ビリビリlove (bui)
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1話

「ギャ〜!怖い!」

 

編集部にドラネコを踏んづけたような短い刹那の悲鳴が響き渡る。

 

それはフロアーの電源が落ちて編集部が暗闇に包まれた瞬間の、エメラルドの奇跡、童顔最年長の木佐の声だった。

 

校了も過ぎた時期、定時を過ぎて暗くなっていたこともあって、隣のサファイアの女性陣は早々の帰宅となり、フロアーに残っているのはむさい男性ばかりのようだ。

 

充電機能のあるノートパソコンの液晶画面だけがかろうじてテラテラと明かるさを保ち、 子どもが懐中電灯でいたずらする時のような下からの明かりで照らしあげられた人々の不気味な顔だけがあちこちでボンヤリと浮かんでいた。

 

「停電・・・、でしようか?」

 

心細そうな小野寺の小さなつぶやきが前方から聞こえたかと思ったら「外は明るいな。」と羽鳥が答える。

 

皆が一斉にそちらを見たらしく衣擦れの音がシャラッと聞こえて、いつもは何かと騒がしいフロアーなのに、皆が息を潜めて周りの人達の気配を探っていることがわかる。

 

落ち着かない沈黙に焦れて何かを言おうかと思った瞬間、いつも冷静な美濃が 「とりあえずバックアップが必要なものは早めに保存したほうがいいんじゃない?」と言うので、あわててパソコンを操作しているらしいカチカチという音が響いた。

 

ノートパソコンの充電とていつまで持つかは分からないし、このままでは仕事にならない。

 

「俺、外見て来ましょうか?」

 

下っ端の自覚のある小野寺が、携帯電話の懐中電灯の機能で明かりをつけながらおずおずと言う。

 

「そうだな。俺も行く。」

 

責任者的立場にある俺も足元に気をつけながら一緒に廊下に出てみると、階段の下の方から明かりが漏れているのが見えて、他の階は大丈夫のようだと分かった。

 

見渡すと電源を別にしている給湯室やトイレの照明、自動販売機の電気は生きていて、エレベーターも動いているので部署内と電源を同じくしている廊下の電気が消えているだけのようだった。

 

管理事務所とは内線電話でしか連絡を取ったことがない。

電話の使えない今は直接行くしかないだろうとエレベーターで地下まで降りると、その部屋には年配の背の低い警備員がキャスター付きの椅子にグラグラしながら乗って、なにやら高い位置の配電盤を操作をしているようだった。

 

不安定な状態だったのであわてて二人で椅子を押さえると、警備員は申し訳ないといいながら一旦椅子から降りたので状況を説明すると、警備員も心当たりがあるようで管理事務所での状況を説明してくれた。

 

 

来客も既にない時間だったためボンヤリと早めの夜食にカップラーメンを食べながらテレビを見ていたら、急に背後でピキっと鋭い音がして、見ると電源コードが外れていたのだそうだ。

 

「何かショートするようなことがあって弾けたのかもしれないのですが、とりあえずもう一度コードを差して同時におちたヒューズボタンを上げようと思いまして・・・。」と、配電盤のところの黒いスイッチを指し示す。

 

「停電は4階だけですね。防犯カメラが落ちたのが4階だけなので他は大丈夫のようです。ただどうにもボタンの位置が高くて手がうまく届かないんですよ。今までそんなことなかったので・・・。」

と苦笑する顔を見ていると、「俺がやります。」と小野寺が申し出るや否や椅子に乗ろうとするので、俺たちはその椅子がグルグルしないように押さえる係りとなった。

 

なんでこんなに高いところにあるんだ?と思うのは、決して背の低くない小野寺でもちょっと伸び上がらなければならないような状況だったからで、それでも何とか手を伸ばしてヒューズのレバーをかちりと上げると、その瞬間大き目の火花が散って小野寺アッと小さい悲鳴を上げてからぐらりと椅子から崩れるように落ちた。

 

あわててその身体を支えるように抱えたけど、小野寺は気を失っているようでだらりと動かない。

 

頬をペチべチと叩いても目を覚まさないその姿に、心臓が握りつぶされるようにギュンっと痛み、冷めたいものが背筋をゾワと走りぬける。

息が詰まって呼吸が出来なくなって、勢い余って激しく小野寺の肩を掴んで身体を振り大きな声で「律!」と叫ぶと小野寺はハッと目を開いて大きく息を吸い込んだ。

 

とりあえず目を覚ましたことにほっと胸をなでおろし、「大丈夫か?」と顔を覗きこむと、小野寺は身体の様子を見るように首をコキコキと軽く左右に振って「大丈夫みたいです。」と答えた。

 

それでも、一瞬でも気を失ったわけだからと心配するも小野寺は立ち上がって、今度は身体の動きを確認するようにパンパンと何箇所か叩き、もう一度「大丈夫です。」と言うので、心配そうな顔の警備員に軽く挨拶をして部署に戻ることにした。

 

管理人は明日業者に見てもらうことにすると言っていた。

今日はもう遅い時間だ。業者も来れないだろう。

なのでまた同じように停電が起こるかもしれない。

 

となるとそれほど早い時間でもないことだし、とりあえず4階の面々には早く帰宅することを言った方がよさそうだ。

 

部署のフロアーに戻るためにエレベーターに乗りこむやいなや小野寺に顔を近づけ、頬をさすると、瞳が少し揺れていて不安げに俺を見つめ返す。

 

いつもの小野寺なら接近した途端に嫌そうに身体を押して距離を作ろうとするだろう。

 

やはり少しショックが残って入るのか?と心配になったのだけど、エレベーターはあっという間に4階に着いてそのドアが自動的に大きく開かれた。

 

賑わっているフロアーでは俺たちの到着に良かった良かったと言って皆笑いあっていたので、電気系統の事故だったことを伝え、今日は根治的な修理はできそうにないので再度同じことにならないとは限らない。

皆早めに帰った方がいいと伝えた上で、小野寺が電気に感電したので大事を取って自分たちも今日はこのまま帰ると言うと、みんなが小野寺を心配して声をかけたので、小野寺も観念したように分かりましたと素直に言っていた。

 

普段だったら仕事を口実に一緒に帰ることなど了承しないのにある意味で感電サマサマだな。

 

気を失った瞬間は死ぬほど驚いたけど今はちょっとだけそのハプニングに感謝したい気持ちだ。

 

帰り道に「これから一緒に食事をするぞ」と言うと、いつもならご遠慮しますとか何とか言って断るくせに、今日は分かりましたと素直に言う。

 

やっばりちょっと痛かったり不安だったりするんだろうか?

ぼんやりしている程度だったらいいのだけど今夜は引き続き様子をみる方が良さそうだ。

 

夕飯も少し軽めにした方がいいかな?と思いながらスーパーに寄ると、やはり素直にアヒルやガチョウの雛のように後ろをチョコチョコとついてくる。

 

それはとてもかわいくて、小野寺の態度も嫌々とは感じられなくて、ごくごく自然な態度なのだけど・・・・、しかしちよっとだけ居心地が悪い気もする。

 

 

普段ツンツンしているから、わざと揶揄ってそれでまた言い返されたりしてというのが日常になりすぎて、手ごたえのない自動応答AI(bot)のような小野寺に慣れない。

 

「なにが食べたい?」

 

間が持たずそう聞くと、小野寺からは「高野さんの食べたいものでいいです。」と答えが返って来た。

 

『なんでもいいです』ではなくて俺の食べたいものね、それもまた難解な問題だな・・・。

 

「ご飯?麺類?」

 

少しだけ選択肢を狭くすると小野寺は「えっと・・・。」と困ったように縋るような目で俺を見る。

 

そんな目するなんて反則だとドギマギしながら「この時間なら麺類の方が簡単かな?」

と、もう少し答えやすくしてやると「 それでいいです。」と小野寺はにこりと笑った。

 

それに気をよくして「ウドン?蕎麦?パスタ?」とまた質問をすると

「えっと・・・。」と同じように俺を見る。

 

う・・・ん・・・。

これでは埼があかない・・・。

 

仕方がないのでさっさと「てんぶら買って天ぷら蕎麦にする?」と仕切ると小野寺は「はい。」と少し頬を赤らめて返事をした。

 

 

「どうしたの?お前?調子が悪い?」

 

さすがに違和感というレベルではなく、明らかにおかしい小野寺の目の下を親指でツイっと擦りそう聞くと、今度はキョトンと首をかしげてなにを言われているか分からないという顔をした。

 

「俺のこと分かる?」

 

ひよっとしてさっきの衝撃がひどいのかと心配になるけど

「え?分かりますよ。高野さん。なにを言っているんですか?」と小野寺は眉間に少し搬を寄せた。

 

変なのか普通なのかぼーっとしてるのか覚醒してるのかよくわからない。

 

「俺の下の名前は?」

 

少し意地悪をしてそう聞くと「高野・・・、政宗さん・・・。」と言いながら視線をそらして少し頬を染めるので俺までなんだか恥ずかしくなる。

 

なんなのお前・・・。

 

めったにお目にかかれないデレ律降臨なのだろうか。

つられて赤くなる顔を見せないように陳列台の方を向いて、生蕎麦を掴み、ドカドカとカゴに放り込むと

「そんなに食べるんですか?」

と小野寺から呆れた声が聞こえてきた。

 

食えてもせいぜい2玉ずつかな・・・。

 

冷静にそう思って麺を元にもどしながら

「てんぶらは惣菜のコーナーにあるかな?」

と、いつもよりは早めに帰ったもののさすがに天ぷらを揚げる時間まではないので出来あいで済まそうとそう言うと

「高野さんは何のてんぶらが好きですか?」

とニコニコと嬉しそうな顔で聞いて来た。

 

「ん?蕎麦に乗せるなら海鮮系?エビとかかき揚げとかかな?」

思いつくままにそういうと

「エビ・・・。」

と小野寺はうれしそうに顔を明るくする。

 

そういえばこいつエビが好きだったよなと思いながら惣菜コーナーに行くと、野菜のかき揚げとエビなどの魚介、野菜の天ぷらが盛り合わせになったものが売っていた。

 

蕎麦も一緒に食べることを考えると盛り合わせをそれをそれぞれの分2つ買うほどでもないなと思って、その中でも大盛になった一つと薬味のねぎを買って帰ることにした。

 

小野寺は天ぷらの乗ったトレイを抱えて嬉しそうにまたニコニコと笑っていた。

 

早速食事の準備に取りかかり、「天ぷらの具はなにがいい?」と聞くと「高野さんが好きなの取ってください。俺はどれでもいいです。」と律が静かに答える。

 

いつもあれが食べたいこれが食べたいと自分から積極的に主張する方ではないけど、それにしてもなんだか変な感じだ。

 

まるで昔のリツみたいにモジモジしている。

 

「どーしたの?お前?」

顔をツイっと近づけてそう聞くと

「え?なにがですか?さっきからそればっかりですよ?」

とまた首をコテっと傾けた。

 

「いや・・・。」 ツンツンしてないから変って言うのもそれこそ変だし・・・、違和感はあるけど体調が悪いわけでもなさそうだし・・・、やはり感電したりしたから少し精神的に不安定になっているだけなのかもしれない?

 

でも万が一これから調子が悪くなったりしたら怖いから用心だけはしなければだめだろうな・・・。

でもさ、これ結構かわいいリツだよな?

 

「お前エビ好きだろ?」

小野寺を観察するように見つめてそう言い、小野寺用に置いてある四角い皿に尻尾のツンと立ったエビを乗せてやると小野寺は溶ける様にフニャリと笑って「じやあ高野さんはキスですか?アナゴですか?」ときらきらした目で俺を見た。

 

「えっと・・・。じやあアナゴにしようか。」

不意打ちのきらきらの笑顔がまぶしくて直視できずに、菜著でアナゴをつまみあげて 自分用の四角いさらに移動すると

「俺、ナスが食べたいんですけどいいですか?」

と俺の腕にもたれ掛かるように腕を摺り寄せて言う。

 

「あ、ああ。食べろ食べろ。」

 

妙に焦ってしまって挙動不審のままナスの天ぷらを小野寺の皿にのせると

「キスはどうぞ。」 とお返しとばかりに小野寺がキスの天ぷらを著でつまんで俺の皿に乗せる。

 

「じゃあお前カボチャとしし唐も食べる?」

残りの天ぷらを菜箸で軽くつまんで言うと

「うーん。シソが食べたいです。」と腕に貼り付いていた小野寺の手が俺の腕を抱き込んで服を指でツンっとつまんだ。

 

かわいい!かわいすぎる!

 

メシを食うだけにこんなに可愛い小野寺ってどうしたらいいんだ?

ひよっとしてドッキリか?何かの耐久罰ゲームか?

 

焦りは絶頂期なのに、さらに小野寺が

「高野さんは本当にお料理の手際がいいですね。」

とねぎをみじん切りにしている俺の横にまたすりよって手元を覗きこむので、ドキドキしすぎて手先が狂って俺は指を少し切ってしまった。

 

「あ!」

小野寺があわてて俺の指をつまんで口に含む。

 

ドキッとして手を引こうとするけど、泣きそうな小野寺の顔に身体がフリーズしてしまって、俺はされるがまに小野寺に指をたつぶり舐められてしまった。

 

「お、小野寺?蕎麦のびるから食べよう・・・。」

 

いたたまれず、湯通しして椀に盛られた蕎麦に視線を向けてそう言うと、小野寺は手をパッと放して「は、はい・・・。」と真っ赤になってうつむいた。

 

お前!俺をどうしたいんだ!

 

傷は小さくそいだ程度で血もほとんど出なかったために絆創菅をくるりと貼っただけで何の問題もなかったけど、いつまでもジンジンと違う熱さを感じてしまってそこばかりに気持ちが行ってしまう。

 

「高野さん。指痛いですか?」

俺が傷のせいで箸を持ちにくそうにしていると勘違いしたらしい小野寺が、俺の横に座って俺のために蕎麦をフーフーと吹いて

「はいアーん。」と口元に運んできた。

 

うそだろ?これはヤバイ

 

「だ、大丈夫だ。もう痛くないから。」

そういうと小野寺はホッとしたような残念なような複雑な顔をしたので

「小野寺が舐めてくれたからだな。」

と付け加えると、また極上の笑顔で「ハイ。」と返事をした。

 

「かき揚げのたまねぎが汁でとろとろで美味しい・・・。」俺の横に座ったままの小野寺が口元から汁を満らせてすするのがなまめかしくて、下から見上げるような目で言う顔がもうエロくて、口が止まったまま見つめてしまうと

「エビ、プツプツで美味しいですよ。半分食べますか?」

と桃色の唇でたった今パツリと噛み切った齧りかけのエビが俺の口元にスっと寄せられた。

ああこれは心臓に悪過ぎる。

「キ、キスとアナゴがあるから大丈夫だ。」

やっとの思いでそういうと

「キス・・・。」

小野寺はそうつぶやいてポッと類を染めた。

 

ホウっと吐く息に煽られて、もう食事に全く身が入らず、もはやどうでもイイッてぐらい俺はワラワラしている。

 

もう味なんてわからないぜ。

そう思いながら必死で平静を装いムシャムシャとどんぶりの中身を口の中にかきいれると

「キス・・・、しないんですか?」

と小野寺が不満そうに腕をキュッと掴んだ。

 

やばい・・・。

 

「食事が終わったら・・・。」

 

俺はそう言うのが精一杯で、食事の後片付けもそこそこになだれ込むようにベッドに行き、小野寺をシーツに埋めて夢中でその身体をいただいたのだった(ごちそうさま)。

 

 

しかし・・・、この小野寺はやっぱり変だ。

 

この小野寺はあのオダリツのように従順でかわいいのだけど、しかしこれは俺の好きなあいつなのか?

 

ずっと押して押して押し続けて、やっと最近ではキスをすればおずおずとキスを返してくれるまでになった。

 

なのに今日ベッドでは、

「高野さんがいいなら俺は大丈夫です。」

小野寺は俺にそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「俺!昨日の記憶がないです!」

 

朝になって小野寺がいきなりガバっと起き上がったと思ったら真っ青な顔で俺にそう言った。

 

「何かとんでもないことしたような気がする!」

 

俺が眠い目をこすっているとそう叫んで

「まさか高野さん俺に不埒なことを!」 とキッと俺を睨んだ。

 

 

ナニ言ってんだこいつ。

 

「俺がしないわけがないだろ?」

 

呆れた顔で俺がそう言うとさらにきつい目で俺を睨む。

 

あーあ、昨日はかわいかったのに。

 

でも口に出したら三十倍ぐらいの口撃が襲うだろうから俺はそのあとの言葉を飲み込んだ。

 

そして少しだけホッとして、かわいい律もいいけどやっばり今の俺にはこれぐらい元気なヤツがいいと思ったのだ。

 

ギャンギャンとスピッツのように騒いでいる想い人の声を受け流しながら、となるとあの離れていた10年間も全部が全部無駄ってわけでもなかったのかもしれないなと、今のちょっとツン強めなツンデレの顔を見て一人で満足して笑ったのだった。

 

 

早く落ちてこい。律。

 

 

 

今のお前の甘えたもたまには見たいからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

おしまい。

 

 

 

 



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