ロックマンZAX (Easatoshi)
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第1話

注意事項:

本作品は整合性・時系列無視のメタネタ、下ネタ、不謹慎等
3点そろった壊れギャグ満載な二次創作です。

原作『ロックマンX』並びに『School Days』とそれらマルチメディア展開による作品の数々とは一切関係ありません。

加えて版権元の株式会社カプコン様と有限会社スタック様、及びに関係者様を誹謗・中傷する意図もございません。

あくまでジョークの一環として、
「エックス達はそんなこと言わない」と笑い飛ばして貰えれば幸いです。



「ヒィ……ヒィ……!!」

 

大都市の高層ビル群の路地裏を、イレギュラーが狭い隙間を縫うように走り抜けていた。

緑を中心に構成されたボディを持つ彼は、カメレオンをモチーフにしたレプリロイドである。

名は『スティング・カメリーオ』。

彼は今さる犯罪の現行犯でイレギュラーハンター達に追われている所だった。

 

「待てカメリーオ!」

 

逃げるカメリーオに後ろから男の怒声が路地裏に響き渡る。

目線だけをちらりと後ろにやると、

先程から執拗にカメリーオを追うハンター3名の姿があった。

 

「止まらなければ撃つぞ! 俺たちは本気だ!」

「大人しく観念しやがれ!」

「往生際が悪いとモテないよ!」

 

機械ならではの重々しい足音を重ねながら、

薄暗くてゴミや廃材が散らばる狭い路地を走る計4名のレプリロイド。

カメリーオは逃げながらも時折振り返っては、それぞれ青、赤、黒のボディを持つ

3人の人型のレプリロイドを苦し紛れに挑発する。

 

「ニニニッやなこった! 待てって言われて誰が待つか!

撃てるもんなら撃ってみろってんだ!」

「くそっ! やるしかないのか!!」

 

青いレプリロイド『エックス』が片腕を引っ込めて銃口に切り替える。

エックスの固定武装、ロックバスターMk17。

通称『エックスバスター』から光弾が発射される!

 

「ギニィ!?」

 

驚愕に染まるカメリーオの表情。

咄嗟の判断でカメリーオは上半身をよじって回避を試みるも、

青い光を伴う高熱の破壊的なエネルギーが、カメリーオの黄色い肩をかすめて飛んで行った!

カメリーオの肩の黄色いパーツが瞬時に黒と茶色のグラデーションに焦げる。

 

「こ、こいつ! マジで撃ちやがった!?」

 

一歩間違えればヘッドショットは避けられなかっただろう。

有言実行と割り切るには余りに容赦ないエックスの攻撃に、

彼の本気をカメリーオは痛感する。

 

「逃がさないよ!!」

 

間髪入れず、黒いボディに後頭部から突き出る

オレンジのくせ毛が特徴の少年『アクセル』が叫ぶ。

腰のホルスターから愛銃『アクセルバレット』を2丁、

目にも留まらぬ勢いで構えては、同時にカメリーオの足元めがけて威嚇射撃を行う。

 

「ギャニニニニニニニッ!!!」

 

爆竹でも炸裂したかの様にカメリーオの足元に激しく火花が散った。

鮮やかなアクセルの早撃ちに恐れおののき、

実に軽快なステップを踊るカメリーオ。

攻撃の手を緩めず迫ってくるエックス達を振り返りながら、

しかし走る勢いを弱めることはない。

 

実際彼は必死だった。

兎にも角にも逃げる自分を鬼気迫る表情で執拗に追いかけてくる

3人のイレギュラーハンターを前に、カメリーオはただ怯え惑う事しかできなかった。

 

「(畜生! たかが物取り一人に、何でここまでやるってんだ!?)」

 

追跡者達を憎々しげに思いながら、

腰に下げた黒いバックパックに手を当てる。

はちきれんばかりに張りつめて見るからに重そうな、

カメリーオにとってはそれはそれは大事な『ブツ』が収められている。

 

「いい加減にしろカメリーオ! 盗んだものを返せッ!!」

「や、やーだねえええええええ!!!!」

 

発砲さえ辞さないエックス達に、

逃げるのをやめないばかりか精一杯の強がりで悪態をつくカメリーオ。

余程これの中身に執着しているのか、下手をすれば排除されるリスクを、

バックパックの重みと共に負いながらも追っ手を撒こうとする。

 

エックスの言う盗品、

青いハンターの視線はカメリーオのバックパックに注がれていた。

 

そう、カメリーオの罪状は『窃盗』だった。

 

元イレギュラーハンターが第9レンジャー部隊所属という輝かしいキャリアを誇っていた彼だが、

合理主義を通り越した極端なまでの利己的な性格が災いして、

部隊の鼻つまみ者として扱われていた。

結果、彼の貧欲とも言える野心は能力を悪用した非合法な『副業』へと駆り立てられ、

なるべくしてなったと言うべきか、ついには追う側から追われる側に落ちぶれてしまったのだ。

 

それに関連して、本当は彼の腰から生えている尻尾の先端には

エネルギーを針状にして飛ばす固定武装、『カメレオンスティング』なる武器が内蔵されていたのだが、

ハンターを放逐された際に取り外され現在その武器を発射する事は叶わない。

つまり反撃できる手段があるのなら、とっくにやっていると言う訳だ。

逃げ惑いながらも、心の中はやられっぱなしな現状に対するもどかしさで一杯だった。

 

「(おっかねえ奴らだ! だが逃げ切ってこいつを捌きさえすりゃ……)」

 

一杯に詰め込んで膨らんだ腰のバックパックに視線を移し、手を当てるカメリーオ。

この中身に詰め込んだ盗品には、彼の懐を大いに潤わせるナニかが入っている。

 

3人がかりで追われるという絶体絶命のピンチながら、

逃げ延びた暁に得られる莫大な報酬にカメリーオはほくそ笑む。

勿論盗品を捌くことで手に入れられるのは

汚れた金以外の何物でもないが、勿論彼はそんな事にはこだわらない。

そもそも彼は、悪しき窃盗に手を染めた事には、何ら後ろめたい感情も覚えていない。

のし上がれれば何でも良いと言う身勝手さが、カメリーオの行動原理なのだ。

 

そうして逃走劇を繰り広げる内に、彼らは十字路に差し掛かった。

カメリーオは内心ほくそ笑む。

 

しめた!

 

建物に阻まれ一直線の通路ばかりだった裏路地に、人一人は入れそうな大きな隙間があり、

ご丁寧に角に差し掛かる手前には、使用済みの空き瓶やブリキ缶が詰まった木箱が置かれていた。

降ってわいた絶好のチャンス!

カメリーオは通りすがりに木箱を後ろ足で蹴って中身を地面にぶちまけながら、

エックス達の視界から逃れるように、差し掛かった十字路を左に素早く曲がった。

 

「っしまった!!」

 

転がってきた資源ごみにもつれながら、

カメリーオの動作に思い当たるものがあったのか、エックスは焦りの声を上げた。

そんなエックス達をあざ笑いながら素早く壁に張り付いては間髪入れずによじ登り、

カメリーオが自身の外見の由来となった動物にあやかった、彼特有の『特殊装備』を発動する!

 

 

 

ワンテンポ遅れて、エックスとアクセルが慌てた様子で曲がり角に飛び込んできた。

2人して素早く武器を構えるが……

 

「っ!!」

「い、いない!? どこ行っちゃったの!?」

 

カメリーオの曲がった路地裏を見渡すも、

その視線の先は決してカメリーオ自身をとらえる事は出来なかった。

突然見失ったカメリーオに対しエックスははっとした様子で口を開いた。

 

「……やられた、カメリーオの能力だ」

「(ギニニ……ご名答だよ!)」

 

毒づくエックスを壁に張り付いたまま真上から見下ろすカメリーオ。

その姿は背景の輪郭を自身の体の形に歪ませたような、

言うなれば透明なガラス細工になったかのように景色だけが透けていた。

 

他の隊員と折り合いの悪かった彼が、実力だけは買われていたと言う所以。

背景への擬態能力、モチーフとなったカメレオンらしい彼の能力である。

薄暗く視界の良くない路地裏である故に、猶更厄介なのは言うに及ばずである。

 

現にエックス達は歴戦のハンターであるもまんまと欺かれ、

真上にいるカメリーオの存在に気づく事無く、必死で見当違いな方向に視線を泳がせている。

 

「……曲がった直後だ、そんなに遠くへは行ってはいない筈だ」

「まずは奥の方を探そう!」

 

アクセルの提案にエックスは一言相槌をうつと、

直ぐ近くにいるカメリーオに気づく事なく路地の奥へと走り去ってしまった……。

 

「ニニニ……ばぁ~か♪」

 

エックス達がいなくなったのを確認するとカメリーオは擬態を解除した。

光を捻じ曲げていた身体が浮き彫りになり、汚れたビルの壁面にフェードインする。

その場の判断で彼らをまんまと出し抜けたのは

腐ってもカメリーオが能力自体は優秀な、特Aクラスの元ハンターだったからであろう。

存在に気付かずに自身を見失ったエックス達を馬鹿にしながら、カメリーオは鞄を引き寄せた。

飾りっ気のない膨らんだバッグは、彼の尻尾の先端に巻き付けていた。

 

「元レンジャー部隊を舐めすぎなんだよ」

 

カメリーオはほくそ笑んだ。

彼にとってエックス達の存在は目の上のたん瘤だった。

なぜなら追跡者3人とて、かつての自身と同じく精鋭のハンター達だからだ。

そんな彼らさえ上手に撒く事が出来た今となっては、カメリーオにとって最早敵はない。

 

たとえイレギュラーの烙印を押されようが、ブツを捌いた金でのし上がってしまえば、

それだけでも自分をロクに評価せず追い出した

イレギュラーハンター達への意趣返しともなるだろう。

 

「さぁ~て、あの3人が戻ってくる前にさっさと退散しますか」

 

あばよ、マヌケ面。

捨て台詞を吐こうとした所で、カメリーオはある事に気が付いた。

 

『3人』?

 

口に出した事を反芻するカメリーオ。

追いかけてきたのは確かに3人だが、

自分を追って曲がり角まで曲がったのはエックスとアクセルの二人だけだ。

ならもう一人……最後の赤いのはどこに行った?

自分の言葉を確かめるように、周囲を素早く見下ろして姿を探す。

夜目の利くカメリーオだが、しかし3人目の姿は影も形もない。

言いようのない不安がカメリーオを襲う。

 

 

「落鋼刃(らくこうじん)ッ!!」

 

 

唐突に上空から声がした。

カメリーオが慌てて上を振り向くと、わずかに青い空と日の光が差し込むビルの谷間。

壁をよじ登ったカメリーオよりさらに高い場所から、

鉄の刃を逆手に下に突き立て急降下する赤いハンターの姿が!

 

出し抜いた筈が裏をかかれた。

カメリーオが気づいた時には刃の先が尻尾の根元に突き立てられた!

 

「ギニイィィィィィィィィッ!!」

 

カメリーオの悲鳴が路地裏に響き渡る。

突然の事に対応できず、上から降って出た奇襲攻撃を前に、

鞄を抱えたカメリーオの尻尾は、重々しく大雑把な鉄の刃に根元から両断された!

そしてカメリーオ自身も顔面に赤いハンターの足が命中!

空中でストンピングを食らったカメリーオの手足は壁から剥がれ、

そのままハンター共々地面へと落下した。

 

カメリーオの地面に叩きつけられる重々しい音と共に、

鉄の刃が地面に刺さっては粉々に砕け散り、

中から緑に輝く超高熱のビームの刃が露になった。

直ぐ離れた所にカバンが落ち、切られた尻尾が取っ手に巻き付いたまま断面から火花を散らし、

生物のようにのたうち回り、かと思えば直ぐに機能を止めて動かなくなった。

 

「あ、ああ……ゼ、ゼロ……て、てめ……」

「……手間かけさせやがって」

 

赤いハンターの膝に顔を押しつぶされながら倒れ伏すカメリーオ。

落下の衝撃と上空からの襲撃者が全体重をかけたサンドイッチによって、

カメリーオは自慢の長い舌をだらしなく垂らしては、上目を剥いて痙攣する。

 

苦し紛れに赤いハンター『ゼロ』の名を口にすると、

彼の意識を司る電子頭脳が次々とエラーを起こし、

プログラムにもならない乱雑な英数字やアルファベットの羅列と砂嵐が、

横倒しとなり地面が縦に見えていた視界を覆い始める。

 

「こちらゼロ。 コソ泥を確保した」

 

自身が『ゼロ』と呼んだ赤いボディに長い黄金色の後ろ髪を持つレプリロイドは、

満身創痍のカメリーオを押さえつけては、

ビームサーベルの刃を収納し背中のサーベルラックに柄を差し込んだ。

身動きの取れないカメリーオを流し見つつ、サーベルを握っていない方の左手を側頭部に添え、

別の方向に走り去っていったエックス達に通信のやり取りを始める。

 

「くそっ……たれ……」

 

悪態をつきながらも、次々とシャットダウンするカメリーオの電子頭脳。

薄れゆく思考の中カメリーオは己の迂闊さと、それ以上にゼロの先読みのセンスを呪った。

後もう少し、もう少しでオサラバできてブツをさばき一攫千金を狙えたのに。

元ハンターの履歴さえ殴り捨てて、

後ろ指を指されながらものし上がれる道を必死で突き進んできたというのに。

それがたった一瞬の油断で全てがパァにされてしまった。

 

法や倫理に背く明らかな犯罪である事を棚に上げ、身勝手な怒りと悔しさに打ち震えながら、

朦朧とした意識でゼロを見上げつつ、

発生するエラーの数々の前に電子頭脳の演算機能がお手上げ状態となり、

ついに糸が切れた様にカメリーオの意識は闇に落ちていった。

 

 

こうしてビル群の裏側で繰り広げられた逃走劇はあえなく幕引きと相成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

程なくしてエックスとアクセルの2名がゼロの元に集結した。

先程の曲がり角を曲がってすぐの所で、ゼロが伸びているカメリーオに手錠を掛けているのが見えた。

 

「ゼロ、すまない!」

「ああもうっ、結局先越されちゃったよ!」

 

 

到着するなり二人は浮かない表情になった。

能力を知っていながら見逃した事にばつが悪そうにするエックスに、

手柄を取られたと不満を露にするアクセル。

種類は違うが、結果オーライとはいえ少し悔しそうであった。

 

「だらしないぞ。 カメリーオが能力使って隠れる事は俺達が一番知ってる事だろう」

 

そんな二人を鼻息を鳴らしながらゼロが得意げに呟いた。

 

3人の中で唯一近接戦闘を得意とし、メインの戦法とするゼロ。

任務となれば敵の攻撃をかいくぐっては懐に潜り込み、

強烈なビームサーベル『ゼットセイバー』の一撃を叩き込む。

修羅場を潜り抜けてきたゼロの先読みのセンスは頭一つ飛びぬけていると言っても過言ではなく、

現に今しがたカメリーオを取り押さえる事が出来たのも、

曲がり角に逃げ込まれた時点で背景に隠れる事を素早く察知。

エックス達を先行させる形で自身はすかさず壁を駆け上がり、

後は上からカメリーオが姿を現すのを待っていたからと言う事だ。

 

「ま、それはさて置き……」

「押収品のチェック、だね」

 

ひと段落つくと、3人はカメリーオの落としたカバンに視線をやった。

ゼロのセイバーによって根元から切られ、

ぐったりしているカメリーオの尻尾が未だ巻き付いたまま。

ゼロは持ち主の元を離れて横たわったままの黒いバッグに歩み寄り、

屈むなり巻き付いた尻尾を乱暴に払いのけ、開け口のチャックに手を伸ばす。

 

金具を掴んでいるゼロの指が下がり、

金属の歯のかみ合わせが外れる音と共に鞄は開かれ中身が曝け出された。

路地裏の為昼間でもほの暗い場所だが、わずかに差し込む日の光。

望遠鏡にも匹敵するレプリロイドの視力をもってすれば、

カメリーオが何を盗んだかは一目瞭然だった。

 

「……随分詰め込みやがったな」

 

乱暴な手つきで鞄の中の一部を引きずり出すゼロ。

 

白いゼロの手の中に納まる盗品……桃色、純白、青、緑……

いずれも淡い色彩で、物によってはフリルで縁取りされたり、

または刺繍があしらわれている、あるいはその両方か、

三角や大きな丸が二つ連なった柔らかい布切れがそこにあった。

共通点として、いずれも洗っていないのか、

口で形容する事を憚られるような汚れがついてるその品は――――

 

「うわぁ……話には聞いてたが、これは……」

「このカメリーオって奴、変態の気でもあったんじゃないの?」

 

 

――――早い話が女物の下着であった。

 

共に押収物の中身を見ていたエックスとアクセルはドン引きしていた。

嫌そうな表情を隠しもせず露骨なまでに嫌悪感を露にする。

盗品の内容が物語る通り、

カメリーオは脱いで洗濯していない女性の下着を裏ルートで捌く泥棒だったのだ。

しかも丈夫そうなカバンが張り詰める程の内容量と充実したラインナップ、

恐らくは近隣の住宅地に住む女性たちの分は揃えてる事が伺われる。

 

「エックス、どうしてこんな犯人今まで野放しだったの?」

「手口からおおよその犯人は推測されてたんだけど、

 何せ文字通り姿が見えない相手だったからな。 指名手配するにも証拠がなかったんだ。

 でもまあ、犯行現場に出くわした事で現行犯逮捕できたのは運が良かったよ」

 

エックスは胸を撫で下した。

 

「勿論、本当は今回の犯罪が行われる前に捕まえたかったけど……ゼロ?」

 

言いかけた所で、エックスは先程から一言も発しない、長年のパートナーに声をかけた。

しかしゼロはカバンの中身を検める事に夢中で返事をしない。

柔らかい生地の塊が擦れる音だけが聞こえてくる中、

エックスはつい怪訝な眼差しでゼロの背中を見つめるが、

やがてひと段落ついたのか、漁っていたカバンを掴んで立ち上がりエックス達の方を振り返る。

 

「全く、こんなもんに執着しやがるとはカメリーオも堕ちるとこまで堕ちたか」

 

カメリーオの犯罪に呆れた表情で頭をかくゼロ。

 

「同感だ、俺もそう思うよ……」

 

そんなゼロに相槌をうちながらエックスは歩み寄った。

しかしどう言った訳か、その視線はゼロの顔ではなくもっと下の方に向けられていた。

 

「で、ゼロ。 その『不自然な股間の膨らみ』はなんだ?」

「あ? 俺の自前のバスターに決まってるだろ?」

 

鼻息をついてドヤ顔をするゼロ。

 

よく見ればカバンの中身を調べる前と比べ、

ゼロの股座はバスケットボールを彷彿とさせるほど大きく膨らんでいた。

違和感ありまくりな事この上ない。

 

「今日も元気と言う訳か」

「フッ、俺のバスターは今日もビンビンだぜ」

 

エックスとゼロはお互いにどっと笑いあう。

そこには任務の疲れもなく、朗らかな笑い声が物取り劇を繰り広げた路地裏に響き渡った。

 

「 ん な 訳 無 い だ ろ う が あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ッ ! ! ! ! 」

 

そして怒りの一撃!

間髪入れずに怒号を伴うエックスのノリツッコミともいえるソバットが、

ゼロのどうりょくろの次に大切な、X5以降見る影もなく弱体化した

自称ビンビンのゼットバスターにさく裂した!

 

「アバーーーーーーーーッ!!」

 

ゼロは絶叫した。

 

「だあああああああああ!! またこのパターンかあぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

アクセルも頭を抱えて絶叫した。

どうやらこの3人にとって、これら一連の出来事はもはや通例と化しているようだった。

 

稀代ともいえる戦いのセンスをして、華麗に舞う武神とさえ評されたイレギュラーハンターゼロ。

しかし、戦闘以外の部分に関しては目も当てられないスケベっぷりであった。

 

職場であるハンターベース内においては、

『見た目だけなら』女性陣にも多大な人気を誇るものの、

一方で任務の度にちょっとHな押収物があれば、

隙を見せるとすぐ尤もらしい理由をつけてガメようとする等、

ある意味でカメリーオに勝るとも劣らない手癖の悪さを見せつけるほどであった。

 

現にこうしてパンツ(?)の中にパンツをインサートしたあたりからも、

全く隠す気のない誤魔化し方を本気でやってのけるあたり、

ついでに頭の出来も相応である事を伺わせた。

 

 

「ゼロッ!! どうして君はいつもそうなんだ!? 絵に描いたような変態で俺は悲しいよッ!!」

「イッイレギュギュギュ!!」

「まってエックス!! これ以上やったらゼロの頭潰れるよッ!!」

 

「ギニ……ニニニ……ニギャァッ!?」

 

エックスにヘッドロックをかけられ、奇声を上げ白い泡を吹いて悶絶するゼロ、

それを慌ててアクセルが止めるという図式が成り立っている中、

気を失っていたままのカメリーオが目を覚ますなり声を上げた。

 

「ち、チクショウ!! お前らっ俺のブツに何してやがんだ!」

 

両手足を拘束され地面を這いずりながら叫ぶカメリーオ。

下手人が目を覚ました事を受け、エックスがヘッドロックを解く形で3人は争うのを止め、

こちらを睨むカメリーオの方に視線をやった。

 

「あ、生きてたかカメリーオ」

「チッくたばり損ないめ」

「おはよー変態」

 

「勝手に殺すんじゃねぇよッ!!」

 

打って変わって冷静な3人のハンターに、カメリーオは突っ込みを禁じ得なかった。

 

「ていうか誰が変態だ!? たかが脱ぎたての下着盗んだくらいで騒いでんじゃねぇよ!」

「え、違うの? どっからどう見ても変態でしょ?」

「単に高く売れるから盗んでただけだっての!

 そこのゼロみたいなマジモンの変態がいい値で買いやがるんだよ!」

 

突然やり玉に挙げられるゼロ。 言われるなりエックスとアクセルはゼロの方に目をやり、

 

「「それもそうか(だね)」」

 

二人して疑う事なく納得した。

 

「お前ら納得すんな!」

 

1ミリもゼロを健全でないと首を縦に振る仲間達に、

今しがたやろうとした行為を棚に上げゼロが怒りを露にする。

味方同士でみっともない言い合いをする3人に、カメリーオは声を荒げた。

 

「クソッタレ! 何だってお前らみたいな3バカに

 イレギュラー呼ばわりされなきゃいけねぇんだ!!

 尻尾切りやがったゼロもそうだが……

 特にエックス! てめぇいきなり俺の頭撃ち抜こうとしたろ!?」

「イレギュラーを狩る、それが俺たちの使命だからだ!」

「そう言う話じゃねぇよ!! そこのチビみたく威嚇射撃も無しかって聞いてるんだよ!」

「チビっていうな! ってか僕を勝手に3バカの頭数に入れないでよ!」

 

怒りの声を上げるカメリーオに対し、エックスはどこか論点のズレた答えを返す。

ついでにチビ呼ばわりされたアクセルも不満げに返答する。

 

「ああクソッ! ブルマ履いててイレギュラースレスレとか笑い話にもなりゃしねぇや!」

 

今すぐ殴り掛かりたいが拘束されているためそれも叶わない。

せめてもの悪あがきに、カメリーオはつい憎まれ口を叩いた。

 

「は?」

 

その一言が、エックスの中に眠る『鬼(イレギュラー)』を目覚めさせてしまう事も気づかずに。

エックスはピタリと動きを止め、真顔でカメリーオと目線を合わせた。

 

「……今何か言ったか?」

 

声色のトーンが下がるエックスに、

ゼロとアクセルは仕事仲間としての経験上から不穏な空気を察する。

 

「あっ……」

「やべっ、離れろアクセル」

 

ゼロはアクセルの肩を叩き、それに答える形で

アクセルは無言でうなずくと共にさっと身を引いた。

ゼロも痛む股間を抑えつつうさぎ跳びで怒気を発するエックスから離れると、

2人して神妙な面持ちでエックスの動向を見守った。

 

「君は今、俺の事ブルマとかイレギュラーとか言ったね?」

 

エックスは満面の笑みで、しかし目つきに関しては全くその限りでない、

さながら『影』を感じさせるような面持ちでカメリーオに近づいた。

青いハンターから発せられるただならぬ雰囲気に、

カメリーオは思わず減らず口を閉じて固まってしまった。

 

「何言ってるんだよ」

「あ……あ……」

 

エックスはにこやかに右手を差し出し、ひっこめた筈のバスターに再び切り替える。

赤い集光レンズの埋め込まれた銃口に青い光が満たされていく。

『チャージショット』、エックスのバスターはただ弾をばら撒くだけでなく、

エネルギーを銃口に収束させて威力のより高い一撃を一気に解き放つ事も出来る。

 

そんな凝縮したエネルギーの塊を、硬直するカメリーオの頭に突きつけてこう言った。

 

 

「 イ レ ギ ュ ラ ー は 君 の 方 だ ろ ? 」

 

「あ、ああああああああああああ

 あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 

カメリーオも理解したらしい。 自身がいらぬ一言で地雷を踏み抜いてしまった事を。

それも核地雷とも評される超ド級のタブーを犯した事実を。

 

日頃エックスは温厚で正義感にあふれる人物像で知られるが、

反面切れるととんでもなく恐ろしく、何より無慈悲であった。

一説によると先の幾多のシグマ大戦においても、

平和を取り戻すという口実で何分で反乱を鎮圧できるかという、

ゲーム感覚でタイムアタック的なものを行っていたとか、

少々サイコパスな兆候が見え隠れするとか言う不穏な話もある。

 

そんな彼が目に見えて怒りのオーラを漂わせて迫る状況を前に、

もしカメリーオが人間であったのなら、

逃れようのない絶対的恐怖にしめやかに失禁ないし脱糞していただろう。

命乞いの言葉すら思うように出せない、

今のカメリーオはただ悲鳴を上げて震え上がる哀れな獲物に過ぎなかった。

 

「え、エックスまって! 今こいつ撃つのはまずいよ!」

 

今にも撃ちそうなエックスを前に、流石に見かねたアクセルが止めに入る。

憧れの大本である青いハンターが、たかが下着泥棒を

全力で殺っちまう事を見過ごす訳にもいかなかったからだ。

アクセルは震える我が身をおさえて、何とか喉の奥から言葉を紡ぎだす。

 

「このイレギュラーを今処分したら……そうだよ! 取り調べ!

 取り調べできなくてどういうルートで下着捌いてたか

 分からなっちゃうよ! それでいいの!?」

「……!! そうだな……」

 

言葉をひねり出して必死に説得するアクセルに諭されたのか、

エックスのバスターから収束されていた光が消え、

銃口に切り替えていた手首から元の白い右手に戻る。

ひとまず始末書ものの事態に発展する事だけは避けられたらしい。

アクセルは胸を撫で下ろした。 カメリーオも殺害されるのだけは回避できたと一息つく。

 

エックスは目を閉じて、カメリーオに背を向ける。

 

「カメリーオの首を引きちぎるのは取り調べの後にしよう」

 

さらりと無慈悲なエックスの死刑宣告に、今度こそカメリーオは絶望した。

どうやらアクセルの助け舟は、処刑までの時間を引き延ばした程度に過ぎなかったようだ。

 

「ニニ……ニニニニニニニニニニニニニニニニニニッ!!」

 

とうとうカメリーオは発狂してしまった。

当然だ、これからハンターベースへと護送され取り調べを受けた後、

凄惨な目にあわされる事が確定したも同然だからだ。

温厚そうな対外的なイメージとは裏腹に、エックスはそういった事に対しては容赦しない。

『やる』と決めたら『やる』。

曲がりなりにも部署は違えど同じハンターだったカメリーオには、それは痛い程に分かっていた。

 

口からだらしなく長い舌を出しながら、

明後日の方向を向いて大笑いをする哀れな犯罪者を前に立ちすくむアクセル。

 

「なんでそうなるのかな……」

 

額に手を当ててただ呆れ返る以外になかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、先が思いやられるぜ」

「僕のセリフだよゼロ! ああもうッ!! 何でまた股間膨らんでるのさッ!?」

 

そしてどさくさ紛れに再び押収品のパンツを、

バスケットボール大に張り詰めるまで股間に詰め込んでいたゼロ。

 

この後ゼロは全く同じような言い訳をして、

自前のバスターへとアクセルバレットの3点バーストを叩き込まれる事になる。

 

巡回していた他の仲間達が到着する頃には、

狂い笑いを浮かべるカメリーオと気絶しているゼロの姿が目撃されたそうな。

 

 




もう、後戻りはできん。


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第2話

 

 

 

 

 

青々とした空の下、大都会のビル群が織りなす摩天楼の中でもひと際大きな敷地がとられ、

下層と連絡橋に黄色い塗装のあしらわれた立派なツインタワーがある。

近隣にパトロールに出かける、あるいは巡回を終えて帰ってきたハンター達が

頻繁に出入りを繰り返したり、そんな出先のハンター達のサポートは勿論、

この町に住む住人達の相談事を受け持つオペレーター達が日々の業務に取り組んでいる。

 

今日も今日とて汗水たらすレプリロイド達がせわしなく働いて回る建造物。

ここはハンターベース、エックス達イレギュラーハンター達の総本部にあたる施設である。

 

「お帰りなさいエックス、アクセル」

 

耳元の無線機を通して通話のやり取りをしたり、

キーボード入力を行うオペレーター達がまばらにいるブリーフィングルームの一室、

デスクに備え付けの椅子に腰かける女性レプリロイド『エイリア』が、

一仕事を終えて帰ってきたエックスとアクセルに声をかけた。

 

彼女はイレギュラーハンター内でも1・2を争う有能なオペレーターである。

レプリロイド工学がアカデミー上がりの出自で、先のレプリフォース大戦時の

組織再編の際にヘッドハンティングされた才女であり、イレギュラーハンター入隊以来、

エックス達の強力なサポーターとして高いオペレート能力を遺憾なく発揮している。

 

「ああ、今戻ったよ」

「ただいまエイリア!」

 

自宅にでも帰ってきたかのように、

アクセルも先程の珍騒動の疲れもなく、元気一杯に返事をした。

 

「無事に下着泥棒は逮捕できた。 これで当分は安心の筈だろう」

「お疲れ様、私達としても変態が捕まったのは嬉しい限りだわ」

「変態って……まあ言いたくなる気持ちも分からなくはないけどね」

 

アクセルはカメリーオを変態呼ばわりする物言いに苦笑しながら、

エイリアのすぐ近くの、誰も使っていないデスクにもたれかかり一息ついた。

 

「それにしても、今日のイレギュラー逮捕で今月で6件目……」

 

エックスはエイリアのデスクに青々と浮かび上がる、立体映像式のディスプレーに目をやった。

日付にして4月上旬、新年度が始まってまだ1週間と少ししか経っていない。

 

「シグマやルミネの時みたいな大きな騒動じゃないが……

 それでもイレギュラーは度々現れて皆を脅かし続けている」

 

どこか遠い目で天井を仰ぎ見て、エックスは少し疲れた様に続ける。

 

「イレギュラーを取り締まり、狩るのは俺達の使命……。

 でも、一体いつまで戦い続ければいいんだろうな」

「……そうね」

 

ため息をつくエックスに、エイリアは静かに相槌を打った。

しばしの間、3人の間を沈黙が漂う。

そんな中、エイリアはエックスとアクセルを見てある事を思い出す。

 

「そう言えばゼロはどうしたのかしら?」

 

エイリアはエックス達の周りや部屋の出入り口に目をやるが、

彼ら同様に見慣れた赤いハンターの姿を見つける事は出来ない。

 

「ゼロならカメリーオを留置所に連れてったよ。 逮捕した以上は自分で檻に入れるんだって」

「あらそう。 ……でも大丈夫かしら?

 エッチな事に目がないゼロが下着泥棒の収監を買って出るなんて」

 

エイリアは頬に手を当てて、盗んだ下着につられて逃がしたりしないかと不安そうな顔をする。

それを見たエックスとアクセルは苦笑いをした。 当然だ。

押収した証拠の下着を思いっきりガメようとしたのを間近で見ていただけに。

 

「心配ないよ、俺はゼロを信じてるから」

 

しかしエックスは不安げなエイリアに一言言った。

 

「信じてるから……もしゼロが裏切る素振りを見せたら、後で俺が八つ裂きにしておく」

 

不穏な言葉を口にするエックスの表情はとてもにこやかであった。

 

「エックス、あなた疲れてるのよ」

 

そう切り返すエイリアも笑顔を浮かべていた。

 

「疲れてはいないさ。 少なくとも、脊髄もろとも首をすっぽ抜けるぐらいには元気のつもりだ」

「「そっちじゃない(よ)!」」

 

終わらない戦いに苦悩していたのは一体何だったんだと言わんばかりに、

2人の意図に対して不穏でピントのズレた答えを返すエックス。

エイリアは勢いよく机を叩き、アクセルも目を見開いてエイリアと同時に突っ込みを入れる。

不意に周囲で業務を行っていた同僚たちが、何事かと一斉に手を止めてこちらを見た。

 

しかしエイリアは構わずにゆっくり席から立ち上がり、

当たり前のようにしれっと言ってのけるエックスに負けじと続ける。

 

「……あのねエックス。 私たちとしても、

 貴方が容赦なくカメリーオを屠るのは見ていられないものがあるの」

 

少しくじけそうなアクセルがエイリアに目線を向けた。

自分よりは付き合いが長いエイリアとなら、せめて追い打ちを思い留まってくれるだろう。

アクセルの顔にそんな期待感らしき笑顔が浮かび上がってくる。

 

「だから……自分でやるとは言わずにカメリーオの『処分』は私に任せて?」

「ファッ!?」

 

アクセルは素っ頓狂な声を上げる。

止めてくれる訳じゃないの!? と言わんばかりのその声に、

エイリアはアクセルの方を振り向いた。

 

「アクセルにはまだ言ってなかったわね」

 

エイリアの声のトーンが急に下がった。

彼女からは先程心無い言葉を言われたエックスと同様の、怒気のようなオーラを漂わせ始めた。

これには思わず身を引くアクセル。

 

「私ね……カメリーオには下着を盗まれているの」

「マジで!?」

 

明らかに不機嫌なエイリアのカミングアウトに、アクセルは驚き慄いた。

そしてまさかのカメリーオとの意外な繋がりに頭の中が混乱していた。

レプリロイドのエイリアにどこに下着をつける余地があるのか?

アクセルは疑問を覚えるも、構わずにエイリアは続けて言う。

 

「だからカメリーオの事は、私の手で

 逆エビからの胴体真っ二つぐらいにはしないと許せないわ……。

 ゼロはそうねぇ……どうせ簡単に言いくるめられて

 裏切るに決まってるから、その時こそエックスが死なない程度に

 ぐちゃぐちゃのテツクズにするぐらいがいい落とし所だと思うの、ね?」

「エイリア落ち着いて! ゼロが裏切る前提で話しないでよ!!」

 

「ね?」のあたりでにこやかに首を横に傾けて見せて、一見愛嬌のある仕草を見せるものの、

影が掛かったように暗い面持ちで、背後から『鬼(イレギュラー)』の姿を浮かび上がるエイリア。

そんなエイリアの両手は、音を鳴らし所在なさげに指を動かしている。

放っておいたらそれこそ、今すぐにでもカメリーオを抹殺しに行きそうそうな勢いで。

 

アクセルはやばい方向へとトリップするエイリアの肩を掴んでは必死でゆする。

エイリアは血走った目つきのまま、首を前後にぐらぐらと揺すられていた。

周囲の同僚も剣呑とした雰囲気に飲まれ、一部は席から立ち上がって慌てふためいていた。

 

そんな中、先程から腕を組んで考えていたエックスが口を開いた。

 

「……わかった。 それで手をうとう」

 

エックスが告げると、エイリアは怒りのオーラを引っ込めて急に素面に戻る。

 

「よろしくね、エックス」

 

そしてこれまでにない満面の笑みを浮かべて一言。

エックスは振り返る事なく親指を立てて返事をすると、部屋の入口に足を進める。

 

「さて、今日の業務は一段落ついた、先に行ってるよアクセル」

 

何事もなかったかのように一足先に休憩へと出かけてしまった。

アクセルは呆気にとられたように、エイリアから手を放してへたり込んでしまった。

 

「アクセル、貴方も休憩に行ってきなさい」

 

エイリアも裏表がそっくり入れ替わったようにおとなしくなって、

先程立ち上がったデスクに再び腰かけ中断していた業務を再開し始めた。

 

……いつのまにか騒動を起こさないかと冷や汗を流しながら見ていた他の仲間たちも、

ひとまずは落ち着いたと判断したのか、胸に手を当ててため息をつくと、

エイリア同様席に座り普段通りのオペレーター業務に戻っていた。

中には2人に振り回されたアクセルに同情の視線を送るものもいたが、

今の彼にそれに気づく余地はない。

 

「ハハハ……もう知らん」

 

脱力したアクセルの口からは乾いた声しか出ない。 エイリアも被害者だったことには驚いたが、

その上で下着を盗まれた事によるカメリーオへの恨みの念は強かったようだ。

 

今更になって万が一にでもゼロが誘惑に負けやしないかと冷や汗をかくアクセル。

結局エイリアも同じ穴の狢だった事実に、幼い少年ハンターは頭を抱えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗く声一つせず静まり返っており、手入れこそされているものの

どこか冷たく湿っぽさを感じさせる不気味な雰囲気は、

壮絶な物取り劇を繰り広げたあの路地裏の重苦しい雰囲気を思い起こさせる。

それもそうであろう。 イレギュラーが所狭しと収監された独房が

軒を並べているここはハンターベースの地下にある留置所であるからだ。

望ましくない者が集まっていると考えれば、おのずと嫌な空気感が似通ってくるのかもしれない。

 

してそんな私語さえおいそれと許されぬ空間に、2人分の足音が鳴り響く。

 

緑のイレギュラーが手錠をかけられ、すぐ後ろを赤いハンターが

怪しい素振りをしないよう見張りながら空きの独房を目指して歩いていた。

 

カメリーオとゼロだ。

 

カメリーオは震えていた。 その表情は明らかに不安と焦燥に駆られている。

 

「(チクショウ、キレたエックスの怖さはハンター時代に知ってた筈なのに……)」

 

彼は怯え、戸を立てられぬ己の口を後悔していた。

エックスを迂闊にブルマ呼ばわりし、逆鱗に触れてしまったカメリーオ。

拘置後行われる取り調べで洗いざらい吐かされた挙句、

問答無用で首をブッコ抜かれてしまうのだろう。

 

「(何とか逃げ出さねぇと、俺の人生終わっちまう!!)」

 

壮絶にトドメを刺されるであろう未来に震えながら、カメリーオは必至で頭をひねった。

元々大人しく刑に服するつもりなど毛頭なかったが、エックスの死刑宣告からの

恐怖によるあおりを受け、逃げ出したいという欲求が一層強く働いていた。

 

再び光学迷彩を駆使して逃げてやろうとも思ったが、

手錠に内蔵されている特殊兵装を無力化させる磁気を発するチップのせいで、

カメリーオの十八番とも言える能力を発揮する事が出来ない。

かつてはレンジャー部隊として鍛え抜かれ、気配を消すのもお手の物であるが、

流石に拘束された上で牢屋に入れられでもしたら文字通り手も足も出ない。

 

歩きながら思考をめぐらしつつ、左右にある独房の入口に目をやる。

視線を動かした際、囚われている悪党どもの何人かと目が合ったが、

いずれもカメリーオと同じように怯えたような弱弱しい目つきで、

すぐに目をそらすように部屋の奥へと引っ込んでしまう。

 

「(駄目だ……使い物になりゃしねぇ)」

 

自分と目線があっただけで奥に逃げる囚人たちを見て、カメリーオは内心舌打ちする。

 

全盛期に比べて摩耗したイレギュラーハンターの人員を補う為に、

部隊長であるエックス自らパトロールに出る事も増えている以上、

彼と対峙するイレギュラーも少なくない。

そうなれば、特に往生際の悪いイレギュラーともなれば、

運が悪ければそのまま『処分』と相成る事も想像に難くない。

 

……つまり自分を含めここにいる連中は

怒らせたエックスの怖さを知る『幸運な』部類のレプリロイドだろう。

 

話は逸れたが、とにかく周りがこの様では、逃亡の手引きなどとてもしてもらえそうにない。

 

「どこを見ているカメリーオ、いいからまっすぐ歩け」

 

周囲を伺うカメリーオに気付いたのか、背後を歩くゼロがおとなしくするよう注意を促した。

カメリーオはゼロの方を振り返った。

見れば、ゼロはカメリーオの方をじっと睨みつけていた。

 

「(なんだってんだ! こいつも変態のくせにいっちょ前に仕事しやがってよ!)」

 

目を細めて心の中で悪態をつくが、同時にゼロの目つきが一層険しくなる。

思った事が表情として出ていたのだろうか。

威圧感を覚えさせる鋭い眼光に少し震え上がるも、カメリーオはふと思い出した。

 

「(そう言えばこいつ、さっき俺の盗んだブツをガメようとしてたんだよな)」

 

エックスを怒らせた事ばかりを考えていたが、この目の前の男はどさくさ紛れに、

股間いっぱいに自分の盗んだ下着を詰め込んでいた。

ゼロのクールな容姿に反しスケベには目がないという噂は、

ハンター時代から時々カメリーオ自身も聞いていたが、

今回改めてその話の裏を身をもってとったと言う事になる。

自然とカメリーオは足を止め、ゼロの顔をじっと見つめていた。

 

「(エロが絡むだけでここまでアホになるとはなぁ……

 

 

 ひょっとしてワンチャンあるんじゃねぇか?)」

「……何俺の顔をジロジロ見ている?」

 

相手の顔を嘗め回す様に見つめるカメリーオに、ゼロは眉をひそめた。

しかしカメリーオは不機嫌な様子を顧みず、やるだけの事はやってみようと思い話を切り出した。

 

「ニニニ……ゼロよぉ、俺といっちょ取引でもしねぇか?」

「……何?」

 

怪訝なまなざしを送るゼロに、カメリーオは薄ら笑いを浮かべて言った。

 

「この邪魔な手錠外して逃がしてくれるんなら、

 保管庫から押収された下着とってきてやってもいいんだぜ?」

「んなっ!?」

 

ゼロは息をのんだ。

身を後ろにのけぞらせ、しばしの沈黙ののちに思考を巡らせるように目線を泳がせる。

 

いける! カメリーオは心の中で舌なめずりをした。

 

確かにこの手さえ自在になれば、カメリーオの擬態能力をもってすれば

保管庫に忍び込んで盗品を奪還する事も可能だろう。

 

だがカメリーオの言う取り返した下着を分けてやるなどという提案は、

それこそゼロのボディよりも真っ赤な嘘だった。 何故なら彼はここから逃げられさえすれば、

わざわざ間抜けなハンターとの約束など守る道理などないからだ。

 

それはさておき、明らかに動揺するゼロの様子にカメリーオは確かな手ごたえを感じていた。

 

 

 

 

しかし交渉成立を目論んでいたカメリーオの期待を裏切るがごとく、

ゼロは目を閉じて軽くため息をついた。

 

「つまらん冗談はやめろカメリーオ。 そんな事でお前を逃がす訳ないだろう」

「いッ!?」

 

カメリーオの予想に反し、ゼロからの返答は『NO』だった。

そんなバカな!

目の前で2回も下着ガメようとしたゼロが、まさか自分の提案を蹴るとは想像していなかった。

 

「つれねぇ事言うなよ! それとも俺の盗んだブツのラインナップがお気に召さねぇってのか?」

「しつこいぞ! 大人しく牢屋に向かえ!」

 

見るからに不機嫌そうな表情でゼロは語気を強め、

収監先の牢屋がある奥の方を指さして食い下がるカメリーオを一蹴する。

 

「(おいおい!? どういう風の吹き回しなんだこりゃあ!?)」

 

エロには興味あっても、なんだかんだ言って職務は真っ当にこなすクチだとでも言うのか?

カメリーオは大いに焦り、混乱の中勢いに任せてゼロに詰め寄った。

 

「な、何でだぁ!? タマ蹴られてまでブツ横取りしようとしたお前が!?

 お前さっき2回も股間ツブされてタマ無しにでもなっちまったのかぁ!?」

 

要求を突っぱねたゼロに対し、カメリーオは煽るような口調になりながら、

手錠をかけられた両腕でゼロの胴体を揺する。

 

すると……カメリーオの問い詰めるような態度が癇に障ったのか――――

 

「俺がエロに興味無い訳ないだろうがッ!!」

「ギャニィッ!!」

 

――――ゼロは力一杯カメリーオの両肩を叩いた!!

 

明らかに怒りを込めた感情を露にしながら、ゼロは叩いた手でカメリーオの肩を力一杯掴む。

並みのレプリロイドでは振り回される高出力のビームサーベルを、

軽々と片手で扱えるゼロの握力は想像以上に強い。

エックスバスターの焦げ跡がついた左肩が特に響く。

 

そして何事かとでも思ったのだろうか、

牢屋の中にいたイレギュラー達が格子のついた扉の覗き口に集まった。

視線が2人に集中するが、しかし当の本人達はそれに気づかずに言い争いをする。

 

「必死で興味無くしたフリする俺への当てつけか!? むしろ貰えるもんならさっさと貰いたいわ!」

「ニニニッ!? だ、だったら黙って俺の手錠外してくれたっていいだろうが!?」

「それができたら苦労するか!!」

 

顔に息がかかりそうになるくらいに、ゼロは睨みつけながらカメリーオの目前に顔を寄せた。

かつてない程に怒り狂うゼロの顔が間近により、彼の青い目が鋭くカメリーオを射抜く。

凍り付くようなエックスの笑顔よりは幾分マシだが、それでも歴戦のハンターの怒りのオーラは、

たとえ同じ元特Aハンターのカメリーオをして思わず口をつぐんでしまう程には威圧感があった。

 

「(し、しくじった……か?)」

 

理由はわからないが、思いがけずゼロの機嫌を損ねてしまい言葉に詰まるカメリーオ。

……しばしの間留置所を沈黙が支配する。

扉越しに様子をうかがっていた連中も、固唾をのんでゼロの様子を窺っていた。

睨んだまま無言を貫くゼロを前に、

周りの視線まで一斉に集めたカメリーオにとっては気まずい事この上ない。

 

「……考えてもみろ」

 

不意にゼロが口を開いた。

同時に赤いハンターの表情から、瞬く間に怒りの色が消えていった。

いきなりの事に呆気にとられそうになるが、カメリーオは黙ってゼロの次の言葉を待つ。

 

「俺がお前を逃がしたりなんかしたら、今度は俺がエックスにぶっ殺されちまう……」

 

告げるなりカメリーオの両肩を握っていた手から力が抜け、

ゼロはその場で膝から崩れ落ち項垂れた。

要するにパンツは欲しいがエックス怖いと言う事である。

カメリーオにとってもエックスの恐ろしさは理解しているが、

問答無用で抹殺を図るとはいくらなんでも腑に落ちないものがあった。

 

「さ、流石に仲間のお前まで手にかけたりはしねぇだろ……?」

「いいや! あいつは確かに言ったぞ!?」

 

下げた首を勢いよく上げ、ゼロは叫ぶ。

 

「変態じみた事ばっかり考えて真面目に仕事をしないなら……

 

 君 で も 殺 す よ ってな!! 俺は大真面目だ!!」

「えっ? えーっと……真面目ってどの辺がだ?」

「エロい事に決まっているだろうがッ!!」

「(なめとんのかこいつは!?)」

 

どうやらゼロはハンターの仕事と性欲を天秤にかけられる上に、

比重は後者の方がはるかに大きかったようだ。 私欲のためにハンターの責務を投げ出した

カメリーオにしても、流石に心の中で突っ込まざるを得ない。

エッチな事のどこにゼロを駆り立てる要素があるのかは今のカメリーオに知る由もないが、

とにかくゼロは真面目には違いないが、変な方向にベクトルが向けられているらしい。

 

少なくとも自分同様にエックスをキレさせる程には。

 

嫌な汗をかくカメリーオをよそに、ゼロは叫べば叫ぶ程に興奮するあまり地面を強く叩き始めた。

 

「カメリーオ!! エロのない健全なだけの世界なんて幻だ!!」

「知るか!!」

 

下着を交渉の材料に持ち出した事を棚上げし、カメリーオは突っ込みを入れた。

しかしゼロの興奮は収まらない。

 

「エックスに睨まれるせいで一度も仕事中に淫行できなかった!

 ビニ本の一冊も目を盗んで読む事も許されなかった!!」

「知るかよそんなもん!! 当たり前だろ!!」

 

噛みつくもゼロはお構いなしに慟哭する。

突っ込みが追い付かず、完全に置いてけぼりを食らうカメリーオ。

己の性欲に忠実になれないハンター生活に何の意味があろうと言わんばかりに、

(当たり前だが)一向にエロい事を許可してくれないエックスを呪うように、

ゼロは留置所の天井を仰いで魂の叫びを上げた。

 

 

「俺は、俺は……いったい何のために……働いているんだあああああああああああ!!!!」

 

 

薄暗いハンターベースの地下に、涙を流せぬレプリロイドの絶叫が響き渡った。

 

「だから知るかっつってんだるぅおおおおおおおおおおッ!?」

 

カメリーオも腹の奥から声を絞り出し、巻き舌になりながら叫び返した。

牢屋の中のならず者たちも、照らし合わせたかのようなタイミングで一斉にズッコけた。

 

 

 

……ひとしきり叫んだ後、疲れからカメリーオは肩で息をする一方、

ゼロは両足だけでなく両手もついて再び項垂れたまま口を利かなくなってしまった。

 

「(どうすりゃいいんだよこれ……)」

 

勝手にキレた挙句に一人で落ち込む面倒くさい赤いハンターにカメリーオは困り果てていた。

しかし悠長な事を言っている暇はない。

ここから逃げなければエックスに抹殺される未来しかないのは変わりないからだ。

 

いずれにせよゼロは現状ではカメリーオの要求を呑む事はできないようだ。

かと言ってカメリーオの盗んだ、

ホッカホカのエッチな下着に強烈な未練を感じているのもまた事実。

 

と、なれば……方向性はさておきゼロに決断させる材料が足りていないとカメリーオは判断する。

 

「(考えろ、エロには興味津々で食いついてやがるんだ! もっと強烈なひと押しが……あっ)」

 

そして解決法は簡単に思いついた。

 

リスクを恐れているのなら、それ以上のメリットを与えてやればいい。

 

「(……本当は取っとくつもりだったが)」

 

カメリーオは手錠のせいで不自由な両手を、腹部の隠しポケットへと入れる。

 

実は逮捕時に身体検査をされた際、エックス達の発見を逃れた盗品が彼の懐に眠っていた。

エロい事には全然興味ないと自負するカメリーオをして、

唯一捌かずに手元に残して置こうとさえ思った見事な一品。

元ハンターである彼が、かつてのイレギュラーハンターに所属する『誰か』から盗み出した。

 

ゼロが悲観に暮れて項垂れる中、カメリーオが秘密のポケットから『ソレ』を取り出した。

 

カメリーオの手中に納まる飾りっ気のない……

しかし輝かんばかりに純白の、見事なまでに均整の取れたブラとショーツ。

手錠のついた両手でしっかりと掴んだそれをゼロの前に掲げると、

何かに気が付いて再び首を上げた赤いハンターの青い目が釘付けとなった。

 

「押収品だけじゃ割に合わねぇってのか……だったら、

 

 この自慢の一品もサービスしとく「鍵は外したぞ」ギニィッ!?」

 

全てを話し終える前に、ゼロの一声と共にカメリーオの腕から先にあったはずの

下着と手錠が失われてた。 その素早さとそれ以上の決断の速さにカメリーオは驚きを隠せず、

手錠から解放された腕を二度見した後にゼロの方を振り向く。

 

そして、再びカメリーオは言葉を失った。

 

 

 

「カメリーオ、オレは今………とっても気持ちがいい。 初めてだ……こんな気持ち」

 

そこには両膝をついてブラとショーツを掲げて拝む、

全てが満ち足りたような安らかな笑顔を浮かべるゼロの姿が!

 

すぐ脇に、カメリーオの両腕を拘束していた手錠が転がっていた。

カメリーオは息を呑んでゼロを眺めていた。

 

跪いて純白の下着を掲げ仰ぐその姿は、

天より舞い降りし神の使いを畏れ敬う敬虔な信者を思わせる。

まるで完成された彫刻の像のように雄々しく神々しい佇まい。

見るものを引き付ける圧倒的な存在感は薄暗い留置所に差し込む一筋の光を思わせた。

 

ゼロに視線を奪われたカメリーオやならず者たちは思う。

 

「(バカじゃねぇのか?)」

 

目論見通りではあるが、言ってもたかだか

下着の1セットを取引材料に上乗せしただけでこの変わりよう。

自分の命を賭してでもエロに生きるとでもいうのだろうか。

余りの世界観の違いにカメリーオは完全にドン引きしていた。

 

「南無大慈大悲救苦救難広大霊感白衣観世音……」

 

感極まってお経まで唱え始めるゼロ。

何処からともなく持ってきた仏壇に下着を並べ、外した手錠を

木魚代わりに叩きつつも流暢に読経する。 数珠まで持ち出して両手を合わせて拝む

この上ない異様な光景に、いよいよカメリーオは我慢の限界を迎えた。

 

「(て、手錠をとってくれたんだからもう行っても良いよな……?)」

「岩男餌楠伝説B級優柔不断独善暴力快楽殺人肥満後輩……」

 

ゆっくりと後ずさり、念仏を唱えるゼロから音を立てずに離れようとするカメリーオ。

我ながら色々と斜め上な解決策であったが、

何にせよこのまま誰にも見つからずハンターベースから出てしまえば後はこちらのものだ。

 

強いて言えば、切られた尻尾や押収された盗品の事が気がかりではあるものの、

除隊以後、ハンターベースは様々な要因で度々改築が進められ、

かつてのハンター在籍時と同じ場所に保管されているとは限らない。

位置取りが分からない今となっては、まず外に出られると言う事の方が大切だ。

 

失ったものに対しての未練は存分にあったが、命あっての物種だ。

3メートル程離れた段階でカメリーオはゼロに背を向けると、

ゆっくりと出口に向かって足を進めようとした。

 

 

 

しかし盗品云々の行方については杞憂に終わる事となる。

 

「カメリーオ!」

 

急に読経を止め、その場を去ろうとするカメリーオを呼び止めるゼロ。

気が変わる前にさっさと去るつもりでいたカメリーオの身が震える。

恐る恐る振り返ると、座ったままのゼロが身を捻ってこちらを向いていた。

 

内心不安を覚えながらカメリーオはゼロと目を合わせた。

 

「押収物の保管庫はここ最近の改築で3階に移ったんだ……下着をとってくるの忘れるなよ?」

 

ゼロはそう告げると親指を立て、不敵な笑みを浮かべながらアイコンタクトを送った。

 

「お、おう……」

 

堂々と変態じみた……

もとい変態そのものなセリフを吐くゼロに、カメリーオは気の抜けた返事をする。

カメリーオの相槌を受け止めると、ゼロは再び下着に向き直し読経を再開した。

どうやら彼は目先のパンツに頭がいっぱいで、

カメリーオ自身が言いかけた『交換条件』をもはや疑いもしないらしい。

 

呆気にとられそうだったが、カメリーオにとっては願ってもない事だった。

ゼロがわざわざご丁寧に脱走ついでに保管庫の位置取りまで教えてくれた為、

盗品を一気に取り返せるチャンスまで転がり込んできたのだ。

 

「(うん。 間違いねぇや、こいつ頭ゼンマイジカケだ!)」

 

サービス精神旺盛なゼロに感謝と嘲笑を込めながら、

カメリーオは今しがた階層を降りてきたエレベーターのある通路へ振り返り、

余りにもあっさりと切り拓かれた自由への道を脇目も振り返らず一直線に駆け出した。

 

様子を見ていたならず者たちが、次々と非難の声を上げる。

 

俺もここから出してくれ! 一人だけ逃げるな! 俺達も連れていけ!

 

しかしカメリーオは周囲の怒号に目もくれず、嘲るばかりで意に介さない。

 

「(バーカ! お前らは一生そこにいろ!!)」

 

カメリーオにして見れば、同じ犯罪者同士と言え

わざわざ見も知らぬ誰かと馴れ合いに興じる気は一切ない。

陽動としてわざと逃がす考えも無くはなかったが、

いらぬ騒ぎを起こして保管庫をロックされたりでもしたら折角の機会を不意にしてしまう。

ここは一人でさっさとこの場を離れ、

保管庫からブツを取り返してから存分に『陽動』するとしよう。

 

カメリーオは期待に胸が高鳴りそうな気分のまま、

自慢の光学迷彩を作動させ足音と共に薄暗い地下の闇に溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

この後保管庫から盗品ついでに色々と装備を拝借し、

ハンターベース全階にカメリーオ脱走の非常警報が発令される事になる。

 

 

 

 

もちろん、その間待ちぼうけを食っていたゼロの元へ残りの下着を持っていく事はなかった。

 

 

 

 

 

 




もうちょっと間を置くつもりだったけど、書き溜めてた2話目を投稿。
我ながらやりたい放題やってるなぁ。


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第3話

 

 

非常警報を受けて外に飛び出したエックスとアクセルの目に飛び込んできたのは、

ハンターベースのパトカーに乗り込み狂喜乱舞しながら走り去っていくカメリーオの姿だった。

 

周囲を顧みず猛スピードで敷地を走り抜ける

カメリーオの車両に対し、周りにいる一般市民は悲鳴を上げる。

慌てて身を引いて道を譲ったり横跳びをして回避行動をとる中、

同じく周囲にいたイレギュラーハンターの隊員たちは

身を挺して暴走車両を止めようとする。

 

しかしカメリーオの乱暴な運転の前には成すすべなく撥ねられたり、

飛びつきには成功して車両を掴むも、

力及ばず引きずられては引きはがされ派手に地面を転がった。

 

そんな危険運転をするカメリーオが道路に出る際の一時停止など勿論する事もなく、

車の流れに強引に割り込んでクラクションを鳴らされながら、

猛然とハンターベースの敷地を出て行ってしまった。

 

「な、何故カメリーオが……!?」

 

死屍累々の有様を驚愕をもって見せつけられ、エックスは身が震え空いた口が塞がらない。

元ハンターの今はイレギュラーが警察車両の運転席に座ってハンドルを握っていたと言う事は、

最初は耳を疑ったカメリーオ脱走の報は、残念ながら正しかったと言う事に他ならない。

 

護送を買って出たゼロに対してはバスター片手に絶対に口車に乗らないよう念を押したはず。

それに手錠には特殊兵装を封印する機能が込められている為、

独房にさえきちんと収監すれば元特Aハンターであってもそうそう逃げられる心配はない。

なのにどうして?

 

怯える一般市民と負傷した隊員たちのうめき声を前に

エックスが思考を巡らせてフリーズしていると、すぐ我に返ったアクセルが声をかける。

 

「エックス! とりあえず今はカメリーオを追いかけようよ!」

 

慌てて叫ぶアクセルの声にエックスもはっとした様子で意識を切り替えた。

 

そうだ、ここでじっとしていればカメリーオの脱走を許してしまう。

幸い巻き添えを食って怪我をした隊員たちは、すぐ駆け付けた他の隊員に介抱され始めた。

ここは彼らに任せるとしてエックスは素早く周囲を見渡し、

カメリーオが乱暴な運転で出てきたハンターベースの駐車場に目をやった。

 

ハンターベースの本丸であるツインタワー程ではないが、

階層にして地下2階を含む6階分はある巨大なビルディング型の駐車場。

万一の脱走を防ぐ為に複数あるゲートには詰め所が用意され、

地上階のみにハンターベースとの連絡通路が設置されている。

もっとも元レンジャー部隊のハンターとはいえ、今しがたカメリーオを逃がしてしまったが。

 

「……そうだな! 今ならまだ追いつけるかもしれない!」

「OKEY!」

 

エックスとアクセルは駐車場の複数ある入り口の最も近い方へと走った。

距離自体はそう離れていない駐車場は、イレギュラーハンター本部の管轄にある

車両を収めているだけあって、数百台以上は下らない

相当数のパトカーが所狭しと駐車されている。

出口に近い所に駐められている車両の近くには、

既に緊急出撃した同僚のハンター達が車に乗り込んだり、

中には既に乗り込んで出口へと走り出している者達もいた。

2人は後れを取らないよう空いていた車両の一台に近づき乗り込もうとした。

 

 

 

その時であった。

駐車場の出口の辺りから、何か大きく重そうな物が激しくぶつかる音が聞こえた。

そして更に僅かな間をおいて、もう一回同じような激突音が鳴り響く。

 

「今度はなんだ!?」

 

乗り込もうと車の扉に触れようとした手が止まり、2人は音の出どころに振り返り――――

 

「「あっ……!!」」

 

――――最初に駐車場を出ようとした一台のパトカーが、

出入り口のゲートにぶつかった事に気付く。

 

すぐ後ろに並ぶようにゲートを潜ろうと進めていた別の車両も、

ぶつかってバウンドした先行車両の巻き添えを食った。 フロント周りがひしゃげ

進むべき方向を無理矢理明後日の方向に変えられた後続車は勢いだけは殺せないまま、

中で係員が逃げようと慌てふためいているゲート脇の詰め所に突っ込んだ!

 

 

 

 

――――そして後続車は大爆発!!

 

 

 

 

これには車体が潰れただけの先頭車両も火炎に巻かれ……誘爆!!

ゲートから伝わる轟音と爆風に曝され、たまらずに2人して顔を守るように腕で覆った。

圧倒的な熱量と燈色の光、焼けただれた車両や破砕した詰め所やゲートの破片が、

火災報知機のベルと共に数十メートルは離れている筈のエックスやアクセルにも降り注ぐ。

 

「こんな時に操作ミス!? 一体何やってんのもう!!」

 

アクセルがたまらず悪態をつく。 焦りからくる隊員のミスだと思ったその考えは、

しかしすぐに間違いだと言う事に気づかされる事になる。

 

 

「ぎゃああああああああああああああああッ!!!!」

 

 

火災事故から気を取り直す間もなく、エックス達のすぐ近くの

別の車両から誰かの悲鳴と共に強烈な閃光が走った!

 

今度はそちらへと振り向くと別の車両のハンドルに手を触れた隊員に電撃が走っていた。

白目をむき、全身を踊らせて叫び声を上げてすぐに倒れ込んでしまった。

同乗しようとしたもう一人が反対側に周ってみると、

驚愕に染まった表情で腰を抜かしてしまった。

感電した隊員は全身を黒く焦がし完全に機能停止していた。

口と鼻周りから煙を吹き、ある筈のない髪の毛がアフロヘア―になっている事から

見るからに相当高圧な電力にさらされたことが分かる。

 

「だ、誰か止めてくれええええええええ!!」

 

間髪入れずに背後から叫び声が聞こえる。

 

「車が言う事をきかないんだあああああああ!!!!」

 

唸るエンジン音にタイヤがスキール音を上げ、

ゲートに突っ込んだ時と同じような激突音がまたも鳴り響く。

今度は駐めてあった別の車両に突き刺さって大破した。 周囲にいた隊員たちも巻き込んで。

 

<エックス!! 大変よ!!>

 

混乱の中、突然エックスの無線機に通信が入った。 エイリアだ。

 

<3階にあった保管庫から押収した下着類とイレギュラー達から取り上げた

 武器弾薬のいくつかが無くなっているの!!

 ……え!? 何ですって! コンピュータウィルスの入ったチップまで!?>

 

……慌ただしく応対するエイリアの情報から、エックスは全てを悟った。

 

「……カメリーオの仕業だ」

<えっ?>

「これはカメリーオの妨害工作だ!! あいつ逃亡の時間稼ぎに車に細工していったんだ!」

 

エックスはエイリアに伝えた。

横でやり取りを聞いていたアクセルは、触れかけていたパトカーのハンドルから慌てて手を離す。

 

「エイリア! この駐車場の他の出口はどうなってる!?

 本部の連絡通路から近い所の車両は!?」

「確認するわ! ……ああ!! 何てひどい!?」

 

無線越しに手早く確認したであろうエイリアから悲痛な声が上がった。

 

今エックス達がいるスペースの惨状と同じように、

駐車場内の他のフロアも大混乱に陥っていた。

 

車が勝手に暴走した。 ハンドルを引いた瞬間爆発したか感電した。

そして極めつけに乗り込みの際に座席に画鋲がばら撒かれていた。

 

それらを全てエイリアは手短にだが、しっかりとエックスとアクセルに伝えた。

エックスはたまらずに悪態をついた。

 

「クソッ! やむを得ない……この駐車場内の車両はあきらめよう!」

「わかったよ! でもどうしてこんな短時間に全部の車両を!?」

「全てじゃない! 俺達が真っ先に乗り込みそうな車だけを狙い撃ちにしたんだ!!

 とにかく出入り口を塞がれたらどうにもならない! 一旦外に出よう!」

 

駐車場の出入り口は全て燃え盛る車両に阻まれ使い物にならない。

エックスはとにかく、カメリーオは自分達に任せて消火作業を優先するよう他の隊員に指示し、

辛うじて被害の発生していないすぐ近くの本部への連絡通路へと再び走った。

 

駐車場内で行われている消火活動への援護に駆け付けた隊員達とすれ違う中、

開いたままのオートドアをくぐり抜けると、

目前に左右がガラス張りの連絡通路が本部へと真っすぐに伸びている。

今使えるルートで外に一番早く出られるのはここだ。

 

ハンターベースの職員が忙しなく往来する連絡通路へエックス達が飛び込んだその時であった。

 

 

 

 

 

「カメリーオオオオオオオオオ!!!! 俺を騙したなあああああああああ!?」

 

 

 

 

 

 

今回の騒動が発端の一因となった、

赤いイレギュラーが憤怒の形相で連絡通路の反対側から走ってきたのは。

 

エックスは長年苦楽を共にした相棒の姿を見るやいなや、

走りながら右の二の腕を振り上げ――――

 

「あ、おいエックス!! カメリーオを見つけなかったか――――」

「 な ん で 逃 が し た あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ッ ! ? 」

 

――――凄まじい怒りと共にすれ違いざまにゼロの喉に目掛け振りかざした!!

 

「 ゴ ッ ボ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ッ ! ? 」

 

互いに全力疾走する勢いと振りかざされたエックスの剛腕の衝突が、

破壊的なエネルギーを二乗三乗にも引き上げる!

前に進む勢いはそのままに、ゼロの首は腕にぶつかった衝撃で上を向き後ろのめりに倒れこむ!

そして後頭部を強打!

 

「うぼあッ! な、何をしやがるエック……ヴォエッ! ゴボボーッ!」

 

エックスのラリアットと頭を強く打った前後からのダメージに

電子頭脳を激しくシェイクされ、ゼロは今にも嘔吐しそうなほど苦しげに地面をのたうち回った。

しかし怒れる青いハンターは容赦しない。

間髪入れず地面を転がりまわるゼロの胸倉をつかんで無理矢理引き起こす。

 

「言えッ!! 何に釣られた!? あれだけ逃がすなって言ったのに何故裏切った!?」

「エ、エックス待って! まだゼロが裏切ったと決まった訳じゃないよ!!」

 

マジ切れするエックスにアクセルが割って止めに入った。

エックスの手から離れゼロの頭は再び地面に倒れ込む。

 

「今騙されたとか言いかけてたじゃないか!!

 絶対エロにつられてカメリーオに言いくるめられたに違いないッ!!」

「とにかく落ち着いて話を聞こうよ!! ……えっと、ゼロ!?」

 

身を挺して怒れるエックスを宥めつかせると、アクセルはゼロに向きなおす。

 

「何があったの? まさか本当にカメリーオと変な取引とかしてないよね?」

 

膝をついて苦しそうにせき込むゼロの後ろ頭に手を当てて上半身を起こし、

 

 

 

そしてゼロは爆発音や悲鳴の飛び交う騒然とした火災現場を目の当たりにする。

目を見開きゼロは言葉を失った。

 

「……カメリーオの仕業だよ。 保管庫から押収した盗品や武器の類が盗まれたんだよ」

「何ッ!?」

 

妨害工作と言うには度を越したカメリーオの破壊活動、沈痛なアクセルの声にゼロは驚愕する。

 

「クソッ!! 何てこった!!」

 

苦虫を噛み潰した様な顔で、悔しそうに震える握り拳を地面に叩きつけるゼロ。

 

「残りの下着も取ってくるって約束したから、わざわざ保管庫の位置まで教えたんだぞ!?

 あの野郎!! 恩を仇で返しやがってッ!!」

 

そして語るに落ちる。

 

話をしっかりと聞いていたエックスとアクセルは真顔で互いに顔を見合わせると、

攻撃が駐車場やハンターベース本部に入り込まないよう脱走の手助けをした下手人の

側面へと回り込み、背景に正門前の大きな国道が見えるように位置取って得物を突きつけた。

 

「ごめんねエックス。 処刑の邪魔しちゃって……折角だから僕も参加するよ」

「じゃあファイナルストライクで一気にケリをつけよう」

「OKEY!」

 

「あ、これひょっとして詰んだか?」

 

乾いた笑顔で淡々と処刑の段取りを立てる2人に、

冷や汗ダラッダラで引き攣った笑顔を浮かべるゼロ。

エックスのバスターにエネルギーが収束し、

アクセルはバレットのスライドを引いて無情なるコッキング音を立てる。

 

「ゼロ……最後に言い残す事はないか?」

 

2人の胸中に怒りの炎が燃え盛る中、

エックスはあくまで表面上は穏やかにゼロに辞世の句を求める。

対してゼロは観念したのか一つため息をつくと、

介錯を求める合図のように正座をしてそっと目を閉じた。

 

「俺は正義の味方でもなければ、自分を英雄と名乗った覚えもない。

 俺はただ……自分が信じるモノの為に戦ってきた。

 

 俺は悩まない……目の前にエッチな話がぶら下がったのなら……

 

 

  全 裸 で ル パ ン ダ イ ブ す る ま で だ ! ! 」

 

「「死ねやああああああああああああああああああッ!!!!」」

「j8うぇう9sfどいkj9え04いおckふぇs9どえwり90tッ!!!!」

 

バスターとバレットの波状攻撃にゼロはこんがりと身を焼かれ、

隠しカラーよりなお黒いブラックゼロとなった彼は

側面ガラスをぶち破って派手に吹き飛ばされた!

 

 

 

僅かに空中を舞った後、地面を何度か派手に転がり……

やがて仰向けに大の字に身体を開いて停止した。

黒焦げになって煙を上げつつも、騒々しい地上の様子をよそに美しく雄大な青い空に

負けないぐらい、全てををやり遂げたような晴れやかな笑みを浮かべ眺めていた。

 

まるで我が生涯に一片の悔いもないと言わんばかりに。

 

「……一体性欲の何がゼロをそこまで駆り立てるんだ」

「パンツの代償が破壊工作とか笑い話にもなんないよッ!! バーロー!!」

 

2人は息を荒げ、おバカな行動に命を懸ける仲間のメンタルに呆れかえっていた。

 

 

 

 

<エックス! アクセル! 朗報よ!! 逃げたカメリーオの位置が分かったわ!>

 

脱力した空気の中、エイリアから再び通信が入った。

 

<隊員の一人がカメリーオの車に飛びついた時に追跡タグを貼り付けていたのよ!

 あの変態はここから北西に20km離れた国際空港に向かっているわ!>

「っ何だって!?」

<外にパトロールに出ていた他のハンターも区画封鎖と検問の設置をしているの!

 急いで! 今ならまだ間に合うわ!!>

 

そう言ってエイリアは通信を打ち切った。

エックスとアクセルは武器を収め、2人してもう一度互いに顔を見合わせてうなずいた。

 

「行こう! 今はこんな事をしている場合じゃない!」

「そうだね! カメリーオを捕まえなきゃ!」

 

そう言ってエックスとアクセルは叩き割った連絡通路のガラスを跨いで正門へと駆け出した。

 

 

 

「でもどうするの!? 駐車場はあんな状態でとても車を出し入れできないよ!?」

「なら国道を走っている一般車を止めるしかない!! 車を借りよう!」

「できるのそんな事!?」

「やるしかない!! カメリーオを逃がす訳にはいかないんだ!」

 

 

 

2人は市民の協力を仰ぐ事を提案しながら、

敷地前を横切る片側それぞれ4車線ある大きな国道へ走り寄ると、

道路側の歩行者通行路にて立ち止まり、道路を走る車へと両手を振って大声を上げる。

 

「すみません!! 止まってくださいッ!! 誰でもいいので車を貸してくださいッ!!」

「お願い!! 犯人に逃げられちゃうよ!! 頼むから誰か協力してよ!!」

 

交通規制が敷かれる中、まばらに道路を走る乗用車に必死で声をかけるも、

しかし我関せずと言うべきか道行く車のどの一台も彼らの為に止まる気配を見せず、

躍起になるイレギュラーハンター達を置いて軽快なエンジン音を鳴り響かせ去っていった。

 

それでもあきらめず声をかけ続ける2人。 人間ならとっくに喉がかれそうな程に叫び続けるが、

エックス達の声は無情にもそれ以上に大きい自動車の走行音にかき消されていく。

 

道行くドライバーのあまりに世知辛い無関心さに、

やがてエックス達は意気消沈して呼び止める動作を止めてしまった。

 

「くそっ……このままじゃきりがない! どうすればいいんだ!!」

「こんな所でモタモタしてたんじゃ逃げられちゃうよ!」

「折角仲間が命懸けで掴んだチャンスなのに……何か方法はないのか!?」

 

頭を抱え、やるせなさに打ちひしがれるエックスとアクセル。

このままではカメリーオは逃げおおせ、

必死で車に張り付いて発信機を取り付けた名も無き隊員に申し訳が立たない。

 

 

 

「らしくないぞエックス!」

 

 

 

途方に暮れるエックスとアクセルの後ろから、聞き覚えのある声がした。

2人は振り返り声の主の姿を見た。

 

 

 

「お前ならとっくに車を拝借できてると思ったんだが?」

「「ゼロ!?」」

 

 

 

視線の先にはゼロがいた。

燃えるような赤のボディにたなびく金髪、そして相対する者全てを射抜く青い目。

エックスとアクセルのよく知る凄腕の剣士が不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 

それだけにアクセルは強い違和感を覚えた。

今さっきエックスと二人でブラックゼロと化すまで徹底的に攻撃したはずなのに。

 

「……生きてたんだ、アレで」

 

疑問を感じるアクセルにゼロは得意げにこう話した。

 

「ダメージがかんぜんにかいふくするまで、じめんにねそべっていたんだ」

「自力で回復するもんなの!? 無駄に凄いな!!」

 

強靭を通り越して当たり前のようにダメージが治ったゼロにアクセルは驚愕していた。

一方でエックスは、しれっと無傷で戻ってくるゼロを見ても特に驚きおののく様子はない。

 

当然だ。 何せゼロの数あるあだ名の一つに『復活のハンター』なるものがあるが、

その根拠とはどれだけバラバラになって下半身が吹き飛ぼうとも、

少しの間を置けば何事もなかったかのように生還する。

 

そんな説明に困る現場をいの一番に目撃する事が多いのが、他ならぬエックスであるからだ。

むしろ毎度その光景を見せられる彼こそが、

ゼロの『復活のハンター』なる名前の出所だと言っても過言ではない。

 

それはさておき、困惑するアクセルをよそに2人の元に戻ってきたゼロが構わずに続けた。

 

「まあいい、エックス。 車を掴まえたいなら俺にいい案がある」

 

余裕ありげなゼロの態度に、エックスは今しがたアクセルと一緒に激しいツッコミを入れて

吹き飛ばしたばかりと言う事もあって、疑ってみるような目つきでゼロを見返した。

 

「……まさかとは思わないが、カメリーオの事はあきらめようとか言わないよな?」

「俺を見損なうなよ! 何、心配するな。 カメリーオは必ず確保するつもりだ!

 

 なにせ奴に対しては脱いで洗ってない下着の借りがあるからな!」

「汚い借りだなあ」

「俺の下着の話じゃないぞアクセル! ……まあとにかく教えてやる」

 

やはり怪訝な眼差しを送るエックスとアクセル。

そんな2人に対し余程自分の考えに自信があるのか、ゼロは胸を張って答えた。

 

 

 

「簡単な事だ。

 

 

 バスターの一発でもぶち込んで、車止めてから適当に交通違反でっち上げればいい!」

 

「ただの言いがかりって言うんだよそれッ!!」

 

 

身も蓋もないゼロの言い分に、当然のごとくアクセルが過敏に反応した。

やってもない犯罪のでっち上げなど悪徳以外の何物でもない。

非常時とは言え、そんな無茶をやらかしたら当然に問題になるのだが、

 

「問題ない。 犯人逮捕に協力しない市民は反逆者だ!」

「TRPGのパラノイアじゃあるまいしダメに決まってるでしょ!?

 ほら、エックスも何か言って「その手があったか!」

「ファッ!?」

 

エックスはむしろ乗り気であった。

感激のあまり両手を叩き、打つ手のない状況に顔を曇らせていたエックスの表情が、

まるでにわか雨の通り過ぎた後の晴れやかな太陽のように明るくなる。

 

あんな無茶な言い分のどこに琴線に触れる部分が!?

そう言わんばかりにアクセルは派手に吹き出してしまった。

口に物を含んだ状態なら、それこそもう『ひどい事』になっていただろう。

 

しかしゼロの提案に感銘を受けたエックスは、長年の相棒に歩み寄って右手を差し出し、

ゼロもそれに答える形で笑みを浮かべてエックスの手を握り、

仲直りの意志を込め強く上下に振った。

 

「疑ったりしてすまなかったゼロ! ありがとう、君の意見に助けられた!」

「フッ、いいからさっさと適当な車を停めてカメリーオを見つけ次第ぶっ殺そう!」

「ああ!! 逃がしたのはゼロだけど、施設を破壊したカメリーオを俺は絶対に許さない!」

 

犯した失態をしっかり覚えてはいるが、唖然とするアクセルをよそに

エックスとゼロは互いの握り拳を合わせて称えあった。

やはり彼らは苦楽を共にした仲間、(道徳的にはさて置き)強い信頼の絆で結ばれているのだろう。

 

 

 

「ちょっと待てええええええええええええええッ!!!」

 

 

 

勝手に不穏な話を進めるエックスとゼロに、ついにアクセルは堪忍袋の緒が切れた。

天下の大通りで絶叫しながら2人に詰め寄るアクセル。

 

「あんた等どういう思考回路してたらそうなるの!? 周りの迷惑考えてる!?」

 

……エックスとゼロはため息をついた。

エックスに至っては頭まで抱え、さながらアクセルが物分かりの悪い堅物のような物言いをする。

 

「何事も建前は必要なんだ。 分かるだろうアクセル?」

「分かってたまるか!! エックス達は法律やハンターの使命を何だと思ってるの!?」

 

あくまで正論を言うアクセルに、あくまで冷静に一歩前に踏み出すゼロ。

そのただならぬ様子にアクセルは一瞬身じろぎする。

 

「アクセル……お前には一つ教えてなかったことがあるな。

 俺達の意志の源となり背中を支える、ハンターとしての心構えを」

 

そう言ってゼロは振り返りエックスと目を合わせた。

エックスは無言でうなずくと、

その答えを待っていたと言わんばかりにすぐにアクセルの方へ向きなおす。

 

 

そして阿吽の呼吸でぴったりと口を揃え、

エックスとゼロが力強くアクセルを見据えてこう宣言した!

 

 

 

 

「「 俺 達が イ レ ギ ュ ラ ー ハ ン タ ー(法律) だ ! ! 」」

 

 

 

 

アクセルは絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

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…………………………

 

 

 

 

 

 

 

今日は結婚1周年記念日。 俺『伊藤 誠(いとう まこと)』が

親父のツテでここアメリカに長期滞在し3か月目となる。

眩しい日差しの差し込む快晴のニューヨークがマンハッタンを駆る、

俺の愛車は1959年式のピンクキャデラック。

右の助手席に座る妻の言葉(ことのは)の長い後ろ髪が

温暖なアメリカの風に吹かれてたなびいていた。

 

「ふふっ今日もいい天気ですね♪ あなた?」

 

こっちを向いてはにかむ言葉を俺は横目でにこやかに流し見た。

人目を惹く豊満でわがままな体つき、だけどその心は清楚で絵に描いたような大和撫子。

自慢の奥さんを脇に乗せ、アメリカの繁華街をクラシックカーで駆る。

まさに俺の人生はピークそのものだ!

 

 

 

そんな順風満帆にドライブを満喫している中、

カーラジオからあるニュースが俺達の耳に飛び込んできた。

何でも収監されるはずだったイレギュラーが、

たった今この近くのハンターベースからパトカーを奪って逃走したと。

既にこの話はパトロールで出張ってた他のハンター達にも伝わって、

順次道を封鎖したり検問を置いたりしているらしいけど……。

 

「まあ……イレギュラーが逃げるなんて怖いです……!!」

 

ニュースを真に受けた言葉が怯えていた。

よく見れば事件が起きた影響なのか、

周りに走っている車の数が少なくなったり、あるいは通過する交差点をチラ見すると

ニュース内容の通り設置された検問に引っ掛かり、

渋滞に巻き込まれた哀れなイエローキャブ達の姿も見えた。

冗談じゃない……折角いい気分だってのにこれじゃあ台無しだ!

 

俺はもう一度周囲を見渡した。

封鎖が始まった影響か、今走っている道路にあまり他の車の姿は見当たらない。

こういう時は……軽くかっ飛ばすに限る!

 

「っ! あなた!?」

 

俺はアクセルペダルを全開まで踏み込んで、車の少ない快適な道路を目一杯飛ばした。

フロントカラスに走行風が巻き込んで顔に強く当たる!

生暖かいが気持ちがいい! オープンカー最高だ!

 

「ダメです! こんなにスピード出したら危ないですよ!」

 

目を閉じて顔を腕で覆い巻き込む風から身を守ろうとする言葉。

俺は言った。

 

「はははっ! どうだい言葉! 会った事も無いイレギュラーなんかよりずっと怖いだろう!?」

「やめてください! こんなにスピード出したら捕まっちゃいますよ!」

「考えすぎだよ! 何だったらパトカーだってぶっちぎってやってもいいぜ!?」

「きゃああああああああ!」

 

俺の妻はかわいい声を上げて塞ぎ込んでしまった。

全く考えすぎだって、イレギュラーなんてそうそう出会う事ないんだから。

そう考えながら俺は他の車を縫うように追い越していった。

かなりのスピード差があるのか、他の車は地面に置かれたパイロンのようにあっさりとパスする。

途中クラクションを鳴らしてくる奴もいたけど、ここは日本じゃない。 旅の恥は掻き捨てだ!

 

俺は猛スピードのままハンターベース正門前を猛然と通過!

なんだかテレビとかで見覚えのあるレプリロイド3人と、駐車場の中辺りから

煙が上がっているようにも見えた気がするけど、ボヤ騒ぎでも起こしたのかな?

 

まあそんな事はどうでもいいや。

俺は構わずに正面を向き、長く続く道を風の赴くままにかっ飛ばしていった!

 

吼えろ! 俺のV8エンジン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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…………………………

 

 

 

 

 

 

「こんな時になんなのあの車!? 明らかな速度違反じゃない!!」

 

唯我独尊を地で行くような物言いのエックスとゼロの背後を、

風切り音を伴って猛烈なスピードで駆けて行った車。

一瞬の事で他の事に気を取られた中でありながら、しかしやはり彼ら3人は特A級ハンター。

国道から伝わった轟音に気付いて見た先にあったそれが、

1959年式のピンクキャデラックである事が把握できた。

 

テールランプを目で追ってみると、

右側の助手席にいる髪の長い女性が明らかに怖がっているのも顧みず、

身勝手にも制限速度を10数マイルは大幅に上回るスピードで駆けていく

見るからに浅慮で無責任そうなドライバーの姿もはっきりと伺えた。

 

「おいエックス」

「ああ、手間が省けた……あの車にしよう」

 

「えっ?」

 

獲物(カモ)がネギをしょってやって来た。

はっきりと告げた2人にアクセルは、

油切れを起こしたゼンマイ人形のようにぎこちない動きでゆっくりと振り返る。

 

「あの車明らかに速度違反だった。 止めるのは俺達ハンターの責務だ」

「しかもあんな胸のでかい女隣に乗せてるとか……許せねぇな」

 

明らかに私怨を含んでいるゼロだが、結論としてはエックスと同じく

 

 

『あのキャデラックを拝借するぞ!』だった。

今日始まって以来初めて意見が合致したエックスとゼロの判断は早い。

既に2人は『違反車両の取り締まり』に向けて動き出そうとしていた。

 

「何も今来なくったっていいのに……!!」

 

鬱陶しい位に息ぴったりなエックスとゼロと、そんな情け無用の二人に捕捉された

バカなキャデラックのドライバーへの呪わしさにアクセルは嫌な汗を流し呟く。

 

「グッ!」

「ッゼロ!?」

 

突如、ゼロが苦しそうに膝をついた。

エックスも身を屈めて苦痛に顔をしかめる赤いハンターを介抱する。

 

「さっきのファイナルストライクのダメージが残ってたか……

 残念だがもう少し経たなければ走れそうにない。

 エックス、悪いが先にあのキャデラックを止めてくれ!!」

「ああ!」

 

カメリーオほどの距離が開いてしまえば不可能だが、今しがた通り過ぎたピンクキャデラックなら

レプリロイドの走力とダッシュ移動を駆使すれば辛うじて追いつく事はできる。

やるべき事は決まった。 エックスは立ち上がり迷わず国道に躍り出てる。

 

「エックス!」

 

勇んで国道を駆けようとするエックスをゼロが呼び止めた。

 

 

「野郎はともかく女の回収だけは忘れるなよ?

 ダメそうならせめて下着だけでもガメてくれ……頼んだぞ!」

 

ゼロは親指を立ててエックスにエールを送る。

 

それに答える様にエックスははにかみ、

そっと中指を立ててピンクキャデラックをダッシュで追いかけた。

 

目にもとまらぬ速度で駆けていく彼の動きを、蒼い軌跡の残像だけがなぞる事が出来る。

それはさながら、エックスの天性の俊敏さを物語っているかのようだった。

 

青いハンターの雄姿を見届けたゼロは、目を閉じて不敵に笑う。

 

「フッ、冗談の分からんブルマだ」

 

そして小声でのつぶやきと共に、

『どこからともなく』飛んできたエックスバスターがゼロの顔面に命中!

 

眩い爆発の直後には、首から上だけをこんがりと焼かれたゼロがそこにいたが、

勿論顔面セーフとはいかず力が抜け落ちた様に後ろへと倒れこみ、笑みを浮かべたまま失神した。

 

この間アクセルはついていけず、ただ黙って2人のやり取りを力なく眺めていた。

再び黒焦げで仰向けに倒れ、そしてハンターベースの駐車場にて

目の前で感電した隊員のようにアフロヘア―になったゼロを一瞥し一言。

 

 

「あーもうめちゃくちゃだよ」

 

 

 

 

 

 




予想以上に早く仕上がったので第三話投下。
ただいま4話執筆中です。 しばしのお待ちを!

追記:
おっといけない。 俺法にルビ振るの忘れてた!


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第4話

チクショウ! どうしてこんな事に!?

ただ空いていた道を思いのままにかっ飛ばしただけじゃないか!

それなのに、俺の後ろを先程通り過ぎた3人のレプリロイドの内の一人が

猛烈なスピードで走って追いついてくる!

あれは見た事がある。 エックスだ!

ケツアゴイレギュラー『シグマ』との毎度の戦いに定評のあるロックマンXだ!

 

「前のキャデラック止まるんだ!! スピード違反だぞ!!」

 

はっきり言えば俺は焦っていた。 いくらこの車が古いキャデラックだからって、

このスピードで早々の事で追いつかれる事はないって思っていたから。 

なのにあの青いイレギュラーハンターは俺を捕まえようと

まるでターミネーターのように走って俺のキャデラックに迫ってくる!

何がいけないんだ! ほんのちょっと速度オーバーしたぐらいで!

 

「聞こえなかったのか!! 止まらなければ抵抗とみなして攻撃するぞ!」

 

「誠くん! お願い止まってください!!」

 

言葉まで止まれって?

……冗談じゃない、ここまで突っ走って誰が止まるもんか!

捕まえたかったら捕まえてみろ!

 

このキャデラックは見た目ノーマルだけど、中身はゼロヨンだってできるように

カリカリにいじくってるんだ! トランスミッションだってATはATだけど

競技用の強化品に換装してる! やろうと思えばいつでも置き去りにできるんだ!

 

俺は強くアクセルペダルを踏み込み、もう一段階速度を上げた!

 

「きゃああああああああああ!!」

 

へへん! 見た事か、ちょっと踏んだだけであのロックマンXを数メートルも突き放した!

ざまぁ見ろってんだ!

……それにしても、言葉が今にも泣きそうなぐらい怖がってるな。

一応後で謝っておかなきゃ――――

 

「逃げたな!? よっしゃ! 攻撃だ!!」

 

……え? 今『よっしゃ』って言った? 何で?

自分で言うのも何だけど、俺達は速度違反を犯してるんだぞ?

なんでそんな待ってましたと言わんばっかりな言い方を?

俺は内心ほんのわずかに焦りを感じながらバックミラーを見ていると、

 

 

突然ロックマンの青いボディが……薄紫に変色した!?

 

 

そして次の瞬間――――

 

 

「『ストライクチェーン』ッ!!」

 

右手を突き出して叫んだかと思うと、ロックマンの手首がかぎ爪のような形に変わった!

身をよじりかぎ爪に変化した手首を振りかざすと、

それは鞭のようにしなりながら俺達の車目掛けて飛んできた!?

 

チェーンのような何かを伸ばしながら運転席にいた俺のすぐ側をかすめ、

それは助手席にいた言葉を囲うように曲がり、そのまま俺達二人に巻き付き、

あっという間に互いに引き寄せられるように一纏めに縛り上げられた!!

 

「ああああああああああああ!!!! ま、誠くん!!」

 

俺と言葉は一緒になって悲鳴を上げた――――何だよこれッ!!

 

「気の毒だけど俺の信じる正義の為だ!! そぉい!!」

 

ロックマンは俺達にチェーンを巻き付けたまま腕を振りかざすと、

俺達は2人してシートベルトを引きちぎられ、強引にキャデラックから空中へと投げ出された!!

 

砲弾のようにすっ飛んでいく俺の体、風を切り裂くような感覚が俺の思考を緩慢に――――。

 

 

 

 

 

あー、なんだこれ、これが空中遊泳ってやつかー??

 

 

 

 

何が起きたんだろうなー、ありえなさ過ぎて俺笑っちまうなー。

 

 

 

 

一緒に空飛んでる言葉、すっごく笑ってるー。

 

 

 

 

なんだかとっても気持ちい―、俺達どこに向かって飛んでるんだー?

 

 

 

 

あー、車がいっぱい集まってガソリン入れてるぞー。

 

 

 

 

 

わかった! この先にあったガソリンスタンドかー、なるほどなー。

 

 

 

 

 

すごーい! 目の前に給油ノズルの刺さったままの車が迫ってる!

 

 

 

 

 

あはは、運転手が逃げてる! 大体こんなスピードでぶつかったら俺も言葉もイチコロ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

給油中の車両に激突した俺の全身に走る衝撃が体を形作る全てを砕く。

金属製のモノコックのシャシが俺の骨と共に潰れ、

雨あられのように降り注ぐ割れたガラス片が皮膚や筋肉を傷つける。

 

一撃の元にもたらされた耐え難い痛みに刈り取られた俺の意識は、

ひしゃげて火花の散った車から間髪入れずに放たれた、

眩い閃光と膨大な熱量の中に溶けていった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

               SCHOOL DAYS X

 

                    最終話

                   「速度違反」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覆いたくなるような強烈な閃光と、かつてない激しい地響きが熱風を伴い、

ハンターベース駐車場で起きた火災よりも凄惨なガソリンスタンド爆発の光景は、

後を追ってきたアクセルとゼロの足を立ち止まらせるのには十分だった。

 

「や、殺っちゃった……」

「あいつ派手にやったもんだな」

 

えらい事になってしまった。

 

人がガソリンを補給していた車に衝突して大爆発するという、

事の経緯を詳細に見ていたアクセルはただ茫然とする他なかった。

一方でゼロは見慣れた光景なのか、仲間の凶行に特に驚きも恐怖に引き攣ったりもしていない。

 

キャデラックの車速を上回る見るからに恐ろしいスピードですっ飛んで行き、

生身の体が給油中の車体とぶつかって、しかも火花が散る程の衝突エネルギー。

それが火種となって漏れたガソリンに一気に燃え広がったのだから恐ろしいと言う他無い。

 

ガソリンスタンドは小刻みに爆発を繰り返して

紅蓮の炎に包まれ、逃げ惑う人々の悲鳴で阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 

周辺道路を走っていた車もやはり巻き添えは食いたくないのだろう。

野次馬根性など働かせもせず、標識を無視したような速度でエンジンを吹かせながら、

中にはUターンして来た道を引き返す車もあり、

いずれも蜘蛛の子を散らすようにその場を去っていった。

 

そんな爆発現場から発せられる逆光にあてられながら、

燈色に照らされるエックスはいつの間にか運転席を乗っ取ったピンクキャデラックを運転し、

燃え盛るガソリンスタンドを引き攣った表情で凝視するアクセルの所に戻ってきた。

 

エックスは満面の笑みで片手を振りながら軽くクラクションを鳴らし、

ゼロとアクセルの目の前で車を止める。

 

「逃げたドライバーが反省の証に車を提供してくれたよ、ほら!」

「フッ……何だかんだ言って話の分かる奴だったわけだ」

「ああ、色々あったけどこれでカメリーオを追いかけられそうだ!」

 

まるで後ろの大惨事などどこ吹く風か、ガッツポーズをするエックスに

ゼロは腕を組んではにかみながら、カメリーオ追跡の手段を得た事を素直に喜びあっていた。

 

一方でアクセルの視線は爆心地に注がれたまま微動だにせず、

その胸中は仲間の無茶な行動からくる混乱と、現場から絶え間なく聞こえる悲鳴によって

もたらされる後ろめたさで、ありとあらゆる不穏な感情に支配され混沌を極めていた。

 

まさか・・・

こんなはずでは・・・

 

アクセルは出オチ昇竜拳で沈んだアジールフライヤーを脳裏に浮かばせながら自問自答する。

 

カメリーオを護送する最初の時点で、ゼロに行かせなければこんな事にならなかったのでは?

 

そんなゼロが提案した、車を徴収するという意見を何が何でも却下するべきだったのか?

 

何より、呆気に取られたりなんかしないでアレな提案に乗ったエックスを

身を挺してでも止めていれば、目の前の爆発は防げたんじゃないか……?

 

 

 

思い返せばキリがない。

自責の念ともとれるダウナーな思考の波に翻弄されるあまり、ついに――――

 

 

 

 

――――プツン――――

 

 

 

 

 

――――アクセルの堪忍袋が音を立てて、キレた。

 

 

「あはははははははははははははははははははははははッ!!」

 

喜びを分かち合う二人を割くかの如く、

アクセルは突如天を仰ぐように身を反らし笑い声を上げた。

大きく開かれた不気味なまでに輝きの無い瞳には、

喜びの感情を湛えているようには全く見えないが。

 

「ア、アクセル?」

「本っ当に心温まる話だねぇ!! 後ろで燃えてるガソリンスタンドよりも温かいよ!!」

 

激情に駆られながら火柱が立つスタンドを指さすアクセル。 突如大笑いをする彼を見て、

これには自信満々に宣言したエックスとゼロの2人も少したじろいた。

 

「はいはい! 分かりましたよどチクショウッ!!

 もうこうなったら地獄にでもなんでも付き合ってやるよ!! バーローーーーッ!!」

 

膝を叩きながら早口でまくしたてるなり、

見るからに不貞腐れた態度で強く足音を立てながらキャデラックに歩み寄る。

 

「エックスは助手席! 僕が運転するよッ!!」

「お、おいアクセル「何も言わないでッ!!」

 

運転席の扉を乱暴に開け、エックスの腕を引っ張って引きずり出し

代わってアクセルが腰を打ち付ける様に皮張りのシートに一気に座り込んだ。

体重にシートを軋ませつつ扉を閉め、その手でドアパネルを叩いて続けてゼロの乗車を促した。

 

「ほらほら! 2人とも早くしてよ! ゼロもさっさと後ろに乗ってッ!!」

「あ、ああ……」

 

豹変したアクセルに催促され、エックスとゼロはやれやれと言わんばかりに両手を開くが、

カメリーオを追跡するという大仕事が残っている以上、時間を食う訳にもいかない為

青と赤のハンター2人はアクセルに従う形で車に乗り込む事にした。

エックスは助手席の扉を開け、ゼロは軽やかな動きで

リアフェンダーを乗り越え後部座席に飛び乗った。

勢いよく体重が乗っかったせいで車体の後部が揺れる。

 

イレギュラーハンター3人が搭乗した事を運転手を務めるアクセルが

視線を右側とバックミラーに動かして確認するなり、いざ発進となった次の瞬間!

 

「イヤッホオオオオオオオオイッ!!」

 

『アクセル全開!』でペダルを一気に踏込みタイヤを激しく空転させた!

車はその場に止まったままタイヤからは白煙が立ち上る、バーンアウトだ!

これにはエックスとゼロの2人は度肝を抜かれた。

 

そしてキャデラックのタイヤに十分な熱が加わると急発進!

同乗者3名はシートに体を押し付けられ、特にゼロの座る後部座席は

ヘッドレストなどついていない為、首が加速の勢いで上半身もろとも

持っていかれ、後ろに大きく仰け反る形になってしまった。

 

先程エックス達のそばを通過した時も相当な速度が出ていたが、

どうやらこのキャデラックはノーマルな見た目に反して内部は相当改造されているらしい。

 

本来シリーズ59と呼ばれるこのモデルの排気音はもっと静粛性の高い車なのだが、

アクセルの駆るこの車両はステレオタイプなアメ車そのものな、

言うなれば鉄の獣と形容するにふさわしいうなり声をあげて猛然と加速していく。

 

まるでドラッグレースのようにだだっ広い国道をでたらめなスピードで疾走する。

 

「アクセル!! もうちょっとスピード落とせないのか!?

 これじゃあさっきのドライバーより性質悪いじゃないか!」

 

ドアの淵を掴みながら、暴力的な加速度と路面の振動に憶するエックス。

シートベルトはさっきドライバー達を放り投げた時に強引に引きちぎった為、

本来あるべき所にない状態なので体を固定する術がない。

しかしアクセルは笑い声をあげながら構わずにキャデラックを全力疾走させる。

 

「何がいけないのさ! 僕達がイレギュラーハンター(法律)でしょ!?

 ビビってないでさっさとカメリーオとっ捕まえてこんなクソ任務さっさと終わらせよう!!

 

 ……ヒャッハアァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

「……アカン、完全にイってもうたやんけ」

 

なぜか関西弁っぽい方便で呟いたゼロの小声は、キャデラックの走行音にかき消されてしまう。

文字通り狂ったように速度を出すアクセルにエックスとゼロは驚き慄きながら、

カメリーオを追うべく燃え盛る給油所を後に弾丸のように走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未だ交通規制の遅れている、平常通りの交通量を記録する道路に

カメリーオのパトカーはそこにいた。

特に渋滞に巻き込まれる事なく悠々と車を運転しながら、車内に備え付きの通信機を使い、

映像付きの通信でとあるならず者と言葉を交わしていた。

 

「もしもし俺だ、カメリーオだよ」

<へっへっへ、カメリーオの旦那……また例の取引ですかい?>

 

投影された映像に映る相手は、頭に工事現場の安全帽らしきものをかぶった、

正確にはディグレイバーと大別されるレプリロイドである。

 

「悪ぃな『キンコーソーダー』、ちょっと入り用なんだよ。 先立つもんがなくてな。

 盗んだ下着捌きてぇからどこかで落ち合いてぇんだが……直ちに」

 

キンコーソーダーとは彼の名前である。

量産型のレプリロイドの場合大半は識別コードが割り振られているが、

一部良くも悪くも自我に目覚めた個体は自らを名乗る場合もある。

そんな彼もまた、悪い意味で自我に目覚めイレギュラー認定された存在であるが、

銀行強盗もすれば今回のような盗品の売買にも手を染める、札付きのワルである。

 

して、キンコーソーダーはカメリーオの要求に応えるべく、わかりやしたぜと一言言うも

お互いに顔が見える状況だからか、ふとパトカーを運転しているカメリーオを見て首を傾げた。

 

<……あれ、風の噂じゃ旦那はパクられたってききましたが?>

「護送を買って出た奴がとんでもねぇムノウだったもんでよ。

 上手く言って逃げたついでに駐車場の車に細工してやったんだよ……ニニニ」

<どらどら……ハハハッ! 本当だ、ハンターベースから煙が上がってら! いい気味だ!>

「ニニニッ! ざまぁみろってんだ!!」

 

悪党共はモニター越しに下衆びた笑い声をあげた。

この時、カメリーオは勝利を確信していた。

 

忍び込んだ保管庫から盗み出した武器弾薬、そしてコンピューターウイルスを使い

敵対するイレギュラーハンターの足を使い物にならなくする為、

レンジャー部隊時代の知識をこれでもかと悪用し、

真っ先に乗り込みそうな車両だけを狙い撃ちにした。

時間が迫る中の小細工ではあったが、

こうして敵が追って来ない所を見ると結果は大成功だったようだ。

 

しかも万一の追跡を困難にする為に、拝借したパトカーからは自車の位置を確認する為の

コンソールに内蔵されたGPSは、カメリーオ自身の『舌』である『アイアンタン』で貫き

あらかじめ排除しておいた。 運転席と助手席の間にそのコンソールが設置されているが、

現在使用中の通信機と、その下には何かがはまっていたであろう穴がごっそりと開いていた。

 

流石に褒められはしないが、逃亡を繰り返しただけあって抜かりはないようだ。

カメリーオは腰と運転席の隙間から出た、ゼロに切断された筈の

尻尾を喜びに小躍りするように動かしていた。

よく見れば、付け根の部分である腰にはガムテープのような物が張られている。

 

「しかし切られた俺の尻尾がガムテープごときで繋がるなんてな……。

 ちょっとカッコが付かねぇが、まあ『主力武器』も含めてついでに

 色々取り返せたんだ。 そこは贅沢言わねぇで後で修理するか……」

<へぇ……で、どこで落ち合いますかい? 纏まった額が今すぐ必要なら

 とりあえず前金だけでも用意して隠れて待ってますが?>

「おっ、そうだな」

 

カメリーオは指示した。 集合場所は今から10分後に国際空港の道中にある

セントラルパークの敷地内、脇にベンチの置かれた公衆トイレの男子側のさる1室にて、

持ってきた下着と金を交換する約束を取り付ける。 とりあえずすぐ用意できる分だけを

前金で貰い、後日ほとぼりが冷めた頃に残りを受け取る段取りを立てた。

 

<あ~いいっすね~。 わっかりやした。

 えっと連れに1人ライギャンβを見張りに連れて行きますが大丈夫ですかい?>

 

そう言ってキンコーソーダーは右隣にちらりと視線をやる。

画面が視線の先にずれ込むと、そこにはライオンのような鬣を持つ

獰猛な面構えの一体のイレギュラーが隣に立っていた。

どうやら彼のならず者仲間らしい。

 

「ああいいぜ、そんじゃあ早速頼むわ!」

<了解ですぜ……ところで>

 

カメリーオが通信を終えてスイッチを切ろうとした所で、

キンコーソーダーの質問がそれを遮った。

何か他にあるか? とカメリーオは瞼を小さく動かした。

 

<それにしても、逃げるだけにしてはずいぶん派手に

 やりましたねって。 予想以上にひどい事なってますぜ?>

「ニニニ……元々ハンター共は前から気に入らなかったからな。

 駐車場しか攻撃できなかったのがむしろ物足りねぇぐらいだ!」

<……ええ? 近所のガソリンスタンドも派手に爆発炎上してますぜ?>

 

キンコーソーダ―が画面に現在報道されているニュース番組をポップアップした。

カメリーオは目を見開いた。 生中継される内容は凄惨なものだった。

 

未だに火の手が収まらず、燃えているのが化石燃料と言う事もあって

通常のポンプ車でない特殊な消火装置を持った消防車が必死で火を消し止めようとしていた。

 

多数の救急車がピストン輸送されては、被災者を近くの大病院へと救急搬送され

赤いサイレンが鳴りやまぬ騒然とした現場が映し出されている。

炎上中の給油所は、カメリーオ自身も通り過ぎた大手系列のガソリンスタンドだった。

 

しかし……。

 

「お、おいなんだよこれ? 俺ここまで派手な事やってねぇぞ?」

<え? 旦那の仕業じゃないと? 爆発したから爆弾でも使って吹き飛ばしたんじゃ?>

「そんなところに寄り道できるかよ! ……じゃあこの爆発は一体誰が?」

 

困惑の中、カメリーオは必至で頭をひねる。

駐車場の火災に追われてハンター達は完全にお手上げ状態の筈。

 

自分も今言った通りとにかくハンターベースを離れるのが先決で

ブツの利益をさっさと確定させた上で高跳びに向けて逃げている最中だ。

 

何の関係も無い給油所などわざわざちょっかいを出す意味がない。

なのにこのタイミングで自身の通り道にあったスタンドが爆発するなど

あまりにも話が出来すぎている。

 

そんな時であった。

 

 

 

カメリーオの運転するパトカーのバックミラーに、奇妙な車が映し出されたのは。

そいつはシリーズ59と呼ばれる、アメリカンドリームの象徴である

ピンク色のクラシックカー、キャデラックその車だった。

競技用の車両を彷彿とさせるすさまじい轟音とかつてないスピードで迫るその車。

 

 

コンバーチブル故丸見えな搭乗者を見た時、カメリーオは凍り付いた。

 

 

「見つけたぞッ!! カメリーオッ!!」

 

 

搭乗者は3人。 運転席に黒、助手席に青、

そして後部座席に赤のレプリロイドが乗り込んでいる。

カメリーオにとって忌々しい、見覚えのある3人のイレギュラーハンター。

助手席の青のハンターが、カメリーオのパトカーを指さして叫んでいた!

 

「エ、エエエエエックスゥッ!? それにゼロとアクセルまでッ!?」

<えッ!?>

 

カメリーオは自慢のアイアンタンを突き出しながら驚愕に打ち震えた。

話を聞いていたキンコーソーダ―も驚きを隠せない。

 

<そんな!? 駐車場を使い物にならなくしたんじゃ!?>

「いや!! ありゃキャデラックだ!! あいつ民間人から車借りやがったんだ!!

 ……でもなんでよりによってピンクキャデラックなんだ?」

 

そこまで言いかけた時、さっきから流していた中継ニュースの画像が切り替わる。

どうやら事件を一部だが目撃した人が、ついさっきまで気を失っていた所目を覚まし、

怯えながらではあるがインタビューに答えてくれる事になったらしい。

 

<……事件の様子はどんな状態でしたか?>

<ええ……何と言えばいいか……人が飛んできたんです>

 

追いかけてくるエックス達から、不意にテレビ画面に視線を奪われる。

 

<その人車でかなり飛ばしてた所、いきなりロープか何か? で

 助手席にいた人もろとも縛り上げられて、ものすごい勢いで投げ飛ばされたんです……。

 

 その、ガソリンスタンド目掛けて>

 

<えっ? それじゃあ爆発事故が起きたのは……>

 

<え、ええ……投げられた人車で出してたスピードより

 速い勢いですっ飛んで行って……その後は、もうすごい光と音で>

 

<……車が飛び込んだとかではなくって?>

 

<はい、間違いありません……むしろ乗ってた車はそのまま誰かが乗り込んで

 持ち去ったような……そこから先は記憶が途切れてて……>

 

<……その、持ち去られた車っていうのは……?>

 

 

<あ、それだけは覚えてます!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<クラシックカーです。 ピンク色のキャデラックでしたよあれは!>

 

 

 

 

 

 

 



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第5話

 

 

 

カメリーオは冷や汗をかく。

 

「し、信じらんねぇ……あいつら車強奪しやがったのかぁ!?」

 

インタビューを受けていた人が言う奪われたキャデラックとは、

イレギュラーハンター3人が今しがた乗っている車両とみて間違いないだろう。

1959年式のクラシックカーなど現存している台数はそう多くない。

 

何よりインタビュー内容が真実だとすれば、自分を追いかけるという

目的の為に『あんな真似』までして車を強奪したと言う事にカメリーオは戦慄くほかない。

どんな凄腕の自動車泥棒(Grand Theft Auto)もあそこまで派手な事はするまい。

 

意地でも自分を捕まえようとするエックス達の執念を前に

カメリーオは身が震え、今朝方エックスから受けた死刑宣告が脳裏にこだまする。

 

 

――――カメリーオの首を引きちぎるのは取り調べの後にしよう――――

 

 

一度は逃れられたはずの死の影が、再び音を立ててカメリーオに迫りくる。

冗談じゃねぇ! せっかく逃げられたってのに!

理不尽に震えるカメリーオがハンドルを叩きそうになったその時、

 

<全員動くな!! イレギュラーハンターだ!!>

 

一気に何かが開け放たれてからの複数の足音が重なる音が!

 

<<ナニィ!?>>

「ニニ!?」

 

どうやらキンコーソーダ―側の方で事態が良からぬ方に動いたようだ。

画面の向こうの2人組が揃って驚いた声を上げ、

カメリーオは慌ててポップアップされていたニュース番組の画面を閉じると、

そこには多数のハンターがキンコーソーダ―とライギャンβのいる部屋になだれ込んで来ていた!

 

<ガサ入れだ!!>

<捕まってたまるか!! ライギャン煙幕だ!!>

<任せろ!!>

 

隣にいたライギャンβが素早く尻尾から煙幕を放ち、ガサ入れに来たハンター連中を煙に巻いた!

 

<すまねぇ旦那!! 俺達は一旦逃げますぜ!!

 集合場所への到着がちょっとばかり遅れ――――ザザ――――>

「お、おい!?」

 

そこまで言いかけてキンコーソーダ―との通信が途絶えた。

通信モニターが砂嵐に包まれ、間髪入れず【NO SIGNAL】の文字に切り替わる。

いよいよもってカメリーオの旗色が悪くなってきたようだ。

 

 

 

 

しかしカメリーオの不幸はそれだけで終わらない。

 

「年貢の納め時だ、カメリーオ!」

 

声をかけられ、はっとした様子でカメリーオは左隣を振り向いた。

 

そこにはバスターを突き付けるイレギュラー絶対滅ぼすマンXと

彼率いる2人のハンター、計3名の乗るキャデラックが隣に並んでいた。

どうやら会話に気を取られて3人が隣に並んでいる事に気が付かなかったようだ。

 

カメリーオは青ざめる。

今の彼にとってエックス達は死の象徴そのもの。 そんな彼らに追いつかれ

隣に並ばれると言う事は、言うなれば死神が鎌を片手に手招きをしているのと同じだからだ。

 

「カメリーオ!! 俺はお前を許さない!!」

 

シートから立ち上がりドアに片足を乗せてバスターをチャージしながら、

エックスは怒りを露にしながらカメリーオに言葉を投げかける。

 

「お前が逃げたりしなければ駐車場も火事にならなかったし、

 速度違反のドライバー投げ飛ばしてまで車を奪う事もなかった……!!

 そのせいでガソリンスタンドが爆発する事態にまでなったんだ!」

「俺の信頼を裏切りやがって……残りのパンツ貰ったらゼットセイバーの餌食にしてやる!!」

「とにかくアンタが捕まらなきゃ終わらないんだよッ!!

 いいから大人しく捕まっちゃえッ!!」

「ニニィ!? 駐車場の火事以外は全部てめえらのせいだろッ!?」

 

「「「言い訳無用ッ!! 責任は取ってもらうぞ(ぜ)(よ)!!」」」

 

最後にそう叫ぶと共にエックスはチャージショットを放つ。

これにはカメリーオは怯み、強力なバスターの一撃が大きく車体を揺らす。

 

「ニニニニニッ!?」

 

パトカーは挙動を乱してスピンしそうになり、カメリーオの腕が

暴れるハンドルを握ったまま振り回されて持っていかれそうになるが、

レプリロイドの膂力をもってハンドルを抑え込んで車体を立て直し、

何事もなかったかのように走行を続ける。

 

「くそっ! この程度じゃびくともしないか!」

 

悔しそうにこちらを見るエックスが毒づいた。

やはり暴徒の襲撃を視野に入れたイレギュラーハンターのパトカーたる所以だろう。

一般車と比較して一回りも重いが、相応の装甲の頑丈さを持ち合わせている。

強いてあげるなら強化ガラスにひびが入り、外板に焦げ跡がついたのみで

それ以外は特に目立ったダメージは見当たらない。

 

運転手のカメリーオと言えば眉間に皺寄せ、ハンドルを握る手は震えていた。

しかしそれは恐怖からもたらされるものではなく、

むしろその一線を越えた先にある理不尽さへの怒りで満ち溢れていた。

 

「こ、この野郎……大人しくしてりゃいい気になりやがって……!!」

 

ここに至るまでずっと逃げ一択で鬱憤がたまっていたのだろう。

カメリーオのフラストレーションはとうとう臨界点に達した!

 

「ニッギィィィィィィッ!! こうなったらヤケクソだあああああああああああ!!!!

 殺られる前に殺ってやらあああああああああああああああッ!!!!」

 

絶叫するカメリーオはステアリングを一気に左へ切った!

重々しいパトカーのタイヤからスキール音を上げながら、

艶光りするピンクの右フロントフェンダーを直撃する!

 

「ぐあっ!!」

「うおおおお!!」

「うわぁっ!!」

 

頑丈なパトカーの体当たりに、今しがた命中させたバスターの衝撃と同じぐらいに

今度はピンクのキャデラックが大きく挙動を乱す。

エックスとゼロはバランスを崩し、座席に尻餅をついてしまった。

 

ぶつけられたフェンダーはひしゃげ、対してダメージの通らなかった

パトカーとは異なって破損の痕跡が大きく目立つ。

たとえ非合法であっても、金持ちに憧れるカメリーオが

アメリカンドリームの体現に攻撃を加えるとは何たる皮肉!

 

「やったなあああああああああッ!?」

 

キャデラックの運転手であるアクセルも怒りに駆られ、

ぶつけられた仕返しにハンドルを右に切り返し体当たりを敢行する!

見るに無残な姿をさらす右フェンダーがカメリーオのパトカーに迫る!

 

「ッ! だめだアクセル!」

「ニニニッ! バーカ!!」

 

衝突!

しかしカメリーオのパトカーはエックスバスターの

フルチャージの時と違い、たいして突き飛ばされなかったばかりか、

むしろぶつけにかかったキャデラックが大きくはじき返されてしまう。

 

カメリーオは労を要せずに車体を立て直し、勝ち誇った態度で嘲笑した。

 

「うわあああああああああ!!」

「落ち着け、この車の体当たりじゃ無理だッ!!」

 

アクセルの無謀とも言える行動をエックスが窘める。

腰砕けに踊るキャデラックに辛うじてしがみついていたフェンダーは、

2回にわたる激しい接触についに耐え切れず付け根の部分からちぎれ、

鉄板が風に煽られるままに持っていかれては地面を転がっていった。

 

「とにかく距離を保つんだ! バスターでタイヤを狙えばまだチャンスは――――」

「そうはいくかよ!!」

 

カメリーオはすかさず強化ガラスのウィンドウに尻尾を叩きつける。

ひびが入っていたと言う事もあり、バスターの直撃にも耐えたガラスは

棘のついたカメリーオの尻尾を前に貫通を許す。

 

「てめぇらはこれでも食らってろッ!!」

 

そしてカメリーオの尻尾の先端から針状に尖った緑の光が複数本、

目にも止まらぬ勢いで飛び出した!

『カメレオンスティング』、ハンター除隊以降封印されていた筈のカメリーオの主力武器が

アクセルの駆るピンクキャデラックの右リヤタイヤに突き刺さる!

 

「しまった!!」

 

タイヤバースト!

それどころかカメレオンスティングの鋭い閃光はホイールにさえ穴をあけ、

後輪駆動車であるキャデラックの駆動力を大きく奪い去った。

不意を突かれた焦りから声を上げるエックス達が、完全にバランスを崩したキャデラックを

持ち直すこともできず車速の乗ったままスピンモードに突入!

勢い良く煙を上げて回る車体をどうする事も出来ず、カメリーオの後塵を拝するかの如く

急激にスピードを落としながら後ろへと流されそうになる。

 

「このまま逃がすかよッ!!」

 

立て直しの利かないキャデラックの後部座席から、スピンの勢いに逆らってゼロが立ち上がる。

その青い目つきは先を走るカメリーオの駆るパトカーを見据えながら――――飛んだ!

 

「いいのかぁゼロ!? この先は」

 

赤い残像を携え飛来するゼロをバックミラー越しに見据えるカメリーオが呟いた時――――

 

 

 

 

――――車はトンネルに突入し、ゼロの体は

 

「ぶべらッ!!」

 

中央の分離帯にある柱に正面から激突した。

慣性が強く働いたまま縦に突っ込んだ為か、頭と胴体だけが柱にめり込み

両手足と長い金髪は勢いのまま前方へと延び、

まるで宙に手足を伸ばして座っているかのような姿勢になった。

 

「トンネルだぜぇ?」

 

どうやら回った勢いと立て直そうと無理な操作をしようとしたせいか、

エックス達の乗る車は対向車線に入ってしまったらしい。

尋常でない姿勢からの跳躍に見事失敗し、そのままの姿勢で柱からずり落ちるゼロを、

トンネル内の橙色のランプに照らされるカメリーオは前方不注意だと言わんばかりに大笑いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

全ての景色が後ろへと流れていく中、醜態を晒したゼロの姿も挙動を乱したキャデラックの姿も

バックミラーから消えていき、やがてはあれだけ大きく耳に突き刺さったエンジン音も

ドップラー効果と共に聞こえなくなっていった。

 

「ニニニ……ったく、これであいつらの顔を見ずに済むってんだ」

 

忌々しい追跡者がゴマ粒一つの大きさにさえ見えなくなったのを確認し、

カメリーオは一息ついて額に流れた汗を拭うような仕草をする。

レプリロイドに生身の部分がある訳でないが、人間に近い思考をとるよう

高度にプログラミングされたが故の行動だろう。 変な所で生々しい挙動を見せる。

 

「だが安心してもいられねぇ……

 キンコーソーダ―とライギャンの2人が逃げおおせたかが問題だな」

 

一段落ついた所で思考を切り替えたカメリーオは、悪党仲間の2人組の安否を気に掛ける。

当然だ。 手に入れたブツを直ちに現金に換えてくれる手合いと言えば、

銀行強盗と盗品の流通において悪名を轟かせているキンコーソーダ―位のものだからだ。

他に候補がいない訳でないが、この逃亡中の切羽詰まった状況下でも

快く取引してくれるのは彼において他はいない。

 

「まあ、あいつら程のモンなら何とかなるかもしれねぇが……

 集合時間に遅れるかもしれねぇってのは中々に痛ぇな。

 

 しょうがねぇ、封鎖される前に空港に忍び込もうと思ったがそいつはあきらめて……」

 

カメリーオは想定外のトラブルから逃げ切る算段が崩れた事に対し、

改めて高跳びのプランを考え直し始めた。

 

ああでもない、こうでもない。

 

車のハンドルを握りながらである為か、それともやはり逃亡中には違いなく

落ち着かない為か、今一つカメリーオの思考がうまく纏まらない。

 

 

考えが決まらない中、カメリーオは何気なく

等間隔に柱の設置された分離帯越しに反対車線の方に目をやった。

 

そして、ある異変に気付く。

 

 

「……ニニ?」

 

 

カメリーオは見た。 反対を走る車がいずれもクラクションを鳴らしながら、

慌ただしくハンドルを切って道の真ん中を開けようとするのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、今しがた置き去りにして聞こえなくなった筈の

 

 

 

 

キ ャ デ ラ ッ ク の エ ン ジ ン 音 が ト ン ネ ル 内 に こ だ ま す る

 

 

 

 

2度と耳にするまいと思ったあの耳に刺さる音。

身が震える思いのままカメリーオは恐る恐るバックミラーを覗き込んだ。

 

 

そしてエンジン音をかき消す程の男の大きな叫び声が。

 

 

 

「逃がすかあああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 

「アイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!?」

 

カメリーオは総毛立ち、今度こそ絶対的恐怖から金切り声を上げた!

 

……それもその筈であろう。 何故ならカメリーオが鏡越しに見た声の主とは――――

 

「カメリーオオォォォォォッ!! お前だけは絶対に許さねえええええええッ!!!!」

 

――――アクセルとエックスの乗るキャデラックの、喪失した右リアホイールを

補うかの如く、さながら神輿を担ぐかのように左肩でリアフェンダーを支えつつ……

 

鼻とヘルメットの隙間から赤いオイルを滝のように垂れ流しながら、

血走った目と血みどろの鬼気迫る形相で全力疾走するゼロの姿だったからだ!

 

「車支えてるだとぉ!? んなアホなああああああああああ!?」

 

白目を剥くカメリーオの口からはアイアンタンが突き出るように伸びた。

 

ドラッグレーサーに匹敵する馬力に追従できるだけあって、

アスファルトを蹴るゼロの足からはバーンアウトに匹敵する程の土煙が上がっている。

 

駆動輪の片方を失い絶対に走行できる状態でない筈のキャデラックを、

力技で支えた上に加速の補助として自分が代わりに走ると言う、

この上ない異様な光景を見たカメリーオの恐怖は計り知れない。

 

最早今日一日で体験したこの狂乱のロックンロールは、

カメリーオの瞼の裏に焼き付いて離れる事は決してないだろう。

 

 

2台して並走している内にトンネル区間が終わり、パトカーとキャデラックを遮っていた

柱の設置された分離帯が途切れ、青空に照らされた真っ平らな大通りが再び目前に現れる。

 

 

「く、クソったれ!! もう一回車ぶつけてやらぁ!!」

 

意地でも引かない根源的な恐怖に悪あがきを敢行するカメリーオ。

もう一度ハンドルを左に切り、頑丈なパトカーをぶつけにかかろうとする。

 

しかし助手席にいたエックスはもう一度突っ込んでくる事を

予想していたのか、カメリーオの『マナーの悪い幅寄せ』に動じる事はなく、

その体の色を黒に切り替えバスターを突き出した。

 

「『ジェルシェイバー』ッ!!」

 

銃口から液体の塊が飛び出し、それらは地面に向かって斜め下に飛び出した。

 

「バーカ! どこ狙ってそんなもん撃ってるんだよ!」

 

一見見当違いな方向に飛んで行ったエックスの攻撃。

カメリーオは狙いの定まっていない特殊武器を見て笑い声を上げた。

 

しかしそれこそが間違いだと言う事にカメリーオは気づかなかった。

エックスの放ったジェルシェイバーは地面を滑走し、命中した。

 

カメリーオのパトカーの左リヤタイヤに。

 

「ニニッ!? な、なんだ!?」

 

その瞬間、早々の事で乱れなかったカメリーオのパトカーの挙動がおかしくなる。

走破性を重視して4輪駆動として設計されたパトカーがいとも簡単に足元を掬われたのだ。

 

エックスの特殊武器が命中したリヤタイヤには、ジェルシェイバーの液体がこびりついて

一滴たりとも飛沫を上げずしっかりとタイヤの表面にまとわりついていた。

 

ハイドロプレーニング現象というものがある。

自動車が高速で濡れた路面を走る、タイヤの摩耗が進んで溝から水を排出しきれなくなった。

原因は様々であるが、いずれにしてもタイヤが水の分子に足元を掬われ、

地面に触れる事無くタイヤが浮いて滑り出してしまう事を言う。

 

エックスは車体同様に強化されているであろうパトカーのタイヤを

確実に使い物にならなくするため、カメリーオのように穴をあけるより

タイヤそのもののグリップ力を失わせる事を優先したようだ。

彼の目論見通り、一転して車体が言う事をきかなくなったカメリーオは

体当たりするどころでなく、慌てて車の揺れを止めようと

ハンドルを左右に慌ただしく切り始める。

 

「チクショウ!! この手があったか!?」

 

ぶつけるつもりが逆に、自分の方がキャデラックに引き寄せられそうになる中、

 

「今だゼロッ!!」

「任せろ!!」

 

エックスの掛け声に応えるように、

後輪を支えていたゼロが開いた手でビームサーベルを引き抜いた!

そして腰砕けのまま吸い寄せられ幅を詰めたカメリーオのパトカーの……

 

 

「『雷神撃』ッ!!」

 

 

自らが尻尾で空けた強化ガラスの穴へとピンポイントに、

電撃をまとったセイバーを突き刺した!!

 

「ニニイイイイイィィィィィィィッ!!!!」

 

セイバーは突き刺した角度が、運転席にいるカメリーオから見た視点で右斜めに突き刺さり、

すんでの所で直撃は避けられたがセンターコンソールの通信機に命中!

あともう少し角度がずれていたら自身の胴体を串刺しにされていたであろう事実に、

カメリーオは悲鳴を上げ、スパークを放つセイバーを

恐れてついハンドルから手を引き上げてしまった。

 

当然、ただでさえ挙動を乱している車は本格的にスピンに陥る事となる。

ゼロは突き刺したセイバーを引き抜くどころかパトカーもろとも引き寄せてしまい、

 

「お、おい!! こっち来るんじゃねぇ!!」

「まずい!! パトカーから離れろアクセ――――」

 

突発的なアクシデントに驚くエックス達の乗る、キャデラックを巻き添えにクラッシュ!

 

後輪の代わりを務めていたゼロはしっかりと車に挟まれ、

支える者のいなくなったキャデラックは火花を散らしながらコントロール不能に陥る。

アクセルも衝突のショックでハンドルから手を放してしまい、

2台してもつれ込んだまま差し掛かった川をまたぐ橋の欄干を突き破る――――

 

 

 

 

 

――――着水。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッぷはぁ!!」

「アクセル、無事だったか!」

 

パトカーとキャデラックの水面ダイブからしばしの後、

水面から顔を出したアクセルを河原で膝をついた姿勢で出迎えるエックス。

エックスは手を差し出してアクセルがそれを握るのを確認し、水に濡れた仲間を引っ張り上げた。

 

「なんとかね。 おかげですっかり頭も冷えたよ」

 

自ら上がったアクセルが立ち上がり、首を横に振るって水滴を飛ばす。

機械の体は水にふやけたりはしない。 が、川の水で冷やされた体は思った以上に冷え、

アクセルは寒そうに身を震わせては両手で二の腕を摩る。

 

「うう……カメリーオはどうなったの?」

 

アクセルの問いかけにエックスは苦虫を潰したような顔をする。

 

「……水の中で気付いて一緒に沈んだパトカーを見た時には、もう……」

「たまんないね、折角ここまで来たのに!」

 

ため息交じりに話すエックスに、アクセルは悪態をついて河原の小石を蹴飛ばした。

車を奪ってまで追いかけたというのに、

肝心のカメリーオを取り逃がしてしまうとは何たる失態か。

これでは発信機を付けた名も無き隊員と、

失ったホイールの代わりを務めたゼロの努力が報われない。

 

……そこまで考えてエックスとアクセルはある事に気づいた。

 

「そうだエックス、ゼロは!?」

「ッ!! さっきの接触で車に挟まれた筈!!」

 

車に押しつぶされ、もつれ合ったまま落下したゼロの姿が見当たらない。

しかし川底に沈んだキャデラックとパトカーをこの目で見たエックスの記憶にも、

赤いハンターの存在は影も形も捉えてはいない。

一緒に落ちたのなら少なくともこの近くにいる筈。 一体どこに?

 

 

 

エックス達が辺りを探し始めた時、ふと河原と護岸の間に生えている茂みが揺れる。

 

「お、俺はここだエックス……!!」

 

同時に聞き覚えのある声が聞こえ、それに気づいた

エックスとアクセルは茂みに駆け寄って急いで掻き分けた。

 

「ゼ……!?」

 

そして仲間の……ゼロの姿を捉えた時、2人は絶句した。

アクセルは立ちすくみ、エックスは力なく膝をつき両手を地面において打ちひしがれた。

 

 

「すまないエックス……ドジっちまったようだ……!!」

 

 

草むらに倒れる傷だらけのゼロの体は……下半身を失っていた。

 

「ゼ、ゼロ……なんて事だ……!!」

 

震える唇からやっとの思いで言葉を紡ぎだし、エックスの両手は手元の草を握りしめていた。

見開らいた目は、火花を散らすゼロの胴体の切断面に視線を奪われたまま。

 

エックスは魂の叫びを上げた。

 

「ダメじゃないかぁッ!! それぐらいの傷直しとかないでッ!!」

「えええええええええええええええええええええええええええええええッ!?」

 

アクセルも大声を上げた。

 

 




予定していた用事も終わり、ようやく執筆再開と相成りました!

ちなみに運転中のカメリーオですが、締め切った車内からウィンドウ越しに
オープンカーとはいえエックス達と普通に会話のやり取りができているのはわざとです。
実際問題窓を閉めてたらほとんど外の声聞こえなくなりますから。

クライマックスまであとわずか、もうしばらくのお付き合いをお願いします。

でわ!


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第6話

胴体真っ二つになったゼロを発見したエックスとアクセルの2人は

河原の茂みを探るようにして、両断されたゼロのレッグパーツを捜索していた。

大都会ともいえる町中でありながら、余り人の立ち入る事のない河川敷は川のすぐ側の

砂利だらけの河原と、土はおろか成人男性の腰元までを覆い隠してしまう程に

背の高い草の生い茂るエリアが混在している。

 

ゼロの体から切り離されたのならそう離れてはいない筈だが、目立つ所に

見当たらないと言う事は、この視界を遮る草むらに落ちている可能性が高いと言う事だろう。

 

「全然見つかんないなぁ……」

 

かれこれ10分辺りを見回っているが、あからさまに目立つはずの

下半身は一向に見つからず、頬を拭いながら不満げにアクセルが漏らした。

ひょっとしたら車と一緒に川に落ちたのかと再び潜ってみたりもしたが

変わらずに沈んだ車2台があっただけで下半身は姿形も見当たらず。

 

……こうしている間にもカメリーオはまんまと逃げおおせているのだろう。

アクセルの脳裏に焦りが募る。 同じくゼロの下半身を捜索している

エックスの方へと目線を移す。

 

「ゼロの下半身はここか?」

 

エックスはそこらに落ちている30センチほどの大きさの石をどかせて下を見る。

日の光が当たらず湿った陰に隠れていた蟻が散らすように逃げていく。

当然見つかるはずもない。

 

「ここにはない……」

 

エックスは顔をしかめ石を適当に放り投げると、

続いてその隣に落ちていた流木を蹴って転がした。

 

「これもだめ」

 

しかしレッグパーツのレの字も見つからない。

転がした流木に目もくれず、今度は川に流されて堆積した空き缶などのゴミを適当に漁る。

 

「ゼロの下半身、いるなら返事をしてくれ」

 

勿論返事はない。

申し訳程度にゴミの山を漁ってみたが、やがてエックスはため息をついて手を止めると、

倒れ伏したまま不満げにエックスを見ていたゼロの方へと振り向いた。

 

「だめだゼロ、全然見つからない……あきらめてハンターベースに帰ってくれ」

「 お 前 真 面 目 に 探 す 気 な い だ ろ ッ ! ! 」

「え、そりゃまあ……放っておいても直るものをわざわざ探してるし……」

 

怒りのまま声を上げて地面を叩くゼロに、エックスはただ困ったような表情をした。

横で流し見ているアクセルもあまりに投げやりなエックスの対応に苦笑いを浮かべる。

が、それにしては抗議するゼロに対して少しばかり疑問に感じる部分もあった。

 

「えらく下半身に拘るね? エックスの言う通り放っといても直るんなら

 応援呼んで回収してもらうのも手じゃないの?」

「だめだ! 仲間に回収されたら俺がカメリーオぶっ倒せなくなるだろ!

 それにあの千切れた下半身がないと意味がねぇ!

 探してくれなかったらこれから1か月はネチネチ絡んでやるぜ!?」

「うっとーしいな! ……いっそ置き去りにしちゃおうかな」

「置いてかんといて」

 

あくまで食い下がるゼロのしつこさにアクセルは辟易する。

憎きイレギュラーへの恨みから、自分の手で倒さなければ気が済まないのは分かる。

しかしそれについてはある意味自業自得の側面もあったわけだ。

加えてやたらとちぎれた下半身に拘るのも、自他共にスケベと認めるゼロにしても

勝手に直るものをわざわざ時間かけてまで探せと言うのも腑に落ちない。

一体何がゼロをここまで駆り立てるのか?

 

捜索に時間を取られて取り逃がすぐらいなら、いっその事2人だけで

カメリーオを掴まえに行った方が遥かにマシでないか?

 

アクセルは内心苛立ちを覚えながらも渋々捜索を続けると、つま先に何やら硬い感触が当たる。

目線を下に向けてみると、そこには見慣れた赤い脚部に黒地の膝、

そしてこっそりブリーフと比喩される腰回りの白いパーツが!

 

「あった! これだね――――」

 

ゼロのレッグパーツをてにいれた!

 

「見つけたか!?」

「やった! お手柄だぞアクセル!」

 

ようやくお目当てのモノを発見したアクセル。

探し求めていたゼロの下半身をようやく見つけられた事にエックスとゼロも歓喜の声を上げる。

 

 

が、それもつかの間の事。

下半身を発見した当の本人たるアクセルは急に顔をしかめ、

 

「バーーロォォォォォォォォォォォッ!!!!」

 

切り離されて機能しないゼロの自前のバスターを全力でストンピングした!

アクセルのキック力増強フットパーツから繰り出される踏み付けは、

軽く地響きが伝わる程の破壊力を生む。

ゼロの足はアクセルの脚力を受け、まるで脚気検査でもしたかのように大きく持ち上がった。

 

「な、何しやがるアクセル!?」

 

いきなり股間を潰された怒りとアクセルの凶行に困惑する感情が

入り交じり、目を見開いて叫ぶゼロ。

しかしそれ以上に、声をかけられたアクセルは肩で息をする程に激怒していた。

身をかがめてゼロの片足をつかむと、振り返る事無くゼロの方に下半身を乱雑に放り投げる。

空中でだらしなく足を曲げて放物線を描きながらゼロのすぐ近くに落下する下半身。

地面に叩きつけられる瞬間を見たエックスは反射的に身構えてしまう。

 

「落ち着けアクセル! 一体何をしてるんだ!?」

「これが落ち着いてなんかいられないよ! ゼロの股間見てみなよ!」

 

怒り声を上げるアクセルに促されエックスは、

くの字に足を曲げて地面を転がるゼロの下半身を見て――――

 

――――即座に兄弟(ライトナンバーズ)仕込みの見事な黄金の右足を……

 

 

        「 『 ロ ッ ク ボ ー ル 』 ッ ! ! ! ! 」

 

 

          ゼロの黄金の股間にシュウゥゥゥゥゥーーーーーッ!!

 

「おいいいいいいいいいいいいいッ!?」

 

超、エキサイティンッ!!

 

再び空中を舞踊り燦然と輝く太陽と重なる赤いレッグパーツに、

ゼロは悲しみの絶叫を上げながら、

左側の護岸目掛けて飛んでいく下半身を掴むように腕を伸ばした。

 

……その時である。 もう一度空中から地面に叩きつけられる

一瞬の間に、ゼロの股間から白い布切れが零れ落ちたのは。

 

「あっやべ……」

 

同時に抗議の声を上げていたゼロの声のトーンが急に下がる。

2人は無言で布切れの落ちた場所へ足を進め、それをアクセルが

身をかがめてさっさと布切れを拾うと、ゼロの元へ戻りそれを突きつけた。

 

「ねえゼロ、ナニコレ?」

「君の股間のあたりからはみ出てたのを見たんだけどな?」

 

それは見事なまでに輝ける純白のブラとショーツだった。

白銀を思わせるかのような美しい艶を持ち、あえて明言は避けるが

ゼロの『体温』に触れていた為かほんのりと生温かかった。

 

「エックス。 ひょっとしてゼロがカメリーオの手錠を外したのって」

「ありえるなぁ。 『押収した下着に』つられないように念は押しといた筈だから……。

 まさかこんな物の為に10分もレッグパーツ探させたって言わないよな?」

「ハハハ……マサカソンナワケネェダロウガ……」

 

2人は威圧感たっぷりに笑ってはゼロを見下ろし、

蛇に睨まれた蛙のようにゼロは片言になりながら、

冷や汗を流して引き攣った笑顔を浮かべていた。

エックスとアクセルは、駐車場にてゼロを吹き飛ばした時のように

武器に手をかけようとした所で、

 

 

「ヒィ……ヒィ……」

「と、とりあえずここまでくれば安全か……?」

 

 

近くから聞こえてきた声に反応して動きを止めた。 アクセルは銃を下げて

声のした方向……エックスがゼロの下半身を蹴り飛ばした護岸の方向に振り向いた。

見てみると何やらレプリロイド2名が息を切らすように走り、

近くの草むらに落ちたゼロのレッグパーツに気付く様子もなく、

何やら必死な様子で護岸を駆け降りてきた。

 

「! エックス伏せて!」

 

アクセルはエックスの肩を掴んで体重をかけるように2人して地に伏せる。

色合い的にも目立つ2人の体は、ゼロの切り離された胴体と下半身がそうだったように

青々と生い茂る草むらに隠れるように倒されてすっかり目立たなくなった。

 

「どうしたアクセル……いきなり押し倒したりして」

「皆静かに!」

 

不満げな声を上げるエックスに、アクセルは小声で口元に指を立てる。

エックスはしばし考えたが、アクセルの意図を察したか黙ってうなずいた。

それを返事と受け取ったアクセルは草むらをかき分けて来訪者の姿を窺った。

 

やってきた2人は草の生え方もまばらな開けて視界のよい、

川の側にある砂利の河原で立ち止まっては膝に手をついた。

鬣の立派なライオンのようなレプリロイドに、ディグレイバー型だが明らかに

そんじょそこらの量産型よりも立派な装備に身を包み、

紙幣のはみ出したトランクを持ったレプリロイドの2体。

 

「ライギャンβにキンコーソーダー……!?」

「あいつら指名手配されてるイレギュラーだよね……なんでこんな所に?」

 

エックス達には見覚えがあった。

最近この辺りで強盗騒ぎを立て続けに起こし、予てから凶悪犯としてマークされていた

『ライギャンβ』と『キンコーソーダー』の2人組であった。

一心不乱に走ってて注意力が散漫になっていたのもあったのか、素早く隠れたのが幸いして

すぐ近くに潜んでいるイレギュラーハンターの影には気づいている様子はない。

 

やがて2人組は息を整えたのか、互いに顔を見合わせて会話を始めた。

 

「もう少しで捕まっちまう所だった。 全くお前の煙幕にはいつも助けられてるぜ」

「気にすんな。 ……それよりも金は持ち出せたか?」

「おうよ、何とか前金の分だけでもあるぜ」

 

話から察するに2人は捕まる寸前に逃げてきたようだ。

追っ手を撒いた安堵からかは知らないが、

大切そうに持っていたトランクを地面において中身を開く。

その中身ははみ出していた現金が物語る通り、大量の札束が所狭しと収められていた。

 

この間周囲に注意を払うようなことはせず、

手配犯2人はトランクの中身を恍惚とした目で眺めていた。

そして顔を見合わせて時代劇における悪代官と悪徳商人よろしく、

いかにもな下衆な笑い声をあげる2人組。

 

先述の会話といい前科持ちの身の上からして、

この金は恐らく『出どころの宜しくない』物だろう。

強欲極まりなく、そして無警戒にも程があるとしか言いようがない。

 

「とりあえずはこれでカメリーオの旦那のブツは買い取れそうだ」

「足りない分はまた後で巻き上げりゃいいんだよ……。

 へっへっへ、旦那の下着のチョイスは最高なんだよな」

「確かに……しかも脱いで洗濯してないマジモンだ。 たまんねぇや!」

 

隠れて話を窺っていたエックス達は悪党どもの変態性に顔をしかめた。

ずっと地面を寝転がっていたゼロも、一緒に様子を見ようとしたのか

上半身だけで器用に地面を這ってエックス達の隣に並び隠れていた。

 

「……カメリーオだって?」

「あいつらカメリーオと取引しやがるってか……まさか!」

「持ち去った下着の山だろうね。 ……どうして僕の周りってこんな変なのばかりなの?」

 

ゼロは怒りを覚えたのか「あれは俺のだ!」と呟きながら両手に作った握り拳を震わせ、

そんな隣にいる仲間を含む、変態レプリロイド達の

毒気に当てられたアクセルは参った様に額に手を当てる。

 

一方でエックスはしっかりと聞いていたイレギュラー達の会話から何かを閃いた。

 

「つまり、あいつらはこれからカメリーオと会う約束をしてるって事か?」

 

そこまで口に出して隣にいた2人の仲間も気が付いたようにはっとした表情になる。

 

「かもしれないね……奪った押収品に金目の物は無かったらしいからね」

「カメリーオにしてみりゃ、高飛びも含めて当面の資金を直ぐにでも欲しいって訳だな」

「問題はいつ会うかだ。 これはもう『聞いてみる』しかないな」

 

3人は無言でうなずくと、下半身を失っているゼロはその場に待機。

エックスとアクセルは音を立てないようにゆっくりと横に匍匐して草むらを掻き分け移動する。

行き先は、草むらに囲まれているゼロの下半身の落ちた所だ。

そこを左右に挟むようにエックスとアクセルは片方ずつ分かれて前進した。

 

「……よし、とりあえずこれだけありゃカメリーオの旦那も逃げ切れるだろ」

「金だけでも持ち出せて何よりだ。 さて、一息付けたしそろそろ集合場所に行くか」

「そうだな。 この状況じゃ近くも警戒されてるだろうから手短にな」

 

開いたトランクの中身を検めた2人は、蓋を閉じるとさっさと立ち上がる。

その間にもエックスとアクセルは配置につき、いつでも飛び出せる態勢を整えた。

 

それを見計らったかのように、ゼロは近くに落ちていた小石を拾い横薙ぎにスイングして投げる!

投石した先はゼロ自身の下半身が落ちている場所だった。

硬い小石が土の地面に当たってバウンドし、茂みを鳴らしながら草むらへと入る。

 

「あ?」

 

何も知らないライギャンβが、ゼロの投石が落ちた音を聞き分ける。

鬣の立派なイレギュラーは不審に感じ、草を掻き分けて音のした方向をたどって歩み寄り――――

 

「うおっ!? お、おいマジかよ!」

 

そして分断されたゼロのレッグパーツを発見する。

同じレプリロイドである彼からすれば、

人間で言うなら切断された下半身を目の当たりにしたような物。

血の気の濃い凶暴なイレギュラーであるライギャンβにしても、これには身じろぎするほかない。

 

「どうしたライギャン? 何があった?」

 

相方の異変に気が付いたキンコーソーダーが、ライギャンβの後を追ってやってくる。

 

「何だぁ? レプリロイドの残骸でも見つけたってか?」

「そのまさかだよ!」

「……んな!?」

 

ライギャンβに促されるまま、同様にゼロの下半身を目撃しては息を呑む。

無残にも分断され、乱雑に打ち捨てられた下半身の姿に2人の視線は釘付けになった。

 

その瞬間をイレギュラーハンター達は見逃さなかった。

先に立ち上がったのはアクセルだった。 素早く銃を抜き、遺棄されたレプリロイドの

下半身に気を取られてるスキをついて、銃口をキンコーソーダーの後頭部に突き付けた!

 

「はいそこまで、2人共動いたら撃つよ?」

 

2人は目を見開いた。 キンコーソーダーは慌てて振り返ろうとするが、

アクセルが銃口で後頭部を小突くと一瞬身を震わせた後に両手を上げた。

 

「なんだこのガキ! 何モンだ――――」

 

ライギャンβが両手から爪を引き出した所で、今度はワンテンポ遅れて

背後から飛び出してきたエックスにタックルを食らう!

 

「ぬぉッ!?」

「動くなライギャンβ! お前達を逮捕する!!」

 

身を崩しうつ伏せに組みつけられながら、背後からのしかかるエックスに

バスターを突きつけられ、草むらの地面に押さえつけられる。

 

「お、お前はエックス!! さてはこのガキもハンターか!!」

「もう一度言う、動くな」

 

もがいたり尻尾を振り回して抵抗を試みるも、エックスが有無を言わさず

バスターをチャージし始めるや否やライギャンβはすぐに大人しくなった。

2人揃って確保された事実に、自分達の置かれた立場を理解したらしい。

アクセルに銃を突きつけられるキンコーソーダー同様、彼も観念したようだ。

 

して、相方のキンコーソーダーだが……ホールドアップの意思を見せつつも

目線だけは後ろへ銃を突き付けているアクセルに問いかける。

 

「ど、どうしてこんな所にハンターが?」

「そんな事はどうでもいいよ。 質問したいのは僕達だよ」

 

しかしアクセルはキンコーソーダーの言葉を遮り、

姿を目に入れる事も許さないとばかりにもう一度銃口で後頭部を小突く。

キンコーソーダーは慌てて目線を正面へ戻した。

 

「アンタ達カメリーオと会う約束してるんでしょ?

 どこでいつ待ち合わせするのか、教 え て ?」

「ッ!!」

 

質問の内容と語気を強めたアクセルの態度からか、キンコーソーダーは身体を強張らせる。

ディグレイバーと同型の彼に表情などないが、しかし仕草から明らかに緊張している事が窺える。

 

「ケッ、誰がてめえらなんかにゲロッたりするかよ!!」

「ッ!! 暴れるな!」

 

一方で悪あがきからか、エックスに取り押さえられながらも精一杯の悪態をつくライギャンβ。

地面に抑え込むエックスの腕に一層の力が加わる。

 

「何が何でも喋ってもらう! 俺達には時間がないんだ!」

「ハッ! 正面切って勝てねぇからって不意打ちなんて狡い真似しやがって!

 しかも頼りになる仲間はこんなガキ一人ってか!

 てめぇらの言う事素直に聞くと思ったら大間違いなんだよ!

 

    こ の ブ ル マ 野 郎 が ! 」

 

 

そして今朝方のカメリーオ同様致命的なミスをやらかす。

 

口は災いの元と言うが、特にエックスに対しては文字通り命取りとなる。

禁句の『ブルマ』呼ばわりを受けてエックスの顔から表情が消え、

 

辺りの空気が瞬時に凍り付いた。

 

「ライギャン……お、お前……」

「ア、アンタ何て事言うんだよ……」

 

氷を得意とするレプリロイドのそれを上回る、なお冷たい視線を感じ取り

キンコーソーダーとアクセルは揃って青ざめる。

それもその筈である。

 

彼らの目線は不気味に笑みを浮かべるエックスに注がれていたのだから。

 

「君は犯罪重ねるだけあっていい度胸してるね」

 

そしてエックスに組み敷かれたライギャンβは感じ取る。

エックスの声に笑い声が混じり、しかしそれは決して温かみを含んだものでなく、

目元に影を感じさせるような絶対零度の冷たさを。

 

「ところで……君は良い鬣を持っているね?」

 

バスターを腕に戻し、エックスの手先がライギャンβの鬣に触れる。

 

「お、俺の鬣に触るな!」

「つれない事言わないでくれよ……へぇ、これは立派で丈夫そうだね。

 

  強 く 引 っ 張 っ て も 抜 け な さ そ う だ よ 」

 

鬣を撫でるエックスの手つきにライギャンβは嫌悪感を隠せない。 震えた声で嫌がるも、

エックスはそこから更に右手で頭を……そして左手で髭の部分を力強く掴んだ。

鬣を引っ張り、ライギャンβの首を上に持ち上げるエックス。

 

アクセルは銃を突きつけたまま冷や汗を流し、

両手を上げたままのキンコーソーダーの膝は笑っていた。

まるでこれから起こる惨劇を察しているかのように。

 

「早く、早く今の言葉取り下げろ……コイツには……」

「もう手遅れだと思うよ……?」

 

その場に居合わせる全員がエックスの恐ろしさに身の毛のよだつ様な思いをしていた。

やがて堪え切れなくなったキンコーソーダーが、ついに叫び出してしまった。

 

「ロックマンXに『ブルマ』は禁句だって――――」

 

「 ブ ル マ っ て 言 う な あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ! ! ! ! 」

 

キンコーソーダーの叫び以上の音量をもって、エックスは絶叫しながら

ライギャンβの鬣を持ったまま右腕と左腕を時計回りになる様に引っ張り、

鬣に引っ張られるままライギャンβの首はあられもない方向に捻り上げられる!

 

ゴキリッ☆

 

「しげとっ」

 

当然、エックスの怪力に耐えられないライギャンβの頸椎は見事にへし折れる。

直後、ライギャンβの目から光彩が消え、死んだ魚のような瞳で上目を剥いた。

どうやら完全に『オチ』たらしい。

 

「あ……ああ……ああ……」

 

とどめの『ブルマ』発言がなくても同様の結果にはなっただろうが、

それでもキンコーソーダーとしては、自分自身で相方の死刑台のボタンを

押してしまったと言う感覚は否めなかった。

 

膝の震えだけでなく、ある筈のない奥歯の鳴るような音が口元から零れてくる。

そんな思考がフリーズするキンコーソーダーに、エックスは振り向いてこう話しかけた。

 

「知ってるか? こういう時は反対方向へも捻っておくと『確実』なんだ」

 

エックスはライギャンβの鬣を握っている手を上下に入れ替えると、

今度は首を逆方向へと捻り上げる。

もう一度、しかし先程よりかは小さな乾いた音を上げると、

僅かにライギャンβの体が痙攣し、それ以降完全に動かなくなった。

やる事をやったエックスは手を離すとライギャンβの首が

あってはならない方向へひん曲がり、完全に首の中身が断裂した事が分かる。

 

恐怖に打ち震えているであろうキンコーソーダーに、エックスは最後にこう告げる。

 

「 君 も 身 を も っ て 体 験 し て み る か い ? 」

 

「カ、カメリーオの旦那とは今から5分後に

 空港近くのセントラルパークで待ち合わせるんだッ!!」

 

助かりたい一心なのだろう。 キンコーソーダーは自ら

カメリーオとの秘密の待ち合わせ場所を喋り始めた。

聞くからに震え声で必死に言葉を捻り出している。

しかしエックスは容赦ない。 完全に降参するキンコーソーダーに

なおも情報の開示を要求しようとバスターの銃口を突き付ける。

 

「セントラルパークの、どこだ?」

「すぐ側にベンチの置いてある公園端のトイレだあああああああああああ!!!!

 頼むうぅぅぅぅぅぅ!! 殺さないでくれええぇぇぇぇ――――――――エ"ッ!!」

 

最後に命乞いを始めるや否や、突如キンコーソーダーの体が震え始めた。

それは恐怖によるものに違いないが、緊張と言うよりは痙攣の

大きく体を前後に振るわせるような大げさな震え方だった。

 

「エ"ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!! アッー!」

 

これにはアクセルも引き気味に、思わず銃を握ったまま後ずさりした。

どうやらひきつけを起こしてしまったらしい。

明らかに異常を訴えかけるような全身の震えはしばらく続き、

やがて最後は声にならないような叫びを上げると、

口元から泡を吹いてそのまま卒倒してしまった。

 

地面に横たわり、手足の指先を震わせるキンコーソーダー。

エックスは倒れた情報提供者を素早く確保、手錠をかけて拘束する。

 

「これでよし。 この2人の後の事は応援を呼んで任せよう」

 

アクセルはそんな青い仲間の様子を冷や汗を流しながら眺めていた。

 

「エックス……アンタ何でそんなに『手慣れて』るの?」

「聞きたいか?」

 

アクセルは開いた両手を差し出して首を大きく横に振った。

ノーサンキュー!

エックスは特に気にせず黙ってゼロの下半身を拾い、

離れた所でじっと様子を窺っていたゼロに持って行ってやる。

 

「場所が分かった。 国際空港の近くのセントラルパークだ。

 ……さて、早く下半身をくっつけようか」

「いつも思うがお前ちょっと怖いぞ……まあいい、

 早く俺の下半身宛がってくれ。 後は再生能力でくっつける」

「もっと早く直せる方法がある」

 

エックスは懐から湿気た巻紙のようなものを取り出した。

それを見るやゼロはぎょっとした様子で目を見開いて、

続いて一転してげんなりとした態度を露にする。

 

「……ガムテープ」

「さっきカメリーオのパトカー内からこれとあいつの尻尾が見つかった。

 これを使って貼り付けたからカメレオンスティングが撃てたんだろう」

「恰好が付かねぇな……もうちょっとマシな方法なかったのか?」

 

ゼロは額に手を当てて呟いた。 わずかに見える口元はどこか悲しげだ。

 

「背に腹は代えられないだろう。 くっつくだけましだ」

「……しょうがねぇな。 しかし俺達の体って一体何なんだろうな」

「当たり前のように再生しておいて今更だな……とにかく始めるぞ」

 

2人は苦笑いをしながら、エックスはガムテープを引っ張っては千切り

持ってきたゼロの下半身を切断面に合わせつつも

ガムテープの切れ端を宛がっては一枚ずつ貼り付けていく。

 

「クソ……この上から横に巻いたらまるで腹巻だ――――――――ぬぅおッ!?」

 

何枚かガムテープを張ってある程度形を整えたあたりで、

突如ゼロが苦悶の顔を浮かべ、悲鳴と共に強く股間を押さえては苦痛を堪えようとする。

どうも2度蹴られた分のダメージがしっかりと残っていたようだ。

 

「あ、ごめん。 そう言えばさっきアクセルと二人で金的したんだっけ」

「お"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"……少しは手加減しやがれぇぇぇぇぇ」

 

ぺったんテープでペタリっ! しただけのお粗末な補修だが、

こんなでも電子回路だけはしっかりと繋がったのだろう。

悶絶する赤いハンターを前に、エックスはちっとも悪びれる様子もなく頭を掻いて平謝りする。

 

 

 

「……うーん」

 

赤と青の仲間をよそに落ち着きを取り戻したアクセルは、

気絶したキンコーソーダーと、文字通りエックスの手によって

昇天させられたライギャンβの計2名のイレギュラーを見下ろしていた。

 

キンコーソーダーはきちんと地面にうつ伏せに拘束されているが、息の根の止まった

ライギャンβはあられもない方向に首が曲がったまま野ざらしに横たわっていた。

とくに後者は決して見ていて気持ちのいいものではないが、

しかしアクセルはイレギュラー2人を見て思う所があった。

 

「カメリーオって奴狡猾そうな上に隠れるの得意だから、

 約束してたこの2人が来ないって分かったら逃げちゃうかもなぁ……」

 

アクセルは頭をひねって考えている。

待ち合わせの場所や時間は開示された情報からは明らかだが、

この非常線がそこらに張られている状況となると、約束したカメリーオ自身も

相当警戒心を高めているに違いないだろう。 ともなれば、自分はあらかじめ

先回りした上で、例の光学迷彩を使うなりしてこっそり監視している可能性がある。

 

もしここでカメリーオに感づかれて逃げられてしまえば、自分達3人に

逃走中のイレギュラーを捕らえるチャンスは2度と来ないだろう。

 

いっその事キンコーソーダーを無理矢理協力させると言う事も考えたが、

ここまで完全に伸びてしまえば時間までに叩き起こすのは無理があるだろう。

 

「うーん……カメリーオに警戒されずに近づくには――――あっ!」

 

思考を重ねる中、アクセルの脳裏にある閃きが。

明るい表情で両手を叩き、すっきりとした様子で笑顔になる。

 

あった。 たった一つ怪しまれずに近づく方法が。

それもアクセル自身の十八番とも呼べるある能力を持って。

 

「へへっ、『擬態』は何もあんただけの取り柄じゃないって事だね」

 

にっくきイレギュラー、スティングカメリーオの

慌てふためく姿を思い描き、アクセルは1人不敵に笑った。

そして、股間の痛みをこらえながらも立ち直ってきたゼロの方に問いかける。

 

 

 

「ゼロ。 悪いけど例の下着ちょっと借りるよ?」

 

 

 

 

 



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第7話

 

 

「参ったなこりゃ……思った以上に集まってきやがったか」

 

カメリーオは自身の緑の体を青々とした茂みと同化するようにして、

警戒に当たるイレギュラーハンターの目を盗みつつ、周囲を見渡していた。

橋から車2台もつれ込みながら落ちた際の衝撃で、

もう光学迷彩は使い物にならなくなっていた。

ガムテープで乱雑に張り付けただけの尻尾も再び失った。

 

「ニニニ……結局まともに手に入ったのはこいつだけか……」

 

カメリーオはすぐそばに置いてある、飾りっ気のない黒光りする

張りつめたバッグに目をやってはため息をついた。

盗品の下着の入ったカバンである。 頑丈で防水加工の施された

実用性を第一に設計された代物は、中身を無事に保護する事は出来た。

 

とは言っても仮に中身を売りさばいたとして、その儲けは高跳びと

散々に痛めつけられたボディの修理で大半が飛んでしまうだろう。

苦労を考えれば割に合わない。 骨折り損のくたびれ儲けと言う他ない。

何より……この状況では取引に応じてくれるキンコーソーダ―達が、

警備の目をかいくぐってやって来れるかどうかは分からない。

 

ここはセントラルパーク。 国際空港のすぐ側と言う立地は

市民の憩いの場として、特に休日は子供達が飛行機見たさに

家族連れでやってくる事の多い、緑豊かで花壇に植えられた花々の可愛らしい公園である。

 

しかし今日ばかりは違う。 のどかな筈の公園は休息を求めてやってきた市民ではなく

睨みを利かせたイレギュラーハンター達が辺り一面を歩き回り、

公園全体が剣呑とした雰囲気に包まれていた。

 

そうであろう。 不法侵入を重ね下着の窃盗を繰り返しては女性を辱め、

加えてハンターベースを荒らしまわった上で脱走した凶悪犯、

スティング・カメリーオがここに潜んでいるのだから。

高跳び先として目星のつけられた空港の近くとあって、

近隣をパトロールしていたハンター達が既に捜査網を敷き、

逃げたカメリーオを虱潰しに探し出そうとしている。

 

「くそったれ……イレギュラーハンターの立ち直りを甘く見すぎたな」

 

計算ミスだったかもしれない。 妨害工作によって混乱に陥ったはずの

ハンターベースの立て直しが思った以上に早かった。

それとも例の3人組の差し金であろうか?

奴らよりも早くに意識を取り戻し、川底に沈んだ車両から

一抜けして待ち合わせ場所にやってきたものの結果はこの様だ。

カメリーオの置かれた状況は依然として芳しくない。

 

茂みから頭を引き抜くと、カメリーオは浮かない表情のまま

近くに生えている木にもたれかかるようにして座り込んだ。

疲れた足腰に芝生の柔らかさが心地よい。

 

ここに隠れてしばらく経つが、約束の時間は既に5分ほど過ぎている。

駐車場の爆破で足止めに成功した事に浮かれ、マークされやすい

空港の近くの立地を待ち合わせ場所に選んだのは失敗だった。

 

キンコーソーダーと通信さえつながれば、待ち合わせ場所を

今すぐにでも変えるのだが、生憎と先程の騒動から一向に捉まる気配はない。

自分からした約束である以上すっぽかす事も出来ず、

ハンター達の視線を窺ってただ隠れているしかできない状況がもどかしかった。

 

 

――――その時である。

 

カメリーオの視線の先にあるベンチが側に置かれた公衆トイレの中、

男子トイレ側の個室の扉が音を立てて開いたのだ!

カメリーオは体を強張らせ、膝をついて立ち上がろうとした。

 

「(見つかったか!?)」

 

焦燥に駆られながらも、いつでも逃げられるよう体勢をたてながら

怪しげな物音のしたトイレを注視するカメリーオ。

緊張にさらされ冷や汗を流しながら様子を覗っていると……

 

「俺だよ旦那、ライギャンだよ」

 

周囲には聞こえない程度に声を上げ、人相は悪いが鬣の立派なイレギュラーが

ゆっくりと扉から身を乗り出しカメリーオの前に姿を現した。

カメリーオはその姿に見覚えがあった。 と、言うよりは

先程の通信でキンコーソーダーの隣に立っていた男だ。

 

「な、何でぇライギャンβか……驚かすなよ」

「すまねえ、ハンター共のガサ入れがあってな」

 

ライギャンβだった。 こちらに歩いてくる顔見知りにカメリーオは胸を撫で下ろした。

元特A級ハンターに相応しくない臆病なリアクションだが、

頼れる武器と言えば長い舌……アイアンタンぐらいしかまともに残っていない。

満身創痍のカメリーオにとっては致し方が無い事でもあった。

 

して、カメリーオは大事な取引相手を見てふと気づく。

 

「……キンコーソーダーはどうした?」

 

カメリーオが尋ねると、ライギャンβは額に片手を置き

苦虫を噛み潰したような表情で返答する。

 

「残念だがあいつはパクられちまったよ……。

とにかく取引だけでも破綻しねぇように金だけは絶対に持って行けって

言われてな……俺1人逃げ出すだけで精いっぱいだった……!!」

「ッ! ……チクショウハンター共め!」

 

2人してキンコーソーダーに対しての義理からか、

憎きイレギュラーハンターへの悔しさを隠そうともせず歯ぎしりする。

今ここで地団駄を踏みたい衝動に駆られるも、それをすれば周囲を嗅ぎ回っている

イレギュラーハンターに見つかってしまう事は避けられない。

 

ここは怒りを堪えて気持ちを切り替え、ひとまずは取引の件を済ませる事にした。

 

「……しょうがねえ、とりあえずやる事だけでもやっちまおう。

 で、持ってきた前金ってのは一体どこにあるんだ?」

 

カメリーオはライギャンβの全身を見た。

自分が持ってきた下着は結構な量であったはずだ。

ならば直ぐに渡せる限りの前金とはいえ、取引するブツの相場と

当面の活動資金の工面を条件に出しているなら結構な額は持ってきているはず。

トランクケース一つ分の金ぐらいは見繕っていたはずなのだが。

はて? カメリーオはライギャンβに金のありかを訪ねてみる。

 

「ああ……それならここにある」

 

ライギャンβが懐に手を突っ込み何かを取り出した。

握り拳の間からは、紐のような物が垂れ下がっている。

何だこれは? カメリーオの脳裏に疑問符が浮かび上がる。

 

首を傾げてライギャンβの様子を窺うも、ライギャンβの口元が吊り上がり……

 

 

 

手に握りしめたそれを広げて、突如カメリーオの顔面目掛けて飛び掛かってきた!

 

「なっ――――」

 

呆気にとられたカメリーオは悲鳴を上げる間も無く押し倒され、

顔にライギャンβの広げたそれを、何か白い布を被せられ口を封じられてしまう。

仰向けに芝生に押さえつけられ、ライギャンβの両手が顔面に強く圧し掛かる!

 

「ニニニッ!? 何しやがるんだライギャン!!」

「これが前金だよ! アンタにノシ付けて返してやるよ!」

 

カメリーオはライギャンβの手と顔にかぶせられた布切れを引きはがそうと、

足をばたつかせ相手の腕をつかみ返そうと顔に手をやって抵抗を試みる。

手が顔に覆いかぶさった布に触れる。 指先に伝わるほんの少し生暖かく滑らかな触り心地は

混乱の中にあっても心地よさを感じ……何よりこの感触にカメリーオは覚えがあった。

 

「ニニ……こ、これは……?」

 

何度も顔の布を触って確認するカメリーオ。 その様子を見ていたライギャンβは

腕を放し身を引いて押さえつけていたカメリーオを解放する。

目元は左右とも隠れていない。 野球のボールの縫い目のように眉間から鼻と口元を縦に覆う

その形は、本来は顔を覆って隠す為の代物ではない。

むしろこれは……。

 

「忘れちゃったの? アンタの『とっておき』だよ」

 

嘲笑しながらトイレの洗面所から引っぺがしたであろう鏡をカメリーオに突き付ける。

そしてカメリーオは驚愕する。

 

カメリーオに被せられていたのは女性の身に着ける純白のショーツ。

更に言うとこれは脱走の際ゼロにくれてやった筈の『とっておき』の一品だ。

 

「な、何でお前がこれをもって――――」

「ああ、そりゃそうだよ……本人から預かったんだからね!」

 

言い終わったと同時にライギャンβの体が光に包まれる。

カメリーオは更に驚き慄くが、光の中でライギャンβの

人とライオンと足して2で割ったような体の輪郭が小柄な姿に変わる。

 

目の前の光景から視線を離せないカメリーオ。

発光はすぐに収まり、そこに立っていたのは黒いアーマーに身を包み

オレンジのくせ毛が後頭部から生えた、顔に×文字の傷が入った少年だった。

 

「お、お前はエックスのッ!!」

 

アクセル。 例の憎き3人組の1人として認識していたレプリロイドだった。

だとしたら今さっきまで話していたライギャンβは、偽物だったと言う事になるが……。

そこまで考えてカメリーオは気づく。

 

「ニニニ……そうか、お前コピーチップを積んだ新世代レプリロイドか!」

「ご名答♪ ちなみにアンタと取引予定だった2人組は僕達が捕まえといたよ!

 

 

 ……さっきのライオンみたいな奴は『ちょっと』ひどい事になっちゃったけど」

 

余裕ぶった態度ながら、目線を逸らして含蓄のある言い回しをするアクセル。

コピーチップ……今アクセルが行った通り、入手したレプリロイドのデータに応じて

姿や能力を、そっくりそのままデータ元そのものに擬態可能にしてしまうチップで、

主にアクセルのような新世代と称されるようなレプリロイドが搭載している装備である。

 

カメリーオも噂には聞いていたが、まさか仕草も含めて

これほど精巧に化けられるとは思わなかった。

後ずさりしてアクセルと距離を置くが、そんなカメリーオにアクセルは声をかける。

 

「それにしても顔のパンツ取らないんだね。 とっておきなんて言って

 ずっと持ってたらしいし、やっぱアンタ変態の気があったんじゃないの?」

「ニニ!? 何だとてめぇ!?」

 

カメリーオはパンツをかぶったまま、口を大きく開けてアイアンタンを突き出そうとする。

飛び出した舌先がパンツに触れた所で、アクセルは続けてこう言った。

 

「あ、いいの? そんなの舐めちゃって……。

 

 

 

 

 

  そ れ さ っ き ま で ゼ ロ の 股 間 に 入 っ て た パ ン ツ だ け ど 」

「えっ?」

 

衝撃のカミングアウトにカメリーオは素っ頓狂な声を上げる。

今こいつは何て言った? 顔と舌先に伝わる生暖かいパンツの感触に、

カメリーオは見る見る内に体温が下がっていくような気がした。

さながら生気を生地に吸われているかのように。

 

「取り出して10数分は経ってるから出したて程じゃないけど、

 それ以上に長い時間入れっぱなしだったからね。

 さっきのカーチェイスどころか、貰った直後にすぐしまい込んだらしいし……って聞いてる?」

 

パンツを被って舌先で愛撫する見た目変態仮面と化したカメリーオ。

アクセルから駄目押しと言わんばかりの、聞きたくもない情報の開示に

言葉を失って沈黙する中、自身の電子頭脳は次々とエラーを吐き始める。

 

「ニ……ニニ? ニニニ??」

 

それは尻尾を失うきっかけとなったゼロのセイバーとキックの一撃よりも、

なお深刻なダメージをカメリーオの意識に与えていた。

頭の中が盗んだ筈の下着類が飛び回り、居もしないゼロの高笑いの幻聴が

カメリーオの意識中に満ち溢れ混沌の沙汰と化していた。

 

電子頭脳の混乱に全身が震え体の自由が利かなくなる中、アクセルが問いかけてくる。

 

「ね、ねぇ……自分で被せといて言うのもなんだけど、大丈夫なの?」

 

度重なる極度のストレスを前に、下着とゼロの笑い声と言う形で幻覚となって現れた

プログラムの致命的なバグは、やがてカメリーオの意識の全てを塗りつぶし、

 

 

 

ついにカメリーオは考えるのを止めた。

 

 

「ニニニ……ニヒヒヒヒッ!!」

 

 

口元からよだれを垂らし、焦点の合わない虚ろな目で不気味な笑い声をあげた!!

 

 

 

「ニヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!!!!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<うわああああああああああああ―――――――――――――――――――――――>

 

パーク付近で合流した仲間たちと共に、無線機を囲うようにしてやり取りしていた

エックス達を、耳をつんざかんばかりの大音量が襲った。

つい反射的にヘルメット越しに耳を塞ぎ、地響きすらなるその余りの音量は、

叫んでいる途中でスピーカーが破裂して煙を噴く程であった。

 

「――――あああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

が、それだけに公園の敷地外に待機するエックス達をして

聞き取れる程の大きさだったので、無線機の不調程度で状況の判別に困ると言う事はなかった。

 

「な、何が起きたんだ!?」

「おい! これはアクセルの悲鳴だぜ!!」

 

一体何が起きたと言うのか。

酷い耳鳴りに頭をかき回されるような衝撃を受けたエックス達。

 

アクセルの十八番とも言うべきコピー能力で倒した(?)ライギャンβに化け、

渋るゼロからエックスの『熱い説得』をもって股間に大切に隠していたショーツを使い、

隠れているだろうカメリーオに捕捉されても逃げないよう、

仲間が来たと思い込ませ油断したカメリーオに被せノックアウトする。

後は気を失った所で集団で犯人確保の算段を立てていた。

 

一点の曇りもない完璧な作戦だった筈と思いきや、

想定外のトラブルにエックスは頭を抱え込んだ。

 

「くそっ! なんて事だ……パンツに残った感触が不快すぎたのか!?」

「決めつけんじゃねぇ!! 単純にキレさせただけかもしれねぇだろ!!」

「いやまあ、はっきり言うなら……くさそう「体は洗っとるわ! いい加減にしろ!!」

 

ついでにボロッカスに言われるゼロが、エックスに不満を露にする。

そもそもそんな所に女性の下着を入れていると言うアレな前提はさて置き、

『ゼロが』股に納めてたパンツと言う事実だけで大量破壊兵器扱いされるのは、

本人からすればたまったものでないだろう。

 

「とにかく作戦は失敗だ!! さっさとカメリーオ確保してパンツ取り返すぞ!」

「え、別にパンツの為に戦う理由なんかないけど」

「いいから行くぜ!? お前は兎も角俺は心配なんだよ!!

 アクセルが俺の魂の下着を傷物にしないかどうかがな!!」

 

ゼロは勢いのままに我先にセントラルパークの入口へと駆け込んだ!

 

「……アイツの魂パンツ並みか!!」

 

並々ならぬエロへの執着を見せるゼロに、エックスは頭痛がする思いであった。

とは言え仲間の単独行動を放置する訳もいかず、エックスは待機していた隊員に声をかけ、

共にゼロを追う形でセントラルパークの中へと入っていった。

 

エックスを含んだ10名を超える、犯人逮捕に向けてイレギュラーハンターの足音が重なる。

見回りの中で、慌てて敷地を走り抜けるエックス達を見て合流した隊員も次々と加わり、

その数は優に50人を超える団体となっていた。

 

パーク内の叫び声は収まる気配を見せない。 それどころか同じく敷地内を見回っていた

他の隊員達と思わしき悲鳴も混じり、公園内は騒然とした雰囲気をより一層増していく。

混乱を極める中エックスはゼロに追いつきつつも、

現場に近づくにつれて叫び声がよりはっきりと聞き取れるようになってくると、

声の種類が複数名分重なっている事に気付いた。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」

「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「変態だあああああああああああああ!!!!」

 

……どうやら本当に大変な事になっているらしい。

アクセルの事も含め、現場がどういった状況に置かれているのか、

2人を中心とする隊員達はいろんな意味で心配になった。

 

「ほ、本当に一体何が起こってんだ!?」

「変態が出たって事は……カメリーオにパンツ被せるのは成功したんじゃないか?」

「……頼むから外れててくれよ」

 

決して自分の股間に入れてたパンツのせいではない。

ゼロは走りながら内心あり得る可能性だと肯定しつつも、

認めたくない一心でエックスの予想が外れている事を心底願った。

 

大所帯を引き連れてエックス達はついに騒動の現場へとたどり着き……

 

 

 

 

そしてゼロにとって、当たって欲しくない嫌な予感は見事的中した。

 

 

「ニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニッ!!!!」

「あ、ああ……エ、エックス……ゼロ……」

 

 

エックスとゼロ達の目に飛び込んできた光景。

 

パンツを被ったカメリーオが上目を剥いて小躍りしながら、

純白の生地を避けてハミパンするように自慢のアイアンタンを伸ばしてはアクセルを絡めとり、

全身と言う全身を舐め回していた。 ゼロの股間の温もりや恐るべし!

どうやらカメリーオは完全に気がふれてしまっていたようだ。

 

涎塗れの不快な感触に、拘束されたアクセルは顔面蒼白のまま

息も絶え絶えに遅れてやってきた仲間たちの名を呟く。

 

周囲にはその場に居合わせた他の隊員たちが取り囲んではいたが、

名状しがたき不気味さを前に迂闊に手を出す事が出来ずにいた。

 

「まいったな、やっぱりゼロの股間の温もりは破壊力が強すぎたんだ」

「やめてくれよ……」

 

ゼロは絶望に打ちひしがれた。

余りのおぞましい光景に2人は身が震える思いであった。

そんな中、エックスは隣に立っている女性隊員に尋ねてみる。

 

「アレを見てくれ、腐女子的にどう思う?」

「すごく……サイテーです」

 

一刀両断。

 

「それはカメリーオの事か? それともカメリーオの被ってるアレ提供した――――」

「 こ れ 以 上 俺 を い ぢ め る な ! ! 」

 

嫌そうな態度を隠そうともしない女性隊員のきっぱりとした物言いに加え、

問いかけと言う名のエックスの死体蹴りに、ゼロの心はカメリーオと戦わずして瀕死であった。

 

「ニニニニニニニニニニニニニ!!!! ニヒッ!! ニヒヒッ!!」

「うう……エ、エックス……ぼ、僕はもうダメだ……」

「!! 気をしっかり持つんだアクセル!!」

 

敵を目前に味方同士で潰しあいをするエックス達に、

一方でニヤけ顔のカメリーオの執拗な舌技に耐えきれず弱音を吐くアクセル。

口から泡を吹き不快に耐える少年の姿にエックスは痛々しさを覚える。

 

「そうだ、俺達が来たからにはもう安心だ!!」

「頑張れアクセル! あとちょっとの辛抱だ!!」

「これでカメリーオが美青年だったら妄想が唸るのに!!」

「お前は黙れッ!!」

 

少年の命運は風前の灯火。 今にも気を失いそうなアクセルを、

エックスと共にやってきた頼れるモブ隊員達が激励の声を送る。

 

 

 

しかし、仲間の声援を一身に浴びるアクセルから出た言葉は……。

 

「エックス、僕の事は構わないから……僕ごとカメリーオを倒して!!」

「なッ!?」

 

『道連れ』であった。

 

「そんな! 何を言ってるんだアクセル!!」

「エックス……ゼロ……どうやら僕はこれまでみたいだよ」

「ニニニニニーニニニーニニニーニッ!!」

 

アクセルは自らの運命を悟ったのか、エックスに自分に構わず攻撃するように懇願する。

これにはエックスも頭をハンマーで殴られたような衝撃を受ける。

その傍らで、舌でアクセルを絞めつけながらリズムに乗って踊るカメリーオ。

 

「アクセルッ!! バカな考えはよせ!!」

「もういいよ……僕は自分でもよく頑張ったと思うよ。

 諦めていいでしょ? 皆に見られながらこんな屈辱耐えられないよ」

「やめてくれ!! 簡単に死を望んだりなんかするな!」

「ニニニニニーニニニーニニニーニッ!!」

 

恥の極みに死を望むアクセルに対して、

エックスのみならずゼロも思いとどまるよう説得する。

一方でカメリーオは依然踊るのを止めない。

 

「死を望んでる? 違うよ、僕は最後まで誇らしくありたいんだ!

 お願いだよ!! 2人のバスターで僕ごと撃って!!

 僕のイレギュラーハンターとしての誇りを守ってよッ!!」

「ッ!!」

「アクセル「ニニニニニーニニニーニニニーニッ!!!!!!!!」

 

アクセルの慟哭を前に、エックスとゼロの心は揺れ動く。

そしてついにコサックダンスさえ始めたカメリーオに対し、

 

「「 う る さ い 黙 れ ッ ! ! 」」

 

話の腰を折り続ける無粋なイレギュラーに、

エックスとゼロはドンピシャなまでに息ピッタリで、同時にバスターを発射!!

 

「ニギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

見事命中!

 

2人のエネルギー弾は望み通りと言わんばかりにアクセルを巻き込んで爆発ッ!!

カメリーオとアクセルは爆炎に飲まれ、膨大な熱量と煙の中に消えた。

 

 

 

 

砕け散ったカメリーオの焦げた破片が降り注ぐ中、2人のハンターは我に返る。

 

「し、しまった! アクセルゥゥゥゥゥゥッ!!」

「やり過ぎちまった!! ……大丈夫か!?」

 

憤怒のチャージショットによる爆発は一瞬であったが、

命中によって発生した煙が視界を覆い、中の様子を窺い知る事は出来ない。

ただ一つ言える事は、周囲に散らばったカメリーオの体の破片から、

もしまともに食らっていればただ事で済まない事は容易に想像できた。

 

 

 

しばし様子を見ていると、爆心地を覆っていた煙は晴れ――――

 

 

 

 

「ア、アクセル……!!」

 

 

 

 

目前に飛び込んできた光景にエックスは声を震わせ、脱力のあまり地面に膝と両手をついた。

 

 

――――そこに黒焦げになって横たわるアクセルがいた。

 

そんなアクセルの頭上に黒焦げの布片が降り注ぐ。

小さな欠片が1枚、2枚……降り積もるようにアクセルの体に散らされていくそれは、

地獄から現れては哀れな少年を連れて行く死神の残り香のようにも見えた。

 

ゼロはアクセルを覆うように散らされる、煤に塗れた黒い布の破片を握り拳を震わせて見ていた。

 

先程まで動いていた仲間が物言わぬ残骸と化した光景を前に、

一部始終を見ていた隊員達は何も言う事が出来ない。

 

そんな、痛々しい沈黙を破ったのは、他ならぬエックスとゼロの叫びだった。

 

 

「リトライチップ代があああああああああああッ!!」

「俺の( パンツ)があああああああああああああああッ!!」

 

 

のどかな筈の昼過ぎの公園に似つかわしくない、悲しみに包まれた2人のイレギュラーハンター。

エックスは涙を、涙を流せぬゼロは血のように赤いオイルを、感情と共に目元からぶちまけた。

 

 

こうして……かつてはエックス達へのあこがれから、

1流のイレギュラーハンターを目指した少年アクセルは、

当の本人達による物欲と性欲のツープラトンによって、志半ばにあえなく散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕の心配ぐらいしろおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

なんと焦げて卒倒していたアクセルが起き上がり、心配の目を欲しそうにこちらを見ている!

ボロゾーキンと化し、息切れを起こすほどに大声を上げたアクセルを見て、

途端にエックスは悲しみに打ちひしがれたのが嘘のように平常心を取り戻した。

 

勢いで飛び起きたものの、身を起こしているのもやっとな状態のアクセル。

エックスはさっさと立ち上がり、何食わぬ顔でアクセルに近づくと、

まるでこちらを射殺すような目でエックスを見上げるアクセルに腕を差し出した。

 

「生きててくれてありがとうアクセル……これでリトライチップ1枚分予算が浮くよ」

「僕の命の価値はチップ1枚分かッ!!」

 

笑顔を浮かべて差し出したエックスの手を、アクセルは当然ながら乱暴に払いのけた。

 

「しかもなんだよその言い方!! たかが1枚分も出し惜しみされる程の存在なの!?」

 

エックスとしては仲間の無事を喜んだつもりなのに……

怒りの収まらないアクセルの返しに、少し困ったような表情を浮かべるエックス。

 

「そんなつもりは無いさ……それを言うなら」

 

エックスは指さすと、依然として燃えたパンツの破片をちまちまと拾い集めては、

地面に広げるように置いて形だけでも復元しようとするゼロの姿があった。

 

「見てみろ……ゼロなんかパンツ自分で燃やして打ちひしがれて、

 それこそアクセルどころじゃないんだぞ?」

「だから心配するだけ自分の方がマシって主張したつもりか!! 死ねッ!!」

 

怒りを収める処か余計に火に油を注いでしまったようだ。

普段の飄々とした性格からは想像も出来ないほどの罵詈雑言が、

アクセルの口から捲し立てられる。

 

あまりの胸糞の悪さに、肩で息をするほどであったアクセルであったが、

次はゼロのかき集めた布切れを蹴り飛ばしてやろうかと標的を定めた時であった。

 

 

 

 

ようやく燃えたパンツのかけらを集め終わるであろう、ゼロが一息をついた時。

空中から何かが勢いよくゼロの頭上に落下した。

 

「しひろっ!」

「ニギィッ!!」

 

それはゼロのヘルメットを強く打ち、首を押しつぶして

頭部を胴体に陥没させる程の衝撃を与えた。

ゼロと『落ちてきた何か』は苦痛の声をあげ、そのまま気を失って

顔からせっかくかき集めた布切れにダイブ! 倒れ込んだ衝撃で布切れは再び宙を舞い

加えて狙いすましたようなタイミングで吹いてきた風に巻きあげられ、

今度こそ2度とかき集められなくなるような形で空の中へ散っていった。

 

アクセルにしてみれば、天誅とも言える出来事にほんの少し胸のすく思いをするが、

してそのゼロを轟沈させた何かは、地面に落ちてもなお勢いそのままに

エックス達の方へと転がってきた。

赤茶けたレンガ敷きの歩道を転がり、やがてそれはエックスの足元近くで止まった。

 

「ニ……ニニニ……」

 

苦しそうにうめき声を上げる謎の物体……

それは胴体を吹き飛ばされ首だけになったカメリーオだった。

 

顔中煤塗れでちぎれた首元からは、胴体の切断されていたゼロのように断面から火花が散る。

 

余りの惨状にアクセルも怒りを忘れ、いかなイレギュラー相手とは言え言葉を失った。

体を吹き飛ばされた衝撃も凄まじかったのだろう。

今の今まで空中に打ち上げられていた事実にエックスは驚くも、

しかし残念そうに親指の先を噛むような仕草を見せる。

 

「参ったな。 首だけになったら引きちぎるどころじゃないな。

 エイリアとの約束もあったんだけどな……」

「えっ? まだやる気だったの……?」

 

止めを刺す考えを未だに忘れていなかったエックスに、

アクセルは目を細めて冷や汗を流すしかない。

 

そんなエックスとアクセルを前に、首だけになったカメリーオが

弱弱しく口を開き、何とかして言葉を捻り出そうとした。

 

「ニニ……降参だ……負けを認めるよ」

 

どうやら心も完全に折れてしまっているようだ。

逃走劇のさなかで見せたふてぶてしさは、最早見る影もない。

 

「大人しく牢屋に入れと言うなら入る……だから頼む! 命だけは助けてくれ……!!」

 

尻尾どころか体すら失い、最早一切の抵抗も叶わない。

プライドを殴り捨てて命乞いをする、まな板の上の鯉と化したカメリーオに、

流石のアクセルもこれ以上彼を追いつめる事は躊躇われた。

 

「も、もういいんじゃないの……? 流石にこれ以上追い打ちかけるのはちょっと……」

 

『完全決着』を望むエックスを、巻き添えを食って思う所が色々ある筈のアクセルが窘める。

エックスは腕を組んで考え、一時の間を置いた後に切り出した。

 

「……仕方ない、俺はいいとしてエイリアには『目』で我慢してもらうか」

「どういう意味なのかはあえて聞かないよ。 ……さよならカメリーオ」

「ニギィィィィィィィ!!!!」

 

体の部位をあえて強調するエックスの何やら不穏な物言い。

やはりと言うか、エックスは一度決意すると一切ブレないようだった。

これにはアクセルも諦めがついたのか、

目を閉じて今や処刑を待つだけのカメリーオに指で十字を切った。

 

「嫌だ……嫌だ……俺は死にたくねぇ!!」

 

今度こそ現世との別れがやって来た。 カメリーオは必死で懇願するように喚き散らす。

惨めったらしい姿を晒し、尊厳もへし折られたままガラクタにされるなど、

腐っても実力者としての君臨を夢見た彼としては耐えられない事であった。

 

 

 

それ故だったのだろう。 カメリーオはこの場において、

エックスに対しある意味暴言以上に吐いてはいけない台詞を口にしてしまった。

 

 

 

 

「許してくれぇ!! 何でもするからぁッ!!」

 

 

 

 

カメリーオの断末魔の叫びが、セントラルパークの敷地内にこだました。

 

「ん?」

 

下手人の処遇を含む、この後の段取りを考えていたエックスの意識が、

最後の力を振り絞って懇願したカメリーオの方に向けられる。

まさかこの状況で願いが通じたとでもいうのであろうか?

 

否。 自分の信じる正義に忠実になったエックスはそんな甘い男ではない。

では何をもって青い伝説のB級ハンターの琴線に触れたのか?

その答えをはっきりと伺い知る事は出来ない。

 

「あっ……」

 

だが、エックスを動かした何かが決してロクでもないものであるのは、

これまでのやり取りからアクセルにとって察するに余り有る事でもあった。

 

膝をついて首だけのカメリーオを、エックスはうって変わって

穏やかな手つきで頬の両側を持つように拾い上げる。

そして正面から向かい合い、目が合ったカメリーオは「ヒッ」と情けない声を上げる。

 

エックスは決して怒りからではない優しげな笑顔を浮かべているが、

この状況下においては異様の極みとしか言えず、アクセルや固唾を呑んで見守っていた

他の隊員達も察したか、全員が揃って恐怖に慄いた。

 

何度も言うが、エックスはにこやかで今は怒っている訳でない。

が、今に至るまでの彼の発言における文脈を鑑みれば、

間違いなく背筋が凍るような一言を口にする。

 

 

「今、 何 で も す る っ て 言 っ た よ ね ? 」

 

 

その言葉が、ある意味でカメリーオの聞いた最後の言葉だった。

 

 

 

 

 




……ようやくカメリーオ逮捕。 長かった……ちょっとした短編のつもりだったのに
えらい話と言うか文章が膨らんで大変でしたが、後もう少しで完結です!
もう少し、お付き合いくださいな。


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エピローグ

「――――報告は以上だ」

 

カメリーオ逮捕から数日後、攻撃を受けたハンターベース等を含む

事後処理を終えたエックスとアクセルは、相変わらず職員たちのごった返す

オペレータールームにおいて、エイリアを相手に改めて事件内容の報告を行っていた。

 

「……カメリーオは『無事』逮捕され、現在は修理と共に

 再犯をしないよう更生プログラムを受けている……これでいいわね」

 

デスクに備え付けの端末を通して、エックスの報告内容を反芻しながら

エイリアはキーボードを叩いて報告内容をまとめ上げた。

 

「お疲れ様、随分大変な目にあったみたいね。 特にアクセル?」

「う、うん……ちょっと嫌な事あったけど無事捕まえられてよかったよ」

 

はにかむエイリアに、アクセルは事件の最後の方を思い出し

少し歯切れの悪い返しをする。 あくまで彼女には分からない程度に。

 

エックス達の報告は全てをありのままに伝えた訳ではない。

パンツを被ってカメリーオが発狂し、全身をくまなく舐めとられた部分については

アクセル自身の必死の願いの元、口止めしてもらっていた。

 

つまりは、報告内容をある意味でごまかした事になるが、現場に居合わせた

エックス達をして余りにおぞましい光景だったため、

裏口を合わせて『無かった事』にするのには特に反対意見は上がらなかった。

 

「……それにしても」

 

して、そんな裏事情を知らないエイリアだが、ふと曇ったような表情で切り出した。

 

「エックス、貴方カメリーオを修理するよう頼んだって聞いたけど?」

「……ん、ああ。 その事か」

「身体を吹き飛ばしちゃっただけならまだしも……わざわざ直す意味はあったの?」

 

エイリアにとってカメリーオは下着泥棒の下手人。 胴体を真っ二つに

折ってやると意気込んでいた程、カメリーオに怨恨を抱いていたのは周知の事実。

それを全身バラバラに吹き飛ばされ、自分の手で『お返し』をする機会を逃したのみならず、

ハンターベースに連れ帰り修理ついでに更生させると聞いて、

当然彼女としては不服を訴えエックスの真意を測りかねていた。

 

「(あの流れだとイヤな予感しかしないけど……外れていてほしいな)」

 

当事者であったアクセルにしてみれば、『更生』と聞いて何が行われるか……

具体的なものは思い浮かばないが、目も当てられない何かが起こるだろうとは踏んでいる。

 

 

敵ながら無抵抗のまま連れて行かれたカメリーオに、

アクセルが心の中で、ほんの少しだけ同情を寄せていた時だった。

部屋の自動ドアの扉が横に開き……噂をすれば何とやら、見覚えのある姿が立っていた。

 

エックス達3人には見覚えのある……アクセルにとって忌々しい、

そしてエイリアにとっての憎き下着泥棒の姿が。

 

「……カメリーオ!?」

 

最初に声をかけたのはアクセルだった。

全身緑のカメレオンを模したイレギュラー、スティング・カメリーオに。

 

姿を視界に入れたと同時に、無言の圧力と共にエイリアは椅子から立ち上がる。

が、それをエックスは何も言わずに手を突き出して制止。

エイリアが目を細めて睨みつけるが、当のエックスは首を横に振るだけで何も言わない。

 

剣呑としたムードに包まれた彼らを、カメリーオは口を開き、

中にいるエックス達を含む職員に声をかけた。

 

「ヤア皆サン、オ元気デナニヨリデス」

 

……あまりに折り目正しいカメリーオの言葉に、部屋にいた全員が沈黙した。

エックス達だけでない、他に仕事をこなしていたオペレーター達も

扉の前に立っていたカメリーオに視線を送る。

 

よく見れば、更生中とは言え犯罪者であるのに手錠をされていない。

カメリーオはぎこちない動きで手を振ると、これまたゼンマイ人形のような硬い動きで

右手と右足、左手と左足を動きを揃えてこちらに歩いてくる。

 

「……誰アンタ?」

 

余りの変貌にアクセルは困惑を隠せない。

しかし冷や汗を流すアクセルにカメリーオは不自然な笑いを上げる。

 

「ハッハッハ、ゴ冗談ヲ……私ハすてぃんぐ・かめりーおデス」

「…………ッ!!!!」

 

鳥肌が立つような悪寒を感じるアクセル。

身を引きながらも一瞬合わさったカメリーオの目は、

小刻みに動いていて焦点があってないようにも見える。

カメレオンがモチーフなのだから、左右で目が別々に動くのは当たり前だが、

それにしては、まともにこちらを見て会話出来ているような気がしない。

 

ガワに関しては吹き飛ばされたはずの胴体や尻尾も含めて、

きちんと修理出来ているようにも思えるが……。

胸中が混乱で満たされる中、アクセルの困惑をよそにエックスが嬉しそうに返事をした。

 

「カメリーオ、無事に更生が進んでいるようでなによりだよ!」

 

あからさまに挙動不審なカメリーオを、しかしエックスは前向きに受け止めている。

カメリーオは首を振り向き、続いて体と2段階に分けてゆっくりとエックスと向かい合った。

 

「ハイ、えっくす=サン。 私ハ完璧デ幸福デス。 平和万歳」

「そうか、俺は嬉しいよ……君がこんなにも穏やかに変わってくれて!」

「ハイ、ハイハイハイハイハイハハハハハh平和万歳平和ヘイワワワワワワ万歳、

 ……ピーガガガガガッ生マレ変ワッタ気分デス」

 

一瞬ハンチングを起こすも、これでもかと言うくらい平和主義をアピールするカメリーオを、

腰を抜かして地面に座り込むアクセルをよそに、

エックスは心底嬉しそうに笑い、来訪者を温かく迎え入れた。

アクセルは乾いた笑いを浮かべながら、恐る恐るエックスに尋ねてみた。

 

「……エ、エックス? 一体カメリーオどうしちゃったの? ちゃんと直ってるのコレ?」

「ああ、身体についてはダグラスとパレットが頑張って直してくれた。

 予算がないから、余ったネジやテキトーにかき集めたジャンク品で

 何とかしたらしいけど……まあ多分大丈夫さ」

「(全然大丈夫ちゃうやん!!)」

 

今まさに欠陥が浮き彫りになっているカメリーオを見ても、

さも問題なしと言ってのけるエックスに、アクセルは動揺を禁じ得ない。

口に出す事は目の前のカメリーオのヤバさに流石に憚られたが。

 

「で、貴方修理が済んだカメリーオに更生プログラムを受けさせてるって

 聞いたけど、……ちゃんと効果は表れてるのかしら?」

 

隣に立って怪訝な目で、カメリーオを見ていたエイリアがエックスに尋ねた。

それについてはアクセルも気になっていた所であり、

特にメンタル面の変貌については、最早我らがイレギュラーハンター3人組の知る、

スティング・カメリーオとしての面影を全く残していない。

 

嫌な胸騒ぎと共にアクセルは聞きに徹し、エイリアの質問にエックスは笑顔を崩さず答えた。

 

「俺が責任をもって、『24時間不眠不休』で平和の大切さを説いている。

 一緒に辛さを共有しながらも平穏な日々の大切さを身をもって教えていく。

 ……寝られないのは大変だけど、それはカメリーオも同じだからね。

 戦いに駆り出されるよりはやりがいのある仕事だよ」

「まあ……でも、それだけであのカメリーオが素直に受け入れるとは思えないけど」

 

エイリアの疑問にエックスは目を泳がせて考え、一時の間を置いてから答えた。

 

「それについては……故障は人格のプログラムにも及んでたし、『ちょっと』」

「あら、カメリーオの変わりようはそういう話だったのね?」

 

随分と驚いたように、口元に手を当てるエイリア。

エックスは直立不動のカメリーオの肩に手を置きながら、にこやかに続ける。

 

「俺はいつも考えていた、どうしていつも争わなければならないのかと。

 もっと平和的な解決だってある筈なのに……。

 倒して解決じゃなく、自分の意思で罪を償えるようにもして欲しい。

 同じ過ちを繰り返さない為にも、生かして解決するのが一番だと俺は信じているから」

「エックス……」

「(カメリーオのアイデンティティは死んでるけどね!!)」

 

エックスなりにイレギュラーと認定された相手に真摯に向き合う。

その姿勢を勘ぐるアクセルをよそに、エイリアは心を打たれたのか……

カメリーオを『とっちめよう』と立ち上がった彼女の腰がゆっくりと椅子に戻る。

エイリアは困った様に、しかしエックスと同じようにはにかんだ。

 

「しょうがないわね、そこまで頑張ってる事聞かされたら私からは何も言えないわ……」

「ありがとうエイリア」

 

エックスは感謝の言葉を述べ、エイリアが改めて残りのデスクワークの処理に

戻るのを見届けると、カメリーオと共に彼が入ってきた部屋の出入り口に向きなおす。

 

「さあカメリーオ、更生プログラムはあと2週間分は残ってるぞ?

 次はカンボジア支部が慈善事業の内容をまとめた、ビデオの感想文を書くんだ!」

「ハイヨロコンデー」

 

そう言ってエックスはカメリーオを連れて一緒に部屋を出ていった。

その間カメリーオの歩き方と言えば、やはり手足を揃えて歩くだく足歩行であり、

よく見れば体の至る所から小さなネジが1本、音を立てて零れ落ちている。

 

数日で人格を破綻させた『更生』が、

まだ数週間分もあると聞いたアクセルは乾いた笑いを浮かべた。

見た目だけカメリーオと化した、元『幽林の遊撃手』の後姿を自動扉が閉じるまで見送りながら、

平和を愛する青いハンターの、言葉の節々から滲み出す不穏な毒気にあてられて、

一気に疲れの吹き出したアクセルは、これ以上の悩みの種が増えない事を祈った。

 

 

 

 

 

 

「やったぜ。 嬉しいニュースだアクセル!!」

「(クソッタレ!!)」

 

10秒足りとも持たなかったが。

エックス達と入れ違いに、扉が開くなり駆け足気味に部屋に入ってきたのは、

今回最も事態を引っ掻き回したであろう赤いイレギュラー……もといゼロだった。

 

何やら見るからに興奮しており、握り拳を作る両手の間から白い布切れと紐が見える。

あまりに嬉しそうなゼロの態度に、一悶着を予感したアクセルは両手で顔を抑えうずくまった。

 

「フッ、辛気臭い顔をしているな……だがな」

 

あまりに辛そうにするアクセル。 しかしいささか高揚しているゼロは

気にせずアクセルの顎を持ち上げて顔を上げさせる。

 

「見とけよ見とけよ~……そらっ!」

 

アクセルは露骨に嫌そうな態度を見せるも、

ゼロは構わず両手に握っていた何かを、辟易するアクセルの前に突き出した。

 

アクセルのトラウマの1つである、被せただけでカメリーオを発狂させた純白の下着を!

 

「失われたパンツを何とか復元できたんだ「ヴォエッ!!」おいなんだアクセル」

 

意気揚々と広げた下着を見るなりアクセルが嘔吐しそうになる。

すんでの所で堪えるも、下着を突き付けたゼロは不機嫌そうにする。

 

「お、女物の下着なんてもう見たくもないよ……!!」

「なんだ、カメリーオがパンツ被って発狂したのが――――」

 

思わずタブーを口にしそうになったゼロを、アクセルが強く口を塞いで制止する。

 

「そんな事より、それがどうしてゼロの手元にあるの?」

 

秘密を喋りかけたゼロが慌てて自重したのを確認すると、口を塞いでいた手をどけ、

話題を反らすついでに、アクセルはゼロの手元にある一品を指さして尋ねてみた。

 

「ダグラスとパレットに頼み込んで、何とか一切れの生地から作り直してもらった。

 2人して少し白い目で見られたりもしたが、パンツの前には一向に構わん!」

「下着以上に大事な物見失ってる気がするけどね」

 

無駄に高い技術力を持つ開発部の2人を気の毒に思いながら、

アクセルも彼ら同様に白い視線を送り、晴れてゼロを白眼視する人物の3人目となった。

 

「ゼロ、公共の場でそんなもの出すんじゃありません」

 

アクセルとゼロの掛け合いを見かねたのか、エイリアが再び立ち上がると、

遠慮なしに恥ずかしい物を突き出すゼロを窘めようとこちらに歩いてきた。

ここらで一言ビシッと言ってやって欲しい。

アクセルはエイリアに女性目線での発言に大いに期待した。

 

「ム……焼けた筈の宝物が帰ってきたんだ。 喜ぶぐらい構わんだろう?」

「女物の下着を宝物って言い張るのが変なのよ……大体どんな――――」

 

ゼロの持っている自慢のアレをエイリアが見た時、彼女の言葉が止まった。

 

 

 

同時に、すかさず突き出されたエイリアの手が、下着を持つゼロの手を強く握る。

 

「お、おいエイリア……なんで俺の手を掴んでって、ててててててててててててッ!?」

 

部屋中がどよめきに包まれる。

戦闘型レプリロイドの膂力をもってしても、逃げられない握力でゼロの腕を捻り上げた。

これには流石のゼロも痛みの余り膝をついて、腕を捻り上げるエイリアの手を解こうと抵抗する。

 

しかし悲しきかな。 エイリアはオペレートのみならず、イレギュラーハントにも精通している。

特筆すべきは、その見た目に不釣りあいなまでの怪力。 加えて特技のプロレス技。

色々と規格外なエックスを除けば、全ハンター中1.2を争うとまで言われているとか。

 

「エ、エイリア? 一体どうしたの「何で貴方が持ってるのかしら?」

 

エイリアの口から発せられる、地獄の窯から響き渡るような威圧感を伴う低い声色。

そして彼女の背中に浮かぶは、かつてカメリーオの胴体

へし折るとまで言ってのけた時と同じ……『鬼』(イレギュラー)の影。

まるでカメリーオ相手にやりそびれた事を、今度はゼロ相手にて成し遂げようと

言わんばかりの彼女の雰囲気。 何故? どうして今頃になってそんな事を?

 

「そう言えば、貴方がカメリーオを逃がしたのは

 彼との取引に応じたからってエックスが言ってたわよね?」

「それと今何の関係が……イテテテテテテテテッ!!」

 

確かに彼女、はカメリーオに下着を盗まれて気を悪くしていたのは知っているが、

それとゼロが持ってきた下着を見て、憤怒の形相になる事と一体何の関係が――――

 

「(――――そうか、分かったぞ!!)」

 

アクセルは思い出す。 ゼロが後生大事にすると言ってのけた

例のブラとショーツは、元々はカメリーオがとっておきとして保管していたモノを、

脱走の手助けの見返りとして彼に渡したものだった。

ここでエイリアの盗まれた下着とゼロの貰った盗品には、2つには共通点がある。

どちらもカメリーオが関与していると言う事だ。 つまり……

 

「ゼロ、 そ れ 私 の 下 着 な の よ ? 」

 

アクセルの推理はエイリア自身の発言で証明された。

パズルのピースが見事に嵌った瞬間だった。

全ての事態を把握した途端、直ぐ後に訪れるであろう惨劇を予感したアクセルは、

一目散にオペレータールームから脱兎のごとく逃げ出した。

 

飛び出した廊下にて、書類を抱えて通行する職員とぶつかりそうにもなったが、

アクセルはそれさえも顧みず、脇目もふらずに全力疾走で走り抜ける。

 

 

その間も、すれ違う際に彼女の口から発せられた言葉が、

アクセルの耳に焼き付いて離れなかった。

顔面蒼白で滝のように冷や汗を流す、しかし引き攣った笑顔を浮かべるゼロに裁きを下そうと、

同じく笑い顔ではあるが、本気で怒っている時のエックスのような陰のある笑い声が。

 

 

「何か弁明があれば聞くけど?」

「……エイリアにしては見事な下着を穿くな。 馬子にも衣しょウ"ォッ!?」

 

 

 

駆け足と共に遠ざかるオペレータールームから、

何かがめり込む音と共にゼロの断末魔の悲鳴が施設中に反響した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カメリーオを、更生を担当する後任の職員に引き渡した後、

エックスは夕焼けに照らされたハンターベースの屋上で、一人佇んでいた。

 

「(苦しいカメリーオの事件を乗り越え、今日もまた一日を終える事ができた)」

 

美しく雄大で、地上のありとあらゆるものを赤く染め上げる夕焼けの元、

見下ろせば今日も変わらずに、平穏な日常を送る人々の車が

行き来するのを眺めながら、エックスは物思いにふけっていた。

その顔は儚げで、どこか浮かない顔をしていた。

 

「(しかし明日になれば、またどこかでイレギュラーが発生するかもしれない……。

  ハンターとして同胞を手にかける終わりの見えない毎日、

  不安を感じていないと言えば嘘になる)」

 

無事にカメリーオを捕まえ、更生を受けさせる事はできたが、

だからと言って、いつ現れるかもわからない全てのイレギュラーに

同じ解決を求める事は必ずしもできると言う訳でない。

ともなれば、ハンターの使命として自ら相手を手にかけなければならない重さが

エックス自身にのしかかってくる。

 

今までも、そしてこれからも背負ってかなければならない責務。

 

「(……だけど、俺は信じている。

  あきらめない限り、いつの日か恒久の平和が訪れると……)」

 

そう、彼の思い描く争いの無き世界。

たとえ己の身を汚そうとも、未来への礎となれるのなら覚悟を決める。

 

今日を、明日を戦い抜く勇気を滾らせ、エックスはビル群に沈みゆく夕日を仰ぎ見て、

 

「(俺は立ち止まる訳にはいかない、散っていった多くの命の為にも……!)」

 

あの赤く輝く太陽に重なるよう、切り替えた右手のバスターを掲げて宣言する。

 

 

 

「そうさ……俺はイレギュラーハンター、エックス。

 

 

 

              俺は、俺は……皆の笑顔と平和の為に戦う!」

 

 

 

いつか訪れる明るい未来を信じ、エックスは腕に輝くバスターに誓いを立てた。

 

 

 

赤い日差しと頬を撫でる風……そして下階からしきりに伝わってくる

エイリアの怒号と絶え間ないゼロの断末魔の叫びが、

決意を新たにする蒼き英雄を優しく包み込んでいった……。

 

 

 

 

 

 

 

                            TO BE CONTINUED

 




ちょっとしたカムバックがてらの短編のつもりが、書き上げるまでに2か月近く
かかってしまいましたが、無事ロックマンZAXは完走を果たす事が出来ました。

ハーメルンでも数少ない、そして投稿時点(2017/7/14)において『ロックマンX』を原作とする、
2次創作における最初の完結を果たした事はとても嬉しく思います。

大まかな流れは変わっていない物の、紆余曲折あって当初予定していた展開からは
結構変更点があります。 書いてみてしっくりこなかった、
あるいはより良い展開を思いついた等々。
アイデアが煮詰まり過ぎたり、または風邪による体調の悪化で頭が回らず
折角思いついたシナリオを破綻させかけたりと、
最悪未完になってしまう可能性もありましたが、『悩む前にとにかく出し切れ』を
自分に言い聞かせ、何とか最後までこぎつける事が出来ました。

これもロックマンで壊れギャグと言うニッチな作品にもかかわらず、
応援してくださった方々のおかげです。 改めて、この場を借りてお礼を申し上げます。


本当に、ありがとうございました!
しばらくは執筆を休んで次の作品のアイデアを考えておきますが、
それらを形にして投稿した際にはよろしくお願いします!



では、またどこかでお会いしましょう!


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