさか、敵の狙いは…!!」

 

 儀式という単語を聞いた瞬間、急に青ざめ始めたレイブンを見て何か知っていると確信したアスナは詰め寄りレイブンから儀式について聞き出した。

 

 レイブン「この世界が試作段階だというのは理解しているだろうか?」

 

 シウネー「えぇ…。何かの実験の為のアルファテストだって…」

 

 キリト「ちょっと待ってくれ。アンタ達はそれを知っていたのか!?」

 

 キリトが驚いたのも無理はない。あくまでこの仮想世界は試作段階のもの。必要なデータを手に入れればこの世界を創った者達は安全を期してこの世界を消去するだろう。

 その事実をこの世界の住人に知らせる必要などないのだが、その答えはレイブンが語ってくれた。

 

 レイブン「私も初めのうちは信じられなかった。だが、この世界が礎となり、新たなより善き世界が構築されるのなら私達がやってきた事も間違いではないと胸を張れる。ここにいる者達は同じ志を持っている。

 だから、それを踏み躙る反逆軍をこのまま野放しには出来ない」

 

 その瞳は確かな決意に満ちていた。彼らは心からこの世界を…これから生み出されるであろう新たな世界を愛しているのだろう。

 そんな者達でなければ、反逆軍のように他の仮想世界を侵攻し、現実を受け止めなかったハズだ。

 キリト達もそんな彼らの覚悟を受け止め、何も言わなかった。

 

 レイブン「すまない…話が逸れてしまったね。その儀式とはおそらくプレイヤーの肉体をAIである反逆軍が乗っ取るというものだ」

 

 アスナ「なっ…!!?」

 

 キリト「そんな事出来る訳ないだろっ!!?」

 

 人間の肉体にAIが入り込む余地など存在しない。そもそもそれを実現させられるテクノロジーは現段階で確立すらされていないのだ。

 そんな夢物語を信じてユウキを連れ出したのだとタクヤが知ればさらに怒りが立ち込めるハズだ。タクヤ出なくてもそんなバカみたいな話を聞いて気が動転しない者などいない。

 レイブンもそれは物理的に不可能だと断定して言ったが、恐ろしいのはその儀式が失敗した後の事だった。

 

 レイブン「儀式は必ず失敗する。だが、儀式を行う事によってプレイヤーにかかる負担は尋常ではない。下手をすれば命にかかわるものだ」

 

 ルクス「でも、私達はアミュスフィアを付けてダイブしているから、危険域に達する前に強制ログアウトするんじゃないかい?」

 

 アミュスフィアは旧型のナーヴギアとは違い、幾重にもセキュリティが施されている為、プレイヤー自身に死の危険性はないに等しい。

 

 シウネー「そ、そうですよね。流石にユウキの命までは…」

 

 キリト「確かにオレ達プレイヤーは仮想世界で本当に死ぬ訳じゃない。ナーヴギアのように高出力のマイクロウェーブが出る訳じゃないしな」

 

 アスナ「とりあえず安心していいのかな」

 

 キリト「だったらなんでユウキを連れ去ったんだ?見た感じそんな迷信を信じるような奴じゃなかったし…」

 

 レイブン「私もそれ以上は知らない。だが、プレイヤーなのが功を奏したみたいだな」

 

 レイブンの言う通りユウキの命の危険がない事は確認出来たが、まだ全てを振り払ってはいない。まだ救出するまで油断されない中、レイブンが作戦会議を開く為にキリト達と一緒に会議室へと移動する。

 レイブンを筆頭に戦闘訓練を積んでいるであろう者達が会議室に集められた。

 

 レイブン「マックス二等兵、城への侵入ルートは見つかったか?」

 

 マックス「はい。城の後方の森林地帯から迂回し、大人1人分入れるだけの洞穴を見つけました。ただ、裏門にも警備が着いている為奴らの目を欺く必要があります」

 

 レイブン「そうか…。ならば、それらは第3部隊の斥候にまかせる。奴らの注意を引き、その隙に私と第1第2部隊…それに君達で突入しよう」

 

 アスナ「あの、その事なんですけど実は私達以外にも仲間がいてまず彼らと合流したいんですけど…」

 

 レイブン「では、その仲間達との合流を経てこの地点でマックス二等兵を待機させておくからそこで落ち合おう。ただ、反逆軍がまたいつ他の仮想世界へ侵略するか分からん。30分だけ時間を与える。それまで必ず来てくれ」

 

 与えられた時間内でタクヤ達と合流するのは困難を究める。

 だが、そんな事を言っていられる程状況が芳しくないのも事実で、キリト達は了承してマックスの案内の元地上へと駆け上がっていった。

 

 

 

 アスナ「待っててね…ユウキ!!」

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
MSへと突入したタクヤ達と反逆軍に立ち向かう戦士達の戦いに乞うご期待!


では、また次回!


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