魔法科高校の暗殺者 (型破 優位)
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プロローグの時間

プロットに隠してあったお話です。
これを期に少しずつ投稿頻度を戻します。


 魔法。

 

 それが伝説や御伽噺の産物ではなく、現実の技術となったのは何時のことだったのか。

 確認できる最初の記録は、西暦一九九九年のものだ。

 

 人類滅亡の予言を実現しようとした狂信者集団による核兵器テロを、特殊な能力を持った警察官が阻止したあの事件が、近代以降で最初に魔法が確認された事例とされている。

 

 当初、その異能は『超能力』と呼ばれていた。純粋に先天的な、突然変異で備わる能力であって、共有・普及可能な技術体系化は不可能と考えられていた。

 

 それは、誤りだった。

 

 東西の有力国家が『超能力』の研究を進めていく過程で、少しずつ、『魔法』を伝える者たちが表舞台に姿を見せた。『超能力』は『魔法』によって再現が可能となった。

 

 無論、才能は必要だ。

 だが、高い適性を有する者のみがプロフェッショナルと呼べるレベルまで熟達できる、という意味では、芸術分野、科学分野の技能も同じ。

 

 超能力は魔法によって技術体系化され、魔法は技能となった。『超能力者』は『魔法技能師』となった。

 核兵器すらねじ伏せる強力な魔法技能師は、国家にとって兵器であり力そのものだ。

 

 二十一世紀末――西暦二〇九五年を迎えても未だ統一される気配すら見せぬ世界の各国は、魔法技能師の育成に競って取り組んでいる。

 

 ある日、その魔法技術によりとある一体の超生物が日本で生まれ、月が壊されるという事件が起きた。

 

 それがまさに去年のことであり、この事件は政府と十師族によって迅速に隠蔽工作され、月を三日月へと変形させた超生物、『殺せんせー』の存在は、椚ヶ丘(くぬぎがおか)中学校の理事長、その殺せんせーを担任にもち、政府から殺せんせーの暗殺任務を課せられ、見事にそれを成功させた椚ヶ丘中学校三年E組の生徒達、政府の上層部の人間と防衛省、十師族と世界の首脳陣以外に認知されることはなかった。

 

 生徒達は、暗殺の報償金を自分達の進学金を残して一部を施設への寄付、残額全てを、自分達を優遇、育成に取り組んでくれた政府、他国の魔法師から自分達を守ってくれた十師族へと渡した。

 

 そして、E組のほとんどが皆一般の高校へと進学するなか、一人、国立魔法大学付属第一高校へ進学するものがいた。

 

 国立魔法大学付属第一高校。

 

 毎年、国立魔法大学へ最も多くの卒業生を送り込んでいる高等魔法教育機関として知られている。

 それは同時に、優秀な魔法師を最も多く輩出しているエリート校ということでもある。

 

 魔法教育に、教育機会の均等などという建前は存在しない。

 この国にそんな余裕は無い。

 

 それ以上に、使える者と使えない者の間に存在する歴然とした差が、甘ったれた理想論の介在を許さない。

 

 徹底した才能主義。

 残酷なまでの実力主義。

 

 それが、魔法の世界。

 

 この学校に入学を許されたということ自体がエリートということであり、入学の時点から既に優等生と劣等生が存在する。

 同じ新入生であっても、平等ではない。

 

 そして、第一高校の入学式。

 校門に人影があった。

 

 青い髪に整った中性的な顔立ち、小柄な体型の少年。

 

 名前を、潮田 渚という。




キャラ強化はありません。
魔法力は魔法科高校に入れるレベルはギリギリありますが、達也と同じ学力で入れたものという認識で大丈夫です。


小説家になろうも同名で行ってます。
是非どうぞ。


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入学編
出会いの時間


現在の様子
完成したプロット
モンハン 約4話 (プロット含め、後5話で完結)
テニプリ 1話 (プロット含め、後2,3話で完結)
暗殺者 1話 (完結見通し未定)

現在練ってるプロット
劣等生 (完結見通し未定)
ノゲノラ←new!(どんなに多くても後15話で完結)

やっとノゲノラの方向性決まったので、今まとめてる感じです。
来週には出せるよう努力します。

先にモンハンとテニプリ完結させるかも知れません。


「ここが第一高校かぁ……大きい……」

 

 一人のリュックを背負った青髪の少年が、一高の校門前で驚嘆の声を漏らして眼を輝かせていた。

 今日は一高の入学式の日だが、周囲に生徒の姿は見られない。

 

 それもそのはず、その少年、潮田 渚は高校生になるという興奮により、入学式が始まる約三時間ほど前に来てしまったのだ。

 今朝、渚の母が「こんな時間に出ても早すぎないかしら」と言っていたのを「大丈夫!僕は早く一高に行きたいんだ!いってきます!」と元気よくスルーしてきた結果、これだ。

 先程まで眼を輝かせていた渚だが、今は周囲に誰もおらず、閑散としている校門前でその態勢のまま佇んでおり、何故あんなに早く出たのか、と登校前の自分を殴りたくなった。

 

 しかし、せっかく早く来たのだから、校内を歩き回ってある程度の場所は把握しておこう、とポジティブ思考に切り替えて、校門をくぐった。

 

 実は、渚は一高へきたのはこれが初めてだ。

 

 渚は、入試を一高で受けてはいない。

 まず、一般の中学校から魔法科高校へ入学することはかなり珍しく、また、あまり好ましく思われない。

 だが、渚は両親と表向きの担任にして防衛省勤務の烏間に無理を言って、進学する予定だった高校を取り消し、異例の形で入試を受け、合格した。

 

 校長の百山はこういうことには断固反対なのだが、殺せんせーとの一件から、そして烏間と両親、さらには政府の尽力により、特別に入試を受けることを許可されたのだ。

 

 当然、魔法の知識など皆無だった渚だが、殺せんせーが生徒達に残したアドバイスブックに、なんと魔法のことがどの教材よりも詳しく、どの教材よりも正確に記されており、烏間が手引きした顧問によって、昨日(・・)一高入試の合格最低ラインに乗ることができたのだ。

 

 それが、今朝の興奮に繋がっている。

 

「皆快く頷いてくれたけど、かなり迷惑かけちゃったな……」

 

 校内を歩きながら、ドヨーンとした雰囲気を纏って申し訳無さげに言う渚。

 そもそも、何故急遽進路変更をしたのか。

 それは、先述にあった目標である『教師』に深く関わっている。

 

 普通の教師なら、行く予定だった高校にそのまま入学すれば、努力次第でなれただろう。

 ただ、もし仮に「魔法を教えてほしい」という生徒がいたら、どうするか。

 

 普通の中学校なら起こる可能性は低いかもしれないが、ゼロではないのだ。

 渚自身がそうであったように。

 

 そして、教師としての目標である殺せんせーは、そのことを見通して魔法の内容を含めたアドバイスブックを渡してくれたのだ。

 そういうことが出来るためには、魔法を学ばなければいけない。

 

 ならば、一般の教員免許も取れて、魔法師としての教員免許も取れる一高の方が目標に近づけるのではないか、と渚は考えたのだ。

 

 思考に耽りながら歩き回っているうちに、ちらほらと登校してきた生徒の姿が見られるようになってきた。

 だが、それでもまだ入学式が始まるには約二時間はあるため、歩き回っているとき見つけた中庭の三人掛けベンチに座ろうと考え、再び歩き出す。

 

 そこで、校門に男女二人が言い合ってる――主に女性の方が――のを見かけた。

 見世物ではないのは分かっているためその会話を聞こうとは思わないし、女性の方から時折聞こえてくる「お兄様」という単語からして、兄妹なのだろう。

 

 朝から仲がいいなあ、と感心しながらベンチへと向かって歩き、リュックに入れて持ち歩いているアドバイスブックを広げて読み始めた。

 本来、魔法科高校にリュックなど必要ないのだが、渚はいつもアドバイスブックを持ち歩くようにしているため、空き時間が出来ては読むようにしているのだ。

 

 そして、殺せんせーとの思い出に浸りながら、時間が過ぎるのを待った。

 

◆◆◆

 

 妹、司波深雪から「総代を代わってほしい」「何故お兄様が補欠なのか」というどうしようもない案件を上手くかわしたその兄、司波達也は携帯端末に表示した構内図と見比べながら歩き回ること五分、視界を遮らない程度に配置された並木の向こう側に、ベンチの置かれた中庭を発見した。

 

 ただ、そこに一人の青髪の少年が座っていたため、他にベンチがないか周囲を見渡すも、ベンチは中庭に一つしかなかった。

 

 友好的な人であってくれ、と願いながらベンチへと近づいていくと、その少年は達也に気づいたのかこちらを見て微笑んできた。

 

「すまないが、隣いいか?」

 

 話しかけると、「勿論!」とさらに顔を綻ばせて言ってくるその少年は、中性的な顔立ちに中性的な声から、どちらかといえば少女に見える。

 女子用の制服を着ていても違和感はないだろう。

 

 とりあえず好意的なのは達也にもありがたかったため、少年の右側へと腰かけた。

 

 次にみたのは、少年の肩。

 そこには何もなく、自分と同じ二科生(・・・)だということを示している。

 

 そして、丁度達也の前を通りすぎて行った在校生二人組の胸へと視線をやると、その左胸や肩には一様に八枚花弁のエンブレム、彼らが一科生(・・・)であることを示している。

 

 そして、その通りすぎて行った背中から、悪意が漏れた。

 

――あの子達、ウィードじゃない?

 

――こんなに早くから……補欠なのに、張り切っちゃって。

 

――所詮、スペアなのにな。

 

 聞きたくもない会話が達也の耳へと入ってくる。

 ウィードとは、二科生を指す言葉だ。

 

 この一科生と二科生というのは、定員一学年二百人のうち、入試結果上位百名を一科生、残りの百人を、二科生としており、一科生には左胸、肩に八枚花弁のエンブレムがついていることから別名『ブルーム』と呼ばれており、それを持たない二科生には、花の咲かない雑草と揶揄して、『ウィード』と呼ばれている。

 

 ふと、隣の少年に目をやった達也は、首をかしげる。

 少年の顔は何故か懐かしがるような表情とともに、微笑を浮かべていたからだ。

 

 その視線に気づいたのか、少年はこちらを再び微笑みながら見つめ返してきた。

 

「そういえば、僕の名前言ってなかったね。僕の名前は潮田 渚。渚でいいよ!」

 

「俺は司波 達也だ。達也でいい」

 

「わかったよ達也。今ね、ちょっと中学校三年の時を思い出してたんだ」

 

 自己紹介をした少年、渚は達也が何故こっちをみていたのかを察して、さっき何を考えたいたのかを語りだした。

 

「僕の中学校も、『エンドのE組』と呼ばれる、一高でいう二科生があったんだ。なんかその時みたいだなーって思ってさ」

 

「成る程、そういうことか」

 

「でも、それもいい思い出だよ」

 

 達也は思った。

 彼は見た目によらずかなりコミュニケーション能力があり、そして、自分とは違う意味で観察能力が高いと。

 

――注意した方がいいのかもしれない。

 

 そんなことを思いながら、同じ二科生ということもあり、また、渚が持っているアドバイスブックも気になって二人で会話をしているうちに、入学式の時間になろうとしていた。




魔法使って大幅強化!とかはないです。
出来るだけ原作に近い渚を書いていきます。

真由美との会話は必要ないと思うのでなしで。


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入学式の時間

劣等生に渚って、案外あってると思います。

そして、真由美の会話の部分で伏線はりたいのでやはりいれますね。


「新入生ですね?開場の時間ですよ」

 

 渚と達也は不意に声をかけられたため会話を中断して顔を向けると、やや小柄でフワフワとした巻き毛黒髪ロングの女子生徒が目に入った。

 

 まず二人の目に入ったのが左腕に巻かれたCAD――術式補助演算機(Casting Assistant Device)(デバイス、アシスタンス、法機(ホウキ)と呼ばれたりもする)――で、現代の魔法師にとっては必須のツールだ。

 

 生徒が校内でCADの携帯を認められているのは、生徒会役員と特定の委員会のみ。

 そして、当然ながら左胸には八枚花弁のエンブレムがあった。

 

「ありがとうございます。すぐいきます」

 

 達也は礼儀正しく腰を曲げお礼を言い、それに倣って渚も腰を曲げてお礼し、アドバイスブックをしまおうとしたとき、再びその女子生徒が声をかけてきた。

 

「感心ですね。まさか本を持ってきている生徒がいるとは思いもしませんでした。その……そんなに大きい本が存在してることもついでに……あ、私は生徒会長を務めさせていただいています。七草真由美です。『ななくさ』と書いてさえぐさと読みます。よろしくね」

 

「あはは……たぶん、この大きさの本は世界に五十冊ほどしかないと思いますよ……」

 

 感心した後はすぐに苦笑いし、自己紹介はウインクが付きそうな口調で、ととても感情豊かな生徒会長の真由美に、こちらもまた苦笑いしながら答える渚。

 

 ただ、達也は全く別のことを考えていた。

 

数字付き(ナンバーズ)。しかも『七草』か)

 

 数字付き。

 苗字に数字が含まれている家系を指す隠語。

 十師族及び師補十八家の苗字に一から十の数字。

 百家と呼ばれる家系の中でも本流とされる家系の苗字には十一以上の数字が入っている。

 

 二十八家と百家の間には差が見られるが、数値の大小が実力に直結するわけではなく、苗字に数字が入っている場合、魔法師の血筋が濃く、魔法師の力量を推測するひとつの目安となる。

 

 中でも、七草と四葉(よつば)はこの国最有力の家系であり、真由美がエリート中のエリートだということがわかる。

 

「俺……いえ、自分は司波達也です」

 

達也は目の上の人に対し、俺と言おうとしたところを訂正し自己紹介し返す。

 

「僕は潮田 渚です」

 

 渚も簡潔に自己紹介をし終えると、目を丸くして驚いたあと、何やら意味ありげに頷く真由美。

 何か言う雰囲気があったため、二人とも礼儀正しく真由美の言葉を待つことを選び、沈黙する。

 

「司波 達也君に潮田 渚君。そうあなた達が教師陣の中でも噂のあの達也君と渚君ね」

 

 とても引っ掛かる言葉が返ってきた。

 渚自身には思い当たる節はいくつかあるのだが、達也がどういう噂になっているのかがわからないのだ。

 

「達也君は入学試験、七教科平均、百点満点中九十六点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学。合格者の平均点が七十点に満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点。前代未聞の高得点だって」

 

「え!?達也すごいじゃん!!」

 

「ペーパーテストの成績です。情報システムの中だけの話ですよ」

 

 真由美から語られた達也の成績に、渚は唖然とするしかなかった。

 情報システムの中だけとは言っても、真由美の口調と表情、そしてそれを抜きにしても凄いと言うことがわかるものだった。

 

「何いってるのよ渚君。貴方も十分すごいわよ。一般の中学校から来て、約三週間ほどの勉強で入学試験平均九十点。魔法理論と工学も平均よりは十点以上も上で、何よりも五教科平均九十八点は達也君を差し置いて一位よ」

 

 今度は、達也が驚く番だった。

 入試の成績にではない。

 一般の中学校からきた(・・・・・・・・・・)という点においてだ。

 

「え!?そんなに取れていたんですか!?中学校でも取ったことありませんよそんな点数!」

 

「二人の点数、少なくとも私には真似できないわよ?私ってこう見えて理論系も結構上なんだけどね。入学試験と同じ問題を出されても、二人のような点数はきっと取れないだろうなぁ」

 

「そろそろ時間ですので……失礼します」

 

「あ、待ってよ達也!」

 

 達也は、まだ何か話したそうにしている真由美にそう告げて、返事を待たずに背を向け、渚は達也が急に行ってしまったことに驚き、軽く一礼して達也の元へと向かった。

 

◆◆◆

 

「なんか……すごいね。いろんな意味で」

 

「そうだな」

 

 真由美と話し込んでいたせいで、二人が入学式が行われる講堂にたどり着いた時には席の半数以上が埋まっていた。

 

 座席の指定が無いから、最前列に座ろうが最後列に座ろうが真ん中に座ろうが端に座ろうが、それは自由だ。

 

 二人がすごいと思ったのは、その分布に規則性があったからである。

 

 前半分が一科生。

 後ろ半分が二科生。

 

 誰に強制されているわけでもないのに、とても綺麗に分かれていた。

 

 その流れにあえて逆らうつもりもない二人は後ろで隣に並んで座れそうなところ適当に見繕って座った。

 そこで達也は椅子に深く座り直して目を閉じ、渚は再びアドバイスブックを広げて読み始める。

 

「あの、お隣は空いていますか?」

 

 突如、達也の方から声が掛かり、達也は目を開けて、渚は本から目を外してそちらを見ると、女子生徒が初対面の男子ということもあって、とても緊張した面持ちで立っていた。

 

「僕は構わないよ」

 

「そうか。どうぞ」

 

 渚が微笑みながら了承したため、達也も愛想よく頷いた。

 ありがとうございます、と頭を下げて腰かける少女。

 その横に、もう一人の少女が腰を下ろした。

 

「あの……私、柴田美月といいます。よろしくお願いします」

 

「司波達也です。こちらこそよろしく」

 

「僕は潮田 渚です。渚でいいよ」

 

 未だに緊張した面持ちで自己紹介をした眼鏡をかけたその少女は、達也と渚から自己紹介が返ってきたことによりホッした表情を浮かべた。

 

「あたしは千葉エリカ。よろしくね、司波くん、渚くん」

 

 そして、美月の向こう側からショートで明るい髪色を持つ少女が自己紹介をしてきた。

 

「でも、面白い偶然、と言っていいのかな?」

 

「何が?」

 

「だってさ、『シバ』に『シバタ』に『チバ』でしょ?何だか語呂合わせみたいじゃない。ちょっと違うけどさ」

 

「え……僕だけ仲間外れ……」

 

 確かに少しだけ違うが、エリカの言いたいこともわからなくはなかった。

 ただ、一人仲間外れにされた渚は明らかにショボンとして、それをみたエリカが明らかに焦った様子で訂正を加えた。

 

「いや、ほら!「シオタ」も近いじゃん!こう並べてみればいいよ!チバ、シバ、シバタ、シオタ。ほら!似てる!」

 

「……クス。千葉さんって面白い人だね」

 

 その慌てようは達也や美月、渚からしては笑いを誘うものであり、美月はクスクスと必死に声を抑えながら笑っていた。

 

「……もう、渚君ひどい」

 

「ごめんって、千葉さん」

 

 そうやって談笑をしているうちに、時間は刻一刻と流れていき、式が始まった。

 式は順調に進んでいき、新入生総代の答辞となった。

 

 名前を呼ばれて出てきたのは、渚が校門前でみた、達也と話していた少女だった。

 その瞬間、講堂内の空気が変わる。

 

(……上級生、新入生関係なく男子のほとんどは司波さんに見とれてる……いや、女子も含めてかな……僕も初めて見たよ。あんな綺麗な人)

 

 ほとんどがその少女に見とれるなか、達也はジッと深雪の方を見ており、渚は周囲の観察をしていた。

 それにより、渚は少女の答辞を聞き逃してしまい、式が終わった後、若干の後悔を胸に達也達とともに講堂を出て、学校施設を利用するためのIDカードを取りに行く。

 

 ここでも一科生と二科生の壁が生まれてしまっているのは言うまでもない。

 

「司波君、何組?」

 

「E組だ」

 

「やたっ!同じクラスね」

 

「私も同じクラスです」

 

 達也とエリカ、美月が同じクラスになったということで喜んでいるなか――主にエリカがオーバーリアクションで喜んでおり、達也は無表情、美月は表情だけ喜んでいる――渚は書かれているクラスを見て、頬を緩ませてまた殺せんせーのことを、三年E組のことを思い出していた。

 

「渚君はどう……?どうしたの?渚君」

 

 エリカが渚のクラスを聞こうと寄った時、渚の表情を見て頭にクエスチョンマークを浮かべた。

 

「あ、いや!僕もE組だよ!」

 

 エリカに質問されて現実に戻った渚は、少し焦ったように返事だけ返して再び頬を緩ませたため、エリカはまたクエスチョンマークを浮かべるも、同じクラスとわかったため、渚君もよろしくね、と言った。

 

 やはり、始まりはE組。

 去年と似たような制度の学校、そして、同じクラス。

 

「三人とも、よろしく!」

 

 渚の気分は、最高だった。




学力については五教科のみ達也と同レベル、という認識でお願いします。


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E組の時間

モチベ維持のためとにかく書き続けます。

最低でもこれくらいのモチベでいたい。




 IDカードが配付されクラスがE組だとわかった渚が思い出に浸っているなか、エリカがホームルームにいってみるか、と提案するも、達也が妹と待ち合わせているという理由でそれを断り、美月が新入生総代、司波 深雪と達也のオーラが似ているという理由で兄妹なのか聞いたところ、二人がそうであることが発覚した。

 

「確かにオーラが似てるね。だから達也一人だけが司波さんに見惚れずにジッと見ていたんだね。会場でただ一人、達也だけ感情の揺れがなかったから」

 

 それに復活した渚も、入学式のときの達也の感情の揺れがなかった理由に納得すると、達也の目が見開いて動きが止まった。

 それからすぐに、達也から渚にたいしての視線が強くなる。

 

「感情の揺れって、よくわかったね。美月と同じで良い目をしてる」

 

「え?美月メガネ掛けてるよ?」

 

「そういう意味じゃないよ。それに、柴田さんのメガネには度が入っていないだろ?」

 

 そして、今度は美月が目を見開いて、固まった。

 

「まぁ、いろいろあってね……」

 

 渚も渚で、あはは……と頭を掻きながら苦笑して答える。

 その時、渚達の背後から声がかかった。

 

「お兄様、お待たせ致しました」

 

「早かった……ね?」

 

 お兄様と言うからには兄妹がいる達也宛でしかなく、また、お兄様と言う相手がいるのも達也しかいないため、また声でも判別出来る達也が「早かったね」と答えたつもりなのだが、イントネーションが疑問系となってしまっていた。

 

 それは、ある同行者がいたからだ。

 

「こんにちは、司波君、潮田君。またお会いしましたね」

 

 人懐っこい笑顔と言葉遣いで『また会った』という人は渚も達也も一人しか認識していない。

 いきなりということもあり、達也は無言で、渚もどうもと小声でいって頭を下げるという愛想に乏しい応対をしてしまったが、それでも笑顔を崩さない生徒会長、七草 真由美のそれはポーカーフェイスなのか、それとも真由美の地なのか、会ったばかりの二人には判断がつかなかった。

 

 だが、達也の妹、深雪は真由美に対する兄の反応よりも、兄の傍らに親しげに寄り添う少女達の方が気になったようだ。

 

「お兄様、その方達は……?」

 

「ああ。こちらが柴田美月さん、そしてこちらが千葉エリカさん、そしてこちらが潮田渚。同じクラスなんだ」

 

「そうですか……早速、クラスメイトとデートですか?」

 

 深雪は可愛らしく小首を傾げ、含むところは何もありませんよ、という表情で深雪が問いを重ねるも、その目は笑っていない。

 だが、渚は何か違和感があった。

 

 現在、四人の位置的に渚からは深雪の顔しか見えていないのだが、「クラスメイトとデートですか?」と聞いたとき、明らかに渚を見た(・・)のだ。

 

 そして、目が合った。

 感情を読める渚は深雪の感情に嫉妬が混ざっているのも分かってしまった。

 真由美が潮田君と言っていたのも、その感情のせいで、聞こえていなかったのだろうかとも思うが、つまりは、そういうことなのだろう。

 

「あの……司波さん?勘違いしていなければ……いや、僕の勘違いであってほしいんだけど……僕、男だよ?」

 

「……え?」

 

 渚は自分の勘違いであってほしいと願いつつ、全身が、つまり自分の制服(・・・・・)が深雪から見える位置に立つ。

 

「……あ」

 

「………」

 

 その場が静寂に包まれた。

 渚が深雪の顔を見ようとしても、申し訳なさそうに顔を逸らして目を合わせようとしない。

 

 どうやら、渚の勘違いではなかったようだ。

 

「深雪、お前を待っている間、話をしていただけだって。そういう言い方は二人(・・)に対して失礼だよ?」

 

 結果、達也が何もなかったことにした。

 

◆◆◆

 

 次の日、日が昇る少し前に起床した渚は、家事の手伝いをするためにキッチンへと向かった。

 これは、渚が高校へ行くために自分で取り付けた条件の一つで、欠かしたことは今のところ一度もない。

 

「おはよう、母さん」

 

「おはよう、渚。さっそくだけど洗濯物お願いしてもいいかしら」

 

「うん!」

 

 数か月前までは疎遠だった家族も、今では同じ家で仲良く、幸せに暮らしている。

 それも、殺せんせーのおかげだ。

 

 朝食を済ませ、前日の反省を生かして学校に余裕で間に合い、また早すぎない時間になってから両親に元気よく挨拶して登校する渚。

 キャビネットと呼ばれる中央管制された二人、または四人乗りのリニア式小型車両に乗り込み、一高の最寄り駅まで乗って行く。

 

 キャビネットは四人乗りを二人以下で乗ると追加料金が出てしまうため、一人の人は二人乗りに乗ることになる。

 また、乗車中は席を立つことは出来ず、また監視カメラやマイクの類はないなど、プライバシーが優先となっているのが現在の電車であるキャビネットだ。

 

 最寄り駅から歩いて一年E組についた渚は、自分の席を探してそこについた。

 渚の席は廊下側で、二つ左隣には美月が座っており、エリカと既に談笑していた。

 

「あ、渚君おはよー」

 

「おはようございます」

 

「うん!柴田さんも千葉さんもおはよう!」

 

 二人とも渚に気づいて笑顔で挨拶してきたため、渚も笑顔でそれに答えて、端末にIDカードをセットしてインフォメーションのチェックをする。

 

 キーボードで受講登録をしていると、二つ左隣から再び挨拶が聞こえ、挨拶を返した声の主を見るために振り返ってみると、案の定、達也が登校してきていた。

 

「おはよう達也!」

 

「おはよう渚。柴田さんも渚も、また隣だけどよろしくな」

 

「うん、よろしくー」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 達也の言葉に美月と渚が笑顔で返すと、エリカからは不満の声が漏れた。

 

「何だか仲間外れ?」

 

「千葉さんを仲間外れにするのはとても難しそうだ」

 

 エリカのその声色は明らかにからかっているものだったが、それくらいで動揺しない達也はあっさりとした口調で淡々と答えた。

 

「……どういう意味かな?」

 

「社交性に富んでるって意味だよ」

 

 今度は演技なしにジトッとした視線を達也に向けるエリカだが、達也のすました顔は崩れず、エリカが口惜しそうな表情を浮かべていた。

 

「……司波くんって、実は性格悪いでしょ」

 

 堪えきれずに美月と渚が笑いを溢すのを横目に達也が端末にIDカードをセットしたところで、そういえばと渚の横に立つ。

 

「……?達也どうしたの?」

 

「昨日は深雪がすまなかった」

 

 それは、昨日起きた件についての謝罪だった。

 

「別に気にしなくても良いよ。あそこまで申し訳なさそうにされると、こっちも申し訳なくなっちゃうしね。司波さんにもそう言っといてよ」

 

 あの後、達也と深雪の用事を優先してくれた真由美だが、そのおかげで達也には上級生と深雪の追っかけ、つまり、A組の一科生から目をつけられるも、渚はその件があってか、哀れみの目は向けられど敵対心を向けられることはなかった。

 

 その後の帰り、達也、深雪、美月、エリカはケーキ屋にいったのだが、渚は家事の手伝いで断ったのだ。

 そこでも、深雪がさっきの件で嫌われたと勘違いしてとても申し訳なさそうに謝ってきて、逆に渚が申し訳なく思うほどだった。

 

「わかった。ありがとう」

 

 達也は渚にたいして感謝の言葉を述べ、自分の席へと戻ってキーボードで素早く受講登録を済ませる。

 そのキーボードの打ち込む早さに、渚と達也の前の席の男子生徒が目を丸くして覗き込んだ。

 

「すっげ……」

 

「ん?」

 

「ああ、すまん。珍しいもんで、つい見入っちまった」

 

「珍しいか?」

 

「珍しいと思うぜ?今時キーボードオンリーで入力するヤツなんて……隣に一人いたなそういえば」

 

 達也とその男子生徒が会話していると、ふと男子生徒が考え込むしぐさをして渚の方を一瞥する。

 

「うん、見てたんだね」

 

「さっきも言ったように、珍しいからな。おっと、自己紹介がまだだったな。西城レオンハルトだ。親父がハーフ、お袋がクォーターな所為で、外見は純日本風だが名前は洋風、得意な術式は収束系の硬化魔法だ。志望コースは身体を動かす系、警察の機動隊とか山岳警備隊とかだな。レオで良いぜ」

 

「司波達也だ。俺のことも達也でいい」

 

「僕は潮田渚!渚でいいよ。よろしくね、レオ!」

 

「よろしくな、達也に渚。それで、二人とも得意魔法何よ?」

 

「僕、魔法は苦手なんだよね……強いていうなら振動系統かな?」

 

「なるほどな。達也は?」

 

「俺も実技は苦手でな。魔工技師を目指してる」

 

「なーる……頭良さそうだもんな、お前」

 

「え、なになに?司波くんは魔工師志望なの?」

 

「達也、コイツ、誰?」

 

 まるでスクープを耳にしたようなハイテンションで首を突っ込んできたエリカを、やや引き気味に指差して訪ねるレオ。

 

「うわ、いきなりコイツ呼ばわり?しかも指差し?失礼なヤツ!モテない男はこれだから」

 

「な?失礼なのはテメーだろうがよ!少しツラが良いからって調子こいて……」

 

 それから行われたレオとエリカの言い合いを笑いながら見ていた渚は、内心ホッとしていた。

 中学で見知った顔が誰一人としていない一高で友達が出来るのか不安だったのだ。

 

――殺せんせー、一生大切にするべき友達がまた出来そうです。

 

 未だに言い合ってる二人を見ながら、渚は楽しそうに笑うのだった。




少しでも面白いと感じていただけるよう、ひたすら努力します。

座席のことですが、小説では達也の左にいるはずの美月がアニメでは右にいるため、左から横に五十音順と捉えて、また、小説のイラストにて達也から見て左後ろにいるはずの幹比古がイラストでは女子になっており、また彼がいないことにより、イラストでは書けなかったもう一列があると思われます。
イラストには四列、イラストの外側で一列の合計五列。
一列五人なら二十五人になるため、小説基準での席順とし、かなり不思議だとは思いますが下記のように並べました。
もし、規則性があれば感想にて教えてください。
(本当はレオと達也の間に渚が入るのかと思ってました)
番号順に並べるとこんな感じになります。

モブ→モブ→モブ→レオ→モブ|廊下側
            ↓ 

モブ←モブ←美月←達也←渚 |廊下側

ご理解のほどをよろしくお願いします


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優劣の時間

オレンジバー……感動してます!

高評価を下さった皆様、本当にありがとうございます!

この評価を維持できるようにこれからも頑張っていきますので、応援の程をよろしくお願いします!


「お兄様……」

 

「謝ったりするなよ深雪。一厘一毛たりともお前の所為じゃないんだから」

 

 達也は妹を力付けるために強い口調でそう言った。

 その近くにいた渚は状況判断を行いながらも、事が起きてもいいように準備をしている。

 

(達也と深雪はいたって冷静……ただ、レオとエリカ、美月は少し不味いかな)

 

 校門の前、その三人の視線の先には二手に分かれて一触即発の雰囲気で睨みあう新入生の一団がいた。

 片方は深雪のクラスメイト、もう片方は言うまでもなく、美月、レオ、エリカだ。

 

 ことの発端は昼食時の食堂だった。

 

 授業の見学を早めに切り上げて食堂にきた渚達五人は、それほど苦労することもなく六人がけのテーブルを確保した。

 それで半分ほど食べ終わった後、食堂に到着した深雪が達也を見つけて急ぎ足で寄ってきた。

 

 そこで一悶着あった。

 

 達也と一緒に食べたい深雪だが、深雪のクラスメイト、特に男子生徒は深雪との相席を狙っていた。

 最初は狭いとか邪魔しちゃ悪いとかそれなりにオブラートに包んだ表現を使っていたが、深雪の執着が意外に強いと見ると二科生と相席するのは相応しくないとか、一科と二科のけじめだの、果てには食べ終わっていたレオに席を空けろと言い出す者がいる始末。

 

 身勝手な言い種の一科生にレオとエリカが爆発しかけるも、達也が急いで食べ終わり、レオに声をかけてまだ食べ終わっていない美月とエリカ、渚――渚は弁当だった――に断りを入れてテーブルを立った。

 

 それにより、深雪は五人に目で謝罪して達也と逆方向に歩き去ることにより、事なきを得た。

 

 さらに、午後の授業見学中にも悪目立ちすることがあった。

 

 通称『射撃場』と呼ばれる遠隔魔法用実習室では、生徒会長、七草 真由美が所属する三年A組の実技が行われていた。

 

 彼女は遠隔精密魔法の分野で十年に一人の英才と呼ばれ、その実技を見ようと大勢の新入生が射撃場に詰め掛けたが、見学できる人数は限られており、一科生に遠慮する二科生が多い中で渚達は堂々と最前列に陣取ったのだ。

 

 そして、三回目は今まさに進行中だ。

 

「いい加減に諦めたらどうなんですか?深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挟むことじゃないでしょう。別に、深雪さんはあなたたちを邪魔者扱いなんかしていないじゃないですか。一緒に帰りたかったら、ついてくればいいんです。何の権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか」

 

 美月が容赦ない正論を叩きつけるも、一科生は「彼女に相談することがある」とか「少し時間を貸してもらうだけ」など子供みたいなことを言うだけである。

 

「ハン!そういうのは自活中にやれよ。ちゃんと時間がとってあるだろうが」

 

「相談だったら予め本人の同意をとってからにしたら?深雪の意思を無視して相談も何もあったもんじゃないの。高校生になってそんなことも知らないの?」

 

 その一科生の言い分に対し、レオは威勢良く笑い飛ばし、エリカは皮肉たっぷりの笑顔と口調で再び正論を叩きつけた。

 ただ、相手を怒らせることが目的のようなエリカのセリフと態度に、注文通り、男子生徒が切れた。

 

「うるさい!他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」

 

 差別的ニュアンスがある、という理由で『ウィード』という単語の使用は校則で禁止されている。

 半ば以上有名無実化しているルールだが、それでも、野次馬がいるこの場で使用される言葉ではない。

 この暴言に真っ正面から反応したのは、美月だった。

 

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというのですかっ?」

 

 決して張り上げていたわけではない。

 だが、その言葉は不思議と辺りに響いた。

 

「……あらら」

 

(言っちゃったか……仕方ないね)

 

 これに対して達也も不味いことになったという意味で言葉を漏らし、渚は次に起きることを予測して行動に移す。

 

「……どれだけ優れているか、知りたいなら教えてやるぞ」

 

「ハッ、おもしれぇ!是非とも教えてもらおうじゃねぇか」

 

 まさに、売り言葉に買い言葉だった。

 

「だったら教えてやる!」

 

 学校内でCADの携帯が認められているのは生徒会の役員と一部の委員会のみ。

 だが、校外でCADの所持が制限されることはない。

 

 意味がないからだ。

 

 故に、CADを所持している生徒は、授業開始前に事務室へ預け、下校時に返却される手続きとなっている。

 つまり、下校途中である生徒がCADを持っているのは、別におかしなことではない。

 

「特化型!?」

 

 だが、それが同じ生徒に向けられるとなれば、非常事態だ。

 向けられたCADが、攻撃力重視の特化型なら尚のことだ。

 

 CADには汎用型と特化型の二種類があり、汎用型は最大九十九種類の起動式を格納できる代わりに使用者に対する負担が大きく、特化型は起動式を九種類しか格納できない代わり使用者の負担を減らすサブシステムがついており、魔法をより高速に発動することを可能とする。

 

 その拳銃の形をした特化型CADの銃口は、レオに突きつけられていた。

 

 その生徒は口先だけではなかった。

 CADを抜き出す手際、照準を定めるスピード、どちらも明らかに魔法師同士の戦闘に慣れている者の動きだった。

 

 そして、その銃口を向けられたレオが体当たりを、エリカが警棒らしきものを身構えたと同時に、すぐにそれをやめてある一点に視線を集めた。

 いや、レオやエリカに限らず、美月や深雪、達也もCADを構えた男子生徒の後ろにいる人影(・・・・・・・)に視線を集め、また一科生もその男子生徒を除いて驚愕の眼差しでその人影を見ていた。

 

「これが二科生(ウィード)一科生(ブルーム)の……ッ!?」

 

 そして、その男子生徒が決め台詞みたいなものを言ってた中、いきなり言葉を止め、顔面が蒼白していった。

 

◆◆◆

 

「これが二科生(ウィード)一科生(ブルーム)の「本当にやっちゃうの?」ッ!?」

 

 「これが二科生と一科生の差だ」と言おうとしていたCADを構えていた男子生徒、森崎駿の背中に、悪寒が走った。

 突如として耳元に囁かれた優しい、だが、悪魔のような声。

 

「僕は別にやってもいいと思うよ?この距離なら魔法の発動より千葉さんとレオのスピードの方が早いからね」

 

 人間に残っていた本能が絶叫する。

 強者に捕食される恐怖、例えるなら、死神の鎌が首に宛がわれている感覚。

 

「差を見せつけるんでしょ?僕にも見せてよ」

 

 足がガクガクと震える。

 首を振り向くことさえ許されないほどの恐怖が耳元から囁いてくる。

 魔法の起動式は既に解体しており、森崎は全身汗だくになって震えている。

 

「……冗談だよ。魔法を使う前に思い止まってくれたようでよかった」

 

 耳元で囁くのをやめ、森崎に前に立って屈託のない笑顔で言うその人物は、青髪に中性的な顔立ち。

 さっきまで向こう側にいたはずの二科生だった。

 

「止めなさい!自衛目的以外の魔法による対人――」

 

 誰か止めにきたようだが、森崎にその声の主を確認する余裕などなかった。

 

◆◆◆

 

「止めなさい!自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に……あれ?誰も魔法発動していないじゃない」

 

「騒ぎがあったことは確かだ。風紀委員長の渡辺 摩利(まり)だ。1-Aと1-Eの生徒だな。事情を聞きます、ついてきなさい」

 

 騒ぎを聞き付けてやってきた真由美と摩利は通報に聞いていた状況と現在の状況が全く違ったことに困惑するも、騒ぎがあったのは間違いはない。

 風紀委員、ましてや、風紀委員長なら当然の行動だ。

 

 未だに何が起きたか理解していない人が多数存在するなか、達也が摩利の前へと歩みでた。

 

「すみません。悪ふざけが過ぎました」

 

「悪ふざけ?」

 

 唐突に思えるそのセリフに、摩利の眉が軽くひそめるられる。

 

「はい。森崎家のクイックドロウは有名ですから、後学の為に見せてもらうだけのつもりだったんですが、あまりにも真に迫っていたため身構えてしまっただけです。ただ、さすがは一科生ですね。起動式をキャンセルするスピードも含めて、無駄が全くありませんでした」

 

 少し腑に落ちない点もあるのだが、見ている限りでは確かに達也の言った通りだった。

 摩利もそれ以上言及出来ずに、真由美に目配せをする。

 真由美はその視線に頷き、全員から見える位置まで歩みでた。

 

「確かに、生徒同士で教え合うことが禁止されているわけではありませんが、魔法の行使には、起動するだけでも細かな制限があります。このことは一学期の内に授業で教わる内容です。魔法の発動を伴う自習活動は、それまで控えた方がいいでしょうね」

 

「……会長がこう仰られていることでもあるし、今回は不問にします。以後このようなことの無いように」

 

 真由美の言葉に、いまいち納得しないまま摩利がそう告げ、踵を返した。

 が、一歩踏み出したところで足を止めて、背中を向けたまま問いかけを発した。

 

「君の名前は?」

 

 首だけ振り向いたその視線の先には、達也がいる。

 

「一年E組、司波 達也です」

 

「覚えておこう」

 

 そして、今度こそその二人は歩き去っていった。




アンチ・ヘイト……必要でしょうか。

今回はあえてここで止めさせていただきます。

皆様、まだあれは使いませんよ?


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秘密の時間

先にいいます。
今回は次回のために内容が若干薄いです。

高評価、本当にありがとうございます!
評価があると、その分私のモチベがあがります!

では、本文にいきましょう。


 摩利と真由美が帰ったその場は、時が止まったかのように静寂に包まれている。

 その中でも『動』を見つけようとするならば、森崎が若干小刻みに震えていることぐらいだろうか。

 

「……森崎。おい、森崎!」

 

「……ッ!」

 

「ほら、帰るぞ」

 

「あ、ああ……」

 

 未だに目の焦点が合っていない森崎は、深雪のクラスメイトに肩を貸してもらい、支えられながら歩いて帰っていった。

 

「お兄様、もう帰りませんか?」

 

「そうだな。渚、レオ、千葉さん、柴田さん、帰ろう」

 

「うん、そうだね」

 

 一科生がいなくなったことによりこの場にとどまる必要もなくなった渚達は、深雪の意見に皆頷いて達也と深雪を先頭に帰路についた。

 

 が、その行く手を遮るように深雪のクラスメイトの女子生徒が立ち塞がった。

 しかし、もうこれ以上は関わりたくないのか、達也は深雪に目配せをし、そのまま通りすぎようとする。

 

 その達也の意を汲んで、また明日、と挨拶をしようとした深雪だが、それよりも先にその女子生徒が口を開いた。

 

「光井 ほのかです。さっきは失礼なことを言ってすみませんでした。大事にならなかったのは、お兄さんのおかげです」

 

「……どういたしまして。でも、お兄さんはやめてくれ。これでも同じ一年生だ」

 

「分かりました。では、何とお呼びすれば……」

 

「達也、でいいから」

 

「……分かりました。それで、その……」

 

「……なんでしょうか?」

 

「……駅までご一緒してもいいですか?」

 

◆◆◆

 

 駅までの帰り道は、微妙な空気だった。

 メンバーは達也、美月、エリカ、レオ、渚のE組五人と、深雪、ほのか、ほのかの友達で同じくA組の北山 (しずく)という名の女子生徒の三人、計八人。

 

 達也の隣には深雪、そしてその反対側には何故かほのかが陣取っている。

 

「……じゃあ、深雪さんのアシスタンスを調整しているのは達也さんなんですか?」

 

「ええ。お兄様にお任せするのが、一番安心ですから」

 

 ほのかの質問に対して、我が事のように得意げに、深雪が答える。

 

「少しアレンジしているだけなんだけどね。深雪は処理能力が高いから、CADのメンテに手が掛からない」

 

「それだって、デバイスのOSを理解できるだけの知識が無いとできませんよね」

 

 深雪の隣からのぞき込むように顔を出して、美月が会話に参加した。

 

「CADの基礎システムにアクセスできるスキルもないとな。大したもんだ」

 

「達也くん、あたしのホウキも見てもらえない?」

 

 振り返りながら、レオ、エリカ。

 エリカの呼び掛けが『司波くん』から『達也くん』になっているのは、「光井さんに名前で呼ばせてるんだからいいでしょ」というもので、自分のことも名前で呼んで良いという交換条件により成立。

 当然、美月も同じ取引を主張し、何故か渚も流れでエリカと美月を名前呼びすることになった。

 

「無理。あんな特殊な形状のCADをいじる自信はないよ」

 

「あはっ、やっぱりすごいね、達也くんは」

 

「何が?」

 

「私のこれ、達也くんからは一瞬しか見えてないはずなのにホウキだってわかっちゃうんだもんね」

 

 達也の返事は本気なのか謙遜なのか分かりにくいものだったが、エリカのは素直な賞賛だった。

 エリカが取り出したのは、先程取り出した警棒みたいなものだ。

 

 つまり、エリカがホウキだといっていたのは、この警棒みたいなものだということになり、渚が驚きの声を上げる。

 

「へぇー、その棒みたいなのもCADなんだね」

 

「普通の反応をありがとう渚くん……と、そういえば、渚くんで思い出した」

 

「……?どうしたの?」

 

 その反応待ってました、とばかりに笑顔になったエリカだが、発言者が渚だったことで何か思い出したのか、そうだと手を叩く。

 

「渚くんさ、いつの間に森崎?の後ろに移動したの?魔法?」

 

 エリカの質問に、全員の視線が集まる。

 これはこの場の全員が気になっていることでもあったのだ。

 

「あ、あれ?魔法でもなんでもないよ」

 

 魔法ではない、というあたりで達也からの視線が少し強くなったのを感じた渚。

 

「どうしたの?達也」

 

「いや、続けてくれ」

 

「あ、うん」

 

 何故か達也から少し警戒されているのを感じる渚だが、まだ会って二日目のため仕方ないかと切り替えて種明かしを始めた。

 

「みんな、森崎くんがCADをレオに向けたとき何処見てた?」

 

 渚の質問に、各々が答え出す。

 

「私は森崎のCADを見てたわ」

 

「俺も同じだ」

 

「私もお兄様と同じです」

 

「俺も」

 

「わ、私もです!」

 

「私も」

 

 全員一致だった。

 

「そう、全員森崎君のCADに目が行ってたよね?」

 

「そうだけどよぉ、そのすぐ後には渚は森崎の後ろにいたよな。CADから視線を上げたら居たしな」

 

 確かに目は森崎のCADにいってしまっていたが、あの短時間ではどうやっても森崎の後ろに隠れることが出来るわけがないのだ。

 

 それに対して渚は再び質問を投げ掛ける。

 

「えーと……じゃあ、レオが森崎を挑発したときは何処見てた?」

 

「んー……森崎?」

 

「まぁ、俺は当然森崎だな」

 

「森崎だ」

 

「森崎君です」

 

「私も同じです」

 

「私は西城君を見てました」

 

「ほのかに同じ」

 

 これは答えが分かれた。

 それぞれ自分の仲間?の相手を見ていたのだ。

 

「僕はその時を狙ってた。つまり、視線誘導を使ったんだ」

 

 そう、それが今回の答え。

 視線が誘導されているうちに、渚は森崎の後ろへと回り込んだのだ。

 

「なるほどな……でも、すごい技術だな。全く気付かなかったよ」

 

「本当に、すごいですね」

 

 レオと美月が賞賛の声を漏らす。

 そこで駅へと着き、今回はその場で各自解散となった。

 

◆◆◆

 

 それから数時間後、夜も更けた頃、達也は自宅であることを考えていた。

 そこで、扉がノックされる。

 

「どうぞ」

 

「深雪でございます。コーヒーをお持ちしました」

 

「ありがとう」

 

 室内とはいえ、若干露出が高い深雪がコーヒーを淹れてくれたため、考え事をやめてそのコーヒーの味に舌鼓を打つ。

 だが、いつもならそのまま部屋を出ていく深雪が、今は達也の前でモジモジとしていた。

 

「どうしたんだい?」

 

「いえ、今日のことなのですが……」

 

「……深雪も気づいたか?」

 

「ええ、潮田くんが言ったのは、()だと思います」

 

「俺もそう思う」

 

 それは、今日の帰りの件についてだった。

 

「私ならともかく、お兄様が視線誘導のみで騙されるはずがありません」

 

「ああ。ただ、魔法じゃないのも本当だ」

 

 達也は、起動式を感知し、視る(・・)ことが出来る。

 その達也が感知できなかったとなれば、魔法ではないのは確かなのだ。

 

「そして、俺が気になるのは森崎に囁いた言葉だ。脅迫したとしても、森崎のあの怖がり方は尋常ではなかった」

 

 そう、そしてもう一つ気になることがあった。

 渚が森崎にかけた言葉だ。

 

「確かに、あの様子は普通ではありませんでしたが……」

 

「そして、森崎は正確には渚が囁いた瞬間から(・・・・・・・・・)渚に恐怖していた」

 

「……確かに、不自然な点ばかりですね」

 

「ああ。でも、俺はそのことよりも気になることが一つあるんだよ」

 

「なんでしょうか?」

 

 兄がこの件よりも気にしていること、眼が言葉通り良い兄が見抜けなかった件よりも気になることとは一体なんなのか、深雪にも興味があった。

 達也が興味を持つことには基本的に深雪も興味を持つのだが。

 

「渚は、一般の中学校出身だ。しかし、なぜか一般の高校に行かずに魔法科高校へ入学してきた」

 

「一般の中学校?それはまた珍しいですね」

 

「まぁ、そうなんだが、俺が気になるのはそこじゃないんだ。一般の中学校に通ってたのにも関わらず、渚には一切の()がないんだ。あれではまるで、軍人だ」

 

「……謎だらけですね」

 

「……あんまりこういうことはやりたくないのだが、明日師匠に頼んで調べてもらおうと思ってるんだ……さぁ、もう深雪も休んだ方がいい」

 深雪が部屋を出た後、また一から整理して考え直すも、達也の渚に対する謎と警戒心はそのままに、結局は何もわかることがなかった。




次回はかなり大事な話になります。


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過去の時間

赤バー……嬉しすぎて泣きそう。
評価をくださった皆様、本当にありがとうございました。

今回の話で、ここ数話で分からなかったことが分かるかと思います。

⚠暗殺教室を読もうとして読んでいない方、まだ途中の方は、許容されないレベルのネタバレが含まれますので、駄目だという方はブラウザバックをお願いします。


「ハァ……ハァ……」

 

「お兄様、お疲れ様です」

 

「ハァ……ありがとう、深雪」

 

 翌日、達也と深雪はとある場所に来ていた。

 

「お疲れー達也くん。まだまだ甘いねぇー」

 

 トレーナー姿の達也は早朝、師匠にして由緒正しき『忍び』――『忍術使い』ともいう――の家系にして寺の住職、九重(ここのえ) 八雲(やくも)に稽古をつけてもらっていた。

 これは達也が中学一年生の時から、正確にはその十月から続いている毎朝恒例のことで、今日もまた、達也は八雲との組手に大敗を喫して現在は地に背中を預けている。

 

 ある程度息を整えてから達也は立ち上がると、深雪がポケットから薄型携帯端末のCADを取り出した。

 

「お兄様、少しだけお待ちください」

 

 短い番号を入力すると、どこからともなく出現した実体の雲が達也の全身を覆い、トレーナーについた汚れを落としていく。

 その雲が晴れたころには、達也のトレーナーには汚れ一つなくなっていた。

 

「それではお兄様、朝ご飯にしませんか?先生もよろしければご一緒に」

 

 CADをポケットへ入れた深雪は、手に持っているバスケットを軽く掲げてそう言った。

 

◆◆◆

 

 朝食のサンドイッチを食べ終わった三人は、縁側にていつものように談笑している。

 

「もう、体術だけなら達也くんには敵わないかもしれないねぇ」

 

 それは、八雲からの紛れもない賞賛。

 だが、達也にはこの賞賛が素直に喜べなかった。

 

「体術が互角なのに、あれだけ一方的にボコボコにされるのも喜べることではありませんが……」

 

「それは当然というものだよ、達也くん。僕は君の師匠で、さっきは僕の土俵で組手をしていたんだから。君はまだ十五歳。半人前の君に遅れをとるようでは、弟子に逃げられてしまいそうだ」

 

 達也の愚痴とも取れる言葉に、八雲は呆れ気味にそう小さく笑う。

 

「そういえば、一高の二科生に一般の中学校から入学した子がいると思うんだけど、達也くん、その子どうしてるかわかる?」

 

「……ッ!」

 

 ふと、何がきっかけなのかは分からないが八雲が思い出したように言ったその言葉は、達也、深雪にとっては聞き逃せないものだった。

 

「……潮田 渚のことですか?」

 

「そう、その子。達也くんのお友だちかい?」

 

「はい。実は、その彼について少し調べてほしいことがあるのですが」

 

 八雲は、達也の師匠で寺の住職である前に、忍びだ。

 つまり、情報収集は彼の得意分野でもある。

 だが、達也の依頼を聞いた八雲は、やっぱり、といった顔をしていた。

 

「まぁ、彼を知ったらそうなるだろうね」

 

「渚のことで何か知っているんですか?」

 

 若干食い気味に八雲に問う達也。

 その反応に、八雲が苦笑する。

 

「まぁ、去年からちょっと調べていたんだが……達也くんは去年のこの時期の事件についてどれくらい知ってるかい?」

 

「柳沢 誇太郎(こたろう)、旧姓、八朔(はっさく) 誇太郎が作り出した超生物が月を破壊した事件、ということぐらいです」

 

「まぁ、合格点と言ったところだね。月を壊したのはその超生物の細胞を持ったマウスが爆発を起こしたからなんだ」

 

 達也は素直に驚いた。

 マウス一匹で月を三日月に、約七割を破壊するほどの威力があるというのは、現在の兵器の中でも――魔法を含めて――最大火力とも言えるからだ。

 

「その超生物は『死神』と呼ばれる世界最強の殺し屋。そんな彼にはその超生物になるまでの過程で、好きな人が出来てしまってね。彼女はある中学校の教師をしていたんだけど、その事件で死んでしまったんだ。そして彼女が勤めていた学校が、椚ヶ丘中学校の三年E組。渚くんの出身校にして、彼女は渚くんの担任だったのだよ」

 

「なるほど……入学式の反応はそのためか」

 

 達也は、入学式でE組とわかったときの渚の反応を思い出していた。

 あのときの渚は、人生で最高の日と言いたいほどの嬉しそうな表情をしていたからだ。

 

「彼女の死に際に、E組を託されてそれを承諾したその超生物は政府に持ちかけて、『生徒に一切危害を加えない』という条件で三年E組の担任となった。当然政府はその生徒に暗殺の協力を持ち掛けるも、やはり超生物は超生物。殺せる気配が全くなく、そこで生徒に付けられた名前が殺せない先生ということで、『殺せんせー』。殺せんせーが担任を持ったE組は『エンドのE組』と呼ばれていて、椚ヶ丘中学校で成績があまりよくない生徒のクラスで本校とは隔離された場所にあって、殺せんせーが担任した当時のE組生徒は既に将来の希望を捨てていた」

 

「蔑まされた視線を向けられても笑っていたのはそれだからか」

 

 今度は入学式で深雪と別れた後、ベンチで会った渚を思い出していた。

 ウィードと蔑まれたのにも関わらず、彼は懐かしむように笑っていたのだ。

 その達也の言葉に微笑みながら、八雲は続けた。

 

「でも、E組の担任が超生物というのはさすがに不味くてね。表向きの担任に、防衛省の特務部所属の大佐が副担任としてついた。そこで、彼からは中学校の授業とともに、暗殺技術を。殺せんせーからは中学校の授業とともに、人の時の暗殺技術を活かした常識に囚われない教育によって、彼らは学力、身体能力、そして、精神面でも成長していった」

 

 そこで、達也と深雪はハッとする。

 暗殺技術を学んでいるのなら、人に感知されずに背後を取ることも確かに可能だ。

 

「そして、潮田 渚は『暗殺教室』の首席にして、殺せんせーを暗殺した本人。彼の目標である『殺せんせーみたいな教師』を目指して、高校の合格を取り消してまで一高へと入学したんだ」

 

 そして、さらにはその教室での首席にして、超生物を暗殺した本人となれば、達也を欺いたことも納得できる。

 さらに、森崎のことについても、その暗殺技術を応用した何かを使ったとしたら、あの反応もわかる。

 

 殺されると森崎が本能で知覚してしまったと考えることは、容易だった。

 

「ちなみにだけど、彼はプロの殺し屋、軍人の魔法師を倒すほどの実力を持っている。不意打ちならもしかしたら僕でも危ないかもね」

 

「……なるほど。そういうわけでしたか。相変わらず素晴らしい情報収集能力ですね」

 

 どうやったらここまで調べられるのか知りたいところだが、森崎の件はこれですべて納得がいった。

 

「でもね、実は僕、殺せんせーに見つかっちゃったんだ」

 

「先生がですか?」

 

 これには素直に驚いた。

 いや、話された内容も驚くものばかりなのだったのだが、八雲の情報収集能力を知っている人ならば、それすら越えるかもしれない。

 八雲でも情報を取れないとされる場所は、日本でも片手で数える程度しかない。

 その八雲を見つけたというのだ。

 

「しかも、見に行った初日にだよ。あれはさすがに参ったね。気がついたら後ろから声を掛けられていたんだ」

 

 しかも、八雲に気づかれずに、初日で。

 これだけで、この殺せんせーがどんな化け物なのか容易に想像つく。

 

「そして、一回力試しも含めて勝負を挑んだんだけど……頭をピカピカに拭かれただけで手も足も出なかったよ」

 

「先生ですら敵わない相手を……」

 

 達也の中で渚に対する警戒心を強める。

 それほどの実力、警戒しないわけがない。

 しかし、そんな達也を見た八雲は笑いながら言う。

 

「大丈夫だよ。彼は一回も人を殺めたことはないし、君たちに危害を加えるつもりはない。彼は目的に向かって一途なだけの純粋な高校生だ」

 

「……そうですね。どうやら自分は疑い深くなりすぎていたようです」

 

 八雲が言った通り、彼は純粋に高校生活を楽しんでいた。

 それは渚の様子を見ればわかる。

 

――裏に関わりすぎたか。

 

 達也は、純粋に高校生活を楽しんでいる渚を警戒するのはおかしなことだし、また、羨ましいとも思った。

 それに、警戒をしたとしてもあの笑顔をみるとそれも少しずつ緩んでいく。

 

 彼の純粋な心に触れてしまったからだろう。

 

「さて、そろそろ学校に向かった方がいい時間だよ」

 

「そうですね。本日はありがとうございました」

 

 確かに、時間もいい感じになっていた。

 達也も深雪も八雲に一礼して、門をくぐる。

 だが、そこで達也は歩みを止めた。

 

「最後に一つ、いいでしょうか」

 

「ん?なんだね?」

 

 そう、達也は一つ、どうしても気になることを聞きそびれていたのだ。

 

「渚が感情を読めるのも、やっぱり暗殺技術でしょうか?」

 

「……あれは家の事情だよ。あまり深く踏み込まないであげなさい」

 

「そうですね。ありがとうございました」

 

 生きる術。

 達也にはそれが理解できた。

 柄にもないことをした、と頭を切り替えて、今度こそ学校へと向かった。

 

◆◆◆

 

 一高最寄りの駅でキャビネットから降り、二人並んで登校する。

 

「お兄様、どうやら杞憂だったようですね」

 

「ああ。反省しているよ」

 

 高校生活を素直に楽しんでいる渚に対して、かなり失礼なことをしているのは明白だった。

 自分も高校生らしく、渚と接しよう、そう決意した達也。

 

やぁ

 

 悪寒が走った。

 バッ!と振り返ると、本日の話題筆頭の男がいた。

 

「どうしたの?」

 

 達也に一筋の汗が流れる。

 声をかけられた瞬間、蛇に睨まれたような感覚が、首に毒牙を当てられているような感覚が彼を襲った。

 達也が、ほぼ衝動的(・・・)に反応したのだ。

 

「いや、何でもない……一緒に行くか」

 

「うん!」

 

 達也は認識を間違えていた。

 いくら警戒をしても、渚の笑顔を見ると警戒が緩んでしまうと思っていた。

 

 だが、それは違った。

 

 緩んでいたとしても、警戒はしていることに間違いはない。

 でも、実際にはそれは警戒していたのではなく、そう思い込んでいただけ。

 

 達也は、実際には渚を警戒することができていなかった(・・・・・・・・)のだ。

 

 そして、警戒していたという思い込みすらもなくなった瞬間、これである。

 

 どんなに警戒しても、気が付いたら解けている。

 

 達也が、渚の暗殺者としての実力を直に感じた瞬間だった。




渚の過去、わかりましたか?
暗殺教室首席は伊達ではないということですね。


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実習の時間

日間 五位

日間(加点式) 一位

週間 二十三位

ここまで上がったのは皆様のおかげです!
これからもよろしくお願いします!


 駅から学校まではほぼ一本道だ。

 途中で同じ電車に乗り合う、ということはなくなってしまったが、渚と達也みたいに駅から学校までの通学路で一緒になる、というのはこの学校ではかなり頻繁に起きる。

 

 駅を降りた瞬間声をかけてきたのは渚だけではなく、いつものメンバーといっても差し支えないいつもの三人もだ。

 

 しかし、今起きている現状は、当事者にとっては頻繁に起きては困ってしまうものだった。

 

「達也さん……会長さんとお知り合いだったんですか?」

 

「一昨日の入学式の日が初対面……の、はず」

 

 美月の疑問に、達也自身も一緒になって首を捻っている。

 

「そうは見えねぇけどなぁ」

 

「わざわざ走ってくるくらいだもんね」

 

 だが、レオとエリカの言うように、とても知り合ったばかりの態度には見えない。

 例えば、「達也く~ん」と軽やかに駆けてくる人影がガールフレンドとかなら、生温かい目で見られるか嫉妬の眼差しを向けられるかのどちらかだろうが、今走ってきている人はそんな生易しいものではない。

 

 生徒会長の真由美なのだ。

 真由美はルックスもよく、会長、十師族の家系ということもあり、当然のことながら男子生徒からの人気が高い。

 

「達也、周りからの視線が痛いよ……」

 

「俺に言わないでくれ、渚」

 

 登校中ということは、周りにも生徒は存在する。

 その中、それなりの距離から大声で名前を呼ばれれば、皆に聞こえることは当たり前であり、その名前を呼んでいる人を確認した男子生徒達は、敵意丸出しの視線を達也たち一行に送っている。

 

「達也くん、オハヨ~。深雪さんも、おはようございます」

 

「おはようございます、会長」

 

 達也に対しては随分フランクな態度で、深雪にはまだ礼儀が見える挨拶をする真由美。

 相手は三年生、しかも会長であるためにそれなりに丁寧な対応を心掛けなければいけない。

 

 達也が丁寧に挨拶を返して、深雪がそれに続いて一礼。

 他の四人も礼儀正しく挨拶をするも、やや引き気味なのは仕方のないことだろう。

 

「お一人ですか、会長?」

 

「うん。朝は特に待ち合わせはしないんだよ」

 

 達也が言外で含んだのであろう、一緒に来るのか、という問いかけを含めて肯定した真由美は、もはやクラスメイトみたいな感じで達也に接している。

 

「深雪さんと少しお話したいこともあるし……ご一緒しても構わないかしら?」

 

「……ねぇ、渚くん」

 

「……うん……言わなくても分かるよ……」

 

 今度は深雪に向かって言った言葉なのだが、明らかに達也のときと口調が違う。

 エリカですらかなり引き気味に言おうとした言葉は、その場の四人にとっては共通認識であり、最早話が聞こえるギリギリのところまで達也たちと距離をとるレベルだった。

 

「お昼はどうするご予定かしら?」

 

「食堂でいただくことになると思います」

 

「達也くんと一緒に?」

 

「いえ、兄とはクラスも違いますし……」

 

 深雪と真由美の二人から聞こえてくる内容は、お昼の誘いのようだった。

 真由美の問いかけに昨日の一件を思い出したのか、深雪が俯きながら答えると、真由美も何やら訳知り顔でウンウンと何度も頷く。

 

「変なことを気にする生徒が多いですものね」

 

 渚の横で、美月がウンウンと頷いている。

 昨日の一件、かなり引きずっているようだった。

 

「じゃあ、生徒会室でお昼をご一緒しない?ランチボックスでよければ、自配機がありますし、何だったら皆さんで来ていただいてもいいんですよ。生徒会の活動を知っていただくのも役員の務めですから」

 

 さらっと凄いことを言った真由美だが、渚たちに対してのお誘いはかなり社交的なものだった。

 しかし、それを正反対の口調で謝絶した者がいた。

 

「せっかくですけど、あたしたちはご遠慮します」

 

 遠慮した、にしてはかなりキッパリとした返答の拒絶。

 エリカの示した意外な態度に気まずい雰囲気が流れる。

 

「申し訳ありません、会長。会話を円滑に進めるためにも、僕達は遠慮させていただきます」

 

 そこに渚が入った。

 円滑に進めるために、というのは建前で、渚がこう言ったのはエリカの拒絶の中に『怒り』が見えたからだ。

 

 生徒会室の中を見てみたかった、というのが渚の本音である。

 

「そうですか」

 

 渚が追加で断ったからか、それとも自分達が知らない事情を弁えてくれたのか定かではないが、真由美は笑顔で答えた。

 

「じゃあ、深雪さんたちだけでも」

 

 結果的に、角を立てずに断る方法を思い付かなかった達也は、渋々といった様子でそれを承諾した。

 

◆◆◆

 

 一高においての一科生と二科生の違いは、教師がいるかいないかだろう。

 そして、二科生の渚たちE組も例外ではなく教師はいない。

 

 教師はいないため、課題の提出が履修の目安になる。

 よって、二科生の授業は、出された課題をやるということだ。

 

 お昼休みが終わったE組は現在、実習授業を行っていた。

 

 課題は、据置型の教育用CADを操作して三十センチほどの小さな台車をレールの端から端まで連続で三往復させる、というものだった。

 言うまでもなく、台車には手を触れずに、である。

 

 とはいっても、目的は授業に使うこの機械の操作を習得することにあり、壁面モニターには使い方が表示されている。

 

「達也、生徒会室の居心地はどうだった?」

 

 CADの順番待ちの列で、達也の後ろにいたレオが聞いた。

 渚たちは食堂でお昼を済ませたが、達也は妹の深雪とともに生徒会室でお昼をとったのだ。

 

 レオのその質問は、単に興味があったからだ。

 

「奇妙な話になった……」

 

「奇妙、って?」

 

 達也の前に並んでいたエリカがクルリと振り返って首を傾げた。

 エリカの前にいた渚も首を傾ける。

 

「風紀委員になれ、だと。いきなり何なんだろうな、あれは」

 

 確かに、それは「何なんだろう」としか言いようがないものだろう。

 

「確かにそりゃ、いきなりだな」

 

 レオも唐突に感じたようだ。

 

「でも、すごいじゃないですか、生徒会からスカウトされるなんて」

 

 ちょうど、そこで渚の前に実習をしていた美月が課題を終えて、再チャレンジ――失敗したわけではない――するために最後尾へ戻る足を止めて、感じ入った目を達也に向けていた。

 

 左右の列で小さなざわめきが起こっているのは、他のクラスメイトも美月と同じことを思ったからだろう。

 

 だが、そこで渚はCADの前へとつく。

 まだ話を聞いていたいのだが、後を詰まらせるのはよくないと考えたからだ。

 

 この実習は、レールの中央地点まで台車を加速し、そこからレールの端まで減速して停止、逆向きに加速・減速……を三往復行うというものである。

 

 CADに登録されている起動式は加速・減速を六セット実行する魔法式の設計図だ。

 加速度に設定はないため、そこは生徒の力量に反映されることになる。

 

 まずはペダルスイッチでCADを支える脚の高さを調節し、サイドワゴン大の筐体(きょうたい)の上面全体を占める白い半透明のパネルに掌を押し当て、そこで、渚はアドバイスブックに書いてあったことを思い出す。

 

『渚くんは魔法を使うために必要な『想子(サイオン)』というものを知らないでしょう。サイオンとは、超心理現象の次元に属する非物質粒子で、認識や思考結果を記録する情報素子のことである……と難しく書いてありますが、要はCADが携帯でサイオンは電波、魔法は携帯のアプリと思った方がいいです』

 

 魔法を知らない渚に、分かりやすく、絵までついて書いてあったアドバイスブックに、こうも書かれていた。

 

『魔法を成功させるのは、目標(ターゲット)を決めることが大切です。身近な例で言えば、『勉強』です。夢が決まっていなかった渚くんは、A組に勝つために勉強していましたね?魔法で近づけて言うならば、『車を動かす』です。車を動かすためだけに、サイオンを使うのです』

 

 それに習って言えば、今回のターゲットは、『台車を動かす』ことだ。

 ターゲットを決めて、パネルにサイオンを流し込む。

 

 返ってきたノイズ混じりの起動式に眉を潜めてしまうが、それでも必要最低限のサイオンで魔法式を構築する。

 

――携帯(CAD)電波(サイオン)はつないだ。

 

――後はアプリ(魔法)をつけるだけ。

 

 余分なことはしなくてもいい。

 今日の実技はあくまでも、CADに慣れることが目的であり、ただ往復させればいい。

 つまり、携帯のアプリを起動できれば良いのだ。

 

 そこにスピードはいらない。

 

 ゆっくりとだが、台車は動き出した。

 台車は止まることなく、無事三往復する。

 

 上手く終わったことでホッと一息ついて、渚は再チャレンジするために列の最後尾、美月の後ろへと並んだ。

 

 その渚を、達也は目を離さずに視ていた(・・・・)のだった。

 




誤字報告も助かっております。
誤字が絶えなくて申し訳ありません。


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種明かしの時間

日間 一位

日間(加点式) 一位

週間 六位

月間 三十九位

この成績はすべて皆様のおかげです!
本当にありがとうございます!


 ペダルスイッチでCADを支える脚の高さを調節し、パネルに掌を当てる達也は、台車を動かしながらさっきの渚を思い出していた。

 

――サイオンの使い方に無駄がなさすぎる。

 

――何よりも、静かだ。

 

 渚のサイオンの流れ、それを視た(・・)達也には分かった。

 

――渚は、この授業の本質を理解している。

 

 横に目を向ける。

 クラスメイトの男子が台車を動かそうと張り切っており、初速度十分に、台車を往復させていた。

 

 確かに初速が早いのは、それだけ魔法が上手くいったということなのだから、良いことなのだ。

 しかし、それは魔法が上手くいっただけ(・・)である。

 

 二科生は魔法の実技が乏しい人が多く、いきなり魔法を上手く使おうとしても、上手く使えないことの方が多い。

 

 渚がやったのは、必要最低限のサイオンをコントロール(・・・・・・)して、余分な力を使わずに台車を動かすということ。

 

 CADの使い方を覚えたら、次はサイオンのコントロールを覚えなければ安定して魔法を成功させることができない。

 

 コントロール出来れば、その分力を集中しやすい。

 初歩的なことだが、とても重要なことだ。

 

 しかし……と、自分の台車のスピードをみながら思う。

 

――遅すぎる。

 

 サイオンを正確にコントロール出来ている自分が、E組二十五人の中でも後ろから数えた方が早いぐらいには遅いスピードで動かしているのは、どうなのだろうか。

 

 今更だ、と割りきってはいる。

 だが、結果を投げているわけではない。

 達也自身、ため息をつきたくなる結果をしっかりと自覚していた。

 

◆◆◆

 

 放課後、生徒会室に呼ばれているが全く乗り気ではない達也を「頑張れ~」と無慈悲に見送ったレオとエリカ、それを苦笑しながら見ていた渚と美月は帰路についた。

 

「ねぇ!今から駅前のカフェにいかない?」

 

「いいですね。私も行きます」

 

「俺も良いぜ」

 

「え、あんたカフェとか行くんだ」

 

「ほっとけ」

 

 とはいっても、まだ家へと直行するのには惜しい時間帯だった。

 エリカの誘いに美月とレオは即答するも――レオに茶々をいれるのはご愛嬌――渚は顎に手を当てて考え事をしている。

 

「渚くんはどうする?家のお手伝いとかある?」

 

「いや、大丈夫だよ。ちょっと連絡だけいれるね」

 

「やた!」

 

 繰り返すが、まだ家へ直行するのには惜しい時間帯で、寄り道をしても問題ないくらいには時間がある。

 それにより、問題なし、と結論付けた渚は念のため家に電話をかけた。

 数回のコール音がなった後、ガチャリと音がなる。

 

『もしもし、潮田です』

 

「もしもし、お母さん?」

 

『あら、渚?どうかしたの?』

 

 そこで、若干渚の顔が強張る。

 会話が聞こえていない三人は頭にハテナを思い浮かべるが、「どうした?」などと無粋なことを聞くような彼らでもなかった。

 

「あの……今から友達とカフェに寄っていくから遅くなるんだけど……」

 

 用件を伝えた瞬間、さらに顔が強張る。

 しかし、それもすぐほぐれることとなった。

 

『そんなこと、わざわざ連絡してこなくてもいいのに。家のことは気にせず、ゆっくりしてきなさい』

 

 快く、了承してくれたのだ。

 

「ありがとう!お母さん!」

 

『こちらこそ、いつもありがとうね。楽しんでおいで』

 

「うん!」

 

 そこで、通話は切れた。

 渚の顔には笑顔が溢れている。

 

「どうだった?」

 

 渚の態度的に愚問ではあるが、エリカは社交辞令的な意味でそう聞く。

 

「許可貰えたよ!」

 

「よし、そうと決まればいこうぜ!」

 

 レオの一言を合図に駅前のカフェまで向かう渚たち。

 入学式のときにも達也たちで寄ったらしいのだが、渚はそのとき家の用事で断ったため、来るのは初めてとなる。

 

 ちなみに、レオはその時には出会っていないため、勿論初めてだ。

 

 エリカたちに連れてこられたカフェは、外見は綺麗なオレンジ色で統一、中は清潔感漂う清々しい雰囲気で、装飾は女性受けの良さそうなものが多いが、中に男性客がいることから分かるように、男性でも気軽に入ることが出来るカフェだ。

 店員や店内の明かり、装飾などに細心の注意を払った結果だろう。

 

 窓際の席に案内され、窓際のソファーをエリカと美月が、内側の椅子にレオと渚が座った。

 

「いいところだね、ここ」

 

「でしょでしょ!さっそく注文しよ!」

 

 活気溢れる元気なエリカも、甘いものには目がないご様子で嬉々としてメニューを見ている。

 

「私この二つにする!美月は?」

 

「んー、じゃあ私はこれにします」

 

 エリカが選んだのはショートケーキとチョコケーキ。

 美月が選んだのはオレンジケーキだ。

 

「俺はこれだな」

 

 レオはアップルパイを選んだ。

 

「んー、僕はこれにするよ」

 

 渚が選んだのは、プリン。

 

「へぇー、プリン好きなの?」

 

「う、うん……まぁね」

 

 エリカが興味本位でそう聞いてきたのだが、渚がこれを選んだ意味はない。

 目に入った瞬間、衝動に近い何かで選んでしまった。

 

 全員の注文が決まったところで、エリカが店員を呼んで各々の注文したスイーツと紅茶を四つ手早く頼んだ。

 

「さてと……渚くん、一つだけいいかな?」

 

「どうしたの?エリカさん」

 

 店員がオーダーを取った後、エリカが少し改まった感じで渚に問うも、渚に『さん』づけされたのが違和感しかなかったのか、ありゃ、と気の抜けた声を出した。

 

「渚くん。『さん』づけは呼ばれ慣れてなくて違和感しかないから、呼び捨てでお願いしてもいいかな」

 

「え、あ、うん。それでどうしたの、エリカ?」

 

 いまいち締まらない空気の中、エリカが渚にあることについての真実(・・)を問う。

 

「森崎の後ろに回ったやつ、差し支えなければ本当はどうやったのか教えてもらっても良い?どうしても気になっちゃって」

 

「あ、それ俺も聞きたかったぜ、渚」

 

 それはレオも気になっていたようだ。

 美月は何のことかわからず、あたふたしている。

 

「……そうだね。うん、確かに説明不足だったよ」

 

 渚も見せたからには隠すつもりはない。

 説明を求められるのはわかっていたし、あの時に説明を省いたのは時間がなかったからだ。

 

「視線誘導に近いものを使ったのは本当だよ。ただ、一ヶ所に視線が集まるとき(・・・・・・・・・・・・)に少しずつ動いていただけだよ」

 

「え、視界に渚くん入れてたけど動いてなかったじゃん」

 

 渚の説明に、エリカが待ったをかける。

 だが、渚はエリカの言葉を聞いて微笑みながら言った。

 

「確かに、何もないときなら違和感を感じるかもしれないね。でも、あの時は一科生と言い合っているとき。つまり、相手に意識を常に向けないといけないときなんだ」

 

「緊張するときや、一点に集中するときに視界が狭くなるのを利用したということでしょうか」

 

「それが一番近いかもね」

 

 美月の要約により、エリカとレオが理解する。

 

「お待たせしました。ご注文の品をお持ちいたしました」

 

「ありがとうございます」

 

 そこでレオの隣から店員が注文した品を運んできた。

 近くにいるレオから、その向かい側にいる美月、エリカと配膳していくが、そこでその三人は異変に気づく。

 

 渚がいないのだ。

 

「あれ、渚くんは?」

 

「横だよ。エリカ」

 

「うわぁ!!」

 

 いきなり横から声をかけられて美月に飛び付くエリカ。

 かなり驚いたようだ。

 

「い、いつの間に?」

 

「これがあの時使った全てだよ」

 

 そこで三人はハッとする。

 店員が品を持ってきてくれたとき、当然だが意識は店員、または注文した品に向いている。

 つまり、これがあの場でいう、言い合いをしているときであり、CADを向けられたときであると。

 

「視線が集まったら、後は気配を消して近づくだけ……じゃあ、食べようか!」

 

 ニッコリしながら席につく渚。

 三人は唖然としている。

 

「……すっげ」

 

「あはは、こりゃ気づけないわ」

 

「すごいですね……」

 

 レオ、エリカ、美月から上がるのは賞賛の声。

 実際に見せられてしまっては、信じるしかないだろう。

 

 渚たちはそのカフェで小一時間ほど談笑して、その日は解散となった。

 

◆◆◆

 

 時を少し遡って、下校時の第一高校の生徒会室。

 生徒会室に一人でいた真由美のもとに、ある来客がきていた。

 

「俺だ、七草」

 

「いらっしゃい、十文字君。どうしたの?」

 

 十文字、という名から分かる通り『数字付き(ナンバーズ)』で、その中でも十師族に数えられる十文字家の代表代理にして、課外活動連合会――通称、部活連――の会頭、十文字 克人(かつと)だ。

 

「いや、例の彼(・・・)についてだが」

 

「達也くんのこと?」

 

 克人が『例の彼』と名前を出さない相手。

 真由美も誰か分からずに首を捻る。

 

「潮田 渚だ」

 

「ああ、渚くんね。渚くんがどうしたの?」

 

 固有名詞が出されてようやく理解した真由美。

 だが、いまいち用件を掴めていない。

 

「彼は風紀委員にするつもりか?」

 

「……いいえ、しないわ。彼の技量は公に使って良いものではないと思うの」

 

「つまり、部活連に勧誘するのも反対というわけか」

 

「会長として、それは好ましくないわ」

 

 真由美と克人は十師族。

 当然、渚たちの中学校のことを知っている。

 

 渚が暗殺者として優秀であると知っている克人は、風紀委員に勧誘されていなければ部活連に入れようと考えていたのだ。

 

「彼の技術は、簡単にいえば人を殺めるものよ。取り締まるときとはいえ、その技術を使われた相手がさすがに可哀想よ」

 

 そこで、ドアが開く。

 

「お、十文字か。珍しいな」

 

「渡辺か。まぁ、別のやつを勧誘するとしよう。時間を取らせたな」

 

「ううん、気にしないで」

 

 軽く一礼して生徒会室を出る克人。

 

(潮田 渚くん……ねぇ)

 

 真由美は昨日、一昨日と会った自分ほどの身長の彼を思い出す。

 あれで暗殺教室の首席というのだから、顔に似合わず、という言葉がピッタリだろう。

 

「どうした?真由美」

 

「ううん、なんでもない。摩利、達也くんはなんとしても風紀委員に入れるわよ!」

 

「任せとけって」

 

 そして、達也にとっては迷惑でしかない意気込みを入れる彼女らだった。

 




最後のが渚が風紀委員に入らないすべてです。

渚は軽々しく「気配を消すだけ」と言っていますが、その気配の消し方が尋常じゃないんですよね……


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勧誘の時間

投稿遅れてすみません。
投稿は、21時~24時、基本的には22時に投稿します。

誤字機能……便利な機能ですが、確認はしなければいけませんでした。
反省しております。


 翌日、達也が風紀委員になったという話を聞いた。

 どうしてそうなったのかはわからないが、生徒会副会長、服部(はっとり) 刑部(ぎょうぶ)――彼がそう呼んで欲しいと望んでいる――と模擬戦を行って勝利、その場の流れで生徒会全員承認の生徒会推薦枠としてなったらしい。

 

 そして、放課後。

 達也は渚たちに労いの言葉を送られながら教室を出て風紀委員会本部に向かう。

 

 レオと美月はもう既に決めているらしく、渚に声をかけてからそれぞれの目的の場所へと向かっていった。

 

「渚くんはいく場所決まってる?」

 

「ううん、ただ、見て回りたいとは思ってるよ」

 

「私も決まってないの。よかったら一緒に回らない?」

 

「うん、いいよ」

 

 エリカに誘われて了承する渚。

 二人が外に出てみると、そこは校庭を埋め尽くす勧誘のテントと喧騒でお祭り騒ぎとなっていた。

 

 今日から新入生勧誘活動という各クラブ活動の獲得戦が一週間行われる、と渚はアドバイスブックで一高について書いてある欄で読んだことがある。

 

『普通の中学校、高校とは違って、魔法科高校には、九校戦という対抗戦があるのは渚くんも知っての通りです。その九校戦で優秀な成績を収めたクラブには、クラブの予算からそこに所属する生徒個人の評価に至るまで、様々な便宜が与えられるのです。そのため、有力な新入部員獲得は各部の重要事項であり、新入生向けのデモンストレーションなども行われます。デモンストレーションをするためには、CADが必要なクラブも出てきます。つまり、毎年この期間だけは一高は魔法が飛び交う無法地帯となりますので、安全に考慮しながら、是非楽しんでください』

 

 つまり、この期間中は各クラブが躍起になって新入部員を獲得しようとする結果、魔法の撃ち合いに発展するわけだ。

 

 渚は、まさか、と首を振ってはみるものの、実は心の片隅でそれを見てみたいと望んでいた。

 

 だが、その認識は甘かったと後悔している。

 これなら風紀委員が必要なのも納得だ。

 

 とあるテントとテントの隙間に、人垣が築かれている。

 その人垣の向こうでは、脱出不能となったエリカが何事か喚いている。

 

 渚は、その小柄な体格のおかげですんなりと抜け出せたのだが、数の暴力にはエリカもどうにもできないようだった。

 

 だが、それも仕方のない(?)ことなのだろう。

 

 エリカは、贔屓目に見ても美少女だ。

 二科生である、という事実は、全く役に立たなかった。

 

 おそらくは、マスコットや広告塔となるキャラクターを求めてなのだろう。

 主に、非魔法競技系の運動部がエリカの争奪戦を始めたのだ。

 

「助けにいきたいけど……まさかここまでとはね……」

 

 次々と群がっていく上級生の女子生徒達。

 エリカの争奪戦は思ったよりも過激化してきているのだ。

 

「渚、あの人垣は?」

 

 そこで、後ろから聞きなれた声が聞こえた。

 

「あ、達也。あそこにエリカがいるんだけど、助けてやってくれない?」

 

 いたのは、風紀委員の腕章をつけた達也。

 両腕にはそれぞれCADがついていた。

 

「わかった」

 

 達也は左腕にはめたCADを操作し、魔法式の準備が整ったところで、地面を蹴りつけた。

 蹴りつけた振動を魔法で増幅され、人垣の下の地面が揺れる。

 

 達也は人垣の中に突っ込み、その中心にいたエリカの腕を掴んで走り去った。

 

◆◆◆

 

 渚が達也たちを追いかけている途中、デモンストレーションをしているクラブを発見してそこに立ち寄った。

 

 達也とエリカと合流しなければいけないのだが、気になってしまったのだ。

 

 デモンストレーションをやっているのは、マーシャル・マジック・アーツ部だ。

 

 マーシャル・マジック・アーツとは、通称『マジック・アーツ』と呼ばれ、USNA軍海兵隊が編み出した魔法による近格戦闘技術である。

 魔法で肉体を補助して高い戦闘力を発揮する。

 九校戦では採用されていないが、魔法を織り交ぜて闘う徒手格闘競技として広く知られているものだ。

 

 そのデモンストレーションでは、上級生の二人が魔法を使って高速で組手を行っているところだった。

 魔法で高められた身体能力で行われる、組手だとわかっていても迫力のあるその競技に、渚は目を奪われた。

 デモンストレーションが終わり、拍手が巻き起こる。

 

「……ふふ」

 

 そのとき、渚は不敵に笑った。

 彼の脳裏にあるのは、とある男との一戦。

 

「では、ここで実際に組手をしてみたいっていう新入生はいるか?」

 

 自分達の全てをさらけ出し、本気で殴り合い、全身全霊を賭けて戦った試合。

 互いに認め合えた、その一戦。

 

 それを思い出したからだろうか。

 

「はい、やります」

 

 思わず、名乗りを上げてしまったのは。

 

「……名乗りを上げた勇気は認めるが、二科生でその体格だとさすがに……ッ!?」

 

 そんな渚を見たデモンストレーションをしていた部長らしき男子生徒の背中に悪寒が走る。

 彼から出てくる、今まで感じたことのないオーラ。

 

――この二科生、ただの二科生ではない。

 

 その男子生徒がそう断定することは、そう難しくはなかった。

 

「……わかった。新入生はCADを持ってないから今回は魔法なしで、自分のタイミングではじめていい。……おい、相手をしてやれ!」

 

「はい!」

 

 渚と部長らしき人とデモンストレーションをしていた部員が面と向き合う。

 彼は、始めるタイミングは自分でいいといった。

 

 構えをとる部員。

 

 ただ笑顔で、対戦相手へと歩いていく渚。

 渚からは、闘争心、ましてや殺気などは全く感じられない。

 だから、渚が近づいてきていても、部員の男子生徒は全く警戒することができなかった(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 そして、次の瞬間には。

 

「な、なんだとっ!?」

 

 部長らしき男子生徒の悲鳴に近い声が上がる。

 見物している生徒からも、どよめきが起こる。

 

 対戦相手である部長の男子生徒が近づかれたと知覚したころには、既に渚によって寝技を決められていたのだ。

 圧倒的な威圧感を背中に感じながら。

 

「……あれ、不意討ちは無しなんでしたっけ……」

 

 ふと、その背中から間の抜けた声がした。

 

「……いや、君のタイミングでいいと言ったから問題はない……彼を離してやってくれ」

 

「あ、ごめんなさい!」

 

 渚は、かけていた技を解いて謝罪を述べてから、立ちあがった。

 対戦相手である部員の男子生徒は、何が起きたのか、何故自分は倒れているのか、未だに掴めていない。

 

「……君、名前は?」

 

「潮田 渚です」

 

「そうか。渚君!もしよければうちの部にきてくれないか!?」

 

 勧誘したということは、彼は部長なのだろう。

 その部長が、掘り出し物を見つけたとばかりに渚に迫る。

 

「ぼ、僕でよけば是非……と言いたいところなのですが、少し親と相談しなければいけないことがあるので……」

 

 だが、渚にはこれをその場で決めることは出来なかった。

 それを聞いた部長は残念にしながらも、まだ諦めないという様子で渚に言った。

 

「そうか……許可がもらえたら、是非うちへ」

 

「そのときは、お邪魔させてもらいます」

 

 一礼をして、立ち去る渚。

 後ろから歓声に近いものが聞こえたが、エリカと達也を探さなければいけない渚は振り返って確認することはしなかった。

 

「潮田 渚か……」

 

 そんな中、見物していた生徒の中で二人、彼をジッと見つめる影があった。

 

◆◆◆

 

 渚が体育館の近くを通ると、体育館から生徒達が気持ち悪そうに続々と出ていくのが見えた。

 何事かと体育館の中へとはいると、そこには胴着をきた生徒が見知った顔の生徒へと殴りかかろうとしているところがあった。

 

 そして、見物人の中に見知った赤毛の女子生徒を見つける。

 

「エリカ!これはどういう状況!?」

 

「あ、渚くん何処行ってたのよ。まぁ、それはそれとして。今の状況だけど、剣道部と剣術部が揉めて剣術部が魔法を使用、それを取り締まった達也くんに『二科生のくせに』とか『普通は喧嘩両成敗だろ』とかいって殴りかかっているわけ」

 

「なるほど……それにしてもすごいね」

 

 既に倒れている人数を含めて、計十四人を一斉に相手にしている。

 しかも、無傷でだ。

 

「最小限で無駄のない動き。見事としかいいようがないわね」

 

「しかも、余裕をもって攻撃をかわしている……!危ない!」

 

 そこで、渚は剣術部の部員が魔法を使おうとしているのを見つけ、達也に向かって叫んだ。

 

 それのおかげかどうかは定かではないが、達也がそちらに視線を向けたその瞬間、剣術部員が気持ち悪そうにして、魔法式に成りきれなかったサイオンが虚空へと散っていく。

 

 結局、達也は一度も反撃することなく、剣術部員の体力がなくなるまでかわし続けた。

 




渚君はマーシャル・マジック・アーツに興味を持ったみたいです。


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アドバイスブックの時間

魔法の説明は出来るだけわかりやすい例えができるように心がけています。


 達也は、体育館で起きた一連の騒動を報告するために真由美、摩利、克人の『三巨頭』のいる本部へと向かい、渚とエリカは校門で達也を待とうとそこへ向かう。

 

 しかし、昇降口の外側で見知った顔を見つけたため、急遽進路を変更してそちらへと向かった。

 

「レオ!美月!」

 

「こんにちは、渚くん、エリカちゃん」

 

「やほ、美月」

 

「よぉ、渚。達也はまだこないのか?」

 

 レオと美月だった。

 どうやら達也を含めた自分達を待っていたらしい。

 

「今本部に報告に行ってるところだよ」

 

「……何かあったのか?」

 

 報告、ということは、報告しなければいけないことがあるということ。

 確かに、達也は攻撃対象になりやすい立ち位置にいる。

 まさか、攻撃されたのか、とレオと美月の表情が若干険しくなるも、エリカが楽しそうに達也の武勇伝を話すと、レオも美月もホッと一息ついて、賞賛の声を上げた。

 

「へぇ、上級生達を一網打尽にしたわけか。さすが達也だ」

 

「そうですね。でも、怪我がなくてよかったです」

 

 それから、レオは山岳部、美月は美術部に入部することを教えてくれ、渚もマーシャル・マジック・アーツ部に興味があることを伝えた。

 

 すると、全員が意外そうな顔をする。

 

「マジック・アーツか……なぁ、渚って小柄な体型してるけど、見た目に似合わずって感じのことばかりするよな。あ、決して悪い意味じゃないぜ?」

 

「そこには同意ね。意外性でいったら達也くんよりも上かも」

 

「何の話をしているのかしら?」

 

 話題が渚へと移っていくなか、昇降口から聞こえた澄んだ声の持ち主に全員がそちらを振り向いた。

 

「あ、深雪。生徒会はもう終わったの?」

 

「ええ。お兄様は?」

 

「達也ならもうすぐ来ると思うぜ。俺らも今待っているところだ」

 

「そうでしたか……」

 

 そして、会話の輪に加わりエリカや美月と話始める深雪。

 渚はチラッと時間を見る。

 もう日没直前だった。

 渚はレオたちに断りを入れて、会話の邪魔にならないように少し距離を取ってから携帯を取りだし、電話をかける。

 

『はい、潮田です』

 

 数回コールした後に出た相手は、昨日とは別の人だった。

 

「あ、お父さん?もう帰ってたんだ」

 

『ついさっきね。それで、どうしたんだ?』

 

「お父さんが帰っているなら丁度いいや。僕、帰りがだいぶ遅くなるからたまには二人で何処かご飯にでも行っておいでよ!」

 

 夕食を作って貰って、さらに待ってもらうのは申し訳ないし、かといって自分に合わせて作っていたらかなり遅くなる。

 

 なので、先に食べておいてと言おうとした渚だったが、両親が揃っているならたまにな二人きりでの食事もいいだろう、と思ってのことだ。

 

『ふむ……そうだな。丁度いい機会だし行ってくるよ。渚はどうするんだ?』

 

「僕は帰り道に寄って食べていくよ」

 

『そうか。あまり遅くなるなよ?』

 

「お父さんはゆっくり楽しんできてね?」

 

 そこで、通話は切れた。

 前までは疎遠だった家族も、今では普通の家庭に、いや、疎遠だった分、前よりも仲良くなっており、ヒステリックだった母も今では優しいお母さんだ。

 

 昔に芽生えた母に対する恐怖心も、完全にとは言えないが、少しずつ、だが確実に収まってきている。

 レオたちの元へ戻ろうと振り返ってみると、その一団の中に達也がいた。

 

「達也、来ていたんだね」

 

「ああ。待たせてしまってすまない」

 

「ううん。僕たちが待ちたくて待ったんだから、達也が謝る必要はないよ」

 

 その時、誰かが吹き出した。

 

「ハハハッ、そういうことだ達也。気にすることはないぜ」

 

 どうやら、ここにいる全員が同じような回答をしたらしいのだ。

 全員が笑顔で達也を出迎えた。

 

「こんな時間だし、何処かで軽く食べていかないか?一人千円までは奢るぞ」

 

 これは、それ以上の謝罪を飲み込んだ達也の、代わりの誘い。

 それが分からぬ者も、余計な遠慮をする者もここにはおらず、ご飯に誘おうと思っていた渚にとっては願ってもない誘いだった。

 

◆◆◆

 

 昨日とは別のカフェで、六人は今日起きた出来事についての体験談に花を咲かせたが、やはり、最も関心を引いたのは達也の体育館での武勇伝だった。

 

「その桐原って二年生、殺傷性ランクBの魔法を使ってたんだろ?よく怪我しなかったよなぁ」

 

「致死性がある、と言っても、高周波ブレードは有効範囲の狭い魔法だからな。刀に触れられない、という点を除けば、良く切れる刀と変わらない。それほど対処が難しい魔法じゃないさ」

 

「達也、それって真剣の対処が簡単って言ってるようなものなんだけど……」

 

「お兄様なら大丈夫よ、渚くん」

 

 さっきから手放しで感心しているレオに、達也は若干困り顔で応じて、その応えを聞いた渚が苦笑しながら突っ込むも、深雪が心配要らないと一蹴した。

 

 レオが言った殺傷性ランクとは、警察省が定めている魔法の危険度分類で、

 

 殺傷性ランクA

 一度に多人数を殺害し得る魔法

 

 殺傷性ランクB

 致死性のある魔法

 

 殺傷性ランクC

 傷害性はあるが致死性は無い、または小さい魔法

 

と、いった感じで別れている。

 

「……達也さんの技量を疑うわけじゃないんだけど、高周波ブレードは単なる刀剣と違って、超音波を放っているんでしょう?」

 

「そういや、俺も聞いたことがあるな。超音波酔いを防止するために耳栓を使う術者もいるそうじゃねぇか。まっ、そういうのは最初から計算ずくなんだろうけど」

 

「そうじゃないのよ。お兄様はただ体術が優れているだけじゃないの」

 

 美月とレオの懸念に応える深雪の表情は、失笑を堪えているようだった。

 

「魔法式の無効化は、お兄様の十八番なの」

 

 深雪の言葉にエリカがすかさず食いついた。

 

「魔法式の無効化?情報強化でも領域干渉でもなくて?」

 

「ええ」

 

 得意気に頷く深雪と「仕方ないなぁ」という顔で笑っている達也。

 そこで、渚が自分の中で考えうる一つの答えを達也に言った。

 

「それって、キャストジャミングを擬似的に使ったってこと?」

 

「良くわかったな、渚。その通りだ」

 

 達也は渚に素直に感心する。

 あの場にいたとはいえ、擬似的に(・・・・)、使ったと言うことは、その知識があるということなのだから。

 

「ちなみにだが、渚はどうやったのかわかるか?」

 

「本で読んだ記憶があるのが、二つのCADを使うやつかな」

 

「……本?」

 

 そして、達也は今度は頭を捻る。

 自分が知りうる限りでは、本の記述にそういった類の物はなく、またこれが見つけられているとも思っていないからだ。

 

「あ、本っていうか、アドバイスブックなんだけど」

 

 そこでリュックから取り出すのは、アドバイスブック。

 

「……毎回思うんだけど、この本は一体なんなの?」

 

 渚が取り出した本を見て呆れ声で言うエリカ。

 達也は本の中身がどうなっているのか興味があるようだが、渚が調べていてくれているため、後でじっくり見せてもらおうと決めて渚を見る。

 

「んーと、あ、ここ」

 

「プッ!何この黄色のタコ!」

 

 渚が開いたページには、黄色のタコ、つまり、殺せんせーの絵が書いてあった。

 一見ふざけたように見えるが、そこにはこう書いてあった。

 

『世の中にはアンティナイトという鉱石を使って魔法を無効化することが出来る、キャストジャミングというものがあります。しかし、その鉱石は軍事物質なので一般民間人が手に入れることは出来ません。そこで、渚くんに先生から窮地に陥ったときのとっておきを教えることとしましょう。まず、十四ページ前にあるように、CADを二つ同時に使おうとすると、サイオン波が干渉してほとんどの場合魔法が発動できません。信号機のある交差点を思い出してください。片方が赤でもう片方が青なら、青の方は安全に車を走らせることができます。これがCADを一つ使って魔法を発動した状態です』

 

 なるほど、とレオとエリカから声が漏れる。

 二人とも完全に先生の授業にのめりこんでいる。

 

『しかし、これが両方赤、両方青だったらどうでしょうか。両方赤でも車は動けませんし、両方青でも車は動けませんね。つまり、両方青と赤で揃えても(CADを二つ同時に使っても)車は通れない(魔法は発動しない)というわけです』

 

 おお、とレオとエリカから声が漏れる。

 絵付きで説明されるそれは、本当にどの教材よりもわかりやすい。

 

『そこで、先生見つけました。片方のCADで妨害する魔法の起動式を、もう片方でそれとは逆方向の起動式を展開して、起動式のまま複写増幅し、無系統魔法として放てば、本来構築すべき二種類の魔法と同種類の魔法式による魔法発動を、妨害できるのではないかと。この理論は歯車で説明しましょう。歯車を二つ重ねるとき、交互に重なるようにしますね。これが凸と凸、凹と凹のところで接してしまっているのが、二つの魔法式が同じときです。ならば、一つを逆転させればいいのです。そうすれば、凸と凹、凹と凸と上手くハマります。これが魔法式を一つ逆にしたときです。この方法でこの魔法が使えるのなら良いのですが、この魔法には一つ弱点があります。大丈夫、渚くんなら克服出来ます。この魔法は、相手の起動式を読み取ることと、干渉波を投射する必要があります。干渉波を飛ばすことは出来るかもしれませんが、問題は起動式を読み取ることですね。これは至難の技といってもいいでしょう。なので、相手の情報を知り尽くした上で、決めにくる魔法がわかっている状態でのみ使うことをオススメします』

 

 そこで、キャストジャミングについての記述は終わっていた。

 沈黙が訪れる。

 

「……俺、今の理論を理解出来たかもしれない」

 

「……私もよ」

 

「すごく分かりやすいですね」

 

 口から出るのは、驚愕。

 

「……なるほど。やり方は勿論、その魔法の弱点を教えつつ、その対処法も載せているのか」

 

 達也は、さらにこの本に興味を持った。

 もしかしたら、自分にはまだ知らない何かがあるかもしれないと。

 

「渚、その本、俺に少し貸してくれないか?」




自分の魔法の解釈のしかた、一回思考を変えて考えてみると理解しやすいかもしれませんね。


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部活の時間

投稿してたつもりが明日の23時になってたため慌てて出しました。
遅れてすみません。

勝手にタグ増やしました。
まぁ、この小説には必須タグですね。

魔法の説明、皆さんが理解できてくれているなら考えたかいがあるというものです。

……さて、どうやら私の脳内が覗かれたようですね。
感想者さんの中に精神干渉魔法が使える方がいるみたいです。


 翌日の放課後、部活が決まっている者はその部活へ、決まっていない者は昨日と同様に、再びあの喧騒の中へと向かっていく。

 

 そんな中、達也は現在起きていることに頭を悩ませていた。

 

 行く先々で、何故か上級生が争うのだ。

 そして、風紀委員として見逃せない達也が止めにはいると、誤作動に見せかけて達也に魔法を使ってくる、という嫌がらせを頻繁にしてくるようになった。

 

 恐らく、昨日の体育館での一件が知れ渡り、怒り心頭した上級生がグルになっているようで、遠方からの魔法攻撃もかなりの頻度で仕掛けてくる。

 

 つまり、行く先々で起こっている揉め事も、全て達也を狙ってのものだったのだ。

 

 だが、達也の意識は別の方向へ行っているために、魔法を使ってきた相手の後を追うこともせず、魔法だけ避けて再びそちらに意識を向ける、という繰り返しをしている。

 

 達也が意識を向けているのは、昨日の件についてだ。

 

『ごめんね、達也。この本には勉強のことだけじゃなくて、僕の長所や短所、性格、癖など、僕の全てが書かれている本なんだ。達也たちとは友達、いや、親友と言ってもいい程にはもう仲良くなったと思っているし、これからもそう。でも、これを見せるのはさすがに抵抗があるんだ。この本は僕たちE組……あ、中学校の時のね。その僕たちE組と殺……担任の先生との絆そのものなんだ。そして、先生からのこれからのアドバイス、思い、願いが書いてある、そういう本なんだ。だから、見せられない。ごめん。』

 

 それは、カフェで達也が本を貸してほしいと言ったときの渚の言葉だった。

 棘が無いように考えて言ったであろうその言葉だが、それは明確な否定の言葉。

 

 渚がここまで明確な否定を見せるとは思っても見なかったが、その言葉を聞いた達也には、さらに、昨日少しだけ中を見た達也には、どれだけ殺せんせーが渚たち元E組にとって大切な存在だったのかが理解できた。

 

 殺せんせーは、E組にとってはかげがえのない存在で、道標で、目標で、越えなければならない先生。

 そして、殺せんせーは自分を越えてくれるように、生徒が『自分』というものの存在を、未来への希望を見出だしてくれるように近くに寄り添って歩いてくれた、そんな先生。

 

 百聞は一見にしかずとは言ったものだが、確かにその通りだった。

 

 昨日の本を見れば、わかる。

 生徒をしっかり見ていたからこその、あの本の分厚さ。

 生徒を思っているからこその、あの本の分厚さ。

 生徒を思っているからこその、丁寧な教え方。

 

 聞くよりも、見た方がそのすごさがわかる。

 

 だからこそ、あの本の中身が気になる。

 

 そこで、再び魔法が達也に向かって飛来してきた。

 それを腕をクロス、つまり、昨日の本で書いてあった魔法を使って対処する。

 

 その魔法は、相手の使う魔法が分からなければ使えないという欠点がある。

 しかし、それは達也にとっては関係のないことだ。

 達也の()は、誤魔化せない。

 

 達也は、逃げていく犯人を見ながら、今度からは追いかけてみるか、と心に決めて再び巡回に戻った。

 

◆◆◆

 

 昨日と同じく新入生を激しく取り合っている校庭で、一人の青髪の少年があるテントの前に立っていた。

 

「あの、潮田 渚です。部長さんはいませんか?」

 

「おう、来てくれたな、渚君!」

 

 言わずもがな、渚だ。

 昨日、渚がカフェから帰った後すぐに帰ってきた両親に、直談判したのだ。

 正直に、部活をやらせてほしい、家事は今まで通り手伝うからと。

 

 緊張しなかったといえば、嘘になる。

 ゆっくりと顔を上げた渚は、両親が顔を見合わせてニッコリと微笑んでいるところを見た。

 

『渚。私たちは貴方が一高に入るのは反対していなかったし、家事も忙しくなる貴方が無理して手伝う必要はないわ』

 

『そうだ。渚はもっと高校生らしく、高校生活を楽しむ義務があるんだから。中学校の三年間、打ち込めなかった部活動を、高校生というものをもっと楽しんでこい』

 

 二人とも、否定しなかった。

 その時を思い出して少しウルッと来てしまった渚だったが、さすがにここでいきなり泣くわけにもいかない。

 なんとか押さえ込む。

 

「あの、両親から許可が下りました。これからよろしくお願いします!」

 

「おお、そうか!期待してるよ、渚君!」

 

 渚の、マーシャル・マジック・アーツ部入部が決まった瞬間だ。

 

「お、新入生一人ゲットですか部長」

 

「おう、沢木。巡回お疲れさん」

 

 そこで、渚の後ろから声がかかる。

 振り返った渚がまず目にしたのは、風紀委員の腕章。

 

「へぇ、そうですか……小柄な体型ですが、使えるのですか?」

 

「大丈夫だ。彼の技量はこの目で見させてもらったよ」

 

「なら、大丈夫そうですね……二年D組、沢木 (みどり)だ。君を歓迎するよ、……名前を聞いてなかったね」

 

「あ、一年E組、潮田 渚です!」

 

「E組……司波 達也と同じクラスか。よろしくな、潮田君」

 

 手を前へと差し出す沢木。

 それに応えるために、渚もその手を握りかえす。

 

 しかし、その手が離れることはなかった。

 

「それから、自分のことは沢木と苗字で呼んでくれ」

 

 みるみると握る力が強くなっていく。

 

「くれぐれも、名前で呼ばないでくれたまえよ」

 

 それは、警告だった。

 どうやら、『碧』という名前は女っぽいところがあるからか、好きではないようだ。

 

 ちなみに、渚も女っぽい名前だが、見た目が女っぽいためどうしようもない。

 

 手がミシミシと言いそうなほどの握力。

 確かに、握る力は強い。

 しかし、拘束から逃れる術は、一通り心得ている。

 

 渚は、手を細かく捻って、沢木の手からヌルッと抜け出した。

 

「……なるほど。確かにこれは期待できますね」

 

「……沢木の握力は百キロ近いというのに、その体格でよく解いたな」

 

 これに対し、沢木は天晴れ、といったような表情で、部長の方は驚愕の眼差しで渚を見た。

 

「それでは、これからよろしくお願いします!」

 

 そんな二人に渚は一礼してその場から離れ、新入生らしき生徒が集まっているところへと向かう。

 だが、彼らは一科生。

 当然渚をよく思うはずもなかった。

 

 それを知っていた渚も、近くにいるだけでその輪に加わろうとしない。

 

「ねぇ、君って昨日先輩を倒した人だよね?」

 

 だが、一人だけ例外がいた。

 いきなり声をかけられてビックリした渚は、バッ!と声のかけられた方へ顔を向けると、そこには自分より少し身長が高い一科生の男子生徒がいた。

 

「あ、僕は一年B組の十三束(とみつか) (はがね)。よろしくね、潮田(・・) 渚君(・・)

 

「僕は一年E組、潮……って知ってたんだ。渚でいいよ。よろしくね、十三束君」

 

「僕も鋼でいいよ」

 

 一科生で『十三』。

 百家であるとこは、容易に想像ついた。

 

「実は、昨日のあのデモンストレーションを見てね……渚とは一度お手合わせをしてみたいと思っているんだ」

 

 百家にして、一科生。

 そんな優等生の彼が、自分と戦いたいといっている。

 だが、さすがに渚はまだ魔法を取り入れた格闘技には慣れていないし、デモンストレーションの時は魔法なしだった。

 

 普通に考えて、勝てる可能性は極めて低い。

 

「……さすがに、鋼に勝てるとは思えないけどなぁ」

 

「でも、僕は渚に負けると思ってるよ。少なくとも一回目は必ず」

 

 渚のは、どちらかと言えば謙遜してのことだ。

 だが、見破られていたらしい。

 

 確かに、渚は相手が初見ならある技さえ決めてしまえば勝てる。

 だが、回数を重ねていくうちに辛くなっていくのもまた事実。

 

「いや、鋼には敵わないと思うよ」

 

 それにより、通算では(・・・・)勝てない、という意味でそう言った。

 だが、鋼はふふ、と笑って目に闘志を宿しながら言った。

 

「まぁ、口では二人とも何とでも言えるからね。今度実際にやればわかるよ」

 

 新しい出会いとともに、渚の部活動が始まった。




達也の眼については、摩利と生徒会メンバーしか知りません。

森崎の件は渚が止めてしまいましたからね。

自分がこの小説を書くに当たって気を付けていることですが、文章は勿論、一話につき一つ以上、必ず暗殺教室のネタを出すことです。


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調整の時間

今回は説明の例に迷っていましたし、もしかしたら分かりにくいかも……分かりやすくあってほしい。



 達也は行く先々で魔法の攻撃を受けながらもなんとか風紀委員としての仕事をこなし、達也以外の渚たちE組のいつもの四人も部活動に専念しているうちに一週間が過ぎて新入部員勧誘(争奪)週間も終了し、入学関連のイベントは一段落して本格的に魔法実習が始まった。

 

 本格的な魔法の専門教育は高校課程からだが、入学試験に魔法実技が含まれていることからも分かる通り、生徒たちは入学時点である程度の基礎的な魔法スキルを身に付けている。

 

 授業もそれを踏まえて行われているため、いくら基礎から体系的に教え直すといっても、実技が苦手な生徒は入学早々ついて行けなくなってしまうということも起こる。

 

 一科、二科の区分けは、この格差を考慮して双方に悪影響が出ないようにする合理的にして不平等なものだった。

 

 実習の授業は二人一組、両者が課題をクリアしたら授業内容は終了となるが、一方が終わらなければもう一方も終われない。

 そういうこともあり、互いに迷惑をかけないように、また自分が居残らないよう気持ちを持って皆が取り組んでいる。

 

 達也は美月と、レオはエリカ、渚は吉田 幹比古(みきひこ)という男子生徒と一緒に組んでやっている。

 

「893MS。すごいね、吉田君。一発クリアだよ!」

 

「ありがとう、潮田君。それと、僕は幹比古でいいよ。苗字で呼ばれるのはあまり好きじゃない」

 

 幹比古は神経質そうな顔で細身の体格ではあるが、決して痩せているわけではなく、どちらかといえば引き締まったという表現が似合う身体付きで、喋ってみると予想以上にフランクな性格をしている。

 

「わかった!僕も渚でいいよ。よろしくね、幹比古」

 

「よろしく、渚。さぁ、次は渚の番だ」

 

「あ、ごめん!今やるね」

 

 幹比古に言われて慌ててCADの前に立つ。

 今日の実技は、基礎単一系魔法の魔法式を制限時間内にコンパイルして発動する、という課題を二人一組でクリアするもの。

 

 起動式を読み込み、それを元にして、魔法師の無意識領域内に在る魔法演算領域で魔法式を構築して、発動する。

 

 これが、現代魔法のシステム。

 

 このスキームの中で、機械に記録可能なデータである起動式を機械には再現不能な魔法式に変換するプロセスを、情報工学の用語を流用して、『コンパイル』と呼んでいる……らしいのだが、家でその本を読んでいた渚には全くの理解不能だった。

 

 そこで、アドバイスブックに何故かついている索引の欄からコンパイルを探し、ページを開いた。

 

 そこにはこう書いてあった。

 

『コンパイルとは、機械に記録可能な――『コンパイル』と呼んでいる……と、長々書いてありますが、ようは写真みたいなものです。カメラで撮った画像はその端末に保存されますが、それを実物には出来ません。実物にするにはプリンターが必要です。そのプリンターで行う、『プリント』というものが、この『コンパイル』と呼ばれるものです。機械(カメラ)に、記録可能なデータである起動式(カメラで撮った画像)機械(カメラ)には再現不能な魔法式(実物の写真)に変換するプロセス、これが『コンパイル(プリント)』というわけです。そうなると、『コンパイル』の高速化は、写真を限りなく速く現像する、ということになりますね』

 

 現代魔法は、魔法発動に必要な工程をデータ化して起動式に変換し、これを元に魔法式を構築するというスキームで正確性・安定性・多様性を実現した。

 

 その代償として、『超能力』の利点であった速度を犠牲にした。

 だからこそ生まれたのが、CADである。

 CADも元々は起動式の元データを記録する為だけのストレージ機器だったが、すぐに魔法発動高速化に力点が置かれるようになったのだ。

 

 今日の授業で使っているCADは、個人別の調整が不要である代わりに高速化支援の機能は全く組み込まれていない。

 ある意味原点なCADを使って、コンパイル(プリント)高速化(限りなく速く現像)を練習するのが今日の実習の目的だ。

 

 そこで、渚は深呼吸して、CADに手をかざした。

 最低限のサイオンで動かす。

 しかし、それだけではタイムに間に合わないのは、知っている。

 

 この課題は、成功するまで居残りではあるが、失敗していい回数の指定(・・・・・・・・・・・)はない。

 なら、一回目は完全な調整に使い、二回目でクリアする。

 

 ただでさえ魔法実技が出来ないのだ。

 調整もしないでいきなり全力で使ってもクリアできないのは明白。

 それならば、調整し終わったその一回に賭けるまでだ。

 

 先週やった台車のように、ゆっくりと起動式を展開、読み込み、起算して魔法の発動をする。

 

「1170MS……なんか、今のはわざとそうやったように見えたけど、どうしてだい?」

 

 幹比古にタイムを教えてもらうと、案の定課題クリアラインの1000MSには全く届いていない。

 幹比古が聞いてきたのは、ただ単に純粋な疑問。

 

「僕、実技は苦手だからね……一回どんな感じなのか試したんだ。次は合格するから、もう少しだけ待ってて!」

 

「え、あ、うん。わかった」

 

 もう一度、深呼吸。

 頭によぎるのは、先週開いたページの続きの部分。

 

『さて、それでは次の段階へと移りましょう。魔法の威力や速度を強く、速くする方法です。先程使った携帯の例えを使いましょう。アプリを起動できても、中々ゲームを始めることができない、という体験を渚くんもしたことがあると思います。電波が悪かったり、携帯の性能がそこまで良くなくて処理速度が遅かったり、いろいろあります。これを魔法に置き換えると、魔法を発動(アプリを起動)しても、術者やCAD(電波や携帯の性能)が良くなければ魔法は弱く、発動は遅く(アプリを始められない)なります。それなら、その原因をよくすればいいのですよ。例えば、CADを変えたり、サイオンの使う量を増やしてみたりです。今や少しのサイオンなら完璧にコントロールしている渚くんなら、少し量を増やしても問題有りません。携帯の例えで言うと、ネット環境をよくするのです。サイオンを使いやすくするために、一回は使っておくことをオススメしますよ』

 

 渚がサイオンをコントロールしてやっていたのは、これが理由だ。

 さっき一回使って、サイオンをしっかりとコントロールできているかの確認をし、サイオンの扱いの最終確認をする。

 

 そして、再び深呼吸をする渚。

 肺の息を全て吐き出して、CADに集中する。

 

――たくさんのサイオンを使うとはいえ、その中でも最低限しか使わないことには変わりがない。

 

 精神を統一させ、ここ最近では一番の量のサイオンを使って、魔法を発動する。

 

「……925MSだ」

 

「……なんとかギリギリってところだね」

 

 なんとかクリアできたことに安堵する渚。

 遅い方ではあるが、渚にとっては出来た方だ。

 

「渚くんって、不思議な人だよね」

 

「え、僕?」

 

 幹比古が、いきなりそんなことを言い出した。

 

「初対面の僕でも渚くんには警戒することなく喋ることができた。それに、さっきの二回目に挑んでいたときの渚くんの回りに、精霊(・・)が大量にまとわりついていたんだ」

 

「……そうなんだ。というか、幹比古は精霊が見えるんだ」

 

「僕は古式魔法の家系だか――」

 

 そこで、渚と幹比古はある場所を見た。

 

 視線の集まる場所には、達也と美月がおり、何やら美月がエキサイトしているようだった。

 

「本当に、渚の周りは面白そうな人ばかりだよ。渚も含めてね」

 

「それなら、幹比古もだね!……ちょっと、様子見てくる!また今度ゆっくりと話そう!」

 

「う、うん。またね」

 

 軽く言葉を交わしてから視線が集まっている達也のところへと向かう渚。

 

「渚か……――。」

 

 幹比古の呟きは、レオとエリカのバカみたいな騒ぎによってかきけされてしまっていた。




幹比古君、早めの登場。


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幹比古の時間

過去に
更新ラッシュ!
とかいって更新止まっちゃった自分がいるので、一日一話は頑張ります。
24時過ぎても出なかった場合は活動報告をご確認下さい。


 幹比古は、古式魔法の名門、『精霊魔法』に分類される系統外魔法を扱う吉田家の直系で、一年前までは神童と呼ばれるほどの実力があった者だ。

 吉田家の中核的術法である喚起魔法にいたっては、次期当主である兄を既に凌いでいると評価されていた。

 

 それが、一年前に起きたある事件により、力を失ってしまったのだ。

 

 それから彼は、『力』を求めた。

 失ってしまった『力』に変わる力を。

 

 この一年間、彼はかつてないほどに勉学に打ち込んだ。

 それまではあまり熱心とは言えなかった武術にも、真剣に取り組んだ。

 

 それでも、喪失感は埋まらない。

 その時、彼は二人の男に興味を持った。

 

 それは、司波 達也と潮田 渚という生徒。

 

 司波 達也。

 入学したばかりの二科生でありながら、一科の上級生を次々とねじ伏せて見せた力を持っている。

 

 潮田 渚。

 小柄な体格、中性的な顔をしているために『力』を求める幹比古にはあまり興味がなかったが、勧誘週間初日に渚がデモンストレーションで闘っているのを見かけた時、彼は度肝を抜かれた。

 

 デモンストレーションに出るということは、新入生獲得のためもあって、部活内でも腕の立つ部員だということがわかる。

 その選ばれた部員に近づいていく様は、間違いなくただの一般人。

 敵意も、当然殺意すらもなく、ただただ笑顔だった。

 

 だが、幹比古は次の瞬間には彼の評価を見誤っていたことを理解せざるを得なかった。

 あっという間に部員を倒した渚の後ろには、『死神』が見えたのだ。

 

 そこから彼は、渚にも興味を持った。

 

 そして、今日の授業。

 コミュニケーションがあまり得意ではない幹比古が余ってしまいそうになったときに近づいてきたのが、渚だった。

 

『僕も余っちゃったんだー。僕と一緒に組んでくれない?』

 

 ラッキーだと思った。

 この実習で、渚の強さの秘訣が分かるかもしれないと。

 

 実際に、渚は魔法が苦手だった。

 自分と比較しても、それは顕著に現れている。

 

 一回目のタイムは、E組でも本当に下の方だろう。

 だが、彼は一回目は『調整』に使ったと、最初はクリアするつもりなんてなかったと言ったのだ。

 

 そこが、まず幹比古には信じられない。

 自分にはそんな呑気なことをやっている暇はない、一刻も早く『力』を取り戻したいのに。

 

 そして、二回目。

 行っても、1050MSあたりだろうと幹比古は思っていた。

 いきなり120MSも早くするなんて、無理なのだ。

 

 だが、ここでも誤算が起きる。

 

 渚は、その倍以上も縮めて見せたのだ。

 それもまた、幹比古には信じられない。

 それと同時に、希望にも見えた。

 

 ゆっくりでもいいから、確実に力をつけていく。

 元は強者だった自分には、全くの無関係で、今の自分には大いに関係のあることだった。

 

 『調整』というのが何なのか、何をしたのか、彼には分からなかった。

 しかし、二回目の渚には精霊が大量にまとわりついていたのだ。

 

 精霊は、術者の思念が強く反映される。

 つまり、渚の思念がそれほどに強かったということだ。

 

 課題をクリアした渚は達也たちの元へと行ってしまったが、幹比古の心の中にあった喪失感は、少しずつ満たされていった。

 

 急がなくてもいい。

 急げば急ぐほど、周りが見えなくなる。

 

 力を取り戻したいのと、早く(・・)力を取り戻したいのとでは、精神的にも肉体的にもかなりゆとりが違うのだから。

 

――もう一回基礎からやってみるか。

 

 エリカたちが騒ぎ立てるなか、幹比古は誠心誠意の気持ちを込めていった。

 

「渚……ありがとう」

 

◆◆◆

 

「1060MS……ほら、頑張れ。もう一息だ」

 

「と、遠い……0,1秒がこんなに遠いなんて知らなかったぜ」

 

「バカね、時間は『遠い』とは言わないの。それを言うなら『長い』でしょ」

 

「エリカちゃん……1052MSよ」

 

「ああぁぁ!言わないで!せっかくバカで気分転換してたのに!」

 

 結局、いつもの愉快な仲間たちは全員が居残ることになった。

 

 エリカとレオがクリア出来ていないからだ。

 

「レオもエリカも、焦りすぎだよ。もっと力抜いてサイオンをコントロールしないと」

 

「そうだな。それと、レオは照準の設定に時間が掛かりすぎてるんだよ。こういうのは、ピンポイントに座標を絞る必要はないんだ」

 

「そうだけどよぉ……」

 

 そして、二人して達也に泣きついてきた。

 そのために、現在は美月と渚の手伝いのもと、達也の指導教室が始まっている。

 

「そんなこと言われてもよぉ……」

 

 しかし、状況はかなり深刻なようだ。

 

「そうだな……エリカは起動式を読み込むときにパネルの上で右手と左手を重ねてみてくれ」

 

「……それだけでいいの?」

 

「俺も確信があるわけじゃない。だから理由は、上手くいったら説明するよ」

 

「う、うん……やってみる」

 

 疑問は一時おいて、達也に言われたように両手を重ねて起動式を読み込むエリカ。

 それを確認した達也は、レオの指導に入る。

 

「1010MS。エリカちゃん、一気に40も縮めたわよ!本当に、もう一息!」

 

「よ、よーし!なんだか、やれる気になってきた!」

 

「1016。迷うな、レオ。的の位置は分かっているんだ。いちいち目で確認する必要はない」

 

「わ、分かったぜ。よし、次こそは」

 

 まだまだ終わりが見えてきたレオとエリカ。

 そこで、ふと視線を横にずらした渚は、幹比古が教室に戻ろうとしているのを確認する。

 せっかく仲良くなったため、少しでも話が出来れば、という思いがある渚は、達也含む四人と、ちょうど今レオたちに昼食を持ってきた深雪、ほのか、雫に一言断りを入れてから幹比古のもとへと向かった。

 

 何やら気合いを入れているような感じの幹比古。

 普通に近づいて、背中側から肩を叩きながら声をかける。

 

「幹比古……?」

 

 だが、声をかけた瞬間、幹比古は冷や汗をかきながら、警戒心剥き出しでこちらを振り向いた。

 しかし、それも目があった瞬間になくなった。

 

「なんだ渚か……ごめん、いきなり声をかけられてビックリしただけだよ」

 

「そっか。せっかくだし、お昼一緒に食べようかなって思ってさ」

 

「わかった。なら教室にいこう」

 

 後ろでレオとエリカの歓声があがるなか、渚は幹比古とともに教室へと向かった。

 

◆◆◆

 

 再び、認識を誤っていた。

 彼が一番最初に、声をかけてきてくれたとき、警戒することもなく自分と話せたために、コミュニケーション能力が余程高いんだろうな、と思っていた。

 

 だが、違う。

 大きな間違いだ。

 

 彼に肩を叩かれて名前を呼ばれた瞬間、全身に悪寒が走った。

 

 それは、恐怖。

 誰なのか正体を確かめた幹比古は、戦慄した。

 

 そこにいたのは、渚だ。

 

 つまり、彼と警戒もせずに喋れてたのは、こういうことだったのだろう。

 警戒しなくても良かったのではなく、警戒が出来なかったと。

 

 渚は、確かに二科生だ。

 しかし、その本質は、例えば、戦闘の部類でいけば達也を上回るほどの力を持っているのかもしれない。

 

 幹比古にとって、渚は、自分の道を教えてくれた人物という認識とともに、最も警戒するべき人物となったのだ。




イラスト作ろうかなっと思うときはありますが、自分の画伯的センスを思い出してやめちゃいます。
(誰か書いてくれないかなーっという切なる願い)

幹比古君は早めに焦りを無くさせました。
理由はお楽しみに。

次回は馬鹿でかい放送が流れますね。
あ、予告ですよ?


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テロリストの時間

SAO一期二期三周目終了しました。
……前書きに書いたからといって期待しないでくださいね?←

今週中に九校戦編入ります。
未だに赤評価+更新する度に日間一桁ランクインなのが信じられません。


 その出来事は、いきなり起きた。

 

『全校生徒の皆さん!』

 

「何だ何だ一体こりゃあ!」

 

「チョッと落ち着きなさいただでさえアンタは暑苦しいんだから」

 

「……落ち着いた方がいいのは、エリカちゃんも同じだと思う」

 

 レオやエリカを含め、少なくない生徒が放課後にいきなりスピーカーから流れた大音量の放送に慌てふためいた。

 

『――失礼しました。全校生徒の皆さん!』

 

 スピーカーからもう一度、今度は決まり悪げに、同じセリフが流れる。

 

『僕たちは、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です』

 

「有志ね……」

 

「ん?達也どうかした?」

 

 スピーカーから流れる男子生徒の言葉にため息混じり呟いた達也に、渚が反応した。

 

「いや、こっちの話だ」

 

 しかし、達也にはぐらかされてしまい、渚にはそれ以上追求することはかなわなかった。

 

『僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』

 

「ねぇ、行かなくていいの?」

 

 達也の非好意的な呟きや応答が聞こえたわけでもないのだろうが、座ったままスピーカーに目を向けている達也に、エリカが何か期待したような声で訊ねる。

 

「そうだな。放送室を不正利用しているのは間違いない。委員会からお呼び出しが……来たな。それじゃあ行ってくる」

 

「達也、頑張ってね」

 

「あ、はい、お気をつけて」

 

 委員会の方から呼び出された達也は放送室へ向かい、それを見送る渚と美月。

 渚はどうかわからないが、美月は声が揺れていたために、不安なのだろうとすぐわかる。

 

 ふと気になって、達也は教室の様子を見回した。

 座ったままのクラスメイトや立っているクラスメイトの両方ともいたが、教室から出ようとするクラスメイトはいない。

 

 大半のクラスメイトは、このまま帰っていいのか決めかねていた。

 

 だが今そのことは関係ない、と達也は教室を出て頭を切り替え、問題の放送室へと向かった。

 

◆◆◆

 

 翌日、昨日の事件の結論として明日講堂で公開討論会を行うことになったことが発表され、それにより有志同盟の活動が一気に活性化した。

 

 始業前、休み時間、放課後などに賛同者を募る同盟メンバーの姿がいたるところで見られるようになった。

 

「いやぁ、頑張ってるな。有志同盟のやつら」

 

「それは明日までに賛同者を出来るだけ多く確保しようとするのは当然のことだからね」

 

 有志同盟が賛同者を募る隣を軽く通りすぎて話すレオと渚。

 

「明日の討論会、レオはどうする?」

 

「その時間、実習棟が空いてるから俺は実技の練習をしようかなって思ってるんだ。渚もどうだ?」

 

「そうだね。僕も実技の練習しようかな」

 

 折角のお誘いだし、実技の練習をあまり出来ていない渚には、有り難いお誘いでもあった。

 次の実習までには、『調整』無しでも1000MSを切るレベルまでには上げておきたいのだ。

 

「よし!なら決まりだな!明日の討論会の時に実技棟へ来てくれ!」

 

「うん、わかった!」

 

 そうして、渚たちは有志同盟の誘いを掻い潜りつつ、その日の課題をこなして帰路についた。

 

◆◆◆

 

「んー……こんな感じか?」

 

「うん。もっとゆっくりでもいいと思うよ。まずは操作を慣らすところから」

 

 討論会当日、講堂で討論が行われるなか、渚とレオは二人きりで実技棟にて練習していた。

 レオは渚も先日早く課題を終わらせていたことを思い出して、何かコツとかないか、と聞いてきたため、渚は自分がやった通りのことをレオに教えていた。

 

 そこで、部屋の扉が開いた。

 

「あ、渚くんにアンタもいたんだ」

 

「あ、エリカ。エリカも実技の練習?」

 

「まぁね」

 

 レオは集中しており、渚とエリカの会話に参加することはしなかったが、若干意識はそちらに向けていた。

 

「へぇ、かなり丁寧にやってるのね」

 

「基礎は大事だからね」

 

「まぁ、うちの道場でも基礎が出来てないやつは……って、どうしたの?」

 

 エリカが渚の言ったことに同意してそれを実体験を交えて語ろうとした瞬間、渚が窓の外のある一部分を見ているのに気づいて問いかける。

 

 そして、渚の表情が一気に険しくなった。

 

「……レオ、エリカ!ここから動いちゃダメだよ!僕は事務室に行ってくるから!」

 

「え、ちょっと?渚くん!?」

 

「え、なんだ?どうしたんだ渚」

 

 言いたいことを残して走って事務室へと向かう渚に戸惑う二人。

 

 そこで渚が見ていた部分を見ようとするエリカ、瞬間、爆発音とともに実技棟が揺れた。

 

◆◆◆

 

 渚は、CADを取りに向かうために全力で校内を走る。

 彼が見たのは、怪しい服装の生徒ではない人影が学校に何か細工をしている部分。

 

 彼の勘が告げたのだ。

 

――これから一高は荒れる、と。

 

 そして、その時の勘というものは、よく当たるものだ。

 事務室の手前まできた瞬間に、爆発音とともに周辺が揺れて武装した生徒ではない二人の人影と渚は対面した。

 

 テロリストだった。

 

 だが、そこからの、渚の行動はとても早かった。

 向き合ったのは本当に一瞬、武器を確認した瞬間に彼の脳は一気に冷え込み、脊髄反射の反応をみせた。

 

 いきなり渚と対面し、突進してくる渚に若干対応が遅れるテロリスト二人。

 銃を構えて撃ってたのでは間に合わないと判断した彼らはナイフを取り出して応戦する。

 

 ナイフが届く距離まできた瞬間に渚目掛けてナイフを突き刺すテロリストは、だが、その瞬間に渚を見失う。

 

「――ガッ!?」

 

 バタリ、と一人が倒れた。

 ナイフを突き刺した瞬間に渚はそれを最低限の横移動で交わし、背中に背負っていたリュックでテロリストの頭を強打したのだ。

 

「このや……ガフッ!」

 

 そして、もう一人がナイフを渚へと向けるも、渚の後方から飛来した魔法によって残りの一人も倒された。

 

「君!怪我はないか!」

 

「大丈夫です。ありがとうございました」

 

 魔法を撃ったのは、一高の教師だった。

 

 魔法科高校には、魔法実技を指導する為、魔法師が教師として常駐している。

 最高レベルの魔法科高校と目されている一高校ともなれば、教師陣は魔法師としても一流ばかりだ。

 

 当然、今目の前にいる教師も一流の魔法師で、渚を気遣っている今の時間でも、遠くから迫っているテロリストを魔法により撃退していた。

 

「ここは私が受け持つ。君はCADを持って避難しなさい!」

 

 教師の指示通り、事務室から自分のと、エリカ、レオのCADを持って、教師の指示を無視して実技棟へと走った。

 

◆◆◆

 

「何の騒ぎだ、こりゃあ?」

 

「アンタ呑気ね。私たちを囲んでいるこの人たちを見たらわかるでしょ」

 

 実技棟にも、既にテロリストが入り込んでいた。

 爆発によってついた火は教師二人がかりで鎮火したが、レオとエリカは教師陣の目を盗んで侵入した三人のテロリストに囲まれていた。

 

 そこに、達也と深雪が到着。

 深雪がCADに指を踊らせて魔法を使用……しようとしたところで、レオを囲んでいるテロリストがいきなり倒れ込む。

 

 達也にもいきなりのことで、何が起きたのかわからなかった。

 分かったのは、微量の振動が恐ろしく正確に、テロリストの頭に撃ち込まれたことにより彼らは脳震盪(のうしんとう)を起こして倒れたということだけ。

 

「間に合った……レオ、エリカ。CAD持ってきたよ」

 

「お……おう」

 

「へぇ……やっぱりやるわね、渚くん」

 

 テロリストを一瞬で片付けたのは、渚だった。

 そして、その手には緑色のナイフが握られている。

 

「それより、学校にテロリストが侵入した。事務室の方は先生達が制圧すると思うし、他の部分も似た感じだとは思うけど、彼らが本当に狙ってる場所はこれくらいじゃ済まないと思うよ」

 

「……実験棟と図書館か!」

 

 渚のさっきの動きや緑色のナイフがなんなのか若干気になるところではあるが、それはまた後日。

 達也は渚の言葉から狙われているであろう場所を二つに絞った。

 

「彼らの狙いは図書館よ」

 

 そして、決断は思わぬところから下された。

 

「小野先生?」

 

 小柄だがグラマーな体型をしている、一高のカウンセラー、小野遥がそこに立っていたのだ。

 彼女の情報によれば、主力は図書館に向かっているとのこと。

 

「後ほど、ご説明をいただいてもよろしいでしょうか」

 

「却下します、と言いたいところだけど、そうも行かないでしょうね」

 

「では、後日。行くぞ深雪。渚は他のところの鎮圧に向かってくれ」

 

「はい」

 

「わかった。気を付けてね」

 

 達也は図書館へ深雪とともへ走りだし、それにエリカとレオが続く。

 一方で指示を貰った渚は拒否して時間を取られるのは惜しいとわかっているために、まだ鎮圧しきれていないところの援軍へ向かった。

 

 それを確認した達也は、ある一つの場所へ無線をかける。

 

『委員長、一人援軍をそちらへ向かわせました。後学のためにも動きをしっかりと観察しておいてください(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)




というか、明日で入学編終わりますね。

なろうとハーメルンで少しずつ短編出しながら、来年辺りで長編をオリジナルで書こうと思ってます。

実は長編は約40万字、40話分書き貯めてあります。
異能力系で未だ例の無い能力持ち多数ですので、是非お楽しみに。


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感情の時間

入学編ラスト。
私のいままでの小説に何が足りないのかこれを書く前に考えていました。
結果、出来る限りわかりやすい描写にしよう、となったわけです。


 事は、想像を遥に越えるほどに大きいものとなっていた。

 講堂は風紀委員の素早い対応によって事なきを得たが、校門前は乱戦模様、死者は幸いにも出ていないものの、怪我人は何人も出ている状態だった。

 

 しかし、摩利は自分の立場上、真由美の護衛をしなければいけないため、講堂からは動けない。

 講堂の入り口には副会長の服部が立ち塞がり、講堂に近付くテロリストを撃退している。

 

 何もできないことで苛立ちが募るなか、摩利に一つの無線が入った。

 

『委員長。そちらに一人援軍を送るので、後学のためにもしっかりと見ておいてください』

 

 それは、達也からだった。

 一人の援軍、そして、それをしっかり見ておくように。

 

 この無線は、摩利には理解できないものであり、見に行こうにも真由美から離れることはできない。

 これは、風紀委員全員が知っていることで、達也も例外ではない。

 

 それを忘れる達也ではないため、自分が動かずにその様子を観察できる者を探そうとするも、その必要はなかった。

 摩利の知る限りでは、一人しかいない。

 

 つまり、達也はこう言ったのだ。

 

『委員長。そちらに一人援軍を送るので、後学のためにも会長を通じて(・・・・・・)見ておいてください』

 

 この場合の見ておいてくださいは、真由美にとってはそのまま『視る』ことであり、摩利にとっては真由美から『聞く』ことである。

 

 何故真由美がそんなことできるのか。

 

 真由美は、遠隔精密魔法の分野で十年に一人の英才と言われているが、その実力には彼女の一つの魔法が関係していた。

 

 マルチスコープ。

 知覚系魔法で、非物質体や情報体を見るものではなく、実体物を様々な方向で知覚する視覚的な多元レーダーの様なもの。

 かなりレアな先天性スキルで周囲の状況把握にも使えるものだ。

 

 現在も真由美はそれを使って一高の様子を確認している。

 

「真由美、実技棟から一人援軍が校門前に向かっているらしいが、それらしき生徒は見つけたか?」

 

「ええ。実技棟から校門前に一人きたわ」

 

「達也くんが、その生徒をしっかりと見ておいてほしい、とのことだ」

 

 達也に言われていなくても、真由美はそれを見ているつもりだった。

 

 あの中学校出身の彼、渚の実力は資料と噂でしか聞いたことがなく、真由美自身も渚には興味があった。

 しかし、渚が戦いに参戦した瞬間、真由美は目を見開いて固まる。

 

「真由美?いったいどうしたんだ?」

 

 摩利の言葉も聞こえていないのか、はたまた驚きすぎて返答する余裕がないのか定かではないが、真由美はただただ固まっているだけ。

 

「なにこれ……渚くんがテロリストの横を通りすぎただけで(・・・・・・・・)、次々と倒れていく……」

 

「……何だって?というか、誰だその生徒は。一科生か?」

 

「いいえ、二科生よ」

 

 真由美が『視た』のは、テロリストに加速魔法無しで、自己加速術式を使っているのではないかと思うほどのスピードで肉薄し、その横を渚が通りすぎたらテロリストが倒れていくというもの。

 

 手にある緑色のナイフはCADなのか。

 振ったとき、その動作があまりにも早すぎて行方は残像でしか見えていないが、テロリストの身体に何処も切り傷がないこと、振る瞬間に微量な想子(サイオン)光が見えることから、やはりCADなのだろう、と結論付ける真由美。

 

 一人につき、一振り。

 相手に反撃を許さず、その姿を悟らせず、一方的に蹂躙していくその行為は、まさしく『暗殺(・・)

 

 その場で戦っていた生徒たちは、いきなり倒れていくテロリストたちに一瞬硬直するも、さすがは魔法科高校の生徒というべきか、倒れてくテロリストを次々と拘束していく。

 

 摩利は誰なのか分からないが、「そんな二科生がいるなら是非風紀委員に……」と呟いている。

 一番の乱戦だった校門前は、渚の参戦により一気に鎮圧へと向かっていき、達也が向かった図書館の鎮圧も無事終了したらしく、達也が一人の少女を抱えているのを確認した真由美は、服部に事態の収拾を任せ、摩利とともにこれから達也が運ぶ先であろう保健室へと向かった。

 

◆◆◆

 

 校門前の鎮圧に大きく貢献した渚は、達也たちのいる図書館へと向かった。

 だが、その必要はなく、向かう途中で女子生徒を抱えている達也と深雪、レオ、エリカと合流、抱えられている少女、二年生剣道部の 壬生(みぶ) 紗耶香(さやか)を保健室へ連れていくということで、渚も一緒に向かった。

 

 保健室でベッドに寝かせて少し経ってから目を覚ました紗耶香に事情聴取をするために、真由美、摩利、克人の生徒首脳陣が揃って保健室へと集まった。

 保険室の先生が止めようとするも、紗耶香本人の意志で全て話したい、ということもあり、そのまま事情聴取が始まった。

 

 まず、今回の首謀者は、剣道部主将の(つかさ) (きのえ)という三年生。

 この三年生は既に風紀委員によって捕らえられたという。

 

 そして、紗耶香から語られたのは、今日に至るまでの経緯。

 これは、真由美たち生徒首脳陣に驚きとともに迎えられた。

 

 紗耶香は、去年入学してすぐに司に声をかけられたこと。

 剣道部にはその時既に司の同調者が数人いたこと。

 剣道部だけでなく、生徒の自主的な魔法訓練サークルを装って思想教育が行われていたこと。

 

 彼らは、想像以上に一高に足場を築き上げていたのだ。

 

 そして、その後に続いて語られたのは、入学当時に摩利の技に見惚れた自分が、摩利に手合わせを願い出たとき、『お前では相手にならない』とすげなくあしらわれたということ。

 その時の悔しさを糧に、今日まで頑張ってきたことだった。

 

 だが、これには摩利から待ったがかかる。

 

「チョッと……チョッと待ってくれ、壬生。あたしはあの時、確かこう言ったはずだ。『すまないが、あたしの腕では到底、お前の相手は務まらないから、お前に無駄な時間を過ごさせてしまうことになる。それより、お前の腕に見合う相手と稽古してくれ』とな。違うか?」

 

「え、あの……そういえば……」

 

 紗耶香は中学時代、剣道の全国大会で二位を勝ち取ったほどの実力者だ。

 剣の腕なら、摩利を入学当時から越してたということなのだ。

 

 そこで、感情の揺れ動きが分かる渚には、分かってしまった。

 自分が思い込んでいた過去と、本当にあった過去が、全く違うものだったこと。

 それによる混乱、後悔、悲しみで激しく揺れていることが。

 

 この反応に近いものを、渚は一度だけ見たことがある。

 そして、こうなった時に相手を落ち着かせる方法も、その時に使った一つしか知らない。

 

「達也くん、お願いがあるんだけど、こっちにきてくれないかな」

 

「なんでしょう」

 

「もう一歩」

 

「はぁ」

 

「それじゃあ、お願い。そのまま動かないでね」

 

 達也に近寄るように言った紗耶香は、近くにきてくれた達也の服を握りしめて、胸に顔を埋めた。

 

 その方法は、人のぬくもりを感じることだった。

 

◆◆◆

 

 ようやく落ち着きを取り戻した紗耶香の口から、同盟の背後組織が反魔法国際政治団体である『ブランシュ』であることが語られた。

 

「予想通りですね、お兄様」

 

「本命すぎて面白味がないけどな」

 

「現実はそんなもんですよ、委員長」

 

 しかし、達也と深雪、生徒首脳陣は既に知っているようだ。

 

「さて、問題は、奴等が今、何処にいるのか、ということですか」

 

「……達也くん、まさか、彼らと一戦交えるつもりなの?」

 

「その表現は妥当ではありませんね。一戦交えるのではなく、叩き潰すんですよ」

 

 達也の言葉に対しておそるおそる訊ねた真由美に、達也はあっさりと、過激度を上乗せして頷いた。

 

「危険だ!学生の分を越えている!」

 

 真っ先に反対したのは、摩利。

 学内限定とはいえ、常にトラブル処理の最前線に立っている彼女が、危険性に対して敏感なのはある意味当然でだ。

 

「私も反対よ。学外の事は警察に任せるべきだわ」

 

 真由美も厳しい表情で首を横に振るも、達也は止まらない。

 

「そして、壬生先輩を、強盗未遂で家裁送りにするんですか?」

 

 達也の一言により、真由美は顔を強張らせて絶句する。

 克人も納得したような顔で達也の前に立った。

 

「なるほど、警察の介入は好ましくない。だからといって、このまま放置することもできない。同じような事件を起こさない為にはな。だがな、司波。相手はテロリストだ。下手をすれば命に関わる。俺も七草も渡辺も、当校の生徒に命を懸けろとは言えん」

 

「当然だと思います。最初から、委員会や部活連の力を借りるつもりは、ありません」

 

「……一人で行くつもりか」

 

「本来ならば、そうしたいところなのですが」

 

「お供します」

 

 すかさず飛び込んできたのは、深雪だった。

 

「あたしも行くわ」

 

「俺もだ」

 

「力になれるか分からないけど、僕も行くよ」

 

 そして、エリカ、レオ、渚と次々と表明される参戦の意思。

 達也はそれを苦笑しながら見て、克人と再び向き合う。

 

「自分の生活空間がテロに標的になったんです。俺はもう、当事者です。俺は、俺と深雪の日常(・・)を損なおうとするものを、全て駆除します。これは俺にとって、最優先事項です」

 

 深雪ほど彼を理解していないレオにも、エリカにも、真由美にも、摩利にも、達也が本音で語っていることが、何となく解った。

 氷刃の如き眼差しで、理解させられた。

 

 だが、渚はそれとは別にある違和感を抱いていた。

 普段は全く感情の凹凸がない達也が、深雪のことになると何故かここまで感情を露にすることに。

 入学式の翌日に一科生に絡まれたときも、感情にこれといった反応は無く、テロリスト侵入にも全く動じていなかった達也が、深雪のときに限っては、だ。

 

『俺と深雪の日常』

 この部分が、特に引っ掛かっている。

 達也と深雪の日常を損なおうとするものを排除するのが、最優先事項。

 達也は自分自身のことで、感情を露にしたりしないが、今みたいに深雪が関わると一気に冷酷になったり、怒りを露にしたりする。

 

「……さ。渚」

 

「え?あ、どうしたの?」

 

 深く考えているうちに話は決まったらしく、隣でレオがこちらを呼び掛けているところだった。

 

「いや、それはこっちのセリフなんだがな……ほら、十文字家の車が着いたらしいから、行くぞ」

 

「うん、わかった」

 

 今は別のことが待っているため、あまり他人の詮索はしないでおこう、と心の中で決めて克人が手配した車にレオとともに乗り込んだ。

 

◆◆◆

 

 その後、ブランシュの拠点はすぐ近くのバイオ燃料の廃工場で、閉鎖された門扉をレオの硬化魔法がかけられた車が突き破り、工場内へ正面突破、達也と深雪が正面から、克人と同行してきた剣術部二年の桐原が裏口から侵入、レオとエリカ、渚で退路を絶つという作戦で掃討作戦は始まった。

 

 しかし、達也と深雪、桐原、克人によってあっという間に工場内のブランシュメンバーを殲滅、リーダーで剣道部主将の司 甲の兄、司 (はじめ)は十文字家が引き受け、同盟を組んでいた生徒は司 一に洗脳されていたことが後で分かり無罪、この一件は解決へと向かった。




渚くんも少しずつ達也のことが分かっていきますね。
渚を正面突破組に入れなかったのは、達也の考えです。

これにて入学編は終了、九校戦編へと移ります。

皆さんが一番楽しみにしているであろう部分があるところなので、上手く書ききって見せます。

これからも応援よろしくお願いします。


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九校戦編
飛行魔法の時間


飛行魔法の説明に一日、休養として二日いただきました。
勝手に二日間追加で待たせてしまい、申し訳ありません。

皆さんの魔法理論、しっかりと読まさせていただきました。
魔法理論を考えることは、物事を論理的に考える力に直結することだと思うので、他の皆様も是非考えてみてください。


 全国魔法科高校親善魔法競技大会

 

 魔法師育成のため、魔法科高校九校を学校単位で競争させ、生徒の向上心を煽る舞台の一つ。

 通称、九校戦。

 

 スポーツ系魔法競技の中でも、魔法力の比重が高い種目で競われる。

 ただし、剣術やマーシャル・マジック・アーツのような格闘技系競技、軽身体操やハイポスト・バスケットのような球技は別途大会が開催される。

 

 八十五年度に、現在の形式で夏の定例行事となった。九十四年度までの優勝校は、一高が五回、三高が二回、二高が一回、九高が一回となっている。

 

 九十四年度までは、モノリス・コードとミラージ・バット以外の四種目の新人戦では男女一緒に試合が行われていたが、九十五年度から新人戦も男女別々になった。

 

 採用競技は、大会一ヶ月前までに各校に通知する決まりとなっており、ここ十年間競技の変更はない。

 一高では部活連ではなく生徒会が主体となって行っている。

 

 そして、この九校戦に選ばれるためには、中間テストで優秀な成績を納める必要がある。

 

 テスト。

 これは渚にとって、かけがえのない大切なものだ。

 時に範囲を変えられ、時に賭け事をして、時にテスト勉強をさせてもらえずに受けて、時にE組全員五十位以内に入って、テストを個人戦ではなく団体戦なんだと認識し、E組の絆を表す大切な行事の一つ。

 

 そんな思い出の深いテストもあっという間に終わり、順位発表が先程行われた。

 

 理論・実技を合算した総合点による上位者は、順当な結果となった。

 

 一位 司波 深雪

 

 二位 光井 ほのか

 

 三位 北山 雫

 

 ここまでA組の名前が続き、四位に十三束の名前が出てくる。

 実技も総合順位に似たような結果となった。

 

 だが、これが理論のみとなると、大番狂わせの結果になっている。

 

 一位 司波 達也

 

 二位 司波 深雪

 

 三位 潮田 渚

 

 そこから四位に幹比古、五位にほのか、十位に雫と上位陣に見慣れた名前がずらっと並ぶ。

 問題は、実技ができなければ理論も理解出来ないはずなのに、実技ができない二科生が上位陣に複数人いることで、さらに達也は二位の深雪と平均点(・・・)を十点以上引き離している状態だ。

 

 ちなみに渚は、理論は幹比古よりギリギリ点数が上だったが、実技は下も良いところだった。

 

 その渚が今いるのが、生徒会室。

 目の前にいるのは、摩利と真由美。

 周りでは、生徒会メンバーが忙しそうにキーボードを打っている。

 

「それで……僕に何の用でしょうか?」

 

 昼休み終了間際に生徒会室から戻ってきた達也に「放課後生徒会室に来い」とだけ言われた渚は、何が何だか分からないまま生徒会室へと来たのだ。

 達也は教師に呼び出しを喰らっているために、ここにはいない。

 

「単刀直入に言おう。潮田 渚くん。君に風紀委員に入ってほしい」

 

「だから、ダメって言ってるでしょ、摩利!」

 

「なんでだ?彼ほどの実力なら十分風紀委員の仕事は勤まるし、達也くんと同じく校内の雰囲気を変える足掛かりにもなる。それは真由美も望むところだろ?」

 

「そうだけど、潮田くんにも事情というものがあるのだし、風紀委員の枠は一杯じゃない!」

 

 そして、何故か泥沼の展開となっている。

 

「あの……何故いきなり?」

 

「いや、この前のブランシュの件で、潮田くんの活躍を真由美から聞いていたんだよ。校門前のテロリストをほぼ一人で全滅させるほどの腕前の持ち主を、風紀委員長としてもほっては……みんなどうしたんだ?」

 

 ブランシュの件での渚の活躍を語った瞬間に、いきなり生徒会室から音が消えたため、摩利は何が起こったのかわからない、とでも言うように呟いた。

 全員が自分のやっている仕事を放棄して、渚の方へと顔を向けていたのだ。

 

「……渡辺先輩。今なんと?」

 

 信じられない、という表情で摩利に問う副会長の服部。

 真由美は困惑顔で、他の生徒会メンバーは服部と同じような顔をしている。

 

「いや、だから、校門前の敵をほぼ一人で全滅させたんだよ、彼」

 

「……本当ですか、会長?」

 

「……はぁ。ええ、本当よ」

 

 真由美の肯定により、渚に視線が集まったまま、その場が静寂に支配される。

 

――すごく気まずい。

 

 静かなのに、視線だけが集まっているという地獄を絶賛体験中の渚。

 しかも、この場にいる渚を除いた六人のうち、初対面なのが三人、面と向かって話したことがあるのは二人しかいないのだ。

 

「あの!部活があるので僕はこれで失礼します!」

 

「お、おう。そうか」

 

 とうとう我慢できなくなった渚は勢いよく立ち上がり、できるだけ早く、しかし、相手に不快な思いをさせない程度の早さで出口へと向かう。

 

 渚がいきなり立ち上がったことにより、先程までデスクワークをしていた渚よりもさらに小柄な少女――上級生なのだが――がビクッと肩を震わせたが、後は若干驚いたような様子を見せたぐらいだった。

 

「失礼します!」

 

 しっかりと挨拶とともに一礼し、生徒会室から出る。

 

「また来いよ」

 

 その言葉に対して、少なくとも近いうちにここにくることはありません、と渚は言いかけたが、それは心の中だけで、一礼だけして扉を閉め、ため息をつきながらマジック・アーツ部へと足を運んだ。

 

◆◆◆

 

「お兄様、少しよろしいでしょうか」

 

「どうした、深雪?」

 

「その……潮田くんのことについてです」

 

「……何かあったのか?」

 

 その日の夜。

 夕食を食べ終え、ソファーでコーヒーを飲みながら一息ついている達也に、深雪がその隣へと座って今日生徒会室であった一件を話した。

 

 まず、渚が風紀委員に指名されたこと。

 その理由は、校庭に援軍にいった渚がテロリストをほぼ一人で全滅させたこと。

 そして、真由美は渚の風紀委員入りに反対していること。

 

「なるほど……つまり、会長も渚の中学の事情は知っているということか……ならば、会頭もそのことについて知っていそうだな。だけど、委員長が知らないということは、本当に十師族内での秘密ということになる」

 

「そうですね。ですが、何故会長は潮田くんの風紀委員入りを反対しているのでしょうか」

 

「恐らくだが、テロリストを一掃させたのは渚の暗殺技術と何か関係があるのだろうな。暗殺技術を治安維持のためとはいえ、生徒に向けるのは危ない。そして何より、渚によって『死』の恐怖を一瞬でも感じてしまい、そこから魔法が使えなくなるってことだってないとは言い切れないからな」

 

 恐怖によって魔法が使えなくなるというのは、魔法師の卵にも起きる可能性は十分にある。

 それがあるからこその、一科生と二科生なのだから。

 

「しかし、テロリストを一人でほぼ全滅。しかも自らの身体能力と本当に最低限の振動魔法だけか……対面通しならともかく、不意打ちを喰らったら俺でも勝てないかもしれないな」

 

「先生の気配に気づくほどなのですし、お兄様には『眼』があるのですから、まず不意を突かれること自体が無いと思いますよ」

 

「それもそうかもな……さて、先生のところへ行こうか」

 

「はい、お兄様。準備をして参りますね」

 

 ある程度話が終わったところで、このあと八雲に用がある――今回用があるのは深雪だが――ため、深雪に準備をさせて達也はコーヒーを一気に飲み干した。

 

◆◆◆

 

 時を同じくして、渚は自分の部屋で例のあの本を読んでいた。

 これはもう既に日課であるのだが、それでも未だに読み終わる気配がない。

 

 テストに出たところの復習を兼ねつつ、ページを捲っていく渚の目に、一つの単語が入ってきた。

 

「……加重系魔法の技術的三大難問」

 

 加重系魔法の技術的三大難問とは、重力制御型熱核融合炉の実現、汎用的飛行魔法の実現、慣性無限大化による疑似永久機関の実現のことであり、つまりはクーロン力、飛行、ブラックホールのことである。

 

 未だに解決されていない難問なのだが、どうしても気になる一言がその下に書いてあった。

 

『暇だったのでやってみたら、なんか出来ちゃいました』

 

「軽いノリでやることじゃないよ!!」

 

 おもいっきし突っ込んでしまった渚。

 だが、さっきの文に殺せんせーのテヘペロとでも言いたげな絵を見てしまった渚に、それを止める術はなかった。

 

 せめて学校では気を付けよう、と心に誓って、本の続きを読み始めると、そこに書いてあったのは、『飛行魔法』について。

 

『まず、飛行魔法からいきましょう。飛行するためには、加速したり減速したり、昇ったり降りたりとその都度魔法を発動しなければいけない、というのが従来の飛行魔法の考え方です。しかし、これだと魔法式を上書きする干渉力に限界がきて飛行を満足にすることができません。火を灯したアルコールランプにガラスのケースが被さってる状態を思い浮かべてください。しばらくは火は燃え続けますが、密閉状態のために次第に酸素がなくなっていきますね。これが、従来の飛行魔法です。アルコールランプを術者、アルコールをサイオン、火を魔法、ガラスのケースをCAD、二酸化炭素を効力のない魔法式、酸素をその魔法式を上書きする干渉力としましょう。火を灯して(魔法を使って)火を灯し続ける(飛行する)と、二酸化炭素(効力を失った魔法式)が出ます。これは酸素(干渉力)があるうちは灯り続けます(飛行することができる)が、酸素(干渉力)が足りなくなれば火が消えて(飛べなくなって)しまいます。これをアルコールランプ(術者)がどうにかできる術はありません。では、どうすればいいのでしょうか。簡単なことです。つまり、ガラスケースに穴を空けて空気の通り道を作ればいいのです。つまり、これでアルコールがある限り火は灯り続けます。アルコールランプ(術者)アルコール(サイオン)がある限りは穴の空いたガラスケース(CAD)が勝手に火を灯(飛行)し続けることができますね。人が苦手なことは、CADにやらせればいいのです』

 

 唖然とするしかない。

 これを暇だから解いたという殺せんせーは、やはり何処までも殺せんせーだった。

 

 ふと時計を見てみると、読みふけってしまったためにかなり遅くなっていた。

 もう寝ようか、と本を閉じようと(しおり)を挟んだとき、目にはいった文を見て渚はその目を見開いた。

 

『この三大難問のうち、一つだけここには記載していません。これは渚くんが自分で見つけてみてください。そして、可能ならばこれを人に教えるつもりで、とてもわかりやすく説明できるように頑張ってみてください。それができれば、あなたは立派な教師に近づくことができますよ』

 

 それは、殺せんせーからの最後の宿題だったのだ。




今日からまた、一日一話投稿していきます。
魔法、理解できたでしょうか。

これからもよろしくお願いします。


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CADの時間

すみません。
更新したと思ってたのですが、今確認したら今日の22時になっていたため急遽この時間に変更。
大変申し訳ありません。

更新できない場合は活動報告にて必ず報告がありますので、それ以外の場合は予約投稿を失敗してます。

案外抜けてるとこありますので。


 数日後の夜。

 最近、CADに違和感があるのを渚は感じている。

 自分でできる最大限の手入れはしているのだが、当然のことながら渚にCADを調整する技術は無い。

 

 魔法は発動出来るのだが、どうしても何かに引っ掛かっているような感触が残るのだ。

 

 このCADの制作者は烏間先生の部下の人。

 つまり、軍人なわけで、こちらの都合で連絡を入れるわけにもいかないためどうしようもないというのが現状である。

 

「んー……達也に頼めば調整してくれるかなぁ」

 

 一応CAD調整のマニュアルはアドバイスブックに載っているのだが、機器がないため試すこともできない。

 よって、身近にいて、CADが調整できる人を思い浮かべたときに真っ先に出てきたのが達也だった。

 

「よし、明日頼んでみよっと」

 

 時間もそれなりに遅いため連絡を入れることはせず、明日教室で頼もうと決めて渚は眠りについた。

 

◆◆◆

 

「……帰りたい……」

 

 ため息混じりに呟く渚。

 現在はお昼休み、渚が今いるのは生徒会室だ。

 

 どうしてこうなったのか。

 それは、朝登校してきた達也にCADの調整を頼んだところ、「別に構わないが学校で調整機器を使えるか頼まないといけない。昼休みに生徒会室へ行こう」と言われて昼休みに生徒会室へ向かった。

 

 生徒会室。

 そこにいるのは当然だが、生徒会役員。

 そして、風紀委員長だ。

 

 生徒会室に入ってから、まずはご飯を食べながらしばらくは真由美の九校戦の準備に対する愚痴――主にCADエンジニアが決まらないことについて――を聞くことに徹していた渚。

 しかし、その話が終わった途端、始まるのが摩利からの勧誘の嵐。

 

 それが、摩利だけならまだしも、達也がさりげなく後押ししている節があるため、摩利の勢いも衰えない。

 

 最早、真由美含め他の生徒会メンバーは諦め、深雪はニコニコとアルカイックスマイルを浮かべており、摩利は勧誘を、達也も風紀委員に渚を推薦する始末だ。

 渚の精神はあっという間に磨り減らされていく。

 

「達也……そろそろCADの話についてお願いしてもいいかな」

 

「そうだったな。会長。渚のCAD調整をしたいので、放課後に調整機器を貸してもらってもよろしいでしょうか」

 

「ふぇ?」

 

 渚のどんよりとした空気のなか紡ぎ出された言葉に、達也はおふざけだったとでも言いたいような切り替えの早さで、困り顔をしていた真由美に申し出た。

 いきなりの申し出に、真由美からは変な声が漏れる。

 

「あ、なるほどね。ええ、別に構わないわよ」

 

「ありがとうございます、会長。渚、放課後にCADを持ってきてくれないか」

 

「うん!ありがとう、達也!」

 

 やっと調整ができるということに、さっきまで敵(?)だった達也にお礼を言って笑顔を見せる渚。

 しかし、次の瞬間に渚は冷や汗を流すこととなる。

 

「真由美。そういえばエンジニアを探してるって言ってたよな?」

 

「そうよ。でも、なかなか見つからなくてねぇ……」

 

「いるじゃないか、一人。目の前に」

 

「……盲点だったわ!!」

 

 達也から若干負の感情が混じっている視線を向けられたからだ。

 しかも、目の前で渚のCADの調整をすると言ってしまった時点で、達也のエンジニア入りは決定したようなもの。

 

「CADエンジニアの重要性は先日委員長からお聞きしましたが、一年生がチームに加わるのは過去に例が無いのでは?」

 

「何でも最初は初めてよ」

 

「前例は覆すためにあるんだ」

 

 一応、抵抗を試みる達也だったが、真由美と摩利から即答で反論が返ってきた。

 

「わたしは九校戦でも、お兄様にCADを調整していただきたいのですが……ダメでしょうか?」

 

 そして、深雪からの止めの一撃により退路は完全に絶たれてしまい、とりあえず渚をジッと見つめる達也。

 

「……本当にごめんね」

 

 もう達也は諦めるしかなかった。

 ため息をつきつつ達也が時間を見てみると、既に昼休みの三分の二以上が過ぎていた。

 

「ところであーちゃんは課題は終わったのかしら?」

 

「会長~」

 

 あーちゃん、と呼ばれた渚よりも小柄な少女、まさしくあーちゃんという名前に相応しい容姿をしている二年生生徒会書記、中条 あずさは課題を持ち込んでいたが、全く終わらないのか、真由美が聞いた瞬間に真由美へと泣きついた。

 

「少しくらいなら手伝ってあげるから。それで、課題はいったい何なの?」

 

「すみません……実は、『加重系魔法の技術的三大難問』に関するレポートなんです……」

 

 シュンとした顔で告げたあずさのもとへ、デスクワークをしている深雪以外の視線が集まった。

 

「な、なんですか?」

 

 いきなり注目を浴びて、あずさはビクッと肩を震わせ、首をすくめた。

 その反応をされては、こちらが虐めているような感覚に襲われるため、渚はすぐに目を逸らす。

 

 しかし、頭では既に別の事を考えていた。

 

 数日前、加重系魔法の技術的三大難問の飛行魔法の仕組みが書いてあったページの下には、殺せんせーからの宿題があった。

 

――重力制御型熱核融合炉の実現を誰もが理解出来るように自分で考えてみる。

 

 魔法の分野のページをいくら探しても重力制御型熱核融合炉の実現に関するページは一枚もなく、『言うまでもありませんが、自分だけの力だけでやろうとは思わないように』という一言が書いてあるページがあっただけだった。

 

 つまり、『自分だけの力でやろうとは思わないように』ということは、『自分が出せる手札を全て使ってやってください』ということなのだろう。

 真由美とあずさが目の前で飛行魔法の議論をするなか、渚は一人で『重力制御型熱核融合炉の実現』について考えていた。

 

「達也くんはどう思う?」

 

「今までの飛行魔法という捉え方が間違っているのだと思います」

 

 渚は、思考を止めて目を見開いて達也を見た。

 達也は、本当の飛行魔法の理論を知っているのだと、直感的に分かった。

 

「終了条件が充足されていない魔法式は、時間経過により自然消滅するまでその場に留まります。新たな魔法で先行魔法の効力を打ち消す場合、先行魔法は消滅しているように見えますが、それは見掛けの上だけのことです」

 

 言い方は難しいが、殺せんせーの指摘とここまでは合致している。

 

「仮に、効力の打ち消される先行魔法の魔法式をA、先行魔法の効力を打ち消すための魔法式をBとしましょう。Bが発動することにより、Aは事象改変の効力を失います。しかし、Aは効力を失っただけで、依然としてその場に残っています。AとBは同時に作用していますが、単にBの効果が表に現れているに過ぎないのです」

 

――達也は、完全に知っている。

 

 今の理論を聞けば、あの本を読んだ渚ならすぐに結論を出せた

 ここまで断言するのは、その理論に自信があることを裏付けているからだ。

 

 ふと、そこで達也と眼があった。

 一瞬だけ渚のリュック(・・・・・・)に視線が行ったことも、感じた。

 渚に嫌な予感がするのを感じる。

 

「この理論は、恐らくですが渚も知っていますよ」

 

 そして、その予感はだいたい当たるものだ。

 達也がリュックを見たのは、ここに飛行魔法について書いてあると結論付けているから。

 その答えを渚から聞き出そうとしているからなのだろう。

 

「……僕は――」

 

 そこで、昼休みの終了を知らせる振動が達也の胸からなる。

 予鈴の変わりなのだろう。

 

「深雪、渚。教室に戻ろっか」

 

「はい、お兄様」

 

「え、あ、うん」

 

 達也の呼び掛けにすっと立ち上がって応えた深雪と、戸惑いながら応えた渚。

 扉に向かう途中、渚に視線が集まっているのは達也があんなことを言ったからだろう。

 

 上手く誤魔化さないといけないなぁ、と若干諦め気味に呟く渚に、達也は渚の見えないところでニヤッと口を歪めた。




今日もう一話出ます。
投稿時間はしっかりと確認しておきます。

今回の話はこれからに繋がる部分です。


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エンジニアの時間

とうとう、出てきますよ。


 放課後、渚は何故か部活連本部の入り口に設置された椅子に座っていた。

 部活連本部では、現在九校戦準備会合が行われようとしているのだが、当然渚は九校戦に出るわけでもなく、エンジニアでもなく、ましてや生徒会や部活連のメンバーでもない。

 

 九校戦の出場選手は、エンジニアに選ばれた選手も含めて長期休暇課題免除、一律A評価の特典が与えられる。

 

 それだけ学校側にとっても九校戦は重要な行事であり、生徒にとっても九校戦メンバーに選ばれる事は大きなステータスとなる。

 

 ということは、メンバーの最終調整を目的とする会合が現在のように刺々しくなっても致し方ないということなのだろう。

 

 達也はエンジニアに内定している状態なため、他の内定を受けている上級生と共に座っている。

 それがさらにこの場の空気を重くしており、完全な風評被害だが、渚にもその視線が向けられる。

 

 少し意外だったのが、そこまで批判的な視線はなかったということだろう。

 

 渚と達也がこの席についたときは空席が目立っていたが、現在では着々と空席が埋まっていき、空席が全部埋まったところで、真由美が議長席に腰を下ろした。

 

「それでは、九校戦メンバー選定会議を開始します」

 

 真由美の宣言と共に始まった選定会議は、一年生の二科生が何故内定している席に座っているのか、という所から議論された。

 

 予想外だったのは、案外達也に対して好意的な意見が多かったということだろう。

 同級生とは違い上級生の間には、風紀委員としての実績がある達也は二科生と言っても別格という認識が多く、それを上回る数の反対派の意見は、主に感情的なものなために開幕からいつまでも結論がでないという状態に陥っていた。

 

「要するに」

 

 不意に、重々しい声が議場を圧した。

 さほど大きい声では無かったが、その場の誰もが無秩序な言い争いを止めて、発言者へと目を向けた。

 発言者は、今まで沈黙を守っていた部活連会頭の十文字 克人だ。

 克人は自分に向けられる視線を端から一通り見返して、言葉を継いだ。

 

「司波の技能がどの程度のものか分からない点が問題になっていると理解したが、もしそうであるならば、実際に確かめてみるのが一番だろう」

 

 広い室内が静まり返った。

 それは単純で効果的で、誰も文句のつけようがない結果が明らかになる反面、少なからずリスクが伴う故に誰も言い出さなかった解決策だ。

 

「それなら、丁度今からCADの調整をやるところらしいから、それで確かめればいい」

 

 摩利の言葉に、一斉に渚に視線が向く。

 一人だけ入り口の近くに、全くの無名の二科生がいるとなれば、その人が確実に依頼人だからだ。

 

「なるほど。では、場所を移動しよう」

 

◆◆◆

 

「わぁ……すごい」

 

 渚の目の前で、キーボードオンリーでとてつもないスピードで行われる調整は、正しく非常識を体現しているものだった。

 

 九校戦の選定という名目があるため、九校戦で実際に使用される車載型の調整機を実験棟の会議場に持ち込んでテストが行われている。

 

 本来、CADは汎用型でも九十九種類、特化型でも九種類の起動式をインストールすることが出来るのだが、渚のCADには一種類しか起動式がインストール出来ない。

 

 そして、ナイフ型のCADは特化型でもみかけない形のため、完全なオーダーメイドのCADということになり、エンジニアにとってかなり難易度の高い調整となる。

 

 今回の課題は、起動式には手を加えず、即時使用可能な状態に調整すること。

 調整機の立ち上げを済ませ、渚の想子(サイオン)波特性の計測を済ませ、現在は調整に入っている段階なのだが、そこがすごかった。

 

 完全マニュアル調整。

 自動調整機能に一切頼らず、グラフ化されたものではなく生データから直接理解をし、そのまま調整を行っていく達也の調整は、分かる人には分かる高度なテクニックだった。

 

 起動式に手を加えない、という条件だったため、調整はすぐ終わり、すぐにテストが行われた。

 

 渚がサイオンを送ると、今までにない程スムーズに魔法を発動することができた。

 

「すごい……新品のときよりも魔法が発動しやすいよ、達也!」

 

 オーダーメイドの特化型を、完全マニュアル調整で、新品よりも使いやすいと言わしめたその実力は、誰もが認めるしかない。

 

 完全マニュアル調整に文句を付ける輩もいたが、達也とは仲が良いとは言えない関係である副会長の服部が達也をエンジニアチームに推薦したことにより、達也のメンバー入りは正式に決定となった。

 

◆◆◆

 

 その夜、渚の携帯に、誰とでもチャットが出来るアプリからメッセージが何通か届いた。

 差出人は『赤羽 (カルマ)

 

 渚の同級生、元E組にして、成績優秀。

 中学一年生のときから付き合いのある渚の親友だ。

 

 一年前までは暴力事件をよく起こしていたためにE組に落とされたのだが、今はそれも身を潜めている。

 

『渚。今年茅野と中村、磯貝、前原、岡島で九校戦を見に行くんだけど、渚も一緒に回れそう?』

 

 業からのメッセージ。

 それは九校戦観戦のお誘いだった。

 去年はE組で旅行に行っていたため、九校戦の観戦は出来なかったのだ。

 

『うん!僕も久し振りに皆と会いたいからね!』

 

『確かに、高校に入ってから一度も渚の顔を見てないね。魔法科高校は楽しいかい?』

 

『すごく面白いところだよ。少し個性が強すぎる気がしなくもないけどね』

 

『もしかして、渚は九校戦に出る?』

 

『さすがに無理だよ。みんなすごい人ばかりなんだ』

 

『そういう渚も負けてないとは思うけどな』

 

 久しぶりの親友とのやり取り。

 これは渚にとって至福とも言える時間だった。

 

『それなら、もう今からホテルとかの予約しておかないといけないね』

 

 九校戦は、日本各地から観客が集まる行事で、当然その周辺の宿はあっという間に埋まってしまう。

 この時期でも遅いかもしれないが、今のうちに取っておかないと野宿、ということになりかねない。

 

 しかし、そんな心配は必要なかった。

 

『実はもうしてあるんだよね。約三ヶ月前(・・・・)に』

 

 三ヶ月前ということは、まだ入学して間もない頃だ。

 つまり、その時期から既に計画されていたことになる。

 

『さすが業。九校戦のときをすごく楽しみにしてるよ!』

 

『俺もだ渚。じゃあ近いうちに』

 

 そこでチャットを終了した渚はベッドに寝転がる。

 思い出すのは、約五ヶ月前のこと。

 

 業と殺せんせーをこの場で暗殺するかしないかを決める闘いで、正面から本気で殴りあったときのこと。

 マジック・アーツの時に思い出していたことだ。

 

 それまではお互いに『くん』を名前につけて、お互いに自分達の距離を保ちつつ、様子見をするような友達付き合いをしていた。

 

 しかし、その時にお互いの想いをぶつけ合い、殴りあって、自分の全てをさらけ出した。

 業との衝突は、それが最初で最後。

 今では、渚の中でも一番といえる、最高の親友だ。

 

――九校戦が楽しみだ。

 

 早くみんなに会える日を楽しみにしながら、渚はそのまま眠りについた。

 

◆◆◆

 

「どうやったらあの本を見れるのだろうか」

 

 同時刻、達也は思い悩んでいた。

 本当なら、CADを調整する代わりに少しだけ本を見せてもらうとしていたのだが、そんなことできる雰囲気ではなかったため、断念した。

 

「渚のあの反応。間違いなく飛行魔法についての理論を知っている様子だった。ということは、他の三大難問もあの本に書いてある可能性が高い」

 

 どうやってあの本を見せてもらおうか、達也は完成した飛行魔法(・・・・・・・・)で空中に浮かびながら考え込むのだった。




やっとクロスオーバーらしくなってきました。
原作が魔法科高校の劣等生なので、暗殺教室を出しにくいのは仕方の無いことかもしれませんけどね……

後二話程でいよいよ九校戦開幕までいけそうですが、ここらへんはあえて内容を薄くしています。
少しだけお待ちください。


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ターゲットの時間

熱下がりました。
今回ので九校戦の前置き的なところを全て終わらせます。

お待たせしてすみません。


 九校戦の観戦が決まってから二日後の日曜日。

 渚は一高近くのカフェで人を待っていた。

 

「いきなりどうしたんだろう、先生。大事な話って」

 

 昨日、魔法を教えてくれた先生から一通のメッセージが届いた。

 内容は単純明快。

『明日一高前のカフェに十二時に来てほしい。大事な話がある』

というもの。

 

 現時刻は十一時五十五分

 時間までは後五分なので、入店してくる人を眺めて時間がくるのを待った。

 その時、見知ったなつかしい顔の男性が入店する。

 その男性は渚を見つけると、堂々とした姿勢で、ただ、若干の笑みを見せながら近寄ってきた。

 

「烏間先せ……烏間さん!」

 

「久し振りだな、渚くん」

 

 三年E組の表向きの担任にして、防衛省勤務。

 階級は『大佐』だ。

 

 今は先生ではないため『さん』付けで呼んでいる。

 

「どうして烏間さんが?」

 

「そうだな。まずは注文してからにしよう。ここの代金は俺が持つから好きなものを頼むといい」

 

「ありがとうございます」

 

 一礼しながら感謝の意を述べる渚。

 しかし、渚は体型から分かる通り、超小食だ。

 その度合いといえば、毎日持っていっている弁当の大きさが女子よりも小さい、といえば分かるだろう。

 

 注文を取りに来た店員に渚は少なめのナポリタン、烏間はコーヒーだけを注文し、烏間は店員がいなくなったのを見計らって、本題を切り出した。

 

「渚くんは今年、九校戦は?」

 

「出ませんが、観に行きますよ。元E組のメンバーで」

 

「やはり渚くんもか……九校戦会場近くのホテルの予約リストに赤羽の名前があったのを見かけたからもしやとは思っていたが……ここに来る前に赤羽には連絡しておいたが、こちらの勝手でホテルの場所を変えさせてもらった。そのホテルは軍のホテルで、一高の宿泊施設でもあるから、防犯面においては他のホテルよりもだいぶマシになるだろう」

 

「えーっと……何かあったのですか?」

 

 暗殺教室、三年E組を卒業して以降、いや、暗殺教室卒業以前と比べても、烏間がここまでプライベートに干渉したことはない。

 軍の上官が、元生徒とはいえ一般市民に直接干渉すること事態、異例なのだから。

 つまり、渚は状況が全く掴めていなかった。

 

「単刀直入に言おう。君たち三年E組は現在、香港系国際犯罪シンジケートである『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』という組織に命を狙われている」

 

「な……ッ!どういうことで――」

 

 そこで、渚はハッとする。

 あまりにも唐突で突飛な現実に思わず机をバンッ!と叩いて大声で叫んでしまったために、店内の全視線が集まってしまったのだ。

 渚はその場で申し訳なさそうに一礼、烏間にも謝罪の言葉を述べて、本題の続きへと戻る。

 

「渚くんは、柳沢を覚えているか?」

 

「……勿論です」

 

 忘れるわけもなかった。

 自分の友達を、先生を、関係の無い人まで傷つけた張本人なのだから。

 

「彼は、『無頭竜』のスパイにして、幹部だった。今彼らが日本に干渉した理由は、九校戦での一高優勝阻止と、元E組の身柄だ。現在、君たちは一番危険な立ち位置にいるため、今回我々が動いているというわけだ」

 

 スパイ、幹部、E組。

 九校戦とどう繋がるかは皆目検討もつかないが、この三つからどういう状況にあるのか、渚ではなくても容易に想像出来ることだろう。

 

 それは、まるで小学生のような理由なのだから。

 

「目的は報復ということですか?」

 

「そう見て、間違いない」

 

 やられたらやり返す。

 これはある意味では自然の流れなのかもしれない。

 しかし、今回のこれとは似て非なるものだ。

 

 最初に仕掛けてきたのは、向こう(柳沢)

 それを返り討ちにしたのが、こっち(E組)

 

 これを繰り返した結果、最終的に柳沢を倒したのであって、こちらは完全な正当防衛。

 つまりは、向こうから仕掛け、やられたからやり返す、というなんともくだらない理由で自分達の命を狙っているというわけだ。

 

「こちらとしても、君たちに危険が及ぶようなことは避けなければならない。既に君たちの近辺には魔法師が護衛に入っている」

 

 烏間が指差した先には、こちらに敬礼をしている私服姿の男性が一人向かい側の路地にいた。

 話によると、家を出たときから常に陰で護衛しているとのこと。

 

「九校戦の妨害については、何やら賭け事が行われているらしい。何を賭けているかはまだ掴めていないが、場合によっては九校戦そのものを潰しにくる可能性も考えられる。特に、君たちは狙われている身でもある。先程も言ったように、ホテルを移動させて貰ったのはこれが理由だ。代金は政府が持つから安心してくれていい。だが……」

 

 今回の件を要約して確認するように再度説明していた烏間が、突然黙り混んで渚を真剣な眼差しで見ている。

 

「もしものときは、絶対に無理をするな。俺からは以上だ。何か質問は?」

 

「いえ、特には」

 

「そうか。それでは俺はこれでいくから、ゆっくりと食べていきなさい。代金は払っておく。時間を取らせたな」

 

「こちらこそ、いろいろとありがとうございます」

 

 渚の感謝の意を受け止め、領収書を持って席を立ち、店を出ようとするが、足を数歩進めただけで烏間は立ち止まり、顔だけを渚に向けた。

 

「そういえば、司波 達也のことだが……いや、なんでもない。気にしないでくれ」

 

「……?」

 

 何かを言おうとしていた烏間だったが、達也の名前を出してすぐに口を閉ざしてしまった。

 再び歩き出した烏間は、今度は立ち止まることなく会計の元へいき、済ませて店を出ていった。

 

 そこで、ナポリタンがまだ半分残っていることに気づき、少し急ぎめに食べて渚も帰路についた。

 

◆◆◆

 

 翌日のE組は、朝から落ち着かない雰囲気に包まれていた。

 

 理由は一つ。

 一年生では達也のみがエンジニア入りした、という情報が出回っているからだ。

 

 正式発表はまだされていない、ということは、まだ秘密と言うことだ。

 秘密ということは、皆が知っているということ。

 達也が教室に入った瞬間、各方向からエールが送られていた。

 

 正式発表を行う発足式は本日の五限に入っているらしい。

 

「一科の連中、か~な~り、口惜しがってるみたいよ」

 

 つい先日、定期試験でプライドを盛大に逆撫でされた一科生が、この抜擢にますます苛立ちを募らせているのはエリカに言われるまでもなく明らかだった。

 

 しかし、選手の方は全員一科生。

 つまり、苛立ちを募らせているのは、工学系志望の一科生が主体だろう。

 

「大丈夫よ。今度は石も魔法も飛んでこないから」

 

 エリカの極端すぎる気休めには、達也も苦笑するしかなかった。

 

◆◆◆

 

 発足式が始まった。

 進行役は深雪。

 式は時間通りに始まり、つつがなく進んだ。

 

 当然だが、達也が壇上に上がっても石や魔法は飛んでこなかった。

 

 真由美によって、一人一人、選手が紹介されていく。

 紹介を受けたメンバーは、競技エリアへ入場する為のIDチップを仕込んだ徽章(きしょう)をユニフォームの襟元につけてもらう。

 その役目には、舞台栄えするという理由で深雪が選ばれている。

 

 徽章は、選手四十名――深雪と真由美を除いて三十八名――につけ終わった後は、作戦スタッフ、そして、技術スタッフへとつけられていく。

 

 真由美から達也の名前がコールされる。

 今までに、選手四十名、作戦スタッフ四名、技術スタッフ八名、マイナス、プレゼンター二名、計五十名の内、四十九人まで紹介及び徽章授与が終わっている。

 

 達也に徽章がつけられた瞬間、大きな拍手が起こる。

 それは、講堂の前列のE組のものだった。

 そこから、真由美、深雪と手を叩き始める。

 

 結果、それは選ばれたメンバー全員に対する拍手にすり替わって、講堂全体に広がった。

 

◆◆◆

 

 発足式も終わり、校内は九校戦に対する熱気が日に日に強くなっていった。

 メンバーは毎日閉門ギリギリまで練習、技術スタッフも選手のCAD調整のために忙しそうにしている。

 

 そして、渚は現在、マジック・アーツの方へと来ていた。

 

 今日の練習内容は組手。

 ただし、約束が予め決められている約束組手だ。

 

 体格、同じ一年、二科生を下に見ない、唯一面識がある、など、決して少なくない理由で渚は常に十三束とペアを組んでおり、十三束もそれを快く了解している。

 

 魔法での実力は、完全に十三束が上。

 だが、実際に試合をしてみると、現時点(・・・)ですら、渚の方が一歩上。

 暗殺を得意とする渚に、未だ十三束は追い付いていないのだ。

 

 しかし、日に日に渚が攻略されていっているのは事実であり、それに渚が対処して差を埋めさせないようにしているのもまた事実。

 

 つまり、二人はいいライバルとなっていた。

 

 今回の約束は『魔法を使わないこと』

 つまり、身体能力だけで相手を倒すことになる。

 

 この約束組手で、十三束は渚に一度も勝利をしたことがない。

 体術では、どうやっても渚に軍配が上がるのだから。

 だからこそ、対策を練っている。

 

 魔法無しで体術が上の者に勝つには、技術で勝負しなければならない。

 しかし、渚はその技術も持ち合わせている。

 そして、まだ切り札を隠し持っていることも分かっている。

 

「今日こそ……必ず勝つ!」

 

「僕も、まだ体術だけで負けるつもりはないよ」

 

 開始の合図と共に、二人の技がぶつかり合った。

 

◆◆◆

 

 地面に背中を預けて息を整える。

 対して、向こうは多少息が上がっているものの、未だに余裕があるように見える。

 

 しかし、確実に自分も上達しているのがわかる。

 何より、試合中に渚はさりげなく十三束の弱点を教えてくれているのだ。

 これで上達しなければ逆におかしいだろう。

 

「お疲れ様、鋼」

 

「うん……やっぱり渚は強いよ」

 

「僕なんてまだまだだよ。魔法有りになった瞬間満身創痍だからね」

 

「それでも押し負けないだけすごいと思うよ」

 

 試合後には、いつもアドバイスをしあったり、お互いに良かったところや悪かったところを教えあったりしている。

 これも、組手においては大事なことだ。

 

「よし、僕はモノリス・コードの練習に行ってくるね」

 

「うん!頑張ってね」

 

 十三束は、新人戦モノリス・コードのメンバーだ。

 一日一回。

 これが渚と十三束で決めた試合の回数制限。

 

 一日一回だからこそ、その一回に全力を出せる。

 

「次も僕が勝つよ、鋼」

 

 そして、待ちに待った九校戦の日がやってきた。




烏間先生は地の文では烏間に統一します。
明日修正作業に入ります。

これからも重要な話の前は内容をあえて薄くしようかなと思っていますので、あれ?内容が薄いな?っておもったら十中八九重要な話が来ると思っておいてください。


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懇親会の時間

活動報告でも書いた通り、少し行き詰まって間に合いませんでした。
申し訳ありません。

さて、今回から九校戦の本編ともいえるパートに突入ですね


 八月一日。

 まるでこの日を祝福するかのように空は雲一つ無い快晴。

 昨晩は興奮のあまり眠れなかった渚だったが、今だ興奮は冷めていないために眠気は全く無い。

 

 ただ、今日行われるのは懇親会。

 九校戦の競技は明後日から行われる。

 

 なら、何故二日前に向かうことになったのか。

 それは懇親会に参加するためだ。

 

 しかし、懇親会には本来、九校戦メンバーしか参加できず、一般市民はおろか、魔法科高校の生徒ですら参加することは許されていない。

 なので、彼らは烏間にどうにか参加させてもらえないか頼み込んで、何とか皿洗いと給仕係でなら参加してもいいとなった。

  なお、同年代の高校生が数人同じように参加するとのこと。

 

 集合場所のカフェには七時集合で、現時刻は六時半。

 カフェまでは徒歩二十分ほどかかるため、そろそろ家を出たほうがいい時間だ。

 

 一階に降りて、挨拶をするため母親と父親が食事を取っているリビングへと向かう。

 

「父さん、母さん。行ってくるね」

 

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

「楽しんでくるんだぞ」

 

 二人に笑顔で見送られた渚は家を出て、カフェへとスキップしそうな勢いで向かった。

 

 集合時間十分前、カフェには既に全員が集まっており、渚が一番最後だった。

 

「皆久し振り!もしかして、僕集合時間間違えてた?」

 

「おー、渚。久し振りだね」

 

「……業?」

 

 渚はありえないものを見るような眼で挨拶を返してくれた業を見る。

 

「この数ヵ月で何でそんなに身長伸びてるの!?」

 

「逆に、なんで渚はこの数ヵ月で全く身長伸びていないの?」

 

 そう、業の身長が明らかに伸びている。

 渚が中学校を卒業したとき、身長は百五十九。

 そして、現在へと至る。

 しかし、業は明らかに百七十後半はあり、渚の心の叫びに返した黒髪でロングヘアーの元クラスメイト、茅野(かやの) カエデも、中学校卒業時は渚よりも低かったのに、現在ではほぼ同じ身長となっていた。

 

 他のクラスメイトも、誰一人として身長の差が縮まることはなく、逆に大きく引き離されていた。

 

「な、渚もこれから伸びるよ、きっと!」

 

「そうだよ。渚はまだ成長期が来ていないだけだ。気にすることじゃないよ」

 

 一気にどんよりと落ち込む渚に慌てて茅野と元E組の学級委員にして、容姿端麗、運動神経抜群、成績優秀な磯貝 悠馬がフォローに入った。

 

「……うん」

 

 渚は再会早々、とてつもなく大きい精神的ダメージを負ったのだった。

 

◆◆◆

 

 カフェから交通機関を駆使して会場へと向かう一同。

 これから数日間泊まるホテルへと直通になっているバスに乗り込んだ彼らの話は、今夜の懇親会の事についてだった。

 

 ちなみに、まだ時間が早いためかバスは貸しきり状態で、席順は一番後ろに磯貝、前原、岡島で右前に渚と業、左前に中村と茅野だ。

 

「ほんと、烏間さんには感謝しないといけないよ」

 

「そうだね~。だけど、今回俺はパスするよ」

 

「え!?なんで!?」

 

「俺、あまりそういうの好きじゃないんだよね~」

 

 突如、業が懇親会には参加しない旨を渚達に言った。

 それに渚は理由を求めるも、確かに業は中学のときから人が集まる行事をあまり好んでおらず、参加しないことも多々あった。

 

「あ、私もパス」

 

「え!?中村さんも!?」

 

 そして、向かい側の席から金髪のロングヘアーのギャルっぽい見た目をしている女子、中村 莉桜(りお)も不参加の意思を示す。

 

「いやー、少し行きたいところがあるんだよねー」

 

 向かい側では、渚と同じく業と中村が懇親会に出ないことに驚いている茅野の姿が目に入ったが、後ろの席を見た渚は首を傾げる。

 

 金髪のイケメンにして、磯貝の親友、前原 陽斗(ひろと)と坊主頭でクラス一の変態、岡島 大河(たいが)がにやけていたからだ。

 

「あれ、なんで二人ともにやけてるの?」

 

「別に、にやけてなんかいないよ。なぁ、前原?」

 

「勿論。残念だよなー磯貝」

 

「はいはい。本当に残念だね」

 

 そんな二人の様子に、磯貝はため息をついている。

 それから、段々と鮮明になっていく富士山に年相応の反応を見せたり、ホテルでの夜の過ごし方を決めたり、懇親会の仕事の担当を決めたり、九校戦の競技について話たりとしているうちに、彼らは目的地のホテルへと着いたのだった。

 

◆◆◆

 

 荷物を部屋へ運びいれて滅多に入れない軍のホテルということで、一通り中を探検し終わった一同は、懇親会に参加するためにスタッフルームへと向かった。

 探検していたときや、スタッフルームに向かう途中で一高の制服に身を包んでいる生徒を見かけたが、見た所知り合いはいなさそうなのでスルーした。

 ちなみに、業と中村はそれぞれの部屋で待機している。

 

 スタッフルームにはホテルの従業員らしき人が一人待機しており、今回の仕事内容と服装についての説明を一通り渚達に終えると、皿洗い係の前原と岡島はコック服を、給仕係の渚、磯貝、茅野には給仕服が支給され、五分後その服装で食堂に来るように言い残して去っていった。

 

 前原と岡島が皿洗い係なのは、給仕の仕事をサボって女子生徒をナンパしたり女子生徒の写真を勝手に撮ったりする可能性があるからである。

 

「……あの、これは?」

 

 そして、渚は支給された服を見て唖然とする。

 どう見ても、おかしかった。

 磯貝の支給された服は、執事のような服装。

 しかし、渚に支給されたのは、明らかに女性用(・・・)の服。

 つまり、メイド服だ。

 

 周りでは、前原と岡島が必死で笑いを堪えている。

 

「……すまない渚。止めたんだけど……」

 

「え、いや、磯貝くんのせいじゃないから気にしないで」

 

 磯貝が止められなかったことを渚に謝罪してきたため、渚も逆に申し訳なくなってきたが、今はそれどころではない。

 

 五分後に食堂集合ということは、これを着なければ間に合わないのだ。

 

「……これを着るしかないのかなぁ」

 

「本当にごめん。後で男性用のやつもらってくるから」

 

 茅野は女子更衣室へ既に行っており、渚と磯貝、前原、岡島は男子更衣室でそれぞれ着替える。

 

 ドレス風のフワリと広がったスカートをはき、かなり恥ずかしいため少し顔を伏せて覚悟を決める渚。

 

 ――少しの間だけだから。

 

 そう自分に言い聞かせて顔を上げようとした瞬間、更衣室出口の方からカシャリというシャッター音が二回鳴った。

 

 嫌な予感が渚を襲う。

 音の鳴った方を見ると、部屋にいるはずの中村と業が二人してニヤニヤしながらカメラを向けている。

 

「何撮ってるの!?というか、二人が参加しなかったのってこのためなの!?」

 

「いやー?俺は本当にやりたくなかっただけだよー?」

 

「私も少し行きたいところがあるだけだよー?」

 

 渚のツッコミをニヤニヤしながら受け流し、カメラをこちらに向ける二人。

 そこには顔を伏せて顔を赤くしているメイド姿の自分の姿があった。

 

「うわーー!!それ二人とも今すぐ消して!」

 

「大丈夫だよ渚。現像してE組の皆に渡しておくから」

 

「それもっとダメじゃん!」

 

「安心しなって。似合ってるよ渚ちゃん(・・・)

 

「ほんと。びっくりするくらいすっごい自然だわ」

 

「そんな自然さいらないよ!!」

 

 業と中村、渚のコントみたいな言い合いに、前原と岡島は爆笑し、磯貝ですら笑いをなんとか押し殺しているように下を向いて震えていた。

 

「ほら、集合時間でしょ?行っておいでよ」

 

「……業も中村さんも写真消しておいてよ?」

 

「分かってるって」

 

 気がついたらもう集合の時間のため、一応中村と業に念を押してから磯貝たちとともに食堂へと向かった。

 

 食堂についたとき、先程指示を出していた従業員と四人のクラスメイトがいた。

 

「……って、レオにエリカ、幹比古、美月!

?」

 

「……渚?」

 

◆◆◆

 

 自分達と同年代の高校生は、レオ、エリカ、美月、幹比古だった。

 食堂で会ったとき、レオと幹比古、美月はその状況に理解が追い付かず呆然と、エリカはニヤニヤと渚の姿を眺めていた。

 

 食堂で接客の仕方の説明を受けた渚は素早く男性用の給仕服に着替える。

 何が悲しいかといえば、他のスタッフが渚に対して一切の違和感を持たなかったことだろう。

 

 時間は既に夕方になっており、懇親会に参加する高校生がホールへ次々と入場、あっという間にホール内は生徒で埋め尽くされた。

 

「ほんと、驚いたよ。渚くん、まさか女装趣味があったなんて。すごく似合ってたけどね」

 

「ぱっと見は女の子かと思ったよ……」

 

「あれは僕の意志じゃなくて仕組まれたことなんだよ……」

 

 レオと美月は食堂で裏方の仕事を任されたため別れているが、幹比古とエリカは同じ給仕係のため、ホール近くの控え室で立ち話をしていた。

 

 何故クラスメイト四人が一緒にいるかというと、エリカと幹比古は家柄の関係上の幼馴染みで、この場にいないレオと達也は体育の時に渚の紹介で知り合いとなっており、今回エリカの家系のコネで懇親会のスタッフをやっているのだという。

 

「渚ー、そろそろ行くよ……この人たちは?」

 

 給仕の仕事のため渚を呼びに来た茅野は、エリカと幹比古を見て渚に問いかける。

 

「あ、紹介するね。今の僕のクラスメイトの千葉 エリカと吉田 幹比古だよ。エリカ、幹比古。こちら……」

 

「どちらでもいいよ」

 

「こちら、雪村 あかり。僕の元クラスメイトだよ」

 

 紹介を受けたエリカと幹比古は名前を呼ばれたときにそれぞれ軽く礼をするも、茅野の紹介の時に何故渚が止まったのか気になったのか頭にハテナを浮かべていると、茅野から補足が入った。

 

「中学の時はある事情で『茅野 カエデ』という偽名を使っていたから、皆からはそちらで呼ばれていますが、是非呼びやすい方で呼んでください」

 

「渚くんはなんて呼んでるの?」

 

「僕は茅野だよ」

 

「じゃあ私はカエデちゃんで。私のことはエリカでいいわよ」

 

「なら僕は茅野さんで。僕の事も幹比古でいいよ」

 

「わかった。よろしくね、エリカ、幹比古くん……と、忘れてた。ほら、仕事だよ渚」

 

「あ、うん。また後でね二人とも」

 

 茅野と渚が給仕の仕事をやりにいったため、その場にとり残されたエリカと幹比古。

 二人とも渚と同じ給仕係のため、渚たちの後ろをついていくように歩く。

 

 ふと、エリカに根本的な疑問が一つ沸いたが、それは後にしよう、と気持ちを切り替えて、トレイの上にジュースを乗せて、給仕の仕事を始めた。




お待たせしました。
メイド渚ちゃんと業のコント如何でしたか?
可能な限り原作のような会話にしてみましたが、どうでしたでしょうか。

メイド渚ちゃんは各自で想像しておいてくださいませ。


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老師の時間

最近お気に入りの小説が全く更新されていなくて辛いです。

競技にはまだ少しかかります。


「すみません。ジュースのおかわりをお願いします」

 

「はい!少々お待ち……会長?」

 

「え?潮田くん!?」

 

 給仕の仕事をしっかりとこなしていた渚は、後ろからジュースのおかわりを頼まれたため振り返って新しいジュースを渡そうと声の主の顔を見ると、そこには一高の生徒会長、七草 真由美がいた。

 会長がいること自体は知っているので、渚は少し固まっただけで済んだが、真由美は渚とは違ってかなり驚いていた。

 

「あ、おかわりどうぞ」

 

「うん、ありがと……じゃなくて!潮田くんがどうしてここに?」

 

 その質問に、渚は首を傾げる。

 幹比古はともかく、エリカと真由美は顔の面識はある。

 だから、エリカを見かければ少なくともエリカから直接聞いていない限りは渚もエリカたちと同じように参加していると思えるはずだ。

 

 そして、自分がいたことを知らない時点で、エリカとは会っていないことになるのだが、エリカはかなり広範囲に移動しているため見かけないという可能性は低いはずなのだ。

 

「会長はエリ……千葉さんとは会わなかったのですか?」

 

「ううん、さっきまで摩利やリンちゃん、十文字くん、服部くんと一緒に他校の生徒会に挨拶していたけど、見かけなかったわよ?」

 

 わざとらしく顎に手をあてて考える仕草をする真由美だが、これで渚は納得がいった。

 エリカは、何故か摩利をあまり好ましく思っていない。

 その摩利と一緒に行動していたなら、確かにエリカは近寄らないはずだ。

 

 ちなみに、リンちゃんとは、三年生の生徒会会計、市原 鈴音(すずね)のことで、渚も何度か顔を会わせたことはあるが、彼女はどう考えても『リンちゃん』という雰囲気ではなかった。

 

「千葉さん……なるほど。だから潮田くんはここにいるのね」

 

 真由美は一人で結論に至ったらしく、一人でウンウンと頷いているが、間違いなくその結論は間違っている。

 しかし、それを訂正すればややこしいことになることも、間違いない。

 よって、渚は真由美の勘違いに感謝してそれに乗っかることにした。

 

「ところで、潮田くんって執事服よりメイド服の方が似合いそうよね。一回着てみてほしいな」

 

「会長までそんなことを……さっき着せられて写真ま……」

 

 そこまで言ったところで、渚は自分がとんでもないことを言っていることに気がついた。

 真由美は、面白いものを見つけたようにニヤニヤとしながら楽しそうに渚に詰め寄る。

 

「ん?写真がどうしたの?」

 

「いや、何でも――」

 

「少し、お姉さんに見せてみなさい」

 

 一気に詰め寄ってくる真由美。

 その表情はまさに先程見た業や中村のそれだった。

 そして、この場合に弱者()強者(真由美)に取れる行動はただ一つ。

 

「仕事があるので失礼します!」

 

「あ、ちょっと!」

 

 逃げることだ。

 

 早歩きで逃げた渚を見て、真由美は新しい獲物を見つけたとばかりに笑う。

 

「潮田 渚くんか……なんかあーちゃんを思い出すわね」

 

◆◆◆

 

 天敵(真由美)から逃げ切った渚は、空のグラスを厨房へと運びいれ、新しいジュースを持ってホール内生徒たちに給仕していると、空のグラスを手に壁に背中を預けている現クラスメイトの姿を見つけた。

 

「達也。久し振りだね」

 

「渚?エリカたちは分かるが、なんで渚が参加しているんだ?中学のクラスメイトはどうした」

 

「あー、一個ずつ答えるね。まず、中学のクラスメイトだけど、厨房に二人、このホール内に僕を含めて三人、部屋に二人いるよ。どうやって参加したかだけど、ちょっと知り合いに頼んだんだ」

 

 渚は達也から空のグラスを受け取って新しいジュースを渡しながら、達也の質問に一つ一つ答える。

 

 だが、渚はまだ知らない。

 達也は既に、渚が軍の上官と面識があるというのを知っていることを。

 

 そして、達也は知っている。

 渚たちが『無頭竜』に狙われていることを。

 

 それから少し談笑をした二人だが、来賓の挨拶が始まると周りが静かになってしまったため、自然と二人も静かになる。

 

 そのまま会話できる雰囲気ではなくなったため、別れを告げて再び仕事に戻る渚。

 壇上には入れ替わりで人が登壇するが、魔法に関与してから数ヵ月の渚には誰が誰だか全くわからない。

 

 だが、次に告げられた名前に、渚はすぐさま壇上を見た。

 

 その名前は、九島(くどう) (れつ)

 

 周りを見てみると、生徒たちも同じように壇上を見ており、給仕の仕事をしている茅野や磯貝も壇上を見ていた。

 

 ただし、渚たちと一般生徒との表情は全く違う。

 

 そして、壇上に現れた人物の姿に、ホール内の時間が止まった。

 眩しさを和らげたライトの下に現れたのは、パーティドレスを纏い髪を金色に染めた、若い女性。

 

 それと同時に、渚、茅野、磯貝は過去に一度近いもの感じたことがある、『ナニか』を感じとった。

 それは、以前一度会ったときに似てる感覚(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ホール内ではざわめきが広がっている。

 何故こんな若い女性が代わりに姿を見せたのか。

 何らかのトラブルがあったのか。

 

 しかし、どれも違う。

 渚の眼には、しっかりと金髪の女性の後ろ(・・)に立っている老人を捉えている。

 

 周りを見てみると、茅野や磯貝も気づいているらしく、老人を凝視。

 また、達也も同じように凝視していた。

 

 老人の囁きを受けて、ドレス姿の女性はスッと脇へどいた。

 ライトが老人を照らし、大きなどよめきが起こる。

 

「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」

 

 その声は、マイクを通したものであることを差し引いても、かなり若々しいものだった。

 

「今のはチョッとした余興だ。魔法というよりも、手品の類いだ。だが、手品のタネに気づいた者は、私の見たところでは八人だ」

 

 老人が何を言い出すのか、何を言いたいのかを大勢の高校生が興味津々に彼の言葉に耳を傾けている。

 

 しかし、それどころでは無い高校生が、約三人。

 

「渚。あの人って……」

 

「間違いないよ磯貝くん。()()()暗闇の中で見かけた老人だ」

 

「まさか、それがあの老師だってこと?」

 

「たぶん……あの時と似たような感覚をさっき感じたから、間違いないと思う」

 

 渚、磯貝、茅野がさっきの魔法を見破れたのは、彼らの観察力が優れていたとか、魔法に耐性があるとかそういうのではない。

 一度、今回のそれよりもかなり広範囲の魔法を実際に見たことがあるからだ。

 

「――明後日からの九校戦は、魔法を競う場であり、それ以上に、魔法の使い方を競う場だということを覚えておいてもらいたい。魔法を学ぶ若人諸君。私は、諸君の()()を楽しみにしている」

 

 老人の話が終わったとき、ホール内は拍手に包まれる。

 その拍手に包まれながら、老人は降壇する。

 

 その老人の顔は、笑っていた。

 

◆◆◆

 

 一仕事を終えた渚たちは、それぞれの部屋に戻って今日あったことや明日の予定などを決め、眠りについた。

 

『業、渚は寝た?』

 

「ああ、そっちはどう?」

 

『こっちも寝たよ』

 

 だが、怪しい行動を起こすものが若干二名。

 業と中村だ。

 

 二人が懇親会に参加しなかったのは、今この時のためにある。

 

「よし、じゃあゆっくりと茅野ちゃんをこっちまで運んできて」

 

『了解』

 

 業の面倒だったというのは本当だ。

 

 ノックが聞こえ業が扉を開けると、そこには寝ている茅野を抱えている中村の姿があった。

 

「さすが。運ぶの上手いねー」

 

「まぁね。ほら、そんなこと言ってないでさっさとやるよ」

 

 茅野を運ぶ先は、渚のベッドの上。

 業が布団を捲り、中村が茅野を渚の隣に寝かす。

 そして布団を被せて、写真を一枚。

 

 つまり、二人がやりたかったのはこれだ。

 

『朝起きたら好きな人が目の前で寝ている件』

 

「業はしっかりと寝た?」

 

「勿論。遊び道具も持ってきたよ」

 

 二人が懇親会に参加しなかったのは、その時間を睡眠時間にあてるため。

 そして、渚や茅野がいつ起きてもいいように、夜通し見張ってシャッターチャンスを逃さないためだ。

 

 要約すれば、彼らもまた、久し振りの再会が嬉しいのだ。




はい、実はこちらが悪戯の本命でした。

さりげなく大事なお話。


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師匠の時間

いよいよあの人の登場です。
文は少なめですが、かなり恋……濃い内容です。


 とても気持ちの良い匂いがする。

 部屋には冷房が効いているのか、少し肌寒い。

 

 布団を肩までかけて、近くにある温かい『ナニか』を手繰り寄せるようにするも、動く気配がないため自分から抱き付きに行く。

 

 ――温かい。

 

 その『ナニか』に抱きつくと、とても温かく、心が安らぐ効果を身体にもたらせてくれた。

 

 恐らくまだ朝日も昇っていないのだろう。

 脳がまだ起きるときではない、もう少し横になっていろとでも言っているかのように身体が重たい。

 

 そこで、ふと、明瞭としない頭で疑問を感じた。

 

 ――何故、自分のベッドに『ナニか』があるのか。

 

 ただ、その疑問は本当にふと思ったことで、些細なことに過ぎない。

 それに、その『ナニか』はとにかく自分を癒してくれるのだ。

 

 嫌悪感を覚えるものならまだしも、自分に幸福をもたらしてくれるものならむしろ隣にいてくれた方がありがたい。

 

 だが、『ナニか』が実際何なのかは気になる。

 眠気は強いが、一時的にその『ナニか』の正体に対する好奇心の方が勝ち、重たい瞼をうっすらと開ける。

 

 部屋のなかはカーテンが閉まっているが、隙間から見える明かるさからして、予想通りまだ日は昇ってはいないのだろう。

 

 そして、次に眠気に勝った好奇心の対象となるもの、現在自分が抱きついている『ナニか』へと視線は移る。

 

 目の前にいたのは、青い髪、中性的で整った顔立ちの、自分が想いを寄せている相手。

 

 ――なるほど、彼なら自分を癒してくれるのも納得だ。

 

 さらにギュッと抱き付くように寄る。

 何処からかパシャリ、という音が聞こえるも、今の自分は彼が隣にいることによる幸福感で全く気にならない。

 

 その幸福感を味わいながら、再びベッドに身体を預け、目を閉じて再び夢の中へ。

 

「じゃなくて!!渚がなんでここに!?」

 

 そんなわけもいかず、現在の状況の理解に至った茅野は、顔を真っ赤にしてバッ!と起き上がる。

 

「ん……あ、おはよう茅野……どうしたの?」

 

 茅野の叫びにも似た声に、渚も眼を擦りながら身体を起こす。

 挨拶をされるも、茅野にそれを返す余裕など無い。

 

「どうしたの?茅野……ん、茅野?……茅野!?」

 

 そんな茅野の様子に違和感を覚えた渚も、次第に脳がはっきりとしていき、状況を理解する。

 

「は……あわわわわ……ぅぅぅぅ」

 

 声にならない声が、茅野から漏れる。

 状況を理解していけば行くほど、羞恥心が込み上げてくる。

 

 つまり、自分が抱きついていたのは、渚だったのだ。

 渚も渚で顔を真っ赤にしてあたふたとしている。

 

 パシャリ。

 

 その時、近くから聞こえたシャッター音が再び部屋に鳴り響いた。

 冷たい汗が、渚と茅野に流れる。

 

 ゆっくりと、音が鳴った方を二人で見てみる。

 

「おはよう、渚、茅野ちゃん」

 

「いやー、朝からお熱いねー」

 

 そこにいたのは、今撮った写真をこちらに見せながらニヤニヤとしている業と中村がいた。

 

「業!?中村さん!?」

 

「にしても茅野ちゃん。かなり大胆だったねー」

 

「ストップ!お願いだからそれだけは言わないで!!」

 

 そして、茅野の顔はさらに真っ赤に染まっていく。

 渚に抱きついたときに鳴ったシャッター音。

 あれは間違いなく撮られているのだ。

 

「中村。二人を邪魔しちゃ悪いからそろそろ向こういこっか」

 

「そうだね。それじゃあ二人とも、御幸せにー」

 

 口調はゆっくりだが、それに全く似つかない逃げ足で部屋を出ていった二人。

 その場には、それを呆然と見ている渚とモジモジとしながら顔を伏せている茅野が取り残された。

 

 その場は静寂に包まれるも、ベッドの周辺では生暖かい、高校生特有の甘い空気が流れていた。

 

◆◆◆

 

 懇親会が九校戦の二日前に行われるのは、次の日、九校戦前日を休日に充てるためだ。

 

 そのため、渚たち観戦組はこの日は観光に最適な日となる。

 朝の一騒動が終わったあと、着替えてから朝食を取り、まずは皆で競技場を見て回り、その後昼食を取ってからは、各自自由行動となった。

 

 競技場を回っている間も茅野が顔を真っ赤にしながら下に向け、時折チラチラと渚の方を見ているのを再び業と中村に撮られて発狂しそうになっていたのはご愛嬌だろう。

 

 自由行動となっている午後。

 渚は今日の明け方にきていたメールの差出人の元へと向かった。

 

『今日、時間がある時に私の部屋にきてくれ』

 

 その一文を受け、ちょうど自由時間となったため渚の先生がいる高級士官用客室へと向かった。

 

 警備の兵士に名前を言って広い客室に案内された渚は、先生が来るのを待つ。

 

「久し振りだな、渚。よく来てくれた」

 

「お久し振りです。風間先生」

 

 風間 玄信(はるのぶ)

 烏間の部下で、陸軍一○一(いちまるいち)旅団、独立魔装大隊隊長。

 階級は少佐だが、その戦歴と率いる部隊の特殊性から、軍内では階級以上の待遇を受けており、現在使っている、本来は大佐クラスが使用する部屋にいることがそれを顕著に表している。

 

「噂はいろいろ聞いている。一高にブランシュが襲撃してきた時の活躍や、マジック・アーツでかなり優秀な成績を残しているらしいな」

 

「ありがとうございます。でも、それらは全て先生が魔法を教えてくれたからできたことですよ」

 

「それは渚が……と、懐かしい話はまた後で、君の話とともにゆっくりとしよう」

 

 久し振りに会ったということもあり、若干緊張している渚。

 主に、風間の日焼けや火薬焼けによってなめし皮の様になった顔を久し振りに見たのが原因だろう。

 

「まずは、すまなかった。勝手にホテルを変えてしまったな」

 

「先生が謝ることではないですよ。むしろラッキーでした」

 

「そう言って貰えるとこちらとしてもありがたいよ。それで、現在の状況だが、現時点でこの周辺に『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』の工作員が数名潜伏しているという情報を持っている。人が多い昼は大丈夫だと思うが、夜は必ず皆で部屋にいなさい。君の元クラスメイトにも念のため軍の者がついているが、恐らく狙われているのは九校戦に来ている君たちだけだ。観戦中も、気を付けなさい」

 

「わかりました。気を付けておきます」

 

 そこまで言い終えて、いままで真剣だった風間の表情が、親戚の叔父さんみたいに一気に優しくなる。

 

「さて、事務的な連絡はここまで。むしろ本題はここからだな。今からは軍の風間 玄信としてではなく、君の師匠、風間 玄信として話をしよう。まずは――」

 

 そこからは、本当にただの世間話だった。

 CADの使い心地や、魔法、現在のクラスメイトや、部活のことなど、師弟の会話は、日が暮れるまで続いたのだった。




いろいろな関係が次々と繋がっていきますね。

そして、次話から競技に入ります。


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合流の時間

さて、更新を始めて早一ヶ月。
ここまでこれたのも皆さんのおかげです!

完結までこのペースでいきたいと思っておりますので、これからもよろしくお願いします!


 九校戦は、十日かけて本戦、新人戦と行われる。

 種目は、男女共通で『スピード・シューティング』、『クラウド・ボール』、『バトル・ボード』、『アイス・ピラーズ・ブレイク』

 男子のみの競技として、『モノリス・コード』

 女子のみの競技として、『ミラージ・バット』

 以上の計六種目。

 

 交通の便はかなり悪い会場だが、直接競技を見に来る観客は十日間で述べ十万人。

 有線放送の視聴者は、少なくともその百倍以上になる。

 

 渚たちが家を出発してから二日後、ようやく開会式が始まった。

 開会式は華やかさよりも規律を印象付けるものだったが、魔法競技はそれ自体がとても派手なもののため開会式を華やかにする必要はない。

 

 開会式が終わると、すぐ競技に入った。

 一日目の競技は、『スピード・シューティング』の決勝と『バトル・ボード』の予選。

 

 スケジュールの違いは、両競技の所要時間の違いを反映している。

 

 渚たち元E組と、達也、雫、ほのか、深雪は真由美の試合を観戦すべく、『スピード・シューティング』の競技場へ移動した。

 

 勿論その二組は一緒に行動しているわけではなく、別行動だ。

 

「あ、達也」

 

「渚か。奇遇だな」

 

 だが、彼らはバッタリと出会った。

 理由は簡単。

 観客席は後列ほど高い階段構造だが、その前列は既に埋まっていた。

 男女問わない真由美のファンによって。

 

 そのために、必然的に席は後列の方になる。

 

 後列にはまだそれなりに広い場所があり、二組が座ってもまだ余るくらいには空いていた。

 他に席を探して取られるのも間抜けな話なため、二組はその周辺に固まって座る。

 

 だが、そこで座らない男が約二名。

 

「君たち、すごく可愛いね!」

 

「ねぇねぇ、写真撮っても良い?」

 

 前原と岡島だった。

 

「来て早々何やってんの!?」

 

「なんだよ渚ー。写真一枚ぐらい良いだろー?」

 

 いきなりナンパ紛いなことを始める二人に渚が突っ込みを入れるも、それで止まるようならまずナンパ紛いなことをしていないだろう。

 だが、彼らはやらかしてしまった。

 よりによって深雪をナンパしてしまっているのだ。

 

「すまないが、妹と友人から離れてくれないか」

 

 当然、達也が出てこないわけがない。

 達也も渚の元クラスメイトとはいえ、深雪に触れるようなら容赦をするつもりはない。

 そんな達也の迫力ある佇まいに、前原と岡島は顔をひきつらせながら大人しく引き下がる。

 

「ごめんね達也。普段は本当に面白い友達なんだけど、女子に目がないのが玉に傷で……」

 

「まぁ、それがあいつらなんだから仕方ないんだけどねー。あ、私は中村 莉緒。よろしくね」

 

「俺は渚のクラスメイトの司波 達也だ。渚、今回は見逃すが、次深雪にちょっかいをかけたら容赦はしないぞ」

 

 渚の苦笑混じりの言葉にのっかるようにしながら自己紹介をする中村。

 達也も自己紹介をして、次はないぞ、と渚に忠告をする。

 だが、その忠告を聞いた元E組はヒソヒソと小声で会話を始めた。

 

「渚、司波くんってまさか……シスコン?」

 

「あ、うん……かなりね……司波さんも同じくらい」

 

「うーん……ブラコンなのか彼女……そして兄がシスコンとなれば、さすがにガードが堅すぎるな」

 

「なんとしても一枚……」

 

「いや、諦めてよ!」

 

 その会話の内容は本人たちがきいたら恐ろしいことになりそうなものだった。

 主に最後の二人は絶対に止めなくてはならないと誓う渚。

 

「えーと、司波くんだっけ?」

 

 渚がその誓いを胸に持ったとき、一連のやり取りをずっと見ていた業が達也に話しかけた。

 

「どうした?」

 

「俺は赤羽 業。よろしく」

 

 軽い自己紹介をして手を差しのべる業。

 握手を求めているようだ。

 

「司波 達也だ。こちらこそよろしく」

 

 それに答える形で達也も自己紹介をし、その手を握る。

 握手を数秒交わし、お互いが離したときに自分の手と達也を交互に見る業。

 

「どうしたの?業」

 

「いや、なんでもないよ」

 

 業の行動に謎を覚えた渚だが、本人が何でもないといっているのでそれ以上は聞かなかった。

 

「潮田くんのクラスメイトって、個性豊かな方ばかりなんですね」

 

「むしろ、個性が強すぎる」

 

「とても楽しそうなクラスですよね」

 

 現在の状況を見て、ナンパされた深雪、ほのか、雫は冷静にコメントを残した。

 だが、それも仕方がないことだろう。

 

 前原と岡島は二人で何やらコソコソと話し込んでおり、業と中村は渚と茅野を写真で弄っている。

 そのとき、渚のクラスメイトが近づいてくるのを達也は視認する。

 

「司波くん。さっきはあの二人が失礼なことをして申し訳ない。俺は磯貝 悠馬だ。次からはあんなことしないようにしっかりと監視しておくよ」

 

「司波 達也だ。是非そうしてくれると有り難い」

 

 今度は磯貝が頭を下げながら自己紹介をし、達也も最早社交辞令的な流れで名前を名乗った。

 

「なんか、すごい騒がしいわね」

 

「こいつらが渚のクラスメイトたちか?」

 

 ふと、背後から声をかけられて達也とその横にいた磯貝、深雪、ほのか、雫が後ろ振り返る。

 

「エリカ、レオ」

 

「ハイ、達也」

 

「よっ」

 

「おはよう」

 

「おはようございます、達也さん、深雪さん、ほのかさん、雫さん、それと……」

 

「磯貝 悠馬です」

 

「よろしくお願いします。磯貝くん」

 

 上から、エリカ、レオ、幹比古、美月の順番で挨拶をし、達也の座っている列の一列後ろにそれぞれ座った。

 

「あ、渚くんにカエデちゃんもオハヨー。朝から楽しそうね」

 

「あ、エリカ。おはよう。朝から僕は疲れたよ……」

 

「おはよう、エリカちゃん。私も渚に同じく……」

 

 そして、渚と茅野を見つけたエリカはそちらにも挨拶をする。

 レオは前原と岡島のところへ向かったところを見ると、どうやら三人は仲良くなったみたいだ。

 

「そろそろ始まるぞ」

 

 今までかなり騒がしい場の雰囲気が、達也の決して大きくはない、だがよく響いた声によって少しずつ収まっていく。

 それに合わせるかのように、観客席も静まり返っていった。

 

 選手はヘッドセットをつけているので、少しくらい観客が騒いでも選手には関係ないが、これはマナーの問題である。

 

 開始のシグナルが点った。

 

『スピード・シューティング』は、三十メートル先の空中に投射されるクレーの標的を魔法で破壊する競技で、制限時間内に破壊したクレーの個数を競う。

 いかに『素早く』正確に魔法を『発射』できるかを競う、というのが『スピード・シューティング』の名前の由来だ。

 

 そして、真由美は遠隔魔法の英才と呼ばれるほどの実力の持ち主。

 

「わぁぉ……すごいねこりゃ」

 

 中村から声が漏れた。

 それは恐らく、この場の誰もが思っていることだろう。

 

 真由美が使用した魔法は、ドライアイスの亜音速弾。

 

 クレーの数は五分間に百個に対し、真由美は百回のドライアイスの亜音速弾の魔法を使用し、その全てを破壊。

 

 つまり、パーフェクトだった。

 

「あれって、渚の先輩だよね?」

 

 魔法を詳しく知らなくても凄い実力の持ち主だということは誰にも明白であり、茅野は真由美を見ながら渚にきいた

 

「あ、うん。生徒会長だよ」

 

「七草……なるほど。あの七草か……渚、その生徒会長とは知り合い?」

 

 業は業で何やらぶつぶつと呟いた後、ふと何か思い付いたかのように渚に質問する。

 それに若干首を傾げながらも、渚は一昨日のことを思い出して苦笑いしながら答えた。

 

「まぁ、知り合いといえば知り合いだね。ある意味では天敵だけど……」

 

「なるほどねぇ……悪くない」

 

 達也が横で今の魔法について説明しているなか、元E組メンバーは真由美の実力に眼を奪われ、業は再びぶつぶつと呟き始める。

 渚は何か不味いことを言ったかな、と念のため過去に言ったことを反芻することにした。

 

「渚、俺たちは今から『バトル・ボード』の会場へ向かうんだが、一緒にいくか?」

 

 気がつくと、達也たちは既に立ち上がっていた。

 渚は元クラスメイトとアイコンタクトで確認、全員が頷いたことで達也の後ろに続く形で立ち上がる。

 

 先頭には達也、ほのか、深雪、雫の四人、その後ろに前原、岡島、レオ、幹比古の三人組とエリカ、美月、茅野の三人組の計六人が並んで喋っており、渚、中村、磯貝、業はさらにその後ろをついて歩いていた。

 

「渚。さっきの渚のとこの会長の魔法ってどんな原理かわかるか?」

 

 そして、現在後ろでは、磯貝が渚にさっきの魔法のことについて質問しているところだった。

 

「んー……空気中って分子が動き回っているのは分かる?」

 

「ああ、理科でやったな」

 

「その分子の運動を減速させてドライアイスを作り、これを亜音速に加速させてクレーに当てるっているのを百回繰り返したんだ」

 

 へぇー、と納得したらしい磯貝は、中村に喋りかけられたため、渚は業と喋っていようと隣を歩いている業を見る。

 

「……?」

 

 しかし、業はただ一点、達也の姿を見ているだけだった。

 

「さっきからどうしたの?業」

 

「いや、司波くん、なーんか引っ掛かるんだよね」

 

 業はその何かを思い出せずに、ずっと達也見ていたという。

 渚も達也を見てみるが、別段引っ掛かるところはない。

 

「気にしすぎじゃない?」

 

「……かもね」

 

 そして、一向は『バトル・ボート』の競技場へ到着した。




少しぐだりそうで怖かったですが、なんとか上手く合流させることが……できた……と、思いたいです。

正直かなり難しかったですが、


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取引の時間

感触的に後三十五話ほどで完結。
つまり、約一ヶ月ですね。

競技名はわかるように『』で括っております。
こちらの勝手な判断ですが、九校戦が終わるまではこれで通しますのでご理解のほどをお願いします。


『バトル・ボード』の競技場も『スピード・シューティング』の競技場と同じように前列が既に埋まっていた。

 

 だが、真由美のときは男子の割合が多かったのに対し、今回は圧倒的に女子の数の方が多かった。

 

 『バトル・ボード』は全長約三キロの直線有り、急カーブ有り、上り坂有り、滝状の段差も有りというかなりハードな人工水路を長さ百六十五センチ、幅五十一センチの動力なしのボードに乗って、魔法の加速のみで三周するというもの。

 コースは男女別に一本ずつ作られているが、男女で難易度に差はない。

 

 予選を1レース四人を六レース、準決勝を1レース三人で二レース、三位決定戦を四人で、決勝レースを一対一で競う。

 

 平均所要時間は十五分。

 最大速度は時速五十五~六十キロに達するが、一枚のボードに乗っているだけの選手に、風避けは全く無い。

 つまり、生身で風圧を受けながら三キロというコースを三周するという魔法だけでなく、肉体的なトレーニングも必要となる競技だ。

 

「ねえ渚……この前の観客も全員渚の高校のファンなの?」

 

「うん……名前聞いた感じはそうだね」

 

 先程と似た光景に、茅野が呆れ半分に渚に聞いたが、渚の耳に聞こえてくる歓声の対象となっている名前の主は明らかに顔見知りの、しかもここ最近かなりの頻度で絡んでくる人の名前だった。

 

 四人が横一列に並ぶ水路に、他の選手が膝立ち、または片膝立ちで構えるなか、摩利だけは真っ直ぐ立っていた。

 

「うわっ、相変わらず偉そうな女……」

 

 エリカはそんな摩利の姿を見て、相変わらずの敵意剥き出しの呟きを溢す。

 だが、それが聞こえた者にそれがどういうことなのか聞く無粋な者はいないため、皆聞かなかったことにして一様に空中の飛行船に吊るされている大型ディスプレイを見た。

 

 ちなみに、前列は女子ばかりなのだが、あまりの熱狂具合にさすがの前原や岡島も声をかけることができないで大人しく席についている。

 

 選手紹介アナウンスにより、摩利の名が呼ばれた瞬間、黄色い歓声が前列を揺るがした。

 それに摩利は手を挙げて歓声に応えたため、ますます歓声の音量が増す。

 

 熱狂度では、真由美のファンよりも数段上だ。

 

「こりゃすごいわ。さっきの会長さんといい、そこらへんの女優よりは人気あるんじゃない?」

 

「ここで委員長や会長と女優を比べるのは違うと思うよ中村さん……」

 

「でも、渚の先輩格好良いからね。集まるのも分かるよ」

 

「あれぇ?茅野ちゃん浮気?」

 

「ち、違うよ!」

 

「はいはい、そこまでだ業。中村も参加しようとするんじゃない。もう競技は始まるぞ」

 

「へーい。ここは委員長さんに従っておきますかね」

 

 格好良い、というのは茅野から見た摩利に対しての本心だったのだが、それを逃さずに捉えた業によって茅野は手を首をブンブン振りながら否定。

 中村も参加しようとしていたのを磯貝が間に入ることによってなんとか止めることができた。

 

『用意』

 

 スピーカーから合図が流れる。

 空砲が鳴らされ、競技が始まった。

 

 その瞬間、スタート後方の水面が爆発した。

 どうやら大波を作ってサーフィンの要領で推進力利用し、同時に他の選手を撹乱するつもりで四高の選手が仕掛けたものなのだが、発生した荒波に自分もバランスを崩していた。

 

 レースはスタートダッシュを決めた摩利が、四高の選手の作り出した混乱にも巻き込まれず、早くも独走態勢に入っていた。

 

 水面を滑らかに進む摩利は、まるで足とボードが一体となっているかのような安定感でコースを疾走している。

 

 ボードと足の接着面に硬化魔法で固定し移動魔法を使って推進、上り坂を登るときは加速魔法を、同時に波の揺れを押さえるために振動魔法と多種多彩に魔法を使いこなしていく摩利。

 

 寿司で例えるなら、真由美は芸術の域まで高められた包丁さばき、握りをして高精度な寿司で客を満足させるなら、摩利は他方向から取り入れた技術を駆使して客を驚かせ、魅了する。

 

 どちらも、高校生レベルではなかった。

 

 坂を昇りきって、ジャンプ。

 着水とともに水面が大きく波打ち、摩利の魔法によって大波となって彼女のボードの推進力へと、そして、二番手を飲み込む荒波へと変わった。

 

 一周目の、コースも半ばも過ぎないうちに、摩利の勝利は確実なものとなっていた。

 

◆◆◆

 

 今日の『バトル・ボード』は予選のみ。

 達也たちと午後からの『スピード・シューティング』の準決勝と決勝を観戦することを伝え、一高組と元E組は別れ、昼食をとった。

 

 真由美の競技は先程分かったようにかなり人気があるため、渚たちは何処に寄るでもなく競技場へと向かった。

 

 相変わらず前列は真由美のファンによって埋まっていたが、それなりに早い時間に来たおかげか、中間列はそれなりに空席があったため、一列になって座る。

 

「渚、少し聞きたいんだけど」

 

「どうしたの、業?」

 

 座ってまもなく、業が競技場を見ながら渚に問いかけた。

 

「司波 達也って、何者?」

 

「……何者って?」

 

「雰囲気がどうも普通の高校生じゃないだよねぇ。手を握ったとき、明らかに普通じゃない手をしていたし」

 

 渚には、業が何を言っているのかわからなかった、否、わかっていないフリをした。

 本当は、渚もある程度気がついていたのだ。

 

 具体的には、カフェで烏間の口から達也の名前が出たときから。

 

「渚、一学期中に一高がテロリストに襲われたという噂が俺の耳に入ってきたんだけど、それは本当?」

 

「ああ、うん。本当だよ」

 

「そのときに司波 達也は真っ先に動いたんじゃないか?」

 

「……うん。行動を起こすのはかなり早かった」

 

「テロにあっても素早く動けて、烏間のような手……渚、俺少しトイレ」

 

「あ、うん。競技までには戻ってきてね……」

 

「あいよー」

 

 渚から達也の一高にテロリストが襲ってきたときの話をしてからボソボソと一人で呟き、いきなり立ち上がってトイレに行くと言い出した業。

 

 渚にはそれがトイレではないと分かっていたのだが、それを止めることはできなかった。

 

◆◆◆

 

 達也がある人とのティータイムを済ませて競技場へ入ろうとすると、そこには赤髪の少年が立っていた。

 

「どうした?赤羽」

 

「司波くん。ちょっと時間あるかな」

 

「……手短に頼む」

 

 業のただならぬ雰囲気を悟ったのか、達也は警戒心を強めながら無言で歩いていく業についていく。

 競技場から少し離れた人気のないところで二人は立ち止まった。

 

「それで、こんなところまで呼び出して何の用だ?」

 

「司波くんは、渚についてどう思う?」

 

「……良いやつだと思う」

 

「違うだろ?」

 

 達也が少し考えて出した答えを、業はバッサリと切り捨てた。

 

「司波くんなら気がついているはずだよ。渚の本性(・・)がどういうものなのか」

 

「……何故そう思うんだ?」

 

 あえて否定はしなかった達也。

 達也の中で少しずつ、業に対する警戒心が高くなっていく。

 

「司波くん、軍人だろ?」

 

 そして、達也の頭は一気に冷めていった。

 警戒心は既にマックスとなり、動揺がピークを超え、逆に平常心を取り戻す。

 

 まさか、会って一日目で見破られるとは思っても見なかったのだ。

 

 ――彼に簡単に嘘をついてはいけない。

 

 本能で察した。

 

「いつから分かっていた」

 

「強いていうなら握手した時だ。司波くんの手と知り合いの軍人の手が似ていたんだよねー。烏間って人なんだけど、司波くんは絶対に知ってるよね」

 

「一応知ってはいる」

 

 達也の応答は、かなり簡単なものとなっているが、雰囲気はさっきとは別人。

 殺気すら感じられるほどだった。

 

「なら、渚の暗殺の才能も直に感じたはずだ」

 

「……ああ」

 

 渚の暗殺の才能。

 それは、確かに実際に感じている。

 何しろ、達也ですら衝動的に動いてしまったのだから。

 

「ところで俺気になったんだけど、普通の一般人、しかも高校生がよく軍に入れたね」

 

 いきなり、全く話の路線がずれた。

 それは、達也にとっては嫌な予感しかしなかった。

 

「沖縄海戦」

 

 達也が目を細める。

 業はその反応を見て口を吊り上げて笑った。

 

「やっぱり。三年前に起きた事件に、二つ現在の高校生でも参加できるチャンスがあるのを思い出したんだよ。

一つは、新ソビエトによる佐渡侵攻事件のとき、当時若冠十三歳だった一条家の御曹司の活躍により撃退、『クリムゾンプリンス』という名前がつけられたというもの」

 

 業の凄まじい推理能力に、達也ですら戦慄する。

 少なくとも、情報は与えていない。

 それなのに、勘づかれたのだ。

 

「そして、沖縄海戦だ。その時に司波くんが沖縄にいて、成り行きで軍に参加して一緒に掃討したのなら、軍に入っているのも納得できる。少なくとも、一度は絶対にそういう場面を乗り越えているはずだよね。一高のテロリスト襲撃の時に素早く行動できた司波くんならさ」

 

 ――これ以上は危険だ。

 

 達也の脳内で警鐘が鳴り響く。

 目の前の人物は達也や深雪の今後の高校生活を揺るがしかねない存在。

 

 ここで消しておくべきか、という考えも、達也の中にはある。

 

「あれぇ?もしかして俺何か間違ってた?」

 

「……何を企んでいる。もし俺と深雪の日常を壊すつもりなら、いくら渚の友人といっても容赦はしない」

 

 最早、隠す気もない達也。

 殺気を業に向けて静かに、だがドスのきいた声で警告する。

 

「企んでいる?そんなわけないじゃーん」

 

 それを笑顔でさらりと受け流した業。

 瞬間、一気にどす黒いオーラを出す。

 

「渚にもし手を出したらこの情報は全て流すぞって言ってんだよ」

 

 業の目も、本気。

 達也を敵と認識して話している。

 

「脅しのつもりか?」

 

「脅し?まさか。取引だよ」

 

「取引だと?」

 

「司波くんが渚に手を出さなければ、俺はこの情報を一切漏らさない。だが、手を出せば俺はこの情報をばらまく」

 

「……赤羽。お前は一体何がしたい」

 

 達也には、全く分からなかった。

 業が何をしたいのかを。

 何故このようなことを持ちかけているのか。

 

「渚のため……と言いたいところだけど、俺自身の目的のためでもある。それはまだ言えないが、近いうちに分かる」

 

 達也は黙り込んだ。

 取引の内容的に、達也にとってリスクがかなり大きい。

 簡単に頷いては業の思惑にはまってしまうかもしれないと。

 

「まぁ、答えは司波くんの行動でわかるから答えなくてもいいよ……これは俺の連絡先だ。そろそろ競技も始まるからこの話の続きは今日の夜だ」

 

 達也の答えを聞かずに競技場へと歩き出す業。

 

 正直、これ以上はもう業と絡みたくないと達也は思っている。

 だが、達也は純粋に気になってもいた。

 

 赤羽 業という男を。




当たり前ですが、これからに繋がってきますからね。

一応最終話は既に考えているのですが、それを出す前に騒乱以後の話を書くとしたらどこまで書くのかの検討もつけておきます。


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業の時間

達也についてのネタバレがあります。

ネタバレされたくない方はブラウザバックを。

短めです。


 業は何喰わぬ顔で競技場へと戻ってきた。

 だが、何処かいつもと雰囲気が違うことに気がついたE組一同はあえて何も触れずに今始まろうとしている真由美の試合へ意識を向けた。

 

『スピード・シューティング』は準決勝からは一対一、空中に次々と撃ち出される紅白それぞれの百個の標的から、自分の色の標的を選び出し、破壊した数を競う対戦型となっている。

 

 対戦型『スピード・シューティング』は元々魔法の発動速度と共に、魔法力の集中を要求する競技なのだが、真由美は対戦相手の魔法行使領域外から狙撃することにより、魔法がお互いに干渉せず、純粋なスピード照準の精確さの勝負に持ち込むという戦法を取っている。

 

 そして、スピード、照準の精確性において、真由美の魔法力は世界的に見ても卓越した水準にある。

 

 高校生レベルでは、勝負にすらなってなかった。

 

 そして、その夜、皆が寝静まったころ、達也は業に連絡を入れて返信を待っていた。

 返信はすぐに来た。

 

『ホテルのロビーで』

 

 それを見て、端末を置いて部屋を出た達也。

 ロビーに着くと、既に業がいた。

 

「来たね。それじゃあ続きいこうか」

 

◆◆◆

 

 九校戦二日目。

 今日は『クラウド・ボール』の男女予選から決勝、『アイス・ピラーズ・ブレイク』の男女予選が予定されている。

 

 昨日『スピード・シューティング』で優勝した真由美が、今日の『クラウド・ボール』にも出るということで、昨日のような圧倒的な実力を見るためにE組一同は『クラウド・ボール』の会場に来ていた。

 

『クラウド・ボール』は、通称『クラウド』と略されることがある競技で、シューターから射出された直径六センチの低反発ボールを、ラケット、または魔法を使って制限時間内に相手コートへ落とした回数を競うテニスのサーブがないような競技だ。

 

 一セット三分の試合時間で、透明な箱にすっぽりと覆われたコートの中へ二十秒ごとにボールが追加射出され、最終的には九個のボールを選手は休みなく追いかける。

 

 女子は三セットマッチ、男子は五セットマッチで行われる。

 

 渚たちが席について数分後、一高メンバーも姿を現した。

 

「皆、オハヨー」

 

「おはよう、エリカ」

 

「よっ、相変わらず女子目当てか?あんたら」

 

「レオか。俺的には会長目当てだな」

 

「同じく。そのために一眼レフ持ってきたからな!」

 

 エリカが代表したような形で挨拶し、レオは前原と岡島の元へ、深雪とほのかと雫も一礼しながら席についた。

 そこで、渚はふと一人いないことに気がついた。

 

「あれ?司波さん、今日達也は?」

 

「今日お兄様はエンジニアとして一高の天幕にいますよ」

 

「へぇー。司波くんエンジニアだったんだ」

 

 深雪の言葉に感想を溢したのは業。

 中村と茅野は女子トークに花を咲かせ、磯貝はレオ、前原、岡島の三人のトークを苦笑いしながら聞いていた。

 

「業、達也は本当にすごいエンジニアだよ!僕のCADはオーダーメイドなんだけど、すごく使いやすく調整してくれたんだ!」

 

「つまり無敵なわけね」

 

 渚からの達也の腕前に、少し口を吊り上げてコートを見ながら言う業。

 そこには、真由美とその対戦相手がコートを挟んで既に対峙していた。

 

◆◆◆

 

 真由美がコートへ行ったのを見届けた達也は、昨日の夜のことを思い出していた。

 業と達也は、ロビー備え付けのソファーに腰をついて、業は達也と深雪の関係性に迫ったのだ。

 

『司波くんが妹ちゃんを庇ったとき、いきなり雰囲気が変わった。それが重度なブラコンだとしても、あそこまでの反応、雰囲気は間違いなく別の理由があると思っている。例えば妹ちゃんの護衛とか(・・・・・・・・・)

 

 全て、業の予想でしかない。

 だが、あまりにも的確すぎるものだった。

 

 業の言うとおり、達也は深雪の『ガーディアン』である。

 

 二人の名字は『司波』

 司波 龍郎(たつろう)と司波 深夜(みや)、旧姓四葉(・・) 深夜を親に持っている。

 

 四葉家出身である達也の実技の成績が良くない理由は、生まれつき脳内の魔法領域が狭いために工程の複雑な魔法が使えず、無理矢理使ったとしても速度が遅くなってしまうため。

 

 これは、発動速度と威力が重視される魔法師の世界では致命的な欠陥とされる。

 だが実際にはある部分、『分解』と『再成』という今までの魔法の根底を覆すような魔法に特化しすぎている為に、通常の魔法を使うことができないだけであるのだ。

 

 さらに、業の予想通り、三年前の沖縄海戦で日本国防軍特務大尉『大黒 竜也』という偽名を持っている。

 

 所属部隊は、陸軍一◯一旅団・独立魔装大隊。

 風間の部隊だ。

 

 そして、達也はある一件により、『最低限の情緒』しか持てず、唯一持っているのが、『家族である深雪への愛情』のみ。

 

 これも、業の言った通りだった。

 

『今までの俺の予想を全て肯定したとして、普通の家庭でそんな関係が生まれることは有り得ない。司波くんに何かあった、または妹ちゃんが次期当主候補とかの位置、またはそれに準ずる位置にいるか、またはその両方なのか』

 

 最早、業は達也たちにとって危険因子でしかなかった。

 次話す内容によっては、手荒い行為も辞さないつもりでいた。

 

『まぁ、今のは全部俺の予想でしかない。だけど、司波くんの家が普通じゃないのはわかる。……前置きが長くなったけど、ここからが俺の本題だよ』

 

 だが、その後の話は、達也にとっても悪くないと思えるものだった。

 

『俺は将来、官僚になる(・・)。だから、なった後のことを考えた時に十師族やその近辺とのパイプは持っておいた方が良い。政府なんかよりずっと役に立つからね。そのために俺は、九校戦に来たと言っても良い。勿論、渚たちと遊ぶためでもあるけど。この九校戦のうちに、一条、七草、十文字とは接触するつもりだ。司波くんがもし俺の予想通りの人だとするなら、今の話を覚えておいて欲しい。だから、今は渚の友達という位置でいいから、君たち兄妹との関係は持っておきたいというのが俺の考えだ。俺が官僚に入れるか否か、ここで話した司波くんたちの家に対する俺の予想を判断材料にさせるためだ』

 

 達也にとっても、官僚とのパイプは持っておきたいところではある。

 業は確実に官僚になるという、よくわからない根拠が信用に値したというのもあるかもしれない。

 

 ――変なことさえしなければ、俺は普通に接する。

 

 その言葉が、二人の関係の全てとなった。

 

 そこで、一セット目終了のブザーがなった。

 昨日の夜のことを思い出しているうちに、三分経過したようだ。

 

 真由美の失点は、ゼロだった。

 相手は両ひざをついてコートにへたり込んでいる。

 

 真由美の初戦は、一セットという最短決着で勝利を飾った。




これが今回の業の意図でした。
次からはまた九校戦主体に、一気に進むと思います。


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魔法の時間

なんとか復活です。
たくさんの応援コメントありがとうございます。

今更ですが、達也たちの『たち』を漢字にしないのは読みにくいからです。
それに統一して『たち』は平仮名になっています。


 懇親会の真由美を見ていた渚にとって、真由美の実力は予想を遥かに上回るものだった。

 真由美が使っていたのは、『ダブル・バウンド』という運動ベクトルを倍にして反転させるというもののみ。

 

『クラウド・ボール』はテニスコートを薄い箱で覆ったコートで行われるため、壁や天井を使っても反則にはならない。

 だが、真由美の魔法では、低反発性のボールを使っているために、床や壁で運動エネルギーが失われるリスクが出る。

 

 しかし、真由美は本当にその魔法だけで、全試合無失点、ストレート勝ちで優勝をしてしまった。

 つまり、それは相手との次元が違うということになり、真由美が十師族の一員だと再認識させられた時間だった。

 

◆◆◆

 

『クラウド・ボール』は男子の試合も行われており、そこには剣道部二年の桐原が出場する。

 その観客席には、ブランシュによって洗脳され、一時期入院しており、毎日お見舞いに行っていた桐原の恋人関係となった壬生と、その一件と剣道繋がりということで仲良くなったエリカ、エリカに引き摺られて美月、美月に誘われて幹比古、幹比古が声をかけてレオがその場に残った。

 

 E組メンバーは競技場を後にして、二年生女子の『アイス・ピラーズ・ブレイク』――略して『ピラーズ・ブレイク』、氷柱倒しとも言う――の選手、千代田(ちよだ) 花音(かのん)の試合が行われるということで『ピラーズ・ブレイク』の競技場へと向かった。

 

『ピラーズ・ブレイク』は、縦十二メートル、横二十四メートルの屋外フィールドで行われる。

 フィールドを半分に区切り、それぞれの面に縦横一メートル、高さ二メートルの氷の柱を十二個配置。

 相手陣内の氷柱を先に全て倒した方が勝者となる。

 

 その性質上、『ピラーズ・ブレイク』は極めて大掛かりな舞台装置を必要とする。

 

 さらに、巨大な氷の柱をこの真夏に何百という数を製氷しなければいけないため、男女に二面ずつの四面展開、一回戦十二試合と二回戦六試合の合計十八試合が一日のスケジュールとしては限界だった。

 

 体力をもっとも消費する競技が『バトル・ボード』なら、『ピラーズ・ブレイク』は魔法力をもっとも消費する競技だ。

 

 さらに、二日目の決勝リーグは試合と試合の間隔が短いということもあり、『最後は気力勝負』とすら言われているほど過酷なものだ。

 

 一高のいつものメンバーは『クラウド・ボール』の競技場にいるのだが、達也が、試合に出る二人は間近で見た方がいい、ということで、深雪と雫は達也と共にスタッフ席にいる。

 

 渚たちはいつも通り、観客席の中列後方に席を取って観戦していた。

 

 席順は左から、岡島、前原、磯貝、中村、茅野、渚、業となっている。

 

 観客席では、ちらほらと先程の花音の試合についての情報が飛んでおり、それによれば、一回戦目は最短決着だったのだという。

 

 試合開始のランプが点った。

 それと同時に、地鳴りが生じる。

 

 千代田家の二つ名でもある、魔法名『地雷源(じらいげん)

 

 速さと多能性が現代魔法のセールスポイントだが、やはり人である以上は得意、不得意がある。

 魔法の才能が遺伝するものである以上、血縁者の間で得意、不得意が共通することが多いのも、また当然の傾向と言える。

 

 例えば、十文字家なら『鉄壁』、一条家なら『爆裂』、七草家は不得意な魔法がないことから『万能』と呼ばれている。

 

 千代田家の『地雷源』は、振動系統・遠隔固体振動魔法という部類の中でも、地面を振動させる魔法に長けている。

 

 土、岩、砂、コンクリートなど材質は問わず、とにかく『地面』という概念を有する固体に強い振動を与える。

 それが千代田家の得意とする魔法『地雷()』であり、『地雷を作り出す者』から『地雷()』が千代田家の二つ名の由来となっている。

 

 直下型地震に似た上下方向の爆発的振動を与えられ、相手陣内の氷柱が一度に二本、轟音を立てて倒壊する。

 相手選手は移動速度をゼロにする移動系魔法『強制静止』で防御を図るが、標的を変えて次々と炸裂する『地雷原』に防御対象の切り替えが追い付いていない。

 

 そのまま五本の氷柱が倒れたところで、相手選手も防御優先から攻撃優先、捨て身の攻撃に出た。

 

 それだけの攻撃力、さぞ防御力もあるだろう。

 渚たちはそう思っていた。

 

 だが、結果は違った。

 

 相手の魔法が花音の氷柱を襲い、あっけなく音を立てて倒壊したのだ。

 

「わぁお、すごい強引ね」

 

「あはは……かなり大雑把らしいから……」

 

「でも、使用魔法を考慮すると、戦法としては間違ってないよ、中村」

 

「それは私にもわかるよ」

 

 相手が攻勢に転じたということは、相手の防御はさらに下がる。

 自陣残り六本となったところで、花音は敵陣の氷柱を全て倒し終えた。

 

◆◆◆

 

 風呂。

 本来、一糸も纏わない姿で湯に浸かり、日頃の疲れを癒すものなのだが、このホテルにある地下大浴場は元々、演習による筋肉痛、関節痛の治療目的に、ホテルの地下を流れるアルカリ性泉質の冷泉水を沸かして作った一種の療養施設で、主な利用者は中年以降の将校である。

 

 観光客の利用を想定しておらず、医者が指定した時間、お湯に浸かることだけを目的としているため、身体を洗うのは手前のシャワーブース、中は水着または湯着着用という仕組みになっている。

 

 九校戦中、渚たちはこの浴場の使用を許可されている。

 本来のホテルと同じように使えるように、という烏間の配慮によるものだ。

 

 外では、一応軍人が待機していてくれている。

 

 男性陣は水着を各自で持参しており、そこ以外は修学旅行みたいな雰囲気で入浴している。

 

「そういえば、渚ってどんな魔法使ってるんだ?」

 

「あ、そういえば気になるな。魔法まで暗殺向けとか?」

 

 全員が身体を洗い終え、浴槽で湯に使っている。

『ピラーズ・ブレイク』という魔法の目立つ競技を見たからなのか、元クラスメイトたちは渚の魔法に興味津々といった様子だった。

 

「僕の得意魔法は一応振動系だよ。部類としては千代田先輩と同じかな」

 

「じゃあ、あんな大地震とか起こせるのか?」

 

「それは無理だよ岡島くん。あんな魔法力僕にはないから」

 

 渚は岡島の比較対象に苦笑しながら、自分の魔法について大まかな内容を説明した。

 

「僕は今いったように魔法が得意ではないから、特殊なCADを使って脳波を振動させるんだ」

 

「脳波?」

 

「僕はそっちの分野において唯一魔法適正があったから、特別に専用のCADを作って貰ったんだ」

 

 渚は、中学からサイオンは知覚できていた。

 育った環境により、相手の表情、感情に敏感になっていたためか、暗殺教室に入る以前まででも感じることができていたのだ。

 

 そして、暗殺教室に入って、非魔法師でありながらサイオンを知覚することが出来るようになった。

 

「僕のCADで使える魔法は一つだけ。軍の人がくれた護身用なんだ」

 

「なるほど。だけど、脳波を振動させるって具体的にどういうことなんだ?説明をお願いしてもいいか?」

 

 魔法についての詮索はマナー違反。

 だが、これは魔法師同士に限ってなのだろう。

 磯貝の言葉に皆が渚に期待の眼差しを送る。

 

「脳波は、常に脳が微量に発している電波みたいなものだけど、特殊なCADに僕のサイオンを流し込んで対象に近づけると、相手の脳から出ている電波をかき乱して脳を撹乱、激しい船酔いのような効果とともに意識を飛ばすことができるって感じかな」

 

「つまり、渚の奥義を直接脳内に叩き込むようなものか?」

 

「それが一番わかりやすいかな」

 

 業の要約に、なるほどと納得する一同。

 だが、その要約をした業は何処か呆れ顔だ。

 

「全く……渚は何処までいっても暗殺者なんだな」

 

「え?どうして?」

 

「相手の意識を飛ばすってことは、不意打ちなら一撃必殺だ。脳に直接干渉なんてされたら防ぎようがない」

 

「確かに、さすが暗殺教室の首席だな!」

 

「ここまで来ると清々しいよな」

 

「全くだ」

 

 浴室に、笑い声が響く。

 暗殺教室の首席は、やはり何処までも暗殺者だった。




渚くんの魔法の理論はこんな感じですが、脳波については後程。
脳波の定義については私もしっかりと理解しておりますので、ご安心を。

気分を変えるために、ゲームをしながらオリジナル小説を書いてみました。
それを、とある小説家になりたい系サイトでオリジナル小説を投稿したいと思います。
時期は魔法科高校の暗殺者が完結してからですね。

その時になったら再び告知しますが、一気に数話、最初はハイペースで投稿しますので、是非一読してください。
リハビリとはいえ、設定はかなり凝ってますが、読みやすいように自分で出来る限りの工夫はしています。

もちろん、ハーメルンの既存作品も投稿しますよ。


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事故の時間

この小説は一話三千文字から四千文字ほどですが、実は文字を起こしてた時点では六千文字ほどあるのです。

サクサク進んでいるのは(私が思っているだけかも)、六千文字分ので進めた内容を余分な部分だけ省いているからだと思います。

手を抜いているつもりはありませんからご安心を。


 九校三日目。

 本日行われるのは、前半のヤマと言われている『男女ピラーズ・ブレイク』と『男女バトル・ボード』の各決勝戦。

 第一高校の勝ち残り状況は、『男子ピラーズ・ブレイク』と『男女バトル・ボード』が各二人、『女子ピラーズ・ブレイク』が一人だ。

 

 組み合わせ表からして『女子ピラーズ・ブレイク』と『男子バトル・ボード』を同時に観るのは不可能と言っても良いため、次の『女子ピラーズ・ブレイク』を見よう、という結論に至った渚たちは元E組メンバーは、昨日に引き続き『ピラーズ・ブレイク』の競技場へと来ていた。

 

 昨日はスケジュールの関係上、『ピラーズ・ブレイク』は予選二回戦までしか行われていないが、今日で一気に決勝戦まで終わらせる。

 インターバルの間隔が短いため、どれほど魔法力を抑えて、どれほど最短で決着をつけるかが鍵となる。

 

 その点でいえば、花音の戦法はかなり『ピラーズ・ブレイク』向けと言えよう。

 それを裏付けるかの如く、花音は予選三回戦、予選ブロック決勝を最短決着で決め、三つ巴の決勝進出を決めた。

 

 そして、花音は家柄が『数字付き』ということもあり、魔法力はかなり高い水準にある。

『ピラーズ・ブレイク』に有利な最短決着、そして圧倒的なまでの魔法力、魔法の破壊力。

 

 これ以上は見る必要も無い、ということと共に、ちょうど『女子バトル・ボード』準決勝のレース時間も良い感じに近づいてきたため、元E組メンバーは『ピラーズ・ブレイク』の競技場を後にし、『バトル・ボード』の競技場へと向かった。

 

◆◆◆

 

「やぁ、達也。おはよう」

 

「おはよう、渚。今から渡辺先輩の試合を観に行くのか?」

 

「うん、そうだよ」

 

 渚たちは道中、たまたま達也と出会った。

 

「やぁ、司波くん。おはよう」

 

「おはよう、赤羽」

 

 そして、同じように挨拶をした業に、達也は何もなかったかのように挨拶を返した。

 達也と業の雰囲気自体に変化はなかったが、若干場の空気に変な冷たさが出てきたのを渚は感じた。

 

 達也は先程まで真由美に捕まっていたらしく、今さっき解放されたところで渚たちに会ったのだという。

 

 競技場へ着くと、かなり席が埋まっていた。

 すると、渚たちの姿を見つけた一人の少女がこちらに駆け寄ってきた。

 

「お兄様、もうすぐスタートですよ!」

 

 凄まじいスピードで近づいてきた深雪に達也を含めて全員が苦笑、深雪がいた席にはエリカたちも座っていて、エリカはこちらに手を振るのとともに、顔の前に手を合わせていた。

 

 恐らく、『ごめん』と言っているのだろう。

 

「あの……申し訳ないのですが、席を一つしか確保することができず……」

 

 そのエリカの仕草を代弁するかのように、深雪からも謝罪の言葉が出る。

 だが、今回の準決勝は、去年の決勝カードでもある、『海の七高』と摩利が出る試合だ。

 

 ただでさえ人気の摩利の試合なのだから、当然席の確保は難しくなる。

 それが七人分ともなればそれこそ至難の業だ。

 

「いやいや、司波さんたちが気にすることじゃないよ。幸い後ろの方ならなんとかなりそうだしね」

 

「……潮田くんありがとうございます」

 

「すまない渚。また後でな」

 

 実際、渚たちも席が確保してあるとは思っていない。

 だからこそ、深雪たちの謝罪には戸惑うところがあった。

 

 そんな元E組メンバーの気持ちを代弁した渚に、謝罪よりも、ということで深雪が感謝を述べ、達也も断りを入れて深雪とともに確保してある席へと向かった。

 

 そこで、業が茅野に悪戯な笑みを浮かべて囁いた。

 

「ほんと、司波くんと妹ちゃんは仲がいいねぇ。茅野ちゃんも見習ったら?」

 

「え!?な、なんでそこで私が出てくるの!?」

 

 その囁きの意味を一瞬で理解した茅野は、顔を真っ赤にして意味が分からないように見えるよう叫ぶも、追撃は別の場所から容赦無くきた。

 

「愛しの王子さまはいつまでたっても愛しの王子さまとは限らないんだよー?」

 

「中村さんまで!?」

 

 例のごとく二人に挟まれて弄られる茅野の顔は火が出る様にさらに赤くなっていく。

 

「~~~~ッ!ほ、ほら!!早くしないと席が埋まっちゃうよ!!」

 

 そして、とうとう限界に達したのか、耐えきれなくなった茅野は中村と業の背中を押して階段を上がっていく。

 

 それに残された渚、磯貝、前原は顔を見合わせて苦笑しながら三人に続いて階段を上っていく。

 

 ちなみに、岡島だけは相変わらず写真を取り続けていたが、気がついたら皆がいなくなっていたため磯貝が助けにいくまでずっとその場をうろうろしていた。

 

『バトル・ボード』の準決勝は1レース三人のニレース。

 それぞれの勝者が、決勝で一対一のレースを戦うこととなる。

 

 渚たちが席について間もなく、レディ、を意味する一回目のブザーが鳴り、観客席は静まり返る。

 一拍の間が空き、二回目のブザー。

 スタートが、告げられた。

 

 先頭に躍り出たのは摩利。

 だが、予選とは違い背後に二番手の七高がピッタリとついている。

 少し遅れて、三番手。

 

「……すっげー」

 

 前原から感嘆の言葉が漏れる。

 

 激しく波立つ水面は、二人が魔法を撃ち合っている証だ。

 普通ならば先を行く摩利の方が引き波の相乗効果で有利だが、七高の選手は巧みなボード捌きで魔法の不利を補っている。

 

 前原の感嘆は、その場で魅せられている二人の技量についての観客の感想をそのまま表していた。

 波立つ海の上でバランスを保つのは、かなり難しいことを知っている元E組メンバーにとっては、尚更だろう。

 

 スタンド前の長い蛇行ゾーンを過ぎ、ほとんど差がつかぬまま鋭角コーナーへと差し掛かる。

 ここを過ぎれば、観客はスクリーンでの観戦になる。

 

 その瞬間、異常事態が起きた。

 

「あっ!?」

 

 観客席から悲鳴が聞こえ、何人も立ち上がった。

 渚たちもその例に違わず、立ち上がってしまっている。

 

 七高選手が大きく体勢を崩していたのだ。

 

「オーバースピード!?」

 

 誰かが叫んだ。

 確かに、ボードは水を掴んでおらず、飛ぶように水面を滑っている。

 その先は、鋭角コーナー。

 つまり、フェンスだ。

 

 ――前に、誰もいなければ。

 

 七高の選手が突っ込むその先には、減速を終えて加速を始めたばかりの摩利がいたのだ。

 

 摩利は身体をフェンスに向けていた。

 だが、背後からの異常に気がついたのか、肩越しに振り返った。

 

 そこからの反応は、見事としかいいようがない。

 

 前方への加速をキャンセルし、水平方向の回転加速に切り替え、水路壁から反射してくる波も利用して、魔法と体捌きの複合でボードを半転させた。

 

 暴走している七高の選手を受け止めるために、突っ込んでくるボードを弾き飛ばす移動魔法と、相手を受け止めた衝撃で自分がフェンスへ飛ばされないようにする為の加重系・慣性中和魔法の二つの魔法のマルチキャスト。

 

 その早さに、渚たちは大事には至らなさそうだ、と安堵した。

 本来ならば、このまま事故を回避できる。

 

 だが、不意に水面がいきなり少しだけ沈み込んだため、大きく体勢変更をしたばかりの摩利の体勢が大きく崩れた。

 相手のボードを弾き飛ばすのは成功した。

 だが、水面が沈んだために体勢を崩しているため、魔法の発動にズレが生じる。

 

 魔法が発動するよりも早く、足場を失った七高の選手と摩利が衝突し、そのままもつれ合うようにフェンスへと飛ばされた。

 

 観客席から大きな悲鳴がいくつも上がり、茅野も口を両手で覆っている。

 

 磯貝や前原、岡島、中村も他の観客と同様に腰を浮かせて混乱していた。

 渚と業もほぼ同じだ。

 

 だが、二人は瞬間的に、後ろを振り向いた。

 後ろには、怪しい人物は誰もいない。

 

 ――見られていた。

 

 それが二人の共通認識。

 明らかに明確な『悪意』を感じ取った二人は、だが相手が分からないためどうすることもできず、今はその場の雰囲気に呑まれるだけだった。

 

 レースは、中断となった。




投稿するまでには約ニ時間、遅ければ四時間はかかってますね。



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接触の時間

始めはふと思い付いたストーリーだったのですが、まさかここまで高い評価を貰えるとは……
この小説はまだまだこれからですので、今は我慢してください。



 悲鳴が上がっている競技場の外で、柱に持たれながら一人の男が誰かと連絡を取り合っていた。

 

「――はい、魔法は正常に発動、一高渡辺選手の棄権は確定でしょう。それと、サブターゲットの方も確認しました。明日、決行に移します」

 

 そこで通信を切り、競技場から離れていく男。

 男の右手には、渚や業、磯貝といった現在九校戦を見に来ている元E組の写真が握られており、一ヶ所だけ大きく赤い丸がつけられていた。

 茅野を囲むように。

 

◆◆◆

 

 摩利が全治一週間の怪我で競技に出られなくなったことは一高に限らず知るところとなった。

 七高の選手は摩利が庇ったおかげで軽傷で済んだが、危険走行のため失格。

 一高の三日目の成績は、『男女ピラーズ・ブレイク』で優勝、『男子バトルボード』二位、『女子バトルボード』三位だ。

 

 総合二位の三高が『男女ピラーズ・ブレイク』で二位、『男女バトル・ボード』で優勝という好成績を収めたため、両校のポイント差は前日よりも縮まっていた。

 

 さらに、本戦の『ミラージ・バット』に出場予定だった摩利は怪我のため出場を辞退、代役として新人戦『ミラージ・バット』に出場予定だった深雪が本戦に出場することとなった。

 

 そして迎えた九校戦四日目。

 本戦は一旦休みとなり、今日から五日間、一年生のみで勝敗を争う新人戦が行われる。

 新人戦のポイントは本戦の二分の一ではあるが、新人戦優勝は出場する一年生の栄誉となるため、気合いの入り方は本戦にも劣らない。

 

 競技順は本戦と変わらず、初日は『スピード・シューティング』の予選と決勝、『バトル・ボード』の予選が行われる。

 

 だが、開会式があって午前中に余裕がなかった本戦とは違い、新人戦は午前中を女子、午後を男子と分けて一気に決勝まで行う形式をとっている。

 

『スピード・シューティング』に限らず、試合中にCADを調整することはできないが、選手の希望を聞いて試合の合間に細かな調整を行うのは、エンジニアの重要な仕事だ。

 

 よって、この期間中は達也は選手に付き添わなければいけないため、一緒に観戦することができない。

 

 達也が担当する競技は『女子ピラーズ・ブレイク』、『女子スピード・シューティング』、『女子ミラージ・バット』だ。

 

 何故女子ばかりなのかといえば、男子からの反発が強かったこと、そして、何より深雪の担当エンジニアに達也を外せないからである。

 

 そして、渚たちは今回、久しぶりにエリカたちと席を前後させて座った。

 

「そんなに日が経ってないのに、かなり久しぶりに感じるよ」

 

「確かに、いつもエリカとレオのいがみ合いを聞いていたけど、ここ最近聞いた気がしないね」

 

「ははは……間違いないや」

 

 渚の思い出したように呟かれた言葉に、幹比古は苦笑する。

 現在の席順は、渚たちの列は左から業、渚、茅野、中村、磯貝、岡島、前原となっており、一段下の列は、幹比古、美月、ほのか、深雪、エリカ、レオとなっていた。

 

 業の一段下に幹比古がいて、岡島の一段下にレオがいる状態だ。

 

 レオは前原、岡島と、エリカは給仕係繋がりで磯貝と、深雪、ほのか、美月、中村、茅野の五人でガールズトーク、渚と業、幹比古で近況のことや、魔法についてそれぞれ話していた。

 

 ふと、渚はなんとなく周囲を見渡す。

 別に何か理由があるわけではなく、なんとなく、だ。

 

 そこで、顔を見知った三人の上級生を見つける。

 

「あ、会長と……渡辺先輩だ」

 

「……何?」

 

「本当だ。渡辺先輩怪我はもういいのかな」

 

 そこにいたのは、真由美と摩利、鈴音だった。

 幹比古は摩利の怪我の心配をしていたが、業は別の人物、会長という名を聞いてその方角を向いた。

 

「渚。会長ってどんな人?」

 

「うーん。学校では小悪魔的な立ち振舞いをしてるよ。後、若干人を弄ることが……」

 

 そこで、メイドを思い出したのだろう。

 はぁ、とため息をつく渚。

 

「……なるほどね」

 

 業はその情報を聞いた途端、口をニヤッと歪ませて席を立ち、真由美たちのいる方へ向かった。

 

「あ、ちょっと。どうしたの、業?」

 

「いや、ちょっと挨拶にでも」

 

 そう言って手をヒラヒラと振りながら真由美たちの元へと向かう業。

 真由美たちは業が近づくまで談笑をしていたが、業が自分たちの方へ向かってきているのに気がつき、そちらを見る。

 

「どうかされましたか?」

 

 業が真由美たちの前で立ち止まると、ニッコリとしながら真由美が業に話しかけた。

 隣の摩利はため息を付きながら頭に手を当てていることから、恐らくナンパと間違えられているのだろう。

 

 鈴音は無表情だ。

 

「一高会長、七草さんでしょうか?」

 

「ええ、そうですよ」

 

 なので、業も張り付けたような笑みで真由美と接する。

 

「俺は赤羽 業といいます。渚の元クラスメイトです。先の件についてはありがとうございます」

 

「……!潮田くんの元クラスメイトさんでしたか。とても辛い思いをさせてしまい、申し訳ありません」

 

 名前を聞いて、真由美だけが、ん?、という表情をしたが、渚の元クラスメイトと聞いた瞬間に、摩利は顔を上げて、真由美は目を見開いた。

 摩利は事情を知らないが、真由美は『暗殺教室』のことを知っている。

 

 だからこそ、真由美はその場で席を立ち、腰を曲げて謝罪をした。

 

「あ、いえ。今回ここにきたのはそういうわけじゃなくてですね……渚から聞くに、会長さんは中々にいい性格をしていらっしゃるとか」

 

「……え?」

 

 そして、腰を曲げたまま、固まる。

 

「あー、そうなんだよ。こいつ学校だと猫被っててさー」

 

「えぇ?」

 

「確かに、会長の魔顔(まがん)に抵抗できる男子生徒はほぼ居ませんからね」

 

「え、えぇ!?」

 

 全く話についていけてない真由美。

 そこに、摩利と鈴音から容赦ない追撃が加わっていく。

 鈴音に関しては、『マルチスコープ』の別名、『魔眼』にかけているという手の込みようだ。

 それを今度は本物の笑みを浮かべ、業が本題に入る。

 

「そんな会長さんに、自分から少しお話が――」

 

◆◆◆

 

「……彼は何をしにいってるんだい?」

 

「さ、さぁ……」

 

 真由美に何をしにいったのかはわからないが、業の反応を見た感じ渚にとって良いことではないのは確かだった。

 だが、見ていると真由美が業に向かって腰を曲げているのだから、それがさらに謎を呼んでいる。

 

 そしてそこからしばらくして何かを取り出して真由美たちに見せる業。

 それを見て、渚の全身から冷たい汗が流れる。

 

「……まさか業……あの写真を!?」

 

「あの写真?……メイド服とか?」

 

 渚は幹比古の言葉を首を縦に振ることにより肯定し、業たちを注視する。

 業から取り出されたのは、カメラだ。

 

 それを真由美たちに渡し、何故か握手を交わす二人。

 手遅れだった。

 

「なんというか、渚の周りって面白いというか、すごい人ばかりだよね」

 

 あそこには、摩利もいる。

 そして、写真も見ている。

 

 もしかしたら、風紀委員勧誘の脅迫材に使われるかもしれないし、間違いなく真由美から弄られる。

 

 うぅ……と涙を流す渚に、小動物的な何かを感じた幹比古はとりあえず慰める。

 

「ほら、元気出しなよ。さすがの渡辺先輩もそんな手は使わないって。会長のは……ごめん」

 

 結果、慰めきれなかった。

 そこで、業がなに食わぬ顔で戻ってくる。

 

「あれ、どうしたの、渚?」

 

「うぅ……なんであの写真見せちゃったの……」

 

「ああ、あれねー。だって、面白そうじゃん」

 

「そんだけの理由で!?」

 

 正に渚の心からの叫びだろう。

 業の態度もここまでくれば清々しいものがある。

 

「なんとか七草とのパイプは持てそうだ」

 

「……え?」

 

 急に耳元で囁かれた業の言葉に、渚は理解が追い付かない。

 チラッと見せた業の携帯端末には、なんと、『一高会長』とつけられた番号が入っていた。

 

「ごめんね、渚。今度ちゃんと埋め合わせはするよ」

 

「あ、うん。気にしないでいいよ」

 

 そして、今度は真面目な表情で謝る業。

 あまりの変化に渚はただ業のペースに呑まれるだけだった。

 

「いやいや、埋め合わせはするよ。そうだな……夏だしビキニとかどう?」

 

「その選択はおかしいよ!!」

 

「……渚と業って、とても仲が良いんだね」

 

 なんだかんだ言って、二人とも楽しそうなのだ。

 完全に置いていかれた幹比古だったが、その二人のコントみたいな会話に口元を緩ませながら聞いていた。




そして、ようやく入れた新人戦。
九校戦編はここからですよ、皆様。


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新人戦の時間

私も我慢しています。
皆さんもその時がくるまで後少しですので、どうか我慢してください。




 ランプが点るのとともに、クレーが空中に飛び出す。

 得点有効エリアに飛び込んだ瞬間、それらは粉々に粉砕された。

 

 雫の視線にブレはなく、ジッと真っ直ぐを見ている。

 ただ、それは本当に文字通り、標的など視界に入ってないかのように真っ直ぐ見ているように見えたのだ。

 

 そんな友人の順調な滑り出しに、前列にいた深雪たちは安堵の息を吐く。

 

「……もしかして、有効エリア全域を魔法の作用領域に設定しているんですか?」

 

 雫の魔法を見て気づいたのか、自信なさげに深雪とほのかに訪ねた。

 

「そうですよ。雫は領域内に存在する固形物に振動波を与える魔法で標的を砕いているんです。内部に疎密波を発生させることで、固形物は部分的な膨張と収縮を繰り返して風化します。急加熱と急冷却を繰り返すと硬い岩でも脆くなって崩れてしまうのと同じ理屈ですね」

 

「より正確には、得点有効エリア内にいくつか震源を設定して、固形物に振動波を与える仮想的な波動を発生させているのよ。魔法で直接に標的そのものを振動させるのではなく、標的に振動波を与える事象改変魔法の領域を作り出しているの。震源から球体に広がった波動に標的が触れると、仮想的な振動波が標的内部で現実の振動波になって標的を崩壊させるという仕組みよ」

 

 ほのかと深雪が目をシューティングレンジに固定したまま、二人掛かりで行った丁寧な説明に、美月はしきりと頷くばかりだった。

 

「―――ごめん、私ギブ。渚、解説お願い!」

 

 だが、その説明はどうやら魔法師だから通った説明らしい。

 実際に、ほぼ全員がかなり渋い顔をしているのだから。

 

「うーん。北山さんの魔法は、簡単に言うと『罠』だよ」

 

「罠?罠って、そのまま罠だよね?」

 

「そうだよ茅野。罠は設置しただけでは発動しない。その罠に引っ掛かる獲物がないとね。今回は北山さんの魔法が罠で、クレーがその獲物。仕掛けた『(魔法)』に『クレー(獲物)』が引っ掛かったって考えるといいよ」

 

「なるほどね……教え方上手くなったね、渚」

 

「え、そうかな?」

 

「うん!今のもわかりやすかったもん!教え方とか殺せんせーぽかったし!」

 

「あー、確かに。あのタコも物事に例えて教えることが多かったね」

 

 渚の説明でやっとどういう魔法なのか理解に至った元E組メンバー。

 渚も上手く説明ができたか不安ではあったが、殺せんせーみたいと言われて嬉しそうに、よかった、と呟いた。

 

「それにしても、北山さんすごいね。まだ一個も外してない」

 

 もう試合も終盤だが、雫は未だにパーフェクトだ。

 渚がそれについて感嘆の声を上げると、前から食い付くように深雪が自慢げに魔法について説明した。

 

「当然よ潮田くん。お兄様がこの競技に勝つために作ったオリジナル魔法なんだから」

 

「へぇー、これって司波くんのオリジナル魔法なんだ」

 

 業の言葉と共に、最後のクレーが破壊された。

 試合終了。

 結果はパーフェクト。

 

 雫の準々決勝進出は確定となった。

 

◆◆◆

 

『女子スピード・シューティング』は出場した一高の選手は三人全員が予選を突破した。

 渚たちはせっかく席がこんなに取れているんだから、とその競技場から離れずに試合が終わったら人問わず談笑タイムとなっていた。

 

「――もうすぐ準々決勝も始まるころだし、トイレに行ってくるぜ」

 

 ふと、長丁場を予想してなのか、レオがトイレに行くとで立ち上がった。

 

「確かにもう試合が始まってしまいますね……私たちも行っておきませんか?」

 

 レオや美月が言うように、もうそろそろ準々決勝が始まる時間になってしまう。

 せっかく試合を楽しんでいたのに、どうしても行きたい、となってしまっては台無しだ。

 

 だが、ここで皆が一斉にトイレに行ってしまうと、ひとつ問題が生じる。

 

「皆行くと席とられちゃうから、行きたい人を半分にして、残って行かない人と一緒に留守番、戻ってきたら交代ってしよう」

 

 エリカの提案により、先に一高メンバー、後が元E組メンバーと決め、さっそく一高メンバーはトイレへと向かった。

 がら空きになった前列を取られないように、元E組メンバーがそれぞれが絶妙な間隔で位置を確保する。

 

 もっとも声をかけられやすい通路側の席には業と中村を座らせて、次に声をかけられやすい左側に磯貝と前原が座り、茅野、渚、岡島で三角形を作るように座る。

 

 当然のことながら、席に座ろうとする人たち――主に生徒――がくるのだが、業と中村によって毎回退けている。

 

 磯貝と前原の方は通路側でなかったことが功を奏して、声をかけられるようなことはなかった。

 

 業と中村側も、最初はかなり突っかかってくる生徒ばかりだったが、レオと幹比古がかなり早く戻ってきてくれたおかげで、今は彼らの威圧感だけで話しかけてこなくなった。

 

 あまり混んでいなかったのか、深雪たちが戻ってきたのはそれから間も無くで、次は元E組メンバーがトイレ行く番だ。

 

「んじゃ、千葉さん頼むね」

 

「任せときなさい」

 

 この中で一番口が強そうなエリカに通路側の方を任せて、渚たちはトイレへと向かった。

 

 トイレ前は案外人がおらず、一応の集合場所は決めて男女別々のトイレへと入る。

 

 済んだものからその集合場所、トイレ前の少し開いた広場にあるベンチに座って待つ。

 

「そういえば、業はどうやって会長と連絡先の交換をしたの?」

 

「ああ、交換することが出来た理由は二つあるんだけど、まず一つ目は、俺が『暗殺教室』出身だからってこと。向こうも魔法科高校以外の一般生徒の元E組とのパイプはあった方が良いっていう判断をしたからだね。そして、二つ目が重要だ」

 

「…………」

 

 業が真剣そのものの顔で『重要』と言っているのだから、余程重要なことなのだろう、としっかりと業の言葉に耳を傾ける渚。

 

「……二つ目は、渚の弄り役代行だ」

 

「いや、何してんの!?」

 

 真面目に耳を傾けた自分が馬鹿だった、と渚は全力で突っ込みながら思った。

 

「いや、でも俺が今まで会った一高の生徒、誰も俺たちみたいに渚を弄ってくれなさそうだったから、やっと適任を見つけたって感じなんだよ」

 

「え、まさか会長は本当にそんな理由で連絡先交換してくれたの?」

 

「案外これが一番の理由だと思うよ」

 

 今度のため息は、若干頭痛を覚えたかのように頭を抱えて出された長いものだった。

 

「お待たせー……って、渚どうしたの?」

 

「うぅ……いや、なんでもないよ茅野……気にしないで」

 

「あ、う、うん……大変だね渚も」

 

 そこで中村と茅野も来たのだが、渚のどんよりとした雰囲気に茅野がいち速く気がつき、気遣う言葉を投げ掛けるも、返事をするときの渚の雰囲気でなんか察してしまっていた。

 

「全員集まったことだし、席に戻ろうか」

 

「おっけー」

 

 磯貝の一言で皆ベンチから立ち上がり、観客席の方へと戻る。

 

 そんなE組たちの姿を、ジッと見ていた一つの人影があった。

 

「――目標観客席へ戻っていきました。『スピード・シューティング』が終わり次第、ターゲットの身柄を拘束します」

 

『了解だ。失敗するなよ』

 

「勿論です」

 

 通信を切って端末をポケットにいれ、男はニヤッと口元を歪ませて彼らの尾行を再開した。




魔法の説明の腕が前より落ちてなければいいのですが。

今回は敢えてここで止めました。
この若干のオリジナルを書き終えれば、いよいよですが、なんか読みにくいような……


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無頭竜の時間

更新時間ミスではなく、完成したのにも関わらず普通に更新せずに寝てしまってました。
なんだかなぁ……て感じですよね。

お詫びとして本日21時、明日朝6時、0時の三回投稿します。

未だに新着感想の表示には緊張します。


 渚の高校が、渚の友人が素晴らしい成績を残しているというのに、なんとも言えない不快感が襲うのは何故だろうか。

 

 だいたい、トイレから帰ってきたあたりからだ。

 誰かに監視されている。

 

 ――恐らく、無頭竜が私に狙いをつけたのだろう。

 

 ――柳沢にもっとも近く、一度触手を所持してそれを制御した実績があるから。

 

 ある程度確信に近い何かをもって、そう結論付ける。

 もし監視しているのが魔法師なら、一人で行くのは無謀と言えるが、メインターゲットは自分。

 自分だけでやったら逆に迷惑をかけることになる、ということが分かっていても、皆を危険に晒すかもしれない、という考えが助けを乞う障害となっている。

 

「茅野ちゃん、俺たちを気にすることはないよ?」

 

 二つ隣から聞こえてきた声に、茅野は若干ビクッとなってから業の方を見た。

 

「僕たちもあんなに嫌な視線を向けられたらさすがに気づくよ。もう誰がこちらを見ているのか目星はついたし、恐らく、僕たちが競技場を出たときに襲いかかってくると思う」

 

「どうせ私たちも狙われるんだし、皆被害者なんだからさ。一人も皆も変わんないって」

 

 そして、次は両隣、渚と中村から。

 さらに、磯貝、前原、岡島もサムズアップでこちらを見ている。

 

「そういうことだよ茅野ちゃん」

 

 やはり、このクラスメイトたちはとても頼りになる。

 皆でやれば、失敗する気がしない。

 

「……皆、ありがとう」

 

 そこで、試合終了のブザーが鳴った。

 雫が圧倒的な実力の差を見せつけて、『スピード・シューティング』の優勝を飾ったのだ。

 

◆◆◆

 

「そこのおっさん、ちょっといいかな?」

 

「……なんの用だ?」

 

 試合終了後、ある一人の男と六人の一般学生が競技場の外で対峙していた。

 

「この子があんたがずっと見てくるって怖がってるんだけど、やめてくれないかなぁ?というか、なんでずっと俺らを監視してんの?」

 

 業が茅野の見ながらニヤッと口を歪ませて男に詰め寄る。

 男は無口のままだ。

 

「言いたくないって感じかな?それなら、手っ取り早い方法にしよう」

 

 そして、業の言葉に男は好都合だとばかり口を歪ませた。

 

「あんたらの目的はわかってんだよ。ここじゃ人が多い。向こうで俺たちと決着つけようか」

 

◆◆◆

 

 例の化け物を倒すために訓練された暗殺者。

 だが、所詮は非魔法師の高校生たちだ。

 

 数メートル空けて対峙する男とE組メンバーだが、その状況が起きた時点で男は勝利を確信した。

 非魔法師と魔法師の戦闘では、距離さえあれば魔法師が勝つことは目に見えている。

 それが武器も持ってないのだとしたら、尚更だろう。

 

 さらに、場所も競技場の裏の人気がないところ。

 つまり、いくら魔法を使っても問題なく、誰にも邪魔されることなく計画を遂行できる絶好のコンディションなのだ。

 

 これはもう戦いではなく、一方的な蹂躙

 男はそう確信していた。

 

 男は既に汎用型CADで魔法を発動する準備をしてある。

 よって、後は魔法を発動するだけでいい。

 

「いくぞ、磯貝、前原、岡島」

 

「了解!」

 

「おう!」

 

「分かった!」

 

 業の合図で、業、磯貝、前原、岡島は一気に散開して、男に突っ込む。

 確かに、高校生とは思えないほど、速い。

 

 だが、それは一般的に見て、の話だ。

 

「……遅い!」

 

 男も、魔法師としては優秀な部類に入る実力者。

 高速で魔法を構築、四方向に発動する。

 

 発動したのはかなり初歩的な魔法、『エア・ブリット』

 捕獲が今回の目的な男にとって、殺すことはダメなのだ。

 

 よって、気絶させるためには、汎用型に起動式がインストールしてある『空気圧縮弾(エア・ブリット)』で吹き飛ばして気絶させた方が効率がよい。

 そして、非魔法師はサイオンを知覚することが出来ないため、魔法が発動されたとしても見えない。

 例え見えたとしても、魔法を避けられるはずがないというのが男の考えだった。

 

 だが、それは業たちを過小評価しすぎていた。

 

 全員が魔法が発動したと同時に、横っ飛びですぐさま魔法の軌道から外れ、変わらぬスピードのまま突撃してくるのだ。

 

「何っ!?」

 

 距離が数メートルしか(・・)なかったため、もう一度四方向に魔法を撃つ余裕はなく、例え一人倒せたとしても後の三人にやられるのは目に見えている。

 

 よって男は自己加速術式を展開。

 すぐさまその場からバックステップして離れた。

 

 全員が一ヶ所目掛けて走っていたため、業たちの間隔は狭い。

 よって、再び散開してから四人で突っ込んだ。

 

 ――彼らが避けられたのは自分が四人一斉に単発で攻撃したため。

 

 ――なら、一人ずつ確実に仕留める。

 

 男はこの中でリーダーであろう赤髪の男にCADを装備している腕を向け、『エア・ブリット』を再び発動。

 同じように業は横っ飛びで避け、再び突撃……しようとしたところで、二つ目の『エア・ブリット』が業に襲いかかる。

 

 だが、その二発目も、来ることは想定して避けているため、業は難なく躱した。

 

 その避けた後の体勢を見て、男は口を歪ませた。

 一発目は体勢をそこまで崩さず避けたのだが、二発目を避けた際、目に分かるほど体勢を崩した。

 好機とばかりに、正面と業を挟むよう左右に二発、合計三発の『エア・ブリット』を発動した。

 

 ――後三人。

 

 彼はこの三発の魔法を避けられないと確信する。

 

「業!」

 

「磯貝!」

 

 だが、これすらも、彼らにとっては『想定内』

 

 磯貝に向かって手を伸ばしながら飛び込んだ業の手を磯貝が掴み、体勢を崩した業をその場から引っ張って投げた。

 

 これも、暗殺教室で身につけた魔法の避けかた。

 体勢を崩した場合、仕留めるために攻撃がそこに集中するのは当然のこと。

 だから、二人一組を基本とし、先程みたいに全体にきたらお互いの距離を詰めるように避けてすぐカバーできるようにし、今みたいに一人を集中狙いしたら、されている方はペアの方に避け、そのペアは体勢が崩したときにフォロー出来るように準備をしておく。

 

 これにより業は二発逃げ道を塞ぐように撃った『エア・ブリット』からも逃れ、磯貝も業を引っ張った力とともにその場から逃れた。

 

 多対一、生徒対先生を前提にしていた暗殺教室だからこその対処法。

 

 男は舌打ちをしながら、接近している前原と岡島をかわしつつ、完全に体勢を崩した磯貝と業に向かって自己加速術式で接近、CADを向けて今度こそ仕留めにかかる。

 

 ――今度こそ仕留めた。

 

 だが、またしても男の予想した未来とは違う未来がやってきた。

 暗殺教室は、多対一を前提にしているのだから、そのコンビネーションは見事なものだ。

 

 もう一つのペア、中村と茅野が業と磯貝をフォローするために既に待機しており、自己加速術式で近づいきた男に魔法を使わせる前に攻撃した。

 

「クソッ!」

 

 中村の攻撃をかわしても間髪入れずに茅野に攻撃され、それをなんとか避けたとしても再びくる中村に男は対処しきれずに押されていく。

 

 そして、横から前原が男の腕に関節技をきめ、岡島がCADを奪い去り、そのまま前原が近くに植えてある木に向かって投げ飛ばした。

 

 木の幹に直接当たり、身体中の息を吐き出して倒れる男。

 

「お兄さん、いくらなんでも弱すぎない?」

 

「……ッ!黙れ小娘が!」

 

「確かに、正直がっかりだよねー。まぁ、俺たちに気配を悟られている時点で俺たちよりも弱いってことぐらい分かっていたけどさ」

 

 そして遂に、業の煽りに、男の中で何かがキレた。

 高校生に、しかも非魔法師に舐められてキレないわけがない。

 

「……てめえら全員ぶっ殺す!!」

 

 木を支えに立ち上がった男が抜き出したのは、拳銃型の特化型CAD。

 それを業たちに向け、攻撃性の高い魔法を発動するためにサイオンを流し込む。

 

「残念だけど、ゲームオーバーだよ。おっさん」

 

 刹那、背後から密度の濃い殺気が男を襲う。

 

 そこで、男の脳内はとてつもない早さで回転した。

 

 ――そういえば、彼らは七人いるはずなのに、ここには六人しかいない。

 

 しかも、その子は自分が唯一警戒(・・・・)していたはずの青髪の子。

 なのに、何故話しかけられた時にそれを疑問に思えなかったのか。

 

 そこで、男は意識を失って倒れた。

 

「ナイスだ、()

 

「いや、皆が業の作戦通りに誘導(・・)してくれたおかげだよ」

 

 男が倒れたことにより隠れていた人影、渚が姿を表す。

 そう、全てが、喋りかけてから男を怒らせて特化型を抜かせこちらに業たちに意識を向けさせ、木の後ろに予め隠れていた渚が仕留める、その全てが業の作戦だったのだ。

 

「素晴らしい連携だった。さすがは烏間大佐に育てられた生徒さんだ。私が出る幕もなかったな」

 

 そして、そこから少し離れた物陰から称賛が送られた。

 

「いえいえ、風間さんがいたからこそこちらもリラックスして出来ましたから」

 

「時間を取らせてしまい申し訳ありません、先生」

 

 物陰から出てきたのは、渚の魔法の先生の風間だ。

 

「口も相変わらず上手いようだな。……こちらの不手際で君たちを危険な目に合わせてしまった。申し訳ない」

 

 業はもしものときのため、一応風間を呼んで待機させていたのだ。

 作戦は伝えてあるため、その通りに行っているうちはその場で待機してほしいとも。

 

 今回の魔法師は、弱かったわけではない。

 魔法の発動速度はかなり速く、最初から特化型を使われていたら厳しい戦いになっていた。

 

 だが、彼は油断していた。

 捕獲が目的だと分かっていた。

 

 だからこそ勝てたのだ。

 

「さすがに一般人に紛れられては無理ですよ。ただ、確かに接近戦では危険が多いですね。……先生、出来ればですが、拳銃型のこの短剣と効果は同じのCADを作ってはいただけませんか?」

 

「確かに今回のようなことが今後ないとも限らないし、遠距離型もあった方がいいだろう……分かった。頼んでおこう」

 

「ありがとうございます、先生」

 

「うむ。では、君たちは競技場に戻っていなさい。彼らも人が多いところで君たちに手を出したりはしない。この男はこっちで引き取る」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

 後は風間に任せ、渚たちはほのかが出場する『バトル・ボード』の競技場に向けて歩き出した。

 

 その現場を一つの影が遠くの物陰から見ていた。

 

「……何故少佐と渚が?」




最近この時間に投稿するのが多いような気がします。
もう少し早くから文字起こした方がいいのでしょうか。
ちなみに最近文字を起こし始めるのは21時からになってます。


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射撃の時間

これは今日の分です。
明日の6時がお詫びの分
0時のやつが明日……というか、日にち変わってるから、これが明後日になるのか……なら15時のやつが今日のやつで、今回のがお詫びの分で、六時のやつが明日の分なのかな……??(錯乱)

それは置いときまして、どうかこれで許してくださいませ。


 ほのかの試合は、達也の完全な作戦勝ちだった。

 

 ほのかの家の家系である『光井』は、その名に相応しい魔法、光学系魔法を得意とする。

 

『バトル・ボード』の選手は基本的にゴーグルをつけない。

 ゴーグルに付着する水しぶきを嫌う選手が多いためだ。

 そして、大会のルールでは『魔法で水面に干渉して他の選手の妨害をすること』は認められている。

 

 それらを利用し、ほのかは予めゴーグルを着用、開始と同時に水面に光学系魔法を仕掛け、相手の目を眩ませて、ほのかはゴーグルを着けているため問題なくスタート、圧倒的大差で勝利したのだ。

 

『女子スピード・シューティング』、『女子バトル・ボード』の成績だけ見れば、今日の新人戦は好成績だったと言えるのだろうが、男子の成績が不振だったのだ。

 

『スピード・シューティング』は女子が一位、二位、三位を独占したのに対し、森崎は準優勝したのだが、他は予選落ち。

『バトル・ボード』は女子が二人予選通過に対して、男子は一人。

 

 この結果に、一高首脳陣は頭を悩ませたのだった。

 

◆◆◆

 

  今回の『女子スピード・シューティング』で雫が使った魔法、『能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)』は『国立魔法大学編纂・魔法大全・固有名称インデックス』、通称『インデックス』から登録の打診がきた。

 開発したのは、達也だ。

 

 しかし、『インデックス』には達也の申し出により、もし登録することになったら、雫の名前で登録することになった。

 その件について、達也と深雪が先程まで達也の部屋で話し込んでいたのだ。

 

 深雪もそうなのだが、達也にとって、四葉家出身というのが今バレるわけにはいかない。

『インデックス』登録の際には、魔法大学から調査が入り、その調査力は、軍の諜報(ちょうほう)機関に匹敵するのだ。

 

 それをなんとか納得させた達也は、既に日付が変わっているため、また『ガーディアン』としても一人で深雪を返すわけにいかず、部屋に送り届けて機材ばかりある自室に戻り、ベッドに寝転がって昼のことを思い出す。

 

 試合が終わって『バトル・ボード』の競技場に向かおうとしたとき、達也は近くで魔法の気配を感知し、あの現場に出くわした。

 

 多対一とはいえ、非魔法師が魔法師を完全に押さえており、何よりも全員の戦闘スキルが高い。

 

 被弾は一回もせず、全て作戦通りで終わらせた彼らは、達也から見ても強いと思えるものだった。

 

 だが、そんな思いも、物陰から現れた人物によって一蹴された。

 物陰から出てきた風間と渚たちは、面識があるような雰囲気であり、風間から渚たちのことを一言も聞いていない達也の脳内では、疑問が次々と浮上した。

 

 しかし、それらは全て風間に聞けばわかること。

 時間があるときにでも聞こう、と達也は目を閉じて身体をベッドに委ねた。

 

◆◆◆

 

 九校戦五日目、新人戦二日目。

 今日は『クラウド・ボール』の男女予選から決勝、『アイス・ピラーズ・ブレイク』の男女予選が行われる。

 

 午前に『ピラーズ・ブレイク』の予選二回戦を終わらせ、後のは午後まで全てを『クラウド・ボール』に使われる。

 

 だが、朝一番に行われる『ピラーズ・ブレイク』の競技場に、渚の姿はなかった。

 

 渚は現在、九校戦会場外の、屋外格闘戦訓練場にいた。

 

 昨日の出来事があってから、渚は風間に遠距離専用のCADの作製を依頼したのだが、なんともう出来たというのだ。

 

 どうやら、このナイフ型のCADを作った真田という人が最近軍の仕事でCADを作った際に、せっかくだからということでそれに近い物を作っていたため、それを改造して作ったのだという。

 

 競技を見れなくなるのは少し辛いが、皆にかかる危険が低減できるのなら、ということで午前の競技をほぼ投げ捨てて来たのだ。

 

「折角の九校戦だというのに呼び出してしまって申し訳ない。一応動作の確認をお願いしたいのだ」

 

「いえ、こんなに早くできるとは思っても見ませんでした。ありがとうございます」

 

 高校入学前、風間と渚はマンツーマンで魔法の練習をしていたのだが、今回は違った。

 

「こうやって会うのは初めてだね、渚くん。陸軍一○一旅団・独立魔装大隊・幹部、真田 繁留(しげる)、階級は大尉だ。」

 

「初めまして、真田さん。潮田 渚です。ナイフ型のCADのことも含めて、本当にありがとうございます」

 

 今回遠距離専用のCADを作ってくれ、渚が使っているナイフ型のCADも作ってくれた真田が同行している。

 

「では、時間が勿体無いから早速始めよう。真田、CADを出してくれ」

 

「はっ!」

 

 風間の指示により真田は手に持っていたケースを地面に置き、開ける。

 中から出てきたのは先端に行くに連れて細くなっていく珍しい拳銃型だった。

 

「渚くんの魔法の構造上、一点集中じゃないと意味がないからこんな形になっているんだけど、本当は照準補助システムをつけるのだけど、趣味みたいなもので作ったから生憎それは搭載出来なくてね。この状態で一回使って見て欲しい」

 

 手渡された拳銃を持ってみると、銃身は確かに不自然な形ではあるが、持つ方に違和感はない。

 クルクル手の上で回して遊んでみるが、使いなれた拳銃だった。

 

「そういえば銃の腕は見たことなかったな」

 

 使い慣れたように拳銃型CADで遊ぶ渚に、風間は思い出したように言った。

 入学式前は格闘技術、暗殺技術に驚かされ、さらに時間がなかったこともあり銃の腕は見ていなかったのだ。

 

「そうだね……まずはあそこにある的を狙って欲しい」

 

 真田が指差した約十メートル先には、直径1メートルの的があった。

 渚は懐かしい感触を感じながら銃を構えて、目を閉じて、的の中心を狙い撃つイメージを浮かべた。

 

 ――あれは、ターゲットだ。

 

 薄く、目をあけて、CADにサイオンを流し、魔法を撃った。

 

「――ッ!?」

 

 その時、真田は渚を目を見開きながら見た。

 放った魔法はほぼサイオン波に近いもので、的の中心を撃ち抜き、的を揺らした。

 

 サイオン波のみのため、破壊力はない。

 

「僕としてはとても扱いやすい……です?」

 

 銃を下ろし、使用感を伝えようとした渚は、真田の様子が可笑しいことに気が付いて疑問系になってしまった。

 

「ハッハッハッ。最初そうなるのは仕方ない、真田。俺も最初はそうだったからな」

 

「……なるほど、確かにこれはすごいですね」

 

 風間も同じ思いをしたことを伝えられた真田は、噂に聞いていた渚の暗殺の才能を直に感じて、逆に感心していた。

 そこで、やっと渚が見ていることに気づいた。

 

「これは、申し訳ない。さすがは烏間大佐の教え子だ。素晴らしい射撃能力だよ」

 

「ありがとうございます。使用感は問題ありませんでした」

 

「では、次はかなり遠いと思うが、一回あの的を狙ってくれないか」

 

 今度指示されたのは、本当にかなり遠い場所に設置してある。

 距離にして約八十メートル。

 

 銃を構えて、狙いを定める。

 直径1メートルの的といえど、八十メートルも離れればかなり小さくなる。

 

 再び目を閉じてイメージをし、目を開けてCADにサイオンを流して魔法を撃った。

 

 魔法は、真ん中より少しだけ右に当たり、再び的を揺らす。

 それに風間は、ほぉ、と一言呟き、真田もその腕前を称賛した。

 

 

「本当に素晴らしいね。照準補助システム無しで約八十メートルから狙い撃てれば実戦でも全く問題はない。だけど、渚くん。一つだけとても大事な事があるんだ」

 

「なんでしょうか?」

 

 一つだけ大事なこと、というからには、相当なことだと容易に想像つく。

 渚は真剣な眼差しで真田を見た。

 

「渚くんの魔法は知っての通り、脳内から発している『電波』、つまり指示信号を揺らして身体の自由を奪うものだ。今回のこの魔法も全く変わらない。だから、その相手の頭を射ぬかないことには、効果が望めないんだ」

 

 つまり、必ずヘッドショットで撃てということだ。

 

 そこからほんの少しだけ練習をし、CADの確認も終わったため、風間と真田にお礼を行って、拳銃型CADを腰につけ、渚は皆がいる競技場へと向かった。




さぁ、これで役者は揃いました。


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深雪の時間

えーっと……前回のですが、三日目の競技とごっちゃ混ぜになってしまいました。
正しくは、『クラウド・ボール』と『ピラーズ・ブレイク』です。
そしてもう一つ。
照準補助システムの有無の描写をすっかりと忘れていました。
ここでも説明しますと、趣味レベルで作ったため照準補助システムはついておりません。
両方とも訂正はしました。

申し訳ありません。



 渚が『ピラーズ・ブレイク』の競技場へ着いたときには、既に予選一回戦が全て終了しており、二回戦も最終といったところだったが、その場の雰囲気は興奮冷めやらぬと言った感じだった。

 

 業と連絡を取り合い、なんとか見つけて席に座る。

 

「遅くなってごめんね。すごい盛り上がってたようだけど、何かあったの?」

 

「いや、さっき司波くんの妹ちゃんが一回戦最後の試合に出たんだけど、なんか魔法師ライセンスA級レベルの魔法……周りから確か、『氷炎地獄(インフェルノ)』とか聞こえたんだけど、相手の氷を一気に十二本全部壊したんだ。あれはすごかったよ。たぶん、もうすぐ出てくるから皆楽しみなんじゃないかな」

 

「それに、巫女さんの服もとても似合ってた!」

 

 業と茅野から説明を受けた渚だったが、業も興奮を隠しきれないところを見ると、そこまですごい魔法を使ったのだろう。

 少し気になったため、アドバイスブックを取り出して『インフェルノ』について調べてみる。

 

「渚……リュックの中ずっと気になってたけど、あんたまさかずっとそれを持ち歩いてるの?」

 

「すごいね渚……私まだ半分も読めてないよ」

 

 アドバイスブックを開いている渚を見て、実際にそれを貰っている中村と茅野が呆れと称賛、別々の意味で呟いた。

 

『A級魔法師ライセンスの試験の中でも、『インフェルノ』の難易度は頭一つ抜けています。振動系魔法が得意な渚くんにとってももしかしたら参考になるものがあるかもしれませんので、今回取り上げてみました』

 

「あった」

 

「え、何が?」

 

「『インフェルノ』についての説明。ほら、ここ」

 

 業の言った通り、魔法師ライセンスA級の試験に出される魔法と書かれている。

 つまり、今の時点で深雪は魔法師ライセンスのA級を軽々と取れるほどのレベルにまであるということだ。

 

 渚と共にアドバイスブックを覗く両脇の二人。

 

『まず、『インフェルノ』の構造から説明していきましょう。『インフェルノ』は、中規模エリア用振動系魔法と呼ばれ、対象とするエリアを二分割して、一方の空間内にある全ての物質の振動エネルギーや運動エネルギーを減速、その余剰エネルギーをもう一方のエリアに逃がして加熱することでエネルギーの辻褄を合わせるものです。大本の原理は理科の授業でもやった『状態変化』を使ったものなのですが、今回はエアコンを使って説明していきましょう』

 

 チラッと二人を見ていると、若干呆れてるような顔をしていた。

 恐らく、何処までも先生な殺せんせーに呆れているのだろう。

 

 だが、断じて馬鹿にしているわけではなく、良い意味で呆れているのだ。

 

『まずは、エアコンを使うに当たって、屋内と屋外にエリアを二分割しましょう。エアコンで冷房をつけて、屋内を冷やします。ですが、屋外へは屋内を暖めるために使った二酸化炭素などの温室効果ガスが出されていくため、事実上屋外は暖められていきます。エアコン(CAD)電気(サイオン)を流して、屋内は冷やし(運動エネルギーを低下させて冷やし)て、屋外は温室効果のある二酸化炭素(別のエリアに加熱された余剰エネルギー)によって、暖められていきます。電気を使って屋内を冷やし、二酸化炭素として外に出ているため、この総和は常に一定となります。これが『インフェルノ』の原理です』

 

「とてもわかりやすかった……でも、殺せんせーは渚が魔法科高校に入ることが分かっていたんだね」

 

「全く。あの先生には敵う気がしないね」

 

「本当に、その時はビックリしたよ」

 

 本当に、渚自身もまさか殺せんせーが魔法科高校に入ることを分かっていたとは思っていなかったのだ。

 

「あ、渚!次は司波さんの試合だよ!」

 

 いつの間にか、二回戦最終試合となっていた。

 段々と上がっていく競技場のボルテージ。

 

 そして、姿を表した深雪に、渚は一瞬目を奪われた。

 確かに、茅野の言うとおり、とてもよく似合っている。

 

 これなら競技場のボルテージが上がるのも納得だ。

 相手の選手も完全に萎縮している。

 

 友人たちを見てみると、業は今まで通りの視線で深雪を見ていたのだが、茅野は目を輝かせながら、中村と磯貝は頬を緩ませながら深雪を見ていた。

 前原に関しては「深雪ちゃんさいこーー!」と叫んでおり、岡島にいたっては鼻血を出しながら連写していた。

 

 その光景に思わず苦笑するも、ライトの光が黄色、つまり『用意』の意味を表すものに変わったため、フィールドへと視線を向けた。

 

 ライトが、スタートの意味を表す青へと変わる。

 

 その瞬間、深雪の氷柱を冷気が多い、相手の氷柱を熱気が覆った。

 相手が情報強化魔法を氷柱にかけるも、深雪の魔法の強さに全くの意味を成していない。

 

『インフェルノ』の性質上、この魔法は『ピラーズ・ブレイク』において最強の魔法ともいえるものだろう。

 不意に、敵陣の気温上昇が止まった。

 

 そして、敵陣の中央から衝撃波が広がり、十二本全ての氷柱が音を立てて崩れる。

 深雪は一回戦同様、パーフェクトで三回戦に駒を進めた。

 

◆◆◆

 

 渚たちの朝食や昼食、夕食は、烏間の計らいでホテルの一般人では使用できない部屋で取ることになっている。

 

 食堂が高校で貸しきられているためなのだが、案外こちらの方が料理内容も豪華、おかわり自由なため、不満は一切ない。

 

 個室に変わりはないため、無駄に広いということもなく、とても快適な空間だった。

 

「いやー、今日の司波さんの魔法はすごかったよ!」

 

「ああ。まさか彼女が一高のエースだなんて知らなかったよ。でも、あそこまでの実力なら納得するしかないな」

 

 食事の時の内容は、やはり『ピラーズ・ブレイク』についてだった。

 茅野はその時の興奮そのままに、磯貝も興奮を押さえきれていなかった。

 

「なぁ岡島。写真はどれだけ撮れたよ」

 

「フフフフ……軽く四桁は撮ったぜ!」

 

「マジか!その中の数枚だけでいいから、俺にもくれよ!」

 

「当たり前だろ?俺とお前の仲じゃないか」

 

 正し、二名ほど『ピラーズ・ブレイク』の方向性が違ってはいたが。

 

「あはは……相変わらずだね二人とも……でも、今回は二人の気持ちも分かるなー」

 

「まぁ、そうだとしても二人は異常なんだけどねー」

 

 男子二人の行動に、女子二人がそれぞれコメントを残す。

 だが、この場で唯一業だけが何やら考え事をしているようだった。

 

「どうしたの、業」

 

「ん?いや、あのCADを調整したのは司波くんだと思うんだけど、さっき調べても『インフェルノ』は起動式が一切公開されていない魔法なんだよ。そんな魔法、なんで司波くんが知っているのかなーって思っただけ」

 

 業が軽く言った言葉は五人が談笑しているために渚にしか聞こえていなかったが、確かに達也の技術力には、目を見張るものがある。

 

 実は、渚にも少し腑に落ちないことがあった。

 夏休み前、あずさの課題で飛行魔法について議論があったとき、達也はその理論を完全に理解しており、その数日後、飛行魔法は、『トーラス・シルバー』という名で出された。

 

 あまりにも、タイミングが良すぎるのだ。

 さらに、公開されていない魔法の起動式も知っている。

 

 ――達也がその『トーラス・シルバー』本人なのではないか。

 

 そんな仮説が渚の中でできたのだった。

 

◆◆◆

 

 業が考えていたのは、全く違うことだった。

 

 まず、達也に関して。

『インフェルノ』、『アクティブ・エアー・マイン』、達也が担当する種目は今のところ全て上位独占。

 これほどの技術力があるのなら、それなりに有名となっているはず。

 だが、当然司波 達也の名前が有名なエンジニアの中にあるわけがない。

 

 だからこそ、仮説を立てた。

 

 ――彼がトーラス・シルバーなのではないか、と。

 

 この件については後々分かっていくからこそ考え込む必要もなかったのだが、問題は妹の深雪の方にあった。

 

 魔法師ライセンスA級の高難易度魔法を意図も容易く使う少女の親が普通の家系なわけがない。

 だから、考えた。

 十師族で一番魔法力が強そうな家系を。

 兄妹が全く違う性質でも、おかしくない家系を。

 

 その結果、夕食を食べ終わる頃には答えは出たのだ。

 

 ――あの兄妹は、『四葉家』の人間だ、と。




久しぶりのアドバイスブックの登場。
状態変化を使っている魔法なので、この魔法のモチーフになってそうなドライアイスを例に使ってみました。
……これで分かるといいな。(正直苦し紛れです)

追記
今回は感想にて素晴らしい例えがあったため、本人了解のもと使わさせていただきました。
今回の私のやつでは説明不十分でしたからね。


次話はまたいつも通りの時間となります。

魔法の表記は初出のときは漢字とルビ振り、二回目以降はカタカナ表記にします。


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激闘の時間

……やはりドライアイスの説明に納得の言っていない作者です。
だけど、それ以上を考え出せない……辛い。

タグに、『作者、魔法理論に敗北』
とでも付け加えましょうか。


 九校戦六日目、新人戦三日目。

 今日は『バトル・ボード』の男女準決勝から決勝、『アイス・ピラーズ・ブレイク』男女予選から決勝リーグまでが行われる。

 

 朝早くから行われた『ピラーズ・ブレイク』予選三回戦は、出場選手六人に対して一高の選手が三人、どの試合にも一高の選手が出るという事態になり、決勝リーグを一高で独占することも現実味を帯びている状態にあった。

 

 さらに、先日の深雪の『インフェルノ』のおかげで、観客席は大学の関係者や企業関係の人で埋め尽くされていた。

 

 そのため、渚たちは座る席を見つけることができず、仕方なく『バトル・ボード』の競技場へと向かった。

 

『バトル・ボード』の競技場では、女子準決勝の第1レースにほのかが出場することとなっており、既にスタートの位置についている。

 

『ピラーズ・ブレイク』に客を取られているおかげ(?)なのか、席は若干空席が目立ち、渚たちも難なく座ることができた。

 

 座ってスタート位置にいる選手を見たとき、渚たちは全員一致で苦笑していた。

 

「まさかとは思っていたけど……」

 

「さすがにこれはないわなぁ」

 

「あはは……見事に術中にハマっちゃってる感じかな……」

 

「もうちょっと何かあると思うんだけど……」

 

「俺でもこれが罠ってぐらいわかるぜ……」

 

「さすがに安直すぎるな」

 

「勝負はもうついたね」

 

 中村、前原、茅野、渚、岡島、磯貝、業とその光景について感想を漏らしていく。

 スタート位置についている選手は、一様に色の濃い遮光性のあるゴーグルを着用していた。

 間違いなく、達也の術中にハマっている。

 

 第1レースがスタートした。

 今回はスタート直後の閃光はない。

 

「あれ、出遅れたのかな」

 

「たぶん、ついて行っているんだと思うよ、茅野ちゃん」

 

 茅野がほのかの順位関して疑問を溢したが、業の答えに納得する。

 

 ほのかはスタンド前の緩い蛇行を過ぎて、二番手で最初の鋭角コーナーへ侵入した。

 だが、ここで先頭の選手が妙なコース取りをする。

 

「……なるほど、そういうことね」

 

 先頭の選手は、大きく減速しながら、コースの中央をターンしたのだ。

 ほのかは同じように減速はしてコースの内側ギリギリをすり抜けてトップに立った。

 

 普通なら、減速をして内側ギリギリを回るか、減速を抑えて外側ギリギリを回るかなのだが、今のように減速して中央を回るのは中途半端でしかない。

 

「ん?どういうことだ、業」

 

「カーブ曲がるときを見てれば分かるよ、前原」

 

 今度は緩く大きなカーブに差し掛かった。

 その時、コースに影が落ちる。

 

「あ、そういうことね」

 

 ほのかは、緩やかなカーブのため先程よりは減速を抑えて内側ギリギリを回っているが、ほのかに抜かれた選手は再び大きく減速し、中央を回ってカーブを抜けた。

 それにより、ほのかとの差が更に開く。

 

「遮光性のあるゴーグルをつけさせて、暗いところを見えにくくさせ、コースの影を魔法で落とすことによって、感覚ではもっと広いとわかっていても視覚の情報で影の外側を回らなくならないといけないということか。CADの技術力もすごいけど、頭もかなりキレるね」

 

『女子バトル・ボード』の準決勝は一周目が終わった時点で、ほのかと二位との間には決定的な差が開いていた。

 

◆◆◆

 

 午前の競技が終了後、『ピラーズ・ブレイク』の結果を見た渚たちは、見た瞬間に驚きを通り越して呆れていた。

 

「決勝リーグに一高の選手三人ねぇ……私もそれなりにすごい人たちは見てきたけど、司波くんもその人たちに見劣りしないくらいやらかしてくれるわね」

 

「でも、結構楽しみだな。どんな試合展開になるのか」

 

「昼飯は午後の『ピラーズ・ブレイク』見てから食べるとして、早く席取りに行こうぜ」

 

「それが得策だね」

 

 そんな会話があり、渚たちは一足先に『ピラーズ・ブレイク』の競技場へ向かい、午前から待機している人もかなりいたがやはり昼食とかで席を空けた人も多く、なんとか人数を分けて座ることができた。

 

 磯貝、前原、岡島ペアと、渚、茅野ペア、中村と業は一人である。

 磯貝たちは観客席中央前列、渚と茅野は観客席後方前列、業は中央後列、中村は後方中列だ。

 

 茅野は渚に意識がずっと向いているため気がついていなかったが、前方と後方から業と中村が凄い勢いで写真を撮っているのを渚は気づいていた。

 

 ――この二人。写真を撮るだけために一人で……

 

 そんな考えが渚の頭に過ったが、もしそうだとしたら最早清々しいほどだ。

 席が離れているため何か言うこともできず、茅野と会話しているためそれを中断してまで行くこともない。

 何より、久しぶりに茅野と二人きりで喋れる機会ができたのだから、それに時間を使う必要もない、というのが渚の考えだった。

 

 それか数十分後に、場内放送により、今回試合に出るのは決勝リーグに進出する三人のうち、深雪と雫だけだという放送が流れた。

 残りの一人の選手は三回戦の試合でかなり消耗したため、棄権とのことだ。

 

 それからさらにお昼を回り、小一時間たった頃、コールと共に二人の選手がステージに上がった。

 それに伴って、観客席は水を打ったように静まり返る。

 

 フィールドを挟んで対峙する二人の少女。

 片や、白の単衣に緋の袴、巫女姿の深雪。

 片や、水色の振り袖姿の雫。

 

 二人から放たれる締め付けるような静けさが、逆に二人の闘志の強さを表しているようにも見える。

 

 始まりのライトが点った。

 瞬間、同時に魔法が撃ち出される。

 

 熱波が雫の陣地を襲うが、雫の氷柱は持ちこたえていた。

 エリア全域を加熱する『インフェルノ』の熱波を、氷柱の温度改変を阻止する『情報強化』で退けているのだ。

 

 今度は深雪の陣地を地鳴りが襲う。

 雫の母が得意とする魔法、『共振破壊』をさらに応用した魔法で深雪の氷柱を倒そうとするも、深雪の自陣にできている冷気は、元々振動エネルギーを減少させたことによってできているため、共振を呼ぶ前に鎮圧された。

 

 二人はお互いに魔法をブロックし、お互いの氷柱に魔法をかけあっている。

 傍らから見れば互角の攻防に見えるのだろうが、しっかりと状況判断ができる人が見れば優劣は明らかだった。

 

 雫の魔法は完全に深雪によってブロックされている。

 対して、深雪の魔法は雫によってブロックされてはいるのだが、それは氷柱自体の加熱を防いでいるのであり、加熱された空気からの熱は防げていない。

 よって、少しずつではあるが氷柱が溶け始めているのだ。

 

 そこで、雫は状況打破のためにCADをはめた左腕を右の袖口に突っ込んだ。

 引き抜いた手に握られていたのは、拳銃型の特化型CAD。

 

 その拳銃型のCADを深雪の氷柱に向けて、引き金を引いた。

 

 つまり、二つのCADの同時操作だ。

 これは、サイオンの完全な制御を前提として使えるもので、それだけでも雫の魔法師としてのレベルの高さが見てとれる。

 

 雫の特化型CADは、サイオンの信号波の混信を起こすことなく起動処理を完了させた。

 

 深雪はこの雫の二つのCAD同時操作という技術に動揺したのを表すように魔法を一瞬止め、それにより魔法の継続処理が中断。

 

 そこへ雫の新たな魔法が襲い掛かった。

 

 今までの三試合、相手選手に触れさせもしなかった深雪の最前列の氷柱が、初めてまともに攻撃を受けて白い蒸気を上げている。

 

 振動系魔法、『フォノンメーザー』

 超音波の振動数を上げ、量子化して熱線とする高等魔法。

 

 だが、それでも深雪には届かなかった。

 

 動揺は一瞬。

 雫の魔法に合わせて、深雪も魔法を切り替えた。

 深雪の魔法により、氷柱から上がっていた蒸気が止まる。

『フォノンメーザー』の加熱を上回る冷却が作用したのだ。

 

 深雪の陣地を白い霧が多い、それはゆっくりと雫の陣地へと押し寄せていく。

 

「あれは……まさか『ニブルヘイム』?」

 

「渚あの魔法知ってるの?」

 

 その魔法に、凄まじい攻防で見入っていた渚がポツリと溢した。

 

「うん。昨日の『インフェルノ』を見た次のページに書いてあったんだ。広域冷却魔法、『ニブルヘイム』。本来は領域内の物質を比熱とか関係なしに冷却する魔法らしいんだ。霧状ってことは、液体窒素なんだと思う」

 

 渚の言うとおり、霧は液体窒素だ。

 その液体窒素の霧が雫の陣地を過ぎ、フィールドの端で消えた。

 雫の氷柱には、深雪側の面に液体窒素の雫をびっしりと付着させ、根本には『水溜まり』ができていた。

 

 そして、深雪は『ニブルヘイム』を解除し、再び『インフェルノ』を発動。

 

 雫の『情報強化』は、元々そこにあった氷柱に作用しており、新たな付着物には作用していない。

 気化熱による冷却効果を上回る加熱によって、液体窒素は一気に気化した。

 

 その膨張率は七百倍。

 

 そのまま雫の氷柱は轟音を立てて一斉に倒れ、深雪の優勝で『女子ピラーズ・ブレイク』は幕を閉じた。




友人に言われて気がついたのですが、とうとうグーグルのキーワードにこの小説が出てくるようになりました!

これも、皆様のおかげです!

……この小説でエイミィを出すことが出来ませんでした。
ファンの皆様、申し訳ありません。

そして、定型な感じで『ピラーズ・ブレイク』を終わらせました。

重ねて申し訳ありません。


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応援の時間

『インフェルノ』の魔法の説明が完成しました!
それが感想欄で、ということもあり、タグを増やすことでその方に対して敬意を表したいと思います。
他にもこれもいい!というのがいくつかありました!

皆様、是非『深雪の時間』にて、『インフェルノ』の解説を再確認ください!


「いったいどうなってるんだ!あれから一切の連絡もないではないか!」

 

 横浜の中華街。

 高校生の食卓より遥かに高価な食材が並ぶ中華料理フルコースのテーブルを、陰鬱で苛立たしげな表情が取り囲んでおり、一人の男が怒りを(あらわ)にしていた。

 

「まさか、魔法師でもない高校生に負けたとでも言うんではないだろうな!」

 

「……彼らも特殊な訓練を受けていたのだ」

 

「そこについてはまだ良い!新人戦は第三高校が有利ではなかったのか!?」

 

 彼らの会話は、英語だ。

 

「せっかく渡辺選手を棄権へ追い込んだのに、このままでは結局、第一高校が優勝してしまうではないか!」

 

 だが、人種的には明らかな東ユーラシア人混血種の特徴を備えていた。

 

「確かに、このまま本命が勝利したのでは、我々胴元が一人負けだぞ」

 

「今回のカジノは特に大口の客を集めたからな。そうなれば……」

 

「……ここにいる全員が、本部の粛清対象となる。損失額によっては、ボスが直々に手を下すこともあり得るぞ」

 

 男の一人が、空中でうねり渦を巻く竜の胴体が金糸で刺繍された掛け軸を見上げて、声をひそめ呟く。

 その場の男たちの表情は恐怖に染まっていた。

 

◆◆◆

 

 結果として、達也が担当した競技である、『ピラーズ・ブレイク』、『スピード・シューティング』は一位から三位まで独占という快挙を達成、『ミラージ・バット』にも期待が高まっている。

 

 さらに、『バトル・ボード』もほのかが見事に優勝、男子の不振をなんとか女子の成績でカバーしている状態であり、新人戦で最もポイントが高い競技である『モノリス・コード』に男子一年生選手の面子が託された。

 

 九校戦七日目、新人戦四日目。

 今日は九校戦の華の一対である『ミラージ・バット』の予選から決勝、九校戦のもう一対の華である『モノリス・コード』の予選が行われる。

 

 両方とも始まるのは午前も二桁が回ったところのため、それなりに遅くホテルを出ても問題はないが、いい席を取るのだとしたらそんなことも言っていられない。

 

 そのため、渚たちは二手に別れることとなった。

 片方は、茅野、中村、岡島、前原の『ミラージ・バット』を観戦しにいく組。

 もう片方は、渚、業、磯貝の『モノリス・コード』を観戦しにいく組。

 

 茅野と中村はほのかが出るからという理由で、岡島と前原は良からぬ目的で『ミラージ・バット』へ。

 渚は十三束 鋼が出るためで、業は渚が行くならという理由で、磯貝も直で観てみたいということで『モノリス・コード』へ。

 

 だが、今回は達也が『ミラージ・バット』のエンジニアをやっているから皆そちらに行くという業の考えで渚たちは『ミラージ・バット』組よりかなり遅くホテルを出た。

 競技場についたときには他校の一回戦の終盤になっており、スクリーンには『渓谷ステージ』で選手が魔法を撃ちあっており、既に各校一人ずつ倒されていた。

 一高は二試合目に出るのだが、業の読み通り所々空席が見られ、珍しく空いていた中列前方の席へと座って一回戦二試合目を待つ。

 

 現在は六高と八高が試合を行っており、魔法が放たれる度に歓声が上がるも、やはり高校生の試合だからなのか、それとも自分の周りがすごいのか、そこまでパッとしない印象を受ける。

 

 だが、業や磯貝が時々感嘆の声を上げているのを見ると、どうやら後者のようだ。

 

 そこで、試合が終了、八高が勝利した。

 

 競技場が違えば、試合の開始も早い。

 今試合が終わったばかりだが、スクリーンは既に一高対七高の試合が行われる『岩場ステージ』を映し出していた。

 

『モノリス・コード』は、通称『モノリス』と呼ばれている男子のみの競技で、『ステージ』と呼ばれる試合会場で敵味方各々三名の選手によって『モノリス』を巡り魔法で争う競技となっている。

 

 相手チームを戦闘続行不能にするか、敵陣にあるモノリスを二つに割り隠されたコードを送信することで勝敗が決まる。

 相手チームへは、魔法攻撃以外の直接戦闘行為は禁止されている。

 モノリスを割りコードを読み取るためには、無系統の専用魔法式をモノリスに撃ち込まなければいけない。

 

 その種目内容から、本来は九校戦でもっとも人気があり、白熱する試合である。

 

 そして、一高と七高の試合が始まった。

 

 一高で出場しているのは、森崎、鋼とA組の男子生徒である。

 森崎が岩場を上手く経由しながら相手のモノリスへと近づいていく。

 どうやら、森崎はオフェンスのようだ。

 A組の男子生徒は森崎とモノリスとの距離を上手く保ちながら立ち回っているため、遊撃手だと予測できる。

 

 そして鋼はモノリスの前に陣取っている。

 つまり、ディフェンスだ。

 

 七高の選手はディフェンス一人にオフェンス二人の攻撃型陣形を取っている。

 一高はディフェンス一人、遊撃手一人、オフェンス一人のバランス型で、現在七高のオフェンス二人と森崎が数メートルの距離で岩を挟んで対峙している。

 

 少しの睨みあいが続くも、それは長くは続かなかった。

 

 遊撃手であるA組の男子生徒が遠方から魔法を撃ったのを境に、森崎が一気に突撃する。

 その時のCAD捌きは見事としか言い様がないものであり、相手のオフェンスよりも早く魔法を発動、当たりはしないものの流れは一高にきている。

 

 そこから遊撃手の援護射撃と家柄がボディーガードをしているため、実戦経験のある森崎が見事な連携で少しずつオフェンスを倒さないにしても、押していく。

 

「すごい戦いだ」

 

「ああ、だけど、一高のあの二人、いい動きしてる。特に真っ先に突っ込んでいったあいつ。あれは実戦を経験してる」

 

「まぁ、家柄がボディーガードだからね……あ、相手のディフェンスが動いた!」

 

 磯貝がポツリと漏らした言葉に業と渚が反応する。

 それと同時に、七高ディフェンスが動きを見せた。

 

 一高のオフェンスを突破するのは難しいと踏んだのか、オフェンスの二人をディフェンス二人に切り替えてディフェンスを一気に一高『モノリス』まで突っ込んだ。

 岩場を上手く経由して、七高の現ディフェンス二人が上手くサポートしたため、現七高オフェンスとディフェンスである鋼が対峙することとなった。

 

 それを固唾を呑んで見守る渚。

 

 鋼は一科生ではあるが、遠距離は苦手だ。

 勿論、それでも二科生よりは上なのだが、彼に与えられている二つ名、『レンジ・ゼロ』は遠距離が近接距離よりも圧倒的に苦手なためについてしまったのだ。

 だが、その評価も致し方ないところがある。

 つまり、ゼロ距離では最強ということなのだから。

 

 ゼロ距離に近ければ近いほど、鋼は本領を発揮する。

 そのため、ディフェンスである鋼だが、自己加速術式で『モノリス』から少し離れ一気に相手のオフェンスとの距離を詰める。

 

 相手のオフェンスも魔法で対抗するも、それを難なくと避けてCADを向け、ほぼゼロ距離からオフェンスに魔法を撃ち込んだ。

 

 それにより、七高のオフェンスは吹き飛ばされて意識を失い、そのまま七高のディフェンス二人を倒してまずは一勝を勝ち取った。

 

◆◆◆

 

「――他に方法はあるか?」

 

『モノリス・コード』が始まる前の横浜・中華街、某ホテルの最上階。

 円卓を五人の男が囲んでおり、そこではもう何かが話終わったところだった。

 

「『モノリス・コード』は最もポイントが高い競技だ。新人戦は本戦のポイントの二分の一とはいえ、影響は小さくない。それでいこう」

 

 男たちは頷きあい、通信機を取り出した。

 

「一高を棄権させろ」

 

◆◆◆

 

 時刻はお昼。

 観客席の空席がだんだんと少なくなっていき、それにともなって賑やかになっていく。

 

 次の一高対四高の試合は『市街地ステージ』で行われることとが少し前に知らされており、もう既に選手は準備をしている。

 

 今は森崎たちは屋内にある自陣の『モノリス』で作戦会議を行っているようだった。

 

「さて、次はどんな戦い方にしてくるのか楽しみだ」

 

「走ってたら相手とばったりーなんてこと考えられるし、その時の状況判断力が試されるステージだね」

 

 磯貝と業は先程の試合から、この『市街地』という場所を使ってどんな戦略が組めるかを議論し始めていた。

 

「あ、始まるよ」

 

 渚によって、磯貝と業は議論をやめてスクリーンを見る。

 選手はそれぞれの『モノリス』でスタートの合図を待っている。

 

 そして、スタートの合図のブザーが鳴る。

 

「――なっ!?」

 

 そこで、渚は立ち上がった。

 開始と同時に一高選手のいる天井に魔法式が展開されたのだ。

 

 そして、そのまま魔法が発動。

 そのまま天井が崩れ落ち、森崎たちは下敷きになった。

 

 競技が中断され、大会役員が焦ったように急いでかけより、救助作業が始まる。

 

「鋼ッッ!!」

 

 渚はそのまま一高の天幕へ全力で走って向かった。




後二話……と、言ったところでしょうか。
レンジ・ゼロについては次話で詳しく。


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鋼の時間

まだです……後一話……


 渚が一高の天幕についたとき、既に中はパニック一歩手前の状態だった。

 

 選手たちは数分前に病院に搬送されたばかりだ。

 

「――では、俺は行ってくる」

 

「お願いね、十文字くん」

 

 渚が入り口に立っていると克人は少しだけ渚を横目に見てから、横を通り抜けて何処かへと向かっていった。

 

「あ、潮田くん。どうしてここに?」

 

 そこで、克人を見送っていた真由美が、渚の存在に気がついた。

 渚は声をかけられるまで克人の方を見ていたが、真由美の問いかけにここにハッとして用件をかなり強い口調で話した。

 

「はが……十三束 鋼の搬送先を教えてくれませんか!?」

 

「……私も今から行くところだから、一緒に行きましょう」

 

 生徒会長として、生徒の事故は見逃せないのだろう。

 真由美はもう車を手配しているらしく、二人は天幕を出て既に待機していた車に乗り込み、鋼たちが搬送された病院へと向かった。

 

◆◆◆

 

 病院へとつき、病室へ入ると、三人は既に治療中だった。

 どうみても、重傷だ。

 

「……ッ」

 

 真由美は一瞬だけ目を逸らしたが、顔を振って三人の治療を見守る。

 そこで、渚は気がついた。

 三人の中でも、鋼の傷はまだ浅いということに。

 

 その証拠に、他の二人は意識を失っているのに対して、鋼は意識があるようだった。

 

「……渚か?」

 

「大丈夫、鋼!?」

 

 鋼は誰が来たのか確認するために顔を少し横に向けて、渚の顔を見ると驚いた様に目を見開いた。

 それに対して、渚は鋼の容態を確認するために一気にベッドへと駆け寄った。

 

「君!今彼は治療中だ。気持ちはわかるが、もう少し離れてくれ」

 

「あ……ごめんなさい」

 

 だが、その位置だと明らかに治療の邪魔だ。

 医師の男性に怒られて自分が何をしたのか理解した渚は、すぐさまベッドから離れる。

 

「ははは……そんなに慌てるなんて渚らしくないね」

 

「僕だって大切な友人が重傷になったら焦るよ」

 

 怪我人とは思えないような笑顔で話しかける鋼に、渚も少しずつ気持ちが落ち着いていく。

 そこで、真由美が唯一起きていた鋼にあの場で何が起きたのかを聞くために話しかけた。

 

「十三束くん。試合開始直後、『破城槌(はじょうつい)』が使用されたようですが、間違いはありませんか?」

 

「……間違いありません」

 

『破城槌』は、対象物の一点に強い加重が掛かった状態に対象物全体のエイドスを書き換える魔法。

 建物に使用される場合は、壁の一面、天井の一面といった、少なくとも柱で限られた『一つの面』として認識できる広さに干渉しなければならず、強い干渉力が必要となる。

 

 その性質上、建物の中に人がいる状態で使用された場合、『破城槌』は殺傷性がAランクとなる。

 

 いくら軍用の防護服を着ていたとしても、分厚いコンクリートの塊が落ちてきたのでは、気休めにしかならない。

 

「では、試合開始前に何か不自然な点はありませんでしたか?」

 

「不自然な点ですか?」

 

「ええ。例えば、近くで人影があったとか、魔法の気配があったとか」

 

「いえ、全くありませんでした」

 

 そこまで答えると、真由美はそうですか、と黙り込んだ。

 恐らくだが、四高のフライングを予想していたのだろう。

 

「……会長。『モノリス・コード』はどうなるんでしょうか」

 

「そうね。今は一時中断になってるのだけれど、恐らく競技は再開されるわ。うちと四高を除く形でね」

 

「それでは、一高の『モノリス・コード』は……」

 

「本来なら予選二回戦で棄権なのだけれど、今十文字くんが大会委員会本部で折衝中(せっしょうちゅう)よ」

 

 九校戦では、予選開始後の選手の入れ換えは認められていないが、相手の不正行為を理由に特例を認めさせる、ということなのだろうか。

 とりあえず、何かしらの不備があることに間違いはないのだから、もし出場となった場合、一高は代理を立てて出場しなければならない。

 

 そして、鋼には選手として代理を選ぶ権利がある。

 

「会長……もしよろしければなのですが、代理で選手を立てて出場することになった場合、渚を選んではくれないでしょうか」

 

「えぇ!?僕!?」

 

「……念のため、理由を聞かせてもらってもいいかしら」

 

 その代理に渚を選んだ鋼。

 選ばれた渚は驚きで声を上げたが、真由美はもしそうなった場合渚を選ぶつもりでいたらしく、特に驚いた様子もなく理由だけを訪ねた。

 

「渚には実力があります。魔法も威力や使用数、速度は一科生には劣りますが、使い方の上手さは一科生の比ではありません。特に、実戦に近い形式で行われる『モノリス・コード』なら尚更です」

 

「なるほど……潮田くん、もしそうなった場合、受けてくれますか?」

 

 何故かわからないが、既に代理を立てて試合が行われる事が決定しているかのような流れになっている。

 だが、今はそれは関係ない。

 

 鋼からここまで信頼されて、出ないわけにはいかないだろう。

 

「……わかりました。もしそうなった場合は引き受けます」

 

 その申し出を渚が承諾すると、鋼は何処かホッとしたかのようにふぅ、と息を吐いた。

 そこで、ふと渚に一つの疑問が沸く。

 

「そういえば、鋼はどうやって岩をかわしたの?」

 

 あの場は、作戦を練っていたために三人の距離はほぼない。

 つまり、他の二人が重傷で鋼の怪我がしゃべれる程度には軽減している、ということはありえないのだ。

 

「僕は前にも言った通り、遠隔魔法が苦手だけど、近接距離、特にゼロ距離は得意なんだ。それで、なんとか瓦礫を壊そうとしたんだけど、量が多くてね……自分だけで精一杯。しかもこのざまだよ」

 

 つまり、鋼はあの一瞬で対抗魔法を使用し、岩を破壊して身を守ったのだ。

 鋼は自嘲気味に笑った後、真剣な顔で渚を見つめた。

 

「渚。僕たちの代わりに『モノリス・コード』を優勝してきてくれ」

 

「任せて鋼。君に指名されたからには、負けるわけにはいかない」

 

 拳と拳を前に出して重なる二人。

 それからは、治療に集中するため退出してほしい、ということで真由美と病室から出ていき、飲み物を買って待機していた車に乗り込む。

 

「鋼くんは自分でなんとかなったから良かったけど、後の二人は重傷ね……不謹慎だけど、治療を見てて気持ち悪くなっちゃった」

 

「あはは……外でも見て気を紛らわしたらどうでしょうか」

 

 真由美の言うとおり怪我人に対して問題発言だが、それも仕方のないことだろう。

 それだけ真由美も動揺しているということなのだから。

 

「そうね……気を紛らわすか……」

 

 真由美が何か呟いているのを横目に、喉が渇いた渚はペットボトルのキャップを外した。

 

「……ねぇ、渚くん。それなら、少しお願いがあるのだけれど」

 

 そのまま飲み口に口をつけて水分補給するが、いきなり名前呼びに変わり、さらに若干の笑みに渚は嫌な予感がした。

 

「業くんに貰ったメイド服があるんだけど、帰ったら着てくれないかな?」

 

「ブフッ!?」

 

 そして、口に含んだ飲み物を盛大に吹き出した。

 

「今は写真で我慢しておくわ」

 

「何を!?」

 

◆◆◆

 

 それから九校戦会場に戻った渚は、真由美と別れて風間に連絡し、再び屋外格闘戦用訓練場へと足を運んでいた。

 

「一応、俺もそこまで暇ではないのだがな……」

 

「すみません、先生。でも、一度くらいは体験しておいた方がいいかと思いまして」

 

「まぁ、事情は分かった。たまたま時間も空いているから別に構わないが……」

 

 そう、渚は『モノリス・コード』の練習をしにきたのだ。

 そして、そこにいたのは風間だけではなかった。

 

「今回相手をするのは彼だ」

 

「陸軍一◯一旅団・独立魔装大隊・幹部の柳 (むらじ)、階級は大尉だ。よろしく、渚くん」

 

「よろしくお願いします。柳さん」

 

「それでは、早速始めよう」

 

 風間の指示である程度の距離を取り、CADを構え、柳と対峙する渚。

 

 一対一なのは仕方ないが、ルールは勿論『モノリス・コード』のルールで行う。

 つまり、ゼロ距離で頭に魔法を打ち込むナイフ型のCADは使えない。

 

 だが、それを柳は知らないため、使えないことはないのだ。

 ナイフ型CADを腰につけ、拳銃型CADを構える。

 

「それでは、始め!!」

 

◆◆◆

 

「大丈夫か?」

 

 訓練場には、二つの人影があった。

 一つは倒れている人を気にする、風間の声。

 

 そしてもう一つは、

 

「……え、ええ……なんとか大丈夫です」

 

 柳だった。

 そう、渚は勝ったのだ。

 

「まさか、あのナイフ型のCADであんなことをするとは思っても見なかったな。彼の才能は相変わらずだ」

 

「さすがは烏間大佐から指導を受けた生徒ですね……自分より強い人との戦い方を知っている……」

 

 現在の時間はもう夕方の六時。

 渚は友人たちと夕食を取るために一足先に帰ったのだ。

 

「初見なら確実に倒す暗殺技術か……あれは、確かに避けられんな。特に、戦闘に慣れた者は」

 

「ええ……まだ平衡感覚が麻痺しているようです……」

 

 柳はフラフラとしながら起き上がり、体についた草を払って風間の肩を借りながら共にホテルへと戻った。




そんな評価の仕方があるんだ!
という面白い評価の付け方をする人もいるようですね。


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説得の時間

題名ですが、前のだと少しおかしくなるため、こちらを使うことになりました。

張り切りすぎて増量。
しかし……はい。


 夕食をとっていた渚たちに、それは突然きた。

 

「渚。会長さんから呼び出しだ。『モノリス・コード』について話があるようだけど……何かするのか?」

 

 業の端末が震え、それで携帯を取り出しメールの内容を確認すると、『楽しんでいるところ申し訳ないけど、渚くんに今すぐミーティング・ルームに来るように伝えてください。『モノリス・コード』について話があります』という文が届いていた。

 

 業が『どうかしたのか』とは聞かずに、『何かするか』と聞いたのは、何があったのかは既に理解しているからだ。

 

「うん、わかった。何やるかは戻ってきたら教えるよ」

 

 友人たちと手を振りながら別れた渚は、そのままミーティング・ルームへと向かった。

 ミーティング・ルームには既に上級生たちが集まっていた。

 

 真由美、摩利、克人、鈴音、服部、あずさの一高首脳陣や、桐原、五十里などの上級生たち、さらに達也も既にいた。

 

「ごめんね、渚くん。せっかくの友達との時間を取っちゃって」

 

「気にしないでください。それで、用件はなんでしょうか?」

 

 軽く頭を下げて謝罪する真由美に、若干表情を固くしながらも社交辞令的な返しをして用件を問いかけた。

 さすがの渚も、これだけの上級生に囲まれれば表情も固くなってしまうのだ。

 

「では、渚くんも来たので本題に入らさせていただきます」

 

 そこから、格式張ったように真由美が切り出した。

 

「渚くんも知ってると思いますが、現在、新人戦だけで見たとき、一高は二位の三高と五十点差で一位となっています。このまま『モノリス・コード』を棄権しても準優勝は確保できるのだけれど……できれば、新人戦も優勝を目指したいと思うの」

 

 だんだんと口調がいつものように戻っていく真由美。

 他の人の表情を見るに、これは自分のための説明なのだと渚は理解した。

 

「ここからは達也くんも一緒にきいてほしいんだけど、三高の『モノリス・コード』に一条 将輝(まさき)くんと吉祥寺(きちじょうじ) 真紅郎(しんくろう)くんが出ているのは知ってる?」

 

「はい」

 

「あまり詳しくは……」

 

 一条 将輝はその名前の通り、十師族『一条家』の御曹司で、三年前の新ソ連の佐渡侵攻作戦に対し、弱冠十三歳で義勇兵として防衛線に加わり、一条家の二つ名にもされている『爆裂』を持って多くの敵兵を葬った実戦経験済みの魔法師。

 

 この実績により、敵と味方の血に塗られて戦い抜いた、という敬意の現れから、『一条のクリムゾン・プリンス』と称えられるようになった。

 

 そして、その参謀として隣にいるのが、当時弱冠十三歳にして仮説上の存在であった『基本コード』という、作用を直接定義することが出来る魔法式を発見した天才魔法師、吉祥寺 真紅郎。

 

 本名の吉祥寺と彼が発見した『基本(カーディナル)コード』からつけられた、『カーディナル・ジョージ』の異称は、魔法式の原理理論方面の研究者なら知らぬ者はいないと言われるほど注目されている。

 

 渚もアドバイスブックで彼らの存在を知っているのだが、魔法についてはマナー違反だからという注釈があり知ることは出来なかったのだ。

 

「あの二人がチームを組んで、トーナメントを取りこぼす可能性は低いわ。『モノリス・コード』をこのまま棄権すると、新人戦の優勝は、ほぼ不可能です」

 

 そこで、達也は何かを悟ったかのように表情が少し引き締まったのを渚は見逃さなかった。

 

「だから、達也くんに渚くん……森崎くんたちの代わりに、『モノリス・コード』に出て貰えませんか」

 

 今度は達也は渚を見た。

 自分の答えによって達也は答えを変えるのだろう、と達也の表情を、波の少ない達也の感情を読んだ渚には分かった。

 

 だからといって、渚に答えを変える選択肢はない。

 

「僕は勿論、はが……十三束のためにも、出せる限りの力で、受けさせていただきます」

 

 その答えに、真由美はニコッと微笑みながら目礼をする。

 そして、今回一高が優勝するためには、達也の参加が絶対条件といってもいい。

 

 しかし、達也は明らかに『拒絶』の意志を見せている。

 鋼の想いを託された渚はそれをどうにかするために、今回だけ、最初で最後であろう、達也をターゲット(・・・・・)にすることにした。

 

 まずは、逃げ道を無くす。

 

「そして、僕も達也が一緒に出てくれると嬉しいな。達也は作戦を立てるのも上手いし、戦闘技術もあるからね」

 

 その狙いに気がついたのかどうか定かではないが、何か不味い気配を感じ取ったのだろうか。

 すぐさま切り返してきた。

 

「自分や渚は選手ではありません。まだ一競技にしか出場していない選手が何人も残っているはずですが。一科生のプライドはこの際、考慮に入れないとしても、代わりの『選手』がいるのに、『スタッフ』、ましてや『応援しにきた生徒』を代役に選ぶのは、後々精神的なしこりを残すのではないかと思われますが」

 

 達也の言い分は、真由美たちが最も悩んであろう、『来年以降の九校戦』に関わる部分。

 達也一人を否定するのは不可能でも、達也と渚の二人を否定することは可能なのだ。

 

 だが、それぐらいで負ける渚ではない。

 

「達也。これは九校戦の一高リーダーが決めたことだよ。僕たちが例え二科生……補欠(ウィード)だとしても、今この場では関係がない」

 

 あえて、差別的な用語を使った渚。

 これには達也を含めて驚きの表情をしている。

 

 ――後は、先輩たちの誰かが僕を支持してくれれば、押し切れる。

 

 話術を駆使して行う暗殺もあるのだ。

 それを、渚はあの教室で学んだ。

 

 だが、渚の予想は良い意味で裏切られた。

 

「潮田の言うとおりだ司波」

 

 渚の意見に賛同したのは、克人だったのだ。

 渚の考えでは、逃げ道をなくした後に、摩利や真由美あたりが賛同し、そのまま全員で押すという考えだった。

 

「お前は既に、代表チームの一員だ」

 

 しかし、それも良い意味で外れたのだ。

 

「選手であるとかスタッフであるとかに関わりなく、お前は一年生二百人から選ばれた二十二人の内の一人」

 

 この場で一番達也を抑えることができるであろう、克人が出てきたのだから。

 

「そして、今回の非常事態に際し、チームリーダーである七草は、お前を代役として選んだ。チームの一員である以上、その務めを受諾した以上、メンバーとしての義務を果たせ」

 

「しかし……」

 

 それでも達也は、まだ何かを言おうとしている。

 

「メンバーである以上、リーダーの決断に逆らうことは許されない。その決断に問題があると判断したなら、リーダーを補佐する立場である我々が止める。我々以外のメンバーに、異議を唱えることは許されない。そう……本人であろうと、当事者であろうと、誰であろうと、だ」

 

 達也は、言いかけたセリフを中断した。

 克人が言っている意味を、理解したのだ。

 

 克人は、誰が納得しなかったとしても、どのような結果になったとしても、その責任は全て責任者である自分たちが負うと、そう言っているのことに。

 

「逃げるな、司波。例え補欠であろうとも、選ばれた以上、その務めを果たせ」

 

 そして、渚もそれに気がついていた。

 そもそも、九校戦に補欠などないのだから。

 

 ここまで言われては、達也も逃げるつもりはない。

 

「分かりました。義務を果たします」

 

 真由美と摩利の顔が安堵の表情になる。

 克人はしっかりと頷いた。

 

「渚、すまなかった」

 

「いいよ、達也。僕の方こそごめんね」

 

 そして、そのことを自分に説いてくれた渚に、感謝を込めて謝罪をし、渚もいくら勝つためとはいえ、あまりにも踏み込んだ言動をしたことに謝罪した。

 

「それで、あと一人のメンバーは誰なんでしょうか」

 

「お前たちで決めろ」

 

「はっ……?」

 

「残りの一名の人選は、お前に任せる」

 

「僕も達也に任せるよ。僕は一先ず中学の友達にこの件を伝えてくるから、決まったら連絡してね」

 

 作戦は達也が決めた方がいいと言った以上、それに関係する人選びも達也に任せた方が安心できる。

 そのため、渚はその後のことが円滑に進むよう先にこの場から退出し、ホテルに戻った。

 

◆◆◆

 

「渚……それマジ?」

 

「うん。本当だよ」

 

「へぇー、それは楽しみだねぇ」

 

「でも、ユニフォームとかは大丈夫なの?」

 

「出るからには、貸してくれると思うよ」

 

 自室に戻ってから、元クラスメイト全員を自室に集めて何があったのかを話した渚。

 友人たちの反応は、心配や期待と様々だ。

 

「でも、大丈夫なの?渚、魔法は苦手なんでしょ?」

 

「そうだけど……そこはなんとか上手くやるよ」

 

 さっきからずっと心配しているのは、茅野。

 それに苦笑しながら渚が答えるものだから、余計と茅野は心配になっていく。

 

「まぁ、後一人は誰か知らないけど、司波くんが出るのならまず大丈夫でしょ。司波くん殺せんせーみたいなところあるし」

 

「あ、それわかるー。司波くんちょっと殺せんせーに近いよね。ドジ踏まないけど」

 

 そこには渚も同意だった。

 魔法は苦手らしいが、それを補う戦闘能力、他を凌駕する技術力、知能、高校生離れした冷静さ。

 あのなんでもこなす殺せんせーと重なるのも仕方ないだろう。

 

 ただ、殺せんせーは弱点だらけだったが。

 

 そこで、渚の端末が震える。

 達也からだ。

 

『後一人が決まった。CADの調整と作戦の確認をしたいから俺の部屋にきてくれ。』

 

「どうやら、お呼び出しのようだね」

 

「うん。もう一回行ってくるね」

 

 メールに書いてある達也の部屋へ向かうと、そこには達也の他に、レオ、幹比古、美月、エリカがいた。

 そこで達也にもう一人の選手は幹比古であることとともに、作戦の内容、ポジション、CADの調整を行い、翌日の『モノリス・コード』を迎えるのだった。

 

◆◆◆

 

 九校戦八日目、新人戦五日目。

 この日、全体に向けて一高の『モノリス・コード』は代理チームによって出場することが告げられた。

 

 現在の勝ち数は、三高が四勝、八高が三勝、一高、二高、九高が二勝で並んでいるが、一高は四高の失格による勝利があるため、二勝ではトーナメントに進めない。

 

 この特別処置には強い不満の声があったが、これを上手く治めるには二つとも負けるか、二つとも勝つしかない。

 

 そして、代理出場の渚たちに、負けるつもりもない。

 その強い意志を持って、彼らはフィールドへと立った。




この作品でこの文字数は案外初めてではないでしょうか。

今回はあえてここで止めます。
変に進んで止めるのも中途半端ですからね。

楽しみは明日に取っておきましょう!


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モノリス・コードの時間

投稿日にち間違えてたのに気がつきました!
危なかったです。

題名が一緒のような気がした人たち、それは気のせいです。
こっちの方がしっくりくるからとかそんな考えは微塵もありませんでしたよ。


 代理チームの初戦は八高、『森林ステージ』で行われている。

 達也は二丁拳銃に右腕にブレスレットという三つのCADを操るスタイルで、幹比古は達也に調整してもらったCADを、渚は例のナイフ型と拳銃型のCADを持っており、まだ始まって数秒も経っていない。

 

「八高相手に森林ステージか……」

 

「不利よね……普通なら」

 

 モニター画面へ目を向けたまま呟いた摩利に、同じくモニターを見ながら真由美が応えた。

 

『モノリス・コード』で使用されるステージは、森林、岩場、平原、渓谷、市街地の五種類。

 

 今回の相手である八高は、もっとも野外実習に力を入れている学校であり、森林ステージは彼らのホームグラウンドのようなものだ。

 

 モニターでは、達也と幹比古、渚が自陣のモノリスから散ったところが映し出されている。

 相手のモノリスと自陣のモノリスは、直線距離にして八百メートル。

 プロテクション・スーツを着け、ヘルメットを被り、CADを携えた状態で樹々の間を縫いながらこの距離を走破するには、最低五分はかかる。

 

 まして、敵を警戒しながらなら、途中戦闘がなくしてもその倍の時間は掛かるだろう。

 だが、開始五分も経たない内に、八高モノリス近くで戦闘が始まった。

 

◆◆◆

 

 選手の姿はルール違反監視用のカメラが追いかけており、その映像は客席前の大型ディスプレイに映し出されている。

 特に、森林や渓谷といったステージでは、この映像が観客の頼りとなる。

 

 一高モノリス付近には、一つの人影があった。

 それは、一高モノリスを狙っている八高の選手。

 

 八高は、ディフェンス一人にオフェンス二人のスタイルで、オフェンスの一人が偶然一高のモノリスを発見したのだ。

 

 だが、その八高の選手は、いきなり倒れこむ。

 

 その真上(・・)から、拳銃型のCADを構えた青い髪の少年が姿を現した。

 

◆◆◆

 

 一高はオフェンスの達也、遊撃の幹比古、ディフェンスの渚という布陣で今回のモノリスを闘うことは予め聞いていたが、一つ不可解な点があることに真由美は気がついた。

 

「ねぇ、摩利……渚くんって、拳銃型のCADなんて持ってた?」

 

「……そういえば、持っていた記憶がないな」

 

 八高選手が倒れる前、サイオンの可視化処理が施された大型ディスプレイには振動系統魔法のサイオンの塊が、八高の選手の頭をピンポイントに当たったところが映し出されていた。

 

 つまり、遠距離から狙い打たれたのだ。

 

「見たところあの緑のナイフみたいなCADと同じ魔法……というか、ただのサイオンなのか?」

 

「……見ただけではわからないわ。ただ、ブランシュの時みたいに頭を狙っているところを見ると、頭に作用する魔法みたいね……て、ここで考えててもわからないのだから試合に集中しないと」

 

「それもそうだな」

 

 渚についての議論が起きるが、今はそんな事している場合じゃないという二人一致の意見でディスプレイを見る。

 試合展開は既に終盤、既にオフェンスの一人は渚によって戦闘不能にさせられ、もう一人のオフェンスは幹比古に錯乱されているため一向に一高モノリスに辿り着くことができず、ディフェンスの選手も達也によってやられたらしく、モノリスにコードを打ち込む達也を見ながら座り込んでいた。

 

「……勝ったな」

 

「……勝ったわね」

 

 これで、決勝トーナメント進出が決まったが、何かいろいろと置いてかれた二人は、諸手に喜ぶことが出来なかった。

 

◆◆◆

 

 代理チームの初陣は完全勝利で飾り、一高の応援団は、主に女子生徒によって、もう勝ったかのように大騒ぎとなっている中、別の場所でその試合を観察していた二人の男子生徒がいた。

 

「……厄介だな」

 

「厄介だね、司波達也」

 

 一条 将輝の呟きに反応したのは、参謀の吉祥寺 真紅郎。

 

「そっちもなんだが、青髪の方だ」

 

「……彼がどうかしたの?」

 

 だが、知っている者と知らない者では、認識の差が違った。

 将輝は珍しく冷や汗を流している。

 

「話には聞いていたが、まさか彼が出てくるとは思ってもみなかった……」

 

「将輝がそんなに気にかけるなんて、彼は一体何者なんだ?」

 

 将輝の今まで見たことのない反応に、ジョージもディスプレイに映っている渚を見つめる。

 

「……ごめん、いくらジョージでも彼の詳しいことは言えない。彼の情報は、国家機密(・・・・)なんだ」

 

「国家機密!?」

 

 そして、将輝から出た答えは、せいぜい何かの大会の入賞者レベル、と思っていた真紅郎の予想よりも遥かに上回るものだった。

 

「次からの試合は、司波 達也同様、彼の警戒(・・)も怠らないように頼む」

 

「ああ、分かった」

 

 そして、十分後に昨日事故があったばかりの『市街地ステージ』で行われる試合を見るために、再びディスプレイへと目を向けた。

 

◆◆◆

 

 八高との試合から小一時間もせずに始まった二高との第二試合。

『市街地ステージ』ということもあり、視界は悪く、奇襲をかけられやすいし、かけやすい。

 

 だから、短期決着の作戦を取り、達也と幹比古がオフェンス、渚がディフェンスという布陣をとった。

 

 つまり、ディフェンスにかなりの負担がかかる作戦となっており、現在進行形で渚もかなりの苦戦を強いられていた。

 

 一高モノリスが置かれている五階建ビルの三階に設置されているのだが、ビルということもあり各部屋が繋がっている。

 

 開幕の二人同時の奇襲をなんとか交わしきった渚は、それぞれ隠れながら魔法を撃ってくる相手の位置を確認する。

 

 ――これは、短期決戦であると同時に持久戦だ。

 

 今、この状況で拳銃型のCADで魔法を撃ったところで相手の頭をピンポイントで当てて倒すことは不可能。

 脳から送られる電波を揺らす魔法のため、頭以外に当たっても、その部分の行動を一時的に止めることができるだけで、連射することもできないため、やはり頭の、それも中心部分を直接狙って一撃で仕留める方が効率的になってしまうのだ。

 

 ただ、持久戦といっても、それも不可能に近かった。

 渚は『暗殺者』として優秀であれど、『魔法師』としてはまだまだ半人前。

 魔法力も全くと言っていいほど無いのだ。

 

 初戦は一発で仕留めることができたからいいものの、今力を使いきってしまっては、例え耐えきれたとしても今後に関わるため、それもできない。

 

 ――仕方ない。

 

 渚は昨日見つけた切り札(・・・)を一つ切ることにした。

 

 二高のオフェンス二人が攻撃してくる位置はだいたい予測できる。

 片方を囮にして、もう片方で背後からついてくる作戦だ。

 

 つまり、囮が出てさえすれば、もう一人の居場所がわかるのだ。

 だから、そのタイミングを待つ。

 

 渚は感覚を限界まで研ぎ澄まし、気配を探る。

 直後、背後から魔法が飛んできた。

 

(背後からきた……ということは正面の扉に一人いる!)

 

 渚は魔法を柱で避けながら腰からナイフ型CADを取りだして左手で持ち、右手に拳銃型のCADを構えて正面に向かって走った。

 

 背後からきている二高の選手の直線上に入らないように柱を使いながら近づく。

 彼らは、音で連携している。

 だから、魔法が柱に当たればもう一人が出てくる。

 

 そして、予想通り、渚と扉の影から姿を現した二高の選手は鉢合わせとなる。

 

「なっ!?」

 

 目の前に渚がいることにより、二高の選手は怯んだ。

 その隙を見逃さず、二高の選手の顔の横にナイフの平らな面が、二高の選手の耳と平行になるように突き刺して、その横から拳銃型のCADで魔法を撃った。

 

 二高の選手は反射的に体で顔を守るように動いたが、当然それは渚の予想通り。

 その拳銃型から放たれた魔法は、ナイフの側面に当たり、塊が砕けてサイオンが空気中に流れる(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 それを確認した渚はすぐさまバックステップでその場から離れるも、二人から挟まれる形となった。

 

「おい!ここで仕留めるぞ!」

 

 一番最初に陽動を仕掛けた二高の選手が、渚の正面の選手に向かって話しかける。

 だが、反応がない。

 

「おい!どうしたんだ!」

 

 もう一度呼び掛けるも、反応はない。

 声をかけられている選手は、目の焦点が合わないかのように変なところをあちこち見ており、足元をフラフラとさせている。

 

「残念だけど、彼には聞こえないよ」

 

「――!?」

 

 刹那、彼は、目の前の青い髪の少年が悪魔になったのではないかと錯覚する。

 いや、実際にそう思った。

 

 今まで感じたことがない殺気が、その二高の選手を包む。

 

「彼はもう、立つことすらできない」

 

 とても暖かい笑顔で歩いてくるその少年に、二高の選手は足も動かない。

 足が言うことを聞かないのだ。

 

「つまり、これで終わり」

 

 そのまま距離を詰められて、頭に銃口を頭に突き付けられる。

 その言葉は、最早死の宣告。

 

 引き金が引かれると同時に、彼の意識は暗転した。




どんどん行きましょう!
最後のは……次話ですね!


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宣戦布告の時間

自分が待ってた暗殺教室の作品が半年ぶりに復活してくれたので安心しました。

それでは行きましょう!


「……ジョージ、何したかわかったか?」

 

「正直に言って、わからない。ただ、ナイフ型のCADみたいなものを使って何かしたのは間違いない。ディスプレイにはしばらく振動系統魔法で使われたサイオンがキラキラ光ってしばらくそこにあったのはわかったけど……」

 

 今二人が見たものは、まさに異常だった。

 挟まれた二人を、範囲ではなく単発の魔法で、ナイフに当てた一発と、選手を仕留めるのに使った二発、合計三発だけで倒したのだ。

 

 そして何より、抜かりがない。

 選手を一人倒した後、意識が朦朧としている選手の頭にも魔法を一発撃ったのだ。

 

 しかも、その時の表情が笑顔なのだから、その中性的に整った顔立ちとのギャップもあって、それは将輝をして背筋に寒気が走るものだった。

 

 それに、まだ底が見えていない。

 

 彼らの渚に対する評価は、達也と同格以上にまで上がっていた。

 

◆◆◆

 

 三人全員を倒して二高に勝利した代理チームだが、ディフェンスを倒した時点で鳴った自陣勝利の知らせに、達也と幹比古は戸惑いを隠せないでいた。

 

「まさか……渚が一人でオフェンス二人を?」

 

「僕たちがディフェンスを倒した時点で鳴ったんだから、そうなんだろうね。でも、渚なら二人倒すくらいやりかねないよ」

 

「だが、それは近接戦闘があったらの話だ。『モノリス・コード』において、いくら渚とはいえ苦戦を強いられるはずだ。それなのに、俺らが二高のモノリスについた時点で、もう渚はオフェンス二人を倒しきったことになる」

 

「それは……確かにそうだね」

 

 幹比古と話ながら、達也は自身の特異魔法、『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』を使って一高のモノリス周辺を見ていた。

 

 終わったら一高モノリス集合にしているが、そこでは渚が気絶している二高の選手をモノリスにもたれかけているところだった。

 

 ふと、一帯を見回してみると、モノリスの部屋とその四つある扉の内の一つの扉周辺に魔法の痕跡を見つけた。

 

(この魔法の痕跡は、振動系か。渚の魔法だな)

 

 達也のこの『エレメンタル・サイト』は、狙われて逃れることが出来るものは存在しないモノだけとされるほどの探索能力があるもので、人は勿論、魔法の感知、魔法の種類、魔法式まで理解するものだ。

 

「渚は今一高モノリスにいる。いくぞ、幹比古」

 

「わかった」

 

 一高モノリスと二高モノリスはそれなりの距離があるが、何も気にしなくていい状況下ならあまり時間もかからない。

 

 ものの数分でついた達也と幹比古は、目の前で二高の最低限の世話をしている渚を見つける。

 

「お疲れ、渚」

 

「あ、達也に幹比古!二回戦も無事勝ててよかったね!」

 

 達也と幹比古の姿を見つけた渚は、二人に駆け寄って屈託のない笑顔で勝利を喜んでいる。

 だが、達也の目は既に、例の扉に向いていた。

 

「……渚、あの扉で何の魔法を使ったんだ?」

 

「え?あ、あれか。振動系の魔法だよ」

 

「だが、渚のCADにはどちらもあんな拡散するような魔法はなかったはずだ」

 

 CADを二度、ナイフ型二回と拳銃型一回の合計三回も調整している達也は、勿論渚の魔法を本人の知らないところで知っている。

 だからこそ、空中に広範囲に漂っていた魔法の痕跡が気になるのだ。

 

「あ、それならこの二つを使ったんだ」

 

「ナイフ型と拳銃型のCAD?」

 

「そう、ナイフの側面に魔法を当てることによって、拳銃型から撃った魔法を弾けさせて、周囲にその魔法をバラまいたんだ。ナイフ型ではできなかった振動系のサイオン波を飛ばすっていうのが、拳銃型でできるようになったからできたことだよ」

 

 つまり、擬似的に拡散弾を作ったということだ。

 渚の魔法の本質は、実はもっと奥が深かったのだ。

 

「……効果は見たところ同じのようだが、そうなのか?」

 

「僕もよくわからないんだけど、その漂っている魔法の残骸?みたいなものの中にいると、意識がはっきりしなくなるみたいなんだ」

 

「ごめん、渚……僕もうついていけないや」

 

 渚本人もあまり分かっていないのだから、この話題に幹比古がついていけるわけもない。

 だが、唯一達也だけは違ったようだ。

 

「渚の魔法は、脳から発せられている電波、つまり人間の電気信号に干渉することができるんだったな」

 

「え、うん。相手の脳からの電波を振動して乱すから、脳を直接狙えば確実に意識を奪えるよ」

 

「たぶんだが、その扉周辺を漂っている、電気信号を揺らす魔法の残骸の中で、それを知覚する部分、つまり、視覚、聴覚からの情報を伝えるための電気信号がその漂ってる魔法の残骸に影響されたんだと思う」

 

 空気中に漂ってるだけで相手の視覚や聴覚を奪う。

 しかも、知覚した瞬間である。

 それはまさしく、速効性の神経毒だ。

 

 ――やはり、暗殺の才能か。

 

 達也は渚の世話のおかげか、起き上がった二高の選手を見る。

 しかし、一人は何事もなかったかのように起き上がったが、一人はとても気持ちが悪そうにしていた。

 恐らく、この神経毒を喰らってから魔法を喰らったため、回復しきれていないのだろう。

 

 二高が復活したのを確認した一高代理チームは、『市街地ステージ』を後にした。

 

◆◆◆

 

「全く……今年の一年は一体どうなってるんだ」

 

 摩利がため息を付きそうな勢いでそう呟いた。

 

「それには同感よ、摩利。特に、あの二人は特別だからね」

 

「それもそうなんだが……あの二人を見てると老師の言ってた『工夫』をマジマジと見せられているような気がして、腹が立ってくるんだよな……」

 

 摩利の呟きに真由美は苦笑。

 真由美とは違い、魔法テクニックで勝負している摩利にとって、彼らの『工夫』しかない戦い方は、どこか悔しい部分があるのだろう。

 

「とはいっても、次は決勝リーグよ。一高は二位だから三位の八高とまた当たることになるんだけど……恐らく調整されるわね」

 

「だが、順位的に三高とは当たらないだろうな」

 

「ということは四位の九高ね……達也くんたちなら大丈夫なのだろうけど、やっぱり心配ね」

 

「いや、でも達也くんは――」

 

 一高天幕で次の試合についての二人の議論が始まろうとしているなか、観客席で見てたE組はかなり盛り上がっていた。

 

「さっすが渚だ!」

 

「当たり前だろ!渚は唯一このカメラで撮ってもいい男なんだから!後で皆に写真の焼き増ししておくよ!」

 

「今回だけはナイスだ、岡島!」

 

「やるねー、渚。なんか、前よりも一層暗殺者っぽくなった?」

 

「だねー。ところで茅野ちゃん、どうしたの?そんなに渚をジッと見て。王子さまの姿でも目に焼き付けているとか?」

 

「そ、そんなわけないよ!!カッコいいなあとは思ってたけど……て、私何言ってるんだろ!あわわ――ッ!」

 

 前原と岡島、磯貝が肩を組ながら喜び、中村と業は冷静なコメントをして、茅野は渚に見惚れていた。

 そこを指摘されて顔を真っ赤にしながら弁解するというのは、最早定番にすらなっているのである。

 

 トーナメントの開始は正午。

 第一試合は三高対八高で行われ、一高は九高と第二試合で行うことになっている。

 

 つまり、一高は連続して試合することになるため、昼食はこの時間にとる必要があるのだ。

 

「んじゃ、今のうちに昼食取りますか」

 

「りょーかい」

 

 業の提案に全員が乗っかり、ホテルに一端戻る。

 ロビーではエリカが男性と言い合いしているのを見掛けたが、『兄上』という単語が常に聞こえていることから、その男性はエリカの兄だということがわかる。

 

 しかし、彼らは最近、兄妹に変に触れてはいけないことを司波兄妹で学んだため、今回はその現場はスルー。

 昼食を部屋で取った。

 

◆◆◆

 

 三高と八高の試合は『岩場ステージ』で行われているのだが、その試合は一方的な試合展開、いや、独り舞台となっていた。

 

 岩と岩の間を三高陣地から悠然と歩いて進む一人の選手。

 一条 将輝は堂々とした姿で『進軍』をしていた。

 

 八高も黙って見ているわけではない。

 将輝に向けて、次々と魔法を繰り出す。

 

 岩陰を伝って三高陣地に向かおうとしていたオフェンスまで、その攻撃に参加していた。

 だが、将輝の歩みは止まらない。

 

 移動魔法で投げつけられる石や岩の欠片は、より強力な魔法で撃ち落とし、彼に直接干渉する魔法は、身体の周囲1メートルに張り巡らされた、『領域干渉』という対抗魔法で無効化する。

 

 渚には、この試合が自分たちに対する『挑発』であることを理解した。

 

 圧倒的なまでの力の差。

 

 確かに、将輝一人いる時点で三高の優勝はもう決まっているようなものだったのだろう。

 だが、ここにいる達也だけは、その将輝に届く力を持っている唯一の存在。

つまり、一高は三高が唯一負ける可能性を持っている学校なのだ。

 

 結局、三高と八高の試合において、三高は将輝以外を一歩も動かすことなく勝利を納めた。

 

「参ったね、これは……」

 

「達也も大変だね」

 

 それを控え室のディスプレイで見ていた代理チームは、しっかりとその宣戦布告ともとれる『挑発』を受け取った。

 

「結局、一条選手以外の手の内が全く見られなかったのは痛いね。これじゃあ、対策の立てようがない」

 

 だが、幹比古は将輝の強さに呑まれているようだ。

 実際は渚もそうなのだが。

 

「そうだね……でも達也なら、『カーディナル・ジョージ』の使う魔法は知っているんじゃない?」

 

「知っているわけではないが、大体予想はできる」

 

 渚の問い掛けに、達也ははっきりとではないが、肯定を示した。

 それを聞き、渚は少し表情を固くして達也に一つ申し出をした。

 

「なら達也、九高との試合があったら、一つお願いしてもいいかな」




これ、勘違いタグいりますかね……


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感謝の時間

お気に入り五千件ありがとうございます!
気がついたら累計に載りそうな勢い……私自身ビックリです!

というわけで、私からの感謝の時間でした。


 九高との試合は、『渓谷ステージ』で行われた。

 このステージの形状は『く』の字形に湾曲した人工の谷間で、水が流れていると上流・下流で有利・不利が生じてしまうため、実態は渓谷というより崖に囲まれた細長い『く』の字形の湖だ。

 

 この試合は、幹比古の独壇場(どくだんじょう)だった。

 

 左右が塞がった細い道が、白い霧によって覆われた。

 しかも、その霧は一高に薄く、九高に濃く纏わりついている。

 

 九高の選手は霧に邪魔されて、一高モノリスへ近づくことができない。

 何度も霧を消し飛ばそうと試みてはいるのだが、その努力を嘲笑うかのようにすぐに視界を奪うのだ。

 

 気流を起こしても、その流れてくる空気が白い霧なため全く効果がなく、気温を上げても湖が蒸発してさらに不快感を増す。

 

 だが、そんな広範囲に魔法を展開することは、二科生では無理だ。

 渚は隣で幹比古の護衛をしながら、彼の魔法を見る。

 

 渚が幹比古に出会った当初の第一印象は、何かに焦っている、だった。

 それが魔法なのか、勉学なのか、または別のことなのかはわからない。

 だが、『力』を欲していることはわかった。

 

 そして、その日から一緒に過ごしていくうちに、幹比古は自分が何故二科生なのかを話してくれた。

 

 ――1年前の事故で、僕は力を失ってしまった。

 

 渚にとって、過去を打ち明けてくれる仲になったことは喜ばしいことだったのだが、そんな話を聞いては喜ぶこともできない。

 それから渚と幹比古は、一緒に授業を受けるようになった。

 渚は今まで通りアドバイスブックで手に入れた知識を実際に試行錯誤し、自分にあったやり方で吸収していくスタイル。

 幹比古はとにかく渚のスタイルを真似しながら、心を落ち着かせていくスタイル。

 

 それによって、幹比古にだけわかる変化が訪れた。

 

 焦る気持ちが無くなったからなのだろうか、視野が広くなったように感じたのだ。

 それは、効率的に技術を吸収する力や緊急時に冷静に対応できる力などに直接関係していくものだ。

 

 そして、達也。

 九校戦が始まる前、実は幹比古と達也は工作員らしき人物と交戦していた。

 その時、達也に言われたのが、『無駄が多い』だった。

 古式魔法は、その家が長い年月を掛け、古式魔法の伝統に現代魔法の成果も積極的に取り入れて、改良に改良を重ねたものだ。

 それを、達也は容赦無しに切り捨てたのだ。

 

 その時は、幹比古も憤った。

 だが、それと同時に、再び古式魔法と向き合えた気がした。

 

 そして、達也はこの九校戦の中で、その改善案を実物として、CADとして提示してきた。

 現在使っている魔法も、そのCADによって発動しているものだ。

 

 魔法を発動しながらも、幹比古は感謝の言葉を心のなかで述べた。

 

(ありがとう、達也、渚。君たちのおかげでなんとか将来に光が見えてきたよ。だから、僕はその二人に答えるためにも、成長を見せるためにも、この『モノリス・コード』で二人を全力でサポートする!!)

 

 さらに濃くなる九高の霧。

 達也は霧の中でも『エレメンタル・サイト』によって問題なくモノリスに近づくことができる。

 九高との試合は、一度も戦闘を交えることなく一高の勝利で幕を閉じた。

 

◆◆◆

 

 決勝戦は、三位決定戦の後に行われる。

 試合の時間はどんなに長くても三十分以上は掛かることはないが、決勝開始は余裕を持って今から二時間後の午後三時半と決定された。

 

 幹比古はホテルの最上階で富士山を見てくる、と言って出ていったが、渚と達也は現在、達也の部屋にいた。

 

「それで、本当にやるんだな?」

 

 二人とも、表情はかなり真剣だ。

 

「うん。僕では一条 将輝は倒せないけど、吉祥寺 真紅郎には幹比古と二人でなら倒せると思っているんだ。それを可能にするためには、これが必要なんだ」

 

 渚の言葉は、全て本気だ。

 だが、それでも達也は簡単に頷くことができない。

 

「正直言って、俺はその魔法をこんなに観客がいるなかでは使わない方がいいと思っている」

 

「知ってるよ。でも、これがあれば確実に吉祥寺 真紅郎には勝てるんだ」

 

「……それなら、一つだけ条件がある。大丈夫、条件とは言っても戦闘中は有利に働くものだから」

 

「……?」

 

 渚が達也に直談判(?)している中、三位決定戦が終わり、大会から届いた決戦の場に三高歓喜していた。

 

 場所は、『草原ステージ』。

 そこは、遮蔽物が何もない、本当に正面からの戦いを要求されるステージ。

 つまり、三高にとっては最高の、一高にとっては最悪のステージなのだ。

 

「後はヤツが誘いに乗ってくるかどうかだな、ジョージ」

 

「彼らは必ず乗ってくるよ。遮蔽物がない『草原ステージ』では、正面からの一対一の撃ち合いに応じる以外、向こうにも勝機が無いからね」

 

「後は、お前が後衛と遊撃を倒すだけだが……大丈夫か?」

 

 だが、『草原ステージ』でも、彼らには不安要素が一つあった。

 

「『吉田家』の古式魔法は現代魔法とのスピード差でいけるけど、潮田 渚だけは僕もわからない」

 

「そうか……」

 

 それは、渚の存在。

 結局、この『モノリス・コード』では合計四回しか魔法を使用しておらず、どんなバリエーションがあるのかが全くの未知数。

 本気で『モノリス・コード』のスペシャリストを送り込んできたんじゃないかと思っているほどだ。

 

「じゃあ、倒すのが無理だったら持ちこたえてくれ。俺が司波 達也を倒して二人でなら確実にいける。勿論、行けそうだったら頼んだ」

 

「わかった。新人戦の優勝は残念だったけど、せめて『モノリス・コード』の優勝は勝ち取らないとね」

 

「ああ、やってやるさ」

 

 真紅郎の言葉に、将輝は強く頷いた。

 

◆◆◆

 

 新人戦、『モノリス・コード』決勝戦。

 選手の登場に、客席は大きく沸いた……とはいかず、戸惑いにざわめいていた。

 

 達也は普通のプロテクターを装備しているのだが、渚と幹比古は、ローブを着ていたのだ。

 これが、達也が渚に出した条件だった。

 

 幹比古にとって、仮装みたいで恥ずかしい装備ではあるのだが、渚にとっては女装より断然マシなためなんとも思わない。

 

 そして、観客も嘲笑や冷笑の類いは無く、その『ローブ』に対する好奇心の方が強かった。

 だが、三高にとっては好奇心では済まされない。

 

「ただのハッタリじゃないのか?」

 

 チームメイトの推測に、将輝と真紅郎は揃って首を横に振った。

 

「ヤツはジョージの事を知っていた……あれは『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』対策か?」

 

「確かに僕のあの魔法は貫通力が無いけど……布一枚で防がれるようなものじゃないし、彼がそんな甘い考えで対策を立ててくるとは思わない」

 

「そういう風に思わせる作戦かもしれないぜ?」

 

「その可能性も無いわけじゃない、が……」

 

「……分からないな。まさかこの期に及んで隠し玉を用意していたなんて……」

 

 歯切れの悪い将輝のセリフに、唇を噛み締める真紅郎。

 

「全く無警戒というわけには行かないが、わからないことをあれこれ考えても意味はない。力押しに多少のリスクは付き物だ」

 

 真紅郎の迷いを断ち切る為か、将輝は少し強い語調で言い切った。

 だからといって、将輝自身に戸惑いが無いというわけではない。

 

 一般の人から見た好奇心の対象は、敵対している者にとっては警戒すべきものになるのだ。

 

◆◆◆

 

 普段は大会本部のVIPルームでモニター観戦しているはずのある人物が、今回来賓席に姿を見せた。

 

「九島先生!このようなところへ如何なされました!?」

 

「たまにはこちらで見せて貰おうと思ってな」

 

 直立不動で迎え入れた大会委員は急ぎで革張りの椅子を用意し、九島 烈はその椅子に腰を下ろした。

 

「それは勿論、我々にとって光栄なことと存じますが……」

 

「なに、二人、面白そうな若者を見つけたのでな」

 

 烈は年に似合わない無邪気な笑顔を見せながら、大会委員に一言だけそういった。

 

(さて、殺せんせーの元を離れた、君の成長ぶりを見せて貰おうかね)

 

 不敵に笑うその姿は、大会委員の緊張をさらに高めるだけだった。




どうも、焦らしまくる作者です。
ごめんなさい。

この部分はどうしても必要な描写なのです。
ここなしでそのまま行くと、恐らく内容薄いまま『モノリス・コード』の勝敗が決するところまで行っちゃいますからね。

しかし、ここまで来たら明日の内容は……おわかりですね?

いろんな要素を含めて、楽しみは明日です。


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暗殺の時間

この小説開始当初は、九校戦終了でエピローグに入る予定だったのですが、このまま行っちゃいます。

とりあえず、エタリやすいと言われる九校戦という山場はクリアですかね。


「あのローブは何に使うのかしら?」

 

「古式の術式媒体で、刻印魔法と同じ原理で作動し、魔法が掛かりやすくなる効果を付与していると聞いています」

 

「補助効果……今着てるってことは、大会委員からの許可は降りたのね」

 

「ええ」

 

 天幕では、真由美と鈴音が渚と幹比古のローブ姿について話していた。

 

「司波くんは、吉祥寺くんの『インビジブル・ブリット』対策だと言っていましたが」

 

「『インビジブル・ブリット』対策ね……古式魔法だから幻術とかで視線を目標とするという利点を逆手に取るとか?」

 

「恐らく、会長の推察通りです」

 

「そう……もう、新人戦優勝は二位になった時点で決まっているんだから、無理だけはしないで……」

 

 試合開始前独特の緊張感が辺りを支配するなか、真由美は胸に手を当てて祈った。

 

◆◆◆

 

 試合開始の合図と共に、両陣営の間で砲撃が交わされた。

 魔法による遠距離攻撃。

 

 それを観客は大喜びで迎え、第一高校の応援席は意外感に言葉を失っていた。

 両陣地の距離はおよそ六百メートル。

 

『森林ステージ』や『渓谷ステージ』に比べれば短い距離だが、実弾銃の有効射程で測れば、突撃銃では厳しい間合いであり、狙撃銃の間合いだ。

 

 それをお互い、外見上は自動拳銃そのもののCADを突きつけ合い撃ち合いながら、相互に歩み寄っている。

 達也は予選、準決勝と同じ二丁拳銃スタイル。

 それに対して将輝は、特化型だ。

 

 右手のCADで相手の攻撃を撃ち落とし、左手のCADで攻撃を仕掛ける達也に対して、将輝は意識的な防御を捨てて攻撃に専念している。

 

 その結果、ただでさえ大きな攻撃力の差が、ますます広がっていた。

 

 将輝の魔法が一発一発に決定的な打撃力を秘めているのに対し、達也のは牽制程度、単に攻撃が届いているだけで、特に防御を意識しなくても魔法師が無意識に展開している『情報強化』の防壁で防がれる程度の振動魔法だ。

 

 さらに、一歩進むごとに、達也の牽制すらも数が減っていき、防御に回っている。

 

 知っているものが見れば、達也の劣勢は明らかだった。

 

 そして、渚は三高陣地では真紅郎が将輝の背中を迂回し、一高陣地へと駆け出しているのを確認した。

 

「いくよ、幹比古」

 

「おーけー、渚」

 

 真紅郎が動き出したことにより、試合は新たな段階へと突入した。

 真紅郎が迂回しながら突っ込んでくるのを迎え撃つ為に走り出す渚と幹比古。

 途中で達也が将輝の攻撃を捌ききれなくなり圧縮空気弾が襲っていたのを見て肝を冷やしたが、それを体術でかわしたのを見てホッと一息、意識を再び真紅郎へと向ける。

 

 そして、一高モノリスから百メートル地点で、彼らはぶつかった。

 

 真紅郎は迷わず渚に向けて『インビジブル・ブリット』を放った。

 否、放とうとした。

 

「なっ?」

 

 だが、放とうとした瞬間に渚のローブに焦点を会わせた瞬間、遠近感が定まらなくなり、渚の姿がユラユラと揺れる。

 

(幻術!?)

 

 そこへ渚が拳銃型のCADを真紅郎に向け魔法を放つも、移動魔法で後方へ大きくジャンプすることで真紅郎はそれを避けた。

 そこへ、突風が襲い掛かる。

 真紅郎は加重系魔法で自分の身体にかかる慣性を減らし、風に逆らわず飛ばされることで風撃のダメージを緩和した。

 

(厄介な!)

 

 心の中で舌打ちをしながら、『不可視の弾丸』の照準を幹比古へ合わせる真紅郎。

 だが、ローブを見た瞬間に再び遠近感が定まらなくなる。

 

 視線を目標に合わせなければならない『インビジブル・ブリット』は、『基本コード』を使って個体の全体に作用するのではなく、一点に直接力を及ぼすことが可能となっている。

 つまり、無駄な行程を省いて魔法を発動することができるという大きなアドバンテージができるのだが、上手く視認できなければ魔法は発動しない。

 

 後方へ飛んだときに風撃を受けたため、真紅郎の体勢は完全に崩れている。

 さらに、幹比古へ視線を向けたその数秒で渚が接近しており、魔法を避けるのは不可能になっていた。

 

 だが、その瞬間、渚は焦ったように横を見て、その場から緊急回避。

 それと同時に圧縮空気弾が飛んでくる。

 

 早めに回避行動をとったおかげか、渚は少し爆風を受けただけで済んだが、その間に真紅郎は体勢を立て直した。

 

「将輝!」

 

 助かった、という謝辞を省略して、真紅郎は救いの手の名を呼んだ。

 渚たちに押されていた真紅郎を、達也に攻撃を続ける傍らの援護射撃で将輝が助け出したのだ。

 

 真紅郎の指がCADのコンソールを走り、加重の系統魔法が発動した。

 得意魔法への拘りを捨てた真紅郎の加重増大魔法が幹比古に襲い掛かる。

 

「幹比古!」

 

 地面に押し付けられた幹比古の口から、押し出された息が漏れた。

 渚が幹比古に声をかけるも、その時に視界の端に映った光景に目を見開いた。

 

 明らかにレギュレーションを越えた威力の圧縮空気弾が十六発、達也に向けて放たれていたのだ。

 達也はそれを見事な身のこなしで『術式解体(グラム・デモリッション)』で破壊していく。

 

 だが、間に合わなかった。

 

 迎撃は十四発までしか間に合わず、達也は最後の二発の直撃を受けた。

 

「達也!!」

 

 将輝の足元まで吹き飛ばされる達也。

 それを見た渚は叫ぶも、吹き飛ばされたはずの達也は平然と体勢を立て直し、右足を踏み込んで、レギュレーション違反をしたという意識に捕らわれて強ばった表情で硬直している将輝の顔面目掛けて、正確には、最初から当たらない軌道で右手を将輝の耳元を走り抜けた瞬間、音響手榴弾に匹敵する破裂音が、達也の右手から放たれた。

 

 その轟音に、スタンドは静まり返り、真紅郎ですら振り返って動きを止めた。

 達也の右手は、親指と人差し指の指先を付け、親指と中指を交差させた形で、突き出されている。

 つまり、指パッチンだ。

 

 選手、審判、観客、応援団、この場の全員が見つめる中で、将輝が地面に崩れ落ち、達也はガックリと膝をつく。

 

 その姿を真紅郎は呆然と見つめていた。

 それが、彼の大きな油断となる。

 

 その隙を見逃さなかった渚が、突っ込んできていたのだ。

 

「――ッ!?」

 

 それを見た真紅郎は、幹比古が倒れて幻術が使えないため、そして本能的に『インビジブル・ブリット』を発動しようとするも、その瞬間、訪れた不快な音に顔をしかめ、魔法が霧散する。

 

 その音の発生源であろう渚の方を見ると、渚はいつの間にか特化型を腰にしまい、いつの間にか両腕につけていた汎用型CADをクロスさせて真紅郎に向けていた。

 

 魔法がいきなりキャンセルされたことが、真紅郎をさらに混乱へと導く。

 渚は両腕のCADとローブを脱ぎ捨て、腰からナイフ型と拳銃型のCADを取り出した。

 

 体勢は崩していない真紅郎は、かなり接近している渚に対して魔法ではなく回避することを選択する。

 渚の魔法は頭に直接受けなければ問題ないからだ。

 

 銃口を突きつけ、魔法を発動しようとする渚。

 その一挙手一投足を見逃さまいと意識を集中させる真紅郎。

 心拍数が一気に上がっていく。

 

 銃口を突きつけ、魔法を発動する準備に入っていた拳銃型のCADは、そのまま渚の手から離れて地面に落ちた。

 

 その手から落ちていく渚のCADにつられていく視線。

 ふと気がついたときには、渚は目の前におり、ナイフ型のCADに全殺気を込めて真紅郎に突き放たれようとしていた。

 

 それを本能で察した真紅郎は、反射的に無理矢理重心を後ろに引っこ抜くことで、回避しようとする。

 

 だが、そのナイフ型のCADは、先程までの殺気が嘘のように無くなり、渚の手から離れていた。

 重心を引っこ抜いたため、体を仰け反らせて体勢を完全に崩している真紅郎に渚がさらに肉薄する。

 

 パァァァァン!

 

 その瞬間、真紅郎の視界が爆弾が破裂したかのような衝撃に襲われた。

 

「――ッ!?」

 

 真紅郎の全感覚が、麻痺する。

 平衡感覚も分からず、何も見えず、何も聞こえず、真紅郎の意識はそのまま闇へと沈んでいった。

 

◆◆◆

 

 幹比古は、今の状況を理解することができなかった。

 

 将輝は地面に倒れており、達也は膝をついている。

 渚は真紅郎の顔の前でパンッ!と手を叩き、真紅郎は地面に倒れてそのままグッタリとしている。

 

 幹比古には、何が起きたのか理解できなかった。

 だが、どうなったかは理解できた。

 

 将輝と真紅郎は達也と渚がそれぞれ倒し、達也は戦闘続行不能、渚はCADを持っていないがまだ戦える状態であるため、二対一と人数的には有利だ。

 

 しかし、先述の通り渚はCADを持っておらず、幹比古は真紅郎の加重魔法によって身体の節々が悲鳴を上げている。

 

「このヤロウ!」

 

 三高最後の選手が、渚に向かって魔法を放った。

 意識は完全に真紅郎を倒した渚へと向いている。

 

(せめて最後だけでも!!)

 

 幹比古は、荒い息でその場に立ち上がり、電撃魔法『雷童子(らいどうじ)』を発動、完全に意識外の幹比古の魔法に成す術なく、三高の最後の選手は雷撃を受けて倒れた。

 

 三高で立ち上がっているものは一人もおらず、一高は渚と幹比古の二人が生き残っている。

 一高の『モノリス・コード』優勝が、決まった。




※後書きです。



突っ込みどころ満載の決勝戦



「それで、本当にやるんだな?」

 二人とも、表情はかなり真剣だ。

「うん。僕の魔法では一条 将輝は倒せないけど、その方法なら倒せると思っているんだ。それを可能にするためには、これが必要なんだ」

 渚の言葉は、全て本気だ。
 だが、それでも達也は簡単に頷くことができない。

「正直言って、俺はそんなことをこんなに観客がいるなかでは使わない方がいいと思っている」

「知ってるよ。でも、これがあれば確実に大きな隙が出て、勝てると思うんだ」

「渚がそこまで言うのなら、もう俺は止めない」

 渚は、大きく頷いた。

◆◆◆

『モノリス・コード』決勝戦、三高との試合が始まった。

 開始早々、ローブ姿のままいきなり突っ込んでいく渚。
 これには、三高も予想していなかったようで、慌てて将輝が魔法を撃とうとするも、達也の『グラム・デモリッション』で魔法式を破壊、さらに自己加速で敵陣目掛けて一直線の渚。

 真紅郎が『インビジブル・ブリット』を撃とうとしても、幹比古の幻術によって回避、六百メートルという距離をあっという間に百メートルほどまで近づけた。

 そこで、渚はローブに手をかける。

 将輝と真紅郎は何が来てもいいように、CADを準備して渚の行動を注意深く観察した。

 渚が、ローブを脱ぎ捨てる。
 その瞬間、渚以外の時間が止まった。

「……メイド?」

「……まさか、女だったとか?」

 ローブの下は、メイド服だった。

 渚が突っ込んでいるのにも関わらず、彼らは目の前の光景を信じられずにいる。

 モノリスに出ている以上、そんなわけないことは分かっているのだが、その着こなし具合を見ては最早女にしか見えない。

 遠くの方で観客が沸いているのが聞こえるが、将輝と真紅郎が硬直しているうちに、渚はいつの間にか二人のすぐ目の前まで接近していた。

「え、えっと……潮田 渚です……」

 三高の選手は全員、渚の声に耳を傾ける。

「……皆さんにご奉仕させてください!!」

「「「ブハァッ!?」」」

 顔を真っ赤に染めながらいった渚に、三高全員が吐血。
 そのまま渚は容赦なく三高全員の頭に魔法を撃ち込み、一高の『モノリス・コード』優勝が決まった。

「やっぱり渚くんは女の子だったのね!!家で雇われてくれないかしら!」

「落ち着いてください、会長。潮田さんは男だというデータが残っています。あくまでデータですが」

 全国放送で流れたそれは、世の中に、『男の娘』という言葉が再発したきっかけとなったのだった。









なんじゃこれ……


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変化の時間

一日だけ休憩もらっちゃいました。

皆さん後書きを気に入りすぎです(;・ω・)


「……なにが起きたの?試合には勝ったの?」

 

 真由美の独り言のような声が、張っているわけでもないのに一高天幕に響いた。

 

「……勝ちました、ね」

 

 鈴音がそれに答えたのが、合図となった。

 誰かが歓声を上げた。

 一人の歓声に二人の歓声が呼応し、四人、八人と連鎖的に拡散、歓声が爆発した。

 

 一高生の無秩序な叫び声が、渾然一体となり地響きと化してスタンドを揺るがす。

 それに答えるかのように、渚、幹比古、達也は立ち上がって一高応援スタンド席へと向かう。

 だが、その中でも真由美だけは状況についていけてない。

 

「……達也くんは、何故起きていられるの?」

 

 その声は、盛り上がっていたはずの一高天幕内によく響いた。

 それと同時に、徐々に天幕内だけが静まっていく。

 

「達也くんは一条選手の攻撃で倒されたはずよ……迎撃は、『グラム・デモリッション』は間に合ってなかった……!少なくとも、二発は直撃を受けたはずよ!?ルール違反のオーバーアタックで大怪我したはずの達也くんが、何故立ち上がって戦い続けたの!?」

 

「七草、落ち着け」

 

 最初はまだ理解しきれていなかったのだが、疑問点を口に出したら理解が追い付いてきたのか、真由美はだんだんとヒステリックになっていき、それを、どっしりとした声で克人が宥めた。

 

 達也が倒されてからの流れがあまりにも早かったため、勝った喜びの方が先にきた一高天幕内だったが、達也は間違いなく直撃を受けて大怪我をしているのを思い出し、少しずつ場の空気が重くなっていく。

 

 確かに、どう考えても達也は立てるはずのない重傷を負っていたはずなのだ。

 

「俺にもそう見えたが、現実に司波は立ち上がり、怪我人には不可能な動きで敵を倒した。こうして見る限り、自分が放った音響攻撃にダメージを受けているだけで、それ以上の怪我はない」

 

「でも……」

 

「司波は古流の武術に長けているとか。古流には肉体そのものの強度を高める技や、衝撃を体内で受け流す技もあると聞く。おそらくは、その類だろう」

 

「…………」

 

 克人の言葉に納得した様子ではないが、真由美はとりあえず落ち着きを取り戻したようだ。

 

「俺たちが知っている知識だけが、世界の全てではない。魔法だけが『奇跡』ではないのだ。それよりも、今は彼らの勝利を称えるべきだろう」

 

「……そうね。ごめんなさい、十文字くん」

 

 気がつけば、一高応援スタンドを越え、会場全てから暖かい拍手が彼らに対して送られていた。

 

◆◆◆

 

 思いがけない拍手のシャワーに、達也たちは照れ臭さを禁じ得なかった、

 

 ヘルメットを脱いで二人の元へ歩み寄る達也も、彼を待っていた渚と幹比古も、あえて客席を見ようとはしない。

 

「耳は大丈夫?達也」

 

 一番の強敵をたった一人で相対し、倒した、そして、唯一怪我をした達也を労うように渚が声をかける。

 

「ああ……鼓膜が片方破れててな。今、耳が良く聞こえないんだ。今も唇を読んでようやく理解できているんだ」

 

 その問いには、達也は右耳を差しながら、やれやれと言いたそうなしぐさとともに答えた。

 

「でも、二人ともすごいよ!まさか本当に『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』を倒しちゃうなんて!」

 

「僕は隙を上手くつけただけだよ」

 

「俺も全く同じだ」

 

 今回、一高の勝因は将輝と真紅郎の隙を上手くつけたところが一番大きいだろう。

 二人とも謙遜気味に答えた。

 

「だけど、よくあれを使えたな、渚。あれはサイオンの精密なコントロールが必要な技術なんだが」

 

「かなり危なかったけどね。隙をついた攻撃なら、吉祥寺くんが『インビジブル・ブリット』で反撃してくるって分かってたから、なんとかできたよ」

 

 達也が言っているのは、擬似的なキャストジャミングについてだった。

 今回、渚がそれを使えたのは、真紅郎の使う魔法で一つだけ、『インビジブル・ブリット』の存在を知っていたからだ。

 

 達也とは違い、その場で即刻魔法の起動式を理解することはできない。

 だから、渚はタイミングをずっと待っていた。

 確実に『インビジブル・ブリット』を使い、確実に仕留められる、その時を。

 

 ローブの役目は、それを隠すためでもあったのだ。

 

「でも、渚は『カーディナル・ジョージ』をどうやって倒したんだい?」

 

「それは俺も気になるな。見てはいたが、魔法は感知できなかったし、打撃をしたわけでもない」

 

 そして、今度は渚の技についての注目が集まる。

 恐らく、興味七割、拍手が鳴り終わるのを待っているのが三割といったところだろうか。

 

 だが、この質問に対しての渚の表情は、困った、といった感じだ。

 

「んー……できればあんまり人に教えたくはないんだけど、達也たちにならいいかな。あの時使ったのは、『クラップスタナー』といって、簡単に言えば猫騙し。視線誘導を使ってその効果をあげたものだよ」

 

「なるほどな。つまり、拳銃型で攻撃すると見せかけてナイフ型で突撃、それに怯んだ相手は自然的にナイフ型に視線が行く。それを離すことで、そのまま視線が釣られていき、猫騙しの効果が大きくなるってことか」

 

「……今の説明でよくわかったね」

 

 一を聞いて十を知るという実例を、渚は見た気がした。

 本当に一番大切な部分以外は、達也の言った通りなのだ。

 

「……さて、そろそろ現実を向かないとね」

 

「やっぱり、反応しないとダメなのかなぁ……」

 

「まぁ、勝ったんだから胸張って行こうよ」

 

 ある程度話題も尽きたところで、未だ鳴り止まない拍手に彼らはそろそろ現実と向き合うことにした。

 全員が横並びになり、手を振って拍手に答える三人。

 

 ふと、何かを思い出したかのように、渚は横で恥ずかしそうにしながら手を振る幹比古を見た。

 幹比古は、照れながらも、屈託のない笑顔で手を振っている。

 

 そう、文字通り、何にも縛られていない笑顔で。

 

「……おめでとう、幹比古」

 

「え、何か言った?渚」

 

「ううん、何もないよ」

 

「…………」

 

 手を振っていた幹比古は渚の呟きを聞き取れなかったが、達也は唇を読んで意味を理解し、手を振りながらも優しく微笑んでいた。

 

◆◆◆

 

 時は『モノリス・コード』優勝が決まったときへと遡って、観客席で観戦していた元E組メンバー。

 

「……勝ったんだよな?」

 

「……みたいだな」

 

 前原と岡島が、お互いで確認するように顔を見合わせる。

 

「……あーあ、とうとうやっちゃったねぇ。うちの暗殺者さんは」

 

「……やっぱり、渚には敵わないな」

 

 中村は、笑いながらも呆れたようなセリフを呟き、業も笑顔でそう呟いた。

 何処からか、歓声が上がる。

 

 一つの歓声が、連鎖的に拡散されていき、それは会場全体のものとなった。

 それに便乗する形で持ち上がっている元E組メンバーだが、一人だけ、ずっと渚を見ている少女がいた。

 

「どうしたのー?茅野ちゃん」

 

「うぇ?あ、な、何もないよ!」

 

 業にそれを見られ、ニヤニヤされて顔を真っ赤にしている黒髪の少女、茅野だ。

 

「茅野のことだから、王子様に見惚れていたんでしょ」

 

「ち、違うもん!」

 

 渚がいないため、完全に包囲されている茅野は相変わらずの弄られ具合だった。

 だが、それでも視線は渚を捉えている。

 

「……何もなくて、良かった」

 

「そうだね。無事終わってくれて良かったよ」

 

 茅野は、最初に渚が『モノリス・コード』に出ると分かったとき、とてつもない不安に襲われた。

 いくら渚とはいえ、魔法競技で魔法が苦手なのはあまりにも危ないことだ。

 

 だが、結果としては、どうだろうか。

 渚自身はどうかは知らないが、最終的に全く魔法を使わず、仕事人のごとき要領で優勝を果たしている。

 

 それは、茅野に力を与えるものとなった。

 

 迷っていたことを、「やろう」と後押ししてくれるものとなった。

 

 茅野はおもむろに、一人の懐かしい人物に、連絡を入れたのだった。




本日の13時、しれっと累計入りを果たしました。

本当にありがとうございます!

あ、今日はネタはありませんからね??


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陰謀の時間

後何話ぐらいかな……

九校戦が今回を含めて三、四話。

夏休み編三、四話ほど。

過去編三、四話ほど。

横浜騒乱編が二十五話ほどでエピローグが一話なので、多くても四十話は既に切った状態でしょうか。

それまで皆さんが楽しめるような作品を書いていきますので、皆さんも完結までお付き合いくださいな。


『モノリス・コード』優勝を飾ったその日の夜、渚たちE組メンバーは、渚と業の部屋で磯貝主催の祝賀会を行っていた。

 

「よし、皆ジュースは持ったな。では、一高の『モノリス・コード』優勝を祝して、乾杯!!」

 

「カンパーイ!!」

 

 磯貝に合わせて、その他全員もグラスを掲げて続いた。

 

「いやー、本当に優勝してくるとは思わなかったよ。さすがは渚といった感じかな?」

 

「僕だけじゃなくて、達也や幹比古がいたおかげだよ」

 

「でも、三人それぞれの力も高くないと『クリムゾン・プリンス』と呼ばれる一条家の御曹司、『カーディナル・ジョージ』と呼ばれる吉祥寺 真紅郎の組み合わせを倒すなんてほぼ不可能なんだから、渚も誇っていいと思うぞ」

 

「おい、見ろ渚!グループに皆からもメッセージが届いているぞ!」

 

 中村や磯貝から祝福を受ける渚に、前原に端末を目の前に差し出される。

 

『さすがは渚だな!『モノリス・コード』優勝おめでとう!』

 

『うちのクラスの首席は一高でも高いレベルにいるようで何よりだな』

 

『というか、暗殺教室のときよりも暗殺者だった』

 

 九校戦は、各高校の優秀な魔法師の卵が全力を持って競い合うため、有線放送がされている。

 それを見ていた元クラスメイト、正確には、この場にいるE組メンバー以外の全員から、書き方や伝え方はどうであれ、優勝の祝福メッセージが届いていたのだ。

 

 それを見て目に熱いものが込み上げてくる渚。

 なんとか堪えながら返信をする。

 

『皆、ありがとう!本当に嬉しいよ!』

 

『隣で泣きそうになってるからねー』

 

 渚の顔が少しずつ赤くなっていく。

 こういうことを書くのは、間違いなく業しかいない。

 

「業!なんでそれ言っちゃうの!?」

 

「だって、皆のメッセージに対しての渚の詳しい情報を伝えないといけないじゃん?」

 

「せめて隠してよ!!」

 

 渚と業の相変わらずのやり取りに、それを見ていた全員が笑っている。

 皆に笑われていることに気がついた渚が周りを見渡すと、さっきまで言い合っていた業すらも笑っているため、なんだか可笑しくなって渚も一緒に笑ってしまった。

 

 祝賀会は、その夜遅くまで続いた。

 

◆◆◆

 

『モノリス・コード』を見事優勝に飾った代理チームを祝福しようという動きがあったが、達也は病院で治療、渚はあれから一回も姿を表しておらず、渚も幹比古も疲れているだろうということで――渚が一足先に祝福を受けていたのは本人以外誰も知らない――、新人戦優勝パーティーは総合優勝パーティーまでお預け――決まったわけではないが――となった。

 まず、その総合優勝をするために勝つ必要がある、明日から再開される本戦『ミラージ・バット』の関係により、それどころではない。

 

 九校戦九日目の競技は、深雪が出場する『ミラージ・バット』女子予選から決勝、『モノリス・コード』男子予選リーグが行われる。

 

 現在、二位の三高との差は百四十ポイント開いており、明日の『ミラージ・バット』の配点は一位が五十ポイント、二位が三十ポイント、三位が二十ポイント、四位が十ポイント。

 

 対して、明日予選、最終日の『モノリス・コード』の配点は、一位チームに百ポイント、二位チームに六十ポイント、三位チームに四十ポイント。

 

 つまり、明日の『ミラージ・バット』の成績次第では、最終日を待たずして一高の総合優勝が決まる。

 

 一高は、明日にでも優勝を決めようと、手の空いたメンバーも総出で選手とエンジニアのサポートに夜遅くまで回っている。

 そして、とある場所では、別の意味で夜遅くまで起きている者たち、正確には、一睡もできないほど追い詰められている者たちがいた。

 

「第一高校の優勝は最早確定的だ……」

 

「馬鹿な!諦めると言うのか?それは座して死を待つということだぞ!」

 

「このまま一高が優勝した場合、我々の負け分は一億ドルを超える。ステイツドルで、だ」

 

「これだけの損失、楽には死ねんぞ?ただでさえ今回のプランは負けた場合の金額が大きすぎて本部が渋っていたのを、我々が無理に通したものだからな。良くて生殺しの『ジェネレーター』、適性がなければ『ブースター』として死んだ後まで組織に搾り取られることになる」

 

 テーブルを囲んだ男たちは、おぞましい者を見る目で、部屋の四隅にボンヤリと立ち尽くす四人の男を順番に窺い見た。

 

「このプランがなければ今期のノルマを達成できなかったとはいえ……少し強引すぎたか」

 

「そんなことを言っている場合ではなかろう!……こうなっては最早、手段を選んでいる場合ではない」

 

「そうとも!最初から本命に負けてもらう予定で色々と手間を掛けたのだ。多少手荒な真似になっても今更躊躇う理由はない。客に疑いを持たれたところで、証拠を残さなければ何とでも言い訳は立つ。この際、徹底的にやるべきだ」

 

「協力者に使いを出そう。明日の『ミラージ・バット』では、一高選手の全員に途中で棄権してもらう。……強制的にな」

 

「運が良ければ死ぬことはあるまい。さもなくば、運が悪かったというだけだ」

 

 狂気を孕んだ含み笑いが、同意の印を投げ交わされた。

 

◆◆◆

 

 九校戦九日目は、前日までの好天から打って変わって、今にも雨が降り出しそうな分厚い雲に覆われていた、薄暗い曇天だ。

 

 しかし、『ミラージ・バット』という競技の性質上、夜明けを随分と過ぎてもなお薄暗い空は滅多にない好条件であり、今回はこちらの方が『好天』と言えた。

 

 深雪の出番は第二試合。

 だが、一試合目から一高の選手が出場するため、渚たちは既に『ミラージ・バット』が行われる競技場へ着いていた。

 

 達也と深雪は競技フィールド脇のスタッフ席で観戦しているため、エリカやレオ、美月や幹比古といったいつものメンバーとは一緒におらず、また、できるだけ近くに座っているとはいえ、毎回都合よく前後の席が連続で空いているということはないので、今回も二組の席は離れた状態になっている。

 

 簡単な位置関係は、一ブロックの前方にエリカたち、後方に元E組メンバーといった感じだ。

 

『ミラージ・バット』は、『ミラージ』と略される女子のみの競技。

 空中に投影されたホログラム球体目掛け、魔法を使って飛び上がり、スティックで打つ競技だ。

 九校戦で一番試合数が少ないのだが、試合時間は最長である。

 試合中、選手は絶え間なく空中に飛び上がり魔法を使い続けるため、その負担はフルマラソンにも匹敵すると言われている。

 

 九校戦の『ミラージ・バット』は、凝った衣装を身に纏った女子選手が飛び回るその姿から、『フェアリー・ダンス』とも評されている。

 

 一回戦、第一ピリオドは順位が目まぐるしく入れ替わる接戦となったが、一高の選手がわずかな差でトップに立った。

 その息を忘れそうな試合展開に、ホッと一息つく一同。

 

 だが、その中に、渚の姿はない。

 渚は朝イチにホテルを出て、一人で病院へと向かっていた。

 

 それは、一人の友人に優勝報告をするためだ。

 二日前にも来た、病室の扉を開ける。

 

 そこには、一高新人戦『モノリス・コード』のメンバーである三人がベッドに横になりながら、モニターで試合を観戦していた。

 

「あ、渚!優勝おめでとう!」

 

「ありがとう、鋼!起き上がっても大丈夫なの?」

 

 渚を見た瞬間にすごい勢いで起き上がって祝福の言葉をかけてくれた鋼に、感謝とともに身体を心配する渚。

 

「まぁ、大事をとって三日は絶対安静って言われたけど、ここの病院はかなり優秀でね。もうほとんど治ったよ」

 

「そっか。ならよかった」

 

 鋼は比較的軽傷な方とはいえ、無理をしないように病院側も配慮したのだろう。

 他の二人も、後遺症の心配はなさそうだ。

 

「にしても、まさかあの『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』を倒すなんて、さすがにビックリしちゃったよ」

 

「いや、相手の隙を上手くつけただけだよ」

 

「いや、そこがすごいんだよ。まず、僕たちでは彼らに隙を作ることすらできなかっただろうね」

 

 鋼は、何故か渚の方ではなく、森崎の方を見ながらそう言った。

 

「……何故俺を見る」

 

「そろそろ森崎も認めた方がいいよ。一科生、二科生の差は魔法力だけで、実戦では全く関係のないことだってことをさ」

 

「……俺だって、分かってたさ。入学式の次の日、潮田 渚に後ろから声をかけられたあの瞬間から、一科生と二科生との差に実戦的な実力の差はないんだってことぐらい。でも、認めたくはなかった。認めたら、見下していた二科生よりも下の部分があるということを認めてしまうからな」

 

 渚は、ポカーンと口を開けていた。

 あの森崎が、こんなこというとは思ってもみなかったのだ。

 

「だけど、『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』の二人を目の前で倒されてしまっては、認めるしかないだろう。司波 達也だけは気にくわないがな。むしろ、俺は潮田 渚には感謝している」

 

「まぁ、そういうわけで、改めて優勝おめでとう。そして、僕たちの分までありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 場が和む。

 良い雰囲気が流れるが、その雰囲気は長く持つことはなかった。

 

「あっ!!」

 

「うわっ!?いきなりどうしたんだよ!ビックリしたじゃないか!」

 

 いきなり、もう一人の選手が叫んだため、森崎がビクッと身体を震わせた。

 彼が指をさしてしたのは、九校戦の『ミラージ・バット』が映し出されているモニター。

 

 そこに映っていたのは、一時中断をする競技。

 担架で運ばれる、一高選手の姿だった。




前書きから……

後四十話切っているということは、もう既に半分超えたことになりますね。
作品投稿から二ヶ月で半分。
完結は九月下旬あたりでしょうか。



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驚愕の時間

九校戦は今回のを含め後三話になります。

私にとっての山場は、意外と夏休み編、過去編になるかも知れません。(三大加重魔法とか知りません)


 渚が病院から戻って何が起きたのかを聞くために天幕へ寄ったのだが、そこはまた別の件で騒然としていた。

 

 渚は自分が一番喋りかけやすい人である生徒会長の真由美の元へ向かい、先の件を含めて何が起きたのかを聞いた。

 

「会長、二つの件について聞きます。何が起きたのですか?」

 

「あ、渚くん……んーと、まず最初に、第一試合の『ミラージ・バット』は途中棄権になったわ。これは皆には言わないでほしいのだけれど、また第三者の介入があったのだと思うの。そして今こうなってるのは、達也くんがさっき、CADの検査中に大会役員に手を出したっていう報告があって、途中棄権の件もあったから皆混乱しちゃって……」

 

「達也が?」

 

 達也がそういう行動にでるということは、間違いなく深雪に害が及びそうな時、または及んだ時だ。

 深雪が俯いているところも見ると、それは大会役員の過失なのだろう、と渚は結論付けた。

 

 渚がこの結論に至るまで、特別な思考はしていないし、何か引っ掛かることもなかった。

 だが、それも分からないほどに真由美は混乱している。

 

 真由美から感じられる感情は『不安』、そして『悲しみ』だ。

 

『不安』は、当然のことながらこの問題全般についての感情。

 主に、一高生徒会長として、生徒を心配するときに持っている感情。

 

 だが、『悲しみ』は、真由美本人と関わっている人に対する感情だった。

 この件で、真由美個人の関連で悲しいと思えることは、基本的に二つの可能性が考えられる。

 

 一つは、一高の九校戦失格。

 真由美たち三年生は、今回が最後の九校戦。

 その九校戦が失格で終わってしまうのなら、悲しいという感情が生まれるも納得できる。

 

 だが、これはまず有り得ない。

 競技自体が失格になることはあっても、それぐらいのことで一高自体が失格するなんてことは絶対にない。

 

 つまり、二つ目の可能性。

 それは、

 

「……事故に合った先輩が魔法師として復活することはできるのでしょうか」

 

 魔法師としての才能を、奪われた可能性。

 

「……残念だけど無理ね。魔法を信用できなくなったその時から、魔法を行使することはできなくなるわ」

 

 その事故にあった一高の選手は、上空から着地しようとしたときに発動しようとした魔法が発動せず、そのまま自由落下してしまった。

 つまり、魔法によって避けられたはずの危険に直面してしまったのだ。

 

 魔法師にとって、イメージは現実となる。

 渚も、魔法を使う前によくイメージをするのはそのためだ。

 

 そのイメージは、魔法があるという前提のもとに成り立っているものだ。

 それが、無くなってしまった場合。

 

 魔法など無いのだと一度でも思ってしまえば、そのイメージが一生付いて回り、魔法は使えなくなってしまう。

 

 真由美の感情は、一人の魔法師としての貴重な才能が失われてしまったことによるものだったのだ。

 

 そこへ、問題の男が天幕に姿を表した。

 天幕内の視線が、一斉に達也に集まる。

 

 渚でなくてもはっきりと分かるのではないか、と思うほどの、恐れと忌避(きひ)が混じった視線だ。

 

「お兄様……」

 

 だが、渚を除いてその中でただ一人だけ、達也を忌避しない少女が声を曇らせながら達也に近づいた。

 

「すまんな、心配かけて」

 

「そんなこと!だってお兄様は、わたしの為に怒ってくださったんでしょう?」

 

「早いな。もう事情を聞いたのか?」

 

「いいえ、ですが、お兄様が本気でお怒りになるのは、いつも……わたしの為、ですから……」

 

 しっかりと答えながらも、徐々に涙声に変わっていく深雪の頬に手を添えて、達也はそっと、上を向かせた。

 場の空気が、さっきとは打って変わって、主に渚の隣を発信源に生温くなっていく。

 

「……そうだな。俺は、お前の為にだけ、本当に怒ることができる。でもね、深雪。兄貴が妹の為に怒るのは当たり前なんだ。そしてそれは、俺の心に唯一残された『当たり前』だ。だから深雪、お前は哀しまなくても良いんだ」

 

 達也は空いている右手でハンカチを取り出して、深雪の涙をそっとふいた。

 先程までのシリアスな雰囲気も一緒に拭き拐われてしまっているのは、誰もあえて口にはしない。

 

「それに……せっかく綺麗にメイクしたのに、涙で汚してしまっては勿体無いよ?今日はお前の為の、晴れ舞台になるんだから」

 

「もう……お兄様ったら。試合に出るのはわたしだけではありませんのに。それは身贔屓というものですよ」

 

 場の空気が、水気を帯びているかのように湿った生温いものへとなっている。

 達也もようやく気がついたのか、深雪から天幕内へと目線を移して。

 

「あら、達也くん」

 

 こんな時でも、生徒会長は生徒の代弁者、と言わんばかりに、真由美が一際生温い視線で達也を迎えた。

 

「大会本部から『当校の生徒がいきなり暴れだした』と言われたときには一体全体何事かと思ったのだけど……とってもシスコンなお兄さんが、大事な大事な妹にちょっかいを掛けられそうになって怒り狂っていただけだったのね」

 

 皆が冷静になったと捉えれば、これはこれで良かったのかもしれない。

 達也がそそくさと作業室へ逃げ込むなか、渚は苦笑いしながらそう思った。

 

◆◆◆

 

 その後、達也から聞いた話によれば、大会役員が深雪のCADに細工をしようとしたため、取り押さえて尋問しようとした、ということ。

 第三者の介入があったということだった。

 

 現在、深雪が、『ミラージ・バット』のフィールドに立って開始の合図を待っている。

 渚は今回、業に連絡を入れて天幕でその様子をみている。

 

 競技場内のボルテージは、最高潮に達していた。

 渚も本当は競技場で見たいのだが、競技場で途中から見るか、天幕で終始ずっと見るかという選択を迫られ、この場で始まりから終わりまで全てを見ることにしたのだ。

 

 そこで、観客のボルテージに急かされたのか、予定時刻よりも数秒早く、試合開始のチャイムが鳴った。

 

 開始早々から、渚は『ミラージ・バット』が何故『フェアリー・ダンス』と呼ばれるのかを実際に見て実感した。

 

 鮮やかなコスチュームで飛び回るその姿は、確かに『フェアリー』と形容するに相応しく、その中でも深雪は特に目を奪われる存在となっていた。

 しかし、目を奪われるからといって、それが九校戦の結果に繋がるかといえば、否だ。

 

 第二ピリオドが終わった時点で深雪は二位と僅差でトップに立っているが、第一ピリオドでは二高の選手に続いて二位、その二高の選手は第三ピリオドで決着をつけるため、第二ピリオドでペース調整をしているようにも見える。

 

 簡単に言えば、深雪とその二高の選手は互角なのだ。

 

 達也の二高の選手の対策を気にしつつ、第三ピリオドのためにフィールドに出てきた深雪に、渚は違和感を感じる。

 

 深雪は第二ピリオドまで、携帯端末形態のCADを使っていたのだが、右腕につけているのは、ブレスレット形態のCAD。

 さらに、左手にもCADを持っているようだった。

 

 ここまで来ると、渚も達也のやろうとすることが全くわからない。

 だからこそ、奇想天外な試合展開を楽しめるというのだろう。

 

 第三ピリオドが始まり、渚は深雪の動きを注視する。

 動かしたのは、左の親指のみ。

 オン、オフで動くCADのようだ。

 

 展開される極小の起動式とともに、深雪の身体はフワリと浮き上がる。

 行く手を二高の選手が遮ろうとするも、それを飛翔スピードを上げることによって回避、そのまま光球を打ち消した。

 

 そこで、渚を含めた天幕内の全員が目を見張る。

 深雪が、空中で静止した後、着地をせずにそのまま次のターゲットへと向かって飛翔していったのだ。

 

「……飛行魔法」

 

 これは、間違いなく先月発表されたばかりの飛行魔法以外にありえなかった。

 出場している選手すら呆然とするなか、深雪は次々と得点を重ねていく。

 

 先月発表されたということは、その起動式を知っているのは、それを作った人しかありえないだろう。

 そして、飛行魔法を完成させたのは、天才技巧士と呼ばれる『トーラス・シルバー』だ。

 

 つまりは、そういうことなのだろう。

 深雪が二位に大差で決勝へと勝ち進んだのを見て、渚は自らの仮説が正しかったことを確信した。

 

◆◆◆

 

「今、連絡が入った。第二試合のターゲットが予選を通過した」

 

 男の言葉に、その場が恐怖によって支配される。

 

「……こちらの罠を見抜く相手だ。順当な結果なのだろうが……まずいな」

 

「それだけではない。ターゲットは飛行魔法を使ったらしい」

 

「バカな!?」

 

「これで力を使い果たしてくれたのなら万々歳だが……虫が良すぎるか」

 

「最早手段を選んでいる場合ではないと思うが、どうだろうか」

 

 彼らの目には、最早他人のことなど移ってなどいない。

 ただただ自分の生にしがみつき、他を蹴り落としてでも生きようとする目だ。

 

「賛成だ。百人死ねば十分だろう。大会自体が中止になる」

 

「中止になれば払い戻しは当初の賭け金のみだ。損失ゼロとは行かないが、まだ許容範囲内だ」

 

「そうだな……実行は十七号だけで大丈夫か?」

 

 十七号とは、彼らが競技場へ送ってある連絡要員にして、最後の手段を実行する『ジェネレーター』だ。

 

「多少腕が立つ程度ならば『ジェネレーター』の敵ではない。残念ながら武器は持ち込めなかったが、十七号は高速型だ。リミッターを外して暴れさせれば、百や二百、素手で(ほふ)れる」

 

「異議はないな……?では、リミッターを解除する」

 

 それと同時に、競技場で一人の大柄な男がのっそりと立ち上がった。




某小説家になりたい系サイトに投稿するオリジナル小説とともに、ハーメルンに既存の小説、SAOと暗殺教室の神崎さん主人公のクロスオーバーも考えております。

お楽しみに。


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烏間の時間

旅(行)に出(かけてい)ます(ネタの反復使用)

楽しいです(小並感)

それはさておき、タイトルの通り、本格的にこの方が登場します。


 立ち上がった男の表情は、まさに無表情。

 それは、無表情というよりも表情が欠落していると表した方がいいのではないのか、と思ってしまうほどだ。

 

 不意に、男の身体がびくっと震えた。

 一瞬で発動された自己加速魔法。

 周りにいた魔法師が魔法の気配に気づく前に、男はすれ違おうとした男を襲おうとして、次の瞬間にはスタンドの外へ飛ばされていた(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 その男、『ジェネレーター』十七号が現状を把握した時には、既に地面までの高さ三メートルを切っていた。

 殺戮の指令を受けて最初に目の前を通りすぎようとした男性に襲いかかろうとした瞬間、次に認識したのは、下に見えるスタンドだった。

 

 全く予想していなかった場所からの攻撃。

 気配は、何処にもなかったのに、だ。

 

 既に地面に叩きつけられる寸前。

 通常であれば恐怖にすくみ、あるいはパニックに陥り、為す術もなく墜落する状況だが、この男は、実戦の中で安定的に魔法を行使できるように仕上げられた生体兵器、『ジェネレーター』だった。

 

 十七号は無感情に、慣性中和の魔法を発動した。

 この時点では減速するよりも、慣性を低減させた方がダメージを和らげることができるという計算を瞬時に行った結果だった。

 

 脚のバネ、腹筋と背筋に両腕まで使って、落下速度を全て吸収する。

 

 その瞬間、スタンドから人が文字通り、速度を落とすこともなく、魔法を使うこともなく生身で(・・・・・・・・・・・・・)落ちてきた。

 両手両足を地につけたまま、顔をあげたジェネレーターは落ちてきた人影を確認する。

 

「よくあの段階から態勢を立て直したな」

 

 その生身で約二十メートルの高さから落ちてきた男は、何事もなかったかのように立ち上がって『ジェネレーター』に近づいていく。

 

 その時、再びスタンドから、今度は両手両足を使わずに男が飛び降りて着地した。

 その男の表情は、驚愕だ。

 

「烏間大佐!大佐が何故このようなところに!?」

 

 渚たちE組の表向きの担任、実際の副担任にして、陸軍大佐の烏間がいたからだ。

 

「柳か。俺の教え子が本格的に狙われたという話を聞いてな。九島閣下と面会する約束もあったからついでに寄ってみたら、この男が何やら怪しげな話をしていたからな。要は――」

 

 烏間が顔を柳に向けながら説明している途中で、十七号は隙を見つけたと自己加速魔法を発動して突進を仕掛けた。

 それに柳は気づくも、烏間にとっては完全な死角。

 

「――たまたまだッ!」

 

 だが、それを烏間は見向きもせずに右後ろ回し蹴りで十七号を吹っ飛ばした。

 自己加速魔法を発動している相手に対して、完全な生身で、である。

 

「さて、まずはこいつを片付けるとしようか」

 

 そういった烏間の笑顔に、柳は本能的な恐怖を感じた。

 烏間は、魔法師ではない(・・・・)

 

 そんな人間が、何故陸軍の大佐についているのか。

 それは、魔法を越えるほどの圧倒的な強さ、そして頭のキレの良さを持っているから。

 

 烏間は普段は、真面目、禁欲、誠実と三拍子揃った堅物だが、戦闘になれば全くの別人。

 いや、本性が現れる。

 

 暗殺者育成の教室、暗殺教室のメンバーは、達也をして『強い』と言わしめるほどの、実力者たちだ。

 だが、その生徒全員束にならなければ敵わない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)と言われる彼は、正しく怪物。

 

 それを顕著に現す、最近起きた例で言えば、アフリカゾウも一瞬で昏睡する毒ガスをまともに喰らっても、多少制限されたとはいえ、動いていたことだろう。

 

 軍きっての、戦闘狂。

 事実、軍において烏間に敵う者は、いない。

 

 蹴り飛ばされた十七号は、何事もなかったかのようにムクッと立ち上がり、自己加速魔法を発動して再び烏間に飛び掛かる。

 

 だが、自己加速魔法を上回る(・・・)ほどのスピードで、烏間は十七号の顔に肘打ちをし、十七号はその場で数回回転して再び地面に倒れた。

 完全に頭部は損傷、自己再起は不能なレベルである。

 

「まさか烏間大佐がここにおられるとは……」

 

「真田か。お前たちの作戦が無駄になってしまったようだな。悪かった」

 

「い、いえ!烏間大佐の戦いを見れるだけでも光栄です!」

 

「大佐。そんなこと言いながら楽しんでおられたでしょう?」

 

 真田が茂みから出てきて、ビシッ!と敬礼をするなか、部隊の中で唯一の女性にして、そのハッキング能力から『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』の異名を持つ藤林が、若干呆れたような口調で烏間に言った。

 

「……まぁな。それよりも藤林、情報助かった」

 

「お役に立てて光栄です」

 

「こいつの処理はお前たちに任せる。俺は行くところがあるからな」

 

「ハッ!」

 

 背を向ける烏間に、三人で一斉に敬礼をする。

 十七号は意識はあっても、それから動くことはなかった。

 

◆◆◆

 

 そんな事件があったことも知らない渚は、『モノリス・コード』の試合が行われるということで、天幕から競技場へと移動していた。

 

「おかえり、渚。どうだった?」

 

「ただいま、業。三人とも元気だったよ」

 

「なら良かった。ほら、席に座りな」

 

「うん、ありがとう」

 

 この『モノリス・コード』には、克人と副会長である服部、さらには達也の風紀委員の先輩である、辰巳(たつみ) 鋼太郎(こうたろう)が出場する。

 十師族というブランドなのか、競技が被ってないのもあってやはり人が多い。

 

 業たちが席を取ってくれていなければ、渚も座れるか怪しかっただろう。

 

「……潮田 渚か?」

 

 ふと、後ろから声をかけられた。

 渚が、振り返った先には、昨日対戦したばかりの二人組がいた。

 

「一条くんに吉祥寺くん?」

 

『一条』という単語に、業が反応して振り向いた。

 もう一人は当然、真紅郎だ。

 

「ああ、奇遇だな」

 

「へぇ―、君が一条 将輝くん?あ、俺は赤羽 業だ」

 

「赤羽 業……何処かで聞いたことがあるな……」

 

「あ、業は僕の元クラスメイトだよ」

 

「……!成る程、聞いたことがあるわけだ」

 

 真紅郎だけがついていけないなか、話はどんどん進んでいく。

 十師族、それも同年代ともなると、暗殺教室の情報はかなり細かく教えられているのだろう。

 

「君たちには本当に――」

 

「その話はいいからさ、この試合が終わったら少し俺と二人きりで話そうよ」

 

 最早定型化しようとしている謝罪を切り捨てながら、業はまたしても動きだした。

 将輝に業の意図は分からない。

 だが、暗殺教室の生徒と話をできるというのは、かなり大きいメリットを得ることができる可能性が高いのだ。

 

「……分かった」

 

「物分かりが早くて助かるよ」

 

 それからは、真紅郎が自分を倒した技はどうやったのかと渚に聞いたり、渚が『基本コード』をどうやって見つけたのか、そのきっかけや道のりを聞いたり、一条家の日常を聞いたりと、ごく普通の日常会話をして試合開始時間を待った。

 

 数十分が過ぎた頃、だんだんと観客席が静かになっていき、試合が始まるという緊張感が支配していく。

 十師族である克人は勿論だが、その他の二人、特に服部は校内でも五本の指に入るほどの実力者だ。

 

 十三束によると、その強さは、自分たちが練習試合を行っても、全く歯が立たなかった程である。

 

 渚もその場の雰囲気によって、心臓の脈が早くなる。

 

 試合開始のブザーがなった。

 

 それと同時に、服部が跳躍の魔法を所々交えて一高陣地から飛び出し、忍者のように木々を移動していく。

 フィールドは『森林ステージ』

 相手はその思いきりの良い突進に若干戸惑うも、飛び出たオフェンスに集中砲火を浴びさせる作戦にしたらしく、三人で服部に襲いかかる。

 そこからは、服部の魅せる試合展開だった。

 

 三人に迎撃魔法を撃った後、『スピード・シューティング』で真由美が使った、収束・発散・移動系複合魔法『ドライ・ブリザード』、それによりできた霧に電気を流す『這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)』、加速・収束系複合魔法『砂塵流(リニア・サンド・ストーム)』など、数えだしたらキリがないほどの豊富な魔法のバリエーション。

 

 将輝ですら認めたその技量や魔法の使い方には、渚にも学ぶところがあった。

 

 一高の『モノリス・コード』は、圧倒的な強さで決勝リーグ進出を決めた。

 




ハーメルン創設六年目突入、おめでとうございます!

というか、これあと一話で終わるのかな……


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閉幕の時間

前回投稿して十分ほどで怒濤の感想ラッシュが来てビックリしました。
しかし、未だに新着感想はなれませんね。

……にしても、一日一話更新……すみません。


 本日の『モノリス・コード』が終わって、業と将輝が二人で何処かへ行き、先にホテルで夕食を取っていて、と言われたE組メンバーは少し早めの夕食を取り、途中で帰って来た業と共に再び『ミラージ・バット』の競技場へと向かった。

 

 選手はフィールドで準備をしている。

 だが、既に競技場のボルテージは最高潮に達していた。

 午前中の試合で飛行魔法を見せられたのだから、当然だろう。

 

 渚も例外ではない。

 目の前で最新技術を、しかも飛行魔法を見ることができるのだ。

 

 そして、嵐の前の静けさ、を体現するかのように競技場が段々と静かになっていく。

 人々が固唾を呑んで見守る中、『ミラージ・バット』決勝戦が始まった。

 

 始まりの合図と共に、六人の少女が一斉に空へ飛び立った。

 跳び上がったのではなく、飛び立ったのだ。

 

 六人全員が、足場へ降りてこなかった。

 

「さすが九校戦だね。あっという間に飛行魔法を真似てきた」

 

 他のE組メンバー含む観客が感嘆の声を漏らすなか、業は冷静に試合を分析していた。

 

「そうだね。でも、それだけの工夫(・・)で勝てるんだったら、『ピラーズ・ブレイク』で北山さんがあんなに圧倒的に負けるわけがないよ」

 

 それに続き、渚もその試合展開を予想した。

 

 空を舞う六人の少女。

 それはまさしく、妖精のダンスだった。

 

 だが、試合の展開に落ち着きを取り戻した観客が驚きを露にしていく。

 

 同じように空を飛んでいる。

 飛行魔法の、魔法としてのレベルの差はほとんどない。

 だが、ポイントは一高が大差をつけての一位。

 他校の選手は全くついていけていない。

 

「使いなれているのといないとでは歴然の差が生まれるのは当然だ」

 

「でも、これをするしか勝ち目がないのも事実なんだよ……あ!!」

 

 唯一納得している二人が結果に当然と頷いていると、一人が空中で体勢を崩した。

 瞬間的に客席から悲鳴が上がる。

 

 だが、その選手は急降下することなく、ゆっくりと降下していったため、観客と大会委員はホッと息をついた。

 飛行魔法には、『安全装置』が組み込まれていたのだ。

 

「飛行魔法を発表したFLT社からしたら、とてもいい宣伝になる試合だねー。誰でも使えて安全面も保証されていることがこんな注目されている場所で実証されたんだから」

 

 業の呟きは何か若干ずれている気もするが、会社側からしてみれば願ってもないことなのだろう。

 そこで、また一人、脱落者が出た。

 

 結局、第一ピリオドでは脱落者が二人。

 二人はそのまま試合を棄権した。

 

 さらに、第二ピリオドでも一人脱落し、深雪が二位に絶望的な大差をつけて単独首位のまま、最終ピリオドが行われることになった。

 

 この時点で、深雪が棄権しない限り、一高の総合優勝は決定している。

 それに加えて、深雪は使いなれているためかまだサイオンにかなりの余裕があるが、他の二人の選手はもう既に限界に近い。

 

 最初はなんとか飛んでいたのだが、途中で二人とも湖上の足場へ膝をつく。

 夜空は、深雪のダンスの一人舞台へとなった。

 

 誰もがそれに見とれるなか、最後の光球を消して、試合終了。

 熱狂的な拍手と歓声が競技場全体を震わせた。

 

◆◆◆

 

 最終日を待たず総合優勝を決めた一高だったが、祝賀パーティーは明日以降に繰り延べられた。

 明日は九校戦を締め括る『モノリス・コード』の決勝トーナメントが開催される。

 一高チームは順当に予選一位でトーナメント進出を果たしており、選手もスタッフもパーティどころではなかったのだ。

 

 とは言っても、残り一競技であり、半数以上のメンバーが手空きの状態になっているのも事実。

 

 そこで、『ミラージ・バット』の優勝により一高の総合優勝を決めた形となった深雪を中心に囲んで、プレ祝賀会な意味合いのお茶会がミーティングルームを借りて開催された。

 

 仕切り役は真由美と鈴音。

 参加者は女性選手やスタッフが中心。

 

 もっとも、男子生徒も明日の試合の準備に駆り出されている二、三年以外、つまり、一年生も部屋の隅で居心地悪そうにではあるが、カップを持っている。

 

 この場に渚や幹比古だけでなく、レオやエリカ、美月の姿が見られるのは、真由美の、単なるお祝い以上の意図によるものだろう。

 

 業たちも誘われたのだが、さすがに一高以外の生徒がこの場にいるのは何かと気まずい、ということで参加はしておらず、渚もそこは承知の上だ。

 

 だが、この場に達也の姿が無かった。

 

「……んで、朝まで起こすなって?」

 

「ええ」

 

「無理もない」

 

「ずっと大活躍でいらしたものね……」

 

 エリカ、深雪、雫、ほのかが達也の話をしているのを遠目に、男子現E組メンバーも達也の話をしていた。

 

「さすがの達也も参ったようだな」

 

「それでも、今回の九校戦の立役者は間違いなく達也だよ」

 

「そうだね。担当した競技は全て上位独占。本人も『モノリス・コード』で一条 将輝を倒して優勝だからね」

 

 再び思い出してみれば、とてつもない戦績である。

 黒星を一つもつけず、担当した選手は全員上位へ、自分自身でも新人戦総合優勝の立役者にして、一高総合優勝に貢献しているのだ。

 

「達也くんには、本当に感謝しているわ」

 

「ええ、今回の九校戦は彼のおかげで勝てたと言っても過言ではありませんから」

 

「会長、市原先輩」

 

 そこへ、本日の主催者二人が話の輪に加わった。

 渚はともかく、幹比古やレオにはあんまり面識のない二人なため、若干萎縮している。

 

「吉田くん、渚くん。貴方たちにも本当に感謝しているわ。ありがとう」

 

 真由美が頭を下げたのに、対し、渚と幹比古も頭を軽く下げて答える。

 

「今夜は楽しんでいってね」

 

「では、失礼します」

 

 二人とも三人が萎縮しているのに気づいたため、最後に社交辞令的な挨拶を入れて離れていった。

 

 そんなこともあり、三人の記憶からほぼ消えかけてしまった達也。

 彼は現在、ホテルの部屋ではなく、士官が使う駐車場にて、藤林とともに車内にいた。

 

 これから、何処かへ向かおうとしているのだ。

 それを影から見ているのは、業。

 

 たまたま達也が士官の駐車場に向かっているのを見つけた業は、尾行しているとバレないように自然に振る舞いながら、達也の後をつけたのだ。

 かなり距離があったことや敵意が全くないということもあり、また気配を消す技術も心得ているために、千里眼的な魔法を使われない限りはバレることはない。

 

 藤林のことを業は知らないが、ここに車を止められるということは軍関連の人物。

 つまり、達也が軍に関係しているのが目で確認される形となったのだ。

 

 車内にいるため情報を盗み聞くことはできないが、迂闊に動くより身を潜めた方がバレにくいのは当然なため、動かずにじっと期を窺う。

 

 そして、車内から達也が出てきた。

 

「そこにいるやつ、誰だ」

 

「……!」

 

 業から冷や汗が流れる。

 なにもしていないのに、バレたのだ。

 だが、出なければより怪しまれる。

 だから、業は姿を現した。

 

「またお前か、赤羽。今度は何を企んでいる」

 

「企むとかそんなことはなにもないよ。司波くんがこの駐車場に入っていくの見たから、気になって追いかけてきたんだ」

 

 嘘は、この場合逆効果。

 つくにしても、本当に信憑性のありそうなものを選ばなければならないが、今はそんなものない。

 

「何故、気配を消す必要がある」

 

 達也の声のトーンは、かなり低い。

 さすがにやりすぎか、と業も内心では焦っていた。

 

「司波くん、そういうのには敏感だからさ。何をしているのか知りたいのに、気配バレバレじゃ意味ないじゃん?」

 

 そのタイミングで、藤林も車内から出てきた。

 

「君は確か……赤羽 業くん?」

 

 業は、自分のことを知られているからといって驚いたりはしない。

 軍人なら、自分たちの情報など知ろうと思えばいくらでも知ることができるのだから。

 

「なんで君がここに?」

 

「司波くんの行動が気になったからついてきただけなんだけど、さすがに不味いことをしたとは思ってる」

 

 気になったのは本当だが、業は藤林と達也が接触した時点から、ある程度何をやろうとしているのかは想像できていた。

 

 深雪が九校戦中にちょっかいをかけられ、達也が大会役員に手を出したのを業は、知っている。

 達也が深雪に危険を及ぼす存在には容赦をしないことも、知っている。

 そして、今回の黒幕が『ノー・ヘッド・ドラゴン』だということも、知っている。

 

 つまり、達也は潰しにいくのだ。

 黒幕である、『ノー・ヘッド・ドラゴン』を。

 

「それを証明する証拠は?」

 

 正直に言えば、なかった。

 だけど、それを証明することはできる。

 

「……本当は、司波くんが妹ちゃんに手を出した『ノー・ヘッド・ドラゴン』を潰しにいくんじゃないかって思った。やつらは俺らE組にもちょっかいを出してきたから、気になってついてきた」

 

 今までどおり、自分の考えを嘘偽りなく話すこと。

 それは二人の関係上、もっとも信頼に足る証拠となる。

 

「……そういえば、お前はそういうやつだったな」

 

「さすがは暗殺教室の生徒ですね……お見事です。ですが、今のは意地の悪い質問だと思いますよ。達也くん」

 

 烏間の生徒だからなのだろうか、藤林はにっこりと微笑みながら業の答えを正解と言った。

 疑いが晴れたことに、内心でホッと一息つく業。

 

「藤林さん。これ以上は時間の無駄になると思いますので行きましょうか」

 

「……そうね」

 

 藤林は業に何か言いたげな様子だったが、達也が車へ乗り込んで行ったため、業をチラッと見てから自分も車へと乗り込んだ。

 

 二人が乗り込んだ大衆電動車は、業に見送られながら闇に紛れて消えていった。

 

◆◆◆

 

 九校戦期間中で何度目かの達也と業の対立(?)終息した中、とあるホテルの部屋に三人の人影が話を始めたところだった。

 

「本日はどのようなご用件でしょうか。藤林でしたら使いに出してこちらにはおりませんが」

 

「孫に会うのにわざわざ上官を通す必要は感じんな……それに、それだけならわざわざこの男を呼ぶ必要がなかろう」

 

「ごもっともです」

 

 風間の何処か素っ気ない態度に、九島は軽く苦笑した。

 

「十師族嫌いは相変わらずのようだな」

 

「以前にもそれは誤解だと申し上げましたが」

 

「誤魔化す必要はないと以前にも言ったはずだが。元々兵器として開発された我々と違って、君たち古式の魔法師は(いにしえ)の知恵を受け継いだだけの人間(・・)だ。我々の在り方に嫌悪感を懐くのも無理はない」

 

 人間、という言葉を一音一音区切るようにわざとらしく発音した言い方に、風間は思わず眉をひそめた。

 

 

「……自らを兵器と成す、という意味では古式の術者も同じです。我々とあなた方に、大した違いはない。自分が嫌悪感を懐くとすれば、自らを人間ではない、とする認識を子供や若者に強要するやり口です」

 

「ふむ……だから彼を引き取ったのかね?」

 

 聞きようによっては辛辣な風間の発言を、九島は余裕綽々(しゃくしゃく)たる口調で切り返した。

 

「……彼とは?」

 

「司波 達也だよ。彼が三年前、君が四葉から引き抜いた、深夜(みや)の息子だろう?」

 

「…………」

 

 風間の沈黙は、言葉に詰まったと言うより、ムッとしたという類いのものだった。

 

「私が知っていても何も不思議は無かろう?私は三年前の当時、師族会議議長の席にあり、今なお国防軍魔法顧問の地位にあり、一時期とはいえ深夜と真夜(まや)は私の教え子だったのだから」

 

「話を割って申し訳ないが、こちらも時間がない。用件だけを手短に頼みたいのだが」

 

「……相変わらず、堅い人だな」

 

 遠回しに用件に入ろうとする九島の話を中断させて、用件だけを求めた烏間。

 大佐なだけあり、かなり忙しいようだ。

 

「まぁ、よかろう。十師族という枠組みには、互いに牽制しあうことで、魔法師の暴走を予防するという意味合いもある。だが、このままでは、四葉は強くなりすぎる。司波達也君とその妹がこのまま成長し、遠くない将来、真夜が健在なまま司波深雪が四葉深雪となり、司波達也がその爪牙(そうが)となったなら、現時点でさえ十師族から特出した存在である四葉が、十師族の一段上に君臨する存在となってしまうかもしれない」

 

「つまり、四葉の弱体化を望んでいると」

 

「その通りだ」

 

「閣下――」

 

「申し訳ないが」

 

 九島の言い分に何か言おうとした風間だったが、それは烏間によって遮られた。

 

そんなこと(・・・・・)は風間だけで足りる話だ。俺が呼ばれた要件を手短に言えと言ったつもりだったのだが」

 

「その通りだが、もう少し歳上の者を敬う気持ちを持ってほしいな」

 

「生憎、貴方を敬う気持ちよりも要件を知ることが優先順位として上になっただけだ」

 

「それなら仕方ないな……暗殺教室の生徒たちについてだ――」

 

◆◆◆

 

 因果応報という言葉を、渚は現在進行形で目の前で見せつけられていた。

 

 最終日、一高『モノリス・コード』は、圧倒的な力で決勝戦へと駒を進めており、決勝戦は一時から三高と『渓谷ステージ』にて行われている。

 

 新人戦で、将輝が八高に対してやったことを、三高はそっくりやり返される形となっているのだ。

 

 氷の(つぶて)を飛ばしたり、崖を砕いて岩を落としたり、沸騰させた水をぶつけたりと、地形を利用した攻撃が克人へ向け繰り出されるも、その全てが障壁に跳ね返されていた。

 

 多重移動防壁魔法『ファランクス』

 克人と三高の選手との差は、少しずつ、確実に縮まっていく。

 そして、お互いの距離が十メートルを切ったところで、克人は初めてその足を止めた。

 

 その足は一歩一歩踏み出すのを止め、勢いよく地を蹴ったのだ。

 

 自らに加速・移動魔法をかけ、対物障壁を張ったまま突っ込んでいく。

 魔法防御も運動量改変も、相手がそれ以上に協力な干渉力を発揮しているフィールドでは、効力を持たない。

 

 三人の選手は、あっという間にはね飛ばされて、『モノリス・コード』の決勝戦は幕を閉じた。

 一高の総合優勝に花を添える、完全な勝利だった。

 

「今の試合、なんか裏の事情を感じるな」

 

「うん……」

 

 だが、見るものが見れば、この試合は明らかに克人の力を誇示したかのようなものだった。

 戦い方からしても、将輝を意識させるものだ。

 

 そして、その将輝は達也に負けた。

 魔法師の頂点に立つ十師族が、一般人(・・・)に負けたのだ。

 

「……十師族も大変だね」

 

「面倒くさそうだな。十師族じゃなくてよかったよ」

 

 つまり、この試合は将輝の尻拭いに使われたのだった。

 

◆◆◆

 

 今回は業と中村も一緒に、忙しそうに動き回っている。

 二週間前とは打って変わって、ホールは和やかな雰囲気に包まれていた。

 

 渚は真由美から選手としてパーティに参加の声をかけられていたが、他の人が働いているのにそれはできない、と断った。

 幹比古は今回は厨房へと言っているが、代わりに業と中村がホール係りへと入ったためバランスは保てている。

 

 先ほどまではメディアプロ関係の人間が居たのだが、今は完全な学生の時間。

 そして、ダンスの時間となっていた。

 

 業はダンスをやり終えて休憩をしている真由美と仕事そっちのけで話しており、中村も他校の生徒と交流をしていた。

 

 あちこちで曲に合わせてダンスが行われているなか、渚はエリカ、磯貝、茅野とともにしっかりと仕事をこなしていた。

 

 遠くの方では、達也と克人が話し込んでおり、二人とも空のグラスを通りかかった磯貝に渡して庭へと出ていった。

 

「渚」

 

「業。会長とはもういいの?」

 

「まあ、話したいことは終わったよ。それより、真由美さんが渚のこと呼んでいたよ」

 

 既に名前呼びになっていることが気になったが、業だからいいや、という謎の結論を導きだして渚は自己完結させた。

 

「うん。じゃあちゃんと仕事やってね」

 

「りょーかい」

 

 業と別れて真由美の元へ向かった渚。

 渚を見つけて真由美は駆け寄ってきて一言。

 

「なんでメイド服じゃないの?」

 

 爆弾を投下した。

 

「……まさか、それを言うためだけに?」

 

「それは本当にまさかね。ちょっと渚くんにダンスのお誘いをしようかなって思ったの」

 

「僕踊れないし、ホール係の仕事も――」

 

「まぁ、いいのいいの」

 

「…………」

 

 渚は断ろうとしたのだが、真由美の雰囲気から拒否権がないことを悟った。

 思わずため息をつきたくなるが、ふと真由美の顔を見ると、少しムッとしたような表情になっていた。

 

「……私とじゃ踊りたくないのかしら?」

 

 そして、渚は今が学生の時間であることを思い出す。

 さらに、ダンスに誘われていることも。

 

 本来、男性から誘うものを女性から誘ってきているのに、それを断るのはマナー違反だろう。

 

「一回だけですよ?」

 

「勿論!」

 

 それに、折角の後夜祭。

 楽しまなければ損なのだ。

 

 真由美に連れられて、渚はダンスの輪に加わった。

 

「……会長さんいいなぁ……渚とダンスできて」

 

 一人の羨望の眼差しを受けながら。

 

◆◆◆

 

 達也との話が終わった克人は、ホールへ戻る途中で声をかけられたため、足を止めていた。

 

「……ホール係がここで何をしているのだ」

 

「いやー、ちょっと十文字家の方と少しだけ話をしてみたいなーなんて思ったり」

 

 九校戦に参加している最後の十師族、十文字 克人に業が接触を試みたのだ。

 

「少し、向こうで話そう。拒否権はない」

 

 口を歪ませながら、克人を連れて庭の草影へといく業。

 

 様々な思惑、思いが交錯しながら、少年少女の熱い気持ちがぶつかりあった九校戦は閉幕した。




文字数いきなり増やしてなんとか終わらせました。
正直、必要だったとはいえ暗殺教室のキャラを入れるのがかなり難しかったです。

次回からは夏休み編ですね。

では、遅れたお詫びでもいきましょうか。




ネタ(前回のネタ後書きの続編~後夜祭~)

「渚、なんでメイド服じゃないの?」

「なんでもなにもないと想うんだけど……」

「大丈夫だって。渚ちゃんは既に有名なんだから問題ない」

「大ありだよ!」

 真由美のところから帰って来た業は、いきなり爆弾投下してきた。
 そこへ、何故か真由美と摩利が寄ってくる。

「え、なになに?渚くんがメイド服着るんだって?」

「何処情報!?」

 そして、追加で爆弾を投下された。

「いや、業くんがさっき私たちにそう言ってきてな?」

「何言っちゃってるの!?」

「まぁ、いいでしょ?『モノリス・コード』でも見せたんだし」

「うぅ……それ言われると困るよ……」

 渚は『モノリス・コード』にて、三高を女装という誰も予想していなかった角度からの攻めによって、見事倒してみせた。
 そんな大衆の前でやってのけたのだから、本当に今更だろう。

「ほら、ここにメイド服があるわよ」

「なんで会長が持っているんですか!?」

「実は業くんにその話を聞いてから私たちも渚くんにどうやったら女装させることができるのか考えていたのだよ。幸い、そういう趣味が少なからずあるらしいから助かったぞ」

「ないよ!一ミリもないからね!?……って皆何処つれてくの!?」

 渚は業たちに何処かへとつれていかれた。

◆◆◆

「なんでいつもこうなるの……」

「渚。取るなら早い方がいいらしいよ?」

「取らないって!大事にするよ!」

「そうね……上にもう少しボリュームが必要かしら……」

「変なところで悩まなくて良いから!!」

「風紀委員にも華ができたな」

「だから違うって!てか、風紀委員でもないから!」

 怒濤の突っ込みをして肩で息をする渚。
 だが、既にメイド服である。

 つまり、時既に遅し、というわけだ。

「さぁ、いってらっしゃい、渚ちゃん」

「もうこの格好はいいとしても、その呼び方だけはやめて!?というか、業もいい加減働こうよ!」

「なんなら、私のダンスの相手をしてくれてもいいのよ?渚くん」

「なんでそうなるの!?」

「私は……遠慮しておこう」

「勝手に遠慮されても困るよ!」

 結局、何故か業とともにダンスをすることになった渚。

 執事とメイドがダンスの輪に入ったことにより何かの余興かと思った通り生徒は大盛り上がり。
 後夜祭は、過去一番の盛り上がりを見せたという。






まぁ、ネタは恐らくこれで終わりかな。

追記
渚くん誕生日おめでとう!
この小説だともう過ぎちゃってるけど、番外編で書けたらいいなと思っております!


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夏休み編
夏休みの時間 一時間目


さて、夏休み編です。
というか、実は渚くん昨日が誕生日……昨日のやつさりげなく編集しておきましょう、そうしましょう。

今回はかなり原作に近い感じ。


 九校戦が終わって約一週間が過ぎた夏休みも折り返そうとしている頃、達也から一通の連絡がきた。

 

『雫が来週の金曜日から日曜日の二泊三日で海に行かないかって言ってるのだが、来るか?』

 

 内容は、旅行のお誘いだった。

 

◆◆◆

 

「綺麗だねー」

 

「ああ、そうだな」

 

 雫は有名な企業家の娘だったらしく、旅行先である小笠原の別荘へは北山家のクルーザーに乗って向かい、雫の父親である北山 (うしお)の手厚い歓迎とともに海の旅を満喫、今二人はパーカーを着てパラソルの下で五人の少女たちが遊ぶ姿を眺めていた。

 

 人数構成は男子四人、女子五人。

 男子は渚、達也、レオ、幹比古。

 女子は深雪、雫、ほのか、エリカ、美月だ。

 

「二人ともー、泳がないのー?」

 

「お兄様ー、潮田くーん、冷たくて気持ちいいですよー」

 

 白い砂浜、眩しい太陽、さらに眩しいビーチ。

 エリカが、深雪が、波打ち際から呼び掛ける声に、達也は砂に刺したパラソルの日陰から曖昧な笑顔で手を振った。

 

 渚はそれに答えるように立ち上がり、ストレッチを始めた。

 

 それにしても、ビーチが眩しい。

 

 まず目を惹くのが、派手な原色のワンピースを着たエリカ。

 余計な飾りが無いシンプルなデザインは、彼女のスレンダーなプロポーションを更に引き立てている。

 

 その隣で手を振る深雪は、大きな花のデザインがプリントされたワンピース。

 そのプロポーションと相まって、生々しさの希薄な、妖精的な魅力を強調している。

 

 そして美月。

 細かな水玉模様のセパレートでビキニというほど露出は無いが、胸元の深いカットに豊かな胸が強調され、いつもの大人しいイメージからは想像できない艶かしさを出していた。

 ただ、肩幅と腰幅が狭いせいか、ウエストの曲線が足りないのはご愛嬌と言うべきだろう。

 

 同じくセパレートながら、ワンショルダーにパレオを巻いたアシンメトリーなスタイルで大人っぽく決めているのがほのか。

 単なる大きさではなく、凹凸でいうならこの中で一番プロポーションが良いかもしれない。

 

 雫は逆に、フリルを多用した少女らしいワンピースだ。

 こんな時でも表情に乏しい大人びた顔立ちの雫が着ると、そのギャップによるものか、妖しい魅力があった。

 

 そこから沖へと視線を移すと、レオと幹比古が競泳を行っており、派手な水飛沫(みずしぶき)があがっている。

 

「――よしっ」

 

 一通りストレッチを終えて達也を見てみると、達也は遠くの方を見て珍しくボーッとしていた。

 そこに少女たちが近づいていき、腰を(かが)めて達也の顔を覗き込む体勢になっていた。

 

「達也さん、考え事?」

 

 達也の前から、雫が。

 

「お兄様、せっかく海に来たのですから、泳ぎませんか?」

 

 左から、深雪が。

 

「そうですよ。パラソルの下にいるだけじゃ、もったいないです」

 

 右から、ほのかが。

 三方向からのお誘いに、その後ろでエリカの人の悪い微笑をしているのを見た達也は、何かされる前に立ち上がった。

 

「そうだな、泳ぐか」

 

 そのまま、ヨットパーカーを脱ぐ。

 パーカーが砂の上に落ちる音と共に、空気が変わった。

 

「達也くん、それって……」

 

 エリカの声には隠しきれない緊張が滲んでいた。

 それ、の意味は渚にもすぐに解った。

 

 というより、過去に一度、写真ではあるが見たことがある。

 パーカーの下には、鍛え上げられた鋼の肉体とともに、無数の傷跡が刻まれていた。

 

 一番多いのが、切り傷。

 それと同じくらいの、刺し傷。

 所々に細かな火傷の跡。

 

 骨折の後は見られないが、これは間違いなく拷問に近い、もしくは拷問そのものの鍛練を積んではじめてこういう身体になる。

 エリカはそれを理解しているからこそ、声を上げずにはいられなかったのだ。

 

「達也くん……貴方、一体……」

 

「すまない、見ていて気持ちの良いものじゃないよな」

 

 達也はエリカの質問を遮るように答えて、脱ぎ捨てたばかりのパーカーに手を伸ばした。

 だが、彼の手はパーカーを掴むことはできなかった。

 

 深雪が素早く膝まずいてパーカーを胸に抱えたのだ。

 そして、立ち上がるや否や、達也が伸ばした左手に抱きついた。

 

「わっ」

 

 あまりに大胆な行動に、美月が声を上げる。

 

「お兄様、大丈夫ですよ。私は知っています。この傷痕の一つ一つは、お兄様が誰よりと強くあろうと努力された証だということを。ですから、お兄様の身体を見苦しいだなんて、私は思いません」

 

 深雪の言葉に、達也の表情が微かに緩む。

 その直後、空いている右腕にほのかが抱きついた。

 エリカが称賛を込めて、ヒュウ、と短い口笛を吹いた。

 

「わ、私も気にしません」

 

 一度噛み、それから早口でまくし立てる。

 恋人相手ならともかく、恋人でもない異性に、水着でするには大胆な行動だ。

 左に妹、右に異性。

 これは正しく――

 

「これってまるで……恋人と妹の板挟みの図ですね」

 

「こらっ!しっ!そんなこと言っちゃダメでしょ、美月。せっかく面白くなりそうなんだからさ」

 

 美月のセリフは冷やかしでは無く素直な感想で、渚も達也には申し訳ないが全く同じことを考えていた。

 エリカの発言は若干問題なのだが、さっきとは違っていつも通りの声質になっていた。

 

 エリカは、少しバツの悪そうな笑顔を向けている。

 

「えーっと、ごめんね、達也くん。変な態度とっちゃってさ」

 

「いや、気にしてない。エリカも気にしないでくれ」

 

「気にするなって言われてもねぇ……あっ、そうだ!」

 

 良いこと考えた、と言いたげな表情で、エリカがニコッと笑った。

 

「お詫びに、あたしのも見せてあげるから」

 

 そう言いながら、エリカは右手の親指を水着の肩紐の下に差し入れ、ウインク付きで指一本分ほど持ち上げて見せた。

 

 その行動に、美月が固まる。

 

「泳ぐか」

 

 だが、達也はそれを見事にスルーして、波打ち際へと向かった。

 頬を膨らませたエリカと、困惑込みの気の抜けた笑みを浮かべた美月。

 

 二人の前を横切った達也たちを追いかける雫は、右側の少女の背中に向かって、『よくやった』と言いたげに何度も頷いていた。

 

 渚も達也たちと泳ぐべく、上に来ているパーカーを脱いで後をつける。

 

「……ねぇ、渚くん」

 

「どうしたの、エリカ?」

 

 呼び止められた渚が振り向くと、エリカが珍しく困惑したような表情でこちらを見ていた。

 

「ずっと考えていたんだけどさ……」

 

「うん」

 

 一拍の間。

 エリカがここまで溜めるということは、相当なことなのだろう。

 渚も少し気を引き締めてエリカの言葉を待った。

 

 エリカは渚の身体、主に裸の上半身を眺めて、一言。

 

「渚くん、本当に男だったんだね……」

 

「今ごろ!?」

 

 ――やはりエリカも業や真由美側なのかもしれない。

 

 ため息をつきたくなるような事実を目の前で見せられて、未だに男だと思われていなかった悲しみを背負いながら、今までよりももっと男らしく振る舞おうと心で決めて、渚は海へと向かった。




続編一話とオリジナル一話夏休み編で投稿して、過去編いきましょうか。


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夏休みの時間 二時間目

再び体調を崩した作者です。
ただ、モチベの維持はしっかりしてるので、まだなんとかなってます。

前話と今話はかなり無難な進行となってます。
ですが、次話は暗殺教室寄りとなります。


 ここで起きた水の掛け合いは、渚が今まで体験してきたものとは全くの別物だった。

 今までと言えば、本当に手で水をかける程度のものだったのだが、この場所で行われていたのは、水の掛け合いではなく撃ち合いである。

 

 男子対女子で行われた、魔法を使用して行う水の撃ち合いは、ジェット水流のようなスピードで放たれ、身の危険を感じた渚は撤退。

 結果、達也が五人から的にされることとなった。

 

 的に徹したことによりさすがの達也も疲れたのか、今は沖に近いところで波に流されながら漂っている。

 レオと幹比古は未だに泳ぎ続けており、さすがに砂浜近くに居た渚が追い付くのは体力的にも精神的にも厳しく、かと言って疲れている達也の近くにいくのも気が引ける。

 達也がそうなっている理由は渚にもあるのだから。

 

 ボートで遊んでいる女性陣――美月はパラソルの下で一休み中――に参加するのはもっての他だ。

 何をしようか、と悩む渚だが、その視界に一人の人影を捉える。

 

 その人影は、どうやら砂浜から離れた浅瀬に向かっているようだった。

 

「黒沢さん、何処に行くんですか?」

 

「渚様。夕食のバーベキューの食材調達を、と思いまして」

 

 その人影は、この島まで船を運転してくれた操舵手であり、別荘で渚たちの身の回りの世話をしてくれてマルチハウスキーパー、黒沢女史だった。

 船上では制服を着ていたが、現在は薄手のワンピースに、それよりも大きい白いエプロンという格好だ。

 

「あ、それなら僕も一緒にいいですか?」

 

「勿論です」

 

 そして、現在やることを探していた渚にとって、とても好都合なことだった。

 黒沢についていき、浅瀬で貝やカニなどを取っていく。

 

「渚様、足元に気を付けてくださいね」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 一定の間隔で気遣う言葉を掛けてくる黒沢。

 これだけでも彼女の優秀さが出ている。

 

 貝やカニ、ナマコなど採集をするとき、何故か時間を忘れて夢中になってしまうことが多い。

 渚も例外ではなく、気がついたら端末が三時を示していた。

 

「これだけ取れれば十分ですね。手伝ってくださり、ありがとうございます」

 

「こちらこそ、つい時間を忘れて夢中になってしまいました」

 

「それでは、戻りましょうか」

 

「はい!」

 

◆◆◆

 

 シャリシャリシャリシャリ……

 

 深雪がかなりの良い笑顔でキウイをシャーベットにしていく。

 真夏だというのに、バルコニーエアコンがいらないほど涼しい。

 

 浅瀬から二人が戻ったとき、遊び終わったのか深雪、エリカ、雫が砂浜のパラソルの下で一休みしており、黒沢を見かけるや否や、深雪が「果物はありませんか?」と冷気を放ちながら言い、黒沢が素早く大量の果物を用意、場所をバルコニーへと移しティータイムをしようということになり、現在の状況に至る。

 

 エリカによると、ボートで遊んでいたら荒波に襲われてボートが転覆したらしく、それを感知した達也が魔法でそこまで走って――泳いだのではない――泳ぎが苦手だというほのかを救助したのだが、ほのかの水着は元々ファッション性重視で泳ぐことを考慮していないデザインだったらしく、その荒波でトップが捲れ上がってしまい、達也に胸部を見られてしまったのだという。

 

 そして、『今日一日、私の言うことを聞いてください』というのを条件として、それを許されることになったらしく、達也とほのかは現在沖に向かって二人きりでボートに乗っており、今の深雪になっているのだという。

 

「潮田くん、お一つどうぞ」

 

 そこで、愛想良く話しかけられた渚。

 その笑顔は逆に恐怖を覚えるもので、冷や汗を流しながらその冷えすぎたキウイを受け取った。

 計ったタイミングで、黒沢がシャーベット用のスプーンが差し出される。

 

「達也と……光井はどうした?」

 

 そこで、本当に長い競泳からレオが帰ってきた。

 

「向こうで、ボートに、乗ってるよ」

 

 答えは、背後から帰ってきた。

 全身から疲労を滲ませながら海水を滴らせた幹比古が、息も切れ切れに答えて指差した先では、ボートに乗ってる達也とほのかの姿。

 

「……どうなってんだ、ありゃ?」

 

「色々あったのよ、イロイロ」

 

 レオの問い掛けに、エリカがそっぽを向きながら答える。

 その表情は素っ気ないというより、半分拗ねているような顔で、レオや幹比古、渚はその珍しさに興味を示した。

 

 そして、何故か三人揃ってボートへと視線を向ける。

 

「……結構良い雰囲気じゃない?」

 

「こっ、コラッ、」

 

 バカ、というセリフは言えなかった。

 焦りまくったエリカのセリフは、例のごとく伝わってくるヒンヤリとした空気によってぶった斬られた。

 再び、シャリシャリシャリシャリ……と音が鳴り始める。

 

「吉田くん、良く冷えたオレンジは如何かしら?」

 

 再び恐怖を感じる愛想の良い笑顔で話しかける深雪に、幹比古はカクカクと頷きながら深雪から冷えすぎたオレンジを、再び計ったかのように黒沢からシャーベット用のスプーンを受け取った。

 

 そして、深雪は新たなフルーツを手にする。

 三度、シャリシャリシャリシャリ……という音が聞こえ、あっという間にマンゴーの生シャーベットができ上がった。

 

「西城くんも如何?」

 

「あ……どうも……」

 

 さすがのレオも、そう答えるのが精一杯だ。

 深雪は再度、フルーツの山に目を向けたが、八つ当たりに飽きたのか、詰まらなそうに目線を外した。

 

「雫、悪いけどわたし、少し疲れてしまったみたい。お部屋で休ませてもらえないかしら?」

 

「良いよ、気にしないで。黒沢さん?」

 

「はい。深雪お嬢様、ご案内致します」

 

 黒沢に続いて、深雪が別荘の中に姿を消した。

 今まで縮こまっていた美月がホッとした顔になり、渚も若干の疲れを感じてため息をついた。

 

◆◆◆

 

 夕食は、バーベキューだ。

 黒沢と渚が取ってきた海の幸を主に、準備してある食材を次々とコンロで焼いていく。

 深雪も一休みして落ち着きを取り戻したのか、ほのかが甲斐甲斐しく達也の世話を焼いている姿を前にしても、気にせずエリカや雫と楽しげにおしゃべりしている。

 

 美月は昼のティータイムが軽いトラウマになったのか、深雪たちと少し離れた席で幹比古と遠慮がちな会話を交わしている。

 レオは(もっぱ)ら食べる方に口を使っており、黒沢はほとんどレオ専属の給仕係と化し、渚も似たようなものだった。

 

 無論、はっきりとしたグループ分けがされているわけでもなく、時に、ほのかは深雪たちの輪へ加わり、達也はレオとフードファイトを繰り広げたりした。

 

 だが、渚は感じていた。

 いつにも比べて、空気がぎこちないことを。

 

◆◆◆

 

「少し外にでない?」

 

「……いいわよ」

 

 夕食後、レオはふらっと出ていって、女性陣はカードゲームを、達也と渚が将棋をするなか、美月の負けで決着してすぐ、雫が深雪を誘ったのだ。

 

 一瞬戸惑った深雪だが、すぐにニコッと笑って頷いた。

 

「……えっと、お散歩ですか?じゃあ、私も」

 

「美月はダメよ。罰ゲーム、あるんだから」

 

 深雪の後を追って立ち上がりかけた美月だが、そのシャツをエリカが掴んで引き止めた。

 

「えぇ!?聞いてないよー」

 

「敗者に罰ゲームはつきものなの。じゃ、そういうことで、二人とも気を付けて」

 

 エリカは、気づいていた。

 雫と深雪の間に漂う、張り詰めた空気に。

 

 それはレオも同じで、ふらっと出ていったのはこの空気の兆候を嗅ぎとったからだろう。

 

 もちろん、渚も気がついていたが、今はそれどころではない。

 達也との将棋は、かなり白熱したものとなっていた。

 

 渚は矢倉に囲ってから棒銀で達也の出方を確認、それを見た達也も、渚の実力が未知数なため、美濃囲いで対抗。

 観戦していた幹比古は、そのレベルの高さに固唾を呑んで見守っていた。

 

 手数は、あっという間に五十を越えるも、幹比古の目には互角の勝負が展開されている。

 だが、実際のところは渚がかなり追い詰められていた。

 

 確かにまだ全面的な駒とりとなってはいるのだが、渚の矢倉囲いは確実に崩されているのに対し、達也の美濃囲いはまだ原型を留めている。

 

「王手」

 

 そして八十二手目、達也が王手をかけた。

 最早、誰がみても明らかな渚の劣勢。

 このまま勝負がつくように見えたこのゲームだが、そこで急展開を迎えた。

 

 達也が角で王手したのを、桂馬を前に置くことで止めた渚。

 そして、一手達也が動かし、渚はさらに駒を置く。

 

「王手」

 

 再び、達也が王手をかける。

 だが、それは一つ前に出た歩によって防がれた。

 

 そこで、達也と幹比古が同じタイミングで気づく。

 いつのまにか、渚の陣形が新たな防御形態になっており、さらに攻めの準備もできていることに。

 

 達也と渚は完全に将棋に集中しており、幹比古も完全に見入ってしまっている。

 

 それから更に数十手、ようやくその勝負が終わりを告げた。

 

「王手。ようやく終わりだな、渚」

 

「ん~~!参りました!!」

 

 達也の勝利だ。

 あまりの白熱具合に、幹比古も含め三人はかなり清々しい様子だ。

 

「すごく楽しかったよー」

 

「ああ、今までで一番強かったな」

 

「本当?それならよかった」

 

「見てるこっちも手に汗握る良い試合だったよ」

 

「あ、あの!達也さん!」

 

 いきなり名前を呼ばれた達也を含め、若干大きめのボリュームで放たれた声に、お互いの健闘を称えあっていた彼らは視線を声のする方へと向けた。

 

「どうした、ほのか?」

 

「えっと……外に出ませんか?」

 

 チラッ、と二人を見る達也。

 それに頷き返す二人。

 

「いいよ」

 

 そのままほのかと達也は外へ出ていき、この場には渚と幹比古しかいなくなってしまった。

 

「……将棋、やろっか」

 

◆◆◆

 

 次の日、何故か朝から熱い熱い闘いが繰り広げられていた。

 

「お兄様、お背中を。日焼け止めを塗りますので」

 

「達也さん、ジュース、飲みませんか?」

 

 深雪と、ほのかだ。

 

「雫がジェットスキーを貸してくれるそうです。乗せていただけませんか?」

 

「少し沖に出るとダイビングスポットがあるそうですよ?」

 

 昨日、達也とほのかの間で何があったのか、深雪と雫の間で何があったのか渚たちにはわからないのだが、何かがあったのは間違いない。

 

 達也は深雪とほのかのリクエストを順番に、時にため息をつきながらさばいていく。

 

 そんな達也だったが、渚にはいつもよりもリラックスして、楽しげに見えた。




さて、次話も文字を起こすとしましょうか……

ところで、夏休み編OVAまだでしょうか。
個人的に黒沢さんをみてみたい。


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茅野の時間 一時間目

時系列は、エイミィ(原作キャラ)たちが遊園地に行った数日後、夏休みが明ける本当に数日前です。


 雫の別荘への旅行から帰ってから数日後、後一週間もしないうちに夏休みが明けようとしていた。

 宿題を終えている渚には無関係なことだが、宿題をやっていないものは「明日やればいいや」と言って先延ばしにしつつも、「そろそろやらないとな」と思う頃だろう。

 

 そして、宿題が終わっているものは、残り少ない夏休みを満喫している頃だろう。

 

「うわぁ……すごい複雑な構造」

 

「迷わないように気を付けないとねー」

 

「いや、子供じゃないんだから……」

 

 そんなわけで、渚、中村、業、茅野、岡島、前原はテーマパークへと来ていた。

 

 旅行から帰宅した次の日、旅行に出掛けたその日に退院したという十三束から、実家の関係で現在バイトをしているテーマパーク、『ワンダーランド』へと招待されたのだ。

 

 人数は何人でも、ということだったので、九校戦メンバーで行こうとしたのだが、磯貝は九校戦のためにバイトの予定を全て夏休みの後半に詰め込んでしまったらしく、今回は来れない、ということで六人でお邪魔することになった。

 

 十三束家は百家の中でも有数の実力を誇り、国内の魔法師の中でも有数の資産家と言われている一族だ。

 今回、入園料が無料だということは、資産関係でテーマパークと関係を持っている十三束家が何かしらの手配をしてくれたのだろう。

 

 招待されたテーマパークは『マジック』をテーマにしたアミューズメントパークで、敷地全体にわたって生け垣やアトラクション施設が迷路を構成するように配置してある。

 

「んで、まずは何に乗るんだ?」

 

「観覧車!」

 

「……カメラは持っているのか?」

 

「おう!当たり前だろ!」

 

「よし、観覧車に乗ろう!」

 

「そこ!勝手に決めない!」

 

 前原の素朴や質問に真っ先に手を挙げて答えたのは岡島。

 言葉を交わす度にいやらしくなっていくその表情を見て、渚と茅野が同時に突っ込んだ。

 

 というよりも、開幕から観覧車に乗ろうという気分にはなれないし、この二人からは不純な動機しか見えないのだ。

 

「んー……無難にジェットコースターとか?」

 

「いいねぇ。賛成」

 

「私もいいよ!」

 

「おっけー」

 

「俺たちもそれでいいよ」

 

 満場一致。

 渚たちは、ジェットコースター乗り場へと向かった。

 

◆◆◆

 

 ジェットコースターは二人乗りなため、自動的に、渚と茅野、業と中村、前原と岡島という九校戦のときとほぼ同じペアになった。

 

 だが、その状況が落ち着かない人物が一人。

 

(どうしよう!渚と隣だ!)

 

 そう、茅野だ。

 九校戦の時も隣だったとはいえ、反対側に人がいるのといないのとでは全く違う。

 九校戦の時は気を紛らわすために反対側の人と喋ればよかったのだが、今回は渚しかいない。

 

 さらに、九校戦は観戦して楽しむことと、渚のいる一高応援という目的があったため、その競技に集中することができたのだが、テーマパークは違う。

 自分たちが楽しむことのみを目的としているのだ。

 

 結果、九校戦の時よりも、何倍も渚を意識してしまっている。

 

 既にジェットコースターに乗っている渚たち。

 現在は出発を待っている状態だ。

 

「楽しみだね、茅野!」

 

「うぇ!?あ、うん……そうだね、渚……」

 

「……どうしたの?」

 

「なんでもないよ!うん!なんでもない!」

 

 そして、考え事をしている途中で、考えていた人からいきなり話しかけられた茅野は、変な声を出してしまった。

 そのため、渚に心配され、後ろから寒気のしそうな怪しい笑い声が聞こえてきた。

 

 それにより、さらに茅野の顔が赤みを帯びていく。

 

『それでは、まもなく冒険の旅に出発します!皆様が無事に帰っていることをお祈りしています』

 

 結局、茅野は渚を意識しすぎてジェットコースターによるものではない心臓の高鳴りを抑えることが出来なかった。

 

◆◆◆

 

「大丈夫?茅野」

 

「う、うん……心配かけてごめんね……」

 

 渚が九割、後ろからの怪しい笑い声が一割という割合で茅野のヒットポイントを削っていき、異変を感じた渚はジェットコースターから下りてから茅野をベンチで休めされることを提案、そこで何故か女子である中村ではなく渚が付き添うことになった。

 

 ベンチで二人きりで座っているのだが、身体を横にさせた方がいいと業と中村が執拗(しつよう)に迫ったため、何故か膝枕状態になっている。

 

 そのため、逆に茅野の心拍数は上昇の一途を辿っているのだ。

 

「すごく熱いけど、本当に大丈夫?」

 

「う、うん!本当に大丈夫だから!」

 

 日陰のベンチであまり人目のつかないところなので、人の姿は遠目に見える程度だが、外でこういうことをするのはさすがに恥ずかしい。

 

「……誰か来るね」

 

「嘘!?」

 

「あ、ダメだよ茅野。ちゃんと寝てないと」

 

 急に渚が一点を見つめ出してそう呟いたため、バッ!と起き上がりただ休んでいるように見せかけようとするも、渚によって頭を再び膝の上に戻された。

 

「……なんか、お邪魔しちゃった?」

 

「その声は、鋼……?」

 

「おう、鋼だ」

 

 茅野の顔は渚側ではなく、その反対側を向いている。

 つまり、鋼とバッチリ顔が合ってしまうため、先ほどは渚に断られてしまったが、茅野は再びバッ!と身体を起き上がらせた。

 

「あ、茅野は寝てないとダメだって」

 

「いや!大丈夫!もう大丈夫だから!」

 

 渚は再度寝るように茅野に促すが、全てのことに置いて羞恥心が勝ってしまったため、渚と顔を会わせないように身体ごと渚とは正反対の場所へと向けた。

 

「えーっと……茅野さん……だっけ?」

 

「はい……」

 

「本当に体調の方は大丈夫ですか?」

 

「はい……大丈夫です……」

 

 鋼は一応バイト中なため、茅野に声をかけたのだが返答は小さなものだった。

 

「そういえば、退院おめでとう、鋼!」

 

「おう、ありがとう、渚!」

 

 今は触れてはいけない、というのを茅野の後ろ姿から察した渚は、まだ言えていなかった退院祝いの言葉をかけた。

 

 ちなみに、鋼の格好はワンダーランドなだけあるのか、ピエロみたいなお面をつけた、サーカスにいそうな感じである。

 

 そこで、耳元に顔を近づける鋼。

 

「渚と茅野さんはどんな関係なの?」

 

「え、どんな関係と言われても……友達だよ?」

 

「へぇー……それで、渚は茅野さんのこと好きなの?」

 

「……え?」

 

 その鋼の言葉に、渚は固まる。

 鋼の表情は仮面によって見えないが、恐らくニヤけているのだろう。

 

 そこで渚は実際に考えてみる。

 自分が茅野をどう思っているのかを。

 

 まず、茅野との出会いは三年生の始業式のとき、親の関係で髪が長かった渚に話しかけてきたのが、茅野だった。

 それから、学校でも一緒にいる時間が多くて、誰よりも話しやすくて、気の置けない友人となった。

 

 その後、茅野の本当の姿を見て、茅野の辛い過去を知って、仕方がなかったとはいえ、ディープキスをして……。

 

 バレンタインのチョコをくれたときや、定期的に連絡をしてくれるときは、本当に嬉かった。

 九校戦のとき、業たちに計られたとはいえ、ベッドから起きてからも茅野が渚から離れることはしなかった。

 

 そして、業や中村の茅野の弄り。

 さすがの渚も、茅野に好意を抱かれていることぐらいは、気がついている。

 そして、茅野も少しずつではあるが積極的になってきているのも、なんとなく感じていた。

 

 なら、自分はどうなのだろうか。

 茅野といるとき、悪い気分はしない。

 むしろ、安心するといってもいい。

 

 茅野からの好意を貰うのも、嬉しい。

 なにより、一緒にいて楽しいし、これからも一緒にいたいと思っている。

 

(なんだ、考える必要なんてなかったんじゃん)

 

 元から、考える必要などなかったのだ。

 

「僕は、好きだよ。茅野のこと」




ここであえて止めてもう一話夏休み編でいきます。

上手く描写できてるのか毎回心配になってます。


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茅野の時間 二時間目

とうとう五十話目ですね!
これで夏休み編は終わりなので、ある意味キリが良い!

では、焦らしっくパーク(ネタの引用)の続きをいきましょう!

※遅れて大変申し訳ありませんでした!


 あまりにもあっさりと認めた渚だったが、十三束本人も驚くくらい十三束は驚かなかった。

 

 むしろ、茅野が何故渚に惚れているのか、これだけでもわかった気がした。

 十三束は、男子の中でも身長は低い方だが、渚はそれよりももっと小さい。

 なのに、たまにとても大きく感じるのだ。

 

 まず、態度が堂々としている。

 例えば、今みたいに好きな人を聞かれたら、その好きな人の前にも関わらず普通に答えるところ。

 

 本人が意識をしているのかどうかは知らないのだが、何気ない日常の行動一つでも、何故か惹かれるような物を持っているのだ。

 

 そして、普段の時と戦闘の時とのギャップ。

 家事も全般的にできて頭も良く、顔も整っているため、身長が低いことを加味しても間違いなく優良物件なのだ。

 

「そうか……今日は何時くらいまでいるつもりなんだ?」

 

 何か、特別なことをしてあげたい。

 十三束は、渚の親友としてそう思った。

 

「日帰りだけど、夜はここで食べていくよ」

 

「なら、午後七時五十八分に観覧車に乗ることをオススメするよ」

 

「七時五十八分だね?わかった。ありがとう、鋼」

 

「礼には及ばないよ。頑張れよ、渚」

 

「うん!」

 

 そこで一歩後ろに下がって、渚に一礼、茅野にも一礼をして再びバイトに戻っていく。

 

「今のは、十三束君だっけ?」

 

 なんとか平常心に戻った茅野は、顔だけは渚を見ることなくそう聞いた。

 

「そうだよ」

 

 そして、一度好きだと思ってしまったら、当然意識しないはずもなく、自然と渚も顔を伏せてしまう。

 結果、珍しく二人の間に沈黙が流れた。

 

「――渚!」

 

「――茅野!」

 

 それに耐え切れなくなった二人は、何か話題を振ろうとするも、今度は被ってしまったため再び気まずい雰囲気が流れる。

 

「えーっと……なんか初めてデートをしにきたカップルみたいな雰囲気になってるんだけど……?」

 

「ダメだよ中村ー。今二人はお見合い中なんだから」

 

「違うよ!!」

 

 ちょうどそこへアトラクションから帰ってきた四人は、そのなんともいえない雰囲気に出会したため、とりあえず中村と業はこの状況を弄ることにした。

 その結果、渚と茅野から息ピッタリにツッコミが返ってくる。

 

「おやおや、どうやら夫婦仲もよろしいようで」

 

「夫婦じゃないから!!」

 

 そして、再び中村に対して息ピッタリのツッコミをした渚と茅野に、四人は生暖かい目で見つめながら笑った。

 

◆◆◆

 

 それからは、相変わらずの組み合わせでアトラクションを巡った渚たち。

 茅野も渚の隣が慣れてきたのか、少しずつアトラクションを楽しむ余裕ができたらしく、顔は赤くしながらも楽しそうに笑っていた。

 

 だが、その一方で渚は一度意識をしてしまうと、どうしても緊張でアトラクションどころではなくなってしまう。

 なんとか平常心は保っているが、そういうところに特に敏感な二人が、また何やら怪しいことをしようとニヤニヤしているために渚も気が気ではない。

 

 昼食、夕食共にワンダーランド内にあるレストランへ行ったのだが、そこの料金も十三束家が持ってくれるというのだから、ありがたいことこの上ない。

 

 そして、時刻は午後七時五十分。

 十三束が五十八分には観覧車に乗った方がいいと言っていたため、今から観覧車乗り場に向かわなければ間に合わない可能性もある。

 

「後はどうする?もう帰る感じかな?」

 

 ちょうどその時、業が伸びをしながら皆に問いかけた。

 今日はもう十分に遊んだのだ。

 ここで帰ったとしても、悔いは何も残らないだろう。

 

「あ、ちょっと観覧車に乗りたいな」

 

「観覧車か……おっけー」

 

「いやー、楽しみだねー」

 

 渚の意見に誰も反対することなく、観覧車乗り場へと移動する一同。

 時間にして約五分。

 

 観覧車乗り場には若干人が並んでいたが、観覧車は回転率がいいため、そこまで待つこともなく乗れる。

 夏とはいえ、八時近くにもなるとさすがに暗く、アトラクションのあちこちでライトアップが始まっていた。

 

 そして二分後、五十七分に渚たちのところまで回ってきた。

 

「ほら、早く入ってよ渚」

 

「あ、ごめん」

 

 業に急かされたため、急ぎ足で乗り込む。

 その後ろに、茅野と扉の閉まる音が続いた。

 

「……え!?」

 

 扉を閉めたのは、業だ。

 その本人はニコニコと手を振りながら渚たちを見送っている。

 

 つまり、またハメられたのだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 またしても二人の間に流れる、沈黙。

 そこで、渚の携帯が震えた。

 

 着信相手は、業。

 

『二人だけの場所は作った。後は頑張れ』

 

 内容は、完全にこちらの事情を知っているかのようなもの。

 今回はハメたというより、応援の意味合いが強いというわけなのだろうか。

 

「……とりあえず、座ろうか」

 

「……うん」

 

 観覧車に乗っているのに立ちっぱなしでは何かと勿体ない気がするため、茅野に座るよう促す渚。

 だが、座ってからも、会話はない。

 

 情けない話だが、渚にもこういう経験は少ないために、どう切り出せば良いのか全くわからないのだ。

 

 だから、幸運だったといえるのだろう。

 

「ねぇ、渚」

 

 茅野から話しかけてくれたことは。

 

「ん?何?」

 

「私ね。この前の渚が出ていた『モノリス・コード』を見て、思ったの」

 

 顔は伏せているが、声は震えておらず、しっかりとしている。

 

「やっぱり、渚はすごいなって。ほぼゼロからやっているはずの魔法を使いこなせて、十師族にも勝って、信頼できる友達も持って」

 

「そんなことないよ。僕なんてまだまだ――」

 

「渚はすごいよ。私が保証する。それでね、私、今まで考えていたことが一つあって、渚の姿を見てやろうって思ったの」

 

 少しずつ、茅野の表情が見えてきた。

 だが、話の内容は全くと言って良いほど、予想ができない。

 

「もう一回、磨瀬(ませ) 榛名(はるな)として、女優業に復帰しようって」

 

「え!?本当に!?」

 

 磨瀬 榛名とは、約二年前までやっていた女優の時の茅野の名前。

 当時は天才子役として活躍していたのだが、事務所の方針により長期休業を取り、それを利用して暗殺教室へと転入してきたのだ。

 

「うん。渚を見て思った。私もそろそろ新しい一歩を踏み出そうって。高校卒業するまでは弊害が出ないようにはするけどね」

 

「茅野なら大丈夫だよ!」

 

「そう……?ありがとっ」

 

 観覧車はまだ四分の一のほどしか過ぎていない。

 せっかく茅野が作ってくれた会話の流れを、こんなにも早く終わらせるわけにはいかない。

 

「や、夜景が綺麗だね!茅野!」

 

「え?あ、うん。そうだね?」

 

 確かにワンダーランドの夜景は綺麗だ。

 だが、いきなりの話題転換に茅野は戸惑っている。

 

(うう……話が持たないよ……)

 

 今までは全く気にすることなく会話することが出来たのに、意識した瞬間にこれだ。

 これじゃあ弄られても仕方ないだろう。

 

 ふと、渚はなんとなく茅野の顔を見た。

 本当に、何故か気になってしまったからという理由だけだ。

 

「――クスッ」

 

 笑っていた。

 茅野は、何故か一生懸命笑いを堪えているようだった。

 

「い、いきなりどうしたの?そんなに可笑しかった?」

 

「可笑しいよ!喋るだけでそんなに慌てる渚を見るの初めてだもん!」

 

 何処に面白いところがあるのか渚にはさっぱりわからないのだが、茅野の笑いは止まらない。

 時間にして数秒、茅野は少しずつ落ち着いていく。

 

「――はぁ……はぁ……はぁー笑った笑った。久しぶりにこんなに笑ったよ」

 

「うん。そんなに茅野が笑ったの初めて見たかもしれないよ」

 

「まぁ、今までの私は猫被ってたからね……こうやって笑えるのも、殺せんせーと渚のおかげだよ」

 

 その時のことを思い出したのか、茅野は少しずつ顔を赤くしていく。

 恐らく、渚がその時に成り行きですることになった『ディープキス』のことを思い出してしまったのだろう。

 

「その……本当にあのときはごめんね?」

 

「え!?あ、あのときのことは仕方のなかったことなんだから、私も気にしてないって」

 

 さらに顔を赤くしつつも、それを隠すような気丈な振る舞いで顔を横に振った。

 観覧車は、後少しで最高点へと着こうとしている。

 

「そういえば茅野。八時になったら何かあるらしいよ?」

 

 また会話が止まりそうな予感がした渚は、ちょうどその時が近づいているということもあり、会話の繋ぎとしてその話題を出した。

 

「後一分もないね。何かってなんだろー」

 

「そこは、僕も聞いてないよ」

 

 そんな会話をしているうちに、八時まで残り数秒となる。

 秒針が進むに連れて、渚も何が起きるのか、というワクワク感とともに心拍数が上がっていく。

 

 そして、八時になったと同時に、身体の芯に響く気持ちの良い轟音がほぼ同じ目線の場所から鳴り響いた。

 

「……綺麗」

 

「うん。しかも特等席だね」

 

 八時から始まったのは、花火だった。

 魔法が主流になっている現代でも、花火は職人が一から作っている。

 ここでバイトをしていたからこそ、観覧車が最高到達点を迎える時に花火が始まる時間を知っていたのだ。

 

 二人とも、花火を全身で感じ取っている。

 

「ねぇ、渚」

 

「ん?」

 

 そこで、不意に茅野が話しかけてきた。

 渚は茅野の方に顔を向ける。

 

「渚はまだ、殺せんせーみたいな先生を目指しているの?」

 

「うん。殺せんせーは僕の目標だからね」

 

「そっか……やっぱり、変わってないんだね」

 

「変わってないって言われても……」

 

 花火によって気分が高揚しているからだろうか、渚はいつの間にか以前と同じように茅野と喋れているような気がした。

 

「でも、私はそんな渚が好きだよ?」

 

「……え?」

 

 だが、そんなことはなかった。

 

「自分の夢を一途に追いかける人って、私はとてもカッコいいと思うんだ」

 

 花火に高揚させられた気分は、さらに上回る興奮によってかきけされる。

 

「そして、私はそんな人の支えになりたい。勇気を与えたい。もし私が女優をやることによってそういう人が一人でも増えるなら、その人のために私は頑張っていくよ」

 

 えへへ、と顔を綻ばせながら、茅野はそういう語った。

 演技ではない、本物の笑顔で。

 

 それは、凄まじい破壊力を秘めている。

 

「勿論だよ!僕だってそのうちの一人なんだから!」

 

「……え?」

 

「好きな人がその人のやりたいことを楽しんでやっているところを見れたら、誰だって嬉しくなるし、頑張ろうって思えてくるよ!僕もそうだから!」

 

 言葉の意味を理解して、一気に顔を真っ赤にしていく茅野。

 向かい合っている状態のため真っ赤な顔をした茅野を見た渚は、自分が間接的に告白紛いなことをしているのに気がついてあっと声を漏らす。

 

 茅野は顔を下に向けて昼みたいに表情が見えないようにしている。

 やってしまった、という気持ちが渚の中で強くなっていった。

 

「えーっと……」

 

 これは、もう渚にはもうどうしようもできない。

 最早茅野からの答えを待つしかないのだ。

 

「……うん。なら、私は女優に復帰できるように、もう一回頑張ってみる」

 

 花火にギリギリ負けない程度の大きさで呟くように言う茅野。

 

「だから、渚も殺せんせーみたいな先生になれるように、頑張って」

 

「うん。任せて」

 

「今は、まだ見てくれなくても良い。けど、二人ともその夢が実現したらさ――」

 

 そこで下ろしていた顔を上げ、真っ赤になりながらも、しっかりと渚に聞こえるような声量で、

 

「私と、一緒の道を歩んで欲しいな」

 

 告白をした。

 

「……僕なんかで良ければ、勿論だよ」

 

「渚じゃなきゃ、駄目なんだよ」

 

 真夏の夜空に鳴り響く花火は、肩を寄せ合った二人を祝うかのように空を華やかに彩り、その空の下で一つの青春を作り上げた。




書いてて恥ずかしくなりました。
その後の展開は皆様のご想像にお任せします。

そういえば、友人から小野賢章に似ていると言われ続けていたので、どんな感じの人かなーっと昨日検索かけてみたのですが、真由美さんの声優をしてる花澤 香菜さんと付き合ってたんですね。

全然知りませんでした。
そして、とても嬉しかったです。(小並感)

はい、次話から過去編ですね。


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過去編
暗殺教室の時間 一時間目


まずは、申し訳ありません。
構成考え出してからリアルの事情で全くと言って良いほど文字を起こすことが出来ませんでした。
というよりも、リアルが忙しすぎて小説の構成すら考えられなくなっていました。

まだ復帰は難しいですが、定期的に更新できるように頑張ります。

それと、少しだけ書き方変えました。

⚠暗殺教室の重大なネタバレを含みますので、ダメ、という方はブラウザバックをお願いします。
なお、今までの内容から分かっている方は分かっていると思いますが、ホが頭文字の傭兵さんは出てきません。


 椚々丘(くぬぎがおか)中学校の元三年E組木造校舎。

 『3ーE』と書かれている教室の教卓に、一つの人影が合った。

 

 

「今から、出席を取ります!」

 

 

 とても綺麗に掃除された教室内、まだ現役で使えるその教室に、中性的な声が響いた。

 

 

「うーん、やっぱり生徒がいないとしっくりこないなぁ」

 

 

 勿論、渚である。

 

 楽しかった夏も、終わりが近づいている。

 テーマーパークの日から数日経ち、明日はもう始業式。思い返せば、九校戦、別荘へ友人たちと旅行、元E組メンバーと日帰りの旅行と、本当に濃い時間を過ごした。

 

 現在、『三年E組』制度は廃止となっているが、このE組校舎の表向きな所有権は当然ながら学校にある。だが、実際に所有権を持っているのは、渚たちE組だ。

 これは渚たちの意向であり、学校側の意向でもある。

 

 それを示すかのように、鍵はリーダー格である磯貝が持っており(持たされており)、手入れは元E組全員で行っている。

 

 渚が何故ここにいるのか。

 そこに理由などなく、ただ無性に、本能的にここに来たのだ。

 

 教卓に手をつき、今度は教室内に並んでいる机を、生徒を見るように一つずつ確認していく。

 

 

「もう少し胸を張りなさい、渚くん」

 

「――!」

 

 

 そこで急に声をかけられたことにより、渚の身体がビクッ!と飛び上がった。だが、その久し振りに聞く落ち着き払った威厳のある声色に、顔を向けると同時に名前を呼び返す。

 

 

「理事長先生!どうしてこちらへ?」

 

 

 椚ヶ丘中学校の理事長、浅野(あさの) 學峯(がくほう)が廊下からこちらを見ていた。

 

 

「理事長室からたまたま渚くんがここに向かっているのを見つけてね」

 

「そ、そうでしたか……」

 

 

 渚に向かって微笑みかけ、教室の中へ入る浅野。そのまま向かった場所は、教卓の前にある机だ。

 それを見た渚は、教卓から慌てて降りようとするも、浅野によってそれを制された。

 

 

「そのままでいい。今日は先生、理事長としてではなく、生徒として(・・・・・)いくつか質問したいことがあるからね。潮田先生(・・・・)

 

 

 椚々丘中学校理事長、浅野學峯。

 三年E組制度を作った張本人であり、徹底的な合理主義者でいくつもの学校を全国指折りの進学校にしている敏腕経営者だが、その穏やかで理知的な顔の裏側に隠された本性は、正に悪魔と言ってもいいものだった。

 

 各科目の指導能力は殺せんせーと引けを取らないほどであり、本人のスペックも超越している。

 

 分かってはいたことなのだが、こうやって対面してみると、この先生のカリスマの高さを直で感じてしまう。渚もこの椚々丘中学校在校中に何度も感じたことはあるが、この先生の言葉には重みがあり、人を善悪どちらの方向にも動かす力があることを再認識させられた。

 

 

「質問とは、なんでしょうか?」

 

「そうだね。だけど、質問をする前に少しだけ。九校戦優勝おめでとう、渚くん。君の活躍は私も見ていたよ」

 

「あ、有難う御座います」

 

「実は第一高校は私の母校(・・)でね。私は魔法師なのだよ」

 

 

 そして、衝撃のカミングアウトが行われた。

 

 

「理事長先生が、魔法師ですか?」

 

「そう。君たちは今年の三月のあの時(・・・)、あれだけ大掛かりなことが行われたのにも関わらず、騒ぎが大きくならなかった理由を知っているかい?」

 

「……知りません」

 

 

 三月の出来事と言えば、一つしかない。

 殺せんせー暗殺の日だ。

 

 渚の頭に、その日の出来事が蘇った。

 

◆◆◆

 

 殺せんせーは、宇宙からきた地球外生命体などではなく、『死神』という世界最高の暗殺者だった。そして、その日は殺せんせーが人から殺せんせーになってから(・・・・・・・・・・・)一年、彼の大切な人から定められた誕生日だった。

 

 E組生徒にして、殺せんせー暗殺のためにノルウェーから来た新型兵器である『律』によって、魔法の反応と大量の軍人がE組校舎のある山を包囲していることを知らされたE組は、校舎の建っている山へと侵入。護衛をしていた軍人を業の巧みな指示とチームワークで圧倒し、殺せんせーの元へと向かった。

 

 渚たちの目には何も見えないのだが、律曰く、殺せんせーが触れたら溶ける結界が校舎周辺を囲うように張ってあり、その結界に視覚情報を偽装する魔法がかけられ、身動きが取れない殺せんせーを宇宙からレーザーで仕留めようとしている、とのことだ。

 

 渚たちが結界内に入ると、そこには、いつも通りの姿で殺せんせーが立っていた。

 

 

「音だけでも分かりましたよ」

 

「先生……」

 

「成長しましたねぇ……皆さん」

 

 

 その姿を確認したE組メンバーは、一人、また一人と殺せんせーに駆け寄っていき、全員で殺せんせーを囲むように立った。

 E組の願いは勿論、殺せんせーとここから逃げ出すこと。そのために自分たちが人質なったとしても、思いは変わらない。

 

 そもそも、何故殺せんせーが『殺せんせー』になったのか。

 

 それは、殺せんせーには『死神』時代に弟子がいたのだが、ある日突然弟子に裏切られて捕縛、裏の組織であった八朔家の率いる研究グループによって、反物質の体内生成の被験者として拘束された。

 

 反物質はゼロコンマ一グラムから核爆弾並のエネルギーが発生するが、その生産効率故、他のエネルギー資源の代わりになるとは思われていなかった。

 

 そこで研究グループの第一人者である八朔(はっさく) 誇太郎(こたろう)は、反物質の生成サイクルを生命における細胞分裂サイクルに組み込むことで、殺せんせーが生きている限り反物質が生成されるシステムを造ることに成功。

 

 その功績により八朔家の地位は一気に上昇したのだが、そこで事件は起こった。死神の細胞は反物質生成細胞というのだが、その細胞を移植されたマウスが月面での実験中に大爆発。月の七割を破壊し、八朔家の地位は失墜。八朔誇太郎は『数字落ち(エクストラ)』となり、柳沢誇太郎となった。

 

 マウスが爆発したということは、即ち死神も同じ末路を辿ることになる。

 混乱の中科学者の計算によって出された死神が爆発する確率は、マウスが爆発を起こした三月十三日から丁度一年後であった。

 

 その日が超生物『殺せんせー』の誕生であり、彼が大切な人からE組を任された日でもあったのだ。

 

 だが、その計算はE組の努力によって間違っていることが判明される。

 

 彼らは宇宙ステーションをハイジャックし、そこから反物質生成細胞の研究データを分析。その結果、『殺せんせーを殺さなくても地球が爆発する確率は1パーセント未満』だということが判明した。

 

 つまり、殺せんせーを殺さなくても地球は助かることになり、だからこそ、彼らは殺せんせーを逃がしたいのだ。

 

 だが、彼らの願いは決して受け入れられるものではなかった。

 

 

「皆さん。皆さんがたかが1パーセントと言っても、それは世界にとってはとてつもなく大きい数字なのです。1パーセントというのは、サイコロを三回振って三つとも『1』になる確率よりも遥かに高いのですよ。ここまで準備がされている以上、レーザーの発射は免れないでしょう」

 

 

 1パーセントという確率は、地球を賭けるにはあまりにも大きすぎる確率だ。それ以前に、例え何億分の一という確率であっても、地球爆発の危機がゼロでない限りは世界が恐れないはずはない。

 

 

「技術と時間と人員が惜し気もなく注ぎ込まれた、世界中の叡智(えいち)と努力の結晶の暗殺が先生の能力を上回ったことに敬意を感じ、その暗殺のターゲットになったことに、栄誉すら感じます」

 

 

 殺せんせーの声色は、とても優しいものだった。優しいからこそ、別れの時間が近づいていることを意識させられる。

 これが、社会というもの。

 それを再確認するには、十分すぎる現実だ。

 

 だが、その落ち込んだ空気を殺せんせーは良しとしない。

 

 

「君たちはこの先の人生の中で、強大な社会の荒波に邪魔されて、望んだ結果が出せないことが必ずあります。その時、社会に対して原因を求めてはいけません。社会を否定してはいけません。それは、率直に言って無駄です。

 そういうときは、『世の中そんなもんだ』と、悔しい気持ちをなんとかやり過ごしてください。

 やり過ごした後に、考えるのです。

 社会の激流が自分を翻弄するのなら、自分はその中でどう泳ぐのかを。やり方は学んだはずです。このE組で、この暗殺教室で。

 いつも正面から立ち向かわなくてもいい。避難しても、隠れてもいい。反則でなければ、奇襲をしてもいい。常識外れの武器を使用してもいい。

 やる気を持って、焦らず、腐らず、試行錯誤を繰り返せば、いつか必ず、素晴らしい結果が帰ってきます。君たち全員、それができる一流の暗殺者(アサシン)なのだから!」

 

「こんな時まで授業かよ」

 

「ヌルフフフフフフ。こんな時だからこそできる授業です。教師たるもの、教育のチャンスは逃しませんよ」

 

 

 こういう時でも授業を行える先生だからこそ、暗殺教室はここまでくることができた。そんな先生だからこそ、E組はどうしても思ってしまう。

 

 

「でもね。君たちが本気で先生を助けようとしてくれたこと、ずっと涙を堪えていたほど嬉しかった。本当ですよ」

 

 

 E組は、殺せんせーの――

 

 

「ところで中村さん。山中の激戦の中でも君の足音は小さかったですね。しかも、なにやら甘い匂いがするようですが!?」

 

「地獄耳に地獄鼻かい……」

 

 

 殺せんせーに指摘されて中村は呆れたような声でウエストバックから一つの箱を取り出した。

 

 

「月から今日で丁度一年でしょ?確か、今日が雪村先生に誕生日にされた日でしょ?」

 

 

 雪村先生は、三年E組の殺せんせーが担任になる前の担任で、殺せんせーとも研究室で知り合った、殺せんせーの大切な人であり、殺せんせーを教師へと導いた本人。

 茅野カエデの実の姉であったのだが、月が爆発した日に起きた事故で亡くなってしまったのだ。

 

 そして、今の殺せんせーはというと――

 

 

「これを崩さずに持ってこれる私の技術を誉めてほしいな……って、聞けよ!」

 

 

 ――箱を開けて出てきたケーキにヨダレを垂らして釘付きとなっていた。

 

 

「だって……!だって……!!」

 

「ああ!もう!分かった!ほら皆!さっさと歌うよ!」

 

 

 せーの、の合図で歌われたのは、クラス全員からのバースデーソング。ケーキには一本の蝋燭に火が灯してあり、暗い校庭を明るく照らしていた。

 

 

(十分すぎる……なんて身に余る報酬を受けだろう)

 

 

 バースデーソングが歌い終わり、皆から再度祝福される殺せんせー。

 その祝福を受けながら蝋燭の火を消そうと息を吹き掛け――

 

 ズドン!!

 

 ――ようとしたところで、ケーキは何者かの『触手』によって、粉々に崩されてしまった。

 

 

「ハッピバースデー」

 

 

 暗闇によって姿は見えない。

 だが、その特徴ある声は、全員が覚えている。

 

 

「柳沢……」

 

 

 殺せんせー暗殺のためのレーザー発射まで、残り二時間となっていた。




文章の書き方、前の方が良かったらそちらに戻します。何も反応がなければこのままいきます。

次回から怒濤のフラグ回収ラッシュになるかと思われます。
答え合わせの意味も込めて、楽しんでください。
それと全く関係ないですが、魔法科高校の贋○者の評価がうなぎ登りで、読者としても同作品の作者としても嬉しい限りです。




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暗殺教室の時間 二時間目

過去編の二時間目をどうぞ。


 誰も、手を出すことができない。

 声を出すこともできない。

 あまりの激しさに、目を開けることすらままならない戦いが、渚達の目の前で行われていた。

 

 

 現死神は魔法を使えない。

 だが、彼には殺せんせーの約二倍の速さである『マッハ40』というアドバンテージがある。

 魔法が使える殺せんせーはなんとかついていけてはいるが、このままではジリ貧になるのが明らかだ。

 

 

 何故、現死神が『マッハ40』を可能としているのか。

 それは彼の殺せんせーに対する執着心が、海より深く沼のように重く張り付いてくるものだったことに関係する。

 彼は自分を犠牲にして殺せんせーと同じ反物質を取り込んだのだ。殺せんせーが死神だったころに鍛えられた、殺せんせーの一番弟子。

 反物質との相性は、最悪なほどにとても良かった。

 

 

 

「いかに巧みに正面戦闘を避けてきた殺し屋でも、人生の中では必ず数度、全力尽くして戦わなければならない時がある。先生の場合――それは今です!」

 

 

 

 死神と戦う前に殺せんせーが発した言葉。

 これが殺せんせーの決意。

 先生としての決意。

 師匠としての償い。

 だが、現実は甘くない。

 魔法の発動が早くても、その後の魔法のスピードは二人のスピードと比べたら、天と地の差が出てしまっている。

 自己加速魔法もあまり意味を為さない。

 

 

 さらに、そこへ反物質を取り込み、優秀な魔法技能に加えて触手の動きを止める効果を持つ光を持った柳沢が加わる。

 結果、殺せんせーが圧倒的に不利な戦いを強いられていた。

 

 

 

「絶望だろ? モルモット。二人×天才×憎悪の力……お前ごときの力、当に超えているぞ!」

 

 

 

 その柳沢の言葉を示すかのように、殺せんせーは死神の攻撃を喰らってしまう。

 そんな状況下の中、その殺せんせー本人はというと攻撃を受けながらも死神と初めて出会ったことを思い出していた。

 

 

 

『僕に殺しを教えてください!』

 

 

『本気かい? 私が今殺したのは君の父親だよ』

 

 

 

 殺せんせーと現死神の出会いは、死神時代の殺せんせーが依頼で現死神の父親を殺したときだ。

 彼は殺せんせーを恐怖の目ではなく、夢と希望に満ちた目で見つめていた。

 

 

 

『関係ないです! 裕福な暮らしで満たされなかったものは何か……父を殺した貴方を見てはっきりしました! 僕は貴方のスキルが欲しいんです! たとえ、死ぬ程努力しても!』

 

 

 

 とても、純粋な目だった。

 善悪の分からない、純粋な目。

 正義にも悪にも簡単に染まる、そんな目だ。

 だからこそ、殺せんせーは後悔している。

 

 

 ――ここに至る前に、明日と正気を捨てる前に育て方はいろいろとあったはず。

 

 

 少しずつ、殺せんせーにダメージが入っていく。

 その中で行われている目の前の次元が違いすぎる戦いに、E組生徒には大きな喪失感が生まれてきている。

 この彼らの一年の努力は、全て無意味だったと思えるほどの戦い。

 嫌な思考が渚の脳内を支配する。

 

 

 

(僕たちは何もできない……逃げ出すこともできず、ただ殺せんせーの足手まといになっているだけ。僕らは、殺せんせーの最大の――)

 

 

 

 バチンッ!

 

 

 その先は、言えなかった。

 言わせてくれなかった。

 なんと、殺せんせーが死神の攻撃を弾き返したからだ。

 攻撃を受け続けていた殺せんせーは、いつの間にか目に見えるように攻撃を避け始めている。

 

 

 

「ほう……ならばこれはどうだ!」

 

 

「なんの!」

 

 

 

 それを見た柳沢は触手の動きを止める光を放ったのだが、殺せんせーは即座に反応して土で光の侵入を防ぐ。

 さらに、連携で叩き込んできた連打も、殺せんせーは受けきって見せた

 

 

 

「凄い……」

 

 

 

 渚からは、思わず簡単の声が漏れる。

 それをデータ的に解析した律が、声を震わせながらも呟いた。

 

 

 

「最小限の力で攻撃をそらし、土を使って光を防ぎ、間合いを詰めて威力を殺す……戦力差を工夫で埋めて示す姿、先生はどこまでも先生です……」

 

 

 

 時間が経つに連れて、殺せんせーの動きは最適化されていく。戦闘の中で、進化をしているのだ。

 

 

 

「こればかりは年季の差です!」

 

 

 

 速度の違いは二倍。

 だというのに、既に死神の連打は殺せんせーを捉えられなくなっている。

 そのせいか、死神は一回距離をおいた。

 殺せんせーは肩で息をしているが、魔法の使用で反撃すらできているほど盛り返している。

 

 

 

「道を外れた生徒には今から教師の私が責任を取ります。だが柳沢、君は出ていけ。ここは生徒が育つための場所だ。君に立ち入る資格はない」

 

 

 

 殺せんせーにそんな言葉をかけられた柳沢は、当然のように不快そうな顔をしている。

 

 

 

「まだ教師などを気取るか、モルモット。ならば、試してやろう――分からないか? 我々が何故、このタイミングを選んできたのか!」

 

 

「――ッ!!」

 

 

 

 柳沢はパチンと指を鳴らした。

 

 

 

「守るんだよな? 先生ってやつは」

 

 

 

 それを合図に、死神の視線が殺せんせーからE組へと移る。ターゲットが殺せんせーからE組へと移り、彼らには視認することすらできない触手が放たれた。



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暗殺教室の時間 三時間目

復活です。
感想返信間に合ってない……でも、ちゃんとやります。
お先に物語の方をどうぞ。


 砂煙が立ち上り、状況の把握が出来ない。

 だが一番突かれたくはないところを突かれてしまったのは間違いなかった。

 今しがた学校へとたどり着いた烏間。目に入ったのは、それこそ一目で分かる殺せんせーの劣勢。

 

 

「殺せんせー!」

 

 

 渚の声。切羽詰まったその声は、だが生徒が安心だという合図になった。

 

 

「ぐっ……」

 

 

 それと同時に、殺せんせーが身を呈して守ったという証明にもなった。

 

 

「教師の鑑だなぁ? モルモット。自分一人では逃げられるだろうこの攻撃を、生徒を守るために正面から受けるとはなぁ……さぁ、二代目。次だ」

 

 

 柳沢の指示に従うように、今度は生徒たちに向かってレーザーが放たれたそれを真正面から受ける殺せんせー。間髪いれず、二発目。三発目。

 何度も何度も放たれるそれを身を呈して守る殺せんせーだが、ついに、口から血を吐き出した。

 

 

「ターゲットと生徒がいれば、こうなるのは当然の結果だ。不正解だったんだよ、今夜ここに入ってきたお前達の選択はな」

 

 

 柳沢から放たれた言葉は、生徒の心に深く突き刺さる。この状況を見て、それを否定できる者は誰一人としていなかった。

 

 

「やめろ、柳沢! これ以上、生徒たちを巻き添えにするな!」

 

 

 そこで烏間が動く。

 銃口を柳沢へと向けて行った警告。E組では殺せんせーの次に強い、魔法師すら粉砕する最強の非魔法師。 だがその烏間ですら、今や柳沢にすら勝てない。

 

 

「黙って見ていろ、国家の犬。お前達はもう、俺にすら勝てやしない」

 

 

 柳沢は一瞬で烏間の目の前へと移動し、彼を吹き飛ばしたのだ。その一撃で烏間は動くこともままならない。あの烏間を持ってしても、触手を手に入れた柳沢には手も足もでなかった。

 

 そして遂に、殺せんせーが現死神によって捕らえられてしまう。その状況に渚は、否が応でも考えては手放していたことを思い出してしまう。

 

 

(ずっと…気づいていた。気づいていたけど…目をそらしていた)

 

「どんな気分だ? 大好きな先生の足手まといになって絶望する生徒を見るのは……分かったか? お前最大の弱点はな――」

 

(殺せんせーの最大の弱点。それは――)

 

 

 ――僕ら。

 

 

「そんなわけないでしょう!!」

 

 

 だが、その思考は殺せんせーの一喝により遮断させられる。尚も殺せんせーは生徒に、柳沢に、現死神に、そして自分に言い聞かせるように叫んだ。

 

 

「正解か、不正解かの問題じゃない! 彼らは命がけで私を救おうとし、障害を乗り越えてここに会いに来てくれた! その過程が、その心が、教師にとってもっとも嬉しい贈り物だ! 弱点でも、足手まといでもない! 生徒です! 全員が、私の誇れる生徒です! ――それに生徒を守るのは教師の当たり前の義務です」

 

 

 拘束は外れぬまま、それでも超然と言い切った殺せんせー。その覚悟を、だが柳沢は嘲笑と共に一蹴。

 

 

「そうかそうか。だがなぁ、その義務も我々で否定される。お前は間もなく力尽き、そこまでして守った生徒を俺の手で全員、なぶり殺す。お前が我々の人生を破壊してまで手に入れた一年、そのすべてが無駄だったと否定してやる! それでようやく俺の復讐は完成する! では続けるぞ? ちゃんと守れよ。可愛い生徒を」

 

 

 再び再開されようとしていた現死神による生徒への攻撃。だがそれは、柳沢の言葉が終わったと同時に殺せんせーの拘束共々、()()によって止められる。

 

 

「馬鹿!」

 

「なんで!」

 

 

 思わず叫んでしまった業と渚。何故なら、触手を撃ったのは茅野だったからだ。

 

 

「逃げて殺せんせー! 時間稼ぐから、どっかに隠れて回復を!」

 

「茅野さん……」

 

 

 既に満身創痍の殺せんせーは声を出すのもやっと。茅野は手馴れた手つきで触手を穿った対殺せんせー用の銃を閉まってナイフを構える。そこに現死神の、殺せんせーですら防ぐのがやっとの一撃が、襲いかかる。

 殺せんせーは動くことすらできない。誰もが目を伏せたくなるような数瞬先の未来を、だがそれは茅野によって振り払われる。茅野は現死神の攻撃を見事にかわし、更に一撃を入れたのだ。

 

 

「ほう……? 流石元触手もち。動体視力は残ってはいたか」

 

「止すんです、茅野さん!」

 

 

 感心した声を出す柳沢に対して、殺せんせーの制止の声。だがその制止の声は、誰でもない茅野本人によって否定される。

 

 

「ずっと後悔してた、私のせいで皆が真実を知っちゃったこと。クラスの楽しい時間を奪っちゃったこと。だから、せめて守らせて、先生の生徒として」

 

 

 茅野の目には決意の意思が宿っていた。だが今回は殺せんせーも引けない。いくら強い意思があろうと、いくら弱者が強者に勝てると言おうと、真正面からの対峙で勝てる道理はないのだから。

 

 

「君は正しかったんです! 君の行動のお蔭で皆が本当に大事な事を学べたのだから――」

 

 

 その瞬間、殺せんせーは現死神によって吹き飛ばされてしまった。これで現死神の前には茅野ただ一人。柳沢は溜め息一つ――死神に、茅野を始末するようジェスチャーを行った。

 それを合図に怪しく身体を発光させる現死神。それが現死神の攻撃合図だった。高速で打ち出される触手。それを再びかわし、茅野は空へと舞う。

 

 

(心配しないで、殺せんせー。()()()()()()。そう教えてくれたのはお姉ちゃんと先生だから!)

 

 

 かわした触手をそのまま踏み台に、一気に懐へと飛び込む茅野。だがその瞬間に、茅野は自らの失策を悟った。殺せんせーすら苦戦を強いられていた相手なのだ。人間を越えないスピードで近づいてくる茅野など、まさにカモ。

 それを見逃すはずもない現死神の一撃が、茅野の腹に風穴を空けた。

 

 バランスを崩しそのまま落ちてくる茅野。誰もが呆然と見つめるなか、殺せんせーは地面を這って茅野の元へと向かい、柳沢の笑い声だけが響き渡る。

 

 

「ハハハハハっ! 姉妹揃って俺の前で死にやがった! ハハハハハハッ! 本当に迷惑な奴らだな! 姉の代用品として、使ってやっても良かったがな……あいにく、穴の開いたアバズレには興味なくてね……ハハハハハハッ!」

 

 

 その一連の事柄が、完全にトリガーとなった。

 殺せんせーから炎のようにたぎるドス黒いオーラ。それに伴って殺せんせーの全身がその怒りを体現するかのように真っ黒に染め上がっていく。

 

 

「それだ! 我を忘れて、感情が歪めばお前の全身は真っ黒に染まる! その色でなくてはフルパワーが出せない! つまり、闇の黒こそが破壊生物の本性なのだ! ふざけた黄色の偽善者づらで過ごしたこの一年をお前自ら、全否定したことになる! おおいに満足だ! ……そして、お前渾身のド怒りも真の力を出すニ代目によって、否定される」

 

 

 それを待っていたとばかりに狂乱する柳沢。彼の手の平が注射器のような形へと変形し、現死神へと近づく。

 

 

「最後の攻撃だ」

 

 

 そして、そのまま現死神へと注射を打った。瞬間、ドクンと波を打ち、ドス黒いオーラと共に雄叫びをあげる。誰もがその溢れ出る力に目を庇うも、一人だけ、これを好機とばかりに動いた者がいた。

 ――渚だ。

 今完全に注意が逸れていると即決した渚は倒れている茅野を抱え、皆に言った。

 

 

「ここを離れよう!」

 

「渚……?」

 

「僕らから注意が逸れているうちに! ここにいたら確実に巻き添えだ!」

 

「で、でも……」

 

「逃げるのだって、俺たちの立派な戦術だよ」

 

 

 戸惑う他のE組を後押しするように、業が賛同。有無を言わさずに手を引き、全員がその場を離れた。

 校庭にはドス黒いオーラを放つ殺せんせー、現死神、柳沢の三人のみ。その黒いオーラを放つ現死神の後方から、柳沢が感慨深そうに呟いた。

 

 

「地獄のような一年だった……だが、今終わる」

 

 

 その呟きに答えるかのように、現死神が雄叫びをあげる。そして身体中が発光し、レーザーのように放たれる触手が殺せんせーに襲いかかった。それを正面から受け止める殺せんせー。そして、殺せんせーに起きている変化に、柳沢は目を見開く。

 

 

(何!? 白い光……いや、違うやはり黒い触手)

 

 

 見間違えだと思った柳沢。だがその考えはすぐに破り捨てられる。その変化に気づいたのは柳沢だけではない。それほどまでの、明瞭とした変化だった。

 

 

「いや違う……黄色だ!」

 

「いや、赤……」

 

「緑……」

 

「青……」

 

「白……」

 

 

 様々な色へと触手は変化していく。

 その全てを、力にしていくかのように。

 

 

「全ての色を、全ての感情を、全ての過去を、全ての命を、全て混ぜて純白のエネルギーに……教え子よ、せめて安らかな卒業を」

 

 

 殺せんせーの、教えを説くような声音と共に放たれる、白い光。それは校庭を包み込み、現死神を吹き飛ばす。そしてその後ろにいた柳沢もその余波に巻き込まれ、吹き飛ばされる。

 彼らが吹き飛ぶ先。そこには殺せんせーが逃げ出さないように張り巡らされた、見えないバリアが。触れれば容赦なく触手を溶かすバリア。

 

 

(なっ、まずい…! 今、触手だけを解かされてしまったら!)

 

「いやだぁぁ!」

 

 

 状況を理解し、悲痛な叫びを上げる柳沢。だが時既に遅し。彼はバリアへと接触し、そのまま跡形も無く消え去った。

 そして現死神も空中に吹き飛ばされたまま。その現死神に、殺せんせーは対殺せんせー用のナイフを持って肉薄、心臓へと突き刺した。

 現死神と殺せんせー。二人に、同じ記憶が甦る。

 殺せんせーが人間で、二人が師弟の間柄だった時の記憶。渚達の目にもはっきりと分かるほどの制止。それは、殺せんせーがナイフを抜いたことにより、終わりを告げる。

 現死神はそのまま跡形も無く消え去ったのだ。

 




今回の話はオリ主でもなく、あまり改編が効かないのでほぼ原作通りとなっております。というわけで、次話をご期待ください。

そして、復活しました。
一次だけだとアイデアが浮かばず、暗殺者書いてるときよりもつまらないものになっていったので、親にその事をいって戻って参りました。

再び書くに辺り読み返しましたが……宣伝、邪魔ですね。あのときの私は評価を気にしすぎてました。一次は読みたい人が読めばいいんです。それを二次創作の宝庫であるここで言う私が間違ってました。

というわけで、再び宜しくお願いします。
本当は横浜騒乱はやめそうかと思ってましたが、謝罪もかねて書きますね。

更新のペースについてですが、まずは一週間は空けないようにがんばります。この作品を書きながら、他のやつをどんどん完結してこちらと魔法科高校の絹旗最愛に専念するという形でしょうか……


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暗殺教室の時間 四時間目

暗殺教室の時間最終話です


 歓声はない。

 悲しくも、逃げることは許されない過ち。そして何より、茅野の状態――心臓が動いていないという最悪の状態が、彼らに歓喜の声を上げさせなかった。

 不安定ながらも、なんとか着地する殺せんせー。

 そこにE組全員が集まり、渚たちは殺せんせーと対面する。

 

 

「殺せんせー……茅野が……」

 

 

 渚の声が一瞬、震えた。

 結果はどうであれ、茅野の死に変わりはない。

 

 

「カエデちゃん……」

 

「寝かせてあげよう」

 

「降ろさないで、渚君。あまり地面の雑菌に触れさせたくない」

 

 

 最早助かる見込みは無い。誰が見ても明白な状態の茅野にせめてもの弔いを――と言う気持ちから出た言葉。それを殺せんせーは拒否する。

 

 

「殺せんせー……」

 

「皆さん、失った過去は決して戻ることはありません。先生自身もたくさんの過ちを犯してきました。ですが、過去を教訓に繰り返さない事はできます」

 

 

 そう言いながら、細く光る触手が真っ赤な球体を包み込むように渚達の前へと現れる。

 

 

「何これ……?」

 

「茅野さんの血液や体細胞です。地面に落ちる前に全て拾い、圧縮空気でつくった無菌膜に保管しておきました」

 

「バトル中にそんな事……」

 

 

 ハッと息を呑むE組生徒。これは茅野が助かる、大きな希望の光に他ならなかった。茅野が渚の手から殺せんせーの触手へと渡される。

 

 

「君たちを守るための触手だけは戦いに使わずに温存していましたから……今から一つ一つ、全ての細胞を繋げます。より早く、より精密に。この一年、ずっと能力を高めてきました。あの時と同じことがあったとしても、同じ悲劇には絶対にするまいと……修復できない細胞もあるので、均等に隙間を作り、先生の粘液で穴埋めします。数日のうちに彼女自身の細胞が再生して置き換わるでしょう」

 

 

 細く光る触手が茅野の周囲を、そして損傷している腹部を中心に血液の球体の間を交互に高速で行き来する。

 だが、それでも空中で拾った分だけではその後も流れ続けた血液を補うに足りなかった。

 

 

「血液が足りません! AB型の人、協力を!」

 

 

 そう言いながらAB型の業や柳沢に送られてきた刺客からE組の生徒となったイトナから血液を吸い取る殺せんせー。

 

「中村さん! さっきのバースデーケーキを拾ってきて、先生の口に!」

 

 

 殺せんせーの言葉にぎょっとする中村。バースデーケーキ。それは現死神によって破壊されたものだ。

 

 

「はぁ!? 土まくれでぐちゃぐちゃな生ごみだけど……」

 

「エネルギーの補充が必要なんです! 戦闘中もずっと食べたかったし。あーもう! 三十分ルールです!」

 

「三秒でしょ!」

 

 

 突っ込みを入れつつも、しっかりとケーキを持ってきた中村。それを殺せんせーは美味い美味いと涙を流しながら食べ始め、その姿に若干引く中村。だがその光景とは裏腹に、茅野の傷は着実に塞がっていく。

 

 

(糸を一切使わず、あと一つ残さず、傷口が塞がっていく……)

 

「ふー」

 

 

 殺せんせーが大きく息を吐いた。

 見た目は既に完治の状態。だが見た目を治したところで心臓は動かない。むしろここからだ。

 

 

「後は心臓が動けば蘇生します」

 

 

 しかし、この先生はそれを容易くこなしてくれると、安心してそう思わせてくれる。

 

 

「生徒が学校でどてっぱらをぶち抜かれた時の対処マニュアルどおり、完璧なはずです」

 

「「「そんな大惨事、普通想定してねぇよ!」」」

 

 

 全員からの突っ込み。マニュアルまで手にとって言うその姿には、だが確かに生徒を救えるという絶対の自信が伺えた。触手に青白く輝く電気を走らせる殺せんせー。

 

 

「今だからいいますが、君たちの体がバラバラにされても、蘇生できるように備えていました。先生がその場にいさえすれば、先生が生徒をちゃんと見てさえいれば」

 

 

 そこには、強い覚悟が伺えた。

 AEDの要領で触手を取り付ける殺せんせー。バチッ! という音ともに茅野に電気が流れ、数瞬の静寂。そして、咳き込むような音。

 

 

「かはっ!」

 

 

 その後に連続して聞こえる、ハッと息を呑む音。茅野は目を開けて周囲を見渡し、分からない状況下の中一つだけ理解した事を口にした。

 

 

「また、助けてもらっちゃった……?」

 

 

 スッ、と殺せんせーの触手が茅野の髪を掴む。

 

 

「何度でも助けますよ。お姉さんもきっとそうしたでしょう」

 

 

 そう言いながら、先ほどの戦いでほどけてしまった髪を結び直す。茅野はその言葉を聞いて顔を綻ばせ、何かを察したのか、ふと顔を横に向けてみると――

 

 

「うわぁっ!?」

 

 

 そこには、笑顔で、泣きながら、このどちらかまたは両者の表情を持ったE組全員が茅野に飛びかかっていたところだった。

 歓喜の声を上げ茅野を胴上げするE組に、それを後ろから見つめる殺せんせー。数回の胴上げの後、座っている茅野を囲むようにそのE組が配置し、茅野の後ろを渚が嬉しそうな表情で立ち膝している。

 

 

「茅野……助かってよかったぁ……」

 

「なぎさっくょん! ……寒むぅ……」

 

 

 渚に声をかけられたために返事をしながら振り向いた茅野だが、それは寒さによるくしゃみによって遮られた。一瞬訪れる沈黙。茅野が視線を落とし、顔を真っ赤にして身体を手で隠した。

 

 

「うわああああっはぁ! 私なんて格好を!?」

 

 

 胸元を大きく開けていたその服は、胴上げなどを含めたつい先ほどまでその状態だったという証拠であり、今気付いた渚達は少し顔を赤めながら明後日の方向を見る。

 しかし、一人ニヤニヤしながらガン見していた岡島……も例外にはならず、首が折れるのでは、というほど無理矢理明後日の方向を見せられていた。

 

 

「まぁいいじゃねぇか。殺せんせー、髪まで結ってくれたんだぜ」

 

「ありがとう……服から直してほしかったよ……」

 

 

 身体を隠したところで、寒いことに代わりはない。気を効かせた前原が自分の上着を着せながらなんとか良い方向に持っていこうとするも、あまりにも雑な持って行き方に涙を流しながら願望を言う茅野。

 

 

「いやいや、あの手厚い殺せんせーの治療だぁ! ちょっとぐらい巨乳になっているかもしれねぇぞぉ!」

 

「そうなの? 殺せんせー」

 

 

 首を無理矢理明後日の方向に向けている岡島は、それでも懲りずにその光景を見ようとなんとか抵抗しながら、下心丸出しでそう言った言葉に、隣にいた女子が反応して殺せんせーに問い掛けた。

 しかし、返事はない。返ってきたのは、バタンという殺せんせーが後ろ向きに倒れる音。

 

 

「ふぇぇぇ……疲れました……」

 

 

 その表情はとても満足げで、とても弱々しかった。

 かつてないほど衰弱している殺せんせー。誰もが動けないでいる中、その言葉は、殺せんせーからかけられた。

 

 

「皆さん……暗殺者が瀕死のターゲットを逃がしてどうしますか……」

 

 

 その言葉に、全員がはっとする。

 

 

「分かりませんか……? 殺し時ですよ……楽しい時間は、必ず終わるものです……それが、教室というものだから……」

 

 

 いつもなら迷わず手を出していたであろう殺せんせーの状態に、だが誰も手を出そうとはしない。その間も、宇宙から放たれようとしているレーザーの光が大きさを増している。迷っている時間はなかった。

 一番後ろにいた磯貝が、全員に声をかける。

 

 

「皆……俺たち自身で決めなきゃいけない……このまま手を下さずに、天に任せる選択肢だって勿論ある」

 

 

 強い決意をもって問いかける磯貝の声に、全員が耳を傾ける。磯貝から訪ねられる質問は全員が容易に想像出来るものだ。それを分かっている磯貝は、全員の顔を一度見てから問い掛けた。

 

 

「手を上げてくれ。殺せんせーを、殺したくない奴」

 

 

 顔を俯かせながら、それでも次々と手を上げていくE組。結果として、全員が殺したくないに手を上げている。

 

 

「オーケー。下ろして……殺したい奴」

 

 

 全員が、握力を強めた。

 誰もが目を閉じ、肩を震わせ、決断を出来ないでいた。だが、一人手を上げる。

 渚だ。

 それに続き茅野、業と続いていき、最終的に全員が手を上げた。その光景を満足そうに見つめ、起こしていた顔も地面へとつける殺せんせー。

 

 これが彼らの答えだ。

 渚達E組は殺し屋。ターゲットは先生。倒れている殺せんせーを全員で囲み、押さえ付ける。これは殺せんせーの弱点の一つ。全員で押さえつけられれば、捕まえられることだ。

 

 

「こうしたら動けないんだよね、殺せんせー」

 

「その通りです中村さん。握る力が弱いのが心配ですけどねぇ」

 

「……ッ」

 

 

 その指摘に、誰もがはっと息を呑んで殺せんせーを押さえ付ける。そして、これも全員の答えだ。本当は、殺せんせーを殺したくはないと。

 

 だがそこで問題が起きた。

 殺せんせーの着けているネクタイの下が心臓に当たるのだが、ならその暗殺を成し遂げるのが誰なのかという話になったのだ。誰もがお互いを見つめ、黙り込んだ。その静寂を、この場で唯一殺せんせーを押さえずにいた中性的な声の持ち主が破る。

 

 

「お願い。僕にやらせて」

 

 

 全員が驚きながら向ける視線の先。そこには校舎から歩いてくる渚の姿。一瞬戸惑う彼らだが、それでも何処か穏やかな表情で

 

 

「……誰も文句は言わねえよ」

 

「この教室じゃ、渚が首席だ」

 

 

 それが全員の意志だという言外の意味を明確に汲み取った渚は、そのまま歩みを進めて殺せんせーへと跨がる。

 

 

「その前に、皆さんに一つ言わなければいけないことがありましたね……」

 

 

 だが、その殺せんせーの言葉により、そのままネクタイを捲ろうとしていた渚の手が止まり、全員の視線が再び殺せんせーへと集まった。

 

 

「この暗殺教室のことは、一般人には知られることはありません。これは私が教師になる時につけた、秘密の条件です。皆さんには今、校舎の裏に誰がいるか分かりますか?」

 

 

 全員が視線を向ける先。そこには誰もいない――いや、いないように見えるだけ。魔法を疑った彼等。するとハッキリとではないが、初老とも取れた男性がそこには立っていた。その男性も魔法を看破されたのを察したのか、一礼して暗闇へと消えていった。

 

 

「彼はこの暗殺教室が円滑に進むように一年前から手筈を進めてくれた方なのです。例えば今張り巡らせているバリア。何故見えないようにしてあるか分かりますか?」

 

 

 そこで全員が今日何度目かの息を呑んだ。殺せんせーは魔法を看破する術を持っており、暗殺のターゲットというだけあって周りの警戒は怠っていない。そんな殺せんせーにバリアの隠蔽は意味がない。つまりこのバリアの隠蔽は――。

 

 

「この答えは先生からは言えません。その真実を知るのが一年後か二年後か、それ以上なのか未満なのかは分かりませんが――」

 

 

◆◆◆

 

 

 あの時のことは、半年近く経った今でも明確に覚えている。いつの間にか浅野にその時のことについて話していた渚だったが、そういえばと浅野に質問する。

 

 

「理事長先生、あの時のバリアの隠蔽。あれはもしかして僕達を守るためでしょうか」

 

「……さっき、渚くんを見かけたからここに来たと言ったね」

 

「あ、はい」

 

「少し早い気もするが、渚くんは皆よりも早く知る権利がある――今日ここに来たのは、その話をするためなのだよ」

 

 

 机に座っている浅野の目付きが変わる。渚はすぐに浅野の隣の席へと行き、確認を取ってから座った。

 

 

「渚くんはあの時の老人が誰かもう分かっているかな?」

 

「九島老師だと思います」

 

「さすがだね渚くん。正解だ。あのバリアを隠したのは九島老師と私だが、その目的は大いに異なっていた。私は君たちの今後のために、老師は君たちの存在を隠すためにね」

 

「僕たちの存在を……隠す?」

 

 

 暗殺教室の存在を隠すならともかく、何故渚たち生徒を隠す必要があるのか。頭にハテナを浮かべながら言葉を反芻した渚に浅野は縦に頷き、

 

 

「君たち暗殺教室の生徒は、簡単に言えば非魔法師にも関わらず魔法師を倒すことができる存在だ。その存在が人間主義や彼等――()()()()()()()()()()()などに見つかったとしたら、どうなるか分かるね?」

 

 

 一高をブランシュが襲ったことを知っているのに既に驚きだがなるほど、渚にも生徒に対する危険性及び魔法師社会に対しての危険性も理解できた。

 

 

「なるほど、理解しました」

 

「さすがだね。そして渚くん。君はその暗殺教室出身であり、魔法師でもある。渚くんは暗殺教室の代表的存在だ。敵は日本だけではなく、外にも存在している。聡明な渚くんなら、後は分かるね」

 

「はい、理事長先生。ありがとうございます」

 

 

 殺せんせーがあの時これを言わなかった理由は、どの道を進もうとその判断に任せるということだ。そして、殺せんせーは必ず正しい道を選ぶと信じている。浅野もそうだ。彼は渚なら必ず正しい道へと進むと信じている。だから渚も、浅野の目を見てしっかりと返事をした。

 

 

「……良い眼だ。さて、私はそろそろ戻るとするよ。渚くんはもう少しここに残るのかな?」

 

「はい、そのつもりです」

 

 

 そうか、と言って立ち上がる浅野。だが彼は教室から出ようとしたとき、急に立ち止まり渚に質問を投げた。

 

 

「この教室は好きかい?」

 

「……はい、大好きです」

 

「そうか。ならば教員免許を取れたら私に声をかけて欲しい。その時、渚くんにこのE組を託そう」

 

「……ッ!?」

 

 

 まさかの言葉だった。

 

 

「君のクラスメイトも渚くんに使われるのなら本望だろう。ここはもう君たちの教室だ。その時までE組制度は廃止だね」

 

 

 そしてそのまま教室を出ていった浅野。

 殺せんせーのような授業がしたいと思ってはいたが、まさか環境まで同じところを与えてくれるとは思っても見なかった。

 席を立ち、再び教卓の前へと向かう渚。

 その態度は堂々としており、その表情は笑みが溢れていた。




これにて暗殺教室の時間は完。
ざっとしか確認してないので、変なところや誤字があった場合は教えてください。
時間があるときにじっくりと読み直したいと思います。

エピローグ読んだかたは分かると思いますが、この話はそこに繋がる部分となります。魔法の存在によって変わる彼等の境遇。以後もよろしくお願いします。


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横浜争乱編
生徒会長選挙の時間 一時間目


ギリギリ一週間……
先ほどの誤投稿申し訳ありませんでした。


 色濃い夏休みも終わった新学期初日。

 久しぶりの学校ではあるが部活動は定期的にやっていたため学校そのものに新鮮味はない。そしてやることも変わらない。聞いた話によると大会はあるにはあるのだが、基本一年生は一科生二科生に関わらず出場しないことになっているとのこと。恐らく出場人数も関係があるであろうそれは、まあ渚の士気を落とすほどの情報でもなかった。

 

 そして今、例のごとく鋼と組手の最中である。実力が近いもの同士でこの組手は行われているのだが、一年生では鋼と渚が飛び抜けているため基本固定となってしまっている。今回の組手もまた約束組手ではあるが、外傷内傷のどちらかをさせない程度なら魔法の使用許可、というほぼ実戦に近い形式となっている。魔法の使用可となれば、二人の強さは大きく変化する。

 

 加速魔法を使って高速で組手を行う二人だが、渚は防戦一方。一撃喰らえば意識を持っていかれる可能性もある。体術では渚の方が上でも、鋼は一科生で渚は二科生。魔法込みのこの競技では体術の差などあって無いようなもの。だがそれでも、今までの対戦成績は渚の全勝だ。マジック・アーツの世界では別名共に有名な鋼。同年代の近接においては無類の強さを誇る彼相手にこの成績は、渚の素性を知らないものであれば目を疑うしかない。

 

 今も渚の防戦一方とはいえ、まだ機を伺っている余裕はある。そしてこれは、()()()()()()()()でもあった。今までと違うのは、今回初めて意識を刈り取っても良い魔法の使用許可が出たことにある。しかし、渚にそれを使う術は無い。十三束は接触型術式解体の使い手。通常の術式解体とは違って常にその状態を保てるため、常に干渉装甲を展開しているのと同義だ。意識を刈り取るということで渚も九校戦で使った魔法を使用可能になるわけだが、干渉力が弱い――近接に対しての鋼の干渉力が強すぎる――というのもあり、防御に徹するしかないといった具合だ。

 

 そして鋼は渚との対戦経験により、実力を大きく伸ばしている。渚の戦い方は多岐に渡り、その場で弱点を修正する力があるが、勝てたのは鋼がかなり制限を受けているのが等しい。鋼のリミットが段々と外されていることもあり、勝負は激戦となることが常となってきている。

 

 その理由として一番に挙げられるのが、鋼の戦い方にある。渚の戦い方がいくつものナイフを所持して適材適所に使って弱点を無くすのだとしたら、鋼は十徳ナイフのようなもの。自らが様々な機能をもたらすことにより弱点を減らしているのだ。そしてさらに、()()()()()()()()()動きで渚を翻弄する。

 

 ――セルフ・マリオネット。

 

 移動系の系統魔法で、術者の肉体を移動系魔法のみで動かす術式。人体の構造、また力学上、不可能な攻撃を繰り出すことができることが特徴としているこの魔法は、精密なサイオンコントロールがあってこそ行われるもの。それを込みで予想して動けば対処はできないこともないのだが――

 

 

「ここだっ!」

 

「――ッ!」

 

 

 ――少しの読み間違えが命取りになりかねない。まさに間一髪のところで鋼の手を逃れ真横を突いた渚だが、鋼は空中で急に方向を変えて渚を捕まえんと勢いそのままに飛来する。決まった――()()()()()()()他の部員の誰もがそう思った。()()()()()()()()が。

 渚は真横に移動したときの低くした重心をそのまま一気に真下まで落とし、地面と上半身を水平にしてその真上を通過する鋼の手を、顔を目視。下へ落ちる力と鋼の推進力を利用して足をそのまま鋼の腹部へと当て、蹴り上げる用量で前方へと蹴り飛ばした。

 

 それにより渚は背中を地面に打ちつけ肺の空気を一気に出す程のダメージを負ったが力という力を使って行われた受け流し技にセルフ・マリオネットでも動きを止めるだけに留まり、素早く立ち上がって体勢を整えた渚と再び向き合う形となる。

 鋼もカウンターにより渚と同等のダメージを負っているため、未だ拮抗した状態。それを見た部長は、組み替えを行って三戦目開始の合図をした。

 

 

◆◆◆

 

 

 結局、勝負はつかなかった。

 初めての引き分けである。

 

 

「やっぱり鋼は強いよ……全力だったら本当に負けそう……」

 

「よく言うよ……さっきのだって……倒そうと思えば何回かチャンスはあったはずなのに……吉祥寺を倒したみたいに……」

 

「あはは、でもあれは練習で使っていいようなものじゃないよ……まず、あまり人に使わない方が良い」

 

「まぁお互いまだ力を隠してたということで……決着つけようか……」

 

「そうだね……」

 

 

 二人とも息も絶え絶えと言ったところだ。結局他の部員が五戦目を終わらせたところでも決着がついてなかった二人は、一度も組み替えをせず――元から替えることはないのだが――本日の部活動を終えた。

 今回の戦いは全くと言って良い程の五分。確かに渚がクラップスタナーを使えば勝てたという瞬間は数回に止まらず、十数回はある。だがそれは鋼にも言えたことで、渚の負傷を厭わないのならその隙すら与えなかっただろう。そして負傷については渚も同じ。よって机上の空論でしかないそれは、話しているだけでは無駄。お互いに引き分けで納得した。

 

 

「ここまでやってやっと引き分けか……」

 

「僕なんて逃げるのがやっとだよ」

 

「よく言うよ。勝ちだけは譲らないくせに」

 

「簡単に負けたら鋼のためにも僕のためにもならないよ」

 

「そりゃそうだ」

 

 

 それから渚は鋼と別れて汗を拭き、着替えを済ませて校門へ向かいながら携帯を見ると、そこに一通のメールが入っていることに気がついた。達也からのメールで、『いつものメンバーで喫茶店に行くのだが、来るか? 来るなら校門前で待つ』とのことなので家へと連絡し母親に確認したところ快諾。『今すぐ行くね』と返信を送ってそのまま歩みを進めた。

 

 校門前。そこにいたのは達也、深雪、レオ、幹比古、エリカ、美月、雫、ほのか。本当にいつものメンバーだ。渚は軽い労いの言葉をかけつつ輪の中へと入り、駅までの道の途中にある喫茶店へと向かった。そしてテーブルを囲んで話題になったのは、生徒会長選挙について。ここ五年は総代が務めているらしく、次期会長に名前が上がっているのは副会長の服部と書記のあずさとのこと。しかし服部は十文字に部活連会頭を頼まれているらしく、消去法的にあずさ単独の選挙になりそうだということなのだが、あずさと言えば渚よりも小さいかもしれない身長で、見た目通りの気弱そうな子だ。

 

 

「ぅ~ん……正直言って、チョット頼りねえかなぁ」

 

 

 レオの厳しい意見も尤もだ。

 

 

「でも実力はピカイチ」

 

「生徒会長は、優しい人がいいような気がします」

 

 

 そして、雫と美月の意見も尤もなこと。しかし、本人はやりたくないと言っているらしく、また次期会頭の服部を引き抜くわけにもいかない。そうなるとやはりあずさが立候補しないといけない――という悪循環に見舞われているという。

 

 

「あ、ならさ、深雪が立候補したら!?」

 

「チョッとエリカ。何を言い出すの?」

 

 

 そこで突如放たれた、名案を思い付いたような表情のエリカのセリフに深雪は目を丸くする。しかしエリカはその思い付きが気に入ってるようだ。

 

 

「別に一年生が会長になっちゃダメ、って規則があるわけじゃないんでしょ? 深雪はこの前の九校戦でピラーズ・ブレイクの新人優勝に加えて、二年、三年入り交じってのミラージ・バット本戦でも優勝してるんだし、実力も知名度もバッチリだと思うけどな」

 

「無茶言わないで。大体、高校生の『実力』は魔法力だけで測られるものではないわよ? 潮田くんが良い例よ」

 

「それなら達也にも当てはまると思うよ」

 

「その良い例から指名されて、さらに学力もある達也くんがいるなら尚更やるべきじゃない? それに生徒会長になったら役員を自由に任命できるんだよ」

 

 

 エリカと深雪のやり取りに、美月がエリカを指示する形で参入した。

 

 

「そうですね。七草会長は、一科生縛りのルールを廃止すると仰ってましたし」

 

「美月まで……」

 

 

 表面的にはたしなめるセリフではあるが、深雪の声には揺らぎが感じられた。実際にその目は迷いが生じてきているものだ。

 

 

「そーそー。それにさ、生徒会長になったら達也くんを風紀委員会から引き抜くことだってできるんだよ……」

 

 

 エリカの囁くような声。

 深雪の動揺は目に見えて大きくなる。

 

 

「逆に達也が生徒会長になってもいいんじゃない?」

 

「おっ、そりゃ面白そうだな」

 

 

 さらに飛び火。今度は幹比古の突拍子もない言葉にレオが悪乗り気味に同調しだした。だが達也は呆れ顔でそれをきっぱりと否定する。

 

 

「それは無理だ。確かに深雪だったら一定の票を得られるかもしれんが、俺に票が集まるはずはない」

 

「いや、そうでもないよ達也」

 

 

 だがその否定を間髪入れず否定したのは、渚。

 そこに乗っかる形で雫が続く。

 

 

「うん。達也さんは九校戦優勝の立役者」

 

「いや、雫、それはな……百歩譲って優勝に貢献があったとしても、競技には一つしか出てないんだから。裏方の仕事なんて表からみても分からないって」

 

 

 それでも否定を続ける達也。だが今度は悪乗り気味であったレオ達とは違い、熱心な応援が返ってくる。

 

 

「でも私は達也さんが立候補したら絶対に投票します!」

 

「私もです、お兄様。お兄様が選挙に出られるなら、私は応援演説でもビラ配りでもなんでも致します」

 

 

 二人の熱気は今までの冗談な雰囲気をかき消すもので、達也は頭痛がするのか頭を抑えだした。だが声には出さないものの、達也が立候補するなら票を入れちゃうな、っと渚も思っていたことは、この場で言う必要の無いことなのかもしれない。



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生徒会長選挙の時間 二時間目

前のタイトルを一時間目にして、今回を二時間目にしました。


 新学期も始まって一週間。

 休み明け特有の少し話しにくい雰囲気も無くなり――いつもの面子はそれこそいつも通りだったが――会話が弾みをつける頃合い。そこに一つ燃料が投下された。

 生徒会長選挙。前期が七草だということもあり、次の立候補者が誰なのかという話題はあちこちで耳にする。渚の登校中にも既に数件耳に入ってきているものだ。そしてその中で、不可解な噂があった。

 

 曰く、例の一年の風紀委員が立候補する。

 

 渚にとって()()がつく風紀委員など一人しか思い浮かばないが、恐らく正解だ。全くそんな素振りを見せていない達也が何故立候補する話になっているのか、本人に聞くのが一番早い。というわけで教室に入って開口一番、渚は聞いた。

 

 

「おはよう達也。生徒会長選挙に出るって本当?」

 

「渚までも……」

 

 

 だが突っ伏した達也から答えはなかった。

 既に集まっていたレオ、幹比古、エリカ、美月。回答から察するに同じようなことが少なくとも四回はあったということになる。

 

 

「そのデマは何処から知ったんだ?」

 

「あ、やっぱりデマなんだ。学校に向かってる最中に聞こえてきた話からだよ」

 

「やはり前向きに検討するしかないようだ」

 

「……何を?」

 

 

 だが渚の問いかけに対しての答えは、一限目始業のベルだった。始まる授業。だが事を早く把握したいのか、達也は普段ではあり得ないほど素早く課題を終わらせ、そそくさと教室を出ていってしまった。二科生は基本自習みたいなものなので別に問題はないのだが、達也がこうして授業を捨てるのは珍しい。それだけ達也の中で重大な案件だということだろう。

 

 

「レオ、達也は何処に行ったの?」

 

「ああ、遥ちゃんのところだと思うぜ。なんでもその噂は遥ちゃんが出しているものらしいんだ」

 

「バカ。まだ仮定の話よ」

 

 

 相変わらずの相手をバカにする言い方のエリカに正直に正面からぶつかるレオ。いつものと言って差し支えの無いやり取りを行っているなか、渚はなるほど、と一人うなずいていた。

 それからおよそ二十分ほど。達也は帰ってきた。結果として噂の出所は、()()()だという。

 

 その時点で最早合掌ものだが、事態は更に達也を貶めていく。一限目が終わった十分の休憩。その半分が過ぎようとしたときに、二人の来訪があったのだ。ただの一般生徒なら、達也も気が楽だっただろう。だがここに現れたのは、現生徒会長の真由美だった。背後には鈴音も控えている。

 今のこの状況で二人が来るのは、遠目から見れば噂を立証させているようなものだ。そして連れていかれた達也は、その日教室に顔を見せることは無かった。

 

 

◆◆◆

 

 

 そして時間は過ぎ、生徒会長選挙当日。前日までこれと言って盛り上がりを見せなかった選挙だったが――元々盛り上がる程のものでもないが――午後の授業を全部潰して行う、在校生が一堂に会するこの選挙は、やはり一大イベントと言っても過言ではないだろう。

 今回行われる主要なイベントは生徒会長選挙だが、それだけを行うのではない。どういう経緯かは分からないが、結局達也があずさを説得して生徒会長に立候補させ、結果立候補者は一人。信任投票となった選挙にそんな時間を取る必要もない。

 

 生徒会長選挙は後半、その前に生徒総会を行うとのことだ。渚達だけでなく、この集会には全校生徒が出席している。渚達はいつものように最前列――とはいかず、今回は知り合いが出ることもないので一年生の列後方からその様子を見守ることにした。

 

 そして始まる生徒総会。真由美の最後の大仕事とも言える行事だ。真由美はブランシュの一件の時、生徒会役員の選任資格に関する制限を撤廃することを公約にしていたらしい(渚はその時実験棟にいて事件に巻き込まれたため知らなかった)

 

 

「……以上の理由をもって、私は生徒会役員の選任資格に関する制限の撤廃を提案します」

 

 

 そして、真由美は見事にその議案を言い切った。すぐさま三年生の列から手が上がる。一科生のようだが九校戦の激励の式典で舞台上では見なかった顔の女子生徒が、質問席へとついた。

 

 

「……建前としては……正論です……ですが、現実問題として、制度を変更する必要があるのですか? つまり、生徒会役員に採用したい二科生がいるのですか?」

 

 

 意図が丸見えの質問。というよりも、渚としては前から公約として掲げられていたこの議案をどうしても否決させたいための、()()()()にしか聞こえない。やはりというべきか、反対派はいるようだ。普通にあしらえる質問なのだが、真由美は正面から質問に答えた。

 

 

「私は今日で生徒会長の座を退きます。よって私が新たな役員を任命することはありませんし、そのようなことは考えてもいません」

 

「しかし、次の生徒会長に意中の二科生を任命するよう働きかけることはできるのでは?」

 

「私は院政を敷こうなどと思ってませんよ」

 

 

 少しおどけた口調に、軽い笑い声が上がる。それにしても、あまりにも露骨に達也のことを問いただしているな、と渚は感じた。そしてそれは、さらに加速していく。

 

 

「次の生徒会役員の任命は、次期生徒会長の専権事項です。一切介入するつもりはありません」

 

「ということは次の生徒会長に、傍で囲っておきたい二科生がいて、その意向を受けて今回、制度の変更を言い出した、ということですね?」

 

 

 明らかに毒が込められた言葉。講堂もざわめき始める。

 

 

「お静かにお願いします」

 

 

 凛とした声で注意を呼び掛けるのは、舞台上の深雪。

 会長の真由美が本来進行を務めるのだが、今は質疑の当事者であるため一時的に服部が進行、その補佐を深雪が行っている。ちなみに議長は存在しない。

 だがこうして見ると、あの質問者は可哀想だと言えるだろう。前々から言っていたことに最近の出来事からいちゃもんを付けて否決させようとする。そんなの無理だ。しかも相手は十師族で駆け引きを常に行っているような人物。質問者も意固地になっているようだ。

 

 現に――

 

 

「会長は、生徒会に入れたい二科生がいるから、資格制限を撤廃したいんでしょう! 本当の動機は依怙贔屓なんじゃないんですか!?」

 

 

 ――ヒステリック気味に机上の空論を叩きつけ始めた。

 やけくそ気味な「そうだ!」が散発的に上がったことから計画的に進めていた質疑なのだろうが、完全に潰されている。現にブーイングの嵐が彼らを襲っていた。

 

 

「七草会長! 貴女の本当の目的は、そこにいる一年生を生徒会に入れることじゃないの!?」

 

 

 指差されるのは、舞台下手に風紀委員の仕事で待機している達也。

 

 

「知ってるのよ! 昨日の帰りもそいつと駅まで一緒だったでしょう!」

 

 

 自暴自棄とも取れるその言動は、だが予想外の効果を発揮する。ブーイングの嵐は止み、全校生徒の視線は真由美と達也を往復する。そして、真由美の頬が微かに赤く染まっているのだろうと、その様子から容易に想像がついた。

 不味い展開。若干真由美側についていた渚はそう思ったが、その事態は壇上からの冷ややかな一言によって打開される。

 

 

「仰りたい事はそれだけですか?」

 

 

 いつの間にか、深雪は立ち上がっていた。

 魔法は発動していないにも関わらず、冷気が壇上から

放たれているのを渚は感じる。

 

 

「ただ今の発言には看過し難い個人的中傷が含まれていると判断します。よって、議事進行係補佐の権限に基づき、退場を命じます。不服があるなら、七草会長が特定の一年生に対して特別な感情を抱いているという発言の、根拠を示してください」

 

「それは……」

 

 

 示せるわけがなかった。完全な机上の空論。そして深雪からの冷ややかな視線――物理的になりつつある――を受けている彼女にとって、上手い言い訳も思い付かない。

 今の深雪は正しく、威厳という言葉を体現しているかのような佇まいだ。

 

 

「――訂正します。退場の必要はありません。ただし、質問は打ち切らせていただきます。浅野先輩、席にお戻りください」

 

 

 ようやく収拾に動いたのは、進行役代行の服部だった。彼もまた、深雪のプレッシャーに呑まれていた一人。だが他の人より立ち直りが早く、職務を全うできたことは評価に値するだろう。

 

 結果的に、達也が標的にされる度に深雪の威圧が放たれ、最終的に怒りによって魔法を発動してしまったため、一時は魔法での戦争が勃発仕掛けたのだが、運良く舞台下手には達也が控えていたため、その可能性は無くなり、選挙はそのまま進行。無事、あずさが生徒会長に就任することとなった。

 

 

 なお、あまりにも威厳のある態度を見せ付けた深雪、何度も議題に上げられ最終的に荒れ狂う深雪の魔法を抑えた達也にも多数の票数、どれくらいかと言えば、投票数、五百五十四票の内、有効投票数は百七十三票。内訳が深雪二百二十票、あずさが百七十三票、達也が百六十一票が入っていたのだ。

 その無効票に、レオ、エリカ、幹比古、そして美月までもが居たことは、達也に言うべきではない事実だった。




今回の話は作中で必須とはいえ、当事者では無い渚を主体として書くと面白味にかけますね……一話に纏めればよかったと今さらながらに思ってます。一時間目二時間目分けるつもりはなかった話ですし。

今回が軽いこともあり、次話はできれば明日、遅くても三日後までには出したいと思ってます。


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共有の時間

 新生徒会が発足してから一週間が過ぎた。

 昼休みである現在、渚達はE組の仲間達と学食を取っていた。しかし、そこには最近加入した顔がいくつかあった。

 まずは達也。真由美の職権濫用によって生徒会室でなし崩しに慣例化された食事会に参加していた彼だが、今は新生徒会。発足と共に食堂を使うようになった。そして達也がいるなら深雪が、そして深雪がいるならほのかと雫が一緒になる。それにいつものメンバーを加えた九人で取る食事が、十月に入ってからの日課となっている。

 A組の三人かE組の六人か。どちらか先に終わった方が席を取るため座れないということはまず起きない。そして今回は、E組の六人が席を取って待っていた。

 今回彼女らが遅れたのは生徒会の仕事。深雪の、ではなく、()()()の生徒会の仕事である。

 

 今回の新生徒会の役員は会長があずさ、副会長が深雪、書記がほのか、会計が九校戦のエンジニアにも選ばれた五十里(いそり) (けい)となっている。実は始めは達也に副会長の打診が来ていたのだが、これを本人より強く否定したのが九校戦のピラーズ・ブレイク本戦メンバーで新風紀委員長の千代田(ちよだ) 花音(かのん)だ。なんでも、達也がいなくなると事務が回らないとのこと。なんとも笑ってしまう理由だが、現に達也が入るまで部屋の片付けもできない実働部隊のみの風紀委員だ。達也がいなくなっては再び状態は戻ってしまう。

 

 渚はその事を話していたときの達也を思い出し、そして今も同じような顔をしていることから同じことを思い出していたな、と苦笑。思考により止めていた手を動かし始めた。

 

 

◆◆◆

 

 

 ここ最近の渚は、授業を早く抜ける傾向があった。詳細な時期を言うと、生徒会長選挙の一週間ほど前からである。その理由は、図書館の地下二階にある資料庫に行くためである。

 ここは達也に勧められた場所だ。あのアドバイスブックに書かれていない加重系魔法の技術的三大難問。それは、重力制御型熱核融合炉の実現についてだった。それについて調べていると達也に告げた際、驚いたように目を見開き、この場所を教えてくれた。

 どうやら達也も似たような路線で調べ事をしているとのこと。達也の正体をトーラス・シルバーだと断定させている渚にとっては、特に驚くようなことでもなかった。

 

 その資料庫にはオンライン化が不適切と判断された資料が格納されており、扱い方によっては危険度の高い資料、現在主流となっている理論から外れすぎていて、生徒に悪影響を与える恐れの高い論文などが魔法大学から物理的な記録媒体として運び込まれ、クローズドデーターベースの中に収められている。

 原則閲覧自由となってはいるのだが、基本的に人がいる方が少ない場所だ。ちなみに達也はそこの連続通室の記録保持者。次点で渚、と言えばどれだけ使われていないかがよく分かるだろう。

 

 公開されている主要な論文を粗方読み終わった渚はあえて、悪い言い方をすれば邪道の論文に手を出したのだ。未だに三大難問が解決していないということは、現在有力な論文も含めて全て失敗しているということ。その理由と共通の穴を見つけ出すのが、今回の目的だ。日に当たることの無い論文の中には、少し方向性を変えただけで世紀の大発見となるお宝が存在するかもしれない。

 達也に聞くという選択肢は、渚には無い。渚は達也と()()がしたいのであって、手取り足取り教えてつもりは毛頭無い。アドバイスブックに書かれた宿題には、『友人達と協力をしあって』とは言われても、『友人達に完全に任せて』とは言われていないのだ。

 達也は既にこの三大難問の解決の目処は立てているというのが渚の見解。そのヒントとなっているのが、恐らく飛行魔法。

 

 魔法の処理をCADに委任させているそれは、間違いなく今回の解決の糸口となる。

 ――後でアドバイスブックを読み直そう。

 そう心に決めて、授業時間を気にしつつも論文を読むのを再開した。

 

 

◆◆◆

 

 

 放課後の部活も終わり、身支度を済ませて帰ろうとする渚だったが、校門まで歩いたところで見慣れた顔を見つけてそちらへ駆け寄る。

 言わずもがな、いつものメンバーだ。

 最早何でもないかのようにその輪に参加した渚は、メンバーに達也と深雪が居ないことに気がついた。だがもう下校時刻。生徒会と言えど滅多に下校時刻を過ぎてまで作業はしないため、生徒会関連で遅れてるわけではない。何より書記のほのかがもういるのだ。達也関連だと結論付けて問いかけてみると、なんでも幾何学研究室への呼び出しがあったとのこと。

 こういう日は間違いなく寄り道をする。

 親は電話しなくて連絡だけあれば良い、ということになったので、予め連絡を入れておき達也と深雪を待つ。

 

 するとそれから五分。

 いつも通り二人で出てきた達也と深雪も先程の渚と同じようにその輪に参加し、駅までの道を歩く。

 校門から駅まで一キロメートル未満ではあるが、この通学路には学生向けの店がびっしりと軒を連ねている。

 第一高校は日本でも九つしかない魔法科高校ということもあり、飲食や雑貨に止まらず魔法教育関連の品揃えが豊富なため、遠隔地から足を運んでくるものも少なくはない。

 

 その中でも本格的な店構えの喫茶店。そろそろ常連扱いを受ける程度には足繁く通っている店に、九人は腰を落ち着けた。

 そして話は、この寄り道をすることとなった幾何学研究室に呼ばれた理由についてへ。

 

 

「えっ? 達也、論文コンペの代表に選ばれたんだ?」

 

 

 論文コンペとは、通称、全国高校生魔法学論文コンペティション。九校戦が武の対抗戦だとしたら、論文コンペは文の対抗戦のようなものだ。

 どうやら平河という三年生の先輩が体調不良により参加できる状態ではなく、そこで白羽の矢が立ったのが達也だという。

 

 

「でも、論文コンペの代表って、全校で三人だけなんじゃないですか?」

 

「まあね」

 

 

 目を丸くしたまま問い掛けた美月の質問に、達也があっさりと肯定する。二人と表情は、まさしく対照的だった。

 

 

「まあね、って……達也くん、感動薄すぎ」

 

「達也にしてみりゃ、その程度は当然、ってこったろ」

 

「いやでも凄いよ。僕も論文をいくつか読んでみたけど、とても画期的なものばかりだったよ。さすが達也だね」

 

 

 渚も興味を引かれた論文をいくつか読んだことがあるが、とても高校生レベルとは思えない論文もいくつかあり、感心させられていた。それに達也が選ばれたというのだ。エリカは呆れ顔で、レオは楽しそうに、渚は何処か誇らしげにそう言った。

 

 

「うん、本当に凄い。一年生で論文コンペに出場するなんてほとんど無かったことだよ」

 

「皆無でもないんだろ? 職員室だって、インデックスに新しい魔法を書き足すような天才を無視できるはずねえって」

 

「天才は止めろ」

 

 

 雫はいつものように達也を褒め、レオはそれも当然だと反論。だが見逃せない一言があったため、達也が訂正を促した。

 余程天才という言葉が嫌いらしい。だが確かにそれまでの努力を天才という一言で片付けられたりしたら、それは悲しいものだ。達也はこれとはまた別の理由で嫌っているだろうが。

 

 

「あ、時間は大丈夫なの?」

 

 

 ふと思い出したこと。

 選ばれたということは、もう作業を始めなければいけないということ。今こうやって喋っているのは大丈夫なのか? という、渚からのあくまで心配で言った問い掛けだ。

 

 

「学校への提出まで、正味九日だな」

 

「そんな!? 本当に、もうすぐじゃないですか!」

 

「大丈夫だよ。俺はあくまでサブだし、執筆自体は夏休み前から進められていたんだから」

 

 

 顔色を変えたほのかに宥めるように手を振る達也。

 それに一同は、それもそうか、と安堵する。

 

 

「それで、何について書くの?」

 

 

 するとやはり興味はその内容へと移る。もう進められているということは、既に内容は決まっているということ。自然と全員が興味を移していく。

 

 

「重力制御魔法式熱核融合炉の技術的問題点とその解決策についてだ」

 

「……想像もつかねぇよ」

 

「えぇ!? 本当、達也!?」

 

 

 反応は二つの場所から。早々に諦めたレオと、驚いたような声を上げる渚。渚の弄られたとき以外でのこんな反応は珍しいため、若干名ビクッと肩を震わせた。だがそこで気遣いをできるなら大声なんて上げてない。

 

 

「ビ、ビックリしたぁ……」

 

「あ、ごめん……でも僕にとってはタイムリーな内容だったから」

 

 

 だがその後は別だ。店内ということもあり、お客はいる。全員をビックリさせたという事実に、渚は萎縮しながら一回立ち上がって一礼し、そう付け加えた。

 

 

「ああ、そういえば渚も重力制御型熱核融合炉について調べていたな。理由を聞いても良いか?」

 

 

 そしてその事を少し前に知っていた達也は、その理由を聞いてなかったと渚へと投げ掛けた。達也の目は、いつの間にか値踏みするかのようなものへとなっている。それはこの場で渚と深雪だけが理解したことだ。

 

 

「一番の理由はあのアドバイスブックに最後の宿題として出されたことだけど、この重力制御熱核融合炉って三大難問の中で唯一直接的な経済的効果を出せると思っているんだ。これだけでもやる価値はあるって僕は思っているんだ――まぁ、三大難問を一人でなんとかできるとは全く思っていないけどね」

 

 

 全く思っていない、と言いつつも、その目はやる気に満ち溢れている。渚の言葉に対して、深雪は普段のアルカイックスマイルとはまた別の裏表のない笑みを、達也も驚いたような表情と共に、微笑を浮かべていた。

 

 

「まさかこんな身近に俺と同じマイナーな考えを持っている奴がいたなんてな」

 

「え? 達也もそうなの?」

 

「ああ」

 

 

 正直なところ、渚はこの考え方は少数派だと分かっている。だが魔法が実現できれば可能なそれは、諦めるには勿体無いほどの大きな意味を持っているのだ。それを理解しているのはこの場で三人のみ。

 予期せぬ共有者の誕生は、達也と深雪にとっても歓迎するべきものだった。




次話から盛り上がりをみせていきます。


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演習の時間

 達也の論文コンペ参加の噂は、瞬く間に広まった。本当に何処から情報が漏れているのか分からないが、この高校の情報伝搬率は異常だと渚は思っている。

 現在放課後のクラスでは誰一人として帰ることなく達也の論文コンペ参加の話題で持ちきりだが、それは渚にとっても他人事では無くなる。

 

 突如として開かれたドア。

 全員がその行為をした者を確認すると、すぐに達也へと視線が向いた。そこにいたのは、沢木だ。となれば、風紀委員関連と見るのが妥当だろう。いつもなら確かにそうだ。だが、この場に限っては間違いだった。

 

 沢木の足は皆の予想通り達也へ。そしてこれから論文コンペの準備へと向かう達也へ軽く労いの言葉をかけると、今度は渚の方へと歩みを進めた。それに気がついたクラスメイトが次々と視線を集めていく。

 

 

「沢木先輩、どうしたんですか?」

 

「十文字さんがお呼びだ、渚。今から部活連本部へ向かって欲しい。内容は十文字さんから聞いてくれ。ああ、悪い話ではないから安心しな」

 

 

 クラスが、ざわつく。

 克人直々の呼び出しなど滅多にあることではない。何かやらかした、ならあり得るかも知れないが、悪い話ではないということはその線も違う。

 クラスの話題が一斉に渚へと転移して盛り上がりを見せる中、達也たちへ軽く挨拶を入れて渚は教室を出た。

 

 道中は、沢木も一緒だ。

 迷うことがないように、というのが第一目的だろう。だが何処か、沢木の表情が堅いのを渚は感じていた。

 

 

(緊張? いや、どちらかと言えば()()かな)

 

 

 それはまるで、これから命を賭けた戦闘をするかのような表情。沢木から伝わる緊張感に、渚も真剣な表情となる。

 そして部活連本部の扉の前へ。

 

 

「渚……いや、なんでもない。行ってこい」

 

 

 すると、緊張した面持ちで沢木が一言。だが途中で言葉を切った。

 それに疑問を覚えながらも、頷いてコンコンコン、ノック。

 

 

「一年E組。潮田です」

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

 

 中から威厳のある言葉と共に許可を貰ったため、ドアノブを回して中へ。チラっと沢木を見るが、沢木は来る気配が無い。つまり一人で入れと言うことだ。

 中には威圧感溢れる厳のような大男。見たことはあるが実際に対面すると、その強さが伺える。

 渚はどの位置まで近づけばいいのか迷い、とりあえず、中央へと向かった。それをじっと観察しているだけの克人。中央で止まったのを確認し、克人は魔法を使った。

 

 

「防音の魔法だ。少し聞かれたくない内容もあるからな」

 

 

 渚が思ってたよりも、かなり重大な話のようだった。

 

 

「まず呼び出した理由を単刀直入に言おう。いきなりだが潮田。お前には論文コンペの会場警備隊に加わって欲しい」

 

 

 本当にいきなりだった。それこそ、すぐに反応を返せない程度には。

 

 

「潮田はマーシャル・アーツ部の中でも特に優秀と沢木から聞いている。それに九校戦での活躍は見事だとしか言いようがない。そして、例の教室の首席。是非とも、力を貸して欲しい」

 

 

 ここは部活連本部。何故現会頭の服部ではなく十文字が呼び出したのか謎だったが、これで納得した。暗殺教室のことは国家機密。それは防音魔法も必要になるだろう。力を貸して欲しいと言うあたり、十師族として思うところもあるのだと推測できる。

 

 

「僕でよければ力になります。しかし――」

 

「ああ、分かっている。潮田の力は暗殺をするためのもの。だが論文コンぺを成功をさせるためには、それを狙う者に手加減の余地はない。それに潮田は殺さず無力化することも心得ているからな」

 

「――分かりました。ですが、本番以外は具体的に何をすればいいのでしょうか」

 

「そうだな。基本的にお前たち会場警備隊には()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そして、この言葉は渚にとっても意外感を隠せなかった。会場警備隊というのがあるのは聞いていた。沢木が選ばれていたのを知っていたからだ。そして、その総隊長が克人であることも、知っていた。だから克人がその勧誘に来たところで、不思議なことはない。これまでの話は全て既知の範囲内。だが克人と戦うことだけは、想定外だった。

 

 

「会場警備隊は現在俺を含めて十一名。二年が四人、三年が五人、一年が二人。もう一人の一年は潮田もよく知る人物だ」

 

「僕が良く知るですか。もしかして、はが――十三束ですか?」

 

「その通りだ。それと急だが、演習はこの後すぐ行うことになっている。CADを持ってすぐ野外演習場に来い。そして――やるからには()()()()()()()()。話は以上だ」

 

 

 言うことだけ言って部活連本部から出ていった克人。渚もその後に続くように出ると、外には沢木が待っていた。

 

 

「よぉ。何言われたかは分からんが、これから野外演習場だ。これは十文字さんの訓練相手という名目だが、同時に俺らの訓練でもある。叩きのめされることを覚悟しろよ」

 

「は、はい!」

 

 

 殺すつもりでこい。克人は確かにそう言った。渚に、暗殺教室の生徒に対してその言葉の意味を理解していない人ではない。文字通り、暗殺しにくるように言ったのだ。

 相手は十師族で絶対的防御を誇る十文字家の事実上当主。間違いなく、過去最大の強敵。

 渚の顔は、隠しきれない闘志にみなぎっていた。

 

 実践形式ということもあり、CADを取りに行ってから沢木と共に更衣室で支給されたプロテクターを身に包んでから野外演習場へ。

 そこにはモノリスの時と同じようにプロテクターに身を包んだ生徒が既に九人揃っていた。そこには現会頭の服部、桐原、モノリスメンバーの辰巳、鋼などそれなりに顔を知っている者たちがいる。どうやら渚と沢木が最後のようだ。

 克人とは服部が連絡を取り合っているらしく、演習の円滑化を図っていた。

 

 渚は顔を合わせた者に軽く会釈をしながら鋼の元へと向かう。

 

 

「やぁ渚。やっぱり選ばれてたんだね」

 

「鋼もさすがだよ。よく考えたら、一緒に戦うのは初めてだね」

 

「……言われてみれば確かに。相手は十文字さんだけど、渚と一緒ならもしかしたら――なんて、さすがに夢を――」

 

「そのことなんだけど、鋼。話があるんだ。僕は必ず十文字さんをあんさ……倒したいんだ」

 

「――へぇ、何か策がありって感じ?」

 

 

◆◆◆

 

 

(……ヤバい)

 

 

 木の上に身を隠しながら、渚は冷や汗を流していた。

 敵は間違いなく克人ただ一人。こちら側も全員が実力者揃い。なのに開始三十分ほどで既に半数がリタイアしていた。

 現在残っているのは渚、鋼、服部、沢木、辰巳の五人だけ。彼らは連携していないわけではない。むしろ、即席にしてはよく出来ている方だ。なのに、今のところ克人に有効打を与えた者はいない。

 

 こちら側も直接的な会話以外では交信する手段はない。よって渚はまず一人で動くことに決めた。勿論渚の実力を見込んで勧誘してくる二年生、三年生――予想外だったのは、その中に服部が含まれていること――はいたが、それら全て断ってのことだ。

 

 渚が残っている人数を知っているのは、実際に見ていたからだ。絶対に向こうにバレないよう、完全に殺気を消して隙を待つ。時に木陰から、時に木の上から狙っていた。しかし克人に隙など無く、その間に一人、また一人とやられていったのが現状だ。

 こちらとしても、これ以上人員を減らすわけにもいかない。常に克人に付きっきりの渚だが、克人の警戒はそれこそ並のものではなく、少しでも物音を立てようものなら即刻ゲームオーバーだ。実際、それで二人ほどやられている。

 

 現在は木の上。しかも真上に位置している。今はまだバレてはいないが、克人とずっと一緒にいるのと遜色ない渚には、その克人の威圧感が直に伝わり続けている。それが渚の精神をじわじわと削りとっていく。時間はない。恐らく次は四人全員で攻めてくることが予想できる。それが正真正銘、この試合のラストアタック。

 

 その決戦の時は、刻一刻と近づく。

 不意に、何かに勘づいたように一点を見つめる克人。精神を削り感覚を研ぎ澄ましている渚にも分かった、視線の先の木陰にいる人の気配。

 

 克人はゆっくりとCADを操作し始めた――瞬間、一斉に魔法式が克人を覆う。

 明らかに克人の罠だった。その罠に引っ掛かったことに、口許を少し吊り上げる。だが、それが()()だった。

 

 克人はその瞬間、自分が()()()()()()()()ことを直感する。克人の背後に気配無く舞い降りる、青い死神。

 克人はおろか、その場にいた他の四人ですら、真上にいた渚の存在を認知していなかった。それほどまでの、恐ろしい隠密。

 

 驚いたように目を見開きながら振り向く克人。だがもう遅い。

 渚のナイフが、克人の頭に目掛けて正確に振り下ろされ、その瞬間に加重系統で統一された魔法が克人を襲った。




原作の幹比古以上の活躍をしている渚。
論文コンペにもしっかりと関わっていきます。


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共闘の時間

 魔法による模擬戦時には、事故防止と事故発生時の救護活動を目的として、屋内、屋外を問わずモニター要員が付くことになっている。

 

 

「真由美。潮田くんは本当に何者なんだ? 服部や沢木ですらあの防壁を前に一撃を入れられずにいたのに、不意打ちとはいえ初撃を当てるなんて並大抵のことじゃない」

 

「…………」

 

 

 そのモニターに映し出された光景に、摩利が冷や汗を流しながら真由美へと言い寄った。だが真由美は答えられない。変に嘘をつくこともできなければ、本当のことを言うこともできない。

 だが摩利としても引けない。

 三巨頭である摩利には、同じ三巨頭である克人の実力はよく分かっている。その克人が、絶対的な防御能力を誇るあの十文字の者が、まさか()()()()()()()とは思ってもみなかった。

 

 不意打ちを避けたのはさすがと言える。だがその時に渚の攻撃を防いだ左腕は、明らかに機能していない。

 それでも魔法を発動しながら五人を相手にしている克人はさすがだが、その状況に陥らせたのは間違いなく渚。

 

 

「……ごめんね、摩利。潮田くんについては、言えないの」

 

「……十師族関連か?」

 

「そう思っていいわ」

 

 

 だが引き際を心得ていない摩利ではない。少し問い詰めれば多少のことは答える真由美がここで否定するのは、少なくとも一般の者が知ってはいけないことが絡んでいる、ということ。

 しかしそれだけでも、摩利としては十分だ。

 つまり渚もまた、只者ではないということと同義なのだから。

 

 

「全く。本当に今年の二科生はどうなってるんだ……」

 

 

 摩利の呟きには、真由美も同意するしかなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

 左腕の感覚を確かめる。

 まだ多少の痺れはあるが、ある程度は回復していた。

 野外演習場で一人水分補給をしながら、克人は先程の戦いを思い出していた。

 

 あの時、克人は確かに生命の危機を感じた。咄嗟に出たのが魔法ではなく左腕。それくらいの濃密な殺気。

 その左腕は、しばらくまともに動かすことが出来なかった。結果としては克人が全員倒しての勝利だったが、内容としては負けてもおかしくはなかった。

 

 決して油断していた訳でもない。警戒を怠った訳でもない。むしろ彼はあの中でも一番警戒していたのだ。なのに彼は、いつの間にか自分の真上に、そして背後にいた。

 そして、彼の魔法。相手の意識を刈り取る魔法は、だがその実基礎単一系統の振動魔法。二科生でも一秒足らずで発動できる魔法だ。

 

 それを自分を座標にして打つのであれば、干渉魔法で無効化できる。だが彼の魔法は()()()()()()ことを前提としている。身体の内側に干渉魔法を展開することは不可能。つまり彼の不意打ちを完全に防ぐには、常に全身に防御魔法を展開することが絶対条件となる。

 

 この手法はあまり自分のためにならないため一回戦目では使わなかったが、これは自分だけの訓練ではない。一回戦目で十分訓練を()()()克人は、次は訓練を()()()()()番だ。

 通信機に手を当て、服部に連絡を入れる。

 

 

「次の演習は十分後に行う……少し早いがこれで終わりだ」

 

 

 本当は五回程度やろうと思っていた演習だが、服部の息遣いから察するにかなり消耗している。そういう克人もまた、かつてないほどに消耗しているのは事実。克人も渚ただ一人の参戦であそこまで崩れるとは思っても見なかったのだ。

 

 暗殺教室の首席――その名前は伊達ではなかったことを、克人は身を持って実感した。

 

 

◆◆◆

 

 

 服部から最後の演習だと告げられた彼らは、とても驚いたような顔をした。まさか二回で終わりだとは思っても見なかったのだろう。

 だが休憩は約一時間ほど貰い、日は落ち始めているのも事実。時間的にも二回が妥当なところだ。

 

 先程渚は克人の防壁をそのまま攻撃へと流用した魔法をとにかく避ける、という役目で援護を行っていたのだが、やはり選択ミスというのは存在する。

 避けた先に予め展開されていた魔法に渚は吹き飛ばされ、少しの間意識を失っていたのだ。

 

 そこから体制は崩れた。

 だが、そのことから会場警備隊には分かったことがある。

 克人は渚を異常なまでに意識しており、渚の動き一つで戦況が一変するということを。

 現に先程克人に一撃を与えられたのは渚のみ。その結果左腕をしばらく使用不能にできたのが長期戦になった最たる理由だ。そして現在、渚は服部と対面している。

 

 

「潮田。納得は行かないがお前が今回の勝利の鍵を握っているのは間違いない。今回は拒否権はないぞ」

 

「勿論です。そのために先程は一人で動いてたんですから」

 

「……何か手があるんだな?」

 

 

 渚の言うように、先程一人で動いたのは最後の試合のためだ。

 克人は服部達にとって、頼りがいのある尊敬している先輩だ。だからこそ、一度で良いから勝ってみたいという願望がある。

 そしてその願望は、目の前の一年生によって叶えられる可能性がある。

 服部の目はいつになく本気だった。

 

 

「あります。決まれば必ず大きな隙が、場合によってはそのまま倒す手立てが」

 

 

 それに渚は、真正面から応える。

 渚にしても、殺す気で来いと言われて結局ダメでした、なんて情けない結果で終わらせるつもりは毛頭ないのだ。

 

 

「……いいだろう。潮田。お前にこの試合の作戦の全権を任せる。その作戦を教えてくれ」

 

 

◆◆◆

 

 

 第二戦目。

 作戦を伝えられた会場警備隊は、()()()()()()()()統一された動きで演習場を隠密的に行動している。

 ある程度距離を保ちつつ、身を隠しながら移動する彼らの中に、しかし渚と鋼の姿はない。

 

 対する克人は開始から身体中に防壁魔法を常時展開しており、警戒は木陰は勿論、木の上に至るまで気配に頼らず目視で確認していく。

 一戦目で疲れているとはいえ、そこは十師族。得意魔法ということもあり防壁魔法の常時展開を難なくこなす。

 

 演習場は大きさはあると言ってもやはり人工的なもの。出会わないということはない。

 周囲を警戒しながらも、着実に距離を縮める両者。

 突如として、動きを止める。

 

 先に相手を見つけたのは会場警備隊だった。

 一斉に限界まで気配を隠し、隙を伺う。

 距離にして百メートル。

 CADに手を当て、魔法式発動の準備をする。

 

 何かを察したのか、克人も会場警備隊の方へゆっくりと歩みを進める。バレてはいないと会場警備隊の方も確信している。これは克人の戦闘センス。所謂勘だ。

 確実に縮まる両者の距離。

 会場警備隊の高まる緊張感。それに克人も気がついたのか、CADに手を当て魔法発動の準備に入る。

 

 そこで陣形の中央一番前にいる服部が、左手を克人に見えないよう横へと広げた。緊張感がさらに高まる。

 各々の心臓の音が相手に聞こえていないか心配になるほど鼓動を早め、着実にその時は迫る。

 

 その時、克人が戦闘態勢へと入った。

 見つけた訳ではない。()()()()()だ。

 その克人の動きが早いか、服部も上げていた左手を勢いよく振り下ろす。瞬間、全員屈めていた身体を一気にあげ、魔法式を展開。会場警備隊がお互いに干渉しないように合わせられた()()()()により、周囲が発光、さらに無数の弾丸が克人を襲った。

 

 だがそれらは克人の防壁魔法を前には意味を成さない。唯一克人に届いた光も目を少し幻惑することしか足らず、このままでは先程と同じようにいたちごっこの始まりになる。

 しかし克人の目線は、別の方向に向けられていた。

 

 克人は正確に感じ取ったのだ。

 多数の弾丸の中に含まれた、()()()()()()()()()()()()を。瞬間、克人は走り出した。

 自分がもっとも負ける可能性が高い相手、()()()を目指して。

 

 後ろから追撃の魔法が襲ってくるが、それらはやはり防壁魔法の前には意味を成さない。そして、木の上の人がいるのを目視する。

 顔を見た。

 間違いなく渚だ。

 

 克人は逃げられないようにさらに勢いを増して突撃する。防壁魔法を破られることは無い。その自信があるからこその大胆かつ豪快な行動だ。

 だがそれは、今回に限って言えば()()としか言いようがなかった。

 

 突進している視界の端に、上から降ってくる人影を克人は確認した。それを防壁魔法を広げるようにして対処した克人だったが、次の瞬間驚きに目を見開く。

 防壁魔法が破られたのだ。

 

 そのまま目線は上へ。そして、己の失策を知った。

 そこにいたのはレンジ・ゼロの異名を持つ鋼。いくら克人の魔法とはいえ、()()()()()()()では鋼の常駐型の術式解体(グラム・デモリッション)である接触型術式解体を前には意味を成さない。

 それなら、とファランクスへと切り替え、克人は鋼をそのまま木の幹へと吹き飛ばした。その切り替えの早さは驚嘆に値するもの。

 

 だがそれも今回は、間違いだったと言わざるを得ない。克人は元々誰を狙って突っ込んだのか、一瞬意識の外へとやってしまったのだ。その結果、背後に忍び寄った死神に身体を一瞬硬直させ、思わず振り向いてしまった。

 防壁魔法は鋼によって破壊され、振り向いた先には距離にして一メートルまで肉薄している渚。手には拳銃型のCADが頭に照準を定めているのが分かる。

 

 それを刹那に理解した克人は重心を無理矢理動かして頭に照準が合わないように身体を反らした。高鳴る鼓動。克人の視線は向けられた銃口へ。

 いくら弾は出ないとはいえ、それを向けられてしまえば最初に視線はそこへと向いてしまう。

 

 身体の自由は利かず、それでも頭だけでも動かして避けようとする克人に、だが渚のCADはそのまま宙を舞い始めた。

 それに再び目を見開きながらも軌道を辿る克人。

 その眼前に、渚の両手が放たれた。

 

 

「――ッ!?」

 

 

 魔法の気配は無かった。

 それなのに目の前が、そして脳内が爆発したかのような衝撃を与えられ、身体の平衡感覚が無くなった。

 意識が遠退いていく感覚を覚えるなか、それでも歯を食い縛って最後の魔法を発動する克人。

 その魔法は渚を側面から襲い、木の幹まで吹き飛ばす。

 

 それを確認する間も無く、訪れた多数の加重魔法を前に、克人は意識を失った。

 

 




クラップ・スタナーを耐えた克人。
意地を見せられたのではないかと思います。


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転換の時間

こんにちは。
過去作酷すぎるのに加えて投稿頻度があまりにも違うため別人疑惑浮上していました。

それと最近普通科高校の劣等生って題名が過ぎりました。
ただの落第生ですね。



 下校時間が過ぎた校舎。

 本来は生徒は全員校門を出なければならない時間だが、とある二人だけは未だに校舎に、詳しく言えば練習場の更衣室にいた。

 

 

「大丈夫、十文字君?」

 

「ああ、すまない七草」

 

 

 真由美と克人だ。

 今回この二人は先の練習についてどうしても話し合わなければならないことがあり、特別に時間を貰っている。

 正直なところ、先ほどの結果は非公式だとしても非常に不味いのだ。

 

 

「......摩利は今回の件は忘れるって言ってくれたわ。はんぞー君達も理解はしていると思うけど、念のため釘を刺しておいたわよ」

 

「手間をかけた」

 

 

 そう九校戦の一条将輝の敗北の時と理由は同じで、十師族が負けることは許されない。

 非公式な分口止めだけで済むが、この話が何処からか広まらないか真由美は内心肝を冷やしているのだ。

 

 

「可能性はあるかな、とは思っていたけどまさか本当に負けるなんて思っても見なかったわ。見てる側からすると十文字君が渚君に注意を向けすぎた結果、ただ一方的に翻弄されていた感じが否めなかったのだけれど」

 

「実際翻弄されていた。潮田の策に俺は綺麗にハマっていただけだ。それに―――」

 

「それに?」

 

「―――それに潮田が後ろに現れた瞬間、俺は死を覚悟した。あれは魔法ではない、所謂殺気という奴だな。しかもあれは意図的に出せるようだ。加えてずっと張り付かれていたみたいだが全く気づくことができなかった。隠密も完璧としか言い様がない」

 

「そう......こういうのはあまり聞きたくないんだけど、もし克人君が渚君の暗殺の対象になった場合対処出来そうかしら」

 

「......気配に気づくことが出来れば勝てる自信はある。だが今回のことを考えると暗殺という点においてはまず無理だろう。不意打ちで、しかも完全に殺しにきた際のあの攻撃を防ぐ自信は無い」

 

「あの攻撃......吉祥寺君を倒した技ね。あれもやっぱり……」

 

 

 そして次の話題は、クラップスタナーについて。

 九校戦の時は達也の怪我でそれどころではなかったが、よく考えれば魔法が映るはずの映像にその粒子すらも写さなかったあの技は、確認しなければならないものの一つだ。

 実際はそんな余裕などなかったが、本来行う予定だった五回戦のうち、最後一回戦はクラップスタナーを受ける予定でもあった。

 

 

「あれは確実に魔法ではない―――魔法ではないが、喰らったら確実に意識は無い点で言えば。間違いなく暗殺技術の一つだ」

 

 

 訪れる沈黙。

 今回渚との戦いを望んだのは他でもない克人自身だ。

 その鉄壁の名を持つ十文字の事実上当主である克人は、世界的に見ても高い水準の優秀な魔法師。

 それと同時に、十師族でもある。

 つまりどんな側面においても、少なくとも魔法においては一般人には勝たないといけない()()があるのだ。

 それが例え、超生物を暗殺するために育てられた暗殺者達であっても、である。

 

 

「……少し話が逸れるが、これから先遠くない時期に十師族内で潮田を引き込もうという動きが必ず出るだろう。その時に潮田は必ず俺達に近い立ち位置に居て貰わないと困る。この先の事を考えるとな」

 

「......業君のことね」

 

「七草もやはり知っていたか」

 

 

 そして会話は、業の事へ。

 九校戦の時に連絡の交換を行った二人だが、両者ともに業の頭の回転の早さとその先見の明は体感済みだ。

 

 

「ええ。最初はただのいたずらっ子かと思っていたけど―――とんでもない策士ね、彼」

 

「赤羽の頭のキレはこれからの十師族のことを考えれば敵対した時が厄介だ。幸い向こうは十師族と関係を持ちたがっている。俺もだが、七草もあいつとの関係は上手く保っておけ」

 

「そうね―――全く、今年の一年は本当にどうなっているのかしら」

 

「理解はできるが口にしても仕方のないことだ」

 

 

 十師族二人にそれと同等の力を持つ者が一人いる現三学年、その内の二人が話しているこの内容を他校の者が聞いていれば頭を抱えそうではあるが、真由美と克人は十師族という実力に裏付けた称号がある。

 対して達也や深雪はただの一般人であり、渚は暗殺教室の首席とはいえ元々魔法師ですらなく、それこそ業は本来関わるはずのない存在だ。

 今の彼らから見ても今年の一年は異常に見えるというのは、やはりただごとではない。

 まだまだ厄介事は多そうだと、二人揃って再確認する場となった。

 

 

◆◆◆

 

 

 論文コンペは三人という代表がいるものの、選抜された生徒だけで行う九校戦とは違い学校全体で盛り上げていくという風潮が強く、一科生や二科生関係無く各々が出来ることを行う。今回の渚の役割は護衛だが、実はマイナーな思想の持っていたことが功を奏して時折鈴音にお誘いを受けるようになった。恐らく達也がそのことについて話した結果だろう。その思想を共有して数日の内に来たのだから渚は確信に近い形でそう考えている。

 渚は学年でも上位の識者であることは生徒会である鈴音の耳にも届いていたし、マイナス要素になるのならともかく達也の後押しまであるのなら傍聴者という役目でも全く問題は無い。画期的な意見が貰えたら儲けもの程度の考えであることは間違いないのだが渚にしてみれば願ってもない申し出だ。

 

 勿論部活動は行なっているし警備隊の訓練もしっかりと受けているが、そのあまり時間は宿題の時間に充てて知見を元に他方向からのアプローチもかけてみている。そして気がついたことが一つあった。

 重力制御型熱核融合炉は別の観点から永久機関とも呼べるものだが、正直なところそれは理論が跳躍しすぎている。何故前段階も無くいきなり無人でやろうとしたのか。まずは有人でやるべきだろう。これが一つの気づきだった。

 これは永久機関とはまた別の大きな意味があり、経済面で魔法師が活躍することが出来る証明になるのだ。

 何とか道を見つけて一息吐いた渚は徐に携帯を取り出した。まずは時間に目が行き、そのまま連絡が一件入っているのを確認。相手は、業だった。内容は『おひさー渚。俺九月の論文コンペ見に行くつもりだけど、渚は何か予定ある?』というものだ。業のことだから論文コンペそのものが目的とは思わないが誘いそのものは純粋なものだろう。だからこそ申し訳なさが湧き出てくる。

 

 

『ごめん業。実は警備隊として参加することになってるから一緒に見ることは出来ないかな』

 

 

 送って数秒、返信が帰ってくる。

 十数分前の内容だったのにも関わらず秒で返ってきたということは都合が良かったのだろう。

 

 

『さすが。九校戦のメンバーは誘うつもりだけど今回は休暇じゃないから全員は無理だと思う。たぶん全員連絡してくると思うけどね。そういうことで、皆によろしく言っておいて』

 

『分かった。ありがとう』

 

 

 皆というのは、それこそ皆なのだろう。達也や深雪、レオ、エリカなどは勿論のこと、克人や真由美にもよろしく伝えておいてということだ。あんなに意味深長な感じで連絡先交換しているのにこうやって自分を使って参加を伝えようとしているあたり策士だと渚は思う。しかし業には業の考えがあるようなので別に無下にはしない。克人や真由美と業のどちらを取るかと言われれば業を取る程度には渚も傾いているのである。勿論どちらかに不利益が及ぶようならその限りではない。

 一通りやり取りを行った渚はぐっと伸びをした。時間は日付が変わってから十数分が経った程度。高校生にしてもこの時間には寝たいと思える目安の時間だ。

 色々と区切りがついているため、今回はその目安に従って渚はベッドに身を委ねた。

 最近は頭をいつも以上に回転させているためか非常に眠りが深い渚は、今日もまたものの数分で寝息を立て始める。それは友人たちからの論文コンペ参加不参加の目覚まし時計にも気づかない程の深い眠りだった。

 

 

♦♦♦

 

 

 時を同じくして渚からの返事を確認した業はふふっと微笑んでいた。

 

 

「これであいつらは俺がまた何か仕掛けてくると思ってくるだろうけど、実際はその論文コンペを見に来る人たちが目的だなんて思わないだろうな」

 

 

 渚の思った通り、業の伝言ゲームには意味があった。だがこれは業に意識を向けさせるためのものに過ぎない。真由美や克人はそれを過大に捉えることは予想出来ている。向こうが関係を保ちたがっていることは連絡を取っていればわかることだし、それは業自身もそうだ。だが業には暗殺教室という、存在が分かる人にとって絶大なアドバンテージを誇るナイフがある。それなら自分のやることは隠すことが出来なくなったそのナイフを敢えてちらつかせることで更に武器を増やすことだ。

 真由美や克人とは勿論現地で接触するつもりでいる。だがそれは接触が目的なのではなく、飽くまでも十師族と話していることを見られることに意味がある。

 

 九校戦を見に行った面子に論文コンペの誘いを粗方送り終えた業はぐだっと横になった。考えるのは魔法師という存在。二年前まではそれこそ無関係だと思っていた。だが去年、無理にでも関わる立場へとなっていしまい、今では親友が魔法師として表舞台で活躍をしようとしている。

 業はその魔法師が同じ人間として扱われていない現状に憂いているのだ。

 勿論自分の懐事情という経済的で俗物的な側面も多分に含んでいる。だがそれは親友を認めさせるために行った結果でしかなく、業にとってはついでだから財布にしよう程度の認識でしかない。

 即ち業がわざわざ十師族に接触したこと、そしてこれからの行動は全て渚に対してプラスに働くようなものに他ならないのだ。




文系の私に理系でも理解できないようなことをやらせるではないと言いたいがやると言ったのは自分なのでどうしようもないこのジレンマ。
来訪者編までは書かないのでここで言うと、論文コンペで使った機器を五十里の代わりにピクシーが使えるようになればいいんじゃね?って頭空っぽにして考えてました。
勿論無理なのは理解してます。


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