落第騎士の英雄譚~破軍の眠り姫~(一時凍結) (スズきょろ)
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第1章
プロローグ



 えっと初めて書いたので、自信ないですけど頑張ります‼️
 感想、評価、誤字脱字などお願いします。



 

 

 太陽が真上に登り、気持ちのいい風が吹いていた。

 時間は昼休み、生徒たちはそれぞれの場所で友達と笑いお昼御飯を楽しむ、学園生活での楽しい時間。

 

 そんな中僕、黒鉄一輝は友達を探していた。学園内でも唯一の友達とも言っていいたった一人の友達。

 

「どこに行ったのかな?朝はクラスに居たのに・・・

 まさか、またいつもの所にいるのかな?」

 

 僕の探している友達は、性格はとてもマイペースでたまに突拍子もないことを言ってしまう、どこか常識が抜けている変わっている人だった。そんな友達は天気のいい日は決まって昼寝をしている。そのせいで、午後の授業は遅刻しているが、その友達はたいして気にしていなかった。

 それどころか、『一輝と一緒にいられるから』とかなんとか言って、授業をサボっていた。

 

 僕はある理由(・・・・)で授業を受けることができなかったのでいつも外で素振りをしていた。そんな僕の横で、友達はいつも僕の素振りを見ていた。ある時、僕は気になってあることを聞いたんだ。

 

『僕の素振りを見ているだけで、つまらなくないのかい?』と、するとその友達は、

 

『そんなこと無いよ?ほら、一輝の剣って綺麗だから』って言ってくれたんだ。

 

 僕は嬉しかった。今まで誰も、僕の剣の事を見てくれる人なんてなかったから、あの時は本当に嬉しくて涙が止まらなくなったんだっけ?

 

 そしたら、その友達が柄にもなく慌てていたんだ。『ど、どうしたの!?えっ、えっと大丈夫!?』ってね。そんな珍しい友達を見て思わず笑っちゃったんだ。

 

 それ以来、僕の横にはその友達がいつも座って僕の素振りを見ていた。休憩中は僕の話し相手になってくれたり、タオルとか飲み物とかも持ってきてくれていた。

 

「あっ、やっぱりここにいた」

「すぅ・・・すぅ・・・すぅ・・・」

 

 そんな僕の友達は、いつものように学園の敷地内にある大きな木に背中を預けて眠っていた。

 僕のたった一人の友達、龍切(たつぎり)詩音(しおん)

 詩音は日本人にしては珍しい銀髪と紅い目を持っていて、僕は気になって彼女に出身を聞くと『私?私は日本人だよ半分ね。お母さんが外国人だったからハーフなんだ』と言っていた。

 

 詩音は、この学園ではちょっとした有名人だった。天気のいい日のお昼は決まった場所で気持ち良さそうに眠り、詩音は上級生にそんな無防備で可愛らしい寝姿に人気があってファンクラブまであるそうだ。

 そんな彼女には付けられた二つ名がある。

 

《眠り姫》

 

 彼女の奥底に眠っている力とその実力、いつも気持ち良さそうに眠っている彼女に付けられた二つ名だった。

 そんな《眠り姫》を起こすために僕は彼女の肩を揺らした。

 

「詩音、起きて~起きないと、ご飯を食べる時間なくなっちゃうよ?」

「ぅ・・・ぅん?・・・いっ、き・・・?」

「そうだよ」

「ふぁ~・・・んっ~・・・おはよう、一輝」

 

 起きた詩音は、寝ていた身体を起こし伸びをすると・・・

 

「(きゅー)・・・」

 

 どこからか可愛らしい音がした。その音の発生源を見ると、顔を赤く染めた詩音が立っていた。

 

「ふふっ・・・おはよう詩音、もうお昼だよ?」

「っ~~!!笑わなくても良いじゃない!恥ずかしいじゃん・・・///

「ごめんごめん。

 あのさ詩音、その、いつも僕とご飯食べてるけど・・・いいの?僕と一緒にいたら・・・」

「何が?私は一輝と一緒に食べたいから食べてる、それじゃあダメ?」

 

 そう言って詩音は上目遣いをして可愛らしく、首を右に傾けた。

 

「そ、そんなことは、無いけど・・・」

(そんな顔をされたら何にも言えないじゃないか!)

「なら気にしない、気にしない!いざ、食堂へ!私、お腹空いちゃった!」

 

 そう言うと詩音は、僕の手を引いて上機嫌で僕の前を歩きだした。僕はそんな彼女を見て微笑んだ。

 

「分かったよ、君には敵わないな」

「あっ、そうだ一輝!食堂まで競争しようよ!

 負けた方が今日のお昼奢るってことで!ヨーイ、ドンッ!」

 

 そう言うと詩音はいきなり手を離して走り出し、そんな彼女の突然の行動に僕は慌てて追いかけた。

 

「ちょっ、ずるいよ詩音!?」

「あははっ!知りませ~ん!お先に~!」

 

 笑いながら僕の前を走る詩音。僕はそんな彼女にいつも救われていたんだ。

 

 

──────────────────────

 

 

 

 誰かが私を呼んでいる。

 

「・・・・・・きて・・・」

 

 誰?私を呼んでいるのは・・・

 

「・・・べる時間なくなるよ?

 

 目を覚ますと目の前にいたのは、私の友達、黒鉄一輝だった。

 

「ぅ・・・ぅん?・・・いっ、き・・・?」

「そうだよ」

「ふぁ~・・・んっ~・・・おはよう、一輝」

 

 目を覚ました私は、寝ていた身体を起こし伸びをした。すると・・・

 

「(きゅー)・・・」

 

 私のお腹から可愛らしい音がして、私は恥ずかしくなった。

 

「ふふっ・・・おはよう詩音、もうお昼だよ?」

 

 そんな私を一輝は笑って見ていた。

 

「っ~~!!笑わなくても良いじゃない!恥ずかしいじゃん・・・///

「ごめんごめん。

 あのさ詩音、その、いつも僕とご飯食べてるけど・・・いいの?僕と一緒にいたら・・・」

「何が?私は一輝と一緒に食べたいから食べてる、それじゃあダメ?」

 

 そう言って私は一輝の顔を下から覗きこみながら可愛らしく、首を右に傾けた。

 

「そ、そんなことは、無いけど・・・」

(ふふっ、顔真っ赤にしちゃって照れてるのかな?)

「なら気にしない、気にしない!いざ、食堂へ!私、お腹空いちゃった!」

 

 そう言って私は、一輝の手を引いて鼻歌を口ずさみながら一輝の前を歩く。

 

「分かったよ、君には敵わないな」

「あっ、そうだ一輝!食堂まで競争しようよ!

 負けた方が今日のお昼奢るってことで!ヨーイ、ドンッ!」

 

 私はいきなり合図を出して一輝の手を離して走り出す。

 

「ちょっ、ずるいよ詩音!?」

「あははっ!知りませ~ん!お先に~!」

 

 走り出した私の後を追う一輝。そんな一輝を笑いながら私は食堂へと向かった。

 

 

 

 これは後に《眠り姫》改め、《龍帝》と呼ばれることになり、破軍学園の最強の一角を担い、世界中の全ての騎士から注目される存在になるそんな少女の話。

 

 だが、それは、まだ先のお話。

 

 





作者「えー、いかがだったでしょうか?これから頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。」
詩音「よろしくね~」


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第1話

作者「連続して第1話です」
詩音「ずいぶん早いじゃない、いいじゃない読者様達が待っている事だしね!」
作・詩「「それではどうぞ!」」


 

「ぅん・・・ふぁ~・・・もう朝かぁ・・・起きなきゃ」

 

 窓から朝の日差しがさし込み、小鳥たちのさえずりで詩音は目を覚ました。二段ベッドの下の段から身体を起こしグーッと伸びをする。

 

「んっん~!・・・すぅ、はぁ・・・よし、今日もいい天気!」

 

 詩音の寝巻は友達いわく変わっているらしい。

 詩音の寝巻は、俗にゆうキグルミパジャマだった。ちなみに、今日のパジャマはお気に入りの熊さんパジャマ。詩音はこのパジャマを五種類ほど持っている。

 寮の同居人は、詩音のこの格好を初めて見たとき『龍切さんっ、なんて可愛いのっ!(ぶっぱぁっっ!!)』って言いながら鼻血噴き出してたっけ?詩音は小さい頃からキグルミパジャマを愛用していたから、何にも感じなかった。

 

「六時半か、着替えて正門に行かないと」

 

 そう言って詩音は、キグルミパジャマを脱ぐ。朝日に照らされて露になる。大きすぎず、だけども小さすぎない胸と、これまた健康的なお尻が現れ、そんな詩音は上下に紺色のジャージを取り出して着替える。そして肩まである髪の毛についた寝癖を櫛で軽く整えるが、そんな詩音の髪型には一つ問題があった。それは・・・

 

 頭のてっぺんの一房のアホ毛が治らないのだ。

 

 まあ、このアホ毛は産まれた時からの付き合いだからもう諦めている。むしろ、詩音のチャームポイントとして一役買っているそうだ。(クラスメイトの女の子に、聞いた話だとそうらしい・・・)

 まあそんな話は置いといて、机の上に置いてあるタオルとスポーツドリンクを持って、動きやすいランニングシューズを履いて、鍵を閉めて学園の正門へと向かった。

 

 しばらく歩いて、学園の正門についた詩音は時計を見た。

 

「七時か・・・じゃあもう戻って・・・あっ、一輝!」

 

 目当ての人物が走りながら戻って来たので詩音は手を振る。その相手も手を降り返した。一輝だ。彼は毎朝体力作りの為に朝早くから学園の回りを走っていた。前に距離を聞いたら二十キロ位だって言っていた。

 

「はぁ、はぁ・・・おはよう、詩音」

「うん、おはよう一輝、はいこれ、タオルとスポーツドリンク」

「いつもごめn・・・ムグっ!?」

 

 一輝が何を言おうとしているか分かった詩音は、右の人差し指で一輝の口を塞いだ。

 

「一輝?私は君から何か見返りが欲しくて、やっている訳じゃないのって言ったでしょ?

 そうゆう時は、ごめんじゃなくてありがとうって言って欲しい。その方が私は嬉しいな」

「うん、そうだった。いつもありがとう詩音」

「よろしい!じゃあ寮に戻りましょ?」

「そうだね」

 

 一輝と詩音は、制服に着替える為に寮に戻るために歩きだした。すると一輝が何かを思い出したようで話を振ってきた。

 

「そういえば、今日だったよね。ここに《紅蓮の皇女》が来るのって」

「そうね。今日だったはずよ。

 確か10年に1人の天才騎士で歴代最高成績で首席入学でしょ?さらに本物の皇女様ってんだから驚きだわ。色々詰めこみ過ぎでしょ!」

「あはは・・・でも一度は戦ってみたいな」

「確かに!」

 

 一輝の言葉に同意を示す詩音。しかしそんなことを話しているうちに寮についてしまった。

 

「じゃあまた後で会いましょ?」

「うん、また後で」

 

 そう言って、詩音は一輝の隣の部屋の406号室に入り制服に着替えようとして服を脱ごうとした時。

 

『いやぁあああああ!!!!ケダモノぉぉおおおおお!!!!』

 

 朝の静寂を切り裂く少女の悲鳴が、隣の部屋から聞こえてきた。

 

「な、何っ!?・・・あ、うわぁあっ!?」

 

 着替えている最中だった詩音は、その悲鳴に驚いてバランスを崩し倒れた。

 

 

──────────────────────

 

 

伐刀者(ブレイザー)》。

 

 自らの魂を武装―――《固有霊装(デバイス)》として顕現させ、魔力を用いて異能の力を操る千人に一人の特異存在。

 

 古い時代には『魔法使い』や『魔女』とも呼ばれてきた彼らは、科学では測れない力を持っており、最高クラスならば、時間の流れを意のままに操り、最低クラスでも身体能力を超人の域に底上げすることができた。

 人でありながら、人を超えた奇跡の力。

 武道や兵器などでは太刀打ちすることすら叶わない超常の力。

 

 今や警察も軍隊も―――戦争ですら、伐刀者(ブレイザー)の力なくては成り立たない。

 だが、大きな力にはそれ相応の責任が伴う。その一つが《魔導騎士制度》である。

 魔導騎士制度とは、国際機関の認可を受けた伐刀者(ブレイザー)の専門学校を卒業したものにのみ『免許』と『魔導騎士』という社会的立場を与え、能力の使用を認めるというものだ。

 

 そしてここ、日本の東京都に東京ドーム10個分という広大な敷地を持つ『破軍学園』もその免許を取得するための、日本に七校ある『騎士学校』の1つである。

 ここでは若い伐刀者(ブレイザー)たちが『学生騎士』として日々己の技を磨き、切磋琢磨している。

 

 その破軍学園の理事長室に、悲鳴を聞きつけた寮の警備員に痴漢として現行犯逮捕された黒鉄一輝は連れてこられた。そして、詩音も彼の付き添いということでついてきていた。

 

「なるほど。下着姿を見てしまった事故を、自分も脱ぐことで相殺しようとしたと」

 皮のソファーに座る、煙草をくわえたスーツ姿の麗人、破軍学園理事長・神宮寺黒乃は一連の原因と経緯を詩音と共に一輝から聞き終えると――呆れた表情を詩音と共に言い放つ。

 

「アホだろお前」

「一輝のアホ」

「フィフティフィフティで紳士的なアイデアだと思ったんですけどね」

「ねぇ一輝、いや変態紳士さんって読んだ方がいい?」

「さすがにやめて欲しいです・・・」

「でもさ一輝、着替え中の女の子の部屋に、見ず知らずの男が入ってきていきなり服をキャストオフ。とんだ変態紳士じゃない」

 

 言われた一輝は戦慄した。

 

「確かにそうだね、すごい危ない人だ・・・・・・・まぁ今思えば突然のことで僕も混乱していたんだなぁ。

 はぁ、ステラさんに悪いことしちゃったな」

「どうすんのよ、これでステラ姫が日本嫌いになったら」

「なんだ、二人ともヴァーミリオンの事を知っているのか」

「もちろんですよ、今朝その事を話していた所ですし」

 

 痴漢騒ぎの被害者の少女の名はステラ・ヴァーミリオン。

 ヨーロッパにある小国、ヴァーミリオン皇国の第二皇女。

 

「入試の成績はぶっちぎりのナンバーワンだぞ。全ての能力値が平均を大きく上回り、伐刀者(ブレイザー)として一番重要な《総魔力量(オーラ)》に至っては新入生平均の約三十倍という正真正銘のAランク(化け物)だ。

 能力値が低すぎて留年して、もう一回一年生をやる誰かさんとは大違いだ。なあそう思うだろ《落第騎士(ワーストワン)》」

 

 むすっとした表情で黒乃の嫌味に一輝は抗議しつつ、しかし否定はしない。

 

「まあもう一人は、能力値は決して低い訳ではないのに、全理事長に言われたことにキレて暴言を吐か、更には授業をサボりまくって単位が足りなくなり留年。お前もなかなかだよな。聞いたときは、その内容に職員室の先生方が笑いを堪えるのに必死だったんだからな?

《眠り姫》」

「いやぁ~ついイラついちゃって・・・テヘ☆」

 

 詩音は舌をチョロっと出しててれたように答える。そう、詩音が留年した原因は一輝とは違う。一輝との縁を切れと言われてそれに怒り、前理事長に向かって『うるせぇっ!お前に私の交遊関係をとやかく言われる筋合いなんかねぇんだよ!禿げダヌキっ!』と言って前理事長の怒りを買った事と、その後の実技の授業を全てサボったため留年の処分を受けたのだ。

 

「まあ、この一件、下手すれば国際問題になりかねん。黒鉄に非はないが責任を取ってもらうぞ。理不尽に感じるだろうが、そこは男の度量を見せてみろ」

「・・・男ってなんでこう都合のいい時だけ利用されるんでしょうね」

「さぁな、でも、今回は事情が事情だし諦めろ」

「・・・はぁ」

「女で良かったぁ~」

 

 一輝は己の境遇にため息を吐き、詩音がそんな境遇にないことを横で笑った、その時。

 

「・・・失礼します」

 

 理事長室のドアが開き、件の少女、ステラ・ヴァーミリオンが入室してきた。

 

「ごめん、あれは不幸な事故で、僕も別にステラさんの着替えを覗こうと思ったわけじゃない。ただ、見てしまったものは見てしまったわけだから、男としてけじめは付ける。ステラさんの気がすむように煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「・・・潔いのね。これがサムライの心意気なのかしら」

「口下手なだけあって」

 

 一輝の言葉にステラは強張った表情を和らげて、薄く微笑む。詩音はその様子を見て話のわかる子だと思った。

 

「じゃあ、イッキ。貴方の潔さに免じてこの一件―――ハラキリで許してあげるわ」

 

 ・・・・・・思っただけだった。

 

「いや、ちょっと待って。なに?大負けに負けてもハラキリなの!?」

「それはまあ、姫である私にあんな粗相をしでかした訳だし死刑は当然でしょ?本来なら丸太に縛り付けて国民全員で一発ずつ石打ちにするところを、本当に特別なんだからね」

「一輝、介錯は私がしてあげるね。さあ諦めて腹を切りなさいな?」

「ちょっ!なんで、詩音までそんなこと言うの!?しかも、それ処刑っていうよりユッケ作ってるだけだよね!?」

「名誉死にしてあげるだけでも出血大サービスよ」

「出血するの僕なんだけど!?」

「おー、上手いこと言うじゃない。そんな、一輝に座布団一枚あげるね」

「龍切、私からも座布団一枚だ」

 

 詩音も黒乃も悪ノリしてそう言うが、一輝にとっては命に関わる問題なので二人の言葉に笑えなかった。

 

「いや、二人とも○点みたいな事言ってないで、この校内殺人止めようよッ!?」

「黒鉄。お前の命1つで日本とヴァーミリオン皇国の恒久的な平和が買えるんだ。安い買い物だとは思わないか?」

「人の命差し出しておいて安い買い物って言い草はないよねっ!?」

「一輝、いい人だったわ・・・ぐすっ」

「詩音も僕まだ死んでないからね!?」

 

 詩音と黒乃からしたら面白いことこの上ない状況なのだが、一輝からすればこれほどのぼったくりはない。

 

「あ、あのさぁステラさん。もう少し他の解決方法はないのか?」

「む、なにが不服なのよ。日本男子にとってハラキリは名誉なんでしょう?」

「いや、僕平成生まれのゆとりっ子だし、サムライとか関係ないし!ヒップホップとか超聞くしYOッ!」

「とって付けたようなキャラ付けだな」

「一輝、それは無理があるよ?」

「理事長と詩音は止める気がないなら黙っててくださいっ!」

 

 さらに混沌を極めた状況の中、詩音は何か気づいたようにステラに尋ねる。

 

「そういえば、ステラ・ヴァーミリオンさん、あなたは部屋の鍵は誰に貰ったの?」

「ステラでいいわよ、フルネームで呼ばれるとなんかこそばゆいしね。

 誰って、そこにいる神宮寺理事長よ?」

「じゃあ、ステラ。あなたはそのとき、ルームメイトの話は聞かされなかったの?」

「そういえば、聞いてなかったわね」

 

 そのことで全てを把握した詩音は半目で黒乃を見る。黒乃はニヤニヤ笑っていたが、詩音に半目で見られた瞬間、いつものキリッとした顔に戻る。そして、その動作で彼女の思惑がわかってしまい、詩音はため息がでた。

 

「はぁ、そう言うことね。一輝、ステラ。二人は405号室が自分の部屋だと言ってた。そこはあってるよね?」

「ええ」

「うん」

 

 二人は詩音の言葉に頷く。

 

「つまりは、こうゆう事。

 今年から就任した新理事長新宮寺黒乃の方針、一輝は知ってるよね?」

「『完全な実力主義。徹底した実践主義』に則り力の近い者同士を同じ部屋にしお互いを切磋琢磨させ合うだっけ?」

「そう。しかし、ステラほどの優れたものはいないし落第生である私や一輝ほど劣ったものはいない。それぞれ全く正反対の理由でペアになれるものがいなかったから余り者になったて訳。だから、余り物同士でペアを組みルームメイトになったと。

 まあ、私はそのなかの余り者だから一人部屋なんだけどね」

「パーフェクトだ。龍切。さて、これで納得してくれたかな?」

「納得できるわけないでしょうっ!?」

 

 バンッ!とステラは理事長の執務机を手のひらで叩き抗議を続ける。

 

「だ、だいたいアタシがこいつと一緒の部屋で生活するなんて納得できません!」

「これは決定事項だよ、ステラ。理事長の言い分だと他の男女ペアもいるだろうし、その全員にいちいち便宜を図っていたら本末転倒。これ以上言うなら、退学もあるかもよ?」

「うぅ・・・」

「おいおい、私が言おうとしたこと全部言うなよ」

 

 黒乃が詩音にそう恨めしそうに言うが、詩音はそれをどこ吹く風といった様子でスルーする。

 

「・・・・・・わかりました」

 

 結局ステラも詩音の言葉にたじろぎ、折れざるを得なかった。

 

「ただし、一緒の部屋で生活するにあたってアンタに三つだけ条件があるわ!」

「何?」

「話しかけないこと、目を開けないこと、息しないこと」

「その一輝君多分死んでるよね」

「この三つが守れるなら部屋の前で暮らしていいわ!」

「しかも最終的には追い出されているだとッ!?」

「何よ。できないの?」

「できないよそんな無茶苦茶な要求!最低限息はさせてよ!?」

(部屋の前で暮らすことはいいの!?一輝!?)

「いやよっ!どうせ息をするふりしてアタシの匂いを嗅ぐつもりなんでしょ変態!」

「口呼吸するから!これなら匂いはわからないし!」

「ダメよっ!どうせ舌でアタシの吐いた息を味わうつもりなんでしょ変態!」

「その発想はなかった!お姫様の発想力パナい!?」

(いや、普通そんな発想出てこないよ・・・)

「嫌なら退学しなさいよ!そうすれば私は一人部屋になれるわ!」

「そんなめちゃくちゃな・・・」

「まあ、もし一輝が辞めちゃったら私とだけどね?」

「やれやれ。このままではいつまでたっても話が付き添えにないな。

 ならこうしろ。これから、二人で模擬戦をやって、勝ったほうが部屋のルールを決めるんだ。己の運命を剣で切り拓くのが騎士道なれば、これに異論を唱えるものはいないだろう?」

 

 みかねた黒乃がそう二人に解決策を提案する。それは二人で正々堂々試合をして、勝った方が意を通す、単純明快なもの。

 騎士同士の揉め事を解決する常套手段だ。

 

「ああ、それは公平でいいね、そうしようよステラさん」

「は、はぁっ!?」

 

 一輝は賛成したが、ステラは目を向き、声を裏返らせたり。

 

「え?そんなに嫌なの?」

「い、いえ、イヤとかイヤじゃないとかどうでもいいって言うか、・・・あ、アンタ・・・自分が何いってるからわかってるの?」

「・・・何か変なこと言ったっけ?」

「Fランクの!進級すらできないような《落第騎士》がッ!Aランク騎士のアタシに勝てるわけないでしょッ!?」

 

 その言葉で、一輝と詩音はステラの驚きに納得する。

 確かに、進級水準にも満たない粗末な能力値の一輝が、十年に一度の天才という呼び声の高い期待のルーキー相手に、『試合して決めよう』と持ちかけるのは、無謀を通り越して愚行だ。

 

 だが、そんな常識、一輝には通用しない。

 

「でもほら、勝負はやってみないとわからないから」

 

 一輝の言葉に詩音は笑みを浮かべる。詩音は一輝自身の今までの努力を見てきたため、彼にも譲れないものがあるのを知っている。そして、なぜ彼が騎士の道を歩んでいる理由も。

 

「流石、の一言ね一輝」

「ありがとう詩音」

 

 しかし、その一輝の言葉がステラのプライドの火に思いっきり油をかけた。

 

「いいわ。わかった。わかりました。やってやるわよその試合、でもアタシをこれだけバカにしたんだから、かけるのは部屋のルールなんて小さなものじゃ済まないわよ!

 負けた方は勝った方に一生服従(・・・・・・・・・・・・・・)!どんな屈辱的な命令にと犬のように従う下僕になるのよッ!いいわねッッ!?」

「え、ええええ!?そ、それはちょっとやりすぎなんじゃ・・・」

「今更怖気付いても駄目よ。アタシをここまで本気にさせた自分の軽率さを呪いなさい。これはもう模擬戦ではなく、決闘なんだから!」

(ああ、ああ・・・むちゃくちゃな事言っちゃって、そんなこと言ったらこの人は・・・)

 

 黒乃ならステラの意見に必ず乗るだろうと思い、そちらに視線を向ける。すると、案の定黒乃は乗っかってきた。

 

「話はまとまったようだな。ならば第三訓練場を使え。許可は私が出す」

(・・・・・やっぱり)

「り、理事長!勝手にまとめないでくださいよ!」

 

 一輝が抗議するも、時既に遅し。ステラは「覚悟しなさいよね!!フンッ!!」と鼻を鳴らし、一輝を置き去り理事長室から出ていってしまった。おそらく、第三訓練場へと向かったのだろう。

 

「・・・はぁ、なんだか大変なことになっちゃったなぁ。困りますよ理事長。こんなの・・・」

「くくっ。さすがに下僕は嫌か?」

「嫌ですよ。勝っても負けてもどっちも嫌だ・・・」

 

 そこで一輝は言葉を止め、「でも」と再び続ける。

 

「七星剣武祭には必ず彼女も出てくる。言ってしまえば遅いか早いかだけの違いです。」

「そこまで、わかっているのならためらう必要はないだろう。要はお前が勝てばいいだけのことだ。勝って、自分の必要なだけの譲歩を引き出したら下僕云々なんて反故にしてしまえばいい。それで万事解決だ。」

 

 ポン、と一輝の肩を叩き、黒乃も理事長室を出て行く。

 そして、部屋に残された一輝は今日何度目かわからないため息をつき、同じく部屋に残された詩音は苦笑する。

 

「まあ、決まっちゃったんだから、腹をくくりなさいな。それに『アレ』・・・もちろん使うんでしょ?」

「うん、もちろんだよ。『アレ』を使わないと彼女にも勝てないし、この先の戦いでも勝てないしね」

「なら、やるしかないね。頑張れ、一輝」

「ああ、ありがとう」

 

 二人はそう言葉を交わし拳を合わせ、理事長室を後にした。

 

 決闘の舞台へ向かうために。己の運命を、その魂の刃で切り拓くために。そしてもう一人は、彼が運命を切り拓くのを見届けるために。

 

 

──────────────────────

 

 

 魔導騎士が国家の戦力としての側面を持つ以上、当然戦闘技能が求められる。国家間の戦争はもちろん、伐刀者(ブレイザー)としての力を悪用する《解放軍(リベリオン)》をはじめとするテロ組織やら犯罪結社に対抗するためにもこれらは必須だ。

 ゆえに、破軍学園の敷地にはいくつとのもドーム型闘技場が点在しており、内部には直径百メートルほどの戦闘フィールドと、それをすり鉢状に囲む観客席が設けられている。

 そのうちの一つ、第三訓練場の中心に黒鉄一輝とステラ・ヴァーミリオンの姿があった。

 レフェリー(黒乃)を挟み、二十メートルほどの間を開けて対峙する両者。

 そして、そんな二人を見つめる幾つもの視線が観戦席にある。

 もともとこの訓練場を使ってトレーニングしていたり、噂を聞きつけて見学に来た、二、三年生たちの視線だ、数は二十強と、春休み中に突然決まった模擬戦の見学者としては数が多い。その誰もがお目当ては鳴り物入りで入学した超新星(スーパールーキー)ステラだった。詩音ももちろんこの模擬戦を見学に来ており、観客席に座り静かに今か今かと待っていた時、一人の女生徒が歩いていたことに詩音は気がついた。

 

「刀華ちゃーん、こっちこっち、久しぶりだね」

「うん、そうだね。しーちゃん」

「一緒に見ようよ!」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 詩音と親しげに話す少女の名前は東堂刀華。この学園の生徒会長にして学年序列一位、『雷切』の異名を持つ学園最強の騎士。年は詩音よりも一つ上なのだが、留年しているため、二つ上の三年生だ。そして、昨年度の七星剣武祭のベスト4だ。

 しかし、なぜそんな少女が落第生であり『眠り姫』と呼ばれている詩音と親しいのかというと、二人は昔からの幼馴染であり詩音の実家が彼女が暮らしていた養護施設と近かったからだ。一時期同じ人物の元に師事していたことも共通している。

 そして、刀華は詩音から誘われて、彼女の隣に座る。はたから見れば学園最強の『雷切』と落第生の『眠り姫』という不思議な組み合わせだったが、二人は特に気にしなかった。

 

「でも、本当に留年したんだね。しーちゃん。最初聞いたときは驚いたよ」

「まぁ、あれだけのことをやっちゃったんだから仕方ないよ、それに一輝のこともあるしね~」

「黒鉄一輝君のこと?」

「うん」

 

 詩音はステラと相対する一輝を見ながら、そういう。一輝はとても落ち着いていて、見ていて安心できた。

 

「しかし、なんで今日はここに?ステラの偵察?」

「それもあるけど、しーちゃんにも聞きたいことがあったの」

「聞きたいこと?」

「うん、しーちゃんは今年は選抜戦出るの?」

「もちろん!今年は逃げも隠れもしないからね。思いっきり暴れるんだぁ」

「そう、よかった」

 

 詩音の言葉に刀華は微笑みながら、昔のことを思い出す。今まで何度も手合わせしたことがあるが、そのどれもが刀華の完敗だった。刀華はランクという概念やその他諸々全ての基準をなくし、詩音の戦闘能力だけを見るとするならば、間違いなくこの学園でトップクラスに入り、七星の頂に最も近い実力を持つ女だと認めている。

 

 

「あれが《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオン。なるほど、確かに他とは比べ物になりませんね」

「だけど、ステラは一輝のことを舐めきってる、おそらく噂とかを聞いたんだろうね」

「てことは、しーちゃんはこの勝負黒鉄君が勝つと思っとるの?」

「もちろん、一輝は常識に当てはまらない規格外の人だからねぇ。短期決戦に・・・ううん、一撃必殺の状況に持っていかないとステラは負ける」

 

 一年間一輝の鍛練を誰よりも近く見てきた詩音は誰よりも彼を理解し信じていた。

 そして、詩音の考えは、昔からの彼女を知る刀華にも理解できた。詩音自身も誰よりも鍛錬し、もがき、足掻き続け、淡々と自らの力を鍛え上げた女だ。そんな彼女が一輝のことを認めているのだ。どれほどの実力を持つものかは刀華自身も気になる。そして、自分も試合が開始されるのを待つ。

 

 

 詩音と刀華の会話から少し遡り、訓練場に入る前に聞いた黒鉄一輝という男の情報に、ステラは失笑する。

 

「噂は聞いたわ。アンタ。聞けば聞くほどダメダメね。もう魔導騎士を目指すのなんてやめて、普通の人間として生きた方が身のためなんじゃないの」

「まあ、そうなのかもしれないけどさ。でも、勝負はやってみないとわからないし。それに、友達が信じてくれてるんだ。負けるわけにはいかないよ」

「あの子のことは別にどうでもいいけど、アンタわかってるの?負けたらアンタ、アタシの下僕なのよ」

「もちろん、わかってるよ。でも、それはあくまで負けたらの話。だったら、僕が勝てばいい、そのための努力はしてきたつもりさ。」

「ふぅん・・・」

(努力・・・ね。まるで、・・・アタシが才能だけで勝ってるみたいに)

 

 ステラは自分の中からふつふつと怒りが湧き出しイライラしてきた。

 

 ステラ自身、今は天才などと呼ばれているが、実際は違う。彼女は最初から強いわけではなく、むしろ、その逆、まともな騎士になることすら不可能と言われた。強すぎるステラの能力は、あろうことか彼女自身の体すらその灼熱の炎で焼いたのだ。

 

 それでも、彼女は諦めなかった。

 

 全ては、自分の国であるヴァーミリオン皇国とその民を守る大きな助けとなるために何度も大火傷を負っても、何度も挫けそうになっても諦めずに今の強さに上りつめた。

 

(だからそんな、才能とか、天才とか、安っぽい言葉で片付けられちゃたまらないのよ!)

「それでは、これより模擬戦を始める。双方、固有霊装デバイスを《幻想形態》で展開しろ」

「来てくれ《陰鉄》」

「傅きなさい《妃竜の罪剣(レーヴァティン)》!」

 

 黒乃の言葉にそれぞれ固有霊装(デバイス)を顕現する。一輝は烏のように黒い鋼の日本刀。ステラは灼熱の炎を凝縮したような炎を纏う黄金の大剣。

 

「よし、・・・・・・では、LET's GO AHEAD(試合開始)!」

 

 数多の観客が見守る中、天才騎士(ナンバーワン)落第騎士(ワーストワン)の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 




作者「いかがだったでしょうか?
 次回は一輝VSステラとステラVS詩音です!」
詩音「ついに私の実力が明かされるのね!楽しみだわ~」
作者「序盤はこれだけ書けるけど、後々が心配だなぁ・・・」
詩音「まあ頑張りなさい作者!応援はしてるから」
作者「ありがとう詩音!よっしゃぁ書きますよぉー!」
詩音「あらら、行っちゃった。では皆さん次回もよろしくね~!!」


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第2話

詩音「ついに私の実力が明らかに!」
作者「連続は疲れるなぁ」
詩音「まあまあ、これも皆様に楽しんで頂くためよ」
作者「そうだね、では本編をお楽しみください!」
詩音「それではどうぞ!」


 

「ハァァァァアァ!」

 

 開幕と同時にステラは炎を纏った一刀を振り下ろした。

 力任せに叩き付ける恐ろしくも鋭い一撃を、一輝は正しく見切り、《陰鉄》で受け止め――

 

「ッ!?」

 

 ようとしたが、バックステップで後ろへ逃げた。瞬間、《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》が叩き付けられ、ずおんっ、と――第三訓練場そのものが激震した(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「いい見切りね。受けてたらタダじゃ済まなかったわよ」

「なんでふざけた攻撃力だ。まさかここまでとは・・・」

「舐めてもらっちゃ困るわ。アタシの本気はまだまだこんなものじゃないわよ」

 

 ニヤリと笑い追撃の構えを見せるステラ。一輝は間合いを取るためにバックする。ステラの武装は大剣。超重量武器だ。移動の速度では自分が勝る。

 ならば速度でかき回す。それは攻撃力で勝る超重量武器相手のセオリーだ。

 だが―――そんな常識がこの埒外の怪物相手に通用するはずもない!

 

「遅いわ。遅すぎる」

「っ!?」

「スピードでなら勝てると思った?残念ね、魔力の使い方は何も攻撃だけじゃない。足裏に集めて爆発させれば機動力を向上させることもできる。

 そして私の総魔力量は並の伐刀者(ブレイザー)の三十倍。アンタらみたいにセコセコ残りの魔力を考えて行動する必要がない。試合中この速度を維持し続けても―――それでも余る。ようするに、あんたは威力でも速度でもアタシに勝つことができないってことよ!」

 

 そう、たとえるならば、ステラは『燃料無限の超高機動重戦車』なのだ。その理不尽ともいうべき性能を目の当たりに、一輝は苦笑いする。

 

(これが・・・Aランクか)

 

 一輝が目指す学生騎士の頂点、歴代の『七星剣王』ですら大半はBかCランクで占められている。だから、学生でAランクというのはもはや学生の頂点に収まるような器ではない。一人の例外もなく(・・・・・・・・)全てが歴史に名を刻むほどの大英雄だ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 十年に一度の逸材の前評判は決して偽りではない。

 

 それを思い知った一輝に《紅蓮の皇女》は大地すら揺らす回避不能の一閃を振り下ろす。

 もはや速度ですら逃げ切れない鋼の一撃に、一輝もまた鋼を持って応じ、剣戟が始まる。

 連続して響く快音は第三訓練場に集まった観衆の耳朶に音楽のように響いた。

 

『おおお・・・・・・・・・・・・・っ!!!!』

 

 あがる歓声。

 彼らが見つめる先にあるのは、《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》が描く焔の軌跡だ。

 それは研ぎ澄まされた剣技の軌跡であるということは詩音や刀華には一目でわかった。

 魔導騎士に武道や剣術を極めるものは少ない。

 そんなことに時間を使うくらいなら、同じだけの時間を使って異能の鍛錬を行った方がずっと強なれるし、何より学校や社会もそれを推奨するために、魔導騎士としての評価基準に武道や剣術を盛り込んでいないからだ。

 

 だがそれは――魔導騎士の大半数を占める半端者の考え。

 

 ごく少数の本当に強い騎士たち(・・・・・・・・・・・・・・)は、ほぼ全員が異能だけでなく武道も修めている。

 それは彼らには強さに対する飽くなき渇望があるからだ。己の力になる全てのものに手を出し、それを修め、さらなる高みを目指す。

 

 ステラ・ヴァーミリオンもそれに該当していた。

 

 ヴァーミリオン皇国の剣技大会で優勝したこともあるステラの『皇技剣技(インペリアルアーツ)』は舞のように美しく、しかし烈火のごとく苛烈に一気を追い立てる。

 一輝は隙なく飛来するステラの剣閃を、防ぐだけで手一杯で、後ろ後ろへと後退し続ける。

 

 そして、予想通りの一方的な展開に、観客席に冷めた空気が漂うが、そんな中ただ一人は違う考えを持っていた。

 

「流石だね一輝、もうあなたの勝ちだね」

「でも、はたから見ればステラさんの優勢に見えるけど、実際は違うの?」

「見てればわかるよ、刀華ちゃん。あれが一輝の戦い方だよ」

 

 詩音の言葉に刀華は疑問に思いながらも、黒鉄一輝の動きを見落とさないためにも、自分も二人の試合に視線を戻す。

 

 観客のほとんどがステラの勝利を疑わない中、ステラ自身は大剣越しに伝わる手応えに、耐えがたい違和感を覚えていた。一撃で大地に激震を奔らせるステラの剣撃は問答無用で相手を押し潰す(・・・・)一撃。しかし、伝わってくるのは軽い手応え。それが意味しているのはーーー

 

(まさか、アタシは、あしらわれている!)

 

 相手のパワーを受け流す柔らかい防御。それは剣術の中でも高難度の技だ。力加減、角度、タイミング。いずれか一つが微細にでも狂えばすぐに破綻する綱渡りを、目の前の男は顔色一つ変えずにやすやすとやってのけている。

 その事実にジワリと、ステラの中に恐れとも形容できる感情が染み出す。

 それと同時に一輝の視線を強く感じる。自分の服をすかし、皮膚をすかし、筋繊維の動きまで、自分の一挙手一投足が観察されている。

 そして、ステラの第六感が、黒鉄一輝は危険だと告げている!

 一輝が自分の動きを見切ろうとしているのだと気づいた。

 

「逃げるのだけは上手いじゃないのっ!だけど、そんな簡単に見切れるほど、私の剣はお安くないわよ!」

「―――いや、もう見切った」

「ッ!?」

 

 瞬間、今まで防戦一方だった一輝が初めて攻めに転じた。

 そんな彼の《陰鉄》の振るう軌跡は、まさに先ほどステラの《妃竜の罪剣(レーヴァティン)》が振るうそれと全く同じだった。正面きっての剣戟で、ステラを後ろに押し込んだ。これには流石の刀華も驚いていた。

 

「あれが、彼の戦い方なの?」

「うん、あれが一輝の剣技《模倣剣技(ブレイドスティール)》だよ。相手の剣術の『枝葉』を辿り『理』を理解し掌握することで、敵の剣術の全て是正した完全上位互換の剣術を編み出す。まあ要するに相手の技をダウンロードして、最新式にアップデートしたんだよ!」

「凄いですね。そんな芸当、私でも正直真似できないかな」

 

 昔から黒鉄の家から疎まれ、誰にも何も教えてもらえなかったから、他人の剣を見て盗む。それだけならまだ武道を極めているものなら分かっていることだ。

 しかし、一輝はその理解をさらに深め、他人の剣の欠点を全て補った剣を編み出した。それは並大抵の努力ではなすことはできない。

 

 そこからは、流れが一輝の方に傾いた。照魔鏡が如く観察眼で、剣術を盗まれた上、その上をあっさりと行かれ、しかも、それを一切の魔力行使なしで行っている。

 この男にとっては、自分の剣技を凌駕すること、自分の猛攻をあしらうことも全て、ただの普通の体術でしかないのだ。

 

 もはや疑いようがない。

 

 剣術においてこの男は自分よりも数段格上にいる存在だと。剣撃における引き出しの数がそもそも勝負になっていない。

 そして、ステラはそれを認めた。その上でなお相手の上をゆくのが、Aランク騎士《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンだ。

 

 だから、ステラは自分の剣が見切られてると言うのなら、それを利用することにした。

 

 《妃竜の罪剣(レーヴァティン)》での打ちおろす初動を見せる。瞬間、一輝が斜め下から《陰鉄》を振り上げた。

 

 それこそが、ステラの仕掛けた罠だった。

 

 ステラは打ち下ろしを放たずに、後ろへ下がることで、斬り上げ大きく空振りした一輝に初めて隙ができた。

 

(ーーもらったッ!)

 

 一輝の斬り上げは大きく空振り、その一瞬に生じた隙を狙いすまし、ステラはがら空きの脇腹めがけて《妃竜の罪剣(レーヴァティン)》を薙ぎ払う。

 その刃は一輝のがら空きの胴を深々と薙ぎ払うーーーはずだった。

 

「太刀筋が寝ぼけているよ」

「ッ!?」

 

 そう言って、《妃竜の罪剣レーヴァティン》は一輝の《陰鉄》の柄で防いだ。しかも、柄を握る右手と左手にある、わずかな隙間を使って。

 

(一体どういう動体視力してんのよコイツ!?)

「気持ちが押されているから軽々に勝ちに走る。逃げながら斬るなんて君のスタイルじゃないだろう。そんな温い剣だから、僕程度にも受けられる。ーーーこの曲げた一撃は致命傷だ」

 

 告げて、一輝は《妃竜の罪剣レーヴァティン》を大きく弾き、

 

「ハァァァアアア!!」

 

《陰鉄》の刃を、切り札を返され無防備になったステラに打ち下ろした。

 

 

──────────────────────

 

 

「格好悪いわね。こんな勝ち方・・・」

「・・・やっぱり、ステラさんは分かっていたんだね。僕の《陰鉄》が君を傷つけられないと」

 

 ステラの右肩に振り下ろされた《陰鉄》は止まっていた。

 魔力を纏う伐刀者(ブレイザー)は同じく魔力を纏った攻撃でなければ倒せない。

 魔力がバリアの役目を果たすからだ。

 しかし、一輝の魔力は細く、弱い。どれだけ卓越した技を持とうと、一輝には伐刀者(ブレイザー)として重要な資質が欠けている。それこそ、ただそこに立っているだけのステラに傷を付けられないほどに。

 

「もちろんよ。分かった上で剣戟の勝負を挑んだ。魔力だけじゃなく、剣でもアンタに勝って、アタシが才能だけの人間じゃないと思い知らせるために。だけどそれは叶わなかったわね。

 ・・・・・認めてあげるわ。この一戦、アタシが勝てたのは、アタシの才能のおかげだったと」

 

 だからこの試合で彼が『才能に負けた』と言っても、ステラは彼を軽蔑しないだろう。彼にはそれを口にしてもいいほど強いからだ。

 

 だからーーーーー

 

「アンタのその努力をアタシは、認めるわ。だからーーー最大の敬意を持って倒してあげる」

 

 瞬間、ステラが円形のリングの縁。観客席とリングを隔てる壁際まで大きく後ろに跳躍した。

 

 その行動に、一輝は疑問を覚えるが、次の瞬間、それは戦慄によって振り払われた。

 

「蒼天を穿て、煉獄の焔」

 

 

 

「うわぁ・・・・・天井を軽々とぶち抜く力、これは・・・予想以上だね。しーちゃん」

「あんなの一対一で使う技じゃないよ。でも、使ったということは」

「ーーーー黒鉄君があの大技を使うに値する強さの持ち主ということを認めた、そうゆう事だね」

「うん・・・じゃあ、一輝、君はどうするの?

 それと刀華ちゃん、私達はどうする?」

「何が?」

「ここ、あれの直撃コース」

「心配なんかしてないよ。守ってくれるでしょ?」

「もちろん」

 

 《妃竜の罪剣(レーヴァティン)》に宿る炎がその光度と温度を一層猛らせ百メートルを優に超える光の刃に変え、ドームの天井を溶かし貫いた。

 それはまさに太陽の光といっても過言ではないほどだった。

 これぞAランク騎士《紅蓮の皇女》が誇る最強の伐刀絶技(ノウブルアーツ)

 この戦場全てを焼き払う太陽の焔の剣だ。

 

「終わりよ。あがかずに敗北を受け入れなさい。その方が、アンタにとっても幸せよ」

 

 ステラは一輝を尊敬していた。これほどまでに自分を研ぎ澄ますことができる人間ならば、どんな分野でも成功を収めることができるはずだと。ただ一つ、致命的に才能に恵まれなかった『魔導騎士』の道以外なら。

 

 だから、ステラは一輝のためにもその絶対的な才能の力を持って敗北を与えることにした。

 

 

「《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》ーーーー!!」

 

 そして、訓練場を焼き切りながら振り下ろされる滅びの意味を知る光の剣。

 

『う、うわぁああ!?』

『巻き込まれるぞぉっ!?』

『お、おい、あそこ!会長と・・・・《眠り姫》!?』

『なにやってんだ、あの二人!?』

『そんな事より逃げなきゃ!』

 

 

 圧倒的熱量を持って迫る敗北を前に、あろうことか、一輝は微笑んでいた。

 

「確かに、僕には魔導騎士の才能がない。でも退けないんだ。ーーー魔導騎士になるのは、僕の夢だから。今この場を降りることを、僕を僕たらしめる誓いが許さない」

 

 自分が人よりも劣っているのは自分自身が一番よく知っている。一輝が魔導騎士になるには、最低でも七星剣武祭で優勝しなければならない。

 一輝が目指すあの人に追いつくためにも、そして、自分よりはるかに才能がありながらもこの一年間、自分を支えてくれた友達のためにも!!

 

「だから・・・考えた。最弱が最強に打ち勝つにはどうすればいいかを。僕が僕を貫くのに何をなせばいいのかを。ーーー今、ここにその答えを示す」

 

 一輝は《陰鉄》の切っ先を持ち上げ、ステラに向けて告げた。

 

「僕の最弱(さいきょう)を以て、君の最強を打ち破るーーーー!」

 

 

 

 その瞬間、一輝の全身と《陰鉄》の刀身から蒼い焔のように揺らめく、淡い輝きが生まれる。

 ステラは自分と同じ火属性の能力かと一瞬考えるが、すぐにあれは可視化できるほどに高まった『魔力の光』だと気づく。

 

(魔力が、増幅しているの・・・・ッ!?)

 

 本来、魔力が生まれ持った量以上にもいかにも変動することはない。

 ならば、これはどういうことか?

 わからないが、ただ一つわかるのは、あの蒼い光を纏った《陰鉄》には自分を倒す力があるということ。

 

 ーーーだが、たとえ自分を倒せる力を持っていたとしてもか太陽の前には森羅万象等しく灰燼と化すのみ、敵が何をしてこようが光の刃を届かせ焼き尽くせばいいだけの話!!

 

(振り抜け!ただそれだけでこの戦いの勝利はアタシのモノだ!)

 

 光の剣が一輝を薙ぎ払わんとした刹那に、彼の姿が消えた。

 否、消えたように見えるほどの速度で跳躍し、光の剣を回避したのだ。

 

「ーーッ!?」

(今の、なに!?)

 

 驚きながらもすぐに二の太刀を払う。

 だが、それも一輝はかわす。そして、その後に振るわれる三の太刀も、振るわれる光の剣の間を縫いながら、疾風が如き速度で戦場を駆け抜け、回避し続ける。そのあまりの速度に、ステラの目は一輝を捉えることができなくなっていた。

 

「くっ、なんなのよその力ッ!?どうして突然、そんな動きができるようになるのよ!」

「それが僕の能力だからだよ。ステラさんが炎を操れるように、僕だって伐刀者(ブレイザー)としての異能を持っている。

 とは言っても、身体能力倍加っていう異能の中で最低の能力だけどね」

「嘘よ!その動き、二倍なんてものじゃないでしょう!それに、身体強化で魔力が上昇するなんて聞いたこともないっ!」

 

 ステラは一輝の言葉に光の剣をふるいながら声を荒らげる。

 身体からは視認できるほどに高まった魔力を放ち、視界にすら捉えられない速度で動く。

 そんな力がただの身体能力倍加であるはずがない。身体能力一つに限って言っても、確実に十倍以上に跳ね上がっている。

 

「そうだね。だって僕は普通の使い方をしていないから。僕はこの能力を普通には使わないで全力で使っている(・・・・・・・・)

「はぁ!?そんな心構え一つで能力が上がるわけないでしょ!?」

「だけど・・・それが心構えだけじゃなく、文字通りの意味なら別だよ」

「え・・・・っ」

 

生物は本能的に自分を生かそうとする。

 

それが生存本能(リミッター)

 

 それは心で全力を尽くすと構えても、本能がそれを許さない絶対無意識。

 言うなれば、生物としてのメカニズムだ。

 

 だが、自分の意思の力で、その箍を外す事ができたら?

 

普通の人間の全力が本来の力の30%程度しか出せないとして、もしそれを100%出すことができるのなら・・・文字通りの全力を発揮することができる。

一輝はそこに目つけたのだ。

 

「アンタ、まさか・・・・・っ」

「そうだよ。この魔力は上がったんじゃない。生存本能(リミッター)を意図的に破壊して本来使えない力に手をつけているだけさ!」

 

 自分の才能の無さは自分自身が誰よりも理解している。

 天才だって努力している。天才が才能だけで戦っているなど、それは単なる冒涜にすぎない。少なくとも、一輝はそう思っている。ゆえに、差なんて広がることはあっても埋まることはない。

 

それを覆すために、一輝は普通ではいられない。ならばどうするか。

 

―――修羅になるしかない(・・・・・・・・・)

 

 たった一分だけでいい。(・・・・・・・・・・)

 その短い時間だけは、誰にも負けないようにしよう。誰だって、倒せるようになろう。

 

 ーーそれが、黒鉄一輝が出した、最弱が最強に勝つための答え。

 自らが持つ全ての力自分自身のありったけをたった一分間のうちに使い尽くすことで、最弱の能力を何十倍もの強化倍率に引き上げる伐刀絶技(ノウブルアーツ)ーーー

 

「《一刀修羅》!」

 

 瞬間、もはや視線すら追いつかない速度で戦場を駆け回っていた一輝が、その驚異的速度でステラの懐深くに踏み込みーーー全てが決まった。

 ザン、と。

 迎撃も防御も悲鳴すら追いつかない速度の中で、ステラは《陰鉄》の一閃をその身に受けた。

 

「ぁーーー」

 

 足元が崩れるような感覚とともに、ステラの意識が急速に奈落へと堕ちていく。

 《幻想形態》で致命傷を受けた時特有のブラックアウトだ。

《一刀修羅》はその名の通り、一刀の元に《紅蓮の皇女》を下した。

 力なく地面に崩れ落ちるステラ。

 

「そこまで!勝者、黒鉄一輝ッ」

 

 レフェリー黒乃が勝者の名を告げる中、その場にいた二人の生徒を除いてほぼ全ての生徒たちが、目の前で起こったあまりにも予想外な結末に、ただ言葉を失い、佇む《落第騎士》の姿を見つめていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 詩音はフラフラと訓練所を出ていく一輝を見送り、隣に座っている刀華をちらりと見ると呆れたようにため息をつく。

 刀華は周りに雷をバチバチと迸らせ、顔には獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「そんなに戦いたいの?刀華ちゃん」

「え!?そ、そげなことなかとよ!」

「本音は?」

「・・・戦ってみたいです」

「正直でよろしい。まあ、一輝も必ず選抜戦に出てくるから、早くて選抜戦、遅くても七星剣舞祭で戦えるよ」

 

 刀華にそう答えると、刀華はため息をついた。

 

「はぁ・・・・」

「どうしたの?」

「いえ、やっぱり貴女も大概規格外だなぁって・・・・」

「守ってあげたんだから、そんな事言わない」

 

 いま二人が座っている観客席は、ステラの伐刀絶技(ノウブルアーツ)を真正面から受けたはず、なのに観客席には傷ひとつ付いていなかった。

 刀華にむすっとした顔をしながら、詩音は観客席から立ち上がる。

 

「じゃあ、私そろそろいくね?」

「うん、あっ、しーちゃん」

「なに?」

「たまには生徒会室にも顔だしてよ。カナちゃんもうたくんも会いたがってたよ?」

「了解ですよ。確かに最近会って無いから会いたいなぁ。うん、近いうちに行くよ」

「うん、待ってるよ」

 

 そして、詩音は観客席から立ち去った。

 その背中を見送った刀華も、席を立ち訓練場を去った。

 

「ほんとに規格外なんだから、まさかあれを固有霊装抜きの魔力の壁だけ(・・・・・・・・・・・・・)で防ぐなんてね」

 

 そんな刀華の呟きが誰かの耳に入ることなんてなった。




作者「・・・・・・・・・・」
詩音「・・・・・・・・・・」
作者(そろー・・・)
詩音「あら、作者どこに行くのかしら」ガシッ!
作者「ひっ!・・・ほ、ほら、次の話を書かないと、い、いけないから」
詩音「あなた、前回、私VSステラを書くって言ってなかったかしら?」ニッコリ
作者「いえ、その、区切りが良かったので・・・」
詩音「何か、言うことがあるんじゃない?」ニッコリ
作者「えっ、えっーと、詩音VSステラを書けなくてすいませんでしたぁぁっっ!!!」
詩音「良くできました」ニッコリ
作者「あ、あのー離していただけないのでしょうか?」
詩音「あら、私から直々のO★HA★NA★SIが残っているわ、さあ逝きましょ?フフフフフ・・・・」ニッコリ
作者「まっ、待って!?今の『いきましょ?』の字がおかしかったよ!?は、離してぇっ!?
あっ、皆さん、感想や評価お願いします!!
ちょっとマジでやめ・・・・・イヤァァァァッッ!!!・・・・」


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第3話

詩音「作者が熱を出して暇だったらしく、一日で二話投稿しました・・・えーと第3話お楽しみください!あはは・・・はぁ」



「・・・・・・ん、っ」

 

 じんわりと、白い光が覚醒を促しステラは目を覚ました。

 

「目が覚めたか。ヴァーミリオン」

 

 ステラが横たわるベッドの側に座り、黒乃は煙草をふかしながら声をかける。

 

「理事長先生・・・・・ここは?」

「君の部屋だ。倒れた原因は《幻想形態》の固有霊装(デバイス)に殺傷されたことによる極度の疲労だからな。医者はiPS再生槽(カプセル)を使うような事態ではないから、自室で休ませていたんだよ」

 

 ふぅ、と黒乃の紅をさした唇から紫煙が吐き出される。

 

(・・・・・確か学生寮は禁煙だったはずだけど)

 

 と、思ったが注意する気力はなかった。

 

「・・・・・はぁ。久しく忘れていたわ。負けるって・・・・・こういう気分なのね」

「まあ、あまり気に病むことはない。黒鉄はハンデ戦とはいえこの私にも勝っている男だ、現時点でお前が勝てる相手ではないよ」

「元世界ランキング三位の《世界時計(ワールドクロック)》にも勝てるって・・・・・。何よそれ・・・・・あっ、理事長先生。アイツは、ーーー無事なの(・・・・)?」

「大丈夫だ。お前よりはずっと重症だが、命に別状があるような事態じゃない」

 

 そして黒乃は二段ベッドの上段に目を向けた。

 ステラがベッドから這い出て見上げると、そこには蒼白い顔で横たわる、ランニングシャツ姿の一輝がいた。・・・・・かすかな寝息が聞こえなければしたいと見紛うほどに、彼の全身からは生気というものが抜け落ちている。

 《一刀修羅》は生存本能までも無視して全力を出す伐刀絶技(ノウブルアーツ)だ。

 使えば、一分後にはまともに呼吸すらできないほど衰弱しきる。

 こうなるのも当然といえば当然だった。

 

「まあそれでも自力で部屋に戻って、制服を脱ぐ程度には余力を残していたがな。そのくらいできなければ技として使い勝手が悪すぎる。黒鉄も、その程度の調整はしているんだろう」

「そんなの余力のうちにも入らないと思いますけど」

 

 とても戦える状態じゃない。

 一度でも使いどころを間違って仕留め損ねればそれだけでアウト。

 ひどい自滅技だ。しかしそんなピーキーな技を使いこなし、この男は自分を倒してみせた。

 

「そういえば、あの時、理事長室にもう一人いましたけど、あの子は?」

「龍切のことか?あいつなら、『ステラとの出会いを祝うパーティーしなきゃ!』と言って、今買い出しに行っている」

「そうですか・・・・理事長先生。この男は一体何なんですか?」

「何、とは?」

「とぼけないでください!アタシの動体視力を上回る速度で動くなんて、尋常じゃないでしょう!もしかしてあれなの?ジャパニーズNINJAってやつッ!?」

「いや全く違うが・・・・・・」

「ともかく、これほどの男がFランクで留年生なんておかしいでしょう!?どういうことか説明してください!」

「そうはいってもな。Fランクは妥当な判定だぞ。何しろランクは伐刀者としての能力(・・・・・・・・・)を評価するものだ。実戦力・・・・つまり剣術の腕や体術の冴えはそもそも評価項目に存在しない。なにしろ本来これらは超常の力を行使する伐刀絶技(ノウブルアーツ)の前には無力なものだからな」

 

 そう、優れた異能の前に体技など無価値。

 たとえ鉄すら斬り裂ける剣の達人がいたとして、ステラの操る太陽がごとき灼熱を前に一体何ができるだろうか?何もできはしない。ただ灰になるだけだ。

 故に体技は同等の能力を持つ伐刀者(ブレイザー)同士の優劣をつける程度のプラスにしかならない。

 

「それが今の世間一般の考え方だ。だから現状、黒鉄を評価できるシステム自体が存在しないんだよ。そして、その項目を省いた黒鉄は・・・・・・こういってはあれだが、最低だ。ここまで出来の悪い男も珍しい。君が十年に一度の天才ならば、この男は十年に一度の劣等生(・・・・・・・・・)というべきだろうな。それほどにどうしようもない。それは君も直に戦って見て分かっただろう。この男の渾身の一撃は、無防備な君を傷つけることすらできなかった」

「・・・・・・まあ、それはそうですけど・・・・・・それでも『留年』は納得できません」

「どうして?」

「アタシは皇族です。国家にとって強い魔導騎士の存在がどれだけ大切なものか、よく知ってる。そしてそれは国家に魔導騎士の育成を委任されている学園に対しても同じはずでしょう、だからあれだけ戦える人間を単位が足りないなんて理由で留年させるはずがない」

 

 《解放軍(リベリオン)》のような思想結社まで現れ始めた昨今、強い騎士はいつだって求められている。

 それを遊ばせておく理由はない。

 ステラの指摘に黒乃は苦笑いを浮かべ、ため息をついた。

 

「ふふ、やれやれ、なかなか痛いところをついてくる―――単位が足りない云々は―――学園側の建前だ」

「建前・・・・・?」

「ああ。ヴァーミリオン・・・・『黒鉄』という苗字に覚えはないか?」

「・・・・・こんな庶民のこと、アタシが知るはず」

 

 ない。そう言おうとしたが、たった一人その姓を持つ人物に覚えがあった。

 

「・・・・・・・・・まさか、『サムライ・リョーマ』ですか!?」

「その通り。日本を第二次世界大戦で戦勝国へと導いた三人の極東の英雄の一人『サムライ・リョーマ』。本名を黒鉄龍馬。彼は黒鉄の曾祖父にあたる人物だ。彼の他にも黒鉄の家は代々、優秀な伐刀者(ブレイザー)を輩出してきた明治から続く日本の名家で、騎士の世界にとても強い影響力を持っている。その黒鉄本家が破軍学園に直接圧力をかけてきたんだよ。『黒鉄の家を出奔したはぐれ者。黒鉄一輝を卒業させるな』とな」

「どうしてそんなことを・・・・・・・」

「名家故のメンツというものだ。家系から『Fランク(落ちこぼれ)』なんて出したら家名に傷が付く。そう思っているんだろう。今の騎士社会は『ランクこそが全て』だからな。

 そして前理事長はこれを承諾して実践教科を受講する最低能力水準などというありもしない規定を勝手に作り、黒鉄を授業から締め出した。留年はその理不尽の結果だよ」

「それが、親の・・・・教師のすることなの!?」

「信じたくないだろうが、いるんだよ。そういう大人は。もちろん私はそんなことを許すつもりはない。その手のクズは徹底的に掃除したが・・・・それで黒鉄の無駄になった一年間が返ってくるというわけではもない」

 

 黒乃から聞かされた一輝の周りの環境は嘘であって欲しいと思ったが、今こうして一輝が留年していることがその事実を裏付けていた。

 黒鉄龍馬という大英雄を持つ名家の一族故にその劣った能力のせいで周りからは『存在しないもの』のように扱われ、今までのチャンス全てを不当に奪われ、さらに彼の道を阻むためにありもしない基準を作り、どの下衆よりも勝るほどのどす黒い悪意で一輝をFランクという最低値になってしまった落第生に仕立て上げた。

 

「しかし、それでもあの男は腐らなかった。自分の価値を信じ続け、そのありったけをぶつけることで十年に一人の天才とまで言われる《紅蓮の皇女》すらも凌駕する『最強の一分間』に至った。龍切は黒鉄が倒れないように、友としてこの一年間、ずっと彼を隣で支え守り続けてきた。己の立場など気にせずに」

「・・・え?それはどういうことですか?」

 

 黒乃の言葉に困惑の色を浮かべたステラに黒乃は答える。

 

「龍切の留年理由はFランクだからではない、あいつのランクはお前と同じAランク、問題なく二年への進級も無事にあがれるはずだった、ただ・・・」

「ただ?」

「あいつは去年学園内では、有名なちょっとした事件を起こしたんだ。しかも、相手は前理事長。そいつの目の前でソイツにたいする暴言を吐いたんだ」

「えっ!?」

 

 ステラはそのことに驚愕する、学園内で有名になるような事件をあの少女が起こしているなんて思っていなかった。

 

「あいつが暴言を吐いた理由は自分のことではなく、黒鉄のことで怒ったんだ。前理事長は『黒鉄一輝と縁を切れ』と前々から脅してたらしくてな、最初は無視してたのだが我慢の限界に達したのか、ついに前理事長の目の前で暴言を吐いたそうだ。」

「・・・あ」

 

 なぜ詩音が前理事長を暴言を吐いたのか、答えはシンプルだった。

 彼女は許せなかったのだ、己の家の体裁を保つために一輝からチャンスを奪い続け、さらには友すらも奪おうとしたことに。そのあまりにも非情な行動に詩音は立場など気にせずに前理事長の目の前で怒り、縁を切ることを拒否しその後も彼の友であり続けたのだ。

 

「それで、前理事長をバカにした龍切はその後の授業を全てサボり、黒鉄の隣で静かに彼の心の支えになっていたようだな」

「そう、なの・・・・・でも、なんで・・・・・・」

「・・・・・さあ、な。こればっかりは二人に聞いてみないとわからん。ただ私は期待している、龍切はどうかわからんが黒鉄なら七星の頂に届くのではないか、とな」

 

 言って、黒乃は煙草を携帯灰皿に突っ込み、改めてステラに尋ねる。

 

「ヴァーミリオン。君は今朝、私のところに挨拶に来た時『なぜ留学して来たのか』という質問になんと答えたか、覚えているか?」

「ええ、あの国にいると上を目指せなくなるから・・・・・です」

 

 ステラを天才という概念の枠に押し込めてくる者たち。なんの根拠もなく増長し、上を目指す気力が知らず知らずのうちに削がれてく。

 

 それが何より恐ろしかった。

 

 だからステラは留学を決意し、自分より強い存在を求めて日本へやって来た。強い騎士と戦い、それらを悉く打ち倒し、七星剣王となるために、そして、愛するヴァーミリオン皇国を守るために。

 

「だったら、ステラ・ヴァーミリオン。とりあえずこの一年、黒鉄の背中を全力で追いかけてみろ。それはきっと、君の人生において無駄ではないはずだ」

「・・・・・まだ、わかりません。アタシはまだ、理事長先生の言葉でしか彼のことを知りませんから」

「・・・・・・それもそうだな」

 

 ステラの言い分に黒乃は納得し頷くと、部屋の出口へ向かいドアノブを回し、扉を開けると、

 

「だったら、自分自身で確かめるといい。さっき言ったように《一刀修羅》は自分の魔力も体力も気力も、全てを残さず使い切る一日一回限りの大技。しかも途中で中断することもできない暴れ馬のような能力だ。

 だからしばらくは目を覚まさないだろうが・・・・まあ、死にかけてるだけで死んでるわけじゃないからな。そのうち起きる。・・・・・・確かめた後で、どうしても黒鉄との相部屋が嫌だというのなら、私に言え。龍切とお前の部屋を交代させる」

 

 そう告げると、黒乃は部屋から出て行こうとした。

 そしてステラは、なにかを思い出したように黒乃を呼び止めた。

 

「・・・・・・ちょっと待って理事長先生」

「ん?どうした?」

「さっき、誰が私と同じAランクだって言いましたか?」

「龍切だが?」

「えっ、あの子Aランクなの!?」

「そうだ、まああまり知られていないがな。あいつもある意味化け物だぞ?お前の伐刀絶技(ノウブルアーツ)固有霊装(デバイス)無しで止めたらしいからな」

「そ、そんな事できるわけないじゃない!だ、だって太陽と変わらない温度をしているのよ!?そんなことをしたら死ぬわよ!?」

「だが、実際龍切は生きている。その隣で見ていた奴もいる。まあ時間ができたら勝負を挑んでみるといいんじゃないか?じゃあな、私はこれでも忙がしいんだ」

 

 そして今度こそ黒乃は出ていった。

 そして、部屋にはまだ目を覚まさない一輝とステラの二人が残された。

 静寂の中、ステラは二段ベッドの二階を見上げ、自分を倒した一輝のことを考えていた。

 

 自分は決して弱くない。

 

 程々に強い程度の相手に圧勝を許すほど弱いとも思っていない。

 

 つまり、それだけ一輝は本当に強い。だからこそ、その強さの根源。あらゆる理不尽に屈さず、自分の価値を信じ続けるその強さの理由を知りたい。

 

「・・・クロガネ、イッキ」

 

 その名を口にすると不思議と胸を疼きのようなものが甘く掻く。

 ステラにとって、これほど他人を理解したいと思ったのは初めてだった。

 ステラは自分の内から溢れ出る好奇心に後押しされ二段ベッドの梯子を登るが、一輝は変わらずに眠り続けていた。

 だが、無意識にランニングシャツの広い襟首から覗く一輝の背中に目が向く。

 あの頼りない、誤魔化すような微笑からは想像できないほど、広く、厚みのある背中だ。

 いや、体型としてはそれほど筋骨隆々というわけじゃない、どちらかというと線の細い部類に入るだろう。

 だが、鋼のような力強さが、その背中を実物よりも、ずっと大きく見せている。

 

(・・・・・・ちょ、ちょっとだけなら、大丈夫、よね?顔も、向こう向いてるし)

 

 ステラは心の中で見えない誰かに確認してから、そおっと一気の背中に手を伸ばし触れる。

 

「ぅ・・・・・ぁ」

 

 触ってみて感じた印象は、鋼、とは少し違っていた。強く生命の温度を感じるからか、例えるならば大地に根ざす大樹の幹のような、ずっしりとした力強さを感じた。

 

(・・・これが、男の人の背中・・・なのね)

 

初めての感触に夢中になっているとーーー

 

「ん、ぅ」

「きゃ・・・・・・!」

 

 突然、一輝が寝返りをうち仰向けになるが、その際にステラの右腕が巻き込まれて下敷きなってしまう。

 そのことに焦り、なんとか抜け出そうとするも、一輝の体が意外にも重く、手が抜けてくれない。

 

(・・・・・仕方ないわね)

 

 ステラは息を殺して一輝のベッドに上がり、彼をまたいで膝立ちになると、左手で一輝の左半身をそぉっとほんの少しだけもちあげた。

 

「うぅ、んっ!」

「ーーーーッ!」

「・・・・・・くぅ・・・・」

(・・・・・び、びっくりしたぁ・・・)

 

 とりあえず、脱出に成功したことに安堵するステラだったが、何をしても起きない一輝に、ステラの喉がゴクリとなる。彼女の視線は、寝返りですこしめくれた一輝の腹部に向けられていた。

 

(・・・・・男の人のおなか・・・・)

 

 一体、どんな感触なのだろう。見たことはあるが、触れたことはないそれに、ステラはドキドキする。

 

「・・・・・って!な、何を考えているのよステラッ!いけないわ。未婚の、それも姫であるアタシが、こ、恋人でもなんでもない男の人の体に興味を持つなんて・・・はしたないっ」

 

 別にそういうえっちな気持ちで興味を持ってるわけではなく、自分を倒した黒鉄一輝という、今まで出会ったことがない初めての存在。

 

 それに対する騎士としての純粋な好奇心だ。そのはずだ・・・たぶん・・・・・・おそらく。

 

「だ、第一、こいつもアタシの下着姿を許可なく見たんだから、おあいこ、よね・・・?」

 

 完全に詭弁だったが、ステラは無理やり正当化した。

 ステラは自分を打ち負かした初めての存在に対する好奇心に後押しされながら、一輝の腰に跨ったまま、そぉっと彼のめくれたランニングシャツの隙間に細い指を差し入れ、ゆっくりとみぞおちあたりまでまくりあげた。

 

「・・・これが、・・・男の人の、身体・・・・・」

 

 これほど近くで、そして生で見るのは初めてだ。

 女である自分のそれとはまるで別物だの体に刻む肉の陰影。

 その未知への興味に、ステラの脳が茹で、熱病でもこじらせたようにクラクラして、息が荒くなる。

 そして、我慢できずに一輝の腹部をつついてしまう。

 

「うわぁ・・・・」

 

 薄い皮の下から力強い繊維の感触が押し返してくる、弾力性に富み、しなやかかつ力強さを兼ね備えている。

 

「すごい・・・」

 

 闇雲ではなく、定められた目的と、確かな方法論によって作り上げられた戦士の体に、思わず感嘆の声が漏れる。

 同じ騎士としてこれほどまでに研ぎ澄まされた体を得ることが、いかに困難なことか、それを維持することが、いかに大変なことか、よくわかる。

 その身体は、一輝が苦難の中にありながらも、決して諦めない意志の証拠だ。

 

 知れば知るほど際限なく溢れ出してくる一輝に対する興味に息苦しさすら感じる。

 

「ハァ、ァ・・・アタシ、どうしちゃったんだろ」

「いや。それは僕が聞きたいかな。・・・・・ステラさん。何やってるの?」

 

 ステラが暑さに喘ぐような声で誰にともなく問いに自分の腰に跨り、自分の肌を弄っていたステラを、何が起こっているのかわからないという表情で見つめる一輝が問いを返して来た。

 

「き、きゃああああああああッッ!?!?」

「ちょ!そんな勢いよく立ち上がったらーーー」

 

 一輝の注意も虚しく突然のことで驚いたステラはものすごい勢いで天井に頭をぶつけ「ぎゃふん」とそのまま二段ベッドの上から床へ墜落した。

 

「す、ステラさーーーーんッッ!?大丈夫っ!?今思いっきり頭から行ったよねっ!?」

「だ、だだだ大丈夫よ!ちょっと落っこちて下に置いてあったトマトジュースを被っただけだからっ」

「いやそれ全然大丈夫じゃない!だってそれステラさんの中に入ってるトマトジュースだものっ!とりあえずジッとしてて!今手当てするからっ!」

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

「どうしたの?」

 

 両手にスーパーのビニール袋を持った詩音は一輝がステラの額に絆創膏を貼ってるのを見てそう呟く。

 

「あ、いや、これはちょっとね」

「まあ、別にいいけどね、一輝、台所借りちゃうね?今日会えたのも何かの縁、それを祝うパーティーしなきゃ!まっ、二人とも疲れててご飯のこと忘れてたでしょ?」

「「あ」」

 

 詩音は「やっぱりねぇ」と呟きながらビニール袋を持って台所へ向かう。

 

「じゃあ、ご飯を作るから、二人はゆっくりしてなさい。簡単に作っちゃうから」

 

 詩音はそう言って鼻歌を歌いながら、台所の中へと入っていく。

 そして、再び、一輝と二人きりになったステラは、一輝に話しかける。

 

「・・・イッキが、これまで実家や学校にどういう扱いをされてきたか、ってことを、理事長先生から聞いたわ」

「ちょ・・・なんであの人は人の家のデリケートな問題を吹聴してるんだよ。・・・ごめんね、聞いていて気分のいい話でもなかったでしょ」

「そんなことはどうでもいいわ・・・それより、教えて欲しいの」

「何を?」

「どうしてイッキはそんな目にあいながら、まだ騎士を目指そうとするの?」

「・・・?なんでそんなことを聞くの?」

「っ、べ、別にアンタのことを知りたいとか、そんなんじゃないのよ?自惚れないで!ただあんたみたいな魔力も最低で能力も最悪な、どう考えても騎士に向いていないヘボ伐刀者(ブレイザー)が、なんでそこまで頑張っちゃうのかなーって興味があるのよ!」

「なんかそこまでボロクソに言われると清々しくすらあるね」

 

 一輝は、少し気恥ずかしそうにしながら、話し出す。

 

「僕には、目標にしている人と恩返しをしたい人がいるんだ」

「目標にしている人?・・・それってもしかして、サムライ・リョーマ?」

 

 黒鉄の家の人間が目標にしそうな身近な英雄。

 その名前が突然出てくると一輝も思っていた。

 

「うん。・・・その通りだよ。僕は昔から才能がなくてさ。ずっと両親や親戚達に入らないものみたいに扱われてきた。代々続く騎士の家系だからね。才能がない子供はいるだけで迷惑(・・・・・・・)なんだ。だから分家の子供だって受けられる魔力制御のレクチャーにも参加させてもらえなかったし、毎年ある一族が集まる新年会にも僕の席はなくて、ずっと外側から鍵をかけられる自室(・・・・・・・・・・・・・)に閉じ込められていた」

 

『何もできないお前は、何もするな』

 

 それが五歳の誕生日に実の父親から最後にかけられた言葉だ。あれ以来、父は一言も一輝に話しかけては来なかった。

 いや、視界に入れたことすらもないかも知らない。

 そして、当主の意志は一族全ての人間に影響を与える。

 黒鉄一輝は、みんなから『いない者』のように扱われた。

ーーーとても、苦しかった。本当に消えてしまいたいとすら思った。

 

「でもそんな時、龍馬さんが声をかけてくれたんだ」

 

 今でもあの雪の日のことを、黒鉄一輝は鮮明に思い出せる。

 元旦で一族全員が集まった時、一輝は当然のように部屋に閉じ込められていた。そんな一輝に追い打ちをかけるように聞こえてくる楽しげな声。

 とても辛く、寂しかった。

 そんな状況に一輝は耐えることができずに、家を抜け出し、裏手にある山に入った・・・・が、そこで、道に迷ってしまった。

 日が沈むにつれ、気温はどんどん下がり、粉雪は吹雪に変わっていく。

 

 だけど・・・誰一人彼を助けには来なかった。

 

 当然だ。いない者を探す理由がどこにあるのか?

 ここで人知れず凍死しても、そのことを両親も、親戚も、悲しみはしないだろう。・・・たった一人、彼の妹だけは悲しんでくれるかも知れない。

 

 それでも、一人だけだ。

 

 悔しくて仕方なかった。

 

 自分の才能のなさがーーーではなく、誰も自分を信じてくれないことが悔しくて、涙が出た。

 

 そんな時に、白髪にカイゼル髭を蓄えた大柄な老人、黒鉄龍馬が一輝の前に現れたのは。

 

そして、こういった。ーーーーその悔しさを捨てるなと。

 

 その悔しさは、まだ一輝が自分を諦めてない(・・・・・)証拠だから。

 

『いいか小僧。今はまだ小さな小僧。お前が大人になった時、連中みたいな才能なんてちっぽけなもんで満足する小せぇ大人になるな。分相応なんて聞こえのいい諦めで大人ぶるつまらねえ大人になるな。そんなもん歯牙にも掛けないででっかい大人になれ。ーーー諦めない(・・・・)気持ちさえあれば人間はなんだってできる。なにしろ人間ってやつは翼もないのに月まで行った生き物なんだからな』

 

 黒鉄龍馬は、少年のような笑顔で一輝にそう言い放った。

 

「・・・すごく、嬉しかった。生まれて初めて、自分を諦めなくてもいいんだって、言ってもらえた瞬間だったから。それがただの言葉であることは子供の僕だってわかっていたんだ。彼が僕の人生に何を保証してくれるわけでもないことも」

 

 でも、それでも嬉しかった。ただの言葉でも、本当に救われたのだ。

 だからこそ、一輝は決めた。

 

「だからその時決めたんだ。どうせ大人になるのなら、僕は彼のような大人になろうって。いつか僕も同じ境遇の人間を見つけた時に、父親達のように『諦めろ』と突き放す大人ではなく、『諦めなくていい』と、才能なんて人間のほんの一部でしかないのだと、ーーー彼の言葉を他の誰かに伝えられる大人になろうって。でも、そのためには、今のままじゃダメだ。強くならないといけない。彼のように強く、でないと、僕の言葉はただの負け惜しみにしかならない。だから、さ。こんなところで諦めてなんていられないんだ。黒鉄龍馬と同じくらい強くなろうと思ったら、七星剣王くらいにはならないと話にならないからね」

「・・・そう。それがイッキの『夢』なんだ。じゃあ、恩返しをしたい人って?」

「恩返しをしたい人は、僕のたった一人の友達の龍切詩音だよ」

 

 一輝は、台所の方を見ながらそう言う。台所は暖簾がかけられており、わからないが、中からは何か食材を切る音がリズムよく聞こえていた。

 

「シオンが?彼女が何をしたの?」

「詩音が留年をした理由は聞いた?」

「ええ、確か授業を途中から全部サボったことと、前理事長をバカにしたんでしょ?」

「うん、彼女は僕が入学したときから、ずっと僕に仲良くしてくれていたんだ。周りが僕を遠ざけていた時も、ずっと・・・・・」

 

 一輝は去年、この破軍学園で彼女と初めて会った時のことを思い出す。

 あの日は、桜が綺麗に咲いていた日だった。

 クラスメイトになった彼女は一輝の席に近づいてこう言ってきた。

 

『私の名前は龍切詩音、せっかくクラスメイトになったんだしこれから一年間よろしくね。黒鉄一輝』

 

 なんの悪意も込められておらず、ただ純粋に一輝と仲良くなりたいという意志が彼女の笑顔を見てすぐにわかった。

 だけど、周りはそうはいかなかった。

 ただ一人、実戦教科を受けさせてもらえない生徒。名目上は『能力不足につき危険』ということだったが、本当は黒鉄本家の黒い思惑が絡んでいた。それは当時の教師陣の態度を見れば丸わかりだ。

 

『一輝に関われば内申が悪くなる』

 

 そんな噂が囁かれ、みんなから距離を取られるのも当然の成り行きだった。

 

 だが、詩音は違った。

 彼女だけはずっと一輝の友人でいてくれた、一輝が受けれない実戦教科も、全部詩音が教えてくれた。

 そして、一輝が授業を受けれない教科を全部詩音が教える日々が続いた時、詩音と一輝は揃って理事長室に呼ばれた。

 内容は、黒鉄家の落ちこぼれである黒鉄一輝と縁を切れ、それは君のためでもある。だった。

 それは前々から言われていたらしく、その度に彼女はその要求をのまないと留年させるぞ、と脅されていたらしい。

 

 そのあまりにも残酷な事実に一輝は言葉を失い、隣に立つ詩音を見ることしかできなかった。

誰だって、留年するのは嫌なはずだ。だから、詩音も一輝から離れてしまうのかと、そう思った時だった、隣に立っていた詩音が前理事長に近づくと、思いっきり机を両手で叩いた。

 

 そして、叩いた事に驚き怯えた目で見る前理事長の胸倉を掴みあげ詩音はこう言った。

 

 

 

ーーーうるせぇっ!、と。

 

 

『うるせぇっ!お前に私の交遊関係をとやかく言われる筋合いなんかねぇんだよ!禿げダヌキっ!何で私があんた達に言われて一輝(友達)と縁をきらねぇといけないの?そんなことを言う権利があんた達にあるの?一輝の本当の強さを努力を見ない奴らが、ベラベラと好き放題言ってんじゃねぇよ!

 黒鉄一輝の人生は黒鉄一輝が決めるもの!あんた達が決めるものじゃない!次に一輝の邪魔をしてみなさい、今度は、どうなっても知らないわ』

 

 詩音は前理事長を睨みながら、憤怒に満ちた顔で殺気を放ちながらそう言い放った。

 

「・・・・龍馬さんに言われた時と同じくらいに嬉しかった。龍馬さん以外にも僕を認めてくれる人がいて、僕の生き方を応援してくれる。初めて僕を友達と言ってくれた。同時に、他人のために怒るその姿に僕は憧れた。どんな権力にも屈せずに、自分の信念を貫いていくその強く逞しい姿に、どんな理不尽も己の力で切り伏せていく姿は僕にとっての理想の騎士だ。だから、僕は龍馬さんのような強い人に、そして詩音のような優しい人になりたいと思った。どんなことがあっても諦めずに何度も立ち上がり己の信念を貫き通す人にね」

「・・・いい友達を持ったわね。そんな人、そうそう会えないと思うわよ?」

「僕もそう思うよ。彼女と出会えたのはとても幸運だってね」

「でも、話を聞く限りだとシオンって、かなりの負けず嫌いじゃない?」

「そうだね、彼女は諦めという言葉を極端に嫌うからね。でも、それは僕たちにも言えるはずだよ。僕達もかなりの負けず嫌いだからね」

「それもそうね」

 

 ステラはくすくすと笑うと、身体の力を抜いて、両手を上に上げる。

 

「・・・あーあ。・・・・負けたわ。天才とか凡才とか、そんなつまらない尺度でアンタを枠にはめて、本当のあんたを見ていなかったのはアタシの方。こんな半端な心持ちで、アンタみたいなとんでもない負けず嫌いに勝てるはずなかった。・・・・アタシの完敗よ。イッキ」

 

 どこか清々しさを感じさせる言葉には、黒乃の言葉を疑う気持ちはなかった。

 

 ステラは心からこの出会いを喜んだ。

 

 もし、彼女がヴァーミリオン皇国にいたままだったら、絶対あり得なかった出会い。

 

 海を渡って来た甲斐があったのだと実感できた。

 

 そう思った時、

 

 

「おーい、ご飯できたよ~。ちょっと、そこどいて~」

 

 詩音が台所から両手に鍋を持ちながら戻って来た。

 

「あっ、詩音。ごめん、ご飯作らせちゃって」

「気にしなくていいよ。あと、一輝?私はお礼を言われた方が嬉しいの、忘れた?」

「そうだった。ありがとうございます。詩音さん」

「分かればよろしい!今日はステラの留学祝いと一輝の勝利祝いを兼ねてのしゃぶしゃぶパーティーだよ!」

「へー、しゃぶしゃぶは初めて食べるわね」

「詩音の料理は絶品なんだよ。店でも出せるくらいに」

「そんな事無いよ~、えへへ。

 まっ、今日はしゃぶしゃぶの鍋の出汁とつけるタレ、色んな具材を切り揃えただけだし」

「そんなに美味しいの?だったら、お手並み拝見といこうかしら」

「お手柔らかに、まあやるのは自分自身なんだけどね?」

 

 その後、三人でしゃぶしゃぶパーティーをはじめ、一年の時の話をしたりと色々な話で盛り上がった。

 

 

 

 

「あっ、そういえば、ステラさんは僕に負けたから僕の下僕ってことでいいんだよね?」

「・・・・・・へ?」

「一輝、ここでそれ持ってくる?」

 

 

 

どうやら、平穏な日常はまだ来ないようだ。




詩音「いかがだったでしょうか!今回はずいぶんと長かったですねぇ・・・えっ作者ですか?もうここには出てこないらしいです。私のOHANASIがトラウマらしくて・・・・
 でもその変わりに紙が渡されるようになりました。
 えっと・・・『早く詩音の戦闘が書きたい』、だそうです。
それでは皆さんまた次回お会いしましょう」


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第4話

 まだまだ肌寒い四月の早朝。

 巨大な敷地を有する破軍学園の前に、三つの影があった。

 一つは正門前でタオルとスポーツドリンクを持つ、ジャージ姿の詩音。

 その隣で肩を浅く上下させながら、詩音から受け取った水筒のスポーツドリンクを飲む、同じくジャージ姿の一輝。

 そして二人からかなり離れた場所でヘトヘトになりながらも、二人の待つ正門前というゴールを目指して走る、同じくジャージ姿のステラ・ヴァーミリオンだった。

 一輝は体力維持のため、いつも早朝に20キロメートルほどのランニングを行なっている。

 

 元は魔力方面の才能がない一輝が肉体方面を鍛えようということで始めたトレーニングなのだが、三日前からステラも参加している。だが、

 

 一日目、ステラは途中で倒れた。

 

 二日目、ステラは吐いた。

 

 だから三日目は一輝はステラのペースに合わせようとしたのだが、負けず嫌いな性格からかペースを落とすと今にも斬りかかってきそうだったのでいつも通りに走った。

 するとステラはかなり遅れてはあったが、ちゃんと一輝についてきた。

 

「はぁー!はぁー!ゴール・・・ッ!」

「お疲れ様」

「へ、平気よ・・・ッ、こ、これくらいっ」

 

 流れる汗を拭く余裕もないほど疲れ切ってるくせに、ステラはたいした根性だった。一輝はステラの息が落ち着くのを見計らって、先ほど自分も飲んでいたスポーツドリンクを水筒のコップに注いで差し出した。

 

「はい。スポーツドリンク」

「え・・・それ、間接キス・・・・・

「どうしたの?・・・・あ、ごめんステラ・・・・。男が口をつけたコップ使うなんて嫌だよね」

「べっ、別に嫌だなんて一言も言ってないでしょッ!・・・・むしろ、その逆っていうか」

「逆?」

「ななな、なんでもないわよバカ!いいからそれをよこしなさい!」

 

 少し的外れな申し訳なさそうな顔をしている一輝に対して、ステラはただでさえ熱を持った頰をさらに赤らめて、ドリンクを呷る。

 その二人の様子を少し離れたところで見ていた詩音はこう思ってしまった。

 

(ステラ・・・・・青春してるね~)

 

 自分を初めて打ち負かし、自分の努力を認めてくれた男。そんな男に興味を抱く可能性は高かったが、まさかここまで分かりやすいとは流石に詩音も思いもよらなかった。

 

「・・・・ようやく、始業式か。もう一年も経ったんだね」

「そうだね。あの時から、もう一年・・・・」

 

 ふと、破軍学園の正門を見ていた一輝がふと呟いた。そのつぶやきに詩音も同意する。

 二人にとっては感慨深いものだ。

 何のチャンスも与えられずに一年を過ごした男、かたやチャンスがあったはずなのに友のためにそれを手放し一年を過ごした女。

 どちらにしても、普通じゃできない経験だ。だけど、その中で二人は互いに信頼できる友に出会えた。それはこの一年で一番の収穫といってもいいだろう。

 

「そういえば、今年一輝の妹が入学してくるんだよね?」

「そうだよ。・・・・・四年前、僕が実家を飛び出したっきりご無沙汰だったから、久しぶりに会えると思うと嬉しくってね」

 

 いつも一輝の後ろをちょこちょこ小さな歩幅でついて来た女の子。泣き虫で、寂しがり屋で、甘えん坊。

 だけど父も母も兄も親戚も、みんなが才能のない一輝を見捨て無下に扱っていた中で、唯一自分と距離を置かずに接してくれた可愛い妹。

 一輝にとって、彼の妹黒鉄珠雫は、唯一の家族だ。

 

「楽しみだなぁ」

「一つ聞くけど・・・その妹さん、血が繋がってないとかそういう設定じゃないでしょうね」

「いやどこにでもいるごく普通の血縁兄弟だけど?」

「ならよし」

「え?」

(分かりやすいね)

 

 ステラの許しによくわからないというふうに首をかしげる一輝と、意味を理解し笑う詩音は始業式の看板に視線を戻し、これから始まる日々に想いを馳せる。

 ついに始まるのだ。

 

 七星剣武祭出場枠をかけた戦いの日々が―――。

 

 

 

──────────────────────

 

 

「はーい☆新入生のみなさんっ!入学おめでとーーーッ!♡」

 

 新入生めがけ『パーン』とクラッカーを鳴らし、教壇に立つ若い女性教師は満面の笑顔を浮かべる。

 

「私が一年一組の皆さんの担任をさせていただく、折木有理です。担任を持つのは初めての新米教師だから、みんなも気兼ねなく友達感覚で『ユリちゃん☆』が手読んでくれたら先生超うれしーな♪」

 

 ・・・・・戦いの日々の幕開けにしては、かなり軽いノリだった。

 

「・・・・・なんか疲れる先生ね」

「あはは、まあね。・・・・・でもいい先生だよ」

「確かに、いい先生である事は確かだな」

「知り合いなの?」

「前にちょっとね―――」

「えー、今日は初日なので、授業はありません!でもでも、先生から一つだけみんなに『七星剣武祭代表選抜戦』についての連絡があります。みんな、生徒手帳を出してくれる?」

 

 言われた通り、詩音は胸ポケットから手のひらサイズの液晶端末を取り出す。

 破軍学園の生徒手帳は、身分証明書から財布、携帯電話、インターネット端末と、何にでも使える優れものである。

 

「んと。始業式で理事長先生が言ってたけど、破軍学園は去年まで『能力値』で選手をある程度選抜していたのよね?でも今年から『能力値選抜』は廃止!『全校生徒参加の実戦選抜』に制度が変わりますっ!全校生徒が選抜戦を戦って成績上位者『6名』を選手として選抜するの!わーおバイオレンスッッ!そしてその試合の日程は生徒手帳に『選抜戦実行委員会』からメールで送られて来ます。だからちゃんと確認して、指定の日時に指定の場所に来てね。来ないと不戦勝ってことになっちゃうから注意すべし♡」

「先生」

 

 ふと、ステラが手を挙げる。

 

「ノンノン。ユリちゃん☆って呼んでくれないと返事してあげないゾ?」

「・・・・ゆ、ユリちゃん」

 

 心なしか、ステラのツインテールをまとめているリボンがへなへなとよれたのは気のせい?ふと、そう思ってしまった詩音だったが、気にしないことにした。

 

「はい、なーに、ステラちゃん」

「選抜戦って何試合くらいするんですか?」

「詳しくは言えないけど、一人十試合以上は軽くかかるかなー。選抜戦が始まったら、三日に一回は必ず試合があると思ってくれていいよ♪」

 

 それを聞き一輝は小さく安堵する。彼の《伐刀絶技(ノウブルアーツ)》・《一刀修羅》は一日一回しか使えないから、連戦だとかなり厳しいのだが、三日に一回だと消費した分も回復もできるし、かなりやりやすいだろう。

 しかし、周りの生徒たちは一輝のように七星剣武祭に興味があるわけではなく、口々に不満を漏らしていた。

 だが、その反応は別に珍しいというわけではない。なぜなら、七星剣武祭は《幻想形態》ではなく《実像形態》を用いた真剣勝負のため、最悪の場合命に関わる戦いになるからだ。

 誰も彼もが好き好んでそんなリスク背負ってまで自分を高めたいと思ってはおらず、平穏に卒業して、魔導騎士としての資格を得て、高級で安定している仕事につく。そんな平坦な道を望んでいる生徒もいるのは当然のことだ。

 

「参加自体は強制じゃないから、成績のマイナスもありません。勝てばちょーっとボーナスはつくけどね☆勿論不参加も可。だから『七星剣武祭なんて興味ねーや』って人は、そのメールを送って来た『実行委員会』に不参加の意思を書いて返信してくださいら、自動的に抽選から弾かれるようになります。・・・・・・でもね」

 

 ふと、折木は一瞬、一輝の方を見やり、優しい微笑みを浮かべ、

 

「確かに大変だとは思うけど、誰にでも平等なチャンスがあるという一事だけでも、この制度は素晴らしいものなの、先生は思うな♪それは、ここにいる誰もに、七星剣武祭の優勝者『七星剣王』になるチャンスがあるって事なんだから。だからできればみんな参加して、目指してみてほしい。その経験はきっとかけがえのないものになると思うから」

 

 その言葉と向けられた眼差しに一輝は小さく頭を下げ感謝し、詩音はそれをみて笑みを浮かべる。しかし、何かを思い出したのか、少し難しい顔をした詩音は隣に座る一輝にそっと声をかける。

 

「ねえ、一輝、折木先生、そろそろじゃない?」

「あっ、うん、そ、そうだね」

 

「じゃあみんな、これから一年、全力全開でがんばろーーーっ!はーいみんなで一緒に

 えいえい・おブファーーーーッッ!!(吐血)」

 

「「「ゆ、ユリちゃぁぁぁぁぁぁぁあああん!?!?」」」

「あはは、やっぱり・・・・」

「あー、大丈夫大丈夫。みんな落ち着いて」

 

 突然教師が吐血するという惨劇に詩音はため息をつき、騒然とするクラスメイトを一輝がなだめ、その間に詩音が折木の肩を抱き起こす。

 

「心配しなくて大丈夫だよ~、折木先生はすごい病弱なだけだから」

「いや、だからで済む問題じゃないでしょ!?すごい吐血したもの!?」

「大丈夫だよ。ステラ、あれいつものことだから」

「いつもなの!?」

「げほっ、ごほっ、・・・・・龍切さんと黒鉄君のいうとおり、大丈夫よ」

 

 咳き込みながら、折木は心配する生徒たちに儚い笑みを見せる。

 

「先生・・・・・一日一リットルの吐血は子供の頃からずっとだから・・・・・」

「それのどこが大丈夫なんですか!?」

「ごほっ!げほっ。・・・・まあ、そんな体でもこうやって二十年以上は生きてるから、先生、一周回って頑丈なの。ふふふ・・・・・・すごいでしょう」

「そんなことでドヤ顔決めないでください。えーと、一輝。私が折木先生を保健室まで運ぶから、その間にそこの血だまりの掃除頼んでオッケー?」

「うん、わかった。」

 

 一輝が頷いたのを確認し、詩音は折木を背負って保健室へと向かう。

 

 

「ごほ!げほっ!龍切さんありがとうね。」

「いや、別に構いませんよ、今日テンションがものすごく高かったのって、やっぱり、新入生への入学祝いのためですか?」

「・・・・うん。せっかくのおめでたい日だからね。・・・・先生、超無理してテンションあげてたの・・・」

 

 やっぱりそうか。優しい折木ならば考えそうなことだと、詩音は納得する。

 

「先生、祝うのはいいですけど、もう少し自分の身体のことを考えてください。いつか、本当に出血多量で死んじゃいますよ?」

「・・・・・うん、気をつけるね」

「あとね、先生」

「なに?」

「とっても言いづらいんですけど、さっきのはウザがられてただけだと思います」

「がーん・・・・・・」

 

 人間、歳と自分の体調はちゃんと考えないといけない。

 

 

 

─────────────────────

 

『先生が、今日はもう帰っていいって』と折木の伝言を詩音が告げたことで、初日のホームルームはお開きとなった。

 

(さてと、生徒会室にでも行こうかな。久しぶりにみんなに会いたいし・・・・それに、留年した人がいたらこの子たちも居づらいだろうし・・・・・・)

 

 先程からずっと、周りからの視線を感じる。それは一輝も同じのようで、少し気まずそうな顔をしていた。

 先生がいきなり倒れたから自己紹介をしてはいなかったが、おそらく、二人が留年生ということはすでに知れ渡っているはずだ。

 周りはどう接するべきなのかわからずに困惑しているような視線を二人に向けている。

 

 そして、クラスメイトたちに気を使い、詩音が席を立ち、それに続いて一輝も席を立とうとした時、

 

「せーんぱいっ!」

「うわ!?」

 

 突然、一輝にクラスメイトの女の子が抱きついた。

 

「んなーーーーッ!?ちょ、ちょっとなにやってんのよイッキ!」

「あらあら、いつの間に女を落としていたとは、一輝やる~」

「それは僕が聞きたいよ!?それに詩音!それは違うからね!?あ、あの、なにかな突然?」

「やや。私ったらようやく黒鉄先輩とちゃんとお話しできると思ったら、ついテンションが上がっちゃって、飛んだご無礼をば」

 

 可愛らしく『ペロ』と舌を出して詫びる眼鏡をかけたピーチプロンドの女の子は、一輝から離れると、自分の名を名乗る。

 

「私、日下部加々美って言います。黒鉄先輩のだ〜〜〜いファンなんですぅ〜!」

「僕のファン?」

 

 魔導騎士はもちろん、学生騎士でも力のある騎士はステラのようにマスコミにも取り上げられたりするが、一輝は今まで一度もマスコミとかに取り上げられたことがないので、加々美にファンと言われ首をひねる。

 

「ファンができるようなことした覚えがないんだけど・・・人違いじゃないかな?」

「やだなぁ先輩!とぼけちゃってこのこの〜。これですよこれ」

 

 そう言いながら、取り出した生徒手帳のディスプレイに映し出されたのは、一輝とステラの模擬戦の動画だった。

 

「・・・・・これって、アタシたちの決闘じゃない!」

「もしかして黒鉄先輩もステラちゃんも本当に知らなかったのかにゃ?二人とも、ネットとか全然見ない人?」

「うん。機械は苦手でね・・・・・」

「アタシも全く見ないわね。パソコンも持ってないし、シオンは知ってた?」

「一応ね。でも、二人とも知ってると思ったから言わなかったんだけど、知らなかったとはね。多分、みんなは知ってるはずだよ」

 

 詩音の言葉に話を聞いていたクラスメイトたちが一斉に頷く。

 

「うん、その動画見たよ」

「いろんなまとめサイトで記事上がってるもんね。知らない人の方が少ないんじゃない?」

「私も見た。だから色々話聞いて見たかったけど、・・・・そのやっぱり年上の人だし、声掛けづらかったんだよね。・・・あはは・・・・」

(なるほどー、さっきから感じてた居心地の悪い視線ってそれが原因だったのか・・・・)

「なんか気を遣わせちゃってごめん。でもクラスメイトなんだから、もっと気軽に声をかけてくれてもいいんだよ?僕も詩音も歳とかは気にしないからさ」

 

 

「「「本当ですかっ!?」」」

 

 

「うわっ!?」

 

 突然、周りにいたクラスメイトの女の子達が、身を乗り出して一輝に迫ってきた。

 

「よかった!ありがとうございます!黒鉄さん!」

「私、あの試合を見てからずっと黒鉄さんと話をしたいって思ってたんです!」

「アタシもっ!だってすんごく格好良かったもんね!」

「あの、黒鉄センパイ、良かったら私に剣の稽古をつけてくれませんか?私、センパイみたいに強くなりたいんです!」

「あーずるい!それあたしもやってくださいっ」

「ちょ、ちょっと待って。確かに気軽にとは言ったけど、そんな一斉に来られても困るよっ」

 

 一輝はわいのわいのと尊敬と好意に満ちた視線を送ってくる少女達に思わずたじろぐ。

 一輝自身、女遊びとは全く縁がないため、年下の女の子に、これほど一斉に瞳を向けられる経験なんて今までなかった。しかも、彼女達の瞳には一様に尊敬の光が宿っているのだから、恥ずかしいやら照れくさいやら。

 

「ふふ、こんなに自分が人気で驚きましたか?でも先輩ってマジで今すんごい注目されてるんですよー。私が集めたデータによると、特に女子に大人気!」

「ええっ、な、なんで?」

「だって先輩すっごく強いじゃないですか〜。魔導騎士を目指す女の子は強い男の子が大好きなんですよ。あれだけ強いのに《落第騎士(ワーストワン)》なんて呼ばれてるのもミステリアスな感じでポイント高めです。でも一番大きな理由は、先輩の顔ですね。先輩、結構可愛い顔してますしー」

「そ、そんなことないと思うけど・・・・」

「その困ったみたいな微笑も、母性本能に『ぐっ』ときちゃうんですよねー」

 

 加々美の言葉に、周りの女の子達も同意する。その中にはちゃっかり詩音も混ざっている。

 一輝自身もあまり男らしい顔つきではないと自覚はしているが、年下の女の子に可愛いと言われるのは複雑だが、嫌われるよりは好かれる方がいいと思うのだが──と、微妙な気分になっていた時、詩音が肩を叩いてきた。

 

「良かったね、一輝。モテモテじゃない」

「ちょ、詩音、からかわないでよ!別にそんなんじゃないからっ」

「あ、でも、龍切先輩も結構人気がありますよ?」

「ふぇ?」

 

 一輝をからかっていた詩音は加々美の言葉に固まると、不思議そうに首をかしげる。

 

「い、いや、私、なんかそんなに有名になることした覚えが・・・・無い訳じゃないけど・・・・もしかしてあれの事?」

「そうですよ!!私、聞きました!前理事長を相手に一歩も引かなかったって!」

「・・・・あのー、あれはできれば忘れて欲しいんだ。あの後結構やりすぎたと思ったから」

「大丈夫ですよー。別に龍切先輩にも悪いイメージなんて持ってませんから、むしろ私はかっこいいと思いますよ?」

「か、かっこいい?」

「はい!だって、一歩も引かなかった理由って、親友である黒鉄先輩と縁を切れと言われてそれに怒ったからなんですよね?そんなのかっこいいに決まってるじゃないですか!親友を大切に思う人は私かっこいいと思います!ね?みんな」

 

 加々美の問いかけに、話を聞いていたクラスメイト達がみな一斉に頷く。

 

「それに、先輩も結構ポイント高いんですよ。ランクが不明で、さらに、本当の実力がどれほどのものか謎めいていますし、《眠り姫》と呼ばれているのもミステリアスな感じで、あと、ルックスですね。モデルさんみたいだし、綺麗な銀髪と頭の癖っ毛、そしてとっても可愛い顔してますし、下手したらモデルさんか何かとまちがわれますよ。それにこの学園内ではファンクラブもあるんですよ」

「うんうん」

「龍切先輩って可愛いもんね」

「そこらへんのモデルよりもかっこいいしかわいいんじゃないかしら?」

「私、ファンクラブ入った~」

 

 加々美の言葉に、周りの女の子達が同意する。

 

「それでですねぇ、黒鉄先輩と龍切先輩。今日はそんなお二人にお願いがあるんですぅ。可愛い後輩のお願い、聞いてくれますかぁ?」

 

 至近距離からうるうるした瞳で二人を見上げる加々美。

 

「な、なんだろ・・・僕にできることなら・・・協力するけど?」

「なんで、最後疑問系なのよ。まあ、私も何か困ったことがあるなら、手伝うよ。あと、同じクラスになったのも何かの縁だし、あだ名とか皆でつけてくれると嬉しいな!」

「本当ですか!わーい♪ありがとうございます!お願いというのはですね!私、実は新聞部を作ろうと思ってるんですけど、お二人に記念すべき破軍学園新聞第一号を飾って欲しいんです!見出しは・・・・二つあります。テーマは『驚異の伏兵!噂の超新星(スーパールーキー)を一蹴した黒鉄一輝!その強さに迫る!』と『その驚異の伏兵の友である謎の騎士、《眠り姫》龍切詩音の真相に迫る!』ってな感じで」

 

 ステラが目の前にいるのにこの話題はどうなのかな?と、二人は同時に思い、ステラの顔色を窺うと、

 

「ふぅーん、良かったじゃない。モテモテで(・・・・・)。取材、受けてあげたら?先輩方(・・・)

 

 ものすごい仏頂面だった。自分の敗戦を記事にされていい気分になれるはずもないから当然といえば当然なのだが、詩音にはそこに別の思考が混ざっているのがわかった。

 少なくとも、一輝はステラのこんな顔を見せられた後で取材を受ける度胸はなかった。しかし、詩音は別なので、加々美の取材を快く引き受ける。

 

「うん、私は別にいいよ。でも、私インタビューとか初めてだから期待できるような記事にはならないと思うけど、それでもいい?日下部さん」

「加々美でいいですよぉ。それじゃあ、早速なんですけどいくつかインタビューをいいですか?」

「うん、どうぞ」

「じゃあ、ですねぇ早速ぅ―――」

「おいセンパイ、オレ達ともお話ししましょうや」

 

 加々美がメモ帳を開いて詩音にインタビューをしようとした時、敵意を隠そうともしない粗暴な、獣の唸り声にも似た声がかかった。

 

─────────────────────

 

 ぞろぞろと、五人の目つきの悪い少年が少女達を押しのけて、詩音と一輝の前に立つ。そしてその中でも体躯のいい少年が、威圧を込めた声を二人に向ける。

 

「ずいぶん人気者ッスねぇセンパイ方。でもちーっと調子乗りすぎなんじゃねーっすか?教室だってのに、女侍らせてイチャイチャと」

「私、そんな趣味ないよ?」

「んなこたぁ、言ってねぇだろうが!」

 

 こめかみに青筋を立てながら、二人を睥睨する少年は、要するに目の前で女子を独占している二人が気に入らないらしい。そんな少年に詩音は的外れな答えを返す。

 

「なによ真鍋!嫉妬してんの?」

「自分がモテないからってひがんでるんじゃないわよ!サイテー!」

「んだとこのアマ!マー君に向かってナマ言ってんじゃねぇよっ!」

「あー、待ってまっ「一輝止まって」詩音?」

「私がやるから一輝は下がって」

 

 女子に凄んだ体躯のいい少年―――真鍋の取り巻きを、なだめようとした一輝を後ろから詩音が声をかけ、自分の後ろに引っ張り、一歩前に出る。

 完璧に因縁をつけてきているだけだが、騒ぎの原因が自分にある以上、初日から揉め事を起こすわけにはいかない。だから、詩音は穏やかな表情で軽く頭を下げる。

 

「放課後だからって教室で騒いでいたのは確かに迷惑だったね、それは私達が悪かったよ、ごめんね」

「ハッ、なに善人ぶってんだよ、不良のくせに」

「不良?それはどういう意味?」

「アホな女は騙せてもなァ、オレは騙されねぇよ。前理事長をバカにしたのだって、さっきの理由じゃねぇんだろ?どうせ人気を取るために、そう言い回ってたんだろ?」

「え?俺はあれを言われたから、前理事長を罵倒したんだけど・・・・あと私も女だよ?」

「へぇー、あくまでも嘘を貫くってことか、偽善っぷりが板についてんじゃねぇか。だったらよ―――今ここで立場ってもんを分からせてやるよ」

 

 ぞろり、と―――獲物を囲むハイエナのように、五人の少年が詩音の周りに展開し、五人は各々の固有霊装(デバイス)を顕現させた。

 

「ちょつとアンタ達本気!?こんなところで霊装使ったら停学よ!」

「うるせえよビッチ!怪我したくなかったら下がってろ!」

 

 加々美の注意を一蹴し、霊装を構える五人。そのどう猛な表情から察するに《幻想形態》にする気はなさそうだ。しかし、そんな状況でも、詩音は穏やかな表情を崩さなかった。

 

「教室での戦闘行為は校則違反だよ。君達だって、初日から停学になるのは嫌でしょ?だから、訓練場でいいなら、相手になるよ?」

「テメェ・・・・調子ノッてんじゃねぇよ!ダブりの分際でっ!!やっちまえテメェらっ!!」

(あり?なんか間違えた?)

 

 詩音の気遣いの言葉は真鍋達が望んでいた言葉とはあまりにかけ離れていたものだった。それが癇に障ったのか、額に青筋を立てた真鍋が他の四人に合図を出す。

 四人は霊装を振りかざし、詩音に斬りかかる。

 はぁ面倒だなぁ、と、詩音はため息をつく。

 こうなってしまっては、仕方がない。実力行使と行こう。

 

「詩音先輩!私、ちゃんと正当防衛だって証言するよ!だからやっちゃって!」

「いや、その必要はないよ」

「えっ?どうして・・・・」

「見てればわかるよ」

 

 加々美が詩音に迎撃を促すが、一輝がそれを止める。

 そう、一輝の言う通り、霊装を使う必要などない。

 なぜなら、これから起こるのは戦いではないのだから。

 

 

「―――」

 

 

 まず、詩音は視界から色彩を遮断し、それに回していた集中力を、動体視力へと移す。

 すると、世界は灰色へと染まり、少年たちの動きがスローモーションのようにゆっくりとなる。

 これは普通の人間にもできる、集中による意識と認識の高速化だ。本来は命の危険が迫っているような極限状態で発揮される力だが、武術を極めている詩音や一分間で自分を使い尽くす伐刀絶技(ノウブルアーツ)《一刀修羅》を使う一輝ならばこれぐらいはできて当然だ。

 

 そして、集中の極地に至った詩音は周りを見回し状況分析する。

 

 敵は前後左右の四方から、そして全員手にはそれぞれの霊装を、ただ一人、真鍋は他の四人から離れたところで、大口径のリボルバーを構えている。

 

(一番速い日本刀後方から背中を、次に速いロングソードね、前方から頭部を、なら―――)

 

 詩音はくるっと反転すると、右手の人差し指と中指で白刃を白刃取りをし、すぐパッと離すとすかさず懐に潜り込み袖と襟を掴んで背負い投げをする。

 

「ほいっと」

「え――――?」

「は――――?」

 

 投げられた少年と前方から迫る少年は驚愕の表情をするが、時すでに遅く。

 

「「うわぁぁあああ!」」

 

 投げられた少年が、前から来た少年にぶつかり、そのまま派手に転倒する。

 まずは二人。

 

「この野郎ォォォオオ!!」

「死ねぇぇぇえええーーーーっ!!」

 

 次いで左右から同時に鉄棍と斧が振るわれる。これの対処はいたって簡単。

 

「よっ」

 

 詩音は膝を折り、頭を下に下げる。

 直後、頭上で弾ける鉄と鉄のかち合う快音。

 それは双方の全力で振り抜かれた鋼の衝突であり、

 

「「ぎゃあぁあああああああ!!!!」」

 

 左右の二人は自分の腕に走った電撃のような痺れに悲鳴を上げ、悶絶する。

 最後の一人。

 

「く、くそっ!!」

 

 先ほどまでの偉そうな態度はどこへやら、真鍋は仲間の崩壊に隠しきれない狼狽を浮かべ、慌てて銃の引き金を引いてしまう。

 

 ダァン!

 

「あっ!」

 

 《幻想形態》ではなく《実像形態》での発砲、当たりどころが悪ければ死んでしまう、魔弾の一撃。それを撃ち放ってしまったことのリスクをわかっているのか、真鍋は青ざめた顔をする。それは周りもだ。しかし、一輝だけは違った。

 一輝には分かっていた、詩音がたかが銃弾1発で怪我をするわけがないと。

 そして、詩音に迫る魔弾は、詩音が右腕を振るうと同時に消えた。

 

「ふっ」

 

「え?」

 

 カランカラン

 

 誰かが間抜けな声を漏らすと、詩音はゆっくりの右手を広げ、中で握っていたものを地面に落とす。

 

 それは先ほど真鍋が誤って発砲した銃弾だった。

 

 そう、先ほど銃弾が消えたように見えたのは、詩音が素早く振るった右手で銃弾を掴んだからだ。

 

「〜〜〜〜〜〜ッッ!?!?」

 

 真鍋は化け物でも見るかのように目を見開き、声にならない悲鳴をあげる。

 射撃を指であっさり止められ、無防備となった懐に、詩音はすかさず踏み込み、真鍋の眉間に右手を銃の形にし、人差し指を突きつけ「バァン」とふざけた様子で銃を撃つ動作をする。

 普通ならば、何の意味を持たない攻撃だが、

 

「ぅ、あ、あぁ」

 

 それだけで十分だった。

 目の前で銃を撃つ仕草をされただけで、真鍋はへなへなと、その場に尻餅をつき、怯えに満ちた瞳で詩音を見上げる。

 当然だ。目の前のダブりのは・・・・霊装すら使わずに、素手のままで、霊装で武装した五人の伐刀者(ブレイザー)をいともたやすくあしらったのだから。

 これは戦いなどではなく、詩音にとっては、遊びも同然のものだった。

 

 詩音は、真鍋の肩をポンポンと叩くと、優しい微笑みを浮かべ、

 

「驚かせてごめんね。まぁ、これから一年クラスメイトとしてやっていくんだし、仲良くしよ?」

 

 真鍋はもう、ただカクカクと頷くだけだった。

 そして、詩音の動きに圧倒されたのは、真鍋達だけではなかった。

 

「「「・・・・・・・・・・・」」」

 

 周りにいたクラスメイト達も、素手のまま、誰一人傷つけることなく、伐刀者(ブレイザー)五人を打倒した詩音のあまりの強さに呑まれ、言葉を失っていた。

 

「ねえ、一輝、・・・・・なんで、みんな固まってるの?」

「そりゃあ、詩音の実力を見たからじゃないからかな?」

「これで?こんなの実力のうちには入らないって。しかも、怪我させないようにかなり手加減したんだよ?」

「それでも、これだけの結果になったんだから、みんな驚いてるんだと思うよ?」

 

 一輝がそう答えた次の瞬間。

 

 

 

「ようやく見つけました」

 

 教室の入り口から、声が聞こえてきた。

 

 なんだと視線をやると―――そこには、廊下から射しこむ陽光を背に、一人の小柄な少女が立っていた。

 短い銀髪に、淡い翡翠色の瞳。

 全体的に色素の薄い儚い雰囲気・・・しかし、それ故に、強く人を惹きつける美少女。

 その少女を一輝は知っていた。

 

「しず、く・・・・」

「はい。・・・・・お久しぶりです。お兄様」

「珠雫ーーーっ!!」

 

 四年ぶりに再会する肉親に、一輝はたまらず駆け寄りその小さな手を取った。

 

「うわ、やっぱり珠雫か!こっちこそ本当に久しぶり!なんだかすっごく大人っぽくなったね!見違えたよっ!」

「当然です。四年もあってないのですから。変わらない方がおかしいですよ」

「あはは、それもそうだ!いやでも嬉しいな!まさか珠雫から逢いにきてくれるなんて!今日こっちから探しに行こうって思ってたんだけどちょっと教室でゴタゴタあってさ―――って今はそんなことどうでもいいか。・・・ごめん、なんか突然すぎてテンパってるな、僕」

 

 珠雫に会ったら話したいことがいっぱいあった。

 突然家を出た謝罪や、それから起こった出来事。そして、再会の喜び。だが、そのどれもこれもが我先にと喉元に押しかけてくるものだから、うまく言葉が出てこなかった。

 

「ねえイッキ。その子ってもしかして・・・今朝話してたイッキの妹さん?」

「まあ、話からだとそうなるね。てか、新入生次席じゃない」

「え、あ、ああ!うん!ステラ、詩音、みんなにも紹介するよっ」

 

 ステラの質問はテンパった一輝にとっては助け舟だった。

 まずは一息ついて落ち着こう。

 そう思い、一輝はみんなにも珠雫を紹介しようとするが、ぐいっ、とみんなの方に視線を向けた一輝を引き戻すように、珠雫が一輝の袖を掴み、引っ張った。そして、

 

「お兄様・・・ずっと、お逢いしたかった・・・」

 

 

 

 一輝の頰に手を当てて、淡い色の唇を嫋やかに重ねた。

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!!」

「「「ナニゴトーーーーーーーーーーッッッ!?!?!?」」」

「あはは・・・・荒れそうだなぁ・・・・」

 

 衆目をはばからない口付けに、一輝と詩音を除くクラスメイト全員が絶叫した。

 

 



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第5話

詩音「読んでくださった皆様、おかげさまでUAが5000を超えました!ありがとうございます!
 そしてお気に入り登録してくださった皆様、これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします!
 それでは、本編どうぞ!」


 

 一輝の実の妹である黒鉄珠雫が、実の兄である一輝に口づけをしたことで、その場にいたほぼ全員が絶叫し、騒然となる。

 

「ちょ、ちょっとイッキ!あ、あああ、アンタなにやってんのよッッ!?」

「ぼ、ぼほぼ僕だってわからないよッ!?」

 

 今この場で一番動揺しているのは、突然妹に口づけされた一輝本人だ。

 一輝はあわてて珠雫の腕を首から引っぺがし叫ぶ。

 

「珠雫!い、今のは一体なに・・・・・・っ」

「何って・・・・もちろん口づけですよ?」

「分かってるよ!それは分かってるよ!だから驚いてるんだよ!そうじゃなくて!どういうつもりなのかって話ッ!?」

「どういうつもりも何も、口づけとは親愛の証。恋人・・・・・・などという浅く脆く粗(・・・・・)末な絆で(・・・・)結ばれてい(・・・・・)るだけ(・・・)の男女でも行なっている程度のことですりならば、同じ血と肉と骨を分かつ、鉄よりも固い絆で結ばれた兄妹が口づけするのはごくごく自然なことです。いえ、むしろなければ不自然でしょう。そもそも外国では口づけなんてそれこそ挨拶ですし」

「え、そ、そうなの?ステラ、詩音、僕がおかしいの?」

「んなわけないでしょう!何迫力で押し切られそうになってるのよ!だいたい外国でだってマウストゥマウスは挨拶じゃ済まないわよっ!」

「一輝、常識的に考えて今の状況はおかしいよ。一応聞くけど、この中に兄妹でキスする人っている?」

『いないいない』

『いるわけないよ』

『つか想像するだけで吐きそう』

「えー。珠雫。やっぱり君の意見はおかしいという判決が、民主主義的に出たんだけど」

「うふふ。何も問題はありませんわ、お兄様。他所は他所、うちはうちですもの。・・・きっとみなさんの兄妹関係はツンドラのように冷え切っているのでしょう。病んだ時代ですから。でも私とお兄様は違います。むしろ口づけ程度では四年分の愛おしさを表現するには足りません。今の私たちにはセックスですらただの挨拶でしょう」

「「「そんなわけあるか!!!!」」」

 

 珠雫の暴論に一学期初日に早くも一年一組の心が一つになった。

 

「ていうか珠雫。な、なんてことを言い出すんだ!女の子が、その、そんなに軽々しく、せ、セックスなんて言っちゃダメだ・・・・ッ」

「ふふ。冗談です、そんなに顔を赤くしちゃって。お兄様ったら可愛いんですから」

 

 クスクスと妖艶に微笑む珠雫に、一輝は冷たい汗が吹き出すのを感じた。

 目の前の女の子は誰だ?と。一輝の記憶の中にある珠雫は人見知りの激しい恥ずかしがり屋さんだったのに、何がどう間違えたらこうなるのか。

 

「―――さあ、そんな些末なことよりもお兄様。もっと珠雫を感じてください。そして私にもお兄様を感じさせてください・・・・」

 

 するりと、再び珠雫の細い腕がまるで白い蛇のように一輝の首に絡みつく。

 彼女の翡翠の瞳はこの教室に現れてからただの一度も、一輝以外を映さない。

 

「・・・・・四年間、本当に恋しかったのですから・・・・・・」

「ぅ・・・・・ぁ」

 

 これ以上はいけないと分かっているはずなのに、一輝は動けない。

 一輝を見つめる翠色が、彼をその虹彩に閉じ込めて、逃げることを許さない。

 そして、二人の唇は再び交わり――――

 

「だめーーーーーっ!!」

 

 そうなところで、ステラによって引き剥がされた。

 まるで、今ステラがいることに気づいた、とでもいうように、一輝以外の存在を珠雫の瞳は初めて映した。

 

「どういうつもりはこっちの台詞よ!アンタこそ、一気になんてことするのよっ!」

「なんてこととは、口づけのことですか?」

「そ、そうよ!それいがいに何があるっていうの!」

「何をいうかと思えば―――」

 

 ステラの言葉に珠雫はため息を漏らし、

 

「私が私のお兄様をどうしようと、そんなの私の勝手でしょう」

「イッキ!アンタの妹おかしい!これのどこが『ごく普通の血縁兄妹』なのよ!」

「いや、僕も驚いてるっていうか、おののいてるっていうか・・・・・・」

「さっきから随分と私とお兄様の邪魔をしますけど、・・・・・・貴女、噂のステラ姫ですよね?そんな方がなぜ私たちのような庶民の兄妹のコミュニーケーションに口を挟むのですかん」

「こんな糸を引くような(・・・・・・・)生々しい兄妹のコミュニケーションがあってたまるか!」

 

 どうやら、ステラと珠雫は話を聞くつもりはないらしく、その後も激しい言い合いは続く。そして、周りがその言い合いを黙って見ている中、詩音が呆れたようにため息をつき、廊下へ出ようとする。

 

「はぁ、初日から大変だなぁ・・・・」

「どこに行くんですか、詩音先輩?」

「ん?ちょっと、あの二人を止める許可をもらおうと思ってね」

「許可?」

「うん、とりあえず加々美はみんなを廊下に避難させておいて」

「わっかりましたー!はーい、みんな廊下に出てー。ここにいたら多分死ぬよー」

 

 加々美主導の避難誘導が始まったのを確認し、詩音は生徒手帳を取り出すと、緊急連絡のボタンを押してある人に連絡を取る。

 

『どうした?龍切』

「一年の主席と次席が言い合いをはじめまして、下手すると、教室が吹き飛びかねないので、霊装デバイスの使用許可を欲しいんです・・・・・」

『なるほどな、ヴァーミリオンと黒鉄妹が・・・分かった。許可をだそう』

「ありがとうございます、理事長先生」

 

 詩音が連絡した相手は理事長である新宮寺黒乃だった。彼女はステラと珠雫が引き起こすかもしれない『最悪の事態』を聞き、すぐに詩音の霊装の使用許可を出すことを決めて、それを黒乃に伝え電話を切って、再び教室の中に入ろうとすると、避難誘導を完了させたのか、加々美が詩音に近づき、ビシッと敬礼の真似をする。

 

「詩音先輩!避難完了しましたー!」

「うん、ありがと」

「それで詩音先輩、一体何をするんですか?」

「あの二人を止めるのに霊装の使用許可をもらったからね、今から止めに行くんだよ。―――世界を喰らえ《龍星天牙(ミッドガルズ)》」

 

 詩音は自分の両腕に己の固有霊装(デバイス)を顕現させる。

 瞬間、詩音の両腕に黒い炎が、収束し一つの形をなす。

 それは、手の甲に紅い宝玉のような物が埋め込まれていて、肩の辺りまで黒い鎧を纏っているような指先が尖っている籠手型の固有霊装(デバイス)

 これこそが、詩音の固有霊装(デバイス)、銘を《龍星天牙(ミッドガルズ)》。

 

「へー、これが詩音先輩の霊装なんですねぇ」

「うん、名前を《龍星天牙(ミッドガルズ)》。・・・・・・みんなは、絶対に教室に入らないで、危ないから」

 

 廊下に避難したクラスメイトに詩音はそういうと、一人教室に入り中の状況を確認すると、中ではもうすでにステラと珠雫がそれぞれの霊装を顕現させていた。

 

「―――って、なんでステラもやる気満々なのっ!?」

「悪いけど。アタシはイッキと違って、霊装を持ち出した相手に情けをかけるほど甘ちゃんじゃないの。やるっていうなら相手になるわ」

 

 一輝の制止など聞こえない二人は全く止まる気配はなく、ステラの紅玉(ルビー)と珠雫の翠玉(エメラルド)に映るのは、向かいにいる敵の姿のみ。

 

「だけどまた随分と慎ましい霊装ね。・・・・・・アンタの胸と同じで」

「そちらこそ。下品な胸をした女は武器にも品がないんですね。どっちもただ無駄にでかいだけ。ええ本当に、とってもお似合いですよ」

「貧しいものの僻みは聞くに耐えないわね。だけど許してあげるわ。アタシは胸も心も大きい女だから」

「・・・・・・デブ」

 

 ブチ、とステラの方から嫌な音が聞こえた。

 

「「殺すッッッ!!!!」」

 

 避け得ぬ惨劇を確信し、一輝はもうダメだと、肩をすくめた次の瞬間、一輝の予想に反する結果が起きた。

 

 

 ギィィンン!!!

 

 

「えっ!?」

「くっ!?」

「なっ!?」

 

 一輝はステラと珠雫の間に一人の女が割り込んで来て、ステラの大剣型の霊装《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を右手で受け止め、珠雫の小太刀型の霊装《宵時雨》を左手で受け止めている女の姿を目にした。

 

「あはは・・・・・・元気なのはいいけど、少しは場所と力を考えて?」

 

 一輝はその声で二人の剣を受け止めた存在にやっと気づく、ステラと変わらない位の背を持ち特徴的な紅い色の瞳、肩まである雪のような銀髪を持っている姿は紛れもなく、一輝の友達の龍切詩音だった。

 

「し、詩音!?」

「はぁ、・・・・・・ねえ、一輝ももう少し頑張って止めてよ。下手したらこの教室吹き飛んでたよ?」

「う、うん、そうなんだけど・・・・そんなことしたら・・・!」

「その辺は、理事長に許可とったから大丈夫。というわけで、二人とも霊装はしまってくれない?」

 

 詩音の言葉にハッとしステラと珠雫はすぐさま霊装をしまい、気まずそうな顔をする。

 

「指定された場所以外での無断の霊装使用。これは校則違反だよ?一応理事長にも報告したから後で罰とかの通達があると思うから、これに懲りたら、無闇に霊装を展開することはやめようね?」

「はい・・・・・・ごめんなさい」

「すみませんでした」

「よろしい!」

 

 ステラと珠雫が詩音に頭を下げ謝罪する。詩音はそれに頷き自分も霊装をしまうと廊下へ向かう。

 

「じゃあね、一輝。私はよりたい所があるから、このまま帰るよ。またね」

「あ、ああ。うん、迷惑かけてごめんね」

 

 そのまま詩音は一輝の言葉に手を挙げると廊下に出て行き、そのまま何処かに行こうとしたが、誰かが詩音を呼び止めた。

 

「待って」

「どうしたの、ステラ?」

 

 その声の主はステラだった。

 

「シオン、お願いがあるの」

「うん」

 

「私と模擬戦をしてほしい」

 

「「「え、えええぇぇぇ!?!?」」」

 

 一年一組の心がまたも一つになった。それもそうだ、今年の首席合格者が留年生に対して勝負を挑んだのだから。その勝負を挑まれた詩音は、

 

「いいよ~」

 

 何とも軽い返答だった。そしてこの返事で決まったことそれは、

 

「こ、これって・・・・・」

「ありがとう、シオン」

「スクープよ!!大スクープ!!」

「・・・・・・お兄様、まさか、あの人が―――」

「うん、龍切詩音、僕の友達だよ」

 

 《紅蓮の皇女》と《眠り姫》の模擬戦。そんなスクープに興奮する加々美と、何かを知っている珠雫に応える一輝、そして詩音に勝負を挑んだステラ。詩音はステラに尋ねる。

 

「じゃあ、ステラ。今からやる?」

「いいわよ。場所は私が確保しておくわ。決まったら連絡するわね」

「よろしくね。じゃあ私、用事済ませてきちゃうから。また後で」

「ええ、また後で」

 

 詩音はそう言って、教室から出ていってしまった。

 

「ステラ、詩音に勝負を挑むなんてどうしたんだい?」

「イッキ、シオンのランクって知ってる?」

「えっ?そういえば知らないな・・・・」

「Aランクよ」

「えぇっ!?ス、ステラ今なんて・・・・」

「Aランクって言ったのよ。理事長先生から聞いたから間違いないわ」

「そうだったのか・・・・」

「それにしてもだよステラちゃん、何でいきなり勝負を挑んだの?」

 

 加々美の質問にステラは、答えを返す。

 

「私ね、シオンのランクを聞いた時から身体がウズウズするの。私と同じランクなんてなかなかいないから、戦ってみたいって気持ちが押さえきれない」

 

 そう答えたステラの回りには炎の燐光が煌めいていた。

 

──────────────────────

 

 

「皆に会うのも久しぶりだなぁ~」

 

 詩音は校舎の廊下を歩きながらそうつぶやく、彼女が向かっているのは、この学園の生徒会室だ。

 そして、そこに彼女の知り合いがいる。

 

「ここね」

 

 生徒会室についた詩音は軽くドアを二、三回ノックする。中から「はい」と声が聞こえ、詩音はドアを開ける。中には見知った顔ぶれがあった。

 

「いらっしゃい・・・・・・って、しーちゃん!」

「ハァーイ、刀華ちゃん!遊びに来たよん!」

 

 詩音は栗色の髪の毛を三つ編みにした眼鏡をかけた少女、刀華に声をかける。刀華は嬉しそうな顔をしながら詩音に近く、それに続いて、もう二人の人物も詩音に近付く。

 くすんだ銀色の癖毛に光のない金色の瞳を持つ、幼稚園児にも見える小柄な少年と、室内にもかかわらずに鍔の広い帽子をかぶり貴婦人のような純白のベルラインドレスを着込んでいる背の高い女性。

 

「やあ、しーちゃん。久しぶりだね」

「詩音さん、お久しぶりですわ」

「うん、うたにカナタちゃん、久しぶり」

 

 少年の名は御祓泡沫、少女の名は貴徳原カナタ、生徒会の副会長と会計を担当している。

 

「しーちゃん、今お茶とお菓子用意するから、ソファーに座っといて、カナちゃんお茶お願い」

「はい、会長」

 

 そして、刀華はお菓子を取りに、カナタは紅茶を入れるために、ソファーから離れる。泡沫は詩音の隣に座り、詩音に話しかける。

 

「しーちゃん、本当に留年しちゃったんだねぇ、僕もカナタも刀華も聞いた時はみんな驚いたよ?」

「それ、刀華ちゃんにも言われたよ」

 

 詩音は懐かしむように言う、すると、泡沫はゲームのコントローラーを取り出し、詩音に渡す。

 

「しーちゃん、今からマ○オやるけど、やる?」

「あぁ、久しぶりにやりたいんだけど、ごめんうた。今からステラと模擬戦をやるんだ」

「へーまたいきなりだね」

「うんちょっとね、今ステラの場所を確保するのを待ってるんだ」

「そうなんだ。でも一回ぐらい出来るでしょ?やろうよ」

「しょうがないなぁ、でもやるからには負けないよ!」

 

 そう言って二人はコントローラーを持ってバトルを開始する。

 

 

「ふふっ、懐かしいなぁ」

 

 そして、お菓子を取りに行っていた刀華は二人の様子を見て微笑ましい笑顔を浮かべる。

 

 

「どうしました?刀華ちゃん」

「うん、なんかこういうの懐かしいなぁーって」

「そうですわね。でも、昔通りだったら、この後は・・・」

「うわあぁぁぁ!負けたぁぁ!」

「やった!しーちゃんに勝った!」

 

 泡沫がガッツポーズをしながら、叫ぶ。テレビの画面には泡沫の勝利を知らせる文字が浮かび上がっていた。ゲームに負けた詩音は悔しそうな顔をした。

 

「あぁ、久しぶりにやると楽しいなぁ。もうやりたくないけど・・・・・」

「あっはは!昔からしーちゃんはテレビゲームは弱かったからね」

「うるさいやい!」

 

 そんな二人に刀華とカナタは近づき、机の上にお茶とお菓子を置く。

 

「もう、二人とも、ゲームで楽しむんはよかばってん、ほどほどにね、そいにしーちゃん、今日はなんか用事のちゃてきよったと?」

「あっ、ちょっと言いたいことがあったんだ!」

 

 カナタに注いでもらった紅茶を飲んでいた詩音が何かを思い出したかのように、紅茶を飲む手を止め、皿の上にカップを置き、話し出す。

 

「刀華ちゃんには言ったんだけど、今年の選抜戦は出るから」

 

 詩音の言葉に刀華とカナタは目に見えるほど好戦的な笑顔を浮かべる。泡沫は選抜戦にはエントリーしないため、ただ普通に笑っているだけだった。

 

「しーちゃん、もちろん、本気で戦うんよね?」

「ほどほどにやるよ」

「それは楽しみですわね」

 

 刀華とカナタはこの日を待ち望んでいた。昔、いくら挑んでも手も足も出なかった女。そんな女がやっと公の場に出てくるのだ。強い騎士と戦えるということは、騎士にとっては至上の喜びだ。それが幼馴染であるならなおさらのこと。

 詩音も二人の笑みに同じ好戦的な笑みで返すと、紅茶を一気に飲み干し、お菓子を一つ取ると、袋から取り出し、頬張る。

 

「あむ・・・んぐ、一応言っとくけど、刀華ちゃん、カナタちゃん、当たった時は容赦しないよ?」

「うん。当然だよ。私も本気で行くよ」

「私もですわ」

 

 詩音はそれに満足そうな笑みを浮かべると、ソファーから立ち、生徒会室の出口へ向かう。

 

「あれ?もう帰っちゃうの?」

「うん、今日はそれを伝えにきただけだし、これからも顔は出すよん。それに対戦相手に呼ばれたからね。皆も見るでしょ?」

「「「もちろん(ですわ)(だよ)」」」

「じゃあね!場所は第二訓練場だよ~」

 

 三人が返事をしたのを確認した詩音は、生徒会室の扉を開け外に出て、その足で第二訓練場へと向かった。

 

「ふふふ、久しぶりに暴れようか・・・・ねぇ、《龍星天牙(ミッドガルズ)》」

 

 

 その時、詩音の言葉に呼応するかのように、一瞬だけ、彼女の周りを黒い炎が包んだ。

──────────────────────

 

 そして時間は少し進んで、場所は第二訓練場。

 その中心に二人の騎士がいた。一人は《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオン、もう一人は《眠り姫》龍切詩音。

 そしてそんな二人を見つめる幾つもの視線が観客席にあった。ステラと詩音のクラスの皆と珠雫、そして生徒会の三人がここ第二訓練場に集まっていた。

 

「シオン、模擬戦を受けてくれたことを感謝するわ」

「いや、別にいいよ~。私もステラとやってみたかったしね」

「そう・・・でも、やるからには容赦はしないわ!」

「それはこっちも同じよ!」

 

 そんな二人を見つめる生徒会の三人は、

 

「ねえ、カナちゃんとうたくんはどっちが勝つと思う?」

「私は、詩音さんですわ」

「僕的には、皇女様には頑張ってほしいけど・・・・・しーちゃんの実力は桁違いだからね。僕もしーちゃんに一票かな。そう言う刀華はどっち?」

「もちろん、しーちゃんだよ」

 

 そんな会話なんて知らない詩音は、戦いたくて今か今かとウズウズしていた。

 

「一輝、初めていいよ!早く戦いたい!」

 

 その言葉を聞いたレフェリーの一輝は合図を出した。

 

「それでは、これより模擬戦を始めます。二人とも、固有霊装(デバイス)を《幻想形態》で展開してください!」

「世界を喰らえ《龍星天牙(ミッドガルズ)》!」

「傅きなさい《妃竜の罪剣(レーヴァティン)》!」

 

 一輝の言葉にそれぞれ固有霊装(デバイス)を顕現する。詩音は闇のように黒く、そしてその手の甲に怪しく煌めく紅い宝玉のような物が埋め込まれている籠手を、ステラは炎を纏う黄金の大剣を顕現させた。

 

「よし、・・・・・・・・じゃあ、LET's GO AHEAD(試合・開始)!」

 

 数多の観客が見守る中、《紅蓮の皇女》と《眠り姫》の戦いは始まった。




詩音「遂に次回!私の実力が明らかになりますよ!!お楽しみに!」


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第6話

今回は詩音の戦闘です!
本編をどうぞ!


 

 

「いくわよシオン!」

 

 ステラは、開始早々《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》に《妃竜の息吹《ドラゴンブレス》》纏わせ、さらなる魔力を込めて、目の前に立つ詩音に向けて―――

 

「喰らい尽くせ《妃竜の大顎(ドラゴンファング)》!!」

 

 撃ちはなった。

 《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》――その切っ先から迸った火炎は、瞬く間に蛇のように長い身体を持つ炎竜へと姿を変える。

 その炎竜が乱ぐい歯の並ぶ顎門を開いて詩音に迫る。

 その一撃を詩音は、

 

「業炎を纏え《炎竜帝(ティアマット)》」

 

 そう唱えると、詩音の霊装の紅い宝玉がひかり、右手を炎竜に向け左手で二の腕の辺りを掴み、そして―――

 

「《炎竜帝の咆哮(ティアマット・ロア)》!」

 

 一声、砲声。

 そして、炎竜を飲み込むほどの炎で迎え撃った。

 

『うわぁぁあぁっっ!?!?』

『あっつ!!』

「あはは☆さすがAランクだね!」

 

 双方の伐刀絶技(ノウブルアーツ)がぶつかり起こったのは、爆発と尋常じゃないほど熱い熱風。

 

「やるわね!」

 

 ステラがシオンを警戒して武器を構え直した、次の瞬間――

 煙の中から詩音が真っ直ぐ突っ込んできた。

 

「なっ!?」

「ハァァアァッ!!」

 

 詩音は勢いを殺さずに右腕を振り上げ思いっきりステラを殴り付け、ステラはそれを《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》の刀身で受け止める。

 

「ぐっ、なんて力!」

「お互い様でしょ!はぁっ!」

「負けるかぁぁ!!」

 

 お互いが力を更に加えて、競り勝ったのは――

 

「なあっ!?」

「ハアッ!」

 

 ステラだった。

 それもそうだ、詩音は片手、ステラは両手、力がより出るのは両手で剣を持っているステラだ。

 

「ハッ!」

「やぁっ!」

 

 ステラの使う皇室剣技(インペリアルアーツ)を殴って相殺する詩音。そして生まれる轟音と衝撃。

 

「ハァァアァッ!!」

「ヤァァアァッ!!」

 

 それもそのはず、ステラはリングを激震させるほどの攻撃力を持っていて、それを相殺するほどの攻撃力を詩音は持っていた。その剣と拳の攻防が実に、十分ほどたった頃に拮抗していた試合が動いた。

 

「ヤアッ!」

「ぐぁっっ!!」

 

 詩音の身体がリングのぎりぎりまで押し返されたのだ。

 

「しーちゃんが押し負けた!?」

「すごいですわね・・・・」

 

 泡沫とカナタがそれぞれ、詩音を押し返したステラを評価する中、刀華は、

 

(しーちゃん・・・まさか、貴女・・・)

 

 詩音がまだ本気を出していないことに気が付いていた。

 刀華は、詩音の実力を知っている。小さい頃に何度も手合わせしたことがあるそんな彼女だからこそ気がついたことだった。

 そんな事を思われている詩音はというと・・・

 

(ふーん・・・こんなもんか・・・はぁ、期待・・・してたんだけどなぁ・・・)

 

 この戦いに飽き始めていた。確かに精練された剣術、圧倒的なパワーとスピードは確かにすごい。だが、ただそれだけだ。

 詩音の感じている違和感それは、ステラは自分の力を十分に扱えていない(・・・・・・・・・)感じがしたのだ。

 

「やあっ!」

 

 ステラの大剣の振り下ろしを右手で掴んで受け止める。

 

「どうしたのシオン!こんなものなの貴女の力は!」

「はぁ・・・ねぇ、ステラ」

「なによ!」

 

 詩音はため息を吐いてステラに顔を近づけて声を低くして威圧した。

 

「貴女、この程度なの(・・・・・・)?」

「な、なんですって!?舐めないで!」

 

 ステラは力を加えて詩音を押し潰そうとするが、

 

「な、なんで、動かないのよ!?」

 

 ピクリとも動かなかった。

 それどころか、押し返され始めた。

 

「私は、自分の力を100%以上に使えていない相手には負けないよ?」

「だったら!」

 

 ステラはリングぎりぎりまで下がって《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を頭の上に構えた。

 

「蒼天を穿て、煉獄の焔!」

 

 自分が持つ最大の一撃を放つために魔力を溜め始める。詩音はその間一歩も動こうとしなかった。

 

(バカにしてっ!)

「全力の《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》ァァッッーーー!!」

 

 一輝の試合の時以上の威力を込めた、ステラの伐刀絶技(ノウブルアーツ)は真っ直ぐ詩音に向けて放たれた。

 

「個にして軍を成す赤き竜よ、その真なる力を示せ―」

 

 その一撃を詩音は、両腕をステラに向けて自身の伐刀絶技(ノウブルアーツ)を真正面から放った。

 

「《炎竜帝・天焔砲(アマツ・ホムラ)》」

 

 詩音の回りに魔力が集まり、拳大の火球が現れる。そしてその数が十、二十と増えていく。最終的にはその数が数えきれなくなるほど増え、リングを埋めつくした。そして、このひとつひとつが魔力の塊。そんな火球が、詩音の両腕に集まり彼女は左腕を振り上げ、

 

「貴女の伐刀絶技(ノウブルアーツ)・・・破壊するわ」

 

 殴るモーションで振り抜くと、焔が収束したビームが拳からステラの光剣と衝突すると、

 

「う、嘘・・・でしょ・・・!?」

 

 ステラの固有霊装(デバイス)だけを残し伐刀絶技(ノウブルアーツ)を破壊した。

 誰も予想もしなかった、伐刀絶技(ノウブルアーツ)の破壊。

 

「これが、力を扱えている者と、扱えていない者との差だよステラ!ハァァアッ!」

 

 そう言って右腕を振り抜いた。ステラは今、大剣を振り抜いて無防備な状態。そして放たれた詩音のレーザー。

 

「キャアァァア!!!」

 

 詩音の攻撃を、防御を出来ずステラは意識を失った。

 

「しょ、勝者、龍切詩音」

 

 《眠り姫》の前に崩れ落ちた《紅蓮の皇女》。

 

「まっ、これからに期待ってことで!お疲れステラ!」

 

 ステラをお姫様抱っこをしてリングを後にする詩音。そんな二人を見守る観客達。

 

『な、なんだよ、さっきのあれ!?』

『本当に同じ学生なのかよ!?』

「あ、あはは・・・・・こ、これは予想してなかったな・・・」

「そ、そうですわね・・・」

「しーちゃん、伐刀絶技(ノウブルアーツ)の破壊って七星剣王じゃないんだから・・・・」

「あれが、詩音さんの実力・・・・」

「ここまでとはね・・・・」

(詩音、君は一体どんな修行をしてきたんだい?)

 

「ステラ、君が自分の力に気づいた時、君はもっと強くなれるよ。

 だから・・・・頑張れステラ、学園生活はまだ始まったばかりなんだから」

 

 そんな詩音の呟きは誰にも届かなかった。そう呟いた詩音の表情は優しさに溢れていた。

 

──────────────────────

 

 

 

 試合が終わり、詩音は校舎を歩いていた。

 なぜ、校舎を歩いていたのかとゆうと、あの後ステラを戻ってきた一輝に引き渡し、ベッドに寝ころがって休んでいると、生徒手帳に電話がかかってきたのだ。

 

「はい、龍切です」

『黒乃だ、悪いが一つ用事が有る。今からでも理事長室に来てもらえないか?』

「いいですよ。今行きます」

 

 黒乃に用事があると呼び出され、理事長室に向かっていたのだ。

 

(用事って何かしたっけ?うーん・・・・・・・・わかんなーい!)

 

 そんな事を考えているうちに理事長室の前に着いた。扉を二、三回ノックすると中から「入れ」と聞こえたので入った。

 

「失礼します」

「来たな」

「理事長、それで用って何ですか?」

 

 黒乃はタバコを取り、ニヤリと意味深に笑う。

 

「・・・《風の剣帝》黒鉄王馬が帰ってきたらしいぞ」

「・・・・・・えっ?」

 

 詩音はその言葉に目を見開き、己の耳を疑う。

 

「理事長、今あの黒鉄王馬が、帰ってきたって?」

「ああ、そうだ」

「なるほど・・・・」

「これはまだ定かではないが、七星剣武祭にもでるかもしれんな」

「そう、ですか・・・・」

 

 詩音はそう答えながらも、表情はまるでこの時を待ちわびたかのように残忍で獰猛な笑みを浮かべる。その様子を見て、黒乃はおもわず笑ってしまう。

 

「ふふ、そんなにあの男と戦うのが楽しみなのか?」

「ええ、楽しみで仕方がありませんよ。なんたって私が初めて戦いを楽しいと感じた相手ですよ?楽しみじゃないわけないじゃないですか。

・・・・でも理事長、それだけじゃないですよね?」

 

 黒乃は一瞬目を見開くも、すぐに表情を戻して、笑う。

 

「鋭いな・・・・・まあ、そうだ。このタイミングで黒鉄王馬が帰ってくること自体、まず普通ではない」

 

 黒鉄王馬は武曲学園に在籍はしているものの、学生生活のほとんどをどこか放浪しているため、学校にあまり顔を出すことはない。去年の七星剣武祭でも『戦うべき相手はいない。一人だけいるが、今年は出るつもりはないようだからな』と答えている。

 それには多くの学生騎士やその他から批判を買ったものの、一部の彼をよく知る人間にはそれが口先だけのことではなく、実力に裏打ちされているということが理解できた。

 しかし、そんな男がなぜこのタイミングで戻ってきたのか、黒乃にはわからなかった。

 

「つまり、今年の七星剣武祭は例年とは違う(・・・・・・)と考えたほうがいいってことですか?」

「ああ、龍切も警戒はしといてくれ」

「わかりました。それで今日はそれだけですか?」

「ああ、時間を取らせて悪かったな」

「いえ、いいですよ。では」

 

 詩音は黒乃に一礼し理事長室から出ていく。黒乃は詩音が出た後、新しいタバコに火をつけて、口をつける。

 

「あの黒鉄の放浪息子が帰ってきたのには、何か裏がありそうだ。・・・・・何も起きなければいいのだが・・・・それにしても、アイツもあんな顔をするんだな」

 

 黒乃はタバコの煙を吐きながら、そう呟く。その目に映ったのは獰猛な笑みを浮かべていた詩音だった。

 

 

──────────────────────

 

 学生寮へとつながる道を詩音は一人歩いていた。その足取りはとても軽く、表情は歓喜と恍惚に満ちていた。

 

「王馬・・・・そう・・・ふふ、やっと出てきたの・・・・王馬、ふふふ・・・・」

 

 黒鉄王馬・・・黒鉄一輝と黒鉄珠雫の実の兄であり、この国のもう一人のAランク騎士。風の伐刀絶技(ノウブルアーツ)を使うことから、《風の剣帝》の二つ名を持つ男だ。さらには、小学生リトル時代には世界一にもなったことがある実力者だ。だが、その実態は学校には行かずに、世界中を放浪している戦闘狂。

 自分が強くなること以外はとことん興味がなく、昔から己を鍛えることしかしていない。一輝以上に自分にストイックな男だ。

 なぜ、こんなことをしているのかは多くの人は理由を知らないためわからないが、彼を昔から知っている人間はその理由をよく理解していた。

 

「どこまで強くなってるの王馬・・・今から楽しみね・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・」

 

 詩音はぶるっと、自分の体を両手で抱いて武者震いさせ、獰猛な笑みを浮かべる。

 

「だけど、強くなってるのはお前だけじゃないよ。

 ・・・・あの時の続きをしてあげる」

 

 詩音の右腕に自身の固有霊装(デバイス)が出現する。

 

「今年の七星剣武祭はかなり楽しくなりそうね。

 ねぇ《龍星天牙(ミッドガルズ)》。

 ふふふ、あははっ!!あはははっ!!あはははははっっ!!」

 

 詩音は自身の右腕を額に当て、狂ったように笑った。

 




うーん文字数が少なかったなぁ・・・頑張らないと


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第7話

ずいぶんと遅くなってしまいました。ごめんなさい!

それではどうぞ本編をお楽しみください!


 

 

 

「遅いわね。何をやっているのかしら」

「同じ寮にいたなら一緒に出ればよかったんだけどね」

「しょうがないんじゃない?」

「まあ、そうだね。もう少ししたら来るよきっと。・・・・にしても意外だったな。ステラがそんなに映画に興味があったなんて」

(一輝、たぶんそれ違う・・・・・・)

 

 三人は学校の正門で珠雫を待っていた。理由は一輝が、あの決闘のあと映画を見に行くと珠雫に誘われていることをステラにしゃべり『アタシも行く!でもそれならシオンも誘ってあげないとかわいそう』と言って今に至る。

 珠雫と一輝達の寮は本校舎を挟んで正反対の場所にあるため、校門で待ち合わせをしていた。

 

「そうだ、シオン!次やるときは絶対に負けないからね!!」

「ほう!努力したまえ、若人よ!!」

「いや詩音、まだそんな事を言う歳じゃないでしょ・・・」

「まっ、ステラをからかっただけなんだけどね?」

「ムッキイィィッッ!!!!」

 

 詩音がステラを鼻で笑ってバカにしたりと、そんな事をしていると、・・・・・待ち人はやってきた。

 

「お待たせしました。お兄様」

「あ。珠雫――」

「遅いわよ。何やって・・・・・・・・・・・・・・」

「待ちくたびれたよ・・・・・・・・・・・・」

 

 振り返り迎える三人の表情は、かちーんと音をたてて固まった。

 

「すいません。少し身支度に手間取っていたもので」

 

 珠雫の格好があまりにも綺麗過ぎて言葉を失ってしまったのだ。そんな静寂を切り裂く一声があがった。

 

「か・・・・・・」

「「か?」」

「可愛いっ!!なになに、珠雫、その格好っ!とっても可愛いじゃないっ!!とっっても、似合ってるわっっ!!」

「ふふ、ありがとうございます。詩音さん」

 

 その静寂を切り裂いたのは詩音だった。詩音は可愛い物がけっこう好きである。その証拠に詩音はキグルミパジャマを愛用している。

 

「ちょっと何よその完璧な化粧!さてはスタイリスト呼んだわね!」

「皇女様じゃないんですからしませんよ・・・・・。私のルームメイトにやって貰ったんです」

「ね、ねぇ珠雫、私もその『アリス』に今度頼んでみていい!?」

 

 ステラは珠雫に見とれて固まっている一輝を押しのけて、珠雫に問い詰めると珠雫はジト目でステラを見ながらそう答える。そしてルームメイトである『アリス』と言う人物もやって来る為、詩音は納得しちゃっかりお願いしていた。

 

 

 ・・・・・・・そんな時だった・・・・・・・・

 

 

「んも~!珠雫ったら足速すぎ!」

 

 

「「え!?」」

 

 するとそのアリスと言う人物がやって来たのか珠雫に女口調でそう言いながら到着する。しかし・・・・一輝とステラ達は驚いていた。

 

「うふふ、初めまして。珠雫のルームメイトの『有栖院凪』と言うわ。アリスって呼んでくれると嬉しいわ♪」

 

 何故なら・・・・・珠雫のルームメイトであるそのアリスと言う人物・・・・『有栖院凪』は長身の男性であったからだ。そんな有栖院は被っていた帽子を脱いで一礼し、詩音は挨拶を返した。

 

「うん!よろしく、アリス!私は龍切詩音、早速なんだけど今度私の服をコーディネートしてくれない!?珠雫の格好ってアリスがやったんでしょ!」

「よろしくね詩音。もちろんいいわよ、こっちからお願いしたいぐらいだわ」

「ありがと!」

 

 一輝とステラが困惑しているうちに、話が進んでいき二人は有栖院に挨拶をして目的地である大型ショッピングモールに向けて出発する。

 その道中ステラと珠雫が一輝の取り合いを詩音と有栖院は遠くから苦笑いをして見守っていた。

 

 

──────────────────────

 

 

 ショッピングモールに着いた五人は、今日の目的である映画館には直接行かなかった。珠雫が、今日見る予定の映画が始まるまで時間があると言ったので、五人は有栖院の勧めで、一階のフードコートに足を運んでいた。

 

「ん~~このクレープ美味しい~っ」

「確かに、クレープなんて無駄に高いだけだと思って食べていませんでしたが、コレはいけますね」

「そうね。私もクレープがこんな美味しいなんて!モキュモキュ・・・」

「でしょう?それでね、このモールにある喫茶店のティラミスが―――」

 

 有栖院に勧められた購入したクレープを食べながら女子たち(?)は甘いものの話を始め、一輝は少し輪の外てその光景を眺めていると、一輝は珠雫と詩音の頬にクレープのクリームがついているのを見つけた。

 

(ありゃりゃ、折角オシャレして来たのに可哀想だよなぁ。それに詩音もなんか小動物感がすごいな・・・・)

「珠雫、詩音。ちょっと」

「はい?なんですかお兄様」

「モキュ?・・・ふぅ、どうしたの一輝?」

 

 二人を振り向かせ一輝は手を伸ばし、唇のすぐ横についたクリームを指でぬぐい、

 

「ほっぺたについてたよ。折角綺麗な格好しているんだから、気をつけないと。詩音もだよ」

 

 クリームをなんの抵抗もなく舐め取った。瞬間――

 

「っっ~~!!///」

「いい、いっき!?にゃ、にゃにお!?///」

 

 珠雫は有栖院の背中に隠れ、詩音は顔を真っ赤にして舌が回らなくなり手をあたふたさせて、焦っていた。

 

「あらあら、珠雫に詩音。貴女たち守備力がないタイプ?」

「ううう、うるさいアリスッ!///」

「一輝のバカッ!アホッ!馬に蹴られろッ!///」

「何で!?」

 

 その後、何とか平静を取り戻した二人は、いつものように振る舞った。そして、珠雫は映画を見に行こうと提案し移動した。

 

「トイレに行ってくるから、僕の分のチケットを買ってくれない?」

「じゃあ、あたしも行こうかしら?」

「分かりました。二人の分は買っておきますね」

「ごめん。よろしくね」

「行ってらっしゃ~い」

 

 一輝と有栖院はトイレに向かい、その途中で有栖院がこんなことを言ってきた。

 

「ふふっ、やっと二人きりになれたわね」

「アリス、僕にそんな趣味はない・・・・」

「冗談よ。いきなりだけど一輝、貴方は気づいているのかしら?」

「何を?」

 

「自分の心の悲鳴に――」

 

「!?」

「一輝。貴方は傷つけられることに慣れすぎている。いつかそれを吐き出さないと――」

「僕の心が折れてしまう、か」

「その通りよ。あたしは、貴方の心の悲鳴に気づいてもらえる人が出来ることを、友人として祈ってるわ」

「そうだね。そんな相手がいるとしたら・・・・」

 

 一輝はそう言われ一人の友人を、詩音を思い浮かべたときだった。

 

「でも詩音はやめておきなさい」

 

 有栖院は、一輝の友達を真っ先に否定した。

 

「何で!?詩音は僕の心の許せる友人だよ!!何でダメなのさ!!」

「それはね、あの子はもしかしたら貴方以上の深い傷をおっているかも知れないからよ」

「ッ!?」

「そんな素振りは見せていないでしょうけど・・・あの子は心には確実に深い傷があるわ。もしかしたらあの子自身気づいてないかもしれないわ。でも詩音自身がその傷に気づいて貴方に話してきたら、ちゃんと受け止めてあげなきゃダメよ?」

「分かってる。詩音は僕の親友だからね」

 

 有栖院は一輝の言葉を聞き微笑んでいたが、何かに気付くと顔が険しくなった。

 

「アリス?」

「一輝ちょっとこっちに来なさい!」

「え?」

「早く!!」

 

 有栖院に腕を引かれトイレの個室に二人で入ると外から聞こえたのは、銃声と悲鳴だった。

 

「不味いわね・・・」

「アリス、外でいったい何が?」

 

「《解放軍(リベリオン)》よ」

 

「!?」

 

 有栖院のはっきりと言った組織に目を見開いた一輝。《解放軍(リベリオン)》はこの世界で最も有名な犯罪組織だ。

 

「にしても本当に不味いわ・・・」

「ステラ、か」

「ええ、彼女は一国の皇女様だもの。ばれたりしたら・・・・」

「そうだね、助けにいこう。その前に霊装の使用許可を出さないと・・・」

 

 一輝は生徒手帳で霊装の使用許可を黒乃にも貰って、《解放軍(リベリオン)》の情報を聞き、有栖院の固有霊装(デバイス)である影の隠者(ダークネスハーミット)の能力で影に潜って人質の捕らえられている一階の吹き抜けに向けて出発した。黒乃に言われた言葉を耳に残しながら。

 

『詩音を奴らと戦わせるな。アイツは家族を殺されている。生き残っていたのはアイツ自身とその姉だけだ。解放軍(リベリオン)相手なら容赦なく殺してしまう』

 

(ステラ、詩音、珠雫待っていてくれ!今助けに行くッ!!)

 

 

──────────────────────

 

 

 時間を遡って、一輝たちがトイレに行くところまで戻る。

 

「トイレに行ってくるから、僕の分のチケットを買ってくれない?」

「じゃあ、あたしも行こうかしら?」

「分かりました。二人の分は買っておきますね」

「ごめん。よろしくね」

「行ってらっしゃ~い」

 

 一輝と有栖院はトイレに向かい、その姿が見えなくなり珠雫は詩音に話しかけた。

 

「あの、詩音さん」

「どうしたの?」

「お兄様の事、ありがとうございます」

「ど、どうしたの?」

 

 珠雫は深々と頭を下げお礼をいってきた。それには詩音も驚き狼狽えた。

 

「お兄様があんなに楽しそうに笑っているのを見れてとても嬉しいんです。私は詩音さんがこの一年お兄様の心の支えになっていたと思うんです。ですからお礼を」

「なるほどね。じゃあありがたく受け取っておくよ」

 

 詩音は一輝が家でどんな扱いを受けていたか知っている。それを知っていながらも友達になってくれた詩音に、珠雫は感謝していた。

 

「にしても珠雫」

「はい、なんですか?」

 

 そんな珠雫にたいして、詩音は爆弾を投下した。

 

「一輝の事好きでしょ?」

「ッ!・・・え、ええ、もちろんです///」

「そんな珠雫にコレをあげよう!」

 

 詩音はポケットの中を探り、USBメモリを取り出し珠雫の手に置いた。

 

「コレは?」

「一輝の写真」

「ッ!!ありがたく頂きます」

 

 珠雫と詩音は手を組んで笑みを浮かべていたが、詩音は何かに気づき顔をこわばらせた。詩音の視線の先には自分と似た白い髪をもった女性が写っていたことを、もちろん珠雫は知らない。

 

「珠雫ちょっとお花摘みにいってくるね」

「行ってらっしゃい。ステラさんには私から伝えておきますので」

「ありがとう。いってくるね」

 

 ステラと珠雫と別れた詩音は、さっきの女性を見た所へ向かうとその女性はいた。

 

「こんにちは、詩音」

「こんにちは、エーデルワイス。貴女何してるんです?」

 

 詩音の見掛けた女性、名はエーデルワイス《比翼》の名を持ち、世界最強故に逮捕することを諦められた国際指名手配犯その人だった。詩音とエーデルワイスは面識があった、面識があるどころではなかった。その理由とは、

 

「ちょっとお散歩をしていたんです」

「本当は?」

「可愛い家族の様子を見に来ました!」

「はぁ・・・」

「それと詩音、私の事をそんな他人行儀で呼ばないでください!家族なんですから」

「わかったよ、お姉ちゃん・・・」

「はい!お姉ちゃん、嬉しいです!」

 

 そう詩音とエーデルワイスは、血の繋がった家族だった。姉であるエーデルワイスはいわゆるシスコンだ。それも重度の・・・

 

「様子を見にきたって、お姉ちゃん暇なの?」

「そうですね、暇です。だから可愛い可愛い妹の写真を・・・!!」

「そうですか、じゃあその写真を消すので撮影したものを渡してください」

「なぜ消そうとするんですか!」

「何となくです」

「ダメです!今日は詩音の照れ顔を撮れたんです!絶対に渡しません!」

 

 それを聞いた詩音はエーデルワイスからカメラを奪おうと顔を真っ赤にしながら迫った。

 

「あ、あの写真を撮ったというのなら、余計に渡してください!」

「イヤです!それでは、お姉ちゃん帰りますね!さよなら!」

「あっ、ちょっとお姉ちゃん!速すぎっ!!

 はぁ・・・戻ろう」

 

 詩音は全速力で逃げたエーデルワイスを追いかけるのを諦め、駆け足でステラと珠雫の元に戻った。

 

「お待たせ、二人は戻ってきた?」

「まだよ。全く何をして・・・」

 

 ステラが言葉を言い切る前に、突然銃声と悲鳴が響いた。

 

「一体なにが!?」

「わからないわよ!?」

「ちょっとよくないね・・・・」

「どうしたの詩音?」

「それはあの人がしゃべってくれそうだよ」

 

 詩音が指を指した先にはアサルトライフルを構えた男が数人立っていた。

 

「我々は解放軍(リベリオン)だ!死にたくなければ指示にしたがえ!」

「ここは従うしかなさそうね・・・」

「そのようですね・・・」

「ステラはコレを被っていなよ。有名人なんだから」

「ありがとう」

 

 詩音はステラに帽子を渡しステラは顔を隠した。そして詩音とステラと珠雫、他の一般人は解放軍(リベリオン)の指示にしたがって階段を下りていった。

 

(一輝、アリスなるべく早くお願いね?じゃないと・・・こいつら全員、殺してしまいそう・・・・)

 

 詩音は溢れ出そうな殺気を必死で押さえていた。




いかがだったでしょうか。
エーデルワイスがお姉ちゃん、自分的には大満足です。
皆さんはどうでしたか?

それではまた次回!


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第8話



 間が空いてしまって申し訳ないです。

 今日は詩音の心の傷がわかるかも?
 それでは、どうぞ!


 

 

 ショッピングモールに解放軍(リベリオン)が占拠してから数分後、一輝と有栖院はトイレから能力《日陰道(シャドウウォーク)》を使って移動し、フードコートの全景が見渡せる、吹き抜けの際にある三階の柱の影にいた。

 二人は日陰道(シャドウウォーク)から出てフードコートの様子を見ると、黒乃の情報通りフードコートに人質は集められており、彼らを囲むようにして黒い戦闘服を着た男達が十人ほど円を描いていた。

 

「一輝。アレ」

 

ささやき声で有栖院が指した先には、予想通り人質に紛れ込んでいる詩音と珠雫の姿があった。

 

 

「ステラちゃんいないわね・・・」

「・・・・いや、ステラもいるよ。詩音と珠雫の間にいる鍔の広い帽子の子だ。きっと詩音が渡したんだろう」

「なるほどね。でもよくない状況ね」

「うん。人質と犯人の距離が近い。それに頭数がたぶん足りない」

「そうね。少し待ちましょう」

 

 二人は解放軍(リベリオン)が逃走する際にもたついている間に、仕掛けるチャンスがあるかもしれないと思い、様子を見るのが妥当だと判断した。

 

──しかし、事態は二人が予想しなかった思わぬ方向に進んだ。

 

『お母さんをいじめるなぁーーーーっ!!』

 

「「ッ!?」」

 

 突如、人質の小学生くらいの少年が銃を構えた解放軍(リベリオン)の一人にアイスを投げつけ襲いかかったのだ。

 

(なんてことだ!)

 

 一輝たちは少年を止められる位置にはおらず、兵士のズボンに白い斑が描かれる。だがそんなものに攻撃力などあるはずもなく、相手を激昂させる効果は十二分にありすぎた。

 

『こんのガキがぁぁああああ!!!!』

 

 兵士は激怒し、自分の腰ほどにも身長のない子供に容赦なく蹴りを見舞う。はずだった。

 

『うおっ!?』

「えっ?」

 

 その足はなにもない空間を蹴っただけだった。

 さっきの少年が能力を使って避けたなら別だが、少年からは魔力を感じることはなかった。だったら何故少年が消えたのか。その答えは少し離れた場所にあった。

 

「一輝。あれって!」

「君が、助けたのか」

 

 その場所に立っていたのは、さっきの少年を抱えた銀髪の少女が立っていた。見間違えるはずがない。その少女は一輝の心の許せる友人。

 

「詩音」

 

 龍切詩音だった。

 

 

──────────────────────

 

 

 詩音は少年を立たせ肩を両手で肩をつかんで向き合った。

 

「少年、君の行動は凄いと思う。けどさっきのはただ相手を怒らせただけだ。お母さんを守りたいならまずは、自分の身を守れるようになってから、それが出来るぐらい強くなったらお母さんの事を守ってあげなさい。わかった?」

「わかった。お姉さんありがとう!」

「うん、どういたしまして」

 

 詩音はそう言ってまた少年を抱え音もなく移動し、人質の輪の中に戻り、少年をおろすと母親であろう女性が近づいてきた。

 

「お母さん!」

「シンジ!どうもありがとうございます!」

「いえ、その言葉はここを乗りきった後で」

 

 そう言って詩音は解放軍(リベリオン)に向き直った。

 

「おい、姉ちゃん。なに余計な事してくれたんだよ」

「余計な事・・・とは?」

「そこのクソガキを逃がしたことだよっ!」

「ふーん」

 

 詩音は男の言い分に興味がなく、適当に返事をする。その態度は男に火に油を注いだようで、手に持っていた銃を人質に向けて構えた。

 

「テメェッ!ぶっ殺してやるっ!」

 

 引き金に手を置き今にも発射されそうになった、その時、

 

「止めねえか」

 

 男の声が掛かり発砲されることはなかった。

 

「ビ、ビショウさん!」

「おいおい、俺は人質には手を出すなと言っておいたはずだぜ?」

「で、でもあのクソガキが名誉市民である俺にアイスを投げつけてきたんですよ!それをそこの姉ちゃんが邪魔して!」

 

 男はそう言って詩音を指差した。そしてビショウと呼ばれた男は詩音の方を向いた。

 

「黒地に金刺繍の外套・・・・貴方がこの集団の親玉ね」

「ヒヒヒ、よくご存じで。ええ、その通りです。名はビショウと申します。そう言うあんたは伐刀者(ブレイザー)ですねぇ」

「そうよ。名前を言うつもりは更々ないけどね。私は早く帰りたいの、だから容赦はしない!」

 

 詩音は静かに固有霊装(デバイス)を展開して、ビショウに肉薄し殴りかかった。ビショウはそのパンチを左腕で受け止め、

 

「おっと、あぶない」

(手応えが、ない!?)

「ヒヒヒ、ざーんねん。ほぉれお返ししますよ!」

 

 ビショウの右拳が、詩音の腹部を撃ち抜いた。

 

「か、はっ・・・・・・・!?」

(この力、まさか!?)

 

 詩音は殴られた腹を押さえながら、ビショウのふざけた攻撃力と防御力のからくりに気づいた。

 

「あん、た、その指輪が、固有霊装(デバイス)ね」

「ヒヒヒ、大当たりでさぁ。ですがどうします?これのからくりが分かったところでどうしようもないのでは?」

「確かに。でも私の目的は達成した」

 

 詩音が言い切ると同時に、

 

 

「《障波水蓮(しょうはすいれん)》―――ッッ!!」

 

 

「なにっ!?」

 

 水使い・黒鉄珠雫が生み出した水の防壁が、人質と解放軍(リベリオン)を分断した。詩音はあらかじめ珠雫に防御の伐刀絶技(ノウブルアーツ)の発動を頼んでいたのだ。

 そして詩音は、それを合図に走り出した。

 

「カカカッ!あなたは、何も学習していないのですかぁ!」

「・・・・・・・・」

 

 詩音は先程と同じようにビショウに近づいた。ビショウは左腕を前にだし詩音の拳を受け止めようとする、だが詩音はビショウに拳が届く直前で勢いを殺さずに左足を軸に右回転し、裏拳でビショウの左肘を砕いた。

 

「ぎゃあぁぁぁああ!?俺の腕がぁああぁぁあ!!」

「五月蝿いなぁ。まぁ、これで、終わりだけど」

 

 詩音はそのまま回転の勢いを使って、左腕でビショウの腹をお返しとばかりに撃ち抜いた。ビショウは防ぐ事もできず、口から血を吐きながら柱にめり込んだ。

 

「て、てめぇ・・・よくも、やりや、がったな。ゴボッ・・・」

「あれ?まだ生きてたの?殺さなきゃ」

 

 ビショウがまだ生きているのを確認した詩音は、ゆっくりとビショウに近づいていく。その詩音の目を見たビショウの顔が恐怖に染まった。

 

「ひぃぃっ!?くるな!来るなぁっ!!」

 

 詩音の瞳に光はなく、目の焦点は合っていなかった。そして確かに分かるのは、その瞳に込められた殺意だった。

 

「五月蝿い、解放軍(リベリオン)の奴らは殺さなきゃ、貴方たちなんか生きている価値なんてないの、死んで、この世界のために死んで。誰も殺さないなら私が殺す。貴方たちなんか死んじゃえ。誰も手を出さないなら私が殺してあげる。誰かが悲しむ前に私が殺す。死んじゃえ。生きている価値なんてないんだから死んでよ。ねぇ、何で生きてるの?死んじゃえ。私が殺す。死んでよ。だからこそ、私が貴方を殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺・・・・・・・・・」

 

 詩音は壊れた人形の様に呟きながらビショウに近づいていく。まるで何かに、それこそ亡霊(・・)にでも取りつかれたかのように。ゆっくりと、殺意を纏って近づいていく。

 

「やめろぉっ!!来るなぁぁぁぁっっ!!死にたくないっっ!!」

「殺す。私は貴方を殺すっ!!」

 

 そして詩音はビショウの目の前に立つと、右の拳を明かな殺意を込めて振り下ろした。だが、その拳がビショウに届くことはなかった。なぜなら、後ろから誰かが詩音を後ろから抱きしめて拳を止めたからだ。詩音の事を止めたその人物とは、

 

 

「詩音!」

 

 

 青い《一刀修羅》の光を纏った一輝だった。

 一輝は詩音に優しく語りかける。

 

「もういいんだ。皆助かったんだ。だから、もう休んでいいんだよ」

「ほんとに?もう、大丈夫?誰も、泣かない?誰も、悲しまない?誰も、死なない?」

「うん、もう大丈夫。誰も泣かない、誰も悲しまない、誰も死なないから、大丈夫だから休んで」

「そう、う、ん・・・わかっ・・た・・・・・」

 

 詩音は糸が切れたように力をなくし、一輝の腕の中で気を失った。そんな一輝に有栖院が話しかけてきた。

 

「一輝、こっちはもう片付いたわ。詩音は大丈夫?」

 

 有栖院の来た方には能力で拘束された、解放軍(リベリオン)がいた。一輝と有栖院は詩音の様子がおかしいのを察知して、飛び出したのだ。スピードなら一刀修羅を発動した一輝の方が断然早い。なので一輝は詩音を止める担当、そして有栖院が呆然としている解放軍(リベリオン)を拘束する担当だったのだ。

 

「うん。気を失っているだけだよ。目立った傷は無さそう」

「そう、なら良いわ」

「それにしても、止めなかったら本当に・・・・」

「殺してたわ。確実に、頭を砕いてね・・・・」

「これが詩音の心の傷、なのかな・・・」

「たぶんね、これは予想以上に深そうね・・・・」

(怖かった、いつも明るい詩音があんなに怖いだなんて・・・

 正直、あれが同一人物だなんて思いたくない、でもいつかは向き合わなきゃいけないんだ)

 

 腕の中で眠っている詩音の顔にかかった髪をどかし、静かにけれども、確かに決意した一輝だった。

 

 

──────────────────────

 

 

 解放軍(リベリオン)の事件後、詩音は一輝たちに気の失ったあとの事をステラに聞いていた。人質の中にいた敵を突如現れたかつての同級生桐原静矢が仕留めた事、その後に一輝と桐原が一悶着あった事、それを聞いた詩音は、

 

「ステラ、ちゃんと考えて行動しなさいよ・・・・」

 

 呆れていた。確かに好きな人が(本人には言わないが・・・・)バカにされたことを怒るのは分かるがあまりにも軽率すぎだ。

 

「うっ・・・だって、イッキがバカにされていても立ってもいられなくて・・・」

「はぁ・・・まぁいいわ、でも仮にも一国の皇女なんだから軽はずみに相手の挑発を受けないように」

「わかってるわよ!にしてもあのキリハラって奴ムカつくわね!思い出したらまたイライラしてきた!」

「まあね。アイツ何回も断ってんのに『僕のガールフレンドにならないか?』ってしつこいのよね~

 

 私、好きな人いるってのに・・・」

 

「やっぱりアイ・・・ん?ちょっと待ってシオン、今貴女、好きな人いるって言ったの!?」

 

 ステラは詩音がいきなり爆弾を投下したことに少し時間を開けて気がついた。

 

「言ったよ?でも、あっちはそういうの興味無さそうなのよね。はぁ、会いたいなぁ」

 

 そんな詩音は頬をほんのり赤く染めて、にやけていた。完全に恋する乙女の顔だった。

 

「そう言うステラはいないの?好きな人」

「は、はぁ!?い、いいいいるわけないじゃない!」

「お、おおう・・・・わかったよ・・・」

(うん、確定だね)

 

 ステラの反応でいることを確認した詩音は、ニヤニヤしながら席を立った。

 

「じゃあステラ、私用事あるから帰るね」

「そう・・・じゃあまた明日話しましょ?」

「うん、また明日ね。一輝と仲良くね~プププ!」

「な、なんなのよ!その顔は!?」

 

 ステラの文句を背中越しに聞きながら、詩音は自分の部屋に戻った。シャワーを浴び、いつものキグルミパジャマ(今日はネコだ)に着替え布団で眠りについた。

 

 

──────────────────────

 

 

 わたしのまえにひろがる、あかいえきたい。

 

 たおれて、うごかないぱぱとまま。

 

 ぱぱとままのからだからながれてるあかいえきたい。

 

 ぱぱとままのまえにたっている、あかいえきたいのついたほうちょうをもったおとこのひと。

 

 おねえちゃんがわたしをだきしめながらないている。

 

 おとこのひとがちかづいてくる。

 

 うごかないわたしのからだ。

 

 うごかないおねえちゃん。

 

 このままだとおねえちゃんがしんじゃう。

 

 それはだめ。

 

 ほうちょうをかまえたおとこのひと。

 

 こないで。

 

 わたしもしんじゃう。

 

 いや。

 

 ふってきたほうちょう。

 

 しにたくない!!

 

 わたしのまえでなにかがはじけたおとがした。

 

 まえにあったのはあしだけになっているおとこのひとだったもの。

 

 わたしのてにはわたしのれいそう。

 

 てにひろがっていたのはあかいえきたい。

 

 あかいえきたい、このあかいえきたいはなに?

 

 からだにながれてるあかいえきたい?

 

 それは、ち。

 

 ちがわたしのてについている?

 

 つまりわたしは、ひとを

 

 

殺した

 

 

 わたしは殺した。わたしはひとを殺した。殺した。殺した。殺し殺した殺殺した殺し殺殺殺した殺した殺殺した殺殺した殺した殺殺した殺殺殺し殺した殺殺し殺した殺殺殺殺し殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺した。

 

 

 わたしののどからでるのはひめい。

 

 そっか、わたしは、そうか、わたしは、

 

わたしは人殺しなんだ

 

 

──────────────────────

 

 

「最近見なくなったと思ったのに・・・・・ダメだなわたしは。あれはお姉ちゃんを守るためにやったんだ。そうしなきゃ私たちは・・・・あ、あれ?何で、涙が?」

 

 詩音はベッドから出ようとしたが、体に力が入らなかった。それどころか体が震えだした。寒い訳でもないのに。詩音はベッドの中で自分の膝を抱えて丸くなった。

 

 

「こわいよ。いたいよ。だれかわたしをたすけてよ」

 

 

 少女の声は誰にも届かない。

 一人きりの部屋の中で、少女の泣き声が響くだけ。

 



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