アブソリュート・デュオ 《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》※作者就活のため休止 (真実の月)
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第一章 入学、新刃戦
プロローグ


「くぅぅっ!」

 

胸に浮かぶ《星紋(アスター)》と呼ばれる印から発した熱が全身に広がり、俺の体が《焔》に包まれ、想像を絶する痛みが俺を襲い、俺の体が内側から燃えているような錯覚を覚える。

この光景を写真か絵にして何も知らない人に見せれば「人が燃えている姿とそれを傍観する人を写した光景」と答えるだろう。だがそうではない。人を超える力《黎明の星紋(ルキフル)》を体内へ取り込み《超えし者(イクシード)》へと昇華するための儀式だ。そして、この焔もただの「焔」ではない。

この焔は俺自身の《魂》そのものなのだ。

焔はさらに勢いを強めるが、俺は痛みをこらえてその焔を掴む。

 

「《焔牙(ブレイズ)》……!」

 

少し弱々しいが、俺の《力ある言葉》に反応した焔が強烈な光を発し……

 

「なっ!?」

俺の驚く声と同時に消えた

そして一気に静まり返り、沈黙が俺がいる部屋を包み込む

 

「もう一度、武器の形を頭に浮かべながら《力ある言葉》を発してみなさい。」

 

その沈黙を破ったのは漆黒の衣装を着た少女だ

痛みをこらえて疲れ切った俺は、その指示にこくんと頷いてもう一度《力ある言葉》を発する

 

「《焔牙(ブレイズ)》!」

 

思い浮かべた武器は一番想像しやすかった刀。

再び焔が現れ、俺の右手を包み込み、そして焔が刀の形に変化した

 

「別の形を想像してみなさい。」

 

指示に従って、次は槍を思い浮かべた

すると刀の形をとっていた焔牙(ブレイズ)は形を変え、戦国時代の足軽が使っていたような槍へと変化した

 

「楯に続けて焔牙(ブレイズ)の《形状変化(フォルムチェンジ)》、今年だけで二人目の《異能(イレギュラー)》ですわね。」

 

俺が不思議そうな顔をする。それを見た少女は俺に俺が《異能(イレギュラー)》である理由を説明してくれた

それによると、《焔牙(ブレイズ)》というのは魂を具現化した武器。これが基本に来るが、この時点で一人目のイレギュラーとやらは防具である楯を具現化しているという点で《異能(イレギュラー)》だという。

俺の場合、武器の形をしているという点では《異能(イレギュラー)》ではないが、問題は「その形状を思い通りに変化できる」という点だ。かなり先の話だが、ある条件の下で武器の形をある程度変化させられる場合があるらしい。しかし、俺は無条件で焔牙(ブレイズ)の形を変えられる。このような報告は未だに出ておらず、目の前の少女曰く俺が初めてらしい。

 

「さて、その《形なき焔牙(ブレイズ)》が貴方をどのように導き、どのような形を作るのか、観察させてもらいますわ」

 

少女はくすくすと笑いながら部屋の外の闇の中へと消えていき、その後には先ほどのような静寂と俺が残された。

そして俺は一つの紙を取り出す。

 

「お前の記憶を見つけたくば昊陵学園に来い」

 

犯罪予告の紙の様に、様々な雑誌から切り抜かれた文字でそう記されている。そしてその下には、俺の名前……「荒巻風麗」と記されている

そう、俺にはある出来事までの記憶がない。失われた記憶を探すため、ここにやってきた。俺自身を表すなら《旅人(トラベラー)》と言ったところだ

 

「これで……俺の記憶が見つかるのか?」

 

不安を感じながら、俺は光の方へ進んでいった

 



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資格の儀

黎明の星紋(ルキフル)》を体内へ取り込み、晴れて《超えし者(イクシード)》へと昇華した俺は、桜並木の下を進み、入学式場である講堂へ向かっていた。

 

「はたから見ればちょっと特殊な立地の学園……といったところか」

 

パンフレットに書かれていた周辺地図を思い出す。ぱっと見では、最近できた人工島を丸々使って作られた学校のように見えたことを覚えているが、実際は想像していたような勉強尽くしの学校ではなく、《焔牙(ブレイズ)》を使った戦闘技術を教える学校だと知ったときは驚いたことも覚えている。

 

ふと立ち止まり、天高くそびえるといっても過言ではない高さの時計台を眺める。短い針は1を、長針は3を指しているのが見えた。

 

「そろそろ時間か……」

 

事前に渡された日程表によると、1時半から入学式開始となっている。

深呼吸をして、俺は再び講堂に向けて歩き出した。

 

 

俺が講堂についたのは全体で一番最後だったようだ。左右6列ずつ高級そうな椅子が並ぶ中、俺は一つだけ空いていた全く知らない男子生徒の左、入り口から見て左側最前列の一番壁側の席に座ると、すぐにマイクテストの音が講堂のざわめきの中に響き渡り、続けてまもなく入学式を始めるという旨のアナウンスと、司会の教師の自己紹介がされた。

司会なんかには興味ない俺は、講堂に入ったときに渡された進行表を見る。日程表に比べてスカスカの内容に違和感を覚えながらもう一度前を向くと、ちょうど理事長が式辞を述べるために登壇したところだった

 

「驚いているみたいね……」

 

後ろのほうからこそこそと話す声が聞こえてきた。

どうやら、俺に《黎明の星紋(ルキフル)》を投与したあの少女が理事長だったことに驚いているようだ。というかあ俺も驚いている。

というのも、俺はパンフレットを見たとはいってもそれは立地と入学条件と寮についてと学費についてだけで他は全く調べていなかったのだ。

 

『そこの君、私語を慎むように』

 

と、司会の教師が後ろの席の奴らに注意したのを聞いて、俺は再び式辞に意識を向ける。それと同時に、理事長は気になる言葉を発した

 

『願わくば、汝がいつか《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》へと至らんことを』

 

その言葉の意味を考えようとした直後、理事長の口からは続けて俺が感じていた違和感を確信させる発言が飛び出た

 

『これより、我が校の伝統行事《資格の儀》を執り行います。隣の席の方をパートナーとし、それぞれのパートナーと決闘をしていただきますわ』

 

同時に会場のそこかしこから驚きの声が上がる。何かあるかと思っていたが、まさか決闘とは思っていなかった。

しかし理事長はその声を無視して淡々とルールを説明していく。

 

『負けた者、もしくは納得ができずに講堂から出たものは、《黎明の星紋(ルキフル)》を除去してこの学園から去ってもらいます。そして、あなたたちが心置きなく戦えるよう、《焔牙(ブレイズ)》について一つ補足をさせて頂きますわ。、《焔牙(ブレイズ)》とは魂の具現化、ゆえに傷つけられるのも魂のみという性質を持っています。ゆえに、肉体を傷つけることのない特殊な武器なのですわ。』

 

理事長が言い終わると同時に俺の後ろからペアの交代を願う声が出たが、すぐに却下された。

俺は隣の生徒をちらりと見る。すでに覚悟を決めているようだ。

 

「おい。」

 

声をかけると、男子生徒はびくっと肩を震わせ、俺のほうを向いた

 

「戦う覚悟はできてるのか?」

 

「……できてるよ」

 

「なら、席を立ってお前の椅子から右に3歩進んでくれ。俺も同じ分左に離れる」

 

無言で頷き、俺の言ったとおり動くのを見て俺もたって左方向に3歩間合いを取る。

 

「すでに覚悟ができている者もいるようですわね。さあ、闘いなさい!」

 

「「《焔牙(ブレイズ)》!!」」

 

理事長の言葉を皮切りに、俺と男子生徒の手に《焔牙(ブレイズ)》が具現化する。俺のは死神が持っているイメージが強い《大鎌(サイズ)》男子生徒のは両手サイズの《(スピア)》だ

そして、俺たちが《焔牙(ブレイズ)》を出したと同時に、会場中に叫び声が響く。これが合図となり、入学式場が決闘場へと変化した瞬間だった

 

「うぉおおおお!!」

 

こちらの闘いは俺が《大鎌(サイズ)》を構えて飛びかかったことで幕を開けた

勢いよく振り下ろされた《大鎌(サイズ)》は男子生徒がとっさに構えた《(スピア)》で防がれたが、衝撃は周りの椅子を軽く吹き飛ばしてしまった。

 

「これじゃあ、人を超えたってレベルじゃない……なっ!!」

 

続けて右から左に《大鎌(サイズ)》を薙ぎ払うが、男子生徒は飛びのいて避け最初のの間合いへと戻り

 

「はぁああ!」

 

直後、槍を構えて男子生徒が攻撃を仕掛ける。

 

「くっ!」

 

槍を主な攻撃方法である突きではなく、棒のように振り回す打撃武器として使う戦法に、《大鎌(サイズ)》では分が悪いと判断した俺はすぐに距離をとって《大鎌(サイズ)》を《(メイス)》に変化させ

 

「でぇえええ!」

 

相手が振り下ろしてきた《(スピア)》の刃に真下から振り上げるように当てた

勢い良くぶつかり合った魂は、数秒の拮抗の後、《(スピア)》が相手の手元から折れるという形で俺の魂が打ち勝ち、同時に俺の勝利を決定づけた。

 

「おめでとうございます、ですわ」

 

闘いを終えた俺に聞こえてきた言葉は、いまだ続く闘いの中に消えていった



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ホームルーム

無事《資格の儀》を通り抜けることができた俺は、一人ゆっくりと教室に向かって歩いていた。

 

「体は疲れてないのにこの倦怠感はなんだ……」

 

理事長が説明した通り、体の傷は全くと言っていいほどない。体力も《超えし者(イクシード)》へと昇華したおかげかまだ余裕なのだが、精神的にかなり疲れた気がする。正直、早く寝たい。

 

「ここか……?」

 

事前に指示されていた教室の前にたどり着いた。中からはすでにたくさんの人が入っているのか、ざわめく声が聞こえる。

俺はできるだけ目立たないように中に入ると廊下側一番後ろの空いている席に座った。

 

「はぁ、寝よ……」

 

荷物を横に置いて机に寝そべろうとした瞬間、ダン!という音とともに窓から黒い人影が飛び込み、教壇の上に立って自己紹介を始めた。

それもなぜかメイド服にうさ耳とかいうどこかのメイドカフェにいそうな服装。そして見た感じは俺たちと同年代かそこら。名前は月見璃兎というらしい。

 

「あれれぇ?もしかして私に見惚れているのかなぁ?」

 

「見惚れてないしむしろ引いてます。ていうか本当に教師ですか?」

 

唖然としていたクラスメートが一斉に俺のほうを向いた。

 

「なんだ?何か言っちゃいけないことでも言ったか?」

 

「「「いったも何も先生泣き崩れてるよ!」」」

 

息の合ったツッコミに従って前を向くと、膝をついてショックを受けている先生が。少し言い過ぎたか。

 

「すみません、言いすぎました」

 

「わかってくれたらよし!」

 

「で、なんで見惚れてると思ったんですか?」

 

「みんながじっと見つめてたから!」

 

「は、はぁ」

 

この人が担任で大丈夫なのか、とクラス全員が思っただろうなと考えながら、俺はもう一度机に寝そべろうとすると

 

「じゃあ今度は君たちの番!君からどうぞ!」

 

「ふぇ!?」

 

思わず変な声が出てしまい、クラス中で失笑が起こった。

あの教師、俺が寝ようとしてたのを見越して最初に選んだな

 

「はいはい、荒巻風麗です。いじょ……」

 

「ああ!キミが噂の『二人の《異能(イレギュラー)》』の片割れだね!結構職員室で噂になってたよー!」

 

十分教室中に聞こえる以上の声量で、生徒たちにとっては意味不明な単語を言ったためにクラス中の注目が再び俺に集まる。

その注目を別のほうに向けようと思った俺は、そのもう一人について聞いてみようとしたが

 

「片割れってことはもう一人いるんですよね」

 

と、俺の言葉を代弁するような発言がどこかから出た。

 

「うんうん!そのもう一人は……あそこの超目立つ銀髪ちゃんの隣の地味~な男子だよ~!」

 

同時に俺に集まっていた注目が先生が指さした男子に集まる

ごめんよ、まったく知らない人。ありがとう、まったく知らない人……と、心の中で言い、俺は眠りについた。

 

 

見えてきたのは炎に包まれる建物と無数の死体。その少し手前には研究者のような人影と焔をまとった剣を持った人影がある

 

『○○が!くそ、早く逃げろ!』

 

研究者たちが叫び。その後を剣を持つ人影が追う。初めて見る光景のはずなのに、その光景をどこかで見たことがあるような気がする。

それは何処だ?……だめだ、思い出せない

 

『ぎゃぁああああ!』

 

無言で振りぬかれた剣は、二人の研究者を同時に火だるまにしてしまう。

 

「やめろ……」

 

無意識につぶやいていた。

 

『何を?』

 

夢の中のはずなのに、人影は応えた。

振り向いた人影は顔がなかった。しかし、怪しく光る眼は俺の体を凍り付くような錯覚を感じさせるほどに冷たい。

 

「なんで罪のない人を!」

 

『お前が望んだことだろう?』

 

即答。望みとはなんだ?一体何のことだ?

 

『お前の望みは俺の望み。俺の望みはお前の望み。だから俺は《壊す》』

 

「どういうことだよ!」

 

『お前の《焔牙(ブレイズ)》に聞け』

 

そう言い残して、人影は俺から遠ざかっていく。

 

 

 

「まて!!!」

 

「うわ!?」

 

「……あ、ゆ、夢?」

 

 

目の前に広がっていたのは、夕日が差し込む教室だった。俺の目の前には、目立っていた(と思われる)二人の生徒が残っていた。どうやら残ってくれていたらしい

 

「結構うなされていたようだけど大丈夫か?」

 

「あ、ああ。大丈夫だ。少し嫌な夢を見ただけだよ」

 

「トール、もうそろそろこの棟が施錠される時間です。この方を連れて寮へ戻りましょう。」

 

「ああ、そうだな」

 

「あ、もうそんな時間なのか?」

 

「そうだ、お前が寝てた間にいろいろ説明があったんだ。移動しながら説明するよ。」

 

二人が教室を出るのに続いて俺も教室を出てその後を追う。

 

「とりあえず自己紹介からしよう。俺は九重透流。九重でも透流でも好きなほうで呼んでくれ」

 

「ユリエ=シグトゥーナです」

 

「なら改めて自己紹介を。荒巻風麗、風麗と呼んでくれ。」

 

「フレイ……北欧に伝わる神話の豊穣の神の名前ですね」

 

「北欧神話か?確か有名なのはオーディンとかロキとかだったかな」

 

「ヤー。フレイは神話の神々の中で最も美しいとされていますので、私の国では美しく育ってほしいという願いを込めて子供の名前に付けられることがあります。」

 

「へー、なら出身はヨーロッパ?」

 

「北欧にあるギムレーという国です」

 

「へー、いつか行ってみようかな」

 

「もういいか?」

 

話の切れ目を見て透流が割って入ってきた。そういえば何が説明されたのか聞くのを忘れていたな。

 

「すまん。で、どんな説明があったんだ?」

 

「まず《焔牙(ブレイズ)》についての注意事項。許可なく《焔牙(ブレイズ)》を出してはいけないだとさ。」

 

「他には?」

 

「《絆双刃(デュオ)》っていうパートナー制度に関して。さっき隣の席に座っていた人が仮の《絆双刃(デュオ)》になって、週末までに正式な《絆双刃(デュオ)》にする人を決めろってさ。そんでもって、《絆双刃(デュオ)》になった人は有無を言わず相部屋だと」

 

「へー、じゃあお前はユリエさんとか」

 

「そうだよ。まさかの学校でたった一組の異性ペアだ。おかげでいらない釘まで刺されたよ。で、お前に関しては入学者が奇数になったせいで仮の《絆双刃(デュオ)》は無し、もし最終決定であぶれたら転入生が来るまでソロだってさ」

 

さすがにそれは厳しいな

あぶれでもしたら授業とかで支障が出そうだ

 

「仕方ないな。あぶれないようによさそうな人を見繕っておこう」

 

「じゃあ、早く寮に戻って夕食にしようか」

 

「そうですね、トール」

 

「俺も賛成だ」

 

そうして俺たち三人は食堂に向かい、それなりの夕食を食べて部屋に戻った

二人部屋を前提に設計されている部屋は一人にはとても広く、寂しいものだったが、近いうちだれかが入るだろうと言い聞かせて、風呂に入ってからベッドに横になってそのまま寝ることにした



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《形なき焔牙》

翌日、朝

 

「ふぁーあ。あれだけ寝たら嫌でもこんな時間に起ちゃうか……」

 

日が昇る前に目が覚めた俺は、寮ですることもないので記憶のヒントを探すために寮の外を散歩している。人口島の中心にある建物と一体化している巨大な時計台は午前5時前を示しているのでもう少し待てば日は昇るだろう。

 

「まだ五時前か……どこか暇をつぶせる所ってあるかな……」

 

「おはよう!」

 

横のグラウンドから挨拶が聞こえてきた。

だれかはわからないが、とりあえず挨拶を返し少し近づく。よく見ると、挨拶をしてきた人以外にも、トラックを走る人影も見えた。

 

「ん?君は……ああ、自己紹介の時からずっと寝ていた」

 

「荒巻風麗だ」

 

「私は橘巴だ。君もトレーニングか?」

 

「いや、早く起きすぎたからちょっと散歩をな」

 

「そうか。なら私たちと一緒に朝練でもしないか?」

 

「私たち?あそこで走っているあいつも一緒なのか?」

 

「そうだ」

 

俺と橘の視線は走っている人影へ向かう。女性らしきその人影は、やっとコーナーを抜けてこちらに向かってくるところだった。

この学校にいるからには《超えし者(イクシード)》なのだろうが、それにしては足が遅い。そしてすでにへばっているようにも見える

 

「あいつは?」

 

「穂高みやび。私の仮の《絆双刃(デュオ)》だ」

 

「穂高さん……もしかすると知ってるかも」

 

「実家が近所なのか?」

 

「まあ、そんなとこ。申し訳ないけど今日のところは断るよ。また後、食堂か教室で」

 

「ああ。また後で」

 

俺は橘と別れ、また散歩を始めた。

結果だけ言うと一時間近く歩いて、記憶の手掛かりになりそうなものはなかったし、あの後誰かと会うこともなかった。

もう一度時計台を見ると、ちょうど食堂が開く時間になっていた

 

 

 

食堂にはまだ一人も生徒はいなかった。

時間は午前6時。ほとんどの生徒が起き始める時間でもあり、朝練をしていた生徒が一度部屋に戻って着替えるような時間だ。そのため、ビュッフェ形式の食堂の大皿の上にはまだ盛り付けられたばかりの野菜や肉が乗っている。

俺はとりあえず肉を数切れと野菜をいくつかとってサラダっぽく盛り付けて、一人カウンター席に着いた。

 

「あら、お早いですわね」

 

さあ食べようと思った時、後ろから理事長の九十九朔夜に声をかけられた。

おはようございます。と返すと、理事長は俺の隣に座ってきた。

 

「朝はここで済ませているんですか?」

 

「いえ。普段は私の部屋で済ませていますわ。しかしずっとそれでは飽きてきますから、時々学食に来ているのですわ。それよりも昨日、入学式の後ずっと寝ていたそうですわね」

 

「ええ、体は疲れてなかったのですが、どうにも眠たくて。睡魔の誘惑に負けて寝てしまいました」

 

「いけませんわね。ちゃんと聞いておかないと、あとで困ることになりますわ」

 

「はい、以後気を付けます……」

 

すでに困りかけている俺は食べながら頭をがくんと下げた

 

「まあ、次から気をつけなさいな」

 

「わかりました」

 

それからしばしの間、お互い無言で朝食を食べ進めていると、不意に理事長が口を開いた

 

「人には必ず『過去』があります。《焔牙(ブレイズ)》は、その『過去』の出来事の積み重ねによってその形が決まると報告されていますわ。たとえその人の過去の記憶が無くとも、ですわ」

 

「だから俺の《焔牙(ブレイズ)》は《異能(イレギュラー)》だと?」

 

「その通りですわ。そして、貴方は魂の形、《焔牙(ブレイズ)》の形を脳で補っている。出した後、ずっと同じ形を維持するだけならば負荷はあまりありませんが、そこから再び形を変えれば、脳や魂への負荷は相当なもの。それに戦闘が加われば疲労するのも仕方ありませんわ。」

 

「はぁ。」

 

「しかし、形がないということはすなわち空白。闘う者、護る者、支える者……空白に入るものならば何者にもなることが出来るということとも言えますわ。」

 

一息おいて、理事長は話を続ける

 

「今回、理事長権限で特別に貴方だけ《絆双刃(デュオ)》申請の締め切りを2か月伸ばしますわ。」

 

「特別に?」

 

「その理由は近いうちにわかることでしょう。早ければ、ゴールデンウィーク明けにも明らかになりますわ」

 

そのまま席を立って、理事長は食堂を出て行った。

また一人になった俺は、食事を済ませて部屋に戻った



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体力強化訓練

「何をしているんですか……璃兎先生」

 

一旦寮に戻ったは良いものの、結局暇で退屈だった俺は、仕方なくホームルームの30分前に一人で教室に来た俺は、なぜか天井裏に隠れようとしていた先生を見てしまった。朝からご苦労なことだ

 

「お、おっはよぉー《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》くん!一人だけはやいねぇー!やっぱり昨日オリエンテーション中に寝てたからかな?あ!もしかして一番最初に先生に会いたかったのかな?」

 

顔を覗き込むように見つめて来たかと思ったら一人で興奮してそれこそ兎のように教室中を跳ね回る。

 

「違います先生、ちょっと聞きたいことが」

 

「あ、まさか私に彼氏がいるかとか?まだいないよー!」

 

「昨日の《絆双刃(デュオ)》についての説明のことです」

 

「あ、《異能(イレギュラー)》くんに聞いたんだね。それでそれで?何が聞きたいのかなぁ?」

 

「《絆双刃(デュオ)》が見つからずにあぶれてしまった場合についてです」

 

「ああ!話すの忘れてた~!」

 

膝からがくんと崩れ落ちかけた

担任が本当にこんな教師でいいのか再度不安を感じる。できることなら変えてほしい。入学式の時の司会のあの先生とかに今からでも変えてほしい

 

「えーっとね、あぶれた時も基本的なことは変わらないんだけど、《絆双刃(デュオ)》でする授業とかは先生が一時的に《絆双刃(デュオ)》を組んですることになってるよ。後、行事とかも同じく教師が仮のペアを作ってくれるけど、《昇華の儀》の資格は一部の行事を除いて得られないんだ。でも申請すれば《絆双刃(デュオ)》がいなくても一人で挑むことができるし、今度ある《新刃戦》だったら『敵《絆双刃(デュオ)》を二組撃破』か『最後の3組の中にに生き残る』のどちらかを達成できればそのあと負けても《昇華の儀》の資格を得られるんだよ!」

 

「わかりました」

 

「そういえば!みんなには秘密だけど、《新刃戦》の後に外国から一人転入生が来るみたいだから、一人で挑めるのは《新刃戦》だけになると思うよ」

 

「転入生?」

 

「そ・れ・も!君たちと同じでちょっと特殊な《焔牙(ブレイズ)》を持つ子みたいだよ!楽しみにね!」

 

言い終わるが否や、一瞬で先生の姿が掻き消えた。

周囲を見渡しても誰もいない。どこに隠れたのかと思いつつ、俺は昨日座った席に着いた

 

 

 

 

そして数時間が経ち、午後。

初めての体力強化訓練があるということで、俺たちは体操服に着替えて校門前に集合していた。

授業開始初日から体力強化とはさすがは戦闘技術訓練校といったところだが、身体能力まで超化された俺たちは何をさせられるのかと俺を含むほとんどの生徒が戦々恐々としている。

 

「みんな遅れずに来たようだねー!今日からしばらく体力強化ってことでー、マラソンをするよー!」

 

先生の宣言で九割近くの生徒が嫌な顔をする。俺は逆に安堵の表情、いきなり海で遠泳をさせられるかと思っていたが、マラソンなら得意分野だからまだいいほうだ

 

「学校はまだ始まったばっかりだし、軽めにいこっか。てことで、学園の周りを10周ねー!あ、一週目はコースを覚える意味を込めて先生が先導するよぉ!」

 

訂正。全くよくない

学園の外周は1周約4kmだから10周だと40km。もはやフルマラソンだ

 

「さすがに長すぎるだろ」

 

「はいはいつべこべ言わずゴーゴー!」

 

有無を言わさず、先生が先導してマラソンは始まったのだが……

 

 

 

2周目に入る直前に悪夢は訪れた

 

「がんばれがんばれぇ!先生を除いたら今は君たちがトップだぞー!」

 

2周目の終盤。透流と並んで走っていると、もう4周目に入ろうというペースで先生が俺たちに並んでそう言った

 

「よーし、1位になったほうには先生がジュースをおごってあげる!でもぉ、今から先生に2回抜かれたらご褒美無しで逆にお仕置きしちゃうよぉ!」

 

「「は?」」

 

「それじゃあよーいスタート!」

 

問答無用と言わんばかりに勝手に競争がはじめられた。もちろん、何されるかわからないお仕置きだけは避けたい俺たちは……

 

「「ジュースは俺がもらう!」」

 

息がピッタリ合った宣戦布告と同時に残りを全力で走って……

 

「はぁ、はぁ、か、勝ったぞ」

 

「くそう、あと、少し」

 

結果、コンマ数秒差で俺の勝ち。ただしお互い残り体力はゼロ。

箱○駅伝の山以外を詰め込んだようなコースのフルマラソンを本気で走り続けても倒れずに済んでいる分、体力もかなり超化したんだと感じるが、全力ダッシュのフルマラソンはもう勘弁だ。

 

「ほらほらぁ、座り込むより歩いたほうが乳酸の分解も早くなるんだよ~!さあスタンドアップスタンドアップ!」

 

という先生はあれだけ走ったはずなのにあとフルマラソン十回くらいできそうなほどの余裕さで座り込んでいる俺たちを立たせようとしてくる。

 

「さ、さすがは卒業生……」

 

「《位階(レベル)》が上とは聞いていたがこれほど違うとはな……」

 

「あ、《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》くんはご褒美あげるから後で先生のとこに来てね!」

 

「は、はい」

 

「じゃ、歩いた歩いた!」

 

強制的に立たされ、グラウンドを歩かされる。

正直言ってもう動きたくない。部屋で横になりたい

 

「結構戻って来はじめたな」

 

「そうだな。そういえばさ、風麗。お前も《異能(イレギュラー)》だったよな?」

 

「そうだが?」

 

「俺は《焔牙(ブレイズ)》が《(シールド)》の形をしているんだけど、お前はどんな形なんだ?」

 

少し説明しづらい質問が来たな、と心の中で言い、不確定なところは切り捨ててとりあえず確定している分だけ俺は説明することにした

 

「俺の《焔牙(ブレイズ)》は形そのものがないんだ。その形を脳で補って初めて形ができるし、出した状態で形を変えることもできる。ただ、その分魂と脳の負担が大きいけどな」

 

「言い換えればどんな状況でも対応できるってことか」

 

「俺の体が持てば、ね」

 

ふとゴールの方を見ると、ちょうどユリエさんが戻ってきたところだった。

 

「ほら透流。お前の《絆双刃(デュオ)》カッコカリが戻ってきたぞ。行ってやれよ」

 

「その言い方だと俺とユリエが某艦隊収集ゲームみたいに深い絆を結んでいるように聞こえるんだけど?」

 

「そんな意味じゃないからな」

 

盛大に勘違いした透流は気まずそうな顔でユリエさんのもとに向かっていった。

その後は先生が突然放課後宣言をして授業が終わり、その直後にアク○リアスをおごってもらったり、その数十分後に穂高さんが戻ってきて倒れた以外は特に何が起こることもなかった



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《無形》

今日の一時間目は《絆双刃(デュオ)》探しから始まった。

最初に渡されたのは新入生のリスト。名前と顔写真は当然ながら、スポーツや武術などの経験の有無、具現化する《焔牙(ブレイズ)》について書かれている

 

「この中から選べ、と。その前に、自分のも確認するか」

 

リストの中から自分のデータを探す。苗字が『荒巻』ということもあって、すぐに見つかった。情報は入学式の時に出した書類の通りだったが、《焔牙(ブレイズ)》の欄にはたった二文字《無形》と書かれていた。

 

「ちょっといいか?」

 

振り向くと、よく透流と話している眼鏡の男子がいた。確か結構上から目線で……それでいて素直じゃない奴(透流談)だったか

 

「貴様のリストの《焔牙(ブレイズ)》の欄について聞きたい。《無形》とはどういうことだ?」

 

「文字通りさ。俺の《焔牙(ブレイズ)》には形がないんだ。まあ、見てもらったほうが早いか。先生!」

 

「何?もう決まったとか?それなら先生じゃなくて事務に出してねぇ!」

 

「そうじゃなくて、《焔牙(ブレイズ)》の展開許可がほしいんですが」

 

「いいよいいよ!特に君の場合は実際に出したほうが分かりやすいだろうし、理事長にもそう言いつけられてるし!」

 

「ありがとうございます。じゃあ見ててくれ。《焔牙(ブレイズ)》!」

 

何も考えず、《焔牙(ブレイズ)》を出すことだけを考えて《力ある言葉》を宣言する。

入学式の時のように焔が俺の体を包み、形を作ることなく焔は霧散。クラス中から驚きの声が上がった

 

「こういうことだ。ただ、形を脳で補ってしまえば構造が複雑でない限りは生み出すことが出来る。こんな風にな。《焔牙(ブレイズ)》!」

 

もう一度、今度は方天戟(ほうてんげき)を想像しながら《力ある言葉》を宣言する。

先ほどは霧散した焔は、だんだんと形を作っていき、そして最後は想像した通りの形となって俺の手に《焔牙(ブレイズ)》独特の重さを生みだした

 

「それは……方天戟(ほうてんげき)か」

 

「ここから形を変えることもできる。ただ、あまりにも魂と脳への負担が大きすぎてあまり使えないけどな」

 

「ふ、そうか。要件はそれだけだ」

 

「そういえば名前は?」

 

「虎崎葵。トラで良い」

 

「トラだな。俺は」

 

「荒巻風麗、だろう。自己紹介中ずっと寝ていたのに加えて透流と同じ《異能(イレギュラー)》。そんなインパクトがあれば嫌でも覚える」

 

「で、話はそれだけか?」

 

「それだけだ、邪魔をしたな。……後、周りを見てみろ」

 

「え?」

 

とぼけた返事をして、言われたとおりに周りを見る。直後、ほとんどの生徒が俺の周りに集まってきたかと思えば、四方八方から質問の嵐が巻き起こった

 

「ちょっ!離れろって!助けてくれぇえええ!」

 

「透流、助けてやったらどうだ?」

 

「なんで俺!?」

 

俺がもみくちゃにされる中での目の前で見事な押し付け。なぜか無駄に感心してしまったが、次の瞬間には押し付け合いが始まって、俺は先生に「助けて」とアイコンタクトで伝えようとした

 

「はいはーい!一人にばっかりいかないでぇ、ちゃーんと《絆双刃(デュオ)》探しをしようねぇ~!あ、先生は《絆双刃(デュオ)》になれないからぁ、そこのところ、よろしくねぇ!」

 

気づいてくれたのか、先生から注意が飛ぶ。集まっていた生徒たちはしぶしぶといった表情で散っていき、自分の席へ戻っていった

 

「じゃあこの時間はこれで終わるよ!《絆双刃(デュオ)》申請は今週末までに事務に出してねぇ!以上!きりーつれーいちゃくせーき!次の授業に遅れないようにねぇ!」

 

そしてそのまま、これでいいのかと思うほどに先生はさらっと授業を終わらせて教室を出ていってしまった。

 

「大丈夫だったか?」

 

「大丈夫じゃない」

 

この後は特に何事もなく1日は終わった。



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無手模擬戦

今日から新たに始まる授業、《無手模擬戦(フィストプラクティス)》。内容は簡単に言えば自由組手だ。

 

「ていうかなんで入学直後といってもいいこの時期からやるんだ?武道経験者もいるとはいえほとんどは初心者も初心者だから危ないんじゃないか?」

 

「技術は教わるだけじゃ身につかないからだとさ」

 

「はは、ごもっともだな」

 

こんな会話を透流としながら、ある一組の組手を眺める。

片や息もつかせぬ連撃を放つ女子生徒、片やヒットアンドアウェイを凄まじい速さで行う女子生徒の姿が。周りからは驚きと感嘆の声が上がっている。

 

「ユリエの動きもすごいけど橘も負けてはないな……」

 

「武道経験者だったな。たしか橘流って言ったか」

 

「なんだそれ」

 

「俺も知らないよ」

 

「古武術を主体に様々な武芸に通じている有名な流派だ。風麗はともかく、透流お前はあの書類を見る時間は十分にあっただろうが。しっかり目を通していなかったのか?」

 

「俺はトラと組むつもりだしさ」

 

「貴様は馬鹿か。もし組めなかったらどうするつもりだ?」

 

隣でトラの説教が始まり、その声をBGMに、目の前で繰り広げられる組手を眺める。

どちらとも一歩も譲らない接戦。橘の洗練された動きから繰り出される一撃はユリエが素早く避け、逆にユリエが放つ鋭い一撃は橘が受け流し、または避けて対応する。まさに一進一退の攻防、もしあの二人が《絆双刃(デュオ)》を組んだら1年生最強《絆双刃(デュオ)》になるだろう

 

「はいはーい!そこまでー!3分休憩したら相手を変えてもう一回やるよー!」

 

組手終了のホイッスルが鳴り、先生の宣言と同時に組手をしていたすべてのペアが別れ、武道場の隅へと歩いて行く

 

「さてと、ちょっと橘さんに《無手模擬戦(フィストプラクティス)》挑んで来る」

 

「おう、速攻で終わらないように頑張れよ」

 

「お前もな」

 

透流たちと別れ、俺は橘を探す。俺のいたところのちょうど反対側で誰かと話しているところだった。

 

「橘さん、ちょっといいか?」

 

「ああ、荒巻か。《無手模擬戦(フィストプラクティス)》の挑戦か?」

 

「ご名答。相手を頼めるか?」

 

「受けて立とう」

 

「あ、あの!」

 

橘の後ろから見覚えのある顔を覗かせる女子生徒。よくよく見ると知っている顔だ。

 

「ん?あれ、穂高さん?」

 

「よ、よかったぁ……覚えていてくれたんだ」

 

「やっぱり知り合いだったのか」

 

「知り合いも何も同じ中学なんだ。まさか同じ中学出身の同級生がいるなんて……」

 

「はいはーい!じゃあ続きを始めるよー!」

 

空気を読まない先生の超ハイテンションな声が騒がしい武道場の中でひときわ大きく響く。

 

「もう3分かよ。じゃ、また後でな。よろしく頼むぞ、橘さん」

 

「手加減などしないからな」

 

俺と橘は立ち上がり、畳の上にあがる。周囲を見渡すと、透流がユリエさんと組んでいるのが見えた。

 

「始まる前からよそ見か?」

 

「いやいや、透流の奴が誰とやるのかが気になっただけだよ」

 

「それじゃあスタートっ!」

 

開始と同時に俺は一歩踏み込みボディブローを放つ。もちろん寸止めだが、橘がバックステップで避けて間合いを取り直したのを目で確認した。

 

「鋭い正拳突きだな!」

 

「お褒めの言葉をどうも!」

 

「次は私の番といこう!はぁっ!」

 

俺がやったことをそのままやり返してくる橘。俺が放った一撃よりも早く鋭い一撃を俺は橘と同じようにバックステップで避けて距離をとった。

 

「レベルアップさせての意趣返しってか。さすがは武術経験者だな!」

 

「君こそ、今のをいともたやすく避けるとはな!ここからは本気を出させてもらうぞ!」

 

「上等!」

 

そこからは話す暇もない双方全力の格闘戦となり、結果的にお互い決定打を打ち込めずに組手終了を示すホイッスルが鳴った。

 

「あれだけ打ち込んでまさか一撃も入れられんとは……」

 

「はぁ、はぁ。ありがとう。また手合わせしてくれ」

 

「望むところだ」

 

橘の返事を聞いて俺はその場に寝転ぶ。

身体中の筋肉が悲鳴を上げ、それが痛みとなって脳に伝わる。体力が超化されているとはいえ、ここまですればさすがに体力的に辛い。これは明日からトレーニングだなと心に決めて立ち上がり、武道場の隅に向かった。

 

「お疲れ」

 

「おう。すさまじい組手だったな。俺とユリエを含めてみんな組手を止めてお前たちの方を見てたぜ」

 

「おかげでクタクタだ。それで?お前の方は?」

 

「決定打は避けたけど終始圧倒されたよ」

 

「はいはーい!おしゃべりは~そこまでっ!これで今日の授業を終わるよー!きりーつれーいちゃくせーっき!ちゃんと体をほぐしておかないとぉ~、明日すっごくきつくなるからね~!」

 

いつものように授業を終わらせて職員室に帰っていく先生。その後を追うように同級生たちも寮へと向かう。

 

「さて、戻るか……」

 

俺もその後に続いて寮の自室へと戻った



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《絆双刃》

時間は過ぎ去り、土曜日。

絆双刃(デュオ)》申請の最終日だ。

 

「ではでは《絆双刃(デュオ)》のパートナー申請は今日の夕方六時までに学生証をもって事務局に行って届け出すること。それを過ぎたら、申請してない人は申請してない人から抽選で《絆双刃(デュオ)》が決まって、その後はよほどの理由がない限り卒業まで変更できないからパートナーとはうまくやるように!うさセンセとの約束だぞ!」

 

まくし立てるような口調で最後の通達をした先生はそのままいつものように号令をして教室を出ていった。

放課後を迎えた教室は一気に騒がしくなり、《絆双刃(デュオ)》を組むことにした相手と事務局に向かう同級生が教室を出ていく。

 

「俺たちも行くか、トラ?」

 

「後でいいだろう。わざわざ行列に並ぶなど時間の無駄だ」

 

「なら昼飯を食ってから行くか」

 

透流とトラの会話。どうやら昼飯の後、行列が短くなったあたりで申請に行くつもりのようだ。

 

「あ、風麗。お前も昼飯一緒に食わないか?」

 

「いいのか?」

 

「当然だろ。トラもいいよな?」

 

「そういうのは普通先に確認するものだろう!まあ、ダメとは言わん」

 

「じゃあご一緒させてもらうとしよう」

 

こうして俺たちは食堂に向かった。

 

 

 

「結局ユリエさんとは組まなかったんだな」

 

「ああ、俺は元々トラと組むつもりだったし。ユリエも橘と組むって言ってたしな」

 

「そうか。確かほとんどが仮の《絆双刃(デュオ)》から引き続いて組むつもりみたいだし残っているのは穂高さんか」

 

「あと男子でタツってやつが残ってるみたいだぜ」

 

「全く知らない男子か同じ中学の女子か……せめて知り合いの男子だったらよかったんだがそんな都合のいい話なんて……」

 

「目の前に実例があるだろう」

 

そうだった。この二人は何処で知り合ったのかは知らないが知り合い同士のペアだった

 

「くそ、お前ら模擬戦の時完膚なきまでに叩き潰してやる」

 

「やれるものならな」

 

言い方にむっと着た俺はトラを睨む。一触即発の空気が漂い、周りの生徒たちが席を立って離れていく音が耳に入ってくる。トラの横にいる透流はうろたえているようだ。

 

「何をしているんだ?」

 

その空気を破る女性の声。三人同時に横を向くと、そこには橘と穂高さんの姿があった

 

「あ、ああ。何でもないよ。橘さん達も昼飯か?」

 

「そうだが」

 

「ふんっ!考えることは同じということか」

 

「ところで、橘さんは誰と《絆双刃(デュオ)》を?」

 

「みやびと組む。この後申請に行く予定だ」

 

「なっ!?ユリエは!?」

 

「ユリエからも申し込まれたが……みやびと組むからと断ったぞ?」

 

それを聞いて透流の顔色が変わる。

 

「じゃああと残ってるのは……」

 

「俺とユリエさん、それにタツとかいう男子だけか」

 

俺が言い終わるが否や、透流がすっと立ち上がる。

 

「トラ、《絆双刃(デュオ)》の話は無しにしてくれ」

 

「なに!?ちょっと待て!」

 

「ユリエのところに行ってくる!」

 

透流はそのまま何かに弾かれたように駆け出し、食堂を出ていった。目の前でトラはため息をつき、橘たちはトラの後ろにある席について昼食を取り始める。

ある意味すごい神経の持ち主だと感心していると、不意にトラが口を開いた

 

「貴様はどうするつもりだ?」

 

「お前も含めて残った人とははそこまで話したり何かでペアになったこともないからな、あえて申請は出さない」

 

「なら僕も出さないでおこう。《絆双刃(デュオ)》が組めるかは運次第だ」

 

そして夜。

俺は寮を抜け出し、先日橘と初めて出会った場所でグラウンドを眺めていた。

結果だけ言えば俺は一人あぶれることになった。今度転校生が来るとは先日理事長から聞いてはいるが、《新刃戦》は一人で戦うというのはかなりのハンデだ。

 

「一人、か。なんか懐かしい気もするな」

 

「このような時間に外をうろついている校則違反者はどなたでしょう?」

 

西洋風のランプに照らされる人影。声の調子やシルエットからして理事長か

 

「あらあら。どなたかと思えば貴方でしたか、《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》。早く寮へ戻りなさいな。寮監に見つかれば停学になりますわよ」

 

「あ、はい」

 

俺は立ち上がって寮へと戻ろうとすると、理事長は止めるように手で合図した

 

「いえ、ちょうどいいですわ。貴方に聞きたいことがありますの」

 

「話?」

 

「そうですわ。貴方は《特別(エクセプション)》という言葉を聞いたことがありますか?」

 

「《特別(エクセプション)》……っ!?」

 

言葉をオウム返しのように繰り返した直後、脳を貫くような頭痛が駆け巡り、思わず頭を押さえてうずくまる。同時に《特別(エクセプション)》という言葉が頭に響く。どこかで聞いたのか、それとも失われた記憶の中にこの言葉があるのか。今までこういうことがなかっただけに俺は混乱してしまう。

 

「大丈夫ですか?」

 

「はい……大丈夫、です……!」

 

「無理に思い出す必要はありませんわ。また思い出したときに私のところに来なさい。ただ、《特別(エクセプション)》という言葉は貴方の失われた記憶の鍵の一つでもありますわ」

 

「記憶の鍵……?」

 

「話はそれだけですわ。では、寮監には私が呼びだしたと伝えておきますから、貴方は早く戻りなさいな」

 

「は、はい。わかりました」

 

今度こそ俺は寮に戻ることにした。

腕時計を見ると、短針はすでに11を指すところだった。

 



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《新刃戦》:通達

翌朝

 

「おっはよぉー!みんな《絆双刃(デュオ)》は決まってよかったねー!じゃあ席を《絆双刃(デュオ)》同士に並び替えて心機一転!ってとこだけどぉ……おやおやぁ?仮同居の時とパートナーが変わってない人もいるみたいねー?」

 

「相性が良かったんです」

 

「おお!どんな相性?」

 

「性格」

 

「ちぇー」

 

よからぬ答えでも期待していたのか?

 

「そっちはそっちであぶれちゃったみたいだねぇ?」

 

透流がつまらないと感じたのか、今度は俺に振られる。

 

「運が無かっただけです」

 

俺の答えに先生はむっとする。面白い答えを期待していたようだが、あいにく、申請してない人は抽選で《絆双刃(デュオ)》が決まるというルール上、今回はただ単にツキが回ってこなかっただけ。それについて答えるならこうしかない。

そもそも、なぜそこまで面白い回答を期待しているのかわからない

 

「つまんないなぁー。もっと面白い回答してよー!」

 

「「断る!」」

 

俺と透流の声が見事にハモる。

 

「もー、先生への口の聞き方がなってないぞ!めってするぞ!」

 

「そんな暇あったら早く進めてください。もうすぐ1限目始まります」

 

「ほんっとになってないなぁ……まあいいや、話を続けるよ!《絆双刃(デュオ)》も決まったことだし、さっそく来週に《焔牙(ブレイズ)》の使用を許可した模擬戦、《新刃戦》を行っちゃうよー!」

 

「……は?」

 

来週ということはゴールデンウィーク前か……いやそういうことではなく

 

「早くな」

 

「うんうん、みんなの思ってることよーくわかるよ!アタシも当時は何言ってんだこのクソメガネ、あとでぶっ飛ばしてやる!なんて思ってたし……あ、三國センセには内緒にしててね」

 

当時の担任は三國先生だったようだ。

その時、ふと外に誰かがいると感じ取って後ろを振り向いて窓越しに廊下を見る。ほとんどの生徒からは見えづらい位置で三國先生がメガネを光らせているのが見えた。よく見ると頭に青筋が浮かんでいる。

俺は前を向いて、「三國センセには秘密って……教室の外にいるのが見えるんですが」と言おうとするが、三國先生が手で制したのでやめた。ただ、あとで月見先生の身に起きるであろうことは容易に想像できた。

 

「それじゃあ《新刃戦》のルール説明をするよー!まずは日程だけど、来週の土曜日!つまりゴールデンウィークの前日ね、誰が病院送りになってもいいように休み前にやるってわけ」

 

病院送りが出ること前提かよ、縁起でもない

 

「開始は午後5時、終了は午後7時までの2時間!時計塔の鐘が合図だから聞き逃さないようにねー。で、範囲は北区画一帯。校舎の中も有り!2人の《焔牙(ブレイズ)》の特性を生かして、自分たちに有利な状況を作ることも重要だよ!」

 

要は何をしてでも自分有利にして打ち取ればいいのか。これなら《焔牙(ブレイズ)》の形を変えられる俺にとってミスさえしなければだが難易度はイージーだ。

 

「で、組み合わせだけど……」

 

クラス全員が先生をじっと見つめる。

数秒の沈黙の後、先生は指を立てて言った

 

「全員、敵」

 

一瞬にして俺にとっての難易度がイージーからハードを飛び越えて常時ルナティックまで跳ね上がり、絶望を感じた

 

「じゃ、連絡終わり!授業の用意をして待っててねぇ!」

 

嬉々として教室をでようとする先生。引き戸に手をかけたところで動きが止まり、同時に汗がだらだらと流れている。そりゃそうだ。目の前に頭に青筋を浮かべた三國先生が居るんだから

 

「月見先生、積もる話があるので職員室まで来てください」

 

「逃そ」

 

「逃がしません」

 

襟を掴まれてそのままズルズルと職員室へと連行されていく

数分後、なぜか校庭から爆発音と月見先生の悲鳴が聞こえてきたが、クラスメイトは特に何も反応しなかった



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《新刃戦》:開幕

なんだかんだで時間は進んで《新刃戦》当日。

午前中に先生と事務に一人で戦う旨を報告した俺は、木に登り息をひそめて開幕の鐘を待っていた。

 

「時間まであと二分……」

 

今回、生き残ることを第一に考えて極力相手をやり過ごし、かつ狙えそうなら奇襲をかけて一人ずつ潰すという作戦をとることにした。ただ制服が思いのほか目立つので見つかりにくくするために黒のジャージを買って来たが、効果があるかと言えば条件的には微妙だ。

 

「3、2、1!」

 

カウント終了と同時に鐘が鳴る。

そしてその音の中にどこからか《焔牙(ブレイズ)》を呼び出す声が混ざりこみ、枯葉を踏む音が近づいてきた

 

「ラッキーなのかアンラッキーなのか……」

 

ザク、ザク、という音がゆっくりと近づいてくる。どんなペアかはわからないが、林という地理的条件上、少なくとも大型武器ではないと考え足元を見ながら奇襲のタイミングを待つ。

 

「どこにいるのかしら?」

 

足元できょろきょろとあたりを見渡す女子生徒の姿が見えた。

俺は木に登る前に拾ってきた小石を隣の木に向けて軽く投げる。小石は狙い通りに木の幹にあたり音を出す

 

「なに!?」

 

「もらった!《焔牙(ブレイズ)》!」

 

注意が別の木に向かった瞬間、俺は木を飛び降り、《焔牙(ブレイズ)》の小太刀を女子生徒に振り下ろす。相手はそのまま三メートルは飛んで倒れ、片方は驚いて硬直する、それはこの状況では最悪の行動だ

 

「これで終わり!」

 

隙だらけの体に胴を打ち込む。もろに受けた女子生徒はそのまま倒れこんでしまった。俺はそれを確認してすぐに逃げる。その場に残るのは気絶した二人の女子生徒だけ。できるだけ痕跡を残さず離れ、次の隠れ場所に向かうのがこの後の作戦だ。

こう考えると、一人で挑むのも面白い。見つからないように動き、的確に相手を討つ。どこぞの伝説の傭兵のような動きだ。

 

「なかなか面白いじゃないか!」

 

俺は気分が高揚するのを感じながら次の隠れ場所を探しに向かう。

太陽は西の空でオレンジ色に輝きながら、月と星に交代しようとしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某所・研究室のような場所

 

「なぜだ……なぜあそこにいる!」

 

パソコンに映る資料を見て、部屋の主である研究者の白衣の男は事務机を強くたたく。その衝撃でお茶がこぼれるが、白衣の男は全く意に介さない。

 

「アレはもう目覚めないはずだろうに!」

 

白衣の男は騙されていたことに対して憤慨する。

過去、極秘に行われたある実験。書類上では10の実験例のうち、成功は0。6人は死亡、4人も長くて1年後には全員死亡という結果だけが残った実験。しかし目の前にはいるはずのないたった1人の生存者がいる。死んだと聞かされていたのに、だ。

 

「まさかアレを死んだと思わせ、孤児に仕立て上げ養子縁組させて別人に仕立て上げていたとはな……!」

 

白衣の男はどこかに電話を掛ける。2コールで出たのはあるものを開発している研究員だ。

 

「○○の完成度はどうなっている!」

 

「形は完成しています。後は実験を重ね、問題点を修正するだけです」

 

「急げ!」

 

「はっ!」

 

電話は切られる。白衣の男は静かに部屋を出、部屋に残るはパソコンに映し出されたままの資料と静寂だけだった。



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《新刃戦》:夜

空も暗くなり、《新刃戦》も中盤を迎えた。

時間の経過とともに生き残りも減り、今では片手で数えるほどしかいない。そして主戦場も校舎内へと移動し、暗さも相まって緊張感も高まっている

 

「さあどこからくる……?」

 

前後左右を見渡しながら月の光が差し込む廊下を進む。ただ光があるとはいえどこに潜んでいるかもわからないほどには暗く、トラップだってあるだろう。

「見えない」という状況が人を不安にさせるということを感じさせられるこの状況で、俺は廊下の先に見えたのものらしき青色の線を見逃さなかった

 

「今のは《焔牙(ブレイズ)》?1人なのは俺だけのはずだが……気になるな」

 

俺はその後を追いかけることにした……が、後ろから近づいてくる気配に気づいて飛び退く。

同時に目の前を空気を切り裂く音と共に刃が通りすぎた

 

(刀……いや薙刀!?)

 

月の光に照らされた長い柄を見て、とっさにもう一歩下がる。

 

「はぁっ!」

 

「っ!《焔牙(ブレイズ)》!」

暗闇の中から突き出されたカタールをとっさに出した《焔牙(ブレイズ)》で受ける。

ここで失敗した事に気がつく。とっさに防いだは良いが、その形は手先から二の腕の半ばほどの長さの横棒の片側の端近くに持ち手。写真で見たことがある、こいつは沖縄の古武術の武器、トンファーだ。

 

「防ぐことが前に出過ぎたようだな!」

 

「やってくれたな……トラァッ!」

 

もう一度、今度は強引に後ろに飛び退いて間合いをとり直す。

相手はタツとトラ、俺との距離は5メートルほど。相手の武器は薙刀……いや、よく見るとあれは偃月刀というやつか。それにカタール、リーチが最大でも拳プラス30cmほどと短いトンファーは明らかに不利だが、《焔牙(ブレイズ)》の《形状変化(フォルムチェンジ)》は体力的にも下手に使えない。

 

(ここは逃げるか……?)

 

「ははっ!いいカモがいるじゃねぇか」

 

どこかで聞いたことがあるような声が聞こえ、振り上げられた鋸のような刃が見えたかと思った直後、それがタツに向けて振り下ろされる。

 

「タツ!?」

 

ズドンという轟音が校舎に響き、そこにいたであろうタツの姿が消えた

 

「殺しちゃいねぇから安心しろよ」

 

そう言って巨大な剣が持ち上げられる。そこにタツはいた。しかしその手に《焔牙(ブレイズ)》は無く、動いていないところを見ると、目の前の人物の言うとおりであれば意識を失っているだけようだ。正面を向くと、見覚えのあるうさ耳のシルエット浮かび上がっている

 

「どういうことですか先生……いや、月見璃兎!」

 

光に照らされ、その姿があらわになる。月見の手には少し前に見た青色の線の入った《焔牙(ブレイズ)》がその刃を一層怪しく光らせる。

 

「どういうことかって仕事だよ。有望そうなやつを始末するだけの簡単な仕事さ」

 

「貴様、なぜタツを!」

 

「なぜかって?ちょうどいいところにいたからさ」

 

「ふざけるな!」

 

「待てトラ!」

 

俺の止める声も聞かず、トラはカタールを前に突き出し月見に突撃を仕掛ける。

しかし、月見が飛んでいる蚊を払うかのような動作で《焔牙(ブレイズ)》を振っただけで、トラは勢いそのままに前に倒れこんだ

 

「トラ!?」

 

「馬鹿なやつだなぁ。邪魔しなきゃ殺さないでおいたのによぉ」

 

床に倒れ伏せるトラのもとに駆け寄ると、制服の白い部分が赤く染まっているのが見えた

 

「血……!?どういうことだ!」

 

「それは《黎明の星紋(ルキフル)》の超重要機密事項だから本来は内緒だけどぉ……、《焔牙(ブレイズ)》が人を傷つけない武器なんて言うのは真っ赤なウソ。殺意を込めればほら簡単、人を殺せる武器になりました~ってわけ」

 

「っ……!人を傷つける『意志』か!」

 

「そういう事だ《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》。今逃げときゃ殺さないでおいてやるよ……お前に関しちゃぁ、理事長との契約があるからな」

 

そう言って俺に背を向ける月見。そのままトラに向かって《焔牙(ブレイズ)》を振り上げるのを見て、俺は考える前に動いた

 

「なに!?」

 

「ふざけるなよ月見……!」

 

ガァンという音が廊下に響き、月見と俺のお互いの《焔牙(ブレイズ)》がぶつかり合い火花が散り、月見の《焔牙(ブレイズ)》、《牙剣(テブテジュ)》の鋸のような刃が俺の目の前で怪しく光る。

 

「はっ!おもしれえじゃねぇか!」

 

「余裕ぶってられるのも今のうちだ……!」

 

押す力が段々と増していく。

月見は卒業生ということもあって当然ながら俺よりも《位階(レベル)》は上、明らかに不利だ

 

(力じゃ不利……だが!)

 

「ふっ!」

 

「なに!?」

 

体をほんの少しずらし、上から掛かる月見からの力を横に逃がす。

単なる受け流しだが、校舎全体を揺らすほどの威力を持つ一撃を受け流したことで月見はそのままの勢いで頭から壁に突っ込んだ。

 

「クハッ!まさか受け流すとはなぁ。ならこれはどうだァッ!」

 

大きく振り上げられた剣が俺に向かって振り下ろされ、当然のように俺は防御姿勢をとる

 

「甘いんだよ!」

 

しかし衝撃は上からではなく右から加わり俺は受け身をとる暇もなく廊下にたたきつけられた

 

「う……くそぉ!」

 

すぐに立とうとするが、骨が折れたのか右腕に力が入らない。

 

「あれだけほざいてこの程度かよ。興醒めだ興醒め!」

 

腹部を蹴り上げられ、廊下を転がる。

そして月見は《牙剣(テブテジュ)》を大きく振り上げ

 

「恨むんならテメェの無謀さを恨むんだな」

 

そう言って無慈悲に振り下ろし、そこで俺の意識は途絶えた

 



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《新刃戦》:終幕(修正版)

「はぁ……余計な体力使っちまったぜ……」

 

振り下ろした《牙剣(テブテジュ)》をゆっくりと持ち上げ、それを消滅させる。

 

「《位階制限(レベルリミット)》をかけてるとは言え、格下一人相手に一撃もらいかけるとはなぁ……」

 

壁にもたれ掛かった状態で意識を失っている風麗の体は、右腕の腫れ以外特に怪我は無い。その右腕も、多少加減はしているからちょっと酷い打撲くらいだろう

 

「ま、コイツは放置してとっととあいつら探さねぇとクライアントがうるせぇ「《焔牙(ブレイズ)》」んだよな……?」

 

ふと聞こえた声に私は振り向く。意識を失っていたはずの風麗がゆらりと立ち上がった。その手に剣が握って。

悪寒を覚えてバックステップで距離をとったのとほぼ同時に一筋の光が首の1cmほど前を通りすぎる

 

「まだやれるのかよ!」

 

「……《世界焼ク焔ノ剣(レーヴァテイン)》」

 

呪文のような言葉を呟き、剣が焔に包まれる。

 

「なんで《(レベル1)》が《焔牙(ブレイズ)》の《力》を使えるんだぁっ!?」

 

意識の無い風麗は焔を纏う剣を大きく振り上げる

 

「やばっ!」

 

飛び退くと同時に、剣が振り下ろされ校舎ごと縦に分断する。

剣の衝撃で凄まじい轟音を学園中に響かせながら建物の一部が崩れ、支えの一部を無くしバランスを失った屋上の給水タンクが落下し教室を押し潰した

 

「でたらめ過ぎる!?」

 

二つに分断されタンクに押し潰された教室を見て私は悪態をつく。そして右手にもう一度《牙剣(テブテジュ)》を作りだし、構える

 

(暴走!?いや、《(レベル1)》が暴走なんて起こすはずが無い!)

 

無言のまま、もう一度剣は振り下ろされる。

 

「畜生がッ!」

 

ガキン!という音が廊下に鳴り響き《魂》と《魂》がぶつかり合い火花を散らす……が

 

「こいつ……ホントに《(レベル1)》か!?」

 

明らかに押されている。

そして風麗の剣の焔が私の髪を、服を、肩の皮膚を焼き、体の肉が焼ける臭いが漂う

 

「うあぁぁぁっ!?」

 

痛みをこらえ、風麗がやったのと同じように右へ受け流す。

目標を失った剣は、再び破壊を生み出す。辛うじて残っていた教室の一部が、下へと崩落していった。

 

「仕方ねぇ、これだけは使いたくなかったんだけどな!」

 

懐から特殊な形状の注射器を取りだし、首に当てる

 

「お待ちなさい!」

 

ハッと振り向くと、廊下の先の闇の向こうからゆっくりと人影が近づいて来るのが見えた

その影は小さく、ドレスを着ているようなシルエット。間違いない

 

「理事長!?」

 

月の光が黒を貴重としたドレスを照らし、理事長の姿を映し出す

 

「貴女は下がりなさい」

 

「……は?なに言ってんだ!?死ぬぞ!」

 

「大丈夫ですわ」

 

自信満々に宣言した理事長は、無防備に、暴走する風麗へ歩み寄る

 

「……!」

 

理事長が何かを呟く。

すると、何の兆候もなく突然風麗が意識を失って倒れ、燃え上がっていた炎は跡形もなく消え去った

 

「璃兎、まだ戦えますか?」

 

「あ、ああ。右肩を焼かれたがまだやれるぜ」

 

「では、先の命令を実行しなさい。ただし無理はしないように。三國、荒巻風麗とそこの二人を救護へ」

 

「分かりました」

 

何処からともなく現れた三國が風麗を抱え窓から飛びだし、救護へと運んで行く。それを見送った私はモヤモヤする気持ちを抑えて、残る一組の《絆双刃(デュオ)》を探しに向かった。



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エピローグ 生徒サイド

目が覚めると、まず目に入ったのは見慣れない天井だった。

左右はカーテンで閉め切られているため外の様子はほとんどわからない。何とかわかることと言えば、明るさ的に昼頃だということとカーテンの向こうで慌ただしく動き回る多数の足音からここは多分病院かそれに近い施設だということぐらいだ

 

「失礼するぞ……。やっと目を覚ましたようだな」

 

カーテンが開き、医者らしき男が入ってきた

 

「ここは?」

 

「学園内の医療施設だよ。君は新刃戦の最中に気絶してここに連れて来られたんだ」

 

「っ!トラ達と透流達が!」

 

思い出した。教室棟に行くとトラ達が待ち構えていて、突然先生が襲い掛かってきて、倒されて……

ここまで思い出したところで急いで立ち上がり透流の元へと行こうとするが

 

「ッ~~~~~~~!?」

 

腕に力を入れた瞬間に全身に激痛が走る

 

「ほらほら無理しないで」

 

「寝ている場合じゃないんだ!透流達が」

 

「君のお友達なら無事だよ。もう目を覚ましてリハビリ中だがね」

 

「そ、そうか……」

 

「しっかしまぁ、何をしたらここまで体がボロボロになるんだ?」

 

「は?」

 

「君が運ばれてきたときの話だがね。最初は打撲だけかと思ってたんだけど、検査をしたら手足の筋肉だけじゃなく普通ならありえないようなところまで肉離れとか筋断裂を起こしてたんだよ。全治六週間。細かい診断は……見てもらった方が早いな。ほれ、診断書」

 

あまり動かない右手で医者から渡された紙を見る。

診断結果を書く欄がすべて埋まるほどびっしりと診断が書き込まれている。その中には月見の攻撃を受けた時になったとは考えられないようなところの怪我まであった

 

「とりあえず、学校への復帰は最速でも2週間後かな。運動は一カ月間禁止ね」

 

「げ、授業が始まっちまうじゃんか」

 

続けて回復能力まで超化されているとはいえ2週間は長いと文句を言うが、医者は首を横に振った

 

「こんな状態で無理なんてしたら入院が伸びるだけだからね。理事長と担任には報告しておくから、今はゆっくり休んで体を治すこと」

 

「はーい……」

 

医者はカーテンを閉めて別の患者のところへと行ってしまった

二週間、か……。そんなに寝ていられないが、ここで無理しても何も得る物はないか。

結論付けて、俺はもう一度寝ようと目を閉じた

 

「風麗、起きてるか?」

 

が、外から聞こえた声に目を開く

 

「ん?」

 

「お邪魔します」

 

「お、目覚めてるな」

 

カーテンが開き、入ってきたのは学校唯一の男女《絆双刃(デュオ)》だ

 

「透流!ユリエさん!無事だったのか!」

 

「ああ。なんとかな。お前こそ大丈夫なのか?ナースからなんか全身肉離れとか聞いたけど」

 

「さっき起き上がろうとしたら死ぬほど痛かった」

 

「無理はしないでください」

 

「さっきも言われたよ」

 

そして少しの間談笑したところで、唐突に透流が真面目な顔で質問してきた

 

「なあ風麗、お前も月見にやられたのか?」

 

「……ああ。抵抗したけどあっけなくな。その言い草ということはやはり?」

 

「ヤー。私たちも襲われました。ただ、フレイがあっけなくやられたとしたら少し不自然な点があります」

 

「不自然な点?」

 

「月見は肩を火傷していたんだ、それもかなりひどくて目をそむけたくなるレベルの大火傷だ」

 

「火傷?俺が襲撃されたときはそんなのなかったしそんなの負わせるほど抵抗してないぜ?」

 

そう答えた瞬間、透流とユリエさんが文字通り固まった

 

「ほ、本当になかったのか?」

 

「ああ、なかったぞ。ってかどうしたんだ?」

 

「……先生は貴方にやられたと言っていました」

 

「俺が?ありえないな。」

 

「そうか……。じゃあ、また来るよ」

 

「またな」

 

透流達は帰って行った

一人残された俺は、失った記憶に関することを一度頭の中で纏めることにした。

入学式の時の夢……あの光景はなぜかどこかで見た気がするがいつ、どこのことかは思い出せない。特殊な《焔牙(ブレイズ)》を持つ子……はっきりとは言えないがこれも関係があるかもしれない、もしかすると《特別(エクセプション)》に関係している可能性もある。突然届いた手紙は記憶にはそこまで関係していないだろう。

 

「こんな状況で本当に失った記憶が見つかるのか……?」

 

先行きに不安を感じながら俺はゆっくり目を閉じた。



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エピローグ 先生サイド

「……とまあ、報告は以上だぜ」

 

風麗とは別の病室

ベッドに座るのは肩に重症の火傷を負った璃兎。その横に朔夜と、風麗達の副担任である三國が立つ。

病室備え付けのモニターには、倒れ伏す風麗と右肩に火傷を負っている璃兎、風麗が倒れ伏す原因となった朔夜の三人が映っているところで止まっている

 

「やはり……と言ったところですわね」

 

「やはり?どういうことだ理事長?」

 

「月見!」

 

前に乗り出す三國を朔夜は無言で右手を前に出して制する

 

「璃兎があの姿を見てしまった以上、話す必要がありますわ。それよりも彼の様子は?」

 

「先ほど目が覚めて現在診察中のようです」

 

「ではそちらに向かってくださいな。異常があればすぐに報告を」

 

「わかりました。失礼します」

 

三國が出ていき、病室に二人が取り残される。朔夜は近くの椅子に座り、璃兎の方を向く。

 

「行かせて良かったのか?」

 

「ええ。一応、彼も狙われている身でもありますから……」

 

「なぁ理事長、アイツはいったいなんなんだ?」

 

璃兎は狙われている「彼」は多分《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》のことだろうと予想したうえで、質問をなげかけ、朔夜は深呼吸をして口を開く

 

「誰にも話さない、と約束できますか?」

 

璃兎は無言でうなずき

 

「なら話しましょう」

 

一息おいて、朔夜は話を始めた

 

「《焔牙(ブレイズ)》の存在が表に出てすぐの頃ですわ。ある一人の研究者がある可能性を示し、無断で実験を始めました。その実験プロジェクトの名は『《醒を超えし者(オーバー・エル・アウェイク)》』。適合者に《黎明の星紋(ルキフル)》を多重投与して《超えし者(イクシード)》のオリジナルである《醒なる者(エル・アウェイク)》を超えようと言うものですわ」

 

「《醒なる者(エル・アウェイク)》を超えるんだったら《黎明の星紋(ルキフル)》のリミッターをはずせばいいだろ?多重投与する必要なんてねぇんじゃねえか?」

 

「いい質問ですわ。当時の《黎明の星紋(ルキフル)》はまだリミッターの無い《試作品(プロトタイプ)》の段階、昇華の際もリミッターの解除ではなく一度前のものを除去し、次の《黎明の星紋(ルキフル)》を投与する方法でしていましたわ。では話を戻しましょう。その研究者は試作型《黎明の星紋(ルキフル)》除去前の9人の被験者を集め、それぞれに同《位階(レベル)》の試作型《黎明の星紋(ルキフル)》の追加投与を行いましたわ。結果は失敗、被験者の内6人が実験直後に死亡、残る3人も1ヶ月以内に亡くなるとなる最悪の事件となりましたわ」

 

「……アイツについての説明になってねぇぞ」

 

「ええ、なぜならここまでが前提ですもの」

 

「ここまでが前提?結構な長さだな」

 

朔夜は一息おいて口を開く

 

「では続きを話しましょう。この事件が発覚し、研究者は追放処分となり研究から外されましたわ。しかし、彼は誘拐した適合者に最後の実験を行っていたのですわ。その時の被験者がつく……荒巻風麗ですわ。調査チームがその事実に気付いたときにはもう遅く、彼は暴走し、隠されていた研究施設は火の海になっていたのですわ。幸い彼の暴走は鎮圧部隊によってすぐに鎮圧出来たのですが、目を覚ました彼は記憶を失い、魂も崩壊寸前でその影響か多重人格に。原因となった《黎明の星紋(ルキフル)》を除去しようにも、特殊な加工が施されいて2つの内1つは心臓、1つは脳に定着してしまい除去は不可能。そのときは安定していたのですが、ある日再び原因不明の暴走を起こしたため、暴走対策として、制御ナノマシンを使いあるキーワードで《黎明の星紋(ルキフル)》を一時的に停止できるように処置がされましたの」

 

「じゃあアイツの体内には今も……」

 

「2つの《黎明の星紋(ルキフル)》が存在していますわ。今はまだ制御できてはいますが……このままだと、いずれは……」

 

朔夜は両手を握りしめながら呟くように言う

 

「なあ理事長、さっきアイツのことを九十九って言いかけただろ?まさかと思うが……アイツは」

 

「それ以上は言わないでくださいな。」

 

璃兎はその言葉だけで察してベッドに横になる

 

「ならよぉ、アイツの《位階(レベル)》はどうなってんだ?」

 

「実験を行った研究者の理論通りならば、制限をすべて外した状態でレベル25ですわ。現在は最大まで制限をかけてレベル1と同等にしていますわ」

 

「はぁ!?あぐッ!」

 

飛び跳ねるように起き上がった璃兎の肩を痛みが襲う

璃兎が驚くのも無理はない。通常《位階(レベル)》が一つ上がっただけで数倍の能力超化がされるが、レベル25となると、肉体超化が1レベルごとに2倍と仮定しても2の25乗分の超化が施されていることになる

……実際はどれほど超化されているかは不明だが、少なくとも異常なことだけは確かである。

 

「ど、どんな理論なんだよ!まさかと思うが同《位階(レベル)》の《黎明の星紋(ルキフル)》2つで《位階(レベル)》が二乗とか言わねぇよな!?」

 

「まさにその通りですわ。では、私はそろそろお暇致しましょう……。璃兎、この話を聞いたからには、貴女には学園に残ってもらいますわよ?」

 

「は、わかってんよ。それに、今の立場も結構面白いしな、もとよりそのつもりだぜ」

 

「それならよかったですわ。では、早く治して授業の再開前には復帰してくださいな。それでは、お邪魔いたしましたわ」

 

そう言って朔夜は病室を出ていった

残された璃兎は、退屈そうにベッドに寝転がりテレビを見始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……月見が単純で助かりましたわ」

 

理事長室。病室から戻ってきた朔夜は呟く。

 

「まだ前のクライアントと繋がっているかも知れませんが大丈夫なのですか?」

 

三國がその呟きを拾う。

 

「念のため、事実と嘘を交えましたわ。それで?彼の体調は?」

 

「先ほど目覚めたようです。現在は《異能(イレギュラー)》が見舞いに」

 

「そうですか。では、予定通りに彼女……《特別(エクセプション)》を招きましょう。手筈の方は?」

 

「すでに準備はできております」

 

「ではお願いしますわ」

 

「承知しました。ですが一つ報告が」

 

「どうしましたの?」

 

「教員の中に、スパイが居る可能性があります」

 

「……何故ですか?」

 

「校外に知られていないはずの行事日程が漏れています。狙いは恐らく《異能(イレギュラー)》もしくは《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》でしょう……。どうぞ。」

 

会話の合間に作ったアイスカフェオレが朔夜の机に置かれる。

 

「実施までの間にスパイをあぶり出してくださいな」

 

「承知しました」

 

三國は部屋を出る。残された朔夜は机の引き出しを開け、そこから写真立てを取り出す。精巧な装飾が施されたそれに入っている写真を彼女は眺める

そしてため息をついた

 

「何か、良い影響があれば嬉しいのですが……」

 

そう呟いて、写真立てを元の場所に戻す。

カーテンの隙間から入り込んだ光に照らされたその写真には、歳の離れた兄妹と金髪の少女が花畑を背に写っていた



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第二章 《二人目の異能》と《特別》、記憶の断片
第二章 プロローグ


日本上空

そこを一機のヘリが昊陵学園のある島へ向かい飛行している。機内にはパイロットと執事の格好をした女子、そして金髪青目の少女。

その少女は眼下に広がる港を眺めながら口を開いた

 

「サラ、あと何分ぐらいで着くかしら?」

 

サラと呼ばれた執事服の少女が、パイロットと一言二言会話し答えを返す

 

「何事もなければあと10分程と。……先ほども同じ質問をしましたよね?」

 

「したかしら?」

 

少女は執事の方を向き、首をかしげる。

 

「今ので7回目です。一体どうしたのですか?」

 

「日本にあたしの同類が二人もいるって聞いてね」

 

「お嬢様と同じ、ですか?」

 

「ええ。それにその片方は……」

 

乱気流に巻き込まれたのか、機体が揺れ、少女の声を上書きするようにガタガタと大きな音が機内に響く。

 

「申し訳ありません。聞き取れませんでした」

 

「気にしなくていいわ」

 

少女はまた外を眺める。目を離していた数分の間に、下は港の光景から島々が点在する海の光景に変わっていた

 

「フレイ……」

 

少女はぼそりとつぶやいた

頭の中に広がるのは小さなころ、森で一緒に遊んだ時の思い人の姿と、ある事件で自身が連れ去られそうになった時、助けてくれた思い人の姿の二つ。

 

「なにか言いましたか?」

 

「え?何も言ってないわよ?」

 

少女は内心で無意識に思い人の名前を声に出してしまったことを後悔した。

 

 

 

場所は変わり昊陵学園グラウンド

風麗は朝陽を浴びながらゆっくりと歩いていた。その体にはところどころに包帯が巻かれ、彼と同じように散歩に出た別の生徒に痛々しさを感じさせる。

 

「やっぱまだ痛むな……」

 

彼は先日行われた《新刃戦》で全身打撲と肉離れor筋断裂の重傷を負い、昨日やっと退院したところ。いまはリハビリがてら朝の散歩へと出ているところである。

……が、退院したからと言えど傷はまだ癒えておらず、医者からは自室で安静にすることと言われているため、見つかれば即寮へ戻されるという状況だ

 

「ふぅ」

 

一息つこうとベンチに座る。

彼が今まで住んでいた場所に比べ、自然の多いこの場所の空気は山間の村と同じぐらいに空気が澄んでいる。その空気を胸いっぱいに吸い込み、吐く

 

「風麗君?」

 

その姿を見て、二人の女子が駆けよっていく。

 

「ああ、橘さんに穂高さん。おはよう」

 

「おはよう風麗君。体は大丈夫?」

 

「まだ痛むね」

 

「そうなんだ……」

 

「そう言えば、君も《昇華の儀》の対象になっていたぞ。土曜日にするそうだ」

 

「君もって事は橘さん達も?」

 

「何とか……ね」

 

もじもじするみやびの背中を橘が活を入れるように叩く

 

「荒巻、今は無理をせずしっかり治すんだぞ」

 

「ありがとう。じゃあまた後で」

 

彼はゆっくり立ち寮の方へと進もうとする。その時だった、バラバラ……というローターの轟音とともに彼らの頭上を巨大な影が通り過ぎた。

 

「アレはヘリか?」

 

「何かあったのだろう。みやび、気にせずトレーニングに入ろう」

 

「うん!じゃあね!」

 

2人はグラウンドへ続く階段を下って行った。彼はそれを見送ると、もう一度ヘリを見る。学園の敷地の中心へと飛んで行ったヘリは、職員棟の辺りで降下を始めていた

 

 

 

中庭に着陸し、長いフライトを終えたヘリは、乗客を降ろすべく扉を開く

 

「さ、降りるわよ」

 

少女はスーツケースを、執事は大きめのリュックサックと手提げを持ってヘリを降りる。

彼女たちの目の前に立ち出迎えるのは風で艶やかな黒髪とゴシックドレスを揺らす少女、九十九朔夜とその腹心の三國。

 

「お出迎え、ありがとうございます」

 

「ようこそ昊陵学園へ。《特別(エクセプション)》リーリス・ブリストル」

 

リーリスと呼ばれた少女は微笑んで返した



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《異能》と《特別》

「やっば……遅刻だ……」

 

階段をなんとか上りながらつぶやく。授業開始時間はとうに過ぎている。

もとはと言えばいつもの感覚で寮を出たのがいけなかった。まだ歩くことすらやっとの中でいつも通りのペースで行けるわけがない。怪我のことを考慮してなかったことを後悔しながらやっとの思いで教室に到着した

 

「すみません……遅刻しまし……た?」

 

「おっはよーん!10分の遅刻だよ!」

 

目に入ってきたのは目の前でいつものようにポーズをとりながら指を振るうさ耳教師。俺は手を胸に当て、《力ある言葉》を口にしようとする

 

「やれやれ、またですか?早く席に座りなさい」

 

「っ!」

 

教室の後ろから別の先生……副担任の三國先生の声が耳に届き、思いとどまる

 

「……わかりました」

 

一瞬だけ月見を睨みつけ、俺は自分の席に座る。横を向くと、なぜか一つ分席が増えていた。

後ろにいる三國先生に聞こうとするとほぼ同時に三國先生に呼ばれた

 

「理事長が君を連れてくるようにと今連絡があった。来てすぐで申し訳ないがちょっと来てくれ」

 

「え、あ、はい」

 

「月見先生。私と荒巻君は急用で授業を抜けるので後は任せます」

 

「りょーかーい!」

 

そう言って三國先生は教室を出た。俺も荷物を置いてその後をついていく。

ほどなくして、理事長が待っているという部屋に着いたのだが……

 

「あのー、ここって理事長室ですよね?」

 

「そうだが?」

 

「俺、何かまずいことでもしましたか?」

 

「そんな事はない。別の用事だ」

 

他の部屋とは明らかに違う扉が俺の前にある。

三國先生は躊躇することもなく、ノックをしてその扉を開いて中へと入る。俺も失礼しますと言って入ると、一際大きな机に向かって座る理事長と、その横で机によりかかるようにして立つ、どこかで見覚えのある金髪の女子生徒と執事っぽい人が待ち構えていた。

 

「フレイ!」

 

「おわ!?」

 

その女子生徒がものすごい勢いで飛びついてきて、怪我の影響で踏ん張りが効かない俺はなすすべなく尻餅をつく

 

「やっと会えた……!」

 

突き刺すような痛みをこらえ、飛び付いてきた者の顔を確認する。それは何処かで見覚えのある顔だった

 

「り、リーリスなのか……?」

 

「そうよ!よかった……覚えててくれた……」

 

「お嬢様、彼が痛がってます」

 

「ご、ごめんなさい!すぐに離れるわ!」

 

リーリスが体から完全に離れたところで三國先生に助けてもらい、ゆっくりと立ち上がる。

 

「ありがとうございます。リーリス、今までどこにいたんだ?ていうかどうしてここに?」

 

「祖国よ、イギリス。向こうの学校から転校してきたの」

 

「そうだったのか……目が醒めたらいつの間にか何処かに消えていたから……ァ!?」

 

(そこのガキを渡せ!)

 

(コイツがどうなってもいいのか!)

 

頭に痛みが走り、映像が脳裏に浮かぶ。

見えたのはリーリスが俺の前からいなくなる直前に見た光景。だが、そのあとが思い出せない

 

「……あのとき……あのあと、俺は何をしていた……?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、何でもない」

 

「本当に?」

 

「さて。お二人とも、よろしいですか?」

 

空気を察してくれたのか、理事長が話を切った。内心で礼をしつつ、リーリスに後で話そうと囁き、頷いたのを確認して、理事長の方を向いた

 

「率直に言いますわ。荒巻風麗」

 

「それは私に言わせて」

 

リーリスが話に被せる。失礼な行為だが、理事長はその発言を認めた

 

「あなたは今日から私の《絆双刃(デュオ)》よ」

 

異論は認めないわ、と付け加えられる。

それと同時に先日理事長が言った言葉も思い出し

 

「……理事長が言っていたのはこういうことですか?」

 

理事長に質問を飛ばす

 

「ええ。その通りですわ。……なにか不満がおありですの?」

 

「ありません。寧ろ、嬉しいくらいです」

 

「それならよかったですわ。要件は以上です、授業に戻りなさい」

 

「わかりました。失礼します」

 

そして俺たちは理事長室を出て、三國先生を先頭に教室へと向かう。すると唐突にリーリスが俺に話しかけてきた

 

「フレイ、今日の放課後に校舎と学生寮の間にある庭園に来て。ちょっと話したいことがあるの」

 

「話したいこと……?わかった、なら後でな」

 

「ええ、待ってるわ」

 

俺はなぜか近いうちにリーリスが原因で何か厄介なことになると直感で感じ取った。が、できるだけ考えないようにして俺はリーリスと別れ教室へ向かった。



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ティータイム

授業が終わり、俺はリーリスに言われた通りに校舎と学生寮の間にある小さな庭園に向かう。毎日手入れされているであろう整った花園の中心に、彼女はティーセットを用意して待っていた。

 

「来たわね」

 

「で、提案ってなんだ?」

 

「簡単な話。貴方と踊りたいのよ」

 

「踊る?ならこんなところじゃなくて体育館とかのほうがいいんじゃないか?」

 

「踊る」という言葉をごく普通にとらえ、常識の範囲内で答える

 

「例えよ。貴方と、ある舞台で邪魔のないペアダンスを踊りたいの」

 

「その舞台は?」

 

「2年生の《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》の時間」

 

「はぁ!?」

 

「踊る」舞台にしてはずいぶんとんでもないだ。だが邪魔のないっていうのはどういう事だろうか?

 

「邪魔のないってのはどういう意味だ?」

 

「相手と私たち以外いないってこと」

 

あまりに無謀な考えすぎて声も出なくなる。

正直に言うと無茶苦茶だ。《位階(レベル)》が上の生徒だっているのにどうやって二人で戦うというんだろうか

 

「信じられないって顔ね」

 

「そりゃそうだろ。前に聞いた《咬竜戦》の過去の戦績は二年生選抜と一年生全員でも二年生の方が圧倒的に勝率が高いんだぜ?それこそ開幕直後に不意打ちで何人か潰さなきゃ」

 

「私たちなら真正面から闘っても負けないわ」

 

「……理由は?」

 

強すぎる自信に俺はあきらめてそう考える理由を聞く

 

「《焔牙(ブレイズ)》」

 

するとリーリスはわかっていたような口調で《力ある言葉》を言い、その手に《焔牙(ブレイズ)》を具現化させる。

 

「そいつは……《(ライフル)》?」

 

「ええ、私の《無二なる焔牙(アンリヴァルド・ブレイズ)》よ。あなたの《無形》と同じ、ね!」

 

存在しないはずの《(ライフル)》の《焔牙(ブレイズ)》の銃口が俺にむけられ……直後に放たれた弾丸は俺の顔を避け後ろにいた誰かに直撃し、ガサガサという音とうめき声が聞こえた

 

「一応聞くけど、何をした?」

 

「2年生っぽかったから情報が漏れないように念のために撃ったわ。多分関係ない2年生だと思うけどね」

 

「……まあ、死んではないから流す」

 

「それで、どうする?」

 

「……俺はお前の《絆双刃(デュオ)》だ。放っておくわけにはいけないな」

 

「決まりね。なら決行は2年生の《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》の時間。そこで殴りこむわよ」

 

「分かった。お前は相変わらず我儘で活発だな……?」

 

そんな言葉が俺の口から飛び出す。リーリスは一瞬驚いた顔を見せると、俺に詰め寄る

 

「フレイ!私がどんな人か言ってみなさい!」

 

「え……あ、ああ。イギリスからの転校生で、今日から俺の《絆双刃(デュオ)》で、我儘で、活発的で、《特別(エクセプション)》で……」

 

戸惑いながらも言われた通りに、リーリスと言われて思い当たる事を挙げていく

その最中、映像が脳裏に浮かんだ。

此処と似た庭園、ベンチに座って花を見ている少女……は多分リーリスだろう。

そして映像の彼女は呟いた

 

(私ね……好きな人がいるの……)

 

何でこんな映像が浮かんだのかは分からないが、リーリスといて思い浮かんだと言うことは多分彼女に関することなのだろう

 

「恋人がいた気がする」

 

「やっぱり……記憶が少し蘇ってるわね」

 

「は?」

 

「あのね、私今のあなたの前では我儘を言ったことは無いし恋人がいるなんて一言も言ってないわよ」

 

「え?」

 

「じゃあ次、あの事件より前の事はどう?思い出せる?」

 

もう一度、今度は深く考える。

しかし、映像はおろか単語の一つさえも思い浮かばない。

 

「こっちは無理……まあそう都合よく行くわけないわよね」

 

「ごめん」

 

「謝らなくていいわよ、ほんの少しでも大きな進歩だから。じゃ、後で部屋で会いましょ」

 

「ああ。後でな」

 

俺は席を立ち、寮へと向かう。

そういえば2年の《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》って次はいつだろう?そう考えた俺は少し前にリーリスに撃たれた人のところへ行き先を変える。買い物をした帰りだったのだろうか、クレジットカードを兼ねている学生証が手元に落ちていたのを見る

 

「うわ、ほんとに2年じゃん」

 

学生証ケースを開くとカードの上に日課表が挟まれていた、 それによると次の《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》は来週のようだ

 

「さて、起こすか」

 

学生証をもとの通り戻して起こそうとするが頭に当たったのか起きない。仕方なく先生に連絡して運んでもらうことにし、俺はその場を離れた

……来た教師が三國先生に連れ去られたように見えたのは気のせいだと信じて。



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二人だけの《咬竜戦》

今回は結構難産かつ長文の為誤字等のミスを見落としているかも知れません



ああ……考えていた設定変えないといけないかも


一週間後

今日もいつものように月見が謎テンションで教室に入ってくるところからホームルームは始まる。

少し違うのは中庭で話した次の日から隣にリーリスが居ることだ。とはいっても、寮の部屋と教室で隣の席にリーリスがいてよく話すくらいで日常的には夜にコンビネーションを鍛える自主トレをするくらいの小さな変化くらいしかない

 

「みんなおっはよー!みんな今度2年生との交流試合があるの覚えてるかなー?」

 

この質問に俺を含む大半の生徒が手を挙げる。唯一、透流だけは挙げていない

 

「……九重君、どおして覚えてないのかなぁ?」

 

「今聞いて思い出しました」

 

「殺すぞ」

 

ほんの一瞬素の姿を見せ、またにこやかに続ける

 

「さてさて、先生の話を覚えてないとぉっっっても残念な子がいるからもう一度説明するね!九重君はちゃーんと聞いておくこと!」

 

そう言って月見は《咬竜戦》の説明をする。要約すると

・1年全員対2年生選抜(4組の《絆双刃(デュオ)》)

・《焔牙(ブレイズ)》使用可

・制限時間は一時間

・場所は格技場

・1年生は格技場中央の旗を倒せば勝利

 

「早い話棒倒しだな」

「つまり棒倒しと思っていいのですね」

 

身も蓋もない発言が被る。片方は俺だが、もう一人は橘だ。とはいっても、俺にとってはもうどうでもいい。これからリーリスと二人で終わらせるからだ。

 

「イエス♪有利じゃんって思っている人もいるみたいだけど、今までの勝率は2年生が7割位だよ」

 

旗を倒すという簡単な勝利条件に対して1年の勝率は3割。かなりの人数差に対してこの勝率なのは経験と《位階(レベル)》の埋められない差に加えて人数差を埋める作戦を練ってくるから……と説明が加えられる

 

「要は策を練ろ、ということですか?」

 

「その通り!そう言えば2年生はこれから選抜メンバーを決定するみたいだからみんなで偵察に行ってみよっか!」

 

その偵察も意味が無くなるけどな、とボソリと呟き、聞かれてないかと周りを見る。

幸い誰にも聞かれてなかったようだ

その後透流と月見がやり取りをしたのち

 

「40人以上の偵察がばれないわけないだろ……」

 

透流の呆れた声がホームルームを締めくくった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、偵察になっていない偵察は行われることになり、みんな格技場へと向かって行った。俺もリーリスと格技場へと向かったがクラスメートとは途中で別れ、向かった先は格技場の控え室。

着くと同時にリーリスがこちらを向いた

 

「準備はいい?」

 

俺は無言で頷く

 

「なら良いわ」

 

そう言ってリーリスは外へ向かって歩き出す。俺もその隣を歩き、やがて閉じた扉の前で止まる

 

「さあ。私とフレイ、二人だけのダンスを始めましょう」

 

その言葉を合図に、扉が開く。

二年生の「誰だ?」と言いたげな視線とクラスメートの驚きの視線が俺達二人に集まる

 

「選抜メンバーが決まったばかりで悪いけど、今から《咬竜戦》を行ってもらえないかしら」

 

「……は?」

 

「……おい、リーリス。何言ってんだ?」

 

二年生のから困惑の声が上がり、俺もその発言に戸惑う。しかしリーリスはそれを無視して続ける

 

「ただ、そっちの疲労も考えて私達二人で相手をさせてもらうわ」

 

「はぁ!?」

 

今度は格技場全体に驚きが駆け巡る。

 

「おいおい、突然出て来て何言ってんのさ。《咬竜戦》を二人で相手するとか、意味わかんねーっての」

 

「もしかして先に潰そうって魂胆か?また斬新な作戦を考えたもんだな」

 

我に返った男子生徒とその《絆双刃(デュオ)》らしき男子生徒が嘲笑った。

 

「……だったら、その体に教え込んであげる」

 

「は?今なんて……」

 

「二度は言わないわ。《焔牙(ブレイズ)》」

 

その嘲笑に、リーリスは行動で答えた。

焔が舞い、リーリスの手に《無二なる焔牙(アンリヴァルド・ブレイズ)》が具現化される

 

「そ、それって……!」

 

(ライフル)》の《焔牙(ブレイズ)》の銃口が最初に嘲笑った男子生徒に向けられ、即座に乾いた音が響きわたる。直後に男子生徒が倒れた音が発砲によって生まれた静寂を破った。

 

「な!テメェ!何しやが……!」

 

「《焔牙(ブレイズ)》!」

 

俺は即座に生み出した《双剣(ダブル)》の《焔牙(ブレイズ)》で襲い掛かってきた男子生徒の胴に2撃打ち込む。

直後、その生徒も意識を失って倒れ伏せた

 

「ちょっと!どういうつもり!?」

 

「ケンカ売ってんのか!」

 

殺気立つ二年生達。今にも襲い掛かって来そうな彼らを無視し、リーリスは涼しい顔で来賓席にいる理事長と三國先生の方を向く

 

「どうにも丸く収まりそうに無いし《咬竜戦》の許可をもらえるかしら?」

 

「随分と唐突ですわね。理由をお聞かせ願えないかしら?」

 

「これが終わった後ででいいかしら」

 

沈黙が流れる

 

「全く、貴女の気まぐれさには困ったものですわ」

 

理事長はそう言って席を立ち

 

「仕方ありませんわね。今から《咬竜戦》を行うことを特別に許可します」

 

許可を出した

 

「と、許可も貰えたことだし、《咬竜戦》、スタートよ!」

 

開始を宣言するや否や、リーリスは《(すい)》を持った女子生徒の懐に潜り込み、そして銃声が鳴り響いて女子生徒は倒れ伏した

 

「テメェ!」

 

その隙を狙って、男子生徒がリーリスの体の倍はあるであろう《(つち)》を振り下ろし

 

「ああもう!なるようになれ!《焔牙(ブレイズ)》!」

 

それを俺が受け止め、勢いを右に流して左に飛ぶ。同時に銃声、どさりという音と共に倒れる男子生徒

 

「ナイスプレー♪」

 

「ナイスショットって言っとくけど、終わったらどういうつもりか聞かせてもらうぞ?」

 

「大丈夫、ちゃんと話すから。さて、次は誰かしら?」

 

挑発した瞬間、関係のない2年生も俺たちに襲いかかってくる。

それからは戦闘とも言えない戦闘、突っ込んで来る者は尽く撃ち抜かれ、後ろから攻撃して来る者は俺が切り裂く。まさに蹂躙というべき戦いだった。

5分が立つ頃には、立っているのは俺達二人だけになっていた

 

「……《咬竜戦》とは、一年生にとって戦略次第で格上と互角に、時には勝てることを経験させる事を目的としています」

 

終わったと見るや、静観していた理事長は口を開く

 

「約束ですわ、理由を聞かせてもらいましょう」

 

「フレイとのペアダンスの最終調整。それと……こっちが主だけど、パーティーを開きたいから、よ」

 

あっけらかんと答えるリーリス

 

「……前者の意味は理解できます。後者はどういうことですの?」

 

その回答に理事長はもう一度質問を飛ばす

 

「転入してからいろいろあって二回くらいしか授業に出れてないから、クラスメートとの親睦を深めようと思って会場を借りたのはいいけど、日程がこれ(咬竜戦)と日程が被っちゃってね」

 

いつの間にそんなことをしていたのか……

 

「……つまるところ、貴女は個人的な理由で《咬竜戦》を早くに済ませたかった、ということですか」

 

「ご明察」

 

「お前って奴は……」

 

パチリとウィンクをするリーリスに俺は頭を抱えて呟く

 

「はぁ……全く、許可を出した私もですが、困ったことをしでかしてくれましたわね。後日同様のものを開催するか、それとも全く別のものを開催するか。ああ……予定も変えなければいけないですわね……。頭が痛いですわ」

 

理事長も同じように頭を抱える

 

「それなら問題ないわ」

 

「何でだ?」「なぜですか?」

 

俺と理事長の声が重なる

 

「私たちの実力は見ての通り、二年生全員を相手しても勝てるレベル。後は分かるわよね?」

 

「まさかとは思うけど……俺とリーリス対残りの一年生とか言わないよな?」

 

「その通りよ、フレイ」

 

「はぁ!?」

 

「なるほど……つまり貴女はダンスパーティーを開こうというのですね」

 

「そう。私たちは踊るの。《焔牙(ブレイズ)》で着飾り、流れるのは剣戟という楽曲」

 

「そうね、曲名(タイトル)は……」

 

一呼吸の間を置き、一人の生徒に目線を向けてその曲名(タイトル)を宣言する

 

「《生存闘争(サバイブ)》」

 

視線を当てられた生徒……透流は驚いた表情を見せる

 

「……確かに、《咬竜戦》の主旨で考えるのならばそれでも良いでしょう」

 

「決まりね。ルールと場所ははまた後日伝えるわ」

 

そう言い残して、リーリスは控室へと向かう。

俺もその後を追って格技場を後にした



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《生存闘争》、開幕

時は過ぎ、 《生存闘争(サバイブ)》当日。

俺達二人は「あらもーど」というショッピングモールの屋上で開始の時間を待っていた。

基本的に誰も入ることがない屋上には、理事長が内部の様子を見るためのモニターや怪我人がでたときのための救護、終了を伝えるための放送機材と警備に繋がる無線が用意されている

 

「ったく……お前って奴は……」

 

「てへ♪」

 

「てへ♪じゃねぇ」

 

わざとらしいぶりっ子アピールを切り捨てる。

こんな奴だったかと断片的な記憶を辿って思い出そうとするも、断片的では出来るはずもなく諦めて時計を見た

うん、ルールを再確認するくらいの時間はあるな

 

「ルールを再確認したいんだけど良いか?」

 

「良いわよ」

 

リーリスは急に真面目になってルールを説明していく。

それを纏めると

・俺達二人対残りの一年生

・制限時間は1時間

・会場はここ「あらもーど」の北側。

・気絶は敗北とする

・相手の勝利条件は3つ。

1、俺達二人が胸元につけているバラの花を「散らす」。

2、制限時間の時点で一人でも「生存」すること。

3、屋上にいる理事長の「確保」。

ただし1に関してはは二人のうちの片方だけでよく、3は屋上への到達をもって「確保」とみなす。

・こちらの勝利条件は相手の全滅

となった。

もともと相手の勝利条件は1と2だけだったのだが、レベル3相手にほとんど無傷で勝利を納めたという点から、さらに3の条件が加わった。そのため、俺達はどうしても分かれなければ行けないというハンデを持ってしまっうことになった。

……いくらこちらが《無二なる焔牙(アンリヴァルド・ブレイズ)》を持つとは言え、こちらに不利過ぎるルールだ。

 

「朔夜様、周辺配備の確認が終了しました。いつでも始められて問題ありません」

 

「ご苦労様、三國」

 

貸し切りで誰もいないとは言え、《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》を学外で行うからか、「あらもーど」の周りには多数の《超えし者(イクシード)》(三國先生によれば全員俺達の先輩らしい)が警備をしている。

今のやり取りから考えるに、俺がルールを再確認している間に準備は終わったのだろう

 

「ルールの確認はよろしいでしょうか?そろそろ始めますわよ」

 

「確認は終わりました。いつでも行けます」

 

「じゃあ、行きましょう」

 

リーリスは先に階段で下の階へと移動して行った。

ルール上屋上にいても意味がないため、俺もその後を追うように下の階へと下りる。

内部は閑散としていた。店は商品を全て片付け残っているのは棚だけ、レストランもテーブルの上に置いていたメニュー表などはすでに取り払われ、テーブルと椅子だけが残っていた。

 

「人がいないとこんなに閑散とするもんなんだな」

 

独り言を言い終えたところで、館内に銃声が響く。

それがこの《生存闘争(サバイブ)》の開幕を知らせる音となった

 

 

 

 

 

 

その様子を、「あらもーど」上空を飛ぶヘリのモニターで見る者がいたが、誰一人として気づく者はいなかった



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招かれざる客

生存闘争(サバイブ)》開始から25分、あらもーど屋上

 

ドローンによってリアルタイムでモニターに送られてくる映像には、風麗と彼に対峙するトラ、タツの《絆双刃(デュオ)》と橘、穂高の《絆双刃(デュオ)》が映る。朔夜はそれをじっと見つめていた。

 

「能力が判明していない 《特別(エクセプション)》の方に《異能(イレギュラー)》を差し向けて動きを封じ、 能力のほとんどが判明している《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》に戦力を集中させて突破を狙う……。いい作戦ですわ」

 

もう一方のリーリスと対峙する透流、ユリエの《絆双刃(デュオ)》が映るモニターを見て、朔夜は呟く

 

「ですが、その分離脱者が多い……」

 

「彼らにとっては想定内でしょう。さて、作戦に乗らなかった生徒は……?」

 

急にモニターの画像が途切れ、砂嵐が流れ始める

 

「どうやら、来客のようですわね」

 

「いかがいたしましょう?」

 

「丁重にもてなして差し上げて下さいな」

 

「承知しました。朔夜様」

 

三國は朔夜を置いて貯水タンクの上に軽く飛んだだけで登る

残された朔夜は館内放送を起動し、月見に向けてメッセージを出す。

ヘリのローターの音はだんだんと近づいてくる……

 

 

 

 

あらもーど内、4階階段前

開始から30分が経った。

戦況はこちらが戦術的に劣勢、二人だけの防衛線は確実に押し込まれているが、相手の損害も少なくは無い。万が一さえなければこのまま勝つことは出来るだろう。

しかし……

 

「さすがに連続は……疲れるな……」

 

疲労だけはどうにもならない。

一点に戦力を集中させる。作戦といえるかどうかもわからない単純な作戦だが、俺達二人しか相手がいない《生存闘争》なら話は別だ。

こちらは一点に戦力を集中することが出来ないのに対し、相手は限界はあるとは言え物量で攻めることが出来る。大方、橘が考えたのだろう。相手を疲れさせ隙を作り突破、もしくは薔薇を散らせて勝利、か。

 

「どっちにしろ、まだやれる!」

 

目の前にいる、四つの人影に向かって吠え《焔牙(ブレイズ)》を構え直す

 

ガシャーン!

 

「何だ!?」

 

始まろうとしていた戦いを邪魔するかの如く、人影の真後ろの窓ガラスが砕け、強い光が差し込む。

よく見ればそれはヘリ、それも軍用の物。

そして光を背に浴び、銃を持った人影が割れた窓から飛び込んで来た

 

「どこかの軍か!?」

 

人影の一人、トラが一歩下がり身構え、我に返った橘、みやび、トラの《絆双刃(デュオ)》のタツも同じように一歩下がり、《焔牙(ブレイズ)》を構える。

次々と飛び込んで来る兵隊は瞬く間に数を増やし、俺達を包囲した

 

「《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》、荒巻風麗さん、ですね?」

 

「……っ!そうだ!」

 

「突然の無礼、申し訳ありません。我々は《神滅部隊(リベールズ)》。命令により、貴方をお迎えに参りました」

 

隊長らしき兵が兵隊達の間を縫って現れる

 

「……断ったら?」

 

「それは貴方が一番分かっているはずですが?」

 

目線でトラ達4人を攻撃すると伝わって来た

 

「……分かった、従う」

 

「にはまだ早いぜ!」

 

横を何かが通りすぎる。凄まじい勢いで飛んで行ったそれは、ヘリのエンジン部に突き刺さり爆発を起こす。

後ろを振り向くと、そこに月見がいた。

ヘリまでは見て3、40mはありそうだが、その距離から《焔牙(ブレイズ)》を投げてヘリを落とすという意表をついた攻撃に 、俺達と《神滅部隊(リベールズ)》は呆然としていた

 

「何ぼーっとしてやがる!あっちだ!あっちに向かって走れ!」

 

月見の言葉に4人は意識を引き戻し、月見の指差す方へ走り出すが、俺は行かない。

 

「リーリスは?」

 

「逆側で《異能(イレギュラー)》と一緒に戦闘中だぜ?」

 

「分かった」

 

「……っておい!?」

 

俺はリーリスの元へ走り出す。

それが、全ての元凶と出会うことになると知らずに……



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襲撃

ここからオリジナル設定が増えていきます。
(先日の修正はこれが理由です)


暗い廊下を俺は走る。

不思議なことに、俺が来た方向から鳴り響く戦闘の音と俺の足音以外音が無い。

 

「無事でいてくれよ……!」

 

しばらくすると、明かりの無い廊下の向こうにいくつかの人影が見えてくる。

一つはリーリスか。離れたところで襲撃者の一人と睨み合っているのは透流とユリエさんだろう

 

「リーリスー!」

 

「フレイ!?来ちゃダメ!」

 

予想外の発言に、俺は思わず足を止めてしまった。

その直後に銃声が鳴り響いた。

 

「ーーーーッ!?」

 

肩を焼けるような痛みが襲い、反射的に手で押さえる。痛みの中心点からぬめっとした血が服と手を濡らす。

真っ暗な屋内という、命中させることすらままならないようなこの状況で、襲撃者の撃った弾丸は的確に俺の右肩を撃ち抜いたらしい。

 

「フレイ!?」

 

心配したリーリスが駆け寄ってくるが、心配させまいと俺は立ち上がる。

 

「……そういえば、6年前も同じようなことがあったのう。あの時とは全く逆の立場じゃが」

 

俺を撃った人影が無警戒にも銃を下ろして、近づいてくる。

 

「あの時死んだと思ったが、まさか別人として生まれ変わっていたとは思わなかったぞ……!」

 

目の順応が済み、顔が見えた。

 

「う……ああああぁぁぁ!?」

 

その顔を見たくないと体が拒絶し、拒絶に反して脳裏には映像が浮かぶ。

《新刃戦》の夜にみた夢の、地獄のような光景。俺は、襲撃者の名を、知っている

 

「ああああああああああっ!?」

 

嫌な記憶が、思い出したくもない記憶が次から次へと浮かび上がる。そして、俺の意識は闇へと落ちた。

 

 

 

 

 

「……どうやら脳が耐え切れなくなったようじゃのう」

 

私の目の前で、男は冷静にフレイの状態を分析する。次にバリバリッ!という何かを剥がす音が響く。男は顔から何かを取るとそれを投げ捨てた。

 

「変装は初めてだが違和感しかないのう」

 

眼鏡をかけながら目の前の老人はぼやいた

 

「さて、《特別(エクセプション)》よ、《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》と共について来てもらおうか?」

 

「ふざけないで!これ以上近づくなら撃つわよ!」

 

私は《(ライフル)》の《焔牙(ブレイズ)》を目の前の老人に向ける。が、老人は意に介さない。銃口をほんの少し下にむけて、引き金を引く。

 

「最終警告よ、フレイに近づかないで!」

 

「……甘く見られたものじゃの」

 

足元に撃ち込まれた弾丸を見て、老人は呟く

 

「何がおかしいの!」

 

「『何がおかしいの』じゃと?なら逆に問おう、お前はいつから『ここにいるのが儂とその護衛』だけど思っていた?」

 

その言葉と同時に、私たちを包囲するように兵が何も無いところから現れた。

 

「光学迷彩……!」

 

光学迷彩で潜伏した兵士の輪の中にターゲットが入った瞬間潜伏を解いて閉じ込める。あの事件の時、フレイに対して使われた策だ。

そもそも敵陣の中心に大将が護衛一人だけで現れた時点で何かあると察するべきだった。しかし後の祭り、蟻一匹足りとも逃さない包囲網はすでに構築されてしまっている。離れたところで護衛と戦っている《異能(イレギュラー)》の《絆双刃(デュオ)》とは分断されているのに加えて戦闘中、だからといって私がここで抵抗しても蜂の巣にされるのがオチだ

 

「さて《特別(エクセプション)》、これで立場は逆転したのう?もう一度だけ言おう、《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》と共について来てもらおうか?」

 

老人は拳銃を向けたうえで告げた

 

「く……それでもッ!」

 

「彼女の代わりに答えましょう。その質問に対する答はNO、ですわ」

 

私の背後、包囲の壁を作っていた兵士が突然倒れ伏せた。

 

「……ほう?」

 

続けて、その左右の兵士、その隣の兵士と連鎖するように少し苦しむ素振りを見せたかと思えば崩れ落ちていく。

 

「はじめまして、お客人。本日はどのようなご用向きで?」

 

「……なぁに、ちょっとした散歩をな」

 

「嘘は聞きませんわ。答えられないなら代わりに答えを言ってもよろしいのですわよ?」

 

「ほう?」

 

「貴方の目的はその見慣れない装備の調整と言ったところ。加えてそこの二人ーー《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》と《特別(エクセプション)》の確保。後者は依頼を受けて……と言ったところでしょうか?」

 

「……どうやら、貴女を見くびっていたようだ、九十九朔夜殿。いや《操焔の魔女(ブレイズ・デアポリカ)》殿、と言った方が正しいか」

 

普段ポーカーフェイスの理事長の顔が動いた。

 

「さすがにこちらでは反応がありましたのう。申し遅れたが、儂は《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》エドワード・ウォーカー。貴女とは一度お会いしたことがあるのだが……」

 

「まさかと思いますが、6年前でしょうか?」

 

「覚えとるようだな。本日はその時の産物の回収、及び《特別(エクセプション)》の招待のために訪問させていただいた」

 

思い出した。あの事件の時、私を餌にして同じ策を使っていた老人だ。

あの時の産物という言葉がフレイを指しているのだとするなら……!

 

「《異端者(ヘレティック)》……!貴方に依頼したのは《異端者(ヘレティック)》ね!」

 

「ッ!」

 

「ほう。さすがといったところだ」

 

異端者(ヘレティック)》。あの事件の首謀者で《禁忌》の実験の先導者、フレイが記憶を失った原因たる人物。

そして……

 

「お父様……まだこんな……ッ!」

 

理事長の父親だ

 

「さて、ここまで話したところで、そこの二人を預かろうと思うが……」

 

老人は不意に時計を見た

 

「そろそろ《装鋼(ユニット)》の稼動限界のようだ。今日のところは引かせてもらうが……次は来てもらうぞ」

 

撤退と老人が指示を出し、残っていた兵士は次々とあらもーどから去っていく。

 

「では、失礼いたします。《操焔の魔女(ブレイズ・デアポリカ)》。また会う日を」

 

「……お断りさせていただきますわ!」

 

珍しく感情を爆発させて、理事長は叫んだ。

 

「おお、これは手厳しいのう」

 

そして、老人は笑い声を残して夜の空に消えて行った……



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エピローグ

エピローグのわりにはエピローグっぽくない話になってしまいました。


「おはよう、フレイ」

 

リーリスがりんごを持って病室に入って来る。俺は本を棚に置いて起き上がり、彼女を出迎えた

 

「いつもありがとう、リーリス」

 

あれから三日が経った。

《生存闘争》はあの襲撃でうやむやになり、リーリスはかなり悔しがっていたが、あんなことがあっては仕方ない。

 

「それで、調子はどう?」

 

「もう大丈夫ってさ」

 

リーリスに怪我はなかったものの、銃弾を受けた俺は意識を失っていたこともあって入院。

……あまりにも早い出戻りに看護師から呆れられたのはここだけの秘密である

 

「透流達は?」

 

「診察をうけてから来るそうよ」

 

「ああ、右腕か」

 

護衛と戦っていたという透流達は、その護衛を撃破寸前まで追い詰めたらしい

こっちはこっちで銃弾受けたり危うく連れ去られかける(リーリスから聞いた)とこだったりと踏んだり蹴ったりだったのにこの差は何なんだろうか

 

「じゃ、私は部屋に帰るわね」

 

「ほーい」

 

剥き終わったりんごを置いて、リーリスは病室を出て行った。俺はそれを食べながら、読んでいた本を手に取り続きを読む

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理事長室

机に広げられた何十枚もの書類、内容はすべて先日の《生存闘争》を襲撃してきた部隊と、残していった装備の残骸などの鑑定データだ。

 

「……はぁ。これだけ量があると疲れますわ」

 

襲撃者のリーダー、「エドワード・ウォーカー」についてドーン機関に問い合わせると、大量の資料が私の元に送られてきた。

元ドーン機関開発局ナンバー2、それがあの男の経歴。そのためか、資料の大半はあの男がしてきた実験のデータが占めていた。

そして今回の襲撃で襲撃者達が残していった装備の残骸をその資料に照らし合わせた結果、祖父に対抗して研究されていた装備の発展系ということが判明し、さらにはそれに《黎明の星紋(ルキフル)》の技術が一部転用され、「装備すると身体能力が超化される」という想定外の結果が出てきた。

これによって、《異端者(ヘレティック)》が開発に関与している可能性まで出てきてしまう事態になり、そのせいでもう二日連続で徹夜している

 

「朔夜様、ただいま戻りました」

 

「ああ、お帰りなさい、三國。情報は掴めましたか?」

 

「いいえ。《異端者(ヘレティック)》が 生存していることは確実なのですが、いまだに尻尾は掴めていません。現在は機関の《超えし者(イクシード)》部隊が捜査に動いています」

 

「そう。ありがとうございますわ、三國。ゆっくり休んでくださいな」

 

「朔夜様も、根を詰め過ぎないようにしてください。無理は、体を壊す原因ですよ」

 

「……忠告、感謝しますわ」

 

隠していたつもりだったのに見抜かれていた。

学内で一番長く共にいただけに、私に関する違和感にはすぐ気づいてくれる。さすがは三國、と言ったところだ

 

「根を詰め過ぎても得はありませんし、ここは忠告通り1度休むとしましょうか」

 

私はベットに横になると、程なくして二日振りの眠りに付いた



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幕間 《原初の焔牙》
前編


焔牙(ブレイズ)

私が、《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》に至る為に必要と結論づけた魂の力から発展した、魂を具現化し力とする異能の力。当然の事ながら、それは空想上の力だ。しかし今日、この時、それは空想から現実となった。

 

「こ、これは……!」

 

私の目の前で焔が舞う。その焔の起点は目の前で呆然と立ち尽くす我が初孫。そして孫の目の前には焔の壁とそれに突っ込む形で止まる大型トラック。

私はその焔を魂だと見抜いた。

 

「風麗!ついて来なさい!」

 

私は集まりつつある野次馬から逃げるように半ば家と化した研究所に戻り、 すぐに上層部へ報告した。帰ってきた返答は、「至急検査の上、結果を報告せよ」。 すぐに検査の準備に取り掛かった。

こう言うとき、この機関は融通がきく。元々異能の力を中心に調べることの多いこの機関だからこそ、非科学的な現象だろうと検査をさせてもらえる。改めて、この機関に所属したことが正解だったと感じる。

話がズレた。私はすぐに検査室を借り、派遣された同業者を指示し検査の準備をさせる。当然、大型トラックに突っ込まれた孫の身に異常が無いか調べるのもある。しかし、それ以上に研究者として、あの力に興味があった。

 

「準備できました!」

 

「CTと脳波測定は終わらせたか?……よし、すぐに始めるぞ!出たデータはすぐに纏めて私に見せろ!」

 

「はっ!」

 

そして検査が始まった。

一つの検査が終わり次第送られて来るデータの傾向は、大きく二つに分かれた。

一つは常人と何ら変わらない結果。これは脳波やCT等に当て嵌まった。

もう一つは、常人に比べ大幅に向上した結果。こちらには筋肉や心肺機能等に当て嵌まった。

結論として、力に目覚めた人間は身体能力が大幅に向上することが判明した。私は目覚めたものを《醒なる者(エル・アウェイク)》と名付け、上層部へ結果を報告した。

結果、私の研究に予算がつき、すぐに世界中の《醒なる者(エル・アウェイク)》探しが始まった。

すぐに九人の《醒なる者(エル・アウェイク)》が見つかり、研究所に連れて来られた。

そして2年に渡る研究の結果、人為的に《醒なる者(エル・アウェイク)》を作り出すための道具、《黎明の星紋(ルキフル)》が発明された。

人工的に《醒なる者(エル・アウェイク)》を作り出すという性質上、「《醒なる者(エル・アウェイク)》への投与は禁忌である」という暗黙の了解のもと、さらに研究は進んだ。

しかし、《禁忌》を犯す者が出るかも知れないという懸念はあった

そしてこの間にあった個人的な事といえば二人目の孫が初孫が《醒なる者(エル・アウェイク)》に覚醒した一週間後に生まれ、最近は良く初孫と来てくれる事があるくらいか。調べた結果、《黎明の星紋(ルキフル)》の適性はなかったものの、完全記憶能力があることが分かったため、漏洩を防ぐために実験の方法や結果等の資料は大体隠すようにしている。

 

そんなこんなでさらに2年が経過したある日の事、とうとう懸念していた事が起きてしまった

 

「大変です!」

 

私の世話役が血相を変えてノックもせずに部屋のドアを開ける。

 

「何事だ?」

 

「息子様が……《禁忌》の実験を!」

 

「何!?」

 

私は案内を受け、息子の研究室に向かった。

そして中にはいると、体中がズタズタになり大量の血を流して倒れている人間と狂ったようにパソコンにデータを打ち込む息子の姿が。すぐに倒れている人間に駆け寄ったが既に手遅れだった。

 

「貴様!何をしたか分かっているのか!」

 

「何って、実験に決まっているじゃないか。《醒なる者(エル・アウェイク)》を更に強化する実験。名付けて《醒を超える者(オーバー・エル・アウェイク)》実験!このデータを見てくれよ、一瞬だけど最強クラスの《醒なる者(エル・アウェイク)》をゆうに超える数値が出ているんだ!この実験がうまくいけば《絶対双刃(アブソリュート・デュオ)》なんて目じゃない!」

 

「ふざけるな!」

 

顔に一撃。突然の一撃に驚いたのか、倒れたまま呆然と私を見つめる

 

「もう貴様を息子とは思わん!責任者として告げる、今すぐここから出ていけ!」

 

「何だと!」

 

「つべこべ言わず出ていけと言っている!おい、こいつのパソコンからこの実験に関するデータを全て引き出せ。今回の件、かなり根が深いかもしれん」

 

「は、はい!」

 

数日後、息子は正式に機関を追放された。

調査の結果、実験は九人に施されていたことが判明し、施術後の生存期間の差はあったものの全員が死亡していた。

そして2度とこのようなことが起きないように様々な対策が行われた。

しかしこれがこの二週間後に起きる事件の発端になるとは誰も思っていなかった……




風麗はこの話開始時点で6歳です


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後編

それはいつものようにデータをまとめる作業をしていた時だった

一本の電話が部屋備付けの電話機を鳴らす。特段珍しいことでもない、良くある事だったために何も考えず受話器を取った

 

「どうした?」

 

『お孫様が来ておりますが……』

 

受付嬢が

 

「それは伝えなくてもいいと言わんかったか?」

 

『いえ、今日は妹のほうだけが来て……かなり慌ててるんです。お兄ちゃんがって』

 

後ろから「おじいちゃんなの?」とかなり慌てた朔夜の声が受話器に入り込んでくる。

本当に何か起こったのかも知れない。パソコンをスリープにし、必要な物だけ持って立ち上がる

 

「……分かった、すぐに受付に向かう。待つように伝えてくれ」

 

受話器を置き、走って受付に向かう。

部下に何度もぶつかりそうになりながらもロビーに着くと、すぐに朔夜の姿が目に入った。言っていたように風麗がいない。

予想以上に重大な事かもしれないと、嫌な予感が頭に過ぎった

 

「朔夜!」

 

「おじいちゃん!お兄ちゃんが、お兄ちゃんが!」

 

「風麗がどうした?熱を出したか?」

 

できれば病気くらいで済んでほしいと私は願う

 

「そうじゃないの!お父さんに連れていかれたの!」

 

しかし、その願いは打ち砕かれた。考えうるかぎりの最悪の事態だ。

 

「なに!?」

 

「これで俺の実験が完成するって言って、ダメって言ったら私まで連れていかれそうなったんだけどお兄ちゃんが逃がしてくれておじいちゃんを呼んでって!」

 

「分かった、ここまで大変だったな。おい、この子を私の研究室に連れていってくれ」

 

「しかしそれは」

 

「大丈夫、三國に詳しく事情を聞いてもらうだけだ。知らない場所で知らない大人に聞かれるよりは話しやすいだろう」

 

「分かりました」

 

朔夜は今の会話で理解したのか素直に受付嬢について行った

そして私はPHSを取りだし私設武装部隊に連絡をとる。三回のコールで内線は繋がった

 

「緊急事態だ。《原初の焔牙(オリジナル・ブレイズ)》が誘拐された。犯人は元ドーン機関研究員。二週間前に追放された奴だ。犯人については追放以前に《禁忌》の実験をおこなっていたこともあり対象が危険な状況と予想される、至急捜索をお願いしたい」

 

『了解、AからFの6チームを捜索に当てる』

 

「救出前には私を呼んでほしい。後、部屋の捜索に解析チームを回してくれ」

 

『了解、すぐに宿舎へ向かわせる』

 

「頼んだ」

 

PHSを白衣のポケットに押し込むように入れ、私は施設の外に出、宿舎に向かう。

息子ーー今は元が付くが追放された後、孫達は安全のため敷地内にある職員宿舎に入ることになった。そこは登録された人間を除いた部外者の侵入が出来ないよう、網膜認証等のバイオメトリクス認証をはじめとした高いレベルのセキュリティが設置されている。

もし誘拐された場所が外だとしても、かなりの数の警備員に加え、訓練中のドーン機関の部隊が通りかかることもあれば防犯カメラもある。警備員の報告が無かったことから、発生場所は十中八九宿舎だ。

 

「あれ?フレイのおじい様?」

 

「リーリスか」

 

宿舎のロビーに入ると、ちょうど目の前からリーリスがエレベーターから降りた所だった

彼女は《黎明の星紋(ルキフル)》の実験の最初の被験者で、良いところのお嬢様らしい。向こうの思惑も合わさり二つ返事で預けてもらえたのはラッキーだったが、初期型《黎明の星紋(ルキフル)》の不具合か《焔牙(ブレイズ)》が今だ形を作らないため、2年に渡ってこの宿舎に入っている。そのせいか孫達ととても仲が良い

いつもと変わらない姿で安心したが、その手には何かを持っている

 

「それは?」

 

「あ、ちょうど渡しに行くところだったの。はい」

 

リーリスから紙を受けとる。

折り畳まれたそれを開くと、「台場の倉庫にて待つ」と書かれていた。ご丁寧に地図までつけられている

 

「宣戦布告のつもりかッ!」

 

「おじい様?」

 

「リーリス、私の研究室で朔夜と待っていろ!」

 

「え、何?どうしたの?」

 

「ちょっと出てくるだけだ」

 

そういい残して、私は車へ向かいながらもう一度部隊に連絡をとる。今度は1コールで繋がった。

 

「場所が分かった。台場の倉庫だ」

 

「了解。Fチームがそちらの近くにいるがどうしますか?」

 

「不要だ。先行し待機していてくれ」

 

「了解。現地で待機させます。これ以降は傍受される可能性もあるので無線封鎖を行います」

 

「分かった」

 

電話は切られる。

私は急いで車に乗り込み、指定された場所へ向かう。

法定速度も無視して走らせ、30分もすると現地に到着した。既に部隊は展開し終えて、指示を待っている。

 

「準備は出来ているな?」

 

車を下りながら無線で指示を出す人間に確認をとる

返答は「いつでも行けます」。私は作戦開始を告げ、突撃部隊の後ろをついていき、倉庫に入る

倉庫の中は水銀灯で照らされ、一番奥に二人は居た

 

「ああ、来てくれたんだ」

 

「今ならまだ間に合う、おとなしく投降するんだ」

 

「答えはNOだよ。後少しで完成するんだ。……ところで、なぜ私が風麗と名付けたか分かるか、親父?」

 

「……質問の意図が分からんな。時間稼ぎのつもりか?」

 

「いや違う。この実験において1番重要な点さ」

 

一呼吸おいて続けられる

 

「『魔力』は聞いたことがあるだろう?『魔力』ってのは素質さえあれば誰でも使える……ってのは言う必要も無かったな。だが、ある条件を満たせば素質がなくてもある程度なら魔力を保有することができるってのは知っていたか?」

 

「条件……?名前か?」

 

「そうだよ。こいつの場合、北欧神話の神フレイから名前をつけている。そしてその魔力を《焔牙(ブレイズ)》の力と組み合わせ、強化を図る。今まで実験してきた九人は、魔力と《焔牙(ブレイズ)》の力を組み合わせるナノマシン、 《薄暮の月紋(コンバーター)》 の実験台さ」

 

無針注射器を持ち、ベッドに寝かせられている風麗に元息子が歩み寄る

 

「後はこの完成版を打ち込むだけ……」

 

「くそ!」

 

私は元息子に飛び掛かり、取っ組み合う。が、予想以上に力が強く、注射器は奪えず投げ飛ばされた。

 

「奴を取り押さえろ!」

 

「もう遅い!」

 

バシュッ!という音と同時にあの時とは比較にならないほどの焔が舞い始めた。

 

「ッーーーーーー!」

 

「くはッ!これだ!この圧倒的な力!実験は成功だァァァッ!!!!」

 

風麗は声にならぬ悲鳴を上げ、焔が周囲の物を破壊していく。その様を見て、元息子は歓喜の声を上げる

 

「全員待避だ!巻き込まれるぞ!所長も早く!」

 

「先に逃げておけ!後から行く!」

 

この状況に呆然としていた武装部隊は部隊長の叫びに反応し走って倉庫の外に出ていく。が、私は残る。目の前の愚か者にケジメつけさせなければいけないから

 

「貴様……自分が何をしたのか分かっているのか!」

 

「実験って言ってるだろう?その対象がたまたま息子だっただけだ」

 

「ふざけるなァァァッ!」

 

焔が舞う中、私は元息子に向けて護身用の拳銃を3発放った。心臓目掛けて放たれた弾丸は、まるで守るように落ちてきた水銀灯に当たり、火花を散らした。

 

「はっ!お前の時代は終わったんだよクソジジイ!」

 

「ガハァ……ッ!」

 

腹に強い衝撃が走り、よろけた拍子に工具棚にぶつかってそれが倒れ凄まじい音が倉庫に響く

その間も焔はさらに破壊を進めていく。

 

「さぁて、この研究結果を嫌と言うほどに見せつけてやるよ。手始めに外の蛆虫どもをなぎ払え!」

 

「う……アアァ……!!」

 

焔は舞い上がり、形を取りはじめる。しかし半分まで形が出来たところで銃声と共に焔が消えた。

 

「何!?」

 

「誰だ!?」

 

銃声がした方を見ると、さきほどまで舞っていた焔には見劣りするものの力強い焔が舞い、その中に銃を持つ人影が立っていた。

背の高さとそのたたずまいからその人物がリーリスだという事を見抜いた。

 

「リーリス!?なぜここに!」

 

「三國に無理言って連れて来てもらったの!」

 

焔牙(ブレイズ)》の銃を持つ少女は、崩壊寸前の倉庫の中で、たった一人笑顔を見せる。

さすがはブリストル家の御令嬢と言ったところだが、それどころではない状況だった事を思い出し、銃を構え直す。

 

「……チッ、分が悪いな」

 

「おとなしく投降しろ……さもなくば、お前を殺すことになる」

 

「答えはNOだ。私を必要としてくれる場所があるからな!」

 

ゴトンという音の直後、倉庫は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、そこは武装部隊の車両の中だった

 

「十六夜博士!」

 

救護の隊員の状態チェックを受け、私はゆっくり起き上がる

 

「……逃げられたか」

 

「はい。所属不明のヘリに乗り、逃走しました」

 

「風麗とリーリスは?」

 

「《原初の焔牙(オリジナル・ブレイズ)》は一足先にヘリで研究所に移送、《特別(エクセプション)》は世話役の車で我々と共に研究所へ移動中です」

 

「そうか。無事なら良い」

 

私はもう一度横になる。

目を覚ましたのが研究所の近くだったのか、5分程で研究所に到着した。気絶していた事もあり、念のため敷地内の医療施設で検査を受け、経過を見るために一日入院することになった。

そして一通りの検査が終わった後、私は三國とリーリス、そして朔夜を呼び出した。

三人はすぐに病室へとやってきた

 

「良く来た。まあそこに座りなさい」

 

病室に戻ったときに看護士に用意してもらった椅子に三人を座らせ、話を切り出す

 

「いくらか言いたいこともあるが先ずは、皆無事でよかった」

 

「申し訳ありません」

 

「無事ならば良い。が、あんなことになった以上、お前達も巻き込まれることになる。リーリスと三國は当分風麗と一緒に居てもらいたい。無論、護衛はつける」

 

「了解しました」

 

「朔夜。お前には、私にもしもの事があったとき、私の研究を引き継いでもらいたい」

 

「研究を……?」

 

「うむ。ああなった以上、奴は私に報復しようとする可能性もある。私にもしもの事があって研究が続行不能になってはここにいる研究員達にも迷惑がかかる。しかし、この研究を深く知っているのは私以外では三國とお前だけだ」

 

「何で三國さんじゃないの?」

 

「三國は元々研究者ではないし、今度設立される学校に教員として配属される予定だ。それに、お前でなくてはいけない理由もあるのだが……それはいずれ分かることだ。5歳のお前に引き継ぐというのも気が引けるが……どうか、お願いしたい」

 

「……分かった。私頑張る!」

 

「ありがとう。話は以上だ。部屋に戻って休みなさい」

 

三人は立ち上がり、病室を出ていく

 

「嫌な予感ほど良くあたるが……」

 

私は空を見上げて呟く。

この1年後、この予感は見事にあたる事になる……



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第三章 無形なる焔の牙
臨海学校


体に吹き付ける潮風の香りが鼻をくすぐる。

太陽の光が一面に広がる青に反射して幻想的なきらめきを見せ、その中に白い泡が混じる。

そして俺達が立っているのは鉄の床、それが波に揺られ縦に揺れ動く。

俺達は現在、臨海学校の目的地である昊陵学園所有の南の島へこれまた昊陵学園が所有する船で向かっているところだ。

そして俺は今、その船の後部デッキにいるのだが……

 

「うぅ……」

 

絶賛船酔い中である。

 

「大丈夫?」

 

「ま、全く……うぇっぷ」

 

港で船に乗った直後から続く船酔いのせいで吐きそうになるが、すでに散々吐いてしまったために何も出て来ない。吐けば治るとか聞いたことがあるが、全然良くならない

おまけに酔い止めは全然効かない。遅効性にも程がある

 

「全く、ほら、横になりなさい。寝れば治るわ」

 

俺の《絆双刃(デュオ)》、リーリスが座って膝を叩く

 

「あ、ありが……と……」

 

俺は言葉に甘えて横になり、そのまま眠りについた

 

 

 

 

 

「相変わらず船だけは弱いんだから……」

 

私の膝を枕にして眠るフレイの頭を撫でながら呟く

 

「あ、リーリス」

 

「あら、貴方も?」

 

船室とデッキを隔てる扉の方から、二人の人影が私たちに近づいて来る。

腰まで届く髪が特徴的な少女の方は相方の肩にもたれかかるようにしているとこから、目的は同じと見抜いた

 

「リーリスも船酔いか?」

 

「失礼ね、私じゃなくてフレイよ。彼、昔っから船だけは弱いから」

 

「大変だな……」

 

「そっちはユリエが?」

 

「ああ。隣、いいか?」

 

「いいわよ」

 

二人は私の右隣に座った

 

「そういえば、《位階昇華(レベルアップ)》したらしいわね。おめでとう」

 

「ありがと」

 

「周りの話を聞くからに最高記録らしいわね」

 

「俺もまさかこんなに早く《(レベル3)》まで行くとは思ってなかったよ」

 

「まあ、それでも彼女や私に勝てないのは見過ごせないけどね」

 

「言わないでくれ……」

 

透流が《位階昇華(レベルアップ)》してから何度か私とユリエが相手をして《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》をすることがあるのだが、戦績は今のところ透流の負け越し。

位階(レベル)》の差が戦力の徹底的差では無い……というのが改めて証明された

 

「ま、いいわ。これから頑張ってもらうだけだし」

 

「善処します……」

 

「……ん?誰かいるのか?」

 

ちょっと煩かったのか、風麗が目を覚ました

 

「おはよう。煩かった?」

 

「いや……んー!」

 

「あ、フレイ!起き上がったら!」

 

制止が遅く、起き上がって伸びをしてしまうフレイ。

案の定、また私の膝を枕に横になってしまった

 

「透流!風麗!何処だ!集合だぞ……って、何してるんだ?」

 

そこに前部デッキに繋がる通路からトラがやって来る。

気付けば船のスピードが落ちてきていた。時計を見ると、日程の「停船」の時間がきている。これからの説明の為の集合なのだろう。でもなければ停船する意味がないから

 

 

「何って言われても……」

 

「船酔いで潰れた《絆双刃(デュオ)》の看病だけど?」

 

「ならいい。集合時間だ、早く来いよ」

 

そしてトラは戻っていった

ならいいってこの状況を見て何してると思ったんだろう……

 

「リーリス、肩貸して……」

 

「はいはい。全く、世話が焼けるんだから……」

 

「申し訳ない……」

 

始まって早々にグロッキーになっている《絆双刃(デュオ)》の姿に不安を抱きながらも、私たちは集合場所の前部デッキへ向かった



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船上の集会

あけましておめでとうございます
更新を楽しみにしていた方々、昨年末は申し訳ありません。医者いわく何かのウイルス(多分ノロ)に感染して数日動けなかったのです

皆さん、体調管理はしっかりしましょう(教訓)

それでは、今年も本作と作者をよろしくお願いします


集合場所の甲板は、すでに生徒でいっぱいになっていた。と言っても、船の大きさのわりに人数は対して多くはないためかなり余裕はある。他にも何人か船酔いを起こしている様で、並んでいる後ろで救護の先生が診ていた。リーリスに肩を借りてここまで来た俺もそこに連れていかれ、座ったところで集会は始まった

 

「よしよしよーっし!全員揃ったねー?」

 

うさぎ耳にメイド服というおおよそ先生とは言えない姿の担任が甲板を見渡しながら大声で話す

 

「さてさて、この船は間もなく目的の島に到着しまーす!あそこに見えるあの島だよ!で、船がもうすぐ止まるから、みんなは降りる用意をするよーに!なお、みんなの荷物はスタッフが運んでくれるから安心してね~♪」

 

行事名は臨海学校だが、本質的には強化合宿となるこの学外授業は、学校の敷地では出来ない本格的なサバイバル訓練が行われる。噂によると、船酔いを起こしていても問答無用で参加させられるらしい

それはさておき、当然《危険性(リスク)》もあるわけで、サポートスタッフとして《(レベル3)》の先輩が何人か同行している

 

「月見先生。いくらスタッフとは言え、先輩方に荷物運びをさせるわけにはいきません」

 

「気にしない気にしない、あっちも仕事なんだから。それより今からこれ配るから、名前を呼ばれたら取りに来てねー!船酔い組は救護の先生から受け取ってねー!」

 

そういって頭上に掲げられたのは時計の様な何かだった。

 

「何ですか?それ」

 

透流が質問を投げかけた

 

「GPSアーンドきゅーなん信号スイッチ他いろいろ機能がついたアームバンドだよー!本気でやっばーい!って思ったら押してねー。GPSは付いてるけど、マジで死ぬ前に、ね。オッケー?」

 

一瞬ざわめきが起こる。そんなものが用意されるほどハードなのか、と言うのが大半だ

ただ、《(レベル3)》の《超えし者(イクシード)》がスタッフとして同行していることを考えれば、それだけ厄介で危険なものなんだろうと納得もいく

 

「これは実際に学校の警備員が使っているのと同じもので結構頑丈にできてるからよほどの事が無い限り壊れないからそこまで心配しなくても良いよっ!値段は……言えないけど」

 

配りながらそんなことを月見は言う

どう考えても一つ当たり200万位はありそうな代物だとは思う。島についたら理事長に聞いてみよう。答えてくれないとは思うが

 

「みんな着けたかな?それは臨海学校が終わるまで絶対に着けておく事!じゃ、今から荷物を纏めて、今は1時半だから……40分に後部デッキに集合!って事で待ってるねー♪」

 

月見は後部デッキへ去っていった。

残されたクラスメイトは船室に戻るのが半分、月見に続いて後部デッキに行くのが半分と言った位に分かれて動き出した。俺はリーリスと合流して船室に戻る側に着いていく

そして荷物を纏めて後部デッキへ向かう。船はもう止まっている様で、さっきまで聞こえていたエンジン音もかなり小さくなっていた

そして今更になって船に乗る前に飲んだ酔い止めが効きだしたのはここだけの秘密だ。

 

「……ちょっと待て、何かおかしくないか?」

 

「うん。私も思った」

 

「「ここ、普通に海の上じゃねぇか!」じゃない!」

 

てっきり停泊しているのかと思えば、普通に海の上だった。しかも目的の島は遥か数キロ先に見える

そして呆然とする俺達の後から透流達が出てきた。

 

「……なあ、風麗」

 

「うん、言いたいことは分かる」

 

後から来た透流も同じ事を思ったようだ。

そのまま俺達は日陰で涼む月見の前に行き事情を聞こうと話しかけた

 

「なあ、月見……先生」

 

呼び捨てにしかけたところで見た目からは想像できないほどの殺気が飛んで来る。慌てて先生を付けると殺気は消えた

 

「何で陸が無いんだよーーですか!?」

 

「泳げって事♪」

 

「まさかとは思うがここからじゃないよなーーですよね!?」

 

「当然。身の着のままね!」

 

「「制服来たままかよーーですか!?」」

 

「表裏ある性格ってのも大変だな《異能(イレギュラー)》と《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》……言いにくいから今度からイレギュラーズでいいか」

 

お前が言うな腹黒兎。そしてまとめるな

 

「さーってみんな集まったかなー?もう感づいている人もいると思うけど、今回の臨海学校は着衣水泳の実地訓練から始めるよー!島についたら、島の中央にある合宿所を各々目指すよーに!」

 

そしてこの切替である

月見の発言に当然ながら驚きの声が上がって来るが、これぞ昊陵学園のやり方。

戦闘訓練に始まり応急医療、サバイバル他諸々といった、普通の高校とは違うカリキュラムが特殊技術訓練校たる昊陵学園の特徴だ。だからといって覚えたての技術をいきなりやらされるのは勘弁だが。

 

「ま、死ぬ気でやった方が身につくってもんだ。精々頑張れよ、くははっ」

 

他の生徒には聞こえぬように本性を見せる月見。ただこっちも入学直後から2度命の危機にあっているからこのレベルならまだマシな方だ

これで襲撃された時は本格的にセキュリティを強化した方がいいと進言したい。殺されかけるのはもうまっぴらだ

 

「ま、襲われるよりかはまだマシだな……」

 

「何してんの?行くわよ!」

 

「今行く!」

 

俺は覚悟を決め、海に飛び込む。

島まではかなりある。無理に泳がず海流を利用して島へ向かおう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これで施術は済んだ。これなら《装鋼(ユニット)》の最大出力にも、開発中のアレにも耐えられるはずだ」

 

「無理を言ってすまんのう」

 

「なに、《原初の焔牙(オリジナル・ブレイズ)》を手に入れる為の投資と考えれば何でもないさ」

 

ストレッチャーに横たわる少年を挟んで、白衣の男と老人が話し合う

少年は立ち上がると服を纏い、老人の後ろに立った

 

「しかし、貴方も不思議なことを考えるものだ」

 

「《装鋼(ユニット)》の調整も終わり、数も部隊全体に行き渡ったからのう。後は最終段階、というわけじゃ。そのためにもこやつには《力》を持ってもらわねばならぬ」

 

「私はいささか過剰とも思えるぞ?」

 

「なぁに、大は小を兼ねると言うじゃろ」

 

「それもそうだなーー上には私から報告して許可を取っておく。こちらの事は気にせず、作戦と《装鋼(ユニット)》にだけ頭を向けるといい」

 

「重ね重ねすまんのう」

 

「気にしないでいいさ。私も、今回の作戦に期待している一人だからな」

 

「ふ、さてーー作戦名(オペレーションネーム)品評会(セレクション)》を始めようかのう」



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奇襲

一番手で飛び込んだ俺達は残ったクラスメイトが全員飛び込むまでの間に、流れに乗って船と島のちょうど中間地点までたどり着いた

流れに乗ったおかげで体力はまだ残っている、先の道のりを考えてもこのまま行ければ余裕だろう

 

「リーリス、島までは後どれくらいだと思う?」

 

「だいたい2キロぐらいじゃないかしら?」

 

「後一息ってとこか」

 

ここまで掛かった時間は約30分ほど。幸いなことに海は穏やかで予想よりも早く動けている。いいペースだと呟き、塩の味がする海を進もうとするーーそんな俺達の頭上を何かが通りすぎた

 

「襲撃!?」

 

「陸からの狙撃!潜って!」

 

慌てて俺達は潜る

第2射が目の間に落ち、目の前を通りすぎていく。ぼんやりと見えたそれは、俺達の真下で一瞬発光して消えた

 

(《焔牙(ブレイズ)》!?)

 

どうやら襲撃者は《焔牙(ブレイズ)》を使うようだ。となるとスタッフの先輩方かもしれないが、攻撃された以上何とか逃れて合宿所にたどり着くしかない

撃っても当たらないと判断したのか、3射目を撃って来る気配は感じられない。しかし襲撃者が《焔牙(ブレイズ)》を使うというヒントを得られたのは大きい。

リーリスに一度浮上しようとサインを送り、俺達は水上に出る。やはり3射目は来ない

 

「どうしてこうよく襲撃を受けるんだ!?」

 

「呪われてるんじゃない?それより次撃たれたらまずいわ、急ぐわよ」

 

「了解」

 

今まで温存した分体力は余裕がある。上陸してから襲撃者と会わないないよう願いながら俺達は海流に乗りながら急いで島へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメン、当たらなかった」

 

島の海岸。

巨大な弓を持った少女が隣の少年に話しかけた

 

「仕方ねぇよ、あんな距離プロでも当たらねぇレベルだ。身体能力が超化されてっとは言えども当てれる方が奇跡だぜ」

 

ま、切り替えていこうや。と付け加る。

そんな彼らの服装は黒装束。暗い森の中で通り掛かった者を襲撃する、そんな役割を負っている二人は海岸を後にした

 

「だけどまぁ、他の奴らは大丈夫なのかねぇ?」

 

森に入り、少年が呟く

 

「多分、殆ど倒されると思う。相手は本校(・ ・)の生徒だから、みんな強い」

 

「ま、俺らは一度負けてるからな。だけど、その分皆努力したろ?」

 

「『努力に憾みなかりしか』。だったよね?」

 

「それは『努力不足ではなかったか』って意味。でもま、雪辱は果たさせてもらうさ」

 

「うん。私は相手が違うけど、頑張る」

 

しばらく歩いた二人は森の中の少し開けた場所に到着した。

この森は彼らにとってのホームグラウンド。そしてこの広場はこの日のために作り出した二人の狩場。この日、彼らの任務は『本部の防衛』。一応《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》だが……彼らにとっては実戦であり、ある雪辱を果たす機会だ。

少年は《焔牙(ブレイズ)》を呼び出すための《力ある言葉》を紡ぐ。それに呼応して激しい炎が舞い上がり一本の《(スピア)》へと形を変えた

 

「《資格の儀》じゃ負けたが、今回は勝たせてもらうぜーー不思議な《焔牙(ブレイズ)》使い!」

 

ズドン!と、槍を地面に打ち付ける音が森へ吸い込まれていった



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上陸

「どう?」

 

「大丈夫、誰もいない」

 

岩影から少し頭を出して周りを見る

あれから何事もなく島にたどり着いた俺達は、再度狙撃されることを警戒して開けた砂浜からの上陸を避け、少し危険だが隠れる場所のある岩場から上陸することにした。

だが運の良いことにそれは杞憂に終わった。他の場所に行ったのか、他の《絆双刃(デュオ)》に倒されたのかは知らないが、少なくともこの近辺には居ないようだ

 

「よし、一度休憩しよう」

 

「そうね、少し疲れたわ」

 

岩場をこけないように気をつけて進み、そしてすぐ側の木陰に入って座り込んだ。

ここまで1時間以上。予想以上に時間が掛かってしまっている

しかし陸から見ても海は穏やかで潮風が気持ちいい。そして真横を見るとリーリスが濡れた制服を脱いで……

 

「ってリーリス!何してんだ!?」

 

「何って服を乾かしてるのよ」

 

「いやいやいやいや!乾かしてるのじゃなくて!何でここで脱ぐ!?目のやり場に困る!」

 

「今更気にすることじゃないわよ。昔なんて一緒にお風呂入ってたでしょ?」

 

「初耳だ!?てかそんなこと良いから服を着ろー!!!」

 

渋々と言った表情でリーリスは服を着た。全く、心臓に悪い

 

「さて、先へ進む?それともまだ休む?」

 

そして30分ほど休憩したところで、リーリスが立ち上がった

 

「何でゲームの選択肢みたいな聞き方なんだよ。とりあえず先へ進もう。合宿所に着けば何か分かるかもしれーー伏せろ!」

 

「きゃ!」

 

覆いかぶさるように伏せた直後、頭上を矢が通り過ぎた。

目の前には巨大な弓を、矢を放った後の姿勢の人影。人は違うかもしれないが、襲撃者だ。

人影は当てられなかったと見るや森の中へ駆け込んで行った

 

「くそ!追うぞリーリス!」

 

「え、ちょ!待ってよ!」

 

俺達はそのあとを追って森の中へ入る。

森の中は入り組んでいるように見えて、かなり細い獣道のような道がある。そこを人影は走って逃げている

 

「リーリス!《(ライフル)》で撃てないか!?」

 

「無理!道が細すぎて出したら木にぶつかる!」

 

「ちぃっ!」

 

後ろからの攻撃はできない。となると追いつづけるしかない。しかし相手はこの環境に慣れているのかかなり速く、追いつける気がしない。

そのまま人影を追いつづけて獣道を駆け抜け、そして少し広い場所に出た。いつのまにか、前にいた人影は消えていた。

少し休憩しようと思ったが、何か妙だ。この場所だけよくわからない違和感がある

 

「ねぇ、何か妙じゃない?」

 

リーリスも感じていたようだ

 

「ああ、俺もそう思ってる。ここだけ何か妙な違和感があるんだ」

 

「さっきの人影もあのあと一度も攻撃してこなかったし……」

 

「まさかーー」

 

「貰った!」

 

突然の声に後ろを振り向く。目に映ったのは長い棒のような物を振り下ろす別の人影

 

「な……ぁっ!?」

 

咄嗟に右腕でガードするが相手の一撃は重く、全身に響く強い衝撃の直後、次の瞬間には俺は吹き飛ばされて木にたたき付けられていた

 

「くそぉ……!さっきのは陽動か!」

 

完全に引っ掛かった。リーリスを探すと、さっきの弓使いと戦闘になっている。陽動からの分断。タイマンに持ち込んで行くのが敵の戦術だったようだ

場所もある程度広いとは言え森の中。木漏れ日はあれどそれでも薄暗く、ただでさえ黒装束の相手の姿が捕らえづらいのに加えて空は夕焼け。加えて相手の武器は長柄の何かだ。《焔牙(ブレイズ)》は殆どが黒基調なことも考えれば暗くなると完全に積む。ここを抜けるには暗くなる前に倒しきるほかない

 

「やるしかない。悪いけど、押し通る!《焔牙(ブレイズ)》!」

 

《力ある言葉》を紡ぎ、《焔牙(ブレイズ)》を具現化させる。炎は刀となり、それを手に握ると俺は目の前の敵に斬りかかった



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森の中の戦い

「ちぃっ!しぶとい!」

 

戦いが始まってからすでに20分以上が経った。日はさらに傾き木漏れ日はさらにオレンジ色を濃くしていく

俺は攻撃を繰り返すが、相手はこちらの攻撃をいなしたり弾いたりして対応し、そして少しでも隙を晒せばしっかりとそこを突いて来る。

 

「一体何なんだ!お前達は!」

 

返答はない

この得体のしれない敵は、最初の一言以降全く何も言わない。

 

「いい加減……何か言えぇっ!!!」

 

刀を構えて敵に突っ込む。相手はまた受け流す体制で待っていた

 

「……と見せかけてっ!」

 

袈裟斬りに振り下ろした刀は、槍に当たるかどうかのところでその姿を焔へと変え

 

「喰らえっ!」

 

更に一歩踏み込み、焔から小太刀へと姿を変えた《焔牙(ブレイズ)》を右手に逆手で持ち、顔を目掛けて斬り上げる。意表を突いた一撃、これならどうだ?

ーーほんの一瞬だが、顔が見えた。

 

「ちっ、分かってはいたのに似た手に引っ掛かっちまった。くそ、これじゃ邪魔だな」

 

黒装束がとうとう口を開いた。そして黒装束の頭の部分だけを外し、背後に投げる

 

「お前はーー!」

 

「久しぶりだ、不思議な《焔牙(ブレイズ)》使い。入学式の《資格の儀》以来だな」

 

相手は《資格の儀》の時に戦った男子生徒だった

 

「あの時の槍使い!」

 

「そーいやあの時は名乗ってねかったな、天城優だ。不思議な《焔牙(ブレイズ)》使い」

 

「荒巻風麗だ。それよりもなぜここにいる、お前はーーお前らは何をしている!」

 

「知りたきゃ俺を倒して見ろ!」

 

天城と名乗った男子生徒は槍を構えて突っ込んで来る

 

「そんな単調な攻撃なんかにぃっ!?」

 

背中に何かがぶつかる

木かと思って振り向くと、そこいたのははぐれていたリーリスだった

 

「フレイ!?」

 

「リーリス!?」

 

「これで終わりっ!」

 

俺に向かって槍が突き出される。リーリスは横から飛んで来る矢に意識を取られていて、しかも前には木。これでは避けようにも避けられない、どちらかが避けてもどちらかがやられるし、だからといってこのままではリーリスも俺も終わってしまう

 

「こんな……ところでぇっ!!!」

 

直後、俺の《焔牙(ブレイズ)》が巨大な炎の壁へと変化し、俺達を貫かんと突き出された槍と俺の背面から飛んできた矢を防いだ

 

「な……にぃっ!?」

 

「……はっ!リーリス、今だ!」

 

「っ!しゃがんで!」

 

予想外の出来事にその場の全員が動きをとめ、そして真っ先に意識を戻した俺の指示に従ってリーリスの《(ライフル)》の銃声が耳の横で響いた

強烈な音に頭がクラクラとするが、弾丸は槍使いにしっかり当たったようで、動きを止めていた槍使いは槍を落として後ろ向きに倒れた

 

「後はっ!」

 

そのまま後ろを向き、形を無くした《焔牙(ブレイズ)》を槍の形でもう一度具現化させ

 

「当たれ!」

 

それを全力で藪へ投げつける。ドン!という音と同時に、草やぶに人影が跳ねた

 

「よし!他の奴に見つかる前に合宿所に向かうぞ!」

 

そして俺達は山の上にある合宿所を目指して走り出す



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山の上の合宿所

「見えた!」

 

リーリスが叫ぶ。空は星が輝き、目の前の広場は明るく輝いている。あまり大きくはないが話し声も聞こえる

 

「やっと着いたか《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》。てめぇらが最後だぜ」

 

「最後か……」

 

「ねえ、人が少なくないかしら?」

 

周りを見ると、クラスメイトの数が少ない。変わりに本校とすこし違った制服の学生がせわしなく動き回っている

 

「救難信号を出して手当を受けてるのが半数、後はわからねぇ」

 

「ところであの襲撃は何だ?」

 

「ああ、あれか?それならあいつらに聞けよ。悪いが私もここに来るまで知らなかったもんでな」

 

「あいつらってのは誰だ?」

 

「あそこで治療を受けてる二人だよ。てめぇらとやり合ったとか言ってたぜ。」

 

月見が指差す先を見ると、黒装束の頭だけ外した男女がいた。よく見れば片方はさっきの槍使いだ

 

「待て、本格的に分からなくなってきた」

 

「知るか。襲撃に関しては後で理事長から説明してくれるんじゃねぇか?」

 

「フレイ、とりあえず聞きに行きましょ?」

 

「そうだな。行こう」

 

月見を残して二人の下へ向かう

あちらも気づいたようで顔を上げて手を振ってきた。一応こちらもふりかえすが、さっきまで戦っていたのにいきなりこんなフレンドリーな態度を取られると困惑してしまう

 

「さっきぶりだな、えーっと……風麗だったか?」

 

「そうだ。こっちが俺の《絆双刃(デュオ)》のリーリスだ」

 

「リーリスよ、よろしくね」

 

「ああ、銃の《焔牙(ブレイズ)》で俺を撃った奴か。いやーあんな《焔牙(ブレイズ)》があるとか聞いてなかったぜ」

 

「優、私を忘れないで」

 

「そうだそうだ。俺の《絆双刃(デュオ)》の島田佳奈だ」

 

「島田佳奈、カナで良い」

 

弓矢の《焔牙(ブレイズ)》を使っていた方が頭を下げる

 

「ところで、さっきの襲撃は一体どういうことだ?」

 

「ああ、あれか?それが俺達分校組の役割だったんだよ」

 

「分校?分校はイギリスだけじゃないのか?」

 

リーリスも同じように首を傾げる。

 

「どういうこと?」

 

「こう言うこと」

 

そして二人は立ち上がり、合宿所を背にする

 

「「ようこそ、昊陵学園分校へ!」」

 

天城は気合いの入った明るい声で、カナさんは淡々と。《絆双刃(デュオ)》らしく息を合わせて言った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、《資格の儀》で負けた人たちの内、入学を希望した人たちがここに来てるってことで良いのか?」

 

「そうそう。まさかまだ道があったなんて思いもしなかったよ」

 

「私も驚いた。でも、頑張ればいつか雪辱は果たせられるって思った。だから、諦めずにここに来た。結局負けたけど」

 

詳しく説明を聞いてやっと襲撃の意図が分かった。

あの襲撃は分校の《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》の一貫で、設定は合宿所ーーではなく分校校舎の防衛。戦闘の手段は各自で決める形だったらしい

 

「全く、本当に無茶苦茶だなこの学園は」

 

そんな独り言を呟いた直後、放送が入った。

何やら催しに先だって集会が行われるらしい。さっきまでせわしなく動いていた分校の生徒や、荷物の整理をしていたクラスメイトががあるというに移動している

 

「おっと、もうそんな時間か。カナ、行こう」

 

「分かった」

 

そういい残して二人は体育館らしき大きな建物へ走って行った。

 

「俺達も行こう」

 

「そうね」

 

俺達もそのあとを追う。

体育館には教師も含めてかなりの人数が集まっていた。俺達が到着すると、全員揃ったようで理事長が三國先生を従えてステージへ上がった

 

「本日はお疲れ様ですわ。これより三國から滞在中のお話がありますが、その前に私から皆さんへ、一つ謝罪しなくてはならないことがありますわ」

 

謝罪というのはあの《資格の儀》で嘘をついていたことだろう

 

「《資格の儀》の際、敗者は入学を認めないなどと虚偽を口にしましたこと、ここにお詫び致しますわ」

 

そして深々と頭を下げた。この衝撃の光景に分校の生徒を中心にどよめきが起こる

俺は聞いただけだが、学園(ここでは本校のことだ)の地下には《黎明の星紋(ルキフル)》の研究施設があり、理事長はそこの責任者で、俺達は研究の成果を確かめるためのモルモットだという噂がある。

真実は分からないが、昊陵学園という特殊な学校の理事長である以上、間違った噂とも言いきれない。

どちらにしろ、理事長という立場の人物がこうして自分の非を認めたことで、多くの生徒は印象が変わっただろう

 

「ふふっ、彼女らしいわ」

 

「何か言ったか?」

 

「いいえ、なんにも。じきに思い出すわ」

 

「はぁ?」

 

理事長が俺の記憶に関係のあるということだろうか?

そんなことを考えると、頭に痛みが走り映像が浮かんで来る。ビジョンは、かなり鮮明に見えてきた

 

「お兄ちゃん!おじいちゃんのところに行こっ!」

 

無邪気な声で手を引っ張る4歳くらいの子ども。顔は見えないが、髪型は理事長に似ている。

 

「ごめんなさいお兄ちゃんーーううん、風麗お義兄様」

 

次に浮かんできたのは、火事が起きた後の様な部屋で、涙ぐみながらストレッチャーの様なものに横になる俺の首に無針注射器を当てる子どもーー否、理事長の姿だ。

 

(理事長だと……!?)

 

理事長は今まで会ったことが無いはず。なのに、まるで会ったことがあるようなビジョンが見えた。

まさか、と思う。いや、そのまさかだろう。理事長はーー俺の記憶を知っている!

 

「フレイ?」

 

「ああ、大丈夫だ。ちょっと久しぶりの感覚に戸惑っただけだよ」

 

「そう、ならいいけど……」

 

よくよく思い返せば、あの時の夢。あれに出てきたのは何人かの研究者だったはずだ。そう考えると、燃えていたのは研究施設。今のビジョンとあの夢が同じ場所だとすれば、理事長は俺の記憶を知っている可能性が高い。

だがこの仮説は余りにも穴が多い。そう考えると可能性は0に近いだろう。しかし0では無いからには聞く価値はある

 

「この後は夕食ですが、本日は既に分校の皆さんが準備をしてくれています。各自、外の広場へ向かってください」

 

気がつくといつの間にか話は終わっていた。

夕食という言葉に反応して殆どの生徒が喉を鳴らし、話が締めくくられると同時に席を立って移動を始めていく

 

「フレイ!急ぐわよ!」

 

「ちょっ、リーリス!そんなに急がなくても夕食は逃げないって!」

 

浮かんだ謎は一度おいておき、そんなやり取りをしながら俺達は外へ出た



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親睦会

外に出ると、まず目を見張ったのは広場に設置されたバーベキューコンロの数だ。

コンロ一つに分校の生徒が数人集まってこの後の夕食の準備を急ぎ、20以上はあるであろうコンロからは強い熱気が伝わって来る。広場の端に無造作に置かれたテントらしき物も相まって集団でキャンプに来たような気分にもなる

 

「お!風麗!」

 

声をかけられ、振り向くとそこには透流とユリエさんがいた。二人もやられることなく俺達の前に着いていたらしい

 

「何処にも見当たらなかったから心配したぜ」

 

「いろいろあって最後に着いたんだよ」

 

「相手が強い方だったのですか?」

 

襲撃の事情については知っているみたいだ。誰と戦ったかは分からないが、この二人が最後の前ということはそれなりに強い相手と戦ったのだろう

 

「強いも何も、《(レベル2)》なのに負けるところだったよ」

 

「同学年で同じ《位階(レベル)》とするなら間違いなく最強クラスの《絆双刃(デュオ)》ね」

 

「当然、私達は《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》では分校1位」

 

「うわぁっ!?誰だ!?」

 

何処からともなくカナさんが現れ、透流が大げさに驚く。そしてカナさんは頭を下げてから口を開く

 

「私はカナ。《絆双刃(デュオ)》は優でこの二人と戦った。あと、これでも《(レベル2)》だから」

 

「同じ《位階(レベル)》!?」

 

まさかの《(レベル2)》だった。これは意外だ

 

「例の負けかけた相手の片方よ」

 

「ユリエ・シグトゥーナです。よろしくお願いします」

 

「……あ、ユリエの《絆双刃(デュオ)》の透流だ、よろしく」

 

「よろしく」

 

突然の登場にも平然としていたユリエさんが自己紹介をし、慌てて透流が続く。カナさんは先ほどと変わらず淡々と返した。

 

「ところでここで何をしているんだ?他の分校組はあそこでいろいろやってるみたいだけど」

 

「出し物の準備。内容は秘密」

 

そう言われて周りをもう一度よく見ると、アンプや何か楽器のような物など、いろいろな機材を運んでいる生徒もいることに気づいた。

ライブでもやるのだろうか。もしカラオケ大会だったら俺は絶対に出たくない。一度休みの日にクラスメイトの男子に誘われて行ったら俺だけ唯一の70点台という醜態を晒したからだ

 

「おーい!カナ!何処だー!」

 

「優が呼んでる。それじゃあまた後で」

 

「ああ、また後でな」

 

カナさんは走って機材運びのグループへと向かって行く。それと殆ど同時に分校生の中から代表が一人近づいて来る

 

「ようこそ、昊陵学園分校へ!入学式やら今日のことやらいろいろあったけど、その辺りは水に流すというか食べ物と一緒に飲み込んで、今日から一週間よろしくお願いします!」

 

「というわけで、今日は夕食兼進行を深めるバーベキューだよ、みんなー♪」

 

「月見先生何やってんだーーですか!」

 

「見てのとーりお肉を焼いてるんだよー♪」

 

そんなことを言いながら焼けた肉が刺さった串を掲げる

 

「ちょっと、月見先生でしたよね?まだ乾杯してないんですよ!?」

 

「気にしちゃダメだよ、しっぽちゃん」

 

慌てる分校代表とマイペース過ぎる月見に本校組は苦笑し、俺を含む数人は呆れ、その間に紙皿と箸、紙コップが全員に配られる。そして分校組がジュースを持って周り、やがて全員のコップに飲み物を注ぎ終わる

 

「さて、もう既に肉を焼いている先生もいらっしゃいますが、親睦会を始めましょう!それではーー乾杯!」

 

「「「かんぱーい!!!」」」

 

一口飲むと、広場は途端に騒がしくなった

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数分後。目の前のコンロでは肉の争奪戦が起きていた。その中には見覚えのある顔もいる。向こうも気づいたようで、近くに行くと

 

「何だ、無事に着いていたのか」

 

開口一番に飛んできたのは到着が遅かったことに対する皮肉だった

 

「ああ、最後だったけどな」

 

停船の後から今この時まで会えなかったトラとタツ、橘さんと穂高さんにようやく会えた。四人も襲い掛かってきた分校組を倒して、かなり早い段階でここに到着していたらしい

ちなみに、タツに関しては器用に紙皿と箸を持ったままポージングをしていた。無駄にバランスが良いのがむかつく

 

「同じ条件だとするとかなり早いな。一体どんなからくりを使ったんだ?」

 

「なんてことは無い、トラ達と協力して退けて来たのさ」

 

「トラと……協力だと……!?ちなみにどっちから?」

 

「トラ達の方だ」

 

「……トラ、海に飛び込んだ時船体に頭を打ったりとか木から落ちて頭を打ったりとかしたのか?」

 

「そんなわけあるかっ!!鈍臭いのが怪我でもしたら自分がいればなどと言い出す奴がいて鬱陶しくなるだろうと思ったから提案したまでだ」

 

「う……鈍臭くてごめんなさい……だけど、ありがとう、トラくん」

 

「べ、別に礼などいらん!」

 

こいつ、照れてるな

 

「ま、確かにあいつならそういうだろうな。お、この肉もらいっ!」

 

「な、貴様!抜け駆けとは卑怯な!」

 

焼き上がった肉をひょいと皿に取り、トラがそれに抗議する。狙っていたんだろうが、ここは既にバーベキューという名の戦場と化していることを忘れてはならない

 

「早いもん勝ちだぜ?お、それも!」

 

「ああー!俺が狙ってたのが!?」

 

「わりぃな!」

 

超えし者(イクシード)》の身体能力を生かして素早く肉を取る。というか肉しか取らない

 

「おい、風麗」

 

「何?」

 

振り向くと橘さんが般若の形相で立っていた。隣に立つトラは何か察したような顔をしている。

なーんかとっても嫌な感じがしてきた。

 

「君も透流と同じか」

 

「えーっと、どういうことでしょう?」

 

「よし、私が野菜をとってやるから君はそこに座れ」

 

逆らったら殺されそうなオーラに負けて、俺は逆らうことなく座る。5分後、手元に帰ってきた皿の上には山のように野菜が積まれていた。今度から橘さんの前ではバランス良く食べようと心に決めた。別にいなかったら肉ばかり食べるというわけでもないが。

そんなこんなでさらに30分が経って、生徒はみんな食べるペースが落ちてきた頃。今の今まで気付かなかったが、分校の校舎を背に、ステージが設置されていて、その左端にコスプレをした女子生徒が出てくる

ちなみにコスプレは某艦隊収集ゲームの川内型とかいう軽巡洋艦のものである。一体何処で調達したのだろうか

 

「さてさて!皆さん盛り上がっているところですが!これよりステージにて、我が分校のバンドチームがライブをしてくれます!司会は私、分校のパパラッチこと中田結衣です!よろしくね!」

 

とんでもない司会だな

 

「今はまだ準備中のようなので!ある先生にインタビューをしたいと思います!ということでどうぞ!」

 

その言葉に分校組はおおっ!と声を上げるが、本校の生徒は全員こう考えたという。

「絶対あの人だ」と。

 

「やっほー!お肉はたくさん食べたかな?ウサ先生こと月見璃兎先生だよ♪」

 

期待を裏切らない月見の登場によって、主に分校の生徒を中心に盛り上がる

 

「さてさて、準備ができるまでの間に、月見先生!いくつかお聞きしたいことがあるんですがいいですか?」

 

「いいよいいよー!何でも聞いて!」

 

「では先生!彼氏はいますか?」

 

「早速聞くねぇ~!今はいないよ!」

 

「では気になる人は?」

 

「まだいないよ!」

 

「おお~。ならどんな人がタイプですか?」

 

「私より強い人だね!」

 

時々楽器の音が混ざりながらもこんなやり取りが5分ほど続いた。パパラッチと自称しているだけあってただのインタビューでも会場をさらに盛り上げ、会場のボルテージが最高潮の状態で準備のできたバンドへと引き継ぐ

 

「準備ができたとのことなのでインタビューはここで終わりまして、バンドの演奏に入ってもらいたいと思います!月見先生ありがとうございました!」

 

そしてバンドの演奏が始まる。本校も分校も関係無しに会場はさらに熱気に包まれ、その興奮覚めやまぬまま親睦会は夜中の2時まで続いた



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疑問

「ふわぁ~あ……」

 

テントを出ると、夏の朝日が俺を照らす

東京から南東に約200キロ離れた場所にある、一般人立入禁止の島。その名前は分からないが、昊陵学園が所有し分校が立てられているこの島で迎える2日目。

昨日の夜が遅かったせいか、頭は痛くまだ眠い。時計を見ると今の時間は6時、起床時間は7時のため二度寝するには遅すぎる時間だ

 

「仕方ね、散歩しよ」

 

水道で顔を洗い、目を覚まして昨日の会場だった広場に向かう。親睦会が終わった後に片付けをしたのだろう、グリルはすべて洗われて綺麗になっていた。ここ(分校)の生徒はうち(本校)より少し多い程度なことを考えると、この量を3時か下手をすれば4時頃まで片付けをしていたかもしれない。分校組が起きてきたらお礼を言っておこう。

そんなことを考えながら歩く林道はいたって静かだ。もう少しすれば朝早く起きるクラスメイトが起きてきて騒がしくなるだろうが、少なくとも今は静寂に包まれている。

新鮮な森の風景に見とれていると、小さな広場にたどり着いた。よく見れば、昨日の戦いの場となった広場だ。

 

「以外と近いな」

 

昨日からつけっぱなしにしている腕時計を見ると、液晶が6時10分と示していた

いっそのことここで寝てしまおうか、そんなことを考えて木に寄りかかると殆ど同じタイミングで俺が来た道から人が現れた

 

「あら、誰かと思えば……」

 

黒を基調としたゴシックロリータを纏うのは明らかに自分より小さい少女。

昊陵学園の理事長であり、本校の地下にあると噂される研究施設の責任者、十六夜朔夜だ

 

「こうして二人で会うのは《新刃戦》の前以来ですわね。調子はどうですか?」

 

「今のところは問題ないですよ」

 

「それなら良いですわ」

 

ザワワと風が木々を揺らす音が静かな広場に響き渡る

 

「……質問があるのですが」

 

「私が答えられる範囲ならばお答えいたしますわ」

 

「先日の襲撃、あれの犯人は何者ですか?」

 

まずは、先日の襲撃で襲ってきた犯人について聞く

 

「……あの老人ですか」

 

「老人かどうかは分かりませんが、多分、考えているので合っています。あと声。口調は老人だったけど、声色は違った。あれは……一体誰ですか?」

 

理事長は黙り込んだ。俺は続けて自分の予想を述べる

 

「俺の予想ですが、俺の記憶に関係のあるーー」

 

「その通りですわ」

 

理事長は話を遮ってそのまま続ける

 

「声に関しては調査中のため答えられませんが、少なくとも襲撃の犯人はあなたの記憶に深く関わっていると言えますわ」

 

「そうですか。なら次の質問を」

 

「フレイー!どこー!」

 

本題の方を聞こうとしたタイミングで、リーリスの声が聞こえてきた

 

「《絆双刃(デュオ)》が呼びに来ているみたいですわね。質問はまた次の機会にお聞きいたしますわ。それでは今日もがんばってくださいな」

 

そういい残して理事長は去って行き、入れ代わりにリーリスがやってきた

 

「こんなところにいたのね。もう朝食の時間よ」

 

「ああ、分かった。行こう」

 

結局俺の抱いた疑問は解決しなかったが、必ず答えが見つかる。そう信じて、俺はリーリスに連れられ合宿所へ戻った



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訓練内容:鬼ごっこ

まことに勝手ながら30日の投稿はお休みさせていただきます
理由は活動報告と、小説のあらすじにのせておきます


理事長と会ってから二日経った合宿4日目。俺は、約70キロある人形を背負って薄暗い森の中を全力で走っていた。

 

(ルールは単純明快だが……ハードな訓練だな……!)

 

うさ先生こと月見が出した訓練内容。それは森の中での鬼ごっこだ。

月見の訓練ということで覚悟はしていたが、細かい起伏や木々の根や枝が邪魔をするのに加え、背中の人形と高い気温が体力に追い撃ちをかけてくるという地獄だ。それも初日の《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》の方がまだましだと思うほどに。

この訓練の設定としては、捕まった要人を救出して回収ポイントに向かうと言うもので、実際にゴールが数箇所に配置され、俺達本校組はそこを目指すことになっているが、この森になれている上に無線機という最強アイテムを手にした分校組がそれを阻止しようと動いて、捕まえに来る。

本校組は鬼ごっこの基本である追う側を攻撃してはいけないというルールの中で分校組から隠れ、撒いて、ゴールを目指すのだがーー

 

「見つけた!」

 

ここまで見つかってこなかった俺のところにも鬼が来てしまった。

 

「やべっ!」

 

すぐに方向転換して、全く別の方向へと走る。

 

ここで訓練を始めてから四日、島の環境を活かした訓練をしてきたおかげである程度森には慣れたのだが、やはり約3か月ここで過ごして、俺達がここに来て初めてした訓練をやってきた分校組は、この森が家と言わんばかりに、森を獲物を追う猛獣の如く駆け抜け、時に幻惑して俺を追いかけて来る。

 

「厄介なことこの上ないな!」

 

「お褒めにあずかり以下略!」

 

「何だよそりゃ!」

 

鬼は森を縦横無尽に動き回りながら、しかしゆっくりと距離を詰めてきている。

横から抜けようかと思っても、隙がなくて抜けようがない。そして段々とゴールから遠ざかっていく

 

「一か八か!《焔牙(ブレイズ)》!」

 

人形を捨てるように降ろし、《力ある言葉》を叫ぶと焔は大剣の形を作る

当然だが、攻撃に使うわけではない。ならどう使うかと言うと……

 

「でぇぇぇっ!」

 

振り向きざまに、木の一本を目掛けて振り抜く。手応えはあった。これなら狙い通りに行くだろう

 

「悪あがきをっ!?」

 

木は狙い通り鬼のほぼ真上に、ミシミシと音を鳴らしながら倒れはじめた

 

「もう一本追加だ!」

 

反対側の木を同じように切り倒す。

二本の木に襲われた鬼は木から逃げるように去って行った

 

「ふぅ、何とか切り抜けた……」

 

ホッとして木を背にゴールへ向かおうとすると、どこからともなく「ピンポンパンポーン」という場に不釣り合いな音が森に流れ

 

「風麗く~ん、人形が木に押し潰されたので失格!」

 

月見のハイテンションなこえで俺の失格が告げられた。放送にきづいて見渡すと、確かに人形は潰され回収しようにも木が大きすぎて《超えし者(イクシード)》でも無理だ。回収は後で頼むことにして俺はとぼとぼと歩き本部へと戻った

なお、分校校舎に戻った時には人形は既に回収されていた。いつ回収したのだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「使えるものは使えって助言したけどよ、まさかそのために人形を捨てるとは思わなかったぞ」

 

月見の説教とペナルティーの島一周(海岸)マラソンを終えた俺に優が鬼ごっこでの俺の行動にツッコミを入れて来る

 

「人形が回収不能になったら失格なのをすっかり忘れてたんだよ」

 

「ま、普通にやれば重りを持って逃げるだけだもんな」

 

「その普通すらできなかった馬鹿ですよ俺は」

 

そのまますたすたと歩き、俺は森の中の広場へ向かう。

何をするかと言うと、《焔牙(ブレイズ)》の《形状変化(フォルムチェンジ)》の訓練だ。

というのもここに来て訓練を重ねるうちに、一対多の状況では一度消す行為がかなりの隙になることをリーリスや優達に指摘され、《形状変化(フォルムチェンジ)》を使おうにも負担が大きいため、どうにかしてそのの負担を軽くしようとかれこれ二日間、昼休みに考えて実行してを繰り返しているのだ。そして今日で三日目だ

 

「さて、やってみるか」

 

試すのは《形状変化(フォルムチェンジ)》の時に変化先の形を口にしてイメージをしやすくする方法。

普通に想像するよりは確実性が上がるが、名前を知らない武器にしようとすると確実性は下がるのが欠点だ

 

「《焔牙(ブレイズ)》、《(ソード)》」

 

俺が《力ある言葉》を発すと焔が体の周りに現れ形を作る

程なくして、一本の剣になった

 

「ここからだよな、《短剣(ダガー)》」

 

形の似ているもので想像しやすい短剣を想像すると、強く感じるほどの負担もなく剣は短剣となる。

 

「大剣……は変わらないか、なら《(ネイル)》っ!」

 

再び形を変え、《焔牙(ブレイズ)》は腕と手を覆う手甲に三本の片刃の刃が付いた物になる

 

「っ!ふぅ、慣れない武器だと負担が重いか」

 

体のだるさを感じ、これ以上は午後に響くと判断して《焔牙(ブレイズ)》を消す。

思い返すと、今やっている《形状変化(フォルムチェンジ)》は普通に考えるとかなりの荒技と言える。本来不可能な魂の形を半ば強引に変える、常人がすれば昏倒確実な技だ。

 

「《焔牙(ブレイズ)》に力を持たせられればな……」

 

それが近道なのだろうが、そもそも方法が分からない以上やりようがないためこの案は捨てている

 

そして時計を見ると午後の訓練開始10分前だった。

余計な時間を使ったのが痛いが過ぎたことは仕方がない。訓練を切り上げて俺は分校校舎へと向かった



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つかの間の休息 前

最近異世界転生モノにはまり、その延長で思い立ったものを作ってみてます笑
もしかすると投稿するかもしれないのでその時はまた活動報告で通知しますのでよろしくお願いします


○日目

臨海学校最終日の今日は訓練もなく、1日自由に過ごすことができる。

人によっては海に行き、人によってはここ(分校)で得た技術を生かし山で普通の鬼ごっこやアスレチック紛いの遊びをしたり、またある人は自分のテントや分校の図書室で本を読んだり、ごく少数だが許可を取って初日の《焔牙模擬戦(ブレイズプラクティス)》のリベンジをする人もいて、それぞれが最後の1日を満喫(リベンジを受けた人を除く)していた。

かく言う俺自身もいつものメンバー(リーリス、透流、ユリエ、橘、穂高)に分校組のユウとカナ、そして《資格の儀》で透流の相手だったと言う伊万里さんに何故かついて来た月見の計10人という大所帯で海に来ている。1名を除いてだが全員水着だ。

 

「じゃ、私陸からみんなを見てるから」

 

ビーチにつくが否や日陰に行って座りこんだのはカナさん。ユウ曰くカナヅチらしい。そうなると透流の《絆双刃(デュオ)》であるユリエさん(出身が内陸国のため泳げない)はどうなるのかという話だが、こちらは水着に着替えてスタンバイ中。なお水着は生存闘争(サバイブ)の前に「あらもーど」で透流と買ったという白ビキニだ。

閑話休題

プールでも沈没するレベルのユリエさんが海に入ることを考えるとカナさんがカナヅチなのは多分泳げないよりもトラウマに近いものなのだろう。ユウ曰く遠泳訓練で足が着かなくなると大パニックを起こすとの事だから多分予想は合っていると思われる。そんな予想しても意味ないのだが。

そんなことを考える俺の横では透流が一人ひとりに対して男子代表として女子全員に感想を言って回り、ユウに関しては相変わらずカナさんといる。

 

「なんでついて来たんだ?月見……先生。」

 

一人暇になった俺は月見について来た理由を聞くことにした。

 

「理事長からの指示さ。最近襲撃が立て続けに起きてっからな。《異能(イレギュラー)》に《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》、《特別(エクセプション)》の3人が一つのグループで行動すると聞いた理事長が3人を同時に守れるような戦力って事でアタシに命令したのさ。」

 

「何故そこで三國先生が出てこなかったのか……」

 

「そりゃアレは理事長の世話役兼護衛だからな。」

 

「ちなみに命令が無かったらどうしてた?」

 

「そりゃテメーらに着いていって遊ぶに決まってんだろ」

 

ある意味ダメ教師だこの人。いや前からか。

 

「おい《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》、本校に戻ったら敷地20周な。」

 

「放課後校舎裏なみたいなノリで言わないでください。そしてナチュラルに心を読むな!」

 

「気が変わった。追加で筋トレセット20本な」

 

「理不尽!?」

 

「コソコソと何してるの?」

 

水面下でこんな不毛な争いをしているとリーリスが声をかけてくる。周りを見ればすでにみんな海に入っていた。いつの間にか出遅れていたらしい

 

「くはっ!この私を差し置いて先に遊びはじめるなんてなぁ!おい《二人目の異能(セカンド・イレギュラー)》、向こうに見えるブイまで競争だ」

 

「え、ちょ、はぁ!?」

 

突然の事に戸惑っていると月見は《超えし者(イクシード)》の力を生かしてすでに泳ぎ始めようとしていた。

負けでもしたらまた理不尽な訓練を追加される気しかしない。

 

「汚いぞ月見ィッ!」

 

「は!戦場に綺麗も汚いもねぇんだよ!」

 

こうして俺達のつかの間の休息は始まった。



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